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映画「うなぎ」にかなり反映されている。川西政明の文庫解説にやや違和感を覚えた。

仮釈放 吉村昭 1988.jpg仮釈放 吉村昭 文庫 旧カバー.jpg 仮釈放 吉村昭 文庫 新カバー.jpg   うなぎ dvd 完全版_.jpg
『仮釈放』(新潮文庫旧カバー版)/『仮釈放 (新潮文庫)』 「うなぎ 完全版 [DVD]
仮釈放』(1988/04 新潮社)

 浮気をした妻と相手の男の母親を殺害し、無期懲役の刑を受けて服役していた元高校教師の菊谷は、服役中の成績良好ということで仮釈放されることになった。菊谷は16年ぶりに刑務所を出て、大きく変貌した社会の様子に困惑しつつも、保護司や身元引受人達の支えを受けて、徐々に社会復帰していく。他人に過去を知られることを恐れ、一生保護観察下に置かれることの苦しさを感じながらも、だんだんと仕事に馴染み、菊谷の気持ちも安定するようになった。 その一方で菊谷は、事件を振り返っても被害者への懺悔の気持ちは湧いてこず、殺人を犯した動機もはっきりしない。自分の内部に得体の知れぬものが潜んでいるように思え、自問自答しても答えを見出すことが出来ないでいた―。

 1988(昭和63)年に刊行された吉村昭(1927-2006)の書き下ろし長編小説で、中盤までは、長期にわたって刑務所にいた主人公が久しぶりに社会へ出ていく際に生じる戸惑いが克明に記されています。また、罪を犯した人間の社会復帰を無報酬で支える保護司という仕事も紹介されて、興味深く読むとともに、そうした仕事への作者の敬意を感じました。

うなぎ 05.jpg これらについては、今村昌平監督が第50回カンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞した映画「うなぎ」('97年/日活)の中にも織り込まれていたように思います。「うなぎ」の元々の原作は吉村昭の短編「闇にひらめく」(『海馬(トド)』('89年/新潮社)所収)であり、「闇にひらめく」も妻の不倫現場を見て妻と相手の男を刺した男の刑務所から出所後の話です。「闇にひらめく」では男はヤスでウナギを突くウナギ採りに師事し、鰻屋を営むようになった男のもとへ、自殺未遂をした女性が転がり込んでくるという展開ですが、映画「うなぎ」で役所広司が演じた、服役8年後に仮出所した主人公が示す様々な不安や戸惑いは、むしろこの『仮釈放』から引かれているように思いました。

うなぎ 03.jpg 映画「うなぎ」では男はウナギ採りに師事して鰻屋を営むのではなく、理髪店を営みつつウナギを飼うことでそれを心の慰めとしますが、これは完全にこの『仮釈放』の主人公がメダカを飼う動機と同じでしょう(「闇にひらめく」には主人公が何か生き物を飼うという話は無い)。その他、主人公が犯した事件のあった当初、妻の不倫が何者からかの手紙によって発覚したことや、同じ刑務所の受刑者仲間だった男が主人公に接触することなども『仮釈放』からとられており、常田富士男が演じた保護司の人物像も『仮釈放』の保護司・竹林に近いように思いました。

 映画は最後、主人公が女を守ろうとして、あるいざこざから一旦また刑務所に逆戻りするという結末ですが(原作「闇にひらめく」にはこの結末はない)、主人公はその時点で精神的には恢復しており、将来に希望が持てるラストになっています(原作「闇にひらめく」もその意味では同じ)。しかしながら、この『仮釈放』で作者は、主人公が「第二の殺人」を犯してしまうという不幸で重い結末を用意しています。

 文庫解説の川西政明(1941-2016)は、主人公に悲劇の「原型」を見た思いがしたとしていますが、自分もそれに似たような思いを抱かずにはおれませんでした。但し、その解説によれば、主人公が妻を殺し妻の愛人に傷を負わせたことは情状酌量の余地があるが、なんの関係もない妻の愛人の母親を殺したことは許し難く、無期懲役の判決の要因がそこにあるにも関わらず、そのことに無感覚であること、また殺人そのものに無感覚であることに主人公に悲劇の源があるといった論調になっており、Amazon.com のレビューなどでも、「この小説の主人公にとっての罰は、二度目の殺人ということになるだろう。この罰は、彼が最初の殺人に対して罪の意識を持てなかったことの必然的な結果であった」といったコメントがあって、多くの賛同を得ているようでした。

 一方で、少数ながら、「他のレビューを見ると罪の意識や反省の有無について書かれているものが多く違和感を感じた」「因果応報を描いた話ではなく、人の心理に潜む救いようのない業について描いたもの」というものもあり、自分の印象もこれに近いものでした。主人公が、事件を振り返っても被害者への懺悔の気持ちは湧いてこなかったというのは確かですが、二度目に起きた殺人事件は、個人の性(さが)に起因する「宿命論」的悲劇と言うより、「運命の皮肉」がもたらした悲劇に近いような気がしました(「第二の殺人」の犠牲者は保護司が世話してくれた新しい妻だった)。そもそも、ここで描かれている「第二の殺人」は、(どう裁かれるかは別として)「殺人」と言うより「傷害致死」に近いのではないかと思います。

 川西政明はこの作品の主人公を、ドストエフスキーの『罪と罰』の極めて人間的な殺人犯ラスコーリニコフ(彼も金貸しの老婆と共に無関係な同居人まで殺害してしまったのだが)と対比させて、"人間の倫理的な底が抜け落ちている"殺人犯とし、その殺人には戦慄すべきものがあるとしています、また、この作品は早期に英語、フランス語、ドイツ語に翻訳されています。川西政明の解釈が正しいのかもしれませんが、個人的には主人公をそこまで断罪しきれないように思いました。

【1991年文庫化[新潮文庫]】

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前半は「忠臣蔵」的、後半は「逃亡劇」的であり、長編ながら最後まで飽きさせない。

桜田門外ノ変.jpg 桜田門外の変 文庫003.jpg 桜田門外ノ変 文庫S.jpg  桜田門外ノ変【DVD】.jpg
桜田門外ノ変』『桜田門外ノ変〈上〉 (新潮文庫)』『桜田門外ノ変〈下〉 (新潮文庫)』「桜田門外ノ変【DVD】

 安政7(1860)年3月3日、雪に煙る江戸城桜田門外に轟いた一発の銃声と激しい斬り合いが、幕末の日本に大きな転機をもたらした。安政の大獄、無勅許の開国等で独断専行する井伊大老を暗殺したこの事件を機に、水戸藩におこって幕政改革をめざした尊王攘夷思想は、倒幕運動へと変わっていく―。

 吉村昭(1927-2006)の歴史小説で、「秋田魁新報」(1988年10月11日から1989年8月15日)など地方紙各誌に連載された後、加筆改稿を経て1990年に新潮社から単行本刊行、江戸幕府大老・井伊直弼が暗殺された桜田門外の変とその前後の顛末を、襲撃を指揮した水戸藩士・関鉄之介の視点から描いています。また、作者はあとがきで、この井伊直弼暗殺事件を「二・二六事件」に極めて類似しているとしています。

 物語は安政4年(1857年)正月、水戸藩の門閥派の要人結城朝道の手足となって改革派と争っていた谷田部籐七郎が弟とともに捕縛され、水戸領内を護送されるところから始まり、遡って斉昭の藩主就任と藩政改革が描かれるとともに、大老井伊直弼による水戸藩への弾圧、それに対し水戸藩士が井伊暗殺を企て、暗殺を成就するまで、その暗殺の次第が克明に描かれています。

 井伊直弼の暗殺までが前半分強で、後は暗殺後の彦根藩と幕閣、水戸藩の対応、井伊暗殺に呼応して薩摩藩が兵を挙げて京都へ上る計画が成らず、暗殺を企てた水戸藩士たちが失意のうちに捕縛、自刃、潜伏逃亡する様が描かれ、物語は文久2(1862)年5月11日の関鉄之介の小伝馬町での斬首で終わり、その後のことが簡潔に記されて締めくくられています。

 前半部分は「暗殺計画」に向けた「忠臣蔵」のような展開で、また、そうした面白味があります。但し、大石内蔵助のような強力な1人のリーダーがいるわけではなく、水戸藩士を中心とした尊王攘夷派の若手志士らによる集団的リーダーシップが展開されているといった印象でしょうか。

 後半部分は、主人公の関鉄之介らの逃避行であり、『長英逃亡(上・下)』('84年/毎日新聞社)などの"逃亡もの"は、"脱獄もの""漂流もの"と並んでこの作家の十八番であり、抑制された筆致で事実を積み上げていきながらも、それが自ずとスリリングな展開になっているところはさすがです。

 単行本で500ページ強、文庫で750ページ強の長編でありながら飽きさせずに読めるのは、前半が「忠臣蔵」的、後半が「長英逃亡」的という具合に色合いが異なっていることも、その理由の1つなのかも。「忠臣蔵」的面白さ、というのは事が成就するまでのプロセスの面白さであり、最初は赤穂浪士みたいに彦根藩邸に"討ち入り"する計画だったのが、警護が堅いのと手勢が限られている関係で、井伊直弼が藩邸から桜田門まで登城する経路を襲ったようです。桜田門外で井伊直弼を襲ったのは水戸藩脱藩士17名、薩摩藩士1名の計18名で、その内、討死1名、自刃4、深傷による死亡3名、死罪7名の計15名がこの世を去り、3名が逃亡して明治まで生き延びています。主人公の関鉄之介も最終的には斬首されたわけですが、いったん逃亡したメンバーの中で一番最後に捕まっており、そこに至るまでに幾度も危機を乗り越えながらも、仲間が捕らえられ包囲網が次第に狭まっていく様は、「逃亡劇」的なスリルがありました。

桜田門外の変9.jpeg この作品は佐藤純彌監督、大沢たかお主演で「桜田門外ノ変」('10年/東映)として映画化されており、映画では、井伊直弼暗殺事件のあった1860年を起点に、事件以前の背景と事件後の出来事がカットバック風に描かれていて、井伊直弼暗殺事件は映画が始まって30分ほどで起き、以降、次第に事件後の関鉄之介(大沢たかお)の逃亡劇が中心になっていきます。

桜田門外の変 映画36.jpeg 井伊直弼暗殺の場面はリアルに描かれていたように思います。藩邸を直接襲うのではなく、登城の行列への襲撃に切り替えたにしても、それでも彦根藩の行列は総勢60名ばかりいて、凄惨な斬り合いになったことは、こうして映像で見せられるとよく桜田門外の変 映画s.jpg理解出来ます。水戸脱藩士側は、深手の傷を負った場合は自刃する約束事になっており、その自刃の様が壮絶。一方、彦根藩側で当日斬り死しなかった者も、後日警護不行届きの咎で切腹を命じられているため、彦根藩の方は井伊直弼の他にかなりの人数が亡くなっていることになります。

桜田門外ノ変 ド.jpg この言わばクライマックスとも言える場面を映画開始後30分に持ってきたということで、後は「逃亡劇」的面白さを出そうとしたのかもしれませんが、結果的に地味な感じの映画になったという印象です。映画の方が面白いと言う人もいるし、確かに原作のテイストを損なわず、逃亡劇にウェイトを置いた後半もよく纏まっていると思いましたが、逃亡劇だけで200ページ費やしている原作に比べると、ややあっけない印象も残りました。原作には無い鉄之介と鳥取藩剣術指南との対決シーンなど入れたりしていますが、「逃亡劇」はもっと丹念に描けた気もするし、一方で、これが映画としての限界かなと言う気もします。

桜田門外の変 映画2.jpeg桜田門外ノ変es.jpg 映画では、鉄之助に中村ゆり演じる「愛人」がいて(坂本竜馬など革命家が潜伏先に愛人を設けるパターンか)、鉄之助の逃亡中に彼女が捕らえられて、石抱(いしだき)の拷問など受けた末に亡くなったことになっていますが、実際に捕らえられて石抱の拷問など受け亡くなったのは、映画で長谷川京子が演じた鉄之助の「妻」です。原作の中で数行しか触れられていませんが、作中で最も悲惨なエピソードであったように思われました(あまりに悲惨な話であるため、また、妻を犠牲にしたという負のイメージが伴うため、妻から愛人に改変した?)。

桜田門外ノ変 生瀬勝久.jpg桜田門外ノ変 柄本明.jpg また、井伊直弼襲撃の現場の指揮をしたのは鉄之助ですが、暗殺計画全体の主導者は生瀬勝久が演じた水戸藩奥右筆頭取・高橋多一郎と柄本明が演じた水戸藩南郡奉行・金子孫二郎です。高橋多一郎は幕吏に追い詰められて事件翌月の1960(万延元)年4月に息子と共に自刃(享年47)、金子孫二郎はその翌年に捕られて斬首されていますが(享年58)、共に明治維新後に正四位を贈位されていて、関鉄之助も維新後同様に従四位を贈位されています。事件の8年後(1968年)には時代は明治となっており、生きてればこれらの人々も"明治の元勲"となっていたのかも―。

桜田門外ノ変 映画.jpg「桜田門外ノ変」●制作年:1940年●監督:佐藤純彌●脚本:江良至/佐藤純彌●撮影:川上皓市●音楽:長岡成貢(主題歌:alan「悲しみは雪に眠る」)●原作:吉村昭●時間:137分●出演:大沢たかお/長谷川京子/柄本明/生瀬勝久/渡辺裕之/加藤清史郎/中村ゆり/渡部豪太/須賀健太/本田博太/温水洋一/ユキリョウイチ/北村有起哉/田中要次/坂東巳之助/永澤俊/池内博之/榎木孝明/西村雅彦/伊武雅刀/北大路欣也●公開:2010/10●配給:東映(評価★★★☆)

【1995年文庫化[新潮文庫(上・下)]】

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緻密な取材による動物小説集。目立つ、寡男のもとへ転がり込む"わけあり"女性というパターン。

吉村昭 『海馬』 単行本.jpg単行本 吉村昭 『海馬』 新潮文庫 .jpg 吉村昭 『海馬』 新潮文庫1.jpg 吉村昭 『海馬』 新潮文庫2.jpg
    『海馬(トド) (新潮文庫)』/没後10年記念復刊版

 吉村昭(1927-2006)が'78(昭和53)年から'88(昭和63)年の間に発表した7編の短編小説集で、単行本刊行は'89(平成元)年1月。新潮文庫改訂版の表紙タイトル脇に「動物小説集」とあるように(また目次の各タイトルに続いてに〈〉書きで動物名等がゴチック文字あるように)、いずれも動物が作品の背景やモチーフとなっていて、そうしたモチーフ(動物、またはそれを採ったり育てたりする行為)によって結びつく男女や家族を描いています。ただ、そうしたモチーフが、単なる机上の思いつきではなく、実際に現地に行ってその道の専門家に取材したものであり、動物の生態や習性が専門的なレベルで描かれていて、自然や生き物を相手に生活している人々への敬意が感じられ、また、そこで展開される人間ドラマの骨太の背景となっています。

うなぎ 05.jpg 冒頭の「闇にひらめく」〈鰻〉は、妻の不倫現場を見て妻と相手の男を刺し、刑務所から出所後は、ヤスでウナギを突くウナギ採りに師事し、鰻屋を営むようになった男のもとへ、自殺未遂をした女性が転がり込んでくるという話で、今村昌平監督のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した映画「うなぎ」('97年/松竹)の原作としても知られている作品です。ウナギ採りの漁法などは、宇和島のウナギ漁の名人から聞いた話が元になっているとのことです。

今村 昌平(原作:吉村 昭)「うなぎ」 (1997/06 日活) ★★★☆

 「砥がれた角」〈闘牛〉は、闘牛を育てる親子のもとへ家事手伝いの女がやって来る話で、これも宇和島で闘牛を飼う人物に取材しています。「蛍の舞い」〈蛍〉は、蛍を育てている男のもとに蛍に関心を示す女性がやってくる話で、九州で蛍を人工飼育している人に取材しています。「鴨」〈鴨〉は、鴨宿を経営する親子のもとに自殺未遂の経験のある女が手伝いでやって来る話で、新潟在住の鴨撃ちに取材しています。「銃を置く」〈羆〉は、北海道苫前町の羆撃ちの名人を主人公にした話で、名人が百頭の羆を倒して引退を決意したところへ新たに羆1頭が人里に現れるという話。「凍った眼」〈錦鯉〉は、錦鯉の養殖業を営む親子の話で、専門的な部分は養鯉(ようり)業者に取材しています。

 最後の「海馬」〈トド〉は、知床半島の羅臼の町で、トド撃ちに執念を燃やす老人と、町を捨てて上京した娘との確執を描いた話で、これも、かつて紋別に行ってトド撃ちの名手に取材したとものの、小説を書くに至らず、10年ぶりに改めて羅臼へ行ってハンターや船頭、動物カメラマンなどを取材して書かれたものであるとのことです。

 興味深いのは、これらの話の中で、地方に住む寡(やもめ)男またはそうした男とその息子の親子のもとへ、都会で暮らしていたことのある"わけあり"の女性が転がり込んでくるというパターンが多いことで、「闇にひらめく」「砥がれた角」「鴨」「海馬」がそれに該当し、「蛍の舞い」も"わけあり"ではないですが、それに近い形であることです。そして、何れも、寡男乃至その息子と、その転がり込んできた女性とが結ばれるであろうことを示唆して終わっています。

 そう言えば、相米慎二監督によって映画化された「魚影の群れ」('83年/松竹富士)は、妻に去られ娘と2人で暮らす青森・大間のマグロ猟師のもとへ、娘の都会育ちの恋人がマグロ猟師になりたいと言ってやってくる話で、これもちょっとこうしたパターンと似ています。

 今村昌平監督はこの中から「闇にひらめく」を選んで、自分なりに(かなり)アレンジしたわけですが、寡男のもとへわけあり女性が転がり込んでくるという話の枠組みは一応維持されていました。この作品を選んだのは、「砥がれた角」「鴨」「海馬」に比べて映画化し易かったというのもあるのかなあ? 

 寡男のもとへ転がり込む"わけあり"女性という、似たようなパターンが多いのに全く飽きさせない理由の1つは、動物をモチーフとした背景がそれぞれ異なるためであり、また、それらが緻密な取材に裏付けられているからであり、更には、男女の機微をさらっとした無駄のない筆致で描いているというのもその理由ではないかと思います。わざと、同じようなパターンを設定することで、背景である「動物」の部分を浮き立たせることを狙ったとも取れるかも。

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"昭和の脱獄王"の怪物的な能力、粘着気質的な意志の強さと"律儀さ"との組み合わせが興味深い。「プリズン・ブレイク」顔負け。

破獄 単行本_.jpg破獄 吉村昭.jpg 破獄  吉村昭.jpg  プリズン・ブレイク1.jpg ドラマ破獄 山田s.jpg
破獄 (1983年)』『破獄 (新潮文庫)』['86年]/「プリズン・ブレイク」/「破獄」(テレビ東京)ビートたけし/山田孝之主演
白鳥由栄.jpg 1984(昭和59)年・第36回「読売文学賞」並びに1985(昭和60)年・第35回「芸術選奨」受賞作。

 昭和11年に青森刑務所を脱獄、昭和17年に秋田刑務所を脱獄、昭和19年に網走刑務所脱獄、昭和23年に札幌刑務所脱獄と、犯罪史上未曽有の4度の脱獄を実行した無期刑囚"佐久間清太郎"(仮名)を描いた「記録文学」。

白鳥由栄2.jpg 脱獄を繰り返す男のモデルとなっているのは、"昭和の脱獄王"と言われた白鳥由栄(しらとり・よしえ、1907‐1979)で、作者は、刑務所で白鳥由栄と深く接した元看守らを綿密に取材しており、実質的には実在の超人的脱獄囚を描いた「記録文学」と言っていいのでは。

白鳥由栄

網走監獄博物館にある白鳥の脱獄シーンの再現展示

 とりわけ脱獄不可能と言われた網走刑務所において脱獄を果たす様は、既に2回の脱獄により天才脱獄囚人として特別に厳重な監視下に置かれながらのことでもあり、まさに驚異的と言ってよく、「網走監獄博物館」には、白鳥由栄の脱獄の模様を再現した展示まであります。口に含んだ味噌汁で特製手錠のナットを腐蝕させて外すなどのテクニック自体の凄さもさることながら、看守に心理戦を仕掛けて重圧をかけたり、その注意を欺いたりする人間的な駆け引きにも卓抜したものがあったことがわかります。

プリズン・ブレイク2.jpg 脱獄譚と言えば、米テレビドラマシリーズ「プリズン・ブレイク」の実話版みたいだけど、「プリズン・ブレイク」の方は、最初の13話の脱獄を果たしたところで終わる予定だったものが(ここまでは面白い!)、好評だったため第1シーズンだけでも脚本を書き足して22話にし、その後もだらだら続けていったために、どんどんつまらなくなっていきましたが、こっちの白鳥由栄モデルの実話版は、最後まで緊張感が途切れず気が抜けません。まさに、"昭和の脱獄王"だけあって、「プリズン・ブレイク」顔負け。

 網走刑務所での話あたりから、看守側の置かれている過酷な労働環境や、大戦末期当時、或いは終戦直後の混乱した世相なども併せて描かれており、"佐久間"に脱獄を許してしまった看守らからすれば、必ずしも落ち度があったとかタルんでいたとか言えるものでもなく、脱獄を図る"佐久間"と看守との間で、知力と精神力の限りを尽くしたぎりぎりの攻防があったことが分かります。

 そうした看守らの中には、"佐久間"を1人の人間として扱った人もいて、"佐久間"はもともと情に厚い人柄であり、恩を受けた看守に対しては忠義の心を忘れなかったようです。身体能力も含めた怪物的な脱獄能力(湾曲した壁を這い登ることが出来た)、粘着気質的な脱獄意志の強さ(自分に辛く当たった看守が当番の日をわざわざ選んで脱獄した)と、こうした"律儀さ"との組み合わせが興味深いです。

 最後の収監先となった府中刑務所においては、刑務所長・鈴江圭三郎自らが、"佐久間"を人間的に扱う施策を"戦略的"に講じ、その結果、"佐久間"は脱獄を企図することをやめていますが、これってまるで、イソップの「北風と太陽」みたいだなあと。

 但し、その施策を評価されながらも、鈴江自身は、"佐久間"が再び脱獄を図ることが無かったのは彼の加齢に原因があると冷静に分析しており、また、作品としては、刑務所そのものの待遇等の改善、更には、社会における刑務所の位置づけの変化なども遠因として匂わせています。

破獄 DVD.jpg破獄 緒形拳.jpg この作品は、緒形拳(佐久間清太郎)、津川雅彦(鈴江圭三郎)主演で1985年にNHKでドラマ化されており(2017年にテレビ東京で山田孝之(佐久間)、ビートたけし(鈴江)主演で再ドラマ化された)、また、白鳥由栄をモデルにした他の小説では、船山馨『破獄者』、八木義徳『脱獄者』どがあります。
 
プリズン・ブレイク dvd.jpgプリズン・ブレイク3.jpgPrison Break.jpg「プリズン・ブレイク」 Prison Break (FOX 2005/08~2009/05) ○日本での放映チャネル:FOX/日本テレビ(2006~2010)
プリズン・ブレイク シーズン1 (SEASONSコンパクト・ボックス) [DVD]

 【1986年文庫化(新潮文庫)】

《読書MEMO》
●2017年再ドラマ化 【感想】 脚本は「夏目漱石の妻」の池端俊策。すでに一度ドラマ化されていることを意識したのか、山田孝之演じる佐久間清太郎より、浦田という看守役のビートたけしの方が主役になっているために、原作にはないドラマ的要素を浦田に付け加えすぎた印象。

ドラマ 破獄 01.jpgドラマ 破獄 02.jpg「破獄」●演出(監督):深川栄洋●脚本:池端俊策●原作:吉村昭●出演:ビートたけし/山田孝之/吉田羊/満島ひかり/橋爪功/寺島進/松重豊/勝村政信/渡辺いっけい/池内博之/中村蒼●放映:2017/04(全1回)●放送局:テレビ東京

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生存をかけた知恵と脱出を果たしたリーダーシップ。「LOST」顔負け。"アナタハン"とは大違い。

漂流 1976.jpg漂流 (1976年)』 漂流 新潮文庫.jpg 『漂流 (新潮文庫)』  lost5.jpg「LOST」
「無人島長平」の像   「鳥島」遠景 
無人島長平.jpg伊豆鳥島遠景.jpg 江戸・天明年間(1785年)、土佐の水主(船乗り)長平は、乗っていた船の難破により室戸岬沖から遠く流され、同じ船の乗組員仲間2人と共に絶海の孤島に辿り着くが、その島は水も沸かない火山島で、見たことも無い巨鳥の大群のみが棲息する無人の島だった―。

 '75年(昭和50)年に「サンケイ新聞」で連載され、加筆訂正の後、'76年(昭和51)年に新潮社から単行本が刊行された吉村昭(1927‐2006)の長編小説で、現在の日本の東南端・鳥島に漂着して12年もそこで暮らし、苦難の末に故郷に帰還した野村長平、通称「無人島長平」を描いたドキュメンタリーに近いスタイルの小説ですが、漂流モノの面白さが堪能でき、一気に読めました。

アホウドリ.gif いやあ、それにしても、凄い生命力! そして、生きるための知恵! 彼らが初めて見た巨鳥とはアホウドリだったわけですが、飲料水はその卵の殻で雨水を受けて貯めておけばよく、食糧は鳥を捕食すれば困らない―と思いきや、この鳥が渡り鳥であることに長平は気づき、大急ぎで渡りの始まる前に、捕えた鳥の干物を作り食糧備蓄に励む、そうした長平の機知と努力にも関わらず、一緒に流れ着いた乗組員仲間2人はやがて死に、長平1人になってしまいます。

 しかし、その後大阪船が、更に薩摩船が島に漂着し、無人島生活者は十数名に増え、彼らは長平の経験とリーダーシップのもと、島での生活を生き延び、更に島からの脱出に向けて船造りを始める―。
 長平も偉いけれども、長平の経験を尊重し、彼をリーダーとして立てた大阪船、薩摩船の2人の船頭もなかなかの人物であると思いました。
Lost (2004)
Lost (2004).jpg
ロスト ドラマ.jpg  漂流モノは、海外ドラマでも「LOST」という人気シリーズがありますが、あっちはミステリー的要素が強く、更に人間関係を描くことがメインになっている感じで、この小説の方がストレートに無人島生活の厳しさが伝わってきます。
 木も生えない島で、流木から船を造り、脱出を図るという、日本人っぽくないと言ってもいいかも知れない長平の"積極思考""能動性"がまた素晴らしく、やはり長平というのは、知恵もリーダーシップも傑出した人物だったように思われます(「LOST」の登場人物たちはどうして船を作らないのだろうか。材料が無いというのが説明理由になっているようだが、長平の流された島とは比較にならないくらい木が繁っているのに)。

「LOST」LOST (ABC 2004/09~2010) ○日本での放映チャネル:AXN(2005~2011)/BS-i

アナタハン島漂流者救出の模様 (生存者20名/32名中)
アナタハン.jpg 小説の冒頭に無人島漂着者の記録の1つとして、太平洋戦争中にあった「アナタハン島事件」という、比嘉和子という名の女性1人を含む33名の漂流者の無人島生活とその救出の記録が紹介されていますが、これなどは、その女性を巡って、男性達の間で公然と殺し合いが行われたという暗い側面を持つ事件で、「無人島長平」の話と比べると、ちょうどジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』と、その70年後に書かれたウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』(原作は読んでないが映画で観た。映画の出来はイマイチ)との明暗関係に似ている気がしました。

アナタハン ポスター.jpg また、アナタハン島事件については、事実を基に比嘉和子自身が主演した「アナタハン島の眞相はこれだ!!」('53年/新大都映画)という映画があり、「モロッコ」の名匠ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督も、根岸明美(1934-2008/享年73、「マタンゴ」('63年)のような怪奇モノから黒澤明作品などにも出演した女優だった)主演で映画「アナタハン(The Saga of Anatahan)」('53年/東宝)を撮っています(「アナタハン」(1953)ポスター)。

 更に最近では、桐野夏生氏が、この事件をモチーフに現代小説に翻案した『東京島』('08年/新潮社)を書いています。

 「アナタハン島事件」も「無人島長平」の話も実際にあったことであり、その時間差は約160年。江戸時代の人の方が賢かったということか。

 【1980年文庫化〔新潮文庫〕】

映画「アナタハン」.jpg 映画「アナタハン」2.jpg
 映画「アナタハン」主演の根岸明美と映画の一場面

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「星への旅」「少女架刑」の瑞々しいリリシズム。拾い物だった「石の微笑」「透明標本」。

星への旅.jpg星への旅 (新潮文庫)』['74年]  吉村昭.jpg 吉村昭(1927‐2006/享年79)

 吉村昭がその創作活動の初期に発表した短編を集めたもので、「鉄橋」「少女架刑」「透明標本」「石の微笑」「星への旅」「白い道」の6篇を収録していますが、死をテーマにした純文学的な作品が多く、歴史小説作家、動物小説作家という既成のイメージとかなり違っていて、それがまた新鮮でもありました。

 「星への旅」('66(昭和41)年発表、太宰治賞受賞)は「集団自殺」を敢行する若者達を扱っていて、近年のネット上で自殺志願者を募って行われる類のもの(最近読んだ桐野夏生の『メタボラ』にもあったが)などと比較してみると興味深いのですが、この短篇に出てくる若者達には自殺するこれと言った理由などは特に無く、「自殺してみようか」といった遊戯的な感覚で死ぬことを思い立ち、幌付きのトラックで死に場所を探して移動し、お互いにどこまで本気なのかを探り合いながらも集団生活のようなものを送っている―その集団生活が続けば、自殺を思いとどまりそうな気もするのだが...。

 より初期の「少女架刑」('59(昭和34)年発表)は、急性肺炎で亡くなり、金銭目的で病院に献体された貧しい家の少女の遺体がどう扱われるかを、少女の意識が死後も依然在り続けるという設定のもと、少女の視点で描かれているというシュールな作品で、医学生の眼前で解剖され、焼かれて骨になるまではともかく、納骨堂に並べられる最後はちょっと怖かった...。

 暗い話ばかりみたいですが、タイトルの付け方からも察せられるようにその中に瑞々しいリリシズムが感じられ、20代の頃に川端康成や梶井基次郎に傾倒したという文学遍歴と符号するように思えました。
 一方で、大学病院に寄贈された遺体がどのように扱われるかといったことに関しては綿密な取材がなければ書けないはずで、この辺りの創作姿勢は後の記録文学と呼ばれる作品群に繋がるものを感じました。

 個人的には、墓場から石仏を集め売る友人と出戻りの姉との関係を描いた「石の微笑」('62(昭和37)年発表、第47回芥川賞候補作)がホラー・ミステリっぽくてよく出来ていたように思え(2人は失踪するが、実はこの男はあることに憑かれていた...)、人体骨格の透明標本を作ることに憑かれた男を描いた「透明標本」('62(昭和37)年発表、第46回芥川賞候補作)も結構ブラックユーモアっぽくて面白く、共に思わぬ拾い物でした。

 4回芥川賞候補になっているのに結局賞は貰えず、夫人の津村節子氏に先を超されてしまったのは、この"面白さ"が災いしたため?

 【『星への旅』...1974年文庫化〔新潮文庫〕】/【『少女架刑』(少女架刑、白い道、星と葬礼、貝殻、墓地の賑い)...1963年単行本[南北社]/1971年単行本[三笠書房]/1980年肉筆絵装[成瀬書房]】

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"銀おやじ"の存在も含め殆ど事実? そう思うと前半部分の描写の怖さが増す。

熊嵐 吉村昭.jpg 羆嵐(くまあらし).jpg羆嵐 (新潮文庫)』['82年]

羆嵐 (1977年)』(カバー絵:辰巳四郎)

 '77年(昭和52)年に新潮社から刊行された吉村昭(1927‐2006)の小説。大正時代の初めに北海道の開拓村に1頭の巨大な羆(ヒグマ)が現れ、2日の間に幼子を含む6人の男女が犠牲となり、村落の住民は討伐隊を組んで警察もこれに加わるが羆を見つけて倒すには至らず、区長三毛別羆事件再現資料館.jpgは迷った末に人格的には問題があるとされている孤独な羆討ち(マタギ)の老人に助けを求める―。

 1915(大正4)年12月に北海道・苫前の三毛別川沿い〈六線沢〉の開拓村で実際に起きた死者6名(ケガの後遺症で亡くなった者も含めると7名、更に胎児も含めると8名)という日本獣害史上最大の惨劇を描いたもので、羆事件があったことは事実としても、50人を超える討伐隊が羆に翻弄され数日を無為に過ごす中、"銀おやじ"と呼ばれる1人の羆討ちが、多くがその実力を疑問視する中で登場して、翌日にはこの巨大な羆を射止めてしまうというのは何だかカッコ良すぎて、ハリウッド映画みたいな気もしました。

苫前郷土資料館における「三毛別・羆(ヒグマ)事件」の再現

 そうしたこともあり、"銀おやじ"の活躍する部分は作者の創作だと長らく思っていましたが、その性格描写はともかくとして、"銀おやじ"に該当する人物が実在したことを最近知り、ちょっとビックリ。要するに、この小説に書かれている事件の始まりとその解決までは、かなり事実に忠実に沿っているようで(羆の体重なども記録の通りで誇張はない)、そう思うと前半部分の怖さが増します。

 1件目の家が襲われ、また同じ家に羆がやって来ますが、これは保存用食糧として成人女性の遺体を山へ持っていくためで、こうなると遺体回収するよりも羆をおびき寄せるため、乃至は山に留めておくための餌として、すぐの回収は諦めるしかないというから絶句。

 それでも羆はやって来て、しかも次に襲ったのは何と村人達が対策本部を置いた民家で、男達が出払った留守に妊婦など4人を襲い、男達が戻ってきても暗闇で踏み込めず、羆が人の骨を砕く音を聞くしかないという...更に絶句。

 最初に女性を襲うとその臭いを覚えて女性を食糧ターゲットにし、民家に押し入っても女物の着物などを漁っているというのが生々しく、結局、そうした羆の様々な特性を知らない人間50人がいくら動き回っても結果は得られないわけで、その点で"銀おやじ"は長年の経験と勘から効率良く動く―これはある種、情報戦なのだなあと。

 仕留めた羆の肉を皆で食するのが犠牲になった者への供養になるという、アイヌの風習に由来するものらしいですが、そうしたことを村人に諭す"銀おやじ"に死者への哀悼の念が感じられ、一方で、仕事が終わると羆の"胆"と報酬だけ手にしてさっさとどこか帰っていくのも、これはこれで味がありました。

 「三毛別・羆事件」に興味がある人には、そのドキュメント版である『慟哭の谷―The devil's valley』('97年/共同文化社)もお薦めです。著者の木村盛武は市井の人で、オリジナルは昭和36年に書かれていて、46年前の大正4年に起きたこの事件の関係者が当時まだ存命していたりして、非常にシズル感のある(言葉の使い方がおかしい?)内容となっています。

 【1982年文庫化〔新潮文庫〕】

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国策事業の中での男達の自然との戦い、土木会社の工事指揮者と人夫らの葛藤を描く。

高熱隧道(ずいどう).jpg 高熱隧道.jpg 『高熱隧道 (新潮文庫)』旧カバー版

 社会保険労務士ならば知っていることですが、労災保険料の料率は事業の種類によって異なり、仕事の危険度が高いほど保険料率は高くなります。平成21年4月からの料率は、「その他(一般)の事業」の場合0.3%ですが、「その他(一般)の建設事業」は1.9%、「その他(一般)の鉱業」の場合は2.4%、これに対し、建設事業の中でも、本書の題材となっている「水力発電施設、ずい道等新設事業」の保険料率は10.3%であり(つまり、賃金の10%以上の労災保険料がかかる)、これは通常の事業の34.3倍の高い料率で、2番目、3番目に料率の高い「金属鉱業,非金属鉱業又は石炭鉱業」の8.7%、「採石業」の7.0%を大きく上回っています。このことからも、「水力発電施設、ずい道等新設事業」における作業が、今もって多くの危険を孕んだものであるとが窺えるかと思います。

『高熱隧道』.jpg「高熱隧道」(阿曽原 - 仙人谷).jpg 本書は、1967年(昭和42年)に新潮社から刊行された吉村昭(1927-2006)による、昭和11年に着工し昭和15年に完成した黒部第三発電所の建設工事を描いた記録文学ですが、その中でも特に難航を極めた阿曾原谷側の軌道トンネル工事を背景に、トンネル工事期間1年4カ月における男達の自然との戦い、土木会社の工事指揮者と人夫らの葛藤を描いた、その作業内容の過酷さは実際に凄まじいものでした。
高熱隧道(阿曽原 - 仙人谷)

文庫新カバー版

 急峻な崖の続く黒部峡谷、加えて冬の豪雪、更には阿曾原谷が温泉脈に近いため、岩盤温度がトンネルの掘り始めで65℃、掘り進むと160℃を超え、高熱のため人夫たちの体力が持たないし、発破用のダイナマイトが自然発火して爆発する危険もあるという、今ならば完全に「労働安全衛生法」違反の作業環境であり、当時においてもあまりにも犠牲者が多い事から富山県警察部から再三に渡って工事中止命令が出されたとのことですが、日本がアジア・太平洋戦争に突き進んでいく中、電力供給を担った国策事業としてほぼ強行的に工事が行われていたという背景があります。

 但し、軍関係者が見ても作業をストップさせるかもしれないほどの危険な作業環境であり(彼ら視察に来ても、熱くて奥まで行けず、結局作業の実態は隠蔽され続けるのだが)、土木会社の中には人夫達が作業放棄したために工事そのものから撤退するところもある中、この小説の主人公である佐川組の男達は作業指揮を継続し、人夫らもそれについてくる―そこには(人夫達にはとっては高額の日当が魅力的であるということもあるにせよ)1つの事業をやり遂げようという気迫が感じられます。

 作業する人夫たちにホースで水を放水し、その放水している者に更に放水をするということを数珠繋ぎに繋げていくような作業環境の中、ついにダイナマイトの自然発火による爆発事故が起きてしまい8名の死者が出ますが、佐川組の工事事務所長の根津は、遺体を回収し、人夫達の目前で肉片となったそれを手にして繋ぎ合わせ、8体の遺体を形づくる―。
 凄まじい"葬送"の場面ですが、こうした彼の行為が人夫達の気持ちをひとつにし、トンネル工事は進められていきます。

 しかし今度は"泡(ほう)なだれ" という特殊な雪崩による事故が起きて84人もの死者が出てしまい、更に根津ら工事関係者は奔走しますが、坑道の切端が突き抜け工事が一区切りついたところで、人夫頭からダイナマイトが盗まれるなど不穏な動きがあることを知らされ、彼らは急遽山を下りることになります。

 人夫達の怨念のようなものは簡単に消せるものではなくむしろ累積していくものであり、「プロジェクトX」みたいなハッピーエンドの物語となっていないところに、こうした戦前の国策事業の特異な枠組みと実態の苛烈さが窺えます。

 登場人物は作者の創作ですが、所謂"昭和の大工事"とされた黒部川第四発電所建設での犠牲者が171名に対し、この第三発電所建設は全工区で300名以上の死者を出ており、小説の背景となった阿曾原谷側工事だけでも188名の死者が出ているというのは、記録に残る事実です。

 【1975年文庫化〔新潮文庫〕】

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敵討への思いもわかるが、これだけの犠牲を払ってまでもやる価値があるかどうかも考えさせられる。
吉村昭 「敵討」.jpg敵討』['01年]吉村昭 「敵討」 新潮文庫.jpg 『敵討 (新潮文庫)』['03年]吉村昭-歴史の記録者.png吉村昭---総特集 歴史の記録者 (文藝別冊)』['08年]

かたき討ち―復讐の作法.jpg 表題作「敵討(かたきうち)」と「最後の仇討(あだうち)」の中篇2編を収録しており、何れも実際にあった敵討に材を得ていますが、この本を知ったのは、歴史学者・氏家幹人氏が『かたき討ち-復讐の作法』('07年/中公新書)の中で、敵討というものの大変さを示す事例として紹介していたためです(江戸期、仇討には藩の許可と幕府への届出を要し、敵を追う間は脱藩して浪人になる)。

 「敵討」('00(平成12)年発表)は、伊予松山藩士の「熊倉伝十郎」が、自分の伯父を何者かに殺され、更にその仇を討とうと旅に出た父も返り討ちにあったと思われるがため、父と伯父の復讐をしようと敵を求めて自らも旅に出るという復讐劇で、24歳で伯父の被災を知り、25歳から諸国を巡ってやっと敵を探し当て、念願成就したのは彼が33歳のとき(8年越し!)。
 それでも伝十郎はまだ最後に敵を討てたから良かったものの、そのまま徒労に終わって、浪人のまま人生を棒に振ってしまう場合も少なくなかったようです。

 作者は歴史小説を指向する作家として、それまでは個人史的要素の大きい敵討は小説の素材として扱ってこなかったようですが、この敵討の敵役である「本庄茂平次」という男が、天保の改革をやった老中・水野忠邦に対する"抵抗勢力"の手先として暗躍・出世した人物らしいことを文献で知り、水野忠邦の失脚と復活(老中再任)という歴史の流れに合わせるかのように彼自身も浮沈したということに関心を持ったためのようです。
 伝十郎が茂平次を見つけた時、茂平次は沙汰待ちの囚われ人だったために伝十郎は手が出せなかったのですが、その状況で伝十郎がどう出るかというのが、当時の刑罰の実施スタイルと併せて大変興味深く読めました。

 「最後の仇討」('01(平成13)年発表)は、歴史の流れに翻弄されたという意味ではもっと極端で、主人公の「臼井六郎」が政争における父の対抗グループに両親を殺されたのが10歳の時で、その直後に大政奉還があり、六郎が父を直接手にかけた人物を突き止めたのが明治9年、19歳の時。敵である「一瀬直久」なる男は新政府での裁判所判事になっていたという...。
 しかしそれでも、その4年後に彼は復讐を果たすのですが(通算13年越し!!)、明治6年に既に「仇討禁止令」が発布されていて、この復讐事件は単たる殺人事件でしかないわけで、六郎は死罪に処せられる可能性さえある―。

 要するに、敵を討とうと思ったら仇討という"制度"は無くなっていて、それでも、仇討の精神的残滓はあったということでしょうか。
 こちらの敵討は、このタイトル通り「最後の仇討」として有名ですが、「敵討」の伝十郎が、敵をなかなか見つけられないでいる苛立ちを紛らわせるために行った遊郭で貰ってしまった病気で亡くなったのに比べると、「最後の仇討」の六郎は、後半生は商人として平穏に人生をまっとうしたようで、何となくホッとさせられました。

 敵討というのがいかに大変なものであったか。それに寄せる思いもわかるけれども、これだけの犠牲を払ってまでもやる価値があるかどうか―。

 【2003年文庫化[新潮文庫]】

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一度に2万人以上の命を奪った明治の大津波などを科学的視点で検証。どの話も凄まじい。

海の壁 三陸海岸大津波1.jpg             三陸海岸大津波2.jpg         三陸海岸大津波.jpg
海の壁―三陸沿岸大津波 (1970年)』『三陸海岸大津波 (中公文庫)』〔'84年〕『三陸海岸大津波 (文春文庫)』〔'04年〕

村昭『三陸海岸大津波』.jpg 過去に東北・三陸海岸を襲った津波のうち、とりわけ被害の大きかった明治29年の津波、昭和8年の津波、チリ地震津波(昭和35年)の3つについて、三陸地方を愛した作家・吉村昭(1927‐2006)がルポルタージュしたもので、最初に読んだ中公新書版『海の壁』は紐栞付きで160ページぐらい(一気に読めて紐栞は使わなかったと思う)。

 吉村氏は本書執筆当時40代前半で、村役場・気象台などの記録を精力的に収集し、イメージしにくい大津波の性質や実態を科学的視点で分析・検証し、一瞬にして肉親と生死を分かち生き残った人の証言などを交え、大津波のの模様を生々しく再現しています(カットバック手法は、著者の小説とも似ているが、文庫化にあたり改題したのは、ノンフィクションであることを強調したかったのか? 「海の壁」っていいタイトルだと思うけれど...)。 

海の壁 三陸海岸大津波2.jpg 3大津波のそれぞれの死者数は、1896(明治29)年の津波が26,360人、1933(昭和8)年が2,995人、1960(昭和35)年が105人で、災害記録としては、昭和8年津波のものが、親・兄弟を失った子供の作文などが多く紹介されていて胸が痛む箇所が多かったですが、スケールとしては、津波の高さ24.4mを記録し、多くの村を壊滅させ、2万人以上の人命を奪った明治29年の津波の話が、どれをとっても凄まじい。

 その中には、津波の中、刑務所から辛うじて脱出した囚人たちの中に、生存者の救出に尽力した者がいたというヒューマンな話から、風呂桶に入ったまま激浪とともに700mも流されたが助かった、という奇跡のような話までありますが、津波の波高記録が10m、20mだった所でも、皆一様に、それ以上の大津波だったと証言しています。
 事実、海抜50mにある民家を押し流していて、入り江に入ると津波は勢いを増すため、こうした波高記録は当てにならず(普通、人間の証言の方が大袈裟だと考えがちだが)明治の大津波の科学的解明は充分ではなかったと、著者は書いています(この大津波の波高記録の最高は、最終的には38.2mとなっているが、一説には50m以上とも)。

 明治の大津波と昭和8年の大津波では、大津波の前には沿岸漁村で大豊漁があるという、昔から言われている地震の"前兆"があり、また、津波が"発光"していたという証言が多々あるのも不思議で、これらの現象は今もって科学的に充分には解明されていないようです。

 一方、チリ地震の津波は、日本では地震の揺れは感知されず、しかも第1派と第2波の間隔がたいへん長いもので、このタイプはこのタイプで不気味ですが('06年のスマトラ沖地震を想起させる)、第2波が到来する前の対処の仕方が被害の明暗を分けるということが、本書でわかります。

津波を防ぐための水門「びゅうお」(静岡県・沼津港).jpg 先日、静岡・沼津の津波防災水門「びゅうお」を見てきましたが、あそこは立派。でも、こうした設備のある港は、日本でも僅かでしょう。

津波を防ぐための水門「びゅうお」(静岡県・沼津港)

 【1984年文庫化[中公文庫(『三陸海岸大津波』)]/2004年再文庫化[文春文庫(『三陸海岸大津波』)]】

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動物パニック映画のようで、抑制の効いた迫力「海の鼠」。映画よりずっといい「魚影の群れ」。

魚影の群れ 新潮文庫.jpg 魚影の群れ 新潮文庫2.jpg 『魚影の群れ』 新潮文庫 〔83年〕 海の鼠.jpg 宇和海地方 鼠駆除事業報告書 [昭和30年]

魚影の群れ ちらし.bmp 吉村昭(1927‐2006)の動物をモチーフとした小説4編(「海の鼠」「蝸牛」「鵜」「魚影の群れ」)を所収していますが、'73(昭和48)年の単行本刊行時、この中で最も長い冒頭作の「海の鼠」が本のタイトルだったのが、'83(昭和58)年の文庫化に際して、巻末の「魚影の群れ」が文庫タイトルになったのは、同年、映画「魚影の群れ」が公開されたためでしょう。

映画「魚影の群れ」(1983年)チラシ

 「海の鼠」は、愛媛・宇和島沖のある島で台風被害の後に鼠が大量発生し、それを駆除しようとする役場の担当係長をはじめ村人たちの凄絶な闘いを描いたものですが、まさに動物パニック映画みたいな感じで、ただし、それが記録文学風に書かれているだけに(台風も鼠被害も実際にあったものを小説に組み入れている)、抑制が効いてかえって迫力があります。

 殺鼠剤を撒いても天敵(青大将)を放しても鼠は増え続け、さらに新たな殺鼠剤、新たな天敵を投入してもダメ、農作物は全滅し島民は減り続け―と、状況は深刻化し、読んでいて恐ろしさもありますが、一方で天敵動物によせる人々の期待に反し、動物たちの思わぬ習性により次策を講じることを余儀なくされるという繰り返しが、何か滑稽だったりもします(鼠一匹を捕食したら満腹になり寝てしまう蛇とか)。

 「魚影の群れ」は、妻に去られ娘と2人で暮らす青森・大間のマグロ漁師が、娘に懇願されて娘の恋人を船に乗せるも、男は娘の恋人にうち解けず―、という感じで展開していく物語で、マグロ釣り漁の活写はさすがですが、全体としては、動物小説と言うよりヘミングウェイの「老人と海」にも通じるような人間ドラマ。

相米慎二.jpg魚影の群れ.jpg魚翳の群れ 夏目雅子.jpg 「セーラー服と機関銃」('81年)の相米慎二(1948‐2001/享年53)が監督し(この人の「台風クラブ」('85年)は良かった)、緒形拳、佐藤浩市(新人としてクレジットされていたと思う)らが出ていましたが、大間漁師を演じた緒形拳はともかく、娘が夏目雅子(1957-1985/享年27)、妻が十朱幸代で、キレイ過ぎて猟師の家族に見えないのが難であるのと、原作にはない人情ドラマを盛り込み過ぎたために間延びし、ラストも少し変えてしまってあるのが今一つ好きになれない―。

 原作は、文庫本70ページほどの中篇で、映画のようにだらだら、べとべとしておらず、男臭さと言うより、男の生き方の不器用さや侘びしさが滲む佳作です。

 映画「魚影の群れ」1983 予告編

緒形拳.jpg佐藤浩市.jpg魚影の群れ 緒方・佐藤.jpg「魚影の群れ」●制作年:1983年●監督:相米慎二●脚本:田中陽造●音楽:三枝成章●テーマソング(唄):原田芳雄/アンリ菅野●原作:吉村昭「魚影の群れ」●時間:135分●出演:緒形拳/夏目雅子/佐藤浩市/十朱幸代/矢崎滋/三遊亭円楽/レオナルド熊/石倉三郎●劇場公開:1983/10●配給:松竹富士●最初に観た場所:テアトル新宿 (84-02-12)(評価★★☆)●併映「居酒屋兆治」(降旗康男)

 【1973年単行本〔新潮社(『海の鼠』)〕/1983年文庫化〔新潮文庫〕/2011年再文庫化[ちくま文庫]】

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