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モダンな印象の本格推理。創作活動の初期には探偵小説を多く書いていた山本周五郎。

花匂う (新潮文庫) _.jpg   文豪ミステリー傑作選 (第2集) 0_.jpg  文豪のミステリー小説0_.jpg
花匂う (新潮文庫)』(1983/04 新潮文庫)『文豪ミステリー傑作選 (第2集) (河出文庫)』(1985/11 河出文庫)『文豪のミステリー小説 (集英社文庫 や 39-2)』(2008/02 集英社文庫)

 山手の下宿屋街にある柏ハウスの二階十号室で殺人事件が起こった。殺されたのはマダム絢という、桑港(シスコ)に本店のある獣油会社の販売監督をしている亜米利加(アメリカ)人ヂェムス・フェルドの妾であった。マダムは好色で花骨牌の名手であり、その日は昼過ぎから自分の部屋で花骨牌を、同じ柏ハウスの住人である高野信二(29)、吉田龠平(41)、木下濬一(24)の三人とやっていた。花骨牌をしている時に新聞記者の信二がある浮浪者の男に呼出され、その間に絢が殺されたのだ。無職の侖平は、絢との賭け花骨牌で多額の負債があり、ホテルVのクラアクの濬一は、絢と彼女が殺される直前まで花骨牌をやっていた。刑事課長の岊谷(せつや)氏が、部下を引き連れ捜査に乗り出す―。

山本 周五郎 2.jpg 山本周五郎(1903-1967)の初期短編小説で、1933(昭和8)年6月に雑誌「犯罪公論」に発表され、文庫で40ページほどです。この作家のイメージからすると珍しい"現代"(当時としては同時代の)推理小説で、横浜が舞台のモダンな感じがする作品である上に、本格推理小説でもあります。新潮文庫『花匂う』に収められていて、文庫解説によるとこの『花匂う』には、作者生前に刊行された「山本周五郎全集(全13巻)」('63~'64年/講談社)など何れの全集にも収録されなかった作品を収めたとのことです。但し、これらの作品は「山本周五郎 全集未収録作品集(全17 巻)」('72~'82年/実業之日本社)には収録されています(この「出来ていた青」は、『現代小説集-全集未収録作品集〈15〉』に収録)。

 初めて読んだ時は、山本周五郎にこのような作品もあったのかと思わせるものでしたが、ミステリとしてもまずまずの出来ではないでしょうか。そうしたこともあってか、共に文豪の書いたミステリーを選抜した、河出文庫の『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年)と集英社文庫の『文豪のミステリー小説』('08年)の両方に収められたりもしています。

 実は山本周五郎は、創作活動の初期には探偵小説を多く書いていて、それらは「山本周五郎探偵小説全集(全7巻)」('07~'08年/作品社)の編纂によってようやくその全貌が明らかになっています。時代小説・ミステリを中心とした文芸評論家の末國善己氏は、「山本周五郎の探偵小説の復刻が遅れたのは、散逸が激しく、公的な機関にもほとんど所蔵されていない博文館の少年少女雑誌に発表されたことも大きかったように思える」としています。

 但し、この「出来ていた青」に関して言えば、少なくともジュブナイルではないでしょう(ラストの信二の「あの女、一度でいいからマスタアしてみたかったな」とそれに続く呟きが大人向きであることを物語っている)。因みに、「山本周五郎探偵小説全集」は、第1巻から第7巻(別巻)までそれぞれ「少年探偵・春田龍介」「シャーロック・ホームズ異聞」「怪奇探偵小説」「海洋冒険譚」「スパイ小説」「軍事探偵小説」「時代伝奇小説」と銘打たれていて(まるで江戸川乱歩以上に幅広いジャンルのカバーぶり?)、この「出来ていた青」は、『シャーロック・ホームズ異聞―山本周五郎探偵小説全集 第二巻』('07年/作品社)に収められています。

 因みに、この「出来ていた青」は、1988(昭和63)年にTX「月曜・女のサスペンス」で「スペードの女」(出演:二宮さよ子、名古屋章)としてドラマ化されていますが、個人的には未見です。

【1983年文庫化[新潮文庫『花匂う』所収]/1985年文庫再録[河出文庫[『文豪ミステリー傑作選 (第2集)』所収]/2008年文庫再録[集英社文庫[『文豪のミステリー小説』]所収】

《読書MEMO》
●『文豪ミステリー傑作選(第1集)』('85年/河出文庫)
夏目漱石「趣味の遺伝」/森鴎外「魔睡」/志賀直哉「范の犯罪」/芥川龍之介「開化の殺人」/谷崎潤一郎「途上」/泉鏡花「眉かくしの霊」/川端康成「それを見た人達」/太宰治「犯人」/内田百閒「サラサーテの盤」/三島由紀夫「復讐」
●『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年/河出文庫)
黒岩涙香「無惨」/徳冨蘆花「巣鴨奇談」/久米正雄「嫌疑」/村山塊多「悪魔の舌」/岡本綺堂「兄妹の魂」/大仏次郎「怪談」/吉川英治「ナンキン墓の夢」/山本周五郎「出来ていた青/火野葦平「紅皿」/海音寺潮五郎「半蔀女」/吉屋信子「茶碗」/柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」
●『文豪のミステリー小説』('08年/集英社文庫)
夏目漱石「琴のそら音」/大佛次郎「手首」/岡本綺堂「白髪鬼」/山本周五郎「出来ていた青/大岡昇平「真昼の歩行者」/幸田露伴「あやしやな」/久米正雄「嫌疑」/柴田錬三郎「イエスの裔」/芥川龍之介「藪の中」

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黒澤映画における最後の「白黒映画作品」「三船出演作品」「泥臭いヒューマニズム作品」。

赤ひげ ちらし.jpgAkahige(1965).jpg赤ひげ dvd.jpg  赤ひげ診療譚 (新潮文庫).jpg 
Akahige(1965)赤ひげ【期間限定プライス版】 [DVD]」 『赤ひげ診療譚 (新潮文庫)』(表紙イラスト:安野光雅)

赤ひげ0.jpg 長崎で和蘭陀医学を学んだ青年・保本登(加山雄三)は、医師見習いとして小石川養生所に住み込むことになる。養生所の貧乏臭さとひげを生やし無骨な所長・赤ひげこと新出去定(三船敏郎)に好感を持てない保本は養生所の禁を犯して破門されることさえ望んでいた。しかし、赤ひげの診断と医療技術の確かさを知り、また彼を頼る貧乏な人々の姿に次第に心を動かされていく―。

三船敏郎/加山雄三

 黒澤明監督の1965年公開作品で、山本周五郎による原作『赤ひげ診療譚』(1958(昭和33)年発表)が所謂「赤ひげ診療所」で青年医師・保本登が体験するエピソード集(全8話の診療譚)という連作構成になっているため、映画の方も、それぞれ関連を持ちながらも概ね5話からなるオムニバスとなっています。原作の冒頭3話「狂女の話」「駆込み訴え」「むじな長屋」に対応するのが映画での第1話から第3話に該当する「狂女おゆみ」「老人六助とその娘おくに」「佐八とおなか」の話で、但し、映画における続く第4話「おとよ」の話は、原作の第5話「徒労に賭ける」と設定は似てなくはないものの人物像や展開は原作と異なり、この部分はドストエフスキー『虐げられた人びと』のネリーをもとにした映画オリジナルの設定だそうです。また、映画における第5話に当たる「長次」は、第6の診療譚「鶯ばか」の中の一少年の話を膨らませて改変した映画のオリジナルになっています。

赤ひげ9.jpg それら5話を挟むようにして、冒頭に、登が「赤ひげ診療所」に来て、保本と入れ替わりで診療所を去っていく津川玄三(江原達怡)に案内されて、診療所の凄まじい実態を突きつけられ、赤ひげこと新出医師に対して沸き起こった反発心を同僚の杉半太夫(土屋嘉男)に吐露する様と、ラストに、登とかつての登の許嫁であったちぐさ(藤山陽子)の妹であるまさえ(内藤洋子)との結婚内祝い並びに、登が診療所に留まることを赤ひげに懇願する場面がきています。
土屋嘉男/加山雄三/三船敏郎

赤ひげ01.jpg 以前観た時は、オムニバス系形式であるうえに、登の冒頭とラストの大きな変化も物語的に見れば予定調和と言えば予定調和でもあるために、ストーリー的にインパクトが弱かったような気がして、おそらく黒澤作品の中で相対評価したのでしょうが、◎ではなく○の評価でした。しかし今回観直してみて、3時間を飽きさせずに見せる要因として、話がオムニバス形式になっているのが効いているのではないかと思いました。また、昔観た時に、ちょっと話が出来過ぎているなあと思った部分も、今観ると、カタルシス効果という面でヒューマン・ドラマの王道を行っているし(しかも完成されたモノクロ映像美の雄弁さ)、この作品は、黒澤映画における最後の「白黒映画作品」「三船敏郎出演作品」「泥臭いヒューマニズム作品」とされているそうですが、"泥臭い"というのは確かに当たっているなあと思う一方で、黒澤にとって赤ひげのような人物を演じ切れる三船敏郎という役者の存在は大きかったなあと思いました(三船敏郎はこの作品で「用心棒」('61年/松竹)に続いて2度目のヴェネツィア国際映画祭主演男優賞受賞。三船敏郎は同映画祭で歴代唯一の日本人男優賞受賞者)。

 黒澤明監督はこの作品に対し「日本映画の危機が叫ばれているが、それを救うものは映画を創る人々の情熱と誠実以外にはない。私は、赤ひげ 香川.jpgこの『赤ひげ』という作品の中にスタッフ全員の力をギリギリまで絞り出してもらう。そして映画の可能性をギリギリまで追ってみる」という熱意で臨み、そのため結局完成までに2年もかかってしまったということですが、それだけに、三船敏郎ばかりでなく、各エピソードの役者の熱演には光るものがあります。

赤ひげ03.jpg まず、「狂女おゆみ」の話の座敷牢に隔離された美しく若い狂女を演じた香川京子。告白話をしながら登に迫るインフォマニア(色情狂)ぶりは、"蟷螂女"の怖さを滲ませて秀逸でしたが、小津安二郎の「東京物語」('53年/松竹)で尾道の実家を守る次女を、溝口健二の「山椒大夫」('54年/大映)で弟思いの安寿を演じ、黒澤作品「天国と地獄」('63年/東宝)では三船演じる権藤専務の妻を演じたばかりだった彼女にしては珍しい役柄だったのではないでしょうか。

 続く「老人六助とその娘おくに」の話の診療所で死んだ六助(藤原釜足)の娘・おくにを演じた根岸明美の、父親の不幸を語る10分近い長ゼリフも凄赤ひげ 根岸明美 .jpgかったと思います(原作ではおくには既に北町奉行所に囚われていて、赤ひげは藤沢周平の「獄医・立花登」的な立場で会いに行くのだが、映画では診療所内で彼女の告白がある)。おくにを演じた根岸明美は、このシーンは本番で一発で黒澤明監督のOKを引き出したというからますますスゴイことです(ラッシュを観て、その時の苦心を思い出して居たたまれなくなり席を外したという)。

赤ひげ05.jpg 「佐八とおなか」の話は、山崎努演じる「むじな長屋」の佐八(長屋で"いい人"として慕われている)が臨終に際して自分がなぜ皆のために尽くしてきたか、それが実はかつて大火で生き別れた赤ひげ 山﨑2.jpg女房・おなか(桑野みゆき)に対する罪滅ぼしであったことを臨終の床で語るもので、この部分だけ回想シーン使われていますが、考えてみればこれもまた告白譚でした。山崎努は、「天国と地獄」の次に出た黒澤作品がこの「赤ひげ」の"臨終男"だったことになりますが、「天国と地獄」の誘拐犯役で日本中の嫌われ者になってしまったと黒澤監督にぼやいたら、「それは気の毒をした」と黒澤監督が山崎努を"超"善人役に配したという裏話があるそうです。

赤ひげ 二木.jpg 第4話「おとよ」の話は、赤ひげが、娼家の女主人(杉村春子)の元から、二木てるみ演じる少女おとよを治療かたがた"足抜け"させるもので、ここで赤ひげは娼家の用心棒をしている地廻りのヤクザらと大立ち回りを演じますが(ここだけアクション映画になっている!)、この二木てるみのデビユーは黒澤明監督の「七人の侍」('54年/東宝)で当時3歳。個人的にはこの名を知った頃には既に名子役として知られていましたが、名子役と言われた由縁は、この第4話「おとよ」と次の「長次」を観ればよく判ります。


赤ひげ 頭師.jpg赤ひげ07.jpg その映画内での第5話にあたる「長次」では、貧しい家に生まれ育ち、一家無理心中に巻き込まれる男の子・長次を頭師佳孝が演じていますが、二木てるみと頭師佳孝とが出逢う子役2人だけの会話で綴られる6分間のカットは、撮影現場で見ている人が涙ぐむほどの名演で、黒澤明監督も百点満点だと絶賛したそうです。個人的には、おとよが井戸に向かって長次の名を呼び、死の淵をさまよう彼を呼び戻そうとする場面は、黒澤作品全体の中でも最も"泣ける"場面であるように思います(原作では長次は死んでしまうが...)。

赤ひげ その3.jpg この作品、原作者の山本周五郎さえも「原作以上」と絶賛したそうで、原作も傑作ながら(原作では「おくめ殺し」というのが結構ミステリっぽくて面白かった)、「おとよ」は原作を大きく変えているし、「長次」に至っては全くのオリジナルですが、原作から改変しているのに原作者が「原作以上」と褒めているというのが黒澤明のスゴイところではないかと(その前に3話、ほぼ忠実に原作を再現しているというのはあるが)。
内藤洋子(まさえ)/加山雄三(保本登)/田中絹代(登の母)

赤ひげ 笠智衆.jpg ラストの登とまさとの結婚内祝いの場面で、登の母親役の田中絹代に加えて父親役で笠智衆が出てきますが、これは黒澤が先輩監督である小津安二郎と溝口健二に敬意を表して、それぞれの監督作の看板役者をキャスティングしたとのことで(田中絹代は溝口映画だけではなく小津映画にも多く出ているが)、このことからも、黒澤がこの作品にどれだけ入れ込んだかが窺い知れるように思いました。
笠智衆(登の父)/三船敏郎(媒酌人の「赤ひげ」こと新出去定)/内藤洋子(まさえ)/風見章子(まさえの母)

加山雄三(保本登)/杉村春子(娼家「櫻屋」の女主人・きん)
赤ひげ 杉村春子.jpg「赤ひげ」●制作年:1965年●監督:黒澤明●製作:田中友幸/菊島隆三●脚本:井手雅人/小国英雄/菊島隆三/黒澤明●撮影:中井朝一/斎藤孝雄●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「赤ひげ診療譚」●時間:185分●出演:三船敏郎/加山雄三/山崎努/団令子/桑野みゆき/香川京子/江原達怡/二木てるみ/根岸明美/頭師佳孝/土屋嘉男/東野英治郎/志村喬/笠智衆/杉村春子/田中絹代/柳永二郎/三井弘次/西村晃/千葉信男/藤原釜足/三津田健/藤山陽子/内藤洋子/七尾伶子/辻伊万里/野村昭子/三戸部スエ/菅井長次(頭師佳孝)2.jpg長次(頭師佳孝).jpgきん/荒木道子/左卜全/渡辺篤/小川安三/佐田豊/沢村いき雄/本間文子/出雲八重子/中村美代子/風見章子/常田富士男●公開:1965/04●配給:東宝●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(10-09-04)(評価:★★★★☆)
二木てるみ(おとよ)/頭師佳孝(長次)

『赤ひげ診療譚』...【1959年単行本[文藝春秋新社]/1962年ロマンブックス[講談社]/1964年文庫化[新潮文庫]/2008年再文庫化[時代小説文庫]】

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現在のディズニーランド付近に昭和初期にあった"ネバーランド"を描いたともとれる作品。

青べか物語1.jpg 『青べか物語 (新潮文庫)』 ['64年初版/'08年改版]

 「浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。町はさして大きくはないが、貝の缶詰工場と、貝殻を焼いて石灰を作る工場と、冬から春にかけて無数にできる海苔干し場と、そして、魚釣りに来る客のための釣船屋と、ごったくやといわれる小料理屋の多いのが、他の町とは違った性格をみせていた」という書き出しで始まるこの物語は、今では東京ディズニーリゾートのある場所というイメージが真っ先に来る千葉県・浦安市の昭和初期の町の様子がモデルになっていて(今とはまさに"隔世の感")、そこに暮らす人々の一見常識外れで無節操に見える振る舞いの底にある、素朴で人情味ある気質や強く生命力に溢れた生き様を30ばかりのエピソードで綴っています。

 蒸気船の発着場所付近に居を構えたことから、町の人から「蒸気河岸の先生」と呼ばれている売れない作家の「私」は、"狡猾"な老人から青塗りの「べか舟」を買わされて最初はそのことを後悔しますが、やがてこの「青べか」で浅瀬や用水堀に出て釣りや昼寝を楽しむようになり、と言って、町の人々に同化するのではなくあくまでも部外者として、そうした個性あふれる地元の人々を定点観察しているようなスタンスです。

30年ぶりに再開して当時を振り返る周五郎氏(左)と吉野長太郎(右).jpg この作品は1960(昭和35)年1月から12月にかけて「文藝春秋」に連載されたもので、この年、作者は57歳。実際に作者が浦安に住んだのは、1924(大正15)年からの3年間、23歳から26歳までの間のことで、町の人から「先生」と呼ばれているけれど、まだ若かったのだなあと。

 文庫版解説の平野謙(1907-1978)が、この作品を「ノン・フィクションとみせかけた精妙なフィクションにほかならぬ」ものとしていますが、確かに登場する人々はむしろ作者の歴史時代小説に出てくる人物に近いかも。
 浦安を「浦粕」、江戸川を「根戸川」と置き換えている時点で、作者自身が既にそのこと(この物語がフィクションであること)を断り書きしているともとれますが、30年前を振り返りながら書いていることから、"ネバーランド"的な理想化が施されていることは、作者自身も自覚していたのではないでしょうか。この作品は昭和37(1962)年に新藤兼人脚本、川島雄三監督、森繁久弥主演で映画化されています。

[上]30年ぶりに再会し当時を振り返る山本周五郎(左)と吉野長太郎(右)(「船宿・吉野屋」のホームページより)

2d49a1246d42c540d75af2ca2bf72683.jpg 浦安を離れて8年後と30年後(昭和35年11月)にその地を再訪した際のことが、最後の「おわりに」「三十年後」にそれぞれ綴られていて、「留さん」という男のその男甲斐の無さを短篇に書いて既に発表していたその本人に8年後に偶然遭って、書かれたものを大事にとってあり「家宝」にすると言われて衝撃を受け、30年後の訪問でその死を知るくだりは、一気にノンフィクション感が高まり、この虚実皮膜の間がこの作品の妙なのかもとも思いました。
 常に「私」を味方してくれた船宿の三男坊の小学生「長」が、船宿の主人になっていたということもさることながら、その、「長」こと長太郎が「私」のことを記憶していなかったということなどからも、同じような印象を抱きました。

 所収の短篇中、平野謙は、「白い人たち」や「朝日屋騒動」などを感銘したものとして挙げていますが、個人的には「白い人たち」には純文学に近いものを感じ(平野謙は"純文学"という概念をある意味否定した評論家でもあるが)、平野謙が特に推してはいない「蜜柑の木」「水汲みばか」「砂と柘榴」「繁あね」「土提の春」「芦の中の一夜」などが好きな作品、平野謙が"反撥"したという「家鴨(あひる)」もいいと思いましたが、やはり一番は「蜜柑の木」かな。登場する夫婦にしたたかさを感じました。

映画 青べか物語.jpg「青べか物語」('62年/東宝)監督:川島雄三/原作:山本周五郎/撮影:岡崎宏三/音楽:池野成/美術:小島基司/脚本:新藤兼人
出演:森繁久彌/東野英治郎/南弘子/丹阿弥谷津子/左幸子/紅美恵子/富永美沙子/都家かつ江/フランキー堺/千石規子/中村メイコ/池内淳子/加藤武/中村是好/桂小金治 /市原悦子/山茶花究/乙羽信子/園井啓介/左卜全/井川比佐志/東野英心

 【1964年文庫化・2008年改版〔新潮文庫〕】

《読書MEMO》
●所収33篇
はじめに/「青べか」を買った話/蜜柑の木/水汲みばか/青べか馴らし/砂と柘榴/人はなんによって生くるか/繁あね/土提の春/土提の夏/土提の秋/土提の冬/白い人たち/ごったくや/対話(砂について) /もくしょう/経済原理/朝日屋騒動/貝盗人/狐火/芦の中の一夜/浦粕の宗五郎/おらあ抵抗しなかった/長と猛獣映画/SASE BAKA/家鴨(あひる) /あいびき/毒をのむと苦しい/残酷な挿話/けけち/留さんと女/おわりに/三十年後

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「雨あがる」の主人公と似ている「日日平安」(「椿三十郎」の原作)の主人公。

雨あがる 山本周五郎短篇傑作選.jpg 日日平安.jpg    椿三十.bmp 「椿三十郎」1962.jpg
雨あがる―山本周五郎短篇傑作選』 〔'99年〕/『日日平安』 新潮文庫/「椿三十郎 [DVD]

 『雨あがる―山本周五郎短篇傑作選』('99年/角川書店)は、山本周五郎(1903‐1967)の時代小説のうち、「日日平安」「つゆのひぬま」「なんの花か薫る」「雨あがる」の4編を所収し、これらは何れも黒澤明(1910-1998)監督が映画化した、或いは映画化しようとして脚本化していたものにあたります。

椿三十郎 三船 仲代.jpg椿三十郎パンフ.jpg 「日日平安」は、映画「椿三十郎」('62年/黒澤プロ=東宝)の原作で、城代家老を陥れようとする次席家老ら奸臣たちに対し、城代の危難を救うべく起ち上がった若い侍たちを素浪人が助太刀するというストーリーは映画と同じ。但し、原作の助太刀浪人・菅田平野は、映画の椿三十郎のような神がかり的剣豪ではなく(映画の中の三船敏郎と仲代達矢の"噴血"決闘シーンは有名だが、原作にこうした決闘場面は無い)、どちらかと言うと、切羽詰ると知恵を絞って苦境を乗り切るタイプで、未熟な若侍たちをリードしながらも、結構自分自身焦りまくっていたりします。

「椿三十郎」 (黒澤プロ=東宝)
「椿三十郎」.jpg『椿三十郎』(1962).jpg 城代のグループを手助けすることになったついでに、あわよくば仕官が叶えばと思っているくせに、城代の救出が成ると自ら姿を消すという美意識の持ち主で、それでも一方で、誰か追っかけて来て呼び止めてくれないかなあなんて考えている、こうした等身大の人物像がユーモラスに描かれていて、読後感もいいです。
Tsubaki Sanjûrô(1962)
椿三十郎ポスター.jpg 黒澤明は最初は原作に忠実に沿って、やや脆弱な人物像の主人公として脚本を書いたのですが、映画会社に採用されず、その後映画「用心棒」('61年)が大ヒットしたためその続編に近いものを要請されて、一度はオクラになっていた脚本を、「用心棒」で三船が演じた桑畑三十郎のイメージに合わせて「剣豪」時代劇風に脚色し直したそうで、ついでに主人公の名前まで菅田平野→椿三十郎と、前作に似せたものに変えたわけです(映画の中では、主人公が自分でテキトーに付けた呼び名とされている)。

 原作に大幅に手を加えて原作をダメにしてしまう監督や脚本家は多くいますが、黒澤明の場合は第一級のエンタテインメントに仕上げてみせるから立派としか言いようがなく(この作品は昭和47年のお正月映画だった)、「原作を捻じ曲げて云々...」といった類のケチをつける隙がありません。

三船敏郎、土屋嘉男、加山雄三、田中邦衛  
椿三十郎4b0.jpg「椿三十郎」●制作年:1962年●製作:東宝・黒澤プロダクション●監督:黒澤明●脚本:黒澤明/菊島隆三/小国英雄●撮影:小三船三十郎と仲代.jpg泉福造/斎藤孝雄●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「日日平安」●時間:96分●出演:三船敏郎/仲代達矢/司葉子/加山雄三/小林桂樹/団令子/志村喬/藤原釜足/入江たか子/清水将夫/伊藤雄之助/久保明/太刀川寛/土屋嘉男/田中邦衛/江原達怡/平田昭彦/小川虎之助/堺左千夫/松井鍵三/樋口年子/波里達彦/佐田豊/清水元/大友伸/広瀬正一/大橋史典●劇場公開:1962/01●配給:東宝●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(11-01-10)(評価★★★★☆)

雨あがる.jpg 黒澤明の没後に小泉堯史監督により映画化された「雨あがる」('99年/東宝)の原作「雨あがる」の主人公・伊兵衛も浪人ですが、こちらは柔術などもこなす剣豪で、ただし、腕を生かして仕官したいのはやまやまだが、人を押しのけてまで仕官するぐらいなら妻と仲良く暮らせればそれでいいという人物。人助けの際に見せた自分の腕前が見込まれて士官が叶いそうになるが...。

雨あがる 特別版 [DVD]

雨あがる 00.jpg 映画化作品の方は、28年間にわたって黒澤の助手を務めたという経歴を持つ小泉堯史監督の監督デビュー作で、スタッフ・キャストを含め「黒澤組」が結集して作った作品でもあり、冒頭に「この映画を黒澤明監督に捧げる」とあります。

雨あがる01.jpg 元が中編でそれを引き延ばしているだけに、良く言えばじっくり撮っていると言えますが、ややスローな印象も。伊兵衛を演じた寺尾聡は悪くなかったけれど、脇役陣(エキストラ級の端役陣)のセリフが「学芸会」調だったりして、黒澤明監督ならこんな演技にはOKを出さないだろうと思われる場面がいくつかありました。
  
 日本アカデミー賞において最優秀作品賞、最優秀脚本賞(故・黒澤明)、最優秀主演男優賞(寺尾聡)、最優秀助演女優賞(原田美枝子)、最優秀音楽賞(佐藤勝)、最優秀撮影賞(上田正治)、最優秀照明賞(佐野武治)、最優秀美術賞(村木与四郎)の8部門の最優秀賞を獲得。但し、個人的には、セリフの一部が現代語っぽくなっている部分もあり、それが少し気になりました。これは黒澤作品でもみられますが(そもそも、この作品の脚本は黒澤自身)、黒澤監督作品の場合、骨太の演出でカバーして不自然さを感じさせないところが、この映画では、先の「学芸会」調も含め、そうした勢いが感じられませんでした。そのため、そうした不自然さが目立った印象を受けたのかも。

雨あがるes.jpg雨あがる-Press01.JPG「雨あがる」●制作年:2000年●製作:黒澤久雄/原正人●監督:小泉堯史●脚本:黒澤明/菊島隆三/小国英雄●撮影:上田正治●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「雨あがる」●時間:96分●出演:寺尾聰/宮崎美子/三船史郎/吉岡秀隆/仲代達矢/原田美枝子/井川比佐志/檀ふみ/大寶智子/松村達雄/奥村公延/頭師孝雄/山口馬木也/森塚敏/犬山半太夫/鈴木美恵/児玉謙次/加藤隆之/森山祐子/下川辰平●劇場公開:2000/01●配給:東宝 (評価★★★)

 映画の「椿三十郎」と「雨あがる」の主人公は、剣豪という意味では同じであるものの人物造型はかなり違っている感じがしましたが、それぞれの原作においては、片や脆弱、片や剣豪、ただし、ついつい人助けをする人の良さや、自分の腕前や手柄に自分自身何となく気恥ずかしさのようなものを持っている点で、かなり通じる部分があるキャラクターだと言えるのではないでしょうか。また、こうした人物像に対する愛着が、山本周五郎と黒澤明の共通項としてあるような気がします。

 「雨あがる」...【1956年単行本〔同光社〕/2008年文庫化[時代小説文庫]】 「日日平安」...【1958年単行本〔角川書店〕/1965年文庫化・1989年・2003年改版〔新潮文庫〕/2006年再文庫化[ハルキ文庫→時代小説文庫]】

《読書MEMO》
●「日日平安」...1954(昭和29)年発表 ★★★★
●「つゆのひぬま」「なんの花か薫る」...1956(昭和31)年発表 ★★★
●「雨あがる」...1951(昭和26)年発表 ★★★★

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逆境の中、ひたむき、愚直に生きる人間像。悲恋物語だが、爽やかさも覚える「柳橋物語」。

柳橋物語・むかしも今も.jpg 『柳橋物語・むかしも今も (新潮文庫)』(カバー:岡田嘉夫)
明暦の大火(「江戸火事図会」江戸東京博物館)
明暦の大火.jpg 1946(昭和21)年発表の「柳橋物語」は、上方に働きに出る〈庄吉〉に、幼さゆえの恋情で「待っているわ」と夫婦約束をした〈おせん〉が、江戸の大火(明暦の大火・1657年)で生活のすべてを失って記憶喪失になるまでショックを受ながらも、逃げのびる際に拾った赤子をわが子のように育てるものの、上方から戻った庄吉はそれを見て彼女の不義理ととる―という、たたみかけるような逆境に翻弄される一女性の人生を描いたもの。

 逆境においても常にひたむきなおせんもそうですが、普段は粗野なスタイルでしか彼女に接することができず、庄吉一途の彼女に嫌われながも、大火の混乱の中、彼女を助けつつ死んでいく幸太や、無愛想だが被災後の彼女の生活をこまめに助ける松造など、印象に残る登場人物が多かったです。庄吉さえも本来は悪い人物ではなく、この作品は運命のいたずらがもたらした悲恋の物語と言えますが、最後におせんは死者である幸太と捨て子だった幸太郎とで、固い絆で結ばれた家族を形成しようとしているようで、その決意に爽やかさを覚える読者も多いのではないでしょうか。

 下町の人情と風俗を巧みに描いている点はさすがですが、その合間に1703年から翌年にかけての赤穂浪士の切腹、江戸大火、元禄地震、利根川洪水などの史実が盛り込まれていて、とりわけ主人公たちの運命を大きく変える明暦の大火の描写は、被災者の目線に立った臨場感溢れるものになっています。この作品が昭和21年に発表されたことを思うと、戦災の記憶を蘇らせながら読んだ読者も当時多かったのでは。

 1949(昭和24)年発表の「むかしも今も」は、グズで愚直な指物師〈直吉〉が、傾きかけた親方の商売とその家の娘〈おまき〉を懸命に守ろうと努力する話で、直吉のおまきに対する献身は、おまきが後に目を病んで三味線で生計を立てようとするところなども含め、山本周五郎版『春琴抄』といった趣きもある作品。最後におまきは直吉に心を開きますが、そこに至るまでの過程は、『春琴抄』の佐助以上にストイックであるとも言え、そのためラストは「柳橋物語」以上にストレートなカタルシスがあります。

 「むかしも今も」の直吉の人物像は後年の『さぶ』に繋がるような気がし、一方「柳橋物語」は、より初期の『小説 日本婦道記』の流れを引いている感じもしますが、作品の厚み、凄みのような部分では「柳橋物語」の方が1枚上であるような気がします。

 【1964年文庫化・1987年改版〔新潮文庫〕】

《読書MEMO》
●「柳橋物語」...1946(昭和21)年発表 ★★★★☆
●「むかしも今も」...1949(昭和24)年発表 ★★★★

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