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新書らしくコンパクトにまとまった戦国史、人物列伝。また、著者の小説が読みたくなる。

孟嘗君と戦国時代.jpg孟嘗君と戦国時代 (中公新書)』['09年]宮城谷昌光(孟嘗君と戦国時代).jpg NHK教育テレビ「知るを楽しむ」

NHK知るを楽しむ 孟嘗君と戦国時代.jpg 著者が出演したNHK教育テレビの「知るを楽しむ」('08年10月から11月放送・全8回)のテキストを踏まえ、加筆修正したもので、テレビ番組を一部観て、著者の語りも悪くないなあと思いましたが、こうして本になったものを見ると、著者の小説のトーンに近いように思え、また、小説同様に、或いはそれ以上に読み易く感じました。
この人この世界 2008年10-11月 (NHK知るを楽しむ/月)

孟嘗君 1.jpg 著者の小説『孟嘗君(全5巻)』('95年/講談社)は、単行本で1500ページほどありますが、前半部分はその育ての親で任侠の快男児・風洪(後の大商人「白圭」)を中心に展開され、風洪の義弟で秦の法治国家としての礎を築いた公孫鞅(商鞅)や、天才的軍師で田文(孟嘗君)が師と仰ぐ孫臏(孫子)の活躍が描かれ、田文が活躍し始めるのは第3巻の中盤ぐらいから、つまり後半からです。

 一方、全8章から成る本書も、第1章で春秋時代と戦国時代の違いや戦国時代初期の魏の文候と孟嘗君以外の戦国の四君に触れ、第2章から第4章にかけて春秋時代からの斉の歴史を、管仲や孫臏の活躍を織り交ぜながら解説し、第5章で田文の父・田嬰に触れ、第6章では稷下を賑わした諸子百家に触れ...といった感じで、孟嘗君田文の活躍が始まるのが第7章、鶏鳴狗盗の故事が出てくるのは最終の第8章です。

 でも、これはこれで、斉を中心とした戦国時代史として読め、また、新書らしくコンパクトに纏まった人物列伝でもあり、とりわけ、第6章の諸子百家の解説は、儒家と墨家、道家と法家、名家と縦横家などの思想の違いが、それぞれの代表的人物を通して分かり易く把握できるものになっています。

 田嬰が、妾に産ませたわが子(田文)を殺すように命じ、困った田文の母が邸外で密かに育てたという話は、小説では、田文の母・青欄がその子を庭師の僕延に託し、僕延は反体制派の警察長官・射弥(えきや)にその子を託し、そこには別に女の赤ん坊もいたが、僕延が射弥宅を再訪したときは射弥は殺され、赤ん坊は2人とも消えており、2人の赤ん坊のうち、「文」という刺青のある男児の方は、没落貴族の末裔で隊商用心棒・風洪(白圭)に救われて自分の子として育てられ、十数年後に父に見え認知されるとともに、かつて射弥宅に一緒にいた女児の成人となった女性とも再会するという壮大なストーリー展開なのでが、本書では、『史記』の記事からは「誰がどのように育てたかがわからない」とあっさりしていて、次はいきなり田文が父に謁見する場面になっています(う〜ん、どこまでがあの小説の著者の"創作"なのだろうか)。

 『孟嘗君』を読んだ人には、手軽な振り返りとして楽しめ、また、読んでいない人も含め、著者の中国戦国時代小説を読みたくなる本です。

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項羽・劉邦よりずっと偉かった田王。歴史上の人物に対して様々な評価ができることを示す。

香乱記〈上巻〉.jpg 香乱記〈中巻〉.jpg 香乱記〈下巻〉.jpg香乱記〈上〉』『香乱記〈中〉』『香乱記〈下〉』['04年]
 秦王朝末期、戦国時代の斉王・田氏の末裔である田儋(でんたん)・田栄・田王の3兄弟は、偶然助けた高名な人相見・許負から「3人とも将来王になる」と予言される―。

 始皇帝の病没から陳勝呉広の乱を経て楚漢戦争(項羽と劉邦の争い)にかけての時代に、斉国の再建に命を賭け、不屈の反骨精神をもって秦にも項羽・劉邦の何れにも与せず義に生きた、斉の田王を主人公とした長編小説。

 前半は田氏3兄弟と主従の堅い結束が快く、田王はいったんは始皇帝の太子・扶蘇の客となりますが、始皇帝没後の権力抗争で台頭した宦官・趙高の陰謀により扶蘇は自害させられ、暗愚な二世皇帝の暴政により中国全土に戦乱の嵐が吹き荒れる―、中盤は、こうした王朝の崩壊過程と、各地での諸王の抗争が中心に描かれています。
 強大な中央集権国家が、愚帝と利己的な権力者によりまたたく間に衰亡していく様や、各地の群雄割拠ぶりは読んでいて面白く、また示唆するものも多いですが、そちら方の記述に追われて、その分田王の人柄などの描き方はやや浅くなったかなあと思いました。

 しかし後半、「人を殺し続けて」台頭する項羽と劉邦に対し、それらの抵抗勢力として「人を生かし続けて」屹立する田王の生き様が、再びくっきり描かれるようになり、蘭林・岸当・展成・保衣といった様々経歴を持つ配下の異能ぶり・活躍ぶりも光っていて、彼らの田王への傾倒を通して、田王のリーダーシップと、名宰相・管仲にも匹敵する民心を集める求心力を窺い知ることができました。

 特徴的なのは、劉邦を、項羽と同じく残忍で、あるいは項羽以上に狡猾な人物として描いていることで、田王への贔屓の引き倒しではないかとみる人もいるかも知れませんが、漢の高祖となった劉邦の評価が後世に増幅された可能性を考えると、劉邦は秦都・咸陽を無血開城したから殺戮者として咸陽に乗り込んだ項羽より偉かった、というような単純なものでもないのでしょう。
 「背水の陣」で知られる韓信などの評価も低く、それらは著者なりの確信があってのものでしょうが、歴史上の人物に対して様々な見方ができることを示した物語でもあると思いました。

 作者は、本書刊行の'04年に第52回「菊池寛」賞を受賞しています。

 【2006年文庫化[新潮文庫(全4巻)]】

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2700年前の友情物語。才能を見抜く力、人を信じる力の重要さもテーマと言えるかも。

管仲上.jpg 管仲下.jpg  『管仲 上』 『管仲 下』 (2003/04 角川書店)
管鮑の交わり.jpg
 中国の春秋時代の最初の覇者となった斉の桓公に仕えた名宰相・管仲と、彼を桓公に補佐役として推挙した鮑叔(ほうしゅく)の、"管鮑の交わり"として知られる友情を描いた作品(「2700年前の友情」ということになる)。

 不遇時代を送っていた管仲は、幼馴染みの鮑叔に招かれ斉の国に来ますが、斉の襄公は血縁の妹・文姜と交わる一方、誅殺と暴虐を重ねるなど非道の圧政者で、その弟の公子糾や公子小白は、誅殺を逃れるために亡命、やがて襄公は公孫無知に暗殺され、その公孫無知もまたすぐに暗殺される事態となって、公子糾に仕えていた管仲と公子小白に仕えていた鮑叔は、君主の座をめぐる相続争いで対峙しなければならなくなる―。

 管仲は公子小白に弓矢を引きますが、その矢は小白の帯鉤((ベルトのバックル)に当たって小白は助かり、やがて公子糾を破り斉の桓公となった小白が、鮑叔の進言により敵方だった管仲を罰せずに宰相として起用した結果、その政治・経済・軍事面での天才ぶりに助けられて斉の国を復興、後に春秋五覇と言われる覇者の最初の1人となったのは有名な話。
 物語は、謎の多い管仲の前半生を鮑叔との運命的な出会いから語り起こしていて、共に商売したり遊学したりしつつ双方絆を深め、お互いを高めあっていく様が爽やかです。

 管仲が過去の悲恋体験から心に闇を抱えた人物として描かれている一方で、鮑叔が早くから管仲の天才を見抜き、その能力がいつか発揮できるようにと、常に明るく鷹揚に管仲をバックアップしているのが印象的でした。
 鮑叔自身も、主人の小白の首府脱出行を完璧に遂行するなど、度量と才覚のある人物で、一端の野心家なら自分が宰相になろうとするところですが、管仲の才能に絶大の信を置き、国治において彼は敵わないと思っている、この謙虚さが良く、むしろ管仲を通じて自分がやりたかった国づくりというものを十二分に実現したと言えるのではないでしょうか。

 一方で、公子糾のように管仲を傍に置きながらその才能の凄さがわからなかった人もいて、「友情」は確かにこの作品の主テーマですが、「才能を見抜く力」「人を信じる力」の重要さももう1つのテーマとなっている作品だと思います。

 【2006年文庫化[文春文庫(上・下)]】

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風洪(後の大商人「白圭」)の義侠心が爽やか。ミステリ的要素も含んだエンタテインメント。

孟嘗君 1.jpg 孟嘗君 2.jpg 孟嘗君 3.jpg 孟嘗君 4.jpg 孟嘗君 5.jpg 『孟嘗君〈1〉』 『孟嘗君〈2〉』 『孟嘗君〈3〉』 『孟嘗君〈4〉』 『孟嘗君〈5〉』 (全5巻)
『孟嘗君』中日新聞連載.jpg
 中国戦国時代、紀元前4世紀半ば頃、斉の王族であり政治家でもある田嬰は、妾・青欄に産ませたわが子を殺すように命じるが、青欄はその子を庭師の僕延に託し、僕延は斉の警察長官の職にありながら実は反体制派である射弥(えきや)にその子を託す。そこには別に女の赤ん坊もいたが、僕延が射弥宅を再訪したときは射弥は殺され、赤ん坊は2人とも消えていた。その2人の赤ん坊のうち、「文」という刺青のある男児の方は、没落貴族の末裔で隊商の用心棒をしていた風洪という男に救われ、風洪は赤ん坊の出自がわからないままにその子をわが子として育てることになるが、女児の方は一体どうなったか―。

 中日新聞や神戸新聞などブロック紙・地方紙に連載された小説で、"食客三千人"で有名な孟嘗君(田文)が主人公の話ですが、単行本全5冊の物語の前半は、その育ての親で任侠の快男児・風洪(後の大商人「白圭」)を中心に展開され、第1冊は風洪の義弟となる公孫鞅が秦に仕官するまでの話(公孫鞅は後の「商鞅」、法治国家・秦の土台づくりをする人物)、第2冊は風洪の志学編といったところで、斉巨、鄭両といった豪商との交わり、罪人となっていた孫臏(孫子)の救出劇、第3巻はその孫臏の軍神的活躍を描き、第3冊の中盤ぐらいから、白圭の下で育ち天才軍師・孫臏を師とする田文が徐々に頭角を現し、以降第5冊にかけて、田文が中国全土に影響を及ぼす大政治家になるまでを描いています。

 前半は活劇風冒険譚といった感じで楽しめ、風洪の陽性の侠気が快く、後半は複雑な国家情勢の中で、常に人民を思いやる政治姿勢を貫く田文とそれを助ける食客たちの活躍がよく(その1つが"鶏鳴狗盗"の故事として伝えられる出来事)、また全体を通して様々な登場人物が数奇な運命の糸に操られながらも風洪・田文という2人の主人公に収斂していく様が、ミステリ的要素も含んだエンタテインメント性の高い物語として結実しています。

 国内の権力抗争や他国との合従連衡などは企業小説的な読み方も出来て、諸国を巡る論客である蘇秦や張儀、孟軻(孟子)などはいわば経営コンサルタント、斉・魏・秦の宰相となった田文はヘッドハンティングされる経営スペシャリストのような観もありますが、そういう読み方をする際にも忘れてはならないのは、田文に受け継がれた白圭の社会奉仕の精神でしょう(これはドラッカーの「企業は社会のものである」という考え方の先駆ともとれる)。
 白圭が臨終において田文に語る「助けてくれた人に礼をいうより、助けてあげた人に礼をいうものだ」という言葉が、単に言葉上のものでなく実を伴ったものとして伝わってきます。

 【1998年文庫化[講談社文庫(全5巻)]】

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