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木村拓哉は軽い感じだったが、原作の良さ、周囲の演技陣に助けられていた。

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木村拓哉/壇れい
武士の一分 [木村拓哉]|中古DVD [レンタル落ち] [DVD]
 
「武士の一分」01.jpg 幕末時代の海坂藩。優れた剣技を生かされることなく毒見役の職を務める小侍の三村新之丞(木村拓哉)は、毒味の仕事の最中倒れ、城内は藩主の暗殺未遂の疑いで騒然となるが、原因はつぶ貝の貝毒と判明。城内は落ち着きを取り戻したものの「武士の一分」02.jpg、御広敷番頭の樋口作之助(小林稔侍)は責任を取らされ切腹の運びとなる。三日後に意識を取り戻した新之丞は、自分の「武士の一分」03.jpg目が見えなくなっていることに気がつく。妻・加世(檀れい)は医師の玄斎(大地康雄)を頼るが、彼は「新之丞の目はもう治らない」と告げる。視力を失ったかわりに、他の感覚に鋭さが増し、加世の化粧の臭い等から男の影を感じ取る。最初に加世に関する話を持ってきたのは「武士の一分」04.jpg従妹の波多野以寧(桃井かおり)だった。ある場所、加世を見たという噂を持ち込んだのだ。その場所が武家の妻女が夜分出入りすべき町ではなかった。視力を失って以来、久方ぶりに新之丞は剣の稽古をした。だが、以「武士の一分」木村.jpgで前と勝手が違う。最初は戸惑いを覚えることが多かった。ある時、新之丞は徳蔵(笹野高史)に加世の尾行を命じた。その結果、噂は本当だったのが判明した。相手は新之丞の上司・島村藤弥(坂東三津五郎)。新之丞はそうなった経緯を加世に問いただし、離縁を申し伝えた。その後、新之丞は同僚の加賀山(近藤公園)からあることを聞かされる―。

「武士の一分 ベルリン国際映画祭.jpg 山田洋次の監督の「たそがれ清兵衛」('02年)、「隠し剣 鬼の爪」('04年)と並ぶ「時代劇三部作」の'06年公開の完結作で、興行収入は41.1億円で、松竹配給映画としての歴代最高記録(当時)を樹立したとのことです。ただし、それでも'06年公開作の興行収入ランキングは11位で、トップ10から漏れています(1位は「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」で100.2億円)。日本上映に先駆けて、第57回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門オープニング作品として上映されています。

檀れい・桃井かおりin 第57回ベルリン国際映画祭(2007年2月9日)

「武士の一分」07.jpg 原作は「たそがれ清兵衛」、「隠し剣 鬼の爪」と同じく藤沢周平の短編であり。短編集『隠し剣 秋風抄』('81年/文藝春秋)の中の一編である「盲目剣谺返し」(昭和55年発表)です(「隠し剣 鬼の爪」の原作と同じシリーズということになる)。文庫本で50ページ弱の話であるため、映画では少しだけ話を膨らませている部分があります。

 まず、原作は新之丞がすでに視力を失っているところから始まりますが、映画はそこに至る経緯を現在進行形で描いていきます。毒見役の仕事が(まるでEテレの番組内の解説映像のように)丁寧に描かれていますが、小林稔侍が演じる御広敷番頭の樋口作之助は原作に登場しないので、責任を取らされ切腹させられるのも映画のオリジナル(こっちの方が主人公より気の毒?)。

 しかし、新之丞が失明してからラスト、かたき討ちを果たした後の後日譚までは、比較的原作に忠実に作られていたように思いました。ただし、新之丞が島村と斬り合って彼を斃した際に、原作ではすでに島村はそこで絶命しいているのに、映画では腕を切り落とされたものの生きていて、自ら切腹したことになっていて「彼にも武士の一分があった」と他人に言われていますが、これは映画のオリジナルです。個人的には、新之丞の言う「武士の一分」だけでよく、こっちは蛇足だったように思えました。

「武士の一分」4.jpg 木村拓哉は頑張っている印象でしたが、SMAP(スマップ)の先入観があるせいか、ちょっと軽い感じも。原作の良さ、山田洋次監督の演出力、そして何より徳蔵を演じた笹野高史、加世を演じた檀れい、剣の師匠・木部孫八郎を演じた緒形拳など周囲の多くの俳優陣(桃井かおりや小林稔侍もいる)に助けられていたように思います(笹野高史はこの演技で第30回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞)。作品自体の個人的評価は、「たそがれ清兵衛」★★★☆、「隠し剣 鬼の爪」★★★★に対して、その間くらいでしょうか(一応、★★★★としたが、やや甘いか)。

桃井かおり/笹野高史
小林稔侍/坂東三津五郎

「武士の一分」6.jpg そう言えば、緒形拳は前作「隠し剣 鬼の爪」では、主人公(永瀬正敏)の親友の妻(高島礼子)を騙して寝とってしまう家老の役(敵役)で、つまりこの作品における坂東三津五郎が演じる島村と似たような、いわば悪役でしたが、今回は主人公の剣の師匠で、主人公の「武士の一分」の意を汲む人物の役でした。「隠し剣 鬼の爪」で主人公の剣の師匠役を演じた舞踏家の田中泯は、その前作「たそがれ清兵衛」では、上意討ちにより主人公に斃される役だったので、前作で敵役だと、次は主人公を助ける役とかが回ってくるのかも。坂東三津五郎も、山田洋次監督の次の作品「母べえ」('08年)では、一家の良き父親で反戦思想を抱く文学者を演じていたから、そうやってバランスをとっているのかな。

「武士の一分」p.jpg 「武士の一分」●制作年:2006年●監督:山田洋次●製作:久松猛朗●脚本:山田洋次/平松恵美子/山本一郎●撮影:長沼六男●音楽:冨田勲●原作:藤沢周平●時間:121分●出演:木村拓哉/檀れい/笹野高史/坂東三津五郎/小林稔侍/緒形拳/岡本信人/左時枝/綾田俊樹/桃井かおり/赤塚真人/近藤公園/歌澤寅右衛門/大地康雄●公開:2006/10●配給:松竹(評価:★★★★)
   

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いずれも安定した面白さのある9編(映画「武士の一分」の原作を含む)。

『隠し剣 秋風抄』.jpg隠し剣 秋風抄 1981.jpg 隠し剣秋風抄 (文春文庫).jpg  「武士の一分」2006.jpg
隠し剣 秋風抄』『新装版 隠し剣秋風抄 (文春文庫)』(カバー:蓬田やすひろ)「武士の一分

 藤沢周平(1927‐1997)の時代小説「隠し剣」シリーズの『隠し剣 孤影抄』の姉妹編で、昭和53年から昭和55年に発表された作品群になり、収録作品は、「酒乱剣石割り」「汚名剣双燕」「陽狂剣かげろう」「偏屈剣蟇ノ舌」「好色剣流水」「暗黒剣千鳥」「孤立剣残月」「盲目剣谺返し」ですが、いずれも安定した面白さのある9編でした。

 「酒乱剣石割り」...弓削甚六は剣の達人だが、酒に溺れるのが難点。家老はそれを承知で、藩内の争いで政敵の息子を討つように命じる。甚六は自分の妹がその息子たちによって陵辱されたこともあって、憎しみを込めて、彼を倒すことを承知するが、いざ迎え撃つときに力がはいらない。そこで...。ジャッキー・チェンの「酔拳」みたいな剣豪だった(笑)。甚六の妹を思う気持ちが温かい。

 「汚名剣双燕」...由利の夫が同僚を斬って逃げるときに、八田康之助は由利を思い浮かべて、斬らずに避けてしまう。以後、臆病者として侮られることになる。だが、この由利には醜聞がつきまとうようになる。今度の相手は関光弥である。ある日、康之助は由利に誘われ、そこで関光弥を斬ってくれと頼まれる。捨てられたというのだ。康之助はこれを断わった。後日、康之助は関光弥と同情の跡目を巡って立合いをする。この時、康之助は自分で編み出した秘剣を使わず、関光弥に破れた。二年後、康之助に光弥と決着をつける機会が...。「双燕」は危険すぎて、稽古では使えず、本番でしか使わない剣ということか。

 「女難剣雷切り」...佐治惣六は過去に二度妻に逃げられた。そこに、嫁をもらわぬかと勧める人が現れた。話を持ち込んできたのは服部九郎兵衛である。惣六はこの話を受けたが、嫁となった嘉乃は惣六を避ける。ある日、惣六に忠言をしてくれる人がいた。嘉乃は昔から、そして今も服部九郎兵衛の妾であると。惣六は押しつけられたのだ。そうと知って...。4度妻に逃げられたが、最後は、相手に嫌われてはならないと自制する惣六の姿から、結ばれそうな気配?

 「陽狂剣かげろう」...許嫁の乙江が奥へあがることになり、婚約は解消されることになったが、乙江がすんなりと奥にいくために佐橋半之丞は気が触れたフリをした。乙江の家は剣術の道場を開いている。主は半之丞の師匠であり、この婚約解消の代わりといってはなんだが、秘剣を授けられた。半之丞はそこに取引めいたものを感じた...。気が狂ったフリを続けると本当に狂ってしまう?

 「偏屈剣蟇ノ舌」...人が右といえば左を向く偏屈者の馬飼庄蔵。だが、剣はめっぽう出来る。家中の争いのために、重臣たちはこの偏屈者を利用しようと企む。庄蔵を遠藤久米次が呼び出し、それとなく斬る相手のことを喋る。相手が剣もたち、品もよいという話に庄蔵は興味を示したようだが、本当に斬るかどうかは分からない...。座ったまま斬るから"蟇の舌"なのか。美しい姉でなく醜女の妹を心から気に入って妻に選んだ、そこは真っ直ぐな気持ちだっただけに、最後の妻との別れがちょっと哀しかった。

 「好色剣流水」...三谷助十郎には好色の噂があったが、実際はそういう風にいわれるほどのことではない。その助十郎の念頭にあるのは、いつか服部の妻女とわずかでも話が出来ればという思いである。だが、ある日、この念願が叶う出来事が起きた。しかし、その場をある人間に見られてしまった...。好色の裏には、そのために死ぬ覚悟もあるということか。でも、生かされた相手も、片腕を失ったら武士としては生きていけないのでは。

 「暗黒剣千鳥」...三﨑修助は実家の冷や飯食いだが、修助に縁談が持ち込まれた。しかし、修助の周辺では大変なことが起きていた。それは牧治部左衛門の差し金で政敵を葬るために放たれたかつての刺客仲間が、次々と斬られていったのだ。残る者も少なくなった時、三﨑修助は牧へ相談するが、牧は病床に伏していた。だが、この相談の後も仲間は斬られていく、そのうちの一人が死の間際に呟いた一言で、修助は誰が斬ったのかが分かった...。ミステリっぽい。マッチポンプみたいなヤツだったなあ。老人でも使える秘剣なのか。

 「孤立剣残月」...藩命で討った鵜飼の弟が恨みを果たすべく果たし合いを申し込んでくるらしい。筋違いな話に小鹿七兵衛は当惑する。剣の稽古をしてみるものの、体が鈍っている。小鹿七兵衛に焦りが生まれていた。上役の取りなしや助太刀を頼んだりしたが、いずれも不首尾に終わる。一人で立ち向かわなければならなくなったとき、かつて授けられた残月という秘剣を思い出そうとした...。ラストで駆けつけた"助っ人"が健気。

 「盲目剣谺返し」...山田洋次監督、木村拓哉主演の映画「武士の一分」('06年/松竹)。大体は映画のストーリーどおりでした。発表順の並びですが、最後に持ってくるに相応しい話だと思います。

 主人公の剣の流派ですが、「酒乱剣石割り」は丹石流、「汚名剣双燕」のは不伝流、「女難剣雷切り」は今枝流、「陽狂剣かげろう」は制剛流、「偏屈剣蟇ノ舌」は不伝流、「好色剣流水」は井哇(せいあ)流、「暗黒剣千鳥」は三徳流、「孤立剣残月」は無明流、「盲目剣谺返し」は東軍流で、これらは実在した流派だそうです。そう聞くと、こうした「隠し剣」も何となく実際にあったように思えてきて、この辺りも作者の上手さなのでしょう。

【2004年文庫化[文春文庫]】

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勧善懲悪&恋愛ドラマ。混ざり気が少なく、すべて"藤沢周平"という感じが良い。

隠し剣 鬼の爪 dvd.jpg「隠し剣」永瀬松.jpg 新装版 隠し剣孤影抄.jpg
隠し剣 鬼の爪 [DVD]」永瀬正敏/松たか子『新装版 隠し剣孤影抄 (文春文庫)

「隠し剣」永瀬1.jpg「隠し剣」101.jpg 幕末、東北・海坂藩の平侍・片桐宗蔵(永瀬正敏)は、母(倍賞千恵子)と妹の志乃(田畑智子)、女中のきえ(松たか子)と、貧しくも笑顔の絶えない日々を送っていた。やがて母が亡くなり、志乃ときえは嫁入りしていく。心中は寂しいが武士としての筋目を守り、日々を過ごす宗蔵。海坂にも近代化の波は押し寄せつつあり、藩では英国式の教練が取り入れられ始めていた。ある雪の日、宗蔵は3年ぶりにきえと再会する。大きな油問屋の伊勢屋に嫁して幸せに暮らしているとばかり思っていたきえの、青白くやつれた横顔に心を傷めた宗蔵。志乃の口からきえが嫁ぎ先で酷い扱いを受けて寝込んでいることを知り、宗蔵は武士の面目や世間体を忘れ去って走り出していた。伊勢屋を訪れた宗蔵は、陽のあたらない板の間に寝かされ、やつれ果てたきえを見ると、自分で背負い家に連れ帰る。回復したきえと共に暮らし始め、宗蔵は心の安らぎを覚える。だが、世間の目は二人が同じ家に暮らすことを許さなかった。宗蔵はきえを愛している自分と、彼女の人生を捻じ曲げている自身の狡さに悩む。きえも身分の前に伝えられない気持ちを抱え、気づかない振りをして目をそらしてきた。そんな時、藩に大事件が起きた。宗蔵と同じく藩の剣術指南役・戸田寛斎(田中泯)の門下だった狭間弥市郎(小澤征悦)が謀反を企んだ罪で囚われ、さらに牢を破って逃げ出したのだ。宗蔵は、逃亡した弥市郎を斬るよう、家老・堀将監(緒形拳)に命じられる。そうすれば、狭間と親しかったお前の疑いも晴れると。かつて狭間は門下の中でも随一の腕前であった。しかしある時を境に宗蔵に抜かれ、それを宗蔵が戸田より授かった秘剣「鬼の爪」によるものだという不満を抱いていた。「隠し剣」141.jpg狭間の妻・桂(高島礼子)からの、躰を宗蔵に捧げることを引き換えした夫の命乞いを拒んだ宗蔵は、不条理さを感じつつも藩命に従い、狭間との真剣勝負に挑む。そして宗蔵は師より新たに伝授されていたもう一つの秘剣「龍尾返し」を用い、「鬼の爪」を振るうことなく狭間を倒す。深手を負った狭間は「龍尾返し」を「卑怯な騙し技」と罵りながら、失意の中で鉄砲隊に撃たれて死んだ。しかし戦いのあと、家老の堀が夫の助命嘆願に来た狭間の妻を騙し、辱め、彼女を死に追いやった。その所業を知るに及び、遂に「鬼の爪」が振るわれる―。

 山田洋次(1931年生まれ)監督の2004年公開作で、時代劇三部作の「たそがれ清兵衛」('02年)と「武士の一分」('06年)の間に位置する作品。この三部作はいずれも藤沢周平の短編を原作としますが、この「隠し剣 鬼の爪」は、「隠し剣」シリーズの「隠し剣鬼ノ爪」「邪剣竜尾返し」(『隠し剣孤影抄』収録)と男女の人情劇「雪明かり」(『時雨のあと』収録)の3つの短編を基にしており、一つの短編を独自に膨らませた他の二作品とは少し違います(すべて"藤沢周平"という意味で、混ざり気が少ないとも言えるのでは)。

 「たそがれ清兵衛」と同じように、主人公(永瀬正敏)が意図せずに上意討ちの討ち手に選ばれてしまうという、藤沢作品によくあるパターンですが、その相手(小澤征悦)が自分のかつて同じ師匠に剣を学んだライバルであり友であるという点が大きく違います。因みに、「たそがれ清兵衛」の時の主人公・清兵衛(真田広之)の上意討ちの相手だった一刀流の使い手・余吾善右衛門を演じた田中泯が、ここでは二人のかつての師匠役となっています。また、サイドストーリーとして、宗蔵と女中きえ(松たか子)との秘めたる恋の物語があって、松たか子のお嬢さん的な雰囲気がなかなか女中には見えないという難はありましたが、まずまずに演技ぶりだったでしょうか。

「隠し剣」11.jpg 宗蔵が狭間弥市郎との対決では使わなかった秘剣「鬼の爪」がどのようなものか、最後まで関心が持たれましたが(原作では狭間弥市郎は、それが知りたいがために、自分の討ち手に宗蔵を指名する)、最後に振るわれたそれは、一騎討の際に使うようなものではなく完全な暗殺剣で、動作としては"居合"っぽい感じでした。ただ、使うのは日本刀ではなく、匕首のようなもので(原作でも匕首となっている)、体外出血しないということで、千枚通しのようなものかとも思いましたが、そうなると、仇の堀将監必殺仕掛人 春雪仕掛針s.jpg役の緒形拳がかつて演じた「必殺仕掛人」の表の顔は鍼医者、裏の顔は仕掛人の藤枝梅安と同じになっちゃうからなあ(笑)。最後に宗蔵が「隠し剣」を狭間弥市郎夫妻の墓地に埋めるシーンがあり、やはり千枚通しというより匕首でした。

「隠し剣」12.jpg 映画では宗蔵は禄を返上して町人になる決意をしますが、これは映画のオリジナルで、原作では、下級武士ではあるものの、武士の身分のまま、きえに求婚します。野外ではなく自宅で、お茶飲んでから(笑)プロポーズ。「知っているとおりの軽輩の家だから、やかましいことはいらん」と言うと、きえが泣き出しそうな顔で、「旦那さま...私には、親の決めた人がおります」と打ち明けたため、きえを他の男にやることなど出来ないと思った宗蔵は、「ま、わしにまかせろ」と。まあ、映画の方が現代的かも(映画はほとんど現代劇になってしまっていると言えなくもないが)。

 こうした細部の改変はあり、また、きえを婚家から救出するのは「雪あかり」から、狭間弥市郎との死闘シーンは「邪剣龍尾返し」からそれぞれ引いていますが、「たそがれ清兵衛」でラストに清兵衛の娘(岸惠子)の墓参りシーを持ってきて、清兵衛が戊辰戦争で死んだことにしてしまったのに比べると、たいした改変とは言えないでしょう。

 「たそがれ清兵衛」と「隠し剣 鬼の爪」が同じ幕末を描いていても、「隠し剣 鬼の爪」の方が刀の時代が終わりを告げようとしていることを如実に物語って入り、ラストは現代劇になってしまったと書きましたが、この流れからすると、宗蔵が禄を返上して町人になるという改変は不自然ではなかったように思います。

 癖にない勧善懲悪&恋愛ドラマとも言え、興行的には三部作の中で一番ぱっとしなかったようですが、嫌いではない作品です。

高島礼子(狭間弥市郎の妻・桂)/吉岡秀隆(島田左門)・小澤征悦(狭間弥市郎)・永瀬正敏(片桐宗蔵)
「隠し剣23.jpg「隠し剣22.jpg「隠し剣 鬼の爪」●制作年:2004年●監督:山田洋次●脚本:山田洋次/朝間義隆●撮影:長沼六男●音楽:冨田勲●原作:藤沢周平●時間:131分●出演:永瀬正敏/松たか子/小澤征悦/吉岡秀隆/田畑智子/高島礼子/田中泯/田中邦衛/倍賞千恵子/小林稔侍/神戸浩/光本幸子/松田洋治●公開:2004/10●配給:松竹(評価:★★★★)

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ノンシリーズものだが面白くて味わいがある。長編的素材を圧縮して中編にしたという印象。

麦屋町昼下がり 1989.jpg 単行本['89年] 麦屋町昼下がり 文庫.jpg麦屋町昼下がり (文春文庫)

 片桐敬助は、御蔵奉行で上司の草刈甚左衛門から呼ばれて帰りが遅くなった。呼ばれたのは縁談の話だったが、相手は片桐敬助より身分が上の家柄だった。帰り道、敬助は男に追われる女を救おうとしてその男を斬り殺してしまうが、斬った男は女の舅・弓削伝八郎で、女には不義密通を働いていたという噂があり、嫁の不義に怒った舅が女を追っていた可能性もある。舅の息子、即ち女の夫の弓削新次郎は藩内随一の剣の使い手で、近く江戸詰めから戻ってきたら父の仇を討つのではとの噂が広まる。敬助は家中の試合では弓削に勝ったことはない。敬助は、殺すべきでない男を殺してしまったのではないかと悩む一方、弓削との決闘を覚悟して、師匠が薦めた大塚七十郎について稽古を重ねていたが、ある時その弓削と出会って声掛けされるも、彼は意外にも敵意を見せない。何月か後、弓削が城下で刃傷沙汰に及んでいるとの知らせが入り、敬助に討手としての命が下りる―(「麦屋町昼下がり」)。

 「麦屋町昼下がり」「三ノ丸広場下城どき」「山姥橋夜五ツ」「榎屋敷宵の春月」の短編4編を収録し、何れも「オール讀物」の昭和62年6月号から昭和64年1月号にかけて掲載されたノンシリーズ物の読み切り作品です(作者・藤沢周平は平成元年10月に菊池寛賞受賞)。

 表題作の「麦屋町昼下がり」がやはり一番面白く、個人的には、弓削新次郎というのが、新次郎と敬助との間に一悶着あるだろうという噂が藩内に立つ中で、敬助に直接事情を訊いて、倒すべき相手は誰かを確認したうえで刃傷沙汰に及んでいるのが興味深いです(この弓削新次郎というのは、天才剣士であるものの翳のあり、物語の流れからしても"悲劇的人物"なのだが、ある面でちょっと爽やかな点もあったりして...)。

 「三ノ丸広場下城どき」も剣戟小説風で、藤沢作品では珍しいタイプのものが続きますが、主人公自身は現時点では剣豪というほどでもなく、しかし世間が言うほどにはナマっておらず、最後は―という、「たそがれ清兵衛」などの普段は地味だが実は凄腕だったというのとはまた少し違った趣があってこれもいいです(因みに山田洋次監督の映画「たそがれ清兵衛」('02年/松竹)の清兵衛の描き方は、「麦屋町昼下がり」の片桐敬助に近いか)。

 以下、「山姥橋夜五ツ」「榎屋敷宵の春月」と藩内の政略絡みのものが続き、企業小説の時代劇版みたいな感じですが、その分、身近な感じで読めてしまうのが妙。

 「三ノ丸広場下城どき」では出戻りで怪力の女中・茂登が活躍し、「榎屋敷宵の春月」は寺井織之助の妻・田鶴自身が主人公で、最初はサラリーマンの奥さん同士の世界を描いた風だけど、やがてそこにも政治が影を落とし、結局妻の方が日和見の亭主に見切りをつけて自ら重役の悪事を暴こうと小刀を振るうという、何だか昭和61年の男女雇用機会均等法制施行を背景にしたような感じも。

 人妻の田鶴に言い寄る小谷三樹之丞というのも、公私はきっちり分けていて、それをまた田鶴に問うたりするところが印象に残る人物でした。田鶴が公憤ではなく私情に駆られて三樹之丞のもとを訪れたのならば、自分も私情により...ということでしょうか。

花の誇り2.jpg花の誇り1.jpg この「榎屋敷宵の春月」は、2008年の暮にNHKが「花の誇り」というタイトルでTVドラマとして映像化していますが(脚本:宮村優子、出演:瀬戸朝香/酒井美紀)、個人的には未見です。

NHKドラマ「花の誇り」(原作:「榎屋敷宵の春月」)

 4編は何れも物語の背景の描き方などが丁寧で、短編集と言うより、長編にでも出来そうな素材を圧縮して中編にしたという印象があり、またそれぞれに味わいもあって、こうした密度の濃い作品(作風自体は重厚と言うより爽やかといった感じか)をコンスタントに発表していた作者の力量はやはり並のものではなかったなあと思わされました。

【1992年文庫化[文春文庫]】

《読書MEMO》
●三ノ丸広場下城どき
次席家老の臼井内蔵助は、守屋市之進から、江戸の側用人・三谷甚十郎が自分と新海屋との繋がりに気付き、三谷からの使者が中老の新宮小左衛門を訪ねに来るという話を聞き、その密書を奪うことを画策、三谷が使者に護衛を付けて欲しいと市之進に頼んできたのを幸いとし、昔は剣で鳴らしたが今はナマっていると思われる粒来重兵衛をわざと護衛に選ぶ。重兵衛は護衛を引き受けるが果たして失敗し、自分が罠にかけられたのを悟る。重兵衛は、一体誰が何のために自分を陥れたのかを探索する一方で、鈍った体を鍛え直し始める―。
●山姥橋夜五ツ
柘植孫四郎は息子の俊吾が道場で喧嘩をふっかけていると聞き驚き、原因は、自分が瑞江を離縁したことだろうと思った。離縁したのは、瑞江に不義の噂が立ったためだった。そうした中、塚本半之丞が腹を切り、孫四郎に宛てた遺書の内容は、先代の藩主は病死ではなく謀殺されたという驚くべきものであり、半之丞はそのことを口に出来ず、思い悩んでの憤死だったようだ。孫四郎は、自分の家禄が削られた事件を思い出し、それも先代の藩主の死と関係があるのかもしれないと思って、真相究明に動き始めた―。
●榎屋敷宵の春月
家老の宮坂縫之助の死去に伴い、後任の執政入りの人選が始まろうとしていたが、田鶴は夫・寺井織之助が執政になるための運動が捗々しくないのを知った。競争相手は露骨に金をばらまいているらしいが、寺井家には金銭の余裕はない。今回の競争には古い友達の三弥の夫も加わっており、田鶴は三弥にだけは負けられないと思っていた。三弥は、田鶴にとって特別な存在だった長兄・新十郎の気持ちを知っていたはずであり、だから、三弥が他家に嫁ぎ新十郎が自殺したときには衝撃を受けた。田鶴はお理江さまから呼ばれて小谷家に向かうが、門前でお理江さまの兄・小谷三樹之丞と出会った。帰り際にお理江さまから、三弥が早くに来て三樹之丞と会っていたことを聞く。小谷三樹之丞は藩政に影響力を持っている人物である。その帰り道、家の前で斬り合いが行われ、江戸屋敷からきた関根友三郎という者が襲われていた―。

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隠れた剣客というだけではなく、自分なりの価値観を持つ男たち。

たそがれ清兵衛 映画タイアップカバー.jpgたそがれ清兵衛2.jpg たそがれ清兵衛 dvd.jpg m020937a.jpg
たそがれ清兵衛』 単行本新装改訂版 ['02年] 「たそがれ清兵衛 [DVD]」 (松竹/監督:山田 洋次/出演:真田広之, 宮沢りえ)
たそがれ清兵衛 (新潮文庫)』(カバー:村上 豊)  Tasogare Seibei (2002)
Tasogare Seibei (2002).JPG

 表題作「たそがれ清兵衛」のほか、「うらなり与右衛門」「ごますり甚内」「ど忘れ万六」「だんまり弥助」「かが泣き半平」「日和見与次郎」「祝い人助八」の全8編を収録。

 一見すると情けないほど貧相だったり頼りなさげだったりするため普段は侮られているのだけれど、いざという時には毅然とした行動をとる男たちの話。彼らは何れも、しがない宮仕えの下級武士なのですが、実は知られざる(知る人ぞ知る)凄腕の剣客なのである―こうした「スーパーヒーロー」と言うよりむしろ「アンチヒーロー」達による剣豪小説は、サラリーマンの心をくすぐるものがあるのかも知れません。

 表題作「たそがれ清兵衛」のように、意図せずに上意討ちの討ち手に選ばれてしまうといった話が多いのですが、命令には従い、そしてやり遂げる。しかし、そのことを足掛かりに出世しようなどという気は毛頭ない―。 "逆刺客"を倒した直後も番所へ届けず、とっとと家路を急ぐ主人公の姿に、夫婦愛というより、自分なりの価値観を持った人間が描かれていると思いました。

 「うらなり与右衛門」「日和見与次郎」などは義憤による敵討ちの話で、外見や日頃の立ち振る舞いでは窺えない主人公の心意気が伝わってきます。風呂敷包みに隠されていた"うらなり"与右衛門のしたたかさ、黒幕を絶対に許さない"日和見"与次郎の徹底ぶりが、"うらなり"や"日和見"といった外見とは対照的であり、強く印象に残りました。 

たそがれ清兵衛 0.jpg 「たそがれ清兵衛」は2002年に山田洋次監督によって映画化され、同監督初の時代劇でしたが、第76回キネマ旬報ベスト・テンの第1位に選ばれるなど多くの賞を受賞しました(「毎日映画コンクール 日本映画大賞」「ブルーリボン賞 作品賞」「報知映画賞 作品賞」「山路ふみ子映画賞」「日刊スポーツ映画大賞 作品賞」など作品賞を総嘗めした)。

宮沢りえ(朋江)/真田広之(清兵衛)

 元が短編であるだけに、他と短編と組み合わせて話を膨らませている部分があり、真田広之演じる清兵衛は、最近妻に死なれ、認知症の母と幼い娘2人を抱えており、残業しないのも無理はないという感じで(しようと思っても出来ない)、 宮沢りえ演じるヒロインの朋江は、夫の家庭内暴力で出戻りとなった親友の妹という設定になっています(何だか現代的)。

田中泯(一刀流の使い手・余吾善右衛門)/真田広之
たそがれ清兵衛 殺陣.jpg 清兵衛と朋江の相互の切ない想いの描き方は感動的でしたが、原作はもっと軽い感じだったという印象。但し、意図せずに上意討ちの討ち手に選ばれてしまうというのは原作通りで、真田広之と田中泯の殺陣シーンはなかなかリアリティがありました。こうした、テレビ時代劇などにある従来のお決まりの殺陣シーンとは違った演出ばかりでなく、時代考証も細部に行き届いているようで、山田洋次監督の初時代劇作品への意気込みが感じられ、真田広之、宮沢りえの演技も悪くなかったです(真田広之、宮沢りえそれぞれ日本アカデミー賞・最優秀主演男優賞・女優賞を受賞。映画デビュー作の田中泯は最優秀助演男優賞、新人俳優賞のW受賞)。
   
丹波哲郎(清兵衛の本家の叔父・井口藤左衛門)/岸恵子(清兵衛の娘・井口以登(壮齢期))
たそがれ清兵衛 丹波哲郎2.pngたそがれ清兵衛 岸恵子2.jpg でも、恋愛を描いたことで、完全に原作とは別物の作品になった印象もありました。話の枠組みを岸恵子(壮齢となった清兵衛の娘)の語りにする必要もなかったし(岸恵子は「男はつらいよ 私の寅さん」('73年/松竹)以来の山田洋次監督作品への出演)、その語りによるエピローグで清兵衛を戊辰戦争で死なせる必要も無かった―更に言えば、どうせここまで改変するならば、2人を結婚させず悲恋物語にしても良かったように思います。
     
たそがれ清兵衛 01.jpg「たそがれ清兵衛」●制作年:2002年●製作:大谷信義/萩原敏雄/岡素之/宮川たそがれ清兵衛 丹波哲郎.jpg智雄/菅徹夫/石川富康●監督:山田洋次●脚本:山田洋次/朝間義隆●撮影:長沼六男●音楽:冨田勲●原作:藤沢周平「たそがれ清兵衛」「竹光始末」「祝い人助八」●時間:129分●出演:真田広之/宮沢りえ/田中泯/小林稔侍/大杉漣/吹越満/深浦加奈子/神戸浩/伊藤未希/橋口恵莉奈/草村礼子/嵐圭たそがれ清兵衛   .jpg史/岸惠子/中村梅雀/赤塚真人/佐藤正宏/桜井センリ/北山雅康/尾美としのり/中村信二郎/丹波哲郎たそがれ清兵衛   .jpg/佐藤正宏/水野貴以●劇場公開:2002/11●配給:松竹(評価★★★☆)
[右写真]小林稔侍/宮沢りえ/山田洋次監督/真田広之/丹波哲郎

 【1988年単行本・2002年新装版[新潮社]/1991年文庫化・2006年改版[新潮文庫]】

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恋するキャリアウーマン。職探しの侘しさとユーモア。人物の描き方の幅。

刺客 単行本.jpg 『刺客―用心棒日月抄』(1983年) 刺客.jpg刺客 用心棒日月抄.jpg 『刺客―用心棒日月抄(じつげつしょう) (新潮文庫)』(カバー:村上 豊) 

 藤沢周平(1927‐1997)の時代小説シリーズ「用心棒日月抄」の第3弾で、「小説新潮」に'81年から'83年にかけて断続連載された作品。
 主人公の青江又八郎は、お家乗っ取りを画策する黒幕から、陰の組織「嗅足組」を壊滅するため江戸に放たれた5人の刺客を倒すべく、3度目の脱藩をし用心棒稼業をしながらその機を窺う―。

 藩士の非違を探る「嗅足組」の女首領・佐知は、本シリーズの第2の弾「孤剣」では又八郎と対決したこともありましたが、最後には又八郎の危機を救った女性。
 本作では、又八郎の陰となり活躍しつつ、又三郎に想いを寄せる姿が切ない。職場の男性に恋したキャリアウーマンといったところでしょうか。

 又八郎の用心棒暮らしの侘しさや、用心棒仲間の浪人・細谷とのユーモラスなやりとりが、親近感を抱かせます。
 2人は"口入れ屋"を通して用心棒の仕事を探しますが、今で言う人材派遣業者への登録か(ただし、又三郎も細谷も腕が立つので口入れ屋の二枚看板になっている)。

 又八郎は基本的にはストイックなのですが、妻子持ちでありながら佐知と交情するなど、決して聖人君主ではありません。この辺りに作者の人物の描き方の幅を感じました。

 「用心棒日月抄」「孤剣」「刺客」、そして少し後に書かれた「凶刀」と進むにつれて、一話完結スタイルから長編小説のような構成に推移していますが、この「刺客」あたりが、既に説明的な記述はあまり要しなくなっていて、又八郎のキャラクターも確立されていて、一番切れ味鋭いというか無駄がないように感じました。

 「用心棒日月抄」が「腕におぼえあり」(村上弘明・渡辺徹主演)としてNHKでドラマ化されて人気を博し、2003年にシリーズ4冊とも単行本が新装改訂されています。

腕におぼえあり DVD.jpg腕におぼえあり nhk.jpg「腕におぼえあり(1)~(3)」●演出:大原誠ほか●制作:一柳邦久●脚本:中島丈博/金子成人●音楽:近藤等則●原作:藤沢周平「用心棒日月抄」●出演:村上弘明/渡邊徹/清水美沙/坂上二郎/北林谷栄/香取慎吾/刺客―用心棒日月抄―.jpg小田茜●放映:1992/04~19993/03(全35回)[(1)1992/04~06(全12回)/(2)1992/09~11(全13回)/(3)1993/01~03(全10回)]●放送局:NHK        村上弘明/渡邊徹

刺客―用心棒日月抄』 単行本新装改訂版 ['03年] 

 【1983年単行本・2003年新装改訂〔新潮社〕/1987年文庫化[新潮文庫]】

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彫師伊之助のキャラクターを確立した快作時代推理(時代人情)物。

漆黒の霧の中で 単行本.jpg  『漆黒の霧の中で―彫師伊之助捕物覚え』.JPG  漆黒の霧の中で bunko.jpg
漆黒の霧の中で―彫師伊之助捕物覚え』(1982年) 『漆黒の霧の中で―彫師伊之助捕物覚え (新潮文庫)』(カバー:蓬田やすひろ)

 藤沢周平(1927‐1997)の時代小説のシリーズものでは、「用心棒日月抄」「獄医立花登手控え」「隠し剣」などと並ぶのがこの「彫師伊之助捕物覚え」です。
 主人公の伊之助は、元は凄腕の岡っ引でしたが、妻が他の男と無理心中したことから岡っ引を辞め、今は木彫り職人としてある意味むしろ気ままに働いています。
 しかしかつての彼の実力を知る同心からなんやかやで要請を受け、昔とった杵柄で難事件を解決する―。

 本作はシリーズの第1弾「消えた女」に続く第2弾で、連続殺人事件を扱っているものの、ミステリーとしての色合いよりも江戸の市井の人々の人情話的要素がふんだんに盛り込またものとなっています。
 「彫師伊之助」は過去を引きずった翳のある人物ですが、職人としての一見平凡な日常、事故死に見せかけた殺人を見抜く鋭さ、女性に対するやさしい一面などを含め、そのハードボイルド風のキャラが本作において確立したとも言えます。
 
 職場では自分の過去や事件捜査をしていることを隠して"定時退社"しているところなど、サラリーマンの「俺には皆に言えない別の顔があるのだ」みたいな、何かそんなものが自分にもあればカッコいいかなというイマジネーションを刺激するのかも知れません。
 
 推理小説としてどうかという部分は多少ありますが(むしろ人情物?)、全編通して会話が多く、テンポよく読める快作です。

 【1986年文庫化[新潮文庫]】

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「天地人」)

秀吉vs.家康、兼続vs.三成、忍者の世界の3階層にわたり楽しめる。

密謀 上巻 [単行本].jpg 密謀 上下.png  『密謀 (上)』.JPG  密謀下.jpg
密謀 上巻』『密謀 下巻』['82年/毎日新聞社]/『密謀 (上巻) (新潮文庫)』『密謀 (下) (新潮文庫 (ふ-11-13))

直江兼続.jpg 時代小説、時代推理作家というイメージが強い著者ですが、これは豊臣から徳川にかけての時代の転換期を描いた「歴史小説」です(と言っても時代小説と歴史小説を区別することに藤沢周平は疑念があったようですが)。
 主人公は、上杉景勝の若き参謀・直江兼続(かねつぐ)ですが、物語は兼続と豊臣方の石田三成との参謀同士の駆け引きを軸に、その「上部構造」として秀吉と家康の駆け引き、「下部構造」として兼続が擁する草(忍びの者)の活躍を描いています。
直江兼続 (なおえ かねつぐ)

 当然「上部構造」は史実に則りつつ、秀吉と家康のそれぞれの智略家ぶりを、司馬遼太郎などとはまた違ったタッチで描いていて、著者が歴史小説家としても充分な力量があったことを表しています。

 中核となる兼続と三成の関係においては、両者の間に果たされなかった〈密約〉があったのではないかという著者の考察を含め、互いを認め合った両者の友情にも似た感情と、上杉に仕える身である兼続の立場や心情がよく描けています。

密謀.jpg 「下部構造」の忍びの者の世界の話は創作的要素が大きいわけですが、静四郎という兼続に拾われた青年を軸に、"時代小説っぽく"描かれています。

 ある意味、3階層にわたり楽しめる長編作品。1982年の刊行ですが、1997年に単行本の新装版(全1巻)が出たことでもその人気が窺える作品です。

密謀』 '97年新装版[毎日新聞社(全1巻)]

  '09年に直江兼続を主人公としたNHK大河ドラマ「天地人」が放映されたけれども(原作は火坂雅志)、妻夫木聡の演じる直江兼続、ちょっと若すぎるのでは...。全然、貫禄ないなあ。

2009(平成21)年度・NHK大河ドラマ「天地人」(原作:火坂雅志)直江兼続役:妻夫木 聡
天地人1.jpg天地人2.jpg天地人3.jpg「天地人」●演出:片岡敬司/高橋陽一郎/一木正恵/野田雄介●制作:内藤愼介●脚本:小松江里●音楽:大島ミチル●原作:火坂雅志●出演:妻夫木聡/常盤貴子/北村一輝/阿部寛/松方弘樹/吉川晃司/小栗旬/高嶋政伸/相武紗季/玉山鉄二/長澤まさみ/宍戸錠/萬田久子/笹野高史/山本圭/加藤武/高島礼子/鶴見辰吾/深田恭子●放映:2009/01~12(全47回)●放送局:NHK
常盤貴子(お船)・妻夫木聡(直江兼続)/松田龍平(伊達政宗)・松方弘樹(徳川家康)/石原良純(福島正則)・小栗旬(石田三成)/富司純子(秀吉の正室・高台院(おね))
「天地人」3.jpg 「天地人」富司.jpg

 【1982年単行本[毎日新聞社(上・下)]/1985年文庫化[新潮文庫(上・下)]/1997年新装版[毎日新聞社(全1巻)]】 

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「●日本のTVドラマ (~80年代)」の インデックッスへ(「立花登・青春手控え」)

青春・恋愛小説的要素もあり、犯罪が生活と隣合わせの暗部も描く。

風雪の檻.jpg 風雪の檻2.jpg     獄医立花登手控え1.jpg 獄医立花登手控え3.jpg 獄医立花登手控え4.jpg
新装版 風雪の檻―獄医立花登手控え〈2〉 (講談社文庫)』 〔文庫新版/旧版〕 『新装版 春秋の檻 獄医立花登手控え(一) (講談社文庫)』『新装版 愛憎の檻 獄医立花登手控え(三) (講談社文庫)』『新装版 人間の檻 獄医立花登手控え(四) (講談社文庫)
文春文庫TVドラマタイアップ帯['17年]
Eo8lHKbUcAE31iG.jpg 藤沢周平(1927‐1997)の時代小説シリーズ「獄医立花登手控え」の第2弾。このシリーズは若き医師・立花登が主人公ですが、この主人公は希望に燃えて上京したもの居候先の叔父の家で叔母と娘にアゴで使われて、少し可哀想な感じ。医師である叔父に手伝わされて牢医者もやることになるが、それをきっかけに色々な事件に巻き込まれる―。

 本シリーズは「春秋の檻」「風雪の檻」「愛憎の檻」「人間の檻」の4作で完結していて、それぞれが著者得意の捕り物短編集になっています(昭和54年から昭和58年まで「小説現代」に断続的に連載。最初は「青年医立花登」というシリーズ名だった)。
  
風雪の檻―獄医立花登手控え.jpg 主人公が若いせいか、青春小説、恋愛小説的要素もありますが、ストレートなそれではなく、翳があるというわけではないけれど立場上少し屈折している主人公の心理描写に、著者らしさを感じます。

 このシリーズ作品で描かれている江戸時代の刑罰の制度なども興味深いものです。そうしたことも含め、市井の生活の情緒的な部分だけでなく、犯罪が生活と隣合わせにある暗部も描いています。

 主人公が柔術を得意とするところは、「彫師伊之助捕物覚え」の主人公と同じ。市井の職人であるために剣を使わない伊之助と異なり、この主人公は下級藩士の息子だけれども、剣術の方は苦手だったというのが何となく面白く、親近感を覚えます。

(1981年 単行本)

立花登・青春手控え.jpg この「獄医立花登手控え」シリーズは'82(昭和57)年にNHKで「立花登・青春手控え」としてTVドラマ化され、4月から9月まで23話が放送されています。立花登を演じた中井貴一(1961年生まれ)は初の時代劇でしかも主演、しかし、佐田啓二の息子であるわりには評判になった記憶は個人的には薄く、その名が広く知られるようになったのは翌'83年にTBS系列で放送された山田太一脚本の「ふぞろいの林檎たち」以降ではないかと思われます。 

立花登・青春手控え dvd.jpg「立花登・青春手控え」●演出:宮沢俊樹/加藤郁雄/佐藤幹夫/松橋隆/吉村文孝/若園昌己/竹内豊/田島照●脚本:福田善之/石松愛弘/神波史男/武末勝/大久保昌一良/丸山昇一/富田康明/奥田成二/市川靖/松島利昭/長田紀生/金子成人●音楽:坂田晃一●原作:藤沢周平●出演:中井貴一/宮崎美子/中原ひとみ/高松英郎/篠田三郎/地井武男/ケーシー高峰/山咲千里/宮下順子●放映:1982/04~09(全23回)●放送局:NHK

立花登 青春手控え 選集 BOX [DVD]

 【1983年文庫化・2002年改訂[講談社文庫]/2017年再文庫化[文春文庫]】
 
 

《読書MEMO》
tieup 立花登・青春手控え2.jpg立花登青春手控えド.jpg「立花登青春手控え」NHK BSプレミアム「BS時代劇」(2016年5月13日から7月1日)出演:溝端淳平/平祐奈/宮崎美子/マキタスポーツ/正名僕蔵/高畑裕太/波岡一喜/鷲尾真知子/石黒賢/古谷一行

「立花登青春手控え」 2016年5月13日 - 7月1日
「立花登青春手控え2」 2017年4月7日 - 5月26日
「立花登青春手控え3」 2018年11月9日 - 12月21日
「立花登青春手控えスペシャル」 2020年1月3日

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