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ハード・ボイルド・ラヴ・ストーリー? そのまま今風ハードボイルドとして楽しめるが...。
『闇の中から来た女』['91年]
Dashiell Hammett(1894-1961)[本書表紙見返しより]
ヨーロッパで金持ちのロブソンに拾われてアメリカにやって来たルイーズは、彼の下を逃れようとして、ロブソンの地所に住む前科者のブラジルの小屋に転がり込むが、ルイーズを連れ戻そうとロブソンの手下2人がブラジルの小屋に押し入ったため暴力沙汰になり、ブラジルがそのうちの1人コンロイに大ケガをさせたことから、彼女はブラジルと一緒に逃亡することになる―。
"Woman In The Dark" Trade Paperback(1989)
1933年に発表されたダシール・ハメットの作品で(原題:Woman in the Dark)、ハードカバー仕様で約220ページほどですが、『初秋』のロバート・B・パーカーの序文と船戸与一氏の訳者解説が前後にそれぞれ約20ページずつあるため、正味180ページ、本文の文字もスカスカなので、実質的には中編作品と言えるでしょう。
ロバート・B・パーカーは、「ハメットのどの作品よりもラヴ・ストーリーの色彩が濃い」作品としていますが、確かにそう思え、更に、「結末はハメットには珍しく感傷的で、ブラジルとルイーズがズット幸福ニ暮スだろうということを暗示している」としていますが、これに対し訳者の船戸氏は異を唱えています(だから、その部分がカタカナ書きになっているのか)。
個人的には、この辺りは微妙なところだと思います。『デイン家の呪い』('29年)のコンチネンタル・オプと令嬢ゲイブリエルや、『ガラスの鍵』('30年)のネッド・ボーモントと上院議員の娘ジャネットの関係にしても、映像化されたりすると両者の間に相思相愛の情が芽生えたように脚色されそうだけれども、原作からは必ずしも(少なくとも男の側からは)そうはとれません。
但し、この作品のルイーズは、そうした少女と女性の中間のような女性ではなく、成熟した女性の美しさと強さを持ち、それでいて優しさと思いやりのある女性であり、ブラジルも積極的に彼女にアタックしている―。
船戸氏の言うには、ブラジルやロブソンがルイーズに吸い寄せられるのは、「アメリカ的なものがヨーロッパ的なものへと無意識のうちに拝跪したことを意味する」とのことで、そのことを時代背景及びアメリカのヨーロッパに対する文化的コンプレックスの観点から論じ、やがて、ブラジルもロブソン同様にルイーズから棄てられるであろうと。
う~ん、作家ってここまで読み込むのかと感心させられますが、こうした解釈が入るということは、3人称複数の視点で描かれた文章を、ヒロイン一人の視点に統一して訳したとしているように、翻訳そのものの中にも相当の意訳があるとみた方がいいのかも。
個人的には、2人の行く末がどうあれ、ルイーズは、ハメット作品に登場する女性の中でも最も「いい女」として描かれているように思われ、ブラジルの男っぷりにやや欠損があるのに比べて(例えば、ロブソンという大地主の土地で暮らしているとか、刑務所暮らしを経験して閉所恐怖症であるといったこと)、彼女の女っぷりの方が際立っているように思いました。
ハードボイルドの始祖と言われるハメットですが、その作品は何れも、今でいうハードボイルドのイメージから少しずつズレているように思われ、その点ではこの『闇の中から来た女』は、そのまま今風のハードボイルドとして通用するような気がします(だから、ストレートに楽しめばいいのかも知れないが)。
その点が、船戸氏の言う、「かつての『血の収穫』や『マルタの鷹』『ガラスの鍵』のように、物語の進行とともにアメリカの権力が隠蔽していたものを無言のうちに引き剥がしてみせるといった迫力はかなり薄まってきている。『闇の中から来た女』を書いたとき、ダシール・ハメットはすでに衰退期にはいっていたのだ」ということの、逆説的な証左となっているとも言えるのではないかと思いました。


『
コンチネンタル探偵社の調査員の私は、保険会社の依頼でダイヤモンド盗難事件遭った科学者エドガー・レゲット博士の屋敷を訪ねるが、やがて博士が不審な死を遂げ、更に関係者の自殺や謎の死など怪事件が次々起きる。レゲットの娘ゲイブリエルは麻薬に溺れており、レゲットの妻アリスの実家デイン家に纏わる呪いが、これらの事件に影を落としているようにも見える―。
3部構成のそれぞれにオチがあり、さらに第3部では、3番目の事件解決の後、更に連続したそれらの事件全体の黒幕が明らかになるという大ドンデン返しがあって、作者のプロット構築の才能が遺憾なく(やや過剰気味に)発揮されているのではないでしょうか。


実業家で市政の黒幕でもあるポール・マドヴィックは、上院議員の娘ジャネットに恋をしており、次回の選挙では、議員を後押しすることにするが、それを快く思わない地元暗黒街のボスは、ポールを失脚させようと妨害工作を始める。そんな折、議員の息子テイラーが、何者かに殺害され、遊び人テイラーと娘オパールの交際を嫌っていたポールに嫌疑がかかる。ポールの右腕である賭博師ネッド・ボーモントは、友人を窮地から救うべく奔走する―。
「ガラスの鍵」●原題:THE GLASS KEY●制作年:1942年●制作国:アメリカ●監督:スチュアート・ヘイスラー●脚本:ジョナサン・ラティマー●撮影:セオドア・スパークル●音楽:ヴィクター・ヤング●原作:ダシール・ハメット●時間:85分●出演:アラン・ラッド/ヴェロニカ・レイク/ブライアン・ドンレヴィ/ボニータ・グランヴィル/リチャード・デニング/ジョセフ・カレイア/ウィリアム・ベンディックス/エディー・マー/フランシス・ギフォード●日本公開:(劇場未公開)VHS/2003/11ジュネス企画(評価★★★☆)





コンティネンタル探偵社支局員の私は、小切手を同封した事件依頼の手紙を受けとってある鉱山町に出かけるが、入れちがいに依頼人が銃殺され、利権と汚職とギャングの縄張り抗争で殺人の修羅場と化した町を、1人奔走することになる―。
ハードな雰囲気はずんずん伝わってくるものの、ストーリーは実はかなり混み入っていて、主人公が町の浄化を見事に果たす結末に酔いしれたのはいいけれど、その過程はすっかり忘れてしまっていた―それが、今回落ち着いて読んでみて、町の中の4つの対抗勢力を2対2に分断して抗争させ、さらに残った2つを1対1に分断して争わせるという、ただ引っ掻きまわしただけじゃなく、グループダイナミックス的な手順を踏んでいたことが、改めて認識できました。