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作者が本当にやりたかったのは漫画よりアニメーションであったことを如実に窺わせる。

フィルムは生きている2.jpg  西遊記 1960 poster.jpg 西遊記 [DVD].jpg   悟空の大冒険01.jpg
フィルムは生きている』「西遊記」(1960年)ポスター「西遊記 [DVD]」「悟空の大冒険 Complete BOX [DVD]
函入愛蔵版(装丁・装画:和田 誠
フィルムは生きている.jpg マンガ映画を作ることを夢見て地方から東京に出てきた青年・宮本武蔵は、アニメ制作会社へ入社を申し出るが、アニメ作家・壇末魔から「絵の動きが死んでいる」と評されて叶わず、街頭で似顔絵を描いて暮らしていた。そして、その際に出会った、やはりマンガ映画を目指している佐々木小次郎と意気投合し、同居を始める。2人は共同でマンガ映画を作ろうとしたが、どちらの作ったキャラクターを主人公にするかで対立して喧嘩別れしてしまう―。

フィルムは生きている 手塚治虫.jpg 「フィルムは生きている」は、学研の「中学1年生コース」(1958(昭和33)年4月号~1959(昭和34)年3月号)、「中学2年生コース」(1959年4月号~1959年8月号)に連載されもので、これまでも単行本化されたり文庫に収められたりしていますが、本書では、連載第1回のカラーページ部分を再現し、各回の扉絵も収録され、その他に、作者自身が日本マンガ映画史を辿った「マンガ映画 メイドイン・ジャパン」なども巻末にあります。装丁・装画は和田誠氏で、和田氏も巻末に「手塚さんとの出会い」という小文を寄せています。

手塚治虫漫画選集5 「フィルムは生きている」.jpg 物語は、武蔵と小次郎の巌流島の決闘に懸けた「アニメ対決」へと向かっていきますが、一方で、後半に武蔵は視力低下に苦しむことになり、この辺りはベートーヴェンの後半の生涯に重ねた味付けになっています。
『手塚治虫漫画選集5「フィルムは生きている」』(1959)

フィルムは生きている (小学館文庫).jpg 武蔵は明らかに作者自身を投影したキャラクターだと思われますが、興味深いのは、一度は200万部の発行部数を誇る雑誌「少年パック」の一番の人気漫画家となった武蔵が、漫画家の"宍戸梅軒"から「マンガ映画を無理に捨てた武蔵は、自分の心を殺したぬけがらだ」と指摘され、漫画を捨ててマンガ映画に打ち込むというストーリーになっている点で、作者が本当にやりたいのはアニメーションであったことを如実に窺わせるものとなっている点です。
フィルムは生きている (小学館文庫)

 実際には作者は、自らのプロダクション創設後も漫画を描き続けますが、それは漫画がアニメーション制作の資金を稼ぐための手段だったのかもしれません。1961年にプロダクション内に動画部を設立、これが後の虫プロダクションになります。

西遊記 1960.jpg 一方、「マンガ映画 メイドイン・ジャパン」の最後に、東映が「少年猿飛佐助(壇一雄作)」に続いて「西遊記(手塚治虫作)」を製作中であるとありますが、「手塚治虫作」と言いつつ、出来上がった「西遊記」('60年/東映)は、あくまでもそれまでの「白蛇伝」('58年/東映)から次回作の「安寿と厨子王丸」('61年/東映西遊記 1960 2.jpg)にかけての流れの中にあるもので(監督・演出は何れも藪下泰司)、あまり手塚カラーというのが感じらないと言うか、逆にその分、時々「ここは手塚治虫だなあ」と思わせる部分があって、手塚的キャラクター及びその動きの描き方と、当時の東映アニメ調のキャラクター及びその動きの描き方とが全く異質であったことが窺えるものとなっています(但し、実際には手塚治虫は構成のみに関与し、作画には携わっていない)。

悟空の大冒険02.jpg やがて手塚治虫は、「鉄腕アトム」(自らのプロダクションのTVアニメ第1作)の後番組として'67年に「悟空の大冒険」を手掛けることになりますが、やはり、自分のプロダクションで自分の作りたい孫悟空のアニメを作りたいと思ったのではないでしょうか。しかし、手塚治虫のオフィシャルサイトによると、「パイロット版「孫悟空が始まるよー」が悟空が真面目過ぎると子どもたちからの批判を受けて、大幅に設定が改められ、ならば徹底的に不真面目にしてやろうと、スタッフも当時としてはかなり実験的な試みを行い、現代っ子らしいヤンチャ坊主にしたら、今度は「言葉遣いが汚い!」とPTAからの大批判を受けて、放映打ち切りに追いこまれてしまいました」とのことで(放送予定本数は52本だったが39本の放送で終了)、やはりいろいろ苦労はあったようです。

 「西遊記」の仕事を通して手塚が得た教訓は「自分が表現したいことを表現するためには、自分の金で作らなければ駄目だ」ということであったと言われています。しかし、アニメ作りは膨大な人手と手間がかかることから、そのための費用を漫画の仕事によって捻出するという構造は続けざるを得ず、手塚は創作と経営の狭間で常に苦悩し、ある時期ヒット作を生み出しながらも、虫プロダクション(旧)は'73年に倒産します。やはり、当初アニメは、急速に伸びつつも不確実性要素の多い新興ベンチャーのようなものであり、そうした中でテレビ局などは、プロダクションとの関係において自分たちに有利な(危険負担は少なく利益は大きい)契約を結ぶことに注力し、一方のプロダクション側には、そうした交渉ごとのプロというのがいなかったのではないかと思われます。漫画の主人公も苦労しているけれども、現実は現実で、なかなか漫画のようにはいかない面も多かったのではないでしょうか。

「西遊記」1960年.jpg「西遊記」●制作年:1960年●監督:藪下泰司(演出)/手塚治虫(構成)●製作:大川博●脚本:植草圭之助/手塚治虫●撮影:大塚晴郷●音楽:服部良一●原作:手塚 治虫●時間:88分●声の出演:小宮山清/新道乃里子/木下秀雄/篠田節夫/関根信昭/植草圭之助●公開:1960/08●配給:東映(評価:★★★)

悟空の大冒険 03.jpg「悟空の大冒険」●監督:杉井ギサブロー●プロデューサー:川畑栄一●演出:出崎統ほか●脚本:菅野昭彦ほか●音楽:宇野誠一郎●原作:手塚治虫●出演(声):右手和子/増山江威子/野沢那智/愛川欽也/ 滝口順平/近石真介/小原乃梨子/熊倉 一雄/三輪 勝恵/大竹 宏/雨森 雅司/小林 清志●放映:1967/01~09(全39回)●放送局:フジテレビ

【1959年単行本[鈴木出版『手塚治虫漫画選集』第5巻]/1967年再録[「COM」3月号・4月号(『名作劇場』)]/1969年新書化[小学館『ゴールデン・コミックス手塚治虫全集』]/1977年文庫化[講談社『手塚治虫漫画全集』]/1998年再文庫化[小学館文庫]/2011年再文庫化[講談社『手塚治虫漫画全集』]/2014年復刻版(函入愛蔵版)[国書刊行会]】

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「マジンガーZ」に先立つ「搭載型(ガンダム型)ロボット」の走りか。

魔人ガロン.JPG  アトム対ガロン.JPG 魔神ガロン 初版 昭和35年 .jpg  
魔神ガロン (サンデー・コミックス)』 『鉄腕アトム 10 (サンコミックス 340)』 『魔神ガロン1』1960(昭和35)年7月5日刊行 秋田書店(A5判)

冒険王「魔神ガロン」.jpg 1959(昭和34)年から1962(昭和37)年まで雑誌「冒険王」('59年7月号~'62年7月号)に連載された手塚治虫の漫画作品で(テレビアニメ化の候補だったが実現しなかった)、作者はこれを自らが初めて描いた「悪魔的なスター」であるとしています。

 ガロンは宇宙からその部品の塊として落ちてきて、それは異星人が、地球人がそれを組み立てることが出来るかどうかを見ることで地球人の知力を試すとともに、それを平和利用することが出来るかどうかも見るために送り込んだもので、異星人は地球人がガロンを悪用すれば地球を攻撃するという考えです。

 ガロンを動かす鍵となる少年ピック(こちらも宇宙から降ってきて、捨て子だと思って拾った田舎の夫婦に育てられる)、ピックと一緒に育ったケン一少年、ガロンの組み立てを行った俵教授の助手・敷島らが地球の滅亡を防ぐため、ガロンの力を狙う悪人らに立ち向かいます。

 手塚治虫は、1956(昭和31)に月刊誌「少年」で連載が開始された横山光輝の『鉄人28号』('59年にラジオドラマ化)に刺激を受けてこの作品を構想したようですが、「鉄人28号」がリモコンで動くのに対し(操縦型ロボット)、ガロンはピックがその胸の中に入ることによって"正しく"動くという点が大きな違いです。

 「機動戦士ガンダム」('79年)の「ガンダム」のようなロボットを「搭載型ロボット」と呼びますが(「ガンダム型ロボット」と言ってしまった方が分かり良いかも)、ガロンはその走りとも言えます。「ガンダム」以前の「搭載型ロボット」としては「マジンガーZ」('67年/原作:永井豪)、「MASCHINEN KRIEGER」('68年/原作:SFデザイナー・横山宏)などがあり、「機動戦士ガンダム」も「マジンガーZ」の影響を受けていると思われますが、その「マジンガーZ」の8年前に既に手塚治虫は、今で言う「ガンダム型ロボット」を創り上げていたとも言えるかと思います(ピックはいわばガロンの"良心"のような存在であり、「ガンダム」や『PLUTO』('03年/原作:浦沢直樹)に出てくる「モビルスーツ型ロボット」とはやや異なるかもしれないが)。

魔人ガロン 1.jpg ガロンはピックを求めて彷徨い、たまたま温泉旅行に行ったピック一行と初めて合流、浴衣を着て旅館内を歩くという愉快な場面もありますが(身長サイズは結構テキトーに拡縮している?)、一方でピックとはぐれて勝手に暴走することも結構多く、「鉄人28号」の前半部分の、リモコンが敵に渡ったり、正太郎の手に戻ってきたりすることが繰り返される状況と似ています。

 ある意味、「鉄人28号」などよりもずっと頻繁に暴走し、そうしたこともあってか、ラストではピックと共に大渦に巻き込まれて姿を消してしまうのがちょっと気の毒な気もしました。

 サンデーコミックス版はここまでで終わりですが、そうはならないで話が続いていく展開もあって、続きは手塚治虫漫画全集や文庫で読むことができます。但し、筆致がそれまでのものと明らかに異なることから、手塚治虫本人の筆によるものではないと考えられているようです。

 この「ガロン」は、後に『鉄腕アトム』『マグマ大使』にも登場して、主人公たちを窮地に陥れます。

アトム 対 ガロン編 4[.jpg【アトム 対 ガロン編】.jpg 『鉄腕アトム』の「アトム対ガロン」(1962(昭和37)年)では、冒頭で「スパイダー」なる"落書きキャラクター"が「ガロン」の紹介をし、本編ストーリーの方は、宇宙から部品が落ちてくるのは元ストーリーと同じですが、それが異星人同士の戦争の際の何かの間違いで落ちてきてしまったことになっていて、組み立て終わると雷に通電して甦り大暴れするというもので、ピッピは登場せず、ガロンは終始 "怪物"扱いです(その分、ロボットの哀しみを一身に背負っているとも言える)。
鉄腕アトム 《オリジナル版》 復刻大全集【アトム対ガロン編】』['10年]

 ここではガロンは惑星改造用に作られたロボットという設定で、重力の大きさを変える能力を持っており、アトムは手強い "怪物"ガロンを直接的に倒すのではなく、ガロンをけしかけその能力を発揮させてガロンがいる島の引力を小さくさせ、その結果ガロン自身が宇宙空間まで吹き飛ばされてしまうという「物理学的」結末でした。大渦に巻き込まれた次は、宇宙を彷徨うことになったわけで、ガロンがやや気の毒ですが、破壊されなかっただけマシと見るべきか?
 
【1960年単行本化[秋田書店]/1968年コミック版[秋田書店・サンデーコミックス]/1982年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集(1997年完結・全5巻)]/1995年文庫化[秋田文庫]/2000年再文庫化[秋田文庫(全3巻)]】

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性教育がテーマの学園ラブコメディ。悲恋物語でもあり、マリアの成因を辿ると奥が深いかも。

Iやけっぱちのマリア  全2巻.JPG 『やけっぱちのマリア (1) (少年チャンピオン・コミックス)』『やけっぱちのマリア (2) (少年チャンピオン・コミックス)

やけっぱちのマリア0.bmp 父子家庭に育った中学1年生ヤケッパチこと焼野矢八(やけのやはち)は、自分が"妊娠"したような感覚に襲われ、ある日身体からエクトプラズム(生霊)を産む。そのエクトプラズムは、彼の父親の作ったダッチワイフに宿ってマリアと名付けられ、ヤケッパチと同じ学校に通うようになる。マリアは見かけは可愛い少女だが、性格は「産みの親」ヤケッパチ似のやんちゃだった―。

やけっぱちのマリア マリア.bmp '70(昭和45)年4月から11月にかけて「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)に連載された作品で、作者自身は「性教育をテーマにした青春もの」としていますが、どこかの地方自治体では、この作品の連載を理由に「少年チャンピオン」を有害図書に指定したところもあったとのことです(この作品自体、永井豪の『ハレンチ学園』のヒットなどの影響を受けているとされている)。

 作者は「読者はもっとおおらかだから大丈夫」とみて描き続けたとのことですが、今読んでも、「性教育」の参考書(?)としても古さを感じさせず、さすが医学博士。
 まあ、トータルで見れば、肩の凝らない学園ラブコメディであり、当時はさらっと読んだ記憶がありますが、学校を仕切る「タテヨコ会」のナンバーワン(ボス)が、その学校の女生徒であるというのが面白い設定。

やけっぱちのマリア ボス.bmpやけっぱちのマリア ナンバー1.bmp ヤケッパチを巡って"ナンバーワン"はマリアと争い、"ナンバーワン"はマリアを「荷造り」して(元々はダッチワイフであるわけだ)網走の刑務所の死刑囚の下へ送ってしまった間、ヤケッパチを誘惑する―その際の中学生である"ナンバーワン"の全裸シーン、と言うより裸になって同級生を誘惑するという設定が、性教育としては"ゆきすぎ"であり、"有害"とされたようです(因みに、ナンバーワンの苗字は雪杉)。
 一方、死刑囚の下に送られたマリアは、その死刑囚に強引に結婚を迫られるという、双方波瀾万丈のストーリーですが、互いに好き合うヤケッパチとマリアの恋は成就に至ることなく、最後はしんみりさせられるようなエンディング(とりわけマリアがちょっと気の毒、と言うか可哀想過ぎる?)。確かにコメディだけれども、ヒトと生霊の悲恋物語でもあります(手塚作品によく見られる「異類恋愛譚」の1パターンともとれる)。

 ヤケッパチの身体の中にエクトプラズムが生じたのは、3歳で母親を亡くした彼が、母性愛への潜在的な飢えから、自らの内部に女性的なものを分身として培っていた結果であるというのが作中の解釈で、「ユングのアニマ」みたいでもあるし、「フロイトのエディプス・コンプレックス」みたいでもあり(作中に「エディプス・コンプレックス」の解説がある)、ヤケッパチのマリアとの別れは、ある意味、彼の成長を象徴するものともとれ、この辺りは意外と奥が深かったかもしれません。

【1971年単行本[秋田書店・少年チャンピオン・コミックス(全2巻)]/1983年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集(全2巻)]/1996年再文庫化[秋田文庫]/2010年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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普通の高校生が超能力を持ってしまったら...。作者自身も完成度にやや不満があった?

ユフラテの樹.jpgユフラテの樹.JPG   ユフラテの樹2.jpg
ユフラテの樹 (スターコミックス)』['75年] /『ユフラテの樹 (秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka)』['96年]

 高校の生物研究会の鎌は、伯父・庄之助の所有物であり謎の島とされている「恵法場島」という小島を調査する目的で、夏休みを利用して同級生の大矢、シイ子と共に島を訪れるが、島の住民や動物達の妨害に遭う。3人は島で不思議な大木を見つけるが、死んだはずの鎌庄之助が「超人」として現れ、その「ユフラテの樹」の実にはドルベスチンという物質が含まれていて、食べると「大脳皮質を興奮させ眠っている部分を目覚めさせ知能を発達させる」ため、危険なので食べてはいけないと警告する。東京に帰って学校生活に戻った3人は、大矢が密かに持ち帰った実を、決して食べないという互いの誓いを破って食べてしまい、鎌は念力を持ち、大矢は天才科学者になり、シイ子は天才ピアニストになるが、鎌は念力で、テレビに出ていた犯罪者を殺し、さらに本気で世界征服の野望を抱くようになる―。

 学習研究社の「高1コース」の '73(昭和48)年4月から'74(昭和49)年3月号に連載された作品で、普通の高校生が、未熟な精神のまま突然超能力を身につけたとしたら...という話です。
 
 鎌が「ユフラテの実」を食べてしまった理由が超能力を持ちたいというものであるのに対し、大矢はテストでいい成績を取りたいというのが、シイ子は発表会でピアノを上手く弾きたいというのがその理由。共に、さし迫った課題に対して準備不足であるといった切羽詰まった状況によるものである点が、いかにも高校生の日常感覚に近いところで描かれていたように思います。

 でも、主人公の鎌の暴走で(彼は殺人も犯しているわけで)話はどんどん拡大し、この話、当時リアルタイムで読んだのですが、どう決着つけたのだったかなあと思ったら、そういうことだったのかと。
 まあ、夢オチよりはましだけれど、これでも鎌の犯した罪は清算されないだろなあ(でも、罰を下す意味も無くなっているわけだが)。

 一見、教訓的な結末に落ち着いた感もありますが、誰もが意識的・無意識的に持っている願望を衝いている点は、やはり上手いと言えるかも。

 作者自身は、この作品をあまり気に入っていなかったそうで、「全体の構想など全く無いままに連載を始めた」そうですが(並行して何本も連載を抱え、更に「ブッダ」や「ブラック・ジャック」などの大作にとりかかった頃でもあり、忙しかったのか)、自身でも完成度にやはり不満があったのでしょうか。

 但し、予め作品のテーマだけはしっかり定めているように思われ、プロットの鍵となる「超人・鎌庄之助の正体」なども事前に構想済みだったようには思えます。
 
【1975年単行本[大都社スターコミックス]/1983年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集]/1996年再文庫化[秋田文庫]/1999年単行本[秋田書店・サンデーコミックス]/2009年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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SFからサスペン・ホラーまでバラエティに富む短篇集。密度が濃く、楽しめる。

空気の底 大都社 全1巻 1975.jpg   空気の底 上下 1971 朝日ソノラマ.jpg  朝日ソノラマ SUN MILLION COMICS 1978 上・下.jpg
空気の底 (ハードコミックス)』['75年/大都社]/『空気の底全2巻完結』['71年/朝日ソノラマ・サンミリオンコミックス]/『空気の底 (1978年) (Sun million comics)』[朝日ソノラマ]

空気の底.JPG 手塚治虫が'68(昭和43)年9月から'70(昭和45)年4月にかけて青年向け雑誌「プレイコミック」の創刊号から読みきりの形で連載したものを纏めたもので、SFからサスペン・ホラーまでバラエティに富んでいて、テーマ的にも、人種差別、環境破壊、戦争と核の脅威、生命操作といった時事問題に踏み込む一方で、「性」や「死」といった人間の根源的なものから、人生の皮肉や不条理などにまで及んでいます。

空気の底 (ハードコミックス)』大都社(1975/05/10)

 当初、朝日ソノラマで単行本刊行され、その後に出たものは、大まかには大都社版、講談社全集版、秋田書店版の3種類があり、自分が持っている「大都社」版は「ジョーを訪ねた男」「夜の声」「野郎と断崖」「うろこが崎」「暗い窓の女」「わが谷は未知なりき」「嚢(ふくろ)」「処刑は3時に終わった」「バイパスの夜」「猫の血」「蛸の足」「聖女懐妊」「電話」「ロバンナよ」「ふたりは空気の底に」の15篇を収録しています。

 「玉石混淆」とみる人もいますが、個人的には、作者のストーリー・テラーぶりが何れもよく発揮されているように思われ、作者自身がこの「空気の底」シリーズを気に入っていて、単行本のあとがきで、「『空気の底』に収録されているいずれの作品も長編に成りうる要素を持っている」と言っているのも頷けました。

 でも、やはり短篇向きかな(アンブローズ・ビアスの短篇を想起させられた作品が幾つかあった)。中でも特に個人的に印象に残ったのは、「夜の声」「野郎と断崖」「ロバンナよ」あたりでしょうか。

 「夜の声」...日曜だけ乞食になって道に座るという風変わりな道楽を持つ、やり手の青年社長が、ある日家出した若い女を助け、女は乞食の掘立小屋で生活するようになり、真面目で心が美しい彼女が気に入った青年は、彼女を自分の会社に入社させ、妻にしようと考えるのだが― (人生の皮肉が効いている)。

空気の底 野郎と断崖.jpg 「野郎と断崖」...フランス西海岸に「妄想の崖」と呼ばれる切り立った崖があり、監獄から脱走した男がこの崖に逃げて来て、通りがかった家族連れを人質に崖下へ逃げるが、崖の上では警官の話し声や、男を説得する警官の声が聞こえる。男は行き場の無い崖中腹から逃げる事も出来ず、家族連れを殺害し、崖の上の警官隊に突入するが― (アンブローズ・ビアスっぽい。「処刑は3時に終わった」の方は、完全にビアス調)。

「プレイコミック」1000号記念別冊「空気の底(野郎と断崖)」

空気の底 ロバンナよ.jpg 「ロバンナよ」...大学時代の悪友を南伊豆に訪ねた手塚治虫は、世間とのつきあいを断った友が、雌ロバを可愛がっていることを知る。その晩泊まった手塚は、友人の妻がロバを殺そうとするのを止めるが、彼女が言うには、夫は動物の方が好きの変態だと。しかし友人は、自分の実験の失敗によって、妻とロバの心が入れ替わってしまったためだと言う― (ラストで両者の言い分の真偽を考えさせられる面白さ)。

 因みに、秋田書店版「処刑は3時に終わった」「ジョーを訪ねた男」「夜の声」「野郎と断崖」「グランドメサの決闘」「うろこが崎」「暗い窓の女」「そこに穴があった」「わが谷は未知なりき」「猫の血」「電話」「カメレオン」「聖女懐妊」「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」「ロバンナよ」「ふたりは空気の底に」の16篇を収録していて、大都社のハードコミックス版には、「グランドメサの決闘」「そこに穴があった」「カメレオン」「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」の4篇が無く、代わりに、「嚢(ふくろ)」「バイパスの夜」「蛸の足」の3篇が加わっていることになります。

空気の底 2011.jpg 「嚢(ふくろ)」は『ブラック・ジャック』の「ピノコ誕生」とモチーフが重なるのが興味深く、「バイパスの夜」もタクシーの運転手と乗客の遣り取りがサスペンス・タッチで面白く、「蛸の足」はちょっとグロテスクな味付け。

 公害問題が織り込まれている「うろこが崎」のラストもグロテスクであり、「猫の血」の前半部分などになるとそれこそ"梅図かずお風"であったりと、いろんな筆致やトーンが見られるのも、この短篇集の特徴かと思われます。

 全体のトーンが暗いせいもあってか、手塚作品の中ではマイナーな部類かもしれませんが、なかなか密度の濃い短篇集であり、個人的には大いに楽しめました。

空気の底 (手塚治虫文庫全集 BT 143)』講談社 (2011/7/12)

【1971年単行本・1978年改訂[朝日ソノラマ・サンミリオンコミックス]/1975年単行本・1985年改訂[大都社ハードコミックス]/1982年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集]/1992年単行本・2007年改訂[秋田書店・手塚治虫傑作選集]/1995年再文庫化[秋田文庫]/2011年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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単行本化に際してハッピーエンドからアンハッピーエンドに改変。「完全版」では両方が読める。

人間ども集まれ!.jpg    人間ども集まれ! es.jpg     人間ども集まれ! bunnko .jpg 人間ども集まれ!200_.jpg
人間ども集まれ!』['99年/ 実業之日本社]/ホリデー新書マンガシリーズ(上・下)['68年/実業之日本社]/『人間ども集まれ!(1) (手塚治虫漫画全集)』『人間ども集まれ!(2) (手塚治虫漫画全集)

人間ども集まれ!ges.jpg 東南アジアの独裁国パイパニアでは、人工受精によって人間を大量生産し、兵士に育てる計画が進んでいたが、そのパイパニアへ日本の自衛隊から義勇兵として送られた天下太平は、脱走して捕まり人工受精の研究の実験台にされてしまう。ところが、太平の精子は特殊なもので、彼の精子から生まれた子供は、男でも女でもない第三の性、働き蜂のような無性人間だった。戦争が終わると、医師・大伴黒主とイベント屋・木座神明は、無性人間を使って大儲けすることを企むが、やがて無性人間の中にも反逆する者が出始め、無性人間同士を戦わせる戦争ショーが行われる中、今まで奴隷や兵士として消耗されていた彼らが一斉に立ち上がる―。
     
人間ども集まれ!1.jpg『人間ども集まれ!』.jpg オリジナルは1967(昭和42)年1月から翌年7月にかけて「週刊漫画サンデー」(実業之日本社)に連載されたアダルト向けの作品であり、手塚治虫が珍しくもエロチック・ナンセンスに挑んだ作品とされています。但し、エロチックと言っても手塚流のそれであり、いやらしさはありませんが、一応連載に際しては、小島功の筆致などは参考にはしたようです(自身の従来の筆致ではエロチックさに欠けると考えたのか? 雑誌連載時の筆致と単行本化の際のそれとではタッチが異なる)。

 また、ナンセンスかというと、ギャグは豊富に鏤められていますが、全体としては壮大な人間喜劇(悲喜劇)となっていて、その中で、戦争、差別、性といった問題が批判的に提起されており、やはり手塚治虫は手塚治虫という感じです。そもそも、批判精神の無い漫画など意味がなく、手塚治虫がそんなもの描くために時間を費やすことはあり得なかったのでしょう。

 知る人ぞ知る作品とも言えますが、単行本化される際に、雑誌連載時の後半がかなり削られ、結末も大幅に改編されました。本書(完全版)では、約660ページの内、430ページまでで単行本化された内容が完結した後、第2部として、単行本において改変の大きかったところを中心に雑誌連載時の改変前のオリジナル版を170ページにわたって掲載しています。

手塚 治虫 『人間ども集まれ! 完全版』1.jpg 更に第3部として、各界の人々からのこの作品に対する論評、思い、漫画などが寄せられています。そのメンバーは、大林宣彦、中島梓、武宮惠子、横田順彌、石上三昇志、夏目房之介、山本貴嗣、米沢嘉博、村上和彦、みなもと太郎、中村桂子(生命誌研究者)など、錚々たるもの。更に、野口文雄氏が、手塚作品におけるセクシュアル表現を、様々な例を挙げて分析しています。

 単行本版は、無性人間は自由を獲得するも、彼らにとって性の無い虚しい世界は永遠に続くという何か突き放したような結末で、しかもかなり唐突に終わりますが、オリジナルである雑誌連載版の結末は、T大教授による起性手術によって無性人間に性がもたらされるという、ある種ハッピーエンドとなっています(旧単行本には全く無い話)。

手塚 治虫 『人間ども集まれ! 完全版』2.jpg 村上和彦氏は、ハッピーエンドがアンハッピーに書きかえられた原因として、連載中の'67年に、南アフリカバーナード博士による心臓移植手術があり、'68年には、札幌医大・和田教授により日本でも世界で30例目となる手術が行なわれたものの、その手術を受けた患者の多くが、拒絶反応や合併症で数十日から数百日で死亡し、和田教授の患者も死亡したことで、こうした生命医学のテクノロジーに懐疑的乃至ペシミスティクになったのではないかといった考察をしていますが、そうかも知れないし、そうで無いかも知れない―。

 この時期には、ベトナム戦争の激化、紅衛兵事件、金嬉老事件といった様々な暗い時事的イシューがあり、色々な出来事の影響を受けているようにも思います。無性人間が敵味方に分かれて「パイパニア戦争」の戦場に駆り出される場面は、完全にベトナム戦争への風刺であり、「戦争ショー」は筒井康隆氏の「ベトナム観光公社」('67年)にも似ています。但し、結末の書き換えについて手塚治虫自身は、講談社漫画文庫のあとがきで、その頃読んだカレル・チャペックの『山椒魚戦争』の影響があると思っている」としています。

 個人的には、連載時の筆致と単行本のそれとではタッチが異なるのがよく分って興味深かったですが(雑誌連載版の方は急いで描いている感じで、単行本版に比べてベタ塗りが少なく、ペンが掠れている箇所がある。また、連載時のものは小島功の模倣タッチの色合いがより濃い)、ストーリーを改変していない部分も含め、これだけの長編を殆ど全部描き直しているのだなあ。改めて、その仕事の量の膨大さと、質の高さ、木目の細かさに驚かされました。

【1968年単行本(新書)化[実業之日本社ホリデー新書マンガシリーズ(ホリデーコミックス)(上・下)]/1973】年[COM名作コミックス復刊]/1978年文庫化[講談社・手塚治虫漫画全集(上・下)]/1995年再文庫化[文春文庫ビジュアル版(上・下)]/2010年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT]】

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ストーリーテイリングのしっかりた傑作。民話ブームの先駆け?

ハトよ天まで.jpg ハトよ天まで1.jpg ハトよ天まで 中公文庫コミック版1.jpg ハトよ天まで 中公文庫コミック版2.jpg
手塚治虫作品集〈1〉ハトよ天まで (1975年)』 『ハトよ天まで (1) (手塚治虫漫画全集 (47))』 (全3巻)『ハトよ天まで (1) (中公文庫―コミック版)』『ハトよ天まで (2) (中公文庫―コミック版)

ハトよ天まで.jpg 久呂岳と黒姫山には、それぞれアビルとテングという主がいて争いを続けてきたが、麓の村人たちは、そのとばっちりを受け、飢えと貧困に苦しんでいた。母親と別れ父親に死なれたタカ丸・ハト丸の兄弟は、その両山の狭間にある竜が渕の大蛇・立田姫を育ての親として成長するが、やがてタカ丸は出世を望んで村を出て都へ行き、一方のハト丸は、村に残って村の平和を守ろうとし、それぞれに数奇な人々と出会い、多くの妖怪たちと戦うことになる―。

ハトよ天まで 作品集.jpg '64(昭和39)年11月から'67(昭和42)年1月にかけて「サンケイ新聞」に連載された作品で、全集そのものが完結しなかった文民社の「手塚治虫全集」の第1巻に収録された作品ですが、作者の唯一の「民話絵物語」であるとのことです。
 その前に同紙に'61(昭和36)年から3年間連載していた『オズマ隊長』も「絵物語」作品ですが、これは近未来物語であり、民話的な愛蔵版 ハトよ天まで.jpg作品となると初期の手塚作品には短編も含め殆ど無く、そうした意味では貴重な作品ですが、それだけでなく、ストーリーテイリングのしっかりた傑作として仕上がっています。

 '78年刊行の講談社の「手塚治虫漫画全集」の方の作者の"あとがき"では、"最近になって民話復活のきざしがみえはじめました"とありますが、これは、'75年にTBS系で放送がスタートした「日本むかし話」のことを指していて、「あれは虫プロダクション出身の人が中心になってつくった」と。 ならば、この作品は、約30年続いた長寿番組の先駆け的作品とも言えるのではないかという気もしますが、この作品自体、松谷みよ子氏の名作「竜の子太郎」に刺激を受けて描いたことを正直に告白しています。
ハトよ天まで』 ['90年/文藝春秋]

ハトよ天まで kindle.jpg 様々な妖怪たちの戦い、妖怪と人間の戦い、そして人間同士の争いという縦軸に、育ての母の愛情、兄弟の反目と協力、彼らの人間的成長という横軸を絡ませたストーリーの巧みさは見事で、時に応じて兄弟の敵となり味方となる佐佐木大二郎という合理主義者のキャラクターも、物語に緊張をもたらす意味で効いているように思いました。

 一応の大円団は迎えるものの、事後談においては単なるハッピーエンドに終わらせず、現実の厳しさを忘れないのも、手塚治虫ならでは。
 個人的に懐かしい作品ですが、読み直してみて、子供の頃にはらはらどきどき、或いはわくわくさせられた思いが甦ってきました。

Kindle版(2014)

 【1975年全集版[文民社]/1977年全集[講談社(全3巻)]/1982年手塚治虫選集[ほるぷ社(全2巻)]/1990年中公コミックス愛蔵版・1996年中公文庫コミック版(全2巻)[中央公論社]/2010年再文庫化[講談社(手塚治虫文庫全集BT)]/2014年Kindle版[ 手塚プロダクション(全3巻)]】

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主人公を通して滲む時代風刺、創作者の虚無と苦悩、作者の「少女」性への愛着。

「十村十枝子」.jpg人間昆虫記.jpg  人間昆虫記  手塚治虫.jpg  人間昆虫記 大都社1986.jpg 
『人間昆虫記』 (COMコミックス増刊)['72年]/『人間昆虫記 (ハードコミックス)』['86年]/『人間昆虫記 (ハードコミックス)』 ['87年新装版]

人間昆虫記 プレイコミック.jpg 新進作家・十村十枝子の芥川賞の授賞式の日、別の場所で臼場かげりという女が自殺するが、臼場かげりと十枝子はかつて一緒に暮らしていたことがあり、十枝子が受賞した小説は、臼場かげりが書こうとしていた作品の盗作だった。
 十村十枝子は、以前は劇団の花形女優であり、その後グラフィックデザインで世界的な賞を獲っているが、実は彼女は、次々と才能のある人間に接近してはその才能を吸い取り、作品を盗んでは成長していく寄生昆虫のような女だった―。

 '70(昭和45)年5月から翌年にかけて秋田書店の「プレイコミック」('70年5月9日号〜'71年2月13日号)に連載された作品で、前年発表の『IL』と同じく、手塚作品では少数派の成人向けコミックであり、また、どちらかと言うと女性が主人公の作品は「少女」が主人公であることが多い手塚作品の中では、成人女性が主人公であるという点でも珍しい作品ではないでしょうか。

 この作品は第1に、十村十枝子という女性の鮮やかとも言えるほどの徹底したマキャベリスト的生き方を描いたピカレスク・ロマンであり、一方で、彼女は埋まることのない虚無感を常に抱いているわけで、高度成長期の日本の経済至上主義的な時代の空気(登場人物の名前が皆、昆虫をもじったものになっている)と、その裏側にある人々のいくら豊かになっても何となく満ち足りない気分や閉塞感を、旨く風刺的にこの十枝子という女性に託しているように思いました。

 第2に、この十枝子という女性は、芸術家と交際すればその芸術家が生み出す作品を自分で本人よりも先に生み出してしまうわけで、但し、彼女自身の中身は空っぽであり、(作中に連載中に自決した三島由紀夫がちらっと出てくるが)彼女は言わば"芸術作品至上主義者"であり、創作(模倣)に励めば励むほど彼女の自我は希薄になっていくという、これはある意味、作品を量産することを常に求められていた作者も含めた、創作者の虚無と苦悩の想いが込められているような気がしました。

 第3に、成人女性を主人公としたこの作品には、一見すると作者の成人女性に対する潜在的な恐怖心が現れているともとれるものの、十枝子という女性は見かけ上は成熟した大人の女性でありながら、その内面においては亡き母親の蝋人形を作ってそれに甘える「女の子」であり、その点においてはこれもまた「少女」的女性、大人になりきらない女性を主人公にした作品であると言え、手塚作品の主流を外れてはいないような気がし、またそこに、主人公に対する作者の愛着が感じられるように思いました。

『人間昆虫記』より
人間昆虫記 手塚.jpg

ドラマ人間昆虫記.jpgWOWOW・ミッドナイト☆ドラマ「人間昆虫記」2011年7月31日~9月11日[全7話]出演:美波/ARATA/久世星佳/鶴見辰吾/手塚とおる/、滝藤賢一/北村有起哉/中村敦夫/白石和彌/高橋泉

人間昆虫記 wide.jpg【1972年コミックス版[COMコミックス]/1974年コミックス版・1987年新装版[大都社(ハードコミックス)]/1979年文庫化[秋田漫画文庫(全2巻)]/1983年全集[講談社(全2巻)]/1995年再文庫化[秋田文庫(The best story by Osamu Tezuka)]/2007年コミックス版[秋田トップコミックスW]/2012年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集]】

人間昆虫記 (秋田トップコミックスW)』['07年]

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手塚治虫の歴史物の中では最高傑作。「伊武谷万二郎」のモデルは?
陽だまりの樹 (全8巻).jpg
陽だまりの樹.jpg
 陽だまりの樹1.jpg  陽だまりの樹2.jpg 
陽だまりの樹 全巻セット (小学館文庫)』 (全8巻) ['95年]/小学館ビックコミックス(全11巻) ['83年]/日本テレビ系列「陽だまりの樹」['00年]

陽だまりの樹001.jpg '81(昭和56)年4月から'86(昭和61)年12月まで「ビッグコミック」に掲載の、幕末を舞台に、蘭学医・手塚良仙の息子の良庵と、府中藩士の伊武谷万二郎の2人の生き方を描いた手塚治虫後期の作品。手塚良庵(後の良仙)は実在の人物で作者の曽祖父にあたる人、主人公の伊武谷万二郎は一応架空の人物とされているようです。

伊佐新次郎.jpg 手塚治虫の歴史物の中では最高傑作の1つではないかと思います。しっかりした時代考証の上に生き生きとした創作を織り込むところは、司馬遼太郎の初期作品などを想起させます。

 米国総領事として下田に逗留したハリスと通訳のヒュースケンの周辺は相当詳しく調べたようです。「唐人お吉」は実在の人物ですが、お吉にハリスの侍妾として仕えるよう説得したのが下田奉行頭取の「伊佐新次郎」という人であるようです。

お吉を説得する下田奉行頭取・伊佐新次郎

陽だまりの樹002.jpg 主人公「伊武谷万二郎」はこの実在の人物をモデルにしたのではないかと思われます。「伊佐新次郎」という人は実際に熱血肌の人だったようです。お吉がハリスに仕えたのは僅かの期間ですが、その後の彼女の運命に大きな影響を与えました(個人的にはその辺りの経緯を、下田の観光バスガイドの話で初めて知った)。

 このシリーズを買うならば、講談社の全集のものより小学館文庫の方をお薦めします。小学館叢書として'88年に刊行された四六判 (全7巻)の文庫化ですが、セピア調の写真入りのカバーが良く、第2巻表紙のスフィンクス像の前での武士たちの記念写真なども珍しいものです。

 個人的には、文庫版第3巻の巻末解説で、横内謙介氏が手塚治虫と三島由紀夫を対比して、両者の共通点と相違点を述べているのがたいへん興味深かったです。

陽だまりの樹 dvd.jpg 尚、この作品は2000年4月から9月まで日本テレビ系で連続アニメドラマとして放送され(全25話)、第4回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門(テレビシリーズ・長編)で優秀賞を受賞していますが、午前1時近くから始まる深夜の放映だったので、どれだけの人の目に触れたかなあ(自分自身、全編を通して観たわけではないが、安易にストーリーをいじらず、ほぼ原作通りだったのではないか)。

陽だまりの樹(八) [DVD]

陽だまりの樹 アニメ.jpg「陽だまりの樹」●監督:杉井ギサブロー●脚本:高屋敷英夫/水上清資/川嶋澄乃/大久保智康●音楽:松居慶子●原作:手塚治虫●出演(声):山寺宏一/宮本充/折笠富美子/永井一郎/松本梨香/納谷六朗/大木民夫/堀越真己/幸田直子/三石琴乃/沢海陽子/根谷美智子/家中宏/関智一/郷里大輔/小形満/有本欽隆/くればやしたくみ/前田剛/志村和幸●ナレーション:中井貴一●放映:2000/04~2000/09(全25回)●放送局:日本テレビ

 【1983年コミックス版(全11巻)・1988年四六判(全7巻)・1999年ワイド判(全6巻)[小学館]/1993年全集[講談社(全11巻]/1995年文庫化[小学館文庫(全8巻)]/2008年ビックコミックスペシャル改装版(全6巻)[小学館]/2012年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集(全6巻)]】

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"手塚流ブッダ"と見るべき? 物語としてのエンタテインメント性を評価したい。

ブッダ (第1巻).jpgブッダ 第1巻.jpg ブッダ 第2巻.jpg ブッダ 第3巻.jpg ブッダ 第4巻.jpg ブッダ 第5巻.jpg ブッダ 第6巻.jpg ブッダ 第7巻.jpg ブッダ 第8巻.jpg
ブッダ [成人向け:コミックセット]』 潮出版新社(全8巻)['87年]
ブッダ《オリジナル版》復刻大全集 8』 復刊ドットコム (2014/8/15)
ブッダ《オリジナル版》復刻大全集.jpg '72(昭和47)年から'83(昭和58)年にかけて雑誌連載された、ゴータマ・シッダルタの生涯を描いた物語ですが、子どもにも読めるわかりやすさ、大人も満足できる叙事詩性やメッセージ性、そして誰もが引き込まれる展開の面白さ。ブッダを最後まで悩み苦しむ生身の人間として描いているので、ブッダが身近に感じられます。

 動物にのり移る能力を持つパリア(不可触賎民)出身の少年盗賊タッタ、最愛の母親と共に数奇かつ悲劇的運命を辿ることになるスードラ(賎民)の青年チャプラ、放浪のバラモン(僧)ナラダッタなど、冒頭から様々な人物が登場。中盤においても、予知能力があり自分の死期を知る子どもアッサジや、盗賊からブッダの弟子に転じるアナンダなど、魅力的な登場人物は挙げればキリがありません。作者の創作したキャラクターも多いものの、仏典を基にしたストーリーにうまく溶け込んでいます。

ブッダ.jpg 厳密に言えば、基本的には、"手塚治虫が描くところのブッダ"と見るべきなのかもしれません。悟りを開いたブッダに人々が帰依していく様が、超能力対決のようなエンタテインメント性を交えて描かれている一方、仏法の講釈の部分は、輪廻転生など手塚治虫的なものに集約されている気もしました。ナラダッタの贖罪などにも、作者の生命哲学が強く反映されていると思いました。一方で、解脱したはずのブッダが、なおも悩み続け、ブラフマンの導きを乞うている...でも"手塚治虫が描くところのブッダと見れば、これで良いのではと思います。

 完結まで10年を要した本作は、手塚作品の中で繋がった1ストーリーのものでは最長作品ですが、ストーリーテラーとしての作者の本領が遺憾なく発揮されていて、多くの人にお薦めしたいと思います。
 
『ブッダ (全14巻)』.jpg マンガがサブカルチャーとして注目・評価されるずっと以前に、本作や『火の鳥』が既にカルチャー(教養)の側に入っていた時代があったことを思い出しましたが、個人的にはあえて、物語としてのエンタテインメント性を高く評価したいと思います。

 【1974年コミックス版(全14巻)・1979年B5判(全6巻)・1987年四六判(全8巻)[潮出版社]/1983年全集[講談社(全14巻)]/1992年文庫化[潮ビジュアル文庫(全12巻)]/1998年B6判ソフトカバー[潮ライブラリー(全8巻)]/2011年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集BT(全7巻)]/2011年新装版[潮出版社(全14巻)]/2014年《オリジナル版》復刻大全集[復刊ドットコム(全8巻)]】

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「死と再生」のループ構造と、ロボットへの"人間"の投射の旨さ。

鉄腕アトム アトム誕生.JPG『鉄腕アトム』 朝日ソノラマ.jpg     鉄腕アトム 1956.jpg     osamu_tezuka.jpg
『鉄腕アトム』 朝日ソノラマ〔'75年〕/光文社['56年]手塚治虫 (1928‐1989)

鉄人アトム.jpg鉄腕アトム 少年付録.jpg '51(昭和26)年4月から1年間にわたり雑誌「少年」(光文社)に掲載された「アトム大使」(第15巻)が"アトム"の初出とされていますが、ただしこれはアトムが脇役の話で、アトムを主人公とした連載は、それに続く「気体人間」からスタートしています(因みに、「アトム誕生」(第1巻)は、このサンコミックス版刊行('75(昭和50)年)に合わせた書き下ろしで、アトムの初出から24年を経ている)。

 「ロボットを主人公にした漫画を」というのは、手塚治虫自身の発想ではなく、編集者側からの要請だったとのことで(予告段階でのタイトルは「鉄腕アトム」ではなく「鉄人アトム」だった)、そうしたものが読者に受け入れられるかどうか、作者自身も疑心暗鬼だったようですが、読者の方はわっとこれに飛びついたというのが'52(昭和27)年のこと、以来、「鉄腕アトム」は作者自身も予期していなかった長期連載となります。

「鉄人アトム」予告 S.27 S.34.10「少年」付録

 雑誌連載で人気を博したアトムは、'63(昭和38)年にTVアニメになり、世界各国でも放映されるようになりますが、主たる"買付け国"であった米国のTV局からカラーの新アニメの要求があったため、アトムは核融合阻止装置を抱えて太陽に突っ込むという終わり方で放映を終えてしまいます。
 後番組は「悟空の大冒険」で、その1年前に米国のTV局のカラー版アニメの要求に応えるかたちで「ジャングル大帝」がスタートしています(この作品は、漫画としてのオリジナル版はアトムより古い)。

鉄腕アトム 1963.jpg「鉄腕アトム」●演出(総監督):手塚治虫●制作:岡田晋吉/中根敏雄/酒井知信●脚本:豊田有恒/本間文幸/柴山達雄/鈴木良武/辻真先/能加平/石津嵐/平見修二/鳥海尽三●音楽(主題歌):作詞・谷川俊太郎/作曲・高井達雄/歌・上高田少年合唱団●原作:手塚治虫●出演(声):清水マリ/勝田久/井上真樹夫/矢島正明/田口計/水垣洋子/坂本新兵/田上和枝/武藤礼子/芳川和子/小宮山清/和田文雄/千葉耕市/横森久/長門勇/渡辺篤史●放映:1963/01~1966/12(全210回)●放送局:フジテレビ

アトム今昔物語.jpg 一方、連載漫画の方は'67(昭和42)年1月から「サンケイ新聞」でもスタートしますが(この間に雑誌「少年」は突然の廃刊に)、アニメの続きを受け、太陽に突入し溶けたアトムがイナゴ星人に拾われ修理されて、ワープして20世紀半ば過ぎの地球に戻ってくるというものです。
 ただし、朝日ソノラマのコミックス版は、オリジナルである雑誌漫画に太陽突入シーンが無いので、不時着したイナゴ星人のロケットの爆発に巻き込まれてタイムスリップし、20世紀の東京に現れるという話になっています(第6〜8巻「アトム今昔物語」)。
 そうした部分的な改変はあるものの、後に刊行される講談社のコミック全集の「アトム今昔物語」(全3巻)よりは、「サンケイ新聞」で連載された方の「鉄腕アトム」のストーリー(これが後に「アトム今昔物語」に改題された)に比較的近いと言えるかと思われます。
 サンケイ新聞版は、朝日ソノラマのコミックス版や全集版とは別に『アトム今昔物語』('04年/メディアファクトリー)として復刻されており、「アトム今昔物語」は少なくとも3つあることになります。

鉄腕アトム.JPG 別巻は、「少年」「サンケイ新聞」連載以外の作品を集めていますが、そこには「アトム還る」('72(昭和47)年)などの太陽突入後のアトムの事後譚があったり、アトムが他の手塚漫画のキャラクターと共演する珍品があったりします(本編でも「アトム対ガロン」(第10巻)などがありますが)。

鉄腕アトム DVD.jpg 注目は「アトムの最後」('70(昭和45)年)で、傑作と評するファンも多いのですが、作者自身は、読み直して嫌な気分がするし、これがアトム作品の最後とは思っていないと言っています。
 「アトム今昔物語」でもアトムは途中で死にますが、それは物語が2003年のアトム誕生の年を迎え、アトムが生きていてはアトムが誕生しないというタイムパラドックスのためであり、「死と再生」のループ構造になっているわけです。

『鉄腕アトム (全21巻+別巻)』 (1975-76 朝日ソノラマ・サンコミックス)

 アニメのアトムは、今ではDVDやCS放送などでかなりを見ることができます。また、'80(昭和55)年と'03(平成5)年にカラー版で復活しましたが、"リアルロボット"にハマったガンダム世代には、あまりに"人間的"なロボットたちは子供心にも非現実的で、今ひとつ受けなかった?

鉄腕アトム 史上最大のロボット.JPG地上最大のロボット.bmp 漫画を読んで感じるのは、むしろある程度大人の方が、その辺りを割り切って見ることができる分、ロボットへの"人間的"なものの投射の仕方の旨さを味わえるのかも知れないと...(漫画自体や背後の世相に対する郷愁も大きいと思いますが)。
 手塚賞漫画家の浦沢直樹が「地上最大のロボット」('64(昭和39)年・第3巻)を翻案してみせたのも(『PLUTO』)、その表れの1つではと思います。・

『鉄腕アトム』 手塚治虫 光文社カッパ・コミックス .jpg【1956年単行本(全3巻)・1958年全集(全8巻)・1964年コミックス版(全32巻)〔光文社〕/1968年全集〔小学館(全20巻)〕/1975年コミックス版(全21巻+別巻)・1978年愛蔵版(全3巻)・1980年カラー版(全12巻)〔朝日ソノラマ〕/1979年全集(全18巻+別巻2)・1987年B6版(全7巻)・1992年コミックス版(全15巻)[講談社]/1995年文庫化〔光文社文庫コミックシリーズ(全15巻)〕/1999年コミックス版(全21巻+別巻2)[秋田書店]/2002年文庫化〔講談社漫画文庫(全13巻)〕/2009年再文庫化[講談社(手塚治虫文庫全集BT)]】
『鉄腕アトム』第1卷第1号 「アトム大使の巻・アトラスの巻」光文社カッパ・コミックス 1964(昭和39)年1月1日発行

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ドストエフスキー小説のような深み。科学的な仮説同士の対決というヤマ場が作者らしい。

きりひと讃歌 COM 上巻.jpg きりひと讃歌 COM 下.jpg きりひと讃歌 大都社ハードコミックス 全3巻.jpg きりひと讃歌 上巻.jpg きりひと讃歌下巻.jpg
['72年/虫プロ商事(上・下)]/['74年/大都社ハードコミックス(上・中・下)]/『きりひと讃歌 (上)』『きりひと讃歌 (下)』['86年/大都社ハードコミックス改訂(上・下)] 

きりひと讃歌 54.JPG '70(昭和45)年4月から翌年末にかけて「ビックコミック」('70年4月10日号〜'71年12月25日号)に連載されたかなりシリアスな作品で、白い巨塔、よろめき、万博、レオポンなどの作中の言葉に時代を感じますが、当時としての"現代モノ"です。

 主人公の「桐人(きりひと)」が"モンモウ病"で「犬男」になってしまうところから、当初は「バンパイヤ」の二番煎じではと言われたそうですが、彼が社会から抹殺されかけても「医師」であり続ける点では、2年後に連載開始した「ブラック・ジャック」に近いような気がします。

ode-to-kirihito1.bmp 医局を追われた桐人の逃避行を助ける「たづ」「麗花」など女性たちが犠牲的存在としてばかり描かれている点や、「万大人」「竜ケ浦」らが同じ病に罹るというややご都合主義的なストーリー展開などが気にならなくもありませんが、桐人の同僚「占部」の原罪的苦悩と贖罪や修道女「ヘレン・フリーズ」の献身などには、ドストエフスキー小説のような深みがあります。

 波乱万丈の物語の背景に一貫して、医師会の会長選挙を巡る権力抗争の話があり、物語全体の骨格を成していますが、教授会と医師会の違いこそあれ、'66年映画「白い巨塔」の影響を感じます(映画では原作以上に教授選挙に焦点を当てていた)。

 しかし、復讐のため最後の対決が、「正義vs.悪」というパターンを超えて、「ビールス説vs.風土病説」という科学的な「仮説」の真偽を決する対決として表されているところが、科学者らしい発想で作者らしいという気がしました。

"Ode to Kirihito" ペーパーバック版

 連続した1ストーリーで読み返すのにほどよい長さでありながら、充分な読了感が得られる作品だと思います。
                              
 【1972年コミック版[COMコミックス増刊(上・下)]/1974年コミックス版[大都社ハードコミックス(上・中・下)](1986年ハードコミックス改訂[大都社(上・下))]/1977年全集[講談社(全3巻)]/1989年叢書版(上・下)・2000年単行本(全5巻)・2003年単行本(上・中・下)[小学館]/1994年文庫化[小学館文庫(全3巻)]/2008年ビックコミックスペシャル改装版(全2巻)[小学館]/2010年再文庫化[講談社(手塚治虫文庫全集BT)]】

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大人でも解けない問題を子どもの前にシンプルな形で提示している。

ブラックジャック.JPGブラック・ジャック (1) (少年チャンピオン・コミックス) .jpg          ブラック・ジャック.jpg
ブラック・ジャック (1) (少年チャンピオン・コミックス)』['74年] 『ブラック・ジャック 1 [新装版] (1)』秋田書店 〔'04年〕
『ブラック・ジャック (全25巻)』(1974 /秋田書店・少年チャンピオン・コミックス)

 '73(昭和48)年11月から'83(昭和58)年10月まで約10年にわたり「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)に連載された医療漫画の元祖で、今だこれを超える医療漫画はないとされている手塚治虫の代表作。'77(昭和52年)度・第1回「講談社漫画賞」を受賞しています。

 この作品を発表する前頃の作者は、少年誌の世界では既に古いタイプの漫画家とされ、'73年に自らが経営していた虫プロ商事が倒産、それに続いて虫プロダクション(既に経営者を退いていた)も倒産し、個人的にも巨額の借金を背負うことになったこともあって、「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)の壁村耐三編集長の「手塚の最期を看取ってやろう」という厚意で始まった連載だったそうですが、この作品で作者は起死回生の大復活を果たすことになります。

ブラック・ジャック2.jpg このマンガがスゴイなあと思うのは、大人でも解けないような問題を、子どもでも読めるシンプルな形で提示しているところで、例えば、第17話の「二度死んだ少年」で、ブラック・ジャックが命を救った少年が結局は死刑になるという話。これを読んだ子どもはどう考えるのでしょうか。「子どもの死刑」など、小説では成り立ちにくい設定かもしれませんが、その点はマンガの利点を活かしていると思います。でも、こうしたテーマに対する答えを出すのは大人にも難しいでしょう。

 テレビアニメ化されましたが、1話当たりが長くなっているため、原作の本筋は変えないものの、"装飾品"が多くなってしまっている感じがします。それと、何だかやたら明るいのです。原作のタッチはもっと暗いし、ストーリーもゲッというようなものもあります(少年チャンピオン・コミックスでも最初のうちは「恐怖コミックス」と銘打っていた)。

瞳の中の訪問者 映画チラシ.jpg瞳の中の訪問者.jpg瞳の中の訪問者 宍戸錠.jpg 後半にいくにつれヒューマンな色合いが強くなりますが、カルト的な楽しみも見出すことも出来ます。例えば第167話の「春一番」は、'77年に脚本・ジェームス三木、監督・大林宣彦で「瞳の中の訪問者」というタイトルで実写版映画化されていて片平なぎさ 新人_.jpg 、'77年に歌手デビューしたばかりのホリプロの"新人"片平なぎさを売り出すためのプロモーション映画ともとれるものでした(「ブラック・ジャック」の実写版は加山雄三と本木雅弘がそれぞれブラック・ジャックを演じたものが知られているが、この作品でブラック・ジャックを演じたのは宍戸錠)。
    
瞳の中の訪問者zj.jpg映画チラシ/DVD「瞳の中の訪問者」/サントラLP(廃盤)

 珍品というか、今では一種のカルトムービーのような評価になっているようです。原作との対比で見ると面白く、結構笑えます(原作の方がずっとマトモ)。

瞳の中の訪問者8.gif「瞳の中の訪問者」●制作年:1977年●監督:大林宣彦●製作:堀威夫/笹井英男●脚本:ジェームス三木●撮影:阪本善尚●音楽:宮崎尚志●原作:手塚治虫 「春一番(「ブラック・ジャック」)」●時間:100分●出演:片平なぎさ/宍戸錠/山本伸吾/志穂美悦子/峰岸徹/和田浩治●公開:1977/11●配給:ホリプロ=東宝(評価:★★★?)

ピノコ誕生.jpg この新書版(コミックス版全25巻)のほかに、講談社の全集 (全22巻)や秋田文庫(全17巻)などにもありますが、読者クレームなどのため途中で抜いた話もあるようです。ただ、第2巻から登場のピノコも、双子の片割れの「畸形膿腫(きけいのうしゅ)」だったわけで、この話はテレビアニメでも放送開始後1年経ってようやく「ピノコ誕生」というタイトルで放映されましたが...(BJによる"回想"というかたちで)。 

ブラック・ジャックdx.jpg 新書の新装版も刊行中ですが、さらに収録されない作品が出てくるかも。   
講談社 DX版 〔'04年〕

 ピノコについては、この物語を、BJとピノコの恋愛物語(ロリータ愛ということになる)と見る見方もあるようで、ナルホド、ピノコは本当は18歳(18年間、母体内にいた)、だけれども女性というよりは少女、むしろ幼児近い(「人工」の身体という意味では人形にも近い)、こうした女性に成りきらない「女の子」というのは、他の手塚作品でも結構いたことに思い当たります。

ブラック・ジャック 2004 2.jpgブラック・ジャック 2004_.jpg「ブラック・ジャック」●演出:手塚眞●制作:諏訪道彦●音楽:松本晃彦●原作:手塚治虫●出演(声):大塚明夫/水谷優子/富田耕生/川瀬晶子/阪口大助/江川央生/渋谷茂/山田義晴/滝沢ロコ/渡辺美佐/小形満/後藤史彦/佐藤ゆうこ●放映:2004/10~2006/03(全63回)●放送局:読売テレビ

 【1974年コミックス版(全24巻+1巻)・1987年四六判(全17巻)・2001年B6判(全24巻)・2004年新装コミックス版判(全17巻)[秋田書店]/1977年全集・2004年B6判(DX版)[講談社(全22巻)]/1993年文庫化[秋田文庫(全17巻)]/2010年再文庫化[講談社(手塚治虫文庫全集BT)]】

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