Recently in 筒井 康隆 Category

「●つ 筒井 康隆」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【456】 筒井 康隆 『わたしのグランパ

「旅」は何かの手段ではなく「人生」そのものの象徴か。味わいのある佳作。

旅のラゴス 単行本_.jpg          旅のラゴス 文庫1.jpg旅のラゴス 文庫 .jpg
『旅のラゴス』('86年/徳間書店)/『旅のラゴス (新潮文庫)

 北から南へ、そして南から北へ。突然高度な文明を失った代償として、人びとが超能力を獲得しだした「この世界」で、ひたすら旅を続ける男ラゴス。集団転移、壁抜けなどの体験を繰り返し、二度も奴隷の身に落とされながら、生涯をかけて旅をするラゴスの目的は何か?異空間と異時間がクロスする不思議な物語世界に人間の一生と文明の消長をかっちりと構築した爽快な連作長編。(新潮文庫ブックカバーより)

 「SFアドベンチャー」(徳間書店)1984年4月号から1986年6月号にかけて発表された連作短篇で、1986年9月に徳間書店より単行本刊行され、その歳に、最後まで読んでも、単行本の表紙のイラストの人物が誰なのかわからないというのが話題になったそうです。

 徳間文庫で文庫化された後、新潮文庫で再文庫され、息の長いロングセラーとして読まれ続けてきた作品ですが、「新潮文庫メールアーカイブス」によれば、毎年3,000~4,000冊ぐらい売れていたのが、2014年の初めごろ、活字を大きくしたタイミングで売れ行きが加速し始め、1年余りで10万部を超える大増刷となったそうです。過去に活字を大きくしただけでこれほどまでに売れるようになった例は無く、テレビで有名人が紹介したわけでも、新聞に大きな書評が掲載されたわけでも無いため、版元でも売れている理由が分からないそうです(やはり、口コミのせいなのか)。

 実際、Amazon.comのレビューなどを見ても、「年に一度は手にとって読みたくなるような1冊」「長年愛読しています」といったコメントが結構多くありました。主人公が旅を通していろんなことを学びながら成長していくある種ビルドゥングスロマン(教養小説)であるため、読む年齢ごとに読んだ印象が違ったりもし、また長さ的にもそう長くないため、読み返すのに丁度いいのかもしれません。但し、そうした読み返しに堪えるには、それなりの内容の充実も必要であり、少なくとも経年劣化しているようなものではダメであって、その点、SFというスタイルは非常に効果的であったように思いました。

ドラゴンクエスト 1986 画面.jpg 個人的には何十年ぶりかの再読ですが、読んでいてRPGの「ドラゴンクエスト」を想起しました(そのため何となくノスタルジックな思いを抱いた)。初読の際にそんなことを考えた記憶はあまり無く、調べてみたら、「ドラゴンクエスト」の第1作の発売は1986年5月でした。「ドラゴンクエスト」も、ある意味ビルドゥングスロマン(教養小説)的ではないかと思います。先に書いたように、作者がこの作品を連載していたのが「SFアドベンチャー」の1984年4月号から1986年6月号にかけてであり、その直後に「ドラゴンクエスト」が爆発的ヒットを遂げたことを考えると、やはり作者・筒井康隆は、時代を読む慧眼の持ち主だったということでしょうか(但し、当時の筒井康隆の作品群の中では、それほど目立った印象は無かったように思う)。

「ドラゴンクエスト(初代)」 (スクウェア・エニックス:旧エニックス、1986年)

 この物語の主人公のラゴスは、行く先々で集団転移や壁抜けの体験をし、奴隷として囚われたり指導者として扱われたりするなど様々な境遇を味わいますが、終盤で念願の書物に辿り着き、やっとのことで故郷に戻ります。そして、これがラゴスにとっては数十年ぶり(50年以上ぶり)の帰還であったにも関わらず、最後、(実はここは今回読み返してみて改めて思い出したことなのだが)また次なる旅に出ることが暗示されており、そのことは「旅」が何かの手段であると言うよりは、「旅」そのものが「目的」であり、また「人生」(生きているということ)の象徴であることを示唆しているように思いました。味わいのある佳作だと思います。

【1989年文庫化[徳間文庫]/1994年再文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●一部抜粋
かくも厖大な歴史の時間に比べればおれの一生の時間など焦ろうが怠けようがどうせ微々たるものに過ぎないことが、おれにはわかってきたからである。人間はただその一生のうち、自分に最も適していて最もやりたいと思うことに可能な限りの時間を充てさえすればそれでいい筈だ。

「●心理学」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【771】 村上 宣寛 『「心理テスト」はウソでした。
「●か 河合 隼雄」の インデックッスへ 「●よ 養老 孟司」の インデックッスへ 「●つ 筒井 康隆」の インデックッスへ 「●み 宮城 音弥」の インデックッスへ 「●岩波新書」の インデックッスへ

「笑いの効用」について、三者三様に語る。ちょっと、パンチ不足?

笑いの力.jpg笑いの力』岩波書店['05年] 人間性の心理学.jpg宮城音弥『人間性の心理学』〔'68年/岩波新書〕

 '04年に小樽で開催された「絵本・児童文学研究センター」主催の文化セミナー「笑い」の記録集で、河合隼雄氏の「児童文化のなかの笑い」、養老孟司氏の「脳と笑い」、筒井康隆氏の「文学と笑い」の3つの講演と、3氏に女優で落語家の三林京子氏が加わったシンポジウム「笑いの力」が収録されています。

 冒頭で河合氏が、児童文学を通して、笑いによるストレスの解除や心に与える余裕について語ると、養老氏が、明治以降の目標へ向かって「追いつけ、追い越せ」という風潮が、現代人が「笑いの力」を失っている原因に繋がっていると語り、併せて「一神教」の考え方を批判、このあたりは『バカの壁』('03年)の論旨の延長線上という感じで、筒井氏は、アンブローズ・ビアスなどを引いて、批判精神(サタイア)と笑いの関係について述べています。

 「笑い」について真面目に語ると結構つまらなくなりがちですが、そこはツワモノの3人で何れもまあまあ面白く、それでも、錚錚たる面子のわりにはややパンチ不足(?)と言った方が妥当かも。 トップバッターの河合氏が「これから話すことは笑えない」と言いながらも、河合・養老両氏の話が結構笑いをとっていたことを、ラストの筒井氏がわざわざ指摘しているのが、やや、互いの"褒め合戦"になっているきらいも。

 人はなぜ笑うのか、宮城音弥の『人間性の心理学』('68年/岩波新書)によると、エネルギー発散説(スペンサー)、優越感情説(ホッブス)、矛盾認知説(デュモン)から純粋知性説(ベルグソン)、抑圧解放説(フロイト)まで昔から諸説あるようですが(この本、喜怒哀楽などの様々な感情を心理学的に分析していて、なかなか面白い。但し、学説は多いけれど、どれが真実か分かっていないことが多いようだ)、河合氏、養老氏の話の中には、それぞれこれらの説に近いものがありました(ただし、本書はむしろ笑いの「原因」より「効用」の方に比重が置かれていると思われる)。

 好みにもよりますが、個人的には養老氏の話が講演においても鼎談においても一番面白く、それが人の「死」にまつわる話だったりするのですが、こうした話をさらっとしてみせることができるのは、職業柄、多くの死者と接してきたことも関係しているかも。

桂枝雀.jpg その養老氏が、面白いと買っているのが、桂枝雀の落語の枕の創作部分で、TVドラマ「ふたりっ子」で桂枝雀と共演した三林京子も桂枝雀と同じ米朝門下ですが、彼女の話から、桂枝雀の芸というのが考え抜かれたものであることが窺えました。桂枝雀は'99年に自死していますが(うつ病だったと言われている)、「笑い」と「死」の距離は意外と近い?

《読書MEMO》
養老氏の話―
●(元旦に遺体を病院からエレベーターで搬出しようとしたら婦長さんが来て)「元旦に死人が病院から出ていっちゃ困る」って言うんですよ。それでまた、四階まで戻されちゃいました。「どうすりゃいいんですか」って言ったら、「非常階段から降りてください」と言うんです。それで、運転手さんとこんど、外側についている非常階段を、長い棺をもって降りる。「これじゃ死体が増えちゃうよ」って言って。
●私の父親が死んだときに、お通夜のときですけれども、顔があまりにも白いから、死に化粧をしてやったほうがいいんじゃないかということになったんです。まず白粉をつけようとしたら、弟たちが持ってきた白粉を、顔の上にバッとひっくり返してしまった...
●心臓マッサージが主流になる前は長い針で心臓にじかにアドレナリンを注入していたんですね。病院でそれをやったお医者さんが結局だめで引き上げていったら、後ろから看病していた家族の方が追っかけてきて、「先生、最後に長い針で刺したのは、あれは止めを刺したんでしょうか」

「●つ 筒井 康隆」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【454】 筒井 康隆 『脱走と追跡のサンバ
「●コミック」の インデックッスへ 「○コミック 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

'60年代作品の短篇集。突き抜けた面白さ、実験的要素もふんだんに。

カメロイド文部省.jpg 『カメロイド文部省―自選短篇集〈5〉ブラック・ユーモア未来篇 (徳間文庫)』 わが愛の税務署.jpg 『わが愛の税務署―自選短篇集〈6〉ブラック・ユーモア現代篇 (徳間文庫)

 筒井康隆の自選短編集が'02年から「新潮文庫」と「徳間文庫」でドドッと出ました。「徳間文庫」の方を読みましたが、ドタバタ篇、ショート・ショート篇、パロディ篇、ロマンチック篇、ブラック・ユーモア未来篇、ブラック・ユーモア現代篇の全6冊です。主に'60-'70年代の初期作品が収められていますが、個人的にはこの「ブラック・ユーモア未来篇」が一番楽しめました。

混乱列島.jpg 読心能力者の受難を滑稽に描いた「底流」や、ローマ時代のような階層社会を描いた「下の世界」(これがある意味一番SFチック)、SF名作『冷たい方程式』のパロディ「たぬきの方程式」(永井豪の筒井康隆の作品を漫画化したアンソロジー『混乱列島』で漫画にもなっている。筒井康隆を"永井豪テイスト"で愉しみたい人にはお奨め)のほか、露出狂の女性を描いた「脱ぐ」(仮に今この内容で新作として発表されればフェニミズム団体から猛抗議を喰うのでは)―など、"ブラック・ユーモア"とか"未来"という枠組みを突き抜けた面白さで、実験的要素もふんだんにあります(そのことは『わが愛の税務署-自選短篇集〈6〉ブラック・ユーモア現代篇』にも当てはまる)。

混乱列島 (1977年) (サンコミックス)(初出:1976年「週刊小説」4月26日号-9月13日号)
1. パチンコ必勝原理/2. 池猫/3. 地下鉄の笑い/ 4. 腸はどこへいった/ 5. きつね/ 6. たぬきの方程式/7. 姉弟/8. 超能力/9. 蝶/10. おれに関する噂/11.「私説博物誌」より/12. 自動ピアノ/13. 流行/14. 遠泳/15. 佇むひと

 「新潮文庫」の方は、もう少し後期の作品を中心にとり上げているようですが(ドタバタ傑作集とホラー傑作集が各2冊ずつとグロテスク傑作集の計5冊)、昔の短編がこうして再度世に出る作家というのも、SF・ユーモア作家では少ないのではないでしょうか。
 著者の作品は、衒学的・思念的なものよりも、個人的には気軽に読めるスラップスティック調のものが結構好きなので、初期作品の再刊・再収録はありがたいことです。

《読書MEMO》
『カメロイド文部省-自選短篇集〈5〉ブラック・ユーモア未来篇』・12作
◆脱ぐ('60年)/◆無限効果('61年)/◆二元論の家('61年)/◆底流('61年)/◆やぶれかぶれのオロ氏('62年)/◆下の世界('63年)/◆うるさがた('65年)/◆たぬきの方程式('70年)/◆マグロマル('66年)/◆カメロイド文部省('66年)/◆最高級有機質肥料('66年)/◆一万二千粒の錠剤('67年) 

『わが愛の税務署-自選短篇集〈6〉ブラック・ユーモア現代篇』・8作
◆融合家族...二組の夫婦の奇妙な同棲生活/◆コレラ/◆旗色不鮮明/◆公共伏魔殿/◆わが愛の税務署/◆地獄図日本海因果(だんまつまさいけのくろしお)...北朝鮮軍の発射したミサイルにより時空が大混乱する/◆普金太郎/◆廃塾令

「●つ 筒井 康隆」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●て ジェフリー・ディーヴァー」 【1994】 ジェフリー・ディーヴァー 『静寂の叫び

筒井、老いたか?ホラーとしてはヌルく、ミステリーとしてはユルい。

恐怖.jpg  『恐怖』 (2001/01 文藝春秋)  恐怖2.jpg  『恐怖 (文春文庫)』 〔'04年〕

 作家の「俺」こと村田勘市が住む姥坂市で、ある日、画家の町田美都が殺され、続いて建築評論家の南條郁雄が殺されるという連続殺人事件が起きるが、たまたま町田の他殺死体の第一発見者となった「俺」は、犯人の狙いはどうやら町に住む文化人を皆殺しにすることにあり、次に殺されるのは自分だという強迫観念に囚われ、その恐怖から次第に狂気へと追いつめられていく―。

 恐怖小説かと思って読んでいくと実は、それこそタイトル通り...、という感じなのですが、同時に恐怖小説としても読める。
 そのあたりを面白いと見るか中途半端と見るかで評価が割れるかもしれません。

 個人的にはやはり、往年の作者の少ない紙数でたたみかけ読者を奈落へ突き落とすような迫力を思い起こすと、この小説はホラーとしてはヌルく、ミステリーとしてはユルいという気がします。

 恐怖小説として成功しなければ、"メタ恐怖小説"としても成功しないのではないかと。
 そう言えばかつての筒井作品には、表立って二重構造にしなくとも、"メタ恐怖小説"になっていたものが多かったような...。

 【2004年文庫化[文春文庫]】

「●つ 筒井 康隆」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【457】 筒井 康隆 『恐怖
「●「読売文学賞」受賞作」の インデックッスへ 「●は行の日本映画の監督」の インデックッスへ 「●菅原 文太 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ

少女と元ヤクザの祖父の交流を描く。ファンタジー(児童文学)の系譜。

わたしのグランパ 単行本.jpgわたしのグランパ.jpg     わたしのグランパL.jpg 0066_l.jpg
わたしのグランパ』['99年/文藝春秋] 『わたしのグランパ (文春文庫)』 〔'02年〕カバーイラスト/福井真一 「わたしのグランパ [DVD]」('03年映画化/'15年ニューリリーズ)監督:東陽一/出演:菅原文太、石原さとみ

 1999(平成11)年度・第51回「読売文学賞」受賞作。

 中学1年生の「わたし」の前に、15年の刑期を終えてある日突然現れた元ヤクザの祖父「グランパ」。2人の関係は最初ぎこちないが、グランパの活躍などを経て徐々に―。よくこなれた文章を通して、今までの筒井康隆にないぬくもりが伝わってきます。

 筒井作品としては、『時をかける少女』以来のジュブナイル小説と言われていますが、その間にも少女を主人公にしたものは幾つかあったはず。むしろ、少女と老人の精神的交流を描くファンタジーではないかと思いました。さらに大きく捉えれば、児童文学とも言えるのではないかと思います。

ぼんぼん1.jpg すると、こうした子どもと老人の交流を描くという系譜は、児童文学にあったような気がします。児童文学作家・今江祥智の、戦時中の母子家族を描いた『ぼんぼん』に出てくる、元ヤクザの〈佐脇老人〉を思い出しました。『ぼんぼん』の主人公は少年ですが、〈佐脇老人〉は陰に日向に少年を助け、少年の成長を支えます。本書の「グランパ」の役回りは、『ぼんぼん』における〈佐脇老人〉のそれによく似ているように思いました。

ぼんぼん (1983年)

わたしのグランパ .jpg 東陽一監督による映画化作品('03年/東映)では、この主人公の祖父「グランパ」を菅原文太(1933-2014)が演じています。どちらかと言うと中学1年生の「わたし」を演じた石原さとみよりも「グランパ」を演じた菅原文太の方が主演になっていて、菅原文太にとっては「やくざわたしのグランパ 01.jpg道入門」('94年/バンダイビジュアル)以来約10年ぶりの映画主演作でしたが、これくらい俳優になると、ブランクとかあまり関係ない?(結果的に菅原文太の最後の映画主演作になった) 東陽一監督自身が後に原作をある種ファンタジーとして捉えて映画を撮ったと述べていたような記憶があり、自分が原作を読んだ時の印象に近いなと思いました。

わたしのグランパ02.jpg 中学1年生の「わたし」を演じた石原さとみは当時16歳で、石神国子(いしがみ・くにこ)名義で既に2本の映画に出ていましたが、石原さとみ名義で初出演したこの作品がデビュー作ということになっているようです。この作品で報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞に続き、第25回ヨコハマ映画祭、第46回ブルーリボン賞、第13回日本映画批評家大賞、 そして第27回日本アカデミー賞において新人賞を受賞と「6冠達成」、映画公開年のNHKの連続テレビ小説「てるてる家族」のヒロイン・岩田冬子役にも抜擢されています。この「わたしのグランパ」では、オーディションを勝ち抜いて得た役であり、16歳とは思えない演技を見せているのは確かですが、東陽一監督の演出の巧みさもあったのではないかと思います。

わたしのグランパpre_img.jpg「わたしのグランパ」●制作年:2003年●監督・脚本:東陽一●撮影:小林達比古●音楽:Alpha./タブラトゥーラ●原作:筒井康隆「わたしのグランパ」●時間:113分●出演:菅原文太/石原さとみ/浅野忠信/平田満/宮崎美子/伊武雅刀/波乃久里子●時間:113分●公開:2003/04●配給:東映●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(03-08-30)(評価:★★★☆)

「わたしのグランパ」完成披露試写会(丸の内東映劇場、2003.3.6)舞台挨拶(筒井康隆/石原さとみ/菅原文太/東陽一)

【2002年文庫化[文春文庫]】

「●つ 筒井 康隆」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2494】 筒井 康隆 『旅のラゴス

今読んでも面白い!ハチャメチャぶりと虚実皮膜の間。

乱調文学大辞典1972.jpg  乱調文学大辞典2.jpg  乱調文学大辞典.jpg 
『乱調文学大辞典』〔'72年/講談社〕/『乱調文学大辞典 (講談社文庫)』〔'75年〕/角川文庫〔'86年〕
(カバーイラスト:いずれも山藤章二)

 学校で教わった文学史は忘れても、この本の「太宰治:大宰府を治める人」なんていうのは忘れられません。この突き抜けたようなナンセンス!

 二葉亭四迷というペンネームが父親に言われた言葉かどうか異説があるにしても、「くたばってしめぇ」に由来するというのは事実のようで、そうした虚実皮膜の間もあって、今読んでもたいへん面白いと思います
 島崎藤村が「島崎」という人と「藤村」という人の合作ペンネームであるといった"純粋な冗談"もありますが、雑誌「中央公論」のそもそもの始まりが、禁酒運動の機関誌であったことなどは"事実"です。   

 「アウトサイダー:密造の清涼飲料水」とか、文学に一見関係ないような項目もありますが(コリン・ウィルソンが『アウトサイダー』という著書の中で、ヘミングウェイ、サルトル、ドストエフスキー、ゴッホらを指して、社会秩序の内にあることを自らの意思で拒否する者をそう呼んでいるが、読者がどれぐらいそのことを知っているだろうか)、まあ面白ければいいという感じで、読者もそれで満足するのでは。
 「悲喜劇」の項などは、読んだとたんに思わず声を出して笑ってしまいます。
 
 単行本は'72(昭和47)年に講談社からソフトカバーで出ていましたが、時代がかった博物誌的な挿画に、アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』などに対する意識が窺えます。 
 
 当時の筒井氏は何度目かの直木賞候補になってはいますが、SF作家としては、星新一、小松左京、光瀬龍といった横綱クラスに比べれば関脇か小結だったでしょう。そのことは付録の「あなたも流行作家になれる」を見てもわかります。
 しかし、この本のハチャメチャなパワーは、その後のSFに限らないジャンルでの活躍を予感させるものでもありました。

 【1975年文庫化[講談社文庫]/1986年再文庫化[角川文庫]】

「●つ 筒井 康隆」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【455】 筒井 康隆 『乱調文学大辞典
「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ(筒井 康隆)

作家のある時期のピークであるとともに分岐点的な作品。

脱走と追跡のサンバ 1971.jpg 脱走と追跡のサンバ  杉村 篤.jpg 〔'74年/脱走と追跡のサンバ (角川文庫)脱走と追跡のサンバ2.jpg 『脱走と追跡のサンバ (角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20)』〔'96年〕(カバー・イラスト/杉村 篤)
〔'71年/早川書房〕

 SF作家となった「おれ」がいる「この世界」は、いつか「正子」と一緒にボートに乗ったときに排水口から流れついた異世界で、情報による呪縛、時間による束縛、空間による圧迫に満ちた世界であり、かつて作家になる前にいた「あの世界」とは異なる時間軸にあるらしい。
 「おれ」は、「あの世界」へ戻るべく「この世界」からの脱出を図るが、「おれ」を脱出させまいとする「尾行者」と演じる果てしないドタバタ追跡劇の末に行き着く世界もまた「あの世界」ではなく、「おれ」は現実と虚構の境界のゆらぎの間をただひたすら疾走することになる―。

 スラップスティックと言えばそうかなという感じもしますが、「多元宇宙理論」をモチーフに、ボルヘス的なカオスの世界を描いているともとれます。
 作者のエッセンスが詰まったような作品で、当時の"ニューウェーブSF"の影響はあるかと思いますが、ギャクとユーモアでそうした枠組み自体も笑い飛ばしている感じ。
 単行本出版時('71年)は「ナンセンス」「奇想天外」「新感覚」というキャッチだったようですが、形容しがたい独自世界だったということではないでしょうか。

イノセンス スタンダード版.jpg 今読むと、「パンチ・カード」とか「FORTRAN」などのタームに時代を感じる部分もありますが、女性がデータ化されるところは人々が電脳化された近未来を描いた押井守のアニメ「イノセンス」('04年)さながらであり、主人公が陥っている情報により作られた仮想現実の世界というのは、この小説の中にもある社会事象のワイドショー化や、現在のインターネットの普及などにより、より読者に身近な感覚のものになっているのではないでしょうか、その意味では先駆的だったと思います。

虚航船団.jpgおれに関する噂.jpg家族八景.jpg つげ義春の「ねじ式」などを想起させる部分もある全編に漂うシュールな感じをはじめ、『家族八景』('72年/新潮社)、『おれに関する噂』('74年/新潮社)『虚航船団』('84年/新潮社)など作者の後の作品の萌芽を幾つも見ることもできますが、この作品以降は、〈エンターテインメント〉と〈純文学寄り〉の切り分けがはっきりしていったような印象があり、そうした意味では、作家のある時期のピークであるとともに分岐点的な作品であったのではないかと思います。

 【1974年文庫化[角川文庫]/1996年再文庫化[角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20]】

《読書MEMO》
・2010年「菊池寛賞」受賞(作家生活五十年、常に実験的精神を持って、純文学、SF、エンターテインメントに独自の世界を開拓してきた功績)

About this Archive

This page is an archive of recent entries in the 筒井 康隆 category.

つげ 義春 is the previous category.

ジェフリー・ディーヴァー is the next category.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1