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読みやすい。始皇帝の人柄や中国の歴史に与えた影響の大きさを実感できる。
『秦の始皇帝』['95年/尚文社ジャパン] 『秦の始皇帝 (文春文庫)』['03年]
「NHK人間講座」で、著者の語りにより、'94年の1月から3月にかけて12回にわたって放映された「秦の始皇帝」の内容を単行本化したもので(後に文春文庫に収録)、番組の各回のタイトルが、そのまま全12章の章題になっています。
単行本で約200ページほどで、語りがべースになっているために読み易く、あっと言う間に読み終えてしまいますが、秦の始皇帝の人柄や、今日に至るまでの中国の歴史に与えた影響の大きさを十分に実感できます。
小説と異なり、客観的視点から描かれていて、所々著者の考察が入るといった感じで、著者の小説にもそうした傾向はありますが、本書においては、歴史研究上諸説がある部分については、その辺りをより明らかし、可能性の部分は可能性とし、不明な部分は不明としています。
"諸説"ある部分については、歴史学者の鶴間和幸氏の『秦の始皇帝-伝説と史実のはざま(歴史文化ライブラリー)』('01年/吉川弘文堂)を本書のあとで読んだのですが、大体、研究者も同様の見解であるようで、著者が歴史研究の基本線を押えて、話を進めていることが窺えました。
始皇帝だけでなく、商鞅や呂不葦、冒頓単于や蒙恬、李斯や韓非、徐福など、同時代を彩った多くの人物についてもバランス良く触れられていて、また、全体として時系列で追っているものの、万里の長城や諸子百家(法家)といったテーマごとに、繰り返し春秋戦国史から秦漢史にかけてをなぞるような解説の仕方で、これも始皇帝の時代の背景を知る上で、大いに助けになります。
それでいて、なお且つ、小説を読むように楽しく読めるのは、さすが著者ならでは。
焚書坑儒で「焚書」はどの程度のものであったか、実際に「坑儒」に遭ったのはどのような人たちだったのかなど、意外と思える事実が明かされる一方、不老長寿の薬を探しにいくと言って始皇帝から大金を巻き上げた徐福は本当に東征したのか(『史記』には「行かなかった」とは書いてない)、灌漑工事の技術者として韓から派遣され、不毛の地を沃野に変えた鄭国は、もともとは韓のスパイだったのか(スパイであることがバレたが、利水は国家のためになると言って始皇帝を説いて殺されずに済み、秦もお陰で国力を増した)等々、面白い話や、まだ充分に解き明かされていない謎に事欠きません。
本書は始皇帝を単に英雄視し絶対化するのではなく、万里の長城、阿房宮、驪山陵(始皇帝が生前に造った自らの墓)を三大愚挙として挙げています。
それにしても、六国を滅ぼし秦(Chinaの語源である)という国を築いたその超人的なエネルギーはやはりスゴイ。
中国(もともとは国の真ん中という意味だが)が統一国家であることが"常態"であるという概念をもたらしたのが始皇帝であり、もし始皇帝が現われなかったら、中国は今も1つの大国とはならず、欧州のような多くの国々の集まりだったかも知れないと著者は言っています。
【2003年文庫化[文春文庫]】