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ラストでナオミが譲治に許しを乞うのは、劇場公開のための表面的なアレンジ?

痴人の愛 1949.jpg 痴人の愛 京マチ子 宇野重吉 .jpg 痴人の愛 京マチ子.jpg  痴人の愛2.jpg
日本映画傑作全集 「痴人の愛」」VHS 宇野重吉/京マチ子         『痴人の愛 (新潮文庫)

痴人の愛101.JPG痴人の愛103.JPG 河合譲治(宇野重吉)は、会社では「君子」と言われ、女などいると思われてない男だが、実はナオミ(京マチ子)いう女と同棲していた。「パパ、スクーター買ってよ」とナオミにせびられると「無理言うんじゃないよ、ナオミちゃん」と言いながら結局買ってやり、洗濯も料理もする譲治だった。以前に神戸へ出張した際に知り合ったカフェの女給ナオミのその肢体に夢中になり、彼女を東京へ連れ帰り、肉体も精神も理想の女にしたいと思って、英語もピアノも勉強させ、ナオミの我儘も我慢しているのだった。しかし、ナオミはそれをいいことに、熊谷(森雅之)、関(三井弘次)、浜田(島崎溌)などの不良と友痴人の愛211.JPG達になってキャバレーやホールを遊び歩き、英語の勉強には少しも身を入れずに譲治を手こずらせ、譲治を怒らしてしまう。だがナオミがふてくされて夜遊びに出痴人の愛252.JPGてしまうと、やはり譲治はナオミが恋しい。ナオミの誕生日、ナオミは不良友達を招待して夜更けまで歌い踊る。譲治は若い男たちとふざけるナオミをみて、やり切れない気持でになる。嫉妬した譲治は、ナオミに関たちと付き合うことを禁じる。ある日、ナオミの提案で鎌倉へ行くことになった譲治は、植木屋の一間を借りて数日をそこで過ごすことに。ナオミは毎日海で遊び、譲治はそこから会社へ通う。しかしナオミはそこでも関や熊谷や浜田たちと遊び、その痴人の愛289.JPG現場痴人の愛297.JPGを譲治に見つかる。譲治は本当に怒ってナオミに「出ていけ!」と言い放つ。夏は終わり、譲治を離れたナオミには金もなく、もう関や浜口たちも相手にしない。宿なしの彼女に真剣な愛情を抱く者はいない。逆に熊谷からまともな生活をするよう諭され、ナオミはうらぶれた気持になり、結局譲治のところへ戻る。今は冷たくナオミを見る譲治に、涙を流し「何でもする、馬にでもなるから許して」と、四つんばいになるナオミだった―。

 1949(昭和24)年公開の木村恵吾(1903-1986)監督、京マチ子(ナオミ)・宇野重吉(河合譲治)主演による「痴人の愛」('49年/大映)で、木村恵吾監督は1960(昭和35)年にも叶順子(ナオミ)・船越英二(河合譲治)主演で「痴人の愛」('60年/大映)を撮っています(この他に、1967(昭和42年)公開の増村保造監督、安田道代(ナオミ)・小沢昭一(河合譲治)主演の「痴人の愛」('67年/大映)もある)。

痴人の愛.jpg 原作は1925(大正14)年刊行の谷崎潤一郎(1886‐1965)の長編耽美小説で、主人公・河合譲治による、7年前(足かけ8年前)の数え年28歳でのナオミ(奈緒美、当時15歳)との出会いから32歳(ナオミ19歳)までの約5年間の回顧という形をとっていますが、映画では、譲治のナオミとの出会いの部分は飛ばして既に同棲生活をしているところから始まります。そこで、いきなり、スクーター買ってという原作に無い話が出てきて、大正末期の出来事ではなく、四半世紀後の映画製作時の"現代"に舞台が翻案されていることが分かります。 但し、原作のエピソードを現代に翻案しながらもほどよく織り込んでいて、原作の持ち味はある程度出ていたように思います。

痴人の愛 京マチ子 宇野重吉2.jpg また、宇野重吉、森雅之といった重鎮の中で、京マチ子が活き活きと演技しているのが印象に残ります(京マチ子は翌年、黒澤明監督の「羅生門」('50年/大映)に出演し、以降、海外の映画祭で自らの主演作が次々と賞を獲ることになる)。

 宇野重吉は当時35歳、京マチ子は当時25歳。主人公がナオミと初めて出会った時、ナオミは15歳だから、二人の出会いの部分をカットしたのは必然的措置と言えるかも。因みに原作でエピローグ的に語られる最終章では譲治は数えで36歳、ナオミは23歳となっていますが(これが原作における"現在")、最後、譲治は会社を辞め、田舎の財産を売った金で横浜にナオミの希望通りの家を買い、もうナオミのすることに何も反対せず、ナオミの肉体の奴隷として生きていくことにする―という終わり方になっています。

 これをこの通り映画化すると世間の批判を受けると思ったのか、映画ではラストでまるで「アリとキリギリス」のキリギリス状態になったナオミが譲治に許しを乞い、譲治は再びナオミを許すという終わり方になっています。そのため、女性の魔性に跪く男の惑乱と陶酔を描いたマゾヒズム文学としての原作の持ち味は、最後にかなり削がれたようにも思います。但し、それまでにとことんナオミのファム・ファタールぶりを描いているだけに、このラストを観て個人的には、また譲治はナオミに騙されたかなと思えなくもないです。だから、あくまで劇場公開のための表面的なアレンジであって、あまり結末の原作との違いのことは気にせずに観ればいいのかもしれません(そう思って評価は星半分オマケ)。

痴人の愛...京マチ子e.jpg痴人の愛 京マチ子 森雅之 .jpg「痴人の愛」●制作年:1949年●監督:木村恵吾●脚本:木村恵吾/八田尚之●撮影:竹村康和●音楽:飯田三郎●原作:谷崎潤一郎●時間:89分●出演:宇野重吉/京マチ子/森雅之/島崎溌/三井弘次/上田寛/菅井一郎/近衛敏明/清水将夫/北河内妙子/藤代鮎子/片川悦子/大美輝子/葛木香一/奈良岡朋子/原聖四郎/小柳圭子/牧竜介/小松みどり●公開:1949/10●配給:大映(評価:★★★☆) 京マチ子/森雅之

京マチ子/宇野重吉

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岸田今日子、若尾文子、船越英二、川津祐介らの演技力でドタバタ喜劇にならずに済んだ。

卍 1964 dvd new.jpg卍 1964 02.jpg卍 1964 00.jpg
卍(まんじ) [DVD]」 岸田今日子/若尾文子

Manji01.jpg 弁護士の夫に不満のある妻・柿内園子(岸田今日子)は、美術学校で魅惑的な女性・徳光光子(若尾文子)と出会う。学校内で二人は同性愛ではないかとの噂が立ち、最初は深い関係ではなかった二人だが、次第に離れられない深い関係に陥っていく。二人の関係を訝しむ園子卍 1964 01.jpgの夫・孝太郎(船越英二)の非難を尻目に、すっかり光子の美しさに魅了された園子だったが、そこへ光子が妊娠したという話が持ち上がり、園子は光子に綿貫栄次郎(川津祐介)という婚約者がいたことを初めて知って憤る。綿貫は、園子に光子への愛を二人で分かち合おうと持ちかけて誓約書を作り、光子に押印させ、光子、園子、綿貫の三角関係が生れる。しかし、この関係は長くは続かず、園子は実は綿貫は性的不能者で、妊娠は狂言であったと言う。光子は、園Manji002.jpg子と綿貫との誓約関係を反故にさせようするが、その動きを知った綿貫は光子を脅迫する。切羽詰まった光子は園子と共に睡眠薬で狂言自殺をするが、意識朦朧のまま園子が見たのは、自殺未遂の知らせを聞いて駈けつけた園子の夫・孝太郎と光子の卍 1964 ド.jpg情事だった。今度は、光子の虜となった孝太郎と、光子、園子の間に新たな三角関係が生まれる。以前の園子と綿貫の間で交わした誓約書は、綿貫から孝太郎に戻されていたが、ある日、綿貫が密かに撮っておいた誓約書の写真が新聞に掲載されてスキャンダルとなる。光子、園子、孝太郎の三人は、三人とも自殺して全てを清算しようと考える―。

谷崎 卍 新潮文庫.jpg増村保造.jpg 1964(昭和39)年公開の谷崎潤一郎原作『』の映画化作で、監督は増村保造(1924-1986)監督、脚本は新藤兼人(1912-2012)。以降、海外も含め4度ほど映画化されていて、全部観たわけではないですが、おそらくストーリーの流れとしては最も原作に近いのではないでしょうか。

増村保造(1924-1986)

 時代設定が、原作で明治43(1910)年の出来事だったのが、映画では映画製作時の現在(昭和39(1964)年)になっていて、50年以上隔たりがありますが、不思議と原作との間に違和感がありませんでした。まあ、同性愛という刺激的なモチーフでもあるし、谷崎の原作そのものがモダンな雰囲気を持っているというのもあるかもしれません。

manji 1964  kishida.jpg卍 1964 0.jpg 岸田今日子(1930-2006/享年76)演じる園子が作家と思われる「先生」に自分の体験を語るという原作の枠組みも生かされています(先生を演じている三津田健は一言も発しない)。考えてみたら、原作はこの内容をすべて園子一人の"語り"で描いて、しかも飽きさせずに読ませるというのは、やはり原作はスゴイのではないかと思った次第です。映画でも時々、岸田今日子演じる園子の"語り"が入りますが、この人もやはり演技達者だなあと思いました。

卍 1964   .jpg 光子という女性に、園子、孝太郎、栄次郎の三人が振り回されっぱなしになるというストーリー展開で、"卍" にはこの四者の入り組んだ関係を象徴したものだと改めて思いましたが、演技は岸田今日子だけでなく、それぞれに良かったように思います。

Manji02.jpg 若尾文子(1933- )は当時30歳で、ファム・ファタールである光子の妖しい魅力を存分に発揮しており、船越英二(1923-2007/享年84)の演技も手堅かったです(船越英二は谷崎原作の「痴人の愛」('60年/大映)にも出ている)。予想以上に良かっ卍 1964.jpgたのmanji 1964    .jpg川津祐介(1935- )で、卑屈で小狡いが見ていてどこか哀しさもある男・綿貫栄次郎を演じて巧みでした。結局、岸田今日子も含め四人の演技力に支えられている作品だったように思います(勿論、増村保造監督の演出力もあると思うが)。

 途中、光子が自分で自らが仕組んだカラクリのネタばらしをしてしまう点などかが、ちょっとだけ原作と違ったかなあという程度です(かなり慌ただしいストーリー展開だから無理もないのか)。谷崎潤一郎作品って、『痴人の愛』も『鍵』もそうですが、映像化するに際して一歩間違えるとドタバタ喜劇にもなりかねないような要素があるように思われます。この作品は、四人の演技力によって何とかそれを免れているように思いました。

卍 1964 5.jpg卍 1964 manji.jpg 原作の細やかな情感まで描き切るのは難しかったのかもしれませんが、まずまずの出来だったと思います。原作の内容を実イメージとして把握する助けになる作品と言えるでしょう。この作品の7年前に谷崎の『』を映画化した市川昆監督は(「」('59年/大映))、結末を原作と全く変えてしまっていましたが、市川昆がこの作品を撮っていたらどうなっていたでしょうか。

「卍」●制作年:1964年●監督:増村保造●脚本:新藤兼人●撮影:小林節雄●音楽:山内正●原作:谷崎潤一郎●時間:90分●出演:若尾文子/岸田今日子/川津祐介/船越英二/山茶花究/村田扶実子/南雲鏡子/響令子/三津田健●公開:1964/07●配給:大映(評価:★★★☆)

「卍」撮影風景
卍 f99b6.jpg卍e7461.jpg

船越英二 in「黒い十人の女」('61年/大映)/「卍」('64年/大映)/「盲獣」('69年/大映)
黒い十人の女 03.jpg 卍 船越英二.jpg 盲獣19.jpg


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『痴人の愛』『鍵』と並ぶ谷崎文学のファム・ファタール作品の傑作。

谷崎 卍 新潮文庫9.jpg 谷崎 卍 新潮文庫.jpg 谷崎 卍 岩波文庫.jpg 谷崎 卍 文庫_.jpg
新潮文庫/『卍 (新潮文庫)』/『卍(まんじ) (1985年) (岩波文庫)』/『卍(まんじ) (岩波文庫)
『卍』(改造社)1931(昭和6)年4月20日初版
谷崎 卍 1931年.jpg 弁護士の夫に不満のある若い妻・柿内園子は、技芸学校の絵画教室で出会った徳光光子と禁断の関係に落ちる。しかし奔放で妖艶な光子は、一方で異性の愛人・綿貫とも交際していることが分かり、園子は光子への狂おしいまでの情欲と独占欲に苦しむ。更に、互いを縛る情欲の絡み合いは、園子の夫・孝太郎をも巻き込み、園子は死を思いつめるが―。

 谷崎潤一郎(1886-1965)の長編小説で雑誌「改造」の1928(昭和3)年3月号から1930(昭和5年)4月号まで断続的に連載されたもの。時期的には、作者の代表作で言えば、『痴人の愛』(1924年)と『春琴抄』(1933年)の間の時期で、『蓼喰う虫』(1928年-29年)と時期が重なることになりますが、『蓼喰う虫』は東京日日新聞(今の毎日新聞)に連載された新聞連載小説であり、こちらは雑誌に発表されたものです(何れにせよ、この頃作者は旺盛な創作活動期にあったとみていい)。

香櫨園海岸1.jpg 谷崎潤一郎は1923(大正12)年の関東大震災を契機にその年に関西に移住しており、移住前から構想があった『痴人の愛』の舞台は東京ですが、『春琴抄』の舞台は大阪、『蓼喰う虫』は大阪と兵庫(須磨)、そしてこの『卍』も、主人公の園子の自宅は西宮の香櫨園海岸にあるという設定になっています。

西宮・香櫨園海岸

 更に、この小説は、主人公・園子の一人称で、小説家である「先生」に徳光光子との関係を巡る事件を物語るというスタイルをとっており、終始一貫して園子の関西弁の語りで物語が成り立っているというのが特徴です。そのため、本来ならばどぎついと思われるような内容も、関西弁の柔らかい感じがそのどぎつさを包み込んでいるような印象を受けました(使われている関西弁が正しくないとの指摘もあるようだが、個人的にはそれはあまり感じなかった)。

 光子という一人の妖婦に周囲の3人の大人(園子、綿貫、孝太郎)が翻弄され、とりわけ園子と孝太郎が夫婦ごと光子の奴隷のような存在になっていく過程が凄いなあと思います。光子は、周囲を巻き込んでいくという点で、『痴人の愛』のナオミにも通じる気がしました。また、園子がどこまでを計算して、どこまでを無意識でやっているのかが読者にもすぐには判別しかねるという点では、作者の後の作品『鍵』(1956年)の郁子にも通じるものがあるように思います。

 結局、かなりの部分は光子の計略だったのだろなあ。でも、結末からすると、光子は実に純粋だった(自らの欲望に対してと言うことになるが)ということになるのかもしれません。今風に言えば、自己愛性人格障害とか演技性人格障害といった範疇に入るのかもしれないけれど。最後は園子の夫・栄次郎まで事件に巻き込まれるであろうということは、読んでいてかなり早い段階で気づくのですが...。

 同性愛小説という捉えられ方をされ、実際その通りですが、孝太郎まで園子の犠牲(?)になっているから、これはもう『痴人の愛』『鍵』と並んで、谷崎文学の三大ファム・ファタール作品と言えるかもしれません。まあ、この作家の場合、『瘋癲老人日記』や、短編の「刺青」などもあるため、「三大」では収まらないかもしれませんが、個人的に『痴人の愛』『鍵』と並んでこの作品も傑作であるように思われます。そんなこんなで、日本文学におけるファム・ファタール文学と言うと、やはり真っ先に谷崎潤一郎を想起します。

 この作品は、海外を含め過去5回映画化されていますが、増村保造監督の「」('64年/大映)は比較的原作に忠実に作られていたように思います。
 ・「卍」(1964年・大映)監督:増村保造/脚本:新藤兼人/出演:若尾文子、岸田今日子、川津祐介、船越英二ほか
 ・「卍」(1983年・東映)監督:横山博人/脚本:馬場当/出演:樋口可南子、高瀬春奈、小山明子、原田芳雄ほか
 ・「卍/ベルリン・アフェア』(1985年/伊・独)監督:リリアーナ・カヴァーニ/出演:グドルン・ランドグレーベ、高樹澪、ケヴィン・マクナリー
 ・「卍」(1998年・ギャガ・コミュニケーションズ)監督:服部光則/出演:坂上香織、真弓倫子ほか
 ・「卍」(2006年・アートポート)監督・脚本:井口昇/出演:不二子、秋桜子、荒川良々、野村宏伸ほか

谷崎 卍 中公文庫 .jpg谷崎 卍 中公文庫 2.jpg卍 1964 02.jpg【1951年文庫化[新潮文庫]/1955年再文庫化[角川文庫]/1956年再文庫化[河出文庫]/1985年再文庫化[岩波文庫]/1985年再文庫化[中公文庫(『蘆刈・卍』)]/2006年再文庫化[中公文庫(『卍』)]】
「卍」 (1964/07 大映) ★★★☆

蘆刈・卍 (中公文庫)』/『卍(まんじ) (中公文庫)

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この映画を観た外国人は、谷崎ってこんなに面白いのかと思ったのかもしれないけれど...。

Kagi (1959).jpg市川崑 鍵 .jpg市川崑 鍵 dvd 2015.jpg  鍵 谷崎 中公文庫.jpg
鍵 [DVD]」(2015)『鍵 (中公文庫 (た30-6))
Kagi (1959) 仲代達矢/京マチ子(35歳)

鍵 1959  0.jpg 古美術の鑑定家・剣持(中村鴈治郎)は、主治医・相馬(浜村純)の目を盗んで京都T大の内科に通い、娘・敏子(叶順子)の婚約者でインターンの木村(仲代達矢)に精力回復のホルモン剤注射を妻に内緒で打たせている。ある日その内科を剣持の妻・郁子(京マチ子)が訪ね、夫の通院を知るが夫には黙っている。彼女は夫を嫌っていたが、でも夜は...。木村が家に来て、皆でブランデーを飲んだ際、郁子は酔って風呂鍵 1959 1.jpg場で眠ってしまう。剣持は木村に手伝わせ、裸身の妻を寝室へ運ぶ。木村と郁子を煽り、嫉妬によって自らの気持を若返らせるという剣持の策略だ。その夜も剣持は盛んに妻に鍵 1959 47.jpg酒を勧め、郁子は酔って風呂場へ消える。翌日木村は呼ばれ、フィルムの現像を頼まれる。敏子はそうした現場を目撃してしまう。木村は敏子と既に関係を持っていた。敏子は家を出て間借りする。その彼女の下宿で、郁子は酔ってまた風呂場で倒れる。敏子が剣持に知らせに行く間、木村と郁子は二人きりだった。その夜、剣持が高血圧からの眩暈で倒れるという出来事があった。郁子が何処かへ出掛け、敏子が来て父娘は久しぶりに夕食を共鍵 1959 s.jpgにする。木村と郁子は度々会っている。彼女の貞操が不潔な方法で...言いかけた敏子に剣持は怒り、彼女を追い帰す。彼は妻には黙って木村と敏子を呼び寄せ、急に君たちの結婚の日取りを決めようと言う。敏子は、「母は父が具合が悪いのを前から知っていて、父を興奮させて殺すために貴方を利用していたのかも知れません」と木村に言う。郁子は婚約が整って晴々としている。剣持は映画に3人で行けと小遣いをくれるが、郁鍵 s.jpg子も木村も用事があると言い、敏子が一人残される。夜、郁子が帰って来て、木村と全て結着をつけてきた、木村との間には何も無かったと言う。深夜、郁子の顔の上へ剣持の頭がグラリと崩れ落ち、郁子はテキパキと処置する。木村も来て、郁子は彼に「今夜、十一時にね」と言って裏口の鍵を渡す。夜、女中部屋で2人は抱き合う。郁子は彼に敏子と結婚して、ここに一緒鍵 09.jpgに住み、開業すればと言い、木村はそれに従うつもりだ。ある晩、剣持は郁子に衣服を脱ぐことを命じ、その美しい肉体に歓喜しながら死ぬ。葬式が終わり、骨董品は古美術商が持って行き、家も抵当に入っているらしい。金の切れ目が縁の切れ目と、木村はこの一鍵 _R.jpg家から足を抜きたいと思い始める。敏子は台所の農薬を郁子の紅茶に入れるが、彼女は平然としている。婆やのはな(北林谷栄)が色盲で、ミガキ粉の罐と間違うといけないと中身を入れ替えていたのだ。そのはなが3人のサラダに農薬をふりかける。薬が効き、敏子が倒れ、郁子が眼を閉じ、木村も死ぬ。はなは自分が3人を殺害したと自白するが、警察はボケ老人だと思って相手にせず、妻が夫の後を追い、娘とその婚約者がそれに同情死したと解する―。

 市川崑(1915-2008)監督の1959年公開作品。1960年5月に開催された第13回カンヌ国際映画祭のコンペティションに出品され、審査員賞をミケランジェロ・アントニオーニ監督の「情事」('60年/伊)と同時受賞し、第17回ゴールデングローブ賞(英語版)では、外国語映画賞を受賞しています。

 原作は言わずと知れた谷崎潤一郎の「」で、この作品以降、国内では3回映画化されていますが、それぞれ、1974年版が神代辰巳監督のロマンポルノで(主演:荒砂ゆき、観世栄夫)、1983年版がピンク映画の木俣堯喬の監督作(主演:松尾嘉代、岡田眞澄)、1997年版は池田敏春監督作で(主演:川島なお美、柄本明)、これも川島なお美の裸が売りだったような。この外に1984年のイタリア映画「鍵」(ティント・ブラス監督)があり鍵 川島.jpgます。海外版は未見ですが、日本版で原作の芸術性を重視して撮られているのはこの市川昆監督作だけのような気もします。但し、原作がそもそも「ワイセツか文学か」という議論のネタになりそうな要素を孕んでいるだけに、この市川監督作さえ微妙と言えるかも(評論家か誰かが「ポルノ映画の秀作」と呼んでいた)。

「鍵」1997年版(監督:池田敏春/出演:川島なお美(1960-2015)

 日本版は4作とも原作を改変しており、この市川監督作も、まず、日記という形式を設定していないという大きな枠組み改変があります。従って、日記をしまう箱の「鍵」なども出て来ず、鍵が出てくるのは、郁子(京マチ子)が木村(仲代達矢)に逢引き用に渡す裏口の「鍵」のところです。その外に、夫(中村鴈治郎)の職業が大学教授から美術品鑑定家になっていたりするなど細かい改変があります。

鍵 195971.jpg ストーリー的には、前半はほぼ原作通りに進みますが、半身麻痺の夫が、自分の目の前で妻に裸になることを要求し、その肉体美に歓喜しながら死んでいくというのは映画のオリジナルであり、さらに最後、夫の死後、娘・敏子(叶順子)が母の毒殺を試みるが失敗し、続いて婆や(北林谷栄)が郁子・敏子・木村を毒殺するというのは、"大胆"と言うより"驚愕"の改変と言っていいのではないでしょうか。

鍵 1959 48.png 原作では、また違った意味でのドンデン返しのようなものがあるのですが、それは日記の表現に関わるものであり、映像化が難しい言わば"文学的"なドンデン返しです。一方、映画の方は、最初から日記という枠組みを外してしまっているので、和田夏十(本名:市川由美子、1920-1983)らの脚本は、こうしたオリジナルの結末を用意したのでしょう。この映画を観た外国人は、谷崎ってこんなに面白いのかと思ったのかもしれないけれど、少なくともラストは谷崎じゃないと言いたくもなるような気もします。

鍵 1959 冒頭.jpg でも確かに、仲代達矢演じる木村が冒頭で「人間は誰もが老衰から免れることは出来ません」「この映画は老衰と闘った悲愴で非常に興味のある物語です」とシニカルにコメントし、冷静な語り部的な立場なのかなと思ったら、最後は自身が毒殺の憂き目に遭い、なぜ自分が殺されなければならないのか分からないといったまま苦悶に眼を見張るのが、意外性という意味では効いていたように思います。

鍵 1959 京.jpg 京マチ子(1924- )は、「羅生門」('50年)、「源氏物語」('51年)、「地獄門('52年)、「千姫」('53年)といった時代物の印象が強いですが、こうした現代ものでもしっかり存在感と言うかリアリティを醸していて、やはり女優としては希有な存在と言えるのでしょう。当時35歳で、原作の妻・郁子は46歳ですから、原作の設定よりかなり若いということになりますが、映画にすると(観客のこともあって)大体こんな感じになるのかでしょうか。

鍵-11.jpg鍵 1959 中村鴈治郎.jpg 一方、歌舞伎役者で「映画スターの中村鴈治郎」と言われた2代目・中村鴈治郎(1902-1983)は、当時57歳。2年後に小津安二郎監督の「小早川家の秋」('61年/東宝)でも"好色老人"(愛人宅で亡くなるご隠居)を演じていますが、同じ好色ぶりでも、この「鍵」の方が淫靡な感じがして小早川家の秋 S.jpg(谷崎にマッチしていて?)いいです。大体、主人公の年齢(56歳)と同じ年齢で演じていることになりますが、妻役の京マチ子との間には実年齢で22歳もの開きがあります。

中村鴈治郎 in「小早川家の秋」('61年/東宝)

 因みに、京マチ子はこの作品の10年前に同じく谷崎潤一郎原作で木村恵吾監督の「痴人の愛」('49年/大映)で主人公のナオミを演じていましたが、剣持の娘・敏子を演じた叶順子(1936- )はこの痴人の愛 京マチ子.jpg痴人の愛 叶順子.jpg作品の翌年、同じ木村恵吾監督によってリメイクされた「痴人の愛」('60年/大映)で主人公のナオミを演じています(1963年の人気ピーク時に引退)。
「痴人の愛」('49年)京マチ子、宇野重吉主演/「痴人の愛」('60年)叶順子主演

鍵(1959)1.jpg鍵 1959 01.jpg「鍵」●制作鍵 1957es.jpg年:1959年●監督:市川昆●製作:永田雅一●脚本:長谷部慶治/和田夏十/市川崑●撮影:宮川一夫●音楽:芥川鍵 1957 市川ド.jpg也寸志●原作:谷崎潤一郎●時間:107分●出演:京マチ子/叶順子/仲代達矢/中村鴈治郎/北林谷栄/菅井一郎/倉田マユミ/潮万太郎/星ひかる/浜村純/山茶花究/伊東光一/花布辰男/大山健二/河原侃二/高村栄一/南部彰三/伊達三郎/中條静夫●公開:1959/06●配給:大映(評価:★★★☆)

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「メタ日記」の"メタ"が多重構造になっている妻側。女性は「共犯者」ということか。

鍵 谷崎 中公文庫.jpg 鍵 谷崎 s31 中央公論社.jpg 鍵 谷崎 s31 中央公論社ド.jpg
鍵 (中公文庫 (た30-6))』『鍵 (1956年)
谷崎 潤一郎 『鍵』a9f.jpg ある56歳になる大学教授が、嫉妬によって性的に興奮して45歳の妻・郁子に対する精力を得んとして、妻と、自らが娘・敏子に縁談相手として紹介した学生・木村を最後の一線を越えない限界まで接近させようとし、酔い潰れ浴室で全裸で倒れた郁子を木村に運ばせたり、昏睡する郁子の裸体を撮影し、その現像を木村に頼むなどした経緯を日記に書いていく。同時に妻・郁子も日記を書いている。大学教授は妻に日記を盗み読んでほしいことを自らの日記に書き、日記を隠している抽斗の鍵をわざと落とすが、郁子は夫の日記を盗み読む気はないと日記に書く。また郁子は夫を性的に興奮させるために、嫌々ながら敢えて木村と接近するのだ、自分も日記を書いていることを夫は知らないはずだとも日記に書く。また木村も大学教授の計画に積極的に協力していく。娘・敏子は母に不倫を強要する父に反発しているようだと郁子は日記に書く。大学教授は性的興奮を得るため医者の警告を無視して摂生を行わず、遂に病に倒れて亡くなった夫の死後、郁子は、実は自分は以前から夫の日記を盗み読んでおり、自分の日記を夫が盗み読んでいることも知っていて夫を性的に興奮させ不摂生な生活に追い込み病死させるため日記に嘘を書いていた、娘・敏子も自分に協力していて、本当は積極的に木村と不倫して肉体関係を持っていたと日記に書く。木村は世間を偽装するため形式的に敏子と結婚し、その母である郁子と同居することで、実質的に郁子と結婚生活をする計画を練っていると、郁子は日記に書くのだった―。

 1956(昭和31)年1月号の「中央公論」に掲載された後、5月号から12月号まで連載された谷崎潤一郎(1886-1965/享年79)の晩年の作品で、中央公論社からその年の12月に単行本が刊行されました。文庫で読むならば、中公文庫版が、連載時の棟方志功の挿画(版画)59点をそのまま収めているのでお薦めです。

 その中公文庫の綱淵謙錠(1924-1996)の解説によると、谷崎はこの作品の45年前、1911(明治44)年に「颱風」という作品を「三田文学」に発表していて、その粗筋が、吉原の女郎の手管に翻弄された若い日本画家が、好色と荒廃の生活を清算し、しばらく女から遠ざかって自らの命を吹きかえそうと旅に出て、半年間欲望を我慢して旅から戻ってきたところで、結局逆に女に巧妙に狭窄され搾取されて、恐ろしい興奮の末に脳卒中で亡くなるというものだそうで、確かにこの「鍵」と似ているなあと(「颱風」は結局発禁になったとのこと)。

 「鍵」発表時も当然「ワイセツか文学か」という議論はあったようですが、中央公論社側が作者の意図通り、「鍵」が芸術作品以外の受け取られ方をしないよう十分配慮したこともあり(一体どういう配慮をしたのか?)、社会に受け容れられたとのこと、但し、今でもこの作品については「ワイセツか文学か」の議論は有り得るという気がします。

 スタイルとして日記文で構成することで、夾雑物の無いドキュメントのように読めるのがいいと思いますが、これ、やっぱり谷崎だから成せる技なのかも。ただ、読んでいくと、大学教授は「妻に日記を盗み読んでほしい」と自らの日記に書き、妻・郁子の方も「自分も日記を書いていることを夫は知らないはずだ」と日記に書いていながら、一方でそれぞれ相手が自分の日記を読んでいると意識していてそのことも書いていたりするから、もし読まれているとの認識があるしたら、こうした書き方は普通あり得ないわけで、その時点で、双方とも、単なる日記ではなく「メタ日記」のようになっているように思いました。

 更に、大学教授の死後、妻・郁子は日記の中で(まだ書き続けている)、それまで日記に嘘を書いていたことを告白し(郁子に関しては「メタ日記」の"メタ"が多重構造になっている)、木村と一緒に生活するための自分の「作戦」を明かしています(まるでミステリの謎解きのようなこの告白は、読者に対するものであるとも言える)。ここにきて初めて誰にも見られない"本来の日記"になっているわけですが、それにしても、木村と一緒になるために娘と木村を結婚させるというのがスゴイね。

 ドナルド・キーンが言っていたような気がしますが、この物語の最大の犠牲者は娘・敏子でしょう。でも、その敏子も、プロセスにおいては母親を堕落させることに加担しようとしているようにも見えるから、見方によっては、大学教授、木村、敏子の3人で郁子を堕落させようとしているようにも見えます。そして、それに乗っかっているのがまさに郁子自身であるという気がします。自ら堕落することはしないが、他者がそのように導くならばやむを得ず(喜んで)...。

The Key1971.jpgThe Key1991.jpgThe Key.jpg 結局、大学教授自らが書いているように、「つまり、それぞれ違った思わくがあるらしいが、妻が出来るだけ堕落するように意図し、それに向って一生懸命になっている点では四人とも一致している」ということになり、但し、自らの思惑を最後に実現しそうなのは郁子か―といったような話のように思います。ファム・ファタール的作品と言うか、公序良俗といった概念を破壊してみせた作品かもしれず、また、ジャン=ポール・サルトルが、女性は「共犯者」の境遇にあると言っていたけれど、まさにその通りの作品でもあったように思いました。
チャールズイータトル出版, 1971/Vintage Books, 1991/Vintage, 2004

市川崑 鍵 dvd 2015.jpg鍵 1959 s.jpg鍵 1959 1.jpg市川 昆 「鍵」(1959/06 大映) ★★★☆ 出演:京マチ子/仲代達矢/中村鴈治郎/叶順子/北林谷栄


谷崎潤一郎「鍵」 0.jpg鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫).jpg【1964年文庫化[新潮文庫(『鍵』)]/1968年再文庫化[新潮文庫(『鍵・瘋癲老人日記』)]/1973年文庫化[中公文庫]】

『鍵・瘋癲老人日記』(新潮文庫)


 
 
 

棟方志功:画、谷崎潤一郎「鍵」(中央公論社、昭和31年)挿画

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先生が教室で授業をしているような分かり易さだが、一応は、書かれた時代も念頭に置くべき。。

谷崎 潤一郎 『文章読本』.JPG  文章読本 谷崎 中公文庫.jpg文章読本 (中公文庫)』 文章読本さん江.jpg 斎藤美奈子 『文章読本さん江

谷崎 潤一郎 『文章読本』 初版1.jpg谷崎 潤一郎 『文章読本』 初版2.jpg 谷崎潤一郎(1886-1965)が1934(昭和9)年に発表したもので、「なるべく多くの人々に読んでもらう目的で、通俗を旨として書いた」と前書きしている通りに読み易く、その年のベストセラーだったとのこと。中公文庫版は、改訂により活字が大きくなり、更に読み易くなっています(活字を大きめにしたのは、活字が小さいのは良くないと本書に書いてあるからか)。
谷崎潤一郎 『文章読本』初版 1934(昭和9)年

 三島由紀夫の『文章読本』('59年/中央公論社)、清水幾太郎の『論文の書き方』('59年/岩波新書)と並んで、「文書読本」の"御三家"と言われているそうですが、それらより四半世紀早く世に出ているわけで、一緒に並べるのはどうかと思います。
 因みに、"新御三家"は、本多勝一・丸谷才一・井上ひさしの3人の著者だそうで、何れにせよ、後に続く多くの人が、この「文章読本」と冠した本を書いていることになります。

 学校の先生が教室で授業をしているような感じの口語文で、文章というものを様々な視点から論じるとともに、事例も多く引いているため、たいへん分かり易いものとなっており、また、言っている内容も、現在の日本語の方向性をかなり予見したものとなっているように思います。

 この本に関して言えば、作家というより国文学者、国語学者みたいな感じなのですが、著者らしいと思ったのは、言文一致を唱えながらも、小説家の書くものには、その言文一致の文章の中にも、和文脈を好むものと漢文脈を好むものがあり、前者を泉鏡花、上田敏など、後者を夏目漱石、志賀直哉などとして、それぞれ「源氏系」と「非源氏系」と名付けている点です。

 興味深いのは、志賀直哉の簡潔な文体をかなり絶賛していて、「城の崎にて」からかなりの引用解説しているほか、森鷗外の簡勁な表現なども高く評価している点で、著者自身の文学作品は、それらの対極にある「源氏系」であるように思われ、やや不思議な感じもしますが、読んでいくうちに、「源氏系」か「非源氏系」ということと、簡潔であるかどうかということは矛盾するものではないということが分かってくるようになります。

 そのほかにも、文章のコツ、すなわち人に「わからせる」ように書く秘訣は、「言葉や文字で表現出来ることと出来ないこととの限界を知り、その限界内に止まること」であり、また、「余りはっきりさせようとせぬこと」ともあって、なるほどなあと。

 なぜ「コマカイ」の送り仮名を「細い」と送らず「細かい」と送るかなどといったことは、ちょっとと考えれば分かることですが、多くの例を引いて、そもそも日本語の文法のルールが曖昧であることを検証してみせ、その曖昧さに価値と有用性を認めている点が、さすがという感じ。

吉行 淳之介.jpg 但し、文庫解説の吉行淳之介が、「この本についての数少ない疑点」として幾つか挙げている中の最後にもあるように、「文章には実用と藝術の区別はないと思います」という点が、本書で言う文章の対象には詩歌などの韻文は含まれていないとはしているにしても、どうかなあという気はしました(吉行淳之介は「私の考えでは微妙な区別があると思う」としている)。

文章読本さん江.jpg この「文章には実用と藝術の区別はない」というのが、この本の冒頭にきていて、本書で最も強調されていることのように思われるだけに、ずっと読んでいて引っ掛かるわけですが(何せ書いているのが「源氏派」の谷崎だけに)、これについては斎藤美奈子氏が『文章読本さん江』('02 年/筑摩書房)の中で、著者自身が、明治前期に主流だった「自分の心の中にもないこと、自分の云いたいとも思わないことを、できるだけねじ曲げて、かつ装飾的に伝えること」を要諦とするような文章作法教育を受けてきたため、それに対するアンチテーゼとして、そう言っているのだとしており、至極納得した次第です。

 あまりに分かり易く書かれているためについつい忘れがちになりますが、やはり、書かれた時代というものも考えに入れなければならないのでしょう。詰まるところ、「文章の要は何かと云えば、自分の心の中にあること、自分の云いたいと思うことを、出来るだけその通りに、かつ明瞭に伝えることにある」というのが、本書の最大の主張であるように思われますが、思えば、その後に登場する文章読本の多くが、この本家「文章読本」に対するアンチテーゼのような形を取っているのが興味深いです。

 例えば三島由紀夫は、「文章には特殊な洗練を要す」(『文章読本』(中公文庫))としているし(ある意味、感性を要すという本書の趣旨に近いか)、清水幾太郎は「あるがままに書くな」(『論文の書き方』(岩波新書))と言っており、本多勝一は「話すように書くな」(『日本語の作文技術』(朝日文庫))、丸谷才一に至っては「思ったとおり書くな」(『文章読本』(中公文庫))とまで言っていますが、これらの言説も、各人がそう唱える上でのバックグラウンドを念頭に置く必要があるのかもしれません。

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照明や建築物だけでなく、食器・食物、能・文楽、美人などにまで及ぶ「陰翳礼讃」論。

谷崎 潤一郎 『陰翳礼讃』 創元社.jpg陰翳礼讃 中公文庫.jpg    陰翳礼讃 東京をおもう.jpg
陰翳礼讃 (中公文庫)』 『陰翳礼讃 東京をおもう (中公クラシックス (J5))
『陰翳礼讃』 創元社(1943)

 「陰翳礼讃」は、谷崎潤一郎(1886-1965)が1933(昭和8)年12月から翌年にかけて雑誌「経済往来」に発表した随筆で、日本人の美意識とは「陰」や「仄暗さ」を条件に入れて発達してきたものであり、明るさよりも翳りを、光よりも闇との調和を重視してきたものであると分析しているものですが、建築やインテリア、照明の仕事に携わる人には長らく必読の書のように言われてきて、特に今で言う照明デザイナーのような職種の人は、その仕事につくや先輩から読むように言われたという話も聞きますが、今はどうなのでしょうか。

吉行 淳之介.jpg 昭和50年初版の文庫本の解説で、吉行淳之介が30数年ぶりに読み返したとありますが、著者がこれを書いた頃は、電気による照明が人々の暮らしに浸透しつつあり、何でもより明るく照らし、生活の中から闇の部分を消し去るということが進行中乃至完了したばかりの頃であったのに対し、吉行がこの解説を書いた頃には、もう随分前から電気照明が当たり前になっており、そのため、逆にその「照明」に注目した点が、吉行にとっては'盲点'だったとしています。

 著者は、翳の中の光の微細な変化を美として生活に嵌め込んでいた時代を"懐かしむ"が如く著しているわけですが(元に戻せと言っても"今更不可能事"であり"愚痴"に過ぎないとも言っている)、それでは今の時代に読んでどうかというと、やはり日本人の心の底に綿々とある美意識を鋭く衝いているように思われ、実際、最近でも「ランプの宿」など人気があることからみても、西洋とは異なる、日本人に普遍的な心性をよく捉えているのではないかと思いました。

 中公文庫版は、「陰翳礼讃」のほかに、「瀬惰の説」(昭和5年発表)、「恋愛及び色情」(昭和6年発表)、「客ぎらい」(昭和23年発表)、「旅のいろいろ」、「厠のいろいろ」(共に昭和10年発表)の5篇の随想を所収していますが、他の随想にも概ね"陰翳礼讃"というコンセプトが貫かれており、「瀬惰の説」では、「怠ける」ということに対する日本人と西洋人の考え方の違いから、日常の生活姿勢における両者の美意識の違いを、「恋愛及び色情」では、「源氏物語」に代表される日本の古典文学を通して、日本人に特徴的な恋愛観や性愛観に踏み込んで論じていて、両篇とも、「陰翳礼讃」に匹敵する洞察の深さが見られます。

 さらっと書いていながらも格調高い「陰翳礼讃」や「恋愛及び色情」に比べると、「旅のいろいろ」「厠のいろいろ」は、それらより若干柔らかいタッチの随想ですが、例えば「厠のいろいろ」で述べられている"トイレット考"は、「陰翳礼讃」の中に既に見られます。

 但し、今回、自分自身も読み直してみて改めて感じたのは、触れている事柄の範囲の広さが、やはり「陰翳礼讃」は広いなあと。照明や建築物だけでなく、食器・食物、能・文楽、美人などにまで及び、「瀬惰の説」「恋愛及び色情」の後に発表されていることから見ても、著者の美意識、美学の集大成、エッセンスと言えるものではないでしょうか。

 漆器や味噌汁の色合いは暗闇においてこそ調和し、仏像や金屏風は薄暗い中で間接照明の機能を果たしていたのではないか、といった考察は実に卓見、羊羹(!)から日本人女性の肌の色まで、全て"陰翳礼讃"というコンセプトで論じ切っていて、それでいて充分な説得力があるのは、やはりスゴイことではないかと思います。

《読書MEMO》
●「かつて漱石先生は「草枕」の中で羊羹の色を讃美しておられたことがあったが、そう云えばあの色などはやはり瞑想的ではないか。玉(ぎょく)のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光りを吸い取って夢みる如きほの明るさを啣んでいる感じ、あの色あいの深さ、複雑さは、西洋の菓子には絶対に見られない。クリームなどはあれに比べると何と云う浅はかさ、単純さであろう。だがその羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる」(文庫初版24p)。

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擬古文が平安の物語に調和し、まさに達人の領域。

谷崎潤一郎「少将滋幹の母」(毎日新聞社)昭和25年8月5日発行.jpg少将滋幹の母.jpg  少将滋幹の母2.jpg
少将滋幹の母 (新潮文庫)』〔'53年〕 『少将滋幹の母 (中公文庫)』〔'06年〕
『少将滋幹の母』(毎日新聞社) '50(昭和25)年8月5日発行

 1949(昭和24)年11月から翌1950(昭和25)年2月までにかけて「毎日新聞」に連載された谷崎潤一郎(1886‐1965)の63歳の作で(単行本は1950(昭和25)年8月に毎日新聞社より刊行)、「今昔物語」など平安朝の古典に材を得た円熟味のある作品です。

 文庫で150ページ程度とそれほど長くない中に、関連する3つから4つの話が入っているという構成。
 最初が、80歳の大納言が美人の若妻を、プレイボーイである甥の左大臣に奪われる話。
 そして、その後も妻を思う気持ちが絶ち難い老人が極めつけの修行をする話と、自身も若妻に気があったのに左大臣の手引きをした形となった平中(へいじゅう)という名うての色男が、若妻を諦め、その侍従をストーカーのごとく追う話が中盤に入り(後の方の話は、芥川龍之介も小説にしている(『好色』))、最後に若妻の子どもが40年後に母親に再会しようとする、言わば「母子物」の話が来て、この若妻の子(今は中年)が表題の「滋幹(しげもと)」であるということです。

 大納言が若妻を左大臣に奪われたという話は、左大臣の策略に嵌まり酒席で勢いに駆られて自分の妻を甥にくれてやったという感じで、これだけの話だとこの老人はなんら同情に値しない気がしますが、この一見愚かな行動を、翌日に老人自身が振り返えるかたちで展開される、谷崎による老人の心理分析が、妻を奪われることが老人の潜在願望であったというなかなか穿ったもの。
 それでも老人は恋慕と絶望に苦しみ、色欲から解脱するために"修行"に励みますが、悟りきれないところも谷崎の人生観を表象しているなあと。

 擬古文の文調が平安の物語に絶妙に調和していて、まさに達人の領域にあり、読み心地もいいです。
 何れの話も原典が示されていますが、その中に1つだけ、実在しないもの(つまり「鵙屋春琴伝」のような谷崎の創作)があるのも味な趣向だと思いました。

【1953年文庫化[新潮文庫]/2006年再文庫化[中公文庫]】

谷崎 潤一郎 『少将滋幹の母』ドラマタイアップカバー.jpg中公文庫/NHK時代劇スペシャル「母恋ひの記」(黒木瞳・劇団ひとり主演)タイアップ帯(2008) 

《読書MEMO》
●「少将滋幹の母」...1949(昭和24)年発表

  

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大阪の町人文化を背景に、"江戸"情緒を醸す擬古文とノンフィクション作家のような視点。

谷崎潤一郎「春琴抄(黒漆表紙)」初版.jpg春琴抄.jpg   春琴抄 創元社 初版.jpg 谷崎潤一郎「春琴抄」角川文庫.jpg
春琴抄』 新潮文庫/ 創元社 『新版春琴抄』初版 ['34(昭和9)年]/角川文庫 映画タイアップ(山口百恵/三浦友和カバー)カバー
『春琴抄』初版 ['33(昭和8)年12月](黒漆表紙)

 1933(昭和8)年発表の谷崎潤一郎(1886‐1965)47歳のときの作で、盲目の三味線師匠春琴と、彼女に仕え後に彼女に師事することになる佐助との、ある種異形の愛を描いたこの作品は、5回も映画化されていることから見ても、谷崎の代表作と言えます(「鍵」「痴人の愛」は、国内に限れば映画化回数は4回)。

 お嬢さん気質の驕慢勝気ぶりで弟子たちに過剰な鞭撻を施す春琴と、完全に受身的にそれに服従する佐助の関係はSMチックな官能を匂わせ、それでいて佐助が自ら盲目の世界へ踏み入ったときに春琴が初めて彼に対して本当に心を開くという完結した純愛物語にもなっています。

 しかし佐助の行為を、官能と美意識の融合ために実態よりもイメージを選んだというふうにとれば、春琴に対する思いやり以上に自分自身の美意識が動機なのではないか、利他的行動というよりもむしろ利己的行為なのではないかという見方も成り立つかも。

 春琴は言わば天才型の三味線奏者ですが、佐助も後にその道で「検校」と敬称される奏者となるわけで、天才型と努力型の違いはありますが、ともに芸術家であるということを念頭に置いて読むべきではないかと思いました。

 関西に移住して10年目の谷崎は、関東大震災後の復興著しい東京よりは大阪の町人文化(の名残り)の方を偏愛し、物語自体の時代背景は明治初期であるにも関わらず、最初から舞台を大阪に設定していたのではないかと思いました。

 読点、改行の無い独特の「擬古文」が醸す"江戸"情緒に酔えますが、一方、語り手の視座は「鵙屋春琴伝」を読み解き、生き残り証人に取材するノンフィクション作家のように設定されていることにも注目すべきでしょう。春琴はこう思った、佐助はこう感じた、などという書き方はどこにもしていないし、春琴の顔を傷つけた犯人も類推されているだけで、断定はされていません。そうした表現方法が読者の想像力を一層かきたて、物語にも深みを増していますが、「鵙屋春琴伝」そのものが谷崎の創作ですから、ホント、「ニクイなあ、谷崎」という感じです。

 この作品は、戦前を含め5回映画化されており、三島由紀夫の「潮騒」の5回と並んで、川端康成の「伊豆の踊子」の6回に次ぐ多さとなっています(2008年に6回目の映画化がされた)

・1935年『春琴抄 お琴と佐助』(制作:松竹蒲田、監督:島津保次郎)春琴:田中絹代/佐助:高田浩吉
・1954年『春琴物語』(制作:大映、監督:伊藤大輔)春琴:京マチ子/佐助:花柳喜章
・1961年『お琴と佐助』(制作:大映、監督:衣笠貞之助)春琴:山本富士子/佐助:本郷功次郎
・1972年『讃歌』(制作:近代映画協会・ATG、監督:新藤兼人)春琴:渡辺督子/佐助:河原崎次郎
・1976年『春琴抄』(配給:東宝、監督:西河克己)春琴:山口百恵/佐助:三浦友和
春琴抄_3.jpg・2008年『春琴抄』(配給:ビデオプランニング 監督:金田敬)春琴:長澤奈央/佐助:斎藤工


 【1951年文庫化[新潮文庫]/1979年再文庫化[旺文社文庫(『刺青・春琴抄』)]/1984年再文庫化[角川文庫(『春琴抄・蘆刈』)]/1986年再文庫化[中公文庫(『春琴抄・吉野葛』)]/1986年再文庫化[岩波文庫(『春琴抄・盲目物語』)]/1991年再文庫化[筑摩文庫(『谷崎潤一郎 (ちくま日本文学全集) 』)]/2016年再文庫化[角川文庫]】

《読書MEMO》
●「春琴抄」...1933(昭和8)年発表

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契約解除としての離婚と古き良き江戸情緒?小出楢重の挿絵で触れる谷崎のモダン感覚。

蓼喰ふ蟲.jpg蓼喰う虫.gif  小出楢重.jpg 小出 楢重(1887-1931)
蓼喰う虫 (岩波文庫 緑 55-1)
1929(昭和4)年11月刊行 改造社版

蓼喰う虫 (岩波文庫 緑 55-1) .jpg 1928(昭和3)年発表の谷崎潤一郎(1886‐1965)の長編小説(単行本刊行は翌年)で、妻に愛人がいて自身も娼館に通っているという既に破綻した夫婦関係にある男が、なるだけ妻子を傷つけないように離婚するにはどうしたらよいかを考えているというのがモチーフになっています。

 主人公の男が離婚を「契約解除」的に考えようとしているところが、谷崎の実生活と重なる点でもあり、モダンと言えばモダン。しかし一方で、義父(妻の父)の浄瑠璃の趣味に付き合って、人形浄瑠璃を見に淡路島くんだりまで妾帯同の義父にわざわざ付き添うなど、優柔不断と言えば優柔不断。これらの話に統合性が無いような感じもあり、スラスラと書いてはいるけれど内容的には通俗小説の域を出ないのではないかという気もしました。

 関東大震災後に関西に移住した谷崎が、変化の激しい東京よりも関西に古典的情緒の名残を見出したことは知られていますが、夫婦の危機と併せてそれを描くことで、伊藤整なども指摘しているように「主題の分裂」を感じます。

小出楢重と谷崎潤一郎_.jpg 敢えてとりあげたのは、岩波文庫版に新聞連載(83回)時に近いかたちでの小出楢重の挿蓼喰う虫2.jpg絵全83葉が収録されているためで、おかげで人形浄瑠璃の桝席の様子や「封建の世から抜け出してきたようだ」という妾・お久の様子などがわかりやすいのですが、その他生活や風俗などで当時の「モダン」なものも多く描いていて興味深いからです。

「蓼喰う虫」 岩波文庫版 挿絵(小出楢重)


小出楢重と谷崎潤一郎 小説「蓼喰ふ虫」の真相

 主人公が"西洋"娼館に行く前に神戸オリエンタル・ホテルで食事したり(そう言えば、『細雪』の主人公一神戸オリエンタル・ホテル.jpg神戸オリエンタル・ホテル 現.jpg家も特別な時にはこのホテルを使っている設定になっていた)、従弟がマドロスだったり、飼い犬がグレイハウンドだったりと、ハイカラな雰囲気に満ちた小説ですが、その背景が視覚的に堪能できるのがいい。[写真:神戸オリエンタル・ホテル (1910年代/現在)]

 主人公が自宅の洋風バスにゆったり浸かっている絵などを見ると、『鍵』('56年)や『瘋癲老人日記』('61年)とあまり時代背景が変らない錯覚に陥りますが、この小説の連載は'28(昭和3)年から翌年にかけてで、それら作品より30年ぐらい前に発表されたものであることに驚かされ、作者のモダンな感覚に改めて触れた思いがします。

 【1932年文庫化[春陽堂文庫]/1939年再文庫化・1951年改版[新潮文庫]/1946年再文庫化[鎌倉文庫]/1948年再文庫化・1970年・1985年改版[岩波文庫]/1952年再文庫化[角川文庫]】

《読書MEMO》
●「蓼喰う虫」...1928(昭和3)年発表

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谷崎自身の願望の虚構化? 平易な文体だが、完成度、高いと言えるのでは。

痴れ人の愛 1925(大正14)年改造社.jpg痴人の愛.jpg 痴人の愛2.jpg   痴人の愛 谷崎潤一郎.jpg 痴人の愛 (中公文庫) _.jpg
痴人の愛 (新潮文庫)』〔新版/旧版〕『痴人の愛 (中公文庫)』(復刻版 1998)『痴人の愛 (中公文庫)』(2006)

痴人の愛』(改造社 1925年7月)

痴人の愛 田中良.jpg 1925(大正14)年刊行の谷崎潤一郎(1886‐1965)の長編耽美小説で(初出:「大阪朝日新聞」1924年3月20日~6月14日)、「一人の少女を友達にして、朝夕彼女の発育のさまを眺めながら(中略)、云わば遊びのような気分で、一軒の家に住む」という主人公の意図は、今で言う「育成ゲーム」を地でいく感じ。しかし、当時15歳のこの少女ナオミが実はとんでもないタマで、彼女を「立派な婦人に仕立ててやろう」という気でいた主人公は、成熟とともに増す彼女の妖婦ぶりに引き摺られ、ずるずると破滅への道を辿る―。

「大阪朝日新聞」連載時挿画(田中 良)

痴人の愛 田中良3.jpg 前半部分は前年に大阪朝日新聞連載されていますが(中公文庫版は新聞連載時の田中良による挿画を一部掲載)、検閲当局からに再三の注意が新聞社にあって、新聞社がこれに従ったため6月14日付の第87回をもって掲載中止となり、続きは4ヵ月後に雑誌「女性」で連載されました。今ならさしずめ渡辺淳一を日経で読むみたいなものでしょうが、当時としてはやはり風紀紊乱の恐れあり、ということにされてしまったのでしょう。また、後の文芸評論家たちは、通俗小説風でありながらも、このナオミに対する主人公の崇拝ぶりには、当時の日本人の西洋文化に対する崇拝が重なられているとも言っています(この作品もまた文明批評なのか?)。

痴人の愛 田中良2.jpg 最初に読んだときは、主人公の隷属ぶりがある種「悲喜劇」的であるように思えましたが、読み手に「こんな女性にかまけたら大変なことになる」という防衛機制的な思いを働かせるような要素があるかもしれません。だから、西洋文明云々言う前に、この小説の主人公を反面教師にし、実人生での教訓的なものを抽出する読者がいても不思議ではないのではないかと。でも、主人公がナオミに馬になってと言われて四つん這いになる場面で改めて思ったのですが、隷属することは同時に主人公の願望でもあったのでしょう。そうした願望は谷崎自身の内にもあって、それを第三者の告白体にすることで巧みに虚構化しているような感じもしました。平易な文体、単純な構成ですが、この作品の場合、かえってそのことで完成度は高いものとなっているように思います。

痴人の愛  .jpg 『現代漫画大観2 文芸名作漫画』(昭和3年発行)より「痴人の愛」

 因みに、この作品は、木村恵吾監督により2度映画化され、最初の「痴人の愛」('49年/大映)では京マチ子がナオミを演じ、2度目の「痴人の愛」('60年/大映)では叶順子がナオミを演じています。更に、増村保造監督によって映画化さ痴人の愛 京マチ子.jpg痴人の愛 叶順子.jpgれた「痴人の愛」('67年/大映)では安田道代(後の大楠道代)がナオミを演じました。この他にも、高林陽一監督の「谷崎潤一郎・原作「痴人の愛」より ナオミ」('80年/東映)のように現代版のピンク映画に翻案されたものが幾つかあります。
「痴人の愛」('49年)京マチ子、宇野重吉/「痴人の愛」('60年)叶順子、船越英二

木村恵吾監督「痴人の愛」('49年/大映)京マチ子(ナオミ)・宇野重吉(河合譲治)
木村恵吾監督「痴人の愛」('60年/大映)叶順子(ナオミ)・船越英二(河合譲治)
増村保造監督「痴人の愛」('67年/大映)安田道代(ナオミ)・小沢昭一(河合譲治)
痴人の愛...京マチ子e.jpg 痴人の愛 叶順子(ナオミ)・船越英二.jpg 痴人の愛 増村保造。安田道代.jpg
「痴人の愛」 (1949/10 大映) ★★★☆

【1947年文庫化・1985年・2003年改版[新潮文庫]/1952年再文庫化[角川文庫]/1985年再文庫化・2006年改版[中公文庫]/2016年再文庫化[宝島社文庫]/2016年再文庫化[角川文庫(アニメ「文豪ストレイドッグス」カバー版)]/2016年再文庫化[海王社文庫]】

《読書MEMO》
●「痴人の愛」...1924(大正13)年発表、1925(大正14)年完結

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