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「メタ日記」の"メタ"が多重構造になっている妻側。女性は「共犯者」ということか。

鍵 谷崎 中公文庫.jpg 鍵 谷崎 s31 中央公論社.jpg 鍵 谷崎 s31 中央公論社ド.jpg
鍵 (中公文庫 (た30-6))』『鍵 (1956年)

 ある56歳になる大学教授が、嫉妬によって性的に興奮して45歳の妻・郁子に対する精力を得んとして、妻と、自らが娘・敏子に縁談相手として紹介した学生・木村を最後の一線を越えない限界まで接近させようとし、酔い潰れ浴室で全裸で倒れた郁子を木村に運ばせたり、昏睡する郁子の裸体を撮影し、その現像を木村に頼むなどした経緯を日記に書いていく。同時に妻・郁子も日記を書いている。大学教授は妻に日記を盗み読んでほしいことを自らの日記に書き、日記を隠している抽斗の鍵をわざと落とすが、郁子は夫の日記を盗み読む気はないと日記に書く。また郁子は夫を性的に興奮させるために、嫌々ながら敢えて木村と接近するのだ、自分も日記を書いていることを夫は知らないはずだとも日記に書く。また木村も大学教授の計画に積極的に協力していく。娘・敏子は母に不倫を強要する父に反発しているようだと郁子は日記に書く。大学教授は性的興奮を得るため医者の警告を無視して摂生を行わず、遂に病に倒れて亡くなった夫の死後、郁子は、実は自分は以前から夫の日記を盗み読んでおり、自分の日記を夫が盗み読んでいることも知っていて夫を性的に興奮させ不摂生な生活に追い込み病死させるため日記に嘘を書いていた、娘・敏子も自分に協力していて、本当は積極的に木村と不倫して肉体関係を持っていたと日記に書く。木村は世間を偽装するため形式的に敏子と結婚し、その母である郁子と同居することで、実質的に郁子と結婚生活をする計画を練っていると、郁子は日記に書くのだった―。

 1956(昭和31)年1月号の「中央公論」に掲載された後、5月号から12月号まで連載された谷崎潤一郎(1886-1965/享年79)の晩年の作品で、中央公論社からその年の12月に単行本が刊行されました。文庫で読むならば、中公文庫版が、連載時の棟方志功の挿画(版画)59点をそのまま収めているのでお薦めです。

 その中公文庫の綱淵謙錠(1924-1996)の解説によると、谷崎はこの作品の45年前、1911(明治44)年に「颱風」という作品を「三田文学」に発表していて、その粗筋が、吉原の女郎の手管に翻弄された若い日本画家が、好色と荒廃の生活を清算し、しばらく女から遠ざかって自らの命を吹きかえそうと旅に出て、半年間欲望を我慢して旅から戻ってきたところで、結局逆に女に巧妙に狭窄され搾取されて、恐ろしい興奮の末に脳卒中で亡くなるというものだそうで、確かにこの「鍵」と似ているなあと(「颱風」は結局発禁になったとのこと)。

 「鍵」発表時も当然「ワイセツか文学か」という議論はあったようですが、中央公論社側が作者の意図通り、「鍵」が芸術作品以外の受け取られ方をしないよう十分配慮したこともあり(一体どういう配慮をしたのか?)、社会に受け容れられたとのこと、但し、今でもこの作品については「ワイセツか文学か」の議論は有り得るという気がします。

 スタイルとして日記文で構成することで、夾雑物の無いドキュメントのように読めるのがいいと思いますが、これ、やっぱり谷崎だから成せる技なのかも。ただ、読んでいくと、大学教授は「妻に日記を盗み読んでほしい」と自らの日記に書き、妻・郁子の方も「自分も日記を書いていることを夫は知らないはずだ」と日記に書いていながら、一方でそれぞれ相手が自分の日記を読んでいると意識していてそのことも書いていたりするから、もし読まれているとの認識があるしたら、こうした書き方は普通あり得ないわけで、その時点で、双方とも、単なる日記ではなく「メタ日記」のようになっているように思いました。

 更に、大学教授の死後、妻・郁子は日記の中で(まだ書き続けている)、それまで日記に嘘を書いていたことを告白し(郁子に関しては「メタ日記」の"メタ"が多重構造になっている)、木村と一緒に生活するための自分の「作戦」を明かしています(まるでミステリの謎解きのようなこの告白は、読者に対するものであるとも言える)。ここにきて初めて誰にも見られない"本来の日記"になっているわけですが、それにしても、木村と一緒になるために娘と木村を結婚させるというのがスゴイね。

 ドナルド・キーンが言っていたような気がしますが、この物語の最大の犠牲者は娘・敏子でしょう。でも、その敏子も、プロセスにおいては母親を堕落させることに加担しようとしているようにも見えるから、見方によっては、大学教授、木村、敏子の3人で郁子を堕落させようとしているようにも見えます。そして、それに乗っかっているのがまさに郁子自身であるという気がします。自ら堕落することはしないが、他者がそのように導くならばやむを得ず(喜んで)...。

The Key1971.jpgThe Key1991.jpgThe Key.jpg 結局、大学教授自らが書いているように、「つまり、それぞれ違った思わくがあるらしいが、妻が出来るだけ堕落するように意図し、それに向って一生懸命になっている点では四人とも一致している」ということになり、但し、自らの思惑を最後に実現しそうなのは郁子か―といったような話のように思います。ファム・ファタール的作品と言うか、公序良俗といった概念を破壊してみせた作品かもしれず、また、ジャン=ポール・サルトルが、女性は「共犯者」の境遇にあると言っていたけれど、まさにその通りの作品でもあったように思いました。
チャールズイータトル出版, 1971/Vintage Books, 1991/Vintage, 2004

鍵 1959 1.jpg鍵 1959 s.jpg市川 昆 「鍵」(1959/06 大映) ★★★☆ 出演:京マチ子/仲代達矢/中村鴈治郎/叶順子/北林谷栄


【1968年文庫化[新潮文庫(『鍵・瘋癲老人日記』)]/1973年文庫化[中公文庫]】

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先生が教室で授業をしているような分かり易さだが、一応は、書かれた時代も念頭に置くべき。。

谷崎 潤一郎 『文章読本』.JPG  文章読本 谷崎 中公文庫.jpg文章読本 (中公文庫)』 文章読本さん江.jpg 斎藤美奈子 『文章読本さん江

谷崎 潤一郎 『文章読本』 初版1.jpg谷崎 潤一郎 『文章読本』 初版2.jpg 谷崎潤一郎(1886-1965)が1934(昭和9)年に発表したもので、「なるべく多くの人々に読んでもらう目的で、通俗を旨として書いた」と前書きしている通りに読み易く、その年のベストセラーだったとのこと。中公文庫版は、改訂により活字が大きくなり、更に読み易くなっています(活字を大きめにしたのは、活字が小さいのは良くないと本書に書いてあるからか)。
谷崎潤一郎 『文章読本』初版 1934(昭和9)年

 三島由紀夫の『文章読本』('59年/中央公論社)、清水幾太郎の『論文の書き方』('59年/岩波新書)と並んで、「文書読本」の"御三家"と言われているそうですが、それらより四半世紀早く世に出ているわけで、一緒に並べるのはどうかと思います。
 因みに、"新御三家"は、本多勝一・丸谷才一・井上ひさしの3人の著者だそうで、何れにせよ、後に続く多くの人が、この「文章読本」と冠した本を書いていることになります。

 学校の先生が教室で授業をしているような感じの口語文で、文章というものを様々な視点から論じるとともに、事例も多く引いているため、たいへん分かり易いものとなっており、また、言っている内容も、現在の日本語の方向性をかなり予見したものとなっているように思います。

 この本に関して言えば、作家というより国文学者、国語学者みたいな感じなのですが、著者らしいと思ったのは、言文一致を唱えながらも、小説家の書くものには、その言文一致の文章の中にも、和文脈を好むものと漢文脈を好むものがあり、前者を泉鏡花、上田敏など、後者を夏目漱石、志賀直哉などとして、それぞれ「源氏系」と「非源氏系」と名付けている点です。

 興味深いのは、志賀直哉の簡潔な文体をかなり絶賛していて、「城の崎にて」からかなりの引用解説しているほか、森鷗外の簡勁な表現なども高く評価している点で、著者自身の文学作品は、それらの対極にある「源氏系」であるように思われ、やや不思議な感じもしますが、読んでいくうちに、「源氏系」か「非源氏系」ということと、簡潔であるかどうかということは矛盾するものではないということが分かってくるようになります。

 そのほかにも、文章のコツ、すなわち人に「わからせる」ように書く秘訣は、「言葉や文字で表現出来ることと出来ないこととの限界を知り、その限界内に止まること」であり、また、「余りはっきりさせようとせぬこと」ともあって、なるほどなあと。

 なぜ「コマカイ」の送り仮名を「細い」と送らず「細かい」と送るかなどといったことは、ちょっとと考えれば分かることですが、多くの例を引いて、そもそも日本語の文法のルールが曖昧であることを検証してみせ、その曖昧さに価値と有用性を認めている点が、さすがという感じ。

 但し、文庫解説の吉行淳之介が、「この本についての数少ない疑点」として幾つか挙げている中の最後にもあるように、「文章には実用と藝術の区別はないと思います」という点が、本書で言う文章の対象には詩歌などの韻文は含まれていないとはしているにしても、どうかなあという気はしました(吉行は「私の考えでは微妙な区別があると思う」としている)。

 この「文章には実用と藝術の区別はない」というのが、この本の冒頭にきていて、本書で最も強調されていることのように思われるだけに、ずっと読んでいて引っ掛かるわけですが(何せ書いているのが「源氏派」の谷崎だけに)、これについては斎藤美奈子氏が『文章読本さん江』('02 年/筑摩書房)の中で、著者自身が、明治前期に主流だった「自分の心の中にもないこと、自分の云いたいとも思わないことを、できるだけねじ曲げて、かつ装飾的に伝えること」を要諦とするような文章作法教育を受けてきたため、それに対するアンチテーゼとして、そう言っているのだとしており、至極納得した次第です。

 あまりに分かり易く書かれているためについつい忘れがちになりますが、やはり、書かれた時代というものも考えに入れなければならないのでしょう。
 詰まるところ、「文章の要は何かと云えば、自分の心の中にあること、自分の云いたいと思うことを、出来るだけその通りに、かつ明瞭に伝えることにある」というのが、本書の最大の主張であるように思われますが、思えば、その後に登場する文章読本の多くが、この本家「文章読本」に対するアンチテーゼのような形を取っているのが興味深いです。

 例えば三島由紀夫は、「文章には特殊な洗練を要す」(『文章読本』(中公文庫))としているし(ある意味、感性を要すという本書の趣旨に近いか)、清水幾太郎は「あるがままに書くな」(『論文の書き方』(岩波新書))と言っており、本多勝一は「話すように書くな」(『日本語の作文技術』(朝日文庫))、丸谷才一に至っては「思ったとおり書くな」(『文章読本』(中公文庫))とまで言っていますが、これらの言説も、各人がそう唱える上でのバックグラウンドを念頭に置く必要があるのかもしれません。

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照明や建築物だけでなく、食器・食物、能・文楽、美人などにまで及ぶ「陰翳礼讃」論。

谷崎 潤一郎 『陰翳礼讃』 創元社.jpg陰翳礼讃 中公文庫.jpg    陰翳礼讃 東京をおもう.jpg
陰翳礼讃 (中公文庫)』 『陰翳礼讃 東京をおもう (中公クラシックス (J5))
『陰翳礼讃』 創元社(1943)

 「陰翳礼讃」は、谷崎潤一郎(1886-1965)が1933(昭和8)年12月から翌年にかけて雑誌「経済往来」に発表した随筆で、日本人の美意識とは「陰」や「仄暗さ」を条件に入れて発達してきたものであり、明るさよりも翳りを、光よりも闇との調和を重視してきたものであると分析しているものですが、建築やインテリア、照明の仕事に携わる人には長らく必読の書のように言われてきて、特に今で言う照明デザイナーのような職種の人は、その仕事につくや先輩から読むように言われたという話も聞きますが、今はどうなのでしょうか。

吉行 淳之介.jpg 昭和50年初版の文庫本の解説で、吉行淳之介が30数年ぶりに読み返したとありますが、著者がこれを書いた頃は、電気による照明が人々の暮らしに浸透しつつあり、何でもより明るく照らし、生活の中から闇の部分を消し去るということが進行中乃至完了したばかりの頃であったのに対し、吉行がこの解説を書いた頃には、もう随分前から電気照明が当たり前になっており、そのため、逆にその「照明」に注目した点が、吉行にとっては'盲点'だったとしています。

 著者は、翳の中の光の微細な変化を美として生活に嵌め込んでいた時代を"懐かしむ"が如く著しているわけですが(元に戻せと言っても"今更不可能事"であり"愚痴"に過ぎないとも言っている)、それでは今の時代に読んでどうかというと、やはり日本人の心の底に綿々とある美意識を鋭く衝いているように思われ、実際、最近でも「ランプの宿」など人気があることからみても、西洋とは異なる、日本人に普遍的な心性をよく捉えているのではないかと思いました。

 中公文庫版は、「陰翳礼讃」のほかに、「瀬惰の説」(昭和5年発表)、「恋愛及び色情」(昭和6年発表)、「客ぎらい」(昭和23年発表)、「旅のいろいろ」、「厠のいろいろ」(共に昭和10年発表)の5篇の随想を所収していますが、他の随想にも概ね"陰翳礼讃"というコンセプトが貫かれており、「瀬惰の説」では、「怠ける」ということに対する日本人と西洋人の考え方の違いから、日常の生活姿勢における両者の美意識の違いを、「恋愛及び色情」では、「源氏物語」に代表される日本の古典文学を通して、日本人に特徴的な恋愛観や性愛観に踏み込んで論じていて、両篇とも、「陰翳礼讃」に匹敵する洞察の深さが見られます。

 さらっと書いていながらも格調高い「陰翳礼讃」や「恋愛及び色情」に比べると、「旅のいろいろ」「厠のいろいろ」は、それらより若干柔らかいタッチの随想ですが、例えば「厠のいろいろ」で述べられている"トイレット考"は、「陰翳礼讃」の中に既に見られます。

 但し、今回、自分自身も読み直してみて改めて感じたのは、触れている事柄の範囲の広さが、やはり「陰翳礼讃」は広いなあと。照明や建築物だけでなく、食器・食物、能・文楽、美人などにまで及び、「瀬惰の説」「恋愛及び色情」の後に発表されていることから見ても、著者の美意識、美学の集大成、エッセンスと言えるものではないでしょうか。

 漆器や味噌汁の色合いは暗闇においてこそ調和し、仏像や金屏風は薄暗い中で間接照明の機能を果たしていたのではないか、といった考察は実に卓見、羊羹(!)から日本人女性の肌の色まで、全て"陰翳礼讃"というコンセプトで論じ切っていて、それでいて充分な説得力があるのは、やはりスゴイことではないかと思います。

《読書MEMO》
●「かつて漱石先生は「草枕」の中で羊羹の色を讃美しておられたことがあったが、そう云えばあの色などはやはり瞑想的ではないか。玉(ぎょく)のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光りを吸い取って夢みる如きほの明るさを啣んでいる感じ、あの色あいの深さ、複雑さは、西洋の菓子には絶対に見られない。クリームなどはあれに比べると何と云う浅はかさ、単純さであろう。だがその羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる」(文庫初版24p)。

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擬古文が平安の物語に調和し、まさに達人の領域。

谷崎潤一郎「少将滋幹の母」(毎日新聞社)昭和25年8月5日発行.jpg少将滋幹の母.jpg  少将滋幹の母2.jpg
少将滋幹の母 (新潮文庫)』〔'53年〕 『少将滋幹の母 (中公文庫)』〔'06年〕
『少将滋幹の母』(毎日新聞社) '50(昭和25)年8月5日発行

 1949(昭和24)年11月から翌1950(昭和25)年2月までにかけて「毎日新聞」に連載された谷崎潤一郎(1886‐1965)の63歳の作で(単行本は1950(昭和25)年8月に毎日新聞社より刊行)、「今昔物語」など平安朝の古典に材を得た円熟味のある作品です。

 文庫で150ページ程度とそれほど長くない中に、関連する3つから4つの話が入っているという構成。
 最初が、80歳の大納言が美人の若妻を、プレイボーイである甥の左大臣に奪われる話。
 そして、その後も妻を思う気持ちが絶ち難い老人が極めつけの修行をする話と、自身も若妻に気があったのに左大臣の手引きをした形となった平中(へいじゅう)という名うての色男が、若妻を諦め、その侍従をストーカーのごとく追う話が中盤に入り(後の方の話は、芥川龍之介も小説にしている(『好色』))、最後に若妻の子どもが40年後に母親に再会しようとする、言わば「母子物」の話が来て、この若妻の子(今は中年)が表題の「滋幹(しげもと)」であるということです。

 大納言が若妻を左大臣に奪われたという話は、左大臣の策略に嵌まり酒席で勢いに駆られて自分の妻を甥にくれてやったという感じで、これだけの話だとこの老人はなんら同情に値しない気がしますが、この一見愚かな行動を、翌日に老人自身が振り返えるかたちで展開される、谷崎による老人の心理分析が、妻を奪われることが老人の潜在願望であったというなかなか穿ったもの。
 それでも老人は恋慕と絶望に苦しみ、色欲から解脱するために"修行"に励みますが、悟りきれないところも谷崎の人生観を表象しているなあと。

 擬古文の文調が平安の物語に絶妙に調和していて、まさに達人の領域にあり、読み心地もいいです。
 何れの話も原典が示されていますが、その中に1つだけ、実在しないもの(つまり「鵙屋春琴伝」のような谷崎の創作)があるのも味な趣向だと思いました。

【1953年文庫化[新潮文庫]/2006年再文庫化[中公文庫]】

谷崎 潤一郎 『少将滋幹の母』ドラマタイアップカバー.jpg中公文庫/NHK時代劇スペシャル「母恋ひの記」(黒木瞳・劇団ひとり主演)タイアップ帯(2008) 

《読書MEMO》
●「少将滋幹の母」...1949(昭和24)年発表

  

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大阪の町人文化を背景に、"江戸"情緒を醸す擬古文とノンフィクション作家のような視点。

谷崎潤一郎「春琴抄(黒漆表紙)」初版.jpg春琴抄.jpg  『春琴抄』 新潮文庫 春琴抄 創元社 初版.jpg 創元社 『新版春琴抄』初版 ['34(昭和9)年]
『春琴抄』初版 ['33(昭和8)年12月](黒漆表紙)

 1933(昭和8)年発表の谷崎潤一郎(1886‐1965)47歳のときの作で、盲目の三味線師匠春琴と、彼女に仕え後に彼女に師事することになる佐助との、ある種異形の愛を描いたこの作品は、5回も映画化されていることから見ても、谷崎の代表作と言えます(「鍵」「痴人の愛」は、国内に限れば映画化回数は4回)。

 お嬢さん気質の驕慢勝気ぶりで弟子たちに過剰な鞭撻を施す春琴と、完全に受身的にそれに服従する佐助の関係はSMチックな官能を匂わせ、それでいて佐助が自ら盲目の世界へ踏み入ったときに春琴が初めて彼に対して本当に心を開くという完結した純愛物語にもなっています。

 しかし佐助の行為を、官能と美意識の融合ために実態よりもイメージを選んだというふうにとれば、春琴に対する思いやり以上に自分自身の美意識が動機なのではないか、利他的行動というよりもむしろ利己的行為なのではないかという見方も成り立つかも。

 春琴は言わば天才型の三味線奏者ですが、佐助も後にその道で「検校」と敬称される奏者となるわけで、天才型と努力型の違いはありますが、ともに芸術家であるということを念頭に置いて読むべきではないかと思いました。

 関西に移住して10年目の谷崎は、関東大震災後の復興著しい東京よりは大阪の町人文化(の名残り)の方を偏愛し、物語自体の時代背景は明治初期であるにも関わらず、最初から舞台を大阪に設定していたのではないかと思いました。

 読点、改行の無い独特の「擬古文」が醸す"江戸"情緒に酔えますが、一方、語り手の視座は「鵙屋春琴伝」を読み解き、生き残り証人に取材するノンフィクション作家のように設定されていることにも注目すべきでしょう。
 春琴はこう思った、佐助はこう感じた、などという書き方はどこにもしていないし、春琴の顔を傷つけた犯人も類推されているだけで、断定はされていません。
 そうした表現方法が読者の想像力を一層かきたて、物語にも深みを増していますが、「鵙屋春琴伝」そのものが谷崎の創作ですから、ホント、「ニクイなあ、谷崎」という感じです。

 【1951年文庫化[新潮文庫]/1979年再文庫化[旺文社文庫(『刺青・春琴抄』)]/1984年再文庫化[角川文庫(『春琴抄・蘆刈』)]/1986年再文庫化[中公文庫(『春琴抄・吉野葛』)]/1986年再文庫化[岩波文庫(『春琴抄・盲目物語』)]/1991年再文庫化[筑摩文庫]】

《読書MEMO》
●「春琴抄」...1933(昭和8)年発表

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契約解除としての離婚と古き良き江戸情緒?小出楢重の挿絵で触れる谷崎のモダン感覚。

蓼喰ふ蟲.jpg蓼喰う虫.gif  小出楢重.jpg 小出 楢重(1887-1931)
蓼喰う虫 (岩波文庫 緑 55-1)
1929(昭和4)年11月刊行 改造社版

蓼喰う虫 (岩波文庫 緑 55-1) .jpg 1928(昭和3)年発表の谷崎潤一郎(1886‐1965)の長編小説(単行本刊行は翌年)で、妻に愛人がいて自身も娼館に通っているという既に破綻した夫婦関係にある男が、なるだけ妻子を傷つけないように離婚するにはどうしたらよいかを考えているというのがモチーフになっています。

 主人公の男が離婚を「契約解除」的に考えようとしているところが、谷崎の実生活と重なる点でもあり、モダンと言えばモダン。しかし一方で、義父(妻の父)の浄瑠璃の趣味に付き合って、人形浄瑠璃を見に淡路島くんだりまで妾帯同の義父にわざわざ付き添うなど、優柔不断と言えば優柔不断。これらの話に統合性が無いような感じもあり、スラスラと書いてはいるけれど内容的には通俗小説の域を出ないのではないかという気もしました。

蓼喰う虫2.jpg 関東大震災後に関西に移住した谷崎が、変化の激しい東京よりも関西に古典的情緒の名残を見出したことは知られていますが、夫婦の危機と併せてそれを描くことで、伊藤整なども指摘しているように「主題の分裂」を感じます。

「蓼喰う虫」 岩波文庫版 挿絵(小出楢重)

 敢えてとりあげたのは、岩波文庫版に新聞連載(83回)時に近いかたちでの小出楢重の挿絵全83葉が収録されているためで、おかげで人形浄瑠璃の桝席の様子や「封建の世から抜け出してきたようだ」という妾・お久の様子などがわかりやすいのですが、その他生活や風俗などで当時の「モダン」なものも多く描いていて興味深いからです。

神戸オリエンタル・ホテル.jpg神戸オリエンタル・ホテル 現.jpg 主人公が"西洋"娼館に行く前に神戸オリエンタル・ホテルで食事したり(そう言えば、『細雪』の主人公一家も特別な時にはこのホテルを使っている設定になっていた)、従弟がマドロスだったり、飼い犬がグレイハウンドだったりと、ハイカラな雰囲気に満ちた小説ですが、その背景が視覚的に堪能できるのがいい。[写真:神戸オリエンタル・ホテル (1910年代/現在)]

 主人公が自宅の洋風バスにゆったり浸かっている絵などを見ると、『鍵』('56年)や『瘋癲老人日記』('61年)とあまり時代背景が変らない錯覚に陥りますが、この小説の連載は'28(昭和3)年から翌年にかけてで、それら作品より30年ぐらい前に発表されたものであることに驚かされ、作者のモダンな感覚に改めて触れた思いがします。

 【1932年文庫化[春陽堂文庫]/1939年再文庫化・1951年改版[新潮文庫]/1946年再文庫化[鎌倉文庫]/1948年再文庫化・1970年・1985年改版[岩波文庫]/1952年再文庫化[角川文庫]】

《読書MEMO》
●「蓼喰う虫」...1928(昭和3)年発表

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谷崎自身の願望の虚構化? 平易な文体だが、完成度、高いと言えるのでは。

痴れ人の愛 1925(大正14)年改造社.jpg痴人の愛.jpg  痴人の愛2.jpg    痴人の愛 谷崎潤一郎.jpg 
痴人の愛 (新潮文庫)』〔新版/旧版〕  中公文庫(復刻版 1998)

痴人の愛』(改造社 1925年7月)

 1925(大正14)年刊行の谷崎潤一郎(1886‐1965)の長編耽美小説で(初出:「大阪朝日新聞』1924年3月20日~6月14日)、「一人の少女を友達にして、朝夕彼女の発育のさまを眺めながら(中略)、云わば遊びのような気分で、一軒の家に住む」という主人公の意図は、今で言う「育成ゲーム」を地でいく感じ。しかし、当時15歳のこの少女ナオミが実はとんでもないタマで、彼女を「立派な婦人に仕立ててやろう」という気でいた主人公は、成熟とともに増す彼女の妖婦ぶりに引き摺られ、ずるずると破滅への道を辿る―。

 前半部分は前年に大阪朝日新聞連載されていますが、今ならさしずめ渡辺淳一を日経で読むみたいなものでしょうか。だだし、通俗小説風でありながらも、このナオミに対する主人公の崇拝ぶりには、当時の日本人の西洋文化に対する崇拝が重なられていると、後の文芸評論家たちは言っています(この作品もまた文明批評なのか?)。

 最初に読んだときは、主人公の隷属ぶりがある種「悲喜劇」的であるように思えましたが、読み手に「こんな女性にかまけたら大変なことになる」という防衛機制的な思いを働かせるような要素があるのかもしれません。だから、西洋文明云々言う前に、この小説の主人公を反面教師にし、実人生での教訓的なものを抽出する読者がいても不思議ではないのではないかと。

 でも、主人公がナオミに馬になってと言われて四つん這いになる場面で改めて思ったのですが、隷属することは同時に主人公の願望でもあったのでしょう(普通、いい大人が馬になったりはしないよ)。そうした願望は谷崎自身の内にもあって、それを第三者の告白体にすることで巧みに虚構化しているような感じもしました。平易な文体、単純な構成ですが、この作品の場合、かえってそのことで完成度は高いものとなっているように思います。

 因みに、この作品は、木村恵吾監督により2度映画化され、最初の「痴人の愛」('49年/大映)では京マチ子がナオミを演じ、2度目の「痴人の愛」('49年/大映)では叶順子がナオミを演じています。更に、増村保造監督によって映画化さ痴人の愛 京マチ子.jpg痴人の愛 叶順子.jpgれた「痴人の愛」('67年/大映)では安田道代(後の大楠道代)がナオミを演じました。この他にも、高林陽一監督の「谷崎潤一郎・原作「痴人の愛」より ナオミ」('80年/東映)のように現代版のピンク映画に翻案されたものが幾つかあります。

「痴人の愛」('49年)京マチ子、宇野重吉主演/「痴人の愛」('60年)叶順子、船越英二主演

 【1947年文庫化・1985年・2003年改版[新潮文庫]/1952年再文庫化[角川文庫]/1985年再文庫化[中公文庫]】

《読書MEMO》
●「痴人の愛」...1924(大正13)年発表、1925(大正14)年完結

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