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「怖い名作短編集」の中での筆頭格。普通の人の頭の中にある「異常」に働きかける作品。

短篇集 剃刀 志賀直哉.jpg ちくま日本文学021 志賀直哉.jpg  文豪が書いた怖い名作短編集.jpg
『短篇集 剃刀』(1946/07 斎藤書店)/『志賀直哉 [ちくま日本文学021]』['08年]/『文豪たちが書いた 怖い名作短編集

志賀 直哉 「剃刀」25.jpg 麻布六本木で床屋を営む芳三郎は名人との声も名高い。しかし、今日はひどい風邪で寝込んでいる。ちょうど祭の前の忙しい時期だが、人手が足りない。以前雇っていた源公と治太公を解雇したからだ。芳三郎も以前は彼らと同じ小僧だったが、腕が認められて親方の娘と結婚し店を継いだ。以来、源公と治太公は素行が悪くなり、店の金に手を出すようになったので、芳三郎は二人を解雇したのだ。祭日前の稼ぎ時でありながら体は思うように動かない。妻のお梅は夫の体を気遣って休ませようとするが、その気遣いが芳三郎の神経を余計に苛立たせる。更に、研磨の依頼をされた剃刀のキレが悪いと客から文句があり、熱で震える手で研ぎ直すがうまくいかない。そこへ一人の若者が髭を剃りにやって来る。若者はこれから女郎屋にでも行くらしい。芳三郎は若者の髭を当たり始めるが、きちんと研げていない剃刀ではいつものように剃れない。若者はそれには構わず、やがて眠ってしまう。芳三郎は泣きたいような気持ちになるが、若者の方は大きな口を開けて眠っている。その時、剃刀が引っ掛かり、若者の喉から血が滲んだ。それまで客の顔を一度も傷つけたことのなかった芳三郎は、発作的に剃刀を逆手に持つと、刃が隠れるまで深く若者の喉に刺した。同時に、芳三郎の体には極度の疲労が戻ってきた。立ち尽くす芳三郎の姿を、三方に据えられた鏡だけが見つめていた―。

 1910(明治43)年6月発行の「白樺」第1巻3号に志賀直哉(1883‐1971)が27歳の時に発表した短編小説。因みに1910年という年は、「白樺」の創刊年であり、志賀直哉はこの年「網走まで」を発表しています(1946(昭和21)年齋藤書店刊行の初期短編集には「剃刀」も「網走まで」も収められているが、「剃刀」の方が表題になっている)。

清兵衛と瓢箪・網走まで - コピー.jpg この短編は、齋藤書店版('46年)、ちくま文庫版('08年)のほかに、新潮文庫版『清兵衛と瓢箪・網走まで』('68年)などにも収められていますが、最近では『文豪たちが書いた 怖い名作短編集』('13年/彩図社)にも入っています。この文庫本には、夢野久作「卵」、夏目漱石「夢十夜」、江戸川乱歩「押絵と旅する男」、小泉八雲「屍に乗る男」「破約」、小川未明「赤いろうそくと人魚」「過ぎた春の記憶」、久生十蘭「昆虫図」「骨仏」、芥川龍之介「妙な話」、志賀直哉「剃刀」、岡本綺堂「蟹」、火野葦平「紅皿」、内田百閒「件」「冥途」の15篇が収められていますが、"恐怖小説"と"幻想小説"や"怪異譚"がやや被っている感じで、結局「怖い」という意味での「筆頭格」と言うか、いちばん怖かったのはこの志賀直哉の「剃刀」だったように思います。

 この作品のテーマについては、ちょっとした「気分」に引き摺られて社会から逸脱してしまうことの怖さを描いたものである(荒井均氏)とか、或いはラストの鏡に注目し、殺人にまで至る心身の感覚を不合理として纏めてしまう客観性(紅野謙介氏)であるとか諸説あるようです(FM J-WAVE の「BOOK BARで、ゲストのシンガーソングライターの吉澤嘉代子氏が「剃刀」は「男性器」の象徴だと思ったと言っていた。ホント色々な見方があって、読書会などで取り上げられることが多い作品ではないかと想像する)。

異常の構造.jpg木村 敏.jpg 個人的な結論から言ってしまえば、主人公は、もし本当にお客を殺害したのであれば、ある種、統合失調症(昔で言う精神分裂症)の気質の持ち主であったということではないかと思います。この病気(病質)の特徴は、「社会性」や「常識」といったものが失われることにあり、精神病理学者の木村敏氏はその著書『異常の構造』('73年/講談社現代新書)の中で、「常識」は世間的日常性の公理についての実践的感覚であり、分裂症病者はそれが欠落しているとしています。

 但し、木村敏氏は、「正常者」や「正常者の社会」を構造化しているものの脆弱さも指摘しています。これを個人的に解釈させてもらうと、人間というのはちょうど不確定性原理における量子のゆらぎのように、意識の瞬間々々においては「正常」と「異常」の間を行ったり来たりしているけれども、連続性において「正常」の方が「異常」の方よりもより多く現出するため、トータルで何とか「正常」を保っているということになるのではないかと思います(その点がまさに健常者を統合失調症の病者と隔てる垣根となる)。

 そう考えるとこの短編の怖さは、自分がこの芳三郎の立場に立った時、偶々そこで「異常」の方が現出し、芳三郎と同じような行動に出るのではないかという怖さ(不安)ではないかと思います。それはちょうど、高い所が怖い理由が、実は「誤って落ちる」可能性があるから怖いのではなく、「自ら飛び降りてしまう」可能性があるから不安なのであるというのと同じ理屈です。但し、普通の人(「正常」な人)は、そうした「異常」な(発作的・破滅的な)事態を頭の中で想像することには想像するけれども、行為としての実行には至らず、それはあくまでもイメージの世界に止まっているということであると思います。

 この作品はそうした普通の人の頭の中にある「異常」に働きかけるものであり、作者はそこにリアリティを持たせるために、この短い作品を幾度か書き直したそうです。後に「小説の神様」と呼ばれるようになる作者のそうした注力の成果でもあるかと思いますが、例えば、客商売の人であれば誰もが経験しそうで感情移入しやすい、主人公のフラストレーティブな状況をごく自然に描き出している点は巧みであり、それだけに、終盤の主人公の「異常」な行為にまで読者は感情移入してしまうのではないかと思います。

剃刀images.jpg 振り返ってみて、剃られる側に立って想像しても怖い話かと思います。個人的には久しく床屋で顔を剃ってもらったことはないけれど、以前に床屋で剃ってもらっていた頃、その最中にちらっと「今この床屋さんが発狂したら...」と考えた怖い想像も後から甦ってきました。但し、この短編の怖さは、やはり自分がどこかの場面で、芳三郎と同じような行動に出るのではないかという不確実性に対する怖さ(不安)の方が上ではないかと思います。

 余談になりますが、顔剃りができるのが床屋、顔剃りができないのが美容室と区別するのは法律的にも原則は間違っていないそうですが、「化粧に付随した軽い顔剃りは行っても差し支えない」とされていて、顔剃りを売りにしている美容院も最近増えているようです。行きつけの美容師の人に言わせれば、床屋と美容院の違いはバリカンを使うか使わないかではないかとのことです。

【1946年単行本[斎藤書店(『短篇集 剃刀』)]/1968年文庫化[新潮文庫(『清兵衛と瓢箪・網走まで』)]/1992年再文庫化[ちくま文庫(『ちくま日本文学全集』)]/2008年再文庫化[ちくま文庫(『ちくま日本文学021志賀直哉』)]】

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片岡千恵蔵の今風な演技と、対照的な演技の1人2役。肩が凝らずに楽しめる一品。

赤西蠣太ビデオ.jpg 赤西蠣太vhs.jpg 赤西蠣太01.jpg  ちくま日本文学021 志賀直哉.jpg
「赤西蠣太 [VHS]」「赤西蠣太 [VHS]」片岡千恵蔵 in「赤西蠣太」 『志賀直哉 [ちくま日本文学021]』['08年]

赤西蠣太.jpg赤西蠣太より.gif 江戸の伊達家の大名屋敷に着任した赤西蠣太(片岡千恵蔵)は、風采が上がらず胃弱のお人好し侍だが、実は彼は、江戸にいる伊達兵部(瀬川路三郎)と原田甲斐(片岡千恵蔵・二役)による藩転覆の陰謀の証拠を掴むという密命を帯びて送られてきた間者(スパイ)であり、彼の目的は、同じく間者として送り込まれていた青鮫鱒次郎(原健作)と集めた様々な証拠を、無事に国許へ持ち帰ることだった。江戸藩邸を出奔する理由として蠣太らは、蠣太が邸内随一の美人である小波(毛利峯子)に落とし文をして袖にされ、面目を保てなくなったというストーリーを練る―。

 原作は、伊達騒動に材を得た志賀直哉が1918(大正7)年9月に『新小説』に発表した時代小説で、志賀直哉が生涯において書いた時代小説はこの作品だけだそうですが、伊丹万作が二枚目役者・片岡千恵蔵に醜男・赤西蠣太の役を配して、ユーモラスな作品に仕上げています。

赤西蠣太より.jpg 角川文庫、新潮文庫、ちくま文庫などに収められいる原作は20ページほどの小品ですが、それが1時間半近い作品になっているわけで、蠣太と隣人との武士の迷い猫の押し付け合いや、なかなかラブレターがうまく書けない蠣太の様子などのユーモラスなリフレインを入れて多少は時間を稼いでいるものの(それらも赤西蠣太の人柄を表すうえで無駄な付け加えという風には感じない)、概ね原作に忠実に作られていると見てよく、ある意味、志賀直哉の文体が、如何に簡潔で圧縮度が高いものであるかを示していることにもなっているように思えました。

野良猫を盥回しする角又と赤西 .jpg 赤西蠣太(実は偽名)の名は原題通りですが、「銀鮫鱒次郎」が「青鮫(蒼ざめ?)鱒次郎」になっているほか、志村喬が演じる「角又鱈之進」とか、主要な登場人物の名前に魚編の文字が入るなど、原作の"遊び"を更に増幅させています(意外なことに蠣太に恋心を抱いていたことが判明する「小波」(ささなみ)は、原作では「小江」(さざえ)。何だか"磯野家"みたいになってしまうけれど、同じ海関係なのでこのまま使っても良かったのでは?)。

野良猫を盥回しする角又(志村喬)と赤西(片岡千恵蔵)

赤西蠣太より2.jpg しかし、この映画の白眉とも言える最大の"遊び"は、謀反の黒幕である原田甲斐(山本周五郎の『樅の木は残った』ではこの人物に新解釈を加えているが、この作品では型通りの「悪役」として描かれている)、つまり主人公にとってのある種「敵役」を演じているのもまた片岡千恵蔵その人であるということです。

赤西蠣太 [片岡千恵蔵2.jpg "赤西蠣太"としての演技が、同僚の下級武士の演技より一段とすっとぼけた現代的なサラリーマンのようなkataoka22.jpg感じであるのに対し(千恵蔵の演技だけ見ていると、とても戦前の作品とは思えない)、"原田甲斐"としての台詞は、官僚的な上級武士の中でも目立って大時代的な歌舞伎調の文語になっているという、この対比が面白いと言うか、見事と言っていいくらいです(事前の予備知識がなければ、同じ役者が演じているとは絶対に気づかないはず)。

赤西蠣太 京橋映画劇場.jpg酒井邸で原田は刃傷し、殺される .jpg 原作は、伊達騒動の経緯自体は僅か1行半で済ませていますが、映画では、当時から見ても更に時代の旧い無声映画風のコマ落とし的描写で早送りしていて、伊達騒動自体は周知のこととして細かく触れていないという点でも原作に忠実です。 
酒井邸で原田(片岡千恵蔵=二役)は刃傷し殺される

お家騒動は落着し、赤西は小波と再会する.jpg 一方で、「蠣太と小江との恋がどうなったかが書けるといいが、昔の事で今は調べられない。それはわからず了いである」として原作は終わっていますが、映画では、蠣太が"小波"の実家を訪ね、結婚行進曲(作中にもショパンのピアノ曲などが使われている)が流れるところで終わるという、微笑ましいエンディングになっています。

お家騒動は落着し赤西は小波と再会する

 全体を通して肩が凝らずに楽しめる一品で、原作者である志賀直哉が観て、絶賛したという逸話もあります。 

「赤西蠣太」撮影中の風景.JPG「赤西蠣太」撮影中の風景(左より片岡千恵蔵、上山草人、監督の伊丹万作 (「千恵プロ時代」より))

片岡千恵蔵e1.JPG片岡千恵蔵(1903-1983)in「多羅尾伴内」シリーズ

「赤西蠣太」vhs.jpg「赤西蠣太」●制作年:1936年●監督・脚本:伊丹万作●製作:片岡千恵蔵プロダクション●撮影:漆山裕茂●音楽:高橋半●原作:志賀直哉「赤西蠣太」●時間:84分●出演:片岡千恵蔵/杉山昌三九/上山草人/梅村蓉子/毛利峯子/志村喬/川崎猛夫/関操/東栄子/瀬川路三郎/林誠之助/阪東国太郎/矢野武男/赤沢力/柳恵美子/原健作/比良多恵子●公開:1936/06●配給:日活●最初に観た場所:京橋フィルムセンター(08-11-16)(評価:★★★★)●併映:「白痴」(黒澤明)
赤西蠣太 [VHS]

赤西蠣太―他十四篇 (1955年) (角川文庫)
赤西蠣太―他十四篇0_.jpg 【1928年文庫化・1947年・2002年改版[岩波文庫(『小僧の神様 他十篇』)]/1955年再文庫化[角川文庫(『赤西蠣太―他十四編』)]/1968年再文庫化・1985年改版[新潮文庫(『小僧の神様・城の崎にて』)]/1992年再文庫化[ちくま文庫(『ちくま日本文学全集』)]/2008年再文庫化[ちくま文庫(『ちくま日本文学021志賀直哉』)]/2009年再文庫化[岩波ワイド文庫(『小僧の神様―他十編』)]】 

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『時任謙作』から『暗夜行路』に至る経緯はわかったが、作品単体としては今ひとつ。

志賀 直哉 『和解』.jpg 『和解』 (新潮文庫).jpg和解 (新潮文庫)』 志賀 直哉 『和解』新潮文庫.jpg 新潮文庫旧版
志賀直哉『和解-代表的名作選集33』(1919(大正8)年初版/新潮社)
志賀直哉『和解』新潮社/大正8年/初版1.jpg志賀直哉『和解』新潮社/大正8年/初版2.jpg 1917(大正6)年10月、志賀直哉(1883‐1971)が34歳の時に発表した中篇で、父と不和になっていた主人公の「順吉」が、次女の誕生を機に、次第に父と和解していく様が描かれていますが、志賀直哉はこの年の8月に、それまで確執のあった父親と和解しており、この作品はほぼ志賀直哉自身のことをほぼそのままに書いた私小説と見ていいのではないかと思います。

 今回初めて読みましたが、う〜ん、そういうことだったのかと。父との確執から尾道に籠もり、父との葛藤をテーマに『時任謙作』という長編を仕上げようとして成らず、その後、本作にある実生活での父との「和解」を経て問題を"対象化"することが出来、それが『暗夜行路』に繋がったという時間的経緯を再確認しました。

 『暗夜行路』を読んだのはかなり以前ですが、かなり丸々"私小説"として読んでしまったような気がします。但し、実はどのような契機で父と対立するようになったのかといったことは、この『和解』の中にも書かれておらず、作者の個人史を知らないとよくわからない部分がある作品というのは、作品単体で見た場合どうなのかなという気もしなくもありませんでした。

 同じ年に発表された「城の崎にて」は、実生活上での「和解」の前(同年5月)に書かれたもので、まだ葛藤が続いているその心象が小動物に投影されていたということになります(この作品も、そんな説明的なことは何も書いてない)。

 『暗夜行路』には主人公の生誕の秘密を巡る父親との確執がありますが、実際には、思想的な対立(志賀直哉は社会主義思想に共感していた部分があったが、父親は典型的な資本家だった)が両者の確執の契機として最初あったわけで、この『和解』にある、長女を喪い新たに次女を授かるという経験を経て、「思想」的確執から「生誕」を巡る確執にモチーフをコンバートしたわけだ、ナルホド。同時に、よりフィクション化することで、作家自身にとって描き易くなった(?)ということかも知れません。

志賀直哉 『和解・城の崎にて』 旺文社文庫.jpg この『和解』は、そうした作家が一皮むけるに至った経緯を知る上では重要な作品だし、面白いと思います。但し、単体の小説としては個人的はそれほどいいと思えず、文体は既に完成されているのだけれど、何か見せ隠ししながら書いている感じもあって、何となくすらすら読めなかったような気がします。

『和解・城の崎にて』 旺文社文庫

 【1949年文庫化・1991年改版[新潮文庫]/1954年再文庫化[岩波文庫(『和解・ある男、その姉の死』)]/1960年再文庫化[岩波文庫(『大津順吉・和解・ある男、その姉の死』)]/1960年再文庫化[旺文社文庫(『和解・城の崎にて』)]/1997年再文庫化[角川文庫]】

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「小僧の神様」が好き。「小説の神様」と言うより「文体の神様」。

『小僧の神様・城の崎にて』.jpg小僧の神様・城の崎にて.jpg   小僧の神様(岩波文庫).jpg   城の崎にて (1968年) (角川文庫).jpg 小僧の神様・城の崎にて 角川文庫.jpg
小僧の神様・城の崎にて(新潮文庫)』(カバー:熊谷守一)『小僧の神様―他十篇 (岩波文庫)』『城の崎にて (1968年) (角川文庫)』『城の崎にて・小僧の神様 (角川文庫)

小僧の神様.jpg 1920(大正9)年発表の表題作「小僧の神様」は、志賀直哉(1883‐1971)が「小説の神様」と呼ばれる一因になった作品ですが、この人は乃木将軍の殉死を愚かな行為だと批判したり、日本語廃止・フランス語採用論を唱えたりもした人で、これだけをとってもその賛否分かれるのではないかと思います。
 ただし、「小説の神様」と呼ばれた"事実"は、この作家の作品が、今の時代に(教科書以外で)どの程度読まれているかということとは別に、"評価"としては長く残っていくのだろうと思います。
 実際、芥川賞作家などにも志賀作品を激賛する人は多く、芥川龍之介も言ったように「志賀さんのように書きたくても、なかなか書けない」ということなのでしょうか。
新潮カセット&CD 「小僧の神様」(「城の崎にて」「好人物の夫婦」併録)

 「小僧の神様」は、鮨屋の評判を聞いてその店の鮨を喰ってみたいと夢想する小僧の身に起きた出来事を描いた、読みやすくて味のある傑作で、読者の中には"隠れた偽善性"を嫌うムキもありますが、個人的にはこのちょっと童話的な雰囲気が好きです。

 文章に無駄が無いという作家の特質がよく表れた作品ですが、終わり方なども変則的で(少なくとも小説の"典型"ではない)、これを以って「小説の神様」というのはどうかという気もします(小説の支配者(「神」)は作者である、と言っているようにもとれてしまう終わり方)。この作品を通して作者を「小説の神様」と呼んだ背景には、タイトルとの語呂合わせ的要素もあったかと思いますが、強いて言えば、「文体の神様」と言った方が、まだ当てはまるのでは。何れにせよ、傑作と言うか、大上段に構えたところがなく、ただただ「うまいなあ」と思わせる作品だと思います。

 その前に発表された「城の崎にて」は、こちらも、谷崎潤一郎が「文章読本」の中で、その文体の無駄の無さを絶賛したことで知られています。

 電車事故で怪我して湯治中の「自分」の、小動物の生死に対する感応が淡々と描かれていて、「深い」と言うより「わかるような」という感じでしたが、一つ間違えれば今頃は堅い顔して土の中に寝ているところだったというような主人公のイメージの抱き方にも、ごく日本的な死生観を感じました。  

赤西蠣太ビデオ.jpg 新潮文庫版は中期の作品18編を選んで執筆順に収めていて(この載せ方はいい)、日記風、散文風のものから、作者唯一の時代物でありながら映画にもなった「赤西蠣太」のようなストーリー性の強いものまで、〈私小説〉に限定されず幅があるなあという感じで、作風も、軽妙というより通俗的ではないかと思われるものさえあります(ただし、"簡潔な文体"という点では、全作品ほぼ一貫している)。

 芥川龍之介も、谷崎潤一郎との芸術論争(〈私小説〉論争?)の際に志賀の作風を褒め称えていますが、論争自体は〈物語派〉の谷崎の方が優勢だったかも。ただし、現代日本文学においても〈私小説〉は強いと言うか、純文学イコール私小説みたいな感じもあります(それがすべて志賀のせいではないでしょうが)。

 【1928年文庫化・1947年・2002年改版[岩波文庫(『小僧の神様 他十篇』)]/1948年文庫化[新潮文庫(『城の崎にて』)]/1954年再文庫化・1968年改版[角川文庫(『城の崎にて』)]/1968年再文庫化・1985年改版・2005年改版[新潮文庫(『小僧の神様・城の崎にて』)]/1992年再文庫化[集英社文庫(『清兵衛と瓢箪・小僧の神様』)]/2009年再文庫化[岩波ワイド文庫(『小僧の神様―他十編』)]/2012年再文庫化[角川文庫(『城の崎にて・小僧の神様』)]】

《読書MEMO》
●「城の崎にて」...1917(大正6)年発表 ★★★★
●「赤西蠣太」...1917(大正6)年発表 ★★★☆
●「小僧の神様」...1920(大正9)年発表 ★★★★☆

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