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クリスティ的要素がてんこ盛り。ヒントは傍点にあったのか。

白昼の悪魔 ポケット・ミステリ.jpg 白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫).jpg白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫2.jpg 白昼の悪魔  cb.jpg  地中海殺人事件 1982 poster.jpg
白昼の悪魔 (1955年) (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 208)』『白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1‐82))』『白昼の悪魔 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 映画「地中海殺人事件」ポスター/タイアップ・カバー
『白昼の悪魔』 (1976年) (Hayakawa novels)
白昼の悪魔  s.jpg白昼の悪魔HK2.jpg レザーコム湾のスマグラーズ島は、ジョリー・ロジャー・ホテル専用の小島で、ホテルは毎夏リゾート客で賑わうが、今年も多くの客が来ており、その中にポアロもいた。他の主な客は、米国人のガードナー夫妻、牧師スチーブン・レーン、ケネス・マーシャル大佐とその後妻で元女優アリーナ、大佐の連れ子リンダ、著名ドレスメーカーのロザモンド・ダーンリー、美男のパトリック・レッドファンと妻クリスチン、健康的だが控えめなエミリー・ブルースターなどだった。パトリックは滞在中にアリーナと親しくなり、二人の仲はホテル内の噂だが、パトリックを誘惑したアリーナに対する皆の評判は悪く、パトリックの妻クリスチンに同情が集まる。ある晴れた日、いつもは朝が遅いアリーナが早朝からホテル専用の海水浴場に現れ、散歩していたポアロに口止めしたうえで、フロートに乗って海に出ていく。その姿が島陰に隠れ見えなくなってから、パトリックとケネスが現れアリーナを捜す。アリーナの姿が見えずに落ち着かない様のパトリックは、ブルースターを誘いボートで海に出る。一方で、クリスチンは、リンダを誘って絵を描きに島内のガル湾に向かう。そして日光浴をするリンダと絵を描いていたが、テニスEvil Under the Sun ta.jpgの約束があったので、昼前に一人ホテルに戻って行く。ボートのパトリックとブルースターは、ビクシー湾の入江で、砂浜に寝そべるアリーナと思われる女性を見つける。パトリックは大声で呼びかけたが返事がないため不審に思い、ボートを降りて彼女のそばに向かうが、その脈を取って震えて囁く―「死んでいる」「首をしめられている...殺されたんだ」。パトリックはブルースターにホテルに戻って知らせるよう頼み、ブルースターはボートで海水浴場に戻る。ポアロと共に連絡を受けた地元の警察がやって来て、アリーナ・マーシャルを絞殺した犯人の捜査が始まる。アリーナに対して最も強い動機を持つ夫のケネスに容疑がかかるが、ケネスは部屋でその朝届いた手紙の返事をタイプしていたというアリバイがあった。浮気相手のパトリックもブルースターと一緒に行動していたし、その妻のクリスチンも動機がありそうだが、リンダと一緒にいたというアリバイがある。アリーナを殺したのは誰か、そして動機とそのチャンスは?

Evil Under the Sun - Tom Adams paperback covers

Evil Under the Sun First Edition 1941/1982
Evil Under the Sun 1.jpgEvil Under the Sun 1982jpg.jpg 1941年にアガサ・クリスティが発表した長編推理小説で(原題:Evil Under the Sun)、ガイ・ハミルトン監督、ピーター・ユスティノフ主演の「地中海殺人事件」('82年/英)の原作ですが、意外と原作と映画が結びつかなかったりするのは、映画がその舞台を原作の英国南西部にあるレザーコム湾のスマグラーズ島から、バルカン半島とイタリア半島に囲まれたアドリア海の孤島に変更しているせいもあるかもしれません。

 映画に比べると原作はやや知名度が落ちるかも知れませんが、中身はクリスティらしい要素がいっぱいで、小島というクローズドサークル、何か事件が起きそうな人物配置と人間関係、そして複数のトリックを組み合わせた巧みなプロットと、最後の最後まで楽しめます。あまりにクリスティ的要素がてんこ盛りで逆に目立たないのかなとも思いましたが、1982年に行われた日本クリスティ・ファンクラブ員の投票による作者ベストテンでは第10位に入っているとのことです(江戸川乱歩は本書を作者ベスト8の1つに挙げている).

Evil Under the Su-M.jpg 読み終えてみて、これは所謂"叙述トリック"ではなかったかと思いましたが、肝腎な箇所を読み返してみると、傍点が振ってありました。その時はなぜ傍点が振られているのか全然考えなかったけれども、後になってみてなるほど、そういうことだったのかと...。

 本格推理の要素が強い分、リアリティの面でどうかというのもありますが、その辺であまり目くじらを立てると、作品そのものが楽しめないかもしれません(本格推理小説でもっとリアリティに乏しい作品は世にいくらでもある)。むしろ、意外な人間関係は『ナイルに死す』などにも通じるものがあったかもしれませんが、犯人の殺人を犯す動機がやや弱い点が少し気になりました(クリスティー文庫の翻訳が捕物帳風なのも気になった)。でも、トータル的には、先行して映画化された『ナイルに死す』(映画タイトルは「ナイル殺人事件」)と並ぶかそれ以上の出来の作品だと思います。
1999 by Collins Crime                  Evil Under the Sun (BBC Radio Collection)
Evil Under the Sun (BBC Radio Collection) .jpg                 

名探偵ポワロ48/白昼の悪魔 dvd.jpgEvil Under the Sun_1.jpg
「名探偵ポワロ(第48話)/白昼の悪魔」 (01年/英) (2002/01 NHK) ★★★★

地中海殺人事件  1982 .jpg地中海殺人事件s.jpg地中海殺人事件b6.jpg「地中海殺人事件」 (82年/英) (1982/12 東宝東和) ★★★☆

【1955年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(堀田善衛:訳)/1976年単行本[Hayakawa novels(鳴海四郎:訳)]/1978年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(鳴海四郎:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(鳴海四郎:訳)]】

《読書MEMO》
●日本クリスティ・ファンクラブ員の投票によるクリスティ・ベストテン(1982)
1.『そして誰もいなくなった』
2.『アクロイド殺し』
3.『オリエント急行の殺人』
4.『予告殺人』
5.『ナイルに死す』
6.『カーテン』
7.『ゼロ時間へ』
8.『ABC殺人事件』
9・『葬儀を終えて』
10.『白昼の悪魔』

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読み易かったが、結局、最後の最後まで犯人が分からなかった。

もの言えぬ証人 hpm.jpg もの言えぬ証人 hm.jpg もの言えぬ証人 (クリスティー文庫)_.jpg  Dumb Witness .jpg Poirot Loses a Client (Dumb Witness)  .jpg
もの言えぬ証人 (1957年) (世界探偵小説全集)』/『もの言えぬ証人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-20))』/『もの言えぬ証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』/PAN Books 1949/US, hardcover 1937
Dumb Witness―Collins Crime Club 1937(UK first edition)
christiedumb.jpg 小緑荘の女主人エミリイ・アランデルが5月1日に亡くなる。彼女には、甥のチャールズ、姪のテリーザ、ベラ・タニオスの3人の親族がいた。エミリイの巨額の遺産は彼らにいくはずだったが、エミリイは死の10日前に遺言を書き改め、遺産は全て家政婦のロウスンに遺される。遊び人のチャールズ、浪費家のテリーザ、ギリシャ人医師の夫ジュイコブが投機に失敗したベラと3人とも金を必要としており、エミリイの遺産をあてにしていた矢先だった。エミリイが遺言を書き改めたのは、4月14日深夜に起きた彼女の階段からの転落事件が原因で、その夜は3人の親族とベラの夫ジェイコブが小緑荘に泊まっていた。事故はエミリイが可愛がっていた飼い犬の白いテリア犬ボブが、お気に入りのボールを階段の上に置きっ放しにし、そのボールをエミリイが踏んだことにより起きたと思われたが、その夜ボブは外で夜遊びをして締め出されていたことを後に知った彼女は、親族の誰かが事故を装い自分を殺そうしたのだと考え、弁護士を呼び遺言を書き換えたのだ。更に彼女はポアロに調査依頼の手紙を書くが、その手紙は投函されずに忘れられ、彼女が肝臓病の悪化で5月1日に亡くなった後、家政婦による遺品整理の際に見つかり、投函されてポアロの元に届いたのは6月28日だった。ポアロがヘイスティングスと小緑荘を訪ねると邸は売りに出ていて、そこで初めてポアロはエミリイの死を知るが、死亡前後の様子を聞くうちに不自然さを感じ、依頼者死亡のまま探偵活動を開始する。エミリイの階段転落事故を調べると、階段の上の壁に釘が打たれており、階段の手摺柱と釘の間に紐を渡し、深夜に起きる癖のあった彼女が躓くように細工をしたようだ。殺人未遂の犯人は、当時の遺言では遺産をもらえることになっていた親族3人のうDumb Witness2.jpgちの誰かと考えられた。誰がエミリイを殺そうとしたのか? 更に病死というのは本当だろうか? ポアロはチャールズ、テリーザ、ベラ、テリーザの恋人のレックス・ドナルドソン医師、ベラの夫のジュイコブ医師、ロウスンが親しくしている霊媒師トリップ姉妹、エミリイの弁護士のパーヴィスやエミリイの主治医グレインジャーなど関係者に会って捜査を進める―。

 1937年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロ・シリーズの第14作で(原題:Dumb Witness、米 Poirot Loses a Client)、本作をもってヘイスティングスは一旦長編推理小説から姿を消し、1975年刊行のポワロ最終作『カーテン』で再登場するまで出てこないことになります。
Dumb Witness (Poirot)

Poirot Loses a Client (Dumb Witness) .jpg 文庫で500ページ超とやや長めですが、主要な容疑者は甥のチャールズと姪のテリーザ、ベラの親族3人で、あとは遺産を相続した家政婦ロウスンと、相続できなかった2人の姪、テリーザの恋人である医師とベラの夫である医師の3人の全部で6人とクリスティにしては特別多いわけでもないので、読んでいて分かり易かったです(一応、容疑者は使用人も入れて8人となっているが、使用人2人はすぐに容疑者から外されている)。

 読んでいて分かり易かった上に、本作半ばで、ポアロが過去に解決した事件(『雲をつかむ死』、『スタイルズ荘の怪事件』、『アクロイド殺し』、『青列車の秘密』)の犯人の名前と特徴を列挙する場面があり(このことについては賛否あるかと思う)、そのことがヘイスティングスに対してと言うより読者に向けたヒントになっているようでもありましたが、個人的には結局最後まで犯人は分からなかったです。

Poirot Loses a Client (Dumb Witness)

 「読み易くて、でも最後の最後まで犯人が分からない」というのは傑作であるということなのかも。エミリイ・アランデルが口から「エクトプラズム」(この言葉を生みだしたシャルル・ロベール・リシェは1913年にノーベル生理学・医学賞を受賞している)を吐いたという話が出てきた時はどう収めるのかと思いましたが、クリスティの薬化学の知識が生かされていました。犯人にはそれなりに罪の意識がにあったのでしょうか。それとも、自らの犯行がポワロによって明かされてすべて諦めたのでしょうか。

名探偵ポワロ45もの言えぬ証人 Dumb Witness(1997)01.jpg名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人05.jpg「名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人」 (97年/英) (1997/12 NHK) ★★★★

【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(加島祥造:訳)]/1977年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(加島祥造:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(加島祥造:訳)]】

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分かりにくくてイマイチだった原作を、分かりやすく面白くした?

名探偵ポワロ 43ヒッコリー・ロードの殺人 dvd.jpg 名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人2.jpg ヒッコリー・ロードの殺人 1956.jpg ヒッコリー・ロードの殺人1978.jpg ヒッコリー・ロードの殺人2004.jpg
名探偵ポワロ[完全版]Vol.25 [DVD]」「名探偵ポワロDVDコレクション 22号 (ヒッコリー・ロードの殺人) [分冊百科] (DVD付)」『ヒッコリー・ロードの殺人 (1956年) (ハヤカワ・ミステリ)』『ヒッコリー・ロードの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM1-37))』『ヒッコリー・ロードの殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人 00.jpg名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人title.jpg ポワロの秘書ミス・レモンの姉ハバード夫人が管理人を務めるヒッコリー・ロードにある学生寮で奇妙なものが盗まれる事件が頻発し、ミス・レモンはポワロに相談する。学生寮のオーナーのニコレティスは気難しい女性で、学生たちへの犯罪学の講演名目で寮ににやった来たポワロを歓迎していない様子。寮名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人01.jpgにいる学生は、医学生のレオナルド、アメリカからフルブライト留学生で英文学専攻のサリー、考古学・中世史専攻のナイジェル、政治学専攻のパトリシア、心理学専攻のコリン、化学専攻のシーリア、服飾デザイン専攻のヴァレリーら7人。盗まれた品物の内訳は、聴診器、指名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人3.jpg輪、ライター、ホウ酸、夜会靴の片方、リュックサック、電球などで、被害は大したものではないが、それを見たポワロは盗みの陰に潜む危険を察知する。程なくして盗名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人 02.jpgみの犯人が盗癖持ちだったという女子学生シーリアと判明するが、彼女は一部の品については盗んでいないと言う。ポワロが事件の予感を覚えた直後にシーリアが毒殺される事件が起き、医学生のレオナルドへの容疑が強まるが、次いで学生寮のオーナー女性ニコレティスが何者かに刺殺される―。

AGAHTA CHRISTIE HICKORY DICKORY DOCK1.jpgAGAHTA CHRISTIE HICKORY DICKORY DOCK2.jpg 「名探偵ポワロ」の第43話(第6シーズン第2話)でロング・バージョン。本国放映は1995年2月12日、本邦初放映は1996年12月30日(NHK)で、第42話「ポワロのクリスマス」より1年早く放映されています。原作はクリスティが1955年に発表したポアロシリーズ第26作。映像化作品としては、戦後発表されたものの中では(戦前に発表した短編を戦後に中篇に拡張した「盗まれたロイヤル・ルビー」「スペイン櫃の秘密」を除いて)シリーズ初登場とのことですが、時代設定は他のシリーズ作品同様1930年代半ばにしています。

AGAHTA CHRISTIE HICKORY DICKORY DOCK k.jpg 原作は、学生寮にいて様々な出身国の学生が集い自由に議論したりする様は印象深かったですが、登場人物が多すぎて(文庫巻頭の登場人物一覧表に記載されている寮生だけでも11人、全部で16人か)、しかもその中で殺害された者を除いて全員容疑者とあって、もう最後は犯人が誰だっていいや的な気分になりそうでしたが、推理通に言わせれば、ロジックで辿っていくと犯人は判るようになっているとのことです(個人的には全然判らなかった)。
Hickory Dickory Dock (Poirot) (Hercule Poirot Series)

ヒッコリー・ロードの殺人 2.jpg この映像化作品では、さすがに100分の話の中に寮生十数人を全部詰め込むのは無理と考えたのか7人に絞っていて、原作では、ジャマイカからの黒人の留学生エリザベス、西アフリカ人の黒人の留学生アキンボ、その他インド人の学生など有色人種の学生も結構いましたが、全部白人になっています。これは別に人種差別ということでもなく(フランス人の留学生なども省かれている)、時代設定を戦前にしたことに関係しているのではないかと思います。

ヒッコリー・ロードの殺人  .jpg まあ、その前に、登場人物を減らしてスッキリさせるという狙いがあったかと思いますが、それが成功しているように思います。品物が盗まれる事件に複数の人物の動機が絡んでいて、それだけでも複雑であるため、これで容疑者が10人も15人もいたら何が何だか分からなくなるところでしたが(原作を読んだ時はその印象に近かった)、この映像化作品を観て腑に落ちたという感じでしょうか。

 しかも、ジャップ警部が夫人が旅行で不在のため、自宅で一人で家事をして失敗したりした末に(ジャップ警部の自宅が出て来るのは第33話「愛国殺人」以来だが、あの時から引っ越しした?)、ポワロの所へ招かれて泊り込み(客用の寝室があったのだ)、トイレのビデが何のためのものか分からずにミス・レモンに訊ねて彼女を困らせた挙句、夜中にそれで顔を洗ったり、ポワロの作った豚足料理(ベルギーの豚足料理は有名らしい)に辟易し、ミス・レモンの作ったムニエルに飽き足らず、自分でマッシュポテトに煮豆、レバー団子という英国風昼食を作って今度はポワロに癖癖させたりといった、文化的ギャップが生むユーモラスな場面を織り込んだりする余裕もあったようです。

 一方で、実はナイジェルの父親だったスタンリー卿の話を結構膨らませていて、この辺りは脚本のアンソニー・ホロヴィッツの好みでしょうか。個人的には、原作にある、シーリアが書いた謝罪の手紙を犯人が遺書として利用するといったプロットなどを省いてまでこの話を膨らませる必要はあったのかと思いましたが、映像化作品だけで観ればそれほど気になりませんでした。但し、クリスティの描く通常の犯人像からはやや逸脱したサイコ的な極悪人の犯人像になったようにも思います。

 因みに、2016年のAXNミステリーのスペシャル企画「アガサ・クリスティー生誕記念特集」で、「名探偵ポワロ」の視聴者投票と併せて著名人に「名探偵ポワロ」のベストを聞く企画で、英文学者、英国文化研究家の小林章夫・上智大学教授はこの作品をベストに挙げています。また、ミステリマガジン2014年11月号の作家・若竹七海氏による「ドラマ版ポワロからベスト3」で、「原作は今一つなのに、意外に楽しい作品になっていた。数多い学生寮の住人を整理し、マザー・グースに合わせてネズミを配し、ミステリ的にはツッコミどころのあるお話をテンポよく進めてみせた」傑作の一本との高評価を得ています。マザー・グースは原作ではタイトルに使われていただけでしょうか。原作との相対評価で言うと、自分も若竹七海氏に近いと言えます。

ヒッコリー・ロードの殺人s.jpg「名探偵ポワロ(第43話)/ヒッコリー・ロードの殺人」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON6:HICKORY DICKORY DOCK●制作年:1995年●制作国:イギリス●本国放映:1995/02/12●監督:アンドリュー・グリーブ●脚本:アンソニー・ホロウィッツ●時間:103分●出演:デビッド・スーシェ(ポワロ)/フィリップ・ジャクソン(ジャップ)/ ポーリン・モラン(ミス・レモン)/パリス・ジェファーソン(サリー・フィンチ)/ナイジェル・チャップマン(ジョナサン・ファース)/ダミアン・ルイス(レナード・ベイトソン)/ギルバート・マーティン(コリン・マクナブ)/エリナー・モリストン(バレリー・ホブハウス)/ポリー・ケンプ(パトリシア・レーン)/ジェシカ・ロイド(シーリア・オースティン)/サラ・ベデル(ハバード夫人)/レーチェル・ベル(ニコレティス夫人)/グランヴィル・サクストン(キャスタマン氏)/デビッド・バーク(サー・アーサー・スタンリー)●日本放映:1996/12/30●放映局:NHK(評価:★★★☆)

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映画「死海殺人事件」の原作。映画は?だが、原作は本格推理として楽しめる。

死との約束 1957.jpg死との約束HM.jpg 死との約束1978(1988) .jpg 死との約束 クリスティ文庫.jpg 死海殺人事件2.jpg
ハヤカワ・ミステリ(1957)/『死との約束 (ハヤカワ・ミステリ文庫 1-33)』/映画タイアップカバー/『死との約束 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』/「MGM HollyWood Classics 死海殺人事件 [DVD]

 ポアロは中東エルサレムで休暇を過ごすが、同じく同地を訪れていたのが、世界的に有名な精神科医のテオドール・ジェラール博士、イギリスの国会議員ウエストホルム卿夫人、新米女医サラ・キング、米国人のボイントン一家らだった。ボイントン夫人は、長男のレノックスとその妻ネイディーン、次男のレイモンド、長女のキャロル、次女のジネブラの5人を従えていた。夫人はかつて刑務所で女看守として働き、偶然に大金持ちのボイントン氏と結婚し、夫が亡くなって未亡人となったが、我儘で個性が強く家族全員を拘束していた。子供達の意見や要求は殆ど無視され、いつまで経っても子供としか扱われない。ある日ジェラール博士、サラ、ウエストホルム卿夫人とその取り巻きのアマベル・ピアス、ネイディーン・ボイントンの友人のジェファーソン・コープらはペトラ遺跡の観光ツアーに参加するが、ペトラに着くとボイントン一家もそこにいた。翌日の昼食時、ボイントン夫人は子供たちに自由に散歩することを許すが、これは彼女にしては希有なことだった。ボイントンの子供たちとサラたちの一行は思い思いに遺跡に向かい、崖の上からの景色を堪能して各々帰路に着くが、ジェラール博士だけはマラリアを発病し先にキャンプに帰っていた。ボイントン夫人は暑さの中で、外に出した椅子に座って身動き一つしなかったが、やがて夕食時に夫人が現れないので召使が呼びに行くと、夫人は亡くなっていた。新米医師サラの見立てでは死亡時刻は発見の1時間以上前で、夫人の手首には注射針の跡があった。さらにジェラール博士の注射器がなくなっており、多量のジギタリスも消えていた―。

ナイルに死す2.jpg死との約束 英初版Collins 1938年 .jpg 1938年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロ・シリーズの第16作で(原題:Appointment with Death)、前年発表のポワロシリーズ『ナイルに死す』((原題:Death on the Nile))と同じく中東を舞台にした本格派推理小説です。前々年発表の『メソポタミヤの殺人』も中東・イラクが舞台でした。因みにクリスティは最初の夫アーチボルド・クリスティ大尉(彼は薬剤師の助手として勤務していたため、クリスティは彼から毒薬の知識を得たという)に裏切られて傷心旅行で訪れたメソポタミヤで14歳年下の考古学者マックス・マローワンと知り合って、彼と1930年に再婚、その後に続く"中東モノ"は、おそらく考古学者である夫の研究調査に随伴した経験が素地になっていると考えられます(但し、この作品には『メソポタミヤの殺人』のような考古学的モチーフは出てこない)。

英初版Collins 1938年

死海殺人事件_0.jpg 『ナイルに死す』はジョン・ギラーミン監督の映画「ナイル殺人事件」('78年/英)の原作として知られていますが、この作品が マイケル・ウィナー監督(「狼よさらば」「ロサンゼルス」)の映画「死海殺人事件」('88年/米)の原作であることはあまり知られていないかもしれません。そもそもエルサレムという異国の地を舞台にしながらも原作がやや地味ですが、ポワロが関係者一人一人に事情聴取していってロジックで犯人を突き止める過程は『オリエント急行の殺人』などにも通じるものがあり、本格推理としてはよく出来ていて、結構楽しめるように思います。

映画「死海殺人事件」チラシ

死海殺人事件w.jpg 映画「死海殺人事件」は、「ナイル殺人事件」やガイ・ハミルトン監督の「地中海殺人事件」('82年/英、原作はポアロ・シリーズ『白昼の悪魔』)に続いてピーター・ユスティノフがエルキュール・ポワロを演じていますが、ピーター・ユスティノフにとっては最後のポワロ役でした。また彼は、「地中海殺人事件」と「死海殺人事件」の間にTVドラマのミニシリーズで「名探偵ポワロ/エッジウェア卿殺人事件」('85年/英)など3本でポワロを演じています(「エッジウェア卿殺人事件」では'89年からTⅤ版「名探偵ポアロ」でポワロを演じることになるデヴィッド・スーシェがジャップ警部を演じている)。

死海殺人事件lt.jpg死海殺人事件es.jpg 原作では、ボイントン夫人は虐待に近いような子供達の扱いぶりで、しかも太った醜い女性として描かれていますが、映画では専制的ではあるものの、原作までは酷くないといった感じでしょうか。それでも、殺害された彼女は皆から嫌われていたわけで、遺産相続も絡んでいて(それが目眩ましにもなっているのだが)、登場人物全員が容疑者候補であるのは原作と同様です(殺人事件があって禁足令が出ているけれど、旅行自体は皆続けるのだろうなあ)。『オリエント急行の殺人』と同様、ポワロの聴き取りに対して誰かが(場合によっては複数が)虚偽を述べているわけであって、ある種"叙述トリック的であるわけですが、これを映像化するのは難しかったかもしれません。

死海殺人事件48.jpg死海殺人事件_.jpg 実際、映画を観ると、容疑者達の陳述が真実であろうと虚偽であろうと、その陳述に沿った映像化がされているため、途中からある程度そのことを含み置いて観ていないと、無かったことを映像化するのは《掟破り》ではないか(フランソワ・トリュフォーなどはアルフレッド ヒッチコックへのインタビュー『映画術』でそう言っている)ということになります。まあ、原作でも映画でも、初めてで犯人が判ればなかなかのものだと思いますが、映画を観て改めて新米医師であるサラの死亡推定時刻の見立ては正しかったのだなあと再確認しました。ピーター・ユスティノフがポワロを演じてきた映画は、この作品で英国から米国のB級映画会社に製作が移った死海殺人事件(1988年5.jpgものの(この会社は後に倒産する)、ユスティノフの演技自体は悪くないし(「ナイル殺人事件」「地中海殺人事件」に続いてこの映画も"旅行もの"であるため違和感が無い)、ローレン・バコールのキツイ顔もいいけれど死との約束 powaro .jpg(初めて観た時はさすがに老けたなあと思ったが、彼女が亡くなったのは2014年でこの作品の26年後89歳で亡くなっている)、やはり、「起きなかったことを映像化している」点がちょっと引っ掛かりました(他に何かいい手があるわけではないが)。デヴィッド・スーシェ版「名探偵ポワロ(第61話)/死との約束」('09年/英)ではその辺りはどう描かれていたでしょうか。
「名探偵ポワロ(第61話)/死との約束」 (09年/英) (2010/09 NHK‐BS2) ★★★☆

Appointment with Death (1988)
Appointment with Death (1988).jpg死海殺人事件ド.jpg「死海殺人事件」●原題:APPOINTMENT WITH DEATH●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督・製作:マイケル・ウィナー●脚本:アンソニー・シェーファー/ピー死海殺人事件ges.jpgター・バックマン/マイケル・ウィナー●撮影:デヴィッド・ガーフィンケル●音楽:ピノ・ドナッジオ●原作:アガサ・クリスティ「死との約束」●時間:103分●出演:ピーター・ユスティノフ/ローレン・バコール/キャリー・フィッシャー/ジョン・ギールグッド/パイパー・ローリー/ヘイリー・ミルズ/ジェニー・シーグローヴ/デビッド・ソウル/アンバー・ベゼール/マ死海殺人事件12.jpg死海殺人事件16.jpgイケル・グレイブ/ニコラス・ゲスト/ジョン・ターレスキー/マイク・サーン●日本公開:1988/05●配給:日本ヘラルド映画(評価★★★)

David SOUL - Appointment with death (1988)

【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(高橋豊:訳)/1978年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(高橋豊:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(高橋豊:訳)]】

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細部では色々指摘があるが、プロットの巧みさ、謎が解けた時のスッキリ感の方が勝る。

愛国殺人 hpm c.jpg愛国殺人 hpm 2_.jpg 愛国殺人 ハヤカワミステリ文庫.jpg 愛国殺人 クリスティー文庫.jpg 愛国殺人  .jpg
愛国殺人 (1955年) (Hayakawa Pocket Mystery 207)』『愛国殺人 (1975年) (世界ミステリシリーズ)』『愛国殺人 (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『愛国殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』"One, Two, Buckle My Shoe (The Christie Collection)"(ハーパーコリンズ版1996)

愛国殺人 (1955年) (Hayakawa Pocket Mystery 207).jpg ポアロが歯科検診のため歯科医ヘンリイ・モーリイの所に行って自宅に帰ると、ジャップ警部からモーリイが死んでいるのが見つかったとの連絡がある。ポアロがさっきまでいた歯科医院に駆けつけると、診療室の床にモーリイの死体があり、こめかみをピストルで撃ち、足元のピストルからはモーリイの指紋のみが検出される。ポアロの診察は11時で、診察名簿によればポアロの後に治療を受けたのは、11時半に英国の経済を一人で動かしているともいわれる銀行家のアリステア・ブラント、その後に元女優ミス・セインズバリイ・シールが続いた。セインズバリイ・シールは痛みが我慢できないとの電話をかけてきてこの時間にモーリイが割り込ませた急患だった。そして12時にはサヴォイ・ホテル滞在の新患アムバライオティス氏、12時半にミス・ガービイの順だった。ジャップ警部がサヴォイ・ホテルに電話したところ、アムバライオティス氏は12時25分に診療を終え、その時には歯科医は元気だったという。アムバライオティス氏の診療が終わったが、モーリイが次の患者を診療室に入れるように合図するブザーがいつまでも鳴らず、ミス・ガービイは待ちくたびれて怒って帰ってしまっていた。その後で、患者を案内するボーイが診療室を覗いてみてモーリイの死体を発見したのだった。 検死の結果、死亡推定時刻は1時より前であることは間違いなく、歯科医の死はアムバライオティス氏の診療が終わった12時25分から1時の間に起きたと考えられた。ジャップは自殺を主張したが、ポアロは納得しない。自殺か殺人か決めかねるポアロとジャップは、最後の患者アムバライオティス氏をサヴォイ・ホテルに訪ねると、氏は30分ほど前に死亡していた。死因は歯科医が局部麻酔として歯肉に注射するアドレナリンとプロカインの過剰投与で、氏の診療の際に薬の分量を間違え、後でそれに気づいたモーレイが過失を苦に自殺したとジャップは自説を述べる。ポアロPOIROT One, Two, Buckle My Shoe  .jpgはあくまで殺人を主張し捜査を始めるが、今度はミス・セインズバリイ・シールがホテルを出たままどこかに消えてしまう。セインズバリー・シールの行方不明から1カ月経過し、捜査が完全に停滞してしまった頃に、彼女の死体が発見される。チャップマン夫人と名乗る女性のマンションの部屋のなかの、毛皮保管用の衣装箱に死体は詰め込まれていた。死後約1カ月で顔は故意に潰されていた。腐敗も激しく死体の身元の確認はできなかったが、服装や管理人の証言からセインズバリイ・シールと思われた。ところが、モーリイの診療所にあったカルテで歯型を確認すると、死体はセインズバリー・シールではなくチャップマン夫人であることが判明、夫人もモーリイの患者だった。では、ミス・セインズバリー・シールはどこに消えたのか? モーリイ、アムバライオティスの死は他殺なのか?

One, Two, Buckle My Shoe.pngThe Patriotic Murders.jpg 1940年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品(『杉の柩』の次)で、原題はマザーグースに由来する"One, Two, Buckle My Shoe"ですが(各章ごと、マザーグースの歌詞に沿って話が展開する)、邦An Overdose of Death5.jpgAn Overdose of Death.jpg訳タイトルは、米国版タイトルの"The Patriotic Murders" に拠っています(その後、米国版は"An Overdose of Death"に改題)。「愛国殺人」の方が、内容にしっくりくるタイトルでしょうか(何故「愛国殺人」というタイトルなのかを詳しく言ってしまうと、イコール犯人は誰かを言ってしまうことになってしまうとも言えるのだが)。

One, Two, Buckle My Shoe (Hercule Poirot).jpg 江戸川乱歩がこの作品を絶賛したとされるように、巧みなプロット構成でした。ここから若干ネタばれになりますが、犯行の偽装工作で、死体の方をとり変えないで(実は元々とり変えようがなかったのだが)カルテの方を改竄したというのは実に巧妙だったと思います。

"One, Two, Buckle My Shoe (Hercule Poirot Mysteries)"

 アムバライオティス氏がモーリイ歯科医の新患だったというのはご都合主義でないかとか、犯人は歯科医での受診の順番をどう調整したのかとか、細部については色々指摘がありますが、セインズバリイ・シールが英国行きの船で一緒だったアンベリオティスに歯医者を紹介して、ついでに余計な昔話までしてしまったという経緯があり、そもそも、最初から全てが犯人によって仕組まれたわけではなく、偶然そうしたことに気づいた犯人が(身の破滅の危機が迫っているということもあって)急遽犯行を思い立ったということでしょう。

 ある殺人を図るために別に殺人を犯すのは危険すぎるのではないのかとかという犯行動機の面でも弱さがあるかもしれませんが、犯人は2人殺そうと3人殺そうと絶対に自分の犯行はバレないという自信家であるとともに、「モーリイの他にも歯医者はいる」という犯人の言葉にみられるように、自分の信念(と言うよりプライド)のためなら他人の命は何とも思わないという、ポワロとは全く相容れない考えの持ち主であることを、それだけ如実に物語っているということなのでしょう。

 他にも、犯人が用いた殺人手段の一つは専門家でないと使えないはずのものだとの指摘もありますが、全体として、序盤はちょっとイライラさせられるような複雑な構成であるものの、終盤に謎が明らかになるとそれらが全て繋がったと解って大いにとスッキリした気分になるという、そのカタルシス感が大きくて、個人的には〈細部の問題〉はあまり気にならなかったように思います。

ポワロ 愛国殺人40.jpgポワロ 愛国殺人50.jpg「名探偵ポワロ(第33話)/愛国殺人(愛国殺人事件)」 (92年/英)★★★☆


【1955年新書化・1975年改訂[ハヤカワ・ミステリ]/1977年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]/2004年再文庫化[クリスティー文庫]】

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ポアロが出てくるのは後の方だけれど、やはりポアロ物らしい傑作。

鳩のなかの猫 ポケミス.jpg 鳩のなかの猫 hm文庫.jpg 鳩のなかの猫 クリスティ文庫.png  鳩のなかの猫 dvd.jpg「名探偵ポワロ 41」
鳩のなかの猫 (1960年) (世界ミステリシリーズ)』『鳩のなかの猫 (1978年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『鳩のなかの猫 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』「名探偵ポワロ ニュー・シーズン DVD-BOX 3」(2010)

 中東のラマット国での革命勃発当日、アリ・ユースフ国王は、自分が生き延びられなかった場合に備え、一族伝来の巨額の価値を持つ宝石を国外へ持ち出すよう、英国出身の親友ボブ・ローリンスンに託す。ボブは、自分は国王の国外脱出行に同行するため、別の誰かに宝石を託そうとするが、姉のジョアン・サットクリフが娘ジェニファーの肺炎の療養のため当地に滞在し、やがて英国へ戻ることになっているのに目をつける。そのジェニファーが通うロンドン郊外の名門女子校メドウバンクは、新たに夏季学期を迎えていたが、新任の体育教師が何者かに射殺されるという事件が起きる。その学校には、今学期からラマット国の国王の従妹であるシャイスタ王女が転入してきたところでもあった。莫大な価値を持つ消えた宝石の謎と、名門女子校で起きた体育教師殺害事件には何か関連があるのか―。

鳩のなかの猫 原著.jpg 1959年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で、原題「Cat among the Pigeons」は、女生徒(鳩)達の園である学園に殺人者(猫)が紛れ込んでいるという意。ポワロ物ですが、ポワロが登場するのは、メドウバンクの生徒で知人の娘であるジュリアが彼に相談を持ち込んできてからで、これが全体の3分の2を過ぎてからということもあって、今一つポワロ物という印象が薄かった作品でした(作家の浅暮三文氏もハヤカワ・クリスティー文庫の解説で、ポワロは「友情出演」の感が強いとしている)。でも今回読み直してみて、ラストの畳み掛け感は素晴らしく、やはりポワロ物らしい傑作ではないかと感じました。

Cat Among the Pigeons Dust-jacket illustration of the first UK edition

 冒頭の中東のラマット国での革命の話は、作者の政治的冒険譚風の初期作品の雰囲気もありますが、これはポアロ物では全33の長編の内の第28長編とのことで、かなり後の方。実は1958年に起きたイラン革命をモチーフにしているとのことで、その頃の作者は、遺跡の発掘作業のため毎年のようにイラクに赴いていた考古学者である夫に随行して当地を訪ねていたとのことです。また、メドウバンク校のモデルは、作者の娘が通っていた全寮制の女子予科校だそうです。そうしたこともあって作者にとっても愛着があるのか、この作品は作者の自選ベスト10にも入っています。

 第2の殺害事件が起き、ポワロが捜査に乗り出してからも第3の殺害事件が発生するなど、相変わらず殺人事件に"事欠かない"状況ですが、「3連続殺人」でしかも被害者は同じ学校の女教師ばかりというというのが、振り返れば、推理をミスリードさせる1つのポイントでした。ミステリ書評家の濱中利信氏は、この作品を傑作としながらも、物語の視点が一定していない、探偵役が不在である、犯人がアリバイ不在の状況の中で犯行を犯すとは考えにくい等ミステリとしての欠点も指摘しています。個人的にもその辺りが、星5つまでには至らない理由でしょうか。但し、中盤部分の探偵役は、ジェニファーとテニスラケットを交換したことから宝石の在り処に辿り着いたジュリアでしょう。

 嫌な人物も多く出ていますが、国王とボブの厚い信頼に基づく友情から始まって、国王が密かに結婚していた女性が、宝石の受け取りを拒否し、更に、その1つを、宝石の在り処を突き止めたジュリアに贈ることを言付けるなど、清廉な人物も登場し、読後感は悪くありません(メドウバンクの校長オノリア・バルストロードも立派な人物)。

鳩のなかの猫 ドラマ.jpg 英国LWT(London Weekend Television)制作・デヴィッド・スーシェ主演の「名探偵ポワロ」シリーズで、第59話(本国放映2008年)として映像化されていますが、ポワロがなかなか登場しないのではマズイと思ったのか、原作の冒頭にあるメドウバンクの新学期が始まる場面からポワロが登場します(引退を考えている校長オノリアが、自分の後継者の人選にあたり、人間洞察に優れたポワロの助言を求めたという設定。原作ではポアロは、女生徒ジュリアの母親を介して学園と繋がるが、校長のオノリアとは直接面識がなく、初めて会う直前はやや警戒気味。但し、会ってから後はオノリアの人格者ぶりに感心する)。

鳩のなかの猫 ドラマ2.jpg ポワロが女生徒らの只中にいたりする場面は原作には無く、また、第2の殺人事件の被害者ヴァンシッタートをカットし、被害者を別の人物に変更しています(但し、結末の整合性は保っている)。更には、宝石の1つがジュリアに贈られることになったエピローグで、ポアロがわざわざキャンディドロップに混ぜて、この中に1つだけ固いキャンディがある、なんて言って彼女に贈るのも、原作でのポワロの登場時間の少なさを補うTVドラマ版のオリジナル。但し、時間を遡ったりしてはいるけれども、大筋では原作のプロットに忠実であり、原作の持ち味は活かしていたと思います(「IMDb」のレーティングは8.0という高ポイント)。

鳩のなかの猫 dvd2.jpg「名探偵ポワロ(第59話)/鳩のなかの猫」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON11: CAT AMONG THE PIGEONS●制作年:2008年●制作国:イギリス●本国放映:2008/09/21●監督:ジェームス・ケント●脚本:マーク・ゲイティス●時間:94分●出演:デビッド・スーシェ(ポワロ) /ハリエット・ウォルター(バルストロード) /アマンダ・アビントン(ブレイク) /エリザベス・バーリントン(スプリンガー) /アダム・クローズデル(アダム) /ピッパ・ヘイウッド(アップジョン夫人) /アントン・レッサー(ケルシー警部) /ナターシャ・リトル(アン) /キャロル・マクレディ(ジョンスン) /ミランダ・レーゾン(ブランシュ) / クレア・スキナー(アイリーン) /スーザン・ウールドリッジ(チャドウィック) /ロイス・エドメット(ジュリア) /アマラ・カラン(シャイスタ王女) /ケイティ・ルング(スイ・タイ) /ジョー・ウッドコック(ジェニファー)●日本放映:2010/09/14●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)名探偵ポワロDVDコレクション 20号 (鳩のなかの猫) [分冊百科] (DVD付)

Épisode 5 鳩の中の猫.jpg鳩のなかの猫 フレンチ・ミステリ0.jpg 「クリスティのフレンチ・ミステリー(第5話)/鳩のなかの猫」 (10年/仏) ★★★

【1960年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(橋本福夫:訳)]/1978年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(橋本福夫:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(橋本福夫:訳)]】

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クリスティの作品への愛着と、一般の人気度の間にギャップがある作品か。

無実はさいなむ ハヤカワ・ミステリ文庫 .bmp 無実はさいなむ クリスティー文庫.jpg 無実はさいなむ fontana.jpg 無実はさいなむ 洋書2.jpg 無実はさいなむ 洋書1.jpg
無実はさいなむ (1978年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『無実はさいなむ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』  Fontana版(1961)/Hamlyn AC crime Collection, published in 1970/ "Ordeal by Innocence (Signature Editions)"

 慈善家の老婦人レイチェル・アージルが邸の自室で撲殺され、生前彼女が養子として育てていたジャッコが逮捕された。レイチェルには、メアリ、マイケル、ジャッコ、ヘスター、ティナの5人の養子がいたが、その中でもジャッコの評判は前から良くなかった。ジャッコはアリバイを主張したものの有罪となり、獄中で亡くなっていた。それから2年後、外国から帰ってきた地質学者キャルガリは、出発前のある日、ある男を車に乗せたことを思い出し、それがジャッコのアリバイ証明になることを告げに遺族の住む邸サニー・ポイントを訪れる。しかし、ジャッコの冤罪を告げられた遺族らにとって、彼の来訪は、落着したはずの事件を蒸し返すこと繋がり、むしろ彼らは迷惑そうにする―。

 1958年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:Ordeal by Innocence)で、ポアロもミス・マープルも登場しないノン・シリーズものです。

 キャルガリは何とか事件の真相を明かしたいと考えます。外部の犯人の可能性は無く、レイチェルの夫リオ・アージルと、養子であるメアリ、マイケル、ヘスター、ティナの兄弟姉妹たち、 リオの秘書のグェンダ、家政婦のカースティンらの何れもが容疑者たり得ます。彼らは互いに疑心暗鬼となり、そのうち、メアリの夫で身体が不自由なフィリップ・デュラントが探偵役のようなことを始め、更には、養子の一番下の娘ティナも、事件当日の不審な出来事に気づきます。警察は警察で、ヒュイッシという優秀な警視が捜査に当たります。

 刑事に加えて探偵が3人? と思ったら、終盤にきて、この内の2人は(真実に近づき過ぎたがために)殺害され、そこで一旦は犯人が明らかになったかに見えますが、最後でまたドンデン返し―と、終盤の展開は畳み掛けるものがあります。但し、そこに至るまでが、ちょっとまどろっこしいかな。

 この作品は作者自身がマイベスト10に選んでいますが、一般の人気はそれほどでもないようです。ハヤカワ・クリスティー文庫の解説で、ミステリ書評家の濱中利信氏が、ミステリとしての欠点(視点が一定していない、探偵役が不在である、犯人がアリバイ不在の状況の中で犯行を犯すとは考えにくい、等々)を幾つか挙げています。

 特に、最後、事件の解決と同時に、キャルガリが新たな恋を掴むというのはややご都合主義的で、濱中氏もその唐突さを指摘しています。それにも拘わらず氏がこの作品に惹かれる理由は、それぞれの人物像を通して、人間の弱さというものが見事に描かれていることによるものです。

 そうした意味ではクリスティらしい作品で、とりわけ殺害されたレイチェル・アージルの、不幸な子供たちを養子に引き取りながらも、その"慈愛"が彼女自身のエゴイズムからくるものであって、子供たちには全く受け容れられていなかったという人生には、やりきれないものがあります。

ORDEAL BY INNOCENCE.jpg 登場人物のお互いの腹の探り合いは、『そして誰もいなくなった』にも通じる面白さがありますが、それでもやはりミステリとして読むと、全般を通してその部分がやや弱いのと、キャルガリの「冤罪を晴らす」という当初の意気込みからするとある種アンチ・カタルシスの結末ため、読後感がイマイチすっきりしなかったというのもあります。

 クリスティの作品への愛着と、一般の人気度の間にギャップがある作品と言う意味で(勿論、この作品が好きだと言う人も多くいると思うが)、興味深い作品ではあります。

 本作は、1984年に映画化され(邦題「ドーバー海峡殺人事件」)、レイチェルをフェイ・ダナウェイ、キャルガリをドナルド・サザーランドが演じていますが、公開時にさほど話題にならなかったこともあってか、個人的には未見。改変が激しく、評価も「ナイル殺人事件」('78年)や「地中海殺人事件」('82年)、「死海殺人事件」('88年)など他の映画化作品より低いようです。

ORDEAL BY INNOCENCE Fontana.1985

ミス・マープル3 無実はさいなむ dvd.jpgミス・マープル3 無実はさいなむ 4人兄弟.jpg 2007年に英国グラナダ版「ミス・マープル」シリーズでミス・マープル物に翻案されて放映されていますが、原作をかなり改変していて、それで原作より面白くなるならばともかく、そうもなっていないため、個人的にはイマイチでした。
「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第10話)/無実はさいなむ」 (07年/英) ★★★

【1960年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(小笠原豊樹:訳)]/1978年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(小笠原豊樹:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(小笠原豊樹:訳)]】

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クリスティ作品の中では比較的軽めの方か。その分、ややもの足りない。
シタフォードの謎  訳:鮎川信夫.jpg
シタフォードの秘密  ハヤカワ・ミステリ文庫.jpgシタフォードの謎  創元推理文庫2.jpg シタフォードの秘密  クリスティー文庫.jpg シタフォードの秘密  ハヤカワ・ポケット・ミステリ.jpg
シタフォードの秘密 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1‐81))』『シタフォードの謎 (創元推理文庫 105-22)』『シタフォードの秘密 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『シタフォードの秘密 (1956年) (世界探偵小説全集)』『シタフォードの謎 (1956年) (世界推理小説全集〈第21〉)

シタフォードの謎  創元推理文庫.jpg ダートムア外れの小村シタフォードにある「シタフォード荘」には客たちが集まっていた。迎えたのは、冬の間この邸を持主である退役軍人トリヴィリアン大佐から借りていたウィリット夫人とその美しい娘ヴァイリットで、客たちは主に邸のコテージに住む隣人たち。降りしきる雪に閉ざされ、下界との行き来不能な状況に置かれた彼らは、退屈しのぎに降霊会に興じるが、その場に現れた霊が、トリヴィリアン大佐が殺害されたという宣告を下す。その時、時刻は5時25分。大佐の友人バーナビー少佐は、6マイル離れた隣町に居る大佐を徒歩で訪ねると言う。2時間半後、少佐は警官と共に大佐が借りている邸の書斎で、後頭部を殴打された彼の死体を見つける。検視官の話では、死亡時刻はあの宣告があった5時半ごろであるという―。
シタフォードの謎 (1965年) (創元推理文庫)』(鮎川信夫:訳)

シタフォードの謎  UK.jpgシタフォードの謎 us.jpg 1931年、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が41歳の時に刊行された作品で(原題:The Sittaford Mystery (米 Murder at Hazelmoor))で、ポアロもミス・マープルも登場しないノン・シリーズもの。オカルトっぽい雰囲気は、後の同じくノン・シリーズ物の『蒼ざめた馬』(1961)などに通じるものがあり、また「降霊会」そのものは、この作品の翌年に発表された『邪悪の家』(1932)にも(この場合はポアロが仕組んだものとして)出てきます。

"Murder at Hazelmoor" Dustjacket illustration of the USA First Edition (Dodd, Mead and Company,1931)

"The Sittaford Mystery" (Christie's original title) Dustjacket illustration of the UK First Edition (Collins Crime Club,1931)

 THE SITTAFORD MYSTERY .Pan rpt.1981.jpg 捜査責任者のナラコット警部は、事件当日近くの旅館に現れて金の無心をしに大佐を訪ねた後、翌朝の列車で去った大佐の甥ジェイムズ・ピアソンを逮捕しますが、この逮捕を不服としたジェイムズの婚約者エミリー・トレファシスが、記者のチャールズ・エンダビーとともに独自の捜査を開始するとともに、ナラコット警部もジェイムズの犯行であるとの見方に疑念を抱き、捜査を続ける―。

THE SITTAFORD MYSTERY .Pan.1981

 個人的には、最初に降霊会をやろうと切り出した人物が怪しく感じられて、誰かとの共犯で犯行を成したのだと思ったりもしましたが、考えてみれば、それ以前にもっと怪しい人物がいた訳か。犯人が○○○を使ったというのはちょっと思いつかないし(松本清張の『点と線』みたいだね)、やや叙述トリック的な要素もありましたが。
 複雑な人物相関が徐々に明らかになり、この中から共犯者と動機を見出そうとしたのですが、蓋を開けてみれば、犯行トリックも単純ならば(実際に大佐が殺害されたのは「5時25分」ではなく、「5時40分」よりちょっと後ぐらいだったことになる)、動機も単純で、しかも、ちょっとミミッチい。ウィリット夫人が邸を借りた本当に理由にはややビックリですが、こうした複雑な人物相関も全てブラフだったということになり、やや拍子抜けの印象も受けました。

 頭の切れるエミリーが、愚かな行動によって自身への容疑を深めてしまう頼りない婚約者ジェイムズと、事件解決に向けて(まるでトミーとタペンスの如く)行動を共にしたしっかり者のエンダビー記者のどちらを最後に選ぶのか、周囲も関心を寄せる中での、大方の予想に反しての彼女の選択が興味深く、まあ、「出来る女性」って意外とこうした選択をするのかも、と思わせるものがありました。

 ポアロやミス・マープルが登場して、実は早くから相当のところまで"お見通し"でしたといった作品ばかりではなく、こうした素人探偵が試行錯誤し解決に向けて壁にぶつかりながら歩みを進めていく作品も悪くないし、一応は、フーダニット(誰が犯人か)、ハウダニット(どうやって犯行を成したか)、ホワイダニット(動機は何か)の全てへの関心を満たした作品でもありまシタフォードの秘密 表紙イラスト.jpgコテージ.jpgすが(「江戸川乱歩が選んだクリスティ作品ベスト8」 に入っている)、動機がやや弱いし、連続殺人事件でもないし、クリスティ作品の中では比較的軽めの方でしょうか。その分、ややもの足りなさの残るものでした。

 「シタフォード荘」のような居住用ではなく、観光用として、日本でもホテルとコテージを組み合わせたリゾート開発がバブル期には盛んに行われ、瀟洒なリゾートホテルよりも丸太造りのコテージの方に泊まった方が楽しかった思い出がありますが、ああいうスタイルも起源は全て英国にあるのだなあと改めて思いました。

ハヤカワ・ミステリ文庫(表紙イラスト・真鍋博)


シタフォードの謎 dvd.jpg第8話シタフォードの謎 01.jpg この作品は、英国ITVで「ミス・マープル」物として翻案され映像化されていますが(2006年、ジェラルディン・マクイーワン、ティモシー・ダルトン主演)、事件関係者はコテージの居住者ではなく、ホテルの客に改変されています。

「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第8話)/シタフォードの謎」 (06年/英) ★★★
 
 【1939年単行本[(膳所信太郎:訳『吹雪の山荘』)]/1952年単行本[(田村隆一:訳『山荘の秘密』)]/1956年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(田村隆一:訳『シタフォードの秘密』)]/1939年単行本[(鮎川信夫:訳『シタフォードの謎』)]/1965年文庫化[創元推理文庫((鮎川信夫:訳『シタフォードの謎』)]/1966年文庫化[角川文庫((能島武文:訳『ハーゼルムアの殺人』)]/1985年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳『シタフォードの秘密』)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(田村隆一:訳『シタフォードの秘密』)]】

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初老ながら溌剌としたタペンス。白眉は、全体の構成よりも、真犯人の意外性に尽きるか。

親指のうずき  ハヤカワ・ポケット・ミステリ.jpg 親指のうずき ミステリ文庫.jpg 親指のうずき クリスティー文庫.jpg
親指のうずき (1970年) (世界ミステリシリーズ)』『親指のうずき (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『親指のうずき (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 トミーとタペンスは、トミーの叔母エイダが余生を送る養老院を訪ねる。その後叔母が亡くなり、2人は遺品を引き取りに行った際、タペンスは叔母の部屋にあった一枚の風景画に描かれている運河の傍の一軒屋に見覚えがあるように思う。その絵は叔母が亡くなる前に、同じ養老院にいたランカスター夫人から譲り受けた物で、そのランカスター夫人は突然養老院を出ていったのだった。タペンスは、何者かによって連れ去られたと思われるランカスター夫人の身を案じてその風景画の場所を一人探し求め、ついにその村を見つけるが、村の人々の話を聞くうちに、村全体を覆う不穏な事実の数々を知る―。

By the Pricking of My Thumbs.jpg 1968年、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が78歳の時に刊行された作品で(原題:By the Pricking of My Thumbs)で、トミー&タペンス・ベレズフォード夫妻シリーズの長編第3作ですが、2人の年齢を合わせても45にもならなかったという『秘密機関』(1922)から46年、『NかMか』(1941)から27年経っていて(その間に短編集『おしどり探偵』(1929)がある)、さすがにトミーもタペンスも年齢を重ねています。       "By the Pricking of My Thumbs"(ペーパーバック・1971)

 トミーとタペンスの子供たちデボラとデリクもすでに結婚しており、実際の月日の流れからしても2人とも60代後半のはずですが(この作品の5年後に発表されたシリーズ最終作品『運命の裏木戸』(1973)では2人とも75歳前後になっているというから、殆ど70近いことになる)、それでもタペンスは冒険心に満ち、その上、よく動き回るなあ。少なくとも60代のイメージではないかも。この作品は、世界中の多くの読者からの「その後、トミーとタペンスはどうしました?今なにをやっています?」という問い合わせに答える形でクリスティが書いたもので、2人とも今もって溌剌としていることを印象づけたかったのかな。

BY THE PRICKLING OF MY THUMBS.jpg 村人たちは、人の良さそうな人もいれば怪しげな人もいるけれど、何れもタペンスの問いになかなかまともな回答を与えず、むしろ、タペンスの動きを監視している風。それでも、タペンスの地道な聞き込みで、背後の闇が浮かび上ろうかとしたところで、タペンス自身が行方不明に。そこで、最初はタペンスの疑念をまともに受けてはいなかったトミーが動きだし、ランカスター夫人誘拐(?)事件だけでなく、それに絡んでいる大規模な組織団による強盗事件、20年前に村で起きた連続少女殺人事件などが浮かび上がってきて、村全体が犯罪及びその隠蔽装置のようなものだったと―。

"BY THE PRICKLING OF MY THUMBS" Fontana 1987

 この作品の3年前に発表された『バートラム・ホテルにて』(1965)の"ホテル版"ならぬ"村版"のような印象もあります。78歳でこんな入り組んだ話を書いているクリスティもスゴイけれど(作者から見れば60代はまだ若いということか)、ただ、大規模な強盗組織を持ち出してきたところで、『バートラム・ホテルにて』同様、ミステリとしては逆にリアリティが希薄になったかも。

ミス・マープル2 親指のうずき dvd.jpgマープル2 親指のうずき2.jpg この作品の白眉は、全体の構成よりも、真犯人の意外性であり、この点に尽きると思います。オリジナリティのあるサイコ・シリアルキラーだったと思います。

「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第7話)/親指のうずき」 (06年/英) ★★★

【1970年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(深町眞理子:訳)]/1976年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(深町眞理子:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(深町眞理子:訳)]】

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どんな状況においてもポアロは名探偵であるという思い込みがトラップになっているとも言える?

邪悪の家 1959 ハヤカワ 田村.jpg エンドハウスの怪事件 創元推理文庫.jpg 邪悪の家 クリスティー文庫 旧田村訳.jpg 邪悪の家 クリスティー文庫 新訳.jpg エンドハウスの怪事件 dvd.jpg
邪悪の家 (1959年) (世界ミステリーシリーズ)』『エンド・ハウスの怪事件 (創元推理文庫)』『邪悪の家 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『邪悪の家(ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』(カバーイラスト:和田誠)「名探偵ポワロ[完全版]Vol.6 [DVD]

「邪悪の家」ハヤカワ・ミステリ文庫.jpgエンド・ハウス殺人事件.jpg 英国南部の牧歌的な漁村セント・ルーにバカンスで来ていたポワロとヘイスティングスは、滞在先のマジェスティックホテルで、近くにあるエンドハウスの女主人ニック・バックリーと知り合う。彼女は最近3日間に3回も命拾いをする経験をしたと話すが、ポワロとホテルのテラスで話している間にも、何者かから狙撃される。弾は逸れ、またも彼女の命は救われるが、ポワロは彼女に警告を発し、自ら警護を申し出てエンドハウスへと乗り込む。しかし、花火の夜に、偶然ニックのショールを羽織っていたニックの従妹のマギーが何者かによって射殺されてしまう―。

邪悪の家 (1984年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『エンド・ハウス殺人事件 (新潮文庫)

Peril At End House.jpg 1932年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポワロシリーズの長編第6作で(原題:Peril at End House)、『牧師館の殺人』(1930)、『シタフォードの秘密』(1931)に続く「館物」でもあり、タイトルの邦訳は、ハヤカワ・ミステリ文庫・クリスティー文庫では「邪悪の家」ですが、創元推理文庫では「エンド・ハウスの怪事件」、新潮文庫では「エンド・ハウス殺人事件」などとなっています。

First Edition Cover 1932(Collins Crime Club (London))

 クリスティの脂が乗り切った時の作品でありながら意外と評価が高くないのは、クリスティ自身が、「私の小説の中ではまるで印象が残っていないし、書いた記憶さえ思い出せない」と発言していることもありますが、ポワロが事件の謎に翻弄され続ける状況が続き、いつもの精彩を欠いているように見えるから、というのもあるのでしょう。ポワロのファンにはいただけない作品かも。

 確かに屋敷に出入りする関係者には一様に怪しい点があり、いつも通り容疑者の数には事欠かないのですが、その中に犯人がいるはずだと推理するポワロに対し、ある程度のミステリ通は、ポワロより先に犯人が判ってしまうのかも。但し、自分が初読の際は全く真犯人が判らず、その分、ドンデン返しも含んだ最後の謎解きはストレートに楽しめました。

PERIL AT END HOUSE f.jpg 犯人がポワロの謎解きをミスリードさせる張本人である作品ですが、ポワロに対する読者の、彼がどんな状況においても超人的な名探偵であるという思い込みがある種トラップになっている作品とも言え、そう言えばこの作品はポワロとヘイスティングスとの謎解きを巡る会話が多く、振り返ってみれば、2人して読者をミスリードする役割を果たしていた感じもします。

PERIL AT END HOUSE Fontana1975 (Cover illus.Tom Adams)

 2011年にクリスティー文庫が田村隆一(1923-1998)の旧訳を改版して真崎義博氏による新訳版を刊行しましたが、現代風で、それでいてジュニア版みたいな翻訳にはなっておらず、これはこれで良かったのでないでしょうか。

 田村隆一訳との違いの一つとして、ポワロがヘイスティングスと話す際に、例えば田村訳では「わが友(モナミ)、あなたのは受け売りですよ」となっているのが、真崎訳では「君の言っていることは受け売りだよ」というように、ポワロとヘイスティングスの距離感が近くなっているように思いました(特にこの作品は2人の会話が多いため、それを強く感じた)。

熊倉一雄 ポワロ.jpgエンドハウスの怪事件 0.jpg デヴィッド・スーシェ(David Suchet)の主演TⅤ版(London Weekend Television)「名探偵ポワロ」でも、吹替えの熊倉一雄(1917-2015)の独特の声の抑揚のもと、ポワロはヘイスティングスに対しても「です・ます調」で語りかけ、それが固定的イメージになっていますが、考えてみれば、ポワロがヘイスティングスに対して「です・ます調」で話すのは、あくまでも翻訳者の選択であると言えるのでないかと思います。

エンドハウスの怪事件00.jpg そのデヴィッド・スーシェ版「名探偵ポワロ」ですが、英国LWT(London Weekend Television)が主体となって制作、1989年1月放映分から2014年1月放映予定分まで70作品作られており、この『邪悪の家』は、第2シーズン第1話(通算第11話)「エンドハウスの怪事件」として、1990年1月にシリーズ初の拡大版(ロング・バージョン)で放映されました。日本でも1990年8月11日、NHKがこのシリーズの放映を始めた年に放映されており、このシリーズで最初に観たポワロ物がコレという人も多いのではないかと思われます。

エンドハウスの怪事件03.jpg ほぼ原作に忠実に作られていますが、田舎に来て、誰も自分が有名な探偵であることを知らないことに不満なポワロのご機嫌斜めぶりが強調されているのが可笑しいです。それと、原作には出てこないミス・レモンが登場し、謎解きのヒントはヘイスティングスと彼女の言葉遊び的な遣り取りから生まれることになっています。更に、ラストのポワロが仕組んだ降霊会で、無理やり霊能力者の役割を演じさせられるのは、原作ではヘイスティングスのところが、この映像化作品ではミス・レモンになっています。

 海岸沿いの丘の上にあるホテルが美しく、推理と併せてリゾートの雰囲気が楽しめるのがいいです(ポワロがホテルのレストランで注文した2つのゆで卵の大きさが違から食べられないと駄々をこねるところは、まるで「名探偵モンク」みたい。こういう完璧主義が探偵に共通する気質なのか)。

Poirot Polly Walker1.jpgPoirot Polly Walker2.jpg「名探偵ポワロ(第11話)/エンドハウスの怪事件」●原題:AGATHA CHRISTIE'S POIROT II:PERIL AT END HOUSE●制作年:1990年●制作国:イギリス●本国放映:1990/01/07●監督:レニー・ライ●脚本:クライブ・エクストン●時間:103分●出演:デビッド・スーシェ(ポワロ)/ヒュー・フレイザー(ヘイスティングス) /フィリップ・ジャクソン(ジャップ警部) /ポーリン・モラン(ミス・レモン) /ポリー・ウォーカー(ニック・バックリー) /ジョン・ハーディング/ジェレミー・ヤング/メアリー・カニンガム/ポール・ジェフリー/アリソン・スターリング/クリストファー・ベインズ/キャロル・マクレディ/エリザベス・ダウンズ●日本放映:1990/08/11●放映局:NHK(評価:★★★☆)

名探偵ポワロ.jpg2名探偵ポワロ.jpg「名探偵ポアロ」 Agatha Christie: Poirot (英国グラナダ(ITV)1989~) ○日本での放映チャネル:NHK→NHK-BS2→NHK-BSプレミアム(1990~)/ミステリチャンネル→AXNミステリー

【1959年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(田村隆一:訳)]/1975年文庫化[創元推理文庫(厚木淳:訳『エンド・ハウスの怪事件』)/1984年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/1988年再文庫化[新潮文庫(中村妙子:訳『エンド・ハウス殺人事件』)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(田村隆一:訳)]/2011年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(真崎義博:訳)]】

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不測の要素に振り回された感はあるものの、プロットとドラマを兼ね備えた傑作。

満潮に乗って hpm 1957.jpg 満潮に乗って ハヤカワミステリ文庫.jpg 満潮に乗って クリスティー文庫.jpg Taken at the Flood.jpg
満潮に乗って (1957年) (世界探偵小説全集)』『満潮に乗って (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『満潮に乗って (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 "Taken at the Flood: A Hercule Poirot Mystery (Mystery Masters)"

TAKEN AT THE FLOOD .Fontana.jpg ロンドン郊外の片田舎ウォームズリイに住むクロード一族は、億万長者ゴードン・クロードの庇護下で金に不自由しない生活を送っていたが、ゴードンがニューヨークで孫のような年の娘ロザリーンと結婚、ロンドンに戻ってきて数ヵ月後に空襲で亡くなったことから、一族の歯車が狂いだす。空襲では3人の使用人とゴードンは死んだが、ロザリーンと、一緒にいた彼女の兄デイヴィッド・ハンターは助かる。ゴードンは莫大な遺産をロザリーンが相続させるよう遺言状を書き換えていた。彼女は再婚で、最初の夫ロバート・アンダーヘイはナイジェリアの行政官だったが、現地で熱病にかかって死亡していた。教養に乏しいロザリーンに全てを持っていかれるのがクロード一族の人々には耐え難かったが、粗野で下品なロザリーンの兄のデイヴィッド・ハンターは、一族の者が金に困ってロザリーンに無心に行くと、頼みを断れないロザリーンの代わって断り追い返していたため、ロザリーン以上に嫌われていたー。

TAKEN AT THE FLOOD .Fontana.1970

 ある日ウォームズリイにイノック・アーデンと名乗る男が現れ、村の宿屋に宿泊した。彼はハンター、ロザリーン兄妹に手紙で、ロザリーンの前夫アンダーヘイのことで重要な話があると言い、ハンターが宿にアーデンを訪ねると、アンダーヘイは存命で自分はその証拠を握っているので幾らでその証拠を買うかとハンターを恐喝、ハンターは1万ポンドを2日後に払うことで手を打ち、ロザリーンをロンドンに避難させて金策を始める。しかし、ハンターがアーデンに金を払う予定だった日の夜、アーデンは宿の客室で頭を殴打されて死亡しており、傍らには凶器と思われる暖炉の火掻き鋏が落ちていた。宿屋の女主人ビアトリス・リピンコットが、アーデンがハンターを恐喝するのを立ち聞きしていたことから、ハンターに容疑がかかる。クロード一族にとっては犯人が誰なのかより、アンダーヘイが生きているかどうかの方が問題であり、仮にアンダーヘイが存命なら、ゴードンとロザリーンの結婚は無効で、ロザリーンは遺産相続ができないことになる。クロード一族の一人ローリイ・クロードはエルキュール・ポアロに電話し、アンダーヘイを知る人を探し出してくれるように依頼、ポアロは戦争中にクロードとロザリーンの結婚とクロードの死、ロザリーンが突然億万長者になった話をクラブで聞いており、クラブ会員でアンダーヘイの知人だったポーター少佐を探し出す。少佐は検死審問で、イノック・アーデンと名乗る死体をアンダーヘイだと証言、この証言によってアーデン殺害犯はハンターしかいないとされ、ハンターは警察に拘引されるが、後に新事実が判明し、ハンターにはアリバイが成立してしまう。では、誰が何の目的でイノック・アーデンを名乗る男を殺したのか―。

満潮に乗って コリンズ.jpg満潮に乗って usa.jpg 1948年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロシリーズの長編第23作で(原題:Taken at the Flood (米 There Is a Tide))、戦争が生んだ一族の心の闇をポアロが暴くもの。前半部で一族の関係を丁寧に描いていますが、傍らに家系図のメモが必要かも。ポワロが本格登場するのは第2部からで、前半部分を冗長と感じるか、伏線として後半の展開を楽しみにしながら読めるかで評価は分かれそうです(個人的には愉しめた)。
"Taken at the Flood "Collins Crime Club(英)/"There Is a Tide"Dodd Mead Company(米)

 死亡事件が3件というのはクリスティ作品としては珍しくない数ですが、結構プロットは複雑な方ではないかと思われ、物語を複雑にしている要因は、自殺か、他殺か、事故死かが入り交じって考えられることで、普通の推理小説であれば、結局は全て特定の犯人による犯行(他殺)であったということに行き着くのですが、この作品では...。

 加えて、作品の中でポワロ自身が仄めかしているように、通常であればAがBを殺害し、CがDを殺害したと見えるような状況において、犯人と被害者の組み合わせを変えてみる必要があるということ。しかし、まさかその結果、利害関係が一致するように見える者同士の間で「犯人-被害者」関係が成立するとは誰も思わないのではないでしょう。そこには偶発的な要素も介入していて、これはもう読者には解決不可能な、ポワロにしか解けない(言い換えれば作者にしか判らない)結末になっているような印象も。

 という訳で、ここからはややネタばれになりますが、イノック・アーデンどころかロザリーンも真っ赤な偽物だったわけだなあ。空爆で誰が死んだか正確に伝わってなかったのかなあ。アンダーヘイの顔も知る人が殆どいなかったわけで、まあ、戦前から戦中、戦後にかけてのごたごたの中では、そうしたこともあり得たかもしれないけれど。ましてや、アフリカの奥地で亡くなった前夫となると、写真もないんだろうなあ。

 でもクリスティの中期以降の「ドラマ重視型」作品の中では、本格ミステリの要素も十分に備えた作品だと思います。この類型では、『ナイルに死す』(1937)が知られていますが、クリスティー文庫の解説で中川右介氏が書いているように、「誰が殺したか」の前に「誰が殺されるか」、「意外な犯人」と併せてその前に「意外な被害者」をもってきている点では、本格ミステリとして『ナイルに死す』から進化していると言えるかもしれません。事故や自殺といった測り知れない要素に振り回された感もややあるものの、個人的には傑作だと思います。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗ってdvd.jpgクリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って01.jpgクリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って06.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第8話)/満潮に乗って」 (11年/仏) ★★★★
DVD(輸入盤)
 
【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(恩地三保子:訳)]/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(恩地三保子:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(恩地三保子:訳)]】

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本格推理として楽しめ、主人公の特異なキャラクターの描き方も優れている傑作。

エッジウェア卿の死 ハヤカワミステリ文庫.jpg  エッジウェア卿の死 クリスティー文庫.jpg   晩餐会の13人 (創元推理文庫.jpg    Lord Edgware Dies.jpg
エッジウェア卿の死 (1979年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『エッジウェア卿の死 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』(福島正実:訳) 『晩餐会の13人 (創元推理文庫 105-23)』(厚木淳:訳) "Lord Edgware Dies (Poirot)"

 ある夜、ポアロとヘイスティングスは舞台上で演じられる、カーロッタ・アダムスの見事な形態模写を楽しんだ。彼女は客席にいた大女優ジェーン・ウィルキンスンまでをも完璧に演じ喝采を浴びていた。舞台終了後、ジェーンはポアロに相談を持ち掛けるが、それは別居中の夫エッジウェア卿との離婚を調停するというつまらないものだった。事件性の無く場違いな頼み事にヘイスティングスは辟易するが、ポアロは不思議な心理の動きを感じ取り依頼を快諾し、翌日、エッジウェア卿を訪ねるも、彼は離婚に全く異存は無く、既に手紙で同意の意思を伝えてあるはずだと言う。その夜、ジェーンを名乗る女がエッジウェア邸を訪れ、翌朝殺害されたエッジウェア卿が発見されるという事件が勃発、ジェーンに殺害動機があったにしても既に解決したはずであり、彼女には確かなアリバイもある。その女がカーロッタだとすれば、動機は不明であるが、今度はそのカーロッタが何者かによって毒殺される―。

Lord Edgware dies 1984.jpg 1933年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロシリーズの長編第7作で(原題:Lord Edgware Dies)、ヘイスティングスが事件の顛末を語るスタイルのものですが、結構プロットは複雑な方ではないかと思います。

 物語を複雑にしている要因として、幾つかの偶然の出来事(必然かもしれない)が事件に関係していることがあり、エッジウェア卿が殺された夜、彼と不仲だった甥で遺産相続人のロナルド・マーシュがエッジウェア卿の屋敷を訪ねていたこともその1つ(容疑者として逮捕されたロナルドは、実は金銭的にも逼迫していた)。そして彼のことが好きなエッジウェア卿の娘ジェラルディン・マーシュも、その夜オペラハウスで彼と会ってその場所へ向かい、屋敷に上がっているわけで、彼女にも殺害の容疑が。更に、金をくすねて逃げたというエッジウェア卿の執事も俳優のブライアン・マーティンによく似ていたといい、ブライアンも怪しくなり―と、相変わらず容疑者の数には事欠きません。

Berkley Books (New York、1984)

 個人的には、犯人は、論理的にと言うよりも雰囲気的に見当はついた感じでしょうか。ジェーン・ウィルキンスンが、自分の物真似をするのが上手な女優カーロッタ・アダムズを何らかの目的のために替え玉に使ったことは比較的容易に憶測可能ですが、自分は晩餐会に出席していて、その間に自分に化けたジェーン・ウィルキンスンをエッジウェア卿の屋敷に向かわせ、夫を殺させた―と読者に思い込ませるところが作者の巧みな点で、これには自分も見事に騙されました。

 晩餐会の出席者が大勢いて、誰も変だと気づかなかったのかというリアリティ欠如を指定する向きもありますが、女優は舞台や新聞写真で観るのと間近で見るので違って見えるというのもあるだろうし、彼女の知己と呼べるような人は晩餐会の客にはいなかったという点でリアリティは担保されているとみていいのでしょう。

 しかも、全く誰も気付かなかったというわけではなく、後になってからですが、俳優のドナルド・ロスは、別の昼食会で、問題の人物の会話から察せられた本人の無教養から、晩餐会に出ていた教養ある女性と昼食会の女性は別人物であることに気付いたわけです("本物"は"偽物"よりずっと無教養だったわけか!)。そして、疑問を感じた彼も、ポワロと連絡を取ろうとして行き違いになった間に殺害されてしまい、これが第三の殺人。

 犯人が目的のためにあまりに易々殺人を犯してしまうのも、犯人の確証を得にくい原因かもしれませんが、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵という序列の貴族社会において、男爵夫人から公爵夫人に成り上がるということは、上流指向の強い人間にとってはかなりの動機付けになるのでしょう。マートン公爵ががちがちのカトリック信者で、初婚または夫との死別後に再婚する女性しか結婚相手として考えておらず、離婚では条件を満たさないというのも、戦国・江戸時代から武家の間でも出戻り再婚があった日本人の感覚からすると分かり辛いですが、犯人の動機の背景になっています。

 凝ったプロットですが、凝り過ぎたゆえにクリスティ作品の中でもややマイナーなのかも。或いは、犯人の動機が離婚・結婚を巡るもので、せせこましい印象があるのかも(3人も殺されてはいるのだが)。但し、本格推理としても楽しめ、一方で、ジェーン・ウィルキンスンという女性の特異なキャラクターの描き方も優れていて、クリスティらしい傑作であるように思います。

エッジウェア卿殺人事件 vhs2.jpgThirteen at Dinner 1985 04.jpg「名探偵ポワロ/エッジウェア卿殺人事件」 (85年/米) ★★★☆  David Suchet/Peter Ustinov

フレンチ・ミステリー/エッジウェア卿の死dvd.jpgエッジウェア卿01.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第11話)/エッジウェア卿の死」 (12年/仏) ★★★

【1955年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(福島正実:訳)]/1975年文庫化[創元推理文庫(厚木淳:訳『晩餐会の13人』)]/1979年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(福島正実:訳)]/1990年再文庫化[新潮文庫(蕗沢忠枝:訳『エッジウェア卿殺人事件』)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(福島正実:訳)]】

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誤訳論争はあるが清水俊二訳の方が好みか。再読でも楽しめる("叙述トリック"探しで?)。

そして誰もいなくなった ポケミス.jpg そして誰もいなくなった ポケット.jpg そして誰もいなくなった ポケット2.jpg そして誰もいなくなった クリスティー文庫 旧.png そして誰もいなくなった 青木訳.jpg
そして誰もいなくなった (1955年) (Hayakawa Pocket Mystery196)』['55年・'75年('01年復刻版)/清水俊二:訳]『そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』['03年/清水俊二:訳]『そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』['10年/青木久恵:訳(装幀:真鍋博[1976年4月刊行のハヤカワ・ミステリ文庫初版カバーを復刻)]
ハヤカワ・ミステリ文庫創刊ラインナップ.jpg
 英国デヴォン州のインディアン島に、年齢も職業も異なる10人の男女が招かれるが、招待状の差出人でこの島の主でもあるU・N・オーエンは姿を現さない。やがてその招待状は虚偽のものであることがわかったが、迎えの船が来そして誰もいなくなった (ハヤカワ・ミステリ文庫).jpgなくなったため10人は島から出ることが出来なくなり、10人は島で孤立状態となる―。

そして誰もいなくなった (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-1))』[清水俊二:訳]
          
And Then There Were None.jpgAnd Then There Were None2.jpg 1939年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品(原題:Ten Little Niggers (米 Ten Little Indians) (改題:And Then There Were None))で、1982年実施の日本クリスティ・ファンクラブ員の投票による「クリスティ・ベストテン」で第1位になっているほか、早川書房主催の作家・評論家・書店員などの識者へのアンケートによる「ミステリが読みたい!」の2010年オールタイムベスト100の第1位、2012年実施の推理作家や推理小説の愛好者ら約500名によるアンケート「週刊文春・東西ミステリーベスト100」でも1位となっており(1976年創刊の「ハヤカワ・ミステリ文庫」の創刊ラインアップでもトップにきている)、クリスティの自選ベストテン(順不同)にも入っていて、クリスティ自身、インタビューで、自分でも最も上手く書けた作品であると思うと言っていたこともあります。

Collins Crime Club(1939)

そして誰もいなくなったcontent.jpgAND THEN THERE WERE NONE .Fontana.jpg この作品がよく読まれる理由の一つとして、10人もの人間が亡くなる話なのに長さ的には他の作品と同じかやや短いくらいで、テンポよく読めるというのもあるのではないでしょうか(しかも、後半にいくほど殺人の間隔が短くなる)。その分、登場人物の性格の描写などは極力簡潔にとどめ、心理描写も他の作品に比べると抑制しているように思います。まあ、あまり"心理描写"してしまうと「叙述トリック」になってしまうからでしょう。

AND THEN THERE WERE NONE .Fontana.1990

 それでも、『アクロイド殺し』のようにストレートにではないですが、「叙述トリック」の部分があり、よく知られている箇所では、生存者が残り6名になった時、残り5名になった時、残り4名になった時にそれぞれの内面心理の描写の羅列があって、お互いが疑心悪鬼になっている様が描かれているのですが(どれが誰の心理描写かは記されていない)、4名になった時はともかく6名と5名の時は、この中に「叙述トリック」があると。但し、それが"ウソ"の心理描写になっていてアンフェアでないかという指摘があります(つまり、そのうちの1つは犯人のものであるから)。

清水俊二3.jpg ところが、これは実は一部に訳者の清水俊二(1906-1988)の誤訳があって、正しく訳せば、例えば残り5名になった時の5人の心理描写の内の問題の1つは、当事者それなりのあることを警戒する心理を描いたと解することができるものであり、クリスティが巧妙に(アンフェアにはならないように)仕掛けた「叙述トリック」に訳者の清水俊二自身が嵌ってしまったとする見方があります(但し、清水俊二訳は誤訳には当たらないという見方もある)。

清水俊二(右は戸田奈津子氏)

そして誰もいなくなった  2.JPG 具体的には、清水俊二訳の1955年・ハヤカワ・ポケット・ミステリ版及び1975年改訂版、並びに1976年ハヤカワ・ミステリ文庫版で、残り5人になったときの各人の心理描写の3人目の中に「怪しいのはあの娘だ...」と訳されている部分がありますが、該当する原文は"The girl..."のみです(後に"I'll watch the girl. Yes, I'll watch the girl..."と続くが)。"The girl..."を「怪しいのはあの娘だ...」と訳してしまうと、この部分の心理描写は実は犯人のものであると思われるので、叙述青木久恵:訳 『そして誰もいなくなったe.pngトリックを通り越して読者をミスリードするものになっているという指摘であり、後の清水俊二訳('03年・クリスティー文庫版)ではこの部分は「娘...」のみに修正されています(この時点で清水俊二は15年前に亡くなっているわけだが)。因みに、2010年に清水俊二訳と入れ替わりにクリスティー文庫に収められた青木久恵氏の訳(表紙はハヤカワ・ミステリ文庫の1976年4月初版の真鍋博のイラストを復刻)では、この部分は「あの娘だな...」となっています。何れにせよ、"娘"のことを「次は自分の命を奪うかもしれない犯人ではないか」と怪しんでいるのではなく、「自分の計画を失敗に終わらせる原因となるのではないか」と警戒を強めているといった解釈に変更されているのが最近の翻訳のようです。

そして誰もいなくなった ジュニア版.jpg 青木久恵氏による新訳はたいへん読み易いのですが(「インディアン島」が「兵隊島」になっているのはポリティカル・コレクト化か)、ちょっと軽い印象も受けます。青木久恵氏は、2007年に同じ早川書房の「クリスティー・ジュニア・ミステリ」の方でこの作品を翻訳していて、時間的な制約があったのかどうかは知りませんが、自身による前の翻訳が"底本"になっているような感じがしました。より現代にマッチした言葉使いを意識したということかもしれませんが、個人的には清水俊二訳の方が(誤訳論争の対象になってはいるものの)どちらかと言えば好みです。初読の際の"???"の状態のまま最後の方のページをめくる興奮というのもあったかと思いますが...。但し、この作品は、再読でも楽しめる("叙述トリック"探しで?)傑作であることには違いないと思います。
そして誰もいなくなった (クリスティー・ジュニア・ミステリ 1)

そして誰もいなくなった 1945 01 00.jpgそして誰もいなくなった 1945 01.jpg この作品は、ルネ・クレール監督の「そして誰もいなくなった」('45年/米)をはじめ、ジョージ・ポロック監督の「姿なき殺人者」('65年/英)、ピーター・コリンソン監督の「そして誰もいなくなった」('74年/伊・仏)、アラン・バーキンショー監督の「サファリ殺人事件」('89年/米)など10回以上映画化されていますが、何れも、小説の方ではなく、クリスティ自身が舞台用に書いた「戯曲」版をベースにしたり、それをまた翻案したりしているそうで、そうした意味では、小説の方はまだ映画化されていないとも言えます(但し、「10人の小さな黒人」('87年/ソ連)だけは、戯曲版をベースにしておらず、原作での設定や展開がほぼ改変無しで採用されているという)。
ルネ・クレール監督「そして誰もいなくなった」('45年/米) ★★★☆

〈主な映画化作品〉
・「そして誰もいなくなった」('45年/米)バリー・フィッツジェラルド、ウォルター・ヒューストン出演。
・「姿なき殺人者」('65年/英)雪山の頂上の館が舞台になり、ロープウェーが停止し孤立という設定に。
・「そして誰もいなくなった」('74年/伊・仏・スペイン・西独)ピーター・コリンソン監督。舞台が砂漠の中のホテルに。オリヴァー・リード、リチャード・アッテンボロー、シャルル・アズナヴール出演。
・「10人の小さな黒人」('87年/ソ連)クリミア半島オーロラ岬に実存する1911年築の洋館を舞台に撮影。
・「サファリ殺人事件」('89年/英)舞台がアフリカの大草原に。キャンプ場のロープウェーのロープが切断され孤立。
・「サボタージュ」('14年/米)アーノルド・シュワルツェネッガー主演。内容や設定などは全くの別物か。

そして誰もいなくなった bbc02.jpgそして誰もいなくなった bbc01.jpg(2015年製作の英BBC版テレビドラマは、時代が現代に置き換えられていて、10人のうち数人の属性(過去に犯した殺人の方法や動機など)が微妙に改変されているが、ラストは「戯曲」に沿ったこれまでの映画化作品と違って、原作「小説」の通り全員が"いなくなる"ものだった。)

 クリスティが自作を戯曲化したものでは、例えば戯曲「ナイルに死す」にはポワロが登場しないし、戯曲「検察側の証人」ではラストで小説にはないヒネリを加えるなど(ビリー・ワイルダー監督の「情婦」('57年/米)は戯曲に即して作られている)、小説からの改変が見られますが、この『そして誰もいなくなった』では、物語の中でも指摘されているように、"見立て殺人"のベースになっている童謡の歌詞の最後が「首を吊る」と「結婚する」の2通りあり、戯曲では「結婚する」の方を採用しています(改変するにしても歌詞に則っているのは立派)。

 従って、戯曲版は小説と結末が異なり、最後に男女が一組生き残るわけですが、おそらく戯曲が上演される頃には小説の方はよく知られ過ぎたものになっていて、そこで新たな"お楽しみ"を加えたのではないでしょうか(戯曲に比較的忠実に作られているルネ・クレール監督の映画作品についても同じことが言える)。まあ、最後タイトル通り誰もいなくなってしまうというのは、謎解きする人がいなくなって舞台や映画では表現しにくいというのもあるのでしょう。

 小説では、犯人が書き残し瓶に入れて海に流した手記が見つかったことによる後日譚風の謎解きになっているわけで、この犯人というのは、「神に代わって裁きを行う」"超越的"人物(ある種サイコ・シリアルキラー?)ともとれますが、裁きを行うという目的よりも、「誰にも解けない完全犯罪」を成し遂げるという手段そのものが目的化している印象も受け、そうした意味では、異常でありながらも、本格推理作家が創作上目指すところと重なる部分があるかもしれません。

【1955年新書化・1975年改訂(2001年復刻版)[ハヤカワ・ポケットミステリ(清水俊二:訳)]/1976年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(清水俊二:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(清水俊二:訳)]/2010年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(青木久惠:訳)]】


そして誰もいなくなった bbcド.jpg そして誰もいなくなった NHK-BS.jpgそして誰もいなくなった bbc .jpg
& Then There Were None [Blu-ray]」英BBC版テレビドラマ

そして誰もいなくなった第1話1.jpg「アガサ・クリスティー そして誰もいなくなった」(全3回)●原そして誰もいなくなった 第2話.jpg題:& Then There Were None●制作年:2015年●制作国:イギリス●本国放送:2015/12/26~28●演出:そして誰もいなくなった 第3話.jpgクレイグ・ヴィヴェイロス●製作:ダミアン・ティマー/マシュー・リード/サラ・フェそして誰もいなくなった!_.jpgルプス●脚本:サラ・フェルプス●時間:210分●出演:メイヴ・ダーモディ/チャールズ・ダンス/エイダン・ターナー/サム・ニール/Mそして誰もいなくなったaeve-Dermody.jpgトビー・スティーヴンス/ダグラス・ブース/バーン・ゴーマン/ミランダ・リチャードソン/ノア・テイラー/アンナ・マックスウェル・マーティン●日本放送:2016/11/27●放送局:NHK-BSプレミアム(評価:★★★☆)
2016年11月27日、12月4日、12月11日NHK-BSプレミアムで放送

Maeve Dermody(メイヴ・ダーモディ)

And Then There Were None そして誰もいなくなった≪英語のみ≫[PAL-UK]

《読書MEMO》
●2017年ドラマ化 原作の本邦初映像化作品であるとのこと。登場人物および舞台は現代の日本に置き換えられ、一部の人物の職業や過そして誰もいなくなった ドラマ  03.jpgそして誰もいなくなった sawamura .jpg去に犯した殺人の方法、動機も変更されているが、BBC版と同じく、最後は原作「小説」の通り全員が"いなくなる"。終盤でこの事件を沢村一樹演じる警視庁捜査一課警部・相国寺竜也がリードして捜査し(この部分はややコミカルに描かれている)、犯人が残した映像メッセージに辿りついて事そして誰もいなくなった ドラマ .jpg件の全容が明らかになるという流れ。

そして誰もいなくなった 文庫ドラマタイアップカバー.jpgそして誰もいなくなった 渡瀬_.jpg 3月25日・26日の2夜連続ドラマの各冒頭で、3月14日に亡くなった渡瀬恒彦が出演した「最後の作品」であることを伝えるテロップが表示され、エンディングで「このドラマは2016年12月20日から2017年2月13日に掛けて撮影されました。渡瀬恒彦さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます」と流れる。クランクアップの1ヵ月後に亡くなった渡瀬恒彦は、実際に自らが末期がんの身でありながらドラマの中で末期がん患者を演じており、その演技には鬼気迫るものがあった。

そして誰もいなくなった ドラマ53.jpg「アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった」●監督:和泉聖治●脚本:長坂秀佳●プロデューサー:藤本一彦/下山潤/吉田憲一/三宅はるえ●音楽: 吉川清之●原作:アそして誰もいなくなった ドラマ 01.jpgガサ・クリスティ●出演:仲間由紀恵/沢村一樹/向井理/大地真央/柳葉敏郎/藤真利子/荒川良々/國村隼/余貴美子/橋爪功/津川雅彦/渡瀬恒彦/ナレーション‐石坂浩二●放映:2017/03/25・26(全2回)●放送局:テレビ朝日

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かっちりした構成。ポワロの人間観察の本領がよく発揮された傑作。

ハヤカワ・ポケット・ミステリ クリスティ「五匹の子豚」.jpg五匹の子豚 文庫1.jpg 五匹の子豚 文庫2.jpg新訳(復刻カバー) ハヤカワ・ミステリ文庫 「五匹の子豚」.jpg
ハヤカワ・ポケット・ミステリ(桑原千恵子:訳)/クリスティー文庫(旧訳(桑原千恵子:訳)/新訳(山本やよい:訳(真鍋博カバー絵復刻版))/ハヤカワ・ミステリ文庫(桑原千恵子:訳) 『五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『五匹の子豚 (ハヤカワ・ミステリ文庫 1-21)

Five Little Pigs Pan264.jpgFive Little Pigs - Fontana 309.jpgFive Little Pigs.jpg 16年前に画家である夫エイミアス・クレイルを殺害したとして死刑を宣告され、その1年後に獄中で死亡した母キャロラインの無実を訴える遺書を読んだカーラ・ルマルションは、母が潔白であることを固く信じポアロのもとを訪れる。彼女の話に興味を覚えたポアロは、あたかも「五匹の子豚」の如き5人の関係者との会話を手掛かりに過去へと遡る―。

Pan Books (1953)/Fontana (1959)/HarperCollins UK(2010)

Five Little Pigs1942.jpg 1943年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品(原題:Five Little Pigs(米:Murder in Retrospect))で、同じ頃に書かれ、作者の遺言により没後に発表された『スリーピング・マーダー』と同じ、所謂"回想の殺人"物です。また、この作品については1960年初演の戯曲版もあり(『殺人をもう一度』)、こちらは『ナイルに死す』の戯曲版などと同様、ポワロが登場しません。『五匹の子豚』は2010年に早川文庫の「クリスティー文庫」で山本やよい氏による新訳が出ましたが、活字も大きくなり読み易いものでした(「クリスティー真鍋博2.jpg文庫」に所収の従来ものは、「ハヤカワ・ポケットミステリ」「ハヤカワ・ミステリ文庫」以来の桑原千恵子訳)。尚、「クリスティー文庫」新訳版のカバーイラストは、「ハヤカワ・ミステリ文庫」の真鍋博のものを復刻させています。

真鍋 博1932-2000/享年68)

五匹の子豚19.jpg カーラがポアロを訪ねて父であるエイミアス・クレイルの死の真相の究明を依頼する前置きがあって、その後が3部構成になっていて、ポアロが、かつて事件が起きた際の関係者に一人ひとり会って話を聞き、更に当時の事を手記に書くよう依頼する第1部、その関係者5人からポアロのもとへ寄せられた当時の状況を回想した手記から成る第2部、ポアロが5人の関係者に一人ずつ最後の質問を行い、最後に全員を集めて謎を解く第3部―となっています。

 再読なので犯人を知りながら読んだのですが、それでも面白かったなあ。最初に読んだ際は、謎解きの面白さ及びラストの展開の意外性と、かっちりした"構成美"に感服しましたが、改めて読むと、登場人物一人ひとりの他者に対する感情や愛憎などの心理的な起伏を見抜くことによって犯人へ至るという、まさにポワロの人間観察の本領がよく発揮されている作品のように思いました。

 クリスティ作品のベスト・ランキングにあまり入ってこないのは、タイトルのせいもあるのかなと。マザー・グースを下敷きにしていても、その歌の通りに殺人が起きる『ポケットにライ麦を』(「6ペンスの唄を唄おう」)や『そして誰もいなくなった』(「10人のインディアン」)と比べると、元歌(「このこぶたは市場にいった」This Little Pig Went to Market)の歌詞との関連が弱いというのもあるかも。元歌の歌詞の一般的な訳詞は次の通り。
 
 このこぶたは 市場にいったよ
 このこぶたは おるすばん
 このこぶたは ローストビーフたべて
 このこぶたには なんにもなし
 このこぶたは ないちゃった
 ウィー ウィー ウィー ウィー ウィー、
 帰る道がわからないよう。

 本書での5人の容疑者が「5匹の子豚」のどれに該当するかは、ポワロが5人を訪問する話の各見出しに(本書による訳での)歌詞の一部がそのまま使われているので一応は判別可能で、それによれば以下の通りになります(山本訳)。

 この子豚はマーケットへ行った → 被害者の親友フィリップ・ブレイク (株取引か何かで儲けた?)
 この子豚は家にいた  → フィリップ・ブレイクの兄メレディス (引き籠りみたいな暮らしぶり?)
 この子豚はロースト・ビーフを食べた → 被害者の元愛人エルサ・グーリア (欲しいものは手に入れる肉食系?)
 この子豚は何も持っていなかった → 元家庭教師のウィリアムズ先生 (今や孤独なオールド・ミス?)
 この子豚は"ウィー、ウィー、ウィー"と鳴く → キャロラインの妹アンジェラ (?????)

 アンジェラが何故「"ウィー、ウィー、ウィー"と鳴く」子豚に該当するのかよく分からないなあ(昔はいたずらっ子だったからか。それとも、彼女だけが姉の無実を信じており、そのために今もその死を悼んでいるからか)。でも、個人的にはこの作品、傑作だと思います。
 「クリスティ作品のベスト・ランキングにあまり入ってこない」と書きましたが、クリスティのディープな読者でこの作品のファンは結構いて、新訳版が出された理由もそこにあるのではないかと思いました。

名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚  00.jpg名探偵ポワロ 五匹の子豚 dvd.jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚_pigs1.jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚ges.jpg「名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚」 (03年/英) ★★★★
                               
 

 

第7話)/五匹の子豚 dvd.jpg五匹の子豚01.jpg五匹の子豚00.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第7話)/五匹の子豚」 (11年/仏) ★★★☆ 

【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(桑原千恵子:訳)]/1977年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(桑原千恵子:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(桑原千恵子:訳)]/2010年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(山本やよい:訳)]】

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若夫婦を暖かく見守りつつ事件の核心に迫るミス・マープルの関与の仕方がいい。

Agatha Christie - Sleeping Murder (audiobook).jpgSleeping Murder 01.jpgSleeping Murder 1977.jpg スリーピング・マーダー クリスティー文庫.jpg スリーピング・マーダー 文庫.jpg Sleeping Murder: Miss Marple's Last Case (Miss Marple Mysteries)/Fontana版(1977)/『スリーピング・マーダー (クリスティー文庫)』『スリーピング・マーダー―ミス・マープル最後の事件 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
Sleeping Murder (audiobook) 

 新婚のグエンダ・リードは、夫ジャイルズとの新居を求め、夫より一足先にニュージーランドから故郷イングランドに戻り、自分で捜し出した物件であるヴィクトリア朝風の家で新たな生活を始めるが、奇妙なことに初めて見るはずの家の中に既視感を抱く。ある日、観劇に行ったグエンダは、芝居の終幕近くの台詞を聞いて突如失神し、彼女は家の階段の下で殺人が行なわれた記憶をふいに思い出したと言う―。

 1976年、アガサ・クリスティ(1890‐1976)の没後に発表されたクリスティ最後の作品ですが、実際にはクリスティが存命中の第二次世界大戦中(1943年)に『カーテン』とともに執筆され、死後出版の契約を結んで、ニューヨークで厳重に保管されていたとのこと。

  1940年頃は、クリスティが『そして誰もいなくなった』や『ゼロ時間へ』を発表した黄金期に該当し、本作も傑作と言っていいのでは。ミス・マープルが18年前の事件の謎を解く、所謂「回想の中の殺人」というもので、3人の容疑者が浮かび上がりますが、最後ぎりぎりまでその内の誰が犯人か分からない―と思ったら...。

 グエンダ、ジャイルズ夫妻は、ミス・マープルの助けを借りつつも自らも謎を解こうとするわけですが、グエンダは、過去を掘り返すことに不安をも覚えていて(父親が殺人者である可能性が当初からあったため)、それでも2人して協力し合っていく前向きな姿が良く、それを暖かく見守りつつ事件の核心に迫るミス・マープルの関与の仕方もいいです。

 訳出当初は、「ミス・マープル最後の事件」とのサブタイトルがついてましたが、一応クリスティの"遺作"ということになっているけれども、作中どこにもミス・マープルが引退を仄めかすような記述は無かったように思います。

 「クリスティー文庫」解説の作家の恩田睦氏が、「『アクロイド殺し』や『オリエント急行の殺人』などの超有名トリック作品というのは、たった一行でネタが割れてしまい、これって結構怖いというか恐ろしいことだと思う」と書いていますが、まさにその通りだなあと。『アクロイド殺し』や『オリエント急行の殺人』は、先に読んだ友人にネタを明かされたらお終いという感じにもなってしまう作品かも。

 本作も、その要素がゼロではないけれど、複数の容疑者のキャラクターや、そうしたキャラクターに絡んでくる容疑のポイントが旨く書き分けられていて、再読でも楽しめるものとなっています。

 クリスティが自分の死後に発表するよう娘に託したのが『カーテン』で、夫に託したのがこの『スリーピング・マーダー』で、おそらく、自分が生前に動けなくなっても作品だけは出せるようにとの意図もあったと思われ、結果的には、『カーテン』の方は、クリスティが亡くなる前年の1975年に発表が許可され、この『スリーピング・マーダー』のみ没後刊行されています。

 自分の存命中に自作の評価を知りたくはなかったのかなあという気もしますが、作者が亡くなった後もその"新作"を読めるようにというファンサービスだったのかあ? (死後発表されたため)自らが選んだベストテンに入っていミス・マープル(第6話)/スリーピング・マーダー00.jpgないけれど、おそらく十分に自信作でもあったんだろうなあと思います。

スリーピング・マーダー dvd.jpgスリーピング・マーダー 001.jpg 「ミス・マープル(第6話)/スリーピング・マーダー」 (87年/英) ★★★★




ミス・マープル スリーピング・マーダー dvd.jpg
ミス・マープル2 スリーピング・マーダー 03.jpgミス・マープル2 スリーピング・マーダー 02.jpg
「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第5話)/スリーピング・マーダー」 (06年/英) ★★★☆

  
クリスティのフレンチ・ミステリー/杉の柩.jpgフレンチ・ミステリー(第10話)/スリーピング・マーダー.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第10話)/スリーピング・マーダー」 (12年/仏) ★★★☆

【1977年単行本[ハヤカワ・ノヴェルズ(綾川梓:訳)]/1990年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(綾川梓:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(綾川梓:訳)]】

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"復讐の女神"としての自負心のもと、積極的に事件に飛び込んで行くミス・マープル。

復讐の女神 クリスティ文庫.jpg 復讐の女神 ハヤカワ文庫.jpg  Nemesis.jpg "Nemesis"(Pocket, 1973/Tom Adams)
復讐の女神 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『復讐の女神 (1980年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ある日ミス・マープルは新聞の死亡欄で、かつて「カリブ海の秘密」において事件に共に関わった大富豪ラフィールの名を見つける。そして後日、ラフィールの弁護士から遺言状を渡され、そこには犯罪の捜査の依頼が書かれていたが具体的な事件の内容や関係者の名前もなく、解決した暁には二万ポンドの遺産を譲りたいとあるのみ。自分が何をして良いのかわからないマープルの元に観光旅行の招待状が届くが、この旅の中にこそラフィールが解決を希望する謎があると考えた彼女は、何もわからぬまま用意された「庭園めぐり」の旅に出かける。その同じ旅行客の中に富豪の名を知る人物が現れるともに、ラフィールの息子にまつわる過去のある事件が浮かび上がる―。

 1971年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第11作(原題:Nemesis)で、1964年発表の『カリブ海の秘密』の続編乃至後日談であり、本当は「Woman's Realm」という未完の作品と共に3部作を成す予定だったのが、「Woman's Realm」は発表されないままクリスティが亡くなったため、彼女が書いた最後のマープル物になってしまいした。

 自分から積極的に事件に飛び込んでいくというミス・マープル像は、クリスティの新境地? 『カリブ海の秘密』よりページ数も多く、クリスティ81歳の作品と思うとたいしたものだなあと。

 「庭園めぐり」ツアーの客がス・マープルの外に14名。これ全部容疑者になるのかと思うと、『そして誰もいなくなった』よりスゴイことになるのでは―とも思ったりしましたが、この部分においてはやや見当が外れたかも。

 過去の事件において殺された被害者の少女の顔が潰されていたということで、『書斎の死体』の死体入れ替え、虚偽の遺体確認...といったトリックがそのまま類推適用できてしまうのがプロット的にやや弱いか。

復讐の女神 dvd.jpg復讐の女神 主要登場人物.jpg むしろ、憎しみより愛の方が強い―言い換えれば、憎しみより愛の方が怖い―というテーマ性に重きを置いた作品なのでしょう。

 "復讐の女神"としての自負心のもとに積極的に行動し、最後は自らも命の危険に晒されるというこの作品のミス・マープル像は、シリーズの中でもかなり異色であり、若干の違和感のようなものがありましたが、晩年においても創作意欲が衰えず、意気軒昂だったクリスティ自身がそこに反映されていると見ることもできるのかもしれません。
「ミス・マープル(第8話)/復讐の女神」 (87年/英) ★★★

復讐の女神 dvd.jpg第12話/復讐の女神 00.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第12話)/復讐の女神」 (07年/英) ★★★☆

【1972年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(乾信一郎:訳)]/1980 年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(乾信一郎:訳)]/2004 年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(乾 信一郎:訳)]】

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ホテルが主役。"後味的"にはともかく"プロット的"に見れば、最後の畳み掛け感は良かった。

「バートラム・ホテルにて」1965.jpgバートラム・ホテルにて クリスティー文庫.jpg  バートラム・ホテルにて ハヤカワ文庫.jpg  バートラム・ホテルにて ハヤカワポケット.jpg
バートラム・ホテルにて (クリスティー文庫)』『バートラム・ホテルにて (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『バートラム・ホテルにて (1969年) (世界ミステリシリーズ)
Collins Crime Club 1st edition in UK
At Bertram's Hotel(Fontana, 1969)
At Bertram's Hotel.jpg ロンドンにあるバートラム・ホテルは、今でもエドワード王朝時代の佇まいを保っていたが、ミス・マープルも少女時代に一度このホテルに宿泊した思い出があり、今また甥レイモンドの親切により一週間の予約で宿泊し、昔を懐かしんでいた。ホテルには老年の聖職者や引退した将軍や提督、老貴族の夫婦、判事や弁護士、海外からの本物の英国を求める観光客などが訪れ、贔屓客はいつも決まった部屋に泊まり、ロビーでは本物のお茶と本物のマフィンが給仕ヘンリーの完璧な指示で供されていた。ミス・マープルがホテルの宿泊客を観察するうちに、その中には、退役軍人のデリク・ラスコム大佐や、彼が後見人を務め21歳になったら莫大な財産を引き継ぐことになっているエルヴァイラ・ブレイク嬢、何度も結婚しているらしい女流冒険家のべス・セジウイックらがいることが分かり、更に、ホテルに出入りするレーサーのマリノスキーがエルヴァイラとセジウイックの両方と付き合っていることを見抜いたりする。彼女は何となくホテルに違和感を覚えるようになっていくが、そんな中、ホテルの宿泊客のベニファーザー牧師が失踪するという事件が発生、このところ頻発する強盗事件の捜査において事件とバートラム・ホテルの関係に目を付けていたフレッド・デイビー主任警部は、牧師失踪事件にかこつけて、強盗事件との関連を調べにバートラム・ホテルに乗り込んで来る―。

 1965年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第10作(原題:At Bertram's Hotel)で、ミス・マープル物としては同じく旅先滞在型の『カリブ海の秘密』('64年発表)とその続編とも言える『復讐の女神』('71年発表)の間に挟まれたかたちですが、こちらは英国国内が舞台です。

 ミス・マープルはこの作品では終盤近くまで観察者の立場にいて、捜査に当たるのはデイビー主任警部ですが、そもそも実際に殺人事件が起きるのは物語全体の4分の3ぐらいを経てからで、それまではむしろ、ホテルが醸す表面上の優雅な雰囲気とは裏腹の、ミス・マープルが感じた、本物と偽物が交じり合ったような感じの違和感の正体というものが一つの大きな謎として浮かび上がってくるようになっており、ホテルが主人公と言ってもいいような展開になっています。

 実際、このホテルは経営者、従業員、宿泊客を含め、巨大な「犯罪装置」のようなものであったわけで、これ、個人的には、なかなか面白い発想だと思われ、マープル物の中でもあまり類を見ないパターンのように思いましたが、その手口が細かく明かされるようにはなってはおらず、その点がやや食い足りないか。登場人物の誰がどこまで関与しているかについて、すべてを明かしているわけではないし...。

 むしろ、前半部分のエルヴァイラの(実は彼女はセジウイックの娘だった)彼女自身の相続関係を探る行動の謎が終盤に明かされるという流れにおいては、結局のところ作者らしい展開だったと言えるかも。

 この作品の最大のドンデン返しは、殺人事件の方の真犯人がミス・マープルによって最後の10数ページで明かされるところにあるのでしょうが(「犯罪装置」の黒幕はその少し前に明かされる)、むしろプロット的なことよりも、最後まで伏せられていたセジウイックの娘エルヴァイラに対する真意の方が肝であるように思います。但し、それに応えるべきエルヴァイラという小娘が、あまりにエゴイスティックで、しかも、自らがやったことについて物語の中では糾弾されないというのは後味的にどうかと...。

 ただ、クリスティ作品の中で相対評価するとそう高い評価にはならないのかもしれませんが、並みの推理小説と比べると、やっぱり流石クリスティという読後感ではありました("後味的"にはともかく"プロット的"に見れば、最後の畳み掛ける感じは良かった)。

バートラム・ホテルにて dvd02.jpgバートラム・ホテルにて 02.jpgバートラム・ホテルにて 03.jpg 因みに、作中のミス・マープルが友人に回想を語る場面で、バートラム・ホテルに泊まったのは14歳の時とあり、暫く行くと「1909年に戻った感じ」との彼女の心象が描かれており、彼女の生年が1895年頃であることが判ります(クリスティの生年は1890年、ミス・マープルは自分より年下だったのか)。
「ミス・マープル(第7話)/バートラム・ホテルにて」 (87年/英) ★★★★

バートラム・ホテルにて dvd.jpg第9話/バートラム・ホテルにて 02.jpg第9話/バートラム・ホテルにて ホテル.jpg
「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第9話)/バートラム・ホテルにて」 (07年/英)  ★★★★

【1969年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(乾 信一郎:訳)]/1976年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(乾 信一郎:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(乾 信一郎:訳)]/2012年Kindle版[早川書房(乾 信一郎:訳)]】

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伏線が弱くやや"禁じ手"っぽいが、マープルとラフィール老人との遣り取りなどは絶妙。

A Caribbean Mystery.jpgカリブ海の秘密 クリスティー文庫.jpg カリブ海の秘密 ハヤカワ文庫.jpg カリブ海の秘密 01.jpg
カリブ海の秘密 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『カリブ海の秘密 (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』 「ミス・マープル(第10話)/カリブ海の秘密」 (89年/英)
http://www.agathachristie.com

A CARIBBEAN MYSTERY Fontana rpt.1968.jpg 甥のレイモンドに勧められ西インド諸島に一人で療養に来たミス・マープル。そこには多種多様の人々がカリブ海でのリゾートを楽しみに来ていた。お喋り好きで会う人ごとに自慢話や体験談を吹聴していたパルグレイヴ少佐が、ある殺人の話をマープルにしていて、その犯人の顔写真を見せようとした瞬間、突然少佐の顔がこわばった。ミス・マープルの肩越しに誰かを見たらしいのだが、マープルにはそれが誰だか判らなかった。そして次の日、少佐が亡くなった。周囲の話から高血圧が原因の死と判断されたが、納得できないミス・マープルは、問題の写真が大佐の持ち物から消えていることを探り当て、次なる殺人の予兆に焦る。そんな中、第二の殺人が発生した―。

A CARIBBEAN MYSTERY Fontana.1968

 1964年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第9作(原題:A Caribbean Mystery)で、クリスティ74歳の時の作品。ミス・マープルとカリブ海って何となく合わないような気もしなくもないですが、持病の気管支炎の転地療養のための訪問らしく、それにしても高級リゾートホテルに長期滞在とは、甥のレイモンドが作家としてクリスティ並みに成功しているということなのか。

A CARIBBEAN MYSTERY f.jpg 怪しい人物はいっぱいいますが、犯人は意外な人物でした。直接的な伏線が無いため、個人的には最後ぎりぎりまで誰が犯人か判らず、ある種"禁じ手"のようにも思われましたが、ミステリ通に言わせると、犯人から除外できる人を一人ずつ除いていくとちゃんと犯人に行きつけるとのこと。むしろ、最後にマープルが「最初からわかっていなければならなかったんです。こんな簡単なことなのに」と言っているように、先入観のトリックと言えるかも。

A CARIBBEAN MYSTERY Fontana 1981

 プロット的には評価の分かれるところかもしれませんが("肩越しの視線"のプロットは『鏡は横にひび割れて』でも使われた)、宿泊客の二組の夫婦の微妙な関係など、登場人物のキャラクターの描き分けは流石で、特に、宿泊客の一人で偏屈な大金持ちの老人ラフィールとの遣り取りは絶妙、最初はマープルを好いていなかった彼ですが、いち早く彼女の頭の切れと人間観察の鋭さに気付いて一目置くようになった点はでは、彼もなかなか鋭かった?
         
カリブ海の秘密 dvd2.jpgカリブ海の秘密 01.jpgカリブ海の秘密 1989 Donald Pleasence.jpg BBC版ジョーン・ヒクソン(1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズにおけるこの原作の映像化作品('89年)では、「大脱走」('63年)、「刑事コロンボ/別れのワイン」('73年)の名優ドナルド・プレザンス(1919-1995)がラフィール老人を演じています。
「ミス・マープル(第10話)/カリブ海の秘密」 (89年/英) ★★★★

【1971年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(永井淳:訳)]/1977年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(永井淳:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(乾 信一郎:訳)]】

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意外とライト感覚で楽しめた作品。敢えて言えば、犯人がしなくてもいい余計なことを...。

The Pale Horse.jpg蒼ざめた馬 ポケットミステリ.jpg 蒼ざめた馬 アガサ・クリスティ ハヤカワ文庫.jpg 蒼ざめた馬 アガサ・クリスティ クリスティー文庫.jpg
蒼ざめた馬 (1962年) (世界ミステリシリーズ)』『蒼ざめた馬 (1979年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『蒼ざめた馬 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
 
The Pale Horse (Agatha Christie Collection)(2002)

fTHE PALE HORSE     f .jpg 歴史学者のマーク・イースターブルックは、ムガール建築に関して本の執筆のためにチェルシーに部屋を借りていたが、ある日、執筆の息抜きに入ったカフェで女の子同士の喧嘩に遭遇し、喧嘩騒ぎの後に一方が他方の髪の毛をごっそり引き抜いた束が落ちていたのを見る。喧嘩の後に店員から彼女らの名を聞いていた彼は、その1週間後に髪の毛を引き抜かれた方の娘が死んだことを新聞で知る。彼は教会の募金活動への協力を依頼に推理作家のオリヴァ夫人のもとを訪れた折にこの話をする。
 一方、ある霧の夜、ロンドンのある下宿屋である女性の臨終に立ち会い、その告白を聞いた神父が帰り道で撲殺されるという事件が起こるが、彼の靴の中に紙切があり、そこには9人の名が書き連ねられていた。神父の検視を担当した警察医のコリガンは、そのことをルジューン警部から知らされる。その9人には何の関連もないように思われたが、そのうち数人は既に謎の死を遂げているようだ。
 マークは友人たちとの劇場からの帰りのお喋りの中で女友達の一人から「蒼ざめた馬」という言葉を耳にし、翌朝にオリヴァ夫人からの電話でまた募金を行う教会の近くにある「蒼ざめた馬」という名の館の存在を聞かされる。そんな折、友人である警察医のコリガンから先の神父殺しの事件について聞き、最近亡くなった名付け親の名前が死んだ女性のリストにあったと知って事件に関心を持つ。教会に出かけたマークは「蒼ざめた馬」に住む3人の女が魔法で人を呪い殺すという噂を耳にし、一連の事件とこの館は関係があるのではないかと直感して自らを囮に館へ乗り込むが―。

The Pale Horse - Fontana.jpg 1961年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:The Pale Horse)、ポアロもミス・マープルも登場しないノン・シリーズもの。謎解きそのものものさることながら、オカルトっぽい雰囲気が独特の作品です。

Fontana (1964)

 「蒼ざめた馬」に読者の関心を引き付けるためにかなりのページを割いているように思いました。但し、本作の探偵役とも言える主人公のマークが、言わば現代の若き知性の代表格のような人物造型であるため(この作品は主に彼の一人称で綴られている)、このオカルトっぽい仕様は、あくまでも犯人が仕組んだ見せかけのものであることは容易に想像がつきます。

 プロット的には意外と複雑では無かったのですが、事件の黒幕たるに相応しい有力な容疑者に読者の疑いをじわじわと引き付けておいて、もうこれが間違いなく犯人だと思わせておいたところでラストはストンと落とされる感じで、マークと彼が新たに出会った女友達のジンジャーが事件の探究を通して急速に接近していくという恋物語も含め、どちらかと言うとライト感覚で楽しめた作品でした。

蒼ざめた馬 dvd.jpgアガサ・クリスティー・コレクション 蒼ざめた馬.jpg蒼ざめた馬 1997 axn.jpg ただ、敢えて言えば、犯人がしなくてもいい余計なことをして自ら墓穴を掘るというパターンが推理小説の一つの常套的展開であるとは言え、この作品についてはあまりにそれが著しく、そこがどうかなとも。犯人の事件への絡み方も、やや説明不足のような感じがしました。
「アガサ・クリスティ/青ざめた馬 (魔女の館殺人事件)」 (97年/英) ★★★☆

蒼ざめた馬 DVD.jpgTHE PALE HORSE AGATHA CHRISTIE`S MARPLE.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第17話)/蒼ざめた馬
」 (10年/英・米) ★★★☆  

【1962年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(橋本福夫:訳)]/1979年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(橋本福夫:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(橋本福夫:訳)]】

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細部に?もあるが、全体としてはやはり傑作。事件の行方と併せヒロインの恋の行方も気になる。

4:50 from Paddington3.jpgパディントン発4時50分 ハヤカワ文庫.jpg  パディントン発4時50分 クリスティー文庫.jpgパディントン発4時50分 (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『パディントン発4時50分 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
4.50 from Paddington (Elt Reader2012)(ペーパーバック)

4:50 From Paddington - Fontana.jpg マクギリカディ夫人は、ミス・マープルに会いにいくため乗り込んだパディントン発4時50分の列車の窓から、たまたま並走する別の列車内で一人の男性が女性の首を絞めていた殺人現場を目撃する。マクギリカディ夫人はマープルの助言を得て警察に通報するが、警察は、犯人も被害者も発見することができない。マクギリカディ夫人の言葉を信じたミス・マープルは、犯人は車外に死体を放り投げたと確信し、その地点は列車が速度を緩めて走るカーブであろうと推理、才能豊かな女性ルーシー・アイレスバロウを雇って、路線で該当する場所に建つブラック・ハンプトンのラザフォード・ホールと言われるクラッケンソープ邸に、彼女を家政婦として送り込む―。
Fontana版(1960)

 1957年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第7作(原題:4:50 from Paddington、米 What Mrs. McGillicuddy Saw!)です。

 クラッケンソープ家には、当主のルーザー・クラッケンソープをはじめ、妻のマルティーヌ、次男で画家のセドリック、三男で会社重役のハロルド、四男で詐欺師のアルフレッド、長女のエマ、次女のエディス、その夫のブライアン・イーストリイ、その息子のアレグサンダーなどがいて、クラッケンソープ家の主治医のクインパーなども出てきますが、それぞれ怪しげな連中ばっかし、という感じ。

 犯人は最初から殺害現場を目撃されてしまっているため、「大胆なトリック」とかそうした類のものは出てくる余地は無いものの、それでも、ルーシー・アイレスバロウの果敢な冒険から始まって、被害者の遺体の発見、連続殺人へと続く展開は飽きさせず、加えて、ルーシーとクラッケンソープ家の人々の関わりを描いたサブ・ストーリーがそれに絡み、ルーシーの選ぶ相手は誰になるのかという楽しみもある作品。

4:50 from Paddington.jpg 結局、事件の謎を解くのはミス・マープルですが、この作品では現場の捜査はルーシー・アイレスバロウに任せ、自分は安楽椅子探偵的な位置づけになっていて、プロット的に見て不満があるとすれば、マープルはマープルでその間いろいろ調べたのでしょうが、読者に示された情報だけでは犯人を探し当てることは難しいということでしょうか(犯行動機に至っては不可能)。

 それと、マクギリカディ夫人が犯人の顔を見ていないのに犯人が判ってしまうというのもやや腑に落ちず、ミス・マープルが蓋然性に基づく"面通し"をしたのは、理屈よりも彼女なら判るという信念が根拠になっている印象。これはある種の賭けではなかったかと。

 このように細かいところで若干納得がいかない部分もありましたが、全体の構成としてはよく出来ていて、やはり傑作の類と言えるのではないでしょうか。

4:50 from Paddington2.jpg ミス・マープルの依頼をその旺盛な好奇心から請けたルーシー・アイルズバロウが、この作品の言わば"ヒロイン"でしょう。オックスフォード大学数学科を優秀な成績で卒業、将来を嘱望されながらも、家事労働の世界に入り、家政婦として英国中に名が知られるまでになり、3年くらい先まで予約を入れることも可能であるにも関わらず、余暇を楽しむために長期の予定は入れないでいる―という設定が興味深く、今で言えば、「カリスマ主婦マーサ・スチュワート」とか「スーパー主婦・栗原はるみ」みたいなものか?

 彼女は32歳独身の魅力的な女性で、その彼女を巡って「次男セドリック」と「亡くなった次女の夫ブライアン」との恋の鞘当があり、彼女がどちらを選ぶかは作品の中では明かされていませんが、ミス・マープルには読めている様であると。

 この作品のラストの一行のミス・マープルの所作からすると、これが意外な人物ということになるのでは...。事件の伏線と併せて、こちらの方も、伏線を再度辿ってみる楽しみを読者に提供しているように思えました。

ミス・マープル/夜行特急の殺人 dvd.jpg夜行特急の殺人 00.jpg 「ミス・マープル/夜行特急の殺人」 (61年/英) ★★★


 
 
 
 
 

パディントン発4時50分 1987.jpgパディントン発4時50分 07.jpg「ミス・マープル(第9話)/パディントン発4時50分」 (87年/英) ★★★★

 

 
 
 
 
 
パディントン発4時50分.jpg『ミス・マープル』 パディントン発4時50分.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第3話)/パディントン発4時50分
」 (04年/英) ★★★☆


 
 
 
  
 

奥さまは名探偵/パディントン発dvd.jpg奥さまは名探偵 パディントン発4時50分 03.jpg 「アガサ・クリスティー 奥さまは名探偵 〜パディントン発4時50分〜」 (08年/仏) ★★★☆

 
  
 
 
 
 

【1960年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(大門一男:訳)/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(大門一男:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(松下祥子:訳)]】

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マザー・グースを下敷きにしたプロットが精緻で面白い。「意外な犯人」だった作品。

ポケットにライ麦を クリスティー文庫.jpg  ポケットにライ麦を ハヤカワミステリ.jpgポケットにライ麦を ハヤカワ文庫.jpg   Pocket Full of Rye by Agatha Christie.jpg
ポケットにライ麦を (クリスティー文庫)』『ポケットにライ麦を (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』 ハ―パーコリンズ版
A Pocket Full of Rye - Fontana 0.jpgA Pocket Full of Rye - Fontana 1.jpg 投資信託会社の社長レックス・フォーテスキューが、オフィスで紅茶を飲んだ後に苦しんで死ぬが、彼の上着のポケットにはなぜかライ麦の粒がたくさん入っていた。死因は自宅の庭に植えられているイチイの木から取れる毒による毒殺であり、捜査に当たったニール警部は、自宅での朝食時に毒物を盛られた可能性を調べる。やがて浮気をしていたレックスの若い後妻アデールが死体で見つかり、メイドのグラディスまでも殺される。グラディスを女中として教育したことのあるミス・マープルは、彼女の無念を晴らすために邸へ赴き、3人の殺害のされ方がマザー・グースの歌詞になぞらえられていることを警部に示唆する―。

英国フォンタナ版(1958年/1968年 Cover painting by Tom Adams)

ポケットにライ麦をe.JPG 1953年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第6作(原題:A Pocket Full of Rye)で、マザー・グースが引用されたクリスティ作品は他にも多くありますが、童謡の歌詞どおりに殺人が起きる"見立て殺人"ものは『そして誰もいなくなった』('39年)と本作だけであるとのことです。

 レックスには、長男パーシヴァル(ヴァル)、次男ランスロット(ランス)、娘エレーヌがおり、何れもレックスの遺産絡みで怪しいのですが、まず誰よりも怪しいのが若い後妻アデールであり、愛人のヴィヴィアン・デュボアとの共犯が当然の如く疑われる―そのアデールがあっさり殺されてしまうことで、血縁者だけでなく家政婦や執事までが容疑者として同じラインに並んでしまい、事件が混迷を極めるという、そうした展開が上手いなあと思いました。

 犯人がわざわざマザー・グースの歌詞の通りに犯行を重ねていくというのがやや凝り過ぎではないかと見る向きもありますが、振り返ってみれば、邸で起きた、自身は関与していないある出来事をカムフラージュのために利用したわけであり、一応の説明はつくのではないかと。プロット的に精緻であるばかりでなく、面白さを増す効果を生んでいます。

 個人的にはニール警部(この人、マープルとポアロの両方と1度ずつ仕事している)と同様、最後ぎりぎりまで犯人が判りませんでしたが、判ってみれば、自分が最初に犯人候補か ら除外した人物でした。と言うか、おしどり探偵「トミー&タペンス」シリーズみたいに、犯人を探り当てる側かと思っていたほど。ニール警部がミス・マープルから犯人を告げられても、当初は全く釈然としなかった気持ちがよく分かります。ミス・マープルの言うように、簡単に人を信じてはいけないということか...。

Sing a song of sixpence
Sing a song of sixpence a pocket full of rye.jpgSing a Song of sixpence, (6ペンスの唄を歌おう)
A pocket full of rye, (ポケットにはライ麦がいっぱい)
Four and twenty blackbirds, (24羽の黒ツグミ)
Baked in a pie. (パイの中で焼き込められた)

when the pie was opened, (パイを開けたらそのときに)
The birds began to sing, (歌い始めた小鳥たち)
Was not that a dainty dish, (なんて見事なこの料理)
To set before the king? (王様いかがなものでしょう?)

The king was in his counting-house, (王様お蔵で)
Counting out his money, (金勘定)
The queen was in the parlour, (女王は広間で)
Eating bread and honey. (パンにはちみつ)

The maid was in the garden, (メイドは庭で)
Hanging out the clothes, (洗濯もの干し)
There came a little blackbird, (黒ツグミが飛んできて)
And snapped off her nose. (メイドの鼻をついばんだ)
 
 
 
 
 

ミス・マープル(第4話)/ポケットにライ麦を  ランス.jpgStacy Dorning.jpgミス・マープル(第4話)/ポケットにライ麦を01.jpg 「ミス・マープル(第4話)/ポケットにライ麦を」 (86年/英)★★★★
 
  
 
第13話「ポケットにライ麦を」04.jpg第13話「ポケットにライ麦を」03.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第13話)/ポケットにライ麦を」 (09年/英・米) ★★★★

【1954年新書化・1974年改訳[ハヤカワ・ポケットミステリ(宇野利泰:訳)]/1976 年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(宇野利泰:訳)]/2003 年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(宇野利泰:訳)]】

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全体の人物関係図が掴めれば結構面白いが、やや無理があるかなと思った部分も。

魔術の殺人 (1958年).jpg魔術の殺人 hpm2.jpg魔術の殺人 ポケットミステリ.jpg  魔術の殺人 ハヤカワ文庫.bmp  魔術の殺人 クリスティー文庫.jpg
魔術の殺人 (1958年) (世界探偵小説全集)』『魔術の殺人 (1982年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『魔術の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

THEY DO IT WITH MIRRORS Harper2.jpgtom-adams_they-do-it-with-mirrors_london-fontana-books-1981.jpg ミス・マープルはロンドンで米国在住の旧友のルースと親交を温めていた。ルースとキャリイ(キャロライン)の姉妹は、ミス・マープルの女学校時代の親友であり、ルースは最近会った妹の周辺に、明確な根拠は無いが何か嫌な雰囲気を感じたとひどく心配していた。そしてミス・マープルに、彼女の所へ行って調べてほしいと依頼、ミス・マープルは、ルースの言い伝手でキャロラインの住む屋敷に招かれ、潜入捜査を開始する。

「魔術の殺人」(1981年・英国・フォンタナ版)

 キャリイ・ルイス・セルコールドの最初の夫エリック・クルブランドセンは、ずば抜けた経営感覚を持ち教育熱心な慈善家で数々の基金を創設したが、若くして亡くなった。キャリーの二番目の夫ジョニー・リスタリックはキャリイの財産を目当てに結婚したが、事故死していた。理想主義者だが身体のひ弱なキャリイは、今は、未成年犯罪者の救済に尽力するルイス・セルコールドと結婚をしており、敷地内の私設少年院の隣で暮らしている。そこには彼女の家族と親戚、多くの非行少年たち、医師や精神病患者の青年がいて、その中にルースを不安にさせた何かがあったのだとミス・マープルも思う。そして数日後、訪れたキャロラインの義理の息子クリスチャン・グルブランドセンが射殺された―。
THEY DO IT WITH MIRRORS Harper.1993

They Do It With Mirrors - Fontana.jpg 1952年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第5作で(原題:They Do It with Mirrors、米 Murder with Mirrors)、クリスティ作品の中で必ずしも評価の高い方ではない作品かもしれませんが、全体の人物関係の構図が掴めれば結構面白いのではないかと。

Fontana (1955)

 話の中心人物キャリイ・ルイズ・セルコールドが3度結婚していて、彼女の周辺に居たり新たに彼女を訪ねてきた人物として、最初の夫の息子であるキャリイより2歳年上の継子クリスチャン・グルブランドセン、養女ビバの娘ジーナ、その米国人の夫ウォルター・ハッド、最初の夫との間の実の娘ミルドレッド・ストレット、二番目の夫ジョニイ・リスタリックとの間の息子で長男のアレックス・リスタリック、次男のスティーヴン・リスタリック、セルコールド家の使用人で施設上がりのエドガー・ローソン、キャリイの付添人ジュリエット・ベルエヴァー、精神医学者のマヴェリック博士などがおり、このように登場人物が錯綜するため、まず最初に"家系図メモ"を手元で作成する心づもりで読んだ方がいいです(その際にはフルネームでメモった方がいい)。

THEY DO IT WITH MIRRORS .Fontana.jpg キャリイ・ルイズの命を狙っている人物がいるらしいという疑惑が浮かぶ中、クリスチャン・グルブランドセンが殺害され、殺された彼以外は全員、その殺害の容疑者になり得るという展開はやはり上手いと思われ、全体としては、ハウダニット(どうやって殺したか)がフーダニット(誰が犯人か)への手掛かりとなる展開。但し、ホワイダニット(なぜ殺したか)が最後に明かされるまで読めないため、ミス・マープルにお付き合いして読者もミスリードされる―といった感じでしょうか。

THEY DO IT WITH MIRRORS .Fontana.1990

 個人的にやや無理があるかなと思ったのは、やはり"ハウダニット"の部分。事件当時もさることながら、そこに至るまでの、分裂症気味のエドガー・ローソンの設定で、気分変調を起こしたわけでも暗示にかけられていたわけでもないとすれば、相当な"役者"ということになるけれど、どーなんだろうか? そんなに長期間演技できるのかなあ。この若者、どこまで正常でどこまで異常だったのかよく分からない。ミス・マープルはかなり早くから、何らかの違和感を抱いていたみたいだけど...。

ミス・マープル/魔術の殺人 1991 dvd.jpg魔術の殺人 01.jpg 犯人はこの後も、事件の真相に気付きかけた義理の息子と少年院の子を殺害してしまいますが、こうなると単なるエゴイスティックな殺人鬼か。但し、最後は実の息子に殉じるような死に方で、自分の息子だけは愛していた(これもエゴと言えばエゴだが)。こうした暗い展開の中で、最初は暗くいじけていた一人の青年が、最後に明るさを取り戻すのが救いだったかも。

 「ミス・マープル(第11話)/魔術の殺人」 (91年/英) ★★★


魔術の殺人.jpg第15話「魔術の殺人」1.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第15話)/魔術の殺人」 (09年/英・米) ★★★

【1958年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(田村隆一:訳)/1982年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(田村隆一:訳)]】

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描写形式によって更に犯人は絞られる? クリスティらしい作品だが、前半部分がやや冗長か。

忘られぬ死 クリスティー文庫.jpg 忘られぬ死 ハヤカワ文庫09.jpg 忘られぬ死 ポケット・ミステリ - コピー.jpg 忘られぬ死 ポケットミステリ.jpg  忘られぬ死 01.jpg
忘られぬ死 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『忘られぬ死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1‐80))』『忘られぬ死 (1954年) (Hayakawa poket mystery books)』 /英国コリンズ版初版

SPARKLING CYANIDE rd.jpg 男を虜にせずにはおかない美女ローズマリー・バートンが、ロンドン市内にの高級レストランで催された自身の誕生パーティーの席上で、青酸が入ったシャンペンを飲んで死亡してから1年が経つ。その時に同席していたのは、ローズマリーの夫のジョージ・バートン、ローズマリーの妹のアイリス・マール、ジョージの有能な女性秘書ルース・レシング、バートン家の隣人で将来を嘱望された若手下院議員スティーヴン・ファラデーとその妻アレクサンドラ、ローズマリーの友人のアンソニー・ブラウンの6人。警察の捜査の結果、ローズマリーが誕生日前にインフルエンザに罹り、病み上がりでふさぎこんでいた事や、彼女のバックの中から青酸を包んでいた紙が発見されたことなどから、事件は自殺として処理された。だが夫のジョージは、彼女に自殺する動機もければその素振りもなかったことから、その死に疑惑を抱いていた。
Sparkling Cyanide: A BBC Full-Cast Radio Drama
Sparkling Cyanide - Pan 345.jpg ローズマリーの死から半年後、ジョージは彼女の死は自殺ではないと記された匿名の手紙を受け取った。その半年後、ローズマリーの死から1年になる万霊節の夜に、ジョージはローズマリーが死んだときにパーティーに参加していた人々を集め、同じレストランでパーティーを催すことにした。彼はこのパーティでローズマリーの死の真相を明らかにしようとしていた。席は1年前と同様に7つ用意されたが、余った席には当然誰も座っていない。参加者はまず主賓アイリスの誕生日と健康を祝って乾杯をし、フロアショーを見た後でダンスに興じるが、ダンスが終わりテーブルに戻った一同を前に、ジョージがローズマリーを偲んで乾杯をした直後、彼は倒れてそのまま死んでしまう。1年前のローズマリーと同じく青酸による中毒死だった―。

Pan Books (1955)

 1945年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:Sparkling Cyanide(泡立つ青酸カリ))、ポアロもミス・マープルも登場しないノン・シリーズものですが、ポワロが登場する短編「黄色いアイリス」をベースに長編化され作品であるとのことで忘られぬ死 1947.jpgす。元が短編だったということもあってか、クリスティの長編にしては登場人物がそれほど多くない方ではないでしょうか。

 しかも、前半部分は、亡くなったローズマリーを巡る彼・彼女らの思いが心理小説風に綴られていて、そのうち、心理的内面を詳しく描いているアイリスをはじめ何人かは自然と犯人候補から外れることになり、逆に、内面があまり描かれていない人物は怪しくなり、そうし描写形式によって更に犯人は絞られていくように思いました(外部の犯行や外部共犯者も可能性としては考えられるが)。

米国版ポケットブックス(1947)

 個人的には、前半のローズマリーを巡る男女の心情描写が、文芸小説風で物語に深みを増す一方で、推理小説として読む分にはややまどろこしかったかな。ローズマリーの伯母のルシーラ・ドレイクなんて、話し始めると終わらない感じだし。
SPARKING CYANIDE 2.jpgSPARKING CYANIDE .Pan.jpg でも、警察に協力する形で、『ナイルに死す』などにも登場する、元陸軍情報部部長のジョニー・レイス大佐が捜査に乗り出してからぐっとテンポが良くなり、若手下院議員、その妻などもやはり怪しかったけれど、ルシーラの不良息子ヴィクターがやはり一つのカギかと...。但しこれも、女性秘書ルース・レシングとの関係が早くから示されており、推理小説としては分かり易い方でしょう。
 但し、ジョージ殺人犯はこれでいいとして、では1年前のローズマリーの死は自殺だったのか他殺だったのか、何となくウヤムヤな終わり方をしているようにも思いました。
SPARKING CYANIDE .Pan.1978

 そうしたことを除いては、愛憎の入り組んだ人間関係、犯行に至る動機、複数の容疑者、犯行トリックと偶然に拠る計画の狂い...等々、クリスティらしい作品と言えばそう言えるかも。結果的にはしっかり楽しめましたが、それにしてもやはり前半部分が長すぎたかな。この前半部分を高く評価する人もいるかもしれませんが、それは個人の好みの問題。「推理小説」として読んだ場合には、自分としては冗長感は否めませんでした。

忘れられぬ死 dvd.jpg忘れられぬ死(2003年)axn.jpg「アガサ・クリスティ/忘られぬ死」 (03年/英) ★★★☆

【1953年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(村上啓夫:訳)]/1985年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(中村能三:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(中村能三:訳)]】

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古典的モチーフを扱いながら、クリスティの独特の"調理法"を見せている作品。

書斎の死体 クリスティー文庫.jpg  書斎の死体 ハヤカワ文庫.jpg  書斎の死体 ポケットミステリ.jpg トム・アダムズ104「書歳の死体」.jpg
書斎の死体 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『書斎の死体 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-16))』『書斎の死体 (1956年) (世界探偵小説全集)』「書斎の死体」(米国版表紙イラスト by Tom Adams)

トム・アダムズ27「書歳の死体」.jpg ある朝バントリー元大佐の書斎で若い女性の死体が発見され、バントリー夫人はミス・マープルに調査を依頼する。警察が行方不明者を調べたところ、ガール・ガイド団員のパメラ・リーヴスと、ホテル・ダンサーのルビー・キーンの2人の若い女性が浮上する。ルビーはホテル専属ホステスで、ホテルに滞在中の大金持ちコンウェイ・ジェファソンに実の娘のように気に入られていて、コンウェイの遺言状でルビーに多額の遺産が遺されることになっていた。警察はルビーのいとこのジョセフィン・ターナーに死体を確認してもらい、死体はルビーであると―。一方、ミス・マープルがバントリー夫人とともに当のホテルに滞在して事件の謎解き始める中、ホテルから数キロはなれた石切場で車が炎上する事件が発生、中にはパメラ・リーヴスと思われる黒焦げの死体が―。

 1942年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープル・シリーズの第2長篇で(原題:The Body in the Library)、ミス・マープル・シリーズとしては第1長編『牧師館の殺人』以来、十数年ぶりの刊行でした。クリスティ自身が序文で、昔からのミステリの定番として「書斎の死体」を挙げ、いつかこのモチーフの下に作品を書いてみたかったとしていますが、「書斎の死体」という古典的本格ミステリにありがちな設定でありながら、ごく自然に、関係者全員が容疑者になってしまうのが、クリスティならではの展開と言えます。

「書歳の死体」(フォンタナ版・1974年)イラスト:トム・アダムズ

The Body In The Library.jpg書斎の死体ハーパーコリンズ版.jpg 警察の捜査で挙がった容疑者は、映画の仕事をして生活が派手で、いつも自宅で騒がしいパーティを開いているバジル・ブレイク、コンウェイの事故死した息子フランクの嫁アデレード・ジェファソン、同じ事故で死んだコンウェイの娘の婿でギャンブル好きで破産寸前のマーク・ギャスケル、ホテル・ダンサー兼テニスのコーチのハンサム男レイモンド・スター、マジェスティックホテルの客でルビーが行方不明になる直前に一緒にダンスを踊っていたジョージ・バートレット...(容疑者の人数に事欠かないね)。

「書歳の死体」(ハーパーコリンズ版)
 

Great Pan (1959)

 以下、若干ネタばれになりますが、これは「死体入れ替え」トリックであり、犯人の狙いは最初からルビー・キーンであり、パメラ・リーヴスはそのトリック(アリバイ作り)を完成させるだけのために殺されるわけですが、犯人自身も(共犯者も)「書斎」で死体が発見されることは想定していなかったわけで、そういう事態に至った経緯には、いい加減な男のいい加減な行動が一枚噛んでいるわけね(だから犯人らの心中を察するに、彼ら自身「???」だったわけだ)。

 まあ、いい加減と言えばいい加減だけど、普段からバントリー元大佐のことをよく思っていないにしても(そこを犯人に狙われた)、元々この男に罪はないわけで、気が動転してこうした突飛な行動をとったとも解釈でき、"偶然"を"自然に"噛ませて事件の謎を深めている所は、やはり上手いなあと思いました。

 「書斎の死体」というのは、クリスティがこの作品を手掛けた時点で、すでに手垢のついたモチーフになりつつあったんだろうなあ(現代においても"定番"とは言い難い一方で、本格ミステリのジャンルで今でも時々ぶり返すように出てきたりもしているのはある種レトロ趣味か?)。敢えてそうしたモチーフを用いて、クリスティなりの独特の"調理法"を見せてくれている作品と言えます。

 結構、"本格"? ポアロ・シリーズとは異なる、ミス・マープルが醸すのんびりした雰囲気の一方で、クリスティ作品の中でも意外と込み入っている方かも。読みながら簡単な家系図をメモると共に、時間軸に十分注意して読まれることをお勧めします。

ミス・マープル 書斎の死体 vhs2.jpgミス・マープル 書斎の死体 000.jpg 「ミス・マープル(第1話)/書斎の死体」 (84年/英) ★★★★
  
 

  
 
      
    
ミス・マープル 書斎の死体 dvd.jpg第1話「書斎の死体」3.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第1話)/書斎の死体
」 (04年/英) ★★★☆

 

 
 
  

フレンチ・ミステリー(第11話)/書斎の死体 dvd.jpgクリスティのフレンチ・ミステリー⑪書斎の死体05.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第9話)/書斎の死体」 (11年/仏) ★★★☆
 
 
 
 
 
 

【1956年新書化(高橋豊:訳)・1976年改版[ハヤカワ・ミステリ]/1976年文庫化(高橋豊:訳)[ハヤカワ・ミステリ文庫]/2004年再文庫化(山本やよい:訳)[クリスティー文庫]】

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沢山殺され、容疑者も一杯いる設定ながらも"無駄のない"展開。

Murder is Easy 05.jpg殺人は容易だ クリスティー文庫.jpg   殺人は容易だ ハヤカワ文庫.jpg   殺人は容易だ ポケット・ミステリ.jpg
殺人は容易だ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『殺人は容易だ (1978年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『殺人は容易だ (1957年) (世界探偵小説全集)
http://www.agathachristie.com
 植民地駐在警察官の勤務を終えて帰英したルーク・フィッツウィリアムが、列車で偶然に乗り合わせた老婦人ラビィニア・ピンカートンは、スコットランドヤードに自分の住むウィッチウッド村で起きている連続殺人事件のことを訴えに行くところだという。事件とは、ある人物が誰かを特別な目つきで見ると、その人物が暫くすると死んでしまうというもので、今迄3人の人間が死んでいて、昨日はハンブルビー医師がその目つきで見られたと言う。ピンカートン婦人は「殺人はとても容易なんです」と言って列車を降りるが、ルークは翌日の新聞で、彼女がロンドン市内で轢き逃げ死したとの記事を見つけ、更に一週間後には、ハンブルビー医師が急死したとの死亡記事が新聞に載る。ルMurder is Easy - Fontana 1021.jpgークは状況を探るために、友人のいとこブリジェット・コンウェイが、村に住む週刊紙の経営者ホイットフィールド卿の秘書をしているのを頼りに、民族学者を装って村に調査に赴く。ピンカートン婦人の話にあった死んだ3人とは、飲んだくれの居酒屋亭主ハリー・カーター 、だらしないお手伝いエイミー・ギブズ、嫌われ者のいたずら小僧トミー・ピアスで、ハリーはある晩に橋で足を滑らせて川に落ち、エイミーは染料の壜と薬の壜を間違えて染料を飲んで死に、トミーは博物館の窓を拭いているときに墜死、これにピンカートン婦人の自動車事故死とハンブルビー医師の敗血症による死が加わる。ルークが調べていくと村のもう一人の開業医ジョフリー・トーマス、事務弁護士のアボット、退役軍人のホートン少佐、骨董屋の主人エルズワージーらが容疑者として浮かび、聡明なブリジェットと共に調査を続けるうちに、更に思いもかけない容疑者が―。

Fontana版(1966)Cover painting by Tom Adams

 1939年、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が49歳の時に刊行された作品で(原題:Murder is Easy)、ポアロもミス・マープルも登場しないノン・シリーズ物であり、終盤に『牧師館の殺人』(1930年発表)のバトル警視が少しだけ登場しますが、実質的には、素人探偵ルークが事件を追う展開です(彼も一応は元植民地警官だが)。

 このルーク、論理的に推理を進めているようで、実際には読者のミスリード役にもなっている感じで、その辺りがクリスティの上手いところだとは思いますが、彼が最後の方で行き着いた"思いもかけない容疑者"が"真犯人"であると思った読者はどれぐらいいるだろうか。但し、殺されたと思われる人物が少なくとも5人いて(更にホイットフィールド卿の運転手も殺されて6人に)、後に残った登場人物の多くがその容疑者になるという"無駄のない"展開は見事です(結果として、クリスティ作品の中では分かり易い部類かも)。

Murder Is Easy - Pan 161.jpgMurder Is Easy - Fontana 428.jpg 主人公は探偵役のルークですが、ブリジェットの方が聡明という印象もあり、ポアロやミス・マープルのような"スーパー探偵"でないことは確か。最後は"キレ"と言うより"閃き"で事件を解決したようでもあり、一方で、すでにホイットフィールド卿の婚約者となっているブリジェットへの恋の鞘当もあって、この2人のロマンスの行方がどうなるかという部分で読者を楽しませてくれるものとなっています。
 クリスティって、普通にラブロマンスを書こうと思えば、それはそれでいくらでも書けたんだろなあ(実際に彼女は、メアリー・ウェストマコットの名前で6冊の恋愛小説を書いており、このペンネームは、サンディ・タイムズが明かすまでほぼ20年間秘密に保たれていた)。
Pan Books (1951)/Fontana (1960)

第14話「殺人は容易だ」011.jpg 作中で、6人もの人を殺している犯人は病的気質であると見做され、おそらく死刑にはならず精神病院送りとなるであろうことが示唆されていますが、となると、犯人が濡れ衣を着せようとした相手も、それが上手くいったとしても死刑にはならない公算が大きいということになり、再審請求とかあったらどうなるんだろうか(そんな制度は当時は無いか)。いずれにせよ、犯人はちょっと多い目に殺し過ぎたのかもね(もはや殺すことが目的化しているわけで、サイコ系シリアルキラーと言えるかも)。
「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第14話)/殺人は容易だ」 (09年/英・米) ★★★☆

 【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(高橋豊:訳)]/1978年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(高橋豊:訳)]/2004年再文庫化[早川書房・クリスティー文庫(高橋豊:訳)]】

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フーダニット、ホワイダニットよりハウダニットが白眉を見出せる作品。

Why Didn't They Ask Evans.jpgWhy Didn't They Ask Evans3.jpgなぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? クリスティーb.jpg  なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? ハヤカワb.jpg
Dust-jacket illustration of the first UK edition/Minotaur Books(2002)/『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? (1981年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』 

The Murder at the Vicarage2.jpg 村の牧師の息子ボビイ・ジョーンズは、トーマス医師と海沿いでゴルフのプレイ中に地面の割れ目に男が倒れているのを発見、トーマスが応援を求める間、男は「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」と言い遺して死ね。ボビイは男のポケットからハンカチを取り出し顔にかけてやるが、その際に美しい女性が写った写真が出てきて、すぐにその写真を元に戻す。牧師館に戻らねばならなかったボビイだが、そこにロジャー・パッシントン-フレンチと名乗る男が通りかり、事情を聞くとボビイの代わりに付き添うことを申し出てくれる。

 死んだ男が持っていた写真から、写真はレオ・ケイマン夫人のもので、死んだ男は夫人の兄のアレックス・プリチャードだと判明。ケイマン夫人が身元を確認、検死審問で事故死の評決が下されて暫くして、今度はボビイがビールに大量のモルヒネを入れられ毒殺されそうになる。ボビイは何とか命を取り留め回復し、幼馴染みの伯爵令嬢レディ・フランシス・ダーウェント(通称フランキー)と事件を追い始めるが、新聞に出た男が持っていたという写真がボビイの見たものとは異なり、彼の不審は決定的となる。

Fontana版カバー(Tom Adams)

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS 洋書.jpg フランキーはロジャーの住むパッシントン-フレンチの屋敷の傍で故意に自動車事故を起こし、怪我をして屋敷に担ぎ込まれることでパッシントン-フレンチ家の客となって事件を探るうちに、屋敷の当主ヘンリイがモルヒネ中毒であること、写真の女性が屋敷の近くで麻薬中毒患者の療養所を営んでいるニコルソン博士の妻のモイラであること、死んだ男はアレックス・プリチャードなどではなく探検家のアラン・カーステアズであったことなどが判ってきた。

 そんなある日、ヘンリイの部屋から銃声が聞こえ、鍵を開けて中に入るとヘンリイが死んでいた。状況から自殺と思われたが、ボビイとフランキーは他殺の線も捨てなかった。さらにモイラの行方が行方不明になり、二人はニコルソン博士が怪しいと考え、モイラも監禁乃至殺されているのかもしれないと焦り、別行動で事件を探り出したが、ボビイが何者かに襲われ、続いてフランキーも誘拐される。ボビイとフランキーが監禁され縄で縛られた場所で見たものは―。

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS? .Pant.1969

 1934年、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が44歳の時に刊行された作品で(原題:Why Didn't They Ask Evans?)、ポアロやミス・マープルのようなシリーズ・キャラクターが登場しないノン・シリーズ作品ですが、昔読んですごく面白かった印象があり、今回読み直してもやはり面白かったです。

 クリスティ作品でノン・シリーズ作品は10作しかないそうで、その中で『そして誰もいなくなった』に次いで高い評価を得ていることを最近知りましたが(もちろん人によって好みはあり、そう高く評価しない人もいるが)読み直しても面白かったという点では、個人的にはかなり上位にくる作品。ある程度ストーリーが込入っているため、前に読んだのを忘れていて(つい確認の意味で長々とストーリーを書き出してしまった)、新鮮な(?)気持ちで読めた部分が多かったというのもあるかもしれませんが。

Why Didn't They Ask Evans? [1980] [VHS].jpgWHY DIDN'T THEY ASK EVANS 2.jpg 犯人は誰か(フーダニット)ということと、犯行の動機は何か(ホワイダニット)ということの両方のバランスがとれていますが、よく読むと犯人が複数であることは早い段階で明かされており、また、犯行の目的もやっぱり遺産目当てかということで、むしろこの作品での白眉は、ハウダニット(どうやって犯行を成し遂げたか)にあるかもしれません。

 作者の狙いもそこにあったと思われ、「なぜエヴァンズに頼まなかったのか?」というタイトルそのものが、そのことを端的に表しているように思います。

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS? .Pan.1980

「アガサ・クリスティ/なぜエヴァンズに頼まなかったのか?」 (80年/英) ★★★★

 1980年制作の英国ITV版「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」(フランセスカ・アニス主演)でもその部分がきっちり再現されていましたが、「なぜ、そのメイドに頼まなかったのかしら」と、プリチャードの最期の言葉と全く同じフレーズをフランキーに無意識的に言わせるところが上手いなあと。その言葉の意味の重要性にふと気づいて、それをフランキーに教えるボビイ。オリエント・カフェでのモイラとの対面では、そのフランキーが機転を利かせて...といった具合に、若い二人のコンビネーションも、本作の楽しめる部分です。

、エヴァンズに頼まなかったのか?.jpgミス・マープル なぜエヴァンズに頼まなかったのか01.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第16話)/なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」 (09年/英・米) ★★★☆
謎のエヴァンズ殺人事件.jpg
【1959年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(田村隆一:訳)/1960年文庫化[創元推理文庫)(長沼弘毅:訳『謎のエヴアンス』)]/1981年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/1989年再文庫化[新潮文庫(蕗沢忠枝:訳『謎のエヴァンズ殺人事件』)]/2004年再文庫化[偕成社文庫(茅野美ど里:訳『なぜエヴァンズにいわない?』)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(田村隆一:訳)]】謎のエヴァンズ殺人事件 (新潮文庫)

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ミス・マープルを"目撃証人"にして、自らのアリバイ作りに利用した犯人の大胆さ。

牧師館の殺人 クリスティー文庫 新訳.jpg[新訳] 牧師館の殺人 kurisu.jpg[旧訳] 牧師館の殺人 ハヤカワ文庫.jpg[旧訳] 牧師館殺人事件 sinntyou .jpg
カバーイラスト:安西水丸牧師館の殺人 (クリスティー文庫)』(新訳/羽田詩津子:訳) 『牧師館の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 『牧師館の殺人 (1978年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』(田村隆一:訳) 『牧師館殺人事件 (新潮文庫)』(中村妙子:訳)

The Murder at the Vicarage.jpgThe Murder at the Vicarage - Fontana.jpgThe Murder at the Vicarage - Fontana 839.jpg 小さな田舎村セント・メアリ・ミードにある牧師館の書斎で治安判事のプロズロー大佐が銃殺されているのが発見された。牧師館の住人であるレオナルドド・クレメント牧師とその妻グリゼルダが共に外出している時を狙って行われた犯行らしく、現場には被害者が6時20分に書いたと思われる手紙と、6時22分で止まった時計があった。しかしその時計は牧師が常日頃から15分進めていたもので、警察は犯行時間の特定に苦慮する。そうした中、プロズロー大佐の妻と恋仲に押し入っていた画家のローレンス・レディングが自首してくるが、らにその直後、今度は大佐の妻が自首してきた―。(First Edition Cover (1930)/Fontana (1961・1963))

THE MURDER AT THE VICARAGE  .jpg 1930年に刊行されたアガサ・クリスティ(1890‐1976)の作品で(原題:The Murder at the Vicarage)、ミス・マープルの長編初登場作品(短編では「火曜クラブ」(1928年)に先に登場。但し、『火曜クラブ』が短編集として刊行されたのは1932年)で本作の2年後)。

 早川書房のハヤカワ・(ポケット)ミステリに山下暁三郎訳(1954年)があり、その後ハヤカワ・ミステリ文庫に田村隆一訳(1978年)が、そして、それがクリスティー文庫(2003年)に収められ、その田村隆一訳のクリスティー文庫を羽田詩津子氏の新訳に置き換えたようですが(田村隆一訳から実質30年以上経っていたためか)、クレメント牧師の「手記」という体裁をとっている本作が、更にすらすら読めるようになったようにも思います。

THE MURDER AT THE VICARAGE. .Fontana 1988

 ミス・マープルの住まいと牧師館の位置関係などが図で示されていて、時間トリックなど、このシリーズにしては本格推理っぽい色合いもありますが、一方で、セント・メアリ・ミードの村の(殺人事件を抜きにすれば)長閑な様子や、老婦人たちのお喋りなど、ミス・マープル・シリーズに欠かせない要素が詰まっています。

 最初に画家のローレンス・レディングとロズロー大佐の2人が自首してきて、でも、お互いに相手を庇っての"勘違い"による自首だったということで、そうなると今度は別に怪しいのが4人も5人も出てきて、さあ、この中の誰が犯人か―という、読者の導き方が上手いなあと。

牧師館の殺人 dvd2.jpg牧師館の殺人 t2.jpg  結局、犯人は、物語の"脇役"が最後に突然浮かび上がってくるような、或いは、後から付け足したような人物ではなかった― 但し、こうなると、犯人は捜査がどのように行われるか計算づくであったばかりでなく、村の噂なども利用したことになります。更にスゴイことには、ミス・マープルが観察眼に長けた人物であることを予め見抜いたうえで、逆に彼女を"目撃証人"にして、自らのアリバイ作りに利用しているわけだから、大胆と言えば大胆、強者(つわもの)と言えば強者だったなあ。   「ミス・マープル(第5話)/牧師館の殺人」 (86年/英) ★★★

牧師館の殺人 o3.jpgMURDER AT THE VICARAGE 2004 01.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」 (04年/英) ★★★☆

【1954年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(山下暁三郎:訳)]/1976年文庫化[創元推理文庫(厚木淳:訳)]ミス・マープル最初の事件1978年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳(『ミス・マープル最初の事件』)]/1986年再文庫化[新潮文庫(中村妙子:訳)]/2003年再文庫化[早川書房・クリスティー文庫(田村隆一:訳)]/2005年再文庫化[偕成社文庫(茅野美ど里:訳)(『牧師館の殺人―ミス・マープル最初の事件』)]/2011年再文庫化[早川書房・クリスティー文庫(羽田詩津子:訳)]】

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"冒険ミステリ"と割り切ってリアリティを求めない方が楽しめる傑作。

ハヤカワ・ミステリ  チムニーズ館の秘密.jpg チムニーズ館の秘密 ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg チムニーズ館の秘密 クリスティー文庫.jpg   Bodley Head.jpg チムニーズ館の秘密09.jpg
ハヤカワ・ポケット・ミステリ/『チムニーズ館の秘密 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』/『チムニーズ館の秘密 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』/Bodley Head版

The Secret of Chimneys comic strip.jpg 旅行会社の社員として南アフリカで旅行案内人を務めるアンソニー・ケイドは、再会した友人のジェイムズ・マグラスから「おいしい話」を持ちかけられる。ジェイムズは以前、町で見かけた喧嘩から老人を救い出したが、それが大変な富豪であったと判ったのだという。しかし、先ごろその老人が莫大な財産を残して亡くなり、何故か彼に回顧録らしき原稿を送ってきたという。同封のメモによれば、期日までにロンドンの出版社に持ち込めば千ポンドの報酬を支払うとあるが、ジェイムズはどうしても手が離せない仕事を抱えているらしい。アンソニーはその原稿を持ってイギリスに帰国するが、すぐに怪しげな男たちに狙われ、バルカン半島の小国ヘルツォスロヴァキアに王政復古に絡む、国際的な騒動へと巻き込まれる。一方、ヘルツォスロヴァキアの王子が滞在するチムニーズ館で、深夜に一発の銃声が響き渡る。一体この場所で何が起きてるのか? 自らもチムニーズ館に乗り込むケイドだったが...。
BBC:Agatha Christie Comic Strip

The Secret of Chimneys 01.jpg 1925年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:The Secret of Chimneys)、クリスティの作品の中で『殺人は容易だ』(1939)、『ゼロ時間へ』(1944)など5作あるバトル警視ものの第1作であるとともに、おしどり探偵トミーとタペンスの『秘密機関』(1922)など8作ある冒険ミステリの内の1作。

 スパイ、大泥棒、悪党、冒険に積極的なヒロインと主人公のナイスガイ、更に敏腕刑事と、もう何でもありの感じで、フランスの大泥棒ってルパンみたいだし、国際的なスキャンダルが絡む点などは、ホームズの「ボヘミアの醜聞」みたいな雰囲気も。

 クリスティ自身も楽しんで書いたらしく、たいへん短い期間で書き上げた作品だそうですが、ともすると大味な冒険譚になりがちなところが、ストーリーは精緻で、文庫だと500ページ弱になりますが、途中、飽きさせる要素は殆ど無かったように思います。

Dust-jacket illustration of the first UK edition

The Secret of Chimneys - Pan.jpg 主人公アンソニー・ケイドと共に事件に巻き込まれていくヴァージニア・レヴェルも、ヒロインとしての魅力を十分に備えているし、初登場のバトル警視のヤリ手ぶりもいいです。強いてこの作品の難点を挙げれば、アンソニー・ケイドの視点から物語が描かれているにも関わらず、彼自身が大きな秘密を有していることで、それが最後になって読者に明かされるという点では、善意に解釈すれば"叙述トリック"ですが、見方によっては"後出しジャンケン"の印象も受ける点です。

Pan books (1956)

 但し、そのことを割り引いてもこの作品は面白いです。そう言えば、本作の翌年に発表された『アクロイド殺し』にも"叙述トリック"が用いられていますが、それでも"傑作"との評価が、"掟破り"との批判を超えていて、そうしたことはこの作品についても言えるのではないでしょうか。

THE SECRET OF CHIMNEYS.jpgThe Secret of Chimneys 02.jpg 最初から"冒険ミステリ"と割り切って、あまり現代スミステリの基準でのリアリティを求めない方が、素直に作品を楽しめるかも。個人的にはクリスティ作品の中でも傑作だと思っています。

 モーリス・ルブランの『カリオストロ伯爵夫人』が1924年の刊行、コナン・ドイルの5大短編集のラスト『シャーロック・ホームズの事件簿』が1927年の刊行と、そうした作品がこの作品の発表と前後していることを考えると、それらの作品と相対比較した場合、この作品はむしろ、実際の当時の国際政治情勢を反映させている点でリアリティもあり、また、プロットの巧みさ、複雑さにおいて、後のミステリ作家の作品に引けを取らない"現代ミステリ"であるとも言えるように思います。
THE SECRET OF CHIMNEYS .Pan.1976   
  
チムニーズ館の秘密 dvd.jpg第18話「チムニーズ館の秘密」02.jpgチムニーズ館の秘密 09.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第18話)/チムニーズ館の秘密
」 (10年/英・米) ★★☆  

【1955年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(赤嶺弥生:訳)]/1976年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(高橋豊:訳)]/1976年再文庫化[創元推理文庫(厚木淳:訳『チムニーズ荘の秘密』)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(高橋豊:訳)]】

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心理小説、文芸小説的な味わいのある作品。

杉の柩 ポケミス.jpg  杉の柩 ミステリ文庫.jpg  杉の柩 クリスティー文庫.jpg  杉の柩 hp.bmp SAD CYPRUS 2.jpg
杉の柩 (1957年) (世界探偵小説全集)』(恩地三保子:訳)『杉の柩 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-11))』『杉の柩 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 "Sad Cypress (Agatha Christie Collection)"(ハーパーコリンズ版1995)/Pan 1979

Sad Cypress (1940).jpg エリノアは幼馴染みの義理の従兄ロディーと婚約して幸せに浸っていたが、その二人の前にメアリイが現れ、彼女の出現でロディーが心変わりをし、婚約は解消され、激しい憎悪がエリノアの心に湧き上がる。そしてある日、彼女の作ったサンドイッチを食べたメアリイが死んだ。「犯人は私ではない!」と心の中で叫ぶエリノアの声が通じたかのように、名探偵ポワロが調査を開始する―。

 1940年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:Sad Cypress)、すごく面白いというわけでもないですが、初期作品に比べて登場人物の心理描写がキメ細やかで、これもまた「外れが少ないクリスティ作品」の1つではないでしょうか。

Sad Cypress 1963. Mass Market Paperback

 エリノアが法廷に立つ場面から始まる倒叙法を採っていますが、自分が嫉妬心に駆られていたことを自覚する彼女は、無罪を主張しながらも、自分が"無意識"にサンドイッチに毒を仕込んだかのような錯覚に陥りかけているという―こうした彼女の揺らめく心理の描写も含め、全体を通して、心理小説、文芸小説的な味わいのある作品です。

Sad Cypress - Pan 271.jpg 殺害されたメアリイは、門番の娘でありながら、野性の薔薇のように美しい女性であり、性格も素直。しかし、こうなってみると、その美しさも素直さも結果的には罪つくりであったといえ、そうしたこともあってか、彼女の心理には敢えて必要以上には踏み込んでいないように思いました。

 ポワロが調査を開始した契機は、屋敷の主治医でメアリイのことを密かに想っていた青年ピーター・ロードからの依頼であり、ラストで・ロードはエリノアに寄り添っていて、エリノアも彼の温かさを感じているという、ハッピーエンドとは言わないまでも、"壊れかけた"エリノアの"再生・再出発"を暗示している結末が良いです。

Sad Cypress 1954. Pan Books
 
 「彼女にはあなたが必要だ」とロードを後押しするポワロは、他の作品に類を見ない優しさ。この作品では、実質自分が事件を解決しながらも、法廷での事件の謎解きを全て弁護士にやらせ、自分は表に出てこないという謙虚さも見せています(そのことに物足りなさを感じるファンもいるようだが)。

 一方で、ミステリとしては、登場人物もそう多くないし、容疑者となると更に絞られるため、それほど意外性は感じられないかもしれません(しかも犯人は、「車掌・執事...」の言わば禁忌系であるし)。

名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 2003-2.jpgSad Cypress.jpg デヴィッド・スーシェ主演の「名探偵ポワロ」シリーズでも映像化されていますが、フランスの、ポワロやミス・マープルに代わってラロジエール警視とランピオン刑事が事件解決にあたる「クリスティーのフレンチ・ミステリー」シリーズでも2010年にTVドラマ化されていて、どのような味付がされているのかは観てのお楽しみです。ただ、個人的には、比較的原作に忠実に作られているデヴィッド・スーシェ版の方が良かったです。
「名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩」 (03年/英) ★★★☆ 

クリスティのフレンチ・ミステリー/杉の柩.jpgクリスティのフレンチ・ミステリー⑥杉の柩03.jpg 「クリスティのフレンチ・ミステリー(第6話)/杉の柩」 (10年/仏) ★★★


【1957年新書化[ハヤカワ・ミステリ]/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]/2004年再文庫化[クリスティー文庫]】

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論理的には精緻で凝っているが、犯行手口などに不自然な点も多いのでは。トータルではほぼ満足。

ハヤカワ・ポケッ「予告殺人」.jpg「予告殺人」ハヤカワ・ポケットミステリ, 1956, 1972(7th).jpg予告殺人 ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg 予告殺人 クリスティー文庫.jpg 予告殺人 ハ―パーコリンズ版.jpg 予告殺人 2002.bmp
予告殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』(田村隆一:訳)/『予告殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』/ハ―パーコリンズ版(1998/2002)
ハヤカワ・ミステリ(田村隆一:訳)(1956/1972(7th))

予告殺人 1953.bmp予告殺人 1963.bmp予告殺人 英国フォンタナ版.jpg 英国の田舎町である朝、地元新聞の広告欄に「殺人お知らせします」という記事が掲載される。何か面白いゲームだと思った物見高い近所の人々が、予告時間に合わせ、殺人が起きる場所に指定された女主人レティシア・ブラックロックの住まうリトル・パドックスを訪ねる。そして、まさに時計の針が予告された時刻を指したとき、銃声が響きわたる―。

英国・Fontana版(1953/1963/1980)

 1950年に刊行されたアガサ・クリスティのミステリ長編(原題:A Murder Is Announced)で、60歳にしての50作目の作品とのことですが、「クリスティ自選のベストテン」にも「日本クリスティ・ファンクラブ員の投票によるクリスティ・ベストテン」にもランクインしている作品であり、また、江戸川乱歩は、クリスティ作品の中で「面白かったもの」のべスト8に挙げていて、それらの中でも『アクロイド殺し』と並んでこの作品を高く評価をしています。
 
 「予告殺人」が実際に起きてしまったということで、最初はぐぐっと惹き込まれたけれども、登場人物が多くて、それらの会話や描写が続き、一旦はやや冗長かなあという気持ちになりかけた...。ところが途中で、実はこうした描写の中に、事件の鍵を解く伏線が張られているらしいことに気づき、改めて遡って読み直してみたりして、それでも犯人は誰か最後の最後まで分からなかったわけですが、ミステリ通やクリスティのパターンに通暁している人の中には、逆に、早々に犯人が判ってしまって意外性の乏しかったという人もいるようです。自分はホント、全然見当もつきませんでした。

予告殺人 米国ポケットブックス版.jpg この小説の最初の事件トリックは、クリスティが隣家を使わせてもらって実地検証したそうで、作品全体を通しても、論理的に精緻な構成であり、江戸川乱歩もこの点を高く評価したのではないかと思います(作中で話題となるダシ―ル・ハメットの作品にも、類似したトリックがあるが)。

 そうした意味では本格推理っぽい色合いもありますが、しいて言えば、犯人がこうしたややこしい方法をわざわざ選んだというのがやや不自然と言うか技巧的に思え、「ミステリのための手段」とでも言うか、非現実的に思えなくもない...。但し、そうは思いながらも結局のところ面白く読め、わけありの登場人物が多くいるなかで、真犯人の"意外性"にもインパクトがあったし(しかも、とってつけたような犯人ではなく、最初から物語の中心にいた人物!)、第1の殺人にもちゃんとした理由があったわけだなあと。。

米国・ポケットブックス版(1972) (Cover Illustration By Tom Adams)

 この難事件も、セント・メアリ・ミードから事件解決のために呼ばれたミス・マープルが見事に事件の背後にあるものを洞察し、「実はこうだったのよ」みたいな感じで最後にその全容を明かしてみせるのですが、人間観察に長けたミス・マープルらしい謎解きであることは認めるとして、こんなに"なりかわり(なりすまし)"がダブっていたのでは、普通の読者には見当もつかないのではないかと思いましたが、そこが面白いのでしょう。確かに凝っていると言えば凝っているし、ミス・マープル物の中でこの作品を最高傑作とする人も多いというのには頷けます。

 前半はやや冗長感があったものの(実は謎解きのヒントがいっぱいあった?)、英国の田舎町の人々の生活の様子がよく伝わってきました。物語で想定されている事件の起きた年は1949年で、こののんびりした田舎の雰囲気や暮らしぶりは、日本の昭和24年頃とは随分差がある感じ。

予告殺人 dvd.jpgマープル 予告殺人 レティシア・ブラックロック夫人.jpg こんな殺人予告記事が校閲に引っ掛かりもせず新聞に掲載されたり(ローカル紙と言うよりコミュニティ紙であり、そのあたりは鷹揚と言うか、いい加減?)、その記事によって村の人々がそこそこ興味本位で集まっても警察だけは来なかったりと(事件がまだ起きたわけではないからと言えばそれまでなのだが)、気になった点も幾つかありましたが、トータルで見れば、個人的にはほぼ満足のいく作品でした。

「ミス・マープル(第3話)/予告殺人」 (85年/英) ★★★★

予告殺人.jpgAgatha Christie's Marple - 'A Murder is Announced' (2005).jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第4話)/予告殺人」 (05年/英) ★★★☆
 

 
 
 

 【1955年ポケット版[ハヤカワ・ミステリ(田村隆一:訳)]/1976年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(田村隆一:訳)]】

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乱歩曰く、"メロドラマとトリックの驚異の組み合わせ"。犯人像の意外性もいい。

ゼロ時間へ ポケミス.jpg ゼロ時間へ ハヤカワ文庫.jpg  ゼロ時間へ クリスティー文庫.jpg    ゼロ時間へ ハ―パーコリンズ版.jpg ハ―パーコリンズ版
ゼロ時間へ (1958年) (世界探偵小説全集)』(田村隆一:訳) 『ゼロ時間へ (ハヤカワ・ミステリ文庫)』 『ゼロ時間へ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』(三川基好:訳)

Towards Zero.bmp 金持ちの老婦人の住む河口の避暑地ソルトクリークの別荘に夏休み滞在することになったのは、プロテニス選手の甥とその新妻及び前妻、更にその2人の女性にそれぞれ恋心を抱く2人の男たち―嫉妬や恨みが渦巻く一触即発の雰囲気の中で、老婦人が惨殺されるという事件が起きる―。

 アガサ・クリスティが1944年に発表した長編ミステリで、タイトル(原題:Towards Zero)は、物語のプロローグでミステリ好きの高名な弁護士が語る、ミステリは殺人が起きたところから始まるがそれは誤りであって、殺人は結果であり、物語はそのはるか以前から始まっている、との論に由来しています。つまり、すべてがある点に向かって集約して「その時」に至るのであって、そのクライマックスが「ゼロ時間」であると―。
"Towards Zero" (1944)

Towards Zero -Pan 54.jpgTowards Zero - Fontana.jpg 実際、この作品では殺人事件は物語の中盤過ぎに起こりますが(なかなか起きないので、最後に起きるかとも思ってしまった)、それまでに、主要登場人物の誰が犯人でああっても不思議ではないような状況が見事と言っていいまでに出来上がっていて、まず、かなり明白な状況証拠から、テニス選手の甥が第一容疑者として浮かび上がる―。

Pan Books (1948)/Fontana (1959)

 初読の際は、完全に裏をかかれました。最初、その高名な弁護士が探偵役を務めるのかと思いましたが、途中で舞台から去ってしまい...。但し、弁護士は、犯人は誰であるかを示唆していて、もう犯人は判ったつもりで読み進んでいたのですが...。

Christie TOWARDS ZERO .Fontana rpt.1981.jpg 事件の捜査にあたったのは、ポアロもので脇役登場していたバトル警視で、彼はこの作品でしか本領を発揮していないようですが、ポアロがいてくれればとか言ってボヤきながらも頑張っています。但し、本当に事件解明に繋がる鋭い閃きを見せたのは、冒頭と最後の方にしか登場しない、たまたま当地に滞在していた自殺未遂の心の傷を克服しつつある男ではなかったのかなあと。

TOWARDS ZERO .Fontana.1981

 この作品は、作者自身がマイベスト10に選んでいて、日本の「クリスティー・ファンクラブ」の会員アンケートでもベスト10に入っている作品です。因みに両方でベスト10入りしているのは「そして誰もいなくなった」「アクロイド殺し」「オリエント急行の殺人」「予告殺人」とこの作品の5つです。しかも、江戸川乱歩が選んだクリスティ作品のベスト8にも入っています。

 人間模様の描き方とミステリとしてのトリックの完成度もさることながら、もう1点個人的に感嘆したのは意外だった犯人像で、犯人は、ある種の異常者(サイコパス)だと思うのですが、こんな人物造形もあるのかと(これに比べたら、近年のサイコスリラーの犯人像は、あまりにパターンに嵌り過ぎではないか)。

ゼロ時間の謎.jpg 2007年にフランス映画としてパスカル・トマ監督により映画化されていますが(邦題「ゼロ時間の謎」)、舞台(ブルターニュ地方に改変)も登場人物も現代のフランスに置き換わっていて、90歳のダニエル・ダリューが老婦人役を、カトリーヌ・ドヌーヴとマルチェロ・マストロヤンニの娘キアラ・マストロヤンニが、テニス選手の前妻を演じています。

 映画では、事件の解決にあたるのはバトル警視ならぬバタイユ警視ですが、英国のグラナダ版では、原作には登場しないミス・マープルが事件を解決します。確かに、ポワロよりはミス・マープル向きの舞台ではあるかも知れませんが、ちょっとねえ。

ゼロ時間へ dvd.jpg第11話/ゼロ時間へ 00.png第11話/ゼロ時間へ 01.jpg
アガサ・クリスティー ミス・マープル(第11話)/ゼロ時間へ」 (07年/英) ★★★☆

 【1958年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(田村隆一:訳)/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(三川基好:訳)]】

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ミス・マープルにして見れば難事件では無かった。ロマンス話もあって、雰囲気を楽しむ作品?

動く指 hpm.jpg       動く指 ハヤカワ文庫.png       動く指 クリスティ文庫.jpg
動く指 (1958年) (世界探偵小説全集)』ハヤカワ・ポケット・ミステリ『動く指 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』['77年] 『動く指 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』['04年] 

動く指 ハーパーコリンズ版.jpg動く指2002.bmp動く指2007.bmp 戦時中の飛行機事故で傷を負って傷痍軍人となったジェリー・バートは、療養のため妹ジョアナとともにリムストックの外れの村のリトル・ファーズ邸に住むことになり、弁護士のディック・シミントンの妻のモナ、医師オーエン・グリフィスの妹のエメ、カルスロップ牧師の妻のデインらと知り合うが、間もなく、悪意と中傷に満ちた匿名の手紙が住民に無差別に届けられるようになり、陰口、噂話、疑心暗鬼が村全体を覆うようになる。
"The Moving Finger" ハーパーコリンズ版(1995/2002/2007)

THE MOVING FINGER Dell (US) rpt.1975.jpgTHE MOVING FINGER .Fontana rpt.1986.jpg そうした中、シミントン弁護士の妻のモナが、手紙が原因の服毒自殺と思われる死を遂げる。シミントン家にはモナと前夫との娘のミーガン・ハンター、現在の夫ディックとの間の2人の子とその家庭教師のエリシー・ホーランド、お手伝いのアグネスとコックのローズが住んでいたが、事件当日はモナ以外全員が外出し、モナ一人の時に匿名の手紙が配達されて来たらしい。自殺現場には「生きていけなくなりました」とのメモがあった。そして今度は、お手伝いのアグネスの行方がわからなくなった。アグネスは行方不明になる少し前に、前の奉公先であるリトル・ファーズ邸のお手伝いパトリッジに相談があると電話していたが、約束の時間に現れず、翌朝シミントン家の階段下物置で死体となって発見される。解決を見ない事件の成り行きに、ミス・マープルに声が掛かる―。 
THE MOVING FINGER .Fontana 1986

THE MOVING FINGER Dell (US) 1975

動く指43.bmp動く指42.bmp 1943年に刊行された(米版は1942年に刊行)アガサ・クリスティのミステリ長編で(原題:The Moving Finger)、ミス・マープルものですが、ミス・マープルが登場するのはかなり後の方になったから。それも、挨拶がてら登場したかと思いきや、次に登場するのはラストで、その時には事件は解決しているけれども、その謎を解いたのはミス・マープルだったというような、「事後的説明」的な作りになっています。

Collins(1943)/Dodd Mead(1942)

 ミス・マープルのファンにすればやや物足りない展開ですが、イギリスの田舎町の人々の暮らしぶりはよく描かれているように思えました(戦時中にしては、結構のんびりしている?)。
 マープルものだからといって、事件が起きた途端に最初から彼女が登場するものばかりではなく、作品によってはこういうのもあります。こうしたバリエーションの豊かさも作者ならではで、これもまた、その力量の証なのでしょう。ミス・マープルの住むセント・メアリ・ミード村近辺でばかり事件が起きていても不自然だし、時々"出張"もしているわけです。

The Moving Finger - Pan 55.jpg動く指61.bmp動く指1971.bmp 田舎町でブラック・メールの飛び交うという、暗っぽい話のようでありながらそうでもないのは、主人公のジェリーとジョアナ兄妹の気の置けない遣り取りによってその暗さが中和されていて、その上更にそれぞれの恋愛が絡んでいたりするからでもあり、読み終えてみれば、結構ハートウォーミングな話だとも思えたりしました(この作品は、作者自身のマイベスト10に入っている)。

  Fontana(1961/1971)
Pan Books (1950)

 その分、ミステリとしてはそれほど凝ったものでもなく、村人や地元警察は暗中模索するも、ミス・マープルにしてみればお茶の子さいさいで事件を解決といった感じでしょうか。

 「動く指」というのは、まさにブラック・メールをタイプし、ポストに投函する「指」を意味していますが、この「動く」には、「何か不気味なことを引き起こす」という意味もあるとのこと。これが同時に、編み物をするミス・マープルが、こんがらがった編み物の糸口を見出すかのように事件を解決する、その「指」(手腕)にも懸っているのは、タイトルの妙と言えます。
 
動く指 2.jpg この「動く指」は、ジョーン・ヒクソンがミス・マープルを演じた〈BBC〉のTVシリーズの1作として'85年にドラマ化されていますが、最近では、「シャーロック・ホームズの冒険」や「名探偵ポワロ」で定評のある英国〈グラナダTV〉が「新ミス・マープル」シリーズの1作として'06年ドラマ化しており(マープル役はジェラルンディン・マッキーワン)、更に'09年フランスで、「ABC殺人事件」「無実はさいなむ」「エンドハウスの怪事件」と併せた4作が〈France2〉でドラマ化され、このフランス版は日本でも〈AXNミステリー〉で「クリスティのフレンチ・ミステリー」として今年('10年)9月に放映されました。

動く指 1シーン.jpg 最近のものになればなるほど原作からの改変が著しく、「クリスティのフレンチ・ミステリー」ではポワロやマープルは登場せず、彼らに代わって事件を解決していくのは、ラロジエール警視(アントワーヌ・デュレリ)とランピオン刑事(マリ動く指 dvd.jpgウス・ コルッチ)のコンビ、その中でも「動く指」は、アル中の医者に、色情狂のその妹、偽男色家の自称美術品収集家に...といった具合に、キャラクター改変が著しいばかりでなくやや暗い方向に向かっていて、一方で、随所にエスプリやユーモアが効いたりもし(この「暗さ」と「軽妙さ」の取り合わせがフランス風なのか)、また、結構エロチックな場面もあったりして(こういうのを暗示で済まさず、実際に映像化するのがフランス風なのか)、少なくとも一家団欒で鑑賞するような内容にはなっていません(この辺りが、NHKで放映されない理由なのか)。

「クリスティのフレンチ・ミステリー/動く指」●原題:LES PETITS MEURTRES D'AGATHA CHRISTIE/ LA PLUME EMPOISONNEE●制作年:2009年●本国放映:2009年9月11日●制作国:フランス●監督:エリック・ウォレット●出演:アントワーヌ・デュレリ/マリウス・コルッチ/Christophe Alévêque/Laurence Côte/Anaïs Demoustier/Cyrille Thouvenin/Catherine Wilkening/Olivier Rabourdin●原作:アガサ・ クリスティ●日本放映:2010/09●放映局:AXNミステリー(評価:★★★)

動く指 dvd2.jpg動く指 1985 02.jpg動く指 1985 01.jpg 「ミス・マープル(第2話)/動く指」 (85年/英) ★★★★
                                                                                     
                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                        

アガサ・クリスティー ミス・マープル/動く指 09.jpg動く指 02.png第6話/動く指.png「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第6話)/動く指」 (06年/英) ★★★☆
 
 

【1958年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(高橋豊:訳)/1977年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(高橋豊:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(高橋豊:訳)]】 

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単なるサイコ・スリラーで終わらないどんでん返し。リアリティを保つドラマとしての肉付け。

『ABC殺人事件』.jpgABC殺人事件 ポケミス.jpg ABC殺人事件 クリスティー文庫.jpg  ABC殺人事件 ハ―パーコリンズ版.jpg ABC殺人事件 2001.bmp
ABC殺人事件 (1957年) 』(鮎川信夫:訳) 『ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』['03年](堀内静子:訳)  HarperCollins版(1995/2001)
ABC殺人事件 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』(田村隆一:訳/真鍋博:カバーイラスト)

The ABC Murders -Great Pan.jpgトム・アダムズ108「ABC殺人事件」.jpg ある日ポアロの元へABCと名乗る人物から殺人予告とも取れる一通の手紙が届き、そして予告通り、アンドーヴァの地で小売店のアッシャー夫人が撲殺され、更に2通目、3通目の予告状も届き、ベクスヒルで若い女性バーナードが、更にチャーストンでクラーク卿が殺される。この連続殺人には、殺人が行われた地名と被害者の頭文字がAとA、BとBのように一致していることと、死体のそばに必ず「ABC鉄道案内」が置かれているという2つの共通点があった―。 米国版(表紙イラスト Tom Adams)
Pan Books First edition published in 1958.

ABC殺人事件1962.bmp 1935年に発表されたアガサ・クリスティの長編推理小説で(原題:The ABC Murders)、一見無関係な殺人事件が連続して起きる「ミッシング・リンク・テーマ」の決定版とされている作品であり、更には、サイコ・スリラーという点でも、80年代のトマス・ハリスや90年代のジェフリー・ディーバーの諸作品の先駆け的要素を持った作品であると言えます。

 但し、近年のサイコ・スリラーやクライム・ドラマに見られるような、所謂「サイコ」(サイコパス)というパターン化した怪物的犯人像と、この作品で犯人と目される人物のキャラクターとでは、同じく精神を病んでいるにしても随分と趣が異なり、更には、「サイコ」を徐々に追い詰めて、最後に捕まえて事件は解決というパターンではなく、更にそこから大きな「どんでん返し」がある点でも、クリスティのオリジナリティの高さを感じます。

Fontana版(1962)

「ABC殺人事件」.jpg 一方で、その「どんでん返し」を振り返って思うに、捜査を攪乱させるためとは言え、ここまでやるかなあ犯人は、という印象はあり、先に挙げたジェフリー・ディーバーの『魔術師(イリュージョニスト)』('03年発表、'04年文藝春秋、'08年文春文庫)の犯人などもまさに同じ手法を用いており、確かにこうした犯行技巧は現代ミステリにも受け継がれてはいるのでしょうが、どうしてもこの手のやり口は、犯人サイドから見て労力と結果の対比効率が良くないのではないかと思ってしまいます。

 ただ、クリスティのエラいところは、そうした批判をも見通して、人間ドラマとしての肉付けをしっかりすることにより、一定のリアリティを最後まで保持しようとしているところにあるのではないかと。
Grosset & Dunlap later edition in USA

 だから、読者を、「これは推理小説であり、要は"お話"なのだ」みたいな読み方には最後までさせない、この辺りが、「ミステリの女王」の真骨頂なのではないかと、個人的には思います。


クリスティのフレンチ・ミステリー/ABC殺人事件.jpg 事件の序盤で、ポアロがヘイスティングスの問いに、犯人は「中背の赤毛の男で、左目が軽いややぶにらみ」で、「右足をやや引き摺り、肩甲骨のすぐ下には黒子がある」と言う場面があり、これは、まだ犯人について何も分っていないのに「シャーロック・ホームズ流の推理」を聞きたがるヘイスティングスに対する苛立ちと皮肉を込めた冗談なのですが、同時に、シャーロック・ホームズの推理的卓抜(コナン・ドイルの作風)の非現実性を皮肉っているようにも取れました。
「クリスティのフレンチ・ミステリー(第1話)/ABC殺人事件」 (09年/仏) ★★★☆

ABC殺人事件 新潮文庫.jpg 【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(鮎川信夫:訳)/1959年文庫化[創元推理文庫(堀田善衛:訳)/1960年再文庫化・1996年改版版[新潮文庫(中村能三:訳)/1962年文庫化[角川文庫(能島武文:訳)/1974年再文庫化[講談社文庫(久万嘉寿恵:訳)]/1987年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/1990年再文庫化[偕成社文庫(深町真理子:訳)]/2000年再文庫化[講談社青い鳥文庫(花上かつみ:訳)]/2003年再文庫化[創元推理文庫(深町真理子:訳)/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(堀内静子:訳)]】

ABC殺人事件 (新潮文庫)

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"禁じ手"にこだわるかどうかは別として、ポアロ推理の真骨頂を堪能できる作品。

「アクロイド殺し」雄鶏社 1950年刊.jpgアクロイド殺し ハヤカワミステリ.jpg アクロイド殺害事件 創元推理2004.jpg アクロイド殺し クリスティー文庫.jpg アクロイド殺し クリスティー文庫2.jpg アクロイド殺人事件8.jpg
アクロイド殺し (1950年) (おんどりみすてりい)』(松本恵子:訳)雄鶏社『アクロイド殺し (1955年) Hayakawa Pocket Mystery 224』『アクロイド殺害事件 (創元推理文庫)』( 大久保康雄:訳) 『アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』(羽田詩津子:訳)「名探偵ポワロ[完全版]Vol.28 [DVD]

アクロイド殺しhc.bmp 村の名士ロジャー・アクロイドが短刀で刺殺されるという事件が起きるが、容疑者であるアクロイドの義子ラルフ・ペイトンは姿をくらまし、事件は迷宮入りの様相を呈す。アクロイドの主治医シェパードはこうした状況を手記にまとめ、事件の謎を解決しようとする一方、アクロイドの義妹セシルの娘で、ラルフの婚約者であるフローラは、村に越して来たばかりの変人がポワロであることを知って、犯人の捜査を依頼する―。

The Murder of Roger Ackroyd.jpg 1926年に発表されたアガサ・クリスティの長編推理小説で(原題" The Murder of Roger Ackroyd")、クリスティの6作目の長編で、エルキュール・ポワロ・シリーズでは3作目ですが、シリーズの中でも傑作とされており、クリスティの全作品を通しても、作者自身がマイベスト10に選んでいて、日本の「クリスティー・ファンクラブ」の会員アンケートでもベスト10に入っている作品です。因みに両方でベスト10入りしているのは「そして誰もいなくなった」「オリエント急行の殺人」「予告殺人」「ゼロ時間へ」とこの作品の5つです。個人的にも傑作だと思います。

"The Murder of Roger Ackroyd" 初版カバー復刻版(HarperCollins Publishers、2006)

 この作品の評価で最も議論になるのが、小説の形式そのものにトリックがあることで、これは読者に対しての所謂"禁じ手"ではないかということですが、確かに全く引っ掛かりを覚えないかと言うとそうではないものの、推理小説としての構成が素晴らしいので、やはり高評価に値するように思います。

アクロイド殺し 英国Fontana版 1960.jpgアクロイド殺し 1963.jpgアクロイド殺し1983.bmp 多くの主要登場人物のすべてを容疑者とし、実際にそれぞれに被害者殺害の機会があったことを読者にも示しながら、緻密且つ論理的に検証していくとただ1人の犯人に必然的に行きつくという、ポワロ推理の真骨頂を堪能できる作品ではないでしょうか。シリーズの前作同様に「一人称小説」でありながら、それが「手記」でもあったというところで、そう言えばそれまであまり追及を受けていない者が...とは思ってはしまうものの、自分のような推理音痴にはこれぐらいがちょうどいい? 長編でありながらも無駄のない構成で、それでいて、"ミス・マープルの原型"とされるシェパード医師の妻キャロラインの事件への"首突っ込みたがり屋"ぶりが可笑しかったりもしました。一方、この作品の最後の方のポワロはちょっと怖いかもね。

英国・Fontana版 (1960/1963/1983) 

アクロイド殺人事件01.jpg 英国LWT制作デヴィッド・スーシェ主演の「名探偵ポワロ」シリーズで、第46話(本国放映2000年)として映像化されていますが(ロング・バージョン)、叙述トリックの部分をどう描くかという点は工夫されていたように思います(ポワロが片田舎の村で畑仕事に精を出しているという冒頭部分は原作と同じたが、映像化作品では彼は既に第一線を退いたことになっている)。

アクロイド殺人事件02.jpg 結果的に映像化作品の方は、「映像のウソ」を回避するために(叙述トリックの形をとらず)普通の推理小説のスタイルに戻しつつも、手記の存在は、誰がそれを書いたのか終盤まで観る者には分からないという形をとることで生かすという(誰がそれを書いたのか推理することはそう難しくないか?)、原作の"風味"を無くさないための工夫がされており、それは成功しているように思います。但し、原作の最大のポイントが(その是非はともかく)叙述トリックにあるとするならば、若干もの足りないものにならざるを得ないのは仕方がないか。

 ラストの犯人とポアロ並びに警部の追走劇はTV向けの改変であり、それまでにも登場人物の設定に一部改変がありますが、プロット的には概ね原作通りだったのではないでしょうか。

アクロイド殺人事件48.jpg「名探偵ポワロ(第46話)/アクロイド殺人事件」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON7: THE MURDER OF ROGER ACKROYD●制作年:1999年●制作国:イギリス●本国放映:2000/01/02●監督:アンドリュー・グリーブ●脚本:クライブ・エクストン●時間:103分●出演:デビッド・スーシェ(ポワiアクロイド殺人事件03G.jpgロ) /フィリップ・ジャクソン(ジャップ警部)/マルコム・テリス(ロジャー・アクロイド)/オリバー・フォード・デイヴィーズ(ジェームズ・シェパード医師)/セリーナ・カデル(キャロライン・シェパード)/ロジャー・フロスト(パーカー)/マルコム・テリス(ロジャー・アクロイド)/ナイジェル・クーク(ジェフリー・レイモンド)/デイジーバーモント(アーシュラ・ボーン)/フロラ・モンゴメリー(フロラ・アクロイド)●日本放映:2000/12/30●放映局:NHK(評価:★★★☆)

アクロイド殺人事件 新潮文庫.jpg 【1955年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(松本恵子:訳『アクロイド殺し』)]/1957年文庫化[角川文庫(松本恵子:訳『アクロイド殺人事件』)/1958年再文庫化・1987年改版[新潮文庫(中村能三:訳『アクロイド殺人事件』)/1959年再文庫化・1975年・2004年改版[創元推理文庫(大久保康雄:訳『アクロイド殺害事件』)/1979年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳『アクロイド殺し』)]/1998年再文庫化[偕成社文庫(茅野美ど里:訳『アクロイド殺人事件』)]/1998年再文庫化[集英社文庫(雨沢泰:訳『アクロイド殺人事件―乱歩が選ぶ黄金時代ミステリーBEST10(6)』)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(羽田詩津子:訳『アクロイド殺し』)]/2004年再文庫化[嶋中文庫(河野一郎:訳『アクロイド殺害事件』)]/2005年再文庫化[講談社青い鳥文庫(花上かつみ:訳『アクロイド氏殺害事件』)]】

アクロイド殺人事件 (新潮文庫)』(中村能三:訳)

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ミス・マープルのシリーズの中でも傑作。ラストの哀しい余韻がいい。

鏡は横にひび割れて ハ―パーコリンズ版.jpg鏡は横にひび割れて  ハヤカワ・ミステリ.jpg  鏡は横にひび割れて  ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg 鏡は横にひび割れてクリスティー文庫.jpg 鏡は横にひび割れてdvd.jpg
"The Mirror Crack'd from Side to Side" ハ―パーコリンズ版『鏡は横にひび割れて (1964年) 』『鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』「ミス・マープル 第11巻 鏡は横にひび割れて [DVD]

THE MIRROR CRACK'D .Pocket (US) 1964.jpg ミス・マープルの住むセント・メアリ・ミード村にある邸宅ゴシントン・ホールに、往年の大女優マリーナ・グレッグが夫ジェースン・ラッドと共に引っ越して来て、その邸宅で盛大なパーティが開かれるが、その最中に招待客の1人で地元の女性ヘザー・パドコックが変死し、死因はカクテルに入っていた薬物によるものだったことが判明する―。

THE MIRROR CRACK'D .Pocket (US) 1964

 アガサ・クリスティ(1890‐1976)が1962年、72歳で発表した作品で(原題"The Mirror Crack'd from Side to Side")、犯人の動機やラストの余韻が忘れ得ない作品、ミス・マープルのシリーズの中でも傑作中の傑作ではないかと思います。

 タイトルの「鏡は横にひび割れて」は、マリーナがパーティでミセス・パドコックと言葉を交わした直後に見せた、凍りついたような謎の表情が、ヴィクトリア朝の詩人テニスンの「シャロット姫」の中で、鏡が横にひび割れ、シャロット姫が、呪いが我が身にふりかかったことを知った時の表情にも思えたところからきています。

 この後にミセス・パドコックは、誰かにぶつかって飲み物をこぼし、代わりにマリーナから渡されたグラスを飲み干して死ぬ、ということで、犯人はもともとマリーナを狙っていたのか、それとも...。

鏡は横にひび割れて 1971.jpg やがて、何らかの秘密を握るジェースンの秘書エラ・ジーリンスキーが毒殺され、第3の殺人事件も起きますが、ストーリーそのものはシンプル(作品が永く印象に残る1つの要因だと思う)、但し、妊娠中の女性が水疱瘡に感染すると胎児に危険を及ぼすという知識はあった方がいいかも。

 最後に犯人は睡眠薬で自殺を遂げますが、本当に自殺だったのか、それとも、犯人のことを想う身内が裁いたのかという謎が残り、ミス・マープルの推論は後者のようですが、哀しいなあ、この結末。マープルもそれ以上のことは追及しないような終わり方です。

英国・Fontana版 (1971) (Cover Illustration By Tom Adams)

 ガイ・ハミルトン監督によって映画化された「クリスタル殺人事件」('80年/英)は、マリーナがエリザベス・テーラー、 エラがジェラルディン・チャップリン、 ジェースンがロック・ハドソンと、豪華顔ぶれですが、残念ながら未見(但し、原作とはかなり違っているという噂)、代わりにBBCのテレビ版('92年)の方を見ましたが、これ、かなり原作に忠実に作られているように思いました。

The Mirror Crack'd 1992 01.jpgThe Mirror Crack'd 1992 03.jpg 導入部では、例のミス・マープルと近所のおばさんや小間使いとの間の世間話なども織り込まれていて、最初はいつもフツーのおばあさんにしか見えないミス・マープルですが、事件が進展していくと一転して鋭い洞察をみせ、相当早くに犯人の目星をつけてしまったみたいで、後は、残った疑問点を整理していくという感じでしょうか(最大の疑問点は犯行動機、これが事件の謎を解くカギになる)。原作と同じようにエンディングで余韻を残していて、この点でも原作に忠実でした。

The Mirror Crack'd  07.jpgThe Mirror Crack'd 1992 02.jpg テレビ版でもこれまで何人かの女優がミス・マープルを演じていますが、BBCが最初にシリーズ化した際にマ―プルを演じたジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)は好きなタイプで、生前のクリスティ本人から「年を経た暁には、ミス・マープルを演じて欲しい」と言われたという逸話があるそうです(この「鏡は横にひび割れて」は、シリーズ全12話の最後の作品で、ジョーン・ヒクソンはこの時85歳くらいかと思われるが、非常にしっかりしている)。

The Mirror Crack'd 1992 Joan Hickson.jpgThe Mirror Crack'd 1992 スラック警部.jpg この「鏡は横にひび割れて」には、同じテレビテレビシリーズの「予告殺人」で捜査に当たったクラドック警部(ジョン・キャッスル)が、原作に沿って再び登場し(どうやらやり手であるがために出世が遅れているらしい)、いつも登場するスラック警部(デヴィッド・ホロヴィッチ)は「警視」に昇進しています(スラック警視はクラドック警部の有能さを買っている)。

 シリーズを通してミス・マープルに対抗心を抱きながらいつも先を越され、苦虫を噛み潰してきたスラック警部が、「警視」に昇進して自らが直接捜査に当たる必要がなくなった余裕からか、これまでのミス・マープルを無視しようとする姿勢を全面的に改め、クラドック警部にミス・マープルに相談するようアドバイスする場面が個人的には愉快でした(実はクラドック警部はミス・マープルの甥で、彼女の卓抜した推理力については既知である)。スラック警部は、ミス・マープルのおかげで昇進できたということでしょうか。そして、本人にもその自覚がある? シリーズ最終話らしいオチでした。

ミス・マープル 鏡は横にひび割れて BBC.jpg 本作はビデオ('98年)にもDVD('02年)にもなっているし、最近ではAXNで観ました(ジョーン・ヒクソンの吹き替えを担当している山岡久乃(1926‐1999)もいい)。ビデオ化される以前にテレビ東京「午後のロードショー」で放映されています('97年)。(いずれも短縮版) 

 '98年リリースのVHS版では第12話、DVD版は第11話になっていますが、本国での放映年からみると第12話(最終話)。最初に出されたDVDがシリーズ全12話中11話収録(「ポケットにライ麦を」が欠落)だった関係でしょうか?その後出された完全版DVD‐BOX1とBOX2で全12話がフォローされているようだが第11話のまま。そもそもビデオ・DVDの収録順は全体を通して本国でのドラマ版制作順と一致していないようです。 「ミス・マープル[完全版]VOL.11 [DVD]

ミス・マープル 完全版 DVD-BOX.jpgミス・マープル[完全版]DVD-BOX 2

Disc 7:「ポケットにライ麦を」(A Pocket Full of Rye)
Disc 8:「牧師館の殺人」(The Murder at the Vicarage)
Disc 9:「動く指」(The Moving Finger)
Disc 10:「魔術の殺人」(They Do It with Mirrors)
Disc 11:「鏡は横にひび割れて」(The Mirror Crack'd)
Disc 12:「予告殺人」(A Murder Is Announced)

The Mirror Crack'd from Side to Side 1992.jpg「ミス・マープル(第12話)/鏡は横にひび割れて」●原題:The Mirror Crac'd from Side to Side●制作年:1992年●制作国:イギリス●監督:ノーマン・ストーン●製作:ジョージ・ガラッシオ●脚本:T・R・ボーウェン●撮影:ジョン・ウォーカー●原作:アガサ・クリスティ●時間:日本放映版93分(完全版204分)●出演:ジョーン・ヒクソン(マープル)/クレア・ブルーム(マリーナ・グレッグ)/バリー・ニューマン(ジェイソン・ラッド)/グエン・ワトフォード(ドリー・バントリー)/ジョン・キャッスル(ダーモット・クラドック警部)/コンスタンチン・グレゴリー(アードウィック・フェン)/グリニス・バーバー(ローラ・ブルースター)/エリザベス・ガーヴィー(エラ・ザイリンスキー) /デヴィッド・ホロヴィッチ(スラック警視)/イアン・ブリンブル(レイク巡査部長) ●日本公開:1997/03/19 (テレビ東京)(評価:★★★★) 
ミス・マープルbbc.jpgミス・マープル jh.jpgミス・マープル bbc.jpg「ミス・マープル」Miss Murple (BBC 1984~1992) ○日本での放映チャネル:テレビ東京/NHK‐BS2/FOXチャンネル

鏡は横にひび割れて dvd.jpg鏡は横にひび割れて 01.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第20話)/鏡は横にひび割れて」 (10年/英・米) ★★★★

 【1964年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(橋本福夫:訳)]/1977年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(橋本福夫:訳]/2004年再文庫化[早川書房・クリスティー文庫(橋本福夫:訳)]】

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原作はプロットも心理描写も見事。映画は"観光映画(?)"としては楽しめたが...。

ナイルに死す.jpg ナイルに死す2.jpg ナイルに死す3.bmp ナイル殺人事件 DVD.jpg DEATH ON THE NILE  .jpg
ナイルに死す (1957年) 』『ナイルに死す (ハヤカワ・ミステリ文庫 1-76)』(表紙:真鍋博) 『ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 「ナイル殺人事件 デジタル・リマスター版 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]」 ピーター・ユスティノフ

ナイルに死す ハ―パーコリンズ版.jpg ハネムーンをエジプトに決めた大富豪の娘リンネットは、ナイル河で遊覧船の旅を楽しんでいたが、そこには夫のかつての婚約者ジャクリーンの不気味な影が...果たして、乗り合わせたポワロの目の前でリンネットは殺され、さらに続く殺人の連鎖反応が起きるが、ジャクリーンには文句無しのアリバイが―。

ナイル殺人事件 北大路.jpg"Death on the Nile" ハ―パーコリンズ版

 1937年に発表されたアガサ・クリスティ(1890‐1976)の作品で(原題:Death on the Nile)、プロットもさることながら、会話を主体とした多くの登場人物の心理描写が見事。ああ、この作家は小説でも戯曲でも"何でもござれ"だなあと改めて思わされた次第ですが、この作品はあくまでも小説です(クリスティはこの作品の戯曲版も残していて、日本でも北大路欣也などの主演で上演されているが、こちらはポワロが登場しない)。

ナイル殺人事件 スチール.jpg 「タワーリング・インフェルノ」('74年)、「キングコング」('76年)のジョン・ギラーミン監督によって「ナイル殺人事件」('78年/英)として映画化されており、ポアロ役はピーター・ユスティノフです(ピーター・ユスティノフ はその後「地中海殺人事件」('82年/英)、「死海殺人事件」 ('88年/米)でもポアロを演じている)。シドニー・ルメットが監督した「オリエント急行殺人事件」('74年/英)ほどの「往年の大スターの豪華競演」ではないにしても、こちらも名優がたくさん出演しています。
音楽:ニーノ・ロータ

ナイル殺人事件  Death on the Nile(1978英).jpg '78年の公開時に、今は無きマンモス映画館「日比谷映画劇場」で観て、90年代初めにビデオでも観ましたが、映画は、原作をやや端折ったような部分もあり、最後はちょっとドタバタのうちにポアロの謎解きが始まって、原作との間に多少距離を感じました。

 映画化されると、本格推理の部分よりも人間ドラマの方が強調されてしまうのは、この作品に限らず、この手の作品によくあるパターンで、しかも、この作品は登場人物が結構多いとあって、時間の制約上やむを得ない面もあるのかなあ(一応、2時間20分とやや長めではあるのだが)。それでも、原作の良さに救われている部分が多々あるように思いました。

『ナイル殺人事件』(1978) 2.jpg また、この映画に関して言えば、本場エジプトでのオールロケで撮影されているため(同じナイル川でも原作の場所とはやや違っているようだが)、ある種"観光映画"(?)としても楽しめたというのがメリットでしょうか。行ってみたいね、ナイル川クルーズ。雪中で止まってしまった「オリエント急行」と違って、ナイルの川面を船が「動いている」という実感もあるし、途中で下船していろいろ観光もするし...。

 映画「オリエント急行殺人事件」は、トリックの関係上(犯人同士しかいない場で演技させると"映像の嘘"になってしまうという制約があり)、ポワロの容疑者に対する個別尋問に終始しましたが、こちらはそのようなオチではないので、登場人物間の心理的葛藤は比較的自由かつ丁寧に描けていたと思います。

ナイル殺人事件ド.jpgDEATH ON THE NILE_original_poster.jpg 名優揃いの作品ですが、やはり何と言ってもオリジナルがいいんだろうなあ。この意外性のあるパターン、男女の関係なんて、傍目ではワカラナイ...。クリスティが最初の考案者かどうかは別として、この手の「人間関係トリック」は、その後も英国ミステリで何度か使われているみたいです。

DEATH ON THE NILE UK original film poster(右)/「ナイル殺人事件」映画パンフレット/単行本(早川書房(加島祥造:訳)映画タイアップカバー)
ナイル殺人事件 パンフレット.jpg「ナイルに死す」.jpg「ナイル殺人事件」●原題:DEATH ON THE NILE●制作年:1978年●制作国:イギリス●監督:ジョン・ギラーミン●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:アンソニー・シェーファー●撮影:ジャック・カーディフ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:ミア・ファロー_3.jpgアガサ・クリスティ「ナイルに死す」●時間:140分●出演:ピーター・ユスティノフ/ベティ・デイヴィス/ミア・ファロー/アンジェラ・ランズkinopoisk.ru-Death-on-the-Nile-1612358.jpgベリー/ジョージ・ケネディ/オリヴィア・ハッセー/ジョン・フィンチ/マギー・スミス/デヴィッド・ニーヴkinopoisk.ru-Death-on-the-Nile-1612353.jpgン/ジャック・ウォーデン/ロイス・チャイルズサイモン・マッコーキンデール/ジェーン・バーキン/サム・ワナメイカー/ハリー・アンドリュース●日本公開:1978/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:日比谷映画劇場(78-12-17)(評価:★★★☆)
日比谷映画劇場.jpg日比谷映画劇場(戦前).bmp日比谷映画5.jpg 
     
日比谷映画劇場(日比谷映劇)
1934年2月1日オープン(現・日比谷シャンテ辺り)(1,680席)1984年10月31日閉館

戦前の日比谷映画劇場(彩色絵ハガキ)

名探偵ポワロ  ナイルに死す 02.jpg名探偵ポワロ 52  ナイルに死す.jpg「名探偵ポワロ(第52話)/ナイルに死す」 (04年/英) ★★★☆

 【1957年ポケット版[ハヤカワ・ミステリ(脇矢徹:訳)]/1965年文庫化[新潮文庫(西川清子:訳)]/1977年ノベルズ版[ハヤカワ・ノヴェルズ(加島祥造:訳)]/1984年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(加島祥造:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(加島祥造:訳)]】

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最後まで楽しめる法廷劇。個人的評価は、短編小説:70点、戯曲:80点、映画:90点。

検察側の証人1.bmp  検察側の証人2.bmp Witness for the Prosecution(1957).jpg Agatha Christie.jpg Agatha Christie
検察側の証人(ハヤカワ・ミステリ文庫(クリスティー戯曲集 2)』 ['80年]『検察側の証人(クリスティ文庫)』['04年(戯曲)] Witness for the Prosecution(1957)

「情婦」.jpg 金持ちの老婦人がある晩撲殺され、彼女と親しくし金銭的事務を任されていたことから嫌疑をかけられた青年レナードを腕利きの老弁護士ウィルフリッドロバーツ卿は弁護することになるが、金目当てだとすれば動機も充分な上に状況証拠は青年に不利なものばかり。しかも、彼を救えるはずの外国人妻ローマインが、あろうことか"検察側の証人"として出廷し、夫の犯行を裏付ける証言を―。

情婦.jpg 1953年に初めて上演された戯曲『検察側の証人 (Witness for the Prosecution)』は、1933年に刊行された短編集『死の猟犬』の中にある同名の短編小説を、アガサ・クリスティ(1890‐1976/享年85)自身が戯曲化したもので、1957年にビリー・ワイルダー監督によって映画化もされています(邦題「情婦」)。

Marlene Dietrich.jpg 自分自身が接した順番は、映画→戯曲→短編という逆時系列であり、戯曲と短編ではトリックそのものは同じなのですが、戯曲の方が法廷劇としてのテンポの良さや愛憎劇としての深みに勝っていて面白く、何よりも短編の最後のドンデン返しに加えて、戯曲の方は更にもう1回どんでん返しがあります(短編を訳している茅野美ど里氏は、「クリスティ作品で原作以上に映画の方が面白いと思ったのはこれひとつ」と述べている)。

Marlene Dietrich (1901‐1992)

「情婦」1.jpg「情婦」2.jpg 映画は戯曲にほぼ忠実に作られており、初めて観たときにはすっかりトリックに騙されましたが、短編→映画と進んだ人の中には、2回目のドンデン返しは、ストリーテラーであるビリー・ワイルダー監督の創意であると思った人もいたようです(実はクリスティ自身のアイデア)。

「情婦」3.jpg 映画では、弁護士役の舞台出身俳優チャルールズ・ロートンの演技が高く評価されたようですが、外国人妻ローマイン役のマレーネ・デートリッヒも良かったと思います(演技もさることながら、当時56歳ですから、あの美貌と脚線美には脱帽)。
 
WITNESS FOR THE PROSECUTION.jpg 短編と戯曲と映画をそれぞれ比べると、短編では外国人妻はオーストリア人になっているのに、戯曲と映画ではドイツ人になっている(デートリッヒを想定した?)といった細かい違いもさることながら、戯曲では老弁護士はあまり事の急進展に疑問を感じておらず、裁判に勝つことしか眼中に無いのに対し、映画でのチャルールズ・ロートンは、「何だかおかしい」感を抱き続けているように見え、短編では具体的に、外国人妻の仕草の癖から老弁護士がある時出会った女性を想起するまでに至っています。

マレーネ・ディートリッヒ(1901-1992).jpg 映画の圧巻の1つは、デートリッヒが老弁護士チャルールズ・ロートンに(かなり高飛車に)謎解きをする場面で、あの太っちょのチャルールズ・ロートンが冷や汗を流して縮み上がる―にも関わらず、第2のドンデン返しの後で、彼女のためにこの老弁護士はある決心をするのですが、この"決意表明"は短編にも戯曲にも無いため、ビリー・ワイルダーの創意なのではないかと思います。

マレーネ・ディートリッヒ2.jpgマレーネ・ディートリッヒ(1901-1992)
 
 




情婦 和田誠ポスター.jpg「情婦」ポスター(和田 誠
情婦 パンフ.jpg「情婦」●原題:WITNESS FOR THE PROSECUTION●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督:ビリー・ワイルダー●製作:アーサー・ホーンブロウ・ジュニア●脚本:ビリー・ワイルダー/ハリー・カーニッツ●撮影:ラッセル・ハーラン●音楽:マティ・マルネック/ラルフ・アーサー・ロバーツ●原作戯曲:アガサ・クリスティ●時間:116分●出演:タイロン・パワー/マルレーネ・ディートリッヒ/チャールズ・ロートン/エルザ・ランチェスター/ジョン・ウィリアムス/ヘンリー・ダニエル/ノーマ・ヴァーデン●日本公開:1958/03●配給:松竹=ユナイトシアタあぷる1.JPG新宿シアターアプル2.jpg●最初に観た場所:新宿シアターアプル(85-10-20)(評価:★★★★☆)
歌舞伎町・新宿シアターアプル・コマ東宝 2008(平成20)年12月31日閉館     

 
戯曲...1969年文庫化[角川文庫(『情婦』)]/1980年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(『検察側の証人(クリスティー戯曲集2)』)〕/2004年再文庫化[ハヤカワ文庫〕/短編...1960年文庫化[新潮文庫(『クリスティ情婦 角川文庫.jpgクリスティ短編集1.jpg短編集1』)〕/1966年再文庫化・1992年改版[創元推理文庫(『検察側の証人(クリスティ短編全集1)』)]/1971年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ(『死の猟犬』)〕/1979年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ(『死の猟犬(クリスティ短編集7』)〕/1997年再文庫化[偕成社文庫(『検察側の証人(アガサ・クリスティ推理コレクション5)』)〕/2004年再文庫化[早川書房・クリスティー文庫(『死の猟犬』)]】
情婦 (1969年) (角川文庫)』 『クリスティ短編集 (1) (新潮文庫)

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