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男女の人生における縁と交わり、そこにある機微を描いた佳作。
『センセイの鞄』(2001/06 平凡社)
「センセイの鞄」(2003年2月/WOWOW)小泉今日子/柄本明
2001(平成13)年度・第37回「谷崎潤一郎賞」受賞作。
38歳のOLの私と70代の元高校教師の「センセイ」は、私の高校卒業後は久しく顔を合わせることも無かったが、数年前に駅前の一杯飲み屋で隣り合わせて以来、ちょくちょく往来するようになった。私にとって元教師は「センセイ」と仮名書きするがぴったりくる感じであり、一方、彼は私を「ツキコさん」と呼ぶが、やがて私はセンセイに惹かれるようになっていく―。
30歳以上も年齢差のある男女の話で、物語そのものにも引き込まれますが、現実と非現実の際(きわ)を描くような文章そのものが上手だなあと思いました。
(この作者の特徴ですが)食べたり飲んだりの場面はふんだんかつ丹念に描かれ、一方、OLの「わたし」の仕事のことなどはほとんど書かれていない。
老人であるセンセイに対する観察眼に温かみがあり(本来はもっと老人としての醜い面が見えるはずだが)、彼の過去もことさら暗く描くことはぜず、ワライタケを食べた元妻の話など、むしろユーモラスに描かれていたりする。
そのほか、会話などの随所にも仄かなユーモアがあり、時に幻想的な、また時にメルヘンチックな雰囲気も漂う。
こうした生活実感を消し去ったような表現上の計算の上に、毅然とした面と飄々とした面を併せ持つようなセンセイの人物造形が成り立っている感じがし、例えばセンセイが内田百閒の話を引用する場面がありますが、百閒は作者の好みの作家でしょう。「ツキコさん」から見たセンセイという描かれ方の中でこうした場面に出会うと、作家は今老人の中に入り込んだのかなと思ったりし、その分だけ「ツキコさん」をバランスよく対象化している感じがしました。
本書を読んで「感涙した」とか「胸が詰まった」というような感想を聞きましたが、個人的にはそこまでの思い入れには至らず、どちらかと言うとほのぼのとした感じで、かと言って「大人のメルヘン」と呼ぶほどにメルヘンチックに流れているようにも思えませんでした(勝手にメルヘンチックに読む中高年男性はいるかも知れないが)。
むしろ、2人が恋愛していながら「恋愛」を演じようとし、その規範が自分たちに当てはまるかどうか確認しながら関係性を深めていくようなところが面白く、男女の人生における縁と交わり、そこにある機微を描いた佳作だと思いました。
「センセイの鞄」2003年2月単発ドラマ化(WOWOWW) 演出:久世光彦 主演:小泉今日子/柄本明
【2004年文庫化[文春文庫]】