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「人の話を聴く」ことのプロであった河合氏の「自らを語る」力に改めて感服。

未来への記憶 河合 上.jpg  未来への記憶 河合下.jpg      河合隼雄自伝 未来への記憶 (新潮文庫).jpg     河合隼雄 フル―ト.jpg
未来への記憶〈上〉―自伝の試み (岩波新書)』['01年] 『河合隼雄自伝: 未来への記憶 (新潮文庫)』['15年]
未来への記憶―自伝の試み〈下〉 (岩波新書)

 河合隼雄(1928-2007)が自らの半生を語り下ろしたもので、上巻では、丹波篠山で5人の兄弟たちと過ごした子ども時代から大学卒業後、心理学に目覚めるまでを、下巻では、高校教師を経て、31歳でアメリカへ留学した1958年から、スイスのユング研究所で学び帰国する1965年までが語られています。

 地元で高校の数学教師をしていた河合隼雄が、どのようにして日本人初のユング派分析家となったのかという関心から読みましたが、上巻部分の、幼少期に6人兄弟の5番目として、兄・河合雅雄らの影響をどのように受けたかという、兄弟の関係性についての述懐が、思いの外に面白かったです(晩年フルートを習い始めたのも、この頃からの連綿とした伏線があったわけだ)。

 高校受験に失敗して高専に入り、何とか京大数学科に進学した後も自分の適性がわからずに休学したりしていて、結構廻り道している。結局、自宅で数学塾(元祖「河合塾」!)を開いたのを契機に、教師こそ天職と考え、育英学園で先生に。この頃は、自分が将来、京大の教授になるなんて、考えてもみなかったとのことです。

 それが、高校教師をしながら京大の大学院に通ううちに、ロールシャッハにハマり、天理大学で教育心理学の講師をしながら、2度目の挑戦でフルブライト試験に合格。英語が全然得意ではないのに、受かってしまったという経緯が面白いですが、ともかくも臨床心理学を学びにアメリカへ留学。

 下巻部分では、留学先で感じた日米の文化の違いについての自らの体験を語るとともに、そこでユング心理学を知り、教授の指示でスイスのユング研究所へ留学することになった経緯や、ユング研究所において分析家への道をどのように歩んでいったかが述べられています。

 後半部分は、やや順調過ぎる印象もありましたが、最後のユング分析家としての資格を得るための試験で、試験官と大論戦になり、「資格はいらん」と啖呵を切ったという話などは、面白く読めました。

 また、ハンガリーの神話学者ケレーニイとの思いがけない出会いや、「牧神の午後」で有名なロシアの舞踏家ニジンスキーの夫人の日本語の家庭教師をしたときの話なども、大変興味深く読めました。

ニジンスキー_01.jpg 以前にハーバート・ロス(1927-2001)監督の「ニジンスキー」('80年/米)という伝記映画を観ましたが(ハーバート・ロス監督は「愛と喝采の日々」「ダンサー」の監督でもあり、この監督自身ダンサー、振付師を経て映画監督になったという経歴の持ち主)、ニジンスキーはその映画でも描かれている通り、バレエ団の団長と同性愛関係にあり(映画で団長を演じていたのは、一癖も二癖もありそうなアラン・ベイツ)、また分裂病者でもあり(本書によれば、最初にそう診断したのはブロイラー)、夫人はその治療のために、フロイト、ユング、アドラー、ロールシャッハといったセラピストを訪れ(スゴイ面子!)、最後にヴィンスワンガーに行きついていますが、結局ニジンスキーは治らずに、病院で生涯を終えたとのことです。

ジョルジュ・デ・ラ・ペーニャ.jpg 映画でニジンスキーを演じたのは、アルゼンチンとロシアの混血で、エキゾチックではあるもののあまりニジンスキーとは似ていないジョルジュ・デ・ラ・ペーニャ。但し、両性具有的な雰囲気をよく醸していて、映画の中で「牧神の午後」や「シェヘラザード」などニジンスキーの代表作をたっぷり観賞でき、踊りのテクニックについても、素人目にも高度であるように思えました。

映画パンフレット 「ニジンスキー」 監督 ハーバート・ロス 出演 ジョルジュ・デ・ラ・ペーニャ/アラン・べイツ/レスリー・ブラウン/アラン・バデル

ニジンスキー ロモラ.jpgニジンスキー ロモラ3.jpg ニジンスキー夫人となるハンガリー貴族の娘ロモラ・ド・プルスキー(「愛と喝采の日々」のレスリー・ブラウンが演じており、彼女は本職がバレエ・ダンサーであって、映画出演は「愛と喝采の日々」('77年/米)とこの「ニジンスキー」の以外では同じくハーバート・ロス監督の「ダンサー」('87年/米)のみ)がニジンスキーの元"追っかけ"の女性で、強引に彼の愛を手に入れてしまうというのは河合氏が本書で語っている通りですが、この映画は夫人の原作に基づいて作られていながらも(ニジンスキーの愛を獲得するという)目的のためには手段を選ばない夫人を相当な悪女として描いています(と言うより"怖い女として"と言った方がいいか)。

 結局ニジンスキーは、同性愛と異性愛の狭間で分裂病になったということでしょうか。映画からは、その原因を夫人側にかなり押し付けている印象も受け、ニジンスキーの後半生は殆ど描かれていないのですが、ラストは、ニジンスキーが拘束着を着せられて暗い部屋に独りでいるところで終わります(この作品は、日本ではビデオ化もDVD化もされていないようだ)。

 河合氏が存命していれば80代前半ぐらいですから、ニジンスキー夫人の話はともかくとして、全体としてはそんな古い人の話という印象は感じられず、また、万事を「心」とか「魂」に帰結させてしまうところから"心理主義"との批判もありますが、こうして本書を読んでみると、心理療法家として「人の話を聴く」ことのプロであった河合氏の「自らを語る」力というものに、改めて感服してしまいます(「聞き手」となった岩波の編集者の優れた能力も見落とせないが)。

 いろいろ批判もあり、個人的にも河合氏を全肯定しているわけではありませんが、氏が亡くなった際に抱いた"巨星墜つ"という感覚が、改めて自分の中で甦ってきました。
 
George De La Pena Nijinsky (1980)
ニジンスキー-4.jpgNIJINSKY 1980.jpg「ニジンスキー」●原題:NIJINSKY●制作年:1980年●制作国:アメリカ●監督:ハーバート・ロス●製作:スタンリー・オトゥール/ノラ・ケイ●脚本:ヒュー・ホイーラー●撮影:ダグラス・スローカム●音楽:ジョン・ランチベリー●原作:ロモラ・ニジンスキー「その後のニジンスキー」●時間:124分●出演:アラン・ベイツ/ジョルジュ・デ・ラ・ペーニャ/レスリー・ブラウン/ジェレミー・アイアンズ/カルラ・フラッチ/アントン・ドーリン/モニカ・メイソン/アラン・バデル/ロナルド・ピックアップ/ロナルド・レイシー●日本公開:1982/10●配給:パラマウント映画=CIC●最初に観た場所:新宿・シネマスクウェア東急(82-12-10)(評価:★★★☆)

【2015年文庫化[新潮文庫(『河合隼雄自伝:未来への記憶』)]】

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河合心理学のエッセンスと言える本かも。

対話する人間.JPG 対話する人間  講談社+α文庫.jpg      対話する人間.jpg 
対話する人間 (講談社プラスアルファ文庫)』['01年]  『対話する人間』 ['92年/潮出版社]

 河合隼雄(1928-2007)自らが折にふれて各所に発表した小文を集めたもので、'92年にいったん単行本として刊行された後、'01年「講談社+α文庫」に収めるにあたり再編集したもの。

 「家族と自分」の関係から始まり、「悪と個性」の関係、「病の癒し」について、更に人生における「遊び」の意味や「夢と現実」についてなど、話題は人間関係の問題、心の問題から生きがい、老いの捉え方など生き方の問題にまで広く及んでいます。

 お得意の童話や児童文学についての解題があるかと思えば、母性社会における日本人という氏独特の比較文化論的捉え方も展開されていて、臨床心理学者としての実体験や「中年の危機」「人生の正午」といったユング心理学の河合氏流の解説も随所にあり、まさに河合心理学のエッセンスと言える本かも知れません。

 いろいろな所で発表したものの寄せ集めである分、ややテーマが拡散気味のきらいもありますが、それでも読み手を引きつけたまま最後までもっていくのはさすが(最後は少し宗教的なテーマに入っていきます)。

 個人的には、ノイローゼの人が症状がとれて退院するので、家族が喜んで赤飯を炊いて待っていると、退院してきた人はいなくなり、探しに行くと裏山で縊死していたという報告が強く印象に残りましたが、他にも、考えさせられる話が多く紹介されています。

 ヒンドゥーの「学住期・家住期・林棲期・遁世期」という考え方が紹介されていますが、河合氏自身は文化庁長官となり、それは氏の本意だったのか、また、氏にとって良かったことなのか、少しばかり考えてしまいます。

 【1992年単行本〔潮出版社〕/2001年文庫化[講談社+α文庫]】

《読書MEMO》
●桃太郎→孤児の子こそが英雄的行為をやりとげる(64p)
●ロビンソン『思い出のマーニー』(心身症の子(アンナ)が治る過程を描いた児童文学、「マーニー」は実はアンナの内面で作り出されたキャラクター(175p)
●ノイローゼの人が症状がとれて退院、家族は赤飯炊いて待ってたが、裏山で首吊り自殺していた(264p)

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子どもの感性を自らの中に甦らせてくれるファンタジーを紹介。児童文学案内としても良い。

「子どもの目」からの発想.jpg 『「子どもの目」からの発想 (講談社プラスアルファ文庫)』['00年] 「うさぎ穴」からの発信.jpg 『「うさぎ穴」からの発信―子どもとファンタジー』 ['90年]

「うさぎ穴」からの発信 絵.jpg 河合隼雄(1928-2007)がファンタジー系を中心とする多くの児童文学の名作を紹介・解説したもので、『「うさぎ穴」からの発信-子どもとファンタジー』('90年/マガジンハウス)として刊行したものを、「講談社+α文庫」に収めるにあたり改題・再編集したものです。

 改題にあたり河合氏は、「なぜ『子どもの目』か?」ということについて、「それは人の『たましい』をしっかり見る力を持っているから」と言っていますが、確かに大人になり世事に感けているとその目は曇ってくるのかも知れず、子どもたちが持っている豊かな感性も、単に未熟であるというふうにしか見えなくなってくるのかも。

 氏に言わせれば、そうした子どもの感性を自らの中に甦らせてくれるのがファンタジーであり、ファンタジー系の児童文学を読むことは「子どもの目」の凄さを改めて教えてくれ、また、近年急増するいじめや心の病にどう対処するかということを考えるうえでの手がかりにもなると。

 何となく漠たる考えであるような印象も受けますが、紹介されている70作あまりの児童文学についての氏の的を絞った解説を読むと、たいへん説得力があり、本書は自分が児童文学に触れ直すキッカケとなりました。

 しっくりくる、或いは眼からウロコが落ちるような解説がされているものがいくつもあり、是非それらの作品を読んでみたいと思ったのですが、まだそのうちの半分も読めていません。
 ファンタジーを読むゆとりみたなものは、人生において大切なんだろうなあと思いつつも。

 巻末に紹介作品の一覧があり、読書案内としてよく纏まっている(勿論、ただ纏まっているだけでなく、内容も充実している)ので、いつも手元に置いてはいるのですが...。

 【1990年単行本〔マガジンハウス(『「うさぎ穴」からの発信-子どもとファンタジー』)〕/2000年文庫化[講談社+α文庫]】

《読書MEMO》
●ヘルトリング『ヒルベルという子がいた』(アフリカ体験)(19-31p)
●カニグズバーグ『ジョコンダ夫人の肖像』/●灰谷健次郎『兎の眼』(小谷先生・書くことの難しさ)/●ギャリコ『さすらいのジェニー』/●アトリー『時の旅人』
●リヒター『あのころはフリードリヒがいた』空襲下の防空壕に非難した人々は、ナチスの防空委員長にフリードリヒを中に入れることを拒否され、彼は死ぬ(74p)

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Q&A形式だがハウ・ツーではない。思春期までの問題を広く扱っているのが特徴。

Q&A こころの子育て.jpg 単行本['99年]Q&Aこころの子育て.jpgQ&Aこころの子育て―誕生から思春期までの48章 (朝日文庫)

河合隼雄.jpg 河合隼雄氏が子育てに悩む親に向けて書いたもので、Q&Aの形式をとり、一般の親たちにわかりよい内容でありながらも、ハウ・ツーになっていないのが、本書の特徴と言えるのでは。

河合 隼雄 (1928-2007/享年79)

 「子育てがうまくいかないのは母子関係が原因でしょうか」という問いに対して「原因がわかっただけでは何の解決にもなりません」とか、「思い通りにならないのは、育て方が悪いからですか」という問いに対して「生きているんだから思い通りになるはずがないです」といったふうに、子育ての問題に対する直接的な解答よりも、それに向き合うための新たな視点を示すことで、子どもたちよりもむしろ親たちに対するカウンセリング効果を生み出しているような本。 

 子どもの発達に沿って話を進めていますが、本書のもう1つの大きな特徴は、ほとんどの子育て本が誕生から小学校入学時ぐらいまで終わっているのに対し、その後の小学生時代、さらに中学生から高校生に至る思春期における問題までを広く扱っていることにあります。

 本書刊行('99年)の背景に、神戸の児童連続殺傷事件('97年)など思春期の子どもによる事件の多発という社会現象があることもありますが、特に、小学校4年生(10歳ぐらい)が、子どもの成長における一つの大きな転換期であり、重要な自己形成の時期であるとみているところは、もともとの河合氏の考えの特質でしょうか。

 残念ながら'07年7月に亡くなった河合氏ですが、『育児の百科』の故・松田道雄(1908‐1998)の後継として、児童精神科医の佐々木正美氏とユング心理学者・河合隼雄の名があがることが多かったような気がします。

 母性原理と父性原理のバランスを重視する考え方は佐々木・河合両氏に共通する一方、河合氏の方がより心理主義的な曖昧さを含んでいる感じもして、実際そのことで河合氏を批判する向きもあるようですが、それは彼が専門としたユング心理学やカウンセリング理論と無縁ではないでしょう。個人的にはどちらの著作も優れたものが多いと思っています。

 本書で一番印象に残ったのは、ドイツ文学者の子安美知子の話で、彼女が姪に本を読んであげようとしたとき、横にいた姪の友達がじゃまをし、読み終ったあと、その子が「もいっぺん読んで」と言うので「?」と思ったら「今度は私に読んで」と言ったというもの。その子は子安氏が姪のためにしか読んでいないのがわかっていて、だから邪魔していたということがその時わかったので、子安さんは「ほな、こんどはあんたのために読むわ」と。
 この話に河合氏は痛く感動したそうですが、そうしたところが河合氏らしいし、自分もこれはいい話だと思いました。

 【2001年文庫化[朝日文庫]】

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「笑いの効用」について、三者三様に語る。ちょっと、パンチ不足?

笑いの力.jpg笑いの力』岩波書店['05年] 人間性の心理学.jpg宮城音弥『人間性の心理学』〔'68年/岩波新書〕

 '04年に小樽で開催された「絵本・児童文学研究センター」主催の文化セミナー「笑い」の記録集で、河合隼雄氏の「児童文化のなかの笑い」、養老孟司氏の「脳と笑い」、筒井康隆氏の「文学と笑い」の3つの講演と、3氏に女優で落語家の三林京子氏が加わったシンポジウム「笑いの力」が収録されています。

 冒頭で河合氏が、児童文学を通して、笑いによるストレスの解除や心に与える余裕について語ると、養老氏が、明治以降の目標へ向かって「追いつけ、追い越せ」という風潮が、現代人が「笑いの力」を失っている原因に繋がっていると語り、併せて「一神教」の考え方を批判、このあたりは『バカの壁』('03年)の論旨の延長線上という感じで、筒井氏は、アンブローズ・ビアスなどを引いて、批判精神(サタイア)と笑いの関係について述べています。

 「笑い」について真面目に語ると結構つまらなくなりがちですが、そこはツワモノの3人で何れもまあまあ面白く、それでも、錚錚たる面子のわりにはややパンチ不足(?)と言った方が妥当かも。 トップバッターの河合氏が「これから話すことは笑えない」と言いながらも、河合・養老両氏の話が結構笑いをとっていたことを、ラストの筒井氏がわざわざ指摘しているのが、やや、互いの"褒め合戦"になっているきらいも。

 人はなぜ笑うのか、宮城音弥の『人間性の心理学』('68年/岩波新書)によると、エネルギー発散説(スペンサー)、優越感情説(ホッブス)、矛盾認知説(デュモン)から純粋知性説(ベルグソン)、抑圧解放説(フロイト)まで昔から諸説あるようですが(この本、喜怒哀楽などの様々な感情を心理学的に分析していて、なかなか面白い。但し、学説は多いけれど、どれが真実か分かっていないことが多いようだ)、河合氏、養老氏の話の中には、それぞれこれらの説に近いものがありました(ただし、本書はむしろ笑いの「原因」より「効用」の方に比重が置かれていると思われる)。

 好みにもよりますが、個人的には養老氏の話が講演においても鼎談においても一番面白く、それが人の「死」にまつわる話だったりするのですが、こうした話をさらっとしてみせることができるのは、職業柄、多くの死者と接してきたことも関係しているかも。

桂枝雀.jpg その養老氏が、面白いと買っているのが、桂枝雀の落語の枕の創作部分で、TVドラマ「ふたりっ子」で桂枝雀と共演した三林京子も桂枝雀と同じ米朝門下ですが、彼女の話から、桂枝雀の芸というのが考え抜かれたものであることが窺えました。桂枝雀は'99年に自死していますが(うつ病だったと言われている)、「笑い」と「死」の距離は意外と近い?

《読書MEMO》
養老氏の話―
●(元旦に遺体を病院からエレベーターで搬出しようとしたら婦長さんが来て)「元旦に死人が病院から出ていっちゃ困る」って言うんですよ。それでまた、四階まで戻されちゃいました。「どうすりゃいいんですか」って言ったら、「非常階段から降りてください」と言うんです。それで、運転手さんとこんど、外側についている非常階段を、長い棺をもって降りる。「これじゃ死体が増えちゃうよ」って言って。
●私の父親が死んだときに、お通夜のときですけれども、顔があまりにも白いから、死に化粧をしてやったほうがいいんじゃないかということになったんです。まず白粉をつけようとしたら、弟たちが持ってきた白粉を、顔の上にバッとひっくり返してしまった...
●心臓マッサージが主流になる前は長い針で心臓にじかにアドレナリンを注入していたんですね。病院でそれをやったお医者さんが結局だめで引き上げていったら、後ろから看病していた家族の方が追っかけてきて、「先生、最後に長い針で刺したのは、あれは止めを刺したんでしょうか」

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村上春樹との初対談、多田富雄との免疫論議などが興味深かった。

こころの声を聴く.jpg 『こころの声を聴く―河合隼雄対話集 (新潮文庫)』 〔'97年〕 河合隼雄2.bmp

 河合隼雄と作家や詩人、学者たち10人との対談集ですが、対談相手が安部公房、谷川俊太郎、白洲正子、遠藤周作、富岡多恵子、多田富雄、村上春樹など錚錚たる顔ぶれで、密度が濃く、また充分に楽しめるものでもありました。

 両者どちらかの著作を取り上げて語り合っているものが多く、脚本家の山田太一とは『異人たちとの夏』('87年)、『遠くの声を捜して』('89年)などを取り上げファンタジーの可能性を論じ、安部公房とは、『カンガルー・ノート』('91年)を取り上げ「境界」について論じたりしていますが、河合氏の心理学者としての読み解きに作者の方が新たな気づきに至る部分もあり、なかなか面白かったです。

 ただし、安部氏はこの対談のあと間もなく不帰の人となり、『カンガルー・ノート』は彼の遺作となったほか、本書刊行の翌年には遠藤周作・沢村貞子も(共に'96年没)、そして、対談の中で青山二郎に対する大岡昇平の嫉妬をさらりと暴いていていた白洲正子も'98年末に亡くなっており、淋しい気がするとともに、貴重な対談記録でもあると思いました。

 村上春樹との対談は、'94年プリンストン大学にて公開の場で行われたかなり長めのものが収められていますが、これが両者の初顔合わせで、村上氏が独自の自我論を展開しているのに対し、河合氏はそれを精神分析の用語に置き換えていたりしており(このころの村上氏はユング心理学や精神分析などについてさほど造詣は無かったのではないか)、また村上氏が漱石の作品や自作の創作の秘密について語っているのは、河合氏ならずとも興味深いものです。

 個人的に一番面白かったのは、『免疫の意味論』('93年)の著者・多田富雄との対談で、多田氏は、自己と非自己を識別するT細胞をつくる「胸腺」の仕組みや、細胞が自殺する「アポプトーシス」についてわかりやすく解説し、経済活動や言語も一種の生命とみなすべきではないかと言っていますが、河合氏はそれらを集合的無意識とのアナロジーにおいて解しているように思えました。
 白洲正子氏も自らの随筆で、この対談〔初出は94年/雑誌「新潮」)を読んで極めて面白かったと書いていました(この時、白洲正子氏は84歳か。河合氏、多田氏とは「明恵」「能」つながりですが、それにしても凄い好奇心!)。

 【1997年文庫化[新潮文庫]】
 
こころの声を聴く 河合隼雄対話集.jpg《読書MEMO》
●魂のリアリズム(山田太一)
●境界を越えた世界(安部公房)
●常識・智恵・こころ(谷川俊太郎)
●魂には形がある(白洲正子)
●老いる幸福(沢村貞子)
●「王の挽歌」の底を流れるもの(遠藤周作)
●自己・エイズ・男と女(多田富雄)
●「性別という神話」について―「往復書簡」富岡多恵子・河合隼雄
●現代の物語とは何か(村上春樹)
●子供の成長、そして本(毛利子来)

こころの声を聴く―河合隼雄対話集』単行本

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河合氏が児童文学に触れて書いたものではベスト。

子どもの宇宙.jpg 『子どもの宇宙 (岩波新書)』 〔'87年〕

 河合隼雄氏が児童文学について書いているものは、この新書の出版前後にも何冊か文庫化されていて、いずれも素晴らしい内容です。
 ただしそれらが過去に各所で発表したものを再編したものであるの対し、本書は丸々1冊書き下ろしであり、まとまりと深みにおいてベスト、渾身の1冊だと思います。

 子どもと、家族・秘密・動物・時空・老人・死・異性という7つのテーマに全体を切り分け、子どもの世界にこれらがどう関わるのか、著者の深い洞察を展開しています。
 そして、その中で家出や登校拒否などの今日的問題を扱いつつ、優れた児童文学に触れ、それらから得られるものを解き明かし、読者に子どもの持つ豊かな可能性を示しています。

日本幻想文学集成13・小川未明.jpg 児童文学について書かれた従来の氏の著作に比べ、遊戯療法や夢分析の事例など、臨床心理学者としての視点が前面に出ている一方、育児・児童教育についての示唆も得られる本です。
 もちろん児童文学案内としても読め、本書の中で紹介された本は、是非とも読んでみたくなります。

 ちなみに個人的に一番強い関心を抱いたのは、太郎という7歳で病気で死んでいく子どもの眼から見た世界を描いた小川未明の「金の輪」で、この極めて短く、かつ謎めいた作品を、小川未明の多くの作品の中から河合氏が選んだこと自体興味深かったですが、河合氏なりの解題を読んで、ナルホドと。
 
《読書MEMO》
●主要紹介図書...
 ◆ベバリイ=クリアリー『ラモーナとおかあさん』
 ◆E・L・カニグズバーグ『クローディアの秘密』...美術館に家出する
 ◆E・L・カニグズバーグ『ジョコンダ夫人の肖像』
 ◆エーリヒ・ケストナー『ふたりのロッテ』
 ◆F・E・H・バーネット『秘密の花園』
 ◆キャサリン・ストー『マリアンヌの夢』
トムは真夜中の庭で.jpg ◆フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』『まぼろしの小さい犬』
 ◆C・S・ルイス『ナルニア国ものがたり』
 ◆キャサリン・ストー『マリアンヌの夢』
時の旅人1.jpg ◆アリソン アトリー『時の旅人』
日本幻想文学集成13・小川未明.jpg ◆小川未明『金の輪』...死んでいく子どもの眼から見た世界
 ◆ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』
あのころはフリードリヒがいた.jpg ◆ハンス・ペーター・リヒター『あのころはフリードリヒがいた』
ぼんぼん1.jpg ◆今江祥智『ぼんぼん』
 ◆佐野洋子『わたしが妹だったとき』
 ◆I・ボーゲル『さよなら わたしのおにいちゃん』
 ◆イリーナ・コルシュノウ『だれが君を殺したのか』

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うんちくのオンパレード。読み物として楽しく読める「老荘本」だが、入門書としては...。

飲食男女.jpg 『飲食男女―老荘思想入門』 朝日出版社 〔'02年〕  混沌からの出発.jpg 福永 光司/五木 寛之 『混沌からの出発』 中公文庫 〔'99年〕

河合隼雄2.jpg福永光司.jpg 河合隼雄氏が、中国哲学者で道教思想研究の第一人者・福永光司(1918‐2001)に老荘思想について聞くという形式で、老荘思想のエッセンスや後世の文化、われわれの身近な生活に及ぼした影響などを多岐にわたって紹介した本。

 本書にもある通り、老子の宇宙生成論を要約した有名な言葉である、「道は一を生じ、一はニを生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」 とういうのは、実は陰陽の交わりをも表していて、それがタイトルの「男女」につながっています。
 いろいろな漢字の由来や、道教が日本に伝わって天皇家の神道になったという話など、うんちくのオンパレードで、湯川秀樹の量子論は荘子の「場の理論」であるとの指摘なども興味深く読めました。

 ただ、話題が思想・哲学論と文明・文化論の間を行き来するので(それが本書のユニークさでもあるが)、「入門」と言っても体系的理解のためのものではありません。
 活字も大きく読み下し文にはカナがふってあり読みやすいのですが、内容的には前提知識が無いとわかりにくいかもしれない部分が多い本かも知れません。
 
 福永氏には本書のほかに、作家の五木寛之氏に講義する形式での道教入門書『混沌からの出発-道教に学ぶ人間学』('97年/致知出版社、'99年/中公文庫)があり、こちらは宗教としての道教を中心に書かれています(五木氏は当時、仏教の方は詳しいが、道教については初学者だった)。

 本書にある「馬の文化=北回り=騎馬民族=儒教」、「船の文化=南回り=漁労・水田稲作農耕民族=道教」という考え方はそこでも述べられていて、もともと巫術性の強かった道教が、老荘の思想を採り入れ神道的な道教に変容していくその過程で、日本の文化や天皇制、仏教などに与えた影響を、本書同様に身近な例を挙げるなどして解説しています。
 ただし、本書のような対談形式ではなく、五木氏と交互に書き分けていて、五木氏の部分は人生論的エッセイになっていて、全体としては本書以上にモヤッとした感じがしました。

《読書MEMO》
●「取」という字は耳を取るという意味、戦争で負けた兵の耳を削ぐことを指す
●宝(寶)、売(賣)、買、財に含まれる貝の字は中国南部の文化に由来(16p)
●老子の哲学「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」の三は陰気と陽気と和気、老荘の文化は飲食男女(23-24p)
●山東半島・斉(せい)(3C)の道教が日本に伝わって天皇家の神道に(39p)
●学(學)という字のメ2つはムチで叩くことを意味する(121p)

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テーマは「中年の危機」。でも幅広い世代に対しての示唆に富む。

働きざかりの心理学 PHP文庫.jpg働きざかりの心理学 (PHP文庫)』['84年]働きざかりの心理学.jpg 『働きざかりの心理学』 新潮文庫

JR Shinbashi Station.jpg 働きざかりのミドルが家庭や社会の中で遭遇する様々な課題を心理学的に考察し、わかりやすく解説した本で、中心となるテーマは「中年の危機」。しかし、幅広い世代に対しての示唆に富む本だと思います。40歳から50歳の間に"思秋期"が来るという本書の考えのベースになっているのは、ユングの「人生の正午」という概念です。日常生活の人と人の繋がりにおける諸事象から、より根源的な心理学のテーマを抽出する著者の眼力は、この頃からすごかったのだなあと、改めて感じました(単行本は1981年刊)。 者論における、「場の倫理」に対する「個の倫理」という切り口などが、個人的にはとりわけ秀逸だと思えました。

 また、主に年長者が重視するという「場の倫理」にも、微妙な側面があることを指摘しています。「場の倫理」というのは、日本は欧米に比べ企業などで特に強く働くのでしょうが(企業のトップなどは、それなりに年齢のいった人が多いということもある)、「場に対する忠誠心は、その場においては満場一致の絶対性を要求しながら、場が変わったときには態度の変更のあり得ることを認めるというのは不思議だ」と著者は述べています。確かに日本の場合、「決議は百パーセントは人を拘束せず」(山本七平)というのは、企業でよくあることではないかという気がしました。役員会での決定事項が簡単に覆ったりするのは、会議の後でそれぞれのメンバーはまた別の「場」へいくと、そちらの「場」の平衡を保つことがより重要事項となる―そこで役員会ともう1つの「場」との調整が再度図られるということなのでしょうか(自分の見た例だと、連日にわたり"最終決定"役員会を開いていた会社があった)。

 アニマ(男性の深層に存在する女性像)とアニムス(女性の深層に存在する男性像)というユングの提唱したやや難解な概念についても、平易に述べています(個人的には、アニマ/アニムスという考えは、ユング個人に思考特性の色が濃い概念であり、どこまで普遍化できるか疑問を感じていますが)。著者が言うには、女性の場合、中年になって初めてアニムスが働きはじめることもあり、それは夫ではなく子供に投影され猛烈な教育ママとなることがある―、とか。河合氏は今はソフトなイメージがありますが、結構、この頃の河合さんは言い方がシビアです。

 【1984年文庫化[PHP文庫]/1995年再文庫化[新潮文庫]】

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ユング心理学の用語や分析家としての姿勢のニュアンスが、"対談"を通して語られることでよくわかる。

魂にメスはいらない2875.JPG魂にメスはいらない2.jpg   魂にメスはいらない.jpg
魂にメスはいらない―ユング心理学講義』朝日レクチャーブックス〔'79年〕『魂にメスはいらない―ユング心理学講義』講談社+α文庫〔'93年〕

河合隼雄・谷川駿太郎.jpg 本書は、詩人・谷川俊太郎が河合隼雄にユング心理学について話を聞くというスタイルになっています。河合氏によるユング研究所に学んだ時の話から始まり、夢分析などに見るユング心理学の考え方、箱庭療法の実際、分析家としての姿勢などが語られ、最後はイメージとシンボル、自我と自己の違いの話から、谷川氏との間での創作や世界観の話にまで話題が及び、内容的にも深いと思いました。

 ユング心理学の用語や分析家としてのあるべき姿勢が、"対談"を通して語られることで、ニュアンスとしてよく伝わってきます。心理療法について体系的に理解したい人には、河合氏の『ユングと心理療法』('99年/講談社+α文庫)の併読をお薦めします。

 本書は「朝日レクチャーブックス」(朝日出版社)の1冊で、'79年に刊行されたものです。このシリーズは30冊あり、廣松渉←五木寛之、今西錦司←吉本隆明、岸田秀←伊丹十三など、学者に作家が話を聞くというパターンがほとんどですが、いずれも内容が濃いものばかりです(そのわりに文庫化されているものが少ないのが残念)。その中でも本書は、聞き手(谷川)のレベルが高く、対等な対談者となっている稀なケースだと思われます。

 【1993年文庫化[講談社+α文庫]】

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語られているのは、"技法"よりもクライエントに向かうときの"姿勢"の話。

心理療法個人授業.jpg心理療法個人授業』〔'02年〕 心理療法個人授業2.jpg心理療法個人授業 (新潮文庫)』〔'04年〕

 南伸坊氏が"生徒"になって各界の専門家の授業を受けるというスタイルのシリーズ第4弾で、"先生"は河合隼雄氏。
 
解剖学個人授業.jpg 同じこのシリーズの、養老孟司氏が先生役の『解剖学個人授業』('98年/新潮社)を読んでいたので、南伸坊という言わば"素人"さんを介在して、一般読者の入りやすい切り口から学問の特定分野の世界を紹介し、読者により身近に感じてもらおうというのがこのシリーズの狙いであって、必ずしも体系的に○○学とは何かを述べているものではないということはわかっていました。本書も大体はそうしたコンセプトに沿ったものですが、基本的にはわかりやすい言葉で書かれているものの、内容的には奥が深いと思います。
解剖学個人授業 (新潮文庫)』 

 「授業」というタイトルにつられて知識や技法論を求め過ぎて本書を読むと、思惑違いということになるのではないかと思います。この本で述べられているのは主として"技法"以前の話、つまりクライエントに向かうときの姿勢についてであり、そちらの方が"技法"そのもよりずっと大事なのだと思いました。

 個人的には、来談者中心療法の祖とされるカール・ロジャーズが、セラピストの人格とクライエントに向かう態度を強調する一方で、技法論そのものはあえて提唱しなかったこととの共通性を、河合隼雄氏に見出した思いがしました。心理療法というのは、心理療法家個人が人間として先ずどう在るのかに依存するところが大きいのではないかと。

 【2004年文庫化[新潮文庫]】

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心理療法における問題を扱うと同時に、著者のエッセンスが随所に。

人の心はどこまでわかるか.jpg人の心はどこまでわかるか2.jpg  『人の心はどこまでわかるか』講談社+α新書 〔'00年〕 河合 隼雄.jpg

 河合隼雄氏が、心理療法家として活躍している中堅の方々との対談を通して、対談の後に個別に寄せられた質問に答える形をとりながら、その中で自分がどうして心理療法家になったか、心理療法を通して何が見えてきて何が難しいと感じたかなども含めまとめたものです。西洋人の父性原理を通してみる日本人の心の問題や、氏にとってのユングの存在についてなど、"河合隼雄"のエッセンスが詰まっています。

人の心はどこまでわかるか5.JPG 結局のところ人の心はわからないのであって、そのことを認識した上で努力を重ねる、その姿勢が大切なのだということでしょう。著者の言を借りれば、いかにわからないかを骨身にしみてわかった者が「心の専門家」であると―。特に、事例研究の重要性を説いていたのが印象に残りました。

エトルリヤの壷.jpg 西洋人の父性原理につて述べた部分では、その象徴的な話として紹介されている、村の掟を破った自分の息子を父親が銃殺するというプロスペル・メリメの「マテオ・ファルコーネ」という小説の話が印象的で、この父親の感覚は日本人には理解しがたいものでしょう。

 理解しがたいということは、カウンセラーとしての父性・母性のバランスを考える場合、それだけ日本人の場合、父性の役割をもっと意識した方がいいというのが、河合氏の考えのようです。この辺りは『母性社会日本の病理』('76年/中央公論新社、'97年/講談社+α文庫)で河合氏が展開した、日本は母性社会であるという比比較文化論的な流れを引いていると言えるかと思います。

 しかしながら、全体として心理療法において専門職であるところのセラピストが直面する諸問題を扱った本書が、発刊後すぐに10万部突破の売れ行きを示したのは、編集部がつけたというタイトルのうまさ、著者のネームヴァリュー、「講談社+α新書」の創刊ご祝儀的要素などいろいろあるにしても、やはり日常社会の人間関係などを難しく感じている人が多い時代だということなのでしょうか。

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カウンセリングの入門書であり名著。ゆっくり読みたい。

カウンセリングを語る7.JPGカウンセリングを語る 上.jpg カウンセリングを語る 下.jpg
カウンセリングを語る〈上〉〈下〉』講談社+α文庫['99年](表紙絵:安野光雅)
カウンセリングを語る (下).jpgカウンセリングを語る 単行本.jpg
 本書は、著者がかつて四天王寺人生相談所(お寺の付属機関)で毎年カウンセリングの話をした、その通算20回の講義内容がベースになっています。
 元本(単行本)は'85(昭和60)年に出版されたものですが、それまでに長年にわたって話した内容が全体として一貫性を持ち、しかも章を追うごとに深化していくのは見事です。入門書であり、名著でもあると思います。

 上巻では、学校や家庭での身近な問題から説きおこし、心を聴くとは? カウンセラーの人間観とは? 治るとは? カウンセリングの限界とは? 危険性は?といった切り口で、カウンセリングとは何かを語っています。
 さらに下巻では、カウンセリングにはなぜ「××派」などがあるのかという話からその多様な視点と日本的カウセリングを考察し、カウセリングを行う際の実際問題とその対し方を述べ、最後は死生観や人生観にまで突っ込んだ話となっています。

 著者はカウンセリングが宗教に通じるものがあることを肯定していますが、この本自体が"法話"のような趣があります。
 本書を読むことは、〈知識的〉読書というより〈体験的〉読書とでも言うべきでしょうか。
 文庫上・下巻で600ページを超えますが、ゆっくり読みたい本です。

 【1985年単行本[創元社 (上・下)]/1999年文庫化[講談社+α文庫 (上・下)]】

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