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初期作風に回帰した遺作。もっと長生きしていれば、ノーベル文学賞?

カンガルー・ノート.jpgカンガルー・ノート』['91年/新潮社] カンガルー・ノート 新潮文庫.jpgカンガルー・ノート (新潮文庫)

 ある日突然、脛に「かいわれ大根」が生えてきた男は、病院でベッドに括りつけられ、生命維持装置を付けられたまま、賽の河原を巡る黄泉の国への旅へ―。

安部公房.jpg 1991(平成2)年末に刊行された安部公房(1924‐1993)の最後の長編で、この人、最後まで前衛を貫いたなあと思わせる作品。むしろ、人体と植物の共生なんて、初期作品「デンドロカカリヤ」あたりに遡って、SFチックな前衛ぶりが甦っている感じもします。

脱走と追跡のサンバ2.jpg  個人的には、このシュールで突拍子も無い展開の連続は、筒井康隆『脱走と追跡のサンバ』('71年/早川書房)の遁走劇に似ているなあと思ったりしました(この2人の作品には他にも似ているように思えるものがあるが、安部公房の出自はSFであるとも言えるから、大いにあり得ることか)。

 但し、この作品が、作者が大病での入院生活を送った後、多分に死というものを意識しながら書いたものであろうことを思うと、他の安部公房作品よりも個人的な体験が色濃く滲んでいるものと言え、ドナルド・キーンは、彼の作品の中で「最も私小説的」だと言っています。

 それは、作品テーマの1つである死の無意義性が、表現において「死を嘲る」という形で現れていることからも見てとれ、結果として、1年余り後の'93年1月に亡くなっていることを思うと、少し痛々しい気もします。

村上春樹 09.jpg 〈カンガルー〉というモチーフは、村上春樹にも『カンガルー日和』('83年/平凡社)という短篇集があり、日本のノーベル文学賞候補者2人が、この動物名を作品タイトルに用いているのが何となく面白いです(25歳年下の村上氏の方が先に使っている)。

 そのノーベル文学賞が11歳年下の大江健三郎にもたらされたのは、安部公房が亡くなった翌年で、大江氏は、安部公房がもっと長生きしていれば、ノーベル文学賞を受賞したであろうと言っていますが、もともと安部公房は国内よりも海外で早くに評価された作家であることからしても、その通りだと思います。

 【1995年文庫化[新潮文庫]】

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オタク(引きこもり)に繋がる先駆的モチーフであるとともに、「愛」を巡る実験小説。

箱男2 安部公房.jpg箱男 安部公房.jpg箱男箱男 安部公房.jpg箱男 安部.jpg箱男 (新潮文庫)』 [旧版/新版]

箱男 ハードカバー_.jpg 1973(昭和48)年に刊行された本作品の単行本は、200ページ足らずのものですが、「箱入り」装填。内容は、頭からすっぽりとダンボール箱を被って世間から自分を遮断し「箱男」となった男の視点で綴られる奇妙な物語です。男が箱を作ろうと思ったのは、別の「箱男」を見たのがきっかけということでそれ以上の説明は無く、むしろ、だんだんと「箱男」化していく様や箱の作り方などが丹念に書かれているのが何だか変なムードです。

箱男』['87年/新潮社ハードカバー]

 その「箱男」が、自分に関心を寄せる(結果として自分が関心を寄せることになる)葉子という女性が看護婦を務める病院で医者をしている「贋箱男」と出くわした辺りから、物語の主体(語り手)が時折入れ替わり、実はこの医者は贋医者で、本当の医者は葉子の夫で、これも今は「箱男」として自分の病院に入院している―ということで、ややこしい。

 彼らが交互に語り手となり、誰が本当の「箱男」なのかという問いかけがありますが、「贋箱男」も含めれば実はみ〜んな「箱男」なのであり、一見ストーリー破綻しているように思えるけれども、冒頭で箱作りに勤しんでいたのは「贋箱男」だったわけで、プロット的には予め計算され尽くしたものと言えるかと思います(つまり、出だしから、物語の主体は何度か入れ替わっていたということになる)。

 作者はこの作品について、「箱の中の男には実態というものがありません。ただ箱の内側から世界を覗き見るだけです。外の人々は彼のことをただの箱だと考えて、人間だとは思っていません。だからこそ、この作品では見られることと見ることの関係が重要なモチーフとなるのです」(「ユリイカ」1998.4再掲)と語っています。
 オタク(または"引きこもり")の行動特性に繋がるような先駆的なモチーフであるとともに(ある意味「世に出るのが早すぎた作品とも言える)、箱男、贋箱男、葉子(ハコとも読める)の3者間の「愛」を巡る実験小説であるとも言えます。

 それはまた、箱男と贋箱男との間での「書く者」と「書かれる者」との支配権闘争ともとれるもので、争っているうちに(読んでいくうちに)最後は誰が本当の「箱男」(書く者)なのか、登場人物も読者もおぼつかなくなってくる―。

 発表当時に評価が割れたせいか、この作品は「砂の女」のように映画化はされていませんが、かつて、フジテレビの深夜枠であった「文學ト云フ事」という文芸作品の映画予告篇だけを作る番組で映像化されていて、そこでは最後、元祖「箱男」が贋医者に看護婦・葉子を好きにしていいと言われて箱を抜け出し、その間に医者は箱にその身を隠し「箱男」となる―というストーリーになっていました。

 また、作中に作者自身が撮影した「箱男」目線の写真が何枚か挿入されていますが、作者はこれを「挿入詩」のようなものと捉えているらしく(前出「ユリイカ」)、文庫新装版のカバーデザインにその中の1枚が使われています。

 【1982年文庫化[新潮文庫]】

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コミカルな味のあるシュールな世界。結構わかりやすく「人間疎外」を描いている。

壁 安部公房 月曜書房.jpg     安部公房『壁』(新潮文庫).jpg  壁.jpg  安部公房.jpg 安部 公房 (1924-1993/享年68)
壁 (1951年)』[月曜書房] 『壁 (新潮文庫)』 /旧カバー版

 1951(昭和26)年に刊行された『壁』は、「S・カルマ氏の犯罪」、「バベルの塔の狸」、「赤い繭」の3部の中篇から成り、「赤い繭」は更に「赤い繭」、「魔法のチョーク」など4つの短篇から成るという構成。
 この中ではやはり、主人公の「ぼく」がある朝目を覚ましたら、自分の名前を喪失していた―という出だしの「S・カルマ氏の犯罪」のインパクトが大きかったです。

 「ぼく」は、自分の名刺を探してみるが見つからず、名前も思い出せない。そこで、勤め先の事務所に行くと、自分の「名刺」が自分の代わりに自分の机で仕事している―。
 重厚な作品という印象があったのですが、読み返してみると意外とコミカルな味のあるシュールな世界で、且つ、結構わかりやすく「現代人の疎外」を描いているように思えました(「名刺」が自分の代わりに仕事しているなんて、かなりストレートな暗喩ではないか)。

 「S・カルマ」という名であるらしい「ぼく」は、病院の待合室で読んだ写真雑誌の中の景色を自分の胸に"吸いとって"しまい、動物園でラクダに奇妙な愛着を抱いて、これも吸い込もうとして私設警察に捕われて、支離滅裂な裁判にかけられる―。
 カフカの「変身」と「判決」をくっつけたような流れですが、安部公房の方がユーモラスで、むしろカフカよりぶっ飛んでいる感じもします(後の筒井康隆などに近い感じ)。

 彼は何によって裁かれようとしているのか(物語の途中から「ぼく」ではなく「彼」になっている)、彼にとって常に目の前にはだかり、自らを同化せしめんとする「壁」とは何なのか(『バカの壁』という本があったが...)、様々な解釈があるでしょうが、人間の現存在の危うさを突きつけられたような不安感を醸す一方で、ワケワカランままであってもとり敢えず楽しく読めるのが、この作品の魅力です。

 「S・カルマ氏の犯罪」は'51(昭和26)年第25回芥川賞受賞作で、選考委員の中では川端康成などが推挙したそうですが、当時としては極めて斬新な候補作だったろうになあ(但し、川端康成などは彼自身が大正期の幻想文学の流れを汲んでいる面もあったし、さほど意外でもないことかも)。

 「魔法のチョーク」も単体では好きな作品です。

 【1969年文庫化[新潮文庫]】

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太宰治の「親友交歓」を思い出した。心理小説か? SFか? 最後はやはり「安部公房」。

人間そっくり人間そっくり.png 『人間そっくり (1967年)』 早川書房  人間そっくり.jpg  『人間そっくり』 新潮文庫

安部公房 人間そっくり 新潮文庫.jpg 「こんにちは火星人」というラジオ番組の脚本を書いていたある作家のもとに、彼のファンだという男が訪れ、自分は火星人であると名乗る―。
この男は自分が地球に来た経緯を作家に語るが、時として押し売りセールスマンのようにも振舞い、また時として狂人のような素振りも見せて作家を恐怖に陥れる。果たして彼は人間なのか火星人なのか、健常者なのか狂人なのか―。

 前半から中盤にかけての両者の会話はテンポのいい心理小説として楽しめ、主人公が突然の変な来訪者に振り回されるという点で、太宰治の「親友交歓」を思い出しましたが、この作品も、軽妙な中にも作者の小説家としての筆力を感じました。

 しかしながらし、もともとは'67年に早川書房の"日本SFシリーズ"として(新書サイズだった)、小松左京の「復活の日」や星新一の「夢魔の標的」、筒井康隆の「48億の妄想」と並んで刊行されもので、本書も話の流れとしてはSF風の結末です。ただし、最後に人間存在の不確かさというものをしっかり浮き彫りにしていて、そこはやはり「安部公房」という感じでしょうか。

新潮文庫(新装版)

映画「マトリックス」 電話.jpg それにしても、電話ボックス(電話器)が"転送ステーション"だなんて、キアヌ・リーブス主演の映画「マトリックス」('99年/米)の先を行っていたような気がしました。

 【1974年文庫化[ハヤカワ文庫]/1976年再文庫化[新潮文庫]】

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読みやすい文章で、ミステリアスな味わいも。前年の豪雪地帯の取材がモチーフになっているのでは。

砂の女 1962.jpg 単行本 ['62年/新潮社] 砂の女.jpg 砂の女 新潮文庫.jpg砂の女』 新潮文庫 〔旧版/新版〕 

 1962(昭和37)年・第14回「読売文学賞」受賞作。

 安部公房(1924‐1993)の作品の多くは、現代社会に生きる人間の孤独とそこからくる焦燥感をテーマにしており、社会への適応原理を見失った(或いはそうした状況に突然置かれた)人間が安定状態を回復しようとしてますます孤独の深みに嵌まっていくというものが多いような気がします。

 そのため安部公房の小説は、不条理の作家カフカの作品に模せられることが多く、代表作と呼ばれる作品には抽象的で難解なものが少なくないし、また「デンドロカカリア」の主人公の名が〈コモン君〉であったように、無国籍性というのも1つの特徴ではないかと思います。

 そうした中で、砂丘地帯の村落共同体に迷い込み、「砂の穴」からの脱出を図る主人公を描いたこの作品は、現代人の孤独と焦燥感という他の安部作品と共通するテーマを扱いながらも、主人公が置かれた「不条理な状況」というのが日本的な「村社会」の性格を強く反映したものであったり、或いは日常生活的なリアリティを排しながらも、その「村社会」に生きる女性の言動や性の描写に風土的なリアリティがあったりし、また他の代表作に比べて読みやすい文章で、更にはミステリアスな味わいもあり、不思議と親和感のようなものを感じます。

 満州の半砂漠的風土で幼年期を過ごした作者にとって、砂漠というのは割合イメージ的にリアルなものだったのではないかと推察できますが、「砂の穴」の上の世界と下の世界の断絶や、主人公が向き合うところとなる「砂の壁」のイメージは、この書き下ろし作品が発表された前年(昭和36年1月)に作者は新潟の豪雪を取材しており、その豪雪状況下での人々の暮らしがモチーフとして織り込まれたのではないかと個人的には思っています。

 ラストでの主人公の心境の変化は、彼がこの「砂の穴」を脱出して「都会の砂漠」へ戻ることの必然性を見出せなくなっていることを示しており、これを成長と見ることも妥協と見ることもできるという点でも問題を孕んだ意欲作だったと思います。

 【1981年文庫化[新潮文庫]】

砂の女sunanoonna5.jpg砂の女s.jpg砂の女es.jpg映画「砂の女」('64年/東宝)

監督:勅使河原宏
製作:市川喜一・大野 忠
脚本:安部公房
原作:安部公房
撮影:瀬川 浩
音楽:武満 徹
美術:平川透徹・山崎正雄
出演:岡田英次・岸田今日子・伊藤弘子 三井弘次・矢野宣・関口銀三 市原清彦・田村 保・西田裕行

                     
                
 

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