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待望の初作品集であり、構成も工夫されていて、その軌跡を偲ぶに相応しい保存版。
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イラストレーター 安西水丸.jpg
 安西水丸 いつまでも愛されるイラストレーター.jpg
イラストレーター 安西水丸』['16年](25.7 x 18.6 x 1.8 cm)『安西水丸: いつまでも愛されるイラストレーター (文藝別冊/KAWADE夢ムック)』['14年]

イラストレーター 安西水丸 10.jpg 2014年3月に急逝したイラストレーター安西水丸(1942-2014)の作品集で、2016年6月刊行(安西水丸事務所 (監修))。安西水丸は、日本大学芸術学部卒業後、電通、ニューヨークのデザインスタジオ、平凡社を経てフリーのイラストレーターになり、書籍の装丁、雑誌の表紙やポスター、小説やエッセイの執筆、絵本、漫画など、多様な活動をしてきました。本書は、「ぼくの仕事」「ぼくと3人の作家」「ぼくの来た道」「ぼくのイラストレーション」の4章から成り、その活動の全容を1冊にまとめています。

 chapter1「ぼくの仕事」では、その仕事を、小説、装丁・装画、エッセイ、漫画、絵本、雑誌、ポスター、リーフレットほか、広告・立体物に区分して、代表的なものを紹介しています。その多彩な活動を改めて感じとることが出来ますが、本書が初の作品集であるとのことで、まさに "疾走"している最中の逝去であり、亡くなることでようやっとこうした「作品集」を見ることができるというのが何となく哀しい気もします。

村上春樹をとり上げた雑誌の表紙/和田誠とのコラボレーション
イラストレーター 安西水丸 108 村上.jpgイラストレーター 安西水丸 116 和田.jpg Chapter2「ぼくと3人の作家」では、親交の深かった嵐山光三郎氏、村上春樹氏、和田誠氏との仕事を紹介しています。この中でも、村上春樹作品とコラボは印象深いものがありますが、村上作品で最初に装丁を担当したのは、'83(昭和58)年に中央公論社(現、中央公論新社)から出た『中国行きのスロウ・ボート』であるとのことイラストレーター 安西水丸_7929.JPGです。本人も気に入っているようですが、村上作品は、先行して村上作品のカバーイラストを担当していた佐々木マキ氏のアナーキーな雰囲気も似合うけれども、こうしたカンファタブルなイラストや、『村上朝日堂』シリーズに見られるほのぼのとした雰囲気もマッチしているように思え、また、その雰囲気が意外と村上作品または村上春樹という作家の本質に近いところにあるのではないかと思ったりもします。

 Chapter3「ぼくの来た道」では、子ども時代を過ごした千倉のことや、学生・イラストレーター時代のこと、青山と鎌倉のアトリエ、好きなもの(カレーライス、スノードーム、ブルーウィロー、お酒)が写真と文章で紹介され、娘・安西カオリ氏の父親との幼い頃の思い出を綴ったエッセイが付されています。千倉の話は、本人のエッセイにも出てきたなあ(村上春樹のエッセイにも出てくる)。アトリエに飾られた小物などは、ああ、これが作品のモチーフになったのだなあと思わせるものもあって興味深かったです。

イラストレーター 安西水丸 166.jpg Chapter4「ぼくのイラストレーション」では、純粋なイラストレーションとしての安西水丸作品が80ページにわたって紹介されていて圧巻! 多様な活動をしながらも、心には「イラストレーターであることへの誇イラストレーター 安西水丸 170.jpgり」を常に持ち続けたということが改めて感じられました。最後に、仕事面で何かと一緒に歩むことの多かった嵐山光三郎氏のエッセイと、村上春樹氏が寄せた短文が付されていますが、共にイラストレーター 安西水丸 222.jpg、まだ安西水丸という人がもうこの世にはいないという喪失感から抜け出せていないことを感じさせるものでした。

 安西水丸、待望の初作品集であり、構成も工夫されていて、その軌跡を偲ぶに相応しい保存版として一冊です。

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安西氏が急逝した今となっては貴重なコラボ。文庫化されて入手し易く気軽に読めるのが有難い。

『青豆とうふ』.jpg青豆とうふ.jpg 青豆とうふ 文庫.jpg 安西 水丸.jpg   『パートナーズ』[08年].jpg
青豆とうふ』['03年] 『青豆とうふ (新潮文庫)』['11年]安西 水丸(1942-2014.3.19/享年71)『パートナーズ』['08年]

 今年('14年)3月19日に脳出血のため71歳で亡くなったイラストレーターの安西水丸(1942年生まれ)氏と、同じくイラストレーターの和田誠(1936年生まれ)氏のリレーエッセイで、安西氏が文章を書くときは和田氏がイラストを描き、和田氏が文章を書くときは安西氏がイラストを描くという、この二人ならではのコラボレーションです。

チャペック「ロボット」2.jpg イラストレーターが二人寄れば同じことは出来そうにも思えますが、やはりそこはこの二人ならではと言うか、最初が「ハゲの話」で始まって、最後も「ハゲの話」で終わっていて、共にショーン・コネリーの話になっているという循環構造を成しているのも洒落ていますが、チャペックの「ロボット」から美空ひばり、キングコング、市原悦子、寺山修司、怪奇的体験、ジェイムズ・スチュアート、IVYファッション、映画で観た景色...と、とにかく文章や話題のつなぎ方が上手いなあと思います。

村上春樹 09.jpg 二人の文章の上手さは、あとがきの村上春樹氏も絶賛していますが、この本のタイトルは、安西氏が村上氏にタイトルをどうしょうか相談した時に二人が中華料理店で食べていたのが「青豆とうふ」だったというところから村上氏が「青豆とうふ」と名付けたということで、こうした"軽さ"と言うか"ユルさ"もいいなあと思いました。

 但し、ユルい話も結構多い中で、こと映画の話になると二人ともかなりマニアックになるのが面白いです。和田氏が高校時代にジェイムズ・スチュアートに絵入りのファンレターを出したら返事が来たというのなどは、その典型でしょうか。

 読んでいるうちに、今どちらが文章を書いていてどちらがイラストを描いているのか判らなくなるくらい、二人の文章と絵が次第に似てくると言うか、溶け込んでくるのですが、これ、計算してやっているとすればスゴイなあと。

 しいて言えば、安西氏が和田氏を描くことは少なく、描いてもあまり真正面から捉えないのに対し、和田氏は安西氏の正面から見た無精髭のある顔を描いていて、それでふと今和田氏が文章を書いているんだなとか思い出したりするのですが、この辺りは業界の先輩・後輩の関係とか影響しているのかなあ。

 この二人はその後、『パートナーズ』('08年/文藝春秋)でもコラボしており、こちらは「ライバルともだち」と「ことわざバトル」の二分冊になっていますが、例えば「ことわざバトル」の場合は、二人で諺を選び、それぞれについて文章担当を決めた上でイラストは半分ずつ受け持つという試みをしていて(一枚の紙に、先に描く方が左側に描き、描き終ったところで絵を交換し、空いている右側に絵を描く)、これを見ても二人の絵は似ているなあという気がします。

 どちらかと言うと、安西氏の方が和田氏の画風を意識してトーンを揃えていうような気がするのですが、他の作品におけるそれぞれの画風を十分にチェックしたわけではないので何とも言えません。

 ただ、安西氏が急逝して、こうしたコラボの機会が将来に渡って望めなくなったことは残念であり、寂しく思います。今となっては貴重なコラボですが、文庫化もされて入手し易く気軽に読めるのが有難いです。

寺山修司 by 安西 水丸/和田 誠
青豆豆腐_0406.JPG青豆豆腐_0407.JPG
【2011年文庫化[新潮文庫]】

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「芥川賞について...」などに、文壇的なものを忌避する傾向がすでにはっきり見られる。

村上朝日堂の逆襲 2.jpg村上朝日堂の逆襲1.jpg  村上朝日堂の逆襲 bunko.jpg
村上朝日堂の逆襲』(1986/06 朝日新聞社)『村上朝日堂の逆襲 (新潮文庫)

村上朝日堂の逆襲 a1.jpg 著者が芥川賞のことをどこかで書いていたことがあったのを思い出して、『村上朝日堂』('84年/若林出版企画)を読み直してみたけれど見当たらず、「村上朝日堂シリーズ」の第2作である本書を見たら、「芥川賞について覚えているいくつかの事柄」というのがありました。

 『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』がそれぞれ候補になって、「あれはけっこう面倒なものである。僕は二度候補になって二度ともとらなかったから(とれなかったというんだろうなあ、正確には)とった人のことはよくわからないけれど、候補になっただけでも結構面倒だったぐらいだから、とった人はやはりすごく面倒なのではないだろうかと推察する」と。

村上朝日堂の逆襲 a2.jpg "受賞第一作"を書けと言われても困るとか、NHKに出ろと言われてもTV出演は苦手だとか、賞に伴う慣行的なものを拒否していて、受賞連絡待ちの時の周囲の落ち着かない様子に自分まで落ち着かない気持ちに置かれたことが書かれていてます(『風の歌を聴け』の時は、自身の経営するジャズ喫茶兼バーのようなところで「ビールの栓を抜いたり玉葱を切ったりしていたのだが、店内では編集者が緊張した面持ちで電話を待っているし、アルバイトの女の子たちもなんだかそわそわしているみたいだし、客の中にも事情を知っている人がいるしで、すごくやりにくい。とても仕事にならない」と)。

 結局この後、長編小説(『羊をめぐる冒険』)への方へ行ってしまい、芥川賞とは縁が無くなってしまったわけですが、そうした国内の文学賞的なものに付随するもの、文壇的なものを忌避する傾向が、もうこの頃からはっきり現れているなあと思った次第です。

 本書に出てくる「小説家の有名度について」の中では、ベルビー赤坂の待合所のベンチで奥さんの買い物待ちをしていたら、若い男の人に、「村上さん、がんばって下さい」と言われたので、思わず「はっ、がんばります!」と答えてしまい、「こうなるとプロ野球ニュースのインタビューみたいである」と。
 自分自身をカリカチュアライズしている要素が多く見られるのがこのシリーズの特徴ですが、この頃からもう、ずーっと海外で暮らしている方がいいかなあと、本気で考えていたのではないでしょうか。

 全体としては、『村上朝日堂』と同じような感じで楽しめる内容。芥川賞のことについてどう書いていたか気になっただけなのに、結局、始めから終わりまで通しで再読してしまいました。


 因みに、著者が国分寺のジャズ喫茶「ピーター・キャット」('77年に同じ店名のまま、ヤクルト戦のある神宮球場に近い千駄ヶ谷に移転。本書の芥川賞譚はそこでのもの)で店主をしていた時期に、あるジャズ雑誌に書いた「ジャズ喫茶のマスターになるための18のQ&A」(「JAZZLAND」1975.8.1号)というのがあって、これがなかなか面白いです(以下、引用)。

Q1 ジャズ喫茶を始めたいと思うのですが、さしあたって一番要求される資質は何でしょうか?
A 恐れを知らぬ行動力です。

Q2 それでは一番不必要なものは?
A 知性です。

Q3 現在大学に在学中ですが、卒業はした方が良いでしょうか。
A 経験から言うと、卒業証書の表紙はメニューにぴったりです。

Q4 好きな女の子が居るのですが、ジャズ喫茶のマスターとしては結婚していた方が得でしょうか、それとも独身でいた方が得でしょうか?
A あなたが一体何を指して得とか損とか言ってるのか、よく理解できないけれど、この世の中で結婚して得をすることなど何ひとつないのです。

Q5 よくジャズ喫茶のマスターは女の子にもてるっていう話を開きます。そんな時、客の女の子には手を出していいのでしょうか?
A まったくの取り越し苦労です。

Q6 レコードは最低何故必要でしょうか?
A 度胸さえあれば15枚でOKです。

Q7 でも、「ファンキー」や「DIG」に行って、レコード棚やオーディオを見る度にガックリして、僕なんかにとても......という気分になるのですが?
A そんな所に行くのが間違っているのです。国分寺に来なさい。

Q8 僕は前衛ジャズに弱いので、それ以外のジャズを中心にやりたいのですか?
A お好きなように。

Q9 お客に文句は言われませんか?
A もちろん言う人は居ます。気にしなければいいのです。
 あなたのお店なんだし、好きなようにやってみて、儲かるのもあなた一人だし、赤字を出して首を吊るのもあなた一人なのです。

Q10 お酒を出すつもりなのですが、酔って騒ぐような人が居たらどうしたらいいのでしょうか?
A 「戦艦バウンティ」という映画が昔ありました。その中で異端分子は全員船から突き落とされていました。

Q11 「スイング・ジャーナル」に広告を出すべきでしょうか?
A もちろんです。その上に「スクリーン」と「週刊平凡」に広告を出せば効果は抜群です。

Q12 僕はコルトレーンの『至上の愛』が嫌いなので店には置かないつもりなのですが、
友人は"『至上の愛』のないジャズ喫茶なんて...と言います。どうでしょうか?
A バカは相手にしないことです。

Q13 ジャズ評論家にコネがきくのですが、レコ-ド解説やコンサートをやった方が良いでしょうか?
A テスト盤をもらうだけくらいの方が賢明です。ロシア革命の時、一番最初に銃殺されたのはジャズ評論家だったそうです。

Q14 ジャズ喫茶という職業は一生続けていくに値いするものでしようか?
A 田中角栄にとって土建業が一生続けていくに値いする職業なのか?
 川上宗薫にとってポルノ小説家が一生続けていくに値いする職業なのか?
 猫にとってキヤツト・フードが一生食べていくのに値いする食物なのか?
 非常に難しい問題です。

Q15 僕にとってジャズ喫茶はまるでなにか青春の里程標のような気がするのですが、 こういう考え方は間違っているのでしょうか?
A 間違ってはいませんが、明らかに誇張されています。

Q16 それではジャズ喫茶とは一体何なのでしょうか?
A ジャズを供給する場所です。ジャズとは何か?
 僕はそれは、人生における一種の価値基準のようなものではないかと思うのです。
 茫漠とした時の流れの中で、僕たちの人生がどんな風に輝き、どんな風に燃えつきていくのか?
 ジャズの中に沈みこんでいる時、僕たちはそんな何かをみつけだせるような気がするのです。

Q17 そういう考え方は少し誇張されすぎてはいませんか?
A すみません。その通りです。ただ僕の言いたいのは、ジャズ喫茶のマスターがそういった使命感を忘れたらもうおしまいだっていうことなのです。

Q18 ところで話はガラッとかわりますが、今年のヤクルト・アトムズはどうなるのでしょうね?
A 当然優勝します。巨人は最下位になり、王はナボナのCMから下ろされます。

 著者26歳の頃の文章ですが、この頃からユーモアのセンスがふるっています。


 【1989年文庫化[新潮文庫]】

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初期エッセイのトーンが好き。作家のイマジネーションの原点のを探るうえでも興味深い。

村上朝日堂1.jpg 村上朝日堂2.jpg  村上朝日堂 新潮文庫.jpg
村上朝日堂』 (1984/01 若林出版企画)/『村上朝日堂 (新潮文庫)

村上朝日堂 イラスト.jpg 「村上朝日堂シリーズ」の最初のもので、'82年から'84年にかけて「日刊アルバイトニュース」に連載され、'84年に若林出版企画から刊行されたもの、ということは、連載時にリアルタイムでこの文章を読めたのは首都圏に住む人に限られていたということか。

 今やノーベル文学賞候補と言われている作家の"純文学大作"を脇に置いて、こんな"雑文集"(と自分で言っている)を今更読み直してどうなのかというのもありますが、個人的にこの人の初期エッセイのトーンが好きだから仕方がない...。

 連載テーマは毎回バラエティに富んでいますが、身近な話題が結構多いかも。中には前回のテーマを引き継いで書いている部分があって、自身の「引越し」について6回(「引越しグラフィティ」)、これは、この人、神戸から上京後は相当回数の転居をしているわけで、このテーマについては複数回に及ぶ理由が解りますが、電車の切符を失くさないようにするにはどうすればよいかということについてが4回(「電車とその切符」)、挿画の安西水丸氏を困らせるためにと選んだという「豆腐について」が4回と、どうでもいいようなことを何度も掘り下げていて、でも、水増ししているとかお茶を濁しているという感じは無く、面白いんだなあ、何れも。

 やはり優れた作家というのは、何事についても様々な観点から論を展開することができるということでしょうか(これは三島由紀夫が言っていたことだが)。と言っても、そう仰々しく構えるというようなものでは無く、例えば「フリオ・イグレシアスのどこが良いのだ!」というタイトルで2回書いていて、安西水丸氏の挿画との相乗効果で噴出すような内容。他にも、そういった笑いどころが多くあります。

『村上朝日堂』吉行.jpg吉行 淳之介.jpg 「僕の出会った有名人」というタイトルでの4回の中の1つに吉行淳之介のことが書かれていて(吉行淳之介は著者が文芸誌の新人賞をとった時の選考委員)、「我々若手・下ッ端の作家にとってはかなり畏れおおい人」、「吉行さんのそばにいる時は僕は自分からほとんど何もしゃべらないようにしている」と。でも、しっかりその立ち振る舞いを観察して感心しています(後にプリンストン大学で吉行の中篇を素材とした講義をしている)。

 ノーベル文学賞候補と目される人がこんな本も書いているという事実も面白いけれども、この作家の発想法やイマジネーションの原点のようなものを探るうえでも、個人的には興味深いものがあります。

 因みに、著者が文章を書き、安西水丸氏がイラスト(挿画)を描いている本は、「文・村上春樹/絵・安西水丸」といった作者名の表記になることが多いのですが、この『村上朝日堂』は、「付録」の2編「カレーライスの話」と「東京の街から都電のなくなるちょっと前の話」は、安西水丸氏が文を書き、村上春樹氏が挿絵を描いているため、「村上春樹/安西水丸」となっています。

 【1987年文庫化[新潮文庫]】

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のんびり読めるアメリカ学園都市滞在"絵日記"。

うずまき猫のみつけかた4.jpg うずまき猫のみつけかた 安西水丸.jpg  村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた (新潮文庫).jpg 
うずまき猫のみつけかた―村上朝日堂ジャーナル』['96年/新潮社]/新潮文庫
表紙絵・挿画/安西水丸

MA.gif 前作『やがて哀しき外国語』('94年/講談社)に続く著者の〈アメリカ滞在記〉ですが、居所をプリンストンからマサチューセッツ州ケンブリッジ(人口10万ほどの都市で、学園都市として知られている)に移しています。

Tufts University.jpg 著者は'93年から2年間この地に滞在していて、タフツ大学での講義に際して漱石など日本の近代小説を読み直したり、英文小説を読んだり翻訳したり、また、自らの小説を書いたり、ボストンマラソンに出たりといろいろ精力的に活動しているのが窺えますが、滞在記としての文体そのものは、「村上朝日堂ジャーナル」と冠している通り、適度に軽いタッチ("ハルキ調")となっています。 Tufts University

うずまき猫のみつけかた0598.jpg エッセイとしては前々作である『遠い太鼓』('90年/講談社)でもそうですが、このあたりの軽妙さは同じ時期に書いていた長編小説と補完関係にあるようです(『ねじまき鳥クロニクル』の後半部を書いている時期だと思うのですが)。

mizumaruart2.jpg 村上氏の奥さん(村上陽子氏)撮影のケンブリッジ界隈や街のノラ猫を撮った写真(見ていると何だかのんびりした気分になる)と、安西水丸氏のイラストと、その両方を文章と合わせて楽しめます。
 奥さんとのコラボレーションは、大江健三郎氏のエッセイ(大江ゆかり氏の挿画が入ったもの)を想起させました。

 途中、中国モンゴルと千葉の千倉海岸を旅行していて、いきなり千倉海岸の海の家の写真が出てくるかと思えば、滞在中に足を伸ばしたジャマイカの海辺の写真があったりしますが、不思議と違和感がありません。

 初版本には"専用しおり"がついていましたが、そこにある水丸氏の絵は子どもの絵日記によくある絵のようにも見え、本全体のコンセプトも"絵日記"といったところでしょうか
 「車盗難事件」など小事件はあったものの、ケンブリッジは静けさに満たされた、本当に「学園都市」という感じで、著者も「のんびり読んで」とあとがきで言っています。
 こういうのを読んでいると、一方で長編小説と格闘している作家の姿は見えないし、見せないのがこの作家の基本スタイルなのでしょう。

うずまき猫のみつけかた3.bmp 村上朝日堂シリーズの1冊であるのに、安西水丸氏の名前が表紙にないのは何故? 2008年の単行本新装版では「村上朝日堂ジャーナル」という冠も外しているところからすると、前作『やがて哀しき外国語』('94年/講談社)の系譜に連なるものとして再整理されたのではないでしょうか。

単行本新装版(2008年)

 【1999年文庫化[新潮文庫]/2008年単行本新装版】

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村上・安西コンビの「工場」見学記。楽しく気軽に読める。

日出(いず)る国の工場 大.jpg日出(いず)る国の工場.jpg         日出(いず)る国の工場.jpg  『日出る国の工場 (新潮文庫)
日出(いず)る国の工場』 単行本 ['87年]  

小岩井農場IMG_0597.jpg '86(昭和61)年に、村上春樹がイラストレーターの安西水丸を伴って行った工場見学の記録。

 訪問先として選んでいる「工場」というのが、人体標本を作る会社だったり結婚式場だったり消しゴム工場だったりするのが面白く、ほのぼのとした中にも意外性や素直な驚きがあり、それは多分読者も共感するところで、そういうのを引き出す点が実にうまいのですが、このころからこの人にはインタビュアーとしての才があったのかもしれないと思わせるものです。

日出(いず)る国の工場 irasuto.jpg その「素直な驚き」とは、ある種の合理性に対する驚きのようなもので、カツラだって流行のモードだって経済合理性のなかで作られているというのだという村上氏の醒めた目線が窺えた気もします。

 一番印象に残ったのは、「経済動物たちの午後」と題された「小岩井農場」見小岩井農場IMG_0595.jpg学記で、ホルンスタインというのは、生まれた仔牛が牡(オス)であれば一部種牛になるものを除いて生後20ヶ月ぐらいで加工肉となり、牝(メス)牛も乳の出が悪くなればすぐに加工肉となるので、寿命を全うすることは無く、まさに"経済動物"であるという...なんだか侘しいなあ。

 とは言え、安西水丸氏のどこかのんびりした挿画も楽しく、全体として気軽に読め、笑えるところも多いです。
 この本の前向きなタイトルからも察せられるとおり、この"明るさ"は、本書がバブル期の"いい時代"に出版されたものであるということもあるのでしょうけれど。
 さらに穿った見方をすれば、その中で著者は、"経済動物"に象徴される"消費される者の哀しさ"のようなものを見据えていたということでしょうか。

 【1990年文庫化[新潮文庫]】

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バーチャルな読書空間を提供している安西水丸氏のイラスト。
ランゲルハンス島の午後(村上春樹・安西水丸).jpgランゲルハンス島の午後2.jpg  『ランゲルハンス島の午後』.JPG ランゲルハンス島の午後.jpg
単行本['86年/光文社] 『ランゲルハンス島の午後 (新潮文庫)』 (イラスト:安西水丸) 

ランゲルハンス島の午後(村上春樹・安西水丸)1.jpg '84(昭和59)年6月より、雑誌「CLASSY.」の創刊号から2年間、イラストレーターの安西水丸氏とともに連載した「村上朝日堂画報」に、表題作を加えたもの。

 海外のポップカルチャーから日本の街角で見かけたことや学生時代の思い出まで話題の範囲は広いのですが、肩のこらないショートエッセイが'60年代に対する郷愁を滲ませたような安西水丸のイラストと相俟って、心地良い読後感を与えるものとなっています。

『ランゲルハンス島の午後』3.jpg エッセイのタイトルのつけ方も、「洗面所の中の悪夢」とか「地下鉄銀座線における大猿の呪い」といったものまで、ググッと惹きつけるうまさを感じます。
 著者の有名な?造語である「小確幸」というタイトルの一文もあります(ただしこの言葉は、レイモンド・カーヴァーの"A Small, Good Thing"というの小説のタイトルに由来しているのだろうと思いますが)。 

ランゲルハンス島の午後0604.jpg 因みに「ランゲルハンス島」というのは、海に浮かぶ島の名前ではなく、すい臓の中にある"島"なので、地理の教科書ではなく、生物の教科書に出てきます。 
 美学における美的要素の1つとして「異質なものの組み合わせ」というのがあるそうで、シュールレアリズム絵画などはその典型ですが、著者はそういったことをさりげなくやってみせているという感じがします。

 安西水丸氏の見開きイラストの多くは、「机の上の静物」をカラフルに描いたものですが、これが読者に、ハルキ氏のエッセイを読むのにマッチした「バーチャルな読書空間」を提供しているのではないか、と思ったりしたのですがどうでしょうか。

 【1990年文庫化[新潮文庫]】

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