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シュールで非現実的でありながらも引き込まれる旨さ。
押絵と旅する男 光文社文庫.jpg文豪が書いた怖い名作短編集.jpg  江戸川乱歩名作選 (新潮文庫).jpg 押繪と旅する男 vhs.jpg
文豪たちが書いた 怖い名作短編集』('13年)『江戸川乱歩名作選 (新潮文庫)』('16年) 「押繪と旅する男 [VHS]」('94年)
江戸川乱歩全集 第5巻 押絵と旅する男 (光文社文庫)』('05年)

 魚津へ蜃気楼を観に行った帰りの汽車の中、二等車内には「私」ともう一人、古臭い紳士の格好をした60歳とも40歳ともつかぬ男しかいなかった。「私」は男が、車窓に絵の額縁のようなものを立て掛けているのを奇異な目で見ていた。夕暮れが迫り、男はそれを風呂敷に包んで片付けた際に目が合った。すると男のほうから「私」に近付いてきて、風呂敷の中身を見せてくれる。それは洋装の老人と振袖を着た美少女の押絵細工だった。背景の絵に比べその押絵のふたりが生きているようなので驚く「私」に「あなたなら分かってもらえそうだ」と男はさらに双眼鏡でそれを覗かせる。いよいよ生きているみたいに思えた押絵細工の二人の「身の上話」を男は語り始める。それは35,6年も前、男の兄が25歳のとき、浅草に「浅草十二階」(凌雲閣)ができた頃の話で、ふさぎがちになった男の兄が毎日双眼鏡を持って押絵と旅する男 橘小夢画.jpg出掛けるのであとをつけると、男の兄は「浅草12階」に登って双眼鏡を覗いている。声を掛けると男の兄は片思いの女性を覗いていたことを白状するが、その女性のいる所へ二人で行ってみると、その女性は押絵だった。すると男の兄はその双眼鏡を逆さまに覗いて自分を見ろと言い、男がそうすると兄は双眼鏡の中で小さくなり消えてしまう。男の兄は小さくなってその女性の横で同じ押絵になっていたのだった。以来、男は、ずっと押絵の中も退屈だろうからと、「兄夫婦」をこうして旅に連れて行っているのだという。ただ押絵の女性は歳をとらないが、兄だけが押絵の中で歳をとっているのだという。男が兄たちもこんな話をして恥ずかしがっているのでもう休ませますと、風呂敷の中に包み込もうとしたとき、気のせいか押絵の二人が「私」に挨拶の笑みを送ったように見えた―。

「押絵と旅する男」画:橘小夢(中村圭子(著)『橘小夢』('15年/河出書房新社)より)

 江戸川乱歩が1929 (昭和4) 年、雑誌「新青年」6月号に発表した、文庫で30ページほどの短編です。江戸川乱歩の作品には結構シュールと言うか非現実的なものも多くて、作者自身そう感じたのかラストで"夢落ち"にしているものも幾つかあります(「人間椅子」のように実は空想譚だったというオチもある)。この作品もシュールで非現実的であり、兄が弟に双眼鏡を逆さまに覗いて自分を見させることで自分が小さくなって押絵の中に入り込むという発想などはむしろ子供じみているとも言えますが、それでいて何となく物語の中に引き込まれていく旨さがあるように思います。

押絵と旅する男 朗読.jpg 物語全体を「男の話」にしていることで、("夢落ち"にしなくとも)全てが男の作り話か男自身が嵌っている幻想ととれなくもなく、一方で、目の前にそうした押絵があれば、やはり「私」ならずとも、幻想的な気持ちにさせられるでしょう。また、こうしたストーリーを成立させるには、昭和から大正を通り越して明治まで遡ることは必然だったようにも思います。「浅草十二階」と呼ばれた凌雲閣は、1890(明治23)年に完成し、1923(大正12)年の関東大震災で崩壊していますが、こうしたモチーフを持ち出しているのも巧みです(浅草は乱歩が愛した街でもある)。

押絵と旅する男」 朗読
    
押繪と旅する男 映画 00.jpg この作品は、「竜二」('83年、「チ・ン・ピ・ラ」('84年)の川島透監督によって、「押繪と旅する男」('94年/バンダイビジュアル)として映画化されていますが、「私」ではなく「弟」の"主観"で描かれていて、戦時中特高として名を馳せながらも今はよぼよぼの老人となってしまった「弟」たる男(浜村純)がいる「現代」の東京と、男の回想としての「過去」―凌雲閣で少押繪と旅する男 映画 12kai .jpg年時代の「弟」たる男(藤田哲也)の兄(飴屋法水)が押絵の中に入ってしまう出来事があった―大正時代が交錯する形で描かれています。「私」に該当する人物は出てこないで、代わりに、「弟」の兄に嫁(鷲尾いさ子)がいて、押絵の少女(八百屋お七になっている)に夫を奪われた兄嫁への少年の淡い慕情が大きなウェイトを占める作りになっています。大正ロマンの香りがして、映画としては悪くないですが、"主観"を変えて更に脚色されているため、原作とは随分と印象が異なるものになっているように思いました(川島透監督が、自分が撮りたいものを撮っているという感じ)。

押繪と旅する男 映画 s.jpg押繪と旅する男 映画s.jpg 浜村純(1906-1995)演じる今は老人となった「弟」たる男の他に、特高だった男にかつて虐げられた恨みを持つ老人押繪と旅する男 映画 wasio.jpgに多々良純(1917-2006)、男の友人で今は老人病院のような所に入院して死にかけている男に天本英世(1926-2003)など、老優たちが更に老け役で出ていて、「現代」のパートは老人ばかりの世界と言ってよく(老いと死が映画のテーマであるとも言えるか)、その分「過去」のパートの若々しい鷲尾いさ子(1967年生まれ)などは魅力的です。おそらく、押絵の娘になまめかしさを求めるのは映像的に難しいので、その部分を代替させたのではないでしょうか。

押繪と旅する男vhs.jpg「押繪と旅する男 (江戸川乱歩劇場 押繪と旅する男)」●制作年:1994年●監督:川島透●製作:並木幸/村上克司●脚本:薩川昭夫/川島透●撮影:町田博●音楽:上野耕路●原作:江戸川乱歩●時間:84分●出演:浜村純/鷲尾いさ子/藤田哲也/天本英世/飴屋法水/多々良純/伊勢カイト/小川亜佐美/和崎俊哉/高杉哲平/原川幸和/山崎ハコ●公開:1994/03●配給:バンダイビジュアル(評価★★★☆)

江戸川乱歩全集〈第6巻〉押絵と旅する男 (1979年)_.jpg 【1960年文庫化[新潮文庫『江戸川乱歩傑作選』]/2008年再文庫化[岩波文庫『江戸川乱歩短篇集』]/2013再文庫化[彩図社『文豪たちが書いた 怖い名作短編集』]/2016年再文庫化[新潮文庫『江戸川乱歩名作選』]/2016年再文庫化[文春文庫『江戸川乱歩傑作選 蟲』]】
江戸川乱歩全集 第6巻 押絵と旅する男』 (1979年)

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オチもさることながら、一筋縄で片づけられない話になっているところが旨さ。

芥川龍之介全集〈4〉.jpg  文豪怪談傑作選 芥川龍之介集.jpg 文豪が書いた怖い名作短編集.jpg  見た人の怪談集 2016.jpg
芥川龍之介全集〈4〉 (ちくま文庫)』('87年)『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集 妖婆 (ちくま文庫)』('10年)『文豪たちが書いた 怖い名作短編集』('13年) 『見た人の怪談集 (河出文庫)』('16年)

妙な話jpg.jpg ある冬の夜、私は旧友の村上から、銀座のある珈琲店で、村上の妹である千枝子が夫の欧州出征中に神経衰弱のようになって語ったという"妙な話"を聞く。その話とは、見ず知らずの赤帽が、中央停車場で2度にわたり千枝子に夫のことで語りかけ、赤帽が夫の消息を訊ねてきたのに対し、千枝子が「最近手紙が来ない」と言うと、赤帽が夫の様子を見てこようと言ったというのだ。しかもその後再び出会ったとき、赤帽は本当に欧州の夫の消息を伝え、しかも、夫が帰還してみると、それが事実だったというのだ。更には、夫が語るには、その赤帽が、戦役でマルセイユに派遣されていた彼の前にまで現れたというものであった―。

[Kindle版] 「妙な話

 芥川龍之介(1892-1927)が1921(大正10)年1月雑誌「現代」に発表(執筆は大正9年12月)、『夜来の花』('21年/新潮社)に収められた、文庫本で10ページほどの短編です(ちくま文庫『芥川龍之介全集〈4〉』('87年)、ちくま文庫『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集 妖婆』('10年)、彩図社『文豪たちが書いた 怖い名作短編』('13年)、河出文庫『見た人の怪談集』('16年)などに所収)。

 途中までは夫想いの貞淑な妻の不思議なエピソードと思わせておいて、最後に思わぬ事実が―。語り手が物語の構成に一枚噛んでいたというのが、芥川龍之介らしい技巧のように思いました。まあ、こんなことがあれば、気味悪くて不倫する気にならないだろなあ。

 この「赤帽」は何者であったのか(または「何」であったのか)については、色々と議論があるようで、人ではない「物の怪」や「幽霊」、或いは「神」と言った霊的存在の類いとする説もあれば、赤帽に出会ったことで千枝子が不倫する一歩手前で踏みとどまったことから、彼女の潜在意識の中にある罪悪感が(当時、妻の不倫は「姦通罪」、つまり犯罪だった)彼女に見せた幻影であったという説もあるようです。

 前者のスピリチュアルな解釈よりも、後者の潜在意識説の方がリアリティはありそうですが、となると、千枝子と赤帽の遣り取りは千枝子の潜在意識で背説明できるとしても、夫の自身がマルセイユで、欧州にはいないはずの赤帽を見たという事実はどう説明するか。「霊」を持ち出さなければ「テレパシー」か何かで説明せざるを得ず、"心霊"とまでは行かなくとも"超心理学"的な世界に踏み込むことになる...。

 語り手が作品のフレームであると共に絵の一部にもなっていることに加え、このように一筋縄で片づけられない話になっているところが、この作品の旨さだと思います。

『夜来の花』...【1949年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●『文豪たちが書いた 怖い名作短編集』('13年/彩図社)
夢野久作...「卵」/夏目漱石...「夢十夜」/江戸川乱歩...「押絵と旅する男」/小泉八雲/田部隆次訳...「屍に乗る男」「破約」/小川未明...「赤いろうそくと人魚」「過ぎた春の記憶」/久生十蘭...「昆虫図」「骨仏」/芥川龍之介...「妙な話/志賀直哉...「剃刀」/岡本綺堂...「蟹」/火野葦平...「紅皿」/内田百閒...「件」「冥途」
●『見た人の怪談集』('16年/河出文庫)
岡本綺堂...「停車場の少女」/小泉八雲...「日本海に沿うて」/泉鏡花...「海異記」/森鴎外...「蛇」/田中貢太郎...「竃の中の顔」/芥川龍之介...「妙な話/永井荷風...「井戸の水」/平山蘆江...「大島怪談」/正宗白鳥...「幽霊」/佐藤春夫...「化物屋敷」/橘外男...「蒲団」/大佛次郎...「怪談」/豊島与志雄...「沼のほとり」/池田彌三郎...「異説田中河内介」/角田喜久雄...「沼垂の女」

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モダンな印象の本格推理。創作活動の初期には探偵小説を多く書いていた山本周五郎。

花匂う (新潮文庫) _.jpg   文豪ミステリー傑作選 (第2集) 0_.jpg  文豪のミステリー小説0_.jpg
花匂う (新潮文庫)』(1983/04 新潮文庫)『文豪ミステリー傑作選 (第2集) (河出文庫)』(1985/11 河出文庫)『文豪のミステリー小説 (集英社文庫 や 39-2)』(2008/02 集英社文庫)

 山手の下宿屋街にある柏ハウスの二階十号室で殺人事件が起こった。殺されたのはマダム絢という、桑港(シスコ)に本店のある獣油会社の販売監督をしている亜米利加(アメリカ)人ヂェムス・フェルドの妾であった。マダムは好色で花骨牌の名手であり、その日は昼過ぎから自分の部屋で花骨牌を、同じ柏ハウスの住人である高野信二(29)、吉田龠平(41)、木下濬一(24)の三人とやっていた。花骨牌をしている時に新聞記者の信二がある浮浪者の男に呼出され、その間に絢が殺されたのだ。無職の侖平は、絢との賭け花骨牌で多額の負債があり、ホテルVのクラアクの濬一は、絢と彼女が殺される直前まで花骨牌をやっていた。刑事課長の岊谷(せつや)氏が、部下を引き連れ捜査に乗り出す―。

山本 周五郎 2.jpg 山本周五郎(1903-1967)の初期短編小説で、1933(昭和8)年6月に雑誌「犯罪公論」に発表され、文庫で40ページほどです。この作家のイメージからすると珍しい"現代"(当時としては同時代の)推理小説で、横浜が舞台のモダンな感じがする作品である上に、本格推理小説でもあります。新潮文庫『花匂う』に収められていて、文庫解説によるとこの『花匂う』には、作者生前に刊行された「山本周五郎全集(全13巻)」('63~'64年/講談社)など何れの全集にも収録されなかった作品を収めたとのことです。但し、これらの作品は「山本周五郎 全集未収録作品集(全17 巻)」('72~'82年/実業之日本社)には収録されています(この「出来ていた青」は、『現代小説集-全集未収録作品集〈15〉』に収録)。

 初めて読んだ時は、山本周五郎にこのような作品もあったのかと思わせるものでしたが、ミステリとしてもまずまずの出来ではないでしょうか。そうしたこともあってか、共に文豪の書いたミステリーを選抜した、河出文庫の『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年)と集英社文庫の『文豪のミステリー小説』('08年)の両方に収められたりもしています。

 実は山本周五郎は、創作活動の初期には探偵小説を多く書いていて、それらは「山本周五郎探偵小説全集(全7巻)」('07~'08年/作品社)の編纂によってようやくその全貌が明らかになっています。時代小説・ミステリを中心とした文芸評論家の末國善己氏は、「山本周五郎の探偵小説の復刻が遅れたのは、散逸が激しく、公的な機関にもほとんど所蔵されていない博文館の少年少女雑誌に発表されたことも大きかったように思える」としています。

 但し、この「出来ていた青」に関して言えば、少なくともジュブナイルではないでしょう(ラストの信二の「あの女、一度でいいからマスタアしてみたかったな」とそれに続く呟きが大人向きであることを物語っている)。因みに、「山本周五郎探偵小説全集」は、第1巻から第7巻(別巻)までそれぞれ「少年探偵・春田龍介」「シャーロック・ホームズ異聞」「怪奇探偵小説」「海洋冒険譚」「スパイ小説」「軍事探偵小説」「時代伝奇小説」と銘打たれていて(まるで江戸川乱歩以上に幅広いジャンルのカバーぶり?)、この「出来ていた青」は、『シャーロック・ホームズ異聞―山本周五郎探偵小説全集 第二巻』('07年/作品社)に収められています。

【1983年文庫化[新潮文庫『花匂う』所収]/1985年文庫再録[河出文庫[『文豪ミステリー傑作選 (第2集)』所収]/2008年文庫再録[集英社文庫[『文豪のミステリー小説』]所収】

《読書MEMO》
●『文豪ミステリー傑作選(第1集)』('85年/河出文庫)
夏目漱石「趣味の遺伝」/森鴎外「魔睡」/志賀直哉「范の犯罪」/芥川龍之介「開化の殺人」/谷崎潤一郎「途上」/泉鏡花「眉かくしの霊」/川端康成「それを見た人達」/太宰治「犯人」/内田百閒「サラサーテの盤」/三島由紀夫「復讐」
●『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年/河出文庫)
黒岩涙香「無惨」/徳冨蘆花「巣鴨奇談」/久米正雄「嫌疑」/村山塊多「悪魔の舌」/岡本綺堂「兄妹の魂」/大仏次郎「怪談」/吉川英治「ナンキン墓の夢」/山本周五郎「出来ていた青/火野葦平「紅皿」/海音寺潮五郎「半蔀女」/吉屋信子「茶碗」/柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」
●『文豪のミステリー小説』('08年/集英社文庫)
夏目漱石「琴のそら音」/大佛次郎「手首」/岡本綺堂「白髪鬼」/山本周五郎「出来ていた青/大岡昇平「真昼の歩行者」/幸田露伴「あやしやな」/久米正雄「嫌疑」/柴田錬三郎「イエスの裔」/芥川龍之介「藪の中」

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エトランゼの孤独。佳作だが、そんなにたくさん賞を獲るほどの映画かなあという気もする「ロスト・イン・トランスレーション」。
ロスト・イン・トランスレーション  dvd2.jpgロスト・イン・トランスレーション  dvd.jpg ロスト・イン・トランスレーション001.jpg  マリー アントワネット 2006 DVD .jpg
ロスト・イン・トランスレーション [DVD]」「ロスト・イン・トランスレーション [DVD]」/「マリー・アントワネット」チラシ
ロスト・イン・トランスレーション003.jpg サントリーウイスキーのテレビCMに200万ドルで出演するために来日した年配のハリウッド俳優ボブ・ハリス(ビル・マーレイ)は、異国で言葉も通じず孤独を感じていた。同じホテルに滞在していたロスト・イン・トランスレーション004.jpgシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)は大学を卒業したてで結婚したばかりだが、セレブ写真家の夫ジョン(ジョバンニ・リビシ)は仕事に忙しく、彼女もボブと同じく孤独だった。シャーロットは夫が自分よりも、若く人気のある女優ケリー(アンナ・ファリス)のようなセレブなモデルに興味があるのではないかと不安を抱く。ボブの方は、長年の夫婦生活に疲れ、"中年の危機"にある。ある晩、長時間の撮影を終え、ホテルのバーでロスト・イン・トランスレーション009.jpg疲れを癒していたボブに、ジョンや友人達といたシャーロットが気づき、ウエイターに日本酒を渡してもらう。2人はホテル内で顔を合わせる内に親しくなる。シャーロットは日本の友人に会う時にボブを誘い、二人は共に日米の文化の違い、世代間のギャップを経験しながらロスト・イン・トランスレーション014.jpg東京の夜を冒険する。ボブが発つ前々夜、彼はホテルのバーのバンド歌手にアプローチされ、翌朝目を覚ますと彼女が部屋にいて、どうやら一夜を共にしたらしい。シャーロットがボブを朝食に誘いに部屋に行くとその女性がいたため、しゃぶしゃぶの昼食時の空気が悪くなる。その夜、ホテルの火災報知機が鳴るアクシデントがあり、ボブとシャーロットはお互いが寂しかったことを伝えて和解する。そして翌朝、ボブは米国へ帰ることになっていた―。

ロスト・イン・トランスレーション チラシ0.jpg 2003年公開の「ロスト・イン・トランスレーション」は、ソフィア・コッポラ監督の「ヴァージン・スーサイズ」('99年)に次ぐ第2作で、400万ドルの少予算と27日間で撮影されたこの作品は、本国で4400万ドルの興業収入という成功を収め、2004年のゴールデングローブ賞の脚本賞(ソフィア・コッポラ)、ミュージカル・コメディ部門の作品賞、同主演男優賞(ビル・マーレイ)の3部門で受賞、アカデミー賞では主要4部門(作品賞・監督賞・主演男優賞・オリジナル脚本賞)にノミネートされて脚本賞を受賞し、ソフィア・コッポラは新鋭若手監督として一躍注目される存在になりました。ビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソンは、英国アカデミー賞の主演男優賞と主演女優賞もそれぞれ受賞しており、賞を獲りまくった作品と言えるかもしれません。

ロスト・イン・トランスレーション007.jpg 新宿のパークハイアットホテルのスィート・ルームやバーから始まって、渋谷のクラブやカラオケボックスなど主人公の2人が巡る先々において、外国人から見たTOKYOという都市の生態が上手く描かれているように思いました。また、それが、共にエトランゼである2人の孤独を映し出し、孤独な者同士であるゆえに2人が接近していくプロセスも自然であるし、ところどころにユーモアも織り込まれていたりして、その分、ラストの別れの切なさも際立っています。2人の関係がプラトニックなまま続き、そのままで終わるのもいいです。

ロスト・イン・トランスレーション002.jpg ビル・マーレイの演技も渋いし、スカーレット・ヨハンソンも悪くないです。ビル・マーレイは喜劇のイメージがあるので、演技の幅の広さを感じました。スカーレット・ヨハンソンは、今やすっかり肉体派アクション女優になってしまいましたが、幼い頃から演劇教室(リーストラスバーグ・シアターインスティテュート・フォー・ヤングピープル)に通い、8歳のときオフ・ブロードウェイにデビュー、10歳で映画デビューし、本作出演時は(シャーロットは大学を卒業したてという設定だが)まだ18歳でした。スカーレット・ヨハンソンは、女優人生のこの時でないと出来ない演技をしているように思います。

ロスト・イン・トランスレーション しゃぶ.jpg この映画に関しては、日本人を上から目線で戯画化していて、日本や日本人を馬鹿にしているといった批判も一部にあるようですが、その点はそれほど気になりませんでした。例えば、ボブがシャーロットとしゃぶしゃぶ料理店に行って、「自分で料理する店だなんて」と憤慨しているのも、歌手の女性と一夜を共にしてしまったことをシャーロットに知られた気まずさから、しゃぶしゃぶ料理店に八つ当たりしているという、いわばユーモアの構図なのでしょう(「ぐるなび」の渋谷「しゃぶ禅」のページに「ロストイントランスレーションで使われた席」という写真が今も出ている)。

Sofia Coppola & her Father Francis Ford Coppola.jpgソフィア・コッポラ.jpg 佳作ではありますが、そんなにたくさん賞を獲るほどの映画かなあという気もします。ソフィア・コッポラ監督の才能は、他の作品をもっと観てみないと分からないといった感じでしょうか。スカーレット・ヨハンソンを見るとソフィア・コッポラ監督の演出力を感じますが、ビル・マーレイを見ると、俳優が元々有している実力のような気もします。

Sofia Coppola (1971- )
Sofia Coppola & her Father Francis Ford Coppola

マリー アントワネット 2006_1.jpg そこで、ソフィア・コッポラ監督の次の作品「マリー・アントワネット」('06年)も観てみましたが、何でこんな駄作を撮ってしまったのかなあという感じでした。主演は「ヴァージン・スーサイズ」のキルスティン・ダンストで、撮影はフランスのヴェルサイユ宮殿で行われましたが(撮影料は1日1万6千ユーロで、3か月かかったという。製作費は4000万ドルで前作の10倍)、カンヌ国際映画祭に出品された際に、プレス試写ではブーイングが起き、フランスのマリー・アントワネット協会の会長も「この映画のせいで、アントワネットのイメージを改善しようとしてきた我々の努力が水の泡だ」とコメントしたとのことです。

マリー アントワネット 2006 8.jpg ものすごく時代がかった背景でしたが(アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞)、14歳から33歳までのマリー・アントワネットを演じたキルスティン・ダンストは当時24歳で、一人その演技だけが現代の女子大生みたいで、周囲からすごく浮いていたように思います。Wikipediaによると、「根本的なテーマが誰も知る人のいない異国にわずか14歳で単身やってきた少女の孤独である点は、監督の前作の『ロスト・イン・トランスレーション』と類似している」とのことで、ナルホドね。どうやらソフィア・コッポラ監督はこうしたテーマを追い続けているようですが、この作品に関して言えば、オーストリアからフランスにやって来た少女というより、21世紀のアメリカから18世紀のフランスにタイムスリップした女子大生といった感じでしょうか。この作品を支持する人もいますが、個人的には、ソフィア・コッポラ監督の作品は、出来不出来のムラが大きいのかもしれないと思いました。

「ロスト・イン・トランスレーション」●原題:LOST IN TRANSLATION●制作年:2003年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ソフィア・コッポラ●製作:ソフィア・コッポラ/ロス・カッツ(製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ/フレッド・ルース)●撮影:ランス・アコード●音楽:ブライアン・レイツェル/ケヴィン・シールズスカーレット・ヨハンソン『エスクワイア』.jpgスカーレット・ヨハンソン『ヴァニティ・フェア』.jpg●時間:102分●出演:ビル・マーレイ/スカーレット・ヨハンソン/ジョバロスト・イン・トランスレーション015.jpgンニ・リビシ/アンナ・ファリス/フランソワ・デュ・ボワ/キャサリン・ランバート/ティム・レフマン/藤井隆●日本公開:2004/04●配給:東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-04-17)(評価★★★☆)
スカーレット・ヨハンソン in 『エスクワイア』/『ヴァニティ・フェア』/「ロスト・イン・トランスレーション」

マリー アントワネット 2006s.jpg「マリー・アントワネット」●原題:MARIE-ANTOINETTE●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ソフィア・コッポラ●製作:ソフィア・コッポラ/ロス・カッツ(製作総指揮:マリー・アントワネット dvd.jpgフランシス・フォード・コッポラ/フレッド・ルース/ポール・ラッサム)●撮影:ランス・アコード●原作: アントニア・フレイザー「マリー・アントワネット」●時間:122分●出演:キルスティン・ダンスト/ジェイソン・シュワルツマン/アーシア・アルジェント/マリアンヌ・フェイスフル/ジュディ・デイヴィス/ジェイミー・ドーナン/リップ・トーン/スティーヴ・クーガン/ローズ・バーン●日本公開:2007/01●配給:東宝東和=東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-05-02)(評価★★)
マリー・アントワネット (通常版) [DVD]

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久しぶりに劇場で観直してみてもやはり解らず、それでも解らないままに圧倒される映画。

地獄の黙示録2017.jpg 地獄の黙示録 特別完全版2017.jpg   地獄の黙示録01ヘリ .jpg
地獄の黙示録 [DVD]」(2017)/「地獄の黙示録 特別完全版 [DVD]」(2017)

地獄の黙示録02 でゅばる.jpg 米国陸軍・ウィラード大尉(マーティン・シーン)に、カーツ大佐(マーロン・ブランド)暗殺の命令が下る。ウィラードと同行者は、哨戒艇でメコン河を上り、やがて、ジャングルの奥地にあるカーツ大佐の王国へとたどり着く―。

 1979年公開のフランシス・フォード・コッポラ監督作品(原題:Apocalypse Now)で(日本公開は1980年)、4年の歳月と3100万ドルの巨費地獄の黙示録03 pm.jpgをかけて作られた大作であり、カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作でもあって、鳴り物入りで日本公開されましたが、当時テアトル東京に観に行って、解らないままに圧倒されたという印象でした。こうした映画って、観てから時間が経つうちに、ああ、あれってこういことだったんだなあとか解ってくることがありますが、この映画に関してそれが無く、ずっと解らないままでした(先日ちょうど37年ぶりに劇場で観たが、今観ても解らず、解らないままに圧倒される?)。そのうち、この映画が"ワースト1"映地獄の黙示録05 kingdom.jpg画に選ばれたりするような時期があり、例えば『大アンケートによる洋画ベスト150』('88年/文春文庫)の際のアンケートでは"ワースト10"のトップに選ばれています。この結果を受けて、『洋・邦名画ベスト150 〈中・上級篇〉』('92年/文春文庫)で故・田中小実昌2.jpg田中小実昌が映画評論家の北川れい子氏との対談で、「ぼくはそんなに気に入らないことはないですね」とし、ワーストに選ばれる作品はみんな大作なんですよ」と言っていて、ナルホドなあと思いました。

長谷川和彦s.jpg地獄の黙示録06 かーつ.jpg 映画の公開前に映画監督の長谷川和彦氏がコッポラ監督にインタビューしていて、この映画のテーマは何かと質問したら、コッポラは「撮っていて途中で分からなくなった」と答えたとのこと。完成作に寄せた序文でもコッポラは、「撮影の間に映画が徐々にそれ自体で一人歩きを始めた」としていて、映画製作のプロセスをウィラード大尉が奥深いジャングルの河を上って行く旅に重ね合わせています。

地獄の黙示録s.jpg 簡単に言ってしまえば戦争の狂気を描いた映画ということになり、ゆえに「地獄の黙示録 ロ.jpg反戦映画」ということになるのかもしれませんが、多くの戦争映画がそうであるように、同時に戦争と人間の親和性を描いた映画でもあるように思います。特にこの映画は、ロバート・デュヴァル演じるサーフィンをするために敵方の前哨基地を襲撃するビル・キルゴア中佐などに、その部分がよく表象されているように思います。もちろんマーロン・ブランド演じるカーツ大佐にも狂気と戦争への親和性は見られ、むしろカーツ大佐は戦争に過剰に適地獄の黙示録07 s.jpg応してしまい、王国を築いて自分でも壊せなくなってしまったため、マーティン・シーン演じるウィラード大尉に「殺される」運命を選んだのかもしれません。立花 隆 2.jpg評論家の立花隆氏は、ギリシャ神話を隠喩的に織り込んでいると述べていますが、ウィラード大尉によるカーツ大佐殺害は、「父親殺し」の暗喩ととれなくもないでしょう。

村上春樹 09.jpg 村上春樹氏が評論『同時代としてのアメリカ』(単行本化されていない)の中でこの映画について、「いわば巨大なプライヴェート・フィルムであるというのが僕の評価である。大がかりで、おそろしくこみいった映画ではあるが、よく眺めてみればそのレンジは極めて狭く、ソリッドである。極言するなら、この70ミリ超大作映画は、学生が何人か集まってシナリオを練り、素人の役者を使って低予算で作りあげた16ミリ映画と根本的には何ひとつ変りないように思えるのだ」と述べていて、コッポラ監督の談話などから映画製作自体が何か自分探しみたいになっていることが窺えることからも、村上氏の指摘はいいところを突いているように思いました。

 この映画は脚本の段階から紆余曲折あり、原作はジョゼフ・コンラッド(1857‐1924)の『闇の奥』ですが、内容はベトナム戦争に置き換えられ、最初にストーリーを書き下ろしたのは、「ビッグ・ウェンズデイ」('78年)のジョン・ミリアス監督で、その第一稿をコッポラ監督が大幅に書き換えています。また、ウィラード大尉は当初ハーヴェイ・カイテルが演じる予定だったのが、契約のトラブルで降板し、ハリソン・フォードの起用地獄の黙示録 ハリソン・フォード.JPG地獄の黙示録 ハリソン・フォード2.jpgも検討されましたが、「スター・ウォーズ」('77年)の撮影があって無理となり、最終的にマーティン・シーンに落ち着いています。ハリソン・フォードは、撮影の見学に来たときに端役として出演しており、その時の役名は「ルーカス大佐」となっています。

Jigoku no mokushiroku (1979)
Jigoku no mokushiroku (1979).jpg
「地獄の黙示録」●原題:APOCALYPSE NOW●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督・製作:フランシス・フォード・コッポラ●脚本:ジョン・ミリアス/フランシス・フォード・コッポラ/マイケル・ハー(ナレーション)●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:カーマイン・コッポラ/フランシス・フォード・コッポラ●原作:ジョゼフ・コンラッド「地獄の黙示録 デニス・ホッパー_11.jpg闇の奥」●時間:153分(劇場公開版)/202分(特別完全版)●出演:マーロン・ブランド/ロバート・デュヴァル/マーティン・シーン/フレデリック・フォレスト/サム・ボトムズ/ローレンス・フィッシュバーン/アルバート・ホール/ハリソン・フォード/G・D・スプラドリン/デニス・ホッパー/クリスチャン・マルカン/オーロール・クレマン/ジェリー・ジーズマー/トム・メイソン/シンシア・ウッド/コリーン・キャンプ/ジェリー・ロス/ハーブ・ライス/ロン・マックイーン/スコット・グレン●日本公開:1980/02●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:銀座・テアトル東京(80-05-07)●2回目:高田馬場・早稲田松竹(17-05-07)(評価★★★★)●併映(2回目):「イージー・ライダー」(デニス・ホッパー)

テアトル東京 1955 七年目の浮気3.jpgテアトル東京2.jpg

テアトル東京内.jpg

テアトル東京
1955(昭和30)年11月1日オープン (杮落とし上映:「七年目の浮気」)
1981(昭和56)年10月31日閉館 (最終上映」マイケル・チミノ監督「天国の門」)

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不気味だったりシュールだったり可笑しかったり。夫婦物は押しなべてブラックだった(笑)。

ダール キス・キス.jpg キス・キス ダール.jpgキス・キス (異色作家短編集).jpg キス・キス (異色作家短編集) 2005.jpg
Kiss Kiss』『キス・キス (ハヤカワ・ミステリ文庫)』(田口俊樹:訳)'14年新訳版 『異色作家短篇集〈1〉キス・キス (1974年)』『キス・キス (異色作家短編集)』(開高健:訳)'74年改訂新版/'05年新装版

キス・キス ダールes.jpg異色作家短編集1「キス・キス」ロアルド・ダール 旧版.jpgRoald Dahl.png 『キス・キス』はロアルド・ダール(Roald Dahl、1916-1990/享年74)の1946年刊行の第一短編集『飛行士たちの話』('81年/ハヤカワ・ミステリ文庫)、1953年刊行の第二短編集『あなたに似た人』('57年/ハヤカワ・ミステリ)に続く1960年刊行の第三短編集で、その後、1974年に第四短編集『来訪者』('89年/ハヤカワ・ミステリ文庫)が刊行されています。『キス・キス』は本邦では、1960年に早川書房より開高健(1930‐1989)の訳で「異色作家短篇集〈1〉」として刊行され('74年に改訂新版)、2005年に新装版が出ましたが、2014年にハヤカワ・ミステリ文庫で田口俊樹氏による新訳版がでました。
『異色作家短編集〈第1集〉キス・キス』ロアルド・ダール(開高 健:訳)(1960/12 早川書房)

「女主人」 "The Landlady "
 夜遅くようやく新しい赴任地に着いた青年ビリーは、ふと目に入った『お泊りと朝食』という文字と値段の安さに惹かれてその家を滞在先に決める。そこにはやさしそうにみえる女主人がいた。宿帳を見るとそこに書いてある名前に見覚えが―。初っ端からブラック。徐々に真実が見えてくるところが怖いです。アメリカ探偵作家クラブ最優秀短編賞受賞作。

「ウィリアムとメアリー」 "William and Mary"
オックスフォードの哲学教授ウィリアムは癌に侵され、余命いくばくもなくなったとき、医師ランディに、脳だけを生かす実験に協力するよう頼まれ、これを受け入れて死んでいく。遺書で事の次第を読んだ妻のメアリイは、ランディ医師の病院に赴く―。ラストの妻が怖いです。長年押さえていた妻からどういう目に遭うかということも考えておかなければならなかったということか。

「天国への道」 "The Way up to Heaven"
 フォスター夫妻はニューヨークに住む富豪で何不自由ない暮らしに見えるが、妻は夫の底意地の悪さに辟易している。その妻がパリにいる娘に会いに出かける日、フライトの時間に間に合わないと焦る妻は、まだぐずぐず屋敷内にいる夫を呼びに玄関まで来た。そこで、夫が乗っているはずの奥のエレベーターが中空で停まっているのに気づく。瞬時ためらったが、知らないそぶりで、そのまま夫を置き去りにして空港へと急ぐ。それから3週間。妻が自邸に戻ってみると、どうやら夫は―。これって、"未必の故意"?

「牧師の愉しみ」 "Parson's Pleasure"
 ロンドンの骨董商ミスター・ボギスは、田舎の農家に掘り出し物があることを知り、怪しまれないように牧師の格好で家を訪れ、お目当ての家具を手に入れるために交渉する。今回は名人作の衣装戸棚が見つかり、これで大金持ちになり、業界での名声も得られると有頂天だったが、安く買い叩こうと「脚だけがほしいのだが...」と言ったのが運のつきで、車を取りに行っている間に、売主は親切心から、戸棚の躯体部分を解体してしまう―。ダールの短編集でお馴染み、農家のクロード、バート、ラミンズのトリオが絶妙に可笑しいです。

「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」 "Mrs Bixby and the Colonel's Coat"
 ミセス・ビクスビー夫人はニューヨークの歯科医の妻で、月に一度、伯母の介護という名目でボルチモアに出かけ、そこで「大佐」と呼ばれる渋い中年男と逢瀬を楽しんでいたが、やがて別れがやってきて、手切れ金代わりに高価なミンクのコートを貰う。彼女は、質札を拾ったことにして夫への説明を切り抜けようとするが―。質屋にコートを自分で取りに行かなかったのが失敗原因ですが、妻の不倫を知っていたかどうかはともかく、夫も秘書を愛人にしていたということなのでしょう。

「ロイヤルゼリー」 "Royal Jelly"
 若き養蜂家アルバート・テイラーは、子宝に恵まれたばかりだが、乳飲み児の娘の食が細くて、妻ともどもとても心配している。そこで彼は、ミルクにロイヤルゼリーを混ぜることを思いつき、娘の食欲を回復させることに成功したが、娘は次第に女王蜂さながらになってきて―。シュールな恐怖です。

「ジョージー・ポージー」 "Georgy Porgy"
 私ことジョージー・ポージーは若い牧師だが、幼い頃の母親の異常な性教育のお蔭で女性恐怖症となり、女性と付き合ったことがまだ無い。だが、劣情は人一倍強く、教区の独身女性たちの誘惑も激しいため、それらを押し留めるのに苦慮している。そんな折、珍しく清楚で溌剌としてミス・ローチと巡り会い、勧められるままアルコールの飲み物を啜り、気分が高揚して勢いで彼女に迫るも、やり方が拙かったらしく、彼女はいたくおかんむり。私は思わず彼女の口の中に飛び込み、今やその十二指腸の上に小部屋を作って、ほとぼりが醒めるまでしばらくのんびりを決め込んでいる―。ということで、これも終盤いきなりシュールになりますが、ネズミを使って雄と雌でどちらが性欲が強いか実験しているのが可笑しかったです。

「始まりと大惨事―実話―」 "Genesis and Catastrophe"
 ドイツの国境に近い町で、一人の男の子が生まれる。母親にとっては4人目の子だが、これまでは皆幼くして亡くなってしまっていた。健やかに育ってと母親は祈るような気持ちだが、様子を見に来た酔っ払いの税官吏の夫は、子供の小ささを指摘する。見るに見かねた医者がふたりの仲をとりもち、子供の未来をともに祝福するようにと諭す。さてその子とは―。最後の方になって、「実話」(邦題のみに付されている)の意味が分かります。

「勝者エドワード」 "Edward the Conqueror"
 ルイーザとエドワードは初老の夫婦。あるとき庭仕事をしていて、見慣れぬ猫を見つける。猫を家に入れたまま、ルイーザがピアノを弾くと、猫はリストの曲に反応する。猫の顔にはリストと同じ位置にホクロがあり、ルイーザはこの猫がリストの生まれ変わりに違いないと思い込むが、エドワードは取り合わない。ルイーザが猫のために特別料理を用意している間、エドワードは猫を伴って庭に出て行く。料理が出来たが、肝心のリスト猫はどこなのか―。開高健は「暴君エドワード」と訳していますが、「暴君」としてしまうと、猫をリストの生まれ変わりだと思い込んで、夫そっちのけで猫に特別料理を作っている妻の方が「暴君」であるともとれるので、ここはやはり「勝者」が妥当でしょう。

「豚」 "Pig"
 レキシントンは生後2ヶ月で孤児となり、大叔母に育てら、菜食主義者の彼女の手ほどきで料理を習い、腕前をめきめき上げた。その叔母が死ぬと、遺言に従いニューヨークに行って、さらに料理修行に励むつもりだった。ところが、菜食しかしていないレキシントンは、はじめて食べた豚肉の旨さにとりつかれる。豚肉の仕入先を求めて、屠殺場に赴くが、どうしたことか豚を絞め殺すためのベルトコンベアーに乗せられてしまう―。最後、やはりシュールでした。

「世界チャンピオン」 "The Champion of the World"
 ガソリンスタンドの共同経営者クロードとゴードンは、ミスター・ヘイゼル所有の森で密猟をすることする。ミスター・ヘイゼルは成金で、上流階級に入り込むための手段として、年に一度、自分の森でキジの狩猟会を催している。その前に、睡眠薬入りのレーズンを使った狩猟法でごっそりキジをせしめ、ヘイゼルの鼻を明かしてやろうというわけだ。ことは予定通り進んだはずだったが―。開高健では「ほしぶどう作戦」。「クロードの犬」のクロードとゴードンがまたも登場し、何か企みをするのも同じですが、「クロードの犬」の時は金儲けのためでしたが、今回は成金の鼻を明かすため。そして、今回も失敗でした(おそらく逃げたキジは森に帰るのだろう)。

 全体の中で個人的には「女主人」「豚」が良かったでしょうか。好みはおそらく人によって違ってくると思いますが、夫婦物は押しなべてブラックで、訳者あとがきで「O・ヘンリーの名短編集『賢者の贈り物』に出てくるような中睦まじくも麗しい夫婦とは言えない夫婦ばかりで、そのあたりがいかにもダールである」(笑)とあり、まさにその通りでした。

【1960年単行本・1974年改訂新派版[早川書房・異色作家短編集〈1〉(開高健:訳)]・2005年新装版[早川書房(開高健:訳)]/2014年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田口俊樹:訳)]】

《読書MEMO》
●早川書房・異色作家短篇集(新装版刊行年/写真は旧・改訂新版)
異色作家短編集.jpg1.ロアルド・ダール『キス・キス』開高健訳、2005年
2.フレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』星新一訳、2005年
3.シオドア・スタージョン『一角獣・多角獣』小笠原豊樹訳、2005年

4.リチャード・マシスン『13のショック』吉田誠一訳、2005年
5.ジョルジュ・ランジュラン『蠅』稲葉明雄訳、2006年
6.シャーリイ・ジャクスン『くじ』深町眞理子訳、2006年
7.ジョン・コリア『炎のなかの絵』村上啓夫訳、2006年
8.ロバート・ブロック『血は冷たく流れる』小笠原豊樹訳、2006年
9.ロバート・シェクリイ『無限がいっぱい』宇野利泰訳、2006年
10.ダフネ・デュ・モーリア『破局』吉田誠一訳、2006年
11.スタンリイ・エリン『特別料理』田中融二訳、2006年
12.チャールズ・ボーモント『夜の旅 その他の旅』小笠原豊樹訳、2006年
13.ジャック・フィニイ『レベル3』福島正実訳、2006年

14.ジェイムズ・サーバー『虹をつかむ男』鳴海四郎訳、2006年
15.レイ・ブラッドベリ『メランコリイの妙薬』吉田誠一訳、2006年
16.レイ・ラッセル『嘲笑う男』永井淳訳、2006年
17.マルセル・エイメ『壁抜け男』中村真一郎訳、2007年

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個人的ベスト3は、①「南から来た男」、②「おとなしい凶器」、③「プールでひと泳ぎ」。

あなたに似た人Ⅰ .jpg あなたに似た人Ⅱ .jpg あなたに似た人hpm(57).jpg あなたに似た人hm(76)文庫.jpgあなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg
あなたに似た人〔新訳版〕 I 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕』『あなたに似た人〔新訳版〕 II 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕』『あなたに似た人 (1957年) (Hayakawa Pocket Mystery 371)』『あなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 22-1))』(カバーイラスト・和田誠)
あなたに似た人Ⅰ.jpgあなたに似た人Ⅱ.jpgRoald Dahl2.jpg 『あなたに似た人(Someone Like You)』はロアルド・ダール(Roald Dahl、1916-1990/享年74)の1953年刊行の第二短編集で、因みに第一短編集は1946年刊行の『飛行士たちの話』('81年/ハヤカワ・ミステリ文庫)、第三短編集は1960年刊行の『キス・キス』('74年/早川書房)になります。また、この作家は、1964年に発表され映画化もされた『チョコレート工場の秘密』('05年/評論社)など児童小説でも知られています。

 『あなたに似た人』は、田村隆一訳で1957年にハヤカワ・ポケットミステリで刊行され、その後1976年にハヤカワ・ミステリ文庫で刊行されましたが、その際には、「味」「おとなしい兇器」「南から来た男」「兵隊」「わがいとしき妻よ、わが鳩よ」「海の中へ」「韋駄天のフォックスリイ」「皮膚」「毒」「お願い」「首」「音響捕獲機」「告別」「偉大なる自動文章製造機」「クロウドの犬」の15編を所収していました。そして、この田口俊樹氏による〔新訳版〕は、「Ⅰ」に「味」「おとなしい凶器」「南から来た男」「兵士」「わが愛しき妻、可愛い人よ」「プールでひと泳ぎ」「ギャロッピング・フォックスリー」「皮膚」「毒」「願い」「首」の11篇、「Ⅱ」に「サウンドマシン」「満たされた人生に最後の別れを」「偉大なる自動文章製造機」「クロードの犬」の4編と、更に〈特別収録〉として「ああ生命の妙なる神秘よ」「廃墟にて」の2篇を収めています。

「Ⅰ」所収分
「味」 "Taste"
 私はある晩餐会に妻を連れて参加していた。客の1人は有名な美食家リチャード・プラットで、招いた側のマイク・スコウフィールドは、銘柄を見せずにワインを出し、いつどこで作られたワインか当てられるか、プラットに尋ねる。君にも絶対わからないと自信満々のマイクに対し、プラットは絶対に当てると余裕の表情。そこで、2人は賭けをすることにし、賭けの対象となったのはマイクの娘。プラットが勝てば娘を嫁にもらい、逆にマイクが勝てば、プラットから家と別荘をもらうという約束が取り交わされる。プラットは、ワインの入ったグラスをゆっくりと持ち上げて―。面白かったですが、わりかしオーソドックスにあるパターンではないかなあ。

「おとなしい凶器」"Lamb to the Slaughter"
 夫を殺した妻は、凶器の仔羊の冷凍腿肉を解凍して調理し、それを刑事たちにふるまい、刑事たちは何も知らずに殺人の凶器となった証拠を食べてしまう―。松本清張の短編手『黒い画集』('60年/カッパ・ノベルズ)の中に「凶器」という作品があって、殺人の容疑者は同じく女性で、結局、警察は犯人を挙げることは出来ず、女性からぜんざいをふるまわれて帰ってしまうのですが、実は凶器はカチンカチンの「なまこ餅」で、それを刑事たちが女性からぜんざいをふるまわれて食べてしまったという話があり、松本清張自身が「ダールの短篇などに感心し、あの味を日本的なものに移せないかと考えた」(渡辺剣次編『13の凶器―推理ベスト・コレクション』('76年/講談社))と創作の動機を明かしています。

「南から来た男」 "Man from the South"
ダール 南から来た男 ド.jpgダール 南から来た男.jpg プールそばのデッキチェアでのんびりしている私は、パナマ帽をかぶった小柄な老人が、やって来たのに気づく。アメリカ人の青年が、老人の葉巻に火をつけてやる。いつでも必ずライターに火がつくと知って、老人は賭けを申し出、あなたが、そのライターで続けて十回、一度もミスしないで火がつけられるかどうか、自分はできない方に賭けると。十回連続でライターに火がついたら、青年はキャデラックがもらえ、その代り、一度でも失敗したら、小指を切り落とすと言う。青年は迷うが―。金原瑞人氏の訳で『南から来た男 ホラー短編集2』('12年/岩波少年文庫)にも所収されています。
 
ヒッチコック劇場「指」(1960)スティーブ・マックイーン/ピーター・ローレ/ニール・アダムス 
南から来た男.JPGダール 南から来た男es.jpg この作品は「ヒッチコック劇場」で1960年にスティーブ・マックイーンとニール・アダムス(当時のマックイーンの妻)によって演じられ、"南から来た男"を演じたのはジョン・ヒューストン監督の「マルタの鷹」('41年)でカイロという奇妙な男を演じたピーター・ローレでした(日本放送時のタイトルは「指」)。更に1985年に「新・ヒッチコック劇場」でスティーヴン・バウアーとメラニー・グリフィス主演でリメイクされ(メラニー・グリフィスの母親ティッピ・ヘドレンも特別出演している)、"南から来た男"を演じたのはジョン・ヒューストン監督、最後に出てくる"女"を演じたのはヒッチコック監督の「めまい」('58年)のキム・ノヴァクでした(日本放送時のタイトルは「小指切断ゲーム」)。この外に、BBCで1979年から放映されたドラマシリーズ「ロアルド・ダール劇場・予期せぬ出来事」の南部から来た男 11.jpg南部から来た男 ジョン・ヒューストン.jpg中でもホセ・フェラー主演でドラマ化されています。映画化作品では、オムニバス映画「フォー・ルームス」('95年/米の第4話「ペントハウス ハリウッドから来た男」(クエンティン・タランティーノ監督、ティム・ロス主演、ブルース・ウィリス共演)があります(内容は翻案されている)。 

新・ヒッチコック劇場「小指切断ゲーム」(1985)メラニー・グリフィス/キム・ノヴァク/スティーヴン・バウアー/ジョン・ヒューストン

吉行 淳之介.jpg 吉行淳之介はこの短編の初訳者田村隆一との対談で、あのラストで不気味なのは「老人」ではなく「妻」の方であり、夫の狂気に付き合う妻の狂気がより強く出ていると指摘しています。そう考えると、結構"深い"作品と言えるかと思います。

「兵士」 "The Soldier"
 戦争で精神を病んでしまい、何もかもが無感覚になってしまった男。足を怪我しても気がつかず、物に触っても触っている感触が無い。女と暮らしているが、その女が誰なのかも分からなくなってしまう―。ホラー・ミステリですが、ミステリとしての部分は、女が妻であることはかなり明確であり、ホラーの方の色合いが濃いかもしれません。

「わが愛しき妻、可愛い人よ」 "My Lady Love, My Dove"
 私と妻はブリッジをやるためにスネープ夫妻が来るのを待っている。私も妻も夫妻のことはあまり好きではないが、ブリッジのために我慢する。妻はふと、いったい、スネープ夫妻が2人きりの時はどんな様子をしているのか、マイクを取り付けて聞いてみようと言う。そいて、それを実行に移し、聞こえてきた2人の会話は、ブリッジにおけるインチキの打ち合わせだった。それを聞いた妻は―。夫婦そろって悪事に身を染める場合、妻主導で、夫は妻の尻に敷かれていたという状況もあり得るのだなあ。

「プールでひと泳ぎ」 "Dip in the Pool"
 船旅中のミスター・ウィリアム・ボディボルは、ある時間帯までに船がどのくらいの距離を進むか賭ける懸賞(オークション・プール)に参加する。嵐が来ているので、ミスター・ボディボルは有り金全部を短い距離につぎ込むが、朝起きると嵐は収まり、船は快走していて、彼は大いに嘆く。しかし、ある作戦を思いつき、それは、船から人が落ちれば船は救助のため遅れるはずだというもので、自分が落ちた現場を目撃するのに最適な人を探し始める―。ブラックでコミカルと言うか、悲喜劇といった感じ。他人を突き落とすことを考えないで、自分で飛びこんだ分、悪い人ではないのでしょうが。

「ギャロッピング・フォックスリー」 "Galloping Foxley"
 ある日私は、電車に乗ろうとした時、ホームに知った顔を見つける。"ギャロッピング・フォックスリー"と呼ばれ少年の頃に私を苛めていた相手ブルース・でフォックスリーだった。私は彼が自分にした仕打ちを一つ一つ思い出していき、彼にどんな復讐をしてやろうかと考える―。子どもの頃に苛められた記憶って大人になっても消えないのだろうなあ。苛められたことが無い人でも、主人公の気持ちは分かるのでは。それにしても、名乗り合ったら、相手の方がより名門校(イートン校)の出身で、しかも9つも年下だったというのが可笑しいです。

「皮膚」 "Skin"
 ドリオリという老人は、ある画廊でシャイム・スーチンの絵が飾られているのを見つける。それは自分がかつて可愛がっていた、少年の描いた絵だった。画廊にいる人々から追い払われそうになったドリオリは、自分はこの絵描きのかいたものを持っていると叫ぶ―。タイトルから何となくどういうことか分かりましたが、さすがにラストはブラックで、ちょっと気持ち悪かったです。

「毒」"Poison"
 私がバンガローに戻って来ると、ベッドで寝ていたハリーの様子が変で、「音をたてないでくれ」と言い、汗びっしょり。本を読んでいたら毒蛇がやってきて、今も腹の上に乗っていると言うので、私は医者のガンデルバイを呼び、どう刺激しないように毒蛇を動かすか、万が一噛まれた時の処置はどうするか等々、様々な作戦を立てるが―。ネタバレになりますが、勘違いだったわけね。ハリーのインド人医師に対する人種差別意識と重なり、風刺っぽい皮肉が効いています。

「願い」 "The Wish"
 絨毯の上にいる少年は想像を膨らませる。絨毯の赤い所は石炭が燃えている固まりで、黒い所は毒蛇の固まり、黄色の所だけは歩いても大丈夫な所。焼かれもしないで、毒蛇に噛まれもしないで向こうへ渡れたら、明日の誕生日にはきっと仔犬がもらえるはず。少年はおそるおそる黄色の所だけを歩き始めて―。子供の他愛の無い空想遊びの話ですが、最後の一行で、本当に空想に過ぎなかったのか不安が残ります。

「首」 "Neck"
故ウィリアム・タートン卿所蔵の芸術品に興味のある私は、バシル・タートン卿の招待を受けて屋敷へ行く。執事の口ぶりから察するに、レディ・タートンとジャック・ハドック少佐はただならぬ関係らしい。庭園には様々な芸術品があるが、中でもヘンリイ・ムーアの木製の彫刻が素晴らしい。彫刻には穴がいくつかあり、レディ・タートンがふざけて穴に頭を突っ込んで抜けなくなってしまう。バジル卿は、鋸と斧を持ってくるよう執事に命じるが、彼が手にしたのは斧だった―。芸術至上主義の本分からして、実際、斧で妻の首を切落としかねない感じでしたが...。浮気妻への"心理的"復讐と言ったところだったでしょうか。

「Ⅱ」所収分 
「サウンドマシン」 "The Sound Machine"
 クロースナーは人間の耳では聞くことの出来ない音をとらえる機械を作った。早速、イヤホンをしてダイヤルを回すと、ミセス・ソーンダースの庭から、茎が切られる時のばらの叫び声が聞こえてきて―。昔、サボテンが、傍でオキアミを茹でたりすると電磁波を発信するという話がありましたが、最近は園芸店やホームセンターで、「電磁波を吸収する効果があるサボテン」というのが売られています。

「満たされた人生に最後の別れを」 "Nunc Dimittis"
 私はある婦人からジョン・ロイデンという画家の話を聞く。ロイデンは素晴らしい肖像画を描くのだが、まず裸の絵を描いて、その上に下着を描いて、さらにその上に服を重ねて描くという手法を使っているらしい。その婦人から、恋人のジャネット・デ・ペラージアが自分のことを影では嘲笑っていると聞き、ある復讐を思いつく。ロイデンにジャネットの肖像画を描かせた私は、脱脂綿に液体をつけて、少しずつドレスの絵の具をこすっていく―。旧訳のタイトルは「告別」で、原題の意はシメオンの賛歌から「今こそ主よ、僕を去らせたまわん」。陰険な独身男の主人公はキャビア大好き男でもあり、復讐相手から和解の印にキャビアを贈られて...。

「偉大なる自動文章製造機」 "The Great Automatic Grammatizator"
大型自動計算器を開発しているアドルフ・ナイプは、自分の好きな物語を作ることのできる機械を発明する。ちょっとしたアイディアだけで、素敵な文章の面白い小説を作ることができるのだ。ナイプはミスター・ボーレンと組んで小説を次々と作り、既存作家の代作まで始めることに。リストアップされた作家の7割が契約書にサインし、今も多くの作家たちがナイプと手を組もうとしている―。2016年に、AI(人工知能)が書いた小説が文学賞で選考通過というニュースがあり(「星新一文学書」だったと思う)、まったくのSFと言うより、今や近未来小説に近い感じになっているかも。

「クロードの犬」 "Claud's Dog " 
 「ねずみ捕りの男」 "The Ratcatcher"
 私とクロードのいる給油所に保健所の依頼を受けたねずみ捕りの男がやって来る。彼は、ボンネットの上に年老いたドブネズミをくくりつけ、私たちに手を使わずにねずみを殺せるということについて賭けを持ちかける―。このねずみ捕りの男、何者じゃーって感じです。
 「ラミンズ」 "Rummins"
ラミンズと息子のバードが草山を束に切っていると、ナイフの刃がなにか硬いものをこするようなガリガリいう音を立てる。ラミンズは「さあ、続けろ!そのまま切るのだ、バート!」と言う。それを見ていた私は、みんなで乾草の束を作っていた時のことを思い出す。これって、純粋に事故なのでしょうか。
 「ミスター・ホディ」 "Mr. Hoddy"
 クラリスと結婚することを決めたクロードは、クラリスの父親のミスター・ホディに会いに行きく。どうやって生計を立てて行くか聞かれたクーウドは、自信満々に、蛆虫製造工場を始める計画を語る―。こりゃ、破談になるわ。
 「ミスター・フィージィ」 "Mr. Feasey"
私とクロードは、ドッグレースで儲ける作戦を思いつく。クロードは走るのが速いジャッキーという犬を飼っているが、そのジャッキーとそっくりの走るのが全然早くない犬をも飼っていた。そこで、 参加するドッグレースに初めはその偽ジャッキーを出しておいて、レベルの低い犬として認定されるようにし、本番の大勝負では、本物のジャッキーを参加させれば大穴になり、大儲けができるという作戦だった。この作戦はうまく行ったかに見えたが―。やっぱりズルはいけないね、という感じしょうか。

 (追加収録)
「ああ生命の妙なる神秘よ」北を向いてすれは雌が生まれる? 人間にも応用できるのかあ(笑)。

「廃墟にて」食料も無くなった未来の廃墟で、自分の脚を切って食べる男。それを見つめていた少女にも分けてやるが―。何となく、どこかで読んだことがあるような気がします。

 因みに、最後の2篇は、邦訳短編集としては初収録ですが、「ああ生命の妙なる神秘よ」は「ミステリマガジン」1991年4月号、「廃墟にて」は同誌1967年3月号に掲載されたことがあるとのことです。

 個人的ベスト3は、①「南から来た男」、②「おとなしい凶器」、③「プールでひと泳ぎ」でしょうか。とりわけ「南から来た男」は、吉行淳之介の読み解きを知った影響もありますが◎(二重丸)です。「ギャロッピング・フォックスリー」「首」もまずまずでした。

ヒッチコック劇場 マックイーン版 南から来た男.jpgヒッチコック劇場 マックイーン版 南から来た男 2.jpg

ヒッチコック劇場「南部から来た男」(1960) "Man From The South"(日本放送時のタイトル「指」)


出演:スティーブ・マックイーン/ニール・アダムス/ピーター・ローレ
    


新・ヒッチコック劇場「南部から来た男」(1985)"Man From The South"(日本放送時のタイトル「小指切断ゲーム」)
小指切断ゲーム1.jpg

スティーヴン・バウアー/ティッピ・ヘドレン(特別出演)/メラニー・グリフィス/ジョン・ヒューストン
小指切断ゲーム2.jpg小指切断ゲーム3.jpg小指切断ゲーム4.jpg「新・ヒッチコック劇場(第15話)/小指切断ゲーム(南部から来た男)」●原題:MAN FROM THE SOUTH●制作年:1985年●制作国:アメリカ●本国放映:1985/05/05●演出:スティーブ・デ・ジャネット●製作:レビュー・スタジオ●脚本:スティーブ・デ・ジャネット/ウィリアム・フェイ●音楽:ベイジル・ポールドゥリス●原作:ロアルド・ダール「南から来た男」●時間:24分●出演:スティーヴン・バウアー(青年)/新・ヒッチコック劇場 5.jpgメラニー・グリフィス(若い女)/ジョン・ヒューストン(カルロス老人)/キム・ノヴァク(女)/ティッピ・ヘドレン(小指切断ゲーム6.jpg小指切断ゲーム5.jpgウェートレス)/アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)●日本放映:1988/01/07●放映局:テレビ東京●日本放映(リバイバル):2007/07/08●放映局:NHK-BS2(評価★★★☆)
メラニー・グリフィス/キム・ノヴァク(特別ゲストスター)
新・ヒッチコック劇場 5 日本語吹替版 3話収録 AHP-6005 [DVD]」(「誕生日の劇物」「ビン詰めの魔物」「小指切断ゲーム」)

 【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(田村隆一:訳)]/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/2013年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田口俊樹:訳)(Ⅰ・Ⅱ)]】

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テンポが良いサクセス・ストーリー。成功の裏側も描いていて楽しめた。。

ファウンダー tirasi.jpg 
「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」チラシ

ファウンダー01.jpgファウンダー02.jpg 1954年、シェイクミキサーのセールスマン、レイ・クロック(マイケル・キートン)に8台もの注文が飛び込む。注文先はマック(ジョン・キャロル・リンチ)とディック(ニック・オファーマン)のマクドナルド兄弟が経営するカファウンダー04.jpgリフォルニア州南部にあるバーガー・ショップ「マクドナルド」だった。合ファウンダー05.jpg理的なサービス、コスト削減、高品質という、店のコンセプトに勝機を見出したクロックは兄弟を説得し、「マクドナルド」のフランチャイズ化を展開する。しかし、利益を追求するクロックと兄弟の関係は次第に悪化し、クロックと兄弟は全面対決へと発展してしまう―。

マクドナルド セミナー資料.jpg ジョン・リー・ハンコック監督の2016年製作映画(本国公開2016年12月7日、日本公開2017年7月29日)で、「マクドナルド」の"創業者"(founder)"レイ・クロックの成功とその裏側を描いた実話風ビジネスドラマです。レイ・クロックの「マクドナルド」に纏わる話は、本で読んだり(自伝『成功はゴミ箱の中に』成功はゴミ箱の中に 01.jpgは有名)、或いは、マクドナルドで教育研修を担当していた人の講演セミナーを聴いたりすることがあり知っていましたが(元社員の人は大体セミナーの冒頭にレイ・クロックの話をする)、映画はテンポが良くて、しかも内容がサクセス・ストーリーなので(成功の裏側も描いていて)楽しめました。『成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝―世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者 (PRESIDENT BOOKS)

マクドナルド兄弟の店.jpg     マクドナルド兄弟の店 ファウンダ―.jpg
マクドナルド兄弟の店(1940年カリフォルニア州サンバーナーディノにオープン)

マクドナルド フランチャイズ1号店.jpg 壮大なフランチャイズ・ビジネスで利益を追求しようとするレイ・クロックと、小規模でも堅実な道を歩もうとするマクドナルド兄弟との確執に焦点を当てていて、フェイスブックの創業者間の対立を描いた「ソーシャル・ネットワーク」('10年)と似ている部分もありますが、本国の批評家の間では2010年ゴールデングローブ賞の作品賞を獲得した「ソーシャル・ネットワーク」ほどには(今のところ)評価されていないようです。ただ、個人的には「ソーシャル・ネットワーク」より面白かったです。
マクドナルド フランチャイズ1号店(1955年4月シカゴ郊外にオープン、現在はMcDonald's Corporation Museum)

ファウンダー 09.jpg この映画の日本版のキャッチ・コピーの1つに「英雄か。怪物か。」というのがありますが、本国版のキャッチ・コピーは"He took someone else's idea and America ate it up."で、「他人のアイデア」とあるように、30秒以内に注文客に商品を渡すといったマクドナルドのコンセプト自体は、レイ・クロックの独創ではないことをより明確に打ち出しています。この映画はマクドナルド社の協力無しに作られているわけですが、それでもレイ・クロックという人物を、アクの強さがあるにせよ、進取の気性に富み、スモール・ビジネスをビッグ・ビジネスに変えた傑物として描いている部分が大きいように思いました。

ファウンダー09.jpg 中盤でレイ・クロックが、人から"創業"はいつか聞かれて答えに窮する場面があったのが印象に残りました(創業したのはマクドナルド兄弟だから)。それが、ビジネスが拡張すると、彼自身が"ファウンダ―(創業者)"を名乗るようになり、終いにはマクドナルド兄弟から経営権を全面的に買い取って、兄弟には「マクドナルド」という名を使わせないようにします。マクドナルド兄弟に「マクドナルド」という名を使わせないというのもスゴイですが、兄弟が交換条件として求めた「永続的に利益の1%」を支払うという件については、契約書には記さず"紳士協定"ということにして、必ず守ると言いながら反故にし、兄弟の店はやがて閉店することになったことを映画は最後に伝えています。

ファウンダー 08.jpg こうした「目的のためには手段を選ばず」的な面はあるものの、52歳のうだつの上がらないシェイクミキサーのセールスマンだった男が、あれよあれよという間に外食産業の帝国を築いてしまうというのは、まさにアメリカン・ドリームを象徴するような話であるには違いありません。成功の条件は、ひたすら「根気強く」ということでしょうか。但し、映画で描かれる彼は、人の能力(やる気と言うべきか)を見抜く才能があり、そうして得た人材を適材を適所に配置することに長け、また、いいタイミングで自身の右腕となる参謀的な人物と出会えたという運もあったようです。

 マクドナルド兄弟が革新的な"スピード・サービス・システム"を編み出したプロセスが描かれているのが興味深かったです。まさに、テーラーの"科学的管理法"であり、映画の中でも言われているように、ヘンリー・フォードの"フォード・システム"です。但し、外食産業で一番最初にフォード・システムを取り入れたのは1930年創業のKFC(ケンタッキーフライドチキン)であり、1940年に最初のマクドナルドを開いたマクドナルド兄弟が考えたようなことを、当時は既に組織的に導入していたのではないかと思われます。

ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ 07.jpg KFCはフランチャイズ・ビジネスという点でもマクドナルドのずっと先輩格にあたるわけですが、マクドナルドもフランチャイズ・ビジネス抜きには考えられないわけで、そうした観点から見ればレイ・クロックも"ファウンダ―(創業者)"と言えなくはないと思います。彼は「マクドナルド」という商標にこだわったため、マクドナルド兄弟との対立が深まったという気もします。なぜ、「クロック」とせず「マクドナルド」にこだわったのかが、映画の中でも、また本物のレイ・クロックが登場する記録映像の中でも明かされていたのが興味深かったです(両親はチェコ系ユダヤ人であり、クロックという姓は当時の米国ではマイノリティ=被差別層を想起させる姓ということになる)。

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡).jpgバードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)01.jpg 「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」('14年)でアカデミー主演男優賞にノミネートされたマイケル・キートンがレイ・クロックを好演しています。マイケル・キートン主演のビジネス・ムービーと言えば、ロン・ハワード監督の米国に進出した日本の自動車メーカーを舞台とした「ガン・ホー」('86年)がありましたが、あれから30年経っているのかあ(髪の毛が薄くなるのも無理はない)。「バードマン」で一気に"演技派"の評価を得ましたが、かつてはティム・バートン監督の「バットマン」('89年)や「バットマン・リターンズ」('89年)にバットマン役で主演していました。

バットマン BATMAN 1989.jpgバットマン マイケル・キートン.jpg 「バットマン」で彼が演じたバットマンはとにかく暗く、映画自体が暗かったです。ロビンも出てこないし、昔テレビでやっていた実写版の「怪鳥人間バットマン」('66‐'67年)とは随分違う感じがしました。映画は米国ではヒットしたようですが、日本では宣伝の割りにはイマイチだったように思います。"ジョーカー"を演じたジャック・ニコルソンのギャラの高さが話題になった記憶があります。

バットマン・リターンズ 02.jpgバットマン・リターンズ .jpg シリーズ第2作の「バットマン・リターンズ」は、ペンギン男にダニー・デヴィート、新登場のキャット・ウーマンにミシェル・ファイファーを配しましたが、共に主役のマイケル・キートンを完全に喰ってしまう怪演を見せ、第1作よりちょっとだけ面白かったかも。何れにせよ、マイケル・キートンは、主演であるのに第1作でジャック・ニコルソンに喰われ、第2作でダニー・デヴィート、ミシェル・ファイファーに喰われるという損な役回りだったようにも思います(彼はシリーズ3作目で自らバットマン役を降りた)。

ファウンダー00.jpg「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」●原題:THE FOUNDER●制作年:2016年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・リー・ハンコック●製作:ドン・ハンドフィールド/ジェレミー・レナー/アーロン・ライダー●脚本:ロバート・シーゲル●撮影:ジョン・シュワルツマン●音楽:カーター・バーウェル●時間:115分●出演:マイケル・ファウンダーes.jpgキートン/ニック・オファーマン/ジョン・キャロル・リンチ/リンダ・カーデリニ/パトリック・ウィルソン/B・J・ノバク/ローラ・ダーンエ/ジャスティン・ランデル・ブルック/ケイト・ニーランド●日本公開:2017/07●配給:KADOKAWA●最初に観渋谷パレス座.jpg渋谷シネパレス.jpgた場所:渋谷シネパレス(17-07-30)(評価★★★☆)
渋谷シネパレス 1948年渋谷パレス座オープン。1990年6月、閉館。1992年3月14日「渋谷シネパレス」として改築オープン。2003年6月、~2館体制(スクリーン1:182席/スクリーン2:115席)。

ガン・ホー1986 04.jpgガン・ホー1986 02.jpg「ガン・ホー」●原題:GUNG HO●制作年:1986年●制作国:アメリカ●監督:ロン・ハワード●製作:デボラ・ブラム/トニー・ガンツ●脚本:ローウェル・ガンツ/ババルー・マンデル●撮影:ドナルド・ピーターマン●音楽:トーマス・ニューマン●時間:11ガン・ホー01.jpg1分●出演:マイケル・キートン/ゲディ・ワタナベ/ミミ・ロジャース/山村聰/クリント・ハワード/サブ・シモノ/ロドニー・カゲヤマ/ジョン・タトゥーロ/バスター・ハーシャイザー/リック・オーヴァートン●日本公開:(劇場未公開)VHS日本発売:1987/11●発売元:パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン(評価:★★★☆)

バットマン 1989.jpgバットマン 1989 dvd.jpg「バットマン」●原題:BATMAN●制作年:1989年●制作国:アメリカ●監督:ティム・バートン●製作:ジョン・ピータース/ピーター・グーバー●脚本:サム・ハム/ウォーレン・スカーレン●撮影:ロジャー・プラット●音楽:ダニー・エルフマン(主題歌:プリンス)●原作:サム・ハム●時間:127分●出演:マイケル・キートン/ジャック・ニコルソン/キム・ベイシンガー/ロバート・ウール/パット・ヒングル/ビリー・ディー・ウィリアムス/マイケル・ガウ/ジャック・パランス/リー・ウォーレス●日本公開:1989/12●配給:ワーナー・ブラザース(評価★★☆)
バットマン [DVD]

バットマン・リターンズ 1992 .jpgバットマン・リターンズ 1992 dvd.jpg「バットマン・リターンズ」●原題:BATMAN RETURNS●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督:ティム・バートン●製作:デニーズ・ディ・ノヴィ/ティム・バートン●脚本:ダニエル・ウォーターズ●撮影:ステファン・チャプスキー●音楽:ダニー・エルフマン(主題歌:スージー・アンド・ザ・バンシーズ)●原作:ボブ・ケイン●時間:126分●出演:マイケル・キートン/ダニー・デヴィート/ミシェル・ファイファー/クリストファー・ウォーケン/マイケル・ガウ/パット・ヒングル/マイケル・マーフィー/ヴィンセント・スキャベリ●日本公開:1992/07●配給:ワーナー・ブラザース(評価★★★)
バットマン リターンズ [DVD]

怪鳥人間バットマン.jpg怪鳥人間バットマン dvd.jpg怪鳥人間バットマン3_0.jpg「怪鳥人間バットマン」(Batman) (ABC 1966~1968) ○日本での放映チャネル:フジテレビ(1966~1967)/WOWOW

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歴史小説・大河小説作家による、〈歴史抜き〉のキレのある短編であるというのが興味深い。

大佛次郎『怪談その他』天人社.jpg 見た人の怪談集.jpg   文豪のミステリー小説0_.jpg  
『怪談その他』(1930/05 天人社)/『見た人の怪談集 (河出文庫)』(2016/05 河出文庫) 『文豪のミステリー小説 (集英社文庫 や 39-2)』(2008/02 集英社文庫)
大佛次郎『怪談その他』天人社図1.jpg大佛次郎『怪談その他』天人社図2.png 慶応2年5月、清兵衛は芸妓・お村との新生活のために、牛込・通寺町の人目につかない閑静な場所にある手ごろな家を見つける。その2階に2人で床を並べてうとうとした際に、腕を冷たい手で掴まれ、あまりに冷たいのでその手を引き寄せると、その手は手首だけで、肱までなかった。次の晩もその手は清兵衛の前に現れ、家主に問いただすと、前にその部屋に住んでいたのは白鳥という土佐藩の武士で、綺麗な御新造さんがいたが、急に国に帰ることになったという。清兵衛は市ヶ谷・谷町に居を移すが、前の部屋の梯子段の下の戸棚に蛆虫が蠢めいているのが見つかり、白鳥の妾の変死体が床下から発掘される。谷町の住居も1カ月と続かず、お村と清兵衛の関係はうまくいかなくなって、清兵衛はお村と別れる。さらに清兵衛の不幸は続き、梅雨の頃から自分の左手首が痛み出す。親戚の家に行った際にそこの子供が清兵衛を見て、「蒼い手、蒼い手...」といって怖がり、清兵衛は自分の手に女の死人の手がぶら下がっていることを初めて知る。その時から清兵衛は、物事の全てに対する気力を失い、塔の沢に長逗留することになる。ある日、夕食前に一風呂浴びて浴室を出ると、その日宿に着いた大きな武士が浴衣姿で手拭を下げているのと狭い廊下で会う。清兵衛は男のために道をあけると、男はじろりと清兵衛を見て通り過ぎる。やがて、風呂場で何か騒動が起き、その武士が死んだという。喉にくびった跡があり、主によれば、武士の最期の言葉は「手、手...」だったと。その武士の薩州の新納権右衛門といい、「白鳥」と名乗った武士と同一人物かどうかは分からないが、この事件の後、清兵衛の手の痛みはすっかりとれる―。

文豪ミステリー傑作選 (第2集) 0_.jpg 大佛次郎(1897-1973)が1929(昭和4)年、雑誌『改造』に発表した短編で、1930(昭和5)年、『怪談その他』(天人社)の全11編の内の1編として刊行され、この時のタイトルは「手首」でした。河出文庫『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年)に全12編の内の1編として収められており、この時のタイトルは「怪談」になっていて、同じく河出文庫の『見た人の怪談集』('16年)にも全15編の内の1編として「怪談」のタイトルで収められています(但し、冒頭に「手首」とあり、「怪談」というアンソロジーの中の「手首」という1編ということだろう)。また、集英社文庫の『文豪のミステリー小説』('08年)には、「手首」のタイトルで収録されています。そう言えば、川端康成にも「片腕」という、ある男が片腕を一晩貸ししてもいいわという娘から、実際片腕を借りるという怪談っぽい作品がありました(新潮文庫『眠れる美女』、ちくま文庫『川端康成集 片腕―文豪怪談傑作選』などに所収)。
文豪ミステリー傑作選 (第2集) (河出文庫)』(1985/11 河出文庫)

大佛次郎  .jpg 大佛次郎のこの作品は『見た人の怪談集』で読みましたが、歴史小説作家、大河小説作家のイメージがある作者が(実は小説だけでなく、戯曲や児童文学、ノンフィクションなど幅広い分野に作品を遺した作家だが)、こうしたキレのある短編も書いているというのが興味深かったです。清兵衛がノイローゼのようになって、物事の全てに気力を失い、大政奉還も戊辰戦争も清兵衛の頭上を通り過ぎていくわけで、阿部日奈子氏の解説にもありますが、(歴史小説作家でありながら)殆ど時代背景に触れないで描くことによって、祟られた男の孤独がより浮き彫りにされています。

大佛次郎(昭和初期)ホテルニューグランドの屋上で

 この短編は2010年にテレビ東京で映像化され、「女のサスペンス名作選」最終回(2010年9月29日午前11時30分~昼12時27分)の「残された手首」として放送されていますが、あらすじは下記の通りです。

 村山清(平田満)、美津子(岡江久美子)夫妻は、千葉県の郊外に念願の一戸建てを買い引っ越してきた。引越当日の深夜、2階寝室で寝ていた清の片腕に、突然女の手首がとりついた。夢だと思ったが、女の手首がとりついた左腕がだるくなってきた。クラシック音楽のトランペットの音色を聞いただけで、左腕が激しく痛みだしたり、3歳の甥が清の左腕に手首がぶらさがっていると恐がったり、美津子までノイローゼになりそうだった。ある日美津子は、この辺りで昔から開業している医者に、自分達が住んでいる場所の歴史を聞き出した。それによると、戦前は日本陸軍の兵営が近くにあり、ちょうど美津子達の家がある所に島倉という大尉の一家が住んでいた。島倉大尉(井上純一)と政略結婚をさせられた綾子(中島はるみ)という女性と、彼女に恋心をいだいた大尉の弟・康次郎に腹を立てた大尉が、軍刀で綾子の手首を切り落としたのだった―。

 個人的には未見で、「女のサスペンス名作選」はBS放送(BSジャパン)で再放送されることがありますが、これは再放送されたのでしょうか。原作における殺された妾の恨みを、政略結婚の末に夫から手首を斬られた正妻の恨みに置き換えていますが、原作では、清兵衛自身が本宅とは別所に妾を囲っているという状況において、妾の手首に囚まえられる点に怖さがあるのであって、その枠組みを外してしまってどうかなという感じがします。

 『見た人の怪談集』の収録作品は「停車場の少女」(岡本綺堂)/「日本海に沿うて」(小泉八雲)/「海異記」(泉鏡花)/「蛇」(森鴎外)/「竃の中の顔」(田中貢太郎)/「妙な話」(芥川龍之介)/「井戸の水」(永井荷風)/「大島怪談」(平山蘆江)/「幽霊」(正宗白鳥)/「化物屋敷」(佐藤春夫)/「蒲団」(橘外男)/「怪談」(大佛次郎)/「沼のほとり」(豊島与志雄)/「異説田中河内介」(池田彌三郎)/「沼垂の女」(角田喜久雄)の16編。

 「見た人の怪談」ということで、体験談や聞き語りのスタイルをとったものが多くなっていて、そうしたスタイルを共通項として短編集を編むという発想は面白いと思いましたが、必ずしもそうしたスタイルになっていないものもあったのではないでしょうか。大佛次郎の「怪談」は、文庫で20ページにも満たない作品ですが、最初は普通の小説スタイルで、終盤になって、「自分」が「老いた清兵衛」から話を聞く、つまり清兵衛の語りが中心となるスタイルに変わっており、そうした手法がリアリティを醸しているように感じられます。会話部分は最初からすべて『』で括られていて、要するに前半部分からすべて清兵衛の語りだったということなのでしょうが(「見た人の怪談」というコンセプトにも合っている)、臨場感を出すために敢えて「語り」のスタイルをとらず普通の小説スタイルにして、後日譚だけ「語り」のスタイルにしたということなのでしょう。

《読書MEMO》
●『文豪ミステリー傑作選(第1集)』('85年/河出文庫)
夏目漱石「趣味の遺伝」/森鴎外「魔睡」/志賀直哉「范の犯罪」/芥川龍之介「開化の殺人」/谷崎潤一郎「途上」/泉鏡花「眉かくしの霊」/川端康成「それを見た人達」/太宰治「犯人」/内田百閒「サラサーテの盤」/三島由紀夫「復讐」
●『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年/河出文庫)
黒岩涙香「無惨」/徳冨蘆花「巣鴨奇談」/久米正雄「嫌疑」/村山塊多「悪魔の舌」/岡本綺堂「兄妹の魂」/大仏次郎「怪談/吉川英治「ナンキン墓の夢」/山本周五郎「出来ていた青」/火野葦平「紅皿」/海音寺潮五郎「半蔀女」/吉屋信子「茶碗」/柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」
●『文豪のミステリー小説』('08年/集英社文庫)
夏目漱石「琴のそら音」/大佛次郎「手首/岡本綺堂「白髪鬼」/山本周五郎「出来ていた青」/大岡昇平「真昼の歩行者」/幸田露伴「あやしやな」/久米正雄「嫌疑」/柴田錬三郎「イエスの裔」/芥川龍之介「藪の中」

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作りすぎていないのがいい。復刊版で登場人物の四半世紀後の「今」が書き下ろされた。

お引越し ひこ・田中 復刊.jpgお引越し ひこ・田中 旧.jpg お引越し ひこ・田中 文庫.jpg お引越し ひこ・田中 文庫新.jpg  心が叫びたがってるんだ。DVD_.jpg
お引越し (Best choice)』『お引越し (講談社文庫)』『《新装版》お引越し (講談社文庫)』「心が叫びたがってるんだ。 [DVD]
お引越し (福音館創作童話シリーズ)』(2013)(装画:奈良美智)

 1991(平成3)年・第1回「椋鳩十児童文学賞」受賞作。

 今日とうさんが引越しをした。かあさん泣いた。とうさんもお引越しの日泣いてた。大人が泣いたら、子どもは泣けない。3人だった家がこれから、かあさんと私、2人になる。2人が別れるには私のせいやないって、とうさんもかあさんも言うたけど、私のせいやないのに私に関係ある。あんまりや。両親の離婚を突然知った11歳のレンコ(漆場漣子)。彼女の悩みは深まっていく―。

お引越し-111.JPG 1990年刊行の第1回「椋鳩十児童文学賞」受賞作ですが、むしろ相米慎二(1948‐2001/享年53)監督の映画「お引越し」('93年)の原作として知られているかもしれません。「椋鳩十児童文学賞」は鹿児島市が市制100周年を記念して設けた児童文学の新人賞で、第2回が森絵都氏のデビュー作『リズム』に授与されたりしていますが、第24回の2014年をもって終了しています。

映画「お引越し」('93年)

お引越し dvd.jpg 映画「お引越し」と比べると、原作は映画のようにレンコが理科室でボヤを起こしたり、自分でチケットやホテルを予約して家族の琵琶湖行きを実行したりするといった事件や展開などはなく、ごく普通の小学生のごく普通の生活が、両親が離婚状態になって変わっていく、そうした日常の中で、11歳の少女の心模様がどう揺れ、母親や父親との関係性がどう変化し、少女自身がどう成長していったかを、少女の主観を通して生き生きと描いています(文章にリズムがある)。従って、映画も良かったですが、原作は作りすぎていない分、これはまた読者に訴えかけるものがあり、(「映画の力」に対する)「文学の力」というものを感じました。

お引越し (HDリマスター版) [DVD]

 1990年の刊行後、1995年に文庫化され、2013年の復刊に際し、2013年現在の「登場人物たちの今」を描いた挿話が書き下ろされ、巻末に付されています。その前に、1990年の「あと話」というのがあって、中学生になったレンコのボーイフレンドのミノル(大木実)、友達のサリー(橘理佐)の"今"が2人の言葉で語られていましたが、「忘れたころのあと話」と題された今回の書き下ろし部分では、おおよそ四半世紀後の36歳になった大木実の今、橘理佐の今、更にはレンコこと漆場漣子の今が、それぞれ自らの言葉で語られています。時間の流れを経て主人公たちが大人になっている現在の様が語られるというのはなかなか興味深く(月日の経つのは早いなあ)、作者のこの作品に対する愛着のようなものも感じました。

干刈 あがた 『ウホッホ探険隊』.jpg かつて、離婚に踏み切ろうとしている主人公の女性と、そのことを自分たちなりに受け止めようとしている小学生の長男・次男とのやりとりを通して、当時としては新しいタイプと言える家族の形を模索した、干刈あがた(1943‐1992/享年49)の『ウホッホ探険隊』('84年/福武書店)とい猛スピードで母は 単行本.jpgう芥川賞候補にもなった作品がありましたが、作品のモチーフとして両親が離婚している、或いは離婚状態にあるといった設定を持ってくることは、今や児童文学に限らず文学の世界においても珍しいことではなくなっているようです(長嶋有の芥川賞受賞作『猛スピードで母は』('02年/文藝春秋)もそうだった。やはり、子どもは母親と一緒に暮らすことになるのが多いようだが)。

 最近はアニメの世界でも、長井龍雪監督の「心が叫びたがってるんだ。」('15年)という作品がありました(この度「実写」映画化され、本日[2017年7月22日]公開)。主人公の少女が小学生の頃、憧れていた山の上のお城(ラブホテル)から、父親と見知らぬ女性(浮気相手)が車で出てくるところを目撃、「お城から出てくる王子様とお姫様」だと思い込み、それを母親に話したことにより両親の離婚を招いてしまい、家を去る父親から「全部お前のせいじゃないか」と言われ、ショックを受けた少女は口をきけなくなり、高校2年生になった今も、「話すと腹痛が起きる」という、トラウマを抱えているという設定でした。

心が叫びたがってるんだ。 .jpg 小学生の時のトラウマを高校生になっても引き摺っているわけですが(PTSDと言えるか。但し、離婚は主人公のせいとは言えず、父親が間違っているのは明白ではないか)、それにしても主人公がいろんな局面でそれを引っ張りすぎている印象もあり、これだと周りの方が疲れてしまうのではないかなあ。時にはちょっと突き放した方が、お互いにとって良かったりもするのではないでしょうか。ジュニア向けの作品ですが、個人的にはあまりいいとは思いませんでした(『お引越し』の11歳の小学生レンコの方がずっと逞しいと言えるか)。

お引越し  0s.jpgお引越し  5.png「お引越し」●制作年:1993年●監督:相米慎二●脚本:奥寺佐渡子/小此木聡●撮影:栗田豊通●音楽:三枝成彰●原作:ひこ・田中「お引越し」●時間:124分●出演:中井貴一/田畑智子/桜田淳子/須藤真里子/田中太郎/茂山逸平/森秀人/千原しのぶ/笑福亭鶴瓶/青木秋美(現:遠野なぎこ)●公開:1993/03●配給:ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画=アルゴプロジェクト●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(17-07-19)(評価:★★★★)
【2563】 相米 慎二 「お引越し」(1993/03 ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画=アルゴプロジェクト) ★★★★

心が叫びたがってるんだ。00.jpg心が叫びたがってるんだ。DVDS160_.jpg「心が叫びたがってるんだ。」●制作年:2015年●監督:長井龍雪●製作:斎藤俊輔●脚本:岡田麿里●撮影:森山博幸●音楽:ミト/横山克(主題歌:乃木坂46「今、話したい誰かがいる」)●原作:超平和バスターズ(長井龍雪・岡田麿里・田中将賀)●時間:119分●声の出演:水瀬いのり/内山昂輝/雨宮天/細谷佳正/藤原啓治/吉田羊●公開:2015/09●配給:アニプレックス●最初に観た場所:シネマサンシャイン池袋(15-09-21)(評価★★★)

【1990年単行本[福武書店]/1995年文庫化・2008年新装版[講談社文庫]/2013年単行本新装復刊版]】

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少女の成長を描いて、「台風クラブ」と並ぶ佳作「お引越し」。「若手女優育成型」監督だった?

お引越し  01.jpgお引越し  p.jpg お引越し dvd.jpg  東京上空いらっしゃいませ dvd.jpg 相米慎二.jpg
お引越し デラックス版 [DVD]」(2002)/「お引越し(HDリマスター版) [DVD]」(2015)田畑智子/「東京上空いらっしゃいませ [DVD]」牧瀬里穂/相米慎二(1948‐2001)
お引越し  0s.jpg 漆場レンコ(田畑智子)は京都鴨川近くに住む小学6年生。両親が離婚を前提に別居することになり、父親のケンイチ(中井貴一)が家を出て行き、母・ナズナ(桜田淳子)との二人暮らしとなる。離婚というものが最初は実感としてピンとこなかったレンコだったが、新生活を始めようと契約書を作るナズナや、独り暮らしで寂しそうなケンイチを見て、その意味が少しずつ理解できてくるともに、そんな両親に挟まれ、彼女の心はざわついてくる。クラスの転校生"サリー"こと橘理佐(青木秋美〔現・遠野なぎこ〕)は関東から引っ越して来た少女で、レンコたち関西弁と言葉が異なり、級友たちはサリーを遠巻きにしていた。お引越し-1.JPGある日レンコは帰り道でサリーと一緒になり、サリーの両親が離婚していることを聞く。レンコとサリーが親しくなったことで、レンコは級友らから裏切り者扱いされ、級友と掴み合いの喧嘩になり、止めに入った木目米先生(笑福亭鶴瓶)の制止を振り切って、理科室の火のついたアルコールランプを倒しボヤを起こす。そんな彼女の唯一の理解者は、ボーイフレンドのミノル(茂山逸平)だった。レンコは夏休みに入って、父・ケンイチの部屋に籠城する計画お引越し1_1.jpgを立てるが、実行前にナズナに露見して失敗する。ケンイチとナズナを元通り仲直りさせたいレンコは、去年も行った琵琶湖畔への家族旅行を今年も実行しようと、クレジットカードを使って電車の切符とホテルの手配を自力でする。現地のホテルに現れたケンイチは、ナズナに復縁を求めるが、ナズナは拒否する。レンコはその場を逃げ出し、子どもを亡くした砂原という老夫婦(森秀人・千原しのぶ)に会う。それでも仲良くやっている夫婦に力を得たレンコは、祭りの中を彷徨する。琵琶湖畔に辿り着いたレンコは、祭りの山車とかつて仲良しだった自分たち家族の幻影を見る。やがて山車は燃え、家族は水に沈み、それを見たレンコは、「おめでとうございます!」と何度も叫ぶ―。

 1993年公開の相米慎二(1948‐2001/享年53)監督作で、相米慎二監督はこの作品で1993年度・第44回「芸術選奨」を受賞しています。原作は、1991年・第1回「椋鳩十児童文学賞」を受賞したひこ・田中の『お引越し』('90年/福武書店)ですが、映画はストーリーの進行とともに原作にはない映画オリジナルの話が多くなり、特に後半は相米慎二監督の独自の世界という印象を受けます。

お引越し 湖.jpg 終盤のレンコが見る湖での幻影シーン(原作には琵琶湖行きの話そのものが無い)での、彼女の「おめでとうございます」という連呼に、監督の思いが込められていたように思いました。レンコはもう自分たち家族は修復できないと悟り、過去と決別するために、また新たな自分を得た自分自身に対して「おめでとうございます!」と言ったのでしょう。エンドロールでは、小学生のレンコがいつの間にか中学生の制服姿に変わり、さっぱりとした表情で街中を人々や家族と接しながら跳ねるように歩いています。相米監督のもう1本の佳作「台風クラブ」('85年)と同じような印象のラストで、作品そのものが少女の成長物語であったことを裏付けるものとなっています。

お引越し 映画    .jpg 相米慎二監督は、当時17歳の薬師丸ひろ子主演の「セーラー服と機関銃」('81年)、当時19歳の斉藤由貴主演の「雪の断章‐情熱‐」('85年)、当時14歳の工藤夕貴主演の「台風クラブ」('85年)、当時18歳の牧瀬里穂主演の「東京上空いらっしゃいませ」('90年)などを撮っていますが、これらの主演女優の殆どが映画初出演かそれに近い新人でした。何だか新人専門みたいで、しかもとりわけ未成年(少女)を撮るのが上手だった(?)のかとも思ってしまいますが、この「お引越し」にレンコ役で主演した田畑智子は当時11歳で、それまで学芸会などでもたいした役をやったことがなかっとのことで、大抜擢と言えます。

お引越し s.jpg 田畑智子の演技は、相米監督の長回しによく耐えていて、良かったと思います。特に前半部分の自然な演技が良く、逆に後半部分は「女優」であることを意識した演技になってしまった印象も受けました。後半部分に相米監督のオリジナルな考えが込められていることを考えると、彼女の演技力が相米監督の演出に耐えられるのを見て、相米監督がそうした演出をしたようにも思いました。後半の演技の方を高く評価する人もいておかしくないかもしれませんが、個人的には前半部分の彼女の演技の方がやっぱり良かったという印象です。

 田畑智子はこの作品で、キネマ旬報新人女優賞、報知映画賞新お引越し  桜田.jpg人賞、毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞を受賞しましたが、母・ナズナ役の桜田淳子も、キネマ旬報助演女優賞、報知映画賞助演女優賞、毎日映画コンクール助演女優賞を受賞しています。桜田淳子の方は、歌手から女優に転向して、この時までに既に芸術選奨新人賞(大衆芸能部門)('86年)や菊田一夫演劇賞('87年)など数多くの賞を受賞しており、更なる飛躍をという矢先に統一教会の合同結婚式絡みの問題が報道され、この「お引越し」が最後の映画出演となり、芸能界からも身を引くことになりました。この作品での彼女の演技を見ると、惜しい気がします。

お引越し 映画  es.jpg その他、助演として、父・ケンイチ役の中井貴一や先生役の笑福亭鶴瓶が出演していますが、中井貴一は田畑智子と桜田淳子の好演に隠れてやや影が薄かったでしょうか。中井貴一と笑福亭鶴瓶は「東京上空いらっしゃいませ」にも出ていましたが、ストーリーがメルヘンチックで、相米慎二独特の粘り強いシーンの構成が見られない作品であった上に、当時の中井貴一は大根で、笑福亭鶴瓶も映画向きの配役とは思えませんでした。牧瀬里穂のみがやたら元気に演技していて、映画としては相米監督はこんな凡作も撮るのかと思わされましたが、映画初出演で主演の牧瀬里穂は、その後宮沢りえ・観月ありさと共に「3M」と呼ばれるまでに女優として開花しました(中井貴一は開花するのに時間がかかった?)。演出は厳しかったらしいけれど、「若手女優育成型」監督といった感じだったのでしょうか。

お引越し   sakurada .jpgお引越し  5.png「お引越し」●制作年:1993年●監督:相米慎二●脚本:奥寺佐渡子/小此木聡●撮影:栗田豊通●音楽:三枝成彰●原作:ひこ・田中「お引越し」●時間:124分●出演:中井貴一/田畑智子/桜田淳子/須藤真里子/田中太郎/茂山逸平/森秀人/千原しのぶ/笑福亭鶴瓶/青木秋美(現:遠野なぎこ)●公開:1993/03●配給:ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画=アルゴプロジェクト●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(17-07-19)(評価:★★★★)

東京上空いらっしゃいませ 00.jpg東京上空いらっしゃいませ04.jpg「東京上空いらっしゃいませ」●制作年:1990年●監督:相米慎二●脚本:榎祐平●撮影:稲垣涌三●音楽:村田陽一/小笠原みゆき(主題歌:井上陽水「帰れない二人」)●時間:109分●出演:中井貴一/牧瀬里穂/笑福亭鶴瓶/毬谷友子/出門英/竹田高利/藤村俊二/工藤正貴/谷啓/三浦友和/河内桃子/木之元亮/遠藤美佐子/斉藤暁/岸野一彦/モロ師岡/佐山雅弘/上野哲郎/礒見博/楠本卓司●公開:1990/06●配給:松竹(評価:★★☆)

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浅丘リリー、2度目の登場。「寅のアリア」「メロン騒動」などの名場面が。

男はつらいよ 寅次郎相合い傘_poster15.jpg男はつらいよ 寅次郎相合い傘dvd.jpg 男はつらいよ 寅次郎相合い傘 船越.jpg
男はつらいよ・寅次郎相合い傘 [DVD]」渥美清/浅丘ルリ子/船越英二

男はつらいよ 寅次郎相合い傘_0.jpg シリーズ第11作「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」のマドンナ・リリー(浅丘ルリ子)が再登場。葛飾柴又の"とらや"で、寅次郎(渥美清)の帰省が遅いことを皆が心配しているところへリリーが訪れ、寿司屋の亭主と離婚した彼女は、再びドサ回りの歌手をしているという。寅次郎に会えなかったことを残念がるリリー。その寅次郎は青森で、通勤途中不意に蒸発したくなったというサラリーマン・兵頭謙次郎(船越英二)と出会う。自由な生き方に憧れるという兵頭に手を焼く寅次郎だった男はつらいよ 寅次郎相合い傘01.jpgが、そこで偶然にも、青森に来ていたリリーと再会、寅次郎とリリーは兵頭も巻き込んで北海道へと向男はつらいよ 寅次郎相合い傘03.jpgかう。ごろ寝や啖呵売もこなして楽しい道中となるが、小樽に着いた兵頭はどうしても彼の初恋の人に会いたいと言う。その女性・信子(岩崎加根子)は夫を亡くし女手一つで子供を育てており、懸命に生きる姿を見た兵頭はいたたまれなくなる。そんな彼の複雑な心中をめぐって寅次郎とリリーは対立し、ついには喧嘩別れしてしまう男はつらいよ 寅次郎相合い傘_4.jpg。やがて柴又に帰ってきた寅次郎だが、リリーとの一件を悔やんで表情は沈んだまま。そこへひょいとリリーが現れ、リリーもまたあの一件を悔やんでおり、二人はあっという間に寄りを戻す。リリーとすっかりいい仲になった寅次郎だが、その仲睦ましさが近所でも噂になり始めた時、さくらは寅次郎がこのままリリーと結ばれればいいと思うようになる―。

男はつらいよ 寅次郎相合い傘 Ls.jpg 1975(昭和50)年8月公開のシリーズ第15作で、第11作「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」('73年)以来の再登場。以後、第25作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」('80年)、渥美清(1928-1996/享年68)の遺作となった第48作「男はつらいよ 寅次郎紅の花」('95年)と通算4回、松岡リリーという同一キャラクターでマドンナ役を務めたことになります。満男のマドンナとしてシリーズ終盤に出演した後藤久美子の5回を除いて、寅次郎のマドンナとしては、竹下景子の3回を超えて最多となっていますが、むしろ同じキャラクター(歌子)で2回登場した吉永小百合が比較の対象となるでしょうか。4回は傑出していると思います。

 やはり、役者というのは役者同士の相性もあるし、演技力があって相性が良ければそれだけいい作品が出来るということなのでしょう。この「寅次郎相合い傘」は、シリーズ作品の人気ランキングでも常に上位に来る作品です。また、「男はつらいよ」シリーズは、全48作中9作が「キネマ旬報ベストテン」に入選していますが、浅丘ルリ子をマドナに迎えたこの作品も'75年度の第5位にランクインしています(同ベストテンでは、「駅前」「社長」「若大将」シリーズなど、その他時代劇も含めシリーズ物映画は殆ど無視される傾向にあり、シリーズ作が何度かランクインした「仁義なき戦い」の場合はストーリーが進行・完結していく五部作であり、永劫回帰型シリーズとして何度も「キネ旬報ベストテン」にランクインしたのは「男はつらいよ」シリーズのみだと言う)。

男はつらいよ 寅次郎相合い傘27.jpg この「寅次郎相合い傘」は、男女の機微を浮き彫りにしつつ余韻を残して終わるラストもいいですが(寅次郎とリリーは恋人同士である以上に、むしろ友情で結ばれた"同志"に近かったのか)、この1本の作品の中に、シリーズを通しての名シーンと言われ、よく「名場面ベスト10」などで挙げられるシーンが2か所もあり、それぞれ「寅のアリア」「メロン騒動」と呼ばれています。

男はつらいよ 寅次郎相合い傘 寅のアリア.jpg 「寅のアリア」は、リリーをキャバレーまで送った寅次郎が、そのあまりの環境の劣悪さに驚き、「俺にふんだんに銭があったら」と大ステージで歌い上げるリリーの姿を、さくらたちに臨場感たっぷりに想像で語るもので、スタッフによれば、後日リリー役の浅丘ルリ子がこのシーンを見て涙したとのことです(倍賞千恵子著『お兄ちゃん』('97年/廣済堂出版)。渥美清の本領発揮というか、山田洋次監督は渥美清に初めて会った頃、彼が語る的屋の口上を聞いてこの人は天才だと思ったそうですが、こうしたところでその力を引き出しているのはスゴイと思いました。

男はつらいよ 寅次郎相合い傘lt.jpg 「メロン騒動」は、寅次郎に世話になったと兵頭から高級メロンを貰ったとらやの面々が切り分けて食べ始めたところへ寅次郎が外から戻って来て、寅次郎の分を勘定に入れ忘れていたことに気付いた一同が大慌てで場を男はつらいよ 寅次郎相合い傘 20.jpg取り繕う様に、とらやの連中は心が冷たいと激しくなじる寅次郎に対し、リリーが核心を突いた言葉で寅次郎を一喝してしまうという場面ですが、こちらは、浅丘ルリ子の演技が渥美清のそれに拮抗した場面であるとも言え、大袈裟に言えば、シリーズを通してそれまで憧れの対象でしかなかったマドンナの位置づけを、主体的な存在にパラダイム変革させた場面でもあったかと思います。

浅丘ルリ子 やすらぎの郷.jpg浅丘ルリ子 寿桂尼.jpg 浅丘ルリ子は最近またNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の寿桂尼役やテレビ朝日系ドラマ「やすらぎの郷」への出演で注目されていますが、もともと演技も歌も上手い方だと思います。歌の方は20曲以上シングルを出した後に、「愛の化石」('69年)の大ヒットで逆に歌手を引退したような状況になる一方、「男はつらいよ」シリーズでは売れない歌手役で、この作品の中でもちらっと歌っているのは興味深いです(とらやの面々と歌っているうちにソロになる)。

「やすらぎの郷」加賀まり子・石坂浩二・浅丘ルリ子・野際陽子

男はつらいよ 寅次郎相合い傘  16.jpg リリーが仕事で歌う場末の酒場のうらぶれた様子は、寅次郎の口から語らせるものの映像化せず、一方で、リリーが別の女性と同居する狭いアパートに相手方の男が来て彼女がそこにおれなくなる場面は映像化しており、その辺りのリアリティの出し方の加減が上手いと思いました。あまり全部隠してしまうとリアリティが湧かないし、あまり見せ過ぎると暗くなり過ぎるし...(シリーズ全作を通して観ると、この加減に失敗しているものも幾つかある)。

男はつらいよ 寅次郎相合い傘 Eg.jpg サラリーマン・兵頭を演じた船越英二の演技も手堅く、兵頭に纏わるサイドストーリーもまずますでしょうか。ただ、失踪事件をモチーフにした野村芳太郎監督(松本清張原作)の「ゼロの焦点」('61年)や今村昌平監督の「人間蒸発」('67年)が60年代だったことを思うと、当時('75年頃)そのようなことがどれくらい時事性があったのか...。

 因みに、冒頭にある、映画館でうたた寝しながら寅次郎が見る夢は、前年['74年]12月日本公開の「シンドバッド 黄金の航海」('73年/米)のパロディだそうですが、個人的には、こちらもまた当時より一昔前の、小野田嘉幹監督の「女奴隷船」('60/新東宝)を想起させられました(山田洋次監督も観たのではないか)。

男はつらいよ 寅次郎相合い傘02.jpg「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」●制作年:1975年●監督:山田洋次●脚本:山田洋次/朝間義隆●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●時間:91分●出演:渥美清/浅丘ルリ子/船越英二/倍賞千恵子/下條正巳/三崎千恵子/太宰久雄/佐藤蛾次郎/吉田義夫/岩崎加根子/久里千春/早乙女愛/中村はやと/宇佐美ゆふ/村上記代/光映子/秩父晴子/米倉斉加年/上條恒彦/谷よしの/笠智衆●公開:1975/08●配給:松竹(評価:★★★★)

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浅丘ルリ子の演技(悪女ぶり)と肉体(若々しさ)が見所か。ラストは安易。

女体 1969.jpg女体 1969 09.jpg 浅丘ルリ子 『女体』 スチールi.jpg
女体 [DVD]」浅丘ルリ子・伊藤孝雄      岡田英次・浅丘ルリ子・川津祐介
               浅丘ルリ子・岸田今日子
女体 浅丘ルリ子岸田今日子スチル.jpg 浜ミチ(浅丘ルリ子)は、大学理事長・小林卓造(小沢栄太郎)の息子・行夫(青山良彦)に強姦されとして慰謝料200万円を要求したが、行夫の姉・晶江(岸田今日子)に侮辱的な扱いを受け、敵意を抱く。スキャンダルを恐れた卓造は、婿である秘書の石堂信之(岡田英次)に処理を一任し、信之は晶江の意志に反して200万円を支払う。ミチは信之に愛を感じ、二人は求め合うが、ミチは信之との情事を晶江に伝えてしまう。それを知った信之は、ミチが元画家の青年・五郎(川津祐介)とも交渉があることを知ってミチと別れる決心をする。しかし、ミチを捨てられず、逆に五郎女体 1969_1.jpgから手切れ金を要求され、卓造から預っていた裏口入学金の一部500万円を流用して払う。だが、五郎はミチと別れないばかりか、金の出所を追求すると嘯き、信之はそんな五郎を誤って殺害する。やがて保釈された信之は、晶江を捨て、仕事も捨ててミチとの生活に飛び込女体 1969m.jpgむが、バー経営が行き詰まり、加えてミチの束縛を嫌う奔放な性格から二人の間に亀裂が生じる。ミチはやがて信之の妹・雪子(梓英子)の婚約者・秋月(伊藤孝雄)に心を寄せるようになる。秋月はミチの誘惑を拒むが、ミチは入水自殺する素振りをみせた挙句、深夜のドライブに秋月を誘い出し、事故による無理心中を図るも失敗する。信之にも去られて独りになったミチは「また素敵な男を見つければいいわ」と酔って、ふらつく足で風呂場のガス管を引っ掛けたまま湯舟で微睡み、永遠の眠り向かう―。

盲獣poster.jpg盲獣 .jpg 増村保造(1924-1986)監督の1968年10月公開作で、同監督は60年代は大体年3本くらい撮っていて、この年も江戸川乱歩原作、船越英二・緑魔子主演の「盲獣」('68年/大映)と川端康成原作、平幹二朗・若尾文子主演の「千羽鶴」('68年/大映)が公開されています。昔の監督は量産だったなあと思いますが、増村保造監督について言えば、次の年1970年に撮っているのが「でんきくらげ」「やくざ絶唱」「しびれくらげ」の3本であり、文芸路線、エンタメ路線、ピンク路線と何でも混在しているところが増村保造監督らしいです。
緑はるかに(オリジナルカラー版) [DVD]
緑はるかに.jpg緑はるかに2.jpg浅丘ルリ子 昭和44年 女体.jpg 15歳でカラー映画「緑はるかに」('55年/日活)でいきなり主役映画デビューした浅丘ルリ子は、29歳ですでに80本以上の映画に出演していましたが、当時まさに人気絶頂で、その日活に所属する超人気の浅丘ルリ子が大映映画に出ることになったということで、当時の大映のエース・増村保造監督が起用されたとのことです。

愛の化石L.jpg また、浅丘ルリ子はこの年('69年)にシングルレコード曲「愛の化石」をヒットさせており(唄よりもセリフが愛の化石.jpg浅丘ルリ子-p2.jpg多い曲だった)、翌年の1970年には、浅丘ルリ子と田宮二郎、高橋悦史主演で同名映画「愛の化石」('70年/日活)も製作されました。因みに、それまでも20曲以上シングルを発表していた彼女ですが、この曲で一旦歌謡曲の世界からは身を引き、「愛の化石」の次のシングルが出たのは45年後でした(小林旭とのデュエット曲「いとしいとしというこころ」('14年))。
愛の化石 [EPレコード 7inch]」/「愛の化石 [DVD]」/「愛の化石」('70年/日活)スチール写真
    
小谷野敦.jpg この「女体」については、比較文学者の小谷野敦氏が「ここでの浅丘ルリ子はニンフォマニアかサイコパスとしか思えず、ひたすらうざい。海に入って死のうとする時なんか、とめないで死なせたほうがいいと思ってしまう。『痴人の愛』よりひどく、まともな男ならまず逃げ出す。魅力のかけらもない。小沢栄太郎、岸田今日子ら理事長一家の描き方がまた類型的でげんなりする。どいつもこいつもゲヘナの火で焼きつくされてしまえばいいのにというような映画」と酷評していましたが(Amazon. comで星1つ)、お説ごもっともながら、そこまでヒドイかなあ(?)とも思ってしまいました。

痴人の愛 京マチ子.jpg 確かに『痴人の愛』のナオミに比べたら、この映画の浅丘ルリ子演じるミチは、なぜこんな女性に男が入れ込んでしまうのかなあと思うぐらい「自己愛性人格障害」ぶりが露骨に前面に出ているように感じられました。今で言う「ストーカー」的要素もあるし...(まあ、『痴人の愛』のナオミにおける谷崎ならではの絶妙なファム・ファタールぶりも、何度か映画化されたものにおいてそれが十全に描き出せているかというと、そうでもない気がするが)。

痴人の愛」('49年)京マチ子、宇野重吉

浅丘ルリ子 女体 .jpg ミチのウザさは、彼女が海に入って死のうとする時に、小谷野敦氏ならずとも、自分だってとめないで死なせたほうがいいと思ってしまったくらいですが、観客目線でミチという女性が好きだ嫌いだということとは別に、少なくとも映画の中では、伊藤孝雄演じる男はミチを助けに海に飛び込み、岡田英次演じる男は彼女を捨てられないわけであって、そこがこの映画のミソなのではないかと思います(と言っても、男たち、特に岡田英二演じる男に感情移入し切れない面があったが)。

女体 1969.jpg 男を引き付けるのはやっぱり、タイトル通り"女体"の力なのでしょうか。この映画の浅丘ルリ子はあっけらかんと下着姿を見せていて、しかも非常に締まったスレンダーな小麦色のボディをしています。但し、こうなると、女体(にょたい)と言うより、やはり女体(じょたい)になるのだろうなあ(野坂昭如風に言えば、エロスの具象かもしれないが、エロは感じられないと言うことか。野坂は、エロは分かるがエロスは自分にはよく分からないとも言っている)。

 浅丘ルリ子は、やや芝居臭さがあって、演技に無理があるようにも見えますが、穿った見方をすれば、主人公の「演技性人格障害」を体現していると言えるのかも。川津祐介は増村保造監督の「」('64年/大映)でも、若尾文子演じる両性愛的女性の婚約者だかヒモだかよく分からない男を演じていて、ちんけなワルが似合います。「卍」で若尾文子に想いを寄せる女性を演じた岸田今日子は、「卍」の方がいい演技でしたが、こちらでは脇に回ったから仕方がないか(やったことと言えば、離婚を承諾しなかったことだけ)。

 全体にパターン化された演技が多いため(何だか小谷野敦氏に近くなってきた)、やはり浅丘ルリ子の演技(悪女ぶり)と肉体(若々しさ)が見所でしょうか。最後にミチを死なせてしまうのがいかにも安易に思われました。ラストでミチが独りポツンと居るだけの方が、余韻があったように思います。
1969(昭和44)年公開(大映)
浅丘ルリ子9.jpg女体  .jpg女体 1969m.jpg「女体(じょたい)」●制作年:1969年●監督:増村保造●脚本:池田一朗/増村保造●撮影:小林節雄●音楽:林光●時間:94分●出演:浅丘ルリ子/岡田英次/岸田今日子/梓英子/伊藤孝雄/川津祐介/小沢栄太郎/青山良彦/早川雄三/北村和夫/伊東光一/中条静夫/中田勉/小山内淳/三笠すみれ/川崎陽子/仲村隆/白井玲子●公開:1969/10●配給:大映●最初に観た場所:角川シネマ新宿(シネマ2・おとなの大映祭)(17-07-12)(評おとなの大映祭.jpg角川シネマ新宿  0.jpg角川シネマ新宿 .jpg角川シネマ新宿 2.jpg価:★★★)
角川シネマ新宿(新宿3丁目「新宿文化ビル」4・5階)シネマ1(300席)・シネマ2(56席)  2006(平成18)年12月9日〜旧文化シネマ1・4が「新宿ガーデンシネマ1・2」として、旧文化シネマ2・3が「シネマート新宿1・2」として再オープン、2008(平成20)年6月14日「新宿ガーデンシネマ1・2」が「角川シネマ新宿1・2」に改称)

「緑はるかに」('55年/日活)

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戦前の〈スクリューボール・コメディ〉のテイストが60年代でどう変わったか。

ハワード・ホークス 「男性の好きなスポーツ」.jpg男性の好きなスポーツ  00.jpg 男性の好きなスポーツwi.jpg ロック・ハドソン/ポーラ・プレンティス
「男性の好きなスポーツ」ポスター/「Man's Favorite Sport? [DVD] [1964] by Rock Hudson

男性の好きなスポーツ 00.jpg ロージャー・ウィルビー(ロック・ハドソン)は釣り具メーカーの敏腕セールスマンで、彼の著書『かんたん釣り教本(Fishing Made Simple)』はベストセラーになっている。ある日、ワカプーギー湖で催される競技会にゲストスターとして出場するよう主催者側のイージー(マリア・ペルシー)とアビー(ポーラ・プレンティス)に口説かれ、社長(ジョン・マクギバー、しょっちゅうカツラがずれる)の命令ということもあり渋男性の好きなスポーツ 01.jpg々承諾するが、実は彼には一度も釣りの実地経験が無く魚は嫌いなのだ。美人2人と湖に行くと聞男性の好きなスポーツ 02.jpgいた婚約者のテックス(シャーレン・ホルト)は嫉妬する。湖での3日間の競技会の始まる前夜、アビーが彼に言い寄ってくる。何男性の好きなスポーツ 03.jpgとか言い逃れてコテージに戻ると、彼女は彼のベッドで寝ている。翌朝、彼のコテージをテックスが不意に訪れ、状況を誤解男性の好きなスポーツ 23.jpgして怒る。競技会が始まり、初日の彼の成績はマグレで2位。その夜、彼はテックスに詫び、彼女の心も和らぐが、彼女が再び訪ねて来ると、皮肉にもロージャーのネクタイがイージーのドレスのジッパーに引っ掛かって背中がはだけている場面に遭遇する。2日目はマグレで1位となり、その3日目は熊の捕まえた魚を横取りして遂に優勝。だが、アビーに諭されてトロフィーは返上、自分は今まで釣りをしたことが無かったことを皆に告白する―。

男性の好きなスポーツ 24.jpeg ハワード・ホークス(1896-1977/享年81)監督の1964年公開のスラップスティック・コメディで、ハワード・ホークスはハンフリー・ボガート主演の「脱出」('44年)、「三つ数えろ」('46年)といったハードボイルドタッチの作品や、ジョン・ウェイン主演の「赤い河」('48年)、「リオ・ブラボー」('59年)といった西部劇など男臭い映画を撮る一方で、マリリン・モンローが出演している「モンキー・ビジネス」('52年)や「紳士は金髪がお好き」('53年)など男女のドタバタ・ロマンティック・コメディも撮っていて、この作品もその部類と言えます。1975年にアカデミー名誉賞を授与されていますが、現役時にはアカデミー賞の受賞どころかノミネートも一度しかなく、多くの傑作を残しながら、批評家からは通俗的な娯楽専門のB級映画監督としてしか見られなかったといいますが、器用過ぎて却って損をしたのかなという気もします。

男性の好きなスポーツes.jpg この作品は、戦前に〈スクリューボール・コメディ〉と言われたものへのオマージュが込められているらしいですが(〈スクリューボール・コメディ〉の第1号は「或る夜の出来事」('34年)であると言われているが、この作品のオマージュ対象はハワード・ホークス自身が監督した「赤ちゃん教育」('38年)らしい)、古き良き時代のおおらかな雰囲気のラブ・コメディという感じがします。主人公ロージャーが釣りの本を書いてベストセラーになっているのに自身は釣りをしたことがないという設定は面白いと思いましたが、そのために事実を知ったイージーら女性陣からは釣りの手ほどきを受けつつもペテン師扱いされているけれど、自分で情報を集めているわけだし、「自分はどこそこで大物を釣った」とか言わない限りはペテン師にはならないのではないかな。

男性の好きなスポーツ kuma.jpg ロージャーが美女に振りまわされる姿をギャグでつないでいくという流れで、ロージャーの乗ったバイクが熊とぶつかったと思ったら、熊がバイクを乗りこなしていたり、更にはロージャーが再び熊に遭遇して湖面を水しぶきを上げながら走って逃げるといった(「レモ/第1の挑戦」('85年)のラストみたい)、現実にはありえないようなシュールな場面もありますが、まあ概ねオーソドックスなドタバタ劇という感じでしょうか。

男性の好きなスポーツ 89.jpg 〈スクリューボール・コメディ〉のセオリーは、プロセスですっちゃかめっちゃかあってもラスト男女が結ばれること(但し露骨なセクシー表現は無し)。結局、ロージャーは女性たちから散々ひどい目に遭いながらもアビーと結ばれ、「男性の好きなスポーツ」(原題:Man's Favorite Sport?)の答は「女性」だったということになるでしょうか。後に、有名人で最初に同性愛をカミングアウトした人物となるロック・ハドソン(カミングアウトする頃には業界内では"公然の秘密"だったようだが)がこれを演じているのはやや皮肉な気もします。

男性の好きなスポーツ  97.jpg 「孔子曰く」と言って色々なものを売りつける先住民風の男(ノーマン・アルデン)が、最後、「じゃじゃ馬は押していけ」とロージャーを励ましますが、この言葉は孔子じゃなくて自分の言葉で、孔子は世間知らずだという。だったら、どうして今まで孔子の言葉を引いていたのか。この辺りが微妙に可笑しかったです。

男性の好きなスポーツV1_.jpg 全体としては、肩が凝らずに観られる作品だけれど、やや笑いのパンチ不足? 国内でソフト化されていない理由も分からなくもないといった感じでしょうか。ソフト化されていないことが付加価値になっている部分もあるし、〈スクリューボール・コメディ〉のテイストが戦前と60年代でどう変わったか知るにはいい作品かもしれません(ちょっとだけセクシーな表現がある点が変わった?)。

男性の好きなスポーツ 99.jpg「男性の好きなスポーツ」●原題:MAN'S FAVORITE SPORT?●制作年:1964年●制作国:アメリカ●監督・製作:ハワード・ホークス●脚本:スティーヴ・マックニール/ジョン・フェントン・マレイ●撮影:ラッセル・ハーラン●音楽:ヘンリー・マンシーニ●時間:120分●出演:ロック・ハドソン/ポーラ・プレンティス/マリア・ペルシー/ジョン・マクギバー/シャーレン・ホルト/ロスコー・カーンス/ノーマン・アルデン/フォレスト・ルイス●日本公開:1964/03●配給:ユニヴァーサル(評価★★★)

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ナタリー・ウッドッはこの作品が一番。村上春樹の涙腺を緩めるだけのことはある。

草原の輝きDVD1.jpg草原の輝き (映画)DVD.jpg 草原の輝き 01.jpg
草原の輝き [DVD]」ナタリー・ウッド/ウォーレン・ベイティ in「草原の輝き」
映画パンフレット 「草原の輝き」監督エリア・カザン 出演ナタリー・ウッド/ウォーレン・ビーティ

草原の輝き 02.jpg 1928年、カンサスの高校3年生バッド(ウォーレン・ベイティ)とディーン(ディーニー)(ナタリー・ウッド)は愛し合っているが、保守的な倫理観の持ち主であるディーンの母親(オードリー・クリスティ)の言い草もあって、ディーンはバッドを受け入れるに至らない。バッドの父で石油業者のエイス(パット・ヒングル)はフットボール選手である息子が自慢で、イェール大学に入れたがっているが、バッドには父親の期待が負担になっている。父は理解あるように振舞うが実態は暴君で、反発した姉ジェニー(バーバラ・ローデン)は家出して堕落してしまっていた。バッドは、ディーンが自分を受け入れてくれないイライラから、草原の輝き 03.jpg同級生でコケティッシュな娘ファニタ(ジャン・ノリス)の誘惑に負けてしまう。ディーンはこのことにショックを受け、ワーズワースの詩の授業中に教室を抜け出し、川に身を投げる。何とか死を免草原の輝き 14.jpgれたディーンは精神病院に入院する。父の希望通りイェール大学に入ったバッドは、勉強に身が入らず、酒ばかり飲み、結局アンジェリーナ(ゾーラ・ランパート)というイタ草原の輝き 04.jpgリア娘と結ばれてしまい、学校は退学寸前のところまでいっている。やがて世間は、1929年の世界大恐慌に見舞われ、エイスは大打撃を隠して息子に会い、ディーン似の女をバッドの寝室に送り込んだりするが、その夜窓から飛び降り自殺する。ディーンは病院で知り合ったジョニー(チャールズ・ロビンソン)という若い医師と婚約する。退院後、バッドが田舎へ引込んで牧場をやっていることを知り、訪ねて行くと、彼はアンジェリーナとつつましく暮らしていた。2人は静かな気持ちで再会する―。

エリア・カザン.jpg 1961年のエリア・カザン(1909-2003/享年94)監督によるアメリカの青春映画。ウォーレン・ベイティ(1937年生まれ)のデビュ理由なき反抗・Rebel Without a Cause.jpgー作で、ウォーレン・ベイティはこの作品で、既にジェームズ・ディーンと「理由なき反抗」('55年)で共演するなどして青春スターだったナタリー・ウッド(1938年生まれ)の相手役に選ばれ、ここからスターダムへにのし上がり、「俺たちに明日はない」('67年)のようなアメリカン・ニューシネマの代表作にも出演します(この作品については当初は製作側だったのだが)。一方のナタリー・ウッドも、同じ年に「ウエスト・サイド物語」('61年)に出演するなど、絶頂期にありました。2人は当時24歳と23歳で高校3年生を演じていたことになりますが、共に持ち前の若々しさで演じきったという感じでしょうか。

East of Eden.jpg草原の輝き17.jpg 恋愛を軸とした青春物語に、親と子の葛藤を織り込むところが、「エデンの東」('55年)のエリア・カザン監督らしいですが、ストーリーがしっかりできているように思いました(アカデミー賞脚本賞受賞)。ナタリー・ウッドの演NATALIE WOOD  (1938 - 1981).jpg技も良かったです。彼女は43歳で撮影中に入江で水死し(他殺説、自殺説もある)、アカデミー賞に関しては無冠で終わりましたが、この作品が一番近かったのではないでしょうか(主演女優賞にノミネートされたが受賞は成らなかった)。一方のウォーウォーレン・ベイティ フェイ・ダナウェイ.jpgレン・ベイティは「天国から来たチャンピオン」('78年)のような作品もありましたが、最近では2017年第89回アカデミー賞作品賞プレゼンターをフェイ・ダナウェイと務めた際のトラブルが印象的だったでしょうか(手違いで主演女優賞の名前が刻印された封筒が手渡されていため、読み上げられた後で修正された)。

村上春樹 09.jpg 作家の村上春樹氏は川本三郎氏との共著『映画をめぐる冒険』('85年/講談社)の中で「この映画のことを想うとき、いつも哀しい気持ちになる」「あるいは僕の涙腺が弱すぎるせいかもしれないが、観るたびに胸打たれる映画というのがある。『草原の輝き』もそのひとつである」と書いていて、ナタリー・ウッドについては「青春というものの発する理不尽な力に打ちのめされていく傷つきやすい少女の心の動きを彼女は実に見事に表現している」としていますが、まさにその通りと言えるでしょう。

草原の輝き 13.jpg この映画に対する個人的な印象として、60年代っぽいイメージがロイドの人気者 yunyu.jpgあったのですが、考えてみれば1929年の世界大恐慌の話が出てくるから、それより30年くらい前の話なのだなあと改めて思いました。今観ても、何となく高校生らの着ているジャケットやパンツなどが垢抜けし過ぎている感じもしますが、フットボールの試合場面で選手たちの着ているユニフォームが、「ロイドの人気者(The Freshman)」('25年)と同じようなものであり、ここはしっかり時代考証したのでしょうか(「ロイドの人気者」の主人公ハロルドが新入生として入学したテート大学のモデルはイェール大学だったのではないか)。若い恋人たちの双方の親たちがそれぞれに保守的であるのも、1920年代の話であると考えれば、腑に落ちる気がします。
ロイドの人気者」('25年)

草原の輝き es.jpg草原の輝きges.jpg エリア・カザンはトルコ生まれのギリシャ系アメリカ人でイェール大学で演劇を学んでいます。巨匠が丹念に作った作品であり、ナタリー・ウッドッはやはりこの作品が一番。村上春樹の涙腺を緩めるだけのことはある―といった感じでしょうか。

草原の輝き2e.jpg草原の輝き19.jpg「草原の輝き」●原題:SPLENDOR IN THE GRASS●制作年:1961年●制作国:アメリカ●監督・製作:エリア・カザン●脚本:ウィリアム・インジ●撮影:ボリス・カウフマン●音楽:デヴィッド・アムラム●原作:ウィリアム・インジ●時間:124分●出演:ナタリー・ウ草原の輝き0s.jpgッド/ウォーレン・ベイティ/パット・ヒングル/ゾーラ・ランパート/サンディ・デニス/ショーン・ギャリソン/オードリー・クリスティー/フィリス・ディラー/バーバラ・ローデン/ゲイリー・ロックウッド●日本公開:1961/11●配給:ワーナー・ブラザース映画●最初に観た場所:三鷹東映(78-01-17)(評価★★★★)●併映:「ジョンとメリー」(ピーター・イェイツ)/「ひとりぼっちの青春」(シドニー・ポラック)

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海に対するリュック・ベッソン監督の思い入れが、美しい映像に結実。ラストが印象的。

グラン・ブルー オリジナル版.jpg  グレート・ブルー_01.jpg グラン・ブルー 完全版.jpg  グランブルー.jpg
オリジナル版/編集版/完全版 「グラン・ブルー オリジナル版 ―デジタル・レストア・バージョン― [DVD]」「グレート・ブルー」「グラン・ブルー 完全版 ―デジタル・レストア・バージョン― [DVD]」ジャン=マルク・バール

グラン・ブルーs.jpg ギリシャのキクラーデス諸島で1965年に8歳のジャック・マイヨールはエンゾと出会った。そこで二人は初めて素潜りを競うが、翌日にダイバーであるジャックの父の死を目撃し大きな衝撃を受ける。12年後グラン・ブルー 00.jpgの1987年、一流のダイバーとなったエンゾ(ジャン・レノ)は、稼いだ金をつぎ込んでジャック(ジャン=マルク・バール)の行方を探していた。ジャックと共にダイビング選手権に出場して勝利することがエンゾの夢だった。別なところでニューヨークで働く保険調査員ジョアンナ(ロザンナ・アークエット)は、自動車事故の調査でペルー・アンデス山脈の高地にいた。そこで彼女は、氷結した湖に酸素ボンベもなしに数十分も潜水するジャックに出会う。彼こそがエンゾが捜していた少年ジャックの成長した姿であり、彼は水族館のイルカだけを友として静かに暮らグラン・ブルーes2.jpgしていた。ジョアンナは彼の不思議な魅力に惹かれ、ペルーから故郷へ帰ったジャックの後を追いかグラン・ブルー  04.jpgけるようにヨーロッパへ旅に出る。やがてエンゾはジャックをシチリアの競技会に連れ出すが、そこでのダイビングでジャックに敗れてしまう。ジャックへの対抗心に燃えるエンゾは、無謀な記録に挑んだ挙げ句に命を落としてしまう。その魂に引かれるかのように、ジャックも深夜の海に一人潜って行こうとする。彼を愛し子供を宿したジョアンナはジャックを引き留めようとするも、彼の海への想いを止めることは叶わなかった。やがて人間の限界を超える深海に達したジャックの目の前に一匹のイルカが現われ、彼を底知れぬ深淵へと誘って行った―。

グラン・ブルー 01.jpg リュック・ベッソン監督(1959年生まれ)の1988年 公開作で、ベッソン監督の両親はともにスキューバダイビングのインストラクターであり、ベッソン自身もダイバーとして過ごしましたが、17歳のときに潜水事故に遭いスキューバダイビングが出来なくなったそうです。映画ではスキューバダイビンググラン・ブルーes.jpgグラン・ブルー08.jpgではなくフリーダイダイビングを扱っていますが、海に対するベッソン監督の思い入れが、美しい映像に結実した作品ではないかと思われ、特にラストの主人公がイルカに誘われるように深海に身を委ねるグラン・ブルー bl.jpgグラン・ブルー_3.jpgシーンは印象に残りました(ロケは主にギリシャのキクラデス諸島アモルゴス島やシチリア島のリゾート地タオルミーナで行われた)。

グラン・ブルー02.jpg 世界的なフリーダイバーのジャック・マイヨール(フランス人)とエンゾ・マイオルカ(イタリア人)がモデルグラン。ブルーs.jpgとなっていますが、ジャック・マイヨールは「ジャック・マイヨール」のままの役名でクレジットされているのに対し、ジャン・レノが演じたエンゾは「エンゾ・モリナーリ」の名でクレジットされています。因みに、この作品はジャック・マイヨール自身の自伝を基グラン・ブルー 06.jpgにしているとのことですが、ジャックとエンゾの相互の友情が描かれているものの、ジャックが温厚で素直だが孤独でイルカを友とする青年として描かれているのに対し、エンゾの方はプライドが高くかなり癖のある人物として描かれており、これをジャン・レノが演じて、結果として当時日本ではあまり知られていなかったジャン・レノが、主役のジャン=マルク・バールや、知名度抜群のロザンナ・アークエットよりも印象に残るものとなっています。

ジャック・マイヨール.jpg 因みに、ジャック・マイヨール(1927-2001)は、1976年、49歳で人類史上初めて素潜りで100メートルを超える記録を作り、55歳の時には105メートルを記録していますが、映画では時代を少し後にして、逆に年齢の方は30年分若くしている感じでしょうか(映画でのジャックは1965年時点で8歳という設定になっている)。テレビでジャック・マイヨールがプールに潜って座禅を組んでいる間に脈拍数など体がどのように変化するかをやっていたのを見たことがありますが、その頃は気骨はあるが気のいい老人といった感じだったでしょうか。まさか、その何年か後に74歳で首吊り自殺を遂げるとは思ってみませんでしたが、うつ病を患っていたようです。

エンゾ・マイオルカ.jpg 一方のエンゾ・マイオルカ(1931-2016)は、映画の「エンゾ・モリナーリ」ように無理なダイビングをグラン・ブルー ジャック・マイヨール&エンゾ・マイオルカ.jpgして亡くなったわけではなく、実際には一命を取り留め、医師から潜水を禁じられて一線を退き、昨年['16年]11月85歳で亡くなっています。この映画については生前、「監督と同じフランス人であるジャック・マイヨールを主役にしているため、マイヨールは本人より美化され、自分は悪く描かれている」との発言をしています。実際マイヨールは、饒舌で自己主張が強く、怒りっぽい人物だったと言われています。

Jacques Mayol & Enzo Maiorca

1992年版VHS
グレート・ブルー vhs_.jpg この映画は、'88年公開時は「グレート・ブルー」というタイトルの120分英語版でした。有楽町の日劇プラザで公開日の1週間後に観ましたが、公開後2週間で打ち切りとなっています(新宿プラザ劇場は1週間で打ち切り)。フランスでも公開時は惨憺たる興行成績だったのが、その後じわじわとカルト的な人気が出てきたとのことです。それを受けて日本でも'89年にセルビデオが発売されると同じように人気が出て、'92年に「グラン・ブルー/グレート・ブルー完全版」がシネセゾン渋谷で独占グラン・ブルー 日本人.jpg公開されています(同時にビデオも発売)。「グラン・ブルー/グレート・ブルー完全版」は、個人的には'94年にビデオで観ましたが、「グレート・ブルー」が英語版だったのに対して、こちらは48分の未公開シーン(変な日本人ダイビング・チームとかも出てくる)を加えて再編集した168分のフランス語版でした。最近、132分のオリジナル版「グラン・ブルー」を劇場で観ましたが、これはフランス国内で最初に公開された版で、この映画は元々国際マーケットグレート・ブルー ビデオ.jpg向けに製作されたものでセリフはすべて英語だったものを、俳優本人たちがフランス語に吹替えたものです(変な日本人ダイビング・チームはやはり出てくる)。要するに、最初に観た「グレート・ブルー」(変な日本人ダイビング・チームは出てこない)は、国際マーケット向けに製作された132分英語版を12分縮めたものだったのだということを初めて知りました(カットされた12分の中に変な日本人ダイビング・チームの話があったことになる。やはり、日本公開に向けて配給会社側が配慮したのか)。

1998年版VHS

ギリシア・アモルゴス島 海岸、町の風景と難破船
グランブルー ロケ地 アモルゴス1.jpg グランブルー  アモルゴス島s.jpg グランブルー ロケ地 アモルゴス2.jpg
イタリア・シチリア島タオルミーナとホテルのテラスレストラン
グランブルー ロケ地 タオルミーナ.jpg グランブルー ロケ地 シチリア.jpg

ロザンナ・アークエット in「グラン・ブルー」(1988)/in「アフター・アワーズ」(1985) with グリフィン・ダン
グラン・ブルー ロザンナ・アークエット1.jpg グラン・ブルー ロザンナ.jpg  『アフターアワーズ』.jpg

LE GRAND BLEU 1988.jpgグラン・ブルー 90.jpg「グラン・ブルー(グレート・ブルー)」●原題:LE GRAND BLEU(BIG BLUE)●制作年:1988年●制作国:フランス・イタリア●監督:リュック・ベッソン●製作:パトリス・ルドゥー●脚本:リュック・ベッソン/ロバート・ガーグラン・ブルー  03.jpgランド●撮グラン・ブルー44.JPG影:カルロ・ヴァリーニ●音楽:エリック・セラ●時間:132分(オリジナル版)/120分(編集版(「グレート・ブルー」))/168分(完全版)●出演:ロザンナ・アークエット/ジャン=マルク・バール/ジャン・レノ/日劇プラザ   .jpg有楽町マリオン 阪急.jpgポール・シェナー/セルジオ・カステリット/マルク・デュレ/ジャン・ブイーズ/グリフィン・ダン●日本公開:1988/08●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所(「グレート・ブルー」):有楽町・日劇プラザ(88-08-27)●2回目(「グラン・ブルー」):北千住・シネマブルースタジオ(17-06-12)(評価★★★★) 日劇プラザ 1984年10月6日「有楽町マリオン」有楽町阪急側9階にオープン、2002年~「日劇3」、2006年10月~「TOHOシネマズ日劇・スクリーン3」

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疑似的父親にみる父性原理。主人公は今必ずしも幸せでない? 通常版(劇場公開版)で十分か。

Nyû shinema paradaisu (1988).jpgニュー・シネマ・パラダイス SUPER.jpg ニュー・シネマ・パラダイス10.jpg ジュゼッペ・トルナトーレ.jpg
ニュー・シネマ・パラダイス SUPER HI-BIT EDITION [DVD]」ジュゼッペ・トルナトーレ監督 Nyû shinema paradaisu (1988)

ニュー・シネマ・パラダイス23.jpg ローマに住む映画監督のサルヴァトーレ(中年期:ジャック・ペラン)は、アルフレード(フィリップ・ノワレ)という老人が死んだという知らせを受ける。アルフレードは、かつてシチリア島の小さな村にある映画館・パラダイス座で働く映写技師だった。「トト」という愛称で呼ばれていた少年時代のサルヴァトーレ(少年期:サルヴァトーレ・カシオ)は大の映画好きで、母マリア(中ニュー・シネマ・パラダイス25.jpg年期:アントネラ・アッティーリ)の目を盗んではパラダイス座に通いつめていた。「トト」はやがて映写技師のアルフレードと心を通わせるようになり、ますます映画に魅せられていった。アルフレードから映写技師の仕事も教わるニュー・シネマ・パラダイス26.jpgようになった「トト」だったが、フィルムの出火から火事になり、アルフレードは重い火傷を負って失明してしまう。その後、焼失したパラダイス座は「新パラダイス座」として再建され、父の戦死が伝えられた「トト」は、家計を支えるためにそこで映写技師として働くようになる。やがて思春期を迎えた「トト」ことサルヴァトーレ(青年期:マルコ・レオナルディ)は駅で見かけた美少女ニュー・シネマ・パラダイス62.jpgエレナ(アニェーゼ・ナーノ)との初恋を経験、それから兵役を経て成長し、今は映画監督として活躍するようになっている。成功を収めた彼のもとに母マリア(壮年期:プペラ・マッジオ)からアルフレードの訃報が届き、映画に夢中だった少年時代を思い出しながら、サルヴァトーレは故郷のシチリアに30年ぶりに帰って来たのだった―。

ニュー・シネマ・パラダイス200.jpg ジュゼッペ・トルナトーレ監督(1956年生まれ)の1988年公開作で、1989年カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞したほか、イタリア映画としては15年ぶりにアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した作品です。日本でも'89年12月に公開され、「シネスイッチ銀座」での単館ロードながら40週というロングランを記録し、観客動員数約27万人、売上げ3億6900万円という数字は、単一映画館における興行成績としては未だ破られておらず、単館ロードそのものが減っているため、この記録は今後も破られないと言われています。

 124分の「劇場公開版(国際版)」の他に175分の「完全版(ディレクターズカット版)」があり、そちらもビデオやDVD化されています。「完全版」も劇場で観たいと思っていたらシネマブルースタジオでやることになり、観に行くと、当初「完全版」での上映を予定していたのが「通常版」(劇場公開版(国際版))の上映に変更となったとのことでした。それでも、27年ぶりぐらいに観て懐かしかったです(映画そのものが"ノスタルジー映画"であり、気分的に何だかダブった)。
音楽:エンニオ・モリコーネ

ニュー・シネマ・パラダイス31.jpg この映画について、母性(女性)原理への回帰という意味で日本人の気質に通じるものがあって、日本人に受け入れられやすいのではないかという見方をどこかで読んだ覚えがありますが、確かにシシリア人気質というのは家族の絆を非常に重んじるところがあるようです。但し、映画において「トト」ことサルヴァトーレにとって疑似的な父親の役割を果たすアルフレードは、サルヴァトーレに「この村から出て行け。ローマに行って、もう戻ってくるな」と諭すわけであって、これは完全な父性(男性)原理と言えるのではないかと思いました(「ノスタルジーに惑わされるな」と言っているのも同じことだろう。極論すれば、家族を犠牲にしてもわが道を行けと言っているともとれる)。

ニュー・シネマ・パラダイス80.jpg それがいいのか悪いのかというと、結局トトことサルヴァトーレは、映画監督としては成功したものの、アルフレードの教えを守ったばかりに母親は30年間息子に会えず、そして、成功しているはずのサルヴァトーレ自身も、実を結ばなかった初恋の思い出を引き摺っているのか、結婚もせずに付き合う女性をとっかえひっかえし、何となく虚無感を漂わせている感じです。但し、これをもってアルフレードの教えが誤っていたとかそんなことは言えないだろうなあ。アルフレードの教えを守ったからこそ映画人としての今の自分があるのかもしれないし、何かを得れば何かを失う、人生って大方そのようなものではないかなあと思いました。

 175分の「完全版」では主人公の人生に焦点が置かれており、青年期のエレナとの恋愛や壮年期の帰郷後の物語が描かれるため、同じラストシーンも、「通常版」では少年時代の映画を愛する心を取り戻す意味合いに近いものになっているのに対し、「完全版」では長い年月エレナに囚われていた心を慰められるという意味合いに近くなって、ニュアンスが異なってくるとのこと。従って、「完全版」を観ないと、この映画の本当の意味(例えばラストの編集されたキスシーンのオンパレードの意味など)は理解できないという人もいるようです。

 一方で、映画サイトallcinemaでは、「通常版」に「星4つ」という満点の評価を与え、「かなり印象を異にする3時間完全版もあるが、はっきりいってこちらだけで十二分である」とコメント。「完全版」に対する評価は「星1つ半」という低評価で、「"映画をこよなく愛する人たち"にとって、これほどまでの感動を与えてくれた映画は過去にあっただろうかと思えるほど、映画ファンにはたまらなかった秀作に、51分・約60カットも加えてしまった蛇足の完全版。初公開版と異なるところは、青年期のサルヴァトーレと恋人とのすれ違いの理由や、彼の"ストレートな"感情表現の描写などが追加された所だが、徹底的に違うのは、シチリア島に戻った中年サルヴァトーレが出会う人物とのその後のエピソード。ディレクターズカット版が登場すると、初公開版とのギャップから賛否両論となるが、これもそのひとつで、観終わった後の主人公に対するイメージはおろか、作品に対する評価までもが全く変わってしまうほど。初公開時に"この映画を見て泣けない人は、鬼と呼ばれても仕方ない!"などと言われていたが、完全版に関しては、その想いを半減させざるをえないとんでもない1本」とのコメントがあります(allcinemaにしてはキツイコメント)。

 完全版では、中年になったサルヴァトーレはエレナとも再会し、そのエレナをブリジット・フォッセーが演じているとのことで、ちょっと観たい気持ちもあったのですが、allcinemaのコメントを読むと、まあ観なくてもいいかなとも(実際に「完全版」を観た人がこのallcinemaのコメントを読んでどう思うかはまちまちだと思われるが)。「ニュー・シネマ・パラダイス」というタイトルからして"映画愛"がテーマの作品とみるべきでしょう。また、あまりリアリステッィクに何もかも描いてしまうと凡百の恋愛映画になってしまうということはあるのかもしれません。実際、この映画が一番最初、1988年にイタリアで劇場公開された際の「オリジナル版」の上映時間は155分だったそうですが、興行成績が振るわなかったため、ラブシーンやエレナとの後日談をカットして124分に短縮し(監督本人が編集)、それが映画祭などで国際的に公開され成功を収めたとのことです。と言うことで、今回も「通常版(劇場公開版=短縮版)」だけを観て、評価は星4つ半としました。

 この映画、主人公が今現在において必ずしも幸福そうでないところがミソなのかもしれません(対比的に少年時代や青春時代がより輝いて見える)。ただ、主人公がなぜ今すそう幸せそうに見えないのかを映画の中で説明し始めると、観る側のイマジネーション効果を減殺し、ダメな映画になってしまうということなのでしょう。

ニュー・シネマ・パラダイス poster.jpgニュー・シネマ・パラダイス22.jpg「ニュー・シネマ・パラダイス」●原題:NUOVO CINEMA PARADISO●制作年:1988年●制作国:イタリア・フランス●監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ●製作:フランコ・クリスタルディ●撮影:ブラスコ・ジュラート●音楽:エンニオ・モリコーネ/アンドレア・モリコーネ●時間:155分(オリジナル版)/124分(国際版(劇場公開版))/175分(完全版(ディレクターズカット版))●出演:フィリップ・ノワレ/ジャック・ペラン/サルヴァトーレ・カシオ/マルコ・レオナルディ/アニェーゼ・ナーノ/アントネラ・アッティーリ/プペラ・マッジオ/レオポルド・トリエステ/エンツォ・カナヴェイル/レオ・グロッタ/イサ・ダニエ銀座文化・シネスイッチ銀座.jpgシネスイッチ銀座.jpgリ/タノ・チマローサ/ニコラ・ディ・ピント●日本公開:1989/12●配給:アスミック・エース●最初に観た場所:シネスイッチ銀座(90-02-11)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(17-05-27)(評価★★★★☆)
シネスイッチ銀座 (60年代「銀座文化劇場/銀座ニュー文化」、70年代「銀座文化1・銀座文化2」、1987年〜「銀座文化/シネスイッチ銀座」、1997年〜「シネスイッチ銀座1・2」) 

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"死者が顕われて生者に語りかける"という趣向において力を発揮する作家?

鉄道員(ぽっぽや)単行本.jpg 鉄道員(ぽっぽや)文庫.jpg 鉄道員poster.jpg 鉄道員 dvd.jpg 駅station poster.jpg
鉄道員(ぽっぽや)』『鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)』「鉄道員(ぽっぽや)」映画ポスター「鉄道員(ぽっぽや) [DVD]」「駅 STATION」チラシ

 1997(平成9)年上半期・第117回「直木賞」受賞作。

 道央の廃止寸前のローカル線「幌舞線」の終着駅「幌舞駅」の駅長・佐藤乙松(おとまつ)は。鉄道員一筋に生きてきたが近く定年を迎え、また同時に彼の勤める幌舞駅も路線と共に廃止の時を迎えようとしていた。彼は生まれたばかりの一人娘を病気で失い、妻にも先立たれ、孤独な生活を送っていた。ある雪の日、ホームの雪掻きをする彼のもとに、忘れ物をしたと一人の鉄道ファンの少女が現れる。乙松が近所にある寺の住職の孫だと思い込んだ彼女の来訪は、彼に訪れた優しい奇蹟の始まりだった―(「鉄道員」)。

 「鉄道員(ぽっぽや)」「ラブ・レター」「悪魔」「角筈にて」「伽羅」「うらぼんえ」「ろくでなしのサンタ」「オリヲン座からの招待状」の8編を収録し、何れも1995(平成7)年から1997(平成9)年にかけて発表された作品で、作者によれば「奇蹟」をモチーフにしたものを集めたとのことです。

井上ひさし2.jpg 直木賞の選評を見ると、8人の選考委員のうち田辺聖子、黒岩重吾、井上ひさし、五木寛之の各氏が◎で、他の委員も概ね推している印象ですが、故・井上ひさしが、「高い質を誇っていた」と評価しつつも、「8つの短編が収められているが、内4つは大傑作であり、残る4つは大愚作である」とし、「大傑作群に共通しているのは、"死者が顕われて生者に語りかける"という趣向」であると指摘しているのが興味深いです(「この趣向で書くときの作者の力量は空恐ろしいほどだ」とも述べている)。

 "死者が顕われて生者に語りかける"作品となると、冒頭の、鉄道員の男のもとへ亡き娘の甦りとも思える少女が現われる「鉄道員」と、ポルノショップの店長である主人公に、自分との偽装結婚の末に亡くなった戸籍上の妻で出稼ぎ外国人の白蘭という女性が、手紙を通してまだ見ぬ夫である自分への想いを語る「ラブ・レター」、海外配転が決まったサラリーマンの主人公が、40年前自分が幼い頃に自分を捨てた父親と歌舞伎町で再会する「角筈にて」、子どもの頃に肉親を亡くして身寄りが無くなり、薬剤師となって医師と結婚した主人公が、嫁いだ先で夫の親族に苛められているところへ亡くなった祖父が現われ、主人公の力になるという「うらぼんえ」の4つということになるのでしょうか。

 文庫解説の北上次郎氏が、この短編集を「すごくよかった」と言う人が「鉄道員」「ラブ・レター」「角筈にて」「うらぼんえ」の4派に分かれるとし、それを派ごとの主張争いに模して解説していますが、そもそもこの4作品が選ばれていることが、故・井上ひさしの"死者が顕われて生者に語りかける"作品という指摘と合致しているように思いました。

 それ以外の作品はどうかと言うと、ややベタが過ぎたり気味悪かったりして、やはり個人的もこの4つかなあと。更に自分の好みを言えば、「ラブ・レター」はやはりベタ過ぎる印象があるし(北上次郎氏は女性読者には好評な作品としている)、上手さから言えばやはり「鉄道員」になるのかなあ。これだって、斎藤美奈子氏に言わせれば、「怪談、死んだ娘だから父に優しい(生きていたらグレてる)」ということになるのであって、直木賞選考委員の中にも阿刀田高氏のように、「悪くはないけれど、あまりにも型通りで、涙腺をふくらませながらも、こんなことで泣けるかと、しらけるところなきにしもあらず」ということにもなるのかも(考えてみればすべて乙松の頭の中で起きたこととも取れるし)。

鉄道員  02.jpg 降旗康男監督、高倉健主演で映画化されましたが('99年/東映)、同じ降旗康男監督、高倉健主演の「駅 STATION」('81年/東映)が高倉健のプロモーション映画みたいでいいと思えなかったため(脚本は倉本聰が高倉健のために書き下ろしたものだが、日本映画ワースト・テンにいつも名を連ねる。自殺した円谷選手の遺書のナレーション自体は感動的だが、これを映画の中で使うことには抵抗を感じた)、そのイメージと何となく重なって、結局は劇場で観ることはなく、テレビがビデオで観たように思います。

鉄道員 志村けん.jpg 原作が短編なので、志村けんが酒癖の悪い炭坑夫として出て来きて炭鉱事故で亡くなる話や、その息子が成長してイタリアへ料理修業に行く話など、原作に無いエピソードで膨らませている部分はありますが、原作の持ち味(ひとことで言えば気持よく泣けるということか)はまずまず保たれていたのではないでしょうか(志村けんは自宅の留守番電話に主演の高倉健直々の出演依頼のメッセージが入っていて驚いたという。志村康徳名義で出演したドリフターズ映画2本('68年・'69年/東宝)以外で志村けんが俳優として映画出演したのはこの作品のみ)。

鉄道員 02.jpg これも一歩間違えばどうしようもない映画になりそうなところを、高倉健をはじめとする俳優陣の演技力で強引に持たせていたという感じがします。実際、日本アカデミー賞の主要7部門のうち、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞(高倉健)、主演女優賞(大竹しのぶ)、助演男優賞(小林稔侍)の6部門を受賞していて、高倉健主演映画で、主要7部門中"6冠"達成は山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」('77年/松竹)以来ですが、「幸福の黄色いハンカチ」の方は第1回日本アカデミー賞ということもあって、監督賞や脚鉄道員  s.jpg本賞は「『男はつらいよ』シリーズ」との合わせ技でした(因みに、「駅 STATION」も作品賞、脚本賞、主演男優賞を獲っている)。「鉄道員」で獲らなかったのは助演女優賞だけで、これは広末涼子のパートになるかと思いますが、その広末涼子さえもそう悪くなかったように思います(最優秀賞の候補にはなっている)。大竹しのぶは流石に上手ですが、やはりこの映画は高倉健なのでしょう。「駅STATION」の頃より年齢を重ねて良くなっていて、これなら泣ける? 泣けるかどうかと評価はまた別だとは思いますが。降旗康男監督、高倉健のコンビは2年後に再タッグを組み「ホタル」('01年/東映)を撮りますが、こちらも日本アカデミー賞で13部門ノミネートされ、高倉も主演男優賞にノミネートされましたが、後輩の俳優に道を譲りたい」として辞退しています。

鉄道員 s.jpg鉄道員  1s.jpg「鉄道員(ぽっぽや)」●制作年:1999年●監督:降旗康男●脚本:岩間芳樹/降旗康男●撮影:木村大作●音楽:国吉良一(主題歌:坂本美雨「鉄道員」)●原作:浅田次郎●時間:112分●出演:高倉健/大竹しのぶ/広末涼子/吉岡秀隆/安藤政信/志村けん/奈良岡朋子/田中好子/小林稔侍/大沢さやか/安藤政信/山田さくや/谷口紗耶香/松崎駿司●公開:1999/06●配給:東映(評価★★★☆)

駅station dvd.jpg駅station 01.jpg「駅 STASION」●制作年:1981年●監督:降旗康男●製作:田中寿一●脚本:倉本聰●撮影:木村駅station 06.jpg大作●音楽:宇崎竜童●時間:132分●出演:高倉健/いしだあゆみ/岩淵建/名古屋章/大滝秀治/八木昌子/池部良/潮哲也/寺田農/渡会洋幸/高橋雅男/榎本勝起/烏丸せつこ/根津甚八/宇崎竜童/北林谷栄/藤木悠/永島敏行/古手川祐子/今福将雄/名倉良●公開:1981/11●配給:東宝●最初に観た場所:テアトル池袋(82-07-24)(評価★★☆)●併映:「泥の河」(小栗康平) 駅 STATION [DVD]

【2000年文庫化[集英社文庫]/2004年再文庫化[講談社文庫(『鉄道員/ラブ・レター』)]/2013年文庫化[集英社みらい文庫]】

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部分々々の筆力は大いにあるが、全体の構成としてはどうなのか。

イノセント・デイズ 単行本.jpgイノセント・デイズ n.jpgイノセント・デイズ 単行本2.jpg  イノセント・デイズ 文庫.jpg
イノセント・デイズ』(2014/08 新潮社) 『イノセント・デイズ (新潮文庫)

 2015(平成27)年・第68回「日本推理作家協会賞」(長編及び連作短編集部門)受賞作。

 30歳の田中幸乃は、元恋人に対する執拗なストーカーの末にその家に放火して妻と1歳の双子を死なせた罪で死刑を宣言されていた。凶悪事件の背景には何があったのか。産科医、義姉、中学時代の親友、元恋人の友人、刑務官ら彼女の人生に関わった人々の追想から世論の虚妄と哀しい真実が浮かび上がる。そして、幼馴染みの弁護士たちが再審を求めて奔走するが彼女は―。

 「第一部・事件前夜」と「第二部・判決以後」の二部構成で、第一部で、田中幸乃の人生に関わったさまざまな人々の回想から、彼女の悲惨な人生の歩みが浮き彫りになっていきます。従って、彼女がいかにして死刑に値する罪を犯すような人間になってしまったのかを、ある種"環境論"的に解析していく小説だと思って読み進めていました。そして、そのプロセスは非常に重いものでした。

 ところが終盤になって、それまでミステリだとは思わずに読んでいたのに"どんでん返し"があって、事件の真犯人は別にいるらしいと...。しかしながら彼女は自ら弁明することなく刑に臨もうとしているため、それはどうしてなのかということがポイントになってきますが、それまで描かれていたことが必ずしも彼女のそうした心境を十分に裏付ける伏線になっておらず、結局よく分からないまま読み終えた感じです。

 死刑制度に対して問題提起しているともとれますが(主人公の仮のモデルは林真須美死刑囚であるそうだが)、そうなるとやや主題が分裂気味という気もするし、部分々々の筆力は大いにあると思いましたが、全体の構成としてはどうなのかという気がしました。

 「日本推理作家協会賞」の選考(選考委員は大沢在昌・北方謙三・真保裕一・田中芳樹・道尾秀介の各氏)でも、あまりにも暗く、救いがないということで選考委員が皆迷ったみたいで、無理に受賞者を出した印象が無きしも非ずという感じでした。

 それでも直木賞候補にもなっているのですが、直木賞選考では更に選評は厳しくなり、やはり直木賞は取れなかったようです。選考委員では角田光代氏が「序盤から読み手を小説世界に引きずり込む力を持っている。(中略)けれども読み進むにつれて現実味が薄れていくように感じた」、「そうしてやっぱりラストに納得がいかないのである。いや、この小説はこの小説で完結しているので、ラストに異を唱えるのは間違っているとわかるのだが、死を望み、このようにすんなりと受け入れるほどの強いものが、幸乃にあるようには私には思えなかった」と述べていますが、自分の感想もそれに近いでしょうか。

 因みに、かつて「死刑大国」と言われたアメリカ(世界の死刑執行の8割を占めるという中国とは比較にならないが)でも死刑廃止の流れがあり、'07年から'14年の間だけでも新たに6州が死刑を廃止していますが、死刑廃止の理由として、十分に審議されないまま死刑が執行されたことがあったりして、その中には執行した後に真犯人が現われ、無実の人間を処刑してしまったと後で判ったケースもあるようです(1973年以降、無実の罪で死刑判決が出た人のうち、少なくとも142人は、死刑が執行される前に釈放になったという。一方で、誤って処刑され、死刑執行後に無罪判決が出された人も何人もいる)。

 アメリカではそうした誤審が死刑廃止の大きな契機になっているわけで、もし、この小説のようなことが実際に起きて、この小説の中に出て来る主人公の幼馴染みや弁護士のような人が頑張れば、死刑制度を見直す機運は高まるかもしれないと思います。そうした意味では、この小説の終わりからまた新たな物語が始まるような気もしました。

 筆力としては○ですが、構成としては残念ながら△でしょうか。言い方を変えれば、構成としては△だが、筆力としては注目すべきものがあって○であるとも言え、迷いながら「日本推理作家協会賞」に選んだ選考委員の気持ちが分からなくもないです(結局、自分も○にした)。

【2017年文庫化[新潮文庫]】

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フィクションとして読むのが順当。面白かったが『レディ・ジョーカー』には及ばない。

罪の声 塩田武士.jpg罪の声 塩田武士1.jpg 罪の声 塩田武士2.jpg 罪の声 塩田武士3.jpg
罪の声

 2016 (平成28)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2016年・第7回「山田風太郎賞」受賞作。2017年・第14回「本屋大賞」第3位。

 京都でテーラーを営む主人公・曽根俊也は、ある日、亡くなった父の遺品の中からカセットテープと黒皮の手帳を発見する。手帳は英語の文字で埋まっていて、カセットテープには、子供の声で、現金受け渡しを指示する言葉が録音されていた。その声を聞いた俊也は、それが自分自身の声であるとわかり衝撃を受ける。父は犯行グループの一味だったのか。録音に関する彼自身の記憶は無く、31年前の真相を知るために、彼は事件を調べ始める。同じ頃、大日新聞社文化部に所属する阿久津英士は、社会部・事件担当デスクの鳥居から、大阪本社の年末企画「ギン萬事件―31目の真実」への参加を求められる。鳥居は、阿久津にある資料を手渡して調査を命じる。その資料とはギン萬事件の4ヶ月前にオランダで起きたハイネケン社長の誘拐事件に関するもので、事件の直後から現地で事件のことを調べ回っている東洋人がいたという。阿久津はイギリスに飛んで調査を始める。31年前の事件の真相が、二人の男によって再び甦ろうとしていた―。

 1984年から1985年にかけて起きた「グリコ・森永事件」を題材にした小説で、但し、事件から31年経った「現在の関西」を舞台に小説は始まり、それは、主人公の一人・俊也が、事件で現金受け渡しの指示に使われた「子供の声の録音テープ」の声の主であり、そのことを知ったのが「現在」であるためです。

「週刊文春ミステリー ベスト10」の第」1位に選ばれただけあってそれなりに面白かったですが、清水潔氏が「週刊文春」の書評で、「複雑な事件構成にも関わらず破綻も見せずに犯人像を絞り込んでいく」としながらも、「取材開始までの各アプローチシーンなどはややくどい気もする」としているのには同感です。

 また、清水氏は、「ノンフィクションの体を取りつつ真犯人に到達したかのような噴飯物の書も存在する中、本書が被害社名を架空のものとしフィクションであることを明確にしているのは賢明だ」としていますが、身代金取引現場などの描写は事件当時の事実を再現してはいるものの、まあ、他の部分はフィクションとして読むのが順当でしょう。清水氏も最初はこんなにスルスルと重大事件の謎解きができてたまるか思ったりもしたようですが、読み進むうちに先の認識に至ったようで、作者自身、事件を推理するつもりでこれを書いたのではないように思います。

高村薫.jpgレディ・ジョーカー1.jpgレディ・ジョーカー2.jpg 清水氏が最初この小説は実際の事件の謎解きかと思ってしまった背景には、作者が神戸新聞社の記者出身であったこともあるのかもしれないし、同じく「グリコ・森永事件」を題材にした高村薫氏の『レディ・ジョーカー』('97年/毎日新聞社)がそれっぽい雰囲気を漂わせていたこともあるのかもしれません。但し、高村薫氏もかつて「グリコ・森永事件」を扱ったテレビ番組に出演したことがありましたが、自身の小説を事件の"謎解き"であるような主張はしていなかったように思います。

 この『罪の声』はサスペンス小説として傑作なのかもしれませんが、どうしても高村氏の『レディ・ジョーカー』と比べてしまい、相対的に見て物足りなさを感じざるを得ず、また、自分の好みともやや合わなかったように思います。

 『レディ・ジョーカー』は犯人グループに脅迫される側を菓子メーカーではなくビール会社にしていましたが、事件に直面した大企業の内部の混乱ぶりや、そうした事件さえ権力抗争の材料にしようとする社内ポリティクスなどがよく描かれていて、企業小説としても面白く読めました(この部分が『罪の声』には全く無く、比べること自体が酷かもしれないが)。

 また、『レディ・ジョーカー』の犯人グループには共感とまでいかなくともシンパシーを感じる部分はありましたが、この『罪の声』では全くそれは感じられません。その代わり、ラストで事件に巻き込まれ長らく離別していた母子が再会する場面を持ってきていますが、これってどうなのか。感動する人もいるかもしれませんが、個人的にはややあざとい印象を受けてしまいました。

 『罪の声』を読んで良かったと思った読者には『レディ・ジョーカー』も読んで欲しい気がします。但し、『レディ・ジョーカー』も読んだ上で、『罪の声』の方が『レディ・ジョーカー』よりいいという人がいるかもしれないし、その辺りは好みの問題でしょう。

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労働組合を背景とした「社会派」と「本格派」のミックス的作品。やや苦い後味。

人喰い 笹沢佐保.jpg 人喰い(1960年11) (カッパ・ノベルス).jpg 人喰い 講談社文庫1983.jpg 人喰い 日本推理作家協会賞受賞作全集 1995_.jpg 笹沢佐保.jpg
人喰い (P+D BOOKS)』『人喰い―長編推理小説 (1960年) (カッパ・ノベルス)』『人喰い (講談社文庫)』『人喰い 日本推理作家協会賞受賞作全集 (14)』 笹沢 左保(1930-2002)

 1961(昭和36)年・第14回「日本探偵作家クラブ賞(第16回以降「日本推理作家協会賞」)」受賞作。

 ワンマン社長の横暴に不満を募らせる社員らが、それに対抗しようと組合闘争に明け暮れる本多銃砲火薬店。銀行員・花城佐紀子の姉でその工場に勤める花城由記子が、労働争議で敵味方に分かれてしまった恋人で、社長の一人息子である本多昭一と心中するという遺書を残して失踪する。しかし、死体が発見されたのは昭一だけで、依然として姉は行方知れずのままで、遂には殺人犯人として指名手配を受けてしまう。姉・由記子にかけられた殺人容疑を晴らそうと、佐紀子は恋人で労働組合の執行委員長の豊島宗和と調査に乗り出す。一方、豊島のつい最近までの恋人だった浦上美土利は、佐紀子に豊島を奪われた恨みから、第二組合を作って豊島を窮地に陥れようとしていた。そんな中、本多銃砲銃砲火薬店社長・本多裕介が何者かによって殺害される―。

 笹沢左保(1930-2002/享年71)が1960(昭和35)年に発表した初期長編推理小説。作者・笹沢左保は1952年から郵政省東京地方簡易保険局に勤務し、交通事故で療養中に書いた『招かれざる客』が第5回江戸川乱歩賞候補次席となり、この1960年には『霧に溶ける』『結婚って何さ』『人喰い』の3長編を発表、『人喰い』は日本推理作家協会賞を受賞したほか直木賞候補にもなり、これを機に作者は郵政省を退職して専業作家になっています。

笹沢左保2.jpg 作者は1972年よりCX系列で放送された「木枯らし紋次郎」シリーズの原作者として名を馳せたことから、時代小説作家として知られますが、時代小説に進出したのは70年代に入ってからで、元々は本格推理作家です。この作品も、当時の社会を色濃く繁栄した舞台を背景に、古典的な本格派推理のトリックを用いた「社会派」と「本格派」のミックス的作品です。労働組合がストーリーの背景にありますが(当時の労働組合組織率は今の倍くらいか)、作者は郵政省勤務時代に労働組合の執行委員なども務めています。

「木枯らし紋次郎」撮影現場で(中村敦夫/笹沢左保)

 「本格派」でありながら、ある種"人間関係トリック"とでも言うべき要素が入ったプロットであり、これはこれでクリスティの『ナイルに死す』などにも見られる古典的手法でもありますが、この作品については、肝腎の主人公の花城佐紀子が恋愛感情に流されてしまうところが"やや苦い後味"に繋がっているといったところでしょうか。「本格」の部分は良かったように思います。姉・由記子が妹・佐紀子に宛てた遺書の中で自らのことを「オールドミスの平社員」と卑下していましたが、28歳で「オールドミス」というところに時代を感じました。

 この作品の翌年1961年にも、同じく本格推理の『空白の起点』(旧題:『孤愁の起点』)で直木賞候補になっていますが、「新本格ミステリの旗手」と言われながら、1962年発表の短編「六本木心中」で推理小説的な趣向を廃した現代小説に挑戦し、これも直木賞候補になっています。更に、時代小説を書くようになってからも「雪に花散る奥州路」「中山峠に地獄をみた」(共に'71年)が直木賞候補になっていて、しかしこれも受賞に至らず、直木賞をとれなかった人気作家の代表格として今日まで語り継がれています(作者が直木賞をとれなかった経緯は、ウェブサイト「直木賞のすべて 余聞と余分―松本清張〔選考委員〕VS 笹沢左保〔候補者〕」に詳しい)。

 小学館よれば「P+D BOOKS(ピープラスディーブックス)」とは、「後世に受け継がれるべき、我が国が誇る名作でありながら、現在入手困難となっている昭和の名作の数々を、B6判のペーパーバック書籍と電子書籍を同時に、同価格で発売・発信する、まったく新しいスタイルのブックレーベル」だそうです。「第三の新人」など文芸作家がラインナップにある一方で、結城昌治やこの笹沢佐保といったかつての流行作家なども取り上げていて、偶々ですが読み返す機会を与えてくれたのは良かったように思います。

 P+D BOOKSでは、笹沢佐保作品はこの『人喰い』以外では、親友の殺人と自殺の真相を追う社会派ミステリ『天を突く石像』と、青年剣士・沖田総司の一生を描いた『剣士燃え尽きて死す』がラインナップされています。この作家について読んだことのある人ならば、『空白の起点』の方が好みという人もいれば、「六本木心中」を読み返してみたいという人もいるかもしれませんが、『空白の起点』は2016年に講談社文庫版のKindle版が出ており、「六本木心中」は角川文庫で90年代に復刊されています。

木枯し紋次郎3.jpg木枯し紋次郎2.jpg木枯し紋次郎 .jpg「木枯し紋次郎」●演出:市川崑/森一生/手銭弘喜/大洲斉/出目昌伸/小野田嘉幹 他●プロデューサー:浅野英雄/阪根慶一/大岡弘光/小嶋伸介●脚本:服部佳/久里子亭(和田夏十、市川崑)/山田隆之/大野靖子/大藪郁子 他●撮影:宮川一夫/森田富士郎●音楽:湯浅譲二(主題歌「だれかが風の中で」(作詞:和田夏十、作曲:小室等、編曲:寺島尚彦、歌:上條恒彦)●原作:笹沢左保●出演:中村敦夫/森内一夫/森下耕作/美樹博/(以下、非レギュラー)小川真由美/小池朝雄/植田峻/二瓶康一/原田芳雄/加藤嘉/藤村志保/大出俊/香川美子/常田富士男/赤座美代子/野川由美子/小松方正/浜村純/鰐淵晴子/阿藤海(快)/小山明子/太地喜和子/(ナレーター)芥川 隆行●放映:1972/01~05、1972/11~1973/03(全38回)●放送局:フジテレビ

【1960年ノベルズ版[カッパ・ノベルズ]/1982年文庫化[中公文庫]/1983年再文庫化[講談社文庫]/1991年再文庫化[徳間文庫]】

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芥川賞作品の中ではかなり面白い方であり、根底には作者の技量があるように思った。

コンビニ人間.jpgコンビニ人間2.jpg 荻原.jpg
コンビニ人間』 『海の見える理髪店』で直木賞受賞の荻原浩氏と村田沙耶香氏[産経ニュース]

 2016(平成28)年上半期・第155回「芥川賞」受賞作。2017年・第14回「本屋大賞」第9位。

 私こと古倉恵子は、子供の頃から「変わった子」と思われていた。自らの言動で周囲を困惑させてしまうため、黙って言われたことをするよう心掛けていた。そんな私はある日コンビニのバイトに出会い、マニュアルで全て行動する仕事を天職と感じるようになって、大学時代から今日まで18年間コンビニで働き続けている。しかし年齢を重ね、結婚せずに36歳となった今の自分のことを、周囲は奇異に思っているのが感じられる。そんなある日、35歳で職歴もない白羽が新人バイトとして入って来て、彼は婚活を目的にバイトを始めたのだという。しかし白羽は女性客へのストーカー行為で解雇される。恵子は、懲りもせず女性を待ち伏せする白羽に声を掛け、恋愛感情はないが一緒に暮らすことを提案する。「同棲している男性がいる」ことが、恋愛をしないことの言い訳になると思ったのだ。その白羽は、自分にコンビニのバイトを辞めさせ、就職させて自らの借金を返させようとする。だが、就職のための面接に向かう途中で訪れたコンビニで、私は本社の社員を装って、困っているバイトに手を貸す。そして、コンビニで働くことを自らの体が求めているのだと感じるのだった―。

 「文學界」2016年6月号に掲載された小説で、作者は新人かと思ったら、三島由紀夫賞を筆頭とする幾つかの賞を受賞した作家であり、そうでありながらコンビニエンス・ストアで週3回働いているそうな(芥川賞受賞会見の日も働いたというから、コンビ二で働くことがある種"精神安定剤"的効果をもたらすのかも)。主人公は、一定のルーティンへの強いこだわりなど発達障害的傾向があるように思いましたが、その辺りがよく描けているように思いました。でも、これ、自分の経験だったのでしょうか?

 作者の"コンビニ愛"の地が出ている感じもしましたが、自分の経験だから書きやすいというわけでもなく、自分の経験に近いからこそ対象化するのは逆に難しいと言えるかも。そうした意味では、慎重に"満を持して"書いた作品なのかもしれません。遅ればせながら、芥川賞おめでとうございますと言いたくなります。

 読後感も爽やかでしたが、「私は、人間である以上に、コンビニ店員なんです」なんて主人公の台詞は、芥川賞と言うよりちょっと直木賞っぽい感じもありました。でも、これまでの芥川賞作品の中ではかなり面白い方であり、根底には作者の技量があるように思いました。芥川賞の選評で川上弘美氏が、「おそろしくて、可笑しくて、可愛くて、大胆で、緻密。圧倒的でした」とし、「選評で"可愛い"という言葉を初めて使いました」と括弧書きしていました。

 芥川賞のすべての選者が推したわけではないですが、山田詠美氏は、「コンビニという小さな世界を題材にしながら、小説の面白さの全てが詰まっている。十年以上選考委員を務めてきて、候補作を読んで笑ったのは初めてだった」と評価し、村上龍氏も、「この十年、現代をここまで描いた受賞作は無い」と評価しています。

小谷野敦.jpg 芥川賞の選者以外では、辛口批評で知られる作家で比較文学者の小谷野敦氏が、「本作のように面白い作品が芥川賞を受賞することは稀であり、同賞の歴代受賞作品でもトップクラスの面白さだ」と評したそうな。別のところでの小澤英実氏との対談では、「『コンビニ人間』は、単純に「面白い」ということでいいと思いますね。川上弘美が何か意味付けをしようとしていたけれど、意味付けなんてしない方がいい」と言っていて、そんなものかもしれないなあと。

 個人的にも◎ですが、後は時間が経ってどれぐらい記憶に残るかなあというところでしょうか(芥川賞作品って意外と記憶に残らないものもあったりするので)。そうした意味では、"意味付け"することにも意味があるのではないかという気もしなくはありません。ただ、芥川賞作品としては『火花』以来の売れ行きだそうですから、世間的には記憶に残る作品となるのかもしれません。

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今やB級カルトムービー? "男装の麗人" 水の江滝子より、キャットウーマン風の京マチ子か。

花くらべ狸御殿4.jpg花くらべ狸御殿 1949.jpg 花くらべ狸御殿e3.jpg 花くらべ狸御殿0.jpg
「花くらべ狸御殿」VHS 喜多川千鶴/京マチ子
喜多川千鶴/水の江滝子
花くらべ狸御殿 1949 2.jpg 狸御殿の城下町「狸夢(リム)の町」のクラブ「ポン」のマスター・ポン(柳家金語楼)の店に、黒太郎(水の江滝子)と名乗る美青年が現われる。狸御殿の女王は、生まれてこの方一度も笑ったことがないので、彼女を笑わせた者には褒美が出るという御触書が店に貼ってある。怪しい一味が店に乱入し、黒太郎を捕まえようとするが、黒太郎は姿を消し、後に風船が一つ残る。ホステスのお露(大美照子)が風船にキスをすると、黒太郎は元の姿に戻り、頬にはキスマークがついている。店の給仕となった黒太郎は歌も踊りも上手く人気者になる。翌日、今日は、女王様が門前道をお通りになる日なのだと、黒太郎はホステスたちから教えられる。そんな中、無気味な老婆が悪態を付きながら通り過ぎて行き、ホステスらは、森の魔女の手下の泥々(常盤操子)だと言う。その時、御殿から、女王様が出発するのを知らせる大太鼓が響き、泥々は箒に跨がって逃げ帰る。森の魔女の家では、魔女・愛々(京マチ子)が、魔法の鏡にこの世で一番綺麗な者は誰かと問いかけ、それは愛々様だと答えられて満足している。女王一行がポンの店で休憩することになり、女王のおぼろ姫(喜多川千鶴)、左大臣(藤井貢)、右大臣(杉狂児)、司法大臣(渡辺篤)などが来店、それを楽団が歓迎し、ギターを弾く黒太郎が歌う。ホステスの一人が黒太郎にウィンクを投げ、黒太郎が返礼のつもりで胸のバラの花を投げかけると、飲みかけていた女王のコーヒーカップに花びらが落ちてしまう。おぼろ姫は憤然と席を立ち、黒太郎は司法大臣に命じられて御殿に出頭する。左大臣が黒太郎を死刑にするように進言していたが、女王が直々に裁くことに。そのおぼろ姫は、黒太郎を待つ間に卓上の帽子を被ると、アゴ紐の部分が鼻の下にかかり、自ら姿を鏡で見ておかしくなって吹き出す。そこへ現れた黒太郎は、御褒美には何を頂けますかと言い寄り、おぼろ姫に抱きついてキスをする。姫がはじめて笑ったと言う知らせは町中に流れ、人々は祝福の祭りを始める。その頃、愛々は鏡に、世界で一番美しい者は誰かと尋ねていたが、鏡が映し出したのがおぼろ姫の姿だったため逆上する。狸御殿だは初笑い祝賀会が催され、殊勲者として給仕として働いていた黒太郎が紹介され、黒太郎は紹介を受けて歌い始める。そんな中、左大臣はこの国を手中にする野心を持っていた―。

花くらべ狸御殿02.jpg 1949(昭和24)年4月公開の木村恵吾(1903-1986)監督、喜多川千鶴(おぼろ姫)、水の江滝子(黒太郎)、京マチ子(魔女・愛々)主演の大映のオペレッタ喜劇「狸御殿」シリーズの1作。因みに、木村恵吾監督はこの作品の前に、「狸御殿」('39年)、「歌う狸御殿」('42年)、「春爛漫狸祭」('48年)を撮っており、この作品の10年後に、市川雷蔵、若尾文子主演の「初春狸御殿」('59年)を監督しています(木村恵吾監督はこの年(1949年)10 月公開の宇野重吉、京マチ子主演のも監督している)。

 山根貞男氏によれば、この作品の一番の話題は、大映の"狸御殿"映画に、SKDのスターである水の江滝子(1915-2009/享年94)が出演したことで、松竹少女歌劇の"男装の麗人"として"ターキー"の愛称で親しまれ人気を誇った水の江滝子ですが、映画への出演は戦後になってからで、この作品が映画出演第3作だそうです。

痴人の愛 s.jpg花くらべ狸御殿e2.jpg 共演の魔女役の京マチ子は、大阪松竹少女歌劇の人気スターで、言わば水の江滝子の後輩にあたり、映画出演は第2作目。この年(1949年)10 月公開の木村恵吾監督の「痴人の愛」('49年/大映)にも主演し、大女優への道を歩み始めることになります。
京マチ子・宇野重吉「痴人の愛」('49年/大映)

花くらべ狸御殿64.JPG 水の江滝子が服部良一の軽快なリズムに乗せて歌に踊りに得意の芸を次々に披露する作品で、一方で、「春爛漫狸祭」では男役(狸吉郎)だった喜多川千鶴(「二十一の指紋」('48年)、「三十三の足跡」('48年))演じるおぼろ姫と恋をする男役(黒太郎)ということで、何だか宝塚歌劇みたいですが、藤井貢や杉狂児といった男優も出て歌ったりもしている分、2人の関係はレズビアンっぽい雰囲気も醸しているように感じました。更に、京マチ子のアメコミの「キャットウーマン」(1940~)みたいなコスチュームも怪しく、その京マチ子の愛々も水の江滝子の黒太郎を無理やり踊り相手にして、これまたレズビアンっぽく、こうなってくるともう豪華なのかB級なのかよく分からないといった感じ。

花くらべ狸御殿1.jpg ストーリーも、黒太郎や愛々に、更に別の森の魔女の恋々(暁テル子)や喃々(大友千春)も絡んで意味なく混み入っていて、終盤は「インディー・ジョーンズ」風でもあります。当時の謳花くらべ狸御殿82.JPGい文句は「裸女乱舞するロマンとエロチシズムの大オペレッタ映画!」ということでしたが、もう何だかよく分からない。オールセット撮影で、円谷英二が特撮担当ということですが、二重露光などごく基本的な技術しか用いておらず、イマイチ力を発揮していない感じです。

花くらべ狸御殿58.JPG もちろん今観るとエロチックでも何でもないし(京マチ子はパワフルだが)、「初春狸御殿」の時も評価を「?」にしましたが、この作品も今やある意味カルトムービー化しているジェスチャー NHK.jpgように思われ、ストレートに評価しにくい作品です。水の江滝子のファンには必見の作品だと思いますが(後のNHK番組「ジェスチャー」(1953-1968)の紅組キャプテン(水の江滝子)と白組キャプテン(柳家金語楼)が共演しているという意味での珍しさもあるかも)、個人的注目は、ターキーの男装の麗人ぶりよりも、キャットウーマンっぽいコスチュームで負けじと踊る京マチ子だったかもしれません。

花くらべ狸御殿00.jpg花くらべ狸御殿76.jpg「花くらべ狸御殿」●制作年:1949年●監督・脚本:木村恵吾●撮影:牧田行正●音楽:服部良一●特技:円谷英二●時間:89分●出演:水の江滝子/喜多川千鶴/柳家金語楼/京マチ子/暁テル子/大伴千春/常盤操/藤井貢/杉狂児/竹山逸郎/渡辺篤/武田徳倫/寺島貢/村田宏寿/藤代鮎子/大美照子/灰田勝彦/野々宮由紀●公開:1949/04●配給:大映(評価:★★★?)

ジェスチャー NHK4.jpg花くらべ狸御殿00 - .JPG京マチ子 恋の阿蘭陀坂.jpg
                                
京マチ子

若尾文子/市川雷蔵 in「初春狸御殿」(木村恵吾監督)
初春狸御殿_3.jpg木村 恵吾 「初春狸御殿」2.jpg「初春狸御殿」●制作年:1959年●監督・脚本:木村恵吾●製作:三浦信夫●撮影:今井ひろし●音楽:吉田正●時間:95分●出演:市川雷蔵/若尾文子/勝新太郎/中村玉緒/金田一敦子/仁木多鶴子/水谷良重/中村雁治郎/真城千都世/近藤美恵子/楠トシエ/トニー・谷/菅井一郎/江戸屋猫八/三遊若尾文子 市川雷蔵 初春狸御殿a.jpg大井武蔵野館 1989.jpg初春狸御殿20.jpg亭小金馬/左卜全/藤本二三代/神楽坂浮子/松尾和子/小浜奈々子/岸正子/美川純子/大和七海路/小町瑠美子/毛利郁子/嵐三右衛門●公開:1959/12●配給:大映●最初に観た場所:大井武蔵野館 (86-11-15)(評価:★★★?)●併映:「真田風雲録」(加藤泰)

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「怖い名作短編集」の中での筆頭格。普通の人の頭の中にある「異常」に働きかける作品。

短篇集 剃刀 志賀直哉.jpg ちくま日本文学021 志賀直哉.jpg  文豪が書いた怖い名作短編集.jpg
『短篇集 剃刀』(1946/07 斎藤書店)/『志賀直哉 [ちくま日本文学021]』['08年]/『文豪たちが書いた 怖い名作短編集

志賀 直哉 「剃刀」25.jpg 麻布六本木で床屋を営む芳三郎は名人との声も名高い。しかし、今日はひどい風邪で寝込んでいる。ちょうど祭の前の忙しい時期だが、人手が足りない。以前雇っていた源公と治太公を解雇したからだ。芳三郎も以前は彼らと同じ小僧だったが、腕が認められて親方の娘と結婚し店を継いだ。以来、源公と治太公は素行が悪くなり、店の金に手を出すようになったので、芳三郎は二人を解雇したのだ。祭日前の稼ぎ時でありながら体は思うように動かない。妻のお梅は夫の体を気遣って休ませようとするが、その気遣いが芳三郎の神経を余計に苛立たせる。更に、研磨の依頼をされた剃刀のキレが悪いと客から文句があり、熱で震える手で研ぎ直すがうまくいかない。そこへ一人の若者が髭を剃りにやって来る。若者はこれから女郎屋にでも行くらしい。芳三郎は若者の髭を当たり始めるが、きちんと研げていない剃刀ではいつものように剃れない。若者はそれには構わず、やがて眠ってしまう。芳三郎は泣きたいような気持ちになるが、若者の方は大きな口を開けて眠っている。その時、剃刀が引っ掛かり、若者の喉から血が滲んだ。それまで客の顔を一度も傷つけたことのなかった芳三郎は、発作的に剃刀を逆手に持つと、刃が隠れるまで深く若者の喉に刺した。同時に、芳三郎の体には極度の疲労が戻ってきた。立ち尽くす芳三郎の姿を、三方に据えられた鏡だけが見つめていた―。

 1910(明治43)年6月発行の「白樺」第1巻3号に志賀直哉(1883‐1971)が27歳の時に発表した短編小説。因みに1910年という年は、「白樺」の創刊年であり、志賀直哉はこの年「網走まで」を発表しています(1946(昭和21)年齋藤書店刊行の初期短編集には「剃刀」も「網走まで」も収められているが、「剃刀」の方が表題になっている)。

清兵衛と瓢箪・網走まで - コピー.jpg この短編は、齋藤書店版('46年)、ちくま文庫版('08年)のほかに、新潮文庫版『清兵衛と瓢箪・網走まで』('68年)などにも収められていますが、最近では『文豪たちが書いた 怖い名作短編集』('13年/彩図社)にも入っています。この文庫本には、夢野久作「卵」、夏目漱石「夢十夜」、江戸川乱歩「押絵と旅する男」、小泉八雲「屍に乗る男」「破約」、小川未明「赤いろうそくと人魚」「過ぎた春の記憶」、久生十蘭「昆虫図」「骨仏」、芥川龍之介「妙な話」、志賀直哉「剃刀」、岡本綺堂「蟹」、火野葦平「紅皿」、内田百閒「件」「冥途」の15篇が収められていますが、"恐怖小説"と"幻想小説"や"怪異譚"がやや被っている感じで、結局「怖い」という意味での「筆頭格」と言うか、いちばん怖かったのはこの志賀直哉の「剃刀」だったように思います。

Book Bar.jpg この作品のテーマについては、ちょっとした「気分」に引き摺られて社会から逸脱してしまうことの怖さを描いたものである(荒井均氏)とか、或いはラストの鏡に注目し、殺人にまで至る心身の感覚を不合理として纏めてしまう客観性(紅野謙介氏)であるとか諸説あるようです。また以前に、FM J-WAVE の「BOOK BAR」(ナビゲーターは大倉眞一郎と杏)で、ゲストのシンガーソングライターの吉澤嘉代子氏が、「剃刀」は「男性器」の象徴だと思ったと言っていました。ホント色々な見方があって、読書会などで取り上げられることが多い作品ではないかと想像します。

異常の構造.jpg木村 敏.jpg 個人的には、主人公がもし本当にお客を殺害したのであれば、ある種、統合失調症(昔で言う精神分裂症)の気質の持ち主であったということではないかと思います。この病気(病質)の特徴は、「社会性」や「常識」といったものが失われることにあり、精神病理学者の木村敏氏はその著書『異常の構造』('73年/講談社現代新書)の中で、「常識」は世間的日常性の公理についての実践的感覚であり、分裂症病者はそれが欠落しているとしています。

 但し、木村敏氏は、「正常者」や「正常者の社会」を構造化しているものの脆弱さも指摘しています。これを個人的に解釈させてもらうと、人間というのはちょうど不確定性原理における量子のゆらぎのように、意識の瞬間々々においては「正常」と「異常」の間を行ったり来たりしているけれども、連続性において「正常」の方が「異常」の方よりもより多く現出するため、トータルで何とか「正常」を保っているということになるのではないかと思います(その点がまさに健常者を統合失調症の病者と隔てる垣根となる)。

 そう考えるとこの短編の怖さは、自分がこの芳三郎の立場に立った時、偶々そこで「異常」の方が現出し、芳三郎と同じような行動に出るのではないかという怖さ(不安)ではないかと思います。それはちょうど、高い所が怖い理由が、実は「誤って落ちる」可能性があるから怖いのではなく、「自ら飛び降りてしまう」可能性があるから不安なのであるというのと同じ理屈です。但し、普通の人(「正常」な人)は、そうした「異常」な(発作的・破滅的な)事態を頭の中で想像することには想像するけれども、行為としての実行には至らず、それはあくまでもイメージの世界に止まっているということであると思います。

 この作品はそうした普通の人の心の奥にある潜在的な「異常」に働きかけるものであり、作者はこの作品に一定のリアリティを持たせるために、この短篇を幾度か書き直したそうです。後に「小説の神様」と呼ばれるようになる作者のそうした注力の成果でもあるかと思いますが、例えば、客商売の人であれば誰もが経験しそうで感情移入しやすい、主人公のフラストレーティブな状況をごく自然に描き出している点は巧みであり、それだけに、終盤の主人公の「異常」な行為にまで読者は感情移入してしまうのではないかと思います。

剃刀images.jpg 振り返ってみて、剃られる側に立って想像しても怖い話かと思います。個人的には久しく床屋で顔を剃ってもらったことはないけれど、以前に床屋で剃ってもらっていた頃、その最中にちらっと「今この床屋さんが発狂したら...」と考えた怖い想像も後から甦ってきました。但し、この短編の怖さは、やはり自分がどこかの場面で、芳三郎と同じような行動に出るのではないかという不確実性に対する怖さ(不安)の方が上ではないかと思います。

 余談になりますが、顔剃りができるのが床屋、顔剃りができないのが美容室と区別するのは法律的にも原則は間違っていないそうですが、「化粧に付随した軽い顔剃りは行っても差し支えない」とされていて、顔剃りを売りにしている美容院も最近増えているようです。行きつけの美容師の人に言わせれば、床屋と美容院の違いはバリカンを使うか使わないかではないかとのことです。

【1946年単行本[斎藤書店(『短篇集 剃刀』)]/1968年文庫化[新潮文庫(『清兵衛と瓢箪・網走まで』)]/1992年再文庫化[ちくま文庫(『ちくま日本文学全集』)]/2008年再文庫化[ちくま文庫(『ちくま日本文学021志賀直哉』)]】

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孫娘が監督。ドキュメンタリーでありながら、ファミリー・ムービーっぽさがある作品。

パリが愛した写真家d.jpg パリが愛した写真家 ドルディル .jpg パリが愛した写真家 07.jpg パリが愛した写真家 rd.jpg
「パリが愛した写真家/ロベール・ドアノー<永遠の3秒>」 クレモンティーヌ・ドルディル  ロベール・ドアノー

パリが愛した写真家02.jpg フランスの国民的写真家ロベール・ドアノー(1912 -1994)の人生と創作に迫ったドキュメンタリーで、監督のクレモンティーヌ・ドルディルはドアノーの孫娘です。作品の撮影秘話や当時の資料映像、親交のあった著名人による証言や(「田舎の日曜日」('84年/仏)の主演女優サビーヌ・アゼマなどとパリが愛した写真家09.jpg親交があり、サビーヌ・アゼマは作品のモデルにもなっている)、作品蒐集家・ファンへのインタビューなどから成ります(作家の堀江敏幸氏がフランス語でコメントしている)。ドアノー自身は写真では殆ど登場せず、家族が映したと思われるカラー8ミリフィルムなどで多く登場するため、どことなくファミリー・ムービーっぽい感じがします。ドアノーという人が全く"大家"ぶっていなくて、冗談好きで人懐っこいキャラクターであることが分かり、こうした人柄が被写体となる人を安心させて、活き活きとした写真を撮ることが出来るのだなあと思いました。

パリが愛した写真家 02.jpg ドアノーは殆どパリで活動していたようです。海外にも行ってはいますが、世界中を飛び回っていたパリが愛した写真家   es.jpgという印象ではありません。今回、アメリカなど海外で撮った写真やカラーで撮った写真も見ることができて良かったですが(アメリカで撮ったカラー作品は、どこか無機質な感じのものが多い)、やはりパリを撮ったモノクロ写真が一番いいように思いました。映画全体を通しても、ドキュメンタリー部分もさることながら、そうした写真を紹介している部分の方が印象に残りました(ちょうど作品集を見ている感じか)。

パリが愛した写真家05.jpg この映画を観て知ったのですが、専らパリで活動していたこともあって、世界的にパリが愛した写真家s03.jpg有名になったのはかなり年齢がいってからのようです。あの有名な「パリ市庁舎前のキス」と呼ばれる作品は、1950年に「ライフ誌」に発表されていますが、この映画によると、その後長らく埋もれていて、ある日突然脚光を浴びた作品であるようです。

パリが愛した写真家01.jpg パリの若い恋人たちのシンボルとなったこの写真のカップルが誰なのかは1992年まで謎のままで、パリに住むラヴェーニュ夫妻は自分たちがこの写真のカップルだと思い込んでいました。夫妻は80年代にドアノーと会っていますが、ドアノーは真相を語らなかったため、夫妻は「無許可で写真を撮影した」としてドアノーを告訴し、裁判所はドアノーに事実を明らかにするよう要求しています。実は写真のカップルはフランソワとジャックという若い俳優の卵で、ドアノーが夫妻に真相を語らなかったのは、夫妻の夢を壊したくなかったからのようです。

「パリ市庁舎前のキス」

 写真の二人は恋人同士で、街角でキスをしているところをドアノーが見つけて近づき、もう一度キスしてくれるよう頼んで撮影したとのことです。しかし二人の関係は9か月しか続かず、ジャックは俳優を諦めてワイン職人になり、フランソワ・ボネは女優として活動を続けました。そして、今度はフランソワがドアノーを相手取り、肖像権料を要求して裁判を起こしますが、1955年の撮影日の数日後にドアノーが写真をプリントしてサインを入れ、謝礼としてフランソワに贈っていたことが判明したため、提訴は受理されませんでした。撮影の55年後の2005年、彼女はその写真をオークションに出品し、それは彼女が提訴によって得ようとした肖像権料を遥かに上回る高額で落札されたとのことです。

パリが愛した写真家08.jpg この映画でも、「パリ市庁舎前のキス」のモデルは恋人同士の俳優の卵であり、ドアノーは他にも多くのモデルを使ってこうした"スナップ"を演出したことはこの映画でも紹介されていますが、裁判のごたごたについては一切触れられていません。ある意味、ドアノーの他者への思いやりときっちりとした性格が窺えるエピソードだと思うのですが、アシスタントを務めていたドアノーの長女アネットによれば、裁判には勝ったもののの、裁判の過程で偽りと嘘に満ちた世界を見てしまったドアノーはひどくショックを受けたそうで、後にアネットは「あの写真は父の晩年を台無しにしてしまった」とまで述べています。

 ドアノーの孫娘であるドルディル監督が、この映画の中であの写真が演出であったことを改めて明かす一方で、あの写真を巡るごたごたに関しては映画の中では一切触れていないのは、やはり同じような思いがあったからではないかと思います(家族の思い出は美しきものであるべきか。まあ、できればそれにこしたことはない)。そうした意味でも、ドキュメンタリーでありながらも、ファミリー・ムービーっぽさがある作品と言えるかもしれません。  
  
   
パリが愛した写真家  s.jpg「パリが愛した写真家/ロベール・ドアノー<永遠の3秒>」●原題:ROBERT DOISNEAU, LE RÉBOLTÉ DU MERVEILLEUX●制作年:2016年●制作国:フランス●監督:クレモンティーヌ・ドルディル●製作:ジャン・ヴァサク●時間:80分●出演:ロベール・ドアノー/フランシーヌ・ドルディル/アネット・ドアノー/サビーヌ・ヴァイス/ダニエル・ペナック/フランソワ・モレル/フィリップ・ドレルム/サビーヌ・アゼマ/ジャン=クロード・カリエール/梶川芳友/佐藤正子/堀江敏幸/クレモンティーヌ・ドルディル/エリック・カラヴァカ●日本公開:2017/04●配給:ブロードメディア・スタジオ●最初に観た場所:渋谷・ユーロスペース(17-04-28)(評価★★★☆)

ユーロスペース2.jpgユーロスペースtizu.jpgユーロスペース 2006(平成18)年1月、渋谷・円山町・KINOHAUSビル(当時は「Q-AXビル」)にオープン(1982(昭和57)年渋谷・桜丘町にオープン、2005(平成17)年11月閉館した旧・渋谷ユーロスペースの後継館。旧ユーロスペース跡地には2005年12月「シアターN渋谷」がオープンしたが2012(平成24)年12月2日閉館)

サビーヌ・アゼマ_01.jpgパリ ロベール・ドアノー写真集.jpg【967】 ○ ロベール・ドアノー 『パリ―ドアノー写真集(1)』 (1992/09 リブロポート) ★★★★
【967】 ○ ロベール・ドアノー 『パリ遊歩―1932-1982』 (1998/02 岩波書店) ★★★☆
【1747】 ◎ ロベール・ドアノー 『パリ―ロベール・ドアノー写真集』 (2009/01 岩波書店) ★★★★★
【1748】 ○ ロベール・ドアノー 『芸術家たちの肖像―ロベール・ドアノー写真集』 (2010/01 岩波書店) ★★★★


「ボー・ド・プロヴァンスのサビーヌ・アゼマ」(1991)
「LES LEICAS DE DOISNEAU ロベール・ドアノー写真展」(ライカギャラリー東京,2016.02)

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原作に忠実で、原作へのリスペクトが感じられた。「ラストのラスト」に監督の趣意が。

沈黙 2016 .jpg沈黙 サイレンス.jpg 沈黙 スコセッシ.jpg
「沈黙 -サイレンス-」アンドリュー・ガーフィールド/塚本晋也 マーティン・スコセッシ監督

沈黙01.jpg 島原の乱収束の頃、イエズス会の高名な司祭フェレイラ(リーアム・ニーソン)が、布教先の日本で苛酷な弾圧に屈して棄教したという報せがローマに届く。フェレイラの弟子ロドリゴ(沈黙02.jpgアンドリュー・ガーフィールド)とガルペ(アダム・ドライヴァー)は日本に潜入すべくマカオに立寄り、そこで軟弱な日本人キチジロー(窪塚洋介)と出会う。キチジローの案内で五島列島に潜入したロドリゴは隠れキリシタンに歓迎されるが、やがて長崎奉行所に追われる身となる。長崎奉行所が2人の宣教師の身柄を要求し、村人達は必死に匿うが、代償としてイチゾウ(笈田ヨシ)、モキチ(塚本晋也)、キチジローが人質に。奉行沈黙 キチジロー.jpg沈黙 サイレンスges.jpg所は踏み絵だけではキリシタンを炙り出せないと考え、「キリストの像に唾を吐け」と強要、キチジローは従うが、キチジローを除く2人は棄教しきれず、水磔刑に処される。逃亡したロドリゴも、キチジローの裏切りで密告され捕えられる。そのロドリゴの目の前で、ガルペは、幕府によって海へ投げ込まれようとされている信徒らに駆け寄って命を落とす。長崎へ連行されるロドリゴの行沈黙 井上.jpg列を、キチジローは必死で追いかける。長崎奉行所でロドリゴは棄教した師のフェレイラと出会い、また、長崎奉行の井上筑後守(イッセー尾形)との対話を沈黙06.jpg通じて、日本人にとってキリスト教は意味を持つのかという命題を突きつけられる。奉行所の門前でキチジローが何度も何度もロドリゴに会わせて欲しいと泣き叫んでは追い返されるが、ロドリゴはその彼には軽蔑しか感じない。牢につながれたロドリゴにフェレイラが語りかけるが、神の栄光を期待する彼は、その説得を拒絶する一方、彼を悩ませていた遠くから響く鼾のような音を止めてくれと叫ぶ。しかし彼は、その音が鼾ではなく、拷問されている信徒の声であること、その信徒たちはすでに棄教しているのに、ロドリゴが棄教しない限り許されないことを告げられる。自分の信仰を守るのか、棄教して苦しむ信徒を救うべきなのか、究極の選択を迫られたロドリゴは、踏絵を踏むことを受け入れる。敗北に打ちひしがれたロドリゴを、キチジローが裏切った許しを求めて訪ねる―。

沈黙 遠藤周作 新潮文庫.jpg 2016年製作のマーティン・スコセッシ監督作で、遠藤周作の「沈黙」の映画化は篠田正浩監督の「沈黙 SILENCE」('71年/東宝)に次いで2度目。このマーティン・スコセッシ版では「構想28年」というのが謳い文句になってますが、スコセッシ監督が遠藤周作の「沈黙」に出会ったのが28年前の1988年で、読んだ瞬間に映画化を決意したのだが、その深遠で複雑なテーマや権利をめぐる調整などから、映画化に長い歳月を要したとことです。

 スコセッシ監督は「沈黙」について、「寛容」「宗教観」「人間の強さと弱さ」といういくつかのモチーフが交差するこの物語のストーリーが自分の心を掴んでやまないのは、異文化の衝突を描いているからであると述べています。言われてみれば映画の方も確かに一方的に宣教師の側から描くのではなく、キリスト教を持ち込んだ宣教師もまた、日本に暴力を持ち込んだと言えるような見方も成り立ち、役人がそんな彼らの傲慢を一つずつ崩していくために、宣教師たちにプレッシャーを与え続けたのだという捉え方も可能な作りになっているように思います。但し、基本的には原作にかなり忠実に作られており、原作における重要なエピソードはしっかり押さえていて、原作への監督のリスペクトが感じられました。

沈黙 サイレンスs.jpg 信徒たちが拷問されたり処刑されたりするシーンもきちんとハリウッドスタイルでダイナミックに描いていて(水磔刑の塚本晋也と笈田ヨシはたいへんそうだったなあ。それぞれ映画監督と演出家でもあるのだが)、残酷だと思う人もいるかもしれませんが、こうしたシーンも、信徒たちの苦難の道のりや実際に多くの血が流された殉教の歴史を理解するうえでは重要なことではないかと思いました(海に投げ込まれる信徒の数も、逆さ吊りにされる信徒の数も、原作より若干多目だったけれども(各3人→各5人に))。

沈黙 サイレンスes.jpg 映像化作品を観ることのメリットである、原作がよりリアルに味わえ、話の展開が把握しやすくなるという目的は十二分に果たしているように思いました。終盤でロドリゴは究極の選択を迫られますが、その前にガルペが幕府によって海へ投げ込まれようとしている信徒らを前に棄教せずに自らも命を落とすのに対し、ガルペに向かって「棄教しろ」と叫んでいる部分が、ロドリゴが最終的に踏み絵を踏むことになることの伏線になっているように思いました。おそらくその様は、その時ロドリゴの傍らにいた通辞(浅野忠信)によって井上筑後守(イッセー尾形)に伝わっていたのだろうなあ。だから井上は、ロドリゴが棄教することを予測できたのだろうと思いました。

 この物語は、ロドリゴが棄教した後のことも大事だと思います。つまり、今や恐ろしく皮肉なことに、彼が軽蔑し続けてきた、何度も踏み絵を踏んでは自分にすがるキチジローと自分は大差無くなってしまったわけで、そんなロドリゴの傍にも神は在り続けるのか、彼はキリスト者と言えるのかどうか、というのが大きなテーマになってくるかと思います。

 原作では、ロドリゴは、踏絵を踏むことで初めて自分の信じる神の教えの意味を理解することになりますが、映画もそれに倣っているように思いました。但し、その後のロドリゴについては、原作では日本人名を与えられた彼の職務や何十年後かの彼の死亡について古文書で簡潔に記されているだけです。映画でも、日本式で行われる彼の葬儀の模様が「ラスト」にありますが、これで終わりかと思ったら、本当に「ラストのラスト」でスコセッシ監督の原作に対する考え方を象徴するようなシーンが用意されていました。このシーンだけが原作には無く、映画を通しての監督の趣意が前面に出されたシーンであるとも言えますが、非常に印象に残りました。

沈黙 es.jpg 映画を観て気づいたことは、村人たちが司祭らと英語で話している点で、奉行所でも通辞がいない時は、日本人も司祭らとの会話で英語を使沈黙 浅野 窪塚 イッセー尾形 記者会見.jpgっていることです(海外メディアの記者会見では出演者でさほど英語が得意な俳優はおらず、浅野忠信が冒頭にでワンフレーズぐらい英語で話しただけで、後は皆日本語で話していたが)。これを原作に置き換えると、原作では映画ほど会話の数は多くないけれども、村人と司祭の会話はポルトガル語で行われた(つまり村人のポルトガル語を話せた)ということになるのだなあと改めて思った次第です。

沈黙hqdefault.jpg沈黙 浅野忠信.jpg キチジロー役の窪塚洋介、井上役のイッセー尾形をはじめとする日本人俳優は概ね好演だったように思われ、通辞役の渡辺謙の降板で復活起用された浅野忠信もまずますでした。米国映画であるということもありますが、日本語のセリフを減らして会話を英語にすることで、スコセッシ監督の演出がより行き届いたものになったというのもあるのではないかと思います。

リーアム・ニーソン in「レ・ミゼラブル」('98年/米)/「沈黙 -サイレンス-」('16年/米)
レ・ミゼラブル.jpg 沈黙 サイレンス リーアムニーソン.jpg

沈黙 title.jpg「沈黙 -サイレンス-」●原題:SILENCE●制作年:2016年●制作国:アメリカ●監督:マーティン・スコセッシ●製作:ヴィットリオ・チェッキ・ゴーリ/バーバラ・デ・フィーナ/ランドール・エメット/エマ・ティリンジャー・コスコフ/アーウィン・ウィンクラー/マーティン・スコセッシ●脚本:ジェイ・コックス/マーティン・スコセッシ●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:キム・アレン・クルーゲ/キャスリン・クルーゲ●原作:遠藤周作「角川シネマ有楽町.jpg沈黙」●時間:159分●出演:アンドリュー・ガーフィールド/リーアム・ニーソン/アダム・ドライヴァー/窪塚洋介/浅野忠信/イッセー尾形/塚本晋也/小松菜奈/加瀬亮/笈田ヨシ/キーラン・ハインズ/遠藤かおる/井川哲角川シネマ有楽町_1.jpg角川シネマ 有楽町.jpg也/PANTA/松永拓野/播田美保/片桐はいり/美知枝/伊佐山ひろ子/三島ゆたか●日本公開:2017/01●配給:KADOKAWA●最初に観た場所:有楽町・角川シネマ有楽町(17-04-09)(評価★★★★☆)

角川シネマ有楽町 2011年2月 「読売会館」8階(「シネカノン有楽町1丁目」跡)にオープン(座席数237席)。

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「●「谷崎潤一郎賞」受賞作」の インデックッスへ

重いテーマ。但し、神の不在や沈黙がテーマではない作品。技巧面でも優れている。

沈黙 遠藤周作 新潮文庫.jpg 沈黙 遠藤周作 新潮文庫.jpg 沈黙 遠藤周作 単行本.jpg 遠藤周作.bmp
沈黙 (新潮文庫)』 /映画「沈黙‐サイレンス‐」タイアップ帯/『沈黙』['63年/新潮社] 遠藤 周作

 1966(昭和41)年度・第2回「谷崎潤一郎賞」受賞作。

 島原の乱が鎮圧されて間もない頃、ポルトガル司祭ロドリゴとガルペは、キリシタン禁制が厳しい日本に潜入するためマカオに立寄り、そこで軟弱な日本人キチジローと出会う。キチジローの手引きで五島列島に潜入し、隠れキリシタンたちに歓迎されるが、やがて長崎奉行所に追われる身となる。幕府に処刑され殉教する信者たちを前に、ガルペは彼らの元に駆け寄って命を落とす。ロドリゴもキチジローの裏切りで捕らえられ、長崎奉行所でかつての師で棄教したフェレイラと出会い、更にかつては自身も信者であった長崎奉行の井上筑後守との対話を通じて、日本人にとって果たしてキリスト教は意味を持つのかという命題を突きつけられる。ある日、ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接することとなり、棄教の淵に立たされる―。

 1966(昭和41)年3月刊行の遠藤周作(1923-1996/享年73)の書き下ろし長編小説で、神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題に関して切実な問いを投げかけたとされている作品です。テーマとしては、まず「神はなぜ沈黙しているのか」(或いは「神は本当にいるのか」)という絶対的なテーマと、次に「迫害の中で殉教が必ずしも正しい選択とは言えないのではないか」(棄教という選択もあるのではないか)という相対的なテーマの2つのテーマが考えられるように思いました。

 最初の「神は本当にいるのか」というテーマは、日本に来て多くの信者の苦難を目にしてた主人公のロドリゴ自身が、「神は本当にいるのか。もし神がいなければ、幾つもの海を横切り、この小さな不毛の島に一粒の種を持ち運んできた自分の人生は滑稽だった。泳ぎながら、信徒たちの小舟を追ったガルペの一生は滑稽だった」と自問しています。但しこのテーマは、確かに大きなテーマですが、一方で、物語を通して主人公にとって神は(ロドリゴの主観においては)否定し得ないア・プリオリな存在であるようにも思えました。更に言えば、「沈黙」というタイトルでありながら、「神はなぜ沈黙しているのか」ということも、直接の本書のテーマには必ずしもなっていないともとれます。そのことは、当初、作者が予定していたタイトルが「ひなたの匂い」だったのが、新潮社側からインパクトが弱いとされて「沈黙」というタイトルを薦められ、それを受け入れたという経緯からも窺えます。

 問題は2番目の「迫害の中で殉教が必ずしも正しい選択とは言えないのではないか」というテーマであり、このテーマは、ロドリゴとガルペの対比だけでなく、何度も踏み絵を踏み、仕舞いにはロドリゴを奉行所に売り渡しながら、それでもなおロドリゴに告解を受け容れてもらうために付き纏うキチジローや、拷問により棄教したかつてのロドリゴの師フェレイラなども入り交じって、やや複雑な位相を示しているように思いました。

 ロドリゴは、自分を売ったキチジローをユダさながらに見做して許す気になれず、また、拷問により棄教し日本の土壌にキリスト教は馴染まないという結論に至ったかつての師フェレイラを背教者と見做して軽蔑します。それらを認めてしまったら、棄教を拒んで殉教したガルペの死(或いはそれ以前の日本人信徒らの死)は何だったとのかという、1番目の問題と同じことになるからだと思われます。但し、ロドリゴにとって神はア・プリオリな存在であり、井上筑後守との問答はあったにせよ、この段階では彼自身は棄教するつもりは全くありません。

 そして、いよいよ自分自身がフェレイラが受けた拷問と同じような拷問を受けると思われる日が到来し、むしろ張り切ってその場に臨むのですが、実際に彼自身は拷問は受けることはなく、実は何日も前から拷問を受けていたのは何度も棄教した信徒らで、ロドリゴが棄教しない限り彼らへの拷問は続き、彼らはそのままでは死ぬであろうという、かつて、ロドリゴの目の前でガルペが置かれたのと同じような究極の選択をしなければならない状況が彼を襲い、結局ロドリゴは彼自身がそうするとは予期していなかった棄教をします(一方、それは、井上筑後守が予測していたことでもあった)。

 従って以降は、そのようにして「転んだ」司祭であるロドリゴがキリスト者たり得るのか、神は殉教した人々だけでなく、ロドリゴとも共に在るのか―といったことがテーマになっているように思われます。例えばこのテーマは、彼がそれまで汚らわしいものでも見るように捉えていたキチジローにも当て嵌まるテーマであり、ロドリゴにとっては非常に皮肉なテーマでもあるように思いました。

 作者のロドリゴの描き方は、婉曲的ではあるものの、神はまたロドリゴの傍にも在るといったものになっているように思われましたが、このことが、この小説がキリスト教会から非難されることになったり、作者のキリスト教観は非常に母性的なものであって、これは日本人特有のキリスト教観、或いは作者独自のキリスト教観であるといった批判や議論に繋がっていったのでしょう。

 但し、作者自身はそうした議論を喚起するためにこうした小説を書いたのではなく、おそらく作者は、どんな苦難の中でも「私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ」と声をかけてくれる、「人生の同伴者たるイエス」乃至は「母なる神」を描きたかったのではないかと思います。

 感動作であり、重いテーマの作品(但し、先にも述べたように、神の不在や沈黙がテーマではないと思われる)ですが、技巧面も優れていると思いました。この作品のモチーフは古文書から得ているそうですが、ポルトガル人であるロドリゴのモデルになった司祭は実はイタリア人であって、ポルトガル人であるフェレイラのモデルになった人物との間に師弟関係どころか接触さえなかったのを、二人を同国人にして師弟関係にし、物語上の二人の対比を際立たせたりするなど、ストーリーテラーとしての作者の巧みさが光ります。また、物語の前半を、ロドリゴが本国に宛てた書簡という形で純粋な主観で描き、後半を、ロドリゴの心象を描きながらも三人称の半客観で描き、エピローグを古文書の形を借りた純粋客観で描いているといった構成も巧みであると思いました。

沈黙 サイレンス.jpg 以前に読んで、結構「重い」と感じられたせいか暫く読み返さないでいたのですが、マーティン・スコセッシ監督による映画「沈黙-サイレンス-」('16年/米)の公開を機に読み直しました。もともとそれほど長い小説でもないのですが、とにかく一気に読める密度の濃い作品であると、改めて感じました。

マーティン・スコセッシ) 「沈黙 -サイレンス-」 (16年/米) (2017/01 KADOKAWA) ★★★★☆

【1981年文庫化[新潮文庫]】

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ラストでナオミが譲治に許しを乞うのは、劇場公開のための表面的なアレンジ?

痴人の愛 1949.jpg 痴人の愛 京マチ子 宇野重吉 .jpg 痴人の愛 京マチ子.jpg  痴人の愛2.jpg
日本映画傑作全集 「痴人の愛」」VHS 宇野重吉/京マチ子         『痴人の愛 (新潮文庫)

痴人の愛101.JPG痴人の愛103.JPG 河合譲治(宇野重吉)は、会社では「君子」と言われ、女などいると思われてない男だが、実はナオミ(京マチ子)いう女と同棲していた。「パパ、スクーター買ってよ」とナオミにせびられると「無理言うんじゃないよ、ナオミちゃん」と言いながら結局買ってやり、洗濯も料理もする譲治だった。以前に神戸へ出張した際に知り合ったカフェの女給ナオミのその肢体に夢中になり、彼女を東京へ連れ帰り、肉体も精神も理想の女にしたいと思って、英語もピアノも勉強させ、ナオミの我儘も我慢しているのだった。しかし、ナオミはそれをいいことに、熊谷(森雅之)、関(三井弘次)、浜田(島崎溌)などの不良と友痴人の愛211.JPG達になってキャバレーやホールを遊び歩き、英語の勉強には少しも身を入れずに譲治を手こずらせ、譲治を怒らしてしまう。だがナオミがふてくされて夜遊びに出痴人の愛252.JPGてしまうと、やはり譲治はナオミが恋しい。ナオミの誕生日、ナオミは不良友達を招待して夜更けまで歌い踊る。譲治は若い男たちとふざけるナオミをみて、やり切れない気持でになる。嫉妬した譲治は、ナオミに関たちと付き合うことを禁じる。ある日、ナオミの提案で鎌倉へ行くことになった譲治は、植木屋の一間を借りて数日をそこで過ごすことに。ナオミは毎日海で遊び、譲治はそこから会社へ通う。しかしナオミはそこでも関や熊谷や浜田たちと遊び、その痴人の愛289.JPG現場痴人の愛297.JPGを譲治に見つかる。譲治は本当に怒ってナオミに「出ていけ!」と言い放つ。夏は終わり、譲治を離れたナオミには金もなく、もう関や浜口たちも相手にしない。宿なしの彼女に真剣な愛情を抱く者はいない。逆に熊谷からまともな生活をするよう諭され、ナオミはうらぶれた気持になり、結局譲治のところへ戻る。今は冷たくナオミを見る譲治に、涙を流し「何でもする、馬にでもなるから許して」と、四つんばいになるナオミだった―。

 1949(昭和24)年公開の木村恵吾(1903-1986)監督、京マチ子(ナオミ)・宇野重吉(河合譲治)主演による「痴人の愛」('49年/大映)で、木村恵吾監督は1960(昭和35)年にも叶順子(ナオミ)・船越英二(河合譲治)主演で「痴人の愛」('60年/大映)を撮っています(この他に、1967(昭和42年)公開の増村保造監督、安田道代(ナオミ)・小沢昭一(河合譲治)主演の「痴人の愛」('67年/大映)もある)。

痴人の愛.jpg 原作は1925(大正14)年刊行の谷崎潤一郎(1886‐1965)の長編耽美小説で、主人公・河合譲治による、7年前(足かけ8年前)の数え年28歳でのナオミ(奈緒美、当時15歳)との出会いから32歳(ナオミ19歳)までの約5年間の回顧という形をとっていますが、映画では、譲治のナオミとの出会いの部分は飛ばして既に同棲生活をしているところから始まります。そこで、いきなり、スクーター買ってという原作に無い話が出てきて、大正末期の出来事ではなく、四半世紀後の映画製作時の"現代"に舞台が翻案されていることが分かります。 但し、原作のエピソードを現代に翻案しながらもほどよく織り込んでいて、原作の持ち味はある程度出ていたように思います。

痴人の愛 京マチ子 宇野重吉2.jpg また、宇野重吉、森雅之といった重鎮の中で、京マチ子が活き活きと演技しているのが印象に残ります(京マチ子は翌年、黒澤明監督の「羅生門」('50年/大映)に出演し、以降、海外の映画祭で自らの主演作が次々と賞を獲ることになる)。

 宇野重吉は当時35歳、京マチ子は当時25歳。主人公がナオミと初めて出会った時、ナオミは15歳だから、二人の出会いの部分をカットしたのは必然的措置と言えるかも。因みに原作でエピローグ的に語られる最終章では譲治は数えで36歳、ナオミは23歳となっていますが(これが原作における"現在")、最後、譲治は会社を辞め、田舎の財産を売った金で横浜にナオミの希望通りの家を買い、もうナオミのすることに何も反対せず、ナオミの肉体の奴隷として生きていくことにする―という終わり方になっています。

 これをこの通り映画化すると世間の批判を受けると思ったのか、映画ではラストでまるで「アリとキリギリス」のキリギリス状態になったナオミが譲治に許しを乞い、譲治は再びナオミを許すという終わり方になっています。そのため、女性の魔性に跪く男の惑乱と陶酔を描いたマゾヒズム文学としての原作の持ち味は、最後にかなり削がれたようにも思います。但し、それまでにとことんナオミのファム・ファタールぶりを描いているだけに、このラストを観て個人的には、また譲治はナオミに騙されたかなと思えなくもないです。だから、あくまで劇場公開のための表面的なアレンジであって、あまり結末の原作との違いのことは気にせずに観ればいいのかもしれません(そう思って評価は星半分オマケ)。

痴人の愛...京マチ子e.jpg痴人の愛 京マチ子 森雅之 .jpg「痴人の愛」●制作年:1949年●監督:木村恵吾●脚本:木村恵吾/八田尚之●撮影:竹村康和●音楽:飯田三郎●原作:谷崎潤一郎●時間:89分●出演:宇野重吉/京マチ子/森雅之/島崎溌/三井弘次/上田寛/菅井一郎/近衛敏明/清水将夫/北河内妙子/藤代鮎子/片川悦子/大美輝子/葛木香一/奈良岡朋子/原聖四郎/小柳圭子/牧竜介/小松みどり●公開:1949/10●配給:大映(評価:★★★☆) 京マチ子/森雅之

京マチ子/宇野重吉

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ほっこりさせられるけれども、全体にややパンチ不足だったという印象も。

向田理髪店.jpg 向田理髪店0_.jpg 『向田理髪店』(2016/04 光文社)

 かつて炭鉱で栄えた北海道の苫沢(とまざわ)町にある昔ながらの床屋・向田理髪店。店主の向田康彦は52歳で、28歳の時に札幌の会社を辞めて父の後を継いだ。朝の7時に開店して、じっと客を待つ。新しい客は来ないから、日々の売り上げに変化はない。息子に後を継いでもらおうとも思っていない。そんな日々の中、雪が降ればゴーストタウンと化してしまう苫沢を舞台に6つのエピソードが繰り広げられる―。

 ・「向田理髪店」......札幌で就職した息子がわずか1年で会社を辞めて帰郷し、理髪店を継ぐと言い出す。
 ・「祭りのあと」......幼馴染の老父が突然倒れ危篤状態に。周囲の家族らは大丈夫か?
 ・「中国からの花嫁」......異国の花嫁がやって来て、町民は歓迎するが、新郎はなぜかお披露目を避け続ける。
 ・「小さなスナック」......町に久々のスナック新規開店し、話題の美人ママにオヤジ連中は浮き立つ。
 ・「赤い雪」......町が有名女優主演映画のロケ地に決定し、町民は大興奮だが、次第に町の雰囲気が―。
 ・「逃亡者」......地元出身の若者が詐欺事件の全国指名手配犯に! まさか、あのいい子が―。

 作者が光文社の雑誌「小説宝石」に2013年から2016年にかけて間歇的に連載した連作で、苫沢町は架空の町ですが、かつて炭鉱で栄えたものの今は寂れ、財政破綻してしまった過疎の町と言えば、自ずと夕張市がモデルということになるでしょうか(夕張市を舞台モデルとした作品では、海堂尊氏の『極北クレイマー』('09年/朝日新聞出版)を思い出した)。

 この苫沢町では、財政破たんして先行きが見えない状況の中でも、人々は力強く生き、人間臭い出来事は起こり、町を活性化しようと若者たちは頑張っているのが伝わって来て、ほろりとさせられました。

 住んでいる人たちの距離感が近すぎて(そのためにトラブルも起きたりする)、やっぱりこういう所で暮らすのは面倒臭いだろうなあと思いながら(中国から花嫁を貰いながらお披露目を躊躇する男性の気持ちが分かる)、一方で、こうした地域コミュニティの密な繋がりに、懐かしさにも似た憧れを感じなくもありませんでした(でも、実際に住むとなるとやっぱり面倒?)。

 個々のトッピクとしては、「中国からの花嫁」が一番面白くて、また心に沁みたでしょうか。「小さなスナック」「赤い雪」も悪くなかったです。但し、作者の作品の中で相対評価すると、ほっこりした気分にさせられるけれども、全体にややパンチ不足だったという印象も受けます(どこかの書評で作者にしてはマイルド系って書いてあった)。この前に読んだ作者の作品が『沈黙の町で』('13年/朝日新聞出版)というヘビーな作品であったせいもあるかもしれません。でも、この連作の続きが出たらまた読んでみたい気もします。

居酒屋兆治 4.jpg 「赤い雪」に出て来る映画「赤い雪」の主演女優・大原涼子はおそらく大原麗子(1946-2009/享年62)からモチーフを得たのでしょう。降旗康男監督、高倉健主演の函館(夕張ではなく)を舞台にした「居酒屋兆治」('83年/東宝)に37歳の時に出演しているし、NHKの'89年の大河ドラマ「春日局」に主人公の春日局役で出ているし、ビールのCMではないけれどサントリー・レッドのCMに出ていました(その際のセリフは「ちょっと愛して、長~く愛して」)。孤独死と言えるかどうかは分からないけけれど、ちょっと寂しい亡くなり方をしたのを思い出しました。
大原麗子 in 「居酒屋兆治」('83年/東宝)

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藤原新也版「老人と海」×「魚影の群れ」みたい。力強いが若干の作り物っぽさも。

大鮃(おひょう).jpg リング・オブ・ブロッガー2.jpg  大鮃 .jpg
大鮃(おひょう)』 リング・オブ・ブロッガー/大鮃 Atlantic halibut 540 pounds (245kg) caught in Norway

オークニー諸島1.jpgオークニー諸島Islands.gif 英国人の父と日本人の母を持ち、ネットを介した翻訳業で生計を立てている30代の男・太古。彼は、オンラインゲーム中毒に悩み、女性恐怖症でもあり、社会と直接交わることを避け、ゲーム中心の生活を送ってきた。カウンセリングに訪れた精神科で、自分が5歳の時に父親を自殺で失くしていると告白した彼は、精神科医から父性的な強さを学ぶ機会を失った可能性があると診断され、父の生まれ故郷の空気に接することを勧められる。かくして太古は、亡き父の故郷、スコットランド最北端に位置するオークニー諸島へと旅立つ。そこで彼は、父親的役割を果たしてくれる老人マークと出会い、更には彼に導かれて、若き日の父の趣味でもあった、大きいもので2メートル以上もあるという大鮃(おひょう)を釣ることに、父と同じ海で挑むことになる―。

 主人公が英国人と日本人のハーフで、引っ籠り気味のゲーマーで、更には外国の地、しかも英国の北の外れを旅する話ということで、最初はやや感情移入しいくいかなと思いましたが、読み進むうちに自然と話に入っていくことが出来ました。むしろ、主人公が「父性」なるものに出会うことができるかという旅の先に、老人に付き従って巨大魚・大鮃を釣りに行くことになるという展開が待ち受けていたというのは、典型的なエディプス・コンプレックスの克服物語、真の大人になるための成長物語であり、感情移入し易かったと言ってもいいかと思います。

 一方で、登場人物が、今まさに主人公が対面している人物も、回想譚に出て来る人物も共にどこか説話的であり、ドラゴンクエストのようなRPGに出て来るような感じで、主人公自身が直面した現実をゲームに重ねているように、まだ、何だかドラクエのようなゲームが続いているようにも感じられました。多分この感触は、話が出来過ぎているような印象から来るのかもしれませんし、作者が意図的にRPGの延長として描いているのかもしれません。

リング・オブ・ブロッガー.jpg とは言え、オークニーの厳しい自然や嵐の中で訪れるリング・オブ・ブロッガーの描写などは簡潔で格調高く、終盤のマークと主人公の二人がかりでの大鮃との格闘には思わず引き込まれ、あたかもヘミングウェイの「老人と海」を想起させるほどに力強いものでした。更には、年少者がベテランに付き従って初めて漁に出るという点では、大間のマグロ漁師に材を取った吉村昭の「魚影の群れ」を思い出したりもしました(藤原新也版「老人と海」とか、藤原新也版「魚影の群れ」といったキャッチをつけたくなる)。ただ、Amazon.comのレビューなどを見ると多くは手放しに絶賛しているのですが、全体を通しては、個人的にはやはりどうしても、若干の作り話っぽさがどこか感じられるのも拭えませんでした。

 因みに本書のiBooks版には、特典として作者がオークニー諸島を訪れた際に撮り下ろした写真や自らが歌うアイルランド民謡「ダニーボーイ」が収録されたフォトムービーがついてくるそうです。作者は写真家でもあるので、写真が付いてきてもいいとは思いますが、こうしたコラボレーションもどこかその"作り物っぽさ"を助長しているような気もしないでもないです。でも、オークニー諸島、行ってみたいのは行ってみたいけれどね。

大鮃 -おひょう301.jpg大鮃(halibut)
Alaska(2016.8.7)

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映画「うなぎ」にかなり反映されている。川西政明の文庫解説にやや違和感を覚えた。

仮釈放 吉村昭 1988.jpg仮釈放 吉村昭 文庫 旧カバー.jpg 仮釈放 吉村昭 文庫 新カバー.jpg   うなぎ dvd 完全版_.jpg
『仮釈放』(新潮文庫旧カバー版)/『仮釈放 (新潮文庫)』 「うなぎ 完全版 [DVD]
仮釈放』(1988/04 新潮社)

 浮気をした妻と相手の男の母親を殺害し、無期懲役の刑を受けて服役していた元高校教師の菊谷は、服役中の成績良好ということで仮釈放されることになった。菊谷は16年ぶりに刑務所を出て、大きく変貌した社会の様子に困惑しつつも、保護司や身元引受人達の支えを受けて、徐々に社会復帰していく。他人に過去を知られることを恐れ、一生保護観察下に置かれることの苦しさを感じながらも、だんだんと仕事に馴染み、菊谷の気持ちも安定するようになった。 その一方で菊谷は、事件を振り返っても被害者への懺悔の気持ちは湧いてこず、殺人を犯した動機もはっきりしない。自分の内部に得体の知れぬものが潜んでいるように思え、自問自答しても答えを見出すことが出来ないでいた―。

 1988(昭和63)年に刊行された吉村昭(1927-2006)の書き下ろし長編小説で、中盤までは、長期にわたって刑務所にいた主人公が久しぶりに社会へ出ていく際に生じる戸惑いが克明に記されています。また、罪を犯した人間の社会復帰を無報酬で支える保護司という仕事も紹介されて、興味深く読むとともに、そうした仕事への作者の敬意を感じました。

うなぎ 05.jpg これらについては、今村昌平監督が第50回カンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞した映画「うなぎ」('97年/日活)の中にも織り込まれていたように思います。「うなぎ」の元々の原作は吉村昭の短編「闇にひらめく」(『海馬(トド)』('89年/新潮社)所収)であり、「闇にひらめく」も妻の不倫現場を見て妻と相手の男を刺した男の刑務所から出所後の話です。「闇にひらめく」では男はヤスでウナギを突くウナギ採りに師事し、鰻屋を営むようになった男のもとへ、自殺未遂をした女性が転がり込んでくるという展開ですが、映画「うなぎ」で役所広司が演じた、服役8年後に仮出所した主人公が示す様々な不安や戸惑いは、むしろこの『仮釈放』から引かれているように思いました。

うなぎ 03.jpg 映画「うなぎ」では男はウナギ採りに師事して鰻屋を営むのではなく、理髪店を営みつつウナギを飼うことでそれを心の慰めとしますが、これは完全にこの『仮釈放』の主人公がメダカを飼う動機と同じでしょう(「闇にひらめく」には主人公が何か生き物を飼うという話は無い)。その他、主人公が犯した事件のあった当初、妻の不倫が何者からかの手紙によって発覚したことや、同じ刑務所の受刑者仲間だった男が主人公に接触することなども『仮釈放』からとられており、常田富士男が演じた保護司の人物像も『仮釈放』の保護司・竹林に近いように思いました。

 映画は最後、主人公が女を守ろうとして、あるいざこざから一旦また刑務所に逆戻りするという結末ですが(原作「闇にひらめく」にはこの結末はない)、主人公はその時点で精神的には恢復しており、将来に希望が持てるラストになっています(原作「闇にひらめく」もその意味では同じ)。しかしながら、この『仮釈放』で作者は、主人公が「第二の殺人」を犯してしまうという不幸で重い結末を用意しています。

 文庫解説の川西政明(1941-2016)は、主人公に悲劇の「原型」を見た思いがしたとしていますが、自分もそれに似たような思いを抱かずにはおれませんでした。但し、その解説によれば、主人公が妻を殺し妻の愛人に傷を負わせたことは情状酌量の余地があるが、なんの関係もない妻の愛人の母親を殺したことは許し難く、無期懲役の判決の要因がそこにあるにも関わらず、そのことに無感覚であること、また殺人そのものに無感覚であることに主人公に悲劇の源があるといった論調になっており、Amazon.com のレビューなどでも、「この小説の主人公にとっての罰は、二度目の殺人ということになるだろう。この罰は、彼が最初の殺人に対して罪の意識を持てなかったことの必然的な結果であった」といったコメントがあって、多くの賛同を得ているようでした。

 一方で、少数ながら、「他のレビューを見ると罪の意識や反省の有無について書かれているものが多く違和感を感じた」「因果応報を描いた話ではなく、人の心理に潜む救いようのない業について描いたもの」というものもあり、自分の印象もこれに近いものでした。主人公が、事件を振り返っても被害者への懺悔の気持ちは湧いてこなかったというのは確かですが、二度目に起きた殺人事件は、個人の性(さが)に起因する「宿命論」的悲劇と言うより、「運命の皮肉」がもたらした悲劇に近いような気がしました(「第二の殺人」の犠牲者は保護司が世話してくれた新しい妻だった)。そもそも、ここで描かれている「第二の殺人」は、(どう裁かれるかは別として)「殺人」と言うより「傷害致死」に近いのではないかと思います。

 川西政明はこの作品の主人公を、ドストエフスキーの『罪と罰』の極めて人間的な殺人犯ラスコーリニコフ(彼も金貸しの老婆と共に無関係な同居人まで殺害してしまったのだが)と対比させて、"人間の倫理的な底が抜け落ちている"殺人犯とし、その殺人には戦慄すべきものがあるとしています、また、この作品は早期に英語、フランス語、ドイツ語に翻訳されています。川西政明の解釈が正しいのかもしれませんが、個人的には主人公をそこまで断罪しきれないように思いました。

【1991年文庫化[新潮文庫]】

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岸田今日子、若尾文子、船越英二、川津祐介らの演技力でドタバタ喜劇にならずに済んだ。

卍 1964 dvd new.jpg卍 1964 02.jpg卍 1964 00.jpg
卍(まんじ) [DVD]」 岸田今日子/若尾文子

Manji01.jpg 弁護士の夫に不満のある妻・柿内園子(岸田今日子)は、美術学校で魅惑的な女性・徳光光子(若尾文子)と出会う。学校内で二人は同性愛ではないかとの噂が立ち、最初は深い関係ではなかった二人だが、次第に離れられない深い関係に陥っていく。二人の関係を訝しむ園子卍 1964 01.jpgの夫・孝太郎(船越英二)の非難を尻目に、すっかり光子の美しさに魅了された園子だったが、そこへ光子が妊娠したという話が持ち上がり、園子は光子に綿貫栄次郎(川津祐介)という婚約者がいたことを初めて知って憤る。綿貫は、園子に光子への愛を二人で分かち合おうと持ちかけて誓約書を作り、光子に押印させ、光子、園子、綿貫の三角関係が生れる。しかし、この関係は長くは続かず、園子は実は綿貫は性的不能者で、妊娠は狂言であったと言う。光子は、園Manji002.jpg子と綿貫との誓約関係を反故にさせようするが、その動きを知った綿貫は光子を脅迫する。切羽詰まった光子は園子と共に睡眠薬で狂言自殺をするが、意識朦朧のまま園子が見たのは、自殺未遂の知らせを聞いて駈けつけた園子の夫・孝太郎と光子の卍 1964 ド.jpg情事だった。今度は、光子の虜となった孝太郎と、光子、園子の間に新たな三角関係が生まれる。以前の園子と綿貫の間で交わした誓約書は、綿貫から孝太郎に戻されていたが、ある日、綿貫が密かに撮っておいた誓約書の写真が新聞に掲載されてスキャンダルとなる。光子、園子、孝太郎の三人は、三人とも自殺して全てを清算しようと考える―。

谷崎 卍 新潮文庫.jpg増村保造.jpg 1964(昭和39)年公開の谷崎潤一郎原作『』の映画化作で、監督は増村保造(1924-1986)監督、脚本は新藤兼人(1912-2012)。以降、海外も含め4度ほど映画化されていて、全部観たわけではないですが、おそらくストーリーの流れとしては最も原作に近いのではないでしょうか。

増村保造(1924-1986)

 時代設定が、原作で明治43(1910)年の出来事だったのが、映画では映画製作時の現在(昭和39(1964)年)になっていて、50年以上隔たりがありますが、不思議と原作との間に違和感がありませんでした。まあ、同性愛という刺激的なモチーフでもあるし、谷崎の原作そのものがモダンな雰囲気を持っているというのもあるかもしれません。

manji 1964  kishida.jpg卍 1964 0.jpg 岸田今日子(1930-2006/享年76)演じる園子が作家と思われる「先生」に自分の体験を語るという原作の枠組みも生かされています(先生を演じている三津田健は一言も発しない)。考えてみたら、原作はこの内容をすべて園子一人の"語り"で描いて、しかも飽きさせずに読ませるというのは、やはり原作はスゴイのではないかと思った次第です。映画でも時々、岸田今日子演じる園子の"語り"が入りますが、この人もやはり演技達者だなあと思いました。

卍 1964   .jpg 光子という女性に、園子、孝太郎、栄次郎の三人が振り回されっぱなしになるというストーリー展開で、"卍" にはこの四者の入り組んだ関係を象徴したものだと改めて思いましたが、演技は岸田今日子だけでなく、それぞれに良かったように思います。

Manji02.jpg 若尾文子(1933- )は当時30歳で、ファム・ファタールである光子の妖しい魅力を存分に発揮しており、船越英二(1923-2007/享年84)の演技も手堅かったです(船越英二は谷崎原作の「痴人の愛」('60年/大映)にも出ている)。予想以上に良かっ卍 1964.jpgたのmanji 1964    .jpg川津祐介(1935- )で、卑屈で小狡いが見ていてどこか哀しさもある男・綿貫栄次郎を演じて巧みでした。結局、岸田今日子も含め四人の演技力に支えられている作品だったように思います(勿論、増村保造監督の演出力もあると思うが)。

 途中、光子が自分で自らが仕組んだカラクリのネタばらしをしてしまう点などかが、ちょっとだけ原作と違ったかなあという程度です(かなり慌ただしいストーリー展開だから無理もないのか)。谷崎潤一郎作品って、『痴人の愛』も『鍵』もそうですが、映像化するに際して一歩間違えるとドタバタ喜劇にもなりかねないような要素があるように思われます。この作品は、四人の演技力によって何とかそれを免れているように思いました。

卍 1964 5.jpg卍 1964 manji.jpg 原作の細やかな情感まで描き切るのは難しかったのかもしれませんが、まずまずの出来だったと思います。原作の内容を実イメージとして把握する助けになる作品と言えるでしょう。この作品の7年前に谷崎の『』を映画化した市川昆監督は(「」('59年/大映))、結末を原作と全く変えてしまっていましたが、市川昆がこの作品を撮っていたらどうなっていたでしょうか。

「卍」●制作年:1964年●監督:増村保造●脚本:新藤兼人●撮影:小林節雄●音楽:山内正●原作:谷崎潤一郎●時間:90分●出演:若尾文子/岸田今日子/川津祐介/船越英二/山茶花究/村田扶実子/南雲鏡子/響令子/三津田健●公開:1964/07●配給:大映(評価:★★★☆)

「卍」撮影風景
卍 f99b6.jpg卍e7461.jpg

船越英二 in「黒い十人の女」('61年/大映)/「卍」('64年/大映)/「盲獣」('69年/大映)
黒い十人の女 03.jpg 卍 船越英二.jpg 盲獣19.jpg

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『痴人の愛』『鍵』と並ぶ谷崎文学のファム・ファタール作品の傑作。

谷崎 卍 新潮文庫9.jpg 谷崎 卍 新潮文庫.jpg 谷崎 卍 岩波文庫.jpg 谷崎 卍 文庫_.jpg
新潮文庫/『卍 (新潮文庫)』/『卍(まんじ) (1985年) (岩波文庫)』/『卍(まんじ) (岩波文庫)
『卍』(改造社)1931(昭和6)年4月20日初版
谷崎 卍 1931年.jpg 弁護士の夫に不満のある若い妻・柿内園子は、技芸学校の絵画教室で出会った徳光光子と禁断の関係に落ちる。しかし奔放で妖艶な光子は、一方で異性の愛人・綿貫とも交際していることが分かり、園子は光子への狂おしいまでの情欲と独占欲に苦しむ。更に、互いを縛る情欲の絡み合いは、園子の夫・孝太郎をも巻き込み、園子は死を思いつめるが―。

 谷崎潤一郎(1886-1965)の長編小説で雑誌「改造」の1928(昭和3)年3月号から1930(昭和5年)4月号まで断続的に連載されたもの。時期的には、作者の代表作で言えば、『痴人の愛』(1924年)と『春琴抄』(1933年)の間の時期で、『蓼喰う虫』(1928年-29年)と時期が重なることになりますが、『蓼喰う虫』は東京日日新聞(今の毎日新聞)に連載された新聞連載小説であり、こちらは雑誌に発表されたものです(何れにせよ、この頃作者は旺盛な創作活動期にあったとみていい)。

香櫨園海岸1.jpg 谷崎潤一郎は1923(大正12)年の関東大震災を契機にその年に関西に移住しており、移住前から構想があった『痴人の愛』の舞台は東京ですが、『春琴抄』の舞台は大阪、『蓼喰う虫』は大阪と兵庫(須磨)、そしてこの『卍』も、主人公の園子の自宅は西宮の香櫨園海岸にあるという設定になっています。

西宮・香櫨園海岸

 更に、この小説は、主人公・園子の一人称で、小説家である「先生」に徳光光子との関係を巡る事件を物語るというスタイルをとっており、終始一貫して園子の関西弁の語りで物語が成り立っているというのが特徴です。そのため、本来ならばどぎついと思われるような内容も、関西弁の柔らかい感じがそのどぎつさを包み込んでいるような印象を受けました(使われている関西弁が正しくないとの指摘もあるようだが、個人的にはそれはあまり感じなかった)。

 光子という一人の妖婦に周囲の3人の大人(園子、綿貫、孝太郎)が翻弄され、とりわけ園子と孝太郎が夫婦ごと光子の奴隷のような存在になっていく過程が凄いなあと思います。光子は、周囲を巻き込んでいくという点で、『痴人の愛』のナオミにも通じる気がしました。また、園子がどこまでを計算して、どこまでを無意識でやっているのかが読者にもすぐには判別しかねるという点では、作者の後の作品『鍵』(1956年)の郁子にも通じるものがあるように思います。

 結局、かなりの部分は光子の計略だったのだろなあ。でも、結末からすると、光子は実に純粋だった(自らの欲望に対してと言うことになるが)ということになるのかもしれません。今風に言えば、自己愛性人格障害とか演技性人格障害といった範疇に入るのかもしれないけれど。最後は園子の夫・栄次郎まで事件に巻き込まれるであろうということは、読んでいてかなり早い段階で気づくのですが...。

 同性愛小説という捉えられ方をされ、実際その通りですが、孝太郎まで園子の犠牲(?)になっているから、これはもう『痴人の愛』『鍵』と並んで、谷崎文学の三大ファム・ファタール作品と言えるかもしれません。まあ、この作家の場合、『瘋癲老人日記』や、短編の「刺青」などもあるため、「三大」では収まらないかもしれませんが、個人的に『痴人の愛』『鍵』と並んでこの作品も傑作であるように思われます。そんなこんなで、日本文学におけるファム・ファタール文学と言うと、やはり真っ先に谷崎潤一郎を想起します。

 この作品は、海外を含め過去5回映画化されていますが、増村保造監督の「」('64年/大映)は比較的原作に忠実に作られていたように思います。
 ・「卍」(1964年・大映)監督:増村保造/脚本:新藤兼人/出演:若尾文子、岸田今日子、川津祐介、船越英二ほか
 ・「卍」(1983年・東映)監督:横山博人/脚本:馬場当/出演:樋口可南子、高瀬春奈、小山明子、原田芳雄ほか
 ・「卍/ベルリン・アフェア』(1985年/伊・独)監督:リリアーナ・カヴァーニ/出演:グドルン・ランドグレーベ、高樹澪、ケヴィン・マクナリー
 ・「卍」(1998年・ギャガ・コミュニケーションズ)監督:服部光則/出演:坂上香織、真弓倫子ほか
 ・「卍」(2006年・アートポート)監督・脚本:井口昇/出演:不二子、秋桜子、荒川良々、野村宏伸ほか

谷崎 卍 中公文庫 .jpg谷崎 卍 中公文庫 2.jpg卍 1964 02.jpg【1951年文庫化[新潮文庫]/1955年再文庫化[角川文庫]/1956年再文庫化[河出文庫]/1985年再文庫化[岩波文庫]/1985年再文庫化[中公文庫(『蘆刈・卍』)]/2006年再文庫化[中公文庫(『卍』)]】
「卍」 (1964/07 大映) ★★★☆

蘆刈・卍 (中公文庫)』/『卍(まんじ) (中公文庫)

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お茶を飲む前に逡巡したポワロ。どこまでが演技だったのか考えると興味深い。

名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 2003.jpg名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 ロード.jpg 名探偵ポワロ/杉の柩   dvd.jpg 名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩  00.jpg
名探偵ポワロ ニュー・シーズン DVD-BOX 1」「名探偵ポワロDVDコレクション 52号 (杉の柩) [分冊百科] (DVD付)

名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 02.jpg名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 00.jpg 裁判で、被告エリノア・カーライが、殺人罪で裁かれている。数カ月前、エリノアは婚約者ロデとハンタベリー・ハウスの叔母ローラ・ウェルマンを訪ねていたが、そこに庭師の娘で幼なじみのメアリーがニュージーランドから帰って来ていた。数日前にエリノアは、"雪のように白い"人物が叔母の遺産の横取りするという悪意のある手紙を受け取っていた。エリノアは叔母の主治医ロードに相談、ロードは知り合いのポワロを紹介し、自ら手紙を持参し来談する。ロディはメアリーとの再会を喜んでいた。叔母は発作を起こし、弁護士を依頼して名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 03.jpgメアリーに遺産を遺そうとしているようにみえた。夜中、エリノアは別部屋でロディがメアリーと抱き合っているのを目撃した直後、叔母の容態が急変し急死、遺言書は無く、遺産は全て最も身近な姪のエリノアに行くことになる。ロディの心が自分から離れてしまったことで、エリノアは彼との婚約を解消し、メアリーには七千ポンドを譲ることに。叔母の看護師ホプキンズとオブライエンの薦めで遺言書を作ったというメアリーは名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 04.jpg、ニュージーランドの叔母に自分の遺産が渡るようにしたとエリノアに話す。エリノアは家政婦に暇を出し、自分で昼食用のサンドイッチを作って、メアリーにサケのサンドを、自分とホプキンズとでエビとカニのサンドを食べる。お茶を飲んだ暫く後、メアリーが居間のソファーで死んでいる見つかる。毒物はモルヒネで、叔母の死体が掘り返され、司法解剖の結果これもモルヒネ死だったことがわかる。庭師テッドはメアリーが好きだったが、最近メアリーは人が変わったようにお高くとまっていたとポワロに話す。マースデン警部はエリノアを容疑者として逮捕する。ロード医師は彼女が殺人犯のはずがないと言うが、ポワロはエリノア犯人説を主張する。そして裁判ではエリノア有罪・絞首刑の判決が下されたのだった。刑の執行まで日が残されていない中、ポワロはエリノアの無実を証明する―。

杉の柩 ミステリ文庫.jpg 「名探偵ポワロ」の第51話(第9シーズン第2話)で2003年製作のロング・バージョン。本国放映は2003年12月26日で、本邦初放映は2005年8月24日(NHK-BS2)。原作はクリスティが1940年に発表した長編推理小説で(原題:Sad Cypress)で、原作もエリノアが法廷に立つ場面から始まる倒叙法を採っています。

 原作では、自分が嫉妬心に駆られていたことを自覚するエリノアが、無罪を主張しながらも、自分が"無意識"にサンドイッチに毒を仕込んだかのような錯覚に陥りかけているという―こうした彼女の揺らめく心理を、心理小説的な手法で描いており、この部分(3部構成の第1部)はいわば"文芸小説"風でもあります。これを映像化するのはなかなか難しかったのではないかと思われますが、それほど不自然にならずにそれをやってみせている点は評価できるかと思います。

 原作でメアリーに想いを寄せるテッドが、ドラマでは庭師の別の男と1つのキャラになって"庭師テッド"になっていました。サンドイッチ食べてお茶飲んだのは室内になっていますが、原作では野外ではなかったでしょうか。ロディはヒトラーを尊敬していたりして、原作よりも良くないキャラになっていました(メアリーに対してもロディの方から働きかけた?)。

名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 images.jpg ポワロがお茶を飲んで苦しむ振りをするのは、視聴者には分かり易かった演技かも。むしろ飲む前に逡巡した理由が分かりにくかったかもしれません。お茶に毒が入っているかもしれないということではなく、カップの中に入っていたのが、ポワロ自らがすり替えた花瓶の水だったというわけです。ポワロが、エリノアが殺人犯のはずがないと言うロード医師に対し、彼女が犯人であるとしか考えられないと強弁したのは、あれも演技なのでしょうか(もし演技ならば、敢えてそういう振りをするメリットは?)。どこでポワロが犯人が分かったのかが分かりにくかったため、その部分もちょっと分かりにくかったです。

名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩 ケイリー・ライリー.jpg 前作第49話から暗いトーンになっていますが、最後はエリノアの将来に光明が見える終わり方でほっとします(原作が暗示的であるのに対し、かなり明示的と言えるか)。こうなると、ケリー・ライリー演じる、最初は大いに怪しかったけれど結局は殺害されたメアリーが気の毒になります(なんで前の庭師の娘がこんなに厚遇されるのかと思ってしまうが、他に怪しいことが多くあってそこまで気が廻らない?)。

ケリー・ライリー(メアリ)

 因みに、看護師ホプキンズを演じたフィリス・ローガンは、「主任警部モース(第30話)/カインの娘たち」('96年)や「バーナビー警部(第7話)/首締めの森(カラスの森が死を招く)」 ('99年)にも出演しています。

Phyllis Logan THE DAUGHTERS OF CAIN 1996.jpgPhyllis Logan STRANGLER'S WOOD 1999.jpgPhyllis Logan SAD CYPRESS 2003.jpgフィリス・ローガン in「主任警部モース(第30話)/カインの娘たち」('96年)/「バーナビー警部(第7話)/首締めの森(カラスの森が死を招く)」 ('99年)/「名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩」 ('03年)

Sad Cypress .jpg「名探偵ポワロ(第51話)/杉の柩」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON9:SAD CYPRESS●制作年:2003年●制作国:イギリス●本国放映:2003/12/26●監督:デビッド・ムーア●脚本:デビッド・ピリ●時間:94 分●出演:デビッド・スーシェ(ポアロ)/エリザベス・ダーモット・ウォルシュ(エリノア) /ルパート・ペンリー・ジョーンズ(ロディ) /ポール・マクガン(ドクター・ロード) /フィリス・ローガン(ホプキンス) /ダイアナ・クイック(ウェルマン夫人) /ケリー・ライリー(メアリ) /ジャック・ギャロウェイ(マーズデン警部)●日本放映:2005/08/24●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)
Sad Cypress

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このシーズンから雰囲気が重くなる。緻密にプロットを再現、ドラマ的にも重厚。

名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚  00.jpg名探偵ポワロ 五匹の子豚 dvd.jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚 01.jpg 名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚pigs2.jpg
名探偵ポワロ ニュー・シーズン DVD-BOX 1」「名探偵ポワロDVDコレクション 50号 (五匹の子豚) [分冊百科] (DVD付)

名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚_pigs1.jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚a4.jpg ポワロはルーシー・ルマルション(旧姓クレイル)という21歳の女性に、14年前に母キャロラインが画家である父アミアスを殺害した罪で絞首刑になった事件の真相を探って欲しいと依頼される。母キャロラインは処刑される直前に娘ルーシーに自分は無実であるという手紙を遺していたのだ。ポワロは事件を担当した弁護士から事件の概要を聴く。当時アミアスは、妻子がありながら、頼まれてその肖像画を描名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚ges.jpgくことになった大金持ちの美少女エルサ・グリアーに夢中になっていた。アミアスは結婚後も芸術家として何度も女性と付き合っていたが、今回はエルサに公然と一緒に住むよう迫られ、そのためアミアスと妻キャロライ名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚es.jpgンの間で口喧嘩が多発し、当時近くにいた人々もキャロライン自身がアミアスを殺すかもしれないと言っていたのを聞いていた。近所の住人名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚  07.jpgメレディス・ブレイクの薬棚から毒物のコニンが紛失しており、妻がビールグラスに入れて夫を毒殺したことは疑いようも無かった。ポワロは事件の関係者、アミアスの親友でメレディスの弟のフィリップ・ブレイク、エルサ・グリアー、メレディス・ブレイク、当時の家庭教師ミス・ウィリアムズ、キャロラインの異父妹アンジェラの5人を訪ねる。アンジェラは幼い頃、キャロラインが投げつけた文鎮で右目を失明していた。ポワロは、それぞれが語る当時の様子から事件の真相に辿りき、メイドのスプリッグも加えて古い屋敷に関係者が集められ、ポワロによる謎解きが行われる―。

五匹の子豚 文庫2.jpg 「名探偵ポワロ」の第50話(第9シーズン第1話)で2003年製作のロング・バージョン。本国放映は2003年12月14日で、本邦初放映は2005年8月25日(NHK-BS2)。原作はクリスティが1943年に発表した長編推理小説で(原題:Five Little Pigs)で、『スリーピング・マーダー』などと同じく所謂"回想の殺人"物です。
五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』(クリスティー文庫山本やよい新訳版・真鍋博復刻カバー)

 テレビドラマの方は、第9シーズンの第1作であるこの第50話から製作会社や製作者が変わって転換点を迎え、以降の21話分はそれまでの49話分とがらっと変わってシリアスなトーンになっています(第49話と第50話の間に2年8カ月のブランクがある)。ヘイスティングス、ジャップ警部、ミス・レモンのレギュラー3人が登場しなくなり、これまでユーモラスな描写が結構あったのが極端に減って、全体に暗く重いトーンになっていきます。こうした変化については賛否あるかもしれませんが、この「五匹の子豚」などは原作も結構重い話なので、こうした演出が合っているかもしれません(IMDbの評価スコアは「8.4」とシリーズトップクラス)。

名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚 001.jpg 原作ではルーシーの母キャロラインは死刑を宣告され、その1年後に獄中で死亡したことになっていますが、このドラマ版では死刑を宣告されてすぐに刑死したことになっており、冒頭その処刑シーンから始まるので、かなり暗いです(「クリスティのフレンチ・ミステリー(第7話)/五匹の子豚」では、キャロラインが獄中でまだ生きていた設定に変えられている)。一方で、メレディスの弟のフィリップ・ブレイクが殺害された当の画家アミアスに対して以前からボーイズ・ラブ的な感情を抱いていて、片や幼馴染みのキャロラインにも気があって...といった脚色もされています(フィリップが、寝室に誘い込んだキャロラインにアミアスへの自分のの感情を指摘されて激高するのは、ある種の分裂症気味だが、ここにもまた重いモチーフが設けられていると言える)。

五匹の子豚  .jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚 09.jpg キャロラインが自分が右目を失明させた異父妹アンジェラを守るために敢えて犠牲になろうとする一方、娘のルーシーに自分は無実であることを知っておいて欲しいという、その母としての気持ちが分かるだけにやるせないです。一方で、オリジナルの精緻なプロットは損なわずに映像化しており、ラストのポワロの関係者一同を集めての謎解きにもドラマ的な重厚感がありました。しかし、犯人は憎らしいくらい堂々としていたなあ。ポワロがルーシーに犯人は処罰を受けるだろうと言ったのは、今更死刑になるということではなく(一事不再理か)、生きて精神的な罪苦を受け続けるということなのでしょうが、ここまでエゴイストだと、どれくらい罪の意識を感じるのか。犯人に銃を向けたルーシーの気持ちが分かります(母親の仇ということだからなあ)。

エイミー・マリンズ(Aimee Mullins)
名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚   es.jpgエイミー・マリンズ g.jpg 因みに、ルーシーを演じたエイミー・マリンズ(Aimee Mullins)はアメリカのエイミー・マリンズ tedド.jpg女優で、両脚の骨の一部(腓骨)を持たずに生まれ、1歳で両膝から下を切断、両脚とも義足です。義足エイミー・マリンズ.jpgながらもスポーツをずっと好きでやっていて、5年間ソフトボールをした後、高校からはずっと競技スキーをやり、やがて陸上競技でパラリンピックを目指すようになり、'96年、アトランタ・パラリンピックで女子100Mと走り幅跳びに出場、その後ス―パーモデルとして活躍しながら女優業もこなしているという女性です。但し、この作品に関して言えば、演技力よりもヘアスタイルやメイクアップなどヴィジュアルの方が印象に残るといった感じでしょうか。

ジュリー・コックス(Julie Cox)/ジュリー・コックス in「名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚」/ジュリー・コックス&マーク・ウォレン in「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)
Julie Cox2.jpgJulie Cox FIVE LITTLE PIGSド.jpg牧師館の殺人B.jpg エルサ・グリアー役のジュリー・コックス(Julie Cox)とメレディス・ブレイク役のマーク・ウォレンは、ジェラルディン・マクイーワン主演「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」 ('04年)において、若かりし日のミス・マープルと、その恋人エインズワース大尉をそれぞれ演じています(「若かりし日のミス・マープル」という設定はドラマのオリジナル)。また、キャロライン・クレイル役のレイチェル・スターリング(Rachael Stirling)も、レイチェル・スターリング .jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚Poirot_Five_little_pigs3.JPGグリゼルダ(レイチェル・スターリング).jpg同じ「牧師館の殺人」でグリゼルダ役を演じるなどしていますが、彼女はアガサ・クリスティ原作の映画「地中海殺人事件」('82年/英)で元女優アレーナ・スチュアートを演じたダイアナ・リグの娘です。

レイチェル・スターリング(Rachael Stirling)/レイチェル・スターリング(右)/レイチェル・スターリング in「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)

エイミー・マリンズ 9.jpgFive Little Pigs .jpg「名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON9:FIVE LITTLE PIGS●制作年:2003年●制作国:イギリス●本国放映:2003/12/14●監督:ポール・アンウィン●脚本:ケヴィン・エリオット●時間:100分●出演:デビッド・スーシェ(ポアロ)/エイミー・マリンズ(ルーシー)/ジュリー・コックス(エルサ)/レイチェル・スターリング(キャロライン)/エイダン・ギレン(アミアス)/ソフィー・ウィンクルマン(アンジェラ)/トビー・スティーブンス(フィリップ)/マーク・ウォーレン(メレディス)/ジェマ・ジョーンズ(ウィリアムズ)/パトリック・マラハイド(ディプリーチ)●日本放映:2005/08/25●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★★)
Five Little Pigs

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リゾート感溢れるし、ラストはラストで楽しめたが、原作を超えるには至っていない。

地中海殺人事件  pannhu .jpg地中海殺人事件 1982 poster.jpg地中海殺人事件 DVD.jpg 地中海殺人事件-  Ustinov.jpg
地中海殺人事件 デジタル・リマスター版 [DVD]
映画パンフレット 「地中海殺人事件」監督 ガイ・ハミルトン 出演 ピーター・ユスチノフ」「【映画チラシ】地中海殺人事件 ガイ・ハミルトン ピーター・ユスティノフ [映画チラシ]
マギー・スミス/ロディ・マクドウォール/シルヴィア・マイルズ/ジェームズ・メイソン
地中海殺人事件- smith mcdowell mason.jpg ロンドンの保険会社で、ポアロ(ピーター・ユスティノフ)が模造宝石に保険をかけようとしたホレス・ブラット(コリン・ブレークリー)の調査を依頼される。ポアロは彼に会い、「結婚の約束をした女優のアリーナ・マーシャル(ダイアナ・リグ)に20万ドルの宝石を与えたが、彼女が他の男と結婚したので、宝石を取り戻したところ模造品だった」と聞かされる。当のアリーナはアドレア海の孤島のホテルで休暇を過ごす予定であり、ポアロもそこへ赴く。ホテルの女主人ダフネ(マギー・スミス)はタイラニア国王の元愛人で、手切れ金代りにこのホテルを貰ったのだった。アリーナとは昔一緒に舞台に出たことがあり、二人は再会すると互いに笑いながら嫌味を言い合う。アリーナが新夫ケネス・マーシャル(デニス・クイリー)、ケネスと前妻との間の子リンダ(エミリー・ホーン)と共に着いたホテルには、彼女を再び舞台に復帰させようというプロデューサーのオーデル・ガードナ地中海殺人事件 - balloon.jpgー(ジェームズ・メイソン)と妻の地中海殺人事件- roddy.jpgEvil Under the Sun (1982)_AL_.jpgマイラ(シルヴィア・マイルズ)、彼女の伝記を執筆したジャーナリストのレックス・ブルースター(ロディ・マクドウォール)が待っていたが、彼女は女優業への復帰も伝記の出版も拒否する。そして、ホテル客のハンサムなラテン語教師パトリック・レッドファン(ニコラス・クレイ)と大っ地中海殺人事件276.jpgぴらにいちゃつき、人々の非難の目を浴びる。アリーナのことでパトリックが妻クリスティン(ジェーン・バーキン)と喧嘩しているのを、多くの人が聞きつける。ある日、ホテルを一人で出たアリーナは、ホテルと反対側の海岸の浜辺で日光浴をしていた。パトリックとマイラがボ地中海殺人事件s.jpgートでその浜辺へ。パトリックが横になっている彼女の所へ行くと彼女の死を発見。マイラの知らせを受けたダフネの依頼でポワロが捜査にあたる。皆それぞれに犯行動機があったが、ポアロは死亡推定時刻の11時半から12時までの全員のアリバイ地中海殺人事件b6.jpgを訊くと、誰にとってもアリーナ殺害は不可能だった。リンダとクリスティンは死体発見現場とは反対側の海辺で海水浴とスケッチをしていたし、ケネスは部屋でタイプを打っていたし、レックスはボートで別の海上にいて、ダフニネは従業員とミーティングをし、窓からオーデルが庭で読書しているのを目撃していた。皆がホテルを去る日、ポワロは皆を集めて犯人を指摘する―。

白昼の悪魔  cb.jpg白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫2.jpg 1982年公開の昨年['16年]亡くなったガイ・ハミルトン(1922-2016/享年93)による監督、ピーター・ユスティノフ(1921-2004/享年82)の主演作で、原作はクリスティが1941年に発表した『白昼の悪魔』であり、映画の原題も"Evil Under the Sun"。ピーター・ユスティノフにとっては、同じくポワロを演じたジョン・ギラーミン監督の「ナイル殺人事件」('78年)とマイケル・ウィナー監督の「死海殺人事件」('88年)の間の作品であり、ガイ・ハミルトンにとっては、ミス・マープル物の『鏡は横にひび割れて』が原作である「クリスタル殺人事件」('80年)に続くクリスティ原作作品の監督作です(因みにこの「地中海殺人事件」は、「ナイル殺人事件」とプロデューサー、脚本及びが同じであり、「クリスタル殺人事件」ともプロデューサをはじめ主要スタッフが同じである)。

地中海殺人事件 - smith mcdowell.jpg 原作の登場人物の内、ミリー・ブルースターが男性に変更され、レックス・ブルースター(ロディ・マクドウォール)になっているほか、ブルースターがパトリック・レッドファンと共にアリーナの遺体を発見する部分は、オーデル・ガードナーの妻マイラ(シルヴィア・マイルズ)にその役割を置き換えられています。更に、ケネス・マーシャルのことを心配する有名ドレスメーカーのロザモンド・ダーンリーは登場せず、その役割は一部、原作には無いホテルの女主人ダフネ(マギー・スミス)に置き換えられているといった感じです。
マギー・スミス/ロディ・マクドウォール

地中海殺人事件- sea.jpg 原作の舞台は英国内ですが、それをアドリア海にあるティラニア島(架空の島)に改変しています。実際のロケ地はスペインのマヨルカ島付近のドラゴネーラ島であり、美しい風景をバックにコール・ポーターの名曲が地中海殺人事件 - island real.jpg流れ、陽光に満ちたリゾート感、優雅な贅沢感が溢れる作品になっています。一方、一部登場人物の改変はあるものの、プロットはほぼ原作に沿っています(原作が精緻なプロットであるため、基本的には殆どいじりようがないのだが)。

ロケ地のスペイン・ドラゴネーラ島

 映画「ナイル殺人事件」の時もそうでしたが、最後ややバタバタバタっとポワロが謎解きしてしまう感じで、観る者に推理する暇をあまり与えていないような印象があり、こうした点はデビッド・スーシェ主演のドラマ版である「名探偵ポワロ(第48話)/白昼の悪魔」('01年)の方が丁寧で分かり易いかもしれません。

地中海殺人事件e4.jpg そのことを意識してか、最後にポワロが犯人だと名指して推理を展開した容疑者が、話としては面白いが証拠がどこにもないと反駁し、悠々とその場を立ち去ろうとするという映画オリジナルの場面があって、それに対してポワロがどう対処したかという独自の"捻り"が加えられています。イギリス映画であって、多くの観客がクリスティの原作の結末を知っているため、敢えてこうしたシークエンスを加えたのではないかとも思われ、また、「タワーリング・インフェルノ」('74年)などアクションアドベンチャー大作が得意のジョン・ギラーミン監督と、「007死ぬのは奴らだ」('73年)などスパイ物やサスペンス物を多く手掛けたガイ・ハミルトン監督の作風の違いの表れでもあるかもしれません。ラストはラストで楽しめましたが、やはり原作を超えるには至っていないように思います。

地中海殺人事件 - last.jpg地中海殺人事件 - rigg smoth.jpg アリーナ・マーシャルを演じたダイアナ・リグ(Diana Rigg)は、「女王陛下の007」('69年)のボンドガールで、娘のレイチェル・スターリング('77年生まれ)も女優であり、「名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚」('03年)、「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)などに出演しています。

地中海殺人事件ジェーン・バーキン19.jpg地中海殺人事件a18.jpg パトリック・レッドファンの妻クリスティンを演じたジェーン・バーキン(Jane Birkin)は、「ジェーン・バーキン22.jpgナイル殺人事件」に続いての出演で、10代で既にミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」('66年/英・伊)などに出ていますが、エルメスのカゴバッグ"バーキン"誕生の契機となるエルメスの社長と航空機で乗り合わエルメスのバーキン.jpgジェーン・バーキン ファッション.jpgせたという出来事は'84年のこと。以降、女優業、歌手業をこなしながらカジュアル系のファッション・リーダーとしても今日まで活躍し続けていますが、この映画の頃はまだ"着せ替え人形"みたいな感じ。夫パトリック役のニコラス・クレイはシルビア・クリステル主演の「チャタレイ夫人の恋人」('81年/英・仏)で重要な役どころの森番役を演じるなどしましたが、残念ながら2000年に肝癌で亡くなっています。

ジェーン・バーキン

  
Evil Under the Sun (1982)
Evil Under the Sun (1982).jpg地中海殺人事件 - hercule swim.jpg「地中海殺人事件」●原題:EVIL UNDER THE SUN●制作年:1982年●制作国:イギリス●監督:ガイ・ハミルトン●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:アンソニー・シェーファー/バリー・サンドラー●撮影:クリストファー・チャリス●音楽:コール・ポーター●原作:アガサ・クリスティ「白昼の悪魔」●時間:117分●出演:ピーター・ユスティノフ/コリン・ブレイクリー/ジェーン・バーキン/ニコラス・クレイ/マギー・スミス/ロディ・マクドウォール/ジェームズ・メイソン/ダイアナ・リグ/シルヴィア・マイルズ/デニス・クイリー/エミリー・ホーン●日本公開:1982/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:有楽座(82-12-28)(評価★★★☆)
ナイル殺人事件」('78年)   「地中海殺人事件」('82年)   「死海殺人事件」('88年)
ナイル殺人事件 スチール2.jpg 地中海殺人事件 es.jpg 死海殺人事件 w.jpg
《読書MEMO》
●原作の評価                
・『ナイルに死す』......★★★★
・『白昼の悪魔』......★★★★
・『死との約束』......★★★★
●映画化作品の評価
・「ナイル殺人事件」......★★★☆
・「地中海殺人事件」......★★★☆
・「死海殺人事件」......★★★

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本格推理の色濃い原作のプロットを、丁寧に分かり易く映像化している。。

名探偵ポワロ48/白昼の悪魔 dvd.jpg名探偵ポワロ/白昼の悪魔 0_.jpg Evil Under the Sun_1.jpg
名探偵ポワロ 完全版 Vol.31「白昼の悪魔」 [DVD]」「名探偵ポワロDVDコレクション 17号 (白昼の悪魔) [分冊百科] (DVD付)
名探偵ポワロ/白昼の悪魔1.jpg ヘイスティングスが投資したアルゼンチン・レストランのオープンでポワロは食事中に倒れて入院し、ミス・レモンの手配で、ヘイスティングスに付き添われてヘルス・リゾートホテルのある島に行くことになる。目的の島への船で、記者のパトリックとクリスティンのレッドフ名探偵ポワロ/白昼の悪魔im.jpgァーン夫婦に出会うが、パトリックは島で女優アレーナ・スチュアートと再会し、彼女にべったりになる。ホテルにはアレーナの夫ケネス・スチュアートと彼の息子ライオネルもいて、ポワロとは以前にある殺人事件で知り合ったロザモンド・ダーンリー夫人もいた。ロザモンドはケネスが自分の初恋相手だと言う。ポワロはロザモンドから、アレーナは前夫の死で得た遺産で潤ってい名探偵ポワロ/白昼の悪魔 hotel.jpgるとの話を聞く。ライオネルは継母のアレーナを嫌い、同じく島に来ている活動的な女性エミリー・ブルースター、狂信的な牧師レイン、バリー名探偵ポワロ/白昼の悪魔 00.jpg少佐らも彼女を嫌い、牧師は邪悪視さえしていた。ポワロはホテルでスチーム・バスに入れられ、隣にいた職業不詳のヨット好きの男ブラットと知り合う。彼のヨットは何故か日によって赤い帆だったり白い帆だったりした。ポワロはパトリックにアレーナとの浮気を咎めるが、逆ギレされてしまう。翌名探偵ポワロ/白昼の悪魔35.jpg朝、ポワロとヘイスティングスはピクシー洞窟に船外機付きボートで行こうとするアレーナを目撃するが、そのことを彼女から口止めされる。一方、クリスティンとライオネルはガル洞窟に、それぞれスケ名探偵ポワロ/白昼の悪魔 5.jpgッチと海水浴に出掛ける。パトリックはエミリーを誘ってボートを漕ぎ出し、ピクシー洞窟の浜辺で俯せに倒れているアレーナらしき女性を発見する。急いで上陸して駆け寄った彼は「脈が無い」と言い、エミリーがホテルに通報をすることに。クリスティンは12時からテニスの約束はあるためホテルに引き返していたが、そこにはケネスやヘイスティングスもいて、そこへ「アレーナが殺された」との報が入り、ジャップ警部が島に捜査に入る―。

地中海殺人事件 1982 poster.jpg白昼の悪魔  cb.jpg白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫2.jpg 「名探偵ポワロ」の第48話(第8シーズン第1話)で2001年製作のロング・バージョン。本国放映は2001年4月20日で、本邦初放映は2002年1月2日(NHK)。原作はクリスティが1941年に発表した長編推理小説で(原題:Evil Under the Sun)、ガイ・ハミルトン監督、ピーター・ユスティノフ主演の「地中海殺人事件」('82年/英)の原作でもあります(映画では舞台をアドリア海の孤島に改変している)。
   
名探偵ポワロ/白昼の悪魔4.jpg 原作と比べるとこの映像化作品では、島に滞在している人物の内、あまり事件に関係ないガードナー夫妻がカットされ(原作でも容疑者たり得なかった)、その代り、冒頭に島に来る以前のレイン牧師の教会での狂信的な説教の場面があって、その狂信ぶりが強調されており(後でその狂信ぶりが妻に不倫され逃げられたことからくるものであると分かるがこれはドラマのオリジナル)、また、後で謎解きに関係してくる過去の事件の一場面があります。更に、ケネス・スチュアートの連れ子である"娘"が"息子"に置き換わっています(容疑者の一人であることには変わりない)。
 
名探偵ポワロ/白昼の悪魔 (1).jpg 原作には、ヘイスティングスが投資したアルゼンチン料理のレストランが出てきたり、ポワロが島のホテルで無理やり食事療法をさせられたりスチーム・バスに入れられたりすることもなく、また、ヘイスティングスが名探偵ポワロ/白昼の悪魔ges.jpgポワロの療養にお供して島に来たり、事件後ジャップ警部が島に乗り込んで来た英国バー・アイランド.jpgり、ポワロがミス・レモンに殺害されたアレーナの財務状況や過去の未解決の類似事件について調べてもらったりすることなどもありません。ポワロがほぼ誰からの協力を得ることもなく一人で事件を解決します(『そして誰もいなくなった』のようなクローズド・サークルバー島.jpg型に近いミステリと言える。このドラマ版のロケ地は、クリスティが実際に滞在し、小説を執筆する際にモデルにしたとされるバー・アイランドで、この島は『そして誰もいなくなった』のインディアン島のモデルとも言われている)。

英国デヴォン州バー・アイランドと島に渡るSea Tractor

 このように細部においては原作と異なりますが、プロット的には、本格推理の色濃い凝ったプロットの原作を、出来るだけ端折らずにうまく再現しているように思いました。原作も傑作だと思いますが、唯一の難点は、実際にこのような複雑な犯行が実行可能かということではないかと思います。でも、映像化作品を見ると、少なくとも理論的には実行可能であると改めて思いました(蓋然性が伴うが)。

 牧師の過去についてはドラマの付け足しですが、過去の類似の事件については、事件解決のための重要事項でありながら原作ではそれほど詳しく描かれていなかったように思われ、それを分かり易く映像化しているのは親切だと思いました。また、そのことにより、犯人の動機もより明らかになっているように思いました。ピーター・ユスティノフ主演の映画版でも冒頭で過去の事件を映像化していますが、原作には無い模造宝石の事件とかも出てきて、あまり分かりよくなかったです。ゴージャスさを楽しむなら映画ですが、プロットを楽しむならドラマでしょうか。

Evil Under the Sun
Evil Under the Sun.jpg
名探偵ポワロ/白昼の悪魔).jpg「名探偵ポワロ(第48話)/白昼の悪魔」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON8:EVIL UNDER THE SUN●制作年:2001年●制作国:イギリス●本国放映:2001/04/20●監督:ブライアン・ファーナム●脚本:アンソニー・ホロウィッツ●時間:100分●出演:デビッド・スーシェ(ポアロ)/ヒュー・フレイザー(ヘイスティングス)/フィリップ・ジャクソン(ジャップ警部)/ポーリン・モラン(ミス・レモン)/ティム・ミーツ(スチーブン・レーン)/タムジン・メールソン(クリスチン・レッドファン)/マイケル・ヒッグス(パトリック・レッドファン)/ロジャー・アルボロー(ウェストン警視正)/ケビン・ムーア, ルイス・デラメア(アリーナ・スチュワート)/デビッド・マリンソン(ケネス・マーシャル)●日本放映:2002/01/02●放映局:NHK(評価:★★★★)

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原作もいいが、いろいろな部分で原作より良くなっている点があったように思う。

名探偵ポワロ45もの言えぬ証人 Dumb Witness(1997)02.jpg もの言えぬ証人 dvd.jpg  名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人00.jpg Dumb Witness AL_.jpg
名探偵ポワロ[完全版]Vol.27 [DVD]」「名探偵ポワロDVDコレクション 7号 (もの言えぬ証人) [分冊百科] (DVD付)Dumb Witness
名探偵ポワロ45もの言えぬ証人 s.jpg名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人01.jpg ポワロはヘイスティングスの友人チャールズ・アランデルが、水上ボートの最速記録に挑戦するのを見学にウィンダミアにやって来る。そこには、取材陣や村人らの他に、チャールズの叔母でリトル・グリーンハウスの主のエミリー、付添婦のウィルミーナ、チャールズの妹テリーザ、エミリーの姪のベラ・タニオスとその夫でギリシャ人医師のジェイコブが集っていた。さらに、霊媒のトリップ姉妹も駆けつけ、ポワロ名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人03.jpgに不吉な警告をする。チャールズのボートは火を噴くが、彼は無事に脱出、祝賀会の予定が単なる夕食会になったその席には、エミリー名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人02.jpgの主治医グレンジャー医師も同席する。席上、トリップ姉妹のイザベルに霊が憑依し、MP(ポワロの先祖)からポワロに警告すると言う。その夜、エミリーが階段から転落する事故が起き、踊り場に飼い犬のフォックステリア、ボブのボールが見つかる。彼女はそれに躓いたと思われたが、ポワロはネジを発見し、ワイヤーが張られていたと推理する。エミリーから相談を受けたポワロは、遺産目当てに命を狙われるな名探偵ポワロ45もの言えぬ証人es.jpg ら、遺言状を書き換えて身内には遺産をやらないことにすればよいと提案し、エミリーはこれを受け入れ実行する。ジェイコブが調合薬をエミリーに渡し、エミリーがそれを飲んで外に出たとたん、口から緑色の気体を吐いて倒れ、彼女は亡くなる。トリップ姉妹もウィルミーナもエミリーの口から魂が外に出たのだと思い込む。地元警察のキーリ名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人05.jpgィ巡査部長は肝臓障害による死亡と断定し、検死解剖を拒否する。ポワロは降霊会をやるというトリップ姉妹の提案を受け入れ、その降霊会でイザベルはエミリーの言葉で殺人者はロバート・アランデルだと告げるが、そんな名の者は、犬のボブがロバートであるのを除いていない。新しい遺言状で遺産全部がウィルミーナに贈られることが明かされ、ウィルミーナ自身も初めてそれを知る。彼女はボブが騒いだ夜、夢うつつで見た"誰か"のナイトガウンにTAと縫い取りされていたことを思い出したとポワロに告げる。TAはテリーザのイニシャルである。一方、グレンジャー医師は、エミリーが吐いた緑色の気体の正体に気づくが―。

もの言えぬ証人 (クリスティー文庫)_ -.jpg 「名探偵ポワロ」の第45話(第6シーズン第4話)で1997年製作のロング・バージョン。本国放映は1997年3月16日で同年に英国で放映されたシリーズ新作は本作1本のみです。本邦初放映は1997年12月30日(NHK)。ヘイスティングスの吹替を担当してきた富山敬(1938-1995/享年56)の「名探偵ポワロ」最後の出演作品となりました。原作はクリスティが1937年年発表したポアロシリーズの第14作で(原題:Dumb Witness)です。

名探偵ポワロ45もの言えぬ証人c34c.jpg 原作では、エミリー・アランデルはポワロに相談の手紙を書きますが、その手紙がポワロに届く前に彼女は"病死"しており、手紙を受けてポワロらがリトル・グリーンハウス(小緑荘)に来た時にはもう彼女はこの世にいないという設定になっており、チャールズが水上ボートの最速記録挑戦に入れ込んでいて、彼がヘイスティングスの友人であったためポワロも一緒にその挑戦を見学に来たというのはドラマ版オリジナルです(結果として、ポワロが来てから殺人が起きるというパターンになった)。

 また、原作では、テリーザの恋人で、グレンジャー医師の下にいるドナルドソンという新米医師がいて、彼も容疑者の1人になっていますが、ドラマ版では出てこず、代わりにグレンジャー医師がウィルミーナと互いに好意を抱き合う関係になっていて、彼の方が容疑者の1人になっています。そのグレンジャー医師が、エミリーが吐いた緑色の気体の正体が毒物の燐(リン)であることに気付くというのは、原作よりもむしろ自然な流れですが、そのことによって彼は原作には無い"第2の殺人"の犠牲者になります(殺害されることで容疑者から外れるというパターン)。

名探偵ポワロ45もの言えぬ証人s.jpg 細部の改変はありましたが(ボブがボートに映った自分の顔を見て吠えるとことからポワロが鏡の原理を思い出す点などもドラマのオリジナル。このホワイトテリア、名演技だったなあ)、但し、犯人が誰かは勿論のこと、プロットなども原作を踏襲しているように思われました。原作では、チャールズは遊び人、テリーザは浪費家、ベラはテリーザを真似るも彼女のように垢抜けることは出来ない女性ということになっていますが、それぞれのその"程度"は弱められていたように思います。

名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人04.jpg 文庫解説で、事件解決後ポワロに贈られたボブがその後どうなったかについて(その後の作品にポワロが犬を飼っていた記述はなく、一方、本原作をもってヘイスティングスは長編小説から姿を消し、『カーテン』まで登場しない)、ヘイスティングスと一緒にアルゼンチンに渡ったのではないかとしていますが、このドラマ作品ではポアロが霊媒能力を身に着けた振りをして本職の霊媒師のトリップ姉妹にボブを託してしまうというエピローグが可笑しかったです。

 原作もいいですが、いろいろな部分で原作より良くなっている点があったようにも思いました。

名探偵ポワロ45もの言えぬ証人 Dumb Witness(1997)01.jpg名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人06.jpg「名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON6:DUMB WITNESS●制作年:1997年●制作国:イギリス●本国放映:1997/03/16●監督:エドワード・ベネット●脚本:ダグラス・ワトキンソン●時間:100分●出演:デビッド・スーシェ(ポワロ)/ヒュー・フレイザー(ヘイスティングス)/パトリック・ライカート(チャールス・アランデル)/ケイト・バファリー(テリーザ・アランデル)/ノーマ・ウェスト(ウィルミーナ)/ジュリア・セント・ジョン(ベラ・タニオス)/ポール・ハーツバーグ(ジェイコブ・タニオス)/アン・モリッシュ(エミリー・アランデル)/ ポーリン・ジェームソン(イザベル・トリップ)/ミュリエル・パブロー(ジュリア・トリップ)●日本放映:1997/12/30●放映局:NHK(評価:★★★★)

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クリスティ的要素がてんこ盛り。ヒントは傍点にあったのか。

白昼の悪魔 ポケット・ミステリ.jpg 白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫).jpg白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫2.jpg 白昼の悪魔  cb.jpg  地中海殺人事件 1982 poster.jpg
白昼の悪魔 (1955年) (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 208)』『白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1‐82))』『白昼の悪魔 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 映画「地中海殺人事件」ポスター/タイアップ・カバー
『白昼の悪魔』 (1976年) (Hayakawa novels)
白昼の悪魔  s.jpg白昼の悪魔HK2.jpg レザーコム湾のスマグラーズ島は、ジョリー・ロジャー・ホテル専用の小島で、ホテルは毎夏リゾート客で賑わうが、今年も多くの客が来ており、その中にポアロもいた。他の主な客は、米国人のガードナー夫妻、牧師スチーブン・レーン、ケネス・マーシャル大佐とその後妻で元女優アリーナ、大佐の連れ子リンダ、著名ドレスメーカーのロザモンド・ダーンリー、美男のパトリック・レッドファンと妻クリスチン、健康的だが控えめなエミリー・ブルースターなどだった。パトリックは滞在中にアリーナと親しくなり、二人の仲はホテル内の噂だが、パトリックを誘惑したアリーナに対する皆の評判は悪く、パトリックの妻クリスチンに同情が集まる。ある晴れた日、いつもは朝が遅いアリーナが早朝からホテル専用の海水浴場に現れ、散歩していたポアロに口止めしたうえで、フロートに乗って海に出ていく。その姿が島陰に隠れ見えなくなってから、パトリックとケネスが現れアリーナを捜す。アリーナの姿が見えずに落ち着かない様のパトリックは、ブルースターを誘いボートで海に出る。一方で、クリスチンは、リンダを誘って絵を描きに島内のガル湾に向かう。そして日光浴をするリンダと絵を描いていたが、テニスEvil Under the Sun ta.jpgの約束があったので、昼前に一人ホテルに戻って行く。ボートのパトリックとブルースターは、ビクシー湾の入江で、砂浜に寝そべるアリーナと思われる女性を見つける。パトリックは大声で呼びかけたが返事がないため不審に思い、ボートを降りて彼女のそばに向かうが、その脈を取って震えて囁く―「死んでいる」「首をしめられている...殺されたんだ」。パトリックはブルースターにホテルに戻って知らせるよう頼み、ブルースターはボートで海水浴場に戻る。ポアロと共に連絡を受けた地元の警察がやって来て、アリーナ・マーシャルを絞殺した犯人の捜査が始まる。アリーナに対して最も強い動機を持つ夫のケネスに容疑がかかるが、ケネスは部屋でその朝届いた手紙の返事をタイプしていたというアリバイがあった。浮気相手のパトリックもブルースターと一緒に行動していたし、その妻のクリスチンも動機がありそうだが、リンダと一緒にいたというアリバイがある。アリーナを殺したのは誰か、そして動機とそのチャンスは?

Evil Under the Sun - Tom Adams paperback covers

Evil Under the Sun First Edition 1941/1982
Evil Under the Sun 1.jpgEvil Under the Sun 1982jpg.jpg 1941年にアガサ・クリスティが発表した長編推理小説で(原題:Evil Under the Sun)、ガイ・ハミルトン監督、ピーター・ユスティノフ主演の「地中海殺人事件」('82年/英)の原作ですが、意外と原作と映画が結びつかなかったりするのは、映画がその舞台を原作の英国南西部にあるレザーコム湾のスマグラーズ島から、バルカン半島とイタリア半島に囲まれたアドリア海の孤島に変更しているせいもあるかもしれません。

 映画に比べると原作はやや知名度が落ちるかも知れませんが、中身はクリスティらしい要素がいっぱいで、小島というクローズドサークル、何か事件が起きそうな人物配置と人間関係、そして複数のトリックを組み合わせた巧みなプロットと、最後の最後まで楽しめます。あまりにクリスティ的要素がてんこ盛りで逆に目立たないのかなとも思いましたが、1982年に行われた日本クリスティ・ファンクラブ員の投票による作者ベストテンでは第10位に入っているとのことです(江戸川乱歩は本書を作者ベスト8の1つに挙げている).

Evil Under the Su-M.jpg 読み終えてみて、これは所謂"叙述トリック"ではなかったかと思いましたが、肝腎な箇所を読み返してみると、傍点が振ってありました。その時はなぜ傍点が振られているのか全然考えなかったけれども、後になってみてなるほど、そういうことだったのかと...。

 本格推理の要素が強い分、リアリティの面でどうかというのもありますが、その辺であまり目くじらを立てると、作品そのものが楽しめないかもしれません(本格推理小説でもっとリアリティに乏しい作品は世にいくらでもある)。むしろ、意外な人間関係は『ナイルに死す』などにも通じるものがあったかもしれませんが、犯人の殺人を犯す動機がやや弱い点が少し気になりました(クリスティー文庫の翻訳が捕物帳風なのも気になった)。でも、トータル的には、先行して映画化された『ナイルに死す』(映画タイトルは「ナイル殺人事件」)と並ぶかそれ以上の出来の作品だと思います。
1999 by Collins Crime                  Evil Under the Sun (BBC Radio Collection)
Evil Under the Sun (BBC Radio Collection) .jpg                 

名探偵ポワロ48/白昼の悪魔 dvd.jpgEvil Under the Sun_1.jpg
「名探偵ポワロ(第48話)/白昼の悪魔」 (01年/英) (2002/01 NHK) ★★★★

地中海殺人事件  1982 .jpg地中海殺人事件s.jpg地中海殺人事件b6.jpg「地中海殺人事件」 (82年/英) (1982/12 東宝東和) ★★★☆

【1955年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(堀田善衛:訳)/1976年単行本[Hayakawa novels(鳴海四郎:訳)]/1978年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(鳴海四郎:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(鳴海四郎:訳)]】

《読書MEMO》
●日本クリスティ・ファンクラブ員の投票によるクリスティ・ベストテン(1982)
1.『そして誰もいなくなった』
2.『アクロイド殺し』
3.『オリエント急行の殺人』
4.『予告殺人』
5.『ナイルに死す』
6.『カーテン』
7.『ゼロ時間へ』
8.『ABC殺人事件』
9・『葬儀を終えて』
10.『白昼の悪魔』

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読み易かったが、結局、最後の最後まで犯人が分からなかった。

もの言えぬ証人 hpm.jpg もの言えぬ証人 hm.jpg もの言えぬ証人 (クリスティー文庫)_.jpg  Dumb Witness .jpg Poirot Loses a Client (Dumb Witness)  .jpg
もの言えぬ証人 (1957年) (世界探偵小説全集)』/『もの言えぬ証人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-20))』/『もの言えぬ証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』/PAN Books 1949/US, hardcover 1937
Dumb Witness―Collins Crime Club 1937(UK first edition)
christiedumb.jpg 小緑荘の女主人エミリイ・アランデルが5月1日に亡くなる。彼女には、甥のチャールズ、姪のテリーザ、ベラ・タニオスの3人の親族がいた。エミリイの巨額の遺産は彼らにいくはずだったが、エミリイは死の10日前に遺言を書き改め、遺産は全て家政婦のロウスンに遺される。遊び人のチャールズ、浪費家のテリーザ、ギリシャ人医師の夫ジュイコブが投機に失敗したベラと3人とも金を必要としており、エミリイの遺産をあてにしていた矢先だった。エミリイが遺言を書き改めたのは、4月14日深夜に起きた彼女の階段からの転落事件が原因で、その夜は3人の親族とベラの夫ジェイコブが小緑荘に泊まっていた。事故はエミリイが可愛がっていた飼い犬の白いテリア犬ボブが、お気に入りのボールを階段の上に置きっ放しにし、そのボールをエミリイが踏んだことにより起きたと思われたが、その夜ボブは外で夜遊びをして締め出されていたことを後に知った彼女は、親族の誰かが事故を装い自分を殺そうしたのだと考え、弁護士を呼び遺言を書き換えたのだ。更に彼女はポアロに調査依頼の手紙を書くが、その手紙は投函されずに忘れられ、彼女が肝臓病の悪化で5月1日に亡くなった後、家政婦による遺品整理の際に見つかり、投函されてポアロの元に届いたのは6月28日だった。ポアロがヘイスティングスと小緑荘を訪ねると邸は売りに出ていて、そこで初めてポアロはエミリイの死を知るが、死亡前後の様子を聞くうちに不自然さを感じ、依頼者死亡のまま探偵活動を開始する。エミリイの階段転落事故を調べると、階段の上の壁に釘が打たれており、階段の手摺柱と釘の間に紐を渡し、深夜に起きる癖のあった彼女が躓くように細工をしたようだ。殺人未遂の犯人は、当時の遺言では遺産をもらえることになっていた親族3人のうDumb Witness2.jpgちの誰かと考えられた。誰がエミリイを殺そうとしたのか? 更に病死というのは本当だろうか? ポアロはチャールズ、テリーザ、ベラ、テリーザの恋人のレックス・ドナルドソン医師、ベラの夫のジュイコブ医師、ロウスンが親しくしている霊媒師トリップ姉妹、エミリイの弁護士のパーヴィスやエミリイの主治医グレインジャーなど関係者に会って捜査を進める―。

 1937年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロ・シリーズの第14作で(原題:Dumb Witness、米 Poirot Loses a Client)、本作をもってヘイスティングスは一旦長編推理小説から姿を消し、1975年刊行のポワロ最終作『カーテン』で再登場するまで出てこないことになります。
Dumb Witness (Poirot)

Poirot Loses a Client (Dumb Witness) .jpg 文庫で500ページ超とやや長めですが、主要な容疑者は甥のチャールズと姪のテリーザ、ベラの親族3人で、あとは遺産を相続した家政婦ロウスンと、相続できなかった2人の姪、テリーザの恋人である医師とベラの夫である医師の3人の全部で6人とクリスティにしては特別多いわけでもないので、読んでいて分かり易かったです(一応、容疑者は使用人も入れて8人となっているが、使用人2人はすぐに容疑者から外されている)。

 読んでいて分かり易かった上に、本作半ばで、ポアロが過去に解決した事件(『雲をつかむ死』、『スタイルズ荘の怪事件』、『アクロイド殺し』、『青列車の秘密』)の犯人の名前と特徴を列挙する場面があり(このことについては賛否あるかと思う)、そのことがヘイスティングスに対してと言うより読者に向けたヒントになっているようでもありましたが、個人的には結局最後まで犯人は分からなかったです。

Poirot Loses a Client (Dumb Witness)

 「読み易くて、でも最後の最後まで犯人が分からない」というのは傑作であるということなのかも。エミリイ・アランデルが口から「エクトプラズム」(この言葉を生みだしたシャルル・ロベール・リシェは1913年にノーベル生理学・医学賞を受賞している)を吐いたという話が出てきた時はどう収めるのかと思いましたが、クリスティの薬化学の知識が生かされていました。犯人にはそれなりに罪の意識がにあったのでしょうか。それとも、自らの犯行がポワロによって明かされてすべて諦めたのでしょうか。

名探偵ポワロ45もの言えぬ証人 Dumb Witness(1997)01.jpg名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人05.jpg「名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人」 (97年/英) (1997/12 NHK) ★★★★

【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(加島祥造:訳)]/1977年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(加島祥造:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(加島祥造:訳)]】

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