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さすが「直木賞」創設者。現代大衆小説の祖と言えるかも。通俗だがとにかく面白い。

『真珠夫人』.jpg  真珠夫人 上巻 新潮文庫.jpg 真珠夫人 下巻 新潮文庫.jpg   菊池寛.jpg
真珠夫人 上巻 新潮文庫 き 1-3』『真珠夫人 下巻 新潮文庫 き 1-4』 菊地 寛
真珠夫人 (文春文庫)

菊地 寛 『真珠夫人』文春文庫.jpg 渥美信一郎は療養中の妻の見舞いに訪れた湯河原で自動車事故に巻き込まれる。事故にあった青年・青木淳は腕時計を「瑠璃子に返してくれ」と言い残しノートを託して絶命する。青木の葬儀で見聞きした情報を基に、信一郎は妖艶な未亡人・壮田瑠璃子を訪ねる。瑠璃子は腕時計を見て動揺した様子を見せるが、それをごまかし腕時計を預かり、信一郎を音楽会に誘う。青木のノートには愛の印として貰った腕時計が他の男にも送られているのを知って自殺を決意したことが書かれていた―。数年前、貿易商・壮田勝平は自宅で催した園遊会で、子爵の息子・杉野直也と男爵の娘・唐沢瑠璃子から成金ぶりを侮辱され激怒、奸計を巡らす。貴族院議員・唐沢光徳の債権を全て買い取りさらに弱みを握り、瑠璃子に結婚を迫る。自殺を図った父に瑠璃子は「ユージットになろうと思う」と押しとどめ、直也には復讐のため結婚しても貞操を守ると手紙する。壮田と結婚した瑠璃子は、父の見舞いを理由に実家に帰ったり、壮田に「お父様になって」と言ったりして体を許さない。知的障害のある壮田の息子・勝彦も手懐け、寝室の見張りをさせる。壮田は瑠璃子を葉山の別荘に連れ出し、嵐の夜に関係を結ぼうとするが、瑠璃子を追ってきた勝彦が窓から飛び込んで荘田の襲いかかるのを見て驚き卒倒、壮田は我が子の将来を瑠璃子に託し亡くなる、豪奢な生活はその瑠璃子を、男の気持ちを弄ぶ妖婦へと変貌させていた―。

 作者の菊池寛(1888- 1948/享年59)の実家は江戸時代、高松藩の儒学者の家柄だったそうで、菊池寛は高松中学校(現在の高松高校)を首席で卒業した後、東京高等師範学校(後の東京教育大学→筑波大学)に進んだものの、授業をサボっていたため除籍処分となり、その後、明治大学、早稲田大学、第一高等学校(東大)に学ぶも中退、ようやく1916年、28歳で京都大学を卒業、時事新報記者を経て、小説家になっています。

菊池寛2.jpg 1916年に戯曲『屋上の狂人』『暴徒の子』、翌年『父帰る』、1918年には『無名作家の日記』『忠直卿行状記』『恩讐の彼方に』などを続々発表して作家としての地位を確立し、1919年、芥川龍之介とともに大阪毎日新聞杜の客員となり、『藤十郎の恋』、『友と友の間』などを書いています。

 菊池寛という人は、作家としてだけでなく、編集者(乃至はプロデューサー)としてもとにかくスゴく、「文芸春秋」の創刊者(1923(大正12)年)として知られていますが、その他に「映画時代」「創作月刊」「婦人サロン」「モダン日本」「オール読物」「文芸通信」「文学界」など多くの雑誌を創刊あるいは継承再刊しており、1935(昭和10)年には、自殺した一高の同期時代からの盟友・芥川龍之介と、目をかけ親しくしていた人気の大衆作家で病死した直木三十五の名をそれぞれ冠した「芥川賞」「直木賞」を設立しています。、また、(これは、後に「永田ラッパ」で知られるようになる永田雅一に担ぎ出されたのだが)映画の企画や経営も引き受けて、1943(昭和18)年からは映画会社・大映の社長にもなっています(作家の井上ひさしに『菊池寛の仕事―文芸春秋、大映、競馬、麻雀...時代を編んだ面白がり屋の素顔』('99年/ネスコ)という著作がある)。

東京日日新聞 真珠夫人.jpg その菊池寛が1920(大正9年)年の6月9日から12月22日まで大阪毎日新聞、東京日日新聞に連載したのがこの小説『真珠夫人』で、菊池寛(当時31歳)にとって初の本格的な通俗小説であり、その人気は新聞の読者層を変え、後の婦人雑誌ブームに影響を与えたとも言われています。通俗小説の代表格として、紅葉の『金色夜叉』や徳富蘆花の『不如帰』を継ぐとも言われたそうですが、それらよりはずっとモダンであると思います(作中に『金色夜叉』を巡る通俗小説論争がある)。

 黒岩涙香(1862-1920)がアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯」を翻案した『巌窟王』を発表したのが1902年頃ですが、ある種、そうした西洋の復讐譚に近いとも言えます。また、ファム・ファタールを描いたものとして、プロスペル・メリメの『カルメン』などを想起させるものでもあります。主人公・瑠璃子の復讐の発端は経済的な格差であったあってわけですが、それが、女性を欲望の対象物としてしか見ない男性に対する復讐へと転化していて、個人的には、リベンジファクターが変質しているように思いました。しかも、私怨からと言うより、虐げられている女性全員の代弁者のようになっているのが興味深く、また、それが読者の共感を得るうえでも効果を醸していると思いました。

 また、この瑠璃子という主人公が、最初の方の青木淳の葬儀の場面からして、唸り声をあげたイタリー製の自動車で会場に乗り付けたかと思うと、白孔雀のように美しく立ち振る舞うというカッコ良さで(しかも、青木淳は瑠璃子への失恋のために死んでいるのだ!)、この辺りも読者を引き込みます。まあ、常に多くの若い男を身近にはべらせていることからも、ファム・ファタール・瑠璃子にその運命を狂わされた男は沢山いると窺えますが、ストーリー上のメインは青木淳の弟も含めた青木兄弟で、結局二人とも自殺またはそれに近い死に方をしてしまいます(先に書いたように、その間に瑠璃子の夫・壮田勝平も不慮の死を遂げるのだが、これも瑠璃子にも責任の一端があるとも言える)。でも、瑠璃子は、青木兄が遺したノートを対しても感慨を示さず、弟の死にも、自分が邪険にしたことに悪意はなかったと言ってのけます。

 結局、女性に対して非常に純粋なタイプと思われる青木兄弟にしても(二人とも自分こそが瑠璃子の"本命"たり得ると思ってしまったわけだ)、瑠璃子にとっては数多くの自分の取り巻きの男たちと変わらない位置づけだったということでしょう(自分こそ瑠璃子の"本命"と勝手に思い込んでしまうところがダメなのかも)。これだけだと、瑠璃子って「その気にさせるだけさせといて」ホントに嫌な女性だなと思ってしまいますが、実は、彼女には一時ともそのことを忘れ得ず想い続けた人がいて...と、これもアレクサンドル・デュマの『椿姫』などを想起させるものの、上手いなあと思いました。

 個人的には、ドラマ化されたものを観たことはありますが、原作は今回が初読で、昔、同じ作者の『父帰る』や『恩讐の彼方に』を旺文社文庫で読みましたが、作風が全然違うなあと思いました。「芥川賞」と併せて「直木賞」を設け、大衆小説に一定のポジションを与えた菊池寛その人の、まさに、現代大衆小説の祖となった作品と言えるかもしれません。通俗と言えば通俗かもしれませんが、とにかく面白いです。

真珠夫人 v.jpg 2002年7月に単行本が刊行され、翌8月に新潮文庫と文春文庫で文庫化されていますが、同2002年4月1日から6月28日の毎月曜から金曜までフジテレビ系列で放送された東海テレビ製作の昼ドラ「真珠夫人」全65回の放映が終わって、その人気を受けてそれぞれ急遽刊行されたのではないでしょうか。それ以前にも、1927年に松竹キネマの池田善信監督・栗島すみ子主演で、1950年には大映が山本嘉次郎監督・高峰三枝子・池部良主演で映画化され、1974年にはTBSがこれも昼ドラの「花王・愛の劇場」で光本幸子(「男はつらいよ」の初代マドンナ)主演の全40回が放映されていますが、2002年の放送はとりわけ人気が高かったようです。放送時間が昼1時30分から2時までで、DVDレコーダーなど無い時代で、会社務めの人の中にはビデオテープを買い溜めて録画した人も多かったようです。

ドラマ 真珠夫人 2.jpg その2002年のフジテレビ版は、主演が横山めぐみ、脚本が中島丈博(「祭りの準備」)で、時代を昭和20年代・30年代に変え、瑠璃子が娼館の経営者になっているほか、原作で最初と最後にしか出てこない瑠璃子の想い人である杉野直也がドラマでは出ずっぱりで、病気療養中で原作に出てこない直也の妻(登美子)が、直也と瑠璃子の関係を知って嫉妬に苦しむうちに精神を病んでいく女性...といった具合に、時代背景だけでなく人物相関もかなり改変されていますが、敢えてすべてを毒々しく描くことに徹していたような感じです。

真珠夫人 たわしコロッケ.jpg 直也が瑠璃子と会っているのを知った登美子のいる自宅へ直也が帰宅すると、登美子が夫に「おかず何もありません、冷めたコロッケで我慢してください」と言い、たわしと刻んだキャ真珠夫人 6.jpgベツを皿に載せて出すという「たわしコロッケ」シーンが当時話題になりましたが、とにかくエグさが前面にきていたでしょうか。一方の瑠璃子は、義理の娘や息子を守りながら、内には直也への愛を秘め、健気に純潔を守り通すというのは原作どおりですが、原作のように男たちの前でフェミニズム論を展開することはなく、視聴者受けを狙ったのかキャラの先鋭的な部分を改変したような印象も受けます。

ドラマ 真珠夫人.jpg 原作とドラマでどちらにカタルシスを覚えるかは人の好みですが、個人的には原作の方が上のように思います(人物相関だけでなく質的に改変されているので、比較すること自体どうかというのもあるが)。ドラマを観た人には原作も読んで欲しいように思います。

横山めぐみ1.jpg横山 めぐみ.jpg「真珠夫人」●演出:西本淳一/藤木靖之/大垣一穂●脚本:中島丈博●音楽:寺嶋民哉●出演:横山めぐみ/葛山信吾/大和田伸也/森下涼子/松尾敏伸/奈美悦子/日高真弓/浜田晃/増田未亜/河原 さぶ●放映:2002/04~06(全65回)●放送局:フジテレビ

横山めぐみ

【2002年8月1日文庫化[新潮文庫(上・下)]/2002年8月2日再文庫化[文春文庫]/2007年再文庫化[徳間文庫(上・下)]】

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明智版「パイルD-3の壁」。リライト作品である原作を超えた面白さ。

魅せられた美女~江戸川乱歩の「十字路」dvd.jpg 岡田奈々の「魅せられた美女」2.jpg 十字路 (江戸川乱歩文庫).jpg 江戸川乱歩全集 第19巻 十字路 (光文社文庫).jpg
魅せられた美女~江戸川乱歩の「十字路」~ [DVD]」岡田奈々/『十字路 (江戸川乱歩文庫)』['18年]『江戸川乱歩全集 第19巻 十字路 (光文社文庫)』['04年]

13話)/魅せられた美女t.jpg 売り出し中のアイドル歌手・沖晴美(岡田奈々)は所属事務所の社長で不動産業も営む伊勢省吾13話)/魅せられた美女1.jpg(待田京介)に新しいマンションを購入して貰う。早くに両親を13話)/魅せられた美女2.jpg亡くした晴美は、将棋棋士の兄・沖良介(天知茂・二役)に育てられ、やっと掴んだ成功だった。晴美のマンションに伊勢が引っ越し祝いに訪れていたところへ、突然、夫の浮気を疑った伊勢の妻・友子(西尾三枝子)が現れ、ナイフを手に晴美に13話)/魅せられた美女3.jpg襲いかかる。揉み合ううち、知子はナイフを誤って友美に突き立ててしまい、彼女は斃れる。伊勢は、妻の死を自殺に見せかける工作を企て、晴美に友子の服を着させ、その日友子が自分が傾倒する新教宗教の用事で行く予定だった伊東へ行かせて13話)/魅せられた美女4.jpg、断崖で投身自殺したように見せかけるよう指示する。一方、自分はクルマのトランクに友子の死体を載せ、それを遺棄するため自分の会社の所有地がある多摩平へ向かうが、途中、調布市の交差点で接触事故を起こす。その交差点付近のバー「桃子」では、晴美のマネジャー・真下幸彦(中条きよし)と、晴美の兄・良介が飲んでいた。良介の婚約者でママの桃子(奈美悦子)の目の前で二人は口論にな13話)/魅せられた美女 .2.2.2.jpgり、揉み合いになる。突き飛ばされて頭を打った良介は、泥酔状態でふらふらと店を出て行き、ちょうど交番で調書を取られている最中でその場に不在だった伊勢のクルマの後部座席に乗り込んでぐったりしてしまう。クルマに戻った伊勢は、そうとは知らず多摩平の社有地にある「首なし沼」に到着、友子の死体を沼へ遺棄しようとしていると、目の前に良介が立っていたので、咄嗟に持っていたナイフで刺殺する。予期せぬことで、二人もの遺体を遺棄することになった伊勢だったが、それら始終を、自分が突き飛ばした良介のことが心配になって後をつけていた真下が見ていた―。

少年探偵江戸川乱歩全集〈39〉死の十字路』/映画「死の十字路」('56年/日活)
少年探偵江戸川乱歩全集〈39〉死の十字路.jpg映画 死の十字路ed.jpg 原作である江戸川乱歩作の「十字路」は1955(昭和30年)11月刊行の書下ろし小説で、文庫で240ページほどの長さ(2018年版「江戸川乱歩文庫」(春春堂))であり、本人名義で児童向けにリライトされた作品もあります(ポプラ社『少年探偵 江戸川乱歩全集』(全46巻)の中の第27巻「黄金仮面」以降は、実際は本人ではなく別の作家が書いたものだったため、今は絶版となっている)。渡辺剣次(1919-1976)による第一稿をリライトしたもので、トリック、プロットも渡辺剣次の案出です。従って、乱歩独特の怪奇風乃至エログロ風の雰囲気は全く無く、モダンで都会的な印象で、また、明智小五郎39死の十字路.jpgも出てこないため、これを松本清張とか笹沢佐保の作品だと言われて読んでも判らないかも。ただ、乱歩っぽくないことを気にしなければ、話そのものは一作品としてまあまあ面白かったように思います。井上梅次監督は、ドラマに先行して同じ原作で映画「死の十字路」('56年/日活)を撮っていて、この時は、晴美=新珠三千代、伊勢=三國連太郎、良介と探偵の二役で大坂志郎でした。ポプラ社の『少年探偵 江戸川乱歩全集』版のタイトルは映画と同じ「死の十字路」で、表紙('72年半)の探偵と思われる人物が大坂志郎に似ています(ゴーストライターの氷川瓏(ひかわ・ろう)(=渡辺祐一、渡辺剣次の実兄)によって内容は改変されていて、友子と晴美とはもともと仲のよい友だち同士だったが、晴美が友子に誘われて参加した「過激な思想を持つ研究会」に晴美は馴染めず脱会したため、友子は「裏切り者を制裁する」ということで晴美のアパートへ押しかけて襲いかかり、そこに居合わせた青年社長の伊勢省吾に殺害されてしまうという、昭和47年の年明けに起きた「あさま山荘事件」の影響がみられるものになっている)。

13話)/魅せられた美女422.40.2.2.2.jpg 原作では、商事会社の伊勢省吾と沖晴美は社長とその秘書兼愛人という関係で、一方、真下幸彦は商業美術家で、その恋人の相良芳江(ドラマには登場しない)の兄で画家の良介が事件に巻き込まれてしまうという設定になっています。ドラマでは、伊勢(待田京介)は不動産会社社長で芸能事務所も経営し、彼の事務所所属の売り出し中の歌手が沖晴美(岡田奈々)で、その兄が将棋棋士の良介(天知茂・二役)、晴美のマネージャーが真下幸彦(中条きよし)となっていて、原作の相良芳江のキャラクターを「沖晴美」に一本化した感じですが、これは結構大きな人物相関の改変かと思います。

13話)/魅せられた美女9.jpg 原作では、伊勢が妻・友子を揉み合いの末にほぼ事故的に刺殺するため、そもそもドラマのように秘蔵っ子アイドル歌手が人を刺してしまったのでそれを揉み消すという話ではないのですが、ドラマではさらに一捻り入れて、友子(西尾三枝子)が晴美と揉み合っているうちに肩にナイフが刺さるが、それは実は致命傷ではなかったということでした(事故的であるのは原作に通じる)。この点は、晴美が全てを打ち明けに明智の下へ来て、肩を抑えながら友子は「心臓にナイフが刺さって」死んでいたと言うのを聞いた明智がおかしいと思ったのが事実解明の糸口となりました。つまり、明美が気を失っている間に伊勢が改めて友子の心臓を刺したわけで、偶発事故に便乗したような形になっていて、その殺意は原作と異なり明確なものとなっています。

13mashiata.jpg 原作では、幸彦が前半部分の"素人探偵役"となり、後半部分では、良介の妹・芳江が相談した南探偵事務所の私立探偵・南重吉がより突っ込んだ調査をして(この南が良介と顔がそっくりであるという設定は、ドラマで明智が良介にそっくりであることに置き換えられて活かされている)、最後は警察の花田警部(ドラマの浪越警部より優秀?)が事件の全容を解明するようになっていますが、ドラマでは、幸彦が"探偵役"どころか、伊勢に13nami esuko.jpgよる友子および良介の死体遺棄現場を実際に目撃したのを機に、"恐喝者"になります(その結果、犯人に殺されてしまうという、よくある末路を辿る)。因みに、原作では、良介は伊勢のクルマの後部座席で、伊勢がその存在すら知らないうちに脳出血か何かで死亡しているため、伊勢が殺害したのは友子だけになっていますが、ドラマでは良介に加え、バー「桃子」(原作では「桃色」)のママ・桃子(奈美悦子)まで訳あって伊勢に殺されれています(今回の「浴室要員」は奈美悦子だった。岡田奈々は顔だけのシャワーシーンのみ)。

13話)/魅せられた美女8.jpg13話)/魅せられた美女10.jpg 遺体をトランクに載せた伊勢のクルマが、交差点で接触事故を起こすのは、原作では新宿のガード下ですが、ドラマでは、都心と多摩平の中間点の調布市のどこかになっています(因みにクルマは原作ではキャデラックルーチェ 1977-1978.jpgだが、ドラマではマツダ・ルーチェ)。ちょうど伊勢が足止めを食ったその交差点付近のバーで、そこで良介とその妹・晴美のマネージャーである幸彦が飲んでいるわけですが、伊勢と良介という「無関係な者同士」が出くわしたとする原作よりも、伊勢と良介が「共に晴美の関係者」であるドラマの方が、偶然度が高くなっていると言えます。

 原作では、花田警部の追及に追い詰められた伊勢は、最後に晴美に電話して拳銃自殺し、晴美も飛び降り自殺するという"遠隔心中"のような形になっていて(伊勢と晴美は純愛関係にあったことになる)、ちょっと笹沢佐保の「六本木心中」(1962)みたいな感じでした。これでいくと、「美女シリーズ」における美女は、最後、飛び降り自殺ではなく、明智の腕の中で死ぬのかなと思いましたが、人物相関が原作と違っていたので、そうはなりませんでした。

13話)/魅せられた美女5.jpg 原作では伊勢は遺体をダム建設の水没予定地の古井戸に遺棄しますが、ドラマでは沼に棄てます。原作との大きな違いは、伊勢が現場に再び行くのを文代らが尾行し、沼を突き止めますが、警察が沼を浚っても死体は見つからず、伊勢は勝ち誇って明智を痛罵するという展開。しかし、実は、尾行されているのを計算して、わざと遺留品を警察に見つけさせ、死体がこの沼にあると思わせる伊勢の作戦で、伊勢はその前に恐喝者である幸彦に手伝わせて遺体を沼から引き揚げ、警察の調べて何も無いという証左を得てから改めて死体をそこへ沈める作戦でした(そこが死体の隠し場所として最も安全な場所となる)。しかし、明BLUEPRINT FOR MURDER.bmpパイルD-3の壁.jpg智は、実はそこまで伊勢の作戦を読んでいました。ここまできて思い当たるのが「刑事コロンボ(第9話)/パイルD-3の壁」('72年)でした。そもそも倒叙的な展開からしてコロンボに似ていますが、プロット的には「パイルD-3の壁」からそのまま拝借したといってもいいかと思います。でも、ストーリーに上手く組み込まれていて、結果的にドラマは原作を超えた面白さだったと思います。
  
13話)/魅せられた美女 masuda.jpg ドラマでの天知茂演じる棋士・沖良介が挑んだ「王位戦」の対戦相手は升田幸三に似ていました。しかもその名が「大村誠」で、大山康晴、木村義雄、中原誠から一文字ずつとって13話)/魅せられた美女 masuda0.2.2.2.jpgいる(笑)。対局は伊東かどこかで行われたらしく、伊勢に言われた偽装工作を終えた晴美が兄の元へ立ち寄ります。一方、天知茂演じる明智の方は、文代、小林と伊東へ釣りに行って(社員良行?)晴美が残した自殺の痕跡を見つけ、地元の警察へ。そこへ良介が現れ、良介はアマ三段の警察署長の将棋の先生で、一緒に呑む約束をしていたとのことで、都合よく(笑)天知茂同士のご対面となります。良介が、「僕のやり方はね、相手の出方を見てこっちのやり方を決める」と言い、明智が「探偵と同じですね。そして最後は...」と言うと、良介が「逆手で勝負」と言って意気投合しており、これが「パイルD-3の壁」的やり方の伏線になっているので、シナリオ的にはこの「有名人対談」はどうしても入れたかったのでしょう(折角の一人二役でもあるし)。

魅せられた美女 okada.jpg13魅せられて.jpg 岡田奈々演じる売り出し中の歌手・沖晴美のステージ衣装は、ジュディ・オング(シリーズ第5話「黒水仙の美女」の「美女」役だった)の日本レコード大賞受賞曲「魅せられて」(1979年2月25日リリース)の衣装によく似ています(本ドラマの放映日は1980年11月1日)。ドラマのタイトルもこれに便乗した? ただし、岡田奈々がドラマ内で歌っている岡田奈々/静舞/江戸川乱歩の「十字路」.jpg曲は「静舞(クワイエット・ダンス)」で、ドラマのこの回のオリジナルテーマ曲として1980年10月21日にリリースされたものです。因みに、マネジャーの幸彦役の中条きよし(第12話「エマニエルの美女」、第21話「白い素肌の美女」にも出演。'78年から「必殺シリーズ」に出ていて、深田祐介原作のドラマ「炎熱商人」('84年/NHK)などにも出ていた)もデビュー曲「うそ」で日本レコード大賞の大衆賞を受賞したことがある元歌手であることはよく知られています。良介の婚約者・桃子役第9話 死体置場(モルグ)の殺人者.jpg奈美悦子(第7話「宝石の美女」にも「半裸の状態で遺体で発見される女医」役で登場)も、伊勢の妻・友子役の西尾三枝子(元「プレーガール」メンバー。「恐怖劇場アンバランス(第9話)/死体置場(モルグ)の殺人者」にこれも殺される役で出ていた)も、さらには伊勢役の待田京介(空手指導者でもあり、大山倍達の一番弟子だった)もそれぞれレコードを出したことがあるようです。天知茂もブルース曲集などのレコードを出していて、歌手や元歌手が集合したような回でもありました。
   
井上梅次監督映画「死の十字路」('56年/日活)三國連太郎  大坂志郎/新珠三千代
映画 死の十字路.jpg 死の十字路 s1.jpg

岡田奈々「警視庁南平班~七人の刑事8」(2015年・56歳)
警視庁南平班 岡田奈々.jpg岡田奈々魅せられた美女.jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(第13話)/悪魅せられた美女」●制作年:1980年●監督:井上梅次●プロデューサー:佐々木孟●脚本:成澤昌茂/井上梅次●音楽:鏑木創(オリジナルテーマ曲「静舞」(作詞:三浦徳子/作曲:佐藤健))●原作:江戸川乱歩「十13話)/魅せられた美女 amachi.jpg字路」●時間:90分●出演:天知茂(二役)/五十嵐めぐみ/柏原貴/荒井注/岡田奈々/奈美悦子/中条きよし/待田京介北町嘉郎/西尾三枝子/吉田良全/喜田晋平/松井紀美江/横山繁/小田草之助/今井健太郎/岡本正幸/城戸卓/沖秀一/小森英明/篠原靖夫/羽生昭彦/田中哲也/上地雄大/工藤和彦/加藤真琴/鈴木謙一/永妻晃/楢岡泉/酒井栄子/松尾友子●放送局:テレビ朝日●放送日:1980/11/01(評価:★★★★)

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手抜きをしない映像化で活かされた原作の良さ。でもやはり、小川真由美が一番か。

江戸川乱歩「黒蜥蜴」より 悪魔のような美女 d.jpg 8悪魔のような美女 02.jpg 黒蜥蜴 (江戸川乱歩文庫).jpg 江戸川乱歩全集 第9巻 黒蜥蜴 (光文社文庫).jpg
江戸川乱歩「黒蜥蜴」より 悪魔のような美女 [DVD]」小川真由美/『黒蜥蜴 (江戸川乱歩文庫)』['15年]/『江戸川乱歩全集 第9巻 黒蜥蜴 (光文社文庫)』['03年]
8話)/悪魔のような美女 t.jpg 宝石王・岩瀬庄兵衛(柳生博)に黒蜥蜴から「あなたの一番大切なものを頂戴にあがる」という予告状が届く。相談を受けた明智(天知茂)と波越警部(荒井注)が岩瀬と娘の早苗(加山麗子)とホテルロビーで話していると、ドイツ帰りで岩瀬の顧客の緑川夫人(小川真由美)がやって来る。岩瀬は、明智たちが大切なものとは何か尋ねると、「エジプトの星」というダイヤを見せる。黒蜥蜴が指定した夜、明智は浪越警部と共に黒蜥蜴の出現を待ち受けるが、警部はシャワーを浴びると睡魔が襲ってきて岩瀬と共にベッドで寝てしまう。緑川夫人と早苗は隣の部屋に戻り、明智が独りトランプをしながら寝ずの番をすることに。8悪魔のような美女 01.jpgそこへ再び緑川夫人が現れ、明智に、明智と黒蜥蜴どちらが勝つかという賭けを持ち掛け、明智は探偵稼業を賭けることに。緑川夫人は自分の全財産、身も心も賭けると言う。緑川夫人が隣の部屋で物音がすると言い、明智と早苗の部屋を見に行くが、早苗はベッドに寝ているらしく、夫人の問いかけにも「眠い」と応える。安心した二人は、部屋に戻る。犯行予告の深夜12時までポーカーをする明智と緑川夫人。しかし、何事もなく12時を過ぎる。緑川夫人は、明智たちが黒蜥蜴の目的の品をとり間違えてはいないかと言い、岩瀬に宝石よりもっと大切なものはないかと尋ね、それが早苗であることがわかると一同は慌てて部屋を飛び出す。早苗の部屋に行くと、彼女は先ほど同じくベッドで寝ていたが、明智がその髪を掴むと、マネキンの頭部だった。波越警部はホテルをチェックアウトした不審者8悪魔のような美女_011.jpgを洗い、山川教授が量子力学の論文を書いていて大量の原稿を部屋に持ち込み、大きなトランクを下げてホテルを出たという情報を得る。部屋には大量の原稿が残されていて、山川教授に扮していた雨宮(清水章吾)という男が、トランクに早苗を詰めてホテルを出たのだ。宿泊者名簿を見た時から雨宮に目を付けていた明智は、助手の文代(五十嵐めぐみ)と小林(柏原貴)に雨宮の車をつけさせていることを話し、再び緑川夫人とポーカーをする。文代と小林は雨宮からトランクを奪い、中を開けると下着姿で猿轡で手足を縛られた早苗が出てくる。明智はこの報告を受け波越たちに伝えると、早苗が救出されたが雨宮が逃げたことで、緑川夫人は「どうやらこの勝負引き分けのようでしたね」と言うが、明智は「この勝負は僕が勝ちました」と言う―。
少年探偵江戸川乱歩全集〈33〉黒い魔女
少年探偵江戸川乱歩全集〈33〉黒い魔女 .jpg 原作である江戸川乱歩作の「黒蜥蜴」(くろとかげ)は1934(昭和9年)1月から12月まで月刊誌「日の出」に連載されたもので、本人名義で児童向けにリライトされた作品もあります(ポプラ社『少年探偵 江戸川乱歩全集』(全46巻)の中の第27巻「黄金仮面」以降は、実際は本人ではなく別の作家が書いたものだったため、今は絶版となっている)。文庫で240ページほどの長さ(2015年版「江戸川乱歩文庫」(春春堂))ですが、三島由紀夫が戯曲化するなど文学的評価も高く、また、数ある乱歩の作品でも映像化や舞台化などの原作とされた回数が最も多いものになります。ただし、執筆当時の乱歩は執筆活動に行き詰まって作品が思うように書けないでいた時期で、乱歩が目指す本格推理小説への大衆の反応はイマイチで、風変わりな怪奇小説、通俗的なスリラーに大衆の興味が集まってしまい、執筆の方向性に大きく悩んでいたとのこです。

8悪魔のような美女0.2.2.2.jpg 原作では、緑川夫人こそが「黒蜥蜴」であることを、最初の3分の1くらいのところで指摘してしまいますが、ドラマも(この回からシリーズがレギュラーで2時間枠となった)、正味90分くらいの内の最初の30分で、同じく明智が当人の目の前で指摘します。でも、その前に緑川夫人が明智をさんざん挑発しているので、明智もかなり何となく気がついていた印象がドラマではありました。前半部の明智と緑川夫人の心理合戦がなかなか面白く、ポーカー8悪魔のような美女a.40.2.2.2.jpgをやる明智と緑川夫人とで、最初のうちは緑川夫人が圧勝し、やがてそれに呼応するように早苗が誘拐されたことが明らかになりますが、その後、実は、山川教授に扮してホテルを抜け出た雨宮に、明智の助手・文代と小林の尾行がついていることを明智から知らされるや、今度は緑川夫人のツキが落ちたかのように明智に負け続けます。原作でも二人はトランプゲームをしますが、勝負の形勢推移はドラマのオリジナルであり、上手いと思いました。

8悪魔のような美女 kayama01.2.2.jpg8悪魔のような美女 05.jpg 因みに、黒蜥蜴による最初の誘拐の試みの際に、早苗が「眠い」と言ったのは実は緑川夫人の腹話術で、原作通り(原作の方がいっぱい喋っている)。二度目の誘拐の試みの際に、長椅子を用いるのも原作通りですが、緑川夫人が顔パックしたり風呂に入ったりして早苗になりすますのはドラマのオリジナルです(「浴室要員」が小川真由美とは!)。

8悪魔のような美女 06.jpg 小川真由美の演技も良かったかと思います(この人、岩下志麻と「鬼畜」('78年/松竹)、「食卓のない家」('85年/松竹)で競演しているが、共に岩下志麻の上を行っていた。当ドラマと同年の「復讐するは我にあり」('79年/松竹)での演技も印象的だった)。先行する映画化作品として、ドラマと同じ井上梅次が監督、京マチ子が主演のミュージカル映画「黒蜥蜴」('63年/大映)と、深作欣二監督、丸山明宏(美輪明宏)主演の「黒蜥蜴」('68年/松竹)がありますが、小川真由美は、京マチ子、美輪明宏に挑んだ形にもなり(しかも「特別出演」とクレジットされている)、相当気合が入ったのではないでしょうか。

8悪魔のような美女.2.2.jpg 映画化作品の前二作は何れも三島由紀夫の戯曲を原作とした「三島戯曲の映画化」であり(深作欣二版の方は三島由紀夫自身が特別出演していることでも知られる)、ドラマの方が原作に近いかと思います。ただし、三島は戯曲化するにあたり、「女賊黒蜥蜴と明智小五郎との恋愛を前景に押し出して、劇の主軸」にしたとのことですが、ドラマ版もその影響を受けている面があるように思いました。ただし、「美女」が明智の腕に抱かれて死ぬというのは、このシリーズの定石でもあります。

8悪魔のような美女 kayama01.jpg8悪魔のような美女 kayama02.jpg 早苗役の加山麗子の入浴シーンもありますが、躰だけの部分は吹き替えのように見えます。トランクから助け出される場面も、実は原作では全裸なのですが、ドラマでは下着姿です。でも、後半、黒蜥蜴に囚われてからは、吹き替え無しでほとんど全裸に近かったです(原作では完全に全裸なのだが、まあ、頑張っている方だろう)。

8話)/悪魔のような美女40.2.2.2.jpg 8悪魔のような美女 04.jpg
     
    
    
    
    
  
8話)/悪魔のような美女清水章吾.jpg8悪魔のような美女 ii.jpg 清水章吾が、山川教授に扮した黒蜥蜴の部下・雨宮(黒蜥蜴の指示で"獲物"を剥製にするために水槽に沈める係だが、逆に明智に早苗の替わりに水槽に沈められてしまう。この回の明智は結構シビア)を演じていますが、かつてチワワとともに出演した「アイフル」のCMで一躍ブレイクしましたが、昨年['19年]末、仕事も家族関係もうまくいかず自殺未遂したとの報道があり心配です。
  
8悪魔のような美女 takuma.jpeg8悪魔のような美女 takuma.jpg8宅麻伸.jpg 第6話、第7話で本名の「詫摩繁春」名義で出演していた宅麻伸が、ここでは黒蜥蜴に囚われ、水槽に沈められて、はく製にされてしまう役でした。当時、宅麻伸は、キャバレーのボーイをしながらデビューを目指して、キャバレーの店主が天知茂に紹介して天知の事務所に預かりとなっていたそうです(「明智事務所」ならぬ「天知事務所」か)。

Alfred Hitchcock 女主人01.jpg 英国の作家ロアルド・ダール(Roald Dahl、1916-1990/享年74)の1960年刊行の短編集『キス・キス』に、若い美男子の学生などを自分の宿に泊めて、その剥製を作る女主人が出てくる「女主人」という短篇があり、映像化作品として「ヒッチコック劇場(第184話)」で「ロンドンから来た男」('61年)、「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事(第5話)」で「女主人」('80年)がありますが、乱歩はロアルド・ダールの四半世紀前に、このモチーフを作品で用いていることになるなあと改めて思いました。
Alfred Hitchcock Presents - Season 6 Episode 19 #210."The Landlady"(1961)(「ロンドンから来た男」)

 原作の良さに支えられてはいると思いますが、その良さも映像化において手抜きをしないことで初めて活かされるかと思われ、その点、2時間枠となった初回としてのスタッフの意気込みが感じられるものでした。でも、やっぱり、小川真由美が一番だったではないでしょうか。

京マチ子主演ミュージカル映画「黒蜥蜴」('63年/大映) 深作欣二監督・丸山明宏主演「黒蜥蜴」('68年/松竹)
  黒蜥蜴 1968 4.jpg

8悪魔のような美女ogawa amachi.jpg8悪魔のような美女 03.jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(第8話)/悪魔のような美女」●制作年:1979年●監督:井上梅次●プロデューサー:佐々木孟●脚本:ジェームス三木●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「黒蜥蜴」●時間:90 分●出演:天知茂/五十嵐めぐみ/柏原貴/荒井注/小川真由美/加山麗子/清水正吾/大前均/北町嘉郎/託磨繁春(宅麻伸)/羽生昭彦/水木涼子/工藤和彦/加島潤/岡本忠幸/鈴木謙一/市東昭秀/篠原靖夫/沖秀一/加藤真琴/マリー・オーマレイ/ウィリー・ドーシイ●放送局:テレビ朝日●放送日:1979/04/14(評価:★★★★)

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初めて2時間枠で放映されたものだが、結構突っ込みどころが多かった。
妖精の美女dvd.jpg 黄金仮面 妖精の美女 yumi k.jpg 黄金仮面 妖精の美女197812.jpg 黄金仮面 乱歩文庫.jpg 黄金仮面 (光文社文庫).jpg
江戸川乱歩の黄金仮面 妖精の美女 [DVD]」由美かおる 『黄金仮面 (江戸川乱歩文庫)』['15年]『江戸川乱歩全集 第7巻 黄金仮面 (光文社文庫)』['03年]
黄金仮面 10.jpg 冒頭「皆さんはもう、『黄金仮面』のことはよくご存じだと思いますが」と語る明智。都内で黄金の仮面を被った黄金仮面1.jpg怪人の姿が目撃され、国宝級の古美術品が盗まれる事件が頻発していた。古美術品の蒐集家である大島喜三郎(松下達夫)に黄金仮面から手紙が届き、彼の長女・絹枝(結城美栄子)の恋人で、フランス商社の東京支店長ロベール・サトー(伊吹吾郎)の訪問予定日に、大島所有の古美術品を奪うと予告してきた。フランス大使館の職員ジョルジュ・ポアン(ジェリー伊藤)がロベールの友人であり、大島のコレクションを見たいということから大島が二人を招いたところを狙われたのだ。不安を抱いた秘書の三好(藤村有弘)が、波越警部(荒井注)に相談、明智に捜査協力を依頼することに。明智黄金仮面2.jpgと波越警部は箱根・芦ノ湖畔の大島美術館に行き、黄金仮面との対決準備をする。美術館にやってきたロベールとジュルジュも美術品を見て回るが、ジョルジュは次女の不二子(由美かおる)に興味を抱く。もちろん美術品にも関心を示し、特にインド・ジャイナ女神像に関心を注ぐ。さらに自宅に置かれている大島家秘蔵の虚空蔵菩薩にも関心を抱いたため、自宅に招待することを大島が約束をする。芦ノ湖での美術品紹介は無事終ったが、後日、茶席を抜け出してきた大島家の三女・よし子(岡麻美)が入浴中に何者かに刺され、「黄金仮面」と言って息絶える。明智は今までの黄金仮面の犯行から、その犯行ではないと言う。事務員・小雪(野平ゆき)の通報で、秘書の三好と事務員の千秋が事務所でガスで眠らされているのが発見されるが、明智は犯人は小雪だと断言。千秋に言い寄るよし子への嫉妬心からの犯行だった。美術館の一室に追い詰められた小雪は自害しようとするが、突然、鎧が動き出しナイフを持つ手を止める―。
少年探偵江戸川乱歩全集〈27〉黄金仮面
黄金仮面 少年探偵.jpg 昭和5(1930)年9月から昭和6(1931)年10月にかけて雑誌「キング」に連載された原作は、文庫で約320ページ(2015年版「江戸川乱歩文庫」(春陽堂))ほどの長編で、本人名義で児童向けにリライトされた作品もあります(ポプラ社『少年探偵 江戸川乱歩全集』(全46巻)の中の第27巻「黄金仮面」以降は、実際は本人ではなく別の作家が書いたものだったため、今は絶版となっている)。

 乱歩の原作は、フランスの作家マルセル・シュウォッブの小説『黄金仮面の王』にヒントを得て書かれたもので、乱歩独自の猟奇的色彩は薄く、乱歩自身も、「この作は私の長編小説の中でも、最も不健全性の少ない、明るい作と言えるのではないかと思う」と述べています(桃源社『江戸川乱歩全集』第6巻あとがき、昭和37年)。その分、冒険活劇的要素が増して、よく言えば自由自在でで娯楽性の高い、悪く言えばかなり現実離れした作品となっています。因みに、明智小五郎と少年探偵団が一緒に活躍する少年物のシリーズが書かれるのは、この作品の約5年後の『怪人二十面相』が最初になりますが、この作品にそうしたシリーズの萌芽が見られると言えるかもしれません。

黄金仮面 boat -2.jpg 年末特別版としてこれまでの枠を30分延長して初めて2時間枠で放映されたこのドラマ化作品(小林君が初登場する)も、原作の傾向に即して、アクション映画風のシーンが多くなっていて、黄金仮面 妖精の美女 rope.jpgモーターボートが出てくるところなどもしっかり映像化していました(第1話「氷柱の美女」の原作『吸血鬼』にもモーターボートによる追走劇があるが、ドラマでは割愛されていた)。加えて、原作には無い、ロープウェイやヘリコプターによる犯人逃走シーンなどもあります。一方で、シリーズのお約束事である「浴室」シーンなどもしっかり織り込まれています。結果的に、登場人物の構成を変えたりしていますが、ラスト、犯人まで原作と変えてしまったような...。

黄金仮面 j.jpg 「浴室」要員は、三女・美子(岡麻美)で(浴室で刺殺されるのは原作通り)、かなり大胆に見せます。さらには、事務員・小雪(野平ゆ)もライフルで撃たれて明智がウェットスーツの胸をはだけ...(これは原作に無い。原作では刺殺)。ヒロインである次女の不二子(由美かおる)は「水戸黄門」ではないですが、背中だ黄金仮面 yumi.jpgけ見せるシャワーシーンがあるくらいなので、その代わりにみたいな感じで、それ以上の部分は他の女優が担うという、第4話「白い人魚の美女」くらいからこうしたパターンは定着したようです(最初の頃、井上梅次監督は、現場で女優と「脱ぐ・脱がない」を交渉してルパン三世峰不二子.jpgいたそうな)。因みに、由美かおるの役名の「不二子」ですが、原作でも「不二子」であり、「ルパン三世」の峰不二子はこれに由来するのかと思いましたが、モンキー・パンチ(1937-2019/81歳没)自身は、たまたまカレンダーの富士山を見て着想したとかで、「黄金仮面」との関係については否定しています。セシルとかいう役で出ている山本リンダは、どういう役回りなのかよく分かりませんでした(笑)。

ジェリー伊藤 in「妖精の美女」/in「モスラ」(1961)/「誰もいない海」(1967)
黄金仮面 jyeri- .jpgジェリー伊藤 モスラ.jpgジェリー伊藤 誰もいない海.jpg ジョルジュ役のジェリー伊藤(1927-2007/79歳没)は、映画「モスラ」('61年)などで俳優として活躍しただけでなく、歌手としても活躍した人で、後に数多くの歌手がカバーした「誰もいない海」('67年)は、元は彼のため黄金仮面 ibuki.jpg水戸黄門 伊吹吾郎 由美かおる.jpgに書かれた曲でした(トワ・エ・モワ、越路吹雪が'70年の同じ日にカバー曲のシングルを出した。個人的には、グラシェラ・スサーナ版が印象深い)。ロベール役の伊吹吾郎(由美かおるとは「水戸黄門」コンビ)は、第3話「死刑台の美女」にも出ていましたが、この後、第11話「桜の国の美女」では同じくロベール役で登場します。最初は日本語をぎこちなさげに喋っていましたが、途中からフツーの日本人になっていました。船に乗ると、何だか漁師が似合いそう(笑)。

 原作には、モーリス・ルブランの怪盗ルパン・シリーズへの乱歩のオマージュが込められているかと思いますが、モーリス・ルブラン自身もコナン・ドイルのシャーロック・ホームズ・シリーズを意識して『ルパン対ホームズ』をルパン・シリーズの初期に書いています。ドイルは、デビュー短編集『怪盗紳士ルパン』の最後にホームズをルパン対ホームズ 偕成社文庫.jpg実名で登場させてコナン・ドイル本人からの抗議を受け(この説には疑問の声もあるという)、原著ではシャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)がハーロック・ショルメ(Herlock Sholmès)と改名されていますが、日本の翻訳界ではホームズと訳すのがお約束のようです。『ルパン対ホームズ』における両者の対決は、ルパンが圧倒的に優勢で、ホームズがいいところ無し(笑)ですが、最後にホームズに花を持たせて、形だけ両者引き分けにしています(因みに、そのコナン・ドイル自身も、先輩名探偵であるエドガ=アラン=ポーのオーギュスト・デュパンを見下している。自分の創作したキャラが一番だと思うのは皆同じ?)。
ルパン対ホームズ(偕成社文庫-アルセーヌ・ルパン・シリーズ)』['87年]

黄金仮面 3.jpg 乱歩の原作『黄金仮面』も、結局、原作もこのドラマ版も明智がルパンに勝っているわけですが、ルパンは追い詰められながらも捕まることはなく、一応は両者イーブンの形にしているところが、『ルパン対ホームズ』とやや似ているように思います。原作では、ルパンは不二子さえも連れていくことが出来ず、何も持たずに日本を離れることになりますが、ドラマではそこまで露骨に差をつけてはいません(続編への伏線か)。

 ドラマでの「黄金仮面」の正体は、フランスで「ルパン二世」というあだ名で呼ばれている怪盗であってルパンその人ではないことにされていますが、サブタイトルに「怪盗ルパン」と明記され、明智が当人に向かって「ルパン」と呼びかける場面もあり、微妙に不徹底だったかも(原作はルパン本人を想定)。ストーリーはそこそこ原作に忠実で、死んだと思われた明智が変装して再登場するというこのドラマシリーズの"お約束"も原作通りです。

黄金仮面4.jpg ドラマにおけるルパンは殺人を犯さないという主義であるはずなのに、部下は小雪を殺害しているし(これは原作も同じだが)、また、部下たちは明智にもピストルをがんがん放っています。さらには自身も、自分が手先として使ったウルトラセブン、あっ、違った!森次晃嗣が演じる浦瀬を、盗品を横流ししたという理由のみで自分を裏切ったとして殺しています。

黄金仮面 rope.jpg ラストの犯人改変は、原作を読んだ視聴者の予想を裏切るどんでん返しなのでしょう。それはいいとして、トータルでみると、年末2時間枠で派手なアクションもあったものの、結構突っ込みどころが多い回だったように思います。
黄金仮面 yumi last.jpg
「江戸川乱歩 美女シリーズ(第6話)/妖精の美女」●制作年:1978年●監督:井上梅次●プロデューサー:佐々木孟●脚本:宮川一郎●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「黄金仮面」●時間:92 分●出演:天知茂/五十嵐めぐみ/荒井注/由美かおる/結城美栄子/野平ゆき/松下達夫//ジェリー伊藤/伊吹吾郎/森次晃嗣/藤村有弘/山本リンダ/北町嘉朗/柏原貴/託摩繁春(宅麻伸)●放送局:テレビ朝日●放送日:1978/12/30(評価:★★★)

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洋物の「本格」風のプロットと、乱歩が加味した乱歩らしい雰囲気を共に活かしていた。

04白い人魚の美女.jpg 白い人魚の美女 00.jpg 緑衣の鬼 江戸川乱歩文庫.jpg 緑衣の鬼 光文社文庫.jpg
江戸川乱歩「緑衣の鬼」より 白い人魚の美女 [DVD]」夏純子/『緑衣の鬼 (江戸川乱歩文庫)』['19年]/『緑衣の鬼~江戸川乱歩全集第11巻~ (光文社文庫)』['04年]
白い人魚の美女 10.jpg白い人魚の美女 01.jpg ある蒸し暑い夜、明智は仕事を終えた後、表のビルで奇妙な影が映し出されているのを目にして不審に思い、助手の文代(五十嵐めぐみ)を連れて調べに現場へ行く。明智と文代はそこで、怪しい影が通りかかった女性に対しナイフを突き立てる瞬間を目撃する。そこには影の恐怖に怯える笹本芳枝(夏純子)がいて、彼女は偶然にも、文代の女子大テニス部の先輩だった。明智が芳枝に話を聞きながら周辺の捜査を開始した時、また影の男が現れる。緑のマントを羽織り、けむくじゃらの髪をした影がそこにいた明智や芳枝に目撃され、芳枝の夫で詩人の笹本静雄はショックで寝込んでしまう。周辺を探していた文代は、庭先で芳枝の写真が入ったロケットを発見、芳枝のものではないというロケットの中の写真は10年近く前のもので、明智は、そのロケットを波越警部(荒井注)に渡して捜査の要請をする。一方、明智の言いつけで笹本家を白い人魚の美女02.jpg訪ねた文代は、芳枝が気を失っているのを見つける。そして、顔が潰された静雄の変わり果てた姿も。その時、文代は緑色の服を着た何者かに殴りつけられ、気を失う。文代からの連絡が途絶え、明智はヤキモキするが、波越警部からの連絡で、ロケットが芳江の伯父で夏目財閥の当主・夏目菊太郎(松村達雄)が10年前に作らせたものとわかり、また文代のことも気がかりで、明智は笹本邸に向かう。するとそこには、気を失って倒れている文代がいて、ただし、気がついた文代が言う笹本静雄の死体は無く、一方、浴室で全裸で殺されているお手伝い・たま子(日野繭子)が発見される―。

少年探偵江戸川乱歩全集〈34〉緑衣の鬼.jpg 原作は、江戸川乱歩が1936(昭和11)年1月から12月まで「講談倶楽部」に連載した、文庫で約370ページ(2019年版「江戸川乱歩文庫」(春陽堂))ほどの長編で、本人名義で児童向けにリライトされた作品もあります(ポプラ社『少年探偵 江戸川乱歩全集』(全46巻)の中の第27巻「黄金仮面」以降は、実際は本人ではなく別の作家が書いたものだったため、今は絶版となっている)。原作は、イーデン・フィルポッツが1922年に発表した『赤毛のレドメイン家』((乱歩が世界の探偵小説ベスト10で必ず1位に上げる作品)の翻案小説であり、乱歩が翻案した『緑衣の鬼』では、探偵作家・大江白虹が新聞記者の折口幸吉とともに事件に関与し、そこに探偵役として登場するのは明智小五郎ではなく乗杉龍平ですが、ドラマ版では当然のことながら明智こと天知茂が、原作における事件の「二つの不可解と五つの不可能」の真実を説き明かすことになります。
少年探偵江戸川乱歩全集〈34〉緑衣の鬼

白い人魚の美女03.jpg 原作は、読んでいて犯人の見当が途中でついてしまいましたが、この犯人、相当な「早変わり」をしていることになるなあと。でも、乱歩の小説だからそれはアリということで読むべきなのだなあと。ところが、そう思い込んでしまうと推理の方の詰めが甘くなってしまい、ラストで明かされる犯行の意外な全体像に自力では行きつけないということになってしまいます(自分がそうだった)。元々評価されている洋物を基にしていることもってプロットはしっかりしており、それに乱歩風の味付けがあって、トータルで見て、「本格」風のプロットでありながらも娯楽性の高い面白い作品になっています。

4白い人魚の美女.png あとは、この長編をどうやって約70分くらいに纏めるかだったと思いますが、原作の洋物の「本格」風のプロットと、乱歩が加味した乱歩らしい雰囲気をそれほど損なわずによく活かしていたと思います。ドラマを観て、ある人物が登場した時には、怪しい!コイツが犯人だ!と思い、終盤、やっぱりそうだったと思いながらも、犯行の全容は最後まで分からなかったという、自分が原作を読んだ時と同じような経験をする人が何割かいるのではないでしょうか。それでも犯人は相当な「早変わり」をしていることになりますが(走りながら着替えていた(笑))、むしろ、原作通りに解釈するならばですが、犯人が誰もいないところで視聴者に向けて演技している"映像のウソ"があるところが少し気になったでしょうか(そのあたりはドラマは原作とは別の解釈なのか)。

4話)/白い人魚の美女.jpg 原作で静雄の死体を見つけたかと思ったら後ろから緑衣の怪人に殴られ、気がついたら芳枝もいなくなっていたという目に遭うのは探偵作家の大江白虹であり、それがドラマでは明智の助手の文代に置き換わっています。また、原作では、笹本芳枝を巡って探偵作家・大江白虹とドラマで荻島真一が演じる笹本家のボディガード・山崎の恋のさや当てがあり、結局、山崎が夫・静雄を失った芳枝の新たな婚約者の地位を得ますが、ドラマでは、芳江の美しさに惹かれる明智に文代がやきもちを焼くような別の三角形の構図になっていて、ここでも文代に大江白虹の肩代わりをさせることで、原作のテイストを活かしています。原作の大江白虹は乗杉龍平との推理合戦に敗れ、プロとアマチュアの差を見せつけられますが、ドラマの文代は、ラストで緑衣の怪人に扮するなど大活躍でした。

白い人魚の美女 夏.png ヒロイン笹本芳枝役の夏純子(1949年生まれ)は、18歳の時に若松孝二監督の「犯された白衣」('67年/若松プロ)でデビューし、主演の唐十郎の相手役として熱演した「"日活"最後の主演女優」と言われる人で、犯人に襲われるシーンなどで肩まで脱いでいますが、水族館の水槽に全裸で生きながら閉じ込められ、「白い人魚」と化すシーンなどの全身が映る箇所は吹き替えのようです。そのためか、原作には白い人魚の美女 日野.jpg無い「浴室で全裸で殺されているお手伝い」役として、この年(1978年)"にっかつ"デビューの日野繭子(1959年生まれ)が起用されているのでしょう。彼女は現在はノイズ・ミュージシャンとして活動し、鍼灸師でもあるとのことです。

白い人魚の美女 朝加.jpg その他、朝加真由美(1955年生まれ)が演じた夏目太郎の妹・知子もドラマのオリジナルで、時間内に収めるために原作の人間関係を単純化して端折るというのはよくありますが(本作でも原作の夏目菊三郎は最初からいない)、特に「浴室要員」としてではなく、新たなキャラクターを付け加えるというのは、ストーリーをわかりやすくするためというより、この場合、サスペンス気分を盛り上げるためなのでしょう(知子も犯人に殺害される)。朝加真由美は1973年、「ウルトラマンタロウ」(TBS)のヒロイン・白鳥さおり役でドラマデビューしましたが第16話で降板し、その後舞台の方に行って、この年がドラマ復帰の1年目で(まだ、ギャラガや安かった?)、その2年後に横山博人監督の「純」('80年)で映画デビューしています(映画デビューは夏純子の方が13年も早いことになる)。

白い人魚の美女 熱川.jpg ロケ地で、晴海のホテル浦島や熱川のワニ園が出てくるのが、「昭和」って感じで懐かしかったです。原作における「廃墟となった水族館」での追跡劇は、ドラマでは実際に魚がいる夜の水族館でやっていて、それはそれで雰囲気が出ていたし、洞窟での追走劇もしっかり映像化されていました。「緑衣」の魔人がシルクハットを被ってなんだか手品師みたいなのと、ラストのシーンがシーリーズの定番とは言え、当人以外はぼーっと突っ立っていてややぎこちなさがあったのが難でしたが、やはりこの作品はプロットが良いです。プロットの良さは当然ながら原作の良さに負うところ大かと思いますが、乱歩作品の雰囲気と併せて、それらを上手く活かして映像化している点を評価したいと思います。

第4話)/白い人魚の美女 11.jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(第4話)/白い人魚の美女」●制作年:1978年●監督:井上梅次●プロデューサー:佐々木孟●脚本:宮川一郎●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「緑衣の鬼」●時間:72 分●出演:天知茂(明智小五郎)/五十嵐めぐみ(文代)/夏純子(笹本芳枝)/荒井注(浪越警部)/朝加真由美(夏目知子)/松村達雄(夏目菊太郎)/荻島真一(山崎)/日野繭子(家政婦)/北町嘉朗/羽生昭彦/池田駿介/加地健太郎/東村元行/小田草乃介/篠原靖夫/久木念/土屋靖雄/鈴木謙一/沖秀一/青沼三郎/山本幸栄/岡本忠幸/福谷光一●放送局:テレビ朝日●放送日:1978/07/08(評価:★★★★)

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「美女」は松原智恵子だったが、「死刑台の美女」の「美女」はかたせ梨乃だった。
死刑台の美女 dvd.jpg t13話)/死刑台の美女 .jpg 3話)/死刑台の美女 t2.png 悪魔の紋章 乱歩文庫.jpg 江戸川乱歩全集 第12巻 悪魔の紋章.jpg
江戸川乱歩「悪魔の紋章」より 死刑台の美女 [DVD]」『悪魔の紋章 (江戸川乱歩文庫)』['19年]『悪魔の紋章~江戸川乱歩全集第12巻~ (光文社文庫)』['03年]
83話)/死刑台の美女 .jpg 明智小五郎は、犯罪研究の権威・宗方隆一郎(伊吹吾郎)の妻・京子(松原智恵子)の依頼を受け、論文発表のため香港に飛ぶことに。車椅子の女性・京子の美貌に接したとき、この依頼は断れないと思ったのだ。その頃、実業家の川手庄太郎(増田順司)と3人の娘は何者かに脅迫を受けていたが、明智は不在になるため、宗方が代理で警護することになる。しかし三女・雪子(結城マミ)、次女・春子(三崎奈美)殺害された上に死体を辱められ、川手の腹違いの妹・北園竜子(稲垣美穂子)とその愛人・須藤が容疑者となる。現場には特殊な指紋・三重渦状紋が残されていた。宗方は川手と長女・民子(かたせ梨乃)を伊豆の山荘に匿うが、その夜、覆面の男女に襲われる。彼らは、強盗殺人犯だった川手の父に両親を殺された兄妹だった。川手の父は獄死したため、30年かけて息子と孫娘たちを根絶やしにするつもりなのだ。警察も犯人の意図を察知する。一方、竜子は疑われることを恐れ、三重渦状紋のある自分の指を切り落とすが、須藤に殺される。その須藤も罪を認める遺書を遺して自殺したことから、事件は終わったと思われた―。

少年探偵江戸川乱歩全集〈28〉呪いの指紋
少年探偵江戸川乱歩全集〈28〉呪いの指紋.jpg 原作は、江戸川乱歩が1937(昭和12)年9月から翌年10月まで「日の出」に掲載した、文庫で350ページ(2019年版「江戸川乱歩文庫」(春陽堂))ほどの長編で、本人名義で児童向けにリライトされた作品(タイトル「呪いの指紋」)もあります(ポプラ社『少年探偵 江戸川乱歩全集』(全46巻)の中の第27巻「黄金仮面」以降は、実際は本人ではなく別の作家が書いたものだったため、今は絶版となっている)。ドラマを最初観た時は、原作を随分改変したなあという印象でしたが、もう一度原作を読み返してみたら、プロットのエッセンスの部分はかなり生かされていたように思いました。ぱっと観て原作と随分違うという印象を受けるのは、以下のような理由があるように思います。
  
3話)/死刑台の美 12.jpg その1:ドラマでは、明智が宗方隆一郎と妻・京子の依頼で香港に行くことになりますが、原作では明智は政府から国事犯調査の依頼を受け朝鮮に出張しており、車椅子の京子が明智の前に現れるようなこともありません(京子が車椅子生活を送っているというのもドラマのオリジナル)。また、原作で明智は、ドラマのように警察の捜査途中から現場に入るのではなくもっと後の、一見事件が落着したかに見えた時点で帰国して、それから独自の推理を展開します(この部分はある種"安楽椅子探偵"と言える)。でも、原作通りドラマ化したら、明智が最後しか出てこないことになってしまうので、早めに帰国させたのでしょう。

3話)/死刑台の美女2-2.jpg その2:原作では川手庄太郎の娘は2人きりで、共に惨殺されますが、ドラマではその2人にさらにもう一人、長女の民子(かたせ梨乃)がいて、父と共に犯人に騙され誘拐されます。川手親子は救出されますが、2人組が病院に侵入し、川手氏を殺害、民子を連れ去ってしまい、民子と尾行してきた文代(五十嵐めぐみ)を処刑台にかけて殺害しようとするのですが、そもそも原作には民子は登場しないので、こうした「死刑台」シーンもドラマのオリジナルです。

3話)/死刑台の美女 engeki.jpg その3:原作では、川手の娘の誘拐事件を巡って、宗像と犯人と思しき人物の「見世物小屋」での追跡劇が延々あるのですが(これが実はプロット要素にもなっている)、「見世物小屋」というのが原作が書かれて40年後の70年代においては古めかしすぎたのか割愛されていて、次女・春子(三崎奈美)の死体はヌード劇場で見つかるようになっています(犯人が川手に見せた"再現"演劇も割愛されるかと思ったら映像化されていて、70年代はアングラ劇場ブームだったため、こちらはアリだったのか)。最初に三姉妹がいる部屋でラジカセから流れている曲がピンク・レディーが'77年12月にリリースした「UFO」であり、あれからまた40年以上経ったのかあ...。

3話)/死刑台の美女 matu.jpg その4:やはり、ラストの改変がかなり効いています。いつも〈美女〉はみんな明智に惚れて結局メロドラマ調になってしまうのだけれど、もうこれはこのドラマシリーズの路線なのだと割り切ってしまえばいいのでは。原作では、犯人が明智に向けたピストルの弾丸は明智が予め抜き取っていて、絶望した犯人は自害します。それがドラマでは、ピストルに弾丸は入っていたっぽく、そうすると明智は女性に命を救われたことになります。

3話)/死刑台の美女4.png 「美女シリーズ」としての〈美女〉は松原智恵子でしたが、「死刑台の美女」の〈美女〉はかたせ梨乃(1957年生まれ)ということになるのでは。贅沢なキャスティングでしたが、かたせ梨乃は前回の「浴室の美女」の夏樹陽子ほどには脱がず、これもまた3話)/死刑台の美女  ko.jpg顔が映らない部分は吹き替えでした。となると、ヌード劇場の三崎奈美が、今回無かった「入浴シーン」の代替だったということか。それでは弱いということで(エロスの総量が足りない?)、五十嵐めぐみ演じる、犯人に捕まってしまった文代まで、犯人からSMチックな責めを被ることになったのではないかと思ったりもします。五十嵐めぐみ(1954年生まれ)は後にインタビューで「まさか文代があんな目に遭うとは思っていませんでした(笑)。お芝居とはいえ、けっこう痛い思いをした記憶がありますね。井上監督からは現場で『もうちょっとよく見えるようにしてくれ』なんて言われたり(笑)」と語っています(「映画com.」2015)。

3話)/死刑台の美女 katase.jpg流れ星おりん:かたせ梨乃.jpg かたせ梨乃は1978年4月、テレビ東京の「大江戸捜査網」第3シリーズ(里見浩太朗主演)で〈はやぶさお銀〉役の安西マリアが降板したのと入れ替わりに〈流れ星おりん〉として参入したのが、ドラマの本格デビューですが、この「美女シリーズ」出演はそれと同じ頃になります。「大江戸捜査網」へのレギュラー出演は、三船プロダクションの鳴り物入りだったというのもあるかと思いますが、翌年にはNHK大河ドラマ「草燃える」に出演するなどしていて、背景にはCMモデル、カバーガールとしての高い人気と知名度もあったかと思います。人気モデルの地位に安住ぜす、若いうちに女優の世界に足を踏み入れたのが成功した1つの要因かと思います。

3話)/死刑台の美女伊吹.jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(第3話)/死刑台の美女」●制作年:1978年●監督:井上梅次●プロデューサー:佐々木孟●脚本:宮川一郎/井上梅次●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「悪魔の紋章」●時間:72 分●出演:天知茂/五十嵐めぐみ/荒井注/伊吹吾郎/松原智恵子/稲垣美穂子/増田順司/かたせ梨乃/三崎奈美/結城マミ/宮口二郎/加地健太郎/東村元行/小田草乃介/喜田晋平/村上記代/紺あき子/谷よしの/土屋靖雄/青沼三郎/山本幸栄/羽生昭彦/沖秀一/篠原靖夫/加藤真琴/中村正人/下坂泰男/小野塚千枝子/藤原美佐穂/新垣嘉啓●放送局:テレビ朝日●放送日:1978/04/08(評価:★★★☆)
松原智恵子 in 「芸能人格付けチェック BASIC~春の3時間スペシャル 特別編」(テレビ朝日 2020.3.19)
松原智恵子200319.jpg
かたせ梨乃 in 「チコちゃんに叱られる!」(NHK 2018.5.25)/伊吹吾郎 in「麒麟がくる」(NHK 2020.3.08)
かたせ180525 伊吹200308.jpg

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原作の面白さが活かされている。メロドラマ的には原作を超えたか。

江戸川乱歩「魔術師」より 浴室の美女 [DVD].jpg 2話)/浴室の美女1978t.jpg 2話)/浴室の美女8.jpg 魔術師 (江戸川乱歩文庫).jpg 江戸川乱歩全集 第6巻 魔術師.jpg
江戸川乱歩「魔術師」より 浴室の美女 [DVD]」夏樹陽子 『魔術師 (江戸川乱歩文庫)』['19年]『江戸川乱歩全集 第6巻 魔術師 (光文社文庫)』['04年]
2話)/浴室の美女 6.jpg2話)/浴室の美女1.jpg 榛名湖で静養中の明智小五郎(天地茂)は、玉村妙子(夏樹陽子)という女性に出会い、彼女の美しさに魅せられるが、彼女には起きる事を予感がする不思議な能力があるという。そんな折、資産家の伯父・福田徳二郎から、東京に戻ってきてほしいと電話がある。カウントダウンのような数字を示すものが順番の送られてくるようになって恐怖を覚え、妙子に助けを求めた2話)/浴室の美女2kubi.jpgのだ。東京に帰った妙子と福田は警察に相談するが、波越2話)/浴室の美女3kamen.png警部(荒井注)は、まだ何も起きていない事件なので、民間の探偵に頼むことを勧め、明智を紹介する。妙子の依頼と聞いて捜査に協力すると言った明智だが、帰京2話)/浴室の美女図5.jpgした上野駅で、福田の代理人という人物に騙され拉致される。やがて、福田が自室で首を落とされた姿で発見され、隠し金庫のダイアも盗まれていた。さらに翌日、"獄門舟"の札が掲げられて川を流れていた福田の首が発見される。一方で連れ去られた明智は船に監禁されていて、脱出しよ2話)/浴室の美女5sano.pngうとするも阻れる。玉村家に強い恨みをもった奥村源造(西村晃)が魔術師と称して明智に挑戦し、父親を殺された恨みを晴らすことに執念を燃やし、こ2話)/浴室の美女6nishi.jpgまの犯行を企てたのだった。明智は、犯罪への罪悪感を抱くその娘・綾子(高橋洋子)の助けで脱出するが、海中に落ちて水死体が発見されたとして、新聞に「明智小五郎氏 殺害さる」と報2話)/浴室の美女7.pngじられる。一方、福田の兄で宝石王の玉村(佐野周二)にも数字の通知が送られ始め、入浴中の妙子が何者かに襲われて傷を負う。さらに、長男・一郎(志垣太郎)は、危うく時計の針に首を落とされそうになる。最近雇われた庭師の音吉に犯人の疑いを抱いた玉村は、彼をクビにする。一方、明智の遺志を継いで、この事件の調査をしていた助手の文代(五十嵐めぐみ)は、玉村邸から怪しげな人物、"魔術師"その人が抜け出してきたのを発見、彼が《オクムラ魔術団》へ入っていくのを見届ける。彼女からの連絡で、《オクムラ魔術団》に踏み込んだ波越警部らは、間一髪で"魔術師"に逃げられてしまうが、その場には音吉もいた―。
少年探偵江戸川乱歩全集〈29〉魔術師
少年探偵江戸川乱歩全集 魔術師.jpg2話)/浴室の美女 endt.jpg 原作は、江戸川乱歩が1930(昭和5)年7月から翌年5月まで「講談倶楽部」に掲載した、文庫で300ページ(2018年版「江戸川乱歩文庫」(春陽堂))ほどの長編で、本人名義で児童向けにリライトされた作品もあります(ポプラ社『少年探偵 江戸川乱歩全集』(全46巻)の中の第27巻「黄金仮面」以降は、実際は本人ではなく別の作家が書いたものだったため、今は絶版となっている)。明智が死んだように見せかけるというのは、「007は二度死ぬ」('67年/英)みたいだなあ(ボンドガールみたいな敵中の味方がいるし)。作中の過去の犯罪について、「江戸川乱歩文庫」の解説によれば、「レ2話)/浴室の美女 kabe.jpgンガ壁に人間を塗り込める」というのは、ポーの「アモンティリャードの樽」の着想を得たとのことですが、ポーで「レンガ壁に人間を塗り込める」と言えば「黒猫」を思い浮かべる人も多いのでは。前半は犯人である"魔術師"が圧倒的に優勢なのが、終盤、明智が畳みかけるように逆転攻勢するする展開は原作もドラマと同じです(原作でTales of Terror 1962 2.jpgは「水責め」だったのがドラマでは「火責め」になっていたりしたが)。しかも、いったん"魔術師"が亡んで事件が解決したかにみえて、その後にもう一つ意外な展開があるのも原作通りです。

黒猫の怨霊」('62年/米)(原作:エドガー・アラン・ポー「黒猫」)
     
2話)/浴室の美女 furo.jpg シリーズ第1話の『吸血鬼』が原作の「氷柱の美女」は、原作を読むと途中で犯人が判ってしまうのが難で、そのままドラマでもそうなっていしまっていましたが、この『魔術師』が原作の第2話では、原作を読んでもラストの展開は全く予測できないのと同様、原作を知らずにドラマを観ると、原作と同じように最後に驚きが味わえるのではないでしょうか。その後このシリーズで"恒例"となる「浴室」シーンが、この作品に関しては、掟破りとも言える"映像のウソ"ぎりぎりの線にかかっているようにも思えますが、全体としては原作の面白さが活かされている回であり、パイロット版とも言える第1話から進化したように思います。

 ラストはメロドラマ的ですが、これはこれで良かったように思います。原作では犯人は自殺しないで刑務所行きとなる、あくまで"毒婦"として扱われていますが、ドラマでは明智の胸の中で死んでいく「呪われた宿命」を背負った哀しい女性、或いは「運命と闘っていた」女性ということになっています。原作では、明智の気持ちがこの女性から別の女性に移っていくというプロセスがあるのですが、ドラマではそこを描いていないので、この終わり方もありかなと思います。メロドラマ的には(江戸川乱歩はそれを指向していなかったかもしれないが)原作を超えているかもしれません。

2話)/浴室の美女4.png 原作を読んだ人にとって観ていて興味深いと思われるのは、五十嵐めぐみ(第1話の時から髪を切った)演じる明智の助手の文代が事件にどう絡むかではないでしょうか。原作には、明智の助手としての「文代」は登場せず、ただし、非常に重要なキャラクターとして「文代」が登2話)/浴室の美女 ayako.png場します。原作通りでいくと、ドラマでは、同一人物が時間を超えて同じ場所に二人いることになってしまうので、ドラマの方の「(原作における)文代」に別の名前を与え、明智の助手としての「文代」とは別人にしたということでしょう。それによって、ドラマにおける明智の助手としての「文代」は、有能で気丈ではあるけれど特別おどろおどろしい出自を有するのでもなく、また、原作のラストに示されているように将来「明智夫人」と呼ばれるようなことにもならないことが示唆されていることになるかと思います。

佐野周二(1912-1978)      
2話)/浴室の美女  tl.jpg2話)/浴室の美女 sano.png「江戸川乱歩 美女シリーズ(第1話)/氷柱の美女」●制作年:1977年●監督:井上梅次●プロデューサー:佐々木孟●脚本:宮川一郎●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「魔術師」●時間:72 分●出演:天知茂/五十嵐めぐみ/荒井注/西村晃/夏樹陽子/高橋洋子/志垣太郎/佐野周二/宮口二郎/高桐真/白石奈緒美/北町嘉郎/池田駿介/水原ゆう紀●放送局:テレビ朝日●放送日:1978/01/07(評価:★★★★)

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最後、技術面で「荒唐無稽小説」の壁を乗り越えられなかったパイロット版。

『江戸川乱歩・氷柱の美女』dvd.jpg 『江戸川乱歩・氷柱の美女』01.jpg 江戸川乱歩文庫 吸血鬼.jpg 江戸川乱歩全集 第6巻 魔術師.jpg [Prime Video]氷柱の美女.jpg
江戸川乱歩「吸血鬼」より 氷柱の美女 [DVD]」天知茂/三ツ矢歌子『吸血鬼 (江戸川乱歩文庫)』['19年]『江戸川乱歩全集 第6巻 魔術師 (光文社文庫)』['04年]「江戸川乱歩シリーズ 氷柱の美女」[Prime Video]
/氷柱の美女 T.jpg『江戸川乱歩・氷柱の美女』t_1 1.jpg 明智が静養中の箱根湖畔で釣りをしていると、そこに美しい女性が現れる。さらに、帰り際にも彼女と出会い、霧で道に迷ったというが、そこへ青年が駆けつける。明智は事務所のメンバーと湖畔のホテルに滞在していて、その女性、資産家の未亡人・畑柳倭文子(はたやなぎ しずこ)(三ツ矢歌子)は、ホテルの近くの別荘に一人息子の茂といて、湖畔ホテルへもよく来ていたのだ。その日、明智が文代(五十嵐めぐみ)、小林(大和田獏)とホテルのバーにいると、二人の男を/氷柱の美女 4.jpg携えた倭文子がいた。一人は画家の岡田道彦(菅貫太郎)で、もう一人は、今日倭文子を探しにきたグラフィックデザイナーの青年・三谷房夫(松橋登)だった。やがて、宿の一室で、岡田と三谷の二人の男による、倭文子の愛を得るため命を賭けた決闘が始まる。テーブルにふたつのワイングラスがあり、岡田は、どちらかに毒が入っているので、三谷にひとつ選んで飲み干すように要求する。結果、三谷は賭けに勝利し、岡田はその決闘で死こそ免れたものの、劇薬を顔に浴びて醜い姿となり、倭文子の前で屈辱を味わって姿を消す。やがて、岡田と思しき顔が潰れた水死体が見つかるが、それ以降、唇のない怪人が倭文子の周囲に出没する。恒川警部(稲垣昭三)は明智に事件解決への協力を依頼をするが、唇のない怪人は今度は明智を挑発するかのような行動に出る―。

 シリーズの記念すべき第1作。原作は、江戸川乱歩が1930(昭和5)年9月から翌年3月まで「報知新聞」に連載した、文庫で440ページ(2019年版「江戸川乱歩文庫」(春陽堂))もの長編で、他の長編同様、どんでん返しの連続です。ただ、連載中に短いサイクルで読者の期待に応えようとしたのか、ややサービス過剰気味な分、リアリティは弱まっているように思います。それでも、ポーの「早すぎる埋葬」のプロットを織り込むなどしているし、後の推理作家にそうしたプロット面の多彩さで影響を与えた作品と言われています。

『江戸川乱歩・氷柱の美女』kobayasi humiyo.png ドラマでの文代役の五十嵐めぐみは、シリーズ全25作中19作まで文代役を務めることになりますが、この頃はまだ髪が長くて、後のボーイッシュな髪形ではありません。小林を演じた大和田獏は、「少年」と呼ぶには年齢がいきすぎていたせいか、大和田獏はこの第1作のみの登場で終わっています。稲垣昭三(1928-2016/享年88)が演じた恒川警部は、原作通り「恒川警部」なのですが、こちらも第2作から荒井注演じる「浪越警部」に代わります。また、第2話「浴室の美女」まで放映が5カ月も空くことから、ある意味この回はパイロット版的な位置づけだったようにも思われます(「刑事コロンボ」の第1話「殺人処方箋」などは完全にそうだが、パイロット版ってスタイルの初期の完成度を知るうえで興味深いが、観ていて何となく落ち着かない気がする)。

 原作は、塩原温泉の旅館での男二人の「毒ワイン決闘」から始まり、ドラマ冒頭で明智が箱根に来ているのも(塩原から箱根に改変されている)、1日に3度倭文子に出会うのもドラマのオリジナルです。一方で、大部な原作を90分番組のドラマにするとなると、どうしても原作を大幅に圧縮せざるを得なかったようで、特に原作に幾多ある大掛かりなアクションシーンが全部カットされたのは、時間的な問題以外に予算の関係もあったのかもしれません。それでも、初回にこの江戸川乱歩らしい"荒唐無稽"とも思える作品を選んだのは果敢と言えます(先行する映像化例に、久松静児監督、岡譲二主演の映画「氷柱の美女」('50年/大映)があることはあるが)。

2 氷柱の美女 仮面.jpg 原作は、明智の謎解きを待たなくとも何となく犯人が判ってしまうのですが、ドラマの方は、原作以上に早くから犯人がミエミエという印象も。明智も"判っている"風で、あとは、明智がどう犯人を追い詰めるかしか楽しみがないのですが、「氷柱の美女」の脚本におけるクライマックスで、明智が単に普通に犯人の前に現れて謎解きをすることになっていたのが、それでは面白くないと考えた井上梅次(1923-2010/享年86)監督が現場で思いついたのが、犯人が鏡に向って仮面を取ると、その鏡の中に脱いだはずの吸血鬼の仮面が映り、びっくりして振向くと、もう一人の吸血鬼がゆっくり仮面を取って明智の顔が現れるという演出だったそうです。以降、明智がラスㇳに変装して犯人の前に現れ、仮面をはがした上で謎解きをするというのがシリーズの定番になったとのことです。

『江戸川乱歩の吸血鬼・氷柱の美女』hatayamagi.jpg 一方で、後にお決まりとなる「入浴シーン」はまだなく、その代わり、三ツ矢歌子(1936-2004/享年67)演じる倭文子が前半と後半各一度犯人に襲われますが、顔や肩から上は本人であるものの、胸や躰全体が映るシーンは吹き替えになっています。「昼メロの女王」と呼ばれながらも上品な役が多かった三ツ矢歌子が、ここまでやっただけでも当時驚くべきことだったようで、それ以上は無理だったのでしょう(その昔は「海女の戦慄」('57年/新東宝)などで水着になったりはしていたが、すでにこの時には四十路だったこともあるか)。井上監督は毎回現場で女優と交渉していたようですが、それも大変で、結局、〈ヒロイン〉と〈脱ぐ役〉を分けるというのが定番になっていったようです。
   
『江戸川乱歩・氷柱の美女』hyoutyunobijyo.jpg ラストも原作から改変されていますが、「氷柱の美女」を実現したのはなかなかのものです(タイトルが「氷柱の美女」なら、やらない訳にはいかないが)。ただ、最初に氷ごと横向き現れた時、どう見ても明らかにマネキンなので、これはいくらなんでも製氷機から出てきた瞬間に犯人が気づくだろうと。でもアップになると三ツ矢歌子で、そこだけ映していればまだよかったのにと思ったりもしました。というのは、中途半端にカメラを引くとその姿はまたマネキンになり、さらに別の角度から背景としての映り込みになると、その顔が紙に書かれた下手な似顔絵みたいで(なぜか笑っている)げんなりさせられたからです。ラストには"異形の愛"的なドラマチックな要素もあるだけに、最後に技術面で「荒唐無稽小説」の壁を乗り越えられなかった気がして惜しいです。

「江戸川乱歩 美女シリーズ(第1話)/氷柱の美女」●制作年:1977年●監督:井上梅次●プロデューサー:佐々木孟●脚本:宮川一郎●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「吸血鬼」●時間:72 分●出演:天知茂/五十嵐めぐみ/大和田獏/稲垣昭三/三ツ矢歌子/松橋登/菅貫太郎/野口ふみえ/北町嘉朗 /稲川善一/神田時枝/荻野尋/村上記代●放送局:テレビ朝日●放送日:1977/08/20(評価:★★★)

天知茂/荒井注(第2作-第25作)
江戸川乱歩 美女シリーズ3.jpg江戸川乱歩 美女シリーズ2.jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(天知茂版)」●監督:井上梅次(第1作-第19作)/村川透/長谷和夫/貞永方久/永野靖忠●プロデューサー:佐々木孟●脚本:宮川一郎/井上梅次/長谷川公之/ジェームス三木/櫻井康裕/成沢昌茂/吉田剛/篠崎好/江連卓/池田雄一/山下六合雄●撮影:平瀬静雄●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩●出演:天知茂/五十嵐めぐみ(第1作-第19作)/高見知佳(第20作-第23作)/藤吉久美子(第24作・第25作)/大和田獏(第1作)/柏原貴(第6作-第19作)/小野田真之(第20作-第25作)/稲垣昭三(第1作)/北町嘉朗(第1作・第4作-第9作)/宮口二郎(第2作・第3作)/荒井注(第2作-第25作)●放映:1977/08~1985/08(天知茂版25回)【1986/07~1990/04(北大路欣也版6回)、1992/07~1994/01(西郷輝彦版2回)】●放送局:テレビ朝日
  
【読書MEMO】
●江戸川乱歩の美女シリーズ(天知茂版)
話数 放送日 サブタイトル 原作 美女役 視聴率
江戸川乱歩シリーズ 浴室の美女.jpg1 1977年8月20日 氷柱の美女 『吸血鬼』 三ツ矢歌子 12.6%
2 1978年1月7日 浴室の美女 『魔術師』 夏樹陽子 20.7%
3 1978年4月8日 死刑台の美女 『悪魔の紋章』 松原智恵子 15.6%
4 1978年7月8日 白い人魚の美女 『緑衣の鬼』 夏純子 14.5%
5 1978年10月14日 黒水仙の美女 『暗黒星』 ジュディ・オング 15.3%
6 1978年12月30日 妖精の美女 『黄金仮面』 由美かおる 14.0%
7 1979年1月6日 宝石の美女 『白髪鬼』 金沢碧 13.0%
8 1979年4月14日 悪魔のような美女 『黒蜥蜴』 小川真由美 15.4%
9 1979年6月9日 赤いさそりの美女 『妖虫』 宇津宮雅代 16.9%
10 1979年11月3日 大時計の美女 『幽霊塔』 結城しのぶ 23.4%
岡田奈々の「魅せられた美女」.jpg11 1980年4月12日 桜の国の美女 『黄金仮面II』 古手川祐子 15.9%
12 1980年10月4日 エマニエルの美女 『化人幻戯』 夏樹陽子 19.5%
13 1980年11月1日 魅せられた美女 『十字路』 岡田奈々 20.0%
14 1981年1月10日 五重塔の美女 『幽鬼の塔』 片平なぎさ 21.6%
15 1981年4月4日 鏡地獄の美女 『影男』 金沢碧 19.7%
16 1981年10月3日 白い乳房の美女 『地獄の道化師』 片桐夕子 20.1%
17 1982年1月2日 天国と地獄の美女 『パノラマ島奇談』 叶和貴子 16.6%
18 1982年4月3日 化粧台の美女 『蜘蛛男』 萩尾みどり 17.6%
19 1982年10月23日 湖底の美女 『湖畔亭事件』 松原千明 16.0%
20 1983年1月1日 天使と悪魔の美女 『白昼夢』(『猟奇の果て』) 高田美和 12.6%
江戸川乱歩シリーズ 禁断の実の美女.jpg21 1983年4月16日 白い素肌の美女 『盲獣』(『一寸法師』) 叶和貴子 13.3%
22 1984年1月7日 禁断の実の美女 『人間椅子』 萬田久子 18.9%
23 1984年11月10日 炎の中の美女 『三角館の恐怖』 早乙女愛 22.4%
24 1985年3月9日 妖しい傷あとの美女 『陰獣』 佳那晃子 24.7%
25 1985年8月3日 黒真珠の美女 『心理試験』 岡江久美子 26.3%
(北大路欣也版)
1 (26) 1986年7月5日 妖しいメロディの美女 『仮面の恐怖王』 夏樹陽子 19.9%
2 (27) 1987年1月10日 黒い仮面の美女 『凶器』 白都真理 17.0%
3 (28) 1987年8月15日 赤い乗馬服の美女 『何者』 叶和貴子 17.9%
4 (29) 1988年5月14日 日時計館の美女 『屋根裏の散歩者』 真野響子 16.4%
5 (30) 1989年8月26日 神戸六甲まぼろしの美女 『押絵と旅する男』 南條玲子
6 (31) 1990年4月14日 妖しい稲妻の美女 『魔術師』 佳那晃子 15.8%
(西郷輝彦版)
1 (32) 1992年7月4日 からくり人形の美女 『吸血鬼』 美保純 15.5%
2 (33) 1994年1月8日 みだらな喪服の美女 『白髪鬼』 杉本彩 13.4%

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「デュパンもの」3作中で最も完成度が高いとされる作品。

黒猫・モルグ街の殺人事件 (岩波文庫.jpg エドガー・アラン・ポー「盗まれた手紙」ab.jpg 新訳:盗まれた手紙.jpg
黒猫/モルグ街の殺人事件 (岩波文庫 赤 306-1)』/デジタルオーディオブック「盗まれた手紙」/[Kindle版]「新訳:盗まれた手紙

 ある秋の夕暮れ、語り手が寄宿するオーギュスト・デュパンの屋敷に、パリ市警の警視総監のG...が訪ねてくる。彼はある「珍妙な事件」に手を焼き、デュパンの助言を請いに来たのだ。それは宮殿において起きた出来事で、「さる高貴な貴婦人」が閨房で私的な手紙を読んでいるとき、ちょうどその手紙のことを知られたくない男性が入ってきたので、引き出しにしまう時間もないままテーブルの上において誤魔化していたところ、そこにさらにD...大臣が入ってきた。彼はすぐにテーブルの上の手紙の性質を察し、彼女に業務報告をした後でその手紙とよく似た手紙をテーブルに置き、帰り際に自分が置いたのでない方の手紙を持ち去った。大臣はこの女性の弱みを握ったことで宮廷内で強大な権力を得るようになり、困り果てた女性は警察に内々の捜索を依頼したのだ。手紙の性質上、それは大臣の官邸内にあるはずであり、身体調査の危険から肌身離さず持ち歩いているとは考えられない。警察は大臣の留守の間に官邸を2インチ平方単位で徹底調査し、家具はすべて一度解体、絨毯も壁紙も引き剥がし、クッションには針を入れて調べるという調査を3ヶ月続けたが、成果が上がっていなかった。事件のあらましを聞いたデュパンは「官邸を徹底的に調査することだ」とだけ助言する。一ヵ月後、再びG...が訪ねてくるが、いまだに手紙は見つかっておらず、手紙にかけられた懸賞金は莫大な額になっているという。そして「助けてくれたものには誰にでも5万フラン払おう」と言うと、デュパンは小切手を出して5万フランを要求し、サインと引き換えにあっさり件の手紙を渡す。そしてG...が狂喜して帰っていくと、デュパンは語り手に、自分が手紙を手に入れた経緯を説明し始める―。

The_Purloined_Letter.jpg エドガー・アラン・ポーの、「モルグ街の殺人」「マリー・ロジェの謎」に続き、C・オーギュスト・デュパンが登場する短編推理小説推理で、ポーの作品でデュパンが登場するのはこの3作だけです(1844年発行の「ザ・ギフト」1845年号が初出)。しばしば「デュパンもの」3作中で最も完成度が高いとされる作品であり、デュパンによるほとんど超人的な推理展開ともいえる「モルグ街の殺人」や、デュパンの推理の開陳ばかりが延々と続く「マリー・ロジェの謎」に比べれば、ずっと洗練されて、現代の推理小説に近いスタイルになっていると思います。最後のデュパンによる語り手への経緯説明が読書への「謎解き」になっているところなども、現代の推理小説と変わりません。大臣はエ得るべきものが得られたら、「謎解き」を聞かないで帰ってしまいましたが(笑)。
大臣から手紙を取り返すデュパン

第3話 The Invisible Man.jpg 後世の推理作家がしばしば用いる「隠したいものをあえて隠さないことによって相手の盲点をつく」いわゆる「盲点原理」を創案した作品であると考えられ、江戸川乱歩はこの原理を応用しているG・K・チェスタトンの「見えない男」(『ブラウン神父の童心』('82年/創元推理文庫)所収)も、おそらくポーのこの作品から着想を得たのだろうとしています。「見えない男」は、BBCによるケネス・プラナー主演の「ブラウン神父」シリーズで、2015年に第23話(シーズン3:エピソード3)「見えない男」として映像化されています。
「ブラウン神父」第23話(シーズン3:エピソード3)「見えない男」
「SHERLOCK」第4話(シーズン2:エピソード1)「ベルグレービアの醜聞」
A Scandal in Belgravia 012.jpgA Scandal in Belgravia 011.jpg また、コナン・ドイルの「ボヘミアの醜聞」は、これはもうほとんど「盗まれた手紙」を模して書かれたと言っていい設定で、ただし、江戸川乱歩は、面白さにおいても文学的価値においても「格段の違いがあり、模して及ばざるのはなはだしきものであろう」と評し、エドガー・アラン・ポーに軍配を上げています。個人的には、「ボヘミアの醜聞」も悪くないと思いますが、やはり、先にやった方がマネした方より強いのでしょうか(コナン・ドイルは、「盗まれた手紙」における貴婦人を、シャーロック・ホームズが「あの女性 (the woman)」と唯一定冠詞をつけて呼ぶ特別な存在になるほど、ホームズより能力的に優れている女性にしている)。「ボヘミアの醜聞」は、ベネディクト・カンバーバッチ主演の「SHERLOCK(シャーロック)」シリーズでも、2011年に第4話(シーズン2:エピソード1)「ベルグレービアの醜聞」として映像化されています。

Edgar Allan Poe's Murder Mystery Dinner Party.jpgThe Purloined Letter.jpg この「盗まれた手紙」そのものも、米CBSのサスペンス劇場で映像化されたことはあるようですが(Suspense (1949): "The Purloined Letter"; (29 Apr. 1952))、「モルグ街の殺人」や「黒猫」のように映画化はされていないようです。因みに、最近では、米国のウェブTVでのミニシリーズのEdgar Allan Poe's Murder Mystery Dinner Party (2016)で第3話(シーズン1:エピソード3)としてドラマ化されていますが、シリーズを通してコメディ仕様になっているようです。

Edgar Allan Poe's Murder Mystery Dinner Party (2016) The Purloined Letter

 個人的感想としては、「デュパンもの」3作中でも完成度が高いのは認めますが、「モルグ街の殺人」などと比べると逆にまともすぎて、また「黒猫」などと比べるとインパクト面で少し弱かったというのが正直な印象です。前2作が★★★★☆に対して、こちらは★★★★といったところでしょうか。作者が、手紙の内容を一切明かしていないというのも(ジャック・ラカンやジャック・デリダといった哲学者がその点について論じてるが、その辺りはよく解らない)、物語的には意味深ですが、映像的には手がつけにくいのかもしれません。

【1954年再文庫化[岩波文庫(『モルグ街の殺人事件・盗まれた手紙 他一篇』(中野好夫:訳))//2009年再文庫化[新潮文庫(『黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集I ゴシック編』(巽孝之:訳))]/2010年再文庫化[中公文庫(『ポー名作集』(丸谷才一:訳))]/2016年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『アッシャー家の崩壊/黄金虫』(小川高義:訳)))]】

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3つの謎+最後の謎。いろいろ考えていくと際限がない。映画化作品では...。

黒猫・モルグ街の殺人事件 (岩波文庫.jpg黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫).jpg 黒猫 (集英社文庫).jpg  黒猫の怨霊.jpg
黒猫/モルグ街の殺人事件 (岩波文庫 赤 306-1)』『黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫)』『黒猫 (集英社文庫)』「黒猫の怨霊 [DVD]

 語り手(主人公)は幼い頃から動物好きで、妻も動物好きであったため、様々な動物をペットにしていた。その中でもプルートーとう黒猫は特に美しく、また語り手によくなついていた。しかし、語り手は次第に酒乱に陥るようになり、不機嫌に駆られて飼っている動物を虐待するように。それでもプルートーにだけは手を挙げないでいたが、ある日、プルートーに避けられているように感じ、捕まえて衝動的にその片目を抉り取ってしまう。当初は語り手も自分の行いを悔いていたが、その後も募る苛立ちと天邪鬼の心に駆られ、ある朝とうとうプルートーを木に吊るし殺してしまう。その晩、語り手の屋敷は原因不明の火事で焼け落ち、彼は財産の大半を失う。そして奇妙なことに、唯一焼け残った壁には首にロープを巻きつけた猫の姿が浮き出ていた。その後、良心の呵責を感じた語り手はプルートーによく似た猫を酒場で見つけて家に持ち帰り、始めは妻とともに喜び合っていたが、しかしその猫がプルートーと同じように片目であることに気付くと、次第にこの猫に嫌悪を感じるようになる。その上、その猫の胸の白い斑点が次第に大きくなって絞首台の形になり、黒猫の存在に耐え難くなった語り手は、ある日発作的に猫を手にかけようとするが、妻が割り込み止めようとしたために逆上し、妻を殺害してしまう。語り手は死体の隠し場所として、地下室の煉瓦の壁に塗りこめて警察の目を誤魔化す。捜査が地下室にまで及び、それでも露見する気配がないと見た語り手は、調子に乗って妻が塗り込められている壁を叩く。すると、その壁からすすり泣きか悲鳴のような奇妙な声が聞こえてきた。異変に気付いた警察の一団が壁を取り壊しにかかると、直立した妻の死体と、その頭上に座り、目をらんらんと輝かせたあの猫が現れる。語り手は妻とともに猫を壁のなかに閉じ込めてしまっていたのであり、その猫によって絞首刑にかけられる運命を負わされたのだった―。

 1843年8月に「U・S・サタデーポスト」に発表されたエドガー・アラン・ポー(1809 - 1849)の短編小説。この話には主に3つの謎があるとされていて、
  1.焼け跡の壁に黒猫の姿が残っていたこと、
  2.新たに来た黒猫の胸の白斑が絞首台の形になったこと
  3.ラストシーンで黒猫の叫びが聞こえたこと
の3つがそれですが、エドガー・アラン・ポーという人は超自然現象とかを信じていなかったそうで、作品もそれを反映しているそうです。

 第1の焼け跡の壁に黒猫の姿が残っていたことは、語り手自身がおそらくこういうことだろうと冷静に分析しています。つまり、絞殺された猫の死体を誰かが部屋に投げ入れ、それが、塗ったばかりの壁に押し付けられて、石灰質、火災および死骸のアンモニアの作用があって、そうした形象が作られたと。一方、第2の、新たに来た猫の胸の白斑が絞首台の形になったことの謎は、(物理主義から一気に心理主義の解釈になるが)主人公の罪の意識の反映か、乃至はそれにアルコール中毒による譫妄が重なった可能性が考えられると思います。それらに対し、3つ目の、ラストシーンで黒猫の叫びが聞こえたことは、ちょっと説明がつきにくく、こうして次第に普通には説明しきれなくなっていくように事態が進行していくところが、この作品の上手さだと思います(どこかの読者が、壁から聞こえた奇妙な声は、死体の体内から漏れたガスの音だと推理していた)。

 でも、3つの謎もさることながら、別にもう1つ「最後の謎」として、そもそも、ラストの崩された壁から現れた妻の腐乱死体の頭のところに蹲っていた黒猫とは、死体を埋める時にうっかり猫もいっしょに埋めてしまった(無意識にそこまでやるだろうか)その猫の死体なのか、それとも、壁の作業の際またはその後にどこからかそこに紛れ込んで今も生きている猫なのか、いろいろ考えていくと際限がありません。ポーの作品では何ら超自然的な現象は起きていないという、その前提で臨むからこそ、こうした様々な不思議に思いを馳せることになり、そこもまた上手さだと思います。

 この作品は何度か映画化されていますが、リチャード・マシスン(「激突!」('73年))が脚色し、「低予算映画の王者」「B級映画の帝王」と呼ばれるロジャー・コーマンが監督、ピーター・ローレTales of Terror 1962 1.jpg(「マルタの鷹」('41年))が主演した「黒猫の怨霊」('62年)を観ました。原題は"Tales of Terror"。3部作のオムニバス映画で、第1話「怪異ミイラの恐怖」、第2話「黒猫の怨霊」、第3話「人妻を眠らす妖術」。原作はそれぞれポーの作品である「モレラ」、「黒猫」、「ヴァルデマー氏の症例」。映像版の全てのエピソードにヴィンセント・プライスが出演しています。第2話「黒猫の怨霊」のあらすじは以下の通り。
        
Tales of Terror 1962 -.jpg 酒好きのモントレソー(ピーター・ローレ)は妻のアナベル(ジョイス・ジェイムソン)と二人暮らしの気易さから、毎夜酒場で大酒を呑んでいた。ある夜、酒代を妻に押さえられた彼は利き酒の会場にまぎれ込み、その名人フォルチュナト(ヴィンセント・プライス)に挑戦して酔い潰れてしまう。一方、淋しさのあまり黒猫を溺愛していたアナベルは、夫を送って来てくれたフォルチュナトと深い仲になってしまった。それを夫モントレソーに見つかり、二人は殺害された上、地下室の壁に塗り込まれてしまう―。

Tales of Terror 1962 2.jpg ということで、ヴィンセント・プライスはここでは、原作に全く登場しない、主人公の妻と一緒に殺害される間男という風にされています(笑)。しかしながら、これでも、20世紀に作られた数ある「黒猫」を原作とする映画の中で、最も原作に忠実に作られている作品だそうです(Sova, Dawn B. (2001). Edgar Allan Poe, A to Z)。ピーター・ローレの終始酔っぱらっている演技はなんだかゆったりしていて、殺害されるヴィンセント・プライスの方もどこかユーモラスと言うか悲喜劇風で、3部作の中でもコミカルに仕上がっています。

Tales of Terror 1962 3.jpg ラストも全く気色悪さは無く(壁に塗り込められるというより、煉瓦壁で覆い隠しているだけであるため、壁の向こう側に隙間があって、猫はしっかり生きている。何らかの機会に壁の向こう側にいったと推察可能か)、ホラーが苦手な人にもお薦めです。ピーター・ローレ、ヴィンセント・プライスの演技が愉しめる作品で、残り2つの短編の主人公はヴィンセント・プライスで、内容的には結構おどろおどろしいのですが、この第2話「黒猫の怨霊」は完全にピーター・ローレが主人公と言え、しかTALES OF TERROR._V1_.jpg黒猫の怨霊ges.jpgも、ユーモラスなブラック・コメディ仕様で、出来栄え的には三作の中で頭一つ抜きん出ています。因みに、殺される妻を演じたジョイス・ジェイムソンは、「アパートの鍵貸します」('60年)の金髪女性役など多数の作品に出演、私生活では結婚しながらもロバート・ヴォーンの長年のガールフレンドでしたが、うつ病に苦しんでいた1987年、54歳で薬物の過剰服用により自殺しています。
Joyce Jameson
Joyce Jameson 3.jpgJoyce Jameson1.jpgTales of Terror 1962.jpg「黒猫の怨霊」●原題:TALES OF TERROR●制作年:1962年●制作国:アメリカ●監督・製作:ロジャー・コーマン●脚本:リチャード・マシスン●撮影:フロイド・クロスビー●音楽:レス・バクスター●原作:エドガー・アラン・ポー「モレラ」、「黒猫」、「ヴァルデマー氏の症例」●時間:88分●出演:ヴィンセント・プライス/マギー・ピアース/ピーター・ローレ/ベイジル・ラスボーン/ジョイス・ジェイムソン/デブラ・パジェット●日本公開:1964/05●配給:大蔵(評価:★★★☆)

【1951年文庫化[新潮文庫(『黒猫・黄金虫』(佐々木直次郎:訳))/1966年再文庫化[旺文社文庫(『黒猫・黄金虫』(刈田元司:訳))/1966年再文庫化[角川文庫(『黒猫・黄金虫』(大橋吉之輔:訳))]/1971年再文庫化[講談社文庫(『黄金虫・黒猫・アッシャー家の崩壊』(八木敏雄:訳))]/1974年再文庫化[創元推理文庫(『ポオ小説全集1』(阿部知二:訳))]/1985年再文庫化[偕成社文庫(『ポー怪奇・探偵小説集(1)』(谷崎精二:訳))]/1992年再文庫化[集英社文庫(『黒猫』(富士川義之:訳))]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『黒猫/モルグ街の殺人』(小川高義:訳)))]/2009年再文庫化[新潮文庫(『黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集I ゴシック編』(巽孝之:訳))]/2010年再文庫化[中公文庫(『ポー名作集』(丸谷才一:訳))]】

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理詰めの推理、パートナーの存在、安楽椅子探偵、要人と知己の関係...すべての原点。

黒猫・モルグ街の殺人事件 (岩波文庫.jpg黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫).jpg モルグ街の殺人 1932.jpg Murders in the Rue Morgue 1932 0.jpg
黒猫/モルグ街の殺人事件 (岩波文庫 赤 306-1)』『黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫)』「モルグ街の殺人」(1932)

『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇』.jpg 語り手は、ある日モンマルトルの図書館で、没落した名家の出であるC・オーギュスト・デュパンという人物と知り合う。語り手は、卓抜な観察力、分析力を持つデュパンにほれ込み、やがて場末の古びた家を借りて一緒に住む。デュパンは、ある晩、街を歩いているとき、語り手が黙考していたことをズバリと言い当てて語り手を驚かせたが、その推理過程を聞くと非常に理にかなったものであった。そんなとき、ある猟奇殺人の新聞記事が二人の目に止まる。「モルグ街」のアパートメントの4階で起こった事件で、二人暮らしの母娘が惨殺されたのだった。娘は首を絞められ暖炉の煙突に逆立ち状態で詰め込まれていた。母親は裏庭で見つかり、首をかき切られて胴から頭が取れかかっていた。部屋の中はひどく荒らされていたが、金品はそのまま。更に奇妙なことに、部屋の出入り口には鍵が掛かっており、裏の窓には釘が打ち付けられていて、人の出入りできるところがなかった。また多数の証言者が、事件のあった時刻に犯人と思しき二人の人物の声を聞いており、一方の声は「こら!」とフランス語であったが、もう一方の甲高い声については、ある者はスペイン語、ある者はイタリア語、ある者はフランス語だったと違う証言をする。この謎めいた事件に興味をそそられたデュパンは、伝手で犯行現場へ立ち入る許可をもらい、独自に調査を行う。語り手は新聞に発表された以上のことを見つけられなかったが、デュパンは現場やその周辺を精査に調べ、その帰りに新聞社に寄ったのち、警察の表面的な捜査方法を批判しながら、語り手に自分の分析を交えつつ推理過程を語りだす―。

モルグ街の殺人-Poe_rue_morgue_byam_shaw.jpg 1841年に、エドガー・アラン・ポー自身がその年に編集主幹となった「グレアムズ・マガジン」の4月号に発表された短編。推理小説・探偵小説(ポー自身は「推理物語(The tales of ratiocination)」と呼んでいた)の原型となったのは、「モルグ街の殺人」及びそれに続くポーの作品であるとされており、江戸川乱歩は、もしポーが探偵小説を発明していなければ「恐らくドイルは生まれなかったであろう。随ってチェスタトンもなく、その後の優れた作家たちも探偵小説を書かなかったか、あるいは書いたとしても、例えばディケンズなどの系統のまったく形の違ったものになっていたであろう」と述べています。

船乗りに殺害者のことについて聞きただすデュパン。バイアム・ショウによる挿絵、1909年

 オーギュスト・デュパンが理詰めの推理で、語り手が黙考していたことをズバリと言い当てて語り手を驚かせるところで、個人的に真っ先に頭に浮かんだのは、コナン・ドイルの1901年発表の長編『バスカヴィル家の犬』の冒頭で、シャーロック・ホームズが1本のステッキから持ち主のプロフィールを推理してワトスンを驚かせる導入部分であり、改めて、コナン・ドイルってアラン・ポーの系譜なのだなあと思いました(そのパートが、本題の事件解決ではなく、物語の"前振り"としてある点も似ている)。

 語り手であり、ある意味、事件解決の記録係を担う人物と同じアパートメントに住むようになるのも、ホームズとワトスンの関係に似ているし、アガサ・クリスティの「エルキュール・ポアロ」シリーズのポワロとヘイスティングスの関係にも通じるところがあります(二人組ということで言えば、かつての日本映画で言えば、黒澤明の「野良犬」や野村芳太郎 の「張込み」(原作:松本清張)のベテランと若手の組み合わせもそうなる、今で言えばテレビドラマ「相棒」か。まあ大体の"刑事もの"は二人組だが)。

 物語の前半は、新聞記事だけで犯人を推理するスタイルになっていて、いわゆる安楽椅子探偵の走りでもあり、クリスティであれば、ミス・マープルの『火曜クラブ』など、さらに、コリン・デクスターのモース主任警部シリーズで入院中のモースが130年前の未解決事件の謎を解く『オックスフォード運河の殺人』、ジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライムシリーズで全身不随のリンカーン・ライムが同じくベッドの上で事件を推理する『ボーン・コレクター』('99年)などに引き継がれているように思います。

 オーギュスト・デュパンが警察総監と知己であるというのは、シャーロック・ホームズの兄、マイクロフト・ホームズが「政府の政策全般を調整する重要なポスト」にあるというのにも繋がっているし、日本で言えば、内田康夫の「浅見光彦シリーズ」で、浅見光彦の兄・浅見陽一郎が警察庁刑事局長であったりするのも、遡ると結局、この作品に辿り着くのかもしれません。

Murders in the Rue Morgue 1932 c0.jpg この作品は、20世紀に4度映画化(TV-Mを除く)されていますが、ほとんど原作通りに作られているものは無いようです。最初の映画化作品は、「シャーロック・ホームズと大殺人事件の謎」('08年/米)というサイレtモルグ街の殺人.jpgント映画で、個人的には観てませんが、どうやら"ホームズもの"にしてしまったようです。さらに、2度目の映画化作品、ロバート・フローリー監督、シドニー・フォックス、ベラ・ルゴシ主演の「モルグ街の殺人」('32年/米)(Murders in the Rue Morgue)も改変が目立つ作りと言えます。
Leon Ames(Pierre Dupin), Sidney Fox, Bert Roach / Bela Lugosi(Dr. Mirakle)
モルグ街の殺人6.jpgMurders in the Rue Morgue 1932 1.jpeg 1845年、パリ。医学生ピエール(レオン・エイムズ)は、恋人カミーユ(シドニー・フォックス)、友人ポール(バート・ローチ)らと見世物小屋に行く。出し物は、ミラクル博士(ベラ・ルゴシ)と猿人エリック(チャールズ・ゲモラ)。ミラクル博士は進化論を発展させて、猿と人間のMurders in the Rue Morgue 1932 2.jpg雑種動物の創造を目指しており、そのために売春婦を誘拐、猿の血液を人間の静脈に注射して適性を調べていた。しかし、ことごとく実験は失敗。死んだ売春婦の死体は川に投棄した。ピエールは死体安置所(モルグ)で彼女らを検死。ミラクル博士の仕業とつきとめる。ミラクル博士は猿人が興味を示したカミーユに注目。人間には侵入不可能な密室に猿人を送り込み、カミーユを誘拐する。ピエールは警察と共にミラクル博士の元に向かう。猿人はミラクル博士を絞め殺すと、カミーユを抱いて高い屋根の上を逃走。しかし、ピエールに撃たれ、川に墜落死する―。

7モルグ街の殺人.jpg 最初のシーンで、主要登場人物と思われるカミーユ、ピエール、ポールの3人が、カーニバルでベリー「モルグ街の殺人」32.jpgダンスやウエスタンショのを見物していますが、やがて猿人エリックの見物となり、ベラ・ルゴシ演じるミラクル博士が人の心を持つ野獣と紹介しています。その後、博士はケンカで相打ちになった男や売春婦の女を自分の実験室に引き込んでは人と"ゴリラ"(ほとんどそう見える)との血液合成実験を繰り返した末に死体を遺棄。怪しんでモルグを訪ねたピエールが、受付係に名乗った名前が「ピエール・デュパン」であり(原作のオーギュスト・デュパンではないが)、ああ、そういうことだったのかと、彼が"探偵役"だったのかと分かった次第。

Murders in the Rue Morgue 1932 3.jpgMurders in the Rue Morgue 1932 4.jpg 夜のシーンが多いこともありますが、暗い画面で19世紀のパリ場末の怪しげな雰囲気は出ていました。ただ、マッドサイエンティストである博士の醸す雰囲気は、ロベルト・ヴィーネ監督の「カリガリ博士」('20年/独)やトッド・ブラウニング監督の「魔人ドラキュラ」('31年/米)などに近く、後半の猿人が美女を抱えて屋根伝いに逃げまくるシーンは、まさに翌年公開される「キング・コング」('33年/米)と同じで、脚本を先取りして映像化してしまったのではないかと思います(「モルグ街の殺人」が「キング・コング」に影響を与えたとも言われているが)。

Murders in the Rue Morgue 1932 c3.jpgモルグ街の殺人 [VHS].jpg 「魔人ドラキュラ」でドラキュラを演じた怪奇俳優ベラ・ルゴシが本作ではマッドサイエンティストを演じていますが、そもそもこの作品、「フランケンシュタイン」('31年/米)の企画から外されたベラ・ルゴシ(台詞のない厚いメイクの怪物役を拒否したため、怪物役は脇役俳優だったボリス・カーロフに変更された)と監督のロバート・フローリーへの補償として製作されたもので、その頃の怪奇映画のテイストがごっそり詰め込まれているように思います。ただ、ピエール・デュパンを演じたレオンMurders In The Rue Morgue (1932)図2.jpg・エイムズはこの映画が嫌いで、雑誌のインタビューで、「今でもテレビ放映で私を悩ませるひどい映画」と語Murders in the Rue Morgue (1932)s.jpgっています(確かにそうなるかも(笑))。ただ、ピエールとポールがロフト風のアパートで共同生活している様などは、後のホームズとワトソンを想起させるものがありました。ポール(共同生活における調理担当なのか、スパゲッティか何かを作っている)がやや太っているので、ロスコー・アーバックルではないですが、サイレント時代の喜劇映画の二人組の片割れがいつも太っちょなのを想起させたりもします。
 
 
「謎のモルグ街」1954年1954-4.jpg謎のモルグ街 (1954)1.jpg 3度目の映画化作品、ロイ・デル・ルース監督の「謎のモルグ街」('54年/米)(Phantom of the Rue Morgue)では、19世紀末頃のパリが舞台で、ある日、キャバレーの踊子イヴォンヌが殺され。捜査にあたったボナア謎のモルグ街 (1954)mv.jpgル警視(クロード・ドーファン)は、踊子の男関係からソルボンヌ大学の生物学者ポオル・デュパン教授(スティーヴ・フォレスト)をホシと睨む、その間にも殺人事件は続いて起こり、モデルのアルレットが惨殺され、彼女の身の回り品の中からデュパンが許婚者のジャネット(パトリシア・メディナ)に贈ったブローチがPhantom of the Rue Morgue2.pngPhantom of the Rue Morgue.jpg発見されたためデュパンへの疑惑はますます深まるも、デュパンは自らの推理により、動物園の園長(カール・マルデン)を怪しいと睨む―というもの。デュパンが大学教授になっていて、しかも容疑者となっています。踊子の殺害現場などが結構生々しいですが、オリジナルは二色メガネで観る3D映画だったそうです。
      
MURDERS IN THE RUE MORGUE 1971l300.jpgモルグ街の殺人1971 0.jpgモルグ街の殺人1971 1.jpg 4度目の映画化作品、ゴードン・ヘスラー監督の「モルグ街の殺人」('71年/米)(Murders In the Rue Morgue)は、パリ、グラン・ギニョールで、ある劇団による「モルグ街「モルグ街の殺人」1971年 2.jpgの殺人」なる舞台劇が上演されている最中、連続殺人が起こるという話になっていて、ここに出てくる猿もオランウータンではなくゴリラに近いものとなっています。ただ、事件は、原作「モルグ街の殺人」とはまったく無関係の、むしろ"オペラ座の怪人"風の事件が展開されるというストーリーで(仮面男が出てくる)、劇中劇の「モルグ街の殺人」も、美女を狙う男の首をゴリラが斧で斬り落とすというのがクライマックスと「モルグ街の殺人」('71年/米) maderin.pngいう代物。仮面男の仮面を剥いだらその下はゴリラだったというのも...(夢落ち?)。そのゴリラが、オペラ座の怪人よろしくシャンデリアにぶら下がり...と、結局「モルグ街の殺人」と「オペラ座の怪人」の掛け合わせ版を撮りたかったのか(よくわからないけれど)。ヒロインである劇団の花形女優マデリンを「バグダッド・カフェ」('87年/西独)のクリスティーネ・カウフマン(1945-2017)が演じているのが見どころくらいでしょうか。

クリスティーネ・カウフマン in「モルグ街の殺人」('71年)/「バグダッド・カフェ」('87年)
クリスティーネ・カウフマン モルグ街の殺人.jpg クリスティーネ・カウフマン バグダッド・カフェ.jpg 

モルグ街の殺人
モルグ街の殺人._AC_SY445_.jpgMurders in the Rue Morgue (1932 film).JPG「モルグ街の殺人」●原題:MURDERS IN THE RUE MORGUE●制作年:1932年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・フローリー●製作:カール・レムリ・Jr●脚本:トム・リード/デイル・ヴァン・エMurders in the Rue Morgue 1932 c1.jpgヴェリー/ジョン・ヒューストン●撮影:カール・フロイント●原作:エドガー・アラン・ポー●時間:75分●出演:ベラ・ルゴシ/シドニー・フォックス/レオン・エイムズ/ブランドン・ハースト/アルレーン・フランシス●日本公Murders in the Rue Morgue (1932)6.jpg開:1932/07●配給:大日本ユニヴァーサル社(評価:★★★☆)

シドニー・フォックスin「モルグ街の殺人」 Sidney Fox(1911-1942)
シドニー・フォックス1.jpgSidney_Fox.jpg
   
 
     
謎のモルグ街 [VHS]
謎のモルグ街.jpg「謎のモルグ街」1954年 6.jpg「謎のモルグ街」●原題:PHANTOM OF THE RUE MORGUE●制作年:1954年●制作国:アメリカ●監督:ロイ・デル・ルース●製作:ヘンリー・ブランク●脚本:ハロルド・メドフォード/ジェームズ・R・ウェッブ●撮影:J・ペヴァレル・マーレイ●音楽:デヴィ謎のモルグ街 (1954)es.jpgッド・バトルフ●原作:エドガ「謎のモルグ街」1954年7.jpgー・アラン・ポー●時間:84分●出演:クロード・ドーファン/スティーヴ・フォレスト/パトリシア・メディナ/カール・マルデン/アリン・アン・マクレリー/エリン・オブライエン=ムーア/ドロレス・ドーン/マーヴ・グリフィン●日本公開:1954/06●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★)
Patricia Medina in Phantom of the Rue Morgue (1954)
Phantom of the Rue Morgue (1954).jpg The  <br />
Murders in the Rue Morgue (1954).jpg


「モルグ街の殺人」(1971 [VHS])
モルグ街の殺人 1971 [VHS] - コピー.jpg「モルグ街の殺人」●原題:MURDERS IN THE RUE MORGUE●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:ゴードン・ヘスラー●製作:ルイス・M・ヘイワード●脚本:クリストファー・ウィッキング/ヘンリー・スレッ「モルグ街の殺人」1971年 3.jpgサー●撮影:マニュエル・ベレンガー●音楽:ワルド・デ・ロス・リオス●原作:エドガー・アラン・ポー●時間:87分●出演:ジェイソン・ロバーズ/ハーバート・ロム/クリスティーネ・カウフマン/リリー・パルマー/アドルフォ・チェリ/マリア・ペルシー/マイケル・ダン/ピーター・アーン/ロザリンド・エリオット/マーシャル・ジョーンズ/ブルック・アダムス●VHS発売:1986/04●発売元:ポニーキャニオン(評価:★★☆)


【1951年文庫化[新潮文庫(『モルグ街の殺人事件』(佐々木直次郎:訳))]/1954年再文庫化[岩波文庫(『モルグ街の殺人事件・盗まれた手紙 他一篇』(中野好夫:訳))]/1954年再文庫化[角川文庫(『モルグ街の殺人事件 他二篇』(佐々木直次郎:訳))]/1978年再文庫化[岩波文庫(『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇』(中野好夫:訳))]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『黒猫/モルグ街の殺人』(小川高義:訳)))]/2009年再文庫化[新潮文庫(『モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集II ミステリ編』(巽 孝之:訳)))]

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サウジ初の女性監督による、すべて国内で撮影し、すべてサウジ俳優が演じた初の映画。

少女は自転車に乗って.jpg 少女は自転車に乗って01.jpg ハイファ・アル=マンスール.jpg 
少女は自転車にのって [DVD]
少女は自転車に乗って02.jpg 10歳のおてんば少女ワジダ(ワアド・ムハンマド)は男友達のアブダラ(アブドゥルラフマン・アル=ゴハニ)と自転車競争をしたいのだが、厳格なイスラームの戒律と習慣を重んじる周囲の少女は自転車にのって1.jpg大人たちはワジダが自転車に乗ることにもアブダラと遊ぶことにも否定的だった。ある日、雑貨店できれいな自転車を見つ少女は自転車にのってes.jpgけたワジダは一目でその自転車を気に入ってしまう。なんとしてもその自転車を手に入れようとワジダはミサンガを売ったり秘密のアルバイトをしたりするが自転車代の800リヤルには届きそうもない。そんな時、学校でコーランの暗唱コンテストが行われることになり、優勝賞金が1000リヤルであることを知ったワジダはコンテストに参加することにする。外で遊ぶことが好きだったワジダはコーランが大の苦手だったが、優勝を目指して猛特訓する―。

Haifaa Al-Mansour
ハイファ・アル=マンスール2.jpg サウジアラビア出身の女性映画監督ハイファ・アル=マンスールの長編デビュー作で、2012年8月にヴェネツィア国際映画祭で初公開され、国際アートシアター連盟賞を受賞しました。サウジアラビア初の女性監督作品で、また、すべての撮影を国内で行い、すべての役柄をサウジの俳優が演じた初の長編映画と言われています。ハイファ・アル=マンスール監督自身は、アメリカ人外交官と共にオーストラリアに移り、シドニー大学で映画学を学んだそうです。

少女は自転車にのってages.jpg 女性差別というものを描いている作品でありながら、その描き方は、主人公のおてんばの女の子ワジダと、彼女のことを想う(故にちょっかいを出したりする)年下の男の子アブダラとのやり取りを軸にした「幼い恋の物語」的に展開させているところが、規制をかいくぐる策ということもあるかと思いますが、上手いと思いました。ラストも良かったと思います(結局、この作品はサウジアラビアでは公開されなかった、と言うより、サウジではかつてはあった映画館そのものがその後禁止されてしまった)。

 ワジダが自転車購入費に充てるためにミサンガ作り以外に励んだ秘密のバイトに、FMアンテナで海外の音楽番組を録音してそれを売ったり、ラブレターの秘密の受け渡しを請け負ったりすることがありますが、こういうのも実際見つかるとサウジではまずいのでしょう。特に後者は、そもそも女性が男性に愛を告白するということがこの国では認められていません。自分の娘が結婚前によその男と話をしたことに怒ってその娘を殺害した父親が、"名誉殺人"として罪に問われなかったことがあったりした国ですからねえ。

WADJDA.jpg 別に彼女らは原始的な生活を送っているわけではなく、アパヤと呼ばれる黒衣の下にワジダが履いていたのはリーバイスのジーンズとコンバースのバスケットシューズだし、彼女はコーランを覚えるのに(自転車を買うためというのが皮肉が効いている)プレステのコーラン暗記アプリを使ったりしています。他の女の子も黒い服の下はファッショナブルであったりしますが、それを男に見られてはいけないということで(歌を歌っているのを聴かれてもいけない)、この男女間のことだけが不自然に厳しい国なのです。

 女性に選挙権は無く、女学校の教師や看護師以外の仕事は期待されておらず、結婚して花嫁となることが与えられた使命で、幼いうちに結婚相手を親などによって決められ、家庭の事情によっては生まれた子が女の子だったらすぐに他家に預けられてしまうといった、世界で最も女性が抑圧されている国の一つです。同じイスラム教国でも、マレーシアなどのように女性の社会進出率が40%と高い国もあり、こうした女性抑圧がイスラム教の教義は無関係なもので、為政者や男性社会が自らの優位性を保つためのものとしか考えられません。

サウジで女性がサッカー観戦.jpgサウジで約35年ぶりに映画館オープン.jpg こうした国の姿勢に対する国際的な女性人権団体からの批判などもあってか、2018年に入り、1月に、女性が男子プロサッカーの試合を観戦することが認められ、4月には、サウジで約35年ぶりに映画館オープンして男女が同席可能になり、6月には、これまで禁止してきた女性が自動車を運転することが認められるようになっています(この映画もこうした動きに寄与したらしい)。

ジャマル・カショギ殺害1.jpgジャマル・カショギ殺害2.jpg これで、サウジアラビアもどんどん変わっていくのかなと個人的には思った矢先、その年の10月にサウジアラビア人記者のジャマル・カショギ氏が在トルコ・サウジアラビア総領事館にて殺害される事件が起き(しかもかなり残忍な手口で)、この国の権力を握る者らの闇の部分を改めて見せつけられた思いがしました。結局、女性への抑圧を緩和したりするのも、さまざまな外からの批判をかわすためにやっているのではないかと思わざるをえません。皇太子が独裁を敷くというのも普通は考えにくいことですが、この映画でもそれを思わせる場面がいくつかあるように、男性主義でかつ長兄主義なのですね、この国は。

 女性が男性に何か命じることの出来ない国なので、この映画の撮影中もハイファ・アル=マンスール監督はクルマの中から指示を出し、かなりの部分は隠し撮りのような状況で撮影されたそうで、サウジの俳優が演じてはいるものの、資金もスタッフもドイツ、ドイツ人が主で、マンスール監督も海外に住み、本格的に映画を学んだのも海外の大学です(但し、映画館はないものの、家庭でのソフトの視聴は可能で、幼少期に子守り代わりとしてレンタル作品をたくさん見せられ、映画製作を志すようになったという)。

 中東アラブでは近年、女性の映画監督の進出が目立っているようですが、サウジアラビアはそもそも映画監督というものが国内にいません。この映画でずっと自転車に反対してたワジダの母親がラストで見せた"態度変容"のようにすっとはいかず、サウジアラビアが変わるにはまだまだ時間がかかるということでしょうか。

少女は自転車にのって 8.jpg「少女は自転車にのって」●原題:WADJDA●制作年:2008年●制作国:サウジアラビア・ドイツ●監督・脚本:ハイファ・アル=マンスール●製作:ゲルハルト・マイクスナー/ローマン・ポールド●撮影:ルッツ・ライテマイヤー●音楽:マックス・リヒター●時間:98分●出演:ワアド・ムハンマド/リーム・アブドゥラ/スルタン・アル=アッサーフ/アブドゥルラフマン・アル=ゴハニ/アフド・カメル●日本公開:2009/09●配給:アルバトロス・フィルム●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-08-07)(評価:★★★★)
アフド・カメル(女優・映画監督)/ワアド・ムハンマド

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ネット社会の暗部がよく描かれている。エンタメ性が前面に出た分、ややリアリティを欠いたか。

血の雫 相場英雄.jpg血の雫 相場英雄 帯付き.jpg 血の雫 相場英雄 obi.jpg
血の雫』['18年]

 東京都内で3件の連続殺人事件が発生する。かつて捜査中に、ネットに苦い思いをさせられたことのある捜査1課の田伏は、民間のIT企業から転職してきた新米刑事の長峰と事件を追いかける。3件の殺人事件の凶器は一致するが、被害者はモデル、タクシー運転手、老人と接点がなく、捜査は難航する。警察への批判が高まる中、「ひまわり」と名乗る犯人がネットメディアに犯行声明を出したことにより、事件はインターネットを使った劇場型犯罪へと発展、多くの人々を巻き込み、その狂熱を加速させていく―。

 作者の『震える牛』『ガラパゴス』同様に、ストーリーがテンポ良く展開していき、相変わらずの上手さを感じました。インターネットの匿名性の陰で、むき出しの悪意を垂れ流す心の闇を抱えた人々や、唯々早い者勝ちとばかりに真偽不確かな情報を興味本位で拡散させる、ジャーナリズムと呼ぶにはあまりに荒廃した世界など、ネット依存社会、情報拡散社会の暗部がよく描かれています。

 作者自身、SNS上の諍いや中傷の応酬から着想を得たそうで、「多くの人々が、事実の真偽を問うことなく話題性や刺激の強さを求め、無責任に拡散してゆく。その怖さ、気持ち悪さを、具体例を出しながら書けたかなと思う」と述べています。

血の雫 相場英雄 民友.jpg 後半は、風評被害をネット上に書き込まれた「福島の果物」などに導かれ、舞台はその中心を福島へと移していきます。原発事故後の風景や人々の生活も丁寧に描かれているのは、作者自身が震災後も定期的に東北を訪れているからでしょう。震災から8年近くたっても福島を題材に書き続けている理由を作者は、「全国紙からの情報発信が減り、被災地の営みへの想像力が失われようとしている。エンターテインメントに昇華することで、再び関心を持ってもらえると信じたい」と語っています。

「福島民友」2018年11月7日

 そうした思いも込められた力作であると思いますが、犯人のパフォーマンスがやや劇画チックだったでしょうか("洋モノ"で例えばジェフリー・ディーヴァーの小説などには、この手の犯人が登場するが)。『震える牛』『ガラパゴス』がそれぞれ「警察小説×経済小説」「労働経済小説」と言えるものだったのに対し、「警察小説×社会問題小説」といった感じですが、前2作が経済小説としてのリアリティがあっただけに(個人的評価は『震える牛』★★★★、『ガラパゴス』★★★★☆)、今回はややリアリティの面で弱かったかなという印象も受けました。それと引き換えにエンターテインメント性を前面に押し出したのでしょうが...(個人的評価は★★★☆)。

 SNS上の裏アカウントでドロドロの本音をぶちまけているという話は、朝井リョウ氏の直木賞受賞作『何者』('12年/新潮社)でもう既にモチーフに使われていました。あれから変わっていないなあと(若者から中高年にまで拡がった?)。最近の中高生は、クラスの友だちなどに公開する「表アカウント木村花 NHK.jpg」のほか、限られた友人のみに公開する「裏アカウント」、愚痴やネガティブなことだけをツイートする「裏アカウント(闇アカウント)」など、複数の"捨て垢"を所持しているそうな。今年['20年]5月には、シェアハウスでの共同生活を記録する番組「テラスハウス」に出演していた、女子プロレスラーの木村花さんが番組内での言動に対してSNSで誹謗中傷が相次いだことを苦にして、自殺するという事件がありました。この先どうなっていくのでしょうか。

「NHK二ュース」2020年5月23日

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「●「週刊文春ミステリー ベスト10」(第1位)」の インデックッスへ

理科系推理小説? 中盤の意外な展開と後半の連続どんでん返しは楽しめた。

東野 圭吾 『沈黙のパレード』.jpg東野 圭吾 『沈黙のパレード』文春.jpg
沈黙のパレード

ctangle.jpg 2018 (平成30)年度「週刊文春ミステリーベスト10」(国内部門)第1位。

 突然行方不明になった町の人気娘が、数年後に遺体となって発見された。容疑者は、かつて草薙が担当した少女殺害事件で無罪となった男。だが今回も証拠不十分で釈放されてしまう。さらにその男が堂々と遺族たちの前に現れたことで、町全体を憎悪と義憤の空気が覆う。秋祭りのパレード当日、復讐劇はいかにして遂げられたのか。殺害方法は?アリバイトリックは? 超難問に突き当たった草薙は、アメリカ帰りの湯川に助けを求める―。

 ガリレオシリーズ第9作は、同シリーズでは『真夏の方程式』('11年/文藝春秋)以来となる久しぶりの長編(長編としては第4作)。作者の「週刊文春ミステリーベスト10」(国内部門)第1位は、'85年の『放課後』、'99年の『白夜行』、'05年の『容疑者xの献身』、'09年の『新参者』に続いて5度目の載冠で、「週刊文春」によれば作者は受賞の知らせに「会心の一作である『沈黙のパレード』が、皆さんに届いたことが嬉しいですね」と語っています。

 また、作者は、「長編であれば、湯川が事件に関わる"理由"が必要で、今回も"それなりのもの"を用意しました」と。この"それなりのもの"とは、湯川と犯人の関係を指しますが、複雑に入り混じる人間関係の中にそうしたものも組み込んで、加えて、登場人物の思いや切なさもきっちり描いてみせているのは、さすがの力量だと思いました。

 一方で、『容疑者xの献身』同様、読み手は誰が犯人か薄々分かった上でストーリーを追うことになりますが、湯川は『容疑者xの献身』の時の失敗を語っていながら、結局は同じく中途半端な結果になったかも。(偶然にも助けられているし)。「"私刑"はダメ」という作者の考えは他の作品でも見られ、それと読者のカタルシスをどう折り合いつけるかは難しいところかもしれません。

 でも、それ以上に気になったのが、今回のトリックで、こんな理科実験的な仕掛けで犯行を完成させることが出来るのかなあと。作者が何よりも、小説の中でこの手法を描きたかったのではないかと思ってしまいます。でも、実際に犯行を実行する立場からすると、結構大掛かりで、そのくせ成否は蓋然性によって左右されるような気もして、リアリティにやや疑問を持ちました。

 ただ、中盤の意外な展開と後半の連続どんでん返しは楽しめたので、一応「〇」だったでしようか。

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短篇を長編化。意外性もさほどでもなく、2時間ドラマになるかならないかといった程度の内容。

禁断の魔術 (文春文庫).jpg東野 圭吾 『禁断の魔術』文庫.jpg   東野 圭吾 『禁断の魔術―ガリレオ8』2.jpg
禁断の魔術 (文春文庫)』['15年]        『禁断の魔術 ガリレオ8』['12年]

ガリレオシリーズ1-8.jpg かつて湯川が指導した、高校の物理クラブの後輩・古芝伸吾が帝都大に入学してきた。だが彼は早々に大学を中退してしまい、その影には彼の姉の死が絡んでいたらしい。その頃、フリージャーナリストが殺された。その男は代議士の大賀を執拗に追っており、大賀の番記者が伸吾の死んだ姉であったことが判明した。草薙は伸吾の姉の死に大賀が関与しており、伸吾が大賀への復讐を企んでいると警戒する。湯川はその可能性を否定しつつも、伸吾が製作したある"装置"の存在に気づいていた―。

 '12年に文藝春秋から刊行された連作推理小説『禁断の魔術』(ガリレオシリーズ第8作、短編集としては第5作)で中編(250枚)「猛射つ」として発表された作品に、200枚超をした文庫オリジナル長編バージョン。

 帯に作者自身の言葉として「シリーズ最高のガリレオ」とありますが、武器として出てくる「レールガン」という装置が最後までイメージできなかった感じでしょうか(ネットで調べて何となく分かったが)。

 ストーリー展開としては今までも何だか同種のものがあったような印象で、となるとこの装置こそがまさに"新兵器"となるべきところ、それがイメージしにくいというのは困ったものだなあと(笑)。

 意外性もさほどでもなく、2時間ドラマになるかならないかといった程度の内容に思えました。何かの待ち時間に時間潰しで読むのに丁度いいくらいだったでしょうか(実際そんな感じで読んだ)。次の長編に期待したいと思った次第です。

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原作とかなり異なるが(犯人さえ違っている)、不思議と原作の雰囲気を伝えている。
江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女 dvd.jpg 江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女 t1.jpg 江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女 t2.jpg 暗黒星 (江戸川乱歩文庫).jpg
江戸川乱歩「暗黒星」より 黒水仙の美女 [DVD]」『暗黒星 (江戸川乱歩文庫)』['19年]
ジュディ・オング
美女シリーズ(第5話)/オング1.jpg江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女 1.png江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女2.jpg 明智探偵(天知茂)は、彫刻家・伊志田鉄造(岡田英次)の「呪」と題された彫刻展の招待状を受け、文代(五十嵐めぐみ)と彫刻展に。そこで女性の悲鳴が上がる、展示してある彫刻が口から血を流していたのだ。いたずら好きの長男・太郎(北公次)の仕業かと思われたが、それは次女・悦子(泉じゅん)がやったことだった。展覧会を後にしようとする明智たちを一人の女性がずっと見ていた。伊志田の長女・待子(ジュディ・オング)で、彼女こそが明智に招待状を送った本人だっ江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女 3.jpg5話)/黒水仙の美女図3.jpgた。待子は明智に伊志田邸に正体不明の黒い影が出現し、母の君代(空あけみ)はそれがもとで寝込んでいるという。明智に伊志田家に出没する黒い影についての捜査を依頼した。その夜、待子が独りでいると不気味な声が聞こえ、待子は明智に電話で助けを求める。5話)/黒水仙の美女 江波1.jpg耳を澄ませた明智にもその声は確かに聞こえた。黒い影は声だけでなく邸内を自由自在に跳び回って待子を恐怖に陥れる。そして、彫刻の一つに成りすました黒い影が待子の首を絞める。そこへチャイムが鳴り、待子の電話により伊志田家に到着した明智を、邸付きの看護婦・三重野早苗(江波杏子)が出迎える。邸内では待子が気絶していた。黒い影の主を見つけようと伊志田家の庭に出た明智は、例の不気味な声を聞き、その正体を暴こうとするも見失ってしまう。やがて三女の鞠子が殺害される事件が起き、続いて次女・悦子も浴室で―。

黒水仙の美女 原泉.jpg 登場人物の相関がやや分かりにくいですが、長女の待子は伊志田の亡くなった先妻・靜子の子であり、悦子と太郎、鞠子の三人が今の妻の子であって、待子が二歳の時、鉄造は絹代と関係を持ち、太郎と悦子が生まれ、伊志田家へ押し掛けてきたという過去があったと。離れの小屋で祈祷している精神を病んだ老女(原泉)は、靜子の母、つまり待子の祖母であると把握できれば、実は靜子には待子のほかにもう一人子がいたということが判った時点で、ああ、それが犯人だと思い当たるし、助けを求められて駆けつけた明智に「待子さんは夢遊病の気があるから」と言った時点でもう怪しいです。

少年探偵江戸川乱歩全集〈37〉暗黒星
少年探偵江戸川乱歩全集〈37〉暗黒星.jpg 原作は、江戸川乱歩が1939年1月から12月に雑誌「講談倶楽部」に連載したもので、本人名義で児童向けにリライトされた作品もあります(ポプラ社『少年探偵 江戸川乱歩全集』(全46巻)の中の第27巻「黄金仮面」以降は、実際は本人ではなく別の作家が書いたものだったため、今は絶版となっている)。文庫で200ページほどの長さ(2015年版「江戸川乱歩文庫」(春江戸川 乱歩 「暗黒星」第20回.jpg江戸川 乱歩 「暗黒星」第2回.jpg陽堂))。原作では、伊志田の子供は、長女・「綾子」、長男・一郎、次女・鞠子の3人で、何れも今の母・君代の子ではなく、伊志田の前妻の子であるということになっています。明智に相談を持ち掛けるのは長男の一郎で、電話で助けを呼ぶのも一郎。そして、一郎、綾子、鞠子、さらには伊志田までが犯人に攫われ、ドラマに比べれば、最後まで犯人は分かりにくくなっています。

5話)/黒水仙の美女 オング2.jpg.png5話)/黒水仙の美女 江波2.jpg ドラマはこのように、物語の設定の細部が原作とかなり異なりますが(いや、細部どころか犯人さえ違っている)、不思議と原作の雰囲気をよく伝えているように思います。何よりも、ジュディ・オング江波杏子(2018年没)という二大女優を配したことで、それぞれをそれに見合った役柄に改変したものと思われます(それが活かされている)。その他にも、父親岡田・北.jpg役が岡田英次で、長男役が北公次(2012年没)と、配役は全体的に豪華です(北公次にとっては、ジャニーズ事務所在籍最後の仕事となった)。原作で浴室で殺害されるのは義母の君代ですが、泉じゅん2.jpg泉じゅん.jpgドラマでの"浴室要員"は次女・悦子(原作には無い)役の泉じゅんで、彼女が日活ロマンポルノから離れていた時期です(この頃、山口百恵と三浦友和の主演コンビ5話)/黒水仙の美女 泉1.jpg5話)/黒水仙の美女 泉2.pngの「泥だらけの純情」('77年)、「古都」('80年)にヒロインの女友達の役で出たりしている)。このドラマでは、財産のために自分以外の家族を皆殺しにしたい、そのために力を貸して欲しいと明智探偵に囁き(なんと大胆!)、逆に明智から「金と女性の誘惑に乗らないのが探偵の第一条件」と言われてしまうという、ドラマオリジナルのキャラになっています(これもその演技力を買われてのことか)。

伊志田待子(ジュディ・オング).jpghannin.jpg それにしても、ドラマで見ると、犯人は服装面で相当な早替わり(現実には不可能?)をしていたということになるかと思います(その上、無駄にいっぱいバック転をしていた。ステージでバック転を披露した最初のアイドルが北公次であることを思い出した)。一方の明智は、わざわざ犯人に変装する必要があったのかなと疑問に思われますが、原作では変装する理由がちゃんと説明されています。原作と比べてみると、翻案の妙が愉しめるかと思います。
  
伊志田鉄造(岡田英次).jpg三重野早苗(江波杏子).jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女」●制作年:1978年●監督:井上梅次●プロデューサー:佐々木孟●脚本:井上梅次●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「暗黒星」●時間:72 分●出演:天知茂/五十嵐めぐみ/荒井注/江波杏子/ジュディ・オング/岡田英次/泉じゅん/北公次/原泉/北町嘉郎●放送局:テレビ朝日●放送日:1978/10/14(評価:★★★☆)
江波杏子 「女は二度生まれる」('61年/大映)/「女の賭場」('66年/大映)
江波杏子 女は二度生まれる.jpg 女の賭場.jpg
江波杏子(1942-2018/76歳没)
江波杏子.jpg 江波杏子_5.jpg

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ゲイ・バーの様子などにシズル感と鬱屈感。中華系監督の撮るゲイ・ムービーの系譜。

スプリング・フィーバー_01.jpg スプリング・フィーバー 03.jpg スプリング・フィーバー 02.jpg
スプリング・フィーバー [DVD]
プリング・フィーバー1.jpg 南京の女教師・林雪(リン・シュエ)(江佳奇(ジャン・ジャーチー))は、夫・王平(ワン・ピン)(呉偉(ウー・ウェイ))の浮気を疑い、羅海濤(ルオ・ハイタオ)(陳思成(チェン・スーチェン))に探偵を依頼、羅が王を尾けると、相手は江城(ジャン・チョン)(秦昊(チン・ハオ))という青年で、2人の仲睦まじい証拠写真を見せられ林雪は絶句する。王は妻・林雪に江を"友達"として紹介するが、江は自分を見る林雪の目に不安を覚える。妻の携帯に件の証拠写真を見つけた王は「尾行したのか」と怒鳴り、林雪も「変態!」と叫んで修羅場に。更に林雪は江が勤める旅行代理店に乗り込み、社員らの前で騒ぐ。江は会社を飛び出し馴染みのゲイバーのステージで女装して歌うが、尾行しているうちに江に惹かれた羅がそれを見ていた。羅は客とトラブルになった江を助けて逃げ、ホテルで一夜を過ごす。羅には李静(リー・ジン)(譚卓(タン・チュオ))というコピー商品の洋服の縫製工場に勤める恋人がいたが、工場に警察の立ち入り調査が入り、彼女は不倫関係にあった工場長(張頌文(チャン・ソンウェン))から裏金を持って逃げるよう指示される。李静は羅に電話し、羅は江のアパスプリング・フィーバー669.jpgートに李静と2人で泊めて貰う。李静が帰った後、江と羅は喧嘩しては仲直りを繰り返す。工場長は不正がばれて逮捕され、李静は取引先の男にキスをして「警察に働きかけて彼を助けて」と懇願する。一方、王は江に連絡を取るが拒絶され、妻・林雪とは別居状態で、絶望し自殺する。王の死を知った羅が江を探すと、江はゲイ・バーのトイレで女装姿のまま泣いていた。会社を辞めた江は、羅と一緒に車で小旅行に出かけることに。李静は保釈される工場長を迎えに行くが、既に心は離れていて、工場スプリング・フィーバー5.jpg長を残して立ち去り、羅に「会いたい」と電話する。江と出発するところだった羅は、彼女も旅行に誘い、3人は車を走らせ、ホテルの一室に泊まる。買い物から戻った李静は江と羅がキスしているのを見るが、見なかったふりする。夜中に李静がカラオケルームで独り涙を流しながら歌っていると、江がやって来る。江が李静の手を握ると、彼女は「彼ともこうして手を?」と聞く。そこへ羅も来て、同じ歌を歌う。翌日3人はプールではしゃぐが、雨が降り出スプリング・フィーバー 9.jpgし、いつしか3人とも黙り込む。帰宅途中で店に寄った男2人が車に戻ると、李静は姿を消していた。羅が「君について来るんじゃなかった。李静は尚更...」と言うと、「じゃあ、行けばいい」と江は突き放し、羅は泣きながら去る。南京へ帰った江は、道で林雪に襲われる。林は妊娠していた。江は彼女に剃刀で首を切られて血まみれで倒れるが、道行く人は無関心に通り去る。病院に搬送され治療を受けた江は、退院後首の傷の上にタトゥーを入れる。アパートに帰ると若い男が待っていた。彼と抱き合う江の脳裏に、自殺した王がかつて朗読した郁達夫「春風沈酔の夜」の一節が浮かんでいた―。

スプリング・フィーバー ロウ・イエ.jpg 婁燁(ロウ・イエ)監督による2010年の中国映画で、「天安門、恋人たち」('06年)で中国当局から5年間の映画製作禁止処分を受けた監督が、その通告を無視して家庭用ハンディカメラでゲリラ的に撮り上げ、カンヌ映画祭で脚本賞を受賞した作品です。原題の「春風沉醉的晚上」は、中国で高校の国語の教材にもなっている中国の小説家・詩人の郁達夫(いく・たっぷ、1896-1945)の代表作で、郁達夫は蘇州出身、日本に留学後、上海・北京・広東など中国各地や香港、シンガポール、スマトラなどに移り住んでいたといいいます。この「春風沉醉的晚上」の一部が映画の中で繰り返し引用されており、映画のモチーフにもなっています。

スプリング・フィーバー春风沉醉的夜晚.jpg 婁燁監督はインタビューで、「パーソナルなもの、日常の中にあるものを描いた。何かを強く求めようとすれば失うものも大きい」と語っていますが、郁達夫は中国最初の私小説作家と言われており、その辺りも繋がりがあるのかも。そう言えば、同監督の「天安門、恋人たち」も、邦題が示すように天安門事件を背景にしながら、基本的に4人緒の男女の青春と恋愛を描いたものでした。ただし、天安門事件が彼らの運命に色濃く影を落としているのは間違いなく(最も端的なのはニンフォマニアのように男性遍歴を重ねる女性主人公)、すると、5人の男女の人間模様を描いたこの「スプリング・フィーバー」についても、「天安門、恋人たち」ほどポリティカルには見えないものの、彼らの極私的状況における閉塞感は、中国の国家としての圧力が影を落としているのかもしれません。ゲイ・バーの様子などにシズル感はこの監督ならではのものであると共に、中国の若者の鬱屈感のようなものが反映されているように思いました(最も端的なのは他人を傷つけてしまってばかりいて最後は自分も傷つける女装嗜好の男性主人公の江(ジャン)か)。

 もう一つの特徴は、5人の軸となる主人公をゲイとして描いていることで、この男がなぜか魅力があるようで、他の男を惹きつけ、結局、二組の男女の関係を破局させてしまうことになっている点かと思います。二つ目の、江・羅・李静(ジャン、ルオ、リー・ジン)の三角関係は、何だかフランソワ・トリュフォーの「突然炎のごとく」('62年)を想起しなくもなかったですが(「天安門、恋人たち」にも同じような関係が出てくる)、「スプリング・フィーバー」の場合はゲイの要素を含んでいることで、むしろ、アン・リー(李安)監督の「ブロークバック・マウンテン」('05年)に近いかも。そう思うと、中華系監督の撮る映画にも、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年)から始まって、ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「ブエノスアイレス」('97年)など経てその後も続々と連なるゲイ・ムービーの系譜があることが思い浮かばれ、この作品もその1つと言えるでのしょう。

秦昊(チン・ハオ)[江(ジャン)]/陳思成(チェン・スーチェン)[羅(ルオ)]
チン・ハオさんとチェン・スーチョン.jpg 個人的には、江(ジャン)が〈ゲイ仲間のスター〉と言われるほどに魅力的にも見えないもかかわらず、探偵役だったはずの羅(ルオ)が、あっさり彼に魅入られてしまうのが、ややついて行けなかったでしょうか。江はラストでも〈男〉には困っていないんだなあ。待っていた男が女装したけれど、江にも女装嗜好があってややこしい(江は"男役"kか)。まあ、そんなことはともかく、そんなにモテるならそれなりにイケメン俳優でああって欲しかった気がします(映画って、そんなところで引っ掛かったりする)。まあ、これは好みの問題で、見る人が見れば江も羅もイケメンなのかもしれませんが。

ジャンを演じたチン・ハオ.jpgルオ役のチェン・スーチョン.jpg「スプリング・フィーバー」●原題:春風沉醉的晚上(英:Spring Fever)●制作年:2009年●制作国:香港・中国・フランス●監督:婁燁(ロウ・イエ)●製作:耐安(ナイ・アン)/シルヴァン・ブリュシュテイン●脚本:梅峰(メイ・フォン))●撮影:曹剣(ツアン・チアン)●音楽:ペイマン・ヤズダニアン●時間:115分●出演:秦昊(チン・ハオ)/陳思成(チェン・スーチェン)/譚卓(タン・チュオ)/呉偉(ウー・ウェイ)/江佳奇(ジャン・ジャーチー)/張頌文(チャン・ソンウェン)●日本公開:2010/11●配給:アップリンク●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-03-11)(評価:★★★☆)

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(理想の)"愛"というものは存在せず、結婚も安定であっても"愛"ではないということか。

天安門、恋人たち dvd.jpg 天安門、恋人たち dvd2.jpg 天安門、恋人たち_1.jpg 天安門、恋人たち_003.jpg
天安門、恋人たち [DVD]」 郝蕾(ハオ・レイ)/郭暁冬(グオ・シャオドン)

 1987年、中国と北朝鮮国境の図們(トゥーメン)で父と暮らす余紅(ユー・ホン)(郝蕾(ハオ・レイ))は大学の合格通知を手にする。故郷を離れ、北京「北清大学」に進学する彼女は、恋人の暁軍(シャオ・ジュン)(崔林(ツイ・リン))との最後の夜に彼と初めて結ばれる。大学で寮生活を始めた余紅に、李緹(リー・ティ)(胡伶(フー・リン))という女友達ができ、彼女の年上の恋人・若古(ロー・グー)(張献民(チャン・シャンミン))から周偉(チョウ・ウェイ)(郭暁冬(グオ・シャオドン))という男子学生を紹介される。余紅は周偉と出会った瞬間、彼こそが探し求めていた理想の恋人だと感じ、二人は恋に落ちる。折しも学生たちの間に自由と民主化を求める嵐が吹き荒れる中で、二人は狂おしく愛し合うが、余紅は周偉にあまりに強く魅かれるあまり天安門、恋人たち2.jpg、いつか離れる日が来るのを恐れ、自ら別れを口にする。周偉は彼女の気持ちを理解できず、互いに求め合いながらも二人の心はすれ違う。学生たちの激しい抵抗活動の続くある夜、彼女を心配して北京にやって来た故郷の恋人・暁軍と共に余紅は大学から姿を消す。 一方、天安門事件後、軍事訓練に参加させられた周偉は、自由を求めて李緹、若古と一緒にベルリンへと移り住む。10年の月日が流れ、余紅は図們から深圳、武漢、重慶へと各地を転々としながら仕事や恋人を変えて生活している。既婚の男性と不倫をしたり、年下の恋人に求婚されても、胸の奥底では周偉を忘れられない。周偉もまた、外国暮らしの孤独の中、余紅のことを思い続ける。帰国した周偉は偶然に大学時代の友人に遭遇して余紅の居所を知り、北戴河に彼女に会いに行く―。

頤和園.jpgSummer Palace.jpg 婁燁(ロウ・イエ)監督による2006年の中国映画で、同年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作。原題の「頤和園(いわえん)」(英題 "Summer Palace"、仏題は "Une jeunesse chinoise"(中国の若者))は、清朝末に西太后の命で造られた人造湖のある庭園で、1998年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されていますが、北京大学や清華大学が近くにあり、学生のデートスポットでもあるよ天安門、恋人たちes.jpgうです。この映画でも、余紅(ユー・ホン)と周偉(チョウ・ウェイ)がこの公園でデートしますが、映画は次第にそうしたほんわかムードを通り越して、中国映画史上初と言われる全裸セックスシーンが何度も出てくるようになり、この映画が中国で上映禁止になっているのは、中国映画で初めて天安門事件を扱ったこともさることながら、その過剰とも言えるセックスシーンのせいもあるようです(政府当局から「技術的に問題がある」という理由で中国国内での上映禁止と監督の5年間の表現活動禁止という処分が言い渡されたが、「技術的に問題」と言っているとことがそれっぽい)。

郝蕾(ハオ・レイ)
郝蕾(ハオ・レイ).jpg天安門、恋人たち ハオレイ.jpg 主人公の余紅が恋人との性愛に溺れ(映画初主演の郝蕾(ハオ・レイ)はまさに体当たり演技だった)、さらにその後もニンフォマニアのように男性遍歴を重ねるのは、天安門事件(1987年)後の中国の閉塞的状況と無関係ではなく、むしろ深く関係していると思われます。但し、この映画では、政治的な部分はあくまでも背景として描かれているように思いました。李緹(リー・ティ)や若古(ロー・グー)といった主要登場人物も、政治より恋愛の方に熱心なタイプにとして描かれているし、周偉(チョウ・ウェイ)も、当局に追われているわけでもないのに、国を見放すかのように彼らにくっついてベルリンに行ったわけだし、「ベルリンの壁の崩壊」もたまたま「天安門事件」が同じ年の出来事だったので、映画の中で関連づけられているといった印象を持ちました。

「天安門、恋人たち」01.jpg 大学にいた頃からベルリン行きにかけて、この3人の関係が所謂"三角関係"化して複雑になりますが、自由恋愛主義の先駆的実践者と思われ「愛など共有すればいいじゃないの」と言っていた李緹(リー・ティ)がある日、ビルの屋上パーティの最中に何ら前兆無く投身自殺を遂げます。この自殺を単なる"謎"のままにしておくか、彼女の中で何かがバランスを欠いた結末と見るかは人それぞれだと思いますが、もしかしたら、彼女は(若古も周偉も手元に置いているわけだから)自分にとって一番いい時に自死したのかなあとも思いました。

「天安門、恋人たち」02.jpg この作品のテーマは、その李緹が独白で示唆しているように、愛の対象は、愛しているという自覚をもつその対象ではなく、その対象から受ける自らの心の傷の方であるということであり、それはある意味"自己愛"に過ぎず、したがって本来(理想の)"愛"というものは存在せず、その帰結として、「結婚」も「安定」であっても「愛」ではないということになるのかもしれません。実際、周偉が北戴河に会いに行った余紅は既に2年前に結婚していましたが、それが愛の無い結婚であることも示唆されています。と言って、二人が再会して愛が再燃するかというとそうはならないわけであり(ちょっと昔の日活の青春映画っぽいラストでもあった)、でも二人は互いに相手のことを10年間思い続けてきたわけで、そうなると、"理想の恋人"って一体何なのだろうと思ってしまいます。

149094_01.jpg天安門、恋人たち 女子寮.jpg 1989年の天安門事件が実写映像なども交え描かれていますが、むしろ個人的には、前半の「北清大学」(中国語版のQ&Aサイトに「北清大学在哪儿?」(北清大学はどこにある?)という問いがあって「在北京大学和清华大学之间」(北京大学と清華大学の間にある)という答えがあった(笑)。台湾版の字幕では「北京大學」になっている)の女子寮の様子などの、1987年当時の彼らの学生生活の描かれ方がシズル感があって良かったです(余紅の視点でみるとダンス、キス、寮内での秘密裏のセックス等々これも彼女の性遍歴の一環となっているのだが)。同監督の「ふたりの人魚」('00年)同様、ハンディカメラを駆使していると思われますが、「ふたりの人魚」の冒頭の上海市街の描写などとともに、この監督の才気を最も感じるパートでした。
       
天安門、恋人たち_002.jpg「天安門、恋人たち」●原題:頤和園((英)Summer PalaceUne、(仏)Une jeunesse chinoise)●制作年:2006年●制作国:中国・フランス●監督:婁燁(ロウ・イエ)●製作:耐安(ナイ・アン)/方励(ファン・リー)/シルヴァン・ブリュシュテイン●脚本:婁燁(ロウ・イエ)/梅峰(メイ・フグオ・シャオドンとハオ・レイ.jpgェン)/英力(イン・リー)●撮影:花清(ホァ・チン)●音楽:ペイマン・ヤズダニアン●時間:140分●出演:郝蕾(ハオ・レイ)/郭暁冬(グオ・シャオドン)/胡伶(フー・リン)/張献民(チャン・シャンミン)/崔林(ツゥイ・リン)/曾美慧孜(ツアン・メイホイツ)/白雪云(パイ・シューヨン)●日本公開:2008/07●配給:タゲレオ出版●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-03-03)(評価:★★★★)
郭暁冬(グオ・シャオドン)と郝蕾(ハオ・レイ)/2008年8月、中国本土上映禁止映画「天安門、恋人たち」を台湾でノーカット上映 (Record China)

天安門、恋人たち6.jpg

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シズル感溢れる映像とミステリアスな展開。「物語になるに人間」と「物語を待つ人間」の違い。

ふたりの人魚 dvd.jpg ふたりの人魚01.jpg ふたりの人魚02.jpg
ふたりの人魚 [DVD]」['04年]賈宏声(ジア・ホンション)/周迅(ジョウ・シュン)[二役]
ふたりの人魚 [DVD]」['01年]
ふたりの人魚 2000.jpgふたりの人魚1.jpg 「俺」は、ビデオ出張撮を請け負うカメラマン。ある日、ナイトクラブに設けられた水槽の中を泳ぐ人魚を撮影する仕事が舞い込む。「俺」は人魚を演じる美美(メイメイ)(周迅(ジョウ・シュン))に一目惚れし、二人は付き合いはじめる。(話は過去に遡って―)馬達(マー・ダー)(賈宏声(ジア・ホンション))はバイクで何でも運ぶ運び屋。ある日、少女・牡丹(ムーダン)(周迅(ジョウ・シュン)二役)を運ぶ仕事が舞い込む。牡丹の父親は密輸酒で金を儲け、愛人がいる。牡丹の父親が愛人と密会する日、牡丹は馬達のバイクの後ろに跨り、叔母の家に届けられる。馬達に何度も送られて、牡丹は馬達を次第に好きになっていく。馬達のボス・老B(ラオB)(姚安濂(ヤオ・アンリェン))と馬達のかつての恋人の蕭紅(シャオホン)(耐安(ナイ・アン))は、馬達に、牡丹を誘拐して父親に身代金を払わせる計画に加担させようとする。当初は渋っていた馬達だが、遂には嫌々ながら牡丹を誘拐する。老Bと蕭紅が身代金を受け取った際に、老Bは蕭紅を殺害する。馬達は牡丹を家に送ろうとするが、牡丹はバイクを倒して駈け出し、馬達は後を追う。橋に辿り着いた牡丹は、蘇州河に飛び込み、馬達も河に飛び込むが牡丹は見つからない。馬達は逮捕され、刑務所送りになる。何年かして出所した馬達は、再び運び屋となり、牡丹を探す。ある日、馬達は美美に出会う。美美と牡丹はそっくりであり、馬達は美美が牡丹だと信じ込む―。

ふたりの人魚 vhs.jpg 2000年公開の婁燁(ロウ・イエ)監督の長編第3作(原題は「蘇州河))。婁燁監督は、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督などと並ぶ第6世代監督の一人で、自身の出身地・上海を舞台にしたこの作品では、脚本も書いています(因みに、劇中で殺害される蕭紅(シャオホン)を演じた耐安(ナイ・アン)は製作者の一人)。この作品は、2000年・第29回「ロッテルダム国際映画祭」タイガー・アワード(最優秀作品賞)受賞作であり、2000年・第1回「東京フィルメック」の最優秀作品賞受賞作でもあります。

苏州河(ふたりの人魚).jpg 上海の裏町がシズル感溢れる映像で活写される中、ミステリアスな物語の展開で惹きつけ、独特の才気を感じました。物語はある種"入れ子"構造になっていて、「俺」が語る「馬達(マー・ダー)の物語」となっていますが、「俺」は"撮影者"として在り、自らの姿を見せず、それは、「俺」が馬達と出会ってからも(結局、最後まで)続きますが、この辺りも上手いと思いました。

 ラストシーンを観て、個人的には、「物語になる人間」(=馬達(マー・ダー)&牡丹(ムーダン))と「物語を待つ人間」、つまり自身が「物語になることはない人間」(=「俺」)との違いを描いた映画かなあと思いました。大方の人が「物語」になどなれないわけであって、だからこそ、馬達と牡丹が輝いて見えるのかもしれません。

ふたりの人魚2.jpgふたりの人魚 1.jpg 美美(メイメイ)・牡丹(ムーダン)の二役を演じた周迅(ジョウ・シュン)は、この作品で2000年・「パリ国際映画祭」最優秀主演女優賞を受賞し、その後も周迅(ジョウ・シュン).png戴思杰(ダイ・シージエ)監督の「小さな中国のお針子」('01年)などに出演、演技力が高く評価され、徐静中国の小さなお針子 dvd2.jpg小さな中国のお針子」 (02年/仏・中国).jpg周迅2.jpg蕾(シュー・ジンレイ)、趙薇(ヴィッキー・チャオ)、章子怡(チャン・ツィイー)と並ぶ四大名旦(中国四大女優)の一人として人気を博し、2014年に米国の中国系俳優アーチー・カオと結婚しています。
周迅(ジョウ・シュン)
                           賈宏声(ジア・ホンション)
Jia Hongsheng.jpg賈宏声(ジア・ホンシャン).jpg 一方の馬達(マー・ダー)を演じた賈宏声(ジア・ホンション)は、この作品に出演後、周迅と意気投合し、恋愛関係を持ったことも知られていますが(1年以上の交際を続けた後に二人は別れた)、2010年にビル14階から転落して43歳で死亡し、自殺とみられています(彼はこの作品に出る前も、90年代にアイドル俳優として活躍していたが、麻薬に手を染め芸能界を一時追放されたという過去がある)。

第20回「東京フィルメックス」ふたりの人魚.jpg 昨年['19年]11月の第20回「東京フィルメックス」で、歴代の最優秀作品賞受賞作の人気投票で上位に選ばれ、この作品が上映されることになったのに合わせ婁燁(ロウ・イエ)監督が来日し、公開インタビューに答えていますが、観客から「ロウ・イエ監督の作品は被写体にカメラが近く、主観性が強いと感じる」と意見が飛ぶと、ロウ・イエは「カメラは撮影のツールではなく"目"です。近い距離で撮ることによってエモーションが生み出せます」と述べ、「映画は人を騙せません。カメラマンの思い、俳優たちの思いを撮影によって表現することにより、真実の映画を撮ることができると思います」「ほかの撮影方法で撮ろうと思ったこともありますが、僕が好きなのはドキュメンタリータッチで撮るということなんです」と語っています。

 また、馬達(マー・ダー)を演じたジア・ホンションとの思い出を聞かれ、「彼はこの作品に出演する前、しばらく役者業から遠ざかっていました。精神状態が悪く病院にいたんです」と回想し、「しかし撮影に入ると以前の雰囲気が戻ってきました。僕が表現したいことを十分に表現してくれたんです。彼の目はとても素晴らしい」と絶賛、「すでに亡くなった彼をこのようにスクリーンで観られることは、ファンにとって慰めになると思います」と述べています。惜しい俳優を亡くしたものだと思います。

ふたりの人魚ges.jpgふたりの人魚ド.jpg「ふたりの人魚」●原題:蘇州河(英:Suzhou River)●制作年:2000年●制作国:中国・ドイツ・日本●監督・脚本:婁燁(ロウ・イエ)●製作:フィリップ・ボバー/耐安(ナイ・アン)●撮影:王昱(ワン・ユー)●時間:83分●出演:周迅(ジョウ・シュン)/賈宏声(ジア・ホンション)/姚安濂(ヤオ・アンリェン)/耐安(ナイ・アン)●日本公開:2001/04●配給:アップリンク●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-02-14)(評価:★★★★)

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中国版「青春散歌 置けない日々」。監督の演出力はなかなかのものか。

青の稲妻 2002 poster.jpg 青の稲妻01.jpg 青の稲妻02.jpg
青の稲妻 [レンタル落ち]」趙濤(チャオ・タオ)/趙維威(チャオ・ウェイウェイ)
青の稲妻 dvd.jpg 2001年の山西省大同市。19歳の斌斌(ビンビン)(趙維威(チャオ・ウェイウェイ))は失業する。彼は恋人の圓圓(ユェンユェン)(周慶峰(チョウ・チンフォン))とデートを重ねていたが、圓圓が北京市の大学を受験することになる。斌斌は北京市へ行くために兵役検査を受けるが、肝炎を患っていることが判明して不合格となる。斌斌は小武(シャオウー)(王宏偉(ワン・ホンウェイ))から金を借りて、圓圓に携帯電話を買い与える。斌斌の親友である小済(シャオジイ)(呉〔王京〕(ウー・チョン))は、アルコール飲料「蒙古王酒」のキャンペーン・青の稲妻l04.jpgガールを務める巧巧(チャオチャオ)(趙濤(チャオ・タオ))と出会う。巧巧は喬三(チャオサン)(李竹斌(リー・チュウビン))というヤクザと交際しているが、小済は巧巧に惹かれていく。喬三と彼の部下から暴力を受けながらも、小済と巧巧は結ばれる。喬三は交通事故で命を落とすが、巧巧は小済のもとを去る。斌斌と小済は銀行強盗を計画する―。

青の稲妻 [DVD]
青の稲妻 [DVD].jpg 賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督・脚本による2002年の中国・日本・韓国・フランス合作映画で、WTO加盟やオリンピック開催決定など、それまでにないほど社会情勢が急変した2001年の中国の地方都市が舞台です。賈樟柯監督としては「一瞬の夢」('97年)、「プラットフォーム」('00年)に続く長編第3作で、第1作・第2作は賈樟柯監督の故郷の山西省汾陽(フェンヤン)が舞台でしたが、この作品では同じ山西省の雲崗石窟で知られる大同(ダートン)が舞台となっています。第2作「プラットフォーム」は、第57回ヴェネツィア国際映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞していますが、この「青の稲妻」も第55回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門出品作です。

青の稲妻es.jpg かつて橋浦方人監督の劇映画第一作で「青春散歌 置けない日々」('75年)という日本映画がありましたが、そうしたタイトルが当て嵌まりそうな中国映画だと思いました。2001年頃の中国地方都市の、中国共産党によって監視され、若者たちにとっては「出口なし」の状況を、党の目が行き届かないアンダーグラウンドな世界も含めよく描いているなあと思ったら、前作「プラットフォーム」同様、この作品も中国政府の検閲を通すことなく撮られた映画のようです。

青の稲妻-5.jpg 「プラットフォーム」の時より技術面で進歩している一方で、唐突な終わり方は、この監督の初期作品に共通の特徴のよう趙濤.jpgに思います。「蒙古王酒」のキャンペーン・ガール巧巧(チャオチャオ)を演じた趙濤(チャオ・タオ)は、「プラットフォーム」での晩生(おくて)の女子劇団員役からかなり任逍遥 賈樟柯.jpgの変貌ぶりで、やがて賈樟柯監督の妻となり、セレブ女優となっていくに際しての一歩を踏み出したという感じでしょうか(まだどこかアカ抜けないが)。金貸しの小武(シャオウー)を演じた王宏偉(ワン・ホンウェイ)は、前作では冴えない劇団員を主演で演じており、どんな役でもこなす俳優という感じ。一方、小済(シャオジイ)を演じた呉〔王京〕(ウー・チョン)は、監督にスカウトされた新人だそうですが、映画初出演とは思えないクールな存在感を醸しており、この監督の演出力はなかなかのものかもしれません。

 その監督自身が出演して、オペラ「椿姫」の「ラ・トラヴィアータ」を調子っぱずれで歌っています。一方、主人公がラストで歌うのは、元々は台湾の歌曲ながら、台湾よりも中国でヒットしたリッチー・レンの「任逍遙」で、この曲のタイトルが映画の原題となっています。

青の稲妻-p.jpg ストーリー的にちょっと弱いかなと思ったのは、主人公の斌斌(ビンビン)が銀行強盗をする動機で、巧巧に去られて自暴自棄になっているようにも見える小済の方はともかく、斌斌は新たな仕事に就いたばかりで、銀行強盗の罪が重罪とされる中で、そこまでやるかなあという気もしました。蓮實重彦氏がぴあが発行するカルチャー誌「Invitation」2003年3月号(創刊号)でこの作品を「ポストモダン中国のハードボイルド」として絶賛していましたが、個人的には、そこまでの完成度は感じられませんでした。ただ、90年代後半に登場した第六世代に属する監督の代表的存在として、陳凱歌(チェン・カイコー)や張藝謀(チャン・イーモウ)といった他の中国の監督の作品にはない独特の雰囲気が、この監督の初期作品にはあるように思います。

青の稲妻6.jpg「青の稲妻」●原題:任逍遥●制作年:2002年●制作国:中国・日本・韓国・フランス●監督・脚本:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)●製作:市山尚三/リー・キットミン●撮影:余力為(ユー・リクウァイ)●時間:112分●出演:趙濤(チャオ・タオ)/趙維威(チャオ・ウェイウェイ)/呉〔王京〕(ウー・チョン)/李竹斌(リー・チュウビン)/周慶峰(チョウ・チンフォン)/王宏偉(ワン・ホンウェイ)●日本公開:2003/02●配給:ビターズ・エンド/オフィス北野●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-11-14)(評価:★★★☆)

青の稲妻-2.jpg 青の稲妻-3.jpg 青の稲妻-9.jpg 青の稲妻-8.jpg 青の稲妻-10.jpg

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男2人女1人の関係を描き、無駄のない作りでスピード感がある。主人公はかなり"怖い"女性とも言える。
突然炎のごとく dvd.jpg 突然炎のごとく 01.jpg 突然炎のごとく 02.jpg
突然炎のごとく [DVD]」オスカー・ウェルナー/ジャンヌ・モロー
突然炎のごとく t.jpg オーストリアの青年ジュール(オスカー・ウェルナー)はモンパルナスでフランス青年のジム(アンリ・セラー)と知り合い、文学という共通の趣味を持つ二人はすぐに打ち解け、無二の親友となる。二人はある時、幻燈会に行き、アドリア海の島の写真に映った女の顔の彫像に魅了される。その後、二人はカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という女性と知り合い、同時に恋に落ちる。彼女は島の彫像の女と瓜ふたつだったからだ。カトリーヌは自由奔放そのものの女性で、男装して街に繰り出したり、ジュールとジムが街角で文学談義を始めると、突然セーヌ川に飛び込んで二人を慌てさせる。積極的だったのはジュールのほうで、彼はカトリーヌに求婚しパリのアパートで同棲を始め、ジムは出版社と契約ができて作家生活の第一歩を踏み出す。やがて第一次世界大戦が始まり、ジュールとジムはそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、共に生きて祖国へ帰る。カトリーヌと結婚したジュールが住むライン河上流の山小屋に、ジムは招待された。その頃、ジュールとカトリーヌの間には六つになる娘もいたが、二人の間は冷えきっていた。ジュールはジムに彼女と結婚してくれと頼む。そうすれば彼女を繋ぎ留められると思ったからだ。しかも、自分も側に置いてもらうという条件で...。そうして、3人の奇妙な共同生活が始まる。危ういバランスを保った三角関係は、しかし、カトリーヌに愛人が別にいたことで崩れる。ジムは瞬間しか人を愛せない彼女に絶望し、パリへ帰る。数ヶ月後、映画館で3人は再会した。映画がはねた後、カトリーヌはふいにジムを車で連れ出した。怪訝な面持ちのジムとは対照的に、カトリーヌは穏やかな顔でハンドルを握るが―。

冒険者たち    LES AVENTURIERS.jpg明日に向って撃て   1シーン.jpg 1962年公開のフランソワ・トリュフォー監督の長編第3作(原題はJules et Jim(ジュールとジム))。男2人女1人の関係がベースになっていて、このパターンは後の多くの映画に影響を与えたとされています。代表的なものでは、ロベール・アンリコ監督の「冒険者たち」('67年/仏)やジョージ・ロイ・ヒル監督の「明日に向かって撃て!」('69年/米)などがあるとされていますが、それらが必ずしもハッピーエンドとは言えないながらもプロセスにおいて"明るい"のに対し、この「突然炎のごとく」はプロセスにおいてもむしろ"暗い"と言え、さらに、「冒険者たち」のジョンア・シムカスや「明日に向かって撃て!」のキャサリン・ロスが演じたヒロインが、その明るさと純真さが魅力の女性像であったのに対し、この作品でジャンヌ・モローが演じた男性を破滅に追い込むような女性像は、魅力的かどうかはともかく、かなり"怖い"とも言えます。

Jules et Jim (突然炎のごとく).jpeg ただし、映画の公開が、今に比べてまだ女性が抑圧されていて、ちょうど女性解放運動が盛り上がってきた時期と重なったということもあって、英米においてフランス映画としては異例のヒット作となり、監督のトリュフォーの元にも、「カトリーヌは私です」という女性からの手紙が世界中から届いたとのことです。しかしながら、トリュフォー自身はこの映画が「女性映画」と呼ばれることを嫌い、また、主人公を自己と同一視するような女性たちの映画の見方にも否定的だったようです(カトリーヌにポリティカルなメッセージを込めようとしたわけでなく、また、カトリーヌは誰かの代弁者であるわけでもなく、「ただ、ある女性を描いたにすぎない」というスタンスだったようだ)。

突然炎のごとく1.jpg 後半で、ジュールがジムをカトリーヌや娘と居る山小屋に呼び寄せるのは、自分がカトリーヌとベッドを共にできなくなったからでしょう。そのくせ、カトリーヌの気まぐれで時にカトリーヌとジュールでベッドでじゃれ合ったりするから、今度はジムの方が嫉妬に苦しむことになるのだなあ。ラストも含め、ジムには本当に「お気の毒」と思わざるをえません。傍から見ればどうしてこんな悪女に惹かれてしまうのかと思ってしまいますが、当事者の立場になれば、魅せられている時は冷静な判断ができなくなるのでしょう。男性たちにとってカトリーヌは偶像であり、ゆえにファム・ファタール(運命の女)となるのでしょう。

突然炎のごとく_早稲田松竹.jpg 原作は、アンリ=ピエール・ロシェ(1879-1959)で、日本で発表されている小説は『突然炎のごとく』と『恋のエチュード』のみで、いずれもトリュフォーが映画化していることになります(トリュフォーは21歳の時に古本屋で偶然彼の作品に触れており、ある意味トリュフォーが発掘した作家と言えるかも)。自身の恋愛体験をもとにこの作品を書いており、登場人物的には「ジム」に当たりますが、本人は80歳近くまで生きており、また、カトリーヌのモデルとされた女性も、後に「私は死んでない」と言ったそうです。ジュールにもモデルがいるそうですが、映画においてオスカー・ウェルナーが演じる、文学オタクで女性にはあまりモテそうでないジュール像には、トリュフォー自身が反映されているようです(冒頭でジュールがマリー・デュボア演じる娘にさらっとフラれるエピソードがある)。どちらかと言うとずっとジルの視線で描かれているため、ラストはジュールが亡くなる側に回ってもよさそうな気がしましたが、カトリーヌとジムの死によって、ジュールは誰にも邪魔されずカトリーヌを永遠に自分のものとすることができた―という結末なのでしょう。

 個人的には、谷崎潤一郎の『痴人の愛』を想起したりもしました。日本映画で言えば、増村保造の(この監督、「痴人の愛」('67年)も撮っているが)浅丘ルリ子がインフォマニアを演じた「女体」('69年)でしょうか。ただし、増村保造×浅丘ルリ子とフランソワ・トリュフォー×ジャンヌ・モローでは、やはり後者に軍配が上がってしまいます。とにかくこの映画にはスピード感があるというか、無駄が無い気がします。
      
早稲田松竹(19-12-12)

 この映画に関するトリビアを3つ。

「突然炎のごとく」b6.jpg➀ カトリーヌがセーヌ川に飛び込むシーンは、スタントの女性がやりたがらなかったので、ジャンヌ・モロー自身が飛び込んだ。その結果、川の水の汚れがひどかったため、ジャンヌ・モローは喉を傷めた。

② ジムとカトリーヌがキスするシーンで、窓に張り付いていた虫がカトリーヌの口の中の入るが、これは撮影中の偶然で、トリュフォーは敢えてそのシーンをカットしなかった(トリュフォー自身がオタク気質の非モテ系であるため、このシーンの二人に嫉妬心を抱いた?との説も)。

女は女である  モロー.jpg③ ジャン=リュック・ゴダール監督の「女は女である」('61年/仏・伊)のなかに、ジャン=ポール・ベルモンドがバーで出会ったカメオ出演のジャンヌ=モローに、「ジュールとジムはどうしてる?」と訊くシーンがある。「突然炎のごとく」撮影期間中のことである。

「女は女である」('61年/仏・伊)

   
      
突然炎のごとく00.jpg突然炎のごとくド.jpg「突然炎のごとく」●原題:JULES ET JIM●制作年:1962年●制作国:フランス●監督:フランソワ・トリュフォー●製作:ルキノ・ヴィスコンティ●脚本:フランソワ・トリュフォー/ジャン・グリュオー●撮影:ラウール・クタール●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●原作:アンリ=ピエール・ロシェ●時間:107分●出演:ジャンヌ・モロー/オスカー・ウェルナー/アンリ・セール/マリー・デュボア/サビーヌ・オードパン/ヴァンナ・ウルビーノ/ボリス・バシアク/アニー・ネルセン●日本公開:1964/02●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所(再見):早稲田松竹(19-12-12)(評価:★★★★☆)●併映:「柔らかい肌」(フランソワ・トリュフォー)

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第18話、第19話比べると、個人的には第18話の方がかなり良かった。
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg 18話「同居人に文句あり」.jpg 19話)/スター誕生1.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第18話「同居人に文句あり」"Mr. Monk and the Very, Very Old Man"/第19話「スター誕生」"Mr. Monk Goes to the Theater"

第18話「同居人に文句あり」
18話)/同居人に文句あり3.jpg 老人ホームで暮らしていた男性長寿世界一のホリング(パトリック・クランショー)が、115歳の誕生日直前に死ぬ。以前、彼を取材したことがあるーランド警部の妻でドキュメンタリー映画監督のカレン(グレン・ヘドリー)は、彼のクセを熟知し18話)/同居人に文句あり2.jpgていて、ベッドで亡くなったのは、誰かに殺されたからだと言う。捜査を頼み込むカレンに警部は、モンクが殺人だと言えば捜査をすると言い、渋々モンクを現場に派遣するが、警部の意に反してモンクは他殺説を支持する。そこで遺体を掘り起こして検死解剖すると、死因は窒息死だった。この件で妻と喧嘩になった警部は、モンクの家に転がり込むことに―。

18話)/同居人に文句あり1.jpg 115歳の老人の殺人事件の犯人は誰かという話ですが、ストットルマイヤー警部が奥さんと夫婦喧嘩してモンクの家に転がり込んできたサブストーリーの方がメインになっている印象が強く、邦題もそれに沿ったものとなっています。しかし、夜中にいきなり掃除を始めるとはモンクらしいけれど、同居人にすればさすがに文句も言いたくなる? 結局、これに我慢しきれなくなった警部は、最後は自ら奥さんのところに戻ることになり、モンクにお前は最高に結婚生活カウンセラーだと言い放つのが可笑しいです。

Mr Monk and the Very Very Old Man.jpg また、警部は、奥さんが老人の死が他殺であると主張するのに対し、自分はそれが見抜けなかったことで自信喪失になっていましたが、最後は奥さんのドキュメンタリーのビデオを見てモンクに先んじて犯人を推察するという、この辺りの自信回復に至る作りも上手いです。更には、すべてが整然としてしているモンクの家で、リビングのテーブルだけが椅子と平行になっていない(むしろ警部の方がそのことが気がかりになっている)、その謎が最後に明かされるのも良かったです(評価★★★★)。


第19話「スター誕生」
 シャローナはモンクを連れて、妹19話)/スター誕生2.jpgで女優のゲイル(エイミー・セダリス)の舞台を観に来ていた。だが、劇中でゲイルが相手俳優ハルをナイフで刺す場面で、倒れたままのハルは目撃者300人の観客の前で死亡が確認される。最近、交際していたハルに振られたゲイルは、殺人容疑者として拘束されてしまう。娘の芝居を観ようとフロリダからやって来たシャローナ姉妹の母親シェリル(ベティ・バックリー)から捜査の依頼を受けたモンクは、ゲイルの代役として準備万端の様子で張り切るジェナ(メリッサ・ジョージ)に違和感を覚える―。

19話)/スター誕生3.jpg モンクが殺害された俳優のピンチヒッターで舞台に立つことになるなど、変わった趣向で面白かったです。ライバル女優を殺害するのではなく、その元恋人を殺害してその女優に容疑を被せるというのが凝っていて、どうやって犯行に及んだのかと思ったら、共犯者がいたというのも意外でした。でも、300人の観客の前であのような犯行が実際可能なのかと、ふと思ってしまいました(評価★★★)。

 IMDbの評価を見ると、第18話、第19話ともに8.1ポイントとまずまずの評価で拮抗していますが、個人的には第18話の方がかなり良かったでしょうか。
     
MR. MONK AND THE VERY, VERY OLD MAN2.jpg18話)/同居人に文句あり4.jpg「名探偵モンク(第18話)/同居人に文句あり」(Season 2 | Episode 5)●原題:MR. MONK AND THE VERY, VERY OLD MAN●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/25●監督:ローレンス・スリリング●脚本:ダニエル・ドラッチ●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)グレン・ヘドリー/パトリック・クランショー●日本放映:2004/08/10●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)

Mr. Monk Goes to the Theater 3.jpg19話)/スター誕生0.jpg「名探偵モンク(第19話)/スター誕生」(Season 2 | Episode 6)●原題:MR. MONK GOES TO THE THEATER●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/08/01●監督:ロン・アンダーウッド●脚本:ウェンディー・マス/スチュー・リーヴァイン/トム・シャープリング●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)エイミー・セダリス/ベティ・バックリー/メリッサ・ジョージ●日本放映:2004/08/17●放送:NHK-BS2(評価:★★★)

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犯人が誰なのか、わからない話(第16話)、犯人がどうやったのか、わからない話(第17話)。

名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg 名探偵モンク(第16話)/ホームランボールの謎.jpg 名探偵モンク(第17話)/宙を舞う殺人者.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第16話「ホームランボールの謎」"Mr. Monk Goes to the Ballgame"/第17話「宙を舞う殺人者」"Mr. Monk Goes to the Circus"

第16話「ホームランボールの謎」
MR. MONK GOES TO THE BALLGAME 01.jpg GPSカーナビの入力先とは違う、見知らぬ工場団地駐車場に誘導された大富豪ローレンスと妻エリン。そこでエリンは銃弾4発を撃ち込まれ、ローレンスも撃たれ、「具はチリ・エビ15枚のピザ」という謎の言葉を残して息絶える。遺体発見時、車にカーナビは無かった。警察はローレンスを狙った犯行だと主張するが、モンクは妻が標的だと断言。彼女がプロ野球のスターMR. MONK GOES TO THE BALLGAME04.jpg選手スコット(クリストファー・ウィール)と不倫関係にあったことを突き止め、彼に会いに行くが―。

MR. MONK GOES TO THE BALLGAME05.jpg 野球選手と心を通わすモンクというのが珍しいですが、愛する者を喪った者同士ということで(野球選手の方は不倫相手なのだが)、もの悲しくもあります。ホームランボールの話が出てくるのはモンクが犯人が誰だか気づく最終盤であり、日本語タイトルはイマイチかも。犯人の殺人の動機としてもやや牽強付会と言うか、確実性は必ずしも高くないかもしれません(評価★★★☆)。


第17話「宙を舞う殺人者」
第17話「宙を舞う殺人者」ド.jpg レストランのオープンテラスで食事をしていたセルゲイが、建物の避難ハシゴから飛び降りてきた人物に撃たれて死亡。犯人はテーブルに飛び乗り、派手な宙返りをして逃げ去る。被害者がサーカス団員だったことから、モンクらは町へ来ているサーカスへ事情聴取に向かう。セルゲイが殺害された際同席していた女性は、犯人は彼の嫉妬深い元妻で軽業師のナターシャだと告げる。モンクはナターシャが犯人だとにらむが、2週間前に骨折した彼女に犯行は不可能だった―。
  
第17話「宙を舞う殺人者」1.jpg 面白かったです。凝っていると思いました(ロマって現代医療を拒否しているのか。そういえばナターシャはテントでジプシーカード占いみたいなことしてたなあ)。ただ、このシリーズにしては珍しくエグい殺人のシチュエーションがあり、実際にそのシーンは映してませんが、その前のゾウのスイカ割りのシーンでモンタージュ効果十分。あれではシャローナはますますゾウ恐怖症になってしまうのではないかなあ(自分を撥ねようとしたクルマの前に立ちふさがってくれただけでは治らない?)。それと、賢い犯人が犯行に使った小道具を"現場"にそのままにしておくとは考えにくく(普通は即回収するでしょう)、サーカスに関係するシーンが本格的だっただけに、そこが惜しかったでしょうか(評価★★★☆)。
  
 第16話「ホームランボールの謎」は犯人が誰なのか、なかなかわからない話(フーダニット)、第17話「宙を舞う殺人者」は犯人がどうやって殺人を犯したのか、なかななかわからない話(ハウダニット)。切り口が違って面白いです。なかなかわからないもので、どちらの話も、モンクがセラピーの最中にクローガー先生(スタンリー・カメル)に事件が壁にぶつかっていることを相談をしてたなあ。

MR. MONK GOES TO THE BALLGAME06.jpg「名探偵モンク(第16話)/ホームランボールの謎」(Season 2 | Episode3)●原題:MR. MONK GOES TO THE BALLGAME●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/11●監督:マイケル・スピラー●脚本:ハイ・コンラッド●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)クリストファー・ウィール/レイン・ウィルソン●日本放映:2004/07/06●放送:NHK-BS2(評価:★★★☆)
   
第17話「宙を舞う殺人者」2.jpg「名探偵モンク(第17話)/宙を舞う殺人者」(Season 2 | Episode4)●原題:MR. MONK GOES TO THE CIRCUS●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/18●監督:ランドール・ジスク●脚本:James Krieg●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)ロリータ・ダヴィドヴィッチ●日本放映:2004/07/13●放送:NHK-BS2(評価:★★★☆)

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モンクのキャラも確立し、安定感ある第2シーズンのスタート。第14話、第15話とも愉しめた。

名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg MONK14-0.jpg monk15-0.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第14話「時計台の殺人」"Mr. Monk Goes Back to School"/第15話「空からの水死体」"Mr. Monk Goes to Mexico"
 主人公のエイドリアン・モンクは、サンフランシスコ警察の元刑事で、妻トゥルーディが何者かに殺害され、その事件が迷宮入りとなって以来、妄想や強迫観念に囚われるようになり、過度の恐怖症に陥って休職を余儀なくされています。高い所や暗い場所がダメで、目に見えない細菌が気になり、除菌ティッシュが手放せない潔癖症。加えてちょっとした物のズレが気になって仕方ない神経質な所があり、社会への適応能力はゼロに等しいモンクですが、いざ事件の現場に立つと、比類なき洞察・推理力で難事件を解決していきます。

 2002年7月スタートのシーズン1(全13話)(日本ではNHK-BS2で2004年3月からレギュラー放送を開始したが、シーズン1については2003年6月から「モンク」のタイトルでビデオレンタルとしてVol.1〜6(全13話)が出されていた)では、モンクが警察官への復職を強く望み、元同僚や上司に疎まれながらも難事件・怪事件を解決していくというパターンが主でしたが、次第に彼の特質に対する周囲の理解が浸透し、シーズン後半では、警察からの信頼が増し、関係性の改善が図られています。それに伴い、コンサルタントmonk tv series  season2.jpgとしてのモンクのポジションが安定し、違和感なく事件に関わるようになってきます(モンクの哀愁は妻の事件が絡む時に集約されるようになったが、細部へのこだわりの方はむしろ強くなった?)。2003年6月スタートの第2シーズンでは、モンクの才能全開という感じでしょうか。因みに、モンク役のトニー・シャルーブは2003年にゴールデングローブ賞コメディシリーズ部門、エミー賞コメディ部門で共に主演男優賞を受賞しています(エミー賞コメディ部門主演男優賞は2005年・2006年度も受賞)。

第14話「時計台の殺人」
MONK14-1.jpg モンクはリーランド・ストットルマイヤー警部(テッド・レヴィン)の依頼で、亡き妻トゥルーディの母校で転落死した教師ベスの調査に当たる。ベスは化学教師フィルmonk14 6.jpgビー(アンドリュー・マッカーシー)と不倫関係にあり、モンクはフィルビーが殺害したと確信するが、彼にはその時間には授業をしていたという完璧なアリバイがあった。モンクが代理教師として学校へ入り込み捜査を続ける中、第二の不審死が発生。モンクは二件ともフィルビーの犯行だと考えるが―。

 第2シーズンのスタートとして、まずはオーソドックスにいこうとしたのか、第一の殺人の目撃者の口封じのために第二の殺人を犯MONK14-2.jpgすというのはある種パターンであるし、時計台の時計の針を使ったトリックというのもありそうだし、証拠物件をわざと放置して、それをエサに犯人をおびき寄せるというのも「刑事コロンボ」などでもありましたが、それらを自然に組み合わせているのが上手いと思います。市長から捜査の協力依頼がくるということから、モンクの評価は定着していることを窺えます。モンクのキャラクターも確立し、モンクを馬鹿にした生徒に詰め寄るシャローナ(ビティ・シュラム)などのキャラも相変わらずいいです。安定感のある第2シーズンのスタートといった感じでしょうか(評価★★★★)。

第15話「空からの水死体」
monk15-2.jpg 休暇中に訪れたメキシコでスカイダイビングを無料体験した米国人学生チップが、地面に激突。しかし、検死結果は溺死だった。チップの父親が友人のサンフランシスコ市長に相談したことから、モンクが現地に派遣される。事件の鍵を握る人物を探しに来たホテルで、手掛かりを得るモンクとシャローナ。だが、酒豪のモンク15-.jpgシャローナは学生たちと羽目を外してしまい、モンクは単独で捜査を続行。翌日、二日酔いのシャローナのもとに思わぬ訃報が舞い込む―。

 市長からのご指名ということで、モンクの評価は確立済みということでしょうか。メキシコの刑事が最初はモンクなど捜査に役立たないと思っていたのが、最後は、その仕事ぶりに接して光栄だったと彼モンク15-1.jpgにすがりつくのが可笑しいですが、それ以上に可笑しかったのが、ストットルマイヤー警部が、モンクがメキシコで死んだという連絡を受けて警察葬をすると言い、ディッシャー警部補(ジェイソン・グレイ=スタンフォード)が警官でないから出来ないと言うと、それが出来ないなら自分は辞めるとまで言った矢先、実はそれは誤報でモンクは生きていると分かり、その途端に「アイツなんか大嫌いだ」と言い放つのが可笑しかったです。シャローナが、殺害されたのはモンクではなかったことに気づくところもいいです。モンクにとって、メキシコに着いた矢先に衣類から何から荷物を全部盗まれたという災難が、逆に命拾いすることに繋がったという作りも上手いし、「ライオンに噛まれて亡くなった男」の事件の挟み込み方も上手。フーダニット色が強く、これも愉しめました(評価★★★★)。


monk 14-5.jpg「名探偵モンク(第14話)/時計台の殺人」(Season 2 | Episode 1)●原題:MR. MONK GOES BACK TO SCHOOL●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/06/20●監督:ランドール・ジスク●脚本:デイビット・ブレックマン/Rick Kronberg●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)アンドリュー・マッカーシー/デヴィッド・ラッシュ●日本放映:2004/06/22●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)

MR. MONK GOES TO MEXICO.jpg「名探偵モンク(第15話)/空からの水死体」(Season 2 | Episode 2)●原題:MR. MONK GOES TO MEXICO●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/06/27●監督:ロン・アンダーウッド●脚本:リー・ゴールドバーグ/ウィリアム・ラブキン●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)マイケル・B・シルヴァー●日本放映:2004/06/27●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)


monk tv series  season1.jpgモンク タイトル.jpg「名探偵モンク」 Monk (USA Network 2002 ~2009/12) (2004/03~2010/07 NHK BS2/ミステリチャンネル)

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急逝した天知茂の遺作(シリーズ最高視聴率)。美女役は新型コロナで亡くなった岡江久美子。

25話)/黒真珠の美女 dvd.jpg 25話)/黒真珠の美女 t1.jpg  25話)/黒真珠の美女 t2.png 25話)/黒真珠の美女 t3.jpg
黒真珠の美女~江戸川乱歩の「心理試験」~ [DVD]」天知茂/岡江久美子

25話)/黒真珠の美女 4シーン.png ある絵画の展示会で、明智探偵(天知茂)は黒真珠のイヤリングをしていた美女(岡江久美子)に出会う。その後、ゴッホの「星月夜」を画商の蕗屋裕子が手に入れたと発表され、西洋美術館が入手しようと名乗りを上げていると噂されていた。明智は展覧会場で、同級生で東京美術大学の教授・北原(久富惟晴)から蕗屋裕子を紹介してもらうが、彼女が例の黒真珠の美女だった。そこには蕗屋画廊の顧客で美術収集家の徳田礼二郎(高橋昌也)と、画商の宍戸(長塚京三)も来ていた。その後、明智の事務所に無記名の封筒が届き、文代(藤吉久美子)が開けると、中には百万円が入っていて、絵は偽物に違いないので入手経路を調べてほしいとあった。明智は、裕子を訪ねるが、彼女は絵の入手経路25話)/黒真珠の美女 4人.pngを明かさない。一方、この絵を前にして、徳田は「偽物だよ」と呟く。宍戸は、あの絵が本物なら時価十億は下らず、そんな大金を裕子がどうやって工面したか謎であり、偽者の可能性が高いことを明智に説明する。明智は宍戸を尾行し、ホテルで徳田の家のお手伝い・ユミエ(東千晃)と関係を持っていることを知る。彼女は聖ヨハネ病院の元看護婦で、同じ病院に勤める元恋人の小池(伊藤克信)から復縁を迫られていた。徳田邸ではカメラマン志望の恋人・富山(貞永敏)との交際を反対された徳田の一人娘・ユカ(代日芽子)が徳田と口論の末、家を飛び出し車で出かけていった。徳田と約束をしていた裕子から仕事が長引いてまだ京都駅にいるという電話が入り、それを受けたユミエが徳田に知らせに行くと徳田が血を流して倒れていた―。

 この「美女シリーズ」で天知茂の遺作となった作品で、天知茂は1985年7月27日にクモ膜下出血により54歳で亡くなっており、この第25話は、8月3日に放映されています。したがって、この回は、結果的に初放映が"追悼放映"になったかたちで、視聴率はシリーズ最高の26.3%を記録しています(以降、北大路欣也主演で6話、西郷輝彦主演で2作作られたが、天知茂の明智探偵像が強烈だったせいか長続きしなかった)。

そして誰もいなくなった 渡瀬_.jpg 2017(平成29)年に、テレビ朝日で渡瀬恒彦主演の「アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった」が放送された際、3月25日・26日の2夜連続ドラマの各冒頭で、3月14日に亡くなった渡瀬恒彦が出演した「最後の作品」であることを伝えるテロップが表示され、しかも、末期がんの役で出ているのがかなり衝撃的でしたが、当時の視聴者も似たような印象を持ったのではないでしょうか。この「黒真珠の美女」では、渡瀬恒彦の場合と異なり、天知茂本人も自分が死ぬと志村けん エール.jpg志村けん  .jpgは思っていないと思いますが、明智がその喫煙を制止する文代の目を盗んでタバコを美味そうに吸う場面があったりして、ひやっとします。もっと最近では、今年['20年]3月30日放送開始のNHKの朝ドラ「エール」でテレビドラマ初出演の志村けんが、3月29日に新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなり、山田耕筰をモデルとする役で5月1日放映分から登場して、これも実質"追悼放映"になってしまったということがありました。
    
別冊スコラ 岡江久美子写真集「華やかな自転」.jpg岡江久美子 死去  NHK.jpg そして、同じく新型コロナウイルスによる肺炎のため4月23日に亡くなったのが、この「黒真珠の美女」の"美女"こと岡江久美子です。近年ではTBS「はなまるマーケット」の総合司会(1996年~2014年)のイメージが強く、また、かつてはNHKの「連想ゲーム」での名解答者(1978年~1983年)ぶりから「才女」のイメージがありますが、別冊スコラで『岡江久美子写真集 華やかな自転』を出したのが'82年で、フォトジェニックな女優でもありました(写真集は当時25歳。翌年、大和田獏と結婚)。

別冊スコラ 岡江久美子写真集「華やかな自転」』['82年]
岡江久美子
25話)/黒真珠の美女 岡江.jpg この「黒真珠の美女」の撮影時の岡江久美子は28歳で、若くして着物も似合うからなかな心理試験 春陽堂文庫.jpgかのもの。最後まで凛としていて、天知茂と拮抗しているか、むしろそれを凌いでいた印象です。内容的には、原作の「心理試験」はもうどっか飛んでしまっている感じですが(このシリーズ、後になればなるほど原作から離れていったようだ)、犯人捜しというより、絵の真贋の謎やその背後にある復讐劇、トラベルミステリー的なプロットなど、プロセスが愉しめ、ラストも明智探偵が最後に変装して登場し犯人を暴くというお決まりの型にもう一つ捻りが入っていて、いろいろと愉しめる佳作に仕上がっているように思います。

代日芽子(徳田の一人娘・ユカ)/東千晃(徳田の家のお手伝いのユミエ)
25話)/黒真珠の美女 貞永.png25話)/黒真珠の美女 入浴.png「江戸川乱歩 美女シリーズ(第25話)/黒真珠の美女」●制作年:1985年●監督:貞永方久●プロデューサー:川田方寿/佐々木孟●脚本:山下六合雄●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「心理試験」●時間:92分●出演:天知茂/藤吉久美子/小野田真之/荒井注/岡江久美子/高橋昌也/久富惟晴/長塚京三/東千晃/代日芽子/貞永敏/堀之紀/伊藤克信/北町嘉朗/秋山武史●放送局:テレビ朝日●放送日:1985/08/03(評価:★★★☆)

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「荒唐無稽小説」をシリーズの基調に沿って上手く改変したアレンジ力は評価できる。

9話)/赤いさそりの美女d.jpg 9話)/赤いさそりの美女t.png 9話)/赤いさそりの美女t2.png 妖虫 (江戸川乱歩文庫).jpg 目羅博士の不思議な犯罪.jpg
赤いさそりの美女~江戸川乱歩の「妖虫」 [DVD]」『妖虫 (江戸川乱歩文庫)』['15年]『江戸川乱歩全集 第8巻 目羅博士の不思議な犯罪 (光文社文庫)』['04年]
9話)/赤いさそりの美女 2.jpg 大宝映画夏の大作「燃える女」のヒロイン役を決めるためのコンテストの最終審査会にて、準女王に選ばれたのは相川珠子(野平ゆき)、そして女王として春川月子(三崎奈美)が選ばれた。このコンテストが出来レースだったことに不平を漏らす珠子と、その義理の姉となる桜井品子(永島瑛子)。そして、恋人役の男優・吉野圭一郎(永井秀和)が女王に王冠を戴冠させたその時、天井から照明器具が落ちてきた。間一髪、それを避けた二人だったが、これが、この後に起こる怪事件の前哨であることに気づいた者は誰もいなかった。やがて連続殺人が。街角にディスプレイされる春川月子と吉野圭一郎の死体。浴室で珠子に放たれる毒蠍。囚われの身となる品子。犯人は、明智探偵(天知茂)に変装して犯行を繰り返す―。

少年探偵江戸川乱歩全集〈31〉赤い妖虫
少年探偵江戸川乱歩全集〈31〉赤い妖虫.jpg 原作は、1933(昭和8)年12月から翌1934(昭和9)年10月まで雑誌「キング」に連載された長編「妖虫」で、本人名義で児童向けにリライトされた作品もあります(ポプラ社『少年探偵 江戸9話)/赤いさそりの美女 3.jpg川乱歩全集』(全46巻)の中の第27巻「黄金仮面」以降は、実際は本人ではなく別の作家が書いたものだったため、今は絶版となっている)。探偵役は三笠竜介という老人ですが(作者は当時、明智小五郎に替わる新キャラクターを模索していたらしい)、当然のことながらドラマでは天知茂演じる明智小五郎に置き換えられています。この作品について、乱歩本人は「自註自解」として、「相変わらずの荒唐無稽小説だが、真犯人とその動機はちょっと珍しい着想であった」と述べています。

赤いさそりの美女ド.jpg 作者本人が「荒唐無稽小説」と言うくらいなので、どこまで映像化できるのかなという思いはありましたが、思った以上に原作を反映していたように思います。バラバラ死体風のマネキン、銀座街頭ショーウインドウへの死体陳列、犯人と明智探偵の変装合戦、密室からの脱出など、このシリーズにおけるドラマとしてのリアリティを何とか維持しつつ頑張っていたように思います。

赤いさそりの美女 博士.jpg 原作と大きく違ったのは、蠍研究の世界的権威であったという匹田博士なる人物を登場させ、そこに犯人との愛憎劇を一枚咬ませていることで、原作は主犯格の者が手配の者を使っているのに対し、ドラマの方はこの二人の共犯になっていました。それと、原作では、珠子の家庭教師・殿村京子が次に教えることになった、珠子の学校の先輩の20歳になる美人ヴァイオリニスト・桜井品子が犯人の第三の標的になり、三笠竜介が何とか第三の殺人を起こさせまいとするものでしたが、ドラマでは、この桜井品子が珠子の義理の姉となっていて、彼女には犯人に狙われる理由があったことになっています。入浴中に狙われるのは野平ゆき演じる珠子ですが、永島瑛子演じる品子も危うい目に遭います(この部分は原作どおり)。

9話)/赤いさそりの美女 1.png 冒頭にミスコンの場面がありますが、原作では春川月子がミスジャパン、珠子がミストウキョウということで、同じミスコンで競ったわけではないようです。原作では、そうしたミスコンそのものは描かれていませんが、二人が競い合うミスコンをリアルタイムでやって、ドラマ映えするようにしたのでしょう。珠子が春川月子に代わって映画のヒロインに選ばれるのもドラマのオリジナル。また、珠子の家庭教師・殿村京子は原作では中年の醜女ということになっていて、ドラマではこれを美女である宇都宮雅代が演じており、ただし、原作とは異なるハンディを彼女に負わせています。

 ドラマのラストで、死亡したかと思われていた明智探偵が別人物に成りすまして登場するというこのシリーズのパターンをきっちり踏襲しているため、当然、老探偵・三笠竜介の原作とは異なっていますが、ドラマではさらに犯人同士の愛憎劇も織り込んでいるため、ラストも原作と違ったものになっています。この点は、単に追い詰められた犯人が自殺するという、パターナルな終わり方の原作を超えたかもしれません。

 原作に出てくる「蠍の着ぐるみ」と「一寸法師」はドラマでは出てきませんでしたが、まあ、出さなくて正解と言うか、出そうと思っても出せないだろなあと。永井秀和が映画スターの吉野圭一郎役で出ていますが、初夜で「蠍の呪いだ」なんて叫んだりして、殺されてやむなしといったキャラでした(この頃にはもうアイドル歌手ではなかったのか)。

 カップルが3組あったということでしょうか。登場人物が多く、また、犯人は変装でして犯行をするので、誰が誰だかという印象もありましたが、原作を読んでから観直してみると、「荒唐無稽小説」をシリーズの基調に沿って上手く改変していると言え、そのアレンジ力は大いに評価できるように思いました。

9話)/赤いさそりの美女 野平.png9話)/赤いさそりの美女 永島.jpg9話)/赤いさそりの美女 宇都宮.jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(第9話)/赤いさそりの美女」●制作年:1979年●監督:井上梅次●プロデューサ:中井義/植野晃弘/佐々木孟●脚本:井上梅次●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「妖虫」●時間:95分●出演:天知茂/五十嵐めぐみ/柏原貴/荒井注/宇津宮雅代/永島瑛子/永井秀和/入川保則/野平ゆき/速水亮/本郷直樹/堀之紀/北町嘉郎/高木次郎/増田順司●放送局:テレビ朝日●放送日:1979/06/09(評価:★★★☆)
永島瑛子(桜井品子)          野平ゆき(相川珠子)
赤いさそりの美女1図2.jpg 9話)/赤いさそりの美女 野平2.png
宇津宮雅代(殿村京子)
赤いさそりの美女1.jpg 9話)/赤いさそりの美女 宇都宮1.jpg 9話)/赤いさそりの美女 宇都宮2.jpg

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やや"ベタ"か。役者「佐々木功」が味わえるのがメリット(しかも主役)。

DVD恐怖劇場アンバランスVol.6.jpg1(第13話)/蜘蛛の女 t.png 1(第13話)/蜘蛛の女 さ2.jpg 1(第13話)/蜘蛛の女 ささ.png
DVD恐怖劇場アンバランスVol.6」第11話「吸血鬼の絶叫」 第12話「墓場から呪いの手」 第13話「蜘蛛の女」所収 佐々木功(森辰也)
1(第13話)/蜘蛛の女 佐々木.png1(第13話)/蜘蛛の女5.jpg カメラマン青年・森辰也(佐々木功)は、元金貸業の女社長・加原連子(八代万智子)と彼女のマンションに暮らすヒモだが、真木ミチ(真里アンヌ)という恋人も1(第13話)/蜘蛛の女まり.pngいたりし、一方で、個展を開きたいと考え、連子に金を出してもらったりもしている。しかしその金を、ヤクザまがいの山西成光(今井健二)に因縁をつけられて巻き上げれてしまう。山西は実は連子の会社の元社員だった。連子から「あなたは私のペットなのよ」と言われ、激高した辰也は、連子を絞め殺してしまう。遺体を車で山中に運び、木に縛りつけ、ガソリンをかけて燃やしてしまうが、その時、連子が目をゆっくり開けこちらを見つめた気がした。マンショ1(第13話)/蜘蛛の女 3.pngンに戻って大金の入ったトランクを見つけ喜ぶ辰也。そんな辰也の前に、連子の妹と称する松美(集三枝子)という女が現れる。一方、辰(第13話)/蜘蛛の女 01.png也が連子を殺害したことに気がついた山西は、またしても佐々木功を強請ろうとするが、辰也はその山西を撲殺する。ところが、その現場を松美に見られ、今度は松美から「あなたは私のペットよ」と言われたため、咄嗟に松美も絞め殺してしまう。そして、トランクの金を元(第13話)/蜘蛛の女3.png手に門馬支配人(大泉滉)の画廊で個展を開くが、会場を飾るはずのミチのヌード写真が全て、連子、山西、松美の死体の写真にすり替わっていた。そのミチは女郎蜘蛛の群れに殺され、そして辰也も―。

 「恐怖劇場アンバランス」の第13話(最終話)で、井田探(もとむ)監督(1922-2012)、滝沢真里脚本。「制作No.4」で、これも第12話同じく'69年に制作された、シリーズ当初のホラー路線に沿ったものとなっています(制作No.8以降は原作付きのサスペンスに路線変更している)。

佐々木功 in「乾いた花」('64年)
乾いた花 佐々木功.jpg この「蜘蛛の女」は傑作と推す人は多いですが、個人的にはちょっと"ベタ"過ぎる印象でしょうか。役者としての佐々木功(現ささきいさお)がじっくり味わえるのが最大のメリットで(篠田三郎監督、浅丘ルリ子主演「乾いた花」('64年/松竹)などで脇役として出てはいるが)、熱演していると思います。ただ、主人公・辰也が半ば被害妄想状態の中、どんどん人を殺していくので、話としては逆にあまり怖くなかったです。最初の殺人の遺体処理で、辰也はなぜ遺体を木に縛る必要があるのかとか、連子は有り金を全部"箪笥預金"ならぬ"トランク預金"していたのかとか(誰かに見せ金する必要あった?)、突っ込みどころが多すぎるというのもあります。

佐々木功.jpg「ささきいさお.jpg 佐々木功は、役者としての「佐々木功」とアニメソング歌手としての「ささきいさお」と芸名を使い分けていましたが、結局「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」などアニメソングで多くのヒット曲を持つことの方であまりに有名になってしまい、芸名を「ささきいさお」に表記統一してしまいます。元々は俳優であり、シルヴェスター・スタローンなどの吹き替えで声優としても知られています。
     
八代万智子 in「恐怖劇場アンバランス(第13話)/蜘蛛の女」('69年)
八代万智子 (1).jpg1マグマ大使.png1(第13話)/蜘蛛の女1.png 辰也をペット扱いするまさに「蜘蛛女」連子役の八代万智子(1939年生まれ)は、「マグマ大使」('66年)にマモル(江木俊夫)の母親役で出八代万智子2.jpgていましたが(父親役は岡田眞澄)、「プレイガール」('69年-'76年)でもレギュラーでした(演技の幅が広いが、この作品では完全に悪女系の女性を演じている)。この人は結婚を機に芸能界を引退しています。連子の「妹」松美役の集三枝子(1949年生まれ)は、この後、東集三枝子 z.jpg映映画で大信田礼子主演の「ずべ公番長」シリーズの準レギュラーになりましたが、'73年くらいと若いうちに引退したようです。

集三枝子 in「ずべ公番長 東京流れ者」('70年)

真理アンヌ in「ウルトラマン(第32話)果てしなき逆襲」('67年)   
科学特捜隊インド支部・パティ隊.jpg真理アンヌ2.jpg真理アンヌ3.jpg 真理アンヌ(1948年生まれ。父親がインド人で母親が日本人)は、「ウルトラマン(第32話)果てしなき逆襲」('67年)に科学特捜隊インド支部・パティ隊員役で出ています。因みに、「ウルトラセブン」で菱見百合子が演じた「友里アンヌ隊員」の役名は、第1期ウルトラシリーズを企画した金城哲夫(1938-1976/37歳没)が真理アンヌのファンだったことからその名になったとのことです(この人は吉本興業所属の現役)。

大泉滉
3大泉滉.png1(第13話)/蜘蛛の女 d.png この「蜘蛛の女」の場合、結局、主要登場人物は皆(悪人ばかりだったけれど)死んでしまったわけだなあ(大泉滉は何ともないけれど、善人でも悪人でもないから(笑))。第12話「墓場から呪いの手」に続いて主人公が殺害した女性の"妹"が出てくるわけですが、今回の「松美」は自分で鏡に向かって鏡は無い方がいいと言い(鏡に映った松美は連子の姿になる)、「私が連子だとは(辰也は)まだ気がつかない(第13話)/蜘蛛の女  2.png」とまで言っているので(つまり、単なる辰也の思い過ごしではないということ。視聴者向け解説?)、妹と言うより連子の化身なのでしょう(最後には"生身"の連子自身が出てくるし)。
    
「恐怖劇場アンバランス(第13話)/蜘蛛の女」●制作年: 1969年(制作№4)●監督:井田探(もとむ)●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:滝沢真里●音楽:冨田勲●出演:八代万智子/集三枝子/真理アンヌ/今井健二/滝川早苗/山口勲/相良孝子/高品格/大泉滉/若水ヤエ子/佐々木功/青島幸男(解説)●放送:1973/04/02●放送局:フジテレビ(評価:★★★☆)

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ホラー調に"原点回帰"したのではなく、元々は「制作№1」だった。山本耕一が熱演。

DVD恐怖劇場アンバランスVol.6.jpg 1墓場から呪いの手 tyle.jpg  (第12話)/墓場から呪いの手3.png
DVD恐怖劇場アンバランスVol.6」山本耕一(桑田哲也)/牧紀子(月村久美)

1墓場から呪いの手図1.png マンションの一室で夜中に男が浴室へ女性の死体を引きずり、バラバラに解体しようとしている。男はバラバラにした死体を油紙に包んで車で運びへ、川や下水、山中に投棄する。その男・桑田哲也(山本耕一)は、会社の経理課長で、自分が帳簿操作の不正をしたのを知っている女性・月村久美(牧紀子)に、口封じのためだけに結婚を匂わせていたが、久美は桑田を愛していたので、それを承知の上で桑田と付き合っていた。ところが桑田がその(第12話)/墓場から呪いの手6.png夜別れ話を切り出したため、久美は会社に何もかもバラすと言い、そこで桑田は凶行に及んだのだった。久美の遺体の始末は上手くいったかに見えたが、翌日から桑田の身の回りに、遺体の断片が現れるなど、奇妙な出来事が起こり始める。警察が桑田の家にやって来る。何者かが桑田の部屋から警察に電話したのだった。桑田は久美の妹・のり子(松本留美)を疑い、彼女に会(第12話)/墓場から呪いの手4.pngいに行くと、姉がアパートに帰ってないことを心配して桑田のところへ行こうと思っていたという。深夜アベックが久美の遺体の一部が入った包みを見つけ、久美の手はアベックを襲って男を殺す。車には久美の指紋が残されていて、警察にのり子が呼ばれた。中川刑事(入川保則)とのり子は行方不明の久美の消息を掴むため、交際相手の桑田の部屋に行くが、桑田は何かに激しく脅えていた。桑田が寝ていると久美の手が這ってきて、気づいた桑田は驚いてそれを窓へ投げ捨てる。久美の手はバラバラになった自分の躰を集め始めていた。桑田はのり子を殺すつもりで、久美のことで話したいことがあると電話で呼び出すが―。

(第12話)/墓場から呪いの手5.png 「恐怖劇場アンバランス」の第12話で、満田穧(みつた・かずほ)監督、若槻文三脚本。ここに来て、これまで続いたサスペンス調から「恐怖劇場」の名に相応しいホラー調に一気に戻って"原点回帰"した印象ですが、実は、放送された全13話の内、制作順でいくとこの作品が「制作№1」で、'69年制作です。従って、元々はこのシリーズは、こうしたホラー路線で行こうとしていたのだということが分ります。それが、制作No.8以降は原作付きのサスペンスに路線変更しています(放映順は制作順と異なる)。
    
 放映順に観てくといきなりホラー調に戻ったこともあって、オーソドックスとも言えるものの(シリーズの中でも傑作と推す人も多い)、個人的にはやや"ベタ"な印象を受けてしまいましたが、この「墓場から呪いの手」の見所は、主人公の桑田を演じた山本耕(1935年生ま(第12話)/墓場から呪いの手 山本.png山本耕一さん.jpgれ)の"役者ぶり"でしょうか(熱演!)。「アフタヌーンショー」(テレビ朝日)でリポーターを務め、川崎敬三との「そうなんですよ、川崎さん」の名文句が有名となって、そちらの印象が強くて、また、役者としても「主役」で出ているものは少ないのではないかと思います(山本耕一は早稲田大学文学部卒。そう言えば、役者としてデビューしてレポーターに転じた阿部祐二も早稲田大学政治経済学部卒だなあ)。
山本耕一/2018年
牧紀子/松本留美
(第12話)/墓場から呪いの手   .png(第12話)/墓場から呪いの手 妹.png 女優陣も、久美を演じた牧紀子(1940年生まれ)は、多くのドラマに出ていますが、同じ年に「怪奇大作戦(第18話)/死者がささやく」('69年/TBS)での田原澄子役などもありました。この人は、亡くなっていますが没年不詳のようです。久美の妹・のり子役の松本留美(1949年生まれ)もテレビドラマに多数出演していて、こちらは、近年も反町隆史主演の「リーガル・ハート〜いのちの再建弁護士〜」('19年/テレビ東京)にレギュラーキャストとして出演するなど現役です。

 因みに、バラバラにされた被害者が幽霊となって復讐するのではなく、躰の一部である手だけが復讐するというのは、大佛次郎(1897-1973)が1929(昭和4)年、雑誌「改造」に発表した短編で、1930(昭和5)年、『怪談その他』(天人社)の1編として刊行された「手首」というのがあり、この短編は2010年にテレビ東京で現代に翻案されて映像化され、「女のサスペンス名作選」最終回(2010年9月29日)の「残された手首」として放送されていますが、あらすじは下記の通りです。

「残された手首」平田満.jpg 村山清(平田満)、美津子(岡江久美子)夫妻は、千葉県の郊外に念願の一戸建てを買い引っ越してきた。引越当日の深夜、2階寝室で寝ていた清の片腕に、突然女の手首がとりついた。夢だと思ったが、女の手首がとりついた左腕がだるくなってきた。クラシック音楽のトランペットの音色を聞いただけで、左腕が激しく痛みだしたり、3歳の甥が清の左腕に手首がぶらさがっていると恐がったり、美津子までノイローゼになりそうだった。ある日美津子は、この辺りで昔から開業している医者に、自分達が住んでいる場所の歴史を聞き出した。それによると、戦前は日本陸軍の兵営が近くにあり、ちょうど美津子達の家がある所に島倉という大尉の一家が住んでいた。島倉大尉(井上純一)と政略結婚をさせられた綾子(中島はるみ)という女性と、彼女に恋心をいだいた大尉の弟・康次郎に腹を立てた大尉が、軍刀で綾子の手首を切り落としたのだった―。
 実は、大佛次郎の短編そのものがモーパッサンも短編(「手」という同趣の怪綺譚がある)から想を得たのではないかと推測しています。何れにせよ、このパターンの話はかなり古くから東西にあるのかもしれません。

牧紀子
牧紀子2.jpg31(第12話)/墓場から呪いの手図.jpg「恐怖劇場アンバランス(第12話)/墓場から呪いの手」●制作年: 1969年(制作№1)●監督:満田穧(みつた・かずほ)●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:若槻文三●音楽:冨田勲●出演:山本耕一/松本留美/牧紀子/藤あきみ/渚健二/上田忠好/村上不二夫/内藤綱男/依田英助/川村依久子/和久井節緒/溝呂木但/磯野のり子/小林千枝子/矢野宏/田辺和佳子/入川保則●放送:1973/03/26●放送局:フジテレビ(評価:★★★☆)

「恐怖劇場アンバランス」制作№順
制作No. 話数 サブタイトル ☆原作 脚本/監督
1 第12話 墓場から呪いの手 若槻文三/満田穧
2 第11話 吸血鬼の絶叫 若槻文三/鈴木英夫
3 第9話 死体置場(モルグ)の殺人者 山浦弘靖/長谷部安春
4 第13話 蜘蛛の女 滝沢真里/井田 探
5 第5話 死骸(しかばね)を呼ぶ女 山崎忠昭/神代辰己
6 第4話 仮面の墓場 市川森一/山際永三
7 第2話 死を予告する女 小山内美江/藤田敏八
8 第8話 猫は知っていた ☆仁木悦子 満田穧/満田穧
9 第3話 殺しのゲーム ☆西村京太郎 若槻文三/長谷部安春
10 第1話 木乃伊(ミイラ)の恋 ☆円地文子 田中陽造/鈴木清順
11 第6話 地方紙を買う女 ☆松本清張 小山内美江子/森川時久
12 第7話 夜が明けたら ☆山田風太郎 滝沢真理/黒木和雄
13 第10話 サラリーマンの勲章 ☆樹下太郎 上原正三/満田穧

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ホラーでもなければ殺人事件も無いこの作品が「怖い」と言われるのはなぜか。

DVD恐怖劇場アンバランスVol.5.jpg図2サラリーマンの勲章t.png サラリーマンの勲章.jpg サラリーマンの勲章ド.jpg
DVD恐怖劇場アンバランスVol.5」梅津栄(犬飼市郎)/冨士眞奈美(宇多子)
梅津栄/中丸忠雄
サラリーマンの勲章2.png 企業の営業部に勤務するサラリーマンの犬飼市郎(梅津栄)(39歳)は、真面目だが出世欲は無く、平社員であってもマイペースで生きていくのがよいと、課長昇進を断り続けてきた。しかし、営業部長の高井(中丸忠雄)の強引な手配で、課長昇進が決まってしまサラリーマンの勲章3.pngう。犬飼はプレッシャーから心身のバランスを崩し、夜も寝つけず、絶対に穴をあけてはならない早朝会議に遅刻してしまう。いったんは会社に着いたものの、階段で会った営業部員の八木(二瓶正也)に、「あれ、課長、朝の会議は大丈夫なんですか?」と言われて、そのまま逃げ出してしまう。初めての競馬に行き、さらにストリップ劇場、トルコ風呂と、彼の逃避行は続く。会社では、課長に昇進したばかりの犬飼が蒸発したということで大騒ぎで、出世こそがササラリーマンの勲章4.pngサラリーマンの勲章5.pngラリーマンの勲章だと思ってる役員や幹部たちは、犬飼の妻(津島恵子)が犬飼は「出世より自分の時間が欲しい」と言っていたという、その犬養の心情が全く理解できない。犬飼は、昇進祝いに同僚と行ったバーへ足を運び、その時気になったホステスの宇多子(冨士眞奈美)に心情を吐露、宇多子が得意とする秋田音頭で盛り上がると、そのまま彼女のアパートでへ。宇多子の夫が籍を入れたま失踪したと聞いた犬飼は、偽装自殺をして自身の戸籍を抹消し、宇多子の夫に成り代わって生きてゆサラリーマンの勲章6.pngくことを思いつき、宇多子サラリーマンの勲章  1.pngも乗り気になるが、実行に移そうと思った矢先に、置き忘れた手帖から足がついて、同僚に踏み込まれる。いったんは自宅に戻った犬飼だったが、改めて「偽装自殺」計画を実行に移し、再度宇多子の元へ。ところが、失踪したはずだった宇多子の夫(向井精七)が戻ってきていて、痛めつけられ追い出される。独りきりとなり、世間では「自殺した」ことになっている犬飼は―。

サラリーマンの勲章 (1964年) (ポケット文春).jpg 「恐怖劇場アンバランス」の第10話で、'70年制作、'73年放映。監督は満田穧(みつた・かずほ)。原作は、樹下太郎(1921-2000)の「消失計画」(『サラリーマンの勲章』('64年/ポケット文春)所収)です。この「恐怖劇場アンバランス」シリーズは、制作No.8以降、オリジナル脚本のホラー路線から、原作ありのサスペンス路線に"路線変更"しており、この「サラリーマンの勲章」は、制作順としては放映されたものの中で一番最後(制作№13)になりますが、当初の「ホラー劇場」的なシリーズの内容から最も"遠くに来た"という感じでしょうか(「ウルトラシリーズ」の二瓶正也などが出演していることで、円谷プロ制作だった思い出すくらい)。ところが、人によっては、幽霊も出てこなければ殺人事件も起きないこの作品が「一番怖い」という人もいて、人によって受け止め方が違ってくる点が、このシリーズの一つの面白いところかもしれません。

 原作『サラリーマンの勲章』は、「文藝春秋漫画讀本」('63(昭和38)年6月号~'64(昭和39)年1月号)に発表された8話から成る連作で、直木賞候補となり、その時期はちょうど原作者がミステリ作家からサラリーマン小説作家への転身を遂げつつあった時期になります。この一連の作品の第1話が「消失計画」ですが、時代はまさに高度経済成長期で、サラリーマンは出世を目指すのが当たり前であり、昇進をしたいと思わない犬飼のことを会社の役員や幹部が理解できないというのは、今観ると戯画的ですが、当時としてはもっと自然に受け止められたのかもしれません(連作の中でも犬飼は変わり者としての位置づけではないか。この連作にも所謂"出世物語"が多く含まれている)。

 梅津栄.jpgそうした"マイノリティ"の犬飼に着眼してドラマ化したところが面白いと思いますが(犬飼を演じた梅津栄(1928-2016/享年88)はこの作品が唯一の主演作だそうだ)、令和の今の時代は「課長になりたくない」というサラリーマンが3、4割いるとも言われているので、先見の明があったと言えるかもしれません。ただし、当時としても、ドロップアウトしてみたいという潜在的な欲求は多くの人の心の底にあったのではないでしょうか。「人間蒸発」と言う言葉が流行った時サラリーマンの勲章8.png期でもあり、多くの小説や映画、ドラマでモチーフとして用いられ、実際、当時は事件としても日常茶飯にあったと思います。この作品の中でも、津島恵子(1926-2012/享年86)演じる犬飼の妻が子供にパパは出張中だと言いくるめようとして、逆に「蒸発しちゃったんじゃないの」と言われてしまいます。でも、この奥さん、ラストで「自殺した」夫の遺影を前に、「私は夫が死んだとは思えないわ。あの人は今もどこかで自分らしく生きているんじゃないかしら」と言っていて、結構夫のことを理解している人だなあと(ちゃんと夫がお金を残してくれているというのもあるかもしれないが)。

 一方の犬飼は、前半ではすごく小心者のように描かれていますが(遅刻確実で通勤電車内で焦りまくるのは、誰だってどこか身につまされるが)、逃避行に入ってからは、トルコ嬢に自らのサラリーマン人生を「レールの上を猪突猛進ってやつ?」とからかわれても、「もう脱線したよ」と自虐的ユーモアで応えるなど精神的に開き直り、気になっていたホステス宇多子にアタックし、一度は失敗しながらも最後には自己消失計画をやり遂げるなど、行動的にもなっているように思います。

サラリーマンの勲章9.png 当面の生活資金もあるし、ラストは、当初の望み通り、朝の喫茶店で一人静かに(いや、秋田音頭を口ずさみながら)コーヒーを飲むシーンで終わっています。でも、予め決めていたこととは言え、家族も会社の人間とも関係を絶ち、さらには、惚れた宇多子とも一緒になれなかったので、孤独感が漂っているようにも思えます。つまり、自由との引き換えに孤独になってしまったと...。この作品が"怖い"としたらそのあたりではないかと思います。

サラリーマンの勲章ード.jpg 犬飼は意外と強い人間で、それでもやっていけるかもしれないけれども、自分はどうだろうと考えると、まあ、フィクション世界、空想世界だけの話にしておこう―ということになるのではないでしょうか。でも、犬飼のように、ちょっとしたことを契機に自らドロップアウトすることが自分にだってあるかもしれない―高い所を怖がる人は、誤って「落ちる」のが怖いのではなく、自ら「飛び降りてしまう」ことが怖いのだと言われるように―そうした思いを駆り立てるところが、このドラマの怖さではないかと思います。

津島恵子 in「魔像」(1952)
魔像  1952.jpg1(第10話)/サラリーマンの勲章図.png「恐怖劇場アンバランス(第10話)/サラリーマンの勲章」●制作年: 1970年(制作№13)●監督:満田穧(かずほ)●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:上原 正三●音楽:冨田勲●原作:樹下太郎「消失計画」●出演:梅津栄/冨士真奈美/中丸忠雄/南広/神田隆/二瓶正也/横山リエ/向井精七/鶴賀二郎/中村上治/香忍/伊東潤一/広田直美/伊藤静江/野島ひとみ/津島恵子●放送:1973/03/12●放送局:フジテレビ(評価:★★★

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夜は明けそうにないなあ。時代の雰囲気が横溢している作品。

恐怖劇場アンバランス4 dvd.jpg1「夜が明けたら」ti.png 図17話「夜が明けたら」2.png 祭りの準備.jpg
DVD恐怖劇場アンバランス Vol.4」西村晃(服部) 黒木和雄監督「祭りの準備」('75年/ATG)

図17話「夜が明けたら」1.png 初老の仕立て屋・服部康吉(西村晃)は、娘・笛子(夏珠美)と一緒に新宿へ買い物に出掛けた際に、チンピラ三人組が娘にちょかいをかけてきたため、たまたま持参していた洋服の仕立て鋏で男たちを刺してしまう。これが過剰防衛に当たるとされ、懲役一年の実刑判決が下されるが、チンピラたちは罪に問われなかった。その後、服部は模範囚だったことから半年で釈放され、事件を担当した老刑事・八坂(花沢徳衛)が気になって服部の営む仕立て屋を訪ねると、服部はいたが娘は結婚したとのことだった。実は八坂が服部を訪ねたのは、事件の際のチンピラ三人が服部に小銭をせびっていて、服部はそれに対し、断るどころか進んで金を渡して図17話「夜が明けたら」3.png図17話「夜が明けたら」4.pngいるということを聞きつけたからだった。チンピラたちは依然あちこちでゆすりたかりのような7話「夜が明けたら」af.pngことを繰り返していて、一方、服部の娘が結婚したというのは嘘で、実は家出していたのだった。八坂は横須賀のゴーゴークラブで踊る笛子を探し出し、会ってみると、酒は飲むはタバコはふかすはの変わりようだった。一方、ある晩、公園でチンピラ三人がまたしてもカップルを脅迫しようと企んでいたが、今回は八坂らが張り込んでいて、彼らを取り押さえた。と、そこにいたのは―。

夜よりほかに聴くものもなし1.1.jpg 「恐怖劇場アンバランス」の第7話(制作№12)で、'70年制作、'73年放映。原作は、山田風太郎の「黒幕」(『夜よりほかに聴くものもなし』('62年/東都書房、後に現代教養文庫、広済堂文庫、光文社文庫、角川文庫)所収)です。監督はこの5年後に「祭りの準備」('75年/ATG)を撮る黒木和雄、脚本は滝沢真理。文庫表題作「夜よりほかに聴くものもなし」は10話から成る短編の連作で、犯行のさまざまな「動機」にフォーカスしていて、ベテラン刑事の八坂が「それでも...俺は手錠をかけねばならん」と犯罪者のやりきれない事情に理解を示しながらも、犯人に手錠をかけて終わるというのがパターンになっています。

『夜よりほかに聴くものもなし』('62年/東都書房)
図17話「夜が明けたら」5.png
 主人公の動機の意外性がミソの連作ですが、この「夜が明けたら」の主人公の動機は、ほとんどの人は予想がつかないくらい屈折していたように思います。ラストの西村晃演じる服部の、哀愁を帯びながらも、ちょっと不気味でちょっとコミカルな様は、「死んでいる」と言うより「壊れている」という印象でした。「夜が明けたら」というタイトルと違って、夜はいつまでも開けそうにないなあと思ってしまいました。

図17話「夜が明けたら」asa.png7話「夜が明けたら」kon.png 尤も、この「夜が明けたら」というのは、劇中、クラブで浅川マキ(1942-2010/享年67)が歌っている彼女の曲の名であり、1969年7月にシングルレコード発売されています(CDの音質に対して本人は懐疑的であったため、存命中はその意向により作品の大部分が廃盤状態だった)。笛子(夏珠美)が朗読している『冠婚葬祭入門』(カッパ・ブックス)は塩月弥栄子(1918-2015/享年96)の1970年のベストセラーです(カッパ・ブックスで単巻で発行部数300万部を超えた唯一の本)。場面の変わり目で映し7話「夜が明けたら」b.png出される建設中の高層ビルは「京王プラザホテル」です(1971年6月開業時は、霞が関ビルを抜き日本で最も高い超高層ビルであった)。冒7話「夜が明けたら」konka.png頭、新宿の街で笛子がチンピラにちょっかいを掛けられ、服部が歩道橋に駆け付ける場面は、複数の望遠レンズでも撮っていることから、一発勝負の" ゲリラ撮影"だったと思われます(1960年代中盤にソニーがポータブル・ビデオカメラを開発し、それが普及して、ゲリラ撮影が世界的に流行った)。このように、1960年代が終わり1970年に入ったばかりという時代の雰囲気が横溢している作品でした。

図17話「夜が明けたら」b.png7話「夜が明けたら」natsu.png 笛子を演じた夏珠美(当時22歳)は映画「月光仮面」('58年)などの子役出身で、それが10年後には梅宮辰夫(1938-2019/享年81)主演の「不良番長」シリーズ('68-'72年)のレギュラーになるわけですが(一応ヒロイン役)、ここでは、お嬢さんっぽいビフォアーと、あばずれっぽいアフターを演じ分けていました。

図17話「夜が明けたら」keio.png この「恐怖劇場アンバランス」シリーズは、制作No.8以降、オリジナル脚本のホラー路線から、原作ありのサスペンス路線に"路線変更"していて、この「夜が明けたら」のラストの意外性も、原作に負うところが大きいのだろうとは思います。でも、映像化することで、時代の背景などが垣間見れて、それは映像的にも貴重であるし、原作を時代のシズル感をもって改めて味わうことが出来るように思いました。

夏珠美 in「不良番長 練鑑ブルース」(1969)
夏珠美、谷隼人.jpg1(第7話)/夜が明けたら図.png「恐怖劇場アンバランス(第7話)/夜が明けたら」●制作年: 1970年(制作№12)●監督:黒木和雄●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:滝沢真理●音楽:冨田勲●原作:山田風太郎「黒幕」●出演:西村晃/山本燐一/夏珠美/根岸一正/矢野間啓治/吉田潔/山本一栄/木下桂子/栗田幸子/福光洋子/新田喜美江/三田登喜子/浅川マキ/花沢徳衛●放送:1973/02/19●放送局:フジテレビ(評価:★★★☆)

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良かったけれども、原作は超えられない。ラストの言い争いは不要だった。

DVD恐怖劇場アンバランス Vol.345_.jpg(第6話)/地方紙を買う女title.png (第6話)/地方紙を買う女1.jpg (第6話)/地方紙を買う女 夏.png
DVD恐怖劇場アンバランス Vol.3」井川比佐志(杉本隆治)/夏圭子(潮田芳子)
井川比佐志/吉野よし子 at ホテルニューオータニ
(第6話)/地方紙を買う女2.png 地方紙・甲信新聞社に「杉本隆治の連載小説を読みたいので定期購読したい」との手紙が東京から届く。当の小説家・杉本隆治(井川比佐志)は気を良くするが、1カ月後につまらないから購読をやめたいとの手紙が届く。腑に落ちない杉本は、手紙の差出人(第6話)/地方紙を買う女3.pngである潮田芳子という女性について、仕事のパートナーであるトップ屋・木沢(山本圭)に調査をさせる。そして芳子が定期購読(第6話)/地方紙を買う女4.pngを申し込んだ日から止めた日までの1カ月間の記事をチェックすると、東京から来たカップルの心中事件が目を引く。杉本は芳子がホステスとして勤めるキャバレーに自ら行き、芳子(夏圭子)に会って「僕の小説のどこが面白かった?」とカマを掛けるが答えは曖昧で、芳子が自分の小説を読んでいないと確信する。今度は芳子が杉本の周辺を調べ始め、杉本のマンションのベランダで杉本に好意を持っている甲信新聞の女性編集員・ふじ子(吉野よし子)の姿を確認する。杉本の方も芳子に、新作のアイディアができたとして偽装心中の話をしれカマを掛け、彼女の反応を見る。ある日、芳子は杉本とふじ子をハイキングに誘い、ふじ子は芳子の手作り弁当を口にしようとするが―。

『顔・白い闇』.JPG白い闇 (1957年) (角川小説新書).jpg 松本清張の中編小説が「地方紙を買う女」が原作。「地方紙を買う女」は、「小説新潮」1957年4月号に掲載され、1957年8月に短編集『白い闇』収録の1編として、角川書店(角川小説新書)より刊行されています(1959年『顔・白い闇』として文庫化)。若杉光夫監督の「危険な女」('59年/日活)は、この作品が原作で、渡辺美佐子、芦田伸介でした。また2016年までに、本作品も含め9度テレビドラマ化されていて、それらは以下の通りになります(因みに、上には上があり、松本清張原作の「一年半待て」は2016年まで12回ドラマ化されている)。
顔・白い闇―他三篇 (1959年) (角川文庫)』『白い闇 (1957年) (角川小説新書)

 ・1957年「地方紙を買う女」(NHK)大森義夫・藤野節子・千秋みつる
 ・1960年「地方紙を買う女~松本清張シリーズ・黒い断層」(KR)堀雄二・池内淳子・杉裕之
 ・1962年「地方紙を買う女~松本清張シリーズ・黒の組曲」(NHK)筑紫あけみ・野々村潔
 ・1966年「地方紙を買う女」(KTV)岡田茉莉子・高松英郎・戸浦六宏
 ・1973年「恐怖劇場アンバランス(第6話)地方紙を買う女」(CX)夏圭子・山本圭・井川比佐志
 ・1981年「地方紙を買う女 昇仙峡囮心中」(ANB)安奈淳・田村高廣・室田日出男
 ・1987年「地方紙を買う女」(CX)小柳ルミ子・篠田三郎・露口茂
 ・2007年「地方紙を買う女」(NTV)内田有紀・高嶋政伸・秋野暢子
 ・2016年「地方紙を買う女」(ANB)田村正和・広末涼子・水川あさみ

松本清張ドラマスペシャル・地方紙を買う女2.jpg 原作が文庫で50ページほどで、かつては30分ドラマ枠で放送されることが多かったのが、80年代以降、「2時間ドラマ」枠で放送されるのが定番化しています。直近の2016年のテレビ朝日版(田村正和・広末涼子)では舞台を金沢に移したりもしています(2020年のNHK「黒い画集~証言~」も舞台を東京から金沢に変えている。金沢と言えば「ゼロの焦点」なのだが)。それに限らず、2時間ドラマになってからの作品は改変が多く、2時間もたせるために原作にいろいろ足している印象を受けます。

(第6話)/地方紙を買う女5.png そうした中、「恐怖劇場アンバランス」の一話として'70 年に作られ(制作№11)、第6話として'73年に放映された(シリーズごと3年間お蔵入りしていた)この「地方紙を買う女」は、正味45分、コンパクトに纏まっていてほぼ原作通りであり、下手に足し算するよりも、よく作品の雰囲気を伝えているように思います。監督はフジテレビのディレクターだった森川時久で、当時このシーリーズを演出した鈴木清順、藤田敏八、神代辰巳、黒木和雄といった人たちがまださほど実績が無かったのに対し、森川時久は人気ドラマ「若者たち」を手掛け、その劇場版で'66年に映画監督デビューも果たしていました。

(第6話)/地方紙を買う女 6.png 小説家・杉本を演じた井川比佐志の演技もいいし、謎の女・芳子の夏圭子(当時26歳)も良かったです。ただ、原作と全く同じに作られているかというと、原作では山本圭が演じるトップ屋が出てきません(芳子の身許調査は杉本が探偵社に依頼して行う)。したがって、ラストの井川比佐志と山本圭の論争(言い争い)もありません。この部分が、小山内美江子による脚本の見せどころだったのかもしれませんが、個人的には蛇足だったように思います(他にも細部でも原作との違いはある。例えば、芳子の夫は刑務所にいて今度刑期を終えるのではなく、満州に抑留されていて帰還することになったなど。これは、時代背景を原作から10年以上ずらしているため)。また、原作では、杉本は芳子のことを「芳ベイ」と呼ぶようになるまでに親密の情を抱いていますが(そこが主人公の辛さ)、ドラマでは「容疑者」としてのイメージが凌駕しているように思います。

(第6話)/地方紙を買う女71.png シーリーズの中でもよく出来ている方だと思いますが、その良さは原作に依るところ大であり、ドラマ版は"蛇足"もあったりして、これもまた、原作を超えるまではいってないと思います。原作のスゴイ点は、主に芳子の視点及び心理描写で話が進んでいくことで、普通はこのスタイルだと「倒叙法」になりますがそうなっておらず、それでいて推理小説として成り立っていることです(ドラマは冒頭に犯行シーンがあり「倒叙法」になり切っている)。この手法は、行き過ぎた"叙述トリック"になる恐れもありますが、本作ではそうなっていないどころか、芳子と杉本の心理的な探り合いを際立たせています。これもまた松本清張の"社会派推理小説"群の一環を成す作品ですが、技術的な面でも優れていると思います。

夏圭子 in「不良番長 練鑑ブルース」(1969)
夏圭子 in「不良番長 練鑑ブルース」.jpg1(第6話)/地方紙を買う女図.png「恐怖劇場アンバランス(第6話)/地方紙を買う女」●制作年: 1970年(制作№11)●監督:森川時久●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:小山内美江子●音楽:冨田勲●原作:松本清張「地方紙を買う女」 ●出演:井川比佐志/夏圭子/山本圭/吉野よし子/中村美代子/中島葵/横森久/可知靖之/飯沼慧/金井進二/早川純一/大林丈史/松谷量子/前川哲男/青島幸男(解説)●放送:1973/01/29●放送局:フジテレビ(評価:★★★☆)

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唐十郎の怪演が印象的。この作品自体を〈唐十郎演出〉作とみてもいいのでは。

DVD恐怖劇場アンバランス Vol.2.jpgtitle仮面の墓場.jpg (第4話)/仮面の墓場」  .png (第4話)/仮面の墓場  kara.png
DVD恐怖劇場アンバランス Vol.2」緑魔子(ヨーコ)/唐十郎(犬尾)
橋爪功(山口)/唐十郎(犬尾)
kamenno.png 前衛劇団「からしだね」は落ち目の劇団であり、此度もちゃんとした劇場ではなく、潰れた映画館を借りての公演だが、演出家の犬尾(唐十郎)は今回の公演作「眼」を大成功させ、起死回生を図るつもりでいる。しかし、その思いが強すぎて過激な演出を思いつき、悪霊役を演じる白浜(三谷昇)に、二階席から滑車を使ってステージへ降りてくる演技を命じる。喘息持ちの白浜が気乗りしないままやってみて、1回目のテストは成功、しかし、照明係のジュン(星紀一)に押されての2回目に、バランスを崩して落下死してしまう。犬尾は、団員の山口(橋爪功)やヨーコ(緑魔子)仮面の墓場9.pngらを"共犯者"に巻き込んで、ボイラーでその遺体燃やしてしまう。ところがボイラー内から叫び声が上がり、白浜はまだ生きていたようだ。その後、団員らが白浜を見たという話があり、犬尾も彼の咳声を聞く。犬尾は「邪魔する気か」とわめき、ボイラーの扉を開け、焼けた骸骨を奥に押し込む。悪霊役はヨーコがやることになり、ヨーコの役は犬尾に憧れて田舎から出てきた少女・西野ツル(小仮面の墓場.jpg野千春)がやることに。一方、稽古中に白浜の幻影を見た山口は、もうやってられないと出ていく。「邪魔をする奴は殺してやる」と言う犬尾に怖れを抱いたヨーコは逃げようとするが、犬尾に追い詰められ刺殺される。犬尾はその遺体もまたボイラーに。ツルがボイラーでヨーコの遺体を見つけたと言っても、「夢なんだよ」と。そこへスポットライトが当たり、夢と現実の区別がつかなくなった犬尾は、今度はツルを絞め殺す。そして、何も知らず様子を見に着たマネージャーの坂井(早川保)の前で狂気の一人芝居を演じ始め、舞台の上からスクリーン上の少年時代の海岸に彷徨い出て―。
  
仮面の墓場11.png 「恐怖劇場アンバランス」の第4話(制作№6)で、監督は山際永三、脚本は市川森一。そして、60・70年代に時代の最先端を走った状況劇場を率いていた唐十郎が、リアルタイムで"落ち目の劇団"の演出家を演じています。冒頭に、子供時代の犬尾が海岸で拾った義眼を見知らぬ女の子に持っていかれる回想シーンがあり、それが犬尾がいま演出している芝居のモチーフになっていたり、彼がツルの中にその女の子の面影を見たり、ツル=女の子を殺して、舞台から海岸に彷徨い出るラストに(最後は消えた?)繋がっているようですが、そうしたもやっとしたモチーフ(市川森一創案?)よりも、どんどん壊れていく男・犬尾を演じた唐十郎の生身のインパクトの方が相対的には強かったです。ただ、アイデンティティ・クライシスはこの当時からの唐十郎のテーマでもありました。

仮面の墓場5.png仮面の墓場 h.png図6.png その他にも、'63年に日本公開されたイングマール・ベルイマンの「第七の封印」風の悪魔のお面(映画では"死神"。「月光仮面」にもこの手のお面を付けた敵役は出てくるが)を終始つけたまま演技している三谷昇、「最近テレビにも出始めた役者」という設定に当時は重なったのではないかと思われる橋爪功、いかにもこの話の60年代的な雰囲気に馴染む緑魔子など、周辺や細部にも見どころ緑魔子4.jpg橋爪功2.jpg三谷昇.jpgは多いのですが、唐十郎の怪演が大方のところを持っていってしまったという印象でしょうか。終盤、展開が加速的にシュールなっていく感じをよく体現していました。第2話「死を予告する女」の蜷川幸雄と同じく、他人に演出を施す人間は自らも演技達者なのだなあと思わされます(まあ、唐十郎の場合、自身も舞台に立っていたが)。

 唐十郎は幼年期に育った御殿場で、母親から「富士山の地底奥深くに地底人が住んでおり、地上侵略のため夕方辺りが薄暗くなると富士五湖から這い上がってきて侵略に来る」という作り話を吹き込まれ、子どもの時には信じていたそうで、その体験が後の作風に影響を与え、駅のコインロッカーの一部に異次元へと繋がるドアがあるとといった、義眼仮面の墓場.jpg初期戯曲にみられるモチーフの源泉になっているとのこと。この作品も、山際永三監督、市川森一脚本ではありますが、、個人的には、この作品自体を〈唐十郎演出〉作とみてもいいように思いました(ラストの一人芝居は本人の即興だったとか)。個人的評価は、義眼のモチーフについていけなかったものの、レア度を加味して星3つ半としました(「義眼」の意味については、テレビドラマデータベース「恐怖劇場アンバランス(第4回)仮面の墓場」にある白井隆二氏執筆「忘れていた映像の楽しさ」(「放送文化」(日本放送出版協会刊)1973年3月号)より引用)に詳しい)。

1(第4話)/仮面の墓場図.png仮面の墓場00.jpg「恐怖劇場アンバランス(第4話)/仮面の墓場」●制作年: 1969年(制作№6)●監督:山際永三●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:市川森一●音楽:冨田勲●出演:唐十郎/早川保/三谷昇/星紀一/小野千春/高野浩幸/天野照子/鶴ひろみ/橋爪功/緑魔子/青島幸男(解説)●放送:1973/01/29●放送局:フジテレビ(評価:★★★☆)

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衝撃のどんでん返し。相手は「ゲーム」が始まる前に仕掛けていたわけか。

DVD恐怖劇場アンバランス Vol.2.jpg 3殺しのゲーム title.jpg 1殺しのゲーム 岡田.png
DVD恐怖劇場アンバランス Vol.2」「殺しのゲーム」岡田英次(岡田)

第03話 「殺しのゲーム」図3.png ある病院で、何者かが夜中に侵入してカルテが荒らされる異変があった。翌日、岡田正男(岡田英次)はその病院に来ていた。胃が変で、急激に痩せ、医者は胃潰瘍だと言うが...。病院の看護婦・明子(春川ますみ)から話があると言われ、岡田は彼女に会う。明子は昨日、病院に侵入したのが岡田ではないかと聞き、岡田が否定すると、実は岡田はガンであると打ち明ける。本当のことを告げた方が良いと思ったと。岡田は帰途、自分はじき死ぬのだとヤケになり、階段にしゃがんで涙していると、若い女が「おじさん、あたしと遊ぼうよ」と声を掛け、岡田を連れ出す。女は連れの若い男(石橋蓮司)と一緒に踊るが、岡田はそんな気になれない。家への帰途、今度は見知らぬ男に声を掛けられ、男は名刺を差し、鈴木正助(田中春男)と名乗る。鈴木は岡田の全てを知っていると言う。名前、年齢、勤務先はもちろん、妻が2年前に事故で亡くなっていることも、子供が無いことも、岡田が胃ガンで余命1年の命であることも。彼はあなたの死の恐怖を和らげてあげるという。実は、鈴木も肺ガンで岡田より長くは生きられないらしい。鈴木は岡田に、先が短いがん患者同士互いを殺し合う「ゲーム」をしようと誘う。お互いがいつ自分を殺すのか、どうやって相手を殺そうかと考えている間は死の恐怖から逃れられると。殺人者になるのは死刑が怖いからで、お互い余命1年程度の身な第03話 「殺しのゲーム」図4.pngら死刑も怖くないと話す。岡田は、自分は仕事に打ち込むとして、この申し出を断ろうする。岡田が病院へ行くと医者が岡田の兄が心配して弟の病状を聞きに来たというが、岡田には兄はいない。明子は代休で何も知らなかったが、医者は岡田の兄と名乗る人物は岡田の妻が亡くなったことも知っていたと話す。ある日、岡田が常務(増田順司)から静養を言い渡される。岡田の兄を語った人物が、会社に岡田が胃ガンであることを知らせたのだ、岡田は、打ち込もうと思った仕事もなくなり落胆する。マンションの前まで来ると、明子が待っていて、岡田と一緒に住み、ここから病院へ通うと言う。二人の同居生活が始まるが、明子は岡田の面倒を看てくれて、暫くは平穏な日々が続き、岡田は、同居しているうちに、明子に恋心を抱き始める。そんな折、鈴木の脅しが始まり、岡田は、次々と命を狙われるような出来事に遭遇するようになる―。

第03話 「殺しのゲーム」図5.png 「恐怖劇場アンバランス」の第3話(制作№9)で、監督は、第9話「死体置場(モルグ)の殺人者」(制作№3)に続いて長谷部安春(放映順である「話数」と制作№がちょうど逆)。原作は西村京太郎の「殺しのゲーム」(『完全殺人』(角川文庫)所収)。西村京太郎と言うより、シリーズ第7話「夜が明けたら」の原作者・山田風太郎に作風が近いのではないかと思ったりしましたが、ラストはまさにミステリー作家ならではの衝撃のどんでん返しでした。

 事態が把握できるまでちょっと時間がかかったけれど、結局、鈴木が岡田について話したこと、また最後に自身について話したことは、岡田・鈴木それぞれの置かれている状況において、事実とはちょうど逆だったのだなあと。しかも、鈴木は、「ゲーム」が始まる前から、もう仕掛けをスタートしていたのだなあと。リアリティ面でどうかというのはありますが、プロットは秀逸だと思いました。結局、岡田を脅したのは鈴木だけれど、彼は最初と最後に登場するのと、あと、岡田の兄のふりをして病院に行ったり会社に行っただけで、不自然な出来事のほとんどの実行犯は......と、後でいろいろ考えていくと、結構怖いかも(最後に話したことの中に一部事実もあったわけだ)。

(第3話)/殺しのゲーム図4.png このシリーズの他のエピソードにもありますが、当時、本人へのガン告知が義務化されていなかったという前提条件のもとに成り立っている話ではあり、かつてはドラマなどで、ガンと知らされていない本人の前で無理して明るく振る舞うも、やがて泣き出して本人に知れるというのが"定番"としてあったりしました。ただ、今の時代には当てはまらない状況設定であることを割り引いても、これはこれで面白かったように思います。

 岡田英次は、増村保造監督の 「女体(じょたい)」('69年/大映)の時もそうでしたが、こうした鬱屈した役が合っているように見えました。鈴木を演じた田中春男も良第3話)/殺しのゲーム3.pngかったし、ぽっちゃり系の春川ますみもでいかにも包容感ありそうな感じでいいです。時代を反映していると思ったのは、石橋蓮司が演じる若い男が、岡田にチキンレースっぽい賭けを仕掛けて、結局、恋人と共にクルマごと海に落ちてしまう石橋 蓮司3.jpg場面で、いわば"時代の虚無感"を象徴しているでしょうか。作品的には"賭けの敗者"という位置づけで、ラストと対比させているのかもしれません。石橋蓮司は、「あらかじめ失われた恋人たちよ」('71年/ATG)の時よりかなり若く見え、髪の毛がふさふさであることにも、60年代末・70年代初期を感じました(笑)。

春川ますみ(明子)/田中春男(鈴木)
春川ますみ7.png 田中春男8.png

1(第3話)/殺しのゲーム図.png「恐怖劇場アンバランス(第3話)/殺しのゲーム」●制作年: 1970年(制作№9)●監督:長谷部安春●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:若槻文三●音楽:冨田勲●原作:西村京太郎「殺しのゲーム」●出演:岡田英次/石橋蓮司/米岡雅子/田中春男/増田順司/松本染升/小川幾太郎/和田啓/山岡勢津子/小沢美知子/永谷悟一/春川ますみ/青島幸男(解説)●放送:1973/01/22●放送局:フジテレビ(評価:★★★★)

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藤田敏八監督、小山内美江子脚本。蜷川幸雄が主役として頑張っていた「死を予告する女」。
恐怖劇場アンバランス 第02話 「死を予告する女」1.jpg 2話 「死を予告する女」蜷川.jpg 1話「木乃伊の恋」title.jpg 1話「木乃伊の恋」6.jpg
DVD恐怖劇場アンバランス Vol.1」「死を予告する女」蜷川幸雄(坂巻)/「木乃伊の恋」大和屋竺(定助)
恐怖劇場アンバランス vol1.jpg
 「恐怖劇場アンバランス」から。

第2話「死を予告する女」(制作№7) 
2話「死を予告する女」0.png 作詞家の坂巻(蜷川幸雄)には内縁関係の和恵(藤田佳子)と娘がいるが、籍も入れず、和恵が妊娠した際も、産みたければ勝手に産めばいいが自分は知らないとしていた。和恵には下積み時代に世話になったが、だからといって縛られたくはなかったのだ。その娘が危篤になり、和恵は坂巻に電話するが、坂巻は作曲家の久保(財津一郎)やプロデューサーの西田(名古屋章)らとレコーディング中でそれどころではない。帰宅時に乗ったタクシーで、運転手が、蛇が飼育箱ごと行方不明になったというニュースの話をする。坂巻が自宅マンションに帰ると、ドアの下の隙間に蛇のようなものが見え、ドアを開けるとドアチェーンが落ちていた。 部屋に入ってシャワーを浴びようとすると、鏡を通2話「死を予告する女」3.jpgして見知らぬ黒衣の女(楠侑子)がソファにいることに気づく。女は「あなたは明日の夜、12時13分にお亡くなりになります」と坂巻の死を予告する。坂巻は部屋を飛び出し、むしゃくしゃした気持ちのまま行きつけのクラブへ行くと、ママ(荒砂ゆき)が迎えてくれた。ふと気づくと、奥のテーブルに先ほど部屋にいた女が座って坂巻を見ている。それ以降、坂巻は女につきまとわれる。和恵に嫌がらせかと問い詰めるが、彼女は覚えがないと言う。道路沿いで女に出会った際に、彼が押し倒して車に轢かれたはずの女が忽然と消えたのを目の当たりにして彼の怯えは頂点に達し、久保に相談する。久保や西田も彼の異変に気づいて心配し、女が予告した時間まで二人とも坂巻の自宅で一緒にいることにする―。

 蜷川幸雄.jpg「恐怖劇場アンバランス」の第2話(制作№7)で、の藤田敏八(「八月の濡れた砂」('71年))監督、小山内美江子(「3年B組金八先生」)脚本ですが、2016年に亡くなった演出家の蜷川幸雄が主演であり、そちらの方での注目度が高いと思われます。この人は70年代には結構テレビドラマに俳優として出ていましたが、主演作品を今こうして観られるのは貴重かもしれません。'73年放映ですが、実際の制作は'69年で(シーリーごと3年余り"お蔵入り"になっていた)、 その年は蜷川幸雄が「真情あふるる軽薄さ」('69年)で演出家としてのスタートを切った年でもあります。

 厳しい演出で知られた蜷川幸雄が、自身若い頃には実際どのような演技をしていたのか的な気持ちで観てしまいましたが、財津一郎、名古屋章といった芸達者と互して、主役を張るだけの演技をしていたように思います。強迫神経症的な状況に追い込まれる主人公を、意外とクセ無くリアルに演じていたと思います。

 ラスト近くで、坂巻の妻・和恵(藤田佳子)が、黒衣の女(楠侑子)と似たような雰囲気で坂巻・久保・西田ら3人の前に現れニンマリするところが、一つ読み解きのヒントかと思い1死を予告する女.pngますが、坂巻だけでなく久保(財津一郎)や西田(名古屋章)もそうした不思議な経験をするため、「全部が主人公の坂2話 「死を予告する女」楠侑子.jpg2話「死を予告する女」.jpg巻の妄想でした」では説明しきれない造作になっていて、これはこのシリーズの一つの特徴かもしれません。
楠侑子(黒衣の女)/藤田佳子(和恵)

山手教会地下「ジァン・ジァン」
山手教会地下「ジァン・ジァン」.jpg別役実.jpg 黒衣の女を演じた楠侑子は1933年生まれで撮影時36歳でした(劇作家の別役実(1937-2020)の妻で、渋谷の山手教会地下「ジァン・ジァン」で毎年男優一人を招いて別役作品を上演し続けていた。イラストレーターのべつやくれいは娘)。当時、名古屋章(1930年生まれ)よりは若かったですが、財津一郎(1934年生まれ)、蜷川幸雄(1935年生まれ)よりは年上でした。

2話「死を予告する女」.pngゴーガの像1.pngゴーガの像図1.png また、坂巻の行きつけのクラブのママを演じた荒砂ゆき(1939年生まれ)は、谷崎潤一郎原作、神代辰巳監督・脚本の「鍵」('74年)に主演で出ますが、「ウルトラQ(第24話)/ゴーガの像」('66年)に「田原久子」の旧芸名で、アリーン(リャン・ミン)役でも出ていて、ああ、そう言えばこの「恐怖劇場アンバランス」も円谷プロだったかと改めて思ったりした次第です。

荒砂ゆき(クラブのママ)/田原久子(荒砂ゆき) in「ウルトラQ(第24話)/ゴーガの像」
荒砂ゆき in「ウルトラQ(第24話)/ゴーガの像」(1966)/映画「鍵」(1974)原作:谷崎潤一郎、監督:神代辰巳
「ゴーガの像」1荒砂.jpg 「ゴーガの像」3荒砂.jpg 2荒砂ゆき.jpg 3荒砂ゆき.jpg

第1話「木乃伊(ミイラ)の恋」(制作№10) 
1話「木乃伊の恋」1.jpg 山城の国の村里。一軒家の地面の下から鉦(かね)の音が聞こえる。家の百姓・正次(川津祐介)が掘り起こすと、そこに1話「木乃伊の恋」2.jpgは数百年前に入定した僧のミイラが手だけを動かして鉦を叩いている。復活したミイラは次第に生気を取り戻し、定助(大和屋竺)として村人と暮らすようになるが、生前の過度の禁欲の反動からか、老婆にちょっかいを出し、知恵遅れの後家と交わり、金色の「お仏様」を産み落とす。最初は畏怖の念を抱いてた村人たちも、すぐに彼を「入定の定助」とバカにするようになり、その振る舞いに呆れた挙句―。

 「恐怖劇場アンバランス」の第1話として放映されたものですが、制作№は「10」であり、第2話より3つ後です。このシリーズ、おおよそ3年のお蔵入り期間を経て放映された13話のうち、制作No.7まではオリジナル脚本のホラー路線だったのが、制作No.8以降は原作つきのサスペンスに路線変更しています。

1話「木乃伊の恋」09.jpg この「木乃伊の恋」は、円地文子が江戸の古典「春雨物語」に材を得た「二世の縁 拾遺」(『妖・花食い姥』(講談社学芸文庫)所収)を原作とし、鈴木清順が監督しています。上田秋成の「春雨物語」は、村上春樹の『騎士団長殺し』のモチーフと1話「木乃伊の恋」10.jpgしても使われていますが、円地文子版及びこの映像化作品では、先に挙げた「春雨物語」の江戸時代の話を挟んで、「笙子」を主人公とする現代の話があって、国文学者の布川(浜村純)から「春雨物語」は実話だと聞かされた笙子(渡辺美佐子)は戦時中に夫が亡くなった工場跡を訪れ、そこで死んだはずの夫と再会し雨の中で愛し合うが、その間に、つい先ほど病床にありながら彼女に言い寄った布川が、今しがた急逝したことを駆けつけた女中から知らされる―。

1話「木乃伊の恋」5.jpg こうして見ると確かにサスペンスと言えばサスペンスですが、「春雨物語」の部分がぶっ飛んでいて、(それがいいとい人もいるかもしれないが)個人的にはややついていけなかったです。鈴木清順が"巨匠"として名を馳せる前の作品で、後の清順作品に見られる映像的な美意識は感じられず、ミイラにしても「お仏様」にしてもただただ気持ち悪かったです。このシリーズ13話のうち、どの系統にも属さない異色作であり、なぜこれを第1話にもってきたのか、その意図がよく分かりませんでした。

蜷川幸雄
(第2話)/死を予告する女.png2話「死を予告する女」4.jpg1(第2話)/死を予告する女 d.png「恐怖劇場アンバランス(第2話)/死を予告する女」●制作年:1969年(制作№7)●監督:藤田敏八●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:小山内美江子●音楽:冨田勲●出演:蜷川幸雄/財津一郎/名古屋章/藤田佳子/荒砂ゆき/中原成男/小林寛/田中賎男/中ことみ/福田えみこ/福光洋子/楠侑子/青島幸男(解説)●放送:1973/01/15●放送局:フジテレビ(評価:★★★☆)
   
渡辺美佐子
(第1話)/木乃伊(ミイラ)の恋」5.png1(第1話)/木乃伊(ミイラ)の恋 d.jpg1話「木乃伊の恋」4.jpg「恐怖劇場アンバランス(第1話)/木乃伊(ミイラ)の恋」●制作年:1970年(制作№10)●監督:鈴木清順●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:田中陽造●音楽:冨田勲●原作:円地文子「二世の縁 拾遺」●出演:渡辺美佐子/浜村純/大和屋竺/加藤真知子/田中筆子/瀧那保代/昔々亭桃太郎/早川研吉/白田和男/中原淑子/中原成男/相生千恵子/関陽子/市来まさみ/恒吉雄一/羽鳥靖子/川津祐介/青島幸男(解説)●放送:1973/01/08●放送局:フジテレビ(評価:★★★)
      
恐怖劇場アンバランス Blu-ray BOX」(2016年リリース)
恐怖劇場アンバランス 1973.jpg
「恐怖劇場アンバランス」●監督:鈴木清順/藤田敏八/長谷部安春/山際永三/神代辰巳/森川時久/黒木和雄/満田かずほ/鈴木英夫/井田探●監修:円谷英二●特撮:佐川和夫●制作年:1969年8月~1970年4月●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:田中陽造/小山内美江子/若槻文三/市川森一/山崎忠昭/滝沢真里/満田かずほ(禾+斉)/山浦弘靖/上原正三●音楽:冨田勲●解説:青島幸男●放映:1973/01~04(全13回)●放送局:フジテレビ

「恐怖劇場アンバランス」放映ラインアップ
話数 制作No. サブタイトル ☆原作 脚本/監督
第1話 10 木乃伊(ミイラ)の恋 ☆円地文子 田中陽造/鈴木清順
第2話 7 死を予告する女 小山内美江/藤田敏八
第3話 9 殺しのゲーム ☆西村京太郎 若槻文三/長谷部安春
第4話 6 仮面の墓場 市川森一/山際永三
第5話 5 死骸(しかばね)を呼ぶ女 山崎忠昭/神代辰己
第6話 11 地方紙を買う女 ☆松本清張 小山内美江子/森川時久
第7話 12 夜が明けたら ☆山田風太郎 滝沢真理/黒木和雄
第8話 8 猫は知っていた ☆仁木悦子 満田穧(かずほ)/満田穧
第9話 3 死体置場(モルグ)の殺人者 山浦弘靖/長谷部安春
第10話 13 サラリーマンの勲章 ☆樹下太郎 上原正三/満田穧
第11話 2 吸血鬼の絶叫 若槻文三/鈴木英夫
第12話 1 墓場から呪いの手 若槻文三/満田穧
第13話 4 蜘蛛の女 滝沢真里/井田 探

制作№順
制作No. 話数 サブタイトル ☆原作 脚本/監督
1 第12話 墓場から呪いの手 若槻文三/満田穧
2 第11話 吸血鬼の絶叫 若槻文三/鈴木英夫
3 第9話 死体置場(モルグ)の殺人者 山浦弘靖/長谷部安春
4 第13話 蜘蛛の女 滝沢真里/井田 探
5 第5話 死骸(しかばね)を呼ぶ女 山崎忠昭/神代辰己
6 第4話 仮面の墓場 市川森一/山際永三
7 第2話 死を予告する女 小山内美江/藤田敏八
8 第8話 猫は知っていた ☆仁木悦子 満田穧/満田穧
9 第3話 殺しのゲーム ☆西村京太郎 若槻文三/長谷部安春
10 第1話 木乃伊(ミイラ)の恋 ☆円地文子 田中陽造/鈴木清順
11 第6話 地方紙を買う女 ☆松本清張 小山内美江子/森川時久
12 第7話 夜が明けたら ☆山田風太郎 滝沢真理/黒木和雄
13 第10話 サラリーマンの勲章 ☆樹下太郎 上原正三/満田穧

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雪女の正体とは? 相変わらずのユル~イ終わり方だが、これが最終回。

26話)ゆきおんな1.jpg k26_14.jpg 26話)ゆきおんな0.jpg
第26話「ゆきおんな」
26話)ゆきおんな2.jpg さおり(小橋玲子)の友人・秋子(松木路子)のもとに、那須のホテルへの差出人不明の招待状が届く。彼女はその招待に応じてホテルに26話)ゆきおんな3.jpg行き、SRIのメンバーがホテルのスタッフに変装するなどしてのガードのもと、さおりと共にホテルに泊まることに。彼女た26話)ゆきおんな4.pngちの部屋には謎めいた雪女の絵が飾られていた。秋子は、今回の招待は死んだはずの自分の父からのものではないかと考える。 そして彼女の周りに謎の男達がうろつき始める。やがて銃を持った男が捕らえられ、警察の取り調べで、15年前のダイヤ盗難事件の犯人の一味であ<ることが分かる。彼女の父はそのグループの首謀者だったのだ。部屋の雪女の絵から地図を入手した彼女は、地図に書かれた場所に行ってダイヤを手に入れるが、一味が彼女を追って来る。雪降る中、ダイヤをばらまき助けを求めながら荒野を逃げる彼女。 突如、地平の彼方に巨大な雪女の顔が現れる―。

飯島敏宏.jpg 第26話で、制作№も26で、26話中5本メガホンを取った飯島敏宏(1932年生まれ)監督作。那須高原のホテルにメンバー揃ってのロケで、番組も高視聴率で予算も潤沢なのだろうなあと思ったら、ホテルとのタイアップだったため、変な(?)ショーのシーンとかホテルの全景を入れるたk26_08.jpgk26_01那須ロイヤルホテル.jpgk26_28ダンサー(那須ロイヤルダンスチーム).jpgめに大雪の中、夏タイヤの赤いスポーツカーで無理矢理坂道を登るシーンを撮った、とか予算にも恵まれず大変だったそうです。そして、結局これがシリーズ最終作になりました。タイトルはモロに「怪奇」ですが、内容は娘と父母の愛情物語の色合いが濃かったです。

 しかし、母親が雪女に雪女になって現れるというのもスゴイね。ラスト、ヒロインの秋子が「雪女が私を守ってくれたんだ、私のおかあさんよ」と感激に打ち震え、的矢所長(原保美)も、「秋子さんを守ってくれたのは雪女だ。君とそっくりなおかあさんだったんだ」と。

26話)ゆきおんな6.jpg なぜ、彼女のことを母親を知らない的矢が「君とそっくりなおかあさん」と言うのかと思ったら、すぐ後で三沢(勝呂誉)が、牧(岸田森)や野村(松山省二)と野原に散らばったダイヤを探しながら、「ある時の気象条件によって自分自身の影が雪のスクリーンに映し出されることがある」と説明しています(雪女役も松木路子だったということ26話)ゆきおんな5.jpgか)。「雪女の現象っていうのはだいたいそんなようなもんだ」とまで言われてしまうとエエーッと言いたくなりますが、「しかし、現在は広い原っぱにばら撒かれたダイヤモンドを探すことの方がはるk26_59.jpgかに難しい」って、どういう文脈になっているのか(笑)。視聴者に深く突っ込まれないようにするため? ダイヤが見つかる可能性に比べれば、雪女現象の方が簡単に起こり得ると言いたい?

 広い荒野で3人でダイヤを探し出すのは「難しい」と言うより「絶対無理」だし、そう思ってるのか思ってないのか、全然本気で探している風でもなく極めていい加減な感じで、このユル~イ終わり方も「怪奇大作戦」の1つの特徴と言えば特徴ですが、全然最終回らしくはなく、「また来週」といった感じでした。

 ここまでの視聴率は平均22.2%と当時としても悪くない数字だと思いますが、わずか2クールで終わってしまったのは、スポンサーの武田薬品の要求水準が高かったのと、世間全体に「妖怪」ブームが「スポ根」ブームにとって代わられる兆しが見られたことが原因らしいです。ただ、この「打ち切り」にも近い番組終了によって円谷プロは受注が途絶え、リストラを断行せざるを得なくなり、ウルトラマンの生みの親の一人、金城哲夫なども円谷プロを去ることになります。

松木路子.jpg井上秋子、雪女(2役)(松木路子).jpg 因みに、このエピソードでヒロインの秋子(雪女と二役)を演じた松木路子(1946年生まれ)は、デビュー当時は聖みち子の芸名で活動していましたが、1968年に当時の本名である松木路子に改名、26歳の時にテレビドラマ監督の永野靖忠と結婚し、1974年引退後2児をもうけますが、この間、70年に主演したライオン奥様劇場「罪人形」が高視聴率をマーク、70年代には「昼帯(ひるおび)の女王」と呼ばれるほど昼ドラマなどで活躍しています。さらに、夫・永野の病死(肝臓がん)により今度は「経済のため」和服デザインの仕事をし、2013年アメリカ人の大学教員と国際結婚、帰国後は1998年に着物デザイナーとしてデビューし、女優業も再開して、最近では料理教室の運営やコラム執筆も手掛けるというマルチぶりを見せています。

小松方正(秋子の父・角田彦次郎)
k26_16.jpgk26_46雪女.jpg「怪奇大作戦(第26話)/ゆきおんな」●制作年:1969年(制作№26)●監督:飯島敏宏●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:藤川桂介●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/小松方正/松木路子/阿部希郎/稲吉靖/宮浩之/上西弘次/大木史郎/山口雅生/小松方正岡﨑夏子●放送:1969/03/09●放送局:TBS(評価:★★★☆)

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大人のラブストーリー。「怪奇大作戦」らしくないと思わせておいて、最後に「らしさ」も。

25話)/京都買います 01.jpg 25話)/京都買います06.png 25話 京都買います12.jpg
第25話「京都買います」 勝呂誉(下)  岸田森/斉藤チヤ子
25話 京都買います t2.jpg25話)/京都買います022.jpg 京都の寺で仏像が消失する事件が連続発生する。牧は考古学の権威・藤森教授を大学に訪ねるが、そこに助手として働いていた須藤美弥子(斉藤チヤ子)が彼の目にとまる。その夜、美弥子は盛り場で「京都を売って下さい」というビラを若者に配っていた。牧が彼女に話を訊くと、美弥子は仏像の美しさを分からない人々から京の都を買いたいのだと言う。25話)/京都買います03.jpg牧は京都を愛する彼女の話を聞き、次第に二人の距離は近くなる。一方、仏像消失事件は更に続出、その現場には常に美弥子らしき人物が訪れていたという。事件との関連を感じながらも、牧は彼女に惹かれていく。そんな中、SRIでは物質電送の原理を解明し、現場から発信装置を発見する。苦悩しつつ美弥子を尾行する牧。やがてある寺で、彼女が発信装置を取り付ける現場を目撃する―。

25話)/京都買います 13.png 監督は第23話「呪いの壷」と同じく実相寺昭雄で、「呪いの壷」の制作№が16でこの「京都買います」が17なので、出張ロケで2作続けて撮ったのでしょう。但し、やっつけ仕事で作っ印象は全くなく、むしろシリーズの中でも最高傑作との誉れ高いエピソードとなっています。

 美弥子(名前がミヤコ!)が夜出かけるのが当時の所謂ゴーゴー喫茶で、古都の街並みと"現代"風俗を多比的に映し出しているところなどは、美弥子の「京都買います」の意図が発展し変化する京都に何の思いも感じない人々への憤りからきていることからすると、背景の描き方としてもメッセージ性があって旨いと思います(ゴーゴー喫茶も今はレトロではあるが)。

25話)/京都買います11.jpg25話 京都買いますes.jpg カドミウム光線により仏像を物質転送させるというのが、怪奇モノとは言え随分粗っぽいようにも思いますが、観ていくうちにいつの間にか牧と美弥子の"恋愛モノ"になっていき、そんなことはどうでもよくなって、古都を背景とした、しっとりとした大人のラブストーリーとして楽しめます(放送当時の評価は低かったようだが、後に再評価されるようになった)。

東福寺・通天橋
25話)/京都買います04.png 因みに、場面ごと違った寺や同じ寺でも別の場所でロケしていて、出てくる寺は、①金戒光明寺・長安院(美弥子を追う牧)、②平等院・鳳凰堂(堂の前に座る美弥子)、③金戒光明寺・三門(語らう牧と美弥子)、④萬福寺・天王殿(現場検証するSRIメンバーら)、⑤東福寺・通天橋(共に歩く牧と美弥子)、⑥金戒光明寺・阿弥陀堂(美弥子を見張る牧)、⑦慈照寺・観音殿[銀閣](庭園を歩く牧)、⑧化野念仏寺・西院の河原(石仏群の中を歩く牧)、⑨常寂光寺・仁王門(萱葺き屋根の門を歩く牧)、⑩二尊院・栄子内親王墓(石灯篭の間でたたずむ牧)、⑪光悦寺・参道(門をくぐり石畳をステップする牧)、⑫祇王寺(ラストの尼寺)と、ざっとみてもこれだけある凝り様!!

25話)/京都買います07.jpg 最終的には牧の捜査によって教授の犯行が暴かれ、美弥子も当事者(と言うより共犯だけどなぜか逮捕されていない)であるため二人の恋は悲恋に終わり、牧が訪ねた尼寺で美弥子は出家して正蓮尼という尼さんになっているわけですが、牧が立ち去ろうとして正蓮尼こと美弥子を振り返ると、彼女はなんと仏像になっていた―。

 傑作だけれど「怪奇大作戦」らしくないなあと思わせておいて、最後にきっちり「らしさ」を見せるとともに、正蓮尼は実在したのか、実は美弥子は逮捕されていて、牧が見たのは美弥子が彼女の今の気持ちを牧に伝えるために牧の前に現出せしめた幻だったのではないかとか、いろいろ思いを巡らされる深みのある終わり方となっています。シリーズ№1エピソードに挙げるファンが多いのも頷けます。

斉藤チヤ子(須藤美弥子)
25話)/京都買います miyako.png25話 京都買います11.jpg「怪奇大作戦(第25話)/京都買います」●制作年:1969年(制作№17)●監督:実相寺昭雄●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:山浦弘靖●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/斉藤チヤ子/岩田直二/佐藤祐爾●放送:1969/03/02●放送局:フTBS(評価:★★★★)

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後味悪い結末はこのシーリーズらしい(笑)。「欠番」(放送禁止)になったのはなぜか。

23話)/呪いの壷 9.jpg 24話)/狂鬼人間 ki3.jpg 24話)/狂鬼人間 ki.png
第24話「狂鬼人間」姫ゆり子(美川冴子)
24話)/狂鬼人間3.png24話)/狂鬼人間2.jpg SRIは殺人を犯した犯人が心神喪失で無罪となり精神病院に送られるものの、じき恢復して退院してしまうといという事態を目の当たりにする。そして、一連のことの背後にある女性がいることを突き止める。その女性・美川冴子(姫ゆり子)には、家族が精神異常者に惨殺されるが、刑法第39条第1項「心神喪失者ノ行為ハ之ヲ罰セス」(当時)が適用され、犯人は精神鑑定で無罪になったという過去がある。実は、科学者である冴子が復讐のため、法律を逆利用した「狂わせ屋」を開業していたのだ。それは冴子が開発した特殊な機械により、人間を一時的に精神異常に仕立て上げ、その間に殺人を犯させることで無罪にするというものだった―。

424話)/狂鬼人間.jpg 1969(昭和44)年2月23日の放映後、1984(昭和59)年に岡山放送で再放映されたのを最後に再放送されておらず、1984年のビデオ化、1991年にはLDも発売されたものの発売と同時に回収され、1995年のLD-BOX所収を最後に(当LD-BOXは発売前に回収された)、その後ソフト化もされていない作品です。

24話)/狂鬼人間5.jpg 監督は満田穧(かずほ)で「『怪奇大作戦』での監督作品はこの作のみ(後継番組の「恐怖劇場アンバランス」(フジテレビ)では複数作監督している)、脚本は山浦弘靖。牧史郎(女性科学者の罠に嵌って一時的に狂気に陥り、仲間を撃ち殺そうとする!)役の岸田森はこの脚本に惚れ込み、港区瑞聖寺の境内に当時あった自宅を撮影場所として提供したとのことです。

24話)/狂鬼人間10.jpg24話)/狂鬼人間6.jpg しかしながら、この回は実質「欠番」(放送禁止)になってしまったわけで、その理由は公式には発表されていませんが、このことを扱った本などでは、「精神異常者の描写に問題があるため」「差別用語が頻発するため」といった推測がなされています。個人的には、いつものように事件を振り返るエピローグで、3第24話)/狂鬼人間.jpg原保美演じる的矢所長が「ニッポンのように精神異常者が野放しにされている国はないよ」と言い放ち、「政府はもっと考えてくれなきゃねえ」とまで言ってしまっているのが、後でこれはまずいということになったのではないかと思います。自粛したのか外からの圧力があったのか、圧力があったとすればどのレベルからの圧力かはわかりませんが。

 出演者たちの狂気の演技は悪くなく、後味悪い結末もこのシーリーズらしくて(笑)、出来としてはまずまずでしたが、シリーズで唯一「欠番」になって伝説化したことが、この作品の最大の特徴と言えるかもしれません。

姫ゆり子(美川冴子)
24話)/狂鬼人間9.jpg424話)/狂鬼人間2.jpg「怪奇大作戦(第24話)/狂鬼人間」●制作年:1969年(制作№25)●監督:満田穧(かずほ)●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:山浦弘靖●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/姫ゆり子/笹岡勝治/和田良子/大村千吉/水野小夜子/代田英介/入江正徳/杉田紘助/林よし子/山田圭介/新裕子●放送:1969/02/23●放送局:TBS(評価:★★★☆)

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シリーズの中でも圧巻の特撮・妙顕寺炎上シーン。

23話)/呪いの壷   t.jpg 呪いの壷 怪奇大作戦ド.jpg 呪いの壷 怪奇大作戦.jpg
第23話「呪いの壷」花ノ本寿(日野統三)/松川純子(市井信子)
23話)/呪いの壷 1.jpg 京都で、老人が縁側で骨董の壺をのぞき込んだところ、目が焼かれ絶命するという奇怪な事件が発生し、その後も古い壷を買った人物が次々に謎の死を遂げる。京都府警の依頼を受け、町田警部と共に府警の鑑識を訪れたSRIのメンバーは、壷を売った店の店員の日野統三と23話)/呪いの壷 2.pngいう青年に目をつける。統三はある陶芸家の息子で、その陶芸家は店からの要望に応えて壷を作り、その壷は数百年前の値打ち物として店に並べられるのだった。統三は病に侵されていたが、そうでなければ父の後を継ぎ父と同じ贋作者となるはずだった。 父の作品にその名を冠することができない贋作者の息子として悔しさを秘め、統三はとある山中から謎の土を持ち帰る。SRIはその土を調べるが、それは光に刺激されて有害なリュート線を放射するものだった―。

23話)/呪いの壷 3.png 監督はTBS社員だった頃の実相寺昭雄、脚本は石堂淑朗。話23話)/呪いの壷 4.pngとしては不本意のまま贋作を売らざるを得なかった若者の復讐劇といったところですが、ラストでSRIに犯行を覚られ、追い詰められてとった行動が、寺1つ燃やして焼身自殺(リュート線自殺でもある)するというものでした。犯人である主人公には彼のことを心配する恋人もいたりして、ちょっと哀しい結末でした。

23話)/呪いの壷 5.jpg この寺を燃やすシーンが凄かったです。京都・妙顕寺を燃やしているのですが、燃え方があまりにリアルで、放映時には本当に火事になったと思われ、電話が殺到したとか。実際はもちろん本物の妙顕寺ではなく6分の1の模型(通常1/20サイズで作られるミニチュアを1/6サイズで作った)を燃やしているのですが、極めて精23話)/呪いの壷 90.jpg緻に作られていたため、視聴者から本物と思われたみたいです(実在の門と焼け落ちるミニチュアの伽藍を合成したりしている)。

 「光に当たると有害なリュート線を発する土」ってどう説明つけるのかなと思ったら、土を掘り出していたのは、旧陸軍の秘密研究所があったところだったという...。「戦争のたびに科学が進歩する、か」と所長の的矢が呟いてそれ以上の解明はしないところが「怪奇大作戦」らしいです(笑)。でも、シリーズの中でも圧巻の特撮・妙顕寺炎上シーンがあるので、星4つとしました。

実相寺昭雄1.jpg「怪奇大作戦(第23話)/呪石堂淑朗.jpgいの壺」●制作年:1969年(制作№16)●監督:実相寺昭雄●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:石堂淑朗●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/花ノ本寿/北村英三/浮田左武郎/松川純子/北原将光/西山辰夫●放送:1969/02/16●放送局:TBS(評価:★★★★)

実相寺昭雄1石堂淑朗.jpg石堂淑朗(1932-2011)
実相寺昭雄(1937-2006)

 
 
 
 
 
石堂淑朗の脚本作品(映画・TV番組)
映画
『太陽の墓場』(1960年)
『日本の夜と霧』(1960年)
『丹下左膳 乾雲坤竜の巻』(1962年)
『天草四郎時貞 』(1962年)
『非行少女』(1963年)
『水で書かれた物語』(1965年)
『ちんころ海女っこ』(1965年)
『女のみづうみ』(1966年)
『樹氷のよろめき』(1968年)
『無常』(1970年)
『曼陀羅』(1971年)
『哥』(1972年)
『性教育ママ』(1973年)
『任侠外伝 玄海灘』(1976年)
『暗室 』(1983年)
『南極物語 』(1983年)
『ジャズ大名 』(1986年)
『黒い雨 』(1989年)
『眠れる美女』(1995年)
『いのちの海 -Closed Ward-』(2001年)

TV番組
『おかあさん』(1962年、TBS)
『三匹の侍 』(1963年、フジテレビ)
『マグマ大使 』(1966年、フジテレビ)
『文五捕物絵図 』(1967年、NHK)
『われら弁護士 』(1968年、日本テレビ)
『風 』(1968年、TBS)
『怪奇大作戦 』(1968年、TBS)
『飢餓海峡 』(1968年、NHK)
銀河ドラマ 『ゼロの焦点 』(1971年、NHK)
『帰ってきたウルトラマン 』(1971年、TBS)
『刑事くん 』第1部(1971年、TBS)
『天皇の世紀 』(1971年、TBS)
『シルバー仮面 』(1971年、TBS)
銀河ドラマ『霧の旗 』(1972年、NHK)
『ウルトラマンA 』(1972年、TBS)
銀河テレビ小説 『楡家の人びと』(1972年、NHK)
『必殺仕掛人 』(1972年、朝日放送)
『赤ひげ 』(1972年、NHK)
『経験 』(1974年、東海テレビ)
『ウルトラマンタロウ 』(1973年、TBS)
『子連れ狼 』(1973年、日本テレビ)
『追跡 』(1973年、フジテレビ)
『刑事くん』第3部(1973年、TBS)
『もしも...... 』(1973年、東海テレビ)
『日本沈没 』(1973年、TBS)
『ウルトラマンレオ 』(1974年、TBS)
『ザ・ボディガード 』(1974年、テレビ朝日)
『天下堂々 』(1974年、NHK)
『怪奇ロマン 君待てども 』(1974年、東海テレビ)
『刑事くん』第4部(1974年、TBS)
銀河テレビ小説『夜の王様』(1975年、NHK)
『ザ★ゴリラ7 』(1975年、テレビ朝日)
銀河テレビ小説『崖』(1975年、NHK)
『冒険 』(1975年、東海テレビ)
『幼年時代』(1976年、NHK)
銀河テレビ小説『霧の中の少女』(1976年、NHK)
連続テレビ小説 『火の国に 』(1976年、NHK)
『暗い落日』(1977年、NHK)
『祭ばやしが聞こえる 』(1977年、日本テレビ)
土曜ドラマ 『松本清張シリーズ・棲息分布 』(1977年、NHK)
『愛人 』(1978年、フジテレビ)
『飢餓海峡 』(1978年、フジテレビ)
『混声の森』(1978年、TBS)
銀河テレビ小説『わかれ道』(1978年、東海テレビ)
少年ドラマシリーズ 『七瀬ふたたび 』(1979年、NHK)
『家路~ママ・ドント・クライ 』(1979年、TBS)
『ウルトラマン80 』(1980年、TBS)
『同心暁蘭之介 』(1981年、フジテレビ)
火曜サスペンス劇場 『愛の報酬』(1983年、日本テレビ)
ザ・サスペンス 『悪霊の午後』(1983年、TBS)
『復讐するは我にあり 』(1984年、TBS)
火曜サスペンス劇場『水の迷路』(1984年、日本テレビ)
火曜サスペンス劇場『描かれた女』(1985年、日本テレビ)
水曜ドラマスペシャル 『欲ばり家の人々』(1986年、TBS)
『それぞれの旅立ち』(1988年、TBS)
『ヒロシマ 原爆投下までの4か月』(1996年、NHK)

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コンピュータ社会批判(第20話)とクルマ社会批判(第22話)だが、片や原理不明、片や犯人不明(笑)。
20話)/殺人回路_15.jpg  22話)/果てしなき暴走_title.jpg 怪奇大作戦(第22話)/果てしなき暴走ロード.jpg
第20話「殺人回路」キャシー・ホーラン      第22話「果てしなき暴走」
(下)平田昭彦/宇佐美淳也
20話)/殺人回路_01.jpg 的矢(原保美)に大学時代の親友・伊藤(神田隆)から電話がかかってくる。 彼の会社では前社長が急死して今の社長(宇佐美淳也)が就任したばかりだが、その社長室にある絵とそっくりの女神ダイアナ(キャシー・ホーラン)が歩き回っていたというのだ。 的矢は牧(岸田森)と共に20話)/殺人回路_06.jpg夜に会社に忍び込むと、絵からダイアナが抜け出しドアをすり抜けて出て行ってしまう。 後を追う二人。ダイアナは一人残っていたプログラマの岡(杉裕之)に矢を向ける。彼は新社長の命令で殺人プログラムを制御していたのだった。彼は的矢たちと共に逃げる際にプログラムを止め忘れ、安全だと思われたエレベータ内で二人が見ている前でダイアナの矢に射抜かれる。その後、的矢と牧が調査にあたっている最中にも、ダイアナが抜けだし、第二の殺人が目前で行われるが阻止出来なかった。二番目の殺人の犠牲者は社長で、実はこれは、今度専務から新社長になった社長の息子(平田昭彦)の仕業だったのだ―(第20話「殺人回路」)。

20話)/殺人回路_14.jpg 脚本は市川森一と福田純(「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」('66年/東宝)の監督)の共作となっていますが、実際には市川森一の脚本を福田純が大幅に改稿したもので、後に市川森一は「非常に不本意だった」とコメントしています。元々は父親と息子の近親憎悪がテーマだったらしいですが、福田純がそれを企業サスペンスものへ原型をとどめないぐらいまで改稿しています。ただ、コンピュータの反逆は「2001年宇宙の旅」的モチーフであり、なかなかのもの。また、コンピュータ計算で各種データと確率を出し、それに基づく経営方針や人事を設定するというのは、IBMの「ワトソン」による経営分析や、最近の所謂「AI人事」などで俄かに現実味を帯びており、その意味でたいへん先駆的であると言えます。(このエピソードでは、コンピュータ経営は一見効率の良さそうだが、人間がコンピュータを使うのではなくて、逆に支配されてしまうと愚行が行われるという批判的立場だが、その点でも示唆的と言える)。

20話)/殺人回路_18.jpg 惜しむらくは、ダイアナって結局ホログラムみたいなものであるわけですが、ホログラムに人が殺せるのかという点がひっかかるところです。最初の宇佐美淳也演じる社長の死は、もともと社長は心臓が悪かったということで心臓麻痺で説明できるにしても、杉裕之演じる若いプログラマが「ホログラムの矢」に斃れたことの方は、どういう原理なのか説明つかないと思われ、もやっとした印象が残ってしまいます。まあ、こうした終わり方は、このエピソードに限ったことではなく、次に取り上げる第22話の「果てしなき暴走」などは、犯人が分からず仕舞いのまま終わっていますが...。


22話)/果てしなき暴走ロード.jpg 深夜の第三京浜高速道で、自動車3台が暴走する三重衝突事故が起きる。22話)/果てしなき暴走_33.jpg捜査中の三沢は「トータス」号をヒッピー(久里みのる)のカップルに奪われるが、彼らも、やはり事故を起こす。さらに、三沢(勝呂誉)が同乗した野村(松山省二)のクルマも、運転中に野村が人が変わったようになり暴走、事故になりかける。どうやら、女優・眉村エミ(久万里由香)を乗せた赤いスポーツカーが通ると、排気ガスを浴びた後続の車が次々と事故を起こして怪奇大作戦(第22話)/果てしなき暴走 6.jpg22話)/果てしなき暴走_09 hippi-.jpgいるようだ。野村が運転するクルマも偶然それに遭遇し、排気ガスを浴びたのだった。捜査の結果、疑わしい人物は比較的簡単に特定出来たのだが―(第22話「果てしなき暴走」)。

22話)/果てしなき暴走_37.jpg いやー、ホントに迷宮入りのまま終わってしまいました。SRIは、事故を引き起こしていたのは赤いスポーツカーのエンジンオイルに仕込まれた神経ガスだとその「原理」までは突き止めたのですが、被疑者に「俺じゃねぇ...頼まれたんだ...」と言い残されて死なれてしまうし。脚本の市川森一によると、「自分たちがよしと思っているものが凶器になる」という逆の発想で執筆したのことで、ラストについては、「これは犯人が捕まらない話というより、今の車社会全体が犯人だという風に、それを誰かに押22話)/果てしなき暴走_36.jpgしつけるのは文明批評にならないと思ったんです。車社会全体への警告にするには、犯人を拡散して〈あなたも〉犯人の一人だと言った方がいいと思ってわざとそうしたんです」と、語っています(ハンドルを握る限りは誰でも加害者になり得るということか)。

22話)/果てしなき暴走_07.jpg 犯人不明のまま終わるのでフラストレーションは残りますが、時代の雰囲気は出ていたでしょうか。劇中に牧(岸田森)の「東京は半径50キロのところに200万台近くがひしめきあってんだ。それがいっぺに暴走したら怖いだろうね」「交通事故なら50秒に1件、犠牲者は38秒に1人」といったセリフがありますが(後者は「38分」の言い間違えだろう、因みに第9話「散歩する首」に野村のセリフとして「39分に1人死亡、41秒に1人負傷者だ」というのがある)、当時は第1次交通戦争の真っただ中で、1970年の交通事故死者が1万6765人(沖縄を除く)で過去最悪となっています(因みに2019年の交通事故死者数は過去(1948年以降)最少の3215人)。「迷宮入り」にも訳があるということで、一応「○」にしました。

20話)/殺人回路_title.jpg20話)/殺人回路_21.jpg「怪奇大作戦(第20話)/殺人回路」●制作年:1969年(制作№22)●監督:福田純●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:市川森一/福田純●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/平田昭彦/宇佐美淳也/神田隆/キャシー・ホーラン/杉裕之●放送:1969/01/26●放送局:TBS(評価:★★★☆)

22話)/果てしなき暴走_x1080.jpg怪奇大作戦(第22話)/果てしなき暴走5.jpg「怪奇大作戦(第22話)/果てしなき暴走」●制作年:1969年(制作№24)●監督: 鈴木俊継●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:市川森一●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/万里由香/久里みのる/近藤 宏/椎谷健二/五條真紀/柳家せん一/中島恵美子●放送:1969/02/09●放送局:TBS(評価:★★★☆)

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突っ込みどころはあるけれど、格差社会の問題を扱った先駆と取れなくもない。

16話)/かまいたち.jpg 16話)/かまいたち2.jpg 怪奇大作戦(第16話)/かまいたちド.jpg
第16話「かまいたち」
16話)/かまいたち3.jpg 住宅街で夜間に一人で歩いていたらしい女性のバラバラ惨殺死体が発見されるが、町田警部(小林昭二)と牧(岸田森)で怨恨説と流し説で意見が分かれる。警察は切断面から日本刀による犯行と推定。悲鳴を聞いた者がいないことから、どこか別の場所で殺害されて、ここに遺棄されたと考え16話)/かまいたち4.jpgた。それに対し牧は、流しの犯行であり、第二、第三の事件も起こり得ると助言するが、警察は聞き流す。そして、同じ現場で第二のバラバラ殺人が起きるが、的矢(原保美)には、現場の状況と死体の状態から「かまいたち」のような現象が起こったとしか思えなかった。そこで、現場近くの工場で働く、集団就職で地方から出てきた一人の青年(加藤修)が容疑者に浮かぶが、あくまでも牧の直観によるもので、野村(松山省二)の目には彼は犯人には見えなかった―。

16話)/かまいたち5.jpg 監督は長野卓で、脚本は上原正三。牧の推理もかなり直感頼みでしたが、最後、SRIが勝負を賭けたのが、SRI紅一点のさおり(小橋玲子)を囮りにして犯人をおびき出すことだったとは! 彼女が犯人に殺られてしまったかと思って、野村などは滅茶苦茶興奮して、彼女への想いが迸っていましたが(笑)、事前に作戦のネタを知らされてなかったのかなあ。まあ、身内も勘違いするぐらい精巧なダミーだったと言いたいのでしょう(その割には、どう見てもぎこぎこと動くマネキンにしか見えなかったが)。

16話)/かまいたち6.jpg 結局、捕まった犯人は取り調べに対して黙秘を続け、自分の世界に閉じこもってしまい、犯行動機は明かされないまま終わってしまいます。しかるに、それまでの流れで、この犯人は優秀だったけれど経済的に恵まれなくて、集団就職で東京へ出てきてブルーカラーとして働いている(だが通信教育で勉強は続けている)、そうした境遇から、職場でも寡黙で、かつての仲間と一緒の時も打ち解けず、常に鬱屈とした何かを抱えている―といったその背景が見えてくるように思います。そうして見ると、彼の黙秘には、かなり重いものがあるように思いました(因みに、この年の10月-11月に「永山則夫連続射殺事件」が起きており、それをモデルにしたのではないかとも言われている)。

怪奇大作戦(第16話)/かまいたち last.jpg ただ、彼が優秀なのは分かりますが、「真空状態を人工的に作り出す」と言っても、屋外でどうやってそれをやったのでしょうか。SRIが検証したというのはあくまで実験装置の中での検証で、外での検証ってやっていないわけで、この辺りの"緩さ"は相変わらずだなあ16話)/かまいたち7.png(笑)。でも、そうした突っ込みどころはあるけれど、今で言うところの格差社会の問題を扱った先駆と取れなくもないエピソードでした。
  
「怪奇大作戦(第16話)/かまいたち」●制作年:1968年(制作№18)●監督:長野卓(たかし)●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:上原正三●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/加藤修/浅野進治郎/池田駿介/若山真樹/波多野克典/寺田柾/星重則/外波山文明/松尾文人/藤代裕士/中島恵美子/亀島笙子/右田洋子●放送:1968/12/29●放送局:TBS(評価:★★★☆)

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「怪奇を暴け~」と謳っているが、決して全部を「暴く」ことはしないSRI(笑)。

>9話)/散歩する首1.jpg 9話)/散歩する首2.jpg 9話)/散歩する首5.jpg
第9話「散歩する首」
9話)/散歩する首4.jpg 場所は美登利峠(架空の地名か)。夜になると散歩する首が出没し、驚いたドライバーが次々と事故を起こす。しかし警視庁では、単なる交通事故としか見てない。今朝世田谷で発見された変死体も交通事故死という判断だという。その死体の解剖結果から、血液中にジキタリスという植物の猛毒成分が発見された。実は、強い強心作用を持つジキタリスとを使って死人を生き返らせるという妄想と執念に憑りつかれた一人の科学者により、交通事故の犠牲者を検体にして死体を蘇生させる為の異様な人体実験が行われていたのだった。調査に来た牧(岸田森)は、現場に居合わせた峰村(鶴賀二郎)と以前に出会ったことがあるのを思い出し、事件解明の手掛かりを掴もうとする―。  

鶴賀二郎
9話)/散歩する首6.jpg 監督は「点と線」('58年)の小林恒夫で、脚本は若槻文三。バイク相乗で(プラッシー飲んで)出発したはいいが山中で道に迷った若い男女、男・守(笠達也)のクルマに乗ったものの、山中に向かうことに彼の殺意を感じ、助けを求めるその若い男女を敢えてクルマに乗り込ませる女・律子(都築克子)―といった具合に、結構ドラマ的に凝った展開で、本間文子演じる薄気味悪い婆さんも雰囲気を盛り上げます(笑)。しかも起きている現象は謎だらけで、どうやって説明をつけるのかなと思ったら、結局、死体を蘇生させるのは可能だという自らの学説の正しさを証明するためにせっせと死体を集める、典型的なマッドサイエンティストが犯人で、動機は、過去に自分をクビにした研究所の所長を見返してやりたかったためのようです。
本間文子(1911-2009)
9話)/散歩する首7.jpg プロセスはとても面白くて、最後まで一気に見せるし、マッドサイエンティストも単なるマッドではなく、リベンジファクターを有していました。しかしながら、観終わってみると、何だか分かったような分からなかったような点もある気もしました。まず、犯人は鏡のトリックを使いつつ、自分も女性に変装してが美女のマスクを被り、生首役を演じていたということでしょうか。それにしては、最初の方の、人魂のようにゆらゆら舞う生首はリアルで、どちらのトリックでも実現不可能のように思いました。「散歩する首」というのは気の利いたタイトルですが、肝心のその部分のトリック説明がなかったように思います。

9話)/散歩する首8.jpg それと、峰村が捕まって連行されるときに、律子の遺体が起き上がり、ウソ泣き男の守(別れたかった女が事故死してくれて内心は嬉しいのだが)を指さし、それを見て峰村は「勝った!勝ったぞ!大崎に勝ったぞ!今度こそ、大崎を土下座させてやるんだ!」と喜びますが(要するに自分の実験が成功して死者が甦ったと思ったわけだ)、笑いながら峰村が連行された後、ナレーションで「律子の死体の硬直の状態、冷却の状態、死斑の状態は、死後約10時間、つまり彼女の肉体は転落事故の起きた前夜の8時に、やはり死亡していたのである。人間の生と死の間には、人間の知恵では解き得ない何かがある。何かが...」と入ります。

都築克子
9話)/散歩する首9.jpg 死後硬直で説明しているわけでもないし、どうなっているのかなあと思ったら、SRIにおける恒例のエピローグで、所長の的矢(原保美)が「死んだ肉体の中から、殺されるという女の恐怖だけが蘇ったんだろうかねぇ〜」って。その後、野村(松山省二)が首のトリックがわからないと言うので、的矢所長はさおり(小橋玲子)を使ってトリックを証明してみせるけれど(これも「散歩する首」というところまで説明しきれていないが)、そっちの方は説明しておいて、死体が起き上がったことはもうそれ以上は話題にはしていません。でも、この辺りが「怪奇大作戦」っぽいと言えばそう言えます。「怪奇を暴け~」と謳ってますが、決して全部を「暴く」ことはしないのです。

「プラッシー」とのタイアップ?/「アリナミン」とのタイアップ?
9話)/散歩する首3.jpg 9話)/散歩する首1 1.jpg

09話 「散歩する首」.jpg「怪奇大作戦(第9話)/散歩する首」●制作年:1968年(制作№9)●監督:小林恒夫●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:若槻文三●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/鶴賀二/都築克子/笠達也/本間文子/中井啓輔/糸博/園田裕久/維田修二/伊藤慶子●放送:1968/11/10●放送局:TBS(評価:★★★☆)

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クリスティ風の上巻と現実事件の下巻の呼応関係が絶妙。"二度おいしい"傑作。

カササギ殺人事件 上.jpgカササギ殺人事件下.jpgカササギ殺人事件.jpg
カササギ殺人事件 上 (創元推理文庫)』『カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

 1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執りおこなわれた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけて転落したのか、或いは?  彼女の死は、小さな村の人間関係に少しずつひびを入れていく。燃やされた肖像画、屋敷への空巣、謎の訪問者、そして第二の無惨な死が。病を得て、余命幾許もない名探偵アティカス・ピュントの推理は―(上巻・アラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』)。

 名探偵アティカス・ピュントのシリーズ最新作『カササギ殺人事件』の原稿を結末部分まで読んだシリーズ担当編集者であるわたしことスーザン・ライランドは、あまりのことに激怒する。肝心の結末の謎解きが書かれていないのである。原因を突きとめられず、さらに憤りを募らせるわたしを待っていたのは、アラン・コンウェイ自殺のニュースだった─(下巻)。

カササギ_0038.JPG 「週刊文春ミステリーベスト10(2018年)」、「このミステリーがすごい!(2019年版)」、「本格ミステリ・ベスト10(2019年)」、「ミステリが読みたい!(2019年)」の海外部門で1位を獲得し、年末ミステリランキングを全制覇した作品です(翌'19年に発表された「本屋大賞」の翻訳小説部門でも第1位。'19年4月発表の第10回「翻訳ミステリー大賞」も同読者賞と併せて受賞)。これまでに『二流小説家』(デイヴィッド・ゴードン)と『その女アレックス』(ピエール・ルメートル)の2作品が年末ミステリランキング3冠を獲得していますが、4冠は史上初とのことです。国内部門のミステリ作品では『容疑者Xの献身』(東野圭吾)、『満願』『王とサーカス』(米澤穂信)、『屍人荘の殺人』(今村昌弘)の4作品が3冠を獲得していますが、年末ミステリランキングを4冠全制覇した作品はありません(『容疑者Xの献身』『屍人荘の殺人』は、それらとは別に本格ミステリ作家クラブが主催する「本格ミステリ大賞」も受賞しているが、こちらは海外部門が無い)。

 事前知識なく読み始めて、アガサ・クリスティへのオマージュに満ちたミステリ小説だと思いましたが、上巻から下巻にいって、その『カササギ殺人事件』は、作中作のミステリ小説であることに改めて思い当たりました。そして、それを読む女性編集者スーザンが、ある事を契機に現実の世界で起きた出来事の謎を解き明かそうと推理を繰り広げることになるのですが、その現実と小説が呼応し合ったパラレル構造が巧みであり、しかも、ラストは現実の謎解きと小説の謎解きがダブルで楽しめるということで(解説の川出正樹氏は「一読唖然、二読感嘆。精緻かつ隙のないダブル・フーダニット」と表現している)、初の「年末ミステリランキング4冠」もむべなるかなという印象です。

 2017年原著刊行の本書の作者アンソニー・ホロヴィッツは、1955年英国ロンドン生まれ。ヤングアダルト作品『女王陛下の少年スパイ! アレックス』シリーズがベストセラーになったほか、脚本家としてテレビドラマ「名探偵ポワロ」(「第26話/二重の手がかり」('91年)、「第27話/スペイン櫃の秘密」('91年)、「第36話/黄色いアイリス」('93)、「第43話/ヒッコリー・ロードの殺人」('95年)、など多数)や「バーナビー警部」(「第1話/謎のアナベラ」('97年)、「第2話/血ぬられた秀作」('98年)、「第4話/誠実すぎた殺人」('98年)、「第6話/秘めたる誓い」('99年)など多数)などの脚本を手掛け、2014年にはイアン・フレミング財団に依頼されたジェームズ・ボンドシリーズの新作『007 逆襲のトリガー』を執筆しています。

 「バーナビー警部」もクリスティ型のミステリドラマであると言え、架空の田舎町で犯罪が起きるのは「ミス・マープル」シリーズなども同じですし、これが自身YA向け以外で書いた初のオリジナルミステリ小説でありながらも、著者の経歴からみて、こうしたクリスティ型のミステリの面白くなるための"必勝パターン"を知り尽くしているという感じでしょうか。作中、アラン・コンウェイに対して版元の社長が『カササギ殺人事件(マグパイ・マーダーズ)』というタイトルは『バーナービー警部(ミッドサマー・マーダーズ)に似すぎているので変えた方がいいと意見するような"遊び"も織り込まれていて、ただし、それをアラン・コンウェイが断るという行いまでもが、複雑な謎解きの数多くある伏線の一つになっているという精緻さには感服します。

 アラン・コンウェイは自ら生み出した名探偵アティカス・ピュントを嫌いだったのかあ。これも、クリスティが晩年ポワロをあまり好きでなかったことなどと呼応していて巧みですが、アラン・コンウェイの場合、最初から憎んでいたわけだなあ(それが伏線の前提条件にもなっている)。作者(アンソニー・ホロヴィッツ)がミステリを貶めたり、或いは、ミステリを貶めたともとれるアラン・コンウェイを"罰した"ということではなく、ある意味、ベストセラー作家になることで自己疎外を昂じさせる作家の悲劇を描いたように思いました。そうした奥行きも備えつつ、クリスティを思わせる作中作の上巻と、現実事件の下巻の呼応関係が絶妙であり、1つの作品で"二度おいしい"傑作だと思いました。

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面白かった。ミステリと言うよりサスペンス、サスペンスと言うよりホラー。
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上.jpg ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ下.jpg  ヒッチコック「裏窓」1954.jpg 裏窓o2.jpg
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上』『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 下』 アルフレッド・ヒッチコック「裏窓」

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ.jpg 神分析医のアナ・フォックスは、夫と娘と生活を別にして、ニューヨークの高級住宅街の屋敷に10カ月も一人こもって暮らしていた。広場恐怖症のせいで、そこから一歩たりとも出られないのだ。彼女の慰めは古い映画とアルコール、そして隣近所を覗き見ること。ある時、アナは新しく越してきた隣家で女が刺される現場を目撃する。だが彼女の言葉を信じるものはいない。事件は本当に起こったのか―。

 家の扉を閉ざし、社会から疎外された人間として生き、その慰めはワインとニコンD5500を使った覗き行為。不動産譲渡証書をネットで漁り、近所に越してきた新しい住人たちの出自をネットで調べる、言わば遠隔ストーカーである主人公。こんな主人公に感情移入できるかなと最初は思いましたが、巧みな筆致であるため、しっかりハマりました。

 解説によれば、作者自身もアナのように広場恐怖症とうつ病に長い間苦しめられ、2015年にはうつ病が再発し、家から出ることさえも出来なかったそうで、そんな辛い時期に思いついたのが本書のアイデアであったとのこと。編集者としての仕事を続けながら書き上げ、2018年1月に発表されたこの作者のデビュー長編は、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーリスト初登場1位の快挙を成し遂げ、その後も29週にわたりランクインしたそうです。やはり、切迫感のある描写は、それだけの苦労の賜物なのかもしれません。

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ eiga.jpg 最後の畳み掛けるような、且つ意外な展開も良く、素直に「面白かった」と言える作品でした。ミステリと言うよりサスペンス、サスペンスと言うよりホラーでした。

 2019年に映画化され(2020年公開予定)、主人公アナを演じたのは「ザ・ファイター」('10年)や「アメリカン・ハッスル」('13年)の女優エイミー・アダムス。ゲイリー・オールドマンやジュリアン・ムーアなども出演しているようです。

Amy Adams in "The Woman in the Window"
  
ヒッチコック「裏窓」ド.jpg 主人公が古い映画を観るのが趣味で、多くの映画作品が作中に登場するのが、また楽しいです。とりわけアルフレッド・ヒッチコック作品が多く、この作品そのものがヒッチコック作品へのオマージュともとれますが、やっぱりストレートに「あれ、これってあの映画と同じかも」と言えるのが、ヒッチコック「裏窓」('54年/米)ではないかと思います。
Uramado (1954)
裏窓01.jpg 「裏窓」も、実際に殺人事件はあったのだろうかということがプロセスにおいて大きな謎になっていて、映画の中で実際には殺人が起こっていないのではないか、という仮説をもとにして論証を試みた、加藤幹郎著『ヒッチコック「裏窓」ミステリの映画学』('05年/みすず書房)という本もあったりします(加藤幹郎氏の主眼は「裏窓」そのものの読解ではなく、そこから見えてくるヒッチコック映画の計算された刷新性を見抜くことにあるかと思われるが、「裏窓」における事件が無かったとすることについては無理があるように思う)。

映画術 フランソワ トリュフォー.jpg ヒッチコックは、『映画術―ヒッチコック・トリュフォー』('81年/晶文社)でのインタビューの中で、「わたしにとっては、ミステリーはサスペンスであることはめったにない。たとえば、謎解きにはサスペンスなどはまったくない。一種の知的なパズル・ゲームにすぎない。謎解きはある種の好奇心を強く誘発するが、そこにはエモーションが欠けている」と述べており(p60)、「観客はつねに、危険にされされた人物の方に同化しておそれをいだくものなんだよ。もちろん、その人物が好ましく魅力的な人物ならば、観客のエモーションはいっそう大きくなる。「裏窓」のグレース・ケーリーがその例だ」と述べています。

ヒッチコック「裏窓」4.jpg 「裏窓」は公開当時、ジェームズ・ステュアート演じる主人公の〈のぞき〉の悪趣味ぶりを攻撃されましたが、「これこそが映画じゃないか。のぞきがいかに悪趣味だって言われようと、そんな道徳観念よりもわたしの映画への愛のほうがずっと強いんだよ」(同書P20)と答えています。ある批評家が、「『裏窓』はおぞましい映画だ、のぞき専門の男の話だ」と「吐き捨てるように書いた」のに対しても、「そんなにおぞましいものかね。たしかに、『裏窓』の主人公はのぞき屋(スヌーパー)だ。しかし、人間である以上、わたしたちはみんなのぞき屋ではないだろうか」と述べています(同署p218-219)。

 この『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』で言えば、先に書いたように(さらにヒッチコック流に言えば)、単なるサスペンスではなく、エモーショナルな部分が加わって(ホラー小説としても)成功しているように思いました。この成功のベースには、読者が主人公のアナにどれだけ感情移入できるかということにあるかと思いますが、元々作者にそうした闘病経験があったうえに、(ヒッチコックの示唆に則れば)主人公をのぞき屋(スヌーパー)にしたことで、すでに半分は成功が約束されていたのかもしれないと思った次第です。

「裏窓」DVD/Blu-ray
裏窓 dvd.jpg裏窓 br.jpg「裏窓」●原題:REAR WINDOW●制作年:1954年●制作国:アメリカ●監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ●撮影:ロバート・バークス●音楽:フランツ・ワックスマン●原作:ウィリアム・アイリッシュ「裏窓」●時間:112分●出演:ジェームズ・スチュアート/グレース・ケリー/レイモンド・バー/セルマ・リッター/ウェンデル・コーリイ●日本公開:1955/01●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:新宿文化シネマ2(84-02-19)(評価:★★★★)

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短編の中から「都会もの」を集めたもの。結婚や家族に対してシニカルなものが多かった。

モーパッサン短編集(二) (新潮文庫).jpgモーパッサン短編集(二) (新潮文庫)

 ギ・ド・モーパッサン(1950-1993)の新潮文庫の短編シリーズ(全3巻)の「田舎もの」を集めた第1巻に対し、パリ生活を扱った「都会もの」を集めたのがこの第2巻で、1887年刊行の短編集『オルラ』所収の「あな」ほか、「蠅」(1890年)、「ポールの恋人」(1881年)、「春に寄す」(1881年)、「首飾り」(1885年)、「野遊び」(1881年)、「勲章」(1884年)、「クリスマスの夜」(1882年)、「宝石」、「かるはずみ」(1886年)、「父親」(1885年)、「シモンのとうちゃん」(1881年)、「夫の復讐」、「肖像画」、「墓場の女」、「メヌエット」(1883年)、「マドモアゼル・ペルル」(1886年)、「オルタンス女王」、「待ちこがれ」、「泥棒」(1882年)、「馬に乗って」、「家庭」(1881年)の22編を収めています(カッコ内は何れも短編集の一編として刊行された年)。

 「あな」は、ボート釣りの穴場を巡る争いで殴打傷害致死罪で訴えられた男が独特の陳述を展開する話。「蠅」は、かつて5人で1艘のボートを共有した若者たちと"彼女"の青春譚(この場合のボートは女性の比喩か)。「ポールの恋人」は、これも人々がボートで行きかう水上カフェを舞台とした、同性愛がモチーフとなっている珍しい作品。「春に寄す」は、陽春の船着場で若い男が娘を誘惑しようとしたら、奇妙な男に恋愛と結婚の落差の話を聞かされて...(作者の結婚に対する悲観的な見方が表れている作品か)。

La parure.jpgLa parure(首飾り)0.jpgLa parure(首飾り)4.jpg 「首飾り」(La parure)は、パーティにで注目されたいがための見栄から借りたダイヤの首飾りを失くしてしまった女が、取り敢えず贋物を戻しておいて、弁済しようと長年にわたって身を粉にして働き、やっと金をためて同じダイヤの首飾りを買って密かに貸主に戻すが...(O・ヘンリーの短編みたい。夏目漱石がオチを批判したそうだが、彼女自身は人間的には以前よりずっと堅実な人になったに違いない)。このジャン・ルノワール「ピクニック」2.jpg作品は2007年にクロード・シャブロル監督により「首飾り」に続く第2弾としてテレビドラマ化されています。「野あそび」は、ジャン・ルノワール監督の映画「ピクニック」('36年/仏)の原作。考えてみれば結構エグい話ですが(俗に言えば疑似"親子丼")、全体の描写が美しいのと(映画も監督の父の印象派の絵画のように美しく撮られていた)、最後にやっぱり恋愛と結婚の落差が浮き彫りに(モーパッサンは生涯独身だった)。

 「勲章」は、勲章を貰うことに固執する男が、代議士に取り入って画策・奔走しどんな仕事でもやるが、実はもう勲章は家にあった...(彼の奥さんはどうやって勲章を手に入れた? やはり、交換条件としてアレしたとしか考えられない?)。この作品、溝口健二監督の「雨月物語」('53年/大映)の一部にモチーフとして使われているようです。「クリスマスの夜」は、太った女がすきな男がクリスマスの夜にナンパした女がベッドで産気づいて大騒動に(実は、妊娠していたわけ)。

 「宝石」は「首飾り」の逆で、偽と思っていたものが真であって莫大な富を得た男の話(「首飾り」が不幸に見えてそうとも言えない話であるのに対し、こちらは、結局は男が不幸な結婚をしてしまう点でも対照的か)。「かるはずみ」は、結婚生活がやや倦怠期にさしかかっている夫が、妻に促されれるままに過去の女性遍歴を話したばっかりに...(何やら妻の危なっかしい情熱に火を点けた?)。「父親」は、若い頃に子供の束縛から逃れた男が、老いてから今度は孤独から逃れるため子供を見ようとする話(切ない)。

Le papa de Simon 2.jpgLe papa de Simon 1.jpgLe Papa de Simon by Guy de Maupassant.jpg 「シモンのとうちゃん」(Le papa de Simon)は、父無し子として仲間から苛められていた少年に訪れた幸せ(珍しく?いい話だった!)。「夫の復讐」では、仲が良いとされていた夫婦間で、ちょとしたことが夫の嫉妬心を掻き立てる(これ、修復が難しそう)。「肖像画」は、作者の母親を投影しているのか。「墓場の女」は、墓場に佇む喪服の"未亡人"の秘密(結構エグいかも) 「メヌエット」は、メヌエットを踊る老人を通してみる、誰にでも訪れる人生の老い。

 「マドモアゼル・ペルル」「オルタンス女王」「待ちこがれ」は、いずれも女の哀れがテーマですが、「マドモアゼル・ペルル」は、ある人物が自分を愛していたことを知らされたのが本当によかったのか、語り手同様に考えさせられます。「オルタンス女王」も老女物ですが、子供のいない女性が死の間際に、いないはずの子供の面倒をだれが見るのか心配の余り憤死するという凄まじい話。

 「泥棒」は、酔っぱらって"軍隊ごっこ"をしていた3人の若者がたまたま泥棒を捕まえるが、捕まえた後も"軍隊ごっこ"を続け、泥棒に"死刑"を宣告したので泥棒はビックリ(モーパッサン自身の青春時代が反映されているよう)。「馬に乗って」は、奮発して馬車を借りてピクニックに出かけて家族だったが、馬が暴れて悲惨な結末に...("家族的"なものに対する作者のシニカルな見方を感じる。それは次の「家庭」も同じ)。「家庭」は、老いた母親が死に、自分は途方に暮れるが、妻は現実的で、親戚に連絡する前に老人の持ち物を漁る―ところがその母親が生き返る(しかし、結構いい加減な医者だなあ)。

 全体を通しても、結婚や家族に対してシニカルなものが多かったでしょうか。因みに、このシリーズの第3巻は、モーパッサン自身も従軍した普仏戦争を扱った「戦争もの」と、超自然現象を取材した「怪奇もの」を集めて収めています。

ジャン・ルノワール「ピクニック」dvd.jpgピクニックelle.jpg「ピクニック」●原題:PARTIE DE CAMPAGNE●制作年:1936年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン・ルノワール●製作:ピエール・ブロンベルジェ●撮影:クロード・ルノワール●音楽:ジョゼフ・コスマ●原作:ギ・ド・モーパッサ「野あそび」●時間40分●出演:シルヴィア・バタイユ/ジョルジュ・ダルヌー(ジョルジュ・サン=サーンス)/ジャック・B・ブリュニウス/アンドレ・ガブリエロ/ジャーヌ・マルカン/ガブリエル・ファンタン/ポール・タン●日本公開:1977/03●配給:フランス映画社●最初に観た場所:京橋フィルムセンター(80-02-15)(評価:★★★★)●併映:「素晴しき放浪者」(ジャン・ルノワール)
ジャン・ルノワール「ピクニック [DVD]

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短編の中から「田舎もの」を集めたもの。滑稽譚や不倫話が多いが全体におおらか。

モーパッサン短編集(一) (新潮文庫).jpgモーパッサン短編集(一) (新潮文庫)

 ギ・ド・モーパッサン(1950-1993)の文学活動は30歳から40歳までで、その10年間に360余編の短・中編小説、7巻の長編小説、3巻の旅行記、2つの詩集、1巻の詩、計29冊の作品を生んでいるとのことです。この新潮文庫の翻訳シリーズは(かつて6分冊だったものを改編したものだが)、360編の短・中編から代表作65編を抽出し、それを、郷土ノルマンディをはじめその他の地方に取材した「田舎もの」を集めた第1巻、パリ生活を扱った「都会もの」を集めた第2巻、自身も従軍した普仏戦争を扱った「戦争もの」と、超自然現象を取材した「怪奇もの」を集めた第3巻の3冊に分けて収めています。

 第1巻は、1885年刊行の短編集『トワーヌ』所収の「トワーヌ」ほか、「酒樽」(1884年)、「田舎娘のはなし」(1881年)、「ベロムとっさんのけだもの」(1886年)、「紐」(1884年)、「アンドレの災難」(1884年)、「奇策」(1882年)、「目ざめ」(1882年)、「木靴」(1883年)、「帰郷」(1885年)、「牧歌」(1884年)、「旅路」、「アマブルじいさん」(1886年)、「悲恋」(1884年)、「クロシュート」(1887年)、「幸福」(1885年)、「椅子なおしの女」(1883年)、「ジュール叔父」(1884年)、「洗礼」、「海上悲話」、「田園悲話」、「ピエロ」、「老人」(1885年)の24編を収めています(カッコ内は何れも短編集の一編として刊行された年)。

クロード・シャブロル 酒樽2.jpg 「トワーヌ」は、脳溢血で寝たきりになった男が、家族に邪険にされながらも寝床で鶏の卵を孵すことに歓びを見出すようになる話(残酷な中にも救いがある?いや、やっぱり残酷?)。「酒樽」は、貪欲な男が老女から屋敷を手に入れようとするが、老女がいつまでも元気でいるため、酒を持ち込んでアルコール中毒にして死なせてしまうという話(これこそ残酷か)で、2007年にクロード・シャブロル監督によりテレビドラマ化されています。「田舎娘のはなし」は、下男に妊娠させられた女中娘が、男に逃げられた後で子を産み、何年か後に今度は主人から強引に求婚されて子供がいることは伏せていたら...(この主人は鷹揚だったなあ)。

 「ベロムとっさんのけだもの」は、ある男が耳の中にけだものがいるといって大騒ぎする典型的な滑稽譚で、耳の中にいたのは...。「紐」はある男が道で紐を拾っただけなのに他人の財布拾ってくすねたと疑われ、最期は憤死してしまう話(同じ滑稽譚でも結末は哀しい)。「アンドレの災難」は、不倫の最中に子供が泣き止まず...不倫相手の男がとった行動とは?(児童虐待ホラーだったなあ。現代にも通ずるか)。

 「奇策」は、妻が自宅で不倫行為中に(また不倫かあ)相手が突然死し、もうすぐ夫が帰ってくると混乱する中、連絡を受け駆け付けた医者がとった"奇策"とは(いざという時はご相談ください...か)。「目ざめ」は、性愛に目ざめた妻が二人の若い男と不倫するが(またまた不倫)...この辺り、モーパッサンは結婚に対して悲観主義だったのではないかと思わせます(実生活でも、女友達はいたが結婚は生涯していない)。「木靴」は、女中に出た先で主人の言うことを何でも聞いているうちに妊娠してしまった田舎娘の話(「木靴をごっちゃにする」という表現が面白い)。

 「帰郷」は、船乗りの亭主が船が遭難したらしくて戻らず、女は2人の子供を10年育てた後に再婚、3年の間にさらに2人の子供をもうけたが、ある日、知らない男に家を覗かれているように感じる―(マルグリット・デュラス原作、アンリ・コルピ監督の「かくも長き不在」を想起させられた)。「牧歌」は、汽車の車中で乳が張ってしまった女を楽にさせてやるためにその乳を吸ってやった男が最後に言った言葉が傑作。「旅路」は、かつて汽車の旅の途中に逃亡中の見知らぬ男を匿ったことがあるロシア貴婦人は、今は不治の病の床にあるが、そこへ彼女を訪ねてくるが彼女には会わない青年が...(究極のプラトニックラブ。美男子は得か?)。

 「アマブルじいさん」は、主人公が息子の死と貧困のため希望を失って自殺する話ですが、残酷な話である一方で、ノルマンジィの農村の風俗が描かれていて、どこか牧歌的でもある作品。「悲恋」(訳本によっては「ミス・ハリエット」)は、年増のイギリス人女性の秘められた恋情と残酷な最期の話(残酷な話が多いなあ)。「未亡人」「クロシュート」「幸福」も同じ系列と言えるかも。

ジュールおじさん (1967年) (旺文社文庫)
ジュールおじさん.jpgMon oncle Jules.jpg 「椅子なおしの女」は、これも不幸な女の話。でも彼女は死ぬまで恋をしていた...(精神的な恋愛と世俗的な物欲の対比が際立っている)。「ジュール叔父」(Mon oncle Jules)は、そう豊かではない一家の希望は、外国で一旗あげて郷里に帰ってくるはずの父の弟ジュール叔父だったはずが...(これも皮肉譚。牡蠣を剥いているというのが何とも言えない)。「洗礼」は、子供の洗礼式で司祭がとった驚きの行動とは...。自分の人生の欠落を認識するのって辛いだろなあ(これって妻帯不可のカトリック司祭なんだろなあ。なんで司祭になんかなったのだろう)。

 「海上悲話」は、トロール船の事故で腕を切断せざるを得なかった男が自分の腕の"葬式"をやるという滑稽なオチですが、最後に自分の腕よりも船の方を大事にした兄への恨みが出てきて、やりこれも"悲話"か。「田園悲話」は、貧しい夫婦が子供のいない金持ちに子供を売ることを迫られ断るも、代わりに子供を売った隣家が、成長した子供が立派になって戻ってきて、自分たちの子供は親に恨みつらみを言うという...。「ピエロ」「老人」も同じく、農民の貪欲がテーマであり、貧しさを美化することなくそのまま貪欲に結び付けているところが、このあたりの作品の特徴でしょうか。

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「モーパッサンの特徴がよく表れている」9編。大佛次郎が自作にアレンジした「手」。
モーパッサン―首飾り.jpgモーパッサン―首飾り2.jpg La parure(首飾り)0.jpg  大佛次郎  .jpg
モーパッサン―首飾り (世界名作ショートストーリー)』(カバー絵「マドモアゼル・ペルル」)/TVドラマ「La parure(首飾り)」/大佛次郎

 ギ・ド・モーパッサン(1950-1993)が遺した300を超える中短編の中から、モーパッサンの特徴がよく表れているものを選んだとのことで、文庫でモーパッサンの短編集は多くありますが、本書は文庫よりやや大きめのサイズで、行間も広く、かなも振ってあって読みやすいです。第1弾がモンゴメリ、第2弾がサキときて、第3弾がこのモーパッサンですが、このシリーズは若年層読者を意識しているようです(このあと、ヘルマン・ヘッセ、ポーと続いて全5巻で一旦完結している)。

 収録作品は、1885年刊行の短編集『昼夜物語』所収の「首飾り」「手」、1881年刊行の短編集『テリエ館』所収の「シモンのパパ」、1884年刊行の『ロンドリ姉妹』所収の「酒樽」、1887年刊行の『オルラ』所収の「クロシェット」「穴場」、1886年刊行の『ロックの娘』所収の「マドモアゼル・ペルル」、『昼夜物語』所収の「老人」、1884年刊行の『ミス・ハリエット』所収の「老人」の9編。新潮文庫の青柳瑞穂訳『モーパッサン短編集Ⅰ~Ⅲ』は、第1巻に「田舎物」を、第2巻に「都会物」を、第3巻に「戦争・怪奇物」を集めていますが、9編をそれとの対比でみると、「首飾り」Ⅰ(田舎)、「手」Ⅲ(怪奇)、「シモンのパパ」Ⅱ(都会)、「酒樽」Ⅰ、「クロシェット」Ⅰ(田舎)、「穴場」Ⅱ(都会)、「マドモアゼル・ペルル」Ⅱ、「老人」Ⅰ(田舎)、「ジュール叔父さん」Ⅰ(田舎)となります。

ゲーリー・ケリー(絵)『ネックレス』('97年/西村書店)
ネックレス  ギィ ド・モーパッサン.jpgLa parure.jpg 表題作「首飾り」(La parure)は、ある女性が夫と共に招かれたパーティの場で見栄をはりたくて宝石持ちの婦人からダイヤの首飾りを借り、お陰でパーティの場では紳士たちから注目を浴びるが、パーティが終わった後その首飾りを失くしてしまう。取り敢えず婦人には贋物を戻しておいて、最終的にはちゃんと弁済しようと長年にわたって身を粉にして働き、爪に火を灯すような生活を経て、やっと金をためて同じダイヤの首飾りを買って密かに貸主である婦人に戻すが、ある日街角でその婦人と出会い、婦人から思わぬ事実がLa parure(首飾り)1.jpgLa parure(首飾り)3.jpg明かされる...(O・ヘンリーの短編みたい。夏目漱石がオチを批判したそうだが、彼女自身は人間的には以前よりずっと堅実な人になったに違いない)。因みに、この作品はゲーリー・ケリーLa parure(首飾り)5.jpgLa parure(首飾り)4.jpgというアメリカのイラストレーターにより絵本化されています。また、2007年にクロード・シャブロル監督によりテレビドラマ化されています(日本でもBS日テレなどで放映されたが個人的には未見)。

 「手」は、語り手である主人公が、ある時に知り合ったイギリス人の家に行くと、前腕の中ほどで切断され干からびた人間の手が、鎖が手首に巻き付いた状態であり、イギリス人はこれを「わが最強の敵」だと言う。その1年後、当のイギリス人が何者かに殺害される事件があり、検死医が言うには「骸骨で絞殺されたいたいだ」と―(怪奇物においてはホフマン、アラン・ポーの後継者と言われるだけのことはある)。

Le papa de Simon 2.jpgLe papa de Simon 1.jpgLe Papa de Simon by Guy de Maupassant.jpg 「シモンのパパ」は、父無し子として仲間から毎日苛められていた少年が、ある日惨めな気持ちで泣いていると、大柄な職人風の男と出会い励まさられる。シモンは男に「パパになっておくれよ」と頼むと―(いい話だった! 男はやはりどれだけ仕事ができて、分別、優しさ、人望があるかが大事か)。

Le Papa de Simon by Guy de Maupassant

 「酒樽」は、宿屋経営の貪欲な男が隣家の老女から農場と屋敷を手に入れようとするが、老女クロード・シャブロル 酒樽2.jpgは手放したがらない。そこで男は一計を案じ、老女をそこに住まわせたまま、毎月銀貨を彼女に払う(要するに、実質少クロード・シャブロル 酒樽1.jpgしずつ自分のものにしていきつつ、老女が亡くなったら残債相当分はチャラにしてしまう考えか)。しかし、あと数年しか持たないと思われた老女がいつまでも元気でいるため、このままでは赤字になってしまうと考え、老女の家に酒樽を持ち込んでアルコール中毒にして死なせてしまおうと―(残酷だけどちょっとユーモラス。岩波文庫版は表題作になっている)。この作品も2007年にクロード・シャブロル監督により「首飾り」に続く第2弾としてテレビドラマ化されています

 「クロシェット」は、語り手である主人公が子供のころ慕った通いのお針子であるクロシェットばあやは、ひげの生えたおばあさんで、足が不自由だったが、いつも編み物をしながら素敵な話を聞かせてくれた(カバー絵)。実は彼女には過去に哀しい恋の物語があった―(悲恋物もこの作家の得意ジャンルと言えるかも)。

 「穴場」は、ボート釣りの穴場を巡る家族同士の争いで殴打傷害致死罪で訴えられた男が、裁判で独特の陳述を展開する。襲ってきたところを殴り返して川に落ちた相手の男を助けようにも、女同士の喧嘩を仲裁するのに手こずってしまい助けられなかったという言い訳がまかり通ってしまうのがおかしいです。

 「マドモアゼル・ペルル」は、独身で通してきた老女が、語り手によってある人物が自分を愛していたことを知らされ―(語り手は、余計な事を言わない方が良かったのではないかという気もする)。

 「老人」は、農場の夫婦が、百姓女の方の父親が臨終の床にあるため、農作業との兼ね合いもあって、先に葬式の手配をしてしまう。ところが、葬式を予定していた日になっても老人は死なず、やがて喪服姿の客たちが家に来てしまう―。

 「ジュール叔父さん」は、港町ルアーブルのそう豊かではない一家の希望は、外国で一旗あげて郷里に帰ってくるはずの父の弟ジュール叔父だったはずが...。

大佛次郎『怪談その他』天人社図2.jpg世界怪談叢書 怪談仏蘭西篇.jpg 300余辺から厳選されているだけあって、どれも面白かったですが、この中で唯一の「怪奇物」である「手」は、どこかに似たような話があったなあと思ったら、大佛次郎の「手首」(「怪談」)(『文豪のミステリー小説』('08年/集英社文庫)などに所収)とモチーフは同じでした(大佛次郎の「手首」の方が物語に肉付けがされているが)。それで、たまたま横浜・港の見える丘公園にある「大佛次郎記念館」のホームページを見たら、2019年のテーマ展示として「大佛次郎の愛書シリーズ」というのがあり、展示資料の中に青柳瑞穂訳『世界怪談叢書 怪談仏蘭西篇』('31年/先進者)があったことが分りました。この中には、モーパッサンの「手」が収められています。大佛次郎がモーパッサンの「手」から自作「手首」の着想を得、日本風にアレンジ、応用したことは、ほぼ確実であると思います。

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2017年芥川賞受賞3作は、超高齢化社会、異文化、LGBT&東日本大震災。"時事性"が鍵?

おらおらでひとりいぐも.jpg 百年泥ド.jpg 芥川賞 若竹 石井.jpg  影裏.jpg 芥川賞 沼田真佑.jpg
おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞』『百年泥 第158回芥川賞受賞』若竹千佐子氏・石井遊佳氏 『影裏 第157回芥川賞受賞』沼田真佑 氏

 24歳の秋、桃子さんは東京オリンピックの年に故郷を離れ、身ひとつで上京。それから住みこみで働き、結婚し、夫の理想の女となるべく努め、都市近郊の住宅地で二人の子どもを産み育て、15年前に夫に先立たれた。残された桃子さんは今、息子、娘とは疎遠だが、地球46億年の歴史に関するノートを作っては読み、万事に問いを立てて意味を探求するうちに、自身の内側に性別も年齢も不詳の大勢の声を聞くようになった。それらの声は桃子さんに賛否の主張をするだけでなく、時にジャズセッションよろしく議論までする。どれどれと桃子さんが内面を眺めてみれば、最古層から聞こえてくるのは捨てた故郷の方言だった―。(「おらおらでひとりいぐも」)

70歳以上、初の2割超え.jpg 「おらおらでひとりいぐも」は2017(平成29)年・第54回「文藝賞」受賞を経て、2017(平成29)年下期・第158回「芥川賞」受賞作となった作品。芥川賞選考では、選考委員9人のうち5人が強く推して、積極消極のニュアンスの差はありながら、選考委員のほぼ全員がこれに票を投じたとのことで"圧勝"という感じです。72歳の女性の内面を描いて巧みと言うか、選考委員が推すのも納得という感じで、ある種、ブレークスルー小説になっているのも良かったです。最初は主人公と同じくらいの年齢の人が書いたのかと思いましたが、作者の受賞時の年齢は63歳とのことで、主人公よりやや若く、全部計算して書いていることが窺えます。そのことから、橋本治氏の近作『九十八歳になった私』('18年/講談社)と同じような技法を感じました。「敬老の日」を前に総務省が今日['18年9月16日]に発表した推計人口(15日時点)によると、70歳以上の人口の総人口に占める割合は20.7%で、初めて2割を超えたそうです。超高齢化社会ということで、こうした小説("独居老人小説"?)がこれからどんどん出て来るのでしょうか。


 私はチェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水に遭遇した。橋の下に逆巻く川の流れの泥から百年の記憶が蘇る。かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。流れゆくのは、あったかもしれない人生、群れみだれる人びと―。(「百年泥」)

 「百年泥」は、2017(平成29)年・第49回「新潮新人賞」受賞を経て、2017(平成29)年下期・第158回「芥川賞」受賞作となった作品。読み物としては芥川賞同時受賞の「おらおらでひとりいぐも」よりも面白かったですが、選考員の島田雅彦氏が、「海外体験のバリエーションが増えた現代、ルポルタージュのジャンルはかなり豊かになって来たが、小説との境界線を何処に引くべきかといったことを考えさせられた」と述べているように、その面白さや興味を引く部分は、ルポ的なそれとも言えます(終盤に挿入されている教え子が語る、彼の半生の物語などはまさにそう)。泥の中から行方不明者や故人を引きずり出し、何事もなかったように会話を始めたり、会社役員が翼を付けて空を飛んで通勤したりするとか、こうしたマジックリアリズム的手法を用いているのは、インド的と言えばインド的とも言えるけれど、むしろ、この作品がルポではなく小説であることの証しを無理矢理そこに求めた印象がなくもありませんでした。


 大きな崩壊を前に、目に映るものは何か。北緯39度。会社の出向で移り住んだ岩手の地で、ただひとり心を許したのが、同僚の日浅だった。ともに釣りをした日々に募る追憶と寂しさ。いつしか疎遠になった男のもう一つの顔に、「あの日」以後、触れることになるのだが―。(「影裏」)

影裏 (文春文庫)
『影裏』 (文春文庫).jpg 「影裏」は、2017(平成29)年・第122回「文學界新人賞」受賞を経て、2017(平成29)年上期・第157回「芥川賞」受賞作となった作品。前2作に比べると、これが一番オーソドックスに芥川賞受賞作っぽい感じです。途中で語り手である主人公がマイノリティ(LGBT)であることが分かり、ちょっとだけE・アニー・プルー原作、アン・リー監督の「ブロークバック・マウンテン」 ('05年/米)を想起させられました。この作品では、日浅という人物の二面性が一つの鍵になりますが、その日浅の隠された一面を表す行動について、その事実がありながら、わざとその部分を書いていません。こういうのを"故意の言い落とし"と言うらしいですが、そのせいか個人的にはカタルシス不全になってしまいました。選考委員の内、村上龍氏が、「推さなかったのは、『作者が伝えようとしたこと』を『発見』できなかったという理由だけで、それ以外にはない」というのに同感。村上龍氏は、『わたしは「これで、このあと東日本大震災が出てきたら困るな』と思った」そうですが、それが出てきます。


 芥川賞受賞作品3作の選考過程をみると、「おらおらでひとりいぐも」はやはりすんなり受賞が決まったという感じで、「百年泥」と「影裏」は若干意見が割れた感じでしょうか("回"は異なるが、「百年泥」を推す人は「影裏」を推さず、「「影裏」を推す人は「百年泥」を推さないといった傾向が見られる)。3作並べると、超高齢化社会、社会のグローバル化に伴う異文化体験、LGBT&東日本大震災―ということで、"時事性"が芥川賞のひとつの〈傾向と対策〉になりそうな気がしてしまいます。

芥川賞のすべて・のようなもの」参照
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『影裏』...【2019年文庫化[文春文庫]】

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「女たちの肖像」特集からの2作は、女優の演技を堪能できる映画。

あの日、欲望の大地で dvd.jpg あの日、欲望の大地で セロン.jpg ギジェルモ・アリアガ.jpg まぼろし dvd.jpg フランソワ・オゾン.jpg
あの日、欲望の大地で [DVD]」シャーリーズ・セロン/ギジェルモ・アリアガ監督 「まぼろし<初回限定パッケージ仕様> [DVD]」シャーロット・ランプリング/フランソワ・オゾン監督
キム・ベイシンガー/ジェニファー・ローレンス(当時17歳)
あの日、欲望の大地でes.jpg シルヴィア(シャーリーズ・セロン)は、ポートランドの海辺に建つ高級レストランのマネージャーとして働いている。だが、ひとたび職場を離れると、行きずりの男と安易に関係を持ち、自傷行為に走る。そんな彼女の前に、カルロス(ホセ・マリア・ヤスピク)と名乗るメキシコ人男性が現れ、彼が連れてきた12歳の少女マリア(テッサ・イア)の姿にシルヴィアは動揺し、思わず逃げ出す。その胸に、砂漠の中で真っ赤に燃え上がるトレーラーハウスの幻影が浮かび上がる...。シルヴィアがマリアーナと呼ばれていた10代の頃、彼女の一家はニあの日、欲望の大地で mix.jpegューメキシコ州の国境の町で暮らしていた。病気を克服したばかりの母親ジーナ(キム・ベイシンガー)に代わって、父親ロバート(ブレット・カレン)と3人の幼い兄弟の面倒を見るのはマリアーナ(ジェニファー・ローレンス)の役目だった。そんな中、ジーナは隣町に住むメキシコ人のニック(ヨアキム・デ・アルメイダ)と情事を重ねていた。お互いに家庭を持つ二人は、中間地点のトレーラーハウスを忍び逢いの場所に選び、貪るように愛を交わすが、その情事は唐突に終わりを告げる。二人が密会中にトレーラーハウスが炎上、二人は帰らぬ人となった。母の事故死は、多感なマリアーナの心に大きな傷跡を残したが、それはニックの息子・サンティアゴ(J・D・パルド)にあの日、欲望の大地で   セロン.jpgとっても同様だった。やがて、両親を真似るように密会を重ねるようになった二人は、本気で恋に落ちていく―。それから12年、シルヴィアは、マリアーナの名前と共に置き去りにした過去と向き合うべき時が来たことを悟る―。


Charlize Theron/Kim Basinger/Jennifer Lawrence
あの日、欲望の大地で 8.jpg 「あの日、欲望の大地で」('08年/米、原題:The Burning Plain)は、メキシコ出身の脚本家・作家で「21グラム」('03年)、「バベル」('06年)などの脚本映画があるギジェルモ・アリアガが、2人のオスカー女優、シャーリーズ・セロン(1975年生まれ)とキム・ベイシンガー(1953年生まれ)を主演に迎えて撮り上げた2008年の監督デビュー作。「時代と場所を越えて3世代にわたる女性たちが織りなす愛と葛藤と再生の物語を、時制を錯綜させた巧みな語り口で描き出していく」という謳い文句ですが、まさにその通りの佳作でした。

 まず冒頭に、草原の中にあるトレーラーハウスが爆発炎上するシーンがあって、その後、アメリカ北東部メイン州の海辺の街ポートランドで高級レストランの女マネージャーとして働きながら、複数の男性といきずりの関係を繰り返す、シャーリーズ・セロン演じるシルヴィアの話と、アメリカ南部ニューメキシコ州の国境沿いの町でメキシコ人男性とトレーラーハウスで不倫を重ねる、キム・ベイシンガー演じる主婦ジーナの話が交互に展開され、まさに「場所を越えた」話になっています。さらに、ニューメキシコでの話には、シルヴィアの娘マリアーナが重要な位置を占めるようになり、3人の女性の物語かと思ったら実は...。

あの日、欲望の大地で7.jpg "脚本家"監督のまさに脚本の上手さを感じさせますが、驚くべきは、重要な役どころであるシルヴィアの娘マリアーナを演じたジェニファー・ローレンス(1990年生まれ)の演技力で、当時17歳にして、2人のオスカー女優の体当たり演技(これはこれで流石と言うべき好演)に拮抗する演技となっています。ギジェルモ・アリアガ監督には「メリル・ストリープの再来かと思った」と言わしめ、2008年・第65回ヴェネツィアジェニファー・ローレンス マルチェロ・マストロヤンニ賞.jpg国際映画祭ではマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞しました。その4年後、コメディ映画「世界にひとつのプレイブック」('12年/米)でアカデミー賞主演女優賞を受賞、彼女自身もオスカー女優となっていますが、この「あの日、欲望の大地で」での演技の方が「世界にひとつのプレイブック」より上のように思います(シリアスドラマとコメディを比較するのは難しいが)。

ジェニファー・ローレンス(18歳)2008年・第65回ヴェネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)受賞

 この作品は、シネマブルースタジオで「女たちの肖像」特集の1本として観ましたが、この特集でその前に上映されたのが、最近「2重螺旋の恋人」('17年/仏・ベルギー)が日本公開されたばかりの、フランソワ・オゾン監督の「まぼろし」('00年/仏)でした。この監督も、ほぼ全作自分で(共同脚本もあるが)脚本を書いています。

ブリュノ・クレメール(ジャン)/シャーロット・ランプリング(マリー)
まぼろし ブリュノ・クレメール(左、ジャン).jpg 大学で英文学を教えるマリー(シャーロット・ランプリング)は、夫ジャン(ブリュノ・クレメール)とは結婚して25年になる50代の夫婦。子どもはいないが幸せな生活を送っている。毎年夏になると、フランス南西部・ランド地方の別荘で過ごし、今夏も同様にヴァカンスを楽しみに来た。昼間、マリーが浜辺でうたた寝する間、ジャンは海に泳ぎに行く。目を覚ましたマリーは、ジャンがまだ海から戻っていないことに気づく。気を揉みながらも平静を装うマリーだが、不安は現実のものとなる。ヘリコプターまで出動した大がかりな捜索にもかかわらずジャンの行方は不明のまま。数日後、マリーはひとりパリへと戻るが―。

まぼろし シャーロット・ランプリング(マリー).jpg シャーロット・ランプリング(1946年生まれ)が演じる、夫の死を受け入れられないマリーが、"壊れている"感がある分、どこかいじらしさもありました。彼女がパリに戻って最初の方のシーンで夫が出てくるため、その部分はカットバックかと思ったら、どうやらそうではなかったみたい。すでに「まぼろし」は始まっていた?(原題: Sous le sableは「砂の下」の意)。そう言えば、すでに女友達のアマンダ(アレクサンドラ・スチュワルト)に精神科に診てもらうよう勧められていました。

ジャック・ノロ(ヴァンサン)/アレクサンドラ・スチュワルト(アマンダ)
まぼろし ジャック・ノロ(左、ヴァンサン).jpgまぼろし アレクサンドラ・スチュワルト(アマンダ).jpg 彼女にとって夫は生きているわけで、女友達のアマンダはヴァンサン(ジャック・ノロ)を再婚相手として紹介したつもりなのだろうけれども(一見カットバック・シーンと思われた食事会は、二人をくっつけるためのものだったわけか)、彼女自身は不倫のスリルと快感を味わっているようなまぼろし シャーロット・ランプリング まぼろし.jpg感じでした(やや滑稽にも見える)。夫の薬棚からうつ病の薬を見つけて夫が自殺することを心配し、医者に行ってヴァカンス以降は薬を受け取りに来ていないことを知っても、あくまでも自殺を心配しています。仕舞には、ラスト近くで夫と思しき水死体が揚がって自ら検死に行くも、腕時計が違うという理由だけで(それが正確かどうかも怪しいが)夫とは認めようとしない―精神分析でいう"合理化"なのでしょうが、やっぱり"壊れている"!

 ストーリー的にはそれだけで、「あの日、欲望の大地で」に比べるとずっとシンプルでした。ラストに救いがあり、それが主人公の"ブレークスルー"にもなっている「あの日、欲望の大地で」とは異なり、主人公が夫の死を受け入れられないまま(壊れたまま)終わるところが個人的にはややあっけなく、これってヨーロッパ映画的なのかなと思いましたが、この作品は本国フランスのみならずアメリカでも好評を得たというのが興味深いです(日本でも、キネマ旬報ベストテンで外国映画の5位にランクインした)。

シャーロット・ランプリング まぼろし .jpg アメリカでも好評を得た理由の1つは、シャーロット・ランプリングがアメリカ映画にもよく出ていることもあるのでは。まさにシャーロット・ランプリングの演技を観る映画になっているような感じですが、彼女はその負託に応えている感じで、この作品の演技が、「さざなみ」('15年/英)などでの高い評価を得た近年の演技の下地として連なっているのではないかと思います。かつて「愛の嵐」('74年/伊)の頃は、こんなに息の長い女優になるとは思われていなかったように思います。

シャーロット・ランプリング in「まぼろし」('00年)

「女たちの肖像」特集からの2作は、ストーリー的には「あの日、欲望の大地で」が良かったですが、2作とも、女優の演技を堪能することができる映画でした。

シャーロット・ランプリング in「スパイ・ゲーム」('01年/米)/「デクスター 警察官は殺人鬼(シーズン8)」('08年/米)/「わたしを離さないで」(10年/英)(原作:カズオ・イシグロ)
Charlotte Rampling-spy-game-(2001) -.jpg シャーロット・ランプリング デクスター.jpg シャーロット・ランプリング わたしを離さないで.jpg

あの日、欲望の大地でs.jpg「あの日、欲望の大地で」●原題:THE BURNING PLAIN●制作年:2008年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ギジェルモ・アリアガ●製作:ウォルター・パークス/ローリー・マクドナルド●撮影:ロバート・エルスウィット●音楽:ハンス・ジマー/オマール・ロドリゲス=ロペス●時間:106分●出演:シャーリーズ・セロン/キム・ベイシンガー/ジェニファー・ローレンス/ホセ・マリア・ヤスピク/ジョン・コーベット/ダニー・ピノ/テッサ・イア/ジョアキム・デ・アルメイダ/J・D・パルド/ブレット・カレン●日本公開:2009/09●配給:東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-09-07)(評価:★★★★)

まぼろしSOUS LE SABLE.jpg「まぼろし」●原題:SOUS LE SABLE●制作年:2000年●制作国:フランス●監督:フランソワ・オゾン●製作:オリヴィエ・デルボス/マルク・ミソニエ●脚本:フランソワ・オゾン/エマニュエル・ベルンエイム/マリナ・ドゥ・ヴァン/マルシア・ロマーノ●撮影:アントワーヌ・エベルレ/ジャンヌ・ラポワリー●音楽:フィリップ・ロンビ●時間:95分●出演:シャーロット・ランプリング/ブリュノ・クレメール/ジャック・ノロ/アレクサンドラ・スチュワルト/ピエール・ヴェルニエ/アンドレ・タンジー●日本公開:2002/09●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-09-03)(評価:★★★☆)

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初めて読んだ時は驚いたが、「限られた生」という意味では自分たちも登場人物らと同じか。

わたしを離さないで 文庫 2008.jpgわたしを離さないで 2006.jpg わたしを離さないで 映画dvd__.jpg わたしを離さないで dorama d_.jpg
わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)』/単行本/「わたしを離さないで [DVD]」/「わたしを離さないで DVD-BOX


 キャシー・Hは31歳、優秀な介護人として11年間、提供者と呼ばれる人たちを世話している。生まれ育ったヘールシャムでの親友、ルースとトミーもキャシーが介護してきた。キャシーはヘールシャムで過ごした日々を懐かしく回想していく。毎週の健康診断や、図画工作に力をいれた授業など、保護官の監視のもと「外」とは違う奇妙な、しかし懐かしい日々。「教わっているけど教わっていない」ヘールシャムでの日常を回想しながら、運命に翻弄された人々の真実が徐々に明らかになっていく―。

Never Let Me Go .jpg 2017年のノーベル文学賞受賞者となったカズオ・イシグロの2005年発表の長編第6作であり(原題:Never Let Me Go)、その前の第5作『わたしたちが孤児だったころ』(2000年)が歴史探偵小説風、この後の第7作が『忘れられた巨人』(2015年)がファンタジー小説風であるのに対し、この作品はSF小説風ということで、一作毎にいろいろな小説スタイルを採り入れているのが興味深いです。SF作家でノーベル文学賞を受賞した人はいませんが、"代表作"の中にSF小説がある作家というと、カズオ・イシグロは当て嵌まるかもしれません(ノーベル文学賞受賞の際に、受賞理由である「世界と繋がっているという我々の幻想に隠された深淵を偉大な感情力で明るみにした一連の小説」を体現する代表作として本作を紹介する解説者が多くいた)。

"Never Let Me Go"ペーパーバック(2011)

 この作品は、個人的には、まだカズオ・イシグロが日本でそれほど話題になっていない頃に予備知識無しで読んだため、途中で登場人物たちの負っている運命が明かされた時は本当に驚いてしまい、よくこんな話を考えたものだと思いました。作者は、未読の人にネタバラシしても構わないと言っているようですが、そのことはとりもなおさず"読み物"の形を借りた"文学"であることを意味しているのでしょう。とは言え、個人的には、読んでいて途中でそうした事実が明かされた時の衝撃の大きさが本の一番の印象になっているため、もうかなり知られているとは思いますが、ここでストレートにすべてを明かしてしまうのはやや気が引けます(読んでいるうちに分かってしまうが)。

ドリー・パートン.jpgクローン羊ドリー.jpg 作者は、1996年に英国で世界初のクローン羊"ドリー"(米国のシンガーソングライター兼女優ドリー・パートンの巨乳に因んで名づけられた)が誕生したニュースから、この作品のモチーフを着想したそうです。この作品の発表の翌年2006年に、山中伸弥教授が率いる京都大学の研究グループがiPS細胞を開発し、その時点でノーベル受賞が確実視されるほど話題になりましたから(2012年ノーベル生理学・医学賞を受賞)、そのニュースの後だったら違った作品になっていたかもしれないという気もします(iPS細胞の開発はこの作品の前提を変えてしまうから)。

「ブレードランナー」より
『ブレードランナー』4.jpg この作品の登場人物たちは、自分たちの運命に抵抗もしますが、それを宿命として受け入れている部分がかなり大きいように思います。P・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の映画化作品リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」('82年/米)における"レプリカント" (クローン技術の細胞複製(レプリケーション)からとった造語)は彼らよりもっと自らの運命に抗ったし、さらに遡ると、カレル・チャペックの1920年刊行の戯曲『ロボット』では、創造主である人間に抵抗し滅ぼそうとする"ロボット"たちが登場し、最後、人間は一人だけが生き残り、ロボット同士の結婚を認めるというスゴイ話になっています。

 それらに比べると、この作品は冒頭から何となくシュール感が漂うものの、リアリズム基調を維持していて、"異常"でありながらも"劇的"な事態は生じず、「記憶の物語」が静かに進行していくという感じです。そのため、どうして彼らは逃げ出さないのかという疑問は誰もが抱くのではないかと思いますが、作者は、この英国の片田舎の"平行世界"を舞台とした小説を、2015年までの自身の作品のうちでもっとも「日本的」な小説だと考えているとしており、それは所謂"日本的諦念"というのが反映されているということでしょう。別のところで作者は、登場人物たちの死生観を、難病の子供たちのそれに擬え、彼らは決して絶望しているわけではないともしていました。

日の名残り%E3%80%80文庫.jpg また、同じ作者の代表作『日の名残り』について、作者自身が「われわれは皆"執事"のようなものである」ということが言いたかったと述べているのは、この作品にも当て嵌まるように思います。つまり、相対比較で見れば、この小説の登場人物のような境遇でなくて良かったということになるのかもしれませんが、絶対的に限られた時間を生きているという意味では自分たちも彼らとまったく同じであり、ただ、"限られた生をどう生きるか"そこまで突き詰めて考えていないで日常を過ごしているだけなのかもしれないと思いました。この小説に引き込まれるのは、登場人物の思念を通して、そうした生の有限性や生きることの意味を考えさせられるためではないかと思います。

わたしを離さないで 01.jpg この作品は、2010年にマーク・ロマネク監督、キャリー・マリガン、キーラ・ナイトレイ、アンドリュー・ガーフィールド主演により、イギリスにおいて映画化されています。キャリー・マリガン、キーラ・ナイトレイ共に1985年生まれで、キーラ・ナイトレイは「プライドと偏見」('05年/英)でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、ハリウッド映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズでジョニー・デップの相手役でブレイク、一方のキャリー・マリガンは、そのキーラ・ナイトレイが主演した「プライドと偏見」がデビュー作ということで、当初はキャリアに相当差がありましたが、その後「17歳の肖像」('09年/英)で英国アカデミー賞主演女優賞を受賞、この「わたしを離さないで」では、キャリー・マリガンが主人公キャシーを演じ、ルースを演じたキーラ・ナイトレイ、トミーを演じたアンドリュー・ガーフィールドと共に2010年・第13回英国インディペンデント映画賞の主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞にそれぞれノミネートされ、キャリー・マリガンだけが受賞しています。

キャリー・マリガン/キーラ・ナイトレイ/アンドリュー・ガーフィールド
わたしを離さないで05.jpg 役者達の演技は悪くなく、特にキャリー・マリガンはいいです。子役たちも、意図して選んだのだと思いますが、3人の役者にそれぞれ似ていました。ただ、小説におけるヘールシャムからは英国のパブリック・スクールに代表される「イギリス的学校」の雰囲気が感じられ、ここにも作者の"英国的"なものへの批判が込められていると思わたしを離さないで シャーロット・ランプリング.jpgいましたが、映画ではもろにパブリック・スクールそのものになってしまっていて、ストレートすぎて逆にイマジネーションが阻害された感じ。それと、シャーロット・ランプリング演じるヘールシャムの校長が、かなり早い段階で生徒たちに事実を告げてしまうので、これもどうかなと思いました。原作を読んでいて、読みながら何かこの学校にはあるぞという思いを巡らせる、そうした時間に相当する部分が短かすぎたため、原作を"追体験"した気分にならなかったです(そう考えると、原作は"引っ張る"ことの効果まで計算されていたということか)。

わたしを離さないで 舞台.jpg 日本では2014年に蜷川幸雄演出、多部未華子主演により舞台化され、2016年には森下佳子(「おんな城主 直虎」('17年/NHK))脚本、綾瀬はるか主演でテレビドラマ化されました。多部未華子の舞台は観ていまわたしを離さないで  ドラマ.jpgせんが(PVは観た)、綾瀬はるかのドラマの方は、全10話の内最初の3話が登場人物の幼年期で、子役の演技をずっと見せられるのはややしんどかったです(NHKの大河ドラマで言えば、4月まで子役が児童劇を演じているようなもの)。しかも、この間に生徒(児童)たちに事実が告げられ、告知が映画より更に早わたしを離さないで  ドラマs.jpgまっています(これ、何歳でそうした事実を知らされるかで、話がやや違ってくるように思われ、児童劇のような序盤と併せ、原作と最もイメージが違った点だった)。更に、ラストの方は、ドラマのオリジナルの話になっています。映画化も舞台化もされているため、オリジナリティを出そうとしたのかもしれませんが、ドラマ化は初なので、原作通りで真っ向勝負して欲しかった気もします(歴史さえ改変してしまう「直虎」の脚本家だから、何でもありか)。


わたしを離さないで 02.jpgわたしを離さないで03.jpg「わたしを離さないで」●原題:NEVER LET ME GO●制作年:2010年●制作国:イギリス●監督:マーク・ロマネク●製作:アンドリュー・マクドナルド/アロン・ライヒ●脚本:アレックス・ガーランド●撮影:アダム・キンメル●音楽:レイチェル・ポートマン●原作:カズオ・イシグロ●時間:105分●出演:キャリー・マリガン/アンドリュー・ガーフィールド/キーラ・ナイトレイ/イソベル・メイクル=スモール/エラ・パーネル/チャーリー・ロウ/エミリシャーロット・ランプリング/サリー・ホーキンス/ナタリー・リシャール/アンドレア・ライズボロー/ドムナル・グリーソン●日本公開:2011/03●配給:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ(評価:★★★)

キーラ・ナイトレイ in「プライドと偏見」('05年/英)/「はじまりのうた」('13年/米)
キーラ・ナイトレイ プライドと偏見.jpg はじまりのうた98.jpg
アンドリュー・ガーフィールド in「ソーシャル・ネットワーク」('10年/米)/「沈黙-サイレンス-」('16年/米)
アンドリュー・ガーフィールド.jpg 沈黙%E3%80%80サイレンス.jpg
シャーロット・ランプリング in「まぼろし」('00年/仏)/「スパイ・ゲーム」('01年/米)/「デクスター 警察官は殺人鬼(シーズン8)」('08年/米)
シャーロット・ランプリング まぼろし .jpg Charlotte Rampling-spy-game-(2001) -.jpg シャーロット・ランプリング デクスター.jpg

わたしを離さないで  ドラマ s.jpgわたしを離さないで tv.jpg「わたしを離さないで」●演出:吉田健/山本剛義/平川雄一朗●プロデューサー:渡瀬暁彦/飯田和孝●脚本:森下佳子●原作:カズオ・イシグロ●出演:綾瀬はるか/三浦春馬/水川あさみ/真飛聖/伊藤歩/甲本雅裕/麻生祐未●放映:2016/01~03(全10回)●放送局:TBS

●朝日新聞・識者120人が選んだ「平成の30冊」(2019.3)
1位「1Q84」(村上春樹、2009)
2位「わたしを離さないで」(カズオ・イシグロ、2006)
3位「告白」(町田康、2005)
4位「火車」(宮部みゆき、1992)
4位「OUT」(桐野夏生、1997)
4位「観光客の哲学」(東浩紀、2017)
7位「銃・病原菌・鉄」(ジャレド・ダイアモンド、2000)
8位「博士の愛した数式」(小川洋子、2003)
9位「〈民主〉と〈愛国〉」(小熊英二、2002)
10位「ねじまき鳥クロニクル」(村上春樹、1994)
11位「磁力と重力の発見」(山本義隆、2003)
11位「コンビニ人間」(村田沙耶香、2016)
13位「昭和の劇」(笠原和夫ほか、2002)
13位「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一、2007)
15位「新しい中世」(田中明彦、1996)
15位「大・水滸伝シリーズ」(北方謙三、2000)
15位「トランスクリティーク」(柄谷行人、2001)
15位「献灯使」(多和田葉子、2014)
15位「中央銀行」(白川方明2018)
20位「マークスの山」(高村薫1993)
20位「キメラ」(山室信一、1993)
20位「もの食う人びと」(辺見庸、1994)
20位「西行花伝」(辻邦生、1995)
20位「蒼穹の昴」(浅田次郎、1996)
20位「日本の経済格差」(橘木俊詔、1998)
20位「チェルノブイリの祈り」(スベトラーナ・アレクシエービッチ、1998)
20位「逝きし世の面影」(渡辺京二、1998)
20位「昭和史 1926-1945」(半藤一利、2004)
20位「反貧困」(湯浅誠、2008)
20位「東京プリズン」(赤坂真理、2012)

【2008年文庫化[ハヤカワepi文庫]】

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学生時代の産物にして高い完成度。失恋体験の反映も感じられる「羅生門」「鼻」。

羅生門・鼻 新潮文庫.jpg  羅生門・鼻・芋粥 (角川文庫)2.jpg 羅生門・鼻・芋粥 (角川文庫)3.jpg 羅生門・鼻・芋粥 (角川文庫)_.jpg 羅生門・鼻・芋粥・偸盗 (岩波文庫).jpg
羅生門・鼻 (新潮文庫)』(2005)/『改編 羅生門・鼻・苧粥 (角川文庫)』(1989)/『羅生門・鼻・芋粥 (角川文庫)』(2007)/角川文庫文豪ストレイドッグスコラボカバー/『羅生門・鼻・芋粥・偸盗 (岩波文庫)』(2002)

羅生門 大正6年.jpg羅生門 阿蘭陀書房.jpg 新潮文庫版『羅生門・鼻』('68年初版/'05年改版)は、1915年(大正4年)11月に雑誌『帝国文学』に発表された「羅生門」、翌大正5年に雑誌『新思潮』に発表された「鼻」をはじめ、「芋粥」「運」「袈裟と成遠」「邪宗門」「好色」「俊寛」の8編を収録。何れも「王朝物」と言われる、平安時代に材料を得た歴史小説です。因みに、1917年(大正6年)5月に阿蘭陀書房より刊行された短編集『羅生門』が芥川龍之介にとっての処女短編集で(表題の「羅生門」をはじめ「鼻」「芋粥」など14編の短編を所収)、日本橋のレストラン「鴻の巣」で出版祈念会「羅生門の会」が催され、谷崎潤一郎、有島武郎、和辻哲郎等も出席しています。

[オーディオブックCD] 芥川龍之介 羅生門.jpg 「羅生門」(大正4年)... 出典は『今昔物語』。失職して行き場の無い身分の低い若者が、羅生門も楼上で、生活のために死人の髪の毛を抜いて鬘としようとしている老婆と遭遇し、格闘の上、精神的にも肉体的にも勝利して、京の町へと消えていく―。老婆の容姿とその考え方の醜さは、世間一般の考え方の醜さの代表格ともとれるでしょうか。しかし、主人公である若者自身が老婆の着衣を剥ぐという行為をすることを選んだことで、彼自身も〈盗人〉になってしまったわけで、但し、作者はこれを主人公の敗北として描いているのではなく、むしろ、倫理的束縛から脱却し、一皮剥けたが如く描いている点がミソでしょうか(因みに、黒澤明監督の「羅生門」('50年/東宝)は、芥川の短編小説「藪の中」(1922年)を原作としているが、本作から舞台背景、着物をはぎ取るエピソード(映画では赤ん坊から)を取り入れている)。
[オーディオブックCD] 芥川龍之介 羅生門「ドラマ版・朗読版収録」(CD1枚)

『羅生門・鼻』 .JPG 「鼻」(大正5年)... 夏目漱石に絶賛された作品で、芥川作品の中でも最も多く国語の教科書で取り上げられている作品の一つではないでしょうか。これも出典は『今昔物語』ですが、シンプルでユーモラスな話を通して、現代に通じる普遍的なテーマをさらっと描いている点が優れているように思います。禅智内供の最後の開き直りはある意味痛快です。「羅生門」とこの作品を書く直前に、芥川は青山女学院卒の女性・吉田弥生との失恋を経験しており、失恋によって知らされた自分の弱さの克服という点で、特に「羅生門」とこの作品にその影響が見られるとされているようです。また、この「鼻」と次の「芋粥」は、それぞれニコライ・ゴーゴリ(1809-1852)の中編「鼻」「外套」の影響を受けているともされてるようです(テーマ面よりモチーフ面でということか)。

 「芋粥」(大正5年)... これも出典は『今昔物語』。背が低く、鼻が赤く、口ひげが薄く、風采があがらず、皆から馬鹿にされている五位の夢は、滅多に食べることのできない芋粥を飽きるほど食べてみたいというもの。ある時、その願いを耳にした藤原利仁が、「お望みなら、利仁がお飽かせ申そう」と言ってくる―。理想や欲望は達せられないからこそ価値があり、達せられれば幻滅するのみということでしょうか。但し、角川文庫解説の三好行雄は、主人公が幻滅の悲哀を味わったのは確かだが、真に絶望したのは、自分の生きがいが巨大な窯で煮られ、狐にさえ馳走される現実に対してであるとしています(何だか"格差社会"的テーマになるなあ)。五位の境遇や性格は確かにゴーゴリの「外套」の下級官吏アカーキイ・アカーキエウィッチと似ていると思いましたが、格差を見せつけられた五位と、死後に幽霊になって復讐を果たしたアカーキイ・アカーキエウィッチとどちらが不幸なのでしょう。

 「運」(大正6年)... これもまた出典は『今昔物語』。清水寺参道で、青侍が陶器師の翁に、観音様には本当にご利益があるのかと尋ねと、翁が話し出したのは、西の市で商売をしているある女の話で、女がまだ娘だった頃に、お籠もりをしていると、「ここから帰る路で、そなたに云いよる男がある。その男の云う事を聞くがよい」というお告げがあり、寺を出ると一人の男に攫われ、夜が明けて、夫婦になってくれという男の望みを受け入れるが―。同じエピソードでも、翁と青侍とでは受け止め方が異なり、それは人生の価値観がまったく異なるということを意味しています。作者は自分の見解を明かしていない?

袈裟と盛遠 日本オペラ協会.jpg袈裟と盛遠 日本オペラ協会ド.jpg 「袈裟と盛遠」(大正7年)... 盛遠は、渡左衛門尉の妻・袈裟に横恋慕し、やがて邪魔な渡を殺してしまおうと思い、袈裟に殺害計画を打ち明ける―。その段になって夫の前に身を投げ出した袈裟は、貞女なのか、はたまた...。原典(『源平盛衰記』など)でも袈裟は盛遠(モデルは遠藤盛遠、後の僧・文覚(1119-1203))と既に契ってしまっているそうですが、この作品は袈裟の貞女としてのイメージをひっくり返すだけでなく、愛する男に殺害されることが最初からの彼女の望みだったというスゴイ解釈になっています(稲垣浩・マキノ正博共同監督作に「袈裟と盛遠」('39年/日活)というのがあるが、原典(「源平盛衰記」乃至「平家物語」)に沿った作りか。オペラにもなっていて、こちらは「芥川龍之介原作」ではなく、はっきり「平家物語より」となっている)。

 「邪宗門」(大正7年)... 摩利の教(キリスト教)の布教を目論む摩利信乃法師は、これを取り押さえようと四方から襲いかかる検非違使を法力で打ち倒し、大和尚と称されていた横川の僧都でも歯が立たず、沙門がますます威勢を奮う中、堀川の若殿様が庭へと降り立った―。繰り広げられる法力対決は殆ど魔界ファンタジーの世界で、こんなに面白くていいのかなという感じ。文庫で80ページほどの中編。「東京日日新聞」(現「毎日新聞」)の連載小説でありながら未完で終わっているということは、書いている作者自身、収拾がつかなくなった?

 「好色」(大正10年)... 色男としてその名を轟かせている平中(へいちゅう)は、美女・侍従に思いを寄せるが、侍従の態度はつれない。侍従への想いを断ち切るために彼は、侍従の糞尿を捨てに行く女童から箱を引ったくるが―。恋する男の愚かさが滲み出た作品ですが、作者の中に女性崇拝的な素質がなければ、このような作品は書かないのではないかなあ。

 この他に新潮文庫版は「俊寛」を所収。一方の角川文庫版『羅生門・鼻・芋粥』('89年初版/'07年改版)は、「老年」「ひょっとこ」「仙人」「羅生門」「鼻」「孤独地獄」「父」「野呂松人形」「芋粥」「手巾」「煙草と悪魔」「煙管」「MENSURA ZOILI」「運」「尾形了斎覚え書」「日光小品」「大川の水」「葬儀記」の18編を所収。殆どが大正3年から大正5年の間に書かれた作品で、最後の3編は随想、最後は夏目漱石の葬儀の記録です。これらの中で新潮文庫版と重なるものを除けば、「手巾」「煙草と悪魔」が面白いでしょうか。「煙管」は「鼻」と似たようなところがあると思いました。岩波文庫版『羅生門・鼻・芋粥・偸盗』('02年改版)は、タイトル通り4編を所収。「偸盗」は作者が失敗作だと自己評価した作品で、「羅生門」の続編とも言われていますが、「鼻」「芋粥」と並んで面白いのではないでしょうか。

 「羅生門」と「鼻」は芥川の学生時代の産物。それでいて高い完成度を感じますが、今回読み直してみて、「羅生門」と「鼻」に作者の失恋体験の反映を感じました(関口安義・都留文科大学名誉教授による評伝『芥川龍之介』(03年/岩波新書)を参照した)。「羅生門」に出て来る老婆は、作者の失恋の原因となった(つまり吉田弥生との交際に反対した)養母の化身ともとれますが、やはり、もっと広く見て、現にある社会悪や社会的理不尽の象徴と見るべきでしょう。主人公がその老婆から衣服を剥いだことは、主人公自身が悪に染まったと言うよりは(確かにそうも取れるが)むしろ倫理的束縛から脱却して現実世界に強く一歩を踏み出したともとれ、作者自身の創作への決意が反映されているように思いました。

【1949年文庫化[岩波文庫(『羅生門・鼻・芋粥』)]/1949年再文庫化[新潮文庫(『羅生門』)]/1950年再文庫化[角川文庫(『羅生門・偸盗・地獄変―他四篇』)]/1960年再文庫化・2002年改版[岩波文庫(『羅生門・鼻・芋粥・偸盗』)]/1965年再文庫化[旺文社文庫(『羅生門・鼻・侏儒の言葉』)]/1968年再文庫化・1989年改版・2007年改版[角川文庫(『羅生門・鼻・芋粥』)]/1968年再文庫化・2005年改版[新潮文庫(『羅生門・鼻』)]/1971年再文庫化[講談社文庫(『羅生門/偸盗/地獄変/往生絵巻』)]/1979年再文庫化[ポプラ社文庫(『鼻・羅生門』)]/1986年再文庫化[ちくま文庫(『芥川龍之介全集〈1〉』)]/1997年再文庫化[文春文庫(『羅生門 蜘蛛の糸 杜子春 外十八篇 (文春文庫―現代日本文学館)』)]】

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2018年「本屋大賞」の第1位、第2位、第3位作品。個人的評価もその順位通り。

かがみの孤城.jpg かがみの孤城 本屋大賞.jpg  盤上の向日葵.jpg 屍人荘の殺人.jpg
辻村 深月 『かがみの孤城』 柚月 裕子 『盤上の向日葵』 今村 昌弘 『屍人荘の殺人

 2018年「本屋大賞」の第1位が『かがみの孤城』(651.0点)、第2位が『盤上の向日葵』(283.5点)、第3位が『屍人荘の殺人』(255.0点)です。因みに、「週刊文春ミステリーベスト10」(2017年)では、『屍人荘の殺人』が第1位、『盤上の向日葵』が第2位、『かがみの孤城』が第10位、別冊宝島の「このミステリーがすごい!」では『屍人荘の殺人』が第1位、『かがみの孤城』が第8位、『盤上の向日葵』が第9位となっています。『屍人荘の殺人』は、第27回「鮎川哲也賞」受賞作で、探偵小説研究会の推理小説のランキング(以前は東京創元社主催だった)「本格ミステリ・ベスト10」(2018年)でも第1位であり、東野圭吾『容疑者Xの献身』以来13年ぶりの"ミステリランキング3冠達成"、デビュー作では史上初とのことです(この他に、『容疑者Xの献身』も受賞した、本格ミステリ作家クラブが主催する第18回(2018年)「本格ミステリ大賞」も受賞している)。ただし、個人的な評価(好み)としては、最初の「本屋大賞」の順位がしっくりきました。

かがみの孤城6.JPG 学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた。なぜこの7人が、なぜこの場所に―。(『かがみの孤城』)

 ファンタジー系はあまり得意ではないですが、これは良かったです。複数の不登校の中学生の心理描写が丁寧で、そっちの方でリアリティがあったので楽しめました(作者は教育学部出身)。複数の高校生の心理描写が優れた恩田陸氏の吉川英治文学新人賞受賞作で第2回「本屋大賞」受賞作でもある『夜のピクニック』('04年/新潮社)のレベルに匹敵するかそれに近く、複数の大学生たちの心理描に優れた朝井リョウ氏の直木賞受賞作『何者』('12年/新潮社)より上かも。ラストは、それまで伏線はあったのだろうけれども気づかず、そういうことだったのかと唸らされました。『夜のピクニック』も『何者』も映画化されていますが、この作品は仮に映像化するとどんな感じになるのだろうと考えてしまいました(作品のテイストを保ったまま映像化するのは難しいかも)。


盤上の向日葵   .jpg盤上の向日葵ド.jpg 埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが捜査を開始した。それから四か月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦の会場だ―。(『盤上の向日葵』)

 『慈雨』('16年/集英社)のような刑事ものなど男っぽい世界を描いて定評のある作者の作品。"将棋で描く『砂の器』ミステリー"と言われ、作者自身も「私の中にあったテーマは将棋界を舞台にした『砂の器』なんです」と述べていますが、犯人の見当は大体ついていて、その容疑者たる天才棋士を二人組の刑事が地道な捜査で追い詰めていくところなどはまさに『砂の器』さながらです。ただし、天才棋士が若き日に師事した元アマ名人の東明重慶は、団鬼六の『真剣師小池重明』で広く知られるようになり「プロ殺し」の異名をもった真剣師・小池重明の面影が重なり、ややそちらの印象に引っ張られた感じも。面白く読めましたが、犯人が殺害した被害者の手に将棋の駒を握らせたことについては、発覚のリスクを超えるほどに強い動機というものが感じられず、星半分マイナスとしました。

映画タイアップ帯
屍人荘の殺人 映画タイアップカバー.jpg屍人荘の殺人_1.jpg 神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちは肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった―。(『屍人荘の殺人』)

2019年映画化「屍人荘の殺人」
監督:木村ひさし 脚本:蒔田光治
出演:神木隆之介/浜辺美波/中村倫也
配給:東宝

屍人荘の殺人 (創元推理文庫).jpg 先にも紹介した通り、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」の"ミステリランキング3冠"作(加えて「本格ミステリ大賞」も受賞)ですが、殺人事件が起きた山荘がクローズド・サークルを形成する要因として、山荘の周辺がテロにより突如発生した大量のゾンビで覆われるというシュールな設定に、ちょっとついて行けなかった感じでしょうか。謎解きの部分だけ見ればまずまずで、本格ミステリで周辺状況がやや現実離れしたものであることは往々にしてあることであり、むしろ周辺の環境は"ラノベ"的な感覚で読まれ、ユニークだとして評価されているのかなあ。個人的には、ゾンビたちが、所謂ゾンビ映画に出てくるような典型的なゾンビの特質を有し、登場人物たちもそのことを最初から分かっていて、何らそのことに疑いを抱いていないという、そうした"お約束ごと"が最後まで引っ掛かりました。

 ということで、3つの作品の個人的な評価順位は、『かがみの孤城』、『盤上の向日葵』、『屍人荘の殺人』の順であり、「本屋大賞」の順番と同じになりました。ただし、自分の中では、それぞれにかなり明確な差があります。

屍人荘の殺人 2019.jpg屍人荘の殺人01.jpg(●『屍人荘の殺人』は2019年に木村ひさし監督、神木隆之介主演で映画化された。原作でゾンビたちが大勢出てくるところで肌に合わなかったが、後で考えれば、まあ、あれは推理物語の背景または道具に過ぎなかったのかと。映画はもう最初からそういうものだと思って観屍人荘の殺人03.jpgているので、そうした枠組み自体にはそれほど抵抗は無かった。その分ストーリーに集中できたせいか、原作でまあまあと思えた謎解きは、映画の方が分かりよくて、原作が多くの賞に輝いたのも多少腑に落ちた(原作に星1つプラス)。但し、ゾンビについては、エキストラでボランティアを大勢使ったせいか、ひどくド素人な演技で、そのド素人演技のゾンビが原作よりも早々と出てくるので白けた(星半分マイナス)。)

屍人荘の殺人ー.JPG屍人荘の殺人02.jpg屍人荘の殺人 ps.jpg「屍人荘の殺人」●制作年:2019年●監督:木村ひさし●製作:臼井真之介●脚本:蒔田光治●撮影:葛西誉仁●音楽:Tangerine House●原作:今村昌弘『屍人荘の殺人』●時間:119分●出演:神木隆之介/浜辺美波/葉山奨之/矢本悠馬/佐久間由衣/山田杏奈/大関れいか/福本莉子/塚地武雅/ふせえり/池田鉄洋/古川雄輝/柄本時生/中村倫也●公開:2019/12●配給:東宝●最初に観た場<所:新宿ピカデリー(19-12-16)(評新宿ピカデリー1.jpg新宿ピカデリー2.jpg価:★★★)

新宿ピカデリー

『屍人荘の殺人』...【2019年文庫化[創元推理文庫]】

 
 
 
《読書MEMO》
盤上の向日葵 ドラマ03.jpg盤上の向日葵 08.jpg●2019年ドラマ化(「盤上の向日葵」) 【感想】 2019年9月にNHK-BSプレミアムにおいてテレビドラマ化(全4回)。主演はNHK連続ドラマ初主演となる千葉雄大。原作で埼玉県警の新米刑事でかつて棋士を目指し奨励会に所属していた佐野が男性(佐野直也)であるのに対し、ドラマ盤上の向日葵 05.jpgでは蓮佛美沙子演じる女性(佐野直子)に変更されている。ただし、最近はNHKドラマでも原作から大きく改変されているケースが多いが、これは比較的原作に沿って盤上の向日葵 ドラマ.jpg丁寧に作られているのではないか。原作通り諏訪温泉の片倉館でロケしたりしていたし(ここは映画「テルマエ・ロマエⅡ」('14年/東宝)でも使われた)。主人公の幼い頃の将棋の師・唐沢光一朗を柄本明が好演(子役も良かった)。竹中直人の東明重慶はややイメージが違ったか。「竜昇戦」の挑戦相手・壬生芳樹が羽生善治っぽいのは原作も同じ。加藤一二三は原作には無いゲスト出演か。

盤上の向日葵 ドラマ01.jpg盤上の向日葵  片倉館.jpg「盤上の向日葵」●演出:本田隆一●脚本:黒岩勉●音楽:佐久間奏(主題歌:鈴木雅之「ポラリス」(作詞・作曲:アンジェラ・アキ))●原作:柚月裕子●出演: 千葉雄大/大江優成/柄本明/竹中直人/蓮佛美沙子/大友康平/檀ふみ/渋川清彦/堀部圭亮/馬場徹/山寺宏一/加藤一二三/竹井亮介/笠松将/橋本真実/中丸新将●放映:2019/09/8-29(全4回)●放送局:NHK-BSプレミアム

『盤上の向日葵』...【2020年文庫化[中公文庫(上・下)(解説:羽生善治)]】
『屍人荘の殺人』...【2019年文庫化[創元推理文庫]】

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すべてを分かり易く撮っているヴィスコンティ。"注釈"的な場面さえある。

べ二スに死す ps.jpgヴェ二スに死す 文庫新潮.jpg ヴェ二スに死す 文庫岩波.jpg ヴェ二スに死す 文庫集英社.jpg トーマス・マン.jpg
ベニスに死す [DVD]」/『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫)』['67年]/『ヴェニスに死す (岩波文庫)』['00年]/『ベニスに死す (集英社文庫)』['11年]/トーマス・マン(1875-1955)

ベニスに死す  .jpgベニスに死す 07.jpg 1911年、ドイツ有数の作曲家・指揮者であるグスタフ・アシェンバッハ(ダーク・ボガード)は静養のため訪れたベニスで、母親(シルヴァーナ・マンガーノ)と三人の娘と家庭教師と共に同地を訪れていたポーランド人少年タジオ(ビヨルン・アンデルセン)に理想の美を見出す。以来、彼は浜に続く回廊をタジオを求めて彷徨うようになる。ある日、ベニスの街中で消毒が始まり、疫病が流行しているのだという。白粉と口紅、白髪染めを施して若作りをし、タジオの姿を求めてベニスの町を徘徊ベニスに死す86cf.jpgベニスに死す last.jpgしていたあるとき、彼は力尽きて倒れ、自らも感染したことを知る。それでも彼はベニスを去らない。疲れきった体を海辺のデッキチェアに横たえ、波光がきらめく中、彼方を指さすタジオの姿を見つめながら死んでゆく―。
ルキノ・ヴィスコンティ監督/ビヨルン・アンデルセン
ベニスに死す ヴィスコンティ.jpg 1971年公開のルキノ・ヴィスコンティ監督作で、アメリカ資本のイタリア・フランス合作映画で第24回カンヌ国際映画祭25周年記念賞受賞作。同監督の「地獄に堕ちた勇者ども」「ルートヴィヒ」と並ぶ「ドイツ三部作」の第2作とされていますが、これだけ舞台はドイツではなくイタリアです。原作はドイツの作家トーマス・マン(1875-1955)が1912年に発表した中編小説で、原作では主人公グスタフ・アッシェンバッハは"著名な作家"となっていますが、映画では"作曲家・指揮者"になっています。ただし、主人公のファースト・ネームから窺えるように、トーマス・マンは主人公のモデルに。このDeath in Venice_243fa75d0e.jpg小説執筆の直前に死去した作曲家のグスタフ・マーラー(1860-1911)をイメージし、主人公の名前もそこから借りたとされており、主人公を作曲家にしたのはルキノ・ヴィスコンティ監督の恣意によるものとは必ずしも言い切れないようです。

Vintage cover of a German edition of Death in Venice

ベニスに死すges.jpg トーマス・マンは1911年に実際にヴェネツィアを旅行しており、そこで出会った上流ポーランド人の美少年に夢中になり、帰国後すぐにこの小説を書いたとのことで、作品の主人公は老人になっていまうが、トーマス・マンはこの時まだ30代だったことになります(トーマス・マンの死後、美少年のモデルになったポーランド貴族ヴワディスワフ・モエス男爵が名乗り出て、彼がヴェネツィアでトーマス・マンと遭遇したのは11歳の時で、当時ヴワージオ、アージオなどの愛称で呼ばれていたことが確認されている)。

 文学作品を映画化すると、ストーリーを追おうとするばかり、本質的なところが抜け落ちてしまうことがままありますが、この作品は、アルベール・カミュの原作を同監督が映画化した「異邦人」('67年/伊・仏・アルジェリア)よりはその"抜け落ち"の程度が抑えられているように思います。

ベニスに死す6b.jpg 成功の要因としては、監督がヨーロッパ中を探して見つけたという美少年ビョルン・アンドレセンの美しさ(映画における美少年ランキングの人気投票でほとんどいつもトップにくる)もさるこベニスに死す-07.jpgとながら、舞台となる20世紀初頭のホテルなど、ルキノ・ヴィスコンティ監督の背景への徹底したこだわりがあるかと思います。これは、オフシーズンの名門ホテルを借り切って19世風に改装したそうですが、ホテルのホールやレストラン、客室の調度、人々の衣裳などの華やかさは、ヴィスコンティ監督の十八番という感じでしょうか。

シルヴァーナ・マンガーノ/ビョルン・アンドレセン/ダーク・ボガード
べ二スに死すa.jpg さらにこの映画の特徴としては、すべてを分かり易く撮っているということが言えるかと思います。アシェンバッハが旅立とうしたら荷物の行先が間違えられて、彼は結局ホテルに戻らざるを得なくなりますが、それによってまたタジオと会うことができるようになる、その喜びをダーク・ボガードは堪えても堪えきれないといった満面の笑みで表現しています。アシェンバッハは、少年とその家族にペストの流行を伝え、この地を去るよう注意を促す自分を想像しますが、映画ではこの実現しなかった場面を実際に映像化して少年の髪の毛に手を触れるところまで描いています。さらに、終盤アシェンバッハが化粧して若作りする場面も、リアリティを欠くぐらい濃いメイクをダーク・ボガードに施してします。また、これは、主人公が原作の冒ベニスに死す kesyou.jpg頭で出会った、「若作りをしているが実はぎょっとするぐらい年寄りだったと分かった男」と対応していて、主人公自身がその男になってしまったといういわば"オチ"であるわけですが、その冒頭の"若作り男"もしっかり描かれています。アシェンバッハは疫病のためか体調不良で(心臓の具合が悪いようも見える)、さらに精神的にも疲弊しますが(少年への想いが激しくて自分自身が空洞化しているように見える)、そのことを強調するためか、ホテル内で行われた演奏会での彼の指揮が散々な出来だったという、原作には無い場面を入れています(原作は作家だから元々演奏会の指揮などしないわけだがベニスに死す67.png)。極めつけは、アシェンバッハの回想シーンに彼が娼館に女を買いに行く場面があることで、原作には無い場面のように思います。このシーンがあることによって、アシェンバッハが少年に恋い焦がれているのは事実ですが、彼を直接的に性愛の対象として見ているのではなく、あくまでも絶対的な美の対象としてみていることが示唆されており、ある種"注釈"的な印象を受けました。
    
トーニオ・クレーガー 他一篇 (河出文庫)
トーニオ・クレーガー.jpg そもそも原作のテーマは何なのか。ドイツ文学者の高橋義孝(1913-1995)は、この作品を、同じく作者の代表作の中編小説で1903年発表の「トーニオ・クレーゲル」と対比させています。「トーニオ・クレーゲル」は自分が文学者としてどうあるべきか真摯に思い悩んでいたトーマス・マン自身の告白的な作品で、主人公のトニオはギムナジウムの時代にハンスという美少年とインゲという美少女の両方に憧れを抱き、芸術家(詩人)を目指しながらも彼の思いはその両者の間を彷徨いますが(それを自身は自らの市民気質(かたぎ)によるものと捉え、年上の女性からもあなたは"俗人"だと言われる)、年齢を経て旅行などでの経験を通して、最後は自分はあくまで市民気質を保ちながらより良い作品を書いていく決心をするに至るというものです。高橋義孝は、トーマス・マンにおいて芸術家、特に文士、作家とは、「生」と「精神」、「市民気質」と「芸術家気質」、感情と思想(「ヴェニスに死す」の中の表現)、感性と理性、美と倫理、陶酔と良心、享受と認識という相反する2つのものの板挟みになっている存在であり、「トーニオ・クレーゲル」では、主人公はこれら対立概念の後者にすがってかろうじて自己の文士としての生活を支えるが、「ヴェニスに死す」では、これら対立概念の前者のために敗北し、死んでいくとしており、この解説は分かり易かったです。

 つまり、トーニオ・クレーゲルは踏みとどまったというかバランスを保ち得たわけで(この作品は三島由紀夫や北杜夫などの作家に大きな影響を与えたと言われている)、一方のアシェンバッハは向こう側にイッて(行って/逝って)しまったという感じでしょうか。小説としては、"イッて(行って/逝って)しまった"話の方が面白いような気がするし、また怖いような気もしますが、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画は、その面白さ、怖さをわれわれにその通り伝えてくれているような気がします。この作品は第45回(1971年度)キネマ旬報の外国映画ベスト・テン第1位となりましたが、ルキノ・ヴィスコンティ監督は「家族の肖像」('74年/伊・仏)でも第52回(1978年度)キネマ旬報の外国映画ベスト・テン第1位となっており、"滅びの美学"は感性的に日本人に受け容れられやすいのかもしれません。

ベニスに死すs.jpg「ベニスに死す」●原題:DEATH IN VENICE●制作年:1971年●制作国:イタリア・フランス●監督・製作:ルキノ・ヴィスコンティ●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/ニコラ・バダルッコ●撮影:パスクワーレ・デ・サンティス●音楽:グスタフ・マーラー●原作:トーマス・マン●時間:131分●出演:ダーク・ボガード/ビョルン・アンドレセン/シルヴァーナ・マンガーノ/ロモロ・ヴァリ/マーク・バーンズ/マリサ・ベレンソン/ノラ・リッチ/キャロル・アンドレ/レスリー・フレンチ/フランコ・ファブリッツィ/セルジオ・ガラファノーロ/ドミニク・ダレル/マーシャ『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』.JPG・ブレディット/エヴァ・アクセン/マルコ・トゥーリ●日本公開:1971/10●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:大塚名画座(79-02-07)(評価:★★★★)●併映:「地獄に堕ちた勇者ども」(ルキノ・ヴィスコンティ)

【1939年文庫化・1960年改版・2000年改版[岩波文庫『ヴェニスに死す』(実吉捷郎:訳)]/1967年再文庫化[新潮文庫『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』(高橋義孝:訳)]/2011年再文庫化[角川文庫『ベニスに死す』(浅井真男:訳)]/2007年再文庫化[光文社古典新訳文庫『ヴェネツィアに死す』(岸美光:訳)]/2011年再文庫化[集英社文庫『ベニスに死す』(圓子修平 :訳)]】
 
《読書MEMO》
●ヴェニス(ヴェネツィア)を舞台にした映画
ジョゼフ・ロージー監督「エヴァの匂い」('62年/仏)/ルキノ・ヴィスコンティ監督「ベニスに死す」('71年/伊・仏)/ニーノ・マンフレディ監督「ヌードの女」('81年/伊・仏)
イタリア・ベネチア●エヴァの匂いes.jpgイタリア ベニスに死す .jpgイタリア。ヴェネチア●ヌードの女.jpg

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ヒューマンドラマ感動作。カマキリの暗喩と"What's Eating Gilbert Grape"というタイトル。

ギルバート・グレイプ vhs_.jpgギルバート・グレイプ dvd.jpg ギルバート・グレイプ h.jpg
ギルバート・グレイプ(字幕スーパー版) [VHS]」「ギルバート・グレイプ [DVD]」ジョニー・デップ/レオナルド・ディカプリオ/ジュリエット・ルイス『ギルバート・グレイプ』二見書房

ギルバート・グレイプ  9.jpg アイオワ州の田舎町。24歳のギルバート・グレイプ(ジョニー・デップ)は、大型スーパーの進出ではやらなくなった食料品店に勤め、日々の生活は退屈だが、彼には町を離れられない理由がある。知的障害を持つ弟アーニー(レオナルド・ディカプリオ)は彼が身の回りの世話を焼き、常に監視していないと給水塔に登るなどの大騒ぎを起こす。母親ボニーギルバート・グレイプages.jpg(ダーレーン・ケイツ)は夫が17年前に突然首吊り自殺を遂げて以来、外出もせず一日中食べ続け、鯨のように太っている。ギルバートはそんな彼らの面倒を、姉のエイミー(ローラ・ハリントン)、妹のエレン(メリー・ケイト・シェルバート)と共に見なければなれなかった。彼は店のお客で、2人の子持ちの人妻のベティ(メアリー・スティーンバージェン)と不倫を重ねていたが、彼ギルバート・グレイプges.jpg女の夫(ケヴィン・タイ)が気づいているかどうかは不明。ある日、ギルバートは、旅の途中でトレーラーが故障したため母親と沿道にキャンプを張っている女性ベッキー(ジュリエット・ルイスギルバート・グレイプes.jpg)と知り合い、2人の仲は急速に深まるも、彼は家族を捨てて彼女と町を出ていくことは出来ない。そんな折、ベティの夫が急死し、人妻は町を出る。一方、アーニーの18歳の誕生パーティの前日、ギルバートは弟を風呂へ入れようとして、苛立ちが爆発し暴力を振るってしまう。居たたまれなくなり家を飛び出した彼の足は、自然にベッキーの元へと向かう。その夜、彼は美しい水辺でベッキーに優しく抱きしめられて眠る。翌日、トレーラーの故障が直ったベッキーは出発する―。

What's Eating Gilbert Grape paperback 0.jpgWhat's Eating Gilbert Grape paperback200_.jpg 「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」('85年/スウェーデン)のラッセ・ハルストレム監督の1993年公開作。原作は。劇作家ピーター・ヘッジス初の小説『ギルバート・グレイプ』で、脚本も担当しています。ヒューマンドラマとして感動作に仕上がっているのは、原作の良さに拠ギルバート・グレイプs.jpgる部分も大きいかと思いますが、この監督は家族物を撮るのが上手いと思います。加えて、役者たちも好演しており、公開当時はレオナルド・ディカプリオの演技が話題になりましたが(彼はこの演技で19歳にしてアカデミー助演男優賞にノミネートされた)、主人公ギルバート・グレイプ役のジョニー・デップも、彼と不倫する人妻役のメアギルバート・グレイプ  .jpgギルバート・グレイプ ges.jpgリー・スティーンバージェンも、ベッキー役のジュリエット・ルイスも母親役のダーレン・ケイツ(1947-2017)もみんな良く、更には、この映画が映画初出演だったり、それこそワン・アンド・オンリーの出演者もいるようで、それでいて不自然さを感じさせないのは、監督の演出力の賜物かもしれません。

ベティ(メアリー・スティーンバージェン)/ベッキー(ジュリエット・ルイス)

ギルバート・グレイプ kuruma.jpg ネタバレになりますが、母親ボニーはアーニーが再度給水塔に登り警察に身柄を拘束されたのに怒って、家を出てギルバートの運転するクルマで警察へ出向き息子を奪還するも、その太った姿を人々から奇異の目で見られ、再び引き籠り状態となり、アーニーの誕生パーティが終わった後、自ら歩いて階段を登り、2階のベッドで眠るように息を引き取ります。そして、母親の巨体と葬儀のことを思ったギルバートは(クレーンでも使わないと遺体を2階から運び出せない状況だが、そうすれば多くの野次馬が見に来ることが予想される)、母親を「笑い者にはさせない」と決心し、家に火を放ちます。一年後、姉や妹も自分の人生を歩き出していて、ギルバートはアーニーと、町を訪れたベッキーのトレーラーに乗り込み、アーニーが「僕らはどこへ?」と尋ねると、彼は「どこへでも、どこへでも」と答えます。

 ギルバートがそれまで田舎町から出られなかったのは、知的障害を持つ弟ばかりでなく、母親の面倒も見なければならなかったためであり、その意味では、母親の死はギルバートにとって哀しみでしたが、それによって彼は呪縛から解放されたと言えます。さらに、その前に、人妻ベティとの関係もありました。結局、ギルバートは「人のために」生きるのに精一杯で、自分が本当はどうしたいのか考えるところまで行っていなかったという感じでしょうか。

ギルバート・グレイプ 102.jpg 彼に「自分のこと」を考えるように促したのが、母親とトレーラーで旅する生活を送っているベッキーで、彼に何がしたいのか、どういう人になりたいのかを訊き、ギルバートは「いい人に」なりたいと答えますが、これはそれまでのギルバートの犠牲的な生き方を象徴しているとともに、彼が自分というものを見つめ直し、人妻との関係にピリオドを打つ契機にもなったように思います。

ギルバート・グレイプ ages.jpg 一方で、このベッキーという女性は面白くて、自分を訪ねて来たギルバートに、洗濯物なんか干しながらさらっと、「(カマキリが)どう交尾するか知ってる? オスがメスに忍び寄ると、メスはオスの頭を噛みちぎるの。オスの体は交尾を続けるんだけど、交尾が終わるとメスは残りの体も食べちゃうのよ」というようなことを言います。

 この映画の原題は"What's Eating Gilbert Grape"で、この場合の"eat"は「不安や苛立ちを引き起こす」という意味であり。一見すると障害のためトラブルばかり起こすアニーがギルバートを一番苛立たせているように見えますが、ベッキーのカマキリの話をギルバート・グレイプード.jpgギルバートが置かれている状況のメタファーだと解釈すると、"eat"はそのまま「食い尽くす」という意味にもなり、更に、メス=女性とすれば、ギルバートを喰いつす"メスカマキリ"は人妻のベティであると言えます。ベッキーはギルバートが"メスカマキリに喰われるオスカマキリ"のようだと示唆しているわけですが、ベッキーがギルバートから人妻ベティを引き剥すだけのためにこうした暗喩を用いたというのはやや狭い見方のように思われ、ベッキーはギルバートが自分自身の人生を生きるために、自分が置かれている状況を安易に受容したり、あるいは意識的に見ないようにするのではなく、まず危機感を持って自らを見つめ直すよう促したように思います。

ギルバート・グレイプ indou.jpg ただし、この考えで行くと、ギルバートが愛した彼の母親にもメスカマキリの話が当て嵌まるように思われ(自殺した夫は"オスカマキリ"か?)、その辺りがなかなかこの映画の微妙なところです。でも実際、知的障害を持つ弟アーニーは18歳になったからといって何か特別に改善が見られるわけではなく、大人になって今後ますます大変そうな感じがするにも関わらず、人妻が去った代わりにベッキーという恋人が出来、さらにギルバートにとって大きな負担となっていた母親は亡くなったことで、つまり"メス"の呪縛から解放されたことで、ギルバートは自分の人生に対してもアニーに対しても、これまでよりずっと前向きになれたのではないかと思われます(ベッキーはギルバートの母親のことを偉いと思っているが、彼女がギルバートに母親との面会を求めたことは、結果として彼女が母親にある種"最後通牒"を突きつけたのと同じことになったようにも思える)。

 この映画については他にも幾つかのメタフファーが取り沙汰されていて興味深いのですが(例えばアニーがいつも飼っていいる数匹のバッタの意味とか...)、先のベッキーのカマキリの話は一番分かりやすい暗喩ではないかと思います。母親の死についても自殺なのか事故死なのかと人によって見方が分かれ(この映画を観た専門家の話によれば、あの状態でベッドに寝れば気管が脂肪の重みで潰れ、無呼吸症で死に至ってもおかしくないそうだが、それが自分の意思だったかどうかということ)、ベティの夫は妻の不倫を知っていたのか知らなかったのか(その死は心臓発作によるものと思われるが、彼も言わば"オスカマキリ"か?)といった細かいことまで含め、感動した後で同じ映画を観た人と議論もできるという、なかなかスグレモノの映画です。

「ギルバート・グレイプ」●原題:WHAT'S EATING GILBERT GRAPE●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:ラッセ・ハルストレム●製作:メイア・テペル/バーティル・オールソン/デヴィッド・マタロン●脚本:ピーター・ヘッジス●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:アラン・パーカー/ビギルバート・グレイプ ダーレン・ケイツ.jpgョルン・イスファルト●原作:ピーター・ヘッジス●時間:118分●出演:シネマブルースタジオ ギルバート・グレイプ.jpgジョニー・デップ/レオナルド・ディカプリオ/ジュリエット・ルイス/ダーレン・ケイツ/ローラ・ハリントン/メアリー・ケイト・シェルハート/ジョン・C・ライリー/クリスピン・グローヴァー/メアリー・スティーンバージェン/ケヴィン・タイ/ ペネロープ・ブランニング●日本公開:1994/08●配給:シネセゾン●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-07-23)(評価:★★★★☆)
ダーレン・ケイツ(1947-2017)/レオナルド・ディカプリオ

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アン・リー監督2度目の金獅子賞。原作短編を「長編に展開」し、女性映画として秀逸な「ラスト、コーション」。
ラスト、コーション チラシ.jpgラスト、コーション .jpg ラスト、コーション 集英社文庫.jpg ブロークバック・マウンテン dvd.jpg
ラスト、コーション [DVD]」(トニー・レオン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯))『ラスト、コーション 色・戒 (集英社文庫)』「ブロークバック・マウンテン [DVD]」(ヒース・レジャー/ジェイク・ギレンホール)
ラスト、コーション 03.jpg 1938年、日中戦争の激化によって混乱する中国本土から香港に逃れていた女子大学生・王佳芝(ワン・チアチー)(タン・ウェイ)は、学ラスト、コーション04.jpg友・鄺祐民(クァン・ユイミン)(ワン・リーホン)の勧誘で抗日運動を掲げる学生劇団に入団し、やがて劇団は実践を伴う抗日活動へと傾斜していく。翌1939年、佳芝も抗ラスト、コーション09.jpg日地下工作員(スパイ)として活動することを決意し、特務機関の易(イー)(トニー・レオン)暗殺の機を窺うため麦(マイ)夫人として易夫人(ジョアン・チェン)に麻雀・買い物友達として接近、易を誘惑したが、学生工作員の未熟さと厳しい警戒でラスト、コーション37.jpg暗殺は未遂に終わる。3年後、日中戦争開戦から6年目の1942年、特務機関の中心人物に昇進していた易暗殺計画の工作員として上海の国民党抗日組織から再度抜擢された佳芝は、特訓を受けて易に接触したが、度々激しい性愛を交わすうち、特務機関員という職務から孤独の苦悩を抱える易にいつしか魅かれていく。工作員としての使命を持ちながら、暗殺対象の易に心を寄せてしまった佳芝は―。

ラスト、コーション99.jpg 「ブロークバック・マウンテン」('05年/米)で2005年・第62回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞や2005年度アカデミー監督賞を受賞したアン・リー(李安)監督の2007年公開作で、1942年日本軍占領下の中国・上海を舞台に、日本の傀儡政権である汪兆銘政権の下で、抗日組織の弾圧を任務とする特務機関員の暗殺計画を巡って、抗日運動の女性工作員ワン(タン・ウェイ)と、彼女が命を狙う日本軍傀儡政府の顔役イー(トニー・レオン)による死と隣り合わせの危険な逢瀬とその愛の顛末を描いたもので、2007年・第64回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞と撮影賞をW受賞し、アン・リー監督はルイ・マルや張藝謀(チャン・イーモウ)と並んで、金獅子賞を2度獲った歴代4人目の監督となりました。

世界文学全集 第3集.jpgZhang_Ailing_1954.jpg 原作は、ドミニク・チャン南カリフォルニア大学教授によれば、「国民党と共産党の政治的分裂がなければノーベル賞を受賞していたはずだ」という作家・張愛玲(ちょう あいれい、アイリーン・チャン、1920-1995)による小説『惘然記』(1983)に収められた短編小説「色、戒」で、1939年に実際にあった暗殺事件にヒントを得て書かれたものです。1955年に作者は米国に移り住むことになりますが、その頃から既に構想されていたもののようです(1977年初出)。映画公開に併せて『ラスト、コーション 色・戒』('07年/集英社文庫)など訳書が刊行され、『短編コレクションⅠ(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅲ‐05)』('10年/河出書房新社)にも収められていますが、池澤夏樹氏は、「『色、戒』はぼくには圧縮された長編小説と読める」としています。
短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

ラスト、コーション 0.jpg 原作は女性工作員・王佳芝(ワン・チアチー)の数日を描いていますが(それは劇的な結末で終わる)、映画も、その形をきっちり踏襲した上で、回想の部分に肉付けして2時間38分の作品にしています。そして、その肉付けの仕方が、ぎゅっと詰まった高密度の原作を分かりやすく展開して"長編小説"に戻したような形になっています。ジェーン・オースティン原作の「いつか晴れた日に」('95年/米・英)のように英国小説が原作の映画を撮れば英国の監督が撮ったように撮り、「ブロークバック・マウンテン」のように米国小説が原作の映画を撮れば米国の監督が撮ったように撮るアン・リー監督ですが、やはりこの中国を舞台とした小説の映画化で一番力を発揮したように個人的には思います。

ラスト、コーション 99.jpg ヒロインの王佳芝を演じた湯唯(タン・ウェイ)は、オーディションで約1万人の中から主演に選ばれたそうですが、当時28歳ながら学生を演じれば学生らしく見え、男を誘惑する女スパイを演じればそれなりに魅力的な女性に見えました(タン・ウェイは第44回台湾金馬奨最優秀新人賞受賞)。原作とイメージが若干違うのは、原作では「ねずみ顔の中年の小男」とされている特務機関の易(イー)をトニー・レオンが演じているため、"いい男"過ぎる点でしょうか(笑)(トニー・レオンはアジア・フィルム・アワード主演男優賞、台湾金馬奨最優秀主演男優賞受賞)。

鄭蘋茹(Zheng Pingru)/丁黙邨(てい もくそん)
Zheng_Pingru_02.jpg丁黙邨.jpg 因みに、「色、戒」の王佳芝のモデルは、父親が中国人、母親が日本人の女スパイ・鄭蘋茹(テン・ピンルー、1918 -1940/享年22)で、易のモデルは、汪兆銘政権傘下の特工総部(ジェスフィールド76号)の指導者・丁黙邨(ていもくそん、1903-1947)です。鄭は丁に近づき、1939年12月、丁の暗殺計画を実行するも失敗、特工総部に出頭して捕らえられ、1940年2月に銃殺されますが、後に中華民国より殉職烈士に認定されています。一方の丁は、戦後も蒋介石の国民政府に再任用されるなどしましたが、結局は漢奸として逮捕され、1947年に死刑判決を受け、南京で処刑されています(享年45)。

ラストコーション8735_l.jpg この映画は所謂「漢奸問題」を引き起こしました。佳芝を演じたタン・ウェイは、トニー・レオンが演じる戦時中日本の協力者と見なされた漢奸を愛するようになる役柄であることから、漢奸を美化し「愛国烈士」を侮辱する象徴として中国国内のネット上では批判された時期があったようです。張愛玲の原作では愛欲描写は殆ど無いものの、佳芝が易を逃がすのは原作も同じです。原作者の張愛玲は人生半ばで渡米して今は故人、そうなるとこの作品を選んだアン・リー監督に矛先が行きそうですが、当のアン・リーは台湾出身で米国国籍も有し普段は中国にはいないので、トニー・レオンと大胆なラブシーンを演じたタン・ウェイに批判の矛先が向けられたのかもしれません(タン・ウェイは2008年に香港の市民権を得て、その後は主に香港映画に出演、ハリウッドにも進出した)。

ラスト、コーション92.jpg 原作では、佳芝が易にどのような理由で愛情を抱くようになったかは明確に描かれていません。また、佳芝が易を逃がしたことが、同時に彼女が仲間を裏切ったことになり、そのため彼女だけでなく仲間が皆捕まって処刑されたということも、原作ではさらっと触れているだけで、この佳芝の言わば"裏切り"行為は、原作よりも映画の方がより前面に押し出されていると言えます。敢えてそうした上で(つまり批判を見越した上で)、それでもヒロインとして観る者を惹きつける佳芝の描きっぷりに、アン・リー監督による"原作超え"を感じました。3年も経ってからやっと佳芝に口づけをしたかつての学友に、「3年前にしてくれていれば...」と佳芝が言う場面で、「ああ、これは"女性映画"なのだなあと」とも思いました(アン・リー監督は女性映画の名手として定評がある)。

51eLWoDzrkL._SL250_.jpgアニー・プルー.jpg この作品の2年前にヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲った「ブロークバック・マウンテン」は、ワイオミング州ブロークバック・マウンテンの雄大な風景をバックに、2人のカウボーイの1963年から1983年までの20年間にわたる秘められた禁断の愛を綴った物語で、原作は『シッピング・ニュース』でピューリッツァー賞を受賞した女流作家E・アニー・プルーの同名中編で、1997年に雑誌「ニューヨーカー」に掲載され、1998年の全米雑誌賞とO・ヘンリー賞を受賞した作品です(これも佳作だった。彼女は「ブロークバック・マウンテン」がアカデミー作品賞にノミネートされるも受賞を逃したことで、代わりにアカデミー作品賞を受賞した「クラッシュ」を酷評した)。

"Brokeback Mountain"ペーパーバック

ブロークバック・マウンテンa5.jpg 1963年、ワイオミング。ブロークバック・マウンテンの農牧場に季節労働者として雇われ、運命の出逢いを果たした2人の青年、イニス・デル・マー(ヒース・レジャー)とジャック・ツイスト(ジェイク・ギレンホール)。彼らは山でキャンプをしながら羊の放牧の管理を任される。寡黙なイニスと天衣無縫なジャック。対照的な2人は大自然の中で一緒の時間を過ごすうちに深い友情を築いていく。そしていつしか2人の感情は、彼ら自身気づかぬうちに、友情を超えたものへと変わっていくのだったが―。

 2005年のアカデミー賞で8部門にノミネートされましたが、監督賞、脚色賞、作曲賞の3部門の受賞にとどまりました(保守的な傾向があるアカデミー賞では作品賞は難しいのではないかという事前予想はあった)。ただし、ゴールデングローブ賞作品賞、英国アカデミー賞作品賞、インディペンデント・スピリット賞作品賞ほか、ニューヨーク、ロサンゼルスブロークバック・マウンテン_c1.jpgブロークバック・マウンテン_c2.jpg、ロンドンなどの各映画批評家協会賞作品賞を受賞し、ゲイ・ムービーにはスティーヴン・フリアーズ監督の「マイ・ビューティフル・ランドレット」('85年)やウォン・カーウァイ監督の「ブエノスアイレス」('97年)など先行する作品が結構ありましたが、多くの賞を受賞したという点では画期的な作品でした。2000年代中盤以降LGBT映画がますますその数を増していく契機にもなり、最近では、バリー・ジェンキンス監督の「ムーンライト」('16年)がアカデミー作品賞を受賞し、ルカ・グァダニーノ監督の「君の名前で僕を呼んで」('17年)がアカデミー脚色賞を受賞するなどしています(「君の名前で僕を呼んで」の脚本は「モーリス」('87年)のジェームズ・アイヴォリー監督)。

ブロークバック・マウンテンes.jpg この映画の場合、主人公の2人の男性は共に家庭も持っていて、しかも時代設定が60年代から80年代にかけてということで、ゲイに対する偏見が今よりもずっと強かった時代の話であり、それだけ"禁断の愛"的な色合いが強く出ブロークバック・マウンテン4.jpgているように思います。一方で、その"禁断の愛"をブロークバック・マウンテンの美しい自然を背景に描いており、山の焚火%E3%80%80チラシ.jpgドロドロした印象はさほどなく、自然の美しさが浄化作用のように効いているという点で、アルプスの自然を背景に姉弟の近親相姦を描いたフレディ・M・ムーラー監督のロカルノ国際映画祭「金豹賞」受賞作「山の焚火」('85年/スイス)を想起したりしました。

ブロークバック・マウンテン ヒース.jpg イニスとジャックを演じた、故ヒース・レジャー(1979-2008/享年28)とジェイク・ギレンホールの演技も良かったです。この作ヒース・レジャー.jpg品のイニス役でニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞などを受賞し、アカデミー主演男優賞にもノミネートされたヒース・レジャーは、映画の中でイニスと結婚したアルマを演じたミシェル・ウィリアムズと実生活において婚約しましたが、両者の間に女の子が産まれたものの婚約を解消しています。

ダークナイト.jpg その後ヒース・レジャーは、クリストファー・ノーラン監督のバットマン映画「ダークナイト」('08年/米・英)にバットマンの宿敵ジョーカ役で出演、バットマン役のクリスチャン・ベールを喰ってしまうほどの演技でジャック・ニコルソンのとはまた違ったジョーカー像を創造することに成功し、アカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞助演男優賞、英国アカデミー賞助演男優賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞など主要映画賞を総なめにしたものの、2008年1月に薬物摂取による急性中毒でニューヨークの自宅で亡くなっています。アカデミー助演男優賞の受賞は亡くなった後の決定であり、故人の受賞は「ネットワーク」('76年/米)のピーター・フィンチ以来32年ぶり2例目でした(因みに、共演のクリスチャン・ベールも2年後の「ザ・ファイター」('10年/米)でアカデミー助演男優賞を受賞している)。

ブロークバック・マウンテン 85.JPG 「ブロークバック・マウンテン」においてイニスがジャックの事故死を彼のジャックの妻ラリーン(アン・ハサウェイ)から聞かされた時に、リンチを受けるジャックの姿をイメージしたのは、単にイニスのトラウマからくる思い込みというより、実際にリンチ死だったということだったのでしょう。原作では、イニスは最初はジャックがリンチ死だったのか本当に事故死だったのか分からないでいますが、後になってジャックはリンチ死したと確信するようになります。

ブロークバック・マウンテン (集英社文庫(海外))

 「ブロークバック・マウンテン」「ラスト、コーション」とも傑作映画です。原作に比較的忠実に作られている「ブロークバック・マウンテン」もいいですが、個人的には、原作からの"展開度"という点で(しかも"正しく"肉付けされている)「ラスト、コーション」の方がやや上でしょうか。

ジョアン・チェン(易夫人)/ワン・リーホン(鄺祐民(クァン・ユイミン))
ラスト、コーション ジョアン・チェン.jpgラスト、コーション ワン・リーホン.jpg「ラスト、コーション」●原題:色,戒/LUST, CAUTION●制作年:2007年●制作国:アメリカ・中国・台湾・香港●監督:アン・リー(李安)●製作:アン・リー/ビル・コン/ジェームズ・シェイマス●脚本:ワン・ホイリン/ジェームズ・シェイマス●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:アレクサンドル・デスプラ●原作:張愛玲(ちょう あいれい、アイリーン・チャン)「色、戒」●時間:158分●出演:トニー・レラスト、コーション36.jpgオン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯)/ジョアン・チェン(陳冲)/ワン・リーホン(王力宏)/トゥオ・ツォンファ/チュウ・チーイン/ガァオ・インシュアン/クー・ユールン/ジョンソン・イェン/チェン・ガーロウ/スー・イエン/ホー・ツァイフェイ/ファン・グワンヤオ/アヌパム・カー●日本公開:2008/02●配給:ワイズポリシー)(評価:★★★★☆)
トニー・レオン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯)/アン・リー(李安)/ワン・リーホン(王力宏)/ジョアン・チェン(陳冲)〔2007年・第64回ヴェネツィア国際映画祭〕

アン・ハサウェイ(ジャックの妻ラリーン)/ミシェル・ウィリアムズ(イニスの妻アルマ)
ブロークバック・マウンテン アン・ハサウェイ.jpgブロークバック・マウンテン ミシェル・ウィリアムズ.jpg「ブロークバック・マウンテン」●原題:BROKEBACK MOUNTAIN●制作年:2005年●制作国:アメリカ●監督:アン・リー(李安)●製作:ブロークバック・マウンテンe2.jpgダイアナ・オサナ/ジェームズ・シェイマス●脚本:ワダイアナ・オサナ/ジェームズ・シェイマス●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:グスターボ・サンタオラヤ●原作:E・アニー・プルー「ブロークバック・マウンテン」●時間:134分●出演:ヒース・レジャー/ジェイク・ギレンホール/アン・ハサウェイミシェル・ウィリアムズ/ランディ・クエイド/リンダ・カーデリーニ/アンナ・ファリス/ケイト・マーラ●日本公開:2006/03●配給:ワイズポリシー(評価:★★★★)

ダークナイト dvd.jpgダークナイト2.jpg「ダークナイト」●原題:THE DARK KNIGHT●制作年:2008年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:クリストファー・ノーラン●製作:クリストファー・ノーラン/チャールズ・ローヴェン/エマ・トーマス●脚本:クリストファー・ノーラン/ジダークナイト ヒースレジャー.jpgョナサン・ノーラン●撮影:ウォーリー・フィスター●音楽:ハンス・ジマー/ジェームズ・ニュートン・ハワード●原作:ボブ・ケイン/ビル・フィンガー「バットマン」●時間:152分●出演:クリスチャン・ベールヒース・レジャー/アーロン・エッカート/マギー・ジレンホール/マイケル・ケイン/ゲイリー・オールドマン/モーガン・フリーマン/メリンダ・マックグロウ/ネイサン・ギャンブル/ネスター・カーボネル●日本公開:2008/08●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★☆)

「ラスト、コーション」...【2007年文庫化[集英社文庫(『ラスト、コーション 色・戒』)]】
「ブロークバック・マウンテン」...【2006年文庫化[集英社文庫(『ブロークバック・マウンテン』)]】

「●小津 安二郎 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2370】小津 安二郎 「彼岸花
「●野田 高梧 脚本作品」の インデックッスへ 「●厚田 雄春 撮影作品」の インデックッスへ「●斎藤 高順 音楽作品」の インデックッスへ「●笠 智衆 出演作品」の インデックッスへ 「●杉村 春子 出演作品」の インデックッスへ 「●山田 五十鈴 出演作品」の インデックッスへ 「●中村 伸郎 出演作品」の インデックッスへ「●宮口 精二 出演作品」の インデックッスへ「●原 節子 出演作品」の インデックッスへ 「●山村 聰 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ>「○都内の主な閉館映画館」の インデックッスへ(角川シネマ新宿1)

後期作品の中では異彩を放つこの"暗さ"は、小津安二郎の悲観的な結婚観に符合する?

東京暮色 1957.jpg 東京暮色  1957.jpg 東京暮色 j.jpeg 東京暮色 有馬稲子 .jpg
あの頃映画 松竹DVDコレクション 「東京暮色」」「東京暮色 デジタル修復版 [DVD]」 山田五十鈴・原節子 有馬稲子
東京暮色_AL_.jpg東京暮色_640.jpg東京暮色157a.jpg 杉山周吉(笠智衆)は銀行に勤め、停年も過ぎ今は監査役の地位にある。男手一つで子供達を育て、次女の明子(有馬稲子)と静かな生活を送っている。そこへ、長女の孝子(原節子)が夫との折り合いが悪く幼い娘を連れて出戻ってくる。一方、短大を出たばかりの明子は、遊び人の川口(高橋貞二)らと付き合うようになり、その中の一人である木村憲二(田浦正巳)と肉体関係を持ち、彼の子を身籠ってしまう。憲二は明子を避けるようになり明子は彼を捜して街を彷徨う。中絶費用を用立てするため、明子は叔母の重子(杉村春子)に理由を言わずに金を借りようとするが断られ、重子からこれを聞いた周吉は訝しく思う。その頃、明子は雀荘の女主人・喜久子(山田五十鈴)が自分のことを尋ねていたと聞き、彼女こそ自分の実母ではないかと孝子に質すが、孝子は即座に否定する。喜久子はかつて周吉がソウルに赴任していたときに東京暮色8.jpg周吉の部下と深い仲になり、満洲に出奔した過去があったのだ。明子は中絶手術を受けた後で、喜久子がやはり自分の母であることを知って、自分は本当に父の子なのかと悩む。蹌踉として夜道へ彷徨い出た彼女は、母を訪ねて母を罵り、偶然めぐりあった憲二にも怒りに任せて平手打を食わせ、そのまま一気に自滅の道へ突き進んで行った。その夜遅く、電車事故による明子の危篤を知った周吉と孝子が現場近くの病院に駈けつけたが明子は既に殆ど意識を失っていた。その葬儀の帰途、孝子は母の許を訪れ、明子の死はお母さんのせいだと冷く言い放つ。喜久子はこの言葉に鋭く胸さされ東京を去る決心をする。また、孝子も自分の子のことを考え、夫の許へ帰り、家は周吉一人になった。今日もまた周吉は心侘しく出勤する―。

2018年・第68回ベルリン国際映画祭(ヴィム・ヴェンダース監督・坂本龍一氏(審査員))
Tokyo-Twilight_0 - コピー.jpgTokyo-Twilight_0.jpg第68回ベルリン国際映画祭ヴェンダース監督・坂本龍一.jpgTokyo-Twilight_4.jpg 1957年公開の小津安二郎監督で、今年['18年]開催の第68回ベルリン国際映画祭のクラシック部門で、ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」('87年)などと併せて選出され、プレミア上映されました。小津安二郎監督作品のデジタル修復版は、2013年のベルリン国際映画祭の「東京物語」から世界三大映画祭クラシック部門で7作目の選出となり、小津安二郎の世界的な評価の高さが窺えます(ヴィム・ヴェンダースに至っては、「小津安二郎は私の師匠」と以前から公言し、同映画祭においても審査員の坂本龍一氏を前に、"天国の大島渚"にごめんなさいと謝るジョークを交え、"小津愛"を繰り返し吐露している)。

East of Eden.jpg ジェームズ・ディーンの代表作「エデンの東」('55年)の小津的な翻案とされ、どちらも父親の妻(つまり母親)が出奔していて、「エデンの東」における兄弟が原節子と有馬稲子の姉妹に置き換えられている作りですが、内容が暗いばかりでなく、実際に暗い夜の場面も多く、有馬稲子が全編を通して全く笑うことが無くて、その最期も含め作品の暗さを補強している印象です。ちょうど、「風の中の牝雞」('48年)までの小津作品に見られた"暗さ"の部分を継承している感じでしょうか。そうした暗さもあってか、一般の人気は芳しくなく、キネマ旬報のベストテンでも19位と圏外となり、小津安二郎自らも自嘲気味に「何たって19位の監督だからね」と語っていたとのことです。

東京暮色7.jpg東京暮色 nakamura .jpg しかしながら、戦後期の大女優山田五十鈴(1917-2012)が出演した唯一の小津作品であり、姉妹の実母で雀荘の女主人・喜久子を演じたそのリアルな演技はさすが。夫役の中村伸郎も、後の出演作に多く見られる会社役員や大学教授の役ばかりでなく、こういった市井の人を演じても上手いということがよく分かります(まあ、「東京物語」('57年)でも下町で美容院を営む杉村春子の夫役だったが)。加えて、小津安二郎自身が小津作品における「四番バッター」と評した杉村春子も相変わらず世話焼きおばさんぶりが上手く、こうなるとむしろ原節子の比較的パターン化された演技や笠智衆の一本調子が物足りなくなってくるほどです。

 小津映画で原節子が主演した"紀子三部作"のうち、「晩春」('49年)、「麦秋」('51)が、娘が結婚に行くか行かないかという話でしたが、この「東京暮色」は、原節子が夫と夫婦不和で、半ば出戻り状態のようになっていて、何だかそれら前作の続きのような印象も受けます(情にほだされて結婚してしまったような「麦秋」とも繋がるが、父親を同じく笠智衆が演じている「晩春」とはよりよく繋がる感じも)。前後の小津作品も、多くが主要登場人物の結婚をテーマにしながら、「晩春」にも「麦秋」にも「秋刀魚の味」('62年)にもAkibiyori (1960) 2.jpgその結婚式の場面が無いのは(「秋日和」('60年)のみ例外で、司葉子と佐田啓二の新郎新婦がそろって結婚式の記念撮影をする場面がある)、それらが何れも結果として"不幸な結婚"となることを暗示していて、小津安二郎が結婚の"現実"に対して悲観論者であったためとも言われています(小津安二郎自身、実人生において、噂のあった原節子と結婚することもなく、生涯独身を通した)。もしそうだとしたら、この「東京暮色」は、そうした小津安二郎の悲観的な結婚観に符合するともとれます。

小津安二郎 志賀直哉.jpg その意味でも興味深い作品ですが、評価が当時は芳しくなかったことに懲りたのか、小津安二郎はもうこの手の作品は撮らず、志賀直哉に「里見弴君が仕事が無くて困っているから彼の作品を使ってくれ」と言われ、里見弴の原作作品を「彼岸花」('58年)、「秋日和」、「秋刀魚の味」と3作も撮り(ただし、小津安二郎自身も10代の時から里見弴の作品を愛読していた)、「晩春」「麦秋」以来の娘が結婚に行くか行かないかという話を、これらでまた3回も繰り返すことになりました。小津安二郎自身、「俺は豆腐屋だから豆腐しか作れない」と言っているわけですが、結果としてどれも似たような感じになり、それぞれに一定の完成度は保っていますが、続けて観るとやや飽きがこなくもありません。個人的には、こうした「東京暮色」のような暗くてドラマチックな展開の小津映画ももっと観たかった気がしますが、結局この類の作品はもう作られることはなく、この「東京暮色」は、小津安二郎の後期作品の中では異彩を放つものとなったように思われます(「東京暮色」のIMDbスコアを見ると、他の小津作品に比べむしろ若干高い評価にある)。
       
小津4K 巨匠が見つめた7つの家族.jpg「小津4K 巨匠が見つめた7つの家族」<生誕115年記念企画>2018年6/16~6/22 新宿ピカデリー、6/23~7/7 角川シネマ新宿 有馬稲子
【上映作品】 「晩春 4K修復版」「麥秋 4K修復版」「お茶漬の味 4K修復版」「東京物語 4K修復版」「早春 4K修復版」「東京暮色 4K修復版」「浮草 4K修復版」
有馬稲子 in「やすらぎの郷」第51話(2017年6月12日放映)
有馬稲子 やすらぎの郷.jpg

山田五十鈴 in 成瀬巳喜男「流れる」('56年)/小津安二郎「東京暮色」('57年)/黒澤明「用心棒」('61年)
流れる 1シーン.jpg 山田五十鈴 東京暮色.jpg 用心棒01.jpg

笠智衆(杉山周吉)・山村聰(友人・関口積)/杉村春子(孝子・明子の叔母・竹内重子)/高橋貞二(遊び人の川口)
東京暮色 笠智衆 山村.jpg東京暮色 杉村春子.jpg東京暮色 高橋.jpg「東京暮色」●制作年:1954年●監督:小津安二郎●製作:山内静夫●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:140分●出演:原節子/有馬稲子/笠智衆/山田五十鈴/高橋貞二/田浦正巳/杉村春子/山村聰/信欣三宮口精二 東京暮色2.jpg/藤原釜足/中村伸郎/宮口精二/須賀不二夫/浦辺粂子/三好栄子/田中春男/山本和子/長岡輝子/櫻むつ子/増田順二/長谷部朋香/森教子/菅原通済(特別出演)/石山龍児●公開:1957/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):角川シネマ新宿(シネマ1・小津4K 巨匠が見つめた7つの家族)(18-06-28)((評価:★★★★)
宮口精二(判事・和田)
東京暮色 ca.jpg有馬稲子/高橋貞二/菅原通済(菅井の旦那)
東京暮色 菅原通済.jpg
    
角川シネマ新宿  0.jpg角川シネマ新宿 .jpg角川シネマ新宿 2.jpg角川シネマ新宿(新宿3丁目「新宿文化ビル」4・5階)シ角川シネマ新宿 シネマ1.jpgネマ1(300席)・シネマ2(56席)
「角川シネマ新宿」.jpg2006(平成18)年12月9日〜旧文化シネマ1・4が「新宿ガーデンシネマ1・2」として、旧文化シネマ2・3が「シネマート新宿1・2」として再オープン、2008(平成20)年6月14日「新宿ガーデンシネマ1・2」が「角川シネマ新宿1・2」に改称。2018(平成30)年7月7日休館、同月28日シネマ1はアニメ作品のみを上映する「EJアニメシアター新宿」に改称、シネマ2は「アニメギャラリー」としてリニューアEJアニメシアター新宿カフェ・ギャラリー.jpgルオープン。

角川シネマ新宿1


●小津安二郎の1949年以降の作品(原作者)とIMDbスコア及び個人的評価
・1948年「風の中の牝雞」[7.6]★★★☆
・1949年「晩春」(広津和郎)[8.3]★★★★☆
・1950年「宗方姉妹」(大佛次郎)[7.5]★★★☆
・1951年「麦秋」[8.2]★★★★☆
・1952年「お茶漬の味」[7.9]★★★☆
・1953年「東京物語」[8.2]★★★★☆
・1956年「早春」[8.0]★★★★
・1957年「東京暮色」[8.3]★★★★
・1958年「彼岸花」(里見 弴)[8.0]★★★★
・1959年「お早よう」[7.9]★★★☆
・1959年「浮草」[8.0]★★★☆
・1960年「秋日和」(里見 弴)[8.2]★★★★
・1961年「小早川家の秋」[8.0]★★★☆
・1962年「秋刀魚の味」(里見 弴)[8.2] ★★★★

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ジャック・ロジエの初期作は、瑞々(みずみず)しさ、演技の自然さが光る。

アデュー・フィリピーヌ dvd.jpg アデュー・フィリピーヌ 01.jpg オルエットの方へ .jpg メーヌ・オセアン dvd.jpg メーヌ・オセアン 01.jpg
アデュー・フィリピーヌ [DVD]」/「オルエットの方へ」(海外版DVD)/「メーヌ・オセアン」(海外版DVD)

アデュー・フィリピーヌ 02.jpg 1960年、兵役を数カ月後に控えたミッシェル(ジャン=クロード・エミニ)は、勤め先のテレビ局でリリアーヌ(イヴリーヌ・セリ)とジュリエット(ステファニア・サバティーニ)という女の子と知り合う。2人の娘はミシェルに恋心を抱く。ミシェルは生中継中にヘマをして放送局を辞め、コルシカ島で早めのヴァカンスを楽しんでいた。そんな彼のところに、リリアーヌとジュリエットがやって来る。双子のように仲良しだった2人の仲は、嫉妬が原因でぎくしゃくし始めて―。

アデュー・フィリピーヌ 03.jpg 「アデュー・フィリピーヌ」('62年/伊・仏)は、ヌーヴェルヴァーグの代表監督の一人ジャック・ロジエの長編モノクロ処女作。日本では70年代に東京日仏学院で自主上映されていて、2004年と2006年には紀伊国屋書店がDVDを発売されていますが、入手困難で1万円位のプレミア価格になっていました。2010年1月のユーロスペースでの特集上映「ジャック・ロジエのヴァカンス」での上映が日本初の劇場公開で、2016年にはシアター・イメージフォーラムの同特集で再上映されながらも、DVDは2018年現在再リリースされておらず、価格は依然高値のようです。

アデュー・フィリピーヌ 05.jpg 「さよならフィリピン娘」という意味のタイトルは、劇中に出てくるフランス式の遊びからとったもので、アーモンドの双子の実を見つけた者同士が次に顔を合わせた時に、先に「さよならフィリピン娘」と言った方に幸運が訪れる、という他愛ないものですが、それがこの映画の内容を象徴しているとも言えるし、また、リリアーヌとジュリエットがただふざけて口にする、大した意味が無い言葉ともとれます。

アデュー・フィリピーヌs.jpg 前半の舞台はパリ、主人公ミッシェルはマスコミで働く(といってもカメラのケーブルマン)青年で、録画装置の無かった生放送時代のテレビ局の舞台裏や、華やかな業界に群がる浮薄な連中などを絡めながら、ナンパした2人の娘を手玉に取る様子がテンポ良く描かれます。

 後半は舞台をヴァカンスのコルシカ島に移し、場面の切り替えと共に次々に流れる軽快な音楽のリズムに乗って、ますます調子の良い色恋沙汰が進展するかと思いきや、そこまでは行かず、主人公の心のどこかに常にあった徴兵までのモラトリアムという影が、一見浮かれた青春物語に陰影を与えていきます。

アデュー・フィリピーヌ  ホーキー.jpg ヌーヴェルヴァーグ繋がりとして、ゴダールがプロデューサーにジャック・ロジエ監督を推薦して、この長編デビューの契機を与えたということがあるようです。随所にイタリア的な要素が表出していますが、ジャック・ロジエ監督のイタリアン・ネオリアリスモへの傾倒ぶりを端的に示しているのが、主演に素人を起用している点でしょう。俳優たちにとっても、この作品はほとんどワン・アンド・オンリーなものになったようで、刹那的な魅力を強調しているように思えます。箒のCM(ホーキー?)や冷蔵庫のCM(エスキモーに氷を売る)の制作風景が戯画的に描かれているのは、商業主義への風刺でしょうか? ただし、全体としては、メッセージ性を極力排除しているように思えました。

オルエットの方へ 01.jpgオルエットの方へ ド.jpg ジャック・ロジエ監督の長編第2作は「オルエットの方へ」('69年/仏)で、これも、2010年1月のユーロスペースでの「ジャック・ロジエのヴァカンス」で日本初上映、'16年10月にシアター・イメージフォーラムで再上映された作品。今度はカラー作品ですが、ヴァカンス、男女の三角関係(今度は五角関係?)、ドキュメンタリー風乃至プライベートフィルムタッチなところ、主役に素人の俳優を使っている点など、「アデュー・フィリピーヌ」の要素を多く引き継いでいます。あらすじは―、

オルエットの方へ 3.jpg キャロリーヌ(キャロリーヌ・カルチエ)は、ヴァンデ県の海岸沿いにある家族の別荘に友だちのカリーヌ(フランソワーズ・ゲガン)、ジョエル(ダニエル・クロワジ)と共にヴァカンスを過ごしに来る。最初のうち3人は女だけの気ままな時間を楽しんでいたが、そこへ、ジョエルの上司で密かに彼女にオルエットの方へ 06.jpg思いを寄せるジルベール(ベルナール・メネズ)が現れる。ジルベールは別荘の庭にテントを張らせてもらうことになるが、3人から軽く扱われるばかり。そんな中、3人は海からの帰りにパトリック(パトリック・ヴェルデ)というヨットマンの青年と出会い、ジルベールはパトリックと親しくなっていく―。

オルエットの方へ_11.jpg と、書きましたが、これまたそれほどストーリー性は前面に出されておらず、9月1日から20日までの3人のヴァカンスの過ごし方が映像日記のよう描かれ、3人が都会生活を離れた開放感から日常の何でもないことに可笑しみを見い出しては燥(はしゃ)ぐ姿が自然に生き生きと語られています。彼女たちが別荘の近くの農場やカジノのあるオルエットという村へ行こうとして、その地名を口にするだけで意味なく笑いこけ、これが作品のタイトルの一部になっている点で、タイトルの付け方も「アデュー・フィリピーヌ」と少し似ています。

オルエットの方へ   .jpg 3人に体よく馬鹿にされ続けた上司ジルベールがパリに帰ってしまい、次にはパトリックの粗雑な一面に腹を立てたカリーヌがパリに帰ってしまって、残った2人も興覚めして騒々しいパリに戻ってくる―という結末ですが、ストーリーよりも、うなぎを床にぶちまけるシーン、ヨットで海面を走行するシーン、海岸を馬で駆けるシーンなど、個々の断片的なシーンの方が印象に残ります(特にヨットに乗るシーンは、昔、夏にティンギーヨットに乗ったことがあったので、個人的に懐かしさを覚えた)。
 
 両作品とも、ストーリーよりも、"瑞々しさ"の光る感性が味わえる作品と言っていいかと思います。特に、出演者たちが演技しているのか地なのか分からないくらい自然に振る舞っている印象であり、観ていて自然と彼らの世界に入り込んでしまいます(唯一の職業俳優と言っていい「オルエットの方へ」のジルベール役のベルナール・メネズだけが、"演技している"っぽかったか)。こうした自然な効果を、作品の初めから終わりまで通して保持し続けているというのは、考えていればスゴイことであり、当然のことながら、その背後に計算された技巧があるのだろうなあと思いました。

メーヌ・オセアン poster.jpg 寡作で知られるジャック・ロジエ監督が長編第3作「トルチュ島の遭難者」('74年/仏)に続いて撮った長編第4作は「メーヌ・オセアン」('86年/仏)で、前第3作に続くコメディですが、ジャック・ロジエ監督はこの作品で、本来は新人若手監督に贈られるジャン・ヴィゴ賞を当時60歳で受賞しています。この作品も、2010年1月のユーロスペースでの特集「ジャック・ロジエのヴァカンス」での上映が日本発上映でした。

メーヌ・オセアン 011.jpg フランス西部ナント行きの列車メーヌ・オセアン号で、ブラジル人ダンサーのデジャニラ(ロザ=マリア・ゴメス)は検札係のル・ガレック(ベルナール・メネズ)とリュシアン(ルイス・レゴ)との間でトラブルになるが、女弁護士ミミ(リディア・フェルド)に救われる。漁師プチガ(イヴ・アフォンソ)の弁護のためアンジェで降りる予定のミミは、意気投合したデジャニラと海に行く計画を立て、2人一緒にアンジェで下車する。プチガの裁判はプチガの態度の悪さとミミの意味不明の抗弁のため、あっさりメーヌ・オセアン 05.jpgと敗訴する。ミミとデジャニラは列車内で再会したリュシアンの勧めで、プチガの住むユー島に3人で行くことに。リュシアンはユー島への旅に上司のル・ガレックも誘う。ユー島でリュシアンとル・ガレックは、ミミとデジャニラと合流、そこにプチガが居合わせ、ミミとデジャニラからメーヌ・オセアン号でのル・ガレックの態度について悪口を聞かされていたプチガはル・ガレックに喧嘩をふっかけ、止めに入ったリュシアンがケガを負う。冷静になったプチガは反省し、酔った勢いもあり、逆にル・ガレックを気に入ってしまう。そこにニューヨークからデジャニラの雇い主である興行主ペドロ・マコーラ(ペドロ・アルメンダリス・Jr)が現れ、ふとしたことから市民会館でどんちゃん騒ぎをすることになる―。

メーヌ・オセアン 02.jpg ダンサーと弁護士という全く異質な職業の2人の女性の偶然の出会いを介して、漁師、列車の検札係、興行主という、これまた全く異質の職業の男たちが一堂に会してどんちゃん騒ぎをする―という、コメディだけに初期2作よりはストリー性があり、観ていて楽しい映画です。「ヴァカンス」というモチーフは前3作に通じ、「海辺」や「島」といった背景についても同じことが言えます。

メーヌ・オセアン 03.jpg ただし、映画の終盤は、興行主に「現代のモーリス・シュヴァリエ」とおだて上げられたものの実は単にからかわれていただけだったことに気付いた検札係の上司が(演じるベルナール・メネズは17年前の「オルエットの方へ」でも、ヴァカンス先で部下の女性らに軽んじられ、途中で帰る上司という役柄だった)、ナントに戻るため漁師に頼み込んで船で送ってもらい、何度か船を乗り継ぎ、ようやく海岸に辿り着くまでを延々と描いており、ストーリーもさることながら、ベルナール・メネズがズボンの裾を濡らしながら浅瀬を道路が走っている側に向かって行くシーンなどが印象に残ります。

アデュー・フィリピーヌード.jpg ストーリー性を前面に出さず(或いはストーリーがあってもさほど意味はなく)、個々の出来事を単に個々の事象として背景の中に塗り込んでしまうとでもいうか、そのため、背景が前景にも増して印象に残るのがジャック・ロジエ作品の特徴かもしれません。その意味では、比較的ストーリー性が感じられる「メーヌ・オセアン」よりも、「アデュー・フィリピーヌ」「オルエットの方へ」の2作の方が、よりジャック・ロジエらしいユニークさがあったように思います。特に「アデュー・フィリピーヌ」が実際に撮影されたのは公開の2年前、アルジェリア戦争最中の1960年(昭和35)年の物語と同時期の夏ですが、主人公の兵役の話が出てきてやっと時代に気づくくらいのモダンなセンスには驚かされます。

Adieu Philippine (1962)
Adieu Philippine (1962).jpg
アデュー・フィリピーヌド.jpg「アデュー・フィリピーヌ」●原題:ADIEU PHILIPPINE●制作年:1960年(撮影)・1962年(公開)●制作国:フランス・イタリア●監督:ジャック・ロジエ●脚アデュー・フィリピーヌ es.jpg本:ジャック・ロジエ/ミシェル・オグロール●時間:106分●出演:ジャン=クロード・エミニ/ダニエル・デカン/ステファニア・サバティニ/イヴリーヌ・セリ/ヴィットーリオ・カプリオリ/ダヴィド・トネリ/アンヌ・マルカン/アンドレ・タルー/クリスチャン・ロンゲ/ミシェル・ソワイエ/アルレット・ジルベール/モーリス・ガレル//ジャンヌ・ペレス/シャルル・ラヴィアル●日本公開:2010/01●配給:アウラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-06-12)(評価:★★★★)

Du côté d'Orouët (1971)
Du côté d'Orouët (1971).jpg
オルエットの方へ dvd .jpg「オルエットの方へ」●原題:DU COTE D'OROUET●制オルエットの方へ 02.jpg作年:1971年(撮影)・1973年(公開)●制作国:フランス●監督:ジャック・ロジエ●脚本:ジャック・ロジエ/アラン・レゴ●撮影:コラン・ムニエ●時間:106分●出演:フランソワーズ・ゲガン/ダニエル・クロワジ/ キャロリーヌ・カルチエ/ベルナール・メネズル●日本公開:2010/01●配給:アウラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-06-26)(評価:★★★★)
ジャック・ロジエ DVD-BOX」(「オルエットの方へ」「メーヌ・オセアン」「短篇集」(「ブルー・ジーンズ」「パパラッツィ」「バルドー・ゴダール」)を収録)

Maine Ocean (1986)
Maine Ocean (1986).jpg
Maine océan.jpgメーヌ・オセアン 9s.jpg「メーヌ・オセアン」●原題:MAINE-OCEAN●制作年:1986年●制作国:フランス●監督:ジャック・ロジエ●製作:パウロ・ブランコ●脚本:ジャック・ロジエ/リディア・フェルド●撮影:アカシオ・デ・アルメイダ●音楽:シコ・ブアルキ/フランシス・ハイミ/ユベール・ドジェクス/アンヌ・フレメーヌ・オセアン_04.jpgデリック●時間:130分●出演:ベルナール・メネズ:/ルイス・レゴ/イヴ・アフォンソ/リディア・フェルド/ロザ=マリア・ゴメス/ペドロ・アルメンダリス・Jr●日本公開:2010/01●配給:アウラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-07-04)(評価:★★★☆)

ジャック・ロジエ シネマブルー.jpg

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賛否が分かれる結末。初めて母国語のドイツ語で演じたダイアン・クルーガーは好演。

女は二度決断する ド.jpg女は二度決断する mages.jpg女は二度決断する ges.jpg
「女は二度決断する」ダイアン・クルーガー(右)[カンヌ国際映画祭女優賞]

 ドイツ、ハンブルク。生粋のドイツ人のカティヤ(ダイアン・クルーガー)はトルコからの移民であるヌーリ(ヌーマン・エイカー)と結婚、女は二度決断する s.jpgヌーリは麻薬の売買をしていたが今は足を洗い、真面目に働き、息子も生まれ、幸せな家庭を築いていた。 ある日、ヌーリの事務所の前で白昼に爆弾が爆発し、ヌー女は二度決断する 320.jpgリと愛息ロッコが犠牲になる。トルコ人同女は二度決断する ages.jpg士のもめごとが原因ではないかと警察は疑うが、移民街を狙ったドイツ人による人種差別テロであることが判明する。実行犯としてネオナチの若いメラー夫婦(ウルリッヒ・ブラントホフ、ハンナ・ヒルスドルフ)が起訴され、カティヤは弁護士ダニーロ(デニス・モシット)と共に裁判に臨むが、証拠不十分、アリバイあり、目撃証言無効、といった身をえぐられるような裁判に、カティヤの心の傷は深まってゆく。そんな中、生きる気力を失いそうになりなりながら、カティヤはある決断をする―。

ダイアン・クルーガー/ファティ・アキン監督
女は二度決断する 6.jpg女は二度決断する   .jpg トルコ系移民の子でハンブルグ生まれのファティ・アキン監督(カンヌ・ヴェネツィア・ベルリンの3大映画祭の全てで賞を獲っている監督でもある)の2017年ドイツ映画で、第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映されてパルム・ドールを争い、ダイアン・クルーガーが女優賞を獲得、米国では、第75回ゴールデングローブ賞で外国語映画賞を獲得しています。

女は二度.jpg女は二度決断する   mages.jpg 前半部分は、カティヤの幸せな結婚生活と不幸な惨劇の後に法廷劇が続きます。犯人らはすぐに捕まりますが、テロリスト側のアリバイ工作を見抜けない裁判所が犯人たちを裁ききれない状況となり、カティヤの苛立ちは募るばかり。そして犯人らが無罪となった後半は、カティヤが単独で彼らが犯人に間違いないことを突き止め、復讐を図るサスペンス調となっていました。

女は二度決断する 8.jpg やはり、ラストのカティヤの「決断」は、賛否分かれるだろうと思います。エンタテインメントとしての復讐劇ならば、復讐相手を斃して観客にカタルシスを与えて終わりですが、本作は実話をベースにした比較的リアルな背景の物語であり、その流れで見ると、復讐殺人も殺人であることには違いなく、落とし所としての主人公が選んだ結末は、復讐の連鎖を繰り返さないための潔いものであり、ある意味納得がいくとも言えます。また、これくらい覚悟が無いと、復讐なんてそう易々やるものでもないとも言えるし、主人公の絶望がそれだけ深いものであることを表しているともとれます。

 しかし、一方で、犯人たちのあまりの幼さを見ると、こうした人間をこの世から抹殺することにどれだけの意義があるのか、背後にある大きな問題の方が重要ではないのかとも思ってしまうし、彼女を支えてきた女友達のブリジットをはじめとする周囲の人々(髯の弁護士ダニーロもいい人だった)の善意は何だったのだろうかという虚しさも感じます。

女は二度決断するヨハネス・クリシュ.jpg いろいろ考えさせられるのは、事実を元にした脚本であるのもさることながら、主演のダイアン・クルーガーをはじめ、犯人の弁護士ハーバーベックを演じたハネス・クリシュら演技達者の醸すリアリズムによるところが大きいと思われます。カンヌ映画の賞レースの傾向として、移民や社会の底辺の人々を描いたものが比較的強い気がしますが(第71回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲った是枝裕和監督の「万引き家族」('18年/ギャガ)もその例か)、この映画がパルム・ドールを争ったというのは、移民やそれに対する排他主義、人種差別を描いたということだけが理由ではなく、役者陣の演技力も要因としてあった思います。

IMG_2474.JPG女は二度決断する クルーガー.jpg とりわけ、ダイアン・クルーガーは好演しており、自身もこの役柄について「人生変えるほどの衝撃」があったと述べています。彼女のそれまでの代表作に「戦場のアリア」('05年/仏・独・伊)がありますが未見。個人的にはその前年の「ナショナル・トレジャー」('04年/米)でニコラス・ケイジナショナル・トレジャー111.jpgと共演したのを観ましたが、"フツーに"娯楽映画の添え物的美女といった感じだったでしょうか。ファン・アナキン監督には、「あなたの映画に出たい」と5年間直訴していたそうで、15歳で母国を離れて25年、ずっとハリウッドで活動し、今回初めて母国語で演じる機会を得(「戦場のアリア」の時はフランス語で演じている)、カンヌ国際映画祭の女優賞を獲得したとのことです。
2018年4月6日・朝日新聞(夕刊)

女は二度 決断する.jpg ダイアン・クルーガーは、半年をかけてテロや殺人事件の遺族らに話を聞いたりするなど、入念な役作りをしたとのことですが、この映画のラストについては、彼女自身脚本を読んで、「これはどう演じたらいいのか⁈」と迷ったそうです。結局、こうすべきだと説く映画ではなく、観る人に自分ならどうするかを考えて欲しいと彼女はインタビューで言っていますが、確かに、そういう作りになっているなあと思いました(個人的には自分の中でもいまだに賛否が分かれている?)。
    
「女は二度決断する」●原題:AUS DEM NICHTS●制作年:2017年●制作国:ドイツ●監督・脚本:ファティ・アキン●製作:ファティ・アキン/ヘルマン・ヴァイゲル●撮影:ライナー・クラウスマン●音楽:ジョシュ・オム●時間:106分●出演:ダイアン・クルーガー/デニス・モシット/ヨハネス・クリシュ/ヌーマン・エイカー(ヌーマン・アチャル)/サミア・ムリエル・シャンクラン/ウルリッヒ・トゥクール/ラファエル・サンタナ/ハンナ・ヒルスドルフ/ヘニング・ペカー/ウルリッヒ・ブラントホフ/ハルトムート・ロート/ヤニヒューマントラストシネマ有楽町.jpgヒューマントラストシネマ有楽町 sinema2.jpgス・エコノミデス</カリン・ノイハウザー/ウーヴェ・ローデ/アシム・デミレル/アイセル・イシジャン●日本公開:2018/04●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(18-05-18)(評価:★★★☆)
ヒューマントラストシネマ有楽町(2007年10月13日「シネカノン有楽町2丁目」が有楽町マリオン裏・イトシアプラザ4Fにオープン。経営がシネカノンから東京テアトルに変わり、2009年12月4日現在の館名に改称)[シアター1(162席)・シアター2(63席)] 
女は二度決断する .jpg左から、ウルリッヒ・ブラントホフ(アンドレ・メラー役)/ヌーマン・エイカー(ヌーマン・アチャル)(カティヤの夫役)/ファティ・アキン監督/ダイアン・クルーガー(主人公カティヤ役)/サミア・ムリエル・シャンクラン(カティヤの女友達ブリジット役)/ヨハネス・クリシュ(犯人側の弁護士ハーバーベック役)/デニス・モシット(カティヤ側の弁護士ダニーロ役) in The 70th Cannes Film Festival

ダイアン・クルーガー.jpgダイアン・クルーガー

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この「時代色」「地方色」をリメイクは超えられない。子役の演出も。

二十四の瞳 ポスター.jpg二十四の瞳 dvd.jpg 二十四の瞳 01.jpg 二十四の瞳 岩波.jpg
二十四の瞳 デジタルリマスター 2007 [DVD]」『二十四の瞳 (岩波文庫)

二十四の瞳01a.jpg 1928(昭和3)年、大石久子(高峰秀子)は新任教師として、瀬戸内海小豆島の分校へ赴任する。1年生の磯吉、吉次、竹一、ミサ子、松江、早苗、小ツル、コトエなど12人が初めて教壇に立つ久子には愛らしく思え、田舎の古い慣習に苦労しながらも、良い先生になろうとする。ある日、久子は子供二十四の瞳 02.jpgのいたずらで落とし穴に落ちて負傷し、長期間学校を休んでしまうが、先生に会いたい一心の子供たちは2里の道程を歩いて見舞いに来てくれ、皆で海辺で記念写真を撮る。しかし、自転車に乗れない久子は、住まい近くの本校へ転任することに。1933(昭和8)年、5年生になって子供たちは本校へ通うようになり、久子は結婚していた。子供たちにも人生の荒波が押しよせ、大工の娘・松江は母親が急死し、奉公に出される。久子は修学旅行先の金比羅で偶然に松江を二十四の瞳 03.jpg見かけることになる。軍国主義の影が教室を覆い始めたことに嫌気さした久子は、子供たちの卒業とともに教壇を去る。8年後の1941(昭和16)年、戦争が本格化し、教え子の男子5人と久子の夫は戦争に出征、漁師の娘コトエは大阪へ奉公に出るが、肺病になり物置で寝たきりになる。1945(昭和20)年、久子の夫は戦死し、かつての教え子も、竹一ら3人が戦死、ミサ子は結婚し、早苗は教師に、小ツルは産婆に、二十四の瞳 er9.jpgそしてコトエは肺病でひっそりと死んだ。久子には既に子が3人あったが、2歳の末っ娘は空腹に耐えかねた末に木になる柿の実を採ろうとして転落死する。翌1946(昭和21)年、久子は再び岬の分教場に教師として就任する。児童の中には、松江やミサ子の子供もいた。一夜、ミサ子、早苗、松江、マスノ、磯吉、吉次が久子を囲んで歓迎会を開いてくれ、磯吉は両目の視力を失っていた。かつての教え子たちは久子に自転車をプレゼントする。数日後、岬の道には元気に自転車のペダルを踏む久子の姿があった―。

二十四の瞳s.jpg 木下惠介(1912-1998/享年86)監督の1954(昭和29)年公開作で、同年「キネマ旬報 ベスト・テン」で第1位(2位も同監督の「女の園」('54年/松竹))、1954年度ゴールデングローブ賞外国語映画賞受賞作。文藝春秋刊『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版)第7位。壺井栄(1899-1967/享年67)の原作『二十四の瞳』は第二次世界大戦の終結から7年後の1952(昭和27)年に発表されていて(原作は瀬戸内海に浮かぶ島を舞台としているが、その島の名前は一度も出てこない。但し、小豆島は作者の出身地である)、映画は原作発表の翌年春から撮影が始まり、翌々年に公開されたということになります。

 個人的には1962年のリバイバル時の木下監督自ら再編集等に携わった「ワイド(ビスタビジョン)版」(時間143分、画面の上下がトリミングされている)を親に連れられて劇場で観ているはずですが殆ど記憶がなく、その後学生時代に観て、さらに2007年にデジタルリマスター化されたものを最近劇場で観ました(時間156分)。

 あるこの映画紹介の中にはメロドラマとの表現もありましたが、泣ける映画であり、実際多くの中高年がこの作品を観て、映画を観て泣けた時代を思い出すというのを聞いたこともあります(この作品が今まで観た映画の中で一番泣けた映画であるという人も少なくない)。自分の場合は、学生時代に観た時は、原作よりも生徒たちを"純"な存在として描いていることに若干抵抗があったのですが、今はそうでもないかも。三島由紀夫.jpgあの三島由紀夫は、最も好きな日本の映画監督に木下惠介監督を挙げていますが、「二十四の瞳」に関しては、「間がどうも古いね。泣かせる間がちゃんとできている。(中略)絶対、泣かなくなっちゃう、腹が立ってきてね」と雑誌の読者座談会で発言しており(同じ理由でビットリオ・デ・シーカの「自転車泥棒」('48年/伊)なども嫌いだったらしい)、「泣かせる」演出に嫌悪感があったようです(川内由紀人『三島由紀夫、左手に映画』('12年/河出書房新社))。自分も40代くらいまではあまり好きでなかったし、テレビなどでやっているとチャンネルを変えたりしていたように思いますが、今は年齢と共に素直に(?)"泣ける"ようになったのかも(やっぱり劇場で観る方がいい)。

二十四の瞳10.jpg リメイクされたりもしていますが(映画では田中裕子版('87年)が、テレビドラマでは黒木瞳版('05年)、松下奈緒版('13年)などがある)、戦後10年以内に作られたこの作品が持つ独特の時代的、地方的な雰囲気があり(風光明媚な瀬戸内の風景や、素朴な人々の暮らしぶりといった背景)、それより後の映像化作品でこの作品を超えるのは難しいように思います(同じことが同監督の3年後のカラー作品「喜びも悲しみも幾歳月」('57年/松竹)についても言える。両作品とも季節の違いはあるが波止場で人々が出征兵士を見送るシーンがあり、それがまるで記録映像を観ているように見える)。勿論、「時代色」「地方色」だけでなく、木下惠介監督の演出のきめ細かさも光っているように思います。

二十四の瞳ges.jpg 先に書いたように、物語には1928(昭和3)年、1933(昭和8)年、1941(昭和16)年、そして1945(昭和20)年から1946(昭和21)年という、大まかに言って4つのシークエンスがあり(こうした構成も「喜びも悲しみも幾歳月」に似ている)、この間に子供たちはそれぞれ6歳(小学校1年生)、10歳(小学校5年生)、18歳、22歳と成長し、大石先生も20代から40代になるわけですが、20代から40代の大石先生を巧みに演じ分けている高峰秀子もさることながら、子役たちも子供から大人になるまでが自然に繋がっているという感じです。

二十四の瞳es.jpg 特に、6歳(小学校1年生)と10歳(小学校5年生)の配役は、全国からよく似た兄弟、姉妹を募集し、3600組7200人の子供たちの中から、12組24人が選ばれたとのことで(大人になってからの役者も、その子供たちとよく似た役者を選んだ)、観ていて「あの子が成長してこうなったのだな」などとと分かり、顔立ちや目元まで似ていたりすると結「二十四の瞳」井川.jpg構はっとさせられます。でも、兄弟、姉妹を顔が似てるかどうかを基準に選んだということは、それをどう演出するかは、木下惠介監督には相当な自信があったのではないでしょうか。実際、子役たちから巧まざる上手さを引き出しているように思いました。「泣ける」背景には、こうした戦略的かつ細やかな技巧の積み重ねがあり、それが、声高ではないのに反戦映画としての訴求力があることに繋がっているのだと改めて思われ、評価「◎」としました。

井川邦子(松江)

木下忠司.jpg次郎物語%E3%80%80t.jpg 音楽の木下忠司(きのした・ちゅうじ、1916-2018)は木下惠介監督の弟で、この「二十四の瞳」をはじめ、「女の園」('54年/松竹)、「野菊の如き君なりき」('55年/松竹)、「喜びも悲しみも幾歳月」('57年/松竹)など兄・木下恵介が監督した映画の音楽を数多く手掛けていますが、今年['18年]4月に102歳で亡くなっています。木下作品以外では、「白蛇伝」('58年/東映)、「安寿と厨子王丸」('61年/東映)といったアニメ映画や、「点と線」('58年/東映)、「黄色い風土」('61年/ニュー東映)、更水戸黄門 ああ人生に涙あり.jpgには、「大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン」('66年/大映)や「トラック野郎シリーズ」(東映、全10作中、8作を担当)なども手掛けています。NHKのテレビドラマ「次郎物語」('66-'68年)のペギー葉山が歌っていたテーマ曲の作曲者でもありますが、テレビドラマのテーマ曲と言えば、この人が作曲した中では何と言っても「水戸黄門」の主題歌「あゝ人生に涙あり」が一番よく知られているでしょうか。

二十四の瞳312.jpg「二十四の瞳」●制作年:1954年●監督・脚本:木下惠介●製作:桑田良太郎●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●原作:壺井栄●時間:156分●出演:高峰秀子(大石久子)/天本英世(大石久子の夫)/夏川静江(久子の母)/笠智衆(分教場の男先生)/浦辺粂子(男先生の妻)/明石潮(校長先生)/高橋豊子(小林先生)/小林十九二(松江の父)/草香田鶴子(松江の母)/清川虹子(よろずやのおかみ)/高原駿雄(加部小ツルの父)/浪花千栄子(飯屋のかみさん)/田村高廣(岡田磯吉)/三浦礼(竹下竹一)/渡辺四郎(竹下竹一(本校時代))/戸井田康国(徳田吉次)/大槻義一(森岡正)清水龍雄(相沢仁太)/月丘夢路(香川マスノ)/篠原都代子(西口ミサ子)/井川邦子(川本松江)/小林トシ子(山石早苗)/永井美子(片桐コトエ)●公開:1954/09●配給:松竹●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(18-05-08)(評価:★★★★☆)
二十四の瞳の銅像(小豆島町)          笠智衆(分教場の男先生)/浦辺粂子(男先生の妻)
二十四の瞳の銅像.jpg二十四の瞳 笠智衆 浦辺粂子.gif浦辺粂子.jpg
        
                    
天本英世(大石久子の夫)                 田村高廣(岡田磯吉)
二十四の瞳 天本英夫.jpg天本英世.jpg二十四の瞳 田村高廣.jpg田村高廣 .jpg
                                                                                                                       
映画「二十四の瞳」田中裕子版('87年/松竹)
二十四の瞳  田中裕子 (1).jpg 二十四の瞳  田中裕子.jpg
テレビドラマ「二十四の瞳」黒木瞳版('05年/日本テレビ)/松下奈緒版('13年/テレビ朝日)
二十四の瞳 黒木瞳.jpg 二十四の瞳 松下奈緒.jpg

水戸黄門 東野英治郎版.jpg水戸黄門 op.jpg「水戸黄門(第1-13部)(東野英治郎版)」)●監督:内出好吉/田坂勝彦/船床定男/山内鉄也ほか●製作総指揮:松下幸之助●製作:松下正治/丹羽正治●脚本:宮川一郎/窪田篤人/三好伍郎/鈴木則文/飛鳥ひろし/吉田哲郎/梅谷卓司/浅井昭三郎/津田幸夫/中島貞夫/伊上勝/鈴木生朗/鎌田房夫/田坂勝彦/葉村彰子/加藤泰/稲垣俊ほか●音楽:木下忠司●出演:東野英治郎/杉良太郎/横内正/露口茂/弓恵子/岩井友見/中谷一郎/高橋元太郎/伊藤栄子/村井国夫/大原麗子/菅貫太郎/里見浩太朗/成田三樹夫/大和田伸也/三浦浩一/山口いづみ●放映:1969/08~1983/04(全381回)●放送局:TBS

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開拓部落の人々の貧しい生活と骨太な生き方の描きぶりのリアリズムが効いている。

泥流地帯 三浦綾子_.jpg 泥流地帯 三浦綾子2_.jpg  泥流地帯 続 三浦綾子_.jpg 泥流地帯 続 三浦綾子 2_.jpg  三浦綾子2.jpg
泥流地帯 (新潮文庫)』『泥流地帯』 『続・泥流地帯 (新潮文庫)』『泥流地帯 続』 三浦綾子(1922-1999)
1926年の十勝岳大噴火(出典:www.ricen.hokkaido-c.ed.jp)
1926年の十勝岳大噴火.jpg十勝岳大噴火 .jpg 大正15年5月、十勝岳大噴火。突然の火山爆発で、家も学校も恋も夢も泥流が一気に押し流してゆく―。上富良野の市街からさらに一里以上も奥に入った日進部落で、貧しさにも親の不在にも耐えて明るく誠実に生きている拓一、耕作兄弟の上にも、泥流は容赦なく襲いかかる。真面目に生きても無意味なのか? 懸命に生きる彼らの姿を通して、人生の試練の意味を問いかける感動の1926年の十勝岳大噴火mages.jpg長編―(『泥流地帯』文庫内容紹介(裏表紙より))。

 突然爆発した十勝岳の泥流は開拓部落に襲いかかり、一瞬にして、家族の命を奪い、田畠を石河原に変えた。地獄と化した泥流の地から離散していく人々もいるなかで、拓一・耕作兄弟は、祖父・父の苦労の沁み込んだ土地を、もう一度稲の実る美田にしたいと、再び鍬を手にする。そんな彼らに、さらに苦難が襲いかかる。苦闘の青春を描き、人生の報いとは何かを問う感動の完結編―(『続 泥流地帯』文庫内容紹介(裏表紙より))。

噴火による融雪型火山泥流(提供:北海道上富良野町)

泥流地帯 三浦 綾子.jpg 大正末期から昭和初期の北海道上富良野町での十勝岳大噴火による災害の履歴を描いた三浦綾子(1922-1999/77歳没)の長編小説で、『泥流地帯』は1976年1月4日から1976年9月12日まで北海道新聞の日曜版に連載、『続 泥流地帯』は1978年2月26日から1978年11月12日まで同じ北海道新聞の日曜版に連載され、『正』と『続』の間に1年半ばかり間隔がありますが(単行本刊行もそれぞれ'77年3月と'79年4月刊行で2年空いている)、『正』が十勝岳大噴火まで、『続』が大噴火以降を描いているため、1つの物語として見ていいように思います。

 火山泥流で家族、家、畑、家畜を失いながらも、不屈の精神で助け合いながら困難を乗り越える拓一・耕作兄弟が主人公ですが、それに節子、福子という2人の女性が絡んで、青春物語にもなっており(ある種"四角関係"?)、ラストの映画「幸福の黄色いハンカチ」みたいな劇的な情景描写も含め、物語構成の上手さを感じ、さすが40%以上の視聴率を記録したTVドラマ「氷点」の原作者だと思いました(『氷点』は朝日新聞社の懸賞小説に当時無名の作者が募集し受賞した作品。1970年3月12日から1971年5月10日まで連載され、1971年に朝日新聞社より刊行された)。

御嶽山噴火.jpg 因みに、2014年9月27日の御嶽山噴火で、火口付近に居合わせた登山者ら58名が主に噴石により死亡、これが日本における戦後最悪の火山災害ですが、1926(大正15)年5月の十勝岳噴火の死者行方不明者はその倍以上の144名で、犠牲者の殆どは融雪型火山泥流(ラハール)に呑み込まれたことによるものでした(日本最大の噴火被害は、1792(寛政4年)年の雲仙普賢岳の噴火で、岩屑雪崩が有明海に流入して大津波が発生し死者約15,000人、明治以降では、1888(明治21)年の磐梯山噴火で噴火による土石流で477名が死亡している。同じ火山噴火が原因でも、被害の形態はまちまち)。
御嶽山噴火(2014年9月27日)

三浦綾子記念文学特別研究員の森下辰衛氏.jpg さて、作品に戻ってこの小説のテーマですが、三浦綾子記念文学特別研究員の森下辰衛氏は、2016年の上富良野町での講演で、「苦難にあった時に、それを災難だと思って歎くか、試練だと思って奮い立つか、その受けとめ方が大事なのではないでしょうか」と呼びかけています。文庫解説の佐古純一郎(1919-2014/享年95)も、「この小説のテーマは『苦難の意味』ということではないだろうか」といい、作者が作品の終わり頃に聖書のヨブ記を持ち出してきていることを指摘しています。その部分を読み直してみると、拓一・耕作兄弟の母・佐枝に対する弟・修平の、「どうして(神は)災難を下すんだ」という質問に、佐枝がまさに、「苦難に会った時に、それを災難と思って嘆くか、試練だと思って奮い立つか、その受けとめ方が大事なのではないでしょうか」と答えていいます。更にそれに対し「しかし、正しい者に災いがあるのは、どうしてもわかんねえなあ」と言う修平に、「叔父さん、わかってもわかんなくてもさ、母さんの言うように、試練だと受け止めて立ち上がった時にね、苦難の意味がわかるんじゃないだろうか。俺はそんな気がするよ」と拓一が続き、耕作も深く頷くとあります(『続 泥流地帯』p.423)。ここまで、「苦難」というものの捉え方に、兄・拓一と弟・耕作の間で若干開きがあったのが、ここで差が埋まったという感じでしょうか。

 ただ、個人的には自分は凡人たる修平に近いかも。一般的にみても、テーマとしての一貫性ということに拘るならば、ラストのハッピーエンドは、本来の逆方向に行っているような気がしなくもありません。でも、その辺りは、作者の作家性のなせる業なのでしょう。読者の誰もが、これだけ苦難を味わった拓一・耕作に、明るく希望の持てる結末が待ち受けていることを望むでしょう。これはこれで良いと思うし、こうした結末だからといって何か読者に迎合しているわけでもないと思います。一方で、「キリスト教小説」かと言って敬遠されるようなものでもなく、何と言っても、前半(正編)からの開拓部落の人々の貧しい生活と、そうした中での骨太な生き方の描きぶりのリアリズムが重く効いていると思います。

【1982年文庫化[新潮文庫(正・続)]】

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江戸時代の人って、今われわれがこの映画を観るような感じで浄瑠璃を愉しんだのではないかと思わせる作品。
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近松物語 4K デジタル修復版 Blu-ray」香川京子(おさん)/長谷川一夫(茂兵衛)

近松物語chikamatsu1.jpg 京烏丸四条の大経師内匠は、宮中の経巻表装を職とし、町人ながら名字帯刀も許されていて、傍ら毎年の暦の刊行権を持ちその収入も大きかった。当代の以春(進藤英太郎)はその地位格式財力を鼻にかけて傲岸不遜の振舞が多かった。その二度目の若い妻おさん(香川京子)は、外見幸福そうだったが何とか物足らぬ気持で日を送っていた。おさんの兄・道喜(田中春男)は借金の利子の支払いに困ってその始末をおさんに泣きつく。金銭に関しては厳しい以春に断わられ、止むなくおさんは手代・茂兵衛(長谷川一夫)に相談、彼は内証で主人の印判を用い、取引先から暫く借りておこうとしたが、それが主手代の助右衛門(小沢栄太郎)に見つかる。彼は潔く以春に詫びるが、以春の厳しい追及近松物語 05.jpgにもおさんのことは口に出さない。ところがかねがね茂兵衛に思いを寄せていた女中のお玉(南田洋子)が心中立に罪を買って出る。以前からお玉を口説いていた以春の怒りは倍加して、茂兵衛を空屋に檻禁する。お玉はおさんに以春が夜になると屋根伝いに寝所へ通ってくることを打明ける。憤慨近松物語 04.jpgしたおさんは、一策を案じて、その夜お玉と寝所を取り替えて寝る。ところがその夜その部屋にやって来たのは茂兵衛だった。彼はお玉へ一言礼を言いに来たのだが、思いがけずそこにおさんを見出し、しかも運悪く助右衛門に見つけられて不義密通だと騒がれる。遂に二人はそこを逃げ出す。琵琶湖畔で茂兵衛はおさんに思慕を打明けて二人は強く結ばれ、以後役人の手を逃れつつも愛情を深めていく―。

近松物語5.jpg 1954年公開の溝口健二監督作で、近松門左衛門作の「大経師昔暦」を川口松太郎が劇化(オール読物所載「おさん茂兵衛」)し、それをもとに依田義賢が脚色したもの。近松門左衛門作は30年以上前に起きた京都四条烏丸の大経師の妻おさんが手代の茂兵衛と不義に陥り処刑された事件をベースに(この事件は井原西鶴も「好色五人女」で近松に先駆けて元ネタにしている)、処刑された男女の三十三回忌に合わせてその事件の顛末を世話浄瑠璃に仕立てたとのことですが、観ていて、江戸時代の人って、今われわれがこの映画を観るような感じで浄瑠璃を愉しんだのだろうなあと思わせる作品です。
進藤英太郎(大経師以春)/南田洋子(お玉)

近松物語6-4.jpg 一方で、映画は原作から改変されている部分もあり(川口松太郎によるものと思われるが)、近松の「大経師昔暦」では、茂兵衛がお玉の親切に報いるために、かねてから自分を慕っていたお玉の気持ちに応えようとお玉の寝所に忍び込み、その時、お玉の代わりに控えていたおさんは、以春が忍んできたと思い込み、暗闇のなかでそのまま茂兵衛と実際に交情を交わしてしまい、これが二人の結びつく契機となったことになっています。それを映画では、その場で交情に至らなかったものの以春にその関係を疑われ、不義の濡れ衣を被せられたように改変近松物語 kagawa.jpgされていてます。こうして二人が逃避行に至るまでがテンポ良く描かれ、更に、二人のプラトニックな関係を中盤以降に引っ