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これも予定調和だが、俳優陣の演技力のお蔭で感情移入できた。オチも効いている。

世界にひとつのプレイブック 2012.jpg世界にひとつのプレイブック 00.jpg 世界にひとつのプレイブック デ・ニーロ2.jpg
ジェニファー・ローレンス/ブラッドレイ・クーパー  ロバート・デ・ニーロ
世界にひとつのプレイブック DVDコレクターズ・エディション(2枚組)

 躁うつ病のパット(ブラッドレイ・クーパー)は、8カ月で精神病院を退院した。高校の歴史教師だったパットは、自宅で妻のニッキ(ブレア・ビー)と同僚教師との浮気現場に遭遇、その浮気相手に暴行したことから入院を命じられ、さらに裁判所からニッキへの接近禁止を言い渡されていた。今は実家で両親(ロバート・デ・ニーロ/ジャッキー・ウィーヴァー)と暮らし療養をする日々だったが、『武器よさらば』などに激しく動揺して毎日のように騒ぎを起こしても、自分は正常だと信じ、復縁のため元妻に連絡を取ろうとし続けた。そんな折、友人ロニー(ジョン・オーティス)夫妻との食事会で、ロニーの妻の世界にひとつのプレイブックf.jpg妹ティファニー(ジェニファー・ローレンス)と知り合う。夫と死別したティファニーは、ショックで混乱し、性依存症となって女性を含む同僚全員と肉体関係を持ったことからトラブルとなり失職、今は心理療法を受ける身だった。二人は薬物療法の話題から意気投合し、食事に行くが、最終的には不調に終わる。パットは元妻との連絡方法として、元妻の友人であるティファニー姉妹を通じて手紙を渡してもらおうと考え、ティファニーは元妻との連絡の橋渡しを条件に、パットに社交ダンスの特訓を始める。ダンスが得意なティファニーは、自分を取り戻すためにダンスコンテストへの出場を決意し、初心者のパットをパートナーに選んだのだ。ダンスを通じて、パットは自分が回復する手応えを感じ、ティファニーとも打ち解ける。パットの父親はアメフトのノミ屋をやっていて、アメフトの話題を通じて息子のパットと親子の溝を埋めようとしていたが、そんな父親がついに全財産を賭けて負けてしまう。それを知ったティファニーは、負けを取り戻すために、アメフトの勝敗に加え、ダンスコンテストの自分たちの得点を対象にした起死回生の賭けをセッティングする―。

ジェニファー・ローレンス『世界にひとつのプレイブック』.jpg 2012年公開の、デヴィッド・O・ラッセル監督による「ザ・ファイター」('10年)に続く作品で、これも予定調和ですが、俳優陣の演技力のお蔭で感情移入できました。「ザ・ファイター」はアカデミー賞6部門7ノミネートされ、助演男優賞と助演女優賞を撮っていますが、この「世界にひとつのプレイブック」の方は、アカデミー賞8部門にノミネートされ、ティファニー役のジェニファー・ローレンスが主演女優賞を受称しています(他に、ブラッドレイ・クーパーが主演男優賞、父親役のロバート・デ・ニーロが助演男優賞、母親役のジャッキー・ウィーヴァーが助演女優賞のそれぞれ候補だった)。ティファニー役は当初アン・ハサウェイがキャスティングされていましたが、「ダークナイト ライジング」('12年)とのスケジュール競合のために降板、但しアン・ハサウェイは、同年の「レ・ミゼラブル」('12年)でアカデミー助演女優賞を受賞しています。、

第85回アカデミー賞 主演女優賞・ジェニファー・ローレンス(「世界にひとつのプレイブック」)/助演女優賞・アン・ハサウェイ(「レ・ミゼラブル」)

世界にひとつのプレイブック06.jpg 主人公たちの一発逆転を狙った策がもしも上手くいかなかったら悲劇的な状況になってしまうわけですが、予めコメディがあること(予定調和)が前提となっている感じで、そこはあまり突っ込むべきではないのかも。ティファニーとパットは息の合ったダンスを披露するものの、素人ぶりは隠せず、他のダンサー達から失笑や慰めを受けますが、結果は賭けの目標をクリアし、パットは大喜び。パットはニッキの元に歩み寄って会話を交わし、それを見たティファニーは会場を後にする―。

 ネタバレになりますが、ティファニーがパットとダンスの練習を続ける中、パットが元妻のニッキに書いた手紙に対するニッキからの返事をパットに渡す場面があり、その内容は、まだ直接会うことはできないが、今後に期待が持てる前向きな内容であり、それでパットは元気を出したかのように見えるわけですが、最後にその手紙は実はニッキが書いたものではないことが明かされ、そのことをパット自身も知っていたというのが、なかなか洒落たオチになっているように思いました。

 一方で、そうであるならば、そんな手紙など書いていないニッキがなぜダンス大会の会場に来たのかがよく分かりませんが、ただ純粋にダンスを見に来たのでしょうか。何れにせよ、パットの元妻ニッキへの未練は既に断ち切れていて、パットはニッキと言葉を交わした後はティファニーを追います。このシーンだけでも泣けますが、ティファニーがパットを励ますためにニッキを装って手紙を書いて、パットもそのことを知っていて言わなかったとういうオチが、やはり効いているように思いました。

世界にひとつのプレイブック デ・ニーロ1.jpg 母親役のオーストラリア出身のジャッキー・ウィーヴァーは、「アニマル・キングダム」('10年)以来2年ぶり2度目のアカデミー助演女優賞ノミネート、父親役の大御所ロバート・デ・ニーロは「ケープ・フィアー」('91年)以来21年ぶり7度目のノミネートでした。この映画はアメリカでも結構ヒットしたようですが、主人公が生きる自信を取り戻す人生の復活劇である上に家族愛が絡んでいる点が、今日のアメリカ人に受けた要因ではないでしょうか。勿論、そうした心性は日本人にも通じる部分はありますが、"Silver Linings Playbook"という原題を「世界にひとつのプレイブック」という「プレイブック」のところだけを残した邦題にしたことで(プレイブックって日本人には馴染みが薄いのでは)、却って敬遠される原因となってしまい、損したようにも思います。

Silver Linings Playbook (2012).jpg「世界にひとつのプレイブック」●原題:SILVER LININGS PLAYBOOK●制作年:2012年●制作国:アメリカ●監督・脚本:デヴィッド・O・ラッセル●製作:ブルース・コーエン/ドナ・ジグリオッティ/ジョナサン・ゴードン●撮影:マサノブ・タカヤナギ●音楽:ダニー・エルフマン●原作:マシュー・クイック「世界にひとつのプレイブック」●時間:122分●出演:ブラッドレイ・クーパー/ジェニファー・ローレンス/ロバート・デ・ニーロ/ジャッキー・ウィーヴァ/クリス・タッカー/アヌパム・カー/ジョン・オーティス/シェー・ウィガム/ジュリア・スタイルズ/ポール・ハーマン/ダッシュ・ミホク/ブレア・ビー●日本公開:2013/02●配給:ギャガ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-12-05)(評価★★★★)
Silver Linings Playbook (2012)

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「●「芥川賞」受賞作」の インデックッスへ

「神谷(メンター)ではなく、"僕"(メンティ)を見事に描き出した」(小川洋子氏)。豊胸手術がなければ◎。

火花.jpg火花 文庫.jpg  又吉直樹 芥川賞受賞.jpg
火花 (文春文庫)』 NHK「ニュースウオッチ9」(平成27年7月16日)より

火花』(表紙装丁画:西川美穂「イマスカ」)

 2015(平成27)年上半期・第153回「芥川賞」受賞作。2016年・第13回「本屋大賞」第10位。

 売れない芸人・徳永は、熱海の花火大会で、先輩芸人・神谷と電撃的な出会いを果たす。徳永は神谷の弟子になることを志願すると、「俺の伝記を書く」という条件で受け入れられた。奇想の天才でありながら、人間味に溢れる神谷に徳永は惹かれていき、神谷もまた徳永に心を開き、神谷は徳永に笑いの哲学を伝授しようとする―。

火花es.jpg文學界5_pho01.jpg 文藝春秋の雑誌「文學界」2015年2月号に掲載された、現役お笑い芸人"ピース・又吉"の純文学小説ですが、デビュー作で芥川賞受賞というのもスゴイなあ(あの石原慎太郎の「太陽の季節」さえもデビュー作ではなかったし)。2015年3月に単行本が刊行され、2015年8月時点で累計発行部数239万部を突破、村上龍氏の『限りなく透明に近いブルー』を抜き、芥川賞受賞作品として歴代第1位になったそうです(既に文庫化されており、文庫も併せると300万部を超えている)。

 芥川賞の選考では、宮本輝、川上弘美の両選考委員が強く推し、高樹のぶ子、奥泉光の両選考委員が受賞に否定的でしたが、残りの委員のうち、山田詠美、小川洋子、島田雅彦氏の3氏が受賞に賛成したため、これで9人の選考委員のうち5人が推したことになり、比較的すんなり決まったのではないでしょうか。新潮社主催の「三島由紀夫賞」の候補になりながら受賞しなかったことも、プラスに作用した気がしますが、「太陽の季節」が獲った「文學界新人賞」については、この作品は候補にもなっていないのはどうしてでしょうか。

芥川賞の偏差値.jpg小谷野敦.jpg 小谷野敦氏が近著『芥川賞の偏差値』('17年/二見書房)で、この「火花」の1年後に芥川賞を受賞した村田沙耶香氏の「コンビニ人間」を偏差値72として最高評価をしていますが、「火花」は偏差値49という評価です。但し、芥川賞作品だけで偏差値を決めているわけではないためか、全部の芥川賞作品の中では上位3分の1くらいの位置にある評価ということになっています(因みに「限りなく透明に近いブルー」は偏差値44、「太陽の季節」は偏差値38)。

芥川賞の偏差値

 個人的には、良かったと思います。ある種「メンター小説」だなあと思いました。伊集院静氏の『いねむり先生』('11年/集英社)には及びませんが、こういうの、タイプ的に好きかも。作者は、お笑い芸人の世界を知ってほしかったというようなことをどこかで言っていましたが、この世界の上下関係の厳しさなどは、バライティのネタなどになっていたりして、意外と知られてしまっているのではないでしょうか。

 やはり、面白かったのは(小谷野敦氏の『芥川賞の偏差値』は面白いかどうかを重視しているようだが)、先輩芸人・神谷のキャラクターの描かれ方でしょう。個人的には、「天才」とは、世の中に受け入れられてこその「天才」だと考えます。その考えで行けば、神谷は売れていないから今の所「天才」でもないし、どちらかと言うと「本物」と言った方がいいのかなあ。生き方として"漫才師"というのを見せてくれているように思われ、その部分において、読む前の予想や期待を超えていました。

高樹のぶ子.jpg 但し、終盤に神谷に豊胸手術をさせたのはどうしてなのでしょう。もう神谷のキャラに十分驚かされたのに、作者はまだ足りないと思ったのでしょうか。芥川賞受賞に反対した高樹のぶ子氏も、反対理由を、「優れたところは他の選者に譲る。私が最後まで×を付けたのは、破天荒で世界をひっくり返す言葉で支えられた神谷の魅力が、後半、言葉とは無縁の豊胸手術に堕し、それと共に本作の魅力も萎んだせいだ」としています。作者は、神谷を壊れゆくキャラとして描いたのでしょうか。

小川洋子.jpg それでも、個人的には星4つ(○)で、終盤の豊胸手術がなければ◎でした。神谷に目が行きがちですが、小川洋子氏が、「『火花』の語り手が私は好きだ」「他人を無条件に丸ごと肯定できる彼だからこそ、天才気取りの詐欺師的理屈屋、神谷の存在をここまで深く掘り下げられたのだろう。『火花』の成功は、神谷ではなく、"僕"を見事に描き出した点にある」としているのは、穿った見方だと思いました。メンターの描かれ方もさることながら、メンティのそれ方が決め手になっているということでしょう。ラストに不満があっても△ではなく○になる理由は、根底に小川洋子氏が指摘するような面があるためかもしれないと思いました。

火花 映画 チラシ.jpg火花 映画_02.jpg板尾創路 監督「火花」2017年11月 全国東宝系公開。
徳永 - 菅田将暉
神谷 - 桐谷健太


【2017年文庫化[文春文庫]】

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「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

実話がベース。予定調和だが、俳優陣の演技力のお蔭で感情移入できた。

ザ・ファイター dvd .jpg 
「ザ・ファイター」
ザ・ファイター01.jpg ミッキー・ウォード(マーク・ウォールバーグ)の異父兄のディッキー・エクランド(クリスチャン・ベイル)は、かつてシュガー・レイ・レナードをダウンさせたことがあり(実はスリップダウンだったようだが)、地元ではローウェルの誇りと呼ばれているが、試合に敗れた落胆から麻薬依存症になってしまった上に、その短気で怠惰な性格から破綻した日々を送っている。一方、弟であるミッキーは才能に恵まれず、世界チャンピオンなどは遠い夢である。それでもミッキーに過度の期待を寄せる過保護の母親アリザ・ファイター02.jpgス(メリッサ・レオ)と、かつて名ボクサーだった兄のディッキーに言われるがままに試合を重ねるが、一度も勝利を収めることが出来ず、次第に家族の絆もボロボロになっていく。そんな中、薬物中毒の兄ザ・ファイター クリスチャン・ベール .jpgディッキーが警官を殴る騒ぎを起こして監獄送りに。人生のどん底まで落ちた兄を見て、ミッキーは彼と縁を切る決断をする。ミッキーを支え続けるガールフレンドのシャーリーン(エイミー・アダムス)と共に再起をかけてトレーニングを重ねるが、そんなミッキーに、ディッキーは監獄の中からもアドバイスを送り続ける。どんなに弟に拒否されても、弟を応援し続ける兄。そして、兄の出所の日、ミッキーはディッキーをふたたびコーチザ・ファイター05.jpgに迎え、二人三脚で再度世界の頂点を目指し始める―。

クリスチャン・ベール メリッサ・レオ.jpg 2010年公開のデヴィッド・O・ラッセル監督作で、実話に基づいた話であるとのこと。第83回アカデミー賞で作品賞など6部門にノミネートされ、助演男優賞(クリスチャン・ベール)、助演女優賞(メリッサ・レオ)の2冠を獲得しています(ゴールデングローブ賞でも5部門にノミネートされ、同じく助演男優賞、助演女優賞の2冠を獲得している)。

左からクリスチャン・ベール(助演男優賞)、ナタリー・ポートマン(主演女優賞)、メリッサ・レオ(助演女優賞)、コリン・ファース(主演男優賞)

ザ・ファイター11.jpg クリスチャン・ベイルが演じた、自堕落な生活ザ・ファイター03.jpgを送りながらも弟ミッキーのボクサー人生に関わろうとする兄ディッキーのキャラが立っていました。加えて、メリッサ・レオ演じる過干渉の母親のキツさも。この兄と母親と彼女の7人の娘(何れもバカっぽい異父姉妹軍団)に対抗するのがエイミー・アダムス演じるミッキーの恋人シャーリーンで、エイミー・アダムスも、ゴールデングローブ賞とアカデミー賞の両方で助演女優賞にノミネートされています。息子と家族の分断に悩まザ・ファイター04.jpgされながらも息子ザ・ファイター9.jpgに心を砕く父親役のジャック・マクギーも良かったし、こうなると、一番キャラが立っていなのが、マーク・ウォールバーグが演じた主人公のような気もしますが、彼は肉体で勝負といったところでしょうか。出演料よりも肉体改造のめにトレーナーに払った費用の方が多かったとのことですが、演技そのものはザ・ファイター12.jpgそう悪くなかったように思います。

 ストーリーは、実話ベースとは言え、定番と言えば定番であり、こうした予定調和的な話では俳優の演技力が感情移入できるかどうかにかかってきますが、主要な役柄で下手な人はいなくて(むしろ上等。何せ、内2人はアカデミー賞の演技)、感情移入できる、いい映画でした(最後、ディッキーがこれまでと変化するのは、感動的だった)。重要なウェイトを占めるボクシングの試合シーンもよく撮れていたように思います(普通のシーンでもハンディカメラを多用している。慣れるまでちょっと時間がかかったが、リズム感のある小気味の良い映画を撮る監督だと思った)。

マーク・ウォールバーグ.jpgマット・デイモン.jpg 当初ディッキーはマット・デイモンが演じる予定だったがスケジュールの都合で降板し、次の候補となったブラッド・ピットもまた他作品の出演を理由に降板、最終的にクリスチャン・ベールが務めることになりましたが、それでアカデミー賞獲得(!)かあ。因みに、彼は英国ウェールズ出身です。

マーク・ウォールバーグ/マット・デイモン

 主演のマーク・ウォールバーグはスウェーデン、アイルランド、イングランド、フランス系カナダ人の血を引くそうで、マット・デイモンと見た目が似ていますが(マット・デイモンもイングランド、スコットランド、フィンランド、スウェーデンの血を引く)、二人が兄弟役だったら、区別がつかなかった? また、シュガー・レイ・レナードが本人役で出演しているほか、警官兼トレーナーのミッキー・オキーフは本人が自分自身を演じたそうです。

 因みに、ミッキー・ウォードが1997年にアルフォンソ・サンチェスを破ってライトウェルター級のチャンピオンとなったWBUは、ボクシング主要4団体(WBA・WBO・WBC・IBF)に比べ影の薄いマイナーな団体で、WBU王者になったところで誰もウォードには注目していなかったのが、その後、2002年から2003年にかけて"稲妻"アルツロ・ガッティと繰り広げた3連戦の死闘(1勝1敗となったためラバーマッチが行われた)で、その名を広く知られるようになりました。3戦ともボクシング史に残る激しい打ち合いの試合で、"伝説の試合"と呼ばれています。

 兄ディッキー・エクランドがシュガー・レイ・レナードと闘った試合は、映画では実際の映像を使っているようでした。ネットで観ることができるので、スリップダウンかどうか、自分の目で確認してみるのもいいです。ミッキー・ウォードがアルフォンソ・サンチェスからタイトルを奪った実況が「アンビリーバブル!」と叫ぶ試合も、ウォードとアルツロ・ガッティとの歴史に残る名勝負と言われる3連戦も、何れもクライマックスシーンをネットで観ることができます。

ディッキー・エクランド vs.シュガー・レイ・レナード  ミッキー・ウォード vs.アルフォンソ・サンチェス
 

ミッキー・ウォード vs.アルツロ・ガッティ(第1戦)  ミッキー・ウォード vs.アルツロ・ガッティ(第2戦)
 

ザ・ファイター0.jpg「ザ・ファイター」●原題:THE FIGHTER●制作年:2010年●制作国:アメリカ●監督:デヴィッド・O・ラッセル●製作:デイヴィッド・ホバーマン/トッド・リーバーマン/ライアン・カヴァノー/マーク・ウォールバーグ/ドロシー・オーフィエロ/ポール・タマシー●脚本:スコット・シルヴァー/ポール・タマシー/エリック・ジョンソン●撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ●音楽:マイケル・ブルック●時間:115分●出演:マーク・ウォールバーグ/クリスチャン・ベール/エイミー・アダムス/メリッサ・レオ/ミッキー・オキーフ/シュガー・レイ・レナード●日本公開:2011/03●配給:ギャガ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-11-20)(評価★★★★)
The Fighter (2010)

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"妊娠小説"としての戦後日本文学の代表作。風俗をよく描いている分、古さは否めない。

太陽の季節 (1956年) _.jpg太陽の季節 新潮文庫.jpg太陽の季節 (新潮文庫).jpg 石原慎太郎 裕次郎L.jpg
太陽の季節 (新潮文庫)』 石原慎太郎・石原裕次郎
太陽の季節 (1956年)

 1955(昭和30)年・第1回「文學界新人賞」受賞作、1955(昭和30)年下半期・第34回「芥川賞」受賞作。

 窮屈な既成の価値や倫理に反逆し、若い戦後世代の肉体と性を描いて、戦後社会に新鮮な衝撃を与えた作品であるとされています。また、そればかりでなく、「芥川賞」の話題性を決定づけた作品でもあります。新潮文庫解説の奥野健男は、昭和32年の時点で、「僅か二年前の小説だが、既に歴史的な作品ということができる」としています。

 当時の芥川賞の選考では、最終的には藤枝静男の「痩我慢の説」との対決となり、この2作に対し選考委員の意見が分かれ、委員のうち舟橋聖一、石川達三がそれぞれ欠点を指摘しつつも「太陽の季節」を終始積極的に支持し、一方、佐藤春夫、丹羽文雄、宇野浩二が強く反対したものの、最終的には瀧井孝作、川端康成、中村光夫、井上靖が前者の支持派に同調したという流れだったようです(2対3から6対3に逆転したということか)。

太陽の季節es.jpg 作品が世間で話題になったのは、裕福な家庭で育った若者の無軌道な生活を描いたものであり、また、当時としては"奔放な"性描写が含まれていたこともあるかと思いますが、今読むと、それほど過激でもないという印象です(その分、先の時代を予言していたと言えなくもないが)。'56年に長門裕之、南田洋子主演で映画化されたものも(あまり印象に残ってないが)おとなしい内容だったのではなかったでしょうか(石原裕次郎が脇役で映画初出演、兄・慎太郎もチョイ役で出てる)。「日活100周年邦画クラシック GREAT20 太陽の季節 HDリマスター版 [DVD]

斎藤美奈子.jpg 齋藤美奈子風に言えば、女性が予期せぬ妊娠をすることで男性が悩むという"妊娠小説"ということになるのでしょう。齋藤氏によれば、この"妊娠小説"の典型例が森鴎外の『舞姫』であり、村上春樹の『風の歌を聴け』などもそうであるとのことで、日本の小説の伝統的(?)流れとして綿々と連なっているのだなあと思わされますが、その中でも戦後日本文学の代表作的位置づけにあるのが、この「太陽の季節」ではないかと思います。

石原慎太郎 裕次郎.jpg 素材としては、作者自身の体験ではなく、作者が弟の石原裕次郎から聞いた話が題材になっているそうですが、兄・慎太郎の方は弟・裕次郎よりずっと神経質そうな感じがします。当時ほとんど他の作家の作品などは読んでいなかったと公言していたとは言え、気質的にはどことなく神経質な文学者気質が感じられます("しばたき"に象徴されている)。政界に進出するなどし、無理して強気の姿勢を表に出し続けて何十年、結果として、ああいう豪放磊落なオモテと多感多情なウラを併せ持ったキャラになったのではないでしょうか。

 「太陽の季節」の翌年に発表された「処刑の部屋」の方が、やや完成度が高いかもしれません。かつてこの人の『完全な遊戯』(1957)や『行為と死』(1964)なども読んだりしましたが、個人的にはこの両作品の間の頃は結構良かったように思います。但し、風俗をよく描いている分、後になって読めば読むほど古さは否めなくなり、この「太陽の季節」にもそれは当て嵌まるような気がします(作者の「青春とはなんだ」などに通じるものも感じられる)。

青春てはなんだ 太陽の季節 行為と死 .jpg とは言え、田中康夫氏が言う「新人に必要なのは、若者であること、馬鹿者であること、よそ者であること」の三条件を、当時まさにぴったり満たしたのが、この「太陽の季節」であったと思います。以降、芥川賞は、毎回ではないですが、何年に一度か、そうしたことを意識した選考結果になることがあるようにも思います(なかなかそうした作品はないけれど、期待はしたい)。

 因みに、作品集『太陽の季節』は、1956年3月刊行の新潮社版は、「灰色の教室」(1954年)、「太陽の季節」「冷たい顔」(1955年)、「奪われぬもの」「処刑の部屋」(156年)を所収、1957年8月刊行の新潮文庫版では、「太陽の季節」「灰色の教室」「処刑の部屋」「ヨットと少年」(1956年)「黒い水」が収められており、若干ラインアップが異なっています。

現代長編文学全集〈第44〉石原慎太郎 (1968年)青春とはなんだ 太陽の季節 行為と死

【1957年文庫化・2011改版[新潮文庫]/1958年再文庫化[角川文庫(『太陽の季節・若い獣 他五篇』)]】

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研ぎ澄まされた映像と音楽により、映画は原作を超えている。

乾いた花  j.jpeg乾いた花 dvd.jpg 乾いた花ド.jpg 乾いた花 石原慎太郎_.jpg
乾いた花 [DVD]」池部良/加賀まりこ/藤木孝 『乾いた花 (1959年)』(文藝春秋新社)

乾いた花  ぽすたー80.jpg乾いた花02.jpeg ヤクザ抗争で敵対していた安岡組の男を刺して三年ぶりに刑務所から出所した船田組の村木(池部良)は、賭場で男達に混じり大胆な花札勝負をする「その少女」と出会う。彼女に乾いた花03.jpeg自分と同じ匂いを感じた村木は、愛人の新子(原佐知子)との逢瀬も気が入らない。次の賭場で村木は再びその少女に会い、彼女との乾いた花es.jpgサシで勝負する。有り金を全部張って挑みかかる彼女は、村木の心を楽しませる。その夜、村木は思いがけず屋台でコップ酒を飲む彼女と出会う。冴子(加賀まりこ)という名の彼女は、もっと大きな勝負のある場所へ行きたいとせがむ。約束の日、豪華なスポーツカーで現れた彼女に村木は眼を瞠る。大きな賭場での冴子の手捌きは見事だった。彼はふと隅に蹲って彼乾いた花29.jpg女を擬視する葉(藤木孝)という男に気づく。中国帰りで殺しと麻薬だけに生きているというその男の死神のような眼に、村木は危険を感じる。それでも勝負に酔った村木と冴子は、乾いた花22.jpg夜の街を狂ったように車を走らせ、充実感を味わう。勝負事への刺激を追い求める冴子が、勝負が小さくてつまらないと言うので、村木は弟分の相川(杉浦直樹)が主宰する、その筋の大物らが集まる花札賭場へ彼女を案内し、大勝負の刺激に心震える冴子の姿に村木は満足する。そこへガサ入れがあり、隠れる中二人はカモフラージュで恋人同士を演じるが、二人の間にキス以上の関係はない。更に刺激を求める冴子は、葉から麻薬の刺激を教わってしまう。一方の村木は、自分の組と大阪の組との抗争に巻き込まれ、再び鉄砲玉になる。標的の組長を殺る直前、村木は冴子に会い「あんたにヤクよりいいものを見せてやる。俺は人を殺すんだ」と襲撃現場に彼女を連れて行く。オペラBGMが流れる重厚ゴージャスなクラブで、冴子の目の前で村木はターゲットの組長(山茶花究)を刺す。その時、冴子は―。

乾いた花25.jpg 1964(昭和39)年公開の篠田正浩監督作で、原作は石原慎太郎が雑誌「新潮」1958(昭和33)年に発表した短編小説。公開前に配給会社側から難解という理由で8カ月間お蔵入りとなった後、反社会的という理由で成人映画に指定のうえ公開されたそうですが、確かに池部良演じる主人公の村木はヤクザだしなあ。但し、ヤクザと言ってもインテリ・ヤクザといったイメージでしょうか(本を読んだりしている場面があるわけではないが)。

乾いた花ges.jpg 主人公の村木が出所してみたら、船田組と安岡組が既に手打ちをしていて、安岡組のチンピラ・次郎(佐々木功)がかつての仇である村木を襲うが失敗、次郎は安岡(東野英治郎)の命令で指を詰め、安岡も船田(宮口精二)近しくなっていて、次郎もその後は村木の子分みたいになるという―ちょっと最初の方の勢力図が分かりにくいですが(この話は原作には無い映画のオリジナル)、結局、冴子との出会いを経て、村木は再び刺客として大阪の組の組長を殺ることになり、その際に冴子を連れれ行き、その刺殺現場を見せます。

乾いた花 池部.jpg 何のために村木は冴子を襲撃現場に連れて行ったのか。自分と同じく日常生活の刺激に対して不感症状態になっていて、生の充足を賭博でしか得ることが出来なくなってしまっている彼女に、葉が彼女に与える麻薬以上の刺激を村木は与えたかったのか。それが村木の冴子に対する愛の形であり、それが虚しいと分かっていても、彼はそれをしないではおれなかったのか―。

乾いた花01.jpeg 作家・石原慎太郎の初期の中短編作品は悪くないものが多く、この映画の原作「乾いた花」もその一つですが、映画はストーリーの根幹部分は原作を踏襲しながらも、映像や音楽を研ぎ澄ませて原作を超えているように思いました(マーチン・スコセッシはこの作品を30回は見ているという)。但し、音楽は、武満徹が賭場に響く花札の札の音にインスパイアされてテーマ曲を作ったとのことですが、劇中では殆ど使われていません(花札を切る音がバックミュージックの代わりになっていたりする)。

乾いた花zj.jpeg 加賀まりこ演じる冴子の小悪魔感と、賭場の緊迫した雰囲気との取り合わせが光っています。コラムニストの中森明夫は、この映画の美少女ヒロイン像を押尾守のアニメーションで観てみたいとしており、"萌え"系の感性がここにはあり、「やはり石原慎太郎は元祖おたく作家だ!」としています(『石原慎太郎の文学9』('07年/文藝春秋)解説)。

乾いた花ages.jpg 東京オリンピックの年に、こうした世間一般の感覚で言えば"退廃的"とも言える作品が公開されていて、その原作者が、「青春とはなんだ」('65年/日活)や「これが青春だ!」('66年/東宝)の原作者である石原慎太郎であるというのが興味深いです。原作が書かれたのは1958(昭和33)年ですから、映画の中にあるスポーツカーで冴子が走った首都高速は、映画撮影当時で一部が完成したばかりで、原作では一般道を走ったことになります。

 池部良が後に東映ヤクザ映画に出るきっかけとなった作品と言われています。乾いた花  東野.jpg安岡組のチンピラ役の佐々木功、村木の弟分役の杉浦直樹ともに若々しく、葉を演じた藤木孝に至っては、「シン・ゴジラ」('16年/東宝)に副知事役で出ていましたが、すっかり変わったあなと。東野英治郎と宮口精二が、ヤクザの親分同士と言うより、単なる年寄りの茶飲み仲間に見えてしまうという難はありますが、全体としては、緊迫感のある映像が密度濃く続いて(特に池部良、加賀まりこが出ている賭場シーンがいい)、ラストまで飽きさせずに一気に見せる作品でした。
東野英治郎(安岡組組長・安岡)・宮口精二(船田組組長・船田)

佐々木 功(安岡組のチンピラ・次郎) 杉浦直樹(村木の弟分・相川)  藤木 孝(中国帰りの男・葉)
乾いた花 佐々木功.jpg 乾いた花 杉浦直樹.jpg 乾いた花j.jpeg
佐々木 功     杉浦直樹     藤木 孝 in「シン・ゴジラ」('16年/東宝)
佐々木功.jpg 杉浦直樹.jpgシン・ゴジラ 藤木孝.jpg

乾いた花sim.jpg乾いた花  title.jpg「乾いた花」●制作年:1964年●監督:篠田正浩●製作:白井昌夫/若槻繁●脚本:馬場当/篠田正浩●撮影:小杉正雄●音楽:武満徹/高橋悠治●原作:石原慎太郎●時間:99分●出演:池部良/加賀まりこ/藤木孝/原知佐子/中原功二/東野英治郎/三上真一郎/宮口精二/佐々木功/杉浦直樹/平田未喜三/山茶花究/倉田爽平/水島真哉/竹脇無我/水島弘/玉川伊佐男/斎藤知子/国景子/田中明夫●公開:1964/03●配給:松竹(評価:★★★★)

完全な遊戯 新潮文庫2003L.jpg【1958年単行本[新潮社(『完全な遊戯』)]/1959年単行本[文藝春秋新社](『乾いた花』)/1959年文庫化[角川文庫(『完全な遊戯―他四篇』)]/1960年再文庫化・2003年改訂[新潮文庫(『完全な遊戯』)]】

完全な遊戯 (新潮文庫)
(完全な遊戯、若い獣、乾いた花、鱶女、ファンキー・ジャンプ、狂った果実) 

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重かった。ミステリと言うより、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったかも。

慈雨 柚月裕子1.jpg慈雨 柚月裕子2.jpg慈雨 柚月裕子.jpg 柚月裕子 氏.jpg 柚月 裕子 氏
慈雨』(2016/10 集英社)

 2016(平成28)年「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第1位作品。

 警察官を定年退職した神場智則(じんば とものり)は、愛犬を娘〈幸知〉に託し、妻の香代子とお遍路の旅に出る。新婚旅行以来の旅先に四国を選んだのは、42年間の警察官人生で、自らが関わった幼女殺害事件の被害者を弔うためだった。香代子とは県北部・雨久良村の駐在時代に先輩・須田の紹介で結婚して32年。以来仕事一筋で口の重い神場を明るく支えてくれた妻は久々の2人旅が余程嬉しいのか、山道を鼻歌まじりに進んでいく。4番札所まで参拝を終えた日、宿のテレビでは群馬県尾原市に住む岡田愛里菜ちゃん(7歳)が遠壬山山中から遺体で発見されたと報じ、神場の中で苦い記憶が甦る。16年前、県警の捜一時代に手がけた〈金内純子ちゃん殺害事件〉だった。同じ遠壬山で少女の遺体が発見されたこの事件で県警は、八重樫一雄(36歳)を逮捕。本人は無実を主張したが、体液のDNA鑑定が決め手となり、懲役20年の実刑が確定していた。この鑑定を覆しかねないある事実を、神場は妻にも幸知と交際中の元部下・緒方〉にも秘密にしてきた。しかし16年前と似た犯行に彼の心は騒ぎ、巡礼の道すがら、緒方や現捜一課長〈鷲尾〉と連絡を取り、遠距離推理に挑むことになる―。

 『孤狼の血』('15年/角川書店)で2016年・第69回「日本推理作家協会賞」を受賞した作者の作品で、女流でありながら刑事や検事を主人公とした作品を多く書いている作者ですが、これも同じく刑事ものです(「このミステリーがすごい!」大賞の『臨床真理』('09年/宝島社)の主人公は女性臨床心理士だったが)。作者は子どもの頃から男の世界と言われる物語が好きで、「仁義なき戦い」や「県警対組織暴力」の大ファンだったそうです。

 主人公である退職したばかりの刑事は、旅先で事件を推理するわけで、現場に行かないという点である種"安楽椅子探偵"に通じるところもありますが、推理の内容そのものはシンプルで(犯人はNシステムをどうやって抜けたかのかという)、ミステリ的要素はそう強くないように思いました。

 人間ドラマの部分も、主人公の先輩・須田が殉職した時にまだ幼かったその娘の名前が〈幸恵〉であるということが分かった時に、その構造が読めてしまった部分はありました。但し、それでも、読後感は重かったです。しみじみとした感慨もあったし、爽やかさもあれば(前の事件はおそらく解明されないだろうという)やるせなさもあるし、結構複雑な気持ちにさせられました。

 最初のうちは、夫婦でのお遍路の旅の方がかなりの比重で描かれていて、一方で、事件の方は殆ど解決に向けて進展しないので、読んでいてやや焦れったくなりますが、ラストの方になるとそれまでのそうした構成が活きてきて、結局、推理小説である以上に、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったのだなあと思いました。

 作者は、東日本大震災で両親を失うという経験をしており、そうした経験がこうした作風に反映されているとみることもできますが、自身はインタビューで「どうでしょう。お遍路に行ったのはあくまで取材ですし、その初日に遭遇した台風が表題に繋がった。それを自然の猛威と思うか、恵みと思うかは人にもよるし、雨は何も語ってくれないんだなって......。それほどあの震災がまだ私の中では意味づけできていないということかもしれません」と答えています。

 また、作者は、実際の事件を参考にして作品を書くとも言っていますが(『蟻の菜園〜アントガーデン〜』('14年/宝島社)のモチーフは「首都圏連続不審死事件(木嶋佳苗事件)」から得たようだか)、この作品のモチーフの元になっているのは、1990年に4歳の女児が殺害される事件が発生し、翌年に容疑者が逮捕され、17年半の拘禁を経て2010年に冤罪事件であったことが判明した「足利事件」ではないかと思います。

 あの事件も、当時まだ精度の低かったDNA鑑定(再審請求による再鑑定人の大学教授に「もし自分の学生がやったのだったらやり直しをさせるレベル」と言われた)の結果を過度に重用してしまったことからくる捜査ミスでした。誤って逮捕され、十数年も自由な時間を奪われた被害者の怒りや悔しさもさることながら、ああした冤罪事件は、当時捜査に当たった多くの警察関係者にも重い影を落とすものなのだろうなあと、この小説を読んで改めて思いました。

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"援助交際"という言葉が流行る12年前の作品で、"援交"の上を行く「少女」。

連城三紀彦 少女m.jpg 連城三紀彦 少女 光文社文庫_.jpg 連城三紀彦 少女 光文社文庫.jpg 少女ミステリー倶楽部.jpg 連城三紀彦-01.jpg
少女』(1984)『少女 (光文社文庫)』(1988)『少女 (光文社文庫)』(2001)『少女ミステリー倶楽部 (光文社文庫)』(2016) 連城三紀彦(1948-2013/享年65)

 「わたしと寝ない?」うらぶれたバーテンの「彼」が喫茶店で新聞を広げているところに、少女が突然、声をかけてきた。その日暮らしで、最初から金を払うつもりなどなかった「彼」だったが、やりようはあった。ことを果たした後、少女の隙を狙って、彼女の定期入れから2万円を盗んで逃走した。が、その札番号が郵便局強盗の奪った番号と一致したため、「彼」は警察に連行される。やがて、強盗の容疑は晴れるが、納得のいかぬ「彼」は少女を探す―。

 連城三紀彦(1948-2013/享年65)が「小説宝石」の'84年6月号に発表した作品で、短編集『少女』として'84年5月に光文社より刊行されています('88年/光文社文庫、2001年改訂)。

 冴えない中年男が売春少女から金を盗んだことを自ら証明しなければならなくなるという逆説的な展開がちょっと可笑しかったです。「少女が男を買ったからと言って、われわれにはどうすることもできないんだ...」という刑事の言葉に、「刑事さん、ホントにそれでいいの?」って思わず突っ込みたくなる気もするかもしれませんが、当時「買春」は禁じられてはいたものの罰則はなかったので、実質"犯罪"としては扱われていなかったし、この話の場合、大の大人を"買った"のだから、"児童買春"にも当たらないのだろなあ。

 因みに、現在は、18歳未満の少女少年と金銭を払って性的関係を持った場合には、児童買春となり青少年保護育成条例違反となりますが、恋愛関係にある場合には、18歳未満の女性と性行為を行っても青少年保護育成条例に違反することにはならないそうです(従って、金銭が支払われたかどうかがカギとなる)。

少女~an adolescent(.jpg少女~an adolescent.jpg映画「少女~an adolescent」(2001)

 「少女」は16年前にこの作品と出会って共感を受けたという俳優・奥田瑛二の監督・主演で映画化されていますが、主人公の男性は警官という設定になっています。奥田瑛二の監督デビュー作でもあり、第17回パリ国際映画祭でグランプリ受賞作品となっていますが、個人的には未見です(共演は小沢まゆ、小路晃、夏木マリ、室田日出男)。

 短編集『少女』に収録された他の作品は、「熱い闇」「ひと夏の肌」「盗まれた情事」「金色の髪」で、何れも官能小説の色合いが濃く、この内、「盗まれた情事」が三浦友和主演で1995年にテレビ朝日系でドラマ化されていますが、これも未見です(共演は余貴美子、高島礼子)。

 「少女」以外の短編集所収作品は、変態性欲を扱ったものなどどぎつさもある作品が多く、但し、ミステリーとしての面白さもそれぞれありますが、作者の文章に一番マッチしているのは「少女」ではないかなと思いました。風俗を描くという面でも、"援助交際"という言葉が流行語になったのが1996年で、それより12年前にこういうのを書いていた訳だから、かなり先駆的だったかも。しかも、この「少女」は見方によっては"援交"などより上を行っていることになります。それでいて、"少女"にどこか哀しさがあるのが、この小品の味なのかもしれません。

 この作品は2017年刊行の光文社文庫『少女ミステリー倶楽部』にも、同じく都会に棲む若者の生態を描いた笹沢佐保の「六本木心中」(1962年発表)などと併せて収録されています。

【1988年文庫化・2001改装[光文社文庫(『少女)]/2017年再文庫化[光文社文庫『少女ミステリー倶楽部』所収]】

《読書MEMO》
●『少女ミステリー倶楽部』 ('17年/光文社文庫)
オルレアンの少女(江戸川乱歩)/少女(連城三紀彦)/うす紫の午後(仁木悦子)/少女と武者人形(山田正紀)/五島・福江行(石沢英太郎)/白い道の少女(有馬頼義)/路地裏のフルコース(芦辺拓)/汽車を招く少女(丘美丈二郎)/老人と看護の娘(木々高太郎)/笛吹けば人が死ぬ(角田喜久雄)/バラの耳飾り(結城昌治)/白菊(夢野久作)/六本木心中(笹沢左保)

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(『白夜行』+『火車』)÷2。構成自体がある種"叙述トリック"になっているのが"凄い"。

愚者の毒.jpg愚者の毒 2.jpg カバーイラスト:藤田新策 宇佐美まこと.jpg 宇佐美まこと 氏 [愛媛在住](from 南海放送.2016.12.5)
愚者の毒 (祥伝社文庫)

 2017(平成29)年・第70回「日本推理作家協会賞」(長編及び連作短編集部門)受賞作。

 香川葉子は、借金苦から自殺した妹夫婦の代わりに、言葉に障害を持つ甥の達也を養っていたが、激しい借金の取り立てから逃れるため、世間から身を隠して生きていた。1985年春、葉子は、上野の職業安定所で弁護士事務所に勤めているという美貌の女・希美と出会い、気軽にお喋りをする仲になる。葉子は彼女からの紹介で、調布市深大寺にある旧家の難波家で家政婦として働くことになる。武蔵野の屋敷には、当主である優しい「先生」と、亡くなった妻の子供である由紀夫という繊維会社の若社長が住んでいて、希美もたびたび訪ねて来てくれた。穏やかで安心できる日々であり、由紀夫が時々、夜中に一人でこっそりと外出することに葉子は気づいていたが、詮索はしなかった―(第1章)。

 希美の父は、1963年に三池炭鉱炭塵爆発事故に遭い、一酸化炭素中毒患者となった。そのため、一家は筑豊の山奥の廃鉱部落に移り住む。希美の父は、感情のコントロールができなくなり、次第に獣のようになる。1966年の秋のある日、希美の父が妻シヅ子と間違えて妹に襲いかかり、希美は父に殺意を覚える。そのことを男友達のユウに話すと、ユウはユウで恨んでいる男がいるという。そして、ある犯罪計画が実行に移される―(第2章)。

 書き下ろしでいきなり文庫になった作品で、作者のこれまでの作品ともやや毛色が異なり、刊行時はそれほど話題にならなかったけれども、次第に口コミで評判になり、日本推理作家協会賞を受賞するに至っています。選評であさのあつこ氏は、「瑕疵の多い作品だ。特に、車の細工とか、烏を使うとか殺害方法にリアリティがない。〝死んだのは誰だ〟という謎、人のすり替わりも意外に早く結果が見えてしまう」としつつ、「しかし、その瑕疵があってなお、この作品には鬼気迫る力があった」「殺人者の慟哭を自分のものとした作者に、協会賞はなにより相応しい」としていて、他の選者も、作品の一部に同様の瑕疵を見出しながらも、文章力や構成力、そして何よりも読み手に訴えかけてくるテーマの重さで、受賞作として推している印象でした。

 個人的にも完全一致とは言わないまでも、ほぼ同じような感想を抱きました。丁度、『白夜行』(東野圭吾)と『火車』(宮部みゆき)をたして2で割った感じでしょうか(これだと凄い褒め言葉になるが、それに×0.8といった感じか)。「父親殺し」というのもモチーフとして噛んでいるように思いました。

 3章構成で、2015年の高級老人ホームに入所中の語り手の現在と、それぞれの過去が交互に描かれますが、その構成自体がある種"叙述トリック"になっていて、第2章の終わりでそれに気づかされた時は、正直"凄い"と思いました。ただ、その"凄い"が、作者としては引っ張ったつもりでしょうが、それでも読者的には早く来すぎてしまって、以降、それを超えるものが無かったような気がしないでもないです。

 それでも、主人公以外にも、60年代の過去にいたある人物が80年代に意外な人物になり代わっていて、その表の顔と裏の顔の差が激しい分キャラ立ちしており、更にラスト近くでは、もう一人の人物の現在の姿が明かされるといった具合に、盛り沢山でした。確かに終盤は"プロット過剰"とでも言うか、いきなり"本格推理風"になったりして、ばたばたといろんなものを詰め込んで、伏線を一気に"回収"して帳尻を合わせた感じはしますが、ホラー作家の篠たまき‏氏の「犯罪を犯すしかなかった人々の生き様が切なすぎる」という評は的を射ているように思われ、◎評価としました(今年読んだ近刊小説の中ではベスト1ミステリになるかも)。

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作者の初期代表作。冒頭の60年代の六本木の描写が純文学っぽくてノスタルジーを感じる。

少女ミステリー倶楽部.jpg 笹沢佐保 六本木心中 角川文庫旧版.jpg 笹沢佐保 六本木心中 角川文庫.jpg  笹沢佐保 六本木心中 リバイバル.jpg 心中小説名作選 (集英社文庫).jpg
少女ミステリー倶楽部 (光文社文庫)』/『六本木心中』角川文庫旧版/『六本木心中 (角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20)』『心中小説名作選 (集英社文庫)

六本木心中 (National novels).jpg 六本木が本当の六本木だったころ、休学中の大学生・海老名昌章(21歳)は、深夜のバーで16歳の高校生・芥川千景と知り合う。千景はお腹に父親の分からぬ4カ月の子がいると、昌章に悪戯っぽく告げる。互いに一人ぼっちであることがふたりを結びつける。その孤独を癒すために二人の出た行動とは―。

 1962(昭和37)年に「小説中央公論」に発表された笹沢左保(1930-2002/享年71)の初期代表作(当時32歳)。と言っても、作者は締切りに追われて書いて、原稿用紙80枚の予定が書けなくて10枚減らして書いて、いやいや編集者に渡した作品だったそうですが、それが編集部で意外と好評だったとのことです(結局は作者の代表作の1つになった)。
六本木心中 (National Novels)

 1962年下期・第48回直木賞の候補作となり、これは『人喰い』('60年)、『空白の起点』('61年)に続いて3度目で、前2回と同様「受賞確実」との前評判でしたが("九分九厘"とまで言われた)、またも選に漏れています。選考委員の中で重鎮・松本清張が「松本清張2 .jpg氏の作品の中で最優秀とは云えないが、最近の氏の活動は職業作家として将来性ある才能を感じさせるに十分である」「いうまでもなく笹沢氏はすでに流行作家だが、だからといって、受賞対象から外す理由はないように思う」と"珍しく"推薦するコメントを寄せているのに落選したのは皮肉だったと言えるかもしれません(但し、松本清張はこの選考会は欠席している)。結局、笹沢佐保は、4度候補になりながら直木賞を獲ることがありませんでした(「木枯らし紋次郎」シリーズがヒットして、逆に賞を与え辛くなったのではないか)。

 話の舞台は六本木、と言っても、80年代のバブルの頃の六本木はイメージできるけれど、60年代の六本木はさすがにイメージしにくいかも。しかしながら、この作品の冒頭の当時の「麻布六本木」界隈の描写は、リアルタイムで知らなくとも、何となく雰囲気を伝えるものがあっていいです。描写が推理小説というより純文学小説っぽく、当時の六本木を知らないのに何となくノスタルジーを感じます(今の六本木のような煌びやかな印象は感じられないなあ。竜土町や霞町って今のどのあたりか、思わず調べてみた)。

 つい最近、光文社文庫の『少女ミステリー倶楽部』に収められ、久しぶりに再読しましたが、冒頭の六本木の描写に時間がかかり過ぎたのか、文庫解説の新保博久氏も指摘するように、結末部分はやや書き急いだ感もあります。でも、時代に漂う若者の虚無感のようなものは感じられます。主人公の男女は、現代における「自殺サイト」を求めてネットを彷徨っているような少年少女とも通底するのでしょうか。個人的には、ちょっと違う気がします。

 もう一つ新保博久氏が指摘していることは、1962年3月まで前年から朝日新聞に連載されていた大岡昇平の『若草物語』(後に『事件』と改題)との相似が見られるとのことです。妊娠した少女との結婚を反対する身内を少年が殺した事件を、途中から法曹関係者の視点で描いている点は確かに似ていると思いました。でも、この「六本木心中」は、作者の完全なオリジナルとみるべきでしょう。

 やや時代がかった作為が感じられる後半よりも、主人公・昌章と少女・千景との出合いを描いた前半の方がいいです。今までいろいろなアンソロジーに収められていますが、やはりタイトルは、繰り返しそうした形で取り上げられる要因の一つになっているかと思われ、成功要因になっていると思います。

心中小説名作選 (1980年) _.jpg【1962年単行本[東都書房『第三の被害者』所収]/1968年新書化[文華新書『六本木心中』所収]]/1971年文庫化[角川文庫『六本木心中』所収]]/1980年再文庫化[集英社文庫『心中小説名作選』所収/1989年再文庫化[講談社文庫『ミステリー傑作選〈特別編 1〉1ダースの殺意』所収]/1996年再文庫化[角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20『六本木心中』所収]/2004年再文庫化[光文社文庫『甘やかな祝祭』所収]/2008年再文庫化[集英社文庫『心中小説名作選』所収]/2008年ノベルズ化[National Novels(ナショナル出版)『六本木心中』所収]/2017年再文庫化[光文社文庫『少女ミステリー倶楽部』所収]】
心中小説名作選t.jpg心中小説名作選 (1980年) (集英社文庫―日本名作シリーズ〈8〉)
●『少心中小説名作選』 ('80年・'08年/集英社文庫) 家族の残酷な死を、詩の如く昇華した、川端康成「心中」。戦争に翻弄された三人の男女、田宮虎彦「銀心中」。現実から逃避し愛欲に溺れる二人、大岡昇平「来宮心中」。江戸時代の庶民の心中を俯瞰的に物語る、司馬遼太郎「村の心中」。少女と孤独な魂を通わせた男の虚無、笹沢左保「六本木心中。男女の業と欲の凄まじさを描ききった、梶山季之「那覇心中」。全6編。
     
《読書MEMO》
●『少女ミステリー倶楽部』 ('17年/光文社文庫)
オルレアンの少女(江戸川乱歩)/少女(連城三紀彦)/うす紫の午後(仁木悦子)/少女と武者人形(山田正紀)/五島・福江行(石沢英太郎)/白い道の少女(有馬頼義)/路地裏のフルコース(芦辺拓)/汽車を招く少女(丘美丈二郎)/老人と看護の娘(木々高太郎)/笛吹けば人が死ぬ(角田喜久雄)/バラの耳飾り(結城昌治)/白菊(夢野久作)/六本木心中(笹沢左保)

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まさに「小説以外」。いい作家はいい読者でもあることが窺える。

小説以外200_.jpg 小説以外9.JPG  恩田陸 オンダ・リク.jpg 恩田 陸 氏
小説以外 (新潮文庫)
小説以外』(2005/04 新潮社)

 本好きが嵩じて作家となった著者は、これまでどのような作品を愛読してきたのか? ミステリー、ファンタジー、ホラー、SF、少女漫画、日本文学......あらゆるジャンルを越境する読書の秘密に迫る。さらに偏愛する料理、食べ物、映画、音楽にまつわる話、転校が多かった少女時代の思い出などデビューから14年間の全エッセイを収録。本に愛され、本を愛する作家の世界を一望する解体全書。(文庫口上より)

 著者が14年間にわたって様々な場所で発表してきた全エッセイを収録したものとのことで、この人も最初は兼業作家としてスタートしたのだなあと。一番直近のものは、『夜のピクニック』('04年/新潮社)での「本屋大賞『受賞のことば』」になっていますが、この度『蜜蜂と遠雷』('16年/幻冬舎)で直木賞と本屋大賞とを史上初のW受賞し、2回目の本屋大賞受賞(これも史上初)となっています。

 「全エッセイ」とありますが、文庫の解説や書評等もあり、まさに「小説以外」という感じです。もちろん、エッセイ風の小文も多くあり、料理や食べ物、日常生活に纏わる話や子供時代の思い出などの話もありますが、やはり本に纏わる話が多く、あとは映画、音楽に関する話が多いでしょうか。

 本に関する話などを読んでも、いい作家はいい読書家でもあることが窺えました。ただ、いずれも2ページから3ページ前後の小文ばかりなので、気軽に読めることは読めるけれども、意外と後で印象に残らないかも(もっと長いのは書いていないのかなあ。それが不思議)。

 そんな中、出版社などからのアンケートに応えて、「文庫のベスト5」「海外ミステリのマイベスト7」、更には「マイ・ベストPKD(フィリップ・K・ディック)」といったちょっとマニアアックなものまで挙げているのが目を引きました。個人的には、「クリスティー私のベスト5」というのが、ミステリにおける著者の指向性を窺わせていて興味深かったです(『終わりなき夜に生れつく』は、今年['17年]同名の作品を上梓している)。一番好きな映画が「去年マリエンバートで」('61年/仏)であるというのもこの人らしいのではないでしょうか。『夏の名残りの薔薇』('04年/文藝春秋)はこの映画をモチーフに書かれているようですが、『中庭の出来事』('06年/新潮社)もちょっとそんな雰囲気があったように思います。

【2008年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●「クリスティー私のベスト5」
①『葬儀を終えて』
②『終わりなき夜に生れつく』
③『メソポタミアの殺人』
④『ねじれた家』
⑤『鏡は横にひび割れて』

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"癒し系"×"お仕事系"。いい話ばかり過ぎる気もするが、上手いと思った。

ツバキ文具店obi1.jpgツバキ文具店.jpg  ツバキ文具店 ドラマ.jpg
ツバキ文具店』 「ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~」NHK(2017)多部未華子主演

ツバキ文具店3.jpg 2017(平成29)年・第14回「本屋大賞」第4位作品。

 祖母の葬式のため、雨宮鳩子は高校を卒業して以来8年ぶりに故郷の神奈川県の鎌倉に戻ってきた。 一人で鳩子を育ててくれた祖母は文具店を営む傍ら、思いを言葉にするのが難しい人に代わって手紙を書くことを請け負う「代書屋」でもあった。 祖母に反発して家を飛び出した鳩子は葬式と家の片付けが終わるとすぐに鎌倉を去ろうとするが、生前祖母が引き受けたものの未完であった代書の仕事を引き継ぐように促されそれに取り組むことで心境が変わり、文具店と代書屋業を継ぐことを決意する。地元の温かい人々にも支えられながら鳩子は代書屋として歩み始めた。さまざまな人の思いをすくいとり文字にして相手に届けることで、鳩子は彼らの思いに触れ彼らの人生に関わり、また仕事の師匠であった祖母の思いにも寄り添っていく―。

ツバキ文具店 d.jpg 近年流行りの"癒し系"と"お仕事系"を掛け合わせたような作品ですが、すんなり気持ちよく読めました。今年['17年]4月にNHKラジオ第1「新日曜名作座」にてラジオドラマ化され、更にNHK総合「ドラマ10」にて「ツバキ文具店〜鎌倉代書屋物語〜」と題して多部未華子主演でテレビドラマ化(全8話)されています。

 やや"いい話ばかり"過ぎて、あざとい印象を受けなくもないですが、淡々とエピソードを積み上げて、ラストで主人公が先代(祖母)の自分への想いを知るという盛り上げ方は上手いと思いました(素直に感動した)。

ツバキ文具店ド.jpgツバキ文具店 tegami.jpg 鎌倉という物語の舞台背景が効いているし、何よりも手紙文が「手書き」で(挿画の形を借りて)出てくるのが効いています。最初は作者が書いたのかなとも思ったりしましたが、"男爵"の手紙文が出てきたところで、これはプロの為せる技だと確信し、調べてみたら、萱谷恵子氏というプロの字書きの手によるものでした(ドラマでも多部未華子の書く字を担当している)。"挿画"と言うより、"コラボ"に近いかもしれません。

 主人公の生い立ちなどについてあまり細かいことの説明をしていないのが、却ってすっと物語に入っていける要因にもなっているように思いました。テレビドラマ版で多部未華子は、原作のイメージをそう損なってはいないツバキ文具店s.jpg、まずまずと言っていい演技でしたが(多部未華子はこの演技で第8回「コンフィデンスアワード・ドラマ賞」主演女優賞受賞)、ストーリー的にやや説明的な要素を付け加え過ぎたでしょうか。その結果、(これもありがちなことだが)原作に無い登場人物が出てきたりします(その典型が高橋克典演じる観光ガイド)。やっぱり脚本家というものは、原作に対して「何も足さず何も引かず」ということが出来ない性質なのかなあ。

ツバキ文具店〜鎌倉代書屋物語〜.jpg「ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~」●演出:黛りんたろう/榎戸崇泰/西村武五郎●脚本:荒井修子●原作:小川糸●出演:多部未華子/高橋克典/上地雄輔/片瀬那奈/新津ちせ/江波杏子/奥田瑛二/倍賞美津子●放映:2017/04~06(全8回)●放送局:NHK

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"佳作"と言うより"傑作"の域にある作品だと思った。

夜のピクニック  2004.jpg夜のピクニック  文庫2.jpg夜のピクニック  文庫1.jpg 夜のピクニックs.jpg
夜のピクニック (新潮文庫)』映画「夜のピクニック」(2006)長澤雅彦監督、多部未華子主演
『夜のピクニック』(2004/07 新潮社)

夜のピクニックL.jpg 2004(平成16)年・第26回「吉川英治文学新人賞」及び2005(平成17)年・第2回「本屋大賞(大賞)」受賞作。2004年度「『本の雑誌』が選ぶノンジャンルベスト10」第1位。

 全校生徒が24時間かけて80kmを歩く高校の伝統行事「歩行祭」。3年生の甲田貴子は、最後の歩行祭、1年に1度の特別なこの日に、自分の中で賭けをした。それは、クラスメイトの西脇融に声を掛けるということ。貴子は、恋心とは違うある理由から西脇を意識していたが、一度も話をしたことがなかった。しかし、ふたりの不自然な様子をクラスメイトは誤解して―。

 作者が、自らの母校である茨城県立水戸第一高等学校の名物行事「歩く会」にモチーフを得て描いた青春小説。水戸第一高等学校の歴史を見ると、1938(昭和13)年に「健歩会」というものが発足し、1949(昭和24)年に 最初の「歩く会」が勿来―水戸間(80㎞)で実施され、翌年の1950(昭和25)年に初めての女子生徒が入学したとなっており、男子校の伝統が共学になっても引き継がれていることになります。作中の「歩行祭」では80km歩くことになっていますが、現在の「歩く会」は70kmとのことです(作者の出身大学である早稲田大学にも100km歩く「100キロハイク」とうのがあるが、作者がワセダでも歩いたかはどうかは知らない)。

 高校生の男女が定められた道程をただただ歩いていくだけの状況設定でありながら、これだけ読む者を惹きつける作品というのも、ある意味スゴイなあと思います。キャラクターの描き分けがしっかり出来ていて、女子同士、男子同士、男子女子間の遣り取りが、いずれもリアリティを保って描かれており、それでいてドロっとした感じにはならずリリカルで、ノスタルジックでもあるという(初読の際は読んでいてちょっと気恥ずかしさも感じたが)、読み直してみて、文庫解説の池上冬樹氏が"名作"と呼ぶのも頷けました。

池上冬樹.jpg 作者のファンの間では、この作品で「直木賞」を獲るべきだったとの声もありますが(個人的にもその気持ちは理解できる)、実際には「吉川英治文学新人賞」を受賞したものの直木賞は候補にもなっていません。この点について文庫解説の池上冬樹氏は、ある程度人気を誇る作品に関して、選考委員が追認を避けたがる傾向があることを指摘しており、ナルホドなあと思いました。

 ただ、この池上冬樹氏の解説は2006(平成18)年に書かれたものですが、同氏はこの作品が2005(平成17)年の第2回「本屋大賞」の大賞を受賞したことに注目しており(第1回大賞受賞は小川洋子氏の『博士が愛した数式』だった)、この作品を"新作にしてすでに名作"であった作品としています。

本屋大賞1-9.jpg そして作者は、この作品の12年後、『蜜蜂と遠雷』('16年/幻冬舎)で2016(平成28)年下半期・第156回「直木賞」受賞しますが、この作品は、2017(平成29)年・第14回「本屋大賞」第1位(大賞)作品にもなりました。同著者が「本屋大賞」の「大賞」を2度受賞するのも初めてならば、「直木賞」受賞作が「本屋大賞」の「大賞」を受賞するのも初めてですが、その辺りの制約がないところが、「本屋大賞」の1つの特徴と言えるかもしれません。

 『夜のピクニック』の「本屋大賞」受賞でその作品の人気を裏付け、『蜜蜂と遠雷』の「本屋大賞」受賞で、今度は「本屋大賞」という賞そのものの性格をよりくっきりと浮き彫りにしてみせたという感じでしょうか。どちらも佳作ですが、個人的には、今回読み直してみて、『蜜蜂と遠雷』は"佳作"であり"力作"、『夜のピクニック』は"佳作"と言うより"傑作"の域にある作品のように思いました。

夜のピクニック .jpg夜のピクニック  eiga.jpg 因みに、この作品は2006年に長澤雅彦監督、多部未華子主演で映画化されています(「本屋大賞」の第1回受賞作『博士が愛した数式』から第10回受賞作『海賊とよばれた男』までの「大賞」受賞作で'17年現在映画化されていないのは第4回受賞作の『一瞬の風になれ』のみ。但し、この作品のもテレビドラマ化はされている)。映画を観る前は、ずっと歩いてばかりの話だから、小説のような夜のピクニック 09.jpg登場人物の細かい心理描写は映像では難しいのではないかと思いましたが、今思えば、当時まだ年齢が若かった割には比較的演技力のある俳優が多く出ていたせいかまずまずの出来だったと思います。それでも苦しかったのか、ユーモラスなエピソードをそれこそコメディ風に強調したり、更には、主人公の心理をアニメで表現したりしていましたが、そこまでする必要があったか疑問に思いました。工夫を凝らしたつもりなのかもしれませんが、却って"苦しまぎれ"を感じてしまいました(撮影そのものはたいへんだったように思える。一応、評価は○)。

picnic_04.jpg夜のピクニックes.jpg「夜のピクニック」●制作年:2006年●監督:長澤雅彦●製作:牛山拓二/武部由実子●脚本:三澤慶子/長澤雅彦●撮影:小林基己●音楽:伊東宏晃●原作:恩田陸●時間:117分●出演:多部未華子/石田卓也/郭智博/西原亜希/貫地谷しほり/松田まどか/柄本佑/高部あい/加藤ローサ/池松壮亮●劇場公開:2006/09●配給:ムービーアイ=松竹(評価★★★☆)
多部未華子in「ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~」/貫地谷しほりin「おんな城主 直虎」(共に2017・NHK)
ツバキ文具店 d .jpg 貫地谷しほり おんな城主 直虎.jpg

【2006年文庫化[新潮文庫]】

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「この映画で最も描きたかったのは情熱のメカニズムだ」(ジャック・ドゥミ)。

天使の入江 dvd.jpg 天使の入江  dvd.jpg  天使の入江02.jpg
天使の入江 [DVD]」(2011)「天使の入江 ジャック・ドゥミ監督 Blu-ray」(2016)

天使の入江749.jpg パリの銀行で働くジャン・フルニエ(クロード・マン)は、同僚のキャロン(ポー天使の入江849.jpgル・ゲール)に連れられて行った市中のカジノで、一時間で給料の半年分を稼ぐ大当たりする。それを契機にギャンブルに取り憑かれた彼だったが、謹厳な時計修理職人の父親から「賭博師はごめんだ。出て行け」と勘当されると、ニースの安ホテルに居を移し、「天使の入江」のカジノ通いを始める。そんなある日、以前カジノで見かけたブロンド美女のジャッキー・ドメストル(天使の入江91.jpgジャンヌ・モロー)に偶然出会う。ジャンは彼女に惹かれると共に、意気投合した彼女とパートナーを組み、ますますギャンブルにのめり込んでいく。彼女は夫の懇願にもかかわらずギャンブルに熱中して離婚し、息子とは週に一回会えるだけだと言う。ボロ負けした日は「二度としない」と誓天使の入江9457580.jpgうが口だけで、「軽率な自分に腹がたつ」と言いながらやめられない。ホテル代もなく駅のベンチで寝るというジャッキーを、ジャンは自分のホテルに泊まらせる。翌朝二人は別れるが、午後天使の入江9457581.jpg海岸にいたジャンを探しに来たジャッキーは、女友だちに借金した金で賭天使の入江L.jpgけてくると言い、別れるつもりだったジャンはカジノまでジャッキーを追っていく。そして、カジノで二人は勝ちまくり、「崖っぷちのドンデン返しね。モンテカルロに行きましょう」というジャッキーの誘いに車を買い、ドレスにタキシードを用意し、豪華ホテルに横付けし、海が見えるバルコニー付きのスイートルームにチェックインする。しかし、二人はカジノで今度は大敗し、結局有り金を全部使い果たしてしまう―。

イメージフォーラム .JPG 1963年のジャック・ドゥミ監督作で、本邦でも2009年に「ジャック・ドゥミ初期作品集DVD-BOX」としてDVD化されており、アンスティチュ・フランセ東京で2013年、2014年と上映されたりもしていますが、劇場公開は今年['17年]7月から8月にかけてのシアター・イメージフォーラムでの夫婦だったジャック・ドゥミ、アニエス・ヴァルダ両監督の作品を特集した「ドゥミとヴァルダ、幸福についての5つの物語」での上映が「初公開」だそうです。そして、7月22日にロードショーが始まったと思ったら、そのすぐ後にジャンヌ・モローの訃報に接することになりました(7月31日老衰のため逝去。89歳)。

 ジャック・ドゥミ監督が「シェルブールの雨傘」('64年)で見せたカラフルでポップな世界観とはうって変って(「天死の入江」は「シェルブールの雨傘」の1つ前の作品なのだが)、こちらはモノクロで、途中ロマンチックな場面は殆ど無く、天国(大勝ち)と地獄(大負け)の間を目まぐるしく行き来する二人をカメラは冷静に追っているという感じです。ラストのラストで、ああ、恋愛映画だったのだなあと思わされ、ロマンチストであるジャック・ドゥミの本質がこういう救いある結末にさせたのかなあと思いました。但し、ジャンヌ・モロー演じるジャッキーはこれまでも何度も「二度としない」と誓ってはこうなってしまっているわけで、本当に二人でこのまま行って大丈夫なのかなあという気もしました。

天使の入江9457582.jpg すでに、ルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」('57年)やフランソワ・トリュフォーの「突然炎のごとく」('62年)、ジョゼフ・ロージー監督の「エヴァの匂い」('62年)などでファム・ファタールを演じていたジャンヌ・モローですが、この映画での女ギャンブラー役(ジャック・ドゥミの叔母がモデルだそうだ)は、また違った印象がありました。現代の眼で見れば、ギャンブル依存症という病いにしか見えないのですが、主人公もその辺りは解っていて、そこがまた、主人公が彼女を突き離せない1つの理由になっているように思います。

天使の入江18.gif ただ、ジャッキーはギャンブルに対する弱さだけでなく、ギャンブルについての哲学も持っていて、「贅沢できなくても平気よ。お金のために賭けをやるのじゃない。十分あってもやるわ。賭けの魅力は贅沢と貧困の両方が味わえること。それに数字や偶然の神秘がある。もし数字が神様の思し召しなら、私は信者よ。カジノに初めて入ったとき、教会と同じ感動を覚えた。私にとって賭けは宗教よ。お金とは関係ない」「この情熱のおかげで私は生きていられるの。誰にも奪う権利はないわ」と言っています。ギャンブラーとしての凄みを感じさせながらも、強がっている部分も感じられ、その辺りがジャンヌ・モローならではの演技の機微であり、同じファム・ファタールを演じても、監督が違えば違ったタイプのそれを見せる演技の幅であると思いました。

天使の入江31.jpg ジャンヌ・モローのプラチナ・ブロンドに染めた髪と白いドレス(衣装デザインはジャンヌ・モローの当時の恋人ピエール・カルダン)が、モノクロ映画であるからこそニースの浜に映えて輝いて見えます。主人公はジャッキーというファム・ファタールに巻き込まれてしまうのか、或いはまた、依存症である彼女を愛の力で救い出せるのか―という二人の行方がどうなるかということももさることながら、むしろ、「私にとって賭けは宗教よ」と言い、主人公の「君にとって僕は机か椅子に見えるのか。心はどうでもいいのか」との問いに「ただの賭け仲間よ。なぜあなたを犬のように連れ回したかわかる? 幸運をもたらすからよ」と言い放ちつつも最後は主人公に寄り添うジャッキーの、情熱と愛のエネルギー自体がテーマとなっているような映画であるように思えました。ジャック・ドゥミ監督自身、「この映画で最も描きたかったのは情熱のメカニズムだ」と言っており、ミシェル・ルグランのきらめく音楽もそうしたテーマに呼応したものとなっているように思われました。
     
ドゥミとヴァルダ、幸せについての5つの物語.jpg「天使の入江」●原題:LA BAIE DES ANGES●制作年:1963年●制作国:フランス●監督・脚本: ジャック・ドゥミ●撮影:ジャン・ラビエ●音楽:ミシェル・ルグラン●時間:101分●出演:ジャンヌ・モロー/シアター・イメージフォーラム2.jpgクロード・マン/ポール・ゲール/アンナ・ナシエ●日本公開:2017/07●配給:ザジフィルムズ●最初に観た場所:渋谷・シアター・イメージフォーラム(特集「ドゥミとヴァルダ、幸せについての5つの物語」)(17-08-18)(評価★★★★)

シアター・イメージフォーラム 2000(平成12)年9月オープン(シアター1・64席/シアター2・100席)。表参道駅から徒歩7分。青山通り渋谷方向、青山学院を過ぎ、二本目の通り左入る。

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ジョン・ヒューストン監督の夢を追いかける男を描いた映画の系譜上にある作品。

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映画パンフレット 「王になろうとした男」 監督 ジョン・ヒューストン/「王になろうとした男 [DVD]」マイケル・ケイン/クリストファー・プラマー/ショーン・コネリー

王になろうとした男7s.jpg 英領インド帝国ラホールの北極星新聞の記者キップリング(クリストファー・プラマー)の事務所に、乞食のような男が現れ、「君の前で契約を交わした」と言われて、キップリングは彼が3年前に出会ったカーネハン(マイケル・ケイン)だと気づく。キップリングは、契約を交わしたもう一人の男王になろうとした男5s.jpgドレイボット(ショーン・コネリー)の行方を訊くが、カーネハンは彼は死んだと言い、彼らの「王になる」という夢の顛末を語る。3年前にカーネハンは、偶然にドレイボット、カーネハンと知り合うが、二人は「王になる」という夢を抱いていて、キップリングを証人に「王になるまでは女と酒を断つ」という契約を交わしたのだ。銃を入手した二人はアフガニスタン辺境カフィリスタンに向けて出発、何とかカフィリスタンに到達した二人は、女性を襲う仮面の部族に出くわし銃で追い払う。襲われていた部族の城に英語を話す男ビリー(サイード・ジャフリー)がいて、二人はビリーを仲間に引き込み、首長を丸め込み英国式軍事訓練を施し、カフィリス王になろうとした男ages.jpgタン支配を企む。仮面の部族に戦争を仕掛け降伏に追い込むが、その際、ドレイボットの胸に矢が命中するも、ベルトに当たり王になろうとした男as.jpg命拾いする。それを見た部族たちは、ドレイボットが、伝説で語られる大昔カフィリスタンを征服した神シカンダー(アレクサンダー大王)の息子だと信じる。カーネハンは伝説を利用してドレイボットを「神の息子」に仕立て上げ、戦わずに周辺部族を従属させるが、聖都シカンダルグルの大司祭に出頭を命じられる。大司祭は「本当の神か確かめる」としてドレイボットを剣で刺そうとするが、彼がフリーメイソンの紋章を所持しているのを見てシカンダーの息子として認める。祭壇に刻まれた古来の紋章は、フリーメイソンのと同じ意匠だった。「シカンダー2世」としてカ王になろうとした男 2s.jpgフィリスタン王に即位したドレイボットは人々から崇められ、シカンダーが残した莫大な財宝を手に入れる。悲願達成を喜ぶカーネハンは、「財宝を手にインドに戻ろう」と提案するが、王座の魅力に憑りつかれたドレイボットは、留まって美女ロクサネ(シャキーラ・ケイン)を王妃に迎えることを決める。「神と人間の結婚」に高僧は反発し、カーネハンも正体の露見を恐れて反対するが、ドレイボットは聞き入れず強引に結婚を宣言する。カーネハンはドレイボットに別れを告げて出発しようとするが、懇願されて結婚式だけは参列する。式の際に、「神に愛された女は灰になる」という言い伝えを信じたロクサネは、恐怖のあまりドレイボットの頬を噛む。不死身のはずのドレイボットから血が流れる姿を見た大司祭らは、彼が神を騙る偽物だと気づき、二人は怒り狂う群衆から逃れようとするが―。

ラドヤード・キップリング.jpg 1975年公開のアメリカ・イギリス映画で、『ジャングル・ブック』などで知られるノーベル文学賞受賞作家のラドヤード・キップリング(1865-1936)の同名小説の映画化作品。キップリングは英国人で初めての(1907年)、且つ史上最年少(41歳)でのノーベル文学賞受賞作家です。ジョン・ヒューストン監督はキップリングの愛読者で、「王になろうとした男」は王になろうとした男2s.jpg20年来の念願の企画だったそうです。当初はハンフリー・ボガートとクラーク・ゲイブルが主演候補でしたが、ゲイブルの死で頓挫し、後にポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの主演で企画が再スタートしまたが、ポール・ニューマンが英国人を主演に据えるべきだと主張し、マイケル・ケインとショーン・コネリーになったとか。ポール・ニューマンの主張は正しかったように思います。

王になろうとした男es.jpg 途中まで結構コミカルなシーンがあるために、ラストのトレイボットが英国の歌を歌いながら吊り橋を渡っていくシーンは一気に悲壮感が増します。結局、「王」になるつもりが「神」にまでなってしまって、それがトレイボットに災いしました。ジョン・ヒューストン自身は、「この映画にも欠点はないとはいえない。でもそんなことを誰が気にするだろうか。これは遮二無二前に突き進む映画である。前方の瀑布に向かってひたすら泳いでいくそういう映画なのである」と述べています。結末こそ悲壮感が漂いますが、夢を追いかける生き方をした男を肯定的に捉えたと言うか、むしろ讃えた映画なのでしょう。

黄金 002.jpgマルタの鷹 b.jpg そう言えば、同監督の「マルタの鷹」('41年)でも、ハンフリー・ボガート演じるサム・スペードは、"マルタの鷹"の争奪に明け暮れる男達を警察に引き渡しながらも、"鷹"を手に取った刑事の「重いな、これは何だ」という問いに「夢のかたまりさ」と答えているし、「黄金」('48年)はまさに、一獲千金を夢見てシエラ・マドレ山中に金鉱を求める男達の話でした。その意味では、「マルタの鷹」「黄金」の流れを汲むものがあると思います。

王になろうとした男0as.jpg 原作であるラドヤード・キップリングの短編小説「王になろうとした男」(1888)(「王になろうとした男」(『諸国物語』('08年/ポプラ社)所収)/「王を気取る男」(『キプリング・インド傑作選』('08年/鳳書房)所収))は、冒険家ジェームズ・ブルックとジョシア・ハーランの二人の経験を元にしていて、ジェームズ・ブルックは、ボルネオ島にあるサラワクで白人王に成った英国人であり、ジョシア・ハーランは、ゴール王子の称号を、彼自身のみ成らず、彼の子孫インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説es.jpgにまで与えられた米国人冒険家でした。こうした秘境に冒険し、お宝や理想郷を求める話は、同じく英国作家のジェームズ・ヒルトンの『失われた地平線』(1933)などに受け継がれ(『失われた地平線』は1937年にフランク・キャプラ監督で映画化されている)、更には、フランシス・フォード・コッポラ監督の「地獄の黙示録」('79年/米)や、スティーヴン・スピルバーグ監督の「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」('81年/米)をはじめとするインディ・ジョーンズ・シリーズなどにも影響を与えているように思います。「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」('84年)

 「王になろうとした男」の舞台カフィリスタンはアフガニスタンとパキスタンの国境付近で、その谷に住むカラーシャ族は独自の宗教を信仰するため「異教(カフィール)徒の地=カフィリスタン」と呼ばれ、人々は白い肌、青い瞳の特徴を持ち、古代マケドニアの将軍アレキサンダー大王の軍隊の末裔という伝説があるそうです。但し、撮影の大半はモロッコで行われたとのことです。カフィリスタンの首長や司祭を演じた俳優はこの作品しか出演記録がないので、モロッコでの現地調達だったのではないでしょうか。

王になろうとした男mages.jpg王になろうとした男ges.jpg ドレイボットが結婚式を挙げる相手のロクサネ役は、ロアルド・ダールとパトリシア・ニールの娘テッサ・ダール(1957年生まれ)が予定されていましたが、ジョン・ヒューストンがよりアラブ的な女性を求め、「私たちはどこかでアラブの姫を探さなければいけない」という話をマイケル・ケインとした食事した時に話した際に、同席したマイケル・ケインの妻シャキーラ・ケイン(1947年生まれ)が南米ガイアナ出身でエキゾチックな容貌だったため、ヒューストンが彼女を説得してロクサネ役に起用したそうです。減量や歯の矯正までして撮影に備えたというテッサ・ダールには気の毒ですが、演技力より容貌の方が重要だったということでしょう。モデル出身のシャキーラ・ケインも"Carry on Again Doctor" (1969)などにノンクレジットのチョイ役で出ている他はこの作品ぐらいしか出演記録が無いテンポラリー(特別出演)で(アイーシャと呼ばれていた頃、英APフィルムズの「謎の円盤UFO」(1970)というSFテレビドラマにアイーシャ・ジョンソン少尉役で出ていて、これがマイケル・ケインの目にとまり二人の結婚に至った)、こちらは"現地調達"ならぬ"自前調達"といったところでしょうか。

SHAKIRA CAINE in CARRY ON AGAIN DOCTOR (1969)/THE MAN WHO WOULD BE KING (1975)
SID JAMES <font color=deeppink><strong>SHAKIRA CAINE</strong></font> & JIM DALE CARRY ON AGAIN DOCTOR (1969) .jpg Shakira Caine .jpg
アイーシャ(in「謎の円盤UFO」)=シャキーラ・ケイン/マイケル・ケイン in「鷲は舞いおりた」('76年/英)
アイーシャ・ジョンソン少尉.jpg シャキーラ ケインSH.jpg 鷲は舞いおりた ケイン サザーランド 2 .jpg

The Man Who Would Be King (1975).jpg王になろうとした男5.jpg「王になろうとした男」●原題:THE MAN WHO WOULD BE KING●制作年:1975年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:ジョン・ヒューストン●製作:ジョン・フォアマン●脚本:ジョン・ヒューストン/グラディス・ヒル●撮影:オズワルド・モリス●音楽:モーリス・ジャール●原作:ラドヤード・キップリング「王になろうとした男」●時間:129分●出演:ショーン・コネリー/マイケル・ケイン/クリストファー・プラマー/サイード・ジャフリー/ドラミ・ラルビ/ジャック・メイ/カルーム・ベン・ボウリ/モハマド・シャムシ/アルバート・モーゼス/ポール・アントリム/グラハム・エイカー/シャキーラ・ケイン●日本公開:1976/06●配給:コロムビア・ピクチャーズ(評価:★★★☆)
The Man Who Would Be King (1975)

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曲者俳優に事欠かない作品。その中でサム・スペード像をよく体現していたH・ボガート。

マルタの鷹dvdド.jpg マルタの鷹dvd500.jpg マルタの鷹dvd ド.jpg マルタの鷹 DVD.jpg マルタの鷹dvd  .jpg
世界名作映画全集37 マルタの鷹 [DVD]」「マルタの鷹 [DVD]」「マルタの鷹 [DVD]」「マルタの鷹 [DVD]」「マルタの鷹 特別版 [DVD]

マルタの鷹03.jpgマルタの鷹Bogart.jpg サンフランシスコの私立探偵サム・スペード(ハンフリー・ボガート)は、家出した妹を連れ戻したいという女性(メアリー・アスター)の依頼を受け、相棒のマイルズ・アーチャー(ジェローム・コーワン)に、フロイド・サースビーという男を尾行させる。しかし、その夜サースビーとアーチャーは死体となって発見される。スペードはアーチャーの妻(グラディス・ジョージ)と密通しており、警察は彼に嫌疑を向ける。スペードはジョエル・カマルタの鷹AstorMaltFalc1941Trailer.jpgマルタの鷹GeorgeMaltFalc1941Trailer.jpgイロ(ピーター・ローレ)という男の訪問を受け、彼はスペードが何かを握っていると考えており、それを探ろうとしている様子だった。女依頼人に再会したスペードは、彼女が最初に名乗ったのは偽名で、本名はブリジッド・オショーネシーであること、カイロとも関係していることを知る。2人を引き合わせたスペードは、彼らの会話からその関心がある鳥の彫像にあること、「G」なる人物もまたそれを求めてマルタの鷹LorreMaltFalc1941Trailer.jpgマルタの鷹GreenstreetMaltFalc1941Trailer.jpgいるらしいことを知る。やがて「G」ことガットマン(シドニー・グリーンストリート)もスペードに接触してくる。スペードはハッタリを仕掛け、彼らの捜し求めるマルタ騎士団にゆかりを持つ「マルタの鷹」の存在を聞き出す。ガットマンは、ロシアの将軍が「鷹」を所持していることを知り、カイロ、サースビー、オショーネシーの3人を代理人として派遣したが、「鷹」の価値に勘付いた3人はそれを秘匿してしまったのだという。やがて、オショーネシーの意を受けて、貨物船「ラ・パロマ」号の船長がスペードの事務所を訪れるが、彼は「鷹」をスペードに託して息絶える。「鷹」を手に入れたスペードはそれを切り札にガットマンらと交渉し、すべての経緯を炙り出す―。

マルタの鷹 b.jpgマルタの鷹〔改訳決定版〕.jpg 1941年のジョン・ヒューストンの脚本・監督作で、監督デビュー作でもある作品。ダシール・ハメットの同名探偵小説の3度目の映画化作品ですが、この作品が圧倒的に有名です(2007年の American Film Institute による「ベスト映画100」では第31位にランクインしている。因みに、先に取り上げた「黄金」('48年)は第38位)。日本公開は本国公開の10年後の1951年ですが、ハメットの原作の本邦初訳は更に後で1954年のハヤカワ・ポケット・ミステリなので、翻訳者(砧一郎)も先に映画の方を観たのではないでしょうか。まあ、読者側からすれば、原作を先に読もうと映画を先に観ようと、映画のイメージが強烈なので、原作に対するイメージに影響を与えることは必至のような気がします。

マルタの鷹S (2).jpg ハンフリー・ボガートが40代で初めてタイトルでトップになった作品ですが、カイロを演じたピーター・ローレとガットマンを演じたマルタの鷹s.jpgシドニー・グリーンストリートの曲者ぶりが強烈で、ガットマンの手下の用心棒役で性格俳優のエリシャ・クック・Jrなども出ていたりして、ハンフリー・ボガートのアクの強さが中和され、むしろ爽やかに見えるくらいです。とりわけ、ぬめっとした異様さを漂わすピーター・ローレは、風貌も演技も何とも言えず薄気味悪いですが、この人、「カサブランカ」('42年)にも、出国ビザを売買するブローカー役で出ていました(ヒッチコックの「暗殺者の家」('34年)にも出ていた)。

マルタの鷹the-maltese-falcon.jpg ストーリーは概ね原作に忠実ですが、ラ・パロマ号の中で何があったのかが全く説明されておらず、交渉上「マルタの鷹」を所持しているとハッタリをかましたスペードのところへ「鷹」が偶然転がり込んできて、ややご都合主義に見えてしまうキライがなくもありません。原作では、ラ・パロマ号の中での出来事は登場人物の一人によって語られる形になっており、これを映像化すると"映像のウソ"になるし、"語り"でやると、せっかくそこまでテンポよく話が展開していたのに間延びしてしまうことになり、敢えて説明をすっ飛ばしたのではないかと、個人的には推察します。

マルタの鷹09.jpg 実は登場人物の"語り"でストーリーを展開させている部分が既に結構あり(フィルム・ノアールに特有の作劇法で、この作品がその原型になったとも言われている)、とりわけハンフリー・ボガートがよく喋っているので(しかも早口で)、これ以上やるとセリフばかりになってしまうという危惧もあったのかも。まあ、その他にもサスペンスの要素はあるし、ハードボイルド作品の場合、謎解きも大事ですがテンポや雰囲気も大事なので、ラ・パロマ号での出来事の説明を省いてしまったのは、これはこれで妥当な選択だったのかもしれません。

マルタの鷹mages.jpg サム・スペードがいなければ、レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウも、ロス・マクドナルドのリュウ・アーチャーも存在しなかったと言われています。原作者ハメットはサム・スペードについて「スペードにはモデルはいない。彼は私が一緒に働いていた私立探偵の多くがこうでありたいと願い、時にうぬぼれて少しは近づけたと思い込んだという意味で、夢に描いた男なのである」「彼はいかなる状況も身をもってくぐり抜け、犯罪者であろうと無実の傍観者であろうと、はたまた依頼人であろうと、関わりを持った相手に打ち勝つことの出来る強靭な策士であろうと望んでいる男なのである」と述べていますが、ハンフリー・ボガートはそうしたサム・スペード像をよく体現していたように思います。

マルタの鷹08.jpgマルタの鷹  0.jpg「マルタの鷹」●原題:THE MALTESE FALCON●制作年:1941年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ジョン・ヒューストン●撮影:アーサー・エディソン●音楽:アドルフ・ドイチュ●原作:ダシール・ハメット●時間:101分●出演:ハンフリー・ボガート/メアリー・アスター/グラディス・ジョージ/ピーター・ローレ/バートン・マクレーン/リー・パトリック/シドニー・グリーンストリート/ウォード・ボンド/ジェローム・コーワン/エリシャ・クック・Jr/ジェームズ・バーク/マレイ・アルパー/ジョン・ハミルトン/ウォルター・ヒューストン(ノン・クレジット)●日本公開:1951/01●配給:セントラル●最初に観た場所:新宿・シアターアプル(85-10-13)(評価:★★★★)

ピーター・ローレ in「マルタの鷹」('41年)
ピーター・ローレ.jpg
ピーター・ローレ in「暗殺者の家」('34年)/「カサブランカ」('42年)/ヒッチコック劇場「南部から来た男」(1960) (日本放送時のタイトル「指」)with Steve McQueen
暗殺者の家 ピーター・ローレ.jpg ウーガーテ(ピーター・ローレ)_.jpg ダール 南から来た男es.jpg

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人間劇として優れている。J&W・ヒューストンが親子でアカデミー賞(監督賞・助演男優賞)を獲った作品。

黄金 poster.jpg黄金 THE TREASURE OF THE SIERRA MADRE.jpg黄金 1948_.jpg
黄金 スペシャル・エディション [DVD]

黄金 01.jpg 1920年代のメキシコ。革命の混乱は収まっていたが、地方では山賊がはびこり人々を脅かし続けていた。新政府により、地方の統制と山賊の排除は通称フェデラルズという有能だが非情な連邦警察に任されていた。外国人にとって、山賊に出くわすことは死を意味するほど危険なことで、山賊もフェデラルズに捕まれば、自分の墓穴を掘り、銃殺されるのだった。そんな中、ダブズ(ハンフリー・ボガート)、ハワード(ウォルター・ヒューストン)、カーティン(ティム・ホルト)の3人の白人のアメリカ人がメキシコの港町タンピコで出会い、一獲千金を夢黄金 02.jpg見てシエラ・マドレ山中に金鉱を求め旅立つ。男たちは途中、ゴールド・ハット(アルフォンソ・ベドヤ)率いる山賊の列車襲撃に遭いながらも切り抜ける。列車旅を終え砂漠に出ると、これまで老人然としていたハワードが、屈強で知識豊富な山師であることを見せつける。ハワードの活躍で金鉱が見つかり砂金が掘り出されてゆくが、黄金の魅力にとりつかれたダブズは、金を独り占めしたい衝動に駆黄金 03.jpgられるようになってゆく。コーディ(ブルース・ベネット)という一人旅の男が現れ仲間に入れてくれと申し出る中、ゴールド・ハットたちがフェデラルズのふり黄金es.jpgをして接近してくるが、山賊の正体を男たちは見抜き、銃撃戦となる。コーディが銃弾に倒れ、形勢が不利になったところで本物のフェデラルズが現れ山賊を蹴散らす。やがて、砂金の取れ高が減り、十分な金を手にした男たちは、山を下りることに。ロバを引く道すがら、インディオの少年を助けたハワード黄金 07.jpgは村人に請われて礼を受けるため、残りの2人と一時別れる。彼を裏切り金を山分けにしようと言うダブズと、コーディも入れた4人で分けるべきだとするカーティンは対決し、勝ったダブズは瀕死のカーティを置いて町へと向かうが、寸前でゴールド・ハットに遭遇し、あえなく命を落とす。一方、カーティスは一命を取りとめハワードと合流し、2人は町に着くが、既にダブズは死に、ゴールド・ハット一党も処刑されたと知る。ようやく砂金が捨てられた場所へと辿り着くも、折からの季節風が金を空中へと吹き飛ばしてしまう。全てが無に帰したことを知った2人は笑うしかなかった。ハワードは彼を必要とするインディオの村へ、カーティンはコーディの残した家族に会うためテキサスへ、それぞれの道へと馬を向ける―。

黄金in.jpg黄金 04.jpg 1948年公開のジョン・ヒューストン監の作品。ハンフリー・ボガートは「マルタの鷹」('41年)に続く、2度目のヒューストン監督作品への出演でした(その後、同年公開の「キー・ラーゴ」('48年)でもコンビを組んだ)。この作品は同年のアカデミー賞で監督賞と脚色賞、助演男優賞双葉十三郎.jpgに輝いたほか、2007年の American Film Institute による「ベスト映画100」では第38位にランクイン村上春樹 09.jpgしています。日本でも、双葉十三郎(1910-2009)が「ぼくの採点表」で☆☆☆☆★(85点)というジョン・ヒューストン監督作の中でも、またハンフリー・ボガート主演作の中でも最も高い評価をしています。因みに、作家の村上春樹氏は川本三郎氏との共著『映画をめぐる冒険』('85年/講談社)の中で、「僕は学生時代にこの『黄金』のシナリオを何度も何度も読みかえして作劇術の勉強をしたことがある」と述べています・

黄金 11.jpg 初めて観た時は、「マルタの鷹」でハンフリー・ボガートが演じたサム・スペードの冷静なタフガイのイメージがあったので、彼が演じる主人公ダブズが、次第に冷静さを失って仲間へ不信を抱き、金を独り占めようとして、最期は(映画の"最後"まで行かないうちに)山賊たちにあっけなく殺されてしまったのには驚きました(30代の脇役だった頃のハンフリー・ボガートは、例えば「汚れた顔の天使」('39年)でジェームズ・キャグニー演じるギャングにあっさり殺されたりしていたが)。ウォルター・ヒューストンが演じたベテラン山師ハワード(その演技によりアカデミー賞の"助演"男優賞を獲得した)の方がむしろ主役である映画だったような気もします。ティム・ホルト演じるカーティンの視点で、ダブズとハワードの生き方を対比させた作品とも言え、人間劇として優れていると思います。ハワードの方も、人間性に溢れた面と、ややそれを超越したようなエキセントリックな面(聖人?)を併せ持っており、一筋縄ではいかないキャラでした。

黄金 alfonso-bedoya.jpg ダブズはあっさり殺されてしまいますが、タブズを殺した山賊たちも警察に捕まり即座に処刑されることになります。処刑される前にゴールド・ハットは、落ちた自分の帽子を拾って被ってもよいかと銃殺隊に願い出て、それが許されるとひょいと帽子を拾い、そして銃殺されます。この記念撮影でもするかのようなトボケた一見ユーモラスな振る舞いに、他人の命を奪うことを何とも思っていないどころか、自分に命さえあまり重いものと思っていないような刹那的なものが感じられます。

黄金97.jpg 最初の方で、ダブズに何度か小銭を施すアメリカ人紳士役で、ジョン・ヒューストン監督自身が出演しています。ハワード役のウォルター・ヒューストンは彼の実父であり、この作品はアカデミー賞の監督賞も受賞しているので、1つの作品で親子でアカデミー賞を獲った最初の作品になります。

Ougon (1948).jpgジョン・ヒューストン  Ougon (1948)

「黄金」●原題:THE TREASURE OF THE SIERRA MADRE●制作年:1948年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ジョン・ヒューストン●製作:ヘンリー・ブランク●撮影:テッド・マッコード●音楽:マックス・スタイナー/レオ・F・フォーブステイン●原作:B・トレヴン●時間:126分●出演:ハンフリー・ボガート/ ウォルター・ヒューストン/ティム・ホルト/ブルース・ベネット/ バートン・マクレーン/アルフォンソ・ベドヤ●日本公開:1949/05●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★★)

《読書MEMO》
スタンリー・キューブリックが選ぶベスト映画10(from 10 Great Filmmakers' Top 10 Favorite Movies)
1 『青春群像』(1953年/監督:フェデリコ・フェリーニ)
2 『野いちご』(1957年/監督:イングマール・ベルイマン)
3 『市民ケーン』(1941年/監督・主演:オーソン・ウェルズ)
『黄金』(1948年/監督:ジョン・ヒューストン /主演:ハンフリー・ボガート)
5 『街の灯』(1931年/監督・主演:チャールズ・チャップリン)
6 『ヘンリー五世』(1945年/監督・主演:ローレンス・オリヴィエ)
7 『夜』(1961年/監督:ミケランジェロ・アントニオーニ)
8 『バンク・ディック』(1940年/監督:エドワード・クライン)
9 『ロキシー・ハート』(1942年/監督:ウィリアム・ウェルマン)
10『地獄の天使』(1931年/監督:ハワード・ヒューズ)

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読み直してみて、"小説的"書簡体だと改めて思ったが、いい作品だと思えるようになった。。

錦繍.jpg錦繍 (1982年)錦繍 bunnko .jpg錦繍 (新潮文庫)

 かつて27歳と25歳の夫婦であり、夫の不義により離婚した男女が、その後別々の人生を生き37歳と35歳となった今、紅葉燃える蔵王のゴンドラ・リフトで偶然再会する。かつての夫・有馬靖明は、安穏ではない日々に疲れ果てた容貌でおり、かつての妻・勝沼亜紀は、再婚し、障害をもつ子の母となっていた。亜紀は、十数年ぶりに靖明に手紙を書き、靖明も躊躇しながらもそれに返信する。文通は当初、かつて靖明と深い仲となった瀬尾由加子と彼女からの無理心中に至る経緯の説明として始まり、次第にそれぞれが生きてきた日々と現在を語る内容に変わっていく。亜紀は靖明に去られた哀しみ、経営している建設会社の跡継ぎに娘婿をと考えていた父の失望、常連となった喫茶店「モーツァルト」の焼失と再建、別離の元となった由加子への憎悪、息子・清高が障害児として生を受けたことの遠因としての靖明への怨嗟、「モーツァルト」での奇縁による東洋史学者・勝沼壮一郎との再婚とその現在の夫との間で心が通い合わないこと、そして、それら全ての原因と言えるかもしれない宿業めいた自らの因縁を書き綴る。一方の靖明は、離婚後の荒んだ生活、心中の夜に死にゆく自分を離れた所から見ていたという臨死体験、現在ともに暮らしている令子という女性の献身ぶり、彼女の祖母が語ったという生と死の巡り合わせ、そして、令子の発案によるささやかな新事業の立ち上げと、それにより少しずつ回復していく心を書き綴る。互いの内にあった屈託は、手紙を遣り取りするうちに消えていく。「生命の不思議なからくり」を秘める宇宙に、互いの幸せを心から祈りながら、二人は遂に本当の別離の時を迎える―。

 作者が「泥の河」「螢川」「道頓堀川」の所謂"川三部作"に続いて発表した、全編"書簡体"の作品で(1982年新潮社刊)、(秋だからというわけではないが)久しぶりに再読してみました。最初に読んだ時は、書簡体であるということもあってか何となく古風な感じがし、終盤で女性の方が運命論者みたいになっていくのがやや肌に合わなかった気がします(もともと、自分の息子が障害を持って生まれたことを、自罰的な宿命論で捉えるような傾向がこの女性にはあるように思えた)。但し、読み返してみて、こうした辛い体験をしたら、そうした考え方が強まることもあるのかなあとも思ったりしました(最後に女性は、そうした自罰的な考えから解き放たれ、むしろ息子の成長が生きがいとして感じられるようになるのだが)。

 男性の方も、様々な経験を通してやや神秘主義的な考えを持つようになったようですが、結局、再会の時には疲れ果てていたように見えた男性(裏切られた女性よりも裏切った男性の方がより苦しかったと見ることもできる)の方が、手紙の遣り取りを通して、と言うか、令子という女性との新事業の立ち上げという新たな行動を通して、より早く恢復していったように思えます(立ち上げた新事業には、作者の広告代理店での勤務経験からくるアイデアが織り込まれているのではないか)。結局、女性の方から手紙を書いていることからみても、女性の方が、経済的なことはともかく、精神的には空虚感が大きかったということだったのかもしれません。しかしながら、女性の方も、男性の恢復に引っ張られるように強くなっていきます。

 改めて読み直してみると、"書簡体"という形式はやはり古風に感じられますが、書かれている内容にはリアリティがあり、非常に"小説的"に書かれているため、思った以上に感情移入できました(年齢のせいか)。一方、今の時代の人だったら、もう、こんな手紙の遣り取りをすることはまずないのではないかという気もして、内容におけるリアリティは再認識しましたが、形式におけるリアイティは更に後退しているようにも思いました。手紙というものの良さ、奥ゆかしさが感じられる作品でもあり、これはまさに作者の筆力に負う部分が大きいと思いますが、一方で、非常に"小説的"に書かれている点で、読者との間である種"お約束ごと"を設定するような作品になっているようにも思いました(初読の際にもそう思ったことを思い出した)。

心と響き合う読書案内2.jpg 作家の小川洋子氏が(『心に響き合う読書案内』('09年/PHP新書)の中で取り上げていて(ということは「心に響き合う」作品であるということになるが)、男女の往復書簡で基本的に元夫婦の男と女しか出てこないはずが、清高くん(亜紀の息子)をはじめ、実に魅力的な脇役が登場するとし、例えば、一代で会社を築いた亜紀の父親、住み込みのお手伝いさんの育子さん、喫茶店「モーツァルト」のご主人夫婦、今現在の靖明と共に暮らしている令子さん等々であるとしています。小川洋子氏は清高くんと令子さんが特に気に入ったみたいですが、言われてみればナルホドなあと。そうした指摘を受けて、人間は一人で生きていくわけではないのだなあと改めて思わされます。やはり、優れた読書家というのは、作品のいいところをうまく見つけるものだなあと思います。

錦繍 2.jpg錦繍 butai 7.jpg 読み直してみて、いい作品だと思いましたが、読者との間である種"お約束ごと"を設定するような作品になっていることにやや拘ってしまった自分は、小川洋子氏ほどにまでは、この作品の良い読者ではなかったかもしれません。

 この作品は、熊井啓監督で映画化される予定がありましたが、結局立ち消えになったようです。但し、1996年に南果歩主演で舞台化され(一人舞台「幻の光」)、更に2007年に鹿賀丈史、余貴美子主演で、2009年に鹿賀丈史、小島聖主演で舞台化されています。

【1985年文庫化[新潮文庫]】

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『手紙』『さまよう刃』より重層的。"そっとしておいてあげれば良かったのに"と思ってしまう。

虚ろな十字架 .jpg 虚ろな十字架 文庫.jpg
虚ろな十字架』『虚ろな十字架 (光文社文庫)

 11年前、小学校2年生の娘を強盗に殺害された中原道正は、当時の担当刑事だった佐山の訪問を受け、今度は離婚した元妻の小夜子までも刺殺されたことを知る。小夜子殺害の犯人である68歳の無職の男・町村はすぐに出頭した。中原と小夜子とは、娘殺害の犯人・蛭川が死刑になることだけを望んで、裁判を一緒に戦った過去があった。そして、中原も小夜子も、「たとえ犯人が死刑になろうとも娘は戻らない」という虚しい事実に直面したのだった。蛭川に死刑判決が出た後に離婚した二人は、その後は互い連絡し合うこともなかったが、中原は、町村の死刑を望む小夜子の両親の相談に乗るうち、小夜子が離婚後も犯罪被害者遺族の立場から死刑廃止反対を訴え精力的に行動していたことを知る。それは、娘の死を乗り越えるためという目的は同じだったが、そのために中原が選んだ道とは正反対であった。自首してきた町村は情状酌量となりそうで、とても死刑判決は出そうにもない。しかし孫と、今また娘までも殺された小夜子の母は死刑求刑を願い、中原も元夫として関わって行くことになる。一方、町村の娘婿である慶明大学病院の小児科医・仁科史也は、町村の娘・花恵と離婚して町村たちと縁を切るよう母親から迫られていたが、なぜか断固としてこれに応じようとはしなかった―。

 「ミリオンセラーを記録し、映像化も評判となった『手紙』『さまよう刃』の二作から10年あまり。より深化した思索と、圧倒的な密度、そして予想もつかない展開。私たちはまた、答えの出ない問いに立ち尽くす」―と版元の口上にあります。『手紙』('03年/毎日新聞社)は犯罪加害者の家族の視点から書かれており、『さまよう刃』('04年/集英社)は犯罪被害者の視点から書かれていましたが、この『虚ろな十字架』は、両者の立場が交錯する重層的な構造になっており、更に、仁科史也をはじめとする登場人物が抱える過去を巡ってのミステリー(謎解き)的な要素も、以前の2作に比べて濃いように思いました。

虚ろな十字架ド.jpg 登場人物の中で"探偵"的な役割を果たしているのは、かつて娘を殺害され、妻と離婚し、今はペット葬儀屋を営む中原道正です。なぜ彼が、仁科史也が抱える過去の秘密に気づいたのかよく分からなかったけれど(こういうのはアガサ・クリスティの作品などでは珍しいことではないが)、テーマの重さと筋立ての巧みさのお蔭で、その点はあまり気になりませんでした。

 テーマは重いと思います。非情にやるせない結末ですが、死刑制度の在り方について(更に大きく捉えれば"罪と罰"について)何か結論的な方向へ持って行くのではなく、課題を投げかけるような終わり方になっているように思いました。但し、「うつろな十字架」というタイトルをわざわざ補足説明するかのように、「死刑は無力だ。娘を殺されたら、あなたは犯人に何を望みますか」とか、「憎む人間が処刑されたら気が済むのか!? そんなことなないでしょう 東野圭吾」と言った言葉が、広告のフレーズや本の帯にあったりしますが...。

 そうした言葉の影響を受けたわけではないですが、『手紙』『さまよう刃』と併せて見てみると、作者の基本的スタンスとして、過度の「不寛容」は新たな悲劇を招く恐れがあると警鐘を鳴らしているようにも思えました。犯人の死刑を望まない被害者家族は殆どいないと言われるし、死刑制度の最大の存置理由は、遺族の報復感情の充足にあるのではないかと個人的にも思っていますが(死刑制度が犯罪抑止力になったという統計的な裏付けはないし、当該犯人の再犯防止を図るのであれば「終身刑」制度の導入で足ることになる)、たとえ犯人が死刑になったとしても、中原のように後には虚しさだけが残るということもあるのかもしれません。この小説のやるせない結末は、逆に読者に、"そっとしておいてあげれば良かったのに"という感情を惹き起こさせるものでもあり(実際、個人的にはそうした感情に駆られた)、ズバリそれが作者の意図だったなどとは言い切れませんが、作品の1つのミソだったのかも。そうしたことも計算に入れて、敢えてラストで当事者に自首させる結末にしているように思いました。

【2017年文庫化[光文社新書]】

《読書MEMO》
●個人的評価
『手紙』...............★★★☆
『さまよう刃』......★★★
『虚ろな十字架』...★★★★

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元ギャングで死刑囚のジョゼ・ジョヴァンニ監督・脚本、ドロン主演の2作。懐かしいけれど...。

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「ル・ジタン」チラシ/ⅤHS 「ブーメランのように」チケット

ル・ジタン01.jpg "ジタン"の通り名で呼ばれる犯罪者ユーゴ・セナール(アラン・ドロン)は、ロマ族の血を引いているために世間から冷たい仕打ちを受けて生きてきた。3年前、仲間に暴力をふるった村の村長を殺害したために刑務所に収監されていたが、そこで知り合った銀行強盗のジョー(レナート・サルヴァトーリ)と共に脱獄し、その後は彼と共にいくつもの銀行を襲っていた。そんな彼らを追う警察のブロー警視(マルセル・ボズフィ)、暗黒街の大物のヤン(ポール・ムーリス)など、男たちの様々な思惑が交差する―。

ジョゼ・ジョヴァンニ José_Giovanni.JPG 1975年製作のジョゼ・ジョヴァンニ(1923-2004/享年80)監督作。ジョゼ・ジョヴァンニはフランスのセリ・ノワール小説の代表作家でもあり、自らも脱獄経験を持つそうです(かつてはギャングであり、少なくとも3件の強盗殺人に関与して死刑を宣告されるが、大統領恩赦を受けて死刑を免れている)。ジャック・ベッケル監督の「穴」('60年)やロベール・アンリコ監督の「冒険者たち」('67年)の原作者でもあり、この「ル・ジタン」も、原作と脚本を手掛けています(『気ちがいピエロ』という作品もあるが(原題は「Histoire De Fou(気ちがいの物語)」)、ジャン=リュック・ゴダール監督の「気狂いピエロ」('65年)の原作は、一般的にはライオネル・ホワイト著の『十一時の悪魔』であるとされている)。
José Giovanni

ル・ジタン40.jpeg 「ル・ジタン」('75年)は、アラン・ドロンが「ジタン」と呼ばれるロマ(以前はジプシーと言った)で、強盗で稼いで家族を養っているという設定で、初老の金庫破りのヤン共々警察に追われており、2人は最初無関係だったけれども、警察に追い詰められた状況で対峙して友情を感じ合い、但し、ヤンだけが捕まって、ジタンは逃げおうせるというもの。残されたジタンは...というこのパターンは、ジョゼ・ジョヴァンニの最初の監督作「生き残った者の掟」('66年/仏)以来繰り返されているようで、フランス版仁侠ヤクザ映画という感じでしょうか。

ル・ジタン50.jpg 家族を愛しながらも、お尋ね者であるがゆえに家族とは一緒におれないアラン・ドロンが渋いことは渋いですが、"渋い"と言うより"地味"という風に捉えられたのか、公開時は興行成績は振るわなかったようです。ヒゲのドロンについても好き嫌いが割れたのかもしれないし、何よりもストーリー的にやや盛り上がりに欠けるというのもあったかもしれません。しかしながら、長らくソフト化されない期間があり、こうした作品でも久しぶりに観ると悪くないように思えるのは、ある種ノスタルジー効果でしょうか(その効果を含れば星4つだが、それをやっていると昔観た古い映画の評価が皆高くなってしまうので、ここでの評価はそれを含めず星3つ)。

ブーメランのように tirasi.jpgブーメランのように 02.jpg 併映で観た「ブーメランのように」('76年)も、監督・脚本ともジョゼ・ジョヴァンニで、アラン・ドロン演じるかつてギャングで今は大会社の社長となっている男が、麻薬のせいで誤って警官を射殺した息子(ルイ・ジュリアン)を奪還するため、"ブーメランのように"侠骨を取り戻し、護送車を襲う―というもの。追い込まれるほどにギャングの猛々しさが剥き出しになる男は、息子を連れイタリアへ逃亡を図るが―。

ブーメランのように 40.jpg 父性愛をテーマとした作品で、元ギャングというところがジョゼ・ジョヴァンニ自身ともダブりますが、ダブっている分だけベタになった感じで、カルラ・グラヴィーナやシャルル・ヴァネルといった役者が出ているにもかかわらず全体に演出が薄っぺらく見えてしまうのが難でしょうか。まあ、とにかくアラン・ドロンが好きという人にとってはそんなことはどうでもいいのかもしれないけれど、個人的には、主人公の父性愛には今ひとつ感情移入できなかった記憶があります。

デビュー60周年記念53週連続 アラン・ドロンがいっぱい.jpg 今年['17年]1月からスターチャンネルで、アラン・ドロンのデビュー60周年を記念して「53週連続 アラン・ドロンがいっぱい」と題してアラン・ドロンの出演作を放映していますが、そうした中、本人は5月にAFP通信のインタビューで、2018年に公開予定の映画1本に出演してから引退する意向を表明しました。でも、個人的アラン・ドロン .jpg印象としては、もうとっくに引退したと思っていた...。因みに、「53週連続 アラン・ドロンがいっぱい」では、10月22日に「ル・ジタン」が初登場するようですが、「ブーメランのように」は放映予定が無いようです(人気圏外か。ジョゼ・ジョヴァンニ原作の「冒険者たち」は1月1日に登場している)。(と書いてしばらくしたら、10月22日に放映予定だった「ル・ジタン」が「ブーメランのように」に置き換わった。)

アラン・ドロン(朝日新聞デジタル)
     
ル・ジタン 1975.jpgル・ジタン02.jpg「ル・ジタン」●原題:LE GITAN●制作年:1975年●制作国:フランス●監督:ジョゼ・ジョヴァンニ●製作:レイモン・ダノン/アラン・ドロン●脚本:ジョゼ・ジョヴァンニ●撮影:ジャン=ジャック・タルベ●音楽:クロード・ボリング●原作:ジョゼ・ジョヴァンニ「ル・ジタン」●時間:103分●出演:アラン・ドロン/ポール・ムーリス/マルセル・ボズフィ/アニー・ジラル/レナート・サルヴァトーリ/ベルナール・ジロドー/モーリス・バリエ●日本公開:1976/04●配給:東映洋画●最初に観た場所:三鷹オスカー(79-04-15)(評価:★★★)●併映:「地下室のメロディー」(アンリ・ヴェルヌイユ)/「ブーメランのように」(ジョゼ・ジョヴァンニ)
ル・ジタン〈HDリマスター版〉 [DVD]

ブーメランのように dvd.jpgブーメランのように ド.jpg「ブーメランのように」●原題:COMME UN BOOMERANG●制作年:1976年●制作国:フランス●監督:ジョゼ・ジョヴァンニ●製作:レイモン・ダノン/アラン・ドロン●脚本:ジョゼ・ジョヴァンニ●撮影:ビクトール・ロドリゲ●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:103分●出演:アラン・ドロン/カルラ・グラヴィーナ/シャルル・ヴァネル/シュザンヌ・フロン/ルイ・ジュリアン●日本公開:1976/12●配給:東映洋画●最初に観た場所:三鷹オスカー(79-04-15)(評価:★★☆)●併映:「地下室のメロディー」(アンリ・ヴェルヌイユ)/「ル・ジタン」(ジョゼ・ジョヴァンニ)
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「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「本屋大賞」 (10位まで)」の インデックッスへ

一気に読めた。力作だと思うが、読んでいて少女マンガのイメージがついてまわった。

蜜蜂と遠雷 2.jpg蜜蜂と遠雷s.jpg   蜜蜂と遠雷 直木賞 本屋大賞 W.jpg
蜜蜂と遠雷 (幻冬舎単行本)』「本屋大賞に恩田陸さん『蜜蜂と遠雷』初の直木賞と2冠」(東京新聞)

 2016(平成28)年下半期・第156回「直木賞」受賞作。2017(平成29)年・第14回「本屋大賞」第1位作品。

 3年に1度の芳ヶ江国際ピアノコンクールは、優勝者の著名コンクールでの優勝が続き、今回特に注目を集めていたが、オーディションの5カ国のうちパリ会場で、3人の審査員は凡庸な演奏を聴き続け飽きていた。そこへ、今年逝去した伝説の音楽家ホフマンのこれまでにない推薦状で、「劇薬で、音楽人を試すギフトか災厄だ」として現れた16歳の少年・風間塵は、その演奏で衝撃と反発を与え、議論の末にオーディション合格、日本の芳ヶ江市での2週間のコンクールへ。塵は師匠の故ホフマンと「音を外へ連れ出す」と約束をしていたが、自分ではその意味がわからず、同じコンテスタントの20歳の栄伝亜夜に協力を頼む。もう一人のコンテスタントのフランス人の父親と日系ペルー人の母親を持つ19歳のマサルは、子供の頃ピアノに出会わせてくれた亜夜と再会する。3人の天才と年長の28歳の高島明石のピアニストたちが、音楽の孤独と競争、友愛などにさまざまに絡み悩みつつ、コンクールの1次、2次予選から3次予選、更に本選を通じて成長し、新たな音楽と人生の地平を開いていく―。

本屋大賞1-9.jpg 作者は、音楽コンクールを予選から本選まですべて小説として書くという着想を得たものの、実際にはかなり難しく、2009年に書き始めるまでに5年かかったとのことです。最終的には、構想から12年、取材に11年、執筆に7年もの歳月を費やしたとのことで、直木賞と本屋大賞とを史上初のW受賞し、苦労が報われて良かったと思います(この世界、苦労しても報われないことが多そうだから)。本屋大賞(1位)は、2005年の『夜のピクニック』に次いで2回目(これも史上初)、直木賞の選考では、林真理子氏が「今回の受賞作は文句なしに『蜜蜂と遠雷』だなと思いつつ審査に臨んだ」と絶賛、浅田次郎氏、宮城谷昌光氏、宮部みゆき氏も推薦し、東野圭吾氏は△から◎に変更。桐野夏生氏、伊集院静氏は△のまま。最も否定的だったのは高村薫氏でしたが、過去の例からみても選考委員の3分の2が◎乃至○であれば、まあ順当に「当選」といった感じでしょうか。

 2段組500ページ強を一気に読ませる筆力はたいしたものだと思いました。一応は力作だと思います。但し、読んでいて、自分のイマジネーションの限度のせいか、登場人物を生身の人間として感じにくかった気もします。何か、少女マンガを読んでいるような...。視覚化するなら、映画やドラマよりも少女マンガではないかと(読んでいて、そのイメージがついてまわった)。Amazon.comのレビューなどを見ると、5つ星が圧倒邸に多い高い評価でしたが、たまに低い評価のレビュワーもいて、その中で『ピアノの森』や『のだめカンタービレ』の方が上だと評しているものもありました。この分野はマンガの方が先行しているのでしょうか。

 読んでいて、本選の結果発表の直前でエンディングになるのかなあと予測しましたが、結果を発表しちゃったなあ。まあ、順位はこの際問題ではないということなのだろうけれど。先の直木賞選考委員評の中で、桐野夏生氏が「なぜに、最終審査があの順位になるのか、選ぶ側の思惑をもっと知りたかった。でなければ、天才とは何か、またコンクールとは何のためにやるのか、はたまた人間にとって音楽とは何か、という大きな謎に迫れない」とコメントしていて、一理あるように思いました。その桐野夏生氏も、「しかし十分に読みごたえもあるし、受賞にかなうものだった」としていますが、個人的も、一応○は○といったところでしょうか(「遠雷」ってどこにも出てこなかったなあ)。

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刺殺体を巡る7人の"探偵"。パロディ精神と映画愛が密度濃く詰まっている。

殺人 MURDER 0.jpg 殺人 MURDER①.jpg 和田 誠 氏2.jpg 和田 誠  去年マリエンバートで dvd 2009_.jpg
「殺人 MURDER!」 (1964)           「去年マリエンバートで HDニューマスター版 [DVD]

殺人 Murder.jpg メイドがノックして入った部屋で刺殺体を発見し、大声で叫ぶ。この場面が7回繰り返され、回ごとに「MURDER!」というそれぞれ違ったタイトルロゴの後、様々な探偵が登場し、独自の方法で犯人を突き止め、逮捕に至る(逮捕殺人 MURDER①ホームズ.jpgされるのは常に同じ人物)。1人目は、ハンチングキャップ.を被りパイプを咥え、現場の遺留物や足跡など残された手掛かりの組み合わせから犯人を推理する探偵。2人目は、巻き口髭を生やし、肘掛椅子で葉巻を燻らせな殺人 MURDER② ポワロ.pngがら新聞記事を読み、創造力だけで事件を解決してみせる探偵。3人目は、ソフト帽を被って両手はいつもコートのポケットの中で、メイドへの質問を手始めに鉄道や船殺人 MURDER③サム・スペード.jpgを使って地道な聞き込みを行い、更にはバーに行って聞き込みをしてカクテルを飲んだり、飛行機に乗ったりして捜査を続け、犯人を見つける探偵。4人目からは、"探偵"という枠を超えた人物が登場し、トップハット殺人 MURDER④.pngを被った19世紀風の男が刺殺体を調べていると、死体が突然目を見開いて吸血鬼となって甦るも、男はニンニクと十字架でこれを退散させるという殺人 MURDER⑤007.pngオカルト・ホラー調。5人目は、007(ジェームズ・ボンド)風で、映画でよく知られている銃口をモチーフしたオープニングのパロディあり、美女との出会いや危険なア殺人 MURDER⑥科学者.pngクションありで、事件を解決して最後は美女とベッドイン。6人目は、SF映画のパロディ風で、科学者風の男が登場し、コンピュータにデータを打殺人 MURDER⑦.pngち込んで犯人を割り出す。本当の犯人はどうやら人間の躰を借りた宇宙人だったらしく、犯人の首がパカッと開いて、そこから空飛ぶ円盤へと帰って行く。最後7人目は、アートシアター風で、冒頭のタイトル及び刺殺体発見場面から最後まで全編モノクロ。映画「去年マリエンバートで」のパロディになっていて、探偵かと思われた男は、最後犯人探しはどうでもよくなっていて、出会った女と共に闇に消えていく。このパートだけ、犯人逮捕の場面はなく、ラストは「END」ではなく「FIN」で終わる―。

 1964年秋、草月会館ホールで行われた第1回「アニメーション・フェスティバル」で上映するため、主催の「アニメーション三人の会」(久里洋二、柳原良平、真鍋博)から依頼されて和田誠が制作した16ミリのアニメーションで、音楽は八木正生(1932-1991)が担当し、時間が無い中で作られたというこの作品は、毎日映画コンクール・第3回「大藤信郎賞」を受賞しています(受賞理由では音楽も高く評価されている)。

「アニメーション三人の会」が設立された'60年の段階では、柳原良平の「アンクルトリス」のCMを除きそれまで本格的なアニメーション制作の経験のなかった3人ですが、「三人の会」の活動は、日本の自主制作アニメーション界全体の活性化と次代の人材育成に繋がったほか(「三人の会」の上映会は60年、61年、63年の3回行なわれた)、「アニメーション・フェスティバル」を通じて、横尾忠則や宇野亜喜良など他の分野の芸術家がアニメーション制作を行なう契機にもなっています。

去年マリエンバートで 01.jpg この「殺人 MURDER!」は9分という長さの軽く楽しめる作品ですが、'64年という制作年で、しかも、「アニメーション三人の会」からの依頼で作った自主制作映画であったにしては、質的レベルはかなり高いように思います。『倫敦巴里』('77年/話の特集)に見去年マリエンバートで dvd 2016_.jpgられるパロディ精神が、この頃から横溢していたことを物語っていると共に、作者の"映画愛"が密度濃く詰まっている感じがし、'64年5月に日本で公開されたアラン・レネ監督の「去年マリエンバートで」('61年/仏)などがパロディ素材として使われていることに作者の慧眼を感じます(既にヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞してはいたが)。
去年マリエンバートで [DVD]

去年マリエンバートで 03.jpg去年マリエンバートで   es.jpg 「去年マリエンバートで」は、脚本のアラン・ロブ=グリエ(1922-2008)自身の言によれば、黒澤明監督の「羅生門」('50年/大映)に触発れて作られた作品であり、より正確に言うならば、芥川龍之介の「藪の中」を下敷きにした作品の一つと言えますが、"誰もあらすじを説明することができない映画"としても有名(?)でしょうか。何回観ても理解不能であり(そこが良くてまた観てしまう人もいると思うが)、この「殺人 MURDER!」の中での使われ方は、ややその辺りのアイロニーが込められているように思いました(和田誠は山田宏一との共著『たかが映画じゃないか』('78年/文藝春秋)で、フランス映画通の山田宏一へのコンプレックスをユーモラスに吐露している)。


殺人 MURDER図1.jpg殺人 MURDER②2.jpg 「殺人 MURDER!」の1人目と2人目の探偵は誰がモデルなのかすぐに分かるけれど、3人目は、前のエントリーで取り上げた『マルタの鷹』の探偵か。だとすれば、彼が飲むカクテルはマンハッタンということになるかもしれませんが、飛行機に乗ったりしたっけ。一方の捕まる犯人の方は、常に"久里洋二"風の男であるのが可笑しいです(そこだけ日本風)。フェスティバルでの上映では、最後の「去年マリエンバートで」篇が最も好評だったそうです。

「殺人 MURDER!」●制作年:1964年●監督・製作:和田誠●撮影:古川肇郁/林政道●音楽:八木正生●時間:9分●公開:1964/09●配給:草月アートセンター(自主制作:(評価:★★★★)
 
去年マリエンバートで  チラシ.jpg去年マリエンバートでes.jpg「去年マリエンバートで」●原題:L'ANNEE DERNIERE A MARIENBAT●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督:アラン・レネ●製作:ピエール・クーロー/レイモン・フロマン●脚本:アラン・ロブ=グリエ●撮影:サッシャ・ヴィエルニ●音楽:フランシス・セイリグ●時間:94分●出演:デルフィー去年マリエンバートで ce.jpgヌ・セイリグ/ ジョルジュ・アルベルタッツィ(ジョルジョ・アルベルタッツィ)/ サッシャ・ピトエフ/(淑女たち)フランソワーズ・ベルタン/ルーチェ・ガルシア=ヴィレ/エレナ・コルネル/フランソワーズ・スピラ/カリン・トゥーシュ=ミトラー/(紳士たち)ピエール・バルボー/ヴィルヘルム・フォン・デーク/ジャン・ラニエ/ジェラール・ロラン/ダビデ・モンテムーリ/ジル・ケアン/ガブリエル・ヴェルナー/アルフレッド・ヒッチコック●日本公開:1964/05●配給:東和●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(81-05-23)(評価★★★?)●併映:「アンダルシアの犬」(ルイス・ブニュエル)

《読書MEMO》
森卓也.jpg森卓也(映画評論家)の推すアニメーションベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
○難破ス物語第一篇・猿ヶ島('30年、正岡憲三)
○くもとちゅうりっぷ('43年、正岡憲三)
○上の空博士('44年、原案・横山隆一、演出:前田一・浅野恵)
○ある街角の物語('62年、製作構成:手塚治虫、演出:山本暎一・坂本雄作)
殺人 MURDER('64年、和田誠)
○長靴をはいた猫('69年、矢吹公郎)
ルパン三世・カリオストロの城('79年、宮崎駿)
うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー('84年、押井守)
○天空の城ラピュタ('86年、宮崎駿)
となりのトトロ('88年、宮崎駿)

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『赤い収穫』『ガラスの鍵』と並ぶ傑作。サム・スペードの長編登場は本作のみ。

マルタの鷹 ポケットミステリ.jpgマルタの鷹〔改訳決定版〕.jpg マルタの鷹 創元推理文庫.jpg マルタの鷹 ハヤカワミステリ文庫.jpg マルタの鷹 DVD.jpg
マルタの鷹 (1954年) (Hayakawa pocket mystery books)』('54年/砧 一郎:訳)/『マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』('12年/小鷹信光:訳)/『マルタの鷹 (創元推理文庫 130-2)』('61年/村上啓夫:訳)/『マルタの鷹 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』('88年/小鷹信光:訳)「マルタの鷹 [DVD]
THE MALTESE FALCON: In Old Fashioned Book Form
The Maltese Falcon pocket book edition big.jpgThe Maltese Falcon-Hammett.JPG.jpgThe-Maltese-Falcon-1930.jpg サンフランシスコの私立探偵サム・スペードは、家出した妹を連れ戻したいという女性の依頼を受けて、相棒のマイルズ・アーチャーに、フロイド・サースビーという男を尾行させる。しかし、その夜サースビーとアーチャーは死体となって発見される。スペードはアーチャーの妻と密通しており、警察は彼に嫌疑を向ける。スペードはジョエル・カイロという男の訪問を受ける。彼はスペードが何かを握っていると考えており、それを探ろうとしている様子だった。女依頼人に再会したスペードは、彼女が最初に名乗ったのは偽名で、本名はブリジッド・オショーネシーであること、カイロとも関係していることを知る。2人を引き合わせたスペードは、彼らの会話からその関心がある鳥の彫像にあること、「G」なる人物もまたそれを求めているらしいことを知る。やがて「G」ことガットマンもスペードに接触してくる。スペードははったりをしかけて、彼らの捜し求めるマルタ騎士団にゆかりを持つ「マルタの鷹」の存在を聞きだす。ガットマンは、ロシアの将軍が「鷹」を所持していることを知り、カイロ、サースビー、オショーネシーの3人を代理人として派遣したが、「鷹」の価値に勘付いた3人はそれを秘匿してしまったのだという。やがて、オショーネシーの意を受けて、貨物船「ラ・パロマ」号の船長がスペードの事務所を訪れる。彼は「鷹」をスペードに託して息絶える。「鷹」を手に入れたスペードはそれを切り札にガットマンらと交渉し、すべての経緯を炙り出す。「鷹」の取り分をめぐる仲間割れから、アーチャーも殺されたのだった。それをめぐって3人の男が殺されることになった「鷹」は模造品だった。ガットマンらの態度からそれが高価なものだと気付いた持ち主のロシア人が、偽物を掴ませたのだった。落胆しながらも、再び「鷹」を求めて出立していったガットマンらを、スペードはあっさりと警察に密告する。そして、アーチャーを射殺した実行犯であったオショーネシーも、必死の哀願にもかかわらず、警察に突き出すのだった―。

マルタの鷹Cover of the first edition.jpg 1930年に単行本として刊行されたダシール・ハメットの探偵小説で、元は「ブラック・マスク」という雑誌の1929年9月号から翌1930年1月号に連載され連載小説でした。1931年(ビーブ・ダニエルズ(オショーネシー)主演)、1936年(ウィリアム・ディターレ監督、ベティ・デイヴィス主演、"Satan Met A lady(魔王が婦人に出遭った)")、1941年(ジョン・ヒューストン監督、ハンフリー・ボガード主演)と3度にわたって映画化されていますが、最も有名なのはハンフリー・ボガート主演の「マルタの鷹」('41年)です。この映画が日本で公開されたのは本国公開の10年後の1951年ですが、原作が翻訳されたのはハヤカワ・ミステリの砧一郎訳で1954年であり、つまり日本には映画の方が先に入ってきたことになります。ですから、当初は映画を観てから本を読んだ人の方が多かったのではないかと思います。独占翻訳権が発生しなかったために、田中西二郎訳('56年/新潮社・探偵小説文庫)、村上啓夫訳('61年/創元推理文庫)などが相次いで刊行されましたが、これらの翻訳者たちも何らかのかたちで映画の影響を受けたのではないかという気がします。
"The Maltese Falcon"Cover of the first edition

小鷹信光 .jpg ミステリ翻訳者の小鷹信光(1936-2015/享年79)(松田優作主演のテレビドラマ「探偵物語」の企画立案者でもあった)の翻訳は、最初1985年に河出書房新社版が刊行され、その3年後にハヤカワ・ミステリ文庫に収められましたが、近年になって諏訪部浩一(東京大学准教授)の研究・講義に触発され、自らの翻訳を改訳したものが2012年に刊行されました(講義内容の方も『「マルタの鷹」講義』('12年/研究社)として刊行されている)。ハメットの小説の登場人物は余計なことはあまり喋らないので、英語を日本語に訳す時に訳し方によってニュアンスが異なってくる部分が大きいのだろうと思います。小鷹信光のような大御所にさえ、改訳する気を起こさせると言うか、むしろ75歳を過ぎて自分より二回りも若い大学准教授の講義を受け、過去に自分が翻訳したものを27年ぶりに訳し直してみるという、その気力に感服するとともに、この作品への愛着も感じます。

「マルタの鷹_3.jpg 個人的には自分も映画が先だったので、初読の時から映画のイメージが強くありました。ただ、映画は話のテンポを良くするために(それだけが理由ではないと思うが)若干端折っている部分もあり、原作を読んで理解が深まる部分もあるように思いまいした(例えば「ラ・パロマ」号の中で何があったかなど)。訳文自体も更に読みやすくなっているように思います。

 時期的には'29年刊行の『赤い収穫』と'31年刊行の『ガラスの鍵』の間の作品で、この2作と並ぶ傑作だと思いますが、所謂"コンチネンタル・オプ"が主人公の2作に対し、こちらはサム・スペードが主人公です。サム・スペードが長編で出て来るのはこの『マルタの鷹』のみですが(こちらの方が有名になった?) キャラクターなども当然のことながら違っています。個人的に面白いなあと思ったのは、サム・スペードは殺害された同僚のマイルズ・アーチャーをそれほど評価も尊敬もしていなかったみたいで、それどころか彼の妻と不倫関係にある様子であり(秘書ともいい関係みたいだが)、それでいて、身の危険を冒してまでも同僚の仇はしっかり果たし、蠱惑的な女性の誘惑を撥ねつけてまでも罪には罰で報いる―といった感じで、その、ある種"職業倫理"的なけじめのつけ方が印象に残りました。

 因みに『「マルタの鷹」講義』によれば、ハメットのサム・スペードがいなければ、レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウも、ロス・マクドナルドのリュウ・アーチャーも存在しなかったとのことです。まあ、後のハードボイルドにそれくらい大きな影響を与えたということなのでしょう。

小鷹信光.jpg【1954年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(砧一郎:訳)/1956年文庫化[新潮社・探偵小説文庫(田中西二郎:訳)]/1961年再文庫化[創元推理文庫(村上啓夫:訳)]/1963年再文庫化[角川文庫(石一郎:訳)]/1978年再文庫化[筑摩書房・ロマン文庫(鳴海四郎:訳)]/1988年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(小鷹信光:訳)]/2012年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(小鷹信光:訳〔改訳決定版〕)]】

小鷹信光(こだか・のぶみつ、本名・中島信也=なかじま・しんや)松田優作主演のテレビドラマ「探偵物語」の原案者で、海外ハードボイルド小説の翻訳の第一人者。215年12月8日、すい臓がんのため埼玉県内の自宅で死去。79歳。

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主人公が "彼女の秘密"に気づく場面はミステリの謎が明かされるようで白眉。。

愛を読むひとdvd 2008.jpg 愛を読むひと .jpg 朗読者 新潮文庫.jpg
愛を読むひと<完全無修正版> [DVD]」ケイト・ウィンスレット ベルンハルト・シュリンク『朗読者 (新潮文庫)

愛を読むひと 01.jpg 第二次世界大戦後のドイツ。15歳のマイケル(ダフィット・クロス)は、体調が優れず気分が悪かった自分を偶然助けてくれた21歳も年上の女性ハンナ(ケイト・ウィンスレット)と知り合う。猩紅熱にかかったマイケルは、回復後に毎日のように彼女のアパートに通い、いつしか彼女と男女の関係になる。ハンナはマイケ愛を読むひと 03 2.jpgルが本を沢山読む子だと知り、本の朗読を頼むようになる。彼はハンナのために『オデュッセイア』や『犬を連れた奥さん』などを朗読する。ある日、ハンナは働いていた市鉄での働きぶりを評価され、事務職への昇進を言い渡されると、マイケルの前から姿を消愛を読むひと80.jpgしてしまう。理由がわからずにハンナに捨てられて8年が経ったある日、ハイデルベルク大学法学部生となったマイケルは、ロール教授(ブルーノ・ガンツ)のゼミ研究のためにナチスの戦犯を裁くアウシュビッツ裁判を傍聴し、被告席の一つにハンナの姿を見つける。彼女は第二次世界大戦中に強制収容所で看守をしていたのである。裁判はハンナに不利に進み、彼女は無期懲役の判決を受ける―。
 
Der Vorleser(ドイツ語paperback)/Bernhard Schlink
Der Vorleser.jpgベルンハルト・シュリンク.jpg 2008年のアメリカ・ドイツ合作映画で、監督は英国人のスティーブン・ダルドリー、原作は1995年に出版されたベルンハルト・シュリンク(Bernhard Schlink)の長編小説『朗読者』('00年/新潮社、原題:Der Vorleser/The Reader)です。映画は(終盤に主人公がニューヨークへ行く場面を除き)ドイツで撮影されていますが、英語による製作であるため、主人公の名前も、原作のミヒャエルからマイケルになっています。但し、少年時代のマイケルを演じたダフィット・クロスはドイツの俳優、母親を演じたズザンネ・ロータもドイツ人女優、法学部のロール教授はスイス出身のブルーノ・ガンツが演じていてます。ハンナ役のケイト・ウィンスレットは英国人女優、成人してからのマイケルを演じたレイフ・ファインズも英国人俳優、アウシュヴィッツの生存者母子ローゼ・マーターとイラーナ・マーターの二役を演じたレナ・オリンはスウェーデン出身、若き日のイラーナを演じたアレクサンドラ・マリア・ララはルーマニア人、成人したマイケルの娘を演じたハンナー・ヘルツシュプルングは、これまたドイツ人女優です(アメリカ人、いないね)。

愛を読むひとes.jpg 先に原作を読みましたが、かつて齋藤美奈子氏が「包茎小説」と呼んでいたのを思い出しました。15歳のミヒャエルと21歳年上のハンナが出会い、男女の関係を持って別れるまでを描いた第1章だけならば、確かに"筆おろし"小説と言えなくもなく、元判事で法学部教授である作者がこういうの書くのが興味深いと思いました。しかし、第2章の裁判の場面はまさにキャリアに裏打ちされたもので、作品に深みを与えることにも繋がっているように思いました。小説はこれに、裁判以降の主人公とハンナの話を描いた第3章を加えた3つの章から成ります。

レイフ・ファインズ(現在のマイケル)/ダフィット・クロス(少年時代のマイケル)
愛を読むひとralph_fiennes_in_the_reader.jpg愛を読むひと kurosu.jpg 一方の映画の方は、1995年の主人公マイケルの「現在」を軸に、1958年の15歳の時にハンナと出会った少年期、1966年のハンナの裁判を偶然傍聴することになった法学部生愛をよむ人 s.jpg時代、1976年のマイケルが本を朗読しテープに録音して、それを獄中のハンナに送ることを思いついた時期、1980年のハンナから届いた短い文章の礼状にマイケルが感動した出来事、1988年の20年の刑に減刑されたハンナが釈放されることが決まった時などとの愛を読むひと ブルーノ・ガンツ.jpg間を行き来する形をとっていますが、概ね原作に忠実であるといっていいでしょう(マイケルが離婚して娘となかなか会えないでいるといった現況は映画のオリジナル。あとは、ブルーノ・ガンツ演じる教授のウェイトが原作より大きくなって、主人公に精神的に導き支えるという点で、原作における主人公の父親である哲学教授の役割を一部代替していたりする)。

ブルーノ・ガンツ(後ろ)

愛を読む人aioyomu.jpg 原作でも言えるのは、ハンナが幾つか謎を抱えている女性であるという点であり、①なぜマイケルと交わるようになったのか?(単なる気まぐれ?)、②なぜ裁判で不利になることを承知で自らの"秘密"を明かさなかったのか?(主人公がその"秘密"に気づく場面は、ミステリの謎が明かされるようで、原作でも映画でも白眉)、③そして最後に彼女がとった行動の理由は?―等々。映画を観て、①の理由は、マイケルが彼女にとっての癒しとなる"朗読者"であり、自らを成長させるパートナーであったことが窺えましたが心と響き合う読書案内2.jpg、②については、映画を観てもまだ解らない部分が残りました。小川洋子氏は、「彼女は疲れ切っていたに違いない。彼女は裁判で闘っていただけではなかった。彼女は常に闘っていたのだ。何ができるかを見せるためではなく、何ができないかを隠すために」としています(『心に響き合う読書案内』('09年/PHP新書)。この原作は、関川夏央氏の『新潮文庫20世紀の100冊』('09年/新潮新書)にも取り上げられている)。

愛を読む人 ウィンスレット.jpg こうした"秘密"を持つ女性を演じるのは難しいだろうなあと思いますが、それだけ魅力的でもあり、ケイト・ウィンスレット(1975年生まれ)はそこに上手く嵌ったように思います(ニコール・キッドマンが妊娠で降板し、当初の候補だったケイト・ウィンスレットが結局演じることになった)。ケイト・ウィンスレットは、この作品で「タイタニック」('97年)以来4度目のアカデミー賞主演女優賞ノミネート(「助演賞」ノミネートを含むと6度目)にして、初の受賞を果たしています。「タイタニック」で共演したレオナルド・ディカプリオ(1974年生まれ)も、「レヴェナント:蘇えりし者」('15年)で4度目のアカデミー賞主演男優賞ノミネート(「助演賞」ノミネートを含むと5度目)にして初受賞していますが、若い頃から演技の天才などと呼ばれたレオナルド・デカプリオよりもケイト・ウィンスレットの方が受賞は7年早かったことになります。

ケイト・ウィンスレット in「タイタニック」('97年)/ブルーノ・ガンツ in「ヒトラー~最期の12日間~」('04年)
ケイト・ウィンスレット タイタニック.jpg ブルーノ・がンツ ヒトラー ~最期の12日間~.jpg

愛を読むひig.jpg「愛を読むひと」●原題:THE READER●制作年:2008年●制作国:アメリカ・ドイツ●監督:スティーブン・ダルドリー●製作: アンソニー・ミンゲラ/シドニー・ポラック/ドナ・ジグリオッティ/レッドモンド・モリス●脚本:デヴィッド・ヘアー●撮影:クリス・メンゲス●音楽:ニコ・マーリー●原作:ベルンハルト・シュリンク「朗読者」●時間:124分●出演:ケイト・ウィンスレット/レイフ・ファインズ/ダフィット・クロス/ブルーノ・ガンツ/レナ・オリン/アレクサンドラ・マリア・ララ/ハンナー・ヘルツシュプルング/ズザンネ・ロータ●日本公開:2009/06●配給:ショウゲート●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-09-19)(評価★★★★)

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「双葉十三郎の解釈」に止まるか「淀川長治の解釈」まで行くかはともかく、フェミニズム映画。

幸福 ps.jpg幸福 ヴァルダ dvd.jpg 幸福  輸入盤.jpg ア二エス・ヴァルダ.jpg Agnès Varda
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幸福(しあわせ) 0.jpg 叔父が経営する内装業の店で職人をしているフランソワ(ジャン・クロード・ドルオー)には、優しい妻のテレーズ(クレール・ドルオー)と2人の幼い子どもがいる。裁縫が上手なテレーズは仕立ての内職もし、ウェディング・ドレスの注文などもある。フランソワは仕事が終われば真っ直ぐ家幸福 19.jpgに帰るし、休日には家族4人で森にピクニックに行くこともある、まさに絵に描いたような幸せな家庭だった。ある日、フランソワは出張で近くの町に行った時に、郵便局の窓口担当のエミリー(マリー=フランス・ボワイエ)と出逢い互いに惹かれるものを感じる。出張は数日にわたり、ある日幸福88.jpgフランソワはエミリーに声を掛けて一緒にランチをする。彼女の話で、近々彼女がフランソワの住む町に引っ越して来ることが分かり、エミリーは引っ越幸福(しあわせ)5.jpgし先の住所を教え、部屋に棚がほしいので付けてくれないかと言い、彼が妻子持ちであることにこだわりは無いようだった。数週間後、フランソワは越してきたエミリーの家を訪ね、2人はお互いの好意を認め、抱擁し接吻を交わす。家庭のある人でも構わないし、男性は初めてじゃないと言うエミリー。フランソワも彼女に愛を求める。ある日、フランソワは、いつもの休日の家族揃ってのピクニックで、テレーズに「最近、うれしそうね。何かあったの?」幸福(しあわせ)6.jpgと訊かれ、しばらく逡巡した後、テレーズに促され「僕たちは区切られたリンゴ畑の中にいるが、畑の外にもリンゴはあるんだ」と遠回しに浮気を告白する。テレーズは特に取り乱すこと無く、「その幸福 11 .jpg人は嫉妬しないの? でも、妻は私よ」と言う。フランソワはテレーズが許してくれたと喜び、森の中でテレーズを抱き、彼女も応える。フランソワがうたた寝から目覚めると、テレーズがいなくなっている。不安にかられながらテレーズを探すフランソワ。やがて彼女は池のほとりで水死体となって発見される―。

 1965年製作のアニエス・ヴァルダ(1928-)監督作の初期の代表作であり、ベルリン国際映画祭の銀熊賞受賞作。アニエス・ヴァルダはジャック・ドゥミ(1931-1990/享年59)の妻でもあった人です。ヌーヴェルヴァーグVarda2.jpgの作家の内、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロル、ジャック・リヴェット、エリック・ロメールなど映画批評家として活躍していた若い作家を中心とするグループを「右岸派」、アラン・レネ、ジャック・ドゥミ、アニエス・ヴァルダ、クリス・マルケル、ジャン・ルーシュなど主にドキュメンタリー(記録映画)を出自とするグループを「左岸派」と呼びますが、両派の作品の特徴はなかなか定義は難しいのでは。例えば同じ「右岸派」でも、「シェルブールの雨傘」('64年)などで知られるジャック・ドゥミは「ミュージカルとファンタジーの天才」と言われ、一方のアニエス・ヴァルダはフェミニズムの視点から語られることが多いと思われます。また、ジャック・ドゥミをロマンチスト、アニエス・ヴァルダをリアリストする対比のさせ方もあるようですが、異論もあるかもしれません。

幸福 (1).jpg この「幸福」では、物語は妻テレーズの死を以って一旦は悲劇で終わったかのように思われます。ところが妻の死後、夫フランソワは、最初は元気が無かったものの、日が経つにつれ以前の働き者に戻り、今度は愛人エミリーが子どもたちの面倒をみ、いつの間にか妻であり母である役割の女性がテレーズからエミリーに代わったというだけの平穏な日々を送るようになります。子どもたちもエミリーになつき、今度は妻テレーズにがエミリーに代わっただけの"幸福"そうな「家族」の姿が紅葉が美しい秋の森に消えてゆく―という終わり方であり、妻の側から観ればある意味"残酷"で"怖い"エンディングとも言えます。
ぼくの採点表 2―西洋シネマ大系 1960年代
ぼくの採点表 2 1960年代.jpg双葉十三郎.jpg 夫フランソワのエゴイズムを描いた作品であるとも言われています。それを男性一般に敷衍して、映画評論家の故・双葉十三郎が〈アニエス・ヴァルダが女流監督の角度から、男性のエゴイズムに一矢報いた一篇〉というように言っています(『ぼくの採点評Ⅱ』)。更には、幸福というものが、実は誰かの犠牲の上に成り立っている場合があること示したとの見方もあるようです。つまり、この映画における幸福とはカッコ付きの幸福なのだということなのでしょう。でも、個人的には「男性のエゴイズムを描いた」という解釈で充分とも思います(いわば「第1段階」の解釈として)。

 常識的に考えれば、妻テレーズの死という出来事があれば、その原因となった愛人とも罪悪感から別れそうな気もするのですが、この物語の主人公フランソワは、あまりその辺りは気にしなかったみたいでした。気にしないことの大きな要因は、フランソワがテレーズの死を「純粋な事故死」だと思ったためであり、映画の中で、「あの人は花を採幸福(しあわせ) 6.jpgろうとしたら、滑って池に落ちて溺れた」と事故直後に目撃者の証言を聞かされ、その上で妻の溺死体にしがみついています。その間、テレーズが水に溺れて木の枝に掴まろうとしては沈んでいく映像が0.5秒×2回くらい流れますが、これは夫フランソワの頭の中で作られた「誤って死んでいく妻」のフラッシュバックと言えるでしょう。しかしながら、双葉十三郎は別のところで、〈テレーズの死は自殺である〉と断じていたように思います。このイメージの作り変えこそ、「男性のエゴイズム」なのかもしれません。
私の映画の部屋―淀川長治Radio名画劇場 (1976年)
私の映画の部屋_.jpg淀川長治2.jpg テレーズの死を自殺とするならば、その死は、絶望によるもの、或いは死を以って夫に復讐したと考えるのが普通ですが、絶望によるものであろうと復讐によるものであろうと、その後、夫が次第に回復し、愛人を迎え入れて新たな「家族」が出来上がって行く様が淡々と描かれているということに違和感を覚えざるを得ません。これについて、かつてのもう一人の大御所映画評論家・淀川長治は、〈奥さんが旦那さんに打ち明けられ、自分の幸せが去ったことを知ったが、「夫の幸せは大事に守ってやろう。私は誤って死んだことにしてあげよう。これが夫への本当の命をかけた愛だろう」―と思いました〉ということなのだとしています(『私の映画の部屋』)。〈だから、旦那さんは、誤って死んだんだから自分には罪は無いと考えて〉その愛人と秋には結婚し、夫にはまた幸せが訪れたのであると。この淀川長治の解釈は、ストーリーの展開に合致しており、穿った見方のように思えます。淀川長治はこの映画から、女性の愛の美しさ、哀しさ、強さを感じたとのこと。もしそうなら、こうした女性像を描くこともフェニミズムの範疇に入るのか疑問であり、そもそもアニエス・ヴァルダを通り一遍のフェミニストという枠に括ってしまうことが誤りなのではないかという気もしなくもありません。

 但し、淀川長治の「妻は夫の幸せのために事故にみせかけて自殺した」という解釈―これは「あの人は花を採ろうとしたら...」という証言と非常に符合する(夫から不倫を告げられた女性が何のために花を採る素振りをみせたのか。それは"事故死"の目撃者を作るためとしか考えられない)―をいわば「第2段階」の解釈とするならば、それが別に双葉十三郎の「第1段階」の解釈、つまり男性のエゴイズムを描いたという見方を否定することにはならず、女性の奥の深さと男性の底の浅さを対比的に描いたとも言え、やはりこれもまたフェミニズム映画なのでしょう。

幸福 16.jpg 1966年のキネ旬ベストテンで第3位にランクインした作品ですが、その時の1位が「大地のうた」で2位が「市民ケーン」なので、かなり高く評価されたとみていいのではないでしょうか。夫フランソワ役のジャン=クロード・ドルオーは俳優で、愛人エミリー役のマリー=フランス・ボワイエは女優ですが、妻役のテレーズ役のクレール・ドルオーはジャン=クロード・ドルオーの実際の妻で演技経験は無く、子ども役も二人の実際の子どもで、叔父や姪を演じている人も皆ドルオー姓だから素人なのでしょう。初期作品で、製作上の制約があってそうなったのかもしれませんが、たいしたものだと思います。
Le bonheur (1965)
Le bonheur (1965).jpg幸福 13 .jpg「幸福(しあわせ)」●原題:LE BONHEUR●制作年:1965年●制作国:フランス●監督・脚本:幸福(しあわせ)stills.jpgアニエス・ヴァルダ●製作:マグ・ボダール●撮影:クロード・ボーソレイユ/ジャン・ラビエ●音楽:ジャン=ミシェル・ドゥファイ●時間:79分●出演:ジャン=クロード・ドルオー/クレール・ドゥミとヴァルダ、幸せについての5つの物語.jpgドルオー/マリー=フランス・ボワイエ/オリシアター・イメージフォーラム2.jpgヴィエ・ドルオー/サンドリーヌ・ドルオー/ポール・ヴェキアリ●日本公開:1966/06(リバイバル1997年)●配給:日本ヘラルド映画(リバイバル:ザジフィルムズ)●最初に観た場所:渋谷・シアター・イメージフォーラム(特集「ドゥミとヴァルダ、幸せについての5つの物語」)(17-08-03)(評価★★★★)

シアター・イメージフォーラム 2000(平成12)年9月オープン(シアター1・64席/シアター2・100席)。表参道駅から徒歩7分。青山通り渋谷方向、青山学院を過ぎ、二本目の通り左入る。

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フランシス・フォード・コッポラ監督自身の同時解説(DVD特典)が興味深かった。

カンバセーション・・・盗聴・・・ .jpg カンバセーション...盗聴... VHS.jpg カンバセーション...盗聴... dvd.jpg カンバセーション...盗聴... dvd2.jpg
パンフレット「カンバセーション~盗聴~ [VHS]」「カンバセーション...盗聴... [DVD]」「カンバセーション...盗聴... [DVD]
カンバセーション・・・盗聴・・・01.jpgカンバセーション...盗聴00.jpg サンフランシスコのユニオンスクエアを散歩する一組のカップルを注視する一見ごく平凡な中年男ハリー・コール(ジーン・ハックマン)は、実はプロの盗聴屋で、彼は大企業の取締役からの依頼を受け、カップルの会話をテープに録音していたのだ。ハリーの通信傍受カンバセーション...盗聴ges.jpgの権威としての輝かしい名声とは裏腹に、その私生活は孤独であり、それは盗聴という仕事を生業にしていながら、彼が自らのプライバシーの保持に異常に気を使っていカンバセーション...盗聴04.jpgるからだ。そのためにハリーは、彼のことをより知りたがる恋人アミー(テリー・ガー)とも別れる羽目に。そんな彼にとって唯一の心の支えは、厳重に外部から隔離された自室で、ジャズの調べに合わせてサクソフォンを演奏することだった。ユニオンスクエアで密会する男女の会話を盗聴したハリーは、一見すると他愛の無い世間話にカンバセーション...盗聴 04.jpg見えた二人の会話に不審なものを感じ、依頼人の秘書マーティン(ハリソン・フォード)への録音テープの受け渡しを拒否する。依頼人のオフィスからの帰り道にハリーは、公園で盗聴したカップルに遭遇、例の二人組は、女の方は依頼人の妻(シンディ・ウィリアムズ)で、男はその会社に勤めていた社員(フレデリック・フォレスト)だった。ハリーは依頼主への疑念から、「好奇心を捨て、淡々と仕事する」とする自らのポリシーを破り、改めて録音テープを再生する。すると、「チャンスがあれば我々を殺す気だ」という事件の予兆を示す声が録音されていた。ハリーは、依頼主の重役(ロバート・デュヴァル)が二人を殺害しようとしているのではないかという疑惑を抱く―。

 1974年4月米国公開のフランシス・フォード・コッポラ監督作で、同監督の「ゴッドファーザー」('72年)と「ゴッドファーザー PART II」('74年)の間に作られた作品。映画の構想自体は、フランシス・フォード・コッポラが1960年代中盤から暖めていたものですが、「ゴッドファーザー」の成功によって映画化が実現したとのこと。当時、興行的には失敗作でしたが評論家からは高い支持を得、1974年のカンヌ国際映画祭では最高賞であるグランプリ(翌1975年から現在の正式名であるパルム・ドールに改称)を受賞しています。

カンバセーション盗聴V1_.jpg 90年代にビデオで観て今一つでしたが、最近DVDで観直してみて、なかなか面白いのではないかと思いました。自分が観たDVDには、監督のフランシス・フォード・コッポラと編集のウォルター・マーチによる字幕解説が特典付録として付いていました。2000年の時点でコッポラ監督自らがこの作品を振り返った解説が全編にわたって字幕スーパーでインポーズされていて、その内容も、映画ストーリーの進行そのものに合わせた解説や登場する俳優に関するエピソード、更には自分の生い立ちや、撮りたいと思っている作品、名作映画や自身の作品についてなど多岐にわたっていて、なかなか興味深かったです。

 それによれば、フランシス・フォード・コッポラ監督は、元々は集団劇的な大作ではなく個人を描いたオリジナル脚本の作品を撮りたかったけれども、家族を養うために、不本意ながらも原作のある作品「ゴッドファーザー」の仕事を引き受け、それが成功を収め、皆が自分の意見を聴いてくれるようになったため、この映画の製作が実現したとのことです。但し、「ゴッドファーザー PART II」('74年)から「地獄の黙示録」('79年)の間はいろいろ大変で、好きな映画を撮れなかったとも言っています(村上春樹は「地獄の黙示録」にプライベート・フィルム的要素を見て取っていた。さすがと言うべきか)。一方で、「タッカー」('88年)のような映画の撮影は楽しかったと述べています。

カンバセーション...盗聴 デュヴァル.jpgカンバセーション...盗聴 hf.jpgカンバセーション...盗聴 jk.jpg 妻に不倫された取締役を演じたロバート・デュヴァルや、すごく陰険そうな秘書を演じた「スター・ウォーズ」('77年)でブレイクする前のハリソン・フォードがこの映画に出演することになった経緯などが語られているのも楽しいし、この映画出演の数年後に癌で亡くなったジョン・カザールの人間性を絶賛し、その死を惜しんでいます。ジーン・ハックマンは本当は若々しくダンディであったため、老けていてダサい風采のオタク系男である主人公を演じるのに苦労し、イラカンバセーション...盗聴01.jpgついていたとのことです。霧の公園のシーンの撮影の際に近所の住民の通報で警察や記者の邪魔が入り、撮影を中断せざるを得なかったこと(ジーン・ハックマンはますますくイラついたらしい)、結果としてラストシーンに想定していたその場面を中盤に持って来ざるをえなかったことなどを明かしています。また、この映画は、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」('67年)やアルフレッド・ヒッチコック監督の「サイコ」('60年)などの影響を受けていることも明かしています(「サイコ」の影響を受けているのは言われなくとも分かるが、「欲望」の影響を受けているのは意外だった)。

カンバセーション...盗聴 見本市.jpg 映画公開直後に「ウォーターゲート事件」が発覚し('74年6月)、大いに驚いたとのことで、事件を無意識的に予知したのかも、とも。その他にも、映画に出てくる盗聴業者の見本市のようなものは、本物のその業界の見本市で撮影したとか、主人公が告解する神父の役と、新聞に出た事件の真相を知ろうと取締役の会社に行って警備員に追い返されるその警備員の役は、共にジーン・ハックマンの弟が演じていること、後者のシーンは「室内シーン」だが実は建物の外で撮られていること(言われてみればそんな感じ)など、色々と明かしていて楽しいです。

 ラストで、主人公ハリーは自分が勘違いしていたことに気づきますが、「チャンスがあれば我々を殺す気だ」という言葉が別の意味にも取れることを、解説でコッポラ自身が、二重の意味を持たせたことが良かったのか、もっとシンプルにした方が良かったのかどうか分からないともコメントしています。そして、ハリーは、謎の人物からの「盗聴してる」という電話に怖カンバセーション・・・盗聴・・・02.jpgれ慄きます(この電話の主は、ハリソン・フォード演じるマーティンか。ならば、マーティンは重役夫人カップルとグルなのか)。ハリーは家の中に盗聴器が仕掛けられていないか探しまくりますが(コッポラ監督自身が、盗聴器がある思って主人公が壊すビニール製のキリスト像は「壊れにくかった」とか、自分だったらサクソフォンのトラップに盗聴器が仕掛けてあると疑うとかコメントしている(笑))、結局は盗聴器は見つかりません(コッポラ監督が自分にもどこにあるか分からないとコメントしている(笑))。主人公はもともと神経質な性質なので、それが脅迫神経症に進行し、盗聴のプロが自分が盗聴される立場になって被害妄想になっていくという、たいへん皮肉な結末です。

カンバセーション盗聴 001.jpgカンバセーション 盗聴_03.jpg どこまでが現実でどこまでが主人公の妄想か、仮に妄想であれば主人公はどの辺りからその世界に入っていったのか分からないままでしたが、おそらくは主人公の同僚だったスタン(ジョン・カザール)を引っこ抜いた同業ライバルのウィリアム・P・モラン(アレン・ガーフィールド)のスパイであるコンパニオン女性メレディス(エリザベス・マックレイ)と一夜を共にした辺りからではないかと。新聞記事などから事件が現実のものであったことは間違いないのでしょう。あとは、どこまでが現実でどこまでが主人公の妄想かは、映画を観た人の間で議論してくださいという、含みを持たせた作りにしているように思いました。最初に観た時は、もやっとした印象が残るのがネックになりましたが、観直してみて、これはこれでいいと思うようになりました。フランシス・フォード・コッポラ監督自身の同時解説のお蔭で、興味と愛着が増した作品です。

カンバセーション盗聴 002.jpgジョン・カザール(スタン)/エリザベス・マックレイ(メレディス)/アレン・ガーフィールド(ウィリアム・P・モラン)/ジーン・ハックマン(ハリー・コール)
Conversation - Tôchô (1974)
Conversation - Tôchô (1974).jpg
カンバセーション...盗聴...1974.jpg「カンバセーション...盗聴...」●原題:THE CONVERSATION●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督・製作・脚本:フランシス・フォード・コッポラ●撮影:ビル・バトラー●音楽:デイヴィッド・シャイア●カンバセーション...盗聴 s.jpg時間:113分●出演:ジーン・ハックマン/ジョン・カザール/アレン・ガーフィールド/フレデリック・フォレスト/シンディ・ウィリアムズ/マイケル・ヒギンズ/エリザベス・マックレイ/テリー・ガー/ハリソン・フォード/ロバート・デュヴァル●日本公開:1974/11●配給:パラマウント映画=CIC(評価★★★★)

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「過去の記憶は作られるものである」がテーマである作品に読めてしまったのだが...。

夜の谷を行く2.jpg夜の谷を行く_.jpg夜の谷を行く』(2017/03 文藝春秋)

 連合赤軍が起こした「あさま山荘」事件から四十年余。その直前、山岳地帯で行なわれた「総括」と称する内部メンバー同士での批判により、12名がリンチで死亡した。西田啓子は「総括」から逃げ出してきた一人だった。親戚からはつまはじきにされ、両親は早くに亡くなり、いまはスポーツジムに通いながら、一人で細々と暮している。かろうじて妹の和子と、その娘・佳絵と交流はあるが、佳絵には過去を告げていない。そんな中、元連合赤軍のメンバー・熊谷千代治から突然連絡がくる。時を同じくして、元連合赤軍最高幹部の永田洋子死刑囚が死亡したとニュースが流れる。過去と決別したはずだった啓子だが、佳絵の結婚を機に逮捕されたことを告げ、関係がぎくしゃくし始める。さらには、結婚式をする予定のサイパンに、過去に起こした罪で逮捕される可能性があり、行けないことが発覚する。過去の恋人・久間伸郎や、連合赤軍について調べているライター・古市洋造から連絡があり、敬子は過去と直面せずにはいられなくなる―。

食卓のない家2.jpg 「連合赤軍事件」を素材にした小説を読むのは、個人的には、円地文子の『食卓のない家』('79年/新潮社)以来か。この『夜の谷を行く』では、1971年から1972年にかけて連合赤軍が起こした「山岳ベース事件」での死亡者15名(処刑による死亡4名、自殺1名(東京拘置所で首吊り自殺した森恒夫)を含む)の名前が実名で出てきます。そして事件の40年後の2011年2月に永田洋子が脳腫瘍のために獄中死する前後から物語は始まり、主人公の啓子(架空の人物)は「総括」から逃げ出してきた一人で、彼女の思念は、現在と事件を回想する過去を行き来します。彼女は、事件を起こしたグループの中核とは距離を置いていたという自己認識で人生を生きてきたつもりだが...。

 まさにタイトル通り"夜の谷を行く"ような、最小限の"世間"としか交流しないような主人公の生活があり、永田洋子の死を契機に、主人公は過去と向き合おうとしますが、そこで思ってもみなかった事実を突き付けられます。それまでも夜の谷を行くような生き方をせざるを得なかったのに、最後にまた更に、主人公を奈落の底に突き落すのか(この作者らしい(?))といった感じでしたが、最後の最後にやや救いがありました(古市洋造ってやはり"ワケあり"だったなあとは思ったが、ここまでは読めなかった。推理的要素はこの部分のみ)。

 ラスト20ページで、昔の"仲間"から媒介者を通して自分が当時、仲間からどう見られていたかを教えられて愕然とし、ラスト2ページで、その情報媒介者である古市の正体が知らされる―でも、考えてみたら、どちらも主人公が本来ならば思い当たりそうなことであり、それに気づかないということは、それだけ「過去の記憶は作られるものである」ということを表しているのかもしれません。主人公を奈落の底に突き落したことの原因も、「過去の記憶は作られるものである」ことに起因し、主人公が目の前にいる人物の正体に思い当たらないのも、「過去の記憶は作られるものである」ことに起因しているわけであって、この辺りの作りは上手いと思いました。但し、その部分が強烈過ぎて、そのこと(「過去の記憶は作られるものである」こと)がテーマである作品に読めてしまったのですが、それは、"テーマ"と言うより"モチーフ"に過ぎないかもしれません。

 作者の言葉を借りれば(自身が新聞等のインタビューで述べている)、「女の立場」からの連合赤軍の問題、特に「総括」という名目で同志を殺害した出来事に迫った作品であることは確かであるとは思います。その流れで、結末を、当時の"メンバー"の女性たちが目指していたものが結実したと読む読み方もあるかと思いますが、そちらの方が"テーマ"性はありますが、そうなるとやや都合主義的な結末のような気もします。個人的評価としては、微妙なところでした。

 余談になりますが、1974年から1975年にかけて起きた「連続企業爆破事件」では大道寺将司と益永利明の死刑判決が確定しましたが、大道寺将司元死刑囚は今年['17年]5月に病死し、益永利明死刑囚は東京拘置所に収監中、そして「連合赤軍・山岳ベース事件」では、永田洋子と坂口弘の死刑判決が確定しましたが、永田洋子死刑囚は病死し、坂口弘死刑囚は東京拘置所に収監中です。「連続企業爆破事件」では、共犯者の大道寺あや子と佐々木規夫が日本赤軍によるダッカ日航機ハイジャック事件で、超法規的措置で釈放され出国して国際指名中であり、「連合赤軍・山岳ベース事件」では共犯者である坂東國男が逃亡中(国外か?)で、何れもその裁判が終了していないため、「連続企業爆破事件」の坂口弘死刑囚や「連合赤軍事件」の佐々木規夫の死刑が執行される見通しは今のところないようです。死刑を執行しないのは、事件が"確信犯"によるものであるからとか、再審請求中であるからということで執行しないわけではなく、事件関係の逃亡犯や公判中の者がいることが理由であるようで、それで言うと、13人もの死刑囚を出した「オウム真理教事件」は、2012年、高橋克也が逮捕され、オウム事件で特別指名手配されていた全員が逮捕・起訴されたものの、高橋克也関連の公判が続いているため、現時点では執行は無いようです(高橋克也の公判が終わったらどうなるのか?)。

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幻想的な映像美で愉しませてくれる。松田優作の演技の個性を活かしている。

陽炎座 00.jpg陽炎座 1981.jpg 陽炎座 01.jpg
陽炎座 [DVD]」  松田優作・大楠道代

陽炎座 02.jpg 1926年、大正末年で昭和元年の東京。新派の劇作家・松崎春狐(松田優作)は偶然謎の女・品子(大楠道代)と出会う。三度重なった奇妙な出会いを、自分のパトロン玉脇(中村嘉葎雄)に打ち明けるが、玉脇の邸宅の一室は、松崎が品子と会った部屋とソックリだった。品子は玉協の妻ではと陽炎座 04.jpg松崎は訝る。数日後、松崎は品子とよく似た振袖姿のイネ(楠田枝里子)と出会い、イネは「玉脇の家内です」と言う。しかし、玉脇によれば、イネは松崎と出会う直前に息を引きとったという。松崎の下宿の女主人みお(加賀まりこ)が玉脇の過去を語る。玉脇はドイツ留学中イレーネと結ばれ、彼女は日本陽炎座es.jpgに来てイネになりきろうとし、やがて病気で入院、玉脇は品子を後添いにしたという。折しも品子から松崎に、「金沢、夕月楼にてお待ち申し候。三度びお会いして、四度目の逢瀬は恋になります。死なねばなりません」との手紙が来る。金沢に向う松崎は列車の中で玉脇に出会い、松崎は金沢へ亭主持ちの女と若い愛人の心中を見に行くと言う。金沢では不思議なことが相次ぎ、品子と死んだはずのイネが舟に乗っていたかと思うと、やっと会えた品子は手紙を出した覚えはないと言う。玉脇は松崎に心中を唆すが、仕組まれた心中劇に松崎は乗れない。逃れた松崎は、アナーキストの陽炎座 06.jpg和田(原田芳雄)と知り合い、和田は松崎を秘密めいた人形の会に誘う。人形を裏返して空洞を覗くと、そこには男と女の陽炎座 07.jpg情交の世界が窺え、松崎が最後の人形を覗くと人妻と若い愛人が背中合わせに座っている。死後の世界であり、松崎は衝撃を受ける。金沢を逃げ出し彷徨う松崎は、子供芝居の小屋「陽炎座」に辿り着く。舞台で玉脇、イネ、品子の縺れた糸が解かれようとした刹那、愛憎の念が一瞬にして小屋を崩壊させる。松崎が不安に狂ったように帰京すると、品子の手紙が待っていた。「うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふものは頬みそめてき」"夢が現実を変えたんだ"とつぶやく松崎の運命は奈落に落ちていくのだった―。

陽炎座 05.jpg 1981年公開作で、今年['17年]2月に93歳亡くなった鈴木清順監督の「(大正)浪漫三部作」(「チゴイネルワイゼン」('80年)、「陽炎座」('81年)、「夢二」('91年))の第2作目です。鈴木清順監督のベスト作品は何かということが言われる際に「チゴイネルワイゼン」は"別格"とされたりすることがありますが、「チゴイネルワイゼン」がそうであれば、「三部作」まとめて"別格"となるような気もします。特にこの「陽炎座」は「チゴイネルワイゼン」の翌年に撮られており、鈴木清順監督の自らの美学に対する自信のようなものが感じられました。

 原作は泉鏡花ですが、「春昼」「春昼後刻」など複数の作品から引いているようです。但し、あるのかないのか分からないストーリーながらも、振り返ってみればそう複雑な話ではなく、次にどっちへ行くか分らないながらも、意外とシンプルな展開だったかも。「チゴイネルワイゼン」もそうでしたが、何だか分からない部分の方が多いのでけれども、「清順版フィルム歌舞伎」とも呼ばれる幻想的な映像美とテンポの良い展開で愉しませてくれた作品という感じです。

陽炎座 03.jpg 松田優作(1949-1989/享年40)がいい味を出していたように思います。それまでアクション映画ばかりだった松田優作に、鈴木清順監督は、直径1mの円を描き「この中から出ないような演技をしてください」と指導したそうです。松田優作はこの映画の翌年には森田芳光(1950-2011/享年61)監督の「家族ゲーム」('83年/ATG)に出演して好評を博し、森田芳光監督の「それから」('85年/東映)にも出演して、こちらも高い評価を得ましたが、そした演技の幅を拡げる契機となったのがこの作品ではないでしょうか。個人的には、「それから」のやけに重々しい松田優作よりも、TV版「探偵物語」の軽さを一部残しているようなこの作品の松田優作の方が好きです。鈴木清順監督は、松田優作の演技の個性を活かしているように思いました。

陽炎座  松田優作 原田芳雄.jpg 共演の大楠道代中村嘉葎雄原田芳雄(1940-2011/享年71)、加賀まりこの何れも良く、中村嘉葎雄と加賀まりこの二人は、第27回キネマ旬報賞と第5回日本アカデミー陽炎座  中村嘉葎雄、加賀まりこ.jpg賞のそれぞれの助演男優賞・助演女優優賞をW受賞しています。大楠道代、原田芳雄は「チゴイネルワイゼン」から引き続いての共演ですが、原田芳雄が亡くなっているだけに、今観ると、松田優作との共演は貴重な映像のように感じられます(前の共演作「竜馬暗殺」('74年/ATG)では原田芳雄が主役で、映画デビュー2年目の松田優作は脇だった)。久しぶりに松田優作を観て、松田龍平に似ていると思ったカメラアングルがあったとき、時の流れを感じたりもしました。

陽炎座 大楠.jpg 陽炎座 中村.jpg 陽炎座 原田.jpg 陽炎座 鈴木清順.jpg 鈴木清順監督

Kagerô-za (1981)
Kagerô-za (1981).jpg
陽炎座1-7.jpg「陽炎座」●制作年:1981年●監督:鈴木清順●脚本:田中陽造●撮影:永塚一栄●音楽:河内紀●原作:泉鏡花●時間:139分●出演:松田優作/大楠道代/中村嘉葎雄/加賀まりこ/原田芳雄/楠田枝里子/大友柳太郎/麿赤児/江角英/東恵美子/玉川伊佐男/佐野浅夫/佐藤B作/トビー門口●公開:1981/08●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(17-08-21)(評価:★★★★)

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作りすぎというか、盛り込み過ぎという感じだが、奈良岡朋子の「知覧の母」は良かった。

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ホタル [DVD]」/VHS  高倉健・田中裕子
Hotaru2.jpg 桜島を望む鹿児島県知覧町で、元特攻隊員の生き残りの山岡(高倉健)はこの日も漁船「とも丸」から養殖カンパチの生簀に餌を撒いていた。それを見守る妻の知子(田中裕子)と二人の間には子はなく、「とも丸」を我が子のように大事に乗りこなしてきた。知子が14年前に腎臓を患い人工透析が必要になったのを機に、沖合漁をやめカンパチの養殖を始めたのだった。昭和が終わり、平成が始まった頃、山岡は同じ特攻隊の生き残りだった藤枝(井川比佐志)が自殺したという知らせを聞き、青森に住む藤枝がホタル  2001 .jpg毎年のように山岡にリンゴを送っていただけに衝撃を受ける。数日後、藤枝の孫・真実(水橋貴己)が山岡の元を訪れる。真美(水橋貴己)が携えた藤枝の遺品のノートには、山岡から「生きろ」と励まされているように感じたこと、昭和が終わり自分の役目は終わったと感じることなど、その想いが綴られていた。数日後、山岡はかつて特攻隊員らから「知覧の母」と呼ばれて慕われていた富屋食堂の店主・山本富子(奈良岡朋子)から、特攻で命を落とした金山文隆少尉ことホタル  2001es.jpgキム・ソンジェ(小澤征悦)の遺品である面飾りのついた財布を韓国の実家に届けてほしいと託される。折しも医師(中井貴一)から知子の余命が僅か1年半と宣告されており、山岡は最後の思い出にと知子との韓国行きを決める。戦争時、知子(戦時中:笛木優子)は金山と婚約していて、当時は遺言さえ検閲される時代であり、山岡(戦時中:高杉瑞穂)は金山から口頭で、自分は大日本映画 ホタル2_m.jpg帝国のためではなく、知子や実家の家族、そして朝鮮民族の誇りのために死ぬのだという言葉を託されていた。山岡と知子は韓国の金山の実家を訪ねるが、遺族はなぜ金山が死に日本人の山岡が生き残ったのかと山岡を責める。しかし、山岡が金山の遺言を伝えると遺族は山岡を責めるのを止め、遺品を受け取る。山岡は知子に、今まで金山の遺言を伝えなかったことを謝罪すると、知子は「ありがとう」と泣きながら寄り添う。月日が流れ、21世紀のある日、老いた山岡は海辺で、役目を終えた「とも丸」が炎に包まれるのを見つめていた―。 

映画「ホタル」監督.jpg 2001年公開の降旗康男監督作で、その2年前に高倉健(1931-2014)が鹿児島県知覧町の「特攻平和祈念館」を訪ね、同行していた降旗康男監督に自ら映画化を持ちかけた作品で(高倉健が自ら製作を持ちかけたのは初めて)、降旗康男監督はこの作品で2001 年度・第52回「芸術選奨」を受賞しています。日本アカデミー賞で13部門ノミネートされ、70歳で203本目の出演映画となった高倉も主演男優賞にノミネートされましたが、後輩の俳優に道を譲りたい」として辞退、富屋食堂の店主・山本富子を演じた奈良岡朋子がブルーリボン賞助演女優賞を受賞しています。

高倉健/降旗康男

 山本富子のモデルは、「知覧の母」乃至は「特攻隊の母」と呼ばれた富屋食堂の主人・鳥濱トメ(1902-1992)で、小澤征悦が演じる金山文隆のモデルは、出撃の前日、鳥濱トメに自身が朝鮮人ということを明かした上で、アリランを歌ったという卓庚鉉(1920-1945)です。但し、鳥濱トメに別れを言いに行った際に「ホタルになって戻ってくるよ」と言ったエピソードの主は、宮川三郎(1925-1945)という人です。この2人の人物のエピソードが一緒にされるようになったのは、河内音頭の鉄砲光三郎(1929-2002)作詞作曲の「知覧の母~ホタル~」あたりからでしょうか。後年の、石原慎太郎脚本・製作総指揮、新城卓監督の「俺は、君のためにこそ死ににいく」('07年/東映)にもこのエピソードが出てきますが(個人的には未見)、そちらでは、宮川三郎がモデルの役と卓庚鉉がモデルの役を分けているようです。

 高倉健は、降旗康男監督の前作「鉄道員」('99年/東映)のように鉄道員を演ずれば鉄道員らしく、この映画のように漁師を演じれば漁師らしくて、その意味では"名優"ですが、「役」である以前に「高倉健」であるという意味では"名優"と言うより"スター"ということになるのかも。でも、やはり"名優"であることも否定できないといった感じでしょうか。以前、この「ホタル」の撮影の頃かと思いますが、NHKが高倉健を特集取材したことがあり、本番直前の現場スタッフの全員がピリピリした雰囲気の中で、これから演技に向かう主役たる高倉健が番組スタッフのインタビューに気さくに応じ、気を使う番組スタッフに「あまり準備しない方がいいんだ」というようなことを言っていたのが印象的でした。同時期の「クローズアップ現代」の高倉健特集の中では、降旗康男監督が高倉健のことを、「涙を流すようなことが出来る俳優ではなかったのが最近変わった」というようなことを述べています。また、高倉健本人へのインタビューで国谷裕子キャスターが、「俳優・高倉健は、ご自身・小田剛一(高倉健の本名)に近づいているのではありませんか」と問うたところ、「小田剛一よりも高倉健の方が遥かに長くなりましたから、どちらが本当の自分なのか分からなくなってきています」と答えたのことです。

映画ホタル-l.jpg 映画の方は、「卓庚鉉」と「宮川三郎」を「金山文隆」ということで一緒にしてしまったのはともかく、金山に許婚がいて、それが主人公である山岡の今の妻の知子であり、その知子は不治の病に冒されていて余命いくばくもなく、最期に金山の遺言を伝えるため遺族のいる韓国へ夫婦で向かう―という、やや作りすぎというか、前半部分には同じ特攻隊の生き残りだった藤枝映画 ホタル 05.jpgの自殺もあったりして、それでその娘(水橋貴己)が山岡を訪ねてくるわけですが、こうなると盛り込み過ぎという感じで、何映画 ホタル 奈良岡.jpgれの話も中途半端になってしまった印象を拭えません。個人的評価としては本来は△ですが、「知覧の母」を演じた奈良岡朋子の、まさに「ホタル」のエピソードを語る部分の演技が光っていて(舞台劇風でありながらも映画向けの演技をしている)、星半個加点して○にしました。舞台出身俳優の中でも上手いです、この人。「鉄道員」にも幌舞駅前「だるま食堂」の店主役で出ていましたが、個人的には、やや遡って、須川栄三監督の「螢川」('87年/松竹)で、この人の演技のところでぐっときました。

映画 ホタル.jpgホタル (映画).jpg 高倉健はこの映画においてもカッコいいにはカッコいいですが、ヤクザ映画ならともかく「鉄道員」やこうした映画になると「高倉健」だけでは成立せず、それを支えているのが、それぞれ妻役を演じた「鉄道員」の大竹しのぶであり、この「ホタル」の田中裕子のような女優と言えるかもしれません。大竹しのぶも上手いことは上手いですが、いかにも"演技派"風の大竹しのぶよりも田中裕子の方が脇役の本分を心得ている感じもします(この人も故・蜷川幸雄に「近松心中物語」の英国公演('89年)などで鉄道員 大竹しのぶ2.jpg鍛えられた女優ではある)。但し、奈良岡朋子はその上を行く感じでしょうか。彼女が「ホタル」のエピソードを語るシーンが前半部にあって、終盤それを超えるシーンが無いのも、"盛りだくさん"なのに"もの足りなさ"を感じる一因かもしれません。
大竹しのぶ in「鉄道員

Hotaru (2001)
Hotaru (2001).jpg「ホタル」●制作年:2001年●監督:降旗康男●脚本:竹山洋/降旗康男●撮影:木村大作●音楽:国吉良一●時間:114分●出演:高倉健/田中裕子/水橋貴己/奈良岡朋子/井川比佐志/小澤征悦/小林稔侍/夏八木勲/原田龍二/石橋蓮司/中井貴螢川2es.jpg一/高杉瑞穂/今井淑未/笛木夕子/小林綾子/田中哲司/伊藤洋三郎/小林滋央/永倉大輔/好井ひとみ/町田政則/姿晴香●公開:2001/05●配給:東映(評価:★★★☆)

奈良岡朋子 in「蛍川」(1987)

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「泥の河」と同様に傑作。抒情派であり、ストーリーテラーでもあるということか。

螢川 (1978年) 200_.jpg蛍川 筑摩.jpg 「螢川」.jpg 蛍川.gif 蛍川 [DVD].jpg
螢川』(筑摩書房) 『蛍川 (角川文庫)』新版・旧版(「泥の河」収録) 「蛍川 [DVD]

 1977(昭和52)年下半期・第78回「芥川賞」受賞作。

 昭和37年富山。14歳の少年竜夫は近所の銀蔵爺さんから螢の大群を見たという話を幼いころに聞いて、自分もいつか見てみたいと思っていた。その螢の大群は4月に大雪が降るような年でないと見られるという。竜夫は幼馴染みの同級生・英子と一緒に螢を見に行こうと約束をしていたが、中学生になってからは英子とまともに会話をしたことがなかった。ある日、父親の重竜が病気で倒れ入院する。重竜はかつて春枝という妻がありながら、竜夫の母千代と駆け落ちし、二人の間に出来た子が竜夫だった。父の死が近いことを知る竜夫。父は事業に失敗し、多額の借金があった。父の死が近づいた4月のある日大雪は降り、あの螢の大群を見ることができる条件が揃うのだった...。

 「泥の河」を併録して1978年に筑摩書房より刊行され、「泥の河」、「道頓堀川」とともに作者の「川三部作」をなす作品です。「泥の河」、よりも早くから構想されたものの、「泥の河」の方が先に発表されて「太宰治賞」を受賞し、後から発表されたこの「螢川」が、初の芥川賞候補で、そのまま受賞となっています。

 最初に読んだ時は、抒情的な色合いの濃い「泥の河」の方が好みで、「螢川」の方は、これも傑作には違いないものの、途中まで結構どろどろしていて最後できなり抒情的になった印象があっため、ラストの螢の大群で表象されるロマンチシズムがやや浮いた感じがしていましたが、読み直してみて、やはりこれはこれで傑作だと思いました。

 芥川賞の選考では、すんなり決まったわけではなく混戦だったようですが、選考委員の中では大江健三郎が否定的だったほかは、井上靖が「久しぶりの抒情小説といった感じで、実にうまい読みものである。読みものであっても、これだけ達者に書いてあれば、芥川賞作品として採りたくなる」と述べるなど、概ね肯定的吉行 淳之介.jpgだったようです。個人的には、吉行淳之介の「前作『泥の河』の後半が良い意味での抽象的なものに達していた趣は、この作品にはなかった。しかし、全体としての完成度は、前作よりも高い。抒情が浮き上らずに、物自体に沁みこんでいるところが良い」という評が、前作との対比を上手く言い表しているように思いました。

 前作「泥の河」は昭和30年の大阪が舞台で、主人公の貴一少年は小学校の低学年という感じでしょうか。作者自身。昭和22年生まれで、作者の一家は9歳の時に大阪から富山に移転したということで、更に高校に進学したのも昭和37年とのことで、「螢川」の主人公・竜夫と重なりますが、富山に移住して1年後には兵庫県の尼崎に移っており、父親が事業に失敗して借財を残して死んだのも実際の作者の経験ですが、その時作者は22歳で大学在学中だったそうです。ですから、1年しか住まなかった富山を舞台に、自らの経験をいろいろ反映させてストーリーを構築したということになるかと思います。抒情派であり、ストーリーテラーでもあるということでしょうか。

螢川_02.jpg螢川es.jpg 小栗康平監督による映画化作品「泥の河」('81年)はよく知られていますが、「螢川」も1987年に須川栄三(1930-1998/享年68)監督におって映画化されています。須川栄三監督は1953年、東京大学経済学部を卒業し東宝に入社、どちらかというと「野獣死すべし」('59年)のようなハードボイルド・タッチの作品を得意としており、文芸作品というイメージはそれほど無かったのではないでしょうか。ただ、この作品は俳優陣がしっかりしており、三國連太郎の重竜、十朱幸代の千代も良く(十朱幸代はやや綺麗すぎか)、奈良岡朋子(泣かせる演技!)、大滝秀治、殿山泰司らが脇をしっかり支え、子役の演技も悪くなかったです(英子役は前年に歌手デビューした沢田玉恵で、歌も演技も高い評価を得ながらも映画公開時にはすでに引退していた"幻のアイドル")。

螢川図1.jpg 螢川図2.jpg 螢川図3.jpg
螢川図4.jpg 螢川図5.jpg 螢川図6.jpg

螢川_01.jpg螢川ges.jpg 映画は、原作のどろどろした部分をやや抑えて、一方で、竜夫の学校生活をやや重点的に取り上げ、この年の文部省選定作品になっています。但し、教育映画風とかではなく、原作にもある話ですが、英子に思いを寄せている親友の関根圭太の死なども通して、「死」(関根・重竜)と「生(性)」(英子)というコントラストを上手く描いていたように思います。その「生(性)」の象徴である、ラストの無数の螢が乱舞するクライマックスシーンで特殊効果を担当したのが、円谷英二の最後の弟子で光学合成の匠・川北紘一であり、今でこそ「ウルトラマン」シリーズか何かを想起してしまいそうな特撮ですが、当時リアルタイムで劇場で観た人は結構圧倒されたのではないでしょうか。
螢川1bg.jpg 螢川2es.jpg 奈良岡朋子
螢川s.jpg  「螢川」 富山.jpg ロケ地:富山市
Hotaru-gawa (1987)
Hotaru-gawa (1987).jpg
螢川-p.jpg「螢川」●制作年:1984年●監督:須川栄三●製作:高橋松男/加藤博明●脚本:中岡京平/須川栄三●撮影:姫田真佐久●特技監督:川北紘一●音楽:篠崎正嗣●原作:宮本輝●時間:84分●出演:三國連太郎/十朱幸代/坂詰貴之/沢田玉恵/川谷拓三/奈良岡朋子/大滝秀治/河原崎長一郎/寺泉憲/殿山泰司/利根川龍二/早川勝也/粟津號/江幡高志/小林トシ江/斉藤林子/岩倉高子/伊藤敏博/飯島大介/勇静華●公開:1987/02●配給:松竹(評価★★★★)

【1978年単行本[筑摩書房(『螢川』)]/1980年文庫化[角川文庫(『螢川』)]/1986年再文庫化[ちくま文庫(『泥の河・螢川・道頓堀川』)]/1994年再文庫化・2005年改版[新潮文庫(『螢川・泥の河』)]】

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シュールで非現実的でありながらも引き込まれる旨さ。
押絵と旅する男 光文社文庫.jpg文豪が書いた怖い名作短編集.jpg  江戸川乱歩名作選 (新潮文庫).jpg 押繪と旅する男 vhs.jpg
文豪たちが書いた 怖い名作短編集』('13年)『江戸川乱歩名作選 (新潮文庫)』('16年) 「押繪と旅する男 [VHS]」('94年)浜村純/鷲尾いさ子
江戸川乱歩全集 第5巻 押絵と旅する男 (光文社文庫)』('05年)

 魚津へ蜃気楼を観に行った帰りの汽車の中、二等車内には「私」ともう一人、古臭い紳士の格好をした60歳とも40歳ともつかぬ男しかいなかった。「私」は男が、車窓に絵の額縁のようなものを立て掛けているのを奇異な目で見ていた。夕暮れが迫り、男はそれを風呂敷に包んで片付けた際に目が合った。すると男のほうから「私」に近付いてきて、風呂敷の中身を見せてくれる。それは洋装の老人と振袖を着た美少女の押絵細工だった。背景の絵に比べその押絵のふたりが生きているようなので驚く「私」に「あなたなら分かってもらえそうだ」と男はさらに双眼鏡でそれを覗かせる。いよいよ生きているみたいに思えた押絵細工の二人の「身の上話」を男は語り始める。それは35,6年も前、男の兄が25歳のとき、浅草に「浅草十二階」(凌雲閣)ができた頃の話で、ふさぎがちになった男の兄が毎日双眼鏡を持って押絵と旅する男 橘小夢画.jpg出掛けるのであとをつけると、男の兄は「浅草12階」に登って双眼鏡を覗いている。声を掛けると男の兄は片思いの女性を覗いていたことを白状するが、その女性のいる所へ二人で行ってみると、その女性は押絵だった。すると男の兄はその双眼鏡を逆さまに覗いて自分を見ろと言い、男がそうすると兄は双眼鏡の中で小さくなり消えてしまう。男の兄は小さくなってその女性の横で同じ押絵になっていたのだった。以来、男は、ずっと押絵の中も退屈だろうからと、「兄夫婦」をこうして旅に連れて行っているのだという。ただ押絵の女性は歳をとらないが、兄だけが押絵の中で歳をとっているのだという。男が兄たちもこんな話をして恥ずかしがっているのでもう休ませますと、風呂敷の中に包み込もうとしたとき、気のせいか押絵の二人が「私」に挨拶の笑みを送ったように見えた―。

「押絵と旅する男」画:橘小夢(中村圭子(著)『橘小夢』('15年/河出書房新社)より)

 江戸川乱歩が1929 (昭和4) 年、雑誌「新青年」6月号に発表した、文庫で30ページほどの短編です。江戸川乱歩の作品には結構シュールと言うか非現実的なものも多くて、作者自身そう感じたのかラストで"夢落ち"にしているものも幾つかあります(「人間椅子」のように実は空想譚だったというオチもある)。この作品もシュールで非現実的であり、兄が弟に双眼鏡を逆さまに覗いて自分を見させることで自分が小さくなって押絵の中に入り込むという発想などはむしろ子供じみているとも言えますが、それでいて何となく物語の中に引き込まれていく旨さがあるように思います。

押絵と旅する男 朗読.jpg 物語全体を「男の話」にしていることで、("夢落ち"にしなくとも)全てが男の作り話か男自身が嵌っている幻想ととれなくもなく、一方で、目の前にそうした押絵があれば、やはり「私」ならずとも、幻想的な気持ちにさせられるでしょう。また、こうしたストーリーを成立させるには、昭和から大正を通り越して明治まで遡ることは必然だったようにも思います。「浅草十二階」と呼ばれた凌雲閣は、1890(明治23)年に完成し、1923(大正12)年の関東大震災で崩壊していますが、こうしたモチーフを持ち出しているのも巧みです(浅草は乱歩が愛した街でもある)。

押絵と旅する男」 朗読
    
押繪と旅する男 映画 00.jpg この作品は、「竜二」('83年)、「チ・ン・ピ・ラ」('84年)の川島透監督によって、「押繪と旅する男」('94年/バンダイビジュアル)として映画化されています(「チ・ン・ピ・ラ」は金子正次の遺作脚本に川島透監督が手を加えて演出したもので、個人的にはイマイチだった)。映画「押繪と旅する男」は、「私」ではなく「弟」の"主観"で描かれていて、戦時中に特高警察として名を馳せながらも今はよぼよぼの老人となってしまった「弟」(浜村純)がいる「現代」の東京と、その回想としての「過去」―少押繪と旅する男 映画 12kai .jpg年時代の「弟」(藤田哲也)の兄(飴屋法水)が凌雲閣から押絵の美少女を眺め、遂には押絵の中に入ってしまうという出来事があった大正時代―が交錯する形で描かれています。「私」に該当する人物は出てこないで、代わりに、「弟」の兄に嫁(鷲尾いさ子)がいて、押絵の少女(八百屋お七になっている)に夫を奪われたかたちとなった兄嫁への少年の淡い慕情が大きなウェイトを占める作りになっています。大正ロマンの香りがして、映画としては悪くないです。"主観"を変えて更に脚色されているため、原作とは随分と印象が異なるものになっていますが、川島透監督が自分が撮りたいものを撮ったという感じで、同監督の商業映画とは比べると、いい意味でかなり異なった印象を受けました。

押繪と旅する男 映画 s.jpg押繪と旅する男 映画s.jpg 浜村純(1906-1995)演じる今は老人となった「弟」たる男の他に、特高だった男にかつて虐げられた恨みを持つ老人押繪と旅する男 映画 wasio.jpgに多々良純(1917-2006)、男の友人で今は老人病院のような所に入院して死にかけている男に天本英世(1926-2003)など、老優たちが更に老け役で出ていて、「現代」のパートは老人ばかりの世界と言ってよく(老いと死が映画のテーマであるとも言えるか)、その分「過去」のパートの若々しい鷲尾いさ子(1967年生まれ)などは魅力的です。おそらく、押絵の娘になまめかしさを求めるのは映像的に難しいので、その部分を代替させたのではないでしょうか。

鷲尾いさ子「鉄骨飲料」CM(1989-1990)/「火曜サスペンス劇場 新・女検事 霞夕子」(1994-2003、日本テレビ)
鷲尾いさ子 鉄骨飲料.jpg火曜サスペンス劇場 新・女検事 霞夕子.jpg

i押繪と旅する男 4.jpg押繪と旅する男vhs.jpg「押繪と旅する男 (江戸川乱歩劇場 押繪と旅する男)」●制作年:1994年●監督:川島透●製作:並木幸/村上克司●脚本:薩川昭夫/川島透●撮影:町田博●音楽:上野耕路●原作:江戸川乱歩●時間:84分●出演:浜村純/押繪と旅する男 2.jpg尾いさ子/藤田哲也/天本英世/飴屋法水/多々良純/伊勢カイト/小川亜佐美/和崎俊哉/高杉哲平/原川幸和/山崎ハコ●公開:1994/03●配給:バンダイビジュアル(評価★★★☆)
 
チ・ン・ピ・ラ_1.jpgチ・ン・ピ・ラ 1984.jpg「チ・ン・ピ・ラ」●制作年:1984年●監チ・ン・ピ・ラド.jpg督:川島透●製作: 増田久雄/日枝久●脚本:金子正次●撮影:川越道彦●音楽:宮本光雄●時間:102分●出演:柴田恭兵/ジョニー大倉/石田えり/高樹沙耶/川地民夫/鹿内孝/我王銀次/小野武彦/久保田篤/利重剛/大出2新宿スカラ座22.jpg俊●公開:1984/11●配給:東宝●最初に観た場所:新宿・ビレッジ2 (84-11-25)(評価★★★)●併映:「海に降る雪」(中田新一)

江戸川乱歩全集〈第6巻〉押絵と旅する男 (1979年)_.jpg 【1960年文庫化[新潮文庫『江戸川乱歩傑作選』]/2008年再文庫化[岩波文庫『江戸川乱歩短篇集』]/2013再文庫化[彩図社『文豪たちが書いた 怖い名作短編集』]/2016年再文庫化[新潮文庫『江戸川乱歩名作選』]/2016年再文庫化[文春文庫『江戸川乱歩傑作選 蟲』]】

江戸川乱歩全集 第6巻 押絵と旅する男』 (1979年)


 
《読書MEMO》
●『文豪たちが書いた 怖い名作短編集』('13年/彩図社)
夢野久作...「卵」/夏目漱石...「夢十夜」/江戸川乱歩...「押絵と旅する男/小泉八雲/田部隆次訳...「屍に乗る男」「破約」/小川未明...「赤いろうそくと人魚」「過ぎた春の記憶」/久生十蘭...「昆虫図」「骨仏」/芥川龍之介...「妙な話」/志賀直哉...「剃刀」/岡本綺堂...「蟹」/火野葦平...「紅皿」/内田百閒...「件」「冥途」

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オチもさることながら、一筋縄で片づけられない話になっているところが旨さ。

芥川龍之介全集〈4〉.jpg  文豪怪談傑作選 芥川龍之介集.jpg 文豪が書いた怖い名作短編集.jpg  見た人の怪談集 2016.jpg
芥川龍之介全集〈4〉 (ちくま文庫)』('87年)『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集 妖婆 (ちくま文庫)』('10年)『文豪たちが書いた 怖い名作短編集』('13年) 『見た人の怪談集 (河出文庫)』('16年)
[Kindle版] 「妙な話
妙な話jpg.jpg ある冬の夜、私は旧友の村上から、銀座のある珈琲店で、村上の妹である千枝子が夫の欧州出征中に神経衰弱のようになって語ったという"妙な話"を聞く。その話とは、見ず知らずの赤帽が、中央停車場で2度にわたり千枝子に夫のことで語りかけ、赤帽が夫の消息を訊ねてきたのに対し、千枝子が「最近手紙が来ない」と言うと、赤帽が夫の様子を見てこようと言ったというのだ。しかもその後再び出会ったとき、赤帽は本当に欧州の夫の消息を伝え、しかも、夫が帰還してみると、それが事実だったというのだ。更には、夫が語るには、その赤帽が、戦役でマルセイユに派遣されていた彼の前にまで現れたというものであった―。

 芥川龍之介(1892-1927)が1921(大正10)年1月雑誌「現代」に発表(執筆は大正9年12月)、『夜来の花』('21年/新潮社)に収められた、文庫本で10ページほどの短編です(ちくま文庫『芥川龍之介全集〈4〉』('87年)、ちくま文庫『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集 妖婆』('10年)、彩図社『文豪たちが書いた 怖い名作短編』('13年)、新潮文庫『日本文学100年の名作第1巻1914-1923 夢見る部屋』('14年)、河出文庫『見た人の怪談集』('16年)、などに所収)。

 途中までは夫想いの貞淑な妻の不思議なエピソードと思わせておいて、最後に思わぬ事実が―。語り手が物語の構成に一枚噛んでいたというのが、芥川龍之介らしい技巧のように思いました。まあ、こんなことがあれば、気味悪くて不倫する気にならないだろなあ。

 この「赤帽」は何者であったのか(または「何」であったのか)については、色々と議論があるようで、人ではない「物の怪」や「幽霊」、或いは「神」と言った霊的存在の類いとする説もあれば、赤帽に出会ったことで千枝子が不倫する一歩手前で踏みとどまったことから、彼女の潜在意識の中にある罪悪感が(当時、妻の不倫は「姦通罪」、つまり犯罪だった)彼女に見せた幻影であったという説もあるようです。

芥川龍之介全集 4.jpg 前者のスピリチュアルな解釈よりも、後者の潜在意識説の方がリアリティはありそうですが、となると、千枝子と赤帽の遣り取りは千枝子の潜在意識で背説明できるとしても、夫の自身がマルセイユで、欧州にはいないはずの赤帽を見たという事実はどう説明するか。「霊」を持ち出さなければ「テレパシー」か何かで説明せざるを得ず、"心霊"とまでは行かなくとも"超心理学"的な世界に踏み込むことになる...。

 語り手が作品のフレームであると共に絵の一部にもなっていることに加え、このように一筋縄で片づけられない話になっているところが、この作品の旨さだと思います。

芥川龍之介全集〈4〉 (ちくま文庫)』('87年)
所収作品
杜子春/捨児/影/お律と子等と/秋山図/山鴨/奇怪な再会/アグニの神/妙な話/奇遇/往生絵巻/母/好色/薮の中/俊寛/将軍/神神の微笑/トロッコ/報恩記

『夜来の花』...【1949年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●『文豪たちが書いた 怖い名作短編集』('13年/彩図社)
夢野久作...「卵」/夏目漱石...「夢十夜」/江戸川乱歩...「押絵と旅する男」/小泉八雲/田部隆次訳...「屍に乗る男」「破約」/小川未明...「赤いろうそくと人魚」「過ぎた春の記憶」/久生十蘭...「昆虫図」「骨仏」/芥川龍之介...「妙な話/志賀直哉...「剃刀」/岡本綺堂...「蟹」/火野葦平...「紅皿」/内田百閒...「件」「冥途」


●『日本文学100年の名作第1巻1914-1923 夢見る部屋』('14年/新潮文庫)
荒畑寒村...「父親」/森鴎外...「寒山拾得」/佐藤春夫...「指紋」/谷崎潤一郎...「小さな王国」/宮地嘉六...「ある職工の手記」/芥川龍之介...「妙な話/内田百閒...「件」/長谷川如是閑...「象やの粂さん」/宇野浩二...「夢見る部屋」/稲垣足穂...「黄漠奇聞」/江戸川乱歩...「二銭銅貨」


●『見た人の怪談集』('16年/河出文庫)
岡本綺堂...「停車場の少女」/小泉八雲...「日本海に沿うて」/泉鏡花...「海異記」/森鴎外...「蛇」/田中貢太郎...「竃の中の顔」/芥川龍之介...「妙な話/永井荷風...「井戸の水」/平山蘆江...「大島怪談」/正宗白鳥...「幽霊」/佐藤春夫...「化物屋敷」/橘外男...「蒲団」/大佛次郎...「怪談」/豊島与志雄...「沼のほとり」/池田彌三郎...「異説田中河内介」/角田喜久雄...「沼垂の女」

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モダンな印象の本格推理。創作活動の初期には探偵小説を多く書いていた山本周五郎。

花匂う (新潮文庫) _.jpg   文豪ミステリー傑作選 (第2集) 0_.jpg  文豪のミステリー小説0_.jpg
花匂う (新潮文庫)』(1983/04 新潮文庫)『文豪ミステリー傑作選 (第2集) (河出文庫)』(1985/11 河出文庫)『文豪のミステリー小説 (集英社文庫 や 39-2)』(2008/02 集英社文庫)

 山手の下宿屋街にある柏ハウスの二階十号室で殺人事件が起こった。殺されたのはマダム絢という、桑港(シスコ)に本店のある獣油会社の販売監督をしている亜米利加(アメリカ)人ヂェムス・フェルドの妾であった。マダムは好色で花骨牌の名手であり、その日は昼過ぎから自分の部屋で花骨牌を、同じ柏ハウスの住人である高野信二(29)、吉田龠平(41)、木下濬一(24)の三人とやっていた。花骨牌をしている時に新聞記者の信二がある浮浪者の男に呼出され、その間に絢が殺されたのだ。無職の侖平は、絢との賭け花骨牌で多額の負債があり、ホテルVのクラアクの濬一は、絢と彼女が殺される直前まで花骨牌をやっていた。刑事課長の岊谷(せつや)氏が、部下を引き連れ捜査に乗り出す―。

山本 周五郎 2.jpg 山本周五郎(1903-1967)の初期短編小説で、1933(昭和8)年6月に雑誌「犯罪公論」に発表され、文庫で40ページほどです。この作家のイメージからすると珍しい"現代"(当時としては同時代の)推理小説で、横浜が舞台のモダンな感じがする作品である上に、本格推理小説でもあります。新潮文庫『花匂う』に収められていて、文庫解説によるとこの『花匂う』には、作者生前に刊行された「山本周五郎全集(全13巻)」('63~'64年/講談社)など何れの全集にも収録されなかった作品を収めたとのことです。但し、これらの作品は「山本周五郎 全集未収録作品集(全17 巻)」('72~'82年/実業之日本社)には収録されています(この「出来ていた青」は、『現代小説集-全集未収録作品集〈15〉』に収録)。

 初めて読んだ時は、山本周五郎にこのような作品もあったのかと思わせるものでしたが、ミステリとしてもまずまずの出来ではないでしょうか。そうしたこともあってか、共に文豪の書いたミステリーを選抜した、河出文庫の『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年)と集英社文庫の『文豪のミステリー小説』('08年)の両方に収められたりもしています。

 実は山本周五郎は、創作活動の初期には探偵小説を多く書いていて、それらは「山本周五郎探偵小説全集(全7巻)」('07~'08年/作品社)の編纂によってようやくその全貌が明らかになっています。時代小説・ミステリを中心とした文芸評論家の末國善己氏は、「山本周五郎の探偵小説の復刻が遅れたのは、散逸が激しく、公的な機関にもほとんど所蔵されていない博文館の少年少女雑誌に発表されたことも大きかったように思える」としています。

 但し、この「出来ていた青」に関して言えば、少なくともジュブナイルではないでしょう(ラストの信二の「あの女、一度でいいからマスタアしてみたかったな」とそれに続く呟きが大人向きであることを物語っている)。因みに、「山本周五郎探偵小説全集」は、第1巻から第7巻(別巻)までそれぞれ「少年探偵・春田龍介」「シャーロック・ホームズ異聞」「怪奇探偵小説」「海洋冒険譚」「スパイ小説」「軍事探偵小説」「時代伝奇小説」と銘打たれていて(まるで江戸川乱歩以上に幅広いジャンルのカバーぶり?)、この「出来ていた青」は、『シャーロック・ホームズ異聞―山本周五郎探偵小説全集 第二巻』('07年/作品社)に収められています。

 因みに、この「出来ていた青」は、1988(昭和63)年にTX「月曜・女のサスペンス」で「スペードの女」(出演:二宮さよ子、名古屋章)としてドラマ化されていますが、個人的には未見です。

【1983年文庫化[新潮文庫『花匂う』所収]/1985年文庫再録[河出文庫[『文豪ミステリー傑作選 (第2集)』所収]/2008年文庫再録[集英社文庫[『文豪のミステリー小説』]所収】

《読書MEMO》
●『文豪ミステリー傑作選(第1集)』('85年/河出文庫)
夏目漱石「趣味の遺伝」/森鴎外「魔睡」/志賀直哉「范の犯罪」/芥川龍之介「開化の殺人」/谷崎潤一郎「途上」/泉鏡花「眉かくしの霊」/川端康成「それを見た人達」/太宰治「犯人」/内田百閒「サラサーテの盤」/三島由紀夫「復讐」
●『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年/河出文庫)
黒岩涙香「無惨」/徳冨蘆花「巣鴨奇談」/久米正雄「嫌疑」/村山塊多「悪魔の舌」/岡本綺堂「兄妹の魂」/大仏次郎「怪談」/吉川英治「ナンキン墓の夢」/山本周五郎「出来ていた青/火野葦平「紅皿」/海音寺潮五郎「半蔀女」/吉屋信子「茶碗」/柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」
●『文豪のミステリー小説』('08年/集英社文庫)
夏目漱石「琴のそら音」/大佛次郎「手首」/岡本綺堂「白髪鬼」/山本周五郎「出来ていた青/大岡昇平「真昼の歩行者」/幸田露伴「あやしやな」/久米正雄「嫌疑」/柴田錬三郎「イエスの裔」/芥川龍之介「藪の中」

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エトランゼの孤独。佳作だが、そんなにたくさん賞を獲るほどの映画かなあという気もする「ロスト・イン・トランスレーション」。
ロスト・イン・トランスレーション  dvd2.jpgロスト・イン・トランスレーション  dvd.jpg ロスト・イン・トランスレーション001.jpg  マリー アントワネット 2006 DVD .jpg
ロスト・イン・トランスレーション [DVD]」「ロスト・イン・トランスレーション [DVD]」/「マリー・アントワネット」チラシ
ロスト・イン・トランスレーション003.jpg サントリーウイスキーのテレビCMに200万ドルで出演するために来日した年配のハリウッド俳優ボブ・ハリス(ビル・マーレイ)は、異国で言葉も通じず孤独を感じていた。同じホテルに滞在していたロスト・イン・トランスレーション004.jpgシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)は大学を卒業したてで結婚したばかりだが、セレブ写真家の夫ジョン(ジョバンニ・リビシ)は仕事に忙しく、彼女もボブと同じく孤独だった。シャーロットは夫が自分よりも、若く人気のある女優ケリー(アンナ・ファリス)のようなセレブなモデルに興味があるのではないかと不安を抱く。ボブの方は、長年の夫婦生活に疲れ、"中年の危機"にある。ある晩、長時間の撮影を終え、ホテルのバーでロスト・イン・トランスレーション009.jpg疲れを癒していたボブに、ジョンや友人達といたシャーロットが気づき、ウエイターに日本酒を渡してもらう。2人はホテル内で顔を合わせる内に親しくなる。シャーロットは日本の友人に会う時にボブを誘い、二人は共に日米の文化の違い、世代間のギャップを経験しながらロスト・イン・トランスレーション014.jpg東京の夜を冒険する。ボブが発つ前々夜、彼はホテルのバーのバンド歌手にアプローチされ、翌朝目を覚ますと彼女が部屋にいて、どうやら一夜を共にしたらしい。シャーロットがボブを朝食に誘いに部屋に行くとその女性がいたため、しゃぶしゃぶの昼食時の空気が悪くなる。その夜、ホテルの火災報知機が鳴るアクシデントがあり、ボブとシャーロットはお互いが寂しかったことを伝えて和解する。そして翌朝、ボブは米国へ帰ることになっていた―。

ロスト・イン・トランスレーション チラシ0.jpg 2003年公開の「ロスト・イン・トランスレーション」は、ソフィア・コッポラ監督の、ジェフリー・ユージェニデスの『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』('01年/ハヤカワepi文庫)を原作とする「ヴァージン・スーサイズ」('99年)に次ぐ第2作で、400万ドルの少予算と27日間で撮影されたこの作品は、本国で4400万ドルの興業収入という成功を収め、2004年のゴールデングローブ賞の脚本賞(ソフィア・コッポラ)、ミュージカル・コメディ部門の作品賞、同主演男優賞(ビル・マーレイ)の3部門で受賞、アカデミー賞では主要4部門(作品賞・監督賞・主演男優賞・オリジナル脚本賞)にノミネートされて脚本賞を受賞し、ソフィア・コッポラは新鋭若手監督として一躍注目される存在になりました。ビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソンは、英国アカデミー賞の主演男優賞と主演女優賞もそれぞれ受賞しており、賞を獲りまくった作品と言えるかもしれません。

ロスト・イン・トランスレーション007.jpg 新宿のパークハイアットホテルのスィート・ルームやバーから始まって、渋谷のクラブやカラオケボックスなど主人公の2人が巡る先々において、外国人から見たTOKYOという都市の生態が上手く描かれているように思いました。また、それが、共にエトランゼである2人の孤独を映し出し、孤独な者同士であるゆえに2人が接近していくプロセスも自然であるし、ところどころにユーモアも織り込まれていたりして、その分、ラストの別れの切なさも際立っています。2人の関係がプラトニックなまま続き、そのままで終わるのもいいです。

ロスト・イン・トランスレーション002.jpg ビル・マーレイの演技も渋いし、スカーレット・ヨハンソンも悪くないです。ビル・マーレイは喜劇のイメージがあるので、演技の幅の広さを感じました。スカーレット・ヨハンソンは、今やすっかり肉体派アクション女優になってしまいましたが、幼い頃から演劇教室(リーストラスバーグ・シアターインスティテュート・フォー・ヤングピープル)に通い、8歳のときオフ・ブロードウェイにデビュー、10歳で映画デビューし、本作出演時は(シャーロットは大学を卒業したてという設定だが)まだ18歳でした。スカーレット・ヨハンソンは、女優人生のこの時でないと出来ない演技をしているように思います。

ロスト・イン・トランスレーション しゃぶ.jpg この映画に関しては、日本人を上から目線で戯画化していて、日本や日本人を馬鹿にしているといった批判も一部にあるようですが、その点はそれほど気になりませんでした。例えば、ボブがシャーロットとしゃぶしゃぶ料理店に行って、「自分で料理する店だなんて」と憤慨しているのも、歌手の女性と一夜を共にしてしまったことをシャーロットに知られた気まずさから、しゃぶしゃぶ料理店に八つ当たりしているという、いわばユーモアの構図なのでしょう(「ぐるなび」の渋谷「しゃぶ禅」のページに「ロストイントランスレーションで使われた席」という写真が今も出ている)。

Sofia Coppola & her Father Francis Ford Coppola.jpgソフィア・コッポラ.jpg 佳作ではありますが、そんなにたくさん賞を獲るほどの映画かなあという気もします。ソフィア・コッポラ監督の才能は、他の作品をもっと観てみないと分からないといった感じでしょうか。スカーレット・ヨハンソンを見るとソフィア・コッポラ監督の演出力を感じますが、ビル・マーレイを見ると、俳優が元々有している実力のような気もします。

Sofia Coppola (1971- )
Sofia Coppola & her Father Francis Ford Coppola

マリー アントワネット 2006_1.jpg そこで、ソフィア・コッポラ監督の次の作品「マリー・アントワネット」('06年)も観てみましたが、何でこんな駄作を撮ってしまったのかなあという感じでした。主演は「ヴァージン・スーサイズ」のキルスティン・ダンストで、撮影はフランスのヴェルサイユ宮殿で行われましたが(撮影料は1日1万6千ユーロで、3か月かかったという。製作費は4000万ドルで前作の10倍)、カンヌ国際映画祭に出品された際に、プレス試写ではブーイングが起き、フランスのマリー・アントワネット協会の会長も「この映画のせいで、アントワネットのイメージを改善しようとしてきた我々の努力が水の泡だ」とコメントしたとのことです。

マリー アントワネット 2006 8.jpg ものすごく時代がかった背景でしたが(アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞)、14歳から33歳までのマリー・アントワネットを演じたキルスティン・ダンストは当時24歳で、一人その演技だけが現代の女子大生みたいで、周囲からすごく浮いていたように思います。Wikipediaによると、「根本的なテーマが誰も知る人のいない異国にわずか14歳で単身やってきた少女の孤独である点は、監督の前作の『ロスト・イン・トランスレーション』と類似している」とのことで、ナルホドね。どうやらソフィア・コッポラ監督はこうしたテーマを追い続けているようですが、この作品に関して言えば、オーストリアからフランスにやって来た少女というより、21世紀のアメリカから18世紀のフランスにタイムスリップした女子大生といった感じでしょうか。この作品を支持する人もいますが、個人的には、ソフィア・コッポラ監督の作品は、出来不出来のムラが大きいのかもしれないと思いました。

ゴーストバスターズ ビル・マーレイ.jpg3人のゴースト SCROOGED 1988  ビル.jpgビル・マーレイ in「ゴーストバスターズ」(1984)/「3人のゴースト」(1988)(原作:チャールス・ディッケンス「クリスマス・カロル」)
   
「ロスト・イン・トランスレーション」●原題:LOST IN TRANSLATION●制作年:2003年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ソフィア・コッポラ●製作:ソフィア・コッポラ/ロス・カッツ(製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ/フレッド・ルース)●撮影:ランス・アコード●音楽:ブライアン・レイツェル/ケヴィン・シールズスカーレット・ヨハンソン『エスクワイア』.jpgスカーレット・ヨハンソン『ヴァニティ・フェア』.jpg●時間:102分●出演:ビル・マーレイスカーレット・ヨハンソン/ジョバロスト・イン・トランスレーション015.jpgンニ・リビシ/アンナ・ファリス/フランソワ・デュ・ボワ/キャサリン・ランバート/ティム・レフマン/藤井隆●日本公開:2004/04●配給:東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-04-17)(評価★★★☆)
スカーレット・ヨハンソン in 『エスクワイア』/『ヴァニティ・フェア』/「ロスト・イン・トランスレーション」

マリー アントワネット 2006s.jpg「マリー・アントワネット」●原題:MARIE-ANTOINETTE●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ソフィア・コッポラ●製作:ソフィア・コッポラ/ロス・カッツ(製作総指揮:マリー・アントワネット dvd.jpgフランシス・フォード・コッポラ/フレッド・ルース/ポール・ラッサム)●撮影:ランス・アコード●原作:アントニア・フレイザー「マリー・アントワネット」●時間:122分●出演:キルスティン・ダンスト/ジェイソン・シュワルツマン/アーシア・アルジェント/マリアンヌ・フェイスフル/ジュディ・デイヴィス/ジェイミー・ドーナン/リップ・トーン/スティーヴ・クーガン/ローズ・バーン●日本公開:2007/01●配給:東宝東和=東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-05-02)(評価★★)
マリー・アントワネット (通常版) [DVD]

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久しぶりに劇場で観直してみてもやはり解らず、それでも解らないままに圧倒される映画。

地獄の黙示録2017.jpg 地獄の黙示録 特別完全版2017.jpg   地獄の黙示録01ヘリ .jpg
地獄の黙示録 [DVD]」(2017)/「地獄の黙示録 特別完全版 [DVD]」(2017)

地獄の黙示録02 でゅばる.jpg 米国陸軍・ウィラード大尉(マーティン・シーン)に、カーツ大佐(マーロン・ブランド)暗殺の命令が下る。ウィラードと同行者は、哨戒艇でメコン河を上り、やがて、ジャングルの奥地にあるカーツ大佐の王国へとたどり着く―。

 1979年公開のフランシス・フォード・コッポラ監督作品(原題:Apocalypse Now)で(日本公開は1980年)、4年の歳月と3100万ドルの巨費地獄の黙示録03 pm.jpgをかけて作られた大作であり、カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作でもあって、鳴り物入りで日本公開されましたが、当時テアトル東京に観に行って、解らないままに圧倒されたという印象でした。こうした映画って、観てから時間が経つうちに、ああ、あれってこういことだったんだなあとか解ってくることがありますが、この映画に関してそれが無く、ずっと解らないままでした(先日ちょうど37年ぶりに劇場で観たが、今観ても解らず、解らないままに圧倒される?)。そのうち、この映画が"ワースト1"映地獄の黙示録05 kingdom.jpg画に選ばれたりするような時期があり、例えば『大アンケートによる洋画ベスト150』('88年/文春文庫)の際のアンケートでは"ワースト10"のトップに選ばれています。この結果を受けて、『洋・邦名画ベスト150 〈中・上級篇〉』('92年/文春文庫)で故・田中小実昌2.jpg田中小実昌が映画評論家の北川れい子氏との対談で、「ぼくはそんなに気に入らないことはないですね」とし、ワーストに選ばれる作品はみんな大作なんですよ」と言っていて、ナルホドなあと思いました。

長谷川和彦s.jpg地獄の黙示録06 かーつ.jpg 映画の公開前に映画監督の長谷川和彦氏がコッポラ監督にインタビューしていて、この映画のテーマは何かと質問したら、コッポラは「撮っていて途中で分からなくなった」と答えたとのこと。完成作に寄せた序文でもコッポラは、「撮影の間に映画が徐々にそれ自体で一人歩きを始めた」としていて、映画製作のプロセスをウィラード大尉が奥深いジャングルの河を上って行く旅に重ね合わせています。

地獄の黙示録s.jpg 簡単に言ってしまえば戦争の狂気を描いた映画ということになり、ゆえに「地獄の黙示録 ロ.jpg反戦映画」ということになるのかもしれませんが、多くの戦争映画がそうであるように、同時に戦争と人間の親和性を描いた映画でもあるように思います。特にこの映画は、ロバート・デュヴァル演じるサーフィンをするために敵方の前哨基地を襲撃するビル・キルゴア中佐などに、その部分がよく表象されているように思います。もちろんマーロン・ブランド演じるカーツ大佐にも狂気と戦争への親和性は見られ、むしろカーツ大佐は戦争に過剰に適地獄の黙示録07 s.jpg応してしまい、王国を築いて自分でも壊せなくなってしまったため、マーティン・シーン演じるウィラード大尉に「殺される」運命を選んだのかもしれません。立花 隆 2.jpg評論家の立花隆氏は、ギリシャ神話を隠喩的に織り込んでいると述べていますが、ウィラード大尉によるカーツ大佐殺害は、「父親殺し」の暗喩ととれなくもないでしょう。

村上春樹 09.jpg 村上春樹氏が評論『同時代としてのアメリカ』(単行本化されていない)の中でこの映画について、「いわば巨大なプライヴェート・フィルムであるというのが僕の評価である。大がかりで、おそろしくこみいった映画ではあるが、よく眺めてみればそのレンジは極めて狭く、ソリッドである。極言するなら、この70ミリ超大作映画は、学生が何人か集まってシナリオを練り、素人の役者を使って低予算で作りあげた16ミリ映画と根本的には何ひとつ変りないように思えるのだ」と述べていて、コッポラ監督の談話などから映画製作自体が何か自分探しみたいになっていることが窺えることからも、村上氏の指摘はいいところを突いているように思いました。

 この映画は脚本の段階から紆余曲折あり、原作はジョゼフ・コンラッド(1857‐1924)の『闇の奥』ですが、内容はベトナム戦争に置き換えられ、最初にストーリーを書き下ろしたのは、「ビッグ・ウェンズデイ」('78年)のジョン・ミリアス監督で、その第一稿をコッポラ監督が大幅に書き換えています。また、ウィラード大尉は当初ハーヴェイ・カイテルが演じる予定だったのが、契約のトラブルで降板し、ハリソン・フォードの起用地獄の黙示録 ハリソン・フォード.JPG地獄の黙示録 ハリソン・フォード2.jpgも検討されましたが、「スター・ウォーズ」('77年)の撮影があって無理となり、最終的にマーティン・シーンに落ち着いています。ハリソン・フォードは、撮影の見学に来たときに端役として出演しており、その時の役名は「ルーカス大佐」となっています。

Jigoku no mokushiroku (1979)
Jigoku no mokushiroku (1979).jpg
「地獄の黙示録」●原題:APOCALYPSE NOW●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督・製作:フランシス・フォード・コッポラ●脚本:ジョン・ミリアス/フランシス・フォード・コッポラ/マイケル・ハー(ナレーション)●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:カーマイン・コッポラ/フランシス・フォード・コッポラ●原作:ジョゼフ・コンラッド「地獄の黙示録 デニス・ホッパー_11.jpg闇の奥」●時間:153分(劇場公開版)/202分(特別完全版)●出演:マーロン・ブランド/ロバート・デュヴァル/マーティン・シーン/フレデリック・フォレスト/サム・ボトムズ/ローレンス・フィッシュバーン/アルバート・ホール/ハリソン・フォード/G・D・スプラドリン/デニス・ホッパー/クリスチャン・マルカン/オーロール・クレマン/ジェリー・ジーズマー/トム・メイソン/シンシア・ウッド/コリーン・キャンプ/ジェリー・ロス/ハーブ・ライス/ロン・マックイーン/スコット・グレン/フランシス・フォード・コッポラ/ヴィットリオ・ストラーロ●日本公開:1980/02●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:銀座・テアトル東京(80-05-07)●2回目:高田馬場・早稲田松竹(17-05-07)(評価★★★★)●併映(2回目):「イージー・ライダー」(デニス・ホッパー)

テアトル東京 1955 七年目の浮気3.jpgテアトル東京2.jpg

テアトル東京内.jpg

テアトル東京
1955(昭和30)年11月1日オープン (杮落とし上映:「七年目の浮気」)
1981(昭和56)年10月31日閉館 (最終上映」マイケル・チミノ監督「天国の門」)

「●た ロアルド・ダール」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒「●た 高杉 良」【437】 高杉 良 『生命燃ゆ
「●「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」受賞作」の インデックッスへ(「女主人」) 「○海外サスペンス・読み物 【発表・刊行順】」の インデックッスへ 「●TV-M (その他)」の インデックッスへ

不気味だったりシュールだったり可笑しかったり。夫婦物は押しなべてブラックだった(笑)。

ダール キス・キス.jpg キス・キス ダール.jpgキス・キス (異色作家短編集).jpg キス・キス (異色作家短編集) 2005.jpg
Kiss Kiss』『キス・キス (ハヤカワ・ミステリ文庫)』(田口俊樹:訳)'14年新訳版 『異色作家短篇集〈1〉キス・キス (1974年)』『キス・キス (異色作家短編集)』(開高健:訳)'74年改訂新版/'05年新装版

キス・キス ダールes.jpg異色作家短編集1「キス・キス」ロアルド・ダール 旧版.jpgRoald Dahl.png 『キス・キス』はロアルド・ダール(Roald Dahl、1916-1990/享年74)の1946年刊行の第一短編集『飛行士たちの話』('81年/ハヤカワ・ミステリ文庫)、1953年刊行の第二短編集『あなたに似た人』('57年/ハヤカワ・ミステリ)に続く1960年刊行の第三短編集で、その後、1974年に第四短編集『来訪者』('89年/ハヤカワ・ミステリ文庫)が刊行されています。『キス・キス』は本邦では、1960年に早川書房より開高健(1930‐1989)の訳で「異色作家短篇集〈1〉」として刊行され('74年に改訂新版)、2005年に新装版が出ましたが、2014年にハヤカワ・ミステリ文庫で田口俊樹氏による新訳版がでました。
『異色作家短編集〈第1集〉キス・キス』ロアルド・ダール(開高 健:訳)(1960/12 早川書房)

「女主人」 "The Landlady "
 夜遅くようやく新しい赴任地に着いた青年ビリーは、ふと目に入った『お泊りと朝食』という文字と値段の安さに惹かれてその家を滞在先に決める。そこにはやさしそうにみえる女主人がいた。宿帳を見るとそこに書いてある名前に見覚えが―。初っ端からブラック。徐々に真実が見えてくるところが怖いです。アメリカ探偵作家クラブ最優秀短編賞受賞作。

「ウィリアムとメアリー」 "William and Mary"
オックスフォードの哲学教授ウィリアムは癌に侵され、余命いくばくもなくなったとき、医師ランディに、脳だけを生かす実験に協力するよう頼まれ、これを受け入れて死んでいく。遺書で事の次第を読んだ妻のメアリイは、ランディ医師の病院に赴く―。ラストの妻が怖いです。長年押さえていた妻からどういう目に遭うかということも考えておかなければならなかったということか。

「天国への道」 "The Way up to Heaven"
 フォスター夫妻はニューヨークに住む富豪で何不自由ない暮らしに見えるが、妻は夫の底意地の悪さに辟易している。その妻がパリにいる娘に会いに出かける日、フライトの時間に間に合わないと焦る妻は、まだぐずぐず屋敷内にいる夫を呼びに玄関まで来た。そこで、夫が乗っているはずの奥のエレベーターが中空で停まっているのに気づく。瞬時ためらったが、知らないそぶりで、そのまま夫を置き去りにして空港へと急ぐ。それから3週間。妻が自邸に戻ってみると、どうやら夫は―。これって、"未必の故意"?

「牧師の愉しみ」 "Parson's Pleasure"
 ロンドンの骨董商ミスター・ボギスは、田舎の農家に掘り出し物があることを知り、怪しまれないように牧師の格好で家を訪れ、お目当ての家具を手に入れるために交渉する。今回は名人作の衣装戸棚が見つかり、これで大金持ちになり、業界での名声も得られると有頂天だったが、安く買い叩こうと「脚だけがほしいのだが...」と言ったのが運のつきで、車を取りに行っている間に、売主は親切心から、戸棚の躯体部分を解体してしまう―。ダールの短編集でお馴染み、農家のクロード、バート、ラミンズのトリオが絶妙に可笑しいです。

「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」 "Mrs Bixby and the Colonel's Coat"
 ミセス・ビクスビー夫人はニューヨークの歯科医の妻で、月に一度、伯母の介護という名目でボルチモアに出かけ、そこで「大佐」と呼ばれる渋い中年男と逢瀬を楽しんでいたが、やがて別れがやってきて、手切れ金代わりに高価なミンクのコートを貰う。彼女は、質札を拾ったことにして夫への説明を切り抜けようとするが―。質屋にコートを自分で取りに行かなかったのが失敗原因ですが、妻の不倫を知っていたかどうかはともかく、夫も秘書を愛人にしていたということなのでしょう。

「ロイヤルゼリー」 "Royal Jelly"
 若き養蜂家アルバート・テイラーは、子宝に恵まれたばかりだが、乳飲み児の娘の食が細くて、妻ともどもとても心配している。そこで彼は、ミルクにロイヤルゼリーを混ぜることを思いつき、娘の食欲を回復させることに成功したが、娘は次第に女王蜂さながらになってきて―。シュールな恐怖です。

「ジョージー・ポージー」 "Georgy Porgy"
 私ことジョージー・ポージーは若い牧師だが、幼い頃の母親の異常な性教育のお蔭で女性恐怖症となり、女性と付き合ったことがまだ無い。だが、劣情は人一倍強く、教区の独身女性たちの誘惑も激しいため、それらを押し留めるのに苦慮している。そんな折、珍しく清楚で溌剌としてミス・ローチと巡り会い、勧められるままアルコールの飲み物を啜り、気分が高揚して勢いで彼女に迫るも、やり方が拙かったらしく、彼女はいたくおかんむり。私は思わず彼女の口の中に飛び込み、今やその十二指腸の上に小部屋を作って、ほとぼりが醒めるまでしばらくのんびりを決め込んでいる―。ということで、これも終盤いきなりシュールになりますが、ネズミを使って雄と雌でどちらが性欲が強いか実験しているのが可笑しかったです。

「始まりと大惨事―実話―」 "Genesis and Catastrophe"
 ドイツの国境に近い町で、一人の男の子が生まれる。母親にとっては4人目の子だが、これまでは皆幼くして亡くなってしまっていた。健やかに育ってと母親は祈るような気持ちだが、様子を見に来た酔っ払いの税官吏の夫は、子供の小ささを指摘する。見るに見かねた医者がふたりの仲をとりもち、子供の未来をともに祝福するようにと諭す。さてその子とは―。最後の方になって、「実話」(邦題のみに付されている)の意味が分かります。

「勝者エドワード」 "Edward the Conqueror"
 ルイーザとエドワードは初老の夫婦。あるとき庭仕事をしていて、見慣れぬ猫を見つける。猫を家に入れたまま、ルイーザがピアノを弾くと、猫はリストの曲に反応する。猫の顔にはリストと同じ位置にホクロがあり、ルイーザはこの猫がリストの生まれ変わりに違いないと思い込むが、エドワードは取り合わない。ルイーザが猫のために特別料理を用意している間、エドワードは猫を伴って庭に出て行く。料理が出来たが、肝心のリスト猫はどこなのか―。開高健は「暴君エドワード」と訳していますが、「暴君」としてしまうと、猫をリストの生まれ変わりだと思い込んで、夫そっちのけで猫に特別料理を作っている妻の方が「暴君」であるともとれるので、ここはやはり「勝者」が妥当でしょう。

「豚」 "Pig"
 レキシントンは生後2ヶ月で孤児となり、大叔母に育てら、菜食主義者の彼女の手ほどきで料理を習い、腕前をめきめき上げた。その叔母が死ぬと、遺言に従いニューヨークに行って、さらに料理修行に励むつもりだった。ところが、菜食しかしていないレキシントンは、はじめて食べた豚肉の旨さにとりつかれる。豚肉の仕入先を求めて、屠殺場に赴くが、どうしたことか豚を絞め殺すためのベルトコンベアーに乗せられてしまう―。最後、やはりシュールでした。

「世界チャンピオン」 "The Champion of the World"
 ガソリンスタンドの共同経営者クロードとゴードンは、ミスター・ヘイゼル所有の森で密猟をすることする。ミスター・ヘイゼルは成金で、上流階級に入り込むための手段として、年に一度、自分の森でキジの狩猟会を催している。その前に、睡眠薬入りのレーズンを使った狩猟法でごっそりキジをせしめ、ヘイゼルの鼻を明かしてやろうというわけだ。ことは予定通り進んだはずだったが―。開高健では「ほしぶどう作戦」。「クロードの犬」のクロードとゴードンがまたも登場し、何か企みをするのも同じですが、「クロードの犬」の時は金儲けのためでしたが、今回は成金の鼻を明かすため。そして、今回も失敗でした(おそらく逃げたキジは森に帰るのだろう)。

 全体の中で個人的には「女主人」「豚」が良かったでしょうか。好みはおそらく人によって違ってくると思いますが、夫婦物は押しなべてブラックで、訳者あとがきで「O・ヘンリーの名短編集『賢者の贈り物』に出てくるような中睦まじくも麗しい夫婦とは言えない夫婦ばかりで、そのあたりがいかにもダールである」(笑)とあり、まさにその通りでした。

【1960年単行本・1974年改訂新派版[早川書房・異色作家短編集〈1〉(開高健:訳)]・2005年新装版[早川書房(開高健:訳)]/2014年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田口俊樹:訳)]】

《読書MEMO》
●早川書房・異色作家短篇集(新装版刊行年/写真は旧・改訂新版)
異色作家短編集.jpg1.ロアルド・ダール『キス・キス』開高健訳、2005年
2.フレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』星新一訳、2005年
3.シオドア・スタージョン『一角獣・多角獣』小笠原豊樹訳、2005年

4.リチャード・マシスン『13のショック』吉田誠一訳、2005年
5.ジョルジュ・ランジュラン『蠅』稲葉明雄訳、2006年
6.シャーリイ・ジャクスン『くじ』深町眞理子訳、2006年
7.ジョン・コリア『炎のなかの絵』村上啓夫訳、2006年
8.ロバート・ブロック『血は冷たく流れる』小笠原豊樹訳、2006年
9.ロバート・シェクリイ『無限がいっぱい』宇野利泰訳、2006年
10.ダフネ・デュ・モーリア『破局』吉田誠一訳、2006年
11.スタンリイ・エリン『特別料理』田中融二訳、2006年
12.チャールズ・ボーモント『夜の旅 その他の旅』小笠原豊樹訳、2006年
13.ジャック・フィニイ『レベル3』福島正実訳、2006年

14.ジェイムズ・サーバー『虹をつかむ男』鳴海四郎訳、2006年
15.レイ・ブラッドベリ『メランコリイの妙薬』吉田誠一訳、2006年
16.レイ・ラッセル『嘲笑う男』永井淳訳、2006年
17.マルセル・エイメ『壁抜け男』中村真一郎訳、2007年

「●た ロアルド・ダール」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2568】 ロアルド・ダール 『キス・キス
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個人的ベスト3は、①「南から来た男」、②「おとなしい凶器」、③「プールでひと泳ぎ」。

あなたに似た人Ⅰ .jpg あなたに似た人Ⅱ .jpg あなたに似た人hpm(57).jpg あなたに似た人hm(76)文庫.jpgあなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg
あなたに似た人〔新訳版〕 I 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕』『あなたに似た人〔新訳版〕 II 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕』『あなたに似た人 (1957年) (Hayakawa Pocket Mystery 371)』『あなたに似た人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 22-1))』(カバーイラスト・和田誠)
南から来た男 指.jpg「ヒッチコック劇場(第136話)/指」('60年)スティーブ・マックイーン/ニール・アダムス/ピーター・ローレ
「新・ヒッチコック劇場(第15話)/小指切断ゲーム」('85年)スティーヴン・バウアー/メラニー・グリフィス/ジョン・ヒューストン/ティッピ・ヘドレン

あなたに似た人Ⅰ.jpgあなたに似た人Ⅱ.jpgRoald Dahl2.jpg 『あなたに似た人(Someone Like You)』はロアルド・ダール(Roald Dahl、1916-1990/享年74)の1953年刊行の第二短編集で、1954年の「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」受賞作です(短編賞)。因みに第一短編集は1946年刊行の『飛行士たちの話』('81年/ハヤカワ・ミステリ文庫)、第三短編集は1960年刊行の『キス・キス』('74年/早川書房)になります(『キス・キス』所収の「女主人」で再度「エドガー賞」(短編賞)を獲っている)。また、この作家は、1964年に発表され映画化もされた『チョコレート工場の秘密』('05年/評論社)など児童小説でも知られています。

 『あなたに似た人』は、田村隆一訳で1957年にハヤカワ・ポケットミステリで刊行され、その後1976年にハヤカワ・ミステリ文庫で刊行されましたが、その際には、「味」「おとなしい兇器」「南から来た男」「兵隊」「わがいとしき妻よ、わが鳩よ」「海の中へ」「韋駄天のフォックスリイ」「皮膚」「毒」「お願い」「首」「音響捕獲機」「告別」「偉大なる自動文章製造機」「クロウドの犬」の15編を所収していました。そして、この田口俊樹氏による〔新訳版〕は、「Ⅰ」に「味」「おとなしい凶器」「南から来た男」「兵士」「わが愛しき妻、可愛い人よ」「プールでひと泳ぎ」「ギャロッピング・フォックスリー」「皮膚」「毒」「願い」「首」の11篇、「Ⅱ」に「サウンドマシン」「満たされた人生に最後の別れを」「偉大なる自動文章製造機」「クロードの犬」の4編と、更に〈特別収録〉として「ああ生命の妙なる神秘よ」「廃墟にて」の2篇を収めています。

「Ⅰ」所収分
「味」 "Taste"
 私はある晩餐会に妻を連れて参加していた。客の1人は有名な美食家リチャード・プラットで、招いた側のマイク・スコウフィールドは、銘柄を見せずにワインを出し、いつどこで作られたワインか当てられるか、プラットに尋ねる。君にも絶対わからないと自信満々のマイクに対し、プラットは絶対に当てると余裕の表情。そこで、2人は賭けをすることにし、賭けの対象となったのはマイクの娘。プラットが勝てば娘を嫁にもらい、逆にマイクが勝てば、プラットから家と別荘をもらうという約束が取り交わされる。プラットは、ワインの入ったグラスをゆっくりと持ち上げて―。面白かったですが、わりかしオーソドックスにあるパターンではないかなあ。

「おとなしい凶器」"Lamb to the Slaughter"
松本清張11.jpg 夫を殺した妻は、凶器の仔羊の冷凍腿肉を解凍して調理し、それを刑事たちにふるまい、刑事たちは何も知らずに殺人の凶器となった証拠を食べてしまう―。松本清張の短編手『黒い画集』('60年/カッパ・ノベルズ)の中に「凶器」という作品があって、殺人の容疑者は同じく女性で、結局、警察は犯人を挙げることは出来ず、女性からぜんざいをふるまわれて帰ってしまうのですが、実は凶器はカチンカチンの「なまこ餅」で、それを刑事たちが女性からぜんざいをふるまわれて食べてしまったという話があり、松本清張自身が「ダールの短篇などに感心し、あの味を日本的なものに移せないかと考えた」(渡辺剣次編『13の凶器―推理ベスト・コレクション』('76年/講談社))と創作の動機を明かしています。

「南から来た男」 "Man from the South"
ダール 南から来た男 ド.jpgダール 南から来た男.jpg プールそばのデッキチェアでのんびりしている私は、パナマ帽をかぶった小柄な老人が、やって来たのに気づく。アメリカ人の青年が、老人の葉巻に火をつけてやる。いつでも必ずライターに火がつくと知って、老人は賭けを申し出、あなたが、そのライターで続けて十回、一度もミスしないで火がつけzippo.gifられるかどうか、自分はできない方に賭けると。十回連続でライターに火がついたら、青年はキャデラックがもらえ、その代り、一度でも失敗したら、小指を切り落とすと言う。青年は迷うが―。この作品は、金原瑞人氏の訳で『南から来た男 ホラー短編集2』('12年/岩波少年文庫)にも所収されています。
 
ヒッチコック劇場「指」(1960)スティーブ・マックイーン/ピーター・ローレ/ニール・アダムス 
南から来た男.JPGダール 南から来た男es.jpg この作品は「ヒッチコック劇場」で1960年にスティーブ・マックイーンニール・アダムス(当時のマックイーンの妻)によって演じられ、監督はノーマン・ロイド(ヒッチコックの「逃走迷路」('42年)で自由の女神から落っこちる犯人を演じた俳優で、「ヒッチコック劇場」では19エピソード、「ヒッチコック・サスペンス」で3エピソードを監督している)、"南から来た男"を演じたのはジョン・ヒューストン監督の「マルタの鷹」('41年)でカイロという奇妙な男を演じたピーター・ローレでした(日本放送時のタイトルは「指」)。更に1985年に「新・ヒッチコック劇場」でスティーヴン・バウアーメラニー・グリフィス主演でリメイクされ(メラニー・グリフィスの母親ティッピ・ヘドレンも特別出演している)、"南から来た男"を演じたのは「マルタの鷹」の監督ジョン・ヒューストン、最後に出てくる"女"を演じたのは「めまい」('58年)のム・ノヴァクでした(日本放送時のタイトルは「小指切断ゲーム」)。共に舞台はカジノに改変されていますが、出来としてはマックイーン版がかなり良いと思いました。スティーブ・マックイーンはテレビシリーズ「拳銃無宿」('58-'61年)で人気が出始めた頃で、この年「荒野の七人」('60年)でブレイクしますが、この作品はアクションは無く、マックイーンは怪優ピーター・ローレを相手に純粋に演技で勝負しています。但し、マックイーンが演じるとどこかアクション映画っぽい緊迫感が出るのが興味深く、緊迫感においてスティーヴン・バウアー版を上回っているように思います(IMDbのスコアもマックイーン版は8.7とかなりのハイスコア)。この外に、BBCで1979年から放映されたドラマシリーズ「ロアルド・ダール劇場・予期せぬ出来事」の中でもホセ・フェラー主演でドラマ化されています。映新・ヒッチコック劇場 小指切断ゲーム.jpg南部から来た男 11.jpg南部から来た男 ジョン・ヒューストン.jpg画化作品では、オムニバス映画「フォー・ルームス」('95年/米の第4話「ペントハウス ハリウッドから来た男」(クエンティン・タランティーノ監督、ティム・ロス主演、ブルース・ウィリス共演)があります(内容は翻案されている)。
新・ヒッチコック劇場「小指切断ゲーム」(1985)メラニー・グリフィス/キム・ノヴァク/スティーヴン・バウアー/ジョン・ヒューストン

吉行 淳之介.jpg 吉行淳之介はこの短編の初訳者田村隆一との対談で、あのラストで不気味なのは「老人」ではなく「妻」の方であり、夫の狂気に付き合う妻の狂気がより強く出ていると指摘しています。そう考えると、結構"深い"作品と言えるかと思います。

「兵士」 "The Soldier"
 戦争で精神を病んでしまい、何もかもが無感覚になってしまった男。足を怪我しても気がつかず、物に触っても触っている感触が無い。女と暮らしているが、その女が誰なのかも分からなくなってしまう―。ホラー・ミステリですが、ミステリとしての部分は、女が妻であることはかなり明確であり、ホラーの方の色合いが濃いかもしれません。

「わが愛しき妻、可愛い人よ」 "My Lady Love, My Dove"
 私と妻はブリッジをやるためにスネープ夫妻が来るのを待っている。私も妻も夫妻のことはあまり好きではないが、ブリッジのために我慢する。妻はふと、いったい、スネープ夫妻が2人きりの時はどんな様子をしているのか、マイクを取り付けて聞いてみようと言う。そいて、それを実行に移し、聞こえてきた2人の会話は、ブリッジにおけるインチキの打ち合わせだった。それを聞いた妻は―。夫婦そろって悪事に身を染める場合、妻主導で、夫は妻の尻に敷かれていたという状況もあり得るのだなあ。

「プールでひと泳ぎ」 "Dip in the Pool"
 船旅中のミスター・ウィリアム・ボディボルは、ある時間帯までに船がどのくらいの距離を進むか賭ける懸賞(オークション・プール)に参加する。嵐が来ているので、ミスター・ボディボルは有り金全部を短い距離につぎ込むが、朝起きると嵐は収まり、船は快走していて、彼は大いに嘆く。しかし、ある作戦を思いつき、それは、船から人が落ちれば船は救助のため遅れるはずだというもので、自分が落ちた現場を目撃するのに最適な人を探し始める―。ブラックでコミカルと言うか、悲喜劇といった感じ。他人を突き落とすことを考えないで、自分で飛びこんだ分、悪い人ではないのでしょうが。

「ギャロッピング・フォックスリー」 "Galloping Foxley"
 ある日私は、電車に乗ろうとした時、ホームに知った顔を見つける。"ギャロッピング・フォックスリー"と呼ばれ少年の頃に私を苛めていた相手ブルース・でフォックスリーだった。私は彼が自分にした仕打ちを一つ一つ思い出していき、彼にどんな復讐をしてやろうかと考える―。子どもの頃に苛められた記憶って大人になっても消えないのだろうなあ。苛められたことが無い人でも、主人公の気持ちは分かるのでは。それにしても、名乗り合ったら、相手の方がより名門校(イートン校)の出身で、しかも9つも年下だったというのが可笑しいです。

「皮膚」 "Skin"
 ドリオリという老人は、ある画廊でシャイム・スーチンの絵が飾られているのを見つける。それは自分がかつて可愛がっていた、少年の描いた絵だった。画廊にいる人々から追い払われそうになったドリオリは、自分はこの絵描きのかいたものを持っていると叫ぶ―。タイトルから何となくどういうことか分かりましたが、さすがにラストはブラックで、ちょっと気持ち悪かったです。

「毒」"Poison"
 私がバンガローに戻って来ると、ベッドで寝ていたハリーの様子が変で、「音をたてないでくれ」と言い、汗びっしょり。本を読んでいたら毒蛇がやってきて、今も腹の上に乗っていると言うので、私は医者のガンデルバイを呼び、どう刺激しないように毒蛇を動かすか、万が一噛まれた時の処置はどうするか等々、様々な作戦を立てるが―。ネタバレになりますが、勘違いだったわけね。ハリーのインド人医師に対する人種差別意識と重なり、風刺っぽい皮肉が効いています。

「願い」 "The Wish"
 絨毯の上にいる少年は想像を膨らませる。絨毯の赤い所は石炭が燃えている固まりで、黒い所は毒蛇の固まり、黄色の所だけは歩いても大丈夫な所。焼かれもしないで、毒蛇に噛まれもしないで向こうへ渡れたら、明日の誕生日にはきっと仔犬がもらえるはず。少年はおそるおそる黄色の所だけを歩き始めて―。子供の他愛の無い空想遊びの話ですが、最後の一行で、本当に空想に過ぎなかったのか不安が残ります。

「首」 "Neck"
故ウィリアム・タートン卿所蔵の芸術品に興味のある私は、バシル・タートン卿の招待を受けて屋敷へ行く。執事の口ぶりから察するに、レディ・タートンとジャック・ハドック少佐はただならぬ関係らしい。庭園には様々な芸術品があるが、中でもヘンリイ・ムーアの木製の彫刻が素晴らしい。彫刻には穴がいくつかあり、レディ・タートンがふざけて穴に頭を突っ込んで抜けなくなってしまう。バジル卿は、鋸と斧を持ってくるよう執事に命じるが、彼が手にしたのは斧だった―。芸術至上主義の本分からして、実際、斧で妻の首を切落としかねない感じでしたが...。浮気妻への"心理的"復讐と言ったところだったでしょうか。

「Ⅱ」所収分 
「サウンドマシン」 "The Sound Machine"
 クロースナーは人間の耳では聞くことの出来ない音をとらえる機械を作った。早速、イヤホンをしてダイヤルを回すと、ミセス・ソーンダースの庭から、茎が切られる時のばらの叫び声が聞こえてきて―。昔、サボテンが、傍でオキアミを茹でたりすると電磁波を発信するという話がありましたが、最近は園芸店やホームセンターで、「電磁波を吸収する効果があるサボテン」というのが売られています。

「満たされた人生に最後の別れを」 "Nunc Dimittis"
 私はある婦人からジョン・ロイデンという画家の話を聞く。ロイデンは素晴らしい肖像画を描くのだが、まず裸の絵を描いて、その上に下着を描いて、さらにその上に服を重ねて描くという手法を使っているらしい。その婦人から、恋人のジャネット・デ・ペラージアが自分のことを影では嘲笑っていると聞き、ある復讐を思いつく。ロイデンにジャネットの肖像画を描かせた私は、脱脂綿に液体をつけて、少しずつドレスの絵の具をこすっていく―。旧訳のタイトルは「告別」で、原題の意はシメオンの賛歌から「今こそ主よ、僕を去らせたまわん」。陰険な独身男の主人公はキャビア大好き男でもあり、復讐相手から和解の印にキャビアを贈られて...。

「偉大なる自動文章製造機」 "The Great Automatic Grammatizator"
大型自動計算器を開発しているアドルフ・ナイプは、自分の好きな物語を作ることのできる機械を発明する。ちょっとしたアイディアだけで、素敵な文章の面白い小説を作ることができるのだ。ナイプはミスター・ボーレンと組んで小説を次々と作り、既存作家の代作まで始めることに。リストアップされた作家の7割が契約書にサインし、今も多くの作家たちがナイプと手を組もうとしている―。2016年に、AI(人工知能)が書いた小説が文学賞で選考通過というニュースがあり(「星新一文学書」だったと思う)、まったくのSFと言うより、今や近未来小説に近い感じになっているかも。

「クロードの犬」 "Claud's Dog " 
 「ねずみ捕りの男」 "The Ratcatcher"
 私とクロードのいる給油所に保健所の依頼を受けたねずみ捕りの男がやって来る。彼は、ボンネットの上に年老いたドブネズミをくくりつけ、私たちに手を使わずにねずみを殺せるということについて賭けを持ちかける―。このねずみ捕りの男、何者じゃーって感じです。
 「ラミンズ」 "Rummins"
ラミンズと息子のバードが草山を束に切っていると、ナイフの刃がなにか硬いものをこするようなガリガリいう音を立てる。ラミンズは「さあ、続けろ!そのまま切るのだ、バート!」と言う。それを見ていた私は、みんなで乾草の束を作っていた時のことを思い出す。これって、純粋に事故なのでしょうか。
 「ミスター・ホディ」 "Mr. Hoddy"
 クラリスと結婚することを決めたクロードは、クラリスの父親のミスター・ホディに会いに行きく。どうやって生計を立てて行くか聞かれたクーウドは、自信満々に、蛆虫製造工場を始める計画を語る―。こりゃ、破談になるわ。
 「ミスター・フィージィ」 "Mr. Feasey"
私とクロードは、ドッグレースで儲ける作戦を思いつく。クロードは走るのが速いジャッキーという犬を飼っているが、そのジャッキーとそっくりの走るのが全然早くない犬をも飼っていた。そこで、 参加するドッグレースに初めはその偽ジャッキーを出しておいて、レベルの低い犬として認定されるようにし、本番の大勝負では、本物のジャッキーを参加させれば大穴になり、大儲けができるという作戦だった。この作戦はうまく行ったかに見えたが―。やっぱりズルはいけないね、という感じしょうか。

 (追加収録)
「ああ生命の妙なる神秘よ」北を向いてすれは雌が生まれる? 人間にも応用できるのかあ(笑)。

「廃墟にて」食料も無くなった未来の廃墟で、自分の脚を切って食べる男。それを見つめていた少女にも分けてやるが―。何となく、どこかで読んだことがあるような気がします。

 因みに、最後の2篇は、邦訳短編集としては初収録ですが、「ああ生命の妙なる神秘よ」は「ミステリマガジン」1991年4月号、「廃墟にて」は同誌1967年3月号に掲載されたことがあるとのことです。

 個人的ベスト3は、①「南から来た男」、②「おとなしい凶器」、③「プールでひと泳ぎ」でしょうか。とりわけ「南から来た男」は、吉行淳之介の読み解きを知った影響もありますが◎(二重丸)です。「ギャロッピング・フォックスリー」「首」もまずまずでした。

「人喰いアメーバの恐怖」 [VHS]/「マックイーンの絶対の危機 デジタル・リマスター版 [DVD]
マックィーンの絶対の危機_9.jpg人喰いアメーバの恐怖 .jpgマックィーンの絶対の危機(ピンチ)dvd.jpg 因みに、スティーブ・マックイーンの初主演映画は、「ヒッチコック劇場」の「指」に出演した2年前のアービン・S・イヤワース・ジュニア監督の「マックイーンの絶対の危機(ピンチ)」('58年)で、日本公開は'65年1月。日本での'72年のテレビ初放送時のタイトルは「SF人喰いアメーバの恐怖」で、'86年のビデオ発売時のタイトルも「スティーブ・マックィーンの人喰いアメーバの恐怖」だったので、「人喰いアメーバの恐怖」のタイトルの方が馴染みがある人が多いのではないでしょうか。宇宙生物マックィーンの絶対の危機_1.jpgが隕石と共にやって来たという定番SF怪物映画で、怪物は田舎町を襲い、人間を捕食して巨大化していきますが、これ、"アメーバ"と言うより"液体生物"でしょう(原題の"The Blob"はイメージ的には"スライム"に近い?)。この液体生物に立ち向かうのがマックイーン演じる(当時、クレジットはスティーブン・マックイーンで、役名の方がスティーブになっている)ティーンエマックィーンの絶対の危機_2.jpgイジャーたちで、スティーブン・マックイーンは実年齢27歳で高校生を演じています(まあ、日本でもこうしたことは時々あるが)。CGが無い時代なので手作り感はありますが、そんなに凝った特撮ではなく、B級映画であるには違いないでしょう。ただそのキッチュな味わいが一部にカルト的人気を呼んでいるようです。スティーブ・マックイーン主演ということで後に注目されるようになったことも影響しているかと思いますが、「人喰いアメーバの恐怖2」(ビデオ邦題「悪魔のエイリアン」)('72年)という続編や「ブロブ/宇宙からの不明物体」('88年)というリメイク作品が作られていますが、共に未見です。

ヒッチコック劇場 マックイーン版 南から来た男.jpgヒッチコック劇場 マックイーン版 南から来た男 2.jpg

ヒッチコック劇場「南部から来た男」(1960) "Man From The South"(日本放送時のタイトル「指」)
 

「ヒッチコック劇場(第136話)/指」●原題:MAN FROM THE SOUTH●制作年:1959年●制作国:アメリカ●本国放映:1960/01/03●監督:マっクィーン 指.jpgヒッチコック劇場 第四集.jpgノーマン・ロイド●製作:ジョーン・ハリソン●脚本:ウィリアム・フェイ●音楽:ジョセフ・ロメロ●原作:ロアルド・ダール「南から来た男」●時間:26分●出演:スティーブ・マックイーンニール・アダムス/ピーター・ローレ/キャサリン・スクワイア/アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)●日本放映:「ヒチコック劇場」(1957-1963)●放映局:日本テレビ(評価★★★★)

ヒッチコック劇場 第四集2 【ベスト・ライブラリー 1500円:第4弾】 [DVD]」(「脱税夫人(The avon emeralds)」「悪徳の町(The crooked road)」「指(Man from the south)」「ひき逃げを見た(I saw the whole thing)」)

Alfred Hitchcock Presents.jpgヒッチコック劇場00.jpgヒッチコック劇場01.jpgヒッチコック劇場_0.jpg「ヒッチコック劇場」Alfred Hitchcock Presents (CBS 1955.10.2~62.7.3)○日本での放映チャネル:日本テレビ(1957~63)
Alfred Hitchcock Presents             
 
新・ヒッチコック劇場「南部から来た男」(1985)"Man From The South"(日本放送時のタイトル「小指切断ゲーム」)
小指切断ゲーム1.jpg

          
スティーヴン・バウアー/ティッピ・ヘドレン(特別出演)/メラニー・グリフィス/ジョン・ヒューストン
小指切断ゲーム2.jpg小指切断ゲーム3.jpg小指切断ゲーム4.jpg「新・ヒッチコック劇場(第15話)/小指切断ゲーム」●原題:MAN FROM THE SOUTH●制作年:1985年●制作国:アメリカ●本国放映:1985/05/05●監督:スティーブ・デ・ジャネット●製作:レビュー・スタジオ●脚本:スティーブ・デ・ジャネット/ウィリアム・フェイ●音楽:ベイジル・ポールドゥリス●原作:ロアルド・ダール「南から来た男」●時間:24分●出演:スティーヴン・バウアー(青年)/新・ヒッチコック劇場 5.jpgメラニー・グリフィス(若い女)/ジョン・ヒューストン(カルロス老人)/キム・ノヴァク(女)/ティッピ・ヘドレン(小指切断ゲーム6.jpg小指切断ゲーム5.jpgウェートレス)/アルフレッド・ヒッチコック(ストーリーテラー)●日本放映:1988/01/07●放映局:テレビ東京●日本放映(リバイバル):2007/07/08●放映局:NHK-BS2(評価★★★☆)
メラニー・グリフィス/キム・ノヴァク(特別ゲストスター)
新・ヒッチコック劇場 5 日本語吹替版 3話収録 AHP-6005 [DVD](「誕生日の劇物」「ビン詰めの魔物」「小指切断ゲーム」)

Alfred Hitchcock Presents_.jpgヒッチコック劇場86.jpg新・ヒッチコック劇場 4.jpg「新・ヒッチコック劇場(「ヒッチコック劇場'85・86・87」「新作ヒッチコック劇場」)」Alfred Hitchcock Presents (NBC 1985.4.5~89.6.22)○日本での放映チャネル:テレビ東京(1985~87)

The Blob
The Blob (1958).jpgマックィーンの絶対の危機_.jpg「マックイーンの絶対の危機(ピンチ)(人喰いアメーバの恐怖)」●原題:THE BLOB●制作年:1958年●制作国:アメリカ●監督:アービン・S・イヤワース・ジュニア●製作:ジャック・H・ハリス●脚本:ケイト・フィリップス/セオドア・シモンソン●撮影:トーマス・スパルディング●音楽:ラルフ・カーマイケル●原案:アービン・H・ミルゲート●時間:86分●出演:スティーブ・マックイーン/アニタ・コルシオ/アール・ロウ/ジョージ・カラス/ジョン・ベンソン/スティーヴン・チェイス/ロバート・フィールズ/アンソニー・フランク/ジェームズ・ボネット/オーリン・ハウリン●日本公開:1965/01●配給:アライド・アーティスツ(評価★★★)

 【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(田村隆一:訳)]/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/2013年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田口俊樹:訳)(Ⅰ・Ⅱ)]】

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テンポが良いサクセス・ストーリー。成功の裏側も描いていて楽しめた。

ファウンダー tirasi.jpg 
「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」チラシ

ファウンダー01.jpgファウンダー02.jpg 1954年、シェイクミキサーのセールスマン、レイ・クロック(マイケル・キートン)に8台もの注文が飛び込む。注文先はマック(ジョン・キャロル・リンチ)とディック(ニック・オファーマン)のマクドナルド兄弟が経営するカファウンダー04.jpgリフォルニア州南部にあるバーガー・ショップ「マクドナルド」だった。合ファウンダー05.jpg理的なサービス、コスト削減、高品質という、店のコンセプトに勝機を見出したクロックは兄弟を説得し、「マクドナルド」のフランチャイズ化を展開する。しかし、利益を追求するクロックと兄弟の関係は次第に悪化し、クロックと兄弟は全面対決へと発展してしまう―。

マクドナルド セミナー資料.jpg ジョン・リー・ハンコック監督の2016年製作映画(本国公開2016年12月7日、日本公開2017年7月29日)で、「マクドナルド」の"創業者"(founder)"レイ・クロックの成功とその裏側を描いた実話風ビジネスドラマです。レイ・クロックの「マクドナルド」に纏わる話は、本で読んだり(自伝『成功はゴミ箱の中に』成功はゴミ箱の中に 01.jpgは有名)、或いは、マクドナルドで教育研修を担当していた人の講演セミナーを聴いたりすることがあり知っていましたが(元社員の人は大体セミナーの冒頭にレイ・クロックの話をする)、映画はテンポが良くて、しかも内容がサクセス・ストーリーなので(成功の裏側も描いていて)楽しめました。『成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝―世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者 (PRESIDENT BOOKS)

マクドナルド兄弟の店.jpg     マクドナルド兄弟の店 ファウンダ―.jpg
マクドナルド兄弟の店(1940年カリフォルニア州サンバーナーディノにオープン)

マクドナルド フランチャイズ1号店.jpg 壮大なフランチャイズ・ビジネスで利益を追求しようとするレイ・クロックと、小規模でも堅実な道を歩もうとするマクドナルド兄弟との確執に焦点を当てていて、フェイスブックの創業者間の対立を描いた「ソーシャル・ネットワーク」('10年)と似ている部分もありますが、本国の批評家の間では2010年ゴールデングローブ賞の作品賞を獲得した「ソーシャル・ネットワーク」ほどには(今のところ)評価されていないようです。ただ、個人的には「ソーシャル・ネットワーク」より面白かったです。
マクドナルド フランチャイズ1号店(1955年4月シカゴ郊外にオープン、現在はMcDonald's Corporation Museum)

ファウンダー 09.jpg この映画の日本版のキャッチ・コピーの1つに「英雄か。怪物か。」というのがありますが、本国版のキャッチ・コピーは"He took someone else's idea and America ate it up."で、「他人のアイデア」とあるように、30秒以内に注文客に商品を渡すといったマクドナルドのコンセプト自体は、レイ・クロックの独創ではないことをより明確に打ち出しています。この映画はマクドナルド社の協力無しに作られているわけですが、それでもレイ・クロックという人物を、アクの強さがあるにせよ、進取の気性に富み、スモール・ビジネスをビッグ・ビジネスに変えた傑物として描いている部分が大きいように思いました。

ファウンダー09.jpg 中盤でレイ・クロックが、人から"創業"はいつか聞かれて答えに窮する場面があったのが印象に残りました(創業したのはマクドナルド兄弟だから)。それが、ビジネスが拡張すると、彼自身が"ファウンダ―(創業者)"を名乗るようになり、終いにはマクドナルド兄弟から経営権を全面的に買い取って、兄弟には「マクドナルド」という名を使わせないようにします。マクドナルド兄弟に「マクドナルド」という名を使わせないというのもスゴイですが、兄弟が交換条件として求めた「永続的に利益の1%」を支払うという件については、契約書には記さず"紳士協定"ということにして、必ず守ると言いながら反故にし、兄弟の店はやがて閉店することになったことを映画は最後に伝えています。

ファウンダー 08.jpg こうした「目的のためには手段を選ばず」的な面はあるものの、52歳のうだつの上がらないシェイクミキサーのセールスマンだった男が、あれよあれよという間に外食産業の帝国を築いてしまうというのは、まさにアメリカン・ドリームを象徴するような話であるには違いありません。成功の条件は、ひたすら「根気強く」ということでしょうか。但し、映画で描かれる彼は、人の能力(やる気と言うべきか)を見抜く才能があり、そうして得た人材を適材を適所に配置することに長け、また、いいタイミングで自身の右腕となる参謀的な人物と出会えたという運もあったようです。

 マクドナルド兄弟が革新的な"スピード・サービス・システム"を編み出したプロセスが描かれているのが興味深かったです。まさに、テーラーの"科学的管理法"であり、映画の中でも言われているように、ヘンリー・フォードの"フォード・システム"です。但し、外食産業で一番最初にフォード・システムを取り入れたのは1930年創業のKFC(ケンタッキーフライドチキン)であり、1940年に最初のマクドナルドを開いたマクドナルド兄弟が考えたようなことを、当時は既に組織的に導入していたのではないかと思われます。

ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ 07.jpg KFCはフランチャイズ・ビジネスという点でもマクドナルドのずっと先輩格にあたるわけですが、マクドナルドもフランチャイズ・ビジネス抜きには考えられないわけで、そうした観点から見ればレイ・クロックも"ファウンダ―(創業者)"と言えなくはないと思います。彼は「マクドナルド」という商標にこだわったため、マクドナルド兄弟との対立が深まったという気もします。なぜ、「クロック」とせず「マクドナルド」にこだわったのかが、映画の中でも、また本物のレイ・クロックが登場する記録映像の中でも明かされていたのが興味深かったです(両親はチェコ系ユダヤ人であり、クロックという姓は当時の米国ではマイノリティ=被差別層を想起させる姓ということになる)。

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡).jpgバードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)01.jpg 「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」('14年)でアカデミー主演男優賞にノミネートされたマイケル・キートンがレイ・クロックを好演しています。マイケル・キートン主演のビジネス・ムービーと言えば、ロン・ハワード監督の米国に進出した日本の自動車メーカーを舞台とした「ガン・ホー」('86年)がありましたが、あれから30年経っているのかあ(髪の毛が薄くなるのも無理はない)。「バードマン」で、かつてのスーパーヒーロー、バードマン役で人気があったが今は落ち目の中年俳優を演じて、一気に"演技派"の評価を得ましたが("中年以降の人生の逆転劇"という点ではこの「ファウンダー」も同様)、マイケル・キートン自身もかつてはティム・バートン監督の「バットマン」('89年)や「バットマン・リターンズ」('89年)にバットマン役で主演していました。

バットマン BATMAN 1989.jpgバットマン マイケル・キートン.jpg 「バットマン」で彼が演じたバットマンはとにかく暗く、映画自体が暗かったです。ロビンも出てこないし、昔テレビでやっていた実写版の「怪鳥人間バットマン」('66‐'67年)とは随分違う感じがしました。映画は米国ではヒットしたようですが、日本では宣伝の割りにはイマイチだったように思います。"ジョーカー"を演じたジャック・ニコルソンのギャラの高さが話題になった記憶があります。

バットマン・リターンズ 02.jpgバットマン・リターンズ .jpg シリーズ第2作の「バットマン・リターンズ」は、ペンギン男にダニー・デヴィート、新登場のキャット・ウーマンにミシェル・ファイファーを配しましたが、共に主役のマイケル・キートンを完全に喰ってしまう怪演を見せ、第1作よりちょっとだけ面白かったかも。何れにせよ、マイケル・キートンは、主演であるのに第1作でジャック・ニコルソンに喰われ、第2作でダニー・デヴィート、ミシェル・ファイファーに喰われるという損な役回りだったようにも思います(彼はシリーズ3作目で自らバットマン役を降りた)。

ファウンダー00.jpg「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」●原題:THE FOUNDER●制作年:2016年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・リー・ハンコック●製作:ドン・ハンドフィールド/ジェレミー・レナー/アーロン・ライダー●脚本:ロバート・シーゲル●撮影:ジョン・シュワルツマン●音楽:カーター・バーウェル●時間:115分●出演:マイケル・ファウンダーes.jpgキートン/ニック・オファーマン/ジョン・キャロル・リンチ/リンダ・カーデリニ/パトリック・ウィルソン/B・J・ノバク/ローラ・ダーンエ/ジャスティン・ランデル・ブルック/ケイト・ニーランド●日本公開:2017/07●配給:KADOKAWA●最初に観渋谷パレス座.jpg渋谷シネパレス.jpgた場所:渋谷シネパレス(17-07-30)(評価★★★☆)
渋谷シネパレス 1948年渋谷パレス座オープン。1990年6月、閉館。1992年3月14日「渋谷シネパレス」として改築オープン。2003年6月、~2館体制(スクリーン1:182席/スクリーン2:115席)。
上写真「恋人たちの予感」('89年/米)(1989/12 公開)

ガン・ホー1986 04.jpgガン・ホー1986 02.jpg「ガン・ホー」●原題:GUNG HO●制作年:1986年●制作国:アメリカ●監督:ロン・ハワード●製作:デボラ・ブラム/トニー・ガンツ●脚本:ローウェル・ガンツ/ババルー・マンデル●撮影:ドナルド・ピーターマン●音楽:トーマス・ニューマン●時間:11ガン・ホー01.jpg1分●出演:マイケル・キートン/ゲディ・ワタナベ/ミミ・ロジャース/山村聰/クリント・ハワード/サブ・シモノ/ロドニー・カゲヤマ/ジョン・タトゥーロ/バスター・ハーシャイザー/リック・オーヴァートン●日本公開:(劇場未公開)VHS日本発売:1987/11●発売元:パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン(評価:★★★☆)

バットマン 1989.jpgバットマン 1989 dvd.jpg「バットマン」●原題:BATMAN●制作年:1989年●制作国:アメリカ●監督:ティム・バートン●製作:ジョン・ピータース/ピーター・グーバー●脚本:サム・ハム/ウォーレン・スカーレン●撮影:ロジャー・プラット●音楽:ダニー・エルフマン(主題歌:プリンス)●原作:サム・ハム●時間:127分●出演:マイケル・キートン/ジャック・ニコルソン/キム・ベイシンガー/ロバート・ウール/パット・ヒングル/ビリー・ディー・ウィリアムス/マイケル・ガウ/ジャック・パランス/リー・ウォーレス●日本公開:1989/12●配給:ワーナー・ブラザース(評価★★☆)
バットマン [DVD]

バットマン・リターンズ 1992 .jpgバットマン・リターンズ 1992 dvd.jpg「バットマン・リターンズ」●原題:BATMAN RETURNS●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督:ティム・バートン●製作:デニーズ・ディ・ノヴィ/ティム・バートン●脚本:ダニエル・ウォーターズ●撮影:ステファン・チャプスキー●音楽:ダニー・エルフマン(主題歌:スージー・アンド・ザ・バンシーズ)●原作:ボブ・ケイン●時間:126分●出演:マイケル・キートン/ダニー・デヴィート/ミシェル・ファイファー/クリストファー・ウォーケン/マイケル・ガウ/パット・ヒングル/マイケル・マーフィー/ヴィンセント・スキャベリ●日本公開:1992/07●配給:ワーナー・ブラザース(評価★★★)
バットマン リターンズ [DVD]

怪鳥人間バットマン.jpg怪鳥人間バットマン dvd.jpg怪鳥人間バットマン3_0.jpg「怪鳥人間バットマン」(Batman) (ABC 1966~1968) ○日本での放映チャネル:フジテレビ(1966~1967)/WOWOW

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歴史小説・大河小説作家による、〈歴史抜き〉のキレのある短編であるというのが興味深い。

大佛次郎『怪談その他』天人社.jpg 見た人の怪談集.jpg   文豪のミステリー小説0_.jpg  
『怪談その他』(1930/05 天人社)/『見た人の怪談集 (河出文庫)』(2016/05 河出文庫) 『文豪のミステリー小説 (集英社文庫 や 39-2)』(2008/02 集英社文庫)
大佛次郎『怪談その他』天人社図1.jpg大佛次郎『怪談その他』天人社図2.png 慶応2年5月、清兵衛は芸妓・お村との新生活のために、牛込・通寺町の人目につかない閑静な場所にある手ごろな家を見つける。その2階に2人で床を並べてうとうとした際に、腕を冷たい手で掴まれ、あまりに冷たいのでその手を引き寄せると、その手は手首だけで、肱までなかった。次の晩もその手は清兵衛の前に現れ、家主に問いただすと、前にその部屋に住んでいたのは白鳥という土佐藩の武士で、綺麗な御新造さんがいたが、急に国に帰ることになったという。清兵衛は市ヶ谷・谷町に居を移すが、前の部屋の梯子段の下の戸棚に蛆虫が蠢めいているのが見つかり、白鳥の妾の変死体が床下から発掘される。谷町の住居も1カ月と続かず、お村と清兵衛の関係はうまくいかなくなって、清兵衛はお村と別れる。さらに清兵衛の不幸は続き、梅雨の頃から自分の左手首が痛み出す。親戚の家に行った際にそこの子供が清兵衛を見て、「蒼い手、蒼い手...」といって怖がり、清兵衛は自分の手に女の死人の手がぶら下がっていることを初めて知る。その時から清兵衛は、物事の全てに対する気力を失い、塔の沢に長逗留することになる。ある日、夕食前に一風呂浴びて浴室を出ると、その日宿に着いた大きな武士が浴衣姿で手拭を下げているのと狭い廊下で会う。清兵衛は男のために道をあけると、男はじろりと清兵衛を見て通り過ぎる。やがて、風呂場で何か騒動が起き、その武士が死んだという。喉にくびった跡があり、主によれば、武士の最期の言葉は「手、手...」だったと。その武士の薩州の新納権右衛門といい、「白鳥」と名乗った武士と同一人物かどうかは分からないが、この事件の後、清兵衛の手の痛みはすっかりとれる―。

文豪ミステリー傑作選 (第2集) 0_.jpg 大佛次郎(1897-1973)が1929(昭和4)年、雑誌『改造』に発表した短編で、1930(昭和5)年、『怪談その他』(天人社)の全11編の内の1編として刊行され、この時のタイトルは「手首」でした。河出文庫『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年)に全12編の内の1編として収められており、この時のタイトルは「怪談」になっていて、同じく河出文庫の『見た人の怪談集』('16年)にも全15編の内の1編として「怪談」のタイトルで収められています(但し、冒頭に「手首」とあり、「怪談」というアンソロジーの中の「手首」という1編ということだろう)。また、集英社文庫の『文豪のミステリー小説』('08年)には、「手首」のタイトルで収録されています。そう言えば、川端康成にも「片腕」という、ある男が片腕を一晩貸ししてもいいわという娘から、実際片腕を借りるという怪談っぽい作品がありました(新潮文庫『眠れる美女』、ちくま文庫『川端康成集 片腕―文豪怪談傑作選』などに所収)。
文豪ミステリー傑作選 (第2集) (河出文庫)』(1985/11 河出文庫)

大佛次郎  .jpg 大佛次郎のこの作品は『見た人の怪談集』で読みましたが、歴史小説作家、大河小説作家のイメージがある作者が(実は小説だけでなく、戯曲や児童文学、ノンフィクションなど幅広い分野に作品を遺した作家だが)、こうしたキレのある短編も書いているというのが興味深かったです。清兵衛がノイローゼのようになって、物事の全てに気力を失い、大政奉還も戊辰戦争も清兵衛の頭上を通り過ぎていくわけで、阿部日奈子氏の解説にもありますが、(歴史小説作家でありながら)殆ど時代背景に触れないで描くことによって、祟られた男の孤独がより浮き彫りにされています。

大佛次郎(昭和初期)ホテルニューグランドの屋上で

 この短編は2010年にテレビ東京で映像化され、「女のサスペンス名作選」最終回(2010年9月29日午前11時30分~昼12時27分)の「残された手首」として放送されていますが、あらすじは下記の通りです。

 村山清(平田満)、美津子(岡江久美子)夫妻は、千葉県の郊外に念願の一戸建てを買い引っ越してきた。引越当日の深夜、2階寝室で寝ていた清の片腕に、突然女の手首がとりついた。夢だと思ったが、女の手首がとりついた左腕がだるくなってきた。クラシック音楽のトランペットの音色を聞いただけで、左腕が激しく痛みだしたり、3歳の甥が清の左腕に手首がぶらさがっていると恐がったり、美津子までノイローゼになりそうだった。ある日美津子は、この辺りで昔から開業している医者に、自分達が住んでいる場所の歴史を聞き出した。それによると、戦前は日本陸軍の兵営が近くにあり、ちょうど美津子達の家がある所に島倉という大尉の一家が住んでいた。島倉大尉(井上純一)と政略結婚をさせられた綾子(中島はるみ)という女性と、彼女に恋心をいだいた大尉の弟・康次郎に腹を立てた大尉が、軍刀で綾子の手首を切り落としたのだった―。

 個人的には未見で、「女のサスペンス名作選」はBS放送(BSジャパン)で再放送されることがありますが、これは再放送されたのでしょうか。原作における殺された妾の恨みを、政略結婚の末に夫から手首を斬られた正妻の恨みに置き換えていますが、原作では、清兵衛自身が本宅とは別所に妾を囲っているという状況において、妾の手首に囚まえられる点に怖さがあるのであって、その枠組みを外してしまってどうかなという感じがします。

 『見た人の怪談集』の収録作品は「停車場の少女」(岡本綺堂)/「日本海に沿うて」(小泉八雲)/「海異記」(泉鏡花)/「蛇」(森鴎外)/「竃の中の顔」(田中貢太郎)/「妙な話」(芥川龍之介)/「井戸の水」(永井荷風)/「大島怪談」(平山蘆江)/「幽霊」(正宗白鳥)/「化物屋敷」(佐藤春夫)/「蒲団」(橘外男)/「怪談」(大佛次郎)/「沼のほとり」(豊島与志雄)/「異説田中河内介」(池田彌三郎)/「沼垂の女」(角田喜久雄)の16編。

 「見た人の怪談」ということで、体験談や聞き語りのスタイルをとったものが多くなっていて、そうしたスタイルを共通項として短編集を編むという発想は面白いと思いましたが、必ずしもそうしたスタイルになっていないものもあったのではないでしょうか。大佛次郎の「怪談」は、文庫で20ページにも満たない作品ですが、最初は普通の小説スタイルで、終盤になって、「自分」が「老いた清兵衛」から話を聞く、つまり清兵衛の語りが中心となるスタイルに変わっており、そうした手法がリアリティを醸しているように感じられます。会話部分は最初からすべて『』で括られていて、要するに前半部分からすべて清兵衛の語りだったということなのでしょうが(「見た人の怪談」というコンセプトにも合っている)、臨場感を出すために敢えて「語り」のスタイルをとらず普通の小説スタイルにして、後日譚だけ「語り」のスタイルにしたということなのでしょう。

《読書MEMO》
●『文豪ミステリー傑作選(第1集)』('85年/河出文庫)
夏目漱石「趣味の遺伝」/森鴎外「魔睡」/志賀直哉「范の犯罪」/芥川龍之介「開化の殺人」/谷崎潤一郎「途上」/泉鏡花「眉かくしの霊」/川端康成「それを見た人達」/太宰治「犯人」/内田百閒「サラサーテの盤」/三島由紀夫「復讐」
●『文豪ミステリー傑作選(第2集)』('85年/河出文庫)
黒岩涙香「無惨」/徳冨蘆花「巣鴨奇談」/久米正雄「嫌疑」/村山塊多「悪魔の舌」/岡本綺堂「兄妹の魂」/大仏次郎「怪談/吉川英治「ナンキン墓の夢」/山本周五郎「出来ていた青」/火野葦平「紅皿」/海音寺潮五郎「半蔀女」/吉屋信子「茶碗」/柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」
●『文豪のミステリー小説』('08年/集英社文庫)
夏目漱石「琴のそら音」/大佛次郎「手首/岡本綺堂「白髪鬼」/山本周五郎「出来ていた青」/大岡昇平「真昼の歩行者」/幸田露伴「あやしやな」/久米正雄「嫌疑」/柴田錬三郎「イエスの裔」/芥川龍之介「藪の中」
●『見た人の怪談集』('16年/河出文庫)
岡本綺堂...「停車場の少女」/小泉八雲...「日本海に沿うて」/泉鏡花...「海異記」/森鴎外...「蛇」/田中貢太郎...「竃の中の顔」/芥川龍之介...「妙な話」/永井荷風...「井戸の水」/平山蘆江...「大島怪談」/正宗白鳥...「幽霊」/佐藤春夫...「化物屋敷」/橘外男...「蒲団」/大佛次郎...「怪談/豊島与志雄...「沼のほとり」/池田彌三郎...「異説田中河内介」/角田喜久雄...「沼垂の女」


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作りすぎていないのがいい。復刊版で登場人物の四半世紀後の「今」が書き下ろされた。

お引越し ひこ・田中 復刊.jpgお引越し ひこ・田中 旧.jpg お引越し ひこ・田中 文庫.jpg お引越し ひこ・田中 文庫新.jpg  心が叫びたがってるんだ。DVD_.jpg
お引越し (Best choice)』『お引越し (講談社文庫)』『《新装版》お引越し (講談社文庫)』「心が叫びたがってるんだ。 [DVD]
お引越し (福音館創作童話シリーズ)』(2013)(装画:奈良美智)

 1991(平成3)年・第1回「椋鳩十児童文学賞」受賞作。

 今日とうさんが引越しをした。かあさん泣いた。とうさんもお引越しの日泣いてた。大人が泣いたら、子どもは泣けない。3人だった家がこれから、かあさんと私、2人になる。2人が別れるには私のせいやないって、とうさんもかあさんも言うたけど、私のせいやないのに私に関係ある。あんまりや。両親の離婚を突然知った11歳のレンコ(漆場漣子)。彼女の悩みは深まっていく―。

お引越し-111.JPG 1990年刊行の第1回「椋鳩十児童文学賞」受賞作ですが、むしろ相米慎二(1948‐2001/享年53)監督の映画「お引越し」('93年)の原作として知られているかもしれません。「椋鳩十児童文学賞」は鹿児島市が市制100周年を記念して設けた児童文学の新人賞で、第2回が森絵都氏のデビュー作『リズム』に授与されたりしていますが、第24回の2014年をもって終了しています。

映画「お引越し」('93年)

お引越し dvd.jpg 映画「お引越し」と比べると、原作は映画のようにレンコが理科室でボヤを起こしたり、自分でチケットやホテルを予約して家族の琵琶湖行きを実行したりするといった事件や展開などはなく、ごく普通の小学生のごく普通の生活が、両親が離婚状態になって変わっていく、そうした日常の中で、11歳の少女の心模様がどう揺れ、母親や父親との関係性がどう変化し、少女自身がどう成長していったかを、少女の主観を通して生き生きと描いています(文章にリズムがある)。従って、映画も良かったですが、原作は作りすぎていない分、これはまた読者に訴えかけるものがあり、(「映画の力」に対する)「文学の力」というものを感じました。

お引越し (HDリマスター版) [DVD]

 1990年の刊行後、1995年に文庫化され、2013年の復刊に際し、2013年現在の「登場人物たちの今」を描いた挿話が書き下ろされ、巻末に付されています。その前に、1990年の「あと話」というのがあって、中学生になったレンコのボーイフレンドのミノル(大木実)、友達のサリー(橘理佐)の"今"が2人の言葉で語られていましたが、「忘れたころのあと話」と題された今回の書き下ろし部分では、おおよそ四半世紀後の36歳になった大木実の今、橘理佐の今、更にはレンコこと漆場漣子の今が、それぞれ自らの言葉で語られています。時間の流れを経て主人公たちが大人になっている現在の様が語られるというのはなかなか興味深く(月日の経つのは早いなあ)、作者のこの作品に対する愛着のようなものも感じました。

干刈 あがた 『ウホッホ探険隊』.jpg かつて、離婚に踏み切ろうとしている主人公の女性と、そのことを自分たちなりに受け止めようとしている小学生の長男・次男とのやりとりを通して、当時としては新しいタイプと言える家族の形を模索した、干刈あがた(1943‐1992/享年49)の『ウホッホ探険隊』('84年/福武書店)とい猛スピードで母は 単行本.jpgう芥川賞候補にもなった作品がありましたが、作品のモチーフとして両親が離婚している、或いは離婚状態にあるといった設定を持ってくることは、今や児童文学に限らず文学の世界においても珍しいことではなくなっているようです(長嶋有の芥川賞受賞作『猛スピードで母は』('02年/文藝春秋)もそうだった。やはり、子どもは母親と一緒に暮らすことになるのが多いようだが)。

 最近はアニメの世界でも、長井龍雪監督の「心が叫びたがってるんだ。」('15年)という作品がありました(この度「実写」映画化され、本日[2017年7月22日]公開)。主人公の少女が小学生の頃、憧れていた山の上のお城(ラブホテル)から、父親と見知らぬ女性(浮気相手)が車で出てくるところを目撃、「お城から出てくる王子様とお姫様」だと思い込み、それを母親に話したことにより両親の離婚を招いてしまい、家を去る父親から「全部お前のせいじゃないか」と言われ、ショックを受けた少女は口をきけなくなり、高校2年生になった今も、「話すと腹痛が起きる」という、トラウマを抱えているという設定でした。

心が叫びたがってるんだ。 .jpg 小学生の時のトラウマを高校生になっても引き摺っているわけですが(PTSDと言えるか。但し、離婚は主人公のせいとは言えず、父親が間違っているのは明白ではないか)、それにしても主人公がいろんな局面でそれを引っ張りすぎている印象もあり、これだと周りの方が疲れてしまうのではないかなあ。時にはちょっと突き放した方が、お互いにとって良かったりもするのではないでしょうか。ジュニア向けの作品ですが、個人的にはあまりいいとは思いませんでした(『お引越し』の11歳の小学生レンコの方がずっと逞しいと言えるか)。

お引越し  0s.jpgお引越し  5.png「お引越し」●制作年:1993年●監督:相米慎二●脚本:奥寺佐渡子/小此木聡●撮影:栗田豊通●音楽:三枝成彰●原作:ひこ・田中「お引越し」●時間:124分●出演:中井貴一/田畑智子/桜田淳子/須藤真里子/田中太郎/茂山逸平/森秀人/千原しのぶ/笑福亭鶴瓶/青木秋美(現:遠野なぎこ)●公開:1993/03●配給:ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画=アルゴプロジェクト●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(17-07-19)(評価:★★★★)
【2563】 相米 慎二 「お引越し」(1993/03 ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画=アルゴプロジェクト) ★★★★

心が叫びたがってるんだ。00.jpg心が叫びたがってるんだ。DVDS160_.jpg「心が叫びたがってるんだ。」●制作年:2015年●監督:長井龍雪●製作:斎藤俊輔●脚本:岡田麿里●撮影:森山博幸●音楽:ミト/横山克(主題歌:乃木坂46「今、話したい誰かがいる」)●原作:超平和バスターズ(長井龍雪・岡田麿里・田中将賀)●時間:119分●声の出演:水瀬いのり/内山昂輝/雨宮天/細谷佳正/藤原啓治/吉田羊●公開:2015/09●配給:アニプレックス●最初に観た場所:シネマサンシャイン池袋(15-09-21)(評価★★★)

【1990年単行本[福武書店]/1995年文庫化・2008年新装版[講談社文庫]/2013年単行本新装復刊版]】

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少女の成長を描いて、「台風クラブ」と並ぶ佳作「お引越し」。「若手女優育成型」監督だった?

お引越し  01.jpgお引越し  p.jpg お引越し dvd.jpg  東京上空いらっしゃいませ dvd.jpg 相米慎二.jpg
お引越し デラックス版 [DVD]」(2002)/「お引越し(HDリマスター版) [DVD]」(2015)田畑智子/「東京上空いらっしゃいませ [DVD]」牧瀬里穂/相米慎二(1948‐2001)
お引越し  0s.jpg 漆場レンコ(田畑智子)は京都鴨川近くに住む小学6年生。両親が離婚を前提に別居することになり、父親のケンイチ(中井貴一)が家を出て行き、母・ナズナ(桜田淳子)との二人暮らしとなる。離婚というものが最初は実感としてピンとこなかったレンコだったが、新生活を始めようと契約書を作るナズナや、独り暮らしで寂しそうなケンイチを見て、その意味が少しずつ理解できてくるともに、そんな両親に挟まれ、彼女の心はざわついてくる。クラスの転校生"サリー"こと橘理佐(青木秋美〔現・遠野なぎこ〕)は関東から引っ越して来た少女で、レンコたち関西弁と言葉が異なり、級友たちはサリーを遠巻きにしていた。お引越し-1.JPGある日レンコは帰り道でサリーと一緒になり、サリーの両親が離婚していることを聞く。レンコとサリーが親しくなったことで、レンコは級友らから裏切り者扱いされ、級友と掴み合いの喧嘩になり、止めに入った木目米先生(笑福亭鶴瓶)の制止を振り切って、理科室の火のついたアルコールランプを倒しボヤを起こす。そんな彼女の唯一の理解者は、ボーイフレンドのミノル(茂山逸平)だった。レンコは夏休みに入って、父・ケンイチの部屋に籠城する計画お引越し1_1.jpgを立てるが、実行前にナズナに露見して失敗する。ケンイチとナズナを元通り仲直りさせたいレンコは、去年も行った琵琶湖畔への家族旅行を今年も実行しようと、クレジットカードを使って電車の切符とホテルの手配を自力でする。現地のホテルに現れたケンイチは、ナズナに復縁を求めるが、ナズナは拒否する。レンコはその場を逃げ出し、子どもを亡くした砂原という老夫婦(森秀人・千原しのぶ)に会う。それでも仲良くやっている夫婦に力を得たレンコは、祭りの中を彷徨する。琵琶湖畔に辿り着いたレンコは、祭りの山車とかつて仲良しだった自分たち家族の幻影を見る。やがて山車は燃え、家族は水に沈み、それを見たレンコは、「おめでとうございます!」と何度も叫ぶ―。

 1993年公開の相米慎二(1948‐2001/享年53)監督作で、相米慎二監督はこの作品で1993年度・第44回「芸術選奨」を受賞しています。原作は、1991年・第1回「椋鳩十児童文学賞」を受賞したひこ・田中の『お引越し』('90年/福武書店)ですが、映画はストーリーの進行とともに原作にはない映画オリジナルの話が多くなり、特に後半は相米慎二監督の独自の世界という印象を受けます。

お引越し 湖.jpg 終盤のレンコが見る湖での幻影シーン(原作には琵琶湖行きの話そのものが無い)での、彼女の「おめでとうございます」という連呼に、監督の思いが込められていたように思いました。レンコはもう自分たち家族は修復できないと悟り、過去と決別するために、また新たな自分を得た自分自身に対して「おめでとうございます!」と言ったのでしょう。エンドロールでは、小学生のレンコがいつの間にか中学生の制服姿に変わり、さっぱりとした表情で街中を人々や家族と接しながら跳ねるように歩いています。相米監督のもう1本の佳作「台風クラブ」('85年)と同じような印象のラストで、作品そのものが少女の成長物語であったことを裏付けるものとなっています。

お引越し 映画    .jpg 相米慎二監督は、当時17歳の薬師丸ひろ子主演の「セーラー服と機関銃」('81年)、当時19歳の斉藤由貴主演の「雪の断章‐情熱‐」('85年)、当時14歳の工藤夕貴主演の「台風クラブ」('85年)、当時18歳の牧瀬里穂主演の「東京上空いらっしゃいませ」('90年)などを撮っていますが、これらの主演女優の殆どが映画初出演かそれに近い新人でした。何だか新人専門みたいで、しかもとりわけ未成年(少女)を撮るのが上手だった(?)のかとも思ってしまいますが、この「お引越し」にレンコ役で主演した田畑智子は当時11歳で、それまで学芸会などでもたいした役をやったことがなかっとのことで、大抜擢と言えます。

お引越し s.jpg 田畑智子の演技は、相米監督の長回しによく耐えていて、良かったと思います。特に前半部分の自然な演技が良く、逆に後半部分は「女優」であることを意識した演技になってしまった印象も受けました。後半部分に相米監督のオリジナルな考えが込められていることを考えると、彼女の演技力が相米監督の演出に耐えられるのを見て、相米監督がそうした演出をしたようにも思いました。後半の演技の方を高く評価する人もいておかしくないかもしれませんが、個人的には前半部分の彼女の演技の方がやっぱり良かったという印象です。

 田畑智子はこの作品で、キネマ旬報新人女優賞、報知映画賞新お引越し  桜田.jpg人賞、毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞を受賞しましたが、母・ナズナ役の桜田淳子も、キネマ旬報助演女優賞、報知映画賞助演女優賞、毎日映画コンクール助演女優賞を受賞しています。桜田淳子の方は、歌手から女優に転向して、この時までに既に芸術選奨新人賞(大衆芸能部門)('86年)や菊田一夫演劇賞('87年)など数多くの賞を受賞しており、更なる飛躍をという矢先に統一教会の合同結婚式絡みの問題が報道され、この「お引越し」が最後の映画出演となり、芸能界からも身を引くことになりました。この作品での彼女の演技を見ると、惜しい気がします。

お引越し 映画  es.jpg その他、助演として、父・ケンイチ役の中井貴一や先生役の笑福亭鶴瓶が出演していますが、中井貴一は田畑智子と桜田淳子の好演に隠れてやや影が薄かったでしょうか。中井貴一と笑福亭鶴瓶は「東京上空いらっしゃいませ」にも出ていましたが、ストーリーがメルヘンチックで、相米慎二独特の粘り強いシーンの構成が見られない作品であった上に、当時の中井貴一は大根で、笑福亭鶴瓶も映画向きの配役とは思えませんでした。牧瀬里穂のみがやたら元気に演技していて、映画としては相米監督はこんな凡作も撮るのかと思わされましたが、映画初出演で主演の牧瀬里穂は、その後宮沢りえ・観月ありさと共に「3M」と呼ばれるまでに女優として開花しました(中井貴一は開花するのに時間がかかった?)。演出は厳しかったらしいけれど、「若手女優育成型」監督といった感じだったのでしょうか。

お引越し   sakurada .jpgお引越し  5.png「お引越し」●制作年:1993年●監督:相米慎二●脚本:奥寺佐渡子/小此木聡●撮影:栗田豊通●音楽:三枝成彰●原作:ひこ・田中「お引越し」●時間:124分●出演:中井貴一/田畑智子/桜田淳子/須藤真里子/田中太郎/茂山逸平/森秀人/千原しのぶ/笑福亭鶴瓶/青木秋美(現:遠野なぎこ)●公開:1993/03●配給:ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画=アルゴプロジェクト●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(17-07-19)(評価:★★★★)

東京上空いらっしゃいませ 00.jpg東京上空いらっしゃいませ04.jpg「東京上空いらっしゃいませ」●制作年:1990年●監督:相米慎二●脚本:榎祐平●撮影:稲垣涌三●音楽:村田陽一/小笠原みゆき(主題歌:井上陽水「帰れない二人」)●時間:109分●出演:中井貴一/牧瀬里穂/笑福亭鶴瓶/毬谷友子/出門英/竹田高利/藤村俊二/工藤正貴/谷啓/三浦友和/河内桃子/木之元亮/遠藤美佐子/斉藤暁/岸野一彦/モロ師岡/佐山雅弘/上野哲郎/礒見博/楠本卓司●公開:1990/06●配給:松竹(評価:★★☆)

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