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このシーズンから雰囲気が重くなる。緻密にプロットを再現、ドラマ的にも重厚。

名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚  00.jpg名探偵ポワロ 五匹の子豚 dvd.jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚 01.jpg 名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚pigs2.jpg
名探偵ポワロ ニュー・シーズン DVD-BOX 1」「名探偵ポワロDVDコレクション 50号 (五匹の子豚) [分冊百科] (DVD付)

名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚_pigs1.jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚a4.jpg ポワロはルーシー・ルマルション(旧姓クレイル)という21歳の女性に、14年前に母キャロラインが画家である父アミアスを殺害した罪で絞首刑になった事件の真相を探って欲しいと依頼される。母キャロラインは処刑される直前に娘ルーシーに自分は無実であるという手紙を遺していたのだ。ポワロは事件を担当した弁護士から事件の概要を聴く。当時アミアスは、妻子がありながら、頼まれてその肖像画を描名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚ges.jpgくことになった大金持ちの美少女エルサ・グリアーに夢中になっていた。アミアスは結婚後も芸術家として何度も女性と付き合っていたが、今回はエルサに公然と一緒に住むよう迫られ、そのためアミアスと妻キャロライ名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚es.jpgンの間で口喧嘩が多発し、当時近くにいた人々もキャロライン自身がアミアスを殺すかもしれないと言っていたのを聞いていた。近所の住人名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚  07.jpgメレディス・ブレイクの薬棚から毒物のコニンが紛失しており、妻がビールグラスに入れて夫を毒殺したことは疑いようも無かった。ポワロは事件の関係者、アミアスの親友でメレディスの弟のフィリップ・ブレイク、エルサ・グリアー、メレディス・ブレイク、当時の家庭教師ミス・ウィリアムズ、キャロラインの異父妹アンジェラの5人を訪ねる。アンジェラは幼い頃、キャロラインが投げつけた文鎮で右目を失明していた。ポワロは、それぞれが語る当時の様子から事件の真相に辿りき、メイドのスプリッグも加えて古い屋敷に関係者が集められ、ポワロによる謎解きが行われる―。

五匹の子豚 文庫2.jpg 「名探偵ポワロ」の第50話(第9シーズン第1話)で2003年製作のロング・バージョン。本国放映は2003年12月14日で、本邦初放映は2005年8月25日(NHK-BS2)。原作はクリスティが1943年に発表した長編推理小説で(原題:Five Little Pigs)で、『スリーピング・マーダー』などと同じく所謂"回想の殺人"物です。
五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』(クリスティー文庫文庫新訳/復刻カバー)

 テレビドラマの方は、第9シーズンの第1作であるこの第50話から製作会社や製作者が変わって転換点を迎え、以降の21話分はそれまでの49話分とがらっと変わってシリアスなトーンになっています(第49話と第50話の間に2年8カ月のブランクがある)。ヘイスティングス、ジャップ警部、ミス・レモンのレギュラー3人が登場しなくなり、これまでユーモラスな描写が結構あったのが極端に減って、全体に暗く重いトーンになっていきます。こうした変化については賛否あるかもしれませんが、この「五匹の子豚」などは原作も結構重い話なので、こうした演出が合っているかもしれません(IMDbの評価スコアは「8.4」とシリーズトップクラス)。

名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚 001.jpg 原作ではルーシーの母キャロラインは死刑を宣告され、その1年後に獄中で死亡したことになっていますが、このドラマ版では死刑を宣告されてすぐに刑死したことになっており、冒頭その処刑シーンから始まるので、かなり暗いです(「クリスティのフレンチ・ミステリー(第7話)/五匹の子豚」では、キャロラインが獄中でまだ生きていた設定に変えられている)。一方で、メレディスの弟のフィリップ・ブレイクが殺害された当の画家アミアスに対して以前からボーイズ・ラブ的な感情を抱いていて、片や幼馴染みのキャロラインにも気があって...といった脚色もされています(フィリップが、寝室に誘い込んだキャロラインにアミアスへの自分のの感情を指摘されて激高するのは、ある種の分裂症気味だが、ここにもまた重いモチーフが設けられていると言える)。

五匹の子豚  .jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚 09.jpg キャロラインが自分が右目を失明させた異父妹アンジェラを守るために敢えて犠牲になろうとする一方、娘のルーシーに自分は無実であることを知っておいて欲しいという、その母としての気持ちが分かるだけにやるせないです。一方で、オリジナルの精緻なプロットは損なわずに映像化しており、ラストのポワロの関係者一同を集めての謎解きにもドラマ的な重厚感がありました。しかし、犯人は憎らしいくらい堂々としていたなあ。ポワロがルーシーに犯人は処罰を受けるだろうと言ったのは、今更死刑になるということではなく(一事不再理か)、生きて精神的な罪苦を受け続けるということなのでしょうが、ここまでエゴイストだと、どれくらい罪の意識を感じるのか。犯人に銃を向けたルーシーの気持ちが分かります(母親の仇ということだからなあ)。

エイミー・マリンズ(Aimee Mullins)
名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚   es.jpgエイミー・マリンズ g.jpg 因みに、ルーシーを演じたエイミー・マリンズ(Aimee Mullins)はアメリカのエイミー・マリンズ tedド.jpg女優で、両脚の骨の一部(腓骨)を持たずに生まれ、1歳で両膝から下を切断、両脚とも義足です。義足エイミー・マリンズ.jpgながらもスポーツをずっと好きでやっていて、5年間ソフトボールをした後、高校からはずっと競技スキーをやり、やがて陸上競技でパラリンピックを目指すようになり、'96年、アトランタ・パラリンピックで女子100Mと走り幅跳びに出場、その後ス―パーモデルとして活躍しながら女優業もこなしているという女性です。但し、この作品に関して言えば、演技力よりもヘアスタイルやメイクアップなどヴィジュアルの方が印象に残るといった感じでしょうか。

ジュリー・コックス(Julie Cox)/ジュリー・コックス in「名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚」/ジュリー・コックス&マーク・ウォレン in「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)
Julie Cox2.jpgJulie Cox FIVE LITTLE PIGSド.jpg牧師館の殺人B.jpg エルサ・グリアー役のジュリー・コックス(Julie Cox)とメレディス・ブレイク役のマーク・ウォレンは、ジェラルディン・マクイーワン主演「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」 ('04年)において、若かりし日のミス・マープルと、その恋人エインズワース大尉をそれぞれ演じています(「若かりし日のミス・マープル」という設定はドラマのオリジナル)。また、キャロライン・クレイル役のレイチェル・スターリング(Rachael Stirling)も、レイチェル・スターリング .jpg名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚Poirot_Five_little_pigs3.JPGグリゼルダ(レイチェル・スターリング).jpg同じ「牧師館の殺人」でグリゼルダ役を演じるなどしていますが、彼女はアガサ・クリスティ原作の映画「地中海殺人事件」('82年/英)で元女優アレーナ・スチュアートを演じたダイアナ・リグの娘です。

レイチェル・スターリング(Rachael Stirling)/レイチェル・スターリング(右)/レイチェル・スターリング in「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)

エイミー・マリンズ 9.jpgFive Little Pigs .jpg「名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON9:FIVE LITTLE PIGS●制作年:2003年●制作国:イギリス●本国放映:2003/12/14●監督:ポール・アンウィン●脚本:ケヴィン・エリオット●時間:100分●出演:デビッド・スーシェ(ポアロ)/エイミー・マリンズ(ルーシー)/ジュリー・コックス(エルサ)/レイチェル・スターリング(キャロライン)/エイダン・ギレン(アミアス)/ソフィー・ウィンクルマン(アンジェラ)/トビー・スティーブンス(フィリップ)/マーク・ウォーレン(メレディス)/ジェマ・ジョーンズ(ウィリアムズ)/パトリック・マラハイド(ディプリーチ)●日本放映:2005/08/25●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★★)
Five Little Pigs

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リーゾト感溢れる。ラストはラストで楽しめたが、原作を超えるに至っていない。

地中海殺人事件  pannhu .jpg地中海殺人事件 1982 poster.jpg地中海殺人事件 DVD.jpg 地中海殺人事件-  Ustinov.jpg
地中海殺人事件 デジタル・リマスター版 [DVD]
映画パンフレット 「地中海殺人事件」監督 ガイ・ハミルトン 出演 ピーター・ユスチノフ」「【映画チラシ】地中海殺人事件 ガイ・ハミルトン ピーター・ユスティノフ [映画チラシ]
マギー・スミス/ロディ・マクドウォール/シルヴィア・マイルズ/ジェームズ・メイソン
地中海殺人事件- smith mcdowell mason.jpg ロンドンの保険会社で、ポアロ(ピーター・ユスティノフ)が模造宝石に保険をかけようとしたホレス・ブラット(コリン・ブレークリー)の調査を依頼される。ポアロは彼に会い、「結婚の約束をした女優のアリーナ・マーシャル(ダイアナ・リグ)に20万ドルの宝石を与えたが、彼女が他の男と結婚したので、宝石を取り戻したところ模造品だった」と聞かされる。当のアリーナはアドレア海の孤島のホテルで休暇を過ごす予定であり、ポアロもそこへ赴く。ホテルの女主人ダフネ(マギー・スミス)はタイラニア国王の元愛人で、手切れ金代りにこのホテルを貰ったのだった。アリーナとは昔一緒に舞台に出たことがあり、二人は再会すると互いに笑いながら嫌味を言い合う。アリーナが新夫ケネス・マーシャル(デニス・クイリー)、ケネスと前妻との間の子リンダ(エミリー・ホーン)と共に着いたホテルには、彼女を再び舞台に復帰させようというプロデューサーのオーデル・ガードナ地中海殺人事件 - balloon.jpgー(ジェームズ・メイソン)と妻の地中海殺人事件- roddy.jpgEvil Under the Sun (1982)_AL_.jpgマイラ(シルヴィア・マイルズ)、彼女の伝記を執筆したジャーナリストのレックス・ブルースター(ロディ・マクドウォール)が待っていたが、彼女は女優業への復帰も伝記の出版も拒否する。そして、ホテル客のハンサムなラテン語教師パトリック・レッドファン(ニコラス・クレイ)と大っ地中海殺人事件276.jpgぴらにいちゃつき、人々の非難の目を浴びる。アリーナのことでパトリックが妻クリスティン(ジェーン・バーキン)と喧嘩しているのを、多くの人が聞きつける。ある日、ホテルを一人で出たアリーナは、ホテルと反対側の海岸の浜辺で日光浴をしていた。パトリックとマイラがボ地中海殺人事件s.jpgートでその浜辺へ。パトリックが横になっている彼女の所へ行くと彼女の死を発見。マイラの知らせを受けたダフネの依頼でポワロが捜査にあたる。皆それぞれに犯行動機があったが、ポアロは死亡推定時刻の11時半から12時までの全員のアリバイ地中海殺人事件b6.jpgを訊くと、誰にとってもアリーナ殺害は不可能だった。リンダとクリスティンは死体発見現場とは反対側の海辺で海水浴とスケッチをしていたし、ケネスは部屋でタイプを打っていたし、レックスはボートで別の海上にいて、ダフニネは従業員とミーティングをし、窓からオーデルが庭で読書しているのを目撃していた。皆がホテルを去る日、ポワロは皆を集めて犯人を指摘する―。

白昼の悪魔  cb.jpg白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫2.jpg 1982年公開の昨年['16年]亡くなったガイ・ハミルトン(1922-2016/享年93)による監督、ピーター・ユスティノフ(1921-2004/享年82)の主演作で、原作はクリスティが1941年に発表した『白昼の悪魔』であり、映画の原題も"Evil Under the Sun"。ピーター・ユスティノフにとっては、同じくポワロを演じたジョン・ギラーミン監督の「ナイル殺人事件」('78年)とマイケル・ウィナー監督の「死海殺人事件」('88年)の間の作品であり、ガイ・ハミルトンにとっては、ミス・マープル物の『鏡は横にひび割れて』が原作である「クリスタル殺人事件」('80年)に続くクリスティ原作作品の監督作です(因みにこの「地中海殺人事件」は、「ナイル殺人事件」とプロデューサー、脚本及びが同じであり、「クリスタル殺人事件」ともプロデューサをはじめ主要スタッフが同じである)。

地中海殺人事件 - smith mcdowell.jpg 原作の登場人物の内、ミリー・ブルースターが男性に変更され、レックス・ブルースター(ロディ・マクドウォール)になっているほか、ブルースターがパトリック・レッドファンと共にアリーナの遺体を発見する部分は、オーデル・ガードナーの妻マイラ(シルヴィア・マイルズ)にその役割を置き換えられています。更に、ケネス・マーシャルのことを心配する有名ドレスメーカーのロザモンド・ダーンリーは登場せず、その役割は一部、原作には無いホテルの女主人ダフネ(マギー・スミス)に置き換えられているといった感じです。
マギー・スミス/ロディ・マクドウォール

地中海殺人事件- sea.jpg 原作の舞台は英国内ですが、それをアドリア海にあるティラニア島(架空の島)に改変しています。実際のロケ地はスペインのマヨルカ島付近のドラゴネーラ島であり、美しい風景をバックにコール・ポーターの名曲が地中海殺人事件 - island real.jpg流れ、陽光に満ちたリゾート感、優雅な贅沢感が溢れる作品になっています。一方、一部登場人物の改変はあるものの、プロットはほぼ原作に沿っています(原作が精緻なプロットであるため、基本的には殆どいじりようがないのだが)。

ロケ地のスペイン・ドラゴネーラ島

 映画「ナイル殺人事件」の時もそうでしたが、最後ややバタバタバタっとポワロが謎解きしてしまう感じで、観る者に推理する暇をあまり与えていないような印象があり、こうした点はデビッド・スーシェ主演のドラマ版である「名探偵ポワロ(第48話)/白昼の悪魔」('01年)の方が丁寧で分かり易いかもしれません。

地中海殺人事件e4.jpg そのことを意識してか、最後にポワロが犯人だと名指して推理を展開した容疑者が、話としては面白いが証拠がどこにもないと反駁し、悠々とその場を立ち去ろうとするという映画オリジナルの場面があって、それに対してポワロがどう対処したかという独自の"捻り"が加えられています。イギリス映画であって、多くの観客がクリスティの原作の結末を知っているため、敢えてこうしたシークエンスを加えたのではないかとも思われ、また、「タワーリング・インフェルノ」('74年)などアクションアドベンチャー大作が得意のジョン・ギラーミン監督と、「007死ぬのは奴らだ」('73年)などスパイ物やサスペンス物を多く手掛けたガイ・ハミルトン監督の作風の違いの表れでもあるかもしれません。ラストはラストで楽しめましたが、やはり原作を超えるに至っていないように思います。

地中海殺人事件 - last.jpg地中海殺人事件 - rigg smoth.jpg アリーナ・マーシャルを演じたダイアナ・リグ(Diana Rigg)は、「女王陛下の007」('69年)のボンドガールで、娘のレイチェル・スターリング('77年生まれ)も女優であり、「名探偵ポワロ(第50話)/五匹の子豚」('03年)、「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)などに出演しています。

地中海殺人事件ジェーン・バーキン19.jpg地中海殺人事件a18.jpg パトリック・レッドファンの妻クリスティンを演じたジェーン・バーキン(Jane Birkin)は、「ジェーン・バーキン22.jpgナイル殺人事件」に続いての出演で、10代で既にミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」('66年/英・伊)などに出ていますが、エルメスのカゴバッグ"バーキン"誕生の契機となるエルメスの社長と航空機で乗り合わエルメスのバーキン.jpgジェーン・バーキン ファッション.jpgせたという出来事は'84年のこと。以降、カジュアル系のファッション・リーダーとして現在も活躍し続けていますが、この映画の頃はまだ"着せ替え人形"みたいな感じ。夫パトリック役のニコラス・クレイはシルビア・クリステル主演の「チャタレイ夫人の恋人」('81年/英・仏)で重要な役どころの森番役を演じるなどしましたが、残念ながら2000年に肝癌で亡くなっています。

ジェーン・バーキン

  
Evil Under the Sun (1982)
Evil Under the Sun (1982).jpg地中海殺人事件 - hercule swim.jpg「地中海殺人事件」●原題:EVIL UNDER THE SUN●制作年:1982年●制作国:イギリス●監督:ガイ・ハミルトン●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:アンソニー・シェーファー/バリー・サンドラー●撮影:クリストファー・チャリス●音楽:コール・ポーター●原作:アガサ・クリスティ「白昼の悪魔」●時間:117分●出演:ピーター・ユスティノフ/コリン・ブレイクリー/ジェーン・バーキン/ニコラス・クレイ/マギー・スミス/ロディ・マクドウォール/ジェームズ・メイソン/ダイアナ・リグ/シルヴィア・マイルズ/デニス・クイリー/エミリー・ホーン●日本公開:1982/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:有楽座(82-12-28)(評価★★★☆)
ナイル殺人事件」('78年)   「地中海殺人事件」('82年)   「死海殺人事件」('88年)
ナイル殺人事件 スチール2.jpg 地中海殺人事件 es.jpg 死海殺人事件 w.jpg
《読書MEMO》
●原作の評価                
・『ナイルに死す』......★★★★
・『白昼の悪魔』......★★★★
・『死との約束』......★★★★
●映画化作品の評価
・「ナイル殺人事件」......★★★☆
・「地中海殺人事件」......★★★☆
・「死海殺人事件」......★★★

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本格推理の色濃い原作のプロットを、丁寧に分かり易く映像化している。。

名探偵ポワロ48/白昼の悪魔 dvd.jpg名探偵ポワロ/白昼の悪魔 0_.jpg Evil Under the Sun_1.jpg
名探偵ポワロ 完全版 Vol.31「白昼の悪魔」 [DVD]」「名探偵ポワロDVDコレクション 17号 (白昼の悪魔) [分冊百科] (DVD付)
名探偵ポワロ/白昼の悪魔1.jpg ヘイスティングスが投資したアルゼンチン・レストランのオープンでポワロは食事中に倒れて入院し、ミス・レモンの手配で、ヘイスティングスに付き添われてヘルス・リゾートホテルのある島に行くことになる。目的の島への船で、記者のパトリックとクリスティンのレッドフ名探偵ポワロ/白昼の悪魔im.jpgァーン夫婦に出会うが、パトリックは島で女優アレーナ・スチュアートと再会し、彼女にべったりになる。ホテルにはアレーナの夫ケネス・スチュアートと彼の息子ライオネルもいて、ポワロとは以前にある殺人事件で知り合ったロザモンド・ダーンリー夫人もいた。ロザモンドはケネスが自分の初恋相手だと言う。ポワロはロザモンドから、アレーナは前夫の死で得た遺産で潤ってい名探偵ポワロ/白昼の悪魔 hotel.jpgるとの話を聞く。ライオネルは継母のアレーナを嫌い、同じく島に来ている活動的な女性エミリー・ブルースター、狂信的な牧師レイン、バリー名探偵ポワロ/白昼の悪魔 00.jpg少佐らも彼女を嫌い、牧師は邪悪視さえしていた。ポワロはホテルでスチーム・バスに入れられ、隣にいた職業不詳のヨット好きの男ブラットと知り合う。彼のヨットは何故か日によって赤い帆だったり白い帆だったりした。ポワロはパトリックにアレーナとの浮気を咎めるが、逆ギレされてしまう。翌名探偵ポワロ/白昼の悪魔35.jpg朝、ポワロとヘイスティングスはピクシー洞窟に船外機付きボートで行こうとするアレーナを目撃するが、そのことを彼女から口止めされる。一方、クリスティンとライオネルはガル洞窟に、それぞれスケ名探偵ポワロ/白昼の悪魔 5.jpgッチと海水浴に出掛ける。パトリックはエミリーを誘ってボートを漕ぎ出し、ピクシー洞窟の浜辺で俯せに倒れているアレーナらしき女性を発見する。急いで上陸して駆け寄った彼は「脈が無い」と言い、エミリーがホテルに通報をすることに。クリスティンは12時からテニスの約束はあるためホテルに引き返していたが、そこにはケネスやヘイスティングスもいて、そこへ「アレーナが殺された」との報が入り、ジャップ警部が島に捜査に入る―。

地中海殺人事件 1982 poster.jpg白昼の悪魔  cb.jpg白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫2.jpg 「名探偵ポワロ」の第48話(第8シーズン第1話)で2001年製作のロング・バージョン。本国放映は2001年4月20日で、本邦初放映は2002年1月2日(NHK)。原作はクリスティが1941年に発表した長編推理小説で(原題:Evil Under the Sun)、ガイ・ハミルトン監督、ピーター・ユスティノフ主演の「地中海殺人事件」('82年/英)の原作でもあります(映画では舞台をアドリア海の孤島に改変している)。
   
名探偵ポワロ/白昼の悪魔4.jpg 原作と比べるとこの映像化作品では、島に滞在している人物の内、あまり事件に関係ないガードナー夫妻がカットされ(原作でも容疑者たり得なかった)、その代り、冒頭に島に来る以前のレイン牧師の教会での狂信的な説教の場面があって、その狂信ぶりが強調されており(後でその狂信ぶりが妻に不倫され逃げられたことからくるものであると分かるがこれはドラマのオリジナル)、また、後で謎解きに関係してくる過去の事件の一場面があります。更に、ケネス・スチュアートの連れ子である"娘"が"息子"に置き換わっています(容疑者の一人であることには変わりない)。
 
名探偵ポワロ/白昼の悪魔 (1).jpg 原作には、ヘイスティングスが投資したアルゼンチン料理のレストランが出てきたり、ポワロが島のホテルで無理やり食事療法をさせられたりスチーム・バスに入れられたりすることもなく、また、ヘイスティングスが名探偵ポワロ/白昼の悪魔ges.jpgポワロの療養にお供して島に来たり、事件後ジャップ警部が島に乗り込んで来た英国バー・アイランド.jpgり、ポワロがミス・レモンに殺害されたアレーナの財務状況や過去の未解決の類似事件について調べてもらったりすることなどもありません。ポワロがほぼ誰からの協力を得ることもなく一人で事件を解決します(『そして誰もいなくなった』のようなクローズド・サークルバー島.jpg型に近いミステリと言える。このドラマ版のロケ地は、クリスティが実際に滞在し、小説を執筆する際にモデルにしたとされるバー・アイランドで、この島は『そして誰もいなくなった』のインディアン島のモデルとも言われている)。

英国デヴォン州バー・アイランドと島に渡るSea Tractor

 このように細部においては原作と異なりますが、プロット的には、本格推理の色濃い凝ったプロットの原作を、出来るだけ端折らずにうまく再現しているように思いました。原作も傑作だと思いますが、唯一の難点は、実際にこのような複雑な犯行が実行可能かということではないかと思います。でも、映像化作品を見ると、少なくとも理論的には実行可能であると改めて思いました(蓋然性が伴うが)。

 牧師の過去についてはドラマの付け足しですが、過去の類似の事件については、事件解決のための重要事項でありながら原作ではそれほど詳しく描かれていなかったように思われ、それを分かり易く映像化しているのは親切だと思いました。また、そのことにより、犯人の動機もより明らかになっているように思いました。ピーター・ユスティノフ主演の映画版でも冒頭で過去の事件を映像化していますが、原作には無い模造宝石の事件とかも出てきて、あまり分かりよくなかったです。ゴージャスさを楽しむなら映画ですが、プロットを楽しむならドラマでしょうか。

Evil Under the Sun
Evil Under the Sun.jpg
名探偵ポワロ/白昼の悪魔).jpg「名探偵ポワロ(第48話)/白昼の悪魔」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON8:EVIL UNDER THE SUN●制作年:2001年●制作国:イギリス●本国放映:2001/04/20●監督:ブライアン・ファーナム●脚本:アンソニー・ホロウィッツ●時間:100分●出演:デビッド・スーシェ(ポアロ)/ヒュー・フレイザー(ヘイスティングス)/フィリップ・ジャクソン(ジャップ警部)/ポーリン・モラン(ミス・レモン)/ティム・ミーツ(スチーブン・レーン)/タムジン・メールソン(クリスチン・レッドファン)/マイケル・ヒッグス(パトリック・レッドファン)/ロジャー・アルボロー(ウェストン警視正)/ケビン・ムーア, ルイス・デラメア(アリーナ・スチュワート)/デビッド・マリンソン(ケネス・マーシャル)●日本放映:2002/01/02●放映局:NHK(評価:★★★★)

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原作もいいが、いろいろな部分で原作より良くなっている点があったように思う。

名探偵ポワロ45もの言えぬ証人 Dumb Witness(1997)02.jpg もの言えぬ証人 dvd.jpg  名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人00.jpg Dumb Witness AL_.jpg
名探偵ポワロ[完全版]Vol.27 [DVD]」「名探偵ポワロDVDコレクション 7号 (もの言えぬ証人) [分冊百科] (DVD付)Dumb Witness
名探偵ポワロ45もの言えぬ証人 s.jpg名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人01.jpg ポワロはヘイスティングスの友人チャールズ・アランデルが、水上ボートの最速記録に挑戦するのを見学にウィンダミアにやって来る。そこには、取材陣や村人らの他に、チャールズの叔母でリトル・グリーンハウスの主のエミリー、付添婦のウィルミーナ、チャールズの妹テリーザ、エミリーの姪のベラ・タニオスとその夫でギリシャ人医師のジェイコブが集っていた。さらに、霊媒のトリップ姉妹も駆けつけ、ポワロ名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人03.jpgに不吉な警告をする。チャールズのボートは火を噴くが、彼は無事に脱出、祝賀会の予定が単なる夕食会になったその席には、エミリー名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人02.jpgの主治医グレンジャー医師も同席する。席上、トリップ姉妹のイザベルに霊が憑依し、MP(ポワロの先祖)からポワロに警告すると言う。その夜、エミリーが階段から転落する事故が起き、踊り場に飼い犬のフォックステリア、ボブのボールが見つかる。彼女はそれに躓いたと思われたが、ポワロはネジを発見し、ワイヤーが張られていたと推理する。エミリーから相談を受けたポワロは、遺産目当てに命を狙われるな名探偵ポワロ45もの言えぬ証人es.jpg ら、遺言状を書き換えて身内には遺産をやらないことにすればよいと提案し、エミリーはこれを受け入れ実行する。ジェイコブが調合薬をエミリーに渡し、エミリーがそれを飲んで外に出たとたん、口から緑色の気体を吐いて倒れ、彼女は亡くなる。トリップ姉妹もウィルミーナもエミリーの口から魂が外に出たのだと思い込む。地元警察のキーリ名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人05.jpgィ巡査部長は肝臓障害による死亡と断定し、検死解剖を拒否する。ポワロは降霊会をやるというトリップ姉妹の提案を受け入れ、その降霊会でイザベルはエミリーの言葉で殺人者はロバート・アランデルだと告げるが、そんな名の者は、犬のボブがロバートであるのを除いていない。新しい遺言状で遺産全部がウィルミーナに贈られることが明かされ、ウィルミーナ自身も初めてそれを知る。彼女はボブが騒いだ夜、夢うつつで見た"誰か"のナイトガウンにTAと縫い取りされていたことを思い出したとポワロに告げる。TAはテリーザのイニシャルである。一方、グレンジャー医師は、エミリーが吐いた緑色の気体の正体に気づくが―。

もの言えぬ証人 (クリスティー文庫)_ -.jpg 「名探偵ポワロ」の第45話(第6シーズン第4話)で1997年製作のロング・バージョン。本国放映は1997年3月16日で同年に英国で放映されたシリーズ新作は本作1本のみです。本邦初放映は1997年12月30日(NHK)。ヘイスティングスの吹替を担当してきた富山敬(1938-1995/享年56)の「名探偵ポワロ」最後の出演作品となりました。原作はクリスティが1937年年発表したポアロシリーズの第14作で(原題:Dumb Witness)です。

名探偵ポワロ45もの言えぬ証人c34c.jpg 原作では、エミリー・アランデルはポワロに相談の手紙を書きますが、その手紙がポワロに届く前に彼女は"病死"しており、手紙を受けてポワロらがリトル・グリーンハウス(小緑荘)に来た時にはもう彼女はこの世にいないという設定になっており、チャールズが水上ボートの最速記録挑戦に入れ込んでいて、彼がヘイスティングスの友人であったためポワロも一緒にその挑戦を見学に来たというのはドラマ版オリジナルです(結果として、ポワロが来てから殺人が起きるというパターンになった)。

 また、原作では、テリーザの恋人で、グレンジャー医師の下にいるドナルドソンという新米医師がいて、彼も容疑者の1人になっていますが、ドラマ版では出てこず、代わりにグレンジャー医師がウィルミーナと互いに好意を抱き合う関係になっていて、彼の方が容疑者の1人になっています。そのグレンジャー医師が、エミリーが吐いた緑色の気体の正体が毒物の燐(リン)であることに気付くというのは、原作よりもむしろ自然な流れですが、そのことによって彼は原作には無い"第2の殺人"の犠牲者になります(殺害されることで容疑者から外れるというパターン)。

名探偵ポワロ45もの言えぬ証人s.jpg 細部の改変はありましたが(ボブがボートに映った自分の顔を見て吠えるとことからポワロが鏡の原理を思い出す点などもドラマのオリジナル。このホワイトテリア、名演技だったなあ)、但し、犯人が誰かは勿論のこと、プロットなども原作を踏襲しているように思われました。原作では、チャールズは遊び人、テリーザは浪費家、ベラはテリーザを真似るも彼女のように垢抜けることは出来ない女性ということになっていますが、それぞれのその"程度"は弱められていたように思います。

名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人04.jpg 文庫解説で、事件解決後ポワロに贈られたボブがその後どうなったかについて(その後の作品にポワロが犬を飼っていた記述はなく、一方、本原作をもってヘイスティングスは長編小説から姿を消し、『カーテン』まで登場しない)、ヘイスティングスと一緒にアルゼンチンに渡ったのではないかとしていますが、このドラマ作品ではポアロが霊媒能力を身に着けた振りをして本職の霊媒師のトリップ姉妹にボブを託してしまうというエピローグが可笑しかったです。

 原作もいいですが、いろいろな部分で原作より良くなっている点があったようにも思いました。

名探偵ポワロ45もの言えぬ証人 Dumb Witness(1997)01.jpg名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人06.jpg「名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON6:DUMB WITNESS●制作年:1997年●制作国:イギリス●本国放映:1997/03/16●監督:エドワード・ベネット●脚本:ダグラス・ワトキンソン●時間:100分●出演:デビッド・スーシェ(ポワロ)/ヒュー・フレイザー(ヘイスティングス)/パトリック・ライカート(チャールス・アランデル)/ケイト・バファリー(テリーザ・アランデル)/ノーマ・ウェスト(ウィルミーナ)/ジュリア・セント・ジョン(ベラ・タニオス)/ポール・ハーツバーグ(ジェイコブ・タニオス)/アン・モリッシュ(エミリー・アランデル)/ ポーリン・ジェームソン(イザベル・トリップ)/ミュリエル・パブロー(ジュリア・トリップ)●日本放映:1997/12/30●放映局:NHK(評価:★★★★)

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クリスティ的要素がてんこ盛り。ヒントは傍点にあったのか。

白昼の悪魔 ポケット・ミステリ.jpg 白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫).jpg白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫2.jpg 白昼の悪魔  cb.jpg  地中海殺人事件 1982 poster.jpg
白昼の悪魔 (1955年) (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 208)』『白昼の悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1‐82))』『白昼の悪魔 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 映画「地中海殺人事件」ポスター/タイアップ・カバー
『白昼の悪魔』 (1976年) (Hayakawa novels)
白昼の悪魔  s.jpg白昼の悪魔HK2.jpg レザーコム湾のスマグラーズ島は、ジョリー・ロジャー・ホテル専用の小島で、ホテルは毎夏リゾート客で賑わうが、今年も多くの客が来ており、その中にポアロもいた。他の主な客は、米国人のガードナー夫妻、牧師スチーブン・レーン、ケネス・マーシャル大佐とその後妻で元女優アリーナ、大佐の連れ子リンダ、著名ドレスメーカーのロザモンド・ダーンリー、美男のパトリック・レッドファンと妻クリスチン、健康的だが控えめなエミリー・ブルースターなどだった。パトリックは滞在中にアリーナと親しくなり、二人の仲はホテル内の噂だが、パトリックを誘惑したアリーナに対する皆の評判は悪く、パトリックの妻クリスチンに同情が集まる。ある晴れた日、いつもは朝が遅いアリーナが早朝からホテル専用の海水浴場に現れ、散歩していたポアロに口止めしたうえで、フロートに乗って海に出ていく。その姿が島陰に隠れ見えなくなってから、パトリックとケネスが現れアリーナを捜す。アリーナの姿が見えずに落ち着かない様のパトリックは、ブルースターを誘いボートで海に出る。一方で、クリスチンは、リンダを誘って絵を描きに島内のガル湾に向かう。そして日光浴をするリンダと絵を描いていたが、テニスEvil Under the Sun ta.jpgの約束があったので、昼前に一人ホテルに戻って行く。ボートのパトリックとブルースターは、ビクシー湾の入江で、砂浜に寝そべるアリーナと思われる女性を見つける。パトリックは大声で呼びかけたが返事がないため不審に思い、ボートを降りて彼女のそばに向かうが、その脈を取って震えて囁く―「死んでいる」「首をしめられている...殺されたんだ」。パトリックはブルースターにホテルに戻って知らせるよう頼み、ブルースターはボートで海水浴場に戻る。ポアロと共に連絡を受けた地元の警察がやって来て、アリーナ・マーシャルを絞殺した犯人の捜査が始まる。アリーナに対して最も強い動機を持つ夫のケネスに容疑がかかるが、ケネスは部屋でその朝届いた手紙の返事をタイプしていたというアリバイがあった。浮気相手のパトリックもブルースターと一緒に行動していたし、その妻のクリスチンも動機がありそうだが、リンダと一緒にいたというアリバイがある。アリーナを殺したのは誰か、そして動機とそのチャンスは?

Evil Under the Sun - Tom Adams paperback covers

Evil Under the Sun First Edition 1941/1982
Evil Under the Sun 1.jpgEvil Under the Sun 1982jpg.jpg 1941年にアガサ・クリスティが発表した長編推理小説で(原題:Evil Under the Sun)、ガイ・ハミルトン監督、ピーター・ユスティノフ主演の「地中海殺人事件」('82年/英)の原作ですが、意外と原作と映画が結びつかなかったりするのは、映画がその舞台を原作の英国南西部にあるレザーコム湾のスマグラーズ島から、バルカン半島とイタリア半島に囲まれたアドリア海の孤島に変更しているせいもあるかもしれません。

 映画に比べると原作はやや知名度が落ちるかも知れませんが、中身はクリスティらしい要素がいっぱいで、小島というクローズドサークル、何か事件が起きそうな人物配置と人間関係、そして複数のトリックを組み合わせた巧みなプロットと、最後の最後まで楽しめます。あまりにクリスティ的要素がてんこ盛りで逆に目立たないのかなとも思いましたが、1982年に行われた日本クリスティ・ファンクラブ員の投票による作者ベストテンでは第10位に入っているとのことです(江戸川乱歩は本書を作者ベスト8の1つに挙げている).

Evil Under the Su-M.jpg 読み終えてみて、これは所謂"叙述トリック"ではなかったかと思いましたが、肝腎な箇所を読み返してみると、傍点が振ってありました。その時はなぜ傍点が振られているのか全然考えなかったけれども、後になってみてなるほど、そういうことだったのかと...。

 本格推理の要素が強い分、リアリティの面でどうかというのもありますが、その辺であまり目くじらを立てると、作品そのものが楽しめないかもしれません(本格推理小説でもっとリアリティに乏しい作品は世にいくらでもある)。むしろ、意外な人間関係は『ナイルに死す』などにも通じるものがあったかもしれませんが、犯人の殺人を犯す動機がやや弱い点が少し気になりました(クリスティー文庫の翻訳が捕物帳風なのも気になった)。でも、トータル的には、先行して映画化された『ナイルに死す』(映画タイトルは「ナイル殺人事件」)と並ぶかそれ以上の出来の作品だと思います。
1999 by Collins Crime                  Evil Under the Sun (BBC Radio Collection)
Evil Under the Sun (BBC Radio Collection) .jpg                 

名探偵ポワロ48/白昼の悪魔 dvd.jpgEvil Under the Sun_1.jpg
「名探偵ポワロ(第48話)/白昼の悪魔」 (01年/英) (2002/01 NHK) ★★★★

地中海殺人事件  1982 .jpg地中海殺人事件s.jpg地中海殺人事件b6.jpg「地中海殺人事件」 (82年/英) (1982/12 東宝東和) ★★★☆

【1955年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(堀田善衛:訳)/1976年単行本[Hayakawa novels(鳴海四郎:訳)]/1978年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(鳴海四郎:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(鳴海四郎:訳)]】

《読書MEMO》
●日本クリスティ・ファンクラブ員の投票によるクリスティ・ベストテン(1982)
1.『そして誰もいなくなった』
2.『アクロイド殺し』
3.『オリエント急行の殺人』
4.『予告殺人』
5.『ナイルに死す』
6.『カーテン』
7.『ゼロ時間へ』
8.『ABC殺人事件』
9・『葬儀を終えて』
10.『白昼の悪魔』

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読み易かったが、結局、最後の最後まで犯人が分からなかった。

もの言えぬ証人 hpm.jpg もの言えぬ証人 hm.jpg もの言えぬ証人 (クリスティー文庫)_.jpg  Dumb Witness .jpg Poirot Loses a Client (Dumb Witness)  .jpg
もの言えぬ証人 (1957年) (世界探偵小説全集)』/『もの言えぬ証人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-20))』/『もの言えぬ証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』/PAN Books 1949/US, hardcover 1937
Dumb Witness―Collins Crime Club 1937(UK first edition)
christiedumb.jpg 小緑荘の女主人エミリイ・アランデルが5月1日に亡くなる。彼女には、甥のチャールズ、姪のテリーザ、ベラ・タニオスの3人の親族がいた。エミリイの巨額の遺産は彼らにいくはずだったが、エミリイは死の10日前に遺言を書き改め、遺産は全て家政婦のロウスンに遺される。遊び人のチャールズ、浪費家のテリーザ、ギリシャ人医師の夫ジュイコブが投機に失敗したベラと3人とも金を必要としており、エミリイの遺産をあてにしていた矢先だった。エミリイが遺言を書き改めたのは、4月14日深夜に起きた彼女の階段からの転落事件が原因で、その夜は3人の親族とベラの夫ジェイコブが小緑荘に泊まっていた。事故はエミリイが可愛がっていた飼い犬の白いテリア犬ボブが、お気に入りのボールを階段の上に置きっ放しにし、そのボールをエミリイが踏んだことにより起きたと思われたが、その夜ボブは外で夜遊びをして締め出されていたことを後に知った彼女は、親族の誰かが事故を装い自分を殺そうしたのだと考え、弁護士を呼び遺言を書き換えたのだ。更に彼女はポアロに調査依頼の手紙を書くが、その手紙は投函されずに忘れられ、彼女が肝臓病の悪化で5月1日に亡くなった後、家政婦による遺品整理の際に見つかり、投函されてポアロの元に届いたのは6月28日だった。ポアロがヘイスティングスと小緑荘を訪ねると邸は売りに出ていて、そこで初めてポアロはエミリイの死を知るが、死亡前後の様子を聞くうちに不自然さを感じ、依頼者死亡のまま探偵活動を開始する。エミリイの階段転落事故を調べると、階段の上の壁に釘が打たれており、階段の手摺柱と釘の間に紐を渡し、深夜に起きる癖のあった彼女が躓くように細工をしたようだ。殺人未遂の犯人は、当時の遺言では遺産をもらえることになっていた親族3人のうDumb Witness2.jpgちの誰かと考えられた。誰がエミリイを殺そうとしたのか? 更に病死というのは本当だろうか? ポアロはチャールズ、テリーザ、ベラ、テリーザの恋人のレックス・ドナルドソン医師、ベラの夫のジュイコブ医師、ロウスンが親しくしている霊媒師トリップ姉妹、エミリイの弁護士のパーヴィスやエミリイの主治医グレインジャーなど関係者に会って捜査を進める―。

 1937年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロ・シリーズの第14作で(原題:Dumb Witness、米 Poirot Loses a Client)、本作をもってヘイスティングスは一旦長編推理小説から姿を消し、1975年刊行のポワロ最終作『カーテン』で再登場するまで出てこないことになります。
Dumb Witness (Poirot)

Poirot Loses a Client (Dumb Witness) .jpg 文庫で500ページ超とやや長めですが、主要な容疑者は甥のチャールズと姪のテリーザ、ベラの親族3人で、あとは遺産を相続した家政婦ロウスンと、相続できなかった2人の姪、テリーザの恋人である医師とベラの夫である医師の3人の全部で6人とクリスティにしては特別多いわけでもないので、読んでいて分かり易かったです(一応、容疑者は使用人も入れて8人となっているが、使用人2人はすぐに容疑者から外されている)。

 読んでいて分かり易かった上に、本作半ばで、ポアロが過去に解決した事件(『雲をつかむ死』、『スタイルズ荘の怪事件』、『アクロイド殺し』、『青列車の秘密』)の犯人の名前と特徴を列挙する場面があり(このことについては賛否あるかと思う)、そのことがヘイスティングスに対してと言うより読者に向けたヒントになっているようでもありましたが、個人的には結局最後まで犯人は分からなかったです。

Poirot Loses a Client (Dumb Witness)

 「読み易くて、でも最後の最後まで犯人が分からない」というのは傑作であるということなのかも。エミリイ・アランデルが口から「エクトプラズム」(この言葉を生みだしたシャルル・ロベール・リシェは1913年にノーベル生理学・医学賞を受賞している)を吐いたという話が出てきた時はどう収めるのかと思いましたが、クリスティの薬化学の知識が生かされていました。犯人にはそれなりに罪の意識がにあったのでしょうか。それとも、自らの犯行がポワロによって明かされてすべて諦めたのでしょうか。

名探偵ポワロ45もの言えぬ証人 Dumb Witness(1997)01.jpg名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人05.jpg「名探偵ポワロ(第45話)/もの言えぬ証人」 (97年/英) (1997/12 NHK) ★★★★

【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(加島祥造:訳)]/1977年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(加島祥造:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(加島祥造:訳)]】

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原作をかなり改変しているが、意外性がありこれはこれで楽しめた。

名探偵ポワロ 死との約束(2009).jpg 名探偵ポワロDVDコレクション 8号 (死との約束).jpg 名探偵ポワロ 死との約束(2009) 00.jpg
「名探偵ポワロ 43」「名探偵ポワロDVDコレクション 8号 (死との約束) [分冊百科] (DVD付)

名探偵ポワロ 死との約束Poirot.jpg 1937年のシリア。考古学者ボイントン卿はヘロデ王がヨハネの首を埋めた遺跡を突き止めたと信じ、その発掘は話題となって見学者が訪れていた。ポアロも見学に来ていたし、卿の妻やその子供たちも当地を訪れていた。医師サラ・キングが日射病で倒れ、レイモンド・ボイントンが介抱する。夫である卿の発掘資金を提供しているレオノラ・ボイントン夫人は、子どもたちに対しては独裁者で、彼女の養子であるレイモンド、キャロル、、ジニーは、幼い頃にレオノラに命じられた乳母により折檻されていた。そのため、彼らの中にはレオノラが死ねばいいと言う者もいるし、ボイントン卿の発掘を手伝っている卿の前妻の子レオナードも、義母を名探偵ポワロ 死との約束 es.jpgお母さんとは呼ばない。発掘現場に向かうバスに、ポワロや子どもたち以外に、精神科医のテオドール・ジェラール、修道尼アニエシュ、米国人の投資家ジェ名探偵ポワロ 死との約束(2009) 05.jpgファーソン・コープも同乗し、更に旅行家のウェストホルム卿夫人が合流する。発掘現場に着いてからジェラールはマラリアらしい熱病で倒れキャンプへ戻る。キャンプでは、ハチに刺されたと言っていたレオノラ夫人が、日光浴中に何者かによって刺殺されていた。ちょうど、人身売買の実態を探る密命で当地に来ていたカーバリ大佐がポアロに事件の捜査を依頼する。ポアロの目の前に、亡くなったボイントン夫人の過去の養子や養子候補たちに対する虐待の実態が明らかになり、乳母によれば、今は行方不明だが、レスリーという名前の子も比較的長い期間いた養子だったという。その乳母は、自責の念から浴槽で自殺してしまう。そんな折、ジニーが人身売買組織に拉致されかけて修道尼を石で殴ってしまうという出来事が起きる。ショックを受けるジニーをウェストホルム卿夫人が慰める。事件の全容を把握したポアロは、関係者を集めて真相を説明することにする―。

agatha-christie-poirot-appointment-with-death.jpg 「名探偵ポワロ」の第61話(第11シーズン第4話)で2008年製作のロング・バージョン。本国放映は2009年12月25日で、2009年に英国で放映されたシリーズ新作は本作1本のみです(前年の9月死海殺人事件2.jpg死との約束HM.jpgに英国の一部とスウェーデンで先行放映されている)。本邦初放映は2010年9月16日(NHK-BS2)。原作はクリスティが1938年発表したポアロシリーズの第16作で(原題:Appointment with Death)、マイケル・ウィナー監督、ピーター・ユスティノフ主演で「死海殺人事件」('88年/英)の邦題で映画化されています。

名探偵ポワロ 死との約束 06.jpg 先に映画化されていることを意識したのか、原作をかなり改変してる感じで、殺されるレオノラ・ボイントンが未亡人ではなく、ちゃんと夫がいて、その夫は考古学者として発掘作業をしているということで、この辺りで『メソポタミヤの殺人』のように考古学的モチーフを事件にだぶらせています(原作では、ペトラ遺跡への単なる観光ツアーに皆が参加するという設定になっている)。

 その他、登場人物も微妙に改変し、また原作にある登場人物であってもそのバックグラウンドを変えたりしています。例えば、修道尼や乳母(元乳母)は原作に無いキャラクターであり、また、殺害されるレオノラ・ボイントン夫人は原作では元看守であり、旅行家のウェストホルム卿夫人は原作では英国国会議員であって、そのことが事件の大きなカギとなっています。更に、原作は時間差トリックであり、しかも容疑者の多くが訳あって嘘の証言をするため、話がややこしくなるというものでしたが、この映像化作品では全く別の種類のトリックが用いられています。原作でも映画でも新米医師サラ・キングは夫人の死亡推定時刻について1時間前という正しい見立てをし、この作品でも1時間内という見立てをしますが、ある意味、そのことを知っている視聴者の思い込みを利用したプロットとも言えます(実はこのドラマ版では、後で考えてみてこの点が一番引っ掛かったのだが)。

名探偵ポワロ 死との約束o.jpg 映画の方は、容疑者達の陳述が真実であろうと虚偽であろうと、その陳述に沿った映像化がされているため、後で真実が明らかになった時に違和感があり(起きなかったことが映像化されていることが引っ掛かった)、この問題をドラマ版ではどう扱うのかと思ったら、そもそもトリックからして違っていて、そうした問題が生じる余地がありませんでした。ラストでは登場人物たちのそれまで明かされなかった関係がポワロによって次々と明らかになり、衝撃的というか、これはこれで意外性があって楽しめましたが、ドラマしか観ていない人は、原作または映画と比べてみてはどうでしょうか。異国情緒も十分あり(ロケ地はモロッコのカサブランカとアル・ジャディーダ)、個人的には映画より面白かったように思います。

エリザベス・マクガヴァン(ウェストホルム卿夫人)/ティム・カリー(ウエストホルム卿)/マーク・ゲイティス(レナード)
名探偵ポワロ 死との約束D.jpg名探偵ポワロ 死との約束(2009) ティム.jpg名探偵ポワロ 死との約束(2009) 09.jpg 映画では、ウエストホルム卿夫人を演じたローレン・バコールがピーター・ユスティノフをも凌ぐ貫禄でしたが、このドラマでのウエストホルム卿夫人役はエリザベス・マクガヴァン(「ダウントン・アビー」)です。ボイントン卿を演じたティム・カリー(「THE ROCKY HORROR SHOW  .jpgロッキー・ホラー・ショー」('75年)の変態博士役。「名探偵モンク」にも凶悪犯の役で出ていた)をはじめ、ボイントン夫人を演じたシェリル・キャンベル(「バーナビー警部(第13話)/裂かれた肖像画(古城の鐘が亡霊を呼ぶ)」('00年)のSHERLOCK マーク・ゲイティス3.jpg修復画家役)、レナードを演じたマーク・ゲイティス(「SHERLOCK(シャーロック)」のマイクロフト役で脚本や演出も担当)、ジニーを演じたゾーイ・ボイル(「ダウントン・アビー」)、ジェラール医師役のジョン・ハナー(映画「ハムナプトラ」シリーズ、「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第3話)/パディントン発4時50分」('04年)のトム・キャンベル警部役)、サラ・キング医師役のクリスティーナ・コール名探偵ポワロ 死との約束 08.jpg名探偵ポワロ 死との約束(2009)ハナー.jpg名探偵ポワロ 死との約束  .png(「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)の画家の描く絵の水着モデルになる娘役、「SUITS/スーツ」)など、映画やTVドラマシリーズで知る俳優が多く出ていて、トリビアな楽しみがありました。

ゾーイ・ボイル(ジニー)/ジョン・ハナー(ジェラール医師)/クリスティーナ・コール(サラ・キング医師)

名探偵ポワロ(第61話)/死との約束c.jpg「名探偵ポワロ(第61話)/死との約束」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON11:APPOINTMENT WITH DEATH●制作年:2008年●制作国:イギリス●本国放映:2009/12/25●監督:アシュレイ・ピアース●脚本:ガイ・アンドリュース●時間:103分●出演:デビッド・スーシェ(ポワ名探偵ポワロ 死との約束s.jpgロ)/ティム・カリー(ボイントン卿)/シェリル・キャンベル(ボイントン夫人)/ゾーイ・ボイル(ジニー)/エマ・カニフェ(キャロル)/トム・ライリー(レイモンド)/マーク・ゲイティス(レナード)/ポール・フリーマン(カーバリ大佐)/クリスティーナ・コール(サラ・キング医師)/ベス・ゴダード(シスター・アニエシュカ)/ジョン・ハナー(ジェラール医師)/エリザベス・マクガヴァン(ウェストホルム卿夫人)/クリスチャン・マッケイ(コープ)●日本放映:2010/09/16●放映局:NHK-BS2(評価:★★★☆)
Christina Cole
Christina Cole_0N.jpgChristina Cole.jpg名探偵ポワロSL250_.jpg名探偵ポワロ ニュー・シーズン DVD-BOX 3
全4話収録
第40巻『マギンティ夫人は死んだ』(原題:Mrs. McGinty's Dead)
MURDER AT THE VICARAGE 2004 01 .jpg第41巻『鳩(はと)のなかの猫』(原題:Cat Among the Pigeons)
第42巻『第三の女』(原題:Third Girl)
第43巻『死との約束』(原題:Appointment with Death)
アガサ・クリスティー ミス・マープル(第2話)/牧師館の殺人」('04年)

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通俗的モチーフであっても美しい作品に昇華してみせることが出来るのだという...。

柔らかい肌 vhs.jpg柔らかい肌 dvd_.jpg 柔らかい肌 dvd.jpg
柔らかい肌【字幕版】 [VHS]」/「柔らかい肌 [DVD]」/「柔らかい肌〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選11〕 [DVD]

柔らかい肌6.jpg バルザックの評論も書いている著名な評論家ピエール・ラシュネー(ジャン・ドサイ)は、リスボンへの講演旅行の途中で、美しい客室乗務員のニコル・ショメット(フランソワーズ・ドルレアック)と出会う。ニコルもまたピエールに魅かれ、リスボンのホテルで二人は関係を持つ。その日から、ピエールのスリリングな二重生活が始まる。ピエールには長年連れ添った妻フランカ(ネリー・ベネデッティ)がいたが、ニコルとの恋は徐々に深みに嵌っていく―。

ジャン・ドサイ/(フランソワーズ・ドルレアック

La peau douce (1964)
La peau douce (1964).jpg
柔らかい肌x.jpg柔らかい肌ge.jpg フランソワ・トリュフォー(1932-1984/享年52)監督の1964年公開作で、ストーリーは新聞の三面記事に載った実際の事件に基づいているとのことです。不倫と三角関係がテーマですが、ヒッチコックから学んだと思われる手法を巧みに織り込み(ついでに自らの脚フェチの嗜好も織り込んでいたなあ。女性にジーンズをスカートに履き替えさせたり)、流れるような音楽と映像がリアリスティックなサスペンス・ストーリーと見事に調和しています(音楽は「かくも長き不在」('61年)などのジョルジュ・ドルリュ−、カメラは「女と男のいる舗道」('62年)などのラウール・クタール)。

柔らかい肌 01.jpg かつてルイ・マルが「恋人たち」('58年)で、夫に不満をもつ若き人妻(ジャンヌ・モロー)が、ふと知り合った若者と情熱の一夜をすごし、夫も家もすてて若者とともに去るという単純なストーリーを美しい映画柔らかい肌 .jpgにしましたが(ある意味ハーレクインロマンスみたいな話)、この「柔らかい肌」は、トリュフォーにおける「恋人たち」のような位置づけの作品のように思いました(つまり、撮ろうと思えば、どんな通俗的モチーフであっても美しい作品に昇華してみせることが出来るのだという...いわば自らの力量アピール作品?)。

柔らかい肌s.jpg 主人公ピエールの不倫相手の客室乗務員つまりスチュワーデスを演じるのは、カトリーヌ・ドヌーヴの姉で自らが運転するクルマの事故で早逝したフランソワーズ・ドルレアック(1942-1967/享年25)。ホントは妹のカトリーヌ・ドヌーヴもコンプレックスを抱いたというくらいの美人なのですが、ここではやや抑え気味に自然な美しさを醸していて、彼女が演じるスチュワーデス相手の不倫で次第に深みに嵌っていく主人公の気持ちは分かります。しかし、ラストで彼はとんでもないしっぺ返しを喰うことに...。

柔らかい肌  .jpg柔らかい肌 ネリー・ベネデッティ3.jpg ラストに至るまでのプロセスが自然だっただけに、その分恐かったです。不倫相手と写真を撮るのはやめておいた方がいいとか、実践的に学んじゃった人もいるかも。女性の中には、ラストでスカッとしたという人も多いようで、男性と女性でかなり見方が異なってくる映画かもしれません。

ジャン・ドサイ/ネリー・ベネデッティ

柔らかい肌 トラム.jpgリスボン トラム.jpg オールロケで撮影していて、リスボンのトラムとか出てきますが、90年代に現地で走っているのを見ました。今もまだ走っているみたいです。ピエールの友人は藤田嗣治の絵画が好みのようです。日本に出張にいくみたいで、高輪プリンスに泊まるとか言っているなあ。ついでに東京オリンピックも観てくるつもりなのでしょうか。
       
      
                          
フランソワーズ・ドルレアック/フランソワ・トリュフォー
柔らかい肌ド.jpg柔らかい肌68.jpg「柔らかい肌」●原題:LA PEAU DOUCE●制作年:1964年●制作国:フランス●監督:フランソワ・トリュフォー●脚本:フランソワ・トリュフォー/ジャン=ルイ・リシャール●撮影:ラウール・クタール●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:113分(119分(フランス版ディレクターズ・カット))●出演:ジャン・ドサイ/フランソワーズ・ドルレアック/ネリー・ベネデッティン/ダニエル・セカルデ/ジャン・ラニエ/ポール・エマニュエル/サビーヌ・オードパン/ローランス・バディ/ジェラール・ポワロ●日本公開:1965/05●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(16-11-22)(評価:★★★☆)

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本番直前まで本当に歌うかどうかわからなかったボブ・ディラン。

Banguradeshu no konsâto (1972).jpgバングラデシュ・コンサート1971 .jpg  バングラデシュ・コンサート ボブ・ディラン 2.jpg
ジョージ・ハリスン & フレンズ コンサート・フォー・バングラデシュ デラックス・パッケージ (初回限定版) [DVD]」 ジョージ・ハリスン/ボブ・ディラン in バングラデシュ・コンサート
Banguradeshu no konsâto (1972)

バングラデシュ・コンサートド.jpg 1971年8月1日、ニューヨーク・マディソン・スクェア・ガーデンで行なわれたジョージ・ハリスン主催のチャリティ・コンサート「バングラデシュ難民救済コンサート」のドキュメンタリー映画で、同じくドキュメンタリー映画になったウッドストック・フェスティバル('69年)やワイト島のフェスティバル(第3回、'70年)と並んで、当時のアメリカの代表的な大規模ロック・フェスティバルとして今も語りつがれているコンサートです。'16年元旦の朝日新聞の「世界は歌う」という特集で、DJのピーター・バラカン氏とクリス・ペプラー氏がそれぞれ選んだ5曲というのが出ていましたが、クリス・ペプラー氏はその5曲の中にこのバングラデシュのコンサートを選んでいます(因み、クリス・ペプラー氏の選んだ5曲に中には、ボブ・ディランの「風に吹かれて」も入っている)。

バングラデシュ・コンサートH1.jpg 内戦や飢饉で幼い子どもらを含む多くの難民を生み出していたバングデシュの状況を救おうとしたコンサートであり、そうしたチャリティ・コンサートの先駆けであるとともにこのコンサートが特徴的であるのは、一応、ジョージ・ハリスンのシタールの師匠であり、コンサートのオープニングを務めたラヴィ・シャンカールなども主催者の一人とはされていますが、もともとは当時28歳のジョージ・ハリスン(1943-2001/享年58)たった一人の呼びかけが契機となっているということです(アーティストに直接電話をかけまくった)。リンゴ・スター、エリック・クラプトン、レオン・ラッセル、クラウス・ヴォアマン、バドフィンガー、ボブ・ディランといった大物アーティストやグループが登場しますが、演奏形式がジョージ・ハリスンを中心としてこのコンサートのために結成されたスペシャル・グループがライブを行うという形式をとっていることも先駆的でした。

バングラデシュ・コンサート クラプトン.jpg 後に知ったのですが、このコンサートには事前に二人のアーティストについて大きな不安要素があったそうです。一人はエリック・クラプトンで、世界最高のギタリストと言われたエリック・クラプトンですが、当時はドラッグ濫用からくる体調不良で活動休止状態にあり、ジョージ・ハリスンは、ドラッグでダウンしていたエリック・クラプトンを復帰させるためにもこのコンサートに誘ったと言われていますが、ジョージ・ハリスンの説得で参加を承諾したものの、本番前日のリハーサルにも来なかったとのこと。但し、本番では何とか演奏してくれて、ジョージ・ハリスンとしっかりセッションしています(ジョージ・ハリスンと比べるとやや覇気がないようにも見えるが、ジョージ・ハリスンがそれを一生懸命カバーしているのが窺える)。

バングラデシュ・コンサート ボブ・ディラン1.jpg もう一人は、ワイト島のフェスティバル(第2回、'69年)以来2年間ライブで歌っていなかったボブ・ディランで(ステージ恐怖症になっているとも噂され、アルバム制作も前年から中断していた)、ボブ・ディランをコンサートの精神的支柱に据えたかったジョージ・ハリソンが何とかコンサートへの彼の参加を取り付けたものの、ジョージ・ハリソンが歌って欲しいと頼んだ「バングラデシュ・コンサート ボブ・ディラン2.jpg風に吹かれて」は歌わないと言っていたとのこと。彼の性格から、コンサートに本当に参加するかどうかも不確定要素があり、前日のリーサルには来たものの、「ここば僕には似合わない、こんな場ではやらない」と辞退を仄めかし、ジョージ・ハリソンは念のため代役を用意しなければならなかったということです。当日、出番近くなって舞台の袖にいた彼を認めたジョージ・ハリソンが、すかさず「僕ら、そしてみんなの友達を紹介しよう。ミスター・ボブ・ディラン!」と言ってステージに上げ、彼は歌わないと言っていた「風に吹かれて」も歌い、ジョージ・ハリソンやレオン・ラッセルらとのセッションもこなして観客から大喝采を浴びることになります。

 このコンサートで、ジョージ・ハリスンが元ビートルズの仲間リンゴ・スターと舞台で共演するのは、'66年にビートルズが解散して以来はじめてのこと。同じく声掛けしたポール・マッカートニーとジョン・レノン(1940-1980/厚年40)は参加しておらず、ポール・マッカートニーはビートルズが再結成されたと捉われるのを嫌がったとされ、ジョン・レノンはオノ・ヨーコがレノンをステージには上げないと言ったとか(何れも真偽のほどは不明)。一方、このコンサートに参加したボブ・ディランは、'16年10月にノーベル文学賞授与が決まりましたが、受賞式には来るかこないかが話題になり(受賞を受け入れるかどうかさえ2週間返事が無かった)、結局、本人は来ませんでした。

BOB-DYLAN-201-facebook.jpg ボブ・ディランはグラミー賞やアカデミー賞をはじめ数々の賞を受賞し、2008年にはピューリッツァー賞特別賞を受賞、ローリングストーン誌の「最も偉大なアーティスト100」('10年選出)でビートルズに次いで第2位、「史上最も偉大なソングライター100人」('15年)で1位に選ばれていますが、ノーベル文学賞となると独特の選考基準があるようにも思います。ポピュラー・ミュージックだけでなくアメリカ文化ひいては世界の若者文化に与えた影響は大きいですが、彼がもしこのコンサートへの出演を辞退していたならば、ノーベル賞の受賞選考にまったく影響がなかったとは言い切れないようにも思います(本人はそもそも自分がノーベル文学賞の受賞対象となり得るとは思っていなかったようだが)。彼は、今月['17年4月]1日にツアー公演で訪れたストックホルムで、ようやっと同賞を選考したスウェーデンアカデミーからメダルと証書を受け取っています。

バングラデシュ・コンサートes.jpg「バングラデシュ・コンサート」●原題:THE CONCERT FOR BANGLADESH●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:ソウル・スウィマー●製作:アレン・クライン/ジョージ・ハリソン●撮影:ソウル・ネグリン/リチャード・E・ブルックス/フレッバングラデシュ・コンサート ボブ・ディラン3.jpgド・ホフマン/トオル田中●時間:103分●出演:ジョージ・ハリスン/リンゴ・スター/エリック・クラプトン/ボブ・ディラン/ビリー・プレストン/レオン・ラッセル/ラビ・シャンカール/アリ・アクバル・カーン/アラ・ラッカ/カマラ・チャクラバーティ/ジェシ・エド・デイビス/バッドフィンガー/ジム・ケルトナー/ドン・プレストン/カール・レイドル/クラウス・フォアマン/ジム・ホーン/チャック・フィンレドリー●日本公開:1972/11●配給:フォックス●最初に観た場所:飯田橋ギンレイホール(78-01-16)(評価★★★★)●併映:「ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間」(マイケル・ウォドレー)

ジョージ・ハリスン/ボブ・ディラン in バングラデシュ・コンサート

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ジャン・ギャバンとがっぷり四つに組めたのは、アラン・ドロンではなくリノ・ヴァンチュラか。

シシリアン 1969.gif シシリアン 1969 blueray.jpg  シシリアン ギャバン・ドロン.jpg
シシリアン [Blu-ray]」(2015) ジャン・ギャバン、アラン・ドロン

シシリアン 1969 - コピー.gifシシリアン 196915b.jpg 殺し屋ロジェ・サルテ(アラン・ドロン)は、シシリアン・マフィアのボスのヴィットリオ・マナレーゼ(ジャン・ギャバン)の力を借りて刑務所から脱獄する。パリに潜伏したサルテは、マナレーゼの息子アルド(イブ・ルフェーブル)の妻ジャンヌ(イリナ・デミック)と恋仲になる。マナレーゼは、サルテが持ちかけた宝石強奪話に乗り、ニューヨーク・マフィアのボスのトニー・ニコシア(アメデオ・ナザーリ)を仲間に引き入れる。宝石展の展示物を米国への空輸中に飛行機ごと奪うという大胆な計画は、見事成功する。マナレーゼはこの仕事を最後に勇退し、シシリアン 1969 2.jpg故郷シシリー島に帰る予定だったが、サルテとジャンヌの不倫がファミリーの知るところとなる。マナレーゼはサルテをパリに呼んでシシリアン3s.jpg殺害する計画を立てるが、ジャンヌの機転でサルテは危機を逃れる。空港でサルテを待ち伏せたマナレーゼの息子たちは、情報を得たル・ゴフ警部(リノ・ヴァンチュラ)に逮捕される。一人残されたマナレーゼは、宝石強奪の分け前を渡すという口実でサルテを呼び出す―。
   
シシリアン1s.jpgシシリアン 196946.jpg 「ヘッドライト」('55年)、「地下室のメロディー」('63年)のアンリ・ヴェルヌイユ(1920-2002/享年81)監督の1969年作品で、原作は犯罪小説家オーギュスト・ル=ブルトン。アンリ・ヴェルヌイユ監督の「地下室のメロディー」('63年)と同じくジャン・ギャバンとアラン・ドロンの共演作で、ジョゼ・ジョヴァンニ監督の「暗黒街のふたり」('73年)でもこの2人は共演しています(フィルム・ノワールばかりだなあ)。

シシリアン91.jpg アラン・ドロンは一匹狼が似合いますが、ジョゼ・ジョヴァンニ監督の「ブーメランのように」('76年)のように純粋に一人主人公と時はいいけれども、ジャン・ギャバンと並ぶと貫禄の差が出てしまい、この二人の組み合わせは意外と難しい(?)。但し、この作品に関しては、元プロレスラーのリノ・ヴァンチュラが、出番はそう多くないもののジャン・ギャバンとがっぷり四つに組んでいて、作品全体のバランスが取れているように思いました。リノ・ヴァンチュラに関して言えば、50年代の「死刑台のエレベーター」('58年)シシリアン リノ.jpg、60年代のこの作品、70年代の「ローマに散る」('76年)が代表的な警部役でしょう。数的にはギャング役の方が多いにも関わらず、警部役のイメージが強い俳優です(アラン・ドロンと「冒険者たち」('67年、原作はジョゼ・ジョヴァンニの「生き残った者の掟」)で共演した時は、ドロンと共に宝探しをする中年男の役で、ジョアンナ・シムカスを頂点にアラン・ドロンと三角形の構図を成していて、これはこれで良かった)。

 プロット的にはそれほど凝ったものではなく、と言って悪くもないですが、当時としてはその大胆な手口から話題になったという航空機乗っ取り計画も、特撮シーンなどは今観るとどうしても安っぽい感じでを受けます。やはり、ジャン・ギャバン演じるシシリアン・マフィアのボスを軸に、時に偏狭とも思えるくらい身内のことにかまけるとでも言うか、ファミリーのプライドを重んずるシシリー気質というものを感じ取るとともに、安全や打算よりもプライドと復讐を重んじたために招いた結末の虚しさを、エンニオ・モリコーネの哀愁漂うテーマ曲と共に味わう映画でしょうか(音楽はいい。音楽だけの評価だと★★★★★)。

シシリアン 1969 1_.jpgシシリアン 1969s.jpg 個人的には、マフィアがピンボールゲーム機の製造か販売の事業をしているといのが興味深かったです(ラストでリノ・ヴァンチュラはピンボールをしながらジャン・ギャバンを待っている)。この作品はフランス語版のほかに主演俳優らによる英語吹き替え版もあって、近年わが国でリリースされていたのはDVDもBlu-rayもどういうわけか英語版ばかりでしたが、'14年2月にようやっとフランス語版のBlu-rayがリリースされています('15年12月にも再リリースされた)。やっぱり、フランス語版で観るにこしたことないでしょう。英語版で観るくらいなら、野沢那智と森山周一郎の吹き替えで観た方がまだいいかもしれません。

Shishirian (1969)
Shishirian (1969).jpgシシリアン 1969 10s.jpg「シシリアン」●原題:LE CLAN DES SICILIENS/THE SICILLIAN CLAN●制作年:1969年●制作国:フランス●監督:アンリ・ヴェルヌイユ●製作:ジャック・ストラウス●脚本:アンリ・ヴェルヌイユ /ジョゼ・ジョヴァンニ/ピエール・ペルグリ●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:エンニオ・モリコーネ●原作:オーギュスト・ル=ブルトン●時間:124分●出演:ジャン・ギャバン/アラン・ドロン/リノ・ヴァンチュラ/イリナ・デミック/アメデオ・ナザーリ/イブ・ルフェーブル/シドニー・チャップリン●日本公開:1970/04●配給:20世紀フォックス(評価★★★☆)

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他の監督の作品には見られない、この監督だけの独自の世界が味わえる。

散歩する惑星 2000.jpg 散歩する惑星o.jpg  さよなら、人類  2014.jpg さよなら、人類s.jpg
散歩する惑星 愛蔵版 [DVD]」ラース・ノルド 「さよなら、人類 [DVD]」ホルガー・アンダーソン/ニルス・ウェストブロム
散歩する惑a6.jpg ここはとある惑星のとある町。30年間会社を無欠勤だった男が、リストラで解雇を宣告され泣きわめき、社長にすがりついて廊下を引き摺られていく。社屋の一階では、道に迷った男が訳もなく若者たちに殴られて倒れている。社長のペレ(トルビョーン・ファルトロム)は会社のことより、折れてしまったゴルフクラブを気にしている。ディナーショーでマジシャン(ルチオ・ブチーナ)は人体切断マジックに失敗して、協力者の腹をのこぎりで切ってしまう。保険金欲しさに自分の店に火をつけた家具屋経営のカール(ラース・ノルド)が、煤だらけで満員の地下鉄に乗っていると、どこからともなく音楽が聞こえてきて、乗客らが歌い始める。焼けた家具店の表通りは渋滞していて、デモ隊が鞭打ちをしながら車の間を行く。タクシー運転手をしていたカールの長男は、人々の悩みを聞かされるうちに自分が精神を病んでしまい、誰とも話せなくなって精神病院に入院中である。今は次男シュテファン(シュテファン・ラーソン)がタクシーを運転手をしている。そのタクシーに軍人が一人乗り込んできて、今日が総司令官(ハッセ・ソーデルホルム)の100歳の誕生日で自分がその祝辞の草稿を作った言う。将軍の100歳の誕生日を祝う式典が病院内で行われ、将軍はナチ式の敬礼をする。カールが同業者を訪ねると、彼は不況下で大聖年という理由で、十字架を売って儲けしようとしていて、カールも十字架を一つ買う。駅に行くと、自殺したはずのスヴェンが自分の後ろをついてくる。不条理な出来事が次々起きて、やがて町全体が異様な雰囲気に包まれていく―。

 CF界出身でカンヌの国際広告祭で8度のグランプリに輝いているロイ・アンダーソンの2000年の作品で、同年のカンヌ国際映画祭「審査員特別賞」受賞作です(勿論CFではなく映画として)。構想に20年、撮影に4年を費やしたという不条理映画で、どこかの惑星で展開するブラックでシュールな出来事の数々(上記に書き並べた分で半分足らずか)を、CGを使わずアナログ感たっぷり描いています。たまにはこんな映画を観るのもいいかなあという感じです。

 ロイ・アンダーソン監督はこの作品が長編としては「スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー」('69年)以来何と31年ぶりですが、この作品で、不条理な小劇で繋いでいきながら無理にストーリーを構築しようとはせず、ブラック且つシュールな雰囲気を醸す独特のスタイルを確立したという印象で、その後も、「愛おしき隣人」('07年)、「さよなら、人類」('14年)と寡作ながらも(7年に1作かあ)このスタイルを守っているようです。

ロイ・アンダーソン.jpgさよなら、人類 3.jpg 2014年・第71回ベネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞した最近作「さよなら、人類」は(これも構想に15年、撮影に4年を費やしたという)、吸血鬼のお面や笑い袋といった面白グッズを売り歩く冴えないセールスマン・コンビのとサム(ニルス・ウェストブロム)とヨナタン(ホルガー・アンダーソン)を軸に話が展開し(これもストーリーにさほどさよなら、人類8_A04.jpg脈絡はないのだが)、2人がグッズがまるで売れずに散々な日々を送る中、フラメンコの女教師(ロッテ・トルノス)はレッスンを受けに来るお気に入りの若い男さよなら、人類ド.jpgの子の身体を指導のフリをして触りまくり、フェリーの船長(オラ・ステンソン)は船酔いが耐えられずに理容師に転職し、バーになぜか18世紀のスウェーデン国王カール12世(ヴィクトル・ギュレンバリ)が騎馬隊を率いて現われ...と、こちらも不条理の小劇のオンパレード。全39シーンというから、だんだんシーン数が多くなってきているのではないでしょうか。

さよなら、人類 2.jpg それらのシーンを主に繋いでいるのが、サムとヨナタンのセールスマン・コンビですが、この2人が面白グッズを売り歩いているのに滅茶苦茶にクラいというのがブッラクで可笑しいです。16世紀の画家ブリューゲルの「雪中の狩人」など様々な絵画からインスピレーションを受けて作られているとのことですが、低彩色のトーンは「散さよなら、人類 5.jpg歩する惑星」の時と同じであるものの、「散歩する惑星」よりも死のイメージが濃くなっているような気がしました。黒人たちがが回転する大きなドラムのようなものの中に入れられ、そのドラムが火で炙られるシーンなど、政治的なメッセージともとれるメタファーも前作よりグロテスクで直截的になっていますが、個人的には「散歩する惑星」の方がやや好みだったしょうか。

 何れの作品も、ストーリーを追い過ぎて観てしまっては楽しめないと思います。1シーン1シーンを、美術館にある絵を1枚1枚観るつもりで観たらいいのではないでしょうか。クロード・ルルーシュ、リドリー・スコット、大林宣彦、山崎貴とCMディレクター出身の映画監督は多いですが、これだけ尖がった方向で自らのスタイルを強固に貫いている監督は珍しいと思います。他の監督の作品には見られない、この監督だけの独自の世界が味わえます。

Sånger från andra våningen (2000)
Sånger från andra våningen (2000).jpg
散歩する惑星j.jpeg「散歩する惑星」●原題:SANGER FRAN ANDRA VANINGEN/SONGS FROM THE SECOND FLOOR●制作年:2000年●制作国:スウェーデン・フランス●監督・脚本:ロイ・アンダーソン●製作:フィリップ・ボバー●撮影:イストヴァン・ボルバス/イェスパー・クレーヴェンオース●音楽:ベニー・アンダーソン●時間:98分●出演:ラース・ノルド/シュテファン・ラーソン/ハッセ・ソーデルホルム/トルビョーン・ファルトロム/ルチオ・ブチーナ●日本公開:2003/05●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:恵比寿ガーデンシネマ(初代)(03-05-16)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(17-03-07)(評価★★★★)
恵比寿ガーデンテラス弐番館.jpg恵比寿ガーデンシネマ.jpg旧・恵比寿ガーデンシネマ 1994年(平成6年)10月8日、恵比寿ガーデンテラス弐番館内にオープン(2スクリーン)。2011年1月28日休館。2015年3月28日「YEBISU GARDEN CINEMA(正式名称「恵比寿ガーデンシネマ」)」として再オープン。


「さよなら、人類」●原題:EN DUVA SATT P A EN GREN OCH FUNDERADE PA TILLVARON/A PIGEON SAT ON A BRANCH REFLECTING ON EXISTENCE(「実存を省みる枝の上の鳩」)●制作年:2014年●制作国:スウェーデン・ノルウェー・フランス・ドイツ●監督・脚本:ロイ・アンダーソン●製作:ペニラ・サンドストロム●撮影:イストヴァン・ボルバス●音楽:Gorm Sundberg/Hani Jazzar●時間:100分●出演:ホルガー・アンダーソン/ニルス・ウェストブロム/カルロッタ・ラーソン/ヴィクトル・ギュレンバリ/ロッテ・トルノス/オラ・ステンソン●日本公開:2015/08●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-02-04)(評価★★★☆)

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「ビジネスエリート」と言うより「サラリーマン」目線であることに終身雇用時代を感じる。

ビジネスエリートの新論語4.JPGビジネスエリートの新論語3.JPG 名言随筆 サラリーマン1.jpg ビジネスエリートの新論語1.jpg
ビジネスエリートの新論語 (文春新書)』『名言随筆サラリーマン (1955年)』『ビジネスエリートの新論語』(1972年)

ビジネスエリートの新論語ド.jpg 1955(昭和30)年、サラリーマン時代の司馬遼太郎が本名・福田定一の名で刊行した、古今東西の名言を引用して語る人生講話風のサラリーマン向けのエッセイの復刻刊行。新書口上には「後年、国民作家と呼ばれる著者の、深い人間洞察が光る。"幻の司馬本"を単独では初の新書として刊行!」とあります。

 1955年に六月社から刊行された時は『名言随筆 サラリーマン―ユーモア新論語』というタイトルだったのが、1972(昭和47)年に新装版となって六月社書房より刊行された際に『ビジネスエリートの新論語―サラリーマンの原型を侍に求める』というタイトルに改題され,この時も福田定一の名で刊行されています(この間、'65年に六月社から、'71年に文進堂から、共に『サラリーマンの金言』というタイトルで別バージョンが刊行されている)。

 当時(1955年、著者32歳)から既に博覧強記ぶりが窺えますが、金言名句ごとの文章の長さはまちまちで、忙しい記者生活(産経新聞文化部の記者だった)の間にこつこつ書き溜めたものなのでしょうか。意外とユーモアや遊びの要素も入っていて、気軽に読めるものとなっています。

 印象としては、確かにビジネスエリートとしての矜恃を保つことを説いている箇所もありますが、会社社会の中で生きていくための処世術的なことを説いている箇所もあって、当初の『名言随筆 サラリーマン』のタイトルの方が内容的にはしっくりくるような気がしました。

 Amazon.comのレビューなどを見ると、"今読んでもまったく色褪せていない"的なコメントが幾つかありましたが、基本的には金言名句を取り上げているため、確かにそういうことになるでしょう。一方で、今と違うのは、会社および会社の中にいる自分(乃至は読者)というものを半永続的に捉えていて、つまり終身雇用が前提になっているという点であり、当時は今よりも上司の部下に対する生殺与奪権者としての力が大きかったことを感じました。

 第一部はやや文章がやや粗いかなあと思われる部分もありましたが、第二部に描かれている二人の老サラリーマンとの出会いの話は物語的にも読めて秀逸であり(実際に著者はこの二人の記者との出会いに大きな影響を受けたそうだが)、これだけ書ければもういつでも作家として独立できそうな気もしますが、著者が産経新聞を退社したのは6年後の1961(昭和36)年で、『梟の城』で第42回直木賞を受賞した翌年のことになります。

 この後も6年間もサラリーマンをやっていたのかあという、やや意外な印象を受けました。まあ、結婚前後の時期にあたり会社を辞めることに慎重だったというのもあるかもしれないし(著者がその前に勤めていた新聞社は倒産していて、産経新聞社は3社目の就職先だった)、仕事そのものが記者という「書く」仕事であったということもあるかと思いますが、やはり、会社ってそう安易に辞めるものではないというのが当時の社会通念としてあったのではないかと思います。

 そう思って本書を読むと、ますます「ビジネスエリート」と言うより「サラリーマン」といった言葉の方がフィットするように思われ、また、そうした上から目線ではない、ほどよい目線で書かれていることが、読者の共感を生むのかもしれないと思った次第です。

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新機軸への意欲は買うものの、その試みは必ずしも成功しているとは言えない。

橋を渡る 吉田.jpg橋を渡る 吉田修一.jpg橋を渡る』(2016/03 文藝春秋)

 2014年春、都心で妻と暮らす新宮明良は、ビール会社の営業課長で、部下からも友人からも信頼される男。そんな彼の家に謎めいた贈り物が続く。「家の前に日本酒が置いてあるけど」「こんどは米?」妻・歩美の経営する画廊に絵を持ち込んで断わられた画家・朝比奈達二の仕業か? 2014年夏、東京都議会議員の夫と息子を愛する赤岩篤子。息子のスイミングスクールに付き添い、ママ友とボランティア活動に打ち込む良妻賢母だが、彼女には、夫が都議会でセクハラ野次を飛ばした本人ではないかという不安があった。やがて彼女は、大切な人の不正や裏切りを知る。愛する人を守ろうとしながら、篤子は心身のバランスを失っていく。2014年秋、テレビの報道ディレクター里見謙一郎は、正義を追い求め、歌舞伎町で生きる女の子や香港の雨傘革命を取材している。万能細胞の研究者・佐山恭二教授にも、「STAP騒動のように、興味本意で番組を制作するつもりはありません」と粘り強く交渉している。ある日、謙一郎は、「週刊文春」編集部につとめる友人の水谷から、結婚を控えた薫子が、和太鼓サークルの主宰者・結城と会っているのではないかと仄めかされる。そして、冬―。

 「週刊文春」に2014年から2015年7月まで約1年間連載された小説。ビール会社の営業課長・新宮明良が主人公の「第1章・春―明良」、都議会議員の妻赤岩篤子が主人公の「第2章・夏―篤子」、結婚間近のフィアンセがいるテレビ局のディレクター里見謙一郎が主人公の「第3章・秋―謙一郎」と、何れも現代(2014年)を背景としたそれぞれ別々の話があって、次に第4章「そして冬」で話は一気に70年後の第1章から第3章の登場人物の孫の世代まで飛び、別々だった登場人物が絡み合うとともに、何と第3章の主人公が70年後の世界にタイムスリップしてきます(ここで初めてSFだったのかあと)。

 芥川賞作家の青山七恵氏が読売新聞に絶賛に近い書評を書いていましたが(まあ、書評というのは大概は褒めるものだが)、個人的には、新機軸を打ち出そうとする意欲は買うものの、その試みは必ずしも成功しているようには思えなかったです(「橋を渡る」というタイトルに込められた意味も、今一つぴんとこなかった)。

 第1章から第3章までのバラバラな話が第4章で収束していくわけですが、第1章から第3章で書かれていることのうち、第4章の伏線になっているのはごく一部であり、それ以外の無駄な話が多かったように思います。そのため、第4章で全てが明らかになったというスッキリ感よりも、繋がりのない3つの話をダラダラと読まされたのは何だったのかという疲労感の方が残ってしまった印象です。

 Amazon.comのレビューでも評価が割れていましたが、個人的には完全に「失敗作」であるとは言わないまでも、それに近いと思いました。但し、青山七恵氏に限らず、Amazon.comのレビューでも絶賛しているものが少なからずあり、まあ、この手の作品(ある種技巧を凝らした作品)に対する評価は、読む人によるのだろうなあと思います(この人の作品『愛に乱暴』についても、同様の事が言えると思う)。

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"浅田節"全開というか、ベタ過ぎる印象もあるが、「歸鄕」はすんなり心に沁みた。

浅田次郎 帰郷01.jpg浅田次郎 帰郷02.jpg浅田次郎 帰郷03.jpg
帰郷』(2016/06 集英社)

 2016(平成28)年第43回「大佛次郎賞」受賞作。

 南方戦線で生き残った元兵隊が焼け野原の新宿の闇市で娼婦をしている女とふと出会う「歸鄕」、日本から遠く離れたニューギニアでの生々しい戦闘の中、高射砲の修理にあたる職工を描いた「鉄の沈黙」、幼いころに父が戦死し母と離れて育った大学生が、戦争のことなどすっかり忘れてしまったかのような戦後の開業間もない後楽園遊園地でふと戦争の傷跡を垣間見る「夜の遊園地」、昭和40年代の自衛隊員と戦時中の陸軍兵が時空を超えて交流するSFタッチの「不寝番」、南方戦線の壮絶な戦場をくぐり抜け帰国した元兵士が傷痍軍人と関わったことで数奇な運命をたどる「金鵄のもとに」、海軍を志願した大学生が絶望の中で夢や思い出などを語り合う「無言歌」の6編を所収。

 「鉄の沈黙」と「金鵄のもとに」は2002年発表、「歸鄕」その他は2015年から2016年にかけて発表されたものですが、何れも戦争をモチーフにしたもので、それぞれのモチーフやテーマは重く、また、著者があたかも戦争の語り部であるかのように継続してこのテーマを取り上げていることが窺え、その点は尊敬します。

 "浅田節"全開というか、それぞれに力作で、Amazon.com の読者レビューなどでも高い評価を得ているようですが、ただ個人的にはあまりにベタ過ぎる印象を受けなくもなく、この辺りはもう作品との相性の問題でしょう。そうした中で、冒頭の「歸鄕」はすんなり心に沁みました。

 信州松本の庄屋の長男である主人公が、召集されて南洋に送られたが、部隊は玉砕して彼だけ生き残り、米軍の捕虜なる。実家には戦死の公報が届いていて、郷里へ復員すると、妻は弟と再婚していて弟の子を身ごもっていた。男は逃げるように東京へ出て、焼け跡で出会った娼婦に苦しい胸の内を吐き出すしかなかった―。

 他にも主人公の語りを借りて物語にしているものがありますが、日本人ってそんなに自分の事を他人に話すかなあと思ったりしたものもあった中で、この「歸鄕」だけは自然な感じがしたし、最後に明日に向けた救いが用意されているのも良かったです。

 短編のタイトルが「歸鄕」と旧字になっていて、短編集としての書籍の表題は「帰郷」と新字になっていますが、イメージとしては「歸鄕」だろうなあ(表題には旧字を使わない方がいいという判断なのか?)。

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色々な見方を教えてくれるが、1人ひとりの記述が浅くて意外と印象に残らない。。

本当に偉いのか2.JPG本当に偉いのか―あまのじゃく偉人伝.jpg本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝 (新潮新書)

 福沢諭吉、夏目漱石、坂本竜馬からアレクサンドロス大王やコロンブスまで、明治の偉人たちから始まって世界史、日本史に名を残した人まで、口上通り、「裸の王様」たる偉人たち(存命中の人物を含む)を"独断と偏見"でブッタ斬る―といった感じの本ですが、誰もかれも殆ど貶しているせいか、すっきりするどころか却って読んでいて嫌気がさす人もいるのではないかと余計な心配をしたりもしました。

 実際、Amazon.comのレビューの中にも、「独りよがり」「読むに堪えない」などの評があって、評価はイマイチみたいです。確かに、本当は偉くないという中に漱石だけでなく司馬遼太郎なども含まれていて、ほんとうは偉いという中に渡辺淳一や石原慎太郎がいるのはどうかと思ってしまう人は多いと思います(個人的には著者の以前からの夏目漱石批判には一部共感させられる面もあり、また、渡辺淳一は初期作品はいいと思うのだが)。

 中には当を得たりと思った部分もあったし、また、この人物についてこんな見方も出来るのだなあということを色々と教えてくれているという意味で(著者にとって極めて好意的な解釈かもしれないが)まずまず面白かったです。、取り上げられている"偉人"たちの中には全否定されているに近い人もいますが、ある部分は認めているようなケース(作家であればある作品は認めているケース)もままあって(どちらかというとこのタイプの方が多い)、その人物の著作やその宮崎駿3.jpg他業績等をその人物のものに限って相対評価するうえでは参考になるかもしれません(例えば、「第三章 本当に偉いのか偉人伝 日本編」で取り上げられている宮崎駿について、初期作品の「風の谷のナウシカ」('84年)は"まぎれもない傑作"としているが、「もののけ姫」('97年)は失敗作とし、更にそれら以前の「ルパン三世~カリオストロの城」('79年)などは秀作としている)。

 但し、1冊の新書に大勢詰め込んだため1人ひとりの人物に関する記述が浅くなった印象もあります。すらすら読める割には意外と印象に残らないのは、自分によりどころとなる知識が少ないせいもあるかもしれませんが、著者自身が説明を端折っているせいもあるのでは。知識だけひけらかしているように見られても仕方無い面もあるように思えますが、著者自身はどう見られるかはあまり気にしていないのかもしれません。

 全般的には、取り上げているそれらの"偉人"たちについて「過大評価」されているのではないかという疑問を呈しているわけであって、全てを評価しないと言っているわけではないし、これだけそれぞれの人物に詳しいということは、それなりにその人の本を読んだり調べたりしたわけだから、意外と著者本人もどこかでその人物に関心や愛着を持っていたりもするのではないでしょうか。仮に著者にそう問うても、まあ、天邪鬼の本性からすれば、そんなことはないと言下に否定されるでしょうが。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
第一章 上げ底された明治の偉人
福沢諭吉/夏目漱石/岡倉天心/柳田國男/幸田露伴/徳田秋聲/南方熊楠/大隈重信/西郷隆盛/森鴎外/樋口一葉/永井荷風/正岡子規/ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)

第二章 本当に偉いのか偉人伝 世界編
アレクサンドロス大王/クリストーバル・コローン(コロンブス)/ベンジャミン・フランクリン/イマニュエル・カント/ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル/ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ/ナポレオン一世/リヒャルト・ワグナー/ハインリヒ・シュリーマン/レフ・トルストイ/フョードル・ドストエフスキー/ガンディー/魯迅/ヴラディーミル・ナボコフ/ハンナ・アレント/ラングドン・ウォーナー/フォービアン・バワーズ/D・H・ロレンス

第三章 本当に偉いのか偉人伝 日本編
石田三成/井原西鶴/和辻哲郎/野上弥生子/福田恆存/中野好夫/丸山眞男/吉田松陰/中島敦/中野重治/上田秋成/坂本竜馬/伊福部昭/尾崎翠/井上ひさし/丸谷才一/十二代市川團十郎/十八代中村勘三郎/司馬遼太郎/中井久夫/宮崎駿/深沢七郎

第四章 誤解の多い偉人/評価保留の偉人
ヘレン・ケラー/ミヒャエル・エンデ/毛利元就/間宮林蔵/野坂昭如/グスタフ・マーラー/光明皇后/筒井康隆/平賀源内/カール・ポパー/谷崎潤一郎/川端康成/ノーム・チョムスキー/牧野富太郎

第五章 あまり知られていない偉人
荻野久作/兼常清佐/ジャン=バティスト・グルーズ/大久保康雄/石山透

第六章 本当は偉いぞ偉人伝
井伊直弼/伊藤博文/山本有三/渡辺淳一/円地文子/大乃国康(芝田山親方)/エミール・ゾラ/本居宣長/フランシスコ・フランコ/曲亭馬琴/野口英世/坪内逍遙/田山花袋/三木卓/石原慎太郎

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映画よりも謎解きが分かりやすかった。プロットを落ち着いて確認できるのはドラマのメリットか。

名探偵ポワロ 52  ナイルに死す.jpg名探偵ポワロ  ナイルに死す 02.jpg ナイルに死す2.jpg ナイル殺人事件 DVD.jpg
名探偵ポワロ 34 [レンタル落ち]」『ナイルに死す (ハヤカワ・ミステリ文庫)』「ナイル殺人事件 デジタル・リマスター版 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]

名探偵ポワロ  ナイルに死す 01.jpg 解雇に遭って文無しのサイモン・ドイルと婚約したジャックリーンは資産家の友人リネットに彼を雇ってもらうが、若く美しいリネットは友人の婚約者を奪って結婚してしまい、エジプトへ新婚旅行に出かける。リネットは、エジプトのホテルで一緒になったポワロに、ジャクリー名探偵ポワロ  ナイルに死す .jpgンが執拗に二人を追いまわしているので交渉してほしいと相談をもちかけるが、略奪婚の話を聞いているポワロは断る。ポワロはジャクリーンにストーキング行為を止めるよう注意するが彼女は聞き入れず、サイモン夫妻が参加したナイル川クルーズの同じ船に彼女もいた。クルーズには、ゴシップ好きなアラートン夫人、その息子ティム、リネットの会社の米国管財人ペニントン、小説家サロメ・オタボーン、その娘ロザリー、ヴァン・シュワイラー夫人、その娘コーネリア、共産主義者ファーガソン、医師ベクターなどもいた。遺跡見学中にリネットの頭上から石が落ちてくる出来事名探偵ポワロ  ナイルに死す6.jpgがあった。一方、ポワロは旧知のレイス大佐と再会。その晩、ポワロが早く寝てしまった後、ブリッジをしていた人たちの所にジャクリーンとコーネリアが来てリネットが寝室に戻たところで、ジャクリーンが突然ピストルでサイモンの脚を撃つ。自身狼狽するジャクリーンをコーネリアとファー名探偵ポワロ  ナイルに死す 04.jpgガソンが部屋に連れて行き、ベクター医師がサイモンの膝を治療、鎮静剤を打って眠らせる。翌朝、起床したポワロにレイス大佐から、リネットが撃たれて死んだとの知らせが入り、大佐の指揮で捜査が始まるが、不審者の目撃を仄めかしたドイルのメイドのルイーズが刺殺され、更にはルイーズと会った人物について話そうとしたサロメが射殺される―。  

 「名探偵ポワロ」の第52話(第9シーズン第3話)でロング・バージョン。本国放映は2004年4月12日、本邦初放映は2005年8月23日(NHK-BS2)。原作はアガサ・クリスティが1937年に発表した長編作品であり、クローズド・サークルものの傑作とされ、1982年に行われた日本クリスティ・ファンクラブ会員の投票ではクリスティの全作品中5位に入っています。

ナイル殺人事件 スチール.jpg 同じ原作の映画化作品であるジョン・ギラーミン監督の「ナイル殺人事件」('78年/英)が、ポワロ役のピーター・ユスティノフ他オールスター・キャスト映画としてよく知られていて、しかも"クルーズ観光映画"とでも言うべきか旅行気分も味わえる作品ですが、犯人が誰だったかということについては強烈な印象があるものの、事件の細かい経緯は忘れてしまったので(映画は'78年の公開年に観てその後テレビでも観たと思うが)、この「名探偵ポワロ・シリーズ」で改めて観て経緯を再確認したといったところでしょうか(原作の船客からは考古学者のリケティ、弁護士のファンソープ、看護師のミス・バワーズの3人が削られている)。
「ナイル殺人事件」('78年/英)

名探偵ポワロ(第52話)/ナイルに死す .jpg 犯人の解明に至るプロセスを改めて堪能したという感じです。映画の方は、推理半分・観光半分みたいな感じで、最後ポワロが関係者全員を集めて定番の謎解きをするのですが、それがややバタバタっという印象であったのに対し(後で原作を読んで細部について納得した記憶がある)、このテレビ版は、ポワロがさほど大げさなことはしませんが丹念に謎解きをしてくれているように思いました(舞台の派手さよりも。謎解き重視か)。"観光映画"としては、劇場版に比べるとさすがに地味ですが、それでもTVシリーズとしては結構お金がかかっている感じです。戯曲にもなっているように、その気になれば全て室内での演技でも出来てしまう作品なのですが、原作より上流の方らしいけれどちゃんとナイル川に船を出して遺跡巡りもしています(エジプトが舞台の第7話「海上の悲劇」('89年)はギリシャで、第34話「エジプト墳墓のなぞ」('93年)はスペインでそれぞれ撮影されている)。

ナイルに死す エミリー・ブラント.jpgエミリー・ブラント プラダを着た悪魔.jpg 映像化作品では、リネットがお金持ちであるだけでなく美人であり(このドラマでは「プラダを着た悪魔」('06年/米)でブレイクする直前のエミリー・ブラントが金髪のウィッグで演じている)、一方のエマ・グリフィス・マリン(「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第15話)/魔術の殺人」 (09年)にも出演している)演じるストーカー行為を行うジャクリーンはコンプレックスをしょい込んだような、普通の男性だったらあまり近づきたくない感じEmma Griffiths Malin as Jacqueline de Bellefor.jpgの女性であって(映画版ではミア・ファロー_3.jpg演技派ミア・ファローが好演)、ジャクリーンからリネットに"乗り換えた"サイモン・ドイルはややとっぽい感じの美男子というのがミソでしょうか。男女間の意外な関係がラストで明かされるというのは、クリスティだけでなく、その後も英国ミステリで何度か使われていますが、この作品の場合、先入観無しで映像(見た目)から入っていくと尚更分からないだろなあ(映画もそうだった)。

Emma Griffiths Malin as Jacqueline de Bellefort

 最初に映画を観た時には、動機について伏線が全然無かったではないかとの印象で星3つの評価(△評価)をつけましたが、このTVドラマ版では、ポワロが先入観ではなくロジックで謎解きをしていることがよく分かり、映画よりやや上の星3つ半(○評価)にしました。映画とTVシリーズとで同列で評価するのは難しいけれど、プロットを落ち着いて確認できるというTVドラマのメリットが生かされていたように思います。
Death on the Nile
Death on the Nile.jpg
名探偵ポワロ  ナイルに死す 03.jpg「名探偵ポワロ(第52話)/ナイルに死す」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON9:DEATH ON THE NILE●制作年:2004年●制作国:イギリス●本国放映:2004/04/12●監督:アンディ・ウィルソン●脚本:ケヴィン・エリオット●時間:99分●出演:デビッド・スーシェ(ポワロ)/エマ・グリフィス・マリン(ジャクリーEMMA GRIFFITHS MALIN -Death On The Nile.jpgン)/JJ・フィールド(サイモン)/エミリー・ブラント(リネット)/バーバラ・フリン(アラートン夫人)/ダニエル・ラパイン(ティム)/ジュディ・パーフィット(ヴァン・シュワイラー)/デイジー・ドノヴァン(コーネリア)/フランセス・デラチュアEmma Griffiths Malin2.jpg(オタボーン夫人)/デビッド・ソウル(ペニストン)/ジェームズ・フォックス(レイス)●日本放映:2005/08/23●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)

Emma Griffiths Malin

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分かりにくくてイマイチだった原作を、分かりやすく面白くした?

名探偵ポワロ 43ヒッコリー・ロードの殺人 dvd.jpg 名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人2.jpg ヒッコリー・ロードの殺人 1956.jpg ヒッコリー・ロードの殺人1978.jpg ヒッコリー・ロードの殺人2004.jpg
名探偵ポワロ[完全版]Vol.25 [DVD]」「名探偵ポワロDVDコレクション 22号 (ヒッコリー・ロードの殺人) [分冊百科] (DVD付)」『ヒッコリー・ロードの殺人 (1956年) (ハヤカワ・ミステリ)』『ヒッコリー・ロードの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM1-37))』『ヒッコリー・ロードの殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人 00.jpg名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人title.jpg ポワロの秘書ミス・レモンの姉ハバード夫人が管理人を務めるヒッコリー・ロードにある学生寮で奇妙なものが盗まれる事件が頻発し、ミス・レモンはポワロに相談する。学生寮のオーナーのニコレティスは気難しい女性で、学生たちへの犯罪学の講演名目で寮ににやった来たポワロを歓迎していない様子。寮名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人01.jpgにいる学生は、医学生のレオナルド、アメリカからフルブライト留学生で英文学専攻のサリー、考古学・中世史専攻のナイジェル、政治学専攻のパトリシア、心理学専攻のコリン、化学専攻のシーリア、服飾デザイン専攻のヴァレリーら7人。盗まれた品物の内訳は、聴診器、指名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人3.jpg輪、ライター、ホウ酸、夜会靴の片方、リュックサック、電球などで、被害は大したものではないが、それを見たポワロは盗みの陰に潜む危険を察知する。程なくして盗名探偵ポワロ ヒッコリー・ロードの殺人 02.jpgみの犯人が盗癖持ちだったという女子学生シーリアと判明するが、彼女は一部の品については盗んでいないと言う。ポワロが事件の予感を覚えた直後にシーリアが毒殺される事件が起き、医学生のレオナルドへの容疑が強まるが、次いで学生寮のオーナー女性ニコレティスが何者かに刺殺される―。

AGAHTA CHRISTIE HICKORY DICKORY DOCK1.jpgAGAHTA CHRISTIE HICKORY DICKORY DOCK2.jpg 「名探偵ポワロ」の第43話(第6シーズン第2話)でロング・バージョン。本国放映は1995年2月12日、本邦初放映は1996年12月30日(NHK)で、第42話「ポワロのクリスマス」より1年早く放映されています。原作はクリスティが1955年に発表したポアロシリーズ第26作。映像化作品としては、戦後発表されたものの中では(戦前に発表した短編を戦後に中篇に拡張した「盗まれたロイヤル・ルビー」「スペイン櫃の秘密」を除いて)シリーズ初登場とのことですが、時代設定は他のシリーズ作品同様1930年代半ばにしています。

AGAHTA CHRISTIE HICKORY DICKORY DOCK k.jpg 原作は、学生寮にいて様々な出身国の学生が集い自由に議論したりする様は印象深かったですが、登場人物が多すぎて(文庫巻頭の登場人物一覧表に記載されている寮生だけでも11人、全部で16人か)、しかもその中で殺害された者を除いて全員容疑者とあって、もう最後は犯人が誰だっていいや的な気分になりそうでしたが、推理通に言わせれば、ロジックで辿っていくと犯人は判るようになっているとのことです(個人的には全然判らなかった)。
Hickory Dickory Dock (Poirot) (Hercule Poirot Series)

ヒッコリー・ロードの殺人 2.jpg この映像化作品では、さすがに100分の話の中に寮生十数人を全部詰め込むのは無理と考えたのか7人に絞っていて、原作では、ジャマイカからの黒人の留学生エリザベス、西アフリカ人の黒人の留学生アキンボ、その他インド人の学生など有色人種の学生も結構いましたが、全部白人になっています。これは別に人種差別ということでもなく(フランス人の留学生なども省かれている)、時代設定を戦前にしたことに関係しているのではないかと思います。

ヒッコリー・ロードの殺人  .jpg まあ、その前に、登場人物を減らしてスッキリさせるという狙いがあったかと思いますが、それが成功しているように思います。品物が盗まれる事件に複数の人物の動機が絡んでいて、それだけでも複雑であるため、これで容疑者が10人も15人もいたら何が何だか分からなくなるところでしたが(原作を読んだ時はその印象に近かった)、この映像化作品を観て腑に落ちたという感じでしょうか。

 しかも、ジャップ警部が夫人が旅行で不在のため、自宅で一人で家事をして失敗したりした末に(ジャップ警部の自宅が出て来るのは第33話「愛国殺人」以来だが、あの時から引っ越しした?)、ポワロの所へ招かれて泊り込み(客用の寝室があったのだ)、トイレのビデが何のためのものか分からずにミス・レモンに訊ねて彼女を困らせた挙句、夜中にそれで顔を洗ったり、ポワロの作った豚足料理(ベルギーの豚足料理は有名らしい)に辟易し、ミス・レモンの作ったムニエルに飽き足らず、自分でマッシュポテトに煮豆、レバー団子という英国風昼食を作って今度はポワロに癖癖させたりといった、文化的ギャップが生むユーモラスな場面を織り込んだりする余裕もあったようです。

 一方で、実はナイジェルの父親だったスタンリー卿の話を結構膨らませていて、この辺りは脚本のアンソニー・ホロヴィッツの好みでしょうか。個人的には、原作にある、シーリアが書いた謝罪の手紙を犯人が遺書として利用するといったプロットなどを省いてまでこの話を膨らませる必要はあったのかと思いましたが、映像化作品だけで観ればそれほど気になりませんでした。但し、クリスティの描く通常の犯人像からはやや逸脱したサイコ的な極悪人の犯人像になったようにも思います。

 因みに、2016年のAXNミステリーのスペシャル企画「アガサ・クリスティー生誕記念特集」で、「名探偵ポワロ」の視聴者投票と併せて著名人に「名探偵ポワロ」のベストを聞く企画で、英文学者、英国文化研究家の小林章夫・上智大学教授はこの作品をベストに挙げています。また、ミステリマガジン2014年11月号の作家・若竹七海氏による「ドラマ版ポワロからベスト3」で、「原作は今一つなのに、意外に楽しい作品になっていた。数多い学生寮の住人を整理し、マザー・グースに合わせてネズミを配し、ミステリ的にはツッコミどころのあるお話をテンポよく進めてみせた」傑作の一本との高評価を得ています。マザー・グースは原作ではタイトルに使われていただけでしょうか。原作との相対評価で言うと、自分も若竹七海氏に近いと言えます。

ヒッコリー・ロードの殺人s.jpg「名探偵ポワロ(第43話)/ヒッコリー・ロードの殺人」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON6:HICKORY DICKORY DOCK●制作年:1995年●制作国:イギリス●本国放映:1995/02/12●監督:アンドリュー・グリーブ●脚本:アンソニー・ホロウィッツ●時間:103分●出演:デビッド・スーシェ(ポワロ)/フィリップ・ジャクソン(ジャップ)/ ポーリン・モラン(ミス・レモン)/パリス・ジェファーソン(サリー・フィンチ)/ナイジェル・チャップマン(ジョナサン・ファース)/ダミアン・ルイス(レナード・ベイトソン)/ギルバート・マーティン(コリン・マクナブ)/エリナー・モリストン(バレリー・ホブハウス)/ポリー・ケンプ(パトリシア・レーン)/ジェシカ・ロイド(シーリア・オースティン)/サラ・ベデル(ハバード夫人)/レーチェル・ベル(ニコレティス夫人)/グランヴィル・サクストン(キャスタマン氏)/デビッド・バーク(サー・アーサー・スタンリー)●日本放映:1996/12/30●放映局:NHK(評価:★★★☆)

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映画「死海殺人事件」の原作。映画は?だが、原作は本格推理として楽しめる。

死との約束 1957.jpg死との約束HM.jpg 死との約束1978(1988) .jpg 死との約束 クリスティ文庫.jpg 死海殺人事件2.jpg
ハヤカワ・ミステリ(1957)/『死との約束 (ハヤカワ・ミステリ文庫 1-33)』/映画タイアップカバー/『死との約束 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』/「MGM HollyWood Classics 死海殺人事件 [DVD]

 ポアロは中東エルサレムで休暇を過ごすが、同じく同地を訪れていたのが、世界的に有名な精神科医のテオドール・ジェラール博士、イギリスの国会議員ウエストホルム卿夫人、新米女医サラ・キング、米国人のボイントン一家らだった。ボイントン夫人は、長男のレノックスとその妻ネイディーン、次男のレイモンド、長女のキャロル、次女のジネブラの5人を従えていた。夫人はかつて刑務所で女看守として働き、偶然に大金持ちのボイントン氏と結婚し、夫が亡くなって未亡人となったが、我儘で個性が強く家族全員を拘束していた。子供達の意見や要求は殆ど無視され、いつまで経っても子供としか扱われない。ある日ジェラール博士、サラ、ウエストホルム卿夫人とその取り巻きのアマベル・ピアス、ネイディーン・ボイントンの友人のジェファーソン・コープらはペトラ遺跡の観光ツアーに参加するが、ペトラに着くとボイントン一家もそこにいた。翌日の昼食時、ボイントン夫人は子供たちに自由に散歩することを許すが、これは彼女にしては希有なことだった。ボイントンの子供たちとサラたちの一行は思い思いに遺跡に向かい、崖の上からの景色を堪能して各々帰路に着くが、ジェラール博士だけはマラリアを発病し先にキャンプに帰っていた。ボイントン夫人は暑さの中で、外に出した椅子に座って身動き一つしなかったが、やがて夕食時に夫人が現れないので召使が呼びに行くと、夫人は亡くなっていた。新米医師サラの見立てでは死亡時刻は発見の1時間以上前で、夫人の手首には注射針の跡があった。さらにジェラール博士の注射器がなくなっており、多量のジギタリスも消えていた―。

ナイルに死す2.jpg死との約束 英初版Collins 1938年 .jpg 1938年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロ・シリーズの第16作で(原題:Appointment with Death)、前年発表のポワロシリーズ『ナイルに死す』((原題:Death on the Nile))と同じく中東を舞台にした本格派推理小説です。前々年発表の『メソポタミヤの殺人』も中東・イラクが舞台でした。因みにクリスティは最初の夫アーチボルド・クリスティ大尉(彼は薬剤師の助手として勤務していたため、クリスティは彼から毒薬の知識を得たという)に裏切られて傷心旅行で訪れたメソポタミヤで14歳年下の考古学者マックス・マローワンと知り合って、彼と1930年に再婚、その後に続く"中東モノ"は、おそらく考古学者である夫の研究調査に随伴した経験が素地になっていると考えられます(但し、この作品には『メソポタミヤの殺人』のような考古学的モチーフは出てこない)。

英初版Collins 1938年

死海殺人事件_0.jpg 『ナイルに死す』はジョン・ギラーミン監督の映画「ナイル殺人事件」('78年/英)の原作として知られていますが、この作品が マイケル・ウィナー監督(「狼よさらば」「ロサンゼルス」)の映画「死海殺人事件」('88年/米)の原作であることはあまり知られていないかもしれません。そもそもエルサレムという異国の地を舞台にしながらも原作がやや地味ですが、ポワロが関係者一人一人に事情聴取していってロジックで犯人を突き止める過程は『オリエント急行の殺人』などにも通じるものがあり、本格推理としてはよく出来ていて、結構楽しめるように思います。

映画「死海殺人事件」チラシ

死海殺人事件w.jpg 映画「死海殺人事件」は、「ナイル殺人事件」やガイ・ハミルトン監督の「地中海殺人事件」('82年/英、原作はポアロ・シリーズ『白昼の悪魔』)に続いてピーター・ユスティノフがエルキュール・ポワロを演じていますが、ピーター・ユスティノフにとっては最後のポワロ役でした。また彼は、「地中海殺人事件」と「死海殺人事件」の間にTVドラマのミニシリーズで「名探偵ポワロ/エッジウェア卿殺人事件」('85年/英)など3本でポワロを演じています(「エッジウェア卿殺人事件」では'89年からTⅤ版「名探偵ポアロ」でポワロを演じることになるデヴィッド・スーシェがジャップ警部を演じている)。

死海殺人事件lt.jpg死海殺人事件es.jpg 原作では、ボイントン夫人は虐待に近いような子供達の扱いぶりで、しかも太った醜い女性として描かれていますが、映画では専制的ではあるものの、原作までは酷くないといった感じでしょうか。それでも、殺害された彼女は皆から嫌われていたわけで、遺産相続も絡んでいて(それが目眩ましにもなっているのだが)、登場人物全員が容疑者候補であるのは原作と同様です(殺人事件があって禁足令が出ているけれど、旅行自体は皆続けるのだろうなあ)。『オリエント急行の殺人』と同様、ポワロの聴き取りに対して誰かが(場合によっては複数が)虚偽を述べているわけであって、ある種"叙述トリック的であるわけですが、これを映像化するのは難しかったかもしれません。

死海殺人事件48.jpg死海殺人事件_.jpg 実際、映画を観ると、容疑者達の陳述が真実であろうと虚偽であろうと、その陳述に沿った映像化がされているため、途中からある程度そのことを含み置いて観ていないと、無かったことを映像化するのは《掟破り》ではないか(フランソワ・トリュフォーなどはアルフレッド ヒッチコックへのインタビュー『映画術』でそう言っている)ということになります。まあ、原作でも映画でも、初めてで犯人が判ればなかなかのものだと思いますが、映画を観て改めて新米医師であるサラの死亡推定時刻の見立ては正しかったのだなあと再確認しました。ピーター・ユスティノフがポワロを演じてきた映画は、この作品で英国から米国のB級映画会社に製作が移った死海殺人事件(1988年5.jpgものの(この会社は後に倒産する)、ユスティノフの演技自体は悪くないし(「ナイル殺人事件」「地中海殺人事件」に続いてこの映画も"旅行もの"であるため違和感が無い)、ローレン・バコールのキツイ顔もいいけれど死との約束 powaro .jpg(初めて観た時はさすがに老けたなあと思ったが、彼女が亡くなったのは2014年でこの作品の26年後89歳で亡くなっている)、やはり、「起きなかったことを映像化している」点がちょっと引っ掛かりました(他に何かいい手があるわけではないが)。デヴィッド・スーシェ版「名探偵ポワロ(第61話)/死との約束」('09年/英)ではその辺りはどう描かれていたでしょうか。
「名探偵ポワロ(第61話)/死との約束」 (09年/英) (2010/09 NHK‐BS2) ★★★☆

Appointment with Death (1988)
Appointment with Death (1988).jpg死海殺人事件ド.jpg「死海殺人事件」●原題:APPOINTMENT WITH DEATH●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督・製作:マイケル・ウィナー●脚本:アンソニー・シェーファー/ピー死海殺人事件ges.jpgター・バックマン/マイケル・ウィナー●撮影:デヴィッド・ガーフィンケル●音楽:ピノ・ドナッジオ●原作:アガサ・クリスティ「死との約束」●時間:103分●出演:ピーター・ユスティノフ/ローレン・バコール/キャリー・フィッシャー/ジョン・ギールグッド/パイパー・ローリー/ヘイリー・ミルズ/ジェニー・シーグローヴ/デビッド・ソウル/アンバー・ベゼール/マ死海殺人事件12.jpg死海殺人事件16.jpgイケル・グレイブ/ニコラス・ゲスト/ジョン・ターレスキー/マイク・サーン●日本公開:1988/05●配給:日本ヘラルド映画(評価★★★)

David SOUL - Appointment with death (1988)

【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(高橋豊:訳)/1978年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(高橋豊:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(高橋豊:訳)]】

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事実をアムンゼン・スコット隊の物語のようにドラマチックに改変した原作と映画。

八甲田山  1.jpg八甲田山 1977.jpg八甲田山  2.jpg 八甲田山 dvd.jpg
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八甲田山1s.jpg 日露戦争開戦目前の1901(明治34)年10月、軍部はロシア軍と戦うためには雪と寒さに慣れておく必要があると判断、弘前の第4旅団司令部で行われた「日露戦争に備えての雪中行軍作戦会議」に、弘前第8師団より第4旅団長・友田少将(島田正吾)、参謀長・中林大佐(大滝秀治)、「弘前第31連隊」より連隊長・児島大佐(丹波哲郎)、第1大隊長・門間少佐(藤岡琢也)、徳島大尉(高倉健)、「青森第5連隊」よ八甲田山2a96e.jpg八甲田山 高倉2.jpgり津村中佐(小林桂樹)、木宮少佐(神山繁)、神田大尉(北大路欣也)、第2大隊長・山田少佐(三國連太郎)らがそれぞれ出席して、耐寒訓練として冬の八甲田山を軍行する計画を立て、神田大尉率いる「青森第5連隊」と徳島大尉率いる「弘前第31連隊」の参加が決まる。双方は青森と弘前から出発、八甲田山ですれ違うという進行が大筋だった。翌年1月20日、徳島率いる弘前八甲田山80.jpg第31連隊は、雪に馴れている27名の編成部隊で弘前を出発し、一方の神田大尉も小数精鋭部隊の編成を申し出たが、大隊長・山田少佐に拒否され210名という大部隊で青森を出発した。神田の青森第5連隊の実権は大隊長・山田少佐に移っており、神田の用意した案内人を山田が断ってしまう。神田の部隊は低気圧に襲われ、磁石が用をなさなくなり、ホワイトアウトの中に方向を失い、次第に隊列は乱れ、狂死する者八甲田山12.jpgさえ出始める。一方徳島の部隊は、案内人(秋吉久美子)を先頭に風のリズムに合わせ、八甲田山に向って快調に進む。出発してから1週間後、徳島隊は八甲田に入って神田大尉の従卒の遺体を発見、神田の青森第5連隊の遭難は疑う余地はなかった。そして徳島は、吹雪の中で永遠の眠りにつく神田と再会。青森第5連隊の生存者は山田少佐以下12名。徳島の弘前第31連隊は全員生還。山田少佐はその後に拳銃自殺する―。

八甲田山 高倉.jpg 1977年公開の森谷司郎監督、橋本忍脚本、高倉健・北大路欣也主演作品で、原作は新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』('71年/新潮社)。原作は、1902(明治35)年)1月、陸軍第8師団の「青森歩兵第5連隊」が青森市街から八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍訓練で参加者210名中199名が死亡した事件に材を得ていますが、「弘前歩兵第31連隊」の雪中行軍訓練と時期は重なるものの、お互いに相手の計画を知らなかったということで、これを徳島・神田両大尉が同時に行軍指揮の命令を受け、事前に両隊が八甲田山で出会うことを示し合わてスタートしたように描き、更に、強行スケジュールを立てて先を急いだ神田・青森隊と、自然の驚異への畏怖からそれに逆らわず慎重に行動した徳島・弘前隊を対比的に描くことで、ちょうど南極点一番乗りを目指して片や偉業達成、片や全滅したアムンゼン隊とスコット隊の物語のようにドラマチックにしたのは、新田次郎の作家としての力量の為せる技でしょう。

八甲田山 1977  三國s.jpg 従って、事実としては、映画のように高倉健が演じた徳島大尉(モデルは福島泰蔵大尉)と北大路欣也が演じた神田大尉(モデルは神成文吉大尉)が出発前に出会って語らったこともなく、また、映画では三國連太郎演じる山田少佐(モデルは山口鋠少佐)の我田引水の判断や行動が遭難事故の誘因となったように描かれていますが、実際には山口少佐の遭難事故に与えた影響は判明していないそうです(部下の犠牲で生き残ったことへの自責の念から病院で拳銃自殺するというのも新田次郎の創作)。

八甲田山es.jpg 一方の、徳島大尉は理想のリーダーのように描かれていますが、実際には福島隊も地元の案内人との関係は良くなかったらしく、高倉健の徳島大尉が秋吉久美子演じる(軽々と雪山を登って行く部分はスタント?)案内人に感謝の意を表して部下らに捧げ銃を命じるのは完全に映画のオリジナルで、新田次郎原作においてすら、小銭を渡して冷たくあしらったことになっています(映画では、三國連太郎演じる山田少佐が「金目当てか?」と案内人を追い返したのと対照的な行動として描かれている。感動的な場面ではある)。

八甲田山i.jpg しかしながら、事実がどうだったかはともかく、映画は映画としてみれば面白く、少なくとも長尺の割には、途中飽きることはありませんでした。原作の方は企業研修や大学において、リスクマネジメントやリーダー論などの経営学のケーススタディに用いられることがあるようですが、当然事前に読ませておくということでしょう。映画も(その後の討論を含め1日がかりの研修ならともかく)勤務時間中に見せるのは約2時間40分の長さはきついかもしれません。

八甲田山 北大路欣也.jpg そもそも、原作にしても映画にしても、明治陸軍という特殊な組織の中での話であって、これを現代のビジネス社会に当て嵌めて考えたり応用したりするには無理があるという見方もあるようですが、確かにそうした面もあるかもしれないし(「北大路欣也演じる神田大尉が上官の無茶な命令に逆らえないのはフォロワーシップの欠如だ」と言うのは簡単だが、当時の陸軍においては上官命令には絶対服従だっただろう)、一方、高倉健演じる徳島大尉はあまりに理想的に描かれ過ぎている感じもします。しかしながら、個々のリーダーシップと言うより組織論的な観点から見ると、命令系統の混乱が青森隊を混迷状況に陥れたわけで、マネジメントにおける「命令統一の原則」が守られなかった場合どうなるかということと呼応しており、参考になる部分はあるかもしれません。

八甲田山 1977   8.jpg 今日まで続く"山岳映画"の流れの嚆矢にもなったとされる作品ですが(一応これ以前にも「銀嶺の果て」('47年)や「黒い画集 ある遭難」('61年)といった作品はあるが)、この作品のロケは大変だったろうなあと思います。撮影隊が本当に遭難しそうになったという逸話があるというのは頷けますが、今だったらかなりの部分をCGでカバーしてしまうだろうから、そう考えると全てフィルムで撮っているというのは映像的に貴重かも。但し、カメラマンの木村大作は吹雪の中で照明が殆ど使えなかったことが不満だったとのことで、確かに白い雪の中で登場人物の顔が黒く潰れてしまっているというのは多く見られました。おそらくこれはデジタルリマスター版になってもそう改善されないものなのでしょう。

八甲田山03.jpg「八甲田山」●制作年:1977年●監督:森谷司郎●製作:橋本忍/野村芳太郎/田中友幸●脚本:橋本忍●撮影:木村大作●音楽:芥川也寸志●時間:169分●出演:高倉健/北大路欣也/島田正吾/三國連太郎/丹波哲郎/藤岡琢也/加山雄三/小林桂樹/神山繁/森田健作/下絛アトム/大滝秀治/前田吟/東野英心/緒方拳/加賀まり子/秋吉久美子/山谷初男/丹古母鬼馬二/菅井きん/加藤嘉/田崎潤/栗原小巻/金尾哲夫/玉川伊佐男/江角英明/樋浦勉/浜田晃/加藤健一/江幡連/高山浩平/安永憲司/佐久間宏則/大竹まこと/新克利/山西道宏/船橋三郎●公開:1977/06●配給:東宝(評価:★★★☆)

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「メメント・モリ」映画の"傑作"と言うか、むしろ"快作"と言った方が合っている?

Okuribito (2008).jpgおくりびと 2008 .jpgおくりびと1.jpg
おくりびと [DVD]」 山崎努・本木雅弘
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おくりびと2.jpg チェロ奏者の小林大悟(本木雅弘)は、所属していた楽団の突然の解散を機にチェロで食べていく道を諦め、妻・美香(広末涼子)を伴い、故郷の山形へ帰ることに。さっそく職探しを始めた大悟は、"旅のお手伝い"という求人広告を見て面接へと向かう。しかし旅行代理店だと思ったその会社の仕事は、"旅立ち"をお手伝いする"納棺師"というものだった。社長の佐々木生栄(山崎努)に半ば強引に採用されてしまった大悟。世間の目も気になり、妻にも言い出せないまま、納棺師の見習いとして働き始める大悟だったが―。

おくりびと アカデミー賞.jpg 2008年公開の滝田洋二郎監督作で、脚本は映画脚本初挑戦だった放送作家の小山薫堂。第32回日本アカデミー賞において作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞(本木雅弘)・助演男優賞(山崎努)・助演女優賞(余貴美子)・撮影賞・照明賞・録音賞・編集賞の10部門をを独占するなど多くの賞を受賞しましたが、その前に第32回モントリオール国際映画祭でグランプリを受賞しており、更に日本アカデミー賞の発表後に第81回米アカデミー賞の外国語映画賞の受賞が決まり、ロードショーが一旦終わっていたのが、アカデミー賞受賞で再ロードにかかったのを観に行きました。

滝田洋二郎監督、本木雅弘、余貴美子、広末涼子(第81回アカデミー賞授賞式/2009年2月23日(日本時間))

おくりびと3.jpg 主演の本木雅弘のこの映画にかけた執念はよく知られていますが(菊池寛賞が"本木雅弘と「おくりびと」制作スタッフ"に贈られている)、"原作者"に直接掛け合ったものの、原作者から自分の宗教観が反映されていないとして「やるなら、全く別の作品としてやってほしい」と言われたようです。もともとは、本木雅弘が20歳代後半に藤原新也の『メメント・モリ―死を想え』('83年/情報センター出版局)を読み、インドを旅して、いつか死をテーマにしたいと考えていたとのことで、まさに「メメント・モリ」映画と言うか、いい作品に仕上がったように思います(結局、原作者も一定の評価をしているという)。

おくりびと4.jpg 特に、前半部分で主人公が"納棺師"の仕事の求人広告を旅行代理店の求人と勘違いして面接に行くなどコメディタッチになっているのが、重いテーマでありながら却って良かったです(逆に後半はややベタか)。技術的な面や宗教性の部分で原作者に限らず他の同業者からも批判があったようですが、それら全部に応えていたら映画にならないのではないかと思います。こうした仕事に注目したことだけでも意義があるのではないかと思いますが(ジャンル的には"お仕事映画"とも言える)、米アカデミー賞の選考などでは、同時にそれが作品としてのニッチ効果にも繋がったのではないでしょうか(アカデミーの外国映画賞が、前3年ほど政治的なテーマや背景の映画の受賞が続いていたことなどラッキーな要素もあったかも)。

おくりびと5.jpg Wikipediaに「地上波での初放送は2009年9月21日で21.7%の高視聴率を記録したが、2012年1月4日の2回目の放送は3.4%の低視聴率」とありましたが、2回目の放送は日時が良くなかったのかなあ。こうした映画って、ブームの時は皆こぞって観に行くけれど、時間が経つとあまり観られなくなるというか、《無意識的に忌避される》ことがあるような気がしなくもありません。そうした傾向に反発するわけではないですが、個人的には、最初観た時は星4つ評価(○評価)であったものを、最近観直して星4つ半評価(◎評価)に修正しました(ブームの最中には◎つけにくいというのが何となくある?)。「メメント・モリ」映画の"傑作"と言うか、むしろ"快作"と言った方が合っているかもしれません。

 これもWikipediaに、「本作では、一連の死後の処置(エンゼルメイク)を納棺師が行っているが、現在では、臨終全体の8割が病院死であり、実際には、看護師が病院で行うことが多い」(小林光恵著『死化粧の時―エンゼルメイクを知っていますか』('09年/洋泉社))とありましたが、病院側がやるエンゼルメイクとは別に葬儀会社に「湯灌」などを頼めば、有料の付加サービスとしてやってくれるでしょう。納棺師と湯灌師の違いの厳密な規定はないそうですが、そうした人たちもある意味"おくりびと"であるし(最近若い女性の湯灌師が増えているという)、エンゼルメイクする看護師もその仕事をしている時は、広い意味での"おくりびと"であると言えるのではないでしょうか。
   
丸の内ルーブル.jpg丸の内ピカデリー3.jpg「おくりびと」●制作年:2009年●監督:滝田洋二郎●製作:中沢敏明/渡井敏久●脚本:小山薫堂●撮影:浜田毅●音楽:久石譲●時間:130分●出演:本木雅弘/広末涼子/山崎努/杉本哲太/峰岸徹/余貴美子/吉行和子/笹野高史/山田辰夫/橘ユキコ/飯森範親/橘ゆかり/石田太郎/岸博之/大谷亮介/諏訪太郎/星野光代/小柳友貴美/飯塚百花/宮田早苗/白井小百合●公開:2008/09●配給:松竹●最初に観た場所:丸の内ブラゼール4.jpg丸の内ブラゼールes.jpg丸の内ピカデリー3(09-03-12)(評価:★★★★☆)
丸の内松竹(丸の内ピカデリー3) 1987年10月3日「有楽町マリオン」新館5階に7階「丸の内ルーブル」とともにオープン、1996年6月12日~「丸の内ブラゼール」、2008年12月1日~「丸の内ピカデリー3」) (「丸の内ルーブル」は2014年8月3日閉館)

「サロンパス ルーブル丸の内/丸の内ブラゼール」(2008)

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松本清張の初期作品を当時の時代背景で再現するのは今後ますます難しくなっていく?

ゼロの焦点0.jpg ゼロの焦点 2009.jpg  『ゼロの焦点』(1961)kyu.jpg
ゼロの焦点(2枚組) [DVD]」木村多江・広末涼子・中谷美紀「ゼロの焦点 [DVD]

ゼロの焦点 2009 01.jpgゼロの焦点 2009  6.jpg 結婚式から7日後。仕事の引継ぎのため、以前の勤務地である金沢に戻った鵜原憲一(西島秀俊)が姿を消す。憲一の妻・禎子(広末涼子)は、見合い結婚のため夫の過去をほとんど知らず、失踪の理由もさっぱり見当がつかない。夫の足跡を辿って金沢へと旅立った禎子は、憲一のかつての得意先企業、室田耐火煉瓦会社で社長夫人の室田佐知子(中谷美紀)、受付嬢の田沼久子(木村多江)という2人の女性と出会う。日本初の女性市長選出に向けてゼロの焦点 2009 03.jpg支援活動に精を出す佐知子。教養がなく貧しい出身だが、社長のコネで入社した久子。交わるはずのなかった3人の女性の運命だったが、憲一の失踪事件がきっかけとなり、複雑に絡み合っていく。一方、憲一の失踪と時を同じくして起こった連続殺人事件に関して、ある事実が判明する。事件の被害者は、いずれも憲一に関わりのある人間だったのだ。夫の失踪の理由とは?連続殺人の犯人の正体とその目的は?全ての謎が明らかになるとき、衝撃の真相が禎子を待ち受ける―。

ゼロの焦点 新潮文庫2.jpg 2009年公開の犬童一心監督作で、2009年が原作者・松本清張の生誕100年にあたった記念の作品であるとのこと。松本清張の原作は、1961年に野村芳太郎監督で映画化されて以来何度かテレビドラマとして映像化されたものの、映画化作品としてはこれが初リメイクです。公開当時は、主演の女優たちが化粧品会社の広告のような出で立ちでポスターに収まり、更にそれに近い格好で映画祭などに出ているのを見て観なくてもいいかなと思ったりもしましたが、犬童一心監督の「のぼうの城」('12年/東宝)(樋口真嗣と共同監督)がまずまずだったので、観てみることにしました。しかしながら、結果は、やはりイマイチだったという印象です。時代設定を原作通り1957年から1958年頃にしているのは良いとして、一般には野村芳太郎版より原作に忠実とされているようですが、原作には無い室田佐和子の弟が出てきたり、佐和子の夫・室田儀作(鹿賀丈史)が最後自殺したりと、結構改変していました。

『ゼロの焦点』(1961).jpg 野村芳太郎版では、脚本の橋本忍が混み入った原作の背景を1時間半の中に収めようと腐心し、ラストの崖っぷちで犯人が長台詞の告白をするという設定になっていましたが、それが後の数多くの推理ドラマで使われる原型的パターンとなったとされるもののゼロの焦点 2009   09.jpg、今観ると逆に映画ではなくテレビドラマのように見えてしまうという印象を個人的に持ちましたが、こちらは2時間超なので、そのあたりはどう描くのかと思ったら、広末涼子演じる主人公が、汽車に揺られたりしながら自分の頭の中で想像で謎解きをしてしまう形になっていて、旧作よりも更に謎解きの部分が軽く扱われている印象を受けました(独白ナレーションでの謎解きには興醒めさせられる)。

ゼロの焦点es.jpg 犬童一心監督はロケ地探しに苦心したとのことで、韓国でロケしたりして、更にはVⅩ技術を駆使したりして昭和30年代の金沢を再現しており、安易に現代に置き換えず、当時のままを再現しようとしたその意欲と努力は買いますが、市長選に肩入れする佐和子を遠して婦人参政運動を描くことの方にウェイトがかかり過ぎた感じもして、昭和30年代の金沢を知る自分としては、もっと金沢の街並みとかを描いて欲しかった気もします(東京の場面も含め、いきなり室内シーンから入るパターンが多い)。

ゼロの焦点 2009 06s.jpgゼロの焦点 2009  09.jpg 広末涼子(禎子)、中谷美紀(佐和子)、木村多江(久子)の演技陣の中では、中谷美紀が目立ってしまった分、主人公である広末涼子が埋没してしまった印象で、事件を通して禎子が人間的に成長することが原作のモチーフの1つゼロの焦点 2009 ki .jpgであるのにそれがイマイチ伝わってきませんが、これは広末涼子のせいなのか演出のせいなのか(おそらく両方のせい?)。逆に木村多江だけがまともな演技をしているようにも見えますが、何れにせよ、背景映像の作り込みがしっかりしているのに、3人とも何となくスタジオで昨今のテレビドラマ風の演技をしているようで背景とマッチしてこず、よって、背負っている過去の重たさも伝わってこないのは、女優たちが化粧品会社の広告のようなポスターの収まり方をしているように感じた個人的先入観のせいだけではないでしょう。

ゼロの焦点 2009 05.jpg 推理ドラマとしてより人間ドラマとして描こうとして、その部分でも弱さを感じたのか佐知子の夫・儀作(おそらく登場人物の中で原作から最もキャラクター改変されている)をラスト近くで自殺させてしまったのだと思いますが(無理やりドラマチックにしようとしてよく使われる手法)、原作における夫婦が見えない絆で結ばれていたということが映画では殆ど描かれていないため、その自死は単に唐突な印象しか与えていないように思います。

ゼロの焦点 2009pure.jpg この作品で広末涼子は第33回日本アカデミー賞の主演女優賞、中谷美紀、木村多江は助演女優賞を受賞していますが、これは"ノミネート"みたいなもので"最優秀"賞は獲っていません(木村多江は同年の「ぐるりのこと」('08年)で最優秀主演女優賞受賞)。まあ、この作品が作品賞ほか計11部門で優秀賞を受賞しながら、トップの賞は1つも受賞していないというのは分かる気がするし、キネ旬のベストテンに入っていないのもむべなるかな。松本清張の初期作品を当時の時代背景のもとで再現するのは今後ますます難しくなっていくのかもしれません(繰り返しになるが、化粧品の広告のようなポスターは自ら墓穴を掘っている)。

「ゼロの焦点」●制作年:2009年●監督:犬童一心●製作:服部洋/白石統一郎 ほか●脚本:中園健司/犬童一心●撮影:蔦井孝洋●音楽:上野耕路●時間:132分●出演:広末涼子/中谷美紀/木村多江/西島秀俊/杉本哲太/長野里美/崎本大海/野間口徹/モロ師岡/江藤漢斉/小木茂光/本田大輔/黒田福美/左時枝/小泉博/本田博太郎/市毛良枝/鹿賀丈史/小木茂光/長野里美/本田大輔/江藤漢斉/畠山明子/佐藤貢三/大月秀幸/潟山セイキ●公開:2009/11●配給:東宝(評価:★★★)

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ロバート・レッドフォード、ブラッド・ピット「初共演」のCIAもの。

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スパイ・ゲーム [DVD]」ロバート・レッドフォード、ブラッド・ピット「スパイ・ゲーム (竹書房文庫)

スパイ・ゲーム02.jpg 1991年春、数々の困難な任務を遂行し今や伝説の存在であるCIA工作員ネイサン・ミュアー(ロバート・レッドフォード)は、引退前の最後の勤務日を迎えようとしていた。彼にとってトム・ビショップ(ブラッド・ピット)はその弟子でもあり最も信頼のおける相棒でもあった。ミュアー自身がスカウトし、スパイに関するあらゆることを教え育て上げ、二人は互いに固い絆で結ばれていた。しかし、まさにミュアーのCIA退官日に、ビショップが中国側にスパイ容疑で逮捕される事件が起きる。本来ビショップはCIA香港支局長のダンカン(デヴィッド・ヘミングス)が指揮をとっていた米中通商会談の盗聴作戦に従事するはずだったが、許可なく中国人協力者を指揮して蘇州刑務所に侵入したのだった。ミュアーはビショップを見捨てようとするCIA上層部の反対を押し切り、背後の巨大な陰謀を承知の上で、ビショップ救出の壮大な作戦を計画する―。

トニー・スコット.bmp 2012年に高い橋から飛び降りて自殺してしまったトニー・スコット監督(1944-2012)。彼の2001年監督作で、 ロバート・レッドフォードが監督した「リバー・ランズ・スルー・イット」('92年)以来のロバート・レッドフォードとブラッド・ピットのコラボレーションですが、「リバー・ランズ・スルー・イット」の時はレッドフォードは監督及び製作総指揮で出演はナレーションのみだったため、この作品が「初共演」と言えます。そうしたこともあってか、むしろロバート・レッドフォードが主演した、同じくCIAの内実を扱った「コンドル」('75年)の系譜に近いという印象の方が個人的には強いです。

スパイ・ゲーム レッドフォード.jpg レッドフォードは「コンドル」ではCIA職員でありながら凄腕の諜報部員でも何でもない単なる素人役だったのが、ここでは伝説的存在の工作員ミュアー役となっています。捕らえられてから24時間後に処刑予告されているブラッド・ピッスパイ・ゲーム buraddo.jpgト演じるビショップをいつ助けに行くのかと思ったら、ミュアーはCIAの幹部らにビショップをCIA工作官に育て上げた経緯を語るばかりで、なかなか助けに行かない。その間に、ミュアーの口からベトナム戦争での二人の出会いから、西ドイツでの仕事やベイルートでの仕事が語られ、映画の大部分の時間はそのカットバックで占められ、ビショップがなぜ蘇州刑務所に侵入したのかも明かされます。

スパイ・ゲーム03.jpg ミュアーが延々と過去を語るのは、ビショップの解放を外交交渉に委ねるための時間稼ぎだったわけですが、結局CIAは中国との通商交渉を控えたホワイトハウスの意向に沿ってビショップを見殺しにすることになり、これではミュアーは観客に過去の経緯を見せるためだけに"昔話"をしていたようなものだなあと思いましたが、実はミュアーはしっかり裏で手を打っていた―。

スパイ・ゲーム  reddo.jpg ロバート・レッドフォードがおいしいところの殆どを持っていってしまったような映画で、監督第一作の「普通スパイ・ゲーム ブラッドピット.jpgの人々」('80年)でアカデミー賞監督になったレッドフォードですが、こうした映画に出る時は昔ながらにカッコいい役をやるのだなあと。ブラッド・ピット演じるビショップは助けを待っているだけなので、ブラッド・ピットのファンには相当物足りない映画ではないでしょうか。

Spy Game (2001).jpg 最後、あまりにスンナデヴィッド・ヘミングス  young & old.jpgリ事が運んで、ちょっと話が出来すぎている感じもしました。終わり方もあっさりしすぎたかな。もう少しCIAの幹部らが唖然とする様を見たかったような気もします。CIA香港支局長を演じたデヴィッド・ヘミングス(1941-2003)が、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」('66年)に出ていた頃とはえらい変わり様なので、ちょっと驚きました。

Spy Game (2001)

「スパイ・ゲーム」●原題:SPY GAME●制作年:2001年●制作国:アメリカ●監督:トニー・スコット●製作:ダグラス・ウィック/マーク・エイブラハム●脚本:マイケル・フロスト・ベックナー●撮影:ダニエル・ミンデル●音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ●原案:マイケル・フロスト・ベックナー●時間:126分●出演:ロバート・レッドフォード/ブラッド・ピット/キャサリン・マコーマック/スティーヴン・ディレイン/ラリー・ブリッグマン/マリアンヌ・ジャン=バプティスト/デヴィッド・ヘミングス/シャーロット・ランプリング●日本公開:2001/12●配給:ユニバーサル・ピクチャーズ(評価★★★☆)

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次第に狂人化していくヒトラーと、どうすることも出来ない取り巻き将校たち。

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ヒトラー ~最期の12日間~ ロング・バージョン(2枚組) [DVD]」 ブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー)

ヒトラー 最期の12日間  12.jpg 1942年、トラウドゥル・ユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)は数人の候補の中からヒトラー総統(ブルーノ・ガンツ)の個人秘書に抜擢された。1945年4月20日、ベルリン。第二次大戦は佳境を迎え、ドイツ軍は連合軍に追い詰められつつあった。ヒトラーは身内や側近と共に首相官邸の地下要塞へ潜り、ユンゲもあとに続く。そこで彼女は、冷静さを失い狂人化していくヒトラーを目の当たりにするのだった。ベルリン市内も混乱を極め、民兵は武器も持たずに立ち向かい、戦争に参加しない市民は親衛隊に射殺されていく。そして側近たちも次々と逃亡する中、ヒトラーは敗北を認めず最終決戦を決意するが―。

ヒトラー 最期の12日間02.jpg オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の2004年作品で、ヨアヒム・フェストによる同名の研究書『ヒトラー 最期の12日間』('05年/岩波書店)、およびヒトラーの個人秘書官を務めたトラウドゥル・ユンゲの証言と回想録『私はヒトラーの秘書だった』('04年/草思社)が本作の土台となっています。映画はヒトラーが地下の要塞で過ごした最期の12日間に焦点を当て、トラウドゥル・ユンゲの目を通して、歴史的独裁者の知られざる側面を浮き彫りにしていくほか、混乱の中で国防軍の軍人やSS(親衛隊)隊員らが迎える終末、宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス一家の最期、老若男女を問わず戦火に巻き込まれるベルリン市民の姿にも焦点が置かれています。

ヒトラー 最期の12日間 11.jpg この映画の圧巻は、ブルーノ・ガンツが演じる、次第に冷静さを失い狂人化していくヒトラーではないでしょうか。その演技は話題になり、動画投稿サイトにおいて台詞パロディの題ヒトラー 最期の12日間 12.jpg材として広く用いられています(日本では「総統閣下シリーズ」と銘打たれている)。ただ、ブルーノ・ガンツの演技ばかりでなく、ヒトラーが総統官邸地下壕から出てきてヒトラー・ユーゲントを激励するシーンなどは、実際の記録映像を忠実に再現していて(元になった記録映像は生前のヒトラー最後の映像として残っているもの)、作りの細かさからリアリティを感じさせるものとなっています(ゲッペルスの6人の子供達も本モノそっくりしのようだ)。

ヒトラー 最期の12日間 32.jpg しかし、この映画に描かれていることが全て真実かと言うと、例えば、地下要塞の最後の生き残りだった(この映画にも登場する)親衛隊曹長で地下壕の電話交換手ローフス・ミッシュ(1917-2013/享年96)は、映画は全く事実と異なっていると言い、ヒトラーが映画みたいに怒鳴ってばかりいたというのは誇張で、また、将校らが地下壕内で乱痴気パーティのようなことをしたことも無かったとのことです(ルキノ・ヴィスコンティ監督の「地獄に堕ちた勇者ども」('69年/伊)の影響?)

アレクサンドラ・マリア・ララ(トラウデル・ユンゲ)/トラウデル・ユンゲ
トラウデル・ユンゲ .jpgトラウデル・ユンゲ.jpg そもそもこの映画の原作者の一人、ヒトラーの秘書だったトラウデル・ユンゲ(1920-2002/享年81)の父は積極的なナチス協力者であり、また、彼女の夫は親衛隊将校だったとのことで、その証言の中立性に疑問を挟む向きもあるようです。彼女は、出版社の勧めで1947 - 48年に本を執筆しましたが「このような本は関心を持たれない」という理由で出版されなかったのが、『アンネの伝記』の著者メリッサ・ミュラーと2000年に知り合い、その協力を得て2002年に初の回顧録『最期の時まで―ヒトラーの秘書が語るその人生』を出版したとのこと。その回顧録の内容に関するインタビューの様子がドキュメンタリー映画に収められ(ベルリン映画祭観客賞)、2002年2月、この映画の公開数日後に死去しています(この「ヒトラー~最期の12日間~」でも、冒頭と最後にも生前の彼女のインタビューが出てくる)。

ハインリヒ・シュミーダー(ローフス・ミッシュ)
ヒトラー 最期の12日間 ローフス・ミッシュ.jpg トラウデル・ユンゲは戦後比較的早くからヒトラーの最期について証言していますが、ローフス・ミッシュは彼女がそうした証言によって金を稼いだと批判しています。そのローフス・ミッシュ自身も1970年代からドキュメンタリー映画に登場するようになり、特に1990年代以降、ヒトラーや第二次世界大戦に関する番組によく登場していたとのことです。2006年にも「最後の証人―ロフス・ミシュ」と題するテレビ・ドキュメンタリー番組に出演、『ヒトラーの死を見とどけたローフス・ミッシュ.jpgヒトラーの死を見とどけた男.jpg男―地下壕最後の生き残りの証言』('06年/草思社)という本も書いています。また、映画製作にあたって、オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督が自分の所へ全く取材に来なかったことに不満を呈しています。

ローフス・ミッシュ『ヒトラーの死を見とどけた男―地下壕最後の生き残りの証言』('06年/草思社)

私はヒトラーの秘書だった.jpg この映画でのヒトラーの描かれ方の特徴として、ヒトラーが(特にユンゲが秘書に採用された1942年頃は)人間味もちゃんと持ち併せている人物として描かれている点で、ユンゲの著書でヒトラーが、もともとは紳士的で寛大で親切な側面があり、ユーモアのセンスさえあったように描かれていることの影響を若干反映しているように思います。こうしたユンゲのヒトラーの描き方に、彼女が直接政治には関与しなかったもののあまりに無自覚だという批判があるわけですが、それが映画にも少し反映されていることで、この映画が批判される一因ともなっているようです(彼女自身はレニ・リーフェンシュタールなどと同様、自身はナチズムやホロコーストと無関係であると生涯主張し続けたとされているが、この映画の中のインタビューでは無関係では済まされないと"懺悔"している)。 トラウデル・ユンゲ『私はヒトラーの秘書だった』('04年/草思社)

ヒトラー 最期の12日間 33.jpg 全体としては概ね事実に忠実だという評価のようですが、細部においては何が真実なのか、証言者の数だけ"真実"があって分からないということなのかもしれないです(歴史とはそういうものか)。但し、映画としては、最初はまともだったのが次第におかしくなり、最後はすっかり狂人化していくヒトラーと、最初はヒトラーに忠誠を誓っていたものの次第にその行いに疑問を感じるようになり、それでも従来の"忠誠パターン"から抜け出せないまま、最後はその異様な変貌ぶりに驚きつつ、どうにもすることも出来ずにいる取り巻き将校たちという構図が、一つの大きな見せ所となっているように思いました(ゲッペルス夫妻のように狂的に最後までヒトラーに追従して行く者もいたが、これはごく一握りか)。

ヒトラー 最期の12日間 21.jpg 今どきのビジネス書風に言えば、上司を諌めるフォロワーシップが働かなかったということでしょうか。たとえ合理的な観点から或いは良心の呵責からヒトラーに物申す将校がいたとしても、それを撥ね付ヒトラー 最期の12日間 44.jpgけて二度と自分に口答えさせないだけの迫力ある(?)狂人と化したヒトラーを、ブルーノ・ガンツは力演していたように思います。普通ならば"浮いて"しまうようなオーバーアクションなのですが(パロディ化されるだけのことはある?)、オーバーアクションであればあるほど風刺や皮肉が効いてくる映画でした。

クリスチャン・ベルケル(エルンスト=ギュンター・シェンク)
ヒトラー 最期の12日間 エルンスト=ギュンター・シェンク.jpg 但し、この映画で良心的な人物として描かれている医官のエルンスト=ギュンター・シェンク親衛隊大佐(クリスチャン・ベルケル)は、強制収容所で人体実験を行って多数の犠牲者を出したとされており、民間人の犠牲者を回避するよう繰り返し訴えるヴィルヘルム・モーンケ親衛隊少将(アンドレ・ヘンニック)は、史実においては少なくとも2度に渡り彼の指揮下の部隊が戦争捕虜を虐殺した疑いが持たれているとのことです。同監督の「ヒトラー暗殺、13分の誤算」('15年/独)でも、ヒトラー暗殺計画の手引きをしたとしてヒトラーに処刑される秘密警察のアルトゥール・ネーベを「いい人」のように描いていますが、ネーベはモスクワ戦線進軍中、ユダヤ人やパルチザンと目される人々大勢の殺害を命令した人物で、ネーベの隊だけで4万5,467人の処刑が報告されています。人にはそれぞれの顔があるわけで、映画的に分かり易くするためにその一面だけを描く傾向がこの監督にはあるのかも。一つの映画的手法だとは思いますが、対象がナチスであるだけに、これもまた異議を唱える人が出てくる原因になるのでしょう。アカデミー外国語映画賞にノミネートされましたが、受賞はアレハンドロ・アメナバル監督の「海を飛ぶ夢」に持っていかれています。

Hitorâ: Saigo no 12nichi kan (2004)
Hitora Saigo no 12nichi kan (2004).jpg
「ヒトラー~最期の12日間~」●原題:DER UNTERGANG●制作年:2004年●制作国:ドイツ・オーストリア・イタリア●監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル●製作:ベルント・アイヒンガー●脚本:ベルント・アイヒンガー●撮影:ライナー・クラウスマン●音楽:ステファン・ツァハリアス●原作:ヨアヒム・フェスト「ヒトラー 最期の12日間」/トラウデル・ユンゲ「私はヒトラーヒトラー 最期の12日間 55.jpgの秘書だった Bis zur letzten Stunde」●時間:156分●出演:ブルーノ・ガンツ/アレクサンドラ・マリア・ララ/ユリアーネ・ケーラー/トーマス・クレッチマン/コリンナ・ハルフォーフ/ウルリッヒ・マテス/ハイノ・フェルヒ/ウルリッヒ・ヌーテン/クリスチャン・ベルケル/アレクサンダー・ヘルト/ハインリヒ・シュミーダー/トーマス・ティーメ●日本公開:2005/07●配給:ギャガ●最初に観た場所:渋谷・シネマライズ(05-09-24)(評価:★★★★) ウルリッヒ・マテス(ヨーゼフ・ゲッベルス)・ブルーノ・ガンツ(アドルフ・ヒトラー)

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ニューシネマの中ではラストに救いがある「ゲッタウェイ」。メディアミックスの先駆「ある愛の詩」。

ゲッタウェイ 1972 .jpgゲッタウェイ dvd.jpg ゲッタウェイ05.jpg  ある愛の詩 1970.jpg
ゲッタウェイ デジタル・リマスター版 [DVD]」 「【映画パンフ】ある愛の詩 アーサー・ヒラー アリ・マッグロー リバイバル判 1976年

ゲッタウェイs.jpg 刑務所を裏取引で出所したドク・マッコイ(スティーブ・マックイーン)は、引き換えに、取引相手のテキサスの政界実力者ベニヨン(ベン・ジョンソン)の要求で、妻キャロル(アリ・マッグロー)と銀行強ゲッタウェイ01.jpg盗に手を染める。ベニヨンからはルディ(アル・レッティエリ)とジャクソン(ボー・ホプキンズ)が助手兼ドクの監視役として送り込まれ、綿密な計画の末に強盗は何とか成功するが、ジャクソンが銀行の守衛を射殺してしまう。ルディは目撃者に面が割れたジャクソンを車内で射殺し、今度はドクに銃を向けるが、ドクの銃が先に火を吹く。ドクは、銀行から奪った金を約束通りベニヨンの元に運び込ぶが、キャロルの様子がおかしく、実はベニヨンとキャロルは男女の関係にあり、当初はドクゲッタウェイ02.jpgを裏切って消す考えだったのだ。しかし、キャロルはドクではなくベニヨンを射殺する。ドクは逃走中に車を止め、嫉妬と怒りからキャロルを殴り倒す。一方のルディは、防弾チョッキゲッタウェイ03.jpgのお蔭で死んでおらず、獣医の家に押し入り、ドクに撃たれた肩の治療をしていたが、ベニヨンの死を知り、ドクの追跡を開始する。ドクは町で自分が指名手配になっているのを知ってショットガンをゲッタウェイ04.jpg買い求め、警察に追われながらも逃げて、エルパソのホテルに辿り着く。だが、そこへはルディが先回りしていて、ベニヨンの手下も向かっていた。ルディがホテルに現れ、ドグが彼を殴り倒した時に今度はベニヨンの手下が現れて大銃撃戦が始まるが、ドクのショットガンで全員が倒され、ルディも射殺される。ドクはホテルからメキシコ人の老人のトラックに乗り込み、国境を越えたところで老人からトラックを買取り、夫婦はメキシコ側へ消えていく―。

 サム・ペキンパー監督の1972年作品で、原作は『鬼警部アイアンサイド』などで知られるジム・トンプスン、脚本は、後に「48時間」「ストリート・オブ・ファイアー」を監督するウォルター・ヒルが手掛けています。追手からの逃避行を続けるうちに、主人公2人の間に夫婦愛が甦ってきて、激しく血生臭い銃撃戦を乗り越えて2人は新たな世界へ逃げ延びる―というニューシネマの中では珍しく(?)ラストに救いがあるタイプです。アーサー・ペン監督の「俺たちに明日はない」('67年)にしても、銀行強盗の末路は警官から一斉射撃を浴びての"蜂の巣状態"でしたから。

 しかしながら故・淀川長治は、必ずしも2人の未来は明るいと示唆されているわけではないと言っており、これは、原作にこの続きがあって、バッドエンディンが待ち受けていることを指していたのでしょうか。但し、原作における主人公のキャラクターは極悪人に近く、取引上やむなく銀行号をする映画の主人公とはかなり異なるようです。個人的には、この映画のラストには、やはり何となくほっとさせられます。

 一方、この映画の方には、もう1つのエンディングがあったこともよく知られており、最後は2人が警官に撃たれて「俺たちに明日はない」のボニーとクライドのように"蜂の巣状態"になるものだったそうです(実際に撮影された?)。これは、サム・ペキンパー監督が「俺たちに明日はない」に非常に感化されていたということもあったようですが、スティーブ・マックイーンが反対したようです。

 元々この映画は、ピーター・ボグダノビッチ監督、シビル・シェパード主演、原作者のジム・トンプスン脚本で進められていたのが、スティーブ・マックイーンが監督も主演女優も脚本家も変えてしまったみたいで、マックイーンがこうも口を挟む背景には、彼が実質的な製作者になっていったことがあるようです。音楽は、ペキンパー作品の常連ジェリー・フィールディングが担当することになったのが、これまたマックィーンの主張でクインシー・ジョーンズのジャズ音楽に差し替えられています。

 このように、様々な場面でサム・ペキンパー監督とも意見が対立し、マックイーンが押し切った部分もあれば譲歩した部分もあるようです。ペキンパーは破滅的な結末を望んだのかと思いましたが、実はこの映画を風刺のきいたコメディにしたかったらしいとも言われています。そうしたこともあってか、ペキンパー本人はこの作品に不満を持っていたとされていますが、結果として彼の作品の中では最大のヒット作となりました。

ゲッタウェイ  マックグロー.jpgある愛の詩05.jpg 妻役のアリ・マックグローは銃を扱ったことがなく、マックイーンが銃の撃ち方を教えて銃に慣れさせたりもしたそうですアリ・マックグロー 2.jpgが、「ある愛の詩」('70年)の白血病で死んでいく女子大生よりは、こちらの方が"演技開眼"している印象です。でも、この作品での共演をきっかけにマックイーンと結婚し、この後2本だけ映画に出て実質的に映画界を引退してしまいました。6年後に離婚してしまったことを考えると惜しい気もしますが、2006年に68歳で Festen(映画「セレブレーション」の舞台化)でブロードウェイ・デビューを果たしています。

ファラ・フォーセット オニール.jpgある愛の詩02.jpg 一方、「ある愛の詩」で共演したライアン・オニールは、2001年に慢性白血病に冒されていることが判明し、また、パートナーであったファラ・フォーセットのガンによる死(2009年6月25日、マイケル・ジャクソンと同じ日に亡くなった)を看取るとともに、自身も前立腺がんであることが公表(2012年)されていて、こちらはかなりタイヘンそうだなあと。

love story eric.jpg 「ある愛の詩」は、エリック・シーガルによる同名の小説が原作ですが、未完の小説を原作として映画の製作が始まり、先に映画が完成し、映画の脚本を基に小説が執筆された部分もあるそうです。先に小説が刊行され、その数週間後に映画が公開されており、今で言う"メディアミックス"のはしりでした。ペーパーバックを読みましたが、初めて英語で読んだ小説の割には読み易かったのは、ある種ノベライゼーションに近かったせいもあるかもしれないし、ストーリーが古典的で結末が見えているせいもあったかもしれません。この映画のヒットの後、難病モノの映画が幾つか続いた記憶があります(アメリカ人は白血病モノが好き?)。

Love Story - Originally sung by Andy Williams

大林宣彦2.jpg この映画がアメリカでヒットしたことについて、映画監督の大林宣彦氏はアメリカで封切り時にこの作品を現地で観ていて、ベトナム戦争で疲弊したアメリカが、本音ではこのような純愛ドラマを求めている時代感覚を肌で感じていたとのこと。但し、この映画の作られた1970年と言えばまだベトナム戦争の最中ですが、映画内にその影は一切見えません(最初観た時は"ノンポリ"恋愛映画だと思ったが、今思えば意図的にそうしていたのか)。日本でもヒットしたのは、古典的なストーリーに加えて、フランシス・レイの甘い音楽の効果もあったかと思います。

love story Tommy Lee Jones.jpg 因みに、主人公のオリバー・バレット4世(ライアン・オニール)のルームメイト役で無名時代のトミー・リー・ジョーンズ(当時24歳)が出演していますが、その後3年間は映画の仕事がなく、彼の無名時代は長く続き、オリバー・ストーン監督の「JFK」('91年)出演でアカデミー助演男優賞にノミネートされてからようやっと注目されるようになり、ハリソン・フォード主演の「逃亡者」('93年)でアカデミー助演男優賞を獲得しています。オリバーやそのルームメイトが通うのは名門ハーバード大学ですが、トミー・リー・ジョーンズは実人生においてもハーバード大学の出身で、当時のルームメイトに後の副大統領となるアル・ゴアがいたとのことです。

The Getaway (1972) .jpgゲッタウェイ 09.jpg「ゲッタウェイ」●原題:THE GETAWAY●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:サム・ペキンパー●製作:デヴィッド・フォスター/ミッチェル・ブロウアー●脚本:ウォルター・ヒル●撮影:ルシアン・バラード●音楽:デイヴ・グルーシン●原作:ジム・トンプスン●時間:122分●出演:スティーブ・マックィーン/アリ・マックグロー/ベン・ジョンソン/アル・レッティエリン/スリム・ピケンズ/リチャード・ブライト/ジャック・ダドスン/ボー・ホプキンス/ダブ・テイラー●日本公開:1973/03●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:高田馬場パール坐(77-12-10)●2回目:自由が丘・武蔵野推理(84-09-23)(評価★★★★)●併映(1回目):「パピヨン」(フランクリン・J・シャフナー)●併映(2回目):「48時間」(ウォルター・ヒル)

ある愛の詩 01.jpgある愛の詩01.jpg「ある愛の詩」●原題:LOVE STORY●制作年:1970年●制作国:アメリカ●監督:アーサー・ヒラー●製作:ハワード・ミンスキー●脚本:エリック・シーガル●撮影:リチャード・クラディナ●音楽:フランシス・レイ●原作:エリック・シーガル●時間:99分●出演:ライアン・オニール/アリ・マックグロー/ジョン・マーレー/レイ・ミランド/キャサリン・バルフォー/シドニー・ウォーカー/ロバート・モディカ/ラッセル・ナイプ/トミー・リー・ジョーンズ ●日本公開:1971/03●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:三鷹オスカー(80-11-03)(評価★★★)●併映:「おもいでの夏」(ロバート・マリガン)/「フォロー・ミー」(キャロル・リード)
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細部に"?"はあるが、もっと注目されていい"隠れた傑作"。

コンドル 1975.jpgコンドル dvd.jpg コンドル 1974 bluray.jpg コンドル輸入盤 blu-ray.jpeg
コンドル [DVD]」「コンドル [Blu-ray]」/輸入盤「THREE DAYS OF THE CONDOR
コンドル 3 DAYS OF THE CONDOR [レンタル落ち]
コンドル dvd2.jpgコンドル 01.jpg ニューヨークにあるアメリカ文学史協会は、CIAの外郭団体として世界各国の雑誌書籍の情報分析を行っている。協会職員は学者肌のCIA分析官で構成されていた。ある日の白昼、アメリカ文学史協会は短機関銃で武装した男3人により襲撃さコンドル 1975   .jpgれ、協会職員は次々と射殺される。たまたま裏口から外出していたために命拾いをしたコードネーム"コンドル"ことジョセフ・ターナー(ロバート・レッドフォード)は、CIA本部に緊急連絡し保護を求める。CIA次官コンドル 8.jpgのヒギンズ(クリフ・ロバートソン)からの指示で第17課長のウィクスという男に落ち合うことになったが、コンドル sido.jpgそのウィクスに銃撃を受ける。辛くも逃走したが、孤立状態となったコンドルは、偶然見かけた女性写真家キャサリン・ヘイル(フェイ・ダナウェイ)を拉致同然に巻き込み、独力で真相を暴こうとする。CIAの暗部に近づこうとするコンドルに謎の殺し屋ジュベール(マックス・フォン・シドー)が忍び寄る―。(「Wikipedia」より)

 1975年製作のシドニー・ポラック(1934-2008)監督作であり、同監督がロバート・レッドフォードを主役に据えて映画を撮ったのは「大いなる勇者」('72年)、「追憶」('73年)以来3度目で、この作品以降も、「出逢い」('79年)、「愛と哀しみの果て」('85年)と続くので、相性が良かったのでしょうか。レッドフォードの共演女優は「追憶」がバーブラ・ストライサンド、この「コンドル」がフェイ・ダナウェイ、「出逢い」がジェーン・フォンダ、「愛と哀しみの果て」がメリル・ストリープだから、錚々たる顔ぶれです。

Three Days of the Condor (1975).jpgコンドルの六日間.jpg この「コンドル」の原作はジェイムズ・グレイディの『コンドルの六日間(Six Days of the Condor)』('75年/新潮社)で、映画の原題は"Three Days of the Condor"(3日分圧縮した?)。原作は米国ではベストセラーとなったポリティカル・サスペンスノベルで、日本での映画公開とほぼ同時期に訳出されていますが、個人的には未読です。小説での各人物像と映画で描かれた人物像はかなり異なり、各人の結末も原作と映画で違うようですが、原作を読んでいないためか却ってすんなり楽しめました。
コンドルの六日間 (1975年)
Three Days of the Condor (1975)

コンドル 1975 s.jpg ニューヨークの地味なビルに入っている表向きは「アメリカ文学史協会」という地味な組織が実はCIAの下部組織で、職員は世界中の推理小説やコミックスを読み漁り、そこに隠された敵対勢力の謀略、暗号の意味を解読する仕事を日夜行っているというのが面白いです(今日であればそうした仕事はコンピュータやAIが肩代わりして、フィクションであっても成り立たないような職業のようにも思えるが、そのレトロ感がいい)。

コンドル 9.jpg ある日突然仕事仲間を全員を殺害された"コンドル"は、何が何だか分からないまま得体の知れない巨大な敵から逃れながら、孤独な闘いを強いられますが、その際に、CIA職員であるとは言え、凄腕の諜報部員でも何でもない単なる本の虫に過ぎない彼が、仕事で培った本から得た知識や戦略を駆使して自らを守り、逆襲に出るというわけです。

コンドル 03.jpgコンドルad.jpeg ネタバレにまりますが、結局CIAの中に中東に戦争を仕掛けたがっている派閥、いわば〈もう1つのCIA〉があって、その連中が黒幕です(湾岸戦争やイラク戦争のことを想うと、ある意味"先駆的"な設定とも言え、こうした映画を作るところがいい意味でアメリカ的でもある)。最後"コンドル"は絶体絶命の危機に陥りますが、そこには思わぬ展開が待っていました。

コンドル シド―.jpg 更にネタバレになりますが、マックス・フォン・シドー演じる殺し屋は、結局、〈もう1つのCIA〉と〈本来のCIA〉の両方から雇われたわけなのだなあと。そんなことあり得るかとも思ったりしましたが、敵の目を眩ますために理屈上はあり得るのかも。マックス・フォン・シドーが映画を通してずっと不気味だったのに、最後は急にいい人っぽい感じになって、このギャップが可笑しかったですが、殺し屋が今までターゲットとして狙っていた人間にいきなりスカウトの声掛けをするかなあ(これも原作通りなのか、それともこの辺りは映画でのある種"お遊び"なのか)。

コンドル 1975s.jpg もっと注目されていい"隠れた傑作"だとは思いますが、やや気になったのは、いくらダウンタウンの犯罪多発地域だとは言え、敵方が協会職員を全員殺害したのは、ちょっと乱暴と言うか、リスクがありすぎるように思いました(彼らにだって家族や友人はいるわけで、事件を完全に揉み消すのは何れの立場の側にとっても難しいのでは。強盗のせいにするにしても、押し入った先が「アメリカ文学史協会」では...)。

コンドル 02.jpg フェイ・ダナウェイは珍しく受身的な役回りで、マックス・フォン・シドーの方が記憶に残っていましたが、久しぶりに観直してみると演技達者であることには変わりありませんでした。但し、あくまでも主演はレッドフォードで、フェイ・ダナウェイはやはり一歩引いたポジショニングでした。先に挙げたシドニー・ポラック監督によるロバート・レッドフォードと女優たちの共演作で、主演女優の方がレッドフォードより前面に出ているのは、「追憶」のバーブラ・ストライサンドと「愛と哀しみの果て」のメリル・ストリープでしょうか。いかにもという感じもしますが、ジェーン・フォンダについてはシドニー・ポラック監督は別に彼女を主役に据えた「ひとりぼっちの青春」('69年/米)を撮っていて、これは傑作です。 

Sydney Pollack's 'Three Days of the Condor'
Sydney Pollack's 'Three Days of the Condor'.jpg「コンドル」●原題:THREE DAYS OF THE CONDOR●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・ポラック●製作:スタンリー・シュナイダー●脚本:ロレンツォ・センプル・ジュニア/デヴィッド・レイフィール●撮影:オーウェン・ロイズマン●音楽:デイヴ・グルーシン●原作:ジェームズ・グラディ「コンドルの六日間」●時間:118分●出演:ロバート・レッドフォード/フェイ・ダナウェイ/クリフ・ロバートソン/マックス・フォン・シドー/マイケル・ケーン/アディソン・パウエル/ウォルター・マッギン/ジョン・ハウスマン/ティナ・チェン/ドン・マクヘンリー/ヘレン・ステンボーグ/ハンスフォード・ロウ/ジェス・オスナ/ハンク・ギャレット/カーリン・グリン●日本公開:1975/11●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋文芸坐(78-05-04)(評価★★★★)●併映「合衆国最後の日」(ロバート・アルドリッチ)

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細部は違うが大まかには原作通りか。俳優陣は好演しているがやや地味になった。

オデッサ・ファイル_1974.jpg The Odessa File (1974).jpg  オデッサ・ファイル (1974年) .jpg オデッサ・ファイル (角川文庫).jpg
映画チラシ/「オデッサ・ファイル [DVD]」『オデッサ・ファイル (1974年)』『オデッサ・ファイル (角川文庫)

オデッサ・ファイル図0.jpg 1963年11月22日、西独ハンブルグ。新聞記者あがりのルポライター、ペーター・ミラー(ジョン・ヴォイト)は母親(マリア・シェル)の家を訪ねた帰り道、カーラジオでケネディ大統領暗殺の臨時ニュースを聴く。その時一台の救急車が彼の車を追い越し、ミラーは反射的にその後を追う。事件は一老人のガス自殺だったが、翌日、知人の警部補から自殺した老人の日記を渡される。老人はドイツ系ユダヤ人で、日記はラトビアのリガにあったナチ収容所での地獄の生活を記録したものだった。老人は、リガ収容所長だったSS大尉ロシュマン(マクシミリアン・シェル)の非人道的な残虐さを呪い、復讐しようとしていたが果たさず、絶望のうちに自殺したのだ。ミラーは老人にオデッサ・ファイル図8.jpg代わってそのロシュマンを捜し出す決心をする。彼はまず、老人の仲間を捜し出し、"オデッサ"という、元ナチSS隊員で作った、ナチ狩りから逃れ身元を偽って社会にもぐり込んでいる元ナチSS隊員を法廷にかけさせないために様々な活動をしている秘密組織の存在を知る。数日後、ミラーが恋人のジギー(メアリー・タム)とXマスの買物のために地下鉄に乗ろうとしたとき、突然後から何者かに走ってくる電車に向かって突き落とされる。間一髪で命は助かるが、こうなるとミラーとしても意地があった。米資料センターでロシュマンの資料を発見したミラーは、帰りに3人組に捕まる。彼らは元SS隊員に復讐することを目的としたグループで、ミラーが"オデッサ"を追っているのを知り、彼に協力しようというオデッサ・ファイル図1.jpgのだ。ミラーを"オデッサ"に潜入させる工作が始まる。元ナチ隊員で病死した男コルブの出身証明書を盗み、彼に化けて元SS軍曹で警察に追われているという設定で"オデッサ"に接近、下級隊員の紹介で幹部に会うことになる。ミラーはファイルを盗み出し、ロシュマンの足跡を掴むことが出来た。ロシュマンを尾行し、彼の屋敷に潜入して彼と対峙する―。

 ロナルド・ニーム(1911-2010/享年99)監督が「ポセイドン・アドベンチャー」('72年/米)の次に監督した作品で、原作は英国の作家フレデリック・フォーサイスの1971年発表の彼の出世作『ジャッカルの日(The Day of the Jackal)』('73年・角川書店)に続く1972年オデッサ・ファイル図3.jpg発表の第2作『オデッサ・ファイル(The Odessa File)』('74年・角川書店)。1974年発表の『戦争の犬たち(The Dogs of War)』('75年・角川書店)と併せて初期3部作とされていて、『ジャッカルの日』はフレッド・ジンネマン監督によって映画化され('73年/米)、「戦争の犬たち』もジョン・アーヴィン監督によって映画化されていますが('80年/米)、共にアメリカ映画で、この「オデッサ・ファイル」だけ、製作国はイギリスと西ドイツです。

 映画「ジャッカルの日」は、原作の面白さに加え、"ジャッカル"を演じたエドワード・フォックスの好演もあって楽しめましたが(淀川長治がある本で、映画史上の悪役のベストに「ジャッカルの日」の"ジャッカル"を選んでいる)、一方、「戦争の犬たち」の方は、せっかくの原作をラストを勝手に変えてしまって、クリストファー・ウォオデッサ・ファイル図4.jpgーケンが演じた主人公がなぜ傭兵になったのか分からないまま終わってしまっていました。この「オデッサ・ファイル」でペーター・ミラーを演じたジョン・ボイドはどうかというと、原作の主人公(原作ではミューラー)のイメージと違っていたかもしれませんが、ジョン・ボイドが当時まだ若いながらも演技達者なのと、主人公が相手方に潜入してからオデッサ・ファイル08.jpgの危機の脱し方など部分的には原作を改変しているものの、大まかには原作に沿っていたため、個人的には楽しめました(原作の主人公の愛車がジャガーであるのに映画ではベンツになっていた一方、オデッサの殺し屋のクルマがジャガーだった。この辺りは意図的に変えている?)。評価として、「ジャッカルの日」「オデッサ・ファイル」「戦争の犬たち」の順で、やはり監督の知名度順になるのでしょうか)。

オデッサ・ファイル図5.jpg 「ジャッカルの日」の主人公はプロのスナイパーであり、「戦争の犬たち」の主人公はプロの傭兵、それに対してこの「オデッサ・ファイル」の主人公だけがある意味アマチュアであり、素人が元SS軍曹に化けて"オデッサ"に潜入することが出来るのかというリアリティの問題がありますが、"オデッサ"幹部将校が主人公の身許審査のためSSについて矢継ぎ早にした質問で、「収容所の真中に何が見えたか?」との問いに、答えに詰まって「空が見えました」と答えてしまい、将校の眼が鋭く光るといった場面など、逆に旨い具合に緊張感を生む効果にも繋がっていたかも。なぜジャーナリストとは言え、一市民に過ぎない主人公が元SS大尉ロシュマンにこだわるのか、作品の鍵となるその秘密の明かされ方は原作と同じで、但し、原作を読んでいると、映画の方はややあっけなくて、ちょっともの足りなかったでしょうか。

オデッサ・ファイル図7.jpg ラストで主人公に追い詰められて、身勝手な理論に基づく演説をぶつロシュマンを演じたマクシミリアン・シェル(1930-2014)も好演で、主人公の母親役のマリア・シェル(1926-2005)オデッサ・ファイル図6.jpgは彼の実姉になります(「居酒屋」('56年/仏)での彼女の演技は良かった)。主人公の恋人を演じたメアリー・タムは、この作品ぐらいしか代表作がありませんが美人で、演技もまあまあ。全体にちょっと地味な感じになったけれども、原作の良さと俳優陣の好演で、一応"及第点"の映画になっているように思いました。

オデッサ・ファイル09.jpg 因みに、マクシミリアン・シェルが演じたエドゥアルト・ロシュマンは実在の人物で、リガにあった強制収容所の歴代所長の一人で、"リガの屠殺人"と呼ばれ、1977年7月、アルゼンチン警察に逮捕されるも、4日後に国外退去を条件に釈放され、同年8月、パラグアイで心臓発作による死亡が確認されています(この作品の原作をフォーサイスが書いていた時はまだ逃亡・潜伏中だったということか)。

オデッサ・ファイル図9.jpg「オデッサ・ファイル」●原題:THE ODESSA FILE●制作年:1974年●制作国:イギリス・西ドイツ●監督:ロナルド・ニーム●製作:ジョン・ウルフ●脚本:ケネス・ロス/ジョージ・マークスタイン●撮影:オズワルド・モリス●音楽:アンドルー・ロイド・ウェバー●原作:フレデリック・フォーサイス●時間:130分●出演:ジョン・ヴォイト/マクシミリアン・シェル/マリア・シェル/メアリー・タム/デレク・ジャコビ/ハンネス・メッセマー/シュミュエル・ロデンスキ●日本公開:1975/03●配給:コロムビア映画●最初に観た場所:新宿ローヤル(82-12-08)(評価★★★☆)

《読書MEMO》
●個人的評価
【原作】
『ジャッカルの日』............★★★★
『オデッサ・ファイル』......★★★★
『戦争の犬たち』...............★★★★

【映画】
「ジャッカルの日」............★★★★
「オデッサ・ファイル」......★★★☆
「戦争の犬たち」...............★★★

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本来は星4つクラスだと思うが、状態の悪い不完全版でしか残っていないのが残念。

エノケンの法界坊 vhs.jpgエノケンの法界坊 .jpg
「エノケンの法界坊」VHS
下:「大鐵ニュース会館」(昭和13年)
エノケンの法界坊63.jpg 永楽屋の女将おらく(英百合子)は大の骨董好きで、お宝掛け軸"鯉魚の一軸"を手に入れるために、手代の要助(小笠原章二郎)に捜させていた。偶々それを持っていることが判った大坂屋・源右衛門(中村是好)が親子ほエノケンの法界坊1.jpgどに年齢の違う自分の娘のおくみ(宏川光子)に惚れていることを知って、その気を引くために源右衛門に娘を嫁がせる素振りをみせるが、おくみは実は要助と相思相愛の仲だった。源兵衛がおくみとの結エノケンの法界坊2.jpg婚を迫る一方、永楽屋の番頭の長九郎(如月寛多)もおくみに気があり、機会を画策する。更には、鐘楼寄進を名目に布施を集めては懐に入れていた破戒坊主の法界坊(榎本健一)までがおくみにぞっこんとなり、この恋愛合戦は四つ巴の様相を呈す。法界坊は長エノケンの法界坊4.jpg九郎にそそのかされて掛け軸を盗み出すが、源右衛門から掛け軸奪回の依頼を受けた長九郎が源右衛門を裏切って殺し、要助と共に法界坊の住処に行って今度は法界坊を刺し殺し、掛け軸を奪い返した要助も川に突き落とす。要助が死んでいまったと思ったおくみは、泣く泣く長九郎と祝言を挙げることになるが、そこへ幽霊となった法界坊が現われ、長九郎の悪事を暴き、そんな所に九死に一生を得た要助も戻って来る。幽霊の法界坊は、おくみと要助の婚礼を執り行なう事、自分の供養のために寺に鐘を寄贈する事をおくみたちに頼むと姿を消す―。

エノケンの法界坊0.jpg 1938(昭和13)年公開の斎藤寅次郎(1905-82)監督の東宝移籍第一回監督作品で、オリジナルが74分、現存するフィルムが53分です。一部ミュージカル風で、前半、要介がおくみに恋歌を唄っていたと思ったら、いつの間にかおくみが行方不明になって、実はエノケンの法界坊の住処に身を寄せていたなど、話が繋がらない部分がありますが、全体としてはそれほど欠落の影響は無かったでしょうか。

 元の話は歌舞伎の「隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)」、所謂「法界坊」から取っていますが、歌舞伎では法界坊は最後までワルで、ライバルを殺しておくみを手籠めにしようとしてその母親に殺され、幽霊になって出てきた後もおくみと要助を苛むことになっている一方、こちらのエノケンの法界坊は、生前は破戒坊主だったのが、幽霊になってからころっといい人になっています。

エノケンの法界坊5.jpg エノケンは、幽霊になってからの方がナンセンスギャグの連発で面白かったです。幽霊になってから自分の行いを反省しているのは、自身が言うように、三途の川で追い返されたからでしょうか。その割には、プロローグで、完成した鐘の完成式でおくみ、要助らが見守る中、僧侶が鐘を鳴らすと鐘の中から法界坊が落ちて来て尻餅をつき、慌ててまた元の鐘の中へ...(まだしつこく成仏してなかった?)。脇を固める源右衛門役の中村是好はいつもながら、この作品では源右衛門を上回るワルの長九郎を演じた如月寛多も良く、ワルかった分だけ幽霊の法界坊にビビりまくる様がお可笑しいです。

 前半で要介がおくみに唄っていた歌のフシは、「モダン・タイムズ」('36年)でチャップリンがキャバレーでインチキ外国語で歌っていた「ティティーナ」(1920年代ぐらいにフランスで作られた元歌をチャップリンが編曲したもの)に日本語歌詞をつけたもので(歌詞にある、エノケンも使った「柘榴のようなその唇」という表現は今日ではぴんと来ないが、当時は巷でよく使われていたのなのか?)、「モダン・タイムズ」の日本公開が1938年2月、この映画の公開が同年の6月ですから、良く言えば新しいものに敏感、別な見方をすれば素早いパクリぶりと言えるかも。ラストの方のおくみと要助の婚礼場面でも、エノケンがワーグナーの「(ローエングリンの)結婚行進曲」に「高砂や~」の歌詞をつけて歌っているのがモダンです(但しこの曲は、この作品の2年前の伊丹万作監督の「赤西蠣太」('36年/日活)のラストで、志賀直哉の原作をアレンジした主人公の赤西蠣太と小波(さざなみ)が向かい合う場面でも流れていた)。

エノケンの法界坊001.jpg エノケンの映画は戦前のものの方が出来がいいと言われますが、この映画などもその代表格なのかも。この映画について天野祐吉(1933年生まれ)、筒井康隆(1934年生まれ)、筈見有弘(1937年生まれ)の各氏らが書いているものを読んだことがありますが何れもべた褒めで、但し、最初の方のエノケンの「ナムアミダーブツ」という歌がもっと長かったのではないかとか。この人たちは、小学生の頃にリバイバルで観ているようですが、その頃は完全版だったのだろなあ。

 個人的には、欠落部分があることもさることながら、フィルムの保存状態が良くないことが気になりました。「喜劇の神様」とまで言われた斎藤寅次郎監督ですが、山本嘉次郎監督などに比べるとアクションシーンがあまり得意でないのか、格闘シーンなどが何をやっているのか一層分かり辛いし、小林信彦氏の『日本の喜劇人』('82年/新潮文庫)によると、エノケン本人もこの作品を失敗作と言っていたそうです(アクションが少ないことに不満があったのでは)。

エノケンの法界坊  s.jpg 故・筈見有弘は、「この映画がかなり状態の悪い不完全版でしか残っていないらしいのは残念だ」(『洋・邦名画ベスト150〈中・上級篇〉』('92年/文春文庫ビジュアル版))と書いており、「らしい」というのは、自分が観た時はそうではなかったということなのでしょう。完全版を観たことがある人には、やはり欠損部分があるのが気になるのかもしれません。一応、星3つの評価としましたが、完全版で画質が良ければ、おそらく星4つ以上の評価だったと思います。

エノケンの法界坊[短縮版].jpg「エノケンの法界坊」●制作年:1938年●監督:斎藤寅次郎●脚本:和田五雄/小川正記/小国英雄●撮影:鈴木博●音楽:栗原重一●時間:74分(現存53分)●出演:榎本健一/宏川光子/小笠原章二郎/柳田貞一/中村是好/如月寛多/英百合子●公開:1938/06●配給:東宝東京(評価:★★★)

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戦後久しぶりの時代劇で役者もスタッフも張り切って作ったという感じ。

エノケンの豪傑一代男OL.jpg  エノケンの豪傑一代男41.JPG エノケンの豪傑一代男48.JPG
豪傑一代男 [DVD]

エノケンの豪傑一代男36.JPG 時は戦国、三方ヶ原の戦いで、武田方に敗れ敗走する徳川家康(田中春男)と家康の家臣・鬼姫弥九郎太(榎本健一)の主従(DVD解説では「関ケ原の戦いで豊臣の軍勢を破って勝利を収めた徳川家康」とあるが、後から信長が出て来るためこれは誤り)。小柄な弥九郎太は家康を背負ったまま兜がずれて前が見えなくなり、足を滑らせ家康を川へ落としてしまう。その責任をとって腹を切ろうとするも家康に止められる弥九郎太の「豪傑」ぶり。家康は、今や破竹の勢いである織田信長(岡譲二)から、信長所縁の寺への寄進を命じられエノケンの豪傑一代男52.JPGていたが、財政難のためそれを先延ばししていたことから、信長と一発触発の状況にあったため、今は家臣を大事にしたい。一方、無学で女嫌いで嫁を取るくらいなら腹を切るという弥九郎太は、村はずれで子供らに読み書きを教えている親友の伊織(森健二)と恋仲にある松平家の優しい次女・美雪(山本照子)との縁結びを引き受け、エノケンの豪傑一代男49.JPG美雪の父・松平内蔵助(瀬川路三郎)に「娘を嫁に」と掛け合って、内蔵助と木刀勝負して打ちのめす。内蔵助は弥九郎太の豪傑ぶりに惚れ込み、「娘を嫁に」という弥九郎太の言葉を、弥九郎太自身が娘を嫁に欲しがっていると勘違い。加えて松平家には勝気な長女・糸路(山本和子)がいて、姉妹がそっくりの双子だっために、縁談はもとより、弥九郎太を娘婿に望む小寺十内(渡辺篤)も加わって、間違い続きの恋愛騒動が展開する。そんな中、弥九郎太は家康から信長との対立を仲裁する特使に選ばれる―。

エノケンの豪傑一代男55.JPG 1950(昭和25)年公開作で、GHQ統治下におけるヤンバラ禁止令が戦後6年目でやっと解かれて作られた荒井良平(1901-1980)監督の時代映画監督復帰第一作です(因みに、エノケンが出演した黒澤明監督の「虎の尾を踏む男達」(1945/09 完成)の公開はこの更に2年後の1952年だった)。1981(昭和56)年の第6回湯布院映画祭で上映されて以来、VHS化もされなかったのが、2005年にリバイバルDVD化され、2009年には「新東宝大全集」の中の1作としてシネマート六本木で上映されています。

エノケンの豪傑一代男37.JPG 久しぶりの時代劇で役者もスタッフも張り切って作ったという感じで、セットなどもなかなか豪華です。エノケンもただ飛び回っているだけではなく、早馬に乗ったり刀や木刀を振るったりと存分にアクションをしています。ストーリーもまずまずのテンポでエノケンの豪傑一代男44.JPG進みますが、弥九郎太の勘違い騒動を最後まで引っ張ったのが良かったのかどうか。ただ、松平家の長女・糸路と次女・美雪を演じた山本和子と山本照子という女優は本物の双子なのでしょう、すごく似ていて、観ていて弥九郎太ならずとも最後まで区別がつきませんでした。

エノケンの豪傑一代男42.JPG 何でもかんでもすぐに「腹を切る」というのが果たして「豪傑」と言えるのかどうかというのはありますが、ラスト、弥九郎太が伊織と美雪の結婚式の仲人を務めたつもりが、いつのまにか自分自身も糸路と結婚式を挙げさせられていたというのが可笑しく、それでも弥九郎太が自分は結婚しないと強情を張るのは、ここまで来ればもうある種の照れ隠しであるということなのでしょう。となると、タイトルにある「一代男」も、最終的には"返上"されるものであること示唆して終わっているように思いました。

 DVD化されて、画質の面では良好ですが、エノケンの作品はやはり戦前のものの方が若干テンポがいいかなあという感じでした。

エノケンの豪傑一代男50.JPG「エノケンの豪傑一代男 (豪傑一代男)」●制作年:1950年●監督:荒井良平●脚本:秋篠珊次郎●撮影:友成達雄●音楽:栗原重一●原作:陣出達朗●時間:81分●出演:榎本健一/岡譲二/山本和子/山本照子/田中春男/森健二/瀬川路三郎/清川荘司/渡辺篤/大倉文雄/田島辰夫/曽根通彦/弘松三郎●公開:1950/10●配給:新東宝=エノケンプロ(評価:★★★)

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当初画期的だったものが今やオーソドックスに。文庫1400ページが一気に読める面白さ。

赤穂浪士 改造社.jpg 赤穂浪士 大佛次郎 角川文庫.jpg 赤穂浪士 大佛次郎 新潮文庫.jpg
赤穂浪士 (上巻)』/『赤穂浪士〈上巻〉 (1961年) (角川文庫)』『赤穂浪士〈下巻〉 (1961年) (角川文庫)』/『赤穂浪士〈上〉 (新潮文庫)』『赤穂浪士〈下〉 (新潮文庫)
大佛次郎(1897-1973)
大佛次郎.jpg (上巻)元禄太平に勃発した浅野内匠頭の刃傷事件から、仇討ちに怯える上杉・吉良側の困惑、茶屋遊びに耽る大石内蔵助の心の内が、登場人物の内面に分け入った迫力ある筆致で描かれる。虚無的な浪人堀田隼人、怪盗蜘蛛の陣十郎、謎の女お仙ら、魅力的な人物が物語を彩り、鮮やかな歴史絵巻が華開く―。(下巻)二度目の夏が過ぎた。主君の復讐に燃える赤穂浪士。未だ動きを見せない大石内蔵助の真意を図りかね、若き急進派は苛立ちを募らせる。対する上杉・吉良側も周到な権謀術数を巡らし、小競り合いが頻発する。そして、大願に向け、遂に内蔵助が動き始めた。呉服屋に、医者に姿を変え、江戸の町に潜んでいた浪士たちが、次々と結集する―。[新潮文庫ブックカバーあらすじより]
Jiro Osaragi(1925)
Jiro_Osaragi_1925.jpg大佛 次郎  赤穂浪士 東京日日.jpg 大佛次郎(1897-1973)の歴史時代小説で、1927(昭和2)年、毎日新聞の前身にあたる「東京日日新聞」に岩田専太郎の挿絵で連載された新聞小説です。1928(昭和3)年10月に改造社より上巻が発売されるや15万部を売り切って当時としては大ベストセラーとなり、中巻が同年11月、下巻が翌年8月に刊行されています。

 これまで4回の映画化、3回のテレビ映画化、1回の大河ドラマ化が行われ(いちばん最近のものは1999年「赤穂浪士」(テレビ東京、主演:松方弘樹))、今でこそ最もオーソドックスな"忠臣蔵"小説であるかのように言われていますが、当時としては、それまでの忠臣蔵とはかなり違った画期的な作品と受け取られたようです。

 どこが画期的であったかと言うと、まず赤穂四十七士を「義士」ではなく「浪士」として捉えた点であり、また、赤穂浪士の討入りに至る経緯を、非業の最期を遂げた幕吏を父に持つ堀田隼人や怪盗蜘蛛の陣十郎といった第三者的立場の視点で捉えている点です。

 とりわけ、大石内蔵助をはじめとする四十七士をアプリオリに「義士」とするのではなく、内蔵助自身からして、何が「義」であるか、何が「武士道」の本筋であるか、それらは全てに優先させてよいものか等々悩んでいる点が特徴的です。

 そうした中で、吉良上野介の首級を取ることが最終目的ではなく、吉良の上にいる柳沢吉保らに代表される官僚的思想に対する武士道精神の反逆を世に示すことが内蔵助の狙いであることが次第に暗示されるようになります。それに関連して、内蔵助が、上野介の首級を挙げた後の泉岳寺へ向けた行軍において、上野介の息子・上杉綱憲が米沢藩の藩主であることから、米沢藩の藩士らと一戦を交えて討死することで"本懐"が遂げられると想定していたような書きぶりになっています。

 しかし、史実にもあるよう、米沢藩の藩士らはやってきません。それは、この小説のもう1人の主人公と言ってもいい米沢藩家老・千坂兵部が、堀田隼人や女間者お仙を遣って赤穂浪士の動向を探り、自藩の者を上野介の身辺護衛に配しながらも、赤穂浪士が事を起こした時には援軍を差し向けぬよう後任の色部又四郎に託していたからだということになっています。

 これも作者オリジナルの解釈でしょう。近年になって、千坂兵部は赤穂浪士の討入りの2年前、浅野内匠頭の殿中刃傷の1年前に病死していたことが判明しています。上杉綱憲に出兵を思い止まらせたのは、幕府老中からの出兵差止め命令を綱憲に伝えるべく上杉邸に赴いた、遠縁筋の高家・畠山義寧であるとされており、また、討入り事件は綱憲にとっては故家の危機ではあっても、藩士らには他家の不始末と受けとめられたに過ぎず、作中の千坂兵部のような特定個人の深慮によるものと言うより、自藩を断絶の危機へと追い込む行動にはそもそも誰も賛成しなかったというのが通説のようです。

 過去の映画化作品は、
 「赤穂浪士 第一篇 堀田隼人の巻」(1929年/日活/監督:志波西果、主演:大河内伝次郎)
 「堀田隼人」(1933年/片岡千恵蔵プロ・日活/監督:伊藤大輔、主演:片岡千恵蔵)
 「赤穂浪士 天の巻 地の巻」(1956年/東映/監督:松田定次、主演:市川右太衛門)
 「赤穂浪士」(1961年/東映、監督:松田定次、主演:片岡千恵蔵)
赤穂浪士 1961 .jpgで、後になればなるほど"傍観者"としての堀田隼人の比重が小さくなって、"もう1人の主人公"としての千坂兵部の比重が大きくなっていったのではないで赤穂浪士1961 _0.jpgしょうか。'61年版の片岡千恵蔵が自身4度目の大石内蔵助を演じた「赤穂浪士」では、堀田隼人(大友柳太郎)はともかく、蜘蛛の陣十郎はもう登場しません(但し、1964年の長谷川一夫が内蔵助を演じたNHK第2回大河ドラマ「赤穂浪士」では、堀田隼人(林与一)も蜘蛛の陣十郎(宇野重吉)も出てくる)。
片岡千恵蔵 in「赤穂浪士」(1961年/東映)松田 定次 (原作:大佛次郎) 「赤穂浪士」(1961/03 東映) ★★★☆
長谷川一夫 in「赤穂浪士」(1964年/NHK)
NHK 赤穂浪士5.jpgNHK 赤穂浪士.jpg このNHKの大河ドラマ「赤穂浪士」は討ち入りの回で、大河ドラマ史上最高の視聴率53.0%を記録しています。因みに、長谷川一夫は大河ドラマ出演の6年前に、渡辺邦男監督の「忠臣蔵」('58年/大映)で大石内蔵助を演じていますが、こちらは大佛次郎の原作ではなく、オリジナル脚本です(大河ドラマで吉良上野介を演じた滝沢修も、この映画で既に吉良上野介を演じている)。

赤穂浪士 1964 nhk2.jpg「赤穂浪士」●演出:井上博 他●制作総指揮:合川明●脚本:村上元三●音楽:芥川也寸志●原作:大佛次郎●出演:長谷川一夫/淡島千景/林与一/尾上梅幸/滝沢修/志村喬/中村芝鶴/中村賀津雄/中村又五郎/田村高廣/岸田今日子/瑳峨三智子/伴淳三郎/芦田伸介/實川延若/坂東三津五郎/河津清三郎/西村晃/宇野重吉/山田五十鈴/花柳喜章/加藤武/舟木一夫/金田竜之介/戸浦六宏/鈴木瑞穂/藤岡琢也/嵐寛寿郎/田村正和/渡辺美佐子/石坂浩二●放映:1964/01~12(全52回)●放送局:NHK

 この大佛次郎の小説が作者の大石内蔵助や赤穂浪士に対する見解が多分に入りながらも"オーソドックス(正統)"とされるのは、その後に今日まで変則的な"忠臣蔵"小説がいっぱい出てきたということもあるかと思いますが、堀田隼人や蜘蛛の陣十郎を巡るサイドストーリーがありながらも、まず四十七士、とりわけ大石内蔵助の心情やそのリーダーシップ行動のとり方等の描き方が丹念であるというのが大きな要因ではないかと思います(映画化されるごとに堀田隼人や蜘蛛の陣十郎が脇に追いやられるのも仕方がないことか)。

 '61年版「赤穂浪士」を観た限りにおいては、映画よりも原作の方がずっと面白いです。文庫で1400ページくらいありますが全く飽きさせません。一気に読んだ方が面白いので、また、時間さえあれば一気に読めるので、どこか纏まった時間がとれる時に手にするのが良いのではないかと思います。

【1961年文庫化[角川文庫(上・下)]/1964年再文庫化・1979年・1998年・2007年改版[新潮文庫(上・下)]/1981年再文庫化[時代小説文庫(上・下)]/1993年再文庫化[徳間文庫(上・下)]/1998年再文庫化[集英社文庫(上・下)]】

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講談調で娯楽性が高く、伝説的虚構性を重視。「忠臣蔵」の初心者が大枠を掴むのに良い。

忠臣蔵(1958).jpg
忠臣蔵 1958_0.jpg
忠臣蔵 [DVD]」(2004) 主演:長谷川一夫

忠臣蔵 [DVD]」(2013)

忠臣蔵(1958)市川.jpg 元禄14年3月、江戸城勅使接待役に当った播州赤穂城主・浅野内匠頭(市川雷蔵)は、日頃から武士道を時世遅れと軽蔑する指南役・吉良上野介(滝沢修)から事毎に意地悪い仕打ちを受けるが、近臣・堀部安兵衛(林成年)の機転で重大な過失を免れ、妻あぐり(山本富士子)の言葉や国家老・大石内蔵助(長谷川一夫)の手紙により慰められ、怒りを抑え役目大切に日を過す。しかし、最終日に許し難い侮辱を受けた内匠頭は、城中松の廊下で上野介に斬りつけ、無念にも討ち損じる。幕府は直ちに事件の処置を計るが、上野介忠臣蔵  昭和33年.jpg贔屓の老中筆頭・柳沢出羽守(清水将夫)は、目付役・多門伝八郎(黒川弥太郎)、老中・土屋相模守(根上淳)らの正論を押し切り、上野介は咎めなし、内匠頭は即日切腹との処分を下す。内匠頭は多門伝八郎の情けで家臣・片岡源右衛門(香川良介)に国許へ遺言を残し、従容と死につく。赤穂で悲報に接した内蔵助は、混乱する家中の意見を籠城論から殉死論へと導き、志の固い士を判別した後、初めて仇討ちの意図を洩らし血盟の士を得る。その中には前髪の大石主税(川口浩)と矢頭右衛門七(梅若正二)、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)も加えられた。内蔵助は赤穂城受取りの脇坂淡路守(菅原謙二)を介して浅野家再興Chûshingura(1958).jpgの嘆願書を幕府に提出、内蔵助の人物に惚れた淡路守はこれを幕府に計るが、柳沢出羽守は一蹴する。上野介の実子で越後米沢藩主・上杉綱憲(船越英二)は、家老・千坂兵部(小沢栄太郎)に命じて上野介の身辺を警戒させ、兵部は各方面に間者を放つ。内蔵助は赤穂退去後、京都山科に落着くが、更に浅野家再興嘆願を兼ねて江戸へ下がり、内匠頭後室・あぐり改め瑤泉院を訪れる。瑤泉院は、仇討ちの志が見えぬ内蔵助を責める侍女・戸田局(三益愛子)とは別に彼を信頼している。内蔵助はその帰途に吉良方の刺客に襲われ、多門伝八郎の助勢で事なきを得るが、その邸内で町人姿の岡野金右衛門(鶴田浩二)に引き合わされる。伝八郎は刃傷事件以来、陰に陽に赤穂浪士を庇護していたのだ。一方、大石襲撃に失敗した千坂兵部は清水一角(田崎潤)の報告によって並々ならぬ人物と知り、腹心の女るい(京マチ子)を内蔵助の身辺に間者として送る。江戸へ集った急進派の堀部安兵衛らは、出来れば少人数でもと仇討ちを急ぐが、内蔵助は大義の仇討ちをするには浅野家再興の成否を待ってからだと説く。半年後、祇園一力茶屋で多くの遊女と連日狂態を示す内蔵助の身辺に、内蔵助を犬侍と罵る浪人・関根弥次郎(高松英郎)、内蔵助を庇う浮橋(木暮実千代)ら太夫、仲居姿のるいなどがいた。内蔵助は浅野再興の望みが絶えたと知ると、浮橋を身請けして、妻のりく(淡島千景)に離別を申渡す。長子・主税のみを残しりくや幼い3人の子らと山科を去る母たか(東山千栄子)は、仏壇に内蔵助の新しい位牌を見出し、初めて知った彼の本心にりくと共に泣く。るいは千坂の間者・忠臣蔵  昭和33年tyu.jpg小林平八郎(原聖四郎)から内蔵助を斬る指令を受けるがどうしても斬れず、平八郎は刺客を集め内蔵助を襲い主税らの剣に倒れる。機は熟し、内蔵助ら在京同志は続々江戸へ出発、道中、近衛家用人・垣見五郎兵衛(二代目中村鴈治郎)は、自分の名を騙る偽者と対峙したが、それを内蔵助と知ると自ら偽者と名乗忠臣蔵e.jpgって、本物の手形まで彼に譲る。江戸の同志たちも商人などに姿を変えて仇の動静を探っていたが、吉良方も必死の警戒を続け、しばしば赤穂浪士も危機に陥る。千坂兵部は上野介が越後へ行くとの噂を立て、この行列を襲う赤穂浪士を一挙葬る策を立てるが、これを看破した内蔵助は偽の行列を見送る。やがて、赤穂血盟の士47人は全員江戸に到着し、決行の日は後十日に迫るが、肝心の吉良邸の新しい絵図面だけがまだ無い。岡野金右衛門は同志たちから、彼を恋する大工・政五郎(見明凡太朗)の娘お鈴(若尾文子)を利用してその絵図を手に入れるよう責められていて、決意してお鈴に当る。お鈴は小間物屋の番頭と思っていた岡野金右衛門を初めて赤穂浪士と覚ったが、方便のためだけか、恋してくれているのかと彼に迫り、男の真情を知ると嬉し泣きしてその望みに応じ、政五郎も岡野金右衛門の名も聞かずに来世で娘と添ってくれと頼む。江戸へ帰ったるいは、再び兵部の命で内蔵助を偵察に行くが、内蔵助たちの美しい心と姿に打たれる彼女は逆に吉良家茶会の日を14日と教える。その帰途、内蔵助を斬りに来た清水一角と同志・大高源吾(品川隆二)の斬合いに巻き込まれ、危って一角の刀に倒れたるいは、いまわの際にも一角に内蔵助の所在を偽る。るいの好意とその最期を聞いた内蔵助は、12月14日討入決行の檄を飛ばす。その14日、内蔵助はそれとなく今生の暇乞いに瑤泉院を訪れるが、間者の耳目を警戒して復讐の志を洩らさChûshingura (1958) .jpgず、失望する瑤泉院や戸田局を後に邸を辞す。同じ頃、同志の赤垣源蔵(勝新太郎)も実兄・塩山伊左衛門(竜崎一郎)の留守宅を訪い、下女お杉(若松和子)を相手に冗談口をたたきながらも、兄の衣類を前に人知れず別れを告げて飄々と去る。勝田新左衛門(川崎敬三)もまた、実家に預けた妻と幼児に別れを告げに来たが、舅・大竹重兵衛(志村喬)は新左衛門が他家へ仕官すると聞き激怒し罵る。夜も更けて瑤泉院は、侍女・紅梅(小野道子)が盗み出そうとした内蔵助の歌日記こそ同志の連判状であることを発見、内蔵助の苦衷に打たれる。その頃、そば屋の二階で勢揃いした赤穂浪士47人は、表門裏門の二手に分れ内蔵助の采忠臣蔵 1958_1.jpg配下、本所吉良邸へ乱入。乱闘数刻、夜明け前頃、間十次郎(北原義郎)と武林唯七(石井竜一)が上野介を炭小屋に発見、内蔵助は内匠頭切腹の短刀で止めを刺す。赤穂義士の快挙は江戸中の評判となり、大竹重兵衛は瓦版に婿の名を見つけ狂喜し、塩山伊左衛門は下女お杉を引揚げの行列の中へ弟を探しにやらせお杉は源蔵を発見、大工の娘お鈴もまた恋人・岡野金右衛門の姿を行列の中に発見し、岡野から渡された名札を握りしめて凝然と立ちつくす。一行が両国橋に差しかかった時、大目付・多門伝八郎は、内蔵The Loyal 47 Ronin (1958).jpg忠臣蔵 _V1_.jpg助に引揚げの道筋を教え、役目を離れ心からの喜びを伝える。その内蔵助が白雪の路上で発見したものは、白衣に身を包んだ瑤泉院が涙に濡れて合掌する姿だった―。[公開当時のプレスシートより抜粋]
若尾文子(お鈴)・鶴田浩二(岡野金右衛門)

 1958(昭和33)年に大映が会社創立18年を記念して製作したオールスター作品で、監督は渡辺邦男(1899-1981)。大石内蔵助に大映の大看板スター長谷川一夫、浅野内匠頭に若手の二枚目スター市川雷蔵のほか鶴田浩二、勝新太郎という豪華絢爛たる顔ぶれに加え女優陣にも京マチ子、山本富士子、木暮実千代、淡島千景、若尾文子といった当時のトップスターを起用しています。当時、赤穂事件を題材とした映画は毎年のように撮られていますが、この作品は、その3年後に作られた同じく大作である松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「赤穂浪士」('61年/東映)とよく比較されます。「赤穂浪士」の方は大佛次郎の小説『赤穂浪士』をベースとしています。

 "忠臣蔵通"と言われる人たちの間では'61年の東映版「赤穂浪士」の方がどちらかと言えば評価が高く、一方、この'58年の大映版「忠臣蔵」は、「戦後映画化作品の中で最も浪花節的かつ講談調で娯楽性が高く、リアリティよりも虚構の伝説性を重んじる当時の風潮が反映されている作品であり、『忠臣蔵』の初心者が大枠を掴むのに適していると言われている」(Wikipedia)そうです。概ね同感ですが、東映版「赤穂浪士」にしても、史実には無い大佛次郎が作りだしたキャラクターが登場したりするわけで、しかも細部においては必ずしも原作通りではないことを考えると、この大映版「忠臣蔵」は、これはこれで「伝説的虚構性を重視」しているという点である意味オーソドックスでいいのではないかと思いました。

 「赤穂浪士」の片岡千恵蔵の大石内蔵助と、3年先行するこの「忠臣蔵」の長谷川一夫の大石内蔵助はいい勝負でしょうか。「赤穂浪士」が浅野内匠頭に大川橋蔵を持ってきたのに対し、この「忠臣蔵」の浅野内匠頭は市川雷蔵で、「赤穂浪士」が吉良上野介に月形龍之介を持ってきたのに対し、この「忠臣蔵」の吉良上野介は滝沢修です。この「忠臣蔵」の長谷川一夫忠臣蔵 1958 中村.jpgと滝沢修は、6年後のNHKの第2回大河ドラマ「赤穂浪士」('64年)でもそれぞれ大石内蔵助と吉良上野介を演じています(こちらは大佛次郎の『赤穂浪士』が原作)。また、「赤穂浪士」が「大石東下り」の段で知られる立花左近に大河内傳次郎を配したのに対し、こちら「忠臣蔵」は立花左近に該当する垣見五郎兵衛に二代目中村鴈治郎を配しており、長谷川一夫が初代中村鴈治郎の門下であったことを考えると、兄弟弟子同士の共演とも言えて興味深いです。但し、この場面の演出は片岡千恵蔵・大河内傳次郎コンビの方がやや上だったでしょうか。
二代目中村鴈治郎(垣見五郎兵衛)

勝新太郎(赤垣源蔵)
忠臣蔵_V1_.jpg この作品は、講談などで知られるエピソードをよく拾っているように思われ、内蔵助が武士の情けに助けられる「大石東下り」や、同じく内蔵助がそれとなく瑤泉院を今生の暇乞いに訪れる「南部坂雪の別れ」などに加え、赤垣源蔵が兄にこれもそれとなく別れを告げに行き、会えずに兄の衣服を前に杯を上げる「赤垣源蔵 徳利の別れ」などもしっかり織り込まれています。赤垣源蔵役は勝新太郎ですが、この話はこれだけで「赤垣源蔵(忠臣蔵赤垣源蔵 討入り前夜)」('38年/日活)という1本の映画になっていて、阪東妻三郎が赤垣源蔵を演じています。また、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)もちらっと出てきますが、この話も「韋駄天数右衛門」忠臣蔵 1958 simura.jpg('33年/宝塚キネマ)という1本の映画になっていて、羅門光三郎が不破数右衛門を演じています。こちらの話ももう少し詳しく描いて欲しかった気もしますが、勝田新左衛門の舅・大竹重兵衛(志村喬)のエピソードなどは楽しめました(志村喬は戦前の喜劇俳優時代の持ち味を出していた)。

志村喬(大竹重兵衛)

 映画会社の性格かと思いますが、東映版「赤穂浪士」が比較的男優中心で女優の方は脇っぽかったのに対し、こちらは、山本富士子が瑤泉院、京マチ子が間者るい、木暮実千代が浮橋太夫、淡島千景が内蔵助の妻りく、若尾文子が岡野金右衛門(鶴田浩二)の恋人お鈴、中村玉緒が浅野家腰元みどりと豪華布陣です。それだけ、盛り込まれているエピソードも多く、全体としてテンポ良く、楽しむところは楽しませながら話が進みます。山本富士子はさすがの美貌というか貫禄ですが、京マチ子忠臣蔵 鶴田浩二 若尾文子.jpgの女間者るいはボンドガールみたいな役どころでその最期は忠臣蔵 1958 yamamoto.jpg忠臣蔵 1958 kyou.jpg忠臣蔵 1958 turuta.jpg切なく、若尾文子のお鈴は、父親も絡んだ吉良邸の絵図面を巡る話そのものが定番ながらもいいです。

山本富士子(瑤泉院)/京マチ子(女間者るい)/鶴田浩二(岡野金右衛門)  若尾文子(お鈴)・鶴田浩二

忠臣蔵(1958)6.jpg 渡辺邦男監督が「天皇」と呼ばれるまでになったのはとにかく、この人は早撮りで有名で、この作品も35日間で撮ったそうです(初めて一緒に仕事した市川雷蔵をすごく気に入ったらしい)。でも、画面を観ている限りそれほどお手軽な感じは無く、監督の技量を感じました。ストーリーもオーソドックスであり、確かに、自分のような初心者が大枠を掴むのには良い作品かもしれません。松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「赤穂浪士」('61年)と同様、役者を楽しむ映画であるとも言え、豪華さだけで比較するのも何ですが、役者陣、特に女優陣の充実度などでこちらが勝っているのではないかと思いました。
 
滝沢修(吉良上野介)・市川雷蔵(浅野内匠頭)・渡辺邦男監督

Chûshingura (1958)
Chûshingura (1958).jpg忠臣蔵 1958 08.jpg「忠臣蔵」●制作年:1958年●監督:渡辺邦男●製作:永田雅一●脚本:渡辺邦男/八尋不二/民門敏雄/松村正温●撮影:渡辺孝●音楽:斎藤一郎●時間:166分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/鶴田浩二/勝新太郎/川口浩/林成年/荒木忍/香川良介/梅若正二/川崎敬三/北原義郎/石井竜一/伊沢一郎/四代目淺尾奥山/杉山昌三九/葛木香一/舟木洋一/清水元/和泉千忠臣蔵 1958 10.jpg太郎/藤間大輔/高倉一郎/五代千太郎/伊達三郎/玉置一恵/品川隆二/横山文彦/京マチ子/若尾文子/山本富士子/淡島千景/木暮実千代/三益愛子/小野道子/中村玉緒/阿井美千子/藤田佳子/三田登喜子/浦路洋子/滝花久子/朝雲照代/若松和子/東山千栄子/黒川弥太郎/根上淳/高松英郎/花布辰男/松本克平/二代目澤村宗之助/船越英二/清水将夫/南條新太郎/菅原謙二/南部彰三/春本富士夫/寺島雄作/志摩靖彦/竜崎一郎/坊屋三郎/見明凡太朗/上田寛/小沢栄太郎/田崎潤/原聖四郎/志村喬/二代目中村鴈治郎/滝沢修●公開:1958/04●配給:大映(評価:★★★★)

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ユーモア・サスペンスとして楽しめる「疾風ロンド」。FⅩで見せた「海賊と呼ばれた男」。

疾風ロンド 2016 .jpg 疾風ロンド 原作.jpg  海賊と呼ばれた男  2016.jpg 海賊と呼ばれた男 2016 チラシ.jpg 海賊と呼ばれた男 原作.jpg
「疾風ロンド」チラシ/『疾風ロンド (実業之日本社文庫)』/「海賊と呼ばれた男」ポスター・チラシ/『海賊とよばれた男(上) (講談社文庫)

疾風ロンドes.jpg 泰鵬大学医科学研究所では、研究員・葛原(戸次重幸)が危険な細菌を利用した生物兵器「K-55」という炭疽菌が開発してしまったことで、葛原を解雇する。葛原はその腹いせに「K-55」を研究所から持ち出し、ある場所に埋め目印として近くに木にテディベアを張り付ける。その後、所長の東郷(柄本明)宛てに3億円を要求した脅迫の内容のメールが届き、メールにはテディベアの写った写真が添付されていた。テディベア疾風ロンドges.jpgには発信機がつけられており、その受信機は葛原が持っている。研究主任の栗林(阿部寛)は警察に届けることを主張するが、所長は生物兵器を秘密裏に探すよう栗林に命じる。栗林は何の手がかりも無い中で捜索を始めるが、そこへ警察から葛原が事故で亡くなったという電話があり、葛原の遺体確認の際に荷物の中にデジカメと受信機を発見、そのデジカメのデータの中から「ある場所」がスキー場だと考える。スノーボードが好きな息子(濱田龍臣)の力を借り、そこは野沢温泉スキー場だと分かるが、野沢温泉スキー場は日本最大級の広さを持つスキー場だった―。

疾風ロンド 08.jpg 「疾風ロンド」の原作は東野圭吾の長編サスペンスで、 '13年11月実業之日本社から文庫書き下ろしで発刊され、作者の書き下ろしの文庫本での発売は17年ぶりだったそうですが、発売10日で100万部を突破したとのこと。同じく実業之日本社から'10年10月に実業之日本社文庫の創刊第1弾として、雑誌連載後これもいきなり文庫で刊行された『白銀ジャック』も発売から1か月余りで100万部を突破していますが、それを上回るスピードでの100万部達成ということになります('16年12月には雪山シリーズの3作目『雪煙チェイス』がこれもいきなり文庫で刊行された)。

疾風ロンド    s.jpg 原作はユーモア・サスペンス小説で、軽いとの批判もあったようですが、二転三転するストーリー展開の面白さを支持する声も結構あったみたいです。映画も、実写でありながらも割り切ってユーモア・サスペンス風に仕上げており(ムロツヨシとか変に可笑しい)、そのことが二転三転する展開と相俟って"軽く"楽しめるものになっていたように思います。仮に、大真面目な演出にしていたら、「炭疽菌」と言われても普通はイメージが湧かないだけに映画自体が持たなかったでしょう。因みに、原作を端折っている部分もありますが、ラストは明らかに原作を「改変」しています。


海賊と呼ばれた男 road.jpg 主要燃料が石炭だった当時から、石油の将来性を予感していた若き日の国岡鐵造(岡田准一)は、北九州・門司で石油業に乗り出すが、その前には国内の販売業者、欧米の石油会社(石油メジャー)など様々な壁が立ち塞がり、行く手を阻ぶ。しかし、鐵造は諦めず、それまでの常識を覆す奇想天外な発想と型破りな行動力、自らの店員(部下)を大切にするその愛情で、新たな道を切り拓いてく。その鐵造の姿は、敗戦後の日本において逆風にさらされても変わることはなかった。そしてついに、敗戦の悲嘆にくれる日本人の大きな衝撃を与える"事件"が発生する。石油メジャーから敵視され圧倒的な包囲網によりすべての石油輸入ルートを封鎖された国岡鐵造が、唯一保有する石油タンカー「日承海賊と呼ばれた男  .jpg丸」を、秘密裏にイランに派遣するという"狂気"の行動に打って出たのだ。イランの石油を直接輸入することは、イランを牛耳るイギリスを完全に敵に回すこと。しかし、イギリスの圧力により貧困にあえぐイランの現状と自らを重ね合わせた鐵造は、店員の反対を押し切り、石油メジャーとの最大の戦いに挑む―。

出光佐三.jpg海賊と呼ばれた男 1es.jpg 「海賊と呼ばれた男」の原作は百田尚樹による第10回本屋大賞受賞作品であり、こちらも'16年12月現在、上下巻累計で420万部というベストセラーです。出光興産創業者の出光佐三(いでみつ さぞう、1885-1981)をモデルにした歴史経済小説ですが、原作の段階から、出光佐三→国岡鐵造、出光興産→国岡商会、日章丸→日承丸、などと改変されています。映画では、60歳の鐵造を起点にそれまでの彼の歩みをカットバック風に振り返りながら、次第に60歳以降の出来事が多く描かれるようになり、その生涯を終えるまでを追っています。

海賊と呼ばれた男 07.jpg このように時系列が多少前後しますが、伝記映画としてはオーソドックスな作りになっているように思いました。ただ、一企業の草創期からの歴史を描いた作品でもあるため、その分、「プロジェクⅩ」などにおける再現映像の"拡大版"を観ているような印象も。出演者の演技が何となくワンパターンであるし、主演の岡田准一の演技も力入りすぎという感じでした(老け役になってから良くなった。助演の吉岡秀隆も、同じ山崎貴監督の「ALWAYS 三丁目の夕日」('05年/東宝)での演技の方が自然だった)。途中、やや中だるみ感がありましたが、終盤に「日章丸事件」というとっておきのエピソードが控えていたため、最後盛り返したという感じでしょうか海賊と呼ばれた男 日承丸 s.jpg。しかも、日承丸が英国艦隊とぶつかりそうになる場面とか、VFXがふんだんに使われていて、思った以上に見応えがありました(VFXは、「ALWAYS 三丁目の夕日」や、庵野秀明監督の海賊と呼ばれた男 堤.jpgシン・ゴジラ」('16年/東映)と同じく、山崎貴監督自身が所属する「白組」が担当した)。日承丸の船長を演じた堤真一(この人も「ALWAYS 三丁目の夕日」の俳優陣の1人)は、岡田准一よりも印象に残ったと言うと言い過ぎになるかもしれないですが、おいしい役どころだったかも。


疾風ロンドa.jpg「疾風ロンド」●制作年:2016年●監督:吉田照幸●脚本:ハセベバクシンオー/吉田照幸●撮影:佐光朗●音楽:三澤康広(主題歌:B'z)●原作:東野圭吾●時間:109分●出演:阿部寛/大倉忠義/大島優子/ムロツヨシ/堀内敬子/戸次重幸/濱田龍臣/志尊淳/野間口徹/麻生祐未/生瀬勝久/望月歩/前田旺志郎/久保田紗友/鼓太郎/堀部圭亮/中村靖日/田中要次/菅原大吉/でんでん/柄本明●公開:2016/11●配給:東映●最初に観た場所:TOHOシネマズ日本橋(16-12-22)(評価:★★★☆)

海賊と呼ばれた男 2016.jpg「海賊と呼ばれた男」●制作年:2016年●監督:山崎貴●脚本:山崎貴●撮影:柴崎幸三●音楽:佐藤直紀●VFX:山崎貴●原作:百田尚樹●時間:109分●出演:岡田准一/吉岡秀隆/染谷将太/鈴木亮平/野間口徹/ピエール瀧/綾瀬はるか/小林薫/光石研/堤真一/近藤正臣/國村海賊と呼ばれた男 上下.jpg隼/黒木華/須田邦裕/小林隆●公開:2016/12●配給:東宝●最初に観た場所:TOHOシネマズ日本橋(16-12-22)(評価:★★★☆)

TOHOシネマズ日本橋.jpgTOHOシネマズ日本橋
スクリーン 座席数(車椅子用) スクリーンサイズ
SCREEN 1 128+(2) 10.1×4.2m
SCREEN 2 110+(2) 9.1×3.8m
SCREEN 3 119+(2) 9.6×4.0m
SCREEN 4 119+(2) 9.6×4.0m
SCREEN 5 226+(2) 13.9×5.8m
SCREEN 6 213+(2) 13.6×5.7m
SCREEN 7 404+(2) 18.7×7.9m TCX
SCREEN 8 290+(2) 16.0×6.7m TCX
SCREEN 9 143+(2) 10.1×4.2m
9スクリーン 1,752+(18)

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概ね原点回帰か。人情ドラマ抜きの事実っぽい脚本が功を奏す。"変態"は不要だった? 解釈としては...。

シン・ゴジラ  2016.jpgシン・ゴジラ 41.jpg シン・ゴジラ 07.jpg
「シン・ゴジラ」チラシ

シン・ゴジラ9.jpg ゴジラシリーズの第29作で、『ゴジラ FINAL WARS』('04年/東宝)以来約12年ぶりの日本製作のゴジラシリーズ作。公開前は、コアな映画ファン、ゴジラファンの間ではともかく、一般にはそれほど話題にもなっていなかったのが、7月29日の公開後にネットや口コミでどんどん客足を伸ばし、前作で目標としていたものの果たせなかった'54年からスタートしたシリーズの累計観客動員数1億人突破を公開4日で果たし、公開1か月で累計動員360万人、累計興行収入53億円を突破、11月16日までの公開111日間で、観客動員551万人、興行収入が80億167万円を記録するなど、興行面で成功を収めています(2017年「芸術選奨」受賞作)。 

シン・ゴジラ 45.jpg 映画がヒットした要因としてまず挙げられることは、完璧とまでは言えないもののゴジラ映画の原点に回帰した点であり、観る前は全編CGでどうなのかなと思いましたが、観てみたら、ゴジラならではの重々しさや生々しさ、無敵の暴れん坊ぶりはなかなかのものでした。ゴジラのテーマや自衛隊のテーマなどお馴染みの伊福部BGMも使われていて、シリーズのオールドファンには懐かしいのではないでしょうか。個人的には、「宇宙大戦争」('59年/東宝)のテーマが使われていたのが(リアルタイムで観た作品ではないけれど)何だか嬉しかったです。

シン・ゴジラ 42.jpg 庵野秀明監督は、脚本の執筆段階から防衛省・自衛隊に協力を依頼し、「実際にゴジラが現れた場合、自衛隊はどのように対処するのか」「ゴジラに対して武器の使用が認められるのか」などミーティングを繰り返し行い、事実に即した脚本に仕上げていったとのことで、それが怪獣映画にしては比較的豪勢な役者陣の演技と相俟って、緊迫感とテンポの良さを生み出しています(時にコミカルな風刺も効かせていて、これもまたいい)。この映画から、自衛隊の強みと弱みが窺えるという人もいるくらいで、「機能的」脚本とでも言うか、こうした映画に挿入されがちな、恋人がどうしたとか妻子がどうしたといった人情ドラマは殆ど混ざり込む余地のない作りになっているのがいいです(石原さとみの"バイリンガルの米国大統領特使"だけが浮いていた)。

シン・ゴジラ 44.jpg ここまで殆ど褒めっ放しで、では欠点は無いのかと言うと、概ねゴジラ映画の原点に回帰したとは言え、ゴジラ自体が核開発の犠牲者であるという悲劇的要素がやや抜け落ちた印象も受けました(従って、ゴジラの雄叫びにオリジナルのような悲壮感があまり感じられない)。加えて、ゴジラが1個体で4段階ものシン・ゴジラ第2形態.jpg変態を繰り返すというのは、本当に必要なアレンジだったのかやや疑問に思いました(CGで出来るからやったという印象も)。特に第2変態の段階で、最初に上陸してその顔が正面から捉えられたと思ったら、東南アジアかどこかの「獅子舞の獅子」系の顔か、或いは「ウーパールーパー」みたいな顔に見えたのが拍子抜けしたと言うか、オリジナル特有の悲壮感から更に遠くなり残念に思いました(深海サメの一種「ラブカ」をモチーフにしたらしいが、ラブカはあんなピンポン玉みたいな目ではない。殆どぬいぐるみの世界)。

シン・ゴジラ49.jpg ゴジラを倒すための血液凝固剤って結局何だったのか、単なる液体窒素だったのか、それならば、牧悟郎(岡本喜八が写真のみの出演)博士の「ゴジラの元素変換機能を阻害する極限環境微生物の分子式」を解読する作業なんてあまり意味が無さそうにも思えるし、そもそも博士がなぜ資料をわざわざ暗号化したのかも、分かった人には分かったのかもしれないけれど、自分にはイマイチぴんときませんでした。この辺りについては、「シン・ゴジラを読み解くこと」がある種ブームのようになっていて、一般的な映画ファンだけでなく、例えば朝日新聞などは論説委員が新聞に読み解きを書いており、興味がある人はそうした記事も読んだ覚えがあるかも(政治の無能に対して行政の有能、日本型組織の強みがある種「美談」として描かれている一方、初代ゴジラに見られたような、ゴジラを生み出した文明のありように対する疑念や苦悩は殆ど描かれていないという指摘は的を射ていると思った)。

シン・ゴジラs.jpg ゴジラを倒しておいて、取り敢えず首都は大阪に移して、ゴジラは凍らせたまま東京駅傍に放置しておくなんてあり得るのかなあという気がしますが、おそらく、ゴジラは「原発」のメタファーであり、ゴジラ(原発)を管理し続けるという宿命を負った日本の未来を表しているのでしょう。ならば、博士の「好きにしろ」という「遺言」の意味は何なのか?-とか、ラストのゴジラの尾に蠢く人影は何を意味するのか?-とか、確かにいろいろ読み解きを促す作りにはなっています。

シン・ゴジラ 09.jpg 今度ゴジラが動き出したら、熱核攻撃のカウントダウンが再開するということで、次回作は東京駅から始まるのでしょうか。都心を汚染したゴジラの放射性物質は半減期が短く、2、3年で影響がなくなるとの設定なので、やがて避難先から360万人の住民が帰還することになったとして、スカイツリーじゃないのだから、立ち尽くすゴジラを見ながら半恒久的に生活を送るというのはちょっと考えにくく、やはり次回作を想定した終わり方なのでしょう(これで、次回作でゴジラがまたいきなり海の中から出てきたら、あの東京駅傍のゴジラはどうなったと突っ込みたくもなるだろう)。

シン・ゴジラ84.jpg「シン・ゴジラ」●制作年:2016年●総監督・脚本:庵野秀明●監督・特技監督:樋口真嗣●撮影:山田康介●音楽:鷺巣詩郎/伊福部昭●時間:119分●出演:長谷川博己/竹野内豊/石シン・ゴジラ cast.jpg原さとみ/高良健吾/大杉漣/柄本明/余貴美子/國村隼/市川実日子/ピエール瀧/斎藤工/小出恵介/古田新太/前田敦子/犬童一心/緒方明/片桐はいり/神尾佑/KREVA/黒田大輔/小出恵介/小林隆/嶋田久作/諏訪太朗/高橋一生/塚本晋也/津田寛治/鶴見辰吾/手塚とおる/中村育二/野間口徹/橋本じゅん/浜田晃/原一男/平泉成/藤木孝/松尾諭/松尾スズキ/三浦貴大/光石研/森廉/モロ師岡/矢島健一/渡辺哲●公開:2016/07●配給:東宝●最初に観た場所:TOHOシネマズ新宿(16-08-29)(評価:★★★☆)
TOHOシネマズ新宿
TOHOシネマズ新宿.jpgスクリーン 座席数(車椅子用) スクリーンサイズ
TOHOシネマズ 新宿3.jpgSCREEN 1 86+(2) 3.2×7.6m
SCREEN 2 108+(2) 5.3×12.6m MX4D®
SCREEN 3 128+(2) 4.5×10.8m
SCREEN 4 200+(2) 5.2×12.6m
SCREEN 5 184+(2) 4.0×9.6m
SCREEN 6 117+(2) 4.6×11.0m
SCREEN 7 407+(2) 7.3×17.7m
SCREEN 8 88+(2) 3.2×7.6m
SCREEN 9 499+(2) 8.0×19.2m TCX
SCREEN 10 311+(2) IMAX®デジタルシアター
SCREEN 11 122+(2) 3.9×9.5m
SCREEN 12 73+(2) 2.8×6.6m
12スクリーン 2,323+(24)

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逞しき青年武将としての正宗を描くも、全てにおいて中途半端な印象。

独眼竜政宗 1959 5.jpg 独眼竜政宗 1959 dvd.jpg 独眼竜政宗 1959 dvd2.jpg
独眼竜政宗 [DVD]」 中村錦之助・佐久間良子・月形龍之介

独眼竜政宗28.jpg 戦国の世の、陸奥の伊達政宗(中村錦之助)は、知勇勝れた若き武将として知られていた。豊臣秀吉(佐々木孝丸)は彼を恐れて、石田三成(徳大寺伸)の縁続きにある和田斉之を政宗の隣国に派遣した。政宗はこうした秀吉の意図を察して、鷹狩りで捕らえた鶴を聚楽第の竣工祝いとして秀吉に贈って親睦を計る。そんな時秀吉と対立関係にある北条家とつながりをもつ、奥羽路の名家田村家から、息女愛姫(大川恵子)を政宗に娶せたいとの申し出があった。政宗は愛姫と対面し、その清楚な美しさにうたれたが、政略の臭い濃いこの縁組みを断わる。その頃、秀吉の命をうけて隣国の和田斉之が政独眼竜政宗 1959 01.jpg宗に対して挑発行為に出る。だが彼は逆に斉之を術中に陥れて難を避ける。ますます脅威を感じた秀吉は暗殺団を送って政宗殺害を計るが、政宗は一味の矢を右眼にうけて重傷を負いながらも危機を逃れる。彼は、以前に狩の途中で樵(きこり)の勘助(大河内傳次郎)から聞いた"白蛇の湯独眼竜政宗 1959 8.jpg"という温泉郷に身を休めた。彼の身分を知らぬ勘助とその娘千代(佐久間良子)の素朴な愛情につつまれて、正宗には、両眼が見えていた時には知らなかった新しい世界が開ける。政宗の消息を案じた愛姫が"白蛇の湯"に訪ねる。折しも、秀吉の軍勢が北条家討伐のため小田原に向って進撃をはじめたとの報が入る―。

 1959(昭和34)年公開の河野寿一(こうの としかず)監督、中村錦之助主演による東映娯楽時代劇で、伊達政宗を主人公とする作品はこれ以前に主なもので、稲垣浩監督、片岡千恵蔵主演の「独眼龍政宗」('42年/大映)があり、また、以降では、1987年に渡辺謙が正宗を演じたNHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」があります。この中村錦之助版では、伊達政宗は逞しき青年武将として描かれており、佐久間良子、月形竜之介、大河内傳次郎といった豪華キャストを配しています。

独眼竜政宗32.jpg ただ、伊達正宗が失明したのは眼病のためであり、それを、秀吉が政宗暗殺を謀って石田光成に命じて陸奥に刺客を送り、その刺客の忍者らとの戦いで政宗が右目を失ったという設定になっているため、右目を失った苦悩や秀吉への敵愾心も全て虚構の上に成り立っていることになり、このあたりはどうなのだろうか。Amazonのレヴューにも、「史実から完全に浮き上がった動画紙芝居を見せられているようだ」というものがありました。

 但し、政宗の父・輝宗(月形龍之介)が北条派の畠山義継(山形勲)に攫われ、それを政宗が畠山もろとも父を射殺したというのは、まず、輝宗に面会に訪れた義継が、面会が終わり出立する義継を見送ろうとした輝宗を、義継の家臣と共にに刀を突きつけ捕えたというのは事実らしく、輝宗が「自分を気にして家の恥をさらすな。わしもろともこ奴を撃て」と叫び、それが合図となって伊達勢は一斉射撃、この銃撃で輝宗と義継を始めとする二本松勢は全員が死亡したという記録が、伊達家の公式記録である『伊達治家記録』にあるそうです。更に、『奥羽永慶軍記』では、政宗自身によって義継と輝宗は撃ち殺されたとされており、この辺りは全くの作り話ではないようです(むしろ、本作で唯一、史実に忠実なシーンだったりして)。

 映画にもあるように、秀吉から上洛して恭順の意を示すよう促す書状が幾度か伊達家に届けられており、政宗はずっとこれを黙殺していましたが、最終的には秀吉の膨大な兵力を考慮した結果、秀吉に服属することとし、北条討伐の秀吉軍のいる小田原に参陣、秀吉は会津領を没収したものの、伊達家の本領72万石を安堵しています。

 正宗が当初秀吉への恭順を渋っていたのは、北条方につくか豊臣方につくか迷っていたためであり、最終的に正宗が豊臣方につくことで北条家は孤立して豊臣家に滅ぼされ、それによって秀吉の天下統一が成ったわけで、正宗の下した判断が歴史に与えた影響は大きかったわけですが、本当に秀吉に心底"恭順の意"を抱いていたのかというと疑わしく(秀吉亡き後の関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍独眼竜政宗 1959 9.jpgについている)、その辺りの形式的には秀吉に服従するけれど、気持ち的には従っていないということを、「自分の右眼を奪った秀吉」という位置づけで強調している作品なのかも。但し、それは歴史的背景を探りつつかなり好意的に解釈した場合であって、普通に観ていると、何が言いたいのかよく分からない作品ということになってしまうかもしれません。正宗は最後、「両目のままでは、こうして太閤にお目にかかることもなかったでありましょう。はっはっは」って呵々大笑するも、これも何だか強がりにしか聞こえなかったなあ。

独眼竜政宗38.jpg独眼竜政宗 1959 09.jpg 樵の勘助と正宗との交流は、勘助役の大河内傳次郎がなかなかいい味出していて楽しく、その娘・千代を演じた佐久間良子も美しいのですが、親子にとって正宗が「実は殿さまだった」と分かったところで終わっていて、こちらも中途半端。時間も87分と、これだけ役者を揃えた割には短く、とにかく全てにおいて中途半端な印象でした。

大河内傳次郎・中村錦之助
独眼竜政宗 1959s.jpg独眼竜政宗 1959 03.jpg「独眼竜政宗」●制作年:1959年●監督:河野寿一●脚本:高岩肇●撮影:坪井誠●音楽:鈴木静一●時間:87分●出演:中村錦之助(萬屋錦之介)/月形龍之介/岡田英次/宇佐美淳也/片岡栄二郎/浪花千栄子/矢奈木邦二郎/大川恵子/大河内傳次郎/佐久間良子/佐々木孝丸/徳大寺伸/加賀邦男/山形勲/中村時之介/長島隆一/水野浩/尾形伸之介/近江雄二郎●公開:1959/05●配給:東映(評価:★★)

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前半は「忠臣蔵」的、後半は「逃亡劇」的であり、長編ながら最後まで飽きさせない。

桜田門外ノ変.jpg 桜田門外の変 文庫003.jpg 桜田門外ノ変 文庫S.jpg  桜田門外ノ変【DVD】.jpg
桜田門外ノ変』『桜田門外ノ変〈上〉 (新潮文庫)』『桜田門外ノ変〈下〉 (新潮文庫)』「桜田門外ノ変【DVD】

 安政7(1860)年3月3日、雪に煙る江戸城桜田門外に轟いた一発の銃声と激しい斬り合いが、幕末の日本に大きな転機をもたらした。安政の大獄、無勅許の開国等で独断専行する井伊大老を暗殺したこの事件を機に、水戸藩におこって幕政改革をめざした尊王攘夷思想は、倒幕運動へと変わっていく―。

 吉村昭(1927-2006)の歴史小説で、「秋田魁新報」(1988年10月11日から1989年8月15日)など地方紙各誌に連載された後、加筆改稿を経て1990年に新潮社から単行本刊行、江戸幕府大老・井伊直弼が暗殺された桜田門外の変とその前後の顛末を、襲撃を指揮した水戸藩士・関鉄之介の視点から描いています。また、作者はあとがきで、この井伊直弼暗殺事件を「二・二六事件」に極めて類似しているとしています。

 物語は安政4年(1857年)正月、水戸藩の門閥派の要人結城朝道の手足となって改革派と争っていた谷田部籐七郎が弟とともに捕縛され、水戸領内を護送されるところから始まり、遡って斉昭の藩主就任と藩政改革が描かれるとともに、大老井伊直弼による水戸藩への弾圧、それに対し水戸藩士が井伊暗殺を企て、暗殺を成就するまで、その暗殺の次第が克明に描かれています。

 井伊直弼の暗殺までが前半分強で、後は暗殺後の彦根藩と幕閣、水戸藩の対応、井伊暗殺に呼応して薩摩藩が兵を挙げて京都へ上る計画が成らず、暗殺を企てた水戸藩士たちが失意のうちに捕縛、自刃、潜伏逃亡する様が描かれ、物語は文久2(1862)年5月11日の関鉄之介の小伝馬町での斬首で終わり、その後のことが簡潔に記されて締めくくられています。

 前半部分は「暗殺計画」に向けた「忠臣蔵」のような展開で、また、そうした面白味があります。但し、大石内蔵助のような強力な1人のリーダーがいるわけではなく、水戸藩士を中心とした尊王攘夷派の若手志士らによる集団的リーダーシップが展開されているといった印象でしょうか。

 後半部分は、主人公の関鉄之介らの逃避行であり、『長英逃亡(上・下)』('84年/毎日新聞社)などの"逃亡もの"は、"脱獄もの""漂流もの"と並んでこの作家の十八番であり、抑制された筆致で事実を積み上げていきながらも、それが自ずとスリリングな展開になっているところはさすがです。

 単行本で500ページ強、文庫で750ページ強の長編でありながら飽きさせずに読めるのは、前半が「忠臣蔵」的、後半が「長英逃亡」的という具合に色合いが異なっていることも、その理由の1つなのかも。「忠臣蔵」的面白さ、というのは事が成就するまでのプロセスの面白さであり、最初は赤穂浪士みたいに彦根藩邸に"討ち入り"する計画だったのが、警護が堅いのと手勢が限られている関係で、井伊直弼が藩邸から桜田門まで登城する経路を襲ったようです。桜田門外で井伊直弼を襲ったのは水戸藩脱藩士17名、薩摩藩士1名の計18名で、その内、討死1名、自刃4、深傷による死亡3名、死罪7名の計15名がこの世を去り、3名が逃亡して明治まで生き延びています。主人公の関鉄之介も最終的には斬首されたわけですが、いったん逃亡したメンバーの中で一番最後に捕まっており、そこに至るまでに幾度も危機を乗り越えながらも、仲間が捕らえられ包囲網が次第に狭まっていく様は、「逃亡劇」的なスリルがありました。

桜田門外の変9.jpeg この作品は佐藤純彌監督、大沢たかお主演で「桜田門外ノ変」('10年/東映)として映画化されており、映画では、井伊直弼暗殺事件のあった1860年を起点に、事件以前の背景と事件後の出来事がカットバック風に描かれていて、井伊直弼暗殺事件は映画が始まって30分ほどで起き、以降、次第に事件後の関鉄之介(大沢たかお)の逃亡劇が中心になっていきます。

桜田門外の変 映画36.jpeg 井伊直弼暗殺の場面はリアルに描かれていたように思います。藩邸を直接襲うのではなく、登城の行列への襲撃に切り替えたにしても、それでも彦根藩の行列は総勢60名ばかりいて、凄惨な斬り合いになったことは、こうして映像で見せられるとよく桜田門外の変 映画s.jpg理解出来ます。水戸脱藩士側は、深手の傷を負った場合は自刃する約束事になっており、その自刃の様が壮絶。一方、彦根藩側で当日斬り死しなかった者も、後日警護不行届きの咎で切腹を命じられているため、彦根藩の方は井伊直弼の他にかなりの人数が亡くなっていることになります。

桜田門外ノ変 ド.jpg この言わばクライマックスとも言える場面を映画開始後30分に持ってきたということで、後は「逃亡劇」的面白さを出そうとしたのかもしれませんが、結果的に地味な感じの映画になったという印象です。映画の方が面白いと言う人もいるし、確かに原作のテイストを損なわず、逃亡劇にウェイトを置いた後半もよく纏まっていると思いましたが、逃亡劇だけで200ページ費やしている原作に比べると、ややあっけない印象も残りました。原作には無い鉄之介と鳥取藩剣術指南との対決シーンなど入れたりしていますが、「逃亡劇」はもっと丹念に描けた気もするし、一方で、これが映画としての限界かなと言う気もします。

桜田門外の変 映画2.jpeg桜田門外ノ変es.jpg 映画では、鉄之助に中村ゆり演じる「愛人」がいて(坂本竜馬など革命家が潜伏先に愛人を設けるパターンか)、鉄之助の逃亡中に彼女が捕らえられて、石抱(いしだき)の拷問など受けた末に亡くなったことになっていますが、実際に捕らえられて石抱の拷問など受け亡くなったのは、映画で長谷川京子が演じた鉄之助の「妻」です。原作の中で数行しか触れられていませんが、作中で最も悲惨なエピソードであったように思われました(あまりに悲惨な話であるため、また、妻を犠牲にしたという負のイメージが伴うため、妻から愛人に改変した?)。

桜田門外ノ変 生瀬勝久.jpg桜田門外ノ変 柄本明.jpg また、井伊直弼襲撃の現場の指揮をしたのは鉄之助ですが、暗殺計画全体の主導者は生瀬勝久が演じた水戸藩奥右筆頭取・高橋多一郎と柄本明が演じた水戸藩南郡奉行・金子孫二郎です。高橋多一郎は幕吏に追い詰められて事件翌月の1960(万延元)年4月に息子と共に自刃(享年47)、金子孫二郎はその翌年に捕られて斬首されていますが(享年58)、共に明治維新後に正四位を贈位されていて、関鉄之助も維新後同様に従四位を贈位されています。事件の8年後(1968年)には時代は明治となっており、生きてればこれらの人々も"明治の元勲"となっていたのかも―。

桜田門外ノ変 映画.jpg「桜田門外ノ変」●制作年:1940年●監督:佐藤純彌●脚本:江良至/佐藤純彌●撮影:川上皓市●音楽:長岡成貢(主題歌:alan「悲しみは雪に眠る」)●原作:吉村昭●時間:137分●出演:大沢たかお/長谷川京子/柄本明/生瀬勝久/渡辺裕之/加藤清史郎/中村ゆり/渡部豪太/須賀健太/本田博太/温水洋一/ユキリョウイチ/北村有起哉/田中要次/坂東巳之助/永澤俊/池内博之/榎木孝明/西村雅彦/伊武雅刀/北大路欣也●公開:2010/10●配給:東映(評価★★★☆)

【1995年文庫化[新潮文庫(上・下)]】

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6編中、「海の見える理髪店」が一歩抜けている。泣けるのは「成人式」。

海の見える理髪店1.jpg海の見える理髪店.jpg 荻原.jpg
海の見える理髪店』 荻原浩氏と『コンビニ人間』で芥川賞受賞の村田沙耶香氏[産経ニュース]

 2016(平成28)年上半期・第155回「直木賞」受賞作。

 「海の見える理髪店」...主の腕に惚れた大物俳優や政財界の名士が通いつめた伝説の理髪店。ある事情から初めてその理髪店を訪れた客の僕に、店主は髪を切りながら自らの過去を語り始める―。

 「いつか来た道」...何事にも厳しかった元美術教師で画家の母から必死に逃れて16年。わけあって懐かしい町に帰った娘の私は、年老いて認知症になった母との思いもよらない再会をする―。

 「遠くから来た手紙」...仕事ばかりの夫と口うるさい義母に反発し、娘を連れて実家に帰った祥子のスマートフォンに、その晩から時を超えたような不思議なメールが届き始める―。

 「空は今日もスカイ」...親の離婚で母の実家に連れられてきた小学3年生の佐藤茜は、海を目指してひとり家出をするが、途中で虐待痕のある少年・森島陽太と出会い、一緒に海を目指す―。

 「時のない時計」...父の形見の腕時計を修理するために足を運んだ時計屋で、私は時計屋の主の話を聞くうちに、忘れていた父との思い出の断片が次々に甦ってくるのだった―。

 「成人式」...数年前に中学生の娘が交通事故で亡くし、悲嘆に暮れる日々を過ごしてきた私と妻の美恵子だが、妻がある日、亡くなった娘に代わり成人式に替え玉出席しよう言い出す―。

 2005(平成17)年に『明日への記憶』('04年/光文社)で山本周五郎賞を受賞しているベテラン作家の6回目の直木賞候補での受賞ということで、60歳での受賞(この作者の場合、小説家としてデビューしたのは39歳)というと高齢受賞という印象を受けますが、2015年下半期(第154回)受賞の青山文平氏などは67歳での受賞だったし、結構これまでも高齢受賞はあって、そう珍しくもないようです(直木賞には芥川賞ほどではないが、新人賞というイメージも若干つきまとうため気にかけてみたが、そもそも60歳は世間的には高齢とは言わないか)。

 6編の中で、個人的には表題作「海の見える理髪店」が一歩抜けているという印象。そもそも「海の見える理髪店」を舞台にした連作だと思って読み始めたのですが(森沢明夫『虹の岬の喫茶店』('11年/幻冬舎)の影響?)、最初で最後の床屋予約だったわけか。泣ける作品と言えば、ラストの「成人式」でしょうか。ネットでも、「海の見える理髪店」と「成人式」を薦めているものがありました。

 どちらかと言うと、"感動"系乃至は"アイデア"系の作風なので、見方によっては話が出来過ぎているという印象もあり、直木賞の選評でも強く推した選考委員(◎)は1人もいなかったようですが、強く否定する委員もいなくて結局受賞しました(第154回「直木賞」の選考で宮下奈都氏の『羊と鋼の森』が強く推した選考委員(◎)が2名いて落選しているのと対照的)。

 選考委員の評言の中では、高村薫氏の「熟練の手で紡がれる物語はどれも少しあざとく、予定調和的ではあるが、私たちのさりげない日常は、こうして切り取られることによって初めて『人生』になるのだと気づかされる。これぞ小説の一つの典型ではあるだろう」というのが(これが9人の選考委員の中で評言としては一番短いのだが)、一番言い得ているように思いました。

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川島の女性憎悪キャラが立っていた。面白かったが、終盤ややバタバタバタと慌ただしかった。

桐野夏生 『バラカ』.jpgバラカ 6 .jpg
バラカ』(2016/02 集英社)

 ドバイの赤ん坊市場で買われて日本に来たバラカは、東日本大震災で養親と生き別れ、警戒区域内で豊田老人に保護される。幼くして被曝した彼女は、反原発/推進両派の争いに巻き込まれ、災厄のような男・川島に追われながらも、震災後の日本を生き抜いてゆく―。

 雑誌「小説すばる」で2011年8月号ら2015年5月号に渡り連載された長編小説で、2011年の東日本大震災以降、多くの作家が自らの作品に所謂〈3.11〉を反映させていますが、この人もやっぱりすぐに...。でも、さすが実力派という感じで、650ページの大作ですが飽きずに読め、面白かったです。

 物語は、老人ボランティアの豊田が警戒区域で孤児を保護するプロローグから始まり、続く第1部で大震災前に時間が戻り、第2部が震災時、そして第3部が大震災の8年後という構成。日系ブラジル人のパウロとロザ夫妻の間に生まれてドバイの赤ん坊市場に売られ、日本人に買われるも震災で新たには母となったばかりの女性を失う少女・バラカこそが、プロローグで豊田が保護した孤児だったということです。

 その孤児を買ったのは木下沙羅というテレビ局勤務の女性で、親友の出版社勤務の田島優子の彼氏である川島と関係して妊娠し、子どもを堕した過去があり、恋愛や結婚よりも子どもに執着していて、それで沙羅が養子を"買い"にドバイに行くのを(この辺りは金があれば何とでもなるというバブル期世代の面影を感じる)、優子が雑誌の企画モノとして取材するという微妙な関係。更に、バラカ(本名ミカ)の実父母の日系ブラジル人夫妻の関係に割って入る牧師から、反原発派の運動にそれぞれの形で関わるサクラという女性や豊田老人に近い立場の健太・康太兄弟など、登場人物は多彩。概ね、娘を探すパウロ側の話と、その件の娘であるバラカ側の話が字縄のように交互に展開しますが、最後に1つに収束していきます。

 こうした多くの登場人物の中でもキャラが際立っていたのが、沙羅と結婚してバラカの義父となる川島の女性憎悪(ミソジニー)の権化ぶりで、その卑劣さが強烈なインパクトとなって物語を牽引していると言ってもいいくらいでした。こうした残虐性の描き方はこの作家の得意とするところでしょうが、露悪趣味としての残虐性ではなく、一人の男の持つ残虐性を通して、日本の社会の奥底にある普段は隠蔽されている偏見のようなものを象徴的に浮き彫りにしているのが優れている点でしょう。

 そうしたことも含め、期待を裏切るものではなかったですが(それどころか大いに楽しめた)、パウロと川島の住まいが偶々隣同士になるなど、終盤においてストーリーを収斂させるためにやや強引な(悪く言えばご都合主義的な)展開が見られたように思います。エピローグにかけて話がややバタバタバタと片付いていくような(ストーリーだけを語っているような)慌ただしさがあり、この点は読む人によると思いますが、若干余韻を損ねたように思いました。作者の最高傑作とする人もいますが、個人的にはそこまではいかなかったかなあ(「星5つ」ではなく「星4つ」)。

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「労働経済」小説として考えさせられ、警察サスペンス小説としても面白かった。

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ガラパゴス 上』『ガラパゴス 下』(2016/01 小学館) 相場 英雄 氏

 警視庁捜査一課継続捜査担当の田川信一は、身元不明のままとなっている死者のリストから殺人事件の痕跡を発見する。不明者リスト902の男は、自殺に見せかけて都内竹の塚の団地で殺害されていた。遺体が発見された現場を訪れた田川は、浴槽と受け皿の僅かな隙間から『新城 も』『780816』と書かれたメモを発見する。竹の塚で田川が行った入念な聞き込みとメモから、不明者リスト902の男は沖縄県出身の派遣労働者・仲野定文と判明した。田川は、仲野の遺骨を届けるため、犯人逮捕の手掛かりを得るため、沖縄に飛ぶ。仲野は福岡の高専を優秀な成績で卒業しながら派遣労働者となり、日本中を転々としていた。田川は仲野殺害の実行犯を追いながら、コスト削減に走り非正規の人材を部品扱いする大企業、人材派遣会社の欺瞞に切り込んでいく―(版元サイトより)。

 2005年、『デフォルト(債務不履行)』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビューして以来、経済小説とハードボイルド風サスペンスとの合体版とも言える作風で『震える牛』('12年/小学館)などの話題作を発表してきた著者が、作家生活10周年記念作品として書き下ろした作品で、主人公の警視庁捜査一課継続捜査担当の田川信一は『震える牛』に続いての再登場です(所属部署が示すように、相変わらず'コールド・ケーズ'を扱っている)。

 非正規を巡る雇用格差問題を扱った「労働経済」小説として考えさせられ、刑事が地取りの積み重ねで事件の核心に迫っていく警察サスペンス小説としても面白かったです。普通、経済小説として考えさせられるものの推理小説としてはイマイチだったり、その逆に、推理小説としては面白いのだけれど、経済の部分は単なる'背景'にすぎなくなってしまっていたりするものが多い中、この作品は、両方の要素に十分に応えているように思いました。

 経済小説の部分では、自動車メーカーの燃費や安全性に関する不正など、非常にタイムリーな話題も盛り込まれていて、この辺りは、書き下ろしであることの利点を生かし、編集者とディスカッションしながら書いていったようですが、それでも7回くらい改稿したとのことで、作者(及び編集者)の苦心の跡が滲むものとなっています。

 サスペンスの部分は、ある程度最初からプロットは固めていたのではないかと思われますが、事件の真相に近づくにつれて、その複雑な構造が浮かび上がるようになっていて、これまた秀逸です。実行犯もある意味で被害者であって、それとは別に共犯がいて、誘導犯がいて、指令犯がいて、更にその上に...という構図が、そのまま、経済小説としてのテーマにも繋がっていきます。

 ということで、主人公の刑事らは、最終的にはほぼ事件の全容に迫りながらも、結局そうした犯罪の多重構造の下層の部分だけしか検挙するに至りません。彼らの捜査が、被害者である沖縄県出身の派遣労働者のある種'弔い合戦'的な様相を帯びていることからすると、カタルシス不全の終わり方のような気もしますが、経済小説として問題提起するうえではこの終わり方の方がよく、またリアリティもあったように思います。

 因みにこの作品は、2015(平成27)年・第28回「山本周五郎賞」の候補作となりましたが、受賞作は湊かなえ氏の『ユートピア』('15年/集英社)でした。選考委員のコメントの中では、佐々木譲氏の「タイトルから想像すれば、相場さんは本作を警察小説としてではなく、むしろ経済小説として構想したのではないかとも想像する。だとすると叙述のために採用した警察小説の枠組みが、題材に適合していない」「また、主人公がときおり漏らす道徳観、正義観が、現場警察官のものとしてナイーブ過ぎる印象がある」というのが、警察小説の先行者の発言だけにマイナスに作用したように思います(自分の専門ジャンルについては見方が厳しくなるなあ)。湊かなえ氏の方が作家としてのキャリアを買われたのかも。個人的には、作品単体で見れば、『ユートピア』よりもこっちの方が断然面白いと思いました。『震える牛』はWOWOWでTVドラマになりましたが、この作品も映像化してもいいような気もします。

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「山本周五郎賞」の選評は微妙か。個人的にはプロットを活かし切れていないと思った。

湊 かなえ  『ユートピア』.jpgユートピア』(2015/12 集英社)

 2015(平成27)年・第28回「山本周五郎賞」受賞作。

 太平洋を望む美しい景観の小さな港町・鼻崎町。実は5年前に資産家の老人が殺害される事件があり、芝田という男で、指名手配されていた。町には日本有数の大手食品会社があり、そこに勤める住民と、昔から住んでいる地元住民、移住してきた芸術家たちなど、それぞれ異なるコミュニティの人々が暮らしている。鼻崎町で仏具店を営む堂場菜々子の娘・久美香は、幼稚園の集団登園中に交通事故に逢い、小学生になっても車椅子で生活している。東京から父親の転勤によって鼻崎町にやってきた小学4年生の彩也子は久美香と仲良くなり、子ども同士が仲良くなったことから、菜々子と彩也子の母・相場光稀は交流をもつことになる。最近引っ越してきた陶芸家の星川すみれは、久美香を広告塔に、車椅子利用者を支援するブランド「クララの翼」を立ち上げ、翼モチーフのストラップを販売することを思いつく。出だしは上々だったが、ある日ひょんなことから「実は久美香は歩けるのではないか?」という噂がネット上で流れ、徐々に歯車が狂い始める。そんなある日、子どもたちが行方不明に―。

 ボランティア団体「クララの翼」の活動における女性たちの、ふとしたことから好意の裏側に芽生えた嫉妬や意地悪い気持ちがドロドロとした心理に発展していく描写などは作者のお手の物だと思いましたが、一方で、ややパターン化しているかなとも。主要登場人物である3人のキャラクターがあまり描き切れていなく、どこまで読み進んでもどれも同じように見えるのが難でした(実際、読みにくかった)。

 プロット的にはかなり凝っていたと言えるかもしれません。ただ、謎解きは全てエピローグの中で行われていて、本編の中にそれらの伏線があったかといと、そうでもなかったような。それに、留守中の子どもの火遊びによる火事みたいな偶然の出来事も重なっていて、殆ど推理不可能のように思えました(犯人探しに関しては、この人物が少しおかしいなとか思う出来事はあるのだが)。

 同じ時期に「山本周五郎賞」の候補になった相場英雄氏の『ガラパゴス』('16年/小学館)の方がずっと面白いと思いましたが、「山本周五郎賞」の5人の選考委員の中で、警察小説の先輩格にあたる佐々木譲氏の『ガラパゴス』への評価が厳しく、一方で、佐々木氏は本作『ユートピア』を強く推し、「大事なのは、この作品は広義のミステリーではあるが、様式的なクライム・ノベルではない点だろう。謎があり、事件が起こり、その一応の解決はみるが、解決それ自体は作品の主題ではない」と評しています。

 確かに、探偵役が出てくるわけでもなく、エピローグで謎解きをしているわけだから、ミステリの枠からはやや外れていると見るのが普通かもしれません。同じく選考委員の白石一文氏は、「(『ガラパゴス』と共に)△とする方針で選考会に臨んだ」とし、「佐々木委員は湊氏に○をつけていた」とする一方で(他の委員を意識している?)、氏自身は「最後の謎解きの部分は相当にひとりよがりと言わざるを得ない」としています。

 同じく選考委員で、自身にもこの作品同様に女性同士のドロドロとした心理を描いた作品がある角田光代氏も、「(女性たちの)異様な感情に変化する直前の、一瞬の輝くような瞬間もさりげなく書く」と中身を褒めながらも、「終盤、私にはいくつかわからないことがあった。(中略)作者があえて書かなかったのか、そうでないのかの判断が私にはつかなかった。その一点においてこの小説を受賞作として全面的に推すことがためらわれた」としています。一方で、同じく選考委員の石田衣良氏が、「ミステリーとしての整合性は、この作品の読みどころじゃないんだ。そこまでの過程のおもしろさのほうが重要だよ」と述べていますが、そうは言っても個人的にはやっぱりプロットを活かし切れていない作品であることが気になりました。

 ただ、先に否定的な意見を述べた白石一文氏も、「当選作を出すとなれば、やはり湊氏の作品しかないだろうというのは5人の委員全員の一致するところであった」としており、やはり作者19作目と言うことで、そろそろ賞をあげてもいいのではといった(功労賞的)雰囲気もあったのではないでしょうか。最後もう一人の選考委員である唯川恵氏が、「市井の人々の細やかな描き方は山本周五郎の作風に通じるものがあり、またこれまでの十分な実績から受賞にふさわしいと思えた」と言っていることからも、その辺りが窺えます。

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カタルシスを満たす結末にしていないのは作者の矜恃か。ほろ苦さを通り越して「苦い」。

内館 牧子 『終わった人』8.jpg終わった人 帯付.jpg終わった人 帯a.jpg  『終わった人』(2015/09 講談社)

 大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられそのまま定年を迎えた「俺」・田代壮介。仕事一筋だった俺は途方に暮れた。妻は俺との旅行などに乗り気ではないし、「まだ俺は成仏していない。どんな仕事でもいいから働きたい」という思いで職探しをするものの、取り立てて特技もない定年後の男に職などそうはない...。生き甲斐を求め、居場所を探して、惑い、あがき内館 牧子.jpg続ける俺に再生の時は訪れるのか? ある人物との出会いが、俺の運命の歯車を回す―。

 脚本家、エッセイストであり作家でもある作者の初の新聞連載小説として、釧路新聞・室蘭民放・東奥日報(夕刊)・岩手日報・茨城新聞・上毛新聞・山陰中央新報・四国新聞に連載されたものに加筆したものであるとのこと。'15年9月刊行ですが、'16年大晦日の新聞広告によれば「14万部突破!ロング&ベストセラー」であるとのことです。
内館 牧子 氏

孤舟.jpg渡辺 淳一.jpg 同じく定年を迎えた男の人生を描いた小説に、渡辺淳一(1933-2014)の『孤舟』('10年/集英社)があり、『孤舟』の主人公の場合は、勤務先企業で常務執行役員まで行ったものの60歳手前で在阪子会社社長としての転出話を持ち出されたことに屈辱を感じて退職し、但し、それまで仕事一筋だったこともあって家では逆に妻子らに疎んじられて相手してくれるのは飼い犬だけ、カルチャーセンターに行っても何となく馴染めず、お金も妻に管理され、不自由且つ鬱々とした日々を送るというもので、ちょっとこの作品の主人公と似ているところがあります。

渡辺淳一『孤舟』(2010/09 集英社)

 本書の主人公も、雇用延長は東大卒のプライドが許さず自ら退職の道を選んだ訳ですが、と言っても当面やることも無く、ハローワークに行っても職もなく、大学院を受けて文学でもやろうとしたり、そのためにカルチャースクールに通ったり、或いは躰を鍛えるためにジムに通ったりしますが、例えばジム仲間のグループにも何とく自分と異質のものを感じています。そんな中、カルチャースクールの事務をやっている女性と知り合いになり、もしかしたら男女の関係になるかもと夢想したり、また、同じジムに通っていたベンチャー企業の青年実業家とも知り合いになって、彼から会社の顧問になって欲しいと言われたりします。

 この辺りの展開は自然で、結構リアリティがあったように思います。渡辺淳一の『孤舟』の主人公はデートクラブで知り合った女性にどんどん入れあげていきますが、まあ、渡辺淳一という作家がそうしたテーマを扱うことを期待されていたようなものだからそれでいいのかも(結局、主人公の恋は成就しないのだが)。一方の本書の主人公も、カルチャースクールの女性に想いを馳せ、その"老いらくの恋"(そこまではまだ年齢がいかないか?)のやや滑稽な描かれ方は『孤舟』と似てなくもありません。

 但し、青年実業家に乞われて彼の会社の顧問になってから、話は「仕事」の方がメインとなり、「恋愛」の方はサブになっていきます。結局、この主人公は、自らが言うようにビジネスの世界でまだ「成仏」していない状態だったのだろうなあと思いました(終わっていたのか、終わっていなかったのかと言えば、終わっていなかったことになる)。やがて彼自身が経営トップとしてその会社に深く関わることになります。Amazonの読者レヴューに「会社の借金を雇われ社長が背負うなど、現実性に疑問があった」というのがありましたが、株式会社であっても中小企業の場合、経営者は雇われであろうとなかろうと実質的に無限責任社員みたいなものですから、本書にあるようなことは充分にあり得るだろうと思います。

 よく取材されていると思いましたが、第9章の「偶然の再会」辺りから何となくテレビドラマっぽくなっていった印象も。それにしても、それほど夫婦の関係は悪くは無かったように思えたのが、主人公が経済的苦境に立たされてからの奥さんは意外と冷たかったなあ。殆ど自分は被害者で、責任は全て夫にあり、自分は一切関わりたくないといった感じ。まあ、丁度自身が新たな事業を始めたばかりだったということもありますが、そこまで邪険にしなくてもいいのに、と主人公がやや気の毒になりました。

 最後は少しだけ救いがありましたが、夫婦の新たな形(「卒婚」)を提唱している作品とも言え、そこへ導くために登場人物の一部がやや極端なキャラになっているのかも。安易にハッピーエンドにして読後のカタルシスを満たすような結末にしていないのは、むしろ「小説家」としての作者の矜恃かもしれないと思ったりもしました(仮のTVドラマ化されたとしたら、結末は若干変えられるのでは)。

 ただ、主人公は定年後にやっとビジネスの世界での「成仏」はできたのかもしれないけれど、失ったものが大き過ぎる気もしました。本書を読んで「元気をもらった」という人もいるかもしれないですが、個人的には、リタイヤから墓場までの間であっても生きて行かねばならず、その生きていく上で経済的基盤というのは大きなウェイトを占めることを改めて思いました。

 そもそも、主人公がそうしたチャレンジが出来たのは、東大を出て大手銀行に勤務して途中まで出世コースを歩み蓄えた資産があったからだろう、という批判もできるかもしれません。個人的には、一般的なケースを描くのが小説というものではないので、別にそれはそれでいいと思うのですが、主人公は1回のチャレンジでその資産を失ったことになり、更には妻とも...そう考えると、ほろ苦さを通り越して、ひたすら「苦い」お話だったかもしれません。

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読み始めた時は地味な話だなあと思ったが、終盤に押し寄せてくるような感動があった。

羊と鋼の森1.jpg羊と鋼の森2.jpg  羊と鋼の森 本屋対象.jpg
羊と鋼の森』(2015/09 文藝春秋) 宮下 奈都 氏(from「マナトピ」by ユーキャン)

 2016(平成28)年・第13回「本屋大賞」第1位作品。

 北海道の高校2年生の外村(とむら)は、調律師が調律した体育館のピアノの音色を聞いて森の景色を奏でるような錯覚にとらわれ、高校卒業後、専門学校で調律を学び、江藤楽器に就職する。江藤楽器は10名ばかりの小さな店で、調律師は4名。入社5か月過ぎ頃、外村は、7年先輩の柳に同行して顧客の佐倉宅に行き、調律を見学する。柳の調律が終わり、高校生の和音(かずね)がピアノを弾くと、その奏でる音色は美しく、外村は鳥肌が立つ。和音は、妹の由仁(ゆに)がすぐに帰って来るので待ってほしいと言い、ほどなく帰宅した由仁も色彩に溢れたピアノを弾く。柳は由仁のピアノを絶賛する一方で、和音のピアノを普通と評するが、外村には和音のピアノは明らかに特別だった。ある日、外村が社用車に乗っていると由仁と偶然会い、ピアノのラの音が出なくなったが、柳が仕事で立て込んで今日は行けないと言われたと言う。柳は恋人に指輪を渡すことになっていた。外村は佐倉家へ行き、フレンジを調整してピアノを直す。和音と由仁は喜んだが、帰ろうとする外村に、2人は調律も依頼する。外村は柳の仕事だと思ったが、2人の演奏を聴いて胸が熱くなっており、調律を始める―が上手くいかず、やればやるほど音がずれる。偶々電話があった柳に事情を話し、柳が調律し直すことに。外村が調律に失敗して逆に親しみを感じたのか、時々和音と由仁が江藤楽器に顔を出すようになる。外村はベテラン板鳥の調律を見学する機会に恵まれる。ドイツから巨匠ピアニストが来日し、板鳥が指名されたのだ。板鳥が鍵盤を鳴らし始めると、外村の心臓が高鳴り、この音があれば生きていけるとさえ思う。佐倉家からピアノの調律をキャンセルする電話があり、母親が、娘がピアノを弾けない状態なので調律は見送りたいとのこと。由仁が店に現れ、ピアノを弾くときだけ指が動かないと言い、自分が弾けなくなった分まで和音が弾かなくてはいけないとも言う。佐倉家から再び調律の依頼があり、外村と柳が向い、柳が以前と同じように調律した。由仁は、自分たちは前と同じじゃないと不服を口にし、外村はどう思うか尋ねる。外村は弾いてもらわないと分からないとし、「試しに弾いてみてもらえますか」と言うと、和音は毅然とした態度で演奏を始める。弾き終わると、和音は「心配かけてごめんなさい」「私、ピアノを始めることにした」と言う。母親が「ピアノで食べていける人なんてひと握りの人だけよ」と諌めると、和音は静かに微笑み、「ピアノで食べていこうなんて思ってない」「ピアノを食べて生きていくんだよ」と答える。柳の結婚披露パーティで、和音がピアノを弾き、外村が調律することになる。外村は、パーティの前日に時間かけ調律した。早朝の人のいないリハーサルでは完璧だったものの、ホールでスタッフが作業を始めると音にキレがなくなった。家庭のピアノの調律しかしたことがなかった外村は、環境を考慮していなかったことに気づく。由仁にも協力してもらい、外村は調律し直した。パーティでは、和音は若草色のドレスを着てピアノを弾き、経験豊富な先輩調律師の秋野が初めて外村を褒める。外村は、自分が和音のピアノを調律することで和音のピアノをもっとよくしたいと思った。和音は絶対にいいピアニストになると信じる外村は、やはり自分はコンサートチューナーを目指さすべきだと思った―。

 読み始めた時は、何だか地味な話だなあと思いましたが、終盤に向けて押し寄せてくるような感動がありました。専門職系と言うか、お仕事系の話なので、同じ「本屋大賞」の先輩格にあたる三浦しをん氏の辞書編纂をモチーフにした『舟を編む』(2011年/光文社、第9回「本屋大賞」第1位作品)と似た雰囲気があるように思いましたが、読み進むうちに、ああ、これ大人のメルヘンだなあという感じがして、むしろ、第1回「本屋大賞」の小川洋子氏の『博士の愛した数式』(2003年/新潮社)や、同作者のチェスの天才少年をモチーフにした『猫を抱いて象と泳ぐ』(2009年/文藝春秋)の系譜のようにも感じたりしました(「羊と鋼の森」というタイトルがまさにメルヘン的)。

 直木賞の候補にもなりましたが、強く推した選考委員(◎)が2名(北方謙三、伊集院静両氏)いたものの、他の委員の、古典的な成長小説だとか、純文学としてはともかく大衆文学としてはどうかといったネガティブな評価もあり、結局、強く推した選考委員が1名しかいなかったものの、しいて明確に否定する人がいなかった青山文平氏の『つまをめとらば』に直木賞は持って行かれました(青山文平氏が67歳で2回目の候補、宮下奈都氏が49歳で初めての候補、ということも影響したのか。『つまをめとらば』も佳作ではあるが)。

 Amazon.comなどで一般の評価を見ると、直木賞の選考さながらに評価が割れているみたいです。特に、音楽やピアノや或いは調律そのものに詳しい人(つまり調律師)から、調律師の仕事の実際と異なるとの批判が多いようですが、小説としての決定的な瑕疵に当たるのかどうか。調律や調律師のことをよく知らないから、却って引っ掛からずに気持ちよく読めたというのはあるかもしれませんが(そのことをよく知る人からすればそのことが大きな問題なのかもしれないが)、行間から湧き出る瑞々しさのようなものはやはり作者の力量ではないかと思いました。

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