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原発労働の実態のイラスト入りルポ('79年)の復刻。描かれた経緯や復刻の経緯なども興味深い。

福島原発の闇.jpg 『福島原発の闇 原発下請け労働者の現実』(2011/08 朝日新聞出版)

 『原発ジプシー』('84年/現代書館)の堀江邦夫氏の、福島原発で下請労働者として仕事した体験を基にしたルポルタージュに水木しげる氏の漫画を組み合わせたもので、'79年の「アサヒグラフ」10月26日号・11月2日号に掲載されたもの(原題「パイプの森の放浪者」)を、元の大判サイズから普通の単行本サイズにしての復刻版。

福島原発の闇1.jpg あとがきによると、当時、堀江氏は3カ所の原発で下請労働者として働き、原発内における作業員の労働環境の実態を密かに執筆していたところ(これが後に『原発ジプシー』という本になる)、ある日突然、「アサヒグラフ」の編集者であった藤沢正実氏から電話があり、朝日新聞東京本社で会ってみると、現在執筆中の原稿の一部を再構成して「アサヒグラフ」に掲載したい、一緒にイラストも掲載したいと思うが、水木しげる氏に依頼するつもりだとの話だったとのこと。

 堀江氏は、原発で働いていることは言わば"隠密"取材であったため、限られた一部の人しか知らないはずなのに、大手新聞社の編集者がどうしてそれを知りえたのかも不思議だったし(藤沢氏は情報源を明かさなかった)、水木氏は当時から高名な漫画家ではあったものの、原発労働のことをどれだけ知っているのかという不安もあったと言います。

 結局、水木氏、藤沢氏と、一度、福島原発のある浪江へ行ってみることになり、常磐線特急の車中で、その実態を水木氏に身振り手振りを交えて熱弁することになったということですが(当時、水木氏57歳、堀江氏31歳)、水木氏のイラストは、堀江氏の思いを受け止め、原発労働の危険性と恐怖、非人間的な過酷さを、強烈な感性で以って見る者に強く印象づけるものとなっています。

福島原発の闇2.jpg 堀江氏の原発労働のルポルタージュ部分も読み易く、'79年4月に、東芝プラントの孫請け業者の社員だった32歳の青年が、福島第一原発の正門近くの雑木林で縊死したことから始まる書き出しは衝撃的(この青年は、福島に来る前は浜岡原発で働いていた)。遺書には、「目が悪い。頭が悪い。とにかくおれは精神的に疲れた。人生の道にもついていけない。寂しい。希望もない」とあり、「原発の仕事も考えもんだ」との言葉で終わっていたそうです。

 堀江氏自身も原発内で作業中に肋骨を折る重傷を負いますが、労災申請をしないでくれと、会社から言われたとのこと。とにかく、元請け会社からも孫請け会社からも、作業に関する安全教育は実質的には行われておらず、原発の危険性を殆ど知らされないまま、当時の原発労働者は作業にあたっていたようですが、こうした実態はつい最近に至るまで続いていたものと思われます。

 因みに、これもあとがきによると、朝日新聞社内でも、70年代後半から80年代初頭にかけて「アサヒグラフ」が原発問題を度々追っていたことは知られているものの、この堀江・水木コンビの作品は忘れられていたようです。

 それが、今回の福島第一原発事故を受けての、「朝刊朝日」臨時増刊「朝日ジャーナル 原発と人間」('11年5月24日刊)の編集作業中に、昔の「アサヒグラフ」から、この本の元となった「パイプの森の放浪者」をたまたま見つけたということらしく、その迫力に改めて圧倒され、また、日本で初めて書かれた原発労働のルポルタージュではないかということもあって、今回の復刻となったようです。

 原発労働者が、原発の安全を保守するための定期点検の際に、その作業において危険な被曝状態に置かれるというのも皮肉だし、30余年前の世間からは忘れ去られていたルポルタージュが、原発事故を契機に再び日の目を見るというのも、ある意味皮肉な話かも。

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ソーシャルメディアの活躍と「公式報道」のていたらく、海外の報道と日本のマスコミ報道のギャップ。

震災と情報 岩波新書.jpg 『震災と情報――あのとき何が伝わったか (岩波新書)

 東日本大震災の発生直後、警報も届かずに津波で命を落とした人は数多くいたわけで、更に、電話の不通など情報経路の寸断は首都圏にまで及び、また、その後も繰り返される政府発表の「安全神話」的報道を、どこまで信じたらいいのかも分からず、首都圏にいてもこうした状況でしたから、被災した現地にいた人の混乱と不安は、尚のこと大きなものだったでしょう。

 本書は、ソフトウェア生成系や情報ネットワークが専門である理学博士の著者が、震災後の情報伝達のあり方、マスコミ報道とインターネットやモバイル機器を通しての報道のスピードや正確さのギャップなどを、再検証したものですが、興味深いのは、震災後「最初の1時間」「最初の24時間」「最初の1週間」「最初の1ヵ月」「最初の6ヵ月」というように、何れも震災直後を起点としてスパンのみ変えて、そのスパンの長さに沿ったイシューを追っている点です。

 尚且つ、報道された事実を克明に織り込み、一つ一つのイシューについてはそれほど深く突っ込まず、情報を「数」の面で多く拾っていて、そうした「数」の集積から、実態を浮かび上がらせようとしており、こうした"記録"の残し方も一つの方法かと思いました。

 最初の1時間は、主に大津波警報がどのように伝わったかなどが検証されていますが、福島第一原発事故が明るみになってからは、やはり原発事故報道が本書の大部分を占め、最後は「日本では原子力発電は終わらせよう。地震の多い日本では、リスクが巨大すぎて商業的発電方式として合理的コストに見合わないからである」との言葉で締め括られており、やはりこの辺りは岩波系か。

 振り返ってみると、原発事故発生当初から、ソーシャルメディアを含む海外の報道と、所謂「公式報道」に近い日本のマスコミ報道に、事の重大さに対する認識の度合いに大きな温度差があったことが窺えます。

 淡々と記している中にも、日本のテレビと原子力工学者が、毎回「ただちに心配することはない」を繰り返したことにはさすがに義憤を覚えているようで、「現時点で特に心配する必要はないと言っていると、一号機建屋の爆発が起こる。爆発が起こっても、これは作業の一環でわざと起こした爆発かもしれないと擁護的に説明する。いよいよ水素爆発だったということになると、今度は爆発によって外部へ放射性物質が漏洩することはないだろうと言う。やがて放射性物質が外部へ出たことがわかると、今度は放出量は人体に影響がない範囲だろうと言う」と―確かにこの通りだったなあ。憤りを感じない方がおかしいよ。

 保育園や心身障害児施設の子供達が緊急避難先の公民館で孤立し、電話が繋がらないため園長が電子メールでロンドンの家族に連絡し、家族からの救援要請が東京都副知事に届いて救援のヘリコプターが来たとか、停車した電車の中で、乗客が携帯ワンセグ放送で津波が迫っているのを知り、乗り合わせていた若い巡査らが乗客を避難誘導して全員無事だったとか、インターネット等が人命を救った話はあったなあ。

 極めつけは、NHKテレビで災害放送を見ていた広島の中学生が、テレビ・ラジオに接することのできない被災現地の人々のために、ユ―ストリームのサイトを利用して自宅からNHKをライブ中継したというもので、著作権法違反ではないかとのと問い合わせがNHKにあったけれども、担当者が、自分の責任において容認すると発信したそうです。

 この他にも、様々なケースでこうしたソーシャルメディアが活用された一方で、政府の避難勧告やSPEEDIなどのデータ公表の遅れにより、多くの人が、高濃度放射能汚染地域からの初期避難が遅れたり、放射性物質の飛んでいく風下の方へ避難したりしたわけで、今考えると、国の罪は重いと言うか、情報は自分で集めなければならないということなのか。

 日本のマスコミの政府や東電の話をそのまま横流ししているような報道姿勢に早くから不信を抱いていた外国人特派員らは、テレビに出ている擁護的な原子力工学専門家の説明とは違う説明を聞くために、3月15日には、原子炉格納容器の元設計者・後藤政志氏を講師に招いて講演会を開催し、4月25日の原子力安全・保安院と東電による海外メディア向けの合同記者会見の参加者はゼロ、保安院と東電は、誰もいない記者席に向かって説明を行ったとのことです。

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やはり代替エネルギーも一応は考える必要があるが、「節電」=「発電」にはナルホドと。

脱原子力社会へ.jpg 『脱原子力社会へ――電力をグリーン化する (岩波新書)

 社会学者が、電力の「グリーン化」をキーワードに、海外の事例を引きながら、政府・企業・NGO・消費者の協働に基づく、未来志向的な「脱原子力大国」への政策転換を提言した本。

 冒頭第1章で、今回の福島第一原発の事故を振り返りつつ、なぜ原子力は止まらないのかを考察しています。その中で、原発の非常用発電機がタービン建屋内の「地下」にあったために津波で浸水し機能しなくなったことが指摘されていますが、これは広河隆一氏の『福島 原発の人びと』('11年8月/岩波新書)の中にもありましたが、竜巻やハリケーンを想定した「米国式設計」をそのまま採用し、東電は「フル・ターン・キ―契約」という始動気キーをひねるだけの契約で、全てはGEに丸投げだったということだったのだなあと。

 第1章で、地震列島に54基もの原発が立地することの「環境リスク管理」の技術的・経済的・社会的困難さがフクシマの事故で明らかになったとし、続く第2章で、エネルギーの効率利用と、脱原子力に基づく電力のグリーン化への転換を説いていいて、ここが本書の肝であると思われます。

 海外の事例の中ではアメリカの事例が冒頭にあり、アメリカは原発推進国とされてきたように感じていましたが、70年代後半には原子力ブームはもう終わっていたのだなあと。地域的な事例ですが、電力設備は増やさずに稼働率を高めるなどして脱原発を果たしたり、住民と電力会社が協働で太陽光発電の導入を推進したりといった事例が紹介されていて、それぞれに、「省電力は発電である」というコンセプトが根底にあるという点が興味深かったです。

 「グリーン・エネルギー」というと風力や太陽光発電が思い浮かびますが、節電することも、効果的には発電していることと同じになるわけか。「クリーン・エネルギー」という言葉は実際海外で使われているようですが、「クリーン電力」と言わず「グリーン電力」という言葉を著者が推すのは、「クリーンな電力」というのが原発の宣伝の常套句であったということもあるためのとのこと。

 グリーン化のために消費者ができることを、例えば、希望者が自発的に再生可能エネルギーの発電事業者に寄付する「寄付方式」など5通り挙げていて、その他「出資金方式」「「電力証書方式」「電力力金転嫁方式」などが紹介されてますが、主に海外の事例を参照しつつも、一部、国内でも限定的に試行されたりしているものもあり、この点は個人的には新たな知見でした。

 第3章では、日本の各地域からも脱原発の声が上がっていることを、住民投票などの事例で紹介していますが、まだ「脱原発」を訴えるだけで「代替エネルギー」等の提案までいってないのが大方の状況ながらも、前章の事例のほか、再生エネルギーによる地域おこし、市民風車や市民共同発電といったプロジェクトなどが紹介されています。

 「脱原発」を訴えるのはいいが、やはり次の代替エネルギーを考えないとね。そうした意味では、「脱原子力社会」へ向けての具体的な提案の書。
 但し、風力発電などは、効率面での失敗例もあるし、電磁波障害など新たな"公害"問題を引き起こしているケースもあったはず。そうしたネガティブ情報については、意識的に触れられていないように思えるのが、ややどうかなあという気も。

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低線量の放射線の危険性についての説明がしっくりきた。反原発ではないが、マトモであり気骨がある。

内部被爆の真実.jpg 『内部被曝の真実 (幻冬舎新書)』  

 東大アイソトープセンター長である著者(医学・生物学者)が、'11年7月27日の衆議院厚生労働委員会「放射線の健康への影響」において、参考人としての意見説明し、質疑応答したものの採録がメインとなっている本。

 そう言えば、それ以前の5月23日の参議院行政監視委員会「原子力発電所事故と行政監視システムの在り方」では、小出裕章(原子力工学者)、後藤政志(元原子炉格納容器設計者)、石橋克彦(地震学者)、孫正義(ソフトバンク社長)の4氏が参考人として意見を述べていますが、こういうのってテレビ中継されないんだなあ(参議院の4氏のものは、ユーストリームのライブで中継され、著者のものは審議中継サイト「衆議院TV」で流されたようだが)。

 若干、お手軽な本づくりという気もしないではないですが、本来公開されてしかるべき内容のものが、限られた範囲でしか公開されていないような状況においては、これもありかなあと(現在はネット動画で見ることができる)。

 著者が委員会でメインに訴えたのは、現行の法律は、高いレベルの放射性物質を少量だけ扱う場合のみを想定しているのに対し、今回の福島第一原発の事故では、広島原爆の20発分から30発分相当の大量の放射性物質が放出され、現行法律が全く対応できていないので、現状に対処できる法律が必要であるということです。

 更に、低レベル放射能の影響は多様な形で現れ、特に子供、乳幼児、胎児を守る必要があり、チェルノブイリ原発事故で、小児甲状線がん以外に、被曝を直接原因とする病気の発症は無かったという説明は誤りであると。また、質疑の中では、今は全力で、除線に取り組むべきことが急務だとも述べています。

 専門用語は多く含まれますが、話し言葉で書かれていて、しかも、基本的には専門家でも何でもない国会議員にも分かるように噛み砕いて説明しているため分かり良かったし、個人的には、内部被曝についてもさることながら、低線量の放射線の危険性についての説明がしっくりきました。

 つまり、大量の放射線がDNAをズタズタにしてしまえば細胞は死ぬだけだけれど、低線量放射線は細胞に異変を与え、DNAを修復する遺伝子が異変をきたすと、最初の1回は大丈夫だが、10年から30年経って、第2段階の異変が起きるとガン細胞になるということなんだなあ。

 修復遺伝子の機能に異変が生じる問題と、その機能の発効のタイミングの問題とを分けて考えれば分かる話だけど、国会議員の先生は分かったかなあ。

 因みに、著者が主張する、①国策として食品、土壌、水を測定してゆく、②.緊急に子供の被曝を減少させるために新しい法律を制定する、③国策として汚染土壌を除染する技術に民間の力を結集する、④除染には何十兆円という国費がかかるため、負担を国策として負うことを確認し、除染の準備を即刻開始する―の4点の内、経済学者(経済評論家?)の池田信夫氏は自らのブログで、「③まではわかるが、問題は④だ。朝日新聞のいうように年間1mSvの放射線も除去しようとすれば、80兆円ぐらいかかるだろうが、国の一般会計は92兆円。そんな巨額の負担を「国策として負う」ことはできない」としています。

 だからって、国が何も負担をしなくてもいいということにはならないでしょう。廃炉にも金はかかるが、とりあえず金食い虫である原発の増設を止めたらどうかと思うんだけど(池田氏は、以前から原発に対しては御用的なスタンス)。

 因みに著者は、老化の遺伝子の研究で世界の最先端を行く成人病研究者でもあり、'11年12月、英科学誌ネイチャーが発表した「科学に影響を与えた今年の10人」の一人に選ばれています。

 原発に関しては、推進派でも反原発でもないようだけれど、師匠が、今回の震災でも、国から現地に派遣され、安全神話を説いて回った長瀧重信・長崎大名誉教授であり(「スリーマイルではこれまでに健康被害は報告されていない」と発言して、小出裕章・京大原子力研助教らを呆れさせた)、一方こちらは、政府の放射線の許容基準値の決め方その他諸々の対応について厳しく批判したことになります(本書からはそれほど感じられないが、動画を見ると、まさに満身の怒りをぶつけているという感じ)。

 文中で、長瀧氏の功績に敬意を表していますが、立場はかなり違うというか、この人の方がマトモであり気骨がありそう。

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写真の伝える力もさることながら、取材文章にも緊迫感があり、今後の課題についても考察。

福島 原発と人びと 岩波新書.jpg 『福島 原発と人びと (岩波新書)

 スリーマイル島やチェルノブイリの原発事故の際に、実態を現地に行って取材し報道したことで講談社出版文化賞を受賞している筋金入りのフォトジャーナリストである著者が、'11年3月11日に東日本大震災が発生し、福島第一原発でメルトダウン事故が起きたのを受けて直ぐに現地を訪れ、その後も何度か現地を取材したものを纏めたルポルタージュ。

 全体を通して写真が多く、やはり写真の伝える力というのは凄いと思いましたが、それだけでなく、文章の方も、冒頭第1章の原発事故の報を受けて急遽現地入りするまでの経過などは非常に緊迫感に満ちていて、避難指示地域に入って放射線測定器の針が振り切れてしまったというのにはぞっとさせられました。

 著者は基本的に、現地から避難してくる人たちと逆方向に、出来るだけ原発事故被災地の中心部へと向かったわけですが、一方、事故当時の現地の人々の避難は漫然としたものであり、事故後3日目の、その"測定器の針が振り切れた"という原発から3キロ地点の双葉町の街中でさえ人々がいて、自転車やバイクで移動していたというのには驚かされました。

 こうした状況を目の当たりにし、著者は急遽取材を止め、道で会った人々に避難を呼びかけるとともに、市区町村役場を廻り、住民により緊急の避難を促すよう説いていて、政府の初動体制の緩慢さから、多くの人が相当量被曝したであろうことが窺えます。

 続く第2章の原発作業員への取材や、第3章の浪江町に住むある老夫婦とその娘たちの家族にフォーカスした取材も、震災並びに事故直後から動きを時系列で追っていて、たいへん緊迫感がありました。

 第4章では、原発事故報道で東電、保安院、官邸が隠蔽した情報を検証し、第5章では、地域の農家などを取材し、拡がる放射能被害の実態を伝え、第6章では、学校や住民は子供達を放射能被害からどう守ろうとしたかが報じられています。

 更に、チェルノブイリの現在を伝えることで、そこから何を学ぶべきかを示唆していますが、著者がチェルノブイリ取材で甲状腺ガンに苦しむ子供達やその家族と接して以来、「チェルノブイリ子ども基金」などを通じて、現地の子供達の支援活動を続けているということは、この章の記述で初めて知りました。

 チェルノブイリ原発火災の消火活動で多くの消防士を失った消防隊長が、「当時は放射能の恐ろしさを知らされてなかった」と語るとともに、「放射能防護服といわれるものは世界中にまだ一着も存在していないのです」と言っているのが印象に残りました(放射能物資の身体への付着を避けるだけであって、γ線や中性子線は、どんどん身体を突き抜けているわけだから)。

 最後の、チェルノブイリの現状を参照しつつ、フクシマにおいて今後懸念されることを考察していますが、やはり、放射能被害が顕在化してくることが一番危惧されるべきことなのでしょう。

 一方で、長崎大学の長瀧名誉教授らを筆頭に多くの原発推進派の学者が早々と現地に送り込まれ、住民を安心させるためだけの根拠無い安全講話をして廻ったため、そうした危機意識の持ち方にも被災した住民の間でムラがあるようで、こうした御用学者の犯した罪は重いように思われました。

 岩波はフリージャーナリストを多く受け入れ本も出していますが、原発事故の記録として岩波新書に加えるに相応しい一冊。

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やはり、原子力科学者の書いたものでは、この人の本が一番分かり易い。

原発はいらない1.jpg原発はいらない.jpg 『原発はいらない (幻冬舎ルネッサンス新書 こ-3-①)

 『原発のウソ』('11年6月/扶桑社新書)の小出裕章氏が引き続き一般向けに書いた新書で、『原発のウソ』があっという間に10万部を超えるベストセラーになったにも関わらず、どういうわけか比較的"新進"のレーベルからの刊行が続くなあという印象も(ルネッサンス新書って、自費出版原稿を募っているけれど、まさか小出氏の本が自費出版ということはないと思うが)。

 序章に自らが原子力研究を通して反原発運動に転じた経緯が書かれていて、高木仁三郎の『市民科学者として生きる』('99年/岩波新書)を思い出しましたが、著者の場合は、京都大学原子炉実験所に入所以来37年間「助手」(今は"助教"と言う)のままでいて、その昇進の停滞は"ギネス"ものと冗談めかしながらも、科学者は、科学の領域に逃げ込んで「専門バカ」になってはならず、しっかり社会的責任を負うべきであることを強調しています。

 本論部分は『原発のウソ』を先に読んだので、内容が重なる部分もありましたが、やはり、原子力科学者の書いたものでは、この人の本が一番分かり易いのでは。

 第一章で福島第一原発が今後どうなるのかを事故の経緯から遡って解説したうえで、第二章で、危険なのは福島原発だけではないことを解説していますが、その冒頭に南海トラフ沿い、つまり想定東海地震の震源域のほぼ中央にある、浜岡原発の危険性が指摘されています(「破局的事故が起きれば、関東圏を中心に192万人が死亡」すると)。

朝日 20120401.jpg 今日('12年4月1日)の新聞各紙で、内閣府が設けた有識者による「南海トラフの巨大地震モデル検討会」(座長:阿部勝征東大名誉教授)による、南海トラフ地震の新たな想定が報じられていますが、それによると、震度6弱以上の恐れがある地域は24府県687市町村に及び、中央防災会議が'03年に出した20府県350市町村から、総面積で3.3倍に増え、震度6強以上になる地域も5.6倍に拡大し、また、津波高については、10メートル以上の地域が従来の2県10市町から11県90市町村に増えています(最大の津波高が想定されたのは高知県黒潮町の34.4メートル)。

2012年4月1日付 朝日新聞一面より

 朝日新聞の一面には、浜岡原発のある御前崎市で、従来の想定の7.1メートルから14メートル近く引き上げられ、地震で地盤隆起2.1メートルを差し引いても、現在計画中の18メートルの防潮壁を超える可能性があるため、原発の敷地が浸水する可能性があるとの記事もあります。

 この、浜岡原発について著者は全廃炉を主張していますが、中部電力の津波対策についても批判しており、中風電力の本書刊行当時の「15メートルの防波堤を作れば安心」という見方に対し、原発直下でマグニチュード8.5の巨大地震が起きれば、50メートル以上の津波もあり得る、「壁の高さを15メートルにした理由や根拠があるなら、ぜひ教えてほしい」と、この頃から述べています(マグニチュード8.5は、当時の東海・南海予測で、これも今回の検討会で9.1に改められた)。

 本書中盤(第三章)は、読者からの質問にQ&A形式で回答するかたちになっており、「夫に日給3万円、福島原発で働かなかという話がきていますが、被曝しないか心配です」などといった具体的な15の質問に、50ページに渡って丁寧に答えています。

 最終第四章は、未来を担う子供のために大人たちが何をすべきか訴えていますが、一方、「原子力村」の人々が原発を簡単に手放すと考えるのは楽観的すぎるとし、新エネルギーにこだわり過ぎると「それを実現するまでは原発を認める」ということになりかねず、原発の即刻廃絶のためには、火力発電をフル稼働することに尽きるとしている点が示唆的でした(それで電力供給は足りるんだよね)。

原発はいらない3.jpg

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「●写真集」の インデックッスへ

原発労働者の被曝によって受けた苦しみを如実に伝える写真集。日本のエネルギー産業の暗黒史。

原発崩壊 樋口健二写真集.jpg 『原発崩壊』(2011/08 合同出版) 樋口健二.jpg 樋口健二 氏
(26.8 x 21.8 x 1.4 cm)

 原発で働く労働者や原発の付近に住む人々の暮らしぶりを40年近くに渡って取り続けてきた樋口健二氏の、これまで発表してきた写真に、福島第一原発事故後に撮った写真を加えて、ハードカバー大型本として刊行したもの。

 中盤部分の、かつて原発施設内で働いていて骨髄性白血病やがんで亡くなった人の亡くなる前の闘病中の写真や、亡くなった後の遺影を抱えた遺族の写真、更に、亡くなるに至らないまでも、所謂「ぶらぶら病」と言う病いに苦しんでいる様子を撮った写真などが、とりわけ衝撃的です。

 それらには、樋口氏自身が取材した故人や遺族、闘病中の人たちへのインタビューも付されていて、原発作業員の多くが、原発の危険性を何となく知りながらも具体的な説明を十分に受けることなく、危険性の高いわりには無防備で過酷な環境の中で作業に従事し、知らずの内に被曝し、重い病いとの闘いを強いられたことが窺えます。

 その中には、日本で初めて原発被曝裁判を提訴した岩佐嘉寿幸さん(故人)の写真もありますが、原子炉建屋内の2時間半の作業に1回従事しただけで被曝し、重い皮膚炎に苦しみ続けることになった岩佐さんは、それが"放射能性皮膚炎"であると診断した医師の助言と協力により、国と敦賀原発(日本原子力発電)を訴えましたが、政府と日本原電が編成した特別調査団による'被曝の事実無し'との政治的判断の下、敗訴しています。

 しかし、岩佐さんのように世の表に現れた原発被曝者は氷山の一角であり、多くの原発被曝者が、原発での被曝が病いの原因だと確信しつつも、もの言えぬまま亡くなったり、生涯を寝たきりで過ごすことになった事実が窺えます。

樋口健二氏 講演会・写真展.jpg 本書によれば、1970年から2009年までに原発に関わった総労働者数は約200万人、その内の50万人近い下請け労働者の放射線被曝の存在があり、死亡した労働者の数は約700人から1000人とみていいとのこと。

 こうした原発下請け労働者の労働形態についても解説されていて、下請、孫請け、ひ孫請け、更に親方(人出し業)がいて、その下に農漁民や非差別部落民、元炭鉱夫や寄せ場の労働者などがおり、しかも、この人出し業をやっているのは暴力団であったりするわけで、ここに一つのピラミッドの底辺的な差別の構造があるとのことです。

 こうした人達は、被曝してもまず労災申請が認められることはこれまで無く、そうした働き方と犠牲の上に原発による電力供給がこれまで成り立ってきたことを思うと、あまりに歪な構造であったと思わざるを得ません(これはまさに、日本のエネルギー産業の暗黒史!)。

 結局、原発というのは、被曝労働による犠牲を抜きにしては成り立たないものなのでしょう。併せて、近隣住民の健康と生活をも破壊してきたわけで、こんなことまでして原発を存続させる意義は、どこにも無いように思われます。

樋口健二氏 講演会・写真展ポスター

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どの地域においても地域活性化に繋がるどころかコミュニティの亀裂を深める疫病神だった原発。

原発列島を行く.jpg    鎌田 慧.jpg 鎌田 慧 氏      原発事故はなぜくりかえすのか.jpg 
原発列島を行く (集英社新書)』['01年]    高木仁三郎『原発事故はなぜくりかえすのか (岩波新書)』['00年] 

 原子化学者の高木仁三郎(1938-2000/享年62)は、ガン宣告を受けた翌年に遺書のつもりで『市民科学者として生きる』('99年/岩波新書)を書きましたが、その本の刊行された'99年9月に茨城県東海村で起きたJOCの臨界事故を受けて、'00年夏に『原発事故はなぜくりかえすのか』('00年12月/岩波新書)を口述筆記で著し、それが遺作となりました。

 高木氏の本が科学者による反原発の書であるならば、「週刊金曜日」に'99年2月5日号から'01年9月7日号までに連 載された鎌田慧氏の『原発列島を行く』は、ルポライターによる反原発の書であり、この連載の間にJOCの臨界事故があったことになります。

 JOCの臨界事故を機に、その頃の反原発の気運は、少なくとも、東日本大震災による福島第一発電所の事故の直前よりも高かったのかも知れません(片や岩波新書、片や集英社新書で、定番と言えば定番。全メディア的展開では無かったのかも知れないが)。一方、推進派はこの頃、ほとぼりが冷めるのを暫く待っていたのか―。

 早くから原発を取材してきた鎌田氏ですが、本書では、主に過疎地と言える地域にある全国の原発を隈なく巡り(核燃料サイクル基地(青森・六ヶ所村)・処分研究所(岐阜・東濃地区)含む)、その地域に原発が誘致された経緯や、金に糸目をつけない国のやり方、交付金漬けにされてしまった地方財政、押し潰された民意、失われた自然、地域住民の不安や怒り、落胆などをルポしています。

 先ず気づかされるのは、70年代から80年代にかけて、原発誘致により多額の交付金を受け、"町興し"と言って人口規模に不釣り合いな豪奢な箱モノ施設を作ったりしたこれらの地方自治体が、鎌田氏が取材した時点で、町が栄えるどころか、一向に過疎化の問題から抜け出せていないことです。

 更に、原発の誘致に際して、町や村が賛成派と反対派に分かれ、地域コミュニティに大きな亀裂を生じさせているということが、判で押したようにどの自治体にも起きていて、振り返って見れば、原発はどの地域にとっても疫病神だったということになるのではないでしょうか。

 取材の時点で、全国で運転中の原発は50基。その他に建設中4基、計画中3基で、そうすると2010年までには57基になっていたはずの計算ですが、東日本大震災前で、営業運転中は54基(本書の最後に出てくる浜岡原発4基の内、浜岡第一、第二が'09年に運転終了するなどしている)。更に、建設中は2基、着工準備中は12基という状況で、全部出来あがると68基になりますが(北村行孝、三島勇『日本の原子力施設全データ 完全改訂版』('12年/講談社ブルーバックス))、計画が中止されるものが出そうな様子です。

 鎌田氏が取材した当時でも震災前でも、稼働中の原発が全部止まったら電力供給は破綻するとの見方が当然のようにありましたが、福島第一原発の事故を受けて各原発とも定期点検やストレスチェックに入っているため、2011年3月末現在で、54基中、稼働しているのは、北海道電力の泊原発3号炉の1基だけです(これも5月に定期点検のため止まる)。
 少なくとも、夏場の電力消費のピークを除いては、原子力なしで充分やっていけるということの証ではないかとも思ったりします。

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反原発科学者の遺作。立ち上がりから杜撰だった日本の原子力開発の実態がわかる。

原発事故はなぜくりかえすのか.jpg原発事故はなぜくりかえすのか (岩波新書)』 高木 仁三郎.jpg 高木仁三郎(1938-2000/享年62)

 『プルトニウムの恐怖』('81年/岩波新書)などで早くから原発とそれを巡る放射能汚染事故発生の危険性を訴え、原子力科学者でありながら「反原発の旗手」でもあった高木仁三郎(1938-2000)が直腸ガンと告知されたのは'98年夏のことであり、最後に書き遺しておきたいこととして『市民科学者として生きる』('99年/岩波新書)を著します。

東海村JCO臨界事故.bmp しかし、その「最後の著書」が刊行された'99年9月に、茨城県東海村でJOCの臨界事故が起きたことで、さらに「言い遺しておきたいこと」ができた著者が、闘病生活の病床で口述筆記により著したのが本書です。

東海村JOCの臨界事故

 実際に録音が行われたのが'00年の夏で、著者は同年10月、本書刊行前に帰らぬ人となってしまいましたが、すでに本書口述中に自らの死を覚悟していたと思われ、本書の最後には「偲ぶ会」での最後のメッセージが付されています。

 原子力発電の科学的・社会的な問題点と放射能汚染事故の危険性を訴える語り口は淡々としており、それでいて、JOCの臨界事故という悲惨な出来事が、原子力産業・技術・文化の様々な問題点の集積の結果として起きたものであることを、鋭く指摘しています。

 自らが原子化学者として日本原子力事業や東大原子力研究所といった企業・機関で研究に携わっていたころの原子力・放射能の危険性に対する認識の甘さや管理の杜撰さ―これは体質的なものであり、どうしてそのような体質が成り立ったか、更にそれが綿々と続いているのは何故かということを、体験的に分かり易く述べています。

 それによれば、国の原子力開発事業というものは、徹頭徹尾、科学という実態も或いは産業的基礎もないままに、上からの非常に政治的な思惑によってスタートし、更に、三井・三菱・住友といった財閥系企業や大手銀行がそれに乗っかり、「議論なし」「批判なし」「思想なし」の中で進められとのこと。この「三ない主義」は徹底されていた、と言うより、むしろ強制であったとしています。

 そうしたことに疑問を感じた科学者も当初は少なからずいて、著者もその一人でありそうしたことから反原発に転じましたが、反原発に転じなくとも多くの優秀な科学者が他分野の研究に転じ、上から指示を唯々諾々と守る、思想無き体制順応型の技術者や科学者だけが"エリート"として後に残った末に、国・企業と一体となって、所謂「原子力村」という特殊な社会を形成していったようです。

 著者は20代の頃からそうした実態を生身で体験していたわけですが、自分たちが研究に携わっていたころ安全管理意識の希薄さ、実験研究等における放射能管理の杜撰さなども語っており、そうした意味では、著者の研究人生を反省と共に振り返るものともなっている一方で、特定の科学者に見られる思考回路の科学的な弱点を指摘し、更には、科学者として「自分の考え」を持つことの重要さを訴えています。

 また、こうした科学者個々に対する啓蒙だけでなく、国・政府機関などの原子力行政の在り方の問題点を指弾するものとなっており、更に一方では前著同様に、原子力科学の入門書にもなっており、プルトニウムをはじめとする様々の放射能性物質の特性やその危険性が、分かり易く解説されています。

 原子力推進派の科学者の中には、著者のことを蛇蝎の如く嫌う人も多くいたかと思われますが(そうした人には著者の死は安堵感を与えたかも知れない)、一方で、その科学的水準の高さ、指摘の的確さに密かに畏敬の念を抱いていた人もいたように聞きます。

 東日本大震災による福島第一原発事故が起きてみれば、ある意味、予見的な著者であったとも言えますが、本書刊行以前にも多くの原発事故及び事故隠しが行われていたことが本書の中で一覧に示されており、むしろ、本書におけるプルトニウムの危険性の記述を読んで、本書刊行の契機となったJOCの事故が、使用済み核燃料からプルトニウムを取り出すためのMOX燃料を巡る事故とであったことを思うと、更に先々の危険を予言している本であるとも言えます(その予言が的中しないことを祈るのみだが)。

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"原子力村、原子力マフィア"と言われる面々を、実名を挙げて"再整理・再告発"。

原発の闇を暴く.jpg 『原発の闇を暴く (集英社新書)』(2011/07)   原発の闇を暴く2.jpg

 東日本大震災による福島第一原発事故は、「想定外の天災」などではなく「人災」であるとして、30年以上前、チェルノブイリ事故直後に『危険な話』(′87年/八月書館、'89年/新潮文庫)を刊行した作家・広瀬隆氏(67歳)と、10年前に浜岡原発事故のシミュレーションを連載し、『原発崩壊』(′07年/金曜日)を刊行したルポライター・明石昇二郎(49歳)の2人が、「あってはいけないことを起こしてしまった」構造とその責任の所在を、"実名"を挙げて徹底的に曝した対談です。
 
 まず 第1章「今ここにある危機」で、メディアに出ない本当に怖い部分の話や子供たちの被曝の問題を取り上げ、「半減期」という言葉などに見られる、報道の欺瞞を指摘しています。

 そして、第2章「原発崩壊の責任者たち」では、原子力マフィアによる政官産学のシンジケート構造を暴いていく中で、根拠の無い安全・安心神話を振り撤き、リスクと利権を天秤にかけて後者を選択した「原子力関係者」たちを列挙していますが、100ページ以上に及ぶこの章が、やはり本書の"肝"でしょうか。

 放射能事故による汚染は「お百姓の泥と同じ」との暴言を吐いた人物、「不安院」と揶揄される保安院の構造的問題、「被曝しても大丈夫」を連呼した学者たち、耐震基準をねじ曲げた"活断層カッター"―何れも「実名」を挙げてその責任を追及しています。

 冒頭には、事故当初、専門家・解説者としてNHKなどのテレビに出続けた原子力推進派の「御用学者」の名が挙がっており、その筆頭格が、関村直人・東大大学院工業系研究科教授と、岡本孝司・東大大学院教授(東大工学部原子力工学科卒)とされています(今は、ウェッブで「原発業界御用学者リスト」なるものを閲覧出来るが、出来れば彼らがテレビに出る前に知っておきたかったところ)。

 こうした人達は4月終り頃にはもう殆どテレビには出なくなってはいましたが、やはり、事故直後の一般の人々が最も原発事故に関心を寄せ、真剣に不安を抱いている時期に、能天気な楽観説を唱え続けた罪は重いように思えます。

 第3章「私たちが考えるべきこと」では、原発がなくても停電はせず、独立系発電事業者だけでも電気は足りるということ、電力自由化で確実に電気料金は安くなり、必要なのは電力であって、原子力ではないということを訴えています。

 広瀬氏は、『FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン』('05年/朝日新書)に続く事故後の著書で、内容的には両者の発言とも、これまでの2人の著作と重なる部分も多々あり、やはり、原子力村、原子力マフィアと言われる面々を、実名を挙げて"再整理""再告発"している点が、本書の最大の特長かと思われます(この方面に関しては、集英社は大手では岩波書店と並んでアグレッシブか)。

広瀬隆 明石昇二郎.jpg 広瀬隆・明石昇二郎 両氏(本書刊行と同時に東電を刑事告発した際の記者会見('11年7月15日)

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