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「大河」の予習が1時間で出来る? 謀反の理由は"概ね"「信長非道阻止説」か。

明智光秀.jpg   金栗四三.jpg 小学館学習まんが人物館 加納 2016.jpg 小学館学習まんが人物館 真田 2016.jpg 小学館井伊直虎の城 2016 .jpg
明智光秀 (小学館版学習まんが人物館)』['19年]『金栗四三 (小学館版 学習まんが人物館)』['18年]『嘉納治五郎 (小学館版学習まんが人物館)』['18年]『真田幸村 (小学館版学習まんが人物館)』['16年]『井伊直虎の城: 今川・武田・徳川との城取り合戦』['16年]

 1996年から刊行されている小学館版の「学習まんが人物館」シリーズの1冊ですが(№66)、来年['20年の]のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」が明智光秀の生涯を描いたものであるとのことに合わせての刊行と言えます。因みにこのシリーズでは、今年['19年の]のNHKの大河ドラマ「いだてん」に合わせて、№58『嘉納治五郎』('18年6月刊)、№59『金栗四三』('18年12月刊)が刊行されているほか、'16年の大河ドラマ「真田丸」に合わせて№49『真田幸村』('16年3月刊)が刊行されたりしています(同じ小学館の別のシリーズだが、'17年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」に合わせて『井伊直虎の城:今川・武田・徳川との城取り合戦』('16年11月刊)も刊行されている)。

 ストーリー漫画の体裁をとるシリーズの特徴に沿って、全体は、第1章が「織田信長との出会い」、第2章が「裏切りの戦国の世」、第3章が「一国一城主へ」、第4章が「魔王の家臣として」、第5章が「本能寺の変」というように時系列の流れになっていて、たいへん読みやすく(「大河」の予習が1時間で出来る?)、明智光秀は勿論「いい人」として描かれています(「福知山」の名付け親でもある明智光秀は、丹波では今も愛されているが、領民と一緒に土方仕事までやったとなると、ちょっと作り過ぎか?)

明智光秀 php.jpg小和田哲男.jpg 監修は、大河ドラマ「麒麟がくる」の時代考証を担当している小和田哲男氏であり、同氏の『明智光秀―つくられた「謀反人」』('98年/PHP新書)などを読めば分かりますが、明智光秀の謀反の理由について、「信長非道阻止説」(光秀が信長の悪政・横暴を阻止しようとしたという説)を提唱しています。そして、本書も"概ね"その流れで描かれています(「麒麟がくる」もほぼ間違いなくその方向だろうなあ)。

 ただ、巻末の解説で、光秀謀反の動機についての論争の歴史が簡単に書かれていて、以前は「怨恨説」が主流で、そのほかに「天下取りの野望説」などもあったのが、やがて研究者の間で「黒幕説」が浮上し、朝廷、足利義昭、イエズス会などさまざまな黒幕が言われたものの、その黒幕説も最近では減ったのではないかと。代わって注目されてきているのが「四国問題説」(長宗我部元親関与説)で、ほかには「信長非道阻止説」があると。

 自説を開陳する場ではないと心得ているのか意外と控えめですが、ただ、漫画のストーリーは"概ね"「信長非道阻止説」だったように思います。"概ね"と言うのは、「四国問題」が結構キーポイントになったような描かれ方もしていたりしたためです。

 さらに信長が光秀を手打ちにする場面もあったりして(これだと「怨恨説」も有りになる)、出典の説明が「江戸時代に書かれたある書物には」としかありませんが、これって『続武者物語』でしょうか? 後世に成立しているため信憑性に著しく欠けるとされるもので、後世の人達がなぜ光秀が信長を裏切ったのか理解できず、そこで「信長に仕打ちを受けた光秀が、激しい憎悪から信長を殺害した」という、分かりやすいストーリーを作り上げたのではないかとされているものです。

 また、謀反の直前に愛宕山で行われた連歌の会(愛宕百韻)で、「ときは今 あめが下知る 五月かな」という天下取りを仄めかすような意味深な歌(発句)を詠んだ場面も出てきます(光秀の息子が訝ってその意に気づく)が、下に(注)として「情景を詠んだだけで、天下を取ろうという意志を込めてはいなかったとも言われている」とあります。謀反の直前に公けの場でわざわざそれを暗示するような言動をとることは考えにくく、小和田哲男氏の考えもこの(注)の見方に近かったのではなかったかなあ。

 とまれ、漫画同様いろいろと「絵的」に観る側を引き込むような話を(真偽のほどはともかく)ドラマでも織り込んでいくのでしょう。でも、漫画はこうして注釈をつけることができるけれど、ドラマの場合はどうするのだろう? まあ、「大河」が歴史的にほぼあり得なかったようなことをしばしば"再現"してみせるのは、今に始まった話ではありませんが。

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史料の読み込みは丁寧。目新しさはイマイチ。最後「突発説」でやや肩透かし感。

明智光秀と本能寺の変 ちくま新書.jpg 明智光秀と本能寺の変 ちくま新書 - コピー.jpg  渡邊大門.jpg 渡邊 大門 氏
明智光秀と本能寺の変 (ちくま新書)

 来年['20年の]のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」が明智光秀(1528-1582)の生涯を描いたものであるとのことで、歴史研究家による本書もそれに合わせての刊行と思われます(この著者は「真田丸」の時も幸村の関係本を出しているが、ほかにもそういう人はいて、それはそれで中身が良ければいいのでは)。

 歴史研究家と言っても全くのアマチュアではなく、大学で専門の研究をし、今は「歴史と文化の研究所」というところの代表取締であるとのことで、本書においても史料の読み込みなどは丁寧だと思いました。ただ、その反面と言うかその分と言うか、目新しさのようなものは乏しかったでしょうか。

 明智光秀が本能寺の変を起こした理由として「足利義昭黒幕説」を唱える藤田達生氏が着眼した、義昭が京都復帰画策の拠点とした「鞆(とも)幕府」について、一章を割いて比較的詳しく書かれていました(第5章)。「幻の幕府」と言われながら(個人的にはそれぐらいのイメージしかこれまで無かった)、実はそこそこの陣容だったのだなあと。著者は、「鞆幕府」は見せかけだけの組織だったが、それなりの存在感があったとしています(ただし、過大評価すべきでもないと)。

 光秀の出自と前半生(第2章)、信長と光秀の周辺状況、両者の関係性の推移(第3章、第4章)、どういう過程を経て出世していったか(第6章)についても、史料を基に詳しく書かれていたように思います。そして終盤では、本能寺の変の「陰謀説」に根拠はあるかを検証していきます(第7章)。

 ただし、その前に、「家康饗応事件」の真偽の話もあり、さらに合間に「愛宕百韻」に関する諸説の紹介(著者は謀反の意を連歌会で堂々披露することは考えられないと)等々もあって、肝心の黒幕説への論駁はさらっと終わってしまった印象も。「朝廷黒幕説」は、そもそも信長と朝廷が対立しているという点から考えて成り立ちにくいとか、比較的オーソドックスな見解でした。

 因みに、谷口克広氏が唱えている信長の「四国政策転換」が謀反の原因となったとの説に対しては、「更迭についても、大きく影響したとは考えられない。また、ライバル秀吉が台頭したことにより、光秀が焦りを感じたというのも、説得力を持たない」としており、また、藤田氏が唱える「足利義昭黒幕説」も、谷口克広氏の反論を引いて、一次史料ではなく二次史料から導き出した論であり、成り立ち難いとしています(他人の論を組み合わせて、全部を否定しているような印象も無きにしも非ず)。

 反駁と査証が交互に出てくるのが、規則性が無くてちょっと読みにくかったかも。それで、著者の最終結論はどうかというと、謀反は突発的に起こったという、所謂「突発説」というものでした。「突発説」そのものは従来から有力説の一つとしてあり(NHK-BSプレミアムの"番宣"的な特番「本能寺の変サミット2020」でも取り上げられていた)、単独説の一種には違いないかもしれませんが、やや肩透かしを喰った印象も。本書でそれまで書かれてきたことの中から、そうした「突発的な行動に出た心情的な背景は十分読み取れる(読み取るべし)」というのが著者のスタンスなのかもしれません。

《読書MEMO》
NHK-BSプレミアム特番「本能寺の変サミット2020」2020年1月1日(水) 午後7:00~午後9:00(120分)
【司会】爆笑問題,【解説】本郷和人,【コメンテーター】細川護煕,【パネリスト】天野忠幸,石川美咲,稲葉継陽,柴裕之,高木叙子,福島克彦,藤田達生
本能寺の変サミット2020 突発説.jpg

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入門書の入門書。「本能寺の変」の謎を除く4つの問題を取り上げている『図説 明智光秀』。

図説 明智光秀.jpg 柴裕之.jpg 柴 裕之 氏  明智光秀 php.jpg
図説 明智光秀』['18年]    小和田 哲男『明智光秀―つくられた「謀反人」 (PHP新書)』['98年]

 来年['20年の]のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」(沢尻エリカの合成麻薬事件とかあって1月19日スタートとなった)が、あの「本能寺の変」で知られる明智光秀(1528-1582)の生涯を描いたものであるとのことで(脚本は、映画「復讐するは我にあり」、ドラマ「夏目漱石の妻」の池端俊策ら)、新聞の読書欄に明智光秀の入門書が紹介されていました。その中には、ドラマの時代考証担当の小和田哲男氏の本もありましたが、選者は、大御所の風格ながらも新規性は無いと。そこで、入門書の入門書として手に取り易そうな(選評では、この本から読んでほかの"光秀本"に読み進むのもいいとあった)本書を読むことにしました。

 概ね明智光秀の生涯に沿って書かれているので分かりやすく、「図説」というだけあって図や写真も豊富で楽しめました。内容的には、①織田信長と比較した人物像、②光秀が生涯をかけた丹波攻め、③信長による残虐な仕打ちとして知られる比叡山焼き討ち、④光秀が躍進するきっかけとなった室町幕府第十五第代将軍・足利義昭との関係という4つの問題を中心に取り上げています。

 でも、明智光秀って、もともと高貴の出ではなく、(後に作られた略系図はあるものの)出自も謎だらけで、前半生は分からないことが多いようです。憶測ながら、彼が頑張って信長家臣のなかでも重鎮と言われるまで出世したのは、自身が高貴の出ではなかったということも関係しているのではないでしょうか。

 興味深く思えたのは、丹波攻めは信長の命でその責任者となった光秀のライフワークとも言えるものでしたが、光秀は丹波攻撃で信長から離反した松永久秀を筒井順慶らと共に討ち(1577年)、また同じく丹波攻撃で信長から寝返った波多野秀治をで打ち破り(1579年)、さらには信長に謀反した荒木村重を丹波山に討伐し(1580年。村重本人は落ち延びで毛利氏に亡命し、大阪で茶人になって1586年に堺で死去)―といった具合に、信長を裏切った人間を討伐していって功績を挙げていったということでした(そして最後は光秀自身が...)。

 光秀の最大の謎は、なぜ彼が本能寺の変(1582)で信長を討ったのかということとされていますが、"光秀本"の多くがそこに焦点が当てられ、中には何通りもの説が紹介されていたりするのとは対照的に、本書は予断を避け、そのことについて見解を挟むことはしていません(実際、わからない訳だし。因みに、荒木村重が信長を裏切った理由も、主だったものだけで6、7説あって、結局は歴史も人間心理までその域が及ぶとなると、分からないものは分からないものなのかも)。

 それどころか本書では、信長暗殺の動機を、本書で取り扱う4大テーマの1つにも入れておらず、(その点がやや物足りなくも感じるが)、 "時代の「革命児」信長についていけなかった「常識人」光秀"という一般的なフィルターをいったん外して、あくまで光秀の「実像」を事実から探ることを主眼とした本だったのだなあと(また、光秀の人物像を信長と対比的に述べてており、光秀を通じて信長の「実像」をも探ろうとした本とも言える)。

 そして、そこから導かれる光秀の人間性は、「才知・責任感に富み、外聞を重視するとともに、冷酷さも兼ね備えたものだったといえる」と。宣教師フロイスが伝える光秀像と信長像は非常に近しく、著者は、「信長のもとで躍進し、信長を殺めた直後に自らも死を迎えた光秀。その人間性は、実は最も信長に近しいものだったのかもしれない」としています。

小和田哲男.jpg 因みに、(個人的にはやはり論じて欲しかった)「光秀謀反」の原因について、先に挙げた小和田哲男氏は『明智光秀―つくられた「謀反人」』('98年/PHP新書)の中で、高柳光寿、桑田忠親の二大泰斗の名を挙げるとともに、後藤敦氏の著書で紹介されている50説(!)を再整理し、その中から有力視されている説として、①野望説(高柳光寿『明智光秀』。それまで有力だった怨恨説を否定し、「光秀も天下が欲しかった」とする説)、②突発説(「信長がせいぜい100人ほどで本能寺に泊まっている」という情報を得て発作的に討ってしまったとする説)、③怨恨説(桑田忠親『明智光秀』。従来、作家が好んで用いてきた説)、④朝廷黒幕説(光秀が朝廷内の人物と連絡をとりつつ、朝廷にとって不都合な存在である信長を討ったとする説)の4説を挙げた上で、自身は新たに、「信長非道阻止」説(光秀が信長の悪政・横暴を阻止しようとしたという説)を提唱しています。 

 小和田哲男氏の'98年刊行の本書で提唱された「信長非道阻止」説って今どれくらい指示されているのでしょうか。また、NHKの大河ドラマはこの説でいくのでしょうか(おそらくいくのだろう)。

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「本能寺の変」の「Why」に関する諸説を検証。「関与・黒幕説」を悉く論破。

検証 本能寺の変.jpg検証 本能寺の変1.jpg検証 本能寺の変 (歴史文化ライブラリー)』['07年]

 謎が多いとされている「本能寺の変」を、「織田信長」研究の専門家が検証した本で、著者によればその「謎」とは5W1Hのうちの「Why」であると。つまり、検証の最終目的は、なぜ明智光秀が信長を討ったのかを探ることになると思いますが、著者は、信頼できる史料を曲解せず素直に読むことを念頭に置くとし、本能寺の変を一から検証し直しています。

 まず、多くの史料をもとに本能寺の変を再現し、変直前の信長がどうであったか、本能寺の変を伝える史料にどのようなものがあるか(本能寺の変の史料は意外と数多くある)、変前日の織田諸将の配置はどうであったか、変が勃発してからはどうであった、変後の様子はどうであったかを丁寧に検証していますが、日記・文書といった一次史料、編纂物の中にも、良質なもの、信頼できないもの様々あるのだなあと思わされました。

 次に、本能寺の変研究の流れを、江戸時代における信長評から(江戸時代は結構ボロクソ扱いだったようだ)、明治期以降、今日まで追っています(高柳光寿がそれまで有力だった怨恨説を否定し、野望説を打ち出したのが(『明智光秀―人物叢書』('58年/吉川弘文館)、ひとつ転機だったか)。

 そして次に、いよいよ明智光秀はなぜ織田信長を討ったのか、現在提唱されている諸説と論争の状況を整理しています。それらを纏めると、①朝廷関与(黒幕)説―立花京子(中心はイエズス会)、②足利義昭関与(黒幕)説―藤田達生、③本願寺教如首謀者説―小泉義博、④イエズス会を中心とする南欧勢力関与説―立花京子、⑤光秀単独説―桐野作人・堀新・藤本正行・鈴木眞哉・円堂晃・小島道弘裕、⑥その他―小林正信、となるとしています。

 本書の後半部分は、これらの説を順番に再検証していく内容になっています。まず「関与・黒幕説」について、朝廷関与(黒幕)説(この説は史料の曲解から生じたとしている)、足利義昭関与(黒幕)説(毛利氏に担がれて上洛を望んでいる義昭が、その毛利氏を蚊帳の外に置いて光秀を動かすとは信じ難いと)、その他の関与・黒幕説として、豊臣秀吉関与(黒幕)説(中国大返しを不可能と見て彼を疑うのは筋違い)、本願寺教如首謀者説(後世の編纂物にある記事を無批判に信じる姿勢から生じた説)、南欧勢力黒幕説(日本国内での仲間も限られているイエズス会が、卓上で駒を動かすように日本の政治の中枢を操るなどできるはずがない)―と、順次論破していきます。

 そして、改めて、本能寺の変の原因についての諸説を整理し、待遇上の不満・怨恨説、政策上の対立説、精神的理由説、野望説を再検証していますが、その中から消去法で消去しきれなかった要素(主君信長に対する信頼感の欠如、しばしば行われた侮辱による怨恨、信長家臣としての将来に対する不安、性格不一致)が繋がるものとして、長の「四国対策」の変更を挙げています。

 随分と絞り込んだなあという気がしましたが、信長が長宗我部元親との交流を断ち切り、四国担当だった光秀を外して秀吉に四国に兵を送るよう命じたことが光秀に打撃を与え、光秀が信長に抗議しても足蹴にされたということが、光秀謀反の原因となったというのは、分からなくもない気がしました。

 ただ、この説で行くならば、もう少し拡げて信長との「政策不一致説」という言い方もできるかもしれないし(「性格不一致説」にも繋がるが)、老齢の光秀が(著者によれば、光秀の年齢は本能寺の変の時に、一般には55歳ということになっているが(『明智軍記』)、実は67歳だったと比較的信頼できる資料(『当代記』)あるとのこと)、信長と長宗我部元親の板挟みになって、本書にもあるように鬱々した日々を送っていたということで、「ノイローゼ」説も成り立つかも。さらには、秀吉が四国政策で自分にとって代わったことが原因ならば、これも拡げて「秀吉ライバル視」説という言い方もできるかも。

 いずれにせよ、積極的・消極的の違いはありますが、黒幕説ではなく光秀単独説ということになるかと思います。「四国対策」の変検証 本能寺の変 (歴史文化ライブラリー)obi.jpg更は、「原因」というより「誘因」のような気もしますが(光秀単独説の桐野作人氏も、四国政策の転換が謀反の背景にあったとしている(「歴史読本」編『ここまで分かった!本能寺の変』)('12年/新人物文庫))、日本人が好きな(?)「関与・黒幕説」を悉く論破している点では明快と言える本かもしれません(帯に「信長を殺したのは誰か?」と思わせぶりにあるが、著者によれば明智光秀以外の何者でもないということになる)。

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楽しく読めたが、もの足りなさも。「愚息(または新九郎)の定理」といった感じ。

光秀の定理1.jpg光秀の定理.jpg

 永禄3(1560)年、京の街角で、食い詰めた兵法者・新九郎、辻博打を生業とする謎の坊主・愚息、そして浪人の身の十兵衛という3人の男が出会った。十兵衛とは、名家の出ながら落魄し、その再起を図ろうとする明智光秀その人であった。この小さな出逢いが、その後の歴史の大きな流れを形作ってゆく―。

 リストラをテーマにした『君たちに明日はない』など現代小説を手掛けてきた作者による初の歴史時代小説で、光秀が中心と言うよりは、剣の達人・新九郎の青春物語を軸に、それぞれの生き方、歩む道が異なる3人を描いているといった感じでしょうか。初めての歴史時代小説で、これだけきっちり書けるというのは、作家というのはすごいものだなあと感心させられました。

 従来の光秀像とは異なる、爽やかで高い理想を持った新たな光秀像を打ち出しており、確率論のパズルなどを織り込んでいるのもユニークで、その部分が面白く読めるばかりでなく、それを剣術や戦さの戦術にまで落とし込んでいるところは巧みだと思いました。

 その上で、もの足りなかった部分を敢えて挙げれば、タイトルに「光秀の定理」とあるものの、3人の物語にしたことによって光秀が相対的に後退し、「愚息(または新九郎)の定理」といった感じの話になっているように思われた点でしょうか。

 光秀はなぜ織田信長に破格の待遇で取り立てられ、瞬く間に軍団随一の武将となり得たのかは描いているし、「本能寺の変」の部分を敢えて描かず、終盤は新九郎と愚息の後日譚になっているのも別にいいのですが、なぜ光秀が信長に対して謀反を起こしたのかという部分がやや弱いかという印象でした(残された新九郎、愚息の、もし秀吉でなく光秀が天下の統治者になっていたら世の中どうなっていただろうという思いから、それは察せられなくもないが)。

 光秀を巡る最大の歴史ミステリは、光秀ほどの智将が何の後ろ盾もなく信長に対する個人的怨恨により謀反を単独で実行した(「光秀怨恨説」説)とは考えにくく、ではその"後ろ盾"があったとすればそれは何であったのだろうかというもので、これについては、「朝廷関与説」(信長の権勢に危機感を持った朝廷が参画したとする説)など主だったものだけで5つも6つもあるようで、研究者の間で一致した結論は出ていません。

 この作品では、従来の「怨恨説」に対して否定的な立場を取りながらも、"後ろ盾"については踏み込んでおらず、強いて言えば「野望説」(天下が欲しかった光秀の単独犯行)に近いか、それを"理想国家の実現"といった風に美化した感じでしょうか(この作品にもあるように、実際、フロイス『日本史』の記述などから、武将として合理的な性格の光秀と信長との相性も良かったはずだと主張する研究者グループがあり、「怨恨説」は後に作られたものだとする考えが現在は有力視されているようだ)。

 新九郎、愚息が事変の後に、光秀が目指していたものは何だったのだろうかと考えてしまっているところが、前半部分の「光秀が相対的に後退」していることと呼応しているように思いました(結局2人とも真相を知り得ないでいる)。そうした曖昧さが個人的にはもの足りなかったわけですが、過程においては楽しく読めたのと、作者初めての歴史時代小説であるということで星半分オマケしました。

光秀の定理2.jpg 光秀の定理3.jpg

明智光秀役春風亭小朝.jpg 因みに、今年['14年]のNHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」で明智光秀を演じているのは春風亭小朝ですが、敢えて新奇性を狙ったのかもしれないけれど、個人的印象としては「ハズレ」という感じでしょうか。大河ドラマでは、今回より前に10回明智光秀が登場していて演者は次の通り。
  1965 太閤記    佐藤 慶
  1973 国盗り物語   近藤正臣
  1981 おんな太閤記 石濱 朗
  1983 徳川家康   寺田 農 
  1989 春日局     五木ひろし
  1992 信長     マイケル富岡
  1996 秀吉     村上弘明
  2002 利家とまつ  萩原健一
  2006 功名が辻   坂東三津五郎
  2009 天地人     鶴見辰吾
  2014 軍師官兵衛   春風亭小朝
太閤記 1965 明智.jpg佐藤慶光秀.jpg佐藤慶 光秀07.jpg この中で、圧倒的に強烈なイメージを残したのは「太閤記」の佐藤慶で、以後の配役はそれを超えていないのではないでしょうか。秀吉には緒形拳が抜擢されて人気を博し、高橋幸治演じる織田信長にも人気が集まった一方、佐藤慶はイコール光秀みたいな見られた方をしたのでは。自身、自分の演じた光秀役のイメージがあまりに強く自分にまとわり着き過ぎて、以降、緒形拳との共演を出来るだけ避けていたといったような話を本人がしているのを聞いたことがあります。

太閤記 1965L.jpg太閤記 2.jpg「太閤記」●演出:吉田直哉ほか●制作:広江均●脚本:茂木草介●音楽:入野義朗●出演:緒形拳/高橋幸治/石坂浩二/曾我廼家一二三/川津祐介/藤村志保/フランキー堺/浪花千栄子/山茶花究/稲野和子/岸恵子/佐藤慶/三田佳子/田村高廣/宮口精二/島田正吾/中村歌門/尾上菊蔵/有島一郎/渡辺文雄/土屋嘉男/乙羽信子●放映:1965/01~12(全52回)●放送局:NHK

【2016年文庫化[角川文庫]】

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意外性を感じる独自の「黒幕」(=足利義昭)説。興味深くは読めたが...。

NHK「その時歴史が動いた」 本能寺の変 信長暗殺.jpg謎とき 本能寺の変.jpg謎とき本能寺の変.jpg  『謎とき本能寺の変』 講談社現代新書 〔'03年〕
NHK「その時歴史が動いた」 本能寺の変 信長暗殺!~闇に消えた真犯人~「戦国編」 [DVD]

 1582(天正10)年に起きた「本能寺の変」は、日本史最大の謎の1つとされていますが、従来の「光秀怨恨説」(明智光秀が個人的怨恨により単独実行したとする説)に対して、「朝廷関与説」(信長の権勢に危機感を持った朝廷が参画したとする説)がよく聞かれます。しかし本書では、本当の黒幕は、京都からの追放後、毛利氏に身を寄せていた足利義昭ではなかったか、というかなり意外なものです。

その時歴史が動いた 「本能寺の変 」.jpg 確かに、智将・光秀が何の後ろ盾も将来展望もなくクーデーターに及んだというのは考えにくいのかも知れません。しかし、都を追われ遠く中国地方に居候の身でいた抜け殻のような将軍が、光秀の後ろ盾になるのかどうか疑問を感じます。著者は本書刊行の前年にNHKの「その時歴史が動いた」('02年7月24日放送分)にゲスト出演し、松平定知アナの前ですでにこの「足利義昭黒幕説」という自説を展開していたのですが、あのときの番組の反響はどうだったのでしょうか。

NHK「その時歴史が動いた」 本能寺の変 信長暗殺!~闇に消えた真犯人~(2002)

本能寺の変 時代が一変した戦国最大の事変.jpg本能寺の変―時代が一変した戦国最大の事変00_.jpg ('07年7月刊行の学研の新・歴史群像シリーズ『本能寺の変―時代が一変した戦国最大の事変』でも、この「足利義昭黒幕説」は「朝廷関与説」などと並んで3大有力説の1つとしてとりあげられている。)

 本書自体は、冒頭で本能寺の変にまつわる従来の諸説を整理し、また政変から毛利氏と対峙し備中高松城を水攻め中だった秀吉の帰還(中国大返し)、山崎(天王山)の合戦までの流れを、信長や秀吉の政治観などを交えながら(大学教授らしく文献に基づいて)検証的に解説していて、それなりに興味深く読めるものではありました。
 
 全行程200kmをたった5日で移動したという秀吉の「中国大返し」の迅速ぶりなどについても、話が出来すぎているみたいで謎が多いようです。筒井康隆の歴史SFモノに、黒田官兵衛が電話で新幹線の座席を買い占めて、秀吉軍が岡山から「ひかり」で移動するというナンセンス小説(「ヤマザキ」)があったのを思い出しました。

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