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専門的な内容を含みながらも入手しやすい本。特に小中学校の教育現場の人に読んで欲しい。

発達障害の子どもたち.jpg 『発達障害の子どもたち (講談社現代新書 1922)』 ['07年]

発達障害の豊かな世界.jpg 発達障害の子どもたちの療育に長く関わってきた著者による初めての新書で、最初に出版社から新書を書かないかと誘われたときは、既に発達障害の豊かな世界』('00年/日本評論社)という一般向けの本を上梓しており、また、著者自身の臨床に追われる殺人的なスケジュールのため逡巡したとのことですが、外来臨床で障害児を持つ親と話しているうちに、まだまだ本当に必要な知識が正しく伝わっていないのではないかとの思いを抱き、改めて、「発達障害に対する誤った知識を減らし、どのようにすれば発達障害を抱える子どもたちがより幸福に過ごすことができるようになるのか、正しい知識を紹介する目的」(46p)で本書を書いたとのこと。

 一般書でもあるということで、最新の脳科学的な見地など、読者の知的好奇心に応えるトピックも盛り込まれていますが、メインである発達障害に関する記述(発達障害を、認知全般の遅れである「精神遅滞・境界知能」、社会性の障害である「広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)」、ADHDやLDなどの所謂「軽度発達障害」、そして「子どもの虐待」にもとづく発達障害症候群の4つのグループに分けてそれぞれ解説)については、手抜き無しの密度の濃い内容です(そのため、専門用語に不慣れな初学者にはやや難しい部分もあるかも)。

 中でも、「第4の発達障害」と言われる「虐待による障害」は、著者が最近の臨床を通して注目している点であり、学童を中心とする被虐待児の8割に多動性行動障害が見られたという報告も本書で紹介されていますが、一般的な広汎性発達障害やADHDに比べ、器質的な障害が明確に見られることが多く、また、ADHDの現れ方も異なるため、治療や療育のアプローチも異なってくるなど、対応の難しさが窺えます。

 一方で、実際の小中学校などの教育現場で、こうした児童が学究崩壊を引き起こす原因となっていることも考えられ、純粋なADHDであれば「軽度発達障害」として対応すべきであるし、仮に虐待が原因の"ADHD様態"であれば、家庭環境との相関が高いことが考えられ、これはこれで、単に「躾け問題」として扱うのではなく、「障害」としての知識と対応が必要になるかと思いました(解離性障害などを併発していないか、といったチェックが出来る教師やスクールカウンセラーが、はたしてどれだけいるだろうか)。

 誤った知識から自らが偏見に囚われていることはないか、障害児を持つ親たちがそれをチェックするためにも読んで欲しい本ですが、専門的な内容を含みながらも新書という入手しやすいスタイルで刊行されたわけで、今まで「発達障害」にあまり関心の無かった多くの人にも、特に小中学校の教育現場にいる人に読んでもらいたい本であり、その思いを込めて星5つ。

《読書MEMO》
●(PTSD、フラッシュバックなど)強いトラウマ反応を生じる個人は、(脳機能の器質障害もあるが)もともと扁頭体が小さい。マウスなどの実験により、小さい扁頭体が作られる原因は被虐体験らしいことが現在最も有力な説となっている。(37p)
●注意欠陥多動性障害(ADHD)と広汎性発達障害の一群であるアスペルガー障害との併発は、より重大な問題である「社会性の障害」の方が優先されるため、注意欠陥多動性障害の症状とアスペルガー障害の症状との両者があれば、「多動を伴ったアスペルガー障害」という診断になる。(42p)
●適切な特別支援教育を持ってきちんと就労し、幸福な結婚と子育てが可能になった者と、その逆の道を辿った者とその道のりを見ると、発達障害の適応を決めるものは実は「情緒的なこじれ」であることが見えてくるのではないか。(59p)
●自閉症の認知の特徴...①情報の中の雑音の除去が出来ない ②一般化・概念化という作業が出来ない ③認知対象との間に心理的距離が持てない(79p)
―「遠足の作文を書きましょう」という課題を与えられてパニックに。遠足といっても、どこが遠足なのかわからない(学校に集まって、バスに乗って、バスの中でゲームがあり、目的地について、集会や班ごとの活動があり、弁当を食べて...どこを書けば良いのかわからない)(86-87p)
●あまりに対応に困る多動児は、基盤に「社会性の障害」を抱えている(つまり高機能広汎性発達障害である)ことが多い。(104p)
●子どもの心の問題に対応する専門家として登場したスクールカウンセラーの大半は、当初、発達障害の知識も経験も欠落していて役に立たなかった。(中略)今や学校カウンセラーが機能するか否かは、発達障害への知識と経験を持ち、彼らへの対応ができるか否かによって決まるとまで言われるようになった。(105p)
●今日の日本で、小学校に実際に出かけて低学年の教室を覗くと、(中略)授業中にうろうろと立ち歩いたり、前後の生徒にちょっかいを出したりを繰り返す「多動児」が、4〜5人ぐらいは存在するのが普通である。(129p)
●(被虐待児は)状況によって意識モードの変化が認められる⇒虐待の後遺症としての「解離性障害」(157p)

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日米のサポートに対する根本的な取り組み姿勢、発想の違いを痛感。

学習障害(LD)―理解とサポートのために.jpg 『学習障害(LD)―理解とサポートのために (中公新書)』['02年] アメリカ障害児教育の魅力―親が見て肌で感じた.jpg 佐藤恵利子 『アメリカ障害児教育の魅力―親が見て肌で感じた』 ['98年/学苑社]

学習障害.jpg 学習障害の子供に対する教育面でのサポートのあり方について書かれた本で、著者は障害児教育の専門家で、公立学校での教職経験もあり、またUCLAで教鞭をとったこともある人で、とりわけアメリカで行われている障害児教育の様々な取り組みが本書では紹介されています。

 以前に、『アメリカ障害児教育の魅力-親が見て肌で感じた』('98年/学苑社)という、自閉症の我が子を連れてアメリカに行き、ウィスコンシン州の地元の特殊学級で学ばせた佐藤恵利子さんという人の体験記を読み、日米の障害児教育の差に愕然としましたが、たまたま行ったところがそのような手厚いケアをする学校だったのではという思いもあったものの、本書を読むと、根本的にアメリカと日本では、障害児教育への取り組み方が違うように思えました。

 日本では、まず児童を学習障害の有る無しで区分し、障害のある子に特殊教育を施すという考え方ですが(結果として、「普通学級」に入れることが目的化しがちである)、アメリカでは、教科や学習内容ごとの得手不得手によって区分し、その子の不得手な教科について特殊教育を行うという考え方であり、学校の中にそうした「リソースルーム」という特殊学級があって、ある教科についての特別な教育的ニーズのある子は、その時間帯だけ、そこで授業を受ける―というのが、一般的なシステムのようです。

 一見、日本の「通級」システムと似ていますが、言語障害、情緒障害などのカテゴリー別の設置ではなく、あくまでもその科目を学習するのに困難を感じている子が利用できるものであり、校内に設置されている比率も日本とは全然違うし、そこで教えているのは障害児教育の資格を持った複数の教師であり、「リソースルーム」を巡回する教師も複数配置されていて、外部の専門家と連携してサポートを受けるようなシステムもあるということです。

 日本でも学習障害児に対するサポート体制は徐々に整いつつあるかと思われますが、根本的に、画一的教育というのが伝統的な日本の教育スタイルであっただけに、本書を読むと、その辺から発想の転換が求められるような気がし、但し、また、こうしたことを実現するには、行政レベルでの人的資源の投下が必要であるように思いました。

 学習障害の入門書としても読めなくはありませんが、サバン症候群などについてはそれほどの頻度で見られるものでもなく、むしろ、そうしたある分野について特殊な能力に恵まれている「ギフテッド」と呼ばれる子供たちを、どう社会に活かすかということをアメリカという国は考えていて、そのことが、子供たち個々のニーズに沿った教育をするという意味で、「リソースルーム」と同じ発想にある点に注目すべきでしょう。

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専門家の意見を参照しつつ、ADHDの息子を育ててきた経験から、その対応を示唆。

手のつけられない子 それはADHDのせいだった.jpg 『手のつけられない子 それはADHDのせいだった』 〔'99年〕 Maybe You Know My Kid.jpg "Maybe You Know My Kid: A Parent's Guide to Identifying, Understanding, and Helping Your Child With Attention Deficit Hyperactivity Disorder"

 著者は、ADHD(注意欠陥多動性障害)である自分の息子を育ててきた経験から、ADHDを持つ子どもや大人を支援する団体のメンバーとして啓蒙活動をしている人。
 原著の初版は'90年とやや古いですが、その後何度か改版されていて、本書は'99年版(第4版)の訳書であり、医学情報や用語の定義なども'99年時のものに改定されています。

 自らの療育経験や専門家の意見をもとに、症状の発見や診断後の対処、実生活での適応のさせ方などがわかりやすく書かれていますが、とりわけ、ADHDの子どもの幼児期にみられる特徴について、1歳まで、1歳から3歳まで、3歳から5歳までに区分して事細かに記されています。

 著者は息子がかなり変った子どもであることに早くから気づいていましたが、医者にも相手にされなかったりして、ADHDであると診断されたのは5歳になってから(息子の幼児期が'80年代前半だったことを考えれば無理もないか)。
 気が散る、衝動的、落ち着きがない、というのがADHDの特徴ですが、こうした症状は3歳ぐらいから目立ち始め、それ以前においても充分見つけることが可能であることを、著者は示唆しています。

 成長の過程において本人の自尊心を大切にすることを強調する一方、就学問題や学校に入ってからの教育的配慮、青年期・成人期に入ってからの問題など、現実問題への具体的対応の仕方も書いてあり、障害児教育が進んでいるという米国でさえ、当時は教育機関などにADHDというものが理解されず苦労したことが窺えます。

 それでも米国では、当時からスクール・カウンセラーのような人がいて、現在ではその質もより向上していると思われます。
 一方、日本では、付録の「日本の事情」に18歳の子どもの3〜5%がADHDであると言われていると書かれているにも関わらず(「教室でじっとしていられない子」は学校現場では単に"わがままな子"として扱われている感じだが、その相当部分はADHDではないかと個人的には思う)、ADHDの相談に乗っている機関は、病院に限って言えば首都圏でも5つぐらいしかないという状況。

 ADHD児の受け入れや支援に関しては、先行している自治体も一部にはありますが、今後は、国・医療機関を含めたトータルな支援が求められるのではないかと思われます。

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多動のないADD(注意欠陥優勢型)にウェイトを置いて書かれた本2冊。

へんてこな贈り物.jpg 『へんてこな贈り物―誤解されやすいあなたに片づけられない女たち.jpg 『片づけられない女たち

 米国精神医学会の診断・統計マニュアル「DSM ‐Ⅲ」で「注意欠陥障害」(ADD)が定義されたのが'80年、その改訂版「DSM‐ⅢR」('87年)でADDは「注意欠陥・多動障害」(ADHD)と改められ、多動を伴わない注意欠陥障害は「分類不能の注意欠陥障害」とされましたが、「DSM‐Ⅳ」('94年)で、ADDのすべてのタイプはAD/HD(注意欠陥/多動性障害)に一元化され、多動のないADDは「注意欠陥/多動性障害・不注意優勢型」に位置づけられました。

 こうしたややこしい経緯を辿ったのは、多動性症候群が早くから認知されていたのに対し、「注意欠陥」というものが症状として認知されるのが遅かったためだと思われます。
 2人の医学博士による『へんてこな贈り物』(原題"Driven to Distraction ")の刊行は'94年、書かれたのは「DSM‐Ⅳ」刊行の直前頃だと思われますが、本書では、多動症状のある人、無い人を含めてADDという表現を用いていて、内容的には「注意欠陥」の方にウェイトが置かれています。

 著者の1人ハロウェル博士(米国)自身が、自らがADDであることに気づいたのが31歳の時で、その後彼はADDの専門医としての道を歩むことになりますが(この経歴は本書を翻訳した司馬理英子氏とよく似ている)、本書では、心理学者としての20年とその内のADD専門医としての10年のキャリアをベースに、ADDとは何か、子供のADD、大人のADD、夫婦や家族のADDについての対処の仕方と、薬物治療を含めた総括的な治療法が書かれています。

 ハロウェル博士は、ADDは多くの問題を引き起こしうるが、エネルギー・直感力・創造性・情熱という強みもあるとしています。
 また、正しい診断を受けることの重要性も説いていて、これは、同じく多動の無いADDについて書かれたサリ・ソルデン女史(米国)の『片づけられない女たち(Women With Attention Deficit Disorder)』('95年原著出版、'00年/ニキ・リンコ訳、WAVE出版)でも強調されていました。
 短期記憶に弱点のあるADDの人は、部屋が片づかずにトッ散らかってしまうことがあるのですが、周囲からは単にだらしの無い人と見られ、ADDであることに自分さえも気づかず悩むことが多いということです。

 両著とも成功体験の重要性を説いていて、それには周囲の理解と助けも必要なのですが、自己の特質に向き合い自分をコントロールできるようになれば、消極性が取り除かれ、その人の人生が良い意味で違ったものになってくるとしています。

 『へんてこな贈り物』の方がADDの人に対する周囲の人たちの対処・アドバイスの仕方中心、『片づけられない女たち』の方が、ADDの人(またはADDである可能性がある人)自身に対するセルフカウンセリング的・啓蒙的な内容となっています。

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着眼点はユニークだが、あくまでも著者の推論とみた方がよい部分も。

天才はなぜ生まれるか.jpg 『天才はなぜ生まれるか』 ちくま新書〔'04年〕 ウォルト・ディズニー (1901-1966).jpg ウォルト・ディズニー

 歴史上大きな足跡を残した何人かの人物に注目し、彼らには広義の意味での学習障害(LD)があり、それが彼らの業績と密接な関係があったと―。とり上げられているのは、エジソン(注意欠陥障害)、アインシュタイン(LD)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(LD)、アンデルセン(LD)、グラハム・ベル(アスペルガー症候群)、ウォルト・ディズニー(多動症)の6人です。

 昔から天才の病跡学というのはあり、アリストテレスも「天才病理説」を唱えていたように思いますが、本書のユニークな点は、"天才"とは対義的とも思える学習障害に焦点を当て、障害があったからこそ偉業を成し得たとしているところです(LDであることが天才の要件であるとは言えないでしょうけれど)。
 例えばエジソンがそうだったという注意欠陥障害というのは、意識を次々違った対象に移動させるのが困難な障害ですが、いったん注意が向くと人並み外れた集中力を発揮すると。

 彼らは、最初は学校などで落ちこぼれでしたが、やがて頭角を現した―。
 一方で、日本の学校教育の画一主義や社会にまで及ぶ画一性は、こうした異才を見過ごしてしまうのではないかという著者の危惧には頷かされます。

 ただし、過去の人物の様々な仕事や言行の一端だけを拾って障害を推測している部分もあり、これらはあくまでも著者の推論とみた方がよいでしょう。
 突っ込みを入れたくなる記述は多いけれど、突っ込む前に1章が終わってしまう感じで、1人1人の掘り下げはやや浅い気がしました。

 それでも、ミッキーマウスの初期のドタバタ・キャラが、ウォルト・ディズニーの多動性がそのまま投影されたものであるとか、パーク内を徘徊してゴミを拾うのがウォルトの性癖だったという話は面白くは読めました。

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ADHDをわかりやすく解説。学級崩壊に悩む教師にも読んで欲しい。

のび太・ジャイアン症候群〈2.jpg 『のび太・ジャイアン症候群〈2〉―ADHD これで子どもが変わる』 (1999/02 主婦の友社)

 前著『のび太・ジャイアン症候群』('97年)は、注意欠陥・多動性障害(ADHD=Attention-Deficit Hyperactivity Disorder)のうち注意欠陥が顕著なタイプを「のび太型」(集中力・忍耐力に乏しく、不注意、過敏で傷つきやすい)、多動性が顕著なタイプを「ジャイアン型」(衝動的で、落ち着きがなく、感情の起伏が激しい)とし、教室によくいるいじめっ子といじめられっ子が、実は同根の障害である可能性があることを示唆したものでした。

 そのわかりやすい説明から多くの読者を得た本でしたが、それだけそうした特質を備えた子どもを持ちながらも原因がわからず悩んでいた親が多かったということでしょうか。
 行為障害の子どもが引き起こすイジメは故意であるけれど、ADHDの場合、わざとではなく結果的に人を傷つけてしまうという点が特徴であり、誤解されやすい。
 またADHDの原因は遺伝性の脳機能障害であると考えられていて、原因がわからないままにそれを、家庭でのしつけが悪かったせいなのかと思い込んでいた親も多かったようです。

 本書では、実際に日本の幼稚園や小学校においてそうした子どもがかなりいると考えられることをデータにより示すとともに、治療の実際(カウンセリングなど家族も含めてケアする一方で、薬が有効な場合は積極的に薬を処方するというのが著者の考え)や、前著で触れていた親として、あるいは教師としての対処方法などをさらに詳しく述べるとともに、親の学校に対する対処の仕方などにも触れています。

 著者はもともと実験病理学者で、米国で子育てしているうちに日米の子育てに対する考え方の違いを実感するとともに、自分(!)と自分の子どもが注意欠陥・多動性障害(ADHD)であることを認識し、今はADHD専門のクリニックを開いている医師です。

 このシリーズは、本書以降も、外見的症状の似たアスペルガー症候群について解説したものや、家族のADHD・大人のADHDにウェイトを置いたものなどが出されていますが、本書と『のび太・ジャイアン症候群〈3〉-ADHD子どもが輝く親と教師の接し方』('03年)は、一部の児童が授業中に徘徊することなどが原因で学級全体が落ち着いて授業できる雰囲気にないような、そのようなタイプの学級崩壊で悩んでいる教師に、特に読んで欲しい内容だと感じました。

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絵本のようなスタイルで、子ども向けにLDをわかりやすく解説。

LD(学習障害)の子どもたち.jpgLD(学習障害)の子どもたち (子どものためのバリアフリーブック―障害を知る本)』〔'98年〕 

Tom Cruise and Dustin Hoffman together.jpgTom Cruise.bmp 本書でも紹介されていますが、自閉症者を描いた映画「レインマン」で弟役を演じたトム・クルーズは、自らがLD(学習障害)だったためにこの映画へ是非出たいと申し出たとのこと。
 彼は子ども時代、識字障害のため特殊な学級で学んだ(bとd、pとqの区別がつかず、教科書が読めなかった)とのことですが、あのアインシュタインもエジソンも実はLDで、学校に行かなかったり、大学は無試験のところを選んだりしている―。
 では、LDとは何なのか、それを子ども向けにわかりやすく解説したのが本書です。

 絵本のようなスタイルで40ページに満たない本ですが、LDの意味やその特徴、知的障害や自閉症との違いやそれらとの関係が、図やイラストで要領よく解説されています。

 LD(Learning Disabilities)は「知能」障害ではなく、「認知」機能の一部の障害に起因するもので、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」などの、ものごとの学習に必要な基礎的なところで、それらの幾つかにおいて躓きを生じるものであることがわかります。
 脳を知識の整理ダンスだとすると、その引き出しの内、学習に使う一部の引き出しが使いにくくなっているのがLDであるとの説明はわかりやすいものです。

 早期発見のポイントや勉強の教え方などにも触れられており、また、1クラスに1人はいるというLDの子どもとの、友達としての接し方も述べられています。

 米国などではこうした"児童書"が多く出版されていて、以前から学校の図書館などに配置されていますが、日本ではまだまだこうした本は少ないのではと思います。
 最後の方にLDを乗り越えてテニスコーチになった青年の話がありましたが、読む者に勇気を与えるとともに、ああ、やはり米国で障害児教育を受けた人だったのだなあ(仕事も現地でやっている)という思いはありました。

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知的関心を惹く考察だが、入門書としても一通りは網羅している。

アスペルガー症候群と学習障害34.JPGアスペルガー症候群と学習障害.jpgアスペルガー症候群と学習障害―ここまでわかった子どもの心と脳 (講談社プラスアルファ新書)』〔'02年〕

 本書は前半部分で子どもの心の発達や知能の構造について述べ、後半部分で最近一般にもその名が知られ、わが子もそれではないかという親が増加しているアスペルガー症候群と学習障害について解説しています。

 前半部分ではソーシャルスキルの発達を中心に「心の理論」などを解説する一方、最近の認知心理学や脳科学者・澤口俊之氏の仮説を引き、知能の多重構造とワーキングメモリーの関係を説いています。
 この部分が本書の特徴の1つであり、アスペルガー症候群や学習障害はワーキングメモリーや知能モジュールの機能不全ではないかというのが、"発達のムラ"に対する著者の考察です。

 後半部分のアスペルガー症候群、学習障害の解説も丁寧で、やや専門的な部分もありますが、分かりやすい事例もとり上げられていています。
 高級レストランで客を待たせても謝らないボーイに対して「ふーん、さすがに高級レストランだね」と客が言ったのをそのまま真に受ける―とか。

 「気づかれずに増えている」と帯にありましたが、著者の主張では障害そのものが増えているのではなく、ソーシャルスキルを獲得する社会の受皿が減って、今まで気づきにくかった障害が目立つようになったということなので、このキャッチはやや違うのではないかと思いました。

《読書MEMO》
●サリーとアンの課題(55p)
●ウィリアムズ症候群-大部分、精神遅滞があるのに言語遅滞がない。「妖精様顔貌」(77p)
●サバン症候群(89p)/●ワーキングメモリー(91p)/●カナー型(106p)/●クレーン現象(108p)
●神経伝達物質セロトニンの濃度が高い(120p)
●高級レストランで客を待たせても謝らないボーイに対して「ふーん、さすがに高級レストランだね」と客が言ったのを、そのままにとる(132p)

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