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ガン治療の最前線を追いかけながら、自身は検査・治療、リハビリを拒否、QOLの方を選んだ。

死はこわくない3.jpg死はこわくない.jpg   立花 隆 5.jpg          
死はこわくない』['15年]  立花 隆(1940-2021)

自殺、安楽死、脳死、臨死体験。 長きにわたり、人の死とは何かを思索し続けた〈知の巨人〉が、正面から生命の神秘に挑む。「死ぬというのは夢の世界に入っていくのに近い体験だから、いい夢を見ようという気持ちで自然に人間は死んでいくことができるんじゃないか」。 がん、心臓手術を乗り越えた立花隆が、現在の境地を率直に語る―。

 今年['21年]4月30日、急性冠症候群のため80歳で亡くなった(訃報は6月23日になって主要メディアで報じられた)立花隆による本です。

 第1章「死はこわくない」は、「週刊文春」に'14年10月から11月にかけて3回にわたり連載された編集者による訊き語りで、「死」を怖れていた若き日のことや、安楽死についてどう考えるか、「死後の世界」は存在するか、「死の瞬間」についての近年の知見、体外離脱や「神秘体験」はなぜ起こるのか、自らががんと心臓手術を乗り越えて今考える理想の死とは、といったようなことが語られています。

Elisabeth Kübler-Ross.gif 第2章「看護学生に語る『生と死』」は、これから患者の死に立ち会うであろう看護学生に向けてリアルな医療の現場を語った'10年の講演録で、人は死ぬ瞬間に何を思うか、難しいがん患者のケア、長期療養病棟の現実、尊厳死とどう向き合うか、などについて述べています。また、その中で、キューブラー=ロスの『死ぬ瞬間』など、人間の死や終末医療に関する本を紹介しています。

Elisabeth Kübler--Ross

 第3章「脳についてわかったこと」は、月刊『文藝春秋』'15年4月号に掲載された「脳についてわかったすごいこと」を加筆・修正したもので、NHKの科学番組のディレクターの岡田朋敏氏との脳研究に関する対談になっています。

 というわけで、寄せ集め感はありますが、第1章は「死」に対する現在の自身の心境(すでに死はそう遠くないうちに訪れると達観している感じ)が中心に語られ、延命治療はいらないとか、自分の遺体は「樹木葬」あたりがいいとか言っています。章末に「ぼくは密林の象のごとく死にたい」という'05年に『文藝春秋』の「理想の死に方」特集に寄港したエッセイが付されていますが、このエッセイと本編の間に約10年の歳月があり、より死が身近なものになっている印象を受けます。

臨死体験.jpg臨死体験 下.jpg 第2章の看護学生に向けての講演も、第1章に劣らす本書の中核を成すものですが、内容的には著者の『臨死体験』('94年/文芸春秋)をぐっと圧縮してかみ砕いた感じだったでしょうか。ただ、その中で、検事総長だった伊藤栄樹(1925-1988)の『人は死ねばゴミになる―私のがんとの闘い』('88年/新潮社)といった本などの紹介しています。学術分野で言えば、第2章は脳科学であるのに対し、第3章は大脳生理学といったところでしょうか(著者は、'87年にノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進へのインタビュー『精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか』['90年/文藝春秋]など早くからこの分野にも関わっている)。

I死は怖くないtukushi.jpg また、この中で、「NEWS23」のキャスターで73歳でガンで亡くなっただった筑紫哲也(1935-2008)のことに触れられていて、ガン治療に専念するといって番組を休んだ後、ほぼ治ったと(Good PR)いうことで復帰したものの、2か月後に再発して再度番組を休み、結局帰らぬ人となったことについて(当時まだ亡くなって2年しか経っていないので聴く側も記憶に新しかったと思うが)、「Good PR」はガンの病巣が縮小しただけで、まだガンは残っている状態であり、これを「ほぼ治った」と筑紫さんは理解してしまったのだとしています。かつては、病名告知も予後告知もどちらも家族にするのが原則でしたが、最近は本人に言うのが原則で、ただし、予後告知とか、どこまで本人がきちんと理解できるような形でお行われているのか、或いは、詳しくは言わない方がいいという医師の判断が働いていたりするのか、考えさせられました。

 それにしても、著者は、こうしたガン治療の最前線を追いかけながら、自分自身は大学病院に再度院したものの、検査や治療、リハビリを拒否し、「病状の回復を積極的な治療で目指すのではなく、少しでも全身状態を平穏で、苦痛がない毎日であるように維持する」との(QOL優先)方針の別の病院に転院しています。病状が急変したとき、看護師のみで医師が不在だったらしく、その辺りがどうかなあというのはありますが、あくまでも本人の希望がそういうことだったならば...(これも本人の希望に沿って、樹木葬で埋葬された)。
 
 このことから思うのは、著者の〈知〉の対象は、あくまでも〈対象〉であって、その中に著者自身は取り込まれていない印象を受けます。もちろん「QOL優先」については、テレビ番組の取材などを通して放射線や抗ガン剤治療が患者のQOLを下げた上に、結局その患者は亡くなってしまったといった例も見てきただろうから、その影響を受けている可能性はあるし、「QOL優先」自体が「たガン治療の最前線」のトレンドと言えなくもないですが。

 かつての『田中角栄研究』にしても、当時は「巨悪を暴いた」みたいな印象がありましたが、本人は田中角栄という人物の編み出した金権構造に、システムとしての関心があったのではないかと思います。だから、『脳死』とか『サル学の現在』とか、別のテーマにすっと入っていけたのではないかと、勝手に推測しています。

【2018年文庫化[文春文庫]】

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本当に脳科学? ジェンダー差別の再強化の一翼を担ってしまっているともとれる。

キレる女懲りない男.jpgキレる女懲りない男2.jpg  夫のトリセツ.jpg 妻のトリセツ.jpg
キレる女懲りない男―男と女の脳科学 (ちくま新書)』['12年]『夫のトリセツ (講談社+α新書)』['19年]『妻のトリセツ (講談社+α新書)』['18年]


 最近『夫のトリセツ』('19年/講談社+α新書)という本が売れているらしい(ウチでは家人がどういうわけか『妻のトリセツ』('18年/講談社+α新書)を買っていた)、その著者の最初の新書本。1953年生まれの著者は、42歳で男女脳のエッセイを初出版し、53歳で本書を出したそうですが、この本の中でも、「女性脳の取扱説明書(トリセツ)」と「男性脳の取扱説明書(トリセツ)」というのが大部分を占め、以降、同じパターンで繰り返してきた結果、最近になってブレイクしたという感じでしょうか。

男が学ぶ「女脳」の医学.jpg ただ、この内容で、単にエッセイとして読むにはいいけれど、「脳科学」を標榜するのはどうなのか。以前に、斎藤美奈子氏が、「ちくま新書」は"ア本"(アキレタ本)の宝庫であり、特にそれは男女問題を扱ったものに多く見られるとして、岩月謙司氏の『女は男のどこを見ているか』('02年/ちくま新書)や米山公啓氏の 『男が学ぶ「女脳」の医学』('03年/ちくま新書)を批判していたように思いますが、これもその「ちくま新書」です(10年置きぐらいで「男女脳」企画をやっている?)。

 読んでみて、解釈の課題適用(over generalization)が多いように思いました。例えば、ある寺の住職の「妻に先立たれた男性は三回忌を待たずに逝くことが多い。逆は長生きしますね」と言葉を引いて、「女性スタッフに愛される店は衰退しない。女性部下に愛される上司は出世する」とありますが、ありそうなことを2つくっつけて、いかにも同じ法則の基にそうなっているかに見せかけているだけではないででしょうか。こうした手法は、手を変え品を変え、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』においても、基本は変わって変わっていないようです。

 本書にしても『妻のトリセツ』にしても、「女性脳は、右脳と左脳をつなぐ神経線維の束である脳梁が男性と比べて約20%太い」など、男性と女性の脳の機能差を示すような具体的なデータを出して、「いきなりキレる」「突然10年前のことを蒸し返す」など夫が理解できない妻の行動の原因を脳の性差と結びつけ「夫はこういう対処をすべし」と指南してます

 しかし、朝日デジタルによると、脳科学や心理学が専門の四本(よつもと)裕子・東京大准教授は、「データの科学的根拠が極めて薄いうえ、最新の研究成果を反映していない」と言い、例えば「脳梁」で取り上げられたデータは、14人の調査に基づいた40年近く前の論文で、かつ多くの研究からすでに否定されているという。本に登場するそのほかのデータも「聞いたことがない」とのこと。朝日の記者が著者に主張の根拠を尋ねると、「『脳梁の20%』は、校正ミスで数値は入れない予定だった」とし、そのほかは「『なるほど、そう見えるのか』と思うのみで、特に述べることがありません」と回答があったそうです(ヒドイね)。

 斎藤美奈子氏は、例えば、女性は共感を、男性は問題解決を求めるというのはよく聞く話だが、でもそれは「脳」のせいなのか、仮にそうした傾向があったとしても、十分「環境要因決定説」で説明できるとしています(日々外で働く男性は、大事から小事まで、年中「問題解決」を迫られている。グズグズ迷っている暇はなく、トラブルは次々襲ってくるので、思考はおのずと「早急な解決方法」に向かう)。したがって、これは「脳の性差」ではなく、環境と立場の差であるとしています。

 これを聞いて想起されるのが、男女均等待遇がなかなか進まない原因としてよく問題になる「統計的差別」で、女性の採用や能力開発に積極的でない企業は、その理由を「統計的にみて女子はすぐ辞めるから」と言うものの、実はそうした考え方がますます差別を強化するということになっているというものです。それと同じパターンが本書にも当て嵌るかもしれません(ましてや本書の場合、「男性と同じ立場で働く女性」などの統計モデルのサンプルは少ないとされているのに、である)。

 同じく朝日デジタルによると、『なぜ疑似科学を信じるのか』('12年/DOJIN選書)の著書がある信州大の菊池聡(さとる)教授(認知心理学)は『トリセツ』について、「夫婦間の問題に脳科学を応用する発想は、科学的知見の普及という意味では前向きに評価できる。だが、わずかな知見を元に、身近な『あるある』を取り上げて一足飛びに結論づけるのは、拡大解釈が過ぎる。ライトな疑似科学に特有な論法だ」と話しているそうで、コレ、自分が本書を読んで最初に浮かんだ疑念と全く同じです。

 読み物として「そうそう」「あるある」と言って楽しんでいる分にはともかく、「脳科学」の名の元に妄信するのはどうかと(「脳科学」というより「心理学」か「心理学的エッセイ」、更に言えば「女性論・男性論」(的エッセイ)になるか)。大袈裟な言い方かもしれませんが、ジェンダー差別を再強化することの一翼を担うようになってしまうのではないでしょうか。別に読んで楽しんでもいいけれど(脳内物質で全部説明している米山公啓氏の本などよりは内容が練れている)、そうした批判眼もどこかで持っておきたいものです。

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脳卒中からの脳科学者の回復の記録。まさに奇跡的。その回復要因をもっと考察して欲しかった。

奇跡の脳1.JPG奇跡の脳.jpg  奇跡の脳 文庫.jpg Jill Bolte Taylor Ph.D. in TED.jpg
奇跡の脳』['09年]『奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)』['12年] Jill Bolte Taylor Ph.D. in TED

 著者のジル・ボルト・テイラー(Jill Bolte Taylor Ph.D.)はハーバードの第一線で活躍する脳科学者でしたが、1996年12月10日の朝、目覚めとともに脳卒中に襲われ、歩くことも話すことも、読むことも書くこともできず、記憶や人生の思い出が失われていくという事態に陥ります。

 彼女を襲った病気は、脳動静脈奇形(AVM)による脳出血(脳卒中は血管が詰まる「脳梗塞」と血管が破れて出血する「脳出血」に大別される)でしたが、本書は、そうした"心の沈黙"という形のない奈落の世界に一旦は突き落とされたものの、そこから完全に立ち直ることが出来た彼女が、後から長い時間をかけて自らの陥った状況を思い出し、科学者として分析し、回復の過程をまとめたものです(原題は"My Stroke of Insight A Brain Scientist's Personal Journey")。

 脳卒中に襲われた朝の自身の心理状態などが詳しく書かれていますが、その瞬間、これで脳の機能が失われていく様を内側から研究できると思ったというのがスゴイね。「時間が流れている」という感覚も、「私の身体の境界」という感覚も、脳の中で作り出された概念に過ぎないということを、それを失うことによって悟ってしまうというのも。

 脳卒中などによる機能障害は、最初はリハビリの効果が見られても6ヵ月ぐらいで症状が固着し、そこからはあまり目覚ましい回復は見られないというのが一般的であるのに対し、彼女の場合は年ごとに身体機能と知的活動を行う力を回復し、8年ぐらいかけて身体機能を元に戻すとともに、研究の場に完全復帰しています。

 そこには並々ではない努力はあったと思われるものの、脳の大手術を受けたこと、また障害の重さなどから言うと、やはり"奇跡的回復"と言っていいのでは(「身体の境界」の感覚が戻ったのは7年目だという)。

 彼女の場合、主にダメージを受けたのは左脳であったため、左脳が司っていた言語機能、理性や時間感覚が失われる一方で、右脳の芸術家的機能が活発化していったわけで、本書の後半は、「左脳マインド」に対する「右脳マインド」の話になっていて、プラグマティックであると同時に、ややスピリチュアルな雰囲気も。

 本書は全米で50万部売れ、彼女の「TED」(Technology Entertainment Design)でのプレゼンの様子はユーチューブで何百万回も視聴されたそうですが、それを見ると、この人、相当のプレゼンテーターというか、教祖的な雰囲気もあって、確かにアメリカ人には受けそうだなあ(但し、日本でも、NHK-BSハイビジョンで特番が組まれた。訳者・竹内薫氏の仕掛けもあったとは思うが)。

 彼女が陥った脳機能障害について、図説などを用いて丁寧に解説してあるのが親切で、一方、まさに"奇跡"であるところの回復過程についてはさらっと済ませてしまっていて、「努力」だけでこのような回復を遂げられるものではなく、何らかの特別な要因があったと思われるのですがそれにはさほど触れず、その後は「右脳マインド」の話になってしまっているのが、個人的にはやや不満。そうした"奇跡"が起きたことの「神秘」が、そのまま後半のスピリチュアリズムに受け継がれているといった感じでしょうか。

それでも、そうした「右脳マインド」の話にしても、体験者、しかも脳科学者が語っているだけに、凡百の啓蒙書などに書かれていることなどよりは、ずっと説得力はあったように思います。

【2012年文庫化[新潮文庫(『奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき』)]】

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

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学者の対談に一般人が加わる試み。「手話」や「双生児」を通して探る脳の話が興味深い。

カフェ・デ・サイエンス.jpg遺伝子・脳・言語.jpg 『遺伝子・脳・言語―サイエンス・カフェの愉しみ (中公新書 1887)』 ['07年]

 武田計測先端知財団が主催した「カフェ・デ・サイエンス」という、一般の人々が科学者と一緒に、科学的テーマを日常的な言葉で考える企画で、遺伝子研究の堀田凱樹氏と脳研究の酒田邦嘉氏を構師(対談者)として6回にわたって行われたものを本にしたもの。テーマは「脳」。

 第1回、第2回は、脳と遺伝子や環境との関係、脳と言語の関係、というテーマで講義が進められ、一般参加者が質問をしていくのですが、何だか質問の方向性やレベルがバラバラで、1つ1つのQ&Aは面白いことは面白いのですが、こんな「ぱらぱら」した感じで進んでいくのかなあと...(結構、こういうカフェに参加する人は、科学番組とか見ているんだろうなあと思わせるような、そんな"仕入れネタ"的質問が多かった)。

双生児の脳科学.jpg手話の脳科学.jpg そしたら、第3回で手話通訳者をゲストに迎え「手話の脳科学(脳と言語の関係)」を、第4回では一卵性双生児の学者の卵を迎え「双生児の脳科学(脳と遺伝子や環境との関係)」を、それぞれテーマとし実証的に(実例的に)討議していて、対象が絞れた分、内容も締まったという感じ。
                 
脳が生みだす科学.jpg脳とコンピューター.jpg 第5回では「脳とコンピュータ」というテーマで、フランス人のチェスの元日本チャンピオンを招いていますが、この辺りからどんどん参加者が質問するだけでなく活発に議論に参加するようになり、最終回では堀田・酒田両氏もファシリテーター的立場になっていて、司会をした財団のコーディネーターの方も、カフェの理想に近かったと自画自賛していますが、最後でまた、ややバラけた印象も。

 堀田・酒田両氏の話は、最先端の研究成果が盛り込まれている一方で、脳科学の本を何冊か読んでいる人には復習的部分も多かったのではないかとも思われますが、身近な話題を織り込んでいて気軽に読める点はいいと思いました。

 遺伝子学者の堀田氏は、昔"ラジオ少年"で、生物が苦手のまま医学部へ進み平滑筋の電気生理学など研究をしていたのが、もともと脳に興味があり、脳を知るには遺伝子を知らねばという思いからショウジョウバエの染色体研究へ転身したそうですが、そうした来歴が脳に関する話の内容にも現れていたと思いました。

 個人的には、手話のところで出た右利き・左利きのろう者の話や、双生児たち自身がシンクロニシティ経験の有無について語る部分などが特に興味深かったです。

 ゲストで招かれた双生児2人の出身校・東大附属中学には、脳研究の一環として双生児を"追跡"研究するための「双生児特別枠」が50年以上前からあるそうですが、初めて知りました。

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一般常識を覆すような内容も。中高生の質問が良く、それを導く著者の手腕も立派。

進化しすぎた脳 中高生と語る〈大脳生理学〉の最前線.jpg 『進化しすぎた脳 (ブル-バックス)』 ['07年] 進化しすぎた脳.jpg 単行本 ['04年/朝日出版社]

海馬/脳は疲れない.jpg ベストセラー『海馬/脳は疲れない』('02年/朝日出版社)の著者が、米国留学中に、脳をテーマに中高校生に4回に渡って講義したもので、'04年にソフトカバー単行本として一旦刊行されていますが、'07年にブルーバックスに収めるにあたり、脳科学を学ぶ日本の大学生に対して行った講義を、最後に1講追加しています。

 第1講では、脳が身体を規制しているという一般概念を覆し、身体が脳を規制しているのだと―、しかし、実際には人間の脳は必要以上に進化している、それはなぜか、といった感じで、のっけからスリリング。
 第2講では、「人間は脳の解釈から逃れられない」というタイトルで「意識」や「意志」といったことをテーマに様々な角度から解説していますが、「自由意志とは潜在意識の奴隷である」と言明しています。手足を動かすことさえ、そうなのだと。動かそうと思って動かすのではなく、脳が、先にそうしたくなうような指令を出して、後から意志や感情がついてくる。クオリアなども後発的副産物なのだ―と。

 第3講では、「記憶」をテーマに、曖昧な記憶しか持てないという脳の特質を明らかにする一方で、記憶のメカニズムを大脳生理学的観点から解説(この部分は少し難しいが、それでも類書に比べて解り易い)、第4項では、アルツハイマー治療など最先端研究を通して、脳の進化について語っています。

 追加された第5講は、2、3年で脳科学研究の状況は目覚しく変化するということでの追加らしいですが、大学生たちが脳科学を専攻した理由とかにページが結構割かれていて、質疑もいかにも学者の卵っぽいものが多い。

 それに比べると、4講までの中高生の質問は(慶応ニューヨーク学院の生徒たち8名を先着順で受講生に据えたらしいが)、わかりやすい言葉で発せれながらもユニークで、しかも、意図せず最先端のテーマに繋がるものも多く、講師の話を進めていく原動力になっています。
 (一緒に授業を受けていて、誰かが質問をした意味が最初わからず、先生の答えを聞いて、「ああ、いい質問だったんだなあ」と初めて知った―そんな経験を、読みながらしている感じ。遅れをとってはいけない、という気分になった。)

 こうしたことは、何よりも導き手である講師の手腕によるところが大きいのでしょうが(著者自身も、あの頃の自分だから出来た、と述べている)、最先端にある研究者が、極めて有能な教師でもある場合の好例であり、それが、教授でも准教授でもなく、30歳代前半の「助手・研究員」クラスの人によって為されているというのが面白いと言えるかも('07年に准教授になったが)。
 これからが楽しみな人。あまり「頭が良くなる...云々」的な本ばかり書いて、商売の方に走らないで欲しい。

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今でもそこそこにオーソドックスな入門書として読める。

脳の話16.JPG脳の話 岩波新書.jpg  時実利彦(1909-1973).gif 時実利彦(生理学者、1909-1973/享年63)
脳の話 (岩波新書)』['62年]

 1962(昭和37)年刊行という古さですが(1963年・第17回「毎日出版文化賞」受賞)、本論の最初で系統発生(脳の進化)と個体発生(脳の発達)、マクロ解剖の構造(脳の構造)を解説し、次にニューロンなどシステムの話(ネウロン)に入っていくという体系は、現代の専門教育におけるオーソドックスな講義の進め方と何ら変わらないものです。
 中盤は、大脳皮質の分業体制を示し、感覚、運動、感情、言語などのメカニズムを説き、後半では、記憶や学習、眠りと夢見、意識や行動などを、脳がどのように司っているかが書かれています。

 教科書的な並び方ですが、例えば「脳の重さ」についてだけでも、
 ・古代人類の脳の重さは現代人類の何歳のそれに相当するか(例えば北京原人は、3歳児ぐらいの脳の重さ)、
 ・偉人たちの脳の重さは普通の人より重かったのか(重い場合もあるが、必ずしもそうであるとは言えない)、
 ・脳の重さは高等動物の証しなのか(クジラの脳は7000gある)、
 ・では「脳重:体重」の比率が高等・下等を示しているのか(日本人の脳の重さの体重比は、スズメやテナガザル、シロネズミより小さい―だったらアメリカ人もフランス人もそうだろうが)、
 等々。
 そうなると、高等・下等を決めるのは、脳細胞の数か、皺の数か、はたまた細胞の絡み方か、と...読者の関心を引き込むような記述がなされています。

 図説も豊富ですが、著者は、実験脳生理学の手法を日本に導入した人であり、これまでの有名な海外での実験を紹介するだけでなく、自らの実験室で行ったマウス実験などを、写真と併せて紹介しているのが興味深く、電気生理学と分子生物学、とりわけ電気生理学の面での脳研究は、記憶の仕組みと海馬の役割などについても、この頃には既にここまでわかっていたのか、という思いにさせられます。

 「生の意欲」「生の創造」は前頭葉がその座であるとし、「生の創造」が人類滅亡の危機を抱かせることになった今日、「生の意欲」を達成するためには、シュバイツァーの説くところの「生への尊敬」が平和への唯一の道であり、脳の仕組みを凝視し、この心に徹してこそ豊かな実りが期待できると結んでいて、この頃の偉い先生って、思想と学問をきっちり結び付けていたのだなあという思いがしました。

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脳の神秘、リハビリの心得、医療への提言、そして感動。

壊れた脳 生存する知.jpg 壊れた脳 生存する知 KCデラックス.jpg  金曜プレステージ『壊れた脳 生存する知』.jpg  壊れた脳 生存する知 bunnko.jpg
壊れた脳 生存する知』〔'04年〕『壊れた脳 生存する知 (KCデラックス)['07年] フジテレビでドラマ化「壊れた脳 生存する知」('07年1月19日放映)主演:大塚寧々『壊れた脳 生存する知 (角川ソフィア文庫)』['09年] 

 「モヤモヤ病」という奇病を学生時代に発症し、3度にわたる脳出血の後遺症として高次脳機能障害を負った女性医師の闘病記。
 高次脳機能障害というのは、病気や事故によって脳に損傷を受けたために、思考、記憶、学習、注意といった人間の脳にしか備わっていない次元の高い機能が失われる症状のことで、この著者の場合だと、今話したことを忘れてしまう、物を立体的に見ることができない、左半身の麻痺、自分の左側の空間に注意を払えない、といった症状が見られています。
但し、知能の低下はなく、日常生活の些細なことを失敗する自分のことは認識できてしまうために、その分辛い障害であると言えます。
 しかし、医師である著者は、そうした認知障害などの心の障害を、自らの"壊れた脳"との対応関係において冷静に分析していて、本書は闘病記であると同時に、脳の神秘を示す貴重な記録にもなっています。

 全編を通して前向きでユーモアに満ちた明るい姿勢が貫かれていて、リハビリに取り組む人には障害へ向き合う姿勢を示唆し、一般読者には元気を与えてくれます。
 一方で、今も老人保健施設で医療に携わる立場から、認知症などに対する社会環境や医療現場、家族やセラピストへの提言も多く含まれています。
 リハビリのためにクルマの運転や速聴速読、百マス計算にまで取り組む著者のバイタリティに感服する一方、脳機能障害は、「ガンバレ」と言われて「ハイ」と頑張れるようなものでもないという難しい面があることも教えられます。

 脳科学に関する本を何冊か読んだ流れで本書を手にし、自らの障害を対象化し科学的に捉えた内容に興味深く読み進みましたが、最後にこの本が出来上がるまでの長い道程を知り、さらに著者が息子に宛てた手紙を読んでジ〜ンときました。

 【2009年文庫化[角川ソフィア文庫]】

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知識は得られるが、"ア本"(アキレタ本)指定されても仕方がない面も。

男が学ぶ「女脳」の医学.jpg 男が学ぶ「女脳」の医学 obi.jpg  米山 公啓.bmp
男が学ぶ「女脳」の医学 (ちくま新書)』〔'03年〕 

 斎藤美奈子氏によれば、「ちくま新書」は"ア本"(アキレタ本)の宝庫だそうで、特にそれは男女問題を扱ったものに多く見られるとのこと(大学教授で、準強制わいせつ罪で逮捕された岩月謙司氏の『女は男のどこを見ているか』('02年)などもそう)。もちろん分野ごとに良書も多くあって結構よく手にするのですが、本書は『誤読日記』('05年/朝日新聞社)の中でしっかり"ア本指定"されていました。

 本書は、扁桃体などの役割やドーパミンなど主要脳内物資の名前と機能を知るうえでは、わかりやすい良い本であるかのようにも思えました(多くの読者はそうした目的では読まないのかもしれませんが)。

 しかし読んでいるうちにだんだん不快になるとともに、釈然としない部分が多くなります。振り返ると、著者による脳内物資の働きと日常の行動との関係の説明などには、かなりの恣意的な部分や拡大解釈が見受けられます。タイトルに「医学」とありながら、さほどの根拠も示さず「これは医学的にも証明されている」で片づけていたりするような傾向が見られ、似非科学、トンデモ本の世界に踏み込んでしまっているかも知れません。

 作家でもありながら(作家でもあるからか?)、人間の性格や行動に対する乱暴な二分法を展開している点も問題があるように感じます。「脳科学」と言うより、著者なりの「女性論」とみるべきでしょうか。「科学」と呼ぶにはあまりに「オーバー・ゼネラリゼーション(過度の一般化)」がなされているように思います。その決めつけぶりに加え、文章にあまり品位が無いこともあり、読んでいて自分と同じようにだんだん不快になってくる人もいるのではとも思われるのですが、すべての人がそう感じるとも限らないものなのかも。結構売れたところを見ると、飲み会の話のネタのレベルで一部には受けるのかもしれません。

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海馬や扁桃体の機能を楽しく知ることができる。

海馬/脳は疲れない.jpg海馬/脳は疲れない (ほぼ日ブックス)』['02年/朝日出版社] 池谷 裕二.jpg 池谷 裕二 氏 (大脳生理学者)

hippocampus.jpg 若手脳研究家の池谷裕二氏とコピーライターの糸井重里氏の、頭のよさや脳の使い方などをテーマとした対談。
 脳科学の本を何冊も読んでしまった人には物足りなさもあるかもしれませんが、自分にとっては、海馬や扁桃体の機能を楽しく知ることができる本でした。

 シナプスをうまく作れない神経細胞は死んでいく(アポトーシス)というのが、免疫システムにおける「自己」を識別できないキラーT細胞がアポトーシスにより死ぬのと似ていて面白いと思いました。

 系統立てて対談が進行しているわけでは無いので、断片的なウンチクしか残らないのですが、自分の脳の可能性はともかくとして(諦めてはいけないか!)、脳の不思議さを改めて感じます。

 【2005年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●脳の中で好き嫌いを扱うのは扁桃体、情報の要不要の判断は海馬(24p)
●区切りのいいところからあと数行書いて休憩をとった方がうまくいく(72p)
●海馬の大きさは小指ぐらい、ネズミの海馬は脳の半分ぐらいを占める(122p)
●海馬が無くなったら新たな記憶を製造できなくなり5分位しか記憶がもたない
●扁桃体の「感情」記憶はより本質的、蛇を怖いと思う→生命を守る(128p)
●海馬は記憶を蓄えるのではなく、情報の要・不要を判断し、他の部位に記憶を蓄える(134p)
●夢は、海馬が行う睡眠中の情報整理(寝ないと1日の記憶ができない)(199p)
●シナプスをうまくつくれない神経細胞は殺される(アポトーシス)(222p)
●モーツァルト「2台のピアノのためのソナタ」聴いたあとIQがあがる(ただし、30分から1時間しか効果は続かない)という研究がある(242p)
●池谷裕二は学部進学のときも大学院進学のときもトップ成績だったが、いまだに九九ができない(261p)-暗記メモリーでなく、経験メモリー

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文学や哲学はいずれ脳科学に吸収されてしまう? 教授自身にまつわる話がかなり面白い。

私の脳科学講義.jpg1私の脳科学講義』.jpg      利根川 進.jpg 利根川 進 博士
私の脳科学講義 (岩波新書)』 〔'01年〕

 ノーベル賞学者(1987年ノーベル生理学・医学賞受賞)であるのに、海外で活躍する期間が長かったゆえに岩波新書にその著作が入っていないのは...ということで、岩波の編集部が口述でもいいからと執筆依頼したかのような印象も受けないではないのですが、本題の脳科学講義もさることながら、利根川教授自身にまつわる話が面白かったです。 

 京都大学では卒業論文を書かなかったとか、バーゼルの研究所で契約切れで解雇されたが居座って研究を続けたとか、英語の同じ単語の発音の間違いを米国育ちの3人の子どもが3歳になるごとに指摘されたとか...。

 今の著者の夢は、自分の研究室からノーベル賞学者を出すこと―。"日本人から"でなく"自分の研究室から"という発想になるわけだ。

 著者の考え方の極めつけは、巻末の池田理代子氏との対談の中の言葉(利根川教授はこの対談の中で、池田氏が40才を過ぎてから音大の声楽科へ入学し(この人、音大に通っている時に、マンションの同じ棟に住んでいたことがあった)、イタリア語を勉強をし始めてモノにしたことを大変に稀なケースだと評価していますが、利根川氏の理論から言うとまんざらお世辞でもないみたい)。
 利根川氏はこの対談の中で次のように述べている―。 

 ―文学や哲学はいずれ脳科学に吸収されてしまう可能性がある、と。

 ほんとにエーッという感じですが、以前、立花隆氏に対しても同じようなことを言っていたなあ(立花氏もちょっと唖然としていた)。
 世界中の脳科学者の中には同じように考えている人が多くいるらしく、一方それととともに、こうした考え方に対する哲学者らなどからの反論もあるようです(知られているところでは2005年に来日した女性哲学者カトリーヌ・マラブーなど)。

《読書MEMO》
●抗体は一種のタンパク質で、B細胞(Bリンパ球)がつくる(26p)/抗体と抗原はいわば鍵と鍵穴の関係(27p)
●バ-ゼル研究所で契約切れで解雇されたが、研究を続けた(30p
●多様性発現とダーウィン進化論の類似(32p)
●カスパロフVS.ディープ・ブルー(54p)
●rice(米)とlice(しらみ)の発音の違いを3歳の子供に指摘される(60p)
●海馬のどの部分に記憶と想起の部位があるかを、ノックアウトマウスで調べた
●夢は自分の研究室からノーベル賞学者を出すこと
●文学や哲学はやがて脳科学に吸収される

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音読・計算ブームの原点となった本だが、他にも読みどころあり。

自分の脳を自分で育てる.jpg 『自分の脳を自分で育てる―たくましい脳をつくり、じょうずに使う (くもん出版)』 〔'01年〕

FMRIscan.jpg '01年に出版されたこの本は、脳の働きを調べるブレーンイメージング研究の成果を通じて、子ども向けに脳の仕組みをわかりやすく伝えようとしたものだったのですが、翌年、『読み・書き・計算が子どもの脳を育てる』('02年/子どもの未来社)が出るや、計算・音読ドリルブームとなりました(料理ドリルまで出た!)。
 結果として、音読や単純計算をしているときは脳が活性化しているということは知られるようになりましたが、他にも興味深いことが結構書いてあります。

 ―右手を開閉させているときは左脳を使っているが、左手を開閉させているときは両脳を使っている。ただし、左利きの人はどちらの場合でも両脳を使っている、
 ―人の顔や風景の記憶は大脳の下部に、動物や植物の名前は脳の後ろのほうにしまわれている、
 といったことなど。脳の不思議を改めて考えさせられる本でもあったのかと。

 しかし、どちらかと言うとこうした点は読み飛ばされ、計算・音読が脳を活性化させる点のみが注目されて、実用的な方向へ大方の関心がいってしまう風潮がやや残念。

《読書MEMO》
●どちらが脳を使う?ゲームと単純計算(内田クレペリン検査)(12p)
●文章を音読すると脳が活発化(30p)
●前頭前野...コンピュータの中のコンピュータ(物事を考えたり覚えたりするときに働く(40p)
●単純計算をする時も左右の前頭前野が活発化(50p)
●ブローカ野...言葉を作り出す働き(58p)ウェルニッケ野...言葉の意味を理解する働き(59p)
●右手の開閉は左脳を使うが、左手は両脳使う→左脳が右脳を助ける(95p)
●左利きの人は常に両脳を使っている(左利きの方が運動に向いてる?)(96p)
●複雑な運動では右利きも両脳使う(98p)
●記憶はどこにしまわれているか→写真を見て知ってる人の顔や風景かどうか答える→どの部分が活性化しているか→顔(側頭葉下部)・風景(側頭葉内面部)・動物・植物(脳の後ろ=視覚野)、記憶を取り出すときに前頭前野が活動、自分自身の記憶(脳の奥深い所(本能に関係するところ)(114-116p)

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人間とは何か。それは脳と遺伝子に尽きる!(養老孟司)

脳+心+遺伝子VSサムシンググレート 2.jpg脳+心+遺伝子.jpg              脳とサムシンググレート 5次元文庫.jpg
脳+心+遺伝子VS.サムシンググレート―ミレニアムサイエンス 人間とは何か』('00年/徳間書店)/『脳とサムシンググレート』 ['09年/5次元文庫(徳間書店)]

 村上和雄(分子生物学)・茂木健一郎(脳科学)・養老孟司(解剖学)の3人の学者の遺伝子・心・脳などについての自説展開と対談をまとめたもので、何だか全員の考えを取り込んだようなタイトル。

 村上氏が遺伝子以外の情報で遺伝子のスイッチがON/OFFとなると言っているのは今や通説です。
 ただ、その遺伝子を支配するものを〈サムシンググレート〉としていることに対して、養老氏は、神を考えたがるのは人間の脳の癖だと冷ややか(?)。
 茂木氏の〈クオリア説〉にも、養老氏は「皆さん、これ納得できる?」みたいな感じです。
 人間を神経系(脳)と遺伝子系という2つの情報系に分けて捉える養老氏の考えが、比較的すっきりしているように思えました。

 随所に興味深い話が多く、公務員であるため上限規制があるという国立大学の学長の給料の話(独立行政法人化され事情は変わった?)なども個人的にはそうだったのですが、話題を拡げすぎて全体にまとまりを欠いた感じもします。

《読書MEMO》
●村上和雄(分子生物学者・筑波大名誉教授)...サムシンググレート(遺伝子を支配している何かがある)。遺伝子以外の情報で遺伝子のスイッチがON/OFに。
●茂木健一郎(脳科学者)...クオリア(脳という物質になぜ感覚が宿るか?)
●養老孟司...人間は神経系(脳)と遺伝子系(免疫系など)の2つの情報系を持つ。当面は2つは違うものとすべき。ヒトゲノムや遺伝子操作の研究は、実は「脳一元論」「脳中心主義」。脳は脳に返せ。
●〔養老〕サムシンググレートは神の類似概念。それを考えるのは「脳のクセ」
●〔村上〕東大や京大の学長の給料なんて知れている。公務員だから(135p)
●〔茂木〕永井均、池田晶子が面白い(242p)
●〔養老〕人間とは何か。それは脳と遺伝子に尽きる(330p)/脳は遺伝子が作ったが、遺伝子から独立しかかっている(338p)

 【2009年文庫化[5次元文庫(『脳とサムシンググレート』)]】

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自己意識=自我、自我=「私」というのは拡大解釈ではないか。

「私」は脳のどこにいるのか.jpg          澤口 俊之.bmp
「私」は脳のどこにいるのか (ちくまプリマーブックス)』 〔'97年〕

 前段の心脳二元論に対する反駁は納得できます。
 本題では、心のシステムにはモデュール性があり、それが脳のどこかの部位と対応していると。"自我モデュール"には「自己制御」と「自己意識」という側面があり、前頭連合野がそれを担っているのではないかと。何故ならば、認知心理学的には、「自己制御」と「自己意識」は、それぞれワーキング・メモリの中枢実行系と情報バッファとして捉えられ、前頭連合野の中心的な働きがワーキング・メモリであるからと。

 ワーキング・メモリを意識の座とする考え方を唱える人は他にもいるかと思いますが、著者は「自己意識」をワーキング・メモリが情報を操作・統合した結果生じるものとし、そのメカニズムを推論しています。このあたりは正直よくわかりませんでした。

 著者の「自己意識とはワーキング・メモリの特殊な状態の一つである」という結論が今ひとつピンとこないのは、一般感覚として「自己意識ってワーキング・メモリの一状態に過ぎないの?」という印象を受けるからです。

 タイトルに著者なりの答えを出している姿勢は買えますが、自己意識=自我、自我=「私」というのは拡大解釈ではないかという気がします。著者なりのア・プリオリな解釈があって、後から理屈がついてくるような感じ。

澤口 俊之 夢をかなえる.jpg 『平然と車内で化粧する脳』('00年/扶桑社)でブレイクし、その後、IQでもEQでもないHQ(=人間性知性、超知性)なる概念を提唱していた著者ですが、'06年勤めていた北大を職員へのセクハラで「辞めさせられ」たりもしています(諭旨免職処分が下る前に自主退職し、本人は無実を主張。但し、'04年にもセクハラで減給処分を受けていた)。今は「脳科学者」と言うより「脳科学評論家」乃至「タレント」?


《読書MEMO》
●「二元論」(脳と心は別)と「一元論」(脳の活動が心)の対立(48p)
●脳の各部位の機能にも階層があり、前頭連合野にこそ
 ◆「自我」(自己意識・自己抑制)の鍵である
  ワーキング・メモリ(中枢実行系[理解・推論・計画...etc.]・音韻グループ・視空間グループ)センター
  がある(134-138p)
 ◆分裂病は、前頭連合野に対するドーパミンの働きの障害が関与する(143p)
  かつては精神分裂病の治療としてロボトミーが行われた

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前半はわかりやすく、後半のニューロンと遺伝子の関係はやや専門的。

脳と記憶の謎200_.jpg脳と記憶の謎.jpg  山元 大輔.bmp 山元 大輔 ・東北大教授(行動遺伝学)(略歴下記)
脳と記憶の謎―遺伝子は何を明かしたか』 講談社現代新書 〔'97年〕

Illustration by Lydia Kibiuk.jpg 冒頭の、「頭の記憶」(陳述記憶)がダメになるアルツハイマーと、「体の記憶」(手続き記憶)がダメになるピック病との対比で、記憶とは何かを述べるくだりはわかりやすいものでした。扁桃体が情動記憶センターだとすれば、海馬は陳述記憶の集配基地であり長期記憶に関わる-この説明の仕方もわかりやすい。

 さらに、短期記憶にも長期記憶にも前頭前野が深く関わっており、記憶の座とは一点にあるものではないことがわかります。ここまでが前半部分。

 後半はニューロンの情報記憶メカニズムに迫りますが、NMDAレセプターがグルタミン酸に結合し、神経細胞を興奮させるイオンチャンネルとして働く...、NMDAレセプターへの刺激により一酸化炭素が発生し、LTP(長期増強)が起こるが、このとき転写を起こす遺伝子群がある...、といったニューロンによる遺伝子の読み出しという考え(多分これが著者の一番言いたかったこと)に至るプロセスは、分子生物学の初学者である自分には、ちょっと難解に感じられました。
 
 本書の前半と後半の難易度にギャップを感じたのは、自分だけだろうか。

《読書MEMO》
●アルツハイマー型痴呆...「体の記憶」(手続き記憶)はOKだが、「頭の記憶」(陳述記憶)はダメ。ピック病は、その逆(ホッチキスで爪を切る...)(28-29p)
●海馬は陳述記憶、扁桃体は情動記憶。海馬がなくても体が反応、ただし自分では覚えていない。扁桃体がないと、覚えているのに感じない(81p)
●《概要》記憶のシステムは筋肉を動かすシステムと同じ刺激=反応で、ニューロンが未知の刺激には電気反応を起さないのに、過去に経験した刺激につては特徴的反応を示すのは、経験済みの刺激だけ通りやすくなっているため

_________________________________________________
山元 大輔(やまもと・だいすけ)
1954年生まれ。東京農工大学大学院修了。米国ノースウエスタン大医学部博士研究員、三菱化学生命科学研究所室長をへて、99年より早稲田大学人間科学部教授、03年より現職。『恋愛遺伝子運命の赤い糸を研究する』(光文社)は、遺伝子の専門知識がない人でも面白く読める本として注目を集めた。そのほかにも『行動を操る遺伝子たち』(岩波書店)など著書多数。

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あくまで一般科学書。フェニミズム論争で引き合いにされるのは不幸。

ここまでわかった!女の脳・男の脳_1.jpgここまでわかった!女の脳・男の脳.jpg 『ここまでわかった!女の脳・男の脳―性差をめぐる最新報告 (ブルーバックス)』〔94年〕

 本書は、男性の脳と女性の脳が医学的に異なることを、アンドロゲン(男性ホルモン)とエストロゲン(女性ホルモン)の作用から考察したものです。著者はこの分野の研究では日本における先駆とも言える人です。 

 ネズミなどの動物実験においても空間認知能力では性差があった(雄ネズミの方が雌より空間認知能力が高い。ただし、アンドロゲンを注入された雌ネズミは、雄に近い方向感覚を持つようになる)という報告や、妊娠中のアカゲザルにアンドロゲンを注射すると、生まれてきたメスザルの遊びの行動パターンがオス型になったとの報告は興味深いものでした。 

 男性の空間認知力は狩猟時代における方向感覚の必要性からきたのではなどの考察から、男らしさ、女らしさや性役割ができあがっていくのにも、生物学的なものが何かかかわっていないのだろうかと問いかけています。

話を聞かない男、地図が読めない女.jpg フェニミズムやジェンダー論争の中で、「ジェンダーフリー教育」などを男女の生得的資質の違いを無視したものだとする保守派論客(例えば林道義・日本ユング研究会会長)らのフェニミズム批判において、本書と『話を聞かない男、地図が読めない女-男脳・女脳が「謎」を解く』('00年/主婦の友社)がよく引き合いに出されます。 

 しかし、『話を聞かない...』は脳科学の専門家の手によるものではなく、フェニミズム批判の意図を込めて書かれた一種の啓蒙書であり、一方本書は、専門家による一般科学書で、ジェンダーについての考察をしているだけで、フェニミズムを直接批判しているわけではありません。
 一緒にフェニミズム批判本として引き合いにされるのは、本書にとっての不幸というか、いい迷惑ではないかと思うのですが。

《読書MEMO》
●男性の空間認知力...狩猟時代における方向感覚の必要性(14p)、ネズミにも同様の性差(ただし、アンドロゲン(男性ホルモン)を注入された雌ネズミは、雄に近い方向感覚を持つようになる(23p)(生後1週間以内での話(59p))
●一卵性双生児の性的志向は似る(同性愛では67%)(104p)
●扁桃体の働きは、前頭連合野に影響する(知性の表現にも男女差)(121p)
●アンドロゲン(男性ホルモン)過剰は、左半球の発達を遅らせ、相対的に右半球が発達することがある

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とりあえず死に際のことを心配するのはやめようという気持ちになった。

臨死体験 上.jpg臨死体験.jpg 臨死体験 下.jpg  Elisabeth Kübler-Ross.gif 
臨死体験〈上〉 (文春文庫)』['00年]/『臨死体験〈上〉 臨死体験〈下〉』(1994/09 文芸春秋) Elisabeth Kübler-Ross

 体外離脱などの臨死体験は、「現実体験」なのか「脳内現象」に過ぎないのか―。著者の基本的立場は脳内現象説のようですが、自分もこの本を心霊学ではなく超心理学の本として読みました。

 石原裕次郎の体外離脱経験、ユングの青い地球を見たという話など面白く、さらに終末医療の権威エリザベス・キューブラー=ロス(1926‐2004)がその著『死ぬ瞬間』('71年/読売新聞社、'01年/中公文庫)の中で書いているという「私は〈プレアセス星団〉まで行ってきました」という話には結構ぶっ飛びました。〈プレアセス星団〉って昴(すばる)のことです(一方で精神科医としてのキューブラー=ロスはターミナル・ケア第一人者であり、同じ『死の瞬間』の中で展開したの「死の受容のプロセス(否認・隔離→怒り→取引→受容)」理論は有名である)。

 臨死体験の内容の共通性はよく知られていますが、日本と海外の違い、経験者の死生観に与えた影響や、電気感受性の高まりなど生理的変化の報告までとりあげられて、「脳内現象」派の人にも興味深く読めると思います。

  心強かったのは、臨死体験の恍惚感に対する脳内麻薬説。
 死の恐怖には"死ぬ瞬間"に対する恐怖の占める比重がかなりあると思いますが、このエンドルフィンの部分を読んで、創造主の意思が働いているかのような不思議さを感じるとともに、とりあえず死に際のことを心配するのはやめようという気持ちになりました。
 それが、この本から得た最大の成果でした。

 【2000年文庫化[文春文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
●体外離脱は脳内現象か現実体験か
●エリザベス・キューブラー=ロス...『死ぬ瞬間』ターミナル・ケア第一人者・精神科医、体外離脱でプレアデス星団へいった????
●レイモンド・ムーディ(医学博士)...『かいまみた死後の世界』'75(文庫上19p)
●ケネス・リング(現実体験説)......『オメガに向かって』 臨死体験者の宗教観の変化→精神的進化論(文庫上263p)
●キルデ(医学博士)...『クオラ・ミヲラ』 自己催眠による体外離脱・自動書記で本を書く・UFOとの出会い、宇宙人に医学検査される
●『バーバラ・ハリスの臨死体験』(立花隆訳)
●体外離脱=石原裕次郎も臨死体験者、ユングは青い地球を見た(文庫上53-57p)
●ユーフォリア...臨死体験中の恍惚感(文庫上129p)
●恍惚感のエンドルフィン説(脳内麻薬物質)...夏目漱石の臨死体験(文庫上131p)
●臨死体験者の電気感受性の高まり(ケネス・リングの報告)(文庫上363p)
●入眠状態での創造性開発:湯川秀樹など(文庫下71p)
●ドッペルゲンガー現象(自己像幻視=もう一人の自分を見る)(文庫下160p)
●前頭葉てんかん等の脳内現象説に対する現実体験説の最後の拠り所→体外離脱しなければ見えないものを見てきた事例←真偽判定

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