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時々手にして、人類存在の神秘、いのちの不思議さに思いを馳せるのもいい。

40億年 いのちの旅.jpg                 人類が生まれるための12の偶然.jpg
40億年、いのちの旅 (岩波ジュニア新書)』['18年]『人類が生まれるための12の偶然 (岩波ジュニア新書)』 ['09年]

 40億年に及ぶとされる、地球における生命の歴史を、いのちとは何か? いのちはどのようにして生まれたのか? どのように考えられてきたのか? というところからその歴史をひもときながら、人類の来た道と、これから行く道を探っった本。

 第1章で「いのち」とは何かをを考え、第2章で、「いのち」の特徴である多様性と普遍性がどのようなものか、それらがゲノム・DNAを通じてどのように発揮されてきたかを考えています。

 第3章では「いのち」の始まりとその後の進化について考え、「いのち」の旅の方向づけに大きな影響を与えた事項・イベントとして、光合成と酸素呼吸の出現や真核細胞の登場、性の出現、陸上への進出など7項目に焦点を当てています。

 後半の第4章、第5章、第6章では、ヒトの過去・現在・未来についてそれぞれ考えています。まず、化石とDNAからヒトの進化の旅を振り返り、次に、地球上で生き物の頂点に君臨する現況を改めて考え、最後に、これからヒトはどのような旅をするのかを考えています。

 こうした学際的な内容のヒトの歴史に関する本では、同じ岩波ジュニア新書に眞淳平著『人類が生まれるための12の偶然』('09年)がありましたが、あちらは宇宙や地球の誕生から説き起こしているのに対し、こちらは40億年前の生命の誕生から説き起こしていることになります。

 また、著者の専門が細胞生化学であることもあってか、細胞内小器官の話など細胞学に関する説明はやや高度な内容を含んでいたように思いますが(と言っても高校の教科書の生物基礎程度の知識があれば何とかついていけるか)、減数分裂における遺伝子の組み換えの説明などは分かりやすい方だったと思います。

 最新の研究成果も織り込まれています。個人的に興味深かったのは、ネアンデルタール人と現生人(ホモ・サピエンス)の関係で、共に約90万年前にアフリカかヨーロッパのどこかで誕生したホモ・ハイデルベルゲンシスを先祖とし、ネアンデルタール人はヨーロッパにいたホモ・ハイデルベルゲンシスから進化したと考えられ、現生人は、20万年前アフリカにいたホモ・ハイデルベルゲンシスから進化したと考えられとのこと。先祖が同じでも、先祖のいた場所が違うのかと。

 陸上に生息する動物の個体数の総重量が一番重いのはウシで、2番目がヒトだが、以下、スイギュウ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、ウマと続くという話も興味深かったです。要するに、これら(ヒト以外)は全部"家畜"であって、ヒトは自分たちが生きるために、膨大な量の生物を飼育しているのだなあと。

 巻末に長谷川真理子著『進化とはなんだろうか』['99年/岩波ジュニア新書]など関連の参考図書が紹介されています。時々この種の本を手にして、人類が存在することの神秘、自分が生まれてきたことの不思議さに思いを馳せるのもいいのではないでしょうか。

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古人類の「容貌」模型のリアルさは圧巻。最新知見による解説が人類史へのロマンを駆り立てる。

人類の進化 大図鑑0 - コピー.jpg人類の進化 大図鑑.jpg人類の進化 大図鑑』['12年] 
(30.2 x 25.6 x 2 cm)

 本書は、まず「霊長類」の章で霊長類の現生近縁種を紹介するところから始まり、次の「人類」の章で、人類を系統的に遡って我々の祖先を紹介(この部分が全体の3分の2)、続く「出アフリカ」の章では、初期人類や現生人類がアフリカを出て世界に広がっていった様子を、最終章「狩猟者から農民へ」では、氷河時代の終わりにかけて変化していく人類の生活と、最後には世界各地で興った古代文明の足跡を辿っています。

人類の進化 大図鑑1.jpg 人類進化のストーリーを一般読者が身近に感じられるようにとの狙いから写真・イラスト・図説が充実していて、本書の編集長で英国の科学ジャーナリストであるアリス・メイ・ロバーツ(Alice Roberts)は、医学、解剖学、骨考古学、人類学に精通したサイエンス・コミュニケーターで、BBCの科学番組などにも出演しているとのこと、とりわけ、「人類」の章に出てくる、古生物を専門とする模型作家オランダのアドリー&アルフォンス・ケネス兄弟による、古代人類13体の容貌の精緻な復元モデルは、今にも動き出しそうなほどのリアリティがあります。

 あまりにリアルであるため、頭髪や体毛などに関して本当にここまで解っているのかなあという疑念はありますが、解剖学や遺伝学の最新の研究成果に考古学などの調査データが加味されていて、監修者の馬場悠男氏(現国立科学博物館名誉研究員)もお墨付きを与えているようです。何よりも、これまでの人類学図鑑にはない「見せる力」があります。

 サヘラントロプス・チャデンシスは、現代考古学において最古のヒトとされていますが、本書で見るサヘラントロプスの容貌は、ほとんどどサルみたいに見えます。実際、サヘラントロプスは、ヒトとチンパンジーの最後の共通祖先と同じ時期に生きていましが、人類の系統樹の中の位置づけについてはまだ不明な点が多いそうです。
 サヘラントロプスと併せて、最初に二足歩行した人類として有力視されているオロリン・トゥゲネンシスや、後の人類の祖先である可能性があるアルディピテクス・ガバダ、1992年に発見された「ラミダス猿人」として知られるアルディピテクス・ラミダス、その他、初期のアウストラロピテクス系の人類の化石や最近の研究知見が紹介されています。

人類の進化 大図鑑 アウストラロピテクス.jpg 続いて登場のアウストラロピテクス・アファレンシスは、現生人類(ホモ・サピエンス)が属するヒト属(ホモ属)の祖先ではないかと考えられていますが、これも同じくサルのように見えると言っていいのでは(特に横顔)。しかしながら、生態図(イメージイラスト)をアルディピテクス・ラミダスのものと比べると、より完全な二足歩行になっていて"人間"っぽい感じ。

アウストラロピテクス・アファレンシス

 続くアイストラロピテクス・アフリカヌス(最初に初期人類として認められ、人類の進化の舞台がアフリカであったことを決定づけた)の容貌も、まだサルみたい...。1990年に発見されたアイストラロピテクス・ガルヒや2008年に発見されたアイストラロピテクス・セディバのなどの頭骨写真も紹介されています。

 次にホモ・ハリバスの登場で、やっと人間らしい容貌になったかなあと。人類で最初に出アフリカを果たした可能性があるホモ・ジョルジグス、現生人類と同じくらいの身長になり、体つきも似てきたホモ・エルガスター、3万年ほど前までアジアに住んでいたと考えられるホモ・エレクトス、スペインなど西ヨーロッパで化石が見つかるホモ・アンテセッソール、ヨーロッパのネアンデルタール人とアフリカの現生人類の最後の共通祖先だったと考えられるホモ・ハイデルベルゲンシス、2003年に発見されたホモ・フロレシエンシス―と、この辺りにくるとどんどん現生人類に近くなってきます。

『人類の進化 大図鑑』.jpg そして登場するのが「ネアンデルタール人」ことホモ・ネアンデルタレンシスで、最も新しい遺跡はジブラルタルで見つかっているが、どうして絶滅したのかはまだ謎であるとのこと。ある本には、ネアンデルタール人が床屋にいって髪を整え、スーツを着てニューヨークの街中を歩けば、誰もそれがネアンデルタール人であることに気が付かないであろうと書いてあった記憶がありますが、復元された容貌を見ると確かに。そして最後に、ホモ・サピエンスの登場―人類系統樹の中で唯一生き残った枝であり、最初は黒人しかいなかったわけだ。

[表紙中]サヘラントロプス・チャデンシス/[表紙右]ホモ・ネアンデルタレンシス

 この章で感じたのは、これまで図鑑などで古代人類の頭骨の化石や模型ばかり見てきて、具体的な容貌については勝手にそこに「人間の皮」を被せたイメージを抱いていたのですが、前半の方はかなりサルに近いなあということ。考えてみれば、いきなり現生人類が登場したわけではないので当然と言えば当然ですが、サルからヒトへの進化の中での「容貌」の変化にもグラデュエーションがあったということに改めて思い当りました。

『人類の進化 大図鑑』3.jpg 「出アフリカ」の章では、最後にオセアニアに至る人類移動(ロコモーション)全体を扱っていますが、この章も図説が多く、写真も豊富で分かり良いです(初期人類の出アフリカは200万年前、ホモ・サピエンスの出アフリカは8万年前から5万年前としている)。

 そして最後の「狩猟者から農民へ」の章では、後氷期から、狩猟生活から農耕生活への変遷、農業・金属加工・交易などの進歩・発展、国家や文明の興隆など、最後は中国の商王朝やメソアメリカのオルメカ、アンデスのチャビン文化まで紹介して終わっています。

 模型により復元された人類の「容貌」の変遷は本書の「目玉」であるかと思いますが、全体を通して、形態学的観点からだけでなく、各古代人類の生態・生活・文化などに関しても、最新の知見に基づく詳細な解説がなされていて、そのことが一層人類史へのロマンを駆り立てる本であり、やや値段は張るけれども、できれば手元に置いておきたい一冊です。

《読書MEMO》
●目次
●過去を知る〈UNDERSTANDING OUR PAST〉(マイケル・ベントン)
 過去へ/地質記録/化石とは何か/祖先を探す/考古科学/骨片をつなぎ合わせる
 /骨に生命を吹き込む/復元/行動を読み解く
●霊長類類〈PRIMATES〉(コリン・グローヴズ)
 進化/分類/最古の霊長類/新世界ザル/初期類人猿と/旧世界ザル/現生類人猿/類人猿とヒト
●人類〈HOMININS〉(ケイト・ロブソン・ブラウン)
 人類の進化/人類の系統樹
 /サヘラントロプス・チャデンシス
 /オロリン・トゥゲネンシス
 /アルディピテクス・カダバ
 /アルディピテクス・ラミダス
 /アウストラロピテクス・アナメンシス
 /アウストラロピテクス・バールエルガザリ、ケニアントロプス・プラティオプス
 /アウストラロピテクス・アファレンシス
 /アウストラロピテクス・アフリカヌス
 /アウストラロピテクス・ガルヒ、パラントロプス・エチオピクス
 /パラントロプス・ロブストス、アウストラロピテクス・セディバ
 /パラントロプス・ボイセイ
 /ホモ・ハビリス
 /ホモ・ジョルジクス
 /ホモ・エルガスター
 /ホモ・エレクトス/ホモ・アンテセッソール
 /ホモ・ハイデルベルゲンシス
 /ホモ・フロレシエンシス
 /ホモ・ネアンデルタレンシス
 /ホモ・サピエンス
 /頭部の比較
●出アフリカ〈OUT OF AFRICA〉(アリス・ロバーツ)
 人類の移動経路/遺伝学が解き明かす移動経路/初期人類の移動経路
 /最後の古代人/新しい人類種の出現/東方への沿岸移動/ヨーロッパへの移住
 /ヨーロッパのネアンデルタール人と/現生人類/北アジアと東アジア/新世界/オセアニア
●狩猟者から農民へ〈FROM HUNTERS TO FARMERS〉(ジェーン・マッキントッシュ)
 後氷期/狩猟採集民/岩面美術/狩猟採集から食糧生産へ/西アジアと南アジアの農民
 /ギョベクリ・テペ/アフリカの農民/東アジアの農民/ヨーロッパの農民/南北アメリカ大陸の農民
 /動物の有効利用/工芸の発達/金属加工/交易/宗教/ニューグレンジ/最古の国家群
 /メソポタミアとインダス/ウルのスタンダード/エジプト王朝時代/中国の商王朝/アメリカの諸文明
●用語解説/索引/出典

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内容は高度だが、"図鑑"並みに豊富な写真・図説とトッピク主義の編集で、一般読者も楽しめる。

ビジュアル版人類進化大全1.jpg ハードカバー  ビジュアル版人類進化大全3.jpg 原著 ビジュアル版人類進化大全2.jpg 改訂普及版['12年]
ビジュアル版人類進化大全』 (25.8 x 19.6 x 2.6 cm、240p) "The Complete World of Human Evolution (The Complete Series)"『人類進化大全―進化の実像と発掘・分析のすべて』 (25.2 x 19.4 x 2.2 cm、239p)

 ロンドン自然史博物館の研究者ら(人類学者と古生物学者)による本書(原題:The Complete World of Human Evolution、2005)は、今日まで多くの学者らによって研究されてきた人類学の様々な領域を、霊長類、考古学、発掘の基礎、哺乳類の研究、古人骨、解剖学、遺伝子など様々な分野に渡って振り返り、併せて、世界を驚かした新たな発見の物語を、その学問的な意味と共に解説していいます(日本語版の翻訳は、国立科学博物館人類研究部長の馬場悠男氏(現国立科学博物館名誉研究員)ら)。

 第Ⅰ部「私たちの先祖を求めて」では、人類進化のあらゆる段階の分析に重要となるいくつかの一般的トッピクスが紹介されており、化石や人工遺跡が発見される現場の状況を写真等で見せ、遺跡調査のヒストリーを追うと共に、化石が発掘された環境や、地質年代、化石年代の決定方法、化石種の変異の重要性などにも触れていますが、単にヒトの祖先がどのような姿であったかだけでなく、彼らがどのように様々な適応を獲得してきたか、その中から誰がどのようにして我々のようなヒトに進化してきたかを、最近の知見をもとに探っています。

 第Ⅱ部「化石から進化を探る」では、化石証拠により類人猿とヒトが属する霊長類の起源に遡り、類人猿とヒトを含むヒト上科(ホミノイド)の進化を辿っていますが、ホミノイドがサル類と分岐したのが2000万年少し前で、1500万年前の化石類人猿はホミノイドの系列にあり、1200万年前にオラウータン科とヒト科が分岐したのは確かであるとのこと、しかし、最新の研究に拠っても、その後の、ユーラシアにおける1500万年~700万年前、アフリカにおける1200万年~800万年前の間は化石記録に空白があり、チャドやケニアで出土したホミノイドの化石によって、700万年前から再びヒトの歴史が始まるというのが人類学の構図になっていることが窺えます。

 第Ⅲ部「化石証拠の解釈」では、ここまで人類進化の化石証拠と、それらが発見された環境状態について述べてきたのに対し、人類進化に関する全ての証拠を解釈することを目的に、両者を統合的に考察しており、まず人類の進化を決定づけたロコモーション(移動)について、更に、重要な食性適応などについて述べられていますが、まだ明確には解っていないものの、想定される人類の祖先は疎林環境に生息していたと推定され、但し、環境は変化に富み、多様だったため、狭い地域に状況の異なる生息地があったと考えられ、これらの環境条件を考慮したうえで、化石類人猿や化石人類のロコモーション適応や食性適応を解釈することで、人類進化の特異なパターンを浮き彫りにしています。

 「基本書」とは言え研究者の中にも愛読者がいるというほど専門的な内容でありながらも、ヴィジュアル版との名の通り、豊富な写真やイラスト、図説を楽しみながら読め(写真や図説で文章と同じくらいのスペースを割いているため、「図鑑」と言っていいくらい)、また、2ページから4ページ単位の項目(トピック)主義で編集されているため、自分が関心があるところから読めるという、そうした点では、一般読者に配慮された"優れもの"の本です。
 
 良書ですが、写真・図版の多用と内容の専門性から値段が張るのがやや難かと思っていたら、昨年['12年]改訂普及版が出て、定価12,600円が6,090円(各税込)になり、多少は求め易くなりました。

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人類移動史(ロコモーション)に力点。「最初のアメリカ人」「最初のオーストラリア人」が興味深い。

人類大移動 アフリカからイースター島へ.jpg人類大移動 アフリカからイースター島へ (朝日選書)』(2012/02)

人類の移動誌:進化的視点から.jpg 人類の地球規模での移動をテーマに7人の専門家が分担して書いており(各章末のコラムも含めると12人)、異分野ですが先に読んだ『地球外生命 9の論点―存在可能性を最新研究から考える』('12年/講談社ブルーバックス)が、佐藤勝彦氏が機構長を務める大学共同利用機関法人「自然科学研究機構」の編による8人の専門家らによる"オムニバス論文"のような形式だったように、本書に論考を寄せている専門家の何人かは大学共同利用機関法人「国立民学博物館」のメンバーで、編者の印東道子氏は、同館の共同研究プロジェクト「人類の移動誌:進化的視点から」の代表者であり、本書には'09年から'12年までのその研究成果も反映されているようです。

大学共同利用機関法人国立民学博物館 共同研究プロジェクト「人類の移動誌:進化的視点」

 類人猿から分かれて700万年前に二足歩行を開始した人類が、 故郷アフリカを出る旅により進化を重ね、極寒のシベリアを越えアメリカ大陸最南端へ、更に太平洋の島伝いにイースター島までにも広がった経緯を、分かり易い文章と多くの図版で解説し、その中で各専門分野に沿って、ネアンデルタールとクロマニョンの出会いはあったのか? 日本列島にはどのように渡ってきたのか?といったテーマを取り上げるとともに、その切り口も、遺跡調査や、人骨・DNA分析など、人類学、考古学、遺伝学など多岐にわたる視点からの考察となっています。

 執筆者と執筆担当内容は次の通り。
  赤澤 威「ホモ・モビリタス700万年の歩み -- ホモ・モビリタスの歩み」(1章)
  海部陽介「アジアへの人類移動―人類のアジア進」(2章)
  関 雄二「最初のアメリカ人の探求―最初のアメリカ人」(3章)
  印東道子「海を越えてオセアニアへ―人類のオセアニア進出」(4章)
  斎藤成也「DNAに刻まれたヒトの大移動史―遺伝学から何をさぐるか」(5章)
  西秋良宏「新人に見る移動と現代的行動―本格的な移動はどうやってはじまったか」(6章)
  赤澤 威「ネアンデルタールとクロマニョンの交替劇」(7章「移動と出会い―異なる文化段階の集団はどんな出会いをしたのか」1節)
  松本直子「縄文人と弥生人」(7章2節)
  印東道子「オセアニアの狩猟採集民と農耕民」(7章3節)
  山極寿一「ヒトはどのようにしてアフリカ大陸を出たのか―ヒト科生態進化のルビコン」(8章)

 『地球外生命 9の論点』が、内容が執筆者の各専門分野ごとの独立した論考になっていて、横の連関が弱かったのと比べると、こちらは、人類を「動く人=ホモ・モビリタス」と捉え、人類の地理的拡散にとりわけ焦点を当てているため、各論考が比較的スムーズ繋がっているように思いました。

 個人的には、比較的多くのページが割かれている、関雄二氏の「最初のアメリカ人の探求―最初のアメリカ人」と印東道子「海を越えてオセアニアへ―人類のオセアニア進出」が興味深く読めました。

人類が最初にシベリアからアメリカ大陸に渡ったのは、両大陸が「ベーリンジア陸橋」で繋がっていた1万1500年以上前の「氷期」で、渡った後に米大陸を南下する際には、南極氷河ほどもある氷河と別の氷河の隙間の、1万2000年前以降に出来た「無氷回廊」を渡っていったと考えられるので、「無氷回廊」の形成と移動を研究し、何時ごろその"通り道"が人類が渡り易い位置に来たかを推定し、考古学的証拠と突合せれば、人類がアメリカ大陸を南下し始めた時期が推定されるわけです(この考えだと1万2000年前ということになる。しかし、考古学的証拠と突合せることによって、それより以前に海路で米大陸の西海岸ルートを通ったのではないかという新たな説も出てきたりして、そう簡単に全てが解明されるわけではないのだなあと。いずれにせよ、人類700万年の歴史で、アメリカ大陸の「発見」は僅か1万数千年前のことであるというのが興味深い)。

人類の移動誌:進化的視点2.png また、4万5000年前にマレー半島からボルネオにかけて地続きだった頃(スンダランド)、オーストラリアもニューギニアと地続きで(サフル大陸)、但し、スンダランドとサフル大陸の間には"海"があり、海面が現在より120メートル低かった1万2000年前でさえ、島嶼伝いに行っても最大70キロの海があり、これをどう渡ったについても、北ルート(カリマンタン島・スラウェシ島経由)と南ルート(フローレス島・東ティモール経由)が考えられるということです(更に、メラネシアへの移動に際して家畜動物を連れて移住した人々もいたらしく、その進化から人類の移動史を推察するという方法論も興味深い)。

 一見、専門的過ぎると言うか、一般読者にとっては"マニアック"なテーマに思えなくもないですが、この「最初のアメリカ人」と「最初のオーストラリア人」というテーマは、クリス・ストリンガーらの『ビジュアル版 人類進化大全』('08年/悠書館)の中でも取り上げられており(本書と同じく各2ルートが示されている)、人類移動(ロコモーション)研究における近年の注目テーマであるようです。

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2010年までの先史人類学史の最先端。但し、まだ全体の1割ぐらいしか分かっていない?

ヒトの進化 七00万年史.jpg                       人類進化99の謎.jpg  人類進化の700万年.jpg
ヒトの進化 七00万年史 (ちくま新書)』['10年] 河合 信和 『人類進化99の謎 (文春新書)』 ['09年] 三井 誠 『人類進化の700万年―書き換えられる「ヒトの起源」 (講談社現代新書)』['05年]

 同じようなタイトルでの本で、人類学者の三井誠氏の『人類進化の700万年』('05年/講談社現代新書)を読んだ後に、科学ジャーナリストである著者の前著『人類進化99の謎』('09年/文春新書)を読んで、そちらはQ&A形式の入門書で、分かり易かったけれども、まあ、「入門の入門」という感じだったかなと。それで、今度も易しいかなと思って本書を読んだら、三井誠氏の『人類進化の700万年』よりも専門的で、結構読むのが大変でしたが面白かったです。

ラミダス猿人の化石人骨.jpg 冒頭で、700万年の人類の進化史には、①サヘラントロプスなど初期ヒト属の誕生(700万年前)、②初期型ホモ属(アフリカ型ホモ・エレクトスなど)の分岐(250万年前)、③ホモ・サピエンスの出現(20万年前)の3つの画期があったとし、本書前半部分は、700万年前から数十万年前までのホミニン(ヒト属)の発見史となっており、後半部分はネアンデルタール人やホモ・サピエンス(現生人類)を主に扱っており、三井誠氏の『人類進化の700万年』と比べると、"始まり部分"と"直近部分"が詳しいという印象。

ラミダス猿人(通称アルディ)の化石人骨(「Science」誌2009年10月2日)

 第1章(700万~440万年前)では、ラミダス(440万年前)と最古の三種(サヘラントロプス、ガタッパ、オロリン)について解説されており、「アルディ」と名付けられたラミダス猿人(アルディピテクス・ラミダス)のは発見には、日本人人類学者の諏訪元氏も関わっていたのだなあと。チンパンジーやゴリラとの最大の違いは、一雄一雌の夫婦生活を送っていたと考えられることらしいです(ホミニンであるということを定義する条件は「直立二足歩行」であるが、二足歩行と一夫一妻制の関係については、三井氏の著書に面白い考察がある)。

アファール猿人.jpg 第2章(350万~290万年前)は、アファール猿人(350万年前)についてで、アウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)の脳の大きさは現生人類の3分の1程度ですが、既に人類固有の成長遅滞(脳がまだ小さいうちに産み、ゆっくりと時間をかけて育てる)の形跡が見られるそうです。

アファール猿人

 第3章、第4章では、東アフリカでの人類進化(420万~150万年前)、南アフリカでの人類進化(350万~100万年前)、の研究の展開を解説し。このあたりは、人類学者たちの発見競争のドラマにもなっています。

 第5章では、ホモ属の登場と出アフリカ(200万~20万年前)を扱っており、 人類進化の第2の画期が、約250万年前にホミニンの中からホモ属が分岐したことになるわけですが、初期ホモ属の起源と考えられるのはエチオピアで発見されたアウストラロピテクス・ガルヒであり、250万年前には、「オルドワン文化」と呼ばれる石器文化を形成していた形跡があり、200万年前にアフリカ型ホモ・エレクトスに進化し、その一部が「出アフリカ」を果たしたと考えられるとのこと、古生物学者は、石器によって肉食が容易になったことが、脳の大型化に繋がったとみているとのことです。

 第6章(40万~28万年前)では、現生人類(ホモ・サピエンス)の出現(20万年前)とネアンデルタール人の絶滅を扱い、ホモ・サピエンスの登場もアフリカでのことであり、彼らは更なる脳の大型化によって先の尖った繊細な石器を作り、長距離交易をするようになったが、それには相当の時間がかかったとみるのが妥当で、ホモ・サピエンスの「出アフリカ」は6万年前と考えられ、既にヨーロッパに居たネアンデルタール人と約1万数千年共存していたが、ネアンデルタール人の方が、文化的に進歩したホモ・サピエンスに圧倒されて滅びたのであろうと。

 このあたり来ると、形状的な進化の話だけではなく、象徴や言語、コミュニケーションといった人間的な進化についての近年の研究による知見も織り込まれてきます。

ホモ・フロレシエンシス.jpg こうして要約すると、人類進化の歴史がスムーズに繋がっているように見えますが、実際には詳細において不明な点は多々あり、また、最終第7章(100万~1.7万年前の)の「最近まで生き残っていた二種の人類」の中で紹介されているように、2003年にインドネシアの離島フローレス島で化石が発見された1.7万年前のホモ属と考えられるホモ・フロレシエンシスのように、その発見によってそれまでの人類学説をひっくり返してしまうような出来事も起きています(身長が1メートルそこそこしかない低身長だった。本書では、「ホモ・フロレシエンシス=アフリカ型ホモ・エレクトスの子孫」説を支持)。

サイエンスZERO 「衝撃の発見 身長1m 小型人類の謎」 (NHK教育/2009年10月17日放送)
   
 本書によれば、先史人類学史の解明状況は、ジグソーパズルで言えば300ピースのうち手元にあるのは30ピースぐらいであろうと。本書が刊行された'10年も"発見ラッシュ"の年だったようで、また新たな発見で、「(現在のところ)700万年」の人類学の歴史が、今後も大きく書き換えられる可能性があることを示唆しています。

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「人類の進化史」の部分はコンパクトな入門編。「日本人のルーツ」の部分は"新たな知見"。

アフリカで誕生した人類が日本人になるまで0_.jpg『アフリカで誕生した人類が日本人になるまで.jpg 溝口優司 アフリカで誕生した人類が日本人になるまで.jpg [新装版]アフリカで誕生した人類が日本人になるまで.jpg
アフリカで誕生した人類が日本人になるまで (ソフトバンク新書)』(2011/05)[新装版]アフリカで誕生した人類が日本人になるまで (SB新書)』(2020/10)

 「人類の進化史」全般と「日本人のルーツはどこから来たか」という2つのテーマを時系列で繋げて1冊の新書に収め、しかも200頁弱という、超コンパクトな入門書です。

 「第1章:猿人からホモ・サピエンスまで、700万年の旅」「第2章:アフリカから南太平洋まで、ホモ・サピエンスの旅」「第3章:縄文から現代まで、日本人の旅」の3章構成で、章立てからも窺える通り、大体、前3分の2が人類の進化史で、後の3分の1が日本人の起源といった構成です。

 第1章では「猿人」の定義から始め(すでに「猿人-原人-旧人-新人」という区分の仕方は日本だけでしか通用しないものになっているが、分かり易さを優先させてこれを用いている。こうした解説方法は類書にも見られる)、最初の猿人である700万年前のサヘラントロプスからホモ・サピエンスの登場に至るまでの歴史が説明されていますが、ある程度この分野の本を読んだ人にとっては殆ど"おさらい"的と言っていい内容。

 第2章では、10数万年前にアフリカで生まれたホモ・サピエンスいつどのようにしてアフリカを出て、オーストラリア大陸に渡ったか、或いはまた太平洋の島々に到達できたのかが解説されていますが、生物分布の境界線として知られるマレー半島とオーストラリア大陸の間の「ウォーレス線」を3万年以上前に超えることが出来た理由として、当時の気候と海面の高さがに注目しており、また、イスラエルの地でのネアンデルタール人とホモ・サピエンスの興亡の運命を分けたのは寒冷地適応であったことを、形質学的観点から解き明かしています。

 最終章の第3章では、日本列島への人類の進出の歴史を解き明かしており、中国大陸と琉球列島が陸続きであった時代に琉球に最初のホモ・サピエンスが移住し、やがて1万3000年かけて次第に生息地域を九州から本州に広げ、縄文文化を拡げたが、今から3000年ほど前により寒冷地適応度の高い新しいタイプのホモ・サピエンスが日本列島に移住してきて、先住の縄文人との「置換に近い混血」がなされて弥生文化を形成したのが弥生人であると。

 全体に著者の専門である形態学的形質の比較研究の成果が反映されていて、一方、DNA比較などの視点は補完的に用いられているにとどまり、但し、人類が他のほ乳類と異なり、唇が厚く女性は乳房が膨らんでいるのはなぜかということについて、「唇は性器の、乳房は臀部の擬態である」といった興味深い説も紹介されていますが、分かり易い内容だけに(ナックル・ウォーキングの時にはよく見えていた性器が、直立すると見えにくくなったため、性的な信号発信を代替するために唇が厚くなり、胸が膨らんだと)、この辺りを信憑性の高い学説として読めばいいのかエッセイとして読めばいいのか、正直やや戸惑いました。

 ハワイ出身の力士などにその典型例を見るように、熱い地域に住む人々は小さくて手足が細長いというベルクマンの法則やアレンの法則に反して熱帯ポリネシアの人々が大型で丸い体型をしているのはなぜかについても、これは、陸上より気温の低い海上を日数をかけて往く南洋航海で次の島に辿り着くには、そうした寒冷地適応型の体型の方が向いていたからだというのも、何だか人に話したくなるような興味深い説明ではありますが...。

 但し、第2章の「ウォーレス線」超えから第3章にかけては、著者がプロジェクト・リーダーを務めた「更新世から縄文・弥生期にかけての日本人の変遷に関する総合的研究」('05-'10年)の成果がふんだんに盛り込まれており、DNA分析をも行い、まだ幾つかの矛盾点や未解明の部分があるとしながらも、新しい研究成果が反映されていると思われました(この部分は「入門書」のレベルを超えて、「新たに得られた知見」乃至は"仮説"と見るべきか)。

 本書に対して形質学に偏っているとの批判もありますが、個人的には、人類の進化史についてのおさらい本としてエッセイのように読み易く、その上"新たな知見"も得られたという点では良かったです。

【2020年新装版】

《読書MEMO》
●「更新世から縄文・弥生期にかけての日本人の変遷に関する総合的研究」で得られた新知見〔溝口(2010)より溝口氏自身が改変〕
本プロジェクト研究で得られた新知見〔溝口(2010)より改変〕.jpg①アフリカで現代人(ホモ・サピエンス)にまで進化した集団の一部が、5~6万年前までには東南アジアに来て、その地の後期更新世人類となった。
②③次いで、この東南アジア後期更新世人類の一部はアジア大陸を北上し、また別の一部は東進してオーストラリア先住民などの祖先になった。
④アジア大陸に進出した後期更新世人類はさらに北アジア(シベリア)、北東アジア、日本列島、南西諸島などに拡散した。シベリアに向かった集団は、少なくとも2万年前までには、バイカル湖付近にまでに到達し、寒冷地適応を果たして北方アジア人的特徴を得るに至った。日本列島に上陸した集団は縄文時代人の祖先となり、南西諸島に渡った集団の中には港川人の祖先もいたと考えられる。
⑤さらに、更新世の終わり頃、北東アジアにまで来ていた、寒冷地適応をしていない後期更新世人類の子孫が、北方からも日本列島へ移住したかもしれない。
⑥そして、時代を下り、シベリアで寒冷地適応していた集団が東進南下し、少なくとも3000年前までには中国東北部、朝鮮半島、黄河流域、江南地域などに分布した。
⑦⑧この中国東北部から江南地域にかけて住んでいた新石器時代人の一部が、縄文時代の終わり頃、朝鮮半島経由で西日本に渡来し、先住の縄文時代人と一部混血しながら、広く日本列島に拡散して弥生時代以降の本土日本人の祖先となった。

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たいへん分かり易い入門書。興味を惹く図説や記述が多かった。

人類進化の700万年.jpg人類進化の700万年2.jpg['05年] 人類の進化史 埴原和郎.jpg['04年]
人類進化の700万年―書き換えられる「ヒトの起源」 (講談社現代新書)』 埴原和郎『人類の進化史―20世紀の総括 (講談社学術文庫)』 
人類進化の系統樹.gif
 ややアカデミックな埴原和郎著『人類の進化史-20世紀の総括 』('04年/講談社学術文庫)のすぐ次に読んだということもありますが、たいへん分かり易い入門書でした。個人的には、学術文庫の復習を本書でするような形になりましたが、こちらを先に読んで、それから学術文庫の方を読むという読み方でもいいかも。

 '05年の刊行であるるため、タイトルからみてとれるように、'02年に発見された700〜600万年前の人類化石"サヘラントロプス・チャデンシス"の発見は織り込み済みで、それを起点に、「猿人→原人→旧人→新人」という進化の過程に沿って解説しています。

 この「猿人・原人・旧人・新人」という区分は必ずしも絶対的な時系列にはなっておらず(同じ時代に複数の"人類"がいた)、また、ホモ・ハビリスのように「猿人」と「原人」の中間に位置する人類もいたりするため、欧米では現在はあまり使われなくなっているようですが、「猿人・原人・旧人・新人」といった枠を外して個々の"人類"名を全てカタカナで表記するだけだと分かりづらいため、敢えて、旧来の「猿人・原人・旧人・新人」という言葉を用い、例えばホモ・ハビリスはホモ・エレクトスと同じく「原人」としてグループ化するなどして、読者が概念把握し易いように配慮しています。

 「直立二足歩行」は「犬歯の縮小」とともに、人類誕生初期からの特徴であるとのことですが(脳の大型化や言語の使用などはずっと後のこと)、なぜ人類が直立二足歩行を始めたのかは大きな謎であるとのことです。この問題についての諸説が紹介されていますが、オスがメスに対し、より多くの食糧を運び易いようにするためそうなったという説が有力であるというのが興味深いです。

 但し、進化には目的があるのではなく突然変異から起きる、という法則に沿ってこれを正確に言うならば、「オスは、メスに食糧を運ぶために二足歩行に適した体に進化し、繁殖機会を増やした」のではなく、「二足歩行が出来るように進化した人類のオスは、メスに食糧を運ぶことで繁殖機会を増やした」となると。

アフリカ単一起源説による人類進化.jpg 「新人」に関しては、ネアンデアルタール人(ホモ・ネアンデアルターレンシス)とクロマニヨン人(ホモ・サピエンス)の関係などを図説でもって分かり易く解説していますが、形態的な進化の過程を探るだけでなく、"おしゃれ"の始まりなどの「心の進化」の過程や、農耕、家畜の飼育、飲酒などの習慣がいつ頃から始まったのかを解説し、また我々にとって興味深い「日本人の起源」についても考察していますが、こと後者については、遺伝子情報から解析すると相当複雑で、単に「南から来た」とか「北から来た」といった二者択一的な解答を出すのは難しいようです(このテーマについては、篠田謙一『日本人になった祖先たち-DNAから解明するその多元的構造』('07年/NHKブックス)により詳しく解説されている)。

 化石の年代測定法(放射性同位元素による方法など)や、遺伝子情報学についても、概説とは言え、相当のページを割いているのも本書の特徴であり、また、魚類から両生類や爬虫類、鳥類にかけての進化の過程では色覚を持っていたのに、哺乳類はなぜ色盲になってしまい、またそれが人類になって復活したのはなぜかといった考察も興味深いものでした。

《読書MEMO》
●なぜアフリカだったのか(アフリカの類人猿(チンパンジー等)は人類に進化したのに、アジアの類人猿(オランウータン等)はなぜ進化しなかったのか)
⇒アフリカでは急激な乾燥化が起こり、木から下りる必要が生じたが、アジアの熱帯林は豊かで樹上生活を続けることができたため(60‐61p)
●人類がアフリカを出たのは180万年前(2002年にグルジアで化石が発見された。脳の大きさは600ccで初期原人に及ばない)。人類は誕生してから500万年間、アフリカで生きていた(92‐94p)
●東アジア(北京周辺)到達は166万年前(97‐98p)
●4万〜3万年前のヨーロッパには、ネアンデルタール人と現生人類(クロマニョン人)が共存していたらしい。但し、混血は無かった(126‐128p)
●恐竜全盛時代、多くの哺乳類は夜行性 ⇒ 色覚が退化(221‐222p)
●ミルクを飲むのは哺乳類の子どもだけ ⇒ 人類は遺伝子の突然変異で大人でもラクトース(乳糖)が分解できるようになった(今でもミルクが苦手な人がいる)(230p)

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詳しく書かれていて、且つ分かり易い。解説書でありながら、ロマンを掻き立てられる。

人類の進化史 埴原和郎.jpg   人類の進化.jpg  東京大学名誉教授 埴原 和郎(はにはら かずろう).jpg 埴原和郎(はにはら かずろう)
人類の進化史―20世紀の総括 (講談社学術文庫)』['04年] 『人類と進化 試練と淘汰の道のり―未来へつなぐ500万年の歴史』 ['00年]

 本書の著者である人類学者の埴原和郎(1927-2004/享年77)東大名誉教授が1991年に提唱した日本人の起源についての「二重構造論」(東南アジア系の縄文人が居住していた日本列島に、東北アジア系の弥生人が流入して混血して現在に至っているという説)は、発表当初は多くの批判を浴びましたが、「日本人の重層性」という考えは、今は主流の学説になっています。

 本書は、その埴原博士が人類の進化史全般について解説したもので、『人類と進化 試練と淘汰の道のり―未来へつなぐ500万年の歴史』('00年/講談社)を底本とし、学術文庫に収めるにあたって、'00年以降'04年までの人類学の新たな成果が書き加えられています(結果的に学術文庫の方が単行本よりややページ数が多くなっている(321p→334p))。

 「章立て」を見てもわかりますが、テーマごとに年代を区切り、500万年前に二本足で直立歩行する猿人が出現し、それが現代型ヒト(サピエンス)に進化していくまでが丹念に解説されていて、詳しく書かれているだけでなく、文章もたいへん読み易いものであり、もともと形質人類学者なので、形質(骨)に関する記述は特に丁寧ですが、それだけでなく、遺伝(分子生物)学・地球環境学など広範な学問領域の研究成果が織り込まれています。

「新人アフリカ単一起源説」に基づいて描いた新人(現代型サピエンス)の拡散
「新人アフリカ単一起源説」.jpg 個人的には、やはり、人類の「出アフリカ」の解説部分が特にロマンを掻き立てられましたが、猿人から原人にかけての進化がアフリカで起こり、エレクトス原人のグループが初めてアフリカを出たのが100万年以上前だったと考えられるとのことで、現代人はアフリカからヨーロッパ、アジアに渡った原人の子孫であるという「多地域進化説」が当初は優勢だった―ところが、そこへ、「イブ説」という「全ての現代人(サピエンス)は、およそ20万年前にアフリカで生きていたあるグループの女性の子孫だ」という遺伝子学からの学説が出てきて、様々な修正を加えられながらも現在では「単系統進化説」が優位学説であるとのこと。

 また、本書では、ネアンデルタール人についての記述が特に詳しく、ネアンデルタール人は、30万年前に原ネアンデルタール人が出現し(祖先はハイデルベルゲンシス原人ではないかと考えられているが、この原人の"故郷"がどこかについてはアフリカ説、ヨーロッパ説など諸説ある)、寒冷気候に適応しながらヨーロッパと西アジアの全域に分布していったにも関わらず3万年前までには全て絶滅してしまったとのことですが、その間に、後に「出アフリカ」を果たしたホモ・サピエンスとの間に、"交流"はあったが"混血"は無かったとのことです。

 文庫化にあたって書き加えられた4年間の人類学の研究・発見成果だけでも様々なものがありますが、とりわけ、最古の人類化石サヘラントロプス・チャデンシスの発見により人類の起源が一気に200万年も以前に遡ったことは画期的であり、他書なども併せ読むとよりよく分かりますが、猿人・原人の細分化が近年特に進んでいるように思えます。

 また、底本の段階で既に触れられてますが、「多地域進化説」が必ずしも全否定できないものとなってきていることが窺えるのが興味深く、一方で、アフリカで起きたサピエンスが、コイサンとニグロイドといった分化だけでなく、アフリカ内部においてもかなりの多様性を持ったものであったと推察されること(黒人しかいなかったわけではない)も、近年の研究成果として注目していいのではないかと思います。
 日本人の起源についての著者の「二重構造論」についても、それまで述べてきた人類全体の進化史の流れの中で分かり易く解説されていて、解説書でありながらも読みどころ満載という感じです。

埴原和郎2.png 学術文庫刊行と時同じくして著者は肺がんで亡くなっていますが、生前からダンディな合理主義者で知られ、遺言により供花・香典を固辞し会葬を執り行わなかったこと、その死がマスコミにより報じられたのは、近親者による密葬が終わった後でした。

《読書MEMO》
●章立て
第1章 サルからヒトへの関門(‐500万年前ごろ)
第2章 生き残りをかけた猿人たちの選択(500万‐100万年前ごろ)
第3章 文化に目覚めたヒトの予備軍(250万‐23万年前ごろ)
第4章 直立したヒト、アフリカを出る(170万‐20万年前ごろ)
第5章 少しずつ見えてきた現代人への道すじ(60万‐23万年前ごろ)
第6章 氷期に適応したネアンデルタール人(20万‐3万年前ごろ)
第7章 多様化していく現代型のヒト(20万‐2万年前ごろ)
第8章 集団移動と混血をくり返しながら(3万‐1万年前ごろ)
第9章 ついに太平洋を越えて(4万年前ごろ‐)
第10章 進化に学ぶヒトの未来

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自分が今、この時空に生きていることの不思議さ、有難さに思いを馳せることが出来る本。

人類が生まれるための12の偶然.jpg  『人類が生まれるための12の偶然 (岩波ジュニア新書 626)』 ['09年]

 「人類が生まれるためにはどのぐらいの偶然の要素が重なったのか」というテーマは自分としても関心事でしたが、宇宙誌、生物誌(生命誌・進化誌)に関する本の中で個々にそうしたことは触れられていることは多いものの、それらを通して考察した本はあまり無く、そうした意味では待望の本でした。

 宇宙の誕生から始まり、量子物理学的な話が冒頭に来ますが、「ジュニア新書」ということで、大変解り易く書かれていて、しかも、宇宙誌と生物誌の間に地球誌があり、更に、生命の誕生・進化にとりわけ大きな役割を果たした「水」についても解説されています(水の比熱が小さいこと、固体状態(氷)の方が液体状態(水)より軽いということ、等々が生命の誕生・進化に影響している)。

 本書で抽出されている「12の偶然」の中には、「太陽から地球までの距離が適切なものだったこと」など、今まで聞いたことのある話もありましたが、「木星、土星という2つの巨大惑星があったこと」など、知らなかったことの方が多かったです(巨大惑星が1つでも3つでもダメだったとのこと)。

 その他にも、太陽の寿命は90億年で現在46億歳、終末は膨張して地球を呑みこむ(蒸発させる)とうことはよく知られていますが、太陽が外に放出する光度のエネルギーが増え続けるため、あと10億年後には地球は灼熱地獄になり、すべての生物は生きられなくなるというのは、初めて知りました。

 最後に、気候変動の危機を説いていますが、環境問題を考える際によく言われる「地球に優しく」などいう表現に対して、人類が仮に核戦争などで死に絶えたとしても、生き残った生物が進化して新たな生態系が生まれることは、過去の恐竜が隕石衝突により(その可能性が高いとされている)絶滅したお陰で哺乳類が進化発展を遂げた経緯を見てもわかることであり、「私たちや今の生態系が滅びないために」と言うべきであると。

 ナルホド、「宇宙は偶然こうなった」のか、「神が今のような姿にすべて決めた」のか「何らかのメカニズムによって必然的にこうなった」のかは永遠の謎ではあるかも知れませんが、仮に地球が生命を求めているとしても、地球にとって人類の替わりはいくらでもいるわけだなあ。

 監修の松井孝典博士は、日本における惑星科学の先駆者で、幅広い視野と斬新な発想を兼ね備えた、日本では珍しいタイプの研究者であるとのこと(田近英一著(『凍った地球』('09年/新潮選書)によると)。
 最新の研究成果までも織り込まれた本であると同時に(しかし、まだ解っていないことも多い)、自分が今、この時空に生きていることの不思議さ、有難さに思いを馳せることが出来る本です。

《読書MEMO》
偶然1 宇宙を決定する「自然定数」が、現在の値になったこと(自然定数=重力、電磁気力、中性子や陽子の質量)
偶然2 太陽の大きさが大きすぎなかったこと (太陽がもし今の2倍に質量だと寿命は約15億年しかない)
偶然3 太陽から地球までの距離が適切なものだったこと (現在の85%だと海は蒸発、120%だと凍結)
偶然4 木星、土星という2つの巨大惑星があったこと (1つだと地球に落下する隕石は1000倍、3つだと地球は太陽に落下するか太陽系の圏外に放り出される)
偶然5 月という衛星が地球のそばを回っていたこと (月が無ければ地球の自転は早まり、1日は8時間、1年中強風が吹き荒れる)
偶然6 地球が適度な大きさであったこと (火星ほどの大きさだと大気は逃げていた)
偶然7 二酸化炭素を必要に応じて減らす仕組みがあったこと (プレート移動や大陸の誕生、海などがCO2を削減)
偶然8 地磁気が存在したこと (磁場が宇宙線や太陽風などの放射線を防ぐ働きをしている)
偶然9 オゾン層が存在していたこと (紫外線から生物を守っている)
偶然10 地球に豊富な液体の水が存在したこと (水が液体でいられる0〜100℃という狭い温度範囲に地球環境があったこと)
偶然11 生物の大絶滅が起きたこと (恐竜の繁栄もその後の哺乳類の繁栄も、その前にいた生物の大絶滅のお陰)
偶然12 定住と農業を始める時期に、温暖で安定した気候となったこと (65万年前から寒冷期が続いたのは、約1万年前に突然、今のように温暖安定化)

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人類進化に関する知識をリフレッシュするのに手頃。諸説をバランスよくまとめ入門書。

人類進化99の謎.jpg 『人類進化99の謎 (文春新書)』 ['09年]

Sahelanthropus tchadensis.gif 本書によれば、人類進化学というのは、大体10年ごとに人類化石の大きな発見があり、その度に進化図ががらりと書き換えられているそうですが、21世紀に入って起源的人類の発見が相次ぎ、2001年にアフリカ中部のチャド共和国で見つかった化石(サヘラントロプス・チャデンシス (Sahelanthropus tchadensis))により、人類のルーツは700万年前に遡ったそうで、もっと古い人類種が未発見で眠っているとも推定されるとのことです。

The red dot marks the site at which a skull of Sahelanthropus tchadensis was found.

 以前に、ネアンデルタール人の研究をしている奈良貴史氏が養老孟司氏との対談『養老孟司 ガクモンの壁』('03年/日経ビジネス人文庫)(『養老孟司・学問の挌闘―「人間」をめぐる14人の俊英との論戦』('99年/日本経済新聞社)改題 )で、ネアンデルタール人がホモ・サピエンス(現生人類)とある期間共存していたと言っていたのが興味深かったですが、ネアンデルタール人というのはホモ・サピエンスの"先祖"ではなく、学術名がそれぞれ Homo neanderthalensis、Homo sapiens sapiens となっているように、両者はホモ属の中で"従兄弟"関係にあることを本書で再認識しました(ホモ属全体で見ると200数十年前からいて、ネアンデルタール人が滅んだのは2万数千年前とのこと)。

Sahelanthropus tchadensis.bmp かつて学校でアウストラロピテクス((Australopithecus)が一番古い猿人だと習いましたが、アウストラロピテクスというのは属名で、その中にもいろいろあり、それでも一番古いもので400数十万年前だったように思いますが(このあたりまでは習ったような記憶がある)、サヘラントロプス・チャデンシスの「700万年前」というと、それより200数十万年も古いことになります。

Sahelanthropus tchadensis

 1テーマ見開き2ページですが、ある程度テーマが繋がっていて、あまりぶつ切り感がなく読めるのが本書の特長かと思います。
 それでも巻末の「人類進化の系統図」を参照しながらでないと、ホモ属にしろアウストラロピテクスにしろ、それより古い猿人にしろ、今どの年代の辺りにいた人類の話をしているかわからなくなる―それはとりもなおさず、本書が新書でありながら、細分化された各種の最新の情報を丁寧に読者に提供しようとしていることの証なのかも知れません。

 「ヒトはいつ、どこで誕生したのか」「ヒトははたして強い狩猟者だったのか」「いつから火を使い出したのか」「ヒトはなぜ、いつ、アフリカを出たのか(ヒトは永らくアフリカにいた)」「ヒトはいつから言葉をしゃべれるようになったのか」「ヒトの暴力性は古くからあったのか」「ヒトの性による役割の違いは、いつからは始まったのか」といった素朴な問いの設定からもそのことが窺え、多くは推論でしかないと言えばそうなるのかも知れませんが、諸説をバランス感覚を以って取り纏めているような印象を受けました。

人類進化の本38.400万年の人類史.jpg 著者は学者ではなく元朝日新聞社の科学ジャーナリストですが、この分野を長らく深耕している人で、著者の本を個人的に最初に読んだのは、『400万年の人類史―ヒトはいかにして地球の主になったか』('83年/カッパ・サイエンス)であり、分かり易い人類学の入門書であるとともに、当時のアメリカにおける最新の人類学や考古学の状況が取材に基づいて報告されていました。

 著者のより最近の著書『ネアンデルタールと現代人―ヒトの500万年史』('99年/文春新書)でも、サブタイトルの通り、最古の人類は「500万年」前とされているし、そう、意外と最近まで、最古の人類は「400万年前」乃至「500万年前」とされていたのだなあ。今世紀に入って一気に200万年も遡ったというのは、サヘラントロプス・チャデンシスの発見の衝撃がいかに大きかったかを思わせます。

400万年の人類史―ヒトはいかにして地球の主になったか (カッパ・サイエンス)

 どの年代においても複数種の人類がいたのに、今はホモ・サピエンスしかいないというのは確かに不思議で(著者はこのことについても一応の推論をしているが)、この先、人類は更に進化するのかなあ。人口は増えているけれど、ホモ属としては先細りしているような気もしないでもないです。

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