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体重と体温が、すべての生き物の代謝量、成長速度、そして時間濃度まで決める。

進化の法則は北極のサメが知っていた (河出新書).jpgニシオンデンザメと奇跡の機器回収.jpg
進化の法則は北極のサメが知っていた (河出新書)』 Webナショジオ「渡辺佑基/バイオロギングで海洋動物の真の姿に迫る」
ペンギンが教えてくれた 物理のはなし (河出ブックス)』['14年]
ペンギンが教えてくれた 物理のはなし.jpg 著者は生物学者で、バイオロギングという、野生動物の体に記録機器を貼り付けて、しばらく後に回収し(回収方法を著者自身が開発した)、動物がどこで何をしていたのかを知る方法を活用して動物の生態を研究しているのですが、そこから生物に普遍的な特性を見出すという、生態学と物理学の融合という新境地を、第68回毎日出版文化賞受賞(自然科学部門)を受賞した前著『ペンギンが教えてくれた 物理のはなし』('14年/河出ブックス)では描いています。本書もその流れなのですが、前著が個々の動物の生態調査のフィールドワーク中心で、バイオロギングの説明などにもかなりページを割いているのに対し、本書はより生態学と物理学の融合ということに直接的に踏み込んだものとなっています。と言っても小難しい話になるのではなく、全五章に自身のフィールドワークの話を面白おかしく織り交ぜながら、動物の体温というものを共通の切り口として話を進めていきます。

ニシオンデンザメ.jpgニシオンデンザメを小型ボートの横に固定.jpg 第1章では、北極の超低温の海に暮らすニシオンデンザメの自身の調査を紹介しつつ、動物における体温に意味を考察していきます。そもそも、このニシオンデンザメというのが、体長5メートルを超えるものでは推定寿命400歳くらいになり、成熟するだけで150年もかかるというトンデモナイ脊椎動物で、その事実だけでも引き込まれてしまいます(このニシオンデンザメについてのバイオロギング調査の様子は、ナショナル ジオグラフィックの日本版サイトにおける著者の連載でも写真で見ることができる)

 第2章では、南極に暮らすアデリーペンギンの自身の調査を紹介、哺乳類や鳥類がどのような体温維持をしているか、そのメカニズムを見ていき、この辺りから本格的な科学の話になっていきます。第3章では、オーストラリアのホオジロザメの自身の調査を紹介しながら、一部の魚類やウミガメが変温動物としての枠組みから外れ、高い体温を維持している、その特殊の能力の背景にあるメカニズムを見ていき、約6500万年前に絶滅した恐竜の体温はどうだったのかという論争に繋げています。

 そして、第4章では、イタチザメの代謝量を測定する自身のフィールドワークを紹介しながら、体温が生命活動に与える影響を包括する1つの理論を組み上げ、結論として、生命活動は化学反応の組み合わせであり、生物の生み出すエネルギー量は熱力学の法則で決定され、それは、サメも人間も、ゾウリムシさえ同じであるとしています。最後の第5章では。バイカル湖のバイカルアザラシの自身の調査を紹介し、全勝で見つけた理論を応用して、生物にとって時間とは何かを考えています。

 このように、目次だけみると、ニシオンデンザメ、アデリーペンギン、ホオジロザメ、イタチザメ、バイカルアザラシと海洋生物が続き、その中でも3つがサメであるため、この著者はサメの生態研究が得意分野なのかなくらいしか思わなかったのが、読んでみると各章が、生物全般に通じる理論への段階的布石とその検証になっていて思わぬ知的興奮が味わえたし、各章をオモシロ探検記的に読ませながら、そうした深淵な世界に読者を引きずり込んでいく語り口は巧いと思いました。

 第4章にある、「代謝量は体重とともに増えるが体重ほどには増えない」といういうのは、すべての動物の体重と代謝量には相関がある(ただし、グラフでは、4分の3乗の傾きで一直線に並ぶ(クライバー))ということです。そう考えると、第1章のニシオンデンザメが動きが極めてスローなのは巨大であるがゆえで、第2章のアデリーペンギンの動きが極めて速く、ハイペースで獲物を捕らえるのは体が小さいからということになります。でも、なぜ4分の3乗に比例して増えるのか。代謝量は体重ではなく、体表面積と比例するという説(ルブナー)もありますが、体表面積は体重の3分の2乗に比例するため、ここでも計算が合わず、結局、代謝量は体重と、あとは体表面積とは別の何かで決まることになると。そこで、体温を仮に補正し、例えば人間も他の動物も皆地球の平均温度である20℃が体温であったとすると、恒温動物や変温動物、単細胞生物も含むすべての生物の体重と代謝量が比例することになり(ブラウン)、つまり、生物の代謝量は体重と体温で決まるのであって、これは「人間もカンパチもゾウリムシも同じ」であるとのことでした。

ゾウの時間 ネズミの時間.jpg 代謝量は生物の成長速度、世代(交代)時間、寿命にも直接影響してくるわけで、第5章における「生物の時間」についての考察も興味深かったです。本書で"名著"とされている、本川達雄氏の『ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学』('92年/中公新書)にも、体の大きな動物ほど成長に時間がかかるとありました。本書でも、確かに例えば競走馬が3歳で成熟するように人間よりも大きな体を持ちながら早く成熟する動物も多くあるものの、ミジンコからシロスナガスクジラまでずらっと並べておおまかに言えば、生物の世代(交代)時間は体重の4分の1乗に比例して長くなるという式が導き出されるとしています。でもこれだけは、成長速度は、体重とも体表面積(体重の3分の2乗に比例)とも直接に比例しないわけで、そこに、先の代謝量は体重の4分の3乗に比例して増えるという公式を入れて初めて整合性がとれると。つまり、代謝量は体温に反映されるので、体の大きさが同じであれば代謝量が高い、つまる体温が高いほど、成長が早いということになるということです。

 これはおそらくそのまま「動物の時間」の速度に当て嵌まり、計算上、ネズミの感じている時間速度はニシオンデンザメより350倍も濃く、つまりネズミの1日はニシオンデンザメのほぼ1年に相当し、人間はその間にあってニシオンデンザメの47倍に相当、つまり、人間の1日はニシオンデンザメの1カ月半に相当するとのこと。私たちが大人になったときに感じる子どもの頃との時間濃度の差は、体重25キロの小学生と65キロの大人と比べると子どもの方が1.3倍濃いと(1日が大人の31時間あることになる)。また、大人になってからは、加齢とともに代謝が落ちていき、20代に比べ40代で10%、60代で15%基礎代謝が落ちるため、時間の重みがその分減っていくということのようです(だんだん"ニシオンデンザメ化"していくわけだ(笑))。

 最後に、各章を振り返りながら、これほど多様な生物が(例えば、世代時間8時間のゾウリムシから150年のニシオンデンザメまで)なぜ地球上に共存しているのかを考察していますが、第1章のニシオンデンザメは、巨大かつ低体温のニ省エネタイプで、その対極にあるのが、第2章のアデリーペンギンで、高体温で体の大きさの割に膨大なエネルギーを日々消費し、第3章のホオジロザメは、ニシオンデンザメとアデリーペンギンの中間にある体温の高い魚類(中温動物)となり...と、それぞれに適応への道、進化への道を歩んできた結果なのだなあと思いました。

 本書のコンセプトは「私が読者だったら読みたい本」とのことで、実際サービス過剰なくらい面白く書かれていて、それでいて巨視的な視点から生物を巡る法則を説き明かしてくれる本でした。『ゾウの時間 ネズミの時間』が、エネルギー消費量は体重の4分の1乗に反比例するというところで終わって、あとは大小の違いによる心臓の拍動数の話となり(この話は「ヒト」は例外となっている)、「大きいということは、それだけ環境に左右されにくく、自立性を保っていられるという利点がある。この安定性があだとなり、新しいものを生み出しにくい」といった動物進化に対するもやっとした仮説で終わっているのと比べると、考え方ではそれを超えている本ではないかと思います。

《読書MEMO》
●マグロ類やホオジロザメなどの中温性魚類は、同じ大きさの変温性魚類に比べて2.4倍も遊泳スピードが速い(195p)。中温性魚類は同じ大きさの変温性魚類に比べ、回遊距離が2.5倍も長い(197p)。
●体重60キロの人間と、同じく体重60キロのカンパチを比べると、人間の方が10倍ほど代謝量は高いが、それは単に体温が違うからだ。60キロのカンパチと、1マイクログラムのゾウリムシを比べると、カンパチの方が1億倍ほど代謝量が高いが、そえは単に体の大きさが違うからだ(250p)。

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意味はあるのだろうが、なぜそうするのかよく分からないものが結構あると再認識。
続々ざんねんないきもの事典.jpg  続々ざんねんないきもの事典_2.jpg
おもしろい!進化のふしぎ 続々ざんねんないきもの事典』['18年]

 「ざんねんないきもの」という切り口で、さままな生物の不思議を、楽しめるよう解説しベストセラーとなった『ざんねんないきもの事典』('16年)のシリーズ第3弾。個人的に印象に残ったのは―

ダーウィンが来た! アマミホシゾラビフグ 46.jpgアマミホシゾラフグはミステリーサークルをつくってメスをよぶ(46p)コレ、NHKの「ダーウィンが来た!〜生きもの新伝説〜」でやっていました。と言うか、円形の幾何学的な模様が海底に存在することは前から知られていたものの、誰が何のために作っているのかは長らく謎のままであったのが、2012年にNHKの「ダーウィンが来た!」のロケ(奄美大島南沖、琉球諸島近海)に同行・協力したフグ分類の第一人者で国立科学博物館の松浦啓一氏が観察した結果、新種のフグの繁殖行動の一環であることが分ったのでした。今やその海域は人気ダイビング・スポットになっています。

ナマケモノのススメ.jpgナマケモノは週1回、うんこのためにだけ木から下りる(46p)これもテレビでやっていました。調べてみたら、2011年1月3日にTBSで放送された「ナマケモノのススメ~ボクが木から降りる、たったひとつの理由~」という番組があって(制作局はMBS(毎日放送))、声の出演は小林薫、ナレーターは長澤まさみでした。20日間を超える密着取材だったそうです。でも、個人的には結構最近観た気がするので、BSなどで再放送を観たのか、或いはどこかの局で同じ趣旨のものが作られたのを観たのかもしれません(動物園で観察をして、3日目ぐらいになって木から下りて糞をしたように思う)。

バク ブラシでゴシゴシされると寝る.jpgバクは掃除ブラシでゴシゴシされると寝てしまう(96p)これもテレビでやったいましたが、どの番組か忘れたなあ(ネット緒で調べたら、テレビ朝日「林修の今でしょ!講座」という番組で「ざんねんないきもの事典」3時間スペシャルというのが 2019年6月25日に組まれ、「ざんねんな哺乳類ランキングベスト10」というのの中で紹介されたらしい)。でも、コレ、動物園で実際に見ることできる場合が結構あります。個人的には、神戸の「どうぶつ王国」で見ましたが、完全には眠らなかったものの、何となくトロンとはしていました。本書によれば、なぜ眠くなるのかは分かっていないとのことです。動物の習性はまだまだ謎の部分が多いです。

アフリカオオコノハズク.jpgアフリカオオコノハズクは敵を見つけるとやせこける(134p)これもいつか「ダーウィンが来た!」でやっていたし(この番組、なぜか出来るだけ欠かさず視ているなあ)、本物もまた「どうぶつ王国」で見ましたが、本書にもあるように、細くしたところで姿が消えるわけでもなく、"かくれんぼ"に失敗してしまったら、今度は体を精一杯大きくして、"クジャクのポーズ"で威嚇するそうです。

 今回も気軽に楽しめる1冊でした。本書のテーマである進化ということに絡めて考えると結構奥が深いのかもしれませんが、「ゾウアザラシは意味もなく石を食べる」(32p)じゃないけれど、意味はあるのだろうけれど、なぜそうするのかはよく分かっていないというものが結構あるものだと再認識しました(プロにも分からないのだから素人が考えても分かるはずはないと思うが、いろいろ想像してみるのは楽しい)。

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ネタ枯れと言うより驚くことに馴れたという感じ? でも今回も楽しく読めた。

ざんねんないきもの事典4 もっと.jpg  ざんねんないきもの事典1-3.jpg
『もっとざんねんないきもの事典』続々
おもしろい! 進化のふしぎ もっとざんねんないきもの事典』['19年]

 '16年から'18年にかけて〈正・続・続々〉と刊行されてきた人気シリーズの第4弾。ネタ切れ感は否めないような気がするとの声もありますが、読む側が慣れてきただけで、ネタ自体はまだまだ無尽にあるのではないかという気もします。今回印象に残ったのは―

ナウル共和国の経済を繁栄させた、リン鉱石の積出施設.jpgアホウドリにうんこを国にされた(24p)ナウル共和国の国土は、アホウドリが何百年もサンゴ礁のうえにうんこをしてできたもの。「リン鉱石」といううんこの残骸を売って生活しているそうです(「日経ビジネスオンライン」で読んだが、リン鉱石のお陰で医療費も学費も水道・光熱費もタダで、税金までタダ。リン鉱石採掘などの労働すらもすべて外国人労働者に任せっきりとなっているようだ。そのため、国民は怠け癖がつき、全国民の90%が肥満、30%が糖尿病という「世界一の肥満&糖尿病大国」になったとのこと)。

ナウル共和国のリン鉱石採掘

ウェルウィッチア.jpgウェルウィッチアは600年生きても、つける葉は2枚(35p)和名は「奇想天外」。砂漠に生えて600年以上生きるとのこと(ウェルウィッチアはNHK「ダーウィンが来た!」で取り上げられたことがあって、そこでは1500年以上も生きると紹介されていた。右動画でも1000年以上生きると考えられているとある)。

ウオノエは魚の舌になる.jpgウオノエは魚の舌になる(76p)魚にとりつく寄生虫で、魚の舌がなくなるまで舌の血を吸い続け、その後、舌のつけ根に体を固定し、魚の体液や血液を吸って大きくなるそうです(本書イラストで見るとそうでもないが、実写で見るとかなりキモイ)。

イシガキリュウグウウミウシ.jpgイシガキリュウグウウミウシはなかまを食べちゃう(97p)「友達を食べてみた」ぐらいの軽いノリで、仲間を丸のみにするとのこと(共食いをする生き物は結構いるけれど、食糧難の場合に限ったり、カマキリのように特別の条件下であったりすることが多く、共食いが成長のためのスタンダードとなっているのは珍しいのでは。言い換えれば「仲間が主食」ということか。確か、シリーズ第1巻で、サバクトビバッタが「主食は共食い」と紹介されていた)。

『シン・ゴジラ』第2.jpgラブカはお母さんのおなかの中で3年半もひきこもる(115p)ラブラブカ.jpgカは自分のお腹の中で子どもを育て、その期間はなんと3年半。ラブカは生きた化石とよばれるほど昔から姿を変えていないそうです(原始的な深海ざめには不思議な生態のものが多いなあ。「シン・ゴジラ」('16年/東宝)の"第二形態"のモデルがラブカだった)。
◆深海ザメ「ラブカ」捕獲後に死す 生態不明、標本にして研究へ 和歌山・串本(毎日新聞ニュース 2020年1月17日)[写真]捕獲された深海ザメ「ラブカ」=串本海中公園提供

ネコはキュウリを見るとおどろく.jpgネコはキュウリを見ると超おどろく(116p)「えさをたべているネコのうしろにキュウリをそっとおく」とどうなるかという、数年前にユーチューブでいたずら動画が話題になったそうで、動物学者は「キュウリがヘビに見えるのではないかと(因みに、この種のネコ動画はユーチューブで今でも多くみられる。ネコが驚くのは、ネコに気づかれないように後ろの方にキュウリを置いといて、ネコがたまたま気づいたといった場合に限るようだ。「幸せそうな表情できゅうりを齧るネコ」の写真もネットにあった)。

 ネタ枯れと言うより、こっちがもう驚くことに馴れたという感じ。でも、今回も楽しく読めました。

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やはり進化の不思議を考えさせるのが大きな狙いとなってるシリーズなのかと。

ざんねんないきもの事典2 続.jpg続ざんねんないきもの事典ages.jpg 続ざんねんないきもの事典ド.jpg ざんねんないきもの事典.jpg
おもしろい! 進化のふしぎ 続ざんねんないきもの事典』['17年]『ざんねんないきもの事典』['16年]

 ベストセラーとなった『ざんねんないきもの事典』('16年)の続編。個人的に印象に残ったのは―

ダウンロード.jpgハダカデバネズミには、赤ちゃんをあたためる「ふとん係」がいる(34p)地下に住むハダカデバネズミは、1000匹もの大家族で暮らし、「巣を守る係」や「食べ物をとる係」がいて、中でも変わっているのが赤ちゃんをあたためる「ふとん係」がいること。体温を一定に保つ機能が退化しているため、こうした係がいるようです(今月['20年1月]、NHK-BSプレミアム「世界のドキュメンタリー」で"長寿ネズミ 健康の秘密を解明"としてハダカデバネズミの特集(ドイツ・2017年制作)を放送していた。ハダカデバネズミが高度の社会性を有することは知られているが、近年はマウスの10倍の30年は生きるというその長寿に注目が集まっていて、全遺伝子の解析はすでに終わっており、人間の長寿に応用できないか研究が進められているようだ)。

ハシビロコウ どうぶつ王国 .jpgハシビロコウ どうぶつ王国 グッズ.jpgハシビロコウはひたすら待ちの姿勢(50p)動かないことでまわりの風景に溶け込んで、隙を狙うという戦法で、「魚が水面に顔を出すまでひたすら待つ」というもの(個人的には、行きつけのどうぶつ王国のハシビロコウが馴染み(?)だけど、時々首を振るような動きはすることがある。園内でも人気が高いらしくグッズもある)。[写真:神戸どうぶつ王国公式フェイスブックより]

マッコウクジラ.jpgマッコウクジラの頭の中は脳ではなく油でいっぱい(68p)マッコウクジラの脳の重さは約8㎏で、動物界ナンバーワン。ただし、でかい頭の中身のほとんどは「脳油」という油のかたまりで、まわりを探るために出す超音波を強化したり、浮かんだりする時の浮きぶくろの役割を果たしたりしている(シロナガスクジラのようにオキアミをすくって食べているクジラより、マッコウクジラのようにイカなどを捕食するクジラの方が、脳が発達しているようだ)。

ジャイアントチューブワーム.jpg口もおしりのあなもないハオリムシ(76p)深海の海底に生命はなぜ生まれたのか.jpg住むハオリムシは、口もおしりのあなもなく、海底から噴き出す猛毒の「硫化水素」をえらから吸収し、それを体内の微生物に分解させて栄養に変えている(この生き物は、微生物地球学者の高井研氏の『生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る』('11年/幻冬舎新書)の中でも「チューブワーム」として紹介されていた(ハオリムシは和名))。

ヨイアイオイクラゲ.jpg世界一長いクダクラゲはちびクラゲが合体しただけ(83p)世界最長の動物はクダクラゲで、全長が40mを超えるものや、触手が50mにんるものもいるが、実は小さなクラゲが集まってできた「群体」である。大きさくらべに合体した体は反則とも思われるが、そもそもわれわれの体も細胞の集合体であるので文句は言えないと(ギネスブックでも世界最長の動物は〈マヨイアイオイクラゲ〉(クダクラゲの一種)となっていて、最長で40mほどの長さとなり、ホタルのように生物発光を行うとある)。

 正編と同じく冒頭に、進化についてのコマ割り漫画などによる解説があり、ああ、やっぱり進化の不思議を考えさせるのが大きな狙いの1つとなってるシリーズなのだなあと。だから、「ざんねん」に見える面も、実は一定の合理性に裏付けられた進化の帰結(乃至は過程)なのだなあと改めて思った次第です(ある部分においては大人向け?)。

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「ざんねん」と思われた部分も実は生存競争の帰結、進化の結果であると。

ざんねんないきもの事典_5273.JPGざんねんないきもの事典.jpgおもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』['16年]

 「ざんねんないきもの」という切り口で、さままな生物の不思議を楽しめるよう解説したもの。イラスト入りで1~2ぺージの読み切りであるため、子どもにとってはとっつきやすく、また、大人が読んでも面白いということでベストセラーになりました。個人的に印象に残ったのは―

ダチョウの脳みそは目玉より小さい(26p)ダチョウは世界最大の鳥で、その卵は1.5㎏あり、その黄身は世界最大の細胞。目玉は直径5㎝、重さ60gでニワトリの卵と同じくらいの大きさ。一方の脳は40gしかなく、実際ダチョウはかなり記憶力が悪いとのこと(調べてみたら、ダチョウよりずっと小ぶりのカラスの脳は10グラムから13グラム程で、体重に対する脳の重さの指標「脳化指数」(ヒト10.0チンパンジー4.3、サルは2.0、ニワトリ0.3)がカラスの場合2.1で、サルより高いそうだ)。

オランウータン.jpgオランウータンはけんかの強さが顔に出る(37p)フランジのあるオランウータンは強そうに見えますが、若いオスがけんかに勝つと男性ホルモンが分泌され、フランジが発達するとのだとのこと。ただし、たまたまけんかに勝ってもフランジが発達してしまい、より強い相手に目をつけられたりもすることになる場合もあると。

メガネザル.jpgメガネザルは目玉が大きすぎて動かせない(52p)メガネザルの目玉は一つで脳と同じ重さがあり、頭蓋骨からはみ出すほど大きいため、きょろきょろと動かせないと。目玉が大きくなったのは、昼行性から夜行性へ進化して、たくさん光が集められる目が必要だったためで、これはこれで進化の結果と言えます。

ユカタンビワハゴロモ.jpgユカタンビワハゴロモの頭の中はからっぽ(57p)頭に見えるのはにせもので、にせものの頭は横から見るとワニの頭に見えなくもなく、鳥などが怖がるという説があるそうです。本物の頭を守るためのおとりという意見もあるが、実際はどちらの説に立っても目立った効果はないそうです。

カカポ.jpgカカポは太りすぎて飛べなくなった(71p)ニュージーランドには100万年の間、カカポの天敵となる生物がいなかったため、飛ぶための筋肉が退化し、代わりにたくさんの脂肪がついたと(NHK「ダーウィンが来た!」で取り上げられたことがあって、その際の呼称は〈フクロウオウム〉だったか〈カカポ〉だったか)。

ドウケツエビ.jpgドウケツエビはおりの中で一生をすごす(121p)カイロウドウケツという動物の中で一生をすごすのがドウケツエビ。カイロウドウケツをマイホームにしいるわけで、敵から身を守れて食事にも困らず、成長して体が大きくなると、出られなくなる(沼津港深海水族館の石垣幸二館長の 『深海生物 捕った、育てた、判った!―"世界唯一の深海水族館"館長が初めて明かす』('14年/小学館101ビジュアル新書)でも紹介されていた。雌雄1ペアだけが残って成長して出られなくなり、そのままその中で一生を送るので、カイロウドウケツ自体が諺で言う"偕老同穴"なのではなくて、ドウケツエビが"偕老同穴"なのだなあ)。

 メガネザルの項などのように、「ざんねん」と思われた部分も実は生存競争の帰結、つまり進化の結果であったりもするので(冒頭に進化とは何かをコマ割り漫画などで解説している)、本書に対し、「ざんねん」という表現はどうなのかという批判もあるようです。でも、取り敢えず関心を持つことから入って、その上で最終的には、それらが生物たちの巧妙な生き残り戦略であることの思いを馳せて欲しいというのが監修者の狙いでしょう(読者が小さい子どもだと、ちょっと難しいか)。

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時々手にして、人類存在の神秘、いのちの不思議さに思いを馳せるのもいい。

40億年 いのちの旅.jpg                 人類が生まれるための12の偶然.jpg
40億年、いのちの旅 (岩波ジュニア新書)』['18年]『人類が生まれるための12の偶然 (岩波ジュニア新書)』 ['09年]

 40億年に及ぶとされる、地球における生命の歴史を、いのちとは何か? いのちはどのようにして生まれたのか? どのように考えられてきたのか? というところからその歴史をひもときながら、人類の来た道と、これから行く道を探っった本。

 第1章で「いのち」とは何かをを考え、第2章で、「いのち」の特徴である多様性と普遍性がどのようなものか、それらがゲノム・DNAを通じてどのように発揮されてきたかを考えています。

 第3章では「いのち」の始まりとその後の進化について考え、「いのち」の旅の方向づけに大きな影響を与えた事項・イベントとして、光合成と酸素呼吸の出現や真核細胞の登場、性の出現、陸上への進出など7項目に焦点を当てています。

 後半の第4章、第5章、第6章では、ヒトの過去・現在・未来についてそれぞれ考えています。まず、化石とDNAからヒトの進化の旅を振り返り、次に、地球上で生き物の頂点に君臨する現況を改めて考え、最後に、これからヒトはどのような旅をするのかを考えています。

 こうした学際的な内容のヒトの歴史に関する本では、同じ岩波ジュニア新書に眞淳平著『人類が生まれるための12の偶然』('09年)がありましたが、あちらは宇宙や地球の誕生から説き起こしているのに対し、こちらは40億年前の生命の誕生から説き起こしていることになります。

 また、著者の専門が細胞生化学であることもあってか、細胞内小器官の話など細胞学に関する説明はやや高度な内容を含んでいたように思いますが(と言っても高校の教科書の生物基礎程度の知識があれば何とかついていけるか)、減数分裂における遺伝子の組み換えの説明などは分かりやすい方だったと思います。

 最新の研究成果も織り込まれています。個人的に興味深かったのは、ネアンデルタール人と現生人(ホモ・サピエンス)の関係で、共に約90万年前にアフリカかヨーロッパのどこかで誕生したホモ・ハイデルベルゲンシスを先祖とし、ネアンデルタール人はヨーロッパにいたホモ・ハイデルベルゲンシスから進化したと考えられ、現生人は、20万年前アフリカにいたホモ・ハイデルベルゲンシスから進化したと考えられとのこと。先祖が同じでも、先祖のいた場所が違うのかと。

 陸上に生息する動物の個体数の総重量が一番重いのはウシで、2番目がヒトだが、以下、スイギュウ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、ウマと続くという話も興味深かったです。要するに、これら(ヒト以外)は全部"家畜"であって、ヒトは自分たちが生きるために、膨大な量の生物を飼育しているのだなあと。

 巻末に長谷川真理子著『進化とはなんだろうか』['99年/岩波ジュニア新書]など関連の参考図書が紹介されています。時々この種の本を手にして、人類が存在することの神秘、自分が生まれてきたことの不思議さに思いを馳せるのもいいのではないでしょうか。

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ハイスペック豪華本。CG復元画がリアルでダイナミックな「大迫力のヴィジュアル大図鑑」。

生物の進化 大図鑑0.jpg生物の進化大図鑑.jpg(30.2 x 26.4 x 4.2 cm)  EVOLUTION 生命の進化史.jpg
生物の進化 大図鑑』(2010/10 河出書房新社)『EVOLUTION 生命の進化史』(2010/02 ソフトバンククリエイティブ)

生物の進化大図鑑1.jpg 先にダグラス・パーマー『EVOLUTION 生命の進化史』('10年/ソフトバンククリエイティブ)を取り上げましたが、生物進化図鑑の"本命"というとこちらの方になるのかなあ(河出書房、科学図鑑に強いネ)。

 図版数 約3000点、生物の掲載種 772種、索引数 約2300項目、化石写真 約600点、CG復元図 約250点、語解説 約300項目...という文句のつけようの無いほど充実したスペックで、強いて難を言えば9,500円(税別)という、1万円近い価格でしょうか。

 但し、"稀少本"にしては結構売れたようで(今も売れているみたい)、多くの人が"相応の価格"であるとみたということでしょう。全512ページにフルに掲載されている写真や図説の豊富さだけでなく、解説の詳細さなどからみても、まずます頷けます。

生物の進化 大図鑑3.jpg CG復元図がリアルでスゴイ迫力!(子どもでなくとも大人でもぐっと惹かれるものがある)、CGもここまできたかという印象ですが、化石写真などとの配置が上手くなされていて、写真とCGが自然な感じで繋がっているように感じられました(CGがまるで写真のように見えることに加えて、レイアウトの妙が効いているため、相乗効果を醸している)。

 冒頭に「地球の起源」とあり、「地球誕生から5億年」「プレートテクトニクス」「気候の変動」と続くように、古生物学の視点に留まらず、地質学や地球科学の視点も取り入れられていて、動物だけでなく植物の進化にも相当数のページを割いています。

生物の進化大図鑑2.jpg 『EVOLUTION 生命の進化史』もそうですが、こちらは更に陸生動物の登場までに相当のページを割いていて(180頁強)、かなり本格的。でも、子どもたちが喜びそうな恐竜についてもこれまた詳しく(恐竜リスト 約800点)、見開きページいっぱいを使ったダイナミックなCG復元画(骨格見本を含む)だけでなく、その種に見られる部位の特徴などをピンポイントで解説するなどしていて、大人も子どもも楽しめます。
 
 人類の進化についても詳しいですが、その人類進化の部分を、『EVOLUTION 生命の進化史』はイラストを用いて解説していたのに対し、こちらは化石写真中心であるのが対照的であり、『EVOLUTION 生命の進化史』が"生態図"のパノラマという形式を取っているのに対し、生態が不確かなものについての恣意的な想像を排するという本書の姿勢が表れています(但し『EVOLUTION 生命の進化史』の方も、同じ場所の同じ地層に化石が見られた古生物を1つのイラストに収めているという点では、ある種の厳格さを貫いている)。

 高価な価格が難であると言っても、中古市場で購入すれば、家族で科学博物館へでかけたのと同じくらいかそれ以内の出費で、この「大迫力のヴィジュアル大図鑑」という謳い文句に違わぬ豪華本を手元に置くことができるということになるのではと思ったけれど、この手の書籍に共通する傾向として(本の善し悪しや発刊部数の多寡によって差はあるが)、この本も、刊行されて2年くらいしか経っていない現段階では、あまり安い値段では手に入らないみたい。

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専門的だが見易さに工夫。大人でも子どもでも楽しめるパノラマイラスト。読み込むほどに味が。

EVOLUTION 生命の進化史.jpg (29.2 x 25 x 3.4 cm)        生物の進化大図鑑.jpg
EVOLUTION 生命の進化史』(2010/02 ソフトバンククリエイティブ) 『生物の進化 大図鑑』(2010/10 河出書房新社)
EVOLUTION 生命の進化史1.jpg 生命誕生から現在まで、地球35億年の生命の進化の歴史をイラスト化したもので、パノラマ・イラストを全て繋げると全長50メートルにも及ぶという「壮大な命の絵巻物」。

 2009年のダーウィン『種の起源』発刊150周年・生誕200周年を記念しての刊行の"稀少本"とのことで(定価4,700円(税別)、同種の"稀少本"では河出書房新社の『生物の進化 大図鑑』('10年/定価9,500円(税別))が1万円近い価格にも関わらず結構売れたようですが、本書もなかなかの出来栄えではないでしょうか(価格的にはよりお買い得)。

 『生物の進化 大図鑑』のイラストがCGなのに対し、こちらは英国の動物挿絵家で、食器の鳥の図柄や英国切手の図柄をはじめ、世界の童話に独特なタッチの水彩画を描いているピーター・バレットによる手書きイラストです。

何れもいかにも水彩画家らしい淡いタッチで描かれており、『生物の進化 大図鑑』のCGの迫力に対し、線画の緻密さに凝っている感じに何となく昔ながらの「図鑑」の懐かしさを覚えてしまい、こういうのも悪くないなあと。

EVOLUTION 生命の進化史2.jpg 丁度、歴史年表を見ているように、年代表が各パノラマ・イラストの最上部にあり、年代に関する情報や気候と生物相に関する情報が記されていて、下部には、化石産出地のかつての位置と現在の位置(大陸移動しているため両者は異なってくる)の図、種のリスト、イラストの一部のクローズアップや化石写真付きの解説などがあります。

 フルカラー全384ページですが、最初の陸生生物の登場までに80ページ以上のページ数を割いていて、後半140ページは「系統樹」「化石産出地の索引」「種の索引」に充てるなどしており(これらも視覚的に分かり易いよう工夫されている)、アカデミックと言うか、専門家向けという感じもします。

 生物進化史を体系的に理解しようとするにはうってつけの図鑑ですが、パノラマ・イラストは大人でも子どもでも楽しめるものとなっており、『生物の進化 大図鑑』と併せて一家に一冊置いておきたい図鑑、読み込めば読み込むほど味が出てきます。

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自分が今、この時空に生きていることの不思議さ、有難さに思いを馳せることが出来る本。

人類が生まれるための12の偶然.jpg  『人類が生まれるための12の偶然 (岩波ジュニア新書 626)』 ['09年]

 「人類が生まれるためにはどのぐらいの偶然の要素が重なったのか」というテーマは自分としても関心事でしたが、宇宙誌、生物誌(生命誌・進化誌)に関する本の中で個々にそうしたことは触れられていることは多いものの、それらを通して考察した本はあまり無く、そうした意味では待望の本でした。

 宇宙の誕生から始まり、量子物理学的な話が冒頭に来ますが、「ジュニア新書」ということで、大変解り易く書かれていて、しかも、宇宙誌と生物誌の間に地球誌があり、更に、生命の誕生・進化にとりわけ大きな役割を果たした「水」についても解説されています(水の比熱が小さいこと、固体状態(氷)の方が液体状態(水)より軽いということ、等々が生命の誕生・進化に影響している)。

 本書で抽出されている「12の偶然」の中には、「太陽から地球までの距離が適切なものだったこと」など、今まで聞いたことのある話もありましたが、「木星、土星という2つの巨大惑星があったこと」など、知らなかったことの方が多かったです(巨大惑星が1つでも3つでもダメだったとのこと)。

 その他にも、太陽の寿命は90億年で現在46億歳、終末は膨張して地球を呑みこむ(蒸発させる)とうことはよく知られていますが、太陽が外に放出する光度のエネルギーが増え続けるため、あと10億年後には地球は灼熱地獄になり、すべての生物は生きられなくなるというのは、初めて知りました。

 最後に、気候変動の危機を説いていますが、環境問題を考える際によく言われる「地球に優しく」などいう表現に対して、人類が仮に核戦争などで死に絶えたとしても、生き残った生物が進化して新たな生態系が生まれることは、過去の恐竜が隕石衝突により(その可能性が高いとされている)絶滅したお陰で哺乳類が進化発展を遂げた経緯を見てもわかることであり、「私たちや今の生態系が滅びないために」と言うべきであると。

 ナルホド、「宇宙は偶然こうなった」のか、「神が今のような姿にすべて決めた」のか「何らかのメカニズムによって必然的にこうなった」のかは永遠の謎ではあるかも知れませんが、仮に地球が生命を求めているとしても、地球にとって人類の替わりはいくらでもいるわけだなあ。

 監修の松井孝典博士は、日本における惑星科学の先駆者で、幅広い視野と斬新な発想を兼ね備えた、日本では珍しいタイプの研究者であるとのこと(田近英一著(『凍った地球』('09年/新潮選書)によると)。
 最新の研究成果までも織り込まれた本であると同時に(しかし、まだ解っていないことも多い)、自分が今、この時空に生きていることの不思議さ、有難さに思いを馳せることが出来る本です。

《読書MEMO》
偶然1 宇宙を決定する「自然定数」が、現在の値になったこと(自然定数=重力、電磁気力、中性子や陽子の質量)
偶然2 太陽の大きさが大きすぎなかったこと (太陽がもし今の2倍に質量だと寿命は約15億年しかない)
偶然3 太陽から地球までの距離が適切なものだったこと (現在の85%だと海は蒸発、120%だと凍結)
偶然4 木星、土星という2つの巨大惑星があったこと (1つだと地球に落下する隕石は1000倍、3つだと地球は太陽に落下するか太陽系の圏外に放り出される)
偶然5 月という衛星が地球のそばを回っていたこと (月が無ければ地球の自転は早まり、1日は8時間、1年中強風が吹き荒れる)
偶然6 地球が適度な大きさであったこと (火星ほどの大きさだと大気は逃げていた)
偶然7 二酸化炭素を必要に応じて減らす仕組みがあったこと (プレート移動や大陸の誕生、海などがCO2を削減)
偶然8 地磁気が存在したこと (磁場が宇宙線や太陽風などの放射線を防ぐ働きをしている)
偶然9 オゾン層が存在していたこと (紫外線から生物を守っている)
偶然10 地球に豊富な液体の水が存在したこと (水が液体でいられる0〜100℃という狭い温度範囲に地球環境があったこと)
偶然11 生物の大絶滅が起きたこと (恐竜の繁栄もその後の哺乳類の繁栄も、その前にいた生物の大絶滅のお陰)
偶然12 定住と農業を始める時期に、温暖で安定した気候となったこと (65万年前から寒冷期が続いたのは、約1万年前に突然、今のように温暖安定化)

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「ドリトル先生」に夢中だった少女が進化生物学の第一人者になるまで。

進化生物学への道.jpg 『進化生物学への道―ドリトル先生から利己的遺伝子へ (グーテンベルクの森)』 〔'06年〕

 進化心理学や行動生態学の権威である著者が、自らの半生を綴ったエッセイで、研究の歩みを振り返るとともに、「人生の軌跡において重要な役割を果たした本」を紹介した「読書案内」にもなっています。

 子どもの頃は「図鑑」の愛読者で、小学4年生で『ドリトル先生航海日誌』に夢中になり、そのときの好奇心や探究心を保ったまま学究の徒となり、紆余曲折、様々なフィールドワークや世界的な学者との交流を経て、進化生物学のフロントランナーとしての今に至るまでが、飾り気の無い語り口で書かれています。

 前半では『ドリトル先生』の他に、ローレンツの『ソロモンの指環』、ジェイン・グドールの『森の隣人』などが紹介されていて、その後、ドーキンスの『利己的な遺伝子』に出会い、ダーウィンに回帰し、進化心理学、しいては総合人間科学を自らのテーマとする―そうした過程を振り返りながらも、生態学、進化学の現時点的視座から、先人たちの研究や著作を冷静に検証していています。
 
 2年半にわたるアフリカでの野生チンパンジーの観察の話や、「ハンディキャップ理論」(著者の本『クジャクの雄はなぜ美しい?』('92年出版・'05年改定版/紀伊國屋書店)に集約されている)、「ミーム論」に関する話などがわかりやすく盛り込まれていて、知的エッセンスに溢れる仕上がりになっています。

 「群淘汰の誤り」というパラダイム変換が世界の学会に起きていたのに、東大の研究グループの中ではそんなことは知らずにいた著者が、たまたま来日した学者に『利己的な遺伝子』を読むことを勧められ、目からウロコの思いをしたという話は印象的でした。
 しかし、この流行語にもなった「利己的遺伝子」の概念が、俗流の「トンデモ本」によって歪められ、多くの日本人は結局のところ、未だに「種の保存」論を信じていることを著者は指摘しています。

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進化論を使った知的冒険。進化論の歴史もわかりやすく解説されている。

進化論という考えかた3.JPG進化論という考えかた.jpg進化論という考えかた2.jpg 進化論の挑戦.jpg 佐倉 統.jpg 佐倉統 氏(略歴下記)
進化論という考えかた (講談社現代新書)』〔'02年〕『進化論の挑戦 (角川選書)』〔'97年〕 

 「進化論をおもしろく紹介するよりも、進化論を使って知的冒険を展開してみたかった」と後書きにあるように、人間がほかの動物から進化してきたという事実から「人間性」も進化したと考えるべきではないかとし、進化論の方法をキーに、人間の心(倫理観など)や行動、文化の生成の謎に迫ることができるのではという考えを示しています。

『進化論の挑戦』['97年/角川選書 '03年/角川ソフィア文庫]
『進化論の挑戦』('97年/角川選書.jpg進化論の挑戦2.jpg 著者は以前に、『進化論の挑戦』('97年/角川選書・'03年/角川ソフィア文庫)の中で、進化論の失敗を含めた歴史的背景を振り返り(例えば進化論が「優生思想」に形を歪められ、ヒトラーらの政治手段として利用されたようなケース)、既存の倫理観、宗教観、フェミニズム、心理学などの学問領域を進化論的側面から再検証した上で、新たな思想の足場となる生物学的な人間観を提示しようとしました。

 個人的には、人間の文化は、遺伝子には刻まれない情報ではあるが、集団的に受け継がれていくものであるという「ミーム論」的なニュアンスを感じましたが(著者は遺伝学的決定論には批判的である)、話の結論としては、哲学、心理学、社会学など個別の領域で行われてきた研究は、進化論の考え方を導入することで統合され飛躍的に発展するだろうということになっている印象を受けました。ただし、あまりに多くのことに触れている分、各分野については浅く(学術書ではなく啓蒙書であるからそれでいいのかも知れないが)、大枠では著者の主張はわかならいでもないまでも、もやっとした不透明感が残りました。
    
進化論という考えかた2897.JPG そうした著者の言説をわかりやすく噛み砕いたもの(元々そうした趣旨において書かれたもの)が本書『進化論という考えかた』('02年/講談社現代新書)であるとも言えますが、ただし、本書において具体的にそうした学問領域の間隙を埋める作業に入っているのではなく、むしろそうした作業をする場合に著者が自らに課す"心構え"のようなものを「センス・オブ・ワンダー」(自然への畏敬の念)という概念基準で示しています(この言葉はレイチェル・カーソンの著作名からとっているが、著者なりの言葉の使い方とみた方がよいのでは)。そして、この基準を満たさないものとして、竹内久美子氏の"俗流"進化生物学や澤口俊之氏の『平然と車内で化粧する脳』('00年/扶桑社)などを挙げて批判しています。

 本書の第1章では、進化論の歴史がわかりやすく解説されていて、入門書としても読めます。ここが、本書の最もお薦めのポイントで、後はどれだけ著者の「知的冒険」に付き合えるかで、本書に対する読者個々の相性や評価が決まってくるのではないでしょうか。

 進化学の手法が万能であるような楽観的すぎる印象も受けましたが、〈ミーム論〉は現時点では学問と言える体系を成していないとするなど、冷静な現状認識も見られ、今後注目してみたい学者の一人ではあると思えました。 
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佐倉 統
1960年生まれ。著書に 『現代思想としての環境問題』(中公新書)『進化論の挑戦』(角川書店)『生命の見方』(法藏館)など。専攻は進化生物学だが、科学史から先端科学技術論まで幅広く研究テーマを展開。横浜国立大学経営学部助教授。

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生物の多様性を示す面白い事例が豊富に紹介されている。

進化とはなんだろうか.jpg 『進化とはなんだろうか』 岩波ジュニア新書 〔'99年〕 生き物をめぐる4つの「なぜ」.gif 『生き物をめぐる4つの「なぜ」 (集英社新書)

クジャクの雄はなぜ美しい?.jpg 進化についての中高生向けの入門書なので、自分のような素人にもわかりやすかったです。有名な「赤の女王仮説」もこの本で知りました。

 著者の長谷川真理子氏は動物学者で、『クジャクの雄はなぜ美しい?』('92年出版・'05年改定版/紀伊國屋書店)など性差学の著作も多く、旦那さんも動物学者で、『進化と人間行動』('00年/東京大学出版会)など進化動物学に関する共著もあります。

 本書は動物学者の著者らしく、生物の多様性とその仕組みを説明するための事例が豊富で、それらには驚くべきものが多かったです。

 例えば6pにいきなり出てくる、母親の体内で卵からかえり、兄弟姉妹同士で交尾し、雌だけが母親を食べて体外へ出てきて、精子を姉妹に渡した雄は死んでしまうというダニの話など、ショッキングとまではいかなくとも結構不思議な気がして、生命とは何か、種とは何を目的としているのかを考えさせられる事例です。
 面白くてどんどん読み進んでしまいます。

 この著者の『生き物をめぐる4つの「なぜ」』('02年/集英社新書)もオススメです。

《読書MEMO》
●ダニの一種で、母親の体内で卵からかえり、母親を食べて体外へ出てくる、しかも体内で兄弟姉妹同士で交尾し、雌だけが出てくるものがある(精子を姉妹に渡した雄はもう生きていく必要が無く、出る前に死ぬ)(6p)
●人の血液型は、ABO型どれであっても適応度に差がないため、ABOそれぞれを作る遺伝子が残った(64p)
●「赤の女王」(鏡の国のアリス」)仮説...有性生殖の目的は、遺伝子組み換えによる寄生者(ウィルスなど)への対抗戦略(171p)
●雄のクジャクの羽が美しいのは、厳しい環境の中でそれだけのものを維持しているとういう生存力の指標(183p)

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構造進化論そのものはよくわからなかったのだが、話題が広くて面白く読めた。

さよならダーウィニズム.jpg 『さよならダーウィニズム―構造主義進化論講義 (講談社選書メチエ)』 〔'97年〕

 ダーウィニズム批判の話の過程で、免疫と寄生虫のアナロジーやミトコンドリア・イブの話、超弦理論の話、俗流社会生物学(竹内久美子?)批判まで出てきて、話題は広く楽しく読めます。

 しかしカル遺伝子の話から導かれる、情報(DNA)と解釈系の関係で形質が決まるという構造主義生物学の話は、その前のソシュールの言語論の話あたりから自分とっては難解なものでした。
 しかも最後に「今のところ単なるお話にすぎない」とやられたのでは...(担当編集者たちに2日間集中講義を行い、その"語り下ろし"をもとに成った本だそうですが、編集者たちは本当に構造主義生物学というものを理解したのだろうか)。

 自分自身は本書の内容をどこまで"構造的"に理解できたかよくわかりませんが、それでも、「ビックバン直後の宇宙は5センチぐらいの球だったから、150億光年先で起きている、今地球で観測される出来事は、150億年前に5センチ先で起きた」といったような語り口が楽しく、随所に読む者の好奇心をかきたてるトピックスがある本ではありました。

《読書MEMO》
●多田富雄の話...免疫学から見ると寄生虫は自己(アニサキスは痛いが日本住血吸虫は何も感じない(免疫擬態)、擬態できないアニサキスは排除される(16p)
●ミトコンドリア・イブ...20万年前アフリカに(ホモ・サピエンスとは限らない(24p)
●超弦理論...場の統一理論に発するが、場の統一には10次元なければならない(宇宙はもともと10次元あったものが、対称性が崩れ4次元だけ顕在化?)(63p)
●俗流社会生物学...男が浮気するのは、浮気する男の方が子をたくさん残すから、3世代、4世代たつと浮気男の子供ばかり増える。100世代もたつと浮気遺伝子を持った男ばかりになり、浮気しない遺伝子はほとんど無くなる。
子供を生まないホモが淘汰されないのは、ホモに男の兄弟がいるとすると、自分の兄弟以外の男をホモ達にするから、兄弟のライバルが減る。-どうにでも恣意的に解釈してしまう。それではホモの近親相姦はどう説明する?(133p)
●構造主義生物学...カル遺伝子は性腺を作るが、マウスにはこの遺伝子がないのに性腺はある。Pax6遺伝子は情報が同じでも違う形を作り(解釈系が同じなら同じ器官を作る)、カル遺伝子は情報が違っても同じ形をつくる情報と解釈系の対応恣意性)(294p)構造主義生物学は今のところ単なるお話に過ぎない(213p)
●ビッグバン直後は宇宙は5センチぐらいの球だった。だから150億光年先で起きている、今地球で観測される出来事は、150億年前に5センチ先でおきた(220p)

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読み手に知的興奮を与えるとともに、自分で考えることを迫る本。

進化とはなにか.jpg  『進化とはなにか (講談社学術文庫 1)』  今西錦司.jpg 今西錦司 (1902‐1992/享年90)

 〈突然変異・自然淘汰〉を中心とする「ダーウィン進化論」を今西は否定しているのですが、首が長くなる過程のキリンの化石が見つからないではないか、という具合に言われると、なるほど、今西先生の言う通りだと思いました。
 自然淘汰説が正しいならば、自然淘汰の過程で、中くらいの首の長さのキリンがいた時代もあったはずだから...。
 そこで今西は、「種」レベルで、あるときに一斉に進化する(首が長くなる)要素がそこに内在したのではないかと考えるわけです。

 「講談社学術文庫」の創刊第1冊であり、最初読んだときには今西進化論の「種」レベルの進化の考え方の方が、正統派進化論の「個」レベルの進化よりしっくりきました。
 しかし、現在の進化学では今西進化論はマイナーです。今西が英語の論文を書かなかったこともあり、欧米では最初から存在すら認められていない?

 確かに、今西の言う「種」の主体性は、その根拠が希薄ではないかと言えば希薄です。
 第三大臼歯の生えない人に自然淘汰の上で何か「利点」はあるかという彼の問いは、〈自然淘汰〉説の否定論としても使えますが、何か「ハンディ」はあるかというふうに考えれば肯定論にもなります。

 しかし、今でも自分には〈共存原理〉の方が〈自然淘汰〉説より感覚的にはしっくりきてしまう。
 〈自然淘汰〉という言葉をもっと柔軟に捉えるべきか...。そうすると、今西論と変わらなくなる気もするし...。

 あまり思想論争みたいになるのは好みではありませんが、ダーウィン進化論はある意味で誰でも参加できる科学テーマであり、本書は読み手に知的興奮を与えるとともに、自分で考えることを迫る本でもあると思います。

《読書MEMO》
●ダーウィン進化論(突然変と異自然淘汰)を否定(首が長くなる過程のキリンの化石が見つからない)、正統派進化論は個体レベル、今西進化論は「種」レベル
●第三大臼歯の生えない人に、自然淘汰のうえで何か利点はあるか(142p)
●ラマルクの獲得形質遺伝説-今西は「主体性」を評価

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