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「●化学」の インデックッスへ ○日本人ノーベル賞受賞者(サイエンス系)の著書(大村 智)

評伝としてはオーソドックスだが、やはりスゴイ人だったのだなあと。

大村智 2億人を病魔から守った化学者.png大村智 - 2億人を病魔から守った化学者.jpg ノーベル生理学医学賞 大村智氏.jpg 大村智氏 大村智物語.jpg
大村智 - 2億人を病魔から守った化学者』['12年]『大村智物語―ノーベル賞への歩み

 感染すると失明の恐れもある寄生虫関連病の治療薬を開発したことが評価され、今年['15年]ノーベル生理学・医学賞が授与された大村智・北里大特別栄誉教の評伝で、著者は元読売新聞社の科学部記者・論説委員で、東京理科大学知財専門職大学院教授。刊行は'12年で、ノーベル賞受賞後、『大村智物語―ノーベル賞への歩み』('15年/中央公論社)として普及版が刊行されています(ノーベル賞受賞に関することが加わった他は内容的にはほぼ同じだが、児童・生徒でも読み易いような文章表現に全面的に書き改められている)。

山中伸弥 氏.jpg日本の科学者最前線.jpg ノーベル生理学・医学賞の受賞は、日本人では、利根川進氏('87年)、山中伸弥氏('12年)に次いで3人目ですが、山中伸弥氏は、自分がノーベル賞を受賞した後、ある人から「こんなスゴイ人もいます」と本書を薦められ、読んで驚嘆したという話がどこかに書いてありました。但し、'00年1月から3月まで読売新聞の夕刊に連載された、54人の科学者へのインタビュー「証言でつづる知の軌跡」を書籍化した読売新聞科学部・編『日本の科学者最前線―発見と創造の証言』('01年/中公新書ラクレ)をみると、約15年前当時、既にノーベル賞有力候補者にその名を連ねていました。

大村智G.jpg 評伝としてはオーソドックスで、生い立ち、人となり、業績をバランスよく丁寧に伝えていますが、研究者としては異例の経歴の持ち主で、やはりスゴイ人だったのだなあと。山梨県の韮崎高でサッカーや卓球、スキーに没頭して、特にスキーは山梨大学の学生の時に国体出場しており、大学卒業後、東京都立墨田工業高校夜間部教師に着任、理科と体育を教えると共に、卓球部の顧問として都立高校大会で準優勝に導いています。生徒たちが昼間工場で働いた後に登校し、熱心に勉強しているのを見て、「自分も頑張東京理科大学出身大村智2.jpgらなければ」と一念発起、夜は教師を続けながら昼は東京理科大学の大学院に通い、分析化学を学んだとのことです。氏は1963年に同大学理学研究科修士課程を修了しており、小柴昌俊氏が明治大学(私立)の前身の工業専門学校に一時期在籍していていたことを除けば、東京理科大学は初めてノーベル賞受賞者を輩出した「私学」ということになるようです。

 その後、山梨大学に研究員として戻り、東京理科大学に教員のポストが空いたので山梨大学を辞したところ、そのポストが急遽空かなくなって困っていたところへ、北里研究所で研究員の募集があり、大学新卒と同じ条件で採用試験を受けて(科目は英文和訳と化学で、化学は全く分からなかったが採用された)そちらに転身したとのこと。後のことを考えると、北里研究所は、自らの存立の危機を救うことになる人材を採用したことになります。

中村修二 氏.jpg 日本人ノーベル賞受賞者には青色発光ダイオードで物理学賞の中村修二氏のように、特許を巡って会社と争った人もいれば、クロスカップリングの開発で化学賞の根岸英一・鈴木章両氏のように「特許を取得しなければ、我々の成果を誰でも気軽に使えるからと考え」(根岸氏)、特許を取得していない人もいます。特許取得自体は、無名のサラリーマン会社員の身でノーベル化学賞を受賞し話題になった田中耕一氏のように、特許登録が受賞の決め手の1つになったケースもあり、将来において高く評価される可能性があるならば取得しておくのが一般的でしょう(実際には何が評価されるか分からないため何でも登録されてしまっているのではないか)。

 大村智氏の場合は、静岡県のゴルフ場の土壌で見つけた細菌の作り出す物質が寄生虫に効果があることを発見し、メルク社との共同研究の末、その物質から薬剤イベルメクチンを開発、それが重症の場合に失明することもある熱帯病のオンコセルカ症(河川盲目症)やリンパ系フィラリア症(象皮症)の特効薬となり、年間3億人が使用するに至ったわけですが、メルク社との契約の際に特許ロイヤリティを受け取る契約を交わしています。この件については、メルク社からの特許買取り要請に対し、北里研究所の再建の際に経営学を学んでいた大村氏がロイヤリティ契約を主張して譲らなかったとのことです(「下町ロケット」みたいな話だなあ)。

大村智Y.jpg 但し、発明通信社によれば「大村博士らが治療薬の商用利用で得られる特許ロイヤリティの取得を放棄し、無償配布に賛同したために(WHOによる10億人への無償供与が)実現した」とのことで、これはつまり、彼は10億人の人々を救うために「特許権の一部」を放棄したのだと思われます(特許権を完全所有していれば数千億円が転がり込んできてもおかしくない状況か)。それ以外については特許ロイヤリティが北里研究所に支払われる契約のため、「150億円のキャッシュが北里研究所にもたらされ」(『大村智物語』)、研究所経営も立ち直ったということであり、更に、美術愛好家としても知られる大村氏は、2007年には故郷である山梨県韮崎市に私費で韮崎大村美術館を建設、自身が所有していた1500点以上の美術品を寄贈しています。

益川敏英00.jpg 2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏が近著『科学者は戦争で何をしたか』('15年/集英社新書)の中で、毒ガスや原爆を開発した科学者にノーベル化学賞や物理学賞が与えられてきた実態を書いていますが、そうしたものの対極にあるのがこの大村氏の受賞でしょう(80歳での受賞。存命中に貰えて良かった)。昨年['14年]11月に、中村修二氏の特許訴訟を担当した升永(ますなが)英俊弁護士が、《人類絶滅のリスクを防ぐ貢献度を尺度とすると、青色LEDの貢献度は、過去の全ノーベル賞受賞者(487人)の発明・発見の総合計の貢献度と比べて、天文学的に大である。》との主張を、特許法改正を巡る新聞の意見広告で展開したことがありましたが、大村智氏は少なく見積もっても2億人以上の患者を救っているわけで、中村氏陣営はもう少し謙虚であった方がよかったのではないでしょうか。

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淡々と書かれているだけに却って感動的であり、また、面白かった『クラゲに学ぶ』。

下村脩 クラゲに学ぶ.jpg 光る生物の話.jpg 下村脩 2.jpg 下村 脩 氏   科学者は戦争で何をしたか.jpg
クラゲに学ぶ―ノーベル賞への道』『光る生物の話 (朝日選書)』『科学者は戦争で何をしたか (集英社新書)

「一度も借りられたことがない本」特集 朝日新聞デジタル.jpg 今年['15年]はどうしたわけか色々な図書館で貸出回数ゼロの本の展示企画が流行り、藤枝市立駅南図書館(2月)、裾野市立鈴木図書館(2月)などで実施され、更にはICU大学図書館の「誰も借りてくれない本フェア」(6月)といったものもありましたが、つい最近では、江戸川区立松江図書館が1度も貸し出されたことがない本を集めた特設コーナーを設けたことが新聞等で報じられていました(12月)。その中に、2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩氏による本書『クラゲに学ぶ』('10年/長崎文献社)があり、やや意外な印象も受けました(ローカルの版元であまり宣伝を見かけなかったせいか?)。

借りられたことのない本を集めた江戸川区立松江図書館の企画展(朝日新聞デジタル 2015年12月21日)

下村脩 3.jpg 本人が自らの人生の歩みと、緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見によりノーベル賞を受賞するまでの研究の歩みを振り返っている本ですが(タイトルは2008年ノーベル化学賞のポスター"Lessons from the jellyfish's green light"に由来)、淡々と書かれているだけに却って感動的であり、また、面白かったです。特に、学問や人との出会いが、実は偶然に大きく左右されていたというのが興味深かったです。

 終戦直後、受験した高校に全て落ちた下村氏は、原爆で被災した長崎医科大学附属薬学専門部が諫早の家から見える場所に移転してきたこともあって、薬剤師になる気は無かったけれども、ほかの選択肢がなくて長崎薬専へ内申書入学、それが化学実験に興味を持ち始める契機になったとのことです。

 薬専から大学となった長崎大学を卒業後、武田薬品の面接で「あなたは会社にはむきませんよ」と言われ、安永峻五教授の授業の学生実験の助手として大学に残り、山口出身の安永教授と同郷の名古屋大学の有名な分子生物学の先生を紹介してもらえることになり、一緒に名古屋に行くと偶々その先生は出張中で、山口出身の別の先生の研究室に挨拶に行ったら「私のところへいらっしゃい」と言われ、その先生が当時新進の天然物有機化学者の平田義正教授で、当時、分子生物学も有機化学も全くと言っていいほど知らなかった著者が平田研究室の研究生となり、ウミホタルを発光させる有機物を結晶化するというテーマに取り組むことになったとのことです。下村氏は巻末で、尊敬する3人の師の下村 脩   .jpg1人として、プリンストンで共にオワンクラゲの研究に勤しんだ(共に休日に家族ぐるみでオワンクラゲの採下村脩 35.jpg集もした)ジョンソン博士の名を挙げていますが、その前に、安永峻五教授と平田義正教授の名を挙げています。やがてずっと米国で研究を続けることになる著者ですが、日本国籍を保持し続けていたことについて、何ら不便を感じたことがないと言っているのも興味深いです。

 著者の研究分野やその内容については、著者が一般向けに書き下ろした『光る生物の話』('14年/朝日新書)により詳しく書かれていますが、こちらの方にも、近年の発光植物の研究まで含めた著者の研究の歩みや、『クラゲに学ぶ』にもある著者自身の自伝的要素も織り込まれています。元々、自分たちの子どものために自伝を書き始め、ノーベル賞受賞後、それを本にする話が朝日新聞の人から出て朝日新聞出版社で刊行する予定だったのが、故郷長崎県人の強い要望から地元の出版社で刊行することになったのが『クラゲに学ぶ』であるとのことで、既に朝日新聞出版社からも『クラゲの光に魅せられて-ノーベル化学賞の原点』('09年/朝日選書)を出していたものの、下村氏が書いたのは3分の1足らずで、あとは講演会の内容がほとんどそのまま収録されているような内容であったため(おそらく出来るだけ早く刊行したいという版元の意向だったのだろう)、改めて自伝的要素を織り込んだ『光る生物の話』を朝日選書で出すことで、朝日新聞出版社にも義理を果たしているところが著者らしいです。

 『光る生物の話』によれば、生物発光の化学的研究は1970年代がピークで、現在は衰退期にあるとのこと、研究者の数も多くなく、過去100年間の研究成果のうち、著者が共同研究者として関わっているものがかなりあることからもそれが窺えます。オワンクラゲからの緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見は偶然も大きく作用していますが、こうした医学界に実際に役立つ成果でもない限り、本当にマイナーな世界だなあと。

下村脩 ノーベル賞8.jpg 『クラゲに学ぶ』の特徴としては、他の学者等の"ノーベル賞受賞記念本"と比べて受賞時及びそれ以降の過密スケジュールのことが相当詳しく書かれている点で(おそらく下村氏は記録魔?)、断れるものは断ろうとしたようですが、なかなかそうもいかないものあって(これも淡々と書いてはいるが)実にしんどそう。それでも、ノーベル賞を貰って"良かった"と思っているものと思いきや、人生で大きな嬉しさを感じたのは貴重な発見をした時で、ノーベル賞は栄誉をもたらしたが、喜びや幸福はもたらさなかったとしています。本書は受賞の1年版後に書かれたものですが、「今の状態では私はもはや現役の科学者ではない」と嘆いていて、米国の研究所を退任する際に実験器具一式を研究所の許可を得て自宅へ移したという、あくまでも研究一筋の著者らしい本音かもしれません。

asahi.com

益川敏英 氏
益川敏英00.jpg 同じ2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏の近著『科学者は戦争で何をしたか』('15年/集英社新書)は、ノーベル賞受賞者が過去の戦争で果たした負の役割を分析したものですが、益川氏は、ノーベル財団から受賞連絡を受けた際に、「発表は10分後です」「受けていただけますか」と言われ、その上から目線の物言いにややカチンときたそうです。下村氏の場合、自分は受けるとすれば既に発表が終わっていた生理学・医学賞で、今年は自身の受賞は無いと思っていたそうで、その下村氏の元へノーベル財団から化学賞受賞の連絡があった際も「20分後に発表する」と言われたとのこと、財団の立場に立てば、本人の受賞の受諾が必要であり、但し、事前にマスコミに流れてはマズイという意味では、このドタバタ劇は仕方がないのかもしれません。

 益川氏の『科学者は戦争で何をしたか』の中にある話ですが、益川氏はノーベル賞受賞の記念講演で戦争について語ったのですが、事前にその原稿にケチがついたことを人伝に聞いたとのこと、益川氏は自分の信念から筋を曲げなかったのですが、そうしたら、下村氏も同じ講演で戦争の話をしたとのことです。長崎に原爆が落ちた際に当時16歳の下村氏は諫早市(爆心から20km)にいて、将来の妻となる明美氏は長崎市近郊(爆心から2.3km)にいたとのことです。益川氏は原爆は戦争を終わらせるためではなく実験目的だったとし、下村氏も戦争を終わらせるためだけならば長崎投下は説明がつかないとしています。

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忽然と消えた天才物理学者の謎を追う。レオナルド・シャーシャの古典的伝記に匹敵する面白さ。

マヨラナ.jpgJoão Magueijo.jpg    マヨラナの失踪.jpg レオナルド・シャーシャ.jpg
マヨラナ―消えた天才物理学者を追う』João Magueijo 『マヨラナの失踪―消えた若き天才物理学者の謎 (1976年)』Leonardo Sciascia

エットーレ・マヨラナ.png エットーレ・マヨラナ(Ettore Majorana、1906-1938?)はシチリア島カターニア出身の物理学者で、数学的な才能に溢れ、エンリコ・フェルミ率いるパニスペルナ研究所でその天賦の才を発揮、1933年に核力の理論として中性子と陽子の交換力(マヨラナ力)を考え、ニュートリノが実際に観測される25年も前にこの粒子の性質について考察していましたが、非社交的な性格で、1938年3月26日の夜、シチリア島のパレルモからナポリ行きの船に乗ったまま姿を消しています。

Ettore Majorana

 このエットーレ・マヨラナについては、今や古典的マヨラナ伝として定番も言える、レオナルド・シャーシャ(Leonardo Sciascia、1921-1989)著、千種堅(1930-2014)訳『マヨラナの失踪―消えた若き天才物理学者の謎』('76年/出帆社)をかなり以前に読んで、マッチ箱の切れ端や小さな紙切れに殴り書きしたような数式が実はノーベル賞級の理論発見でありながら、次の瞬間にはそれらを破り捨てていたという、こんな凄くて変わり者の天才物理学者がいて、しかもある日忽然と船の上から姿を消したということを知って驚いたものですが、その後、日本ではあまりこの人のことは取り上げられなかったのではないでしょうか(本国イタリアでは、しばしば"ミステリ・ドキュメンタリー"風のTV番組などで取り上げられるようだが)。 イタリアRAIのテレビ番組「Voyager」

A Brilliant Darkness_.jpg 本書(原題"A Brilliant Darkness" 2009)は、レオナルド・シャーシャによる伝記以来、久しぶりに邦訳されたマヨラナの伝記で、レオナルド・シャーシャ(シチリア島出身)が当時のイタリアを代表する文豪と呼んでいい作家であったのに対し、著者ジョアオ・マゲイジョ(João Magueijo)はポルトガルの宇宙物理学者で、初期宇宙では光速は現在よりも60桁以上早かったとする「光速変動理論」を唱えている現役バリバリの研究者です(この理論は、佐藤勝彦・東京大学名誉教授が提唱したことで氏がノーベル物理学賞候補と目されるようになった「インフレーション理論」と真っ向から対立する)。

 現役の物理学者による著書ということで、読む前は、専門知識の面では満足できるだろうけれど、レオナルド・シャーシャによる伝記ほど面白く読めるかどうかやや疑心暗鬼でしたが、読んでみたらシャーシャの伝記に匹敵するくらい面白かったという印象でしょうか(もともと天才の物語は面白いし、マヨラナはそうした中でも多くの興味深い謎を秘めている素材であるということはあるのだが)。著者は、まるで本職が伝記作家であるかのように、マヨラナの家系を調べたり、所縁(ゆかり)の生存者を訪ねて取材したりしており(しかも言葉の壁を乗り越えて)、シャーシャによる伝記を更に深耕したものと言えます(それにしても、作家並みの文才!)。

Ragazzi di via Panisperna.jpg 最初にマヨナラの失踪時の経緯を、最後に失踪後の経緯をもってきて、本編の大部分にあたる中間部分では、マヨラナの生い立ちから始まって、マヨナラと彼を巡る人々を取り上げ(必要に応じて様々な物理学理論の紹介もし)、それらが全体として、物理学分野で活躍した人々の立志伝、人物群像になっていますが、その中での様々なエピソードを通して、マヨナラがどれほど図抜けた天才だったか(フェルミなどは彼の頭脳に全くついていけなかった)、また、そうしたノーベル賞級の発見を数々成し得ながらもそれを自ら進んで公表しようとはしなかったその変人ぶりが浮き彫りにされています。

Ragazzi di via Panisperna(「パニスペルナ通りの青年たち」右端がフェルミ。孤独を好んだマヨラナは写っていない)

 但し、単に繊細な、或いは気難しい変人としてマヨラナを描くのではなく、彼がなぜそうした学界の主流に入っていかなかったのかについても著者なりの見方を示唆しており、マヨナラの失踪についても、イタリアのコミックで登場した"宇宙人による誘拐説"などを面白く紹介しながらも、独自の考察をしています。

 また、レオナルド・シャーシャの本と異なる点は、科学史上希代の物理学者と言われているエンリコ・フェルミが、本書ではマヨラナとの対比でかなり俗物っぽく描かれている点で、自らの研究所の一員であるマヨラナの、大発見とも言える成果を世に公表しようともせず、後に他の学者が公表すると、悔しがるでもなく、むしろ自分が公表する手間が省けたと喜ぶ様に、研究所のリーダーで功名心にはやるフェルミの方がイライラさせられたとありますが、競争の激しい研究分野では、フェルミのとった態度の方がむしろ自然だったと言えるかも(明らかにフェルミがマヨラナより劣っていたにしても)。

 レオナルド・シャーシャは、マヨナラ"自殺説"をほぼ堅い説としつつ、マヨラナは自らの天才を怖れていたのではないかとしていますが、本書の著者マゲイジョは、シャーシャの古典的伝記に敬意を払い、また共感を示しつつも(マゲイジョ自身もマヨナラをニュートン、アインシュタインと並ぶ三大天才の一人としている)、物理学が誤った方向に進んでいることに対する彼の懸念などを炙り出し(実際、多くの物理学者が核開発に協力し原子爆弾が誕生するという結果となった)、それが、彼が学界から距離を置き、遂には失踪することに繋がったのではないかとしているようです("自殺説"そのものを否定しているのではなく、自殺したとすれば、予め仕掛けておいたプログラムのようなものが何かのはずみで起動した結果ではないかとしているのは、シチリア島へ渡る船には乗っていたが帰りの船では消えてしまったということと考え合わせると、何となく説得力があるように思える。まあ一方で、最期に故郷を訪ね、それから自殺する「計画」をその通り遂行したととれなくもないが)。

I ragazzi di via Panisperna (1988).png エンリコ・フェルミが率いたエットーレ・マヨラナほかパニスペルナ研究所の若き研究者らは「ラガッツィ・ディ・ヴィア・パニスペルナ(Ragazzi di via Panisperna、パニスペルナ通りの青年たち)」と呼ばれ、ジャンニ・アメリオ監督によってそのままのタイトルで'88年に映画化されていますが、当然のことながら、フェルミではなくマヨナラを中心として描いた作品のようです。但し、アメリオ監督の作品の中でこの作品は、高村倉太郎(監修)『世界映画大事典』('08年/日本図書センター)で紹介されていましたが、残念ながら日本では公開されていないようです。
映画"Ragazzi di via Panisperna"
  (パニスペルナ通りの青年たち)('88年/伊)

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自身の良き師、善きメンターを持ったという経験が、後継を育てる姿勢に繋がっているのでは。

ニュートリノの夢 岩波ジュニア新書.jpgニュートリノの夢 (岩波ジュニア新書)梶田隆章 小柴昌俊1.jpg 梶田隆章氏(左)と小柴昌俊氏(右)(「産経新聞」(平成25年9月27日))
梶田隆章ノーベル賞3.jpg 2015年のノーベル物理学賞に、ニュートリノが質量を持つことを示すニュートリノ振動を発見したとして梶田隆章・東京大学宇宙線研究所長が選ばれ、日本人の物理学賞の受賞は、前年の赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏に続いて11人目(外国籍の日本人含む)となりました。この内、素粒子研究の分野での受賞は、'49年の湯川秀樹、'65年の朝永振一郎、'02年の小柴昌俊氏、'08年の南部陽一郎氏(今年['15年]7月に満94歳で逝去)・小林誠氏・益川敏英氏の3氏同時受賞に次ぐ7人目で、日本人がこの分野に強いことを示していると言えますが、更にこれを「紙と鉛筆でできる」とも言われる「理論」と、大型の観測装置や加速器を使って理論を検証する「実験」の2分野に分けると、「実験」で今回の梶田氏の前にノーベル賞を貰っているのは、梶田氏の師にあたる小柴氏のみとなります。

スーパーカミオカンデの実験.jpg 本書は、その小柴氏の口述をベースに2009年1月から2月にかけて46回に渡って「東京新聞」に連載された「この道」を加筆・修正してまとめたもので、第1章で、小柴氏がノーベル賞を受賞する理由となった、カミオカンデにおける宇宙ニュートリノの検出の経緯が書かれ、第2章から第5章までで小柴氏の生い立ちやこれまでの研究人生の歩みが描かれています。そして、最終第6章で、スーパーカミオカンデの設置や平成基礎科学財団の設立、これからの夢について書かれていますが、この中に、今回の梶田氏のノーベル賞受賞の報道でしばしば取り上げられる、1998年に岐阜・高山市で行われたニュートリノ国際学会で、ニュートリノ振動の存在を実証したスーパーカミオカンデの観測結果を梶田氏が発表した際のことも書かれていて、梶田氏の講演が終わると、聴衆が立ち上がって「ブラボー」と叫んで拍手が沸き起こり、まるでオペラが終わったような騒ぎになったとあります(小柴氏は学会に来ていた南部陽一郎氏(小柴氏より5歳年上)とその晩食事を共にし、南部氏に「よかったねえ」と喜ばれたという)。この時点で小柴氏もまだノーベル賞を貰っていないわけですが、小柴氏が自らの受賞の時に、まだまだスーパーカミオカンデでの研究から日本人ノーベル受賞者が何人か出ると言っていたのは、その確信があっての発言であったことが窺えます。

「東京新聞」2015年10月7日

 その小柴氏のノーベル賞受賞の際に、大マゼラン星雲内で16万年前に起きた超新星爆発(天文学では「1987年2月に起きた」という言い方をするわけだが)で生じたニュートリノを、カミオカンデが出来た僅か4年後に捕まえることが出来たのは「実にラッキーだった」という見方もあったように思いますが、本書を読むと、宇宙ニュートリノの観測をしていたライバルの研究グループが世界に複数あって、チャンスはそれらに均等に訪れ、その中で、少ない予算で小さな装置しか持たなかった小柴氏率いる日本チームが最も早く正確に超新星ニュートリノを観測することに成功し、他グループはその追認に回ったこと、また、こうした少ない予算で外国との競争に勝つための独自の戦略が小柴氏のチームの側にあったこと分かりました。

小柴 昌俊.jpg その小柴氏ですが、本書を読むと、子どもの時から神童だったというわけではなく、何とか旧制第一高等学校に入ったものの一高時代も落ちこぼれで成績が悪くて、「小柴は成績が悪いから(東大へ進学しても)インド哲学科くらいしか入れない」と話す教師の雑談を聞いて一念発起し、寮の同室の同級生の朽津耕三氏(現・東京大学化学科名誉教授)を家庭教師に物理の猛勉強を始め東大物理学科へ入学したとのことです。

朝永振一郎.jpg こうした小柴氏を可愛がったのが朝永振一郎(1906-1979)で、2人ともバンカラぽくってウマが合ったというのもあったようですが(本書にある数々の師弟エピソードがどれも可笑しい)、やはり朝永振一郎という人は小柴氏の持つ"何か"を見抜いていたのだろうなあと思いました。本書は小柴氏自身によるものなので、どこを見込まれたのか分からないという書き方になっていますが、小柴氏自身、良き師、良きメンターを持つことの大切さを身をもって経験し、それが、氏の「後継を育てる」ことを重視する姿勢に繋がっているように思います。小柴氏の後継としてスーパーカミオカンデを率いた小柴・戸塚さんから梶田さん.jpg戸塚洋二 asahi.com.jpg戸塚洋二氏が'08年に満66歳で早逝した際は、これで実験グループの日本人のノーベル章受賞はやや遠のいたかに思えましたが、梶田氏という後継がしっかり育っていたということになります。

     「朝日新聞」(asahi.com)2008年7月11日

「読売新聞」(YOMIURI ONLINE)2015年10月7日

 その梶田氏は、出身大学は埼玉大学で、この人も普通の研究者のように見えて、実は尋常ならざる研究者「魂」の持ち主であるようですが、それを見抜いたのが小柴氏ではないかと思います。梶田氏は、今回の受賞インタビューで、「小柴組は徒弟制だと思う。先生は若手の育て方がうまかった。特別な才能で、それを受け継ぐことはできなのでは」と笑って語ったとのことです(「朝日新聞」2015年10月9日)。

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実験しながら話す、元祖「でんじろう先生」? 解り易く格調高い。

ロウソクの科学旧版.jpg [旧版] ロウソクの科学改訂版.jpgロウソクの科学 改版 (岩波文庫)ロウソクの科学(角川文庫).jpg 『ロウソクの科学 (角川文庫)

ロウソクの科学』.jpgマイケル・ファラデー.bmp 1860年(エジソンが電球を発明する19年前)の暮れに、「ファラデーの法則」で有名なマイケル・ファラデー(1791‐1867)が、少年少女のために行なったクリスマス講義6講を纏めたもので、この時ファラデーは70歳だったとのことですが、子供たちに科学へ関心抱いて欲しいという思いが伝わってくる生き生きとした話しぶりには、自らを「青年」と呼ぶに相応しいみずみずしさが感じられます。

 第1講で牛脂や鯨油、蜜蝋、パラフィンなどから作られた様々なロウソクを見せながらその製法を説明し(当時、ロウソクは今よりずっと生活に密着したものだっただろう)、ロウソクはなぜ燃えるのかという話に入っていき、毛管引力(表面張力)、毛管現象を解説、以下、全講を通じて、ロウソクを通して様々な科学(主に化学)現象を解説していきます。

 第2講では炎の明るさと空気(酸素)の関係を実験的に示し、燃焼によって水が生じることを、第3講ではロウソクが燃えた後に残るものは何かを、第4講では燃焼によって生じた水の成分、水素と酸素を電極装置で分離採取し、その特性を明らかにしています。
 第5講では空気中の酸素の性質とロウソクから生ずる二酸化炭素の性質を説き、第6講では石炭の燃焼で炭素が空気中に溶け込むことを実験解説すると共に、ロウソクの燃焼は人間の呼吸と似たような現象であるとしています。

ファラデーのクリスマス講演.jpg 少年少女達の目の前で自ら(時に助手を使いながら)実験し、それに基づいて解説しているので、当時のファラデーの話を聴いた子供達は、かなり引き込まれたのではないでしょうか。
 自分達だってこんなやり方での授業は殆ど受けたことがなく、テレビで見る「米村でんじろう先生」とか「平成教育委員会」の実験に思わず魅入ってしまうのと同じ要素が、この講義録にはあるかと思われます(「平成」でやっていたのと全く同じ実験があった)。
 プレゼンテーターとしても卓越していますが、単に解り易いだけでなく、格調が高い!  ファラデーのクリスマス講演

 この講演をした場所は「王立研究所」ですが、角川文庫版の訳者・三石巌の解説によると、彼自身は貧しい鍛冶屋の次男に生まれ、製本屋の小僧をしていたのが、何事にも探求心の強い彼を見て、製本屋の主人が、彼が屋根裏部屋で化学実験をすることを励ました―そして、たまたま製本屋を訪れた客に、王立研究所で化学の講義があることを教えてもらい、その講演を聴いて科学に一生を捧げることを誓い、後に数多くの化学や物理の法則・原理を発見したというから、スゴイ人です。

 貧困は環境の1つの要素に過ぎず、本人の情熱や周囲の人の思いやり、思わぬ人との出会いが、その人の人生を大きく変えるということでしょうか。
 
 【1933年文庫化・1956年改版[岩波文庫]/1962年再文庫化[角川文庫(三石巌:訳)]/1972年再文庫化[講談社文庫(吉田光邦:訳)]//1974年再文庫化[旺文社文庫(日下実男:訳)]】

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その後をノーベル賞の受賞状況で振り返ってみると...(まあまあ、いい線?)。

日本の科学者最前線―発見と創造の証言.jpg  ノーベル物理学賞 日本人3氏 .jpg 2008年10月8日付「朝日新聞」
日本の科学者最前線―発見と創造の証言 (中公新書ラクレ)』 ['01年]

森の人四手井綱英.jpg 日本の森林生態学の草分け的存在で、「里山」という言葉の生みの親でもある四手井綱英(しでい・つなひで)氏の訃報(1911.11.30〜2009.11.26/享年97)が入ってきて、本人が書いた本は読んだことが無いのですが(作家の森まゆみ氏が書いた評伝『森の人 四手井綱英』('01年/晶文社)がある)、他でも名前を見た気がすると思ったら、この本がその内の1つでした。

 '00年1月から3月まで読売新聞の夕刊に連載された、54人の科学者へのインタビュー「証言でつづる知の軌跡」を書籍化したもので、科学の最先端分野でどのような研究がなされてるかを俯瞰することが出来きるという点では手っ取り早く、但し、元が新聞コラムであり、字数制限もあるため、1人1人の研究成果の解説は浅いものにならざるを得ません(後にノーベル賞を受賞する益川敏英氏が、この当時から英語嫌い、海外にいくのが嫌いだったとか、人柄を表すエピソードは楽しめる)。それでも、前書きにあるように、「日本にも独創的な科学者が、こんなにもいるということ」を、それなりに認識させられた記憶があります。

利根川 進.jpg ノーベル賞が科学者の絶対的な業績指標だとは思いませんが、サイエンス系のノーベル賞は、平和賞や経済賞、文学賞に比べれば、まだ幾らかは客観的指標になり得るのかなと個人的には思っていて、この54人の中にも後のノーベル賞受賞者が結構いるなあと。

 このリストの中で、連載当時のノーベル賞受賞者は、江崎玲於奈氏('73年/物理学賞)と利根川進氏('87年/医学・生理学賞)しかいませんでした。それが、連載のあった年に白川英樹氏が受賞し('00年/化学賞)、そして本書刊行直後に野依良治氏が受賞('01年/化学賞)、更に、小柴昌俊氏の受賞('02年/物理学賞)と続きました。

ノーベル物理学賞を受賞した(左から)小林誠、益川敏英、南部陽一郎の3氏.jpg その後暫く日本人の受賞は無く、それが、'08年になって、小林誠・益川敏英両氏と南部陽一郎氏の物理学賞の受賞が相次ぎました(南部陽一郎氏はアメリカ国籍)。現在は海外で研究活動をしている人も含め、皆、日本の大学で学んだか卒業した人ですが、全員、国立大学出身で私立大学卒はいません['09年現在]。

小林誠、益川敏英、南部陽一郎の各氏

田中 耕一 記者会見3.jpg下村脩.bmp この間のサイエンス系のノーベル賞受賞者で、本書のリストに無いのは、島津製作所の田中耕一氏('02年/化学賞)と"オワンクラゲ"の下村脩氏('08年/化学賞)ということになります('08年は、前記小林誠・益川敏・南部陽一郎氏と下村脩氏の合わせて4人が受賞)。

田中耕一氏/下村脩(おさむ)氏

 54人から既に受賞していた2人を除くと52人、'09年現在、その内の6人がノーベル賞を受賞したことになります。リストには、数学などノーベル賞の対象外の分野や対象になりにくい分野の研究者が挙げられていることを考えれば、まあまあ、いい線(?)ではないでしょうか(リスト中の研究者では、その後やや間が空いて、中村修二氏('14年/物理学賞、アメリカ国籍)、大村智氏('15年/医学生理学賞)と続く)。一方で、'08年7月には小柴昌俊氏の愛弟子で、小柴氏が'09年のノーベル賞受賞は確実としていた戸塚洋二氏が壮絶なガン死を遂げており、こちらは97歳で亡くなった四手井綱英氏とは対照的に66歳という若さでした(その後、小柴研究所での戸塚洋二氏のいわば弟弟子にあたる梶田隆章氏が受賞('15年/物理学賞))
 
 その他にも、宇宙物理学の小田稔('01年3月逝去)、「サル学」の伊谷純一郎('01年8月逝去)、人類学の埴原和郎(04年10月逝去)、情報伝達酵素発見の西塚泰美('04年11月逝去)の各氏が亡くなっていて、ノーベル賞を貰うには、業績もさることならば、ある程度長生きしなければならないのかなあと(南部陽一郎氏は87歳での受賞で、受賞対象の業績は40年も前に発表されたもの)。

 やはり、戸塚洋二氏はとりわけ無念だったことでしょう。個人の名誉もさることながら、自分がやった研究の成果がより多くの人に認知され、それが後継の励みになることを望んでいたでしょうから。ただ、先月('09年11月)96歳で死去した俳優の森繁久弥氏に国民栄誉賞が贈られることになりましたが、「死者に与えない」というルールは、死者まで候補にすると収集がつかなくなるという事情もあるかと思いますが、ノーベル賞の一つの見識とみることもできるのではないかと思っています。

《読書MEMO》
●科学者54人のリスト 青字は読売新聞連載後にノーベール賞を受賞した人[2015年現在](緑字は連載前に既に受賞)
【生命科学】
・伊藤正男  「長期抑圧」現象の発見、記憶の謎に迫る
・小西正一  聴覚の立体地図を作る
・増井禎夫  細胞分裂の仕組み解明に先駆的成果
・浅島 誠  分化を導くたんぱく質の発見
・竹市雅俊  細胞接着因子を特定
・日沼頼夫  白血病を起こすウイルス発見から人類学へ
・西塚泰美  情報伝達酵素を発見
・宮田 隆  分子レベルで進化に迫る
・太田朋子  分子進化の「ほぼ中立」説を提唱
私の脳科学講義.jpg●利根川進  「抗体の多様性」の謎を解明

【医学】
・石坂公成  アレルギーが起こる基本的仕組みを解明
生命の意味論.jpg・多田富雄  免疫の調節機構の存在を裏付け
・岸本忠三  免疫物質の遺伝子を特定
・谷口維紹  世界初のインターフェロン(β)遺伝子解析
・杉村 隆  発がん物質をつきとめる
・大河内一雄 血清肝炎の抗原をつかまえる
大村智 2億人を病魔から守った化学者.pngノーベル生理学医学賞 大村智氏.jpg●大村 智(2015年ノーベル医学生理学賞)  熱帯病の特効薬作る放線菌を発見
・原田正純  胎児から成人までの水俣病の実態に迫る

【化学】
・向山光昭  合成化学で世界をリード
●野依良治(2001年ノーベル化学賞)  「不斉合成」理論の形成と実証
・中西香爾  天然化合物の構造を動的に解明
・岸 義人  猛毒物質パリトキシンンを人工合成
・樋口隆昌  樹木の硬さの謎に挑む
・鈴木昭憲  昆虫の変態ホルモンを解明
・井口洋夫  電気を通す炭素化合物を発見
●白川英樹(2000年ノーベル化学賞)  導電性ポリマーの開発

【生態学】
・伊谷純一郎 独自の手法で、サルの社会構造を解明
・青木淳一  日本のダニ研究を世界のトップレベルに
人類の進化史 埴原和郎.jpg・埴原和郎  日本人のルーツを骨から探究
・四手井綱英 森林生態学を創設、地球環境保護へ

【地質・気象】
・丸山茂徳  まったく新しい地球観「超プルーム」提唱
・平 朝彦  地層の記録からプレートの沈み込みを実証
・真鍋淑郎  全地球を覆う気候モデルを開発
・阿部勝征  津波メカニズムの解明と災害情報
・金森博雄  「リアルタイム地震学」を提唱

【工学】
ノーベル賞 中村修二.jpg赤の発見 青の発見.jpg●中村修二(2014年ノーベル物理学賞)  夢の青色光源を発明
・西澤潤一  光通信の基本を考案
・嶋 正利  世界初のマイクロプロセッサ開拓
・坂村 健  国産OS「トロン」を開発
・池田武邦  超高層ビル時代を開拓
・藤島 昭  光触媒の応用へ道開く
・飯島澄男  カーボンナノチューブを発見
●江崎玲於奈 エサキ・ダイオードを生み出す

【宇宙】
・小田 稔  宇宙から届くエックス線の謎を解く
・林忠四郎  極微の素粒子から極大の宇宙を構想
「相対性理論」の世界へようこそ.jpg・佐藤勝彦  宇宙膨張のメカニズムを解明

【物理】
ノーベル物理学賞を受賞した(左から)小林誠、益川敏英、南部陽一郎の3氏.jpg●南部陽一郎(2008年ノーベル物理学賞) 物理学の「標準理論」構築に貢献
●小林誠/益川敏英(2008年ノーベル物理学賞) 素粒子理論で革新的成果をあげる
・近藤都登  実験物理学で「トップクオーク」の存在証明
ニュートリノの夢 岩波ジュニア新書.jpg●小柴昌俊(2002年ノーベル物理学賞)  「ニュートリノ天文学」を切り拓く
・戸塚洋二  素粒子「ニュートリノ」の質量を確認
・外村 彰  干渉型電子顕微鏡で磁力の謎に挑む

【数学】
・広中平祐  複雑な図形から方程式を導き出す

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「複雑系」疑似科学を取り上げたことで面白くなったが、全体的にインパクト不足。

疑似科学入門.gif 『疑似科学入門 (岩波新書 新赤版 1131)』 ['08年]

 冒頭、疑似科学と言われるものを、「第1種疑似科学」(占い系、超能力・超科学系、擬似宗教系など科学的根拠の無い言説)、「第2種疑似科学」(永久機関・ゲーム脳、マイナスイオン・健康食品・活性酸素・波動、各種確率や統計など、科学の装いを取りながら実態の無い言説)、「第3種疑似科学」(環境問題、電磁波被害、狂牛病、遺伝子組換え作物、地震予知、環境ホルモンなどの科学的に証明しづらい「複雑系」)の3つに分類しています。

水の記憶.jpg それぞれについてどういった種類のものがあるのか、「第1種疑似科学」を信じる人間の心理作用や「第2種疑似科学」が世の中にはびこる理由(これ、"健康"と"カネ"が結びついたものが多い)は何かを考察的に整理していますが、まあ、自分に関しては大丈夫かな、という感じで、「水の記憶」なんてバカバカしい"水ビジネス"もあるんだといった野次馬感覚で読み進み、著者の言っているそのワナに嵌まらないための"処方箋"というのも、真っ当過ぎてインパクトが弱いような気がしつつ読んでいました。

 ところが、「第3種疑似科学」=「複雑系」のところに入って、自分の疑似科学に対する"免疫"度に少し自信が持てなくなってきたというのが正直なところ(「複雑系」の全てが「疑似科学」に含まれるわけではないとは思うが)。
 著者自身、「第1種」「第2種」だけで本を纏めるにはあまりにインパクトがないと思いつつも、「第3種」を疑似科学に含めるかどうかについては逡巡したらしく、また、明確な科学違反とは言えない「第3種」への"処方箋"として持ち出した、「不可知論に持ち込むのではなく、危険が予想される場合はそれが顕在化しないような予防的な手を打つべきである。その予想が間違っていても、人類にとってマイナス効果は及ぼさない」という「予防措置原則」の考え方に対してすら、あとがきにおいて、金科玉条的な「予防措置原則」は疑似科学の仲間入りをすることも考えられると、慎重な姿勢を見せています(じゃあ、どうしてそんな曖昧な姿勢のまま本書を書いたのかということについては、批判を覚悟しながらも、これにより議論が拡がれば、ということらしい)。

 疑似科学を振りまく学者もどき(例えば「環境問題は存在しない」という"小言辛兵衛"型の科学者)は困ったものですが、それを批判する側の姿勢(多くが反論のための反論になってしまっている)にも、全否定で臨むのではなく、「部分的には受け入れても全面的に信用しない」姿勢が求められるとしている点が印象に残りました。

 著者の池内了(さとる)氏は、ドイツ文学者でエッセイストの池内紀(おさむ)氏の実弟で、宇宙物理学者でありながら、漱石や寺田寅彦などの再評価も行っている人(本書にも、寺田寅彦の言葉とされる「天災は忘れた頃にやってくる」が引用されている)、本書は社会評論としても読めますが、「複雑系」のところで具体例を挙げている分、この辺は諸説あるテーマが殆どであるために、本書自体がバッシング対象となる可能性もあるように思われます(著者の参照している情報源が限定的であることは確か)。

 著者の科学者としての眼は冷静であるように思え、また個人的には、著者の自省的な考え方に一定の共感を抱いたのですが、「第3種疑似科学」について触れた部分を含めても、本全体としてのインパクトはやや弱かったか。

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素材が"ごちゃまぜ"で、結果として、読後感の薄いものに...。

もしもあなたが猫だったら?.jpg 『もしもあなたが猫だったら?―「思考実験」が判断力をみがく (中公新書 1924)』 ['07年]

 同著者の『99・9%は仮説』('06年/光文社新書)が結構売れたのは、光文社ならではのタイトルの付け方の妙もあったかと思いますが、言っていることは割合まともで、実のところ、ある種の「科学エッセイ」に過ぎないと捉えたのですが、本書は、「思考実験」ということをテーマにしながらも、よりエッセイっぽくなっている感じがしました。

 学術的ないしマニアックな傾向にある「中公新書」にしては、まるで「岩波ジュニア新書」のような語り口で(文字も少し大きい)、この辺りから出版社サイドの「2匹目のドジョウ」狙いの意図が窺えなくもないのですが、読んでいくうちに、結構、著者の専門領域である物理学のテクニカル・タームも出てきて、ああ、やはり「中公新書」かと...。

 要するに、1週7日間に区切った構成で、後にいくほどレベルを上げているのでした(第6日に"マックスウェルの悪魔"、第7日に"アインシュタインの相対性理論"を取り上げている)。

 但し、間々に科学哲学的な話がエッセイ風に挿入され、それはそれで楽しいのですが、取り上げられている「思考実験」が、「重力がニュートンの逆二乗則からズレると宇宙はどうなるか?」「なぜ、この宇宙は、"6つの魔法数"がすべてうまく微調整されているのか?」といった物理学寄りのものと、「現代日本で親子を分離して教育したらどうなるだろうか?」「プラトンと共産主義が似ているのはなぜだろうか?」といった社会科学や哲学寄りのものが混在しているのが、ちょっと自分の肌には合いませんでした(単体では、それなりに面白い部分もありましたが)。

 こうしたテーマの並存(と言うか"ごちゃまぜ")は、前著『99・9%は仮説』でも見られたもので、著者の頭の中ではキチンと繋がっているのだろうけれども、自分自身は頭が硬いせいもあるのかも知れませんが、全体に統一がとれていないように思えてしまい、結果として、読後感も薄いものにならざるを得ませんでした。

 著者の書いたものや対談集は『99・9%は仮説』以前にも読んだことがあり、個人的には好みのサイエンス作家。ベストセラーの後に量産体制に入って、そのために1冊当たりの密度が落ちるということは、ファンとしては避けて欲しいものです。

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とりあげている「仮説」のレベルにムラがある。科学エッセイに近い「啓蒙書」?

99.9%は仮説 思い込みで判断しないための考え方.png 『99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方』 ['06年]

 自然科学においては、「法則」という名のものも含め、究極的には全てが仮説であるということはむしろ当たり前であって、「科学は全部『仮説にすぎない』」という本書は、特に新たなことを唱えているわけではなく、科学的理論というものが「仮説である」と認識するところに科学的思考の鍵があるということを言いたかったのではないでしょうか、そうした意味では、本書の趣意は「啓蒙」にあるように思えました。

 但し、著者の「白い仮説、黒い仮説」という表現にもあるように、仮説が実験や観察などにより事実との合致を検証され続けていくと、次第により正しい自然科学法則として認められるようになっていくわけであり、何でもかんでも相対化すればいいというものではなく、その中で、より客観的に確かなものをベースに、それを数学における「命題」や「定理」のように考え、次の理論段階へ進むことが、科学的進化の道筋であるということなのだと思います。

 冒頭の「飛行機がなぜ飛ぶのかまだよく理解されていない」という話は、掴みとしては大変面白いし、「仮説」がすぐに覆ることもあるというのはわかりますが(反証可能だからこそ「仮説」なのである)、「仮説」が覆る可能性がある例として「冥王星は惑星なのか」という問題をもってきていることには、少し違和感がありました(実際、本書にあるIAU国際天文連合の「冥王星が惑星から降格されることはない」という声明は、本書刊行の半年後に、IAU自体がこれを覆して、冥王星を「準惑星」に降格したのであり、時期的にはドンピシャリの話題ではあったが)。

 これって、天文学の話というより、天文学会の中の話であるように思え、それまでにも、仮説が覆った例として「絶対に潰れないと思われた山一證券があという間に潰れた」などといった例を挙げていて、この話と、冥王星の話と、例えば最後にあるアインシュタインの相対性理論も「仮説」に過ぎないという話は、同じ「仮説」でも、その意味合いのレベルが異なるように思えました。

 サブタイトルから、何かビジネスに役立つ思考に繋がる「啓蒙書」かと思って買った人もいるかも知れませんが、どちらかというと、一般の人に科学に関心を持ってもらうための科学エッセイに近い「啓蒙書」という気がしました。

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トリックもさることながら、犯罪が成立するための心理的側面や人間の感性を重視。

推理小説を科学する.jpg  『推理小説を科学する―ポーから松本清張まで (ブルーバックス (B‐532))』['83年]

 推理小説の古典作品について、その要となるトリックが果たして科学的であるか否かを考察した本で、なかなか面白かったです。著者は、「生体情報学」という大脳生理学、電子工学、心理学などの学際領域を扱う学問が専門だそうですが(本書は1983年の刊行で、今で言う「生体情報学」とは少し違うのでは?)、この本の執筆中に体調を崩し、残念ながら、出版される前に亡くなっています。

 とり上げられている作品には本格派推理小説が多いのですが、多くが批判の対象になっていて、江戸川乱歩の『化人幻戯』や鮎川哲也の『準急ながら』、高木彬光の『刺青殺人事件』、松本清張の『点と線』など国内のものから、ガストン・ルルーの『黄色い部屋』やクロフツ『樽』など海外のものまで27作品が俎上に上っており、トリック自体に物理的に無理があるとしているものもありますが、むしろ、机上の計算では可能だが、人間の心理面や感性を考えたときに、あまりに不自然である、という見方をしているものが多いです。この点は、自分自身が推理小説を読んでいて、理屈はそうだが何となく現実離れしていると感じることがある部分を、見事に言い当ててくれているような気がしました。

ウィチャリー家の女.jpg ロス・マクドナルドの『ウィチャリー家の女』に対する評価もそうですが(この作品も、人間の直感力が看過されている点では批判されている)、作中の優れた心理的な綾(=言葉のトリック)の部分などは賞賛していて、必ずしも作品そのものも一緒に貶しているわけではなく、好感が持てます。
 但し、ヴァン・ダインの『カナリヤ殺人事件』のように、作中でいい加減な科学知識をふりまわしているものに対しては、科学者としての憤りを感じたのか、手厳しくこき下ろしています。

推理小説を科学する.jpg こうした中、坂口安吾の『不連続殺人事件』や夏樹静子の『天使が消えて行く』には、心理的トリックが素晴らしいとして最上級の評価を与えていて、トリック自体が科学的であるかどうかということよりも、やはり、犯罪が成立するための心理的側面を重視していることがわかります。
 となると、犯罪が成り立つかどうかは、きっちりした論理問題ではなく蓋然性の問題になってくると言えなくもないのですが、個人的には、著者のこうした人間心理重視のスタンスには、共感するものがありました。

  

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「●中公新書」の インデックッスへ ○日本人ノーベル賞受賞者(サイエンス系)の著書(湯川 秀樹)

円熟期の湯川博士が科学の未来や宗教と科学について語る―「科学」と「老荘」の対談。

人間にとって科学とはなにか.jpg人間にとって科学とはなにか (中公新書132)』['67年] 湯川秀樹.jpg 湯川秀樹 (1907-1981/享年74)『J-46 人間にとって科学とはなにか (中公クラシックス)』['12年]

人間にとって科学とはなにかc.bmp 湯川秀樹60歳、梅棹忠夫47歳頃の対談。物理学者と人類学者でかなり面持ちが異なる「大家」のとりあわせのようですが、梅棹忠夫氏は生物学から入って人類学に転じた人で、湯川氏も生物学への関心が高く、生物学と物理学の融合といった統一科学的な話にすんなり入り、科学と価値体系やヒューマニズとの関係の問題、宗教と科学の問題や、科学の未来はどうなるかといった話に、高い密度を保ったまま拡がっていきます。

 NHKのフィルムアーカイブで最晩年の湯川氏が世界平和を訴えているのを見たことがありますが、さすがに老いたという感じで(一応まだ70代前半なのだが、この人晩年は多病だった)、それに比べて、この対談の頃は、抽象的な問題を分かり易く論理的に説明したかと思うと、いきなり禅問答みたいにジャンプしたりして、それでいて、そのジャンプ先が元のテーマとしっかり繋がっており、こうした大きなテーマを扱うに相応しい、「知の巨人」ぶりを見せつけてくれます。

KAWADE夢ムック 梅棹忠夫.jpg 一方、この大科学者に伍する形であらゆるところからテーマを引っぱってくる梅棹氏も凄いけれども、やはり年齢差もあって、話しながらも基本的には聞き手であるといった感じがし、但し、京都学派の先達と後輩ということもあって知的土壌での共通項があるのか波長が合う感じがし、時々2人とも京都弁になるなどして読む側に対しても親近感を感じさせます。 『梅棹忠夫---地球時代の知の巨人 (文藝別冊)

 とは言え、碩学の2人の話は難しい部分もあり、禅問答のような部分まで含めて自分に全部出来たか、心もとなさも残りましたが、湯川氏が、「知」の世界に人でありながら「知」を否定する老荘思想との結びつきが強い自分というものを対象化して語っているのが興味深く、対談の終わりに行くほど老荘的な厭世的気分が発言に滲み出ているのを感じました。

はじめての超ひも理論.jpg 個人的にも、例えば最近の本で『はじめての"超ひも理論"―宇宙・力・時間の謎を解く』('05年/講談社現代新書)などを読むと、超ひも理論から導き出される多元宇宙論では、今我々がいる宇宙は50番目の宇宙で、このあと51番目があるか無いかはわからないという説が述べられていて、何だかますます「江月照らし 松風吹く 永夜清宵 何の所為ぞ」(意味は本書参照)という気分になっていたところです。
はじめての〈超ひも理論〉 (講談社現代新書)

 虚しいけれども、そうした虚無と日常的に向き合う物理科学者の葛藤は、常人の比ではないのかも。「神を持たない宗教」とも言える老荘思想に湯川氏が惹かれるのもわかるような気がしますが、湯川氏自身はこの対談を、自分たちを出汁(ダシ)にして「科学」と「老荘」が対談していたのではなかったか、と振り返っています。

《読書MEMO》
●湯川:量子論をつくりだした物理学者マックス・プランクが、繰り返し使った言葉に、「人間からの離脱」というのがある(5p)
●湯川:老子の最初に「道の道とすべきは常の道にあらず」とあるが、これを曲解すれば(あるいは正解かも知れないが)、20世紀の物理によくあてはまる(8p)
●湯川:物質とかエネルギーとかいう概念に入っていないものとして、重要なものがいろいろある。中でも、従来の物理学の領域に比較的近接しているもの、一番つながりがありそうなものは「情報」だ(17p)
●梅棹:(情報とは)可能性の選択的指定作用のこと(18p)情報というものの性質で一つ大事なことは、ジェネレーティブ generative だということ(生みだす力)(30p)。
●梅棹:科学は、一種の自己拡散の原理。自分自身をどこかへ拡散させてしまう。自分自身を臼のようなものの中に入れて、杵でこなごなに砕いて粒子にしてしまう。それを天空に向って宇宙にばらまくような、そういう作業(95p)
●梅棹:科学の直接の応用を問題にするのだとすれば、科学は本質的に無意味なものだという答を出さざるを得ないことになりかねない(98p)
●湯川:科学者をつき動かしているのは、これは、やはり執念(103p)
●湯川:科学はつねにわからんことを前提にして成り立っている。宗教は、原則としてわからんことがない。科学というのは常に疑惑にみちた思想の体系(.128p)
●湯川:生命の流れの中で、エネルギーを己の存在する一点に集積することで永劫の未来をとりこむ(=当為)、「当為」の方向→現在の時点でのエネルギーのピークをつくる(生命ボルテージを上げる)、「認識」の方向→ピークを両側にならす(生命ボルテージを下げる)。「認識」は科学の本質(.135p)
●湯川:「当為」は自己凝縮の原理、「認識」は自己拡散の原理(.136p)
●湯川:生き方の問題というのは主観の問題か、客観の問題か、難しい。人間は社会的な存在、主観だけですむかどうか知らないが、最後は主観が勝つのじゃないかと思う。心理的なものの方が強い。そこに一種の「絶対」が出てくる(.152p)

【2012年再新書化[中公クラシックス]】

梅棹 忠夫2.bmp  梅棹 忠夫3.bmp  梅棹 忠夫(うめさお ただお)2010年7月3日、老衰のため死去。90歳。

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飽きずに読める雑学本。自然科学に限らず、歴史など多岐にわたるSF作家の好奇心。

アシモフの雑学コレクション.jpgIsaac Asimov's Book of Facts 3000 of the Most Entertaining, Interesting, Fascinating, Unusual and Fantastic Facts.jpg    世界史こぼれ話2三浦一郎.jpg 三浦一郎 『世界史こぼれ話 2 (角川文庫)
アシモフの雑学コレクション (新潮文庫)』 "Isaac Asimov's Book of Facts: 3,000 Of the Most Interesting, Entertaining, Fascinating, Unbelievable, Unusual and Fantastic Facts"(原著)

星新一.jpgアイザック・アシモフ.jpg SF作家アイザック・アシモフ(1920‐1992)による原著には3,000 項目の雑学が収められていて、星新一(1926‐1997)がその中から抜粋して編訳していますが、スッキリした翻訳で楽しみながら読め、また、雑学に潜むアシモフの科学的視点というものも大切に扱っている気がしました。
 前半部分は自然科学系の雑学ですが、後半部分は歴史、文学、天才、人の死など様々な分野の雑学となっているのが、歴史本も書いているというアシモフらしく、SF作家としての作風が全く異なる星新一も、その好奇心の幅広さ、旺盛さの部分に共振するものがあったのでしょう。

世界史こぼれ話.jpg世界史こぼれ話 1.2 三浦一郎.jpg 歴史系に限った雑学本では、故・三浦一郎(1914‐2006)の『世界史こぼれ話』('55年/学生社)も楽しい本でした(アシモフのこの本と、歴史に関する部分はトーンが似ている)。
 '73年から角川文庫でシリーズ化され、自分の手元には2巻しか残っていませんが、全部で6巻まであり、これも、比較的飽きずに読める(もちろん暇潰しにはうってつけの)雑学本でした。

真鍋博.jpg 因みに『アシモフの雑学コレクション』のイラストは星新一のショートショート作品には欠かせない存在だった真鍋博(1932‐2000)、『世界史こぼれ話』(角川文庫)は、北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズのイラストなどで知られた佐々木侃司(1933‐2005)、何だか亡くなった人が多くて、少し寂しい。
真鍋 博

《読書MEMO》
●銀河系のなかで、太陽よりも大きい恒星は、5%しかない。5%といっても、50億個だが。(19p)
●冥王星に直接に行こうとすれば、47年かかる。しかし、木星経由だと、25年ですむ。宇宙船は木星の引力で加速され、より早く行けるのだ。(24p)
●1400年代の初期、世界で最もすぐれた天文学者は、モンゴルの王子だった。テムジン(ジンギスカン)の孫のベグ。サマルカンドに天文台を作り、正確な星図と惑星運行表を作成した。(29p)
●蚕はガの一種だが、長い養殖のため、人間の世話なしには生きられない。(53p)
●インフルエンザは、邪悪な星の「影響(インフルエンス)」のためとされ、この呼称となった。(83p)
●バクダッドに病院をたてる時、場所の選定にある方法を使った。各所に肉の塊をつり下げ、最もくさるのがおそかった地点を、最適とした。(84p)
●アルキメデスは入浴中、浮力の原理を発見し、わかったの意味の「ユリーカ」の叫びとともに、裸で街を走り回った。有名な話だが、古代ギリシャでは裸で運動するのが普通で、男の裸は珍しくなかった。(108p)
●(南北戦争時、)陸軍長官のカメロンは、反乱軍を指揮したリー将軍の家へのいやがらせに、その近くに兵士たちを埋葬した。のちに政府の所有となり、アーリントン軍用墓地となった。
●無名時代、ピカソは寒い時、自分の作品を燃やして、あたたかさを求めた。(177p)
●ゆり椅子の発明者は、ベンジャミン・フランクリン。(209p)
●ニュートンは十代の時、母に言われて学校を中退したことがある。農業がむいているのではないかと期待されて。(210p)

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同著者のベストセラーのバックグラウンドを知るうえで読むという読み方があってもいいかも。

藤原 正彦 『若き数学者のアメリカ』.jpg     若き数学者のアメリカ 文庫.jpg  若き数学者のアメリカ 文庫2.jpg 
若き数学者のアメリカ』〔'77年〕/『若き数学者のアメリカ (新潮文庫)』〔'92年〕/〔'07年/新潮文庫改装版〕

 '78(昭和53)年度・第26回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作。

 『国家の品格』('05年/新潮選書)が大ベストセラーになり、「品格」が'06年の「新語・流行語大賞」にもなった数学者・藤原正彦氏の、若き日のアメリカ紀行。

 '72年、20代終わりにミシガン大学研究員として渡米、'73年に:コロラド大学助教授となり、'75年に帰国するまでのことが書かれていますが、そのころに単身渡米し、歴史も文化も言語も異なる環境で学究の道を歩むのはさぞ大変だったのだろうなあと思わせます。

 時差に慣れるためにわざわざハワイに寄ったり、またそこで、真珠湾遊覧船にたまたま乗って、周りに日本人が1人もいない中で日本人としての気概を保とうと躍起になったり(ここで戦艦ミズーリに向かって"想定外の"敬礼したという人は多いと思う)、本土に行ってからはベトナム戦争後の爛熟感と疲弊感の入り混じったムードの中で孤独に苛まれうつ状態となり、フロリダで気分転換、コロラド大学に教授として移ってからは、生意気な学生たちとの攻防と...。

 武士の家系に育ち、故・新田次郎の次男という家柄、しかも数学者という特殊な職業ですが、アメリカという大国の中で何とか日本人としての威信を保とうとする孤軍奮闘ぶりのユーモラスな描写には共感を覚え、一方、日本人の特質を再分析し、最後はアメリカ人の中にも同質の感受性を認めるという冷静さはやはり著者ならではのものだと―(『アメリカ感情旅行』の安岡章太郎も、最後はアメリカ人も日本人も人間としては同じであるという心境に達していたが)。

 『国家の品格』の方は、「論理よりも情緒を」という主張など頷かされる部分も多く、それはそれで自分でも意外だったのですが、「品格」という言葉を用いることで、逆に異価値許容性が失われているような気がしたのと、全体としては真面目になり過ぎてしまって、『若き数学者の...』にある自らの奮闘ぶりを対象化しているようなユーモアが感じられず、また断定表現による論理の飛躍も多くて、読後にわかったような、わからないようなという印象が残ってしまいました。

 『国家の品格』というベストセラーのバックグラウンドを知るうえで読むという読み方があってもいいかも。

 【1981年文庫化[新潮文庫]】

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"天才"物理者が淡々と語る自らの少年時代や研究と交友の歩み。

宇宙物理への道.jpg 『宇宙物理への道―宇宙線・ブラックホール・ビッグバン』  岩波ジュニア新書 〔'02年〕 佐藤 文隆.jpg

 日本を代表する宇宙物理学者であり、一般相対性理論の研究者としても知られる著者が、自らの半生を振り返ったもの。

 山形の片田舎に生まれ、小学校卒の両親のもとで普通に少年らしく暮らし、湯川秀樹のノーベル賞受賞に刺激されて、学校で勉強しているのだから家で勉強しなくてもいいと親に言われながらも勉学に励んだ―、 
 たまたま人の勧めで京大を受験してあっさり合格し、そのつもりはなかったが大学院に進み、自らの関心に沿って宇宙線やブラックホールの研究を続け、やがてアインシュタインの重力方程式の新たな解を発見する―という、"痛快"とでも言うか、こういう人には何か資質的な"天才"を感じないわけにはいきません。

 しかし中高生向けに書かれた本書には、自らの才能を誇示する風も、科学者としての尖がった感じも、はたまた聖人君主めいた感じもまったくなく、淡々と語る研究の歩みや仲間との交流の話、科学の将来展望と若い人へ寄せる期待などは、著者の人柄を感じさせるものです。

 宇宙物理学の歩みが、ホーキング博士や多くのノーベル賞科学者の業績とともに紹介されていて、彼らの多くと著者が交流や繋がりがあるのがスゴイ。
 
 また、解があるかないかも分からないような問題に取り組む際のカン処の話や、ノーベル賞を受賞した小柴昌俊教授のカミオカンデの成果がある種の幸運によるものであったように、偶然から次の展開が見えてくることもあるという話など、科学者の研究の裏側も少し覗けたような気持ちになりました。

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「松井選手を監督にするのが日本型処遇」だと批判。過激だが示唆に富む。

大好きなことを「仕事」にしよう.jpg大好きなことを「仕事」にしよう』〔'04年〕 成果を生み出す非常識な仕事術.jpg成果を生み出す非常識な仕事術

 青色発光ダイオードの開発者・中村修二氏の本で、たまたま図書館でみかけて借りてみたら結構面白かったです。

 本書刊行後ですが、'04年の長者番付で外資系投資顧問会社に勤めるサラリーマンがトップになったという報道がありました。
 中村氏は本書で、「アメリカの評価基準はお金である」と断言しています。
 彼に言わせれば、例えばメジャーリーグで松井秀樹選手が活躍すれば年俸を上げる。
 ビジネスの世界も同じであると。
 ところが日本では、いい仕事をしたら役職を上げる。
 これは松井選手をコーチや監督にするようなものだと言っています。
 この本は一応、小学校高学年向けになっていますが、ビジネスパーソン向けかと思ってしまいます。

 青色発光ダイオード開発の裏話も興味深いのですが、日亜化学工業を辞めてアメリカへ渡ったのが46歳のとき。
 意外と遅かったのだなあという感じで、アメリカで著者が「20年同じ会社に勤めていた」と言うと、アメリカ人から「そんなにいたら飽きてしまうのではないか」と驚かれたという話が『成果を生み出す非常識な仕事術』('04年/メディアファクトリー)に紹介されていますが、このあたりにも、渡米してアメリカナイズされた彼にとっての、元いた会社に対するルサンチマン(怨念)の源があるのかもと思ったりもします。

 「一般教養なんて無理に教える必要はまったく無い」とか、個々の主張は過激で賛否両論あるかと思いますが、氏が自身の歩んできた道を率直に振り返って、後に続く世代には出来るだけ後悔しない生き方をして欲しいという気持ちは伝わってきました。

 単に、「特許裁判前のアジテーション活動としてこの類の本を書きまくっているのだ」という先入観で、この人の一般向けの著作を切り捨ててしまう人がいるのはモッタイナイ感じがします(この裁判は、'04年1月に東京地裁が日亜化学に対して中村氏に200億円を支払うよう命じたものの、'05年1月に東京高裁において日亜化学側が約8億4千万円を中村氏に支払うということで和解が成立した)。

 子ども向けに書かれたものですが、主張がはっきりしていて、毒にもクスリにもならないような本よりはよほど示唆に富んでいると思いました。

《読書MEMO》
中村修二 氏 - コピー.jpg中村修二 ノーベル賞2.jpg中村 修二 氏 2014年(平成26年)世界に先駆けて実用に供するレベルの高輝度青色発光ダイオードや青紫色半導体レーザーの製造方法を発明・開発した功績により赤崎勇氏、天野浩氏らと共にノーベル物理学賞受賞。

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科学トピックスを平易に解説し、「科学」の虚妄を突いたエッセイ。

やぶにらみ科学論.jpg 『やぶにらみ科学論 (ちくま新書)』 〔'03年〕 池田 清彦.jpg  池田 清彦 氏 (略歴下記)

 最近の科学的トピックスをわかりやすく解説するとともに、著者なりの見解を、時にユーモアや皮肉を交えつつ綴った、気軽に読める科学エッセイです。
 狂牛病、バイオテクノロジー、ゲノム解析といった、著者の専門である生物学に近い話から、喫煙問題やノーベル賞の話まで、幅広いテーマを取りあげていますが、全体としてはかなり平易に書かれていると思います。

 その幅広さもさることながら、「科学がよしとするものに従う義務はない」(「あとがき」)とあるように、1つ1つのテーマに対する著者なりの覚めた見方があり、「禁煙運動」や「自然保護運動」の背後のある原理主義を批判し、「地球温暖化論」のいかがわしさを検証し、「クローン人間作ってなぜ悪い?」と言い切っています。
 この辺りが「やぶにらみ」たる所以でしょうけれど、ただ単に多数意見に抗っているわけでなく、読めばそれなりの筋は通っていて、著者の個々の論旨にすべて賛同できるかどうかは別として、いろいろと新たな視点を提供してくれます。

 原理主義的なものに対する嫌悪や、現代人はみな「生老病死を隠蔽する装置の中で生きている」という見方、「人はなぜオカルトを信じるのか」の項で用いられている「脳のクセ」という表現などには、"虫人間"仲間?の養老孟司氏と通じるものを感じました(ときどき"ボヤキ節"みたくなるところも)。

 確かに「○○するのはバカだ」、「よけいなお世話だ」というような粗っぽい言い回しも多いものの、若者の理科離れを嘆き、医療におけるセカンド・オピニオンの重要性を説くなど、基本的にはマジメという感じ(これらは著者にとって、より身近な問題なのかも知れないけれど)。

 「反ダーウィニズム」「構造主義生物学」の考え方に触れている部分もありますが、連載がベースになっているので、1テーマあたりのページ数が少ない物足りなさがあり、むしろ、「科学」につきまとう虚飾や迷妄を見極めなさいといのが本書の趣旨でしょう。
 教育問題、環境問題、「外来種撲滅キャンペーン」に対する批判なども、この著者にはそれぞれ単独テーマとして扱った著作があり、場当たり的にそれらを取り上げているのではないということがわかります。
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池田 清彦
1947年東京に生まれる。東京教育大学理学部生物学科卒業。東京都立大学大学院で生物学を専攻。山梨大学教育人間科学部教授。多元的な価値観に基づく構造主義生物学を提唱して、注目を集めている。主な著書は「構造主義生物学とは何か」「構造主義と進化論」「昆虫のパンセ」「思考するクワガタ」「科学は錯覚である」など。

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「●化学」の インデックッスへ ○日本人ノーベル賞受賞者(サイエンス系)の著書(田中 耕一)

タイトルだけ見ると運良く成功したみたいだが、やはり違った。中村修二氏と比べると...。

生涯最高の失敗.jpg 『生涯最高の失敗 (朝日選書)』〔'03年〕 田中 耕一 記者会見.bmp 田中耕一氏[写真:共同通信]

 '02年10月に、先ず東大名誉教授・小柴昌俊氏のノーベル物理学賞受賞の報道があり、その翌日に島津製作所の田中耕一氏の化学賞受賞が伝えられましたが、一般社会に与えたニュースとしての影響の大きさは、圧倒的に田中氏受賞の方が上だったのではないでしょうか。

 本書は、その科学者・田中氏の半自叙伝風の文章に、本人による研究内容の解説(化学専攻の人には面白く読めるかもしれないが、一般向けとしてはかなり難しい)を加えたもので、タイトルだけ見ると運良く成功したみたいですが、読んでみるとやはり違った―。元来の気質的なものもあるのでしょうけれども、並ではない粘り強さを感じました。

 田中氏の個人史的な話もあり、淡々と綴られたものながら、それだけに氏らしさが感じられて面白く読めました。
 それほど詳しくは述べられていないけれども、自分が養子だと知ったときは、ショックだったんだろうなあと。

成果を生み出す非常識な仕事術.jpg この本のどこにもその名は出てこないのですが、青色発光ダイオードの開発者・中村修二氏と比較したくなりました(この人もノーベル賞の有力候補→2014年にノーベル物理学賞受賞)。 

 勝手に注目した「共通点は」―、
 ◆共に技術者であり、博士号は持っていなかった点(田中氏は大学卒業後、院に行かず就職しているので修士号さえ持っていない)、
 ◆自分が開発した商品の営業を自分もやった点(田中氏のノーベル賞ものの機械は、国内では1台しか売れなかった)、
 ◆ユニークな技術に加えて「海外論文」と「特許登録」が成功または評価の決め手となった点、などです。 

 一方「相違点」は―、
 ◆海外志向であるか、特にそうしたこだわりはないかということ(アメリカで活躍する中村氏は、日本は"社会主義"だと言っている)、
 ◆自分がいる(いた)会社に対する思いや会社との関係(田中氏は島津製作所のフェロー待遇となりましたが、中村氏は日亜化学と発明報酬をめぐる裁判を繰り広げる関係になってしまいました)、といったところでしょうか。

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養老氏と第一線で活躍する若手研究者らとの"学際的"対談。

養老孟司 ガクモンの壁.jpg 『養老孟司 ガクモンの壁 (日経ビジネス人文庫)』 〔'03年〕 養老孟司・学問の格闘.jpg 『養老孟司・学問の挌闘―「人間」をめぐる14人の俊英との論戦』 〔'99年〕

 「日経サイエンス」に'97年から'99年にかけて連載された養老氏と第一線で活躍する若手研究者らとの対談をまとめた『養老孟司・学問の格闘』('99年)の文庫化。
 『バカの壁』('03年/新潮新書)がヒットしたのでこんなタイトルにしたのだろうけれど、考古学、文化人類学、行動遺伝学、心理学など人文科学系のテーマを含む14編が収められていて、確かに"学際的"です。

 「人はなぜ超常現象を信じるのか」とか、色んなことを研究している人がいるなあと思いました。
 でも、詰まるところ「心と脳」の話に収斂されているのではという感じもします。
 『平然と車内で化粧する脳』('00年/扶桑社)澤口俊之氏や『ケータイを持ったサル』('03年/中公新書)正高信男氏など、後にベストセラーを出すことになる研究者との対談もあります。 

 本書は脳科学など自然科学・医学系の研究の紹介が主となっていますが、その中ではやや異色な冒頭の2つ、ネアンデルタール人の研究をしている奈良貴史氏との対談と、古代アンデス文明の研究をしている関雄二氏との対談が、それぞれにとてもロマンがあって、個人的には良かったです。
 
 ネアンデルタール人が現代人とある期間共存していたというのは面白い、それも何万年ものかなり長い期間。 
 これが今や主流の学説とのことです。しかも、争いなく暮らしていたらしい?
 
 アンデスの標高2200メートルにある〈クントゥル・ワシ遺跡〉というのも本当に不思議です。
 アンデスで神殿が造られたのは紀元前2500年頃だというから、その後のアンデス文明の停滞ぶりなどに照らしても(自らの文明の歴史を記すための"文字"すら見つかっていない)、宇宙人飛来説が出てくるのも無理ないかもと思ったし、もしかして本当に...?。
 
 何れの対談もよくまとまっていて密度が高いけれど、自分が関心あるテーマについては、紙数上やや物足りない感じもしました。

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○日本人ノーベル賞受賞者(サイエンス系)の著書(中村 修二)

信号機がLEDに切り替わるのを見るにつけ、西澤・中村両氏のことを思い浮かべる。

赤の発見 青の発見.jpg  『赤の発見 青の発見』 ['01年] 西澤潤一.jpg 西澤 潤一 氏 (首都大学東京 学長)

 西澤潤一氏は、東北大総長、岩手県立大学長を経て'05年より首都大学東京の学長になっていて、今でこそ科学技術だけでなく教育(民間教育臨調の会長にもなった)・社会・文化に対して幅広くゼネラルな視点で発言していてますが、もともとは半導体レーザー、光ファイバーで世界最初の特許をとったバリバリのスペシャリストです。

led.jpg 本書のタイトルは、LEDの分野では、光の3原色のうち「赤」と「緑」を西澤氏が、「青」を中村修二氏が開発したことからきています。
 近所の信号機が次々とLEDに切り替わるのを見るにつけ、この2人を思い出しますが、そう言えば東京ディズニーリゾートなども夜の照明がいつの間にかほとんどLEDになっていました。
 現在は、西澤氏が関与したスタンレー電気などのLDEは、大きく分けると赤色、橙色、黄色、緑色、純緑色、青色、白色の7つの発光色があり、本書によれば、LEDの開発が今後の我々の生活にもたらすものは、信号機や携帯電話のランプ程度のものではないらしく、住宅の照明や車のライトもLEDに切り替わり、そうすると車などはそのデザイン設計の自由度がグッと増すようです。

 ノーベル賞の同時受賞があっても不思議ではない2人。むしろ西澤教授はもう貰っていてもおかしくないほどの人で、創造力を発揮させる条件や日本のあるべき姿にまで触れたこの対談に通して、中村修二氏のメンターのような存在であることが窺えます。
 ただし、ノーベル賞に関して言えば、特許を含め色々な要素が絡むことが、2人の話からよくわかります。

 中村氏の、彼が日亜化学に在籍していた際に、お前は特許を申請するなと上司に言われ、新入社員にパテントのコピーを取らせて申請させたのが今や日亜化学の膨大な特許財産になっているという話は、やや"恨み節"のきらいもありますが、発見に至る2人の開発秘話には引き込まれ、現代の研究や教育に対する批判も示唆に富むものが多いと思います。
 
 西澤氏は、東北大出身ですが、ノーベル賞科学者・田中耕一氏も東北大出身で、理系分野でのノーベル賞クラスの研究者は、東大よりも京大や東北大など方が"輩出率"がいいかも。

《読書MEMO》
中村修二 氏 - コピー.jpg中村修二 ノーベル賞2.jpg中村 修二 氏 2014年(平成26年)世界に先駆けて実用に供するレベルの高輝度青色発光ダイオードや青紫色半導体レーザーの製造方法を発明・開発した功績により赤崎勇氏、天野浩氏らと共にノーベル物理学賞受賞。

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先端科学からオウム真理教まで。さらっと読める「科学」とその現況。

脳が語る科学.jpg脳が語る科学―養老孟司対談集』 脳が語る身体.jpg脳が語る身体―養老孟司対談集

 '99年に同時出版された対談集『脳が語る身体』と対になっています。両方とも対談相手は学者が多いのですが、さらっと読め、かつ先端科学からオウム真理教やもののけ姫まで、広汎な話題で楽しませてくれます。

 鼎談も一部あり、佐藤文雄氏(物理学)が地震は予知できないと言えば、中村雄二郎氏(哲学)がアメリカではそれが常識である、と。ではなぜ日本人はできると思っているのかといったところから、「科学する」ということと「科学」の置かれている現況に踏み込んでいきます。

 確かに、地震予知が高い精度で可能ならば、今度はその結果に対する対応とかが大変なのでしょう。大地震発生後の地震予知連絡会の会見は、結局自分たちにも先のことはわからないと言っているようにも聞こえるし、日本でも予め、地震予知の困難さを暗示しているようにも思えますが...(アメリカの場合は、そんな分からないことに使う予算があるのならば、その分、竜巻の予報(予知ではない)の方に回すのだろう)。

 安西祐一郎氏(認知科学)がロボットに苦手なことは何かを通して語る人工知能の話、多田富雄氏(免疫学)の人間観、個とは行動様式であるという話と、養老氏の「現実」とはバーチャルであるという話は面白かったです。

 「尊師が水中に1時間いるので立ち会ってください」と医学生(たぶん東大生)に言われた養老氏の話には、学校で教える「科学」って何なの?と考えさせられます。

 姉妹版『脳が語る身体』もお薦めです。

《読書MEMO》
●佐藤文隆...地震予知が不可能なことは皆知っている。わかったら後が大変。
●中村雄二郎...アメリカでは地震予知は不可能と言いきっている。
●安西祐一郎...ロボットにとって難しいことは「推論」(コップを取って来いの例)
●養老...麻原が水の中に1時間いるのに立ち会って下さいと医学生に言われた
●多田富雄...「独座観念型」と「キーボード拡散型」
●養老...人間の考えている現実はすべてバーチャル・リアリティ(東京に住んでいれば自然はどこにもない、脳をいじれば現実は変わる)
●養老...高齢化問題は田舎では以前から起きている

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