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企業の採用担当者の間で話題の大学。国際教養人を育てるための取り組みが徹底している。

なぜ、国際教養大学で人材は育つ 5.JPGなぜ、国際教養大学で人材は育つのか.jpg   なぜ、国際教養大学で人材は育つのか 図書館.jpg 
なぜ、国際教養大学で人材は育つのか (祥伝社黄金文庫)』 国際教養大学の365日24時間開館の図書館

 この就職氷河期と言われる時代において、新進ながらも"就職率100%"の大学として、企業の採用担当者や大学の就職関係者の間で最近話題となっている国際教育大学(AIU)は、'04年春に日本初の公立大学法人として、秋田市(当時は秋田県雄和町)に開学した学校ですが、本書はそのAIUについて、学長自身が歴史や理念、取り組みを紹介したもの。

 本書で紹介されているAIUの特徴としては、●国際教養という新しい教学理念、●全授業を英語で行なう徹底した少人数教育(学生対教員数は15:1)、●必須の海外留学(1年間)、●厳しい卒業要件、●365日24時間開館の図書館などが挙げられます。

 秋田県が東京外国語大学の元学長を引っ張って来て、「あなたの思うような学校作りをしてください」と言って出来たのがこの大学であるわけで、学長自らが語っているため、やや「宣伝本」のキライもありますが、併せて、高等教育に関する問題意識や提言が随所にあり、これはこれでいいのでは。

 それにしてもスゴイね。入試偏差値は東大・京大レベルで、入学した1年生は外国人留学生と相部屋の寮生活、海外留学は卒業の要件ですが、英語力が一定レベル(TOEFL550点以上)にならないと留学出来ず、その他にも卒業のための厳しい要件があって、4年間で卒業できた学生は51.2%(2009年度)と全体の約半数であったとのこと。

 この就職難の時代に、企業の方から秋田の地を訪れて、企業ガイダンスをやるというからますますスゴイなあと思いますが、考えてみれば、これだけ市場がグローバル化した時代に、企業が(不足している)グローバル人材の獲得・育成に注力するのは当然と言えば当然、日立製作所などのように、「文系は全員グローバル要員」と言い切る企業もあります。

 著者自身、「世界を相手にする企業における、社内の英語公用化は望ましい」と言っているぐらいですが、英語力をつけさせるだけでなく、人口学、比較文化学など多様な人文学・社会科学系の学問に加えて、物理や生物などの自然科学系科目、また華道や茶道など、日本の伝統芸能も学ぶことができるとのことで、但し、あまり入試が難しくなり過ぎると、結局、上智大学の国際教養学部の最初の頃のように帰国子女ばかりにならないかなあ(上智の同学部は、現在は帰国子女の定員枠が設けられている)。

 4年間でストレートに卒業する学生が50%というのは、ハーバードでもその割合は50%程度というから、そうした世界のトップ大学を見据えているのだろうし、大学教員の教育実績を評価し、一定のレベルに到達しない教員とは再契約しないというのも、そうした海外の一流大学では行われているのかも(研究成果を上げないと再契約してもらえないというのは、海外の理科系の大学のフェローなどでは珍しいことではないが、AIUの場合、「教育」と「研究」の比重はどうなっているのだろうか)。

 就職難の時代、入試レベルが低偏差値であっても、学生の企業への就職において一定の成果を上げている大学はあり、但し、その実態は、「大学教育の専門学校化」だったりするわけで、そうした動向と比べれば、広い意味での国際教養人を育てようというAIUの取り組みは評価できるものであるかもしれず、また、その徹底ぶりには、やるならやはりここまでやらねばならないのか、という思いにさせられます(どの大学もがこのようになる必要は全く無いと思うが)。

 今のところ、企業側がAIUの学生に期待を込めて積極採用しているというだけで、それらAIU出身者のビジネスの世界での評価はこれからでしょう。
 但し、AIUのことを今まで知らなかったという企業の採用担当者は、"情報"として、一応は読んでおいていいのでは。

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谷啓の「しばたき」と石原慎太郎の「しばたき」。

空想天国 dvd.jpg 空想天国2.jpg     スパルタ教育 石原慎太郎.jpg 
松森 健 監督・谷 啓 主演(酒井和歌子 共演)「空想天国 [DVD]」['68年]/石原慎太郎『スパルタ教育』['69年]

空想天国1.jpg 建設会社に勤める田丸(谷啓)は大変な空想家で、空想の中ではいつも大活躍するが、現実の仕事は失敗ばかりで、守衛に格下げされ、更には機密書類を盗まれさらには産業スパイの疑いを掛けられてしまう―。

 昨年('10年)9月に亡くなった谷啓(1932 - 2010/享年78、自宅階段から転落し、脳挫傷により急逝。認知症を患っていた模様)の主演映画で、12月の「銀座シネパトス」での追悼上映ラインナップにもあった作品ですが、ほぼ同時期に日本映画専門チャンネルでも放映されました。クレージー・キャッツ(故人はハナ肇、植木等、安田伸、石橋エータロー、そして谷啓。存命は2011年4月現在、犬塚弘、桜井センリの2人)らが総出演するシリーズ映画は、60年代を中心に撮られたものだけで25,6本ありますが、一方で、こうした谷啓主演の番外編的な映画も何本かあったのだなあと。

空想天国 酒井和歌子.jpg 監督は「これが青春だ!」('66年/東宝)の松森健で、共演は酒井和歌子。ガマラという着ぐるみっぽい怪獣が出てきて主人公の空想の手助けをしますが、その空想の中で出てくる理想の女性役が酒井和歌子で、それが現実世界では、産業スパイの一味に誘拐された守衛長の娘であり、最後は、主人公が彼女を救出し、2人は結ばれるというノホホンとしたコメディです(「ウルトラセブン」の"幻のアンヌ隊員役"と言われる豊浦美子が社長令嬢役で出ている)。

 この映画、公開時は、三船敏郎主演の「連合艦隊司令長官 山本五十六」('68年/東宝)との併映で、こちらも最近観なおしましたがが、ちょっと結びつかない組み合わせだったなあ(酒井和歌子は両方の作品に出ている)。当時のサラリーマンは、「山本五十六」で男の生き方を学び、谷啓のコメディで息抜きしたのか。

空想天国/山本五十六.jpg 「空想天国」のはラストシーンは明治記念館でのロケシーンで、庭池の飛び石を谷啓と酒井和歌子の2人がぴょんぴょん飛び跳ねるところで終わるのに対し、「連合艦隊司令長官 山本五十六」のラストは、三船敏郎演じる山本五十六が視察移動中の戦闘機の機中で敵の機銃を受けてもじっと動かない(実はすでに1発の銃弾が命中し、墜落前に絶命していることになっている)―実に対象的なエンディングだなあと思いました。

1968(昭和43)年8月1日 公開(「空想天国」「連合艦隊司令長官 山本五十六」2本立て(千代田劇場))「キネマ写真館」より
  
空想天国 1968.jpg空想天国d.jpg「空想天国」●制作年:1968年●監督:松森健●製作:渡辺晋●脚本:田波靖男●撮影:西垣六郎●音楽:萩原哲晶●時間:84分●出演:谷啓/京塚昌子/奈加英夫/酒井和歌子/宝田明/北あけみ/藤岡琢也/佐田豊/藤木悠/権藤幸彦/田中浩/木村博人/西岡慶子/中川さかゆ/矢野陽子/矢野間啓治/沢村いき雄/藤田まこと/頭師孝雄/中山豊/ハナ肇/桜井センリ/田崎潤/荒木保夫/ハンス・ホルネフ/小松政夫/豊浦美子/田辺和佳子●日本公開:1968/08●配給:東宝(評価:★★★)●併映:「連合艦隊司令長官 山本五十六」(丸山誠治) 

連合艦隊司令長官 山本五十六  1968 poster.jpg連合艦隊司令長官 山本五十六 80.jpg「連合艦隊司令長官 山本五十六」●制作年:1968年●監督:丸山誠治●特技監督:円谷英二●製作: 田中友幸●脚本:須崎勝彌/丸山誠治●撮影:山田一夫●音楽:佐藤勝●時間:128分●出演:山本五十六(連合艦隊司令長官):三船敏郎/辰巳柳太郎/荒木保夫/堤康久/佐田豊/若宮忠三郎/豊浦美子/中谷一郎/伊吹徹/黒部進/黒沢年男/八世松本幸四郎/平田連合艦隊司令長官 山本五十六  1968 dvd.jpg昭彦/土屋嘉男/藤木悠/佐原健二/田島義文/坂本晴哉/今福正雄/柳永二郎/北龍二/向井淳一郎/岡部正/稲葉義男/太田博之/佐藤允/安部徹/久保明/加山雄三/宮口精二/藤田進/伊藤久哉/桐野洋雄/草川直也/森雅之/小鹿敦/岡豊/堺左千夫/緒方燐作/西条康彦/阿知波信介/酒井和歌子/司葉子/清水元/田村亮/渋谷英男/村上冬樹/池田秀一/加東大介/石山健二郎/佐々木孝丸/清水将夫/宇留木康二/江原達怡/船戸順/(ナレーター)仲代達矢●日本公開:1968/08●配給:東宝(評価:★★★)●併映:「空想天国」(松森健) 
連合艦隊司令長官 山本五十六 [東宝DVD名作セレクション]

 谷啓には、高速まばたき(所謂「しばたき」)の癖がありましたが、同じ癖の持ち主に石原慎太郎氏がいます。

石原慎太郎 裕次郎.jpg ある心理学の先生が、石原慎太郎・裕次郎の兄弟を比較して、兄貴の慎太郎の「しばたき」の癖は、芸術家的繊細さの1つの現れであり(このことは、名トロンボーン奏者でもあった谷啓にも通じるかも)、兄の慎太郎よりは弟の裕次郎の方が精神的には図太いとしていましたが、「しばたき」が繊細さの現れであるとすれば、谷啓は、そのことによって他人を緊張させないように、自らをほんわかした、或いはトボケた雰囲気で包むようにしていて、一方、慎太郎氏は、それを周囲に悟られないように、努めて自分を豪胆に見せようとしている感じも受けます。

 その慎太郎氏は、'69年に『スパルタ教育―強い子どもに育てる本』(カッパ・ホームズ)を著していて、その中には「ヌード画を隠すな」「いじめっ子に育てよ」「子どもに酒を禁じるな」「子どもの不良性の芽をつむな」とかいろいろ激しいフレーズがありますけれど、これで「強い子ども」が育つのかなあ。実際に育った3人の息子達は、そんな図太い感じはしないけど、この偽悪的とも思えるポーズは、弟の裕次郎を意識したのではないかと(実際、裕次郎主演で映画化されている―と言っても、元が小説ではないので、脚本は書き下ろしだが)。

 この本、当時はベストセラーになりましたが、「本を、読んで良いものと悪いものに分けるな」とか、今主張している漫画規制の強化などとは言っていることが真逆のようにも思えるフレーズもあり(マンガは本ではないということか)、今読むと突っ込みどころ満載と言えるかも(昔は結構この人の小説も読んだのだが、今何故かあまり読み返す気がしない)。

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"内部告発"っぽいが、『予習という病』のようなアザトイ本の多い中では、まともなスタンス。

瀬川 松子 『中学受験の失敗学』.JPG中学受験の失敗学.jpg    瀬川 松子 『亡国の中学受験』.jpg     予習という病.gif
中学受験の失敗学 (光文社新書)』['08年]/『亡国の中学受験 (光文社新書)』['09年]/高木幹夫+日能研『予習という病 (講談社現代新書)』['09年]

 本書『中学受験の失敗学-志望校全敗には理由(わけ)がある』('08年/光文社新書)では、中学受験に取りつかれ、暴走の末に疲れ果ててしまう親たちを「ツカレ親」と名づけ、親たちをそうした方向へ駆り立てている、中学受験の単行本や受験雑誌、更に、受験塾の指導のあり方を批判しています。

 大手塾で受験指導し、その後、家庭教師派遣会社に転職して受験生を抱える家庭に派遣され、多くの「ツカレ親」を見てきた著者の経験に基づく話はリアリティがあり、モンスターペアレントみたなのが、学校に対してだけでなく、塾や家庭教師派遣会社に対してもいるのだなあと。

 塾や家庭教師の志望校設定には営利的判断が含まれていることがあり、くれぐれも、そうした受験産業の"カモ"にされて、無謀な学習計画や無理な目標設定で我が子をダメにしないようにという著者のスタンスは、至極まっとうに思えました。(評価★★★☆)

 この本が最後に「ダメな勉強法」を示していて、著者がまだ受験指導の現場にいた余韻を残しているのに比べると、続編の『亡国の中学受験-公立不信ビジネスの実態』('09年/光文社新書)は、やや評論家的なスタンスになっているものの、基本的には同じ路線という感じで、タイトルの大仰さが洒落だったというのは洒落にならない?(タイトル通り、きちんと「亡国論」を書いて欲しかった)。

 前著では、受験塾と私立中学の裏の関係なども暴いていましたが(既に組織に属していないから"内部告発"とも言い切れないのだが)、本書では、公立中学への不信感を煽り、私立中高一貫校への幻想を抱かせる、私立中学と受験塾の"戦略"に更にフォーカスしていて、中学受験のシーズンになるとNHKのニュースなどで、報道と併せてトレンド分析のコメントをしている森上研究所とかいうのも、日能研の応援団だったのかと(知らなかった)。(評価★★★)

 その点、高木幹夫+日能研『予習という病』('09年/講談社現代新書)は、日能研の社長が書いているわけだから、分かり易いと言えば分かり易い(皮肉を込めて)。
 予習をさせないというのは、日能研もSAPIXも同じですが、それが本当にいいかどうかは、授業の程度と生徒の学力の相関で決まるのではないでしょうか、普通に考えて。
 それを、「福沢諭吉は予習したか?」みたいな話にかこつけているのがアザトイ(「ツカレ親」である妻を持つ夫向け?)。

 実際、塾にお任せしている分、教材の量やテストの数、、夏期講習や冬期講習などの補講は多くなり、それだけの費用がかかるわけで、週末ごとのテストに追われ、ついていけなくなると、結局はどうしても予習(親のアシスト)が必要になり、さもなくば、わからないままに授業を聞いて試験を受けるだけの繰り返しになってしまう...。

 日本社会の中で、未来学力でものを考えられる環境は「私学の中高一貫校」しかないと言い切っていて、そりゃあ、自社の売上げ獲得のためにはそう言うでしょう。
 大手進学塾の多くは似たようなことをやっているわけだけど、こんな露骨な宣伝本を新書で出してしまっていいのかなあ。(評価★)

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中学受験への問題提起? それとも、受験必勝法? 主題分裂気味な面も。。

中学受験、する・しない?.jpg 『中学受験、する・しない? (ちくま新書)』['01年] 秘伝 中学入試国語読解法.jpg 石原千秋 『秘伝 中学入試国語読解法 (新潮選書)』 ['99年]

ウディ・アレンのすべて.jpg 以前に、受験生の父親が書いた中学受験に関する本で定評のあるものとして、作家・三田誠広氏の『パパは塾長さん』('88年/河出書房新社)、国文学者・石原千秋氏の『秘伝 中学入試国語読解法』('99年/新潮社)、テレビ局社員・高橋秀樹氏の『中学受験で子供と遊ぼう』('00年/日本経済新聞社)を読みましたが、本書はこれらの後に出た本の中では好評のようで、個人的には、ボブ・グリーンやマイク・ロイコのコラム翻訳、或いはブロードウェイ・ミュージカルの入門書やウディ・アレンの評伝などで親近感のある著者の書いたものであるということもあり、また、タイトルの「する・しない?」にも少し惹かれて手にしました。

 著者自身、2人の娘の中学受験を経験したわけですが、前3著ほど、そのことについて詳しく書かれているわけではなく、また、どこの学校を受けて、どこに入ったというような学校名も書かれておらず、「中学受験のあるべき姿」を一般論として論じています。

 本書で著者が強調していることは、偏差値に振り回される時代は終わり、子どもの性格に合った塾や学校選びをせよということであり、例えば、大学受験をしなくてすむ大学附属校などの出身者は、おっとりした性格の人が多いなどというのは、当たっているような気がしました。

 私立の中・高一貫校は、本書が書かれた頃には既に人気の的になっていたわけで、著者は、公立校復権の気運に対し、所得による教育の不公平性を排除するために、有名大学への進学を目指した公立の中・高一貫校を一部に作るのはいい、但し、そうした学校をやみくもに増やして、公立学校の中に再び偏差値によるピラミッドを作ることはやめるべきだと言っています。

 私立の受験日を平日にもってくるべきではない、受験科目数を減らすべきだなどの提言はマトモですが、あとがき的に書かれている程度で、そのほかには言い切れてない部分も少なくなく、全体としてインパクトが弱いような...。
 そもそも、一方で、「現在の日本の中学受験の『勝者』となる方法」を本書のテーマとして挙げていて、「中学入試偏差値一覧」(これ、見易い)なども載せているため、主題分裂気味な面もあり、少なくとも「する・しない?」の「しない」は、最初から除かれているような感じ(私立の小学校受験については、公立ので「いろいろなタイプの人たちと交流することが大事」だというのが著者の意見)。

 麻布中学の国語問題を載せ、その長文の長さと難易度の高さに、「嫌でも大変でも、これが現実」としていますが、読者をびっくりさせているだけのような気もし、石原千秋氏が、中学受験の国語問題を多く取り上げながら、それらに潜む一定の価値観への指向性を指摘した『秘伝 中学入試国語読解法』の方が、"批判"と"実用"の両方を(巧妙に)兼ね添えていると言えます。
 専門分野の違いもあるかと思いますが、だったら、受験英語についての問題点を指摘してみてはどうかなあ(既にやっておられれば、失礼しました)。

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日米のサポートに対する根本的な取り組み姿勢、発想の違いを痛感。

学習障害(LD)―理解とサポートのために.jpg 『学習障害(LD)―理解とサポートのために (中公新書)』['02年] アメリカ障害児教育の魅力―親が見て肌で感じた.jpg 佐藤恵利子 『アメリカ障害児教育の魅力―親が見て肌で感じた』 ['98年/学苑社]

学習障害.jpg 学習障害の子供に対する教育面でのサポートのあり方について書かれた本で、著者は障害児教育の専門家で、公立学校での教職経験もあり、またUCLAで教鞭をとったこともある人で、とりわけアメリカで行われている障害児教育の様々な取り組みが本書では紹介されています。

 以前に、『アメリカ障害児教育の魅力-親が見て肌で感じた』('98年/学苑社)という、自閉症の我が子を連れてアメリカに行き、ウィスコンシン州の地元の特殊学級で学ばせた佐藤恵利子さんという人の体験記を読み、日米の障害児教育の差に愕然としましたが、たまたま行ったところがそのような手厚いケアをする学校だったのではという思いもあったものの、本書を読むと、根本的にアメリカと日本では、障害児教育への取り組み方が違うように思えました。

 日本では、まず児童を学習障害の有る無しで区分し、障害のある子に特殊教育を施すという考え方ですが(結果として、「普通学級」に入れることが目的化しがちである)、アメリカでは、教科や学習内容ごとの得手不得手によって区分し、その子の不得手な教科について特殊教育を行うという考え方であり、学校の中にそうした「リソースルーム」という特殊学級があって、ある教科についての特別な教育的ニーズのある子は、その時間帯だけ、そこで授業を受ける―というのが、一般的なシステムのようです。

 一見、日本の「通級」システムと似ていますが、言語障害、情緒障害などのカテゴリー別の設置ではなく、あくまでもその科目を学習するのに困難を感じている子が利用できるものであり、校内に設置されている比率も日本とは全然違うし、そこで教えているのは障害児教育の資格を持った複数の教師であり、「リソースルーム」を巡回する教師も複数配置されていて、外部の専門家と連携してサポートを受けるようなシステムもあるということです。

 日本でも学習障害児に対するサポート体制は徐々に整いつつあるかと思われますが、根本的に、画一的教育というのが伝統的な日本の教育スタイルであっただけに、本書を読むと、その辺から発想の転換が求められるような気がし、但し、また、こうしたことを実現するには、行政レベルでの人的資源の投下が必要であるように思いました。

 学習障害の入門書としても読めなくはありませんが、サバン症候群などについてはそれほどの頻度で見られるものでもなく、むしろ、そうしたある分野について特殊な能力に恵まれている「ギフテッド」と呼ばれる子供たちを、どう社会に活かすかということをアメリカという国は考えていて、そのことが、子供たち個々のニーズに沿った教育をするという意味で、「リソースルーム」と同じ発想にある点に注目すべきでしょう。

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「啓明舎」の塾長が教育問題や生徒への思いをエッセイ風に語る。

子供の目線大人の視点.jpg 『子供の目線大人の視点―"やる気のある子"を育てるヒント』 〔'00年〕 後藤 卓也先生.jpg 後藤卓也 氏

 中学受験の「啓明舎」の塾長が書いた教育論的エッセイで、'99年から翌年にかけて産経新聞夕刊に「塾の窓」というコラム名で連載されたものを1冊の本に纏めたもの。
 著者の塾は、当時は文京区に1教室あるだけで、連載執筆中に大船分校を開校しましたが、有名中学への合格率が高いことで評判を呼んだ今も、この2拠点のみで運営しているようです。

 本書では、子供たちにとって学ぶことがなぜ必要なのかということが真面目に考察されていて、初等教育の現状の問題点や、学校・教育関係者、マスコミの空疎な教育論に対する批判が、学習塾という現場の目線でストレートに語られています。
 著者自身、シングルファーザーとして子育て中ということで、わが子への思いと相俟って子供たちへの優しい思いが感じられ、一方で、「お子様万能主義」的風潮を痛烈に批判していますが、中学受験については、基本的には、"必要悪"と言うより"イニシエーション(通過儀礼)"として捉えていることが窺えます。

 塾の先生には、経歴上途中で一度何らかのドロップアウトした人が多いように思いますが、著者も、東大の大学院で教育について学び、留学までしながら学者にはなり切れなかった人で、では何故いま塾長などやっているのだろうかと自問している風もあります。
 その中で出てくるのは、院生時代「啓明塾」で時間講師をしていたときの、志望校に受からなかった子供に対する悔恨の思いで、このことは「啓明塾」が、生徒が確実に受かるところを受験するよう指導している(結果、合格率は高くなる)ことに繋がっているのかも(世の噂では、かつての「啓明塾」では、授業についていけない生徒には退校勧告したり、かなりのスパルタ指導をする講師もいたりしたという)。

 エッセイとして読み易く、ちょっと感動する話もあり、一方で力を抜いたユーモアもあって(やや醒めた感じの部分も)、文章は上手いと思いました。
 著者自身、本書において"作家"への意欲を見せているのに、その後は、塾のテキストの編集者として名前を連ねるばかりで、当時ほどマスコミにも登場しないけれど、どうしているんだろう、最近は?(塾長を前面に出さないという営業戦略に転換?)。

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平凡でも「ルール」として教え込むことで得られる効果。「ハリ・ポタ」のクラス間の点取り合戦みたいな感じも。

あたりまえだけど、とても大切なこと.jpgあたりまえだけど、とても大切なこと』(2004/06 草思社)クラーク.jpg ロン・クラーク氏

 著者は大学を出て世界中を放浪した後、たまたま'95年に小学校教師となってハーレムの問題児が多い学級を担当しますが、学級を立て直すために、祖母から教わった礼儀作法をルールにして生徒たちに教え込みます。
 この本にあるのはその50のルールなのですが、のっけから「大人の質問には礼儀正しく答えよう」といった平凡なものが出てきます。
 これが最も重要なルール、ということですが、その「効果」(成果?)が凄くて、ニューヨーク市一帯から応募がある募集者数30の難関中学校の面接試験に、著者のクラスから12人受けて全員が合格したという。

 こうした調子で、
 「口をふさいで咳をしよう」
 「何かもらったら3秒以内にお礼を言おう」
 「だれかとぶつかったらあやまろう」
 といったルールが、具体例やその「効果」(成果)とともに紹介されています。
 著者の教室の子どもたちは、態度も変わり、成績も全米トップクラスとなり、地域貢献プロジェクトを実施し、ついにホワイトハウスにクラス全員が招かれるという...(少しアメリカン・ドリーム的な描き方ではあるのですが)。

 日本にもそうした落ちこぼれ学級を活力と秩序ある学級に蘇らせた先生の話はありますが、放っておいても身につくような平凡なことでも(これが実際には身につかなかったりする)「ルール」として教え込むというところが著者の特徴でしょうか。
 もちろん素早く態度で示す判断力、行動力も必要だし、継続する意志力も大切。こうなってくると教師個人の資質的なものを感じます。

 著者は'00年に「全米最優秀教師賞」を受賞したそうですが、これは国ではなく民間(ディズニー)で定めた賞です。
 日本でも民間で決めるならばあってもいいかなと思いますが(家庭教師派遣会社などで似たようなものがありますが、ほとんど販促用の人気投票みたいなものになっている)、まずムリでしょう。

 また一方で、著者の教育法は旧来の「アメとムチ」方式に過ぎないのではないかという批判も米国ではあるようです。
 自分自身もそのことは大いに感じ、自分が「ハリー・ポッター」シリーズのクラス間の点取り合戦的なところが好きになれない理由と同じような要素も、この本にはあると...。

 でも、学校でカリキュラムをこなすことだけに汲々としながら授業をしている教師も多いわけで、家庭の役割か学校の役割かを問う前に、子どものために考えてみなければならないことも多いと思いました。

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「陰山先生」がいいのか「糸山先生」がいいのかと言うよりも...。

新・絶対学力.jpg  『新・絶対学力―視考力で子供は伸びる』 ('04年/文春ネスコ ) 絶対学力.jpg 『絶対学力―「9歳の壁」をどう突破していくか?』 ('03年/文春ネスコ)

 著者は、塾講師に教え方を指導する仕事などをしている人。前著『絶対学力』('03年/文春ネスコ)で、基礎学力とは計算を速くしたり、漢字を暗記することではなく、教育とは人生を楽しむことができる力を育てることだとし、「教科書の音読・漢字の書き取り・計算ドリル」を「お粗末3点セット」と批判したことで話題になりました(この批判が、陰山英男氏の「百ます計算」や「公文式」に向けられているのは明らか)。

 本書ではこの考え方をさらに進め、「イメージ」できれば「考える力を伸ばせる」とし、「視考力」という言葉でそれを言い表しています。具体例として文章問題の解き方などを示していて、なるほど「読み書き計算」の反復練習だけでは、こうした問題を解くための「考える力」はつかないかも、と思いました。

 陰山氏も公文も「生きていく上での基礎的能力」「生きる力」などという言い方をしています。
 結局のところ、親がどの言い分にフィット感を感じるかだけであって、子どもに対しては、単に学習させる方法の違いになるのではという気もします。
 「陰山先生」もこの「糸山先生」も家庭学習の重要性を説いています。
 陰山先生だって「百ます計算」が全てだと言っているわけではないし、糸山先生だって、行き着くところは「ドリル」なのです。
 多くの親は、子どもの得手不得手などを見ながら、両者の良い点を取り入れようとするのではないでしょうか。

 「百ます計算」が悪いとは思いませんが、一つの方法論が絶対視されるのは、何だか気持ち悪い。だから、こうした違った方法論が出てくるのはいいことだと考えます。
 こうした方法論を「生きる力」とともに唱える論者が、一部の親から"教祖"視されるのは、ある程度やむを得ないのかも。
 教師はある程度、冷静でいて欲しいと思います。
 新たな方法論が話題になるたびに、教師に「目からウロコ」と感動されていたのでは、ついていく生徒の方がシンドイ。

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たいへん真っ当な内容という印象を受けたが、実行するのはナカナカ...。

学力は家庭で伸びる.jpg  『学力は家庭で伸びる―今すぐ親ができること41』 (2003/04 小学館) 本当の学力をつける本.jpg 『本当の学力をつける本―学校でできること 家庭でできること』 (2002/03 文藝春秋)

 著者は「百ます計算」「読み書き計算」ですっかり有名になりましたが、本書は家庭内におけるルールブックであり、「学力」というものを「生きる力」というふうに広く捉えた教育論になっています。

 「習い事が多くても週3日を限度に」とか「食事のときはテレビを消す」とか「運動会で我が子をビデオで追いかけ回さない」とか、たいへん真っ当な内容であるという印象を受けました。
 「百ます計算は効果が出るまで続ける」なんてのもありますが、全体を通して、自らの試行錯誤の上に築いた信念と熱意が感じられるし、基礎体力や親子の触れ合いを大切にする一方で、過干渉を戒めるなど、バランスがとれていると思いました。
 「陰山メソッド」を簡単に言い表わせば、「読み書き計算」+「早寝・早起き・朝ご飯」ということになるのでしょうか。

 少し気になったのは、〈編者らしきが挿入している文章〉にある「山口小学校の奇跡」とかいった言葉の端々に、出版社の思惑が見えることです。
 この本の前にも、 『子供は無限に伸びる』('02年/PHP研究所)、『本当の学力をつける本』('02年/文藝春秋)を出していて、後者は発行後2年半で50万部を超える売り上げを記録し、この『学力は...』もそうですが、この後に出た本も続々とベストセラーになっています。
 何だか出版社が布教する「陰山教」みたいな感じもしないでもありません。

 それと気になるのは、書いてあることを実際にやろうとすると、家庭も〈学校化〉しなければならない気もして、結構たいへんかもしれないという感じもするのです。
 母親向けの女性誌「マフィン」に連載されたものがベースとなっているそうですが、仕事を持っている母親に対する視点などはあまり感じられなかったのが残念でした。

【2007年文庫化[小学館文庫]】

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"現場教師の作戦参謀"が敢えて広く世間に議論を求めた本か。

子どもよりも親が怖い―カウンセラーが聞いた教師の本音3.jpg子どもよりも親が怖い.jpg 『子どもよりも親が怖い―カウンセラーが聞いた教師の本音 プレイブックス・インテリジェンス』 〔'02年〕
諸富 祥彦.jpg
 著者の諸富祥彦氏は、トランスパーソナル心理学(現代心理学とスピリチュアリティを統合した心理学)が専門の大学の先生であり、臨床床心理士であると同時に教育カウンセラーでもあり、この本は教育現場の教師の立場から、学校にすべての責任を押し付ける傾向にある親に対する批判の書となっています。

 実際「子ども」よりも「親」が教師の悩みの種という状況は、かなり多くあるのでしょう。「困った親」のタイプを本書で列挙していますが、こうした親が増えているのかも知れないと思わせるものです。
 もちろん校長や一部教師にも問題人物がいることを、具体例をあげて示していますが、著者の基本スタンスは「問題の子どもの背後には問題の親がいる」ということではないかと思われます。

 こうして一般書として刊行された場合、より多くの教師の目に留まり、自分を追い込みがちだった教師の救いになる可能性も高くなる一方、多くの親たちの目に触れるので、その場合に親たちの自省を促すだけの説得力のある内容になっているかどうか、やや疑問も残りました。

 最終章に「親と教師でおこなう学校改革13の提言」を掲げていますが、「親こそ教育の主体である」「親と教師。必要なのは信頼できる関係づくり」などやや抽象的で(部分的には具体的な提案もありますが)、最後にはスピリチュアリズムっぽい話になってしまいます。
 
 著者のホームページのプロフィール紹介には、「時代の精神(ニヒリズム)と闘うカウンセラー、現場教師の作戦参謀。」とあり、教師向けには『教師がつらくなった時に読む本』(諸富祥彦教師を支える会編/'00年/学陽書房)なども出しているので、この新書本は行動派の著者が、敢えて広く世間に議論を求めた本と解せないでもありませんが、教師寄りの立場が鮮明なだけに、どう親に読まれるか危惧も感じます。

《読書MEMO》
●親の世代間格差(30-35p)...
 1.教師に協力的な「山口百恵」世代
 2.自己中心的な「松田聖子」世代
 3.我慢することを知らない「浜崎あゆみ」世代
●親のタイプ(84-90p)...
 1.優等型の親に多い「支配型」...幼稚園などで他の子に対しても細かく注意する
 2.「家来型」...子供はわがままに
 3.「放任型」...子供が非行に走りやすい
●理不尽なことを言ってくる親に説得は通じない。まず、相手の話を聴くこと(158p)

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示唆に富み、説得力もある。やや感動的で、やや複雑な思いも。

本当の学力をつける本.jpg本当の学力をつける本―学校でできること 家庭でできること』['02年/文藝春秋] 見える学力,見えない学力.jpg 岸本裕史 『見える学力、見えない学力 (国民文庫―現代の教養)』['96年/大月書店]

陰山英男.jpg '02年出版の本書はベストセラーになり、著者である陰山英男氏の「百ます計算」や「陰山メッソッド」は広く世に知られることになりますが、本書執筆時には著者は未だ、兵庫の進学塾もない山あいの小学校の一教諭でした。
陰山 英男 氏

 著者が本書でも提唱している「百ます計算」は、見える学力 見えない学力』('96年/大月書店)という著作がある岸本裕史氏が創案したものですが、本書の内容は、方法論だけでなく、学力観から教育の姿勢まで、著者が師とする岸本氏の主張と重なり、著者は岸本氏の考え方の良き実践者であり伝道者であるという印象を受けました。

 岸本氏は「読み書き計算」に代表される基礎学力を重視し、「落ちこぼれをなくすにはどうすればよいか」といことを常に課題としてきた方ですが、本書の基本姿勢も同じ。家庭における教育や生活環境の重要性を力説する点も同じ。
 ただし単なる賛同意見ではなく、10年以上にわたる実践を経て得た成果と確信に基づいての主張となっていて、示唆に富み、説得力もあります。

 また本書を通じて、教師が学習指導要領という枠の中で苦闘し、ゆとり教育と学力低下の間で悩んでいる実態も窺えます。
 少人数学級と不適格教師の問題にも触れている(つまり少人数学級の促進が不適格教師を"生き延び"させることに繋がることがあるという問題)。

 最終章に「反復練習」を基本とした実践が全国に拡がっていく過程が書かれていますが、親の学歴や収入などによって進路が左右されたり、学力をつける機会を失ったりすることがないようにという公立校の一教諭(もちろん著者のことですが)の熱意がベースにあったと思うとやや感動的ではありました。

 ただ、この本の帯に「有名大学合格者が続出」「驚異的に伸びる!」といった文字が躍っているのを見ると、1つの方法論に親が傾倒し、小学校が「百マス計算」を入学案内の謳い文句にするような流れとあわせ、やや複雑な思いもします。

 【2009年文庫化[文春文庫]】

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中学入試国語読解問題を気鋭の国文学者とともに解く。

秘伝 中学入試国語読解法.jpg     パパは塾長さん.jpg    中学受験で子供と遊ぼう.jpg
石原 千秋『秘伝 中学入試国語読解法 (新潮選書)』/三田誠広 『パパは塾長さん―父と子の中学受験』〔'93年増補版〕/高橋秀樹『中学受験で子供と遊ぼう (文春文庫)』 〔03年〕

 中学受験を親子で乗り切った体験記というのは多いのですが、中学受験率が20パーセントに迫る昨今、売れ筋の本というのは毎年出ています。
 その中で一定の評価が定まっているものに、
 ◆三田誠広 著 『パパは塾長さん―父と子の中学受験』('88年('93年増補版)河出書房新社)、
 ◆高橋秀樹 著 『中学受験で子供と遊ぼう』('00年/日本経済新聞社)、
 ◆石原千秋 著 『秘伝 中学入試国語読解法』('99年/新潮社)
 があります。
 三田本、高橋本、石原本などと呼ばれていますが、いずれも父親が書いている点が共通していて、子どもは目出たく志望校に合格します。
 私立"御三家"と呼ばれるのが開成・麻布・武蔵ですが、これらの本での合格校は、順に駒場東邦、武蔵、桐朋となっています(ただし、駒場東邦も桐朋も"新御三家"と呼ばれる難関校)。
 個人的には、芥川賞作家の書いた「三田本」や大学教授の書いた「石原本」より、テレビ局社員の書いた「高橋本」に親近感を覚えました。

 3冊とも、受験教育の現状を無批判に肯定しているわけではないのですが、まず子どもを希望のところへ入れてやりたいという親心は伝わってきます。
 ただしこの「石原本」には大きな特徴があって、約400ページある本の後半230ページが、中学入試国語読解問題の例題を気鋭の国文学者(夏目漱石研究などで有名)である著者が解いていくという内容になっているのです。
 これが結構スリリング。読みながら一緒に解いてみて、たいへんいい読解訓練になりました。ホントに。
 中には、解答が特定できないものもあります。
 また出題者の意図を読むうちに、国語教育が子どもに求めているものも朧気ながら見えてきます。
 その辺りの画一性が著者の言いたいポイントなのですが、同時に試験問題を解くカギにもなっています。
 読者は試験問題のあり方を「批判」するよりも、子どもを「順応」させることを先ず考えるのではないでしょうか。

 それにしても難問揃い! 専門分野の大学教授さえ四苦八苦するものを小学生に解かせているのが、有名校の受験問題の実態です。

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「百マス計算」の創案者による教育論。しっかりとした理念がある。

見える学力、見えない学力.jpg見える学力、見えない学力 (国民文庫)』 [改訂版] photo.jpg 岸本 裕史 氏

 本書では、生きていく上での基礎的能力として、基礎的な体力・運動能力、感応表現力、そして基礎学力を挙げています。
 テストや通知簿で示される学力は「見える学力」であり、その「見える学力」の土台にはこうした「見えない学力」、つまり基礎学力があり、「見えない学力」を太らせなければ「見える学力」も伸びないと。そして、読む能力、書く能力、計算する能力が基礎学力の3つの源泉だとしています。

 著者は元小学校教諭で、「百マス計算」の創案者です。本書の終わりの方で、方法論の1つとして「百マス計算」が紹介されています(「百マス計算」は教師の言う通りにやらない生徒の考案であったことが明かされている)。
 しかし本書全体としては、子どもの自立性や他者を思いやる気持ちを育てること、そしてそのためには家庭での生活習慣が大切であることを説く教育論となっています。
 特に、学力の土台は言語能力であるとし、読書習慣の重要性を力説しています。
                                                   
 本書の初版は'81(昭和56)年で、その頃から「読み書き計算」の重要性を述べていたわけですが、それ以上に、著者の理念と経験に基づく学力観、子どもの成長やしつけに関する多面的な見方、低学力によって子どもの機会が失われることがないようにという思いなどが伝わってくる良書であると思います。

 【1981年初版文庫・1996年改訂[国民文庫]/1994年単行本化[大月書店]】

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