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憤慨し考えさせられた北関東の事件。2冊とも真摯なルポだった。

ルポ 居所不明児童.jpg  居所不明児童1.jpg FFN  ルポ 母子家庭.jpg
石川 結貴 『ルポ 居所不明児童: 消えた子どもたち (ちくま新書)』    小林 美希 『ルポ 母子家庭 (ちくま新書)

祖父母殺害2審.jpg 2014年春に北関東のアパートで祖父母を殺害して金品を奪ったとして強盗殺人などの罪に問われた少年(事件当時17)の控訴審で、東京高裁は今月['15年9月]4日、懲役15年とした地裁判決を支持し、弁護側の控訴を棄却、判決では「母親から少年に強盗殺人の指示があった」と認めたものの、「極めて重大な犯罪で、量刑を見直すには至らない」と指摘し、「刑が重すぎる」という弁護側の主張を退けました。この事件の経緯は本書 石川結貴『ルポ 居所不明児童―消えた子どもたち』('15年4月)に詳しく書かれています。

 少年は11歳から学校に通えず、一家で各所を転々としながらホームレス生活をする「居所不明児童」で、しかも義父から恒常的に虐待を受けており、母親と義父の指示で親戚に金銭を無心させられていて、高裁判決で裁判官も認定したように、母親が少年に(結果として事件と被害者となった)祖父母から「殺してでも借りてこい」と指示したとのことです。母親は老夫婦を殺害した公園で合流した少年に再び夫婦宅に行かせて現金約8万円やキャッシュカードを奪ったとのことです。本書によれば、母親は強盗・窃盗の罪で懲役4年6ヵ月の判決が確定して服役中で、息子の公判に証人として出廷した際には、「強盗殺人は私が指示したわけではないから、○○がどうしてそんなことをしたかわかりません」と他人事のように言ったとのこと。確かに、未成年ながらも2人を殺害した罪は重いですが、著者も判決に疑問を投げかけているように、相対的にみて母親の罪が軽すぎるように思いました。見方によっては、"主犯"は母親で、"実行犯"は息子であるというふうにも取れるのではないでしょうか(母親の罪が軽いのは刑法の落とし穴のように思える)。

 本書によれば、半世紀の間に2万4000人もの小中学生が学校や地域から消えているとのこと、本書では、冒頭の川口の少年のケースを初め、幾つかの「居所不明児童」に纏わる事件をリポートしていますが、往々にして児童虐待やネグレクトなどが「居所不明児童」の背景にあることが窺えます。

 一方で、そうした「居所不明児童」をチェックし、追いかけて、置かれている危機的状況から救い出すための行政の体制というものが、あまりに無策であることも、本書から窺い知ることができます。とりわけ、個人的にこれは問題だなと思ったのは、学校関係者が、児童が突然登校しなくなり、母子とも居所不明になっても、DVに遭ってシェルター(DV被害者の避難所)に入ったのだろうと勝手に推測して深く跡を追わなかったりすることで、近年、DV被害者が住民票を移さないまま居所のみを変えることが認められていて、児童がそれに付随している場合、新・旧居所の教員委員会はその情報を得ているが、元の学校には知らされていないとのことです。知らされていないから判らない、判らないから責任を負えないという学校側の言い分を許してしまうようなシステムに問題があると思われます。

 本書では、シングルマザーが育児放棄をするケースなどもリポートされていますが、これはDVの問題と併せて、同じ〈ちくま新書〉の小林美希『ルポ 母子家庭』('15年5月)で扱っているテーマに連なる問題でもあります。この本に出てくる何人かの女性たちは、生活のバランスが少しでも崩れると、瞬く間に再貧困になってしまい、望まぬ風俗で仕事したり、経済的な安定を求めて望まぬ再婚をしたりすることを繰り返しています。確かに、本書でも調査統計があるように、シングルマザーの場合、仕事に就くにあたって、子供がいるということで賃金が最初から抑えられる傾向にあり(その度合いは世界中で日本がダントツに高い)、社会の偏見や互助精神の欠如といったものを感じないわけにはいきません。しかし、一方で、『ルポ 母子家庭』では、自助努力と公助システムの活用などの組み合わせで、置かれている厳しい環境を乗り越え、健全に生活を成り立たせている母子家庭も紹介されています。高額歴または専門技能を持っていてそれなりの仕事につけて、お金で解決できる問題はお金で解決したとか、個々の条件の違いはあるかもしれませんが、全部を環境のせいにしてしまうのではなく、本人が努力することも大切であるし、母子家庭の育児をフォローし、子供の相対的貧困を減らす社会システムの整備、充実も今後もっと必要になってくるように思われました。

 個人的には、『ルポ 居所不明児童』を読んで、こんな鬼のような母親がいるのか、また、その犯した罪に対する罰がこの程度のものなのかと憤慨し、『ルポ 母子家庭』を読んで、妊娠が分かって姿をくらます男や結婚後は働かなくなる男など、こんな責任感ゼロ男がいるのかとまたも憤慨してしまいましたが、2冊とも真摯なルポであったように思います。

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読んでいて気が滅入るルポだが、知っておくべき日本の労働現場の一面。

中高年ブラック派遣.jpg中高年ブラック派遣 講談社現代新書.jpg 中沢 彰吾.jpg 中沢 彰吾 氏 [Yahoo ニュース これではまるで「人間キャッチボール」!安倍官邸が推し進める規制緩和の弊害と人材派遣業界の闇

中高年ブラック派遣 人材派遣業界の闇 (講談社現代新書)

 ノンフィクションライターによる日雇い派遣業の実態の体験的ルポルタージュですが、甘い言葉(労働条件・待遇)を示して中高年を勧誘し、それが仕事場に行ってみれば年長者であることに配慮するどころか、ヒトをヒトとしてではなく単なる労働力として扱い、反抗すれば恫喝し、気に入らなければ切り捨てていくという、まさに著者が言うところの「奴隷労働」市場のような状況が業界内において蔓延していることが窺える内容でした。

ブラック企業1.jpg 「大佛次郎論壇賞」を受賞した今野晴貴氏の『ブラック企業―日本を食いつぶす妖怪』('12年/文春新書)で、「ブラック企業」の特徴として、正社員を大量に採用して労働基準法ぎりぎりのラインで酷使、消耗、スポイルしてはまた新たな採用を繰り返していることが指摘され、「非正規」ではなく「正社員」が、また、「基準法違反」ではなく「基準法ぎりぎり」というのが新たな着眼点としてクローズアップされましたが、一方で非正規雇用労働者を酷使、消耗する"ブラック企業"も現に多くあるわけであり、同著者の『ブラック企業2―「虐待型管理」の真相』('12年/文春新書)では「ブラックバイト」という言葉が使われています。

 そして、非正規雇用のもう1つの柱である派遣労働者について取り上げたのが本書です。といっても、日雇い派遣の実態が社会問題化され始めたころから、こうした実態を問題視する声はあったように思われますが、本書の場合、その中でも「中高年」にフォーカスしている点が1つの大きな特徴だと思います。

 著者は東京大学卒業後、毎日放送(MBS)に入社し、アナウンサーや記者として勤務した後、身内の介護のために退職し、著述業に転じた人。58歳にして体験した派遣労働の現場では、自分の息子のような年齢の若者に、「ほんとにおまえは馬鹿だな」「いい年して、どうして人並みのことができないんだ!」「いったいここへ何しに来てんだ」「もう来るなよ。てめえみたいなじじい、いらねえから」などと口汚く罵詈雑言を浴びせられたこともあたっということです。

 ここまで言われたら、企業名を出してもいいのではないかという気もしますが、暴露ジャーナリズムとは一線を画すつもりなのか、業界内の特定の1社2社に限ったことではないことを示唆するためか、新聞記事になったような超有名どころのブラック企業はともかく、自らが潜入した"ブラック派遣"会社の名前は明かしていません(再潜入するつもり?)。

 派遣法の改正案が国会で審議される折でもあり、改正のドラフトとしては、労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)が昨年('14年)に報告(建議)した、専門26業務の撤廃、新しい期間制限(個人単位と事業所単位)、派遣先の事業所単位の期間制限(3年、組合等の意見聴取で延長可)などが骨子としてあり、その中にも幾つかのパターン案があって最終的にどうかなるか、そもそも法案そのものが可決されかどうかも分かりませんが['15年5月末現在]、何れにせよ、政府は経済界の意向を受け、規制緩和の方向へ舵を切ろうとしているのは違いありません。

 今回の改正に関しては、賛否両論ありますが、民主党政権下で、非正規労働者の雇用を安定させようと制定された「無期転換ルール」が平成25年春に施行され、一方が申入れをしただけで本来は合意の上になりたつべきである「契約」が成立してしまうということの方が、個人的には、労働契約の本筋からしてむしろどうだったかなという思いがあります。それさえも早期の契約打ち切りを招いて雇用が不安定になる危険性を孕んでいるとの指摘がありましたが、今回も同様の指摘があり、規制強化路線の揺り戻しであるかのように派遣法を改正するというのは、非正規労働者の問題を政府は本気になって取り組もうとはしていないのではないかという「労側」の声もあります。個人的には、今回の改正案は、派遣労働者の保護よりも派遣先の常用労働者の保護を重視する「常用代替防止」思想からやっと抜け出すと共に、「専門26業務」というとっくに使えなくなっているフレームからも脱却出来るという意味で、法改正の趣旨そのものには肯定的に捉えています。あとは、人材派遣業の業界内の各企業の質のバラツキの問題と、派遣労働者を使う企業側の質のバラツキの問題かなあと。

塩崎恭久厚生労働大臣.jpg 塩崎恭久厚生労働大臣が全国の労働局長にブラック企業の公表を指示したというニュースが最近ありましたが(2015年5月18日)、一方で、働く側も派遣などの「多様な働き方」を望んでいるとしており、そうなると、本書にあるブッラク派遣の実態は企業名の公表で対処出来るような業界内での極めて局所的・例外的実態ということなのでしょうか。個人的にはそうは思えず、人材派遣業界のある一定数の企業は、こうした再就職難の中高年を更にスポイルし消耗するという構造の上に成り立っているように思えます。たとえそのことを糾弾されても、そうした企業は、自分たちが再就職難の中高年の受け皿になっているのだとかいった理屈を捏ねるんだろなあ。

 読んでいて気が滅入るルポですが、知っておくべき日本の労働現場の一面でしょう。

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「1」ほどインパクトはないが、より深く問題に斬り込み、重層的に考察を進めている「2」。

ブラック企業2 文春新書.jpg                   ワタミの初任給はなぜ日銀より高いのか.jpg
ブラック企業2 「虐待型管理」の真相 (文春新書)』  渡辺 輝人 著『ワタミの初任給はなぜ日銀より高いのか? ナベテル弁護士が教える残業代のカラクリ

 「大佛次郎論壇賞」を受賞した『ブラック企業―日本を食いつぶす妖怪』('12年/文春新書)の第2弾で、前著のサブタイトルも凄かったけれど(著者が考えたのか、はたまた編集者が考えたのか)、今回もなかなかという感じ。でも、「虐待型管理」というのは、確かに本書に書かれている「ブラック企業」の実態を表していると言えるかも。

 前著では、「ブラック企業」の第一の問題は、若くて有益な人材を使い潰していることであり、その特徴は、正社員を大量に採用して労働基準法ぎりぎりのラインで酷使、消耗、スポイルしてはまた新たな採用を繰り返していることであり、そうした新卒の「使い捨て」の過程が社会への費用転嫁として行われていることに問題あるとしていました。

 このように、単なる告発ジャーナリズムとは一線を画す姿勢を取り(但しサブタイトルはややその気を感じさせなくもないが)、従来の「ブラック企業」という言葉の、非正規社員が労働基準法違反の処遇条件で酷使されているというイメージに対し、正社員採用された労働者が、労基法に明確に違反するのではなく、「ぎりぎりで合法」乃至「違法と合法の間」のグレーゾーンで働かされているのがその実態であると指摘したのは画期的だったかもしれません(一方で、非正規も酷使されている実態があり、本書「2」では「ブラックバイト」という言葉が出てきてややこしいが)。

 今回は、こうした「ブラック企業」問題が依然解決されておらず、過労死や過労自殺が後を絶たない実態を踏まえ、どうして解っていてもそうした会社に入ってしまうのか(第1章)、どうして死ぬまで辞められないのか(第2章)といった働く側の心理面に実際にあった事例から迫り、それに呼応したブラック企業側の絡め取り搾りつくす手法を解析(第3章)、ブラック企業は国家戦略をも侵略しつつあるとし(第4章)、ではなぜそれらを取り締まれないのかを考察(第5章)しています。更に、規制緩和でブラック企業が無くなるといった「雇用改革論」を"奇想天外"であると非難し(第6章)、ブラック企業対策として親・教師・支援者がなすべきことを提案(第7章)しています。

 「ブラック企業」の定義にパラダイム転換をもたらした前著ほどのインパクトがあるかどうかはともかく、より深く問題に斬り込み、重層的に考察を進めていることは窺えるのではないでしょうか。前著に匹敵する力作である(単なる告発ジャーナリズムとは一線を画す姿勢は維持されている)と思う一方で、丁寧に紹介されている数々の過労自殺や過労死の事例には胸が蓋ぎます(社員をうつにして辞めさせる手法などについても、前著より詳しく紹介されている。コレ、かつて高度経済成長期に流行った感受性訓練(ST)の変形悪用だなあ)。

ワタミの初任給はなぜ日銀より高いのか? 帯.jpg 本書の著者である今野氏が帯に推薦文を書いている本に、『ワタミの初任給はなぜ日銀より高いのか?』('14年/旬報社)がありましたが(著者は日本労働弁護団等で活躍する弁護士とのこと)、固定残業制のカラクリなどは『ブラック企業』で既に紹介済みで、事例企業が「大庄(日本海庄や)」から「ワタミ」に替わっただけか。但し、その仕組みの説明の仕方が分かりにくく(今野氏の推薦文には「残業代のプロフェッショナル」とあるのだが)、普通の人が読んでも時間外割増と深夜割増の違いなんて分からないのではないかと思ったりもしました(老婆心ながら、『ブラック企業』で言っている「大庄」の例と本書で言っている「ワタミ」の例を大まかに図示してみた)。

大庄(日本海庄や)の初任給の構成.jpg ワタミの初任給の構成.jpg

 「ワタミ」の例で著者は、深夜割増相当分を全部使い切る試算をしているため(「深夜手当」3万円を時給相当額の2割5分で除している)、通常割増分(月45時間分)より深夜割増分(月128時間)の方が当該時間数が圧倒的に多くなっていますが、こうしたことは深夜勤務主体でないと起こり得ず、その前提がどこにも書かれていないのは不親切かも(一応、著者の説明に沿って図を作ったが、深夜手当を0.25でなく1.25で割って計算する方が、"相対的に見て"ノーマルなのだろう)。ワタミの酷さを「天狗」と比較しているけれど、「天狗」の実態をきちんと調べた形跡も無し。相対的にマシならばそれでいいとするならば、80時間の残業に満たないと固定残業代が一切払われなかった「大庄(日本海庄や)」に比べれば、「ワタミ」はまだマシということにもなってしまうのではないでしょうか。

 更には、残業を巡る未払い賃金の相談は、社会保険労務士ではダメで弁護士にしなさいと書いていますが、弁護士だって色々でしょう。社労士を一括りにして相談すべき相手ではないとしているのもどうかと思うし、自らが開発に関わったという残業代自動計算ソフト(「給与第一」)の話なども含め、未払い賃金(未払い残業代)請求という「自らのビジネス」への誘引を促すという目的が前面に出てしまった本であり、その割には、先にも述べたように、解説は親切ではないように思いました(「ナベテル弁護士」の事務所に相談に来てもらえれば、じっくり説明するということか)。

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この問題に対する著者の真摯な姿勢が感じられる。「労側」の弁護士が書いた本との捉え方は意味をなさない。

過労自殺 第二版.jpg過労自殺 第二版 (岩波新書)』  過労自殺 .jpg過労自殺 (岩波新書)』 

 同著者の1998年刊行の『過労自殺』の16年ぶりの全面改訂版であり、第1章では事例をすべて書き換え、著者が直接裁判などを担当して調査を行った資料を中心に、過労自殺の実態を具体的に示しています。
 それらの事例と、続く第2章の統計から、20代や30代の若者や女性たちの間にも、仕事による過労・ストレスが原因と思われる自殺が拡大していることがわかり、そのことはたいへん危惧すべきことであるように思いました。また、旧版『過労自殺』にもそうした事例はありましたが、パワハラが絡んでいるものが少なからずあるということと、こうした事件がよく名前の知られた大企業またはその系列会社で起きているということも非常に気になりました。

 第2章では、新しい統計・研究を組み込んで、過労自殺の特徴・原因・背景・歴史を考察しています。旧版『過労自殺』によれば、1995~1997年度の過労自殺の労災申請は、それぞれ10件、11件、22件で、それに対し労災認定件数は各0件、1件、2件しかなかったとありました(有名な「電通事件」裁判も、労災申請を認めなかった労基署の判断が退けられたという形をとっている)。
 それが、本書によれば、2007~2012年度の間では毎年度63~93件の自殺労災認定があったとのこと。しかし、これは厚労省労働基準局統計による数字であって、警察庁・内閣府統計では、2007~2012年の間「勤務問題」が原因・動機の自殺が毎年2,500件前後あったとなっており、著者が過労自殺の被災者は実質的には年間2,000人以上になるとしているのは、必ずしも大袈裟とは言えないように思いました。

 第3章では、そうした実態も踏まえ、過労自殺と労災補償の関係を整理し、具体的にQ&A式で説明しています。基本的には労働者や被災者とその家族向けに書かれていますが、企業の人事労務担当者が基礎知識として知っておくべきことも含まれています。

 第4章では、今年成立した過労死等防止対策推進法(略称・過労死防止法)などの情勢の進展を踏まえ、過労自殺をなくすにはどうすればよいかについて、職場に時間的なゆとりを持たせることや、精神的なゆとりを持たせることなど、いくつかの観点から提言を行っています。個人的には、「義理を欠くことの大切さ」を説いているのが興味深かったです(版元のウェブサイトの自著の紹介でも、著者は、女優の小雪さんが語りかける「風邪?のど痛い?明日休めないんでしょ?」というCMを見て、風邪気味でのどが痛くとも、熱っぽい状態であっても、仕事を休まずに出勤することを前提にしていることに違和感を感じたとしている)。

 過労自殺はあってはならないというこの問題に対する著者の真摯な姿勢が感じられるとともに、この問題は企業と働く側の双方で(それと社会とで)解決していかなければならない問題であるとの思いを改めて抱きました(本書では、元トリンプ・インターナショナル・ジャパン社長の吉越浩一郎氏の『「残業ゼロ」の仕事力』(2007年/日本能率協会マネジメントセンター)や株式会社ワークライフバランス社長の小室淑恵氏の『6時に帰る チーム術』(2008年/日本能率協会マネジメントセンター)などの著書からの肯定的な引用もある)。
 ともすると、「労(働者)側」の弁護士が書いた本だと捉えられがちですが、著者は実際には企業のコンプライアンス委員会などにも関与しており、過労自殺を予防するといった観点からは、「労(働者)側」「使(用者)側」という見方はあまり意味を成さないのかもしれません。
 人事労務担当者としては押さえておきたい1冊です。

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従業員を辞めさせない「新ブラック企業」の実態について、企業だけでなく、働く側の心理、社会的・経済的背景にまで言及。

辞めたくても、辞められない!.jpg辞めたくても、辞められない! (廣済堂新書)』(2014/02 廣済堂新書)

 一般的に「ブラック企業=従業員を辞めさせる(辞めさせたい)」という構図があると思われますが、本書では、それとは真逆の、最近増えてきていると思われる「従業員を辞めさせない」企業(「新ブラック企業」とでも呼べばいいか)の実態を取り上げています。

 「従業員を辞めさせない」企業の実例を紹介し、その遣り口をタイプ別に分類した上で、本書では「従業員を辞めさせない」企業の特徴として、その背景に、独裁的経営者の下での「低賃金・重労働・人手不足」という3つの要素があるとしており、本質的には「辞めさせない企業」は「使い捨て企業」と表裏一体であると看破しています。

 更にそうした背景とは別に(或いはあたかもそれに呼応するように)、働く若者の側に、会社の「言いなり」になる心理構造がみられ、「素直で誠実」「自罰的傾向(自分が悪いと考える傾向)」「社会性の希薄」「働くルールの基礎知識の欠如」などがみられるとのことです。

 「従業員を辞めさせない」企業というのも詰まる所ブラック企業であり、本書では最後にブラック経営者から身を守るにはどうすればよいかを指南していますが、個人的にはそんな会社はとっとと辞めればいいのにと思ってしまうものの、実際には、従業員を巧妙に辞めさせない会社、辞められないという心理に陥ってしまう労働者、今のところ法的措置は考えていない政府、といった構造的な問題があり、そう簡単に解決が図れることでもないようです。著者は、働く者は身を守るために「武装」する必要があると言っています。

 労働問題・労働経済分野において多くの著書、ルポルタージュがある著者による本であり、本書は新書で200ページ弱のさらっと読める内容ですが、その限られた紙数の中で、単にこうした「従業員を辞めさせない企業」=「新ブラック企業」の実態を暴くだけに止まらず、その背景にあるものを、ブラック経営者の思惑だけでなく、労働者個人の心理から社会的・経済的背景にまで言及・分析している点はさすがかと思います。

 一方で、さらっと読める分、そうした企業があることをある程度実態として知っている人にとっては、こうしたことへの「言及」は状況の再確認になるものの、「分析」そのものは特段ユニークと思われるものは無かったかも(オーソドックスな「新ブラック企業」入門という感じ)。
 とは言え、景気回復基調に浮かれるアベノミックスの裏で、労働者は疲弊し、職場自体も病んでいる―そうした実態を改めて知らしめる1冊ではありました。

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ブラック企業の実態と併せ、その社会的損害を指摘。なくすための政策提示もされている。

ブラック企業―日本を食いつぶす妖怪.jpg        POSSEの今野晴貴.jpg POSSE代表・今野 晴貴 氏
ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』['12年] 

個別労働相談件数.jpg 違法な労働条件で若者を働かせては「使い捨て」にする、いわゆる「ブラック企業」の実態を、一橋大学に学部生として在学中からNPO法人POSSE代表として若者の労働相談に関わってきた、労働政策、労働社会学専攻の大学院生が著した本です。

 著者は、「ブラック企業」という問題を考える際には、若者が個人として被害に遭う側面と、社会問題としての側面があるとし、本書では、個人から社会へと視野を広げることで、告発ジャーナリズムとは一線を画しているようです。

 とはいえ、前半のブラック企業の実態について書かれた部分にある、大量採用した正社員をきわめて劣悪な条件で働かせ、うつ病から離職へ追いこみ、平然と使い捨てにする企業のやり方には、改めてヒドイなあと思わされました(行政窓口への個別労働紛争相談件数で「パワハラ」が「解雇」を上回ったのも、2012年1月に厚生労働省が「パワハラ」の具体例を挙げて、「過大な要求」や「過小な要求」もそれに該当するとしたことに加えて、実際に世間ではこうしたやり口がかなり広く行われていることを示唆しているのではないか)。

ブラック企業1.jpg 過労死・過労自殺が発生したため裁判となったケースなどは、企業の実名を揚げて紹介しており(「ウェザーニューズ」、「ワタミ」、「大庄」(庄や・日本海庄や・やるき茶屋などを経営)、「shop99」)が実名で挙げられている)、中には初任給に80時間分の残業代が含まれていて(正社員として入社した若者たちは、そのことを入社後に知らされたわけだが)、それを除いた基本給部分を時給換算するとぴったり最低賃金になるといった例もあり、こういうのは「名ばかり正社員」といってもいいのではないかと。

 こうしたブラック企業から身を守るためにはどうしたらよいかを若者に向けて説いたうえで、本書の後半部分では、「社会問題」としてのブラック企業問題を考えるとともに、どのように問題を解決するべきかという提案もしています。

 そこでは、ブラック企業の第一の問題は、若くて有益な人材を使い潰していることであり、第二の社会問題は、新卒の「使い捨て」の過程が社会への費用転嫁として行われていることにあるとしており、ナルホド、労働社会学者を目指す人らしい視点だと思いました。

 うつ病に罹患した際の医療費のコスト、若年過労死のコスト、転職のコスト、労使の信頼関係を破壊したことのコスト、少子化のコスト、サービス劣化のコスト――こうしたものを外部に転嫁することのうえにブラック企業の成長が成り立っていると考えると、著者の「国滅びてブラック企業あり」という言葉もジョークでは済まなくなってくるように思いました。

 著者は、こうしたブラック企業は、終身雇用と年功賃金と引き換えに、企業が強い命令権を有するという「日本型雇用」の特徴を悪用し、命令の強さはそのままで、雇用保障などの「メンバーシップ」はない状態で、正社員を使い捨てては大量採用することを繰り返しているのだと。そして、労働市場の現況から見るに、すべての日本企業は「ブラック企業」になり得るとしています。

 実際、日本型雇用が必ずしも完全に成立していない中小企業に限らず、今日では大手新興企業が日本型雇用を放棄している状況であり、これまで日本型雇用を守ってきた従来型大手企業もそれに引きずられていると。

 こうした事態に対する対策として、著者は、国が進めている「キャリア教育」はブラック企業に入ってしまった人に諦めを生むことに繋がっており、むしろ、ブラック企業から身を守るための「ワークルール」(労働法規や労使の権利義務)を教えるべきであるとしています。

 また「トライアル雇用の拡充」も、ブラック企業によくみられる試用期間中の解雇をより促す危険性もあり、本当に必要な政策は、労働時間規制や使用者側の業務命令の規制を確立していくことであるとしています。

 こうした施策を通して、「普通の人が生きていけるモデル」を構築すべきであり、それは賃金を上げるということには限られず、むしろ賃金だけに依存すべきではないと。教育・医療・住居に関する適切な現物給付の福祉施策があれば、低賃金でもナショナルミニマムは確保可能であり、つまり目指すは、「低福祉+低賃金+高命令」というアンバランス状態から脱し、「高福祉+中賃金+低命令」であると。

 こうしたことの実現のために、若者たち自身にも「戦略的思考」を身につけ、たとえブラック企業の被害にあっても自分個人の問題で終わらせず、会社と争う必要があれば仲間をみつけ、ともに闘うことで、社会の問題へと波及させていくべきであるとしています。

 最後のまとめとして、ブラック企業をなくす社会的戦略として、労働組合やNPOの活用と労働法教育の確立・普及を挙げています。

 学生、社会のそれぞれに向けてバランスよく書かれているうえに、企業側の人にも読んでいただき、襟を正すところは正していただくとともに、「ブラック企業」問題が他人事ではないことの認識を持っていただく一助としてほしい本。

 最近、企業の新卒採用面接に立ち会って、シューカツ(就職活動)中の学生で、ほぼ全滅の中、かろうじて内定を得ている企業の名が同じだったりするのが気になりますが(概ね、いわゆる「ブラック企業」っぽい)、彼らも、自らの内定状況に満足していないからこそ、こうして、内定後も採用面接に足を運んでいるのでしょう。

 2013(平成25)年度・第13回「大佛次郎論壇賞」受賞作。

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屠場の仕事とそこで働く人たちをルポ。差別問題に偏り過ぎず、食文化の根源を見つめ直すうえでも好著。

『ドキュメント屠場』.jpgドキュメント 屠場 (岩波新書)』['98年] 本橋成一写真展「屠場」.jpg 本橋成一『屠場』['11年]

鎌田慧  .jpg 『自動車絶望工場』『日本の原発地帯』『原発列島を行く』の鎌田慧氏が、東京・芝浦屠場、横浜屠場、大阪・南港屠場などで働く人びとを取材したもので、そうすると何だか「暗い職場」だというイメージを抱きかねませんが、全然違います。皆、職人気質で明るい!
 
 鎌田氏自身、本橋成一氏の写真集『屠場』('11年/平凡社)に寄せて、「機械化される前の職人の熟練とプライドの世界」「屠殺は生き物を相手にする労働であって、自動車工場のように、画一化された部品に支配された労働ではない。たとえ機械化されたにしても、労働の細分化と単純化は不可能である」と書いています。

 屠場で働く人たちが、プライドを持って活き活きと仕事する様、牛や豚の解体作業の技術的高度さ、職人たちの仕事にかける心意気などが伝わってくるとともに、こうした仕事に対する差別の歴史と、それを彼らが乗り越えてきたか、若い職人たちは自分たちの仕事をどう考えているかなどが分かります。

 更に、歴史記録に遡って屠殺(食肉加工)のルーツを辿るとともに(牛などの肉食文化は基本的には明治以降に外国人が入ってきてから一般化したわけだが、江戸時代にもあったことはあった)、日本書紀の時代からある「殺生禁断」(殺生戒)の思想や「穢れ感」が部落差別と結びついて、こうした仕事を「賤業」と見做す風潮が今にも続いていることを分析しています。

 確かに職人には伝統的に被差別部落出身者が多いようですが、全てを部落差別に結び付けて考えるのも事実誤認かも知れず、それまでの仕事よりも給料がいいから転職してきたという人もいるようです。

 それぞれの取材先でのインタビューに加えて、職人同士の座談会などもあって、精神的な差別よりも、ちょっと前の昔まで、雇用形態が安定していなかったことの方がたいへんだったみたいで(今で言えば、偽装請負で働かされているようなもの)、それが組合運動等で随分と改善されたとのこと。

 横浜屠場の取材では、若い職人たちの座談会も組まれていて、これがなかなか興味深く、2代目・3代目が多いのですが、現実に差別に遭いそれと闘ってきた親の代と違って、親の職業により差別を受けた人もいれば、差別を何となく感じながらも、この仕事に就いた後で、あれが差別だったのだなあと振り返って再認識したという人もいます。

 自らの仕事にプライドを持ち、自分の技術を少しでも高めることを目標にしている点では皆同じで、先輩に少しでも追いつこう、後輩に負けまいと切磋琢磨していて、その意味ではスペシャリスト同士の競争の場ですが、元々公私にわたって職場の仲間同士の繋がりが強いうえに、今は協働化が進みつつある、そんな職場のようです(機械化が進んでも、機械の方が人間より上手に処理するとは限らないとのこと。そうした意味では、職人の技は、ある意味"伝統技能"と言える)。

 「屠場」は「屠殺場」の略語のようなもので、この言葉自体は差別用語ではないようですが、小説などで「戦場は屠殺場のようだった」というような"差別的意味合い"を込めて使われていることが縷々あるわけなのだなあ(岩波書店の刊行物の中にもあったそうだ)。

 使われ方が差別的であるために、言葉自体が"差別用語"だと思われてしまうという(だから、「食肉市場」とか名称を変えても根本解決にはなっていない)―こうした事例は外にもあるね。

 但し本書は、「差別」の問題を丹念に取り上げながらもそこに偏り過ぎず、食肉加工の工程なども細かく紹介されており、興味深く読めるとともに、人間の食文化の根源にあるものを見つめ直してみるうえでも好著です。

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見開き写真の迫力。「機械化される前の職人の熟練とプライドの世界」(鎌田慧)。

本橋成一写真展「屠場」.jpg 『屠場』['11年] 『ドキュメント屠場』.jpg 鎌田慧 『ドキュメント 屠場 (岩波新書)』['98年]
(25.8 x 19.4 x 2 cm)

本橋成一写真展「屠場」写真展.jpg 炭鉱や魚河岸、上野駅、サーカスなど市井の人々をテーマに撮り続けてきた写真家による「屠場」の写真集で、伝統的な手法で牛の解体加工を行っている大阪・松原屠場を取材しています(この人、チェルノブイリ原発事故の被災地で暮らす人々を撮影した「アレクセイと泉」や、最近ではアフリカに取材した「バオバブの記憶」など、海外に材を得た映画作品の監督もしている)。

 銀座ニコンサロンで今('12年6月)「本橋成一写真展・屠場(とば)」が開催されていて、やはり本書の反響が大きかったのではないかなあ。何せ、日本で初めての「屠場」の写真集だからなあ。

日出(いず)る国の工場 大.jpg テーマもさることながら、見開き写真が殆どを占めることもあって、すごい迫力。殆どの人が初めて見ると思われる牛が処分されていく過程(そう言えば確かに、村上春樹氏の『日出る国の工場』('87年/平凡社)に小岩井牧場を取材した「経済動物たちの午後」という話があって、「ホルスタインの雄は生後20ヶ月ぐらいで加工肉となる」というようなことが書いてあったなあ)、親方たちのどっしりした面構え、職人たちの真剣な眼差し、おばちゃんたちの巧みな手捌き―「働く」ということのエキスが詰まっている写真集です。

 '98年に『ドキュメント屠場』(岩波新書)を著している鎌田慧氏の解説が寄せられていて、それによれば、「屠場」と書いて東日本では「とじょう」、西日本では「とば」と読むそうです(従って大阪・松原屠場を取材した本書は「とば」となっている)。

 大阪・松原屠場は、伝統的な作業工程で解体作業を行っているわけで、鎌田氏も、「機械化される前の職人の熟練とプライドの世界」と書いていますが、まさにその通り。

 「屠場」で働く人には伝統的に被差別部落出身者が多く、「屠場」での労働は部落差別問題と古くから密接な繋がりがあったようですが、それと併せて、あるいは、それとは別に、殺生を忌み嫌う人々の感情も昔からあったのだろうなあ(そして今も)。でも、こうした人たちの労働の上に、日本の豊かな食文化は成り立ってきたわけです。

 因みに、「屠殺」と言う言葉が差別用語かというとそうではなく、「屠場(とじょう・とば)」も元々は「屠殺場(とさつじょう)」と言っていたのが(『ドキュメント屠場』には、芝浦屠場の前のバス停は「屠殺場」という名だったとある)、やはり「殺」という字を避けて「屠場」になったらしく―「屠」も「屠(ほふ)る」だから、意味として同はじなのだが―それもやがて「食肉市場」「食肉工場」などいった言葉に置き換えられていたようです。

 全く無いわけではないですが、もう少し働いている人が笑っている写真があっても良かったかなあ(まあ、仕事中のところを撮っているわけだから、接客業でもあるまいし、にこにこ、へらへらしている人は、そうそういないわけだけど)

 というのは、鎌田氏の『ドキュメント屠場』を読むと、みんな明るいんだよなあ。職場内の結束が強く、たいへん「人間的な労働の場」であることが窺えるので、こちらも是非読んで欲しいと思います。 

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原爆後遺症の悲惨な実態をありのままにフィルムに記録した、社会派ルポルタージュ的写真集。

ヒロシマ (1958年) 土門 拳.jpg土門拳  ヒロシマ2.jpg
ヒロシマ (1958年)』(36 x 26 cm) 写真図版点数165点/176p

ヒロシマ0.JPG 写真家の土門拳(1909-90)が、1957(昭和32)年、原爆投下から12年を経て初めて広島に行き、原爆症の後遺症の実態を目の当たりにして衝撃を受けたことを契機に出来あがった写真集で、翌'58(昭和33)年に刊行され、社会的にも大きな反響を呼んだとのことです。

 土門拳と言えば、古寺や仏像、或いは作家など著名人のポートレートを多く撮っている印象がありますが、「筑豊の子どもたち」シリーズのような社会派ドキュメンタリー風の作品集もあり、そうした中でもこの写真集は、最も社会派ルポルタージュ的色彩の強い写真集となっています。

ヒロシマ1.JPG 実際、当時土門拳は、それまでのヒロシマの実態に対する自らの無知を恥じ、「報道写真家」として使命のもとに広島に通い続けたとのことで、原爆病院などを訪ね、悲惨な被曝者やその家族の日常を7,800コマものフィルムに収めたとのこと、更に10年後に広島を再訪し、同じく後遺症に悩む被曝者を撮った『憎悪と失意の日日-ヒロシマはつづいている』を発表しています。

 この写真集は、ありのままを、作らず、包み隠さずに撮っているという印象で(後遺症の手術をしている最中の写真など、生々しいものも多くある)、被曝者たちが"頑張って生きています"といったような「演出」は施されていないように感じました。

ヒロシマ2.JPG 巻末の写真家本人による「広島ノート」によると、取材中も原爆病院等で被曝時に胎児だった子の死をはじめ多くの死に遭遇したようであり、写真家の心中は、被曝者たちの悲惨な実態を記録にとどめようとする思いで、只々一杯だったのではないでしょうか。

 原爆投下から12年を経た時点で(この「12 年」の意味合いは重い)、依然こうした被曝者の悲惨な実態がありながらも、そのことは世間的には次第に忘れられ、原爆は政治や国際問題のイシューとして論じられるようになっており、そのことに対して写真家は、自らの反省も踏まえつつ憤りを露わにしていますが、この写真集の写真が撮られた時代から更に半世紀以上を経た今日、その傾向はさらに進行したように思わます。

 そうした中、東日本大震災による福島第一原発事故が放射能被曝の脅威を喚起せしめることになったというのは、これまでの(唯一の被爆国であるわが国の)政府及び電力会社がとってきた原子力発電推進策に照らしても皮肉なことではありますが、それとて、どれぐらいのイメージを伴ってその脅威が人々にイメージされているかは、はなはだ心許無い気がします。

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キャリア官僚から大学教授への転職奮戦記。教授になること自体が目的化してしまっている印象も。

1勝100敗.JPG1勝100敗! あるキャリア官僚の転職記.jpg1勝100敗! あるキャリア官僚の転職記 大学教授公募の裏側 (光文社新書)』['11年]

 キャリア官僚から大学教授への転職奮戦記で、いやー、ご苦労サマという感じ。自らのキャリアを築くには、それなりの意志と覚悟が必要なのだなあという教訓になりましたが、それにしても大した意志の強さと言うか、そもそもが粘着気質のタイプなのかなあ、この著者は。

 その気質を裏付けるかのように、大学教授の公募試験に落ちまくった様が克明に書かれていて、併せて教授公募の実態や論文実績の積み重ね方もこと細かに書かれているので、同じ道を目指す人には参考になるかと思われます。

 ただ、一般読者の立場からすると、なぜ大学教授になることにそうこだわるのかも、大学教授になって一体何をしたいのかもよく伝わってこず、大学教授になること自体が目的化してしまっている印象も受けました(「ノウハウ本」ということであれば、そんなことは気にしなくてもいいのかも知れないが)。

 近年の大学の実学重視の傾向により、社会人としての実績からすっと大学教授になってしまう人もいますが、この著者 の場合、博士課程に学んで、「査読」論文を何本も書いて公募試験を受けるという"正攻法"です。

 但し、博士課程で学ぶ前提条件となる修士課程については、霞が関時代に米国の大学に国費留学させてもらっていることで要件を満たしているわけだし、目一杯書いたという論文の殆どは、新潟県庁への出向期間中の3年間の間に書かれたもので、この時期は毎日定時に帰宅することが出来たとのこと―こうした、一般サラリーマンにはなかなか享受できない、特殊な"利点"があったことも考慮に入れる必要があるのではないかと思います(その点は、著者自身も充分に認めているが)。

高学歴ワーキングプア.jpg 大学教授の内、こうした大学外の社会人からの転入組は今や3割ぐらいになうそうですが、一方で、同じ光文社新書の水月昭道『高学歴ワーキングプア―「フリーター生産工場」としての大学院』('07年)にもあるように、大学で学部卒業後、ストレートに大学院の修士課程、博士課程を終えても、大学の教員職に就けないでいるポストドグが大勢いるわけで、そうした人達はますますたいへんになってくるのではないかと、そちらの方を懸念してしまいました。

水月昭道『高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

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暗い気持ちになる写真が多い中、子供たちが遊んでいる写真にふと心が和む。

部落1藤川清.jpg 『写真記録部落』 ['84年] 部落 藤川.jpg 『部落―藤川清写真集 (1960年)
(27.2 x 19.8 x 2.2 cm)

部落_1106.jpg 冬季札幌オリンピックのポスター写真などで知られる写真家・藤川清(1930‐1990/享年59)の'84(昭和59年)に刊行された写真集で、主に昭和30年代頃の全国の部落を取材しています(当時、藤川清は20代半ばだったということになる)。

 藤川清は昭和35年に写真集『部落』('60年/三一書房)を発表、展示会などを開いて、日本写真批評家協会新人賞を受賞していて、この新書版の本は、かつては関西の公立や学校の図書館などで見かけたことがありましたが、今は、少なくとも東京の公立図書館では殆ど見かけず、Amazonマーケットプレイスなどの古書市場であまり出回っていないようです。

 本書は、三一書房の『部落』で使われた写真をベースに、ジャーナリストの東上高志氏が解説文を添えていますが、かつて部落のあった場所の"現在の(80年代前半の)"様子を撮ったカラー写真も一部含まれています。

部落_1104.jpg この写真集を今(2010年)見るということは、約25年前に刊行された写真集の中で、当時の更に25年前(1960年前頃)に撮られた写真を見るということになりますが、写っている部落の様子や人々の暮らしぶりは、更に時代を遡って終戦間もない頃のものを見ているような印象を受け、部落の人々がいかに時代に取り残された生活を余儀なくされていたかが分かります。

 部落の歴史についても書かれていますが、一番大元の江戸時代にどうして部落が作られたのかということについては、一般には士農工商の更に下の身分層を設けて、農民を百姓という身分に安住させるためだったとされているものの、具体的には不明な点が多いらしく、①皮革産業の保護政策のもと支配者がそれを独り占めしようとし、従業者を囲い込んだことによるもの、②城や城下町を建設するために労働者を集め、出来上がってからは、掃除・見回りなどの雑務にあたらせるために住まわせたもの、③交通運輸の必要から、街道や川筋、港近くに作ったもの、④農村内部で農民を分裂させたり、部落を分村させて作り、農業の傍ら雑業などにあたらせたもの、が成立パターンとして考えられるとのことです。

部落_1105.jpg なぜ明治時代に入っても部落が残ったのかと言うと、農民の不満を下に向けるという施策が引き続き政府により踏襲されたからですが、本書では、それに加えて、農民を土地に縛り付けて収奪するというアメリカの社会の差別の様式が日本に取り込まれ、「階層(身分)」ではなく「金(貧乏)」によって差別するという図式に再構成されたのだとしています。

 見ていて暗い気持ちになる写真が多く、息苦しささえ感じられるような写真もありますが、そうした中で、子供たちが遊んでいる時に見せる笑顔などを撮ったものにはふと心が和み、但し、写真の下に「いま彼は32歳」とか書いてあると(そうすると今57歳かあ)、この子がどのような人生を送ったのかと、また考えてしまいます。

 藤川清が作家・水上勉の取材に同行した際に、クルマの後部座席で水上勉が、「おどろいたネー、部落を写真にとって展覧会をひらいたサムライがいるんだよ。すごいネー」と言い、前の助手席に座っているのがその当人であると初めて知って飛び上がったというエピソードが興味深いです(藤川清は、クルマで移動する間ずっと、どうしてそんな大それたことが出来たのかと、水上勉から"取材"され続けたとのこと)。

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雇用労働問題の先駆的ルポ。「製造業復活」が非正規雇用により支えられていたということがよく解る。

雇用融解.jpg 『雇用融解―これが新しい「日本型雇用」なのか』 ['07年] 風間直樹氏.jpg 風間 直樹 氏 (週刊「東洋経済」記者)

 '07年の刊行。東洋経済新報社の記者が'02年から足掛け5年に渡って「新しい日本の雇用」の実態に関する取材をし、それを取り纏めたもので、この本の後に刊行された「偽装請負」や「ワーキングプア」等の労働・雇用を巡る諸問題を扱ったルポルタージュと比べても、カバーしている範囲とその切り込み度合いの深さにおいて出色のルポだったのではないでしょうか。

 まず第Ⅰ部では、「製造業復活」と言われる裏側で、現場ではどういったことが行われているかを取材しており、序章では、シャープ亀山工場「アクオス」製造現場における非正規雇用の実態(外国人労働者の優先的受け入れにより、企業誘致が地元の雇用創生に繋がっていないという“亀山パラドックス”)を、第1章では、業務請負業「クリスタル」の実像とグッドウィルによる買収劇を、第2章では、松下プラズマディスプレイ(MPDP)茨木工場「VIERA」製造現場に派遣される請負労働者の実態と、MPDP社員の請負会社への出向(偽装請負)などを、第3章では、「外国人研修生」という名の下に奴隷のような労働条件を強いられる外国人労働者たちとその背後にある彼ら・彼女らをコーディネートする組織機構が取り上げられています。

 更に、第Ⅱ部では、「働き方の多様化」と言われるなか、フリーター、パートタイマー、個人請負といった人たちがどういった情況に置かれているかを、それぞれ第4、第5、第6章で取り上げており、統計分析から見えてくるもの、改正パート労働法の問題点、或いは、労働法“番外地”とでもいう情況にある業務委託社員の問題に触れながら、こちらも多くの企業とそこに働く労働者及び業務委託社員の置かれた苦境を現場取材しています。

 「雇用融解」と題した第Ⅲ部では、第7章でホワイトカラー・エグゼンプション問題、第8章で、医師(勤務医)・教師・介護士を蝕んでいる雇用環境の劣化を取り上げ、終章で、小泉内閣の構造改革・規制緩和路線が「雇用融解」を招いたことを分析・糾弾しています。

 著者は本書刊行時30歳、ということは25,6から雇用労働問題を追っていたということでしょうか、取材開始当時はどの新聞や雑誌にも「クリスタルグループ」や「偽装請負」に触れた記事は無かったそうで、暗中模索での取材に関わらず(東洋経済の多くの記者のサポートを受けたとしても、基本的には、取材対象ごとにアルパイン・スタイル=単独登頂スタイルが取られている)、内容的にはよく纏まっており、新聞社が掲載済みの連載を書籍化した際によく見られるような継ぎ接ぎ感、バラバラ感がありません。

 結局、製造業の復活などと言われたものが、劣悪な労働条件の非正規雇用の労働者によって支えられていたということが本書を読み直すとよく解り、章の終わりに、折口雅博グッドウィル会長(当時)や奥谷禮子ザ・アール社長などへのインタービューが挿入されていて、折口氏は「クリスタル」のオーナーとは一度も会うことなくその会社を買収したと言い、奥谷氏は、過労死は自己責任、労働省・労基署は要らないと言っている―これらも今読むとまた興味深いというか、改めてゲンナリさせられるものでした。

 因みに、奥谷禮子氏は、「規制改革会議」の元委員で、最近('09年6月時点)西川善文社長の留任人事で揺れている日本郵政の社外取締役でもあり('06年1月〜)、郵政公社から受注した「職員のマナー講習」の売上げは、これまでに7億円前後になるそうな。

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'07-'09年にかけての労働者の置かれている現場の状況を改めて俯瞰する。

ルポ雇用劣化不況.jpg 『ルポ 雇用劣化不況 (岩波新書)』 ['09年] 竹信 三恵子.jpg 竹信 三恵子 氏(朝日新聞編集委員)

 著者は朝日新聞の編集委員で、長年にわたり労働問題を追い続けている人ですが、本書は規制緩和の後押しを受け悪化する非正社員・正社員の労働環境の現場をルポルタージュしたもの。
 '08年3月から5月にかけて朝日新聞に9回に渡って連載された「現場が壊れる」という企画記事がベースになっていますが、1年後の'09年4月の刊行ということで、'08年9月に起きたリーマン・ブラザーズの破綻に端を発する金融恐慌と世界経済の衰退に伴う国内の雇用情勢の悪化に関することも加筆修正の際に織り込まれ、結果としてタイムリーな出版となっています。

 序章・終章を除いて6章の構成で、第1章にある「派遣切り」と言われる問題などは、まさにリーマン・ショック以降、顕著なものとして注目された問題ですが、本書によれば、以前から自動車メーカーにとって派遣労働は「人間のカンバン方式」と呼ばれていたとか。
 派遣労働者には携帯メールで登録した人も多く、派遣会社の所在地も知らず、雇用保険の手続きもままならない、それでいて住居を追い出されてホームレスになれば、住所不定で再就職も出来ないという情況を伝えています。

現場が壊れる.jpg 第2章で派遣・請負に伴ってありがちな「労災隠し」(労災飛ばし)の問題を、第3章で正社員の削減等により様々なしわ寄せを受けるパート・派遣労働者の労働環境の問題を扱っていますが、この辺りは以前からマスコミなどでよく報道されており、但し、旅行業界の添乗員は「美空ひばり」タイプより「モーニング娘。」タイプ-要するに細かいサービスが出来るベテランよりも入れ替え可能な臨時雇用が求められているという現況は新たに知りました(この部分は内容的にはほぼ新聞記事の再掲のようだが...)。

2008.3.21朝日新聞(朝刊)

 結局、こうしたことのツケは利用者に回っているのだとういうこの章での著者の指摘は、考えさせられるものがありました。

 第4章で扱っている非常勤公務員などの「官製ワーキングプア」問題や第5章の「名ばかり正社員」問題は多くの人にとって目新しいかも。 
 「名ばかり正社員」の問題は「名ばかり管理職」とパラレルなのですが、「非正社員=ワーキングプア」というイメージから逃れるため若年社員の間で広がっており、かつて正社員と言われた人ほどに雇用保障があるわけでもなく、一方で非正社員のリーダー役として利用されているという...ひどい話。

 第6章では労働組合の現況を取材していますが、企業内組合の中には「御用組合」化しているものもやはりあるのだなあと。これからは個人加入のユニオンなどが本来の組合的役割を担っていくのかなあという気がしました。

 同じ岩波新書の『ルポ解雇』(島本慈子著/'03年)、『働きすぎの時代』(森岡孝二著/'05年)、『労働ダンピング』(中野麻美著/'06年)、『反貧困』(湯浅誠著/'08年)などの流れにある本ですが、解決策を提示するよりもルポそのものに重点が置かれているため、'07-'09年にかけての労働問題、労働者の置かれている現場の状況などを改めて俯瞰するうえでは悪くないものの、新聞をまとめ読みしているような感じも。

 本書『ルポ雇用劣化不況』は、労働ジャーナリストらが選ぶ「2010年日本労働ペンクラブ賞」を受賞しました。

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ノラ猫ならぬ"ノラ博士"量産の背景。研究員や非常勤講師は大変なのだということはよく分かった。

高学歴ワーキングプア.jpg高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)水月昭道.jpg 水月昭道 (みずき・しょうどう)氏

 大学院卒という肩書きを持ちながら就職に苦労している人を過去に何人か見てきましたが、その背景として、大学がとった「大学院重点化」という施策による博士養成数の急激な拡大と、一方で、大学という彼らにとっての就職先そのものにポストがないという現実があることが、本書によりよく分かりました。

 著者によれば、「大学院重点化」と言うのは「文科省と東大法学部が知恵を出し合って練りに練った、成長後退期においてなおパイを失わんと執念を燃やす"既得権維持"のための秘策」だったとのこと、それが90年代半ばからの若年労働市場の縮小(つまり就職難)と相俟って、学生を「院」へ釣り上げる分には何の苦も無くそれを成し得たが、ほぼ終身雇用に近い大学教授のポストにそんなに空きが出るわけでもなく、結果としてノラ猫ならぬ"ノラ博士"を大量に生み出しているとのこと。

 文科省の「大学院重点化」施策に多くの大学が追従した背景には少子化問題があり、学生数の減少を大学院生の増大で補っているわけで(平成3年に約10万人だった院生が、平成16年には24万人余りに増えているとのこと)、大学にも経営をしていかなければならないという事情はあるとは言え、結果として博士号取得済みの無職者(教員へのエントリー待ち者)が1万2千人以上、博士号未取得の博士候補者(博論未提出、審査落ちなどの理由で博士号を授与されていない者)はその数倍いるという現状を生じせしめた、その責任は重いと思いました。

 本書ではそうした"ノラ博士"のフリーターと変わらない生活ぶりなどもリポートしていて(研究員や非常勤講師って、コンビニでバイトして生活費を稼ぎながら学会発表のための論文も書かなければならなかったりして大変なのだなあ)、一方で、"誤って"大学院に進学してしまい、現在就職において苦労しているような人達に対しても、専門にこだわらず発想の転換を促すようアドバイスをしていますが、この"やさしさ"は、著者自身が、そうした道を歩んできたことに由来するものなのでしょう。

 その分、既にベテランの教授職として象牙の塔にいる側に対する憤怒の念も感じられ、そのことが諸事の分析にバイアスがかかり気味になるキライを生んでいるようにも感じられます。
 実際、本書に対する評価はまちまちのようですが、個人的には、研究員や非常勤講師と呼ばれている人達が置かれている現状を知る上では大いに参考になりました(今までその方面の知識が殆ど無かったため)。

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ユニオンの監修だが、企業側担当者が意識面でのセルフチェック用に読める部分もあった。

偽装管理職 ポプラ社.jpg 『偽装管理職』 ['08年/ポプラ社]  マクドナルド訴訟:店長は非管理職 東京地裁が残業代認定.jpg マクドナルド訴訟:店長は非管理職。東京地裁が残業代認定―判決後に会見する高野広志さん('08年1月28日)[写真:毎日新聞社]

 「偽装管理職」の問題は、'08年1月28日の東京地裁の「マクドナルド判決」以降、一層、マスコミや社会の注目を集めるようになりましたが(NHKは「名ばかり管理職」問題という言葉を使っており、判決の3日後に予め特番を組んでいた)、本書の刊行もこの判決が1つの大きな契機となっているとのこと。

 第1章では、ユニオンなどに寄せられた相談事例が4件紹介されていますが、どれも企業側の社員に対する扱いや訴えられた後の問題への対応が呆れるほどひどいもので、無理矢理「管理職」に仕立て上げた社員に、仕事だけでなく責任まで押し付け、何かあれば退職を勧奨するなど、時間管理の問題だけでなく、品質管理、責任体制、更には事業戦略などの問題が絡んでいるように思えました。
マクドナルドのような大企業だから(また、訴訟を通して闘うことを決意した店長がいたから)世の話題になったのであって、これまでにも一部の中堅・中小零細企業では、こうしたことは日常茶飯に行われていたのではないかと思われます。

 労働者側から見れば、「労働審判制度」などにより係争などに持ち込み易くなったとは言え、ユニオンに相談を持ち込むことさえも相当の勇気がいることではないかと思われ、そうせずにはおれない感情を労働者に呼び起こすだけの仕打ちを、こうした企業はしているという見方も成り立つのでは。
本日より「時間外・退職金」なし.jpg マクドナルド問題もそうですが、「恒常的な100時間超の残業」というのは、「管理職」であるということが残業代不払いの名目として用いられているという点で法的な問題ではあるかも知れませんが、その分残業代を支払えば解決される問題でもなく、根本的な企業体質の問題でしょう(その点、マクドナルド問題については、田中幾太郎氏の『本日より「時間外・退職金」なし』('07年/光文社ペーパーバックス)の方が、本書よりずっと分析が深い)。

 法的問題ということで言えば、本書にも登場する日本労働弁護団の棗一郎弁護士が最近、残業時間の上限規制を法制化することを主張しているように、法制度そのものの問題かも(本書でも少し触れられているが、昭和30年代から、ファーストフード店店長など「名ばかり管理職」問題を巡る訴訟は約30件あって、9割方は企業側が敗訴している。訴訟になって初めて、法律が純粋適用されるという印象を受ける)。

 配置転換における不当な人事権の行使、パワハラ問題に端を発するメンタルヘルス疾患の問題など、本書で取り上げられているものは残業時間問題に限らないもので、極端な例が多いように思える一方で、企業側の対応には、どこの人事担当者も一瞬は考えそうな「臭いものには蓋をせよ」的な面もあり、企業側担当者が意識面でのセルフチェック用に読める部分もあったように思います。

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一見煽り気味だが、実は、相当に勉強した上で書かれているという感じ。

本日より「時間外・退職金」なし.jpg 『本日より「時間外・退職金」なし (光文社ペーパーバックス)』 ['07年]

 '08年1月、日本マクドナルドが店長を管理職として扱い、残業代を支払わないのは違法だとして、現役店長が未払い残業代を求めた訴訟で、東京地裁は原告の訴えを認める判決を下しましたが(紳士服のコナカを巡っても同様の判決があった)、この判決に合わせるかのように外食だけでなく小売業などでも店長の処遇の見直しを迫られたり、また全産業的に「偽装管理職」問題ということがよく言われるようになったりしました。

藤田 田.jpg 本書は、「マクドナルド判決」の1年近く前に刊行されたものですが、前半部分では、日本マクドナルドが藤田田氏('04年没)のもと日本的な企業としてあったのが(マックは日本進出に際し敢えて大手と組むことはせず、藤田商店をパートナーにしたのだが、この藤田氏が思った以上にしたたかだった)、それが藤田氏が経営から身を引き完全に外資系企業となって以降、リストラや残業代・退職金の不支給など、いかに従業員を使い捨てにするような人事施策をしてきたかが描かれています。
 裁判に訴えた店長にも取材しており、本人が語るその勤務実態のあまりにひどさ(睡眠時間が3時間ぐらいで、不足分は職場で昼に仮眠をとるような生活の繰り返し)には呆れました。

 やや煽り気味に書かれている部分もありますが、後半部分では、法制化が一旦は見送られたホワイトカラー・エグゼンプションについて、海外ではどのようになっているのか(アメリカは従来の年収基準を引き上げた―ただし従来が最低賃金以下の基準だった)、また日本経団連の考え(年収400万円・700万円案)や、審議会答申を踏まえての厚生労働省案(900万円案)など、国内ではこれまでどのような論議がされてきたかがよく纏められています。

 表題にある退職金制度の見直し問題に絡む日本版401kや、改正された労基法・高齢者雇用安定法などについてもその問題点を指摘し、法令の今ある姿だけでなく、過去からの経緯や将来の見通しなどにも触れているので、読んでいて改めていい復習になりました(相当に勉強した上で書いている、という感じ)。

 個人的にはホワイトカラー・エグゼンプション導入に賛成であり、また、日本企業がグローバル競争に勝つためには抗えない流れだと考えます。
 もともと現行の労働基準法の規定するところに沿って厳密に解釈すると、部長クラスですら管理監督者とは言えなくなってしまうようなことになりかねず、その分、経営側から見ればホワイトカラー・エグゼンプション導入への期待は大きいのでしょうが、マクドナルドのようなひどいケースがこの流れが引き起こす問題の代表例とされてしまうのではたまらないといったところでは。

 しかも、マック側は'08年5月に直営店の店長や複数店の店長を兼ねるエリア店長には残業代を支払うことにしたものの、裁判そのものに関しては地裁判決を不服とし控訴を取り下げずにいたため、高裁や最高裁までいってこの判決が確定してしまうとまさにリーディングケースとなり、企業全般に与えるマイナス影響はさらに大きくなる一方だと個人的には懸念しておりました。

高野広志.jpg しかし、結局その後マックは、'08年8月以降は原告を含めた直営店の店長(約1700人)を正式に管理職から外して残業代を支払うこととし、更にこの係争については'09年3月に東京高裁の控訴審で和解が成立し、約4年半の残業代など約1000万円を原告に支払うことになりました。

 係争中でありながらも"名ばかり管理職"の「将来分」の残業問題を先に解消したことに対しては一定の評価できますが、こうした場合、原告以外の"名ばかり管理職"だった人も、訴訟を起こせば「過去分」が取り戻せるのではないでしょうか(この問題があるから、和解まで時間がかかった?)

マクドナルド訴訟で和解が成立し、記者会見する原告の高野広志 氏(2009年3月18日)[毎日新聞社]

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被害者・加害者の相談窓口とのやりとりをリアルに再現。男性側がひど過ぎ(人格障害?)。

壊れる男たち.jpg壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか (岩波新書)』['06年] 金子雅臣.jpg 金子雅臣 氏

 ルポライターである著者は、長年にわたり東京都の労働相談に従事していた人で、東京都は「セクハラ相談窓口」を早くから設け、解決に導く斡旋システムを作り、実績を残してきたとされる自治体ですが、本書では、どういった形でのセクハラ相談が「女性相談窓口」に持ち込まれ、役所命令で召喚された加害男性はどう抗弁し、それに対して彼自らに非があることをどのように認めさせ、斡旋に持ち込んだかが、会話のやりとりそのままに描かれています。

 とにかく、本書の大部分を占める5件の事例における、被害者、加害者と相談窓口とのやりとりが、秘密保持の関係で一部手直しされているとは言え、非常にリアルで(岩波新書っぽくない)、こうした当事者間の問題は、真相は「藪の中」ということになりがちなような気もしますが(実際、アンケート調査で用いた架空事例については、好意かセクハラか意見が分かれた)、本書で実際例として取り上げられているものは、何れもあまりにも男性の方がひどい、ひど過ぎる―。

 まず、セクハラの加害者としての意識がゼロで、被害者の気持ちを伝えると、今度は一生懸命、「藪の中」状況を作ろうとしていますが、すぐにメッキが剥がれ、それでも虚勢を張ったり、或いは、最後は会社を解雇されたり妻に離婚されたりでボロボロになってしまうケースも紹介されています。

 こうした問題に関連して最近よく発せられる、職場の男性は"壊れている"のか?という問い対し、著者は上野千鶴子氏から「男性はもともと壊れている」と言われ、著者自らが男性であるため、それではセクハラを「する男」と「しない男」の分岐点はどこにあるのかを検証してみようということで、本書を著したとのことです(と言うことは、自分はハナから「セクハラをしない男」に入っているということ? この辺がやや偽善系の感じもするが...)。

 加害者となった男性が「男の気持ちがわからない女性が悪い」「なぜ、その程度のことで大騒ぎするのだ」などと反論することがまま見られるように、著者の結論としては、男性の身勝手な性差別意識の問題を挙げていて、セクハラを「する男」には押しなべて男性優位の考えと甘え発想があり、実はセクハラは"女性問題"ではなく"男性問題"であると。

 著者は、「気になること」(198p)として、性的なトラブルなどに現れる男たちが「著しく他者への共感能力を欠いている」「相手の人格を否定してでも自らの欲望を遂げようとする」といった傾向にあることを指摘しています。
 男性の願望によって造られた性のイメージが巷に氾濫していることも、「意識」が歪められる一つの原因としてあるかと思いますが、もともと、こうして勝手に頭の中で相手とのラブストーリーを描いてしまい、相手の抵抗にあってもそれを好意の裏返し表現ととってしまう男性は、「人格」に障害があるのではないかという気がしました。

パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか.jpg 精神科医の岡田尊司氏は『パーソナリティ障害』('06年/PHP新書)の中で、自己愛性パーソナリティ障害の人は、あまりにも自分を特別な存在だと思って、自分を諭す存在などそもそも存在しないと思っているとしながらも、一方で、非難に弱く、或いは、非難を全く受け付けず、過ちを指摘されても、なかなか自分の非を受け入れようとはしない、としていますが、本書に登場する加害男性は、プライドは尊大だが非難には脆いという点で、共通してこれに当て嵌まるような気がしました。

岡田 尊司 『パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか (PHP新書)

 「意識」の面ではともかく、「人格(性格)」自体は変わらないでしょう。セクハラを繰り返す人は、意外と仕事面でやり手だったりするけれども、どこかやはり人格面で問題があり、権勢を振るったとしても、立っている基盤は不安定なのでは。
 セクハラ事件で退職に追い込まれた部長に対し、会社としてもいい厄介払いができたと思っているフシも見られる事例があったのが印象的でした。

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新自由主義政策の弊害を「民営化」という視点で。前半のリアルな着眼点と、後半のアプリオリな視座。

ルポ貧困大国アメリカ.jpg ルポ 貧困大国アメリカ.jpg 『ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112)』 ['08年]

 '08(平成20)年度・第56回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作で、'08年上期のベストセラーとなった本('09(平成21)年度・第2回「新書大賞」も受賞)。

obesity_poverty.jpg 前半、第1章で、なぜアメリカの貧困児童に「肥満」児が多いかという問題を取材していて、公立小学校の給食のメニューが出ていますが、これは肥って当然だなあと言う中身。貧困地域ほど学校給食の普及率は高いとのことで、これを供給しているのは巨大ファーストフード・チェーンであり、同じく成人に関しても、貧困家庭へ配給される「フードスタンプ」はマクドナルドの食事チケットであったりして、結果として、肥満の人が州人口に占める比率が高いのは、ルイジアナ、ミシシッピなど低所得者の多い州ということになっているらしいです。

Illustration from geographyalltheway.com

 第3章で取り上げている「医療」の問題も切実で、国民の4人に1人は医療保険に加入しておらず、加えて病院は効率化経営を推し進めており、妊婦が出産したその日に退院させられるようなことが恒常化しているとのこと、こうした状況の背後には、巨大病院チェーンによる医療ビジネスの寡占化があるようです。

 中盤、第4章では、若者の進路が産業構造の変化や経済的事情で狭められている傾向にあることを取り上げていて、ここにつけ込んでいるのが国防総省のリクルーター活動であり、兵役との引き換え条件での学費補助や、第2章で取り上げている「移民」問題とも関係しますが、兵役との交換条件で(それがあれば就職に有利となる)選挙権を不法移民に与えるといったことが行われているとのこと。

 本書執筆のきっかけとなったのは、こうした学費補助の約束などが実態はかなりいい加減なものであることに対する著者の憤りからのようで、後半では、貧困労働者を殆ど詐欺まがいのような勧誘で雇い入れ、「民間人」として戦場に送り込む人材派遣会社のやり口の実態と、実際にイラクに行かされ放射能に汚染されて白血病になったトラック運転手の事例が描かれています。

 全体を通して、9.11以降アメリカ政府が推し進める「新自由主義政策」が生んだ弊害を、「民営化」というキーワードで捉え、ワーキングプアが「民営化された戦争」を支えているという第5章の結論へと導いているようですが、後半にいけばいくほど著者の(「岩波」の)リベラルなイデオロギーが強く出ていて(「あとがき」は特に)、「だから米国政府にとっては、格差社会である方が好都合なのだ」的な決めつけも感じられるのがやや気になりました(本書にある「世界個人情報機関」の職員の言葉がまさにそうであり、こうした見方さえ"結果論"的には成り立つという意味では、そのこと自体を個人的に否定はしないが)。

 著者は9.11テロ遭遇を転機にジャーナリストに転じた人ですが、本書が「○○ジャーナリスト賞」とか「○○ノンフィクション賞」とかでなく(まだこれから受賞する可能性もあるが)、その前に「エッセイスト・クラブ賞」を得たのは、文章の読み易さだけでなく、前半のリアルな着眼点と、後半のアプリオリな視座によるためではないかと。

《読書MEMO》
●「世界個人情報機関」スタッフ、パメラ・ディクソンの言葉
「もはや徴兵制など必要ないのです」「政府は格差を拡大する政策を次々に打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデオロギーのためではなく生活苦から戦争に行ってくれますから。ある者は兵士として、またある者は戦争請負会社の派遣社員として、巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えてくれるのです。大企業は潤い、政府の中枢にいる人間たちをその資金力でバックアップする。これは国境を超えた巨大なゲームなのです」(177-178p)

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国の介護福祉政策と現場の実態の解離を考えさせられた。

介護―現場からの検証.jpg 『介護―現場からの検証 (岩波新書 新赤版 1132)』['08年] 結城康博.jpg 結城康博 氏 (ケアマネジャー・淑徳大学准教授)

 '00年の施行後7年を経た介護保険制度のもとで、介護の現場はどのようになっているかを解説しつつ、国の介護福祉政策の問題点を浮き彫りにしたもので、日本の社会保障(介護福祉)は一体どうなってしまっているのだという暗澹とした思いにさせられる本でした。

 ルポルタージュ形式で挿入されている厳しい「老老介護」の実情や入所が困難な「特別養護老人ホーム」の状況など、読んでいるだけで自らが不安を感じるぐらい...。
 一方、国の施策としては、「特養」においては相部屋を減らし個室を増やしたり(数が足りていればいいが、不足している状況では入所できない人が増えるだけ)、それなのに、通所介助には保険が効かないなど、在宅介護に対する施策に不充分な点が目立つように思いました。

コムスン問題.jpg こうした中、在宅のお年寄りを騙して高額商品を売りつける悪徳業者がいるというのは腹立たしいことですが、問題となった訪問介護のコムソンなどは、国に対して、家事などの「生活援助」しかしていないものを「身体介護」をしたと偽って不正請求していたわけで、利潤追求の財源は国民の納めた保険料であったことを考えると、国民はもっと怒っていいのではないかと。

コムスンの「光と影」・日本経済新聞 (2007.6.19朝刊)

 しかし、一方でコムソン問題の底には、ケアプランニングにおいて区別される「生活援助」と「身体介護」が実際にはそんな明確に区分できるものだろうかという問題もあり、事件の処分として「連座制」による罰則適用により1事業所ではなく会社全体の業務が継続できなくなった問題(これが他の事業者にも波及して、ある法人のある事業所でフィリピン人を使用しただけで、法人の全事業所が業務停止命令を受けるといった事態まで生むことになっている)、更には、介護業界全体の人材不足の問題などを浮き彫りにしたということがわかります(コムソンのような事業者が、この業界における低賃金・低昇給モデルを既定のビジネスモデルにしてしまったから、人材不足が生じ、外国人を使わざるを得なくなるのだが)。
 介護福祉士資格を一定期間内に取得するということを条件に、フィリピン人の介護従事者の受け入れが徐々に始まっていますが(日本語を学ぶだけでも大変だと思うが)、規制緩和の前に規制強化することはよくあることです。

 政府の対応は、社会の批判に過敏になり、それをかわすことが目的化している面もあるように思え、長期の慢性疾患の患者が入院する「療養病床」の削減(「医療型」は削減、「介護型」は漸減的に全廃へ)なども、「社会的入院」に対する批判に応えたものと言えるでしょうが、本当に介護の必要な人への病院を追い出された後のケアが薄く、本書を読むと、少数の問題意識のある自治体だけがフォローに回っている感じがします。

 著者は、大学を卒業し(修士で経済学、博士で政治学を専攻)、その後数年間、福祉施設の介護業務に従事、今年('08年)4月からは大学で教鞭をとる傍らケアマネジャーの仕事もしているという人。本書では行政担当や政治家にも取材していますが、本書自体の政策提言はやや掘り下げが浅い感じもしました。
 本書は、「現場からの告発」とも言える本。本書執筆を機に学究にウェイトを移行するようで、その部分は次の展開を期待したいです。

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'70年代後半のアメリカの文化や社会の荒廃と「格差社会」ぶりをよく捉えている。

マイ・アメリカ.jpg                           マイ・アメリカ2.jpg
(28.8 x 21.4 x 2.2 cm)『マイ・アメリカ―立木義浩ノンフィクション (1980年)』『マイ・アメリカ (1982年)』 集英社文庫 ['82年]

 写真家・立木義春が'70年代後半にアメリカに渡り、2年間にわたってロサンゼルスやニューヨーク、その他の地方都市で当時のアメリカを象徴する風俗や社会の内側を撮ったもので、一応"写真集"ということになっていますが、ルポないし紀行文的な文章もあり、"写文集"といったところ。

MY AMERICA.jpg 「アメリカの深層部・恥部・細部をくまなく歩きまわり、鮮烈な映像でとらえたホットな報告書」と口上にあるように、今見ればやや意図的な露悪趣味も感じないことはないものの、男性ストリップに熱狂する女性たちや、アラバマのKKK(クー・クラックス・クラン)のメンバーなど、当時のベトナム戦争後のアメリカの文化や社会の荒廃をよく捉えていて、サウスブロンクスの少年ギャングを追った「サウスブロンクスは、この世の地獄だ。」などは、今読んでも衝撃的です。

myAMERICA.jpg 元々、集英社が版元である「日本版PLAYBOY」の企画であり、それ風の表紙に収まっているマリリン・モンローは、実は"そっくりさん"で、今は日本でも比較的知られていることかも知れませんが、アメリカにはタレントのそっくりさんだけを集めたプロダクションがあり、チャップリン、ウッディ・アレン、チャールズ・ブロンソン、ロバート・レッドフォードなどの他、キッシンジャーのそっくりさんまでいるという話に、当時は驚きました。
 著者は、ロスにあるモンローのそっくりさんの住まいを訪ね、それが侘びしいアパートであることに、ちょっとしんみり。それでもカメラを向けると彼女自身はモンローになり切ってしまうので、おかしいというより悲しい気分になる―。
 この程度のそっくりさんは掃いて捨てるほどいるということか。競争社会、アメリカで生きていくって大変そうだなあと思いました。

 一方で、一年中を乗馬や園遊会で過ごす「富裕層」の野外パーティーも取材していて、この人たちにとっては浪費することだけが人生であり、仕事は一切せず(仕事から遠ざけられている面もあるかも知れないが)、昔のイギリス貴族の真似事みたいなことをして日々を送っているわけです(ある意味、彼らは純粋に「資本家」であるということなのかも)。

 日本でも近年「格差社会」論争が盛んで、アメリカに比べてどうのこうのと言った言い方もありますが、元々アメリカと比べるのがおかしいのでは、という気持ちになります。

 【1980年単行本[集英社]/1982年文庫化[集英社文庫]】

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素材(話題)は古いが、"ケータイ"カメラ時代に考えさえられる点も。

映像のトリック.jpg 『映像のトリック (講談社現代新書)』 ['86年] 秋葉原通り魔事件.jpg 秋葉原通り魔事件 NHKスペシャル「追跡・秋葉原通り魔事件」(2008.6.20)より

映像のトリック2.jpg心霊写真.jpg 『写真のワナ』('94年/情報センター出版局)や『疑惑のアングル』('06年/平凡社)などの著書がある"告発系"(?)フォトジャーナリストである著者が、まだ共同通信社の写真部に在籍していた頃の著書で、'86年2月刊。

 報道写真のウソを、太平洋戦争時から直近までの事例で以って説明していて、新書にしては写真が豊富です。
 但し、戦争中の報道写真なんてウソの報道ばかりであることは想像に難くなく、写真合成のひどさ(いい加減という意味も含めて)は、最近読んだ、小池壮彦氏の『心霊写真』('02年/ 宝島社新書)を髣髴させるものがありました("心霊写真"は世間を騒がせただけだが、本書にある"戦争報道写真"などは当時の日本国民を欺いたわけで、ずっと罪は重いと言えるが)。

『カプリコン・1』(1977).jpgCapricorn One.jpgCapricorn 1.jpg アメリカなどの戦勝国も、朝鮮戦争やベトナム戦争を含め、同じようなこと(報道統制・映像による虚偽行為)をしていたことがわかり、そう言えば、スタジオの中でいかにも火星着陸に成功したかのように演出してみせる、ピーター・ハイアムズ原作・脚本・監督、エリオット・グルード主演の「カプリコン・1」というSF映画(と言うより、完全な政治映画)などもあったなあと思い出したりもしました(この映画は米英両国の合作製作で、NASAは当初協力的だったが、試写で内容を知ってから協力を拒否した。アメリカ本国での公開は日本での公開より半年遅かった)。

"Capricorn One" (1977)

 "直近"の出来事では、日航機墜落事故'85年8月)で遺族に頭を下げている日航社長の姿勢が、実はカメラマンを意識したものであったとか、そのほか、グリコ・森永事件'84年)でのCGによる捜査写真の問題点などを扱っていますが、この頃が、CG写真やデジタルカメラ(本書では「電子カメラ」)の草創期だったのだなあ、と事件と共に思い出すとともに、今となっては話題(素材)が古すぎて、昔の新聞を読んでいるみたいな感じも。

豊田商事事件.jpg  本書は"トリック"というテーマには限定せず、ロス疑惑事件の三浦和義"疑惑人"逮捕('85年9月)前後の過熱報道など様々なケースを取り上げていますが、多くの報道陣の目の前で殺人が為された豊田商事事件(永野会長刺殺事件)('85年6月-何だか、事件が続いた時期だった)について、現場に居合わせたカメラマンの、夢中でシャッターだけ切り、急に身の危険を感じて逃げるべきかその場に居るべきか、という考えが一瞬頭の中をよぎったものの、後は冷静さを失い、結局自らはどうすることも出来なかったという証言を載せているのが関心を引きました。

豊田商事・永野会長刺殺事件 (本書より) 1985.6.19 毎日新聞(朝刊)

 これは、カメラマンだからこそ、撮るべきだったか、止(と)めるべきだったか、結局、後で悩むわけで(悲惨な戦争の報道でカメラマンが被写体に対して、撮影するしない以前の問題として何かしてやれなかったのかとよく非難されるパターンと同じ)、最近は一般の人が常に"ケータイ"というカメラを持っており、駅のホームで落下事故や飛び込みがあると、助けるわけでも人を呼びにいくわけでもなく、一斉に"ケータイ"で写真を撮り始めるという―(その写真を早速友人たちに転送している彼らは、後で思い悩むことがあるのだろうか)。

 何だか現代社会の疎外を象徴する殺伐とした「お話」だと思っていたら、秋葉原通り魔事件が今月('08年6月8日)に起き、その際に居合わせた群集の一部が、一斉に"ケータイ"カメラを現場に向けているという光景が見られ、「現実」のこととしておぞましく感じられました。
 そんな中、ある30代の男性が、倒れた被害者を救助すべく、素手で口に手をこじ入れ気道確保をしたうえで、他の通行人と協力して心臓マッサージや人工呼吸を試み、到着した救急隊に被害者を引き渡したが、この人は写真が趣味で、当日も首からカメラをぶら下げていたにも関わらず、「目の前に倒れている人を救助したい一心」で、事件の写真は1枚も撮らなかった―という記事が読売新聞にあり、多少救われたような気持ちになりました。

カプリコン1.jpg「カプリコン・1」●原題:CAPRICORN ONE●制作年:1977年●制作国:アメリカ/イギリス●監督・脚本・原作:ピーター・ハイアムズ●製作:ポール・N・ラザルス3世●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●出演:エリオット・グールド/ジェームズ・ブローリン/ブレンダ・バッカロ/サム・ウォーターストーン/O・J・シンプソン/ハル・ホルブルック/カレン・ブラック/テリー・サバラス●時間:124分●日本公開:1977/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋文芸坐 (78-12-13) (評価:★★★)●併映「ネットワーク」(シドニー・ルメット)

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実践と学識に裏打ちされた、「自己責任論」の過剰に対する警鐘。

反貧困.jpg反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書 新赤版 1124)』['08年]湯浅 誠.jpg 湯浅 誠 氏 (NHK教育「福祉ネットワーク」(2007.12.19)「この人と福祉を語ろう 見えない『貧困』に立ち向かう」より)

 著者が立ち上げたNPO法人自立生活サポートセンター〈もやい〉には、「10代から80代まで、男性も女性も、単身者も家族持ちや親子も、路上の人からアパートや自宅に暮らしている人まで、失業者も就労中の人も、実に多様な人々が相談に訪れ」、〈もやい〉では、こうした貧困状態に追いやられてしまった人々のために、アパートを借りられるように連帯保証人を紹介したり、生活保護の申請に同行したりするなどの活動をしているとのことです。
 本書には、その活動が具体例を以って報告されているとともに、こうした活動を通して著者は、日本社会は今、ちょっと足をすべらせただけでどん底まですべり落ちていってしまう「すべり台社会」化しているのではないかとしています。
ルポ貧困大国アメリカ.jpg 冒頭にある、生活困窮に陥ってネットカフェや簡易宿泊所を転々とすることになった夫婦の例が、その深刻さをよく物語っていますが、ネットカフェ難民自体は、既にマスコミがとりあげるようになった何年か前から急増していたとのこと。「帯」にあるように、本書でも参照している堤未果氏の『ルポ 貧困大国アメリカ 』('08年/岩波新書)に近い社会に、日本もなりつつあるのかも、と思わせるものがります。

 国の社会保障制度(雇用・社会保険・公的扶助の「3層のセーフティネット」)が綻んでいるのが明らかであるにも関わらず、個人の自助努力が足りないためだとする「自己責任論」を著者は批判していますが、一方で、「貧困」の当事者自身が、こうした「自己責任論」に囚われて単独で頑張りすぎてしまい、更に貧困のスパイラルに嵌ってしまうこともあるようです(「もやい(舫い)」〉というネーミングには、そうした事態を未然に防ぐための「互助」の精神が込められている)。
 著者は、こうした横行する「自己責任論」に対する反論として、個々の人間が貧困状況に追い込まれるプロセスにおいて、親世代の貧困による子の「教育課程からの排除」、雇用ネットや社会保険から除かれる「企業福祉からの排除」、親が子を、子が親を頼れない「家族福祉からの排除」、福祉機関からはじき出される「公的福祉からの排除」、そして、何のために生き抜くのかが見えなくなる「自分自身からの排除」の「5重の排除構造」が存在すると指摘していて、とりわけ、最後の「自分自身からの排除」は、当事者の立場に立たないと見えにくい問題であるが、最も深刻な問題であるとしています。

グッドウィル・折口会長.jpg 個人的には、福祉事務所が生活保護の申請の受理を渋り、「仕事しなさい」の一言で相談者を追い返すようなことがままあるというのが腹立たしく、また、違法な人材派遣業などの所謂「貧困ビジネス」(グッドウィルがまさにそうだったが)が興隆しているというのにも、憤りを覚えました。
 折口雅博・グッドウィル・グループ(GWG)前会長

 著者自身、東大大学院在学中に日雇い派遣会社で働き、その凄まじいピンはねぶりを経験していますが、実体験に基づくルポや社会構造の変化に対する考察は、実践と学識の双方をベースにしているため、読む側に重みを持って迫るものがあります。

 結局、著者は博士課程単位取得後に大学院を辞め、〈もやい〉の活動に入っていくわけですが、今のところ学者でも評論家でもなく社会活動家であり、但し、今まではNPO活動の傍ら「生活保護申請マニュアル」のようなものを著していたのが、2007年10月には「反貧困ネットワーク」を発足させ、更に最近では本書のような(ルポルタージュの比重が高いものの)社会分析的な著作を上梓しており、今後、「反貧困」の活動家としても論客としても注目される存在になると予想されます。

(本書は2008(平成20)年度・第8回「大佛次郎論壇賞」受賞作。第14回「平和・協同ジャーナリスト賞」も併せて受賞)


《読書MEMO》
●「どんな理由があろうと、自殺はよくない」「生きていればそのうちいいことがある」と人は言う。しかし、「そのうちいいことがある」などとどうしても思えなくなったからこそ、人々は困難な自死を選択したのであり、そのことを考えなければ、たとえ何万回そのように唱えても無意味である。(65p)
●〈もやい〉の生活相談でもっとも頻繁に活用されるのは、生活保護制度となる。本人も望んでいるわけではないし、福祉事務所に歓迎されないこともわかっている。生活保護は、誰にとっても「望ましい」選択肢とは言えない。しかし、他に方法がない。目の前にいる人に「残念だけど、もう死ぬしかないね」とは言えない以上、残るは生活保護制度の活用しかない。それを「ケシカラン」という人に対しては、だったら生活保護を使わなくても人々が生きていける社会を一緒に作りましょう、と呼びかけたい。そのためには雇用のセーフティネット、社会保険のセーフティネットをもっと強化する必要がある。(132‐133p)

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○経営思想家トップ50 ランクイン(アル・ゴア)

"プレゼン"上手。危機が今一つ実感できない人には(誇張表現に留意しながらも)「見て」欲しい本。

不都合な真実.jpg 『不都合な真実』['07年]         アル・ゴア.jpg Al Gore

 地球温暖化問題を提起した同名映画"An Inconvenient Truth"('06年)で紹介された映像やデータをもとに出版された本で、衛星写真を含む多くのカラー写真と斬新な切り口やレイアウトの図説は、この問題の深刻さをわかり易く短時間で見る者に伝えるものとなっています(本を読むというより、プレゼンテーション・スライドを見ているような感じ)。

パイプライン.jpg 例えばこの問題で、湖水面積が激減したチャド湖のことなどはよく引き合いにされますが、本書では、衛星写真でのチャド湖の10年刻みの変化を見せるなど、「対比」の手法を効果的に用いていて、"プレゼン上手"という印象を受けました。
 ロシアなどは、永久凍土が溶けて豊富な地下資源が入手しやすくなると喜んでいる人間が一部にいる、といった話を聞いたことがありますが、永久凍土が溶けて建物が崩れたり道路がぬかるみ化している写真を見ると、温暖化問題で得する国は(少なくとも国レベルでは)どこも無いように思えます(アラスカなどではパイプラインを支える支柱の陥没し、パイプに破損被害が生じているらしいが、ロシアも同じ状況だろう)。

An inconvenience truth.jpg 国内政治的な意図を含んだ本であり、人為的な気候変動のリスクに対する評価を行っている政府間機関(ICCP)の見解を容れながらも、映画同様、元大統領候補のゴア氏が前面に登場し、京都議定書を批准しないブッシュ政権を批判しています。

 最終的には政策提言にまで持っていくことが望ましく、その意図を否定はしませんが、映画でもなされた「グリーンランドの氷床が近いうちに全て溶け、海面位が7m上昇する」などといった記述は、映画の段階で既に英国高等法院が「科学的な常識から逸脱している」と指摘していて、ICCPの見解を超えた誇張表現が、映画にも本書にも少なからずある模様(英国高等法院は映画の「9つの誤謬」を指摘している)、本書が米国中心で書かれていることと併せて気になる点ではあります。

 ただ、個人的には、「見せ方」の旨さに感服させられた本でもあり、ビジュアル化するとややこしい話もこんなにすっと解るものかと感じ入った次第。
 そこが本書の危うい点でもあるかも知れませんが、英高等法院が注意を促したような部分はあるにしても、地球温暖化の危機が今一つぴんと来ない人には是非「見て」欲しい本です。

《読書MEMO》
●英高等法院が注意を促した映画「不都合な真実」の9つの誤謬
(1) 西南極とグリーンランドの氷床が融解することにより、"近い将来"海水準が最大20フィート上昇する。
 《英高等法院判決》 これは明らかに人騒がせである。グリーンランド氷床が融解すれば、これに相当する量の水が放出されるが、それは1000年以上先のことである。
(2) 南太平洋にある標高の低いさんご島は、人為的な温暖化によって浸水しつつある。
 《英高等法院判決》 その証拠はない。
(3) 地球温暖化が海洋コンベアを停止させる。
 《英高等法院判決》 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によれば、混合循環として知られるこの海洋コンベアは、鈍化することはあっても、将来停止することは可能性はかなり低い。
(4) 過去65万年間の二酸化炭素(濃度)の上昇と気温上昇の2つが正確に一致している。
 《英高等法院判決》 この関係性については、確かにおよその科学的合意が得られているが確立されたものではない。
(5) キリマンジャロ山の雪が消失していることには、地球温暖化が明確に関連している。
 《英高等法院判決》 キリマンジャロ山の雪の減少が主として人為的な気候変動に起因するとは確立されていない。
(6) チャド湖が乾上ったという現象は、地球温暖化が環境を破壊する一番の証拠。
 《英高等法院判決》 この現象が地球温暖化に起因すると確立するには不十分。それ以外の要因、人口増加、局地的な気候の多様性なども考慮すべき。
(7) 多発するハリケーンは地球温暖化が原因である。
 《英高等法院判決》 そう示すには証拠が不十分である
(8) 氷を探して泳いだためにホッキョクグマが溺死した。
 《英高等法院判決》 学術研究では「嵐」のために溺れ死んだ4匹のホッキョクグマが最近発見されたことのみが知られている。
(9) 世界中のサンゴ礁が地球温暖化やほかの要因によって白化しつつある。
 《英高等法院判決》 IPCCのレポートでは、サンゴ礁は適応できる可能性もある。

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努めて冷静に捕虜生活をふりえることで、記録文学的な効果と重み。

アーロン収容所 西欧ヒューマニズムの限界.jpg アーロン収容所 西欧ヒューマニズムの限界.jpg                 アーロン収容所.jpg
アーロン収容所―西欧ヒューマニズムの限界 (中公新書 (3))』 ['62年]/『アーロン収容所 (中公文庫)』 ['72年]

 著者が終戦直後から1年9カ月を、ビルマで英軍捕虜として送った際のことを記したものですが、本書を読んで一番印象に残るのは、捕虜である日本兵(著者)が掃除のために英軍の女性兵士の部屋に入ったところ、女性兵士がたまたま裸でいても、こちらの存在を気にかけないでそのままでいるという場面ではないかと思います(ドアをノックすることを禁じられていたが、それは信頼されているからではなく無視されているからだった)。
 また、暴力こそ振るわないけれども捕虜を家畜のように扱う英軍に、牧畜民族としての歴史を持つ西欧人の、牧畜様式の捕虜への当て嵌めを著者が見出だすところも、ゾッとするものがありました。

 このような英軍の仕打ちの背景には、日本軍の英国人捕虜虐待に対する復讐としての面もありますが、復讐のやり方が、肉体的に痛めつけつけるよりも徹底的に人間としての尊厳を奪う精神的復讐となっているのが特徴的。
 一方で、親しい英軍士官に「戦争して悪かった。これからは仲良くしよう」と言うと、「君は奴隷か。自分の国を正しいと思って戦ったのではないか」、こんな相手と戦って死んだならば戦友が浮かばれないと不機嫌になったということで、その士官は騎士道精神を抱きつつ武士道精神に敬意を払ってるわけで、それに較べて日本人の変わり身の早さが気恥ずかしく思えてくる―この場面も印象的。

 こうした日本人の終戦による価値観の喪失(または、元来の個人の価値観の希薄さ)は、捕虜生活が続くと結局、戦争中の上下関係は消え、物品をどこからか調達することに長けている者が幅を利かせるようになったりすることにも現れているように思え、この辺は、大岡昇平の『俘虜記』などにも通じる記述があったかと思います。
 但し、すべてネガティブに捉えられるべきものでもなく、確かに、盗んだ素材を巧妙に加工し実用に供することにかけては、本書にある日本人捕虜たちは皆、逞しいほどだと言っていいぐらいです。

 読み直してみて、努めて冷静に当時を振り返っているように思え、歴史家としての考察を交えながらもあくまで事実を主体として書いており、更に時に意図的な(?)ユーモアを交えた記述も窺え(著者はその後約15年を経て40代後半になっているわけだから、相当の冷却期間はあったと見るべきか)、それらが記録文学的な効果を生み、却って当時の屈辱や望郷の念がよく伝わってきます。

 また、当時収容所内外にいたビルマ人、ネパール人、インド人などのこともよく書かれていることに改めて気づき、それぞれの行動パターンに民族の特徴が出ているのが面白く(その中でもまたある面では、個々人の振舞い方が異なるのだが)、「アジアは一つ」とか言っても、なかなかこれはこれで難しいなあと。

会田雄次(あいだゆうじ).jpg 著者はマキャベリ研究の大家であり、晩年はちょっと意固地な保守派論客という感じで馴染めない部分もありましたが、本書はやはり優れた著作だと思います。
 本書を「子どもっぽい愚痴だらけ」と評したイギリス贔屓の人もいましたが、自分が同じ体験をしたら、やはり西欧人を見る眼も全く違ったものになるだろうと、そう思わせるような強烈な体験が描かれた本です。

会田雄次 (1916‐1997/享年81)
【1973年文庫化[文春文庫]】

《読書MEMO》
●「その日、私は部屋に入り掃除をしようとしておどろいた。一人の女が全裸で鏡の前に立って髪をすいていたからである。ドアの音にうしろをふりむいたが、日本兵であることを知るとそのまま何事もなかったようにまた髪をくしけずりはじめた。部屋には二、三の女がいて、寝台に横になりながら『ライフ』か何かを読んでいる。なんの変化もおこらない。私はそのまま部屋を掃除し、床をふいた。裸の女は髪をすき終ると下着をつけ、そのまま寝台に横になってタバコを吸いはじめた。
 入って来たのがもし白人だったら、女たちはかなきり声をあげ大変な騒ぎになったことと思われる。しかし日本人だったので、彼女らはまったくその存在を無視していたのである」(新書39p)

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多くの人が犠牲となった原因を浮き彫りに。2つの"The Tower"を思い出した。
World trade centers attack Here is a diagram showing where the planes hit and the times of impact and collapse.gif
9.11生死を分けた102分 崩壊する超高層ビル内部からの驚くべき証言.jpg 『9・11生死を分けた102分 崩壊する超高層ビル内部からの驚くべき証言』 ['05年]

9.11 生死を分けた102分.jpg ニューヨークタイムズの記者が、2001年に起きた世界貿易センター(WTC)の9.11事件後、生存者・遺族へのインタビューや警察・消防の交信記録、電話記録などより、その実態を詳細にドキュメントしたもので、"102分"とは、WTC北タワーに旅客機が突入してからビルが2棟とも崩壊するまでの時間を指していますが、その間の北タワー、南タワーの中の状況を、時間を追って再現しています。

 380ページの中に352人もの人物が登場するので混乱しますが(内、126人は犠牲者となった。つまり、犠牲者の行動は、残りの生存者の目撃談によって記されていることになる)、米国の書評でも、この混乱こそ事件のリアリティを伝えている(?)と評されているとのこと。

 WTCは、大型旅客機が衝突しても倒れないように設計されたとかで、確かに、旅客機が「鉛筆で金網を突き破る」形になったのは設計者の思惑通りだったのですが、その他建築構造や耐火性の面で大きな問題があったとのこと(建材の耐火試験をしてなかった)、それなのに、人々がその安全性を過信していたことが、犠牲者の数を増やした大きな要因であったことがわかります。

航空機の衝突で炎上する世界貿易センタービル.jpg 旅客機衝突50分後にやっと南タワーに救出に入った多くの消防隊員たちは、その時点で、旅客機が衝突した階より下にいた6千人の民間人はもう殆ど避難し終えていたわけで、本書にあるように、上層階に取り残された600人を助けにいくつもりだったのでしょうか(ただし内200人は、旅客機衝突時に即死したと思われる)。ビルはゆうにあと1時間くらいは熱に耐えると考えて、助けるべき民間人が既にいない階で休息をとっている間に、あっという間にビル崩壊に遭ってしまった―というのが彼らの悲劇の経緯のようです。

航空機の衝突で炎上する世界貿易センタービル

崩壊した世界貿易センタービル.jpg 一方、北タワーに入った消防隊員たちには、南タワーが崩壊したことも、警察ヘリからの北タワーが傾いてきたという連絡も伝わらず(元来、警察と消防が没交渉だった)、そのことでより多くが犠牲になった―。

 亡くなった消防隊員を英雄視した筆頭はジュリアーニ市長ですが、本書を読み、個人的には、こうした人災的問題が取り沙汰されるのを回避するため、その問題から一般の目を逸らすためのパーフォーマンス的要素もあったように思えてきました。

崩壊した世界貿易センタービル

 事件後、消防隊員ばかり英雄視されましたが、ビル内の多くの民間人が率先して避難・救出活動にあたり、生存者の多くはそれにより命を落とさずに済んだことがわかります。

 それでも、北タワーの上層階では、避難通路が見つけられなかった千人ぐらいが取り残され犠牲となった―、そもそも、110階建てのビルに6階建てのビルと同じ数しか非常階段が無かったというから、いかにオフィススペースを広くとるために(経済合理性を優先したために)安全を蔑ろにしたかが知れようというものです。


 本書を読んで、2つの"The Tower"を思い出しました。

The Tower SP.gifThe Tower.jpg 1つは、ビル経営シミュレーションゲームの"The Tower"(当初は「タワー」というPCゲーム、現在は「ザ・タワー」というゲームボーイ用ソフト)で、収入を得るために賃貸スペースばかり作っていると、初めは儲かるけれどもだんだん建物のあちこちに不具合が出てくるというものでした(オートモードにして、ちょっと外出して戻ってみると、空き室だらけなっていた...)。 

タワーリング・インフェルノ3.jpgtowering.gif もう1つは、"The Tower"というリチャード・マーティン・スターンが'73年に発表した小説で(邦訳タイトル『そびえたつ地獄』('75年/ハヤカワ・ノヴェルズ))、これを映画化したのが「タワーリング・インフェルノ」('74年/米)ですが、映画ではスティ―ブ・マックィーンが演じた消防隊長が、ポール・ニューマン演じるビル設計者に、いつか高層ビル火災で多くの死者が出ると警告していました。

 この作品はスティーブ・マックイーンとポール・ニューマンの初共演ということで(実際にはポール・ニューマン主演の「傷だらけの栄光」('56年)にスティーブ・マックイーンがノンクレジットでチンピラ役で出ているそうだ)、公開時にマックイーン、ニューマンのどちらがクレジットタイトルの最初に出てくるかが注目されたりもしましたが(結局、二人の名前を同時に出した上で、マックイーンの名を左に、ニューマンの名を右の一段上に据えて対等性を強調)、映画の中で2人が会話するのはこのラストのほかは殆どなく、映画全体としては豪華俳優陣による「グランド・ホテル」形式の作品と言えるものでした。スペクタクル・シーンを(ケチらず)ふんだんに織り込んでいることもあって、70年代中盤期の「パニック映画ブーム」の中では最高傑作とも評されています。双葉十三郎氏も『外国映画ぼくの500本』('03年/中公新書)の中で☆☆☆☆★(85点)という高い評価をしており、70年代作品で双葉十三郎氏がこれ以上乃至これと同等の評点を付けている作品は他に5本しかありません。

 因みに、映画の中での「グラスタワー」ビルは138階建て。そのモデルの1つとなったと思われるこの「世界貿易センター(WTC)」ビルは110階建て二棟で、映画公開の前年('73年)に完成して、当時世界一の高さを誇りましたが(屋根部分の高さ417m(最頂部:528m))、翌年に完成した同じく110階建てのシカゴの「シアーズ・タワー」(現ウィリス・タワー)に抜かれています(シアーズ・タワーは屋根部分の高さ442m(アンテナ含:527m))。

タワーリング・インフェルノ dvd.jpg『タワーリング・インフェルノ』(1974) 2.jpg「タワーリング・インフェルノ」●原題:THE TOWERING INFERNO●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ギラーミン●製作:アーウィン・アレン●脚色:スターリング・シリファント●撮影:フレッド・J・コーネカンプ●音楽:ジョン・ウィリアムズ●原作:リチャード・マーティン・スターン「ザ・タワー」●時間:115分●出演:スティーブ・マックイーン/ポール・ニューマン/ウィリアム・ホールデン/フェイ・ダナウェイ/フレッド・アステア/スーザン・ブレークリー/リチャード・チェンバレン/ジェニファー・ジョーンズ/O・J・シンプソン /ロバート・ヴォーン/ロバート・ワグナー/スーザン・フラネリー/シーラ・アレン/ノーマン・バートン/ジャック・コリンズ●日本公開:1975/06●配給:ワーナー・ブラザース映画●最初に観た場所:新宿ミラノ座(75-??-??)(評価:★★★☆)
タワーリング・インフェルノ [DVD]

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夫のピート・ハミル氏と現場ではぐれた...! 9.11テロとその後の1週間をリポート。

 目撃アメリカ崩壊.jpg目撃 アメリカ崩壊 (文春新書)』['01年]

目撃 アメリカ崩壊2.jpg ニューヨーク・マンハッタン、世界貿易センター(WTC)ビルから数百メートルのところに住むフリージャーナリストである著者が、自らが体験した9.11テロとその後の1週間を、事件直後から継続的に日本に配信したメールなどを交え、1日ごとに振り返ってリポートしたもので、本書自体も事件1ヵ月後に脱稿し、その年11月には新書として早々と出版されたものであっただけに当時としては生々しかったです。

 事件直後、WTC付近で仕事をしていた夫のピート・ハミル氏の安否を気遣い現場に直行、そこでWTC南タワーの崩壊に出くわし、避難する最中に夫とはぐれてしまうなど、その舞い上がりぶりは、著者の、週刊文春の「USA通信」での大統領選レポートなどとはまた違った高揚したトーンで、緊迫感がよく伝わってきます(身近にこんな大事件が起きれば、しかも現場で次々とビルから身を投げる人々を目撃すれば、混乱しない方がどうかしているが)。

 1日1章でまとめられていて、各章の冒頭にロウアーマンハッタンの地図が挿入されているため地理的状況が把握しやすく、著者の住むキャナルストリート以南が立ち入り禁止区域になり、事件後何日かは、出かけると自宅に戻れなくなる可能性があったとのこと。
 こうした規制下での生活、友人の安否情報、食料調達状況などの身辺の話や、事件直後、国民の前から姿をくらましたブッシュ、現場へ早々に出向いたジュリアーニ、ヒラリー・クリントンといったTVニュースを通しての政治家の動きとそれに対する国民の反応など、書かれていることはジャーナリストというよりも地元ニューヨーカーとしての視点に近い感じです(「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長などのキャリアがある著者だが、基本的には、この人、"じっくり型"ジャーナリスト?)。
 クリントン政権以来、テロの危機に鈍感になってしまっていたアメリカ国民の能天気を批判していますが、今後の国際情勢については、アメリカに報復戦争の口実を与えてしまったとして、貧困に喘ぐアフガニスタンの国情悪化を懸念する夫のピート・ハミル氏の憂いなどを通して、著者自身はこれから考え始めるといった段階である観もあります。

 後半は、むしろ、北タワー83階から1時間15分かけて脱出した人の話などの方が印象に残りました。
 北タワーは航空機突入から崩壊まで1時間40分持ちましたが、15分後に航空機が突っ込んだ南タワーの方は、その後50分ぐらい崩壊したので、この人が南タワーにいたら助からなかったかも。

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27歳まで「言葉」というものの存在を知らなかった聾者に手話で言葉を教えた記録。

言葉のない世界に生きた男 シャラー.jpg 『言葉のない世界に生きた男』 (1993/07 晶文社)  A MAN WITHOUT WORDS〈Schaller, Susan〉.jpg "A MAN WITHOUT WORDS" 〈Schaller, Susan〉

 聾者のため手話通訳者だった本書の著者スーザン・シャラーが、27歳になるまで言葉を喋れないどころか「言葉」というものの存在を知らなかった聾者のメキシコ青年イルデフォンソと出会い、彼に手話で言葉を教えていった記録。

 イルデフォンソは、ものに名前があるということを知らず、のっけから彼女は大苦闘しますが、彼が最初の1語(それは「ネコ」という名詞だった)を理解する場面は、ヘレン・ケラーがサリバンの導きで「水」という言葉を獲得した場面のように感動的、但し、ヘレンが歓びにうち震えたのに対し、イルデフォンソは、今までの自らの無知を想ってさめざめと泣く―。

 同じ名詞でも抽象名詞を教えるのは難しく、名詞や形容詞は何とか理解できても、動詞、前置詞、構文、時制と学習が進むにつれ、大きな壁が立ちはだかり、彼女は、知恵遅れの男性を薬で天才にしたが最終的にまた元に戻ってしまうというダニエル・キースの『アルジャーノンに花束を』の話に、自らの行為を重ねてしまう―。

カスパー・ハウザーの謎.jpg野性の少年.jpg でも、努力家で且つ研究熱心な彼女は、「アヴェロンの野生児」や「カスパー・ハウザー」といった先駆的研究資料を調べ、状況打開の糸口を見出そうとしますが、これらは、フランソワ・トリュフォー監督の「野生の少年」('69年/仏)や、「小人の饗宴」('70年/西独)のヴェルナー・ヘルツォーク監督の「カスパー・ハウザーの謎」('77年/西独)でもよく知られているケースで、18・19世紀には"野生児"の発見が話題になり大いに研究されたものの、その後、こうした事例が少ないこともあって、米国などでも、こうした特殊環境で成人した聾者への対処方法を記したものが殆ど無かったことが窺えます。

 因みに「カスパー・ハウザーの謎」は、19世紀初頭のドイツで、親に捨てられ地下室に閉じ込められ、外界との接触を断たれていた若者が、十数年を経て発見され、周囲の努力で知性を回復していく様を、事実に基づき記録映画風に描いた作品ですが(知性を獲得することで世間の人々の自分に対する偏見を肌身に感じるようになる点が悲劇的)、但し、彼が本当に野生児であったのかどうかはこの映画でははっきりしないように思えました(実際には現代においても、親に虐待され、結果として言語教育を全く受ける機会が無かったというケースは、米国などでは珍しいことではないらしいが、そうした状態イコール"野生児"と言えるかどうか)。

カスパー・ハウザーの謎 poster.jpg 映画でカスパー・ハウザーを演じたブルーノ・S は、幼い頃から精神病院に入れられ、何度も脱走を繰り返し、26歳で退院して世間に出たという特異な人物で、実人生が若干カスパー・ハウザーの人生に被るところもあって、演技していうというより素のままぽくって、それでいてリアリティがありました。

「カスパー・ハウザーの謎」輸入版ポスター

「カスパー・ハウザーの謎」●原題:JEDER FUR SICH UND COTT GEGEN ALLE●制作年:1974年●制作国:西ドイツ●監督・製作・脚本:ヴェルナー・ヘルツォーク●撮影:: ヨルグ・シュミット・ライトワイン/クラウス・ウィボニー●音楽:パッヘベル/オルランド・ディ・ラッソ/アルビノーニ/ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト●時間:110分●出演:ブルーノ・S/ワルター・ラーデンガスト/ブリジット・ミラ/ハンス・ムゼウス●日本公開:1977/01●配給:欧日協会●最初に観た場所:青山・ドイツ文化センター (84-10-07)(評価:★★★☆)●併映:「ノスフェラトゥ」「ヴォイツェック」(ヴェルナー・ヘルツォーク)

 本書の後半において、スーザンの超人的な努力により手話をマスターしたイルデフォンソでしたが、彼女によるカリキュラムを終えた後、一旦は音信が絶えてしまいます。
 しかし、その後も研究を続ける彼女が、暫くしてイルデフォンソを探し出し、聾者のコミュニティにいる彼を訪ねてみると、そこには聾者同士マイム(身振り)でコミュニケーションをとり合う彼の姿があった―。

 その姿に、言葉を獲得する以前の人類社会のコミュニティをスーザンは重ね合わせてみるのですが、言語学研究という観点から見ると道半ばという印象もやや受けました。
 しかし、もともと学者では無くパートの手話通訳者であった彼女がイルデフォンソをここまで導いたということだけで既に感動的なヒューマン・ドキュメントであることは確かで、『レナードの朝』で知られるオリバー・サックス博士が、彼女の努力と成果に多大の関心を寄せ、本書に序文を寄せています。

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在宅終末医療に関わる現場医師の声。「自分の家」に敵う「ホスピス」はない。

自宅で死にたい.jpg 「下町往診ものがたり」.jpg ドキュメンタリー「下町往診ものがたり」('06年/テレビ朝日)出演の川人明医師
自宅で死にたい―老人往診3万回の医師が見つめる命 (祥伝社新書)』〔'05年〕

 足立区の千住・柳原地域で在宅医療(訪問診療)に20年以上関わってきた医師による本で、そう言えば昔の医者はよく「往診」というのをやっていたのに、最近は少ないなあと(その理由も本書に書かれていますが)。

 著者の場合、患者さんの多くはお年寄りで、訪問診療を希望した患者さんの平均余命は大体3年、ただし今日明日にも危ないという患者さんもいるとのことで、残された時間をいかに本人や家族の思い通りに過ごさせてあげるかということが大きな課題となるとのことですが、症状や家族環境が個々異なるので、綿密な対応が必要であることがわかります。

 本書を読むと、下町という地域性もありますが、多くの患者さんが自宅で最後を迎えたいと考えており、それでもガンの末期で最後の方は病院でという人もいて、こまめな意思確認というのも大事だと思いました。
 また、家族が在宅で看取る覚悟を決めていないと、体調が悪くなれば入院して結果的に病院で看取ることとにもなり、本人だけでなく家族にも理解と覚悟が必要なのだと。

 「苦痛を緩和する」ということも大きな課題となり、肺ガンの末期患者の例が出ていますが、終末期に大量のモルヒネを投与すれば、そのまま眠り続けて死に至る、そのことを本人に含み置いて、本人了解のもとに投与する場面には考えさせられます(著者もこれを罪に問われない範囲内での"安楽死"とみているようで、こうしたことは本書の例だけでなく広く行われているのかも)。

 基本的には、「自分の家」に敵う「ホスピス」はないという考えに貫かれていて、本書が指摘する問題点は、多くの地域に訪問診療の医療チームがいないということであり、在宅終末医療に熱意のある医療チームがいれば、より理想に近いターミナルケアが実現できるであろうと。

 多くの医者は在宅を勧めないし、逆に家族側には介護医療施設に一度預けたらもう引き取らない傾向があるという、そうした中に患者の意思と言うのはどれぐらい反映されているのだろうかと考えさせらずにはおれない本でした。

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久々に面白かった政治家本。「影の総理」と呼ばれた所以がわかる。

野中広務差別と権力.jpg 『野中広務 差別と権力』 (2004/06 講談社) 野中広務 差別と権力.jpg 講談社文庫 ['06年]

 2004(平成16)年・第26回「講談社ノンフィクション賞」受賞作。

 政治家本では、戸川猪佐武の『小説吉田学校』('80年/角川文庫)、大下英治『捨身の首領(ドン) 金丸信』('91年/徳間文庫)、『小説 渡辺軍団』('93年/徳間文庫)と並んで、久々に面白かったです。

 冒頭にもあるように、野中広務ほどナゾと矛盾に満ちた政治家はおらず、親譲りの資産も学歴なく、57歳という遅咲きで代議士となりながら、驚くべきスピードで政界の頂点へ駆け上がったわけですが、「政界の黒幕」と言われるほど権謀術数で多くの政敵を排除する一方で、ハンセン病訴訟問題などにおいて弱者救済の立場を貫いてきました。
 個人的には、自衛隊のイラク派遣を決めた当時の小泉首相を、テレビ番組で非難していたのが印象に残っていますが、戦時中、彼の身近に死地に向かう特攻隊員たちがいたのだなあ。

 京都府内の被差別部落だった地域の出身ですが、彼の政治人生は、根底に差別に対する憎しみを抱きながらも、方法論的には逆差別が起こらないようにする宥和型のやり方で、常に揉め事の調停役としてその存在を際立たせ、町議、町長、府議、副知事と、地方政治の階段を一歩一歩上っていくその過程において、保守と革新を股にかけたそのやり手ぶりは存分に発揮されます。

 中央政界進出後も野党に太いパイプを持ち、政権を巡る与野党入り乱れての合従連衡の時代に、彼がいかに重大なキャスティングボードを握っていたかが本書を読むとよくわかり、時に懐の深い人間力を感じ、時に恫喝者に近いダークな面を感じました(NHKのドンと言われた人物を辞任に追い込むところなどは、本当に"人を権力の座から追い落とすこと"にかけては天下一品という感じ)。

 幼少時の境遇において田中角栄に似ていて(角栄に可愛がれられた)、豪腕ぶりはライバル小沢一郎に拮抗するもので(野中は小沢を買っていた)、もう少し政界に長くいたら政局に影響を与え続けたかも知れず、「部落出身者を総理にはできないわなあ」と言った(と、本書巻末にある)麻生太郎は、総裁選への出馬すら叶わなかったのでは...。

 彼自身は、自らが総理になるというよりは、金丸信のような「影の総理」のタイプで(彼が国会議員になるときにバックアップしたのが金丸信で、金丸信の北朝鮮訪問を社会党と連携しつつ影で動かしたのが彼)、角栄・金丸以降もこういう存在が自民党内にいたというのは、ある意味、日本の戦後政治の闇の部分でもあるかも。

 【2006年文庫化{講談社文庫]】

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派遣社員の置かれている状況を知る上では手頃な1冊。会社側も取材して欲しかった。

派遣のリアル.jpg  『派遣のリアル-300万人の悲鳴が聞こえる (宝島社新書)』 〔'07年〕 門倉貴史.jpg 門倉貴史 氏(略歴下記)

ワーキングプア.jpg 民間エコノミストである著者の、『ワーキングプア―いくら働いても報われない時代が来る』('06年/宝島新書)に続く同新書2冊目の本で、今回は「派遣社員」の実態をつぶさにレポートしています。

 前半3分の2は、派遣の仕組みや派遣産業の歴史、女性派遣社員が抱える問題などを取り上げ、後半で、ネットカフェ難民化するスポット派遣労働者(ワンコール・ワーカー)について、さらに、派遣社員の今後を労働法改正との関連において考察しています。

 統計や図表をコンパクトに纏めて解説しつつ、各章の終わりに派遣社員に対するインタビューを載せていて、こうした構成は前著と同じですが、派遣社員の置かれている状況を知る上では手頃な1冊と言えます。

 "労働ダンピング"に苦しむ派遣社員の"悲鳴"を伝えるだけでなく、派遣期間に制限(正社員雇用の申し入れ義務)を設けた労働者派遣法の網目をかいくぐって、部署名を変えるだけで派遣期間を"半永久的"なものとする企業のやり口や、改正「パート労働法」で、正社員と差別することが禁じられる条件に該当するパート・アルバイトが、全体の数パーセントに過ぎないことなど、法律の粗さも指摘していています。
 また、企業を定年退職した団塊世代が派遣に回り、こうした"団塊派遣"の増加により、若年非正社員の賃金に下落圧力がかかるだろうという予測は、興味深いものでした。

 ただし、インタビューにおいて企業名が実名で出てこないためインパクトが欠けるのと、派遣社員ばかりではなく、それを使っている企業側や派遣している派遣会社の方も取材して欲しかったという点で、個人的にはやや不満が残ったように思います。

 派遣社員として本当に優秀な人も多くいるかと思いますが、そうした人材は企業側が労働条件を引き上げることにより抱え込んでいるのではないかと思われます(そうした人は、本書のインタビューにも登場しない)。
 一方で、「紹介予定派遣」という形で短い審査期間を経て正社員となりながら、派遣会社が当初示していたスペック(あまり良い言い方ではないかも知れないが)を満たしておらず、結局この仕組みが、新規学卒より簡単に正社員になれる抜け道として、労働者側で利用されているような印象もあります。
 企業側に見抜く力が無かったと言えばそれまでですが、派遣会社には紹介斡旋料が入るため損はしないようになっていて、大手企業の有能な派遣人材の抱え込みも含め、こうしたことに派遣会社も一枚噛んでいるように思えてなりません。
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門倉貴史 (かどくら・たかし)
1971年、神奈川県横須賀市生まれ。95年、慶應義塾大学経済学部卒業後、(株)浜銀総合研究所入社。99年、(杜)日本経済研究センターへ出向、シンガポールの東南アジア経済研究所(ISEAS)へ出向。2002年4月から05年6月まで(株)第一生命経済研究所経済調査部主任エコノミスト。05年7月からは、BRICs経済研究所のエコノミスト作家として講演・執筆活動に専念。専門は、日米経済、アジア経済、BRICs経済、地下経済と多岐にわたる。
著書は、『ワーキングプア〜いくら働いても報われない時代が来る』(宝島新書)『統計数字を疑う〜なぜ実感とズレるのか?』(光文社新書)『 BRICs富裕層』(東洋経済新報社)など。

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対象企業を絞り込んで(キヤノン・松下・クリスタル)まとめているため、問題の根深さがよくわかる。

偽装請負.jpg   『偽装請負―格差社会の労働現場』 ('07年/朝日新書) 偽装請負が大企業の工場で横行している実態を報じた朝日新聞の記事.jpg

 '06年7月31日に「偽装請負」追及のキャンペーン報道をスタートさせた朝日新聞の特別報道チームの8カ月の取材の集大成で、取材した企業の数はかなり多かったと思いますが、新書に纏めるにあたり対象企業を絞り込んでいるため、新聞連載の新書化にありがちな、総花的ではあるが1つ1つの事件についての突っ込みが浅くなるという欠点が回避されているように思えました。

1eacf628.jpg 全5章から成りますが、第1章で〈キヤノン〉、第2章で〈松下〉の偽装請負を、第3章で請負会社の実態として〈クリスタル〉を取り上げ、この3つの章が本書の中核となっています。

 〈キヤノン〉は、宇都宮光学機器事業所の請負社員の内部告発に端を発してあからさまになった恒常的な偽装請負が取材されていますが、「御手洗キヤノン」と呼ばれるほどの会社で、日本経団連会長・経済財政諮問会議メンバーの御手洗冨士夫会長の考えが、請負労働者や記者取材に対する会社の管理部門の対応に強く反映されているように感じました(悪く言えば、"開き直り"?)

b15cb69b.jpg 一方、〈松下〉の方は、松下プラズマディスプレイ㈱茨木工場で、偽装請負を形式上回避するために、請負会社に自社社員を大量出向させるという"奇策"で知られることになりましたが、このやり方を、請負会社は自分たちの発案だと言っているのに対し、松下PDP側は、大阪労働局の助言に従ったと主張している点が興味深いく(結局、このやり方が「クロ」であると判断したのも大阪労働局で、短い期間で行政の対応が変わった可能性もあるのではないだろうか)、いずれにせよ、尼崎への工場進出に際して助成金を受けるため、その審査機関だけ請負社員を派遣に切り替えるなど、〈松下〉のやり方は、"姑息"という感じがします(本書の書きぶりだと、兵庫県も一枚噛んでいる?)。

 また、請負会社〈クリスタル〉の業績発展の背後には(この会社は人の出し入れの速さが売りだったようですが)、グローバル化により安価な労働力が求められていることのほかに、工場で生産する商品のライフサイクルの短期化などが影響しているというのには、ちょっと考えさせられました。
 それにしても無茶苦茶な労働条件で労働者をこき使い、創業者は稼ぐだけ稼いで、〈グッドウィル〉に会社を売り渡してしまった(要するに売り抜けた)...。

 プロローグに、〈クリスタル〉系列の請負会社からニコン熊谷製作所に「派遣」され、半導体製造現場(所謂"クリーンルーム")に勤務し過労自殺した若者の話がありますが、母親が亡くなった息子のホームページを引き継いでいて、それを閲読すると、もうこんな事件はあってはならないとつくづく思うのですが、事件が起きたのが'99年だったことを考えると、まだその時点では"始まり"に過ぎなかったのか。

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「過労自殺」に注目が集まる契機となった本。教訓としての「電通事件」。

過労自殺.jpg 『過労自殺 (岩波新書)』 〔'98年〕

Bridge、templateId=blob.jpg 本書刊行は'98年で、その頃「過労死」という言葉はすでに定着していましたが、「過労自殺」という言葉はまだ一般には浸透しておらず、本書は「過労自殺」というものに注目が集まる契機となった本と言ってもいいのではないかと思います。

 冒頭に何例か過労自殺事件が紹介されていますが、その中でも有名なのが、著者自身も弁護士として関わった「電通事件」でしょう。
 自殺した社員(24歳のラジオ部員)の残業時間が月平均で147時間(8カ月の平均)あったというのも異常ですが、会社ぐるみの残業隠蔽や、当人に対し、靴の中にビールを注いで無理やり飲ませるような陰湿ないじめがあったことが記されています。

 事件そのものの発生は'91(平成2)年で、電通の対応に不満を持った遺族が'93(平成5)年に2億2千万円の損害賠償請求訴訟を起こし(電通がきちんと誠意ある対応をしていれば訴訟にはならなかったと著者は言っている)、'96(平成8)年3月、東京地裁は電通側に1億2千万円の支払を命じていて、それが'97(平成9)年9月の東京高裁判決では3割の過失相殺を認め、約9千万円の支払命令となっています。

 本書105ページを見ると、'95〜'97年度の過労自殺の労災申請は、それぞれ10件、11件、22件で、それに対し認定件数は各0件、1件、2件しかなく、電通事件も労災申請を認めなかった労基署の判断が退けられたという形をとっていますが、それがそのまま損害賠償命令に直結したのがある意味画期的でした(しかも金額が大きい。因みに'06年度の「過労自殺」の労災認定件数は66件にも及んでいる)。

 さらに、本書刊行後の話ですが、'00(平成12)年の最高裁小法廷判決では、2審判決の(本人の自己管理能力欠如による)過失相殺を誤りとし、電通に対し約1億7千万円の支払い命令を下しており、上場を目前に控えた電通は、やっと法廷闘争を断念して判決を受け入れ、遺族との和解交渉へと移ります。

 企業が労務上の危機管理や事件に対する適切な初期対応を怠ると、いかに膨大な時間的・金銭的・対社会的損失を被るかということの、典型的な例だと思います。

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安全性、ホンモノ度、経済合理性の調和が難しい温泉問題。生活者問題も軽視できないのでは。

ホンモノの温泉は、ここにある2.jpgホンモノの温泉は、ここにある』 光文社新書 これは、温泉ではない.jpgこれは、温泉ではない』('04年)

白骨野天風呂.jpg 同じ光文社新書の『温泉教授の温泉ゼミナール』('01年)、『これは、温泉ではない』('04年)の続編で、今回は信州の〈白骨温泉〉の「入浴剤混入問題」を受けての緊急出版ということですが、内容的には、「源泉100%かけ流し」にこだわり、日本の多くの温泉で行われている「循環風呂システム」や「塩素投入」を批判した前著までの流れを継いでいます(事件としても、循環風呂のレジオネラ菌で7名の死者を出した〈日向サンパーク事件〉の方を重視している)。

 今まで温泉と思っていたものの実態を知り、「ああ、読まなければ良かった」という気持ちにもさせられますが、著者に言わせればそういう態度が良くないのだろうなあ。
 温泉とは言えないものまで「温泉」になってしまうザル法や、「かけ流し温泉」にまで一律に塩素殺菌を義務付ける条例を批判し、源泉だけでなく浴槽の(中のお湯の)情報の公開を提案しています。

 一読して知識として知っておく価値はあるかもしれませんが、安全性は絶対の優先課題であるとして、次に、経済合理性を100%犠牲にしてまでもホンモノにこだわるとすれば(本書の中では町村ぐるみで「源泉100%かけ流し」宣言をした例も紹介されてはいますが)、多くの温泉旅館は消えていくのではと...。そうした生活者問題が軽視されている印象も受けました。

 著者の専攻はモンゴル学で、『朝青龍はなぜ負けないのか』('05年/新潮社)という著作もありますが、「温泉教授」(自称)といっても要するに文系の人です。
 著者自身も指摘するように、ドイツの有機化学は「ワイン」から発達し(同じく有機化学"先進国"である日本なら、さしずめ「味噌・醤油」からということになるだろうか)、無機化学は「温泉」から発達したと言われるのに対し、日本は〈温泉学〉では"後進国"なのかも知れません。

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「住基ネット」の管理体制の杜撰さを指摘するも、やや危機感煽り気味の感じも。

あなたの「個人情報」が盗まれる.jpg 『あなたの「個人情報」が盗まれる』 (2003/08 小学館)

 '02年にスタートした「住民基本台帳ネットワーク」の問題点と、制度施行の背後にある国の「国民総背番号制」的考え方や総務省の拙速な対応姿勢を非難した書。

 役所の業務用パソコンが「住基ネット」に接続されていると同時にインターネット接続もされていて、自治体や職員にその危険性の自覚がない―。
 システムは外部業者に丸投げで、セキュリティー対策の統括責任者もいなければファイアーウオールの意味もよくわかっていない―。
 本書で示された、「住基ネット」接続自治体の多くに見られるこうした危機管理体制の杜撰さには驚かされます。

 もう少しこの辺りを突っ込んで欲しかったところですが、カードの暗証番号が生年月日などの場合に起きやすいクラッキング犯罪の問題とか、どちらかと言えば利用者の責に帰するのではないかと思われる問題も同列で論じられていて、焦点がボヤけた感じも。

 利用者の僅かな利便性(公立図書館の利用など)と引き換えに膨大な個人情報を得ようとする「国家の意図」に対する批判もわかることはわかりますが、こうした政治批判も付加されて、さらに"ごった煮"になった感じもします。

 危機感を煽ることが先行しているような気もして、タイトル自体も、著者が「住基ネット」問題に取り組んできたジャーナリストで、長野県の「本人確認情報保護審議会委員」のメンバーでもあったことを知らない人から見れば、ただ「怖そうな話」「もしかして個人情報保護法の話?」程度にしか推測できないのではないでしょうか。
 「住基ネット」問題を中心に論じたものであることがわかるようなタイトルにした方が、より親切ではないかと思いました。

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楽しく読めて、しみじみとされられる話もある、現代「お葬式」事情。

あしたはワタシのお葬式.jpg 『あしたはワタシのお葬式』 (2002/04 NHK出版)

 イラストを交えて綴る出産育児エッセイ「笑う出産」シリーズがロングセラーになっている著者ですが、自称ライターと言うように、『アトピー息子』('99年)などは結構ルポルタージュぽかったし、『まついさんちの「遊んじゃう家庭生活」』('00年)も、"説明系"イラストが実用的で、ほかに「断食ダイエット」の体験本なども書いています。

 今回は、離婚後の心境の変化か、テーマはガラッと変わって「お葬式」についてで、知人やペットの死の話や息子と先祖の墓参りに行った話から始まるエッセイ風ですが、「人の死」に関係する職業の人を取材しており、その取材先や内容が興味深く読めました。

 「葬送の自由をすすめる会」という団体に行き、「自然葬」について取材していますが、「自然葬」として遺灰を撒くのは、違法でも何でもないそうです。
 ただし、散骨するには骨を自分で細かくしなければならず、亡くなった配偶者の骨を砕いているうちに骨が愛おしくなってきた、という遺族の1人の話が印象的でした。

 「戒名の無料化」を実行している平等山福祉寺(ふくしじ)の松原日治住職が語る、「戒名」の由来と本来の意味についての話もイラストでわかりよくて良かった。

 木村晋介弁護士を訪ねて「遺言状」の役割について訊いた際の、「遺言状」には死後の法的要素のほかに、リビングウィル(生前に発効する)や自分史(日記の延長のようなもの?)的要素もあるという話も興味深かったです。
 日記型のブログも、自分史を書いているような要素があるかも。と言うことは、遺言に通ずるものがある?
 
 生前葬などについても、芸能人とかがやるものだという思い込みがありましたが、違いました。
 気軽に楽しく読めて、しみじみとされられる話もあり、現代「お葬式」事情を知るうえでも有意義な1冊でした。

《読書MEMO》
●ホームページ
「葬送の自由をすすめる会」 http://www.shizensou.net
「平等山福祉寺」 http://www7.ocn.ne.jp/~fukusiji

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"読み忘れ"はないかのチェックに良かった(実際にはなかなか読めないが...)。

現代を読む.jpg  『現代を読む―100冊のノンフィクション』 岩波新書 〔'92年〕 戦後を読む 50冊のフィクション.jpg戦後を読む―50冊のフィクション』 岩波新書 〔'95年〕

 ノンフィクションというのは、その時のテーマ乃至は過去の限定的なテーマを追うことが多いので、発刊から時間が経つと書評などで取り上げられることも少ないものです。
 本屋も商売、つまらない本は多く並んでいるのに、いい本でも刊行が古いというだけでどんどん消えていき、版元も重版しなくなる。
 刊行時に話題になったり高い評価を得た本でも、やがてその存在すら忘れてしまいがちになり、そうした本を掘り起こしてみるうえでは、あくまでも佐高信という評論家の眼でみた"100選"ですが、本書は手引きになるかも。

 自分にとっても、ノンフィクション系の"読み忘れ本"はないか、チェックしてみるのに良かったと思います。
 う〜ん、読んでない本の方が多い、と言うより、新たに知った本がかなりある...。
 比較的そうした本を新たに知ることが出来るのも、"個人の選"であることの良さですが、と言って、いま全部読んでいる時間もなかなか無い...。
 ただし、そうした本の存在を知るだけでも知っておき、あるいは思い出すだけでも思い出して、薄れかけた記憶を焼き付け直しておくことで、何かの機会に偶然その本に出会ったときに、思い出して手にとるということはあるかも知れないとは思います。

 同じ著者による、戦後を読む-50冊のフィクション』('95年/岩波新書)という本もあり、こちらは所謂「社会派」小説を中心に紹介されていて、連合赤軍の息子の父を描いた円地文子の小説『食卓のない家』や、歌人・中条ふみ子をモデルにした渡辺淳一の『冬の花火』(この頃はいいものを書いていたなあ)、更には松本清張『ゼロの焦点』や宮部みゆき『火車』、村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』といった、何らかの社会問題をモチーフとした作品やドキュメンタリー性の強い作品を中心に、それらの内容紹介と書評があります。
(紹介書籍リストは「新書マップ」で見ることが可能 htttp://shinshomap.info/book/4004303931.html

《読書MEMO》
●松下竜一 『風成の女たち』/●内橋克人 『匠の時代』/●船橋洋一 『通貨烈烈』・●千葉敦子 『「死への準備」日記』/●鎌田慧 『自動車絶望工場』(トヨタ)/●柳田邦男 『マリコ』/●沢村貞子 『貝のうた』/●桐島洋子 『淋しいアメリカ人』/●石川好 『ストロベリー・ロード』/●吉田ルイ子 『ハーレムの熱い日々』/●立花隆 『脳死』/●石牟礼道子 『苦海浄土』(水俣病)/●野添憲治 『聞き書き花岡事件』(戦時中の鹿島による中国人強制労働と虐殺)/●田中伸尚 『自衛隊よ、夫を帰せ!』(靖国合祀問題)/●山本茂 『エディ』(エディ・タウンゼントの話)/●吉野せい 『洟をたらした神』(開拓農民の生活)/●佐野稔 『金属バット殺人事件』(1980年発生)/●梁石日(ヤン・ソルギ) 『タクシードライバー日誌』(映画「月はどっちに出ている」の原作)/●吉永みち子 『気がつけば騎手の女房』(吉永正人は結婚に反対した姑の前に鞭を差し出した)/●杉浦幸子 『六千人の命のビザ』(リトアニア領事・杉浦千畝(ちうね)の話)/●藤原新也 『東京漂流』("文化くさい"広告を批判しフォーカスの連載打ち切りになった話が)...

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真摯なルポルタージュだが、少し偏りもあるように感じた。

ルポ解雇―この国でいま起きていること.jpg  『ルポ解雇―この国でいま起きていること』 岩波新書 〔'03年〕

 解雇ルールをめぐる労働基準法改正(平成15年改正)の道程と、現社会で不当な解雇に対し労働者の権利主張がいかに困難かを同時に追ったルポです。

 本書によると、改正労基法の当初条文案の「使用者は(中略)解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができる」という部分は野党の反対により削除されたわけですが、その理由は、要は"解雇できる"という言葉が一人歩きするからということです。

 それは確かに著者が強調する通りの(一般マスコミ・ジャーナリズムのレベルでの)論点だったわけですが、逆に著者の立場に立つならば、「わざわざ謳わなくても、もともと解雇権はあるのだ」という"譲歩"の裏にある経営者側の論理をもっと押さえるべきではないだろうかとも思ったりしました。

 関連してですが―、合理的理由を欠く解雇について、法律論上、立証責任は労働者側にありますが、著者も指摘の通り、裁判の現場においては使用者側が合理性の立証責任を負っています。
 著者は "解雇できる"という言葉が一人歩きした場合、裁判所が労働者側に立証責任を負わせることが多くなることを危惧していますが、そんなに裁判官は偏向しているのでしょうか(そうだと言う人もいるかもしれませんが)。
 
 全体としては、真摯なルポルタージュであることに違いなく、特にこうした国会等での審議過程の追跡は、今回以降の法改正にも影響してくることなのでその意義は大きいと思いますが、部分的に少し偏りもあるように感じました。

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