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お気楽と言えばお気楽。印象に残ったのは、山崎朋子(の話)と諏訪根自子(の写真)か。

美人好きは罪悪か?.jpg 『美人好きは罪悪か? (ちくま新書)』 ['09年] 選ばれる男たち―女たちの夢のゆくえ.gif 信田さよ子 『選ばれる男たち―女たちの夢のゆくえ (講談社現代新書)』 ['09年]

 信田さよ子氏の『選ばれる男たち-女たちの夢のゆくえ』('09年/講談社現代新書)に、おばさんたちが「うぶで無垢な王子」を愛でることを、ある種"レジスタンス"として奨励する記述がありました。

 それに比べて、この本の著者なんかは、何のしがらみもなしに、身近な女性から、女流作家、映画女優、歴史において名を成した女性まで挙げて、美人だとか、美人だが自分の好みではないとか言っているわけで、そうした意味ではお気楽と言えばお気楽、男ってこんなものかな。ただ、公の場では普通やらないけれど...(著者に限ってのこととして言えば、「もてない男」だったはずが、結婚して余裕ができすぎた?)

 本の趣旨は、「小説のヒロイン、ロリコンや萌え、髪型やヌード、歴史上の美人などさまざまな観点から、新しい『美人論』を展開する」ということのようですが、「雨夜の品定め」みたいな感じで最後までいっちゃってるようにも思えました。

 但し、博覧強記、あらゆる方面からマニアックな"美人ネタ"を持ってくるため、部分部分は面白い箇所が結構ありました(表紙帯にもある、あの「南極1号」の末裔である「ラブドール」の話などは、何だか入れ込み過ぎてしまっているみたいだが)。

 特に後半、谷崎潤一郎の「美人」観などは、著者の専門領域に近いわけですが、「春琴抄は気持ち悪い」とかいうこの著者独自の見方や表現はともかく、春琴を傷つけたのは誰かと言う推理は、今までもこのテーマで語られたものを読んだことはありますが、文献などを丹念に調べ、理路整然としたものになっているように思えました。

 でも、最も印象に残ったのは、終盤に出てくるノンフィクション作家の山崎朋子(1932‐)と、ヴァイオリニストの諏訪根自子(1920‐)かなあ。                                            
宮本笑里.jpg諏訪根自子.jpgサンダカンまで.jpg とりわけ山崎朋子は、美人であるがゆえに凄まじい経験(ストーカーまがいの男に顔を傷つけられ、生涯消えない傷跡となった)をしたように思われました(書かれていることは、彼女の自伝『サンダカンまで―わたしの生きた道』('01年/朝日新聞社)に拠っているようだが)。
 諏訪根自子は、若い頃の写真の美しさが印象に残りました。ヴァイオリニストって、時にこうした美少女が現われるように思われ、今で言えば、美人としてのタイプは異なりますが、'07年にアルバム「smile」でCDデビューした宮本笑里(1982-)などはその系譜ではないかと。
サンダカンまで―わたしの生きた道』['01年/朝日新聞社] 諏訪 根自子(写真提供:キングレコード)/宮本笑里

川上未映子
川上未映子.jpg 川上弘美の作品を読むときには「川上弘美の美貌を想起せずにおれない」と書いていますが、そういう傾向は、男性読者に限らず女性読者でも同じではないかなあ。好き嫌いは別として、本書にも出てくる川上未映子も然り。エッセイとかを読むと、彼女自身も、自分でも「読まれる」と同じくらい「見られる」という"意識"はあると書いていますが。

 本書は、「一冊の本」での2年間('07〜'08年)の連載を纏めたもので、「後記」に、「その間に結婚したから、(中略)美人がどうこう、といったことには興味がなくなり、連載を続けるのも難しくなったが、何とか二年間続けることができた」とありました(これを読んで、やや脱力)。

週刊朝日 2009年12月4日増大号.jpg 週刊朝日 2009年12月4日増大号 (表紙:宮本笑里)

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著者のやり口は変わったけれど中身はあまり変わってないか。

選ばれる男たち―女たちの夢のゆくえ.gif 『選ばれる男たち―女たちの夢のゆくえ (講談社現代新書)』 ['09年]

 DV(ドメスティック・バイオレンス)の専門家である臨床心理士の著者の本ですが、いきなりイケメンドラマの話から入り、おばさんたちが韓流ドラマに夢中になるのは何故かということを、自分自身が「ヨン様」、つまりペ・ヨンジュンの熱狂的ファンであることをカミングアウトしつつ語っていて、あれ、先生どうしたの、という感じも。

 著者によれば、若い男性の「萌え」ブームは、彼らが女性の成熟への価値を喪失したためのものであり、女性たちの「草食系男子」への指向や、おばさんたちの間での「韓流ブーム」も、女性にとっての既存の理想の男性像が変わってきて、成熟した男性より「うぶで無垢な王子」といったタイプが好かれるようになってきたためであると。

 ということで、前半部分、いい男について語るのは楽しいとしながらも、読む側としては何が言いたいのだろうと思って読んでいると、中盤、第3章「正義の夫、洗脳する夫」は、著者の臨床例にみるDVを引き起こす男性の典型例が挙げられていて、一気に重たい気分にさせられます。
 家庭という密室の中での彼らの権力と暴力の行使はホントにひどいもので、でも、実際、こういうの、結構いるのだろうなあと。

 但し、そうした配偶者の暴力に遭いながらも離婚に踏み切れない女性もいるわけで(著者が言うところの「共依存」という類)、著者は「理想の男性像を描き直せ」、「男を選んでいいのだ」と言っており、これが前段の、「男を愛でることがあっていい」「男性像の価値観は変わった」という話にリンクしてたわけか、と後半残り3分の1ぐらいのところにさしかかって、やっと解りました。

選ばれる男たち―女たちの夢のゆくえ2.gif 著者のもう1つの専門領域である児童虐待に関する本を読んだ際に、子どもへの虐待を、「資本家-労働者」、「男-女」と並ぶ「親-子」の支配構造の結果と捉えていることでフェニミズム色が濃くなっていて、子どもへの虐待をことさらにイデオロギー問題化するのはどうかなあと(読んでいて、しんどい。論理の飛躍がある)。

 そうしたかつての著者の本に比べると、韓流ドラマの話から入る本書は、ちょっと戦術を変えてきたかなあという感じはします。

 DV常習者になるような「だめ男」の見分け方のようなものも指南されていますが、そうした問題のある男性と一般の男性がジェンダー論として混同されていて、基本的には、この人の、病理現象的なものを社会論的に論じる物言いに、オーバーゼネラリゼーション的なものを感じ(結果的に、本書に出てくるサラリーマンとか中年オヤジというのは、極めて画一化された捉え方をされている)、やり口は変わったけれど中身はあまり変わってないかなあ、という印象も。

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切り口の斬新さと鋭いテキスト読解で飽きずに読めた『妊娠小説』。

妊娠小説.jpg    紅一点論 単行本.jpg                     斎藤美奈子.jpg 斎藤 美奈子 氏
妊娠小説』['94年] 『紅一点論―アニメ・特撮・伝記のヒロイン像』['98年] 

 著者の言う「妊娠小説」とは「望まない妊娠を登載した小説」とのことですが、そうして見ると名作と言われるものからベストセラーとなった小説まで、それらの中に「妊娠小説」と言えるものが随分あるものだなあと、着眼点に感心しました(巻末に本書でとり上げた約50冊のリストあり)。  

 第1章でとり上げている"典型例"は、森鴎外『舞姫』、石原慎太郎『太陽の季節』、吉行淳之介『闇の中の祝祭』、三田誠広『赤ん坊の生まれない日』、村上春樹『風の歌を聴け』...。

 女が予期せぬ妊娠をすることで男が悩むという共通のプロットを通して、その描き方のベースにある精神的土壌をあぶり出していますが、受胎告知場面が「妊娠小説」としての"識別表示"であるといった切り口の斬新さと、鋭いテキスト読解で飽きずに読めました。

 個人的には、『舞姫』は前からそういう見方をしていました。鴎外という人が大体(この辺のところに関しては)怪しい...。
 吉行淳之介はその発言を含めコテンパですが、『闇の中の祝祭』はこうして見ると秀逸なラストを呈していて、やはり彼にし書けない傑作ではないかと...。 
 『風の歌を聴け』は、ある物語の時系列を並べ替えて何枚かカード抜きしたものということか...等々、また別な見方ができて楽しかったです。

 著者の書き下ろし第2評論集『紅一点論-アニメ・特撮・伝記のヒロイン像』('98年/ビレッジセンター出版局)もなかなか面白かったですが、ストレートにフェミニズム批評的で、その分著者独特の"遊び感"のようなものが今ひとつ感じられなかったのが残念(評価★★★)。

 『紅一点論』を読んで、本書の中にあるフェミニズム批評的なものを再認識した読者もいるかもしれませんが、個人的には批評の切り口や適度な"遊び感"を買いたい評論家で、「フェミニズムの人」というふうにレッテル貼りすることはお勧めしたくないです。

 【1997年文庫化[ちくま文庫]】

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「非婚少子化」の原因を一面において指摘している? 独身"ダメ男"分析に筆の冴え。

『負け犬の遠吠え』.jpg負け犬の遠吠え.jpg        少子.jpg     酒井順子.jpg  酒井順子 氏(略歴下記)
負け犬の遠吠え』['03年/講談社]『少子』 講談社文庫

  2004(平成16)年・第4回「婦人公論文芸賞」、2004(平成16)年・第20回「講談社エッセイ」受賞作。

 女の〈30代以上・未婚・子ナシ〉は「負け犬」とし、その悲哀や屈折したプライドを描きつつ、"キャリアウーマン"に贈る応援歌にもなって、その点であまり嫌味感がありません。 
 二分法というやや乱暴な手が多くに受け入れられたのも(批判も多かったですが)、自らを自虐的にその構図の中に置きつつ、ユーモアを交え具体例で示すわかりやすさが買われたからでしょうか?  
 裏を返せば、マーケティング分析のような感覚も、大手広告会社勤務だった著者のバックグラウンドからくるものなのではないかと思いました。 
 最初から、高学歴の"キャリアウーマン"という「イメージ」にターゲティングしているような気がして、このへんのところでの批判も多かったようですが。

 個人的に最も興味を覚えたのは、辛辣な語り口はむしろ男に向けられていることで、独身"ダメ男"の分析では筆が冴えまくります。 
 著者が指摘する、男は"格下"の女と結婚したがるという「低方婚」傾向と併せて考えると、あとには"キャリアウーマン"と"ダメ男"しか残らなくなります。 
 このあたりに非婚少子化の原因がある、なんて結論づけてはマズいのかもしれないが(こう述べるとこれを一方的な「責任論」と捉える人もいて反発を招くかも知れないし)。 
 さらに突っ込めば、「女はもう充分頑張っている。男こそもっと"自分磨き"をすべきだ」と言っているようにもとれます(まさに「責任論」的解釈になってしまうが)。
 
 著者はエッセイストであり、本書も体裁はエッセイですが、『少子』('02年/講談社)という著作もあり、厚生労働省の「少子化社会を考える懇談会」のメンバーだったりもしたことを考えると、社会批評の本という風にもとれます。 
 ただし、世情の「分析」が主体であり、「問題提起」や「解決」というところまでいかないのは、著者が意識的に〈ウォッチャー〉の立場にとどまっているからであり(それは本書にも触れられている「懇談会」に対する著者の姿勢にも窺える)、これはマーケティングの世界から社会批評に転じた人にときたま見られる傾向ではないかと思います。

 【2006年文庫化[講談社文庫]】
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酒井順子 (さかいじゅんこ)
コラムニスト。1966年東京生まれ。立教大学卒業。2004年、「負け犬の遠吠え」で第4回婦人公論文芸賞、第20回講談社エッセイ賞をダブル受賞。世相を的確にとらえながらもクールでシビアな視点が人気を集める。近著に『女子と鉄道』(光文社)、『京と都』(新潮社)『先達の御意見』(文春文庫)など。

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