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「青物問屋の若旦那、転じて画家となる」

異能の画家 伊藤若冲.jpg 異能の画家 伊藤若冲 01.jpg  目をみはる伊藤若冲の「動植綵絵」.jpg(24.4 x 18.4 x 1.4 cm)
異能の画家 伊藤若冲 (とんぼの本)』['08年]『目をみはる伊藤若冲の『動植綵絵』 (アートセレクション)』['00年]

和樂 若冲.jpg 小学館の「和樂」の'13年4月号で伊藤若冲の特集をやっているのを広告で見ましたが、'07年に雑誌「AERA」(朝日新聞社)で若冲の特集をやっていて、'09年には雑誌「ユリイカ」(青土社)も若沖特集を組むなど、美術専門誌ではない雑誌が特集するところにファン層の広さを感じます(因みにテレビでも'11年にNHK-BSプレミアムで、'12年にはBS日テレで特集番組が組まれている)。

異能の画家 伊藤若冲 00.jpg 伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう、1917-1800)は、本書『異能の画家 伊藤若冲』('08年/新潮社)の冒頭に「青物問屋の若旦那、転じて画家となる」とあるように、京都・錦小路の青物問屋の長男として生まれ、要するに商家の若旦那だったわけですが、狩野博幸氏によれば、学問は嫌いで字も下手、芸事もダメで、酒は飲まないし、女性にも興味が無く(生涯独身で通した)、では商売に打ち込んだかと言うとその逆で、当主という立場からどうやって逃れるかが前半生の目標だったのではないかとのこと。

 絵を描き始めたきかっけも何時ごろかも明確ではないけれど、最初は狩野派の町絵師に学び、やがて狩野派を捨て、中国画の名画を模写するなどして独学で腕を磨き、但し、狩野派や中国絵画の考え方で言えば絵のモチーフのランクとしては低いとされる花鳥図を専ら描いたとのこと、40歳で隠居し画家になってから四半世紀の間、ずっと作画に専念し、作品数は千点以上になるそうです。

異能の画家 伊藤若冲 2000.jpg 本書も、「芸術新潮」の'00年11月号の特集「異能の画家 伊藤若冲」からの移植ではありますが、江戸絵画の研究者である狩野博幸氏へのインタビューという形式をとっている部分が大半を占め、その中で伊藤若冲の生涯や作品について語られており、読み易いうえに一貫性があって、入門書としては通常の雑誌などの特集よりはお薦めです。

 ビジュアル系叢書の一冊であるため図版も豊富で、「動物綵絵」などの代表作を紹介するとともに、"枡目描き""筋目描き""石摺ふう"といった独自の絵画テクニックを紹介しています。

 更に後半部分では彼の晩年を辿り、70歳を過ぎて「天明の大火」に遭い、家も画室も灰になるという逆境の中、画1枚を米一斗で売る暮らしを送るようになりますが、洛南の石峯(せきほう)寺門前に移り住み、85歳で没するまでの10年間は、むしろ悠々自適の暮らしというか、矍鑠たる生き様だったようです。

 無学ながらも禅の思想に深く帰依していたため、元来世俗的な欲求と言うものが殆ど無かったようですが、狩野博幸氏が若冲のことを「江戸時代のオタク」と言い切っているのが興味深く、「オタク」もとことん極めれば「禅僧」の境地に至るのかなと、彼の作品を見て思ってしまった次第です(人付き合いが苦手で一時完全な隠遁生活に入ったこともあった一方、隠居後も商売の利権を巡る交渉事で駆け回らざるを得ないようなことはあったらしい)。

目をみはる伊藤若冲の「動植綵絵」01.jpg 若沖の作品を鑑賞するための本はムックも含め数多く刊行されており、先に挙げた「和樂」は'10年にも「若冲の衝撃」という特集をムックで組んでいますが、比較的入手し易いものとしては、同じく小学館の『目をみはる伊藤若冲の「動植綵絵」』('00年)がお薦めです。

 代表作「動植綵絵」に絞ったものですが、これだけでも30幅あり、しかも一幅一幅がリアルな細密画となっていて(鳥の絵が多い。その中でも特に多いのが鶏)、但し、細部のリアルさに対して全体のダイナミックな構図などは計算し尽くされたものとなっており、どこかモダンなイラストレーションをも思わせ、江戸時代の中期にこのような絵師がいたというのが不思議な気がしてきます(若冲は丸山応挙より13歳年上)。

 こちらも解説は狩野博幸氏で、10年間を費やして描かれたという30幅の絵の中に様々な意匠が凝らされていることを改めて認識しました。

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「フリーダは人生も凄いけど、絵もおもしろい!」

フリーダ・カーロのざわめき.jpg とんぼの本  フリーダ・カーロ―痛みこそ、わが真実.jpg 「知の再発見」双書    フリーダ・カーロ 愛と芸術に捧げた生涯.jpg DVD
フリーダ・カーロのざわめき (とんぼの本)』『フリーダ・カーロ―痛みこそ、わが真実 (「知の再発見」双書)』「愛と芸術に捧げた生涯 [DVD]

フリーダ・カーロ.jpg 『フリーダ・カーロのざわめき』は、森村泰昌氏による序文及び第1章「フリーダをめぐる12のざわめき」と、芸術新潮編集部による第2章「苦痛と快楽に生きた47年」及び第3章「永遠のフリーダ」の3章構成で、2章と3章の間に建築が専門の藤森照信のフリーダが住んだ「青い家」訪問記が入るという構成で、なぜこうした構成になっているかというと、本書が、「芸術新潮」の2003年9月号のフリーダ・カーロ特集から抜粋して新潮社の「とんぼの本」に移植したものであるためです。

 何と言っても、フリーダ・カーロの作品を通して、その生い立ちから波乱と苦悩に満ちた人生を浮き彫りにし、また、作品の分かりやすい分析を通して彼女の心象風景に迫る森村泰昌氏の語りが圧巻で、まさに氏が序文で「フリーダは人生も凄いけど、絵もおもしろい!」と言っているだけのことはあります。

フリーダ・カーロ4.jpgフリーダ・カーロ(Frida Kahlo、1907-1954/享年47)

フリーダ・カーロ01.jpg 絵筆に生き、恋に生きたフリーダの生涯における男性遍歴は華々しいものがありますが(晩年病臥に伏し、男性とのセックスができなくなると今度は同性愛に耽った)、やはり生涯を通してみれば2度結婚したメキシコの壁画の巨匠ディエゴ・リベラが真の伴侶だったことが窺え(ディエゴ・リベラもフリーダの妹との不倫などで彼女を悩ませたりしたのだが)、触れると火傷しそうな情熱の塊のような女性だったフリーダを相手にするには、彼ぐらいのふてぶてしさを持った大物でなければ手に負えなかったのかも。

Frida Kahlo,Diego Rivera 1932

 元々フリーダは彼の追っかけだったわけですが、追っかけ対象のディエゴ・リベラ自身が自分よりフリーダの方が絵が上手いと絶賛していたとのこと、没後の両者の世界的な認知度は完全に逆転し、フリーダの方が上にきています。

 本書が、雑誌から移植であるため構成にやや一貫性を欠き、重複した記述も見られるのに対し、「知の発見」双書の『フリーダ・カーロ―痛みこそ、わが真実』は、訳本ながらも一人の著者によるフリーダ・カーロの人生及び作品解説となっており、入門書としてはこちらの方がオーソドックスで一貫性もあります。同じくビジュアル系叢書であるため、掲載作品も『フリーダ・カーロのざわめき』同様に豊富ですが、ただ判型がやや小ぶりであるため、絵がやや小さいのが難点か。

 フリーダ・カーロの生涯は映画化もされ、記録映画もありますが、「フリーダ・カーロ 愛と芸術に捧げた生涯」(The Life and Times of Frida Kahlo、2004)は、DVD入手可能なTV用ドキュメンタリー作品です。

 フリーダに関係した人物の証言をもとに彼女の人生を辿り、更に彼女の作品も紹介していますが、冒頭に出てくるのがカルロス・フエンテス(1928-2012/享年83)で(肩書がライターになっているが、この人、ノーベル文学賞クラスと言っていい大作家)、彼が語る、「椿姫」のオペラが上演された劇場で、芝居よりも観客として来ていたフリーダの方が周囲を圧倒していたといったエピソードは面白く、その彼が、フリーダの生涯やその作品の意義をメキシコの歴史なども併せて解説し、その他に、すでに高齢となった「フリーダの生徒」だった人たちの証言が続きます。

フリーダ・カーロ 1.jpg また、『フリーダ・カーロ―痛みこそ、わが真実』に詳しく書かれている、彼女が18歳の時に遭遇した、通学バスに路面電車が衝突して死傷者が出、彼女自身、バスの手摺りが腹部を貫通して脊椎が砕かれるという大怪我を追った事故についても映像で紹介されており、更にフリーダ自身も記録フィルム的に登場し、夫であるディエゴ・リベラがアメリカに招かれ壁画創作の仕事をする間、その傍らの工事現場の櫓のような場所で本を読んでいるフリーダや、レオン・トロツキーと立ち話するフリーダなど、"動いている"フリーダが見られるのは貴重であり、また、容貌やファッションだけでなく、その立ち振る舞いが非常に女性的で洗練されていたことが窺えます。

フリーダ・カーロ 2.jpg フリーダ・カーロの母親はメキシコ人(母親の両親はメキシコ先住民とスペイン人)で父親はドイツ人(父親の両親はユダヤ系ハンガリー人)であり、その出自を通してフリーダの絵画に表されたメキシコ的な要素と西洋的な要素を『フリーダ・カーロのざわめき』において森村泰昌氏が鋭く分析していますが、この記録映画においても、フリーダの絵画はメキシコの国民的壁画家であったディエゴ・リベラ以上にメキシコの土着性に根付いたものであったことを指摘する一方で、夫に付き添って訪れたアメリカの各都市やパリの地で、彼女が欧米的な文化にごく自然に馴染んでいったことも紹介されているのが興味深かったです。

 せっかくの映像化作品なので、もう少し、フリーダ・カーロの作品を取り上げて欲しかった気もしますが、エンドロールのバックでクリスティーズのオークション会場で彼女の自画像がオークションにかけられている映像が流れ、最初に100万ドルの値が付き、その後どんどんセリ上がっていくところで終わっていて、生前それほど評価されなかった彼女の作品が、死後にオークション記録を次々と塗り替えていくほどの高評価を得たことを象徴的に表していました。

フリーダ・カーロ 愛と芸術に捧げた生涯  c.jpgフリーダ・カーロ 愛と芸術に捧げた生涯  .jpg「フリーダ・カーロ 愛と芸術に捧げた生涯」●原題:THE LIFE AND TIMES OF FRIDA KAHLO●制作年:2004年●制作国:アメリカ●監督:エイミー・ステッチラー●時間:86分●出演:フリーダ・カーロ/ディエゴ・リベラ/レオン・トロツキー/カルロス・フエンテス●日本発売:2006/09●DVD販売:アップリンク(評価:★★★★)

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ピロスマニの人と生涯、その作品を思い入れたっぷりに解説。作品集と併せて読むのにいい。

放浪の画家ニコ・ピロスマニ2.jpg   ニコ・ピロスマニ 1862‐1918.jpg(29.8 x 21.2 x 3 cm) ピロスマニ dvd.jpg
放浪の画家 ニコ・ピロスマニ』 作品集『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』  「ピロスマニ [DVD]

ニコ・ピロスマニ 1862‐19183664.JPG 「百万本のバラ」という歌のモデルとして以前から知られ、更に、ゲオルギー・シェンゲラーヤ(Georgy Shengelaya)監督の映画「ピロスマニ」('69年/グルジア共和国)で広く知られるようになった画家ニコ・ピロスマニ(Niko Pirosmani、1862-1918)について、岩波ホールに入社してこの映画の公開に携わり、岩波ホールの企画・広報の仕事をしながら、自らの創作絵本を発表、絵本の背景にピロスマニの絵画イメージを用いるなどして国際的な絵本画家の賞をも受賞している著者が、ピロスマニを生んだグルジアという国の歴史と文化、ピロスマニの人と生涯、その作品について解説した本であり、また、そうした著者であるだけに、ピロスマニに対する思い入れに満ちた本でもあります。

作品集『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』より

 本書によれば、ピロスマニは、貧しいながらも家族の愛に包まれた幼年時代を送っていたようですが、これもその作品からの想像であり、8歳で孤児になったから後の少年時代がどのようであったかはよく分かっていないらしいです(そもそも生まれた年も不確か)。絵を描くことにのみ生きがいを見出し、一つの仕事に長くとどまることが出来ず、20代半ばで路上で一人になってからは、生涯を通して殆ど放浪生活のような暮らしを送り、その間、気分の高揚と沈滞を繰り返していたようです。

 放浪の先々で、居酒屋など絵を描いて(時に看板なども描いて)収入を得て暮らし(画材も絵具も店の人が買い与えていたりしたらしい)、生涯に描いた作品は2000点以上と言われているけれど、現存が確認されているものは200点余りに過ぎず、一方、グルジアの古い料理店などに行くと、今でも彼の作品があったりするらしいですが、ピロスマニの絵は、グルジアの人々にとっては精神文化的な支えになっているとのことです(ピロスマニの肖像と共に紙幣のデザインにもなっている)。

ピロスマニ3654.JPG 本書の後半は、彼の作品ひとつひとつの作品の解説になっていて、アンリ・ルソーに近いとされたり、"へたうま"などと言われる彼の作品ですが、この部分を読むと、彼の孤独な人生を投射させつつ、グルジアの土地と文化もしっかり反映させたオリジナリティ性の高い作品群であることが窺えます(著者は、作風としてはルオーの絵画やイコンに描かれる宗教画に近いとも)。

ニコ・ピロスマニ 1862‐19183658.JPG 作品集としては、本書にも紹介されている『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』('08年/文遊社)が定番でしょうか。カラー図版で189点収録、ということは、存が確認されている217点のほぼ9割近くを網羅していることになり、1頁に複数の作品は載せないという贅沢な作りです。

ニコ・ピロスマニ 1862‐1918_3660.JPG 動物画が多く、次に多いのが「女優マルガリータ」のような単独人物という印象ですが、宴会の模様を描いたり、静物を描いたりと題材は豊富、人物を描いたものは、グルジアの民族衣装を着ているなど、土地の文化を色濃く反映しているのがむしろ共通の特徴でしょうか。
 巻末に寄せられている解説やエッセイも15本と豊富で(その中には著者のものある)、但し、この作品集を鑑賞するにしても、やはり併せて本書も読むといいのではないかと思います。

ピロスマニ ポスター.jpgPIROSUMANI .jpg 映画「ピロスマニ」では、祭りの日なのに暗い納屋で横たわっているピロスマニを見つけた知人が「何してる」と問うと、「これから死ぬところだ」と答えたラストが印象的でしたが、実際、彼の最期は衰弱死に近いものだったらしいく、但し、病院にそれらしき男が担ぎ込まれて数日後に亡くなった記録があるものの、それが本当に彼だったかどうかは分からないらしいです(酒を愛したというイメージがあるが、一般に流布している大酒飲みだったという印象に反して、それほどの酒飲みでもなかったという証言もあるという)。

岩波ホール 公開時パンフレット/輸入版ポスター

ピロスマニ 映画1.jpg 映画「ピロスマニ」は、ピロスマニの作品をその人生に重ねる手法をとっており(グルジアの民族音楽もふんだんに組み込まれているが、最初観た当時は無国籍っぽい印象も受けた)、孤高と清貧の芸術家を描いた優れた伝記映画でしたが、正直、普通の凡人にこんな生活は送れないなあと思ったりもして...(だからこそ、この映画を観て憧憬のような感情を抱くのかもしれない)。この作品は、陶芸家の女性に薦められて観ました。

高野悦子.jpg 日本では上映されることの少ないこうした名画を世に送り続けてきた岩波ホール支配人の高野悦子氏が今月('13年2月)9日に亡くなり、謹んでご冥福をお祈りします。この「ピロスマニ」は、エキプ・ド・シネマがスタートして5年目、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「家族の肖像」の1つ前に公開されましたが、「家族の肖像」の大ヒットした陰で当時はあまり話題にならなかったように思います(その後、ピロスマニ展などが日本でも開かれ、映画の方も改めて注目されるようになった)。

 映画を観て思うに、精神医学的に見ると、ピロスマニという人は統合失調質(シゾイド・タイプ)のようにも思えます。このタイプの人は、無欲で孤独な人生を送ることが多いそうで、病跡学のテキストではよく哲学者のヴィトゲンシュタインが例として挙げられたりしていましたが、ヴィトゲンシュタインの伝記を読むと、親しい友人もいて、その家族とも長期に渡って親しく付き合っていたらしく、どちらかと言うと、自分の頭の中では、ピロスマニの方がよりこの「シゾイド・タイプ」に当て嵌まるような気がしました。

放浪の画家ピロスマニ52.jpg放浪の画家ピロスマニ2.jpg「ピロスマニ(放浪の画家ピロスマニ)」●原題:PIROSUMANI●制作年:1969年●制作国:グルジア共和国●監督:ゲオルギー・シェンゲラーヤ●脚本:エルロム・アフヴレジアニ/ゲオルギー・シェンゲラーヤ●撮影:コンスタンチン・アプリャチン●音楽:V・クヒアニーゼ●時間:87分●出岩波ホール.jpg演:アフタンジル・ワラジ(Pirosmani)/岩波ホール 入口.jpgアッラ・ミンチン (Margarita)/ニーノ・セトゥリーゼ/マリャ・グワラマーゼ/ボリス・ツィプリヤ/ダヴィッド・アバシーゼ/ズラブ・カピアニーゼ/テモ・ペリーゼス/ボリス・ツィプリヤ ●日本公開:1978/09●配給:日本海映画=エキプ・ド・シネマ●最初に観た場所:岩波ホール(78-10-18)(評価:★★★★)
岩波ホール 1968年2月9日オープン、1972年2月12日、エキプ・ド・シネマスタート(以後、主に映画館として利用される)

2015年11月、37年ぶりにデジタルリマスター&グルジア語オリジナル版で岩波ホールにて劇場公開(邦題:「放浪の画家ピロスマニ」、監督クレジット:ギオルギ・シェンゲラヤ)
「放浪の画家ピロスマニ」ポスター01.jpg

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デザイナー用の資料集として使えるが、図鑑としても楽しめた。

サイン・シンボル事典2.jpgサイン・シンボル事典.jpgサイン・シンボル事典

 宗教関係、太陽や月、樹木や花や虫や鳥から、人間の手足など人体の部位や楽器、帽子や仮面など衣服・装身具、象形文字や占星術、人の身振りまで、様々なサインやシンボルの意味やそれらに隠されたメッセージを解説した本で、フルカラーの写真とイラストが2,000点以上と数は豊富です。

サイン・シンボル事典3.jpg 神話と宗教、自然、人間象徴体系といった具合に大分類されていて、その中でさらに例えば宗教であれば古代宗教、ユダヤ教、キリスト教といったようにカテゴライズされているため、それぞれの分野の傾向というものが何となく掴めるものとなっています。
 
 読んでいても面白く、個人的にも気に入っているのですが、絵入りとしては点数が多い分、各アイテムの一つ一つの解説はそれほど深くなく、一通り読んでもそんなに頭の中に残らないかも。
 全部頭に入れば、文化人類学上、かなりの博識にはなるのだろうけれど...(繰り返し読んでも面白いということは、前に読んだのを忘れているということか)。

 「事典」とあるように、基本的には資料集的な使い方になるかな。広告デザイナーなどは必携かも。
 自分の使ったモチーフに自分も知らなかったネガティブな意味があったりすると、後でたいへんなことになったりするかも知れないから。

サイン・シンボル事典4.jpg  手元にあるのは初版本ですが、'10年に『サイン・シンボル大図鑑』として同じ版元(三省堂)から改訳刊行されています(そっか、自分は図鑑として楽しんでいたわけだ。一応、文化人類的関心から読んだのが)。

 改訳版も内容は大体同じではないかと思われるのですが、Amazon.comの「よく一緒に購入されている商品」で旧版と改訳版がセットになっているなあ。

 改訳版は『図鑑』と呼ぶに相応しく、ページ数が128ページから352ページに大幅増となっています(内容も変わったのか?)。
 今買うなら、新しい方だろうなあ。

【2010年改訳[『サイン・シンボル大図鑑』]】

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面白かった。20年代に藤田自らが手掛けた(一旦失われた)挿絵本が多く含まれている。

藤田嗣治 本のしごと1.jpg 『藤田嗣治 本のしごと (集英社新書<ヴィジュアル版>)』['11年]

  画家・藤田嗣治(1886-1968/享年81)の生涯での「本の仕事」を追った本で、書籍や雑誌を対象とした表紙絵や挿絵の仕事から90冊を紹介していて、やや地味なテーマにも思えましたが、読んでみたら面白く、一気に読み進めることとなりました。

「本のしごと」というやや漠たるタイトルになっているのは、それこそ「自著」を自ら装丁したものから、表紙絵や挿絵を寄せただけのもの、或いは、どこまで画家自身が関わったのか推測する外ないようなものまであるからのようです。

藤田嗣治の「本の仕事」を紹介することが、そのままフランスと日本で活動した彼の生き方を追うかたちにもなっていますが、因みに藤田嗣治は、1913年に渡仏し1933年に日本に帰国、1949年にまた日本を離れ、その後亡くなるまで18年間パリ・モンパルナスに定住、日本国籍を捨ててフランス国籍になっています。

 藤田嗣治が最初に渡仏した頃は、何百人という日本人の芸術家の卵がパリに行っていたようですが、その中で断トツに華々しい成功を収めたのが彼でしょう。第一次世界大戦の勃発で多くの在留邦人が母国に引き上げる中、フランスに留まり続け、1919年に32歳で開いた個展で脚光を浴び、「本の仕事」もそこからスタート、本書によれば50冊を超える挿絵本をフランスで手掛けていますが、20年代のパリでの仕事が全体の3分の2を占めるとのことです(装丁第1作が「インドの詩聖」タゴールの英語著書をアンドレ・ジッドが仏訳した本だというからスゴイ)。

特に初期の「本のしごと」は、当時フランスで流行ったジャポニズムに呼応するような異文化紹介的な雰囲気のものが多く、それが帰国してからは「フランスでの日本表象」だった彼が「日本でのフランス表象」となるわけですが、日本の婦人雑誌などの表紙イラストも結構描いているんだなあ。これがお洒落で、戦後の復興期の中で活力とモダンなセンスを得つつあった都会派女性に受けたのは分かる気がします。

藤田嗣治 本のしごと 菊地寛.bmp藤田嗣治 本のしごと 回想のパリ.bmp そうした日本での「本の仕事」も多く紹介されていますが、年代とともにどんどん洗練度を増して時代をリードする一方で、時にクラッシカルな雰囲気に回帰したりして自由自在という感じで、ほんと、スゴイね(日本での「本の仕事」は神奈川近代文学館に多く集まっているとのこと)。

 彼は画家であり版画家であったわけですが、「本のしごと」は彼にとって、自らのアートを一般の人に"携帯"してもらうという、絵画などとはまた違った大切な意味を持つものであったようです。

菊池寛『日本競馬読本』(1936)/柳澤健『回想の巴里』(1947)

 本書に紹介されている図版は200点以上で、これだけ豊富にあると、文章部分がそれぞれの図版のキャプションになっているような読み方もできますが、フジタのアトリエまでも寄贈した君代夫人(1911-2009/享年98)が、最後まで自らの手元に置いていた本が多数あり、彼女が亡くなる3年前にそれらをまとめて美術館に寄贈したことで、新たに明らかになった彼の「本のしごと」が、本書の中核になっているとのこと、その意味では実に貴重な新資料であり、また「新書」のテーマとして相応しいようにも思います。

藤田嗣治  ユキ.bmp 寄贈された本は彼がパリに永住した時期に現地や旅先で入手した本など500冊ほどですが、20年代を中心にパリで藤田自らが手掛けた挿絵本がかなり揃っていたとのこと、但し、それらの多くは、彼自身が世界恐慌の際に一旦手放したものを50年代に買い直したものが多く、彼が失われた青春を取り戻すかのように集めた若き日の労作を、君代夫人がずっと最後まで手元に置いていた気持ちは何となく分かる気がします。

ユキ・デスノス『ユキの回想』(フランス人妻・ユキの回想録/藤田の挿画(1925)を使用した特装版)

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幅広い画風。見ていて飽きがくることがない。

藤田嗣治画集78.JPG藤田嗣治画集79.JPG 藤田嗣治画集 素晴らしき乳白色.jpg
(39.2 x 27.2 x 4.2 cm) 『藤田嗣治画集 素晴らしき乳白色』(2002/10 講談社)

藤田嗣治画集81.JPG藤田嗣治画集82.JPG 藤田嗣治(1886-1968/享年81)の大型画集で、輸送用ケースには「没後35年、初めての愛蔵決定版」とのキャッチがあり、代表作160点を発表順に収めています。

 藤田嗣治と言えば日本よりもフランスで先に有名になった画家で、本書解説にも、その生涯が詳しく書かれていますが、東京美術学校(芸大の前身)で黒田清輝の下、19世紀後半のリアリズムの時代の画家の手法を学んだ後、1913年にパリに渡ってピカソと知り合い、彼のアトリエでアンリ・ルソーの絵を見て衝撃を受け、師・黒田清輝の教えから解放されます。

藤田嗣治画集84.JPG パリに渡った時にはセザンヌすら知らなかった彼が、既にフランスでは印象派でさえ様々な形で乗り越えられ過去のものとなっていることを知った、その衝撃は大きかったと思います。

 アンリ・ルソーに衝撃を受けた後も、ピカソのキュビズムにも影響を受けたりもし、但し、ピカソの後塵を拝することなく、様々な研鑽を重ね、生活スタイルも含めいろいろな試みを行い、独自の画風を生み出し、早くも1917年には個展を開くまでになります(すぐに画壇の寵児となり、1925年にはフランスからレジオン・ドヌール勲章を贈られた)。

藤田嗣治画集85.JPG 但し、渡仏してから有名になるまでの数年間の生活は、第1次大戦の勃発もあったりして大変だったらしく、自分の絵を燃やして暖をとったという、無名時代のピカソと同じような逸話もあります。それでも、当時、日本からパリに渡った若き芸術家は相当数いたわけで、そうした中、彼は、"エコール・ド・パリ"時代のモンパルナスから輩出された、最も成功した日本人芸術家と言えるでしょう。今でもフランスで一番よく知られている日本人芸術家とも言われているのは、その後も今日まで多くの芸術家が海外進出してはいるものの、彼がフランスで受けた絶大な評価の水準までは達していないということなのかもしれません。

 個人的には、彼の作品ではパリの風景、街角や古ホテルなどを描いたものは以前から好きなのですが(よく美術の教科書に出ていた)、昔から絵葉書やカレンダーなどにもなっているし、一般的に広く日本人受けするのかなあ(無難と言えば無難な好み?)。

藤田嗣治画集86.JPG 実際には女性(裸婦)を描いた作品がかなり多く、その他にも静物、動物(猫が多い)や宗教画っぽいものなどと多種多様で、モチーフや描かれた時期によっても画風が変わります。

 この画集を見ると、少女を描いたものも相当多いことがわかり、最近は彼の少女画は結構ブームになっているみたいですが、少女画は、ややロンパリ気味の目に特徴があります。細い線の特徴もよく出ていて、この画集を買ってから個人的にも少女画もいいなあと思うようになりました。

 そのほかにも、"いかにも油絵"と言う感じのものから、"浮世絵"のようなものまで(油彩画家の間での"浮世絵"探求ブームは藤田のデビュー当時のフランスにあったわけだが)その画風の幅は広く、見ていて飽きがくることがないのと当時に、常にチャレンジ精神をもって新境地を開拓していた画家であったことが分かります。

「アッツ島玉砕」1943.jpg 本書のサブタイトルにもある「素晴らしき乳白色」は、特に女性や少女の肌を描く際に使われ、彼のフランスでの評価を高める大きな要素となりましたが、やはりそこには、日本人独特の「肌色」へのこだわりと、それを描いてきた日本画の伝統があり、それがフランス人に新鮮な驚きと神秘的な魅力感を喚起したのではないかと考えます(フランス人などの肌は日本人の肌と、色が違うというより透明度からして異なるわけだが)。

「アッツ島玉砕」1943

 どうやってそうした色合いを出したのかについては、近年も新事実が明らかになったりしているようで、没後40年を経ても話題は尽き藤田嗣治画集87.JPGないようです(顔料に和光堂の「シッカロール」(ベビーパウダー)を使っていたらしいことが昨年('11年)明らかになった)。

 第二次大戦中に戦争画を描いて、軍部協力者、戦犯容疑者として冷や飯を食わされることになりますが、アッツ島やサイパン島の玉砕を描いた彼の絵は、ピカソの「ゲルニカ」などと同じく「反戦」絵画として描かれたものではないかと思わせるものがあります。

 公職追放の裏には、日本画壇に一部で、海外で名声を得た彼の才能に対する妬みがあったのかもしれず、彼自身は1949年に渡仏し、二度と日本に戻ってくることはありませんでした(羽田空港から日本を去る前に、「国際人となれ」と言い残し藤田嗣治画集88.JPGたという)。

 1955年にはフランス国籍を取得し(日本国籍でなくなった)、1955年にはカトリックに改宗(レオナール・フジタとなった)、彼の改宗はフランスの新聞で大きく報じられたとのことです。

 何事にも好奇心旺盛で、南米ほか各地を旅行し、生涯で日本人妻、フランス人妻と4度離婚し、愛人も多くいましたが、 50歳で結婚した最後の妻、25歳年下の君代夫人(1911-2009/享年98)とは最後まで連れ添ったように、そして晩年の絵には宗教画が多いように、晩年は自らの心の平穏を何よりの創作の拠り所としていたのかもしれません(でも、晩年の少女画も多く、川端康成的ロリコンも感じられるのが興味深い)。

藤田嗣治画集83.JPG

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スペイン絵画三大巨匠を強引にランク付けするとベララスケス、ゴヤ、エル・グレコの順になる?

プラド美術館.jpg(31.4 x 27 x 6.8 cm)『プラド美術館』['97年] The Prado Alfonso E.Perez Sanchez.jpg Alfonso E.Perez Sanchez(アルフォンソ・E・ペレス=サンチェス)『The Prado』['01年/ペーパーバック版]

 プラド美術館は、スペイン・マドリードにある世界でも有数規模の内容をもつ美術館で(建物自体は、最初は自然科学博物館にするつもりで建てられた)、15世紀以来の歴代のスペイン王家のコレクションを展示するために使われてきゴヤ4.JPGました。そのため、ベラスケス、ゴヤなどのスペイン絵画が質量ともに充実しているほか、フランドル、イタリアなどの外国絵画も数多く観ることができます(フランドルはスペイン領だったこともあり、スペイン王室のコレクションにフランドル絵画が多数加えられたという経緯がある)。

 大判約650ページの本書は、プラド美術館の所蔵作品集としては最高クラスの豪華本的内容であるばかりでなく、スペイン絵画、イタリア絵画、フランドル絵画、ドイツ絵画、イギリス絵画、フランス絵画、19世紀スペイン絵画、といったように系統立てて整理されています。その点では、一般にも馴染みすいものとなっていますが、価格的には,19、750円と高く(しかも絶版中)、スペイン王家のコレクションに的を絞っているのか、ピカソなど近代絵画は除かれています。

ベラスケス5.JPG 但し、個々の作品の解説はたいへん丁寧で、特に有名絵画に関しては詳細且つ専門的で、更に細密画などについては必要に応じて絵画の一部の拡大写真も掲載されています(画集と解説集を兼ねていると言ってよく、解説は研究者向けの水準か)。

 表紙にはゴヤの「着衣のマハ」がきていますが(裏表紙はエル・グレコ)、「裸のマハ」とどちらが優れているか、評価はわかれるようです。人妻がモデルだったということを前提に、「裸のマハ」はじっくり描かれ、「着衣のマハ」は大急ぎで描かれたという俗説がありましたが、実は「裸のマハ」はモデルを見ないで描かれたとも推察されており、本書での評価は「着衣のマハ」の方が高いようです。

プラド美術館中央ホール.jpg スペインに関する本をいろいろ見てみると、スペイン人自身の一般評価(人気)では、エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤの三大巨匠が一番「格上」(人気が高い)とされているようで、それに20世紀の三大巨匠であるピカソ、ダリ、ミロが続くようです。

 実際のプラド美術館の展示仕様については、ベラスケスとゴヤは「別格」扱いという感じで、ゴヤは「黒い絵」展示室など作品群ごとに単独で展示室があり、これに匹敵するかこれを上回るのがベラスケスの扱いで、「ラス・メニーナス(宮廷の官女たち)」は中央ホール奥にでんと構え、他の数枚の作品とともにホールを独占しています(作品配置は細かいところで毎年変わっているようだが)。

 現地に行った際にも何冊かガイドブックを買いましたが、Alfonso E.Perez Sanchez 編 "The Prado-Spanish Paintings"は、ソフトカバーで入手し易い価格の割には内容的には充実していました。代表編者アルフォンソ・E・ペレス=サンチェスはプラド美術館の元館長であり、この人の"ゴヤ"は日本語版が出ていますが、本書は日本語版は出ていないみたい。但し、スペイン語版ではなく英語版なので、解説部分も何とか読めます('01年に改版(第2版)、日本の洋書店にも置いてあった)。

ベラスケス8.JPG "The Prado"の表紙はベラスケスの「マルガリータ王女」、裏表紙はゴヤの「1808年5月3日の銃殺」ですが、何れも表紙にくるに相応しい作品でありながら、「マルガリータ王女」は同王女をモデルとした連作も含め、『プラド美術館』の方には掲載されていないなあ。何故だろうか。

 プラド美術館は油彩画だけで8千点近くを所蔵しており、抽出の仕方は様々かと思いますが、「マルガリータ王女」も、当美術館ではかなり目立つ展示になっていたように思います(この作品の王女のスカートの生地、間近で見ると単なる殴り描きにしか見えないものが、距離を置いてみると艶やかな光沢を放っているように見えるのが不思議)。

 専門的見地からみれば、掲載点数も多く、解説も詳細な岩波書店版『プラド美術館』は類書の追随を許さない高グレード感がありますが、一般的な感覚から言うと"The Prado"の方が作品の抽出基準はしっくりくるかもしれず、入門書としてはお薦めです。

 こちらは、点数はそう多くないですがピカソなどの近代絵画もカバーする一方、Spanish Paintngs とサブタイトルにあるように、プラド美術館に数多くあるイタリア系やフランドル系の作品などはカバーされていないようです。

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浮世絵の伝統画法を守りながらもモダンなダイナミズム。イラストレーターの先駆?

月岡芳年 幕末・明治を生きた奇才浮世絵師.jpg 月岡芳年 義経 m14.jpg  月岡芳年の世界.jpg
月岡芳年 幕末・明治を生きた奇才浮世絵師 (別冊太陽)』 義経と弁慶(明治14年)『月岡芳年の世界』['10年]
侠客・金神長五郎(慶応2(1866)年)                        (30 x 21.4 x 2.8 cm )
月岡芳年(つきおかよしとし).jpg月岡芳年 侠客・金神長五郎 慶応2(1866).jpg 江戸から明治にかけて活躍し、「最後の浮世絵師」と言われる月岡芳年(つきおか・よしとし、1932-1892)の特集で、武者絵、妖怪画、歴史画、美人画など約230点を収めています。

トミー・リー・ジョーンズ.jpgトミー・リー・ジョーンズ 浮世絵.jpg 先般、映画「メン・イン・ブラック3」('12年/米)のキャンペーンで共演のウィル・スミスと共に来日したトミー・リー・ジョーンズが、民放の朝のテレビ番組のインタビューを受けた後、浮世絵の絵柄のネクタイを贈られていましたが、自分に渡された安藤広重の絵柄のネクタイを気難しそうな顔でしばらく眺めたうえで、ウィル・スミスに渡された葛飾北斎の絵柄のネクタイと自分のものと替えてくれとウィル・スミスに言って交換していました。「メン・イン・ブラック3」のプロモーションワールドツアーで唯一日本ツアーにだけ参加したトミー・リー・ジョーンズは、歌舞伎ファンであるとともに浮世絵愛好家でもあり、特に北斎と月岡芳年が好きで、しかも、娘は月岡芳年作品のコレクターで100点をめざして収集中とのこと、浮世絵は光に弱いため、保管庫から1点だけ取り出して部屋に飾り、毎日架け替えているそうです(番組担当者は、彼が浮世絵愛好家であることは調べていたが、作者の好みまでは調べてなかった?)。

月岡芳年 女盗賊・鬼神お松 m19.jpg それはともかく、こうしたムックで見ても、月岡芳年の作品は、迫力といい躍動感といいやはり凄いなあと。歴史・故事や歌舞伎・浄瑠璃、時々の世相・風俗・事件など、様々なところから題材を取っていますが、何でもござれ、妖怪画も多い。

 河鍋暁斎(1831-1889)、落合芳幾(1833-1904)、歌川芳藤(1828-1887)らと同じく、歌川国芳(1798-1861)の弟子であり、この歌川国芳がまた何でもござれのスゴい人だったわけだけど...。

女盗賊・鬼神お松(明治19年)

 なぜか「天才」とは呼ばれず「鬼才」と言われることの多い芳年ですが、その作風の変遷を見ていると、世阿弥の「守・破・離」という教えを想起します。師から学んだ浮世絵の伝統画法を大事に守りながらも、時代の要請に沿って工夫をこらし、後期の作品においては、なにものにも捉われない自由さ、画面からはみだしそうなぐらいのダイナミズムが感じられます。

月岡芳年 スサノウノミコト m26.jpg 30歳の頃に明治維新を迎え、54歳で没していて、明治に入ってからの作品の方が圧倒的に多いわけで、西南戦争や文明開化なども題材になっていますが、テーマ的にはやはり、「水滸伝」といった中国物も含めた武者絵や、役者絵・美人画・風俗画など、江戸時代の浮世絵のオーソドックスなモチーフが多いのかなあ。

素戔雄尊と八岐大蛇(明治26年)

 それでいて、時代の変化に合わせて描き方がどんどん洗練されてきて、遠近感の使い方などは西洋画法と変わらないものあり、これは当時、これまでの浮世絵に無かった斬新さゆえの人気があっただろうなあと思わせます。

 三島由紀夫なども愛好家だったそうだし、横尾忠則氏にも芳年に関する著書がありましたが、最近また巷では「イラストレーターの先駆」などと言われ、広くブームになっているみたいです(トミー・リー・ジョーンズ父娘は先見の明があった?)。

 この「別冊太陽」のムックは、昨年('11年)の「河鍋暁斎」に続く"生誕120周年"の記念刊行ですが、昨年ぐらいから、『衝撃の絵師 月岡芳年』('11年/新人物往来社)など芳年に関する本が続けて刊行されていて、今や師匠の歌川国芳やライバルだった河鍋暁斎らを超える人気であり、ブームになって比較的入手し易い価格で芳年の作品に触れることができるようになるのは歓迎すべきことです。

月岡芳年の世界0.jpg月岡芳年の世界21.jpg 本当に一作品一作品じっくり鑑賞したければ、少し値が張るのが難点ですが『月岡芳年の世界』がお薦めです。'92年に東京書籍から刊行されたものが絶版になり、古書市場で刊行時の定価(7千円)を若干上回る価格で出回っていて且つ品薄気味だったのが、これもブームの予兆だったのか、、'10年に復刊ドットコムで全く同じものが刊行されました(でも、定価が1万円になっている。18年ぶりだから仕方ないのか)。やはり、根強いファンがいるんだなあと。原則一頁に一作品。解説も丁寧で、専門家のコラムなどもあります(編者は洋画家の悳俊彦(いさお・としひこ)氏。歌川国芳、月岡芳年などの研究家でもある)。これが手元にあると、トミー・リー・ジョーンズにちょっとは近づける?

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表層的な薀蓄話、内輪話に終始しているという印象を受けた。

西洋美術史から日本が見える.jpg 『西洋美術史から日本が見える (PHP新書)』 ['09年]

 タイトルに反して西洋美術史のことは殆ど書かれておらず、どちらかと言うと西洋の文化と日本の文化の違いは何かを講釈し、日本人がいかに西洋の文化を理解しないまま、その真似事をしているかを糾弾しているような本ですが、非常に表層的な薀蓄話に終始している印象を受けました。

 例えば、赤い薔薇は「性愛の女神」を表すこともあるので、客人の目に付く所に飾るのは品が無いとか、ボジョレー・ヌーヴォーが解禁になったからと言ってをホテルへドレスアップして飲みにいくのは日本人だけだとか、バレエの正しい見方はどうだとか、オペラの正しい鑑賞法はこうだとか、読者に対してマナー教室の先生にはなるつもりはないので勘違いしないで欲しいと言いながら、実質そうなってしまっているなあ。

 偽セレブ、偽ワイン通、偽オペラ通などを暴くのは、カルチャースクール系の普通のオバさんなどには受けるかも知れないけれど、結局、著者自身も同じ土俵に立ってしまっているような感じで、学問的というよりオタク的な知識をもって人を逆撫でするようなことを言うのも、これも1つの通俗であり、著者が本書で攻撃している「文化オタク」そのものではないかと。

 結局、西洋美術史を学べば西洋文化のことがわかり、そうすれば日本の文化もわかってくるというのが論旨のようですが、今のところその「西洋美術史」乃至「西洋文化」をわかっているのは、「アメリカとイギリスに留学経験を持つ自分」のような限られた人間しかいないという、そういう鼻持ちならない姿勢がミエミエで、また、著者が言う正しい西洋文化の理解というのが、西洋人と同じように考え振舞えと言っているようにも聞こえて、それでいて自分は「愛国者」であるとし、「日本人としての矜持」みたいな話も持ち出すから、結局、何が言いたいのか。

 必ずしも内容の全てを否定はしないけれど、あまりに自分の留学先での内輪ネタが多く、自分1人で盛り上がっている感じもし、インテリアの助言を請われると、「アンティークの本を何冊か飾ることと、小ぶりでエレガントな灰皿を置くことを強くお勧めしている」そうで、これは新手の「知的生活の方法」かと思ってしまった・・・。「セレブ」評論家か何かになって、ワイドショーにでも出たらいいのでは。

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画家もその時々において大変だったのだなあ(或いは、「色々計算していたのだなあ」)と。

近代絵画の暗号.jpg 『近代絵画の暗号 (文春新書)フラゴナール、『閂(かんぬき)』.jpg ジェリコー「メデューズ号の筏」.jpg
                        フラゴナール 「閂」     ジェリコー 「メデューズ号の筏」

 近代絵画の名作に隠された暗号、本書での"暗号"とは、絵をじっと見つめていてもわかるものではなく、その絵が描かれた際の政治・経済・社会・世相・科学などの時代背景と、その時に画家の置かれた状況との相関において読み解いていくもの、ということになります。

アングル 「グランド・オダリスク」     
アングル「グランド・オダリスク」.jpg 著者によれば、美術評論の世界では70年代の「古色蒼然たる作品論・作家論が未だ幅を利かせて情報の更新を怠っている」とのことで、「誰もが知っている名画」ほど、ある意味「誰にも顧みられない名画」になっているとのこと、本書では、名画の背後にある歴史を紐解き、その絵が描かれた動機や意図を新たな視点から探っています。

 その著者の視点でいくと、フラゴナール「閂」は、宮廷画の時代に遅れて登場した画家が、仄暗い宮廷のエロスを大衆ヴィジュアルメディアに持ち込み大衆の下卑た心を刺激したものであり、ジェリコー「メデューズ号の筏」は、漂流者の間でのカニバリズム(食人)が憶測された実際の事件を"視覚的報道"として写真週刊誌並みに表したもの、アングル「グランド・オダリスク」は、ナポレオン時代の帝室画家だったのが王政復古によってクライアントを失い、ギリシャ・フェチ(ヌード・フェチ)の作品が王政下でウケるか賭け出た作品であるとのこと。

マネ 「草上の昼食」        マネ 「オランピア」.
マネ「草上の昼食」.jpgマネ「オランピア」.jpg 更には、マネ「草上の朝食」は、写真技術の開発と一般への広まりに先駆けて撮影者の視点からスキャンダラスな要素を含ませながら計算づくで描いたもの、同じくマネの描いた「オランピア」に至っては、資本主義の台頭により社会も文化も偽善的な性倫理の上に成り立つようになっていく風潮を、娼館の女性を描くことでスキャンダラスに告発した確信犯的作品と言うことになるらしいです(著者の論を端的に解釈すれば)。

 全てその通りかどうかは別として(と言っても、異論を挟むほどの知識がこちらには無い)、我々は名画を「芸術作品」と崇めがちですが、「芸術」そのものが動機や目的になるものではないということは改めて思った次第。
 画家もその時その時において、生活の工面や世間への思惑などがあって大変だったのだなあ(或いは、「色々計算していたのだなあ」)と思わされました。

マグリット 「ピレネーの城」/ゴーギャン 「黄色いキリストのある自画像」
ルネ・マグリット 「ピレネーの城」.jpgゴーギャン「黄色いキリストのある自画像」.jpg 「古色蒼然たる作品論」にアンチテーゼを投げかける著者の意気込みはわかりますが、そうした周辺や背後の状況を知らねばこの絵は理解できないとなると、また新たな知識的権威主義に陥ってしまうので、そうしたことを知ることで、名画の違った側面が見えてくるという程度の捉え方でもいいのではないでしょうか。

 ゴーギャン「黄色いキリストのある自画像」には、有能な証券マンだったゴーギャンが脱サラして専業画家になったことで家族から見捨てられた苦渋が表れていて、マグリット「ピレネーの城」は宙に浮かぶ飛行船のイメージであるとしていますが、それぞれの背景に、大手証券会社の倒産による株暴落事件があったとか、自宅屋根に飛行船が不時着した事件があったなどと、読んでいて面白いことは面白いけれど、フツーの人にはそこまでのことはわからないし。

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要領を得た解説と相俟って、細部の細やかさや奥行きの深さが実感しやすい。

フェルメールの秘密.jpg フェルメール 全点踏破の旅.jpg 朽木ゆり子『フェルメール全点踏破の旅 (集英社新書ヴィジュアル版)』['06年]
(28 x 23.2 x 1.2 cm) 『フェルメールの秘密 (イメージの森のなかへ)』['08年]

 近年、17世紀の画家ヨハネス・フェルメール(1632‐1675/享年43)がブームで、今年('08年)8月には7点の作品が上野の東京都美術館にやってくるということ(何しろ、生涯で30数点しか描いていない)。

恋するフェルメール.jpg 美術ノンフィクション作家の朽木ゆり子氏の『フェルメール 全点踏破の旅』('06年/集英社新書ヴィジュアル版)なども人気度アップに寄与したのでしょうが、「旅」と謳う通り美術紀行として堪能できるほか、作品1つ1つの意匠や来歴がコンパクトに纏められているので、入門書としても手頃。レイアウト的に見易いし、"ヴィジュアル版"の名に反さない綺麗な写真が収められていますが、ここまでくると"画集"的な要素を求めてしまい、そうした意味では、絵が小さいのが難(新書版だから小さいのは当たり前なのだが)。

有吉 玉青『恋するフェルメール―36作品への旅』['07年]『恋するフェルメール 37作品への旅 (講談社文庫)』['10年]

 その他に、故・有吉佐和子の娘である有吉玉青氏の『恋するフェルメール』('07年/白水社)というのもあり、彼女もやはり17年かけて"全点踏破"したとか。熱心なファンがいるのだなあと感心させられます。

名画を見る眼.jpg 高階秀爾氏によると、彼の作品が脚光を浴びるようになったのは死後2世紀ぐらい経てからで、それまで長きにわたり埋もれていたようですが、氏の『名画を見る眼』('69年/岩波新書)に紹介されているルネッサンス期から印象派初期までの代表的な画家15人の中にも、このフェルメールは入っています。

フェルメール「画家のアトリエ」.jpg 利倉隆氏の『フェルメールの秘密』('08年/二玄社)は、"イメージの森のなかへ"というシリーズの1冊ですが、「ルソー」「レオナルド」「ゴッホ」と並んで刊行されたもので、同じオランダの先輩画家レンブラント(1606‐1669)を差し置いたことになります。
 "イメージの森"と表象される本の構成が面白く、代表作「絵画芸術の寓意(画家のアトリエ)」の解説の仕方がその典型ですが、絵の部分部分(一葉一木)を見せていき、最後に全体(森)を見せていて、驚異的なまでに描き込まれた細部と全体との見事な調和が、インパクトを以って感じられるようになっています(フェルメールは、作品ごとに大きさが随分異なるのも特徴だが、小さいものは"細密画"の観もある)。

 解説はオーソドックスですが、簡潔ながらも要領を得ていて、収録点数は全作品ではないですが、雰囲気的には鑑賞が主眼の「美術書」に近いのではないでしょうか(小中学校の授業みたいな語り口であり、本の構成自体も含め「教材的」とも言えるかも)。
 構図やそこに込められた寓意については、岩波新書の高階氏の本や朽木氏の『フェルメール全点踏破の旅』でも知ることが出来、『全点踏破の旅』でも独特の色使いはわかりますが、この細部の細やかさや奥行きの深さは、本書のような大型本だと、より実感しやすいと思います。

 高階氏は、「フェルメールの作品は、すべてが落着いた静寂さのなかに沈んでおり、一見派手ではないが、決して忘れることのできない力を持っている。彼の本領である光の表現にしても、同時代のレンブラントのようなドラマティックな激しさはなく、また、同じ室内の描写と言っても、ベラスケスのような才気もみられないが、そこには飽くまでも自己の世界を守り抜く優れた芸術家のがあるようである」(『名画を見る眼』)と言っていますが、本書は、その"小宇宙"に触れることができる1冊であるかと思います。

 価格(1,995円)の割には掲載点数の少ないのがやや難かも知れませんが、リブロポートから出ている本格的な画集などになると、もっと値段が張ることになります(2万円)。
 但し、ブームのお陰で、本書のような比較的入手し易い価格の作品集兼解説書のような本が多く出ています。

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懐胡散臭さければ胡散臭いほど"ヴンダーカンマー的"だというキッチュな味わい。

愉悦の蒐集ヴンダーカンマーの謎.jpg愉悦の蒐集ヴンダーカンマーの謎.jpg愉悦の蒐集ヴンダーカンマーの謎 (集英社新書ヴィジュアル版)』〔'07年〕

wunder1.jpg ヴンダーカンマーとは、直訳すれば"不思議の部屋"という意味で、16世紀から18世紀にヨーロッパで盛んに作られ造られ、美術品、貴重品の他に、一角獣の角、人相の浮かび上がった石など珍奇で怪しげな品々が膨大に陳列されていた、博物館の元祖とも言うべきもの。

 本書によれば、もともとはルネサンス期の王侯が城の片隅に珍品を集めた小部屋を造り、客人を招き入れて驚かせたり自慢したりするのが目的だったらしいけれども、バロック期になると王侯や富裕市民は珍品収集に熱をあげ、森羅万象を再現すべく、自然物、人工物、自然と人工の複合物などを "ノアの箱舟"的発想で何でもかんでも蒐集したらしいです。

wunder2.jpg 珍獣の剥製から人の死体を加工しオブジェ化したもの、異国の民芸品から最先端の美術・工芸品まであり、まさに「怪奇博物館」といった感じ。
 昔どこかの寺で見た河童のミイラ(猿と何かの組み合わせだった)とか、かつて温泉街によくあった秘宝館の展示物に通じるような胡散臭さもあり、胡散臭さければ胡散臭いほど"ヴンダーカンマー的"であるというのが、キッチュな味わいがあり面白いです。

 写真が豊富で、綺麗に撮られていますが、実際にそこを訪れれば、もっと迫力が感じられるだろうなあという気がするし、ましてや博物館・民芸館などの施設が無かった当時の人々にとっては、かなり刺激的な"愉悦"だったのではないでしょうか。

 科学的実証主義が浸透すれば消えていく運命にあったヴンダーカンマーであり、雑多なコレクションの多くは美術館にも博物館にも行きそこねたのではないかと思われますが、そうした物を掘り起こそうとしている博物学者もいるわけで、「ニッポン・ブンダーカマー 荒俣宏の驚異宝物館」展の開催('03年)に見られるように、日本にも前からこういうの好きな人、結構いたのかも。

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エッシャーの技法の秘密を解き明かす。技法の原理はCGと同じだった。

エッシャーの宇宙70.JPGimagesA7GUKRS4.jpg エッシャーの滝.bmp "エッシャーの"滝".
エッシャーの宇宙』 大型本(25.8 x 21.4 x 2 cm)〔'83年〕

 物理法則に反しているように見える不思議な「だまし絵」や、同じオブジェクトが繰り返し現れながら変化していくパターン画などで知られるオランダの画家(版画家)エッシャー(M.C.Escher 1898‐1972)の「作品集」、と言うより「作品解説」本。

 「作品集」としても楽しめますが、それはそれでもっと豪華なものがあり、本書は、エッシャーの生涯についての記述のほかに(これは当然のことながら、「本格的作品集」にも書かれている)、主要作品の創作の秘密を明かしていることが最大の特徴です。
 エッシャー自身は自分の作品に芸術的寓意は無いとしていて、本書もそれに呼応するかのように、技術的解説を中心に書かれています。

エッシャー.jpg 最も単純な例で言うと、風景画の一部が突出して見える作品の場合、通常の遠近法で描いた絵に、格子状のマトリックスを被せ、さらにそのマトリックスを意図的に(非ユークリッド幾何学的に)歪めて、元の1つの格子に対応する元絵を、変形された格子に再現していることがわかり、これは、現在のCG(コンピュータ・グラフィックス)の技法と同じだなあと。

 もともと建築の勉強からスタートしてグラフィック・アート的な素養を開花させた人ですが、結晶学的、フラクタル的、リーマン幾何学的なデザインは高度の幾何学的才能を窺わせ、その作品群はまさに「宇宙」と呼ぶにふさわしい。
 ところが、本書を書いたブルーノ・エルンスト(数学・物理の先生で、エッシャーと交友があった)によると、エッシャー自身は数学的知識はなく、直感と試行錯誤の中から数学的構造を見抜いて、これをイメージの上に描き出すことが出来たのだそうです。

 エッシャーの公式サイト(http://www.mcescher.com)では、彼の作品を3DのCGムービーで見ることが出来、また、CGムービーはDVDとしても発売されています。

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「目の視覚」「脳の視覚」で視覚芸術を解析。面白くて一気に読めた。

脳の中の美術館.jpg 『新編 脳の中の美術館 (ちくま学芸文庫)』 〔96年〕 image.jpg 布施 英利 氏(略歴下記)

決定的瞬間.jpg 本書では、人体の視知覚形式を、ありのままの現実を見ることに徹する「目の視覚」(1次視覚)と再構成を通して共有化される観念的・抽象的な世界を映し出す「脳の視覚」(2次視覚)に分け、視覚芸術(写真・映画・マンガ・アニメ・絵画)の表現を、この区分に沿って解析しています。
 面白いのは、写真などで、クローズ・アップしたり瞬間を捉えようとするのは「目の視覚」であり(土門拳の人物写真やキャパの「崩れ落ちる兵士」、アンリ・カルティエ=ブレッソン(Henri Cartier-Bresson)"決定的瞬間"など)、そこに「時間」を導入して再構成しようとするのが「脳の視覚」である(マン・レイの実験写真やホックニーのフォト・モンタージュなど)としている点です。

 「時間」が加わって「脳の視覚」となった映画においても、「戦艦ポチョムキン」のモンタージュにはクローズ・アップなど「目の視覚」的要素が見られるとし、エイゼンシュタイン自身が、自らが影響を受けたという日本の浮世絵において、写楽の描く目鼻口を独立した視覚像の組み合わせとして見ているのは、我々が浮世絵を見たときの印象に通じるものがあると思いました。

旅芸人の記録.jpg 一方、映画「旅芸人の記録」は、本編ストーリーと劇中劇が交錯する再構成作業によって作られた「脳の視覚」的作品であるとし(この部分はわかりやすい)、大江健三郎が感動したという「ノスタルジア」のラスト(自分にとっては不可解だった)は、「目の視覚」から入り「脳の視覚」の世界を完成させていると...(ナルホド)。
旅芸人の記録('75年/ギリシア)

 マンガ「がきデカ」は「脳の視覚」で「AKIRA」は「目の視覚」、ディズニー・アニメは「脳の視覚」で手塚治虫アニメは「目の視覚」、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、光琳は「脳の視覚」で、カラバッジョ、レンブラント、フェルメール、ドガは「目の視覚」であると―。こうなってくると「あるなしクイズ」みたいですが...。 

 著者は芸大で芸術学を、東大で養老孟司氏のもと解剖学を学び、現在は作家・美術評論家として活動していますが、本書は著者が芸大の院生時代の'88年に出版したデビュー作の新編です。
 文章に衒学的な修辞などがなくて読みやすく、かつ内容的にも面白くて、1冊一気に読めました。
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布施 英利
1960年,群馬県生まれ.
東京芸術大学・大学院博士課程(芸術学)修了.学術博士.東京大学医学部助手(解剖学)を経て,現在,「作家,芸術評論家」として活躍.東大助手を退官後は,ガラパゴス,ボルネオ,アフリカ・ザイール,紅海,アマゾン,そして沖縄と世界の大自然を旅する.
主著としては,『脳の中の美術館』(筑摩書房),『死体を探せ!』(法蔵館),『ポスト・ヒューマン』(法蔵館),『電脳版・文章読本』(講談社),『禁じられた死体の世界』(青春出版社),『美術館には脳がある』(岩波書店),『生命の記憶』(PHP),『ダ・ヴィンチ博士,海にもぐる』(生活人新書)他,多数.

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芸術の根源は、我々の日常の何気ない動作や感覚と地続きなのだということがわかる。

杉山 平一 『詩のこころ・美のかたち』.jpgI詩のこころ 美のかたち.jpg           映画芸術への招待.jpg    sugiyama3.jpg 杉山 平一 氏
詩のこころ・美のかたち (講談社現代新書 575)』['80年] 『映画芸術への招待 (1975年)』 講談社現代新書

 著者は関西では長老格の現役詩人で、最近も『詩と生きるかたち』 ('06年/編集工房ノア)を出版するなど息の長い活動を続けていますが、『映画芸術への招待』('75年/講談社現代新書)、『映画の文体』('03年/行路社)などの著書もあるように映画評論家でもあり、本書は、そうした幅広い素地を生かした一般向けの "美学"入門書とも言える本であり、人はどういうものに「美」やその喜びを見出すかが、模倣、カタルシス、リズムなど19のキーワードに沿ってわかりやすく書かれています。

詩のこころ美のかたち2864.JPG 例えば、「デパートの1階に生活必需品を置かないのはなぜか」というような身近なところから「装飾」というものについて考察していたり、さらに、古今東西の作家の作品からの引用もよく知られたものが多く、著者の考察を的確に例証していて、特別な予備知識がなくともスッと入っていける内容です。
 
 それでいて、読んでいて「あっ、なるほど」と気づかされることが多く、また本当に理解しようと思えば、なかなか奥が深いのではないかとも。
 芸術の根源は、我々の日常の何気ない動作や感覚と地続きなのだなあと思いました。
 
《読書MEMO》
●「源氏物語」や「細雪」は、独立した短篇を横につないだ長篇。一方、西洋の長篇は、伏線と伏線がからみ合って構築されていく(7p)
●「朦朧」は日本人が喜ぶ美意識(谷崎潤一郎『陰翳礼賛』)(8p)
●《模倣》...真似とか、模倣による追体験は、感動の表明である(17p)
●志賀直哉の小説『城の崎にて』は"描写の妙"によって面白い(20p)
●《記録》...人間には、日記をつけるとか、記録しようとする本能がある―事実を再現することでの自己の「存在証明」にほかならない(26‐27p)
●《浄化(カタルシス)》...悲劇映画で涙を流す観客にとって、そのとき、悲劇は、キャラメルのように甘くしゃぶられている(36p)
●《舞踏》...「思考は筋肉に従う」(アラン『幸福論』)(50p)
●《リズム》...「あらゆる芸術は、常に音楽の状態にあこがれる」(62p)
●《反復》...子供は、珍しい話よりも同じ話をする方を喜ぶことが多い(64p)→反復を喜ぶ本能は、根源的な芸術感情
●《装飾》...一番無駄なものこそ、心の底で必要なもの(74p)カンディンスキーが感心した絵は、さかさまに置いてあった自分の絵だった。美に酔わせるのは抽象的なものである(78p)
●《遊戯》...カイヨワの「遊びの4原理」(競争・偶然・模倣・めまい)(86p)
●《目的性》...芸術性を重視した小林多喜二の作品が、目的意識だけに傾いた他のプロレタリア作家のものより、今日残った(98p)
●《象徴》...意外な結びつきは面白く、入れ替えられる面白さは尽きない(114-117p)
●《一瞬》...「人生は一行のボオドレエルにも若かない」小さな時間、小さなものの魅力をうち出した芥川(124p) 「或阿呆の一生」の高圧線のスパークの火花を命と換えても欲しいと思う気持ちに通じる

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自死した先駆的美術評論家によるロマン派絵画の独自の分析。

ロマン.jpg 『ロマン派芸術の世界』 講談社現代新書  坂崎乙郎.jpg 坂崎 乙郎 (1927-1985/享年57)

幻想芸術の世界-シュールレアリスムを中心に.jpg夜の画家たち.jpg 美術評論家・坂崎乙郎(1927‐1985)の〈講談社現代新書〉における3冊の著書の1つで、あと2冊は『幻想芸術の世界-シュールレアリスムを中心に』('69年)、『夜の画家たち-表現主義の芸術』('78年)ですが、3冊とも絶版になってしまいました。
 このうち実際には最も初期に書かれ、表現主義を日本の美術ファンに紹介したかたちとなった『夜の画家たち』だけ、〈平凡社ライブラリー〉に移植されています。

ロマン派2863.JPG ロマン主義の画家にどのような人がいたかと調べてみれば、ブレーク、フリードリヒ、ターナー、ジェリコー、そして大御所ドラクロアなどが代表的画家であるようですが、著者はロマン主義の画家に見られる特質を分析し、背景としての「夜」の使われ方や、モチーフとしての「夢」の役割、分裂病質とも言える「狂気」の表れ、デフォルメなどの背後にある「美の計算」などを独自に解き明かしています。
 例えばロマン主義絵画において「馬」は死の象徴として多用されているといった指摘は、紹介されている絵画とともに興味深いものでした(しかしそれにしても、ドラクロアのデッサン力が突出しているのは驚き)。

 ロマン主義絵画とは、著者によれば、上昇する意志と下降する欲望という相反するものを内包していて、例えばゴヤの幻視世界を描いた絵もロマン主義の萌芽と見ることが出来、後の写実主義や印象派絵画にもロマン主義的な要素が引き継がれていることを示しています。
 もともと個人的にはこの画家は何々派という見方をする方ではないのですが(それほど詳しくないから)、絵画の潮流というものが、ある時期ぱっと変わるものではないことがわかります。
 
 日本におけるロマン主義の芸術家として、'70年に自決した三島由紀夫をとりあげているのも興味深く、本書を読んでロマン主義というのが「死」への恐れと「死」への欲求の相克と隣り合わせにあることがわかります(パラパラとめくって図版を見るだけでも陰鬱なムードが伝わってくる)。

 著者は早大教授職にあった'85年に亡くなっていますが、後で自死であったことを知り、著者自身がそうしたものに憑かれていたのかとも思わないわけにはいかず、一方で、『幻想芸術の世界』の冒頭だったと思いますが、著者が家族と遊園地にいった話で始まっていたのをなんとなく思い出しました。

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ルネッサンスから近代絵画まで、1作ずつ謎解きから入る読みやすい入門書。

名画を見る眼3.JPG名画を見る眼.jpg 名画を見る眼 族.jpg
名画を見る眼』〔'69年〕『名画を見る眼 続 (2) (岩波新書 青版 785)』〔'71年〕

アルノルフィニ夫妻の肖像.jpg ルネッサンス期から印象派の始まり(マネ)までの代表的な画家の作品15点選び、その絵の解説から入って、画家の意図や作風、歴史的背景や画家がどのような人生を送ったのかをわかりやすく解説した手引書です。
 高踏的にならず読みやすい文章に加え、まず1枚の名画を見て普通の人がちょっと変だなあと感じるところに着目して解説しているので、謎解きの感じで楽しめます。

 例えば、ファン・アイク「アルノルフィニ夫妻の肖像」は、絵の真ん中の鏡の中に微細画として室内の全景が描かれていることで知られていますが、著者は、その上に書かれた「ファン・アイクここにありき」という画家の署名に注目し、なぜこんな変わった署名をしたのかを問うて、これが婚礼の図であり、画家は立会人の立場でこの作品を描いていると...といった具合。
                                 「アルノルフィニ夫妻の肖像」 部分拡大
アルノルフィニ夫妻の肖像2.jpg 新書なので絵そのものの美しさは楽しめませんが、比較的有名な作品が多いので画集や教育用のサイトでも同じ作品を見つけることは可能だと思います。

ラス・メニーナス(女官たち)1.jpg ただし、例えばベラスケス「宮廷の侍女たち」のような、離れて見ると柔らかい光沢を帯びた衣裳生地のように緻密に見えるのに、近づいてみるとラフな筆触で何が描かれているのか判らないという不思議さなどは、マドリッドのプラド美術館に行って実物を見ない限りは味わえないないわけですが...、これを200年後の印象主義の先駆けと見る著者の視点は面白いと思いました(というか、ベラスケス恐るべし!といったところでもある)。

 2年後に刊行の『続』は、歴史的に前著に続く印象派(モネ)から、後期印象派、さらにはピカソなど近代抽象絵画まで14点をとりあげています。
 カンディンスキーが自分のアトリエに美しい絵があると思ったら、自作が横倒しになっていたのだったというエピソードは面白い。それで終わらないところが天才なのですが...。

ベラスケス 「宮廷の侍女たち(ラス・メニーナス)」 全体と部分拡大
ラス・メニーナス(女官たち).jpgラス・メニーナス(女官たち)1.jpg ラス・メニーナス(女官たち)2.jpg ラス・メニーナス(女官たち)3.jpg
 
 
 
 
 
 

《読書MEMO》
●とりあげている作品(正)
ファン・アイク「アルノルフィニ夫妻の肖像」/ボッティチェルリ「春」/レオナルド「聖アンナと聖母子」/ラファエルロ「小椅子の聖母」/デューラー「メレンコリア・1」/ベラスケス「宮廷の侍女たち」/レンブラント「フローラ」/プーサン「サビニの女たちの掠奪」/フェルメール「画家のアトリエ」/ワトー「愛の島の巡礼」/ゴヤ「裸体のマハ」/ドラクロワ「アルジェの女たち」/ターナー「国会議事堂の火災」/クールベ「アトリエ」/マネ「オランピア」

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