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孫娘が監督。ドキュメンタリーでありながら、ファミリー・ムービーっぽさがある作品。

パリが愛した写真家d.jpg パリが愛した写真家 ドルディル .jpg パリが愛した写真家 07.jpg パリが愛した写真家 rd.jpg
「パリが愛した写真家/ロベール・ドアノー<永遠の3秒>」 クレモンティーヌ・ドルディル  ロベール・ドアノー

パリが愛した写真家02.jpg フランスの国民的写真家ロベール・ドアノー(1912 -1994)の人生と創作に迫ったドキュメンタリーで、監督のクレモンティーヌ・ドルディルはドアノーの孫娘です。作品の撮影秘話や当時の資料映像、親交のあった著名人による証言や(「田舎の日曜日」('84年/仏)の主演女優サビーヌ・アゼマなどとパリが愛した写真家09.jpg親交があり、サビーヌ・アゼマは作品のモデルにもなっている)、作品蒐集家・ファンへのインタビューなどから成ります(作家の堀江敏幸氏がフランス語でコメントしている)。ドアノー自身は写真では殆ど登場せず、家族が映したと思われるカラー8ミリフィルムなどで多く登場するため、どことなくファミリー・ムービーっぽい感じがします。ドアノーという人が全く"大家"ぶっていなくて、冗談好きで人懐っこいキャラクターであることが分かり、こうした人柄が被写体となる人を安心させて、活き活きとした写真を撮ることが出来るのだなあと思いました。

パリが愛した写真家 02.jpg ドアノーは殆どパリで活動していたようです。海外にも行ってはいますが、世界中を飛び回っていたパリが愛した写真家   es.jpgという印象ではありません。今回、アメリカなど海外で撮った写真やカラーで撮った写真も見ることができて良かったですが(アメリカで撮ったカラー作品は、どこか無機質な感じのものが多い)、やはりパリを撮ったモノクロ写真が一番いいように思いました。映画全体を通しても、ドキュメンタリー部分もさることながら、そうした写真を紹介している部分の方が印象に残りました(ちょうど作品集を見ている感じか)。

パリが愛した写真家05.jpg この映画を観て知ったのですが、専らパリで活動していたこともあって、世界的にパリが愛した写真家s03.jpg有名になったのはかなり年齢がいってからのようです。あの有名な「パリ市庁舎前のキス」と呼ばれる作品は、1950年に「ライフ誌」に発表されていますが、この映画によると、その後長らく埋もれていて、ある日突然脚光を浴びた作品であるようです。

パリが愛した写真家01.jpg パリの若い恋人たちのシンボルとなったこの写真のカップルが誰なのかは1992年まで謎のままで、パリに住むラヴェーニュ夫妻は自分たちがこの写真のカップルだと思い込んでいました。夫妻は80年代にドアノーと会っていますが、ドアノーは真相を語らなかったため、夫妻は「無許可で写真を撮影した」としてドアノーを告訴し、裁判所はドアノーに事実を明らかにするよう要求しています。実は写真のカップルはフランソワとジャックという若い俳優の卵で、ドアノーが夫妻に真相を語らなかったのは、夫妻の夢を壊したくなかったからのようです。

「パリ市庁舎前のキス」

 写真の二人は恋人同士で、街角でキスをしているところをドアノーが見つけて近づき、もう一度キスしてくれるよう頼んで撮影したとのことです。しかし二人の関係は9か月しか続かず、ジャックは俳優を諦めてワイン職人になり、フランソワ・ボネは女優として活動を続けました。そして、今度はフランソワがドアノーを相手取り、肖像権料を要求して裁判を起こしますが、1955年の撮影日の数日後にドアノーが写真をプリントしてサインを入れ、謝礼としてフランソワに贈っていたことが判明したため、提訴は受理されませんでした。撮影の55年後の2005年、彼女はその写真をオークションに出品し、それは彼女が提訴によって得ようとした肖像権料を遥かに上回る高額で落札されたとのことです。

パリが愛した写真家08.jpg この映画でも、「パリ市庁舎前のキス」のモデルは恋人同士の俳優の卵であり、ドアノーは他にも多くのモデルを使ってこうした"スナップ"を演出したことはこの映画でも紹介されていますが、裁判のごたごたについては一切触れられていません。ある意味、ドアノーの他者への思いやりときっちりとした性格が窺えるエピソードだと思うのですが、アシスタントを務めていたドアノーの長女アネットによれば、裁判には勝ったもののの、裁判の過程で偽りと嘘に満ちた世界を見てしまったドアノーはひどくショックを受けたそうで、後にアネットは「あの写真は父の晩年を台無しにしてしまった」とまで述べています。

 ドアノーの孫娘であるドルディル監督が、この映画の中であの写真が演出であったことを改めて明かす一方で、あの写真を巡るごたごたに関しては映画の中では一切触れていないのは、やはり同じような思いがあったからではないかと思います(家族の思い出は美しきものであるべきか。まあ、できればそれにこしたことはない)。そうした意味でも、ドキュメンタリーでありながらも、ファミリー・ムービーっぽさがある作品と言えるかもしれません。  
  
   
パリが愛した写真家  s.jpg「パリが愛した写真家/ロベール・ドアノー<永遠の3秒>」●原題:ROBERT DOISNEAU, LE RÉBOLTÉ DU MERVEILLEUX●制作年:2016年●制作国:フランス●監督:クレモンティーヌ・ドルディル●製作:ジャン・ヴァサク●時間:80分●出演:ロベール・ドアノー/フランシーヌ・ドルディル/アネット・ドアノー/サビーヌ・ヴァイス/ダニエル・ペナック/フランソワ・モレル/フィリップ・ドレルム/サビーヌ・アゼマ/ジャン=クロード・カリエール/梶川芳友/佐藤正子/堀江敏幸/クレモンティーヌ・ドルディル/エリック・カラヴァカ●日本公開:2017/04●配給:ブロードメディア・スタジオ●最初に観た場所:渋谷・ユーロスペース(17-04-28)(評価★★★☆)

ユーロスペース2.jpgユーロスペースtizu.jpgユーロスペース 2006(平成18)年1月、渋谷・円山町・KINOHAUSビル(当時は「Q-AXビル」)にオープン(1982(昭和57)年渋谷・桜丘町にオープン、2005(平成17)年11月閉館した旧・渋谷ユーロスペースの後継館。旧ユーロスペース跡地には2005年12月「シアターN渋谷」がオープンしたが2012(平成24)年12月2日閉館)

サビーヌ・アゼマ_01.jpgパリ ロベール・ドアノー写真集.jpg【967】 ○ ロベール・ドアノー 『パリ―ドアノー写真集(1)』 (1992/09 リブロポート) ★★★★
【967】 ○ ロベール・ドアノー 『パリ遊歩―1932-1982』 (1998/02 岩波書店) ★★★☆
【1747】 ◎ ロベール・ドアノー 『パリ―ロベール・ドアノー写真集』 (2009/01 岩波書店) ★★★★★
【1748】 ○ ロベール・ドアノー 『芸術家たちの肖像―ロベール・ドアノー写真集』 (2010/01 岩波書店) ★★★★


「ボー・ド・プロヴァンスのサビーヌ・アゼマ」(1991)
「LES LEICAS DE DOISNEAU ロベール・ドアノー写真展」(ライカギャラリー東京,2016.02)

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「アトリエにおける」というところに、ドアノーの思い入れが込められていていい。

芸術家たちの肖像―ロベール・ドアノー写真集 01.jpg 芸術家たちの肖像―ロベール・ドアノー写真集 04.jpgロベール・ドアノー写真集 芸術家たちの肖像』['10年]
(32.4 x 25.4 x 2.6 cm)

 写真家ロベール・ドアノー(Robert Doisneau, 1912-1994)は、20代後半から晩年にかけて多くの画家や彫刻家のアトリエを訪問したり招かれたりしましたが、その際に撮ったアトリエにおける芸術家の写真集です。

芸術家たちの肖像―ロベール・ドアノー写真集 03.jpg 1930年代末から70年代末にかけて、さまざまな新聞雑誌に掲載されたものが主となっており、最初から1冊に纏める予定は無かったということで、彼の没後に娘のアネット・ドアノーが父の訪れた芸術家のアトリエを探訪したのを契機に、この写真集が成ったということのようです(原著刊行は'08年)。

 それにしても、「アトリエにおける芸術家」ということで見事にテーマが統一されていて、いずれは写真集にという思いが生前のドアノーにあったかどうかはともかく、「アトリエにおける」画家や彫刻家の姿には、心底から彼を惹きつけるものがあったのだろうなあと―。その辺りは、アントワーヌ・ド・べックの格調高い序文に詳しく述べられています、

芸術家たちの肖像―ロベール・ドアノー写真集 05.bmp ユトリロ、レジェ、デュシャン、デェビュッフェ、ピカソ、ジャコメッティなど著名な芸術家のアトリエでの様子が見られる一方で、個人的に知らない芸術家も多くありましたが、それぞれの経歴が付されていて親切で、日本人画家では、藤田嗣治と佐藤敦の写真が収められています。

 因みに、セザンヌ(1839-1906)については、ドアノーが生まれる前に故人となっており、画家本人を撮っているわけではなく、晩年を過ごしたアトリエを訪ね、1日をそこで過ごし、画家が描いた風景の中を散策して写真を撮っています(こうなると、芸術家よりもアトリエの方が、この写真集の主人公か)。

IMG_3148.JPG 『パリ-ロベール・ドアノー写真集』('09年/岩波書店)と同様、収録されている写真の幾つかに、ドアノーのエッセイ風のキャプションがついているのがよく、ユトリロ(1983-1955)については(この人、精神障害のリハビリとして絵を描き始めた)、結婚後は奥さんの支配下で、ほぼ囚人状態のようになりながら絵を描いていたことが、ドアノー自身の文章によってリアルに窺えます。

 著名な写真家による芸術家のポートレート集は数多ありますが(ピカソなどは数多くの写真家のモデルになっている)、やはり「アトリエにおける」というところに、巧まずしてドアノーの思い入れが込められているのっががいいです。
 
《読書MEMO》 
●収録芸術家たち
セザンヌ(画家),スゴンザック(画家),ギノ(彫刻家),エルナンデス(彫刻家),ガラニス(画家),ヴォジャンスキー(画家),ベラール(画家・舞台芸術家),ユトリロ(画家),デスピオー(彫刻家),フージュロン(画家),ワルシュ(画家),ポントレモリ(画家),ヴィユモ(画家),コルビュジエ(建築家),ユーゴー(画家),モーリス・デュヴァル(画家),エロー(蒐集家・人形作家),藤田嗣治(画家),ヴィヨン(画家),デュシャン(画家),フランソワ(画家),ピカソ(画家・彫刻家),ブラック(画家),ビュッフェ(画家),ドラン(画家),スタインバーグ(画家),セザール(彫刻家),モティ(画家),ラビス(画家),リオペル(画家),コルネイユ(画家),マッタ(画家),ユバック(写真家),ジャコメッティ(彫刻家),ロート(画家),ハイドゥ(陶器作家),ポリアコフ(画家),アルプ(彫刻家),フォンタナローザ(画家),キシュカ(画家),クリストフォロウ(画家),フォートリエ(画家),ラグランジュ(画家),佐藤 敬(画家),ラティエ(彫刻家),ブランクーシ(彫刻家),タンゲリー(彫刻家),ヴァザルリ(画家),イヴラル(キネティック・アーティスト),シェフェール(彫刻家),クルム(画家),シモン(画家),ジョーンズ(画家),ホックニー(画家),ヴォワザン(彫刻家),サックシック(画家),バゼーヌ(画家)

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「パリ」写真集として単体で一番纏まっている。588点をドアノー自身の文章と併せ贅沢に配置。

パリ ロベール・ドアノー写真集.jpg   ロベール・ドアノー47.jpg  ロベール・ドアノー131.jpg
(32.6 x 25.6 x 4.8 cm)『パリ―ロベール・ドアノー写真集

ロベール・ドアノー.jpgロベール・ドアノー210.jpg 以前に当ブックレビューでロベール・ドアノー(Robert Doisneau, 1912-1994)『パリ―ドアノー写真集(1)』('92年/リブロポート)を取り上げたら、その後暫くして本書が刊行されてしまいましたが、その間、'08年10月に日本橋三越でドアノー展があったりして、こうなる予感は当時あったような気がします(原著は'05年刊行)。今年('12年)は、ドアノーの「生誕100年記念写真展」が東京都写真美術館で3月から5月まで開かれていましたが(行こうと思いつつ遂に行けなかった...)、また新しい写真集が刊行されるのかなあ(この人の作品は40万点あるとのこと)。

ロベール・ドアノー301.jpg リブロポート版の124ページに対してこちらは393ページという圧倒的ヴォリューム、リブロポート版と重なる写真もあるものの、殆ど初めて見る作品であり、しかも、リブロポート版のような全集の内の一冊ではないため(全集の方は「パリ郊外」を撮った巻が別にある)、「パリ」という観点で見ると、単体でよりよく(一番)纏まっているという感じで、とてもいいです。

ロベール・ドアノー316.jpg 巻頭にドアノー自身によるエッセイ風の序文があり、また主だった写真には、雑誌などで発表された、これもドアノー自身によるキャプションがあって、中にはやはり短いエッセイ風になっているものもありますが、気のきいた文章も結構あって読むとなかなか面白く、この人、文章家でもあったのだなあと。

 ドアノーは、アンリ・カルティエ=ブレッソン(1908‐2004)のような裕福な家庭の出ではなく、父親は配管工であったという庶民の出であり、最初はルノーに勤務して工場内の記録写真を担当していましたが、プリントの出来栄えにこだわるあまり遅刻が重なり、解雇されたとのこと。

ロベール・ドアノー335.jpg やがてヴォーグ・フランス誌などとフォトグラファーとして契約し、ファッション写真の仕事をしながら夜な夜なパリの街に出歩いて写真を撮っていたということで、ヴォーグ誌との契約からスタートしたところはヘルムート・ニュートン(1920-2004)に似ていますが、パリの街中を歩き回って夜のパリを撮影したところはブラッサイ(1899 - 1984)を思わせ、作品の雰囲気も、夜のパリを撮ったものはブラッサイに近いかも。

 但し、ブラッサイは異邦人の視点から、やや妖しげな娼婦や恋人達を多く撮りましたが、ドアノーは"庶民"に視線を合わせ、被写体の世界により身近に接しているという感じで、その分ユーモア乃至エスプリが効いていて、且つ、そこはかとない哀感が漂っていたりする作品が多いのが特徴でしょうか。第二次世界大戦中にはパリ解放時などの報道写真なども撮っていますが、そうした写真にも庶民の視点が窺えます。

パリ市庁舎前のキス.jpg 一方で、パリの恋人たちのキスの場面を捉えた代表作「パリ市庁舎前のキス」などが、被写体に予めモデルになることを依頼して撮った「演出作品」であったことが後に明らかになったのは有名な話です。

 でも、本書の表紙になっているアコーディオンの流しの女性などは、付されている文章を読む限りでは偶然の出会いであったようにとれ、その時その時に応じて、被写体になることを依頼したり(ドアノーなら気軽に声掛けしそう)、敢えてわざわざそうしたことをしなかったりしたのではないかなあ。

パリ―ロベール・ドアノー写真集  .jpg 30年代から80年代にかけての作品を収め、50年代のものが最も多いようですが、どの年代のものも良くて、この写真集で改めて、彼のユーモアセンス、庶民派感覚を見直しました。

 装丁は豪華で、588点もの写真を贅沢に配置、しかも、ドアノー自身のエッセイ風キャプション付きということで、一見一読、出来れば購入、の価値あり(この手の写真集は、定価無しの時価?)。

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今もパリの片隅で写真の人物たちがこうして息づいているような...。

Robert Doisneau1.jpgパリ ドアノー写真集.jpg   ドアノー写真集 パリ遊歩.jpg パリ遊歩 1932-1982.jpg
パリ ドアノー写真集 (1)』(30 x 22.6 x 1.4 cm)['92年]『パリ遊歩―1932-1982』 (20.8 x 15.6 x 5.2 cm) ['98年]

 『パリ』は、リブロポート刊行のロベール・ドアノー(Robert Doisneau 1912-1994)の写真集の1冊で、この人の作品で最も知られているのは、表紙にもある、ライフ誌の"パリの恋人"という企画で発表された「市庁舎前のキス」('50年)でしょう。

 同じくパリをよく題材にした写真家アンリ・カルチェ=ブレッソンは裕福な家庭の出身ですが、ドアノーは貧しい家庭の出身です。広告業界からフォトジャーナリズムの世界に進み、戦場写真なども撮っていますが、やがて、カルティエ=ブレッソン流の所謂「決定的瞬間」を掴まえる名手との評判が次第に高まっていきました。しかし、この写真が有名になると、実は彼に頼まれてモデルを務めたという多くの人からモデル代やネガの要求があり、実際には多くの人に自ら声かけして何枚もこうした写真を撮っていたことが後に判明、この写真の女性も女優であり、後にドアノーからネガを贈られています。

Robert DOISNEAU2.jpgROBERT DOISNEAU.jpg そうであってもいい写真には違いない、但し、この写真は、この人の作品に「お洒落」というイメージが主として伴う一因になっているように思え、このパリ写真集を見ると、むしろ「お洒落」というより「エスプリ」に満ちた楽しい写真が多いような気がします(ヌード写真を街角にかざして、通りがかりの人の反応を撮るといったようなこともやっている)。

Robert Doisneau2.jpg 但し、一方で、パリの暗い部分もモチーフにしていて、浮浪者やアル中っぽい感じの人も多く撮っており、これらの哀感が漂う写真も、ある種"攻撃的"なエスプリと言えなくもなく、また、この人が撮る夜の居酒屋など写真には、喧騒と退廃に満ちた何とも言えないシズル感があります。

 個人的には、この写真集の後半に出てくる、あまりドアノーの代表作として通常は前面に出てこないような、無頼の"マドロス"風の男や(これもモデル?)、公園で力技を披露する"ストロングマン"、サーカスの"軽業師"、ストリップ小屋の"ダンサー"や、肉屋のいかにも"ブッチャー"という感じの親爺さんなどの写真から、何となく、今もパリの片隅で彼らがそうして息づいているような印象を受け(自分自身がタイムスリップしたような感じ)、心に残りました。

 ドアノーのパリ写真集は、この後『パリ遊歩 1932‐1982』('98年/岩波書店)というのが出ていて、大判ではないですが665ページもあり、各ページに大体1葉、キッチリ作品が収められており、量的には圧倒されるとともに、これを見ても、やっぱりこの人の持ち味は「エスプリ」だなあと思わされるものでした。

パリ遊歩ド.jpgパリ遊歩 00.jpg その約600葉の写真のほぼ全てに、撮影場所と撮影年が記されているのが親切ですが、ページ数が多い割にはソフトカバー(但し、函入り)、且つ絶版で価格がプレミア価格になっているのがやや難であるといった感じで、今回は図書館でたまたま見つけることができて幸運でした。

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1930年代の妖しげでしっとりとした夜のパリを"演出"。
やさしいパリ.jpg   ブラッサイ写真集成.jpgブラッサイ写真集成19.jpg  ブラッサイ.jpg Brassai
ブラッサイ やさしいパリ』(31.6 x 23.8 x 1.6 cm)['91年]『ブラッサイ写真集成』(32.2 x 25.6 x 4 cm)['05年]/[下]"Brassai Paris: 1899-1984 (Taschen 25th Anniversary Special Editins)" (30.9 x 24.5 x 2.1 cm)['08年]
ブラッサイ やさしいパリ.jpgブラッサイ やさしいパリ1.jpg 妖しげな夜のパリの風景を撮って魅力あるブラッサイ―"ブラッサイ"というのは、「ブッブラショブ(トランシルバニア地方の地名)から来た男」という意味で、彼はハンガリー人だったけれども、後にフランスに帰化したとのことでした(国籍上はハンガリーおよびフランスの二重国籍)。1930年頃までピカソ、ダリ、ブラックらともに 画家、彫刻家、ジャーナリストとして活躍していたのが、雑誌に書く記事の挿し絵の代わりに経費削減のため写真撮影を開始したというから面白いものです。ヘンリー・ミラー、ジャック・プレヴェールらと「夜のパリ」を歩き回り、特に娼婦や恋人たちの作品を多く残しています。

ブラッサイ写真集成2.jpg 三脚の前に立つ"自写像"からもそのことが窺えるように、構図をキッチリ決め込んで撮るタイプだったらしいですが、でも、この『やさしいパリ』にある写真はスナップっぽいものも結構あるような...。でも、何れも決して隠し撮りやドキュメントではないらしく、最初に彼の撮りたいイメージがあり、 撮影前にモデルらとの雰囲気作りを行なって多くの要素を計算した上で撮っていたとのこと。それでいて、ここまで自然な雰囲気で写真が撮れるのが不思議です(モデルと言っても普通の人なわけだし、子供などもスゴくよく撮れている)。昼間の写真もいいけれども、やはり夜の盛り場などアンダーグランドな世界を撮った写真が、しっとりした感じでいいです。なにせ、1930年代のパリですから...。

「プレ・カトラン」の仮面舞踏会 1947年.jpgBrassaï2.jpgBrassaï3.jpg ただ、夜のパリの猥雑なムードを伝える写真群としては、『ブラッサイ写真集成』('00年原著刊行、'05年/岩波書店)などの方が充実しているかもしれません。

 1930年代の夜のパリと言えば、ヘンリー・ミラーとかもいた頃ですが、前述のとおり彼はミラーとも親交があり(異邦人同士で通じ合えた?)、この写真集には、ブラッサイの撮ったミラーの写真や、ミラーがブラッサイに寄せた文章などもあります。その内容が、まさに「天才が天才に感応した」といった感じで、一流の写真(家)評になっています。 

「プレ・カトラン」の仮面舞踏会 1947年

ピカソ、グラン=ゾーギュスタン通り 1939年.jpg 『ブラッサイ写真集成』の方は、こうした貴重な文書が収められているだけでなく、ブラッサイのデッサンや造形作品も収められていて、写真自体も、ピカソの仕事場などを撮ったものから昆虫や花蕊、結晶などを取った科学写真のようなものまで幅広く、この写真家の創作領域、モチーフの領域の広さが窺えます(「集成」の趣旨に沿っていて、ブラッサイの全貌を知るにはいいが、写真集としてはやや拡散感も)。

 箱入りの立派な製本ですが、値段も高いので、資料的興味がある人は、書店より先ず図書館で探してみては。

 これと比べると、『やさしいパリ』の方は、ページ数が少ないところへパトリック・モディアーノの詩文が挿入されいたりもして、やや掲載作品数が少ないかなという感じも。彼の詩文を読まなくとも、写真を見ているだけで、充分、叙情的な気分に浸れます。

ピカソ、グラン=ゾーギュスタン通り 1939年

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質・量とも圧巻。画家に近い素養? "異才"が"正統"になったという面もあるかも。

アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成.jpgアンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成.jpg カルティエ=ブレッソンのパリ2.jpg Henri Cartier-Bressonia (1908-2004).jpg
(29.4 x 27.6 x 4.4 cm)『アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成』『カルティエ=ブレッソンのパリ』(『Henri Cartier-Bresson: À Propos de Paris』)Henri Cartier-Bresson (1908‐2004/享年95)

Henri Cartier-Bresson2.jpg 世界的な写真家アンリ・カルティエ=ブレッソン(1908‐2004)が亡くなる前月に刊行された作品集で、同じ岩波書店からその後も、彼の写真集『ポートレイト 内なる静寂』('06年)『こころの眼』('07年)などが刊行されていますが、本書は「集成」と呼ぶにふさわしく、質・量とも圧巻で、30年代のスペイン・メキシコ旅行の際の写真から、第二次世界大戦中のフランス、大戦後のヨーロッパ各地、アメリカ、インド、中国、ソ連、インドネシアなどの撮影旅行の成果まで(この中には、欧米の大手ニュース雑誌の表紙を飾ったものも幾つかある)、幅広い作品が収められています(定価1万1千円。但し、増刷しないのでプレミアがついている)。

Madrid, Spain.jpgアンリ・カルティエ=ブレッソン サルトル.jpgアンリ・カルティエ=ブレッソン ジャコメッティ.jpg  更には、文化人・有名人の肖像写真や(マルローやサルトル、ベケット、ジャコメッティ、マティスらを撮った写真は有名)、70年代以降、写真を離れて没頭したデッサン画(何となくドラクロア風)なども多く収められています。

サルトル/ジャコメッティ

 まさに「決定的瞬間」(この言葉、今橋映子氏によると"誤訳"であり、実際は「 かすめ取られたイマージュ」という意味らしいが―『フォト・リテラシー』('08年/中公新書))。何故こんな写真が撮れるのだろうか? まず、その場にいた、ということが第一条件ですが、それにしても不思議です。「私はそこにいた。すると、その時、世界が姿を見せたのだ」とカルティエ=ブレッソンは言うのです。

 個人的には、30年代から50年代にかけてのフランスやその他欧州諸国で撮られたスナップ・ショットっぽい作品が好きで、何だか昔のヨーロッパ映画を見ているような気持ちになってきます。

カルティエ=ブレッソンのパリ.jpg パリの写真だけをスナップを中心に収めたものに『カルティエ=ブレッソンのパリ』('94年/みすず書房)があり、「集成」とダブるものも多いが、これも楽しめます。

Henri Cartier-Bresson.jpg これらの写真を見て、見ているうちに、必ずしも歴史的に知られたシークエンスでなくとも、その時代やそこに生きた人々への想いが湧いてくるのですが、どこまでが計算されているのか、よくわからない。きっと、充分に計算されているのだろうけども、普通の人間ならば、計算している間に"決定的瞬間"は過ぎ去っていってしまうわけで...。

 40年代にロバート・キャパらと写真家集団「マグナム・フォト」を結成し、50年代初頭にはフォト・ジャーナリズムを熱く語っているにも関わらず、70年代半ばには、自身のことを「お粗末な写真リポーター」とし、写真の世界から足を洗いました。Henri Cartier-Bresson picture_1_45.jpgと言うより、自らの名声にも過去の作品にも背を向け(「自分はフォ・トジャーナリストであったことは一度も無い」とも言っている)、プロヴァンスに引き籠って、画家になっているのです。

 若い頃の彼のポートレイト(数少ないのだが)には才気を感じますが、強面(こわもて)という感じではなく、むしろ少しナイーブな感じで、この辺りは、日本におけるスナップ・ショットの天才・木村伊兵衛と似ている(木村がパリにカルティエ=ブレッソンを訪れたとき、彼は超売れっ子で多忙を極めていたが、人を介して木村のために、色々とパリ市中の撮影の手配をしてあげている)。

Henri Cartier-Bresson Portraits by Henri Cartier-Bresson.jpg カルティエ=ブレッソンも木村伊兵衛もストリート写真からスタートした人ですが、こうした風貌の人の方が、対象にすっと受け入れられ易いのかも。

Ile de la Cite, Paris.jpg ジャン・ルノアールの映画作品、例えばモーパッサン原作の 「ピクニック」('36年)(光と影の使い方が印象派風!)などの助監督もしていて、本質的には、ジャーナリストというより、画家・詩人に近い素養の人なのだろうなと思います。

シテ島

 但し、写真は一瞬の勝負であり、間違いなく、フォト・ジャーナリズムの世界に大きな足跡を残しているわけで、"異才"と言うより他になく、あまりに多くのフォロアーが出たために、むしろ、その"異才"が"正統"になったという面もあるかもしれません。

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