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世界遺産となったインカ道。更にスケールが大きくなった著者のインカ探訪。

カラー版インカ帝国.jpg 『カラー版 インカ帝国―大街道を行く (中公新書)』['13年] マチュピチュ 天空の聖殿.jpgカラー版 マチュピチュ―天空の聖殿 (中公新書)』['09年]

 同じく中公新書にある著者の『カラー版 アマゾンの森と川を行く』('08年)、『カラー版 マチュピチュ―天空の聖殿』('09年)に続く第3弾で、この後『カラー版 新大陸が生んだ食物―トウモロコシ・ジャガイモ・トウガラシ』('15年)という近著が中公新書にありますが、とりあえず前著『カラー版 マチュピチュ』が良かったので、本書を手にしました。

 インカ道を歩くという意味では、岩波新書にある『カラー版 インカを歩く』('01年)に近い感じもしますが、それから12年、今回スケールはぐっと大きくなって、北はコロンビア南端、南はチリ、アルゼンチン中部まで、総延長3万キロにも及ぶカパック・ニャンと称される、帝国が張り巡らせた王道をフィーチャーしています(因みに「インカ道」は、本書刊行の翌年['14年]。にユネスコ世界遺産に認定されている)。

 海岸地方の砂漠や鬱蒼とした森林地帯、荒涼たる原野などを街道が貫いている様は壮大で、且つ、古代へのロマンを感じさせます(インカ道が"舗装"されたのは15世紀頃)。また、こんな場所に石畳や石垣でもってよく道を引いたものだという驚きもありました。著者は、実際にそうした街道を自ら歩いて、マチュピチュをはじめとした街道沿いの遺跡や、谷間に刻まれた大昔に作られ現在も使われている段々畑、その他多くの美しい自然の風景などをカメラに収めているわけですが、今もそうした道を歩けるというのもスゴイと思われ、広大なインカが求心力を保った「帝国」と足りえたのは、まさにこの「街道」のお蔭ではなかったのかと思ったりもしました("インカ"という言葉そのものが「帝国」という意味であるようだが)。

 巻頭にインカ道の地図がありますが、難を言えば、あまりにスケールが大きすぎて、文章を読んでいて今どの辺りのことを言っているのかがやや把握しづらかった箇所もあったので、もう少し地図があってもいいように思いました。また、インカの歴史などは、もう少し図や年譜を用いた解説があってもよいように思いましたが、新書という限られた枠の中で、写真の方を優先させたのでしょうか。実際、小さな写真にも美しいものがありました。

 文章も美しく、格調が高いように思われ、この人、写真家と言うより、だんだん学者みたいになっていくなあという印象も持ちましたが、実際に自分でインカ道を歩き、写真を撮っているという意味では、やはり写真家なのだろなあ。

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南半球の砂漠に1年の一時期だけ姿を現す見渡す限りの花園。写真も文章も楽しめる。

カラー版 世界の四大花園を行く.jpgカラー版 世界の四大花園を行く―砂漠が生み出す奇跡 (中公新書 2182)』['12年]

パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地.jpg 同じく中公新書にある著者の前著『カラー版 パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地』('11年)がすごく良くて、今南米旅行はパタゴニアに行くのが流行りとなっていますが、その火付け役となったのではないかと思われるくらい当地の魅力を伝えていたように思いました。そして、その翌年('12年)に刊行された本書もAmazon.comのレビューなどを見ると高評価であり、今度は秘境に花園を見に行く旅が流行るのかと思ったりもしましたが、まだそこまではいっていないか。
カラー版 パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地 (中公新書)』['11年]

 世界の「四大花園」に該当するものが何処にあるか議論はあるかもしれませんが、著者が巡った(著者が言うところの)「四大花園」とは、南米のペルー、南アフリカのナマクワランド、西オーストラリアのパース周辺、チリの4つの地域にあり、何れも南半球にあって、通常は砂漠地帯であって、それが春など1年のある一時期だけ姿を現し、見渡す限りの花園になるといった特徴があります。

 咲いている花も、何となく日本の高山植物にもありそうなものから、いかにも南半球の固有種らしい特徴的なものまで多種多様で、風景なども併せ、それら250点以上の豊富で美しい写真が200ページほどの新書にてんこ盛りに盛り込まれています。従って、写真だけ観ていても楽しいのですが、この著者が文章の面でも優れた素質を持っていることは、既に前著『パタゴニアを行く』で個人的には確認済みです。写真を撮るだけでなく、その土地の人々との触れ合いなども描かれている点も前著からの引き続きであり、文章も楽しめました。

 著者はまずペルーの季節限定で表れる花園に驚嘆し、その地で「ここよりもすごい花園が南アフリカにあるみただぞ」といった話を聞きつけて南アフリカに向かうと言った感じで、読んでいる方もわくわくさせられます。

カラー版 世界の四大花園を行く2.jpg 4つの花園の中では、甘い香りを振りまくという瑠璃色の花が大地を埋め尽くすペルーの花園も、オーストラリアの1万2000種もの植物が爆発的に花開く花園も、真紅の花が断崖絶壁に咲き誇るチリの花園もそれぞれが魅力的ですが、個人的にはやはり、南アフリカのナマクワランドの600キロにも及ぶ花道が圧巻でしょうか。花々も何か個性的な印象を与えるものが多いように感じました。

 南米パタゴニアの魅力に憑りつかれ南米チリに移住した著者。今度は、南アフリカのナマクワランドの魅力に憑りつかれ、2011年にこの地に移住して写真を撮り続けたとのこと。その後も各地を転々としており、その様子は著者の公式ホームページ「地球の息吹」で知ることが出来ます。大体活動範囲は南半球が多いようですが、南極に行ったりエチオピアに行ったりと、或いは北欧に行ったり東南アジアに入ったりと、う~ん、なかなかアクティブだなあ。

南アフリカ・ナマクワランド
本書表紙となった地点から撮った写真(著者ホームページより)

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写真の構成は「岩波版」より上か。よりマチュピチュにフィーチャーした内容。

マチュピチュ 天空の聖殿.jpgカラー版 マチュピチュ―天空の聖殿 (中公新書)』['09年] カラー版 インカ帝国―大街道を行く.jpgカラー版 インカ帝国―大街道を行く (中公新書)』['13年]

マチュピチュ 天空の聖殿 01.jpg 30年間の間に30回以上にわたってマチュピチュに通ったという著者による写文集で、インカの始祖誕生伝説、山岳インカ道、マチュピチュをはじめとする数々の神殿や儀礼石、周辺の山や谷、花、ハイラム・ビンガムの発見以前の歴史などが豊富な写真と文で紹介されています。

インカを歩く.jpg 著者の前著『カラー版 インカを歩く』('01年/岩波新書)では、世界遺産である「天空の都市」マチュピチュや、インカ道のチョケキラウという「パノラマ都市」を紹介するとともに、古い年代の遺跡が眠る北ペルーペルーや、南部のインカ帝国の首都があったクスコ周辺、更にはもっとアンデスを下った地域まで紹介していました。

カラー版 インカを歩く (岩波新書)』['01年]

 本書『カラー版 マチュピチュ―天空の聖殿』は、『カラー版アマゾンの森と川を行く』('08年/中公新書)、そして今年刊行された『カラー版 インカ帝国―大街道を行く』('13年/中公新書)の中公新書3部作の一冊という位置づけ(?)のためか、他書と同様に旅行記の形をとりながらもよりマチュピチュにフィーチャーした内容となっており、マチュピチュに繋がる山岳地のインカ道を歩み、その道程にある遺跡の数々を紹介しながら、マチュピチュの都市そのものへと話が進んでいく形をとっています。

 同じく写文集である柳谷杞一郎氏の『マチュピチュ―写真でわかる謎への旅』('00年/雷鳥社)によれば、マチュピチュの建造目的には、アマゾンの反抗部族に対する備えとしての要塞都市、特別な宗教施設、皇帝に仕える女性たちを住まわせる後宮、避暑のための別荘地的王宮、等々の諸説あるようですが、どの説もそれだけでは説明しきれない部分があるとのことです。

マチュピチュ 天空の聖殿 03.jpg 本書も、同じような見解を取りつつも、マチュピチュがどのような性格を持つ城であったのか、インカは何を求めて建設したのかを改めて考察するとともに、そこで実際にどのような生活があったのかを探っていて、とりわけ個人的には、様々な遺跡にそれぞれ宗教的・祭祀的意味合いがあったことを強く印象づけられました。

 マチュピチュがインカにとってどのような存在であったかをインカの世界観や死生観、自然観などと結びつけて語る著者の語り口は、前著同様に第一級の文章となっており、更に、写真の美しさ、壮大さは岩波版を上回るものであって、著者のフォト・ライブラリーの更なる充実ぶりを窺わせます(そもそも"カラー版"は、「岩波新書」より「中公新書」の方が"一日の長"があるのか。写真の配置や構成がダイナミック)。

 巻頭のクスコからマチュピチュへ至る折り返しカラー地図などからもそうした印象を受けましたが、ただ、折角2種類折り込んだ通常版とレリーフ版の地図が縮小サイズがさほど変わらず、マチュピチュ付近がごちゃごちゃした感じになっているのがやや残念。

マチュピチュの空撮写真(本書より)

 インカの人々の生活や文化、宗教を実地的に深く探る一方で、最後の皇帝アタワルパの悲劇や王族トゥパク・アマルの叛乱といったその滅亡の歴史については、前著との重複を避けるためか、必要な範囲内での解説にとどめているため(ある意味、概略は周知であることを前提とした"上級編"とも言える)、紀行ガイドとして読めば本書だけも十分ですが、歴史的経緯も知りたければ、他書と併せ読むことをお勧めします。

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彩色絵葉書で見る「大東京」の変遷。膨大な「生田コレクション」の一端。

ロスト・モダン・トウキョウ.bmp  『ロスト・モダン・トウキョウ (集英社新書<ヴィジュアル版>)』['12年]

 関東大震災後の復興から東京オリンピック開催までを絵葉書(主に彩色絵葉書)で追ったもの―と言っても、単に時系列で並べるのではなく、序章「復興」の後は、「銀座」「日本橋」「丸の内、日比谷」「上野」「浅草」「新宿、渋谷」といった地域ごとに括った章と、「夜景」「祝祭」「鉄道と市電」「遊覧バス」「東京タワー」「羽田」といった交通機関などテーマごとに括った章が交互にくる構成になっています。

ロスト・モダン・トウキョウ 101.bmp こうした構成により、大都市・東京のモダン化の過程における「主役」の変遷も見てとれますが、重要文化財建造物として外観上は保存されているもの(「日本橋」「和光ビル」「市政会館」など)は別として、今はすっかり変わって昔の面影さえも無くなってしまったものもあれば、何となく今もその雰囲気を残しているものもあったりして興味深いです。

 例えば、日本で最初の地下鉄は、1927(昭和2)年に上野・浅草間で開通した同じものですが、同じ地下鉄の出入口でも、上野は今のどこにあたるか分からなかったけれども、浅草は、ああ、あそこか、という感じで、(今も意匠が似ている)次に古い銀座線の終点となる渋谷駅は、当初からデパートのあるターミナルビルの中に吸い込まれていくような作りだったわけだなあと。

ロスト・モダン・トウキョウ 105.bmp 東武線の駅と松屋浅草店が一緒になった東武浅草駅などは、私鉄の高架線の発達に伴って作られた高架駅のハシリであり(右写真:隅田川を渡る東武鉄道)、「市電」も銀座通りのど真ん中を走るなどして(下写真)、公共交通機関の主役として非常に発達していたわけですが、これも銀座通りに限らず、都内のあちこちの幹線道路の中央分離帯などに、今もその名残りが見られます(特に鉄道ファンというわけではないのだが、本書の鉄道関係は結構興味深かった)。

ロスト・モダン・トウキョウ 108.bmp 著者は、産経新聞の記者だった1999(平成11)年、古いパリの様子を調べる手段として絵葉書の重要性を知り、芸術写真とは違って、街の普通の姿を示す絵葉書の魅力に取りつかれ、今や十数万枚を蔵するコレクターとして知られています(十年そこそこの期間で集めた割には膨大な数!)。

 「生田コレクション」を知る人からすれば、本書に紹介されている絵葉書はそのほんの一部にすぎず、そのコレクションから抜粋すれば、こうした本は何冊でも刊行できてしまうということになるようです(スゴイね)。

 それにしても、関東大震災(1923年)から東京オリンピック(1964年)まで41年、東京オリンピックから現在(2012年)までの間に、もうそれ以上の年月が流れているのだなあ。

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「世界でもっとも美しい大地」というサブタイトルは誇張ではないと思った。

パタゴニアを行く 地図.bmpパタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地.jpg      PATAGONIA―野村哲也写真集.bmp
カラー版 パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地 (中公新書)』['11年]『PATAGONIA―野村哲也写真集』['10年]

 パタゴニアというのは、南米大陸のチリとアルゼンチンの両国の南緯40度以南を指すそうです(緯度で区切られていたのか)。

 本書は、パタゴニアに魅せられた新進気鋭の写真家が、'97年にかの地に移住し、その自然の美とそこに暮らす人々を取材したもので、パタゴニアを北西、北東、南西、南東、極南の5つの地域に分けて紹介した写文集です(文中、章ごとに、今どの辺りにいるか緯度で示しているため分かり易い)。

 既に著者は'10年に、『PATAGONIA―野村哲也写真集』(風媒社)という大判の写真集を発表しており、こちらの新書の方は、写文集とはいえ写真はそう数はないかと思ったら、相当数の写真が掲載されていて、写真集としても十分堪能出来て、これで千円以下というのは相当お得ではないかと思いました。

パタゴニアを行く1.jpg 写真はどれも美しく、本書表紙にもなっている、冬にだけ現れる湖に「チリ富士」と呼ばれるその姿を映すオソルノ山、そのオソルノ山をプエルト・パラスの町から眺めた遠景、城塞のようなセロ・カスティーヨ山、海に落ち込むサンラファエル氷河のグレイシャーブルーの輝き、夕陽を背景にテールアップするバルデス半島のクジラ、朝日で深紅に染まるパイネ山のセントラル塔、写真集の表紙にもなっている、湖に鏡のようにその姿を映す尖鋒フィッツロイ―いずれもため息が出そうなものばかりです。

 こうした写真がそう簡単に撮れるものではなく、シャッターチャンスを求めての苦心譚もあれば、地元の人々との交流も描かかれていて(文章も上手だなあ)、更には、地誌、歴史(人類史含む)に関する解説も織り込まれています。

 また、近年、「南米のスイス」と言われ、マチュピチュと並ぶ南米の観光地として注目を浴びていることから、観光ルートなども紹介されていて、氷河のトレッキングツアーなどが組まれているんだなあと(著者もそうしたツアーを利用したりもしている)。

 最後は、グレイト・ジャーニーと呼ばれる人類の旅の最終地点フェゴ島で、先住モンゴロイド系民族の最後の末裔である姉妹と会うところで旅を締め括っていて、地理的にも雄大ですが、時空的にも壮大な旅となているように思いました。

 サブタイトルの「世界でもっとも美しい大地」は著者が心底そう思っていることが窺え、個人的にもこれらの写真を見ていて、けっして大袈裟な表現ではないと思いました。

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個人的に懐かしい街。様変わりしていく一方で、自分が知らなかった歴史の跡も。

五木寛之の新金沢小景1.jpg 『五木寛之の新金沢小景』(2005/09 北國新聞社)

五木寛之の新金沢小景2.jpg テレビ金沢で毎週土曜日の夕方に放送されている、五木寛之が金沢市内や近郊を廻りながら、金沢の風景や物語を辿っていくというスタイルのミニ番組「新金沢小景」を本にしたもので、写真が多くて紙も上質、内容的にも丁寧にまとまっているという感じ。

 個人的には、小学生の初めと、小学生の終りから高校の初めまで金沢に住んでいたので、金沢には愛着があり、また、五木氏が金沢に住んでいた頃と時期的に重なるので、その点でも興味をひかれるものがありました。

兼六園 霞が池.jpg 金沢では、現在の金沢市民芸術村(旧大和紡績金沢工場)付近や犀川べり犀川神社付近に住みましたが、自分が通った、元々は金沢の伝統的な長い土塀で囲まれていたという小学校も、尾山神社のすぐ近くあった中学校も今は無く、それぞれ市民体育館とホテルになってしまいました。

 学校の課外授業の写生大会はいつも兼六園で(当時は入園無料で、兼六園が通学路だった生徒もいた)、遠足は卯辰山が定番、五木氏の住んでいた小立野付近も通ったりはしましたが、小説『朱鷺の墓』に出てくるような廓があることは知りませんでした(学校で教えないからね)。

兼六園・霞ヶ池

 そもそも自分は、金沢市と石川県の地歴を学校で教わる小学校の3、4年生の時には金沢にいなかったのですが、「加賀百万石まつり」の前夜祭には提灯行列に5、6年生の生徒が駆り出され(これは今でも変わっていないみたい)、「二つの流れ遠長く 麗澤清んで涌くところ 甍の波 の日に沿いて 自ずからなる大都会」という金沢市歌を歌いながら金沢城付近を練り歩き、歴史を体感した(?)記憶があります。

 本書は金沢という街をいろいろな角度から百景ほど紹介していますが、タイトルを「百景」としなかったのは、番組の方がまだ続いているからでしょうか。

尾山神社.jpg 番組同様、五木氏の全面監修ということですが、五木氏は百景の冒頭にちょこっとエッセンス的なコメントを寄せているだけで、あとは番組スタッフが頑張った作った本だという印象の方を強く受けます(こうしたローカル番組は各地にあるけれども、こうしてきっちり本になるものは意外と少ないかも)。

尾山神社

 但し、五木氏の金沢にまつわる作品なども紹介されていて、それは本文中にも出てくるし、また多くの文豪が関わりを持った街であるだけに文学的な話題も多く含まれていますが、尾山神社のところで小説『美しい星』の冒頭でこの南蛮風神社を華麗に描写した三島由紀夫の話が出てくるかと思ったら、兼六園・霞ヶ池のところで、その話も含め出ていました(母方が金沢の儒学者の家系だったのだなあ。知らなかった)。

 三島由紀夫は『美しい星』の中でこの池を絶賛、自分は写生会でこの池を写生して「金賞」を貰ったなあ(学校内表彰だから大したことないけど。しかも、マネ、モネ、スーラ が好みの美術教師の趣向に合わせるという、「傾向と対策」の成果であったところがちょっといやらしいが)。

 タイトルに「新」とあるように、五木氏が住んでいた頃とは随分様変わりしているはず。本書に紹介されている古くからあるお店などの中にも、本書刊行後に廃業したところもあるようで、一方で、自分が知らなかった金沢の歴史が今も深く刻まれている場所もまだまだ多くあり(それが地理的には、自分が幼い頃によく見知っていた場所だったりする)、また旅行で行ってみたいと思わせる本でした。

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本書『鯨人』を読んでから写真集『海人』を眺めると、また違った、より深い感慨がある。

「鯨人」.bmp     海人 石川梵.jpg 海人2.JPG
鯨人 (集英社新書)』['11年] 『海人―THE LAST WHALE HUNTERS』['97年](37 x 26.8 x 2 cm)

海人1.JPG 『海人―THE LAST WHALE HUNTERS』('97年/新潮社)は、インドネシア東部レンバタ島のラマレラ村の人々の、銛一本で鯨を仕留める伝統捕鯨の様子を撮った写真集ですI(定価4,700円だが、絶版のためプレミア価格になっている)。

 大判の上に見開き写真が多く、人間とマッコウクジラの壮絶な闘いは迫力満点、鯨を仕留めた後の村人総出での解体作業や、遠く海を見つめるかつて名人と言われた古老の眼差しなども印象深く、日本写真家協会新人賞、講談社出版文化賞写真賞などを受賞した作品です。

『海人―THE LAST WHALE HUNTERS』より

海人3.JPG 巻末の《取材データ》に、「取材期間1991 -97、延べ滞在期間11カ月、出漁回数200回超、最初に鯨が捕れるまでの海上待ち時間1190時間(4年間)」とあり、写真家のプロフィールには「ラマレラでの最初の4年間を鯨漁に、次の3年間を鯨の眼を撮ることに費やす。海と鯨とラマファ(鯨人)を愛し、30代のほとんどすべてをラマレラの撮影に捧げた写真家」とありました。

 写真集『海人』から13年半を経て、「集英社新書ノンフィクション」(カラー版の「集英社新書ヴィジュアル版」ではなく、文章中心に編集されている)として刊行された本書『鯨人(くじらびと)』は、同写真家によるラマレラにおける鯨漁撮影のドキュメントであり、鯨漁にまつわる現地の伝承・逸話や村の人々の暮らしぶりなどもよく伝え、民族学的にも価値のあるものになっていると思いました。

 90年代に著者が取材した際には外国人のフォトジャーナリストも取材に来ており、日本のNHKも'92年にNHKスペシャル「人間は何を食べてきたか~海と川の狩人たち~」という全4集のドキュメンタリーの第1集で、「灼熱の海にクジラを追う ~インドネシア・ロンバタ島』を放送('92年1月19日)しています(写真集が出された後では、TBSなども著者をガイドとした取材に行っているようだ)。

 但し、本書にはテレビ番組では味わえない長期取材の効用が滲み出ており、まず、お目当てのマッコウクジラとなかなか巡り会えず、写真集に"最初に鯨が捕れるまでの海上待ち時間1190時間(4年間)"と書かれていた、その時間の長さをより実感できるかと思います。

 更にその間、毎年のように村を訪れ、村の多くの人と出会い、彼らとの交流を通じて様々な昔話などを訊き出していて、これがたいへん興味深かったです。

 マッコウクジラは彼らにとってもそうそう眼の前に現れるものではなく(村人たちは、ヒゲクジラは伝承神話の上で"恩人"とされているため捕獲しない)、マッコウクジラが獲れない間は、ジンベイザメとかシャチとかマンタ(イトマキエイ)を獲ったりしているようですが、これらとて大型の海洋生物であり、銛一本で仕留めるのはたいへんなこと、マンタは比較的よく獲れるようですが食べられる部分が少なく、マッコウクジラ1頭はマンタ何百頭分にも相当するようです。

海人52.JPG 70年代に国連のFAO(国連食糧農業機関)がラマレラの食糧事情を改善しようとノルウェーから捕鯨船を送り込み、その結果、砲台による捕鯨は鯨の捕獲頭数を増やしたものの、鯨肉が供給過剰となったためにFAOは途中で操業をやめ、プロジェクトが終わったら今度はさっぱり鯨が獲れなくなったそうです。

 ここ10年の捕獲数は年間10頭を切るぐらいだそうで、著者もなかなか鯨に巡り合えず、村人たちに「ボンが来ると鯨が現れない」とまで噂されてしまったとのこと。

『海人―THE LAST WHALE HUNTERS』より

海人53.JPG 彼らの捕鯨は、鯨油のみを目的とした先進国のかつての捕鯨とは異なり、一頭の鯨の骨から皮まで全てを利用する日本古来の捕鯨に近く、IWC(国際捕鯨委員会)が認めている「生存(のための)捕鯨」であることには違いないですが、同時に、鯨が獲れた際には鯨肉を市場での物々交換で売りさばき、干肉にして保存した分も最終的には市場に流通させていることから、「商業捕鯨」の定義にも当て嵌ってしまうとのこと。

 でも、振り返って日本の場合を見れば、「調査捕鯨」の名のもとに「商業捕鯨」が行われているわけで、IWCに異を唱えて「商業捕鯨」を貫こうとしているノルウェーのような毅然とした姿勢をとれないところが、国際社会における発言力の弱さの現れでしょうか。

 ラマレラでは、過去に鯨漁で亡くなった人や事故に遭った人も多くいて、著者は鯨漁を人と鯨の互いの死力を尽くした闘いと見る一方、ラマファ(鯨人)を撮るだけでなく、獲られる側の鯨も撮影しなければとの思いからダイビングライセンスを取得し、とりわけ、断末魔に置かれた鯨の眼を撮ることに執着し、それが、写真集に「次の3年間を鯨の眼を撮ることに費やす」とあった記述となります(この"眼"の撮影に成功した場面もよく描けている)。

 更にエピローグとして、一連の取材を終えた13年後の'10年に村を再訪した際のことも書かれており、村の各戸に電気が通っていたり、漁船にエンジンが付いていたり、反捕鯨団体が鯨の観光資源への転嫁などの宥和策を持ちかけていたりと、いろいろ時代は流れていますが(一方で、報道によれば、今年('12年)1月に、島で10歳の少女がワニに食べられるという事故もあったが)、かつて名人として鳴らしたラマファの古老など、著者が取材した何人かが亡くなっていたのがやはり寂しい。

 写真集『海人』の写真は、「ライフ」をはじめ世界の主要写真集のグラビアを飾りましたが、著者にとっては、ラマレラで鯨人たちと過ごした濃密な7年間こそ人生の宝物であり、それに比べれば、写真家として栄誉を得たことは副産物にすぎないかもしれないといったことを「あとがき」で述べています。

 本書『鯨人』を読んでから写真集『海人』を眺めると、また違った、より深い感慨があります。

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世界中の地球学(地学)上の重要ポイントを数多く巡る。カラー版にして欲しかった気も。

生きた地球をめぐる.jpg 『生きた地球をめぐる (岩波ジュニア新書)』 ['09年]

 1934年生まれの著者は、教師をしながらも、1966年に日本地学教育学会の一員としてヨーロッパ、北米を巡り、自然博物館、フィヨルド、氷河、滝、火山などを見て廻ってその魅力に憑かれ、以降、世界の秘境を旅してきた人だそうです。

 本当に北極から南極まで地球の隅々を観てきた人という感じで、今までに訪れた都市は1000以上にもなるとのことですが、ただ訪問地の数が多いとか、所謂"秘境"と呼ばれる地へ何度も足を運んだというだけのことでありません。

 本書で紹介されている著者が行った先々は、地球学(地学)上の重要ポイントであり、ギアナ高地にしろ、アイスランドにしろ、アフリカの地溝帯にしろ、自らの専門知識をもとに、そこでこれまで起きてきた、そしてこれからも続くであろう、プレートの移動や地表の変化の歴史を読み取りながらの旅の記録になっています。

エアーズロック.jpg 一方で、「観光旅行」記的なところもあって、実際、北米のナイヤガラ滝にしてもグランド・キャニオンにしても、オーストラリアのエアーズロックにしてもキングズ・キャニオンにしても、更には南極にしても、ツアー客が訪れる観光地でもあるわけで、本書は著者のプロとしての知識とアマチュア観光客としての感覚がマッチングされ、シズル感のあるものになっているように思いました(文章も上手い)。

 個人的には、プレート移動がマグマだまりの上を通過して列島が出来る仕組みの解説などが特に興味深く、インド亜大陸とユーラシア大陸の衝突現場がパキスタン北部にあると特定できるというのも驚きであり、地球は悠久の時間の中で生きているのだという思いを強くしました。

 惜しむらくは、やや解説というか訪問地数が詰め込み過ぎで、地球上を駆け足で巡っているという印象を受けるのと、写真がそこそこに掲載されているものの、写真アルバムだけで130冊もあるというわりには少ない気がし、どちらかというと、ビジュアルよりは、地学解説の方にウェイトが置かれているという感じでしょうか(勉強にはなったが)。

 扉写真を除いて、文中の写真はモノクロですが、「ジュニア新書」得意のカラー版で刊行しても良かった内容ではないかと。

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震災後、街がどのように復興を遂げてきたかということにスポットしているのが特徴。

カラー版 神戸.jpg 『カラー版 神戸―震災をこえてきた街ガイド (岩波ジュニア新書)』 ['04年]

 神戸の街を紹介した本ですが、阪神淡路大震災の後、街がどのように復興を遂げてきたかということにスポットを当てているのが特徴で、震災後ちょうど10年を経ようとしている時期に刊行されたのは、1つの区切りを記すうえでも意味のあることだったのではないでしょうか。

 なぜ「神戸駅」でなく、隣り駅の「兵庫」が県名になったのかとか、なぜ「神戸駅」より「三ノ宮」の方が賑やかなのかといった、神戸の発展の歴史についての概略を知ることも出来、また、街の見所を広く紹介しているため、通常のガイドブックとしても使えます(北野異人館町やハーバーランドだけしか行かない観光客には読んで欲しい)。

 神戸に実家がある者としては、街の昔の面影がまだ脳裏にあり、本書の中にも、もっと昔の写真と10年後の現況とを対比させるような意匠があってもよかったのではないかと思いました(依然と空き地のままになっている場所など、結構あるんだよなあ)。

 神戸に対する個人的な印象としては、本書にもある「神戸株式会社」という言葉が一番ぴったりくる感じで、ワイナリーとかハーブ園とか、市営の施設(商売?)がやたら多いという気がします。
 それと六甲・有馬方面にかけての、ここ10年ばかりの高速道路網の整備には目覚しいものがあり、むしろ、やや過剰ではないかとも。
 市のキャンペーンとかも行政的と言うより"企業的"なイメージがあるし、それはそれでいいところもあるし(震災からの立ち直りの早さは、やはり神戸ならではだろう)、何となく危うい面もあるような気も。

 「親水空間を十分にとった都賀川」の写真があり、阪神淡路大震災で水道が断水し、トイレ用の水に不便した際に、都津川の水がトイレ用や洗濯用に重宝したことにより、川の水の大切さを知った住民の「都津川を守る運動」があって、川底を歩いて散歩できる、この公園が造られたとのことです。
 それが、'08年7月の集中豪雨による鉄砲水(これ、ネット動画で見ると凄まじい)で学童保育で水遊びに来ていた児童2人が流され亡くなるという事故が起きてしまったのは、哀しい皮肉としか言いようがありません。
 
 こうして見ると、本書も、ややキャンペーン的かも。但し、終わりの方で、下町の再開発における人々の意気込みや悩みをとり上げ、また、若者を中心とした地道な文化・芸術活動などに触れているのは悪くないです。

8時間労働制導入記念碑.jpg ハーバーランドの「跳ね橋」の傍のオブジェが、川崎造船所が1919年に「8時間労働制」を導入した記念碑だとは知りませんでした。
 神戸は、パン・ケーキ・チョコレート・コーヒー・紅茶などの食文化、洋服・帽子・シューズなどのファッション、ゴルフ・サッカー・ボートなどのスポーツにおいて「日本で初めて」の地であるとのこと。
 「8時間労働制導入記念碑」の解説のところにも一言、「日本で初めて」と入れておいて欲しかったです(記念碑には「発祥の地」と刻まれている)。
 
 表紙と各章の扉絵に川西英(1894‐1965)「新・神戸百景」から抜粋した絵が使われていて、絵自体はすごくいいです。但し、ここに描かれているのは、「震災前の神戸」と言うより、昭和20年代から30年代にかけての「レトロな神戸」です。

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レトロなヴィジュアルを楽しめ、解説はカッチリした日本文化論に。

昭和30年代モダン観光旅行.jpg 昭和30年代モダン観光旅行(帯なし).jpg 『昭和30年代モダン観光旅行』(22 x 18.2 x 1.8 cm) ['09年]

昭和30年代モダン観光旅行].jpg 昭和30年代の絵葉書を集めたもので、これ全部、グラフィック・デザイナーである著者の個人コレクションで、しかも集め始めたのが80年代初頭とのことで、と言うことは昭和50年代後半から集めたということになるから、よくそこから遡って集めたものだなあと感心させられました。

 「橋」とか「ロープウェイ」とかテーマごとに括っていて、現在は無い建物や施設、交通期間などもあり、記録的にも貴重なのではないでしょうか。

 何れもやや毒々しい原色がかって見えるのは彩色してあるからで、自分もやや時代が後の方になりますが数百枚の絵葉書のコレクションを有しており(要するに父親の出張土産の定番だっただけのことだが、著者が集め始めた頃には集めるのをやめていた)、但し、自分が持っているものの内、明らかに彩色されているものはほんの一部です。

東京今昔散歩.jpg 歴史・サイエンスライターの原島広至氏の『東京今昔散歩―彩色絵はがき・古地図から眺める』('08年/中経の文庫)にもありましたが、こうした彩色絵葉書の歴史は明治時代からあり、さらに遡るとルーツは江戸時代になることが、本書においても解説されています。

 しかし、印刷技師はやり放題とまでは言いませんが、色付けだけでなく、洋服姿の人物を浴衣姿に差し替えて温泉街らしく見せたりとか、今で言うCG加工みたいなことをしているんだなあと。

 カラー写真の無かった明治時代には流行っていたであろう"彩色"を、なぜ昭和の30年代においてもやっていたのか。
 その背景には、絵葉書は高度経済成長期に突入した日本人の観光・レジャーに対する"欲望"を照射したものであり、平板な風景を写し取るだけではその欲求を満たさず、ピクチャレスク(視覚的・絵画的)に"描かれて"いるものが求めらたというのが、著者の分析のようです。

 本書においては、ヴィジュアルを優先させるために解説文はコンパクトに纏めるよう努めたようですが、読んでみると、細かい調査がなされているのが分かり、また、折々の社会事象を詳細に追いつつ当時の日本人の生活を俯瞰していて、かなりカッチリした日本文化論に仕上がっています。
 趣味の世界を超えて研究者の領域に入っているなあ、この人。

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写真が豊富。懐かしい"昭和レトロ"に混ざる、意識的に忘れ去ろうとしてこられたもの。

東京今昔探偵.jpg  建設途中の東京タワー.jpg   ALWAYS 三丁目の夕日2.jpg
東京今昔探偵―古写真は語る (中公新書ラクレ)』['01年]/建設途中の東京タワー/映画「ALWAYS 三丁目の夕日」(2005)

 読売新聞都内版に「東京伝説」というコラムタイトルで、'96年から'00年まで162回にわたって連載されたものの中から43回分をピックアップして纏めたもの。

日本橋白木屋火災.jpg 「東京伝説」というタイトルの如く「旧い東京」の建物や施設、風物を取材していて、基本的には、当時それらに関係した人にインタビューするようにしていますが、既に関係者の多くが亡くなっていたりして、コラムであるため字数の制限もあり、1つ1つの取材そのものはそれほど深くありません。

②スカイツリー.jpg 但し、写真が豊富で、日本橋「白木屋」火災('32年)、街頭テレビ('53年)、建設途中の東京タワー('57年)、新宿駅西口のフォーク集会('69年)、光化学スモッグ('70年)...etc. 事件・社会事象関係はさすが新聞社ならではという感じ(建設中の「東京スカイツリー」の写真も、そのうち貴重なものになる?)。

 特に、建設中の東京タワーの写真は、何だか「ゴジラ」に壊された後のようにも見えて興味深いです。実際には旧シリーズの「ゴジラ」は東京タワーを破壊しておらず(まだ出来ていなかった)、後から出てきた「モスラ」の方が先にタワーをへし折ってそこに繭を作ったりしたのですが。

ALWAYS 三丁目の夕日2005.jpgALWAYS 三丁目の夕日.jpg 西岸良平の漫画『三丁目の夕日』を原作とした山崎貴監督の映画「ALWAYS 三丁目の夕日」('05年/東宝)は、この建設中の東京タワーを上手くモチーフとして組み込んでいたように思われ、話の内容も映像も(映像の方は、広大なロケセットと併せて精緻なCGを使いまくっているのだが)ともに作り物っぽいところが逆に良かったように思います。ある種「時代劇」感覚(?)。従って、話の運びとしても、「ここで泣け」みたいな作り方が気にならなくはなかったですが、原作自体がそうした作りのものであることを考えれば、むしろそれに沿っていたと言えるのかも。

屋上遊園地.jpg 本書には、その他にも、デパートの屋上遊園地の賑わいや路面電車とバスの中間みたいなトロリーバス、下町の巨大キャバレーや新宿の歌声喫茶などが盛り込まれていて、昭和レトロを満喫することが出来ます(子供のころデパートに行く最大の楽しみは、この屋上遊園地で遊ぶことだったが、どんどん縮小・廃止されていったなあ)。
銀座松屋・屋上遊園地「スカイクルーザー」(本書61p)

東京スタジアム 1962-1972.jpg 個人的には、下町の方に興味を惹かれ、「千住のお化け煙突」はあまりに有名で、「京成電鉄白髭線」も聞いたことがあり、南千住の「東京スタジアム」はその跡地に行ったことがありますが(現在は「荒川総合スポーツセンター」と同センター付属のグランド)、観客が超満員の東京スタジアムのスタンドや、そこで行われた日本シリーズのロッテ対巨人戦('70年)で長嶋が決勝ホームランを打った写真なども掲載されているためにシズル感があり、新たな感慨に浸ることが出来ました。
南千住「東京スタジアム」(1962-1972)[現:荒川総合スポーツセンター]
荒川ふるさと文化館 入り口.jpg荒川ふるさと文化館 2].jpg荒川ふるさと文化館1.jpg
 因みに、荒川総合スポーツセンターの付近に「荒川ふるさと館」という施設が区立荒川図書館内にあり、昭和の下町の路地裏や民家を再現していて、まさに「ALWAYS 三丁目の夕日」の世界、子どもを連れていくと結構楽しめます(大人の方が結構楽しんだりして...)。

現・JR隅田川駅付近
JR貨物隅田川駅.jpg 知らなかったのは、「東京俘虜収容所」(米国人捕虜収容所)の「第十分所」が南千住の旧国鉄隅田川貨物駅(現・JR隅田川駅)付近にあったということで、近所の派出所での警察官をしていたという老人が語る、敗戦と捕虜の解放時の話は生々しかったです。

 東京裁判では、第十分所に関係した憲兵や民間人が捕虜虐待などの罪でB・C級先般として裁かれたそうですが、その後、地元では「第十分所」の話はタブーとされてきたとのこと。調べてみたら、他の俘虜収容所では所長や看守に死刑判決が下った所も少なからずあったようですが、「第十分所」関係では死刑判決は無かったようです(捕虜の扱いが丁寧だったのか?)。

 かつて日本人が夢中になり、今は懐かしさをもって語られるもの、そうしたものの中に、「第十分所」のように意識的に忘れ去ろうとしてこられたものもあることを知ったのは収穫でした。

ALWAYS 三丁目の夕日 dvd.jpgALWAYS 三丁目の夕日09.jpg「ALWAYS 三丁目の夕日」●制作年:2005年●製作総指揮:阿部秀司●監督:山崎貴●脚ALWAYS 三丁目の夕日3.jpg本:山崎貴/古沢良太●撮影:柴崎幸三●音楽:佐藤直紀●原作:西岸良平「三丁目の夕日」●時間:133分●出演:吉岡秀隆/堤真一/薬師丸ひろ子/小雪/堀北真希/小清水一揮/須賀健太/もたいまさこ/三浦友和/小日向文世●公開:2005/11●配給:東宝(評価:★★★★)
ALWAYS 三丁目の夕日 通常版 [DVD]

《読書MEMO》
●東京スタジアム
東京スタジアム2.jpg日本テレビ系列「ザ!鉄腕!DASH!!」 2008年11月30日放映「 歴史探偵~昭和の映像から現在の場所を探し出せるか!」東京スタジアム

荒川総合スポーツセンター.bmp[現:荒川総合スポーツセンター]

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行った場所(コスタリカ)が良かった? 写真が美しく、書き下ろしの文章も悪くない。

茂木 健一郎 『熱帯の夢』.jpg 熱帯の夢.jpg 『熱帯の夢 (集英社新書ヴィジュアル版)』 ['09年] 

コスタリカ共和国.bmp 脳科学者である著者が、'08年夏、著者自身が碩学と尊敬する動物行動学者の日高敏隆氏らと共に、中米・コスタリカを11日間にわたって巡った旅の記録。

 著者は子供の頃に昆虫採集に没頭し、熱帯への憧憬を抱いていたとのことですが、コスタリカには蝶だけでも1千種を超える種類が棲息していて、その他にも様々生物の多様性が見られるとのことで、本書の旅も、熱帯の昆虫などを著者自身の目で見ることが主目的の旅と言えるかと思います。

 中野義樹氏の写真が素晴しく、珍しい生態で知られるハキリアリや、羽の美しいことで知られるモルフォチョウといった昆虫だけでなく、ハチドリやオオハシ、世界一美しいと言われるケツァールなどの鳥類も豊富に棲息し、何だか宝石箱をひっくり返したような国だなあ、コスタリカというのは。イグアナとかメガネカイマン(ワニ)、ナマケモノまでいる。

 中米諸国の中においては、例外的に治安がいいというのがこの国の良い点で(1948年に世界で初めて憲法で軍隊を廃止した)、その分、野生生物の保護に国の施策が回るのだろうなあ。勿論、観光が国の重要な産業となっているということもあるでしょうが。

茂木健一郎/日高敏隆.jpg そうした土地を、コスタリカ政府から自然調査の許可を名目上は取り付けた動物学者らと10人前後で巡っているわけで、"探検"と言うより"自然観察ツアー"に近い趣きではありますが、部外者がこういう所へいきなり行くとすれば、こうしたグループに帯同するしかないのかも。

 著者にしても、この本を書くこととのバーターの"お抱え旅行"とも取れなくもないですが、最近の著者の新書に見られる語り下ろしの「やっつけ仕事」ではなく、本書は書き下ろし(一部は集英社の文芸誌「すばる」に掲載)。

 この人、ちゃんと"書き下ろし"たものは、"語り下ろし"の本とは随分トーンが異なるような(いい意味で)感じで、"語り下ろし"はテレビで喋っているまんま、という感じですが、本書を読むと、エッセイストとして一定の力量はあるのではないかと(コスタリカという"素材"や美しい写真の助けも大きいが)。

 クオリア論はイマイチだけど(これも日高氏と同様に著者が尊敬する人であり、また、同じく昆虫好きの養老孟司氏から、クオリア論は「宗教の一種」って言われていた)、多才な人であることには違いないと思います。
 もじゃもじゃ頭で捕虫網を持って熱帯に佇む様は、「ロココの天使」(と体型のことを指して友人に言われたらしい)みたいでもありますが。
 
 

著者と日高敏隆 氏 (撮影:中野義樹/本書より)  
  
                                

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独自の教育メソッドについて詳しいが、異文化論、地誌・風物生活誌としても楽しめた。

フィンランド 豊かさのメソッド2.jpg フィンランド 豊かさのメソッド1.jpg 『フィンランド豊かさのメソッド (集英社新書)』 堀内 都喜子.jpg 堀内 都喜子 氏(略歴下記)

フィンランド.gif 著者はフィンランドの大学の大学院(コミュニケーション学科)を卒業。在学中に本書を書き、帰国後に出版したとのこと。

 そのフィンランドという国は、国土面積は日本から九州を除いたぐらいで、全人口は北海道より少ないそうで、人口密度は日本の10分の1程度とのこと。ちょっとヒトが少なすぎるのではないかとも思ったりするけれど、国土の70%は森林で10%は湖だから、人口が集まっているところには集まっているのでしょうか(日本だって国土の80%が山地だが)。

 福祉国家として知られる国ですが、OECDによる子どもの学力調査でトップ、世界経済フォーラムによるの国際競争力ランキングで3年連続1位とのことで、後者の経済の方の1位は、ノキアなどのグローバル企業を有するものの、企業に勤める人は殆ど残業もしないため、著者自身も不思議に思っていて、失業率もやや高く、著者がこの国に住んでいた時は、それほど景気がいいと感じたことはなかったそうです(分析的には、国がIT産業に力を注ぎ、社会の情報ネットワーク化を推進したことで、90年代前半の不況から甦ったとしている)。

 一方、学力調査の方での"トップ"については、フィンランドの教育メソッドが、著者の留学時の体験も含め、保育園から大学教育まで紹介されていて、初等教育における「できない子は作らない」ための工夫や、制服も校則も無いという自由な中学・高校、質の高い教師とカリキュラム、授業料の無料、国民の生涯教育への高い意欲などが挙げられています。

 やはり、「落ちこぼれを作らない」という理念が、教育の全期間を通して貫かれているのが素晴らしいことだと思われ、女性の雇用機会が広くあり、育児をしながらも充分フルタイムで働けるというということ併せて、日本との大きな違いのように思えましたが、日本で常に問題視されながら解決の糸口が見出せないでいる問題が、この国ではクリアーされているだけに興味深かったです。

 税金が高い(使途がガラス張りで、その大方が国民の福祉や教育に還元されているため、国民の不満は小さい)、国土の広さに比べ人口が少ないなど、根本的背景が日本と異なるということはありますが、この国の文化、生活様式や、人々のものの考え方の特質に触れた後半部分には、著者自身が初めてこの国に来て、びっくりしたり感心したり違和感を覚えたりしたことが率直に書かれていて興味深く、制度や立地条件の違いよりも、まず国民性が違うのだなあと思わされました(両者の相互作用もあるだろうが)。

 同じヨーロッパでもラテン系民族のそれとも随分異なるようで、公の場では口数が少ないなど、部分的には日本人と似ているところもあり、それでいて、発言するときはハッキリものを言うなど(言わないと伝わらない。「トイレはありますか」と訊くと「あります」という返事しか返ってこないという話には笑った)、やっぱり違うところは違うと言う―フィンランド語は独自系の言語ですが、国民性も「独自系」だなあと思いました。

 フィンランド流子育て(赤ちゃんを外で昼寝させる習慣はテレビでも紹介されていた)や、国民の間で人気のあるスポーツ、本場のサウナの入り方なども紹介されていて、異文化論、地誌・風物生活誌としても読める楽しい本でした。
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堀内 都喜子2.jpg堀内 都喜子(ほりうち ときこ)
1974年長野県生まれ。大学卒業後、日本語教師等を経て、フィンランド・ユヴァスキュラ大学大学院に留学。異文化コミュニケーションを学び、修士号を取得。フィンランド系企業に勤務しつつ、フリーライターとしても活動中。

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単行本に匹敵する内容を、携帯性を考慮して文庫に圧縮した感じで、お買い得。

東京今昔散歩.jpg 『彩色絵はがき・古地図から眺める東京今昔散歩 (中経の文庫)』 ['08年]

東京今昔散歩1.jpg 彩色絵葉書と現代の写真、江戸切絵図と現代の地図を並べて、東京の昔と今を対比したもので、江戸城・皇居から亀戸、墨堤、浅草、隅田川、上野、神田川界隈、九段坂、日本橋界隈、銀座、丸の内、霞ヶ関、赤坂・四谷、芝といった辺りをカバーしています。

 アイデアが面白いと思ったし、ちょうど自分のプライベートや仕事でよく出向く地域と本書で取り上げている地域が重なっていたため、興味を持って読むことが出来、また、その"変遷ぶり"をより楽しめました。

 オールカラーで、情報量も文庫にしては豊富。単行本に匹敵する内容を、携帯性を考慮して文庫に圧縮したという感じで、但し、基本的に1テーマ見開き構成になっているほか、デザイン・レイアウトに配慮が見られ、大変見易く、結果として税込みで700円を切る価格はお得ではないかと。

 一部、写真と絵葉書の視角にズレがあったりするもののありますが、それもそれほどには気にならず、むしろ、どの方向から写真を写したかが地図上に記載されているなどして、丁寧と言うか親切さが感じられました。
浅草六区56p.jpg 明治から大正にかけての彩色絵葉書の印刷(コロタイプ印刷)の緻密さには驚くべきものがあり、本書末尾に昭和初期のオフセット印刷との対比がありますが、時代的には後に来るオフセットを質的に格段に上回っています。

 著者は歴史・サイエンスライター、マルチメディアクリエイター、3DCG作家であると共に、明治・大正の絵葉書や古写真、江戸切絵図など古地図の蒐集家でもあるとのことですが、彩色絵葉書の方はどれぐらいの値打ちがあるのだろうか(絵葉書だから、当時それなりの枚数が流通していて、それほどでもないのかなあ。そういうものに限って、現存しているものが少ないということも考えられるけれど)。

 浅草六区 1919(大正8年)[本書p56]

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文章はやや物足りないが写真はピカイチ。曇天の写真がもっとあってもいいのでは。

エーゲ海 青と白が誘う52島.jpg 『エーゲ海 青と白が誘う52島』 カラー版 ギリシャを巡る.jpg 『カラー版 ギリシャを巡る (中公新書)

遠い太鼓1.jpg 写真家の萩野矢慶記氏がエーゲ海の島々を獲った写文集で、以前に村上春樹氏が『遠い太鼓』('90年/講談社)にギリシャとイタリアの島々に滞在していた時のことを書いたものを読んでエーゲ海の島々に関心を持ち、この著者の『カラー版ギリシャを巡る』('04年/中公新書)を読んだのですが、ギリシャ本土とエーゲ海、イオニア海の島々を網羅していて、その分、取り上げている島の数は多いが、1つ1つの島の写真や解説はほぼ1ページに収められてしまったため、コンパクトではあるが視覚的にも内容的にも物足りなかった...。
 文章も紀行文というより解説文に近い感じで、何だか観光ガイドか観光データベースみたいな感じがしました(そうした目的で使用するならそれでもいいが、そうならば新書に入れる必要があるかと)。

 今回の写文集はエーゲ海に焦点を絞っていて、本の体裁が大判ではないものの新書サイズよりはゆったりしていて写真が大きめであるため、風光明媚なエーゲ海の島々の様子を堪能でき、そこで暮らす人々の様子なども多く取り上げられているため、1つ1つの島の個性のようなものが浮かび上がってきます。
 但し、紀行文や写真に添えられたコメントは相変わらず観光ガイド調で(JTB系の出版社ということもあるのか)、やはりこの人は、「文章」よりも「写真」の人なのでしょうか。

 エーゲ海に限ったと言ってもやはり相当数の島々があるわけで(52島)、村上春樹氏が滞在したスベツェス島なども結局は僅か1ページの写真と解説になってしまっていて、これはもう仕方の無いことなのか...、こんなに島だらけなら。
 村上氏はシーズンオフにこの島を訪れ、他の島やギリシャ本土も含め、地中海性気候の冬の降雨期や春先の微妙な気候の変化を経験していますが、こうした写真集に出てくるギリシャ及びその島々というのは、いつも抜けるような青空の下にある、つまり一般にイメージされているそれであって、この辺りも、もう少しいろいろな天候を織り込んでも良かったのではないかと(取材の都合でそうなってしまったのかも知れないが)。

萩野矢慶記.jpg とは言え、写真の腕はピカイチ。萩野矢慶記氏は1938年生まれで、車両機器メーカーの営業一筋で16年間勤務した後、'83年に写真家に転進したという人。結果として、70歳を迎えて今も「現役」、と言うか「第一線」にいます。
 別の所で、定年後の時間の使い方に悩む人に「趣味でも何でも、とにかく徹底的に挑戦したら新たな人生が開けるのではないでしょうか」とアドバイスをしていますが、自分自身は44歳で独立しているんですよね。
 個人的には、第2の人生をスタートさせるなら、やはり40代ぐらいがいいのかなあと思った次第。

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'70年代後半のアメリカの文化や社会の荒廃と「格差社会」ぶりをよく捉えている。

マイ・アメリカ.jpg                           マイ・アメリカ2.jpg
(28.8 x 21.4 x 2.2 cm)『マイ・アメリカ―立木義浩ノンフィクション (1980年)』『マイ・アメリカ (1982年)』 集英社文庫 ['82年]

 写真家・立木義春が'70年代後半にアメリカに渡り、2年間にわたってロサンゼルスやニューヨーク、その他の地方都市で当時のアメリカを象徴する風俗や社会の内側を撮ったもので、一応"写真集"ということになっていますが、ルポないし紀行文的な文章もあり、"写文集"といったところ。

MY AMERICA.jpg 「アメリカの深層部・恥部・細部をくまなく歩きまわり、鮮烈な映像でとらえたホットな報告書」と口上にあるように、今見ればやや意図的な露悪趣味も感じないことはないものの、男性ストリップに熱狂する女性たちや、アラバマのKKK(クー・クラックス・クラン)のメンバーなど、当時のベトナム戦争後のアメリカの文化や社会の荒廃をよく捉えていて、サウスブロンクスの少年ギャングを追った「サウスブロンクスは、この世の地獄だ。」などは、今読んでも衝撃的です。

myAMERICA.jpg 元々、集英社が版元である「日本版PLAYBOY」の企画であり、それ風の表紙に収まっているマリリン・モンローは、実は"そっくりさん"で、今は日本でも比較的知られていることかも知れませんが、アメリカにはタレントのそっくりさんだけを集めたプロダクションがあり、チャップリン、ウッディ・アレン、チャールズ・ブロンソン、ロバート・レッドフォードなどの他、キッシンジャーのそっくりさんまでいるという話に、当時は驚きました。
 著者は、ロスにあるモンローのそっくりさんの住まいを訪ね、それが侘びしいアパートであることに、ちょっとしんみり。それでもカメラを向けると彼女自身はモンローになり切ってしまうので、おかしいというより悲しい気分になる―。
 この程度のそっくりさんは掃いて捨てるほどいるということか。競争社会、アメリカで生きていくって大変そうだなあと思いました。

 一方で、一年中を乗馬や園遊会で過ごす「富裕層」の野外パーティーも取材していて、この人たちにとっては浪費することだけが人生であり、仕事は一切せず(仕事から遠ざけられている面もあるかも知れないが)、昔のイギリス貴族の真似事みたいなことをして日々を送っているわけです(ある意味、彼らは純粋に「資本家」であるということなのかも)。

 日本でも近年「格差社会」論争が盛んで、アメリカに比べてどうのこうのと言った言い方もありますが、元々アメリカと比べるのがおかしいのでは、という気持ちになります。

 【1980年単行本[集英社]/1982年文庫化[集英社文庫]】

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国境の「駆け落ち婚」の村は、今や結婚産業の町。イギリスという国の複雑さ感じさせる面も。

イギリス式結婚狂騒曲.jpg 『イギリス式結婚狂騒曲―駆け落ちは馬車に乗って (中公新書)』 プライドと偏見.jpg 映画「プライドと偏見」('05年/英)
グレトナ・グリーン.jpgGretna Green 鍛冶屋.jpg 本書によれば、18世紀イングランドでは、婚姻が成立する要件として、父母の同意や教会の牧師の前における儀式などが必要とされ、一方、隣地スコットランドでは、当事者の合意のみで成立するとされていたため、イングランドの恋人同士が結婚について親からの同意が得られそうもない場合に、イングランドからスコットランドに入ってすぐの場所にあるグレトナ・グリーン(Gretna Green)村の鍛冶屋で結婚式を挙げ、形だけでも同衾して、婚姻証明書を取得し夫婦になるという駆け落ち婚が行われたとのことで、これをグレトナ・グリーン婚と言うそうです。[写真:グレトナ・グリーンの「鍛冶屋」

Gretna Green3.jpgGretna Green.jpg  「式を挙げてしまえば勝ち」みたいなのも凄いですが、そうはさせまいと親が放った追っ手が迫る―などという状況がスリリングで、オペラや演劇の題材にもなり、19世紀まで結構こうした駆け落ち婚はあったようで、また20世紀に入ってからは、このグレトナ・グリーンは、そうした歴史から結婚産業の町となり(「鍛冶屋」と「ホテル」の本家争いの話が、商魂逞しくて面白い)、今も、多くのカップルがこの地で式を挙げるとのこと。[写真: グレトナ・グリーンのポスター写真

 グレトナ・グリーン婚にまつわる話が、近年映画化されたオースティンの『高慢と偏見』("Pride and Prejudice")などのイギリス文学や、ハーレクイン系のロマンス小説のモチーフとして、当時から今に至るまで度々登場することを著者は紹介していますが、女性が憧れるのが制服の似合う「士官タイプ」の美男子という具合にパターン化しているのが可笑しく、女性の方は金持ちの令嬢だったりし、何頭建てかの馬車を誂えて彼の地へ向かうわけで、日本の駆け落ちとはかなりイメージ差がある?

On the Way to Gretna Green.jpg 但し、『高慢と偏見』で駆け落ち婚を図る五女リディアは、旅費にも事欠く様であり、結局、彼女の駆け落ち婚は未遂に終わるのですが...(この作品の主人公は、映画でキーラ・ナイトレイが演じた次女エリザベスということになるのか。この家の姉妹が皆、将校好きなのが可笑しい)。

 あのダイアナ王妃も、こうしたロマンス小説(オースティンではなくハーレクイン系の方)を耽読したそうで、また、アメリカのロマンス小説にも『グレトナ・グリーンへの道』というのがあるとのこと。

小さな恋のメロディ.jpg  実際に今の時代に、そんな故事に憧れこの地で式を挙げる女性なんて、通俗ロマンス小説にどっぷり浸ったタイプかと思いきや、グレトナ・グリーンの「鍛冶屋」や「ホテル」を訪れるカップルは、自分たちの結婚が「恋愛結婚」であることの証しをその地に求めているようであり、まだまだイギリスでは、結婚は家と家がするものという古いイメージが残っているということなのでしょうか(映画「小さな恋のメロディ」('71年/英)なども、そうしたものからの自由を求める系譜にあるらしい)。

  また、北アイルランドのベルファストを舞台に、それぞれカトリックとプロテスタントの家の出の恋人同士が駆け落ちする小説『ふたりの世界』('73年)が紹介されていますが、この2人が式を挙げるのがグレトナ・グリーン。イギリスという国の複雑さを感じさせるものがありました。

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アンデスに夢を馳せ、山脈の隅々に潜むインカの囁きを聴くには充分な1冊。

インカを歩く.jpgカラー版 インカを歩く (岩波新書)』['01年]高野 潤.jpg高野 潤 氏(写真家/略歴下記)

 アンデスの雄大な自然と伝統を30年にもわたり撮り続けてきた写真家による写文集。

 第1章で、世界遺産である「天空の都市」マチュピチュを紹介しているのは一般的であるとして、その後インカ道を奥深く分け入り、チョケキラウという「パノラマ都市」をフィーチャーしていますが、ここも凄く神秘的で、要するにマチュピチュみたいなのが山奥にまだまだあったということなのかと、インカ文明の懐の深さに驚かされます。

 そして更に幾多の山や谷を抜け、インカ族がスペイン人に最後の抵抗を試みた際に籠もったとされるビルカバンバ地方へ。
 ここは、本当にジャングルの"奥地"という感じで、そこに至るまでに、また幾つかの大神殿があるのですが、これらを見ていると、インカ文明が「石の文明」であったことがよくわかります。

インカを歩く.jpg 続いて、幅広い年代の遺跡が眠る北ペルー(ここの「空中墳墓」もかなり凄い)を紹介し、更に、ペルー南部のインカ帝国の首都があったクスコ周辺や、もっとアンデスを下った地域まで、ポイントを押えながらも、広い地域をカバーしています。

 文章がしっかりしているのもさすがベテランという感じで、文献の引用が多いことを著者は予め断っていますが、非常に信頼できる記述・解説及び歴史考察ぶりとなっています。

 写真の方も、写真家らしい写真というか、トウモロコシが地に溢れる農園や海抜4千メートルにあるアルパカの放牧地、クスコから星空に望む霊山アウサンガテ峰など、そのままカレンダー写真にしたいような美しさです。

 一応、こうした写真のうち主要なものは見開きになっていますが、他にも遺跡などの写真が数多く収められていて、新書1冊にちょっと詰め込みきれなかった感じもあり、もったいないというか、気の毒な感じも。
 でも、著者が読者に願うように、「アンデスに夢を馳せ、山脈の隅々に潜むインカの囁きを聴く」には充分な1冊です。
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高野 潤 (たかの じゅん)
1947年新潟県生まれ。写真家。1973年から毎年ペル―、ボリビア、アルゼンチン、エクアドルなど主に南米太平洋側諸国のアンデスやアマゾン源流地域を歩き続ける。
南米に関する著書や写真集として、「神々のアンデス=世界の聖域18」講談社、「アンデスの貌」(教育社)、「アンデス大地」(山と渓谷社)同書はフランス、スイス、イタリアにて各国語出版される、「インカ」「どこまでも広く」「マドレの森」(以上三冊は情報センター出版局)、「アンデス=風と霧の聖蹟」(集英社)、「アンデス家族」(理論社)、「風のアンデスへ」(学習研究社)、「アンデスの抱擁」、「アマゾン源流生活」(以上二冊は平凡社)、「アンデス 食の旅」(平凡社新書)、「インカを歩く」(岩波新書)、「インカの野生蘭」(新潮社)。

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「アフリカを行く」と言うより、アフリカに「野生動物を撮りに行く」。撮影と"狩り"は似てる。

カラー版 アフリカを行く.jpg 『カラー版 アフリカを行く (中公新書)』 ['02年]

アフリカを行く.jpg 本書にはアフリカの野生動物の、まさに野生で生きるままの姿を撮った写真が満載されていますが、著者は、もともと映画や本などを通して、アフリカの自然への憧憬を抱き、動物を描くイラストレーターを目指していたとのことで、写真家になってからも30年にわたりアフリカの自然を撮り続けている人です。

 文章がしっかりしていて、アフリカで野生動物と出くわした時の緊張感や、弱肉強食の世界を目の当たりにした時の衝撃、動物写真を撮るときの苦労などがよく伝わってきます。
 根底に古典的な「サファリ(狩猟)」感覚を感じるのは、著者が「ハタリ!」('61年)などの映画に影響を受けたことを告白しているせいもあるでしょうが、撮影というものが"狩り"とプロセスにおいて殆ど変わらないものであるからではないでしょうか(少なくとも、本書を読むとそう感じられる)。

 ビクトリア瀑布などの大自然、多様な現地部族、都市部の瀟洒な生活なども紹介されていますが、やはりメインは野生動物であり、撮影もケニアやタンザニアなどの自然公園でのものが主なので、書名から、アフリカ各地の歴史・地誌・文化を巡る旅を想起した人には、肩透かしのものとなっているかも知れません(写真集としても、新書版なので、野生動物写真を収めるにはちょっと迫力不足かも)。

カバ大集合.jpg NHKの「ダーウィンが来た!」で、アフリカで川が干上がり、僅かに残った水場に多数のカバが殺到した様子を撮った「壮絶1200頭!カバ大集合」というのを見て、"集合"と言うより、水場にカバを"敷き詰めた"みたいな感じでなかなか凄かったですが、どこかで見聞きしたことがあったなあと思ったら、この本の中であったことを思い出し、久しぶりに取り出してみた次第。
 NHKの番組ホームページ(撮影の裏話が面白い)で調べたら、撮影場所はタンザニアのカタビで、本書での撮影場所は、ボツワナのオカヴァンコ・デルタ、カタビは世界最大のカバ集合地、オカヴァンコ・デルタは世界最大の内陸デルタ地帯だそうです。

NHK「ダーウィンが来た!生きもの新伝説」'08年4月放送:「壮絶1200頭!カバ大集合」

 本書にもある、オカヴァンコ・デルタをモコロ(丸木舟)で行く旅は、地元の観光ツアー・コースになっていて、探検気分を味わいたい人には人気のようです(あまり、野生動物の生態に影響が出なければいいが)。

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"スナップの天才"ぶりは異国の地でも萎えることがなかった。

木村 伊兵衛 『木村伊兵衛のパリ』.jpg木村伊兵衛のパリ.jpg 『木村伊兵衛のパリ』 ['06年] 僕とライカ 木村伊兵衛傑作選+エッセイ.jpg 『僕とライカ 木村伊兵衛傑作選+エッセイ
(31.8 x 23.4 x 3.8 cm)

 輸入したてのライカを使って1930年代の東京を撮ったことで知られる木村伊兵衛(1901‐1974)が、日本人写真家として戦後初めてヨーロッパ長期取材に出かけてパリの街を撮ったカラー作品群ですが、木村の没後も人目に触れることのなかったのが、撮影から半世紀を経た海外での写真展出品を機に再評価され、日本でも写真集(本書)として刊行されたものであるとのこと。

木村004.jpg 全170点の中には一幅の風景画のような作品もありますが、パリの下町や市井の人々を撮ったスナップショットのようなものが多く、50年代に出版された木村の「外遊写真集」に対し、木村の盟友・名取洋之助(1910‐1962)が、木村をガイドとした外国旅行として楽しめばよいのか、木村の写真集として見ればよいのか、と彼に迫ったところ、「人間を通しての甘っちょろい観光になっているかもしれない」が、「ヨーロッパの人間がわかってくれれば良い」と答えたとのこと―、随分控えめだが、彼らしい答かも。

木村005.jpg 当時の事情から、国産低感度フィルム(フジカラーASA10)での撮影となっていて、確かに露出が長めの分、ブレがあったり少し滲んだ感じの写真が多いのですが、これはこれで味があるというか、(多分計算された上での)効果を醸しています。
 同じ街の風景でも、昭和30年頃の日本とパリのそれとでは随分異なり、19世紀から変わらず21世紀の今もそのままではないかと思われるような町並みも多く、風景などを捉えた写真では、エトランゼとして驚嘆し、そこに佇む木村というものを感じさせます。

 しかし、撮影者の存在を忘れさせる作品が本来のこの人の持ち味、木村012.jpg下町の奥深くに潜入し(この点は、巨匠カルティエ=ブレッソンが紹介してくれた写真家ドアノーの導きによるところも大きいようだが)、街の片隅とそこに暮らす人々を撮った写真では、演出を排し、人々の生活感溢れる様子を活写していて、"スナップの天才"ぶりは異国の地でも萎えることがなかったということでしょうか、これがまた、フランス人の共感をも誘った―。

 撮影日記の抄が付されていますが、木村の文章は『僕とライカ』('03年/朝日新聞社)でもっといろいろ読め(カルティエを訪れたときのことなども詳しい)、この人がかなりの文章家でもあったことが窺えます。

木村0021.jpg 更に対談の名手でもあったということで、『僕とライカ』には、土門拳(1909‐1990)、徳川夢声(1894-1971)との対談が収録されていますが、土門拳との対談は大半が技術論で、写真同好会の会員が情報交換しているみたいな感じ(写真界の双璧、作風を異にする両巨匠なのだが、まったく隠しだてがない―篠山紀信と荒木経惟の不仲ぶりなどとは随分違う。但し、土門拳も名取洋之助とは不仲だったようだ)、一方、徳川無声との対談では、徳川夢声の訊くとも訊かぬとも知れない口調に導かれて、自らのカメラとの馴れ初めなどを積極的に語っています(徳川無声という人がとてつもなく聞き上手だということで、この2本の対談だけでは対談の名手だったかどうかまではわからない)。

【2014年ポケット版】

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ニューヨークっ子作家が、その膨大な情報量をもって語る"ノスタルジアの首都"の歴史。

マンハッタンを歩く.jpgマンハッタンを歩く』['07年]ニューヨーク.jpg 亀井 俊介 『ニューヨーク (岩波新書)』['02年]
(表紙イラスト:和田 誠

manhattan map.gif ブルックリンに生まれて対岸の摩天楼を見ながら育ち、マンハッタンで新聞ジャーナリストとして活躍した経歴を持つ生粋のニューヨークっ子作家ピート・ハミル氏が、その故郷とも言えるマンハッタンの歴史を語ったエッセイ。
 マンハッタンにどのような人が住み着き、どのように開発され、どのような建物が建ち、それらがどのように変遷してきたかが、島南端のバッテリー・パークから始まって、ダウンタウンと呼ばれる島の南3分の1エリアを中心に、地域ごとに解説されています(本書原題は"Down Town")。

 ハミル氏は、新聞記者時代によく図書館でニューヨークの街の歴史を調べたそうですが、新聞紙面は日々の事件や出来事で占められ、結局それらの多くは記事にはならなかったとのこと。
 しかし、その時仕入れた知識が、作家・コラムニストに転じてから大いに役立っていて、とりわけ本書では、ニューヨークという街の各所に纏わる歴史や出来事がこと細かく記されており、その中でも新聞ジャーナリズムの歴史、ショービジネスの歴史、建造物の歴史などが特に詳しく書かれています。

 ニューヨークはハミル氏にとって"ノスタルジアの首都"であると冒頭で述べていますが、エッセイの筆致は、詩的表現も多く見られるものの個人感情を排し、基調としては冷静に事実記載を積み上げる歴史ジャーナリストのそれであるような―、と思いきや、最終章で、自分史と照合させる形でマンハッタンを改めて語っていて、ここに来てノスタルジー噴出といった感じ。

目撃アメリカ崩壊.jpg 本の大部分を占める、マンハッタン島南端からブロードウェイ沿いに北上しながらその歴史を手繰るというスタイルは、米文学者・亀井俊介氏のニューヨーク』('02年/岩波新書)もそうだったので、一瞬、亀井氏がハミル氏を真似たのかとも思いましたが、亀井氏が自著を書き終え校正しているときに「9.11テロ」が起きたのに対し、ハミル氏が本書を書く契機は「9.11テロ」にあった(この時のハミル夫妻の経験は、妻の青木冨貴子氏の目撃 アメリカ崩壊』('01年/文春新書)に詳しい)というから、真似はありえませんでした(失礼)。

 『ニューヨーク』も『マンハッタンを歩く』もニューヨークが好きな人には魅力満点の本ですが、自分には、ハミル氏のこの本を充分に味わうだけのニューヨーク体験が不足しているのが残念。本書の膨大な情報量が少しヘビィに感じられる人は、日本人とニューヨークっ子、新書と単行本の違い分だけ、情報の質と量は異なりますが、さらっと読みやすい亀井氏の本の方も一読されることをお薦めします(但し、どちらも観光案内ではありません。念のため)。
 
《読書MEMO》
●どうしょうもなくマンハッタンは上がっていった。最初は北方向にアップタウンへ。つぎに空へと。(101p)
●ブロードウェイは格子状の区画整理の言いなりにはならなかった。理由は単純だ。ブロードウェイはブロードウェイであり、都市計画プランナーたちはけっしていじってはならないとわかっていたからだ。(117p)

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路地・家屋に情緒があり、橋の袂・鉄橋下からの目線がペン画のタッチと相俟って新鮮。

両さんと歩く下町.jpg 『両さんと歩く下町―『こち亀』の扉絵で綴る東京情景 (集英社新書)』 秋本 治.jpg 秋本 治 氏

 1976(昭和51)年から週刊少年ジャンプ(集英社)に連載され、単行本で150巻を超える「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(通称"こち亀")の作者・秋本治氏が、東京の下町を背景とした"こち亀"の扉絵(連載の各回の冒頭にくる絵)を集め、下町の情景とその変遷を、まさに歩きながら語ったようなガイドブックで、併せて、作品の中でどのように用いられたかが語られているので、下町の情景を楽しみたい人にも、"こち亀"ファンにも楽しめるものとなっています。

 秋本氏は、亀有の生まれで昭和30年代から東京の下町を見続けてきた人、亀有・千住・浅草・神田・上野・谷中、隅田川に架かる橋の数々などを訪ね歩き、撮った写真から描き起こしたペン画にマンガの主人公たちを配したものを扉絵にしていますが、もともとはマンガの本編の背景だったものが、通常の背景のコマでは大きさなどに制限があるため、扉絵で使ったところ、読者の反響が大きく、いつの間にか扉絵だけで下町情景シリーズのようになったとのこと。

両さんと歩く下町2.jpg 新書見開きの左ページが全部それらの扉絵になっていますが、絵1枚1枚に作者の極私的な思い入れが感じられます。
 下町と言えば狭い路地や商店街、古い家屋に情緒があり、そうした風景を描いたものも多く含まれていますが、橋の袂(たもと)や鉄橋の下などからの目線で描いた絵も多く、ペン画のタッチと相俟って新鮮な印象を受けました(マンガとして読んでいる時は、扉絵や背景画をじっくり味わうということはあまりなかったからなあ)。

 本書は2004年の刊行で、実際に下町に住んで感じるのは、どんどん街が変わっていくということ(本書の中でも定点観察的に同じ場所から見た昔と最近の風景を描いたものがあるあが)、亀有にも'06年には都内最大級のショッピングセンター「アリオ亀有」がオープンしています。
 外から見れば、昔の雰囲気を失わない街であってほしいと思っても、そこで住んでいる人にしてみれば、自分たちの生活が便利になることの方が優先課題かも。
 但し、アサヒビール本社ビルでも大川端リバーシティ21でも、出来てしまえば何となく時間と共に下町の風景に馴染んでくるのが不思議です(隅田川や中川が変わらずにあるというのが1つのポイントだと思う)。

 巻末に著者と山田洋次監督との下町をめぐる対談があり、「寅さんシリーズ」の秘話などを知ることが出来るのも、楽しめるオマケでした。

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「普通の京都」コースは「じゃらん」、「特別の京都」コースは「日経おとなのOFF」?。

極みの京都.jpg 『極みの京都』 (2007/10 光文社新書)

京町屋.jpg 著者は京都在住の開業歯科医で、グルメ・紀行エッセイストでもあるとのことで、紹介文から、行楽地として四季を通じて人気が高い京都の、その人気の秘密を探るか、または、一風変った視点での京都観光の楽しみ方を教えてくれる本だと思ったのですが、読んでみて、観光ガイドを新書にしただけという印象を受けました。

 前段の、「京都検定」の問題の出し方に対する異議や、「ぶぶ漬神話」(京都の知人宅を訪ねた際に「お茶漬でも...」と言われたら、辞去を促す婉曲表現であると一般には言われていること)はウソであるという話ぐらいまでは面白かったけれども、すぐに、寺や店を次々紹介する普通のガイド本になってしまった...。

 京都を"極める"のに、「普通の京都」コースと「特別の京都」コースがあるらしいけれど、「普通の京都」コースは「じゃらん」、「特別の京都」コースは「日経おとなのOFF」などに書かれていることとさほど変らないような...(何れにせよ、「特別の京都」コースの方は、さほど自分には縁がなさそうだなあ)。

 文章にも、旅行ガイドの定型表現が多く見られ、最初からガイドブックと割り切って読めば、京都への旅行を計画している人には足しになる部分もあるかも知れないけれど、これで「新書」になるのなら、この手の本の書き手はごろごろいるのではないだろうか。

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「江戸前なんてニセモノ」という通説を覆す旅。

東京湾漁師町.jpg 『東京湾漁師町―江戸前の食を求めて』 (2006/09 生活情報センター) 

 東京湾にまだこんなに色々な魚がいて、またそれを獲る漁師たちがいて、彼らの暮らす漁師町がいくつもあったのだなあと驚かされる写文集。
 とにかく写真が鮮やかで、写っている獲れたての魚介類がみずみずしいし、それぞれの地元の魚料理もおいしそう。漁師たちの日焼けした笑顔もいい。

tsuriyoubi.jpg 著者は、現在「食コラムニスト」ということですが、もともと世界中を放浪していたジャーナリストだったのが、魚好き料理好きが昂じて地魚料理店を営むようになったという凝り性の人。
 しかし、世界中を放浪した末に行き着いたのが、東京湾だったという意外性がいいし、千葉・館山から神奈川・三崎まで東京湾を逆時計回りに回る旅を通して、「江戸前なんてニセモノ」という通説を見事に跳ね返してみせています(そんな知ったかぶりをしたら、本書に出てくる漁師さんたちに怒られる)。

 館山の塩イカ、保田のキンメダイ煮、竹岡のシロギスの南蛮漬け、富津名物のアナゴ天丼、冷や飯にアサリの味噌汁をぶっかけた深川めし、川崎の蛤鍋、小柴名物のシャコ、横須賀のミルクイ、宮川のメバルの煮付け...etc. おいしそうなものを挙げればキリがありませんが、本書によれば、アナゴの白焼きにハゼの天ぷらが、やはり江戸前の代表格といったところなのでしょうか。

 主に海辺(かいへん)の大衆食堂を取材し、庶民の味に的を絞っているのがうれしく、夜中に本書をパラパラめくっていると無性に魚料理を食べたくなってくるのが困る点です。

《読書MEMO》
●目次
第1章 内房編1 洲崎から保田まで(洲崎―白亜の洲崎灯台が東京湾の船の出入り見守る
香―香でアジの磯料理に感嘆も漁港は荒涼として ほか)
第2章 内房編2 金谷から浦安まで(金谷―クロダイ釣り師に迎えられ黄金アジに見送られた金谷行
竹岡―竹岡の魚屋料理店で新鮮魚貝に悶絶す! ほか)
第3章 湾奥編1 葛西から羽田まで(葛西―葛西臨海公園で魚のゆりかごアマモを見つける
深川―東京下町に江戸前「深川めし」を求める ほか)
第4章 湾奥編2 川崎から横須賀まで(川崎―チャキチャキ女将が仕切る川崎大師の「蛤鍋」
生麦―生麦魚河岸通りの活気、子安浜の無邪気 ほか)
第5章 三浦半島編 三浦から城ヶ島まで(三浦金田―旅情漂う三浦のダイコン畑と金田漁港の朝市
宮川1―磯海苔と潮の香りをおかずに宮川湾の昼下がり ほか)

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マンハッタン島をブロードウェイ沿いに縦断しながら語るニューヨークの歴史と文化。

ニューヨーク.jpg 『ニューヨーク (岩波新書)』 〔'02年〕 亀井 俊介.jpg 亀井 俊介 氏 (東大名誉教授・岐阜女子大大学院教授(アメリカ文学・比較文学))

 マンハッタン島を最南端からブロードウェイに沿って北上し、時に左右のアヴェニューに入り込みながらハーレムまでを辿った紀行文ですが、著者も述べているように、移動手段やショッピングのガイド的解説があるわけでもなく、また高尚な都市論が展開されているわけでもありません。
 ニューヨークを何度も訪れた文学者である著者がそこで語っているのは、バックパッカー的な視点から見た、地区ごとの歴史であり文化の起源です。でも、それらが、今まで知らなかったことばかりで、なかなか面白かったです。

ブロードウェイ.jpg 自分も何年か前にマンハッタン島縦断を思い立ち、島最南端のバッテリー・パークからウォールストリートや世界貿易センタービルに行き、ブロードウェイに沿って、チャイナタウンやトライべカに立ち寄りながら、ソーホー、タイムズスクエアを経て、セントラルパーク沿いを北上し、途中ホットドックを食べながらハーレムの手前のコロンビア大学まで歩いたことがあり(125ストリートぐらい歩いたことになる)、この本を読んで懐かしさを覚えるとともに、見落とした歴史の痕跡を改めて知ることができました。

 ニューヨークという街の南から北に拡大して言った歴史がよくわかりますが、さすが文学者、永井荷風の『あめりか物語』を随所に引き、メトロポリタン美術館では、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』とカニグズバーグの『クローディアの秘密』のことに触れていたりして、それらの作品に対する著者の考え方がまた面白かったです。

Flatiron_8775.jpgChrysler-Building.jpgEmpire State Building.jpg 著者が本書の原稿を脱稿しかけた頃に「9.11テロ」が起き、WTCビルは崩壊しますが、かつてエンパイア・ステート・ビルにもB25爆撃機が誤って衝突したことがあったが大した被害はなかったとのこと。
 著者は、WTCビルの脆さとエンパイア・ステートの頑強さを比喩的に(科学的にではなく)対比させていますが、著者ならずとも、何となく、エンパイアビルやクライスラービルのような昔のビルの方が頑強そうに思えてくるのでは。本書で紹介されているフラット・アイアン・ビルも、個人的には好きな建物。この3つのビルは何れも、それぞれの完成時において世界一高いビルであった点で共通している―と思っていましたが、Wikipediaによれば、「フラットアイアンビルは完成当時高さ世界一だったとしばしば勘違いされるが、実際には、1899年に完成した119.2mのパークロウビルの方が高く、フラットアイアンビルは一度も世界一になったことはない」とのことです。

ny2.jpg ny3.jpg ny4.jpg ny7.jpg ny5.jpg ny1.jpg

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同著者のベストセラーのバックグラウンドを知るうえで読むという読み方があってもいいかも。

藤原 正彦 『若き数学者のアメリカ』.jpg     若き数学者のアメリカ 文庫.jpg  若き数学者のアメリカ 文庫2.jpg 
若き数学者のアメリカ』〔'77年〕/『若き数学者のアメリカ (新潮文庫)』〔'92年〕/〔'07年/新潮文庫改装版〕

 '78(昭和53)年度・第26回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作。

 『国家の品格』('05年/新潮選書)が大ベストセラーになり、「品格」が'06年の「新語・流行語大賞」にもなった数学者・藤原正彦氏の、若き日のアメリカ紀行。

 '72年、20代終わりにミシガン大学研究員として渡米、'73年に:コロラド大学助教授となり、'75年に帰国するまでのことが書かれていますが、そのころに単身渡米し、歴史も文化も言語も異なる環境で学究の道を歩むのはさぞ大変だったのだろうなあと思わせます。

 時差に慣れるためにわざわざハワイに寄ったり、またそこで、真珠湾遊覧船にたまたま乗って、周りに日本人が1人もいない中で日本人としての気概を保とうと躍起になったり(ここで戦艦ミズーリに向かって"想定外の"敬礼したという人は多いと思う)、本土に行ってからはベトナム戦争後の爛熟感と疲弊感の入り混じったムードの中で孤独に苛まれうつ状態となり、フロリダで気分転換、コロラド大学に教授として移ってからは、生意気な学生たちとの攻防と...。

 武士の家系に育ち、故・新田次郎の次男という家柄、しかも数学者という特殊な職業ですが、アメリカという大国の中で何とか日本人としての威信を保とうとする孤軍奮闘ぶりのユーモラスな描写には共感を覚え、一方、日本人の特質を再分析し、最後はアメリカ人の中にも同質の感受性を認めるという冷静さはやはり著者ならではのものだと―(『アメリカ感情旅行』の安岡章太郎も、最後はアメリカ人も日本人も人間としては同じであるという心境に達していたが)。

 『国家の品格』の方は、「論理よりも情緒を」という主張など頷かされる部分も多く、それはそれで自分でも意外だったのですが、「品格」という言葉を用いることで、逆に異価値許容性が失われているような気がしたのと、全体としては真面目になり過ぎてしまって、『若き数学者の...』にある自らの奮闘ぶりを対象化しているようなユーモアが感じられず、また断定表現による論理の飛躍も多くて、読後にわかったような、わからないようなという印象が残ってしまいました。

 『国家の品格』というベストセラーのバックグラウンドを知るうえで読むという読み方があってもいいかも。

 【1981年文庫化[新潮文庫]】

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「●や 安岡 章太郎」の インデックッスへ 「●岩波新書」の インデックッスへ

'60年代のアメリカに留学記。"異邦人の憂鬱"とでも言うべき感情が素直に記されている。

安岡 章太郎 『アメリカ感情旅行』.jpgアメリカ感情旅行.jpg 『アメリカ感情旅行 (岩波新書 青版)』 〔'62年〕

 作家・安岡章太郎がロックフェラー財団の招きにより、'60年から翌年にかけて半年間アメリカに留学した際のことを綴った日記風の紀行文ですが、留学先に選んだヴァンダビルト大学のあるテネシーの州都ナッシュヴィルは、公民権運動の勃興期にあたる当時においては、黒人を入れない映画館があったり(それに対する学生の抗議運動なども本書で描かれている)、また近辺には、黒人に選挙権を与えていない町が未だ残っていたりしています(テネシーの南のジョージア・アラバマ・ミシシッピ・ルイジアナの4州は更に遅れていたと思われる)。

nashville.jpg 40歳の留学生である安岡は、自分たち夫妻に親切にしてくれる人の中にも、黒人に対するあからさまな偏見があり、また、それを堂々と口外することに戸惑う一方、黄色人種である自分は彼らにどう見られているのだろうかということを強く意識せざるを得なくなりますが、そうした"異邦人の憂鬱"とでも言うべき感情が素直に記されています。
 滞米中、常に人から見られているという意識から逃れられなかったとありますが、ニューヨークのような都会に行ったときの方が、そうした不安感から解放されているのは、何となくわかる気がしました。

 テネシーは、いわゆる「北部」に接した「南部」ですが(実際、安岡はここで、自販機のコーラが凍るといった厳しい寒さを体験する)、南北戦争の余韻とも思えるような、人々の「北部」への敵愾心は彼を驚かせ、ますます混乱させます。

nashville_2.jpg 一方で、たまたま巡業でやってきた「リングリング・サーカス」を見て"痛く"感動し、住民の日常に触れるにつれ次第に彼らとの間にあった自身との隔たりを融解させていきます(ロバート・アルトマン監督(1925-2006)の映画「ナッシュビルにもあったようにカントリーのメッカでもあるのに、そうした方面の記述がないのが不思議ですが)。

 再読して、自分が初めてアメリカの南部に行ったときのことを思い出し、ナッシュヴィルは"何もない町"だと本書にありますが、テキサスの州都オースティンも、同じく何もない町だったなあと(アメリカの場合、州都だから賑わっているというわけでもないらしい。日本でも、県庁所在地の一部にそういう例はあるが)。
 文中に「病気になりそうなほどの土地の広大さ」という表現がありましたが、テキサス州だけで日本の面積の1.8倍という想像がつかないような広さであり、こうした土地面積の感覚の違いが国民性に与える影響というのは、やはり少なからずあるように思いました。

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"超一級"の世界遺産マチュピチュの解決されない「謎」。

マチュピチュ.jpg 『マチュピチュ (写真でわかる謎への旅)』 〔'00年〕 マチュピチュ:.jpg

 写真家による本書は、ペルー・マチュピチュ遺跡のカラー写真が豊富で、旅行案内もありガイドブック的体裁をとっていますが、中核部分は、インカの歴史解説となっています。
 その歴史解説そのものはオーソドックスですが、マチュピチュに関する部分が詳しく書かれていて興味深かったです。

 インカの最後の王となったアタワルパ亡き後もスペイン人に対し抵抗を続けた、マンコ・インカをリーダーとするインカ族の勇士たちですが、彼らが「新インカ」の都としたとされる地〈ビルカバンバ・ビエハ〉は、その後のトゥパク・アマルーの刑死により抵抗が潰えるまで、インカ族の誰もが(スペイン人の激しい拷問にも関わらず)その地がどこにあるか口を割らなかったため、本当にそうした都市があるのか半ば伝説化されていましたが、1911年にマチュピチュを発見した米国人探検家ハイラム・ビンガムは、マチュピチュこそ〈ビルカバンバ・ビエハ〉だと確信したわけです。

 しかし、その後の文献調査などで、マチュピチュは〈ビルカバンバ・ビエハ〉ではなかったことが分かっていて、では、何故こんな「天空の城」みたいな壮大な"空中都市"があるのか、その役割が興味の対象となるわけです。
 "壮大な"と言っても、建造物が山頂から傾斜地にかけてあるため、居住可能人口は500から1,000程度と推定されていて、"都市"と呼ぶにはちょっと中途半端な規模です。

 本書によれば、マチュピチュの建造目的には、アマゾンの反抗部族に対する備えとしての要塞都市、特別な宗教施設、皇帝に仕える女性たちを住まわせる後宮、避暑のための別荘地的王宮...etc.諸説あるようですが、どの説もそれだけでは説明しきれない部分があるように思われ、本当に謎深く、そうした意味でもマチュピチュは"超一級"の世界遺産だなあと。

 マチュピチュの麓で今も暮らすインディオの人々の様や観光用の登山鉄道などの写真もあり、その他の見どころや現地のホテル、お店などのトラベルデータなども掲載されているので、観光ガイドとしても充分に参考になるかと思います。

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カオス・シチリア物語2.jpg 村の掟を破った息子を銃殺する父。凄まじきかな、父性原理。

『エトルリヤの壷 他五編』.jpgエトルリヤの壷.jpg Prosper Mérimée.jpg Prosper Mérimée(1803-1870)
エトルリヤの壷―他五編 (1971年)』 岩波文庫改版版 
パオロ&ビットリオ・タヴィアーニ 「カオス・シチリア物語 [DVD]

エトルリヤの壷2.JPG 1829年発表のフランスの作家プロスペル・メリメ(1803‐1870/享年66)の作品。メリメは『カルメン』の作者として知られる作家で、考古学者・美術史家・言語学者でもあり、元老院議員にまで出世する一方、社交界で浮名を流すなどした人で、フランス人でありながら、スペインやイタリアを舞台にした小説が多いのは、実際にそうした方面に旅行したことと、多言語を解する語学力によるところが大きいようです。

 本書『エトルリヤの壷』(岩波文庫の改版前の初版刊行は昭和3年と旧い)は、そのメリメの短篇6篇を集めたもので、うわさ話に振り回されて自分で自分を滅ぼしてしまう男を描いた表題作など、人間の心理的葛藤や人生の皮肉を端的に描いたものが多いです。

コルシカ紀行.jpg その中でも「マテオ・ファルコーネ」は、やや異彩を放つもので、19世紀のコルシカ島の村での話ですが、この話に衝撃を受けた作家の大岡昇平は、そのルーツを探るためにコルシカ島を訪れ、『コルシカ紀行』('72年/中公新書)を著しています(但し、コルシカ島の県庁所在地バスティア市の博物館で、探していた「コルシカの悲劇的歴史」に纏わる文献が、金庫が錆びていて開かなかっため閲覧できず、館長から後で贈るという約束を取り付けるも、結局は送ってこなかったなど、結構"空振り"の多い旅行になっている)。

大岡 昇平『コルシカ紀行 (中公新書 307)』['72年/中公新書]

マテオ・ファルコーネ05.jpgMateo Falcone (1829).bmp 若い頃から射撃に優れ、村人の人望もあった羊飼いマテオ・ファルコーネは、妻と3人の娘、そして最後に生まれた男の子とともに自活的な農牧生活を送っていた―。そんなある日、マテオ一家が留守中に、憲兵に追われ村に逃れてきたお尋ね者が家にやって来て、1人留守を預かっていた10歳の息子は、一旦は彼を隠すのですが(伝統的にその村には、官憲などに追われている人をかくまう「掟」があった)、憲兵の「居場所を教えれば時計をやる」という言葉に負けて、お尋ね者を隠した場所を教えてしまい、彼は捕えられます。そのとき家に戻ってきたマテオに向かって男は「ここは裏切り者の家だ!」と叫び、すべてを察したマテオは、自分の息子を窪地へ連れて行き、大きな石のそばに立たせ、お祈りするよう命じ、終わるや否や、泣いて命乞いする本人や妻の制止を振り切って息子を銃殺するという話。

 簡潔な写実と会話を連ねた飾り気のない文章ゆえにかえって凄惨な印象を受け、この話を西洋的な父性原理の象徴と見るむきもあれば(それにしても凄まじい!)、運命的悲劇との捉え方もあり、また小説とは言えないという見方もあるようですが、確かに一種の「説話」のような感じがしました(小説的良し悪しを言うのが難しい)。文庫で20ページしかない短篇のほとんどのあらすじを紹介してしまったので、ラストの父親の"決めゼリフ"だけは書かないでおきます。

カオス・シチリア物語1.jpg 尚、この短編集の表題作「エトルリアの壺」は、パオロ&ビットリオ・タヴィアーニ監督のシチリアの説話を基にしたオムニバス映画「カオス・シチリア物語」('84年/伊)の中の一話「かめ(甕)」として映画化されています(翻案:ルイジ・ピランデッロ)。

カオス・シチリア物語 甕.jpg 欲しい物は全て手に入れたはずなのに、さらに多くを欲する大地主ドン・ロロがが購入した巨大なオリーブ油を入れる瓶-それは彼の権力の象徴であったが、そんな瓶が壊れてしまい、それをどうしても直したい彼は、瓶を修理することが出来る奇跡の技を持つ老職人を雇うが、職人は修理完了後に瓶の中から出られなくなる。ロロは瓶を壊すことを拒むが、職人は稼いだ金を使って村人達を集め、瓶を囲んでの宴会を繰り広げる。皆が職人を好いているように見えるのが気に入らないロロだったが、嫉妬が頂点に達した時、彼は遂に瓶を壊してしまう-。

「カオス・シチリア物語」.JPG ロロという人物にも、マテオ・ファルコーネに通じる男性原理が感じられる一方、人は所詮は全てを独占することなど出来ず、独占するのではなく共有することがいうことに価値があることを喩えとしてを教えているようにも思える作品であり(ここでは、男性原理のある種"限界性"が描かれているとも言える)、タヴィアーニ兄弟は、このメリメ原作の物語をはじめ、シチリアの"混沌"という意のカオス村(兄弟の生まれ故郷でもあるらしい)を舞台にした素朴な人間たちのドラマを、7つの挿話にわけて美しい映像のもと描いています。

ドン・ローロのつぼ02.jpgドン・ローロのつぼ01.jpg 因みに、この映画に触発されて、絵本作家の飯野和好氏が、この「壺」の寓話を、『ドン・ローロのつぼ』('99年/福音館書店(年少版 こどものとも)という絵本にしています。

              
                          

カオスシチリア物語.jpgカオス・シチリア物語KAOS 1984.jpg 「カオス・シチリア物語」●原題:KAOS●制作年:1984年●制作国:イタリア●監督・脚本:パオロ&ビットリオ・タヴィアーニ●製作:ジュリアーニ・G・デ・ネグリ●撮影:ジュゼッペ・ランチ●音楽:ニコラ・ピオヴァーニ●原作:ルイジ・ピランデッロ●時間:187分●出演:マルガリータ・ロサーノ/オメロ・アントヌッティ/ミコル・グイデッリ/ノルマ・マルテッリ/クラウディオ・ビガリ/ミリアム・グイデッリ/レナータ・ザメンゴ/マッシモ・ボネッティ●日本公開:1985/08●配給:フランス映画社●最初に観た場所:高田馬場東映パラス(87-10-03)(評価:★★★★)

高田馬場a.jpg高田馬場・稲門ビル.jpg高田馬場東映パラス 入り口.jpg高田馬場東映パラス 高田馬場・稲門ビル4階(現・居酒屋「土風炉」)1999年頃閉館

①②高田馬場東映/高田馬場東映パラス/③高田馬場パール座/④早稲田松竹


 【1928年文庫化・1971年改版[岩波文庫]/1960年再文庫化[角川文庫(『マテオ・ファルコーネ-他五編』)]】

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ギリシャの鄙びた島々での暮らし、人々と触れ合いが楽しい。

遠い太鼓.jpg遠い太鼓1.jpg  『遠い太鼓』〔'90年〕遠い太鼓2.jpg遠い太鼓 (講談社文庫)』〔'93年〕

 村上春樹が37歳から40歳までの3年間を、イタリア、ギリシャの各所で過ごした際の旅行滞在記で、時期的にはちょうど『ノルウェイの森』('87年/講談社)などを書いていた頃と重なります。

 著者のエッセイの中で、個人的には特に良いと思った作品です。この旅行記における自らの立場を、観光的旅行者でも恒久的生活者でもなく、「常駐的旅行者」だったとしています。イタリア、ギリシャの各所を旅してそこで暮らすことで、当然様々な不便やトラブルに遭遇するわけですが、それらと向き合い対処していく様には、求道者的な姿勢さえ感じます。

遠い太鼓0602.jpg しかし全体としては軽妙な"ハルキ調"が随所に見られ、「地球の歩き方」の上級編、ユーモア版のようにも読めてしまうのです。とりわけ、ギリシャの鄙びた島々での暮らしや人々との著者なりの触れ合いなどが読んでいて楽しかったです。クレタの"酒盛りバス"の話とかは、結構、と言うかムチャクチャ笑えました。一見気儘に書いているように見えて、それらが巧まずして(或いは"巧みに")地に足の着いた異文化論にもなっています。

 作家が海外で暮らすということはそれなりに理由があるはずですが、著者はあえて「ある日突然、僕はどうしても長い旅に出たくなったのだ。それは旅に出る理由としては理想的であるように僕には思える」としています。このあたりに、著者のスタイルを感じました。

 【1993年文庫化[講談社文庫]】

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ためになって、かつ明るく楽しい、時代物の背景となった土地巡り。

平成お徒歩日記.jpg平成お徒歩日記』 ['98年/新潮社] (表紙:松本 哉) 平成お徒歩日記2.jpg 『平成お徒歩日記 (新潮文庫)』 〔'01年〕 (カバー挿画:石丸千里)

 著者の初めてのエッセイで、時代小説の舞台となった地を歩いて巡るという雑誌の連載企画を本にまとめたもの([下右]2008年単行本新装版[新潮社])。

小塚原刑場跡.jpg平成お徒歩日記〈新装版〉.jpg 赤穂浪士が吉良邸(現在の両国・回向院付近)に討ち入りを果たした後、高輪・泉岳寺まで歩いた道のりを辿ったり(真夏に10キロ踏破!)、いわゆる江戸市中引き回しコースを、自らを"毒婦みゆき"と罪人になぞらえて巡り、鈴ヶ森(現在の南大井)・小塚原(現在の南千住)の各刑場跡を訪れたり、最後の方は「早駕籠」(=タクシー)を使ったりしていますが、歩く歩く...。 各章の冒頭に地図もあり、読むだけでも昔の人もそれだけ歩いたのだなあと実感できます。

小塚原刑場跡

 時代考証を交えながらも酔狂なノリで、あくまでも弾けるように明るく(同行のスタッフやカメラマンとのやりとりが滅茶苦茶コミカル)、「ためになる」というより「楽しい」という感じです(もちろん「ためにもなる」)。

 流人の足跡を辿って八丈島に行ったり、果てはお伊勢様参りまでしていますが、連載企画の前に池波正太郎の「剣客商売」の『浮沈』の舞台・深川を歩いていて、やはりこの辺りがこの人のルーツになるのだなあと思いました。

  【2001年文庫化[新潮文庫]/2008年単行本 新装版[新潮社]】

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イスラームの社会・生活・文化をフィールドワーク的視点から紹介。

イスラームを知ろう.jpg  『イスラームを知ろう』 岩波ジュニア新書 〔'03年〕

 イスラームという宗教そのものについても解説されていますが、著者が人類学者であるため、むしろイスラームの社会での結婚や生死に関する儀礼、日常生活の義務規定がよく紹介されています。

 イスラーム社会は世界の広い範囲に及ぶのですが、著者がフィールドワーク的に長期滞在したヨルダン、エジプト、ブルネイなどのことが中心に書かれていて(一応、中東、北アフリカ、南アジアという代表的イスラーム圏にそれぞれ該当しますが)、イスラーム世界のすべてを網羅して解説しているわけではありません。
 それでも、今まで知らなかったことが多く興味深く読めました。

 通過儀礼として有名な「割礼」についても詳しく書いてあります。
 またイスラームと言えば一夫多妻制が知られていますが、「第一夫人」「第二一夫人」...と言っているのは研究者で、平等を重んじるムスリムはそういう言い方はしないとか。
 「ラマダーン(断食)月」というと何か不活発なイメージがありますが、この時期に食料消費量が増え、逆に太ってしまう人が多いというのは何となく可笑しい話でした。

Gene.jpg 本書によれば、「アラジンと魔法のランプ」は、元々は中国の話だそうですが、語源である「ジン」(一種の妖怪)というのが、イスラームが宗教的版図を拡げていく過程で土着信仰を融合する際に生まれたものだというのは興味深いです。
 土着信仰のネガティブな部分を"怪物"的なものに封じ込めたという説は面白いと思いました(土着の悪神をリストラして「ジン」という概念に一本化したとも言える)。

 「善いジン」というのもいるらしいけれど、ディズニーアニメ「アラジン」('92年/米)のランプの精「ジーニー」は、キャラ的には明るいけれど(ジーニーの声はロビン・ウィリアムズが担当)、素質的にはやはり妖怪型かな。

アラジン dvd.jpg 因みに「アラジン」は、ディズニーの長編アニメで初めて非白人が主人公となった映画で(「白雪姫」('39年)から数えて何と65年後)、その後ネイティブ・アメリカンや中国人、ハワイ人という有色人種が主役の地位についていますが、最初がイスラームの話だったというのは興味深いです。

「アラジン」●原題:ALADDIN●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督・製作:ジョン・マスカー/ロン・クレメンツ●脚本:ジョン・マスカー/ロン・クレメンツ/テッド・エリオット/テリー・ロッシオ●オリジナル作曲:アラン・メンケン●時間:90分●声の出演:スコット・ウェインガー/リンダ・ラーキン/ロビン・ウィリアムズ/ジョナサン・フリーマン/ギルバート・ゴットフリード/ダグラス・シール●日本公開:1993/08●配給:ブエナビスタインターナショナルジャパン (評価:★★★★)

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芳醇で奥深いエッセイ集。「旅のトポロジー」が新鮮で良かった。

ビルマの鳥の木.jpg 『ビルマの鳥の木』('95年/日本経済新聞社)ビルマの鳥の木2.jpg 『ビルマの鳥の木』新潮文庫

 免疫学者・多田富雄氏のエッセイ集で、それまで比較的マイナーな雑誌や新聞に発表した小文を集め、「旅のトポロジー」「花のある日々」「生命へのまなざし」「能の遠近法」の4章に再構成してあります。

 いずれも芳醇で奥深い文章で、紀行文だけでなく、生命や医学、さらに能楽に関する話まで、著者の文化的才能のエッセンスが詰まっています。ただし個人的には、著者が〈生命医学〉や〈能〉について書いた本はそれぞれ単独で読むことができるため、紀行文を集めた「旅のトポロジー」が新鮮で良かったです。

 著者の深い思索の1つの背景として、学会で世界中を飛び回り、著名な学者らと交わる一方で、ホテルを飛び出して土地の人や歴史や自然に接し、特に必ずその都市のダウンタウンには行って、市井の人々の息吹を肌で感じている姿勢があることがわかりました。

 アメリカで実験用マウスのルーツを探った「グランビーのねずみおばさん」は、タイトルもいいけれど、内容もしみじみとさせられるもの。チリ訪問記「サンティアゴの雨」も、政情不安の国の若者に向ける温かい眼差しがいい。イタリア貴族の後裔を訪ねた「パラビィチーニ家の晩餐」では、ローマ史やルネサンス文化に関する該博ぶりに根ざした"格調高い"文化芸術論、と思いきや、文末に、敢えて「キッチュな体験をできるだけ悪趣味なバロック調に仕上げて」みたとあり、思わずニッコリしてしまいました。

 「ビルマの鳥の木」では、無数の鳥が群がることで有名なバードツリーの下で、鳥の鳴き声に包まれて感じた"火葬されているような感覚"や、その時に想った"DNAのランダムなつながり" "原初的な死"を語っていますが、自分はこれを読んで、梶井基次郎の「桜の樹の下には」を思い出しました。ただし、著者が感じたものは、より尖鋭的な"東洋的な死"の感覚だったのではないかと思います。

 【1998年文庫化[新潮文庫]】

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見ても良し、読んでも良しの充実した内容(特に芸術面)。

スペイン10.JPGスペイン64.JPG アルハンブラ.jpg 
スペイン』['92年/新潮社]/アルハンブラ宮殿(グラナダ)/サン・フェルミン祭ほかスペインの祭の紹介(本書)
サグダラ・ファミリア(バルセロナ)/アルカサル(セビリャ)
スペイン14.JPGSagrada Familia.jpgアルカサル.jpg 海外に旅行し、または滞在する際に、少しでもよくその国の歴史や文化を知っておけば、その旅行や滞在の意義もより深いものになるかと思いますが、このシリーズはそうした要望に充分応えるものだと思います。

スペイン11.JPG 自分の場合、スペイン旅行に行く前に本書『スペイン』を購入したのですが、同シリーズは全10巻となっていて、他に「アメリカ」「イギリス」「ドイツ」「フランス」「イタリア」「インド」「韓国」「中国」「ロシア」があり、1冊3千円ぐらいと価格的に安くはないけれど、本当に内容は価格に見合ったものであったと思いました。

 全編に美しいカラー写真が多用されていてガイドブックとしても楽しめ、また多くの専門家グループによる執筆内容は広範囲にわたり奥行きも深いものです。 
 関連書籍案内、旅行会話、歴史年表、人名索引などが付録されているのも丁寧です。それとは別に総索引もあります。
 帰国後も書棚の1冊として写真を楽しむのも良いし、その内容に再度触れるのも良いです。

 本書『スペイン』は、「歴史・地理」「芸術」「生活・風俗」の3部構成で、いずれも密度の濃い内容ですが、特に「芸術」については、美術、建築、文学演劇から音楽、映画まで広く網羅し充実しており、建築に関して言えば、ガウディの「サグダラ・ファミリア」もスゴイけれども、アンダルシア地方に特に多く見られるイスラム建築も、それにも増してスゴイなあと、構造解説などを読んで改めて感心しました(とりわけ「アルハンブラ」と「アルカサル」は驚異的なまでの構造美)。
 スペインを舞台に描いた外国作家や外国映画まで紹介されていて、映画ファンには大変参考になります。
 
 それにしても、ベラスケス、ゴヤ、グレコ、ピカソ、ミロ、ダリからアントニオ・ガウディ、パブロ・カザルス、アンドレス・セゴビア、ナルシソ・イエペス、プラシド・ドミンゴまで、この国は世界的芸術家・巨匠の宝庫であると改めて感じさせられます。

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今自分が生きている人生や世界について考えさせられる旅記録。トルコ、チベットが特に印象的。

全東洋街道 写真集.jpg 全東洋街道 上.jpg 全東洋街道 下.jpg    月刊PB1980年10月号.jpg月間PLAYBOY.jpg月刊PLAYBOY2.jpg
単行本 ['81年/集英社]/『全東洋街道 上 (1)  (2) (集英社文庫)』 〔'82年〕/「月刊PLAYBOY」'80年7月号・9月号・10月号
全東洋街道00.jpg藤原新也.jpg 写真家・藤原新也氏によるトルコ・イスタンブールからインド、チベットを経由して東南アジアに渡り、香港、上海を経て最後に日本・高野山で終る約400日の旅の記録で、「月刊PLAYBOY」の創刊5周年企画として1980年7月号から1981年6月号まで12回にわたって連載されたものがオリジナルですが、藤原氏の一方的な意見が通り実行された企画だそうで、そのせいか写真も文章もいいです。(1982(昭和57)年・第23回「毎日芸術賞」受賞)

全東洋街道1.jpg 旅の記録というものを通して、今自分が生きている世界や人生とはどういったものであるのか、その普遍性や特殊性(例えば日本という国で生活しているということ)を、また違った視点から考えさせられます。

 アジアと一口に言っても実に多様な文化と価値観が存在し、我々の生活や常識がその一部分のものでしかないこと、そして我々は日常において敢えてそのことを意識しないようにし、世界は均質であるという幻想の中で生きているのかも知れないと思いました。
 そうやって麻痺させられた認識の前にこうした写真集を見せられると、それは何かイリュージョンのような怪しい輝きを放って見えます。
 しかしそれは、例えばトルコの脂っぽい羊料理やチベットの修行僧の土くれのような食事についての写真や記述により、この世に現にあるものとして我々に迫り、もしかしたら我々の生活の方がイリュージョンではないかという不安をかきたてます。

帯付き単行本 ['81年]

全東洋街道01.jpg そうした非日常的"な感覚にどっぷり浸ることができるという意味では、東南アジアとかはともかく、トルコやチベットなど今後なかなか行けそうもないような地域の写真が、自分には特に興味深く印象に残りました。
 
 著者は帰国後、雑誌「フライデー」に「東京漂流」の連載をスタートしますが、インドで犬が人の死体を喰っている写真をサントリーの広告タイアップ頁に載せて連載を降ろされてしまいます(その内容は、東京漂流』(情報センター出版局/'83年、朝日文芸文庫/'95年)で見ることができる)。

東京漂流.jpg乳の海.jpg 同じ'80年代の著書『乳の海』('84年/情報センター出版局、'95年/朝日文芸文庫)で、日本的管理社会の中で自我喪失に陥った若者が自己回復の荒療治としてカルト宗教に走ることを予言的に示していた著者は、バブルの時代においても醒めていた数少ない文化人の1人だったかも知れません。

 【1981年単行本[集英社]/1982年文庫化[集英社文庫(上・下)]】

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意外とエキセントリックな印象を受ける河口慧海。大ボラ吹きではないかと言われたのもわかる。

チベット旅行記 1.jpg チベット旅行記 2.jpg チベット旅行記 3.jpg  チベット旅行記 上.jpg  チベット旅行記 syou.jpg
講談社学術文庫(全5巻) 〔'78年〕(表紙絵:平山郁夫)『チベット旅行記 1 (1) (講談社学術文庫 263)』『チベット旅行記 2 (2)』『チベット旅行記 3 (3) (講談社学術文庫 265)』『チベット旅行記 4 (4) (講談社学術文庫 266)』『 チベット旅行記 5 (5)』  講談社学術文庫(上・下巻) 〔2015年〕『チベット旅行記(上) (講談社学術文庫)』『チベット旅行記(下) (講談社学術文庫)』 抄本 『チベット旅行記 抄 (中公文庫BIBLIO)』['04年]

河口慧海.jpg インド仏典の原初の形をとどめるチベット語訳「大蔵経」を求めて、100年前に鎖国状態のチベットに渡った河口慧海(1866-1945)のことを知ったのは、中学校の「国語」の教科書だったと記憶しています。雪のヒマラヤを這っている"不屈の求道者"慧海の挿絵が印象的でした。

 事実、「近代日本の三蔵法師」」と言われた人ですから、「高貴なインテリ僧」を思い描いていましたが、この旅行記(探検記)を読んでかなりイメージが変わりました。
 語り口がユニーク、エキセントリックというか、誇大妄想癖があるかと思えば、すっとぼけている面もあるというか、彼が帰国後に一時、大ボラ吹きではないかと言われたのもわかります。

チベット旅行記 旺文社文庫.jpg かなり粘着質なのか、出発のときにどんな餞別を貰ったかということから(だからなかなか出発しない)、チベットの人はどうやって用を足すのかということまで(ほとんど文化人類学者の視点)細かく書かれています。
 結果として、当時の日本やチベットことがよくわかる記録となっています。
 そのくせ、時々記述がジャンプしたりして、彼がどういうルートでインドから徒歩でヒマラヤ越えしたのかなどはよくわかりません。
 これは、彼のチベット旅行が"密入国"であったことも関係しているのかもしれません。

 旺文社文庫に1巻で収められていましたがその後絶版になり、旺文社文庫版と同年に刊行された講談社学術文庫では5分冊になっています(講談社学術文庫は時々こうした細かい分冊方式をとるけれどどうして? 但し、本書に限って言えば、表紙は平山郁夫(1930-2009)画伯が絵を描いている学術文庫の方が良いが(その後、2015年に上下2刊の改訂版が講談社学術文庫にて刊行))。

チベット旅行記 (1978年) (旺文社文庫)

チベット旅行記 高原の泥沼中に陥る.gif   チベット旅行記 モンラム祭場内の光景及び問答.gif
高原の泥沼中に陥る      モンラム祭場内の光景及び問答 (ともに電子書籍版(グーテンベルグ21)より)

 仏教・仏典に関する記述など専門家以外にはやや退屈な部分もありますが、'04年に中公文庫BIBLIOでエッセンスを1冊にまとめた抄本が出ていますので、そちらの方が手軽には読めるかも知れません。さらにサワリだけならば、電子書籍版(グーテンベルグ21)で閲読できます。

【1978年文庫化[旺文社文庫 (全1巻)]/1978年再文庫化[講談社学術文庫 (全5巻)]/1980年単行本・2004年改訂〔白水社 (上・下)〕/2004年抄本〔中央公論新社 (全1巻)〕/2015年再文庫化[講談社学術文庫 (上・下)]】

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