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色々な見方を教えてくれるが、1人ひとりの記述が浅くて意外と印象に残らない。。

本当に偉いのか2.JPG本当に偉いのか―あまのじゃく偉人伝.jpg 小谷野敦.jpg 小谷野 敦 氏
本当に偉いのか あまのじゃく偉人伝 (新潮新書)

 福沢諭吉、夏目漱石、坂本竜馬からアレクサンドロス大王やコロンブスまで、明治の偉人たちから始まって世界史、日本史に名を残した人まで、口上通り、「裸の王様」たる偉人たち(存命中の人物を含む)を"独断と偏見"でブッタ斬る―といった感じの本ですが、誰もかれも殆ど貶しているせいか、すっきりするどころか却って読んでいて嫌気がさす人もいるのではないかと余計な心配をしたりもしました。

 実際、Amazon.comのレビューの中にも、「独りよがり」「読むに堪えない」などの評があって、評価はイマイチみたいです。確かに、本当は偉くないという中に漱石だけでなく司馬遼太郎なども含まれていて、ほんとうは偉いという中に渡辺淳一や石原慎太郎がいるのはどうかと思ってしまう人は多いと思います(個人的には著者の以前からの夏目漱石批判には一部共感させられる面もあり、また、渡辺淳一は初期作品はいいと思うのだが)。

 中には当を得たりと思った部分もあったし、また、この人物についてこんな見方も出来るのだなあということを色々と教えてくれているという意味では、まずまず面白かったです。取り上げられている"偉人"たちの中には全否定されているに近い人もいますが、ある部分は認めているようなケース(作家であればある作品は認めているケース)もままあって(宮崎駿3.jpgどちらかというとこのタイプの方が多い)、その人物の著作やその他業績等をその人物のものに限って相対評価するうえでは参考になるかもしれません(例えば、「第三章 本当に偉いのか偉人伝 日本編」で取り上げられている宮崎駿について、初期作品の「風の谷のナウシカ」('84年)は"まぎれもない傑作"としているが、「もののけ姫」('97年)は失敗作とし、更にそれら以前の「ルパン三世~カリオストロの城」('79年)などは秀作としている)。

 但し、1冊の新書に大勢詰め込んだため1人ひとりの人物に関する記述が浅くなった印象もあります。すらすら読める割には意外と印象に残らないのは、自分によりどころとなる知識が少ないせいもあるかもしれませんが、著者自身が説明を端折っているせいもあるのでは。知識だけひけらかしているように見られても仕方無い面もあるように思えますが、著者自身はどう見られるかはあまり気にしていないのかもしれません。

 全般的には、取り上げているそれらの"偉人"たちについて「過大評価」されているのではないかという疑問を呈しているわけであって、全てを評価しないと言っているわけではないし、これだけそれぞれの人物に詳しいということは、それなりにその人の本を読んだり調べたりしたわけだから、意外と著者本人もどこかでその人物に関心や愛着を持っていたりもするのではないでしょうか。仮に著者にそう問うても、まあ、天邪鬼の本性からすれば、そんなことはないと言下に否定されるでしょうが。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
第一章 上げ底された明治の偉人
福沢諭吉/夏目漱石/岡倉天心/柳田國男/幸田露伴/徳田秋聲/南方熊楠/大隈重信/西郷隆盛/森鴎外/樋口一葉/永井荷風/正岡子規/ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)

第二章 本当に偉いのか偉人伝 世界編
アレクサンドロス大王/クリストーバル・コローン(コロンブス)/ベンジャミン・フランクリン/イマニュエル・カント/ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル/ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ/ナポレオン一世/リヒャルト・ワグナー/ハインリヒ・シュリーマン/レフ・トルストイ/フョードル・ドストエフスキー/ガンディー/魯迅/ヴラディーミル・ナボコフ/ハンナ・アレント/ラングドン・ウォーナー/フォービアン・バワーズ/D・H・ロレンス

第三章 本当に偉いのか偉人伝 日本編
石田三成/井原西鶴/和辻哲郎/野上弥生子/福田恆存/中野好夫/丸山眞男/吉田松陰/中島敦/中野重治/上田秋成/坂本竜馬/伊福部昭/尾崎翠/井上ひさし/丸谷才一/十二代市川團十郎/十八代中村勘三郎/司馬遼太郎/中井久夫/宮崎駿/深沢七郎

第四章 誤解の多い偉人/評価保留の偉人
ヘレン・ケラー/ミヒャエル・エンデ/毛利元就/間宮林蔵/野坂昭如/グスタフ・マーラー/光明皇后/筒井康隆/平賀源内/カール・ポパー/谷崎潤一郎/川端康成/ノーム・チョムスキー/牧野富太郎

第五章 あまり知られていない偉人
荻野久作/兼常清佐/ジャン=バティスト・グルーズ/大久保康雄/石山透

第六章 本当は偉いぞ偉人伝
井伊直弼/伊藤博文/山本有三/渡辺淳一/円地文子/大乃国康(芝田山親方)/エミール・ゾラ/本居宣長/フランシスコ・フランコ/曲亭馬琴/野口英世/坪内逍遙/田山花袋/三木卓/石原慎太郎

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世界史上の先人らの生きざまに思いを馳せる本とでも言うべきか。

世界史の叡智.jpg 世界史の叡智2.jpg世界史の叡智 - 勇気、寛容、先見性の51人に学ぶ (中公新書)』『世界史の叡智 悪役・名脇役篇 - 辣腕、無私、洞察力の51人に学ぶ (中公新書)

 著者は東京大学名誉教授で、『ローマ人の愛と性』『馬の世界史』(何れも講談社現代新書)など一般向け著書も多い歴史学者(ローマ史)。本書は、古今東西の歴史上の人物についてその功績や人生、エピソードなどをエッセイ風に紹介したもので、2012年4月から週1回のペースで2年間に渡り「産経新聞」に連載されたものを(連載時のタイトルは「世界史の遺風」)、それぞれ前半と後半の51人ずつが終わった段階で新書化したものです。

 連載の後半部分を纏めた方には「悪役・名脇役」とありますが、前半にも"脇役"級は出てくるし、後半の方にも"主役"級は出てくるので、あまりこのサブタイトルは関係無かったかな。それにしても、著者はローマ史が専門ですが、古今東西、歴史上の人物を幅広く取り上げていることには感心します。西洋に限らず東洋も、更には東洋でも中国や日本に限らず、例えばアジア諸国で言えば、インド、ベトナム、フィリピンなどの歴史上の人物を取り上げています。

 なかなか頭には残らないかもしれませんが、読んでいてそこそこ楽しかったです。各冊の中で、連載で取り上げた順からその人物の歴史上の登場順に並べ変えてあってあって、体系的とまでは言えませんが、歴史の流れの中で読み進むことが出来るようになっています(途中で世界史地図を開きたくなる場面があったかなあ)。

 一方で、エッセイ風ということで、執筆時の政局時評なども枕や結語に織り込まれていて、最初はちょっと邪魔な感じもしましたが、慣れてくると、書かれて時の時局が窺えるのもそう悪くないかなあとも。大した時評でもないのですが(失礼)、これが新聞連載であったことを思い起こさせるうえで多少のシズル感はありました。

 "主役"級の知らざれざるエピソードも悪くないですが、殆ど名前しか聞いたことのないような、或いは存在自体を初めて知る"脇役"的人物のエピソードもなかなか楽しいです。但し、そうした中には歴史的ポジショニングが3ぺージ半程度の文章の中で充分に掴み切れない人物もいて、これは自らの知識の無さによるものでしょうが、さりげなく読者を選んでいるような印象も。

 殆どの人物解説においてその人物の肖像画やポートレートを掲載しているのは親切です。それぞれのまえがきが、51人の名前を織り込んで世界史を俯瞰する文章になっているのは、やや強引なところもありましたが、これが一番苦心したのではないかなと思ってしまいました。

 世界史の試験に絶対出なさそうな人が結構多いし、それだけに、読んで他人に薀蓄を垂れるようなものでもなく、一人、世界史上の先人らの生きざまに思いを馳せる本とでも言うべきでしょうか。

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歴史資料・教科書として充実した内容。図鑑としては最高レベルのレイアウト。

戦争の世界史大図鑑.jpg 戦争の世界史大図鑑1.bmp      世界で一番美しい元素図鑑.jpg
戦争の世界史 大図鑑』(30.2 x 25.2 x 3.2 cm)(2008/07 河出書房新社)      『世界で一番美しい元素図鑑』(2010/10 創元社)

 最近『世界で一番美しい元素図鑑』('10年/創元社)という本を閲読して、写真は綺麗だけれど、全体のレイアウトがややどうかと思われました(写真をただ置いているという感じ)。一方、本書は、理系と文系の違いはありますが、個人的には図鑑としては最高レベルのレイアウトではないかと思っている本です(「美しい」図鑑の条件としては、レイアウトの要素の方が写真そのものの綺麗さよりも重要だったりするのでは)。

戦争の世界史大図鑑2.jpg 古代紀元前2450年頃メソポタミアのシュメール王朝初期に起こった「ラガシュとウンマの抗争」、そして紀元前1468年頃にエジプト軍とパレスティナ軍が戦った「メギドの戦い」から現代のコソヴォ紛争やイラク戦争、テロ攻撃まで、世界史上の主要な戦争を、オールカラー編集で多数の写真や絵画、地図その他多数の資料を駆使しつつ解説したものです。

 歴史家R・G・グラントの編著による本書の原題はずばり"Battle"(日本語版総監修は樺山紘一氏)、古代から現代までの5000年にわたる戦争の歴史を取り上げる中に、日本の戦国時代における合戦(桶狭間の戦いから大阪夏の陣まで)なども紹介されています。

戦争の世界史大図鑑3.jpg 全体が「古代の戦争」「中世の戦争」「近代の戦争」「帝国と革命」「世界大戦の時代」という大括りされた中で、例えば「近代の戦争」の章における「権力と宗教」という節では「フランスによるイタリア戦争」「宗教戦争」「三十年戦争」「イングランド内戦」「王家の戦争」「大北方戦争」という項目立てがあり、「年表」的と言うより「教科書」的であると言えます。

 更に例えば「イングランド内戦」の中では「マーストンムーアの戦い」から「タンバーの戦い」まで5つの戦闘を地図や図版と併せて解説していて(こうなると一般の「教科書」よりずっと詳しいか)、また、ここにおいては、当時の戦闘で用いられた「大砲」にフォーカスして、見開き、写真・絵入りで解説しているという―この丁寧さ、取り上げる戦闘及び付帯事項も含めた解説のきめ細かさ。

戦争の世界史 大図鑑4.bmp 古戦場の遺跡や当時使用された武器等を写真も豊富で、特に武器には力を入れていて、古代・中世から近代戦争まで節目ごとにフューチャーしており、「武器史」としての充実度も高く、そうしたことがまた、名前しか聞いたことのなかった戦闘の実像を、活き活きとしたイメージでもって見る者の脳裏に再現させるシズル感効果を醸しています。

 多くの情報量を一冊に盛り込むために、図版と文字を少しずつ重ねたりもしていますが、そのことによって読みにくくはなっておらず、レイアウトに細心の注意と工夫が施されていると思いました。

 本書序文は、編著者R・G・グラントとは別の人が書いていますが、「戦争が人間の常態であった」とし(本書を概観するとつくづくそう思う)、本書はそうした戦争をロマン視も理想化もせず、素顔のまま紹介していると評価しており、樺山紘一氏も日本語版序文で、「戦争についての冷静な記述として、類書のうちで最も信頼できるもののひとつ」としています。

 一方で樺山氏は、「ただし、ここで基調となっているのは、いうまでもなくアングロサクソンの視線である」ともしており、そのことは、序文執筆者が、毛沢東の「政治とは、流血を伴わぬ戦争である。一方、戦争とは、流血を伴う政治である」という一文を引用し、アリストテレスの「我々は平和のためには戦争をも辞さない」という言葉を引いて序文を締め括っていることなどとも関係していると思われます。

 本書の緻密さは、"兵器オタク" のような人を満足させるに足るレベルまで達しているかも知れませんが、随所にある武将や軍人に対する記述などを見ても編著者自身が戦争に迎合的であるような気配は無く、あくまで、歴史資料・(歴史事実を知るという意味での)教科書として読んでいい本であり、また、詳細なだけでなく、分かり易いと言う点で一級品であるように思いました(『元素図鑑』より1万円以上高い価格は妥当か)。

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無味乾燥ではない分、世界史への興味が増すことは請け合い。世界史嫌いを直す効果は大?。

年号記憶術 世界史を俳句で覚える本.jpg 『年号記憶術―世界史を俳句で覚える本 (1968年) (カッパ・ブックス)

 世界史に関する一般向けの著書を多く著した三浦一郎(1914‐2006)の本で、このヒト、後に上智大学の名誉教授になりますが、本書を刊行した時点では、茨城大学教授でした。

年号記憶術―世界史を俳句で覚える本.jpg 世界史の年号を「俳句で覚える」本ということなのですが、その俳句というのが結構"アダルト"向けの語呂合わせが多いです。

 例えば「女房の 裸も見れない ストイック」(B.C.307年 ゼノン、ストア学派を開く)、「恐妻家 夜這いもできぬ クロービス」(481年 フランク王クロービス即位)とか、「回教で 老夫婦まで 回春し」(622年 マホメットのヘジラ)、「玄焋は セックス肉断ち 天竺へ」(629年 玄焋、インド旅行へ出発)とか、「避妊用意 蒙古が来たぞ 女ども」(1241年 ワールシュタットの戦い、蒙古軍の襲来)とか、「ビロードの ような手触り『金瓶梅』」(1610年 『金瓶梅』成る)...etc.

 「色婆々と名誉革命 血が出ない」(1688年 イギリス名誉革命)なんてスゴイのもあるけれど、「年号」そのものとしては、半分以上は試験には出ないんじゃないかなあ(『金瓶梅』が成った年とか、タバコがサー・ウォルター・ローリーによってエリザベス女王に献じられた年なんてねえ)。

 でも、読み物のように読めて、世界史への興味が増すことは請け合いです。1ページ1事件で、解説部分はしっかりしていて(或いは、更に"雑学"の世界に入り込んでいて)、世界史の勉強を無味乾燥な記憶作業として嫌っている学生には、世界史嫌いを直す効果は大きいかも?

世界史こぼれ話 1.2 三浦一郎.jpg '55年に著した『世界史こぼれ話』が'73年から角川文庫にシリーズで収められて人気を博した著者ですが、本書はその角川文庫化より5年くらい前の刊行で、これはこれで結構読まれたのではないでしょうか。

 エッセイストでもあり、洒脱な文章を得意とした著者ですが、学者がこうした本を出すというのは、まだその頃の方が、全てにおいて鷹揚な時代でもあったのかも。

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インディ・ジョーンズ的自伝から、目立ちたがりと内向性の並立した複雑な性格をあぶり出す。

アラビアのロレンス37.JPG アラビアのロレンス 岩波改版版.jpg  『知恵の七柱』(全3巻).jpg アラビアのロレンス.jpg
アラビアのロレンス (1963年)』/『知恵の七柱 (1) (東洋文庫)』(全3巻)/映画「アラビアのロレンス」(1962)

アラビアのロレンス奥.JPG トーマス・エドワード・ロレンス(1888-1935)が第1次大戦後に書いた自伝『知恵の七柱(全3巻)』('68年/平凡社東洋文庫)の新訳の刊行が'08年8月からスタートしており、今もって根強い人気があるのかなあと。
 映画 「アラビアのロレンス」で知られるT・E・ロレンスは、第1次世界大戦中、トルコの圧政に抵抗して蜂起したアラブ人を率いて戦い、生涯で9回の戦傷、7回の航空機事故、33回の骨折に遭うなど何度もインディ・ジョーンズ   .jpg死地を脱してきた軍人で、考古学者でもあり、ちょっとインディ・ジョーンズっぽい感じもします(7回も航空機事故に遭えば、普通はその何れかで事故死しているのではないか。「知恵の七柱」というのも何だか冒険映画のサブタイトルみたい。映画「アラビアのロレンス」自体、その「知恵の七柱」を翻案したものなのだが)。

旧版 (1940年初版)  映画ポスター (1963年日本公開)
アラビアのロレンス1.jpgアラビアのロレンス 映画ポスター.jpg 英文学者・中野好夫(1903-1985)による本書は、ロレンスの死後5年を経た'40年に初版刊行、'63年に同名の映画の公開に合わせ23年ぶりに改訂・補筆されています(自分が読んだのは改訂版の方で、著者が改訂版を書いた1963年時点でも、『知恵の七柱』の日本語訳は未刊だった)。

 ロレンスの生い立ちから活動の変遷とその時代背景の推移、自身の華やかな過去の名声からの隠遁とオートバイ事故によって死に至るまでを描いており、政治史的な背景についての説明もなされていますが、記述の大部分は、『知恵の七柱』を参照しており、文学書の読み解きといった感じも。

 修辞的表現が多いからと言って『知恵の七柱』を"創作"と言ってしまったらロレンスに悪いのだろうけれど、著者自身は、書かれていることの真偽を考察しながらも、概ね事実とみなしているようです。
 デヴィッド・リーンの映画がそもそも、この"砂漠の冒険譚"的要素に満ちた『知恵の七柱』をベースにしており、そのため、本書と映画との相性はバッチリといったところで、しいて言えば著者の訳が古風すぎるのが難点か。

Lawrence of Arabia - Thomas Edward Lawence.jpg ロレンスを神格化しているという批判もあって(彼は実は英国の国益ためだけに行動したという説もある)、そうだったのかなと思って読み返しましたが、政治的動機はともかく、軍事的な天才であったことは確かで、とりわけ、アラブ人を組織化して戦闘ゲリラ部隊を創り上げてしまう才能は卓越しています。

 また、中野好夫は文学者らしく、ロレンスの目立ちたがり屋と内向性の並立した極端かつ複雑な性格を、自伝や書簡、逸話などからよくあぶり出しているように思えました。
 女性との交わりが無かったこと(一生を通じて偏見的なまでの女性憎悪を抱いていた)、同性愛者と言うより性癖としてはマゾヒストだった可能性がある(そう思わせる記述が『知恵の七柱』にある)としていますが、このことは映画でも、敵に囚われ拷問されるシーンでウットリした表情を見せることで示唆されています。

 Lawrence of Arabia - Thomas Edward Lawence (1888-1935)

 映画と実人物の違いで、最も差があるのは身長かも知れません(長身のピーター・オトゥールに比べ、ロレンスは身長165cmと英国人にしては低かった)。でも、生来のスタイリストで、顔つきも鋭く、アラブ服を着ると、映画のピーター・オトゥールと同じように見え、やはりカッコいい。
Arabia no Rorensu(1962)
アラビアのロレンス 62.jpgArabia no Rorensu(1962).jpg
「アラビアのロレンス」●原題:LAWRENCE OF ARABIA●制作年:1962年●制作国:イギリス●監督:デヴィッド・リーン●製作:サム・スピーゲル●脚本:ロバート・ボルト●撮影:フレデリック・A・ヤング/ニコラス・ローグ ●音楽:モーリス・ジャール●原作:T・E・ロレンス 「知恵の七柱」●時間:207分●出演:ピーター・オトゥール/アレック・ギネス/アンソニー・クイン/オマー・シャリフ/ジャック・ホーキンス/アーサー・ケネディ /アンソニー・クエイル/アラビアのロレンス(洋画ポスター).jpgアラビアのロレンス 1971.bmpアラビアのロレンス 1970.bmpホセ・ファーラー/クロード・レインズ/ドナルド・ウォルフィット/マイケル・レイ/ジョン・ディメック●日本公開:1963/12●配給:コロムビア映画 ●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-01-14)(評価:★★★★)●併映:「七年目の浮気」(ビリー・ワイルダー)/「フロント・ページ」(ビリー・ワイルダー)  映画チラシ (1970年/1971年/1980年 各リヴァイバル公開時)

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「ゲットー」→「強制収容所」→「絶滅収容所」という流れと痕跡を消された収容所。

ホロコースト―ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌.jpg  ロシア・ウクライナ・1942.jpg ナチ部隊のウクライナでの虐殺行為(1942年)(トルーマン大統領図書館)
ホロコースト―ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌 (中公新書 (1943))』 ['08年]

 ヒトラー政権下でナチ・ドイツにより行われたユダヤ人大量虐殺=ホロコーストの全貌を、広範な史料をもとに、丹念に時間軸に沿って検証した労作。

 本書を読むと、ナチ・ドイツはポーランド占領('39年)までは、ユダヤ人の「追放」を考え、それまでの過渡期として「ゲットー」(ユダヤ人強制居住区)に彼らを押し込め、将来の移送先としてソ連を想定していたのことです(当初は"マダガスカル"という案もあったが)。

 それが、独ソ戦において一旦はレニングラードまで侵攻したしたものの(この間にも、バルト3国やロシアでは多くのユダヤ人や共産主義者がナチにより射殺されている(右写真=本書より))、このロシア戦線が膠着状態に入ると、「最終解決策」として強制収容所のユダヤ人を虐殺することに方針転換していったことがわかります(最後まで「追放」を主張したナチ将校もいた)。 

ベルゲン=ベルゼン(Bergen-Belsen)強制収容所の死体埋立て場の一つ(トルーマン大統領図書館 Truman Library,Acc.jpg また、「強制収容所」とは建前はユダヤ人を強制労働させるものであったものですが、それでも、ベルゲン・ベルゼンなど基幹13収容所だけで100万人近くものユダヤ人が病気などで命を落としたとのこと。
ベルゲン・ベルゼン強制収容所の死体埋立場 (トルーマン大統領図書館)

 一方、大量殺戮に方針転換してからヘウムノに最初に設けられた('41年)「絶滅収容所」は、まさにユダヤ人の殺害のみを目的としたもので、こうした「絶滅収容所」としては、犠牲者110万人と見積もられるアウシュヴィッツが有名ですが、アウシュヴィッツと同時期に設けられたベウジェッツ、ソビブル、トレブリンカの3つ「絶滅収容所」の犠牲者数の合計は175万名とアウシュヴィッツでの犠牲者数を上回っていること、これら3収容所は、ナチがユダヤ人労務者に解体させ、最後に彼らも殺害したため、ほとんど痕跡が消されてしまっていること、こうした収容所の多くは現在のポーランドにあり、ドイツ系ではなくポーランド系のユダヤ人が最も多く犠牲になったことなどを初めて知りました(3つの「絶滅収容所」を設けたラインハルト計画は、記録映画「SHOAH」('85年)で世に知られるようになった)。

 ナチの政策史だけでなく、ナチの個々の将校や収容所長などの施策の違いや、収容所内での人々の様子、大量殺戮の模様なども、戦犯裁判などの史料や生存者の証言などをもとに丹念に調べていて、努めて冷静に事実のみを追っている分、逆に一気に読ませるものがあるとともに、繰り返される虐殺の犠牲者数の多さには、「一人の死は悲劇だが、数百人の死は統計でしかない」という言葉さえも思い出されました。

アドルフ・アイヒマン.jpg 最後にホロコーストの研究史が概説されていて、ユダヤ人を大量殺戮することがいつどのように決定されたのか、ホロコーストを推進した中心は何だったのかについてのこれまでの論議の歴史的推移が紹介されており、後者の問題については、ヒトラー個人のイデオロギーに帰する「意図派」と、当時のナチ体制の機能・構造から大量殺戮がユダヤ人問題の「最終解決」になったとする「機能派・構造派」が元々あったのが、後に、ナチ体制の官僚制を、組織や規律の下での課題解決に専念することに傾斜する近代技術官僚的な「絶滅機構」だったとする捉え方が有力視されるようになったとのこと。
アドルフ・アイヒマン (1906-1962)

 個人的には、この見方を最も体現したのが、戦後アルゼンチンに脱走し、'60年にモサドに捕まり、イェルサレム裁判で死刑判決を受けたアイヒマンではなかったかと思いました。先の「一人の死は...」はアイヒマンの言葉。彼は、典型的なテクノラート(言い換えれば「有能な官吏」)だったと言われているとのことです。 

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複雑な問題をわかり易く説明することのプロが、時間をかけて書いた本だけのことはあった。

まんが パレスチナ問題.jpg 『まんが パレスチナ問題 (講談社現代新書)』 ['05年]    sadat.jpg アラファト.jpg

 旧約聖書の時代から現代まで続くユダヤ民族の苦難とパレスチナ難民が今抱える問題、両者の対立を軸とした中東問題全般について、その宗教の違いや民族を定義しているものは何かということについての確認したうえで、複雑な紛争問題の歴史的変遷を追ったもので、周辺諸国や列強がどのようなかたちでパレスチナ問題に関与したか、それに対しイスラエルやパレスチナはどうしたかなどがよくわかります。

 最初のうちは、マンガ(と言うより、イラスト)がイマイチであるとか、解説が要約され過ぎているとか、地図の一部があまり見やすくないとか、心の中でブツブツ言いながら読んでいましたが、結局、読み出すと一気に読めてしまい、振り返ってみれば、確かに史実説明が短い文章で切られているため因果関係が見えにくくなってしまい、歴史のダイナミズムに欠ける部分はあるものの、全体としては、わかり易く書かれた本であったという印象です。

 ユダヤの少年ニッシムとパレスチナの少年アリによるガイドという形式をとっていて、(会話体の割には教科書的な調子の記述傾向も一部見らるものの)双方のパレスチナ問題に関する歴史的事件に対する見解の違いを浮き彫りにする一方で、ちょっと工夫されたエンディングも用意されています。

 著者は、広告代理店の出身で、教育ビデオの制作などにも携わった経験の持ち主ですが、複雑な問題をわかり易く説明することにかけてのプロなわけで、そのプロが、2年半もの時間をかけて書いた本、というだけのことはありました。

 読み終えて、ロンドンのロスチャイルドのユダヤ人国家建国の際の政治的影響力の大きさや、'48年、'56年、'67年、'73年の4度の中東戦争の経緯などについて新たに知る部分が多かったのと、サダト・元エジプト大統領に対する評価がよりプラスに転じる一方で、アラファト・元PLO議長に対する評価のマイナス度が大きくなりました。


 要所ごとに、「十戒」「クレオパトラ」「チャップリンの独裁者」「アラビアのロレンス」「夜と霧」「屋根の上のバイオリン弾き」「栄光への脱出」といった関連する映画がイラストで紹介されているのも馴染み易かったです。

屋根の上のバイオリン弾き.jpg屋根の上のバイオリン弾き2.jpg 「屋根の上のバイオリン弾き」('71年)は、もともと60年代にブロードウェイ・ミュージカルとして成功を収めたもので、ウクライナ地方の小さな村で牛乳屋を営むユダヤ人テヴィエの夫婦とその5人の娘の家族の物語ですが、時代背景としてロシア革命前夜の徐々に強まるユダヤ人迫害の動きがあり、終盤でこの家族たちにも国外追放が命じられる―。

Topol in Fiddler On the Roof
『屋根の上のバイオリン弾き』(1971).jpg 映画もミュージカル映画として作られていて、テーマ曲のバイオリン独奏はアイザック・スターン。ラストの「サンライズ・サンセット」もいい。

 主演のトポルはイスラエルの俳優で、舞台で既にテヴィエ役をやっていたので板についていますが、森繁の舞台を先に見た感じでは、やはりこの作品は映画より舞台向きではないかという気がしました("幕間"というものが無い映画で3時間は結構長い)。

Katharine Ross in Voyage Of The Damned
Katharine Ross Voyage Of The Damned.jpgさすらいの航海(VOYAGE OF THE DAMNED).jpg 事件的にはややマイナーなためか紹介されていませんが、第2次大戦前夜、ドイツから亡命を希望するユダヤ人937名を乗せた客船が第二の故郷を求めて旅する実話の映画化「さすらいの航海」('76年/英)なども、ユダヤ人の流浪を象徴する映画だったと思います。

 船に乗っているのは比較的裕福なユダヤ人たちですが、ナチスVoyage of the Damned1.jpgの策略で国を追い出されアメリカ大陸に向かったものの、キューバ、米国で入港拒否をされ(ナチス側もそれを予測し、ユダヤ人差別はナチスだけではないことを世界にアピールするためわざと出航させた)、結局また大西洋を逆行するという先の見えない悲劇に見舞われます。

Voyage of the Damned2.jpg この映画はユダヤ人資本で作られたもので、マックス・フォン・シドーの船長役以下、オスカー・ヴェルナーとフェイ・ダナウェイの夫婦役、ネヘミア・ペルソフ、マリア・シェルの夫婦役、オーソン・ウェルズやジェームズ・メイソンなど、キャストは豪華絢爛。今思うと、フェイ・ダVOYAGE OF THE DAMNED Faye Dunaway.jpgナウェイのような大物女優からリン・フレデリック、キャサリン・ロスのようなアイドル女優まで(キャサリン・ロスは今回は両親を養うために娼婦をしている娘の役だが)、よく揃えたなあと。さすがユダヤ人資本で作られた作品。但し、グランドホテル形式での人物描写であるため、どうしても1人1人の印象が弱くならざるを得なかったという映画的な弱点も見られたように思います。

FIDDLER ON THE ROOF 1971.png『屋根の上のバイオリン弾き』(1971)2.jpg「屋根の上のバイオリン弾き」●原題:FIDDLER ON THE ROOF●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督・製作:ノーマン・ジュイスン●脚本:ジョセフ・スタイン●撮影:オズワルド・モリス●音楽:ジョン・ウィリアムス●原作:ショーレム・アレイヘム「牛乳屋テヴィエ」●時間:179分●出演:トポル/ノーマ・クレイン/ロザリンド・ハリス/スカラ座.jpg新宿スカラ座22.jpgミシェル・マーシュ/モリー・ピコン/レナード・フレイ/マイケル・グレイザー/ニーバ・スモール/レイモンド・ラヴロック/ハワード・ゴーニー/ヴァーノン・ドブチェフ●日本公開:1971/12●配給:ユナイト●最初に新宿スカラ座.jpg観た場所:新宿ビレッジ2(88-11-23)(評価:★★★☆)

新宿ビレッジ1・2 新宿3丁目「新宿レインボービル」B1(新宿スカラ座・新宿ビレッジ1・2→新宿スカラ1・2・3) 2007(平成19)年2月8日閉館

 

吉祥寺スカラ座・吉祥寺オデヲン座・吉祥寺セントラル・吉祥寺東宝
吉祥寺東亜.jpg「さすらいの航海」●原題:VOYAGE OF THE DAMNED●制作年:1976年●制作国:イギリス●監督・製作:スチュアート・ローゼンバーグ●撮影:オズワルド・モリス●音楽:ラロ・シフリン●原作:ゴードン・トマス/さすらいの航海 リン・フレデリック4.jpgマックス・モーガン・ウィッツ「絶望の航海」●時間:179分●出演:フェイ・ダナウェイ/オスカー・ヴェルナー/リン・フレデリック/マックス・フォン・シドー/マルコム・マクダウェル/リー・グラント/キャサリン・ロス/オーソン・ウェルズさすらいの航海 ウェルズ2.jpg/ジェームズ・メイソン吉祥寺セントラル・吉祥寺スカラ座.jpg/マリア・シェル/ネヘミア・ペルソフ/ホセ・フェラー/フェルナンド・レイ●日本公開:1977/08●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:吉祥寺スカラ座 (77-12-24)(評価:★★★)●併映:「シビルの部屋」(ネリー・カフラン) 
吉祥寺スカラ座 1954(昭和29)年、吉祥寺駅東口付近に「吉祥寺オデヲン座」オープン。1978(昭和53)年10月、吉祥寺オデヲン座跡に竣工の吉祥寺東亜会館3階にオープン(5階「吉祥寺セントラル」、2階「吉祥寺アカデミー」(後に「吉祥寺アカデミー東宝」→「吉祥寺東宝」)、B1「吉祥寺松竹オデヲン」(後に「吉祥寺松竹」→「吉祥寺オデヲン座」)。 2012(平成24)年1月21日、同会館内の全4つの映画館を「吉祥寺オデヲン」と改称、同年8月31日、地下の前・吉祥寺オデヲン座(旧・吉祥寺松竹)閉館。 

吉祥寺東亜会館
吉祥寺オデオン.jpg 吉祥寺オデヲン.jpg

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ネロの生涯は「アグリッピナ・コンプレックス」との闘いだったという印象を持った。

ネロ暴君誕生の条件.jpgネロ―暴君誕生の条件 (中公新書 144)』['67年]Nero Claudius Drusus Germanicus.jpgNero (紀元37‐68/享年30)

 西洋史学者の秀村欣二(1912‐1997、東大名誉教授)が本書で描く"ネロ"像は、彼が"暴君"であったことを否定するものではありませんが、かなり彼に同情的な面もあるかも。

Agrippina with Nero.jpg 本書を読むと、母アグリッピナというのが(息子ネロに刺客を向けられ、「ここを突いて、さあ。ここからネロは生まれたのだから」と下腹を突き出したことで知られる)、これが美人だがかなりドロドロした女性で、叔父にあたる皇帝クラウディウスとの不倫関係を経て妃の座に就き、その夫を毒殺してネロを皇帝にしたわけで、それまでにも権謀術数の限りを尽くしてライバルを排除してきていて、結局そうした血はそのままネロに引き継がれたという感じです。
ネロ母子 (Agrippina with Nero)

 アグリッピナは息子ネロに対し愛人のように振舞うことで彼を操縦しようとしたから、これではネロもたまらない。母子相姦だったとの説もあるものの、最終的に母を拒絶すると、彼女はネロの義兄弟を帝位に就かせようと画策しますが、ネロはこれを謀殺、もうグチャグチャという感じで、妻をとっかえひっかえして、その度に前妻を駆逐したり謀殺したりする彼の行動には、エディプス・コンプレックスが強く滲んでいるように思え、結局、最後は母アグリッピナの殺害に至る―。

 ただ、ネロの統治の最初5年間ぐらいは評価されるべき部分もあると著者は言い、治世の面でも母親との確執はあったものの、政治家としての思い切りの良さなどはあったみたいです(補佐したセネカが、アレキサンダー大王を補佐したアリストテレスほどの大哲人ではなく、アグリッピナの顔色も窺いながらネロを助けていたようで、むしろこの中途半端さの方がイマイチだが)。

ルカ・ジョルダーノ「セネカの死」(1684-1685)/ピーテル・パウル・ルーベンス「セネカの死」(1612-1615)
ルーベンス - セネカの死.jpgジョルダーノ『セネカの死』.jpg ネロ自身は、母を亡き者にし、その呪縛から解かれたように見えたかのようでしたが、新たに迎えた妻の尻に敷かれたりしているうちに性的にもおかしくなって、美少年と結婚式を挙げたりし(周囲が「子宝」に恵まれるよう祝福の言葉を贈ったというのが、恐怖政治におけるブラック・ユーモアとでも言うべきか)、ローマ市民の歓心を得られると思ってやったキリスト教迫害においてその残忍性をむき出しにしたことで却って人心は離れ、母親殺しで兄弟殺しや妻殺しもやっていて、さらに師をも殺した者が帝位にいるのはおかしいと(セネカも自殺を命じられ、彼の非業の死はルネサンス期に多くの画家の作品モチーフとなった)周囲の反発から反乱が起き、遂にネロ自身が自死せざるを得ない状況に陥りますが、死を前にしてなかなか死にきれないでいるところなど、何だか人間味を感じてしまい、自業自得でありながらも妙に哀しかったです。

 著者に言わせれば、「英雄と暴君は紙一重」ということで(殺した人間の数ではアレキサンダーに比べればネロの方がずっと少ないという見方も)、暴君(タイラント)の語源が僭主(非合法に政権を奪取した者)に由来することからすれば多くの英雄がタイラントであり、ネロも"有能な独裁者"、ある種の英雄ではなかったかと(しかし、後世には、元首失格者・人間失格者として、ネガティブな意味での"暴君"像のみが浸透している)。

 個人的には、ネロの生涯はエディプス・コンプレックス(父親不在で母親の方が子離れ出来ないこのタイプを「アグリッピナ・コンプレックス」と呼ぶそうだが)との闘いだったという印象を強く抱き、何となく神話的人物に近いイメージを持ちましたが、本書に書かれていることは、タキトゥスの「年代記」や海外の研究などをもとに著者が概ね客観的立場から述べたものであり、神話や伝説の類ではなく史実であるということでしょう。

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1冊で世界史が分かるだけでなく、歴史とは何かを考えさえてくれる本。

教養としての世界史.jpg 『教養としての世界史 (講談社現代新書 80)』 〔'66年〕

西村貞二.jpg 一人の歴史家が単独で著した世界史の通史で、しかも新書1冊にコンパクトに纏められていますが、過去にも現在にもこうした試みを為した歴史学者は少ないように思え、また、そうしたことが出来る人というのもあまりいなくなっている気がします。

 著者の西村貞二(1913‐2004)は西洋史学者であり、専門は西欧近世史ですが、本書では、西洋史だけでなく、東洋史(東西アジア、インド)、アフリカ史までを網羅し、西洋史の方は、教科書でわかるようなことは出来るだけ端折って、より本質的な、出来事に至る歴史背景や、その出来事によって何がどう変ったのか、それを支えた文化・思想・哲学は何だったのかなどに踏み込んでいるのに対し、東洋史の方はやや教科書的な観があるもののその差は僅かで、全体を通して、史実の取捨選択とポイントを抑えた解説に、歴史に対する透徹した眼力が窺えます。

 とは言え、語り口は極めて平易で、著者なりの史観が、私見として断りを入れながらもどんどん盛り込まれているので、読み物として楽しめながら読めます。

 例えば、ギリシア・ローマ時代を比較し、歴史は教訓ではないとしながらも、あえて歴史に教訓を求めようとするならば、ギリシアよりもローマから学ぶものが多いとしていたり、中国の唐以前の文化に対して唐の文化を極めて高く評価していたり、中世ヨーロッパの歴史を概説した後、これを8世紀のイスラム文化や7世紀から13世紀の中国文化と比べると、明らかに東洋の方に分があるとしています。

 アジア史における日本の位置づけ、特に清朝末期と比較した場合の、明治維新に対する評価と問題点の指摘なども興味深く、誤りの無い歴史はないというか、誤りがあったからこそ前進があったという著者の考えは、最後に自らが引いているヘーゲルの「歴史の幸福なページは空白」なのかもしれないという指摘に通じるものがあります。

 但し、「ヘーゲル史観」などという難しい話は本書には殆ど出てこない、それでいて、読者に知識を与えるだけでなく、歴史とは何かということを考えさせる筆の運びになっているのが、本書の妙ではないかと思います。

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飽きずに読める雑学本。自然科学に限らず、歴史など多岐にわたるSF作家の好奇心。

アシモフの雑学コレクション.jpgIsaac Asimov's Book of Facts 3000 of the Most Entertaining, Interesting, Fascinating, Unusual and Fantastic Facts.jpg    世界史こぼれ話2三浦一郎.jpg 三浦一郎 『世界史こぼれ話 2 (角川文庫)
アシモフの雑学コレクション (新潮文庫)』 "Isaac Asimov's Book of Facts: 3,000 Of the Most Interesting, Entertaining, Fascinating, Unbelievable, Unusual and Fantastic Facts"(原著)

星新一.jpgアイザック・アシモフ.jpg SF作家アイザック・アシモフ(1920‐1992)による原著には3,000 項目の雑学が収められていて、星新一(1926‐1997)がその中から抜粋して編訳していますが、スッキリした翻訳で楽しみながら読め、また、雑学に潜むアシモフの科学的視点というものも大切に扱っている気がしました。
 前半部分は自然科学系の雑学ですが、後半部分は歴史、文学、天才、人の死など様々な分野の雑学となっているのが、歴史本も書いているというアシモフらしく、SF作家としての作風が全く異なる星新一も、その好奇心の幅広さ、旺盛さの部分に共振するものがあったのでしょう。

世界史こぼれ話.jpg世界史こぼれ話 1.2 三浦一郎.jpg 歴史系に限った雑学本では、故・三浦一郎(1914‐2006)の『世界史こぼれ話』('55年/学生社)も楽しい本でした(アシモフのこの本と、歴史に関する部分はトーンが似ている)。
 '73年から角川文庫でシリーズ化され、自分の手元には2巻しか残っていませんが、全部で6巻まであり、これも、比較的飽きずに読める(もちろん暇潰しにはうってつけの)雑学本でした。

真鍋博.jpg 因みに『アシモフの雑学コレクション』のイラストは星新一のショートショート作品には欠かせない存在だった真鍋博(1932‐2000)、『世界史こぼれ話』(角川文庫)は、北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズのイラストなどで知られた佐々木侃司(1933‐2005)、何だか亡くなった人が多くて、少し寂しい。
真鍋 博

《読書MEMO》
●銀河系のなかで、太陽よりも大きい恒星は、5%しかない。5%といっても、50億個だが。(19p)
●冥王星に直接に行こうとすれば、47年かかる。しかし、木星経由だと、25年ですむ。宇宙船は木星の引力で加速され、より早く行けるのだ。(24p)
●1400年代の初期、世界で最もすぐれた天文学者は、モンゴルの王子だった。テムジン(ジンギスカン)の孫のベグ。サマルカンドに天文台を作り、正確な星図と惑星運行表を作成した。(29p)
●蚕はガの一種だが、長い養殖のため、人間の世話なしには生きられない。(53p)
●インフルエンザは、邪悪な星の「影響(インフルエンス)」のためとされ、この呼称となった。(83p)
●バクダッドに病院をたてる時、場所の選定にある方法を使った。各所に肉の塊をつり下げ、最もくさるのがおそかった地点を、最適とした。(84p)
●アルキメデスは入浴中、浮力の原理を発見し、わかったの意味の「ユリーカ」の叫びとともに、裸で街を走り回った。有名な話だが、古代ギリシャでは裸で運動するのが普通で、男の裸は珍しくなかった。(108p)
●(南北戦争時、)陸軍長官のカメロンは、反乱軍を指揮したリー将軍の家へのいやがらせに、その近くに兵士たちを埋葬した。のちに政府の所有となり、アーリントン軍用墓地となった。
●無名時代、ピカソは寒い時、自分の作品を燃やして、あたたかさを求めた。(177p)
●ゆり椅子の発明者は、ベンジャミン・フランクリン。(209p)
●ニュートンは十代の時、母に言われて学校を中退したことがある。農業がむいているのではないかと期待されて。(210p)

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読みやすくはないが、死刑制度の歴史的意味合いを探るうえでは好著。

刑吏の社会史.jpg                   阿部謹也.jpg  阿部 謹也 (1935-2006/享年71)
刑吏の社会史―中世ヨーロッパの庶民生活 (中公新書 (518))』〔'78年〕

 '06年に急逝したヨーロッパ中世史学の泰斗・阿部謹也(1935‐2006)の初期の著作で、「刑吏」の社会的位置づけの変遷を追うことで、中・近世ヨーロッパにおける都市の発展とそこにおける市民の誕生及びその意識生成を追っています。
 かつての盟友で、日本中世史学の雄であった網野善彦(1928‐2004)の『日本中世の民衆像-平民と職人』('80年/岩波新書)などを想起しましたが、「刑吏」という特殊な職業に焦点を当てているのが本書の特徴。

 もともと「処刑」というものは、犯罪によって生じた人力では修復不能な村社会の「傷を癒す」ための神聖な儀式であり、畏怖の対象でありながらも全員がそれを供犠として承認していた(よって、処刑は全社会的な参加型の儀式だった)とのこと。
 当初は原告が処刑人であったりしたのが、12・13世紀ヨーロッパにおいて「刑吏」が職業化し、キリスト教の普及によって「処刑」の"聖性"は失われ"怖れ"のみが残り、その結果、14・15世紀の都市において「刑吏」は賤民として蔑まれ、市民との結婚どころか酒場で同席することも汚らわしいとされ、18・19世紀までの長きに渡り市民権を持てなかった―らしいです。

 本書中盤においては、絞首、車裂き、斬首、水没、生き埋め、沼沢に沈める、投石、火刑、突き刺し、突き落とし、四つ裂き、釘の樽、内臓開きなど様々な処刑の様が解説されていて(後半では「拷問」の諸相が紹介されている)、かなりマニアックな雰囲気も漂う本ですが、例えば絞首には樫の木を使うとか処刑の手続が細かく規定されていたり、仮に罪人が死ななかった場合でもそこで執行はお終いになる(死に至らしめることが目的ではなく、あくまで一回性のものだった)といったことなどからも、「処刑」の「儀式性」が窺えて興味深かったです。

 必ずしも読みやすい構成の本ではないですが、「処刑」が、罪人の処罰よりも社会秩序の回復が目的であり、死刑囚に処刑前に豪華な食事を振舞う「刑吏による宴席」(食欲が無くても無理矢理食べさせた)などの慣習を見ても、都市の発展によりその目的は、特定の遺族や村人の癒しを目的としたものから市民(共同体)の癒しを目的としたものに変容しただけで、残された者の「癒し」を目的としたものであることに変わりはなく、そのため「儀式性」は長く保たれたことがわかります。
 何のために死刑制度があるのか、その歴史的意味合いを探るうえでは好著ではないかと思います。

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ちょっとした智略、時の運で変わる戦局。戦いにまつわるこぼれ話も楽しい。

世界戦史99の謎1.JPG世界戦史99の謎.jpg   世界史法則集_.jpg 世界史法則集.JPG世界史法則集』ゴマブックス〔'75年〕
世界戦史99の謎 トロイの木馬からナポレオン・トンキン湾まで』サンポウ・ブックス〔'75年〕

 世界史の中から様々な戦いを99取り上げ、その戦略・奇略、勝敗の謎や裏話を紹介したもので、2ページ読み切りで、再読でしたが、面白くて1つ1つ改めてじっくり読みました。

 ちょっとした智略、ちょっとした時の運で戦局が大きく変わり、それが歴史の流れを大きく変える節目になったのだとつくづく思わされ、やはり戦争というのは、歴史を決定づける顕著な要素であるなあと。

 たった8万の兵士が80万の大軍を破った「淝水の戦い」や、オスマン帝国の艦隊が山超えをしてビザンチンの首府コンスタンチノープルを攻めたという話、ソマリアやケニアまで遠征したという宦官鄭和の大航海などの壮大な話から、クレオパトラ・楊貴妃・西太后のように女1人で国1つ滅ぼしてしまったような話もあり、後者はまさに「傾城の美女」という感じがし(西太后は美女ではなかったみたいだが)、戦いにまつわる意外な裏話やちょっとしたこぼれ話も楽しいです。

 著者は木村尚三郎(1930‐2006、当時、東大助教授)となっていますが、実際に書いているのは、小宮進氏ら高校教師のグループのようです。

 その小宮進氏の単著『世界史法則集―一を聞いて十を知る世界史攻略のウルトラ記憶術!』('75年/ゴマブックス)も、同じような見開き読みきりで「インド王朝は、三代目で全盛期を迎える」とか「中国史で色のつく名の乱は、農民の世直し闘争を示す」といったものから、「史上の名君にもっとも多く共通する要素は、長寿と、巧みな税政策である」、「女帝がハバをきかせたあとは、混乱の時代がくる」等々まで、受験勉強などに直接役立つかどうかは保証の限りではありませんが、楽しく読めるます。

 「より多くの海を支配するものが、より多くの録も支配する」とか「「大帝国の全盛期は、200年と続かない」、「大統一国家には、つねに民族問題という共通の"泣きどころ"があった」などといった記述は、むしろ、丸暗記タイプの受験参考書よりは、世界史の本質に迫るものかもしれません。少なくとも、これ読むと世界史が嫌いにはならないかも(と言うより、世界史が好きな学生はこの手の本を好むのでは?)。

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教科書で(意図的に?)省かれてしまっていることも網羅。生き生きとした物語風の描写。

教養人の東洋史下03.jpg


東洋史2.JPG
教養人の東洋史 下 15世紀から現代迄  現代教養文庫 548』〔'66年〕

01 林則徐.jpg 02 李鴻章.jpg 03 康有為.jpg 04 袁世凱.jpg 05 孫文.jpg 06 毛沢東.jpg  07 イェニチェリ.jpg 08 スレイマン1世.jpg 09 ムハンマド・アリー.png 10 ターハー・フセイン.jpg 11 ナセル.jpg 12 アクバル1世.jpg 13 タゴール.png 14 ガンジー.jpg 15 スカルノ.jpg
上左から 林則徐/李鴻章/康有為/袁世凱/孫文/毛沢東/イェニチェリ/スレイマン1世/ムハマンド・アリー/ターハ・フセイン/ナセル/アクバル1世/タゴール/ガンジー/スカルノ

 現代教養文庫の『教養人の東洋史(上・下)』('66年)は、 『教養人の世界史(上・中・下)』('64年)の姉妹版で、このシリーズは何れも2ページ見開き1テーマで、広範な視点から世界史上の出来事を選択し、物語風にわかりやすく解説しながらも、それらが時系列できちんと繋がっているという良書でした。

 ともに下巻が身近に感じられ、学校の授業などで最後はスピードアップされて割愛されがちな部分を、もう一度におさらいしてみるには良い本。ただし、「現代」と言っても'60年代の入り口までですが...。

 特に「東洋史」は、本来我々が知っておくべきことであるのに教科書や授業などでは(意図的に?)省かれてしまっていることも、かなり含まれています(出版社の姿勢によるところも大きいと思うが、既に版元は倒産し、本自体も入手が難しくなっている)。

 「東アジア史」「西アジア史」「インド史」の3章にわかれ、「東アジア史」は明朝以降の中国史が中心となりますが、朝鮮史などもとりあげていて、トルコを中心とした「西アジア史」には、中東史との関連でエジプト史などアフリカ史が含まれており、「インド史」にはベトナム、インドネシアなど東南アジアの諸国の歴史上の出来事や人物に関する記述も含まれています。

 歴史の表舞台だけでなく裏舞台で活躍した人物や、小さな反乱・蜂起などもとりあげ、生き生きと描写していて小説を読むように読めるのと、見開きページごとに関連する人物や事件の写真があり、「こんな人がいたんだあ」「こんなことがあったんだあ」という感じで読む者を飽きさせません。

 受験では出題されないけれども、歴史を学ぶ人に本当に知っておいてほしいことを伝えたいという、編者らの意気込みが伝わってきます。

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米軍同行取材に対する批判もあるが、多くのカラー写真が訴えるものはやはり重い。

カラー版  ベトナム 戦争と平和.gifカラー版 ベトナム 戦争と平和.jpg  『ベトナム戦争と平和―カラー版』 岩波新書 〔05年〕

 ベトナム戦争で新聞社所属のカメラマンとして活動した著者に対して、たとえ著者が心情的に解放戦線寄りだったとしても、米軍に同行し、目の前でその米軍に虫けらのように殺されるベトナムの兵士や民間人を撮影していることに対する批判的な見方はあるかも知れませんが、イラク戦争にしてもそうですが、こうした取材スタイルになるのはある程度やむを得ないのではないでしょうか(本書には"北側"からの取材も一部ありますが)。
 
 故沢田教一のように、被写体となった家族を自ら救い、さらにその写真がピュリツァー賞を受賞すると、戦時中に関わらずその家族を訪問し、賞金の一部を渡したというスゴイ人もいましたが、本書は本書なりに、多くのカラー写真が訴えるものは重いと思いました。

 どうも個人的には、1973年の和平協定で米軍が撤退した時の印象が強いのですが、本書はサイゴン陥落はその2年後だったことを思い出させました。戦争終結直前に死亡した政府軍兵士の墓も哀しい。政府や軍の幹部がとっくに海外に逃亡した頃に亡くなっているのです。その後もカンボジア、中国との武力紛争を繰り返し、国力が衰退を極めたにも関わらず、よくこの国は立ち直ったなあという感想を持ちました。ドイモイ政策もありますが、戦時においても爆弾の跡を灌漑用の溜池として利用するような、国民のバイタリティによるところが大きいのではないでしょうか。

 現在のべトナムの姿もあり、経済振興と人々の明るい表情の一方で、枯葉剤の影響を受けて生まれてきた子どもの写真などが、戦争の後遺症の大きさを感じさせます。今やハノイなどは観光ブームですが、ここを訪れるアメリカの観光客は、ただ異国情緒だけ満喫して帰って行くのでしょうか。ベトナムという国の観光収入だけ考えれば、それでいいのだろうけれど...。

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短時間で、中東関連ニュースに対する理解を深めたい人にピッタリ。

中東 迷走の百年史.jpg  『中東 迷走の百年史』 新潮新書 〔04年〕

 高校の世界史の授業というのは、どうしても西洋史中心で、さらには、近現代史をやる頃には受験期に入っているので、最後は殆ど駆け足で終ってしまう―、その結果「中東の近現代史」などは、習った記憶すら無いという人も多いのではないでしょうか。

 ところが今や、海外から伝わる政治的紛争やテロのニュースには、中東乃至はイスラム過激派に関するものが非常に多いという状況で、今までの経緯が分からないから、関心もイマイチ湧かない、ということになりがちかも。
 でも、そうした背景を少しでも知って、ニュースに対する理解を深めたいという人に、本書はピッタリです。
 200ページ前後の新書で活字も大きく、さほど時間をかけずに読めるのが特長です。

 イラク、イスラエルとパレスチナ、サウジアラビアとイエメン...など12の国や地域をあげ、国を持たない中東最大の少数民族「クルド」もとりあげていて、それぞれの歴史や現況をコンパクトに解説していますが、こうして見ると紛争の火種が絶えない地域ばかりで、まさに「迷走」の歴史です。
 
 植民地時代や米ソ冷戦時代の「負の遺産」や、国家権力者の専横もさることながら、国際テロ組織の暗躍がこうした紛争に暗い影を投げかけていることがよく分かります。
 アフガン戦争の時に、米国とともに対ソ抗戦したイスラム原理主義者の一部が、イスラム過激派として9・11テロの実行犯などに流れていったことに、歴史の皮肉を感じます。
 サウジ、アフガン、東アフリカと場所を移しつつテロリストを養成しているオサマ・ビンラディンは、ある意味、独裁国家の元首よりタチが悪いかも。

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マンガを侮るなかれ。わかりやすい。世界史は概略がわかればいい。

まんが 世界の歴史5000年.jpg世界の歴史5000年』 学習研究社 〔'98年〕 バカのための読書術.jpg 『バカのための読書術』ちくま新書

 比較文化学者の小谷野敦氏が『バカのための読書術』('01年/ちくま新書)の中で、現代の若者の知力低下を嘆き、特に歴史を知らなさ過ぎる、世界史を大学の一般教養の必修科目にしたらどうかと書いていましたが、伝統的な教養主義へ復古せよという大袈裟なレベルではなく、商社などの入社試験問題にごく簡単な歴史問題を入れても誰も出来ないために点差がつかないという話を聞いたことがあり、少なからず共感を覚えます。

 とは言え、中公文庫の何十巻もある『世界の歴史』『日本の歴史』を順番に読んでいくのもたいへんで、小谷野氏は、初学者は、歴史小説でも学習マンガでもいいと言っています(石ノ森章太郎の『マンガ日本の歴史』(中公文庫)は少し長すぎるので、マンガ家・カゴ直利氏の本を推奨していた)。

 個人的にも、特に世界史に関しては、一般的な日本人にとって読みやすい歴史小説が少ないので、学習マンガというのは概要をつかむ上では良いのではないかと思います(世界史は概略がわかればいい、とも小谷野氏は言っている)。

 そうした意味で、木村尚三郎監修(マンガは七瀬カイという人が描いている)の本書は、「大昔から現代までの世界の歴史の流れと、各時代のおもな人物の活躍を分りやすく解説。重要事項・重要人物を文とまんがで解説し、歴史学習のポイントがよく理解できる」という謳い文句に違わない内容で、大判で読みやすく、読みがなもふってあるので、親子でも使える良書だと思います。

 かつて受験勉強をした大人が読む場合、学校時代の参考書や世界史地図が手元に残っていれば、それを傍らに読むといいのではないかと思いますが、そうやってきっちり読むと、おおまかな世界史の概略が掴めるのではないかと思います(全1巻ですが読了するのに相当時間がかかると思います)。
 姉妹版の『まんが 日本の歴史2000年』('98年/学習研究社)もお薦めです。

マンガ日本の歴史 55.jpg 石ノ森章太郎 『マンガ日本の歴史 第55巻』  日本の歴史年表事典.jpg カゴ直利 『日本の歴史年表事典』
 

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歴史的反証を多く含み、モンゴル帝国の新たな側面が見えてくる本。

杉山 正明 『モンゴル帝国の興亡 (上・下)』 .jpgモンゴル帝国の興亡.jpg モンゴル帝国の興亡 下.jpg 『モンゴル帝国の興亡〈上〉軍事拡大の時代 モンゴル帝国の興亡〈下〉―世界経営の時代』 講談社現代新書 〔96年〕

 上巻「軍事拡大の時代」で、チンギスの台頭(1206年カン即位)から息子オゴタイらによる版図拡大、クビライの奪権(1260年即位)までを、下巻「世界経営の時代」で、クビライの築いた巨大帝国とその陸海にわたる諸システムの構築ぶりと、その後帝国が解体に至る(1388年クビライ王朝滅亡)までを、従来史観に対する反証的考察を多く提示しつつ辿る、密度の濃い新書です。

 拡大期、(ドイツ会戦「ワールシュタットの戦い」は実際にあったか疑わしいとしているものの)遠くハンガリやポーランドに侵攻し、またバクダッド入りしてアッバース朝を滅ぼすなど、その勢いはまさに「世界征服」という感じですが、皇帝が急逝すると帝位争奪のために帰国撤退し、それで対峙していた国はたまたま救われるというのが、歴史に影響を及ぼす偶然性を示していて(そのために一国が滅んだり生き延びたりする...)何とも言えません。

クビライ.jpg クビライの時代には帝国は、教科書によく出てくる「元国及び四汁(カン)国」という形になっていたわけですが、本書では一貫して「国」と呼ばず、遊牧民共同体から来た「ウルス」という表現を用いており、また、ウルス間の対立過程において、それらの興亡や版図が極めて流動的であったことを詳細に示しています。

クビライ

 チンギスの名を知らない人は少ないと思いますが、クビライ(Qubilai, 1215‐1294)がやはり帝国中興の祖として帝国の興隆に最も寄与した人物ということになるのでしょう。
 人工都市「大都」(北京)を築き、運河を開削し海運を発達させ、経済大国を築いた―伝来の宗教的寛容のため多くの人種が混在する中、これら事業に貢献したのは、ムスリムや漢人だったり、イラン系やアラブ系の海商だったりするわけで、2度の元寇で日本が戦った相手も高麗人や南宋人だったのです。

 "野蛮"なモンゴル人による単一民族支配という強権帝国のイメージに対し、拡大期においてすら無駄な殺戮を避ける宥和策をとり、ましてモンゴル人同士での殺戮など最も忌み嫌うところであったというのは、そうした既成の一般的イメージを覆すものではないでしょうか。
 安定期には自由貿易の重商主義政策をとり、そのために能力主義・実力主義の人材戦略をとり、多くの外国人を登用したという事実など、帝国の新たな側面が見えてくる本です。

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オスマン帝国が超大国になりえた理由、衰亡した原因を独自に考察。

オスマン帝国―イスラム世界の「柔らかい専制」.jpg オスマン帝国.jpgオスマン帝国』 講談社現代新書 鈴木董.jpg 鈴木董 氏 (東大東洋文化研究所教授)

 学校教育の世界史の中でもマイナーな位置づけにある「オスマン帝国」は、イスラム帝国につきまとう「コーランか剣か」という征服者的イメージに、近年の過激な原理主義のイメージが重なり、ネガティブ・イメージさえ持たれているかもしれません。
 しかし本書を読むと、内陸アジアの遊牧民に始祖を持つトルコ民族が築いたこの国が、宗教的に寛容な多民族国家であり、多様な人材を登用するシステムを持った「柔らかい」支配構造であったがゆえに超大国たりえたことが、よくわかります。
スレイマニモスク
モスク.jpg オスマン帝国と言えばスレイマン大帝(スレイマン1世)ですが、1453年にビザンツ(東ローマ)の千年帝都コンスタンティノープルを無傷のまま陥落させたメフメット2世というのも、軍才だけでなく、多言語を操り西洋文化に関心を示した才人で、宗教を超えた能力主義の人材登用と開放経済で世界帝国への道を拓いた人だったのだなあと。
 そして16世紀のスレイマン時代に、エジプト支配、ハンガリー撃破、ウィーン包囲と続き(やはり戦いには強かった)、3大陸に跨る帝国の最盛期を迎えますが、古代ローマ帝国に比する地中海制海権を握ったことも見逃せません。

 本書後半は、スレイマンが帝国の組織やシステムの整備をどのように行ったが、政治・行政・司法・財政・外交・軍事・教育など様々な観点から述べられており、特に、羊飼いから大臣になった人物がいたり、小姓から官僚になったりするコースがあったり、また、そうした人材登用のベースにある「開かれた大学制度」などは興味深いものでした(次第に富裕層しか行けないものになってしまうところが、今日の「格差社会」論に通じるところがあります)。

 1571年のレパント海戦に敗れて帝国は衰退の道を辿りますが、一般には「魚は頭から腐る」というトルコの諺を引いて、権力者や官僚の堕落と腐敗が衰亡の原因とされているところを、著者はまた違った見方を示しているのが興味深いです。

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独自視点でヨーロッパ史中心の世界史を批判した原子物理学者の著書。

新しい世界史の見方4.jpg新しい世界史の見方-ユーラシア文化の視点から2.jpg  謝 世輝.jpg謝世輝 氏(元東海大学文明史教授)
新しい世界史の見方 (講談社現代新書)』『新版 新しい世界史の見方―ユーラシア文明の視点から

 本書ではヨーロッパ史中心の世界史を批判し、ユーラシア史こそ世界史の中心であるとしています。
 その証拠に四大文明はすべてユーラシア大陸に起源を持ち、その後も騎馬民族文化、インド文明、中国文明、イスラム文明の4つが世界文明をリードしてきたのであって、"ユーラシアの片田舎に過ぎない"ヨーロッパを世界史の中心に据えるのは偏向であると。
 そして、インド、中国、イスラムの文明の特質とそれらの豊かさ、高度さを検証し、文明史区分の見直しをしています。

 インド数学における零の発見、中国での木版印刷や火薬の発明、イスラム文明における天文学や医学の先駆性などの技術面だけでなく、イスラムの道徳、インドの悟性、中国の思考法など、その人間観・世界観における優越性にも言及し、
それらにはかなりの説得力を感じました。

世界史の新しい読み方.jpg 著者はもともと原子物理学者で、以後、科学技術史から文明史、世界史などに研究対象を広げ、さらにその後は、成功哲学の啓蒙書を多く著述・翻訳しています。
 著者の近著にはスピリチュアリズムの色合いが強いものが多いのですが、'70年代に出版された本書は、既成の文明史観に対する斬新な批判と優れた示唆に富むものであり(ほぼ同じ主張内容で文庫化されている著書もある)、現在でも一読の価値があると思います。

30ポイントで理解する世界史の新しい読み方―脱「ヨーロッパ中心史観」で考えよう(PHP文庫)』('03年)

《読書MEMO》
●中国文化の特徴→決定的な宗教が無いため現実主義/四大文明で唯一、再生を繰り返す(漢民族は不死鳥)(32p)
●ウパニシャッド哲学...宇宙の根源ブラフマンと人間の本体アートマンの合一(梵我一如)(85p)
●零の発見とインド数字(→アラビア)(89p)
●11世紀トレドに集まるイスラム天文学者→ポルトガルへ(113p)

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「教会史を勉強すると信仰心が揺らぐ」と言われる所以がここにあるという気がした。

魔女狩り81.JPG魔女狩り.jpg 『魔女狩り』 岩波新書 〔70年〕

 本書を読んで、「魔女裁判」は15世紀から17世紀に特に盛んに行われ、とりわけ1600年をピークとする1世紀が魔女狩りのピークだったことがわかり、ちょうどルネサンス時代と重なる、中世でも末期の方のことだったのだなあと再認識しました(もっと以前のことかと思っていた)。

200px-Malleus_1669.jpg 十字軍を契機に始まった「異端尋問」が「魔女裁判」に姿を変えていく過程が、文献などにより緻密に検証されており、カトリック法皇などの政治的意図の下に、ベルナール・ギー(映画『薔薇の名前』にも出てきた異端尋問官)の『魔女の鎚』などの書によって理論強化(無茶苦茶な理論だが)され、異端者の財産没収が経済的動機付けとなって(聖職者同士の争いまで生じたとのこと)、ヨーロッパ中で盛んに行われたわけです。

『魔女の鎚』の表紙

 科学史家の眼から、裁判の不合理性や拷問の残虐さが淡々と綴られていますが、刑罰史的に見ても貴重な資料が多く含まれていると思いました。
 『犯罪百科』のコリン・ウィルソンなども研究対象としているように、これは「教会の犯罪史」と言えるかもしれません。
 キリスト教に帰依しようとしつつあった知人の大学教授が、「宗教史(教会史)を勉強すると信仰心が揺らぐ」と言っていたのを思い出しました。

 結局、異端者として捕らえられた者は、自分が魔女であることを自白すれば絞首刑にされた上で死体を焼かれ、否認し続ければ生きながらにして焚刑に処せられる(これが捕らえられた者にとっていかに大きな恐怖であったことか)、しかも(存在するはずもない)共犯者の名を挙げない限り拷問は続くという、そのことによる新たな犠牲者の創出という悪循環が、教会の正義の名の下で続いたわけです。

 現代に置き換えれば、原理主義や"民衆の暴力"というものに対する批判の意味での読み方(自省も含めて)もできますが、最終章で紹介されている、裁判の後に長い年月を経て世に出た、処刑を控えた人(異端者には男性も含まれた)が家族などに宛てた手紙に見られる、その張り裂けんばかりの悲痛な心の叫びは、ただただ胸に迫ってくるばかりです。

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