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マルクスの愛の生涯、その情熱と幸福、悲惨と絶望を手紙や回想録から浮彫りに。

人間マルクス.JPG  マルクス&ジェニー.jpg KarlMarx_Tomb.jpg  マルクス・エンゲルス小伝.jpg フリードリヒ・エンゲルス.jpg
マルクス&ジェニー/マルクスの墓(ロンドン/ハイゲイト墓地) 『マルクス・エンゲルス小伝 (岩波新書 青版 543)』/フリードリヒ・エンゲルス
人間マルクス その愛の生涯 (岩波新書)

 本書は、カール・マルクス(1818-1883/享年64)の生涯をフランスのジャーナリストが追ったものです。サブタイトルに「その愛の生涯」とあり、また、本書の原題も"La vie amoureuse de Karl Marx"イェニー・マルクス.jpgであるように、カール・マルクスの愛情生活を徹底的に追ったものとなっており、マルクスが4歳年上の妻ジェニー(イェニー)をいかに愛し続けたか、その情熱と幸福、悲惨と絶望を、夫人や娘たちとの手紙や友人・知己の多くの回想録等をもとに炙り出しています。また、そうすることによって、マルクスの人間性そのものを浮き彫りにし、それが彼の膨大な仕事にどのように反映されたか推し量る貴重な資料にもなっています。
ジェニー(イェニー)・マルクス

 マルクスは、ベルリン大学卒業後、ケルンの「ライン新聞」の編集長になって政治・経済問題の論文に健筆を奮いますが、急進的な論調のためプロイセン政府の検閲に遭って新聞は発禁処分になり、それが原因で1849年にパリに追放され、ブリュッセルでの生活を経てロンドンに居住し、後半生をその地で過ごすことになります。このことは、生涯のかなりの部分を亡命者として過ごしたことなるとともに、本書を読むと、常に貧困と隣り合わせだったことが窺えます。ロンドンでの彼の運動と著作は、その後の世界の社会主義運動に大きな影響を与えることになりますが、生きていた間は、その名前すら一般の人には殆ど知られていなかったようです。

Marx+Family_and_Engels.jpg ジェシーとの間に生まれた2男4女のうち、成人を迎えることができたのは長女ジェニー(妻と同じ名)・次女ラウラ・四女エリナの3人だけで、あとは病気などで亡くなっており、家計が苦しく医者に診せる費用さえ十分に捻出し得なかったことも子ども達の早逝の一因として考えられるというのはかなり悲惨です(このほか更に、出生死の子が1人いた)。また、そうした苦境を乗り越えてきたからこそ、それだけ二人の愛は強まったとも言えるかと思います。

マルクスと妻ジェニー、次女ラウラ、四女エリナ、エンゲルス。

 一方で、マルクス家に献身的に仕え、マルクス夫婦と同じ墓地に埋葬されているマルクス家の女中ヘレーネ・デムート(マルクスの家のやり繰りが苦しい時は無償で働いた)が生んだ私生児フレディの父親が、実はマルクスであったということも、本書には既にはっきり記されています(本書の原著刊行は1970年。1989年に発見されたヘレーネ・デムートの友人のエンゲルス家の女中の手紙から、ヘレーネの息子の父親がマルクスであることが確実視されるようになった)。

イェニー・マルクス.png マルクスの妻ジェニー(イェニー)は夫の不義に悩みながらもそれを許したようですが、封印されたこの一家の秘密は、その後家族に多くの抑圧を残します(この辺りは、フランソワーズ・ジルー著『イェニー・マルクス―「悪魔」を愛した女』('95年/新評論)に詳しい)。そして妻ジェニーは1881年の年末に亡くなり、悲しみに暮れるマルクスに、更にその1年後に長女ジェニーが亡くなるという悲劇が襲い、その2か月後にはマルクスも息を引き取ります。月並みな解釈ですが、やはり、マルクスにとって、妻と娘たちが生きるエネルギーの源泉だったということでしょうか(因みに、マルクス逝去の時点で存命していた2人の娘のうち、マルクスと「告白」遊びをしたりした次女ラウラは1911年に夫と共に自殺、四女エリナは1898年に恋人と無理心中して自分だけ亡くなっているが、これについては偽装殺人の疑いがもたれている)。
イェニー・マルクス―「悪魔」を愛した女

 本書によれば、マルクスは、ロンドン時代も夜となく昼となく読み、且つ書いて、膨大な著作を生み出したものの、それらは殆ど金にならず彼は絶望したとのこと、現実にそれは何年も家庭に「貧困」が腰を据えるという形で妻や子度たちの苦しめたため、彼はイギリスの鉄道会社に書記として就職しようとしたとのこと、但し、非常な悪筆のため採用を断られたとのことです(何度も彼の原稿の清書をした妻ジェニーは、マルクスの字をハエの足跡のようと言っている)。これは1862年頃の話ということで、『資本論』の第1巻が世に出るのはその5年後ですから、もし生活のために鉄道会社に勤めていたら(もしマルクスが達筆だったなら)『資本論』の方はどうなっていたでしょうか。

大内兵衛.jpg この他に、マルクスの生涯をその「仕事」よりに辿ったものに、大内兵衛(1888-1980)による『マルクス・エンゲルス小伝』('64年/岩波新書)があり、『ドイツ・イデオロギー』『哲学の貧困』『共産党宣言』『経済学批判』そして『資本論』といった著作がどのような経緯で成立したのかが、マルクスの思想形成の流れやその折々の時代背景と併せて解説されています。多少エッセイ風と言うか、著者は、「これは勉強して書いた本ではない。一老人の茶話である」とはしがきで述べていますが、「茶話」としてこれだけ書いてしまうのはやはり大家の成せる技でしょうか。

 前半3分の2がマルクス伝であるのに対し、後半3分の1はフリードリヒ・エンゲルス(1820-1895/享年74)の小伝となっています。個人的に印象に残ったのはマルクスの死後まもなくエンゲルスが旧友に送った手紙で、その中でエンゲルスは、「僕は一生の間いつも第二ヴァイオリンばかり弾いていた。これならば相手上手といったところまでやれたように思う。が、何といっても、マルクスエンゲルス.jpgという第一ヴァイオリンが上手であったのですっかり有頂天になっていた。これからはこの学説を代表して僕が第一ヴァイオリンを弾かねばならぬのだ。よほど用心をしないと世間の物笑いになるかもしれない」と書いており、並々ならぬ決意と覚悟が窺えます。『共産党宣言』はマルクスとエンゲルスの共作であるし、エンゲルスはマルクスの『資本論』執筆に際しても多くの示唆を与え続けていたとのこと、そのマルクスが亡くなった時点で『資本論』は第1巻しか刊行されておらず、『資本論』の第2巻と第3巻は、マルクスとエンゲルスの共著とも言え、『資本論』が完結を見たのはエンゲルスの功績が大きいようです。
フリードリヒ・エンゲルス(1820-1895/享年74)

マルクスとエンゲルスの銅像.jpg エンゲルスは実業家でもあり、マルクスのロンドン時代に彼はマンチェスターでエルメン・エンエルス商会の番頭として「金儲け」をし(本人の本当の関心は勉学にあったようだが)、その産物の一部をマルクスに捧げることでマルクスとその家族の生活を支える一方、自らも仕事の傍ら勉強に力を入れたとのこと、また、堂々とした体躯と奥深い知識と智慧で「将軍」などと呼ばれたりもしていたようですが(実際、軍事分野における造詣が深く、この分野の著作もあった)、ユーモアと社交性に富み、非常に魅力的な人物像であったようです。大内兵衛は本書で何度か、マルクス=エンゲルスの関係を「管鮑の交わり」と表現しています。
東ドイツ時代に建てられたマルクスとエンゲルスの銅像(ドイツ・ベルリン)

《読書MEMO》
●「告白」(ラウラからマルクスへの問いとマルクスの回答)(『人間マルクス』より)
最も高く評価する特質 ...... 一般には素朴、男性では力、女性では弱さ
性格の特徴 ...... 一貫した目的を追うこと
幸福とは ...... 闘うこと
不幸とは ...... 服従すること
最も赦しがちな欠点 ...... 軽信
最も嫌悪する欠点 ...... 奴隷根性
毛嫌いするもの ...... マーティン・タッパー ( 当時のイギリスの詩人 )
好きな仕事 ...... 古本屋あさり (あるいは本食い虫になること )
好きな詩人 ...... シェイクスピア、アイスキュロス、ゲーテ
好きな散文作家 ...... ディドロ
好きな英雄 ...... スパルタクス、ケプラー
好きなヒロイン ...... グレートヒェン ( ゲーテ『ファウスト』のヒロイン )
好きな花 ...... 月桂樹(laurel ... Laura=ラウラ)
好きな色 ...... 赤
好きな名 ...... ラウラ=ジェニー
好きな料理(Dish) ...... 魚(Fish)
好きな格言 ...... 人間に関することは何一つ私に無縁ではない(テレンティウス(ローマの劇作家)
好きな標語 ...... すべてを疑え

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難解な著作の著者、孤高の哲学者というイメージとはまた違った、人間味ある人柄。

ウィトゲンシュタイン   .jpgウィトゲンシュタイン―天才哲学者の思い出.jpg 『ウィトゲンシュタイン―天才哲学者の思い出 (講談社現代新書)』['74年]『ウィトゲンシュタイン―天才哲学者の思い出 (平凡社ライブラリー)』['98年]
Ludwig Wittgenstein( 1889-1951).jpg 冷徹な分析的知能と炎のような情熱を併せ持ち、20世紀最大の哲学的天才と言われるルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein、1889‐1951)の評伝で、著者は、かつて彼の学生であり、後に公私にわたって彼と長く親交のあった米国の哲学者であり、評伝と言うより、サブタイトルにある「思い出」と言った方が確かにぴったりくる内容。

中央公論社・世界の名著第58巻.jpg ウィトゲンシュタインの著作でまともに完結しているのは『論理哲学論考』しかないそうですが(小学生向けの教科書を除いて―哲学研究に挫折して田舎で小学校の教師をしていた時期がある)、『論考』という本は、部分部分の考察は独創的でありながらも、全体を通してはかなり難解な論文であり、これ読んで分かる人がどれぐらいいるのかと思ったりもしました(評論家の立花隆氏は若い頃最も影響を受けた本として『論考』を挙げている)。

 その『論考』を未消化のまま読み終えた後で本書を読んで、むしろウィトゲンシュタインの"人柄"に興味を惹かれました。

世界の名著〈58〉ラッセル,ウィトゲンシュタイン,ホワイトヘッド (1971年)

 難しい顔した大学の先生風かと思いきや、(確かに難しそうな顔をしているのだが)アカデミズムの虚飾的な雰囲気を嫌い、英国や北欧の田舎で隠遁生活みたいな暮らしぶりをしていた時期もあり、統合失調質(ジゾイド)人格障害の典型例としてよくその名が挙がりますが、確かに「孤高の人」という感じはするものの、本書の著者をはじめ近しい人に対しては、その家族をも含め、思いやりを以って(どちらかと言うと他人にお世話されることの方が多かったので、"感謝の念を以って"と言った方が妥当かも)接していたことが分かります。

IMG_2858.JPG ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジでバートランド・ラッセルの学生であったこともあり、ラッセルが教えていて、生徒の中に自分より優秀な人間がいることが分かり教授を続けるのを辞めた、その「自分より優秀な学生」というのがウィトゲンシュタインだったというのを、別のところで読んだことがありますが、本書によれば、哲学だけでなく、美学・建築・音楽など様々な分野での才能があり、また、推理小説と映画が好きだったようです(映画を身る時、いつも最前列に座り、「こうして見ていると、シャワーを浴びているような感じがする」と著者に囁いたというエピソードには、個人的に共感した)。

 ウィトゲンシュタインが『論考』でテーゼとしているのは、「成立している事態の全体が世界である」ということであり、彼は、「世界」については、その世界を構成しているモノ(コト)以外のモノ(コト)で世界を語れるわけはない、言い換えれば、世界を構成するモノやコトを指し示す言葉によってしか語れないと言っているのですが、これは『論考』における第一段階の更に前段階ぐらいに過ぎず、更にどんどん深い《論理的‐哲学的》考察へと入っていき、しかも、後に、自ら『論考』自体を自己否定していて、過去の自分の業績に固執しない、と言うより、殆ど過去を振り返らない性質であったと言えます。
 常に思索の壁を突き破ろうと邁進するその姿勢は、俗っぽい表現の印象評価になってしまいますが、生涯を通じて「脳の壁」に挑戦し続けた人という感じがします。

板坂元.jpg 訳者は、ハーバード大学で日本文学・日本語を教えていた板坂元で、同著者(N・マルコム)による『回想のヴィトゲンシュタイン』('74年/教養選書)という似たタイトルの本(哲学者の藤本隆志の訳)がありますが、同じ元本を同時期に別々の訳者が訳した偶然の結果であるとのこと、哲学者ではない板坂元が本書を訳したのは、本書にも見られる、異国の地で苦悶しながらも真摯に学生と向き合う教育者としてのウィトゲンシュタインの姿への共感からではないかと思われます。
板坂 元 (1922-2004)

 【1998年・再新書化[平凡社ライブラリー]/(藤本隆志:訳)1974年[教養選書(『回想のヴィトゲンシュタイン』)]】

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文学者の眼から見たサルトル像、小説・戯曲への手引。ボーヴォワールを嫉妬に狂わせたサルトル。
「サルトル」入門 (講談社現代新書)2_.jpg
サルトル入門.JPG「「サルトル」入門5.JPG 『「サルトル」入門 (1966年) (講談社現代新書)』 

 '07年から'08年にかけて松浪信三郎訳の『存在と無』がちくま文庫(全3冊)に収められたかと思ったら、'09年には岩波文庫で『自由への道』の刊行が始まり、こちらは全6冊に及ぶと言うサルトル-まだ読む人がいるのだなあという思いも。

白井浩司.jpg 著者の白井浩司(1917-2004)はサルトル研究の第一人者として知られたフランス文学者で、サルトルの『嘔吐』『汚れた手』などの翻訳も手掛けており、本書は、文学者・実存主義者・反戦運動の指導者など多様な活動をしたサルトルの人間像を捉えたものであるとのことですが、とりわけ、その小説や戯曲を分り易く解説しているように思いました。

 文学者の眼から見たサルトル像、サルトルの小説や戯曲へのサルトルとボーボワール.jpg手引書であると言え(とりわけ『嘔吐』の主人公ロカンタンが感じた〈吐き気〉などについては、詳しく解説されている。片や『存在と無』などの解説が物足りなさを感じるのは、著者がやはり文学者だからか)、その一方で、彼の生い立ちや人となり(これがなかなか興味深い)、ボーヴォワールをはじめ多くの同時代人との交友やカミュなどとの論争についても書かれています。

 彼は20代後半から30代前半にかけての長い修業時代に、まず、セリーヌの『夜の果ての旅』を読み、その文章に衝撃を受けて、その後いろいろな作家の作品を読み漁っていますが、カフカとフォークナーに特に共感したとのこと、また、映画を文学と同等に評価していて、カウボーイや探偵の活躍する娯楽映画も好きだったそうです(サルトルは映画狂だとボーヴォワールは書いている)。
サルトルとボヴォワール(来日時)

 彼の政治的な活動をも追う一方で、私生活についてもその恋愛観を含め書かれており、サルトルとボーヴォワールの2人の愛は有名ですが、サルトルはボーヴォワールと知り合った20代前半にはボーヴォワールに対してよりも年上の美女カミーユに恋をしており、また、ボーヴォワールと既に深い関係にあった30歳の頃には、3歳年下のボーヴォワールを差し置いて、12歳年下のオルガという少女に夢中になり、ボーヴォワールを嫉妬に狂わせたとのこと、そうこうしながら同時に『嘔吐』の原案も練っていたりして、ホント、精力的だなあと。

 60歳の時に「プレイボーイ」誌のインタヴューに答えて、「男性とよりも、女性と一緒にいる方が好き」で、それは「奴隷でもあり共犯者でもある女性の境遇からくる、女性の感受性、優雅さ、敏感さにひかれるからで」あると答えていますが、彼の恋愛観は一般には受け入れられていないと著者は書いています。

聖ジュネ(文庫)下.jpg聖ジュネ(文庫)上.jpg また、戦後も『聖ジュネ』などの文学評論の大作を発表しているものの、小説を書かなくなったのは、彼が政治に深入りしすぎたためであると書いており、この辺りは著者の見方が入っているように思えます。
 確かに、本書の冒頭には、「20億の飢えた人が地球上にいる現在、文学に専念するのは自分を欺くことだ」という'64年の記者会見での談話が紹介されてはいますが(同じ年、ノーベル文学賞を辞退している)。

 本書の初版が刊行された年にサルトルは初来日していて、各地での講演会は立錐の余地もないほどの盛況だったとのこと(そういう時代だったのだなあ)、一方、ホテルについた彼が最初にやったことは、老いた母親に無事着いたことを打電することだったそうで、彼のこうした行為や壮年になっても続いた女性遍歴は、父親を早くに亡くしたこととと関係があるのではないかと、個人的には思った次第です(彼には父親の記憶が無かった)。

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難解ながらもスリリング。実存哲学的な文学作家評伝。

聖ジュネ.jpg   聖ジュネ(文庫)上.jpg 聖ジュネ(文庫)下.jpg  Jean-Paul Sartre (1905-1980).jpgジャン・ジュネ.jpg Jean-Paul Sartre/Jean Genet
ガリマール社版/『聖ジュネ〈上巻〉―殉教と反抗 (1971年)』『聖ジュネ〈下巻〉―殉教と反抗 (1971年)』新潮文庫

聖ジュネ〈上巻〉.jpg聖ジュネ〈下巻〉.jpg 1952年の原著発表。フランスの実存主義哲学者ジャン=ポール・サルトル(1905‐1980)は、「嘔吐」「水入らず」など一連の小説でノーベル文学賞を受賞していますが(結果的には辞退)、本書は小説ではなく、泥棒から作家になったジャン・ジュネに関する哲学的な文学評伝です。

 本書によれば私生児だったジュネは、拾われた農夫の家で10歳のときに盗みを見咎められ、「お前は泥棒だ」と"宣告"されるのですが、その"事件"により社会から疎外された彼は、むしろ「貼られたレッテルどおりに進む」ことを決意し、本物の泥棒になり、さらには「女役の男色」にまでなります。
 しかしその結果、今度は、自分は「対他存在」(他人から規定された仮象を生きる存在)にしか過ぎないと感じるようになり、そのことは彼に自己疎外を引き起こします。
 ジュネがそれをどう克服するかが本書の1つの大きなテーマなのですが(ジュネ自身のテーマというよりサルトルが設定したテーマだが)、彼は徹底して他者から卑下されることで〈仮象〉を自分のものとします。つまり、人から軽蔑されるように努力するのです。

 サルトルの言う「実存」(対自存在)は、理由もなく偶然にある状況に投げ込まれて存在する無根拠な存在者であり(それはまさに我々のことを指している)、それはまた、"投企"によって自己を創出できる自由な存在者でもあって、つまり人間はモノ(即自存在)ではないということですが、ジュネを蔑む〈まっとうな人々〉こそ、既成価値観に囚われた〈仮象〉に生き、それらを剥ぎ取ればモノ(即自存在)に過ぎないのではないかというパラドックスがここに成り立ちます。

存在と無下.jpg存在と無 上.jpg 難解ながらもスリリングですが、「女役の男色」がどうして「対他存在」(他人から規定された仮象を生きる存在)なのでしょうか。

 本書より前に書かれた『存在と無(上・下)』('66年全集版・'05年新装版/人文書院)を読むと、サルトルは男を「主体的」存在(=見る存在)、女を「客体的」存在(=見られる存在)としています。これは、女は〈他人から規定された仮象を生きる存在〉であるとしているともとれ、「女役の男色」もこれに当て嵌まるということのようです(因みに、サルトルの女性観にはフェニミストなどからの批判も多いようだが、ある種の「誤読」によるものではないかと思う)。

 サルトルの哲学は文学的な匂いがしますが、彼はそう思われるのを嫌っていて、それがノーベル「文学」賞の辞退理由だという話もあります。でも、日本でも一時期、文学作家の間で人気があったのでは。三島由紀夫などはジュネのファンであったと同時に、エッセイなどではサルトルの著作からよく引用しています。

 この評伝はあまりにサルトルの自身の哲学寄りに書かれていて、ジュネ自身は気に入らなかったようですが、それなりに衝撃を受けたらしく、ジュネは本書発表後しばらくは自分の作品を書くことを止めています。 

 【1958年単行本[新潮社(『殉教と反抗(上・下)』)]/1966年全集[人文書院サルトル全集34・35(『聖ジュネ-殉教者と演技者(上・下)』)]/1971年文庫化〔新潮文庫(上・下)〕】

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「働くということ」とはどういうことなのかを哲学的に考察したい人に。

2602150.gif近代人の疎外』 岩波同時代ライブラリー 近代人の疎外 (1960年).jpg近代人の疎外 (1960年)』 岩波新書

 本書は、ヘーゲルからマルクス、フロム、サルトルなどへと引き継がれた「疎外論」とそれらの違いを追うとともに、「疎外」が近代生活において重要な問題であることを、テクノロジーや政治、社会構造の変化といった観点から分析しています。

 とりわけ著者は、マルクスが初期に展開した、資本主義の拡大による労働力の商品化や搾取、いわゆる商品支配の増大によって「疎外」が生じたとする労働疎外論に注目し、歴史的要因への固執に対し批判を加えながらも、それがドイツの社会学者テンニエスの「ゲマインシャフト(共同社会)」から「ゲゼルシャフト(利益社会)」への変化を本質意志から選択意志への移行と関連づけた考え方と重なるものとしています。
 そして、この疎外を克服するための方法は、宗教でも哲学でも教育でもなく、社会構造そのものが変わらなければならないだろうとしています。

近代人.jpg 原著は'59年の出版。著者はドイツで経済学、社会学、哲学を学んだ後、ナチスに追われ米国に亡命した人で、本書で展開される著者の「疎外論」は、アメリカ社会心理学の系譜にあるかと思われますが、哲学的かつ広い視野での社会分析がされています。

 当初、岩波新書('60年刊)にあり、'60年代の「疎外論」ブームで版を重ねましたが、実存主義やマルクス主義の沈滞と同調して忘れ去られかけていたものが、ライブラリー版で復活したものです。

 イギリス人の日本研究家であるR・ドーアも近著『働くということ―グローバル化と労働の新しい意味』('05年/中公新書)の中で「ゲマインシャフト」から「ゲゼルシャフト」への変化に触れていましたが、株主資本主義が幅をきかす昨今、企業内で働く個人、およびその個人と他者との関係はどうなるのかというテーマは、ますます今日的なものになってくるかと思います。

 また、マルクス、テンニエスの社会思想やサルトルの実存哲学などをわかりやすく解説しているという点でも良書。
 翻訳もこなれているので 「働くということ」とはどういうことなのかを哲学的に考察したい人にも良い本だと思います。

《読書MEMO》
●疎外=自分自身にとって見知らぬ他人となってしまった人間の状態(新書3p)
●疎外された人間はしばしば大いに成功を収めることがある。それはある種の無感覚を生み出す。したがって、その人が自分自身の疎外を自覚することはなかなかむずかしい。(新書5p)
●政治からの疎外...朝鮮戦争で戦場の兵士に何故この戦争に加わっているのかを聞くと「まあボールが跳ねているようなものさ」としか答えられなかった。(新書64p)
●本質意志⇔ゲマインシャフト、選択意志⇔ゲゼルシャフト(新書86p)
●動物は肉体的欲望に支配されて生産するが、人間は、肉体的欲望から自由である場合に初めて本当に生産する〔経済学・哲学草稿〕。(新書108p)
●作家フォークナーのエピソード...個人攻撃は悪趣味だが、売れ行きの良い商品となる(裁判費用は損失勘定、売れ行き増加は利益勘定に)(新書123p)→著述家さえも商品支配の下にある

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