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忘我の境地こそ「フロー」の感覚。フロー体験についての原典的な本。

Flow:The Psychology of Optimal Experience.jpgフロー体験 喜びの現象学1.jpg  フロー体験 喜びの現象学2.jpg
フロー体験 喜びの現象学 (SEKAISHISO SEMINAR)
"Flow: The Psychology of Optimal Experience"by Mihaly Csikszentmihalyi

ミハイ・チクセントミハイ.jpg 「フロー理論」とは、1960年代に当時シカゴ大学の教授であったハンガリー出身のアメリカの心理学者ミハイ・チクセントミハイ(Mihaly.Csikszentmihalyi)が提唱したもので、人が喜びを感じるということを内観的に調べていくと、仕事、遊びにかかわらず何かに没頭している状態であるというものであり、本書("Flow: The Psychology of Optimal Experience"1990)は、その考えを体系的に纏め上げたものです。

 チクセントミハイが「フロー」と呼ぶのは、完全に何かに集中し没頭している忘我の境地のことであり、このフローを手に入れる時、人は恋焦がれてやまない幸福という状態を手に入れるとのことです。活動の経験そのものがあまりに楽しいので、人はただ純粋に、何としてもそれを得ようとするとのことです。

 このような機会は、はかなくて予測不可能に思われがちですが、本書第1章「幸福の再来」で著者は、それは偶然に生じるものではなく、ある種の仕事や活動はフローの状態になりやすいとしています。以下、本書では、内面生活の統制による幸福への達成過程を検討しています。

 第2章「意識の分析」では、我々の意識はどのように働き、どのように統制されるのかについて述べています。我々が経験する喜びまたは苦しみ、興味または退屈は心の中の情報として現れ、この情報が統制できれば、我々は自分の生活がどのようなものになるかを決めることができるとしています。

 第3章「楽しさと生活の質」では、内的経験の最適状態とは、意識の秩序が保たれている状態であって、これは心理的エネルギー(注意)が目標に向けられている時や、能力や挑戦目標と適合している時に生じるとしています。1つの目標の追求は意識に秩序を与え、人は当面する目標達成に取り組んでいる時が、生活の中で最も楽しい時であるとしています。

 第4章「フローの条件」では、フロー体験が生じる条件を概観し、「フロー」とは意識がバランスよく秩序づけられた時の心の状態であるとしています。たえずフローを生み出すいくつかの行動―スポーツ、ゲーム、芸術、趣味―を考えれば、何が人々を楽しくするかを理解することは容易だとしています。

 第5章「身体のフロー」及び第6章「思考のフロー」では、心の中に生じることを統制することで、人は例えば競技や音楽からヨーガに至る身体的能力や感覚的能力の使用を通して、または詩、哲学、数学などの象徴的能力の発達を通して、殆ど無限の楽しみの機会を利用できるとしています。

 第7章「フローとしての仕事」第8章「孤独と人間関係の楽しさ」では、殆どの人々は生活の大部分を労働や他者との相互作用、特に家族との相互作用に費やしており、仕事をフローが生じる活動に変換すること、及び両親、配偶者、子供たち、そして友人との関係をより楽しいものにする方法を考えることが決定的に重要であるとしています。

 第9章「カオスへの対応」では、多くの生活が悲劇的な出来事によって引き裂かれ、最高の幸運に恵まれた人々ですら様々なストレスに悩まされるが、不幸な状態から益するものを引き出すか、惨めな状態に留まるかを決定するのは、ストレスにどう対応するかによるとし、人は逆境の中でどのようにして生活に楽しみを見出すかについて述べています。

 第10章「意味の構成」では、どうすればすべての体験を意味のあるパタンに結びつけることができるかというフローの最終段階について述べています。それが達成され、自分自身の生活を支配していると感じ、それを意味あるものと感じる時、それ以上望むものは何も無くなるとしています。

 本書は、課題達成に向けたアプローチを幅広く考察するうえで大いに参考になるとともに、「フロー」体験は、生産性以上に幸福な時間を生み出すものであるという観点からも重要と言えるでしょう。忘我の境地へもっと頻繁に至るには、努力を怠ってはならないということも忘れてはならないように思います。

チクセントミハイの本.JPG 本書のほかに、フロー体験について著者自身が書いたものに、『フロー体験入門―楽しみと創造の心理学』("Finding Flow: The Psychology of Engagement With Everyday Life"1997、'10年/世界思想社)や『フロー体験とグッドビジネス―仕事といきがい』("Good Business: Leadership, Flow, and the Making of Meaning"2003、'08年/世界思想社)がありますが、ビジネス寄りに書かれていたりするものの、「フロー」というものが何かについて最も深く書かれているのは本書であり(「フロー」状態の例として、ロッククライミング自体に何の外発的報酬もなく観客の喝采も期待出来ないのに、命を賭してまで没入する人のことを書いているが、ミクセントミハイ自身、ロッククライマーであり、それにのめりこんだ経験を持つ)、やや大部ではあるが、先に原典的な本書を読んでおいてから『フロー体験フロー体験 喜びの現象学3.jpg入門』や『フロー体験とグッドビジネス』に読み進む方が、結果として効率が良かったりするのではないでしょうか。

フロー体験.gif
清水康太郎「ベンチャー企業で働く人たちのモチベーション」

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

《読書MEMO》
●著者のフロー関連本(出版順)
・Beyond Boredom and Anxiety: Experiencing Flow in Work and Play 1975
・The Meaning of Things: Domestic Symbols and the Self 1981
・Optimal Experience: Psychological studies of flow in consciousness 1988
・Flow: The Psychology of Optimal Experience 1990
・The Evolving Self 1994
・Creativity: Flow and the Psychology of Discovery and Invention 1996
・Finding Flow: The Psychology of Engagement with Everyday Life 1997
・Flow in Sports: The keys of optimal experiences and performances 1999
・Good Work: When Excellence and Ethics Meet 2002
・Good Business: Leadership, Flow, and the Making of Meaning 2002
●内、邦訳が入手可能なもの
・Beyond Boredom and Anxiety: Experiencing Flow in Work and Play 『楽しみの社会学』
・The Meaning of Things: Domestic Symbols and the Self 『モノの意味』
・Flow: The Psychology of Optimal Experience 『フロー体験 喜びの現象学』
・Finding Flow: The Psychology of Engagement with Everyday Life 『フロー体験入門』
・Flow in Sports: The keys of optimal experiences and performances 『スポーツを楽しむ フロー理論からのアプローチ』
・Good Business: Leadership, Flow, and the Making of Meaning 『フロー体験とグッドビジネス』

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「心理学的」立場、「病跡学的」アプローチから、多様な異常心理に通底するものを探る。

あなたの中の異常心理 (幻冬舎新書).jpgあなたの中の異常心理 (幻冬舎新書)』〔'12年〕異常の心理学.jpg相場均 『異常の心理学』〔'69年〕

 著者は、「異常心理についてこれまで書かれたものは、明白な異常性をもった状態にばかり注目していると思う」「中身は、そっくりそのまま精神医学の病名の羅列とその解説になっているということが多い」としていますが、確かに、ここ何年もそうした傾向が続いているように思われ、一方「心理学」を冠した一般書は、対人関係のテクニック、困った性格の人との接し方といった実用書的なものが多くを占めるようになってしまっている印象を受けます。

 本書では、「異常心理」は精神障害に限ったものではなく、誰の心にでも潜んでいるものであるとし、健康な顔と異常な顔は一つの連続体として繋がっているとしたうえで、異常心理の原因、それらの根底に通じるものについて書いています。

 こうした切り口の本は、かつては、『異常の心理学』('69年/講談社現代新書)を著した相場均(1924‐1976)や、多くの心理学の啓蒙書を著した宮城音弥(1908-2005)など、書き手が結構いたように思いますが、臨床重視の傾向にある最近では、このタイプの精神医学の素養を持った「心理学」者はあまりいないのではないかと...(著者は東大哲学科を中退し京大医学部で精神医学を学んでいるが、宮城音弥は、京大哲学科卒業後にフランス留学し精神医学を学んでいる)。

 著者の得意とする著名人や文学作品・映画の主人公の生き方を引く方法で、異常心理を7つの類型で分かり易く解説しており、精神科医兼作家が書いた、いわば「文系心理学」の本かと(著者は小笠原慧のペンネームで書いた小説「DZ」で横溝賞を受賞している)。

yukio mishima2.jpgマハトマ・ガンジー.jpg 「完璧主義」の病理を説いた第1章で出てくるのは、何事においても完璧を求め努力した三島由紀夫(その完璧主義が彼自身を追い詰めることになった)を筆頭に、映画「ブラック・スワン」の主人公、東電OL殺人事件の被害者、極端な潔癖主義だったマハトマ・ガンジー(父の最期の時に肉欲に溺れていたことへの罪の意識から過剰に禁欲的になったという) 、ピアニストのグレン・グールドなど。

 誰にでもある「悪の快感」が、いじめや虐待、過食症や万引き癖、更には異常性愛に繋がることを説いた第2章では、悪の哲学者ジョルジュ・バタイユと、倒錯と嗜虐性をテーマにした作品を多く残したマルキ・ド・サドの違いを、その生い立ちや生涯から考察するなどしています。

バートランド・ラッセル.jpgjung.jpg  「敵」を作り出す心のメカニズムについて説いた第3章では、ドストエフスキーや夏目漱石などの文豪のエピソードが取り上げられており、幻聴や神経衰弱に悩まされたカール・グスタフ・ユングや、生涯にわたって女癖がひどかったというバートランド・ラッセル(平和活動家としての名声が高まるとともに、活動を共にする取り巻き女性をハーレム化していったという)の話も紹介されています。

 人間が正反対の気持ちを同時に持ち得る「アンビバレント」を解説した第4章に登場するのはシェークスピアの「リア王」で、自分の中にもう一人の自分がいる気がする「解離」などについて説いた第5章では、精神分析、心理分析の歴史を追って主要な先人たちの業績を紹介し、またまたユング登場。

オスカー・ワイルド.jpgニーチェ2.jpgHemingway.bmp 人形(ドール)しか愛せないという異形愛が、幼児期に母親から捨てられたという思いか原因であるとする第6章では、ショーペンハウアーや、同性愛の方へ傾斜したオスカー・ワイルド、そして再び三島由紀夫のことが出てきて、罪悪感は強すぎて自己否定の奈落に陥ってしまうことを解説した最後第7章では、幼い頃の父親の死と厳格な母親の教育の重みによって施された心の纏足から自らを解き放とうとして「神を殺した」ニーチェ、スランプと飲酒の悪循環でうつ病になったヘミングウェイが―。

 こうなると歴史上の人物の生涯を精神医学及び心理学的観点を追った、所謂「病跡学」の本かとの印象も受けますが、一方で、普通人で各パターンに当て嵌まる患者の症例なども紹介されていて、異常心理の底にある共通した要因を探る際に、その多くは幼児期や若い頃の体験などにあるため、成育歴が一般に知られている著名人をケーススタディの素材としているのかと思われます(読者の関心を引き易いというのもあるし、著者自身がそうした「病跡学」的アプローチが好みなのかとも思うが)。

 多くの異常心理から読み取れる人間の根源的欲求は、自己保存の欲求、他者からの承認欲求であり、それが損なわれると、端的な自己目的化や自己絶対視に陥って出口無しの自己追求に入り込むか、解離など自己分裂を起こすかでしか自己を保てなくなり、こうした閉鎖的回路に陥らない、或いは陥ったとしても、他者を介することでそこから脱出することが大切であるとしています。

 心理学のクラシカルなスタイルに立ち戻り(「病跡学」などは流行らなくなってもう何年も経つが、かつてはうつ病の先駆的権威である笠原嘉氏などもやっていた)、パーソナリティ障害など現代精神医学で使われる用語の使用を極力避けて書かれていて(「リビドー」など精神分析用語は出てくる)、久しぶりに「心理学」的立場から異常心理について書かれた本に出会ったという印象です。

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催眠について新書で科学的な観点から取り上げた点は先駆的だったと言える。

「 暗示と催眠の世界」.jpg 『暗示と催眠の世界―現代人の臨床社会心理学 (1969年) (講談社現代新書)

 『日本人の深層心理』『日本人の対人恐怖』などの著書のある臨床心理学者・木村駿(1930-2002/享年72)の著書。

 「暗示」と「催眠」について分り易く解説した本で、とりわけ催眠については、それまで学術書以外では、実用書のようなもので「催眠術」としてしか扱われてなかったものを、「講談社現代新書」というエスタブリッシュな新書で科学的な観点から取り上げたのは先駆的だったかも。

 メスメルから始まる催眠の歴史から説き起こし、催眠時における脳波の測定結果などを示して催眠状態とは如何なるものかを解説したうえで、その技法についても、著者の実演写真入りで紹介しています(簡潔ではあるけれども、一応、技法書としても使える)。

 さらに、自動車交通事故の誘因の1つともされるハイウェイ催眠など、日常に見られる催眠現象及びその類似現象について解説し、自律訓練法や脳性麻痺のリハビリテーションなどの催眠法による治療を紹介すると共に、後半は、学生運動における群集心理や政治における大衆操作などの「社会現象」としての催眠(暗示)を扱っています。

 「政治家のイメージも暗示で作られる」としているのは、最近言われる「ポピュリズム政治」をある意味先取りしており、リーダーを「父親型」と「母親型」に分類していて、"最近のわが国の政治家"の例としてそれぞれ、'68年の参議院議員選挙の全国区でトップ当選した石原慎太郎と、'67年に東京都知事選挙で勝利した美濃部亮吉を挙げているのが興味深く、また、時代を感じさせます(宗教界の父親型リーダーに創価学会の池田大作、母親型リーダーとして立正佼成会の庭野日敬を挙げており、集団の性格は、リーダーのタイプによって象徴されるとしている)。

 最後に、広告・宣伝における大衆暗示について述べていて、ビールはイメージ商品であり、キリン、サッポロ、アサヒの3社のビールの味の違いは、ビール会社の技師でも分らないと言っていたとあり、当時ビール市場に参入して間もないサントリーのテレビCMを巧妙と絶賛する一方、ビール市場からの撤退を余儀なくされた「タカラビール」を、味は他社にひけを取らないのに焼酎のイメージから脱却できなかった「悲劇的な例」としています。

 社会心理にまで言及したことで、1冊にやや盛り込み過ぎになったきらいもありますが、入門書としては読み易く、読み直すことでまた新たな興味が湧く部分もありました。

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「サディスティック・パーソナリティ障害」についての知識面で得るところがあった。

サディスティックな人格―身のまわりにいるちょっとアブナイ人の心理学.jpg  Theodore Millon.jpg Dr. Theodore Millon
サディスティックな人格―身のまわりにいるちょっとアブナイ人の心理学』 ['04年] 

Disorders of Personality DSM-IV and Beyond.jpg やたらキレて部下に怒鳴り散らす、或いは延々と小一時間ばかりも(それぐらいで済めばまだいい方)説教する"クセ"がある人を職場で見たことがありますが、自信家で実際に仕事は出来て押し出しも強いので、要職を歴任している、しかし、行く先々の部署で部下は次々と辞めていき、そして最後は自分も辞めざるを得なくなったのですが、「役員候補なのにもったいなかった」と見る人もいれば、「もともと病気(癪)持ちなんだ」と見る人もいて、本書を読んで、あれは"クセ"とか"病気"とか言うより、「人格障害」だったのかなあと。

 本書は、臨床心理士である著者が、「サディスティック・パーソナリティ障害」「受動攻撃性パーソナリティ障害」について書いた本で、これらは、著者が日本に紹介している、人格障害理論の世界的権威で元ハーバード大学精神医学教授のセオドア・ミロン(Theodore Millon、米国精神医学会の診断基準DSM-IIIにおける人格障害部門の原案作成者)がパーソナリティ障害の類型とした14のタイプに含まれるものですが、当初、DSMに入っていたものが、DSM-IV以降、削られているとのこと。本書では、ミロンの著書(『パーソナリティ障害-DSM-IVとそれを超えて』) などをベースに、この2つの性格障害について、例を挙げながら解説しています。 "Disorders of Personality: Dsm-IV and Beyond (Wiley-Interscience Publication)"

 個人的には、「サディスティック・パーソナリティ障害」は「自己愛性パーソナリティ障害」の攻撃が外に向かうタイプと変わらず、それが、DSMから削られた理由だと思っていましたが、本書を読んで、やはり違うなと(ミロンは、「反社会性パーソナリティ障害」に近いものとしているが、実際、本によっては、「自己愛性」とグループ化しているものもある)。
山口美江0.jpg 冒頭で著者によって取り上げられているタレント(山口美江(1960-2012/享年51))などは、言われてみれば確かにミロンが、「サディスティック・パーソナリティ障害」のサブタイプの1つに挙げている「キレるサディスト-癇癪持ち」にピッタリ嵌まります(ような気がする)。
 ミロンはその他に、暴君系サディスト、警官役サディスト"など幾つかのサブタイプを挙げていますが、こうして見ると、権威や権力志向に直結し易い分、職場においてはかなりやっかいなタイプだなあと思いました。

 一方、「受動攻撃性」というのは、これもまた難物で、表れ方としては、すね者であったり天邪鬼であったりするのですが、受身でいながら主体性を実感したいというのが根底にあるとのこと、但し、本書を読んでも、「サディスティック・パーソナリティ障害」ほどは明確に性格障害としてのイメージが掴みにくく、むしろ、対人心理学のテーマであるような気も正直しました(ミロン自身が、精神医学ではなく臨床心理学の出身)。

 「予備知識が無くても読めるアカデミックなもの」から、完全に「一般読者向けのもの」へと、執筆途中で方針転換したとのことで、個人的には「サディスティック・パーソナリティ障害」について得るところがあり、海外の専門書を平易に解説してくれているのは有難いが、使い回しの内容もある割には価格(2,100円)が少し高いのでは? この後、同じテーマで新書なども書いているので、そちらと見比べて購入を決めた方がいいです。

 因みに、著者が講師を勤めたの最近の市民講座(ウェブ講座)におけるパーソナリティ障害の講義では、ミロンのパーソナリティ分類から11個を選び、元東大学医学部助教授の安永浩が提案した性格類型である「中心気質」を加え、下記の12個を解説していますが、こうなると、先生ごとに分類の仕方は異なってくるということか...。

 ① 自己愛性 (プライドが高く理想を追うお殿様な人たち)
 ② 依存性 (自信がなく他人に助けてもらうために調子を合わせる)
 ③ 自虐性 (禁欲的でまじめだが苦労ぶりをアピールする一面も)
 ④ 加虐性 (自信家で競争心の強い仕切りたがり屋)
 ⑤ 強迫性 (手抜きをしない完璧主義者だが慎重過ぎ柔軟性に欠ける)
 ⑥ 演技性 (社交的な目立ちたがり屋、ノリはいいが計画性・ポリシー欠如)
 ⑦ 反社会性 (自主独立の改革者にもなりうるが既存のルールを軽視しがち)
 ⑧ 回避性 (繊細だが対人関係に過敏、内面に閉じこもる)
 ⑨ 中心気質 (熱中人間、飾り気がなく素朴で小技に乏しい)
 ⑩ シゾイド性 (物静かで社交嫌い、観念活動を好む)
 ⑪ 拒絶性 (自尊心はあるが周囲に逆らうあまのじゃく)
 ⑫ 抑うつ性 (安全志向だが悲観的でめげやすい)

《読書MEMO》
●章立て
 第1部 サディスティック・パーソナリティ障害
 第1章 サディスティック・パーソナリティとの出会い
 第2章 サディスティック・パーソナリティはどうつくられるのか
 第3章 サディスティック・パーソナリティの基本的特徴
    3.1 まわりの人は落ち着けない
    3.2 威嚇的な対人関係
    3.3 視野の狭い主義主張をふりかざす
    3.4 サディストの自己イメージは「ファイター」
    3.5 他人はみんな「狼」
    3.6 相手を傷つけても罪悪感を免れる心理テクニック
    3.7 攻撃性が強すぎて不安定
    3.8 感情が沈みこむことはなく、常に興奮と苛立ちに満ちている
 第4章 サディスティック・パーソナリティの六タイプ
    4.1 キレるサディスト
    4.2 暴君系サディスト
    4.3 警察役サディスト
    4.4 臆病サディスト
    4.5 自己抑制的なサディスト
    4.6 マゾヒスティックなサディスト
    4.7 ノーマルなサディスト
    4.8 サディスティック・パーソナリティと他のパーソナリティ障害との違い
 第5章 【応用編】長崎女児殺害事件とサディスティック・パーソナリティ
第2部 受動攻撃性パーソナリティ障害
 第6章 受動攻撃性パーソナリティとは何か
 第7章 受動攻撃性パーソナリティはどうつくられるのか
 第8章 受動攻撃性パーソナリティの基本的特徴
    8.1 憤慨を露わにする
    8.2 へそ曲がりな対人行動
    8.3 斜に構えた現実認識
    8.4 「不遇な人生」という自己規定
    8.5 揺らぎと迷いに満ちた心的活動
    8.6 代用的な発散によってしか心理的バランスがとれない
    8.7 休む間もない不安定さ
    8.8 苛立ちやすさ
 第9章 受動攻撃性パーソナリティの四タイプ
    9.1 サボタージュ・タイプ
    9.2 当り散らすタイプ
    9.3 評論家タイプ
    9.4 不安定タイプ
    9.5 ノーマルな受動攻撃性パーソナリティ
 第10章 【応用編】綿矢りさ『蹴りたい背中』と受動攻撃性パーソナリティ

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催眠の技法を面接話法として具体的に記述。暗示の力の凄さを実感したこともあったが...。

催眠面接法.jpg催眠面接法 POD版』['07年] 成瀬悟策(なるせ ごさく).jpg 成瀬 悟策(なるせ・ごさく) 九州大学名誉教授
催眠面接法』['68年]

催眠術入門―あなたも心理操縦ができる (カッパ・ブックス).jpg催眠術入門.jpg自己催眠術 劣等感からの解放・6つの方法.jpg 昭和30年代に催眠術ブームがあり、例えば日産生命名誉会長の藤本正雄氏 (1908-1993、執筆時は同社常務)の書いた『催眠術入門』('59年/カッパブックス)などがベストセラーになりましたが、この本は催眠の効用や技法をわかりやすく示したたいへん良心的な内容であったものの、その他の催眠に関して「術」とつく本には少し妖しげなものも少なくなかったようです(そうした本を書いている人が藤本正雄.jpgテレビ番組などに出演して催眠ブームを広げたということもあるが)。また、自己催眠に関するものでは、東京大学の平井富雄教授(1927-1993、執筆時は東大講師)の『自己催眠術』('67年/カッパブックス)は。やはり「術」とはつきますが、良かったというか、少なくとも真っ当な内容であったように思います(書かれていることは「自律訓練法」のことなのだが)。
藤本正雄(左写真)『催眠術入門―あなたも心理操縦ができる (1959年) (カッパ・ブックス)』『催眠術入門―あなたも心理操縦ができる』(旧版/新版)/平井富雄『自己催眠術―劣等感からの解放・6つの方法 (カッパ・ブックス)

「 暗示と催眠の世界」.jpg 比較的入手しやすい本で信頼できる学者が書いたものとしては、木村駿氏の暗示と催眠の世界』('69年/講談社現代新書)がありましたが、「暗示」の部分で社会心理学的なテーマまで扱っているため、催眠の技法部分については、一応は書かれているものの、それほど詳しくない―そこで、催眠の技法についてきっちり書かれている本は?ということで探して、本書をはじめとする成瀬悟策氏の著書に行き着きました。

 とりわけ本書 『催眠面接法』は、催眠の技法が面接話法的に、実際に用いる話し言葉で幾通りも示されているので実践的です。
 本書を参照し、以前に何人かの被験者に催眠を試みる機会がありましたが、概ねうまくいき、中には、"後催眠暗示"までいって、手を叩けば窓を開けるとか、窓を開けると飲み物が欲しくなるとか、催眠中にこちらで指示した通りに行動する人もいました(何だか、こちらが優位に立った気になるのが危うい)。

 ここまでになると本人の催眠感受性による部分が大きいわけで、被験者の集中力の高さのお陰と考えるべきかも。その被験者は、殆ど受験勉強らしいことをせず一流大学に現役合格した人だったそうです。

 「催眠術」として遊び気分でやったこともあり、後輩に掌に置いた硬貨が熱くなるという暗示をかけたら、冷たいはずの硬貨でヤケドしたといったこともあって、自分より年下が相手だったということで、そうした上下関係が暗示効果を増幅した面もあったかと思われますが、それにしても暗示の力の凄さを思い知りました(但し、その人は再度被験者になってくれることは無かった)。

 この本は技法について詳しく書かれていますが、それだけでなく、臨床場面において技法が実際にいかなる分野でどのように用いられるかが論述されていて、"後催眠暗示"は充分に覚醒させて終了することが大事であるとのこと。
 また、フロイトの催眠療法のような権威的効果の利用に否定的であり、当然のことながら、自分が硬貨を使ってやったようなことは、被験者にとって百害あって一利もない邪道であることがわかります―大いに反省。

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自己暗示も記憶喪失も嘘の類型であると―。印象に残った記憶喪失者の話。

『うその心理学』相場均(講談社現代新書).jpgうその心理学.jpg            異常の心理学.jpg
うその心理学』 講談社現代新書〔'65年〕『異常の心理学』〔'69年〕

『うその心理学』相場均(談社現代新書)2.jpg 本書でも紹介されている、子犬を絞め殺した夢を見た女性のフロイトによる分析の話は有名ですが、こうした憎しみの「転移」は、夢の中で自分に嘘をついているとも言え、本書を読むと、人間というのは、夢に限らず現実においても嘘をつくようにできているということになります。
 但し、自己中心的な嘘をつき続ける人は、やはり虚言症と呼ばれる病気であり、クレペリンの調べでは、虚言症者の43%は自殺を図っているそうです(周囲の誰かが病気だということに気づいてあげないと危険な状況になるかも)。

 自己暗示などは意識的に自分を騙すような要素もあるわけで、一方、記憶喪失の場合は、無意識のうちに(自己防衛的に)自分に嘘をつく(自分を欺く)ものと言えるようです。
 同じ著者の 『異常の心理学』('69年/講談者現代新書)を読んだ時に記憶喪失の症例が印象に残りましたが、本書でも、特に印象に残ったのは、ルーという記憶喪失者の話(124p)。

West Country Gallery web site.jpg ルーは貧しい若者だった。母と2人、とある町に住み、小さな店で働いていた。仕事は単調で、生活は苦しく味気なかった。彼の楽しみといえば、場末の酒場に集まる船員たちに混じって、彼らの冒険談に聞き入ることだった。危険とスリルに富んだ海の男の生活。熱帯の陽光に輝く紺碧の海。遠い国々の風景。ルーは夢み、そして憧れた。しかし、彼には養わねばならない母がある...。

 ある日、ルーは突然姿を消した。年老いた母親の嘆き。探索。ルーはあちこちの家の手伝いをしたりして僅かな路銀を稼ぎながら、海辺の町へと旅をしたのだった。初めて、運河をゆき過ぎる荷船で働き、辛い労働によく耐えた。やがて、あちこちを流れ歩く鋳掛屋の徒弟になった。海への憧れは満たされたとは言えないが、それでも変化のある生活が送れた。

 数ヵ月たったある日、親方は徒弟たちに酒を振舞った。「今日はちょっとお目出度いことがあるのでな。祝杯でもやってくれ。」ルーは親方に今日は何日ですかと聞いた。親方が日を教えたとき、突然ルーは叫んだ。「今日は母さんの誕生日だ。」若者は、はっとわれにかえった。ここはどこだろう。今まで僕は何をしていたのだろう。いつも行く場末の酒場で船乗りたちと酒を飲み、彼らの話を聞き、そして酒場を出た―彼の頭の中にあるのは、それだけだった。そこからは空白なのだ。今まで何をしていたのか全然記憶が無い。びっくりして彼を見つめている親方の顔も、ルーには全く見知らぬ人の顔だった―。
 これって、今で言うところの「解離性遁走」に近いのではないだろうか。

Ronald Colman, Greer Garson in Random Harvest
『心の旅路』グリア・ガースン、ロナルド・コールマン.bmp こうした記憶喪失は映画などのモチーフしても扱われており、よく知られているのがマーヴィン・ルロイ監督の「心の旅路」(原題:Random Harvest、'42年/米)です(原作は『チップス先生、さようなら』『失われた地平線』などの作者ジェームズ・ヒルトン)。

 第1次世界大戦の後遺症で記憶を失ったスミシィ(仮称)という男が、入院先を逃げ出し彷徨っているところを、踊り子ポーラにに助けられ、2人は結婚し田舎で安穏と暮らすが、出張先で転倒したスミシィは、自分がレイナーという実業家の息子であった記憶喪失以前の記憶を取り戻し、逆に、ポーラと過ごした記憶喪失以後の3年間のことは忘れてしまう―。

 かなりご都合主義的な展開ととれなくもありませんが、「コールマン髭」のロナルド・コールマンが記憶喪失になった男を好演していて(共演はグリア・ガーソン)、同じマーヴィン・ルロイ監督の"メロドラマ"「哀愁」よりも、こちらの"メロドラマ"の方が素直に感動してしまいました("記憶喪失"というモチーフの面白さもあったが)。

「心の旅路」パンフレット
心の旅路 パンフレット.jpg「心の旅路」●原題:RANDOM HARVEST●制作年:1942年●制作国:アメリカ●監督:マーヴィン・ルロイ●製作:シドニー・フランクリン ●脚本:クローディン・ウェスト/ジョージ・フローシェル/アーサー・ウィンペリス●撮影:ジョセフ・ルッテンバーグ ●音楽:ハーバート・ストサート●原作:ジェームズ・ヒルトン「心の旅路」●時間:124分●出演: ロナルド・コールマン/グリア・ガーソン/フィリップ・ドーン/スーザン・ピータース/ヘンリー・トラヴァース/レジナルド・オーウェン/ライス・オコナー●日本公開:1947/07●配給:MGM=セントラル●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-12-23)(評価:★★★★)●併映「舞踏会の手帖」(ジュリアン・デュビビエ)

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フロイト学派だとこうなってしまうのか、という本。

夢判断―あなたの知らないあなたの欲望.jpg夢判断.jpg夢判断―あなたの知らないあなたの欲望』〔'68年/カッパ・ブックス〕(カバーイラスト:辰巳四郎)
夢判断 外林大作2.bmp
 フロイト学派(新フロイト派)の外林大作氏の書いた一般向けの夢解釈の本ですが、夢の中に現れる物や人物、行動が50音順に並んでいて、自分の夢の中で印象に残った事柄をそこから手繰れば、その夢の意味が解るという親しみやすい構成のため、かなり多くの人に読まれたのではないでしょうか。

Salvador Dali
Salvador Dali, Honey is Sweeter Than Blood.jpg 「死体」は"秘密"の象徴である(だから、夢に死体が現れる場合は、何とかしてそれを隠そうとしている場合が多い)とか、「トイレ」に行くことは"情事"を表す(どの戸を叩いても使用中だというのは、自分が知っている異性はみな結婚していたり恋人がいて、相手にしてくれないという失望感を表す)とか、結構、当時は面白いと思って読んだ部分がありました。

 夢に現れるものの殆どが性的願望の象徴として解釈されていて、「靴をはく夢は、婚約者や配偶者など、社会的に承認された特定の異性に対する性的願望です。なぜなら、足が男性、靴が女性を表わすものであり、また、靴はスリッパと違って自分の足に合った特定のものでなくては、はけないものだからです」とありますが、要するに、細長いものや棒状のものは全て男性器の象徴であり、丸いものや器状のものは全て女性器の象徴ということになっているので、読んでいて、だんだん本当かなあという気になってくる―。

精神分析入門.jpg フロイトの考えを要約すると、夢は、昼間の生活で満たされない願望を夜になって満たすという役目を果たしているということですが、宮城音弥『精神分析入門』('59年/岩波新書)に、フロイトとユングの神話解釈の対比があり、フロイトは過去の願望から解釈し、ユングは将来の何かを示すために〈目的的〉に解釈したとあり、夢の解釈においてもそれは当て嵌まるでしょう(宮城音弥は、フロイトの説明は"後ろ向き"、ユングのは"前向き"とも言っている)。 
精神分析入門 (1959年) (岩波新書)

 一つの解釈方法に教条的にとらわれない方が良いとは思いますが、同じタイプの夢でも「学派」によって解釈が対極的に異なったりする点が、夢解釈を心理療法などにとり入れる際の難しい点ではないでしょうか。

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年代を超えた説得力。近年の「日本人論」よりも知的エッセンスでは一段上。

「甘え」の構造 (1971年).jpg  「甘え」の構造3.jpg  「甘え」の構造4.jpg   「甘え」の構造5.jpg   土居健郎.jpg  土居健郎 氏
「甘え」の構造 (1971年)』/『「甘え」の構造』第3版〔'91年〕/『「甘え」の構造 [新装版]』〔'01年〕/『「甘え」の構造 [増補普及版]』〔'07年〕

「甘え」というものを、周りの人に好かれて依存したいという日本人独特の心理として分析し、日本の社会における種々の営みを貫くものとして「甘え」を論じた'71年刊行のベストセラーで、'91年刊行の「20周年記念」版で再読しました(表紙に「20」という数字がある)。

 「甘え」の心理の原型は母子関係における乳児心理があり、他の人間関係においても、親子関係のような親密さを求めるのが日本人の特質だという言説には批判もあり(乳児心理は普遍的だから、精神分析論的に論じると外国人にも「甘え」の心理はあるということになる)、社会現象、文学作品、天皇制など幅広いジャンルを「甘え」というキーワードで論じている分、それぞれにおいても反論があり、著者自身、その後も続編などで反駁したり説明不足を補ったり(若干の修正も)しています。
 にも関わらず、オリジナル版がたびたび復刻しているのは、オリジナル版に年代を超えた説得力がそれなりにある証拠ではないかと思います(刊行30周年にあたる'01年にも新装版が出され、'07年にも増補普及版が刊行された)。

 読み直してみて、「義理と人情」の項が面白かったです。
 著者によれば、両者は対立概念ではなく、義理とは人為的に人情が持ち込まれた関係であり、義理が器であるとすれば、その中身は人情であると。
 「一宿一飯の恩」などと言いますが、恩とは人から情け(人情)を受けることで義理が成立する契機となるものであり、義理人情の葛藤というのは、恩を受けた複数の相手方の片方に義理を立てれば片方に義理を欠くということであり、相手方の好意を引きたいという意味では、ともに甘えに根ざしていると(人情を強調すれば甘えの肯定となり、義理を強調することは関係性を賞揚することになるが、甘えを依存性という言葉に置き換えると、それを歓迎するか、そうした関係に縛られるかの違いに過ぎないと)。

 続く「他人と遠慮」と「内と外」「罪と恥」の項も面白い。
 遠慮というのは、親子と他人の中間的な関係において働くものであり、親子の間では無遠慮であり、また、全くの他人に対しても往々にして、同様に無遠慮でいることができる、遠慮とは相手に甘えすぎてはいけないという意識であり、遠慮が働くのは根底に甘えがあるからだと。
 日本人が恥を感じるのは、そうした中間的な関係にあたる帰属集団に対してであり、集団から仲間として扱ってもらえなくなることを日本人は恐れる傾向にあると。

 日本人論(それも自省的なもの)がベストセラーになることは多いですが、近年のその類のものに比べて本書は、やや時代を感じる面もあるものの、知的エッセンスでは一段上という感じがします。

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結論には共感したが、インパクトが弱い。『「甘え」の構造』がなぜ参考文献リストに無い?

羞恥心はどこへ消えた.jpg 『羞恥心はどこへ消えた? (光文社新書)』 〔'05年〕 菅原 健介.jpg 菅原 健介 氏 (聖心女子大教授)

ジベタリアン.jpg 駅や車内などで座り込むジベタリアン、人前キス、車内化粧などの横溢―現代の若者は羞恥心を無くしたのか? そうした疑問を取っ掛かりに、「恥」の感情を研究している心理学者が、羞恥心というものを社会心理学、進化心理学の観点で分析・考察した本。

 社会的生き物である人間は、社会や集団から排除されると生活できなくなるが、羞恥心は、人間が社会規範から孤立しないようにするための「警報装置」としての役割を持っているとのこと。それは、単なる自己顕示欲や虚栄心といった世俗的なプライドを守る道具ではなく、生きていくために必要なもので、進化心理学の視点で考えると、敏感な羞恥心を持たない人物は、社会から排斥されその形質を後世に伝えられなかっただろうと。

ジベタリアン2.jpg 「恥の文化ニッポン」と言われますが、国・社会によって「恥」の基準は大きく異なり、日本の場合、伝統的には、血縁などを基準にした「ミウチ」、地域社会などを基準にした「セケン」、それ以外の「タニン」の何れに対するかにより羞恥心を感じる度合いが異なり、「セケン」に対して、が最も恥ずかしいと感じると言うことです。しかし、「セケン」に該当した地域社会が「タニン」化した現代においては、一歩外に出ればそこは「タニン」の世界で、羞恥心が働かないため、「ジブン」本位が台頭し、駅や車内などで座り込もうと化粧しようと、周囲とは"関係なし状態"に。

 しかし一方では、従来の「セケン」に代わって「せまいセケン」というものが乱立し、若者の行動はそこに準拠することになる、つまり、平然と車内化粧する女子高生も、例えば、仲間がみんなルーズソックスを穿いている間は、自分だけ穿かないでいるのは「恥ずかしい」ことになり、結局、その間は帰属集団と同じ行動をとった、というのが著者の分析です。

「甘え」の構造3.jpg さらっと読める本ですが、前半部分の分析が、わかりきったことも多かったのと(ジベタリアンへのアンケート結果なども含め)、ポイントとなる「ミウチ・セケン・タニン」論は、30年以上も前に土居健郎氏などが言っていること(『「甘え」の構造』、どうして参考文献のリストに無い?)と内容が同じことであるのとで、インパクトが弱かったです。

 最後の方の、今まで「セケン」に該当していたものが「タニン」化し、「せまいセケン」が乱立しているという結論には、改めてそれなりに共感はしましたが、これも一般感覚としては大方が認識済みのことともとれるのでは。

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セルフカウンセリング的な効用がある本? 「夢を持つこと」が難しい社会なのかも...。

傷つくのがこわい.jpg 『傷つくのがこわい (文春新書)』 〔'05年〕 人と接するのがつらい.jpg人と接するのがつらい―人間関係の自我心理学 (文春新書 (074))』 ['99年]

ca_img02.jpg  この著者には、同じ文春新書で『人と接するのがつらい―人間関係の自我心理学』('99年)という本もあり、自我心理学が専門だと思いますが、人間関係など社会生活で悩んでいる人への思いやりが感じられ、本書もまた、ブックレビューなどを読むと好評のようです。

 前半部では、傷つくとはどういうことか、なぜ若者は傷つきやすいのかが、最近の社会動向、学校・家庭・職場内で見られる傾向なども分析しながら丁寧に解説されていて、後半部では心傷ついたときにはどうすればよいか、傷つかない心を持つにはどうしたらよいかが、カウンセリング理論をベースに、自律訓練法やリラクゼーションなどの方法論にまで落とし込んで書かれています。

 新書という体裁上、1つ1つの方法論についての解説は簡略なものですが、そこに至るまでに「傷つく」ということを心理学者の立場から臨床的に分析しているため、読者にすれば、本書を読むことで自らの「傷つき」を対象化することができ、セルフカウンセリング的な効果が得られる、それが好評である一因なのではないかと思われます。

 前半と後半の間に、「傷つきやすい若者への接し方」という章があって、社会そのものが若者を傷つけやすい構造になってきていることを指摘し、そうした「傷つきやすい若者」に対して、よき相談相手になることと、彼らの「自己価値観」を高める配慮をすることの大切さを説いています。

 この中で注目すべきは、フリーターやニートの増加を、単に若者の労働意欲の低下によるものではなく、彼らをとりまく厳しい労働環境との関係で捉えている点で、レビンソンの〈ライフサイクル論〉を引きながらも、現代の若者が大人としてのアイデンティティの確立が遅れているのは、社会が「余裕のない」「夢を持てない」ものになっているからだとしています(叶わぬ「夢」を保留するために現実への関与を避け、その結果モラトリアム期間が長期化するということ)。

 "新米成人"にとって「非現実的な夢にしがみつくこと」も「夢の全面的放棄」も満足な生活を与えてくれるものでなはなく、レビンソンに習って、「夢を生活構造の中に位置づけること」が大切であるとしながら、著者自身が認識するように、社会そのものが「夢を持てない」ものになっているというのは、結構キツイ状況だなあと感じました。

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ロールシャッハ、YG、内田クレペリンを俎上に。読み物としては面白かった。

「心理テスト」はウソでした。.jpg「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』〔'05年〕 村上宣寛(むらかみよしひろ)教授.jpg 村上宣寛(むらかみよしひろ)・富山大学教授 〔性格心理学、教育測定学〕

 心理テストと呼ばれるものの曖昧さ、いい加減さを心理テストの専門家自身が(この人、"野宿"の大家でもあるらしいが)、統計学的・実証的に検証してみせた本で、第1章で「血液型人間学」、第2章で「万能心理テスト」、第3章で「ロールシャッハ・テスト」、第4章で「矢田部ギルフォード性格検査(YG検査)」、第5章で「内田クレペリン検査」を俎上に上げています。大学の一般教養の講義を受けているかのように気軽に読め、しかも、隣りの教室で教えている心理学の授業は間違っているよ、みたいな内容なので面白かったです。

 ただし、「血液型人間学」というのは、著者の論駁以前に、未だにこれを科学だと思っている人がいるのかなという気が、個人的にはしました。一方、「万能心理テスト」とは、誰もが「当たっている!」と感じる質問や結果を並べた"ひっかけ"テストのことで、著者が大学院生などに試みて、全員に同じ結果を配っているのに殆どがきれいに騙されているのが面白かったですが(実際、この部分が本書で一番愉快だった)、本書における本格的な心理テスト批判ということになると、第3章以下の、ロールシャッハ、YG、内田クレペリンの3つに対する批判であると言えるでしょう(("3つのみに対する批判"とも言えてしまうが)。

shukanbunshun071108.jpg 高名な学者の言っていることが、比較的簡単な実験でその論拠が大きく揺らいでしまうのが面白く、特にロールシャッハは、権威者3名の同一テストに対する分析がバラバラで、しかも実態から大きく外れているという結果に。YG、内田クレペリンは、学生時代に自ら被験者になり、また結果分析もしたことがあるので身近に感じましたが、その当時から信憑性に疑義があり、今時こんなの使っているのかなという気もしました(実際には、批判も多い一方で、精神科や心療内科などで根強く用いられているようだが)。

「週刊文春」'07年11月8日号(ロールシャッハの誕生日)表紙 デザインは和田誠氏オリジナル

 後書きに、仕事の能力は測れるかというテーマをとりあげ、「SPI」や「コンピテンシー」について若干触れていますが、一般学生や企業の実務担当者などの側からすれば、むしろこのあたりをもっと突っ込んで書いてほしかったという気がするのでは。

 統計の話などは往々にしてつまらなくなりがちですが、わかりやすい論理展開と軽妙なテンポで読者を導き、読み物としては面白かったです。
 
 【2008年文庫化[講談社+α文庫]】

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「笑いの効用」について、三者三様に語る。ちょっと、パンチ不足?

笑いの力.jpg笑いの力』岩波書店['05年] 人間性の心理学.jpg宮城音弥『人間性の心理学』〔'68年/岩波新書〕

 '04年に小樽で開催された「絵本・児童文学研究センター」主催の文化セミナー「笑い」の記録集で、河合隼雄氏の「児童文化のなかの笑い」、養老孟司氏の「脳と笑い」、筒井康隆氏の「文学と笑い」の3つの講演と、3氏に女優で落語家の三林京子氏が加わったシンポジウム「笑いの力」が収録されています。

 冒頭で河合氏が、児童文学を通して、笑いによるストレスの解除や心に与える余裕について語ると、養老氏が、明治以降の目標へ向かって「追いつけ、追い越せ」という風潮が、現代人が「笑いの力」を失っている原因に繋がっていると語り、併せて「一神教」の考え方を批判、このあたりは『バカの壁』('03年)の論旨の延長線上という感じで、筒井氏は、アンブローズ・ビアスなどを引いて、批判精神(サタイア)と笑いの関係について述べています。

 「笑い」について真面目に語ると結構つまらなくなりがちですが、そこはツワモノの3人で何れもまあまあ面白く、それでも、錚錚たる面子のわりにはややパンチ不足(?)と言った方が妥当かも。 トップバッターの河合氏が「これから話すことは笑えない」と言いながらも、河合・養老両氏の話が結構笑いをとっていたことを、ラストの筒井氏がわざわざ指摘しているのが、やや、互いの"褒め合戦"になっているきらいも。

 人はなぜ笑うのか、宮城音弥の『人間性の心理学』('68年/岩波新書)によると、エネルギー発散説(スペンサー)、優越感情説(ホッブス)、矛盾認知説(デュモン)から純粋知性説(ベルグソン)、抑圧解放説(フロイト)まで昔から諸説あるようですが(この本、喜怒哀楽などの様々な感情を心理学的に分析していて、なかなか面白い。但し、学説は多いけれど、どれが真実か分かっていないことが多いようだ)、河合氏、養老氏の話の中には、それぞれこれらの説に近いものがありました(ただし、本書はむしろ笑いの「原因」より「効用」の方に比重が置かれていると思われる)。

 好みにもよりますが、個人的には養老氏の話が講演においても鼎談においても一番面白く、それが人の「死」にまつわる話だったりするのですが、こうした話をさらっとしてみせることができるのは、職業柄、多くの死者と接してきたことも関係しているかも。

桂枝雀.jpg その養老氏が、面白いと買っているのが、桂枝雀の落語の枕の創作部分で、TVドラマ「ふたりっ子」で桂枝雀と共演した三林京子も桂枝雀と同じ米朝門下ですが、彼女の話から、桂枝雀の芸というのが考え抜かれたものであることが窺えました。桂枝雀は'99年に自死していますが(うつ病だったと言われている)、「笑い」と「死」の距離は意外と近い?

《読書MEMO》
養老氏の話―
●(元旦に遺体を病院からエレベーターで搬出しようとしたら婦長さんが来て)「元旦に死人が病院から出ていっちゃ困る」って言うんですよ。それでまた、四階まで戻されちゃいました。「どうすりゃいいんですか」って言ったら、「非常階段から降りてください」と言うんです。それで、運転手さんとこんど、外側についている非常階段を、長い棺をもって降りる。「これじゃ死体が増えちゃうよ」って言って。
●私の父親が死んだときに、お通夜のときですけれども、顔があまりにも白いから、死に化粧をしてやったほうがいいんじゃないかということになったんです。まず白粉をつけようとしたら、弟たちが持ってきた白粉を、顔の上にバッとひっくり返してしまった...
●心臓マッサージが主流になる前は長い針で心臓にじかにアドレナリンを注入していたんですね。病院でそれをやったお医者さんが結局だめで引き上げていったら、後ろから看病していた家族の方が追っかけてきて、「先生、最後に長い針で刺したのは、あれは止めを刺したんでしょうか」

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「きれいごと」は何の役にもたたないかという問いかけ、で終わっている?

いまどきの「常識」.jpg 『いまどきの「常識」』 岩波新書  〔'05年〕  香山リカ.jpg 香山 リカ 氏 (精神科医)

 各章のタイトルが、「自分の周りはバカばかり」、「お金は万能」、「男女平等が国を滅ぼす」、「痛い目にあうのは「自己責任」、「テレビで言っていたから正しい」、「国を愛さなければ国民にあらず」となっていて、こうした最近の社会的風潮に対して、はたしてこれらが"新しい常識"であり、これらの「常識」に沿って生きていかなければ、社会の範疇からはみ出てしまうのだろうかという疑問を呈しています。

 前書きの「「きれいごと」は本当に何の役にたたないものなのか?」という問いのまま、本文も全体的に問題提起で終わっていて、実際本書に対しては、現状批判に止まり、なんら解決策を示していないではないかという批判もあったようです。

 確かに著者の問題提起はそれ自体にも意味が無いものではないと思うし、精神分析医で、社会批評については門外漢とは言えないまでも専門家ではない著者が、人間関係・コミュニケーション、仕事・経済、男女・家族、社会、メディア、国家・政治といった広範なジャンルに対して意見している意欲は買いたいと思いますが、それにしても、もっと自分の言いたいことをはっきり言って欲しいなあ。

本当はこわいフツウの人たち.jpg より著者の専門分野に近い『本当はこわいフツウの人たち』('01年/朝日新聞社)などにも、こうした読者に判断を預けるような傾向が見られ、これってこの著者のパターンなのかと思ってしまう。
 すっと読める分、これだけで判断しろとか、「ね、そうでしょ」とか言われてもちょっとねえ...みたいな内容で、世の中の風潮を俯瞰するうえでは手ごろな1冊かも知れませんが、読者を考えさせるだけのインパクトに欠けるように思えました。

 社会の右傾化に対する著者の危惧は、『ぷちナショナリズム症候群』('02年/中公新書ラクレ)から続くものですが、今回あまり「イズム」を前面にだしていないのは、より広範な読者を引き込もうという戦略なのでしょうか。

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広く浅くだが、一定の切り口でわかりやすく纏まっている。

図解雑学 ユング心理学.jpg 『図解雑学 ユング心理学』 ['02年] jung.jpg Carl Gustav Jung (1875‐1961)

 「心理学と錬金術」「黄金の華の秘密」「空飛ぶ円盤」「個性化とマンダラ」...これらはみんなユングの著作のタイトルであり、こうして見ると何が何だかわからなくなってくる?
 しかもユングが一般向けに書いた著作は『人間と象徴』ぐらいしかない―となると、どうしてもユング心理学を知ろうとすると、入門書探しから始めざるを得ないのではないでしょうか。
 ということでの「図解雑学シリーズ」ですが、本書は"広く浅く"ですが、一定の切り口でわかりやすく纏まっていると思いました。

 第1章と第3章が「対話のためのユング心理学」「病者との対話」となっていて、「対話」というキーワードを切り口にコンプレックス、元型論(アニマとアニムスなど)、集合的無意識といった概念や、夢分析、箱庭療法などの心理療法についての解説がされています。

 また第2章でユングの生い立ちと生涯をとりあげ、1つの伝記として読めるとともに、彼の提唱した様々な概念が、彼自身の体験に由来するものであったことがわかり、興味深かったです。

 ユングはフロイトとの決別後に「中年の危機」状態となり、その後生涯にわたり幻覚に悩まされ続け、そうしたことが彼の神秘主義や錬金術への傾倒などと関係があることを知りました。

 最後の第4章ではユングが後世に与えた影響を紹介し、ユング派の3つの流れ(古典派・元型派・発達派)や「トランスパーソナル心理学」などを紹介しています。

 カール・ロジャーズらの提唱した「人間性の心理学」にユング心理学などの要素が加わったものが「トランスパーソナル心理学」(個を超えた心理学)であり、やはりこれもまたユングの系譜であることなどがわかります。
 
 この本だけで充分というわけではありませんが、右ページが図やイラストになっているため、とっつきやすく読み返しやすい"参考書"ではあります。

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考察は深いが、夢の解釈は文学的で、夢の構造分析は哲学の世界に。

夢分析.jpg  『夢分析』 岩波新書〔'00年〕  夢判断 フロイト.jpg フロイト『夢判断』新潮文庫(上・下)〔旧版〕

 2000(平成12)年度「サントリー学芸賞」(思想・歴史部門)受賞作(他の業績を含む受賞)。
 本書でなされている夢分析は、フロイト派のそれがベースになっていますが、同時に、『夢判断』という古典に対する著者なりの読解を示すものにもなっています。

 エディプス・コンプレックスに関係する夢としてフロイトがあげている中から「裸で困る夢」、「近親者の死ぬ夢」、「試験の夢」という露出、殺害、自覚を表す"類型夢"を、自己を再確認する過程として解釈している点などに、それがよく表れているのではないかと思います。

 しかし何れにせよ本書は、夢はすべて幼年期の体験の再活性化であり、夢に現れる多くのものには共通の意味があるというフロイトの考え方が前提になっているので、この考え方が必ずしもしっくりこない人には、著者の解釈は、フィクション(文学または新たな神話)を構築する作業にも見てとれるのではないでしょうか。

 夢が"現在の自分の状況を楽にする(=快感原則)"、あるいは"睡眠を保護する"といった「義務」を負っているという捉え方についても同じことが言えるのではないかと思います。

 最終章の、夢と現の関係("夢を語ること"と"人生"のアナロジー)についての考察は面白いものでした。
 人生は一夜の夢であり、我々はそこから醒めなければならならず、人生を寝倒してはいけない、という意識が、死に対し能動的に心の準備をするように仕向けるという...。

 深い考察に基づく著作であることには違いないのですが、夢の解釈についてはある種の文学の世界に、夢の構造分析においては(意図的にでしょうが―著者はラカン派らしいけれど)哲学の世界に入ってしまい過ぎているような気もします。

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この線でいくと、星占いでも何でも心理学になり得るのではないかと...。

トランスパーソナル心理学入門―人生のメッセージを聴く (講談社現代新書).jpgトランスパーソナル心理学入門.jpgトランスパーソナル心理学入門―人生のメッセージを聴く』講談社現代新書 〔'99年〕

 本書によれば、〈トランスパーソナル心理学〉とは"個を越えたつながり"を志向する心理学で、行動主義・科学主義心理学や精神分析への批判から、第3の流れとして登場したマズローやロジャーズらの〈人間性心理学〉の、そのまた発展プロセスの中で生まれた"第4の勢力"としています。

 マズローらの〈人間性心理学〉が「自己実現」を目指すとすれば、それさえもエゴイズムやナルシズムから新たな心の呪縛に陥るという矛盾を孕むもので、〈トランスパーソナル心理学〉では、その呪縛を解き放つために、「私の癒し」と「世界の癒し」「地球の癒し」を不可分とした"個を越えたつながり"を志向することで自分に起こる全ての出来事に意味を見出し "個が生きるつながり"を回復するとしています。

 カウンセリングでの応用においては個人の〈超心理学〉的体験も重視しますが、むしろ考え方としては〈超心理学〉のレベルをも超えてスピリチュアリティを重視した心理学で、こうした考えに惹かれる人もいれば、新手の宗教のように思えて引いてしまう人もいるかも知れないと思います。

 自分も(将来的には考え方が変わるかも知れないけれど、今のところ)後者の方で、実際、本書で紹介されているケン・ウィルバーには、 『宗教と科学の統合』という著作もあるし、自らの想像力が貧困なのかも知れませんが、この線でいくと、本書巻末にもその名のある「鏡リュウジ」じゃないけれど、星占いでも何でも心理学になり得るのではないかと(ウィルバーには、『ウィルバー・メッセージ 奇跡の起こし方』という著書もある)。

 著者の諸富氏は、日本トランスパーソナル学会の会長であるとともにカウンセリングの専門家であり、〈フォーカシング〉などの技法を生かした心理療法の記述は参考になりましたが、確かに〈フォーカシング〉を〈トランスパーソナル心理学〉の応用的手法と捉えることが出来るかもしれませんが、「世界の癒し」「地球の癒し」となると、心理学の「了解」範囲を超えているような気がします。

 こうした心理学の流れががあるということは知っておいて無駄ではないと思いますが、本書は新書という手軽さはあるものの、諸富氏自身も本書の内容を「私の色に染まったトランスパーソナル心理学」と自ら述べているように、ウィルバーの思想の人生論的解釈と、プラグマティカルな心理療法に重点が置かれ、どの部分が心理「学」なのかよくわからない本でした。

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河合隼雄、養老孟司との共通点も感じられて面白かった。

kbn7205p.jpg  『「甘え」の周辺』(1987/03 弘文堂)「甘え」の構造.jpg「甘え」の構造』('71年初版/'91年改訂版)

土居健郎.png甘えの周辺2901.JPG 『「甘え」の構造』の土居健郎による対談・講演集で、「甘え」の良し悪しや、国際的に見た場合の日本人の「たてまえ」と「ほんね」の問題から、家庭問題、健康と病気、幸福願望とストレス、教育問題まで、広いテーマに触れています。

 『「甘え」の構造』('71年/弘文堂)は、『日本人とユダヤ人』('70年/山本書店)などの「日本人論」ブームの中で出版されベストセラーとなり、続編も出ましたが(何だか『バカの壁』ブームみたい)、本書はブームから15年以上を経たものです。

 著者も当初は、「甘え」を日本人の中に"発見"したという言い方をしており、自分も「日本人論」として読みましたが、本書では「甘え」を、概念としては日本的だが西洋人の心理にもある普遍的なものだともしています。もともとフロイトの母子関係論から発想されているもので、そうなるのは自然なことなのかも。精神分析派とユング派の違いはありますが、河合隼雄氏の「母子社会論」に近いものを改めて感じました。

東京物語.jpg 本書にある、小津安二郎監督の映画「東京物語」夏目漱石の『こころ』の読み解きはしっくりくるもので、こうした「物語」分析にも、河合氏に通じるものを感じます。この土居氏による、『こころ』の「先生」のKに対する心情を「甘え」として捉えた(そして、「私」の「先生」に対する傾倒も同じであるという)分析は、漱石研究家の間でも話題になりました(類似した「甘え」の構造が男性同士の同性愛に見られることを指摘したのは、当時としてはセンセーショナルだったかも)。

 精神障害者の社会的扱いの問題など、精神分析医という本職に近いところで語っている章が多いのも本書の特徴ですが、障害者が復帰しにくい日本社会という指摘は、養老孟司氏が『死の壁』('04年/新潮新書)などで展開しているコミュティ論と同じで、また東大での最終講義「人間理解の方法」は、「わかっている」とはどういうことかを扱っていて、『バカの壁』に通じるものがあります。

 東大医学部出身で東大名誉教授という点で養老氏と、心理療法の権威であるという点で河合氏と同じですが、『「甘え」の構造』に比べずっと読みやすくなった語り口にも、養老氏の口述エッセイ、河合氏の講演集と同じトーンを感じてしまいます。

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喫煙者にとってのタバコの心理的効用を多角的に検討している。

タバコ―愛煙・嫌煙.jpg  『タバコ―愛煙・嫌煙』 講談社現代新書 〔'83年〕  cigar.jpg

タバコ2865.JPG 本書出版の頃には既にタバコの健康に与える害は強調され、嫌煙運動は広まりつつありましたが、敢えて著者は、ストレス解消や作業能率向上などの、喫煙者にとってのタバコの効用を検討することも必要ではないかとし、タバコが人間の心理や行動に及ぼす影響を多面的に分析・考察しています。

 反応時間テストで、喫煙者がタバコを吸うと心理的緊張力が高まり、非喫煙者を上回る好成績を上げるそうですが、喫煙者と非喫煙者は同一人物ではないので、この辺りに実験そのものの難しさがあることも、著者は素直に認めています(それでも、タバコが長期記憶を良くするが短期記憶には影響がないといった実験結果は興味深い)。

 一方でタバコには心理的緊張力を解く効果もありますが、深層心理を表面化させ、詩人や作家の創造活動に繋がるケースがあるのではないかという考察は面白いです(フロイトは、医師に禁煙を命じられていた間は「知的関心が大幅に減少した」とボヤいていた)。

 コロンブスが米大陸から持ち帰ったタバコは、流布されて長い期間「薬」とされていたなどという歴史から、喫煙習慣と性格の相関、女性の場合は女子大の学生の方が共学よりも喫煙率が高いなど、性格・社会・文化心理学な観点まで、とりあげている範囲は広く、ニコチンの生理学的な影響やガンと喫煙の相関についてもしっかり言及しています(1日に吸う本数もさることながら、"吸い方"の影響が大きいことがわかる)。

 読み物としても楽しいですが(喫煙者ならば妙に安心できる?)、マスメディアが「タバコ=悪」という単一論調である今日において、「分煙」という現実的方法を探る際に一読してみるのもいいのでは。

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テーマは「中年の危機」。でも幅広い世代に対しての示唆に富む。

働きざかりの心理学 PHP文庫.jpg働きざかりの心理学 (PHP文庫)』['84年]働きざかりの心理学.jpg 『働きざかりの心理学』 新潮文庫

JR Shinbashi Station.jpg 働きざかりのミドルが家庭や社会の中で遭遇する様々な課題を心理学的に考察し、わかりやすく解説した本で、中心となるテーマは「中年の危機」。しかし、幅広い世代に対しての示唆に富む本だと思います。40歳から50歳の間に"思秋期"が来るという本書の考えのベースになっているのは、ユングの「人生の正午」という概念です。日常生活の人と人の繋がりにおける諸事象から、より根源的な心理学のテーマを抽出する著者の眼力は、この頃からすごかったのだなあと、改めて感じました(単行本は1981年刊)。 者論における、「場の倫理」に対する「個の倫理」という切り口などが、個人的にはとりわけ秀逸だと思えました。

 また、主に年長者が重視するという「場の倫理」にも、微妙な側面があることを指摘しています。「場の倫理」というのは、日本は欧米に比べ企業などで特に強く働くのでしょうが(企業のトップなどは、それなりに年齢のいった人が多いということもある)、「場に対する忠誠心は、その場においては満場一致の絶対性を要求しながら、場が変わったときには態度の変更のあり得ることを認めるというのは不思議だ」と著者は述べています。確かに日本の場合、「決議は百パーセントは人を拘束せず」(山本七平)というのは、企業でよくあることではないかという気がしました。役員会での決定事項が簡単に覆ったりするのは、会議の後でそれぞれのメンバーはまた別の「場」へいくと、そちらの「場」の平衡を保つことがより重要事項となる―そこで役員会ともう1つの「場」との調整が再度図られるということなのでしょうか(自分の見た例だと、連日にわたり"最終決定"役員会を開いていた会社があった)。

 アニマ(男性の深層に存在する女性像)とアニムス(女性の深層に存在する男性像)というユングの提唱したやや難解な概念についても、平易に述べています(個人的には、アニマ/アニムスという考えは、ユング個人に思考特性の色が濃い概念であり、どこまで普遍化できるか疑問を感じていますが)。著者が言うには、女性の場合、中年になって初めてアニムスが働きはじめることもあり、それは夫ではなく子供に投影され猛烈な教育ママとなることがある―、とか。河合氏は今はソフトなイメージがありますが、結構、この頃の河合さんは言い方がシビアです。

 【1984年文庫化[PHP文庫]/1995年再文庫化[新潮文庫]】

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ユング心理学の用語や分析家としての姿勢のニュアンスが、"対談"を通して語られることでよくわかる。

魂にメスはいらない2875.JPG魂にメスはいらない2.jpg   魂にメスはいらない.jpg
魂にメスはいらない―ユング心理学講義』朝日レクチャーブックス〔'79年〕『魂にメスはいらない―ユング心理学講義』講談社+α文庫〔'93年〕

河合隼雄・谷川駿太郎.jpg 本書は、詩人・谷川俊太郎が河合隼雄にユング心理学について話を聞くというスタイルになっています。河合氏によるユング研究所に学んだ時の話から始まり、夢分析などに見るユング心理学の考え方、箱庭療法の実際、分析家としての姿勢などが語られ、最後はイメージとシンボル、自我と自己の違いの話から、谷川氏との間での創作や世界観の話にまで話題が及び、内容的にも深いと思いました。

 ユング心理学の用語や分析家としてのあるべき姿勢が、"対談"を通して語られることで、ニュアンスとしてよく伝わってきます。心理療法について体系的に理解したい人には、河合氏の『ユングと心理療法』('99年/講談社+α文庫)の併読をお薦めします。

 本書は「朝日レクチャーブックス」(朝日出版社)の1冊で、'79年に刊行されたものです。このシリーズは30冊あり、廣松渉←五木寛之、今西錦司←吉本隆明、岸田秀←伊丹十三など、学者に作家が話を聞くというパターンがほとんどですが、いずれも内容が濃いものばかりです(そのわりに文庫化されているものが少ないのが残念)。その中でも本書は、聞き手(谷川)のレベルが高く、対等な対談者となっている稀なケースだと思われます。

 【1993年文庫化[講談社+α文庫]】

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夢の謎を科学的に解説し、様々な夢解釈法を紹介した楽しい本だった。

夢の世界99の謎AE.jpg
『夢の世界99の謎』 サンポウ・ブックス job37_2.jpg 大原 健士郎 氏 (略歴下記)

Dream.jpg  現代の生理学の常識としては、夢を見ない人はいないと言われていて、赤ちゃんでも夢を見るし、赤ん坊の寝ているときの眼球の動きから、所謂"夢見"の状態であるREM(rapid eye movement)睡眠が見つかったことは有名です。

 本書は、日本の自殺研究の権威・大原健士郎氏の著作ですが、自殺の研究を始める前から夢の研究に強い関心があったとのことです。
 「夢で発明や発見ができるか」「正夢や予知夢はあるか」といった素朴な疑問に、科学的見地に立って回答するとともに、夢の解釈について、フロイトや、それを批判したアドラー、ユング、フロムらの考えをわかりやすく解説しています。

夜明かしする人、眠る人.jpg また、夢の生理学的側面についても、「動物から眠りを奪うとどうなるか」といった疑問に答えるところから始まり、睡眠時無呼吸やナルコレプシーについても解説しています。
 様々な歴史的人物が行った夢の謎解きや、夢とテレパシーの関係についての考察などもあって、読みどころ満載の楽しい本です。

 更には、アメリカ流反フロイト主義の中でも、本書出版当時としては新しい、アン=ファラデー女史の『ドリームパワー』ウィリアム・C・デメント『夜明かしする人、眠る人』などにある研究成果や、フレデリック・パールズ「ゲシュタルト療法」の立場での夢解釈などがわかりやすく紹介されているのも、本書の特長です(アン=ファラデー、W・C・デメントとも、夢に対するプラグマティックな姿勢がうかがえる。デメントの『夜明かしする人、眠る人』には、著者が肺がんになった夢を見たことでタバコをやめた話などが出てくる。読み物としてもたいへん面白い本)。

夜明しする人、眠る人』['75年/みずず書房]
                                                   
夢の不思議がわかる本.jpg このサンポウ・ブックスのシリーズは他にも『幻の古代生物99の謎』など良いものがあり、絶版となった今は、その一部が古書市場で高値になっているとのことです。
 ただし本書については、「知的生きかた文庫」に『夢の不思議がわかる本』('92年)として、ほぼ同じ内容で移植されています。

 『夢の不思議がわかる本』 知的生きかた文庫 ('92年)

《読書MEMO》
●「黄梁一炊(こうりょういっすい)の夢」「邯鄲の夢」...盧生(ろせい)が宿で栄華が思いの儘になるという枕で寝ると皇帝になって50年世を治め、さらに不老長寿の薬を得る夢を見るが、それは黄梁(粟飯)が炊ける間の事だった(34p)
●ゲシュタルト療法(フレデリック・パールズ)...自由連想法(精神分析)は問題の周辺をぐるぐる回るだけで自己の神経症に直面することを避ける自由分裂に過ぎない。(ゲシュタルト療法では)集団の中で自分自身の夢を語るという方法で、自身の表情、声の調子、姿勢、身振り、他人に対する反応に患者の注意を向けさせ、その人の人格の欠陥をさがし、気づかせるとともに治療に応用する(157p)

_________________________________________________
大原健士郎 (精神科医)
1930年、高知県伊野町生まれ。東京慈恵医大大学院博士課程修了。六六年、ロサンゼルス自殺予防センター特別招聘(しょうへい)研究員として、一年間留学。七七年、浜松医大教授。神経症の治療法として知られる森田療法のほかアルコール依存、薬物依存なども研究テーマ。「精神医学はまだ科学の名に値しない」が持論。

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フロイトは限度を越えて「了解」しているという考えは受け入れやすいものだった。

夢 2855.JPG   夢 宮城音弥.jpg 『夢 (1972年)』 岩波新書
 
夢 (1953年) (岩波新書〈第139〉)

 心理学の権威で多くの啓蒙書を残したこの本の著者・宮城音弥(1908-2005/享年97)。この人の学生時代の卒論は「睡眠」をテーマにしたものだったそうで、「夢」というのは著者の早期からの関心事だったようです。

 本書では、人はなぜ夢を見るのか、夢の心理とはどんなものか。そうした問題を、フロイトなどの諸理論を引きながら考察し、わかりやすく解説しています。

alexanders dream.jpg 実験的に夢を製造することはできるのか、夢の中で創作は可能なのか、夢の無い睡眠というのはあるのか、盲目の人はどんな夢を見るのか、といった多くの人が興味を抱くだろう疑問にも答えようとしています。
 個人的には、夢における時間感覚について、崖から墜落した人などがよく体験する"パノラマ視現象"などとの類似を指摘している点などが興味深かったです。

Alexander's Dream by Mati Klarwein (1980)

 夢には我々の了解できない面があるものの、精神分析によって心理的原因を求めていけば、結局はかなりの部分その意味を了解できるのではないか、という著者の考えはオーソドックスなものです。
 ただし、その「了解」には限度があるとも著者は言っています。

IMG_2853.JPG 夢はすべて「過去の願望の変装したもの」であるというフロイトは、限度を越えて「了解」しているのであって、意味の無いものにムリに意味をつけようとしているという著者のフロイト批判は、読者には受け入れられやすいものではないかと思います。

《読書MEMO》
●フロイトとユングの夢分析の違い...「ミネルヴァがジュピターの頭から生まれた」
 フロイト:「性器から出生」の社会的抑圧に対する「転移」、
 ユング:知恵が神神から由来したことを示す象徴
 (ユングは夢を「前向きな解釈」と「後ろ向きな解釈」に分類した-夢を見る者の目的を示すことを強調)(61p)

 

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異常を通して人間心理の不思議に迫る。記憶喪失の症例が印象的だった。

異常の心理学 旧.jpg 異常の心理学.jpg異常の心理学』 〔'69年〕 相場均.jpg 相場 均 (1924‐1976)

 本書では、魔女狩りから説き起こし現代の精神医学に至るまで異常心理の歴史とでも言うべきもの述べたうえで、群集心理、催眠現象、記憶喪失、知覚のゆがみ、異常性格などさまざま事象・症例をあげて考察し、人の心の中に潜む異常性を浮き彫りにしています。

うその心理学.jpg 前著『うその心理学』('65年/講談社現代新書)に続いての心理学全般にわたる入門書としても読めますが、病理学から社会心理学までやや間口を広げすぎた観もあります。

うその心理学』 講談社現代新書 〔'65年〕

 個人的に印象に残ったのは、ある記憶喪失の症例で、患者の青年が催眠療法で記憶を取り戻す過程で自分の家は富豪だったと思い出したように言ったが、実は貧農だったという話。
 著者は記憶喪失を「精神の自殺」と表現していますが、この青年は過去の記憶を何重にも封印したことになります。
 こうした現象が起きる原理を精神力動論的には分かり易く解説していますが、理屈でわかっても、実際どうしてそうなるかは、やはりまだ不思議な気がするというのが正直なところです(だからこそ、こうした本を読むのが面白いのかもしれないが)。                
相場均 孤独の考察.jpg体格と性格―体質の問題および気質の学説によせる研究.jpgクレッチマー.jpg 著者の相場均は、『孤独の考察』('73年/平凡社)などの名著がある心理学者で、エルンスト・クレッチメル(クレッチマー)『体格と性格』('78年/文光堂)の訳者でもあります。

ダヴィート・カッツの肥満型・細長型の合成写真-クレッチマー『体格と性格』(相場均訳)より

 たまたま生前の著者に大学での授業を通して接する機会がありました(クレッチマーの『体格と性格』がテキストだったので、いやおうなしに購入したが、読んでみたら面白かった)。講義の中で、連続殺人犯・大久保清の精神鑑定を依頼されたけれども、「死刑になることがほぼ確実な人物の鑑定はやりにくい」として断ったと話していました。

石原慎太郎 裕次郎.jpg 学生の前で、石原慎太郎・裕次郎兄弟の性格の違いを分析してみせたりもしていました。慎太郎氏がやたら瞬き(正確には"しばたき")することが多いのは、作家特有の神経症的気質からきていると...。素質的に豪放磊落な弟に比べると、実は兄貴の方はずっと神経質で防衛機制が強く働くタイプであると言っていましたが、当たっている?

 また、自分の母親が最近亡くなったことを振り返り、「ボケて死ぬのが一番幸せかもしれない」とおしゃっていましたが、その数ヵ月後、大学の夏休み中に急逝されました。まだ50代前半の若さだったのが惜しまれます。                     

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「知能指数の極めて高い人=天才」ではないことを教えてくれる本。

天才.jpg  『天才』 岩波新書 〔'67年〕  ミケランジェロ.jpg ベートーベン.jpg ゲーテ.bmp ドストエフスキー.jpg マルクス.jpg

 「天才」とは何かを指摘した本で、ミケランジェロからベートーベン、ゲーテ、ドストエフスキー、マルクスまで数多くの天才をとりあげ、彼らを心理・精神医学的に分析していて興味深く読めます。

 著者によれば、知能指数の極めて高い人が「天才」なのではなく、それは「能才」と呼ぶべきもので、「天才」には創造的能力が無ければならないということです。しかし、「天才」の多くは知能指数が高かった(つまり「能才」の素質を兼ねていた)と推定されるようです。

 また「天才」は、成功し世に認められなければ「天才」とは呼ばれないわけです。ですから「天才」は、〈時代の要請〉との相性が合った人たちとも言えるのではないでしょうか。 

 ところが、「天才」の多くには心理学的に異常な面があり(その異常性が創造性に結びつくと著者は考える)、「能才」に比べて社会的適応性が無かったか、あるいはそれを犠牲にした人物がほとんどを占めています。従って、後世に認められたとしても、生きている間は不遇だったりするケースが多いのです。

 著者の主張は、「天才」は正常な精神の持ち主ではない、というアリストテレスの「天才病理説」に帰結します。従って、教育で創られるものでもない、ということになります。

Raffaello.jpg 興味深いのは、ラファエロのように、推定知能指数が110程度の「天才」もいることで、「天才」の1割は"正常"(?)だったという研究もあり、彼もその1人です。
 ラファエロは14歳ですでに画家として有名でしたが、画風や仕事ぶりは職人(または親方)タイプだったそうです。「天才」グループに紛れ込んだ"偉大なる職人"とでも言うべきでしょうか。

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オーソドックスな入門書。精神分析は「了解心理学」であるという説明は"しっくり"くる。

精神分析入門2978.JPG精神分析入門.jpg  psy04ph1.jpg 宮城 音弥 (1908-2005/享年97)
精神分析入門』 岩波新書 〔'59年〕

精神分析入門/宮城音弥.jpg '05年に97歳で逝去した心理学者・宮城音弥氏の著作。初版が1959年という古い本ですが、精神分析の入門書としてはオーソドックスな内容だと思います。

 本書によれば精神分析とは、心理学とくに深層心理学としての「精神分析」を指す場合と、フロイト学説としての「精神分析」を指す場合があるとのこと。
 本書では前者に沿って、精神分析を深層心理学の観点から説き起こし、引き続き、人格心理学、性心理学、異常心理学、臨床心理学など広い観点から解説しています。
 そして最後に、フロイトの理論や、以後の、ユング、アドラー、新フロイト派の理論を紹介しています。

 ただし本文を読めば、精神分析という精神療法がフロイトによって完成されたことには違いなく、フロイトは、その方法を通して、様々な学説を発表したのだということがわかります。

 精神分析における「抑圧」「合理化」「同一視」「昇華」といったタームは、無意識を解析するさまざまな手掛かりを我々に与えてくれます。

 しかし、これって「科学」なのだろうかという疑問が付きまといます。

 この疑問に対し、本書で用いられている精神分析は「了解心理学」であるという説明は"しっくり"くるものでした。
 つまり、観察者と被観察者の間の了解(共感)のもとに成り立つ心理学であって、一般の自然科学の方法とは異なると。
 パーソナリティを研究する場合に、自然科学の方法ではその一部の解明にしか役立たないということでしょう。

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第一人者による「論理療法」の考え方の実生活での応用。

〈自己発見〉の心理学.jpg  〈自己発見〉の心理学2.jpg 『「自己発見」の心理学』 講談社現代新書 〔'91年〕

自己発見〉の心理学2890.JPG 人は「ねばらなぬ」の思い込み(ビリーフ)に縛られており、その非合理性に気づき、そこから自己を開放することの大切さを、「論理療法」の第一人者である著者が、自らの人生観や経験を交えわかりやすく述べています。

 社会、学習、家庭、職業の4つの生活局面から、「人を拒否すべきではない」「暗記式の勉強はすべきでない」「配偶者はやさしくなければならない」「いばるべきではない」といった普段何となく正しいと信じられている考え方(ビリーフ)を4つずつ16個挙げ、それらに反駁していく過程は、こなれた文章により理解しやすく、そのまま「論理療法」の考え方(技法)の応用を示すものにもなっています。

 「家庭は憩いの港たるべきである」と考えるのではなく「...にこしたことはない」とか、「第二の職場である」と考える方が事実に即している―。
 ナルホドと、以下、自分なりに考えてみました。

 会社で仕事でしんどい思いをして、やっと終わってホッとして、これで家に帰ってくつろげると思ったら、家に帰ってもやること(やらされること?)がいっぱいあってイライラする...。つまりこれは、家に帰ってみたらそこでもやるべきことがあったという事実A(Activatin event)に対して、イライラするという結果C(Consequence)が生じているのですが、この結果を招いているのは 「家庭は憩いの港たるべきである」という思い込みB(Beliefe)であると。
 この思い込みがそもそも誤りではないかという反駁D(Dispute)を自分自身に対して行い、最初から「家にも仕事がある」と思っていれば、会社での仕事が終わっても、「ああ、これで今日の仕事の8割が終わった。家に帰って、あと2割、"家の仕事"をやらなくちゃ」という前向きな考えになる効果E(Effect)が得られるということか。
 
《読書MEMO》
●目標達成志向の人生観とプロセス主義の人生観(今ここを大事にする)(62p)
●家庭は憩いの港である→にこしたことはないが第二の職場であると考える(119p)
●職場で女性がお茶汲み→男性が女性に母親を期待することを許容する文化(144p)
●おとなになってからも自力で大人の小学校教育を自分に施す(163p)
●「認められたいと願うのは自分の利益優先ゆえ、生き方として高級ではないと思う人がいる。地の塩としての生き方の方が高級だというわけである。
 このような考え方には検討の余地がある。
 この人生は自分のために用意されたものではない。したがって世人は私に奉仕するために存在しているのではない。それゆえ、自分のことは自分でするというのが、この人生を生きるための常識である。
 人は私を認めるために生きているのではない。人に認めてほしければ、自分で人に認めてもらうよう何かをすることである。自力で自分を幸福にする。そのことにひけめや恥かしさや自責の念を持つ必要はない。自分がまず幸福にならないと、人を幸福にするのはむつかしいからである」(188‐189p)
●会社は私を認めるべきだ、認められない人間はダメだ→人を不満に陥れる(192p)

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「ABC理論」などをわかりやすく丁寧に説くオーソドックスな入門書。

自己変革の心理学2882.JPG自己変革の心理学.jpg  『自己変革の心理学―論理療法入門』 講談社現代新書 〔'90年〕

 副題にある論理療法とは、「非合理的・非論理的な思考をみつけて取り出し、それに有効な反論を加えて、次第に考え方を変えさせ、人を自滅の方向から救い出すもの」(本書)で、カウンセリング理論の一つです。

 本書では"自己訓練法"というとらえ方をしていますが、カウンセリングの目的が自己実現の「援助」であり、変容するのは本人自身であることを考えれば、これが自己変革を図るための手立てにもなり得ることは納得できると思います。

ABC.gif 論理療法でいうイラショナル・ビリーフやABC理論(ABCDE理論)をわかりやすく説くために著者の経験やマンガを引いたりしていますが、内容的にはオーソドックスで、最後に「論理療法のまとめ」と「実践のためのアドバイス」を配しており、入門書として丁寧な構成になっています。

〈自己発見〉の心理学.jpg 同じく現代新書に『〈自己発見〉の心理学』('91年)という論理療法の権威・国分康孝氏の著作があり、こちらも論理療法の入門書ですが、イラショナル・ビリーフに焦点を当て実生活での応用などを説いたものであるため、論理療法を体系的に知りたい人は、先に本書を読んでそのアウトラインを掴んでおいた方がよいのではと思います。

《読書MEMO》
●私は大学の教師になる以前、予備校の教師をしていたことがあるが、そこでは、「浪人までした以上、第一志望の大学に入れなければ自分の人生はもうダメだ」と思い込んでいたり、それに似た考えに固まっている学生はきわめて多かった。(中略)人間が意識的・無意識的に行っている思考には、論理的・合理的で適切に、その人の自己実現につまりは幸福な人生に導いていくものと、非合理的・非論理的な思考で、それは自分で自分をダメだと決めつけたり、その不当な思い込みに自ら縛られて二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなり、結局は人を自滅の方向へ進ませてしまうものがあるということである。論理療法とは、先に述べた後者のような、非合理的・非論理的な思考を見つけて取り出し、それに有効な反論を加えて、しだいに考え方を変えさせ、人を自滅の方向から救い出し、人がよりよき自己実現、幸福な生活に向かうのを援助しようとする(12p)
●受付の対応だけで「あの病院は冷たい」...過度の一般化(19p)
●カウンセリングとは、言語的および非言語的ココミュニケーションを通して、相手の行動の変容を試みる人間関係(38p)
●諸悪の根源は非論理的な文章記述にあるというのが、論理療法のαでありω(82p)
●適切な感情を自分のものとする(176p)
●ABCDE理論...
・A(Activating event)
・B(Belief)
・C(Consequence)
・D(Dispute)
・E(Effect)

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