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選考委員のメンツが違っていれば、受賞したかどうかわからないものも多いと思った。

芥川賞の偏差値 .jpg小谷野敦.jpg 小谷野 敦 氏(作家・比較文学者)
芥川賞の偏差値』(2017/02 二見書房)

 芥川賞の第1回から本書刊行時の最新回である第156回までの受賞164作を、ランク付けしたものです。著者は、あくまでも主観的判断であることと断っており、「ここで必要なのは「対話的精神」である。自分がよくないと思った作品でも、他人がいいと言ったら、その言に耳を傾ける必要がある」と述べていて、それでいいのではないかと思います。

 これまでこの読書備忘録で取り上げた芥川賞受賞作に対する自分個人の評価と比べてみると、当方の評価(◎及び星5つが最高評価)と、著者のつけた"偏差値"ランクは以下の通りです。(偏差値の平均は50であるはずだが、全164作のうち「偏差値50以上」は41作と全体の4分の1しかないため、「偏差値50以上」ならば相対的にはかなり高く評価されているとみていいのではないか)

1950年代~1970年代
・1951(昭和26)年上半期・第25回 ○ 安部 公房 「」 ★★★★ 偏差値40
・1952(昭和27)年下半期・第28回 ◎ 松本 清張 「或る『小倉日記』伝」 ★★★★★ 偏差値64
・1954(昭和29)年上半期・第31回 ◎ 吉行 淳之介 「驟雨」 ★★★★☆ 偏差値46
・1955(昭和30)年下半期・第35回 ○ 石原 慎太郎 「太陽の季節」 ★★★☆ 偏差値38
・1966(昭和41)年下半期・第56回 ◎ 丸山 健二 「夏の流れ」 ★★★★☆ 偏差値44
・1975(昭和50)年下半期・第74回 ◎ 中上 健次 「」 ★★★★☆ 偏差値58
・1977(昭和52)年上半期・第77回 ○ 三田 誠広 「僕って何」 ★★★☆ 偏差値42
・1977(昭和52)年下半期・第78回 ○ 宮本 輝 「螢川」★★★★ 偏差値58
1990年代~
・1990(平成2)年下半期・第104回 △ 小川 洋子 「妊娠カレンダー」★★★ 偏差値52
・1991(平成3)年上半期・第105回 ○ 辺見 庸 「自動起床装置」 ★★★☆ 偏差値52
・1995(平成7)年下半期・第114回 ○ 又吉 栄喜 「豚の報い」 ★★★☆ 偏差値44
・1996(平成8)年上半期・第115回 ○ 川上 弘美 「蛇を踏む」 ★★★ 偏差値44
・1996(平成8)年下半期・第116回 × 柳 美里 「家族シネマ」 ★★ 偏差値44
・2000(平成12)年上半期・第123回 △ 町田 康 「きれぎれ」 ★★★ 偏差値52
・2001(平成13)年下半期・第126回 ○ 長嶋 有 「猛スピードで母は」 ★★★☆ 偏差値36
・2002(平成14)年上半期・第127回 △ 吉田 修一 「パーク・ライフ」 ★★★ 偏差値36
・2002(平成14)年下半期・第128回 △ 大道 珠貴 「しょっぱいドライブ」 ★★☆ 偏差値36
・2003(平成15)年上半期・第129回 ○ 吉村 萬壱 「ハリガネムシ」 ★★★☆ 偏差値38
・2003(平成15)年下半期・第130回 ○ 綿矢 りさ 「蹴りたい背中」 ★★★☆ 偏差値44
・2003(平成15)年下半期・第130回 △ 金原 ひとみ 「蛇にピアス」 ★★★ 偏差値38
・2004(平成16)年上半期・第131回 △ モブ・ノリオ 「介護入」 ★★★ 偏差値44
・2005(平成17)年上半期・第133回 △ 中村 文則 「土の中の子供」 ★★★ 偏差値36
・2005(平成17)年下半期・第134回 ○ 絲山 秋子 「沖で待つ」 ★★★☆ 偏差値56
・2006(平成18)年下半期・第136回 ○ 青山 七恵 「ひとり日和」 ★★★☆ 偏差値68
・2007(平成19)年上半期・第137回 △ 諏訪 哲史 「アサッテの人」 ★★★ 偏差値44
・2007(平成19)年下半期・第138回 △ 川上 未映子 「乳と卵」 ★★★ 偏差値44
・2009(平成21)年上半期・第141回 △ 磯崎 憲一郎 「終の住処」 ★★★ 偏差値52
・2012(平成24)年上半期・第147回 ○ 鹿島田 真希 「冥土めぐり」 ★★★☆ 偏差値40
・2015(平成27)年上半期・第153回 ○ 又吉 直樹 「火花」 ★★★★ 偏差値49
・2016(平成28)年上半期・第155回 ◎ 村田 沙耶香 「コンビニ人間」 ★★★★☆ 偏差値72
 
芥川賞の偏差値0810.JPG 自分が◎を付けたものを著者がどう評価しているか関心がありましたが、ちょっと昔のものでは、松本清張 「或る『小倉日記』伝」が自分 ★★★★★ に対して偏差値64、中上健次「岬」が自分 ★★★★☆ に対して偏差値58と、著者も高い評価でした。一方で、吉行淳之介の「驟雨」が自分 ★★★★☆ に対して偏差値46、丸山健二「夏の流れ」が自分 ★★★★☆ に対して偏差値偏差値44と、そう高くない評価となっています。読めば著者なりも理由があって、それはそれでいいのでは。ただ、安部公房や吉行淳之介に対する評価は低いなあと(著者は安部公房より大江健三郎派か。第三の新人は庄野潤三を除き、おしなべてあまり評価していないようだ)。最近のものでは、村田沙耶香 「コンビニ人間」が、自分は ★★★★☆でしたが、これは評価が一致したというか、著者は高い評価をしていて、偏差値72と、李良枝「由煕」、高橋揆一郎「伸予」と並んで全作品でトップとなっていました。

文庫新刊 コンビニ人間2.jpg 「コンビニ人間」については、「つまらない小説に授与するのが芥川賞の伝統なのに、選考委員どうしちゃったんだ」とありますが、面白い、面白くないで言えば、近年の芥川賞受賞作には面白い作品が少ないというのは同感です。受賞した人が本当に才能があるのかよく分からないものも多いし、その後に受賞作以上によく読まれる作品を世に送り出している作家も多くいますが、選考委員がその隠れた才能を見抜いたのかもしれないし、一方で、「受賞したという自覚が作家を育てた」という面もあったのではないかとも思います。

 いつも思うのですが、選考委員のメンツが違っていれば、受賞したかどうかわからないということは多くの受賞作に言えるのではないかと思います(だから受賞するには「運」も要る)。一部ですが、選考委員の中で誰が推して誰が推さなかったかまで書いてあり、改めてそのことを思いました。著者の場合、それだけでなく、選考結果や選考委員個々に対する批評も一部織り込まれていて、それがなかなか面白かったりしました。結局、本書の狙いは、個々の作品批評と言うより、福田和也氏の『作家の値うち』('00年/飛鳥新社)を批判(ライバル視?)しているように作家批評であり(受賞後の作家活動にも言及している)、さらには"文壇"的なものに対する批評でもあるのだろうなあと思いました。

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そこそこ面白く読め、作品を読む際の"参考情報"となる話もあった。

文豪の女遍歴 (幻冬舎新書).jpg 文豪の女遍歴 (幻冬舎新書)帯.jpg

 幕末生まれの夏目漱石、森鷗外、坪内逍遥から1930年代生まれの江藤淳、生島治郎、池田満寿夫4まで、総勢62名の作家、文学者の異性関係を検証したものです。もちろん、著者の私見・偏見も入っているとは思いますが...。

 著者は、「覗き見趣味だと言われようと、文学者の異性関係を知るのは楽しい。彼らが当時の姦通罪に怯え、世間の猛バッシングに耐えながらも不義を重ねたり、人間の痴愚や欲望丸出しで恋愛し、破滅と蘇生を繰り返し、それを作品にまで昇華させるタフさに畏怖すら覚える。小説はモデルなど詮索せず、文章だけを虚心坦懐に読めと言う人もいるけれど、そんなつまらない味わい方はしたくない」という立場のようです。

 これに対して、Amazon.comのレビューなどを見るとやっぱり予想通り、「週刊誌的な下ネタ風の覗き見趣味の本」「正しく調べられているとは信じがたい」などの批判もあって、それでいて他方で、「下世話な欲望、葛藤があってこその、人間、人生、作家だ」「下司でヨロシイ(笑)」などというのもあって、評価が二分していて、真ん中の星3つをつけているレビュアーがいませんでした。

 個人的には、今まで読んだ著者の本の中では面白い方でした。折口信夫や菊池寛が同性愛者だったとか、倉田百三が17歳少女に「聖所」の毛をひとつまみ送れと手紙に書いたとか、野間宏が担当女性編集者と強引に性交に及ぼうとして果たせなかったとか、近いところでは、安部公房が教えていた短大の学生が山口果林だったとか(「砂の女」という作品は結婚のメタファーらしい)、池田満寿夫と佐藤陽子のそれぞれの一緒になる前の夫婦関係とか、まあ、文壇ゴシップと言えばその通りですが、自分が基本的にゴシップ好きなのかも。

 芥川龍之介、永井荷風、太宰治、吉行淳之介など、作品に馴染みのある作家は、その異性経験と作品の関連が解って面白く読めましたが、その面白かった筆頭が谷崎純一郎と川端康成でした。

谷崎潤一郎.jpg 谷崎は妻の妹で14歳の少女と性交渉してしまい、これが『痴人の愛』のナオミのモデルであるとのこと。同様に『蓼喰う虫』も『細雪』も後年の『瘋癲老人日記』もどれも実体験ベースみたいです。『瘋癲老人日記』に書かれた、女の足で自分の頭を踏んでもらうという痴戯は、谷崎が60歳を過ぎて可愛がっていた女性に実際してもらっていたとのことですが、別のところで、それを見たという編集者か誰かの証言として読んだことがあります。

川端康成2.jpg 川端康成も(彼も中学時代は同性愛者だったとのこと)、『伊豆の踊子』が一高時代に伊豆へ旅した際に旅芸人一座に同行した体験がベースになっていることはよく知られていますが、『山の音』や『雪国』なども女性モデルがいたようです。本書に、浅草のカジノ・フォーリーから踊子を引き抜いたとありますが、本書には書かれいていないものの、これなどは『浅草紅団』の弓子のモデルでしょう。

 著者が言うように、小説は作者の実体験でありモデルがいると思って読むと面白く読めるという面があるように思います。それにしても、出てくる人、出てくる人の多くが不倫や二股恋愛をしていて、作家って女遍歴が派手と言うか、乱脈とも言える人が多いなあと思いました(何も無かったのは最初の夏目漱石ぐらいか)。本書がそうした作家ばかり取り上げているというのもあるかと思いますが、実体験が作品に反映されているケースも多く、当然のことながら実体験が先でしょうが、小説の素材づくりのために経験を積んでいるのかとさえ思えてしまうほどです(でも、単なる"浮気"とかではなくて"本気"になってしまったものが結構多い)。

 著者があとがきで書いていますが、今は親がいつまでも生きていて、介護が必要になったりすると、頼みの綱は妻であり、昔は姉や妹がいたが今は子供が少なく、浮気は若いころか、親きょうだいが元気でいてこその話になったと―。このあとがきにもAmazon.comのレビューで批判がありましたが(確かにジェンダー差別と捉えられかねない)、昔の方が道徳的制約は強かったと思われる反面、意外と昔の方が、例えば金持ちが妾を囲うようなことも普通にあっただろうし、簡単に浮気できたという面もあったのかもしれないと思ったりもしました。

 大勢取り上げている分、一人一人の掘り下げが浅い感じもするし、事実がそのまま作品になったとしたのでは作品が徒に陳腐化することになるし、いろいろ突っ込みどころは多いかと思います。ただ、作品を読む際の"参考情報"としては知っておいてもいい話もあったかなと。それ以前に、読み物としてそこそこ面白く読めてしまいましたが(ゴシップ好きなので)。

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ものすごくマニアックというほどでもなく、気軽に愉しめる1冊。

カルト映画館 SF.jpgカルト映画館 ホラー.jpg  ローラーボール [DVD].jpg ローラーボール 映画0.jpg
カルト映画館 SF (現代教養文庫)』『カルト映画館 ホラー (現代教養文庫)』(共に表紙イラスト:永野寿彦(シネマ・イラストライター))「ローラーボール [DVD]」ジェームズ・カーン

 『カルト映画館 ホラー』('95年/教養文庫)の4名の執筆者に永野寿彦氏を新たに加えた執筆陣が、SF映画100作品を、「名作SF館」「シリーズSF館」「日本SF館」の3篇に分けて紹介したものです。「名作SF館」は、さらに、➀1900~1950年代、②1960年代、③1970年~1990年代に分かれ、「日本SF館」はさらに➀1950年代、②1960年から1996年に分かれています。

キング・コング 02.jpgキング・コング 1933 dvd.jpg 「名作SF館」の➀1900~1950年代では、やはり「キング・コング」('33年)は外せないところでしょう。本書によれば、コングは、上半身だけの巨大なメカニカル操作の物と、ウィリス・H・オブライエンの人形アニメによって創造されているとのこと。人形アニメのキャラが主役で登場した最初で最後の映画であるとのことで、そう言われてもちょっとぴんとこない面もありますが、要するにあのコマ撮りが「人形アニメ」ということになるのだろうなあと。

宇宙水爆戦1.jpg宇宙水爆戦 dvd.jpg 「宇宙水爆戦」('55年)は、ストーリーにあまり関係ないところで登場するミュータントがいなければ、さほど印象には残らなかったであろうとしていますが、確かに。これに対し、「禁断の惑星」('56年)は、「全編が見どころ。50年代に製作されたSF映画の最高傑作であり、今もって映画史に残る至宝として知られる」としています。「裸の銃を持つ男」シリーズで知られるレスリー・ニールセンが正当な二枚目俳優として出演していること、シェイクスピアの「テンペスト」をSFに翻案したものであることなどに触れているのが嬉しいです。

2001 space odyssey22.jpg2001年宇宙の旅2.jpg ②1960年代には、60年代がSF映画の黄金時代であったことを物語るかのように、「博士の異常な愛情」('64年)や「2001年宇宙の旅」('68年)などの名作があり、それが、③1970年~1990年代で、まず70年代の前半、世界の破滅を描いた映画が出回り、70年後半にはスペースオペラが復権、80年代のSFX映画時代の到来、90年代のSF映画不毛の時代を経て今('96年)に至っているとのことです。

惑星ソラリスSOLARIS 1972.jpg惑星ソラリス dvd.jpg そう言えば、ハリウッド映画に限らず、アンドレ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」('73年)や「ストーカー」('80年)なども、どこかディストピア的な雰囲気があったかも。ただし、「惑星ソラリス」については、従来のSF作品では取り上げられなかった哲学の世界にまで昇華し、「2001年宇宙の旅」と並び称される傑作としています。

「ローラーボール」('76年)映画.jpg アメリカ映画では、B級映画と言えばB級映画ですが、ノーマン・ジュイソン監督作でジェームズ・カーン主演の「ローラーボール」('76年)を取り上げているのが懐かしいです。これもある意味ディストピア映画で、優れたSF・ファンタジー・ホラー映画に与えられる「サターン賞」の、創設間もない'75年度第3回のサターンSF映画賞、サターン主演男優賞を受賞しています。想定されている年代は2018年です。ジェームズ・カーンの役どころは、古代ローマの見世物としての闘技会のグラディエーターの未来版といったところでしょうか。デスマッチ式のローラーボール・ゲームを戦うのは、ニューヨーク・チームvs.東京チームで、そう言えば70年代に「ローラーゲーム」というスポーツがあり、「東京ボンバーズ」というチームがあったなあ(この作品は2002年、「ダイ・ハード」のジョン・マクティアナン監督によりリメイクされたが、リメイク版は製作費7,000万ドルに対し興行収入2,585万ドルと振るわず、2009年にハリウッド・レポーター誌が発表した過去10年間に全米公開され、大コケした失敗作の8位にランクインした)。

カプリコン1.jpgCapricorn 1.jpg エリオット・グールド主演の「カプリコン・1」('77年)は、アメリカ政府が人類初の有人火星着陸の試みが失敗したのを隠蔽し、"成功"を偽装するという内容で、現実性はともかく、著者が言うように、権力に追い詰められる者の恐怖はよく描けていたかも。何事にも疑いの目を向けよという批判精神が評価された作品ではないかと思います。

Close Encounters of the Third Kind (1977).jpg未知との遭遇-特別編.jpg 本書によれば、「カプリコン・1」と同年公開の「未知との遭遇」('77年)にも、「実はアメリカ政府が人類支配をもくろむエイリアンと既に契約を取り交わしていて、その事実を隠蔽するために宇宙人は平和の使者であるというイメージを大衆に与えようと本作が作られた...」という説があったとのことです。主人公がいかにも"純粋無垢"そうな宇宙人たちに宇宙船内に招き入れられる〈特別編〉まで作られ公開されていることから、そのような説が出てきたりするのではないでしょうか。

ブレードランナー.jpg『ブレードランナー』4.jpgブレードランナー パンフ.jpg 「ブレードランナー」('82年)は一時代を画したといってもいい傑作。「ルトガー・ハウガーがレプリカントを圧倒的な存在感で演じ切っている」とする著者に同感ですが、著者によれば、ルトガー・ハウガーはその後どんな映画にも出過ぎて、映画ファンには"どうも仕事を選ばないおじさん"という印象があるそうな。いずれにせよ、この作品は公開前あるいは直後はそれほど話題にもなっておらず、時を経て評価が高まった作品で、同年の第7回「サターンSF映画賞」も、候補にはなったものの「E.T.」('82年)に持っていかれています。

WarGames.jpgウォー・ゲーム.jpg 「ウォー・ゲーム」('83年)は、パソコン好きの高校生が遊び心から侵入したコンピュータで戦争ゲームをやっていたのが、実はそれは軍の核戦略プログラムで、現実に第三次世界大戦勃発の危機を招いてしまうというもの。"人間が作り出した機械によって起こりうる危機"を上手く描き出していました。こうしたモチーフは「ダイハード4.0(フォー)」('07年)などに継承されていることを考えると、結構先駆的な作品だったかも。

トータル・リコール 1.jpgトータル・リコール dvd.jpg 「トータル・リコール」('90年)も「ブレードランナー」と同じくフィリップ・K・ディック原作(短編SF小説「記憶売ります」)とのことで、まずまず面白かったのでは。原作にはない火星のシーンを映像化できたのも、その頃急速に進化していたCG技術のお陰でしょうか。
   
 以上が「名作SF館」で、「シリーズSF館」では、「物体X」シリーズから「ロボコップ」シリーズまで13のSFシリーズが取り上げられ、「日本SF館」では、「ゴジラ」('54年)から始まって18作品が紹介されています。その中では、永野寿彦氏が「モスラ」('61年)を高く評価しているのが印象に残りました。

 こちらも、『カルト映画館 ホラー』同様、ものすごくマニアックというほどでもなく、馴染みのある作品が多くて、気軽に愉しめる1冊でした。

ローラーボール (特別編) [DVD]
ローラーボール (特別編).jpgローラーボール 映画1.jpg「ローラーボール」●原題:ROLLERBALL●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督・製作:ノーマン・ジュイソン●脚本:ウィリアム・ハリソン●撮影:ダグラス・スローカム●音楽:アンドレ・プレヴィン●原作:ウィリアム・ハリソン●時間:125分●出演:ジェームズ・カーン/ジョン・ハウスマン/モード・アダムス/ジョン・ベック/モーゼス・ガン/パメラ・ヘンズリー/シェーン・リマー/バート・クウォーク/ロバート・イトー/ラルフ・リチャードソン●日本公開:1975/07●配給:ユナイテッド・アーテ池袋テアトルダイア s.jpg池袋テアトルダイア  .jpgテアトルダイア5.jpgィスツ●最初に観た場所:池袋・テアトルダイヤ(78-01-21)(評価:★★★☆)●併映:「新・猿の惑星」(ドン・テイラー)/「ジェット・ローラーコースター」(ジェームズ・ゴールドストーン)/「世界が燃えつきる日」(ジャック・スマイト)(オールナイト)
池袋テアトルダイア  1956(昭和31)年12月26日池袋東口60階通り「池袋ビル」地下にオープン(地上は「テアトル池袋」)、1981(昭和56)年2月29日閉館、1982(昭和57)年12月テアトル池袋跡地「池袋テアトルホテル」地下に再オープン、2009年8月~2スクリーン。2011(平成23)年5月29日閉館。

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比較的オーソドックスなラインアップ。いろいろ思い出させてくれた。

カルト映画館 ホラー0.jpgカルト映画館 ホラー.jpg  ザ・チャイルド 30周年特別版.jpg ザ・チャイルド3.jpg
カルト映画館 ホラー (現代教養文庫)』(表紙イラスト:永野寿彦(シネマ・イラストライター))「ザ・チャイルド 30周年特別版 [DVD]

 4名の執筆者が、ホラー映画100作品を、「名作ホラーの館」「ホラーカルトの館」「ホラー監督の館」「日本怪奇館」の4篇に分けて紹介したものです。

 「名作ホラーの館」は、共著者全員で作品を分担して紹介しているためか、比較的オーソドックスなラインアップだったように思います。

BRIDE OF FRANKENSTEIN2.jpgフランケンシュタインの花嫁 dvd.jpg 「フランケンシュタインの花嫁」('35年)が、本編「フランケンシュタイン」('31年)と比べ、「どこをとっても第1作目をしのいでいる」というのがよく理解できる解説になっていました。個人的にも、80年代に渋谷の旧ユーロ・スペースで予備知識なしに2本続けて観て、「花嫁」の方が上だと感じました。

サイコ1.jpgPsycho.jpg 「サイコ」('60年)は、あの和田誠氏が『お楽しみはこれからだ Part3』('80年/文藝春秋)で是非見てみたいと言っていた劇場予告編のことが書いてあります(ヒッチコックが登場して映画に登場するモーテルで現場検証よろしく、事件を説明するというもの)。今はネットで見ることができます。

「世にも怪奇な物語」2.jpg世にも怪奇な物語 dvd.jpg 「世にも怪奇な物語」('67年)は、エドガー・アラン・ポーの怪奇小説3作をロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニの3監督が共作したオムニバス映画で、これも和田誠氏が『お楽しみはこれからだ』('75年/文藝春秋)の中で、ロジェ・ヴァディムのパートは「耽美主義的映像が逆に小細工のようでいけなかった」とし、「通俗的にはルイ・マルが面白く、怖さや不思議さではフェリーニが圧巻」としています。ただし、本書は映画の批評と言うより紹介が主であるため、「三人の名匠が個性派俳優たちを使って絶妙な味付けを施した」と同等に評価しています。

ローズマリーの赤ちゃん』(1968).jpgローズマリーの赤ちゃん.jpg 「ローズマリーの赤ちゃん」('68年)は、"悪魔"の存在がローズマリーの被害妄想かと思ったら実は本当に悪魔が存在していたというのが怖いとしていますが、著者が「"オカルト映画"にふさわしい秀逸な悪夢にイメージとして特筆される」としている、ローズマリーがすべてを受け入れ、至福の表情でわが子を抱いて子守歌を口ずさむラストの方が、ある意味それ以上に怖かったかも。

The Shining.bmp「シャイニング」 (1980) 英.jpg 「シャイニング」('80年)は、スタンリー・キューブリックが作品に織り込んだ"狂気"を見事に表現したのがジャック・ニコルソンで、それによって、スティーヴン・キング原作の映画化の中でも、一,二を争う出来になっているというのは同感です(ただし、当のスティーヴン・キングはこの映画化作品を気に入ってなかった)。

ハンガー パンフ.jpg 「ハンガー」('83年)は、デヴィッド・ボウイが吸血鬼役に挑んだ映画でしたが、著者が言うように、あくまでも主役は女吸血鬼を演じたカトリーヌ・ドヌーブでした。仏映画調のようなフィルム・ノワール調で描かれ、「これがMGM映画なの?」と思わずにはいられないとしていますが、カトリーヌ・ドヌーブが"仕切った"いうことも関係しているのではないでしょうか。

フランケンシュタイン (1994年) dvd.jpg 「フランケンシュタイン」('94年)は、ケネス・プラマー監督がロバート・デ・ニーロと組んだ作品ですが、「フランケンシュタインの"花嫁"となったジェームズ・アイヴォリー作品の乙女、ヘレナ・ボナム・カーターの怪奇女優ぶり」を思い出させてくれました。「眺めのいい部屋」('86年)のお嬢様役からの180度イメチェンは、「ハリー・ポッター」シリーズの魔女役よりずっと前から始まっていたわけか。

 「ホラーカルトの館」は、「鷲巣義明プレゼンツ」とあるように、個人のセレクションであるため、その分マニアック度が上がっているように思いました。

 「ロサンゼルス」('81年)のマイケル・ウィナーが監督した、教会と悪魔を対等に描いたためタブー映画とされている「センチネル」('77年)や(個人的には未見)、ナルシソ・イバネ・セッラドール監督の子供たちが大人たちを襲うというスペインのホラー映画「ザ・チャイルド」('76年)などは、本書にあるようにビデオ化されませんでした。「センチネル」にはフリークス(言わば身体障碍者)を悪魔視する描かれ方があり、「日本でのビデオ化はまず不可能」としています。また、「ザ・チャイルド」には、子供が胎児を操って胎内から母親を攻撃、ショック死させる場面があったりします。ところが、2001年には「ザ・チャイルド」が、2009年には「センチネル」もDVD化されました。

映画 ザ・チャイルド.jpg とりわけ、「ザ・チャイルド」は、著者が「劇場公開時に観て、本作の素晴らしさに舌を巻いた」と言うように、初めてこの作品を観たホラー映画ファンの間である種ブームとなり、2008年には、「30周年特別版DVD」が発売されたほどです。個人的には、初めて観たときは「大人を襲っている子供たちもやがて大人になるのになあ」とか「子供と大人の中間にいる人はどうすればいいの?」とか引っ掛かりがありましたが、観たのが学生の時だったというのもあるし、或いは、"怖さ"に飲み込まれないよう、わざと白けたことを考えるようにしていたのかもしれんません(基本的に怖がりなので)。

ザ・チャイルド (1976年の映画).jpg「ザ・チャイルド」●原題:WHO CAN KILL A CHILD?//ISLAND OF THE DAMNED●制作年:1976年●制作国:スペイン●監督:ナルシソ・イバニェス・セラドール●製作:マヌエル・ペレス●脚本:ルイス・ペニャフィエル●撮影:ホセ・ルイス・アルカイネ●音楽:ワルド・デ・ロス・リオス●原作:ファン・ホセ・プランス●時間:107分●出演:ルイス・フィアンダー/プルネラ・ランサム/アントニオ・イランソ/ルイス・シヘス●日本公開:1977/05●配給:ジョイパックフィルム●最初に観た場所:中野武蔵野館(77-12-12)(評価:★★★☆)●併映:「小さな悪の華」(ジョエル・セリア)

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個人的な思い出の記録でありながらも、記録・資料データが充実していた(貴重!)。

昭和の東京 映画は名画座.jpg昭和の東京 映画は名画座1.jpg
昭和の東京 映画は名画座』帯写真:昭和館/文芸坐/佳作座

人世坐.JPG かつて東京中に数多くあった名画座について、著者の記憶を中心に上映作品や周辺の雰囲気にまで想いを巡らせて辿った本。著者はCM・映像業界で仕事をしている人であり、基本的には個人的な思い出をエッセイ風に綴ったものに、どの映画館でいつ何を観たという記録を付したものでありながらも、名画座(紹介されている名画座は82館で、そのほとんどが今は無くなっている)に関する記録・資料データが充実していて、ノスタルジーに流されがちな類書とちょっと違った、「名画座」史とも言える貴重な歴史資料にもなっているように思いました。

 著者は1949(昭和24)年生まれで、子どもの頃には家族と一緒に劇場に映画を観に行ったようですが、最初の「名画座」体験は、1965(昭和40)年に池袋の日勝地下でジュールス・ダッシン監督の「トプカピ」を観たことだとあります(それでも16歳くらいかあ。東京の子はいいなあ)。自身を「池袋の人生坐に行った最後の世代だろう」としていて(人生坐閉館は1968年)、「昭和の名画座の存在を知らない世代がこれから増えて行くのだから、知っていることを著そうと思った」とのことです。

昭和の東京 映画は名画座  池袋.jpg 名画座の劇場の外観・入口・館内などの写真や、プログラム・チラシなどの写真があるほかに、池袋や新宿、銀座など主な街の昭和49(1974)年1月1日と昭和64(1989)年1月7日の映画館マップを再構成して対比させているのが特徴的です。映画館の写真は、当時自分が撮影したものを基本として一部は高瀬進氏などから借り、地図は、東京の映画館のすべてではなく、本書で取り上げている映画館に限ったとのことですが、自身が通った映画館が中心になっているものの、オープン年月日とその時の上映作品、それまでの生い立ちやその後の経営していた興行会社の変遷、座席数などの設備、閉館の年月日とラスト上映作品などを調べていて、アマチュアでここまでやれば立派なものです。

有楽シネマ、銀座シネ・ラ・セット/ヒューマントラストシネマ有楽町(イトシアプラザ)
有楽シネマ 1991頃.jpg0銀座シネ・ラ・セット.jpg0ヒューマントラストシネマ有楽町.jpg 何となくこの辺りに映画館があったのではないかなあと思ったら、ついこの間行った映画館が、実はその昔あった映画館の跡地に建ったものだったりしたことも分かって興味深かったです。「ヒューマントラストシネマ有楽町」があるのが「有楽シネマ」(後に「銀座シネ・ラ・セット」)の跡地であったりと、周囲がすっかり変わってしまい、入居ビルそのものも建て替わっていたりするので気づきにくいけれど、考えみれば地理的には同じ場所で映画を観てたりするのだなあと。

傑作座.JPG 自分が映画館に通い始めたころにはもう潰れてしまっていた名画座も多く出ていて、銀座の今の「東劇」ではなく(東劇はロード館)、建替えられる前の東劇ビルの5階にあった名画座「傑作座」(1972(昭和47)年閉館)が紹介されていたり、また、三原橋の交差点地下にあった「銀座シネパトス」が、1988(昭和63)年までの館名だった「銀座名画座」の名で紹介されていたりもし、少しだけ世代の違いを感じますが(もちろん、建物の建て替えや、館の呼称の変遷などは詳しく記されている)、それでも時期的に自分が名画座に通った時期と重なるところも多く、館内の様子なども書かれていて懐かしかったです。池袋篇、新宿篇が充実していて、これも個人的によく映画を観に行った場所と重なるのが嬉しいです。

 それにしても、名画座のオープン年月日とその時の上映作品、閉館の年月日とラスト上映作品は、本当によく調べたものだなあと思わされます。早稲田通り沿いにあった「ACTミニシアター」などのそれはどうやって調べたのでしょうか。ACTなどの写真があればもっといいのでしょうが、それは望みすぎというもの。著者のよく行った映画館が中心であるものの、データ面でこれだけ充実していれば◎とすべきでしょう。労作だと思います。個人の思い入れは(本来はものすごく思い入れがあるのだろうが)さらっと流している分、読む側の方が逆に思い入れしやすくなっていると言えるかもしれません。

昭和49(1974)年1月1日と昭和64(1989)年1月7日の渋谷の映画館マップ
昭和の東京映画は名画座.jpeg

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「怪獣図解下図(したず)大画報」は圧巻かつ貴重。写真集『円谷英二』が最後の仕事かあ。

怪獣博士!大伴昌司.jpg怪獣博士!大伴昌司 2.jpg大伴昌.jpg 大伴昌司(1936-1973)
怪獣博士! 大伴昌司 ---「大図解」画報 (らんぷの本)

 大伴昌司(1936-1973/36歳没)は1960年代から70年代にかけて、少年雑誌の巻頭グラビアの企画・構成・レイアウトで活躍した人で、ウルトラシリーズの怪獣の詳細を設定し「大図解」でも大ブレイクしたことでも知られますが、本書はその軌跡を辿った「決定版!」であるとのことです。

「人気5大怪獣ウルトラ図解」(講談社「少年マガジン」1967(昭和42)年3月12日号/絵:遠藤昭吾)
怪獣博士!大伴昌司11.JPG 本書では、「少年マガジン」を中心とした少年雑誌で、怪獣や特撮映画、SF、恐怖文学、CM、劇画など多彩なテーマを先駆的なビジュアル構成で紹介し、多くの人に影響を与えた大伴流"大図解"の世界を、ラフスケッチや構想メモ、南村喬之や柳柊二、石原豪人、水氣隆義らの挿絵原画、当時の雑誌資料から紹介しています。

 そもそも、大伴昌司とは何者だったのか。ネットを見ると、編集者とか脚本家とか様々な肩書になっていますが、活動の幅が広すぎて一言で言い表せないかも。個人的には、少年雑誌の印象からイラストレーター的なイメージもありましたが、実はイラストレーターは彼の肩書には含まれず、最終的なイラストは本職のイラストレーターに任せ、彼はそのコンセプト図、構想図を描いていたことを改めて認識しました。

怪獣博士!大伴昌司35.jpg その彼が描いた構想図と最終的にイラストになったものの関係がよくわかるのが本書の特長で、特に本書冒頭の"ウルトラの怪獣"の構造を解き明かした「大伴昌司 怪獣図解下図大画報」は圧巻かつ貴重だと思います(ナルホド、これらは「下図(したず)」と呼ぶのか。テレビ局の原稿用紙に描いているところがスゴイ)。この人、どうしてウルトラマンが3分間しか戦えなかったり、怪獣たちが火を噴いたりするのか解き明かさないと気が済まなかったのだろうなあ。いつまでも子供の心を持ち続けていたとも言えるかと思います("秘密基地"の構造図など見ていると、こちらまで子供心が甦ってくる)。

怪獣博士!大伴昌司59.jpg 実は、ウルトラマンが地上で戦える時間を3分間としたのも、「ウルトラQ」がまだ企画段階だった時期から、企画者として円谷特技プロに関わり始めていた彼の発案だったといいます。ただし、怪獣「大図解」への細かい拘りは、怪獣図解は子供たちの夢を無くすと考える円谷英二の長男・円谷一の考怪獣博士!大伴昌司 4.jpgえと相容れず、1967年の『怪獣解剖図鑑』を巡る怪獣観の決定的相違で円谷一の怒りを買い、円谷特技プロへの出入りを禁止となったようです。本書では、円谷英二の葬儀の時、スポーツ紙の取材で「もっとたくさん人が集まるかと思ったら少なかった」という趣旨のコメントをして、それが円谷一の怒りを買って円谷プロを出入り禁止になったとありますが、伏線ときっかけとみればどちらも事実なのかも。

円谷英二 日本映画界に残した遺産 01.jpg その和解の意味を込めて作られたのが写真集『円谷英二 日本映画界に残した遺産』で、彼は、編集、レイアウトから装丁に至るまで、すべてをこの写真集に注ぎ込んだとのこと。ただし、写真集の見本が出来上がった直後、1973年1月、日本推理作家協会の新年会の席にて臓発作を起して36歳で急死しています。常に「自分は40までには死ぬのだから」と言い続けていたそうで、気管支喘息治療用の薬剤の副作用により心臓発作を起したそうですが、今で言う「過労死」に近かったのではないかと思います(円谷一も、大伴の死のわずか13日後の2月9日に41歳で急死している)。

『円谷英二 日本映画界に残した遺産』(1973/01 小学館)

 振り返ると、1966年から亡くなるまで「少年マガジン」の図解グラビアの企画構成者であり、それが高度経済成長期における未来ブームの波に乗って一世を風靡したわけで、別に円谷プロの仕事がなくても、とめどもなく溢れる才能の受け口というのはいくらでもあった人だったのだろうなあと思いました。それでも最後、写真集『円谷英二』(結局これが、彼の「最後の仕事」になったとある)に尽力したというのは、やはり円谷英二に恩義を感じていたのだろうなあ(意外と義理堅い人だった?)。

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作家のこれまでの軌跡を一望する、決定版「佐々木マキ入門」。コンパクトかつ充実の一冊。

佐々木マキ  アナーキーなナンセンス詩人.jpg佐々木マキ アナーキーなナンセンス詩人.jpg 『佐々木 マキ―アナーキーなナンセンス詩人 1.jpg
佐々木マキ: アナーキーなナンセンス詩人 (らんぷの本)』['13年]

 佐々木マキ(1946年神戸市生まれ)氏はマンガ家・絵本作家・イラストレーターということで、その作品を集めてこれまでの仕事を振り返った本書も、版元による紹介が「あるときはアヴァンギャルドなマンガ家。またあるときはキュートな絵本作家。そしてまたあるときはクールなイラストレーター...。はたして、その正体は!?」となっています(そのあと"作家のこれまでの軌跡を一望する、決定版「佐々木マキ入門」"と続く)。

IMG_3804 佐々木マキ.JPG 個人的には村上春樹氏の小説の表紙イラストなどが馴染みがあって「イラストレーター」というイメージが強いのです佐々木マキ アナーキーなナンセンス詩人 マンガ.jpgが、1966年に「ガロ」でマンガ家デビューし、「ガロ」「朝日ジャーナル」を中心に自由で実験的なマンガを立て続けに発表したことから、自分よりもう少し前の年代には、「マンガ家」の印象が強いかも。本書では、個人的には今まであまり触れることのなかったマンガ作品の数々を垣間見ることが出来て良かったです。

佐々木マキ アナーキーなナンセンス詩人01.jpg それと、全5章構成の内、第5章の資料編を除くと、第1章が「マンガの世界」、第3章が「イラストレーションの世界」となっているのに対して第2章、第4章の二章が「絵本の世界」となっていて、実際、1973年に福音館書店より『やっぱりおおかみ』で絵本デビューして以来、その仕事に占める絵本の割合がかなり大きいのだなあと改めて知りました(本人名義で刊行されている本も圧倒的に絵本が多い)。

 マンガ、絵本作品をみて、ポップアートの影響がみられるのが分かる一方、「アナーキーなナンセンス」というのも改めて感じられ、「つげ義春と並ぶ前衛漫画の代表作家」と言われるのも分かる気がしました(ネット情報によれば、マンガ家時代に「ガロ」などで描いていたマンガはシュール、ナンセンス、旅行記風、SF風のなんでもござれで、その前衛すぎる作風に、手塚治虫が「あれは狂ってる」「あの連載をすぐにやめろ、載せるべきではない」などと言ったとか)。また、それらのマンガはある種「不条理マンガ」でもあったりするものが多く、"カフカ"っぽい点で村上春樹作品と相性が良かったりもするのかなと思いました。

まよなかの台所.jpg 絵本において、初期にモーリス・センダックの『まよなかの台所』の影響を受け、そこからあのコマ割りやそこからあのコマ割りやフキダシが生まれたということを本書で知りましたが、全体を通しての何となく洒落た雰囲気というのは、やはり海外のものから吸収していただなあと(見ればすぐ分かると言われればそうだが、どことなく無国籍感が漂う)。この辺りも、ちょっと村上春樹作品に通じるところがあるかと思いました。

 これまでの仕事がよく纏まっていて、巻末の本人へのインタビューも含め充実の1冊です。つげ義春(1937年生まれ)氏はすっかり寡作になってしまい、安西水丸(1941-2014)は亡くなってしまいましたが、和田誠(1936年)氏などよりも若いです。まだまだ活躍し続けてほしい作家ですが、最近新作が少ないのが少し気になります。

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スター男優、スター女優、名優・名脇役で辿る昭和邦画史。選ばれた100本はオーソドックスか。

邦画の昭和史_3799.JPG邦画の昭和史_3798.JPG邦画の昭和史.jpg   フラガール 映画  蒼井.jpg
邦画の昭和史―スターで選ぶDVD100本 (新潮新書)』映画「フラガール」       北日本新聞 2018.10.25
長部 日出雄.jpg 昨年['18年]10月に亡くなった作家の長部日出雄(1934-2018/84歳没)が雑誌「小説新潮」の'06年1月号から'07年1月号に間歇的に5回にわたって発表したものを新書化したもの。'73年に「津軽じょんから節」で直木賞を受賞していますが、元は「週刊読売」の記者で、その後、雑誌「映画評論」編集者、映画批評家を経て作家になった人でした。個人的には『大アンケートによる洋画ベスト150』('88年/文春文庫ビジュアル版)の中での、赤瀬川準、中野翠氏との座談が印象に残っています(赤瀬川隼も1995年に「白球残映」で直木賞作家となったが、この人も2015年に83歳で亡くなった)。

 本書は全3章構成で、第1章ではスター男優を軸に(いわば男優篇)、第2章ではスター女優を軸に(いわば女優篇)、第3章では名優・名脇役を軸に(いわば名優・名脇役篇)、それぞれ昭和映画史を振り返っています。

銀嶺の果て 中.jpg 第1章「戦後のスーパスターを観るための極め付き35本」(男優篇)で取り上げているのは、三船敏郎、石原裕次郎、小林旭、高倉健、鶴田浩二、菅原文太、森繁久彌男はつらいよ・知床慕情.jpg、加山雄三、植木等、勝新太郎、市川雷蔵、渥美清らで、彼らの魅力と出演作の見所などを解説しています。この中で、昭和20年代の代表的スターを三船敏郎とし、昭和30年代は石原裕次郎、昭和40年代は高倉健、昭和50年代は渥美清としています。章末の「35本」のリストでは、その中に出演作のある12人の俳優の内、三船敏郎が9本と他を圧倒し(黒澤明監督作品8本+黒澤明脚本作品(「銀嶺の果て」)、石原裕次郎は2本、高倉健は3本、渥美清も3本入っていて、さらに渥美清+三船敏郎として、「男はつらいよ・知床慕情」を入れています(したがって最終的には三船敏郎10本、渥美清4本ということになる)。

 第2章「不世出・昭和の大女優に酔うための極め付き36本」(女優篇)で取り上げているのは、原節子、田中絹代、高峰秀子、山本富士子、久我美子、京マチ子、三原葉子、藤純子、宮下順子、松阪慶子、浅丘ルリコ、吉永小百合、岸恵子、有馬稲子、佐久間良子、夏目雅子、若尾文子などで、彼女らの魅力と出演作のエピソードや見所を解説しています(京マチ子、先月['19年5月]亡くなったなあ)。文庫化にあたり、「大女優篇に+1として、破格ではあるが」との前置きのもと書き加えられたのが「フラガール」の蒼井優で(青井優と言えば、この映画で南海キャンディーズの山崎静代と共演した縁から、今月['19年6月]南海キャン蒼井優 フラガール.jpg蒼井優 山里亮太.jpgディーズの山里亮太と結婚したなあ)、本書に出てくる中で一番若い俳優ということになりますが、著者は彼女を絶賛しています。章末の「36本」のリストでは、原節子、田中絹代、高峰秀子の3人が各4本と並び、あとは24人が各1本となっていて、男優リストが12人に対して、こちらは27人と分散度が高くなっています。

 第3章「忘れがたき名優たちの存在感を味わう30本」(名優・名脇役篇)では、一般に演技派とか名脇役と呼ばれる人たちをを取り上げていますが、滝沢修、森雅之、宇野重吉、杉村春子、伊藤雄之助、小沢栄太郎、小沢昭一、殿山泰司、木村功、岡田英次、佐藤慶などに触れられていて、やはり前の方は新劇など舞台出身者が多くなっています。章末の「30本では、滝沢修、森雅之、宇野重吉、小沢栄太郎の4人が各2本選ばれており、残り22人が各1本となっています。

乾いた花  jo.jpeg 先にも述べたように、スター男優・女優や名優・名脇役を軸に振り返る昭和映画史(殆ど「戦後史」と言っていいが)であり、『大アンケートによる洋画ベスト150』の中での対談でも感じたことですが、この人は映画の選び方が比較的オーソドックスという感じがします。したがって、エッセイ風に書かれてはいますが、映画の選び方に特段のクセは無く、まだ日本映画をあまり見ていない人が、これからどんな映画を観ればよいかを探るうえでは(所謂「観るべき映画」とは何かを知るうえでは)、大いに参考になるかと思います。と言って、100本が100本メジャーな作品ですべて占められているというわけでもなく、女優篇の「36本」の中に三原葉子の「女王蜂と大学の竜」('03年にDVD化されていたのかあ)なんていうのが入っていたり、名優編の「30本」の中には、笠智衆の「酔っぱらい天国」(こちらは「DVD未発売」になっていて、他にも何本かDVD化されていない作品が100本の中にある)や池部良の「乾いた花」(本書刊行時点で「DVD未発売」になっているが'09年にDVD化された)など入っているのが嬉しいです(加賀まりこ出演作が女優篇の「36本」の中に入っていないのは、彼女が主演したこの「乾いた花」を男優篇の方に入れたためか。「キネマ旬報助演女優賞」を受賞した「泥の河」は、田村高廣出演作として名優篇の方に組み入れられている)。

フラガール 映画0.jpgフラガール 映画s.jpg 因みに、著者が元稿に加筆までして取り上げた(そのため「100本」ではなく「101本」選んでいることになる)「フラガール」('06年/シネカノン)は、個人的にもいい映画だったと思います。プロデューサーの石原仁美氏が、常磐ハワイアンセンター創設にまつわるドキュメンタリーをテレビでたまたま見かけて映画化を構想し、当初は社長を主人公とした「プロジェクトX」のような作品の構想を抱いていたのがフラガール 映画1.jpg、取材を進める中で次第に地元の娘たちの素人フラダンスチームに惹かれていき、彼女らが横浜から招かれた講師による指導を受けながら努力を重ねてステージに立つまでの感動の物語を描くことになったとのことで、フラガールび絞ったことが予想を覆すヒット作になった要因でしょうか。主役の松雪泰子・蒼井優から台詞のないダンサー役に至るまでダンス経験のない女優をキャスティングし、全員が一からダンスのレッスンを受けて撮影に臨んだそうです。ストーリー自体は予定調和であり、みうらじゅん氏が言うところの"涙のカツアゲ映画"と言えるかもしれませんが(泣かせのパターンは「二十四の瞳」などを想起させるものだった)、著者は、この映画のモンタージュされたダンスシーンを高く評価しており、「とりわけ尋常でない練習フラガール 映画6.jpgと集中力の産物であったろう蒼井優の踊り」と、ラストの「万感の籠った笑顔」を絶賛しています。確かに多くの賞を受賞した作品で、松雪泰子・富司純子・蒼井優と女優陣がそれぞれいいですが、中でも蒼井優は映画賞を総嘗めにしました。ラストの踊りを「フラ」ではなく「タヒチアン」で締めているのも効いているし、実話をベースにしているというのも効いているし(蒼井優が演じた紀美子のモデル・豊田恵美子は実はダンス未経験者ではなく高校でダンス部のキャプテンだったなど、改変はいくつもあるとは思うが)、演出・撮影・音楽といろいろな相乗効果が働いた稀有な成功例だったように思います。

蒼井優/山崎静代(南海キャンディーズ)
フラガール 映画d.jpgフラガール 映画2.jpg「フラガール」●制作年:2006年●監督:李相日(リ・サンイル)●製作: シネカノン/ハピネット/スターダストピクチャーズ●脚本:李相日/羽原大介●撮影:山本英夫●音楽:ジェイク・シマブクロ●時間:120分●出演:松雪泰子/豊川悦司/蒼井優/山崎静代(フラガール ダンサー.jpg南海キャンディーズ)/岸部一徳/富司純子/高橋克実/寺島進/志賀勝/徳永えり/池津祥子/三宅弘城/大河内浩/菅原大吉/眞島秀和/浅川稚広/安部魔凛碧/池永亜美/栗田裕里/上野なつひ/内田晴子/田川可奈美/中浜奈美子/近江麻衣子/千代谷美穂/直林真里奈/豊川栄順/楓●公開:2006/09●配給:シネカノン(評価:★★★★☆)

内田晴子/田川可奈美/栗田裕里/豊川栄順/池永亜美

蒼井優が演じた紀美子のモデル・レイモミ豊田(小野(旧姓豊田)恵美子)/常磐ハワイアンセンター最後のステージ
レイモミ豊田.jpg  

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「絶望(名人)」という切り口からのカフカへのアプローチがユニーク。しっくりきた。

絶望名人カフカの人生論 (新潮文庫).jpg絶望名人カフカの人生論 (新潮文庫)2.jpg フランツ・カフカ 『変身』.JPG  カフカ.jpg Franz Kafka
絶望名人カフカの人生論 (新潮文庫)』『変身 (新潮文庫)

 ユダヤ系チェコ人作家、フランツ・カフカ(1883‐1924)は、20世紀以降の文学作家に最も大きな影響を与えた作家の一人とされています。日本の作家で言えば、安部公房、倉橋由美子から村上春樹まで―といったところでしょうか。また、その代表作『変身』などは、中学生が夏休みの読書感想文の宿題の題材に選ぶような広く知られた作品である一方、専門家や或いは文豪と呼ばれた作家の間でも様々な解釈がある作品です。

 そのカフカの日記やノート、手紙から、彼の本音の言葉を集めたものが本書です。編訳者の頭木弘樹氏もまた、中学生の夏休み、読書感想文を書くための本探しに書店に行き、びっくりするほど薄い本を見つけて、その本というのが『変身』であり、それがカフカとの出会いだったとのことです。頭木氏は二十歳で難病になり、13年間の闘病生活を送ったとのことですが、そのときにカフカを熱心に読むようになった経験から、「絶望しているときには、絶望の言葉が必要」との信念を抱くようになったとのことです。

 ネガティブな自虐や愚痴が満載であることから、タイトルも"絶望名人"となっていますが、頭木氏も言うように、心が消耗して、電池切れのような状態で、今まさに死を考えているような人にとっては、よく言われる「死ぬ気になれば、なんでもできる」といった励ましよりも必要なのは、こうした、その気持ちに寄り添ってくれる言葉なのかも。カフカのこうした言葉を知って、自分の辛い気持ちをよく理解してくれていると思う人は多いような気がします。

 第1章の「将来に絶望した!」から第14章の「不眠に絶望した!」まで絶望の対象ごとに、将来、世の中、自分の体、自分の弱さ、親、学校、仕事、夢...といった具合にテーマ分けされていますが、最後の第15章だけ「病気に絶望...していない!」とそれまでと逆の表現になっているのが興味深いです(「結核はひとつの武器です」と恋人への手紙に書いている)。

 第7章の「仕事に絶望した!」のところで、自身の後の代表作となる『変身』に対して、自らの日記でひどい嫌悪を示しており、理由は、当時、出張旅行に邪魔されて、 「とても読めたものじゃない結末」「ほとんど底の底まで不完全」になってしまったからとのことのようです。カフカは、死の2年前、結核で勤務が不可能になるまで労働者傷害保険協会に勤務しており、仕事が終わってからでないと小説を書けないため、仕事は自らが専念したいと思っている文学の敵だと思っていたようです。

 カフカほどの才能があれば、仕事などさっさと辞めて職業作家になればいいような気もしますが、多くの作品を書きながらも、生前に刊行された7冊の本の内6冊はいずれも短編または短編集で(残りの1冊の『変身』のみが中編)、生前はメジャーな作家ではなかったようです。そうしたこともあって、日記に「ぼくの務めは、ぼくにとって耐えがたいもだ。なぜなら、ぼくが唯一やりたいこと、唯一の使命と思えること、つまり文学の邪魔になるからだ」と書きながらも、なかなか役所を辞める踏ん切りがつかなかったのでしょうか。

 ただ、このことについては、第5章の「親に絶望した!」のところで紹介されている父親への手紙の中で、父親の前に出ると自信が失われるとし、父親は世界を支配しているとまで書いています。そのことを父親に書き送りながら、父親の支配から抜け出せないでいるカフカ―その強烈なファーザー・コンプレックスは彼の様々な作品に反映されていることは知られていますが、彼が役所を辞められないことの一因でもあったように思われます。

 カフカには生涯における主な恋人として、フェリーツェ、ミレナ、ユーリエ、ドーラという4人の女性がいたことが知られていますが、第9章の「結婚に絶望した!」のところに恋人フェリーツェへについての日記の記述があり、「ぼくは彼女なしで生きることはできない」としながら「彼女とともに生きることもできないだろう」としています。結局フェリーツェとは二度婚約して、二度婚約破棄、その後、ユーリエともいったん婚約してこれを破棄といった具合に、結局、結婚生活に憧れながら、それにも踏み切れなかったということになります。

 カフカの生前の未発表作品の草稿の多くは、友人のマックス・ブロートに預けられていましたが、死に際して、草稿やノート類をすべて焼き捨てるようにとの遺言を残したものの、ブロートは自分の信念に従ってこれらを順次世に出し(死の翌年に『審判』(1925年)、続いて『城』(1926年)...と)、今カフカの作品が読めるのはブロートのお陰と言ってもいいくらですが、恋人たちに宛てた手紙も同じく焼き捨てるようにとの遺言していたことを本書で知りました。

 ところが本書には、フェリーツェへにの手紙とミレナへの手紙からの抜粋が相当数にわたって所収されており、カフカの婚約者だったフェリーツェはカフカと同じユダヤ人でしたが、カフカの500通の手紙を持ってスイスに亡命し(その後アメリカに渡った)、恋人のミレナは、チェコ人ながらユダヤ人援護者として捕らえられ、強制収容所で亡くなったものの、その前に手紙を友人の評論家に渡しており、カフカが婚約者や恋人に宛てた手紙を読めるのも、これまた偶然かもしれません(カフカの死を看取った最後の恋人ドーラは、遺言通りカフカの原稿の一部を焼却して後に非難されたとのことだが、頭木氏が言うように、これもまた彼女なりの誠実な行為だったのかもしれない)。

 本書の著者は一応"カフカ"となっていますが、「絶望(名人)」という切り口からカフカの本質を浮かび上がらせ、一般の読者でも読める「人生論」としてまとめ上げた編訳者のアプローチはユニークであり、かつ、個人的にはしっくりきたように思えました。

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○レトロゲーム(レミングス(SFC))

げっ歯目って多いなあ。"生態"について詳しく書かれている。レミングは"集団自殺"しない!
小型草食獣 (動物大百科5).jpg小型草食獣 (動物大百科5.jpg  レミングス.jpg
小型草食獣 (動物大百科)』['86年/平凡社]「レミングス - PSP

小型草食獣 (動物大百科5_2.jpg シリーズ全20巻(+別巻)の第5巻で、リス・ネズミ・ビーバー・ヤマアラシ・ウサギなど小型草食獣を扱っています(中でも、リスからヤマアラシまでげっ歯目が種類がダントツに多い)。このシリーズ、表紙は「図鑑」っぽいですが、中身は写真もさることながら、解説が本格的であり、まさに「大百科」という感じです。とりわけ、その動物の"生態"について詳しく書かれており、Amazonのカスタマーレビューにも、「生息地や行動原理、性生活など、なかなか詳しく載っています。写真や絵も素晴らしいです」とありました。

 動物の "生態"となるとどうしても、最近ではテレビの動物ドキュメンタリー番組などが、撮影技術の進化等により、圧倒的な訴求力を持っているように思われますが、たまにこうした、少し昔には主流であった、文章で書かれたものに触れてみるのも良いかと思いました。Amazonの別のカスタマーレビューにも、「ネット情報も良いけれど、やはりアナログ情報も不可欠だと実感する一冊です」とありましたが、同感です。

 一例として、ネズミ型げっ歯類に属するレミングについて、「レミングレミング_3649.JPGの集団移住―ノルウェーレミングの生活史におけるその意義」とあり、ちょっとした小論文という感じです。スカンジナビアの伝説にレミングが集団自殺に向けて行進をするというのがあり、実際、集団移動して多くが溺死するといったことがあるそうです(写真が出ている)。しかし、それは事故のようなもので(レミングは本来は泳ぎが上手く、集団移動の際に川を渡ることはよくある)、集団移動自体は、個体数の増加のピークの年に、個体間の攻撃的関係が多くなることが引き金になって起きている可能性があり(つまり、互いの無駄な争いを避けるための移動で、移動するのは大型の個体に追い払われた若い個体たち)、長距離移動は生き残ろうとする願望であるように(著者には)思われ、「移動が集団自殺で終わるのはナンセンスである」としています。

白い荒野.jpg 同じようにWikipediaにも、レミングは、かなり長い間「集団自殺をする」と考えられていて、スカンディナビアでは「集団で海に飛び込む」という伝説が古くからあるとあり、ただし、「集団移住を行っている際に一部の個体が海に落ちて溺れ死ぬことはあるが、これは自殺ではなく事故」であるとなっていました(Wikipediaでは、集団移動をする理由はよくわかっていないとしている)。個人的にも何となく"集団自殺"のイメージがあったし(昔、ディズニーのドキュメンタリー映画「白い荒野」('58年/米)でレミングが崖から落ちるシーンがあったが、実は人間がレミングの群れを崖に追いやって落とした"やらせ"だったようだ)、またWikipediaによれば、1991年のパズルゲーム「レミングス」のヒットも誤解の一因だと言われているそうです。
「白い荒野」('58年/米)の1シーン

レミングス SFC 1991.jpgレミングス SFC 1991 p.jpg 「レミングス」というゲームは、天井にある蓋からレミングス(レミング達)が次々と落ちてきて歩き出し、プレーヤーが何もしないでいるとただひたすら行進を続けて崖から落ちて死んだりしてしまうため、プレーヤーが色々な指令を与えて、出口へと導いていくというもので、分類的としてはパズルゲームですが、結構"反射神経"的なものが求められる、パズルゲームの中では「アクション・パズル」と呼ばれるものでした(本書を読んだついでに思い出して、懐かしくなってしまった)。でも、このゲームがレミング集団自殺説という誤解を増長させていたとはねえ。

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100冊の概要にとどまらず、100人の作家の概要がコンパクトに収められている。

海外ミステリーマストリード100.jpg海外ミステリー マストリード100 .jpg 杉江 松恋.jpg 杉江 松恋 氏
読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100 (日経文芸文庫)』['13年]

 書評家である著者個人が選んだ海外ミステリーの必読書100選のガイドブック。第1部「マストリード100」では、1929年のアントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』から、2010年のデイヴィッド・ゴードンの『二流小説家』まで、1作家1作に限定して100作品が「原著刊行順」に並んでいて、1つの作品の紹介が3ページほどですが、その中に「あらすじ」「鑑賞術」「さらに興味を持った読者へ」「訳者、そのた情報」とコンパクトに収められています。

 その作家の代表作もさることながら、その作家のどの作品から読み始めればいいかという観点が織り込まれた選本になっていて、さらに、次にその作家のどの作品に読み進めばいいのか(或いは、他の作家の作品で似たジャンルやモチーフの作品にどのようなものがあるか)といった読書案内的な構成になっています。あくまでも著者個人が考えるベスト100であるとのことですが、ざっと見てみると―。

ガラスの鍵 光文社古典新訳文庫.jpgマルタの鷹〔改訳決定版〕.jpgxの悲劇 角川文庫.jpg ダシール・ハメットについては『ガラスの鍵』(1931)を取り上げ、『赤い収穫』(1929)、『マルタの鷹』(1930)は「さらに興味を持った読者へ」の方で紹介し、エラリイ・クイーンについては、『シャム双生児の秘密』(1933)を取り上げ、『Ⅹの悲劇』(1932)などは同じく後段での「さらに興味を持った読者へ」の方での紹介に回しています。
   
ポワロのクリスマス book - コピー.jpg名探偵ポワロ/ポワロのクリスマスL.jpg大いなる眠り.jpg アガサ・クリスティーについて『ポアロのクリスマス』(1938)を選んでいるのは結構ユニークにも思えますが(個人的にはデビッド・スーシェのテレビドラマ「名探偵ポワロ」で観た)、選んだ理由を読むと納得。レイモンド・チャンドラーについては第1作の『大いなる眠り』(1938)ではなく、第2作の『さらば愛しき女よ』(1940)を選んでいます。
    
太陽がいっぱい.jpg死刑台のエレベーター000.jpg パトリシア・ハイスミスの『太陽がいっぱい』(1955)、ノエル・カレフの『死刑台のエレベーター』(1956)は共に映画化作品が超有名ですが、映画と原作の違いをわかりやすく解説しています(特に『死刑台のエレベーター』は、映画版と原作は、物語の性質がまったく違う別の作品と言っていいとしている)。

ナヴァロンの要塞 カラージャケット.jpgThe Wycherly Woman.bmpウィチャリー家の女.jpg アリステア・マクリーンの『ナヴァロンの要塞』(1957)は、冒険小説によくある「~せよ」というタイトルの使命遂行型作品の元祖であるとのこと(なるほどね。そうしたタイトルになっていないので今まで意識しなかった)。これも順当ならば、ロス・マクドナルドについて、『ウィチャリー家の女』(1961)がきているのも順当ではないでしょうか。
    
深夜プラス1ミステリ文庫1.jpgジャッカルの日 (1973年) .jpg ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』(1965)然りです。これもまあ、ギャビン・ライアル作品の中では断トツに有名な作品なので異論のないところではないでしょうか。それが、フレデリック・フォーサイスとなると、『ジャッカルの日』(1971)を選んでいますが、ほかにも同じく映画化された超有名作で『オデッサ・ファイル』(1972)や『戦争の犬たち』(1974)などがあります。ただ、1つ選ぶとなるとやはり『ジャッカルの日』でしょうか。
       
百万ドルをとり返せ!.jpgケインとアベル 上.jpgケインとアベル下.jpgシャイニング(上).gif ジェフリー・アーチャーには、著者もその代表作としている『ケインとアベル』(1981年)などの大河小説がありますが、最初に読むのならばやはり『百万ドルをとり返せ!』(1976)がお薦めということになるのでしょう。スティーヴン・キングも、ありすぎるぐらい沢山ありますが、1冊となると『シャイニング』(1977年)になるのだろうなあ。

針の眼.jpg推定無罪下.jpg推定無罪 上.jpg ケン・フォレットも『大聖堂』(1989)などの大河小説がありますが、1冊となると『針の眼』(1978)で決まりでしょう。戦争冒険小説ですが、人間ドラマをかませたところに読みどころがあるとの著者の意見に納得。スコット・トゥローの『推定無罪』(1987)も順当かと思いますが、100選に同じく弁護士出身の作家ジョン・グリシャムの作品を入れないで、このスコット・トゥローを入れているところは著者のこだわり?

検屍官.jpg極大射程 新潮文庫 下.jpg パトリシア・コーンウェルの『検屍官』(1990)が、CBSで2000年に放送が始まった「CSI:科学捜査班」に影響を与えたという著者の見方には同意見です。でも、ケイ・スカーペッタ シリーズって映画化されていないなあ。スティーヴン・ハンターの『極大射程』(1993)は、主役が当初予定されていたキアヌ・リーブスからマーク・ウォールバーグに代わりはしたものの、しっかり映画化されています。
     
ボビーZの気怠く優雅な人生.jpgボーン・コレクター 単行本.jpg ドン・ウィンズロウは『ボビーZの気怠く優雅な人生』(1997)を持ってきたかあ。ただし、デビュー作『ストリート・キッズ』(1991)から始まる"ニール・ケアリー"シリーズ全5作も、ぜひ第1作から読んでもらいたいとしています(個人的№1は、本書でも紹介されている「翻訳ミステリー大賞」受賞作の『犬の力』(2005)だが)。ジェフリー・ディーヴァーは『ボーン・コレクター』(1997)を持ってきています。これは、主人公の犯罪学者リンカーン・ライムが四肢麻痺の、言わば"安楽椅子探偵"であることの経緯と状況を理解するうえでも、第1作からということになるのでしょう。

女彫刻家 ミネット ウォルターズ 文庫.jpgダ・ヴィンチ・コード 上.jpg ミネット・ウォルターズはエドガー賞の『女彫刻家』(1993)ではなく、犯人当てに特化したという意味で入りやすい構造を持つ作品として『破壊者』(1988)を挙げています。ダン・ブラウンも、世界的な大ベストセラーとなった第4作『ダ・ヴィンチ・コード』(2003)ではなく、ロバート・ラングドン教授が初登場した第2作『天使と悪魔』(2000)を挙げていて、これも『ボーン・コレクター』同様、探偵役の主人公の特性(教授の専門は宗教象徴学)を理解したうえで読み進んだ方が読み進みやすいだろうとの配慮かと思われます。

 基本的には1929年から2010年に発表され、2013年までに訳出されて現在も読める本から選んでいますが(第1部)、巻末の第2部では、アラン・ポー、コナン・ドイル、G・K・チェスタトン、モーリス・ルブランなど、それ以前の古典的探偵小説に触れるとともに、今は絶版になってしまって古本屋で探すなどしないと読めなくなってしまったハード」ボイルドの名作なども紹介しています。

 作品解説と同時に作家解説になっていて、100冊の概要にとどまらず、100人の作家の概要がわかるという意味では、文庫書下ろしながら、充実した内容だと思います。その分1作当たりの内容の紹介がやや物足りないと言えなくもないですが、ミステリなので、あまり事前に細かく内容を知ってしまってもいうのもあるし、これはこれでいいのかも―ということでお薦めです。

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「150本すべてみなさい!」はあながち大袈裟なことを言っているわけではないと。

世界と日本のアニメーションベスト150.jpg ユーリ・ノルシュテイン作品集.jpg くもとちゅうりっぷ 政岡憲三作品集.jpg 権藤 俊司.jpg 権藤 俊司 氏(アニメーション研究家・評論家)
ユーリ・ノルシュテイン作品集 [DVD]」「くもとちゅうりっぷ 政岡憲三作品集 【DVD】
世界と日本のアニメーションベスト150

 2003年刊行の本書は、「時代・ジャンル・国内外問わず、劇場用長・短編、TV、あるいはCM、MC(ミュージッククリップ)も問わず、アニメーションであれば可」という規定で、ベストだと思うアニメーション作品を20本挙げてもらうアンケートを、アニメーション監督を中心に現場で働くスタッフに向けて行い(評論家などアニメ業界関係者も若干名含む)、138名から得られた回答を取りまとめ、得点ランキング化したものです。内、50位までの結果は以下の通り。

順位   作品名 / 制作国 / 監督 / 制作年
霧の中のハリネズミ 12.jpg1   霧につつまれたハリネズミ / 露 / ユーリ・ノルシュテイン / 1975
2   話の話 / 露 / ユーリ・ノルシュテイン / 1979
「ファンタジア」ド2.jpg3   ファンタジア / 米 / ベン・シャープスティーン / 1940
4   木を植えた男 / カナダ / フレデリック・バック / 1987
5   やぶにらみの暴君 / 仏 / ポール・グリモー / 1952
6   未来少年コナン / 日本 / 宮崎駿 / 1978
となりのトトロ dvdes3.jpg7   となりのトトロ / 日本 / 宮崎駿 / 1988
白雪姫 1937 22.jpg8   白雪姫 / 米 / デヴィッド・ハンド / 1937
イエロー・サブマリン dvd2.jpg9   イエロー・サブマリン / 英 / ジョージ・ダニング / 1968
わんぱく王子の大蛇退治 300.jpg10   わんぱく王子の大蛇退治 / 日本 / 芹川有吾 / 1963
11   太陽の王子 ホルスの大冒険 / 日本 / 高畑勲 / 1968
12   クラック! / カナダ / フレデリック・バック / 1981
13   バッタ君町に行く / 米 / デイブ・フライシャー / 1941
14   ウォレスとグルミット ペンギンに気をつけろ! / 英 / ニック・パーク / 1993
15   くもとちゅうりっぷ / 日本 / 政岡憲三 / 1943
風の谷のナウシカ11.jpeg16   風の谷のナウシカ / 日本 / 宮崎駿 / 1984
雪の女王22.jpg17   雪の女王 / 露 / レフ・アタマノフ / 1957
18   線と色の即興詩 / カナダ / ノーマン・マクラレン / 1955
19   天空の城ラピュタ / 日本 / 宮崎駿 / 1985
ルパン三世 カリオストロの城122.jpg20   ルパン三世 カリオストロの城 / 日本 / 宮崎駿 / 1979
21   対話の可能性 / チェコ / ヤン・シュヴァンクマイエル / 1982
22   手 / チェコ / イジー・トルンカ / 1965
23   真夏の夜の夢 / チェコ / イジー・トルンカ / 1959
24   禿山の一夜 / 仏 / アレクサンドル・アレクセイエフ / 1933
25   道成寺 / 日本 / 川本喜八郎 / 1976
26   ナイトメアー・ビフォア・クリスマス / 米 / ティム・バートン / 1993
27   ファンタスティック・プラネット / 仏 / ルネ・ラルー / 1973
28   おこんじょうるり / 日本 / 岡本忠成 / 1982
千と千尋の神隠し 011.jpg29   千と千尋の神隠し (通常版) / 日本 / 宮崎駿 / 2001
30   AKIRA / 日本 / 大友克洋 / 1988
31   ガンバの冒険 / 日本 / 出崎統 / 1975
32   トムとジェリー / 米 / ウィリアム・ハンナ/ジョセフ・バーベラ / 1940~67
鉄腕アトム 1963 4.jpg33   鉄腕アトム / 日本 / 手塚治虫 / 1963~66
34   岸辺のふたり / オランダ / マイケル・デュドック・デ・ヴィット / 2000
35   ピノキオ / 米 / シャープスティーン&ラスク / 1940
機動戦士ガンダム dvd2.jpg36   機動戦士ガンダム / 日本 / 富野善幸 / 1979~80
37   バンビ / 米 / デヴィッド・ハンド / 1942
38   ストリート・オブ・クロコダイル / 英 / ブラザーズ・クエイ / 1986
hotarunohaka5.jpg39   火垂るの墓 / 日本 / 高畑勲 / 1988
40   ベティ・ブープ / 米 / デイブ・フライシャー / 1930~
41   アイアン・ジャイアント / 米 / ブラッド・バード / 1999
42   チェブラーシカ / 露 / ロマン・カチャーノフ / 1969~74
43   バヤヤ / チェコ / イジー・トルンカ / 1950
44   砂の城 / カナダ / コ・ホードマン / 1977
トイ・ストーリー19.jpg45   トイ・ストーリー / 米 / ジョン・ラセター / 1995
46   シリー・シンフォニー / 米 / ウィルフレッド・ジャクソン / 1937
アニメーション「The Old Man and the Sea(老人と海)」 1999.jpg47   老人と海 / 露 / アレクサンドル・ペドロフ / 1999
新世紀エヴァンゲリオン11.jpg48   新世紀エヴァンゲリオン / 日本 / 庵野秀明 / 1995~96
49   ストリート / カナダ / キャロライン・リーフ / 1976
50   スノーマン / 英 / ダイアン・ジャクソン / 1982
     

カレル・ゼーマン「水玉の幻想」/アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」/山村浩二「頭山」
カレル・ゼマン 水玉の幻想 .jpgアレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」(ゴーリキー原作).jpgAtama Yama (Mt. Head).jpg 上記のほか、第51位から第150位までには、第56位にカレル・ゼーマンの「水玉の幻想」('48年/チェコスロバキア、12分)、第61位に「ルパン3世(TV第1作)」('71年/日本)、第70位にジョン・ラセターの「ルクソー Jr.」('86年/米、2分)、第72位にアレクサンドル・アレクセイエフ の「」('63年/仏、11分)、第73位にブルーノ・ボツェットの「ネオ・ファンタジア」('76年/イタリア)、第90位に山村浩二の「頭山」 ('02年/日本、10分) 、第92位にユーリー・ノルシュテインの「外套」(未完成/ロシア)、第97位に押井守の「うる星やつら2/ ビューティフル・ドリーマー」('84年/日本)、第119位に吉川惣司の「ルパン三世~ルパンVS複製人間」('78年/日)、第127位にウォルト・ディズニー製作の「ダンボ」 ('41年/米)、第130位に宮崎駿の「もののけ姫」('97年/日本)などがランクインしています。

 アンケートの回答者138名の内訳が、日本114名、海外24名ということもあって、日本の作品が多いのはもとより、比較的我々に馴染みのある作品が多いように思いましたが、そんな中、ユーリ・ノルシュテインの「霧につつまれたハリネズミ」('75年/露)が第1位、同「話の話」('79年/露)が第2位と、ユーリ・ノルシュテインが圧倒的な支持を得ています。

道成寺 川本.jpg 「霧につつまれたハリネズミ」は10分の作品、「話の話」は29分の作品ですが、短編が結構上位に来ているのは、短編の方が、時代の先端技術の粋を集めた完成度が高い作品、あるいは個人の意匠を集約した、"純度"が高い作品となりやすいためでしょうか。日本の作品でも、第15位にランクインの政岡憲三監督の「くもとちゅうりっぷ」('43年)は16分の作品、第25位のアニメーション作家であるとともに人形作家でもあった川本喜八郎(1925-2010)監督の「道成寺」('76年)は19分の短編作品です。

「道成寺」('76年)
 
くもとちゅうりっぷ tenntoumusi.jpgくもとちゅうりっぷ くも.jpg 「くもとちゅうりっぷ」は戦時中(昭和18年4月公開)の作品で、クモに襲われそうになったテントウムシの女の子をチューリップ(擬人化されている)が助けるというもの。松本零士や手塚治虫も昔観たそうですが、戦時中に多く作られた(例えば同時期に作られた37分のアニメ映画「桃太郎の海鷲」(昭和18年3月公開)のような)明らかなプロパガンダ目的の国策映画ではなく、童話のようなミュージカル仕立てで描いている点で特異な作品とされています。一方、テントウムシは日本人的な顔立ちでクモは黒人のような顔なので、日本と敵国を表しているようにも見えます。しかしながら、テントウムシの女の子は白人の女の子にも見え、クモの方は、日本が大東亜共栄圏を築くために友好関係を築く必要がある南洋の原住民に見えなくもなく、そのため文部省の推薦を得ることが出来なかったとか。テントウムシの女の子の動きは、政岡憲三監督が自分の妻に水着を着せてモデルにして作画したそうで、ディズニーが「白雪姫」('37年)などで用いた方法に似ているように思います(今ならばモーションキャプチャーといったところか)。

 ランキング150作品の紹介のほかに、専門家3名(片山雅博、角鍋博之、権藤俊司の各氏)による「座談会」や、「監督ランキングベスト100」、絵本に描かれた「霧につつまれたハリネズミ」などの特集が組まれていて、ども充実しています。中でも、8ページにわたる「座談会」(鼎談)は、なぜ「霧につつまれたハリネズミ」が1位で「話の話」が2位になったのかという分析から始まって、以下の作品についても知られざるエピソードが満載で、興味深く読めました。

 その座談会のタイトルキャッチは、「根性ある人は150本すべてみなさい!」となっていますが、素人目にも身近な作品が多く含まれており、その中に一部なかなかお目にかかれない作品も含まれているといった感じで、このキャッチはあながち大袈裟なことを言っているわけではないように思えました。
 
霧の中のハリネズミ.jpg「霧の中のハリネズミ(霧につつまれた霧の中のハリネズミ 1.jpgハリネズミ)」●原題:Ёжик в тумане / Yozhik v tumane●制作年:1975年●制作国:ソ連●監督:ユーリイ・ノルシュテイン●脚本:セルゲイ・コズロフ●音楽:ミハイール・メイェローヴィチ●撮影:ナジェージダ・トレシュチョーヴァ●原作:セルゲイ・コズロフ●時間:10分29秒●声の出演:アレクセーイ・バターロフ/マリヤ・ヴィノグラドヴァ/ヴャチェスラーフ・ネヴィーヌィイ●公開:2004/07(1988/10 ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント【VHS】)●配給:ふゅーじょんぷろだくと=ラピュタ阿佐ヶ谷(評価:★★★★)


くもとちゅうりっぷes.jpgあの頃映画松竹DVDコレクション 桃太郎 海の神兵.jpg「くもとちゅうりっぷ」●制作年:1943年●監督・脚本・撮影:政岡憲三●製作:松竹動画研究所●動画:桑田良太郎/熊川正雄/土井研二/山本三郎/木村阿弥子●作曲・指揮:弘田龍太郎●歌:村尾護郎/杉山美子●原作・作詞:横山美智子●時間:16分●公開:1943/04●配給:松竹(評価:★★★☆)
あの頃映画松竹DVDコレクション 桃太郎 海の神兵 / くもとちゅうりっぷ デジタル修復版」['16年]

《読書MEMO》
●内容
世界と日本のアニメーションベスト150_2.jpg世界と日本のアニメーションベスト150発表&作品紹介
時代、ジャンル、国内外を問わず、すべてのアニメーションを対象にした、世界初のランキング! アニメーション監督を中心に業界関係者たちに、好きな作品ベスト20を挙げてもらいました。 厳しいプロたちに選ばれたベストアニメーション150本を発表!
座談会「根性ある人は150本すべて見なさい!」
アニメーション監督と評論家による言いたい放題の座談会。ランキングについてはもちろん、普段は聞けない監督や作品にまつわる知られざるエピソードなどを披露。
監督ランキングベスト100
ランキング作品の点数を元にした監督ランキングBest100。 作品のBest150とはひと味違うランキング結果に注目。
絵本「霧につつまれたハリネズミ」絵コンテ
絵本のために描かれた「霧につつまれたハリネズミ」のラフを特別収録。
アンケート全掲載138+α
回答者138人のアンケートを一挙に大公開。 「好きなアニメーション作品20本」という以外に決まりがないため、ユニークな作品やコメントが満載。
前代未聞のランキング結果発表!!
ランキングされた924タイトルを全掲載。 監督名、得点はもとより、英語タイトル、制作年、制作国などをリスト形式にして発表。
五味洋子が選ぶ、マイフェイバリットアニメ100
アニメーションへの目線の確かさでは信頼の厚い五味洋子が選んだ~My Favorite Animations「世界と日本のベストアニメ厳選100」
ピックアップ30
150位圏外にもすばらしい作品がたくさん。 すべて紹介したいが、ランキングの中から30本をピックアップ。
ユーリ・ノルシュテインからのメッセージ 芸術家がこの混迷の時代にものをつくるということ
映像詩人といわれるロシアのアニメーション作家ユーリ・ノルシュテイン。 ラピュタアニメーションフェスティバル'02のシンポジウムで語ったメッセージ。

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知的冒険をさせてもらったが、途中から著者の牽強付会について行けなくなった。

三島由紀夫 ふたつの謎 (集英社新書).jpg三島由紀夫と天皇 (平凡社新書).jpg  「三島由紀夫」とはなにものだったのか 2.jpg「三島由紀夫」とはなにものだったのか2.jpg  三島由紀夫 幻の遺作を読む.jpg
三島由紀夫 ふたつの謎 (集英社新書)』['18年]/菅孝行『三島由紀夫と天皇 (平凡社新書)』['18年]/橋本治『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』['02年/新潮社]『「三島由紀夫」とはなにものだったのか (新潮文庫)』/井上隆史『三島由紀夫 幻の遺作を読む~もう一つの『豊饒の海』~ (光文社新書)』['10年]

 昨年['18年]11月に、本書と菅孝行著『三島由紀夫と天皇』(平凡社新書)という三島由紀夫をめぐる新書がほぼ同時に出て、これも「平成」を総括するムーブメントの一環なのでしょうか。とりあえず本書の方を読んでみました。本書の目的は、三島由紀夫をめぐる二つの謎を解くことであるとのことです。その二つの謎とは、一つは、三島由紀夫はなぜ、割腹自殺に至るクーデターのようなことを引き起こしたのかということであり、もう一つは、『豊饒の海』はどうして、あのような破壊的な結末に至ったのかということです。

 三島由紀夫が昭和45年12月25日に自衛隊の市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を遂げたことについては、これまでも多くの人がその行動の解釈というか、本書の著者同様に謎解きを試みていますが、何か決定的な答えのようなものは出ておらず、個人的には、本書によってもそれが解き明かされたという実感はありませんでした(最初からあまり期待してなかった)。

春の雪 新潮文庫  .jpg 一方の、『豊饒の海』の結末の謎とは、『豊饒の海』第4部「天人五衰」の終盤で、転生の物語の四番目の主人公である安永が実は転生者ではなかったことに加え、何よりもラストで、本多繁邦が今は寺の門跡となった綾倉聡子を訪ねたところ「松枝清顕なる人は知らない」と彼女が言ったことを指すわけですが、確かに、『豊饒の海』第1部「春の雪」で松枝清顕と熱愛を交わしたはずの聡子にそう言われてしまうと、これまでのストーリーはすべて本多の見た幻に過ぎず、まったく無意味だったのかということになり、三島はなぜそうした破壊的な結末を物語の最後にもってきたのか、その不思議を指しています。

 この謎を解くために、著者は、『豊饒の海』だけでなく「仮面の告白」や「金閣寺」など三島の主要作品についても分析をしており、この辺りは興味深く読めました。特に、「仮面の告白」「金閣寺」の代表作2作について、『豊饒の海』の中のとりわけ「春の雪」と重なる部分、違っている部分が明確に意識され、それは自分が個人的に以前から抱いていた感触に近いものでもありましたが、久しぶりに三島作品の巡って知的冒険をさせてもらったたという感じです。

 しかし、著者は、昭和45年12月25日という日が三島由紀夫が自決した日であると同時に『豊饒の海』第4部「天人五衰」の脱稿日とされていることから、この二つの謎を結びつけないと気が済まないようで、途中からかなり牽強付会の気がある分析になっていったような気がします。最後、松枝清顕と天皇が同一視され、綾子が否定した松枝清顕(=天皇)の存在を肯定するために割腹自殺したような論理の流れになっていて、そこまでいく著者の論理過程は半ば理解不能だったというのが正直なところでした(この著者の他の著作を読んでいても同様の事態に陥ることがある。自分の読解力不足のせいもあると思うが)。

 著者が論じていることには論拠のあるものもあれば具体的な論拠のないものもあり、その辺りは著者自身も認識しており、これは論評というより、一つの作品のような本であると思いました。

 論拠が無いということで言えば、例えば、著者は、『豊饒の海』第4部「天人五衰」の結末を、三島がかなり最後の方で思いついたように解釈していますが、、三島がそんな無計画性のもとに作品を書くことはなく、「天人五衰」の結末の謎は、第1部「春の雪」の中にその答えが既に示されているとする文芸評論家もいたように思います。

 更に言えば、物語を繋いできたはずの輪廻転生が本当に無かったと言えるのか、もしかしたら安永だけが20歳での死に失敗しただけかもしれないし、聡子が松枝清顕のことを覚えていないというのも、覚えていないふりをしているともとれなくもないわけであって、こういうのを拾っていくと最初から"不可知論"を指向しているようで何も見い出せなくなってしまうのですが、著者があまりに牽強付会気味に理論展開しているように思え、ついついそうした疑問を抱くと言うか、逆の発想をしてみたくなるような本でした。

 個人的には、今年['19年]1月に亡くなった橋本治氏の第1回「小林秀雄賞」受賞作『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』('02年/新潮社、'05年/新潮文庫)の方が自分との"相性"が良かったという感じですが、橋本治氏のものは三島の「文学」に対する評論であり、彼の思想やそれに基づく行動については触れていないため、本書とは比較ができないかもしれません(三島自身が生前、自らの文学と思想を別物であるとしていたことを思うと、これはこれでいいのではないかと思うが)。

三島由紀夫 幻の遺作を読む.jpg 比べるとすれば、井上隆史著『三島由紀夫 幻の遺作を読む―もう一つの「豊饒の海」』('10年/光文社新書)あたりになるのかもしれません。そちらは、三島の「創作ノート」と『豊饒の海』の重要テーマである仏教の唯識思想に基づいて、三島が当初検討していた幻の第四巻の作品世界を仮構し(つまりあるべき姿の『豊饒の海』というものがあって、それを三島が自ら破壊したのはなぜか、という切り口になっている)、そこから三島の死の意味を探ったものです(本書も『豊饒の海』だけでなく、『仮面の告白』『金閣寺』『鏡子の家』などにも注目している。ただ、これも、仏教思想に寄り過ぎていて、個人的にはピンとこなかったのだが)。

 それにしても、三島由紀夫を論じるとき、その論者たちは皆ものすごく「自分寄り」になる傾向があるように思いました(アニメやオタク文化について論じる人にも似た傾向があるけれど)。そう考えると、橋本治氏の、その方法論は独自というかクセがありますが、三島は読者の思念への「転生」を図ったという論自体は納得性が高かったように思います(比較ができないかもしれないとしながら、結局は比較してしまったが)。

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「●岩波新書」の インデックッスへ「●「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作」の インデックッスへ

裁判官の仕事やその舞台裏を分かり易く綴りながら、重いテーマにも触れている好エッセイ。

裁判の非情と人情_1.png裁判の非情と人情.jpg 授賞式での原田國男氏.jpg
裁判の非情と人情 (岩波新書)』['17年]第65回「日本エッセイスト・クラブ賞」贈呈式での原田國男氏(2017.6.26)[岩波新書編集部の公式witterより]

 2017(平成29)年・第65回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作。

 元東京高裁判事が、裁判員制度、冤罪、死刑などをめぐり、裁判官の知られざる仕事と胸のうちを綴ったもので、岩波書店の月刊誌「世界」の2013年10月号から2017年の1月号まで連載された「裁判官の余白録」をまとめたものです。裁判官の仕事や裁判の舞台裏を、分かり易く時にユーモアも交えて綴っている好エッセイで、文章も名文ですが、中身も硬軟ほどよく採り入れて(仕事では固い文章ばかり書いてきたはずだが)、楽しく読めるとともに、考えさせられるものでした。

 そして何よりも著者の人間性が伝わってきます。今は退官して弁護士になっているとは言え、裁判官って(特に高等審の刑事裁判官って)、そうした個性のようなものをあまり表に出さないイメージがあったため、意外でした。それにしても、著者は、藤沢周平の全集を何度も読み返しているとのことで、読書家だなあと(やはり読書家であることは名文家であることの必要条件か)。裁判官が書いた本などの紹介もありました(裁判官の中にもスゴイ"趣味人"がいたりするのだなあ)。

フライド・グリーン・トマト vhs 2.jpg 映画の話も結構出てきました。「フライド・グリーン・トマト」('91年/米)で白人の差別主義者が殺害された時に現場にいた牧師が、公判で真犯人を庇って偽証する前、証言台に立って宣誓した時、手元に置いてあったのは聖書ではなく、『白鯨』だったのかあ。個人的にはそんな細部のことは忘れてしまったけれど、やはりプロにとっては印象に残ったのだろうなあ。

 中盤以降になればなるほど次第に重いテーマが多くなり、死刑執行起案の経験談もあって、自分が関わった死刑囚の死刑が執行されたことを報道で知った時の気持ちなども書かれています(著者は、死刑は、心情的には殺人(殺害行為)である思うと述べている)。

 また、一般の人と裁判官の考え方の違いについても指摘しています。例えば、裁判官は白か黒かの判断を求められている思われがちであるが、「灰色か黒か」の判断が求められているというのが正しいようです。無罪になった人からすれば、裁判官が完全無罪(無実)を認定してくれないことに不満を持つかもしれないが、それは裁判官の仕事ではないとのことです。

 その流れで、裁判員制度における裁判員の考え方の傾向と現実との開きについても指摘しています。刑事裁判一筋でやってきた著者は、有罪率99%といわれる日本の刑事裁判で、20件以上の無罪判決を言い渡した稀有な裁判官ですが、もし裁判員が、真っ白でなければ有罪だと思っているのなら、無罪はほとんど無くなってしまうと言っています。裁判官自身、無罪判決のすべてを100%無罪だと思って判決を出しているわけではなく、「灰色」は無罪になるということなのでしょう。

 また、量刑相場がどのように形成されるか、裁判員制度の導入で、それまで外部から見てブラックボックスだった量刑問題について、裁判員に対する説明責任が生じていること、実際、裁判員が下した判断が控訴審で量刑相場の観点から変更される事案が起きていることから、その問題の難しさを指摘しています。

 この他にも、冤罪はどう予防すれば良いのか、日米で裁判官と社会の距離はどう違うか、裁判官の良心とは何か、裁判所に対する世の中の批判が喧しい中、裁判所に希望はあるか、といった深いテーマに触れています。

 ラストにいくほどテーマが重くなりますが、あとがきの最後に、「個人的には『寅さんを何度でも観返している裁判官がいる限り、この国の法曹界を信じたい』と思っている」と書いていて、ちょっとほっとさせられました。

《読書MEMO》
●毎日新聞読書欄の「この3冊」で著者が"裁き"と文学をテーマに挙げた藤沢周平の3冊...『海鳴り』『玄鳥』『蝉しぐれ』(17p)
●黒木亮『法服の王国』(岩波現代文庫)⇒かなりのフィクションも含まれるが、最高裁判所を中心とした戦後の司法の大きな流れ(それも暗部)はほぼ正確に摑んでいる。(46p)
●小坂井敏晶『人が人を裁くということ』(岩波新書)―事実認定の難しさ(103p)
●裁判官が書いた本―最近では、大竹たかし『裁判官の書架』(白水社)がいい
毎日新聞読書欄「この3冊」
・鬼塚賢太郎『偽囚記』(1979年/矯正協会)
・岡村治信『青春の柩―生と死の航跡』(1979年/光人社)
・ゆたか はじめ『汽車ポッポ判事の鉄道と戦争』(2015年/弦書房)

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「過去130年間の論壇を振り返る」には紙数足らずで、読書案内としてはやや中途半端か。

読む力 - 0_.jpg読む力.jpg
読む力 - 現代の羅針盤となる150冊 (中公新書ラクレ)』['18年]
二十一世紀精神―聖自然への道 (1975年)』['75年]
松岡 正剛 二十一世紀精神.jpg 編集工学研究所の松岡正剛氏と、月300冊は本を読むという元外交官で作家の佐藤優氏が、雑誌「中央公論」創刊130年記念で、過去130年間の論壇を振り返って語った誌上対談シリーズを新書化したものです。個人的な注目は松岡正剛氏で、かなり以前に津島秀彦氏との対談集『二十一世紀精神―聖自然への道』('75年/工作舎)を読んでスゴイ思考力の人がいるものだなあと思ったものですが、当時はそれほど知られていなかったのが、今や「松岡正剛 千夜一夜」で、読書子の間ではすっかり有名になりました(個人的には今でもスゴイ人だなあと思っている)。

 第1章では、二人が子供のころに読んだ本を語り合っていて、両者の対談は"初"だそうですが、「実は、高校は文芸部でした」という佐藤氏の打ち明け話にはじまり、意外とオーソドックスだと思いました。それが、第2章から「20世紀の論壇」がテーマになっていて、ああ、そう言えば、「過去130年間の論壇を振り返る」のが企画の趣旨だったなあと。以下、第3章から第5章まで、章末に、対談の中で出てきた主要な本のリストがあり、一部書影もあって見やすく親切であると思いました。

禅と日本文化1.bmp阿部一族 岩波文庫.jpg 第3章では、日本国内の130年間の思想を(この「130年」というのは要するに「文藝春秋」の創刊からの年数であるのだが)、ナショナリズム、アナーキズム、神道、仏教...と振り返り、章末に「国内を見渡す48冊」として、それまでの対談の中で取り上げた、鈴木大拙の『禅と日本文化』や森鷗外の『阿部一族』などが挙げられています。

ブリキの太鼓 ポスター.jpg存在の耐えられない軽さ.jpg 第4章では、主に欧米の思想について、民族と国家、資本主義などに関して検証的に振り返り、章末に「海外を見渡す52冊」として、ニーチェの『道徳の系譜』やテンニエスの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』、サルトルの『存在と無』やヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』、ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』やミラン・クンデラの『存在の堪えられない軽さ』などが挙げられています。

ロウソクの科学改訂版.jpgバカの壁1.jpg 第5章では、ちょっと切り口を変えて「通俗本」を取り上げています。ここで言う「通俗本」とは、難解な学問や他者の業績を「通俗化」しようとする試みのもと書かれた本のことで、それは学問や思想を普及させ、人々の理解を促すものであるとして、二人とも礼賛しています。章末に「通俗本50冊」として、マイケル・ファラデーの『ロウソクの科学』や養老孟司氏の『バカの壁』などが挙げられています。

 意外とオーソドックスな中、第5章の「通俗本」という考え方が、個人的には目新しかったでしょうか。ただ、「通俗本50冊」のラインアップの中に、手塚治虫の『火の鳥』や白土三平の『カムイ外伝』と並んで弘兼憲史氏の『社長島耕作』などが入っていたりするのが意外でした。『社長島耕作』は、佐藤優氏が"一生懸命読んでいる"ところだとのことで、それに対して松岡正剛氏は「えっ、島耕作を? 何のために読んでいるのですか?」と聞き返しています。それに対して佐藤氏は、「つまるところ、世の中たった一人しか幸せじゅない」という世界を、主人公の早稲田大学入学から会長になるまでトレースしているとし、松岡氏は「ふうん、そういうことか」と。但し、あまり納得していない様子でした。ともに「通俗本50冊」の価値を認めながらも、どのような本がそれに該当するかは意見が違ってくる部分もあるのは当然かと思います。

 そもそも、この紙数で「過去130年間の論壇を振り返る」のにやや無理があったかもしれません(だから「読む力」というタイトルになった?)。対談内容が、(自分の読んでいる本が少なすぎて)自分の理解が及ばないというのもあることにはありますが、全体に少しもやっとした印象のものになってしまったように思いました。

 読書案内としても、二人ともスゴイ読書家であることは読む前から分かっているわけですが、やや中途半端な印象でしょうか。松岡正剛氏のまえがきによれば、編集部から事前に「150冊選んでください」と言われたそうですが、この二人、他にもいっぱい"読書案内"的な本を出しているので、本書はそれぞれのそうした"読書案内"本の<体系>の一部にすぎず、そちらの方も併せて読みましょうということなのかもしれません。

【読書MEMO】
●目次
第1章 子どもの頃に読んだのは
第2章 論壇からエロスも官能も消えた
第3章 ナショナリズム、アナーキズム、神道、仏教......
―国内を見渡す48冊
第4章 民族と国家と資本主義
―海外を見渡す52冊
第5章 ラッセル、養老孟司、弘兼憲史
―「通俗本」 50冊

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「カッパ・ブックス」の出版界の席捲ぶりがスゴかった60年代。岩田一男、多湖輝、佐賀潜...。

カッパ・ブックスの時代.jpgカッパ・ブックスの時代2.jpg
カッパ・ブックスの時代 (河出ブックス)』['13年]

カッパ・ブックスの時代』6.JPG 「カッパ・ブックス」の1954年の創刊から2005年の終刊までの軌跡を、光文社の歴史をひも解きながら明らかにした本です。著者は、元光文社の社員であり「カッパ・ブックス」の編集にも携わった人で、現在はフリーライターです。読んでみて、まさに「カッパ・ブックスの時代」と呼べるものがあったのだなあと改めて思いました。特に、1950年代後半から1960年代後半にかけてのカッパ・ブックスの出版界の席捲ぶりがスゴイです。
    
英語に強くなる本.jpg砂の器 カッパ2.jpg '61(昭和36)年には、日本の刊行物の売り上げベスト10の中で、第1位の岩田一男の『英語に強くなる本』(売上部数147万部、以下同)をはじめ5冊が「カッパ・ブックス」としてランクインし、ベスト10の内8冊を光文社の刊行物が占めています。光文社刊の残り3冊は、'59年創刊の「カッパ・ノベルズ」のラインアップである、松本清張の『砂の器』(144万部)、同じく松本清張の『影の地帯』、水上勉の『虚名の鎖』ですが、この松本清張という作家も、その力量に着眼した編集者が光文社にいたとのことで、カッパ・ノベルズと一緒に育った作家だったのだなあと改めて感じ入った次第です(松本清張は'58年の『点と線』(104万部)、'59年の『ゼロの焦点』(107万部)もミリオンセラー。『点と線』刊行時はカッパ・ブックスが創刊前だったので、先に単行本刊行された『点と線』が『ゼロの焦点』の後からカッパ・ブックスに収められた)。

頭の体操第1集.jpg頭の体操4.bmp あと、やっぱり改めてスゴかったと思ったのが、多湖輝の『頭の体操』シリーズで、'67(昭和42)年の売り上げベスト10の中で、第1集(265万部)が第1位、第2集(176万部)が第3位、第3集(123万部)が第6位、翌'68(昭和43)年には第4集(105万部)が第5位と、第4集までミリオンセラーとなっています。その後、第5集の刊行の間に約10年もの間隔がありますが、本書によれば、第4集の段階で著者にドクターストップがかかったとのことです。まあ、第4集までで十分に売り尽くしたという印象はありますが、ドクターストップがかからなければ、すぐに第5集が出てもっと売れていた? この年は、岩田一夫の『英単語記憶術』と野末陳平の『姓名判断』もランクインしており、この年もカッパ・ブックスだけで5冊がベスト10入りでした。

民法入門.jpg佐賀潜.jpg 翌'68(昭和43)年の売り上げベスト10には、『頭の体操 第4集』も含め、カッパ・ブックスまたもや5冊がランクインしていて(第10位のカッパ・ノベルズの松本清張『Dの複合』を含めると6冊)、その内4冊が検察官出身の推理作家・佐賀潜の『民法入門』(119万部)をはじめとする法律シリーズであり、一人の著者で売り上げベスト10の4つを占めたというのもスゴイことです。

 売り上げ部数だけで言うと、これらの後も'70(昭和45)年の塩月弥栄子の『冠婚葬祭』(308万部)や'73年の小松左京の『日本沈没』(上204万部、下180万部)などまだまだスゴイのがありますが、「カッパ・ブックスの時代」と言うとイメージ的には60年代であり、個人的はやはり岩田一男、多湖輝、佐賀潜あたりが印象深いでしょうか(松本清張はやはり"カッパ・ノベルズ"というイメージ)。

 こうしたベストセラーを次々と世に送り出した背景に、神吉晴夫、長瀬博昭といった時代を読むに長けた名物編集者ら(本書の言葉を借りれば編集者と言うよりプロデューサー、プロデューサーと言うよりイノベーター)の才覚とリーダーシップがあり、多くの編集部員の創意工夫と試行錯誤、奮闘努力と不屈の精神があったことが本書からよく窺えましたが、そうした"プロジェクトX" 的な成功譚ばかりでなく、70年代に入ってから激化した(世間的にも注目を浴びた)労働争議で、会社そのものが分裂状態になってしまった経緯なども書かれています。

 この労働争議で多くの社員が辞め、その中には優秀な人材も多く含まれていて、それが祥伝社やごま書房(現在のごま書房新社)、KKベストセラーズといった新たな出版社の旗揚げに繋がっていったとのことです(KKベストセラーズは「ワニ・ブックス」の出版社。どこもカッパ・ブックスと同じように「新書」を出しているなあ)。一方、争議が収まった頃には新書ブームも沈静化し、会社は新たな局面を迎えることになり、カッパ・ブックスは新創刊された光文社新書と入れ替わる形で、51年の歴史に幕を下ろす―といった具合に、一レーベルの歴史を描くとともに、一企業の栄枯盛衰を描いたビジネス・ドキュメントとしても読める本になっています。

岩田 一男 『英単語記憶術5.JPG 力作だと思われ、こうした記録を残しておくことは、出版文化の将来に向けても大事なことなのではないかと思います。とは言え、個人的にはやはり、前半の"成功譚"的な部分が面白かったでしょうか。改めて、当時のカッパ・ブックスの出版界における席捲ぶりのスゴさが甦ってきました。

【読書MEMO】
●1961年(昭和36年)ベストセラー
1.英語に強くなる本』岩田一男(●光文社カッパ・ブックス)
2.記憶術』南 博(●光文社カッパ・ブックス)
3.『性生活の知恵』謝 国権(池田書店)
4.頭のよくなる本』林 髞(●光文社カッパ・ブックス)
5.『砂の器』松本清張(■光文社カッパ・ノベルズ)
6.『影の地帯』松本清張(●光文社カッパ・ノベルズ)
7.『何でも見てやろう』小田 実(河出書房新社)
8.日本経済入門』長洲一二(●光文社カッパ・ブックス)
9.日本の会社』坂本藤良(●光文社カッパ・ブックス)
10.『虚名の鎖』水上 勉(■光文社カッパ・ノベルズ)

●1967年(昭和42年)ベストセラー
1.頭の体操(1)』多湖 輝(●光文社カッパ・ブックス)
2.『人間革命(3)』池田大作(聖教新聞社)
3.頭の体操(2)』多湖 輝(●光文社カッパ・ブックス)
4.『華岡青洲の妻』有吉佐和子(新潮社)
5.英単語記憶術』岩田一夫(●光文社カッパ・ブックス)
6.頭の体操(3)』多湖 輝(●光文社カッパ・ブックス)
7.姓名判断』野末陳平(●光文社カッパ・ブックス)
8.『捨てて勝つ』御木徳近(大泉書店)
9.『徳川の夫人たち』吉屋信子(朝日新聞社)
10.『道をひらく』松下幸之助(実業之日本社)

●1968年(昭和43年)ベストセラー
1.『人間革命(4)』池田大作(聖教新聞社)
2.民法入門―金と女で失敗しないために』佐賀 潜(●光文社カッパ・ブックス)
3.刑法入門―臭い飯を食わないために』佐賀 潜(●光文社カッパ・ブックス)
4・『竜馬がゆく(1~5)』司馬遼太郎(文藝春秋)
5.頭の体操(4)』多湖 輝(●光文社カッパ・ブックス)
6.『どくとるマンボウ青春記』北 杜夫(中央公論社)
7.商法入門―ペテン師・悪党に打ち勝つために』佐賀 潜(●光文社カッパ・ブックス)
8.『愛(愛する愛と愛される愛) 』御木徳近(ベストセラーズ)
9.道路交通法入門―お巡りさんにドヤされないために』佐賀 潜(●光文社カッパ・ブックス)
10.『Dの複合』松本清張(■光文社カッパ・ノベルズ)

頭の体操 〈第1―4集〉.JPG  民法・商法入門・56.JPG

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ビジュアルがキレイ。図形問題中心の正統派パズル書。

パズル 線の迷宮 .jpgパズル 四角の迷宮 .jpg パズル 丸の迷宮.jpg  1000 Play Thinks.jpg
線の迷宮 ―スーパーヴィジュアルパズル (カッパ・ブックス)』『四角の迷宮 ―スーパーヴィジュアルパズル (カッパ・ブックス)』『丸の迷宮 ―スーパーヴィジュアルパズル (カッパ・ブックス)』"1000 Play Thinks"(2001)
Ivan Moscovich
Ivan Moscovich.jpg線の迷宮_3436.JPG 全ページカラーのパズル集で、巨匠パズル作家イワン・モスコビッチ(この人、旧ユーゴスラビア生まれでもともとは機械技師だった)の「1000Play Thinks」(Ivan Moscovich、2001)から図形問題を厳選して再構成したものであるとのこと。但し、一部、論理パズルや代数問題も含まれていたでしょうか。

 「スーパーヴィジュアルパズル」と銘打つように、ビジュアルがキレイで、これが問題を解いてみたくなる動機づけにもなっているような印象です。しかしながら、各問題のレベルは結構高かったのではないでしょうか。「正統派パズル書」と言える内容です。

葉山 考太郎 .jpg 編訳者はパズル作家の葉山考太郎氏で、ワインライターとしても知られており、ワイン専門誌をはじめ、一般情報誌のワイン特集などでも執筆を担当、『30分で一生使えるワイン術』('09年/ポプラ社)、『これだけは知っておきたい 必要最小限のワイン入門』('18年/スマート新書)などのワイン入門書も書いている人です。

 この葉山考太郎氏は同時にパズル作家でもあるわけで、世界各国のパズル・クイズ文献の収集家でもあります。また、本名でソフトウェア開発に関する翻訳本も手掛けているソフトウエア・エンジニアでもあるとのことで、なんだか色んな才能に恵まれている人だなあと。パズルの方は、1996年より『頭の体操』などにクイズ問題を出すなどしているそうです。

葉山考太郎氏

 この「スーパーヴィジュアルパズル」は、他に『四角の迷宮』、『丸の迷宮』(ともに2003年/カッパ・ブックス)というのも本書に先立って同じ年に刊行されていて(こちらも編者は葉山考太郎氏。氏はもともと図形、水平思考系のパズルを好むそうだ)、そちらの方も楽しそうです。

 夜寝る前に、寝つけに1問解いてみるのもいいと思います。却って寝られなくなるという心配は、自分については無いと思います(そこまで集中力が持たない?)。

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単なる鉄オタの趣味の域を超え、日本の文化・風俗への愛着の想いが伝わってくる。

秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本.jpg
秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京 日本63.JPG
秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本3.JPG
秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京・日本 (光文社新書)』 2019.02.21朝日新聞(夕刊)
J.Wally.Higgins(1927-)
ジェイ・ウォーリー・ヒギンズ.jpg 昭和30年代にアメリカ軍の軍属として来日し、更に国鉄の顧問に就任して、趣味の鉄道写真を撮り続けたジェイ・ウォーリー・ヒギンズ氏(1927年生まれ、本書刊行時点で91歳)による、当時の写真を集めた写真集。プロの写真家ではないのに、これだけ東京および全国各地の鉄道写真を撮りためていたというのはスゴイなあと思いました。

 タイトル通り、大きく分けて東京編とローカル編といった感じの分け方になっていて、東京・ローカルとも、とりわけ路面電車に重点が置かれていますが、それら路面電車は今日、車両はもちろん、路線そのものが殆どすべて無くなっているので、大変貴重な写真の数々と言えます。

秘蔵カラー写真で味わう60年前の東京 日本62.JPG 東京で路面電車となると、やはり都電がメインになります。今は都電荒川線しかないけれど(「東京さくらトラム」という愛称のようだ)、昭和30年代には都内のあちこちに都電が見られたことが分かります。ローカル編では、個人的には昭和39年に福井市に居たため、その頃街中を走っていた路面電車の写真が懐かしかったです。

福井駅前(1964年)

 また、路面電車というのは街中を走るため、車両だけではなく、当時の町や人々の様子、文化や風俗まで一緒に映し込んでいて、その点でも非常に興味深く味わえる写真が多かったです。電車を撮らずに、都会や地方の人々の暮らしぶりだけを撮った写真も多くあり、自らを「乗り鉄で撮り鉄」と"鉄オタ"風に称しているものの、単なる趣味の域を超えて、日本の文化・風俗への愛着と(因みに奥さんは日本人)、これを海外に伝えたいというその想いが伝わってきます。

 さらに、昭和30年代に一般の日本人が撮る写真といえば殆どモノクロであったわけで、それがカラーで残っているというのも貴重です。しかも、米軍に属していた関係で、当時としては日本のフィルムメーカーのものより色が劣化しにくかったコダックのカラーフィルムを使えたというのも大きいし(結局、60年の年月を経ても混色することが無かった)、スライド形式で、NPO法人名古屋レール・アーカイブスによって大量6000枚保管されていたというのも驚きです。

昭和30年代乗物のある風景 西日本編.jpg発掘カラー写真 昭和30年代鉄道原風景 路面電車編.jpg 本書の写真はその中から400枚近くを抜粋したものですが、もっと見たければ、JTBパブリッシングから「発掘カラー写真」シリーズとして『昭和30年代鉄道原風景(路面電車編・東日本私鉄編・西日本私鉄編・国鉄編)』、『昭和30年代乗物のある風景(東日本編・西日本編)』、『昭和40年代鉄道風景(東日本編・西日本編)』などの大判写真集が刊行されています。
発掘カラー写真 昭和30年代鉄道原風景 路面電車編 (単行本)

 個人の地道な継続と、いくつかの幸運の積み重ねで、こうした写真集が出来上がったと思われ、鉄道ファンの間では神様のような人だというのがわかる気がするし、鉄道ファンだけでなく広く人々の目に触れるよう新書化した企画意図も、編集にあたったスタッフの努力も評価したい一冊です。
発掘カラー写真 昭和30年代乗物のある風景 西日本編

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幸村関連の20の「謎」を解き明かす。読みやすい。内容は意外とオーソドックスか。

真田幸村「英雄伝説のウソと真実」 .jpg真田幸村「英雄伝説のウソと真実」L.jpg 真田丸 犬伏の別れ.jpg
真田幸村「英雄伝説のウソと真実」 (双葉新書)』2016年NHK大河ドラマ「真田丸」第35回「犬伏」大泉洋/堺雅人/草刈正雄

 これも、先に取り上げた『真田四代と信繁』('05年/平凡社新書)同様、2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」による真田幸村ブームに合わせて刊行された本です。著者(歴史家、フリーの著述業)によれば、真田幸村は日本人に最も愛されている戦国武将であるとともに、通説と実像のギャップが大きいもの特徴であるとのことで、そうした幸村の不正確さについて、「彼について記した一級史料が絶対的に不足している」ことを理由にあげています。

 本書は、幸村や幸村に関連する内容―例えば、その父・真田昌幸、更に真田家そのものの事績―を含めて、まず20の謎を抽出し、それぞれの項目の謎を解き明かしつつ、新しい解釈を示すよう努めたものであるとのことです。従って、それぞれの項目(謎其の一~謎其の二十)は個々に完結したストーリーになっているためどこからでも読めますが、本書全体で真田幸村の一代記となるよう、それを時系列で並べ、時間的な流れで追えるようにもなっているとのことです。

 類書は真田家3代乃至4代にわたって解説されているものが結構多いようですが、本書も真田幸村に関する項目以外に、純粋に父・真田昌幸に関する項目が7項目ばかりあり、大河ドラマも9月頃まで信繁(幸村)よりむしろ昌幸中心にやっていましたから、やはり父・昌幸の存在は大きいなあという気がします。

上田城.jpg 「第1次上田合戦」や「第2次上田合戦」、「犬伏の別れ」、「大阪夏の陣」「大阪冬の陣」など重点項目を集中的に解説しているのが本書のメリットで(事前に全体の流れの方は大まかなところ知っておいた方がよいということにもなるが)、ただ、20の謎と言っても、それほど新鮮と言うか、突飛なものは無かったようにも思います。

徳川軍を2度にわたって撃退した上田城

 「犬伏の別れ」などについても詳しくは書かれていますが、他書にもある記述が大半を占めます。研究され尽くしているのでしょうか。大河ドラマなどは、原作無しの三谷幸喜氏の脚本(実質、三谷幸喜氏が原作者)ということもあってか、むしろ結構大胆な解釈を採り入れていたような...(三谷氏は新聞の連載コラムで、時代考証者と相談して、'可能性のあるもの'を採用しているといった趣旨のことを書いていたように思うが、'可能性のある'という言葉が微妙)。

 ただ、本書は読み物としても読み易く、新書で250ページ超ですが、楽しく最後まで読めました。「謎」の深さはともかく、「謎」を解き明かすというスタイルで、一応読者を引っ張っていき、無理やり奇抜なところに落とし込むのではなく、オーソドックスに纏めているという感じでしょうか。「幸村」中・上級者には全く物足りないと思いますが、自分のような初心者には有難い本です。

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「真田丸」)

真田氏に関して最初に読む本としてお薦めの新書。

真田四代と信繁.jpg  図説 真田一族.jpg  真田丸s.jpg 真田丸 00.jpg
真田四代と信繁 (平凡社新書)』 『図説 真田一族』 2016年NHK大河ドラマ「真田丸」 草刈正雄(真田昌幸)

 2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」の時代考証者による著書で、信濃国小県郡真田郷を本拠とし、武田、上杉、北条、織田、徳川など並みいる大大名らに囲まれつつも、幾多の難局を乗り切り、ついには近世大名として家を守りとおした真田氏の歩みを、新説を交えながら系譜や図を織り交ぜて分かりやすく説明しています。

 著者の前著『図説 真田一族』('15年/戎光祥出版)も幸綱・信綱・昌幸・信繁・信之と続く真田四代を追って、分かり易く解説されていて、その際の章立ては次の通りでしたが―
  第一章 「中興の祖」  真田幸綱(幸隆)
  第二章 「不顧死傷馳馬」真田信綱
  第三章 「表裏比興者」 真田昌幸
  第四章 「日本一の兵」 真田信繁(幸村)
  第五章 「天下の飾り」 真田信之
今回は、
  一章  真田幸綱 真田家を再興させた智将
  二章  真田信綱 長篠の戦いに散った悲劇の将
  三章  真田昌幸 柔軟な発想と決断力で生きのびた「表裏比興者」
  四章  真田信繁 戦国史上最高の伝説となった「日本一の兵」
  五章  真田信之 松代一〇万石の礎を固めた藩祖
と、ほぼ同じ構成です。但し、前著はビジュアル主体で、その分、イメージはしやすいけれど、解説の方が限定的(トピックス的)であったのに対し、今回は、新書で300ページ超あり、様々な出来事を時系列的・網羅的にカバーしていて、繋がりの中で読み進めるのがいいです(因みに本書では、幸村の呼称を、俗称であるある「幸村」でがなく、本名の「信繁」で通している)。

真田丸 昌幸.jpg 章のウェイトとしては、一章の幸綱に46ページ、二章の信綱に16ぺージ、三勝の昌幸に122ぺージ、四章の信繁(幸村)に60ページ、五章の信之に22ページという配分になっていて、昌幸に信繁の倍以上の紙数を割いていることになりますが、2016年のNHK大河ドラマの方でも、1月から始まって9月25日の放送回で昌幸が没するまで、殆ど、かつてNHKの新大型時代劇「真田太平記」('85.04~'86.03)で真田幸村(信繁)を演じた草刈正雄が演じるところの昌幸が中心に描かれていたことと呼応し合っていうようにも思われます(当時、9月25日の放送回終了直後は「昌幸ロス」とまで言われた)。

 大河ドラマの時代考証者なので、大河ドラマの方も本書で書かれているのと全く同じ解釈で進行したかのように思われますが、そうした部分もあればそうでない部分もあり、また幾つかの説があった中から(ドラマであるため)そのどれかに特定しているケースなどもあって、大河ドラマを観た人は、それを思い出しながら読んで見るのもいいかと思います。別に大河ドラマを観た、観ないに関わらず、真田氏に関して最初に読む本としてお薦めです。

真田丸大河ドラマ館6.jpg 2016年に信州・上田市に旅行に行き真田の郷なども巡ってきましたが、「信州上田・真田丸大河ドラマ館」が一番混んでいました。上田城跡公園内の上田市民会館を模様替えして1年間の期間限定で「大河ドラマ館」にしてしまったようだけれど。以前からある「真田氏歴史館」にも大河ドラマで使われた衣装などがあったりし真田氏本城跡s.jpgて、しっかりNHKとタイアップしていました。むしろ、真田氏本城跡(城跡も何も残ってないが真田の郷が一望できる)や真田氏館跡・御屋敷公園などの方が、落ち着いた雰囲気で、戦国武将になった気分、乃至は「強者どもが夢のあと」的な感慨を味わえたような気もします。


真田丸 title.jpg真田丸  dvd.jpg「真田丸」●演出:木村隆文/吉川邦夫/田中正/小林大児/土井祥平/渡辺哲也●制作:屋敷陽太郎/吉川邦夫●脚本:三谷幸喜●音楽:服部隆之●出演:堺雅人/大泉洋/草刈正雄/長澤まさみ/木村佳乃/平岳大/中原丈雄/藤井隆/迫田孝也/高木渉/高嶋政伸/遠藤憲一/榎木孝明/温水洋一/吉田鋼太郎/草笛光子/高畑淳子/内野聖陽/黒木華/藤本隆宏/斉藤由貴/寺島進/西村雅彦/段田安則/藤岡弘、/近藤正臣/小日向文世/鈴木京香/竹内結子/哀川翔●放映:2016/01~12(全50回)●放送局:NHK

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評伝としてはオーソドックスだが、やはりスゴイ人だったのだなあと。

大村智 2億人を病魔から守った化学者.png大村智 - 2億人を病魔から守った化学者.jpg ノーベル生理学医学賞 大村智氏.jpg 大村智氏 大村智物語.jpg
大村智 - 2億人を病魔から守った化学者』['12年]『大村智物語―ノーベル賞への歩み

 感染すると失明の恐れもある寄生虫関連病の治療薬を開発したことが評価され、今年['15年]ノーベル生理学・医学賞が授与された大村智・北里大特別栄誉教の評伝で、著者は元読売新聞社の科学部記者・論説委員で、東京理科大学知財専門職大学院教授。刊行は'12年で、ノーベル賞受賞後、『大村智物語―ノーベル賞への歩み』('15年/中央公論社)として普及版が刊行されています(ノーベル賞受賞に関することが加わった他は内容的にはほぼ同じだが、児童・生徒でも読み易いような文章表現に全面的に書き改められている)。

山中伸弥 氏.jpg日本の科学者最前線.jpg ノーベル生理学・医学賞の受賞は、日本人では、利根川進氏('87年)、山中伸弥氏('12年)に次いで3人目ですが、山中伸弥氏は、自分がノーベル賞を受賞した後、ある人から「こんなスゴイ人もいます」と本書を薦められ、読んで驚嘆したという話がどこかに書いてありました。但し、'00年1月から3月まで読売新聞の夕刊に連載された、54人の科学者へのインタビュー「証言でつづる知の軌跡」を書籍化した読売新聞科学部・編『日本の科学者最前線―発見と創造の証言』('01年/中公新書ラクレ)をみると、約15年前当時、既にノーベル賞有力候補者にその名を連ねていました。

大村智G.jpg 評伝としてはオーソドックスで、生い立ち、人となり、業績をバランスよく丁寧に伝えていますが、研究者としては異例の経歴の持ち主で、やはりスゴイ人だったのだなあと。山梨県の韮崎高でサッカーや卓球、スキーに没頭して、特にスキーは山梨大学の学生の時に国体出場しており、大学卒業後、東京都立墨田工業高校夜間部教師に着任、理科と体育を教えると共に、卓球部の顧問として都立高校大会で準優勝に導いています。生徒たちが昼間工場で働いた後に登校し、熱心に勉強しているのを見て、「自分も頑張東京理科大学出身大村智2.jpgらなければ」と一念発起、夜は教師を続けながら昼は東京理科大学の大学院に通い、分析化学を学んだとのことです。氏は1963年に同大学理学研究科修士課程を修了しており、小柴昌俊氏が明治大学(私立)の前身の工業専門学校に一時期在籍していていたことを除けば、東京理科大学は初めてノーベル賞受賞者を輩出した「私学」ということになるようです。

 その後、山梨大学に研究員として戻り、東京理科大学に教員のポストが空いたので山梨大学を辞したところ、そのポストが急遽空かなくなって困っていたところへ、北里研究所で研究員の募集があり、大学新卒と同じ条件で採用試験を受けて(科目は英文和訳と化学で、化学は全く分からなかったが採用された)そちらに転身したとのこと。後のことを考えると、北里研究所は、自らの存立の危機を救うことになる人材を採用したことになります。

中村修二 氏.jpg 日本人ノーベル賞受賞者には青色発光ダイオードで物理学賞の中村修二氏のように、特許を巡って会社と争った人もいれば、クロスカップリングの開発で化学賞の根岸英一・鈴木章両氏のように「特許を取得しなければ、我々の成果を誰でも気軽に使えるからと考え」(根岸氏)、特許を取得していない人もいます。特許取得自体は、無名のサラリーマン会社員の身でノーベル化学賞を受賞し話題になった田中耕一氏のように、特許登録が受賞の決め手の1つになったケースもあり、将来において高く評価される可能性があるならば取得しておくのが一般的でしょう(実際には何が評価されるか分からないため何でも登録されてしまっているのではないか)。

 大村智氏の場合は、静岡県のゴルフ場の土壌で見つけた細菌の作り出す物質が寄生虫に効果があることを発見し、メルク社との共同研究の末、その物質から薬剤イベルメクチンを開発、それが重症の場合に失明することもある熱帯病のオンコセルカ症(河川盲目症)やリンパ系フィラリア症(象皮症)の特効薬となり、年間3億人が使用するに至ったわけですが、メルク社との契約の際に特許ロイヤリティを受け取る契約を交わしています。この件については、メルク社からの特許買取り要請に対し、北里研究所の再建の際に経営学を学んでいた大村氏がロイヤリティ契約を主張して譲らなかったとのことです(「下町ロケット」みたいな話だなあ)。

大村智Y.jpg 但し、発明通信社によれば「大村博士らが治療薬の商用利用で得られる特許ロイヤリティの取得を放棄し、無償配布に賛同したために(WHOによる10億人への無償供与が)実現した」とのことで、これはつまり、彼は10億人の人々を救うために「特許権の一部」を放棄したのだと思われます(特許権を完全所有していれば数千億円が転がり込んできてもおかしくない状況か)。それ以外については特許ロイヤリティが北里研究所に支払われる契約のため、「150億円のキャッシュが北里研究所にもたらされ」(『大村智物語』)、研究所経営も立ち直ったということであり、更に、美術愛好家としても知られる大村氏は、2007年には故郷である山梨県韮崎市に私費で韮崎大村美術館を建設、自身が所有していた1500点以上の美術品を寄贈しています。

益川敏英00.jpg 2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏が近著『科学者は戦争で何をしたか』('15年/集英社新書)の中で、毒ガスや原爆を開発した科学者にノーベル化学賞や物理学賞が与えられてきた実態を書いていますが、そうしたものの対極にあるのがこの大村氏の受賞でしょう(80歳での受賞。存命中に貰えて良かった)。昨年['14年]11月に、中村修二氏の特許訴訟を担当した升永(ますなが)英俊弁護士が、《人類絶滅のリスクを防ぐ貢献度を尺度とすると、青色LEDの貢献度は、過去の全ノーベル賞受賞者(487人)の発明・発見の総合計の貢献度と比べて、天文学的に大である。》との主張を、特許法改正を巡る新聞の意見広告で展開したことがありましたが、大村智氏は少なく見積もっても2億人以上の患者を救っているわけで、中村氏陣営はもう少し謙虚であった方がよかったのではないでしょうか。

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淡々と書かれているだけに却って感動的であり、また、面白かった『クラゲに学ぶ』。

下村脩 クラゲに学ぶ.jpg 光る生物の話.jpg 下村脩 2.jpg 下村 脩 氏   科学者は戦争で何をしたか.jpg
クラゲに学ぶ―ノーベル賞への道』『光る生物の話 (朝日選書)』『科学者は戦争で何をしたか (集英社新書)

「一度も借りられたことがない本」特集 朝日新聞デジタル.jpg 今年['15年]はどうしたわけか色々な図書館で貸出回数ゼロの本の展示企画が流行り、藤枝市立駅南図書館(2月)、裾野市立鈴木図書館(2月)などで実施され、更にはICU大学図書館の「誰も借りてくれない本フェア」(6月)といったものもありましたが、つい最近では、江戸川区立松江図書館が1度も貸し出されたことがない本を集めた特設コーナーを設けたことが新聞等で報じられていました(12月)。その中に、2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩氏による本書『クラゲに学ぶ』('10年/長崎文献社)があり、やや意外な印象も受けました(ローカルの版元であまり宣伝を見かけなかったせいか?)。

借りられたことのない本を集めた江戸川区立松江図書館の企画展(朝日新聞デジタル 2015年12月21日)

下村脩 3.jpg 本人が自らの人生の歩みと、緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見によりノーベル賞を受賞するまでの研究の歩みを振り返っている本ですが(タイトルは2008年ノーベル化学賞のポスター"Lessons from the jellyfish's green light"に由来)、淡々と書かれているだけに却って感動的であり、また、面白かったです。特に、学問や人との出会いが、実は偶然に大きく左右されていたというのが興味深かったです。

 終戦直後、受験した高校に全て落ちた下村氏は、原爆で被災した長崎医科大学附属薬学専門部が諫早の家から見える場所に移転してきたこともあって、薬剤師になる気は無かったけれども、ほかの選択肢がなくて長崎薬専へ内申書入学、それが化学実験に興味を持ち始める契機になったとのことです。

 薬専から大学となった長崎大学を卒業後、武田薬品の面接で「あなたは会社にはむきませんよ」と言われ、安永峻五教授の授業の学生実験の助手として大学に残り、山口出身の安永教授と同郷の名古屋大学の有名な分子生物学の先生を紹介してもらえることになり、一緒に名古屋に行くと偶々その先生は出張中で、山口出身の別の先生の研究室に挨拶に行ったら「私のところへいらっしゃい」と言われ、その先生が当時新進の天然物有機化学者の平田義正教授で、当時、分子生物学も有機化学も全くと言っていいほど知らなかった著者が平田研究室の研究生となり、ウミホタルを発光させる有機物を結晶化するというテーマに取り組むことになったとのことです。下村氏は巻末で、尊敬する3人の師の下村 脩   .jpg1人として、プリンストンで共にオワンクラゲの研究に勤しんだ(共に休日に家族ぐるみでオワンクラゲの採下村脩 35.jpg集もした)ジョンソン博士の名を挙げていますが、その前に、安永峻五教授と平田義正教授の名を挙げています。やがてずっと米国で研究を続けることになる著者ですが、日本国籍を保持し続けていたことについて、何ら不便を感じたことがないと言っているのも興味深いです。

 著者の研究分野やその内容については、著者が一般向けに書き下ろした『光る生物の話』('14年/朝日新書)により詳しく書かれていますが、こちらの方にも、近年の発光植物の研究まで含めた著者の研究の歩みや、『クラゲに学ぶ』にもある著者自身の自伝的要素も織り込まれています。元々、自分たちの子どものために自伝を書き始め、ノーベル賞受賞後、それを本にする話が朝日新聞の人から出て朝日新聞出版社で刊行する予定だったのが、故郷長崎県人の強い要望から地元の出版社で刊行することになったのが『クラゲに学ぶ』であるとのことで、既に朝日新聞出版社からも『クラゲの光に魅せられて-ノーベル化学賞の原点』('09年/朝日選書)を出していたものの、下村氏が書いたのは3分の1足らずで、あとは講演会の内容がほとんどそのまま収録されているような内容であったため(おそらく出来るだけ早く刊行したいという版元の意向だったのだろう)、改めて自伝的要素を織り込んだ『光る生物の話』を朝日選書で出すことで、朝日新聞出版社にも義理を果たしているところが著者らしいです。

 『光る生物の話』によれば、生物発光の化学的研究は1970年代がピークで、現在は衰退期にあるとのこと、研究者の数も多くなく、過去100年間の研究成果のうち、著者が共同研究者として関わっているものがかなりあることからもそれが窺えます。オワンクラゲからの緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見は偶然も大きく作用していますが、こうした医学界に実際に役立つ成果でもない限り、本当にマイナーな世界だなあと。

下村脩 ノーベル賞8.jpg 『クラゲに学ぶ』の特徴としては、他の学者等の"ノーベル賞受賞記念本"と比べて受賞時及びそれ以降の過密スケジュールのことが相当詳しく書かれている点で(おそらく下村氏は記録魔?)、断れるものは断ろうとしたようですが、なかなかそうもいかないものあって(これも淡々と書いてはいるが)実にしんどそう。それでも、ノーベル賞を貰って"良かった"と思っているものと思いきや、人生で大きな嬉しさを感じたのは貴重な発見をした時で、ノーベル賞は栄誉をもたらしたが、喜びや幸福はもたらさなかったとしています。本書は受賞の1年版後に書かれたものですが、「今の状態では私はもはや現役の科学者ではない」と嘆いていて、米国の研究所を退任する際に実験器具一式を研究所の許可を得て自宅へ移したという、あくまでも研究一筋の著者らしい本音かもしれません。

asahi.com

益川敏英 氏
益川敏英00.jpg 同じ2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏の近著『科学者は戦争で何をしたか』('15年/集英社新書)は、ノーベル賞受賞者が過去の戦争で果たした負の役割を分析したものですが、益川氏は、ノーベル財団から受賞連絡を受けた際に、「発表は10分後です」「受けていただけますか」と言われ、その上から目線の物言いにややカチンときたそうです。下村氏の場合、自分は受けるとすれば既に発表が終わっていた生理学・医学賞で、今年は自身の受賞は無いと思っていたそうで、その下村氏の元へノーベル財団から化学賞受賞の連絡があった際も「20分後に発表する」と言われたとのこと、財団の立場に立てば、本人の受賞の受諾が必要であり、但し、事前にマスコミに流れてはマズイという意味では、このドタバタ劇は仕方がないのかもしれません。

 益川氏の『科学者は戦争で何をしたか』の中にある話ですが、益川氏はノーベル賞受賞の記念講演で戦争について語ったのですが、事前にその原稿にケチがついたことを人伝に聞いたとのこと、益川氏は自分の信念から筋を曲げなかったのですが、そうしたら、下村氏も同じ講演で戦争の話をしたとのことです。長崎に原爆が落ちた際に当時16歳の下村氏は諫早市(爆心から20km)にいて、将来の妻となる明美氏は長崎市近郊(爆心から2.3km)にいたとのことです。益川氏は原爆は戦争を終わらせるためではなく実験目的だったとし、下村氏も戦争を終わらせるためだけならば長崎投下は説明がつかないとしています。

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「インカの世界」入門だがやや専門的? 人類学者と写真家のざっくりしたコラボ。

インカの世界を知る.jpgインカの世界を知る (岩波ジュニア新書)kimura木村秀雄.jpg 木村 秀雄 氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)

 南米アンデス地方を中心に栄えたインカとはどのような文明を持ち、どのような人々が暮らしていたのか。神秘と謎に包まれたインカの魅力を多数の写真とともに紹介した、いわば「インカの世界」入門といった感じの本で、人類学者でラテンアメリカ研究を専門とする木村秀雄氏による第1部「インカを知る」(約50ページ)と、写真家・高野潤氏による第2部「インカを知るための10の視点」(約140ページ)から成ります。

 これまで高野潤氏のインカに関する著書を何冊か読んできて、写真家でありながら、インカについて殆ど学究者クラスの造詣の深さを感じていましたが、著者が出るごとに、どんどんインカ道の奥深くに分け入っていき、それはそれでいいのですが、読んでいて、今どの辺りにいるのか分からなくなってしまったりして(笑)。また、それらの本は、ある程度インカの歴史などを理解している読者を想定しているフシもあり、今一度、インカのことを"おさらい"しておきたく思っていた時に出た本で、ちょうどいいタイミングと思い、本書を手にした次第です。

 と言っても、高野潤氏の担当パートである第2部の「10の視点」は、やはりややマニアックというか、(内容的には面白いのだが)ジュニア新書にしてはやや専門的な内容にも思え、一応その前に、木村秀雄氏による第1部「インカを知る」で、インカとは何か、インカ国家はどのように拡大し変質したのかといったインカの歴史から、アンデス山脈の地勢・気候・自然、アンデスの文明・農牧畜、アンデスやクスコ地方の牧畜儀礼などが網羅的・概観的に書かれているので、この第1部と第2部の組み合わせで、入門書としての体裁になっているのだろうとは思いますが、「入門」的内容もあれば専門的内容もあり、「入門書」かと言われるとどうか―ややざっくりしたコラボになっているように思います。

 例えば、もう少し歴史にも重点をおいて"おさらい"して欲しかった気もします。木村秀雄氏は人類学者であり、高野潤氏もフィールド・リサーチャーっぽいところがあるので、流れとしては第1部と第2部が繋がっているのですが、インカの歴史に関する記述が第1部・第2部ともあまりに簡潔すぎて、物足りなかったでしょうか。

 とは言え、全体としては楽しく読めました。高野潤氏は、本書においても引き続き、インカ道を奥深く分け入って行っているという印象でしょうか。写真も(モノクロではあるが)豊富で、神殿や聖所、儀礼・神託所、マチュピチュやビルカバンバ山中の都市、数々の奇岩や水路跡、階段畑、カパック・ニャン(インカ道)、墳墓などの多くが写真付きで紹介されています。ジュニア新書だからといって手抜きしないというか、それが、裏を返せば、あまり、ジュニア新書という感じがしないということにもなっているのかもしれません。

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宇宙論の歴史と今現在をわかり易く説く。宇宙の未来予測が興味深かった。

ざっくりわかる宇宙論.jpg
竹内 薫.jpg 竹内 薫 氏 竹内薫 サイエンスZERO.jpg Eテレ「サイエンスZERO」
ざっくりわかる宇宙論 (ちくま新書)

 宇宙はどう始まったのか? 宇宙は将来どうなるのか? 宇宙に果てはあるのか? といった宇宙の謎を巡って、過去、現在、未来と宇宙論の変遷、並びに、今日明らかになっている宇宙論の全容を分かり易く説いています。

 パート①「クラシックな宇宙論」では、コペルニクス、ケプラー、ニュートンから始まって、アインシュタインと20世紀の宇宙論の集大成であるビッグバンまで宇宙論の歴史を概観し、パート②「モダンな宇宙論」では、20世紀末の科学革命と加速膨張する宇宙について、更に、宇宙の過去と未来へ思いを馳せ、パート③「SFのような宇宙論」では、ブラックホールやブレーンといった、物理学的に予想される「物体(モノ)」について述べています。

 宇宙論は20世紀末から現在にかけてかなり進化しており、それが今どうなっているのかを知るのに手頃な本です。基本的には数式等を使わず、一般人、文系人間でも分かるように書かれている一方、部分的には(著者が重要と考える点は)かなり突っ込んだ説明もなされており、個人的にも、必ずしも初めから終わりまですらすら読めたわけではありませんでした。

 でも、説明が上手いなあと思いました。まえがきで自身のことを、科学書の書き手の多くがそうである「プロ科学者〈兼〉アマチュア作家」とは違って、「アマチュア科学者〈兼〉プロ作家」であると言っており、科学好きの一般読者のために、宇宙論の現状をサイエンス作家の視点からざっくりまとめたとしています。

 東京大学理学部物理学科卒業し、米名門のマギル大学大学院博士課程(高エネルギー物理学理論専攻)を修了していることから、「プロ科学者〈兼〉アマチュア作家」ではないかという気もしていたのですが、最近の共著も含めた著作ラッシュやテレビ出演の多さなどをみると、やはり作家の方が"本業"だったのでしょうか? 確か推理小説も書いているしなあ。但し、小説やエッセイ的な著者よりも、こうした解説書・入門書的な著書の方が力を発揮するような印象があり、本書はその好例のようにも思います(Eテレの「サイエンスZERO」のナビゲーターはハマっているが(2011年に放映された"爆発迫るぺテルギウス"の話題を本書コラムで扱っている)、ワイドショーとかのコメンテーターとかはイマイチという印象とパラレル?)。
サイエンスZERO「爆発が迫る!?赤色超巨星・ベテルギウス」(2011年11月26日 放送)

 「作家」としての自由さからというわけはないでしょうが、仮説段階の理論や考え方も一部取り上げ(著者に言わせれば、「科学は全部『仮説にすぎない』」(『99・9%は仮説』('06年/光文社新書))ということになるのだろうが)、結果的に、宇宙論の"全容"により迫るものとなっているように思いました。

 印象に残ったのは、パート②の後半にある宇宙の終焉と未来予測で、太陽の寿命はあと50億年くらい続くとされ、太陽がエネルギーを使い果たして赤色巨星になると地球は呑みこまれるというのが一般論ですが、その前に太陽は軽くなって、その分地球を引っ張る力が弱まり、地球の軌道が大きくなって実際には呑みこまれないかもしれないとのこと。

 それで安心した―というのは、逆に50億年という時間の長さを認識できていないからかもしれず、6500万年前にユカタン半島に落下し恐竜を絶滅させたと言われるのと同規模の隕石が地球に落下すれば、今度は人類が滅ぶ可能性もあるとのことです。仮に地球が太陽に呑みこまれる頃にまで人類が生き延びていたとして、火星に移住するのはやがて火星も呑みこまれるからあまり意味が無いとし(これ、個人的には一番現実的だと思ったのだが)、と言って、他の星へ移住するとなると、最も近いケンタウルス座アルファ星域に行くにしても光速で4年、マッハ30の宇宙船で光速の3万倍、12万年もかかるため、ワームホールでも見つけない限り難しいのではないかとしており、確かにそうかもしれないなあと思いました(冥王星に移住っていうのはどう?―と考えても、その前に人類は滅んでいる可能性が高いだろうけれど、つい、こういう提案をしたくなる)。

 著者は更に宇宙の未来に思いを馳せ、このまま宇宙の加速膨張が進めば、空間の広がりが光速を超え、1000億年後には真っ暗な宇宙になるだろうと(その宇宙を観る地球ももう無いのだが)。更に、宇宙の年齢137億年を約100億年とし、ゼロが10個つくのでこれを「10宇宙年」とすると、12宇宙年から、宇宙の加速膨張のために、遠くの銀河は超光速で遠ざかるようになって、まばらに近くの銀河や星だけが見えるようになり、14宇宙年から40宇宙年の間に宇宙が「縮退の時代」を迎え、40宇宙年になると陽子が全て崩壊して原子核も無くなり、光子や電子のような素粒子に生まれ変わり、要するにモノと呼べるものは宇宙から全て消えると。そして、40宇宙年から100宇宙年の間、宇宙は「ブラックホールの時代」となり、100宇宙年になるとブラックホールも消えて「暗黒の時代」を迎えるそうです。イメージしにくいけれど、理論上はそうなる公算が高いのだろうか。

 「未来永劫」などとよく言いますが、宇宙論における「未来」というのは、我々が通常イメージする「未来」と100桁ぐらい差があるということなのでしょう。

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昆虫たちの驚くべき「戦略」。読み易さの『昆虫はすごい』、写真の『4億年を生き抜いた昆虫』。

昆虫はすごい1.jpg昆虫はすごい2.jpg  4億年を生き抜いた昆虫.jpg 4億年を生き抜いた昆虫_pop01(縮)-300x212.jpg
昆虫はすごい (光文社新書)』『4億年を生き抜いた昆虫 (ベスト新書)

 『昆虫はすごい』('14年/光文社新書)は、人間がやっている行動や、築いてきた社会・文明によって生じた物事 は、狩猟採集、農業、牧畜、建築、そして戦争から奴隷制、共生まで殆ど昆虫が先にやっていることを、不思議な昆虫の生態を紹介することで如実に示したものです。昆虫たちの、その「戦略」と言ってもいいようなやり方の精緻さ、巧みさにはただただ驚かされるばかりです。

 ゴキブリに毒を注入して半死半生のまま巣穴まで誘導し、そのゴキブリに産卵するエメラルドセナガアナバチの"ゾンビ"化戦略とか(p46)、同性に精子を注入して、その雄が雌と交尾を行う際に自らの精子をも託すというハナカメムシ科の一種の"同性愛"戦略とか(p84)、アブラムシに卵を産みつけ、そのアブラムシを狩りしたアリマキバチの巣の中で孵化してアブラムシを横取りして成長するエメラルドセナガアナバチ7.jpgハチの仲間ツヤセイボウの"トロイの木馬"戦略とか(p93)、その戦略はバラエティに富んでいます。カギバラバチに至っては、植物の葉に大量の卵を産み、その葉をイモムシが食べ、そのイモムシをスズメバチが幼虫に与え、そのスズメバチの幼虫に寄生するというから(p94)、あまりに遠回り過ぎる戦略で、人間界の事象に擬えた名付けのしようがない戦略といったところでしょうか。

ゴキブリ(左)にエメラルドセナガアナバチ(右)が針を刺し麻痺させ、半死半生のゾンビ化させ、巣に連れて行き、ゴキブリの体内に産卵する。子が産まれたららそのゴキブリを食べる。

 こうしてみると、ハチの仲間には奇主を媒介として育つものが結構いるのだなあと。それに対し、アリの仲間には、キノコシロアリやハキリアリのようにキノコを"栽培"をするアリや(p144)、アブラムシを"牧畜"するアリなどもいる一方で(p154)、サムライアリを筆頭に、別種のアリを"奴隷"化してしまうものあり(p173)、メストゲアリ7.jpgいわば、平和を好む"農牧派"と戦闘及び侵略を指向する"野戦派"といったところでしょうか。トビイロケアリのように、別種の働きアリを襲ってその匂いを獲得して女王アリに近づき、今度は女王アリを襲ってその匂いを獲得して女王に成り代わってしまう(p178)(トゲアリもクロオオアリに対して同じ習性を持つ)という、社会的寄生を成す種もあり(但し、いつも成功するとは限らない)、アリはハチから進化したと言われていますが、その分、アリの方が複雑なのか?(因みにシロアリは、ゴキブリに近い生き物)。
クロオオアリの女王アリ(左)に挑みかかるトゲアリの雌(右)。クロオオアリの働きアリに噛み付き、匂いを付けて巣に潜入。女王アリを殺し、自分が女王アリに成り代わる。

 著者の専門はアリやシロアリと共生する昆虫の多様性解明で、本書は専門外の分野であるとのことですが、ただ珍しい昆虫の生態を紹介するだけでなく、それらの特徴が体系化されていて、それぞれの生態系におけるその意味合いにまで考察が及んでいるのがいいです。そのことによって、知識がぶつ切りにならずに済んでおり、誰もがセンス・オブ・ワンダーを感じながら楽しく読み進むことができるようになっているように思います。

4億年を生き抜いた昆虫_pop0.jpg 『4億年を生き抜いた昆虫』('15年/ベスト新書)は、カラー写真が豊富なのが魅力。本文見開き2ページとカラー写真見開き2ページが交互にきて、やはり写真の力は大きいと思いました。

 『昆虫はすごい』と同じく、昆虫とは何か(第1章)ということから説き起こし、第2章で昆虫の驚くべき特殊能力を、第3章で昆虫の生態を種類別に解説していますが、第3章が網羅的であるのに対し、第2章が、奇妙な造形の昆虫や、人間顔負けの社会性を持つ昆虫、"一芸に秀でた"昆虫にフォーカスしており、この第2章が『昆虫はすごい』とほぼ同じ趣旨のアプローチであるとも言えます。その中には、「クロヤマアリを奴隷化するサムライアリ」(p69)とか「ゴキブリをゾンビ化するエメラルドセナガアナバチ」(p92)など、『昆虫はすごい』でもフューチャーされていたものもありますが、意外と重複は少なく、この世界の奥の深さを感じさせます。

 著者は昆虫学、生物多様性・分類、形態・構造が専門ということで、『昆虫はすごい』の著者に近い感じでしょうか。『昆虫はすごい』の著者によれば、昆虫に関する研究も最近は細分化していて、「昆虫を研究している」という人でも、現在では昆虫全般に興味の幅を広げている人は少ないとのこと。いても、自分の専門分野に関係するものに対象を絞っている場合が殆どで、中には「事象に興味があっても虫には興味が無い」と浅学を開き直る学者もいるそうな。そうした中、"虫好き"の精神とでも言うか心意気とでも言うか、センス・オブ・ワンダーをたっぷり味あわせてくれる本が世に出るのは喜ばしいことだと思います。

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原節子"通"を任ずるならば押さえておきたい1冊。本人発言等、事実からその実像に迫る。

原節子 伝説の女優 千葉.jpg原節子―映画女優の昭和.jpg原節子さん死去 - 号外:朝日新聞.jpg
原節子―伝説の女優 (平凡社ライブラリー)』『原節子―映画女優の昭和』   朝日新聞「号外」2015年11月25日

原節子、号泣す.jpg 末延芳晴 著『原節子、号泣す』('14年/集英社新書)をちょうど再読し終えた頃に原節子の訃報に接しましたが、既に95歳だっため何となく予感はありました。本人の遺志により発表を遅らせたとのことで、読んでいた頃にはもう亡くなっていたのかあ。文春文庫ビジュアル版の『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年)に監督・男優・女優の各ベスト10のコーナーがあり、女優は、1位・原節子、2位・吉永小百合、3位・高峰秀子、4位・田中絹代、5位・岩下志麻、6位・京マチ子、7位・山田五十鈴、8位・若尾文子、9位・岸恵子、10位・藤純子となっており、やはりスゴイ女優だったのだなあと。

 本書(同著者の『原節子―映画女優の昭和』('87年/大和書房)に加筆修正してライブラリー化したもの)は、その原節子の女優としてのキャリアを丹念に追ったものであり、原節子"通"を任じるならば是非とも押さえておきたい1冊です。著者があとがきで述べていますが、従来の女優の自伝・評伝の、身近な人間関係に密着して展開する書き方とはやや距離を置き、原節子のその時点時点での発言を重視し、その意味を、役や作品や周囲の証言や、その時代の映画・歴史状況と対応させてみるという手法を取っています。こう書くと難しく感じるかもしれませんが、実際はその逆で、事実を出来るだけ詳しく記し、解釈は読者に預ける、或いは事実から汲み取ってもらうという手法にも思え、著者による作品解釈等引っ掛かったりすることが殆ど無いため、正味400ページありますが、すらすら読めました。

 興味深かったのは、デビュー以来その素材を買われながらも今一つ力が出し切れず、一部からは「大根」と呼ばれていた時期が結構長くあったのだなあということで、時折、その年代ごとの女優のブロマイドの売れ行きベストテンやギャランティによる番付、映画雑誌による人気ランキングが出てきますが、ベストテンには早くから名を連ねるものの、ずっとその中では6位以下の下位グループに位置し、結局、戦前10年ベストテンの下位に低迷し続け、彼女が初めてベスト5に入ったのが、雑誌「近代映画」の1949年正月号で、この時点でも、1位に高峰三枝子(当時30歳)、2位に高峰秀子(同24歳)がいて、原節子(同28歳)は第3位でした。4位が田中絹代(同31歳)で5位が山田五十鈴(同31歳)だから、確かに演技面力の面でも"強者"揃いであるわけですが。

麦秋 原節子.jpg 本書によれば、彼女が人気の頂点に達したのは1951年で、ハリウッドの外国人記者協会が企画し毎日新聞が代行した日本における一般投票で、前年の4位からこの年のトップになっています。但し、1952年の「映画ファン」5月号の人気投票では、作品投票で主演作の「麦秋」('51年)、「めし」('51年)が1位と2位に選ばれたにも関わらず、原節子(当時32歳)は津島恵子(同26歳)に次いで2位に後退しており、今でこそ「伝説の女優」と言われていますが、当時は彼女も、移ろいがちな女優人気のうねりの中にいたのだなあと思いました。

麦秋」(1951年)

 そうした原節子の魅力を十分に引き出したの小津安二郎監督であると言われていますが、本書の中にあるエピソードでは、「麦秋」のクランクインが迫った際に、原節子はギャラが高いから別の女優にしてくれと松竹から言われた小津安二郎監督が、原節子が出なければ作品は中止すると珍しく興奮した声で言ったといい、それを聞いた原節子が、自分のギャラは半分でもいいから小津の作品に出演したいと言ったという話に、二人の結びつきの強さを感じました。

 また、原節子はこの頃には女優としての意識にも高いものがあり、「日本映画そのものに、ハッキリとした貫くような個性がないんですもの。リアリズムも底が衝けないか、或いは詩がないのよ」(「近代映画」'51年7月号)とも言っており、「麦秋」の完成間近には、「日本映画の欠点?そうね、それはシナリオだと思うわ。小説の映画化ばかり追っかけている現状は悲しいと思うの。演技者にあった強力なオリジナルを書いて、あッと言わしてくれるシナリオ・ライターがあってもいいと思うわね。」(「時事新報」'51年9月14日)とまで言っていますが、確かに「麦秋」はオリジナル脚本でした(その前の「晩春」('49年)は広津和郎「父と娘」が原作)。

 その少し後には「私は演技がナチュラルに没してしまうのが恐いんです。(中略)映画のリアリズっていうものが、私たちが演技するナチュラルな写実ではなくって、出演者の(中略)厳密なね、リアリズムが一分の隙もなくナチュラルに見える結果の演技でなくっちゃ...。」(「丸」'54年1月号)などといった発言もあり、これ、スゴくない?

 興味深かったのは、「日刊スポーツ」や「スポーツニッポン」「報知新聞」といったスポーツ紙のインタビューが本書には多く載っていますが、その中で、結構ざっくばらんに自分のことを語っている点で、自らを「大根」だとか「おばちゃん」だとか言ったり、自分が演じた役柄が自分には今一つしっくりこなかったとあっさり言ってしまうなど相当サバけた印象があり、結婚に関する記者の質問にも自分なりの考えを述べるなど(時に記者を軽くあしらい)、非常に現代的・現実的な思考や感覚の持ち主であったことが窺える点でした。

 小津安二郎が彼女の魅力を引き出したのは確かですが、小津の描いたやや古風な女性像に続いて、そうした彼女の実像に近いモダンな部分を作品にうまく反映させる監督が現れなかったというのも、彼女が引退を決意した理由として考えられるのではないでしょうか。映画評論家の白井佳夫氏が、「原節子を、完全に使いこなし、その比類なき魅力をスクリーンに開花させてくれるような、一群の映画作家たちの魔術が、だんだん消え失せてしまうような新時代の到来が、彼女に引退を決意させたのだ...」と言っていますが、原節子自身は、そうした新時代の女性を演じるに適した素養も持っていたような気もします。

原節子 インタビュー.jpg 勿論、インタビューでの発言や態度がそのまま映画作品の人物造型に反映されるとも限らないし、本書からは、原節子自身が早くから年齢を意識し、引退を考えていたことも窺えるので何とも言えませんが...。本書を読むと、人気がピークになればなるほど、引退を強く意識していたような感じも。そして、'63年の小津監督の死で「引退」は決定的になったように思います。本書によれば、小津の通夜に姿を現した原節子は小津の遺体に号泣し、この時、本名の会田昌江で弔意を表したそうです。'64年には狛江の自宅を引き払い、鎌倉に住む義兄の熊谷久虎監督の夫婦のもとに引っ越しています(この地が彼女の終の住処となる)。

1960年11月、東京都内の自宅で取材に応じる原節子[朝日新聞デジタル 2015年12月8日]

 出来るだけ客観的事実で本書を構成し、あまり自身の見解を織り込み過ぎないように注意を払ってきたかに見える著者ですが、本書末尾で、「映画女優としての原節子は希有な美しさのため、"花"としての存在価値が大きく、そのなかにあって、原の自己主張は覆い隠されてしまった傾向がある」としており、この見方には大いに頷かされました。

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世界のANDOの"中期"作品群。見て楽しめるだけでなく、資料としても貴重か。

GA ARCHITECT TADAO ANDO 12.png GA ARCHITECT TADAO ANDO 16.png  GA ARCHITECT TADAO ANDO 8.png GA ARCHITECT TADAO ANDO.jpg
GAアーキテクト (12) 安藤忠雄 1988-1993―世界の建築家 (GA ARCHITECT Tadao Ando Vol.2)』['93年]『GAアーキテクト (16) 安藤忠雄 1994-2000―世界の建築家 (GA ARCHITECT Tadao Ando Vol.3)』['00年]  『GAアーキテクト (08) 安藤忠雄 1972-1987―世界の建築家 (GA ARCHITECT Tadao Ando Vol.1)』['87年]『GA ARCHITECT 安藤忠雄 2001-2007』['07年]

tadao ando12.JPG安藤忠雄五輪.jpg 2020年五輪の新国立競技場問題で一部世間からバッシングを浴びた安藤忠雄氏ですが、最大のネックは文科省と日本スポーツ振興センター(JSC)にあっ安藤忠雄 五輪.jpgたと思われ(特にJSC)、安藤氏に非難される余地が全く無かったのかと言えば必ずしもそうと言い切れないとは思いますが、彼はデザイン選定の責任者(審査委員長)であって、予算管理の責任者ではないでしょう。文科省、JSCの"罪"の大きさを思うに、相対的にみて、安藤氏に対しては個人的には同情的な考えでいます(顔が見えにくいところが非難を逃れ、顔が見えやすい人がバッシングを受けるのは世の常か)。

tadao ando127.JPG 今回の騒動はともかく、安藤氏が世界的な建tadao ando128.JPG築家であることは論を待たないと思いますが、この人の、プロボクサーから建築家に転じ(しかも殆ど独学で建築学を学んで)、工業高校卒の最終学歴で東大の教授にまでなったというその経歴がこれまたスゴ過ぎます(現在は東大名誉教授)。

tadao ando129.JPG
[上]兵庫県立こどもの館(1987-89年)
[上右]国際花と緑の博覧会「名画の庭」(1990年)
[右]セビリア万博日本館(1992年)

黒川 紀章 - コピー.jpg そうした異色ぶりもあって安藤氏のファンも結構多いと思いますが、その安藤氏も現在['15年12月]74歳、願わくば、晩年ちょっと箍(たが)が外れてしまった黒川紀章(1934-2007/享年73)の二の舞にはならないで欲しいと思います(まあ大丈夫だとは思うが)。

tadao ando16.JPG 本書は80年代から刊行が続いている建築家シリーズ「GAアーキテクト」の一環を成すものですが、このうち、安藤忠雄の作品集は1972年から1987年の作品を収めた第8巻('87年刊行)、1988年から1993年の作品を収めた第12巻('93年刊行)、1994年から2000年の作品を収めた第16巻、('00年刊行)の3巻がありましたが、'07年に2001年から2007年までの42作品を収録ものが刊行されています。
tadao ando162.JPG
 このシリーズで4巻も占めているのは安藤忠雄のみで、この外にも「安藤忠雄ディテール集」が'96年から'07年にかけて4巻刊行されていたりもしますが(とにかく群を抜く頻度の取り上げられ方)、取り敢えず上記4巻で、現時点での安藤忠雄作品集といった感じでしょうか。勿論、安藤氏は現在も活動中ですが、この第12巻と第16巻で1988年から2000年の作品を網羅していることになり、"中期"作品集と言ってもいいように思います。

[右]シカゴの住宅(1992-1997年)
[下]FABRICA(伊ベネトン・アートスクール)(1992-2000年)

tadao ando163.JPG 初期作品にも「住吉の長屋」('76年)など有名なものがありますが、やはり"中期"においてスタイルが確立したように思われ、また、セビリア万国博覧会日本政府館('92年)などは偶々自分が行ったこともあって懐かしく、淡路夢舞台の百段苑('00年)なども家族と旅行に行った思い出があり、これもまた懐かしいです(百段苑はスケールの大きさに圧倒される)。大判の写真に加え、詳細な図面や安藤氏自身のコメントも含む作品解説もあって、見て楽しめるだけでなく、資料としても貴重かと思います。

[下右]淡路夢舞台(1993-2000年)
tadao ando164.JPG 個人的には、安藤氏の作品は、作品によってはそのスケールの大きさから、建築と言うより「土木」っぽいところがあるものもあるように思います。そう言えば、このシリーズ、2020年五輪の新国立競技場デザイン案のコンペで安藤氏が推して一旦はその案の採用が決まっていたイラク出身の建築家ザハ・ハディッド女史の作品集も第5巻にありますが(今回の件で復刻印刷された)、この人の作品も何となく「建築」というより「土木」という感じがするなあ(競技場をあの原案の通り造ろうとしたら、技術的には建築工学より土木工学の技術が必要になるのでは)。


 「世界の最先端デザイン建築○○選」などといったサイトがありますが、そういうの見るにつけ建築の世界ってどんどん進化しているなあと思います。何年か経てば、安藤忠雄の作品であっても「これ、安藤忠雄が設計した」と言われて初めて何となくそのユニークさを感じるくらいになっているかも(ル・コルビュジエの建築などは今日ではそういう感じではないか)。一時、世海底都市0.jpg動くビル ドバイ.jpg界中の建設重機の半分が集まったとムンバイパンドラオーム.jpgムンバイパンドラオーム2.jpg言われたドバイ(世界一高い超高層ビル「ブルジュ・ハリファ」もここにある)とかはスゴイことになっているし(リーマンショックの前ぐらいまではSFに出てくるような「海底都市」や、回転して変形し、まるで生き物みたい動く(動いて見える?)ビルを造る構想もあり、「動くビル」構想は今も生きているらしい)、インドのムンバイでは、全室プール付マンションの建設計画があるというし...(2009年には既に、マレーシアのクアラルンプールに全室プール付マンションが完成している)。

 建築家って、最先端辺りにいる人たちは、フツーの建造物では飽き足らず、いつも夢みたいにスゴイことを考えているんだろなあ。2020年における世界の建築イノベーションの進み具合ということを考えた場合、安藤氏がザハ・ハディッド氏の案を推した気持ちが理解できるような気がします(ザハ案は東京での開催誘致の際のプレゼンに織り込まれ、実際に東京への誘致と相成った訳だかザハ・ハディド.jpg北京・銀河SOHO  ザハ・ハディド_1.jpgアル・ワクラ・スタジアム.jpgら、ザハ案を選んだ安藤氏は誘致に貢献したとも言えるかと思うのだが...)。

ザハ・ハディド(1950-2016.3.31)/北京・銀河SOHO(設計:ザハ・ハディド)/アル・ワクラ・スタジアム[2022年FIFAワールドカップ(カタール大会)会場スタジアム完成予想図](設計:ザハ・ハディド)

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'読むだけでも楽しめるが、(巧みな語り口に乗せられて)まだ観ていない映画を観たくなる本。

私の映画の部屋_.jpg 私の映画の部屋.jpg  めぐり逢い dvd.jpg 魚が出てきた日 dvd.jpg
私の映画の部屋 (文春文庫)』「めぐり逢い [DVD]」「魚が出てきた日 [DVD]」 
私の映画の部屋―淀川長治Radio名画劇場 (1976年)

 この「私の映画の部屋」シリーズは、70年代にTBSラジオで月曜夜8時から1時間放送されていた「淀川長冶・私の映画の部屋」を活字化したもので、1976(昭和51年)刊行の本書はその第1弾です。著者の場合、1966(昭和41)年から始まったテレビ朝日系「日曜洋画劇場」(当初は「土曜洋画劇場」)の解説者として番組開始から死の前日までの32年間出演し続けたことでよく知られていますが、先行した当ラジオの方は、番組時間枠の内CM等を除く40分が著者の喋りであり、それを活字化した本書では、「日曜洋画劇場」でお馴染みの淀川長治調が、より長く、また、より作品中身に踏み込んだものとして楽しめます。

 本書の後、シリーズ的に、続、続々、新、新々と続きますが、この第1弾の単行本化時点で既に140回分が放送されており、その中から13回分を集めて本にしたとのことで、「チャップリンの世界」から始まって、かなりの選りすぐりという印象を受けます(但し、どの回を活字化するかは版元のTBSブリタニカが決めたとのこと)。

「めぐり逢い」1957G.jpg 個人的には、昔は淀川長冶ってそれほどスゴイとは思っていなかったのですが、今になってやはりスゴイ人だったんだなあと思ったりもします。作品解説もさることながら、作品を要約し、その見所となるポイントを抽出する技は絶妙という感じです。本書で言えば、例えば、レオ・マッケリー監督、ケーリー・グラント、デボラ・カー主演の「めぐり逢い」('57年、原題:An Affair to Remember)のラストシーンのエンパイアステートビルで出会えなかった2人が最後の最後に出会うシーンの解説などは、何だか今目の前に映画のスクリーンがあるような錯覚に陥りました。この映画、最初観た時はハーレクイン・ロマンスみたいと思ったけれど、今思えばよく出来ていたと(著者に指摘されて)思い直したりして...。これ自体が同じレオ・マッケリー監督作でシャルル・ボワイエ、アイリーン・ダン主演の「邂逅(めぐりあい)」('39年、原題:Love Affair)のリメイクで(ラストを見比べてみるとその忠実なリメイクぶりが窺える)、その後も別監督により何度かリメイクされています。トム・ハンクス、メグ・ライアン主演の「めぐり逢えたら」('98年)では、邂逅の場所をエンパイアステートビルがら貿易センタービルに変えていましたが、何とオリジナルにある行き違いはなく2人は出会えてしまいます。これでは著者の名解説ぶりが発揮しようがないのではないかと思ってしまいますが、でも、あの淀川さんならば、いざとなったらそれはそれで淀川調の解説をやるんでしょう。

幸福 [DVD]
幸福 ps.jpg幸福 DVD_.jpg 章ごとに見ていくと、「女の映画」の章のアニエス・ヴァルダ監督の「幸福(しあわせ)」('65年)、フランソワ・トリュフォー監督の「黒衣の花嫁」('68年)とトニー・リチャードソン監督「マドモアゼル」('66年)が、著者の解説によって大いに興味を惹かれました。「幸福」は、夫の幸福のために自殺する妻という究極愛を描いた作品。「黒衣の花嫁」は、結婚式の場で新郎を殺害された新婦の復讐譚。「マドモアゼル」は周囲からはいい人に見られているが、実は欲求不満の捌け口をとんでもない事に見出している女教師の話。「ルイ・マル」の章の「死刑台のエレベーター」('57年)、「黒衣の花嫁 DVD.jpgマドモアゼル DVD.jpg恋人たち」('58年)もいいけれど、「黒衣の花嫁」「マドモアゼル」共々ジャンヌ・モロー主演作で、ジャンヌ・モローっていい作品、スゴイ映画に出ている女優だと改めて思いました。
黒衣の花嫁 [DVD]」「マドモアゼル [DVD]

昨日・今日・明日.jpg昨日・今日・明日P.jpgひまわり ポスター.bmp イタリア映画では、ビットリオ・デ・シーカの「昨日・今日・明日」('63年)、「ひまわり」('70年)に出ているソフィア・ローレンがやはり華のある女優であるように思います(どちらも相方はマルチェロ・マストロヤンニだが、片や喜劇で片や悲劇)。
「昨日・今日・明日」輸入版ポスター
 
魚が出てきた日7.jpg魚が出てきた日ps2.jpg あと個人的には、「ギリシア映画」の章のマイケル・カコヤニス製作・脚本・監督の「魚が出てきた日」('68年)が懐しいでしょうか。スペイン沖で核兵器を積載した米軍機が行方不明になったという実際に起きた事件を基にした、核兵器を巡ってのギリシアの平和な島で起きた放射能汚染騒動(但し、島の地元の人たちは何が起きているのか気魚が出てきた日3.jpgづいていない)を扱ったブラックコメディで、ちょっと世に出るのが早すぎたような作品でもあります。
1968年初版映画パンフレット 魚が出てきた日 ミカエル・カコヤニス監督 キャンディス・バーゲン トム・コートネー コリン・ブレークリー
THE DAY THE FISH COME OUT 1967  c.jpg トム・コートネイ、サム・ワナメイカー、キャンディス・バーゲンが出演。キャンディス・バーゲンって映画に出たての頃からインテリっぽい役を地でやっていて、しかも同時に、健康的なセクシーさがありました。

Candice Bergen in 'The Day The Fish Came Out', 1967.

 読むだけでも楽しめますが、(巧みな語り口に乗せられて)まだ観ていない映画を拾って観たくなる、そうした本でした。
     
「めぐり逢い」1957ps.jpg「めぐり逢い」1957EO.jpg「めぐり逢い」●原題:AN AFFAIR TO REMEMBER●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督:レオ・マッケリー●製作:ジェリー・ウォルド●脚本:レオ・マッケリー/デルマー・デイヴィス/ドナルド・オグデン・ステュワート●撮影:ミルトン・クラスナー●音楽:ヒューゴ・フリードホーファー●原案:レオ・マッケリー/ミルドレッド・クラム●時間:119分●出演:ケーリー・グラント/デボラ・カー/リチャード・デニング/ネヴァ・パターソン/キャスリーン・ネスビット/ロバート・Q・ルイス/チャールズ・ワッツ/フォーチュニオ・ボナノヴァ●日本公開:1957/10●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(85-11-03)(評価:★★★☆)●併映:「ティファニーで朝食を」(ブレイク・エドワーズ)

SLEEPLESS IN SEATTLE.jpgめぐり逢えたら 映画 dvd.jpg「めぐり逢えたら」●原題:SLEEPLESS IN SEATTLE●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:ノーラ・エフロン●製作:ゲイリー・フォスター●脚本:ノーラ・エフロン/デヴィッド・S・ウォード●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:マーク・シャイマン●原案:ジェフ・アーチ●時間:105分●出演:トム・ハンクス/メグ・ライアン/ビル・プルマン/ロス・マリンジャー/ルクランシェ・デュラン/ルクランシェ・デュラン/ギャビー・ホフマン/ヴィクター・ガーバー/リタ・ウィルソン/ロブ・ライナー●日本公開:1993/12●配給:コロンビア映画(評価:★★☆)
めぐり逢えたら コレクターズ・エディション [DVD]

死刑台のエレベーター01.jpg死刑台のエレベーター.jpg「死刑台のエレベーター」●原題:ASCENSEUR POUR L'ECHAFAUD●制作年:1957年死刑台のエレベーター2.jpg●制作国:フランス●監督:ルイ・マル●製作:ジャン・スイリエール●脚本: ロジェ・ニミエ/ルイ・マル●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:マイルス・デイヴィス●原作:ノエル・カレフ●時間:95分●出演:モーリス・ロネ/ジャンヌ・モロー/ジョルジュ・プージュリー/リノ・ヴァンチュラ/ヨリ・ヴェルタン/ジャン=クロード・ブリアリ/シャルル・デネ●日本公開:1958/09●配給:ユニオン●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-02-10)●2回目:高田馬場・ACTミニシアター(82-10-03)●3回目:六本木・俳優座シネマテン(85-02-10)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「恐怖の報酬」(アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)/(2回目):「大人は判ってくれない」(フランソワ・トリュフォー) 
死刑台のエレベーター [DVD]

LES AMANTS 1958 3.jpg恋人たち モロー dvd.jpg「恋人たち」●原題:LES AMANTSD●制作年:1958年●制作国:フランス●監督:ルイ・マル●製作:イレーネ・ルリッシュ●脚本:ルイ・マル/ルイ・ド・ヴィルモラン●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:ヨハネス・ブラームス●原作:イヴァン・ドノン「明日はない」●時間:95分●出演:ジャンヌ・モロー/ジャン・マルク・ボリー/アラン・キュニー/ホセ・ルイ・ド・ビラロンガ/ジュディット・マーグル/ガストン・モド/ジュディット・マーレ●日本公開:1959/04●配給:映配●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(14-07-08)(評価:★★★★)
恋人たち【HDマスター】《IVC 25th ベストバリューコレクション》 [Blu-ray]
Himawari(1970)
Himawari(1970).jpg
「ひまわり」.jpg「ひまわり」●原題:I GIRASOLI(SUNFLOWER)●制作年:1970年●制作国:イタリア・フランス・ソ連●監督:ヴィッひまわり01.jpgトリオ・デ・シーカ●製作:カルロ・ポンティ/アーサー・コーン●脚本:チェザーレ・ザsunflower 1970.jpgバッティーニ/アントニオ・グエラ/ゲオルギス・ムディバニ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ヘンリー・マンシーニ●時間:107分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/ソフィア・ローレン/リュドミラ・サベーリエワ/アンナ・カレーナ/ジェルマーノ・ロンゴ/グラウコ・オノラート/カルロ・ポンティ・ジュニア●日本公開:1970/09●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:目黒シネマ(83-05-01)(評価:★★★★)●併映:「ワン・フロム・ザ・ハート」(フランシス・フォード・コッポラ)  

魚が出てきた日ps3.jpg魚が出てきた日4.jpg THE DAY THE FISH COME OUT 1967 .jpg魚が出て来た日lp.jpg「魚が出てきた日」●原題:THE DAY THE FISH COME OUT●制作年:1967年●制作国:アキャンディス・バーゲンM23.jpgメリカ●監督・製作・脚本:マイケル・カコヤニス●撮影:ウォルター・ラサリー●音楽:ミキス・テオドラキス●時間:110分●出演:トム・コートネイ/ディミトリス・ニコライデス/ニコラス・アレクション●日本公開:1968/06●配給:20世紀キャンディス・バーゲン/サム・ワナメーキャンディス・バーゲン ボストン・リーガル.jpgカー/コリン・ブレークリー/アイヴァン・オグルヴィ/中野武蔵野ホール.jpgフォックス●最初に観た場所:中野武蔵野館(78-02-24)(評価:★★★☆)●併映:「地球に落ちてきた男」(ニコラス・ローグ) 中野武蔵野館 (後に中野武蔵野ホール) 2004(平成16)年5月7日閉館 

キャンディス・バーゲン in 「ボストン・リーガル」 with ウィリアム・シャトナー Boston Legal (ABC 2004~2008) ○日本での放映チャネル:FOX CRIME(2007~2011)

【1985年文庫化[文春文庫(『私の映画の部屋』)]】
 

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ヒットメーカーによる自伝的歌謡曲史。楽しく、懐かしく読めた1冊。

愛すべき名歌たち.jpg 阿久悠1.jpg 
愛すべき名歌たち (岩波新書)』阿久 悠 作詞の初ヒット曲「白い蝶のサンバ」(1970、森山加代子)

 『愛すべき名歌たち』('99年/岩波新書)は、作詞家・阿久悠(あく・ゆう)(1937-2007/享年70)が、1997年4月から1999年4月にかけて「朝日新聞」夕刊芸能面に通算100回連載したコラムの新書化で、『書き下ろし歌謡曲』('97年/岩波新書)に続く著者2冊目の岩波新書です。

 サブタイトルに「私的昭和歌曲史」とあるように、高峰三枝子の「湖畔の宿」から始まって美空ひばりの「川の流れのように」まで全100曲を選び、自分史に重ねる形で、それぞれぞれの時代に流行った歌謡曲やそれに纏わる思い出が書き綴られており、半ば自伝とも言える体裁。当然のことながら、後半はヒットメーカーとして知られた著者自身が作詞家として関わった曲が多く取り上げられています(Wikipediaで取り上げている曲の一覧を見ることが出来る)。

 それらの時代区分としては、以下の通りとなっています。
  Ⅰ 〈戦後〉という時代の手ざわり(1940~1954)(幼年時代;高校まで)
  Ⅱ 都会の響きと匂い(1955~1964)(大学時代;広告の世界で)
  Ⅲ 時代の変化を感じながら(1964~1971)(放送作家時代;遅れてきた作詞家)
  Ⅳ 競いあうソングたち(1971~1975)(フリー作家の時代;新感覚をめざして)
  Ⅴ 時代に贈る歌(1976~1989)(歌の黄金時代)

 非常に読み易く、文章をよく練っている印象。個人的には第Ⅰ章の自伝色が強い部分と、やはり第Ⅱ章の最初の広告業界に入った頃の話が特に興味深く読めました。

 著者が就職活動をしたのは1958(昭和33)年で不況の折でしたが、当時はテレビ番組の「月光仮面」が驚異的な視聴率でブームを巻き起こしていて、その仕掛け人である広告会社が就職先の選択肢となり得たとのこと。但し、本書には書かれていませんが、この番組は当初スポンサーが付かず、広告会社(宣弘社)が自らプロダクションを興して制作にあたった番組でした(著者は結局、この会社=宣弘社にコピーライターとして7年間務めることになる)。

森山加代子 .jpg白い蝶のサンバ.jpg 作詞家に転じてからの著者は、最初の作品「朝まで待てない」を出して以来、3年間結果が残せていなかったとのことで、初の本格ヒットがが生まれたのは、本書の第Ⅲ章も終わり近い1970(昭和45)年の「白い蝶のサンバ」でした森山加代子はこの曲でNHK紅白歌合戦に8年ぶりの出場を果たす)。個人的にもちょうど歌番組など観るようになった頃で、懐かしい曲でありました(早口言葉みたな感じの歌として流行ったけれど、著者が言うように、今みるとそんなに早口というわけでもない)。
  
 本書は、作詞家・阿久悠の「自分史」を軸とした歌謡曲史でしたが、一方、同じく岩波新書の高譲(こう・まもる)『歌謡曲―時代を彩った歌たち』('11年/岩波新書)の方は、客観的な「ディスコグラフィ(Discography)」としての歌謡曲史でした。この中で、目次をの'節'のタイトルに「阿久悠の時代」というのがあり、目次で個人名が出てくるは著者だけでした。こうしたことからも、やはり、歌謡曲史に大きな足跡を残した人物と言えるのでしょう。楽しく、また懐かしく読めた1冊でした。

歌謡曲 岩波新書.jpg 『歌謡曲―時代を彩った歌たち』の方は、版元の紹介文によれば―、
 「ディスコグラフィ(Discography)」という言葉があります.日本では「アーティストの作品目録」として理解されることの多い言葉ですが、本来の意味からするとむしろ、その楽曲は、だれが、どのように作り出したのか、どう歌われているのかを客観的に考察する、学術的な分野を指します。著者の高護さんは、知る人ぞ知る、歌謡曲では唯一無二のディスコグラファーです。その該博な知識と確かな分析で、歌謡曲の魅力をあますところなく解説します
 ―とのことです。
歌謡曲――時代を彩った歌たち (岩波新書)

 歌謡曲とは何かということについてはいろいろ議論はあるかと思われますが、この本ではそうした"概論"乃至"総論"的な話はせず、いきなり歌謡曲史に入っており、各1章ずつ割いている60年代、70年代、80年代が本書の中核を成しています。ものすごく網羅的ですが、一方で、一世を風靡した、或いは時代を画した歌手や歌曲には複数ページを割いて解説するど、メリハリが効いています。読んでいくと、グループサウンズ、例えば「タイガース」などは、専らソロ歌手としての沢田研二に絞って取り上げていたりし、ジャニーズ系も「たのきんトリオ」以降グループとしては全然触れられておらず、後の方に出てくる「おニャン子クラブ」などもソロになった新田恵利だけが取り上げられています。この続きが書かれるとしたら、「AKB48」などは入ってこないのかなあ。ザ・ピーナッツ(伊藤エミ(1941-2012)、伊藤ユミ(1941-2016))とかは当然取り上げているわけで、和製ポップスは取り上げ、J-ポップは取り上げないというわけでもないでしょうが(J-ポップが登場したのが'88年頃なので、殆ど本書の対象期間とずれていて何とも言えない)。ニューミュージックも取り上げていますが、そもそもどこからどこまでがニューミュージックなのか分かりませんけれど(森進一が歌いレコード大賞曲となった「襟裳岬」は吉田拓郎の曲だった)。あまり考えすぎると楽しめないのかもしれず、本書が歌謡曲とは何かという議論を避けているのは、ある意味賢い選択であったかも。
ザ・ピーナッツ(活動期間:1959-1975)「恋のバカンス」(1975年 さようならピーナッツ)

 歌手に限らず、作詞家、作曲家、編曲家まで取り上げており、確かに阿久悠の存在は大きいけれど、その前にも 岩谷時子(作詞)・いずみたく(作曲)といった強力なコンビがいて「夜明けのうた」('64年/歌:岸洋子)、「太陽のあいつ」('67年/歌:ジャニーズ)、「恋の季節」('68年/歌:ピンキーとキラーズ)等々、数多くのヒットを生んでいるし(2人とも歌謡曲が"本業"でも"専業"でもなかったという点が興味深い)、五木ひろしの芸名の名付親だった「よこはま・たそがれ」('71年)の山口山口洋子.jpg洋子(1937-2014)なども平尾昌晃(1937-2017))と最強タッグを組んでいたし(山口洋子は同じ作詞家で直木賞受賞作家でもあるなかにし礼よりも15年前に直木賞を受賞している)、作曲家では「ブルー・ライト・ヨコハマ」('69年/歌:いしだあゆみ)以来、この本の終わり、つまり80年代終わりまでこの世界のトップに君臨し続け、70年代、80年代を席巻した筒美京平なんてスゴイ人もいました(因みに、阿久悠作詞、筒美京平作曲で最初で最大のヒット曲は日本レコード大賞の大賞受賞曲「また逢う日まで」('71年/歌:尾崎紀世彦(1943-2012))。これもまた、懐かしい思いで読めた1冊でした。

《読書MEMO》
●『歌謡曲―時代を彩った歌たち』章立て
序 章
戦前・戦後の歌謡曲
第1章 和製ポップスへの道―1960年代  
1960年代概説
1 新たなシーンの幕開け
2 カヴァーからのはじまり
3 青春という新機軸
4 ビート革命とアレンジ革命
5 新しい演歌の夜明け 
第2章 歌謡曲黄金時代―1970年代  
1970年代概説
1 歌謡曲の王道
2 アイドル・ポップスの誕生
3 豊饒なる演歌の世界
4 阿久悠の時代 
第3章 変貌進化する歌謡曲―1980年代  
1980年代概説
1 シティ・ポップスの確立
2 演歌~AOR歌謡の潮流
3 アイドルの時代 
終 章 90年代の萌芽―ダンス・ビート歌謡

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かつての原発労働者を追ったインタビュー。安全教育や被曝対策は前からいい加減だった。

原発労働者 講談社現代新書L.jpg
原発労働者 講談社現代新書 L.jpg    寺尾 紗穂.jpg
原発労働者 (講談社現代新書)』['15年]    寺尾 紗穂 氏(シンガーソングライター)

闇に消される原発被曝者_.jpg シンガーソングライターでエッセイストでもある著者(自らの修士論文が『評伝川島芳子―男装のエトランゼ』('08年/文春新書)として刊行されていたりもする)が、報道写真家の樋口健二氏による、1980年くらいまでの原発労働者を追って彼らに重い口を開いてもらい書かれたルポ『闇に消される原発被曝者』('81年/三一書房)に触発され、自らも、原発労働に従事していた人たちを訪ねて労働現場の模様を聞き取ったルポです(原発労働の現場を自らが原発労働者として各地の発電所で働いて取材した、堀江邦夫氏の『原発ジプシー』('79年/現代書館)からも示唆を受けている)。

闇に消される原発被曝者』['11年/八月書院(増補新版)]

 原発労働者というと福島原発事故の後処理に携わる人を思い浮かべがちですが、本書での聴き取りの対象は福島事故以前から原発労働に従事していた人が殆どで(つまり'平時'に働いていた人)、福島原発に限らず、柏崎狩羽原発や浜岡原発で働いていた人たちも含まれていますが、全6章から成るうちの第1章から第4章にかけてそれぞれ実名で登場する4人の話が(凄まじい話もあったりして)とりわけ印象に残りました。日常的な定期検査やトラブル処理をこなしてきた人たちの話ですが、当時から安全教育や被曝対策がいかにいい加減であったかということ、そうした危険な状況下での過酷な原発労働の実態が浮き彫りにされています。

 著者のインタビューを受けた人のうちの何人かは、そうした経験を経て原発労働の孕む危険性を社会に知らせる活動に携わるようになったり、また、そうした活動と併せて自らの生き方を見直したりもしているわけで、インタビューを受けた人の生き様も伝わってきました。但し、こうした人たちも最初は仕事が無く生活のために、過酷だが給金のいい原発労働に携わるようになった人もいて、実際、彼らの話から、多くのそうした生活困窮者に近い人が原発労働に"流れ着く"といった実態も窺えました(このことに最初にフォーカスしたのが堀江邦夫氏の『原発ジプシー』だと思うが)。

 従って、原発に基本的には反対し、将来は原発に依存しない社会をつくるべきだとしながらも、現状において雇用を下支えしている面もあることから、すぐに全てを廃止するのは難しいとの見方をする人もいて、複雑な現場の事情を反映しているように思えました。

 一方では、外国人労働者が「一回200とか300ミリ被曝する燃料プール内作業」をやっていて、「一回200万円とか300万円もらえるらしい」といった話もあり、これはインタビューされた人の実体験ではなく、彼らの伝聞情報ではありますが、プール潜水のみならず、原子炉内での労働にも「黒人」が駆り出されているというのは元東電社員の証言にもあるとのことで、この辺りをもう少し掘り下げて欲しかった気もします。

 日本で働く労働者である限り労働基準法や安全衛生法の適用対象となるわけですが、おそらく、そうした「黒人」たちは請負労働であり(しかも、法律で禁じられている多重請負である公算が高い)「労働者」扱いにはなっていないのではないでしょうか。それ以前に、そうした説明を充分受けることもなく、また、彼ら自身が、将来の健康上の不安などよりも目先の給金に惹かれてそうした労働に従事しているのではないかと思われます。原発内部の低技術労働者は釜ヶ崎や山谷から借り出されてくるという話もあり、充分な安全教育・安全対策が講じられないまま、ただ今を生きていくためだけに働いている原発労働者が多くいるとなれば、日本人とて流れとしては同じでしょう。

 こうしたことは『原発ジプシー』でも指摘されていたことであり、今すぐに原発を全面廃止した場合、現在働いている人の仕事は一体どうするのかという問題もさることながら、一方で、原発の危険性がある程度認知された今日においては、格差社会が産み出す生活困窮者との相補関係の上に原発労働が成り立っているとの見方も成り立ち、こんなことを続けていていいのかという思いがしました。基本的には、やはり1つずつ廃炉にしていくべきでしょう。それだけでも相当の労働力の投入が必要なわけで、充分に雇用の場を提供することになるのではないでしょうか。原発で潤ってきた地方自治体などは、その間に、完全廃炉以降の財政的自立策を講じていくべきでしょう。

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小津映画を原節子の号泣を通して読み解く。先行する小津映画論に堂々と拮抗する内容。

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原節子、号泣す (集英社新書)

 文芸評論家による小津映画論で、女優・原節子に注目しながらも、とりわけ小津作品において〈紀子三部作〉と呼ばれる「晩春」('49年)、「麦秋」('51年)、「東京物語」('53年)に注目、何れの作品もヒロインを演じた原節子が全身を震わせて泣き崩れる場面があり、そのことを指して小津が不滅の名を残し得たと言っても過言ではないとしています。

 「泣く」という行為を切り口に、小津映画の主題と思想に迫っていくアプローチは興味深く、ドナルド・リチー、佐藤忠男、高橋治、蓮實重彦、吉田喜重らの先行する小津映画論に拮抗する、堂々たる小津映画論になっていたように思います。WEBマガジンでの連載の新書化ということで、個人的には軽い気持ちで手に取って読み始めましたが、実は最初から充分にそれら先行者を意識して書かれていたわけであり、読み終えてみれば新書としては贅沢なほどに"高密度"な内容になっていたように思えました。

 第1章「ほとんどの小津映画で女優たちは泣いた」では、小津が女優に泣かせている作品は、現存する37本の小津作品のうち、8割を超える30作品に上るとし、小津作品に見られるそうした「泣く」という演技を5つのパターンに分類しています(こうした手法自体、目新しいように思えた)。第2章「小津映画の固有の主題と構造」では、小津映画の主題として、家族の関係性や、その中における父や母、妻や子供などの一方の欠落、和解、娘の結婚、幸福な家族共同体の崩壊と喪失、老いと孤独と死を指摘しています。

 第3章「思想としての小津映画」では、ロー・アングルから映画を撮ることへの拘りに既に小津の思想性があるとし、更に、小津は幸福の思想―即ち幸福なる家族の共同関係性に拘り、同時に、その幸福なる関係性の限界を描いた、つまり、幸福の共同体が崩壊し、大いなる喪失(死)と再生のドラマが描かれるのが小津作品であり、「そのギリギリの臨界点において、原節子は幸福の共同体から去っていくことを決意し、崩壊がまさに始まろうとする直前に、必ず号泣している」と指摘しています。そして、先に挙げたドナルド・リチー、佐藤忠男、高橋治、蓮實重彦、吉田喜重らの名を引きながらも、小津映画の「思想」と「真実」は未だ十分に読み抜かれていないとし、〈紀子三部作〉で原節子が見せた「号泣」の演技を通して明確に現れることとなった小津の思想的本質の「真実」について検証し、全面的に解き明かそうとした試みもまた殆どないとしています。

 第4章「原節子は映画の中でいかに泣いたか」では、小津映画以外で原節子が泣いた山中貞雄監督の「河内山宗俊」('36年)と熊谷久虎監督の「上海陸戦隊」('39年)を取り上げ(この両作品での原節子の役どころは非常に対照的であると)、第5章「原節子をめぐる小津と黒澤明の壮絶な闘い」では、黒澤明が原節子をどのように使い、それを観て小津が原節子をどう使ったかを"闘い"として捉えており、具体的には、小津は、黒澤明の「我が青春に悔いなし」('46年)における原節子の演技の限界を見極め、全く別の方向で彼女の資質を生かすべく「晩春」('49年)での彼女の使い方を構想したとのことです。

 実はここまでは本論の前フリのようなもので、第6章から第9章にかけての、〈紀子三部作〉と呼ばれる「晩春」「麦秋」「東京物語」での原節子が号泣する場面を軸とした丹念な分析こそが本書のヤマであり、また、読んでみて実際面白かったです。そして、最後に第10章で、その後の原節子出演の小津映画について論じています。

『晩春』(1949年).jpg この内、「晩春」については、第6章と第7章の2章分を割いており、まず第6章で、「晩春」における晩春 1949 旅館のシーン.jpg原節子の小津映画初めての号泣場面を分析した後、第7章で、「娘は父親と性的結合を望んでいたか」というテーマを扱い、これまで多くの映画評論家が指摘してきたこの作品に対する読解(高橋治『絢爛たる影絵』、蓮實重彦『監督 小津安二郎』など)に対し、エディプスコンプレックス論や「近親相姦」願望論はあり得ないとして排し、娘が嫁に行かずに父親といたいのは、非在の母親と同化することで、父親と幸福な時間を共有していたためであって、旅館で打ち明けられた「このままお父さんといたいの晩春 壺.png」という娘の言葉は、父親の再婚を承認し、自らは「妻」も座から降りて「娘」として甘えたいという気持ちの表れであり、更には、そこにもう一つの隠された、ねじくれた「復讐」感情があったとしています。結局、本書も蓮實重彦ばりにかなりの深読みになっている印象はないこともないですが、例の「壺」の解釈も含め、一定の説得力はあったように思います(表層から入る方法論的アプローチは蓮實重彦的だが、目の付け所が違うため、異なる結論になっているという印象。床の間の壁は外したのではなく、カメラレンズのテクニックだろう)。

麦秋における原節子の号泣.jpg『麦秋』(1951年) .jpg 第8章では「麦秋」について、これを幸福な家族共同体の崩壊を描いた作品として捉え、その中での原節子の号泣の意味を探っていますが、その号泣によって「麦秋」が「晩春」を超えた作品となっていることを、演技論ではなく作品の意味論、テーマ論的に捉えているのが興味深かったです。個人的には、この部分を読んで'我が意を得たり'とでも言うか、本書でも「晩春」だけ2章を当てているように、いろいろ論じ始めると「晩春」の方が論点は多いけれど、作品としては「麦秋」の方がテーマの幅広さ(大家族の崩壊)プラス無常感のような深みという面で上回っているように思いました。最高傑作とされる「東京物語」に向けて、「晩春」の時から更に"進化"していると言っていいでしょうか。

 これら3章に比べると、第9章で「東京物語」について「失われた自然的時間共同体」とい観点から論じているのはやや既知感のある展開でしたが、「幸福な時間」の終焉を小津映画の共通テーマとみるここまでの論旨に沿っており、また、それを原節子の、今度は抑制された号泣ではあるものの、同じくその「泣くこと」に集約させて(作品テーマの表象として)論じているという点では一貫性があり、本書のタイトルにも沿ったものとなっていたように思いました。
_________________________________________________
末延芳晴(すえのぶ よしはる)
1942年東京都生まれ。文芸評論家。東京大学文学部中国文学科卒業。同大学院修士課程中退。1973年欧州を経て渡米。98年まで米国で現代音楽、美術等の批評活動を行い、帰国後文芸評論に領域を広げる。『正岡子規、従軍す』(平凡社)で第24回和辻哲郎文化賞受賞。『永井荷風の見たあめりか』(中央公論社)、『寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者』(平凡社)他著作多数。

原節子さん死去 - 号外:朝日新聞.jpg朝日新聞「号外」2015年11月25日


 

 
 
 

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読むと小津映画の世界に引き込まれていく。小津作品の解釈の深化に貢献した1冊か。

監督 小津安二郎 蓮實重彦 増補決定版.jpg 監督 小津安二郎 蓮實重彦.jpg監督小津安二郎 (1983年)』 監督 小津安二郎 ちくま学芸文庫1.jpg監督 小津安二郎 (ちくま学芸文庫)』(1992/06 ちくま学芸文庫

『監督 小津安二郎 〈増補決定版〉』(2003/10 筑摩書房)

 小津生誕百年にあたる2003年に刊行された本で、20年ぶりの〈増補決定版〉です。オリジナルの『監督 小津安二郎』の初版の刊行は1983年で、この時すでに佐藤忠男の『小津安二郎の芸術』('71年/朝日新聞社、'78年/朝日選書[上・下])やドナルド・リチーの『小津安二郎の美学-映画のなかの日本』('78年/フィルムアート社、'93年/現代教養文庫)は刊行されていたわけですが、以降、数ある小津作品論の中でも『監督 小津安二郎』はその中心的地位を占め続けてきたのではないでしょうか。

 著者はオリジナル版を著すにあたって、「あまりにも知られすぎた小津を小津的なものと呼び、それが小津の「作品」とどれほど異なるものであるかを具体的に明らかにしようとしました」とのことで、一方、〈増補決定版〉の方は、「いずれも、過去20年間に小津を何度も見なおし、そのつどあまりにも知られていない映画作家だと改めて実感させてくれたいくつもの細部に触発された言葉からなっており、文体にしかるべき変化が生じてはいるものの、同じ視点を踏襲しています。『監督 小津安二郎』の〈増補決定版〉は、『監督 小津安二郎』と同じ書物であり、同時にまったく異なる書物でもあるのです」としています(「『監督 小津安二郎』〈増補決定版〉はどのようにして書かれたか」より)。

 内容的には、オリジナルが第1章から第7章と序章・終章から成るのに対し、この〈増補決定版〉は「憤ること」「笑うこと」「驚くこと」の3章が書き加えられ、「序章+本文全10章+終章」という構成になっています。この他に、オリジナル刊行当初から、小津作品のカメラマンであった原田雄春への著者によるインタビューなどの付録があり、増補版全体では単行本で350ページ近いものとなっていますが、付録部分を除くと増補された3章を加えても250ぺージほどと、思ったよりコンパクト(?)だったかも(因みに、ちくま学芸文庫版はオリジナルの文庫化であり、加筆部分は含まれていない)。

 個人的に何となく大部な本であるというイメージがあるのは、文体がハイブロウで高踏的な印象を与え、読むのに骨が折れるという先入観があるためかもしれず、実際、これが映画に関する論考でなければ途中で投げ出していただろうと思われるフシもあります。その意味では、映画作品という、実際に語られている対象のイメージがハッキリあるというのは大きいと思います。また、著者は、敢えて、その目に見える表層から入って、次に作品間の共通項を探るなど、あくまでも目に見える映像や記号から小津作品を読み解こうとしているように思います。

 その着眼点と分析には、「ちょっと無理があるのではないか」と思われたりする部分もありますが、読む側はその指摘によって、そんな見方もあるのかと気づかされ(その過程において、先に挙げた先行する小津映画論を部分的に批判したりもしているのだが)、更にどんどん小津映画の世界に引き込まれていく―そうした力を持つ監督論であり作品論であるように思います。

秋刀魚の味 ラーメン屋.jpg 例えば、小津作品では、登場人物たちのかつての恩師だった元教師が、今は東京で料理屋を開業しているとのことで、「秋刀魚の味」('62年)の東野英治郎の中華そば屋然り、「一人息子」('36年)の笠智衆のトンカツ屋然り、「東京の合唱」('31年)の東京の合唱(コーラス)2.jpg斎藤達雄のカレーライス屋(「カロリー件」)然りであると。この指摘自体が面白いと思うのですが、そこから、なぜ「豆腐屋」などになるものはいなくて(小津自身のエッセイに『小津安二郎 僕はトウフ屋だからトウフしか作らない』('10年/図書センター)というのがあるが)、皆、「トンカツ屋」のような、勤め人に昼食を供するような料理屋になっているのかを考察していたりするのが興味深いです(正直、ここまで理屈付けするか―という印象も)。

 各作品論では、「その夜の妻」('30年)、「淑女と髯」('31年)、「非常線の女」('33年)、「風の中の牝雞」('48年)など、多くの映画評論家が失敗作とみなしていたり、評論することを避けて通ったりするような作品をも絶賛している点が特徴的であり、佐藤忠男も「風の中の牝雞」を絶賛してはいますが、それは「戦後の始まり」という時代との関連で評価しているのであり、それに対し、著者の場合は、小津作品という文脈の中で全てを評価しているという印象で、とりわけ「その夜の妻」「淑女と髯」が巷の評価に比べて相対的に高評価であるだけでなく、小津作品の中におけるその位置づけという意味でも重視しているのが興味深いです(著者が低い評価を下している小津作品は、前期作品・後期作品を含め皆無ではないか)。

晩春 1949 旅館のシーン.jpg晩春 壺.png 各論でいろいろと注目すべき点、実際、後の小津作品の見方に影響を与えた部分はありますが(後期の二世代同居家族を描いた小津映画に殆ど「階段」が出てこないのはなぜか、それは世代間の断絶を表しているのだとか)、やはり、終章「快楽と残酷さ」での「晩春」('49年)における笠智衆、原節子が泊まった旅館にあった「壺」は何を意味するのか、というのが、本書における評論的な1つの'クライマックス'かもしれません。アメリカの映画監督ポール・シュレイダーの、この壺は父と別れねばならない娘の心情を象徴する「物のあわれ」を表すとの評も、ドナルド・リチーの、壺を見つめる娘の視線に結婚の決意が隠されているとの分析もバッサリ斬り、非常に回りくどい言い方をしていますが、詰まる所、映画評論家の岩崎昶が、父娘の会話が旅館の寝床の上で交わされていることに注目して最初に提唱した、父に対して性的コンプレックスを抱いていた娘という構図に近い解釈になっているように思いました(この映画の隠されたモチーフとして、「父子相姦」があるというのは、その後多くの海外の評論家が指摘しており、また、それに対する反論も内外であるようだ)。但し、著者は、壺そのものには実は意味が無いとしており、この点が特徴的で―と、引用していくとキリがないのでやめておきますが...。

 作家の梶村啓二氏が『「東京物語」と小津安二郎―なぜ世界はベスト1に選んだのか』('13年/平凡社新書)の中で、「『東京物語』は小津の意図をはるかに超えた場所まで独り歩きし、到達していこうとする」と書いていたのを思い出しました。小津作品全般に渡って、そうしたことに最も貢献したものの1つが本書ではないかと思います。そのことによってより多くの人が小津作品を観るようになり、また、観て、頭を悩ますことになった(?)ということかもしれません。でも、観た者同士でお互いに意見を交わし合うというのは、別にプロの映画評論家レベルでなくとも楽しいことです。

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「東京物語」のみに絞って、実証的に分析。共感する点が少なからずあった。

「東京物語」と小津安二郎―なぜ世界はベスト1に選んだのか.jpg    「東京物語」.jpg「東京物語」
「東京物語」と小津安二郎: なぜ世界はベスト1に選んだのか (平凡社新書)』 

 『野いばら』('11年/日本経済新聞出版社)で第3回「日経小説大賞」を受賞した作家によるもので、2013年は「東京物語」公開後60年、小津安二郎の生誕110年、没後50年という節目の年であったため小津安二郎関連本が多く刊行されましたが、本書もその1つと言えると思います。著者の小説は巷にて評価が割れているようですが(賞を取った小説は大方そうだが)、個人的には未読。但し、本書について言えば、ミーハー的でもなければ高踏的でもなくて読み易く、それでいて結構鋭い分析がされていたように思います。

Sight & Sound誌オールタイム・ベスト2012年版.jpgSight & Sound誌オールタイム・ベスト2012.jpg 「東京物語」のみに絞って述べているのが特徴的で、複数の作品間の連関や作品同士の相似を語る蓮實重彦氏などとは対照的と言えるかも。サブタイトルにある「世界はべスト1に選んだ」とは、"Sight & Sound"誌・映画監督による選出トップ10 (Director's Top 10 Films)(2012年版)の上位100作品のトップに「東京物語」があっさり選ばれてしまったことを指しており、そのことを切り口に、第1章で、外国人映画監督から見て、この作品がどう見えるのかを検証していますが、そこから、この作品が「日本映画」だからということで評価されているわけではないということが浮かび上がってくるのが興味深いです。

「Sight & Sound誌」オールタイム・ベスト2012年版

 そして、第2章以下、「紀子とは誰なのか?」「周吉の旅」「子供について」「生活人」といった具合に、映画内の人物について述べ、中盤以降、「東京について」「着物とスーツ」「戦争のこと」「音と音楽について」「夏について」といった具合に背景や周辺部分に入っていくという感じでしょうか。最後、第11章から第13章にかけて、「整理された画面」「軽さについて」「時間という王」と、作品論としてより深化させていく感じ。しかし、新書という体裁に沿ってか、全体を通して分かり易く書かれており、勝手に理屈をこねくり回している印象も無く、小津安二郎語録などを引きながら実証的に作品分析を進めている印象を受けました。

山村聰、杉村春子.jpg 登場人物・俳優に関しては、第5章「生活人」のところで、杉村春子の演技を「無邪気なまでの呼吸するようなエゴイズム」「はたして杉村春子という女優を欠いて、この人物造形が成功していただろうか」としているのに共感し(小津安二郎が杉村春子の演技を非常に高く評価していたという話をどこかで読んだ記憶がある)、背景に関しては、第10章「夏について」で、夏以外の季節で撮られたならば「東京物語」は全く違った作品になっていただろうという見方にも共感しました。

山村聰、杉村春子

東野英治郎、笠智衆.jpg 第12章「軽さについての」での、小料理屋における周吉(笠智衆)、沼田(東野英治郎)、服部(十朱久雄)の会話シーンのセリフを引用した分析も秀逸でした(セリフが全て、オリジナルの文語の脚本から引用されているが、この文語の"語感"が何故か作品の雰囲気に非常にマッチしているように思われたのは、個人的には新たな発見だった)。

東野英治郎、笠智衆

 第5章の終わりに、「『東京物語』は作者の意図を超えてしまっている。(中略)『東京物語』は小津の意図をはるかに超えた場所まで独り歩きし、到達していこうとする」とありますが、まさにその通りだと思いました。

「東京物語」●制作年:1953年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎東京物語 笠・東野.jpg東京物語 0.jpg藤高順●時間:136分●出演:笠智衆/東山千榮子/原節子/香川京子/三宅邦子/杉村春子中村伸郎/山村聰/大坂志郎/十朱久雄/東野英治郎/長岡輝子/高橋豊子/桜むつ子/村瀬禪/安部徹/三谷幸子/毛利充宏/阿南純子/水木涼子/戸川美子/糸川和広●公開:1953/11●配給:松竹●最初に観た場所:三鷹オスカー(82-09-12)(評価:★★★★☆)●併映:「彼岸花」(小津安二郎)/「秋刀魚の味」(小津安二郎)   杉村春子、中村伸郎 / 笠智衆、東野英治郎

《読書MEMO》
"Sight & Sound"誌・映画監督による選出トップ10 (Director's Top 10 Films)(2012年版)の上位100作品
[姉妹版:同誌映画批評家によるオールタイム・ベスト50 (The Top 50 Greatest Films of All Time)(2012年版)
 1位:『東京物語』"Tokyo Story"(1953/日) 監督:小津安二郎
 2位:『2001年宇宙の旅』"2001: A Space Odyssey"(1968/米・英) 監督:スタンリー・キューブリック
 2位:『市民ケーン』"Citizen Kane"(1941/米) 監督:オーソン・ウェルズ
 4位:『8 1/2』"8 1/2"(1963/伊) 監督:フェデリコ・フェリーニ
 5位:『タクシー・ドライバー』"Taxi Driver"(1976/米) 監督:マーティン・スコセッシ
 6位:『地獄の黙示録』"Apocalypse Now"(1979/米) 監督:フランシス・フォード・コッポラ
 7位:『ゴッドファーザー』"The Godfather"(1972/米) 監督:フランシス・フォード・コッポラ
 7位:『めまい』"Vertigo"(1958/米) 監督:アルフレッド・ヒッチコック
 9位:『鏡』"Mirror"(1974/ソ連) 監督:アンドレイ・タルコフスキー
 10位:『自転車泥棒』"Bicycle Thieves"(1948/伊) 監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
 11位:『勝手にしやがれ』"Breathless"(1960/仏) 監督:ジャン=リュック・ゴダール
 12位:『レイジング・ブル』"Raging Bull"(1980/米) 監督:マーティン・スコセッシ
 13位:『仮面/ペルソナ』"Persona"(1966/スウェーデン) 監督:イングマール・ベルイマン
 13位:『大人は判ってくれない』"The 400 Blows"(1959/仏) 監督:フランソワ・トリュフォー
 13位:『アンドレイ・ルブリョフ』"Andrei Rublev"(1966/ソ連) 監督:アンドレイ・タルコフスキー
 16位:『ファニーとアレクサンデル』"Fanny and Alexander"(1984/スウェーデン)監督:イングマール・ベルイマン
 17位:『七人の侍』"Seven Samurai"(1954/日) 監督:黒澤明
 18位:『羅生門』"Rashomon"(1950/日) 監督:黒澤明
 19位:『バリー・リンドン』"Barry Lyndon"(1975/英・米) 監督:スタンリー・キューブリック
 19位:『奇跡』"Ordet"(1955/ベルギー・デンマーク) 監督:カール・ドライヤー
 21位:『バルタザールどこへ行く』"Au hasard Balthazar"(1966/仏・スウェーデン) 監督:ロベール・ブレッソン
 22位:『モダン・タイムス』"Modern Times"(1936/米) 監督:チャーリー・チャップリン
 22位:『アタラント号』"L'Atalante"(1934/仏) 監督:ジャン・ヴィゴ
 22位:『サンライズ』"Sunrise: A Song of Two Humans"(1927/米) 監督:F・W・ムルナウ
 22位:『ゲームの規則』"La Règle du jeu"(1939/仏) 監督:ジャン・ルノワール
 26位:『黒い罠』"Touch Of Evil"(1958/米) 監督:オーソン・ウェルズ
 26位:『狩人の夜』"The Night of the Hunter"(1955/米) 監督:チャールズ・ロートン
 26位:『アルジェの戦い』"The Battle of Algiers"(1966/伊・アルジェリア) 監督:ジッロ・ポンテコルヴォ
 26位:『道』"La Strada"(1954/伊) 監督:フェデリコ・フェリーニ
 30位:『ストーカー』"Stalker"(1979/ソ連) 監督:アンドレイ・タルコフスキー
 30位:『街の灯』"City Lights"(1931/米) 監督:チャーリー・チャップリン
 30位:『情事』"L'avventura"(1960/伊) 監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
 30位:『フェリーニのアマルコルド』"Amarcord"(1973/伊・仏) 監督:フェデリコ・フェリーニ
 30位:『奇跡の丘』"The Gospel According to St Matthew"(1964/伊・仏) 監督:ピエロ・パオロ・パゾリーニ
 30位:『ゴッドファーザー PartⅡ』"The Godfather Part II"(1974/米) 監督:フランシス・フォード・コッポラ
 30位:『炎628』"Come And See"(1985/ソ連) 監督:エレム・クリモフ
 37位:『クローズ・アップ』"Close-Up"(1990/イラン) 監督:アッバス・キアロスタミ
 37位:『お熱いのがお好き』"Some Like It Hot"(1959/米) 監督:ビリー・ワイルダー
 37位:『甘い生活』"La dolce vita"(1960/伊) 監督:フェデリコ・フェリーニ
 37位:『裁かるゝジャンヌ』"The Passion of Joan of Arc"(1927/仏)  監督:カール・ドライヤー
 37位:『プレイタイム』"Play Time"(1967/仏) 監督:ジャック・タチ
 37位:『抵抗(レジスタンス)/死刑囚の手記より』"A Man Escaped"(1956/仏) 監督:ロベール・ブレッソン
 37位:『ビリディアナ』"Viridiana"(1961/西・メキシコ) 監督:ルイス・ブニュエル
 44位:『ウエスタン』"Once Upon a Time in the West"(1968/伊・米) 監督:セルジオ・レオーネ
 44位:『軽蔑』"Le Mépris"(1963/仏・伊・米) 監督:ジャン=リュック・ゴダール
 44位:『アパートの鍵貸します』"The Apartment"(1960/米) 監督:ビリー・ワイルダー
 44位:『狼の時刻』"Hour of the Wolf"(1968/スウェーデン) 監督:イングマール・ベルイマン
 48位:『カッコーの巣の上で』"One Flew Over the Cuckoo's Nest"(1975/米) 監督:ミロス・フォアマン
 48位:『捜索者』"The Searchers"(1956/米) 監督:ジョン・フォード
 48位:『サイコ』"Psycho"(1960/米) 監督:アルフレッド・ヒッチコック
 48位:『カメラを持った男』"Man with a Movie Camera"(1929/ソ連) 監督:ジガ・ヴェルトフ
 48位:『SHOAH』"Shoah"(1985/仏) 監督:クロード・ランズマン
 48位:『アラビアのロレンス』"Lawrence Of Arabia"(1962/英) 監督:デイヴィッド・リーン
 48位:『太陽はひとりぼっち』"L'eclisse"(1962/伊・仏) 監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
 48位:『スリ』"Pickpocket"(1959/仏) 監督:ロベール・ブレッソン
 48位:『大地のうた』"Pather Panchali"(1955/印) 監督:サタジット・レイ
 48位:『裏窓』"Rear Window"(1954/米) 監督:アルフレッド・ヒッチコック
 48位:『グッドフェローズ』"Goodfellas"(1990/米) 監督:マーティン・スコセッシ
 59位:『欲望』"Blow Up"(1966/英) 監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
 59位:『暗殺の森』"The Conformist"(1970/伊・仏・西独) 監督:ベルナルド・ベルトルッチ
 59位:『アギーレ 神の怒り』"Aguirre, Wrath of God"(1972/西独) 監督:ヴェルナー・ヘルツォーク
 59位:『ガートルード』"Gertrud"(1964/デンマーク) 監督:カール・ドライヤー
 59位:『こわれゆく女』"A Woman Under the Influence"(1974/米) 監督:ジャン・カサヴェテス
 59位:『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』"The Good, the Bad and the Ugly"(1966/伊・米) 監督:セルジオ・レオーネ
 59位:『ブルー・ベルベット』"Blue Velvet"(1986/米) 監督:デイヴィッド・リンチ
 59位:『大いなる幻影』"La Grande Illusion"(1937/仏) 監督:ジャン・ルノワール
 67位:『地獄の逃避行』"Badlands"(1973/米) 監督:テレンス・マリック
 67位:『ブレードランナー』"Blade Runner"(1982/米) 監督:リドリー・スコット
 67位:『サンセット大通り』"Sunset Blvd."(1950/米) 監督:ビリー・ワイルダー
 67位:『雨月物語』"Ugetsu monogatari"(1953/日) 監督:溝口健二
 67位:『雨に唄えば』"Singin'in the Rain"(1951/米) 監督:スタンリー・ドーネン & ジーン・ケリー
 67位:『花様年華』"In the Mood for Love"(2000/香港) 監督:ウォン・カーウァイ
 67位:『イタリア旅行』"Journey to Italy"(1954/伊) 監督:ロベルト・ロッセリーニ
 67位:『女と男のいる舗道』"Vivre sa vie"(1962/仏) 監督:ジャン=リュック・ゴダール
 75位:『第七の封印』"The Seventh Seal"(1957/スウェーデン) 監督:イングマール・ベルイマン
 75位:『隠された記憶』"Hidden"(2004/仏・オーストリア・伊・独) 監督:ミヒャエル・ハネケ
 75位:『戦艦ポチョムキン』"Battleship Potemkin"(1925/ソ連) 監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン
 75位:『M』"M"(1931/独) 監督:フリッツ・ラング
 75位:『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』"There Will Be Blood"(2007/米) 監督:ポール・トーマス・アンダーソン
 75位:『シャイニング』"The Shining"(1980/英) 監督:スタンリー・キューブリック
 75位:『キートンの大列車追跡』"The General"(1926/米) 監督:バスター・キートン & クライド・ブラックマン
 75位:『マルホランド・ドライブ』"Mulholland Dr."(2001/米) 監督:デイヴィッド・リンチ
 75位:『時計じかけのオレンジ』"A Clockwork Orange"(1971/米) 監督:スタンリー・キューブリック
 75位:『不安と魂』"Fear Eats the Soul"(1974/西独) 監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
 75位:『ケス』"Kes"(1969/英) 監督:ケン・ローチ
 75位:『ハズバンズ』"Husbands"(1975/米) 監督:ジョン・カサヴェテス
 75位:『ワイルドバンチ』"The Wild Bunch"(1969/米) 監督:サム・ペキンパー
 75位:『ソドムの市』"Salo, or The 120 Days of Sodom"(1975/伊・仏) 監督:ピエル・パオロ・パゾリーニ
 75位:『JAWS/ジョーズ』"Jaws"(1975/米) 監督:スティーヴン・スピルバーグ
 75位:『忘れられた人々』"Los Olvidados"(1950/メキシコ) 監督:ルイス・ブニュエル
 91位:『気狂いピエロ』"Pierrot le fou"(1965/仏・伊) 監督:ジャン=リュック・ゴダール
 91位:『アンダルシアの犬』"Un chien andalou"(1928/仏) 監督:ルイス・ブニュエル
 91位:『チャイナタウン』"Chinatown"(1974/米) 監督:ロマン・ポランスキー
 91位:『ママと娼婦』"La Maman et la putain"(1973/仏) 監督:ジャン・ユスターシュ
 91位:『美しき仕事』"Beau Travail"(1998/仏) 監督:クレール・ドゥニ
 91位:『オープニング・ナイト』"Opening Night"(1977/米) 監督:ジョン・カサヴェテス
 91位:『黄金狂時代』"The Gold Rush"(1925/米) 監督:チャーリー・チャップリン
 91位:『新学期・操行ゼロ』"Zero de Conduite"(1933/仏) 監督:ジャン・ヴィゴ
 91位:『ディア・ハンター』"The Deer Hunter"(1977/米) 監督:マイケル・チミノ
 91位:『ラルジャン』"L' argent"(1983/仏・スイス) 監督:ロベール・ブレッソン

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錚々たる面子が論じる人と作品。但し、本人の自作へのコメントが一番興味深かった。

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世界の映画作家 9 (イングマル・ベルイマン)_.jpg     [野いちご]撮影中のベルイマン.jpg
世界の映画作家 9 (イングマル・ベルイマン)』('71年/キネマ旬報社)/「野いちご」撮影中のベルイマン

 キネマ旬報社による「世界の映画作家」シリーズの1冊で、1971年刊行。編集後記によれば、この時点でイングマール・ベルイマン(1918-2007/享年89)の監督作品は32本あり、そのうち日本で公開されていたのは12本だけだったとのことです(因みにベルイマンの生涯監督作品は63本)。巻末に、「鏡の中にある如く」('61年)、「沈黙」('63年)と併せて所謂「神の沈黙」3部作と呼ばれる「冬の光」('63年)の脚本が付されていますが、この「冬の光」が日本で公開されたのは1975年のことで、本書刊行からもややあってのことでした(既に脚本の翻訳はとっくに出来ていたのに)。ベルイマンは当時すでに確固たる名声を博していたかと思いますが(このシリーズが、ゴダールとパゾリーニ、フェリーニとヴィスコンティ、アントニオーニとアラン・レネがそれぞれ抱き合わせで1冊なのに対し、本書はベルイマンのみをフィーチャーしていることからもそれが窺える)、それでもやはり、ベルイマン作品は難しすぎて日本人にはウケないというイメージが、映画関係者の間でも当時はあったのでしょうか。

 今でいうムックのような構成で、まず映画評論家の岡田晋(1924-1991)が「ベルイマンの形而上学」を説き(やはり、やや難しいか)、佐藤忠雄が「原爆の下の平和」というタイトルで寄稿していますが、このやや唐突にも思えるタイトルの小論は、巻末の「冬の光」の脚本を頭に入れてから読んだ方がいいかも。続いて、映画監督の新藤兼人(1912-2012)が、「〈沈黙〉のベルイマン」と題して「沈黙」に見る"愛の不在"をベルイマンの実生活に重ねて考察し(ベルイマンは5回結婚している)、映画評論家の飯島正(1902-1996)が、ベルイマンが映画以前に関わった演劇と文学について解説、更に、「ベルイマン全自作を語る」を挟んで、映画研究家の山本喜久男が海外におけるベルイマン論を紹介、最後に映画評論家で、ベルイマンの「夏の遊び」('50年)から日本語字幕を担当し、近年ではベルイマン監督のテレビ映画「サラバンド」('03年)の字幕監修などもしている三木宮彦が「ベルイマンと演劇」について語るという、キネマ旬報ならではの本格派ラインアップです。

 自分としては、ベルイマンが「危機」('46年)から「情熱」('69年)まで自らが監督した30本の映画についてそれぞれ簡単にコメントした「ベルイマン全自作を語る」が一番興味深く読めたでしょうか(個人的には見ていない作品の方が多いのだが、一応、内容もそれぞれ簡単に紹介されている)。

ベルイマン 夏の遊び.jpgベルイマン第七の封印.jpg 「夏の遊び」('50年)が、ベルイマンが17歳の時に書いた中編小説がベースになっていたとは知りませんでした。「第七の封印」('57年)は頭で作ったが、この映画は心で作った」とも述べています。その「第七の封印」についはやや長めのコメントが付されていますが、子供の頃に教会で見た中世の宗教画にそのモチーフがあったというのが興味深いです。

ベルイマン 野いちご.jpgベルイマン 冬の光.jpg 一方、「野いちご」('57年)については、主演のヴィクトル・シューストレムを讃えるとともに、老いをテーマにしたこの作品の撮影そのものが「時」に対する闘いであったことを明かし、「冬の光」('63年)については、自分の生活における宗教の存在が完全に消滅した時、人生は恐ろしく生きやすいものとなったとして、映画もそういたものをブチ壊すことによって始めたのですべては穏やかで良かったとし、「これは絶対にいい映画であり、どんな批判にも100%応えられるものである」としています。

 自作品に対するコメントと同時に、ベルイマンに対するインタビューや彼自身が平生語った言葉も併録されており、結構赤裸々に語っていて興味深いです。インタビュー部分ではベルイマン作品をこきおろすインタビュアーと喧嘩になってしまっていますが、これはどうやら、インタビューそのものが実はベルイマンが構成した〈フィクション〉であるとのことのようで、結構ベルイマンという人は茶目っ気もあったようです。

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「地球上の珍奇な場所や驚くべき出来事について、科学の視点を交えながら紹介する8つのストーリー」

地球の履歴書.jpg 大河内直彦 .jpg 大河内 直彦 氏(海洋研究開発機構) チェンジング・ブルー.jpg 『チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る
地球の履歴書 (新潮選書)

 著者は海洋研究開発機構・生物地球化学部門のリーダーであり、この分野では日本を代表する科学者の一人です。気候変動の謎に迫った『チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る』('08年/岩波書店、'15年/岩波現代文庫)で2009年・第25回「講談社科学出版賞」を受賞しています。

 本書『地球の履歴書は、雑誌「考える人」の季刊誌の方に2013年から2015年にかけて連載したものがベースになっており、裏表紙には、「熱球から始まったこの星はどうやって冷え、いかにして生物が生まれたのか?」とあって、続いて「科学の発達とともに、私たちは少しずつ地球の生い立ちを解明してきた。戦争や探検、数学の進歩や技術革新などのおかげで、未知の自然現象の謎は氷解してきたのだ。海面や海底、地層、地下、南極、塩などを通して、地球46億年の歴史を8つのストーリーで描く」とあります。

 まず、第1章で、地球創世の歴史を説き起こし、更にエラトステネスの地球の大きさの計測の仕方を紹介、その話が、第2章から第4章にかけての、海底深度の測定や海底火山や海嶺に関する話、或いは、プレート移動と海底堆積物の分析、更には火山活動との関係の話に繋がっていくといった具合に、各章のストーリーが緩やかに繋がっているのが読み易くていいです。

 そうした中に科学史の話や、南極点到達の歴史(ノルウェーのアムンゼンとイギリスのスコットの話)など科学史以外の歴史的なエピソードも織り込み(アムンゼンとスコットの話は、ビジネス書であるジム・コリンズ著『ビジョナリー・カンパニー4』('12年/日経BP社)にも出てくるので、読み比べてみると面白い)、その上で、南極大陸の氷床について解説するなど、密度の濃い科学的解説が織り込まれているにも関わらず、繋がりが自然で、エッセイとして楽しみながら読み進むことができました。

ニオス湖.jpg まさに、著者がまえがきで述べているように、「地球上の珍奇な場所や驚くべき出来事について、科学の視点を交えながら紹介する8つのストーリー」であり、興味深い話が盛り沢山でした。話のスケールが大き過ぎたり不思議すぎたりして、ついつい現実感が無くなりそうにもなりますが(1986年、カメルーン・ニオス湖で「湖水爆発」により1700人余りが二酸化炭素中毒または酸欠で死亡したという話は知らなかった。悲劇が再発しないよう、日本の政府開発援助で二酸化炭素を強制排出するポンプが設置され、ガス抜きをしているとのこと)、一方で、随所でより身近な話を旨く織り込んで、現実に引き寄せているといった印象です。
カメルーン・ニオス湖

 例えば、東京の下町と山の手は地質学上どうやって出来たかとか、有馬温泉は泉温が90度を超える非常に高温な温泉で、しかも周囲には火山がないのは希有なことであるとかいった話は、東京のその地質学上の山の手の下町の境界近くに住み、実家がその有馬温泉に近い神戸である自分にとっては、とりわけ興味深く読めました。

 著者はまえがきで、一般書や科学セッセイを書いても、科学者の業績査定には一向にプラスにはならないとし(ボヤキ?)、限られた時間の中でこうしたエッセイを書くことを気が引けるとしながらも、一方で、現代社会を形作ってきた原動力を浮かび上がらせることを気に入っているとし、更に、寺田寅彦の「科学は科学者だけのものではない」との考えに後押しされて、こうしたエッセイを書いたとのことです。

 先にも述べた通り、エッセイと言えども、書かれている内容の知識密度は濃かったように思われ、加えて、内容の幅も広かったように思います(博覧強記と言っていいが、高踏的であったり、知識を振りかざすといったものではない)。それに加えて、飽きさせないで最後まで一気に読ませる文章は、なかなかの筆力ではないかと思います。知識的なことはすべて頭には入らなかったような気もし、時間を置いてまた読み直してもよいかなと思わせる内容の本でした。

《読書MEMO》
●目次
第1章 How Deep is the Ocean?
第2章 謎を解く鍵は海底に落ちていた
第3章 海底が見える時代
第4章 秋吉台、ミケランジェロ、石油
第5章 南極の不思議
第6章 海が陸と出会う場所
第7章 塩の惑星
第8章 地下からの手紙

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ケーススタディに実在の人物を持ち出すことの良し悪しはあるが、興味深く読めたのは事実。

回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち.jpg回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち (光文社新書)』['13年] 愛着障害  子ども時代を引きずる人々0.jpg愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)』['11年]

 「愛着障害」とは、乳幼児期に長期にわたって虐待やネグレクト(放置)を受けたことにより、保護者との安定した愛着(愛着を深める行動)が絶たれたことで引き起こされる障害です。著者は前著『愛着障害―子ども時代を引きずる人々』('11年/光文社新書)において、乳幼児は生後6カ月から大体3歳くらいまでにある特定の人物(通常は母親)と「愛着関係」を築き、その信頼関係を結んだ相手を「安全基地」として少しずつ自分の世界を広げていくが、それが旨くいかなかった場合、他人を信頼することや他人と上手くやっていくことなど、人間関係において適切な関係を築くことができにくくなるとしていました(但し、それを克服した例として、夏目漱石やヘルマン・ヘッセ、ミヒャエル・エンデなど多くの作家や有名人の例が紹介されている)。

 著者の分類によれば、愛着障害は安定型と不安定型に分類され、更に不安定型は不安型(とらわれ型。子どもでは両価型と呼ぶ)と回避型(愛着軽視型)に分けられるとし、不安型と回避型の両方が重なった、恐れ・回避型(子どもでは混乱型)や、愛着の傷を生々しく引きずる未解決型と呼ばれるタイプもあるとしています(ややこしい!)。本書は、その中でも回避型を、とりわけ、健常レベルの「回避型」が社会適応に支障をきたすレベルとなった「回避性」の愛着障害を扱っていることになります。

 前著『愛着障害』より対象が絞られて、分かりよくなっている印象も受けますが、一方で、例えばパーソナリティ障害のタイプごとに、回避性愛着障害の現れ方が次のように多岐に及んでくるとのことで、これだけでもかなりの人が当て嵌まってしまうのではないかという気がします。
 ①回避性パーソナリティ・タイプ ... 嫌われるという不安が強い
 ②依存性パーソナリティ・タイプ ... 顔色に敏感で、ノーが言えない
 ③強迫性パーソナリティ・タイプ ... 勤勉で、責任感の強すぎる努力家
 ④自己愛性パーソナリティ・タイプ ... 自分しか愛せない唯我独尊の人
 ⑤反社会性パーソナリティ・タイプ ... 冷酷に他人を搾取する

 但し、健常レベルの「回避型」と社会適応に支障をきたすレベルとなった「回避性」の愛着障害の違いは、元々は程度の差の問題であり、また、パーソナリティのタイプが何であれ、愛着スタイルが安定すれば、生きづらさや社会に対する不適応はやわらげられるとのことですので、自分がそれに該当するかもしれないと思い込むのは別に構わないと思いますが、そもことによってあまり深刻になったり悲観したりはしない方が良いかと思います。

エリック・ホッファー.jpg種田山頭火7.jpg 著者の解説のいつもながらの特徴ですが、該当する作家や有名人の事例が出てきて、回避型愛着障害と養育要因の関係について述べた第2章では、エリック・ホッファーや種田山頭火、ヘルマン・ヘッセが、回避型の愛情と性生活について述べた第4章では、同じく山頭火やキルケゴールが、回避型の職業生活と人生について述べた第5章では、同じくエリック・ホッファーや『ハリー・ポッター』シリーズの作者J・K・ローリング、児童分析家エリク・エリクソン、井上靖らが、回避性の克服や愛着の修復について述べた第6章・第7章では、カール・ユング、書道家の武田双雲、『指輪物語』のジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン、養老孟司、マリー・キューリーなどが取り上げられています。

 実際に著者自身が直接診断したわけでもないのに憶測でこんなに取り上げてしまっていいのかという批判もあるかと思いますが、こうした実在の人物を「ケーススタディ」的に取り上げることで「愛着障害」というものが多少とも分かり易く感じられるのは事実かもしれません。それと、取り上げ方が上手であると言うか、それぞれの人に纏わる話をよく抽出してテーマと関連づけるものだと感心してしまいます。ある種"作家的"とでも言うべきか。そこがまた、批判の対象にならないこともないのですが。

 一方、回避性愛着障害の克服方法については、「自分の人生から逃げない」など、やや抽象的だったでしょうか。登場した実在の人物の歩んだ克服の道のりの話の方がよほど説得力があります。とれわけ、エリック・ホッファーと種田山頭火のエピソードは大変興味深く読めました。

《読書MEMO》
愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)』より
愛着障害  .jpg●愛着パターンには安定型(60%、正常)、回避型(15-20%、安全基地を持たないのでストレスを感じても愛着行動を起こさない、児童養護施設育ちの子どもに多い、親の世話不足や放任、成長すると反抗や攻撃性の問題を起こしやすい)、両価型(10%、安全基地の機能不全により愛着行動が過剰に引き起こされている、親の関心と無関心の差が大きい場合、神経質で過干渉、厳格すぎる一方、思い道理にならないと突き放す。子どもを無条件に受け止めると言うより、良い子を求める。成長すると不安障害なりやすい。いじめられっ子)、混乱型(10%、回避型と両価型の混合、虐待被害者や精神が不安定な親の子どもに多い、将来境界型人格異常)がある(『愛着障害』37p)
●不安定型(回避型、両価型、混乱型)の場合、特有の方法によって周囲をコントロールしようとする。攻撃や罰、よい子に振る舞う、親を慰めるなどをして親をコントロールしようとする。不安定な愛着状態による心理的な不足感を補うために行われる(『愛着障害』38p)
●大人の愛着パターンには安定型、不安型(子どもの両価型に対応する)、回避型(愛着軽視型)がある。不安型と回避型を合わせて不安定型という(『愛着障害』45p)
●アメリカの診断基準では反応性愛着障害として、抑制性(誰にも愛着しない警戒心の強いタイプ、幼いときに養育放棄や虐待を受けたケースに多い)、脱抑制性(誰に対しても、見境無く愛着行動が見られる。不安定な養育者からの気まぐれな虐待や、養育者の交代によって、愛着不安が強まった状態)の2つがある(『愛着障害』46p)。
●比較的マイルドな愛着問題では、自立の圧力が高まる青春期以降に様々なトラブルとなって現れる。回避型では淡泊な対人関係を望む「草食系男子」や結婚に踏み切れない人の増加である。不安型では境界型人格障害や依存症や過食症にとなる(52p)
●愛着障害の7-8割は養育環境が原因。遺伝は2-3割である(53p)
●愛着障害の人は誰に対しても信頼も尊敬も出来ず、斜に構えた態度を取る一方で、相手の顔色に敏感であると言った矛盾した感情を持っている。それは小さいときに尊敬できない相手でも、それにすがらずに生きていけないからである(67p)
●親の愛着パターンが子どもに影響する。不安型の親からは不安型の子どもが育つ(81p)
●不安定型の愛着パターンを生む重要な要因の一つに、親から否定的な扱いや評価を受けて育つことである。たとえ子どもが人並みよりぬきんでた能力や長所を持っていても、親は否定的に育てることである(97p)
●愛着障害とは特定の人との愛着が形成されない状態であるので、誰にも全く愛着を持たないか、誰に対しても親しくなれることである。誰にでも愛着を持つと言うことは誰にも愛着を持たないことと同じである。実際問題でも、対人関係が移ろいやすい。恋愛感情でも誰に対しても同じ親しさで接すればトラブルの元になる。特定の人との信頼関係や愛情が長く維持されにくい(117p)
●回避型ではいつになっても対人関係が親密にならない。不安型では、距離を取るべき関係においても、すぐに親しくなり、恋愛感情や肉体関係になる。混合型では、最初はよそよそしいが、ちょっとしたことで急速に恋愛関係に陥る(120p)
●愛するパートナーを助けるために、自分の命を危険にさらせるのが、愛着が安定している人で、自分の価値観や信念のためなら死んでも良いと思っているのが愛着の不安定な人である(193p)
●不安定型の人は家族との関係が不安定で、支えられるどころか足を引っ張られることが多い(194p)
●回避型の人は、仕事上の問題よりも、同僚との軋轢が多く、孤立を招きやすい。これは、同僚に対して関心が乏しかったり、協調性に欠けたりするためである(195p)
●不安型の人の関心は対人関係であり、人からの承認や安心を得ることが極めて重要と考えている。回避型の人は対人関係よりも勉強や仕事や趣味に重きを置く。対人関係の煩わしさを避けるために、仕事や勉強に逃げ場を求めている。世間に向けて体裁を整えたり、社会的非難や家族からの要求を回避したりするために利用している。仕事と社交、レジャーとのバランスを取るのが苦手で、仕事に偏りがちである(196p)。
●回避型の人をパートナーに持つことは、いざというとき頼りにならないどころか、回避型の人にとって頼られることは面倒事であり、他人から面倒事を持ち込まれることは怒りを生むのである(225p)

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自動車の社会的費用の内部化の道を探り、あるべき都市交通の姿を示唆。なかなか色褪せない本。

自動車の社会的費用 (1974年) (岩波新書)_.jpg 自動車の社会的費用 (岩波新書)_.jpg   宇沢弘文.jpg    宇沢弘文のメッセージ.jpg
自動車の社会的費用 (岩波新書 青版 B-47)』宇沢 弘文(1928-2014)『宇沢弘文のメッセージ (集英社新書)

 1974(昭和49)年・第28回「毎日出版文化賞」(人文・社会部門)受賞作。

 昨年['14年]9月に亡くなった宇沢弘文(1928-2-2014/享年86)の一般向け著書で、先に取り上げた宇野弘蔵(1897-1977/享年79)とは一世代ずれますが、この人も宇野弘蔵と同様、生前はノーベル経済学賞の有力候補として度々名前が挙げられていた人です。

 本書は、混雑や事故、環境汚染など自動車がもたらす外部不経済を、社会的費用として内部化する方法を試みたものです。社会的費用とは、受益者負担の原則が貫かれていないために社会全体が被っている損失のことですが、そのコストを明確にし自動車利用者に負担させようというのが外部費用の内部化であり、本書では、自動車の社会的費用を具体的に算出し、その内部化の道を探ることを通して、あるべき都市交通の姿をも示唆しています(そうした意味では社会学的要素も含んでいる)。

 著者は、自動車のもたらす社会的費用は、具体的には交通事故、犯罪、公害、環境破壊などの形で現われるが、何れも健康や安全歩行などという市民の基本的権利を侵害し、しかも人々に「不可逆的な損失」を与えるものが多いとし、一方、このように大きな社会的費用の発生に対して、自動車の便益を享受する人々はごく僅かしかその費用を負担しておらず、逆に言えば、自動車の普及は、自動車利用者がこのような社会的費用を負担しないでも済んだからこそはじめて可能になったとも言えるとしています。

 ここで著者が問題にするのは、「不可逆的な損失」という概念であり、損失が可逆的であるならば、元に戻すのに必要な費用を計算すれば社会的費用を見積もることが出来るが、その損失が不可逆的である場合、一体どれだけの費用が妥当とされるのかということです。交通事故による死傷の被害額を算出する方法にホフマン方式があますが、人間を労働を提供して報酬を得る生産要素とみなして、交通事故によってどれだけその資本としての価値が減少したかを算定するというのは、被害者側の立場に立てば、これほどヒトとして許せない算出方法もないだろうともしています(仮に純粋にこの方式に拠るとすれば、所得を得る能力を現在も将来も持たないと推定される人が交通事故に遭って死亡した場合、その被害額はゼロと評価されることになる)。

 よって著者は、自動車の社会的費用を算出する際に、交通事故に伴う損失をホフマン方式のような方法を用いるのは適切ではないとし、同様のことは,環境破壊についても言えるとしています。具体的には、公共投資などにおいて社会的便益と社会的費用の差を指標とするコスト・ベネフィット分析について、たとえどのように大きな社会的費用を発生したとしても、社会的便益がそれを大きく上回れば望ましい公共投資として採択されることになってしまい、結果として、実質的所得配分はさらにいっそう不平等化するという結果をもたらすとしています。

 なぜ「実質的所得配分はさらにいっそう不平等化する」のかと言うと、低所得者層ほど環境破壊などの影響を深刻に受けるからであり、例えば、公害が発生した場合、高所得者層はその土地から離れることができても低所得者層にそのような選択をする余裕はなく、また、ホフマン方式が示ように低所得者が被る損害は少額にしかなり得ず、更には、人命・健康、自然環境の破壊は不可逆的な現象であって、ここで考えられているような社会的費用の概念をもってしては元々計測することができないものであるとしていています。

 しかしながら、これまで不適切な社会的費用の計算方法がまかり通ってきたのは、社会的費用の計算根拠を新古典派経済理論に求めてきたことに原因があるとしています。新古典派経済理論の問題点は、1つは、生産手段の私有制が基本的な前提条件となっていて、共有される社会的資本に対する思慮が欠落しているという問題と、もう1つは、人間を単に労働を提供する生産要素として捉えるという面が強調され、社会的・文化的・歴史的な存在であるという面が捨象されていることだとし、新古典派経済理論は、都市問題や環境問題など現代社会においてもっとも深刻な社会的・経済的問題を引き起こしている現象を解明するための理論的フレームワークを提供していないとしています。

 では、どうすればよいのか。自動車について著者は、自動車を所有し運転する人々は、他の人々の市民的権利を侵害しないような構造をもつ道路について運転を許されるべきであって、そのような構造に道路を変えるための費用と自動車の公害防止装置のための費用とを負担することが、社会的な公正性と安定性という観点から要請されてくるとしています。つまりは、自動車の通行を市民的権利を侵害しないように行うとすれば、道路の建設・維持にどれだけの追加的な費用を必要とし、自動車の無公害化のためにどれだけの投資をしなければならないかということを計算するべきであり、市民的権利を金銭換算して評価関数に組み込むのではなく、市民的権利を守ることを制約条件とするとの考えに基づいて、自動車の社会的費用を算出する必要があるとのことです。

 そのうえで著者が試算した自動車の社会的費用(投資基準)は1台あたり200万円で、当時の運輸省の試算額7万円と大きく異なっており、これこそまさに著者の言う、社会的費用の発生に対して、自動車の便益を享受する人々はごく僅かしかその費用を負担していないという実態であり、その数字の差は、人の死や環境破壊など不可逆的な市民的権利の侵害を認めるか認めないかの違いであるということになります。

 著者はこうした投資基準は自動車通行のための道路だけでなく、一般に社会的共通資本の建設にも適用することが出来るとし、このような基準に基づき公共投資を広範な用途に、例えば代替的な公共交通機関や道路に配分するとき、社会的な観点から望ましい配分をもたらすものとなり、この基準を適用することで、どのような地域に住む人々も、またどのような所得階層に属する人々も、社会的な合意をえて決定された市民の基本的権利を侵害されることがなく、他人の基本的権利を侵害するような行動は社会的に許されないという原則が貫かれ、すべての経済活動に対してその社会的費用は内部化され、福祉経済社会への転換が可能となり、ヒトにとって住みやすい、安定的な社会を実現することが出来るとしています。

 今でこそ、外部費用の内部化と言う論点は自動車のみならず環境問題などでもよく見られる議論であり、特に東日本大震災以降、「原発」の社会的費用の議論が活発化したように思われ、「大佛次郎論壇賞」を受賞した大島堅一氏の『原発のコスト―エネルギー転換への視点』('11年/岩波新書)などもその1つでしょう(この本によれば、原発の事故リスクコストやバックエンドコストは計り知れないほどの金額となるという)。しかしながら、本書が早くからこうした観点を提起していたのは評価すべきだと思います(しかも、分かり易く)。

2015東京モーターショーX.jpg 但し、自動車の問題に立ち返っても、著者が提起した問題はなんら解消されたわけではなく、実はこれ書いている今日から東京モーターショーが始まるのですが、自動車メーカーの開発課題が、スピードやスタイリングからエコへ、更に自動&安全運転へ向かっているのは当然の流れかも。
 一方で、先だってフォルクスワーゲン(VW)の排出ガス不正問題が発覚したとの報道があったり、また、つい先日は宮崎市で、認知症と思われる高齢者による自動車死亡事故があったばかりなのですが(歩道を暴走した軽乗用車にはねられ2人が死亡、4人が重軽傷。最近、この種の事故が急に多くなった)。

 それらの意味でも本書は、(幸か不幸か)なかなか色褪せることのない本と言えるかもしれません。

 尚、宇沢弘文の"人と思想"については、没後ほぼ1年となる今年['15年]9月、大塚信一・岩波書店元社長による『宇沢弘文のメッセージ』(集英社新書)が刊行されています。『自動車の社会的費用』は宇沢弘文の初めての単著であるとともに、大塚氏にとっても最初に編集した宇沢弘文の著作であったとのことで、『自動車の社会的費用』が書かれた際の経緯などが紹介されていて興味深いですが、宇沢の方から初対面の挨拶が終わるや否や大塚氏に「ぼくに『自動車の社会的費用』というタイトルで新書を書かせてくれませんか」と言ってきたとのことです。

宇沢弘文のメッセージ obi.png 『宇沢弘文のメッセージ』では、宇沢が数学から経済学に転じアメリカで活躍するようになった頃から『自動車の社会的費用』を著すまで、更に、近代経済学を再検討して日本という《「豊かな国」の貧しさ》を課題視し、「成田」問題(三里塚闘争)、地球温暖化問題、教育問題へとそのフィールドを移していく過程を通して、彼の社会的共通資本という思想を解説していますが、宇沢の人柄を伝えるエピソードが数多く含まれていて「人」という部分では興味深い一方、著者の専門外ということもあって「思想」という部分ではやや弱いかも。但し、著者はまえがきで、「宇沢の場合、その人柄と学問は一体化したもので、両者は切り離すことはできない」としており、その点は読んでいてなるほどと思わせるものがあり、また、宇沢弘文の偉大さを伝えるものにもなっているように思いました。

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マルクスの愛の生涯、その情熱と幸福、悲惨と絶望を手紙や回想録から浮彫りに。

人間マルクス.JPG  マルクス&ジェニー.jpg KarlMarx_Tomb.jpg  マルクス・エンゲルス小伝.jpg フリードリヒ・エンゲルス.jpg
マルクス&ジェニー/マルクスの墓(ロンドン/ハイゲイト墓地) 『マルクス・エンゲルス小伝 (岩波新書 青版 543)』/フリードリヒ・エンゲルス
人間マルクス その愛の生涯 (岩波新書)

 本書は、カール・マルクス(1818-1883/享年64)の生涯をフランスのジャーナリストが追ったものです。サブタイトルに「その愛の生涯」とあり、また、本書の原題も"La vie amoureuse de Karl Marx"イェニー・マルクス.jpgであるように、カール・マルクスの愛情生活を徹底的に追ったものとなっており、マルクスが4歳年上の妻ジェニー(イェニー)をいかに愛し続けたか、その情熱と幸福、悲惨と絶望を、夫人や娘たちとの手紙や友人・知己の多くの回想録等をもとに炙り出しています。また、そうすることによって、マルクスの人間性そのものを浮き彫りにし、それが彼の膨大な仕事にどのように反映されたか推し量る貴重な資料にもなっています。
ジェニー(イェニー)・マルクス

 マルクスは、ベルリン大学卒業後、ケルンの「ライン新聞」の編集長になって政治・経済問題の論文に健筆を奮いますが、急進的な論調のためプロイセン政府の検閲に遭って新聞は発禁処分になり、それが原因で1849年にパリに追放され、ブリュッセルでの生活を経てロンドンに居住し、後半生をその地で過ごすことになります。このことは、生涯のかなりの部分を亡命者として過ごしたことなるとともに、本書を読むと、常に貧困と隣り合わせだったことが窺えます。ロンドンでの彼の運動と著作は、その後の世界の社会主義運動に大きな影響を与えることになりますが、生きていた間は、その名前すら一般の人には殆ど知られていなかったようです。

Marx+Family_and_Engels.jpg ジェシーとの間に生まれた2男4女のうち、成人を迎えることができたのは長女ジェニー(妻と同じ名)・次女ラウラ・四女エリナの3人だけで、あとは病気などで亡くなっており、家計が苦しく医者に診せる費用さえ十分に捻出し得なかったことも子ども達の早逝の一因として考えられるというのはかなり悲惨です(このほか更に、出生死の子が1人いた)。また、そうした苦境を乗り越えてきたからこそ、それだけ二人の愛は強まったとも言えるかと思います。

マルクスと妻ジェニー、次女ラウラ、四女エリナ、エンゲルス。

 一方で、マルクス家に献身的に仕え、マルクス夫婦と同じ墓地に埋葬されているマルクス家の女中ヘレーネ・デムート(マルクスの家のやり繰りが苦しい時は無償で働いた)が生んだ私生児フレディの父親が、実はマルクスであったということも、本書には既にはっきり記されています(本書の原著刊行は1970年。1989年に発見されたヘレーネ・デムートの友人のエンゲルス家の女中の手紙から、ヘレーネの息子の父親がマルクスであることが確実視されるようになった)。

イェニー・マルクス.png マルクスの妻ジェニー(イェニー)は夫の不義に悩みながらもそれを許したようですが、封印されたこの一家の秘密は、その後家族に多くの抑圧を残します(この辺りは、フランソワーズ・ジルー著『イェニー・マルクス―「悪魔」を愛した女』('95年/新評論)に詳しい)。そして妻ジェニーは1881年の年末に亡くなり、悲しみに暮れるマルクスに、更にその1年後に長女ジェニーが亡くなるという悲劇が襲い、その2か月後にはマルクスも息を引き取ります。月並みな解釈ですが、やはり、マルクスにとって、妻と娘たちが生きるエネルギーの源泉だったということでしょうか(因みに、マルクス逝去の時点で存命していた2人の娘のうち、マルクスと「告白」遊びをしたりした次女ラウラは1911年に夫と共に自殺、四女エリナは1898年に恋人と無理心中して自分だけ亡くなっているが、これについては偽装殺人の疑いがもたれている)。
イェニー・マルクス―「悪魔」を愛した女

 本書によれば、マルクスは、ロンドン時代も夜となく昼となく読み、且つ書いて、膨大な著作を生み出したものの、それらは殆ど金にならず彼は絶望したとのこと、現実にそれは何年も家庭に「貧困」が腰を据えるという形で妻や子度たちの苦しめたため、彼はイギリスの鉄道会社に書記として就職しようとしたとのこと、但し、非常な悪筆のため採用を断られたとのことです(何度も彼の原稿の清書をした妻ジェニーは、マルクスの字をハエの足跡のようと言っている)。これは1862年頃の話ということで、『資本論』の第1巻が世に出るのはその5年後ですから、もし生活のために鉄道会社に勤めていたら(もしマルクスが達筆だったなら)『資本論』の方はどうなっていたでしょうか。

大内兵衛.jpg この他に、マルクスの生涯をその「仕事」よりに辿ったものに、大内兵衛(1888-1980)による『マルクス・エンゲルス小伝』('64年/岩波新書)があり、『ドイツ・イデオロギー』『哲学の貧困』『共産党宣言』『経済学批判』そして『資本論』といった著作がどのような経緯で成立したのかが、マルクスの思想形成の流れやその折々の時代背景と併せて解説されています。多少エッセイ風と言うか、著者は、「これは勉強して書いた本ではない。一老人の茶話である」とはしがきで述べていますが、「茶話」としてこれだけ書いてしまうのはやはり大家の成せる技でしょうか。

 前半3分の2がマルクス伝であるのに対し、後半3分の1はフリードリヒ・エンゲルス(1820-1895/享年74)の小伝となっています。個人的に印象に残ったのはマルクスの死後まもなくエンゲルスが旧友に送った手紙で、その中でエンゲルスは、「僕は一生の間いつも第二ヴァイオリンばかり弾いていた。これならば相手上手といったところまでやれたように思う。が、何といっても、マルクスエンゲルス.jpgという第一ヴァイオリンが上手であったのですっかり有頂天になっていた。これからはこの学説を代表して僕が第一ヴァイオリンを弾かねばならぬのだ。よほど用心をしないと世間の物笑いになるかもしれない」と書いており、並々ならぬ決意と覚悟が窺えます。『共産党宣言』はマルクスとエンゲルスの共作であるし、エンゲルスはマルクスの『資本論』執筆に際しても多くの示唆を与え続けていたとのこと、そのマルクスが亡くなった時点で『資本論』は第1巻しか刊行されておらず、『資本論』の第2巻と第3巻は、マルクスとエンゲルスの共著とも言え、『資本論』が完結を見たのはエンゲルスの功績が大きいようです。
フリードリヒ・エンゲルス(1820-1895/享年74)

マルクスとエンゲルスの銅像.jpg エンゲルスは実業家でもあり、マルクスのロンドン時代に彼はマンチェスターでエルメン・エンエルス商会の番頭として「金儲け」をし(本人の本当の関心は勉学にあったようだが)、その産物の一部をマルクスに捧げることでマルクスとその家族の生活を支える一方、自らも仕事の傍ら勉強に力を入れたとのこと、また、堂々とした体躯と奥深い知識と智慧で「将軍」などと呼ばれたりもしていたようですが(実際、軍事分野における造詣が深く、この分野の著作もあった)、ユーモアと社交性に富み、非常に魅力的な人物像であったようです。大内兵衛は本書で何度か、マルクス=エンゲルスの関係を「管鮑の交わり」と表現しています。
東ドイツ時代に建てられたマルクスとエンゲルスの銅像(ドイツ・ベルリン)

《読書MEMO》
●「告白」(ラウラからマルクスへの問いとマルクスの回答)(『人間マルクス』より)
最も高く評価する特質 ...... 一般には素朴、男性では力、女性では弱さ
性格の特徴 ...... 一貫した目的を追うこと
幸福とは ...... 闘うこと
不幸とは ...... 服従すること
最も赦しがちな欠点 ...... 軽信
最も嫌悪する欠点 ...... 奴隷根性
毛嫌いするもの ...... マーティン・タッパー ( 当時のイギリスの詩人 )
好きな仕事 ...... 古本屋あさり (あるいは本食い虫になること )
好きな詩人 ...... シェイクスピア、アイスキュロス、ゲーテ
好きな散文作家 ...... ディドロ
好きな英雄 ...... スパルタクス、ケプラー
好きなヒロイン ...... グレートヒェン ( ゲーテ『ファウスト』のヒロイン )
好きな花 ...... 月桂樹(laurel ... Laura=ラウラ)
好きな色 ...... 赤
好きな名 ...... ラウラ=ジェニー
好きな料理(Dish) ...... 魚(Fish)
好きな格言 ...... 人間に関することは何一つ私に無縁ではない(テレンティウス(ローマの劇作家)
好きな標語 ...... すべてを疑え

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「資本論」入門と言うより「宇野経済学」入門だが、それを理解するにはまたとないテキスト。

資本論の経済.JPG

       
  宇野弘蔵.jpg 宇野弘蔵(1897 - 1977/享年79)

資本論の経済学 (1969年) (岩波新書)』『資本論の経済学 (岩波新書 青版 B-67)

 かつてノーベル経済学賞候補にもその名が上がったというマルクス経済学者の宇野弘蔵(うの こうぞう、1897-1977/享年79)による、"「資本論」入門"―と言うより "「宇野経済学」入門"と呼んだ方が正しいと思われる本です。

 第1章「『資本論』の経済学」、第2章「マルクス経済学に特有な二つの用語「物神性」と「変態」について」、第3章「理論と実践―経済学と社会主義―」の全3章構成で、第1、第2章は著者が「岩波市民講座」で話した内容がベースになっており、3章は新たに書き下ろしたものですが、講義調で書かれていて、宇野弘蔵の著作の中ではとっつき易い入門書ではないかと思います。但し、それでも(難解で知られる?)「宇野経済学」ということもあって、個人的にも内容的に難解な点も少なからずありました。

 宇野経済学では、本書でも述べられていますが、『資本論』を読み解くにあたって、経済学を社会科学として確立することを目指し、社会主義イデオロギーを理論から排除しており、原理論であるところの『資本論』は資本主義経済の法則を解明するだけで、社会主義への移行の必然性を論証するものではないとしたわけです。このことによって宇野弘蔵は多くのマルクス主義者やマルクス主義経済学者から批判されることにもなりましたが、宇野学派と呼ばれる一派を形成することにもなりました。思うに、『資本論』自体が大方、資本主義経済を読み解くためのものとして読まれているようになって久しいことを考えると、こうした宇野弘蔵のスタンスは今日では強く拒絶されることはないのではないでしょうか。

 本書では第1章で、マルクス経済学の要約し、価値法則、人口法則、利潤率均等化の法則の資本主義の三大法則を解説(但し、何れも"宇野流"の見解を交えたものとなっている)、更に『資本論』との対比でレーニンの『帝国主義論』を取り上げ、『資本論』を原理論、『帝国主義論』を段階論として位置づけ、資本主義経済が19世紀の自由主義段階から20世紀の帝国主義段階に移行しても『資本論』は原理論としての有効性を失わないとしています。

 本書の約半分を占める第1章が、何と言っても本書の"読み所"でしょう。あとは、第3章で「理論」と「実践」を科学とイデオロギー(第2節)、経済学と社会主義(第3節)にそれぞれ置き換えて説明しており、この部分も宇野経済学の特質を端的に表す部分として"読み所"ではないでしょうか(第3章の第2節と第3節の終わり部分は密度が濃かった)。多少難解な部分もありますが、「宇野経済学」を理解するうえではまたとない入門書(乃至はテキスト)ではないかと思います。

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気鋭の経済学者による経済時評コラム。『21世紀の資本』での見解を裏付け、補完してくれる。

ピケティ 新・資本論m.jpgピケティ 新・資本論.png  ピケティ クローズアップ現代.png  ピケティ 21世紀の資本 - コピー.jpg
トマ・ピケティの新・資本論』('15年/日経BP社)/NHK「クローズアップ現代」21世紀の資本主義はどこヘ〜トマ・ピケティに問う〜(2015年2月2日放映)/『21世紀の資本』('14年/みすず書房)
NHK教育テレビ「NHKパリ白熱教室」(全6回)
(2015年1月9日~2月13日放映)
パリ白熱教室  第6回.jpg 『21世紀の資本』('14年/みすず書房)で、格差は長期的にはどのように変化してきたのか? 資本の蓄積と分配は何によって決定づけられているのか? 所得格差と経済成長は今後どうなるのか? といったことを 18世紀にまで遡る詳細なデータと明晰な理論によって解き明かしてブームを引き起こしたトマ・ピケティが、あのサルトルが創刊した左派系日刊紙日刊紙「リベラシオン「に'04年から'14年までに連載した経済時評83本を1冊の本にしたものです(因みに、著者の直近のコラムは「朝日新聞」にも連載されている)。

 連載が始まったのは1971年生まれの著者が30代前半の頃になるわけで、著者が早くから気鋭の経済学者として政策に対する批判や提言を行っていたことが窺われ、また、当初から非常に歯切れのいい論調であったことが分かります。フランスの国内政策だけでなく、隣国のドイツやイギリス、その他ギリシャなどEU諸国、更にはアメリカなど他国の経済政策についても(加えて日本についても)、バッサバッサと斬りまくっているという感じで、読んでいて痛快で、いかにも、この人、人気出るだろうなあ、という感じがします。

 著者が織りなすそうした様々な議論や批判の中で、フランスとドイツの経済政策に関しては特に厳しく、当時の仏サルコジ政権と独メンケル政権に対する批判は強烈なものがあります。サルコジに対しては殆ど無能呼ばわりですが、'12年に社会党オランド政権に変わってからも厳しい見方は続いているなあと(一応筆者は、格差是正を説いていることもあって社会党の論客ということにされているようなのだが)。

 700ページの専門書である『21世紀の資本』に比べて、本書はコラム集であるということで、
 ●「資本主義は所詮、世襲財産で成り立っている」
 ●「ゲイツと比較すると、ジョブズの財産は6分の1。ゲイツはウィンドウズの上がりで食べている不労所得者」
 ●「ある水準以上になると、投資リターンにより資産は加速的に増大する。この不平等を食い止めるには、国際的な累進資産税を設けるべきだ」
等々、『21世紀の資本』に比べ身近な話題が取り上げられていて、気軽に読めます(『21世紀の資本』の3分の2の厚さだが、3分の1の時間で読める)。
                                NHK「クローズアップ現代」より
ピケティ21世紀の資本1.jpg 『21世紀の資本』では、この300年で所得格差よりも資産格差の拡大の方が早いスピードで進行しているということ(資本収益率(r)>経済成長率(g))を指摘し(但し、20世紀の戦争や大恐慌によって格差が一時的に緩和された時期があった)、1990年以降に行われたフランスの減税策について、この減税が大資産やランティエ(不労所得で生活する層)の再構築を許すことに繋がるとして強く反対していたわけですが、ここでは、何度もその具体名が出てきて、その代表格(つまりは「世襲資本主義」の象徴的人物)が、ロレアル相続人のリリアンヌ・ベタンクールです。

ピケティ21世紀の資本.jpg スティーブ・ジョブズが亡くなった月['11年10月]のコラムで、幾多のイノベーションを行ったジョブズの資産が80億ドルで、ウィンドウズの上がりで食べている不労所得者ビル・ゲイツ(筆者らしい表現)の資産の6分の1であることから、「競争原理には今なお改善の余地がある」としつつ、ジョブズの資産はゲイツに及ばないどころか、リリアンヌ・ベタンクールと比べても3分の1以下であるが、リリアンヌ・ベタンクールは一度も働いたことがなく、ただ父親から資産を受け継いだだけであるとしています。

 因みに、本書注によると、2013年にフランスの長者番付上位5人のうち、2位にロレアル相続人のリリアンヌ・ベタンクール、4位にエルメス相続人のベルトラン・ビュエッシュ、5位にダッソー・グループ相続人のセルジュ・ダッソーが入っているとのこと。筆者が憤りを込めて資産の再構築、富の再配分を説く背景には、こうしたフランスという国の事情もあるのかもしれないと思いました。『21世紀の資本』での著者の見解を、具体的な経済事象や政策分析によって裏付け、補完してくれる本であるとも言えます。

《読書MEMO》
●『21世紀の資本』より
ピケティ 21世紀の資本es.jpg●まとめよう。トップ十分位は常に二つのちがう世界を包含している。労働所得が明らかに優勢な「9パーセント」と、資本所得がだんだん(時期によって、その速度はかなり迅速で圧倒的だ)重要になる「1パーセント」だ。二つのグループ間は連続的に変化しているし、当然その境界ではかなりの出入りがあるが、それでもこの両者のちがいは明確だし体系的だ。たとえば資本所得は、「9パーセント」の所得の中で、もちろんゼロではないが、通常は主な所得源ではなく、単なる補完にすぎない。(中略)反対に、「1パーセント」では、労働所得のほうがだんだん補完的な役割になる。所得の主役は資本だ。(『21世紀の資本』291p)
●「9パーセント」と「1パーセント」がまったくちがう所得の流れを糧に生きていたことを理解する必要がある。「1パーセント」の所得のほとんどは、資本所得という形で入ってくる。なかでも、このグループの資産である株と債券の利子と配当による所得が大きい。(『21世紀の資本』295p)
●(米国の)格差拡大の大半は「1パーセント」に起因するもので、国民所得に占めるシェアは1970年代の9パーセントから2000~2010年には約20パーセントにまで上昇した――11ポイントの増加だ。(中略)トップ十分位に加わった15ポイントの国民所得のうち、約11ポイント、あるいは4分の3近くが、「1パーセント」の手に渡り、そのうちのおおよそ半分が「0.1パーセント」の懐に入っている。(『21世紀の資本』307~308p)
●日本とヨーロッパの他の国々における国民所得比で2、3ポイントの増大が所得格差の著しい増加を意味することはまちがいない。稼ぎ手のトップ1パーセントは平均よりも目に見えて大きな賃上げを経験している。(中略)フランスと日本では、トップ千分位のシェアは1980年代初めには国民所得のわずか1.5パーセントしかなかったものが2010年代初めには2.5パーセント近くまで増えている――ほぼ2倍近い増大だ。(中略)人口の0.1パーセントが国民所得の2パーセントを占めるということは、このグループの平均的個人が国平均の20倍の高所得を享受していることなのだ。10パーセントのシェアなら、平均所得の100倍の所得の享受を意味する。(中略)重要な事実は、大陸ヨーロッパと日本を含むすべての富裕国で、1990年から2010年にかけて、平均的個人の購買力が沈滞していたのに対し、上位0.1パーセントは購買力の著しい増加を享受したということだ。(『21世紀の資本』330~333p)
●最も裕福な1パーセント――45億人中4,500万人――は、1人当たり平均約300万ユーロを所有している。これは世界の富の平均の50倍、世界の富の総額の50パーセントに相当する。(『21世紀の資本』454p)

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