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「脳を分けることができるなら?」という仮説を巡っての考察が新鮮だった。

「死」とは何か 完訳版1___.jpg『「死」とは何か 完全翻訳版』.jpg「死」とは何か.jpg 
「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版

 イェール大学で20年以上続いている著者の「死」をテーマにした講義を書籍化したもので、2018年10月に384ページの縮訳版が刊行され、翌2019年7月にそのほぼ倍の769ページに及ぶ完訳版が刊行されています。本書は前半が、「死」とは何かを考察する「形而上学」的なパートになっており、後半が、「死」にどう向き合うかという「人生哲学」的とでも言うべき内容になっていますが、縮訳版では、
  第1講 「死」について考える
  第2講 二元論と物理主義
  第3講 「魂」は存在するか?
  第4講 デカルトの主張
  第5講 「魂の不滅性」についてのプラトンの見解
  第6講 「人格の同一性」について
  第7講 魂説、身体説、人格説――どの説を選ぶか?

  第8講 死の本質
  第9講 当事者意識と孤独感――死を巡る2つの主張
  第10講 死はなぜ悪いのか
  第11講 不死――可能だとしたら、あなたは「不死」を手に入れたいか?
  第12講 死が教える「人生の価値」の測り方
  第13講 私たちが死ぬまでに考えておくべき、「死」にまつわる6つの問題
  第14講 死に直面しながら生きる
  第15講 自殺
の全15講の内、第2講~第7講が割愛されていたようです。縮訳版は結構話題になったものの、大幅な割愛に対する読者から不満もあったりして、完訳版の刊行となったようです。

 個人的には、後半の「人生哲学」的なパートも悪くなかったですが、結構ありきたりで、やはり前半の「死」とは何かを考察する「形而上学」的なパートが良かったです(実質的には第10講かその前ぐらいまでは、「形而上学」的な要素も結構含まれているとみることもできる)。この本の場合、「死」について考えることはそのまま、「心((魂)」とは何か、「自分」とは何かについて考えることに繋がっているように思いました。

 著者の立場としては、「人間=身体+心(魂)」であるという「二元論」を否定し、「人間=身体」であるという「物理主義」を支持しています。現代科学の趨勢からも、個人的にも、確かにそうだろうなあとは思います。つまり、「私」乃至「私の心」とは、ラジオ(身体)から流れてくる音楽(意識)のようなもので、両者は一体であり、デカルトの言うように「身体」と「心」は別であるという「二元論」は成り立たないと。ただし、頭でそう思っても、無意識的に「二元論」的に自己を捉えている面があることも否定し得ないように思います。

 本書では(縮訳で割愛された部分だが)、デカルトの「二元論」や、プラトンの「魂の不滅性」に丁寧かつ慎重に反駁していくと共に、「人格の同一性」(=その同一なものこそが「私」であるという考え)について取り上げ、自分とは何かというテーマに深く入っていき、魂説、身体説、人格説のそれぞれを論理的に検証していきます。

 個人的に非常に興味深く思ったのは、魂説、身体説、人格説と並べれば、本書の流れからも身体説が有力であり、実際に本書では、「人格説への異論」を唱えることで「身体説」の有効性を手繰り寄せようとしていますが、同時に、身体説の限界についても考察している点です(第7講)。

 わかりやすく言えば、例えば誰かが他人から心臓移植を受けても、その人が「自分」であることは変わらないですが、脳の移植を受ければ、それは脳の持ち主が身体の持ち主になるということ。つまり、身体が滅んでも脳が生き延びれば「自分」は生き延びるということで、これがまさに「身体説」であるということかと思いますが(つまり、「自分」とは脳という「身体」の産物であるということ)、本書では、「脳を分けることができるとしたら?」という思考実験をしています。

 つまり(知人の子で、生後すぐに脳腫瘍の手術をして脳が片側しかない子がいて、それでも普通に生活しているが)、仮にある人の右脳と左脳をそれぞれ別の身体に移植したら、「人格」も「身体」も分裂できるのか?、その際に「魂」はどうなるのか?(ここで「魂」論が再び顔を出す)という問題を提起しており、ここから、「魂」も分裂できるのか?(この場合の「魂」は「意識」と言ってもいいのでは)、分裂できない場合、「魂」は誰のものか?、分裂できなければ魂なしの人間が生まれてしまうのか?、といった様々な難問が生じ、「魂」説はこの分裂の仮説に勝てず、さらに、圧倒的にまともに思えた「身体説」も同時に脆弱性を帯びてくるということです。

 個人的には、本書の中で、この「脳を分けることができるなら?」という仮説を巡っての考察が、今まで考えたことがなくて最も斬新に感じられ、それを考えさせてくれただけで、本書を読んだ価値はあったように思います。

 後半の「死」との向き合い方とでも言うか、死を通しての「人生の価値」の測り方(第12講)などは、どこかでこれまでも考えたことがあるような話であるし(「太く短く」がいいか「細く長く」がいいかとか、「終わり良ければすべて良し」なのかとかは、無意識的に誰もが考えているのでは)、死ぬまでに考えておくべきこと(第13講)、死と直面しながら生きるとはどういうことか(第14講)、自殺の問題(第15講)なども、ものすごく斬新な切り口というわけでもないように思いました。

 読者によっては、後半の方が「胸に響いた」という人がいてもおかしくないと思いますが、「余命宣告をされた学生が、"命をかけて"受けたいと願った」授業というキャッチコピーほどではないかも。既視感のある「人生哲学」よりも、やはり「形而上学」のパートがあってこその本書の面白さであり、その部分において新鮮な思考実験を示してくれていたので「◎」としました。

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「●相対性理論・量子論」の インデックッスへ 「●講談社現代新書」の インデックッスへ ○日本人ノーベル賞受賞者(サイエンス系)の著書(湯川秀樹) 「●岩波新書」の インデックッスへ

専門的な数式を避けて現代物理を解説『物理の世界』。アインシュタインの岩波版にも通じる。

物理の世界 講談社現代新書 旧カバー.jpg 物理の世界 講談社現代新書 新カバー.jpg 湯川秀樹 1949.jpg  物理学はいかに創られたか 上.jpg 物理学はいかに創られたか 下.jpg
物理の世界 (講談社現代新書)』['64年]湯川 秀樹/『物理学はいかに創られたか(上) (岩波新書)』『物理学はいかに創られたか(下) (岩波新書)』['39年]

物理の世界/物理学はいかに創られたか.JPG 『物理の世界』は1964年6月刊行で、執筆者に1949年にノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹(1907- 1981)博士の名があり、序文も湯川博士が書いていますが、当時は現役の京都大学教授でした(残り2人の著者、片山泰久(1926 - 1978)も当時京大教授で山田英二は助教授)。

物理の世界 真鍋.JPG 堅苦しい理論や専門的な数式を避けながら、現代物理の全体像とキー・ポイントを要領よく説いた入門書を創りたいという湯川博士の念願を実現したのが本書であるとのことで、そのためSFの手法を借りています(先に取り上げた相島 敏夫/丹羽小弥太 著『こんなことがまだわからない』('64年/ブルーバックス)と同じく、イラストは真鍋博)。

 例えば、全9話から成る本文のうち、第1話では、主人公たちの知る博士(SFに定番の所謂「ハカセ」)が、過去に存在した人間の脳を現代に呼び戻す装置を完成させたという前提のもと、アルキメデスやケプラー、プランクを呼び出して彼らに物理学の発見の歴史の話を訊くという設定で、第2話では、金星に向かう宇宙船の船内で、A氏とB氏が、主にニュートン力学に関する対話するといった具合です(A氏とかB氏という表現に真鍋博のイラストが似合う(笑))。こんな感じで最後までいき、最終章の第9話も、ギリシャのターレス、レウキッポス、ピタゴラスらを現代に呼び寄せて会話させるスタイルをとっていて、こうした会話部分は誰が書いたのでしょうか。話はニュートン力学からエネルギーとエントロピーの話になって、電波とは何か、分子・原子とは何かという話になり、相対性原理の話になって、最後は素粒子物理学の話になっていきます。

アルベルト・アインシュタイン.jpg これで思い出すのが、岩波新書のアインシュタインとインフェルトの共著『物理学はいかに創られたか(上・下)』で、1939年10月刊行という岩波新書が創刊された翌年に出た本ですが、こちらも、数式を一切使わずに、一般性相対理論や量子論まで展開される物理学の世界がコンパクトにまとめられています。

 話は古典力学から始まり(『物理の世界』もそうだった)、すべての現象は物体と物体との距離が決めるものであり、そこには引力や斥力が働く慣性の世界があるというニュートン力学の理論を第1章で解説し、第2章でその古典力学に反証を行い、第3章と第4章で、物理学を根本から覆してしまった相対性理論と量子力学を解説しています。

Albert Einstein converses with Leopold Infeld in Princeton.
Albert Einstein converses with Leopold Infeld.jpgレオポルト・インフェルト.jpg 共著者のレオポルト・インフェルト(1898-1968)はユダヤ系ポーランド人の物理学者で、アインシュタインはインフェルトのポーランドからの救出を米国に嘆願したものの、すでに何人ものユダヤ人の脱出を援助していたため効力が弱く、そこで、インフェルトとの共著でこの物理学の一般向けの本を書き、推薦書の代わりにしたとのことです。アメリカに渡ったインフェルトは1936年からプリンストン大学の教職に就き、アインシュタインの弟子となって、必ずしも数学が得意ではなかったアインシュタインに対して多くの数学的助言をしたとのことです(ブルーバックスに『アインシュタインの世界―物理学の革命』('75年)という著作がある)。

石原純 作品全集』Kindle版
石原純 作品全集.jpg また、翻訳者の石原純(1881-1947)は、理論物理学者であると同時に科学啓蒙家でもあり、西田幾多郎や九鬼周造にハイゼンベルクの不確定性原理をはじめとする当時最先端の物理学の知識を伝達したことでも知られている人で、科学雑誌の編集長をするなど一般の人向けにも啓発活動を行っており、 "科学ジャーナリスト"のはしりと言っていい人ではないかと思います。

 両著を比べると、『物理の世界』の方が相対論、量子論はさらっと流している印象で、相対論はやはり『物理学はいかに創られたか』の方が詳しいでしょうか(量子論の方は初歩的な解説して終わっている(笑))。ただ、同じ入門書でありながらも、『物理学はいかに創られたか』の方が、古い翻訳であるというのもあるかもしれませんが、少しだけ難解だったかもしれません。
 

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こんなことがまだわからない9.JPGこんなことがまだわからない0.JPGこんなことがまだわからない―科学を困らす24のナゾ.jpg
こんなことがまだわからない―科学を困らす24のナゾ (ブルーバックス 26)』['64年]
(本文イラスト:真鍋博

 科学ジャーナリストの相島敏夫(1905 - 1973)と科学評論家の丹羽小弥太(1917 - 1983)の共著で、1964年1月刊。ブルーバックスはその前年9月刊行の菊池誠『人工頭脳時代』が創刊第1号なので、同レーベルの中でもかなり初期にものとなります(刊行№は26)。取り上げられている科学の疑問は以下の24です。
 ・なぜ私たちはカゼをひくのか
 ・日本脳炎のウイルスは秋になるとどこへいくのか
こんなことがまだわからない20.JPG ・渡り鳥はなぜ渡る
 ・日本人はどこから来た
 ・太陽はなぜ熱いのか
 ・汗はなぜかく
 ・太陽の使者は私たちに何をもってくるか
 ・花はなぜ咲く
 ・何が雨をよぶのか
 ・海水から真水がとれないか
 ・泡にもナゾがある
 ・夢と眠りのふしぎ
 ・月世界はどんな所か
 ・宝石は合成できないか
 ・地震は予知できるのか
 ・地球の内部はのぞけないものか
 ・地球はほんとうにまるいのか
 ・知られざる塩
 ・どうして味や香りを感じるか
 ・アレルギーはどうしておこる
 ・ガンの正体はつきとめられたか
 ・内臓の交換はなぜむずかしいのか
 ・生きるということ

 「日常の科学」とでも言うか、生活に馴染みがある事象を多く取り上げていて、各テーマの中でも更に細分化されたテーマについて、わかっていることについては解説を、わからないことについてはどこまでがわかっていてどこまでがわかっていないかを丁寧に解説しています。

 何十年かぶりに読み返してみて、今でも依然わかっていないことの方が多いように思えました。大体、科学というものは、わかればわかっただけ、新たにわからないことが多くなるのだろうなあという気がします。

 両著者がそれぞれ「暮らしの手帖」と「婦人画報」に連載したものに加筆したもので、だから身近な事象を多く取り上げているのだとは思いますが、細分化されたテーマの解説などのなかにはかなり専門的な話もあり、密度が濃く、手抜きされてはいないという印象を受けます。昭和30年代から40年代にかけて、日本人の間に強い科学指向があったのではないかなと思います。

 2013年に版元がブルーバックスの刊行50周年を記念して「発行部数ランキング」を「創刊50年の通算ランキング ベスト20」と「21世紀のランキング ベスト10」に分けて発表していますが(本書は19位にランクインしている)、ベスト20のほとんどが60年代か70年代の刊行です(2017年に通算2000番突破を記念して新ランキングが発表されたが「21世紀のランキング ベスト10」の第10位以外は変わっていない)。

 う~ん、他にも「サイエンス・アイ新書」('06年創刊)のようなサイエンス系の新書レーベルが創刊されたりしたこともあったかもしれませんが、「PHPサイエンス・ワールド新書」('08年創刊)が休刊になったりするなど、全体のパイ自体がそれほど増えていない気がします。サイエンス系に関心を持つ生徒や学生の裾野が狭まっているようにも思えますが、どうなのでしょうか。

《読書MEMO》
●ブルーバックス創刊50年の通算ランキング ベスト20(2013年)
1 1998『子どもにウケる科学手品77』 後藤道夫
2 1975『ブラックホール』 ジョン・テイラー
3 1966『相対性理論の世界』 ジェームズ・A.コールマン
4 1968『四次元の世界』 都筑卓司
パズル・物理入門(旧).gif5 1967『パズル・物理学入門』 都筑卓司
6 1965『量子力学の世界』 片山泰久
7 1970『マックスウェルの悪魔』 都筑卓司
8 1965『計画の科学』 加藤昭吉
9 1968『統計でウソをつく法』 ダレル・ハフ
10 1969『電気に強くなる』 橋本尚
11 1971『タイムマシンの話』 都筑卓司
12 1978『相対論はいかにしてつくられたか』 リンカーン・バーネット
13 1974『相対論的宇宙論』 佐藤文隆/松田卓也
14 1972『新・パズル物理入門 都筑卓司
15 1970『不確定性原理』 都筑卓司
16 1968『確率の世界』 ダレル・ハフ
17 2001『記憶力を強くする』 池谷裕二(21世紀のランキング1位)
18 1968『推計学のすすめ』 佐藤 信
こんなことがまだわからない―科学を困らす24のナゾ.jpg19 1964『こんなことがまだわからない』 相島敏夫/丹羽小彌太
20 1977『マイ・コンピュータ入門』 安田寿明
●21世紀のランキング ベスト10(2013年)
1 2001『記憶力を強くする』 池谷裕二
分かりやすい説明の技術.jpg2 2002『「分かりやすい説明」の技術』 藤沢晃治
進化しすぎた脳 中高生と語る〈大脳生理学〉の最前線.jpg3 2007『進化しすぎた脳』 池谷裕二
4 2005『計算力を強くする』 鍵本 聡
5 2004『大人のための算数練習帳』 佐藤恒雄
6 2005『マニュアル不要のパソコン術』 朝日新聞be編集部
7 2001『化学・意表を突かれる身近な疑問』 日本化学会
8 2004『「分かりやすい文章」の技術』 藤沢晃治
村山斉 『宇宙は本当にひとつなのか』.jpg9 2011『宇宙は本当にひとつなのか』 村山 斉
算数パズル「出しっこ問題」傑作選.jpg10 2001『算数パズル「出しっこ問題」傑作選』 仲田紀夫

   
●2017年発表版

 2013年版との違いは、「21世紀」のランキングの第10位が入れ替わっているのみ
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rekidai2.png
創刊(1963年)〜90年代まで
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2000年代〜現在(2017年)まで
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楽しく読める『中国の名句・名言』。日本人論としても読める『日本の名句・名言』

中国の名句・名言 日本の名句・名言7.JPG中国の名句・名言 (講談社現代新書).jpg 日本の名句・名言 (講談社現代新書).jpg
中国の名句・名言 (講談社現代新書)』『日本の名句・名言 (講談社現代新書)

中国の名句名言_0413.JPG 中国文学者の村上哲見(1930- )東北大学名誉教授の56歳の頃の著書で、同じ講談社現代新書に姉妹書として同著者の『漢詩の名句・名吟』('90年)があります。また、これも講談社現代新書で、増原良彦氏の『日本の名句・名言』('88年)というのもあります。中国の名句・名言を、テーマに沿って取り上げ、わかりやすく解説しています。

 第1章「春・秋」では、『唐詩選』にある孟浩然の「春眠 暁を覚えず」、宋の詩人・蘇東坡(蘇軾)の「春宵一刻値千金」から始まって、これも『唐詩選』にある劉廷芝の「年年歳歳 花相似たり、歳歳年年 人同じからず」、張継の「月落ち鳥啼いて 霧 天に満つ」などが紹介されています。

楊貴妃.jpg西施.jpg 第2章「美人・白楽天二題」では、まずは「明眸皓歯」で、これは、杜甫が「哀江頭」において、玄宗皇帝の寵愛を受けながらも無残な最期を遂げた楊貴妃のことを悼んだもの。「顰に倣う」は「荘子』にあり、こちらは越王(勾践(こうせん)の復讐の道具として使われた悲劇のヒロインである西施(せいし)ですが、紀元前500年くらいの人なんだなあ。

 第3章「項羽と劉邦・勝負」では、やはり項羽の「四面楚歌」が最初にきて、「虞や虞や 若を奈何せん」と、虞美人が登場。「背水の陣」を布いたのは、劉邦の麾下の韓信でした。垓下の包囲を脱出したものの、天命を悟って自刎した項羽でしたが、後に晩唐の詩人・杜牧に「題烏江亭」で「捲土重来」(まきかえし)が出来たかもしれないにと謳われます。「彼を知り己を知らば、百戦殆うからず」は『孫子』、「先んずれば人を制す」は『史記』でした。

中国の名句名言_0412.JPG 第4章「政治・戦争」では、「朝令暮改」「朝三暮四」「五十歩百歩」とお馴染みの故事成語が続きますが、やはり杜甫の「春望」の「国破れて山河在り」が有名。これ、『唐詩選』には入ってないそうですが、日本人に馴染みが深いのは、芭蕉が『おくのほそ道』で引用したのと、あと著者は、日本人の敗戦の時の心象と重なるからだと分析しています。ただし、安禄山が唐を破った(亡ぼした)わけではなく、この詩における「国破れて」は戦乱で首都・長安の一帯が破壊されたことをさすとのことです。

 第5章「人生・白髪・無常」では、杜甫の「人生七十 古来稀なり」から始まって、『唐詩選』の魏徴の詩「述懐」にある「人生意気に感ず」、李白の五言絶句「秋浦歌」の「白髪三千丈」、同じく唐の張九齢の「宿昔 青雲の志 蹉たたり 白髪の年」、陶淵明の「歳月 人を待たず」まどなど続きますが、後の二つは何だか侘しい。

 第6章「酒」で最初にくるのは「酒は百薬の長」で、班固の『漢書』にあるから古くから言われているのだなあと思ったら、漢の帝位を奪った王莽が、財政困難を脱するため酒を専売にした際のスローガンのようなものだったのかあ。「一杯 一杯 復た一杯」は李白でした。

 第7章「修養・『論語』より」では、『周易』の「君子豹変」(悪い意味で使われることが多いが、実は"立派になる"こと)から始まって、『大学』の「小人閑居して不善を為す」、『論語』の「巧言令色鮮なし仁」「過ちを改むるに憚ること勿れ」「過ぎたるはなほ及ばざるがごとし」「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」と、この辺り、いかにも論語らしいなあと。

 著者の個人的体験や世評風のコメントも織り交ぜ、エッセイ感覚で楽しく読めます。

日本の名句・名言0416.JPG 増原良彦(1936- )氏の『日本の名句・名言』も、同じような趣旨でまとめられていて、こちらも楽しく読めました。ただ、中国の故事成語のようにピタッと漢字四文字前後で"決まる"ものがほとんどなく、例えば「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」とか、「何せうぞ、くすんで、一期は夢よ。ただ狂へ」とか、やや長めのものが多くなっています。

 『古今和歌集』から石川啄木、井伏鱒二まで広く日本の名句・名言を拾っていますが、良寛の「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候」や、親鸞の「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」、一休禅師の「門松は めいどのたびの一里づか 馬かごもなく とまりやもなし」のように、仏教の先人たちの言葉が散見されます。これは、増原氏のペンネームが「ひろさちや」であると言えば、「ああ、あの仏教の「ひろさちや」.jpgヒトか」ということで、多くの人が思い当たるのではないかと思います。

 ただ、本書に関して言えば、宗教臭さは無く、むしろ、ある種、日本人論としても読めるものとなっています。『論語』をはじめ、中国の影響を多分に受けていることが窺えますが、日本と中国で「忠」と「孝」の優先順位が逆転した(中国では「孝」が上、日本では「忠」が上)という論は興味深かったです(本名の増原良彦名義で同じ講談社現代新書に『説得術』('83年)、『タテマエとホンネ』('84年)という著作がある)。

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タイトルに違わぬ、故事成句でたどる「楽しい中国史」。

故事成句でたどる楽しい中国史.jpg
  井波 律子.jpg 井波律子氏(国際日本文化研究センター教授)
故事成句でたどる楽しい中国史 (岩波ジュニア新書)

 今年['20年]5月に亡くなった「三国志演義」など翻訳で知られる、国際日本文化研究センター名誉教授の井波律子氏の著書。死因は肺炎と報じられていますが、3月に京都市内の自宅で転倒して頭を打ち入院、誤嚥性肺炎を併発したようで、精力的に活動していただけに、76歳の死は惜しまれます。

 本書は、神話・伝説の時代から清王朝の滅亡に至るまでの歴史を、その時々に生まれた故事成句を紹介しながら解説したものです。別の見方をすれば、故事成句を繋いで歴史解説をしたような形になっているとも言え、それが可能だということは、いかに多くの故事成句が中国史の過程で生まれたかということになり、中国文化の一つの特徴を端的に示しているようにも思えます。全6章から成り、その時代を代表する故事成句が各章のタイトルにきています。

 第1章(五帝時代、亡国の君主たち)のタイトルは「覆水盆に返らず」で、これは太公望が自分が出世したら復縁を求めてきた元妻に言ったもの。そのほか、理想の君主・尭舜の時代の「鼓腹撃壌」や、妲己に溺れた紂王の「酒池肉林」など、優れた君主とダメ君主が交互に出てきて、故事成句の天と地の間を行ったり来たりしている印象です。

 第2章(春秋五覇、孔子の登場、戦国の群像、西方の大国・秦)のタイトルがあの超有名な「呉越同舟」で、そのほか、宮城谷昌光『管仲』('03年/角川書店)でも描かれた一度は敵味方になってしまった管仲と鮑叔の友情(二千七百年前の!)に由来する「管鮑の交わり」、かける必要のない情けをかけてしまった「宋襄の仁」、その他「恨み骨髄に入る」「屍に鞭うつ」と、春秋時代は戦さ絡みがとりわけ多く、「呉越同舟」もその類です。孔子が出てきて、「巧言令色、鮮し仁」とかやや道徳的になるものの、荘子になると「胡蝶の夢」とぐっと哲学的になります。時代は戦国に入って、秦が覇権を握るまで乱世は続きますが、これも宮城谷昌光の『孟嘗君』('95年/講談社)に出てくる「鶏鳴狗盗」とか、この辺りは日本の小説家でいえば宮城谷昌光氏の独壇場?

 第3章(秦の始皇帝、漢楚の戦い、前漢・後漢王朝)のタイトルは班超の「水清ければ魚棲まず」。司馬遼太郎の『項羽と劉邦』('80年/新潮社)にも描かれている項羽と劉邦の戦いにおいては、「鴻門の会」とかありましたが、これはむしろ出来事であり、負けるが勝ちを意味する「韓信の股くぐり」の方が故事成語っぽいでしょうか。「国士無双」「背水の陣」も韓信。一方の項羽が耳にした「四面楚歌」は有名(あれって劉邦の軍師・張良の策略ではなかったっけ)。そして、武勇で知られた韓信も、劉邦の妻・呂后の粛清に遭い、「狡兎死して走狗煮らる」と嘆くことに。その後に起こった漢も、最初は良かった武帝が晩年は「傾城・傾国」の美女に溺れてしまいます。そう言えば、後漢の班超は、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉も遺していました。

 第4章(三国分立、諸王朝の興亡)のタイトルは「破竹の勢い」「治世の能臣、乱世の奸雄」と言われた魏の曹操、「三顧の礼」で諸葛亮を迎え入れた蜀の劉備、そして、劉備と同盟し赤壁の戦いに曹操を破った呉の孫権と、まさに「三国志」の時代。「泣いて馬謖を斬る」ことで信賞必罰の規範を示した諸葛亮は、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」とまで言われますが、その死とともに三国志の時代は終わります。「破竹の勢い」で西晋の全土統一に貢献したのは杜預ですが、統一とともに王朝の衰亡が始まるという典型例で、西晋滅亡後三百年も混乱と分断の時代は続きます。

 第5章(唐・三百年の王朝、士大夫文化の台頭)のタイトルは孟浩然の「春眠暁を覚えず」で、ちょっと落ち着いてきたか。それでも、安史の乱があり、安禄山軍に一時拘束された杜甫が「国破れて山河在り」と謳っているし、黄巣の乱では曹松が「一将 功成りて 万骨枯る」と。この辺りは、故事成語というより七言絶句などの故事成句が多く、蘇軾の「春宵一刻直千金」などもそう。時代は五代十国を経て北宋、南宋へ。

 第6章(耶律楚材と王陽明、最後の王朝)のタイトルは「山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し」で、これ、明代の王陽明の言葉ですが、何だか日本の時代劇でも聞きそうな印象があります。この章は元・明・清の各代をカバーしてますが、太古の戦国の時代のような、短くバシッと決まった故事成語は少なくなってきた印象も受けます。

 以上、各章の故事成句をほんの一部だけ拾いましたが、全体としては陳舜臣の『小説十八史略』('77年/毎日新聞社)を圧縮して読んだような印象です。ジュニア新書でありながらも、こうした本が書けるということは、文学だけでなく歴史にも通暁している必要があり、著者自身は六朝文学が専門の研究者でありながら、その知識の裾野の広さは、ある種"学際的"と言ってもいいのかもしれません(同著者の『奇人と異才の中国史』('05年/岩波新書)にも同じことが言える)。

 昔はこうした、専門分野に限定されず本を書ける学者が多くいたような気がし、中国文学で言えば吉川幸次郎などはそうであったように思いますが、著者は吉川幸次郎に学んだ最後の高弟でもあります。小学生のころの自分を「耳年増(どしま)」と描写していて、京都・西陣の家に近い映画館街に通いつめ、中学に入る前に都合2千本も見たせいだといい、そうした専門分野に捉われない素養が早くから培われたのかもしれません。タイトルに違わぬ「楽しい中国史」でした。

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かなりマニアック? 観た映画があると嬉しいくらい、知らない映画が多かった。

日本映画隠れた名作-昭和30年代前後- 中公選書.jpg日本映画隠れた名作-昭和30年代前後- 中公選書 - コピー.jpg 秀子の応援団長 vhs.jpg
日本映画 隠れた名作 - 昭和30年代前後 (中公選書)』 「秀子の応援団長」高峰秀子/灰田勝彦

 サブタイトルに、「昭和30年前後」とあり、昭和19年生まれの川本三郎氏と、昭和23年生まれの筒井清忠氏の二人の対談形式で、しかも二人とも早くから映画を見始めているということもあって、自ずとそうなるのかもしれません。ただ、読んでみると、「昭和30年前後」の「前後」をかなり幅広い年代にわたって解釈している印象も受けました。かなりマニアック? と言うか、観たことがある映画があると嬉しいくらい、知らない映画が多かったです。

「魔像」(昭和27年)山田五十鈴/阪東妻三郎(二役)
魔像  1952jh.jpg 第1章(「ふたりの映画回想」)で、二人の個人的映画史を一気に振り返っています。川本氏が一番最初の頃に見た映画の一つに、坂東妻三郎の「魔像」(昭和27年)を挙げていて、怖かった覚えがあると述べていますが(坂東妻三郎が二役を演じた)、8歳頃でしょうか。自分も観たことがある映画が出てきて、一瞬ついて行けるかなと思いましたが、どんどんマニアックになっていきました。「二十四の瞳」(昭和29年)や「東京物語」(昭和28年)のような「隠れた名作」ならぬ超有名映画の話も出てきますが、これはあくまで「戦争」という話題に絡めてのことのようです。久松静児監督作は、川本氏が江戸川乱歩「心理試験」の映画化である「パレットナイフの殺人」(昭和21年)をビデオで観たそうで、筒井氏は同監督作では「三面鏡の恐怖愛よ星と共に 01.jpg(昭和23年)を挙げています。北海道つながりで、川本氏が小津安二郎監督の「東京暮色」(昭和32年)の中村伸郎と山田五十鈴が最後北海道に行くことを指摘、さらに、池部良、高峰秀子の「愛よ星と共に」(阿部豊監督、昭和22年)で、池部良が北海道にジャガイモの品種改良に行くと。当時「北海道に行けば何とかなる」という夢があったとのことですが、小津安二郎監督の「出来ごころ」(昭和9年)でも、坂本武が北海道に行く開拓民船(蟹工船?)に乗り込み金を工面しようとしたのではなかったでしょうか。

「愛よ星と共に」(昭和22年)高峰秀子

「黒い画集・寒流」(昭和36年)新玉三千代/池部良
黒い画集 寒流01.jpg 第2章以下は主に監督別に「隠れた名作」を振り返っていて、第2章(「戦後」の光景)では、家城巳代治、鈴木英夫、千葉泰樹、渋谷実、関川秀雄などが取り上げられています。この辺りの監督、あまり観ていないなあと思いつつも、川本氏が、池部良が出てくる清張ミステリーで、新玉三千代がファム・ファタルになる鈴木英夫監督の「黒い画集・寒流」(昭和36年)を忘れられないとし、筒井氏も、人間というのはこういうふうに裏切るんだということがわかる逸品としていて、確かにそう思います。千葉泰樹監督作では、川本氏が、高峰秀子、灰田勝彦共演の「秀子の応援団長」(昭和15年)で、実は二人が一緒の場面が無いことを指摘、川本氏が以前に高峰秀子にインタビューした時、彼女が「あの映画で私、灰本日休診_3.jpg田勝彦さんの顔を見ていないのよ」と言っていたそうで、ビデオジャケットでも共に並んで写っているだけにやや驚きました。筒井氏が戦前の映画とは思えず、戦後的であると言っているのにも納得です。渋谷実監督作は個人的には「本日休診」(昭和27年)しか観ていませんが、川本氏が、好きなのはこの作品くらいかなと言っています(笑)。

「本日休診」(昭和27年)岸恵子/柳永二郎

 第3章(「純真」をみつめて)では、清水宏、川頭義郎、村山新治、田坂具隆などの監督に触れています。ただ、個人的には、この中では清水宏などは〈巨匠〉と清水宏監督 『簪』 1941 .jpg呼ぶ人もいるのではないかなあと。しかしながら、世間一般の知名度で言うと、小津安二郎などよりはマイナーということになるのかもしれません。井伏鱒二「四つの湯槽」の映画化作品「」(昭和16年)を筒井氏が名作とし、川本氏もいいですよと言>っています。温泉が舞台で、負傷兵の笠智衆が温泉で湯治いているところへ、田中絹代が身延山参りでやって来る話でしたが、井伏鱒二の定宿が下部温泉にあったそうですが、映画のロケはそこではやっていないそうです。斎藤達雄の大学教授は、あれはインテリ批判だったのかあ。川頭義郎監督は、俳優川津祐介の実兄ですが、早くに亡くなったなあ。

「簪」(昭和16年)田中絹代/笠智衆

「張り込み」(昭和33年)大木実/高峰秀子
『張込み』(1958)2.jpg張込み 1958汽車.png 第4章(「大衆」の獲得)では、滝沢英輔、野村芳太郎、堀川弘通、佐伯清、沢島忠、小杉勇などの監督を扱っています。この中で、川本氏も述べているように、松本清張作品と言えば野村芳太郎になるなあと。「張り込み」(昭和33年)では、アバンタイトル(タイトルが出る前のシーン)が12分もあったのかあ。当時としては珍しかったようです。でも、川本氏が証言2.bmp黒い画集 あるサラリーマンの証言.jpg言うように、宮口精二と大木実が夜行に乗り込んで、東海道本線、山陽本線を経由して、ようやっと佐賀についたところでタイトルが出るのですが、そこまで行くのに丸一日かかったというところに時代が感じられ、良かったです(あれを今の時代に再現するのは難しため、結局テレビでドラマ化されるとどれも今の時代に改変されてしまう)。筒井氏は「砂の器」(昭和49年)と共に大傑作としていますが、確かにそうだけれど、その分"隠れた名作"と言えるのかは疑問です。同じ清張原作でも、「黒い画集 あるサラリーマンの証言」(昭和35年)は堀川弘通監督作でした。

「黒い画集 あるサラリーマンの証言」(昭和35年)小林桂樹/原知佐子

エノケンの森の石松 yanagiya .jpg 第5章(「職人」の手さばき)では、中村登、大庭秀雄、丸山誠治、中川信夫、西河克己などに触れていますが、まさに職人というべき監督ばかりかも。中川信夫は「東海道四谷怪談」(昭和34年)が有名ですが、初期作品で「エノケンの森の石松」(昭和14年)というのがあり、あれも舞台は東海道でした(エノケンと柳家金語楼の「江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」の掛け合いが)。西河克己は、吉永小百合の「伊豆の踊子」(昭和38年)を撮っていますが、山口百恵の「伊豆の踊子」(昭和49年)も撮っていました。筒井氏は吉永小百合の方が叙情性があると評価していますが、撮られた時代もあるのだろうなあ。

「エノケンの森の石松」(昭和14年)柳家金語楼/榎本健一

 ここにはあまり書きませんでしたが、知っている映画より知らない映画の方がずっと多く、興味をそそられたものが少なからずありました。ただ、そうした映画を今観るのがなかなか難しかったりするのではないかと思います。川本氏は90年代に東京・三軒茶屋にあったスタジオams(西友の5階にあった)に395秀子の応援団長.JPG407秀子の応援団長.JPG通ったそうですが今はもうないし、京橋フィルム・センターやシネマヴェーラ渋谷、ユジク阿佐ヶ谷がマニアックなプログラムを組むことがありますが、邦画に限っていないのでなかなか本書にあるような作品に巡り合わないです(ユジク阿佐ヶ谷は来月['20年8月]で休館する)。結局、筒井氏がCSの「日本映画専門チャンネル」などで殆ど観たと述べているように、そうしたものに加入するしかないのかも。最近、図書館で「日本映画傑作選集」の「秀子の応援団長」を借りて観ましたが、こうしたものを置いている図書館も少なくなってきているのかもしれません(VHSビデオだしなあ。個人的にはテレビデオで観ているが)。

hideo秀子の応援団長.jpg 「秀子の応援団長」(昭和15年)は、当時少女スターとして活躍していた高峰秀子が、弱少プロ野球球団アトラス軍の応援歌を作って見事チームを優勝へと導くという青春映画でした。アトラス軍は、かつて大黒柱だった大川投手が出征しているため、新人の人丸投手(灰田勝彦)が登板しますが、スタルヒンや水原を擁する巨人軍との力量の差は明らかでチームは最下位に甘んじ、アトラス軍の高島監督(千田是也)の家族達は憂い顔。高島家の祖母(清川玉枝)や娘の雪子(若原春江)と一緒に憂い顔なのが雪子の従妹で社長令嬢の女学生・秀子(高峰秀子)で、父親(小杉義男)は野球嫌い、教育熱心な母親(沢村貞子)には謡のお稽古をさせられるも、雪子と一緒にこっそりアトラス軍の練習場へ出かけて二人が作った応援歌を披露したり、謡の先生も野球好きと知り先生を説得して親に内緒で一緒に後楽園に応援に出かけたりするうちに、彼女達が応援に来た試合はアトラス軍面白いように勝ちはじめる―。

秀子の応援団長 0.jpg 高峰秀子と灰田勝彦は、会話シーンもればそのプレイを応援するシーンもあり、祝勝パーティで灰田勝彦がウクレレ片手に歌って高峰秀子も同席しているシーンもあったりしますが、あれ全部"別撮り"だったのかあ。そう言えば、冒頭のスタルヒンや水原らスター選手がいる巨人軍との試合も、本当に試合するはずもなく全部"別撮り"だというのは考えてみればすぐ分かります。秀子らが各球団の戦力偵察に行く設定なので、当時の主要球団の有力選手並びに戦前の後楽園球場、上井草球場?、西宮球場、甲子園球場なども見られ、スポーツ・フィルム史的にみて貴重です。太平洋戦争が始ま394秀子の応援団長.JPGる2年弱前に作られた作品にしては何と明るいこ千田是也.jpgとか(お気楽と言っていいくらいだが、コメディのツボは押さえていて、しかもラストは少し捻っている)。灰田勝彦がプロ球団の投手役というのも見ものですが、戦後、俳優座のリーダー的存在として活躍した千田是也(1904-1994)が、プロ野球の監督役というのが珍しいです。千田是也はテレビドラマへの出演はほとんど皆無ですが、1940年代から1970年代頃まで約100本の映画に出演していて、この作品はそのうちの最も初期のものとなります。
千田是也/若原春江/高峰秀子


魔像 19562.JPG魔像 dvd 19521.jpg「魔像」●制作年:1952年●監督:大曾根辰夫●脚本:鈴木兵吾●撮影:石本秀雄●音楽:鈴木静一●原作:林不忘●時間:98分●出演:阪東妻三郎/津島恵子/山田五十鈴/柳永二郎/三島雅夫/香川良介/小林重四郎/小堀誠/永田光男/海江田譲二/田中謙三/戸上城太郎●公開:1952/05●配給:松竹(評価:★★★☆)

二十四の瞳312.jpg「二十四の瞳」●制作年:1954年●監督・脚本:木下惠介●製作:桑田良太郎●撮影:楠田浩之●音楽:木下忠司●原作:壺井栄●時間:156分●出演:高峰秀子/天本英世/夏川静江/笠智衆/浦辺粂子/明石潮/高橋豊子/小林十九二/草香田鶴子/清川虹子/高原駿雄/浪花千栄子/田村高廣/三浦礼/渡辺四郎/戸井田康国/大槻義一/清水龍雄/月丘夢路/篠原都代子/井川邦子/小林トシ子/永井美子●公開:1954/09●配給:松竹●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(18-05-08)(評価:★★★★☆)

笠智衆/原節子/東山千榮子
東京物語 紀子のアパート.jpg東京物語 10.jpg「東京物語」●制作年:1953年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:136分●出演:笠智衆/東山千榮子/原節子/香川京子/三宅邦子/杉村春子/中村伸郎/山村聰/大坂志郎/十朱久雄/東野英治郎/長岡輝子/高橋豊子/桜むつ子/村瀬禪/安部徹/三谷幸子/毛利充宏/阿南純子/水木涼子/戸川美子/糸川和広●公開:1953/11●配給:松竹●最初に観た場所:三鷹オスカー(82-09-12)(評価:★★★★☆)●併映:「彼岸花」(小津安二郎)/「秋刀魚の味」(小津安二郎)

パレットナイフの殺人1.jpgパレットナイフの殺人22.jpgパレットナイフの殺人s.jpg「パレットナイフの殺人」●制作年:1946年●製作:大映(東京撮影所)●監督:久松静児●脚本:.高岩肇●撮影:高橋通夫●音楽:斎藤一郎●原作:江戸川乱歩●時間:71分(76分)●出演:宇佐美淳(宇佐美淳也)/植村謙二郎/小柴幹治(三条雅也)/小牧由紀子/松山金嶺/平井岐代子/西條秀子/若原初子/須藤恒子/上代勇吉/花布辰男/桂木輝夫●公開:1946/10●配給:大映(評価:★★★)

三面鏡の恐怖 vhs.jpg三面鏡の恐怖(1948)6.jpg三面鏡の恐怖06.jpg「三面鏡の恐怖」●制作年:1948年●監督:久松静児●●脚本:高岩肇/久松静児●撮影:高橋通夫●音楽:齋藤一郎●原作:木々高太郎「三面鏡の恐怖」●時間:82分●出演:木暮実千代/上原謙/新宮<信子/瀧花久子/水原洋一/宮崎準之助/船越英二/千明みゆき/上代勇吉●公開:1948/06●配給:大映(評価:★★★)

有馬稲子/山田五十鈴/原節子
東京暮色  1957.jpg 東京暮色 j.jpeg「東京暮色」●制作年:1954年●監督:小津安二郎●製作:山内静夫●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:140分●出演:原節子/有馬稲子/笠智衆/山田五十鈴/高橋貞二/田浦正巳/杉村春子/山村聰/信欣三/藤原釜足/中村伸郎/宮口精二/須賀不二夫/浦辺粂子/三好栄子/田中春男/山本和子/長岡輝子/櫻むつ子/増田順二/長谷部朋香/森教子/菅原通済(特別出演)/石山龍児●公開:1957/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):角川シネマ新宿(シネマ1・小津4K 巨匠が見つめた7つの家族)(18-06-28)((評価:★★★★)

愛よ星と共に vhs.jpg愛よ星と共に4.jpg「愛よ星と共に」●制作年:1947年●監督:阿部豊●製作:青柳信雄●製作会社:新東宝・映画芸術協会●脚本:八田尚之●撮影:小原譲治●音楽:早坂文雄●時間:95分●出演:高峰秀子/池部良/横山運平/浦辺粂子/川部守一/藤田進/逢初夢子/清川莊司/一の宮あつ子/田中春男/鳥羽陽之助/冬木京三/鬼頭善一郎/江川宇礼雄/山室耕/花岡菊子/條圭子/水島三千代●公開:1947/09●配給:東宝(評価:★★★)

「出来ごころ」vhs.jpg出来ごころ 1シーン.jpg「出来ごころ」●制作年:1933年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄●撮影:杉本正二郎●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松田春翠●時間:100分●出演:坂本武/伏見信子/大日方傳/飯田蝶子/突貫小僧/谷麗光/西村青児/加藤清一/山田長正/石山隆嗣/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1933/09●配給:松竹蒲田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-13)(評価:★★★)●併映:「浮草物語」(小津安二郎)

平田昭彦/新珠三千代/池部良
黒い画集 寒流03.jpg黒い画集 寒流 ド.jpg「黒い画集 第二話 寒流(黒い画集 寒流)」(映画)●制作年:1961年●監督:鈴木英夫●製作:三輪礼二●脚本:若尾徳平●撮影:逢沢譲●音楽:斎藤一郎●原作:松本清志「寒流」●時間:96分●出演:池部良/荒木道子/吉岡恵子/多田道男/新珠三千代/平田昭彦/小川虎之助/中村伸郎/小栗一也/松本染升/宮口精二/志村喬/北川町子/丹波哲郎/田島義文/中山豊/広瀬正一/梅野公子/池田正二/宇野晃司/西条康彦/堤康久/加代キミ子/飛鳥みさ子/上村幸之/浜村純/西條竜介/坂本晴哉/岡部正/草川直也/大前亘/由起卓也/山田圭介/吉頂寺晃/伊藤実/勝本圭一郎/松本光男/加藤茂雄/細川隆一/大川秀子/山本青位●公開:1961/11●配給:東宝(評価:★★★☆)

鶴田浩二/角梨枝子/淡島千景
『本日休診』スチル2.jpg本日休診 スチル.jpg「本日休診」●制作年:1939年●監督:渋谷実●脚本:斎藤良輔●撮影:長岡博之●音楽 吉沢博/奥村一●原作:井伏鱒二●時間:97分●出演:柳永二郎/淡島千景/鶴田浩二/角梨枝子/長岡輝子/三國連太郎/田村秋子/佐田啓二/岸恵子/市川紅梅(市川翠扇)/中村伸郎/十朱久雄/増田順司/望月優子/諸角啓二郎/紅沢葉子/山路義人/水上令子/稲川忠完/多々良純●公開:1952/02●配給:松竹(評価:★★★★)

斎藤達雄  
簪 齋藤.jpg簪 kanzashi 1941.jpg「簪(かんざし)」●制作年:1941年●監督・脚本:清水宏●製作:新井康之●撮影:猪飼助太郎●音楽:浅井挙曄●原作:井伏鱒二「かんざし(四つの湯槽)」●時間:75分●出演:田中絹代/笠智衆/斎藤達雄/川崎弘子/日守新一/坂本武/三村秀子/河原侃二/爆弾小僧/大塚正義/油井宗信/大杉恒夫/松本行司/寺田佳世子●公開:1941/08●配給:松竹(評価:★★★★)
      
大木実/宮口精二
大木実/宮口精二 張込み.jpg張込み 映画2.jpg「張込み」●制作年:1958年●製作:小倉武志(企画)●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍●撮影:井上晴二●音楽:黛敏郎●原作:松本清張「張張込み 1958汽車2.png込み」●時間:116分●出演:大木実/宮口精二/高峰秀子/田村高廣/高千穂ひづる/内田良平/菅井きん/藤原釜足/清水将夫/浦辺粂子/多々良純/芦田伸介●公開:1958/01●配給:松竹●最初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-22)(評価★★★☆)
Suna no utsuwa (1974)  丹波哲郎/森田健作        
Suna no utsuwa (1974).jpg砂の器sunanoutuwa 1.jpg「砂の器」●制作年:1974年●製作:橋本プロ・松竹●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍/山田洋次●音楽:芥川也寸志●原作:松本清張●時間:143分●出演:丹波哲郎/森田健作/加藤砂の器 丹波哲郎s.jpg剛/加藤嘉/緒形拳/山口果林/島田陽子/佐分利信/渥美清/笠智衆/夏純子/松山省二/内藤武敏/春川ますみ/花沢徳衛/浜村純/穂積隆信/山谷初男/菅井きん/殿山泰司/加藤健一/春田和秀/稲葉義男/信欣三/松本克平/ふじたあさや/野村昭子/今井和子/猪俣光世/高瀬ゆり/後藤陽吉/森三平太/今橋恒/櫻片達雄/瀬良明/久保晶/中本維年/松田明/西島悌四郎/土田桂司/丹古母鬼馬二●公開:1974/10●配給:松竹●最初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-19) (評価★★★★)●併映:「球形の荒野」(貞永方久)

小林桂樹/原知佐子
黒い画集 あるサラリーマンの証言      .jpg黒い画集 あるサラリーマンの証言    .jpg「黒い画集 あるサラリーマンの証言」●制作年:1960年●監督:堀川弘通●製作:大塚和/高島幸夫●脚本:橋本忍●撮影:中井朝一●原作:松本清張「証言」●時間:95分●出演:小林桂樹/中北千枝子/平山瑛子/依田宣/原知佐子/江原達治/中丸忠雄/西村晃/平田昭彦/小池朝雄/織田政雄/菅井きん/小西瑠美/児玉清/中村伸郎/小栗一也/佐田豊/三津田健●公開:1960/03●配給:東宝●最初に観た場所:池袋文芸地下 (88-01-23)(評価★★★☆)

エノケンの森の石松 vhs1.jpg「エノケンの森の石松」●制作年:1939年●監督:中川信夫●脚本:小林正●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●口演:広沢虎造●原作:和田五雄●時間:72分(現存57分)●出演:榎本健一/鳥羽陽之助/浮田左武郎/松ノボル/木下国利/柳田貞一/北村武夫/小杉義男/斎藤勤/近藤登/梅村次郎/宏川光子/竹久千恵子/柳家金語楼●公開:1939/08●配給:東宝(評価:★★★)

伊豆の踊子 (吉永小百合主演).jpg「伊豆の踊子」●制作年:1963年●監督:西河克己●脚本:三木克己/西河克己●撮影:横山実●音楽:池田正義●原作:川端康成●時間:87分●出演:高橋英樹/吉永小百合/大川端康成 伊豆の踊子 吉永小百合58.jpg坂志郎/桂小金治/井上昭文/土方弘/郷鍈治/堀恭子/安田千永子/深見泰三/福田トヨ/峰三平/小峰千代子/浪花千栄子/茂手木かすみ/十朱幸代/南田洋子/澄川透/新井麗子/三船好重/大倉節美/高山千草/伊豆見雄/瀬山孝司/森重孝/松岡高史/渡辺節子/若葉めぐみ/青柳真美/高橋玲子/豊澄清子/飯島美知秀/奥園誠/大野茂樹/花柳一輔/峰三平/宇野重吉/浜田光夫●公開:1963/06●配給:日活●最初に観た場所:池袋・文芸地下(85-01-19)(評価:★★★☆)●併映:「潮騒」(森永健次郎)

秀子の応援団長 4.jpg秀子の応援団長ド.jpg「秀子の応援団長」●制作年:1940年●監督:千葉泰樹●脚本:山崎謙太●音楽:佐々木俊一●原作:高田保●時間:71分●出演:高峰秀子/灰田勝彦/千田是也/音羽久米子/若原春江/伊達里子/小杉義男/澤村貞子/清川玉枝●公開:1940/01●配給:東宝映画(評価★★★☆)
登場するプロ野球選手
【東京巨人軍】17 スタルヒン、19 水原茂、27 吉原正喜、3 中島治康【大阪タイガース】9松木謙次郎、18若林忠志、31堀尾文人、32森国五郎、36小林吉雄、6景浦将、27松広金一、29皆川定之、12田中義雄、38三輪八郎、17門前真佐人、35中田金一【セネタース】12佐藤武夫、19保手浜明、18野口ニ郎、5尾茂田叶、7浅岡三郎、14横沢七郎【阪急軍】6石井武夫、12日比野武、23土肥省三、14西村正夫、7下村豊、22重松道雄、24黒田健吾、5上田藤夫、16山下好一

主題歌「青春グラウンド」(唄:灰田勝彦(映画では高峰秀子)) 挿入歌「燦めく星座」(唄:灰田勝彦)
 

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「●分子生物学・細胞生物学・免疫学」の インデックッスへ ○日本人ノーベル賞受賞者(サイエンス系)の著書(本庶 佑)

成果に至るまでに並々ならぬ「努力」と、自らがそう認めている「幸運」が窺い知れる。

幸福感に関する生物学的随想 (祥伝社新書).jpg本庶佑 ノーベル賞 授賞式.jpg  がん免疫療法とは何か (岩波新書).png
幸福感に関する生物学的随想 (祥伝社新書)』 『がん免疫療法とは何か (岩波新書)
本庶佑博士のノーベル賞受賞記念講演 2018年12月7日 カロリンスカ研究所
 2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した著者による本書は6編からなり、人間が幸福を感じる仕組みを生物学的に説いた論文「幸福感に関する生物学的随想」(1999年)と、2018年12月にストックホルムのカロリンスカ研究所で行ったノーベル賞の受賞記念講演(所謂ノーベルレクチャーと呼ばれるもので、ネットで視聴が可能)の後に正式な原稿にまとめてノーベル財団に提出した2つの英文稿の翻訳のうちの1つで、自身の半生を述べた「ひょうたんから駒を生んだ、私の幸せな人生」と、もう1つの英文稿の翻訳で、ノーベル賞の受賞理由である「免疫抑制の阻害によるがん治療法の発見」について書かれた英文稿の翻訳「獲得免疫の思いがけない幸運」、さらに、2019年1月に皇居で講書始(こうしょはじめ)の儀での講義「免疫の力でがんを治せる時代」、そして、前述の英文稿2稿から成っています(165pまでが和文稿4編で、以降264pまでが英文稿2編、内容的には実質的4編ということになる)。

 冒頭の「幸福感に関する生物学的随想」は面白かったですが、不快感を経験し克服する過程に、不安感のない幸福感が得られるとしていて、自身の生活を厳しく律して生物学の研究に打ち込む著者の姿勢が窺えたように思います(ちょっと人生訓っぽい感じもするが)。

 「ひょうたんから駒を生んだ、私の幸せな人生」は自叙伝風ですが、後半からだんだん誰とどのような研究を積み重ねてきたという学究遍歴となっており、やや専門的に。「獲得免疫の思いがけない幸運」において専門性はさらに高まり、ただし、一緒に研究したかしないかに関わらず、がん免疫療法に貢献した日本及び外国の学者の名前や業績が平等に取り上げられていて、何だかとても律儀な人だなあという印象を受けました。

講書始の儀 本庶 佑2.jpg講書始の儀 本庶 佑1.jpg 結局、最後の、平成31年の講書始の儀での講義「免疫の力でがんを治せる時代」が一番分かりよかったかも。昭仁上皇が天皇在位中に行われた最後の講書始の儀となったものですが、簡潔ながらも、聴く方もそれなりに集中力がいるかも。ただ、このがん免疫療法というのは医学界でに注目度は高まっており、注目されるだけでなく実際にトレンド的と言っていいくらい多くのがん患者の治療に応用されているようです。

オプジーボとは.gif がん免疫療法は大きく2つの種類に分かれ、1つは、がん細胞を攻撃し、免疫応答を亢進する免疫細胞を活かした治療で、アクセルを踏むような治療法と言え、もう1つは、免疫応答を抑える分子の働きを妨げることによる治療で、いわばブレーキを外すような治療法であり、オプジーボなどは後者の代表格で、がん細胞を攻撃するT細胞(PD-1)にブレーキをかける分子の働きを阻害することで、T細胞がん細胞に対する本来の攻撃性を取り戻させ、抗腫瘍効果を発揮させるということのようです。免疫のアクセルを踏むことばかりに集中するのではなく、がん細胞の免疫へのブレーキを外してやるという発想の転換がまさに〈発見〉的成果に繋がったと言えるかと思いますが、そうした成果に至るまでに並々ならぬ「努力」と、また、自らがそう認めている「幸運」があったのだなあと思いました。

(上)オプジーボとは(小野薬品ホームページより)
(下)ノーベル賞受賞記念講演をする著者(ANNニュースより)
「がんは持病レベルになる」本庶氏.jpg 著者は、「がんは持病レベルになる」とまで言い切っています。「がんの治療法を発見すればノーベル賞」という見方は一般の人の間でもずっと以前からありましたが、がん撲滅に向けて大きな進捗させる役割を果たしたという点で、まさにノーベル賞に相応しい功績です。ただ、本書について言えば、構成上、やや寄せ集め的な印象が無くもなく、論文の目的も違えば難易度も不統一なので、免疫療法についてもっと知りたいと思う人は他書に読み進むのもいいのではないでしょうか。

 岩波新書に著者の『がん免疫療法とは何か』('19年)があり、いつもならそちらを読んだかもしれませんが、ノーベル賞を受賞してからの急遽の刊行だったらしく、書下ろしと旧著からの引用が混在していて内容にダブりがあったりし、難易度的にもそう易しくないようなので、今回は「祥伝社新書」にしてみました(そう言えば、祥伝社新書の創刊第1冊が、平岩正樹医師による『抗癌剤―知らずに亡くなる年間30万人』だった。会社勤めしながら3か月間の勉強期間を経て東京大学理科三類に合格という平岩氏と、ノーベル賞をもらう人とでどちらが頭がいいかとか考えても意味ないか(笑))。

ユニクロ柳井氏、京大に寄付.jpg 先月['20年6月]、京都大学が「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長から総額100億円の寄付を受けると発表、本庶佑特別教授が進める「がん免疫療法」の研究や、同じくノーベル医学生理学賞の受賞者である山中伸弥教授のiPS細胞を用いた研究に活用するとしており、柳井会長、本庶教授、山中教授の3人で記者会見に臨んでそのスリーショットが新聞に出ているくらいなので、両教授の研究分野への将来の期待の高さが窺えます。

ユニクロ柳井氏、京大に100億円寄付 本庶氏、山中氏の研究支援 - 2020年6月24日毎日新聞

 しかし、やはり、京大出身者は自然科学分野でのノーベル賞レース、強いね。

「京大ゆかりのノーベル賞受賞者は10人に 「自由な学風」が生み出す」(産経WEST 2018.10.2)
京大ゆかりのノーベル賞受賞者.jpg

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カラーイラストで紹介されていて解りやすい。解明されていないことも多いのだなあと。

超美麗イラスト図解世界の深海魚最驚50.jpg 超美麗イラスト図解 世界の深海魚 最驚501.jpg 超美麗イラスト図解 世界の深海魚 最驚502.jpg
超美麗イラスト図解 世界の深海魚 最驚50 目も口も頭も体も生き方も、すべて奇想天外!! (サイエンス・アイ新書)』['14年]

 本書は、世界各国の科学者の研究成果をもとに、驚くべき深海魚の姿形を著者自身のイラストで再現しつつ、その不可思議な生態を紹介したものです。半分図鑑で、半分解説といった感じでしょうか(解説はかなり専門的であるように思えた)。

 同じサイエンス・アイ新書に、同著者の『深海生物の謎―彼らはいかにして闇の世界で生きることを決めたのか』['07年]がありますが、そちらは写真で深海生物を紹介していて、形態が見にくいものには、同じ場所にイラストが添えてあるのというスタイルでしたが、本書は全部カラーイラストで紹介されていて、細部の形状などはこのイラスト版の方が解りやすいかと思います。著者のイラストでは、『深海生物ファイル―あなたの知らない暗黒世界の住人たち』['05年]にあるように白地にカラーで深海魚を描いたものもありますが、本書はバックがすべて黒で、実際に深海で観た場合はこんな感じなのでしょう。イラストがたいへん緻密に描かれているせいもあり、写真以上に効果的であるように思いました。

 紹介されている50種類の内訳は、ムネエソ科3種、ワニトカゲギス科8種、ヒメ科8種、アカマンボウ類1種、オピスソプロクツス科6種、キガントキプリス1種、頭足類6種。キロテウティス科5種、チョウチンアンコウ10種、オニアンコウ科7種と、実は50種を超えていますが、素人目にはどこが違うのか分からないような種もあるので、逆に50種もあったかなあという印象も(笑)。

 それでも、解説を読み進んでいくうちに、深海魚の多様性に触れることができ、特にバラエティに富んでいると思われたのが、目の構造と機能でした。やはり、深海において目は大事なのだなあと。望遠鏡のような構造の目は珍しいものではなく、中には目が4つあるものもあったりして、一方で、形だけあって殆ど目の機能を果たしていないものもあり、そうした種は代替機能のようなものがあったりします。ただ、なぜそういう構造や機能なのかよく解らなかったりするようです。

 また、何を食べているかは捕まえて腹を裂けばわからないことはないけれども、どうやって獲物を探して捕食しているのかとか、より生態学的なこととなると、解らないことも多いようです。それでも、分かっている範囲で、その不思議な生態を紹介しています。自分より体の大きな魚を食べる深海魚などもいて、ホントに不思議な世界です。あとは、これも確かにそうだろうなあと思いまうSが、生殖関係も不思議なことが多く、なぜそうなのか解っていないことが多いようです。

 本書刊行時点で、深海探査艇をもつ国はわずか6カ国で、そのため、そもそも深海で生きる生物たちの姿が写真や映像で撮られる機会は少なく、研究も十分に進んでいないのが実情であるとのことで、これから更に様々なことが少しずつ解明されていくであろう分野なのでしょう。未解明の部分が多いことも、この分野の魅力の一つかもしれませんが、おそらく、研究し尽くされてその魅力が失われるということは無く、研究が進めば進むほど、未解明の部分も多く出てくるように思います。

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体重と体温が、すべての生き物の代謝量、成長速度、そして時間濃度まで決める。

進化の法則は北極のサメが知っていた (河出新書).jpgニシオンデンザメと奇跡の機器回収.jpg
進化の法則は北極のサメが知っていた (河出新書)』 Webナショジオ「渡辺佑基/バイオロギングで海洋動物の真の姿に迫る」
ペンギンが教えてくれた 物理のはなし (河出ブックス)』['14年]
ペンギンが教えてくれた 物理のはなし.jpg 著者は生物学者で、バイオロギングという、野生動物の体に記録機器を貼り付けて、しばらく後に回収し(回収方法を著者自身が開発した)、動物がどこで何をしていたのかを知る方法を活用して動物の生態を研究しているのですが、そこから生物に普遍的な特性を見出すという、生態学と物理学の融合という新境地を、第68回毎日出版文化賞受賞(自然科学部門)を受賞した前著『ペンギンが教えてくれた 物理のはなし』('14年/河出ブックス)では描いています。本書もその流れなのですが、前著が個々の動物の生態調査のフィールドワーク中心で、バイオロギングの説明などにもかなりページを割いているのに対し、本書はより生態学と物理学の融合ということに直接的に踏み込んだものとなっています。と言っても小難しい話になるのではなく、全五章に自身のフィールドワークの話を面白おかしく織り交ぜながら、動物の体温というものを共通の切り口として話を進めていきます。

ニシオンデンザメ.jpgニシオンデンザメを小型ボートの横に固定.jpg 第1章では、北極の超低温の海に暮らすニシオンデンザメの自身の調査を紹介しつつ、動物における体温に意味を考察していきます。そもそも、このニシオンデンザメというのが、体長5メートルを超えるものでは推定寿命400歳くらいになり、成熟するだけで150年もかかるというトンデモナイ脊椎動物で、その事実だけでも引き込まれてしまいます(このニシオンデンザメについてのバイオロギング調査の様子は、ナショナル ジオグラフィックの日本版サイトにおける著者の連載でも写真で見ることができる)

 第2章では、南極に暮らすアデリーペンギンの自身の調査を紹介、哺乳類や鳥類がどのような体温維持をしているか、そのメカニズムを見ていき、この辺りから本格的な科学の話になっていきます。第3章では、オーストラリアのホオジロザメの自身の調査を紹介しながら、一部の魚類やウミガメが変温動物としての枠組みから外れ、高い体温を維持している、その特殊の能力の背景にあるメカニズムを見ていき、約6500万年前に絶滅した恐竜の体温はどうだったのかという論争に繋げています。

 そして、第4章では、イタチザメの代謝量を測定する自身のフィールドワークを紹介しながら、体温が生命活動に与える影響を包括する1つの理論を組み上げ、結論として、生命活動は化学反応の組み合わせであり、生物の生み出すエネルギー量は熱力学の法則で決定され、それは、サメも人間も、ゾウリムシさえ同じであるとしています。最後の第5章では。バイカル湖のバイカルアザラシの自身の調査を紹介し、全勝で見つけた理論を応用して、生物にとって時間とは何かを考えています。

 このように、目次だけみると、ニシオンデンザメ、アデリーペンギン、ホオジロザメ、イタチザメ、バイカルアザラシと海洋生物が続き、その中でも3つがサメであるため、この著者はサメの生態研究が得意分野なのかなくらいしか思わなかったのが、読んでみると各章が、生物全般に通じる理論への段階的布石とその検証になっていて思わぬ知的興奮が味わえたし、各章をオモシロ探検記的に読ませながら、そうした深淵な世界に読者を引きずり込んでいく語り口は巧いと思いました。

 第4章にある、「代謝量は体重とともに増えるが体重ほどには増えない」といういうのは、すべての動物の体重と代謝量には相関がある(ただし、グラフでは、4分の3乗の傾きで一直線に並ぶ(クライバー))ということです。そう考えると、第1章のニシオンデンザメが動きが極めてスローなのは巨大であるがゆえで、第2章のアデリーペンギンの動きが極めて速く、ハイペースで獲物を捕らえるのは体が小さいからということになります。でも、なぜ4分の3乗に比例して増えるのか。代謝量は体重ではなく、体表面積と比例するという説(ルブナー)もありますが、体表面積は体重の3分の2乗に比例するため、ここでも計算が合わず、結局、代謝量は体重と、あとは体表面積とは別の何かで決まることになると。そこで、体温を仮に補正し、例えば人間も他の動物も皆地球の平均温度である20℃が体温であったとすると、恒温動物や変温動物、単細胞生物も含むすべての生物の体重と代謝量が比例することになり(ブラウン)、つまり、生物の代謝量は体重と体温で決まるのであって、これは「人間もカンパチもゾウリムシも同じ」であるとのことでした。

ゾウの時間 ネズミの時間.jpg 代謝量は生物の成長速度、世代(交代)時間、寿命にも直接影響してくるわけで、第5章における「生物の時間」についての考察も興味深かったです。本書で"名著"とされている、本川達雄氏の『ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学』('92年/中公新書)にも、体の大きな動物ほど成長に時間がかかるとありました。本書でも、確かに例えば競走馬が3歳で成熟するように人間よりも大きな体を持ちながら早く成熟する動物も多くあるものの、ミジンコからシロスナガスクジラまでずらっと並べておおまかに言えば、生物の世代(交代)時間は体重の4分の1乗に比例して長くなるという式が導き出されるとしています。でもこれだけは、成長速度は、体重とも体表面積(体重の3分の2乗に比例)とも直接に比例しないわけで、そこに、先の代謝量は体重の4分の3乗に比例して増えるという公式を入れて初めて整合性がとれると。つまり、代謝量は体温に反映されるので、体の大きさが同じであれば代謝量が高い、つまる体温が高いほど、成長が早いということになるということです。

 これはおそらくそのまま「動物の時間」の速度に当て嵌まり、計算上、ネズミの感じている時間速度はニシオンデンザメより350倍も濃く、つまりネズミの1日はニシオンデンザメのほぼ1年に相当し、人間はその間にあってニシオンデンザメの47倍に相当、つまり、人間の1日はニシオンデンザメの1カ月半に相当するとのこと。私たちが大人になったときに感じる子どもの頃との時間濃度の差は、体重25キロの小学生と65キロの大人と比べると子どもの方が1.3倍濃いと(1日が大人の31時間あることになる)。また、大人になってからは、加齢とともに代謝が落ちていき、20代に比べ40代で10%、60代で15%基礎代謝が落ちるため、時間の重みがその分減っていくということのようです(だんだん"ニシオンデンザメ化"していくわけだ(笑))。

 最後に、各章を振り返りながら、これほど多様な生物が(例えば、世代時間8時間のゾウリムシから150年のニシオンデンザメまで)なぜ地球上に共存しているのかを考察していますが、第1章のニシオンデンザメは、巨大かつ低体温のニ省エネタイプで、その対極にあるのが、第2章のアデリーペンギンで、高体温で体の大きさの割に膨大なエネルギーを日々消費し、第3章のホオジロザメは、ニシオンデンザメとアデリーペンギンの中間にある体温の高い魚類(中温動物)となり...と、それぞれに適応への道、進化への道を歩んできた結果なのだなあと思いました。

 本書のコンセプトは「私が読者だったら読みたい本」とのことで、実際サービス過剰なくらい面白く書かれていて、それでいて巨視的な視点から生物を巡る法則を説き明かしてくれる本でした。『ゾウの時間 ネズミの時間』が、エネルギー消費量は体重の4分の1乗に反比例するというところで終わって、あとは大小の違いによる心臓の拍動数の話となり(この話は「ヒト」は例外となっている)、「大きいということは、それだけ環境に左右されにくく、自立性を保っていられるという利点がある。この安定性があだとなり、新しいものを生み出しにくい」といった動物進化に対するもやっとした仮説で終わっているのと比べると、考え方ではそれを超えている本ではないかと思います。

《読書MEMO》
●マグロ類やホオジロザメなどの中温性魚類は、同じ大きさの変温性魚類に比べて2.4倍も遊泳スピードが速い(195p)。中温性魚類は同じ大きさの変温性魚類に比べ、回遊距離が2.5倍も長い(197p)。
●体重60キロの人間と、同じく体重60キロのカンパチを比べると、人間の方が10倍ほど代謝量は高いが、それは単に体温が違うからだ。60キロのカンパチと、1マイクログラムのゾウリムシを比べると、カンパチの方が1億倍ほど代謝量が高いが、そえは単に体の大きさが違うからだ(250p)。

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作風の変遷を概観できる。これだけ網羅していれば立派。画集として堪能できる。

不熟 1970-201267.jpg不熟 1970-2012.jpg 不熟 1970-2012213.jpeg
不熟 1970〜2012 諸星大二郎・画集 Morohoshi Daijiro ARTWORK

不熟30-31.jpg 漫画家・諸星大二郎(1949年生まれ)がこれまでの創作活動で描いた絵の中から選びぬいた画集です。単行本として刊行された漫画の表紙や扉絵、挿画などとして描かれたものが殆どであるため、ここでのジャンル分けは「イラスト集」としましたが、一枚一枚の絵に感じられる尽きないイマジネーションの奔出から、芸術作品としての画集として鑑賞してもいいのではないでしょうか。

不熟38-39.jpg 本人あとがきによれば、カラー絵はどうしても単行本のカバー絵などに限られ、それ以外にカラー絵を描く機会があまりなかったようで、画集として構成するために集めるのがたいへんだったようです。「不熟」というタイトルは、40年描いてきても、昔の未熟さから抜け出ていない思いがあり、いっそ最後まで未熟でいようと、未熟ではなく不熟としたとのこと。巻末の漫画家・高橋葉介氏との対談でも、「カラー自信がない」と述べていて、随分と謙虚だなあ。

不熟64.jpg 125ページのうち96ページがカラーで、ほぼ時系列(単行本発行順)に並べられているので、作風の推移などもわかりやすいです。対談からも窺えますが、やはりゴヤやダリの影響を受けているようです。代表作『西遊妖猿伝』と他の作品で、人物の眼など描き方やタッチが違うなあと思っていましたが、これは同時期に作品によって使い分けていたのだなあ。一方で、独特のエロスが感じられるとも評される女性の肉体の描き方は、時期によって多少変遷しているようです。

 このように、作風の特徴、変遷を概観できるのがいいです。マニアックなファンからは、全ての単行本を網羅するには至っていないとの不満もあるようですが、個人的には、これだけ網羅していれば立派なものではないかと思いました(逸失しているものも多いのでは)。もちろん画集として堪能できますが、絵を眺めていると今度は、漫画作品の方を読みたくなります。

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「図鑑」ではなく「画集」として楽しむものだとしても図鑑として見てしまう。引き込まれる。

大恐竜画報.jpg
大恐竜画報 2.jpg 南村喬之(みなみむら・たかし、1919-1997).jpg
大恐竜画報 伝説の画家 南村喬之の世界』南村喬之(1919-1997)

IMG_5469ブロントサウルス.JPG 挿絵画家・南村喬之(1919-1997)が1970年代から80年代に描いた恐竜作品を「大恐竜画報」として1冊に纏めたもの。解説によれば、すべて当時子供向け図鑑用に描かれた作品であるものの、恐竜研究が進む中、現在では違った見解、異なった名称の恐竜も多く、そのことを踏まえた上で、本書は「図鑑」ではなく、「南村喬之の画集」として編集したとのことです。

 当時の雰囲気を再現するため、名称も1970年代当時のままで、説明文も、当時の少年誌の読み物を意識した文体にしたとのこのこと。したがって、恐竜に詳しい人の目から見れば、おかしところが多く見られる復元図ということなるかと思いますが、以上の趣旨のもとに編纂されているので、これはこれで、昔見た少年誌の挿絵のワクワク感を思い出させてくれるという意味でいいです。

IMG_5470アパトサウルス.JPG 個人的には、自分がずっと幼い頃は、最大恐竜と言えば「プロントザウルス」が定番でまさにそれ一本でしたが、この画報が想定している70年代から80年代の時点ですでに名称が「プロントザウルス」からブロントサウルス(108p、全長21~23m)となっており、一方、アパトサウルス(156p、全長21~26m)も出ていて、解説に「かつてはブロントサウルス、雷竜とも呼ばれていたんだ」とあります(プロントザウルス→ブロントサウルス→アパトサウルスか)。但し、2015年の研究で「アパトサウルス」と「ブロントサウルス」とは別属との発表もあります(ナショナルジオグラフィックWEBニュース「ブロントサウルス、本物の恐竜として復活へ」2015.4.10)

IMG_5471マメンチサウルス.JPG 竜脚類(首長竜)でマメンチサウルス(36p、全長22~25m)というのも大きいし、長さで言えばディプロドクス(66p、全長25~30m)が史上最も長い恐竜だとありますが、Wikipediaでは、マメンチサウルスが体長20~35m、ディプロドクスが全長約20~33mになっています。でも、体重では、30t(本書)と圧倒的にアパトサウルスが重く(同じくWikipediaによれば、ディプロドクスはアパトサウルスなどと同じ竜脚類ではあるが、体重は比較的軽く、10 ~20t程度とみられるとのこと)、やっぱり草食巨大恐竜と言えばアパトサウルスになるのかなあ。でも、「特大の竜」ことスーパーサウルス(72年発見)はここには出てこないなあ。さらには「存在可能な最大級の恐竜であろう」と考える学者もいるアルゼンチノサウルスというのもあるし(体重は約80~100tあったと見積もられている)、アパトサウルスの最大恐竜としての地位は安泰ではないかもしれません。

 一方、肉食恐竜の方は、昔も今もティラノサウルス(98p、全長15m)が最大最強とされていて...とやっていくとキリがないのでこの辺りにしておきます。「図鑑」ではなく、「南村喬之の画集」として楽しむものだとしても、結局「図鑑」として見てしまうのは、もともとそのために描かれたものだからでしょう。その後の発見や研究で、二足立ち恐竜が所謂ゴジラ立ちをすることは普段は無かったとか、雷竜が水中にいることも無かったとか、いろいろ新事実が明らかになっているというのはありますが、それでも絵に細やかさと奥行きがあって引き込まれます。結局(正確さのことは抜きにして)「図鑑」として見てしまうことは、同時に絵を楽しんでいるということなのでしょう。

「白馬童子」 少年画報昭和35年9月号付録
白馬童子 少年画報昭和35年9月号付録.jpg 南村喬之は日本通信美術学院で美術を勉強、戦時中シベリアでの拘留生活を体験した後、戦後は多様な作画仕事で生活費を稼ぎながら改めて美術を勉強し、「はやぶさ童子」で絵物語作家としてデビュー。昭和30年代には「少年ブック」「少年画報」などで活躍しますが、絵物語が漫画分野にとって変わられる中で仕事が減り、1959(昭和34)年の「週刊少年マガジン」創刊号の漫画「天平童子」(原作・吉川英治)を執筆(矢野ひろし名義)したりもしますが(そう言えば、同じ挿絵画家の小松崎茂も、1957(昭和32)年に雑誌「少年」に漫画形式の絵物語「宇宙少年隊」を連載したことがあるが、途中から絵物語形式にスタイル変更した)、結局、漫画は自分の資質に合わないとし、以降は、挿絵画家に本格的に転向。怪獣もの、戦記ものなどで多大な業績を残しています(1960年代の初期怪獣ブームの時は、東宝・大映などの映画怪獣、ウルトラシリーズの怪獣んお造形に大きな影響を与えたとされる)。このように、主な活動は児童を対象としたものですが、桐丘裕之(きりおか・ひろゆき)、桐丘裕詩(きりおか・ゆうじ)などの筆名でSM雑誌の小説挿絵やイラスト画も担当していたりし、その分野でも独特の世界を確立していたそうです。そうした二面性があるところも何となくいいです。

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水野忠邦の強硬策を骨抜きにする行政官(政治家)としての「金さん」の手腕。

遠山金四郎の時代 藤田覚 学術文庫.jpg    山金四郎 市川左団次.jpg  はやぶさ奉行 片岡.jpg 遠山の金さん.jpg
遠山金四郎の時代 (講談社学術文庫)』/「大山左衛門尉 市川左団次」豊原国周 画(幕府をはばかって役名は「大山左衛門尉」になっている)/「はやぶさ奉行」('57年)片岡千恵蔵/「遠山の金さん捕物帳」('70~'73年)中村梅之助

 時代劇などで、八代将軍・徳川吉宗の時代の町奉行・大岡越前(大岡越前守忠相)と並んで名奉行とされるのが、庶民の味方として伝説的な存在の遠山の金さんです。時代は大岡越前からやや下って十二代将軍・徳川家慶(いえよし)の時代となりますが、その遠山金四郎(遠山左衛門尉景元)の実像を探りながら、当時の幕府が抱える問題と、行政の在り方を明らかにした本です。

 第1章で、遠山の金さんこと遠山金四郎の虚像面を追っていますが、後世に創作された逸話は多いものの、名奉行であったことは間違いないようです。第2章では、当時の江戸の政策論の対立点を浮き彫りにしています。天保の改革で幕府最後の改革に挑んだ老中・水野忠邦は、幕府は財政窮乏化のなか、風紀粛正と質素倹約を旨とし、風俗取り締まりのため庶民の娯楽である寄席(浄瑠璃・小唄・講談・手品・落語などをやる小屋)の撤廃や、芝居所替(歌舞伎三座の移転)、さらに廃止まで打ち出します。これでは江戸は繁栄するどころか寂れてしまうと、水野忠邦の政策に真っ向から対立したのが北町奉行の遠山金四郎であり、庶民生活の実情を重視し、厳しい改革に反対しながら水野忠邦の政策を骨抜きにしていったとのことです。

 第3章から第7章にかけて、両者の対立点となった水野の政策とそれに対する遠山金四郎のに抵抗ついて、寄席の撤廃(第3章)、芝居処替え=歌舞伎三座の移転(第4章)、株仲間(問屋などの座、一種のカルテル)の解散(第5章)、床見世(移動できる小さな仮設店舗、屋台店)の除去(第6章)、人返しの法(江戸に流入した人口を農村へ強制的に返す法)の施行(第7章)と1つずつみていきます。そして、遠山金四郎が改革強硬派の水野忠邦に抵抗し、妥協点を探りつつその政策を骨抜きできたのは、時の将軍・徳川家慶の厚い信任がバックにあったためであることが窺えます。

 第8章で、遠山金四郎以外の近世後期の名奉行たちを振り返り、最終第9章で「遠山の金さん」の実像を改めて総括しています。これらを通して見えてくるのは、遠山金四郎が単に庶民の味方の"いい人"だったということではなく、庶民が親しんでいる娯楽を無理に彼らから奪うことによって起きる反撥(具体的には一揆など)を警戒し、より庶民に受け容れられやすい対案を水野忠邦に進言することで、苛烈な施策を穏当な施策に変換することが多かったというのが実情のようです(もちろん、庶民の生活や心情に通じていたからこそ、そうした分析や判断ができたのだろうが)。

 こうなるとほぼ「行政官(政治家)」と言っていいように思います(役職上、水野忠邦は上司ということになる)。テレビで、金さんが遠山金四郎になるのは白州の場面が主なので、「司法官(裁判官)」のイメージが強いですが、そもそも三権分立じゃない時代のことで、町奉行は江戸市内の行政・司法全般を所管していたわけで、本書を読んで改めてそのことに思い当たりました。

 つまり、水野忠邦と遠山金四郎の間には政策の違いがあり、水野忠邦の改革はあまりに過激で庶民の怨みを買ったとされ(失脚した際には暴徒化した江戸市民に邸を襲撃されている。その後老中に再任されるが、かつての勢いは失われていた)、それをソフトランディングの方向へもっていったのが遠山金四郎であり(水野が失脚した際に、前述の施策は中止されたり実効性を持つことなく終わった)、ただし、上司・水野に対してそうしたことが出来たのは、将軍・徳川家慶の遠山金四郎に対する厚い信任があったが故ということになります。 

 本書によれば、将軍・徳川家慶が遠山金四郎を信頼したのは、彼の際立った裁きを実際に見たからであり、彼が「名奉行」であったからそうなったわけで、その部分では時代劇の「遠山の金さん」像がウソということでは全然ないので、ファンは心配しなくてもよい(笑)といったところでしょうか。学術文庫ですが読みやすく(意識してそうなっている)、江戸の庶民の暮らしぶりや娯楽などもわかって興味深かったです。

英雄たちの選択 2020 遠山.jpg遠山の金さん 天保の改革に異議あり!.jpg 本書のテーマは、今年['20年]2月にHHK-BSプレミアム「英雄たちの選択」で「遠山の金さん 天保の改革に異議あり!」として扱われ放映されていますが、この番組の司会の歴史学者・磯田道史氏は、東大の学生時代に本書の著者・藤田覚(さとる)(現:東京大学名誉教授)の講義を聴いていたと言っていたように思います。
 
中村梅之助/市川段四郎/橋 幸夫/杉 良太郎/高橋英樹/松方弘樹/松平 健
1遠山の金さんシリーズ.png 余談ですが、遠山の金さんシリーズ(テレビ朝日版)では、一番最初の中村梅之助主演の「遠山の金さん捕物帳」(1970-1973、全169話)の印象が個人的には強いですが、ほかに、市川段四郎主演の「ご存知遠山の金さん」1973-1974 、全51話)、橋幸夫主演の「ご存じ遠山の金さん」(1974-1975 、全27話)、杉良太郎主演の「遠山の金さん」(1975-1979、全131話)、高橋英樹主演の「遠山の金さん」(1982-1986、全198話)、松方弘樹主演の「名奉行 遠山の金さん/金さんVS女ねずみ」(1988-1998、全219話)、松平健主演の「遠山の金さん」(2007 、全9話)があり、話数では中村梅之助版を上回っているものもあります。ただ、調べたところでは、水野忠邦が出てくるのは、杉良太郎版「遠山の金さん」の3話(第46話・第57話・第58話)ぐらいしか見当たらず、杉良太郎版ではなんと「遠山のよき理解者」として登場しているようです。

「●語学」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1224】 岩田 一男 『英単語記憶術

教養書と実用書の両方の要素を備えている『英語に強くなる本』。

英語に強くなる本5.JPG英語に強くなる本4.jpg 英単語クロスワード 岩田00_.jpg 岩田 一男.jpg
英語に強くなる本―教室では学べない秘法の公開 (カッパ・ブックス)』['61年](表紙・本文イラスト:真鍋 博)/『英単語クロスワード―綴りと意味を、正確に覚える本 (カッパ・ブックス)』['68年]/岩田 一男(1910-1977)
英語に強くなる本68.JPG 『英語に強くなる本』は1961年刊行で、発売時わずか3カ月で100万部を突破し、最終的に147万部を売り上げ、その年のベストセラーで第1位となっています。個人的には本書に関しては"遅れてきた世代"であったため、改訂新版で読みましたが、手元にあるものは、昭和45年刊行時点で初版から数えて305版となっています。

 まず第1章で、日本人はなぜ英語ができないのかという問題提起をしており、日本人に共通の誤りとして、①基礎的英語の不足、②むずかしいことを言おうとする、③日本語で英語を考える、④やさしい英語を使いこなせない、⑤日英の発想法の違いがのみこめていない、の5つを挙げ、生きた英語を使えるようになるためのポンインを示しています。基本ルールは、英語で考えるようになるのが理想的で、やさしい英語をとにかく使ってみること、直訳を避けることであるとしています。

英語に強くなる本66.JPG 以下、第2章から第10章にかけて、日本人はなぜ発音に弱いのか、単語はどう覚えるのが科学的か、やさしい言葉で話すにはどうすればよいか、生きている英語・死んでいる英語とは何か、学校で教えてくれない英語のルール、英語を話すコツ、英語を読む秘訣、英語の底に流れるもの、そして最後に、外国に行く法と続きます。

 日本人が陥りがちな暗記や直訳など小手先のテクニックにとらわれることなく、英語という言語の本質に迫りながら多彩な例文を多数用いて分かりやすく解説しており、教養書と実用書の両方の要素を備えているように思いました。受験生というより、ある程度のレベルの英語の学習経験・習得があり、また、英語を使う必要に迫られているビジネスパーソン向けという感じでしょうか。

 高度経済成長期の、東京でのアジア初のオリンピック開催の3年前に刊行されて、日本人ビジネスマンもこれからは英語が話せ、海外で活躍できるようにならなければならないという気運の中での刊行であったことがベストセラーになった要因としてあるかもしれませんが(最終章が「外国に行く方法」となっていることに時代を感じる)、内容的には結構学術的な面もあって、それを著者の技量でかみ砕いて書いているわけで、当時のビジネスパーソンって勉強熱心だったのだろうとも思います。

 章の内容の流れから分かるようように、基本的に「会話」から入っていきます。サブタイトルに「教室では学べない」とありますが、学校教育でも応用可能と思われる部分はあります。但し、現実の学校の英語教育カリキュラムが「会話」ではなく「文法」重視でずっときているし、結局、その流れは、本書刊行後半世紀の間、部分的には変わっても(自分のいた高校は英語に強いのがウリで「LL教室」があったが)、全体としてはどれほど文法偏重から抜け出たか疑問です。ここに来て、大学入試センター試験が来年度[2021年1月]から大学入学共通テストに移行し、英語でリスニングの配点比率が現行の2.5倍になるとのことですが、(個人的には英語教育の改革を追っかけているわけではないが)グローバル化の流れの中で、今までの「文法」重視のツケである実用面での遅れを、慌てて取り戻そうとしている印象も受けます。

 そうした意味では、本書は今読んでも(ある意味皮肉なことかもしれないが)十分に示唆的であり、教養書と実用書の両方の要素を兼ね備えたその性質は、取り上げているトピック面でところどころ昭和の懐かしさを感じる部分はあるものの、読者に伝えるべく内容という面ではそれほど経年劣化していないように思います(実際、2014年にちくま文庫で文庫化されている)。

英単語クロスワード7.JPG読書術 加藤周一.jpg 本書では、「発音」の次に「単語」を取り上げていますが、外国語の習得において「単語」の知識が重要なのは、先に取り上げた加藤周一の『読書術』('62年/カッパ・ブックス)にもありました。その意味で、同じ著者による『英単語クロスワード』は、楽しみながら英単語を覚えられるスグレモノです。

 英単語クロスワードは、80年代終わり頃にブームがあり、近年また、"脳トレ"の流れで"ナンクロ"風のものなどが出てきてブームが復活するのかどうかといったところですが、最初のブームのさらに20年前に『英単語クロスワード』という本を出しているというのは、ある意味スゴイことかもしれません(しかも、今でも十分楽しみながら使える)。著者は一橋大学の教授であったため、同大学で著者の英語の授業を受けた作家の城山三郎が、裏表紙の推薦文を書いています。

岩田 一男 『英単語記憶術5.JPG『英語に強くなる本』...【2014年文庫化[ちくま文庫]】

【読書MEMO】
●1961年(昭和36年)ベストセラー
1.英語に強くなる本』岩田一男(●光文社カッパ・ブックス)
2.『記憶術』南 博(●光文社カッパ・ブックス)
3.『性生活の知恵』謝 国権(池田書店)
4.『頭のよくなる本』林 髞(●光文社カッパ・ブックス)
5.『砂の器』松本清張(■光文社カッパ・ノベルズ)
6.『影の地帯』松本清張(●光文社カッパ・ノベルズ)
7.『何でも見てやろう』小田 実(河出書房新社)
8.『日本経済入門』長洲一二(●光文社カッパ・ブックス)
9.『日本の会社』坂本藤良(●光文社カッパ・ブックス)
10.『虚名の鎖』水上 勉(■光文社カッパ・ノベルズ)

   

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○ノーベル文学賞受賞者(スベトラーナ・アレクシエービッチ)

冒頭の消防士の妻の証言は、読むのが辛いくらい衝撃的で、哀しい愛の物語でもある。

チェルノブイリの祈り.jpgチェルノブイリの祈り――未来の物語.jpgスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ.jpg スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ
チェルノブイリの祈り-未来の物語 (岩波現代文庫)
チェルノブイリの祈り―未来の物語

スベトラーナ・アレクシエービッチ.jpg 戦争や社会問題の実態を、関係者への聞き書きという技法を通して描き、ジャーナリストとして初めてノーベル文学賞を受賞したベラルーシのスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの著作で、第二次世界大戦に従軍した女性や関係者を取材した『戦争は女の顔をしていない』(1984)、第二次世界大戦のドイツ軍侵攻当時に子供だった人々の体験談を集めた『ボタン穴から見た戦争』(1985)、アフガニスタン侵攻に従軍した人々や家族の証言を集めた『アフガン帰還兵の証言』(1991)、ソ連崩壊からの急激な体制転換期に生きる支えを失って自殺を試みた人々を取材した『死に魅入られた人びと』(1994)に続く第5弾が、チェルノブイリ原子力発電所事故に遭遇した人々の証言を取り上げた本書『チェルノブイリの祈り』(1997)です。

 1986年の巨大原発事故に遭遇した人々を3年間以上かけて、子どもからお年寄りまで、職業もさまざまな人たち300人に取材して完成したドキュメントですが、1998年に邦訳が出された際は、日本ではそれほど注目されてなかったのではないかと思います。それが2015年のノーベル文学賞受賞で知られるようになり、そう言えば2011年の東日本大震災・福島原発事故の年に、岩波現代文庫で文庫化されていたのだなあと―自分もほぼそのパターンです。

 チェルノブイリ原発事故とその後の対応に自身や近しい人が関わった様々な立場や職業の人々の証言が綴られていますが、やはり最も衝撃的だったのは、事故発生時に消火活動にあたった消防士の妻の話でした(この消防隊は後から駆け付けた応援部隊も含め最終的にほぼ〈全滅〉したとされている)。

 病院に搬送された夫を追って、妊娠を隠し会いにでかける妻。妊娠中だと夫に会えず、またそうでなくとも、将来妊娠する可能性があれば夫に会わせてもらえないため、息子と娘がいると嘘を言い、医師に「二人いるならもう生まなくていいですね」と言われてやっと「中枢神経系が完全にやられ」「骨髄もすべておかされている」という夫のいる病室へ。夫の食事の用意をどうしようかと悩むと、「もうその必要はありません。彼らの胃は食べ物を受けつけなくなっています」と医師に告げられる―。

 それから彼女は、毎日"ちがう夫"と会うことになります。やけどが表面に出てきて、粘膜がゆっくり剥がれ落ち、顔や体の色は、青色、赤色、灰色がかかった褐色へと変化していく。それでも彼女は愛する夫を救おうと奔走し(凄い行動力!)、泣きじゃくる14歳の夫の妹の骨髄が適応したことを知ると、それを夫に告げるも、優しい夫は彼女からの移植を拒否し、代って看護婦だった姉が覚悟の上で提供を申し出、手術を行います(姉は今も病弱で身障者であると言う)。

 夫のそばのテーブルに置かれたオレンジは、夫から出る放射能でピンク色に変わり、それでも、妻は時間の許すかぎり夫の傍に付き添って世話をし続けます。致死量の4000レントゲンをはるかに超える16000レントゲンを浴びた夫の身体は、まさに原子炉そのものであるのに、その夫のそばに居続ける妻の狂気。肺や肝臓の切れ端が口から出て窒息しそうになる夫。事故からたった14日で死を向かえた夫は、亜鉛の棺に納められ、ハンダ付けをし、上にはコンクリート板をのせられ埋葬され、一方、その後、生まれた娘は肝硬変で先天性心臓欠陥があり、4時間で死亡します。

 あまりに衝撃的で、読むのが辛いくらいであり、同時に、極限下で互いの気持ちを通い合わせる若い夫婦のあまりに哀しい愛の物語でもあります。

TVドラマ「チェルノブイリ」(2019)
ドラマ チェルノブイリ1.jpgドラマ チェルノブイリ2.jpgドラマ チェルノブイリ3.jpg  昨年[2019年]アメリカ・HBOで制作・放送され、日本でもスターチャンネルで放映されたテレビドラマ「チェルノブイリ」(全5回のミニシリーズ)にも、このエピソードが反映されたシーンがあったように思いましたが、虚構化された映像よりも、この生々しい現実を伝える「聞き書き」の方が強烈であり、ジャーナリスト初のノーベル文学賞受賞というのも頷けます。

東海村JOCの臨界事故
東海村JCO臨界事故.bmp 思えば、日本国内で初めて事故被曝による死亡者を出した1999年の東海村JCO臨界事故でも、犠牲となった2名の作業員は同じような亡くなり方をしたわけで、うちの1人である大内久さん(当時35歳)の83日間にわたる闘病・延命の記録は、海外では大きく取り上げられたものの、日本では、日本だけが報じない写真などがあるらしく、国の原子力政策上不都合なものには蓋をするという動きが働いたのではないでしょうか。マスコミ内にも、あの問題に触れることをタブー視する、或いは触れないよう"忖度"する気配があるように思います。

 東海村の事故は、2011年の福島原発事故より10年以上前のことですが、本書著者のノーベル文学賞受賞は2015年で、福島原発事故から4年しか経っておらず、その割にはマスコミもあまり彼女の受賞を報道しなかったように思います。本書のベラルーシでの出版は独裁政権による言論統制のために取り消されているとのことですが、目に見えない"報道規制"は日本でもあり得るのではないかと思った次第です。

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半世紀を経ても古さを感じさせない。スマホ時代の今だからこそ読むべきかも。

読書術 加藤周一.jpg 頭の回転をよくする読書術 86.jpg 読書術 (同時代ライブラリー).jpg 読書術 加藤周一 岩波現代文庫2000.jpg
読書術―頭の回転をよくする (カッパ・ブックス)』['62年](カバーデザイン:田中一光)『頭の回転をよくする読書術 (光文社文庫)』['86年]『読書術 (同時代ライブラリー)』['93年]『読書術 (岩波現代文庫)』['00年]

I読書術―頭の回転をよくする (カッパ・ブックス).JPGI読書術_5463.JPG 評論家で医学博士でもあった加藤周一(1919-2008/89歳没)による主に若者(高校生くらいか)に向けの読書術の本で、第Ⅰ部で、本をどこで読むかというテーマを取り上げ、第Ⅱ部で、どう読むか、その技術について述べており、第Ⅱ部は、遅く読む「精読術」、速く読む「速読術」、本を読まない「読書術」、外国の本を読む「解読術」、新聞・雑誌を読む「看破術」、難しい本を読む「読書術」の6章から成っています。

 「本をどこで読むか」ということについては、基本的にどこでも読めるのが映画やテレビにはない本の良さだとしながらも、読書の能率がグンと上がる場所は「外洋航路の貨物船」であると言っているのが面白いです。でも、より現実的な"乗り物"を考えるならば「通勤電車」がいいとし、混雑する通勤電車の中では、ページをめくらなくてもいい本を選び、電車に乗る時には1冊だけ持つようにし、受験生なら英単語集、社会人なら外国語テキストがいいと述べています。

本文イラスト:金森馨
I読書術_5464.JPG 遅く読む「精読術」については、古典はゆっくり読むべきだとし、日本人のものの考え方を知るために論語、仏教の経典、古事記、万葉集などを読み、西洋を知るためには聖書とギリシャ哲学を学ばなければならず、それらは一度だけ読むのではなく、繰り返しゆっくりと読むことが大切だとしています。

 速く読む「速読術」は、これはこれで、専門化された知識の集積がおそろしく速い現代においては必要であるとし、眼球をどう動かすかといったことから、とばし読みの秘訣まで、わかりやすく指南しています。飛ばし読みは単語に注目することがポイントで、日本語はこの技法に向いているようです。また、一冊ではなく同時に数冊読む方法についても説いています。現代文学は速読すべしとも。

 外国の本を読む「解読術」については、大学、高校で使う教科書の内容はつまらないものが多く、それよりも自分が興味のある分野の本をたくさん読んだほうがいいとしています(エロ本でもよいと)。

 新聞・雑誌を読む「看破術」では、新聞を一紙だけでなく二紙以上読むことを勧め(新聞によって立場が異なる)、また、見出しだけを読んではならないとしています(新聞の見出しは当てにならず事実とは少し違うものになっている)。一時期、新聞を二紙以上購読していた時期があり、新聞によって書いてあることというより記事の扱いが随分異なることを痛切に思ったことがありますが、結局、自分に合った1紙しか読まなくなってしまったなあ。

 難しい本を読む「読書術」では、難解な本が難しい理由は、一つは、作者の問題で、文章が悪く、作者自身も専門用語などを理解しておらず、何を書いているか分かっていない場合があり、もう一つは、読者自身の問題で、文章に使われている用語が分かっていない場合があるとしています。だから、単語の意味を知っておくことは重要だと。

 何十年ぶりかの再読ですが、高校生の時に読んで最も印象に残ったのは、最後の、「難解な本が難しい理由」は、「作者の問題で、文章が悪く、作者自身も専門用語などを理解しておらず、何を書いているか分かっていない場合」があるということで、この言説に何だかすごく励まされように思います。

 でも、今思えば、この著者って「超頭いいー」人でした。東大医学部出身の作家・評論家と言えば、明治は森鴎外が代表格ですが、昭和は、安部公房、加賀乙彦、そして加藤周一ということになるのではないでしょうか(意外と少ない)。「通勤電車」読書のところに出てくる、「電車通勤1年間でラテン語をマスターした男」の話って著者自身のことだし、「速読術」のところで、小学校5年生の時に5年生用と6年生用の授業の内容を覚えて、飛び級で中学に入ったというのも、東京府立一中(現在の日比谷高校)から一高理科(現在の東大教養学部)という"秀才"コースを歩んだ著者のことでした。

 まあ、自分とは頭の出来に雲泥の差があるのでしょうが、それでも、「本が難しい」のは著者の責任であるという言説には、やっぱり励まされた(笑)。この本は、学生時代に限らず、社会人になってからも、もっと何度か読み返してみればよかったかも。小説やビジネス書の読み方で参考になる部分は多くあったように思います。

 1962(昭和37)年刊行、と半世紀以上も前の本ですが、それほど古臭さは感じさせません。当時としては高校生向きなのかもしれませんが、若い世代があまり本を読まなくなったと言われる昨今、いや、今や世代に関係なく、電車に乗れば本を読んでいる人よりスマホをいじっている人の方がずっと多い昨今だからこそ、ビジネスパーソンにお薦めできる一冊ではないかと思います。

【1986年文庫化[光文社文庫(『頭の回転をよくする読書術』)]/1993年[岩波同時代ライブラリー(『読書術』)]/2000年再文庫化[岩波現代文庫(『読書術』)]】

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うつ病の原因、症状も多様だが、抜け方は人それぞれ。でも、共通項も。

うつヌケド.jpgうつヌケ.jpg うつぬけges.jpg
うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』['17年]

うつぬけロード.jpg 自身もうつ病を患い、快復した経験をもつ漫画家が、同じ"うつトンネルを抜けた"経験者たちにインタビューを重ねた、それを漫画にしたものです。以前に細川貂々氏の『ツレがうつになりまして。』('06年/幻冬舎)を読みましたが、あっちは配偶者がうつ病になったのに対し、こっちは本人です(自身のこと描いているという点で、系譜としては、昨年['19年]10月に亡くなった吾妻ひでお氏の『失踪日記』('05年/イーストプレス)、『アル中病棟―失踪日記2』('13年/イーストプレス)や、統合失調症の漫画家・卯月妙子氏の『人間仮免中』('12年/イースト・プレス) に近いか)。
うつヌケ2.jpg
 最初に著者自身の「うつ」体験が紹介されており、サラリーマンと漫画家との二足の草鞋で忙しく働いていた著者は、転職を契機ににうつ病に罹ってしまい、医者の「貴方のうつ病は一生もの」との言葉に不信感を抱き、勝手に服薬をやめたり、医者を転々としたりしてますます悪化したとのこと、トンネル脱出のきっかけは、コンビニで見つけた文庫本で、うつ病に罹った精神科医が書いたエッセイだったとのことです。著者は再発と回復を繰り返しながらも、自分の場合は気温の変化が引き金でうつ病になることに気づき、「うつはそのうち完全に治る」と実感するに至りますが、ここまではいわば序章で、以下、著者が会って聞いた、さまざまな人の「うつヌケ」体験談が続きます。

 登場するのは大槻ケンヂ、宮内悠介、佐々木忠、まついなつき(今年['20年]1月に脳梗塞で亡くなったなあ)、内田樹、一色伸幸といった有名人から、OL、編集者、教師と多様な顔ぶれで、こういう人もうつ病になったことがあるのだなあと思わされるし、また、うつ病の症状は人によって様々であり、そこから抜ける契機も人によって様々だなあと改めて思わされました。一方で、個々の「うつヌケ」体験をより大きな括りとして捉えると、そこに共通項も見えてくるように思いました。

 著者は後にインタビューで「漫画のもつ抽象化や擬人化の効果を今回は最大限に使いました。うつヌケした時って本当にモノクロの世界がぱーっと色を取り戻すような感覚なんです」と述べています。

 漫画の特性が活かされて、わかりやすい「うつヌケ」の体験談集になっているっように思われ、本書はベストセラーとなり、一昨年['18年]にはココリコ・田中直樹主演でHulu配信のネットドラマにもなりました。

 本書に関するAmazon.comのレビューなどを見ても高い評価のものが多いですが、ベストセラーの常で、だんだん批判的なレビューも増えてきて、最後は星3つくらいになってしまう...(ただし、本書は、自分がチェックした時点では星4つをキープしていた)。

 批判の1つに、症例が自分に当て嵌まるものがないので役に立たないというのがありましたが、思うにこれは、本書に出てくるいろいろな人たちの症例の多様さからすると、うつ病の症状はそもそも一人一人に固有のものであって、全く同じものは無いという前提に立ち、その中で、何らかの敷衍化することで、自分に応用が可能なものを見出していくしかないのではないかという気がします。これは"考え方"の問題で、先に述べた、「うつヌケ」体験をより大きな括りとして捉えるというのも同じです。

 また、有名人が多く紹介されていることから事前に予想された批判ですが、彼らはもともとアーティストや作家としての特殊な能力を持っている人たちで、その才能があったからこそうつ抜け出来たのであって、そういう才能がない凡人たる自分には参考にならないというものです。自分などは、第一線で活躍している人もかつてうつ病だった時があった、或いは、今もうつと付き合いながら創作活動や社会生活を送っていると思えば、" 元気の素"になりそうな気もするのですが、逆の捉え方をされることもあるのだなあと思いました。これは"考え方"の問題というより"気持ち"の問題であるように思われ、当事者の気持ちにまでは踏み込めないので、これ以上のコメントは差し控えます。

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科学的見地から地球外生命の可能性を考察。先人たちが宇宙人についてどう考えたかが詳しい。
仮説宇宙人99の謎_5442.JPG  四つの目2.jpg 四つの目0.JPG
仮説宇宙人99の謎―宇宙は生命にあふれている (1978年) (サンポウ・ブックス)』 草下 英明 in「四つの目」)

仮説宇宙人99の謎_5443.JPG 本書の著者・草下英明(1924-1991)は誠文堂新光社など出版社勤務を経て独立した科学解説者、科学ジャーナリストで、「現代教養文庫」の宇宙科学関係のラインアップに、『星座の楽しみ』('67年)、『星座手帖』('69年、写真:藤井旭)、『星の百科』('71年)、『星の神話伝説集』('82年)などこの人の著書が多くありました( 保育社の「カラーブックス」の中にもあった)。その中でも、『星座の楽しみ』『星座手帖』『星の神話伝説集』は2000年に再版され、版元の社会思想社の倒産後は、2004年に文元社から「教養ワイドコレクション」としてオン・デマンド出版されています(版元が倒産しても本が出るのは内容がしっかりしているからということか)。

四つの目1.jpg また、「四つの目」という、NHKで1966(昭和41)年から1972(昭和47)年まで放送された小学生向けの科学をテーマにした番組の解説も務めていたので"視覚的"にも馴染みのある人です。「四つの目」とは、通常の撮影による「肉眼の目」、高速・微速度撮影による「時間の目」、顕微鏡・望遠鏡などによる「拡大の目」ウルトラアイ NHK.jpgガッテン!.jpg、Ⅹ線撮影による「透視の目」を意味し、物事を様々な「目」で科学的に分析するというもので、この番組スタイルは、後番組の「レンズはさぐる」('72年~'78年)を経て(草下英明はこの番組にも出ていた)、より生活に密着したテーマを扱う「ウルトラアイ」('78年~'86年)、「トライ&トライ」('86年~'91年)へと受け継がれ(共に司会は局アナの山川静夫)、「ためしてガッテン」('95年~'16年)や現在の「ガッテン!」('16年~)はその系譜になります。

 ということで、本書はトンデモ科学本などではなく、極めて真面目に、宇宙人の可能性について解説した本です。まえがきでUFOの存在をはっきり否定し、自身が遭遇したUFOと間違えそうな4つの経験を挙げ、すべてその正体を明かすなどして、UFO=宇宙人という考えの非科学性を説いています。その上で、科学的見地から地球外生命の可能性を考察しています。ただし、著者はSFにも詳しこともあり、地球外生命について先人たちはどのように考え、イメージを膨らませてきたかなどについても紹介していて、そのため堅苦しささは無く、楽しく読めるものとなっています。

 本書は全8章から成り、その章立ては、
  第1章「想像の宇宙人―人類はなにを夢見たか」、
  第2章「宇宙と生命―なにが宇宙人なのか」、
  第3章「地球と生命―環境はなにを決定するか」、
  第4章「惑星と生命―太陽系内生命の可能性を推理する」、
  第5章「恒星と生命―きらめく星の彼方になにがあるか」、
  第6章「宇宙人逮捕―宇宙人とどう交信するか」、
  第7章「宇宙と文明―ホモ・サピエンスはどこまで進化するか」、
  第8章「夢の宇宙人―どこまで宇宙人にせまれるか」、
 となっていて、その中に99の問いが設けられていますが、1つの章の中で各問いに連続性があるため、読みやすく、また理解しやすいです。

 特に先人たちが宇宙人についてどう考えたかが詳しく、第1章では、シラノ・ド・ベルジュラックの『月両世界旅行記』(1649)、ジュール・ベルヌの『地球から月へ』(1865)、H・G・ウェルズの『月世界の最初の人間』、コンスタンチン・ツィオルコフスキーの『月の上で』などにおいて作者が生み出した宇宙人が紹介されており(ツィオルコフスキーは「宇宙飛行の父」と呼ばれる学者であるともにSF作家でもある)、第8章では、ロバート・ハインラインの『人形使い』('51年発表)やハル・クレメントの『重力の使命』('54年発表)、アイザック・アシモフの『もの言う石』、ジヤック・フィニイの『盗まれた街』などに出てくる宇宙人が紹介されていて、更には、フレッド・ホイルの『暗黒星雲』にあらわれる星雲生命やClose Encounters.jpg、アルフレッド・E・バン・ボクトの『宇宙船ビーグル号の航海(航海)』('50年発表)の超生命なども紹介されています。また最後の〈問99〉「未知の宇宙人との遭遇は、どうなされるか」では、著者が本書を書き終えようとしていた頃に公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督の「未知との遭遇」('77年)にも言及しています(高く評価している)。
「未知との遭遇」('77年)

 尤も、本論は第2章から第7章の間にあるわけで、宇宙人とは何かという定義から始まって、太陽系内の惑星を1つずつ生命が住めるか検証し、さらにそれを恒星宇宙に広げていき、さらに宇宙人との交信方法や人類の未来について考察していますが、その中においても、先人たちはどう考えたのが随所に紹介されていて、興味を持って読めます。地球外生命論については、立花隆、佐藤勝彦ほか著の『地球外生命 9の論点―存在可能性を最新研究から考える』('12年/講談社ブルーバックス)などもありますが、本書が"経年劣化"しているとはまだ言えず、単著で纏まりがあるという点で、本書は自分の好みです。

 因みに、〈問1〉「世界で最初に宇宙人を想像したのはだれか」によると、世界で一番古い宇宙旅行小説(SFの元祖)は、紀元前二世紀頃にギリシャのルキアノスが "イカロスの翼"伝説に触発されてメニッポスという実在の哲学者を主人公にして書いた『イカロメニッポス』というものだそうで、そのあらすじがまた面白かったです。

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「●わ 和田 誠」の インデックッスへ

誰が誰を選んでいるかも興味深いが、やはり、和田誠の絵が一番楽しめる。意外と知られていない傑作集。
3人がいっぱい②_5436.JPG3人がいっぱい  1・2 - コピー.jpg 和田誠 2.jpg
3人がいっぱい 2 (新潮文庫 わ 3-2)』和田 誠(1936-2019)

 雑誌「小説新潮」の1976(昭和51)年7月号から1979(昭和54)年12月号までに掲載されたコラムを文庫化したもので、同誌の1973(昭和48)3人がいっぱい②_5437.JPG年1月号から1976(昭和51)年6月号に掲載のコラムを文庫化した『3人がいっぱい➀』の続編です。

3人がいっぱい②図7.png コラムの趣旨は、「今月の3人」として、毎月異なる選者にテーマを決めてそのテーマに沿った3人の有名人を挙げて文書を書いてもらい、その3人の似顔絵を和田誠が描くというものです(最初の1年間は和田誠自身が似顔絵だけでなく、人選と文書も担当していた)。

3人がいっぱい②_5438.JPG 冒頭の1976(昭和51)年の1月には、黒柳徹子が「私より早口の三人」として、森英恵(美しい早口)、淀川長治(楽しい早口)、沢村貞子(立派な早口)を、2は、寺山修司が「競馬の先輩」として、古山高麗雄(最終レースの古さん)、織田作之助(一の目のオダサク)などを挙げています(織田作之助って随分前に亡くなっているけれど)。9月は渡辺淳一が、「手術してみたい三人」として、ちあきなおみ。浅丘ルリ子、浅茅陽子を挙げています。

3人がいっぱい②_5444.JPG 1977(昭和52)年に入ると、9月に筒井康隆が「三人の破壊者」として、タモリ(言語破壊者)、矢野顕子(フィーリング破壊者)、山下洋輔(ピアノ破壊者)を挙げていたりし、1978(昭和53)年には、本書の解説も書いている作家の阿佐田哲也が「文武百般の大先輩」として、五味廣祐、柴田錬三郎、寺内大吉を挙げていますが、この場合の"武"は賭け事なのでしょう。

3人がいっぱい②_5439.JPG  1979(昭和54)年では、作詞家の阿久悠が「目の光る三人」として倉本聰、浅井慎平、王貞治を挙げています。また、作家の小林信彦が、「笑いの求道者たち」として、森繁久弥、渥美清、萩本欽一を挙げています。

 選者も含め亡くなっている人も多いですが、息長く活躍している人も多いなあと。『3人がいっぱい➀』の方でも感じましたが、誰が誰を選んでどのようなことを書いているかも興味深いですが、やはり絵が一番楽しめるでしょうか。昨年['19年]亡くなった和田誠の、本書は意外と知られていない傑作イラスト集と言えるかもしれません。

3人がいっぱい②7.jpg

「●科学一般・科学者」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【914】 畔上 道雄 『推理小説を科学する

読み物を読むように読めてしまい、それでいて頭によく残るのがいい。

発明発見99の謎0.JPG発明発見99の謎5.JPG  科学の起源99の謎.jpg
発明発見99の謎―だれが、なぜ最初に気がついたか (1978年) (サンポウ・ブックス)』['78年]『科学の起源99の謎―宇宙の発見から数・生命・動力の発見まで (1976年) (サンポウ・ブックス)』['76年]

発明発見99の謎1.JPG 本書の著者・三石巌(1901-1997)は物理学者ですが、70歳を過ぎてから分子生物学や栄養学での研究も行うようになり、独自に編み出した分子栄養学を提唱して、健康自主管理運動の拠点として1981年にメガビタミン協会、1982年に株式会社メグビー設立したという人物です。

 理科全般にわたる教科書や子供の科学読み物から専門書にいたる著作は300冊余りとなり、長寿を保ちつつ生涯現役を全うしています。死去の2週間前まで雪山でスキーを楽しみ、担当医は「ガンなど一切なく、臓器はすべて正常でした。三石理論でガンが予防できることを、ご自身の体で証明されたのですね」と語っています。

ダルビッシュ有 twitter.jpg その著書の一部は今なお読み継がれていて、あたかも著者が存命しているかのように毎年刊行されており、メジャーリーガーのダルビッシュ有なども信奉者です。どこかの栄養士がツイッターで著者の栄養学を、「三石巌氏は長く研究されているようですが、論文がありませんのでトンデモです」と批判したのに対し、ダルビッシュは「多分あなたがトンデモだと思いますよ」とツイートしていました(笑)。

 本書は物理や化学に特化した入門書ではなく、科学一般の疑問に広く答えることで、読者に科学的な知識やセンスを養ってもらうことを意図したものと思われ、昔はこの著者に限らず、広く「科学」を解説できる学者が結構いたように思います。思えば、あのアインシュタインだって(「物理学」限定だが)『物理学はいかに創られたか』(共著・岩波新書)という入門書を書いているぐらいですが、今はこうした分野はサイセンスライターの領域なのでしょうか。

 本書は、「青空の科学」「飛行機の科学」「「大気圏外の科学」「外から見た地球の科学」「ひかりの科学」「ミクロ世界の科学」「身のまわりの科学」「発見のはなし」「発明のはなし」の9章からなり、この中に、例えば第1章であれば「空気はいつ、だれが発見したか」「空気はなぜ見えないか」といった問いが設けられていますが、1つの章の中で各問いに連続性があるため、1つわかって、それをベースに次に進むというスタイルになっています。

 したがって、バラバラに問いが設定されているよりも読みやすく、また、理解しやすいです。そうした中に、「紅茶とコーヒーはどちらがよいか」といったごく日常に関わる問いや、「コンピュータは何のために発明されたか」といった学校ではあまり教わらないような問いが織り込まれていたりもし、読み物を読むように読めてしまい、それでいて頭によく残るというのが本書のいいところではないかと思います。先に同著者の『』も読みましたが(と言っても随分以前になるが)これも良かったです。

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「●わ 和田 誠」の インデックッスへ

人選や文章も楽しめるが、やはり一番は和田誠の描く似顔絵。

3人がいっぱい➀_5429.JPG3人がいっぱい  1・.jpg3人がいっぱい➀ amazon.jpg
3人がいっぱい 1 (新潮文庫 わ 3-1)

 雑誌「小説新潮」の1973(昭和48)年1月号から1976(昭和51)年6月号までに掲載されたコラムを文庫化したもので、単行本化を経てはおらず、和田誠(1936-2019)の名前で出た本としては新潮文庫初登場でした。

3人がいっぱい➀_5430.JPG コラムの趣旨は、「今月の3人」として、毎月テーマを決めてそのテーマに沿った3人の有名人に登場してもらい、その3人の似顔絵を和田誠が描くというもので、当初は和田誠自身がテーマを決めて「今月の3人」を選び、その3人についてイラストを前景として余白に文章も書くというものでしたが、このスタイルは1973年12月号で終わり、1974年からは「続・今月の3人」として、人選と文章を毎月異なる著名人が担当し、和田誠はイラストを担当するものとなっています。

 この形になったお陰で長続きできたのか、1975年から1976年6月号までは「新・今月の3人」として連載は続き、それが本書に収めれられているわけですが(42組13人がいっぱい➀_5431.JPG26人)、連載は「今月の3人」にタイトルを戻して1976年7月号から1979年(昭和54)年12月号まで続き、後半部分(42組126人)は『3人がいっぱい②』として同じく文庫化されています。

 まず、シンプルな線で本人の特徴を上手く写しとった絵に目が行き、次にどのような切り口で誰を選んだのかが面白く、それで文章も読むといった感じでしょうか。まず、和田誠自身がテーマ決めと人選をしていた1973(昭和48)年は、1月は「多忙」と題して、笹沢佐保氏、愛川欽也氏、赤塚不二夫氏が取り上げられていて、当時の売れっ子ぶりが窺えます。8月は「お寺」と題して、、丹羽文雄氏、植木等氏、篠山紀信氏が取り上げられていますが、3人とも実家がお寺だったのだなあ(1973年だけ画中の名前に男性は「氏」、女性は「さん」がついている)。

3人がいっぱい➀_5432.JPG 1974(昭和49)年以降は、選者のトップバッターは文庫解説も書いている吉行淳之介で、「ノム・ウツ・カウ」と題して、"ノム"で山口瞳、"ウツ"で生島治郎、" カウ"で川上宗薫を選んでいて、川上宗薫は巨大なイヌを飼っているとのこと(笑)。同年6月は、選者がSF作家の小3人がいっぱい➀_5433.JPG松左京で、「SF三大図絵」と題して、星新一、筒井康隆、半村良を選んでいます。8月は、漫画家の東海林さだおが「三人をハゲます会」と題して、"角"として稲垣足穂、"丸"として田中小実昌、"三角"として殿山泰司を選んでいます。形状で区分しているところがさすがに漫画3人がいっぱい➀_5434.JPG家(笑)。それをイラスト化しているのは和田誠ですが。

 1975(昭和50)年に入ると、その田中小実昌が8月の選者となって、「三大ボイン歌手」と題して、中山千夏、戸川昌子、3人がいっぱい➀_5435.JPG淡谷のリ子を取り上げたりしていますが、こうしてみると、亡くなった人も多いですが、存命で現役の人も結構いるなあという印象です。そうした人はものすごく職歴や芸歴が長いことになりますが、それだけ早くに世に出たということなのでしょう。芸能人で言えば黒柳徹子然り、美輪明宏然り、作家で言えば佐藤愛子然り、大江健三郎然り(庄司薫みたいに書かなくなってしまった作家もいるが)。

 結構、選ばれた人が今度は選ぶ側に回っていたりして、まあ、人選や文章も楽しめますが、やはり一番は和田誠の描く似顔絵でしょうか。解説の吉行淳之介(この人も選ぶ側であったり選ばれる側であったりする)は、和田誠の描く似顔絵を山藤章二(この人も選ぶ側であったり選ばれる側であったりする)のそれと比較して「淡泊」としていますが、そういう表現の仕方もあるのかもしれません。

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そのオーラに溢れた怪奇画を再びこうして見られるだけでも有難い。

柳柊二怪奇画集01.jpg柳柊二怪奇画集11.jpg 柳柊二怪奇画帖ド.jpg
柳柊二怪奇画帖

柳柊二怪奇画集20.jpg イラストレーター・挿絵画家の柳柊二(やなぎ・しゅうじ)(1927-2003)(本名:柳橋風有草(やなぎばし・かざうぐさ)の怪奇挿画を集めたもので、昭和40年代頃の少年雑誌には「大図解」というグラビアページがありましたが、それを飾る画家としては、柳柊二は石原豪人(ごうじん)(1923-1998)と並ぶ"大御所"だったように思います(この二人、共に75歳で亡くなっている)。

柳柊二怪奇画集30.jpg 石原豪人は「エロスと怪奇」を描いたイラストレーターと言われていますが、柳柊二の方は「怪奇」が中心で(初期にはエロス系も描いていたが、子どもができてやめたようだ)、ただし、普通の歴史時代ものの挿絵なども多く描いています(「伝記文庫」の表紙絵なども描いている)。両者を「怪奇」同士で比較すると、石原豪人が、力強いタッチで押してくるのに対し、柳柊二は繊細なタッチで、伊藤彦造(1904- 2004/享年100)のイラストをも想起させます。

柳柊二怪奇画集40.jpg 本書では、その細かいタッチが分かるようにページいっぱいに絵を載せていて、見開きページも少なからずあって、画家の筆致を堪能できます。一方で、モノクロ・二色刷りが主体で、カラー原画のページがちょっと少ないかなという感じもします。もともと少年雑誌の「大図解」がモノクロ・二色刷りが多く、これは致し方なかったのかなと(怪奇画に絞って、しかも原画が残されているもののみで本書を構成したこともその理由か)。

ヘンゼルとグレーテル―グリム童話.jpg 巻末に、柳柊二夫人、柳橋静子さんのインタビューがあり、本人は「子供の絵はごまかしちゃいけない」と言い、「リアルな絵が描ける装画家はいないんじゃないかなあ」と嘆いてもいたとのこと。忙しい時期は、今は禁止薬物になっている精神賦活剤を飲んで、60時間くらい起き続けて描いていたそうです。ずっと奥さんを「おい」とだけで呼んでいたのに、最期亡くなるちょっと前に「静子さん」と名前で奥さんを呼び、感謝の意を表したという話にはほろりとさせられます。

 解説によれば、柳柊二は怪奇画を得意としていたわけでもなく、多くの出版社から依頼を受けて、描いてきたものは多岐に渡り、子供向けだけを取ってみても怪奇画はその一部にすぎないとのこと(「講談社の絵本」シリーズの表紙などを手掛けており『ヘンゼルとグレーテル』などは高い水準であると)。柳柊二のものと知らずに見ていた絵も結構あったかもしれないなあと思いました。

 でも、取り敢えず、原画が残っていて(殆どが、出版社から戻されて、本人宅に無造作に仕舞われていたものだったそうだ)、そのオーラに溢れた怪奇画を再びこうして見られるだけでも有難いことだと思います。

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錚々たるメンバーによるイラスト。"豪華なキッチュ感"を楽しむ本(?)。

悪魔全書.jpg悪魔全書    2.jpg 悪魔全書 14.jpg
悪魔全書 復刻版 (ドラゴンブックス)』['18年/復刊ドットコム]

悪魔全書 22.jpg 1970年代に数多くの怪奇系児童書を手掛けた怪奇作家・オカルト研究者の佐藤有文(さとう ありふみ、1939-1999)の本の復刻版で、ドラゴンブックスは、講談社が'74年11月から''75年12月にかけて刊行の怪奇系児童書のレーベルです(全11巻)。著者の代表作としては、「ドラゴンブックス」では本書『悪魔全書』以外に『吸血鬼百科』『霊魂ミステリー』『四次元ミステリー』『日本幽霊百科』があり、その外に立風書房の「ジャガーバックス」で『日本妖怪図鑑』『世界妖怪図鑑』など、秋田書店では『妖怪大全科』などがあります。

悪魔全書 26.jpg 今は当然のことながら全部絶版になっていますが、古本市場でプレミア価格になっていることもあって、そのうちの幾つかは、本書のように復刻版として刊行されているようです。昭和の味わい加え、キッチュ感がいいのだろうなあ。本書で言えば、イラストを描いているのは、石原豪人柳柊二南村喬之、加藤孝雄に加え、秋吉巒、山田維史といった錚々たるメンバーで、それらの人の絵が1冊に収まっているという辺りも、古本市場でプレミア価格がつく要因かと思います(解説よりも絵の方が楽しめるかも)。

悪魔全書 復刻版164.jpg  悪魔全書  エクソシスト.jpg

悪魔全書 18.jpg 解説の方は、当時、'74年7月にホラー映画「エクソシスト」('73年/米)が公開されたばかりであっためか、その「エクソシスト」を結構取り上げていますが、全体としては、中世ヨーロッパの典型的な悪魔(悪魔審問)・魔女(魔女裁判)は勿論のこと、バビロニアの悪魔から始まって、ルーダンの怪事件まで、古今東西の悪魔・魔女及び関連事項を広く取り上悪魔全書 ルーダンの怪事件.jpg尼僧ヨアンナ_22.jpgげています。ルーダンの怪事件は、ポーランド人作家ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ原作、イェジー・カヴァレロヴィッチ監督の映画「尼僧ヨアンナ」 ('60年/ポーランド)のモチーフになっていますが、写真は映画からとっているね。映画は舞台がフランスからポーランドに置き換えられているのだけど。

我が子を食らうサトゥルヌス.jpg食人鬼ゴール.jpg この人の場合、秋田書店の『妖怪大全科』で、ギリシャ神話のクロノスが子供の神々を喰らった件にモチーフを得たゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」の絵に、ポルトガルの「食人鬼」とのキャプションをつけたりして(クロノスは"鬼"ではなく、大地および農耕の"神"。解説も典拠不明で、好き勝手に書いているのではないかという印象)、結構いい加減でもあるのですが(『妖怪大全科』は復刻されていないなあ)。
  
 まあ、そうしたいい加減さも含め(多くの妖怪を描いたあの水木しげるだって、「柳田國男のあたりのものは愛嬌もあり大いに面白いが、形がないので全部ぼくが作った」と言っている)、"豪華なキッチュ感"(言葉の用法的に矛盾しているが)を楽しむ本(?)とでも言うべきでしょうか。人によっては、子供時代のトラウマを追体験する本だったりして(笑)。

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「●ま 真鍋 博」の インデックッスへ 「●ほ 星 新一」の インデックッスへ

真鍋博の插絵と星新一のショーショートの組み合わせは、双方にとって相性ばっちり。

真鍋博のプラネタリウム 2013.jpg 真鍋博のプラネタリウム (新潮文庫).jpg 真鍋博のプラネタリウム my.jpg 真鍋博3.jpg 星新一 p.jpg
真鍋博のプラネタリウム:星新一の挿絵たち (ちくま文庫)』['13年]『真鍋博のプラネタリウム―星新一の挿絵たち (新潮文庫)』['83年]真鍋博/星新一

真鍋博 146.jpg 名コンビと言われた星新一(1926‐1997)と真鍋博(1932‐2000)ですが、本書は、雑誌掲載時の作品を中心に「真鍋博の插絵」という視点で集めた唯一の作品集であるとのことで、1983(昭和58)年に〈新潮文庫〉として刊行されています。この2013(平成25)年刊行の再文庫化版(〈ちくま文庫〉版)では、従来の星新一によるまえがき、真鍋博によるあとがきプラス、新たに真鍋博の子息で恐竜学者の真鍋真氏による解説が加わっています。

 星新一作品の插絵は和田誠、ヒサクニヒコ、そして真鍋博が御三家と呼ばれていますが、やはり一番印象に残っているのは真鍋博の插絵のような気がします。真鍋博自身も、筒井康隆作品の插画やアガサ・クリスティのハヤカワ・ミステリ文庫のカバー絵なども手掛けていますが、星新一作品との組み合わせは、双方にとって相性ばっちりだったように思います。

 本書は、その相性の良さを堪能できますが、真鍋博の插絵を多く紹介するために、星新一のショートショートの方は、「おーいでてこーい」(星新一のまえがきによると、これが最初に真鍋博と組んだ作品とのこと。和田誠と知り合ったのはその9年後)、「マイ国家」「ボッコちゃん」などの代表作にしても、書き出しやさわりの部分だけの引用になっています。結末や核心に触れていないので、これはこれで、これからどうなるのだろうという余韻を残して悪くないと思いました(どんな結末だったか忘れてるなあ)。
  
真鍋博のプラネタリウム2.9.2.png それでも、全部このスタイルだと読者がカタルシス不全になると考えたのか、30ページおきぐらいに結末まで全文掲載している作品が出てきます。そのラインアップは「はじめての例」「窓の奥」「いやな笑い」「追われる男」「幸運の未来」「夢のような星」となっており、先に挙げた「マイ国家」「ボッコちゃん」といった短編集の表題作となるような有名なものではないところが、またミソなのかもしれません(ほぼ初読のはずなので、插絵から結末を想像して読んで欲しいとのことらしい)。

 難を言えば、真鍋博の插絵が、中には見開きいっぱいにスペースをとっているものもありますが、全体としては小さいものが多い点で、これは、旧版も文庫でありるため致し方無いのかもしれません。目をうんと近づけて見てしまいました。

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「●あ 安西 水丸」の インデックッスへ

待望の初作品集であり、構成も工夫されていて、その軌跡を偲ぶに相応しい保存版。
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イラストレーター 安西水丸.jpg
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イラストレーター 安西水丸』['16年](25.7 x 18.6 x 1.8 cm)『安西水丸: いつまでも愛されるイラストレーター (文藝別冊/KAWADE夢ムック)』['14年]

イラストレーター 安西水丸 10.jpg 2014年3月に急逝したイラストレーター安西水丸(1942-2014)の作品集で、2016年6月刊行(安西水丸事務所 (監修))。安西水丸は、日本大学芸術学部卒業後、電通、ニューヨークのデザインスタジオ、平凡社を経てフリーのイラストレーターになり、書籍の装丁、雑誌の表紙やポスター、小説やエッセイの執筆、絵本、漫画など、多様な活動をしてきました。本書は、「ぼくの仕事」「ぼくと3人の作家」「ぼくの来た道」「ぼくのイラストレーション」の4章から成り、その活動の全容を1冊にまとめています。

 chapter1「ぼくの仕事」では、その仕事を、小説、装丁・装画、エッセイ、漫画、絵本、雑誌、ポスター、リーフレットほか、広告・立体物に区分して、代表的なものを紹介しています。その多彩な活動を改めて感じとることが出来ますが、本書が初の作品集であるとのことで、まさに "疾走"している最中の逝去であり、亡くなることでようやっとこうした「作品集」を見ることができるというのが何となく哀しい気もします。

村上春樹をとり上げた雑誌の表紙/和田誠とのコラボレーション
イラストレーター 安西水丸 108 村上.jpgイラストレーター 安西水丸 116 和田.jpg Chapter2「ぼくと3人の作家」では、親交の深かった嵐山光三郎氏、村上春樹氏、和田誠氏との仕事を紹介しています。この中でも、村上春樹作品とコラボは印象深いものがありますが、村上作品で最初に装丁を担当したのは、'83(昭和58)年に中央公論社(現、中央公論新社)から出た『中国行きのスロウ・ボート』であるとのことイラストレーター 安西水丸_7929.JPGです。本人も気に入っているようですが、村上作品は、先行して村上作品のカバーイラストを担当していた佐々木マキ氏のアナーキーな雰囲気も似合うけれども、こうしたカンファタブルなイラストや、『村上朝日堂』シリーズに見られるほのぼのとした雰囲気もマッチしているように思え、また、その雰囲気が意外と村上作品または村上春樹という作家の本質に近いところにあるのではないかと思ったりもします。

 Chapter3「ぼくの来た道」では、子ども時代を過ごした千倉のことや、学生・イラストレーター時代のこと、青山と鎌倉のアトリエ、好きなもの(カレーライス、スノードーム、ブルーウィロー、お酒)が写真と文章で紹介され、娘・安西カオリ氏の父親との幼い頃の思い出を綴ったエッセイが付されています。千倉の話は、本人のエッセイにも出てきたなあ(村上春樹のエッセイにも出てくる)。アトリエに飾られた小物などは、ああ、これが作品のモチーフになったのだなあと思わせるものもあって興味深かったです。

イラストレーター 安西水丸 166.jpg Chapter4「ぼくのイラストレーション」では、純粋なイラストレーションとしての安西水丸作品が80ページにわたって紹介されていて圧巻! 多様な活動をしながらも、心には「イラストレーターであることへの誇イラストレーター 安西水丸 170.jpgり」を常に持ち続けたということが改めて感じられました。最後に、仕事面で何かと一緒に歩むことの多かった嵐山光三郎氏のエッセイと、村上春樹氏が寄せた短文が付されていますが、共にイラストレーター 安西水丸 222.jpg、まだ安西水丸という人がもうこの世にはいないという喪失感から抜け出せていないことを感じさせるものでした。

 安西水丸、待望の初作品集であり、構成も工夫されていて、その軌跡を偲ぶに相応しい保存版として一冊です。

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「●わ 和田 誠」の インデックッスへ

多くの作家との相性の良さ。「装丁のコツ」は「初校ゲラをよく読むこと」と。

Book Covers in Wadaland 和田誠 装丁集.jpgBook Covers in Wadaland 和田誠 装丁集 474.jpg 和田誠 2.jpg
Book Covers in Wadaland 和田誠 装丁集』 和田 誠(1936-2019)

2Book Covers in Wadaland.jpg 昨年['19年]10月に亡くなったイラストレーター和田誠(1936-2019)の装丁集で、2014年刊行。それまでの20年間に装丁を手がけた書籍・文庫を中心としたデザイン作をフルカラーで716点収録し、正方形サイズの上製本に収めたもので、著者の200冊目の著作にあたるとのことです。因みに、書籍・文庫本はすべて、著者自身が手元に保存している原本や色校紙を撮影・スキャンしたものだそうです。

 著者・和田誠は、多摩美術大学図案(現・デザイン)科卒業後、1959(昭和34)年に、今も銀座にある広告制作プロダクションのライトパブリシティにデザイナーとして入社し、1968(昭和43)年に退社、フリーになっていますが、本書によれば、最初に装丁を手掛けたのは、1961年の寺山修司・湯川れい子編『ジャズをたのしむ本』で、これは寺山修司が学生時代からの友人であったため、著者を指名してくれたのではないかと述べています。

 その後、もともと絵本を作りたいといった願望があったものの依頼してくれる出版社がなかったため、私家版で作ることにし、絵本には「お話」が必要だがそれは誰かに描いてもらうしかなく、そこで、星新一や谷川俊太郎など知り合ったばかりの作家に依頼して、1963年から65年まで3年間に7冊の私家版絵本を関背させたとのと。やっぱり仕事は待ってるだけじゃこない。しかも、在職中にそこまでやっているから、たいしたものです。

1Book Covers in Wadaland.jpgBook Covers in Wadaland_7926.JPG 独立してからも谷川俊太郎との共作を多く手掛け、70年代には、1972年に遠藤周作の『ぐうたら人間学』の装丁をしたことからその作品を多く手掛けたとのこと。自身は、自分が装丁する作家を思い浮かべると「星新一さん、丸谷才一さん、阿川佐和子さんが主な3人である」と述べています。

 他のイラストレーターも、例えばこの作家ならこのイラストレーターというお決まりの組み合わせがあったりしますが、和田誠の場合、そうしたコアな関係の作家の数が抜きん出て多いように思います。谷川俊太郎や星新一、丸谷才一、阿川佐和子に限らず、村上春樹、三谷幸喜、井上ひさし、ジェイムズ・ジョイスなどもそうでしょう。

 著者は、「装丁のコツ」を人に訊かれ、「初校ゲラをよく読むことです」と答えていたそうで、この辺りにも、これだけ多くの作家と相性が合う理由があるように思いました。保存版として手元に置いておきたい1冊です。

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その緻密さや細かいところで施された時空を超えた"遊び"が堪能できる。

山口晃 大画面作品集00.jpg 「成田国際空港 飛行機百珍圖」.png
山口晃 大画面作品集』['15年] 成田空港第1ターミナル4F「成田国際空港 飛行機百珍圖」
NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」タイトルバック(2019)
いだてん〜東京オリムピック噺〜_10.jpg

山口晃 大画面作品集0.jpg 大和絵や浮世絵のようなタッチで、非常に緻密に人物や建築物などを描き込む画風で知られる山口晃(1969年生まれ)氏の大画面作品集です。'19年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」の(題字の「回転する三本の脚」は横尾忠則氏によるものだが)タイトルバックの東京の俯瞰図のような緻密な絵の作者がこの人でした。また、近年パブリックアートに力を入れている成田空港では、第1ターミナルで、この人の成田空港をモチーフにした絵「成田国際空港 飛行機百珍圖」が見られます。

山口晃 大画面作品集08.jpg 本書の巻頭にも、この「成田国際空港 飛行機百珍圖」図がきていて、部分拡大図と全体図があって、その緻密さや細かいところで施された"遊び"が堪能できるものとなっています。実物は、1枚が縦3.8m×横3.0mだそうですが、とにかく細部の描き込みがスゴイです。「いだてん」のタイトルバックはもう少しゆったりした感じで描いたのかなあと思ったら、あれは人物(中村勘九郎や阿部 サダヲ)を怪獣映画のゴジラか何かに見立てて、その想定サイズに合わせて絵の方も大映したそうで、それによってテレビでも絵の細部が楽しめるようになっていますが、原画のサイズは1.6m×横2.6mだそうで、小さくはないけれど、特別に巨大な絵でもないようです。

山口晃 大画面作品集16.jpg こうした細密画を専門とする画家は他にもいるし、鳥瞰図絵師としては、大胆なパノラマ地図を描き続けた吉田初三郎(1884-1955)から、最近では、港町神戸の"今"を描き続けている青山大介氏などもいますが、青山氏の絵なども素晴らしいと思います(自分の実家が神戸なので愛着がある)。青山氏の絵を観ていると、技法的には、かつてのイラストレーター真鍋博(1932-2000)の『真鍋博の鳥の眼』('68年/毎日新聞社)を想起させられますが、この山口晃氏の作風は、伝統的な日本の図像と現代的なモチーフを混合させ、大和絵のようなタッチで描いているユニークなものです。

山口晃 大画面作品集68.jpg "遊び"が堪能できると言いましたが、その最大の遊びが、同じ絵の中に時空を超えて、江戸や明治の時代の人物や事物と現代の人物や事物を混在させていることで、現在が主となってその中に昔のものが混ざっているものもあれば、昔の時代が主で、その中に現代が混ざっているものもあります。後者の例で言えば、1枚の絵の中で、武家の厩に馬が羈がれているのに混ざってバイクが駐車されていたり、烏帽子頭の男と話している相手が脇にパソコン開いていたりして、くすっと笑いたくなります。

 山口晃氏は、私立美術大学を中退後、1994年東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻を卒業、1996年同大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程を修了しているとのことです。個人的にはその作風から日本画を専攻したのかと勘違いしていましたが、本書内のエッセイで、「日本美術」という山口晃 大画面作品集42.jpeg言葉について再考するとともに、「日本画、洋画なんて事は海の向こうの人から見ればとるにたらない事でしょう」と述べています。

 また、「このまま設計図描きが続きかもしれませんが、絵描きなる時が来るかもしれません」とも述べています。確かに、画家と言うよりイラストレーターのような面もあるかも知れませんが、一方で極めて"絵画"的な作品もあり、また、絵画だけではなく、さまざまな美術活動に取り組んでいて、本書ではその一端をも垣間見ることができます。2013年に『ヘンな日本美術史』('12年/祥伝社)で第12回小林秀雄賞を受賞するなど多才な人であり、引き続き今後も注目されます。

「百貨店圖 日本橋 新三越本店」(注文主:三越)
山口晃 大画面作品集70.jpg
山口晃 大画面作品集70-2.jpg

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アイドルの時代がピークを過ぎたことが休刊の原因か。今のアイドルって全然〈偶像〉ではないなあと。
平凡 最終号_7905.JPG 平凡 元気にさよなら THE HEIBON FINAL.jpg 3平凡 最終号_7915.png
平凡 元気にさよなら THE HEIBON FINAL 保存版 1987年12月 [雑誌]』/山口百恵 photo by 西郷忠隆
1945年12月号(創刊号)/1955年03月号/1963年11月号
月刊平凡 創刊 1945.jpg月刊平凡 1955-3.jpg月刊平凡 1963-11.jpg マガジンハウスという出版社は、1983年に平凡出版から社名変更しましたが、「週刊平凡」(1959年創刊)や「平凡パンチ」(1964年創刊)といった雑誌をよく知る世代は、平凡出版という社名の方がこれらの雑誌とリンクしやすいかもしれません。この平凡出版という社名は、1954年に凡人社が組織変更されて生まれたもので、その凡人社の創立が1945(昭和20)年であり、その年の11月に月刊「平凡」が創刊され、当初は文芸誌としてスタートしたのが、やがて大衆娯楽誌、アイドル雑誌へと変遷していきます。

平凡 最終号_7907.JPG 本書は、その月刊「平凡」の最終号(1987(昭和62)年12月号)で、アイドルたちの写真特集の集大成になっています。基本的には、一人一人のアイドルについて、一人のカメラマンがある一時期に雑誌の特集として撮った一連の写真で構成されています。取り上げられているアイドルは以下の通り。

斉藤由貴 photo by 松本国彦/小泉今日子 photo by 嶋陽一/荻野目洋子 photo by 小堀篤信
1平凡斎藤.png1平凡小泉.png平凡 最終号_7914.JPG 男闘呼組/南野陽子/仲村トオル/C-C-B/斉藤由貴/渡辺美奈代/チェッカーズ/小泉今日子/中森明菜/吉川晃司/少年隊/渡辺満里奈/荻野目洋子/シブがき隊. 山口百恵/薬師丸ひろ子/近藤雅彦/中山美穂/桑田佳祐/芳本美代子/とんねるず/菊池桃子/松田聖子/C.B.C.B./本田美奈子/西村知美/光 GENJI/田原俊彦

山口百恵 photo by 西郷忠隆/中山美穂 photo by 松本国彦
1平凡山口.jpg1平凡中山.png こうしてみると、引退したりいなくなったりしている人もいるけれど、今も頑張っている人も結構いるなという感じです。でも、アイドルという視点でみると、当時においても「ちょっと前」の姿ということになる人が殆どでしょうか。山口百恵は1980年に結婚引退しているし、松田聖子は1985年に結婚、まあ、翌年、神田正輝との間の長女・沙也加を出産後も、すぐに休業前と変わらず"アイドル歌手"として活躍はしたけれど...。

 松田聖子(1979年デビュー)に限らず、デビューして間もない頃の写真を集めているので、当時としても懐かしく思えたのではないでしょうか。「最終号」「保存版」というコンセプトには沿っているように思いますが、今見ると「過去完了形」みたいな二重の時制を感じます。 

平凡 最終号_7908.JPG1平凡1960-70.png1平凡1917-80.png 合間に、総集編として、Ⅰ.1945~1959、Ⅱ.1960~1970、Ⅲ.1971~1980、Ⅳ.1981~1987 というコーナーが挟まっていて、歴史ある雑誌の全体の振り返りとなっていて、この中で、例えば50年代であれば、石原裕次郎と美空ひばりのツーショットや美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみの三人娘、60年代であれば、1平凡ピンクレディ.png橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦の御三家、70年代であれば小柳ルミ子・南沙織・天地真理の新三人娘やピンク・レディーなどの写真も見られます。

 ただ、「本文」とも言える写真集成の方は、先に述べたように"少し前までアイドルだった人"、つまり70年代終わりからから80年代にかけてのア1平凡山口2.pngイドルが中心になっていて、いつの時代にもアイドルというのはいたのでしょうけれど(そのアイドルと共に歩んできたのが「平凡」とか「明星」といった雑誌)、その頃が一番その言葉がぴったりくる〈アイドルの時代〉だったのかなという気がします。そういう〈アイドルの時代〉のピークが過ぎたことが休刊の原因ではないかなあ(因みに、1959年5月創刊の「週刊平凡」も、1987年10月をもって休刊となっている)。

菊池桃子 photo by 坂本幸男/松田聖子 photo by 折笠光子
平凡 最終号_7921.JPG平凡 最終号_7922.JPG 次にどういう時代が来たのかよく分からないけれど、かつての"アイドルとしての輪郭がはっきりした"アイドルに比べ、昨今の乃木坂46、欅坂46、日向坂46といった坂道シリーズのアイドルグループなどは、何となく焦点が定まらないような気がします。「アイドル」とは本来は〈偶像〉の意ですが、今のアイドルって「クラスでちょっと目立つ子」程度で、〈偶像〉とまではいかないとは誰しもが思うのでは。坂道シリーズのメンバーについて言えば、1グループあたりの人数が多すぎるというのもあるけれど、彼女たちにとってはアイドルが〈目的〉ではなく〈手段〉になっているのではないかなあ。何の手段かは様々だと思いますが、何か見ていて「就活」か「婚活」をしているように見えます。昨年['19年]のNHK紅白歌合戦に出た郷ひろみや松田聖子ではないですが(この二人はアイドルを〈目的〉にしているように感じる)、アイドル不在だからこそかつてのアイドルが復活する余地があるのかもしれません。

中森明菜 photo by 伊東秀雄/本田美奈子 photo by 中込一賀
平凡 最終号6L.jpg 平凡 最終号BbL.jpg

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見ているだけでうっとりするベストハウス集。ロフトは機能美を兼ね備えたゴージャス?

世界のベストハウス lofts.JPG 世界のベストハウス100.jpg Lofts.jpg
世界のベストハウス100』(28.8 x 28.6 x 3.2 cm)『Lofts (Architecture & Design)』(19.7 x 14 x 4.4 cm)

世界のベストハウス_54052.JPG 『世界のベストハウス100』(タイトルのみ日本語で本文は英語)は、世界各地の優れた現地住宅100例を紹介する全3冊シリーズの第1弾で、このシリーズでは、豊かな独創性、高い完成度はもとより、環境との調世界のベストハウス_5406.JPG和においても各建築家の技が最大限に発揮された建築物ばかりを集め、都市部の実験的作品から郊外の田園的な住宅まで、「家づくり」という共通テーマをベースに、世界の建築家たちの限りない創造性に迫っています。

世界のベストハウス_5407.JPG 紹介されているのは、アメリカ、カナダやイギリス、イタリア、フランス、スペイン、ドイツ、フィンランド、ギリシャ、オランダなど欧米世界のベストハウス_5408.JPG諸国のものから、タイ、ニュージーランド、南アフリカ、オーストラリア、メキシコ、韓国、マレーシアなどの国のものもあり、モダニズムの中にもお国柄が窺えたりして興味深いです。

世界のベストハウス_5409.JPG やはりアメリカのものが多いですが、日本の建築家のものでは、岡田哲史(1962年生まれ)氏によるゲストハウス「富士北麓の家」と、阿部仁史(1962年生まれ)氏の鎌倉にある「n-house」、黒川紀章建築都市設計事務所の「O-Residence」などが紹介されていて、数がは多くないですが、若手と大御所事務所の組み合わせのようになっています(岡田哲史氏の「富士北麓の家」は、ちょ世界のベストハウス_5412.JPGうど本書刊行の頃、建築家の登竜門と呼ばれる新人賞「吉岡賞」(第17回(2001年)を受賞している)。

世界のベストハウス_5413.JPG 基本的に、別荘やゲストハウスも含め、個人が住まいとして居住する建築物が取り上げられていて(アメリカのものが多いのは発注資金が潤沢な資産家が多いためか)、インテリアもエクステリアと変わらないレベルで紹介されていますが、どれも見ていてうっとりするようなものばかりです。簡単な設計見取図も付されていて、プロならずとも、自分で自分のベストハウスを建ててみたいと思う人には参考になるのではないでしょうか。
       
LOFTS2.jpgロフト_5414.JPGロフト_5415.JPG 『Lofts』(手元にあるものの版元は在オランダ。本文は英語・スペイン語・イタリア語の対訳)は、テーマが、住まい、仕事場、ショッピング空間の3つに分かれていて、850ページにわたってびっちり"ロフト"を紹介しています。

ロフト_5416.JPG もともと"ロフト"とは建物の最上階または屋根裏部屋を指していましたが、それが天井の下でなく直接屋根の下にあり、倉庫などに使われる部屋のことも指すようになったようです。そうすると自ずと、天井が無い分だけ上部の空間が大きくて、屋根の傾斜や梁などがそうした空間デザインの一環として組み込まれているような部屋を想像しますが、実際そロフト_5417.JPGロフト_5418.JPGうした部屋が多くある中、「ああ、これもロフトと言えるのだなあ」といった意外なデザイン空間のものもあり、「ロフト」の奥の深さを感じました。本書の線で行くロフト_5420.JPGと、ロフトって結構"贅沢"(機能美を兼ね備えたゴージャス)とでも言うか、"憧れのロフト暮らし"ということになるのかも。そう言えば、『世界のベストハウス100』にも「ロフト」に該当するものがいくつもあったように思われ、この2冊の本の関係性を感じて一緒に取り上げた次第です。

ロフト_5424.JPG こちらも見ているだけで楽しめ、素人ながらインテリアの勉強にもなるし、家具などの色使いの参考にもなります(流行り廃りはあるのだろうけれど、自分の素人感覚では全部お洒落に見える)。でも、同じものを買うとなると、これが椅子1つで結構な価格になるのだなあ、この世界は。まあ、買える人はそれでも買うし、お金持ちでも総ヒノキ造りの神社仏閣みたいな家を建てる人もいるにはいる...。

ロフト_5419.JPGロフト_5426.JPG 随分前に刊行されたものですが、デザインの美しさには普遍性があるように思いました。その普遍性が何であるのかを追求するのは結構たいへんなのでしょう。知人の建築家で、建築からインテリアに徐々に移行し、今は完全にインテリア・デザイナー(すでにベテランの域なのでインテリア・プロデューサーと言うべきか)として活躍している人がいて、最近また需要が増えていているみたいですが、能力のある人のところに仕事が集まる、厳しい世界でもあるのだろうなあと思います。

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意味はあるのだろうが、なぜそうするのかよく分からないものが結構あると再認識。
続々ざんねんないきもの事典.jpg  続々ざんねんないきもの事典_2.jpg
おもしろい!進化のふしぎ 続々ざんねんないきもの事典』['18年]

 「ざんねんないきもの」という切り口で、さままな生物の不思議を、楽しめるよう解説しベストセラーとなった『ざんねんないきもの事典』('16年)のシリーズ第3弾。個人的に印象に残ったのは―

ダーウィンが来た! アマミホシゾラビフグ 46.jpgアマミホシゾラフグはミステリーサークルをつくってメスをよぶ(46p)コレ、NHKの「ダーウィンが来た!〜生きもの新伝説〜」でやっていました。と言うか、円形の幾何学的な模様が海底に存在することは前から知られていたものの、誰が何のために作っているのかは長らく謎のままであったのが、2012年にNHKの「ダーウィンが来た!」のロケ(奄美大島南沖、琉球諸島近海)に同行・協力したフグ分類の第一人者で国立科学博物館の松浦啓一氏が観察した結果、新種のフグの繁殖行動の一環であることが分ったのでした。今やその海域は人気ダイビング・スポットになっています。

ナマケモノのススメ.jpgナマケモノは週1回、うんこのためにだけ木から下りる(46p)これもテレビでやっていました。調べてみたら、2011年1月3日にTBSで放送された「ナマケモノのススメ~ボクが木から降りる、たったひとつの理由~」という番組があって(制作局はMBS(毎日放送))、声の出演は小林薫、ナレーターは長澤まさみでした。20日間を超える密着取材だったそうです。でも、個人的には結構最近観た気がするので、BSなどで再放送を観たのか、或いはどこかの局で同じ趣旨のものが作られたのを観たのかもしれません(動物園で観察をして、3日目ぐらいになって木から下りて糞をしたように思う)。

バク ブラシでゴシゴシされると寝る.jpgバクは掃除ブラシでゴシゴシされると寝てしまう(96p)これもテレビでやったいましたが、どの番組か忘れたなあ(ネット緒で調べたら、テレビ朝日「林修の今でしょ!講座」という番組で「ざんねんないきもの事典」3時間スペシャルというのが 2019年6月25日に組まれ、「ざんねんな哺乳類ランキングベスト10」というのの中で紹介されたらしい)。でも、コレ、動物園で実際に見ることできる場合が結構あります。個人的には、神戸の「どうぶつ王国」で見ましたが、完全には眠らなかったものの、何となくトロンとはしていました。本書によれば、なぜ眠くなるのかは分かっていないとのことです。動物の習性はまだまだ謎の部分が多いです。

アフリカオオコノハズク.jpgアフリカオオコノハズクは敵を見つけるとやせこける(134p)これもいつか「ダーウィンが来た!」でやっていたし(この番組、なぜか出来るだけ欠かさず視ているなあ)、本物もまた「どうぶつ王国」で見ましたが、本書にもあるように、細くしたところで姿が消えるわけでもなく、"かくれんぼ"に失敗してしまったら、今度は体を精一杯大きくして、"クジャクのポーズ"で威嚇するそうです。

 今回も気軽に楽しめる1冊でした。本書のテーマである進化ということに絡めて考えると結構奥が深いのかもしれませんが、「ゾウアザラシは意味もなく石を食べる」(32p)じゃないけれど、意味はあるのだろうけれど、なぜそうするのかはよく分かっていないというものが結構あるものだと再認識しました(プロにも分からないのだから素人が考えても分かるはずはないと思うが、いろいろ想像してみるのは楽しい)。

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「山月記」「名人伝」「弟子」「李陵」で中島敦が原典をどうアレンジしたかが分かる。

大人読み『山月記』.jpg 李陵・山月記 (新潮文庫).jpg 山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫).jpg 李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫).jpg Nakajima_Atsushi.jpg 中島 敦
大人読み『山月記』』『李陵・山月記 (新潮文庫)』(表紙版画:原田維夫)[山月記/名人伝/弟子/李陵]/『山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)』[李陵/弟子/名人伝/山月記/文字禍/悟浄出世/悟浄歎異/環礁/牛人/狼疾記/斗南先生]/『李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫)』[李陵/弟子/名人伝/山月記/悟浄出世/悟浄歎異]

大人読み『山月記』2.JPG 中島敦の「山月記」と言えば、教科書の定番中の定番ですが、その分、教科書で読んだからということで、もう大人になってからは読まない人が多いのではないでしょうか。また、「李陵」などは、『史記』などをベースにしたものであることは分かっていても、どの部分に作者の《作家性》が反映されているかというころまでは(たとえ関心があったとしても)なかなか自分で調べるまでには至らないのではないかと思います。

 本書では、第1章(増子和男)で「山月記」「名人伝」「弟子」「李陵」の4作品について、それぞれ典拠となった「人虎伝」(『唐人説書』)、「黄帝・湯問」(『列子』)、「子路」(『孔子家譜』)など、「李広蘇建伝」」(『漢書』)などの該当部分を読み下し、作家がテキストとしたこれらの古典に、どのような作者なりの思いを込めたかを探っています。第2章(林 和利)では、狂言師・野村萬斎氏の構成・演出による舞台「敦―山月記・名人伝」を取り上げ、三次元になった中島作品を紹介し、第3章では、「山月記」を漫画化した西村悠里氏に話を聞き、第4章(勝又 浩)で、2009年に生誕100年を迎えた中島敦と作品そのものに立ち返って、中島敦と同年生まれの作家たちを並べ、その創作活動の意味を再考しています。盛り沢山で中身も濃い全4章ですが、やはり第1章の原典との比較が最も興味をそそられました。

 まず「山月記」ですが、典拠である「人虎伝」からの改変(アレンジ)として、李徴を詩作への執念にとりつかれた人として描いていることや(実際は単なる地方出身の元エリート官吏、ただし、科挙試験のあった唐代なので詩作の心得はあった?)、彼が虎に変身した理由を自らの「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」としていることなどを指摘しており、そっかあ、一番の主題部分は(ものすごく"作家"的なテーマなのだが)中島敦のオリジナルだったのだなあと。袁傪との別れに際して、妻子の今後を頼む前に自分の詩を託してしまったというのも、原典では先に妻子の今後を頼み、後から詩を託したのを、作者が敢えて順番を逆にすることで、李徴の陥った妄執の深さを強調したようです。

 次に、「名人伝」ですが、弓の修行に励む者が名人になるまでの過程を描いた話で、内容が非常にシュールというか極端であり、ちょっとユーモラスな味わいのある作品です。修行者は、訓練の末に名人の極致に達し、最後は「弓を射ることなしに射る」という境地に達するわけですが、ここまでは、道家の思想に沿った原典に拠るもの。それが、最後は弓を見ても何の道具か分からなくなってしまうというのは、この部分は中島敦オリジナルの寓話化であるとのことで、だとすれば、和光同塵に代表される老荘思想に沿った作品と言うよりも、老荘思想的な形而上学に対するアイロニーとして読めるように思いました(思えば、普通の感覚からみても、この結末はある種パロディっぽいネ)。

 「弟子」は孔子と弟子たちの遍歴の物語で、その中心にくるのは子路ですが、子路というのは孔子の弟子の中でも年長格で、教科書などでもお馴染みなぐらい登場回数が多いですが、知の人ではなく情の人だったのだなあと。だから、孔子が教えを説く《聞き手》としてはぴったりですが、その教えをどこまで理解したかは別問題で、結局、孔子の予言通り、義侠心から討ち死にします。でも、中島敦の「弟子」は、孔子が自分を慕ってどこまでも付き従う子路に、格別の愛情をかけていたことが伝わってきます。改変部分は、子路が討ち死にしたとき、刺客に冠モノの緒を切られたというのが原典であるのに対し、「弟子」では逆に、落ちていた冠モノを拾い上げて緒を正しく結び直して、君子はこうして死ぬものだと叫んだという風になっている点で、この中島敦版だと、最期に孔子の教えを実践した形になっていることになります。これ、中島敦による子路への思い遣りかな(ただし、後世の翻訳本にそう誤訳されているものがあることが最近分ったらしく、それを底本にした可能性もあるという)。

 「李陵」は、戦さで匈奴の捕虜となり、その後、別の者と間違えられて、匈奴に寝返ったという誤情報が武帝に伝わって武帝の怒りを買って家族を殺され、国に帰れないまま単于の軍事参謀のような立場であり続け、単于の娘を妻とした李陵と、匈奴に捕らえられながらも従わず、黒海(バイカル湖)付近で厳しい生活を送るうちに偶然にも国に帰る機会が訪れた蘓武の、両者の運命を対比的に描く中に、李陵を弁護したばかりに武帝の怒りを買って宮刑に処せられ、残る人生を「史記」の完成にすべた捧げた司馬遷の話を織り込んだもの。大体は原典通りですが、「武帝の怒りを買った」というのは中島敦の創作で、「寝返った」と間違えられたのは事実ですが、そうなれば当時は自動的に縁者に罪が及ぶ連座制が適用されたとのことです。だから、寝返ったという誤情報が伝わった時点で、妻子・兄弟の処刑はもう避けられない状況だったのだなあと(李陵自身も戦さの過程で、辺境の士卒に密かに付き従ってきた妻や娼婦十数人の処刑命令を下している)。

 こうしてみていくと、それぞれの作品に中島敦の"作家性"が窺えて興味深いです。1909年生まれと言えば、太宰治、大岡昇平、松本清張などと同じ年生まれ。あの太宰より6年も早く亡くなっており、長生きしていればどういったバリエーションの作品を残したかと想像すると、早逝が惜しまれます。

《読書MEMO》
●初出(巻末資料より)
「山月記」...1942(昭和17)2月「文学界」
「名人伝」...1942(昭和17)12月「文庫」
「弟子」...1943(昭和18)年2月「中央公論」
「李陵」...1943(昭和18)年7月「文学界」

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美人画、仏画、戯画、幽霊画、挿画にデザインと何でもござれのマルチ・アーティスト。

反骨の画家 河鍋暁斎1.jpg 反骨の画家 河鍋暁斎0.jpg もっと知りたい河鍋暁斎.jpg 河鍋暁斎.jpg
反骨の画家 河鍋暁斎 (とんぼの本)』['10年](21.4 x 15.1 x 1.5 cm)『もっと知りたい河鍋暁斎―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)』['13年](25.7 x 18.2 x 2 cm)河鍋暁斎(1831-1889)

反骨の画家 河鍋暁斎11.jpg反骨の画家 河鍋暁斎22.jpg 「らんぷの本」版『反骨の画家 河鍋暁斎』('10年)は、幕末から明治にかけての激動の時代に活躍し、「画鬼」とも呼ばれた浮世絵師、日本画家の河鍋暁斎(1831-1889)の波乱万丈の人生と多彩な作品を紹介したもので、第1章が河鍋暁斎研究の泰斗で、2008年に京都国立博物館で開催された「絵画の冒険者 暁斎 Kyosai ―近代へ架ける橋―」展の企画者でもある狩野博幸氏のQ&A形式での解説で、第2章が同氏と暁斎の曾孫で記念美術館理事長の河鍋楠美氏の対談になっていて、各章の前後に、河鍋暁斎の作品を紹介したグラフページがあります。

反骨の画家 河鍋暁斎12.jpg 河鍋暁斎は7歳で歌川国芳に学び、10歳で狩野派に入門しており、冒頭のグラフから見てすぐに窺えるように、美人画、仏画、戯画、幽霊画、挿画にデザインと何でもござれのマルチ・アーティストでした。あまりに何でも描けてしまって、"器用貧乏"的に見られるのと、どの分野の作品が代表作と言えるか特定しにくい面があって、実力の割には知名度はそう高くないまま今日まできている感じもします。でも改めて本書でその作品群を鑑賞すると、もっと高く評価されてもいいように思いました(マルチ・アーティストにありがちの、「"能才"ではあるが"天才"ではない」的な評価がずっとされてきたのではないか。)。

 「反骨の画家」とあるのは、40歳の時に風刺画による筆禍事件により獄舎に送られ、笞刑に処せられるなど、結構辛い目に遭っているというのもあるかと思いますが、一方で作品の中には笑いの要素が見られるものも多くあり、また、芸術を指向しつつも、頼まれれば何でも描いたようで(終わりの方にある春画はスゴイね)、その創作のパワーというものは大したものだと思いました。

もっと知りたい河鍋暁斎31.jpg 「アート・ビギナーズ・コレクション」版『もっと知りたい河鍋暁斎―生涯と作品』('13年)は、「らんぷの本」よりやや大判ですが、2012年にこのシリーズの既刊が49巻になった際に版元が50巻目で取り上げほしい画家をネットで募ったところ(それまで江戸時代の絵師・浮世絵画家では伊藤若冲、曾我蕭白、尾形光琳、俵屋宗達、歌川国芳、葛飾北斎が取り上げられていた)多くの要望があったのか、江戸時代の日本の絵師としては、円山応挙とともに新たにフィーチャーされました(本書以降、"「暁斎」関連本"がぱらぱらと刊行されるようになったようにも思える)。

もっと知りたい河鍋暁斎55.jpg こちらも狩野博幸氏によるものであり、河鍋暁斎の人生を追いながらその作品をみていくという形で、序章(1歳~29歳)で生い立ちを紹介した後、その後の人生の軌跡とその時期に描かれた作品を紹介・解説していくというスタイルで、第1章(30歳~40歳)、第2章(41歳~50歳)、第3章(51歳~59歳)という構成になっています。

もっと知りたい河鍋暁斎―03.JPG 「描けと言われば何でも描いた」ことについて、著者の狩野博幸氏は、テオ・アンゲロプロスの「旅芸人の記録」とリドリー・スコットの「エイリアン」の両方を監督しているようなもので、また、そのことが、人々に侮蔑の感情を引き起こし、結果として暁斎はデラシネとなっていかざるを得なかったというようなことを述べていますが、ナルホドなあと。ただ、生前に多くの外国人の画家・美術家・実業家・ジャーナリストらと交流を持ち(「アート・ビギナーズ・コレクション」版はP25にそのリスト掲載)、そうした海外の影響も受け、「その奇想はさらに大きくゆらめいた」とのことです。

 狩野氏は、P86の「貧乏神図」のところで、「全作品のなかで唯一点選べと言われたら、苦しみながらもこの絵を挙げるだろう」としていますが(「らんぷの本」版ではP99に掲載)、コレ、かなりマニアックかも。描いたジャンルが幅広く、画風も多彩で、「代表作」が必ずしも特定されていない分、鑑賞する人それぞれが、この作品がスゴイ、この作品が好み、と言い合える画家でもあるように思いました。

「貧乏神図」

もっと知りたい河鍋暁斎es.jpg 自分自身、まだべスト"暁斎"を特定できないでいますが、「らんぷの本」版表紙になっている、「惺々狂斎画帖・化猫」などはいいなあと。明治3年(1870)年以前の作とされ、「狂斎」とは明治3年に投獄されるまでの暁斎の号であり、狩野氏によれば「狂」こそ聖人への早道であるとの陽明学の最過激思想からきているそうな(この名も官憲に狙われる原因となった)。この絵は、表紙のものがほぼ原寸大で、(「アート・ビギナーズ・コレクション」版はP64に掲載)、今世紀になって発見され、2008年の「絵画の冒険者 暁斎」展で初公開されています。

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装丁、絵本、漫画、アニメ、グッズやオリジナル作品を収め、保存版として貴重なムック版。

柳原良平の仕事.jpg 柳原良平の仕事 TVCM.jpg  柳原良平の装丁.jpg
柳原良平の仕事 (玄光社mook)』['15年](29.9 x 21 x 1 cm)『柳原良平の装丁』['03年]
柳原良平(1931-2015)
柳原良平.jpg 2015年8月に84歳で亡くなった、イラストレーター、デザイナーで、船の画家でもあり、アンクルトリスの生みの親でもある柳原良平(1931-2015)の仕事集。このムック版が初めての本格的仕事集とのことですが、上記に加え、漫画家、文筆家としても知られたように、仕事の範囲がかなり広範に及び、また晩年まで活動していたため、本人が亡くなってやっとこうしたものが刊行されるということになるのでしょう。装丁、絵本、漫画にアニメーション、さらにはグッズやオリジナル作品まで、900点以上を図版に収めています。

トリスを飲んでハワイへ行こう!TVCM.jpgトリスを飲んでハワイへ行こう!.jpg柳原良平の仕事 アンクルトリス.jpg まず最初に、アンクルトリス誕生の初期の作品を紹介しています。柳原良平はよく知られているように、サントリーの前身「寿屋」の社員だったわけですが、50年代の終わりから60年代にかけて、広告の変遷を通してアンクルトリスのキャラクターが確立されていく過程が見えて、なかなか興味深いです。

アニメーション3人の会.jpg でも、1959年にはもうテレビコマーシャルになっているのだなあ。1960年に、久里洋二、真鍋博と「アニメーション3人の会」を結成していますが、その時点でアニメーション経験があったのは柳原良平だけで、「寿屋」に所属していたというのは大きかったと思います(「3人の会」上映会は'60年、'61年、'63年の3回行なわれ、'64年の第4回からは一般公募と海外からの招待作品も含めて上映する「アニメーション・フェスティバル」へと発展し(-1966)、日本の自主制作アニメーション界全体の活性化と次代を担う人材の育成につながったほか、和田誠、横尾忠則、宇野亜喜良など他の分野で活躍していたアーティストがアニメーション制作を行なう契機となり、虫プロダクションを設立したばかりの手塚治虫も実験的な短編を制作して参加した)。

柳原良平の仕事 新社会人広告.png 1978年から約20年続いた山口瞳(1926-1995)との新社会人を激励する新聞広告(全国紙の4月1日朝刊に掲載)も懐かしいです。広告代理店に入社して、4月1日の入社式が終わった後の研修で、講師である役員から「読んだか」と訊かれ、即答できず皆ぼーっとしていたら怒鳴られたのを覚えています(広告業界の者にとって必見の広告。ましてや自身が訴求ターゲットである新社会人であることからして、これを読まずに会社に来るなんてトンデモナイということか)。

 仕事全体としては、装丁を手掛けた書籍が300冊以上に及び、挿画や新聞連載漫画、絵本の製作などもあり、絵本では『かお かお どんなかお』などベストセラーもあります(絵本、思っていたより結構多かった)。本書に収められているものでは、新聞連載漫画などは興味深く(サラリーマン漫画などを描いている)、また珍しいのではないでしょうか。初期作品の図版なども貴重であり、オリジナルの絵画(船の絵)もあります。

柳原良平の装丁ード.jpg 全体を通してみると、やはり装丁の仕事が最も多いという印象で、全体的な仕事集としてはこのムックが初とのことですが、装丁集としては以前に『柳原良平の装丁』('03年/DANぼ)が出され柳原良平の装丁 山口.jpgており、柳原良平は当時72歳でしたが、それまでに装丁を手掛けた約300冊の内、50年代~2003年までの200冊以上の装丁を収録しています。

 一番多いのは、「寿屋」宣伝部で共に広告制作を担当した山口瞳の本であり、まあ、「山口瞳の本と言えば柳原良平の表紙」というイメージになるでしょうか。遠藤周作や八切止夫、開高健(山口瞳と同じく「寿屋」の同僚)、筒井康隆や阿川弘之、北杜夫の本も手掛けています。それでも結構絞り込んでいる感じ新入社員諸君 角川.jpgもしますが、では、装丁を手掛けた作家とは付き合いがあるのかというと、八切止夫や筒井康隆の本は何冊も手掛けているのに、作家本人には会ったことがないと述べているのが意外でした(最期まで会うことはなかったのだろうか?)。

 どちらも楽しめますが、『柳原良平の仕事』の方がムック版で判型が大きく、それだけ多くの内容を取り込んでいるという感じでしょうか。保存版として貴重です。

《読書MEMO》
●「3人の会」第2回上映会(1961年12月)チラシ(デザイン:和田誠)
3人の会 2-1.jpg

3人の会2-2.jpg

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日本の主要都市の鳥瞰図。超細かい。時を経て記録的な価値が高まった。

真鍋博の鳥の眼.jpg真鍋博の鳥の眼2.jpg 鳥の眼―真鍋博の (1968年).jpg 真鍋博3.jpg 真鍋 博
新装版 真鍋博の鳥の眼 タイムトリップ日本60'S』['19年]『鳥の眼―真鍋博の (1968年)』['68年]
(37.2 x 23.3 x 2.1 cm)
真鍋博の鳥の眼1.jpg イラストレーターの真鍋博(1932-2000/68歳没)による日本の主要都市を鳥瞰図的に描いたイラスト集で、昭和43(1968)年に刊行され、今回50年ぶりに令和元年に新装版として復刻されました。描かれているのは、丸ノ内、霞が関、新宿、渋谷、札幌、盛岡、日光、軽井沢、横浜、鎌倉、箱根、熱海、新潟、金沢、名古屋、奈良、京都、大阪、和歌山、神戸、岡山、松江、広島、尾道、高知、松山、別府、福岡、長崎、鹿児島...etc.全部で54に及び、一部、黒四や日本アルプスなどを含みます。個人的には、ちょうど昭和のその頃通っていて、今は廃校になってしまった小学校と中学校が見つかったのが嬉しかったです。

真鍋博の鳥の眼 S.jpeg 週刊誌「サンデー毎日」の連載として昭和43年から翌年にかけて発表されたものですが、一定の技法があるとは言え、CGソフトもない時代に、この細密画に近い鳥瞰図を週一のペースで描き続けていたというのはスゴイなあと思われ、筒井康隆氏が「鳥になり壮絶な技法で日本を国会議事堂から喫茶店まで描ききったこの個人による芸術は唯一無二である」と絶賛したのも頷けます(新装版の解説は、マップラバー(地図愛好者)を自認する生物学者の福岡伸一氏で、真鍋博の息子で恐竜学者の真鍋真氏と知己であるとのこと)。

 よく展望台にあるマップのように、建物に線を引いて名称をこと細かく書いてあるのがまたスゴく、「新宿」(上図)などは大変なことになっています(笑)。因みに旧版は新書本に近いサイズであったから、週刊誌に掲載したサイズに合わせたのだと思いますが、週刊誌でリアルタイムで見た人は、この細かい字をどこまで読み込めたのでしょうか(それぐらい超細かい)。

真鍋博の鳥の眼_5354.JPG 各ページに見開きページに、著者によるその都市の紹介がついていますが、もともとバイコロジーの提唱者で、文明批評的エッセイの分野でも足跡を残した人であり、解説もそうした視点からなされています。新装版になって「タイムトリップ日本60'S」というサブタイトルが付きましたが、年月が経過したことで、記録的な価値が高まった言えるかと思われ(著者自身、当初より"イラスト・ルポルタージュ"という姿勢でこの大作業に臨んだとある)、復刻したのは意義があることだと思います。エッセイ風の解説と併せて堪能できる一冊です。

 自分の知らない街はあまり興味がないという人もいるかもしれませんが、全部かどうか分かりませんが、絵の中に一組の男女が隠れていて(左例はP60「名古屋(南)」)、それを探してみる楽しみもあります(これがなかなか見つからない)。1987年に英国人イラストレーターのマーティン・ハンドフォードによって英国で出版された絵本『ウォーリーをさがせ!』を想起させます(真鍋博の方が20年早いが)。

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「ああ、これはここで撮影したのか」と。写真で見るのもいいが、やはりは行ってみたいもの。

海外名作映画と巡る世界の絶景 00.jpg海外名作映画と巡る世界の絶景0_.jpg  サウンド・オブ・ミュージック 製作50周年記念版 DVD.jpg
海外名作映画と巡る世界の絶景』「サウンド・オブ・ミュージック 製作50周年記念版 DVD(2枚組)」['15年]

海外名作映画と巡る世界の絶景 01.jpg 海外名作映画の中に登場する美しい絶景の数々を、映画のストーリーや実際に撮影されたシーンと共にご紹介したもので、スマホで掲載されているバーコードを読み込むことで、バーチャル旅行を楽しんだりすることもできる点が今風と言えば今風でしょうか。

海外名作映画と巡る世界の絶景 02.jpg 15作の映画を取り上げ、それぞれ数カ所の場面シーンの実際にモデルになった場所の写真を載せ、併せて映画のシーンなども引用するとともに、撮影にまつわるコラム風の解説を付しています。その15作とは、「ハリー・ポッター」「スター・ウォーズ」「インディ・ジョーンズ」「ダ・ヴィンチ・コード」「ミッション:インポッシブル」「ロード・オブ・ザ・リング」「ライフ!」「マンマ・ミーア!」「プラダを着た悪魔」「フォレスト・ガンプ」「ローマの休日」「アメリ」「サウンド・オブ・ミュージック」「パディントン」「ピーターラビット」になります。

海外名作映画と巡る世界の絶景.jpg 「ああ、これはここで撮影したのか」みたいな発見もあって楽しめたことは楽しめましたが、どのような基準で15作選んだのかよく分からなかったのと、Amazonnのレビューで誰かが書いてましたが、「もうちょっとおとなしめの写真でもよかったかな」と自分も思いました(写真に彩色してあるように思われた。敢えて絵画的に見せているのか)。そサウンド・オブ・ミュージック .jpgれでも、「サウンド・オブ・ミュージック」('65年/米)とか、音楽もさることながら、改めて見どころが多かったなあと思いました。

 「サウンド・オブ・ミュージック」は、1938年のオーストリアを舞台に、後に家族合唱団となるフォン・トラップ一家をモデルに「ウエストサイド物語」のロバート・ワイズが監督した作品で、史実との違いがいろいろ言われていますが、1つの作品に使われた曲で、これだけ多くの曲が誰ものお馴染みになっているという点では稀有な作品であるように思います。

サウンド・オブ・ミュージック ヘルブルン宮殿.jpgサウンド・オブ・ミュージック ヘルブルン宮殿2.jpg その主要な映画の舞台であるザルツブルグは、モーツァルトの出身地としても知られていますが、行ったことはありません。ただ、家族が合唱遠征で行って、本書にも写真がある、映画の中で若い二人が密会して「もうすぐ17才」を歌うヘルブルン宮殿のガラスのパビリオン(映画に使われたものと同じものを後に観光用に再現したものらしいが)や、ザザルツブルグのソルト.JPGザルツブルグ栓抜き.JPGルツブルクの祝祭劇場で行われたコンクール(ここでは「ドレミの歌」「エーデルワイス」「さようなら、ごきげんよう」が歌われる)のロケ地となったメンヒスブルグの丘なども訪ね、合唱を披露し憲章都市 (Statutarstadt)章.pngたようです。お土産は"モーツァルト・チョコ"と""モーツァルト栓抜き"(笑)。それと"ザルツブルグ"という都市名の由来になったよく言われているソルト(塩)でした("ザルツブルグ"という都市名は、実際には市章にもなっている城の固有名詞が由来だそうだが)。

 また、この作品は、個人的には、小学校の時の転校先で同学年の生徒たちが前年に課外授業で鑑賞しており、途中から転入した自分だけ観てなかったりしたもので、ちょっとコンプレックスがあった作品でもあります。大人になったらなったで、家族が現地に行ったことがあって自分は行ったことがないという、ある意味、"負い目"が付きまとう作品かも(笑)。写真で見るのもいいですが、やっぱり実際に行ってみたいものです。

サウンド・オブ・ミュージック 製作45周年記念HDニューマスター版 [AmazonDVDコレクション]」['18年]
サウンド・オブ・ミュージック45周年記念HDニュー.jpg「サウンド・オブ・ミュージック」●原題:THE SOUND OF MUSIC●制作年:1965年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・ワイズ●製作:ロバート・ワイズ/ソウル・チャップリン●脚本:アーネスト・レーマン●撮影:テッド・マッコード●音楽:リチャード・ロジャース/オスカー・ハマースタイン二世/アーウィン・コスタル●原作:ワード・リンゼイ/ラッセル・クローズ●時間:174分●出演:ジュリー・アンドリュース/クリストファー・プラマー/エリノア・パーカー/リチャード・ヘイドン/ペギー・ウッド/チャーミアン・カー/ヘザー・メンジース/ニコラス・ハモンド/デュエイン・チェイサ/アンジェラ・カートライト/デビー・ターナー/キム・カラス/アンナ・リー/ポーティア・ネルソン/マーニ・ニクソン/イベドネ・ベイカー/ベン・ライト/ダニエル・トゥルーヒット●日本公開:1965/06●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:池袋文芸坐(81-01-28)●2回目:三軒茶屋映劇(87-03-21)(評価:★★★★)●併映:(1回目)「奇跡の人」(ポール・アーロン)/(2回目)「王様と私」(ウォルター・ラング)

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スクリーンで観るのとはまた違った、一人一人の意外な人となりが伝わってくる男優・女優篇。

昭和の映画ベスト10.jpg昭和の映画ベスト10 ‐男優・女優・作品.jpg 昭和の映画ベスト10_5334.JPG
昭和の映画ベスト10 ‐男優・女優・作品‐

 1941年生まれで、大学卒業後、東映AG、角川春樹事務所などに勤務した著者が、「映画は娯楽」という考えのもと、昭和の男優、女優、作品のベスト10を選んで解説したものです。

 男優では長谷川一夫、三船敏郎、渥美清、高倉健、市川雷蔵、勝新太郎、萬屋錦之介、石原裕次郎、菅原文太、仲代達矢、女優では、田中絹代、李香蘭、原節子、高峰秀子、京マチ子、美空ひばり、岩下志麻、吉永小百合、富司純子、薬師丸ひろ子、作品では、「東京物語」(昭和28年)、「七人の侍」(29年)、「二十四の瞳」(29年)、「椿三十郎」(37年)、「浮雲」(30年)、「飢餓海峡」(40年)、「男はつらいよ」(44年)、「仁義なき戦い」(48年)、「砂の器」(49年)、「幸福の黄色いハンカチ」(52年)が選ばれています(ベスト10内での順位づけは無し)。

 男優篇・女優篇で全体の8割を占め、作品よりも俳優の方にウェイトがかかっている感じですが、"映画通"を称するならば知っておきたい(または知っているであろう)エピソードが詰まっていて楽しめました。それぞれの俳優に思い入れを込めながらも、淡々と逸話を紹介しているのも良かったです。

 長谷川一夫(昭和59年没)については、松竹から東宝へ移籍した際にヤクザに顔を切られた「林長二郎傷害事件」の、当時マスコミに公表されることがなかった"真実"が書かれていて、当時松竹系の新興キネマの撮影所長をしていたという永田雅一が関係していたとはびっくり。長谷川一夫のNHK大河ドラマ「赤穂浪士」への出演ギャラは史上空前だったそうですが、当時のNHKってそんなに大盤振る舞いだったのか。

「羅生門」.jpg 三船敏郎(平成9年没)がカメラマン志望で東宝を受けて、書類の手違いで俳優志願に回され、面接会場にいた高峰秀子の目に留まって、その存在感に胸騒ぎを感じた高峰秀子が黒澤明に連絡し、駆けつけた黒澤明も三船敏郎を見てただならぬ雰囲気を感じて審査委員長だった山本嘉次郎監督に直訴して三船敏郎の採用が決まったというのは有名な話。その後、黒澤明監督の「羅生門」で世界に羽ばたく三船敏郎ですが、当初、この作品の国内での評価はそう高くなく(キネ旬ベストテン5位)、最初は大映社長の永田雅一も「この映画はわけがわからん」と言っていたのが、ベネチア映画祭でグランプリの受賞が決まると態度を一変、自分の手柄のように語り、世間は「黒澤明はグランプリ、永田雅一はシランプリ」と揶揄したとあります。因みに、三船敏郎はいつも撮影現場に誰よりも早く来て、セリフは完璧に覚えていて、相手がとちっても嫌な顔ひとつ見せず、お付きを絶対付けず、カバン(化粧箱)なども自分で持ったそうで、撮影現場で非常にストイックな姿勢を見せ周囲の尊敬を集めたという高倉健をちょっと想起させます。

男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎
男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 水中花.jpg 渥美清(平成8年没)のところでは、世間ではあまり知られていない彼の来歴が書かれてていて、テキ屋稼業みたいなこともやっていたのだなあ。ストリップ劇場で仕事していたというのは片や劇団員として、片や漫才師としてという違いがあるものの、後のビートたけしなどにもつながるように思いました。当時、渥美清は1歳年上のストリッパーと同棲していて、彼女は渥美清に惚れ込んで尽くし、渥美清が大病したときも献身的に世話をしたけれども、彼が有名になると静かに身を引いたとのことで、こういう気質の女性って昔はいたのだなあと。公私混同を嫌った渥美清の私生活は謎に包まれ、彼が結婚していたことを彼の死まで知らなかった人も多かったそうです。

高倉健 bunka.png 高倉健(平成26年没)もプライベートを見せなかった俳優で、晩年にガンで病床に伏してもごく一部の人にしか伝えられなかったというのは、渥美清とちょっと似ているように思いました('13年の文化勲章親授式に出席した際は、もしかしたら...とは思ったが)。死後、養女・小田貴月(たか)氏の振る舞いに、高倉健をよく知る関係者らから嘆きの声が聞こえてくるのが残念。自宅も壊され、鎌倉霊園の墓も更地になって、その骨さえ家族の元には残らず、著者も「名声と富を極めた高倉だったが、死後の始末までは心が至らなかった。しかし、立派な足跡は残った」と書いています。

大映グラフ 1967年 昭和42年 新春特別号.jpg 市川雷蔵(昭和44年没)が、長谷川一夫に続くスタートして脚光を浴びたのに、長谷川一夫よりずっと早く亡くなってしまったのは本当に残念。本書では、同じ大映で仲の良かった勝新太郎から見た市川雷蔵像と言うのがあって、メイクをすると「市川雷蔵に変わる」「メーキャップをしている姿は菩薩のように見えた」とのこと。この人もガンで、37歳の短い生涯でした。

大映グラフ 1967年 昭和42年 新春特別号 市川雷蔵 勝新太郎保

 といったように続いていきますが、女優篇も、原節子が「小早川家の秋」で共演した司葉子と撮影中に明石へプライベートで海水浴に行ったとき、淡路島を見て「司さん、私、あそこまで泳いでくる」と言うので4、びっくりして「お願いだからやめてください」と。スクリーンで観るのとはまた違った、一人一人の意外な人となりが伝わってくる選りすぐりのエピソードがコンパクトに取り上げられていて、適度な"トリビア感"が個人的には良かったです。

 女優ベスト10に薬師丸ひろ子が入っているのがやや異質のようにも思いましたが、著者が角川春樹事務所に勤務していた時期があったということで、おそらくそれなりに思い出や思い入れがあるためではないかと推察します。まえがきでも、本書の「ベスト10」はあくまで著者の判断であると断っていて、「読者諸氏には、たとえば同期が集まった際、病気自慢や孫の話ばかりでなく、本書をネタに、自分の思うところを大いに議論して貰いたいと思う」とあります(なかなかそうはならず、結局は病気自慢や孫の話ばかりになってしまったりするものだが)。

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誰がどの作家を選び、その中でどの3冊を選んでいるのか興味深い。
私の選んだ文庫ベスト3 単行本.jpg 私の選んだ文庫ベスト3 文庫.jpg    本読みの達人が選んだ「この3冊」.jpg
私の選んだ文庫ベスト3』['95年]/『私の選んだ文庫ベスト3 (ハヤカワ文庫JA)』['97年]/『本読みの達人が選んだ「この3冊」』['98年]何れも装幀・挿画:和田誠

私の選んだ文庫ベスト3_藤沢.JPG  1992年4月から1995年3月まで「毎日新聞」の書評欄に連載された「私の選んだ文庫ベスト3」の書籍化(後に文庫化)。150名弱の識者が、一人の作家を選んでその作家のベスト3を挙げて紹介しています。オリジナルが新聞コラムなので、1人当たりそれほど詳しく書かれているわけではないですが、やっぱり「あの作品」が選ばれるのだなあという思いがあって興味深かったです。

風雪の檻.jpg刺客 用心棒日月抄.jpg 常盤新平・選「藤沢周平」には「用心棒日月抄シリーズ」、「獄医立花登手控えシリーズ」があって、「彫師伊之助捕物覚えシリーズ」は入れておらず、代わりに長編「海鳴り」が入っています。

私の選んだ文庫ベスト3_吉行.JPG原色の街・驟雨.jpg 村松友視平・選「吉行淳之介」では先ず「原色の街・驟雨」がきてあと対談とエッセイがきているというのが吉行という作家らしいですが、新潮文庫の『原色の街・驟雨』には「薔薇販売人」「夏の休暇」「漂う部屋」といった短編の代表作も収められており、納得です。

私の選んだ文庫ベスト3_谷崎.JPG E・G・サイデンステッカー・選「谷崎潤一郎」には、エドワード・ジョージ・サイデンステッカー.jpg蓼喰う虫.gif陰翳礼讃 中公文庫.jpg蓼食う虫」「陰翳礼讃」があってあと1つは「猫と庄造と二人のおんな」。サイデンステッカーという人は谷崎の"軽妙文学"と呼ばれる作品が好きだったようです。  
Edward George Seidensticker (1921-2007)

新選組血風録2.jpg梟の城1.jpg 中村稔・選「司馬遼太郎」は、「梟の城」「新選組血風録」「菜の花の沖」が挙がっていて、個人的にはやはり初期作品が面白いと思いますが、選者は「菜の花の沖」を「竜馬がゆく」以降の教養小説(人格形成小説)の頂点とみなしているようです。

私の選んだ文庫ベスト3_ヘミング.JPGわれらの時代・男だけの世界.bmp 石原慎太郎・選「ヘミングウェイ」はヘミングウェイ短編集」「日はまた昇る」「武器よさらば武器よさらば (新潮文庫).jpg日はまた昇る (新潮文庫).bmpで、ヘミングウェイあh短編もいいし「日はまた昇る」も傑作だと思いますが(自分は時々この人と芥川賞候補作の評価で重なることがある)、「老人と海」を傲慢、退屈でリアリティもないとしているのが興味深いです(でも、和田誠のイラストが「老人と海」をモチーフにしたものになっているように思える)。

私の選んだ文庫ベスト3_阿佐田.JPG麻雀放浪記.jpg 伊集院静・選「阿佐田哲也・色川式大」で「麻雀放浪記」がくるのは、自身のギャンブルの師匠である阿佐田哲也をモデルにいた『いねむり先生』の作者であることからすれば当然でしょうか。まさに「もう二度と出ることのないギャンブル小説」です(あと2つは「百」「引越文房」)。

パノラマ島奇談他4編 春陽文庫9.jpg屋根裏の散歩者 文庫.jpg 荒俣宏・選「江戸川乱歩」は、「暗黒星」「パノラマ島奇談」「屋根裏の散歩者」で、この選者ならこうなるのだろうなあ。そのほかに「人間椅子」「押絵と旅する男」にも触れていますが変態・猟奇物ばかり(笑)。

小僧の神様・城の崎にて.jpg小僧の神様(岩波文庫).jpg 加賀乙彦・選「志賀直哉」で「小僧の神様 他十篇」と「小僧の神様・城の崎にて」がきているのは、前者が岩波文庫で後者が新潮文庫で、収録作品のラインアップが異なるためで、作家が短編の名手の場合、文庫単位でベストを選ぶとこういうことになるのだなあと(ベスト3のあと1つは長編「暗夜行路」)。

かもめ・ワーニャ伯父さん.jpg 山崎正和・選「チェーホフ」が「桜の園・三人姉妹」「かもめ・ワーニャ伯父さん」「かわいい女・犬を連れた奥さん」の新潮文庫3冊を挙げているのは、これでチェーホフの代表作を網羅してしまうと思われ、ケチのつけようがないというかズルいという気もしますが、「かもめ」1作の中に少なくとも五つの愛の不幸が描かれているというのは、確かにそうでした。

 先に述べたように1つのコラムが2ページ程度とそう長くはないですが、その作家のどの作品を読めばいいのかというガイドとして使えるし、どの識者がどの作家を選び、またその中でどの作品を推しているかということの興味が尽きません。

 故・和田誠(1936-2019)によるイラストも、そのことを意識してか、選ばれた作家と選んだ識者の似顔絵をセットで描いています。ただ刊行から20年以上も経つと、選ばれる側だけでなく選んだ識者の方も、編者の丸谷才一(1925-2012)をはじめ多くの人が亡くなっているのがちょっと寂しいです(大江健三郎や椎名誠、筒井康隆、黒井千次のように、選ばれる側で存命の人もいるが)。

本読みの達人が選んだ「この3冊」1.jpg 尚、本書の元のなった連載に続いて、1995年4月から1998年3月まで「毎日新聞」の書評欄に連載された、各界の読書人150人にいろいろな分野の本のベスト3を推薦してもらう「この3冊」(同じく丸谷才一・編、和田誠・イラスト)も書籍化されていますが(『本読みの達人が選んだ「この3冊」』('98年/毎日新聞社))、こちらは文庫化されていないようです。選者には新体操の山崎浩子(スポーツの本3冊)や女優の岩崎ひろみ(太宰治の本3冊)、俳優の池部良(日本人が学ぶべきもの3冊)もいて面白いのですが、全体としては評論家や翻訳家、特定分野の専門家が多くを占めており、その分、前書に比べると選本のアカデミック度、マニアック度がやや高かったように思います(選評の対象を文庫に限定していないというのもその要因だとは思うが)。
本読みの達人が選んだ「この3冊」

【1997年文庫化[ハヤカワ文庫JA〕】

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シニアが最初に読む「筋トレ入門書」としてはオーソドックス。

定年筋トレ (ワニブックスPLUS新書).jpg 定年筋トレ (ワニブックスPLUS新書) 2.jpg 京都大学名誉教授 森谷敏夫1.png
定年筋トレ (ワニブックスPLUS新書)』NHK-BSプレミアム「美と若さの新常識〜カラダのヒミツ〜」"実践!おサボり筋トレ"(2018年5月15日)
京大の筋肉』['15年]「RBG 最強の85才」('18年/米)ルース・ベイダー・ギンズバーグ
京大の筋肉.jpgRGB最強の85才01.jpg 60歳前後は「筋トレ適齢期」であるとともに、時間が自由に使えるようになる定年前後は、まさに「はじめどき」でもあると説いた本。シニアの運動は「ウオーキング」ばかりになりがちだが、ウオーキングばかりしていても筋肉は増えず、きちんとした知識を身につけて行えば、少々ハードな筋トレをやっても大丈夫とのことです。去年['19年]観た映画で、「RBG 最強の85才」('18年/米)という米国で最高齢の女性最高裁判事として国民的アイコンとなったRBGことルース・ベイダー・ギンズバーグを追ったドキュメンタリー映画がありましたが、その中でギンズバーグが85歳にしてパーソナルトレーナーをつけてがんがん筋トレしていたのを思い出しました。

安井友梨図1.jpg 著者は京大名誉教授であり、「京大の筋肉」のキャッチとヌード写真で一躍注目を浴びましたが(当時64歳)、個人的にどんな人か知ったのは、NHK-BSプレミアムのフットボールアワーがMCを務める「美と若さの新常識〜カラダのヒミツ〜」で"実践!おサボり筋トレ"というテーマの時にコメンテーターとして出演しているのを見たのが最初だったでしょうか。自分で実践しているので、言っていることに説得力がありました(同じ番組に出ていたフィットネスビキニの日本女王・安井友梨などにも言えることだが)。

 本書の内容も、「☓シニアの筋トレは週1で十分、◯週に6日座っていては効果はほぼ無い」「☓筋トレは毎日やるべき、◯休ませないと筋肉は育たない」といった」ように、一見常識を否定しているようで、ある程度分かっている人からすれば、極めてオーソドックスなことが書かれていると言えるのではないでしょうか。

 「筋トレをすることは脳トレになる」「筋トレ直後に20gのタンパク質を摂る」「できれば30分以内」「糖質も摂るとさらに効果的」と(過度の糖質制限には否定的な立場)。自宅でトレーニングするときは、フローリングであれば「室内用のスポーツシューズにはきかえるのがお勧めです」と親切。でも、「自重トレ」は手軽だが飽きやすいと。結局、目的に沿った適正重量を知るには(その方法が本書には分かりやすく書かれているが)、ジムに行くのが一番いいのだろうなあ。

 ジムに行く時間は「朝食を摂って数時間経った昼食前、昼食をとってて数時間経った夕方の時間帯がベター」だと。確かに、ビルダー兼インストラクターで、午前中に自分のトレーニングをして、午後に指導している人がいるなあ。一般の人は「定年後のアドバンテージを生かして、15~17時にトレーニングするのがいい」と。17時過ぎると19時頃まで仕事を終えた人がジムに来て混むためだそうです(ナルホド。自分の知っているジムで、15~17時の方が高齢者ばかりで混んでいるというケースもあったが)。

 最終章が実践編になっていて、NSCA(日本ストレングス&コンディショニング協会)のヘッドS&Cコーチ、吉田直人氏によるストレッチ、自宅筋トレ、ジム筋トレの写真入り解説が50ページ続きます。ジム筋トレの写真が少なくてアームカール(上腕二頭筋トレーニング)が無いなど物足りないですが、全体を通してシニアが最初に読む「筋トレ入門書」としてはオーソドックスであったように思います。

RGB最強の85才 2018.jpgRGB最強の85才02.jpg 冒頭に挙げた「RBG 最強の85才」は、米国では関連本が何冊も出版され、Tシャツやマグカップといったグッズまで作られるほどの知名度と人気を誇る、RBGことルース・ベイダー・ギンズバーグの若い頃から現在までを二人の女性監督が描いたドキュメンタリーで、85歳(映画製作時)で現役の最RGB最強の85才 ka-ta.jpg高裁判所判事として活躍する彼女は、ニューヨークのユダヤ系の家に生まれ、苦学の末に判司となり、1980年にカーター大統領によってコロンビア特別区巡回区連邦控訴裁判所判事に指名され、1993年にRBG 最強の85才ード.jpgはビル・クリントン大統領政権下で女性としては2人目のアメリカ最高裁判事(長官を含めて9人で構成される)に任命されています。85歳の年齢で現職にあるので保守派かというと、実はその逆で、これまでも女性やマイノリティへの差別撤廃に寄与した判決を多く出しているリベラル派です(だかRGB最強の85才 トレーニング.jpgら若者に人気がある)。映画の中でも一部解説されていますが、ドナルド・トランプは2017年1月大統領就任後、引退する連邦最高裁判事の後任として保守派の判事を次々に任命しているため、リベラル派のギンズバーグはこれ以上の連邦最高裁の保守化を食い止めるために、少なくともトランプが退陣して新たな民主党出身の大統領が現れるまでは、引退を見送ると見られているようです。現職に留まっているのには理由があり、また、職務継続のため「筋トレ」で健康を維持しているということになるかと思います(もうすぐ87歳になるなあ)。

RBG 最強の85才_0045.JPG「RBG 最強の85才」●原題:RBG●制作年:2018年●制作国:アメリカ●監督・製作:ベッツィ・ウェスト/ジュリー・コーエン●撮影:クラウディア・ラッシュク●音楽:RBG 最強の85才_0043.JPGミリアム・カトラー●時間:97分●出演:ルース・ベイダー・ギンズバーグ/ジェーン・ギンズバーグ/ジェームズ・スティーヴン・ギンズバーグ/ニナ・トテンバーグ/クララ・スペラ/グロリア・スタイネム/ブルース・マックヴィッテ/ジミー・カーター/ビル・クリントン/バラク・オバマ●日本公開:2019/05●配給:ファインフィルムズ●最初に観た場所:新宿・シネマカリテ(19-05-23)●評価:★★★★
シネマカリテ 2012年12月22日開館(新宿武蔵野館のある武蔵野ビルに入っていたミニシアターが移転)。
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シネマカリテ1(69席)/シネマカリテ2(78席)
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シニアが自立した健康生活を送るには「体幹と下半身の筋肉トレーニング」が必須と説く。

体力の正体は筋肉 (集英社新書).jpg体力の正体は筋肉.jpg 樋口 満 受賞1.jpg 
体力の正体は筋肉 (集英社新書)』第20回(2017年)「秩父宮記念スポーツ医・科学賞功労賞」表彰式

樋口 満 受賞2.jpg 今やスポーツジムのメインの利用者はシニア世代だと言われるのは、ジムにもよりますが、行ってみるとその通りだなあとも思わされます。このことは増田晶文 著『50歳を過ぎても身体が10歳若返る筋トレ』('14年/SB新書)のエントリーでも取り上げましたが、今もその傾向は続いているようです。

樋口 満 先生1.jpg樋口 満 先生2.jpg 早稲田大学スポーツ科学学術院教授で、2017年・第20回「秩父宮記念スポーツ医・科学賞功労賞」を受賞した著者による本書では、シニアにとって自立した健康な生活を送るために必須なものは「体幹と下半身の筋肉トレーニング」であると言い切っています。この"言い切り"ぶりが分かりやすいですが、体力とはなにか、体力をつけるのに筋肉はなぜ重要なのかを科学的にきちんと説明しているところはさすが専門家であり、また、誰でも簡単に自宅でもできる「ローイング」(ボート漕ぎ運動)というトレーニング法を紹介するとともに、筋肉にとって最適な食生活についても紹介しています。 

「稲士会」 第13期定期総会(講演会:早稲田大学スポーツ科学学術院・樋口満教授 「ミドル&シニア・エイジのための食楽&動楽」(2017年9月23日)

 「アンチ・エイジング」という言葉に対して、アンチ・エイジングが「抗・老化」であるのに対し。「ウィズ・エイジング」(「共・老化」)、「アクティブ・エイジング」(「脱・老化」)という言葉を紹介しており、啓発的であると思いました。年齢を重ねても、運動習慣や食生活といったライフスタイルを見直し、健康を保ち、閉じこもらずにさまざまな社会活動に参加する―それによって背活の質(QOL)を高め、自立寿命を延ばさなければならないとのことです。

 全体を通して、ものすごい"新説"が登場するわけではないですが、データに基づいて科学的に解説されており、その分、著者が「最強」と推す「ローイング」の効用にも納得してしまいます。ただし、それ一辺倒ではなく、ウォーキングやスロージョギング、スイミングなどの効用も説くとともに、効率的かつ安全に楽しむにはどうすればよいか解説しています。また、「椅子を使った筋トレ」など、自宅で手軽にできる運動も、イラスト解説しています。

 要するに、有酸素運動もレジスタンス運動(筋トレ)もどちらも大事で、「ローイング」などはその両方を兼ね添えているのだなあと。とにかく、筋肉は動かさないとすぐに委縮し、その機能も著しく低下する"怠け者(サボリ屋)"でり、使えば必ず機能が向上するだけでなく、他の臓器・器官など全身に好影響を与える"働き者(頑張り屋)"であることを改めて認識させられました。

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総数約900点。全ての作品に本人コメント付き。横尾忠則の精神史を垣間見える。

横尾忠則 全装幀集2013.jpg横尾忠則 全装幀集01.jpg   横尾忠則 全装幀集pster.jpg
横尾忠則 全装幀集』(24.7 x 19.7 x 5.3 cm)

横尾忠則 全装幀集044.jpg 横尾忠則と言えば、グラフィック・デザインとイラストレーション、コラージュに始まり、1980年代初めから絵画制作、さらに写真、小説なども手掛け、幅広い分野で精力的に活動している世界的デザイナーであり、"世界的"ということで言えば、個人的には90年代に、ニューヨーク近代美術館(MoMA)内の一等地とも言える展示スペースをその作品群が占めているのを見て、そのことを痛感した次第です(因みに、横尾忠則がデザイナーから画家へ転身した契機となったのは、80年代初めにMoMA「ピカソ展」にインスパイアされたためと自身で語っている)。

 その横尾忠則が、早くから機会あるごとに手掛けてきたのがブックデザインであり、本書は、1957年から2012年までの55年にわたる装丁の仕事を、処女作を含め約900点をカラーで収録したものであり、全ての作品に本人によるコメントが付されているというのが貴重です(本書の刊行に合わせて。

横尾忠則 全装幀集020.jpg横尾忠則 全装幀集176.jpg横尾忠則 全装幀集068.jpg 寺山修司「書を捨てよ、町へ出よう」、柴錬三郎「うろつき夜太」、デビット・ラシャペル「Lachapelle Land」などの単行本・大型本の他、アートディレクターを務めた流行通信や、広告批評などの雑誌(無名に近い頃には「少年サンデー」や「話の特集」などの表紙デザインも手掛けている)、そして自著に至るまで、意匠デザインだけでなくタイポグラフィ(絵文字)までもが個性的で、しかもモダンなものから筆文字まで多彩。それらがコラージュ写真や絵画などのビジュアルとぶつかり合って、また新たな味わいを醸しています。

横尾忠則 全装幀集156.jpg こうして見ていくと、横尾忠則自身が何度もインドを訪れていて、神秘主義やスピリチュアリズムに嵌っていた時代があり、そうしたものが反映されている作品が結構あるように思いました(インドに行くことを勧めたのは三島由紀夫だった)。横尾忠則 全装幀集268.jpgそうした彼の精神史も垣間見ることができ、また、後のものになるほど絵画的要素も入ってきているように思われました。版元による紹介にも「横尾忠則装幀という名の自伝」とあります(ただ、その辺りは、年代順に並べてくれた方が分かりやすかったかもしれないが、必ずしもそうはなっていない)。

横尾忠則 全装幀集506.jpg 国書刊行会から、本書の前に『横尾忠則全ポスター』('10年)、『横尾忠則コラージュ: 1972-2012』('12年)、本書の後に『横尾忠則全版画 HANGA JUNGLE』('17年)が刊行されていて、画集『全Y字路』('15年/岩波書店)なども刊行されており、10年代以降、横尾忠則の創作活動の再整理が進んでいるようです。こうして見ると、装丁の仕事が(他人の書いた本の装丁をするわけであって)一見制約を受けそうで、実はかなり多様性に富み、横尾忠則の創作の幅の広さを感じさせるのが興味深いです(その意味で、白地の比較的シンプルな装丁にしたのは良かった)。

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絵画集と写真集。ある種のこだわりを強く持ち続けるということも、一つの偉大な才能ではないかと。

横尾忠則 全Y字路.jpg横尾忠則 Y字路.jpg
     
    
東京Y字路  .jpg
全Y字路』['15年](30.5 x 23.5 x 2 cm)/『横尾忠則 Y字路』['06年]/写真集『東京Y字路』['09年](30.2 x 23.4 x 2.6 cm)
「魂と肉体の交差」(2002)
魂と肉体の交差.jpg 2000年以降の横尾忠則の絵画作品を代表する「Y字路」シリーズの"集大成本"で(2006年にいったん『横尾忠則 Y字路』(東方出版)が刊行されている)、2000年から2015年までの間に描かれた150点の作品が年代順に掲載されています。イラストレーターとして、または美術家として、或はさらに幅広く芸術家として活動する横尾忠則氏ですが、画家としての活動の中心はやはりこの「Y字路」シリーズでしょうか。日本のY字路を描いたものでありながら、海外でも高い評価を得ているようです。

 『横尾忠則 Y字路』によれば、横尾忠則氏が「Y字路」を描き続ける契機となったのが、故郷の兵庫県西脇市を訪れた際に撮影した一枚の写真であり、少年時代に通った模型店が無くなったことを知り、その跡地をカメラに収めますが、現像された写真は懐かしい風景ではなく、夜の闇の中、フラッシュに浮かび上がる建物、その手前で二叉に分かれる道といった、郷愁から切り離された、見知らぬ夜の風景であったとのこと。そこで横尾氏は、その写真を忠実にキャンバスに写し取り、一切の「私」的な要素を排除した普遍的な絵画を試みたとのことで、それがシリーズ作品に特徴的な、2つの消失点をもつ左右対称の構図として定着し、以後の「Y字路」シリーズとなります。

「暗夜光路N市-I」(2000)/「暗夜光路N市-V」(2000)
「暗夜光路N市-I」.jpg「暗夜光路N市-V」.jpg シリーズは「暗夜光路N市-Ⅰ」からスタートし、「暗夜光路N市-Ⅴ」までが2000年の作品で、以降、2001年になって、「暗夜光路 眠れない街」「暗夜光路 赤い街」などと続き、「暗夜光路 T市のY字路」あたりから西脇市に限定しななくなっています。さらに、同年の「暗夜光路 赤い闇から」あたり「暗夜光路 眠れない街」.jpg健全な感情.jpgから、必ずしも写実性に捉われなくなっているように思われます。更に2002年からは昼間の光景も描くようになり、また、様々な画風やタッチを駆使するようになって、2012年後半になるともう当初のシンメトリックな構図は維持されていないものが多くなっています。横尾氏がこの作品集を『全Y字路』と名付けたのは、バリSee You Again.jpgエーションが極みに達したため、ここで区切りをつけるという意図もあったようです。

「暗夜光路 眠れない街」(2001)/「健全な感情」(2002)
「See You Again」(2002)

 横尾氏による様々なタッチの絵が楽しめ、さらに、一部にはモデルとなった「Y字路」の写真が付されていて、横尾氏がそれをどう"絵画化"したかが窺えるのも興味深いですが、いずれにせよ「Y字路」という一つのモチーフでこれだけの数の作品を15年間も描き続けるというのはスゴイなあと思います。ある種のこだわりを強く持ち続けるということも、一つの偉大な才能ではないかと思いました。


写真集『東京Y字路』より  
東京Y字路030.jpg東京Y字路066.jpg この作品集の6年前に『東京Y字路』('09年/国書刊行会)という横尾氏による「Y字路」を撮った写真集が刊行されていて、この写真集も東京都内(都下、島嶼部を含む)の「Y字路」を撮った写真ばかり約250点ほど収められています。東京都内だけでもこんなに「Y字路」リサーチして写真に収めているのかと驚くやら感心するやらです東京Y字路219.jpgが、東京の「Y字路」を描くようになった頃には、必ずしも一つの写真を元に写実的に描くのではなく、思い切ってデフォルメしたり、いくつかの写真のイメージをミックスさせたりすることも行っていたようです。

Y字路_0170.JPG 実際の「Y字路」を見てちょっと不思議な感覚を抱いたりすることは無きにしもあらずですが、日常生活においては、次の瞬間にはもうそんなことはどうでもよくなっているというのが普通の人ではないかと思います。でも、こうした画集や写真集(特に画集)を見ていると、改めて郷愁のようなものを覚えたり、何だか人生の岐路みたいだなあと感じたりするから不思議です。どういう思いを抱くかは人それぞれだとは思いますが、そうした思いに至らせるのは、やはり横尾忠則という人の才能の一つなのだろうなあと思います。

    

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ネタ枯れと言うより驚くことに馴れたという感じ? でも今回も楽しく読めた。

ざんねんないきもの事典4 もっと.jpg  ざんねんないきもの事典1-3.jpg
『もっとざんねんないきもの事典』続々
おもしろい! 進化のふしぎ もっとざんねんないきもの事典』['19年]

 '16年から'18年にかけて〈正・続・続々〉と刊行されてきた人気シリーズの第4弾。ネタ切れ感は否めないような気がするとの声もありますが、読む側が慣れてきただけで、ネタ自体はまだまだ無尽にあるのではないかという気もします。今回印象に残ったのは―

ナウル共和国の経済を繁栄させた、リン鉱石の積出施設.jpgアホウドリにうんこを国にされた(24p)ナウル共和国の国土は、アホウドリが何百年もサンゴ礁のうえにうんこをしてできたもの。「リン鉱石」といううんこの残骸を売って生活しているそうです(「日経ビジネスオンライン」で読んだが、リン鉱石のお陰で医療費も学費も水道・光熱費もタダで、税金までタダ。リン鉱石採掘などの労働すらもすべて外国人労働者に任せっきりとなっているようだ。そのため、国民は怠け癖がつき、全国民の90%が肥満、30%が糖尿病という「世界一の肥満&糖尿病大国」になったとのこと)。

ナウル共和国のリン鉱石採掘

ウェルウィッチア.jpgウェルウィッチアは600年生きても、つける葉は2枚(35p)和名は「奇想天外」。砂漠に生えて600年以上生きるとのこと(ウェルウィッチアはNHK「ダーウィンが来た!」で取り上げられたことがあって、そこでは1500年以上も生きると紹介されていた。右動画でも1000年以上生きると考えられているとある)。

ウオノエは魚の舌になる.jpgウオノエは魚の舌になる(76p)魚にとりつく寄生虫で、魚の舌がなくなるまで舌の血を吸い続け、その後、舌のつけ根に体を固定し、魚の体液や血液を吸って大きくなるそうです(本書イラストで見るとそうでもないが、実写で見るとかなりキモイ)。

イシガキリュウグウウミウシ.jpgイシガキリュウグウウミウシはなかまを食べちゃう(97p)「友達を食べてみた」ぐらいの軽いノリで、仲間を丸のみにするとのこと(共食いをする生き物は結構いるけれど、食糧難の場合に限ったり、カマキリのように特別の条件下であったりすることが多く、共食いが成長のためのスタンダードとなっているのは珍しいのでは。言い換えれば「仲間が主食」ということか。確か、シリーズ第1巻で、サバクトビバッタが「主食は共食い」と紹介されていた)。

『シン・ゴジラ』第2.jpgラブカはお母さんのおなかの中で3年半もひきこもる(115p)ラブラブカ.jpgカは自分のお腹の中で子どもを育て、その期間はなんと3年半。ラブカは生きた化石とよばれるほど昔から姿を変えていないそうです(原始的な深海ざめには不思議な生態のものが多いなあ。「シン・ゴジラ」('16年/東宝)の"第二形態"のモデルがラブカだった)。
◆深海ザメ「ラブカ」捕獲後に死す 生態不明、標本にして研究へ 和歌山・串本(毎日新聞ニュース 2020年1月17日)[写真]捕獲された深海ザメ「ラブカ」=串本海中公園提供

ネコはキュウリを見るとおどろく.jpgネコはキュウリを見ると超おどろく(116p)「えさをたべているネコのうしろにキュウリをそっとおく」とどうなるかという、数年前にユーチューブでいたずら動画が話題になったそうで、動物学者は「キュウリがヘビに見えるのではないかと(因みに、この種のネコ動画はユーチューブで今でも多くみられる。ネコが驚くのは、ネコに気づかれないように後ろの方にキュウリを置いといて、ネコがたまたま気づいたといった場合に限るようだ。「幸せそうな表情できゅうりを齧るネコ」の写真もネットにあった)。

 ネタ枯れと言うより、こっちがもう驚くことに馴れたという感じ。でも、今回も楽しく読めました。

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やはり進化の不思議を考えさせるのが大きな狙いとなってるシリーズなのかと。

ざんねんないきもの事典2 続.jpg続ざんねんないきもの事典ages.jpg 続ざんねんないきもの事典ド.jpg ざんねんないきもの事典.jpg
おもしろい! 進化のふしぎ 続ざんねんないきもの事典』['17年]『ざんねんないきもの事典』['16年]

 ベストセラーとなった『ざんねんないきもの事典』('16年)の続編。個人的に印象に残ったのは―

ダウンロード.jpgハダカデバネズミには、赤ちゃんをあたためる「ふとん係」がいる(34p)地下に住むハダカデバネズミは、1000匹もの大家族で暮らし、「巣を守る係」や「食べ物をとる係」がいて、中でも変わっているのが赤ちゃんをあたためる「ふとん係」がいること。体温を一定に保つ機能が退化しているため、こうした係がいるようです(今月['20年1月]、NHK-BSプレミアム「世界のドキュメンタリー」で"長寿ネズミ 健康の秘密を解明"としてハダカデバネズミの特集(ドイツ・2017年制作)を放送していた。ハダカデバネズミが高度の社会性を有することは知られているが、近年はマウスの10倍の30年は生きるというその長寿に注目が集まっていて、全遺伝子の解析はすでに終わっており、人間の長寿に応用できないか研究が進められているようだ)。

ハシビロコウ どうぶつ王国 .jpgハシビロコウ どうぶつ王国 グッズ.jpgハシビロコウはひたすら待ちの姿勢(50p)動かないことでまわりの風景に溶け込んで、隙を狙うという戦法で、「魚が水面に顔を出すまでひたすら待つ」というもの(個人的には、行きつけのどうぶつ王国のハシビロコウが馴染み(?)だけど、時々首を振るような動きはすることがある。園内でも人気が高いらしくグッズもある)。[写真:神戸どうぶつ王国公式フェイスブックより]

マッコウクジラ.jpgマッコウクジラの頭の中は脳ではなく油でいっぱい(68p)マッコウクジラの脳の重さは約8㎏で、動物界ナンバーワン。ただし、でかい頭の中身のほとんどは「脳油」という油のかたまりで、まわりを探るために出す超音波を強化したり、浮かんだりする時の浮きぶくろの役割を果たしたりしている(シロナガスクジラのようにオキアミをすくって食べているクジラより、マッコウクジラのようにイカなどを捕食するクジラの方が、脳が発達しているようだ)。

ジャイアントチューブワーム.jpg口もおしりのあなもないハオリムシ(76p)深海の海底に生命はなぜ生まれたのか.jpg住むハオリムシは、口もおしりのあなもなく、海底から噴き出す猛毒の「硫化水素」をえらから吸収し、それを体内の微生物に分解させて栄養に変えている(この生き物は、微生物地球学者の高井研氏の『生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る』('11年/幻冬舎新書)の中でも「チューブワーム」として紹介されていた(ハオリムシは和名))。

ヨイアイオイクラゲ.jpg世界一長いクダクラゲはちびクラゲが合体しただけ(83p)世界最長の動物はクダクラゲで、全長が40mを超えるものや、触手が50mにんるものもいるが、実は小さなクラゲが集まってできた「群体」である。大きさくらべに合体した体は反則とも思われるが、そもそもわれわれの体も細胞の集合体であるので文句は言えないと(ギネスブックでも世界最長の動物は〈マヨイアイオイクラゲ〉(クダクラゲの一種)となっていて、最長で40mほどの長さとなり、ホタルのように生物発光を行うとある)。

 正編と同じく冒頭に、進化についてのコマ割り漫画などによる解説があり、ああ、やっぱり進化の不思議を考えさせるのが大きな狙いの1つとなってるシリーズなのだなあと。だから、「ざんねん」に見える面も、実は一定の合理性に裏付けられた進化の帰結(乃至は過程)なのだなあと改めて思った次第です(ある部分においては大人向け?)。

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「ざんねん」と思われた部分も実は生存競争の帰結、進化の結果であると。

ざんねんないきもの事典_5273.JPGざんねんないきもの事典.jpgおもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』['16年]

 「ざんねんないきもの」という切り口で、さままな生物の不思議を楽しめるよう解説したもの。イラスト入りで1~2ぺージの読み切りであるため、子どもにとってはとっつきやすく、また、大人が読んでも面白いということでベストセラーになりました。個人的に印象に残ったのは―

ダチョウの脳みそは目玉より小さい(26p)ダチョウは世界最大の鳥で、その卵は1.5㎏あり、その黄身は世界最大の細胞。目玉は直径5㎝、重さ60gでニワトリの卵と同じくらいの大きさ。一方の脳は40gしかなく、実際ダチョウはかなり記憶力が悪いとのこと(調べてみたら、ダチョウよりずっと小ぶりのカラスの脳は10グラムから13グラム程で、体重に対する脳の重さの指標「脳化指数」(ヒト10.0チンパンジー4.3、サルは2.0、ニワトリ0.3)がカラスの場合2.1で、サルより高いそうだ)。

オランウータン.jpgオランウータンはけんかの強さが顔に出る(37p)フランジのあるオランウータンは強そうに見えますが、若いオスがけんかに勝つと男性ホルモンが分泌され、フランジが発達するとのだとのこと。ただし、たまたまけんかに勝ってもフランジが発達してしまい、より強い相手に目をつけられたりもすることになる場合もあると。

メガネザル.jpgメガネザルは目玉が大きすぎて動かせない(52p)メガネザルの目玉は一つで脳と同じ重さがあり、頭蓋骨からはみ出すほど大きいため、きょろきょろと動かせないと。目玉が大きくなったのは、昼行性から夜行性へ進化して、たくさん光が集められる目が必要だったためで、これはこれで進化の結果と言えます。

ユカタンビワハゴロモ.jpgユカタンビワハゴロモの頭の中はからっぽ(57p)頭に見えるのはにせもので、にせものの頭は横から見るとワニの頭に見えなくもなく、鳥などが怖がるという説があるそうです。本物の頭を守るためのおとりという意見もあるが、実際はどちらの説に立っても目立った効果はないそうです。

カカポ.jpgカカポは太りすぎて飛べなくなった(71p)ニュージーランドには100万年の間、カカポの天敵となる生物がいなかったため、飛ぶための筋肉が退化し、代わりにたくさんの脂肪がついたと(NHK「ダーウィンが来た!」で取り上げられたことがあって、その際の呼称は〈フクロウオウム〉だったか〈カカポ〉だったか)。

ドウケツエビ.jpgドウケツエビはおりの中で一生をすごす(121p)カイロウドウケツという動物の中で一生をすごすのがドウケツエビ。カイロウドウケツをマイホームにしいるわけで、敵から身を守れて食事にも困らず、成長して体が大きくなると、出られなくなる(沼津港深海水族館の石垣幸二館長の 『深海生物 捕った、育てた、判った!―"世界唯一の深海水族館"館長が初めて明かす』('14年/小学館101ビジュアル新書)でも紹介されていた。雌雄1ペアだけが残って成長して出られなくなり、そのままその中で一生を送るので、カイロウドウケツ自体が諺で言う"偕老同穴"なのではなくて、ドウケツエビが"偕老同穴"なのだなあ)。

 メガネザルの項などのように、「ざんねん」と思われた部分も実は生存競争の帰結、つまり進化の結果であったりもするので(冒頭に進化とは何かをコマ割り漫画などで解説している)、本書に対し、「ざんねん」という表現はどうなのかという批判もあるようです。でも、取り敢えず関心を持つことから入って、その上で最終的には、それらが生物たちの巧妙な生き残り戦略であることの思いを馳せて欲しいというのが監修者の狙いでしょう(読者が小さい子どもだと、ちょっと難しいか)。

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テキヤの歴史と独特の慣行の実態を探る。今は多くは地元の零細業者か。

テキヤはどこからやってくるのか?2.jpgテキヤはどこからやってくるのか?.jpg      男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎ps.jpg
テキヤはどこからやってくるのか? 露店商いの近現代を辿る (光文社新書)』「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 HDリマスター版 [DVD]
2020年1月1日湊川神社
2020年01月01日湊川神社.jpg2020年1月1日湊川神社5168.JPG 初詣客で賑わう神社や祭りの縁日などで、ソース焼きそばを作ったりリンゴ飴を売ったりして、或は金魚すくいや射的などの露店商いをしている人たちは、一体どこからやったくるのかという疑問は、誰しもが抱いたことがあるのではないでしょうか。

 本書はそうした謎に包まれたテキヤの歴史を近世から現代まで探るとともに、東京の下町で「テキヤさん」と呼ばれている伝統的な露店商の、その「親分子分関係」や「なわばり」などの独特の慣行の実態を調査したものです。章立ては―
 【第一章】 露店商いの地域性
 【第二章】 近世の露店商
 【第三章】 近代化と露店 ―― 明治から第二次世界大戦まで
 【第四章】 第二次世界大戦後の混乱と露店商 ―― 敗戦後の混乱期
 【第五章】 露店商いをめぐる世相解説 ―― 1960年代以降
となっていて、第5章が東京の下町のテキヤを調査し、その「親分子分関係」や「なわばり」などについて述べた、フィールドリサーチにもなっています。

 本書によれば、テキヤには北海度・東日本、西日本、沖縄の三地域によって地域的な違いが大きく、関東地方の場合、大まかに言って近世には香具師(ヤシ)、近代になってテキヤ、その後露天商と名称が変化したらしく、香具師と呼ばれていたのは、「龍涎香」などのお香の原料を扱っていたりしたこともあったためのようです。

 映画「男はつらいよ」の「寅さん」のイメージがあって、テキヤに対して流れ者的なイメージがありますが、縁日の露店などで出店している露店には、地元の零細事業者(組合員)の露店と遠方から来た人(タビの人)の露店があり、時代や場所にもよりますが、「さきに結論を述べてしまうと、大半は近所からやってくる」のが現況のようです(要するに、地元の零細業者なのだなあ。寅さんみたいに全国中を回っていたら交通費だけでたいへんかも)。

 店を出す場所、神社の石段の上か下かなど、どこに店を出すかというのはそのナワバリの親分が仕切ります。ただ、よそ者でも許諾を得れば店が出せて、その際の自己紹介が、寅さんでもお馴染みの口上ですが、映画でやっている口上と実際の口上はかなり違うようです(フィクションでやっている口上と違って形容がほとんどなく、出身地や自分の親分は誰かといった情報を相手に効率的に伝える実務的なもの)。

 ヤクザとテキヤの関係は、ある露店商が著者に語ったところによれば、テキヤは「七割商人、三割ヤクザ」であるとのことで、これは、反社会的組織の一員になっている者が三割という意味と、気質として三割は「ならず者」だという気分が込められている、と説明されています。また、「ヤクザは極道だが、テキヤは神農道だ」と言われ、テキヤは古来、農業と薬や医学の神である「神農の神」を奉ってきたとされています(ある種"宗教集団"的でもある)。

 なかなか興味深い内容でしたが、やや論文調と言うか、修士論文でも読んでいるような堅さがり、その分(ソース焼きそばがジュージュー焼ける音のような)シズル感にやや欠ける面もあったように思います。ただ、テキヤ集団の棲み分け調査の結果を地図で示しているところは、何となく"野生動物の棲み分け"調査にも似て興味深かったです。

 因みに、ある人の調べによると、寅さんが「男はつらいよ」シリーズの中で啖呵売りしているシーンはシリーズ全49作中47作の中にあり、最も多く売っていた商品は、易本・暦本(11回)、続いて、古本(雑誌)(4回)、正月の縁起物、スニーカー、サンダル(各3回)という順になっているとのことです。

男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎.png男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎_photo.jpg この間たまたま観たシリーズ第27作「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」('81年)では、寅さんが瀬戸内海のどこかの島で一人で夏物ワンピース(俗に言うアッパッパ)を売っているシーンと(ここで初めてマドンナと出会う)、東大阪市の石切神社の参道で"バイ"しているシーンがありましたが(ここで偶然マドンナと再会する)、参道に露店を出すときはやはり、地元の親分に対して口上を述べたということになるのでしょうか。ヤクザへの連想を避けるために、そうしたシーンを山田洋次監督は敢えてシリーズでは殆ど取り扱っていない気もします(テキヤの生活が最もよく描かれているのは森崎東監督によるシリーズ第3作「男はつらいよ フーテンの寅」('70年)だと言われている)。

男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 水中花.jpg この「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」のマドンナ役は松坂慶子(撮影時28歳)で(寅さんは参道で「水中花」を売っていた)、松坂慶子はこの作品で第5回「日本アカデミー賞」最優秀主演女優賞など多数の賞を受賞しています。個人的には"演技力"より"美貌"がもたらした賞のように思われなくもないですが、この頃の松坂慶子はこの後に「道頓堀川」('82年)、「蒲田行進曲」('82年)に出演するなど、乗りに乗っていた時期ではありました。
男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 [DVD]
男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎dvd.jpg男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎g_photo2.jpg「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」●制作年:1981年●監督:山田洋次●製作:島津清/佐生哲雄●脚本:山田洋次/朝間義隆●撮影:高羽哲夫●音楽:山本直純●時間:104分●出男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 吉岡秀隆.jpg男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 mastszaka.jpg演:渥美清/松坂慶子/倍賞千恵子/三崎千恵子/太宰久雄/前田吟/下條正巳/吉岡秀隆(シリーズ初登場)/正司照江/正司花江/笑福亭松鶴/関敬六/大村崑/笠智衆/初音礼子/芦屋雁之助●公開:1981/08●配給:松竹(評価:★★★☆)
 
 
●寅さんDVDマガジンによる男はつらいよベスト18(2011)
講談社「寅さんDVDマガジン」として編集部とファンが選んだ人気18作品を刊行(ベスト18作品内での順位は不明のため、マガジン刊行順に並べている)。
刊行順 作数  作品名         マドンナ
vol.1  1  男はつらいよ         光本幸子
vol.2  17  男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け 太地喜和子
vol.3  15  男はつらいよ 寅次郎相合い傘   浅丘ルリ子
vol.4  9  男はつらいよ 柴又慕情     吉永小百合
vol.5  30  男はつらいよ 花も嵐も寅次郎  田中裕子
vol.6  11  男はつらいよ 寅次郎忘れな草    浅丘ルリ子
vol.7  32  男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎  竹下景子
vol.8  25  男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 浅丘ルリ子
vol.9  14  男はつらいよ 寅次郎子守唄   十朱幸代
vol.10  22  男はつらいよ 噂の寅次郎    大原麗子
vol.11  2  続・男はつらいよ        佐藤オリエ
vol.12  5  男はつらいよ 望郷篇      長山藍子
vol.13  7  男はつらいよ 奮闘篇        榊原るみ
vol.14  19  男はつらいよ 寅次郎と殿様     真野響子
vol.15  27  男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎  松坂慶子
vol.16  29  男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 いしだあゆみ
vol.17  38  男はつらいよ 知床慕情        竹下景子
vol.18  42  男はつらいよ ぼくの伯父さん   後藤久美子

  
  
 

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高倉健の"原点"と併せ、60年代から70年代にかけての"時代"を感じさせる。
憂魂、高倉健 74.jpg
憂魂、高倉健.jpg憂魂、高倉健0.jpg
憂魂、高倉健』['09年](28.2 x 20.4 x 3.8 cm)

憂魂、高倉健11.jpg憂魂、高倉健00.jpg 1971年に刊行されたものの、版元の倒産や東映による販売差し止め等の事情により書店店頭に並ぶことのなかった写真集の38年ぶりの復刻リニューアル版で、遠藤努撮影による俳優・高倉健(1931-2014)のスチール写真を中心に、プライベート写真やスナップも含め、横尾忠則が編集した370ページあまりの写真集です。細江英公、立木義浩、森山大道、石黒健治ほか写真家の作品、横尾忠則による高倉健インタビュー・年譜なども収録されています。

『憂魂、高倉健』['71年]

 左開きの表紙の最初に7ページほど細江英公撮影の海の写真が続き、高倉健の生地の五万分の一の地図が入って、次のページから立木義浩に憂魂、高倉健12.jpgよるヌード写真5枚とその間にヘンリー・フォンダのポートレイト(インタビューによればヘンリー・フォンダは高倉健の好きな俳優)、なぜか乳牛を撮ったものなどイメージ写真が挿入されていて、次に1ページ9点、8ページにわたって、高倉健の映画撮影の際などに撮られたスナップ写真やそれに混じって横尾氏による高倉健のイラストレーションが続き、続いて12ページほどの高倉健に対する質問状形式のインタビューがあり、年譜が3ページあって、さらに高倉健の赤ちゃんの時から明治大学1年生の時までのポートレイト的な写真が続き、ここまででで60ページになります。

憂魂、高倉健02.jpg憂魂、高倉健03.jpg その後はすべてモノクロで310ページ分、各ページ断ち落としで高倉健の映画スチール、撮影現場などでのスナップ写真が続き、そのうちの7割が東映のスチールカメラマンだった遠藤努氏の撮影によるもので、残りの3割は石黒健治氏の雑誌発表の写真や新たに撮り直した写真などとなっています。ですから、ボリューム比率からすると遠藤努、石黒健治両氏による写真集と言えなくもないですが、上記の60ページまでの構成から窺えるように、また、表紙デザインなどからも窺えるように、横尾忠則氏の編集色がはっきり出ている写真集でもあります。

憂魂、高倉健1 3.jpg憂魂、高倉健04.jpg 収められているのが70年代以前の、「日本侠客伝」シリーズ('64年スタート)、「網走番外地」シリーズ('65年スタート)、「昭和残侠伝」シリーズ('65年スタート)に出まくっている頃の高倉健のスチール写真、スナップ写真が大半で(その時点ですでにネガが棄却されていたものが殆どで、プリントされた印画紙を撮り直しているため、コラージュ的な雰囲気がある)、高倉健の"原点"的なものが感じられるとともに、60年代から70年代にかけての"時代"を感じさせるものにもなっています。そのことは、それだけ高倉健という俳優が、その時代の何かを背負っていたということなのかもしれません(後の人が彼に"時"を重ねたとも言える)。

『憂魂、高倉健』['71年]
憂魂、高倉健 都市出版社1.jpg憂魂、高倉健 都市出版社2.jpg 「付録」リーフレットなどによれば、本書のオリジナル版は1971年に都市出版社から刊行され、前述の通り色々な事情があってそのオリジナル版が書店に並ぶことはなく、その一部は古書店に流通しただけだけだったとのことですが、それよりも以前に、その本の元になった『高倉健賛江』('68年/天声出版)というものがあり、こちらは、出版社に突発事故が生じ、見本数冊を作っただけで出版さえ実現しなかったとのことです。復刻リニューアル版では、函のデザインに「高倉健賛江」のカバーを使用し、本体には「憂魂、高倉健」のカバー写真を使用するなどして、「高倉健賛江」と「憂魂、高倉健」を合体させた形となっています。

 インタビューのところが、1968年と1971年で同じ質問をしてそれを対比させる形になっているのは、『高倉健賛江』編集時のインタビューと『憂魂、高倉健』編集時のインタビューということになるかと思いますが、同じ質問に対して回答が殆ど同じものもあれば、一部に答えが真逆だったりするものもあって面白かったです。個人的に興味深かったのは、「好きな自分の映画」で、1971年のインタビューで、「お正月にいった網走番外地」(どういう意味?)と、1回目の「日本侠客伝」、1回目の「昭和残侠伝」を挙げていて、やはり1回目の作品が印象深いのでしょう(1968年のインタビューでは「ジャコ万と鉄」と1回目の「昭和残侠伝」を挙げている)。「網走番外地」「日本侠客伝」「昭和残侠伝」をシリーズとして比べてどうかというと、「京都と東京スタジオに分かれてますねェ。イレズミの入っているのと入ってないのとあります。残侠伝は好きですねェ。で、やってて楽しいのは網走が楽しいです。ハイ、役柄としては、ですよ」と。

I憂魂、高倉健_5269.JPG 横尾忠則氏が全体をコラージュのように編集しているという意味で、写真集と言うより横尾氏の作品と言った方がいいくらいかもしれませんが、横尾氏自身は、「藝術」と言うより高倉ファンとしての思い入れでこの写真集を編集したように思われ、再度復刻されたことも含め、その思い入れが伝わってくる内容でした。

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高倉健が仕事を通してスタッフや周囲の人々に与える影響力の大きさを感じた。

高倉健の身終い2.jpg 高倉健の身終いs.jpg
高倉健の身終い (角川新書)』/著者が高倉健に初インタビューしたときの写真(写真/渋谷典子)[本書より]

 フリー編集者として高倉健の取材を重ねてきた著者による本では『「高倉健」という生き方』('15年/新潮新書)がありますが、本書『高倉健の身終い』の方は、タイトルからも窺えるように、前著より高倉健の活動後期のエピソードが多いでしょうか。それと、高倉健と共に映画作りに関わった人々の証言やエピソードの比重が高いように思いました。

居酒屋兆治 000.jpg 印象に残ったのは、大原麗子に取材した際の話でしょうか(57p)。彼女は、健さんと仕事して、「仕事に"お"の字を付けなくなった」とのことで、「"お仕事"っじゃなくって、"仕事"。命を賭けてやるものに"お"を付けると、なんだか甘っちょろいじゃない」と。これを「健さんの生き方から学んだ」というから、一緒に仕事した人に与える影響力がすごいなあと。大原麗子が40代、1990年代の話であるとのことで、「網走番外地 北海篇」('65年/東映)で大原麗子19歳、高倉健34歳で初共演してからのことを振り返っているのでしょうか。「居酒屋兆治」('83年/東宝)でも共演しているし(大原麗子の演じた女性は凄まじいくらい薄幸だった。その大原麗子自身も、'09年に孤独死に近い死を遂げる)、NHKドラマ「チロルの挽歌」('92年)でも共演していて(大原麗子45歳。高倉健61歳)、女優人生の節目節目で高倉健の影響を受けたのだろなあ。

映画 ホタル00.jpgホタル (映画)00.jpg 「居酒屋兆治」と同じく降旗康男の監督作である「ホタル」('01年/東映)で、健さんから著者にロケ地へのお呼びが掛かったという、山岡(高倉健)、知子(田中裕子)夫婦が二人の北海道の旅を回想するシーンで(撮影地は長野県・蓼科)、丹頂鶴の求愛ダンスを見ているうちに高倉健が急にコートやワイシャツを脱ぎ、「くわぁ、くわぁ」と鶴の鳴き声を真似て舞ったのは、あれ、脚本にない演技、つまりアドリブだったそうです(153p)。そういうことする俳優なんだと、今まで知らなかった面を知ったように思いました。

 「四十七人の刺客」('94年/東宝)で、スタッフの実際にやっているところを見なくともその丁寧な仕事ぶりをよく理解していたり(168p)、「南極物語」('83年/東宝)で、疲労が重なって犬橇を上手く扱えず撮影を妨げたスタッフに、「宿舎に帰らせろ」と怒鳴ったかと思ったら、後で手にいっぱい栄養剤を持ってそのスタッフの宿舎に行き「これ、飲め"!」と言ったりとか(175p)、大スターでありながら、映画は一人で作るものではないということがよく分かっていたのだなあと。いい作品を作るためにスタッフの仕事ぶりを理解し、励ますという、監督のように先頭に立って目立ったことをするわけではないけれど、これもある種のリーダーシップではないかと思いました(しかも、こういうの、大上段に構えたリーダーシップ以上にヒトの琴線に触れる)。

鉄道員poster (1).jpg鉄道員 02 (2).jpg 監督も偉いです。「鉄道員 (ぽっぽや)」('99年/東映)の撮影の時、佐藤乙松(高倉健)、静枝(大竹しのぶ)夫婦の子供が亡くなった時の回想シーンで、静枝が乙松に遺児を手渡す場面に違和感を感じた著者が、降旗康男監督からどうかと訊かれてその旨を伝えると、出来上がった作品では、静枝がずっと遺体を抱き続けている演技になっていたと。こうした柔軟性があるから、降旗康男監督って高倉健とも相性が良かったのだろなあ。

黒澤明2.jpg 本書には無いエピソードですが、高倉健は「居酒屋兆治」への出演準備をしていた矢先に黒澤明監督から「鉄修理(くろがねしゅり)」役で「乱」への出演を打診されていて、「でも僕が『乱』に出ちゃうと、『居酒屋兆治』がいつ撮影できるかわからなくなる。僕がとても悪くて、計算高い奴になると追い込まれて、僕は黒澤さんのところへ謝>りに行きました」と述懐しています。黒澤明映画「ホタル」監督.jpgは自ら高倉宅へ足繁く4回も通って、「困ったよ、高倉君。僕の中で鉄(くろがね)の役がこんなに膨らんでいるんですよ。僕が降旗康男君のところへ謝りに行きます」と口説いたけれども、高倉健は「いや、それをされたら降旗監督が困ると思いますから。二つを天秤にかけたら誰が考えたって、世界の黒澤作品を選ぶでしょうが僕には出来ない。本当に申し訳ない」と断ったため、黒澤明から「あなたは難しい」と言われたそうです。

 高倉健らしい話だし、役者と監督のいい関係がずっと続いた例でしょう(黒澤監督が三船敏郎の関係が途中で途絶えたり、勝新太郎と喧嘩のような別れ方をしたのとは対照的)。その降旗康男監督も、昨年['19年]5月に84歳で亡くなっており、寂しいことです。

高倉健(1931-2014、83歳没)/降旗康男監督(1934-2019、84歳没)(「ホタル」('01年)撮影現場)

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高倉健が、真似や演技ではなく実際に「高倉健」という生き方としていたように思えた。

「高倉健」という生き方 (新潮新書).jpg  谷 充代.jpg  谷 充代 氏[写真:婦人公論]
「高倉健」という生き方 (新潮新書)

 フリー編集者として80年代半ばから2000年代まで高倉健の取材を重ねてきた著者(ラジオ番組をベースにした『旅の途中で』(高倉健著、'03年/新潮社、'05年/新潮文庫)のプロデュース担当者でもある)が、国内外の映画の現場や私的な会合の場や旅先などで、俳優として人としての高倉健を男を追い続ける中で、「健さん」本人をはじめ監督や俳優仲間、スタッフや縁あった人々に細やかな取材を重ね書き綴ってきた全33話のエピソード集です。

 さすが取材に年季が入っているなあという感じ。そして何よりも、高倉健に対する敬愛の念を感じました。本人が亡くなってから、一部いろいろな話も出てきていますが、やはりスターはスターのままでいて欲しいと思うので、個人的にはそうしたものをほじくり返すような動きにはあまり関心がいきません。本書も「いい話」ばかりですが、これはこれでいいのでは。

 印象に残ったのは、「関係を尽くすひと」「一期一会ということに体を張っている」(105p)というところ。この先、また会うかどうか分からない人に対してもそうした姿勢で接することができるというのはスゴイことだなあと。著者はそれを、どこまでいっても自分に執着するブルジョワ的生き方と対比させて、"貴族の無欲"と表現していますが、ある種"孤高の精神"のようなものを感じました(こういうの感じさせる人って、ハリウッドスターにはいないなあ)。

 妻だった江利チエミの墓参りを欠かさなかったことはよく知られていますが、著者も健さんの仕事の前には江利チエミの墓参りをしていて、行くとすでに墓前にウィスキーロックがあったりして、撮影のプランの依頼と併せてその感動を手紙で伝えたところから撮影の仕事を引き受けてもらえたとのこと(113p)。1999年のことで、カメラマンは十文字美信氏(野地秩嘉氏の『高倉健ラストインタヴューズ』('17年/プレジデント社)のカバー写真などもこの人の撮影)。

 『男としての人生―山本周五郎が描いた男たち』(木村久邇典著、グラフ社)という本が気に入っていて、絶版の古書扱いになっていたものを、「自分が百冊引き取る」と言って増刷に漕ぎ着けたという話(136p)も良かったです(同じ山本周五郎好きの黒澤明監督と一度仕事して欲しかった)。

網走番外地g_  .jpg 随筆集『あなたに褒められたくて』の「あなた」が「お母さん」であることはその本の中でも述べられていますが(そう言えば、「網走番外地」('65年/東映)は、主人公が母恋しさに網走刑務所からムショ仲間と手錠につながれたまま脱獄する話だった)、自分の母親が亡くなったとき、まわりの誰にも知られないように仕事を続けていたそうで(144p)、これもスゴイなあと思います。

 地方で地元の人しか知らない温泉場を教えてくれた蕎麦屋の主人が、「アンタね、俺が若いころに観たことがある。ん~と、あの~」と言いつつ名前が出てこず、「ウン、よたもんの俳優だ」「あの、よたもん」と言ったのを、宿に帰る車の中で何度も「あの、よたもん」と口真似しながら、嬉しそうに笑っていたというのもいい話です(174p)。

 著者が海外の撮影にも同行を許され、手持無沙汰に身の回りの世話をしようとすると、「谷、書くためにきているんだろ。そんなことしなくていいよ」と戒めたという(195p)、これなんか、なかなか言えないことだと思います。

後藤久美子.jpg 若者を見ていると時代の変化を感じると言い、「立派だなぁと思ったのは後藤久美子さん。彼女の恋愛は実に正直で堂々としている。恋人と海外で暮らしていて、仕事がある時にだけ日本に帰ってくる。公私混同せずに生きているよね」と言っていて(101p)、自分よりずっと若い人に対しても、いいところを見つけ褒める姿勢も立派です。この「公私混同せず」の考えは彼自身の生き方にも反映されているように思います。また、若い頃に恋人が女優志望であったために一緒に暮らしたいというのを突っぱねたという過去があったとのこと。その本人が、彼女との生計のために俳優になり、何とか食べていけるようになった時にはその彼女と別れてしまったというのは、まさに皮肉の連続と言っていい人生だなあ。

 これまで、高倉健という人は「高倉健」を演じ続ける生き方をせざるを得ず、その壊せない(壊してはいけない)「高倉健」像に縛られるような面もあって、晩年は出演映画数なども減ったのかなあと思っていました。それだけだと、「高倉健」(という虚像)を生きる、ということになりかねないですが、本書を読んで、「高倉健」を本人はわりと自然に生きていた―つまり、真似や演技ではなく実際に「高倉健」という生き方としていたように思えてきました。

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新東宝「最後の生き証人」たちの懐述。丹波哲郎の話が一番面白かった。

新東宝1947-1961.jpg新東宝1947-1961 創造と冒険の15年間.jpg 新東宝1947-19613.JPG
新東宝1947-1961 創造と冒険の15年間』カバー写真「盗まれた恋」('51年 市川崑監督)森雅之/久慈あさみ

 本書は前半が主に90年代半ばから2000年代にかけておこなわれた新東宝作品関係者へのインタビュー集で(故人となっている人が多い。新東宝について言えば「最後の生き証人」たちの懐述ともいえる)、後半が新東宝の全作品(800本超!)のフィルモグラフィーとなっており、このフィルモグラフィーはまさに貴重な資料ですが、前半のインタビュー部分も同じく貴重な記録だと思います。

インタビューの方は、浅野辰雄(監督)から吉田輝雄(俳優)まで五十音順に31人が登場し、石井輝男、小野田嘉幹、曲谷守平といった監督から、宮川一郎といった脚本家、前田通子、三ツ矢歌子といった女優から、丹波哲郎、沼田曜一、由利徹といった男優まで多彩です。

 監督で話が面白かった(興味深かった)のは「ナショナル・キッド」の脚本も手掛けた大貫正義監督で、斎藤寅次郎監督が晩年"寅二郎"に改名したのは、「男はつらいよ」の寅次郎と一緒の名前が嫌だったというのが真相だとか...。

殺人容疑者 映画.jpg 男優で最も話が面白かったのは丹波哲郎で、駆け出しの頃、「殺人容疑者」('52年)製作時に、主役の俳優に予定していた役者が都合できず、困って探していた製作本部から、そこへ使いで行ったところをマネジャーか事務員と間違えられて「君に似た俳優を探してきてくれ」と言われ、「ああ、知ってるよ」と答えたら30人のスタッフに取り囲まれ、「はい、俺だ」とは言えなくなって、「いまちょっと名前は忘れたけれど、事務所に帰れば分かる」と...(最終的にはこの「殺人容疑者」が丹波哲郎のデビュー作となる)。

人喰海女 三ツ矢歌子.jpg 女優では、三ツ矢歌子が面白かったそうでしょうか。一番思い出に残っている作品が「スーパージャイアンツ」シリーズで、女子高生の格好のまま吊られて空を飛ぶシーンが大変で、泣きたくなるぐらいだったが、今思うと楽しかったとか、小野田嘉幹監督の「人喰海女」('60年)で、入浴シーンで「また裸になるのは嫌です」と言ったら、「裸にならなくても、水着を着てタオルで隠せばいいから」といって庇ってくれて、「それで、フッと気持ちが動いたのか、それから二年後に結婚しました(笑)」。

三ツ矢歌子 in「人喰海女」('60年)

前田通子 ]女王蜂の復讐.jpg 前田通子のインタビューでは、志村敏夫監督の「女真珠王の復讐」('56年)で、彼女の後ろ姿の全裸が出てくるのは「アナタハン事件」をベースにしているとか(映画の方?)。「女真珠王の復讐」の時は、脱ぐシーンがあることが事前に分かっていて、裸になることに「ためらいはございませんでした」と。新東宝を辞める契機となった俗に言う「裾まくり事件」(彼女と一緒に志村敏夫監督も辞めた)については、本人は「嫌だ」とも「やりたくない」とも言っていなくて、ただし急な話だったので「うっ」となった時に昼食休憩に入って、そのまま、「前田通子が現場でゴネてる」という話になったとか。

前田通子 in「女真珠王の復讐」('56年)

 前田通子の話も貴重ですが(インタビュー収録は1996年)、真相は「藪の中」といったところでしょうか。やはり一番面白かったのは丹波哲郎かな(彼のことだから話を"盛っている"ことは十分考えられるが)。

 あとがきによれば、本書の企画自体は1990年代初期にスタートしたものの、諸事情があって10数年以上中断し、5年ほど前に蘇って今年['19年]の刊行に至ったとのこと。800本超のフィルモグラフィーは、先に取り上げた『新東宝は"映画の宝庫"だった』('15年/メディアックス)の第五章「新東宝映画完全リスト」の716本を上回りますが、ほぼ全作品にあらすじや解説がついていて、実はこの作業が一番大変であったとのことです。企画が潰えなかったのは、編者らの努力というか執念のお陰と言っていいいと思います。

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タイトル通り「新東宝は"映画の宝庫"だった」のだなあと。

新東宝は 新東宝は映画の宝庫だった 0.jpg 新東宝は映画の宝庫だった h.jpg
新東宝は"映画の宝庫"だった』カバー写真「海女の化物屋敷」('59年)沼田曜一/万里昌代/瀬戸麗子

新東宝は映画の宝庫だった 巻末.jpg 第一章で、新東宝映画の代表作を1作1ページから2ページで紹介、第二章は、著者のエッセー「新東宝映画の歴史 監督 スターたち」、第三章が、中川信夫インタビュー「中川信夫 全作品を語る」で、第四章が、宮川一郎インタビュー「大蔵貢は説明はいらない 面白いところだけ繋げ、と言った。」(共に聞き手は著者)、最後の第五章が「新東宝映画完全リスト」(全716本! 著者による評価とコメント入り。ソフト化されていない作品が多く、資料としても貴重)という構成ですが、1945年から1961年までの新東宝作品を紹介した第一章が全体の半分以上を占め、やはりこれがメインでしょうか。書き溜めていたとは言え、約150本の作品を200ページ近くにわたって、個人的な思い入れも含め(ただしあらすじ等も丁寧に紹介している)解説しているのはスゴイことかもしれません。

稲垣浩監督「忘れられた子等」('49年)/黒澤明監督「野良犬」('49年)
「忘れられた子等」 .jpg野良犬1.jpg 第一章は、萩原遼監督の「大江戸の鬼」('47年)から始まって(著者は、長谷川一夫と高峰峰子のロマンスの情緒が感じられなかったとのことだが)、市川崑監督の「人間模様」('49年)、中川信夫監督の「エノケンのとび助冒険旅行」('49年)、稲垣浩監督の「忘れられた子等」('49年)と、初期40年代の作品は、時代物、サスペンス、コメディ、ヒューマンドラマと、実に内容多彩です。そして、あの黒澤明監督の「野良犬」('49年、配給会社は東宝)(日本で初めての刑事物)も、清水宏監督の「小原庄助小原庄助さん 2.jpg宗方姉妹B.jpgさん」('49年、配給会社は東宝)(相米慎二監督が日本映画のベスト3に挙げていたとのこと)も新東宝映画でした(巻末のリスト見て、小津安二郎監督の「宗方姉妹(むねかたきょうだい)」('50年)も小津安二郎が新東宝に招かれて撮った作品だったこと思い出したが、著者はこの作品を小津映画にしてはイマイチと。確かに)。
清水宏監督「小原庄助さん」('49年)/小津安二郎監督「宗方姉妹」('50年)
 
志村敏夫監督「女真珠王の復讐」('56年)/志村敏夫監督「海女の戦慄」('57年)
女真珠王の復讐00.jpg海女の戦慄jpg.jpg 50年代に入ると。溝口健二監督の「西鶴一代女」('52年)のようなベネチア映画祭で賞を受賞する作品まで出てきて、それでいながら娯楽作品も多く(どちらかと言えば娯楽作品がメイン)、志村敏夫監督、前田通子主演の「女真珠王の復讐」('56年)や(日本映画で初のオールヌード映画。著者によれば、ストーリーはデュマの「岩窟王」の女性版とのこと。ナルホド)、「海女の戦慄」('57年)(ご都合主義だが、前田通子のゴージャスな肉体を味わう映画と思えば一見の価値ありと)などは、まさにこれぞ新東宝映画!という感じです。

曲谷守平監督「海女の化物屋敷」('59年)/小野田嘉幹監督「女奴隷船」('60年)カラー作品
海女の化物屋敷33.jpg海女の化物屋敷 09.jpg「女奴隷船」(新東宝)1.jpg「女奴隷船」(新東宝)2.jpg さらに中川信夫監督の「亡霊怪猫屋敷」('58年)や、本書のカバー写真にもなっている曲谷守平監督の「海女の化物屋敷」('59年)といった怪奇スリラーが多く作られ(と言っても、著者が言うように「海女の化物屋敷」の三原葉子などは"明るい探偵役"で、映画自体も怖くない)、「海女の化物屋敷」で映画初主演を果たした菅原文太は小野田嘉幹監督の「女奴隷船」('60年)(著者は「優秀な特撮技術で創られたスケールの大きな海洋冒険アクション」と評価)で丹波哲郎とぶつかります。丹波哲郎は「女真珠王の復讐」で天知茂の敵役で出ていて、この「女奴隷船」では海賊の首領役で菅原文太の敵役に。天知茂は、石井輝夫監督の「黒線地帯」('60年)で主役のトップ屋黒線地帯 1960 dvd.jpg黒線地帯03.jpg黒線地帯 1960① 天知茂(町田広二).jpgに。それをコメディリリーフするのが三原葉子。著者は、「黒線地帯」を中川信夫監督の「東海道四谷怪談」('59年)「地獄」('60年)とともに新東宝映画の三大傑作の一つに挙げています。

石井輝男監督「黒線地帯」('60年)

 新東宝の歴史と、どんな監督が活躍し、どんなスターを輩出したかは、第二章の三部構成の著者のエッセーに詳しいです。しかし、途中から社長になった大蔵貢が低予算の猟奇怪談お色気といった「エロ・グロ路線」を敷いて新東宝の経営を再建、新・黄金時代を築いたかと思ったら、自ら企画の手詰まりで1960年に退陣、翌年には新東宝という会社自体が瓦解するという、この会社の栄枯盛衰の最後の「衰」の部分はあっけなかったなあ。

 活躍した監督は、渡辺邦男、中川信夫、市川崑、石井輝夫、渡辺祐介、土居通芳、小野田嘉幹、志村敏夫など。男優では、初期の頃は、大河内伝次郎、長谷川一夫、後に天知茂、菅原文太、丹波哲郎、若山富三郎、宇津井健、吉田輝雄、中山昭二、高島忠夫など。女優は、初期の頃は、原節子、高峰秀子、後に三ツ矢歌子(「女奴隷船」の小野田嘉幹監督と映画に出た年に結婚)、三原葉子、久保菜穂子、池内淳子、大空真弓、万里昌代など。これだけを見ても、「新東宝は"映画の宝庫"だった」というのは分かる気がします。そうだ、前田通子を忘れてはならない。あれほど会社に貢献した女優をかっとなってクビにしてしまう、そんな大蔵貢のワンマンぶりも、会社を倒産に追い込んだ原因の一つだったように思います。

新東宝1947-1961.jpg ただし、今年['19年]になって刊行された『新東宝1947-1961 創造と冒険の15年間』('19年/ワイズ出版)によると、この本は新東宝関係者へのインタビュー集なのですが、小森白監督などは、大蔵貢の社長就任前に新東宝の経営は傾いており、「悪いのは大蔵貢ではない」と擁護しています(大貫正義監督なども擁護派)。


「大江戸の鬼」長谷川一夫・高峰秀子.jpg「大江戸の鬼」●制作年:1947年●監督:萩原遼●製作:伊藤基彦●脚本:三村伸太郎●撮影:安本淳●音楽:鈴木静一●時間:100分●出演:大河内傳次郎/長谷川一夫/黒川彌太郎/宮川五十鈴/上山草人/汐見洋/岬洋二/鬼頭善一郎/原文雄/小森敏/小島洋々/田中春男/高峰秀子/清川荘司/鳥羽陽之助/伊藤雄之助/阪東橋之助/横山運平/澤井三郎/永井柳太郎/高勢実乗●公開:1947/05●配給:新東宝(評価:★★☆)

高峰秀子・長谷川一夫


忘れられた子等2 vhs.jpg忘れられた子等 2.jpg忘れられた子等 タイトル.jpg忘れられた子等003.jpg「忘れられた子等」●制作年:1949年●監督・製作・脚本:稲垣浩●撮影:安本淳●音楽:西梧郎●原作:田村一二●時間:86分●出演:掘雄二/笠智衆/泉田行夫/岩田直二/葛木香一/浅野光男/葉山富之輔/松浦築枝/滝沢静子/木下サヨ子/宮川喜美枝●公開:1949/10●配給:新東宝(評価:★★★☆)
     
「野良犬」●制作年:1野良犬 1949 0.jpg949年●監督:黒澤明●製作:本木荘二郎●製作会社:新東宝・映画芸術協会●脚本:菊島隆三/黒澤明●撮影:中井朝一●音楽:早坂文雄●時間:122分●出演:三船敏郎/志村喬/木村功/清水元/河村黎吉/井田木村 功 野良犬.jpg綾子(淡路恵子)/三好栄子/千石規子/本間文子/飯田蝶子/東野英治郎/永田靖/松本克平/岸輝子/千秋実/山本礼三郎●公開:1949/10●配給:東宝●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(10-12-18)(評価:★★★★)   
        
小原庄助さん 1949.jpg小原庄助さん 1.jpg「小原庄助さん」●制作年:1949年●監督:清水宏●製作:岸松雄/金巻博司●製作会社:新東宝●脚本:清水宏/岸松雄●撮影:鈴木博●音楽:古関裕而●時間:94分●出演:大河内傳次郎/風見章子/飯田蝶子/清川虹子/坪井哲/川部守一/田中春男/清川荘司/杉寛/宮川玲子/鮎川浩/鳥羽陽之助/日守新一/石川 冷 /尾上桃華/高松政雄/倉橋享/今清水甚二/高村洋三/佐川混/加藤欣子/徳大寺君枝/赤坂小梅●公開:1947/11●配給:東宝(評価:★★★★)
 
宗方姉妹ges.jpg上原謙  高峰秀子 宗方姉妹.jpg「宗方姉妹(むねかたきょうだい)」●制作年:1950年●監督:小津安二郎●製作:児井英生郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:小原譲治●音楽:斎藤一郎●原作:大仏次郎「宗方姉妹」●時間:112分●出演:田中絹代/高峰秀子/上原謙/山村聡/高杉早苗/堀雄二/藤原釜足/河村黎吉/千石規子/一の宮あつ子/堀越節子/坪内美子/斎藤達雄/笠智衆●公開:1950/08●配給:新東宝(評価:★★★☆)
      
女真珠王の復讐9d.jpg女真珠王の復讐1b.jpg女真珠王の復讐 ps.jpg「女真珠王の復讐」●制作年:1956年●監督:志村敏夫●製作:星野和平●脚本:相良準/松木功●撮影:友成達雄●音楽:松井八郎●原作:青木義久「復讐は誰がやる」●時間:89分●出演:前田通子/宇津井健/藤田進/丹波哲郎天知茂/三ツ矢歌子/遠山幸子/小倉繁/若月輝夫/芝田新/林寛/沢井三郎/光岡早苗(後に城山路子)/保坂光代/藤村昌子/石川冷/宮原徹/菊地双三郎/高村洋三/有馬新二/山田長正/国創典(後に邦創典)/伸夫英一/倉橋宏明/高松政雄/山川朔太郎/北一天知茂s.jpg馬/村山京司/竹中弘直/小林猛/川部修詩/大谷友彦/草間喜代四/岡女真珠王の復讐  丹波s.jpg竜弘/池月正/三宅実/西一樹/東堂泰彦/三井瀧太郎/三村泰二/沢村勇/山口多賀志/万里昌子(後に昌代)/有田淳子/藤田博子/森悠子/ジャック・アルテンバイ●公開:1956/07●配給:新東宝(評価:★★★)
天知茂/丹波哲郎
        
前田通子(左から2人目)
海女の戦慄1s.jpg海女の戦慄 前田.jpg海女の戦慄2.jpg「海女の戦慄」●制作年:1957年●監督:志村敏夫●脚本:内田弘三/坂倉英一●撮影:岡戸嘉外●音楽:レイモンド服部●原案:志賀弘●時間:73分●出演:前田通子/天城竜太郎(後に若杉英二)/小倉繁/松本朝夫(後に朝生)/三ツ矢歌子/林寛/芝田新/菊地双三郎/有馬新二/村山京司/九重京司/木下隆二/川原「海女の戦慄」_0.jpg健/桂京子/万里昌子(後に昌代)/大江満彦/石川冷/美舟洋子/有田淳子/秋田真夢/長門順子/水上恵子/島伊津子/保坂光代/辻祐海女の戦慄 スチール.jpg子/葉山由紀子/吉田昌代/水帆順子/太田博之(子役)/武村新/山田長正/信夫英一/広瀬康治/千葉徹/小森敏/国(後に邦)創典/沢村勇/遠藤達雄/高橋一郎/菊川大二郎/南沢潤一●公開:1957/07●配給:新東宝(評価:★★)
「海女の戦慄」(スチール写真)
松本朝夫/三ツ矢歌子/前田通子(手前の3人)

海女の化物屋敷g_1.jpg「海女の化物屋敷」●制作年:1959年●監督:曲谷守平●脚海女の化物屋敷_4.jpg本:杉本彰/赤司直●撮影:岡戸嘉外●音楽:長瀬貞夫●原案:葭原幸造●時間:81分●出演:三原葉子/菅原文太/瀬戸麗子/山村邦子/万里昌代海女の化物屋敷02.jpg沼田曜一/国方伝/五月藤江/岬洋二/九重京司/大原永子/由木城太郎/山下明子/沖啓二/倉橋宏明/白川晶雄/高橋一郎/西朱実/宇田勝哉 ●公開:1959/07●配給:新東宝(評価:★★★)
  
「女奴隷船」ポスター/スチール写真
女奴隷船 ポスター.jpg女奴隷船 スチール.jpg女奴隷船ps.jpg「女奴隷船」●制作年:1960年●監督:小野田嘉幹●製作:大蔵貢●脚本:田辺虎男●撮影:山中晋●音楽:渡辺宙明●原作:舟崎淳「お唐さん」●時間:83分●出演:菅原文太/三原葉子/三ツ矢歌子/丹波女奴隷船 vhs.jpg映画「女奴隷船」【TBSオンデマンド】_.jpg哲郎/左京路子/沢井三郎/大友純/杉山弘太郎/川部修詩/中村虎彦●公開:1960/01●配給:新東宝●最初に観た場所:大井武蔵野館(86-10-04)(評価:★★☆)●併映:「女獣」(曲谷守平)主演:菅原文太
女奴隷船 [VHS]」「映画「女奴隷船」【TBSオンデマンド】」  

黒線地帯 [DVD] - 1.jpg石井輝男 黒線地帯8.jpg「黒線地帯」●制作年:1960年●監督:石井輝男●製作:大蔵貢●脚本:石井輝男/宮川一郎●撮影:吉田重業●音楽:渡辺宙明●時間:80分●出演:天知茂/三原葉子/三ツ矢歌子/細川俊夫/吉田昌代/魚住純子/ 守山竜次/鳴門洋二/宗方祐二/瀬戸麗子/南原洋子/菊川大二郎/鮎川浩/城実穂/浅見比呂志/板根正吾/山村邦子/桂京子/小高まさる/大谷友彦/水上恵子/国創典/倉橋宏明/宮浩一/晴海勇三/村山京司/原聖二●公開:1960/01●配給:新東宝(評価:★★★★)

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1945年から1980年の「カルトムービー」を紹介。単著なのでまとまりがあった。

カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980.jpgカルトムービー本当に面白い日本映画 1981「→2013.jpg  誘惑 1948.jpg 誘惑 1948年).jpgあの頃映画 誘惑 [DVD]
カルトムービー 本当に面白い日本映画 1945→1980 (メディアックスMOOK)』['13年]カバー「黒線地帯」('60年/新東宝)天知茂/三原葉子『カルトムービー 本当に面白い日本映画 1981→2013 (メディアックスMOOK)』['14年]

 1945年から1980年に公開された、ベストテン映画ではないが面白い「カルトムービー」154作を紹介したもの。単著(一人の著者によるもの)なので、トーンが均一でまとまりがありました(著者は続編として『カルトムービー 本当に面白い日本映画 1981→2013』('14年)も上梓しているが、個人的にはこの"前編"の方が馴染みの作品が多かった)。

IMG_1象を喰った連中.JPG 吉村公三郎監督の「象を喰った連中」('47年)は、確かに、冒頭の出演者のクレジットもわざわざ「象を喰った連中」と「象は喰はない連中」に分けて紹介するというユーモアがありました。本書によれば、宝塚の動物園で病死した象の肉を食べた連中がワクチンを探して大騒ぎになった、という記事を読んだ吉村公三郎監督の着想で生まれた作品とのことで、半分"実話"だった? 最後、著者は、ラストシーンで死を免れたことを喜び、阿部徹が妻と抱き合うシーンで手だけアップになるところが秀逸なのに、「下品だと書いたバカな評論家が当時一人いたことを付け加えておく」と(誰?)。

IMG_2女真珠王の復讐.JPG 志村敏夫監督の「女真珠王の復讐」('56年)は、日本映画史上、女優が初めて大胆なオールヌードを見せた作品として知られ、そのほかにも、前田通子がビキニ姿で海中に潜ったり、手だけで胸を隠して逃げ回るシーンがあるため、単にセクシー映画と見られがちですが、著者は、スピード感溢れるドラマ展開の作りに驚嘆させられると。しかし、やっぱりこの映画は、漂流した一人の女性と32人の男性が南洋の小島で共同生活を送るうちに、女性を巡って殺し合いするまでに発展した、あの「アナタハン事件」がモデルだったのかあ。

IMG_3点と線.JPG 小林恒夫監督の「点と線」('58年)は、犯人の妻役で登場した高峰三枝子は当時40歳で28歳の病弱な妻を演じていますが、著者の言うように、映画の中では年齢に触れられていないので、単に病弱な妻として見れば違和感はないかも。普通なら犯人役など引き受けない大女優がこの役を引き受けたことで、後の市川崑監督の「犬神家の一族」('76年)への出演に繋がり、ブルーリボン助演女優賞を受賞するまでになったと著者は述べています。時刻表のアップは、カラーのシネマスコープでは技術上撮れなかっため、10畳ほどの大きさの時刻表を作り、レールに載せたカメラで接写したとのこと。東京駅のプラットホームの撮影も、国鉄が協力し、列車が止まった深夜に行われたとのこと。本書によって、撮影の苦労の跡が窺えました。

IMG_4モスラ.JPG 本多猪四郎監督の「モスラ」('61年)は、個人的には生まれて初めて観た特撮怪獣映画であり、思い出深いのですが(記憶自体はあとで観直して補強された面もあるかと思うが)、日米合作映画として作られたのだなあ。契約でアメリカのシーンを入れることになっていたのに、予算の都合で日本のシーンだけで撮影を終わらせたところ、アメリカ側から抗議を受け(そりゅあ怒る)、ラストはロリシカ国(ロシアとアメリカの合成語?)に逃げた悪徳興行師(あの小美人を金儲けのために見世物にした)を追って成虫モスラがニューヨークの摩天楼やサンフランシスコの金門橋と思われる街並みを破壊するシーンを撮り直したそうです(観てみたい!)。

IMG_5乾いた花.JPG 篠田正浩監督、石原慎太郎原作の「乾いた花」('64年)は、博打シーンを克明に映像化する篠田正浩監督に対し、脚本の馬場当は物語の骨子が見えにくくなったと不満であったとのことで、配給予定だった松竹も中身が難解だとして公開を見送って8カ月後にやっと封切り、しかも、加賀まりこはスタイリッシュだが裸シーンは本人もそれ以外も無く、人が殺されるシーンも池部良がヤクザの親分を刺すシーンのみで、それも効果音無しの荘厳なオペラでのBGM。それなのに映倫が成人映画に指定(著者は博打シーンのためではないかと推測)-だったにも関わらず、公開されると大ヒットだったとのことです(池部良の本作での演技が、「昭和残侠伝」('65年)での高倉健との共演に繋がった)。

IMG_6大魔神.JPG そのほか、安田公義監督の「大魔神」('65年)(大魔神の身長を4.5メートルに設定し、それは人間の身長の2.5倍の高さが人間が見上げたときに一番恐怖を感じるからという理IMG_7ある殺し屋.JPG由からだったそうだ)、森一生監督、藤原審爾原作の「ある殺し屋」('67年)(市川雷蔵のカッコよさ。「歌手の小林幸IMG_8盲獣.JPG子がまだ中学生で、小料理屋の女中を演じているのもご愛嬌」)や、増村保造監督、江戸川乱歩原作の「盲獣」('67年)(「登場人物たった三人」)など、二頁見開きで紹介されている作品と、そのほかに一頁紹介の作品がありますが、自分がちょっと気にかけている作品がどれも二頁見開き紹介なのが嬉しいです(それだけ、「カルトムービー」としては"メジャー"と言えるのかも)。
    
誘惑ges.jpg誘惑2.jpg 一頁紹介の作品の方がもしかしたら"カルト度"は高いのかなとも思ってしまいますが、そんな一頁紹介作品の中に、吉村公三郎監督の「誘惑」('48年)がありました。吉村公三郎監督としては「象を喰つた連中」「安城家の舞踏会」に次ぐ終戦後第三回作品で、原節子が女子医科大で医者を目指す女子大生役で、唯一の肉親であった父を亡くし、佐分利信が演じる、父の教え子だった妻子ある男性の家に、子どもたちの家庭教師として住み込むことなって、そこから当初無邪気に見えた彼女が次第に小悪魔的に見えるよう変貌し、杉村春子演じる病身の妻がそれに嫉妬するというもの。原節子には、以前から彼女のことが好きだった誘惑547.jpgという男子大学生も現れて、いろいろあった末、最後は、死に行く杉村春子が原節子に夫と妻を託し、原節新藤兼人.png子は迷った末に佐分利信の下へ―(脚本は新藤兼人(1912‐2012/享年100))。ラスト、雪の中、窓辺に立って、「佐分利信へ抱っこをねだるように両手を差し出す原節子」を(実際に佐分利信はお姫様抱っこして彼女を部屋に迎え入れる)、著者は、その仕草が「彼女を再び純愛娘に変えてしまった」としていますが、これってある種"略奪婚"映画ではないかと。メロドラマらしく比較的丁寧に作られていますが、後に原節子が小津安二郎作品などで演じる女性像とあまりに違っているため、作っている側が意図しないところで「カルトムービー」になったような気がします。そ東京の女性3s.jpg東京の女性1.jpgの意味では、原節子が19歳の時に仕事と恋の狭間で悩むキャリアウーマン(高級外車のセールスウーマン)を演じた丹羽文雄原作、伏水修監督の「東京の女性」('39年/東宝)なども「カルトムービー」と言えるかもしれません。

「東京の女性」('39年/東宝)
         

カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980ges.jpg黒線地帯 1960 vhs.jpg「黒線地帯」●制作年:1960年●監督:石井輝男●製作:大蔵貢●脚本:石井輝男/宮川一郎●撮影:吉田重石井輝男 黒線地帯8.jpg業●音楽:渡辺宙明●時間:80分●出演:天知茂/三原葉子/三ツ矢歌子/細川俊夫/吉田昌代/魚住純子/ 守山竜次/鳴門洋二/宗方祐二/瀬戸麗子/南原洋子/菊川大二郎/鮎川浩/城実穂/浅見比呂志/板根正吾/山村邦子/桂京子/小高まさる/大谷友彦/水上恵子/国創典/倉橋宏明/宮浩一/晴海勇三/村山京司/原聖二●公開:1960/01●配給:新東宝(評価:★★★★)

象を喰った連中 001.jpg象を喰った連中01.jpg「象を喰った連中」●制作年:1947年●監督:吉村公三郎●製作:小倉武志●脚本:斎藤良輔●撮影:生方敏夫●音楽:万城目正 /仁木他喜雄●時間:84分●出演:日守新一/笠智衆/原保美/神田隆/安部徹/村田知英子/空あけみ/朝霧鏡子/文谷千代子/岡村文子/若水絹子/植田曜子/奈良真養/高松栄子/志賀美彌子/中川健三/遠山文雄/西村青兒/永井達郎/横尾泥海男●公開:1947/02●配給:松竹大船(評価:★★★)
   
女真珠王の復讐00.jpg女真珠王の復讐1b.jpg女真珠王の復讐 ps.jpg「女真珠王の復讐」●制作年:1956年●監督:志村敏夫●製作:星野和平●脚本:相良準/松木功●撮影:友成達雄●音楽:松井八郎●原作:青木義久「復讐は誰がやる」●時間:89分●出演:前田通子/宇津井健/藤田進/丹波哲郎天知茂/三ツ矢歌子/遠山幸子/小倉繁/若月輝夫/芝田新/林寛/沢井三郎/光岡早苗(後に城山路子)/保坂光代/藤村昌子/石川冷/宮原徹/菊地双三郎/高村洋三/有馬新二/山田長正/国創典(後に邦創典)/伸夫英一/倉橋宏明/高松政雄/山川朔太郎/北一天知茂s.jpg馬/村山京司/竹中弘直/小林猛/川部修詩/大谷友彦/草間喜代四/岡女真珠王の復讐  丹波s.jpg竜弘/池月正/三宅実/西一樹/東堂泰彦/三井瀧太郎/三村泰二/沢村勇/山口多賀志/万里昌子(後に昌代)/有田淳子/藤田博子/森悠子/ジャック・アルテンバイ●公開:1956/07●配給:新東宝(評価:★★★)
天知茂/丹波哲郎
    
「点と線」 ポスター.jpg「点と線」 ポスター2.jpg「点と線」●制作年:1958年●監督:小林恒夫●企画:根津昇 ●脚本:井手雅人●撮影:藤井静●音楽:木下忠司●原作:松本清張「点と線」●時間:85分●出演:南廣/高峰三枝子/山形勲/加藤嘉志村喬点と線 志村喬.jpg点と線 加藤嘉.jpg点と線_m.jpg点と線 DVD.jpg三島雅夫/堀雄二/河野秋武/奈良あけみ映画 「点と線」(1958年/東映) .jpg/小宮光江/月丘千秋/光岡早苗/楠トシエ/風見章子/織田政雄/曽根秀介/永田靖/成瀬昌彦/神田隆/小宮光江/増田順二/奈良あけみ/花沢徳衛/楠トシエ●劇場公開:1958/11●配給:東映●最初に観た場所:池袋文芸地下(88-01-23) (評価★★★☆)●併映:「黄色い風土」(石井輝男)/「黒い画集・あるサラリーマンの証言」(堀川弘通)
 
           
モスラ4S.jpg「モスラ」●制作年:1961年●監督:本多猪四郎●製作:田中友幸●脚色:関沢新一●撮影:小泉一●音楽:古関裕而●特殊技術:円谷英二●イメージボード:小松崎茂●原作:中村真一郎/福永武彦/堀田モスラ_1.jpg善衛「発光妖精とモスラ」●時間:101分●出演:モスラ111 .jpgフランキー堺小泉博香川京子/ジェリー伊藤/ザ・ピーナッツ(伊藤エミ、伊藤ユミ)/上原謙/志村喬/平田昭彦/佐原健二/河津清三郎/小杉義男/高木弘/田島義文/山本廉/加藤春哉/三島耕/中村哲/広瀬正一/桜井巨郎/堤康久●公開:1961/07●配給:東宝●最初に観た場所(再見):新宿シアターアプル (83-09-04)(評価:★★★☆)●併映:「三大怪獣 地球最大の決戦」(本多猪四郎)

乾いた花sim.jpg乾いた花  title.jpg「乾いた花」●制作年:1964年●監督:篠田正浩●製作:白井昌夫/若槻繁●脚本:馬場当/篠田正浩●撮影:小杉正雄●音楽:武満徹/高橋悠治●原作:石原慎太郎●時間:99分●出演:池部良/加賀まりこ/藤木孝/原知佐子/中原功二/東野英治郎/三乾いた花 (1).jpg上真一郎/宮口精二/佐々木功/杉浦直樹/平田未喜三/山茶花究/倉田爽平/水島真哉/竹脇無我/水島弘/玉川伊佐男/斎藤知子/国景子/田中明夫●公開:1964/03●配給:松竹(評価:★★★★)

大魔神2.jpg大魔神 blu-ray.jpg「大魔神」●制作年:1966年●監督:安田公義●製作総指揮:永田雅一●脚本:吉田哲郎●撮影:森田富士郎●音楽:伊福部昭●時間:84分●出演:高田美和/青山良彦/二宮秀樹/藤巻潤/五味龍太郎/島田竜三/遠藤辰雄/杉山昌三九/伊達三郎/月宮於登女/出口静宏/尾上栄五郎/伴勇太郎/黒木英男/香山恵子/木村玄/橋本力(大魔神)●公開:1966/04●配給:大映(評価:★★★☆)大魔神 Blu-ray BOX

市川雷蔵 in「ある殺し屋」
「ある殺し屋」森一生 1967.jpgある殺し屋3.jpg「ある殺し屋」●制作年:1967年●監督:森一生●脚本:増村小林幸子 3.jpg保造/石松愛弘●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤原審爾「前夜」●時間:82分●出演:市川雷蔵/野川由美子/成田三樹夫/渚まゆみ/ある殺し屋小林幸子.jpg小林幸子(当時13歳)/小池朝雄/千波丈太郎/松下達夫/伊達三郎/「ある殺し屋」4.bmp「ある殺し屋」3.bmp浜田雄史●公開:1967/04●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋の鍵」(森一生)
    
Môjû (1969) .jpg盲獣11.png盲獣090.jpg「盲獣」●制作年:1969年●監督:増村保造●脚本:白坂依志夫●撮影:小林節雄●音楽:林光●原作:江戸川乱歩「盲獣」●時間:84分●出演:船越英二/緑魔子/千石規子>●公開:1969/01●配給:大映(評価:★★★)
      
誘惑 原節子 佐分利 杉村.jpg誘惑   1948.jpg「誘惑」●制<作年:1948年●監督:吉村公三郎●製作:小倉武志●脚本:新誘惑」(1948年)原.jpg藤兼人●撮影:生方敏夫●時間:84分●出演:原節子/佐分利信/杉村春子/芳丘直美/河野祐一/山内明/殿山泰司/文谷千代子/神田隆/西村青児/高松栄子●公開:1948/02●配給:松竹吉村 公三郎 「誘惑」u01.jpg大船(評価:★★★)
吉村 公三郎 「誘惑」t.jpg

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意外とメジャー。少しごちゃごちゃした感じになったか。川本三郎インタビューが一番面白かった。

鮮烈!アナーキー日本映画史1959-1979.jpg鮮烈!アナーキー日本映画史1959-1979【愛蔵版】2.jpg 映画秘宝EX爆裂! アナーキー日本映画史1980~2011.jpg 完全版アナーキー日本映画史1959-2016.jpg
映画秘宝EX爆裂! アナーキー日本映画史1980~2011 (洋泉社MOOK)』カバー「愛のむきだし」('09年)満島ひかり『完全版アナーキー日本映画史1959-2016 (映画秘宝COLLECTION)』['16年]
鮮烈! アナーキー日本映画史1959-1979【愛蔵版】 (映画秘宝COLLECTION)』['13年]表カバー「月曜日のユカ」('64年/日活)加賀まりこ/裏カバー「竜馬暗殺」('74年/ATG)原田芳雄

映画秘宝EX 鮮烈!アナーキー日本映画史1959~1979.jpg映画秘宝ex 鮮烈!アナーキー日本映画史1959-1979  .jpg 本書は、2012年に「洋泉社MOOK」として刊行された『映画秘宝EX 鮮烈!アナーキー日本映画史1959~1979』('12年)の「映画秘宝COLLECTION」版で、「洋泉社MOOK」では本書の続編にあたる『映画秘宝EX爆裂! アナーキー日本映画史1980~2011』も同年に刊行されていますが、その後、「映画秘宝COLLECTION」版『完全版アナーキー日本映画史1959-2016』('16年)として統合されています。何かが過剰な日本映画のアウトサイダー的作品ばかりを紹介したシリーズで、本章での選評収録作品は以下の通りです。

■60年代
黒い十人の女 ポスター.jpg盲獣poster.jpg 独立愚連隊/野獣死すべし/東海道四谷怪談/地獄/黄線地帯/地平線がぎらぎらっ/黒い十人の女/しとやかな獣/月曜日のユカ/危ないことなら銭になる/君も出世ができる/黒蝪蜒/真田風雲録/座頭市物語/斬る/忍びの者/野獣の青春/十三人の刺客/二匹の牝犬/マタンゴ/太平洋の翼/大魔神/赤い天使/網走番外地飢餓海峡/組織暴力/ある殺し屋/紅の流れ星/「エロ事師たち」より 人類学入門/100発100中/殺人狂時代/日本のいちばん長い日/盲獣/みな殺しの霊歌/江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間/無頼 人斬り五郎/反逆のメロディー/女番長 野良猫ロック/殺しの烙印/荒野のダッチワイフ/処女ゲバゲバ/薔薇の葬列/白昼の襲撃/首/日本暗殺秘録

■70年代
 ゴジラ対ヘドラ/呪いの館 血を吸う眼/でんきくらげ/谷岡ヤスジのメッタメタガキ道講座/新座頭市 破れ!唐人剣/エロス+虐殺/股旅/昭和残侠伝 死んで貰います/博奕打ち いのち札/マル秘色情めす市場/女番長ブルース 牝蜂の逆襲/番格ロック/0課の女 赤い手錠/徳川セックス禁止令 色情大名/女生きてます 盛り場渡り鳥/ポルノの女王 にっぽんSEX旅行/軍旗はためく下に/仁義なき戦い/仁義の墓場/実録 私服銀座警察/子連れ狼 三途の川の乳母車/女囚701号 さそり/修羅雪姫/野獣狩り/旅の重さ/バージンブルース/ノストラダムスの大予言/新幹線大爆破/直撃地獄拳 大逆転/トラック野郎 御意見無用/青春の殺人者犬神家の一族八甲田山/八つ墓村/やくざ残酷秘録 片腕切断/犬神の悪霊/女獄門帖 引き裂かれた尼僧/悶絶!!どんでん返し/悲愁物語/最も危険な遊戯/高校大パニック/復讐するは我にあり/餌食/十九歳の地図

 黒沢明、小津安二郎こそ出てきませんが、娯楽映画として結構メジャーな作品もあり、全体としては、「アナーキー」の定義がやや曖昧なものの、本当にアナーキーと言えるのは半分くらいかも。ただし、一見フツーの娯楽大作に見える作品が、見方によってはアナーキー映画ととれるというを論じ方をしているものもあります。

 これら作品紹介と併せ、中原昌也、斎藤工、町山智浩、桂千穂など識者や俳優などによる「僕の好きな日本映画」というコラムが13本、映画評論家などによる監督評が15本、「モダンホラー」「日活ニューアクション」「ATG映画」といった系譜ごとにみたコラムが32本あり、これらが作品紹介の間々に挿入されています(例えば、「黒い十人の女」('61年)の後に「市川崑」評が、「十三人の刺客」('61年)の後に「東映集団抗争時代劇」のコラムがきている)。したがって、全体としてもほぼ時系列になっているし、切り口も、作品・好み・監督・ジャンルと豊富なのですが、ページをめくるごとにフォーマットが変わったして、ややごちゃごちゃした感じになったかもしれません。

 個人的に一番良かったのは(そこだけ纏まったページになっていたというのもあったかもしれませんが)、中ほどにある川本三郎氏へのインタビューで、「阿佐ヶ谷オデオン座」が彼にとっての映画学校で、そこで「オールナイト」と称して夜10時から名作を1本だけかけていて、「第三の男」などいろいろな作品を観たとのこと。一方で、ピンク映画は「荻窪スター座」で観たというのは、自分も若いころ荻窪に住んでいたことがあるで、何となく懐かしかったです(荻窪東亜会館にあった「荻窪オデヲン」は知っている。荻窪スター座は荻窪オデヲンよりも後に閉館したようだ)。新東宝の三原葉子とか前田通子が好きだっておおぴらには言えなかった(笑)というのは、先々月['19年10月]亡くなった和田誠氏との対談でも言ってたように思います。

 この人、麻布中学、麻布高校、東大法学部、朝日新聞社というエリートコースを歩みながら、ある政治的事件に巻き込まれて朝日新聞社を解雇されるわけですが(その経緯なども記した自伝『マイ・バック・ページ』が'11年に映画化された)、朝日新聞社をクビになったから仕方なく映画評論家になったと言われるけれど、もともとは映画好きで、むしろ非政治的人間で、朝日でも映画記者になりたかったとのこと。でも、今はこの人の過去を知らない人の方が多いと思われ、この人がもとから映画評論家であったと思っている人の方が多いのではないかなあ。

荻窪オデオン座 - 2.jpg荻窪駅付近.jpg荻窪オデヲン.jpg荻窪東亜会館.jpg荻窪オデヲン座・荻窪劇場 1972年7月、荻窪駅西口北「荻窪東亜会館」B1にオープン。1991(平成3)年4月7日閉館。(パンフレット「世にも怪奇な物語」)菅野 正 写真展「平成ラストショー」HPより

         
      

黒い十人の女1072_n.jpg黒い十人の女パンフレット.jpg「黒い十人の女」●制作年:1961年●監督:市川崑●製作:永田雅一●脚本:和田夏十●撮影:小林節雄●特撮:築地米三郎●音楽:芥川也寸志●時間:103分●出演:船越英二/岸恵子/山本富士子/宮城まり子/中村黒い十人の女   .jpg玉緒/岸田今日子/宇野良子/村井千恵子/有明マスミ/紺野ユカ/倉田マユミ/永井智雄/伊丹一三/大辻伺郎/浜村純/早川雄三/三角八郎/森山加代子/ハナ肇とクレイジーキャッツ●公開:1961/05●配給:大映(評価:★★★☆)

山本富士子/中村玉緒/岸田今日子
船越英二/岸恵子/宮城まり子
  
片岡千恵蔵 in「十三人の刺客」
十三人の刺客 片岡.jpg十三人の刺客 嵐.jpg十三人の刺客 西村.jpg「十三人の刺客」●制作年:1963年●監督:工藤栄一●製作:東映京都撮影所●脚本:池上金男●撮影:鈴木重平●音楽:伊福部昭●時間:125分●出演:片岡千恵蔵/里見浩太朗/嵐寛寿郎/阿部九州男/加賀邦男/汐路章/春日俊二/片岡栄二郎/和崎俊哉/西村晃/内田良平/山城十三人の刺客 里見.jpg十三人の刺客 丹波.jpg月形龍之介.jpg新伍/丹波哲郎/月形龍之介/菅貫太郎/水島道太郎/沢村精四郎/丘さとみ/藤純子/河原崎長一郎/三島ゆり子/高松錦之助/神木真寿雄●公開:1963/12●配給:東映 (評価:★★★★☆)

丹波哲郎/月形龍之介

大魔神 Blu-ray BOX」「大魔神」(1966)高田美和(当時19歳)
大魔神 1966.jpg大魔神 blu-ray.jpg大魔神 高田美和.jpg「大魔神」●制作年:1966年●監督:安田公義●製作総指揮:永田雅一●脚本:吉田哲郎●撮影:森田富士郎●音楽:伊福部昭●時間:84分●出演:高田美和/青山良彦/二宮秀樹/藤巻潤/五味龍太郎/島田竜三/遠藤辰雄/杉山昌三九/伊達三郎/月宮於登女/出口静宏/尾上栄五郎/伴勇太郎/黒木英男/香山恵子/木村玄/橋本力(大魔神)●公開:1966/04●配給:大映(評価:★★★☆)

網走番外地 南原宏治 高倉健2.jpg「網走番外地」●制作年:1965年●監督・脚本:石井輝男●企画:大賀義文●撮影:山沢義一●音楽:八木正生●原作:伊藤一「網走番外地」●時間:92分●出演:高倉健/丹波哲郎/南原宏治/安部徹/嵐寛寿郎/田中邦衛/沢彰謙/風見章子/杉義一/潮健児/滝島孝二/三重街恒二/ジョージ吉村/佐藤晟也/関山耕司/菅沼正/北網走番外地 丹波哲郎2.png山達也/志摩栄/宗方奈美/河合絃司/小塚十紀雄/山之内修/日尾孝司/久保一/相馬剛三/久地明/沢田実/水城一狼/久保比佐志/山田甲一/沢田浩二/秋山敏/植田灯孝/最上逸馬/勝間典子/佐藤公明/石川えり子●公開:1965/04●配給:東映(評価:★★★★)
丹波哲郎
Kiga kaikyô (1965)
Kiga kaikyô (1965) .jpg飢餓海峡film.jpg高倉健 若い頃.png「飢餓海峡」●制作年:1965年●制作:東映●監督:内田吐夢●脚本:鈴木尚之●撮影:仲沢半次郎●音楽:冨田勲●時間:183分●出演:三國連太郎(樽見京一郎/犬飼多吉)、左幸子(杉戸八重/千鶴)/伴淳三郎(弓坂吉太郎刑事、函館)/高倉健(味映画「飢餓海峡」2.jpg村時雄刑事、東舞鶴)/加藤嘉(杉戸長左衛門、八重の父)/三井弘次(本島進市、亀戸の女郎屋「梨花」の主人)/沢村貞子(本島妙子)/藤田進(東舞鶴警察署長、味村の上司)/風見章子(樽見敏子、樽見の妻)/山本麟一(和尚、弓坂34587552f0e389e1d42e569c1a635e71--japanese-film.jpgの読経を褒める)/最上逸馬(沼田八郎、岩内の強盗犯)/安藤三男(木島忠吉、岩内の強盗犯)/沢彰謙(来間末吉)/関山耕司(堀口刑事、東舞鶴)/亀石征一郎(小川、チンピラ)/八名信夫(町田、チンピラ)/菅沼正(佐藤刑事、函館)/曽根秀介(八重が大湊で働いていた娼館、"花や"の主人)/牧野内とみ子(朝日館女中)/志摩栄(岩内署長)/岡野耕作(戸波刑事、函館)/鈴木昭生(唐木刑事、東舞鶴)/八木貞男(岩田刑事、東舞鶴)/外山高士(田島清之助、岩内署巡査部長)/安城百合子(葛城時子、八重が東京で訪ねる)/河村久子(煙草屋のおかみ)/高須準之助(竹中誠一、樽見家の書生)/河合絃司(巣本虎次郎、網走刑務所所長)/加藤忠(刈田治助)/須賀良(鉄、チンピラ)/大久保正信(漁師の辰次)/西村淳二(下北の巡査)/田村錦人(大湊の巡査)/遠藤慎子(巫子)/荒木玉枝(一杯呑並木座.jpgみ屋のおかみ)/進藤幸(弓坂織江、弓坂の妻)/松平峯夫(弓坂の長男)/松川清(弓坂の次男)/山之内修(記者)/室田日出男(記者)●劇場公開:1965/01●最初に観た場所:銀座並木座 (87-10-18) (評価★★★★☆) 
銀座並木座  1953年10月7日オープン。1998(平成10)年9月22日閉館。

市川雷蔵 in「ある殺し屋」
「ある殺し屋」森一生 1967.jpgある殺し屋3.jpg小林幸子 3.jpg「ある殺し屋」●制作年:1967年●監督:森一生●脚本:増村保造/石松愛弘●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤原審爾「前夜」●時間:82分●出演:市川雷蔵/野川由美子/成田三樹夫/渚まゆみ/ある殺し屋小林幸子.jpg小林幸子(当時13歳)/小池朝雄/千波丈太郎/松下達夫/伊達三郎/「ある殺し屋」4.bmp「ある殺し屋」3.bmp浜田雄史●公開:1967/04●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋の鍵」(森一生)


音楽:林 光(1931-2012)  千石規子/船越英二/緑魔子
林光.jpg盲獣11.png盲獣090.jpg「盲獣」●制作年:1969年●監督:増村保造●脚本:白坂依志夫●撮影:小林節雄●音楽:林光●原作:江戸川乱歩「盲獣」●時間:84Môjû (1969) .jpg分●出演:船越英二/緑魔盲獣16.jpg盲獣19.jpg子/千石規子●公開:1969/01●配給:大映(評価:★★★)

Môjû (1969)

     
 
  

Jingi naki tatakai (1973)
Jingi naki tatakai (1973) .jpg「仁義なき戦い」1973年.jpg仁義なき戦い 1973年1月13日公開.jpg「仁義なき戦い」●制作年:1973年●監督:深作欣二●脚本:笠原和夫●撮影:吉田貞次●音楽:津島利章●原作:飯干晃一●時間:99分●出演:菅原文太/松方弘樹/田中邦衛/金子信雄/梅宮辰夫/成田三樹夫/渡瀬恒彦/曽根晴美/川地民夫/田中邦衛/名和宏/内田朝雄/伊吹吾郎/川谷拓三/中村英子/木村俊恵/渚まゆみ/内田朝雄/三上真一郎/高野真二/高宮敬二/林彰太郎/中村錦司/野口貴史/大前均/志賀勝/岩尾正隆●公開:1973/01●配給:東映●最初に観た場所:吉祥寺東映(83-07-09)(評価:★★★☆)●併映:「仁義なき戦い 広島死闘篇」/「仁義なき戦い 代理戦争」/「仁義なき戦い 頂上作戦」/「仁義なき戦い 完結篇」(何れも深作欣二)  
   
青春の殺人者03.jpg青春の殺人者(長谷川和彦).jpg「青春の殺人者」●制作年:1976年●監督:長谷川和彦●製作:今村昌平/大塚和●脚本:田村孟●撮影:鈴木達夫●音楽:ゴダイゴ●原作:中上健次●時間:132分●出演:水谷豊/内田良平/市原悦子/原田美枝子/白川和子/江藤潤/桃井かおり/地井武男/高山千草/三戸部スエ●公開:1976/10●配給:ATG(評価:★★★☆)
   
犬神家の一族 (1976年)0.jpg「犬神家の一族」●制作年:1976年●監督:市川崑●製作:市川喜一●脚本:市川崑/日高真也/長田紀生●撮影:長谷川清●音楽:大野雄二●原作:横溝正史●時間:146分●出演:石犬神家の一族 poster.jpg坂浩犬神家の一族 女優.jpg二/島田陽子/あおい輝彦/川口恒/川口晶/坂口良子犬神家の一族 (1976年)00.jpg/地井武男/三条美紀/原泉/草笛光子/大滝秀治/岸田今日子/加藤武/小林昭二/三谷昇/三木のり平/高峰三枝子/小沢栄太郎/三國連太郎●公開:1976/11●配給:東宝(評価:★★★☆)

      
八甲田山 特別愛蔵版.jpg八甲田山03.jpg「八甲田山」●制作年:1977年●監督:森谷司郎●製作:橋本忍/野村芳太郎/田中友幸●脚本:橋本忍●撮影:木村大作●音楽:芥川也寸志●時間:169分●出演:高倉健/北大路欣也/島田正吾/三國連太郎/丹波哲郎/藤岡琢也/加山雄三/小林桂樹/神山繁/森田健作/下絛アトム/大滝秀治/前田吟/東野英心/緒方拳/加賀まり子秋吉久美子/山谷初男/丹古母鬼馬二/菅井きん/加藤嘉/田崎潤/栗原小巻/金尾哲八甲田山 加賀まりこ.jpg八甲田山 akiyosi.jpg夫/玉川伊佐男/江角英明/樋浦勉/浜田晃/加藤健一/江幡連/高山浩平/安永憲司/佐久間宏則/大竹まこと/新克利/山西道宏/船橋三郎●公開:1977/06●配給:東宝(評価:★★★☆)

Fukushû suru wa ware ni ari (1979)
Fukushû suru wa ware ni ari (1979) .jpg復讐するは我にありC.jpg「復讐するは我にあり」●制作年:1979年●監督:今村昌平●製作:井上和男●脚本:馬場当/池端俊策●撮影:姫田真佐久●音楽:池辺晋一郎●原作:佐木隆三●時間:140分●出演:緒形拳/三國連太郎/ミヤコ蝶々/倍賞美津子/小川真由美小川真由美 復讐するは我にあり2.jpg清川虹子/殿山泰司/垂水悟郎/絵沢萠子/白川和子/フランキー堺/北村和夫/火野正平/根岸とし江(根岸李江)/河原崎長一郎/菅井きん/石堂淑復讐するは我にあり 弁護士.jpg郎/加藤嘉/佐木隆三●公開:1979/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):新宿ピカデリー(緒形拳追悼特集)(08-11-23)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-01-17)(評価:★★★★☆)
緒形拳(榎津巌)/加藤嘉(河島弁護士)  
十九歳の地図5.jpg「十九歳の地図」●制作年:1979年●監督・脚本:柳町光男●製作:柳町光男/中村賢一●撮影:榊原勝己●音楽:板橋文夫●原作:中上健次「十九歳の地図」●時蟹江敬三.jpg間:109分●出演:本間優二/蟹江敬三/沖山秀子/山谷初男/原知佐子/西塚肇/うすみ竜/鈴木弘一/白川和子/豊川潤/友部正人/津山登志子/中島葵/川島めぐ /竹田かほり/中丸忠雄/清川虹子/柳家小三治/楠侑子●公開:1979/12●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:文芸坐ル・ピリエ(81-1-31)(評価:★★★★)●併映:「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」(柳町光男) 
  

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「大河」の予習が1時間で出来る? 謀反の理由は"概ね"「信長非道阻止説」か。

明智光秀.jpg   金栗四三.jpg 小学館学習まんが人物館 加納 2016.jpg 小学館学習まんが人物館 真田 2016.jpg 小学館井伊直虎の城 2016 .jpg
明智光秀 (小学館版学習まんが人物館)』['19年]『金栗四三 (小学館版 学習まんが人物館)』['18年]『嘉納治五郎 (小学館版学習まんが人物館)』['18年]『真田幸村 (小学館版学習まんが人物館)』['16年]『井伊直虎の城: 今川・武田・徳川との城取り合戦』['16年]

 1996年から刊行されている小学館版の「学習まんが人物館」シリーズの1冊ですが(№66)、来年['20年の]のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」が明智光秀の生涯を描いたものであるとのことに合わせての刊行と言えます。因みにこのシリーズでは、今年['19年の]のNHKの大河ドラマ「いだてん」に合わせて、№58『嘉納治五郎』('18年6月刊)、№59『金栗四三』('18年12月刊)が刊行されているほか、'16年の大河ドラマ「真田丸」に合わせて№49『真田幸村』('16年3月刊)が刊行されたりしています(同じ小学館の別のシリーズだが、'17年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」に合わせて『井伊直虎の城:今川・武田・徳川との城取り合戦』('16年11月刊)も刊行されている)。

 ストーリー漫画の体裁をとるシリーズの特徴に沿って、全体は、第1章が「織田信長との出会い」、第2章が「裏切りの戦国の世」、第3章が「一国一城主へ」、第4章が「魔王の家臣として」、第5章が「本能寺の変」というように時系列の流れになっていて、たいへん読みやすく(「大河」の予習が1時間で出来る?)、明智光秀は勿論「いい人」として描かれています(「福知山」の名付け親でもある明智光秀は、丹波では今も愛されているが、領民と一緒に土方仕事までやったとなると、ちょっと作り過ぎか?)

明智光秀 php.jpg小和田哲男.jpg 監修は、大河ドラマ「麒麟がくる」の時代考証を担当している小和田哲男氏であり、同氏の『明智光秀―つくられた「謀反人」』('98年/PHP新書)などを読めば分かりますが、明智光秀の謀反の理由について、「信長非道阻止説」(光秀が信長の悪政・横暴を阻止しようとしたという説)を提唱しています。そして、本書も"概ね"その流れで描かれています(「麒麟がくる」もほぼ間違いなくその方向だろうなあ)。

 ただ、巻末の解説で、光秀謀反の動機についての論争の歴史が簡単に書かれていて、以前は「怨恨説」が主流で、そのほかに「天下取りの野望説」などもあったのが、やがて研究者の間で「黒幕説」が浮上し、朝廷、足利義昭、イエズス会などさまざまな黒幕が言われたものの、その黒幕説も最近では減ったのではないかと。代わって注目されてきているのが「四国問題説」(長宗我部元親関与説)で、ほかには「信長非道阻止説」があると。

 自説を開陳する場ではないと心得ているのか意外と控えめですが、ただ、漫画のストーリーは"概ね"「信長非道阻止説」だったように思います。"概ね"と言うのは、「四国問題」が結構キーポイントになったような描かれ方もしていたりしたためです。

 さらに信長が光秀を手打ちにする場面もあったりして(これだと「怨恨説」も有りになる)、出典の説明が「江戸時代に書かれたある書物には」としかありませんが、これって『続武者物語』でしょうか? 後世に成立しているため信憑性に著しく欠けるとされるもので、後世の人達がなぜ光秀が信長を裏切ったのか理解できず、そこで「信長に仕打ちを受けた光秀が、激しい憎悪から信長を殺害した」という、分かりやすいストーリーを作り上げたのではないかとされているものです。

 また、謀反の直前に愛宕山で行われた連歌の会(愛宕百韻)で、「ときは今 あめが下知る 五月かな」という天下取りを仄めかすような意味深な歌(発句)を詠んだ場面も出てきます(光秀の息子が訝ってその意に気づく)が、下に(注)として「情景を詠んだだけで、天下を取ろうという意志を込めてはいなかったとも言われている」とあります。謀反の直前に公けの場でわざわざそれを暗示するような言動をとることは考えにくく、小和田哲男氏の考えもこの(注)の見方に近かったのではなかったかなあ。

 とまれ、漫画同様いろいろと「絵的」に観る側を引き込むような話を(真偽のほどはともかく)ドラマでも織り込んでいくのでしょう。でも、漫画はこうして注釈をつけることができるけれど、ドラマの場合はどうするのだろう? まあ、「大河」が歴史的にほぼあり得なかったようなことをしばしば"再現"してみせるのは、今に始まった話ではありませんが。

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新たな角度から我々に考えさせるものを投げかけているように思った。

フクシマ 2011-2017.jpgフクシマ 2011-2017 FUKUSHIMA 2011-2017』(30.4 x 30.2 x 2.4 cm)

フクシマ 2011-2017 01.jpeg 写真家が、2011年3月11日の東日本大震災の後、同年6月に川内村、葛尾村、飯舘村に入って2日の撮影をし、以降2018年1月までの6年半の間に120回現地に足を運んで撮った写真を集めたもので、そうして撮った5万点のなかから190点が選ばれています。

 解説の木下直之・東大教授(文化資源学)もあとがきで述べているように、まず、訪ねた地の多くは一般住民は避難を余儀なくされているため、人がいるべき場所に人がいないという不気味さがあります。

 一方で、同じ場所に何度もカメラを据えて定点観測的に風景などを撮っているため、季節の移り変わりの美しい様などが見られ、つい、「ああ、日本の四季っていいなあ」とも思ってしまいます。

 そんな中、今までごく普通の自然の風景であったところへ、フレコンバックと呼ばれる、汚染された廃棄物や大地から剥ぎ取った土が入った黒い袋が、地表を覆い隠すようにずらっと並ぶ光景がみられる写真がいくつも出てくると(そのうちのいくつかはドローンを使って撮影されている)、これはこれで、人がいない不気味さとはまた違った不気味さがあります。

 これらの多くは、廃棄物の仮置き場(大体が高いフェンスに囲まれていているため、あまりマスコミなどで報じられることもない)に入りきらない分を、「仮々置き場」として置いているものだそうで、最終処分地が決まらないままに除染をし続けた(しかも、その"除染"も便宜上そう称してやっているだけのものという指摘もある)、そのツケが回ってきているとも言えます。

 フクシマの人を撮った写真集は結構ありますが(本書の中にも除染作業員を撮ったものがある)、自然を中心に撮ったこの写真集は、また新たな角度から我々に考えさせるものを投げかけているように思いました。

《読書MEMO》
●本書収載「この地に生じたとてつもない何か」((木下直之・東京大学大学院教授・芸術資源論))より
「土田ヒロミが福島でなくフクシマとしたのは、これまで40年にわたって広島ではなくヒロシマを撮ってきたからだ。人類史上のこれからもどこにでも起こりうる出来事として語りつぎたいという思いが込められている。......福島に、複雑怪奇だといいたくなる変化がじわじわ進行している」

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「既視」と「既視感」は違うようだが、「既視感」に満ちた写真集ということでもいいのでは。

渡辺兼人写真集「既視の街」0.jpg渡辺兼人写真集「既視の街」  .jpg
既視の街―渡辺兼人写真集』(32 x 25 x 2 cm)

渡辺兼人写真集「既視の街」1213.jpg 写真家・渡辺兼人(かねんど)の写真集。1947年生まれなので、先に取り上げた篠山紀信氏などよりは下の世代にあたり、活動期は1970年以降。ただし、マスコミに顔出しするようなことはあまりないですが、写真展は定期的に開いているようです。1992年に第7回「木村伊兵衛写真賞」を受賞し、既に大御所と言えるかと思いますが、写真集はあまり多くないなあと思ったら、写真展の方に注力しているようです。

渡辺兼人写真集「既視の街」3839.jpg このモノクロ写真集は、1973年から1980年まで撮影された写真作品を収め、1980年に金井美恵子の小説との共著として新潮社から刊行されており、『既視の町』というのはその時二人が考えたタイトルだそうです。その本の写真の部分を残すために再構成したのが本書で、1980年の単行本に収録された写真53点のうち4点ネガが存在せず、一方、未収録・未発表写真を何点か加えて作った「完全版」であるとのことです。

渡辺兼人写真集「既視の街」5455.jpg したがって、プラネタリウム、高速道路、工場、河、電車が吸い込まれていくビル(銀座線渋谷駅か)、ショウウィンドウ、ビルボード、家、道路、クルマ、干された布団等々、日常見かけるものが多く被写体になっていますが、撮影されたのが昭和48年から55年ということになり、どこか懐かしさを覚えます(取り壊し前のの工場とか、開発前の空き地みたいな写真も多い)。ありきたりの光景にも見えて、不遜にも自分もこれくらい撮れるのではないかと思ってしまうけれども、技術面もさることながら、そもそも、いざ今の時点で同じような光景を探すとなると、意外とたいへんかも。
 
 いつどこで撮られたのか確認してみたくなりますが、他の多くの写真家と違って、この写真家はそうした記録をほとんど残していないようです。それも、ちょっと面白いと思いました(スペックではなく写真そのものがどう見られるかで勝負しているとうことではないか)。

 タイトルではないですが、何となく夢で見たのか、あるいは実際に昔に同じような光景を見たことがあったのか、と思わせる写真が多いです。そこで、いつどこで撮られたのか確認して、「やっぱり違った」となるよりは、曖昧な記憶は曖昧な記憶のままで、「ああ、これなんか見たことある」という感じでいいのではないかと思いました。

 タイトルのままの感想ですが(笑)、実はこの「既視の町」というタイトルには、写真評論家タカザワケンジ氏の解説によると深い意味があるようです(「既視感」と「既視」は違うと)。写真論としては面白い。でも、自分としては、「既視感」に満ちた写真集ということでもいいように思いました(40年近い時の流れのせいもある)。

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著名人との2ショットにおける都会人・横尾忠則と、郷里の西脇市における地方人・横尾忠則。

記憶の遠近術 ori.png 記憶の遠近術01.jpg記憶の遠近術00.jpg

横尾忠則記憶の遠近術』['92年](30.2 x 22.8 x 3 cm)/『記憶の遠近術〜篠山紀信、横尾忠則を撮る』['14年](30 x 22.8 x 2.4 cm)

記憶の遠近術 ori000.jpg 写真家・篠山紀信氏が横尾忠則氏を1968年から70年代半ばにかけて撮り続けた写真を主とした写真集です。横尾忠則の出身地・兵庫県西脇市にある「横尾忠則現代美術館」が、2012年11月の開館以来8つの目の企画展として2014年10月から2015年1月までこの一連の写真を特集し(横尾忠則はこの場合"被写体"であり、篠山紀信は初めて横尾忠則以外の作家として当館企画展の主役になったことになる)、その開催に合わせて、オリジナルの写真集から厳選するとともに、横尾忠則のその後に撮影された写真などを加えて再構成して2014年10月に芸術新聞社より再刊行されました。

記憶の遠近術02.jpg 当初は、横尾忠則と彼に影響を与えた人物、彼にとっての往年のアイドルや畏敬する人物との2ショットがメインで、谷内六郎、横山隆一、鶴田浩二、嵐寛寿郎、川上哲治、山川惣治、手塚治虫、石原裕次郎、田中一光、亀倉雄策など、今はもう亡くなってしまった人が多いなあと('14年に亡くなった高倉健もそのうちの一人。和田誠氏も今年['19年]10月に亡くなったなあ)。そんな中、美輪明宏や浅丘ルリ子などとのツーショットもあり、共に撮影されたのは'68年。永い付き合いなのでしょう。'76年に撮られた瀬戸内寂聴と一緒にいる写真もあります。そう言えば、今この二人、朝日系(週刊朝日、朝日新聞等)で往復書簡を公開していますが、瀬戸内寂聴さん97歳、横尾氏83歳かあ。道理で何となくあの世の話が多くなる?(横尾氏ももともスピリチュアル系)

記憶の遠近術_0081.JPG 記憶の遠近術_0080.JPG

記憶の遠近術 ori01.jpg この写真集の特徴として、1970年に横尾氏が兵庫県西脇市に帰郷した際に、友人、知人、恩師、身内らとフレームに収まったことから作風が変化し、著名人たちが写った写真は時代の息吹きを生々しく留める一方、若い横井氏はどこか突っ張った感じもあるのに対し(それは70年代に入っても続く)、同じ70年代に西脇市で撮られた写真は、ほのぼのとした、帰省してくつろいでいる東京人(元は地方人)といった感じで、この合わせが、もしかしたら、この写真集の最大の妙ではないかという気がします。

記憶の遠近術〜篠山紀信、横尾忠則を撮る - 篠山紀信.jpg 因みに、本書によると、三島由紀夫は生前に横尾氏と篠山氏に、篠山氏のカメラで三島と横尾氏が様々な死に様を演じるという『男の死』という企画を持ちかけたことがあったそうです。この企画は、三島のパートは順調に撮影が進んだものの、横尾氏のパートの方が西脇への旅行後に横尾氏が病気入院することになって停滞し、同年11月の三島の自決によって完成を見ず、それまで撮影されていた部分も一部のカットを除いて封印されてしまったそうです。篠山紀信の撮った三島のパートをもっと見てみたい気もします(公開されているもので有名なものとしては、三島をモデルに彼をベラスケスを模した「聖セバスチャンの殉教」があり、横尾忠則も後にこれを絵画化している)。

《読書MEMO》
●横尾忠則『高倉健賛江』('69年/天声出版)「自己批判的とがき」
「私は(中略)私の幼少時代の最も嫌悪した地域社会を捨て、都会、つまりモダニズムを希求いたいばかりに当時最もモダニズムの洗礼を受けていたグラフィックデザイン界に足を投じたのである。
 ところが現在、私はモダニズムデザインの危機から逃れようとしている。あれほどまでそして今も尚権をしている土着の世界からの再出発を強制されているのだ。これは決して土着という前近代への回帰ではない・近代の超克を前近代に目を向けることで可能であると考えたのである。私はややもすると日本的なるものの郷愁の沈潜へのまちょくにひっかかることもよくわかっている。」


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挿画家・小松崎茂としては珍しい「まんが形式による絵物語」(第1巻のみ)。

宇宙少年隊 (空想科学冒険絵巻小松崎茂絵物語)0.jpg
宇宙少年隊 小松崎_0108.JPG
宇宙少年隊 (空想科学冒険絵巻小松崎茂絵物語)』['13年/復刊ドットコム]

宇宙少年隊 小松崎_0106.JPG 挿画家・小松崎茂の 「空想科学冒険絵巻」の復刻版(全5巻)の第1巻で、1957(昭和32)年に雑誌「少年」に連載された「宇宙少年隊」の「怪人スターマン」編(1月号~6月号連載・全6回)と「海魔ダイラ」編(7月号~12月号・全6回)を所収しています。因みに、第2巻は、1953(昭和28)年から翌年にかけて雑誌「おもしろブック」に連載された「海底王国」(全14回)を、第3巻は、1955(昭和30)年に同誌に連載された「銀河Z団」(全9回)を、第4巻は、1955年から翌々年にかけて「少年」に連載された「大暗黒星雲」(全14話)を、第5巻は、1953(昭和28)年から翌年にかけて雑誌「少年クラブ」に連載された「二十一世紀人」(全14話)を収めていますが、第2巻から第5巻がその名の通り"絵物語"形式なのに対し、この第1巻の「宇宙少年隊」は、コマ割りされ、絵と吹き出しセリフが一体になった「まんが形式による絵物語」となっています(一部、コマ枠外のト書によってストーリーを進めている)。

宇宙少年隊 小松崎_0115.JPG 第1巻「宇宙少年隊」の「怪人スターマン」編は、宇宙少年隊の隊員の和夫と輝彦が、地球侵略を図る遊星ロン宇宙少年隊 小松崎_0111.JPGドゴンの宇宙人の攻撃によって窮地に追い込まれると、いきなり月に住んでいるという"怪人スターマン"が「正義の味方」(自分でそう名乗った)として現れて少年たちを助けてくれ、さらには、少年たちが川で獲ってきたエビガニが「前世紀の怪物」に化けるが、これもロンドゴン星人の仕業で、この放射能で育ったらしいガデスという怪物(前世紀だってこんな生物はいなかったと思うが)も、少年たちがスターマンを呼んで倒してもらうというもの。全部スターマンに負んぶに抱っこですが、スターマンが東海村の原子力研究所に行き、ニュートロンを貰って中性子弾で怪獣を倒すところが、一応、人間とスターマンが協力し合っていることになるのかも。

宇宙少年隊 小松崎_01142.JPG もう一つの「海魔ダイラ」編(原作:木村吉宏)は、少年たちが夏休み旅行で伊豆大島に船で行く途中、突如巨大な宇宙少年隊 小松崎_0113.JPGクラゲの怪物が現れて船を襲い、このダイラと名付けられた怪獣は鋼鉄を喰い荒らす魔物で、原水爆実験で生まれたことがわかり、博士(絶対この手の話に「博士」は出てくる)の助言により、最後はストロンチウム90を撃ち込んで倒すというもの(これもまた毒には毒をもって制すということか)。最後は、「世界は平和をとりもどしたが、原水爆実験がつづく限り不幸な事件はたえないだろう」という博士セリフで終わります(「宇宙大怪獣ドゴラ」('64年/東宝)よりずっと以前に「クラゲ怪獣」がいたということか)。

手塚治虫「銀河少年」(昭和28-29年)
銀河少年 手塚.jpg手塚治虫3.jpg 挟み込みの解説によると、漫画家・手塚治虫が昭和28年から29年にか手塚治虫漫画全集未収録作品集(1).jpgけて正調絵物語として「銀河少年」を連載しており、同じようなモチーフで、漫画家と挿絵画家の仕事が入れ替わったようにも見えて興味深いです。ただし、「銀河少年」の方は、途中から「絵ものがたり」の看板を外してコマ割り漫画に移行してしまい、しかも前篇だけで連載終了、後篇は描かれませんでした(国書刊行会から復刻版が出されているほか、『手塚治虫漫画全集未収録作品集①-手塚治虫文庫全集194』('12年/講談社)でも読むことができる。途中で打ち切られ未完のため、「手塚治虫漫画全集」(全400巻)には収録されなかった)。解説でも触れられていますが、小松崎茂は「手塚治虫の絵物語時代」が到来するのではないかと心配していたかもしれません。

 因みに、第2巻の「海底王国」は、H・R・ハガードの小説『洞窟の女王』及びその映画化作品の影響を受けていて、手塚治虫の『ジャングル魔境』もこれに影響を受けています。一方、第3巻の「銀河Z団」は、アンソニー・ホープの『ゼンダ城の虜』の影響を受けていて、手塚治虫の『ナスビ女王』もこれに影響を受けています。また、「銀河Z団」は、手塚治虫の(後に『鉄腕アトム』となる)『アトム大使』の影響も受けているそうで、小松崎茂と手塚治虫が結構"近接"していた時期があったのだなあと。小松崎茂は、自分たちの「絵物語」はやがて衰退して「まんが」にとって代わられ、その「まんが」の旗手が手塚治虫だと考えていたようですが、その予測は当たったと言えます。

 本書を呼んでも、コマ割りながらも絵は迫力があるものの、ストーリーはちょとどうかな(やや破綻気味?)と思う面もありますが、エディトリアルデザイナーのほうとうひろし氏は、手塚治虫のアトムのロボット漫画で快進撃中だった「少年」編集部から(手塚作品とバッティングしないように?)過剰な介入があったのではないかと推察しています。そのためか、小松崎茂自身も当時落ち込みが激しく、そこへ「あなたの絵と絵コンテが欲しい」と自宅に直談判に来たのがあの特撮監督の円谷英二で、この二人の思いが「地球防衛軍」('57年/東宝)として結実したとのこと。そう言えば「宇宙大怪獣ドゴラ」('64年/東宝)のドゴラも、『少年サンデー』の怪獣絵物語用に小松崎茂がデザインした怪物のイラストを円谷英二が立体化したものとのことです。

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史料の読み込みは丁寧。目新しさはイマイチ。最後「突発説」でやや肩透かし感。

明智光秀と本能寺の変 ちくま新書.jpg 明智光秀と本能寺の変 ちくま新書 - コピー.jpg  渡邊大門.jpg 渡邊 大門 氏
明智光秀と本能寺の変 (ちくま新書)

 来年['20年の]のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」が明智光秀(1528-1582)の生涯を描いたものであるとのことで、歴史研究家による本書もそれに合わせての刊行と思われます(この著者は「真田丸」の時も幸村の関係本を出しているが、ほかにもそういう人はいて、それはそれで中身が良ければいいのでは)。

 歴史研究家と言っても全くのアマチュアではなく、大学で専門の研究をし、今は「歴史と文化の研究所」というところの代表取締であるとのことで、本書においても史料の読み込みなどは丁寧だと思いました。ただ、その反面と言うかその分と言うか、目新しさのようなものは乏しかったでしょうか。

 明智光秀が本能寺の変を起こした理由として「足利義昭黒幕説」を唱える藤田達生氏が着眼した、義昭が京都復帰画策の拠点とした「鞆(とも)幕府」について、一章を割いて比較的詳しく書かれていました(第5章)。「幻の幕府」と言われながら(個人的にはそれぐらいのイメージしかこれまで無かった)、実はそこそこの陣容だったのだなあと。著者は、「鞆幕府」は見せかけだけの組織だったが、それなりの存在感があったとしています(ただし、過大評価すべきでもないと)。

 光秀の出自と前半生(第2章)、信長と光秀の周辺状況、両者の関係性の推移(第3章、第4章)、どういう過程を経て出世していったか(第6章)についても、史料を基に詳しく書かれていたように思います。そして終盤では、本能寺の変の「陰謀説」に根拠はあるかを検証していきます(第7章)。

 ただし、その前に、「家康饗応事件」の真偽の話もあり、さらに合間に「愛宕百韻」に関する諸説の紹介(著者は謀反の意を連歌会で堂々披露することは考えられないと)等々もあって、肝心の黒幕説への論駁はさらっと終わってしまった印象も。「朝廷黒幕説」は、そもそも信長と朝廷が対立しているという点から考えて成り立ちにくいとか、比較的オーソドックスな見解でした。

 因みに、谷口克広氏が唱えている信長の「四国政策転換」が謀反の原因となったとの説に対しては、「更迭についても、大きく影響したとは考えられない。また、ライバル秀吉が台頭したことにより、光秀が焦りを感じたというのも、説得力を持たない」としており、また、藤田氏が唱える「足利義昭黒幕説」も、谷口克広氏の反論を引いて、一次史料ではなく二次史料から導き出した論であり、成り立ち難いとしています(他人の論を組み合わせて、全部を否定しているような印象も無きにしも非ず)。

 反駁と査証が交互に出てくるのが、規則性が無くてちょっと読みにくかったかも。それで、著者の最終結論はどうかというと、謀反は突発的に起こったという、所謂「突発説」というものでした。「突発説」そのものは従来から有力説の一つとしてあり(NHK-BSプレミアムの"番宣"的な特番「本能寺の変サミット2020」でも取り上げられていた)、単独説の一種には違いないかもしれませんが、やや肩透かしを喰った印象も。本書でそれまで書かれてきたことの中から、そうした「突発的な行動に出た心情的な背景は十分読み取れる(読み取るべし)」というのが著者のスタンスなのかもしれません。

《読書MEMO》
NHK-BSプレミアム特番「本能寺の変サミット2020」2020年1月1日(水) 午後7:00~午後9:00(120分)
【司会】爆笑問題,【解説】本郷和人,【コメンテーター】細川護煕,【パネリスト】天野忠幸,石川美咲,稲葉継陽,柴裕之,高木叙子,福島克彦,藤田達生
本能寺の変サミット2020 突発説.jpg

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入門書の入門書。「本能寺の変」の謎を除く4つの問題を取り上げている『図説 明智光秀』。

図説 明智光秀.jpg 柴裕之.jpg 柴 裕之 氏  明智光秀 php.jpg
柴 裕之『図説 明智光秀』['18年]  小和田 哲男『明智光秀―つくられた「謀反人」 (PHP新書)』['98年]

 来年['20年の]のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」(沢尻エリカの合成麻薬事件とかあって1月19日スタートとなった)が、あの「本能寺の変」で知られる明智光秀(1528-1582)の生涯を描いたものであるとのことで(脚本は、映画「復讐するは我にあり」、ドラマ「夏目漱石の妻」の池端俊策ら)、新聞の読書欄に明智光秀の入門書が紹介されていました。その中には、ドラマの時代考証担当の小和田哲男氏の本もありましたが、選者は、大御所の風格ながらも新規性は無いと。そこで、入門書の入門書として手に取り易そうな(選評では、この本から読んでほかの"光秀本"に読み進むのもいいとあった)本書を読むことにしました。

 概ね明智光秀の生涯に沿って書かれているので分かりやすく、「図説」というだけあって図や写真も豊富で楽しめました。内容的には、①織田信長と比較した人物像、②光秀が生涯をかけた丹波攻め、③信長による残虐な仕打ちとして知られる比叡山焼き討ち、④光秀が躍進するきっかけとなった室町幕府第十五第代将軍・足利義昭との関係という4つの問題を中心に取り上げています。

 でも、明智光秀って、もともと高貴の出ではなく、(後に作られた略系図はあるものの)出自も謎だらけで、前半生は分からないことが多いようです。憶測ながら、彼が頑張って信長家臣のなかでも重鎮と言われるまで出世したのは、自身が高貴の出ではなかったということも関係しているのではないでしょうか。

 興味深く思えたのは、丹波攻めは信長の命でその責任者となった光秀のライフワークとも言えるものでしたが、光秀は丹波攻撃で信長から離反した松永久秀を筒井順慶らと共に討ち(1577年)、また同じく丹波攻撃で信長から寝返った波多野秀治をで打ち破り(1579年)、さらには信長に謀反した荒木村重を丹波山に討伐し(1580年。村重本人は落ち延びで毛利氏に亡命し、大阪で茶人になって1586年に堺で死去)―といった具合に、信長を裏切った人間を討伐していって功績を挙げていったということでした(そして最後は光秀自身が...)。

 光秀の最大の謎は、なぜ彼が本能寺の変(1582)で信長を討ったのかということとされていますが、"光秀本"の多くがそこに焦点が当てられ、中には何通りもの説が紹介されていたりするのとは対照的に、本書は予断を避け、そのことについて見解を挟むことはしていません(実際、わからない訳だし。因みに、荒木村重が信長を裏切った理由も、主だったものだけで6、7説あって、結局は歴史も人間心理までその域が及ぶとなると、分からないものは分からないものなのかも)。

 それどころか本書では、信長暗殺の動機を、本書で取り扱う4大テーマの1つにも入れておらず、(その点がやや物足りなくも感じるが)、 "時代の「革命児」信長についていけなかった「常識人」光秀"という一般的なフィルターをいったん外して、あくまで光秀の「実像」を事実から探ることを主眼とした本だったのだなあと(また、光秀の人物像を信長と対比的に述べてており、光秀を通じて信長の「実像」をも探ろうとした本とも言える)。

 そして、そこから導かれる光秀の人間性は、「才知・責任感に富み、外聞を重視するとともに、冷酷さも兼ね備えたものだったといえる」と。宣教師フロイスが伝える光秀像と信長像は非常に近しく、著者は、「信長のもとで躍進し、信長を殺めた直後に自らも死を迎えた光秀。その人間性は、実は最も信長に近しいものだったのかもしれない」としています。

小和田哲男.jpg 因みに、(個人的にはやはり論じて欲しかった)「光秀謀反」の原因について、先に挙げた小和田哲男氏は『明智光秀―つくられた「謀反人」』('98年/PHP新書)の中で、高柳光寿、桑田忠親の二大泰斗の名を挙げるとともに、後藤敦氏の著書で紹介されている50説(!)を再整理し、その中から有力視されている説として、①野望説(高柳光寿『明智光秀』。それまで有力だった怨恨説を否定し、「光秀も天下が欲しかった」とする説)、②突発説(「信長がせいぜい100人ほどで本能寺に泊まっている」という情報を得て発作的に討ってしまったとする説)、③怨恨説(桑田忠親『明智光秀』。従来、作家が好んで用いてきた説)、④朝廷黒幕説(光秀が朝廷内の人物と連絡をとりつつ、朝廷にとって不都合な存在である信長を討ったとする説)の4説を挙げた上で、自身は新たに、「信長非道阻止」説(光秀が信長の悪政・横暴を阻止しようとしたという説)を提唱しています。 

 小和田哲男氏の'98年刊行の本書で提唱された「信長非道阻止」説って今どれくらい指示されているのでしょうか。また、NHKの大河ドラマはこの説でいくのでしょうか(おそらくいくのだろう)。

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「本能寺の変」の「Why」に関する諸説を検証。「関与・黒幕説」を悉く論破。

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検証 本能寺の変 (歴史文化ライブラリー)』['07年] 谷口 克広 氏

 謎が多いとされている「本能寺の変」を、「織田信長」研究の専門家が検証した本で、著者によればその「謎」とは5W1Hのうちの「Why」であると。つまり、検証の最終目的は、なぜ明智光秀が信長を討ったのかを探ることになると思いますが、著者は、信頼できる史料を曲解せず素直に読むことを念頭に置くとし、本能寺の変を一から検証し直しています。

 まず、多くの史料をもとに本能寺の変を再現し、変直前の信長がどうであったか、本能寺の変を伝える史料にどのようなものがあるか(本能寺の変の史料は意外と数多くある)、変前日の織田諸将の配置はどうであったか、変が勃発してからはどうであった、変後の様子はどうであったかを丁寧に検証していますが、日記・文書といった一次史料、編纂物の中にも、良質なもの、信頼できないもの様々あるのだなあと思わされました。

 次に、本能寺の変研究の流れを、江戸時代における信長評から(江戸時代は結構ボロクソ扱いだったようだ)、明治期以降、今日まで追っています(高柳光寿がそれまで有力だった怨恨説を否定し、野望説を打ち出したのが(『明智光秀―人物叢書』('58年/吉川弘文館)、ひとつ転機だったか)。

 そして次に、いよいよ明智光秀はなぜ織田信長を討ったのか、現在提唱されている諸説と論争の状況を整理しています。それらを纏めると、①朝廷関与(黒幕)説―立花京子(中心はイエズス会)、②足利義昭関与(黒幕)説―藤田達生、③本願寺教如首謀者説―小泉義博、④イエズス会を中心とする南欧勢力関与説―立花京子、⑤光秀単独説―桐野作人・堀新・藤本正行・鈴木眞哉・円堂晃・小島道弘裕、⑥その他―小林正信、となるとしています。

 本書の後半部分は、これらの説を順番に再検証していく内容になっています。まず「関与・黒幕説」について、朝廷関与(黒幕)説(この説は史料の曲解から生じたとしている)、足利義昭関与(黒幕)説(毛利氏に担がれて上洛を望んでいる義昭が、その毛利氏を蚊帳の外に置いて光秀を動かすとは信じ難いと)、その他の関与・黒幕説として、豊臣秀吉関与(黒幕)説(中国大返しを不可能と見て彼を疑うのは筋違い)、本願寺教如首謀者説(後世の編纂物にある記事を無批判に信じる姿勢から生じた説)、南欧勢力黒幕説(日本国内での仲間も限られているイエズス会が、卓上で駒を動かすように日本の政治の中枢を操るなどできるはずがない)―と、順次論破していきます。

 そして、改めて、本能寺の変の原因についての諸説を整理し、待遇上の不満・怨恨説、政策上の対立説、精神的理由説、野望説を再検証していますが、その中から消去法で消去しきれなかった要素(主君信長に対する信頼感の欠如、しばしば行われた侮辱による怨恨、信長家臣としての将来に対する不安、性格不一致)が繋がるものとして、長の「四国対策」の変更を挙げています。

 随分と絞り込んだなあという気がしましたが、信長が長宗我部元親との交流を断ち切り、四国担当だった光秀を外して秀吉に四国に兵を送るよう命じたことが光秀に打撃を与え、光秀が信長に抗議しても足蹴にされたということが、光秀謀反の原因となったというのは、分からなくもない気がしました。

 ただ、この説で行くならば、もう少し拡げて信長との「政策不一致説」という言い方もできるかもしれないし(「性格不一致説」にも繋がるが)、老齢の光秀が(著者によれば、光秀の年齢は本能寺の変の時に、一般には55歳ということになっているが(『明智軍記』)、実は67歳だったと比較的信頼できる資料(『当代記』)あるとのこと)、信長と長宗我部元親の板挟みになって、本書にもあるように鬱々した日々を送っていたということで、「ノイローゼ」説も成り立つかも。さらには、秀吉が四国政策で自分にとって代わったことが原因ならば、これも拡げて「秀吉ライバル視」説という言い方もできるかも。

 いずれにせよ、積極的・消極的の違いはありますが、黒幕説ではなく光秀単独説ということになるかと思います。「四国対策」の変更は、「原因」というより「誘因」のような気もしますが(光秀単独説の桐野作人氏も、四国政策の転換が謀反の背景にあったとしている(「歴史読本」編『ここまで分かった!本能寺の変』)('12年/新人物文庫))、日本人が好きな(?)「関与・黒幕説」を悉く論破している点では明快と言える本かもしれません(帯に「信長を殺したのは誰か?」と思わせぶりにあるが、著者によれば明智光秀以外の何者でもないということになる)。

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「忠臣蔵」を「経済的側面」から分析したのはユニークな視点。

「忠臣蔵」の決算書 新書3.JPG「忠臣蔵」の決算書  .jpg これが本当の「忠臣蔵」 (小学館101新書.png 決算!忠臣蔵1.jpg 決算!忠臣蔵2.jpg
「忠臣蔵」の決算書 ((新潮新書))』['12年]『これが本当の「忠臣蔵」 (小学館101新書―江戸検新書)』['12年] 映画「決算!忠臣蔵」['19年]

 従来は「武士の倫理観」という視点で分析されがちだった「忠臣蔵」を、その倫理観の陰に隠れて見過ごされがちな「経済的側面」から分析した本。主君の刃傷事件によって藩がお取り潰しになった際、旧藩士はどの程度の退職金を得たのか、浪人生活の苦しさとは具体的にどのようなものだったのか、生活費に窮した時はどうしたかなどについて書かれています。好評だった前著『これが本当の「忠臣蔵」』('12年4月/小学館101新書―江戸検新書)から、「忠臣蔵」の経済・財政面にフォーカスし、深堀りしたものとも言えます。

決算!忠臣蔵640.jpg 新潮ドキュメント賞を受賞した歴史学者・磯田道史氏の『武士の家計簿-「加賀藩御算用者」の幕末維新』('03年/新潮新書)が、森田芳光監督、堺雅人主演で「武士の家計簿」('10年/松竹)として7年超しで映画化され、同じように小説ではない本書もこの度、「殿、利息でござる!」('16年/松竹)(これも原作は磯田道史氏)の中村義洋監督、堤真一主演で「決算!忠臣蔵」('19年/松竹)として7年超しで映画化されました(中村義洋監督自身による小説化作品がある)。

 本書で何よりつぶさに書かれているのが、最終的に四十七士が吉良邸討入りというプロジェクトを遂行するにあたって、相談や指示伝達のための江戸―上方間の旅費、江戸でのアジトの維持費、その間の生活費、さらに討ち入りを実行するための武器の購入費など、その諸費用をどう賄い、また支出していったかです。

 本書の記述のベースとなっている大石内蔵助が遺した『預置候金銀受払書』をはじめ、お取り潰し後の赤穂藩の財政に関連する資料は結構あるのだなあと。『武士の家計簿』は、磯田道史氏が2001年に神田神保町の古書店で見つけた古文書がベースになっているのに対し、これら赤穂藩の資料は従来より一級資料であって新発見資料ではなく(前著『これが本当の「忠臣蔵」』の方は、2011年末に著者自身が鑑定した新発見の史料「茅野和助遺書」の内容が反映されているが)、ただ、今までそうした「経済的側面」から「忠臣蔵」を分析することは殆どされてこなかったようです。その意味では、本書はやはりユニークな視点に立つと言えます。

 まず、御家再興を図るか討入りをするかを決める前に、籠城か開城かという決断があり、開城をすることで、今度は藩士に割賦金(退職金)を払うことに。割賦金の額(米を含む)は、すでに支給されていたその年分の米を加えると19,619両で、現在の価値にして23億5,000万円、約300名の藩士に一人平均780万円ほどが支払われたというから、それだけもう結構な大金が動いたのだなあと。

 そうすると、御家再興や討入りのために用意できた残りの金額(軍資金)は691両、8,292万円になり(全資産からみれば殆ど残らなかったということか)、そのほとんどは藩の「余り金」と浅野内匠頭の正室・瑤泉院の「化粧料」(嫁入り持参金)だったようです。この「軍資金」が討入りの計画・準備・実行にどのように使われたかが『預置候金銀受払書』に沿って諸々解説されているのが本書の中核となっています。そして、最終的な使用内訳は、次の通りとなっています。

 仏事費  127両3分  18.4%
 御家再建工作費 65両 9.4%
 江戸屋敷購入費 70両 10.1%
 旅費・江戸逗留費 248両 35.6%
 会議通信費  11両 1.6%
 生活補助費 132両1分  19.0%
 討入り装備費 12両 1.9%
 その他   31両1分2朱  4.2%

決算!忠臣蔵ロード.jpg 映画化作品は、堤真一演じる大石内蔵助に加えて、岡村隆史演じる(本書にもその名がある)勘定人・矢頭(やとう)長助をダブル主人公にし、諸経費を現在の金額に置き換えて、その時々でいくらかかったかをユーモラスに分かりやすく解説していました。内蔵助が武器輸送に際して危機に陥る「大石東下り」の段もなければ、瑤泉院が内蔵助と別れた後でその真意を知る「南部坂雪の別れ」の段もない「忠臣蔵」ですが、そうした後世の作り話はこの際入れなくて正解でした(石原さとみが瑤泉院を演じていて、討ち入り直前に内蔵助の勘定報告は目にするが、袱紗に包んだ紙包みを開けるとそこには「討入同志連名血判状」の題字が...といった「忠臣蔵」お決まりのシーンはない)。

決算!忠臣蔵ges.jpg ずっとコメディタッチできていたので、個人的には、途中で矢頭長助を大石内蔵助の代わりに死なせることをしなくてもよかったのではないかと思います(絶叫型の演技が多い中で、岡村隆史のぽつりぽつりと喋る演技は効いていた。矢頭長助をヒーローにしないと気が済まなかったのか?)。史実では矢頭長助は病に伏して1702(元禄15)年9月に45歳で亡くなっており、その年の討入りには息子の矢頭教兼(のりかね)が加わっています(教兼が切腹した時の年齢が18歳で、四十七士の中では大石主悦の16歳に次いで若かった。美少年とされ、討入り後い世間に「義士の中に男装の女がいた」という噂話が流れたとも伝わる)。

決算!忠臣蔵s.jpg 映画では"討入りプロジェクト"は終盤、討入り装備費の試算の段階で、あの武器も必要、この防具も必要と喧々諤々やっているうちに赤字見通しになり(つまり資金不足になったということ)、それが、吉良上野介が確実に在宅している日が事前情報として分かったことで、討入りが当初予定より3カ月早まり、それだけ家賃等生計維持費が浮くことになって、何とか「予算内で」討入りができるようになったという流れになっていますが、先の軍資金の資質配分を映画と突き合わせてみると、討入り装備費は全体の2%弱で、その前の旅費・江戸逗留費などの支出の方がずっと大きかったことがわかります。この支出配分を念頭に置いて映画を見てみるのも、なかなか面白いのではないかと思います。

堤真一(大石内蔵助)/岡村隆史(矢頭長助)
決算!忠臣蔵ド.jpg決算!忠臣蔵ード.jpg「決算!忠臣蔵」●制作年:2019年●監督・脚本:中村義洋●製作:池田史嗣/古賀俊輔中居雄太/木本直樹●撮影:相馬大輔●音楽:髙見優●時間:125分●出演:堤真一/岡村隆史/濱田岳/横山裕/荒川良々/妻夫木聡/大地康雄/西村まさ彦/木村祐一/小松利昌/決算!忠臣蔵images.jpg沖田新宿ピカデリー1.jpg裕樹/橋本良亮/寺脇康文/千葉雄大/桂文珍/村上ショージ/板尾創路/滝藤賢一/笹野高史/竹内結子/西川きよし/石原さとみ/阿部サダヲ●公開:2019/11●配給:松竹●最初に観た場所:新宿ピカデリー(19-12-16)(評価:★★★☆)
石原さとみ(瑤泉院)
山本博文(2020年3月没)ガジェット通信」(2019.11.26)より  竹内結子(2020年9月没) 大石りく役 in「決算!忠臣蔵」
映画『決算!忠臣蔵』原作者・山本博文.png  竹内 結子 決算忠臣蔵.jpg


Eテレ「先人たちの底力 知恵泉」
山本博文 eテレ 知恵泉.jpg山本 博文(東京大学史料編纂所 教授)(1957-2020.3.29/63歳没
1990年、『幕藩制の成立と日本近世の国制』(校倉書房)により、東京大学より文学博士の学位を授与。1991年、『江戸お留守居役の日記』(読売新聞社)により第40回日本エッセイストクラブ賞受賞。江戸幕府の残した史料の外、日本国内の大名家史料を調査することによって、幕府政治の動きや外交政策における為政者の意図を明らかにしてきた。近年は、殉死や敵討ちなどを素材に武士身分に属する者たちの心性(mentality)の究明を主な課題としている。主な著書に、『徳川将軍と天皇』(中央公論新社)、『切腹』(光文社)、『江戸時代の国家・法・社会』(校倉書房)、『男の嫉妬』(筑摩書房)、『徳川将軍家の結婚』(文藝春秋社)『日本史の一級史料』(光文社)などがある。

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絶望シネマの「映画の定石」の破り方の多様性を感じた。ビジュアルもいい。

観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88201.jpg IMG_7877.JPG
観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88』カバー写真「炎628」('85年/ソ連)

 鉄人社「観ずに死ねるか !」シリーズの「韓国映画 この容赦なき人生」('11年)、「観ずに死ねるか ! 傑作ドキュメンタリー88」('13年)、「観ずに死ねるか ! 傑作青春シネマ邦画編」('14年)、に続くシリーズの第4弾で、畳み掛ける不幸や理不尽な狂気、負の連鎖や死にまっしぐらの生き様など、救われない中身と結末の、いわば"絶望"を描いた映画を、文筆家ら70人がそれぞれの個人的視点で語り尽くした1冊です(カバーには、第二次世界大戦下でのナチスの掃討部隊アインザッツグルッペンによるウクライナでの大量虐殺行為を描いた「炎628」('85年/ソ連)がきている)。

「地下水道」 dvd.jpg『禁じられた遊び』(1952)2.jpgジョニーは戦場に行った  pos.jpg 第1章「悲劇」では、「禁じられた遊び」(立川志らく)、「誰も知らない」(川本三郎)、「地下水道」(荒井晴彦)、「ジョニーは戦場に行った」(森達也)など13本が取り上げられています。アンジェイ・ワイダ監督の「地下水道」('56年/ポーーランド)は『下水道映画を探検する』('16年/星海社新書)でも取り上げられていて「下水道映画」(下水道が出てくる映画)では個人的にはナンバー1ですが、絶望度で言うと「ジョニーは戦場にdalton trumbo 2.jpg行った」('71年/米)も相当なもの。カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリ受賞作でありながら、殆どホラー映画に近い戦慄を覚えましたが、選者の森達也氏が、映画を通して主人公の苦痛を一度は体験すべきだと述べているのには賛同します。監督は「ローマの休日」('53年/米)の脚本家ドルトン・トランボで(原作もドルトン・トランボで発表は1938年)、第二次世界大戦後に「赤狩り」の標的とされ投獄された経験もあり(そう言えば「パピヨン」('73年/米)の脚本家でもある)、朝鮮戦争とベトナム戦争も経験しています(選者は、目も鼻もない兵士は大量に生産されているとも言っている)。

未来世紀ブラジ_7878.JPG 第2章「戦慄」では、「未来世紀ブラジル」(高橋ヨシキ)、「ミスト」(松﨑健夫)、最後の晩餐/2.jpg復讐するは我にあり」(二階堂ふみ)、「めまい(ヒッチコック)」(松崎まこと)、「炎628」(橋口亮輔、スチールが表紙に使われている)、「最後の晩餐復讐するは我にあり_7880.JPG」(伊藤彰彦)など20本が取り上げられています。テリー・ギリアム監督の「未来世紀ブラジル」('85年/英)は、「1984」のような"ディストピアSF"に見えますが(ロバート・デ・ニーロが謎の電気修理人役でいきなり登場したのは可笑しかったが)、特権階級の不気味な非人間性を描いていると選者の高橋ヨシキ氏は述べていて、ナルホドと。今村昌平監督の「復讐するは我にあり」('79年/松竹)のラストの三國連太郎と倍賞美津子の散骨シーンを、選者の女優・二階堂ふみが、「緒形さんが、まるで、俺はまだ生きていると叫んでいるような」骨のストップシーンと表現しているのにも共感しました、

 第3章「破壊」では、「黒い画集 あるサラリーマンの証言」(みうらじゅん)、「黒い画集 第二話 寒流」(西IMG_7881.JPG村賢さらば愛しき大地 poster.jpg太)、「ポーラX」(安藤尋)、「気狂いピエロ」(末井昭)、「さらば愛しき大地」(佐々木俊尚)など16本が取り上げられています。松本清張原作の「黒い画集」シリーズから2本入っているのが興味深いですが、「黒い画集 第二話 寒流」の選者の芥川賞作家・西村賢太氏が、「清張の原作に付け加えられたカタルシスなき結末」に着眼しており、原作と読み比べてみるのもいいと思います(原作はスッキリさせられる逆転劇、映画は...)。

 第4章「哀切」では、「ミリオンダラー・ベイビー」(渚ようこ)、「真夜中のカーボーイ」(大槻ケンヂ)、「ミッドナイトクロス」(松崎まIMG_7884.JPGこと)、「東京暮色」(真魚八重子)など16本が取り上げられていて、第5章「狂気」では、「少女ムシェット」(坪内祐三)、「ゴーン・ガール」(大根仁)、「時計しかけのオレンジ」(水道橋博士)、「追悼のざわめき」(森下くるみ)など11本が取り上げられています。スタンリー・キューブリック監督の「時計しかけのオレンジ」は、最後に主人公が洗脳IMG_7885.JPG手術されてしまう「未来世紀ブラジル」と少し似ている部分もあったように思います。

 70人の選者が1人1作思いを込めて作品を論じていて、いろいろ気付きを与えてくれます。70人の中には、作家、映画監督や映画評論家などに混じって男優、女優、歌手なども何人かいて、例えば女優では、先に取り上げた二階堂ふみや、成海璃子、武田梨奈など結構若手もおり、彼女らなりに映画をしっかり捉えているのが興味深かったです。

 ハッピーエンドと正反対の(バッドエンドの)映画、本書で言う「絶望シネマ」というのはまだ沢山あると思いますが、いずれも言わば「映画の定石」なるものをを破っているわけであって、その破り方が極めて多様であることが窺え(こうしてみると、ハッピーエンドの映画はどれも同じように見えてきてしまう)、本書を通して改めて「幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違う」ことが浮き彫りになったように思います。ビジュアル面でも、映画の見どころシーンが多く織り込まれていて、まだ観たことのない作品も観てみたくなるほどに楽しめる1冊です。

ジョニーは戦場へ行った [DVD]
ジョニーは戦場へ行った [DVD].jpgジョニーは戦場に行ったード.jpg「ジョニーは戦場に行った」●原題:JOHNNY GOT HIS GUN●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:ダルトン・トランボ●製作ブルース・キャンベル●脚本:ダルトン・トランボ●撮影: ジュールス・ブレンナー●音楽:ジェリー・フィールデジョニーは戦場に行った サザーランド2.jpgィング●原作:ダルトン・トランボ●時間:112分●出演:ティモシー・ボトムズ/キャシー・フィールズ/ドナルド・サザーランド/ジェイソン・ロバーズ/マーシャ・ハント/ チャールズ・マッグロー/ダイアン・ヴァーシ/エドワード・フランツ/ ケリー・マクレーン●日本公開:1973/04●配給:ヘラルド映画●最初に観た場所:新宿アートビレッジ(79-02-24)(評価:★★★★)

未来世紀ブラジル [DVD]
未来世紀ブラジル [DVD].jpg未来世紀ブラジル 111.jpg「未来世紀ブラジル」●原題:BRAZIL●制作年:1985年●制作国:イギリス●監督:テリー・ギリアム●製作:アーノン・ミルチャン●脚本:テリー・ギリアム/チャールズ・マッケオン/トム・ストッパード●撮影:ロジャー・プラット●音楽:マイケル・ケイメン●時間:142分●出演:ジョナサン・プライス/ロバート・デ・ニーロ/キ未来世紀ブラジル ロバートデニーロ.jpgム・グライスト/マイケル・ペイリン/キャサリン・ヘルモンド/ボブ・ホスキンス/デリック・オコナー/イアン・ホルム/イアン・リチャードソン/ピーター・ヴォーン/ジム・ブロードベント●日本公開:1986/10●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:大井武蔵野舘(87-07-19)(評価:★★★★)●併映:「ザ・フライ」(デビッド・クローネンバーグ)

復讐するは我にあり_7889.JPG「復讐するは我にあり」●制作年:1979年●監督:今村昌平●製作:井上和男●脚本:馬場当/池端俊策●撮影:姫田真佐久●音楽:池辺晋一郎●原作:佐木隆三●時間:140分●出演:緒形拳/三國連太郎/ミヤコ復讐するは我にあり 骨.jpg蝶々/倍賞美津子/小川真由美/清川虹子/殿山泰司/垂水悟郎/絵沢萠子/白川和子/フランキー堺/北村和夫/火野正平/根岸とし江(根岸李江)/河原崎長一郎/菅井きん/石堂淑郎/加藤嘉/佐木隆三●公開:1979/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):新宿ピカデリー(緒形拳追悼特集)(08-11-23)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-01-17)(評価:★★★★☆)

IMG_7883.JPG「最後の晩餐」●原題:LA GRANDE BOUFFE●制作年:1973年●制作国:イタリア・フランス●監督・脚本:マルコ・フェレーリ●製作:ヴァンサン・マル/ジャ「最後の晩餐」2.jpgン=ピエール・ラッサム●撮影:マリオ・ヴルピアーニ●音楽:フィリップ・サルド●時間:130分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/ウーゴ・トニャッツィ/フィリップ・ノワレ/ミシェル・ピッコリ/アンドレア・フェレオル●日本公開:1974/11●最初に観た場所:大塚名画座 (78-11-07) (評価★★★★☆)●併映:「糧なき土地」(ルイス・ブニュエル)/「自由の幻想」(ルイス・ブニュエル)

さらば愛しき大地 7892.JPG「さらば愛しき大地」●制作年:1982年●監督:柳町光男●製作:柳町光男/池田哲也/池田道彦●脚本:柳町光男/中上健次●撮影:田村正毅●音楽:横田年昭●時間:120分●出演:根津甚八/秋吉久美子/矢吹二朗/山口美也子/蟹江敬三/松山政路/奥村公延/草薙幸二郎/小林稔侍/中島葵/白川和子/佐々木すみ江/岡本麗/志方亜紀子/日高澄子●公開:1982/04●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:シネマスクウエアとうきゅう(82-07-10)●2回目:自由が丘・自由劇場(85-06-08)(評価:★★★★☆)●併映(2回目):「(ゴッド・スピード・ユー! ブラック・エンペラー」(柳町光男)

時計じかけのオレンジ [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]
IMG_7882.JPG時計じかけのオレンジ dvd.jpg「時計じかけのオレンジ」●原題:A CLOCKWORK ORANGE●制作年:1971年●制作国:イギリス・アメリカ●監督・製作・脚本:スタンリー・キューブリック●撮影:ジョン・オルコット●音楽:ウォルター・カーロス●原作:アンソニー・バージェス●時間:137分●出演:マルコム・マクダウェル/ウォーレン・クラーク/ジェームズ・マーカス/ポール・ファレル/リチャード・コンノート/パトリック・マギー/エイドリアン・コリ/ミリアム・カーリン/オーブリー・モリス/スティーヴン・バーコフ/イケル・ベイツ/ゴッドフリー・クイグリー/マッジ・ライアン/フィリップ・ストーン/アンソニー・シャープ/ポーリーン・テイラー●日本公開:1972/04●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:三鷹オスカー(80-02-09)●2回目:吉祥寺セントラル(83-12-04)(評価:★★★★)●併映(1回目):「非情の罠」(スタンリー・キューブリック)

《読書MEMO》
●「観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88」 (鉄人社)出版記念上映会 @テアトル新宿(2015年)
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時々手にして、人類存在の神秘、いのちの不思議さに思いを馳せるのもいい。

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40億年、いのちの旅 (岩波ジュニア新書)』['18年]『人類が生まれるための12の偶然 (岩波ジュニア新書)』 ['09年]

 40億年に及ぶとされる、地球における生命の歴史を、いのちとは何か? いのちはどのようにして生まれたのか? どのように考えられてきたのか? というところからその歴史をひもときながら、人類の来た道と、これから行く道を探っった本。

 第1章で「いのち」とは何かをを考え、第2章で、「いのち」の特徴である多様性と普遍性がどのようなものか、それらがゲノム・DNAを通じてどのように発揮されてきたかを考えています。

 第3章では「いのち」の始まりとその後の進化について考え、「いのち」の旅の方向づけに大きな影響を与えた事項・イベントとして、光合成と酸素呼吸の出現や真核細胞の登場、性の出現、陸上への進出など7項目に焦点を当てています。

 後半の第4章、第5章、第6章では、ヒトの過去・現在・未来についてそれぞれ考えています。まず、化石とDNAからヒトの進化の旅を振り返り、次に、地球上で生き物の頂点に君臨する現況を改めて考え、最後に、これからヒトはどのような旅をするのかを考えています。

 こうした学際的な内容のヒトの歴史に関する本では、同じ岩波ジュニア新書に眞淳平著『人類が生まれるための12の偶然』('09年)がありましたが、あちらは宇宙や地球の誕生から説き起こしているのに対し、こちらは40億年前の生命の誕生から説き起こしていることになります。

 また、著者の専門が細胞生化学であることもあってか、細胞内小器官の話など細胞学に関する説明はやや高度な内容を含んでいたように思いますが(と言っても高校の教科書の生物基礎程度の知識があれば何とかついていけるか)、減数分裂における遺伝子の組み換えの説明などは分かりやすい方だったと思います。

 最新の研究成果も織り込まれています。個人的に興味深かったのは、ネアンデルタール人と現生人(ホモ・サピエンス)の関係で、共に約90万年前にアフリカかヨーロッパのどこかで誕生したホモ・ハイデルベルゲンシスを先祖とし、ネアンデルタール人はヨーロッパにいたホモ・ハイデルベルゲンシスから進化したと考えられ、現生人は、20万年前アフリカにいたホモ・ハイデルベルゲンシスから進化したと考えられとのこと。先祖が同じでも、先祖のいた場所が違うのかと。

 陸上に生息する動物の個体数の総重量が一番重いのはウシで、2番目がヒトだが、以下、スイギュウ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、ウマと続くという話も興味深かったです。要するに、これら(ヒト以外)は全部"家畜"であって、ヒトは自分たちが生きるために、膨大な量の生物を飼育しているのだなあと。

 巻末に長谷川真理子著『進化とはなんだろうか』['99年/岩波ジュニア新書]など関連の参考図書が紹介されています。時々この種の本を手にして、人類が存在することの神秘、自分が生まれてきたことの不思議さに思いを馳せるのもいいのではないでしょうか。

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地域のコミュニティに生きる外国人の、ポジティブに頑張っている面にスポットを当てている。

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日本の異国: 在日外国人の知られざる日常』 竹ノ塚のリトル・マニラ「カリン」(本書ではモノクロ)AERA dot.

 最近では街を歩けば外国人の姿がフツーに目に入るようになりましたが、本書は、そうした外国人が集まって暮らしている街々を取材して、なぜそこにその国の人たちが集まって暮らすようになったのかという歴史や、彼らは今どのような問題を抱えているかいったことも含め、彼らの暮らしぶりを紹介したルポルタージュです。

 取り上げあっれているのは、竹ノ塚のリトル・マニラ、八潮市のヤシオスタン(パキスタン人)、代々木上原の東京ジャーミー(トルコ人)、西葛西のリトル・インディア、池袋のバングラデシュ独立のシンボル、練馬のモンゴル春祭り、大和市のいちょう団地(ベトナム・カンボジア・ラオス人)、茗荷谷シーク寺院(インド人)、成田市のタイ寺院、御殿場の中国人コミュニティ、蕨市のクルド人難民、川口市の「多文化共生」の最前線(東南アジア・韓国・中国人)、そして最後に新大久保。新大久保も、コリアン・タウンというより、今は多国籍化しているのだなあと(今度行ったらよく注意して見ておこう)。

 本書に、「日本に住む外国人は'17年末で250万人を超えたという」とありますが、出入国在留管理庁は10月、今年['19年]6月末時点の在留外国人数が282万9416人だったと発表しており、これは日本の総人口の2.24%を占めるることになります。'17年末から'18年末の増加率は7%で、12年末以降は7年連続で増加し、日本社会の外国人の存在感が高まりつつあるのは数字にもはっきり表れています('18年末の在留資格別、国籍・地域別のそ内訳は下図の通り)。

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 あるシンクタンクによれば、日本だけではなく、海外でも外国人は大都市に集まる傾向があるそうで、その主な理由は、賃金が地方に比べて高いことと、生活を支える外国人コミュニティが発達していることのようです。日本政府は「移民」政策は取らないとしていますが、来年['20年]4月から「特定技能」の新設をに外国人労働者受入れ拡大を目指す改正入管法が施行され、実質的には移民受け入れに舵を切ったようなもの。この人不足で今後も外国人労働者はどんどん入ってき続けるだろうし、そうした際の日本で働く外国人の拠り所となるのが、本書に紹介されているような外国人コミュニティなのだろなあと思って本書を読みました。

 外国人タウンの探訪というと何となくディープな世界に足を踏み入れる印象がありますが、著者はアジアをテーマに文章を書いてきたライターで、自身もタイで外国人として暮らした経験を持つとのことで、取材相手と適度な距離感を保ちつつ、地域のコミュニティに生きる外国人の、ポジティブに頑張っている面にスポットを当てています(ちょうどヘイトスピーチなどをやるグループと真逆の立ち位置)。

 取材先が1都3県(+御殿場)に限らているので、今度は地方の状況ももっと知りたいものだと思いました。

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実質的な1位は自分が"隠れ"ファンを自認していた作品だった(笑)。

週刊文春「シネマチャート」全記録.jpg イノセント1シーン.jpg ミリオンダラー・ベイビード.jpg
週刊文春「シネマチャート」全記録 (文春新書)』「イノセント」「ミリオンダラー・ベイビー」ヒラリー・スワンク

 「週刊文春」の映画評「シネマチャート」が、1977(昭和42)年6月に連載を開始してから丸40年を迎えたのを記念して企画された本。40年間で4千本を超える映画に29名の評者が☆をつけてきたそうですが、その☆を今回初めて集計し、洋画ベスト200、邦画ベスト50選出しています。

地獄の黙示録01ヘリ .jpg 洋画のベスト1(評者の中で評価した人が全員満点をつけたもの)は10本あって(ただし、2003年までの満点が☆☆☆であるのに対し、2004年以降は☆☆☆☆☆で満点)、その中で評価(星取り)をしなかった(パスした)評者がおらず、全員が満点をつけたものが1977年から2003年までの間で5本、2004年以降が2本となっています。さらに、2003年までは評者の人数にもばらつきがあり、最も多くの評者が満点をつけたのがルキノ・ヴィスコンティ監督の「イノセント」('76年/伊・仏)(☆☆☆8人)、次がフランシス・フォード・コッポラ監督の「地獄の黙示録」('79年/米)(☆☆☆7人、無1人)となっています。

 選ばれた作品を見て、あれが選ばれていない、これが入っていないという思いは誰しもあるかと思いますが、巻頭に選定の総括として、中野翠、芝山幹朗両氏、司会・植草信和・元「キネマ旬報」編集長の座談会があり(中野翠、芝山幹朗両氏は現役の評者)、彼ら自身が選定に偏りがあるといった感想を述べていて、特定の作品が高く評価されたりそれほど評価されなかったりした理由を、その時の時代の雰囲気などとの関連で論じているのが興味深かったです。

 それにしても、全般に芸術映画の評価は高く、娯楽映画の評価はそうでもない傾向があるようですが、洋画ベスト200の実質的なトップにルキノ・ヴィスコンティ監督の「イノセント」がきたのは、この作品の"隠れ"ファンを自認していた自分としては意外でした(全然"隠れ"じゃないね)。しかも、この時の評者が、池波正太郎、田中小実昌、小森和子、品田雄吉、白井佳夫、渡辺淳など錚々たるメンバーだからスゴイ。彼らが「イノセント」を高く評価したというのも時代風潮かもしれませんが、「家族の肖像」('74年)、「ルードウィヒ/神々の黄昏」('80年)が共に62位なので、その辺りの兼ね合いが不思議です(単なる偶然か)。

 ☆☆☆☆☆で満点となった2004年以降で満点を獲得したのは、ゲイリー・ロス監督の「シービスケット」('03年/米)と クリント・イーストウッド監督の「ミリオンダラー・ベイビー」('04年/米)ですが、クリント・イーストウッド監督は洋画ベスト200に9作品がランクインしており、2位のルキノ・ヴィスコンティ監督の6作品を引き離してダントツ1位。この辺りにも、この「シネマチャート」における評価の1つの傾向が見て取れるかもしれません。クリント・イーストウッド監督の9作品のうち、個人的に一番良かったのは「ミリオンダラー・ベイビー」なので、自分の好みってまあフツーなのかもしれません。

ミリオンダラー・ベイビー01.jpg 「ミリオンダラー・ベイビー」は重い映画でした。女性主人公マギーを演じたヒラリー・スワンクは、イーストウッドに伍する演技でアカデミー主演女優賞受賞。作品自体も、アカデミー作品賞、全米映画批評家協会賞作品賞を受賞しましたが、公開時に、マギーが四肢麻痺患者となった後で死にたいと漏らしフミリオンダラー・ベイビー04.jpgランキーがその願いを実現させたことに対して、障がい者の生きる機会を軽視したとの批判があったようです。批判の起きる一因として、主人公=イーストウッドとして観てしまうというのもあるのではないでしょうか。「J・エドガー」('11年)などもそうですが、イーストウッドのこの種の映画は問題提起が主眼で、後は観た人に考えさせる作りになっているのではないかと思います。

 因みに、邦画ベスト50では1位の「愛のコリーダ2000」('00年)だけが評者全員(5人)が満点(☆☆☆)でした。この作品は、「愛のコリーダ」('76年)における修正を減らしたノーカット版により近いものであり、実質的なリバイバル上映だったと言えます(これ、現時点['19年]でDVD化されていない)。

Inosento(1976)
イノセント .jpgInosento(1976).jpg「イノセント」●原題:L'INNOCENTE●制作年:1976年●制作国:イタリア・フランス●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ジョヴァンニ・ベルトルッチ●脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ/エンリコ・メディオーリ/ルキノ・ヴィスコンティ●撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス●音楽:フランコ・マンニーノ●原作:ガブリエレ・ダヌンツィオ「罪なき者」●時間:129分●出演:ジャンカルロ・ジャンニーニ/ラウラ・アントネッリ/ジェニファー・オニール/マッシモ・ジロッティ/ディディエ・オードパン/マルク・ポレル/リーナ・モレッリ/マリー・デュボア/ディディエ・オードバン●日本公開:1979/03●最初に観た場所:池袋文芸坐 (79-07-13)●2回目:新宿・テアトルタイムズスクエア (06-10-13) (評価★★★★☆)●併映(1回目):「仮面」(ジャック・ルーフィオ)

Jigoku no mokushiroku (1979)
Jigoku no mokushiroku (1979).jpg「地獄の黙示録」●原題:APOCALYPSE NOW●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督・製作:フランシス・フォード・コッポラ●脚本:ジョン・ミリアス/フランシス・フォード・コッポラ/マイケル・ハー(ナレーション)●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:カーマイン・コッポラ/フランシス・フォード・コッポラ●原作:ジョゼフ・コンラッド「地獄の黙示録 デニス・ホッパー_11.jpg闇の奥」●時間:153分(劇場公開版)/202分(特別完全版)●出演:マーロン・ブランド/ロバート・デュヴァル/マーティン・シーン/フレデリック・フォレスト/サム・ボトムズ/ローレンス・フィッシュバーン/アルバート・ホール/ハリソン・フォード/G・D・スプラドリン/デニス・ホッパー/クリスチャン・マルカン/オーロール・クレマン/ジェリー・ジーズマー/トム・メイソン/シンシア・ウッド/コリーン・キャンプ/ジェリー・ロス/ハーブ・ライス/ロン・マックイーン/スコット・グレン/ラリー・フィッシュバーン(=ローレンス・フィッシュバーン)●日本公開:1980/02●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:銀座・テアトル東京(80-05-07)●2回目:高田馬場・早稲田松竹(17-05-07)(評価★★★★)●併映(2回目):「イージー・ライダー」(デニス・ホッパー)

ルートヴィヒ 04.jpgルードウィヒ 神々の黄昏 ポスター.jpg「ルートヴィヒ (ルードウィヒ/神々の黄昏)」●原題:LUDWIG●制作年:1972年(ドイツ公開1972年/イタリア・フランス公開1973年)●制作国:イタリア・フランス・西ドイツ●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ウーゴ・サンタルチーア●脚本:ルキーノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ●撮影:アルマンド・ナンヌッツィ●音楽:ロベルト・シューマン/リヒャルト・ワーグナー/ジャック・オッフェンバック●時間:(短縮版)184分/(完全版)237分●出演:ヘルムート・バーガー/ロミー・シュナイダー/トレヴァー・ハワード/シルヴァーナ・マンガーノ/ゲルト・フレーベ/ヘルムート・グリーム/ジョン・モルダー・ブラウン/マルク・ポレル/ソーニャ・ペドローヴァ/ウンベルト・オルシーニ/ハインツ・モーグ/マーク・バーンズ1962年の3人.jpgロミー・シュナイダー.jpg●日本公開:1980/11(短縮版)●配給:東宝東和●最初に観た場所:(短縮版)高田馬場・早稲田松竹(82-06-06) (完全版)北千住・シネマブルースタジオ(14-07-30)(評価:★★★★)
ロミー・シュナイダー(Romy Schneider,1938-1982)
ロミー・シュナイダー(手前)、アラン・ドロン、ソフィア・ローレン(1962年)

ナオミ・ワッツ(Naomi Watts1968- )(2012年)
大統領たちが恐れた男 j.エドガー dvd2.jpgナオミ・ワッツ.jpg「J・エドガー」●原題:J. EDG「J・エドガー」01.jpgAR●制作年:2011年●制作国:アメリカ●監督:クリント・イーストウッド●製作:クリント・イーストウッド/ ブライアン・グレイザー/ロバート・ロレンツ●脚本:ダスティン・ランス・ブラック●撮影:トム・スターン●音楽:クリント・イーストウッド●時間:137分●出演:レオナルド・ディカプリオ/ ナオミ・ワッツ/アーミー・ハマー/ジョシュ・ルーカス/ジュディ・デンチ/エド・ウェストウィック●日本公開:2012/01●配給/ワーナー・ブラザーズ(評価★★★☆)

ミリオンダラー・ベイビー [DVD]」 モーガン・フリーマン(アカデミー助演男優賞)
ミリオンダラー・ベイビー.jpgミリオンダラー・ベイビー02.jpg「ミリオンダラー・ベイビー」●原題:MILLION DOLLAR BABY●制作年:2004年●制作国:アメリカ●監督:クリント・イーストウッド●製作:ポール・ハギス/トム・ローゼンバーグ/アルバート・S・ラディ●脚本:ポール・ハギス●撮影:トム・スターン●音楽:クリント・イーストウッド●原案:F・X・トゥール●時間:133分●出演:クリント・イーストウッド/ヒラリー・スワンク/モーガン・フリーマン/ジェイ・バルチェル/マイク・コルター/ルシア・ライカ/ブライアン・オバーン/アンンソニー・マッキー/マーゴ・マーティンデイル/リキ・リンドホーム/ベニート・マルティネス/ブルース・マックヴィッテ●日本公開:2005/05●配給:ムービーアイ=松竹●評価:★★★★

《読書MEMO》
●『観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88
』 (2015/06 鉄人社)
ミリオンダラー・ベイビー_7893.JPG
<・ふぉんt>

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本当に脳科学? ジェンダー差別の再強化の一翼を担ってしまっているともとれる。

キレる女懲りない男.jpgキレる女懲りない男2.jpg  夫のトリセツ.jpg 妻のトリセツ.jpg
キレる女懲りない男―男と女の脳科学 (ちくま新書)』['12年]『夫のトリセツ (講談社+α新書)』['19年]『妻のトリセツ (講談社+α新書)』['18年]


 最近『夫のトリセツ』('19年/講談社+α新書)という本が売れているらしい(ウチでは家人がどういうわけか『妻のトリセツ』('18年/講談社+α新書)を買っていた)、その著者の最初の新書本。1953年生まれの著者は、42歳で男女脳のエッセイを初出版し、53歳で本書を出したそうですが、この本の中でも、「女性脳の取扱説明書(トリセツ)」と「男性脳の取扱説明書(トリセツ)」というのが大部分を占め、以降、同じパターンで繰り返してきた結果、最近になってブレイクしたという感じでしょうか。

男が学ぶ「女脳」の医学.jpg ただ、この内容で、単にエッセイとして読むにはいいけれど、「脳科学」を標榜するのはどうなのか。以前に、斎藤美奈子氏が、「ちくま新書」は"ア本"(アキレタ本)の宝庫であり、特にそれは男女問題を扱ったものに多く見られるとして、岩月謙司氏の『女は男のどこを見ているか』('02年/ちくま新書)や米山公啓氏の 『男が学ぶ「女脳」の医学』('03年/ちくま新書)を批判していたように思いますが、これもその「ちくま新書」です(10年置きぐらいで「男女脳」企画をやっている?)。

 読んでみて、解釈の課題適用(over generalization)が多いように思いました。例えば、ある寺の住職の「妻に先立たれた男性は三回忌を待たずに逝くことが多い。逆は長生きしますね」と言葉を引いて、「女性スタッフに愛される店は衰退しない。女性部下に愛される上司は出世する」とありますが、ありそうなことを2つくっつけて、いかにも同じ法則の基にそうなっているかに見せかけているだけではないででしょうか。こうした手法は、手を変え品を変え、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』においても、基本は変わって変わっていないようです。

 本書にしても『妻のトリセツ』にしても、「女性脳は、右脳と左脳をつなぐ神経線維の束である脳梁が男性と比べて約20%太い」など、男性と女性の脳の機能差を示すような具体的なデータを出して、「いきなりキレる」「突然10年前のことを蒸し返す」など夫が理解できない妻の行動の原因を脳の性差と結びつけ「夫はこういう対処をすべし」と指南してます

 しかし、朝日デジタルによると、脳科学や心理学が専門の四本(よつもと)裕子・東京大准教授は、「データの科学的根拠が極めて薄いうえ、最新の研究成果を反映していない」と言い、例えば「脳梁」で取り上げられたデータは、14人の調査に基づいた40年近く前の論文で、かつ多くの研究からすでに否定されているという。本に登場するそのほかのデータも「聞いたことがない」とのこと。朝日の記者が著者に主張の根拠を尋ねると、「『脳梁の20%』は、校正ミスで数値は入れない予定だった」とし、そのほかは「『なるほど、そう見えるのか』と思うのみで、特に述べることがありません」と回答があったそうです(ヒドイね)。

 斎藤美奈子氏は、例えば、女性は共感を、男性は問題解決を求めるというのはよく聞く話だが、でもそれは「脳」のせいなのか、仮にそうした傾向があったとしても、十分「環境要因決定説」で説明できるとしています(日々外で働く男性は、大事から小事まで、年中「問題解決」を迫られている。グズグズ迷っている暇はなく、トラブルは次々襲ってくるので、思考はおのずと「早急な解決方法」に向かう)。したがって、これは「脳の性差」ではなく、環境と立場の差であるとしています。

 これを聞いて想起されるのが、男女均等待遇がなかなか進まない原因としてよく問題になる「統計的差別」で、女性の採用や能力開発に積極的でない企業は、その理由を「統計的にみて女子はすぐ辞めるから」と言うものの、実はそうした考え方がますます差別を強化するということになっているというものです。それと同じパターンが本書にも当て嵌るかもしれません(ましてや本書の場合、「男性と同じ立場で働く女性」などの統計モデルのサンプルは少ないとされているのに、である)。

 同じく朝日デジタルによると、『なぜ疑似科学を信じるのか』('12年/DOJIN選書)の著書がある信州大の菊池聡(さとる)教授(認知心理学)は『トリセツ』について、「夫婦間の問題に脳科学を応用する発想は、科学的知見の普及という意味では前向きに評価できる。だが、わずかな知見を元に、身近な『あるある』を取り上げて一足飛びに結論づけるのは、拡大解釈が過ぎる。ライトな疑似科学に特有な論法だ」と話しているそうで、コレ、自分が本書を読んで最初に浮かんだ疑念と全く同じです。

 読み物として「そうそう」「あるある」と言って楽しんでいる分にはともかく、「脳科学」の名の元に妄信するのはどうかと(「脳科学」というより「心理学」か「心理学的エッセイ」、更に言えば「女性論・男性論」(的エッセイ)になるか)。大袈裟な言い方かもしれませんが、ジェンダー差別を再強化することの一翼を担うようになってしまうのではないでしょうか。別に読んで楽しんでもいいけれど(脳内物質で全部説明している米山公啓氏の本などよりは内容が練れている)、そうした批判眼もどこかで持っておきたいものです。

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雑学本としてオーソドックス。雑学にも「定番」がある?

IMG_7873.JPG大人の最強雑学1500.jpg  大人の博識雑学1000.jpg
大人の最強雑学1500』['19年]『大人の博識雑学1000 (中経の文庫)』['16年]
 チコちゃんに叱られる.jpgことば、生き物、地球・宇宙、地理、歴史、ワールド、人体、ライフ、文化・習慣、食べ物、スポーツ、芸術・娯楽、モノ・企業の13のジャンルから1500の雑学を集めたもの。NHKの「チコちゃんに叱られる!」が人気番組となったせいか、はたまた教養ブームのせいか、ここのところ雑学本が結構多く出版されているようですが、本書はその中でも「雑学総研」というところの本だけあってか、オーソドックスなものであるように思いました。

NHK「チコちゃんに叱られる」
「大人の最強雑学1500」  .jpg 単行本を文庫化したものでないのでタイムリーな話題も織り込まれている一方、かたちの上では文庫の改版でないとはいえ、同じ雑学総研の『大人の博識雑学1000』('16年/中経の文庫)とはかなり項目がダブっているので(実質的には同文庫の「増補改訂版」? やっぱり雑学ブームに"便乗"してやろうという狙いなのかなあ)、先に『大人の博識雑学1000』を買ってしまった人は留意しておいた方がいいと思います(実はこれ自分のことなのだが、3年経つと殆ど内容を忘れてしまうものだなあと。新鮮な気持ちで読めてしまった(笑))。

 珍談奇談の部類から、学術的に検証されているものまで、種々雑多な話題を分かりやすく提供してくれていて、ページ数も680ページ強と大部であるため、暇潰しにはもってこいという感じです。ことばの由縁などで諸説あるものはちゃんとそのことも記されていて、このあたりの丁寧さはNHKの「チコちゃんに叱られる!」などと似ている?

 そう言えば、以下は、それぞれの強調ポイントがやや違っていたりするかもしれませんが、「チコちゃんに叱られる!」でも取り上げられていたような記憶があります。

写真:「明屋書店」Twitterより

移動式銭湯.jpg●お風呂のことを「湯船」と呼ぶのは、船による「移動式銭湯」が江戸時代にあったため(473p)
シューマイとグリーンピース.jpg●「松竹梅」は中国の「歳寒三友」(冬の寒い季節に強いもの)に由来し、優劣は表さない(507p)
●シューマイとグリーンピースの組み合わせは昭和42年の日本の学校給食が始まり(538p)
●板チョコに溝があるのは、冷却する際に金型に接する面積を増やして早く固めるため(542p)
●サトーハチロー作詞「うれしいひなまつり」の「お内裏さまとおひなさま」は誤用である(597p)

homepage1.nifty.com

チコちゃんに叱られる 木彫りの熊.jpg 番組を全部チェックしているわけではないですが、それでもこれだけあるということは、雑学にも「定番」がある? ということなのでしょうか(それとも番組の出題担当者が本書をネタ本として使っているせいか)。
('19年11月29日放送の「チコちゃんに叱られる!」の「働き方改革のコーナー」で、早速に下記が登場。やっぱり番組の出題担当者が本書をネタ本に使っている?)
●なぜ北海道で木彫りの熊が名物なのか。その誕生の起源は尾張徳川家が冬の生活の糧としてスイスから持ち込んだから(186p)
「チコちゃんに叱られる!」('19年11月29日放送)
  

チコちゃんに叱られる 20200214.jpgチコちゃんに叱られる 湯舟.jpg('20年2月14日放送の「チコちゃんに叱られる!」(ゲストパネラー:前田敦子/土田晃之)で、「なんで浴槽のことを湯船っていう?」との上記と全く同じクエスチョンが登場。番組の出題担当者が本書をネタ本に使っている可能性がますます高まった?)
「チコちゃんに叱られる!」('20年2月14日放送)
 
 

《読書MEMO》
ガイ・フォークス.jpg●「ナイスガイ」の「ガイ」の起源は「アノニマス」で知られるガイ・フォークス(38p)
●「灯台下暗し」の「灯台」は「燭台」のこと(60p)
●「ターシャ」という繊細過ぎて自殺してしまうことがあるサルがいる(74p)
●食用豚の体脂肪率は14~18%で、人間ならモデル並み(82p)
●明治5年の第1回人口統計で全国一位の人口は広島県だった(178p)
天津甘栗 露店.jpg●「兄弟都市」ではなく「姉妹都市」というのは「都市」が女性名詞だから(278p)
●日本の玄関ドアが外開きなのは靴を脱ぐ習慣があるため(西洋は内開き)(455p)
●海外のワインは750ml瓶が一般的なのに対し日本は720ml瓶(日本酒の4合瓶に由来)(504p)
●「天津甘栗」は天津産ではなく、「天津港から出荷された栗」だった(505p)
●「スルメ」を「アタリメ」というのは「擦る目」を嫌った江戸時代の博徒の験担ぎから(526p)
ローソン.jpg●サイゼリアのキッチンには包丁が無い(ステーキもサラダもすべて加工済みのため)(645p)
●ローソンの看板にミルク缶が描かれているのは、起源がローソン氏の牛乳屋だったから(652p)
●化粧品製造・販売の「DHC」は、前身の翻訳業会社「大学翻訳センター」の略(661p)

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「作品の質×下水道が出てくる度合」で見ると「地下水道」が一番、「第三の男」が二番。

下水道映画を探検する.jpg  「地下水道」ド.jpg 「第三の男」es.jpg
下水道映画を探検する (星海社新書)』「地下水道 [DVD]」「第三の男」オーソン・ウェルズ

 下水道が出てくる映画ばかり59本を集めた映画ガイドで、日本で唯一の下水道専門誌「月刊下水道」で人気を博した連載の「まさかの新書化!」とのことです。ユニークな切り口というか、そもそも「月刊下水道」などという月刊誌があることを知りませんでした(Amazonで検索したらあった!)。

 著者(1954年生まれ)は下水道に関わる技師だったとのことで、2015年に名古屋市の下水道局を定年退職していますが、2009年より「スクリーンに映った下水道」を「月刊下水道」に連載開始、本書刊行時点で('16年)まだ毎月続いているそうです。

 「ネズミ編」「災害編」「モンスター編」「逃走路編」「強奪編」「隠れ家編」「脱獄編」「歴史編」と分かれていて、それでも名作映画、娯楽映画、アクション映画、パニック映画、モンスター映画といった異種映画が隣り合わせで並んだりするのが、「下水道」を切り口にした本書ならではの特徴かも。マニアックながらも、「下水道」について読者にもっと認知してもらいたいという著者の気持ちも伝わってきます(著者の肩書は「水PR研究家」となっている)。

「地下水道」 vhs.jpg 取り上げられている作品の中では、個人的には、アンジェイ・ワイダ監督の「地下水道」('56年/ポーランド)が「作品の質×下水道が出てくる度合」で見たら一番ではないかなと思います。著者も解説で、執筆にあたり参考にした文献を3冊挙げていて、力が入っている印象です。自分もそうでしたが、著者自身、過去に何回か観たときは、本物の下水道で撮影されたと信じて疑わなかったそうですが、諸資料に当たってみると、セット撮影だったと分かったそうです(プロでも見抜けなかったということか)。
地下水道 [VHS]」(カバーイラスト:安西水丸

第三の男
第三の男2.jpg第三の男 観覧車.jpg これと並ぶ傑作がキャロル・リード監督の 「第三の男」('49年/英)で、「下水道が出てくる度合」は「地下水道」より低いけれども、映画の重要なポイントで使われているように思います(これも参考文献3冊!)。本書によれば、主演のオーソン・ウェルズは、当初は役に気乗り薄で、下水道に降りると悪臭と冷気で肺炎になると嫌悪し、「この役はできないよ!」と叫んだそうな。監督にそこに立つだけでいいと懇願されて、それがカメラが回り始めると、10回も撮り直すほど撮影にのめり込んだというエピソードも貴重でした。

「レ・ミゼラブル」ジャン・ギャバン
les_miserables11jw.jpg ビクトル・ユーゴ―の『レ・ミゼラブル』を原作とする映画「レ・ミゼラブル」は4作品で下水道が描かれているそうで(ジャン・バルジャンは娘コゼットの想い人マリユスを下水道伝いに背負って救い出す)、個人的には、ジャン・ギャバン版('57年/仏・伊)、リーアム・ニーソン版('98年/米)、ヒュー・ジャックマン版('12年/英)を観ましたが、この中ではジャン・ギャバン版がストーリー的にも「下水道」的にもよく描かれていて、リーアム・ニーソン版はストーリー作品としては食い足りないが(ジャン・バルジャンの最期まで描かれていない)、下水道の映像は美しいとのことです。ヒュー・ジャックマン版は個人的には良かったけれども、下水道は暗すぎて良く分からなかった?

逃亡者 1993   01.jpg逃亡者 (1993年の映画) 02.jpg その他、ハリソン・フォード主演の「逃亡者」 ('93年/米)でもリチャード・キンブルが下水管(正しくは排水管だそうだ)から飛び降りるシーンはあったし、ショーン・コネリー主演の「ザ・ロック」('96年/米)でも、元イギリス情報局秘密情報部員のメイソンたちは下水管(これも正しくは排水管)を伝ってアルカトラズ島内に入っていくけれども、映画の中に占める比重はそう高くなかったように思います。

映画「アリゲーター」('80年/米.jpg映画「アリゲーター」1980.jpg 文章は読みやすく、各章の末尾にその作品で下水道が写っているシーンをちょこっと載せているのも親切です(これ集めるの、結構手間ではなかったか)。ただ、どうしても、「アリゲーター」('80年/米)みたいなワニとかネズミとかが出てくる動物パニックものとかが多くなってしまうので、その分、マニアック度が高くなってしまったきらいはあります。

アリゲーター [DVD]

 全体を通して、「作品の質×下水道が出てくる度合」で見たら「地下水道」が何といっても一番、「第三の男」が二番、ジャン・ギャバン版の「レ・ミゼラブル」がこれに続く三番という印象でしょうか。

地下水道 [DVD]
地下水道 [DVD].jpg地下水道.png地下水道.jpg「地下水道」●原題:KANAL●制作年:1956年●制作国:ポーランド●監督:アンジェイ・ワイダ●製作:ダリル・F・ザナック●脚本:イェジー・ステファン地下水道(米国版DVD).jpg・スタウィニュスキー●撮影:イェジー・リップマン●音楽:ヤン・クレンズ●原作:イェジー・ステファン・スタウィニュスキー●時間:96分●出演:タデウシュ・ヤンツァー/テレサ・イジェフスカ/エミール・カレヴィッチ/ヴラデク・シェイバル/ヤン・エングレルト●日本公開:1958/01(1979/12(リバイバル))●配給:東映洋画●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-04-10) (評価:★★★★☆) ●併映:「灰とダイヤモンド」(アンジェイ・ワイダ)
Kanal [DVD] [Import] (2003)米国版DVD

第三の男.gif第三の男 ポスター.jpg「第三の男」●原題:THE THIRD MAN●制作年:1949年●制作国:イギリス●監督:キャロル・リード●製作:キャロル・リード/デヴィッド・O・セルズニック●脚本:グレアム・グリーン●撮影:ロバート・クラスカー●音楽:アントン・カラス●原作:グレアム・グリーン●時間:104分●出演:ジョセフ・コットン/オーソン・ウェルズ/トレヴァー・ハワード/アリダ・ヴァリ/バーナード・リー/ジェフリー・キーン/エルンスト・ドイッチュ●日本公開:1952/09●配給:東和●最初に観た場所:千代田映画劇場(→日比谷映画) (84-10-15) (評価:★★★★☆)

レ・ミゼラブル ポスター.jpgレ・ミゼラブル-2.jpg「レ・ミゼラブル」●原題:LES MISERABLES●制作年:1957年●制作国:フランス・イタリア●監督・製作:ジャン=ポール・ル・シャノワ●脚本:ルネ・バジャベル/ミシェル・オーディアール/ジャン=ポール・ル・シャノワ●撮影:ジャック・ナトー●音楽:ジョルジュ・バン・パリス●原作:ヴィクトル・ユゴー●時間:186分●出演:ジャン・ギャバン/ダニエル・ドロルム/ベルナール・ブリエ/セルジュ・レジアニ/ブールヴィル/エルフリード・フローリン/シルヴィア・モンフォール/ジャンニ・エスポジート/ベアトリス・アリタリバ/フェルナン・ルドゥー/マーティン・ハーヴェット●日本公開:1959/06●配給:中央映画社(評価:★★★★☆)

THE FUGITIVE s.jpg「逃亡者」●原題:THE FUGITIVE●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:アンドリュー・デイヴィス●製作:アーノルド・コペルソン●脚本:デヴィッド・トゥーヒー/ジェブ・スチュアート●撮影:マイ逃亡者 (1993年の映画) last.jpgケル・チャップマン●音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード●原作:ロイ・ハギンズ●130分●出演:ハリソン・フォード/トミー・リー・ジョーンズ/ジェローン・クラッベ/セーラ・ウォード/ジュリアン・ムーア/アンドレアス・カツーラス/ジョー・パントリアーノ/ダニエル・ローバック/L・スコット・カードウェル/トム・ウッド/ジェーン・リンチ●日本公開:1993/09●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆)

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「絵のある」岩波文庫という切り口がユニーク。古典文学へのアプローチの一助となるかも。
「絵のある」岩波文庫への招待.jpg 絵のある 岩波文庫への招待 :.jpg  モーパッサンの『脂肪の塊』.jpg
「絵のある」岩波文庫への招待』(表紙版画:山本容子) モーパッサン『脂肪の塊』(水野 亮:訳)挿画
                            モーパッサン『脂肪のかたまり』(高山 鉄男:訳)挿画
モーパッサン『脂肪の塊』挿画.JPG 「絵のある」、つまり文中に挿し絵や図版を挿入されている岩波文庫―というユニークな切り口で、岩波文庫を約120タイトル、冊数にして約190冊ほど紹介したもの。まえがきによれば、「絵のある」岩波文庫の8、9割には達したのではないかとのことで、岩波文庫は実は「傑作挿し絵」の「ワンダーランド」であると―。

 かつて岩波文庫の古典文学は字が小さくて、同じ作品を読むなら新潮文庫で読んで、後で岩波文庫の方には挿絵があったことを知ったりしたこともあったりしました。絵があるのなら、最初から岩波文庫で読めば良かったと、買い直したりしていました。

 本書は2段組み350ページ強と大部ですが、文学評論というより「本の紹介」であり、文章はエッセイ風で柔らか目です(岩波文庫の堅いイメージを解きほぐそうとしたのか?)。切り口はまちまちで、時々話が脱線したりもしますが、一方で随所に、挿絵を介してみた作品に対する著者の鋭い分析がありました。これだけの作品を先に手元に集めて一気に読むとなると、結構たいへんな作業かも。労作と言っていいのかもしれません。

小出 龍太郎『小出楢重と谷崎潤一郎 小説「蓼喰ふ虫」の真相』['06年/春風社]
小出楢重と谷崎潤一郎_.jpg蓼喰う虫2.jpg 思い出深いところでは、谷崎潤一郎の『蓼食う虫』の小出楢重の挿画などは良かったなあ。人形浄瑠璃を桝席で鑑賞する図(36p)なんて、挿絵が無いと現代人は想像がつかないでしょう。本書にもありますが、小出楢重の挿画は、小さい頃からの楢重の地元である関西を舞台にしたこの作品において、関東大震災後に関西に移り住んでまだ5年しか経っていなかった谷崎の文章とちょっと張り合っている印象があります。小出龍太郎『小出楢重と谷崎潤一郎―小説「蓼喰ふ虫」の真相』['06年/春風社]によれば、小出楢重と谷崎潤一郎は双方に刺激し合って(むしろ谷崎が楢重に励まされる感じで)この作品を作り上げていったようです(谷崎作品では『』の棟方志功の版画もいいが、これは「中公文庫」。本書では時々中公文庫をはじめ岩波文庫以外の挿画入り文庫も出てくる)。

「絵のある」岩波文庫への招待200_.jpg モーパッサンの『脂肪の塊』の挿画も分かりよかったです。「ブール・ド・シュイフ」(脂肪の塊)と呼ばれた主人公がどんな風だったのかイメージ出来ます(122p)。本書の表紙にも中央やや右下に描かれていますが、文庫の挿絵と比べ反転しています(カバー挿画は、赤い表紙の本がそれぞれピンポイントになっているように、原版のコピーでは山本容子.jpgなく、山本容子氏のオリジナル版画だそうだ。表紙を見ているだけでも、どの作品の挿画かとイメージが掻き立てられるなどして楽しい)。因みに、モーパッサンは『メゾン テリエ』も挿画入りです。

濹東綺譚(ぼくとうきだん) 永井荷風.jpg また日本に戻って、永井荷風の『濹東綺譚』の木村荘八の挿絵。主人公とお雪が雨宿りしたところで出会う場面(162p)などは、もうこの作品のイメージを完全に形作ってしまったという印象で、タイトルに「現代挿画史に残る不朽の名作」とあるのも納得です。

 読んだことのない作品の方が圧倒的に多いものの、この作品にこんな挿画が使われているのかということを新たに知ることが出来て良かったです。実際、読めるかどうかは分かりませんが、まだ読んだことがない本への関心が高まったのは事実であり、古典文学へのアプローチの一助、その方法の一種となるかもしれないと思いました。

「絵のある」岩波文庫をご紹介.png六本木「アカデミーヒルズ」エントランス・ショーケース展示「絵のない本なんてつまらない!~「絵のある」岩波文庫」(2018年9月)

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「ビジネス系と文学系に分けて、自分で課題本を決める」でいいのだと。自信になった。

読書会入門.JPG読書会入門 人が本で交わる場所.jpg  猫町倶楽部   .jpg 猫町倶楽部
読書会入門 人が本で交わる場所 (幻冬舎新書)

 読書会は「今、密やかに大ブーム」(本書帯より)になっているそうですが、本書は、名古屋、東京、大阪などで年200回以上開催し、のべ約9000人が参加しているという日本最大規模の読書会「猫町倶楽部」の主宰者が、読書会の魅力を語るとともに、参加の仕方、会の開き方からトラブル対処法までを伝授したものです。自分も個人的に小さな読書会を主宰していますが、ほんとに小規模であり、読書会を続けていくのはたいへんだなあと時折思います。その点で、本書は読書会の意義を再認識させてくれるとともに、運営のコツなどの面でたいへん参考になりました。

 著者がごく近い知人らと身内で読書会を最初スタートしたのは2006年で、2008年には地元の中日新聞に取り上げられ、2009年には本拠地である名古屋を飛び出して東京で開催するようになり、2013年には1回の読書会で300人を超える人が集まったとか。ビジネス書を扱う「アウトプット勉強会」と別に、「文学サロン月曜会」という分科会を立ち上げ、東京進出時に全体の呼称として「猫町倶楽部」に統合し、その後、映画を扱う「シネマテーブル」や芸術全般を扱う「藝術部」、性愛をテーマにした「猫町アンダーグランド(猫町UG)」などの分化会を立ち上げたということで、今はちょっと組織が大きく複雑になり過ぎた感じがしなくもないですが...。

 読書会の魅力について、自分の好みや思想に合ったものだけと向き合って、そうでない情報を知らず知らずのうちに遮断していると偏狭的になりがちなところ、読書会で知らない人が勝手に決めた課題本を読んで、その会に参加しなければ出会わなかった人と言葉を交わすことで、ノイズを取り入れることができ、それによって日頃包まれているフィルターバブルの一歩外に出ることができるというのは、読書会のメリットを旨く言い表しているように思いました(そう言えば、ビジネスの世界でも最近、コミュニティの重要性が言われている)。

猫町倶楽部.jpg 課題図書に合わせた"ドレスコード"(浴衣で参加とか)のある読書会をやったりとか、或いは課題図書の作者を招聘してダンス形式でやったりとか、結構いろんな形のイベント形式での読書会をやっていて、この著者はもともと学生時代、"チーム"(今の暴力沙汰の多い"チーマー"の前の穏やかだった頃のグループ)に属してたとのことで、イベントを企画し実施するのが好きだっただろうなあ。それにしても、本業の仕事の時間4割、残り6割は読書会の運営に割き、しかも読書会から得る報酬は一切無しでやっているというのはスゴイことです。こう書くと何だか単に奇特な人とかお目出たい人のようにも思えますが、多数のサポーターの使い方などにおいても、組織が硬直化しないようにそれなりに考えてやっていることが窺えます。

 いいなあと思ったのが、ビジネス系の「アウトプット勉強会」と文学系の「文学サロン月曜会」を「猫町倶楽部」に呼称統合した後も、分科会としての「アウトプット勉強会」と「文学サロン月曜会」は分けて実施していて、両方のバランスをとっているということです。最近になってビジネスの世界でもリベラル・アーツの重要性が注目されていますが、ココは最初からそれをやっているなあと。実は、自分が主宰する読書会でも最初から同じように分けていて、「ああ、これでいいのだ」という自信になりました。

 巻末に「猫町倶楽部」のこれまでの課題本について、「名古屋アウトプット勉強会」150回分と「名古屋文学サロン月曜会」140回が紹介されていて、意外とオーソドックスでした(ビジネス、文学とも自分がやっている読書会と少なからず重なるものがあった)。ただし、著者は、課題本を選ぶときは合議性にせず、"私がやりたいことをやる""私がやりたくないことはやらない"と決めているそうで、これを貫くことでモチベーションを下げないようにしているとのことです。この点はなるほどなあと思いました(おかしな"自己実現本"や読んでも読まなくてもいい"通俗本"などが課題本に入ってこないようにする狙いもあると思う)。自分の場合、ビジネス系は著者同様に自分がワンマンで決めているし、文学系は一応合議制はとるものの、その中でも自分がやりたいものをやるようにしています。この点も「ああ、これでいいのだ」という自信になりました。

 ということで、天と地ほどの規模の差はありますが、読書会を主宰する者として、ビジネス系と文学系に分けて、自分主体で課題本を決めるやり方について、「ああ、これでいいのだ」という自信をつけてくれた本でした。

【読書MEMO】
●目次
目次
第1章 読書会が人生を変えた
第2章 読書会とは何か?
第3章 読書会の効果
第4章 読書は遊べる
第5章 読書会は居場所になる
最終章 「みんなで語る」ことの可能性

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作品遍歴としても個々の作品解説としても読める。最初は"ついでに面接した娘"だった。

美と破壊の女優 京マチ子.jpg京マチ子 雨月物語.jpg 鍵 1959 京.jpg
雨月物語」('53年/大映)/「」('59年/大映)
美と破壊の女優 京マチ子 (筑摩選書)

京マチ子 死去 朝日新聞.jpg 今年['19年]5月に亡くなった京マチ子(1924-2019)に関する女優論。映画デビュー後、瞬く間にスターの座に上り詰め、日本映画の黄金期を駆け抜けた彼女は、強烈な肉体美で旧弊な道徳を破壊したかと思えば、古典的で淑やかな日本女性を演じてみせ、バンプから醜女、喜劇からシリアスな役まで、多彩な役を変幻自在に演じた女優でもあります。本書は、100本以上にのぼる彼女の出演作から代表的なものを選び、作品ごとに彼女がどのように変遷を遂げてきたかを、その魅力とともに語っています。

 こうして見ると、実際に彼女は作品ごとに大きな変化を遂げてきたことが分かり、著者が京マチ子のことを「美と破壊性をあわせ持つ無二の女優」としているのよく分かりました。作品遍歴としても個々の作品解説としても読めるとともに、彼女の主演作が海外の名だたる映画祭で高く評価されたのはなぜか? 戦後、多くの日本人に熱烈に支持されたのはなぜか? といったことにも考察が及び、更には、京マチ子の出演した映画やその反響等を通じて、戦前から戦後の日本社会を分析する本にもなっています(この辺りは著者が大学教授であることも関係していると思われるが、やや拡げ過ぎか)。

羅生門」('50年/大映)
京マチ子 羅生門.jpg やはり前半の、初期作品の解説が、知ら牝犬 [DVD].jpgないことも多くて興味深かったです。そもそも個人的に観ていない作品が多くありますが、その内の1つで、「羅生門」('50年/大映)の翌年に公開された「牝犬」('51年/大映)を著者は高く評価していて(本書の表紙には「牝犬」のスチール写真が使われている)、観てみたい気になりました。DVD化されていますが、意外と「羅生門」や「雨月物語」('53年/大映)は観ていても、こうした話題の狭間にある作品は、観る機会がなかったり、見落としていたりするものです。「牝犬 [DVD]

痴人の愛」('49年/大映)with 宇野重吉
痴人の愛 京マチ子.jpg痴人の愛 京マチ子 宇野重吉 .jpg エピソードとして最も興味深かったのは、第1章の「痴人の愛」('49年/大映)(共演の宇野重吉が彼女を絶賛している。今鍵 修復版 [Blu-ray].jpg月['19年9月]、「」('59年/大映)などと併せて修復版[Blu-ray]がリリースされた)のところにある、京マチ子の本格デビューに至る経緯でした。大映の企画本部長だった松山英夫が'49年に、新人をスカウトしようと大阪松竹歌劇団の目当ての踊子を観に行ったところ、同じ舞台にすらりとして豊満な踊子がいて、本命の踊子とセットで面接することに。ところが会ってみると、ニキビが噴き出た顔と大阪弁丸出しの"ついでに面接した娘"(京マチ子)に幻滅した。それが、カメラテストのフィルムを後で回してみると、瑞々しい肢体と何とも言えぬ色気に「これはいける!」ということになったそうです。「鍵 修復版 [Blu-ray]

花くらべ狸御殿0.jpg これにより京マチ子は、「最後に笑う男」('49年/大映)で本格デビューし、以降、「痴人の愛」を含め「花くらべ狸御殿」('49年/大映)から「蛇姫道中」('49年/大映)までこの年だけで5作品に、翌年には「羅生門」など7作品に、さらにその次の年にも「偽れる盛装」('51年/大映)、「源氏物語」('51年/大映)など7作品にいづれも主役乃至は重要な役どころで出演していますから、運命と言うのは分からないものです(大阪松竹歌劇団の舞台で、そのスカウトが本命視していた踊子と一緒に出ていなかったらどうなった?)。

花くらべ狸御殿」('49年/大映)with 水の江滝子

 作品の年代順に解説されているので分かりやすく、巻末に、京マチ子のフィルモグラフィーとして、100作を越える出演映画のリストがあるのも丁寧です。こうした本が出るころに、本人が亡くなってしまうというのが、95歳とほぼ長寿を全うしたと言えるにしても、ちょっと寂しい気がします。

 本書にも、京マチ子が海外のスタート並んで写っている写真のある新聞記事が紹介されていますが、(本書にはないものの)個人的には、1955年のヴェネチア国際映画祭で、当時売り出し中のソフィア・ローレンと並んで写っている写真が印象に残っています(当時の実績では、出演作の「羅生門」「雨月物語」が同映画祭のそれぞれグランプリと銀獅子賞を獲得している京マチ子の方が上)。

 著者は、「京マチ子に関しては、驚くほど忘却されたままである」としていますが、亡くなったときに結構「まだ生きていたの」的な声が聞かれたように思います。ただし、さすがに亡くなった直後に、雑誌「キネマ旬報」と「ユリイカ」で「京マチ子」特集が組まれています。

京マチ子とソフィア・ローレン(1955年・ヴェネチア)
京マチ子とソフィア・ローレンD.jpg 京マチ子とソフィア・ローレン.jpg

《読書MEMO》
●目次
序章 京マチ子の誕生前夜
第1章 肉体派ヴァンプ女優の躍進
第2章 国際派グランプリ女優へ
第3章 真実の京マチ子―銀幕を離れて
第4章 躍動するパフォーマンス―文芸映画の京マチ子
第5章 "政治化"する国民女優―国境を越える恋愛メロドラマ
第6章 "変身"する演技派女優―顔の七変化
第7章 闘う女―看板女優の共演/競演
終章 千変万化する映画女優

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嬰児殺や心中も虐待死として捉え、虐待死の全容を分析し予防策を提案している。

虐待死x3j.jpg虐待死1.jpg    児童虐待 現場からの提言.gif
虐待死 なぜ起きるのか,どう防ぐか (岩波新書)』['19年]『児童虐待―現場からの提言』['06年/岩波新書]

 2000年に児童虐待防止法が施行され、行政の虐待対応が本格化したものの、それ以降も、虐待で子どもの命が奪われる事件は後を絶たない状況が続いています。長年、児童相談所で虐待問題に取り組んできた著者が、多くの実例を検証し、様々な態様、発生の要因を考察、変容する家族や社会のあり様に着目し、問題の克服へ向けて具体的に提言したものが本書であるとのことで、『児童虐待―現場からの提言』('06年/岩波新書)の"その後"編とも言える本でした。

 執筆のスタンスの特徴としては、一つは、未来ある子どもの死が私たちの心を激しく揺さぶるからこそ、努めて冷静な筆致を保つようにしたこと、一つは、多くの人に読んでもらえるよう平易な表現に努めたこと、そしてもう一つは、各事例について具体的で詳細な内容を知ることは不可欠だが、個人を特定する必要ないとしたこととのことです。このあたりは、新聞・週刊誌系の出版社から刊行される同じテーマを扱った本とはやや異なるかも(岩波新書らしい?)・ただし、最後の「個人を特定しない」ことについては、「社会的に広く認知された事例とそうでもない事例があることから」地名や発生年の記述の具体性にはむらが出たとのことです。

 第1章で、虐待死の実態を検証しつつ、「虐待死の区分仮説」を示していますが、その特徴としては、まず「心中」を虐待死に含めていることにあり、虐待死を「心中以外」と「心中」に分け、さらに「心中以外」の中に、従来の「身体的虐待」と「ネグレクト」のほかに「嬰児殺」という分類項目を設けていることにあります。そして、以下章ごとに、「暴行死」「ネグレクト死」「嬰児殺」「親子心中」の順で解説し、最終章で、虐待死を防ぐためにどうすればよいかを提言してます。

代理ミュンヒハウゼン症候群.jpg 第2章は「暴行死」を扱い、ここでは、「体罰」とい目黒区5歳女児虐待死事件.jpg野田市小4女児虐待事件.jpgうものが、かつては「しつけ」と「虐待」の中間に位置するグレーなものであったのが、2019年の改正児童虐待防止法により、「しつけ」のための「体罰」が禁止されたため、「虐待」とイコールになったことを解説しています。冒頭に事例として、2010年に江戸川区で起きた、小学1年生の男児が継父の暴行を受けて死亡した事件を取り上げていますが、2018年の「目黒区5歳女児虐待死事件」、2019年の「野田市小4女児虐待事件」も取り上げられています。また、ステップファミリーの問題のほか、産後うつや、代理代理ミュンヒハウゼン症候群についても((南部さおり『代理ミュンヒハウゼン症候群』('10年/アスキー新書)などを引いて)解説されています。

「目黒区5歳女児虐待死事件」(2018年)
「野田市小4女児虐待事件」(2019年)

大阪二児置き去り死事件1.jpgルポ 虐待2.jpg 第3章では「ネグレクト」を扱い、ここでは冒頭に2010年発生の「大阪市二児餓死事件」を取り上げ(杉山春『ルポ 虐待―大阪二児置き去り死事件』('13年/ちくま新書)などを引いて)、児童相談所のが「立入調査」に加えて「隣県・捜索」ができるよう制度改正されても、まだまだ残る壁があることを示しています。その一つが、居所不明児童の問題であり、また、ネグレクトの背景には、貧困や居住空間の分離などさまざまな要因があることを事例やデータから示しています。

「大阪市二児餓死事件」(2013年)

慈恵病院こうのとりのゆりかご.jpg 第4章では「嬰児殺」を扱っており、もともと日本には戦国時代から江戸時代、さらには明治時代にかけて風習として"間引き"があったとして嬰児殺の歴史的ルーツを探るとともに、赤ちゃんポストとして知られる慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」が参考にしたドイツの内密出産法を紹介するなどしています。

慈恵病院「こうのとりのゆりかご」

 第5章では「親子心中」を扱っており、「心中」を虐待死に含めていることが本書の特徴の1つであるわけですが、0歳児が多い「心中以外」の虐待死に比べ「心中」による虐待死は被害児の年齢別割合にバラつきがあるなど、その特徴を分析するとともに、かつて親子心中が美化されていた時代があったことを指摘しています。また、「実母」が単独加害者であることが全体の4分の3近くを占めるとともに、「実母」が単独加害者の場合は「母子」心中が98%だが、「実父」が単独加害者の場合は、「父子心中」が52%、「父母子心中」が43%になるとことをデータ化から示しています(要するに、父親が加害者の場合は、 "一家心中"にばることが多いということになる)。

 最終章の第6章で、これら虐待死を防ぐにはどうすればよいkを総括していますが、著者は、これまで紹介してきた法整備や児相におけるマニュアル作りは今後も進めていかなければならないが、それだけでは虐待死は未然に防げるものではなく、学校や児童相談所の関係者自身が、子どもたちが「どこか変」と感じ取る感性を磨くことが大切であるとし、また、具体的な手段としては、ジェノグラム(相互の関係性まで示した簡易な家系図)の活用を提案しています。また、ソーシャルワーカーという仕事の重要性も説いています。

 立場的には児童相談所の側から書かれていますが、虐待死の問題の難しさを見つめながらも、これまでの経験をどう活かすかという前向きな姿勢が見られます。前著『児童虐待―現場からの提言』と併せて読まれることをお勧めします。

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コンビニ外国人へのインタビュー等を通じて日本の外国人労働者の実態を浮き彫りに。

コンビニ外国人.jpg コンビニ外国人2.jpg 芹澤 健介.jpg 芹澤 健介 氏
コンビニ外国人 (新潮新書)』['18年]    右下図:「東洋経済オンライン」(2018-11-19)より

特定技能2.jpg コンビニで外国人が働いている光景は今や全く珍しいものではなく、都市部などではコンビニのスタッフに占める外国人の方が日本人よりも多い店もあります。本書はそうしたコンビニで働く外国人を取材したものですが、コンビニ店員に止まらず、技能実習生、その他の奨学生、さらには在留外国人全般にわたる幅広い視野で、日本の外国人労働者の今の実態を浮き彫りにしています。

 第1章では、彼らがコンビニで働く理由を探っています。外国人のほとんどは、日本語学校や大学で学びながら原則「週28時間」の範囲で労働する私費留学生であり、中国・韓国・ベトナム・ネパール・スリランカ・ウズベキスタンなど、様々な国からやってきた人々で、とりわけベトナム人、ネパール人が急増中とのこと。ベトナムは今や日本語ブームだそうです。

 第2章では、留学生と移民と難民の違いを今一度整理し、さらに、政府の外国人受け入れ制度にどのようなものがあるかを纏め、それらを諸外国と比較しています。「移民」の定義は外国と日本で異なり、日本における「移民」の定義というのは非常に限定的なものになっていることが分ります(安倍晋三首相も「いわゆる移民政策は取らない」と今も言い続けているが、2019(平成31)年度から在留資格「特定技能1号・2号」が新設されたことにより、これまでの政府の「移民政策は取らない」という方針は名目(言葉の定義)上のものとなり、実質的には方針転換されたことになる)。

 第3章では、コンビニ外国人を取材したもので、東大院生から日本語学校生までさまざまな人たちがいます。著者が直接インタビュー取材しているため、非常にシズル感があります。

 第4章では、技能実習生の実態を報道記事などから追っています。因みに、日本はコンビニにおける外国人労働者の雇用において、「技能実習生」は対象外で、コンビニ店員の外国人労働者は「留学生のアルバイト」で賄われている状況ですが、本書にもあるように、「日本フランチャイズチェーン協会」が、外国人技能実習制度の対象として「コンビニの運営業務」を加えるよう、国に申し入れています。しかしながら、本書刊行後の'18年11月の段階で既に技能実習対象の「職種」からコンビニ業務は漏れています(新たに設けられた「特定技能」の対象として「建設業」「外食業」「介護」など14の「業種」があるが、こちらにも入っていない)。

 第5章では、「日本語学校の闇」と題して、乱立急増している留学生を対象とした日本語学校に多く見受けられるブラックな実態を追っています。結局、コンビニなどで働くには「留学生」という資格が必要で(「留学生」という東京福祉大学 外国人.jpg資格を得た上で「資格外活動」としてコンビニで働く)、その「留学生」という資格を得るがために日本語学校に入学するという方法を採るため、そこに現地のブローカー的な組織も含めた連鎖的なビジネスが発生しているのだなあと。本書には書かれていませんが、この「鎖」の一環に日本語学校どころか大学まで実態として噛んでいたと考えられることが、今年['19年]3月にあった東京福祉大学の、「1年間で700人近い留学生が除籍や退学、所在不明となった」という報道などから明らかになっています。

TBS「JNN NEWS」(2019-03-15)

 第6章では、コンビニなどで働きながら、ジャパニーズ・ドリームを思い描いて起業に向けて頑張っている外国人の若者たちを紹介、第7章では、自治体の外国人活用に向けた取り組みや、地方で地場の産業や地域活性化を支えている外国人と住民たちの共生の工夫等を紹介しています。

 書かれていることは報道などからも少なからず知っていたものもありましたが、こうして現場のインタビューを切り口に全体を俯瞰するような纏め方をした本に触れたのは、それなりに良かった思います。

 第4章の技能実習の制度も、劣悪な労働条件や(かつては3年間最低賃金の適用はなかった)、行方不明者・不法就労などこれまで多くの問題を生み出してきたし、今回の新たに「特定技能」を設けた法改正も、違法な実態があるものの元には戻せないため、法律の方をどんどん適用拡大せざるを得なくなっているというのが実情ではないでしょうか。

 さらに、本書でも「日本語学校の闇」と題された問題は、先述の通り、専門学校だけでなく大学までがこの言わば"入学金ビジネス"に参入していて、これはこれで新たな大問題だと思います。

改正入管法 外国人労働者 image1.jpg ただし、本書を読んでも感じることですが、日本における外国人労働者は増え続けるのだろなあと。今回「特定技能」の対象となった農業・漁業、建設業、外食業などをはじめ、外国人労働力無しには既に成り立たなくなっている業界があるわけだし。中国人と日本人の所得格差が小さくなり中国から人が来なくなれば、今度はべトナムからやって来るし、ベトナム人が最初は労働者として扱ってくれない日本よりも最初から労働者として扱ってもらえる台湾に流れ始めると、今度はネパールやスリランカから来るといった感じでしょうか。この流れは当面続くと個人的には思います(まだ「アフリカ」というのが残っているし)。

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「結婚が不要な」社会と「結婚したい人が結婚できない」社会が同時進行する今の日本。

結婚不要社会 (朝日新書).jpg 結婚不要社会 (朝日新書) - コピー.jpg 山田 昌弘.jpg 山田 昌弘 中央大学教授
結婚不要社会 (朝日新書)』['19年]
結婚不要社会の到来.jpg なんのための結婚か? 決定的な社会の矛盾がこの問いで明らかに―。好きな相手が経済的にふさわしいとは限らない、経済的にふさわしい相手を好きになるとも限らない、しかも結婚は個人の自由とされながら、社会は人々の結婚・出産を必要としている...。これらの矛盾が別々に追求されるとき、結婚は困難になると同時に、不要になるのである。平成を総括し、令和を予見する、結婚社会学の決定版!(「BOOK」データベースより)

 『結婚の社会学―未婚化・晩婚化はつづくのか』('96年/丸善ライブラリー)以来、20年以上にわたって結婚について研究し、その後も『「婚活」時代』('08年/ディスカヴァー携書、白河桃子氏との共著)などを世に送り出している社会学者による本です。

 著者自身は「婚活」を推進し続ける立場ですが、今日の日本社会は結婚不要社会に向かっており、且つ、この社会的トレンドは、「結婚したい人が結婚できない」という困難を克服することには残念ながら繋がっていないとしています。

 まず第1章で、結婚困難社会となった日本の現状を分析し、第2章から第6章にかけて、結婚というものを再考(第2章)、結婚の歴史を、結婚不可欠社会としての近代(第3章)、皆結婚社会としての戦後(第4章)、「結婚不要社会」となった現代(第5章)とその変遷を振り返り、同時に現代は結婚困難社会でもあるとしてその対応を探っています(第6章)。

 本書によれば、著者が『結婚の社会学』を著した'96年から'18年までの22年間の大きな変化は、結婚が「したければいつでもできる」ものから「しにくいもの」になってきているということです。その原因として、近代の結婚は、経済的安定と親密性との両方を実現する制度だったものが、若者の所得格差が大きくなったために、この両方を満たすことが難しくなったとのことです。

 日本では、事実婚や同棲が好まれないだけでなく、「貧乏な恋愛ならしたくない」という意識が強いので、結婚に踏み切れない若者が多く、こうしたことが結婚困難社会の要因となっている。一方で、パートナーがいなくても、それなりに楽しく生活できる仕組みが日本にはたくさんあり、「パラサイト・シングル」と呼ばれる、親とずっと同居する若者は多く、それなりに豊かに暮らせるし、独身女性は、女性の友達や母親と仲良しという人が多いとのことで、こうしたことが結婚不要社会の要因となっているということのようです。

 本書の中では、同じく「結婚不要社会」化が進んでいる欧米との対比が興味深かったです。著者は、欧米は、結婚は不要だけれども、幸せに生きるためには親密なパートナーが必要な社会であり、それに対して日本は、たとえ配偶者や恋人のような決まったパートナーがいなくても、なんとか幸せに生きられる社会になったというのが著者の結論です。

 その根底には、パートナーがいないとみっともないという意識(=パートナー圧力)が強い欧米と、そうしたパートナー圧力が無く、「母と二人きりで遊びに行っても恥ずかしくない」という日本人ならではの意識との違いがあるとのことです。また、日本でも離婚が増えていますが、日本では経済的な満足度が低下すると離婚し、欧米では親密性の満足度が低下すると離婚するとのこと。ただ今の日本の離婚は次第に欧米型に近づいてきているのではないかとのことです。

 著者は、日本社会と欧米社会の一番大きな違いは世間体であり、日本でも世間体や見栄によらない新しい人たちが出てきてはいるものの、それはまだ特殊ケースであって多数派になっておらず、この「どうせ結婚するなら皆に羨まれる結婚したい」といった世間体へのこだわりが、、「結婚したい人が結婚できない」状況に繋がっているとみているようです(更には、「婚活」の拡がりも、"おひとりさま"になりたくないという世間体が動機づけになっているとのこと)。

 今の日本はなぜ結婚する人が減り、少子化状態になってしまっているのか。何となくは原因が分からなくもなかったですが、本書を読んである程度すっきりしたというか、今の日本で起きていることが分りやすく整理されている本でした。

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知識のブラッシュアップだけでなく「おさらい」という意味で分かりやすい良書。

新・天文学入門 カラー版.jpg新・天文学入門 カラー版3.jpg新・天文学入門 カラー版2.jpg 天文学入門 カラー版.jpg
新・天文学入門 カラー版 (岩波ジュニア新書)』['15年]/『天文学入門―カラー版 (岩波ジュニア新書 (512))』['05年]

 わたしたち人間は、どこからやって来たのだろう。ルーツを探しに、宇宙の旅に出かけよう。地球から太陽系、天の川銀河、そして宇宙のはじまりへ。美しい写真と図版をたどりながら、惑星・恒星・銀河の成り立ちや、わたしたちと宇宙とのつながりが学べます。(裏表紙口上より)

 『天文学入門 カラー版』('05年/岩波ジュニア新書)を10年ぶりに大幅改訂したものです。初版にはあった「星・銀河とわたしたち」というサブタイトルが外れていますが、「わたしたちのつながりから宇宙をながめる」というコンセプトは継承されています。

 初版については、入門書とはいえ、近年の天文学はどうなっているのか、ある程度の予備知識がないと難しいのではないかとも思われましたが、その分、ジュニア向けに限らず、普通に大人が読んでも満足が得られる内容であったとも言え、結局、著者らによれば好評を博した(つまりよく売れた)とのことです。

 改訂版は、探査機の成果や系外惑星の発見、ダークマターやダークエネルギーなど、最新の研究を取り入れ、新しい写真・図版も多数掲載したとのことで、写真が奇麗なのと図版が分かりやすいのが本書の特徴ですが、カラー版の特性をよく活かしているように思いました。

 思えば、年を追うごとにいろいろな発見やそれに伴う天文学のトレンドの変化があるなあと。例えば、第2章の太陽系の説明のところにでてくる冥王星は本書にあるとおり、初版刊行の翌年(2006年)の国際天文学連合総会で惑星ではないと決められ、冥王星型天体(準惑星=ドワーフ・プラネット)と呼ばれるようになっています。余談ながら、ミッキーマウスのペットの犬・プルートの名前の由来にもなったように、唯一アメリカ人が発見した「惑星」でした(冥王星が「惑星」の座から陥落した当時、ディズニーは「(プルートは)白雪姫の『七人の小人(ドワーフ)』たちとともに頑張る」との声明を出した)。

 太陽系外惑星も、1995年の最初の発見から本書刊行時の2005年までの20年間で2000個以上発見されたというからスゴいことです。中には太陽系に似た太陽系外惑星系も見つかっているとして、その構成が紹介されています(ホントに似ている!)。アメリカの天体観測衛星ケプラーは、すでに3000個以上の形骸惑星候補を発見しているとのことで、この辺りは今最も新発見の続く分野かもしれません(そう言えば、ダイヤモンドが豊富に含まれている可能性がある惑星が見つかったという話や、表面に液体の水が存在し得る、或いはハビタブルゾーン内に位置していると思われる惑星が見つかったという話があったなあ。星ごとダイヤモンドだったらスゴイが、取り敢えずはダイヤより水と空気が大事か)。

 このように、宇宙そのものはそんな急には変わらないのでしょうが、人類が宇宙についての新たな知識を獲得していくスピードがなにぶん速いため、時々知識をブラッシュアップすることも大事かもしれません。本書自体も今年['19年]で刊行からもう4年経っていますが、知識のブラッシュアップだけでなく「おさらい」という意味で分かりやすい良書だと思います。

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「温泉文学論」と言うより、温泉に関係した個々の作品・作家論。さらっと読めて興味深い。

温泉文学論 (新潮新書).jpg 川村 湊.jpg 川村 湊 氏 1作家と温泉ge1.jpg 作家と温泉―お湯から生まれた27の文学 es.jpg
温泉文学論 (新潮新書)』['07年]/『作家と温泉---お湯から生まれた27の文学 (らんぷの本)』['11年]

 幸田露伴が問い、川端康成が追究した「温泉文学」とは何か? 夏目漱石、宮澤賢治、志賀直哉...名作には、なぜか温泉地が欠かせない。立ちのぼる湯煙の中に、情愛と別離、偏執と宿意、土俗と自然、生命と無常がにじむ。本をたずさえ、汽車を乗り継ぎ、名湯に首までつかりながら、文豪たちの創作の源泉をさぐる異色の紀行評論(「BOOK」データベースより)。

 日本の近代文学には温泉のシーンが少なからずあり、またそれ以上に、作者自身が温泉宿に籠って書き上げた作品が多いため、本書のような「温泉文学」論があってもいいかなという気がします。ただし、本書の前書きに、川端康成の「温泉文学はみんな作者が客間に座っている」という言葉が紹介されていて、著者は、川端康成が示唆した「ほんたうの温泉文学」はいまだ書かれていないということだろうとも言っています。

 本書についても、「温泉文学」論と言うより、温泉に関係した作品や作家の、個々の作品・作家論という印象でした。切り口は様々で、こうした自在な切り口の前提として、いずれも「温泉」繋がりであることがあるように思われました(「温泉」繋がりであることがその自在性を許している?)。取り上げている作品と関連する温泉は以下の通りです。

 第1章 尾崎紅葉『金色夜叉』―― 熱海(静岡)
 第2章 川端康成『雪国』―― 越後湯沢(新潟)
 第3章 松本清張『天城越え』―― 湯ヶ島(静岡)、川端康成『伊豆の踊子』--― 湯ヶ野(静岡)
 第4章 宮澤賢治『銀河鉄道の夜』―― 花巻(岩手)
 第5章 夏目漱石『満韓ところどころ』―― 熊岳城・湯崗子(中国)
 第6章 志賀直哉『城の崎にて』―― 城崎(兵庫)
 第7章 藤原審爾『秋津温泉』――奥津(岡山)
 第8章 中里介山『大菩薩峠』―― 龍神(和歌山)、白骨(長野)
 第9章 坂口安吾『黒谷村』―― 松之山(新潟)
 第10章 つげ義春『ゲンセンカン主人』―― 湯宿(群馬)

 尾崎紅葉の『金色夜叉』がアメリカの小説の翻案というか焼き直しであることは初めて知りました。川端康成の『雪国』が「R‐18指定の成人小説」であるとうのはナルホドという印象(だから「伊豆の踊子」と違って教科書に載らないのか)。松本清張の『天城越え』が川端康成の『伊豆の踊子』のパロディーとして(あるいは批判として)書かれたという論は有名です。

 宮澤賢治に関しては、『銀河鉄道の夜』のことより、宮澤賢治が花巻温泉の花壇設計に関わったことにフォーカスしています。夏目漱石は『満韓ところどころ』というややマニアック?な旅行記を取り上げていますが、著者は中国の温泉にも取材に行ったのかあ。志賀直哉の『城の崎にて』は、これぞまさに「温泉文学」と言えるか。藤原審爾の『秋津温泉』も舞台が完全に温泉であり、タイトルにもまさに「温泉」と入っているので、この2作は結構「温泉文学」の中心に近い位置づけになるかもと思ったりもします。

 各章の末尾にコラムがあり、【本】では作品の刊行、文庫情報などが、【湯】では紹介した温泉の効能などの特徴が、【汽車】では、その温泉への交通アクセスが書かれているのが親切です(温泉情報と交通アクセスはあくまで素人の記述であることを断っている)。"現場を踏む"という信条のもと、本書で紹介した温泉のうち、熱海を除いてすべて取材で行ったそうで、また、作品の方は大長編の『大菩薩峠』を除いてすべて読み直したそうです。そうした甲斐あってか、さらっと読める一方で、それなりに興味深い作品論、作家論になっているように思いました。

 本書を手にしたのは、最近、読書会で梶井基次郎の『檸檬』を取り上げた際に、梶井基次郎の「温泉文学」とも言える小品群を読み直したせいであり、ただし本書には梶井基次郎の章は無かったなあと思ったら、『作家と温泉―お湯から生まれた27の文学 (らんぷの本)』('11年/河出書房新社)で取り上げられていました。

作家と温泉 太宰・井伏.JPG こちらは、夏目漱石、志賀直哉、川端康成などの文豪から武田百合子、田中小実昌、つげ義春、横尾忠則ら、作家と温泉の味わい深いエピソードを紹介し、川本三郎氏、坪内祐三氏らがコラムを寄せています。何よりも「らんぷの本」の特性を活かした、お風呂でなごむ文豪たちのまったりした様を撮った写真が満載の構成となっていて、作家と温泉の繋がりの強さをシズル感をもって味わうことができます。

 表紙は井伏鱒二と太宰治ですが(この二人は師弟関係)、中身の井伏鱒二とともに風呂に入る太宰治の素っ裸(当たり前だが)の写真は貴重?(解説によれば、太宰はこの写真に写っている下腹部の盲腸の傷跡を気にしており、撮影した伊馬春部にフィルムの処分を求めたという)。宮澤賢治はやっぱり花巻の花壇設計のことが書いてあります。最終章は『温泉と文学』と同じく「つげ義春」。文学ではなく漫画ですが、温泉を語るうえで外せないといったところなのでしょう。
 
《読書MEMO》
作家と温泉_4183.JPG作家と温泉_4184.JPG作家と温泉_4185.JPG●『作家と温泉―お湯から生まれた27の文学 (らんぷの本)』
目次
・夏目漱石と道後温泉(愛媛県・熊本県)
・志賀直哉と城崎温泉(兵庫県)
・檀一雄と温泉事件簿(静岡県・青森県)
・吉川英治と温川温泉(青森県)
・川端康成と湯ケ島温泉(静岡県)
・折口信夫と浅間温泉(長野県)
・武田百合子と「浅草観音温泉」(東京都)
・宮沢賢治と花巻温泉(岩手県)
・山口瞳と『温泉へ行こう』(日本全国)
・坂口安吾と伊東のヌル湯(静岡県)
・谷崎潤一郎と有馬温泉(兵庫県)
・田中小実昌と寒の地獄(大分県)
・種村季弘と『温泉百話』(日本全国)
・横尾忠則と草津温泉(群馬県)
・与謝野晶子・鉄幹と法師温泉(群馬県・大分県)
・竹久夢二と温泉の女たち(日本全国)
・田宮虎彦と鉛温泉(岩手県)
・梶井基次郎と紀州湯崎温泉(和歌山県)
・川崎長太郎と入れなかった湯(千葉県)
・田山花袋と『温泉めぐり』(日本全国・朝鮮半島・中国)
・太宰治と浅虫、四万温泉(青森県・群馬県)
・井伏鱒二と下部温泉(山梨県)
・小林秀雄と美と温泉(神奈川県・大分県・長野県)
・若山牧水と土肥温泉(静岡県)
・北原白秋と船小屋温泉(福岡県)
・つげ義春と貧しい温泉宿(日本全国)

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入門書としてコンパクトに纏まっていて、それでいて内容が濃い"とんぼの本"版。

血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛.jpg 血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛ド.jpg 岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品.jpg ミラクル絵巻で楽しむ「小栗判官と照手姫」.jpg
血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛 (とんぼの本)』['19年]/『岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品』['13年]/『ミラクル絵巻で楽しむ「小栗判官と照手姫」―伝岩佐又兵衛画 (広げてわくわくシリーズ)』['13年]
岩佐又兵衛(1578-1650)自画像
岩佐又兵衛.jpg 『血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛 (とんぼの本)』('19年/新潮社)は、江戸初期、凄絶な復讐譚を長大な絵巻に仕立てる一方、当世風俗をよく描き"浮世絵の元祖"と呼ばれた謎多き絵師・岩佐又兵衛(1578-1650)の、彼の四大代表作を中心に解説した入門書です(タイトルにエロスとあるが、同じ辻唯雄氏の『浮世絵をつくった男の謎 岩佐又兵衛』('08年/文春新書)も同じ場面が表紙に使われていて、絵巻の中で一番エグい場面をアイキャッチ的に持ってきた感もある)。

 岩佐又兵衛と言えば屏風絵なども遺していますが、やはり最もよく知られているのは古浄瑠璃絵巻群の四大代表作「山中常盤物語絵巻」(12巻)、「浄瑠璃物語絵巻」(12巻)、「堀江物語絵巻」(12巻)、「小栗判官絵巻」(15巻)で、本書ではまずこの4作品についてそれぞれ、あらすじを紹介するとともに、主要な場面がどのように描かれているかを見せていきます。

 「山中常盤物語絵巻」(12巻)、「浄瑠璃物語絵巻」とも主人公は15歳の牛若丸、後の源義経で、「堀江物語絵巻」の主人公は月若、後の岩瀬太郎家村(塩谷惟純)ですが、ストーリそのものは事実ではなく、説話的な内容です。「小栗判官絵巻」の小栗判官は、説教節などでも知られていますが、同じく説教節で知られる山椒大夫などと同じく架空の人物です(しかしこうしてみると仇討ち・復讐譚が多いなあ。同じ説教節でも「信太妻(葛の葉狐)」などは安倍晴明という実在者がモデルだが、ストーリーは母親がキツネということになっていて、これもほぼ伝説と言っていい)。

 続いて「人生篇」において、美術史家で、東京大学名誉教授、前多摩美術大学学長、前MIHO MUSEUM館長であり、生涯にわたり岩佐又兵衛を研究してきた辻唯雄(のぶお)氏が、岩佐又兵衛の、信長に謀反を企てた武士を父に持ち、京・福井・江戸を渡り歩いた波乱の人生を浮き彫りにし、さらに続く「作品編」において、同じく美術史家で辻唯雄氏の弟子にあたる山下裕二氏との対談形式で、屏風絵なども含めその作品・作風を「笑い」「妖し」「秘密」「その後」の4つのキーワードで分析しています。

 入門書としてコンパクトに纏まっていて、それでいて内容が濃いという印象です。ただし、絵巻物の主要な場面を抽出しているものの全部ではないため、ストーリーが今一つ理解しにくいかもしれません。岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品3.jpg岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品2.jpgそこでお薦めなのが、『岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品』('13年/東京美術)で、大判で「山中常盤物語絵巻」(12巻)、「浄瑠璃物語絵巻」(12巻)、「堀江物語絵巻」(12巻)の全場面をカラーで見ることができます。しかも、場面ごとに解説が付され、大事な場面や絵的に重要な個所は拡大して掲載しているのがいいです。

 要するに上記の3巻は"MOA美術館所蔵"ということになりますが、この本に含まれていない(つまり"MOA美術館所蔵"ではない)「小栗判官絵巻」(15巻)は、総長が約324メートルという大作になりますミラクル絵巻で楽しむ「小栗判官と照手姫」_4177.JPGミラクル絵巻で楽しむ「小栗判官と照手姫」_4178.JPGが、『ミラクル絵巻で楽しむ「小栗判官と照手姫」―伝岩佐又兵衛画 (広げてわくわくシリーズ)』('11年/東京美術)でその概要を知ることができます。本の大きさは前2冊の中間ぐらいですが、キャッチ通り広げてみることができるページが多くあって楽しめます。

 岩佐又兵衛は最近ちょっとブームのようです。解説書では辻惟雄氏の『奇想の系譜』が名著とされていますが、岩佐又兵衛という人がどのような仕事をしたのかその概要と作風を掴もうとするならば、最初に辻氏の"とんぼの本"を読んで、後でここで取り上げた他の2冊を眺めるというのもいいのではないでしょうか。

血と笑いとエロスの絵師 岩佐又兵衛B.jpg

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選考委員のメンツが違っていれば、受賞したかどうかわからないものも多いと思った。

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小谷野敦.jpg 小谷野 敦 氏(作家・比較文学者)
芥川賞の偏差値』(2017/02 二見書房)

 芥川賞の第1回から本書刊行時の最新回である第156回までの受賞164作を、ランク付けしたものです。著者は、あくまでも主観的判断であることと断っており、「ここで必要なのは「対話的精神」である。自分がよくないと思った作品でも、他人がいいと言ったら、その言に耳を傾ける必要がある」と述べていて、それでいいのではないかと思います。

 これまでこの読書備忘録で取り上げた芥川賞受賞作に対する自分個人の評価と比べてみると、当方の評価(◎及び星5つが最高評価)と、著者のつけた"偏差値"ランクは以下の通りです。(偏差値の平均は50であるはずだが、全164作のうち著者が「偏差値50以上」にしたものは41作と全体の4分の1しかないため、「偏差値50以上」ならば相対的にはかなり高く評価されているとみていいのではないか)

1950年代~1970年代
・1951(昭和26)年上半期・第25回 ○ 安部 公房 「」 ★★★★ 偏差値40
・1952(昭和27)年下半期・第28回 ◎ 松本 清張 「或る『小倉日記』伝」 ★★★★★ 偏差値64
・1954(昭和29)年上半期・第31回 ◎ 吉行 淳之介 「驟雨」 ★★★★☆ 偏差値46
・1955(昭和30)年下半期・第35回 ○ 石原 慎太郎 「太陽の季節」 ★★★☆ 偏差値38
・1966(昭和41)年下半期・第56回 ◎ 丸山 健二 「夏の流れ」 ★★★★☆ 偏差値44
・1975(昭和50)年下半期・第74回 ◎ 中上 健次 「」 ★★★★☆ 偏差値58
・1977(昭和52)年上半期・第77回 ○ 三田 誠広 「僕って何」 ★★★☆ 偏差値42
・1977(昭和52)年下半期・第78回 ○ 宮本 輝 「螢川」★★★★ 偏差値58
1990年代~
・1990(平成2)年下半期・第104回 △ 小川 洋子 「妊娠カレンダー」★★★ 偏差値52
・1991(平成3)年上半期・第105回 ○ 辺見 庸 「自動起床装置」 ★★★☆ 偏差値52
・1995(平成7)年下半期・第114回 ○ 又吉 栄喜 「豚の報い」 ★★★☆ 偏差値44
・1996(平成8)年上半期・第115回 ○ 川上 弘美 「蛇を踏む」 ★★★ 偏差値44
・1996(平成8)年下半期・第116回 × 柳 美里 「家族シネマ」 ★★ 偏差値44
・2000(平成12)年上半期・第123回 △ 町田 康 「きれぎれ」 ★★★ 偏差値52
・2001(平成13)年下半期・第126回 ○ 長嶋 有 「猛スピードで母は」 ★★★☆ 偏差値36
・2002(平成14)年上半期・第127回 △ 吉田 修一 「パーク・ライフ」 ★★★ 偏差値36
・2002(平成14)年下半期・第128回 △ 大道 珠貴 「しょっぱいドライブ」 ★★☆ 偏差値36
・2003(平成15)年上半期・第129回 ○ 吉村 萬壱 「ハリガネムシ」 ★★★☆ 偏差値38
・2003(平成15)年下半期・第130回 ○ 綿矢 りさ 「蹴りたい背中」 ★★★☆ 偏差値44
・2003(平成15)年下半期・第130回 △ 金原 ひとみ 「蛇にピアス」 ★★★ 偏差値38
・2004(平成16)年上半期・第131回 △ モブ・ノリオ 「介護入」 ★★★ 偏差値44
・2005(平成17)年上半期・第133回 △ 中村 文則 「土の中の子供」 ★★★ 偏差値36
・2005(平成17)年下半期・第134回 ○ 絲山 秋子 「沖で待つ」 ★★★☆ 偏差値56
・2006(平成18)年下半期・第136回 ○ 青山 七恵 「ひとり日和」 ★★★☆ 偏差値68
・2007(平成19)年上半期・第137回 △ 諏訪 哲史 「アサッテの人」 ★★★ 偏差値44
・2007(平成19)年下半期・第138回 △ 川上 未映子 「乳と卵」 ★★★ 偏差値44
・2009(平成21)年上半期・第141回 △ 磯崎 憲一郎 「終の住処」 ★★★ 偏差値52
・2012(平成24)年上半期・第147回 ○ 鹿島田 真希 「冥土めぐり」 ★★★☆ 偏差値40
・2015(平成27)年上半期・第153回 ○ 又吉 直樹 「火花」 ★★★★ 偏差値49
・2016(平成28)年上半期・第155回 ◎ 村田 沙耶香 「コンビニ人間」 ★★★★☆ 偏差値72
 
芥川賞の偏差値0810.JPG 自分が◎を付けたものを著者がどう評価しているか関心がありましたが、ちょっと昔のものでは、松本清張 「或る『小倉日記』伝」が自分 ★★★★★ に対して偏差値64、中上健次「岬」が自分 ★★★★☆ に対して偏差値58と、著者も高い評価でした。一方で、吉行淳之介の「驟雨」が自分 ★★★★☆ に対して偏差値46、丸山健二「夏の流れ」が自分 ★★★★☆ に対して偏差値偏差値44と、そう高くない評価となっています。読めば著者なりも理由があって、それはそれでいいのでは。ただ、安部公房や吉行淳之介に対する評価は低いなあと(著者は安部公房より大江健三郎派か。第三の新人は庄野潤三を除き、おしなべてあまり評価していないようだ)。最近のものでは、村田沙耶香 「コンビニ人間」が、自分は ★★★★☆でしたが、これは評価が一致したというか、著者は高い評価をしていて、偏差値72と、李良枝「由煕」、高橋揆一郎「伸予」と並んで全作品でトップとなっていました。

文庫新刊 コンビニ人間2.jpg 「コンビニ人間」については、「つまらない小説に授与するのが芥川賞の伝統なのに、選考委員どうしちゃったんだ」とありますが、面白い、面白くないで言えば、近年の芥川賞受賞作には面白い作品が少ないというのは同感です。受賞した人が本当に才能があるのかよく分からないものも多いし、その後に受賞作以上によく読まれる作品を世に送り出している作家も多くいますが、選考委員がその隠れた才能を見抜いたのかもしれないし、一方で、「受賞したという自覚が作家を育てた」という面もあったのではないかとも思います。

 いつも思うのですが、選考委員のメンツが違っていれば、受賞したかどうかわからないということは多くの受賞作に言えるのではないかと思います(だから受賞するには「運」も要る)。一部ですが、選考委員の中で誰が推して誰が推さなかったかまで書いてあり、改めてそのことを思いました。著者の場合、それだけでなく、選考結果や選考委員個々に対する批評も一部織り込まれていて、それがなかなか面白かったりしました。結局、本書の狙いは、個々の作品批評と言うより、福田和也氏の『作家の値うち』('00年/飛鳥新社)を批判(ライバル視?)しているように作家批評であり(受賞後の作家活動にも言及している)、さらには"文壇"的なものに対する批評でもあるのだろうなあと思いました。

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そこそこ面白く読め、作品を読む際の"参考情報"となる話もあった。

文豪の女遍歴 (幻冬舎新書).jpg 文豪の女遍歴 (幻冬舎新書)帯.jpg

 幕末生まれの夏目漱石、森鷗外、坪内逍遥から1930年代生まれの江藤淳、生島治郎、池田満寿夫4まで、総勢62名の作家、文学者の異性関係を検証したものです。もちろん、著者の私見・偏見も入っているとは思いますが...。

 著者は、「覗き見趣味だと言われようと、文学者の異性関係を知るのは楽しい。彼らが当時の姦通罪に怯え、世間の猛バッシングに耐えながらも不義を重ねたり、人間の痴愚や欲望丸出しで恋愛し、破滅と蘇生を繰り返し、それを作品にまで昇華させるタフさに畏怖すら覚える。小説はモデルなど詮索せず、文章だけを虚心坦懐に読めと言う人もいるけれど、そんなつまらない味わい方はしたくない」という立場のようです。

 これに対して、Amazon.comのレビューなどを見るとやっぱり予想通り、「週刊誌的な下ネタ風の覗き見趣味の本」「正しく調べられているとは信じがたい」などの批判もあって、それでいて他方で、「下世話な欲望、葛藤があってこその、人間、人生、作家だ」「下司でヨロシイ(笑)」などというのもあって、評価が二分していて、真ん中の星3つをつけているレビュアーがいませんでした。

 個人的には、今まで読んだ著者の本の中では面白い方でした。折口信夫や菊池寛が同性愛者だったとか、倉田百三が17歳少女に「聖所」の毛をひとつまみ送れと手紙に書いたとか、野間宏が担当女性編集者と強引に性交に及ぼうとして果たせなかったとか、近いところでは、安部公房が教えていた短大の学生が山口果林だったとか(「砂の女」という作品は結婚のメタファーらしい)、池田満寿夫と佐藤陽子のそれぞれの一緒になる前の夫婦関係とか、まあ、文壇ゴシップと言えばその通りですが、自分が基本的にゴシップ好きなのかも。

 芥川龍之介、永井荷風、太宰治、吉行淳之介など、作品に馴染みのある作家は、その異性経験と作品の関連が解って面白く読めましたが、その面白かった筆頭が谷崎純一郎と川端康成でした。

谷崎潤一郎.jpg 谷崎は妻の妹で14歳の少女と性交渉してしまい、これが『痴人の愛』のナオミのモデルであるとのこと。同様に『蓼喰う虫』も『細雪』も後年の『瘋癲老人日記』もどれも実体験ベースみたいです。『瘋癲老人日記』に書かれた、女の足で自分の頭を踏んでもらうという痴戯は、谷崎が60歳を過ぎて可愛がっていた女性に実際してもらっていたとのことですが、別のところで、それを見たという編集者か誰かの証言として読んだことがあります。

川端康成2.jpg 川端康成も(彼も中学時代は同性愛者だったとのこと)、『伊豆の踊子』が一高時代に伊豆へ旅した際に旅芸人一座に同行した体験がベースになっていることはよく知られていますが、『山の音』や『雪国』なども女性モデルがいたようです。本書に、浅草のカジノ・フォーリーから踊子を引き抜いたとありますが、本書には書かれていないものの、これなどは『浅草紅団』の弓子のモデルでしょう。

 著者が言うように、小説は作者の実体験でありモデルがいると思って読むと面白く読めるという面があるように思います。それにしても、出てくる人、出てくる人の多くが不倫や二股恋愛をしていて、作家って女遍歴が派手と言うか、乱脈とも言える人が多いなあと思いました(何も無かったのは最初の夏目漱石ぐらいか)。本書がそうした作家ばかり取り上げているというのもあるかと思いますが、実体験が作品に反映されているケースも多く、当然のことながら実体験が先でしょうが、小説の素材づくりのために経験を積んでいるのかとさえ思えてしまうほどです(でも、単なる"浮気"とかではなくて"本気"になってしまったものが結構多い)。

 著者があとがきで書いていますが、今は親がいつまでも生きていて、介護が必要になったりすると、頼みの綱は妻であり、昔は姉や妹がいたが今は子供が少なく、浮気は若いころか、親きょうだいが元気でいてこその話になったと―。このあとがきにもAmazon.comのレビューで批判がありましたが(確かにジェンダー差別と捉えられかねない)、昔の方が道徳的制約は強かったと思われる反面、意外と昔の方が、例えば金持ちが妾を囲うようなことも普通にあっただろうし、簡単に浮気できたという面もあったのかもしれないと思ったりもしました。

 大勢取り上げている分、一人一人の掘り下げが浅い感じもするし、事実がそのまま作品になったとしたのでは作品が徒に陳腐化することになるし、いろいろ突っ込みどころは多いかと思います。ただ、作品を読む際の"参考情報"としては知っておいてもいい話もあったかなと。それ以前に、読み物としてそこそこ面白く読めてしまいましたが(ゴシップ好きなので)。

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ものすごくマニアックというほどでもなく、気軽に愉しめる1冊。

カルト映画館 SF.jpgカルト映画館 ホラー.jpg  ローラーボール [DVD].jpg ローラーボール 映画0.jpg
カルト映画館 SF (現代教養文庫)』『カルト映画館 ホラー (現代教養文庫)』(共に表紙イラスト:永野寿彦(シネマ・イラストライター))「ローラーボール [DVD]」ジェームズ・カーン

 『カルト映画館 ホラー』('95年/教養文庫)の4名の執筆者に永野寿彦氏を新たに加えた執筆陣が、SF映画100作品を、「名作SF館」「シリーズSF館」「日本SF館」の3篇に分けて紹介したものです。「名作SF館」は、さらに、➀1900~1950年代、②1960年代、③1970年~1990年代に分かれ、「日本SF館」はさらに➀1950年代、②1960年から1996年に分かれています。

キング・コング 02.jpgキング・コング 1933 dvd.jpg 「名作SF館」の➀1900~1950年代では、やはり「キング・コング」('33年)は外せないところでしょう。本書によれば、コングは、上半身だけの巨大なメカニカル操作の物と、ウィリス・H・オブライエンの人形アニメによって創造されているとのこと。人形アニメのキャラが主役で登場した最初で最後の映画であるとのことで、そう言われてもちょっとぴんとこない面もありますが、要するにあのコマ撮りが「人形アニメ」ということになるのだろうなあと。

宇宙水爆戦1.jpg宇宙水爆戦 dvd.jpg 「宇宙水爆戦」('55年)は、ストーリーにあまり関係ないところで登場するミュータントがいなければ、さほど印象には残らなかったであろうとしていますが、確かに。これに対し、「禁断の惑星」('56年)は、「全編が見どころ。50年代に製作されたSF映画の最高傑作であり、今もって映画史に残る至宝として知られる」としています。「裸の銃を持つ男」シリーズで知られるレスリー・ニールセンが正当な二枚目俳優として出演していること、シェイクスピアの「テンペスト」をSFに翻案したものであることなどに触れているのが嬉しいです。

2001 space odyssey22.jpg2001年宇宙の旅2.jpg ②1960年代には、60年代がSF映画の黄金時代であったことを物語るかのように、「博士の異常な愛情」('64年)や「2001年宇宙の旅」('68年)などの名作があり、それが、③1970年~1990年代で、まず70年代の前半、世界の破滅を描いた映画が出回り、70年後半にはスペースオペラが復権、80年代のSFX映画時代の到来、90年代のSF映画不毛の時代を経て今('96年)に至っているとのことです。

惑星ソラリスSOLARIS 1972.jpg惑星ソラリス dvd.jpg そう言えば、ハリウッド映画に限らず、アンドレ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」('73年)や「ストーカー」('80年)なども、どこかディストピア的な雰囲気があったかも。ただし、「惑星ソラリス」については、従来のSF作品では取り上げられなかった哲学の世界にまで昇華し、「2001年宇宙の旅」と並び称される傑作としています。

「ローラーボール」('76年)映画.jpg アメリカ映画では、B級映画と言えばB級映画ですが、ノーマン・ジュイソン監督作でジェームズ・カーン主演の「ローラーボール」('76年)を取り上げているのが懐かしいです。これもある意味ディストピア映画で、優れたSF・ファンタジー・ホラー映画に与えられる「サターン賞」の、創設間もない'75年度第3回のサターンSF映画賞、サターン主演男優賞を受賞しています。想定されている年代は2018年です。ジェームズ・カーンの役どころは、古代ローマの見世物としての闘技会のグラディエーターの未来版といったところでしょうか。デスマッチ式のローラーボール・ゲームを戦うのは、ニューヨーク・チームvs.東京チームで、そう言えば70年代に「ローラーゲーム」というスポーツがあり、「東京ボンバーズ」というチームがあったなあ(この作品は2002年、「ダイ・ハード」のジョン・マクティアナン監督によりリメイクされたが、リメイク版は製作費7,000万ドルに対し興行収入2,585万ドルと振るわず、2009年にハリウッド・レポーター誌が発表した過去10年間に全米公開され、大コケした失敗作の8位にランクインした)。

カプリコン1.jpgCapricorn 1.jpg エリオット・グールド主演の「カプリコン・1」('77年)は、アメリカ政府が人類初の有人火星着陸の試みが失敗したのを隠蔽し、"成功"を偽装するという内容で、現実性はともかく、著者が言うように、権力に追い詰められる者の恐怖はよく描けていたかも。何事にも疑いの目を向けよという批判精神が評価された作品ではないかと思います。

Close Encounters of the Third Kind (1977).jpg未知との遭遇-特別編.jpg 本書によれば、「カプリコン・1」と同年公開の「未知との遭遇」('77年)にも、「実はアメリカ政府が人類支配をもくろむエイリアンと既に契約を取り交わしていて、その事実を隠蔽するために宇宙人は平和の使者であるというイメージを大衆に与えようと本作が作られた...」という説があったとのことです。主人公がいかにも"純粋無垢"そうな宇宙人たちに宇宙船内に招き入れられる〈特別編〉まで作られ公開されていることから、そのような説が出てきたりするのではないでしょうか。

ブレードランナー.jpg『ブレードランナー』4.jpgブレードランナー パンフ.jpg 「ブレードランナー」('82年)は一時代を画したといってもいい傑作。「ルトガー・ハウガーがレプリカントを圧倒的な存在感で演じ切っている」とする著者に同感ですが、著者によれば、ルトガー・ハウガーはその後どルトガー・ハウアー.jpgんな映画にも出過ぎて、映画ファンには"どうも仕事を選ばないおじさん"という印象があるそうな。いずれにせよ、この「ブレードランナー」という作品は、公開前及び公開直後はそれほど話題にもなっておらず、時を経て評価が高まった作品で、同年の第7回「サターンSF映画賞」も、候補にはなったものの「E.T.」('82年)に持っていかれています。(件のルトガー・ハウガーは、この文章をアップした18日後の 2019年7月19日に出身地のオランダにて75歳で亡くなった。)

WarGames.jpgウォー・ゲーム.jpg 「ウォー・ゲーム」('83年)は、パソコン好きの高校生が遊び心から侵入したコンピュータで戦争ゲームをやっていたのが、実はそれは軍の核戦略プログラムで、現実に第三次世界大戦勃発の危機を招いてしまうというもの。"人間が作り出した機械によって起こりうる危機"を上手く描き出していました。こうしたモチーフは「ダイハード4.0(フォー)」('07年)などに継承されていることを考えると、結構先駆的な作品だったかも。

トータル・リコール 1.jpgトータル・リコール dvd.jpg 「トータル・リコール」('90年)も「ブレードランナー」と同じくフィリップ・K・ディック原作(短編SF小説「記憶売ります」)とのことで、まずまず面白かったのでは。原作にはない火星のシーンを映像化できたのも、その頃急速に進化していたCG技術のお陰でしょうか。
   
 以上が「名作SF館」で、「シリーズSF館」では、「物体X」シリーズから「ロボコップ」シリーズまで13のSFシリーズが取り上げられ、「日本SF館」では、「ゴジラ」('54年)から始まって18作品が紹介されています。その中では、永野寿彦氏が「モスラ」('61年)を高く評価しているのが印象に残りました。

 こちらも、『カルト映画館 ホラー』同様、ものすごくマニアックというほどでもなく、馴染みのある作品が多くて、気軽に愉しめる1冊でした。

ローラーボール (特別編) [DVD]
ローラーボール (特別編).jpgローラーボール 映画1.jpg「ローラーボール」●原題:ROLLERBALL●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督・製作:ノーマン・ジュイソン●脚本:ウィリアム・ハリソン●撮影:ダグラス・スローカム●音楽:アンドレ・プレヴィン●原作:ウィリアム・ハリソン●時間:125分●出演:ジェームズ・カーン/ジョン・ハウスマン/モード・アダムス/ジョン・ベック/モーゼス・ガン/パメラ・ヘンズリー/シェーン・リマー/バート・クウォーク/ロバート・イトー/ラルフ・リチャードソン●日本公開:1975/07●配給:ユナイテッド・アーテ池袋テアトルダイア s.jpg池袋テアトルダイア  .jpgテアトルダイア5.jpgィスツ●最初に観た場所:池袋・テアトルダイヤ(78-01-21)(評価:★★★☆)●併映:「新・猿の惑星」(ドン・テイラー)/「ジェット・ローラーコースター」(ジェームズ・ゴールドストーン)/「世界が燃えつきる日」(ジャック・スマイト)(オールナイト)
池袋テアトルダイア  1956(昭和31)年12月26日池袋東口60階通り「池袋ビル」地下にオープン(地上は「テアトル池袋」)、1981(昭和56)年2月29日閉館、1982(昭和57)年12月テアトル池袋跡地「池袋テアトルホテル」地下に再オープン、2009年8月~2スクリーン。2011(平成23)年5月29日閉館。

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比較的オーソドックスなラインアップ。いろいろ思い出させてくれた。