2009年11月28日

【1281】 ○ 金田一 秀穂 『「汚い」日本語講座 (2008/12 新潮新書) ★★★☆

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一見、気まぐれ、お手軽なようで、実は戦略的にこの言葉(「汚い」)を選んでいた?

「汚い」日本語講座.jpg 『「汚い」日本語講座 (新潮新書)』 ['08年]

 '06年から'07年にかけて、㈱パブリッシングリンクの電子書籍サイト「Timebook Town」('09年に終了)に連載されたもので、著者のゼミで「目くそ鼻くそを笑う」という言葉が話題に上るところから話は始まり、「汚い」とは何だろうか、というテーマでの学生との遣り取りが暫く続きます(取り敢えず、この言葉を選んでみたという感じに思えた)。

 Web本で、しかも学生との遣り取りをネタに書いていて、お手軽だなあとも思ったれども、「汚い」と「汚れている」「汚らしい」「小汚い」などとのそれぞれの違いなどの話は、辞書の上での意味の違いを超えて、感覚論、メタファー論へと拡がり、それなりに面白かったです。

 但し、前半は、著者自ら“ハウルの動く城”の如く、と言うように、話をどこへ持っていこうとしているのかよく分からず、(金田一先生がインタラクティブに授業を進めているのはよく分かったけど)ややじれったい感じも。

 それが、後半、「汚い」とは何かを更に突っ込んで、言語学から文化人類学、精神病理学、構造人類学へと話は転じて、仕舞いには人類の起源そのもの(考古人類学)へと遡って行くその過程は、もう話がどこへ行こうと、話のネタ自体が興味深かったというのが正直な感想でしょうか。
納豆.jpg
 例えば、著者は、粘り気のあるものを食べるのは日本人だけであると言っても過言ではないとし、ネバネバするものは毒であるというのがホモサピエンスにとっての生物学的常識であるが、日本人は例外的にその判断基準を捨てることに成功し、お陰で納豆など食していると。

 或いは、2人でケーキを食べる時に、互いにチーズケーキとチョコレートケーキを頼むと、2人は当然のように相手の分を少しずつ分けて食べるが、2人が同じケーキを頼んだ時はそうしないのは、「比べる」理由がないからと言うよりも、そこに「共有」と「所有」の違いがあるためで、「所有」という意識は「余剰」により生まれるのではないかと。
家でやろう1.jpg 電車の中で化粧をするのが嫌われるのは、車内の空間が「共有」されていて、個人の裁量権が無いというのが一般的了解であり、その掟を守っていないためとのことらしいです(車内が混んでいれば混んでいるほど、「余剰」が無いから、空間を「共有」せざるを得なくなり、そこでの個人の「所有」は認められないということか、ナルホド)。

 20万年前にアフリカのどこかで発生したホモサピエンスが、ネアンデルタール人を凌駕したのは、言語を獲得したことに因るところが大であり、それでも15万年間はアフリカ大陸に止まっていたのが、5万年前に「出アフリカ」を果たし、その後、様々な気候風土に適応して地球上に広がっていく(ネアンデルタール人もアフリカを出たが、せいぜい現在のヨーロッパの範囲内に止まっていた)、それはホモサピエンスが、寒い地で衣服を工夫し、棲家を作り変えるなどしたためですが、そうした文明の礎もまた、言葉によるコミュニケーションが出来たからこその成果であり、ホモサピエンスはもう何万年経とうが(適応し切っているため)進化しないだろうとまで、著者は言い切っています。

 「汚い」というのは人間の原初的な感覚であり(著者は「恐い」に近いとしている)、それを察知出来るか出来ないかは生命に関わることであって、その感覚や対象となる事象を文節化された複雑な言語によって精緻なレベルで共有化出来た点に、ホモサピエンスの繁栄の源があった―ということで、最後、きちんと「汚い」というテーマに戻ってきているわけで、顧みれば、著者は当初から戦略的にこの言葉を選んでいたように思えました。



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投稿者 wadamy : 00:02

2009年10月10日

【1251】 △ 小林 照幸 『パンデミック―感染爆発から生き残るために』 (2009/02 新潮新書) ★★★ (○ ウォルフガング・ペーターゼン 「アウトブレイク」 (95年/米) (1995/04 ワーナー・ブラザース) ★★★★)

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とりあえず1回目の予測は外した感があるが、警戒は必要ということか。

小林 照幸 パンデミック.jpg 『パンデミック―感染爆発から生き残るために (新潮新書)』 ['09年]

インフルエンザ.jpg パンデミック(感染爆発)の脅威と、それに対し国や医療機関、個人はどう対応すべきかについて書かれた本で、「新型インフルエンザ」を主として扱ってはいますが、デング熱、マラリア、成人はしかなど、その他の感染症についても言及されています。
 但し、その分、「新型インフルエンザ」についての解説がやや浅くなった感じがします(帯には「『新型インフルエンザ』の恐怖」と書かれているのだが)。

 本書の刊行は'09年2月で、'03年12月に国内で発生したH5N1型の「鳥インフルエンザウイルス」をベースに、「新型インルエンザ」について、その恐ろしさ、社会に及ぼす影響が近未来小説風の描写を交えて書かれていて(著者はノンフィクションライター兼作家)、“新たな”「新型インフルエンザ」がいつ発生してもおかしくない、或いはパンデミックはすでに始まっているかも知れないとしています。

 そして、実際に本書刊行の2カ月後に「新型インフルエンザ」がメキシコに発生し、その後日本にも上陸、冬季に限らず夏場でも感染拡大する可能性があること、タミフルが一定の治療効果を持つであろうことなど、本書に書かれている幾つかの「予想」も外れていませんでしたが、そもそも、この2009年型の「新型インフルエンザ」はH1N1亜型に属するもので、感染力は強いが致死率はH5型のものよりずっと低いタイプのものでした。

 この点は、WHOも当初は読み違えていたし、また、国や厚労省もそうした弱毒性のインフルエンザを想定していなかったために、却って余計な混乱を招いたという面があり、本書も「新型インフルエンザがH5N1型で発生するかどうかはわからない」と一応は書かれているものの、新型インフルエンザが発生すると「日本で約64万人が死ぬ!」などと帯にも書かれていたりして、こうした混乱を結果として助長した側面も無きにしも非ずか。

 後半部の「対応」の部分は取材源が限定的で、役所やマスコミの発表文書を引き写したような記述も多いように思えましたが、前半部のインフルエンザの特性や、「アウトブレイク」と「パンデミック」の違いなどの解説は分かり易かったです。

OUTBREAK.jpg 映画「アウトブレイク」('95年/米)でモチーフとなった架空のウィルスは、「エイズ」をモデルにしたのかどうかは知りませんが、映画自体はスリリングな娯楽作品であると共に大変恐ろしかったし、結果として’02年にアフリカで発生した「エボラ出血熱」を予見するような内容になっていて、「予言的中度」はかなり高かったと言えるのでは。

 因みに、前世紀初頭のスペイン風邪(H1N1型)で1年余りの間に4千万人が死亡し、これは中世(14世紀)ヨーロッパで大流行した黒死病(本書ではぺストとされているが腺ペストではなくエボラのような出血熱ウイルスだったという説も)の死者3千5百万人をも上回るものだったとのこと。
 地球上の人口が増え、交通機関が発達し、日常的に人々が行き来する現代、人類にとってパンデミックが脅威であることは、著者の指摘の通りだと思います。
                                                            「アウトブレイク [DVD]
apocalypse-outbreak-431.jpg「アウトブレイク.jpg 「アウトブレイク」●原題:OUTBREAK●制作年:1995年●制作国:アメリカ●監督:ウォルフガング・ペーターゼン●製作:ゲイル・カッツ/アーノルド・コペルソン●脚本:ローレンス・ドゥウォレット/ロバート・ロイ・プール●撮影:ミヒャエル・バルハウス●音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード●時間:127分●出演:ダスティン・ホフマン/レネ・ルッソ/モーガン・フリーマン/ケヴィン・スペイシー/キューバ・グッディング・ジュニア/ドナルド・サザーランド/パトリック・デンプシー●日本公開:1995/04●配給:ワーナー・ブラザース映画(評価:★★★★)
 
 
 

  



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投稿者 wadamy : 23:46

2009年09月28日

【1243】 ○ 志村 史夫 『アインシュタイン丸かじり―新書で入門』 (2007/03 新潮新書) ★★★★

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文系出身の社会人が通勤電車内で楽しく(苦なく?)読み切れる内容。

アインシュタイン丸かじり.jpg 『アインシュタイン丸かじり―新書で入門 (新潮新書)』 ['07年] 志村史夫.jpg 志村 史夫 氏 (略歴下記)

 アインシュタインの業績や相対性理論に関する入門書で、「文系出身の社会人が通勤電車内で楽しく(苦なく?)読み切れる」内容とでも言ったらいいのでしょうか、新書(「新潮新書」)の性格を反映した大変読み易いものとなっています(著者は「ブルーバックス」の常連執筆者だったと思うが)。

 内容面の特徴として、アインシュタインの発表した理論のうち、特殊相対性理論と一般相対性理論の解説に各1章を割くのと併せて、光の粒子説を中心とした他の業績にも1章を割いていることが挙げられます。
 それらを挟んで、前段で、アインシュタインの業績がいかに凄いものであったのか、彼の“天才ぶり”、その偉業の“奇跡ぶり”を解り易く説くと共に、「アインシュタイン以前」をおさらいし、後段では「時空の歪み」という解りにくい概念を今一度解説するとと共に、最後にアインシュタインの言葉を紹介し、その発想の原点や思想を伝えています(盛りだくさん!)。

 文系でも読み易いと言いましたが、数式を使わないというわけではなく、一般相対論の理論式など一応は登場し、ローレンツ変換とかも出てきます。
 但し、それらを必ずしも解らなくてもいいとして、読者を追い詰める(?)ことなく、合間に適度にアインシュタインの“人となり”を伝える話やその他の学者やノーベル賞などに纏わる科学史上のエピソードが織り込まれていて、「読み物」的感覚で読み進めることができます。
 この辺りの、ちょっと脇道に行って(ムダ話をしているのではない)「閑話休題」として本筋に戻ってくるタイミングが絶妙。

 著者自身が、相対性理論を理解するうえで、どこで引っ掛かったか、それをどのような発想の転換で乗り越えたかなどが書かれている点も、親近感を覚えると共に、ああ、ここが一般の人と物理学者の思考方法の分岐点だなあと思わせるものがありました。

 紙数の関係上、結果的に、一般相対性理論の解説などがやや浅くなってしまったことは否めませんが、「最初に読む1冊」乃至「久しぶりに復習してみる1冊」としては、その要件を満たした好著だと思います。
_________________________________________________
志村史夫(しむら・ふみお)
1948(昭和23)年東京・駒込生まれ。名古屋工業大学大学院修士課程修了。名古屋大学工学博士(応用物理)。2007年現在、静岡理工科大学教授、ノースカロライナ州立大学併任教授。『こわくない物理学』など著書多数。2002(平成14)年、日本工学教育協会賞・著作賞受賞。

《読書MEMO》
●章立て
第1章 アインシュタインは偉い
 「奇跡の年」から一〇〇年/二〇世紀のコペルニクス/週刊誌のトップ記事にも/日本との因縁/ハイテクの父/世紀の人
第2章 「アインシュタイン以前」をおさらい
 自然の理解/自然哲学の誕生/物質の構造/物体の運動/運動の相対性/空間とは何か/時間とは何か/光とは何か/ニュートンと光/重力とは何か/驚異の年
第3章 「奇跡の年」の奇跡ぶり
 不遇の時代/五篇の論文/光電効果/電気と磁気/マクスウェルの電磁理論/電磁波と光/生活に欠かせない電磁波/プランクの量子仮説/光の謎を解明/ハイテクを支える光量子
第4章 これで「特殊相対性理論」がわかる
 特殊相対性効果/原型は一六歳の空想/不思議な光/光速不変の原理/時間が遅れる/空間が縮む/光速より速いものはない/質量が増大する/同時性の否定/先人の無念
第5章 世界一有名な方程式E=mc2の誕生
 エネルギーはどこへ?/わずか三ページの革命/エネルギーから物質が生まれる/物質に潜む巨大なエネルギー/日常生活への応用
第6章 時空の歪みとは何か
 一般相対性理論/重力の源は「空間の曲がり」/「空間の曲がり」とは?/光が曲がった/ノーベル賞受賞の裏側
第7章 想像力は知識よりも重要である―アインシュタイン名言集
 タゴールとの対話/「才能」と「学問」について/「自然」「宇宙」「神」について/「科学」と「芸術」について/「人生」について



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和田泰明ブログ

投稿者 wadamy : 23:05

2009年09月19日

【1240】 ○ 関川 夏央 『新潮文庫 20世紀の100冊 (2009/04 新潮新書) ★★★☆

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 本を選んだのは新潮社。さらっと読める分物足りなさもありるが、個人的には楽しめた。

新潮文庫 20世紀の100冊.jpg 『新潮文庫20世紀の100冊 (新潮新書)』 ['09年]

 新潮社が2000年に、20世紀を代表する作品を各年1冊ずつ合計100冊選んだキャンペーンで、著者がそれに「解説」をしたものとのことですが、著者の前書きによれば、「100冊の選択におおむね異論はなかった。しかし素直にはうなずきにくいものもないではなかったし、読むにあたって苦労した作品もあった」とのこと。

 1冊1冊の著者による解説は実質10行足らずであるため、さらっと読める分物足りなさを感じる面もありますが、全体としてはよく吟味された文章と言えるのではないかと思われ、十分に(そこそこに?)楽しめました。
 
 個人的には、三島由紀夫の『春の雪』(1970年)の「人生のすべてをパンクチュアルに生きた人が、最後に破った約束」などは、内容に呼応した見出しのつけ方が旨いなあと。

 但し、前半・中盤・後半に分けるならば、とりわけ、前半部分の20世紀初頭の近代文学作品の解説が、作品の書かれた背景や他の同時代の作家との相関において、その作品の歴史的位置付けを象徴するような要素をピンポイントで拾っていて、文学史の潮流を俯瞰でき、作家の個人史に纏わる薀蓄などもあって、より楽しめました(著者の得意な時代ジャンルということもあるのか)。

 また、著者自身、これら100冊を「鑑賞」しようとはせず、むしろ「歴史」を読み取ろうとしたと述べているように、こうして様々な作風の作家の作品を暦年で並べて時代背景と照らしながら見ていくことには、それなりの意義があるように思えました(時折、海外の作品が入るのも悪くない)。

 でも最後の方(特に最後の10年ぐらい)になると、例えば「1993年は『とかげ』(吉本ばなな)の年、そういうことにしよう」とあるように、ちょっと評し切れないと言うか(選んだのは著者ではなく新潮社、2000年1月から毎月10冊ずつこの100冊を刊行する上での商業的思惑もあった?)、「歴史」に“定位”するスタイルでは論じ切れなくなっている感じもし、著者のこの作業が2000年に行われたことを考えれば、その点は無理もないことかも。

 「100冊」と言うより「100人」とみて読んだ方がすんなり受け容れられる面もあるかと思われますが、亡くなって年月を経た作家は、彼(彼女)の生き方はこうだった、みたいに言い切れるけれど、生きている作家については、そうした言い切りがしくいというのもあるしなあ。

《読書MEMO》
●取り上げている本
1901年 みだれ髪 与謝野晶子
1902年 クオーレ エドモンド・デ・アミーチス
1903年 トニオ・クレーゲル トーマス・マン
1904年 桜の園 アントン・チェーホフ
1905年 吾輩は猫である 夏目漱石
1906年 車輪の下 ヘルマン・ヘッセ
1907年 婦系図 泉鏡花
1908年 あめりか物語 永井荷風
1909年 ヰタ・セクスアリス 森鴎外
1910年 刺青 谷崎潤一郎
1911年 お目出たき人 武者小路実篤
1912年 悲しき玩具 石川啄木
1913年 赤光 斎藤茂吉
1914年 道程 高村光太郎
1915年 あらくれ 徳田秋声
1916年 精神分析入門 ジークムント・フロイト
和解.bmp1917年 和解 志賀直哉
1918年 田園の憂鬱 佐藤春夫
1919年 月と六ペンス サマセット・モーム
1920年 惜みなく愛は奪う 有島武郎
赤い蝋燭と人魚.jpg1921年 赤いろうそくと人魚 小川未明
1922年 荒地 T・S・エリオット
1923年 山椒魚 井伏鱒二
1924年 注文の多い料理店 宮沢賢治
檸檬.jpg1925年 檸檬 梶井基次郎
日はまた昇る.jpg1926年 日はまた昇る アーネスト・ヘミングウェイ
侏儒の言葉.jpg1927年 河童 芥川龍之介
1928年 放浪記 林芙美子
1929年 夜明け前 島崎藤村
1930年 測量船 三好達治
1931年 夜間飛行 サン=テグジュペリ
八月の光.jpg1932年 八月の光 ウィリアム・フォークナー
1933年 人生劇場 尾崎士郎 じんせいげきじょう おざきしろう
1934年 詩集 山羊の歌 中原中也
1935年 雪国 川端康成
1936年 風と共に去りぬ マーガレット・ミッチェル
1937年 若い人 石坂洋次郎
1938年 麦と兵隊 火野葦平
1939年 怒りの葡萄 ジョン・スタインベック
1940年 夫婦善哉 織田作之助
1941年 人生論ノート 三木清
1942年 無常という事 小林秀雄
李陵・山月記.jpg1943年 李陵 中島敦
1944年 津軽 太宰治
1945年 夏の花 原民喜
1946年 堕落論 坂口安吾
1947年 ビルマの竪琴 竹山道雄
俘虜記.jpg1948年 俘虜記 大岡昇
1949年 てんやわんや 獅子文六
1950年 チャタレイ夫人の恋人 D・H・ローレンス
異邦人 1984.jpg1951年 異邦人 アルベール・カミュ
1952年 二十四の瞳 壺井栄
1953年 幽霊 北杜夫
1954年 樅ノ木は残った 山本周五郎
1955年 太陽の季節 石原慎太郎
1956年 楢山節考 深沢七郎
1957年 死者の奢り 大江健三郎
1958年 点と線 松本清張
1959年 海辺の光景 安岡章太郎
1960年 忍ぶ川 三浦哲郎
1961年 フラニーとゾーイー サリンジャー
砂の女 1962.jpg1962年 砂の女 安部公房
飢餓海峡 上.jpg1963年 飢餓海峡 水上勉
1964年 沈黙の春 レイチェル・カーソン
1965年 国盗り物語 司馬遼太郎
1966年 沈黙 遠藤周作
アメリカひじき・火垂るの墓1.jpg1967年 火垂るの墓 野坂昭如
1968年 輝ける闇 開高健
1969年 孤高の人 新田次郎
豊饒の海.jpg1970年 豊饒の海 三島由紀夫
1971年 未来いそっぷ 星新一
1972年 恍惚の人 有吉佐和子
辻斬り.jpg1973年 剣客商売 池波正太郎
1974年 おれに関する噂 筒井康隆
1975年 火宅の人 檀一雄
1976年 戒厳令の夜 五木寛之
蛍川 筑摩.jpg1977年 泥の河 宮本輝
1978年 ガープの世界 ジョン・アーヴィング
1979年 さらば国分寺書店のオババ 椎名誠
1980年 二つの祖国 山崎豊子
1981年 吉里吉里人 井上ひさし
1982年 スタンド・バイ・ミー スティーヴン・キング
1983年 破獄 吉村昭
1984年 愛のごとく 渡辺淳一
1985年 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 村上春樹
1986年 深夜特急 沢木耕太郎
1987年 本所しぐれ町物語 藤沢周平
1988年 ひざまずいて足をお舐め 山田詠美
1989年 孔子 井上靖
1990年 黄金を抱いて翔べ 高村薫
1991年 きらきらひかる 江國香織
火車.jpg1992年 火車 宮部みゆき
1993年 とかげ よしもとばなな
1994年 晏子 宮城谷昌光
1995年 黄落 佐江衆一
1996年 複雑系 M・ミッチェル・ワールドロップ
1997年 海峡の光 辻仁成
1998年 宿命 高沢皓司
1999年 ハンニバル トマス・ハリス
2000年 朗読者 ベルンハント・シュリンク

      



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和田泰明ブログ

投稿者 wadamy : 00:36

2009年05月23日

【1188】 ○ 山本 直人 『ネコ型社員の時代―自己実現幻想を超えて』 (2009/03 新潮新書) ★★★☆

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「博報堂生活総研」×「人材コンサル」? サラッと読めて、新たな視点を提供してくれる。

ネコ型社員の時代.jpg 『ネコ型社員の時代―自己実現幻想を超えて (新潮新書)』 ['09年] 山本直人.jpg 山本 直人 氏
                                                                 (略歴下記)
 かつて博報堂の人事に在籍し、現在は人材開発コンサルタントをしている人が書いた本で、新潮新書らしいサラッと読めてしまうビジネス本。
 著者の言う「ネコ型社員」とは、「『自己実現』に幻想を持たず、出世のためにあくせくせず、滅私奉公に背を向けつつも、得意分野では爪を磨ぐ」タイプとのことで、そんな「ネコ型社員」が増殖しているそうな。

 著者が挙げる「ネコ型社員」の特徴は、「1.滅私奉公より、自分を大切にする、2.アクセクするのは嫌だが、やる時はやる、3.自分のできることは徹底的に腕を磨く、4.隙あらば遊ぶつもりで暮らしている、5.大目標よりも毎日の幸せを大切にする」ということだそうで、ちょっぴり「犬型」的要素も入っているような気がしないでもないですが、本書では、名犬・忠犬・警察犬はいるけれど名猫・忠猫・警察猫はいないよねという話は冒頭あるものの、「犬型」の特徴を挙げて対比するようなやり方はしておらず、あくまで「ネコ型」について述べるのみ、これ、戦略的かも。

 ネコ型社員の信条は、「『忠誠』よりも『信義』、『上昇』よりも『向上』、『一人前』よりも『一流』」ということで、博報堂のR&D部門にいた人らしく、こうした分類には、マーケティング的というか「博報堂生活総合研究所」的な匂いを感じなくもありません(「生活総研」×「人材コンサル」といったところか)。

 「ネコ型社員」であることを勧める共に、企業としての「ネコ型社員」の活かし方にも触れていて、「1.砂場を作る、2.見返りを求めない、3.自信を持って甘やかす」ということになるようで、それぞれについては中身を読んでいただければと思いますが、「ネコ型社員」になることよりこっちの方が難しいかも知れないとも思ったりしました。

 個人的に感性が一致したのは、転職支援の「あなたの可能性はまだまだそんなものじゃない」といった“眩しい”コピーを「自己実現熱」を煽るものとして批判している点で、元コピーライターが言うだけに説得力があったりして(「粘土上司」なども言い得て妙)。

 「ワーク・ライフ・バランス」という言葉の流行に対しても、経営側は「結局ワークを中心として、ライフとのバランスをとろうというように聞こえる」と言っているのには素直に共感しました。

 実践面でそんなに旨くいくかなという部分もありましたが、“目から鱗”とまでは行かないでも、働き方や物事への取り組み方、部下の扱い方などを少し違った角度から考察してみるには悪くない本でした。
_________________________________________________
山本 直人 (やまもと なおと)
1964(昭和39)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。博報堂に入社後、コピーライター、研究開発、人事局での若手育成などを経て、2004年退職、独立。著書に『売れないのは誰のせい?』など。青山学院大学講師。

   



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投稿者 wadamy : 23:50

2009年05月08日

【1164】 ○ 大内 伸哉 『どこまでやったらクビになるか―サラリーマンのための労働法入門』 (2008/08 新潮新書) ★★★☆

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読みやすい入門書だが、結局「程度問題」ということになるテーマも多い。

どこまでやったらクビになるか.jpgどこまでやったらクビになるか―サラリーマンのための労働法入門 (新潮新書)』 ['08年]  大内伸哉.jpg 大内 伸哉 氏

 副業、社内不倫、経費流用、ブログによる自社の中傷、転勤拒否、内部告発、セクハラといったことが、実際どこまでが許されるのか、事例を挙げながら主にサラリーマンの立場に立って解説されていますが、同時に、会社の労務管理サイドの人が、企業防衛の立場から労務トラブルに対処する方法、及び、その前提となる法の考え方を学べるものにもなっています。

 各テーマの設問は、新潮社の担当編集者が、一会社員としての日頃の疑問をもとに案出ししたとのことで、いかにも「新潮新書」らしい本作りとなっている印象を受けました(全てが担当者のオリジナルならば、この担当者はかなり優れた人ではないか)。

 大内先生のことでもあり、きっちり法律の基本を抑えながらも、一部に個人的見解を挟んでいて、勉強になるだけでなく考えさせられる点もありました。
 但し、もともとのテーマが、法律で簡単に○×で結論づけられるようなものではないものが多いため、結局は「程度問題」としか言いようのないものもあります。

 実際、かなりの判例を引きながらの解説になっていて、その点はその点で、この人の判例の読み解きはわかり易く定評があるのですが、具体的な判例名がほとんど省かれているのが少し不満。
 一般向けの新書だからやむを得ない気もしますが、こういうのは企業名が出てきた方が、個人的には頭に入り易く、途中で挟まないまでも、最後に判例索引でもつけてくれたらもっとよかったのにと、ちょっとばかり思いました(そこまでやると、一般読者は引いてしまうのかも知れないが)。

《読書MEMO》
●章立て(一部)
ブログ―ブログで社内事情を書いている社員がいてヒヤヒヤしています。あの社員はクビにならないのでしょうか?
副業―会社に秘密で風俗産業でアルバイトをしている女性社員がいます。法的に問題はないのでしょうか?
社内不倫―社内不倫しています。これを理由にクビになる可能性はありますか?
経費流用―私用の飲食代を経費として精算したのがバレてしまいました。どれくらいの額だとクビになりますか?
転勤―会社から転勤を命じられました。どういう事情があれば拒否できますか?
給料泥棒―まったく働かない給料ドロボーがいます。会社はこういう人を辞めさせることはできないのでしょうか?
内部告発―会社がひどい法令違反をしています。内部告発をした時に自分の身を守る方法はありますか?
合併―会社が他の会社と合併することになりました。合併後は給料が下がりそうなのですが、そんなことは認められるのでしょうか?
残業手当―上司に言われていた仕事が勤務時間内に終わらずに残業しました。こういうときでも残業手当をもらえますか?
新人採用―半年の試用期間で「採用失敗」が明らかになった新入社員がいます。会社は彼を本採用することを拒否してよいのでしょうか?

  



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和田泰明

投稿者 wadamy : 23:40

2008年08月02日

【962】 △ 大井 玄 『「痴呆老人」は何を見ているか (2008/01 新潮新書) ★★★

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考察は深いが、“オーバー・ゼネラリゼーション”が目立つ。哲学エッセイ的要素も。

「痴呆老人」は何を見ているか.jpg 『「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書 248)』 ['08年] 大井 玄.jpg 大井 玄 氏

 「痴呆」というものがどういったものであるかを、「周辺症状」と「純粋症状」がごっちゃになっている世間の偏見を正して改めて定義・解説していて(「認知症」という言葉が用語として不完全であるため、「痴呆」という言葉を敢えて用いたというのもよくわかった)、「周辺症状」が取り沙汰される程度に差が生じる背景には「文化差」があるとの指摘からの、欧米における延命治療拒否の背景に「自立性尊重」の倫理意識があるという話への流れは、終末医療の在り方への1つの問題提起となっているように思えました(日本の文化的・倫理的土壌では延命治療をしないことはなかなか難しいだろうけれど)。

 また、「痴呆」状態にある老人を通して、「私」とは何か?「世界」とは何か?という著者自身の考察がなされていて、それはそれで深いものであり、但し、我々は皆多かれ少なかれ「痴呆」であるという見方(この見方そのものはわからないでもないが)から、論の運び方がややオーバー・ゼネラリゼーションが目立ったように思えました。
 ブッシュ大統領の9.11テロ後の「我々の味方でない者は全て敵」的な態度が、パニック状態に陥った認知症の老人と同じであるとか。この本って、社会批評本?だったの、という感じ。

 本書にある、医師として「痴呆」老人と真摯に向き合った体験は重いけれども、そこからの哲学的考察は主観的なものであり、科学との結びつけにおいても、例えば、「痴呆」老人と外部環境の関わりを、ゾウリムシの繊毛による食物獲得反応に擬えて、ゾウリムシも「痴呆」老人も(多かれ少なかれ我々も)主観により「世界を構築している」としていますが、ゾウリムシの「主観」と一緒にされたのでは…。

 結構、Amazon.com.などでも評価の高かった本ではないかと思いますが、個人的には、こうした医療体験の話や医学知識の部分と哲学(非科学?)や社会批評との間を、“オーバー・ゼネラリゼーション”(過剰な普遍化作用)により行き来するのが自分にとって相性が悪く、頷ける部分も多々あったものの、全体的には最後まで読みづらさが抜けませんでした。

 著者は、東大医学部からハーバード大に渡り、その後、東大医学部教授、国立環境研究所所長を務め、その間、臨床医の立場を維持しながら国際保健、地域医療、終末期医療に携わってきたこの分野の大ベテランであり権威でもある人。
 前著『痴呆の哲学』('04年/弘文堂)を平易にし、新たな視点をも加えたものとのことですが、思い出話的な語り口もあって、「東大退官記念」エッセイみたいな感じも。

  



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投稿者 wadamy : 22:55

2008年07月27日

【961】 ○ 前田 高行 『アラブの大富豪 (2008/02 新潮新書) ★★★★

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アラブ入門書としても読めるが、観光立国を目指す「CEO」的首長や「投資家」王子の存在が興味深い。

アラブの大富豪.jpg 『アラブの大富豪 (新潮新書 251)』 ['08年] ドバイ政府観光.jpg
                                 (写真提供)ドバイ政府観光商務局 http://dubaitourism.ae/japan  
      
 著者はアラビア石油に勤務し、サウジアラビアに長く駐在していた人で、ジェトロのリヤド事務所長を務めた経歴もあり、アラ石を定年退職後に始めたアラブ関係のブログが契機で、経済誌の取材を受けたりし、新潮社から誘いを受け本書の慣行に至ったとのこと。

 サウジアラビアの王家の歴史や政商のルーツ、アラブ人の宗教観とビジネスの関係、今回の産油国の「オイル・ブーム」の特徴や「オイル・マネー」を巡る諸国の動き、更には、石油は枯渇しないのか、なぜ湾岸諸国の多くが旧態の王制ながら政情が比較的安定しているのか、といったことまで書かれていて、コンパクトなアラブ入門書としても読めますが、面白かったのはやはり、特定の「大富豪」に絞って解説した第2章と第3章でした。 
                   'Palm island' - Dubai/'Burj Dubai'(800m)/"The Infinity Tower"(330m)-Duabi
The Infinity Tower - Duabi.jpg'Burj Dubai'.jpgPalm island Dubai.jpg 第2章では、UAEの1つ、ドバイのムハンマド首長に焦点を当てていて、既に「NHKスペシャル」などでも特集されたりして、「ヤシの木リゾート」や世界一の高層ビル「ブルジュ・ドバイ」をはじめとする建設ラッシュなど、ドバイの観光開発やビジネス投資が凄いことになっているのは知っていましたが、これを牽引しているのが「ドバイ株式会社のCEO」と言われる彼であるとのことで、なかなかのやり手だなあと。
 日本でも、ドバイのことを「世界中のセレブが集う夢のリゾート」と謳った観光ガイドブックが見られるようになった一方で、峯山政宏氏の『地獄のドバイ』('08年/彩図社)などという本も刊行されており、「光」の部分だけではなく、観光立国を目指す裏には「闇」の部分もあると思いますが、それはともかく、個人的には、王族の兄弟が世界各地のリゾートで放蕩し、また競馬やギャンブルで莫大な散財をしたことが、リゾート計画の立案や投機ビジネスに生かされているというのが、ちょっと面白いと思いました。
The Kingdom Tower.jpg
 第3章では、サウジアラビアのアルワリード王子にスポットを当て、こちらは、王族には珍しい起業家タイプで、米国のウォーレン・バフェット並みの投資家であり(実際、「アラビアのバフェット」と呼ばれている)、世界有数の大富豪でもあるとのこと。彼の率いるキングダム・ホールディングのリャドにある本拠地「キングダム・タワー」は、投資家の憧れの地みたいになっているようです。
 個人的には、彼が起業家を目指した経緯が、王家の傍流にいて、当初は父親が国王になる見込みが無かったためというのも、これまたちょっと面白い(やはり、人間どこかハングリーなところがないと、伸びないのか)。
                                               'The Kingdom Tower' (302 m)-Riyadh
 著者によれば、こうしたアラブ諸国は、支配者である国王が膨大な冨を国民に分配することを役割としている「レンティア(金利生活)国家」であり、額に汗流して働かなくとも(それでいて、税金は無く、医療や義務教育も無料)国民全体が生活できるというもので、著者自身は王国の将来について、近未来の範囲では楽観的に捉えているようですが、う~ん、どうなんだろう。本書で取り上げられているUAE各国やカタルなど、人口が小さい国では、そうかも知れないなあ(使い切れずに余ったオイル・マネーはどこに流れているのか、不思議)。

 世界の長者番付に出てこない「大富豪」も沢山いるようで、オイル・マネー潤沢の王族企業は不特定多数の個人や法人から資金を調達する必要がないため、株式上場もしなければ、財務諸表も開示していないとのこと。ビル・ゲイツの資産は殆どマイクロソフト社の彼自身の保有株の時価総額が占めているわけですが、確かにアラブの大富豪王族だと、非公開企業のオーナーである彼らの保有資産額はわからない…。

「ブルジュ・ドバイ」と世界の高層ビルの高さ比べ http://v4vikram.blogspot.com  "Al Burj "(1050m=計画中)-Duabi
Al Burj.jpg「ブルジュ・ドバイ」と世界の高層ビルの高さ比べ.gif 

     



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投稿者 wadamy : 22:56

2008年07月20日

【953】 ○ 多賀 敏行 『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史』 (2004/09 新潮新書) ★★★☆

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「エコノミック・アニマル」の本来の意味には、素直に「へぇ~」だったが…。

「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった.jpg 『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史 (新潮新書)』 ['04年]

 一般に日本人を否定的に捉えたものとされる「日本人は12歳の少年」(マッカーサー元帥)、「エコノミック・アニマル」(ブット外相)、「ウサギ小屋」(EC報告書)といった表現の真意はどこにあったかを探り、それが必ずしも日本人の意識やその暮らしぶりを否定的に捉えたものではなかったことを明かした前段(1・2章)部分が、裏づけ調査も綿密で、インパクトもありました。

 マッカーサーの言葉は、同じ敗戦国ドイツとの対比において、民主主義の歴史が長いドイツが国際ルールを破って戦争したのは、“大人”が意図的にやった選択(民主主義を手放したこと)に誤りがあったものであり、ドイツ人の性格自体は“大人”であるゆえに変えようがなく、それに対し、日本での民主主義の歴史は浅く、これまで世界のことも十分に知らなかった日本人は、これからの教化によって変わり得る(成長し得る)といった意味合いだったらしい(これって、褒めているのかどうかはやや微妙ではないか)。
パキスタン元外相アリー・ブット(後に首相)と娘のベナジル・ブット(後に首相)(AFP).jpg
 表題にある、当時のパキスタンの外相アリー・ブット氏が日本人記者との話の中で使った“Economic Animal ”の“Animal ”は、例えば「政治」を得手とする人物を評して“Political Animal”というように(学生時代に勉学が振るわなかったのに大物政治家となったチャーチルがそう呼ばれた)、「日本人はこと経済活動にかけては大変な才能がある」という「褒め言葉」だったとのことで、これには素直に「へぇ~」という感じ(これが日本人批判と誤解されたためか、彼が政争に破れた時に日本人からあまり同情されなかったというのは気の毒)。「ウサギ小屋」というのが、フランスでは、都市型の集合住宅の一形態を指すにすぎないもので、貶める意味を持たないということも初めて知りました。
                                     パキスタン元外相アリー・ブット(後に首相となり絞首刑に)
                                     と娘のベナジル・ブット(後に首相となり暗殺される)(AFP)

 ただ、中盤は、漱石の英国留学時代の話に自分の英国留学の思い出を重ねたりしてエッセイ風であり、終盤は、ダイアナ妃やブッシュ親子の英語の用い方など、ややトリビアルな話になり、テーマも、国同士のコミュニケーション・ギャップという観点から、単なる「英語表現」の問題に移った感じ。

 後者のテーマが1冊を貫いていると見れば、サブタイトルの「誤解と誤訳」には違わぬ内容ではあるかも知れないけれど、何となく本としての纏まりに欠くように思ったら、別々に雑誌などに発表したものを纏めて1冊にしていたのでした。
 「日本人は12歳」、「エコノミック・アニマル」、「ウサギ小屋」に関しては、'93年と'95年に雑誌「文藝春秋」に発表されたもので、著者(前バンクーバー総領事)は、随分前から言ってたんだなあ、このことを―(この部分だけでも、一応の読む価値はあると思うが)。

    



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投稿者 wadamy : 23:05

2007年07月26日

【722】 ○ 郷原 信郎 『「法令遵守」が日本を滅ぼす (2007/01 新潮新書) ★★★☆

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コンプライアンス=「法令遵守」と考えるのではなく、「社会的要請への適応」と考えるべしと。

「法令遵守」が日本を滅ぼす.jpg  『「法令遵守」が日本を滅ぼす』 新潮新書 〔'07年〕 gohara.bmp 郷原 信郎 氏 (経歴下記)

 著者は東京地検特捜部の元検事で、以前からある建設談合事件から直近の耐震強度偽装事件、不正車検事件、パロマ事件まで多くの事件を取り上げ、そうした事件やその後の企業等の対応の背後にある「コンプライアンスとは単に法を守ること」という考え方の危うさを本書で示しています。
 
 建設談合についての過去における一定の機能的役割を認めているのが興味深く、単純な「談合害悪論」がそうした機能をも崩壊させようとしているとし、ライブドア事件や村上ファンド事件については、ライブドアの経営手法を現行法に照らした場合の違法性の低さや村上世彰氏の行為意をインサイダー取引と看做すことの強引さを指摘しているのが、元検事という経歴からして少し意外な感じもしましたが、「違法」という1点の事実により「劇場型報道」を行うマスコミを批判し、事件捜査のあり方が「劇場型」になってしまうことを危惧しています。

 また、独占禁止法と知的財産法など、ぶつかりあう関係にある法律も多くなり、かつて日本の司法―裁判官、検察官、弁護士などは、農村社会における巫女のような役割を果たしていたのが(喩えが面白い)、世の中が複雑になり、密着しあう様々の法律の隙間の部分での事件が多くなると、個別の法律を1つの点で捉えるのではなく、複数の法律を面で捉える必要が生じているのに、そうした捉え方が出来る人材が不足しているとのこと。

 ライブドア事件や村上ファンド事件などの検察の捜査は、司法の経済活動への介入ともとれ、1つ間違えると「法令遵守」が市場をダメにすることにもなりかねず、そうした意味での“経済特捜”の役割と責任の大きさを説いています。

 結論的には、「コンプライアンス=法令遵守」と考えるのではなく、「コンプライアンス=社会的要請への適応」と考えるべきであるということで、最後にそうした要請に応えるべく「フルッセト・コンプライアンス」という概念を具体的要素を挙げて提唱していますが、そこでは組織を壊死させるのではなく機能させることを主眼としているように思えます。
コンプライアンスの考え方.jpg
 新書版でさらっと読める割には内容の奥は深く、ただしややわかりにくい部分もあり、早稲田大学の浜辺陽一郎教授の著書『コンプライアンスの考え方―信頼される企業経営のために』('05年/中公新書)のように、冒頭で本来のコンプライアンスを「法令遵守」と訳すのは誤りであると指摘してしまった方がわかりやすかったかも。
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郷原 信郎 (ごうはら のぶお)
1955年島根県生まれ。東京大学理学部卒業後、東京地検検事に任官。1990年4月に日米構造協議を受けて独禁法運用強化が図られていた公正取引委員会事務局に出向し、 1993年3月までの審査部付検事などとして勤務。その後、東京地検検事、広島地検特別刑事部長を経て、1999年4月から法務省法務総合研究所研究官。 2005年4月、 桐蔭横浜大学法科大学院に専任教官として派遣されるとともに、同大学コンプライアンス研究センター長に就任。主著に 『独占禁止法の日本的構造-制裁・措置の座標軸的分析 』

  



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投稿者 wadamy : 18:33

2006年09月10日

【535】 ○ 養老 孟司 『死の壁 (2004/04 新潮新書) ★★★☆

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「ある意味では神様っていいな、と思うこともある」と言っているのが一番のホンネかも。

死の壁.jpg 死の壁2.jpg 『死の壁 (新潮新書)』 〔'04年〕 バカの壁1.jpg 『バカの壁』 新潮新書

 テーマが拡散的だった『バカの壁』('03年/新潮新書)に比べると、テーマを「死」に絞っているだけわかりやすく、“語り下ろし”形態からくる論理飛躍みたいな部分は依然あるものの、前著より良かったと思います。
 ただし本書で主に扱っているのは、著者が言うところの「一人称」「二人称」「三人称」の死のうち、解剖死体に代表される「三人称」の死と、身近な人の死に代表される「二人称」の死ということになるでしょう。
 
 情報化社会における「人間は変わらない」という錯覚や、死というものが隠蔽される都市化のシステムについての言及は、本書が『バカの壁』の続編であることを示しています(そんなこと、タイトルを見れば一目瞭然か)。

 日本人の死生観に見られる「死んだら皆、神様」のような意識を「村の共同体」原理で説明しています。
 このことから、靖国問題や死刑制度へ言及するところが著者らしいと思いました。
 確かに中国の故事には、墓を暴いて死者に鞭打ったという話があります(戦国時代に呉の伍子胥が平王の墓を暴いて死体を粉々になるまで鞭打った)。
 日本の場合、生死がコミュニティへの入会・脱会にあたり、全員が「あんな奴はいない方がいい」となれば村八分は成立しやすく、死刑廃止論者は少数派となると。
 大学なども、こうしたコミュニティの相似形で、入るのが難しいのに出るのは簡単。それでも○○卒という学歴が生涯つきまといます。

 人体の細胞の新陳代謝を、毎年新入生が入って卒業生が出て行く「学校」に喩えているのがしっくりきました。
 「私」というのも、こうしたシステムの表象に過ぎず、移ろっていくのだ…と思い読み進むうちに、著者自身の幼年時の父の死に対する心情推移の精神分析的解釈があり(ここで精神分析が出てくるのがそれまでの流れから見て唐突な印象でしたが)、自身にとっての「二人称」の死に対する思いが吐露されています。
 「ある意味では神様っていいな、と思うこともある」と言っているのが一番のホンネかも。



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投稿者 wadamy : 16:34

【532】 △ 養老 孟司 『バカの壁 (2003/04 新潮新書) ★★☆

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わかったような、わからないようなという印象。だから、次々と出される続編に手をだしてしまうのか?

バカの壁1.jpg バカの壁2.jpgバカの壁 (新潮新書)』 〔'03年〕 

 2003(平成15)年・第57回「毎日出版文化賞」(特別賞)受賞作。

 まえがきで数学という学問を引き合いに、誰もが最後にはこれ以上はわからないという壁にぶつかり、それが言わば「自分の脳」であると。つまり「バカの壁」は万人の頭の中にあるということを述べています(フムフム)。
 一方、本文は、これに呼応するように、「話せばわかる」というのは大嘘であるという話で始まりますが(もう諦めろ、放っておけ、ってことか?)、こうした切り口の鮮やかさが、上司など自分の身近にいる人とのコミュニケーションの齟齬にイライラしている人に受けたのかも知れません。 
 でも、このまえがきと本文の繋げ方は、所謂 over-generalization(過度の一般化)気味のような気がし、この本は、こうした切り口の鮮やかさで論理を韜晦させているのではないかと思われる部分も、結構あるように思いました。
 
 話題は認知心理学や脳科学、教育論や日本人論と駆け巡り、個々の論点はまあまあ面白かったのですが、著者の他のエッセイなどで既に述べられていることも多いです。
 最後は再び、「話せばわかる」といった姿勢は一元論にはまり、強固な壁の中に住むことになるという警句で終っています。

 認知心理学的な話から「唯識論」的な話へいくのかと思いきや、途中から、一種の「教養論」を展開しているようにも思え、論旨が掴みにくいのですが、簡単に言ってしまえば、この「バカの壁」を意識するということは、ソクラテスの「無知の知」とほぼ同じではないかという気もしました。
 そう考えると、特に目新しいことを言ってるわけではないと…。
 一元論や原理主義というのは、「無知の知」の「知」が欠落し、要するに「無知」の状態にあるということ。ただし自分たちはそのことに気付かないということでしょうか。

 著者の本を読むのは初めてではないのですが、本書については、「語り下ろし」であるということでの読みやすさほどには、内容そのものはわかりやすくはないという感じがしました。
 正直、わかったような、わからないようなという印象です(だから、次々と出される続編に手をだしてしまうのか?)。
 
 こんな本が400万部以上売り上げたベストセラーになるなんてと憤る前に、自分の頭の中の「バカの壁」を認識すべきなのでしょうか。
 それほど謙虚にもなれないんですけど、「話せばわかる」というのは大嘘であるということに立ち返ると、この本を読んで「よくわかった」という人は嘘つきかも知れないという理屈も成り立つわけで…。



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投稿者 wadamy : 16:17

2006年08月26日

【302】 △ 日垣 隆 『世間のウソ (2005/01 新潮新書) ★★★

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批評眼の大切さを教えてはくれるが、各論には納得できない部分も。

世間のウソ.jpg  『世間のウソ (新潮新書)』  〔'05年〕   日垣隆.jpg 日垣 隆 氏 (略歴下記)

 著者の問題関心は、「世間で常識と思われていること、ニュースとしてごく普通に流通していることに素朴な疑問を投じることからいつも始まっている」(205p)そうですが、確かに『「買ってはいけない」は嘘である』('99年/文藝春秋)以来、その姿勢は貫き通されているように思えます。

 本書は、タイムリーな事件や社会問題などを取り上げ、その報道のされ方などを分析し、根拠の危うさや背後にある思惑を指摘している点で、著者の“本領”がよく発揮されていると思いました。

 語り口が平易で、文章がしっかりしているし、冒頭に、宝くじや競馬の話など入りやすい1話題を持ってくるところなどうまいなあと思います(日本の競馬の“寺銭”が25%というのは、寡聞にして知りませんでした)。
 こうしたウンチクがこの本にはいっぱいありますが、そうやって読者を引き込むのも著者の戦術の1つでしょうね。
 
 その他に、自殺報道のウソ、鳥インフルエンザ報道のウソ、男女をめぐる事件報道のウソ、児童虐待のウソ、第三種郵便のウソから、オリンピック、裁判員、イラク戦争を通して見る他国支配まで15章にわたってとり上げていて、新書1冊に詰め込み過ぎではという感じもありますが、社会問題を読み解く参考書として読まれたことも、この本が売れた理由の1つではないでしょうか。

 詰め込みすぎて、テーマごとの掘り下げが浅くなっている感じもありますが(やや週刊誌的?)、ニュース情報の渦の中で何となくそれらに流されがちな日々を送る自分に対し、批評眼を持つことの大切さを教えてくれる面はありました。

 ただし、1つ1つの論には、警察の民事不介入という幻の原則のために、多くの児童虐待が看過されてきたであろうという指摘など、個人的に納得できるものもあれば、ちょっとこの見方や論法はおかしいのではというのもありました(「精神鑑定のウソ」の章は個人感情が先走って論理破綻している)。
 そうした意味では、この本自体が、本書のテーマのテキストになり得るということでしょう。
_________________________________________________
日垣 隆 (ひがき たかし)
1958(昭和33)年、長野県生れ。東北大学法学部卒業。「『買ってはいけない』はインチキ本だ」(文春文庫『それは違う!』所収)で文藝春秋読者賞、「辛口評論家の正体」(文藝春秋『偽善系II』所収)で編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞・作品賞を受賞。メールマガジン「ガッキィファイター」ほか、ラジオ、テレビでも旺盛な活動を続けている。



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投稿者 wadamy : 22:15

2006年08月21日

【227】 ○ 宮田 律 『中東 迷走の百年史 (2004/06 新潮新書) ★★★★

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短時間で、中東関連ニュースに対する理解を深めたい人にピッタリ。

中東 迷走の百年史.jpg  『中東 迷走の百年史』 新潮新書 〔04年〕

 高校の世界史の授業というのは、どうしても西洋史中心で、さらには、近現代史をやる頃には受験期に入っているので、最後は殆ど駆け足で終ってしまう―、その結果「中東の近現代史」などは、習った記憶すら無いという人も多いのではないでしょうか。

 ところが今や、海外から伝わる政治的紛争やテロのニュースには、中東乃至はイスラム過激派に関するものが非常に多いという状況で、今までの経緯が分からないから、関心もイマイチ湧かない、ということになりがちかも。
 でも、そうした背景を少しでも知って、ニュースに対する理解を深めたいという人に、本書はピッタリです。
 200ページ前後の新書で活字も大きく、さほど時間をかけずに読めるのが特長です。

 イラク、イスラエルとパレスチナ、サウジアラビアとイエメン…など12の国や地域をあげ、国を持たない中東最大の少数民族「クルド」もとりあげていて、それぞれの歴史や現況をコンパクトに解説していますが、こうして見ると紛争の火種が絶えない地域ばかりで、まさに「迷走」の歴史です。
 
 植民地時代や米ソ冷戦時代の「負の遺産」や、国家権力者の専横もさることながら、国際テロ組織の暗躍がこうした紛争に暗い影を投げかけていることがよく分かります。
 アフガン戦争の時に、米国とともに対ソ抗戦したイスラム原理主義者の一部が、イスラム過激派として9・11テロの実行犯などに流れていったことに、歴史の皮肉を感じます。
 サウジ、アフガン、東アフリカと場所を移しつつテロリストを養成しているオサマ・ビンラディンは、ある意味、独裁国家の元首よりタチが悪いかも。



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和田泰明ブログ

投稿者 wadamy : 11:01