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エグゼンプションという切り口で「日本型雇用」を変える「構造」を提案している。

いっしょうけんめい「働かない」社会をつくる.jpg                         雇用の常識 決着版.jpg
いっしょうけんめい「働かない」社会をつくる (PHP新書)』['14年]『雇用の常識 決着版: 「本当に見えるウソ」 (ちくま文庫)』['12年]

 2009年に刊行された『雇用の常識「本当に見えるウソ」』(プレジデント社、'12年/ちくま文庫)が注目され、その後も『「若アベノミクスで「雇用」はどうなる.jpg者はかわいそう」論のウソ』('10年/扶桑社新書)、『就職、絶望期』('11年/扶桑社新書)、『女子のキャリア―"男社会"のしくみ、教えます』('12年/ちくまプリマー新書)、『日本で働くのは本当に損なのか』('13年/PHPビジネス新書)などを多くの著書を発表している著者(元リクルート ワークス研究所勤務)による本です(先に取り上げた(エントリー№2284)経済学者の安藤至大氏と「ニコ生」に出ていたこともあった)。この他にもいくつもの著書があってそれらの内容が重複しているきらいが無きしもあらずですが、 本書は単独でそれなりに読みでがありました。

「ニコ生×BLOGOS」"アベノミクスで「雇用」はどうなる"(2013年)海老原嗣生氏&安藤至大氏(経済学者)

 ホワイトカラーエグゼンプションを巡る議論が再び活発化している昨今ですが、残業代の不支給と、その対象となる年収について議論が費やされてきたという経緯は、これまでとあまり変わっていないようです。これについて、本書では、今回のエグゼンプション論議は、「定期昇給・昇級・残業代の廃止」という経営都合の日本型の変更のみが念頭に置かれているとしています。

 そして、そこには、もう一つの日本型の問題――残業代を払い続け、定期昇給を維持する分、長時間労働や単身赴任で疲弊し、働く人のキャリアや家庭生活の面にもマイナス寄与しているという問題――をも取り除くという視点が欠如しているといいます。つまり、エグゼンプションを契機として、給与・生活・キャリアの三位一体の改革をすべきであるとしています。

 著者は、エグゼンプションの本質に迫ると、多くの企業に根ざす「日本型雇用」の綻(ほころ)びが見えてくるといいます。例えば、日本企業はこれまで全員を幹部候補として採用し、年功昇給によって処遇してきたため、企業の熟年非役職者が高収入となって、そのため転職が困難になっているとしています。そこで、エグゼンプション導入を機に、「同一職務=同一給与=同一査定」「職務の自律性・固定制」「習熟に応じた時短」といった「欧米型」雇用の本質も、同時に実現すべきであるとしています。

 但しし、すべての階層を一時(いちどき)に「欧米型」に移行させるのではなく、「欧米型雇用」と「日本型雇用」の強み・弱みをそれぞれ吟味し、日本人と欧米人の「仕事観」の違いや、欧米企業における人事異動のベースとなっている「ポスト雇用」という考え方を分かりやすく説明したうえで、まず、習熟を積んだキャリア中盤期以降を「欧米型」のポスト雇用に切り替えていくことを提案しています。

 エグゼンプションは、その「日本型」と「欧米型」の"接ぎ木"のつなぎ目として機能するものであり、キャリア中盤期以降は、時間管理ではなく成果見合いの職務給制となる一方、エグゼンプション導入の際には、労働時間のインターバル規制や異動・配転の事前同意制、休日の半日取得などの措置がとられるべきであるとしています。ここには、エグゼンプションにまつわる「制約」によって、「全員が階段を昇る」日本型の人事管理を終わらせるということも、狙いとして込められているようです。

 エグゼンプションという切り口で「日本型雇用」を変える(終わらせる)ことを提案していて、しかも、従来よくあった「日本型全否定」ではなく「途中まで日本型肯定」のハイブリッド型になっているのが興味深く、また現実味を感じさせるところですが、入り口が日本型のままであることによって生じる諸問題についての解決策も提示されています。

 個人的には、論旨が「中高年問題」にターゲティングされていることを強く感じましたが、つまるところ、「日本型雇用」の最大の問題はそこにあるということになるのでしょうか。エグゼンプションというテーマからすると、業態などによっても読者によって受け止め方の違いはあるかもしれません。但し、「ジョブ型社員」「限定社員」といった最近話題の人事テーマに関して、従来の議論から踏み込んで具体的な「構造」を提案しているという点で、これからの議論や制度設計の一定の足掛かり乃至は思考の補助線となるものと思われます。

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真摯でバランスのとれたレポート及び考察だが、目新しさはない。

感情労働シンドローム.jpg 『感情労働シンドローム (PHP新書)

 これまで労働は大きく、肉体労働と頭脳労働に分けられてきましたが、本書でいう「感情労働」とは、仕事をするなかで心の負担にポイントを置いた労働のことであり、この概念は1970年代にアメリカで生まれ、社会学者による客室乗務員の調査研究で知られるようになったとのことですA.R. ホックシールド (『管理される心―感情が商品になるとき 』('00年/世界思想社))。本書は、その感情労働に注目したレポートです。

 かつては、嫌悪や怒りなどマイナスの感情をコントロールし、笑顔のサービス提供を強いられる労働の典型モデルが客室乗務員や看護・介護職などであったのが、近年は、営業職や教師、さらには普通の若手社員、中高年社員らにも感情コントロールの負荷がのしかかっていると本書は報告しています。

 例えば営業職は、自らは必ずしも推奨したくない商品を売り込む矛盾や訪問先で拒絶される苦しさにあえぎ、それでも、ポジティブで爽やかな振る舞いをしなければならず、あるいは、「これは相手のメリットになる」と本心とは違っても念じなければいけない―その結果、そうした営業の仕事の先に何があるのかとの疑問を持つ若者が多くなっているとのことです。

 さらに顧客を相手にしない職場内においても、若者は若者で、今いる職場や仕事と自らのキャリア観との間のギャップや、現実の上司と理想像との間のギャップを感じてやる気を失い、また、そうした部下を持つ上司は、部下に尊敬されることなく、むしろ360度評価などによって"下からの逆攻撃"を受けてしまう―こうした相互の軋轢から、それぞれに違和感・不安感・緊張感が高まっていて、職場における感情問題は臨界寸前の状態にあると。

 本書では、こうした職場と感情労働の問題を、「新型うつ」「パワハラと逆パワハラ」「成果主義」の三本の柱を軸に考察するとともに、若者における感情労働の問題、ミドルエイジにおける感情労働の問題のそれぞれについても分析を行っています。

 各層へのインタビュー取材がベースになっており、真摯でバランスのとれたレポート及び考察になっていて、ある人にはショッキングなレポートに思えるかもしれませんが、現に職場内にいる人間にとっては、特に目新しいことが書かれているわけでもないようにも思いました。

 こうした状況をただ「仕方がない」と受けとめてしまうのではなく、分析的に捉える視点は必要であるし、経済産業省の打ち出した「社会人基礎力」の内容に疑問を呈している点などにも共感しましたが、著者自身の目から見た、こうした問題に対する処方箋が示されていない点が物足りませんでした(著者自身、解決策を示すのが本書の目的ではないと、あとがきで断ってはいるが)。

 アメリカの社会学者ライト・ミルズは、『ホワイトカラー― 中流階級の生活探究』原著刊行1951年、1957年/創元社、971年/東京創元社)の中で、ホワイトカラーの疲弊度が増す原因を、「賃金労働者とホワイトカラーの際立った違いの一つは、賃金労働者は彼の労働とエネルギーとスキルを売るが、ホワイトカラーは、多数の消費者、顧客、管理者に対して、自己の労働を売るだけでなく自己のパーソナリティを売る」ためであると書いています。

 ホワイトカラーの感情労働による自己疎外は、1950年代初頭に書かれたこのミルズの一文が、すでに核心を突いているのではないかと。

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会津の奥羽戦争敗因分析が中心だが、ドラマよりも歴史小説(企業小説?)みたいで面白かった。

八重と会津落城.jpg    山本八重(綾瀬はるか).jpg 山本覚馬(西島秀俊).jpg
八重と会津落城 (PHP新書)』   NHK大河ドラマ「八重の桜」 山本八重(綾瀬はるか)/山本覚馬(西島秀俊)

NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 八重の桜.jpg 今年('13年)のNHK大河ドラマ「八重の桜」は、東日本大震災で被災した東北地方の復興を支援する意図から、当初予定していた番組企画に代わってドラマ化されることになったとのこと。本書は一応は「八重と会津落城」というタイトルになっていますが、前3分の2は「八重の桜」の主人公・山本八重は殆ど登場せず、会津藩が幕末の動乱の中で奥羽越列藩同盟の一員として薩長政権と対峙し、会津戦争に追い込まれていくまでが時系列で描かれています。

NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 八重の桜 (NHKシリーズ)

 この部分が歴史小説を読むように面白く読め、福島の地元テレビ局の報道制作局長から歴史作家に転じた著者が長年にわたって深耕してきたテーマということもありますが、歴史作家としての語り口がしっくりきました。

 1862(文久2)年に会津藩の第9代藩主である松平容保(かたもり)が京都守護職に就任するところから物語は始まりますが、著者によればこれがそもそもの会津藩の悲劇の始まりだったとのことで、1866(慶応2)年に薩長同盟が結ばれ、第2次長州征討に敗れた幕府の権力が弱体化する中、公武合体論支持だった孝明天皇が急死して、いよいよ追い詰められた徳川慶喜は大政奉還で窮地を乗り切ろうとします。しかし、慶喜が思っていたような解決は見ることなく、王政復古、新政府樹立、鳥羽・伏見の戦いでの旧幕府軍の惨敗、戊辰戦争と、幕府崩壊及び明治維新へ向けて時代は転がるように変遷して行きます。

 松平容保が京都守護職の辞任を申し出て叶わず、容保と会津藩士が京都に残留したことで、「官軍」を名乗った薩長から見て「賊軍」とされてしまったのが会津藩の次なる悲劇でした(本書では「官軍」という言葉を使わず、敢えて「薩長連合軍」としている)。元々幕府寄りであった会津藩ではあるけれど、会津城に籠城して落城するまで戦った会津戦争という結末は、幕府への忠義を貫き通したという面もあるにしても、こうした流れの延長にあったともとれるのではないかと思います。

八重の桜0.jpg 八重が本書で本格的に登場するのは、その会津城での最後の籠城戦からで、時局の流れからも会津藩にとってはそもそも絶望的な戦いでしたが、それでも著者をして「『百人の八重』がいたら、敵軍に大打撃を与え壊滅させることも不可能ではなかった」と言わしめるほどに八重は大活躍をし、また、他の会津の女性達も、城を守って、炊事や食料調達、負傷者の看護、戦闘に至るまで、男以上の働きをしたようです。
「八重の桜」山本八重(綾瀬はるか)

 但し、本書では、会津藩がこうした事態に至るまでのその要因である、奥羽越列藩同盟のリーダー格であるはずの仙台藩のリーダーシップの無さ、そして何よりも会津藩そのものの戦略・戦術の無さを描くことが主たる狙いとなっている印象で、それは、戊辰戦争での戦略ミス、奥州他藩との交渉戦略ミス、そして奥羽戦争での度重なるミスなどの具体的指摘を通して次々と浮き彫りにされています(詰まる所、会津藩のやることはミスの連続で、悉く裏目に出た)。

八重の桜 西郷頼母.jpg その端的な例が「白河の戦」で戦闘経験も戦略も無い西郷頼母(ドラマでは西田敏行が演じている)を総督に据えて未曾有の惨敗を喫したことであり、後に籠城戦で主導的役割を演じる容保側近の梶原平馬(ドラマでは池内博之が演じている)も以前から西郷頼母のことを好いてなかったというのに、誰が推挙してこういう人事になったのか―その辺りはよく分からないらしいけれど(著者は、人材不足から梶原平馬が敢えて逆手を打った可能性もあるとしているが)、参謀が誰も主君を諌めなかったのは確か(ちょうどその頃会津にいた新撰組の土方歳三を起用したら、また違った展開になったかもーというのが、歴史に「もし」は無いにしても、想像を掻き立てる)。
「八重の桜」西郷頼母(西田敏行)

八重の桜 松平容保.jpg しかも、その惨敗を喫した西郷頼母への藩からの咎めは一切なく、松平容保(ドラマでは綾野剛が演じている)はドラマでは藩士ばかりでなく領民たちからも尊敬を集め、「至誠」を貫いた悲劇の人として描かれてる印象ですが、こうした信賞必罰の甘さ、優柔不断さが会津藩に悲劇をもたらしたと言えるかも―養子とは言え、藩主は藩主だろうに。旧弊な重役陣を御しきれない養子の殿様(企業小説で言えば経営者)といったところでしょうか。本書の方がドラマよりも歴史小説っぽい? いや、企業小説っぽいとも言えるかも。
「八重の桜」松平容保(綾野 剛)

 薩長側にも、参謀として仙台藩に圧力をかけた長州藩の世良修蔵のように、交渉の最中に「奥羽皆敵」「前後から挟撃すべし」との密書を易々(やすやす)相手方に奪われてその怒りを買い、更に、怒った相手方にこれもまた易々殺されて今度は新政府の仙台藩への怒りを喚起し、結局、鎮撫するはずが奥羽戦争のトリガーとなってしまったような不出来な人物もいるし、逆に会津藩にも、新国家の青写真を描いた「管見」を新政府に建白し、岩倉具視、西郷隆盛たちから高く評価された山本覚馬(八重の兄)のような出来た人物もいたことも、忘れてはならないように思います。

 本書でも少しだけ登場する長岡藩の河井継之助は、司馬遼太郎の長編小説『峠』の主人公であり、この小説を読むと、長岡藩から見た奥羽列藩同盟並びに奥羽戦争に至る経緯がよく窺えます(河井継之助も山本覚馬同様、進取の気質と先見の明に富む人物だったが、北越戦争による負傷のため41歳で亡くなった。明治半ばまで生きた松平容保や山本覚馬よりも、こちらの方が悲劇的か)。

八重の桜.jpg「八重の桜」●演出:加藤拓/一木正恵●制作統括:内藤愼介●作:山本むつみ●テーマ音楽:坂本龍一●出演:綾瀬はるか/西島秀俊/風吹ジュン/松重豊/長谷川京子/戸田昌宏/山野海/工藤阿須加/綾野剛/稲森いずみ/中村梅之助/中西美帆/西田敏行/宮崎美子/玉山鉄二/山本圭/秋吉久美子/勝地涼/津嘉山正種/斎藤工/芦名星/風間杜夫/中村獅童/六平直政/池内博之/宮下順子/黒木メイサ/剛力彩芽/小泉孝太郎/榎木孝明/生瀬勝久/吉川晃司/反町隆史/林与一/小栗旬/及川光博/須賀貴匡/加藤雅也/伊吹吾郎/村上弘明/長谷川博己/オダギリジョー/奥田瑛二/市川染五郎/神尾佑/村上淳/松方弘樹/谷村美月●放映:2013/01~12(全50回)●放送局:NHK

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学生にとってほとんど参考にならないのでは。「呑み屋のネタ話」のレベル内容。

就活のしきたり2.jpg 『就活のしきたり (PHP新書)』 就活のバカヤロー.jpg 大沢 仁/石渡 嶺司『就活のバカヤロー

 著者は『最高学府はバカだらけ』('07年/光文社新書)などの著書のある"大学ジャーナリスト"ということで、最近では『就活のバカヤロー』('08年/光文社新書)、『ヤバイ就活!』('09年/PHP研究所)(何れも共著)、『就活のバカタレ!』('10年/PHP研究所)などといった「蹴活」に関する本も書いています。

 本書は「蹴活」をする学生に向けて書かれたものであって、学生にとっての良書は、企業の採用担当者にとっても参考になることがあったりしますが、この本は、学生にも企業の採用担当者にも参考にならないように思いました。

 各見開きの左側に「ブラックしきたり」と題した「アヤシイ蹴活のウワサ」が書かれていて、そのウソを暴くような体裁がとられていますが、そもそもここに書かれている「奇抜なほうが受かりやすい」、「大声を出せば内定がもらえる」、「マスコミの試験には特殊な訓練が必要」、「アルバイト経験は長いほうがいい」、「一人暮らしの女性は不利」といったようなことを信じて、不安に思っている学生がいるのだろうか。

 いわんや企業側をや、であり、採用担当者や面接官で今時こんな偏見を持っている人がいれば、"絶滅危惧種"的存在かも。

「パンチラをしたら内定がもらえる?」や「お酒が好きだと就活に強い?」となると、もう、呑み屋における(「サラリーマン」でなくて「蹴活仲間」が1日の"活動"を終えて集った際の?)ネタ話か、或いはそれにもならないレベルではないかと思ってしまいます。

 敢えて星1つとしなかったのは、著者が蹴活の実態をよく知り、一応はまともに答えていると思われる箇所も所々にはあったためで、最初からエンタメ的な効果を意図しての味付けが施されているということなのでしょう。

 著者自身、「あくまでも箸休め、一服の清涼剤として読んでいただければ。生まじめな方は読み飛ばしていただいたほうが精神衛生上よろしいかもしれません」と冒頭に書いてはいますが、一応はエスタブリシュメントとされる「新書」に収まっているわけだし...。

 尤も「PHP新書」について言えば、元々"玉石混交"が激しいレーベルではありますが、それにしても、ちょっとねえ。

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あまりに分り易すぎる事例と、"程度問題"的な事例ばかり。

29歳でクビになる人、残る人.bmp 『29歳でクビになる人、残る人 (PHP新書)』['10年]

 「リストラされるのは40代、50代の社員だけでなく、いまや20代の若い社員も例外ではない」として、《仕事はできてもクビになる社員》の例をあげていますが、かなり性格的に問題があり、対人関係上の問題がいつ発生してもおかしくない、或いは、その人がいることで周囲が多大の迷惑をこうむりそうな、そうした例ばかりのように思えました。

 著者は営業コンサルタントとのことですが、営業の場合、性格等も能力のうちであり、こうした類の人達が、「仕事ができる」とそもそも言えるのか、違和感を覚えざるを得ませんでした。

 一方で、《仕事ができなくても生き残る社員》として、「クレーム処理の天才」とか「気難しい人と付き合うのがうまい」とか挙げていますが、これって、「仕事ができる」ということでないのでしょうか (営業的見地からすれば尚更に)。

 後半の《こんな人は1年以内にクビになる》、《まだクビにならずに済む社員》というのは、それぞれにまだ改善の余地があるということのようで、要するに、どれも程度問題ということでしょう。

 性格に根付いた資質はそう簡単には変わるものではなく、だから「29歳」で、会社に残すべき必要社員か、いずれ会社を去ってもらうべき不要社員かは見えてしまうということではないかと思いますが、そうなると、冒頭の「リストラ」ということはあまり関係ないようにも思います。

 むしろ、リストラ(整理解雇)における「人選の合理性」の判定に際しては、客観的にみて合理的な基準が求められ、性格や資質のみを理由としてこうした人達を指名解雇したりすると、係争になった際に、会社側の裁量権の逸脱(解雇権の濫用)とみなされることも、過去の判例に多く見受けられるように思います。

 すらすら読めてしまいますが、それほど得るものは無かった本でした。

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それぞれに興味深い、3人の"特別な"男たちの老境を紹介。

江戸人の老い.jpg 『江戸人の老い (PHP新書)』 ['01年]  第8代将軍徳川吉宗.jpg 第8代将軍・徳川吉宗

 「江戸人の」と言っても、著者自らが言うように、3人の"特別な"男たちの老いの風景を描出したもの。

「秋山記行」より.jpg 最初に出てくるのは、70歳で400字詰め原稿用紙に換算して175枚以上あろうという「遺書」を書いた鈴木儀三冶(ぎそうじ)という、中風(脳卒中)の後遺症に伏す隠居老人で、遺書の内容は、家族、とりわけ家業の質屋を老人の後に仕切る娘婿に対する愚痴が溢れているのですが、この、いかにもそこらにいそうな老人のどこが"特別"かというと、実は彼は俳詣・書道・絵画・漢詩などをたしなむ多才の文人で、「牧之」(ぼくし)という号で、各地を巡った記録を残している―。
 その表裏のギャップの意外性が興味深い鈴木牧之こと「儀三冶」、享年73。

鈴木牧之 「秋山記行」より「信越境秋山の図」(野島出版刊 複製版)

 2番目の登場は、8代将軍・徳川吉宗で、ずば抜けた胆力と体力の持ち主であった"暴れん坊将軍"も、62歳で引退し大御所となった後は、中風の後遺症による半身麻痺と言語障害に苦しんでいて、1つ年下で側近中の側近である小笠原石見守政登は、将軍の介護をしつつ、長男の新将軍・家重とその弟・田安宗武との確執など悪い話は大御所の耳には入れまいとしますが―。
 石見守の介護により、大御所・吉宗が一時的に快方に向かうと、それはそれで、事実を大御所に報告していない石見守の心配の種が増え、政務日記の改竄にまで手を染めるという、役人の小心翼々ぶりが滑稽。
 吉宗、享年68(石見守は85歳まで生きた)。

 最後に登場する、寺の住職を退き隠居の身にある十方庵こと大浄敬順は、前2人と違って老いても頗る元気、各地を散策し、68歳になるまでに957話の紀行エッセイを綴った風流人ですが、表向き女人嫌いなようで、実は結構生臭だったというのが面白いです。
 自作の歌や句を所構わず落書きする茶目っ気もありますが、実は透徹した批評眼を持ち、世に溢れる宗教ビジネスなどの偽物文化を戒め、本物の文化が失われていくのを嘆いています(よく歩く点も含め、永井荷風に似てるなあと思ったら、「あとがき」で著者もそれを指摘していた)。
 70を過ぎても郊外をめざして出歩いた敬順ですが、社交嫌いではなく、「孤独を愛する社交好き」という二面性を持っていたそうです。
 
 それぞれに、鈴木牧之(ぼくし)こと鈴木儀三冶の『遺書』、小笠原石見守の『吉宗公御一代記』、大浄敬順の『遊歴雑記』という史料が残っているからこそわかる3人の老境の実像ですが、ちょっと彼らの境遇が異なり過ぎていて寄せ集め感もあるものの、まずまず面白かったです
 個人的に一番面白かったのは、著者の筆の運びに拠るところが大きいのですが鈴木牧之の話、自分も老いたならばこうありたいと思ったのは大浄敬順、といったところでしょうか。

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第2部・第3部は、「武士道」と『葉隠』のそれぞれに対する著者の考え方のエッセンス。

『葉隠』の武士道.gif 『『葉隠』の武士道―誤解された「死狂ひ」の思想 (PHP新書)』 ['01年]

 全3部構成で、第1部「鍋島家の家風」で『葉隠』の口述者・山本常朝の属した鍋島藩の家風について解説し、第2部「武士を取り巻く世界」で、『葉隠』を中心に、当時の武士らしさとはどのようなものであったかを探り、第3部「『葉隠』の「思想」」で、「鍋島家」と「武士社会・世間」というそれらの背景ベースに、『葉隠』の根底にある思想の実態を批判的に検証しています。
 今回は再読でしたが、読んでいて、かなり驚いたり、目から鱗が落ちる思いをしたはずなのに、細かい内容は結構忘れているものだなあと。

武士と世間 なぜ死に急ぐのか.jpg 第2部「武士を取り巻く世界」では、武士にとって戦場で手柄をあげることも討ち死にすることも同等に名誉なことであり、そのために、江戸時代に入っても、死ぬ(法的に処罰を受ける)とわかっていて争い(喧嘩を含む)に臨むケースもあり、要する、に面子にこだわっただけ命は軽かったし、その「武士の一分」は、価値観としては、法の論理(喧嘩両成敗など)をも上回るものだったということが書かれています。

 著者によれば、赤穂浪士の討ち入りなども、主君の怨念を晴らすためではなく、そのままでは浪士たちが武士としての面目を保てないがためになされたということで、この第2部の部分は、著者の『武士と世間―なぜ死に急ぐのか』('03年/ 中公新書)(個人的評価 ★★★★☆)にそのまま引き継がれています。

男の嫉妬 武士道の論理と心理.jpg 一方、第3部「『葉隠』の「思想」」では、『葉隠』という書の背後に見え隠れする功利主義や自己弁護を抽出し、鍋島綱茂が常朝に必ずしも信を置いていなかったことを、著者自身も頷けるとしていますが、要するに、『葉隠』というのは、隠遁した老人が説く処世術に過ぎず、そこにあるのは見せかけの忠義または傍観者的態度だと手厳しい非難をしていますが、この部分は。著者の『男の嫉妬―武士道の論理と心理』('05年/ ちくま新書)(個人的評価 ★★★)に引き継がれているように思います。

 但し、『男の嫉妬』の方は、そうした『葉隠』の記述に、常朝という人の持つ、根拠が脆弱な割には高いプライドだけでなく、「男の嫉妬心」が窺えるとしていて、その心性に踏み込んでいて、個人的には、果たしてそこまで言えるかなあとも思いました。
 その点、本書は、そこまではさほど踏み込んでおらず、『葉隠』は姑息な「ただのことば」として孤立して、「我々は、『葉隠』を決して評価してはならない」という結語で終わっているだけで、こちらの方が、論としてすっきりしているように思えます。

葉隠入門.png また、本書でも俎上に上っている三島由紀夫『葉隠入門―武士道は生きている』('67年/カッパ・ブックス)(個人的評価 ★★★☆)については、確かに三島は、『葉隠』の理想の武士像に自分を重ねて、アナクロ的な死を選んだのかも知れませんが、『葉隠』の処生術的な要素は充分に認識していて、むしろそれを面白がっている風でもあります。
 三島はその部分と「死に狂い」の部分を分けて(或いは表裏で)考えたのではないでしょうか。『葉隠』にエピキュリアニズムさえ見ています。
 但し、そのエピキュリアニズムは「一念を持って生きよ」というストイシズムの裏返しであり、小事に煩わされたりトラブルに巻き込まれることなく、大事に敢然とした行動がとれるよう備えよという解釈だと思うのですが。

サムライとヤクザ.png 本書を読んでいて、「喧嘩」を介して、武士の論理とやくざの論理に共通項が見られる(自己の面子が潰され時に、しかるべき報復ができるかどうかという価値観)との記述があり、これも、著者がどこか別のところでも書いていたのではないかと思ったら、著者の本ではなく、氏家幹人氏の『サムライとヤクザ-「男」の来た道』('07年/ちくま新書)(個人的評価 ★★★)でした(タイトルそのものだった)。
 氏家氏の本を読んだと時はやや疑問符だったけれど、やはりそうなのかなあ。

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面白く読めたが、いろいろな階層レベルの話を一緒に論じてしまっている印象も。

その日本語が毒になる!.jpg その日本語が毒になる!帯.jpgその日本語が毒になる! (PHP新書 521)』['08年]

 ベテランの量産型ミステリー作家が、日本語の使われ方についてそのモンダイな部分を指摘したもので、「何様のつもりだ」「おまえが言うな」「いかがなものか」「だから日本人は」「不正はなかったと信じたい」といった、言っても言われても心が傷つく言葉の数々を挙げ、その背後にある人間心理や日本人特有の文化的・社会的傾向を指摘しており、そうした意味では、日本語論と言うよりコミュニーケーション論的色合いが強く、さらに、日本人論・日本文化論的な要素もある本です。

 面白く読め、読んでいて、耳が痛くなるような指摘もあり、反省させられもしましたが、日本語の問題と言うよりその人の人間性の問題、また、その言葉をどのような状況で用いるかというTOPの問題ではないかと思われる部分もありました(実際、第2章のタイトルは「人間性を疑われる日本語」、第3章のタイトルは「普通なようで変な日本語」となっている)。

 「二度とこういうミスが起こらないようにしたい」といった定型表現が、いかに謝罪行為を形骸化してるかということを非難しており、確かに「訴状が届いていないのでコメントできない」という言い回しをいつも腹立たしい思いで聞いている人は多いのではないでしょうか(にも関わらず、使われ続けている)。一方で、ファミレスのレジで聞かれる「1万円からお預かりします」など、よくある"日本語の乱れを指摘した本"などでは批判の矛先となるような言い回しに対しては、「旧来の日本語にはない進化形」として寛容なのが興味深いです。

 後半に行けば行くほど、言葉の使われ方を通しての日本文化論、社会批判的な様相を呈してきて、「無口は美学」というのが昔はあったが、本来は「いちいち言わないとわからない」のが人間であると。但し、「おはようございます」に相当する適切な昼の言葉が無いということから始まって、「日本語の標準語は、構造上の欠陥から自然なコミュニケーションをやりずらくしている」とし、再び「日本語」そのものの問題に回帰しているのが、本書の特徴ではないかと。

ことばと文化.jpg 言語学者の鈴木孝夫氏は、日本の文化、日本人の心情には、「自己を対象に没入させ、自他の区別の超克をはかる傾向」があり、「日本語の構造の中に、これを裏付けする要素があるといえる」(『ことばと文化』('73年/岩波新書))としていますが、その趣旨に重なる部分を感じました。

日本人の論理構造.jpg 第4章のタイトルは「恐がりながら使う日本語」で、「伝統的に口数の少ない日本人は言葉というたんなる道具に過剰な恐怖を感じる民族」であり、「思ったことを言えず心に溜め込んではストレスとなり、言ったことが相手を傷つけてはいまいかとまたストレスになる」と言っていますが、日本語がそれ自体を発することの禁忌性を持つことについては、ハーバード大学で日本文学を教えていた故・板坂元が「芥川の言葉じゃないが、人生は一行のボードレールにもしかない」と、まさに芥川の言葉なのに、どうしてわざわざ「芥川の言葉じゃないが」と言う表現を用いるのか、という切り口で、同様の指摘しています(『日本人の論理構造』('71年/講談社現代新書))。

 日本語そのものの特質が、日本文化や日本人の性向と密接な繋がりがあることは疑う余地も無いところですが、本書からは、いろいろな階層レベルの話を一緒くたにして論じてしまっているとの印象も受けました。

 でも、会社のお偉方から「どうだ、メシでも食わんか」と言われて「美味しいごはんを食べながら、よくない話を聞くほど身体に悪いものはない」なんて、その気持ち、よくわかるなあ。相手も恐がっているわけか。

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福祉国家とは何かを思い描く上での思考の"補助線"となる要素はある本。

世界一幸福な国デンマークの暮らし方.jpg 『世界一幸福な国デンマークの暮らし方 (PHP新書)』 ['09年] 

デンマーク.gif 福祉国家の代表格であるデンマークの社会福祉政策や学校教育のあり方、人々のものの考え方などを通して、日本社会が抱える貧困、政治、教育、社会、福祉などの様々な問題を考えるに際しての「補助線」を示した本と言えます。

 生まれた時から亡くなるまで医療費・教育費は無料というデンマークですが、所得税率50%(低所得者には軽減措置あり)、消費税率25%という世界一税金の高い国でもあり、国家財政の土台の部分で日本とはあまりに違い過ぎると見る向きもあるかも知れません。

 しかし、国家予算の75%が教育や福祉に使われているとのことで、税金に嫌悪感を抱きがちな日本人に対し、デンマーク人は「高福祉高負担税」と言うより「高福祉高税」という受け止め方らしいです。
 読んでみると、"連帯"と"共生"を当然のこととするその国民性が、政府の施策と相乗効果となって、この国を「世界一幸福な国」たらしめていることがわかります。

 教育の実態も日本とは随分異なり、高校進学率は約45%で、50%は職業専門学校へ進学するとのこと、大学入試も無いという―、これは、学歴よりも実力を重視する社会であるためとのことですが、試験が無いと言うことが、「他人と競ってでも(他人を蹴落としてでも)」という意識を生ませないのかも。

 この国が何より進んでいるのがノーマリゼーションで、ノーマリゼーションを最初に実施した国であるという自負もあるのでしょうが、本書に紹介されているこの国の障害者福祉などの充実ぶりは、日本と比べても天と地ほどの差があるように思えました。

 社会保障が整っているために離婚が多く、この国の児童虐待で最も多いのは、血の繋がっていない子に対する近親相姦であるという、「負」の部分にも少し触れてはいますが、全体としてはデンマークのいいことばかり書いてあるような気もし、著者がノーマリゼーションの実践提唱者であるパンクミケルセンの業績を後世に伝えるための財団の理事長であるとのことにも関係しているのかも。

 各章の冒頭にあるアンデルセンの童話から本文テーマに繋げていく構成には、ああ、旨いなあと感心させられましたが、1つ1つのテーマの切り込みは、やや浅い部分もあり、老婆心ながら、読者によっては「夢の国」の話で終わってしまいそうな危惧も感じました。

 著者自身は、デンマークの方が住みやすいとしながも、日本の方が好きだと―。
 デンマーク並みの「高福祉高税」が無理であれば、「中福祉中税」を目標としてみるのもいいのではと提言していますが、日本のおける制度をどうこうしたらという具体的なことには触れていません。
 但し、本書の内容自体が、福祉国家とは何かを思い描く上での思考の"補助線"となる要素はあると思います。

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「萌え」論という言うより、日本人論、比較文化論に近いが、それなりに楽しめた。

鳴海 丈 萌えの起源.jpg「萌え」の起源.jpg「萌え」の起源 (PHP新書) (PHP新書 628)』['09年]四コマ漫画―北斎から「萌え」まで.jpg四コマ漫画―北斎から「萌え」まで (岩波新書)』['09年]

bannpaiya .JPG美少女」の現代史.jpg 時代小説家が「萌え」の起源を探るという本ですが、著者が熱烈な手塚治虫ファンであることもあって、著者によればやはり手塚作品が「萌え」の原点に来るようです。

 ササキバラ・ゴウ氏の『〈美少女〉の現代史―「萌え」とキャラクター』('04年/講談社現代新書)も、手塚作品(テレビアニメ「海のトリトン」)に「萌え」の起源を見出していましたが、本書で著者は、「リボンの騎士」の男装で活躍するサファイア姫、「バンパイヤ」の狼に変身する岩根山ルリ子(手塚作品では初めて女性のヌードが描かれたものであるらしい)、『火の鳥2772』の女性型アンドロイド・オルガなど、「変身するヒロイン」にその起源があるとしています。

『バンパイヤ』(秋田文庫版第1巻211pより)
       
松山容子 (「琴姫七変化」)/志穂美悦子
松山容子.jpg志穂美悦子2.jpg志穂美悦子.jpg そして、それ以前の「変身するヒロイン」の系譜として、著者が造詣の深い女剣劇のスターに着目し、こちらは松山容子(60年代は「琴姫七変化」のイメージが強いが、70年代は"ボンカレー"のCMのイメージか...)、更には志穂美悦子などへと連なっていくとのこと。著者によれば、こうしたヒロインが愛されるのは、「日本人は性の垣根が低く、人間でないものとの境界もないに等しい」という背景があり、それが手塚作品の特異なヒロイン像にも繋がっているとしています。

 「萌え」マンガのその後の進化を辿りつつ、話は次第に日本文化論のような様相を呈してきて、更にマンガ、アニメだけでなく、日本映画を多く取り上げ、そのヒーロー、ヒロイン像から、日本人の価値観、美意識など精神構造を考察するような内容になっています。

 結局、本のかなりの部分は、古い日本映画に着目したような話になっていますが、観ていない映画が多かったので、それはそれで楽しめ、それらの中に見られる主人公の価値観や行動原理が、現代アニメのヒーローやヒロインにも照射されていることを示すことで、多少、マンガ・アニメ論に戻っているのかなあという感じ。でも、日本映画の主人公とハリウッド映画の主人公の違いなどが再三(わかりやすく)論じられていて、全体としてはやはり「比較文化論」「日本人論」に近い本と言えるような気がします。

 ササキバラ・ゴウ氏の本もそうでしたが、マンガ・アニメについて論じる場合、自らの"接触"体験に近いところで論じられることが多いような気がし、そうした中でも「萌え」について論じるとなると、尚更その傾向が強まるのではないかと。著者で言えば、手塚ファンであるから手塚作品がきて、また時代小説家であることから女剣劇が出てきて、アクション小説も書いているから志穂美悦子といった具合に...(その他にも多数のマンガ・アニメ・映画が紹介されてはいるが)。しかも、実際に著者の書いているライトノベル時代劇には、女剣士がよく登場する...。一般論と言うより、著者個人の思い入れを感じないわいけにはいきませんでした(自分自身の「萌え遍歴」を綴った?)。

 但し、未見の日本の映画作品の要所要所の解説は楽しめ、「仇討ち」をテーマにしたものなど、日本人の精神性を端的に表して特異とも思えるものもあり、そのうちの幾つかは、機会があれば是非観てみたいと思いました。

hokusai manga.jpg 尚、本書第1章で解説されいる手塚治虫以前のマンガの歴史は、本書にも名前の挙がっている漫画研究家・清水勲氏(帝京平成大学教授)の『四コマ漫画―北斎から「萌え」まで』('09年/岩波新書)に四コマ漫画の歴史が詳しく書かれています。清水氏の『四コマ漫画』によると、手塚治虫のメディア(新聞)デビューも、新聞の四コマ漫画であったことがわかります。

 『北斎漫画』(左)から説き始め、体裁は学術研究書に近いものの、テーマがマンガであるだけにとっつき易く、その他にも、『サザエさん』のオリジナルは、福岡の地方紙「夕刊フクニチ」の連載漫画で、磯野家が東京へ引越したところで連載を打ち切られた(作者の長谷川町子自身が東京へ引っ越したため)とか、気軽に楽しめる薀蓄話が多くありました。
  
    
       
                
松山容子2.jpg松山容子1.jpg「琴姫七変化」●演出:組田秋造●制作:松本常保●脚本:尾形十三雄/西沢治/友田大助●音楽:山田志郎●原作:松村楢宏● 出演:松山容子/秋葉浩介/田中春男/栗塚旭/野崎善彦/国友和歌子/海江田譲二/松本錦四郎/名和宏/佐治田恵子/入川保則/乃木年雄/沢琴姫七変化e02.gif井譲二/手琴姫七変化7.jpg塚茂夫/花村菊江/乗松ひろみ(扇ひろ子)/朝倉彩子●放映:1960/12~1962/12(全105回)●放送局:読売テレビ

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 「素直」に「深く」読む。ジュニアに限らず大人が読んでも再発見のある本。

心と響き合う読書案内.jpg 『心と響き合う読書案内 (PHP新書)』 ['09年]

 '07年7月にTOKYO FMでスタートした未来に残したい文学遺産を紹介するラジオ番組『Panasonic Melodious Library』で、「この番組は文学的な喜びの共有の場になってくれるのではないだろうか」と考えパーソナリティを務めた著者が、その内容を本にしたものですが、文章がよく練れていて、最近巷に見られるブログをそのまま本にしたような類の使い回し感、焼き直し感はありません。

 著者については、芥川賞受賞作がイマイチ自分の肌に合わず、他の作品を読まずにいたのが、たまたま『博士の愛した数式』を読み、ああ旨いなあと感服、その後も面白い作品を書き続けていると思っていましたが、本書に関して言えば、とり上げている作品は「著者らしい」というか、「いまさら」みたいな作品も結構あるような気がしました。

 しかし実際読んでみると、優れた書き手は優れた読み手でもあることを実証するような内容で、評価の定まった作品が多いので、何か独自の解釈でも連ねるのかなと思ったら、むしろ素直に自らも感動しながら読み、また楽しんで読んでいるという感じがし、その感動や面白さを読者に易しい言葉で伝えようとしているのがわかります。

 むしろ「解釈」を人に伝えるより、「感動」や「面白さ」を人に伝える方が難しいかも。その点、著者は、作品の要(かなめ)となる部分を限られた紙数の中でピンポイントで抽出し、そこに作品全体を読み解く鍵があることを、著者なりに明かしてみせてくれています(作家だから当然かも知れないが、文章がホントに上手!)。

 作品の読み方が評論家っぽくなく「素直」で、それでいて、味わい方の奥が「深い」とでも言うか、冒頭の金子みすゞの『わたしと小鳥とすずと』(これ、教育テレビの子ども向け番組「日本語で遊ぼう」でよく紹介されているものだが)の読み解きからしてそのような印象を抱き、「心に響く」ではなく、「心と響きあう」読書案内であるというのはわかる気がします。

 こんな人が国語の先生だったら、かなりの生徒が読書好きになるのではないかと思いましたが、ジュニアに限らず大人が読んでも再発見のある本ではないかと。

《読書MEMO》
●第一章 春の読書案内 ... 『わたしと小鳥とすずと』/『ながい旅』(大岡昇平)/『蛇を踏む』/「檸檬」/『ラマン』/『秘密の花園』/「片腕」(川端康成)/『窓ぎわのトットちゃん』/『木を植えた男』(ジャン・ジオノ)/『銀の匙』/『流れる星は生きている』/「羅生門」/「山月記
蛇を踏む.jpg 檸檬.jpg 片腕.jpg 銀の匙.jpg 李陵・山月記.jpg
●第二章 夏の読書案内 ... 『変身』/『父の帽子』(森茉莉)/『モモ』/『風の歌を聴け』/『家守綺譚』(梨木香歩)/『こころ』/『銀河鉄道の夜』/「バナナフィッシュにうってつけの日」/『はつ恋』/『阿房列車』/『昆虫記』(ファーブル)/『アンネの日記』/『悲しみよ こんにちは
変身.jpg 銀河鉄道の夜 童話集 他十四編.jpg 悲しみよこんにちは 新潮文庫.jpg
●第三章 秋の読書案内 ... 「ジョゼと虎と魚たち」(田辺聖子)/『星の王子さま』/『日の名残り』/『ダーシェンカ』/『うたかたの日々』/「走れメロス」/「おくのほそ道」/『錦繍』/「園遊会」(マンスフィールド)/『朗読者』/『死の棘』/「たけくらべ」/『思い出トランプ
日の名残り.jpg 錦繍 bunnko .jpg 朗読者 新潮文庫.jpg 思い出トランプ.jpg 
●第四章 冬の読書案内 ... 『グレート・ギャツビー』/『冬の犬』(アリステア・マクラウド)/「賢者の贈りもの」(O・ヘンリ)/『あるクリスマス』/『万葉集』/『和宮様御留』(有吉佐和子)/「十九歳の地図」/『車輪の下』/『夜と霧』/『枕草子』/『チョコレート工場の秘密』/『富士日記』/『100万回生きたねこ』
グレート・ギャツビー2.jpg 十九歳の地図.jpg チョコレート工場の秘密 yanase.jpg 富士日記 上巻.jpg

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表層的な薀蓄話、内輪話に終始しているという印象を受けた。

西洋美術史から日本が見える.jpg 『西洋美術史から日本が見える (PHP新書)』 ['09年]

 タイトルに反して西洋美術史のことは殆ど書かれておらず、どちらかと言うと西洋の文化と日本の文化の違いは何かを講釈し、日本人がいかに西洋の文化を理解しないまま、その真似事をしているかを糾弾しているような本ですが、非常に表層的な薀蓄話に終始している印象を受けました。

 例えば、赤い薔薇は「性愛の女神」を表すこともあるので、客人の目に付く所に飾るのは品が無いとか、ボジョレー・ヌーヴォーが解禁になったからと言ってをホテルへドレスアップして飲みにいくのは日本人だけだとか、バレエの正しい見方はどうだとか、オペラの正しい鑑賞法はこうだとか、読者に対してマナー教室の先生にはなるつもりはないので勘違いしないで欲しいと言いながら、実質そうなってしまっているなあ。

 偽セレブ、偽ワイン通、偽オペラ通などを暴くのは、カルチャースクール系の普通のオバさんなどには受けるかも知れないけれど、結局、著者自身も同じ土俵に立ってしまっているような感じで、学問的というよりオタク的な知識をもって人を逆撫でするようなことを言うのも、これも1つの通俗であり、著者が本書で攻撃している「文化オタク」そのものではないかと。

 結局、西洋美術史を学べば西洋文化のことがわかり、そうすれば日本の文化もわかってくるというのが論旨のようですが、今のところその「西洋美術史」乃至「西洋文化」をわかっているのは、「アメリカとイギリスに留学経験を持つ自分」のような限られた人間しかいないという、そういう鼻持ちならない姿勢がミエミエで、また、著者が言う正しい西洋文化の理解というのが、西洋人と同じように考え振舞えと言っているようにも聞こえて、それでいて自分は「愛国者」であるとし、「日本人としての矜持」みたいな話も持ち出すから、結局、何が言いたいのか。

 必ずしも内容の全てを否定はしないけれど、あまりに自分の留学先での内輪ネタが多く、自分1人で盛り上がっている感じもし、インテリアの助言を請われると、「アンティークの本を何冊か飾ることと、小ぶりでエレガントな灰皿を置くことを強くお勧めしている」そうで、これは新手の「知的生活の方法」かと思ってしまった・・・。「セレブ」評論家か何かになって、ワイドショーにでも出たらいいのでは。

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所謂「タイトル過剰」気味。中身はオーソドックス乃至は古典的。

新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか.jpg新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか (光文社新書)』['09年] 若者が3年で辞めない会社の法則.jpg若者が3年で辞めない会社の法則 (PHP新書)』['08年]

 日本ヒューレット・パッカードの人事出身で、採用コンサルタントの樋口弘和氏(1958年生まれ)が書いた『新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか』('09年/光文社新書)は、タイトルに何となくムムッと惹きつけられて買ってしまいましたが、中身的には、サブタイトルの「失敗しないための採用・面接・育成」というのが順当で、要するに、新卒採用が「期待はずれ」のものとならないように予防するには、面接において留意すべき点は何かということ。

 内容は比較的オーソドックスで、強いてユニークなところを挙げれば、本来の「お見合い形式」の面接を改めて「雑談形式」面接で本来の素質を見抜くというのは、時間的余裕があれば採り入れてもいいかなあと思いました(これが「模擬討論」みたいな硬いものになると、却って人材の質の見極めが難しくなるけれども、多くの企業ではその難しい方のやり方でやっている)。

 志望動機とかキャリアビジョンとかを語らせても、仕事というのは将来性志向だけでは空回りするものであり、今まで何をしてきたか、どんな役割だったかを、掘り下げて雑談風に聞くのが良いというのは、著者がヒューレット・パッカードの米国本社でのキャリア採用の現場を見て体験的に学んだことのようですが、この辺りの日米の採用面接のやり方の違いは、興味深いものでした。

 但し、そうした考えに基づく実際の面接の進め方の例も出ていていますが、これはこれで、面接する側に相当のヒューマンスキルが求められるような気も。

 前半部分ではリテンション(人材引止め)についても触れられており、「OJTは放置プレイ」と言い切っていて人材育成の重要性を説いていますが、この辺りは本田有明氏の『若者が3年で辞めない会社の法則』('08年/PHP新書)においても強調されていました。

 本田有明氏は1952年生まれのベテランの人事教育コンサルタント。この人の書いたものは月刊「人事マネジメント」などの人事専門誌でも今まで読んできただけに、リテンション戦略の中心にメンター制度を含めた社内教育制度を据えるというのは、読む前から大体予測がつき、実際、そうした内容の本でした(「辞めない法則」ではなく「辞めさせない制度施策」、人材確保というより人材教育そのものの話)。

 組織風土の問題を語るのに"厚化粧がこうじた挙句の「仮面会社」"とか"仕切っているのは「レンタル社員」"とか "制度はそろっているのに「機能不全」"といった表現がぽんぽん出てくるのも手慣れた感じですが、「トリンプ・インターナショナル・ジャパン」や「未来工業」の事例も使い回し感があり、書かれていることに正面切って異論は無いのですが、樋口氏よりやや年齢が上であるということもあるのか、「仕事の面白さやロマンを堂々と語れる浪花節的上司たれ」みたいな結論になっているのが、ホントにこれで大丈夫かなあと。

 あまりに古典的ではないかと。実際、若手社員の意識は昔とそう変わらないということなのかも知れませんが。
 樋口氏の本より"啓蒙書"度が高いように思われ(微妙な年齢差のせい?)、何れにせよ、両著とも、タイトルから受ける印象ほどの目新しさやパンチ力は感じられませんでした(所謂「タイトル過剰」気味)。

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問題上司、問題部下をパーソナリティ障害という観点から分類。読み物としては面白いが...。

困った上司、はた迷惑な部下.jpg困った上司、はた迷惑な部下 組織にはびこるパーソナリティ障害 (PHP新書)』['07年]

『困った上司、はた迷惑な部下』.jpg 職場にはびこる問題上司、問題部下を、パーソナリティ障害という観点から分類し、それぞれが上司である場合の対処法、部下である場合の扱い方を、それぞれ指南していて、分類は、各章ごとに次のようになっています。
 第1章 もっか増殖中の困った人びと(自己愛性、演技性、依存性)
 第2章 はた迷惑な攻撃系の人びと(反社会性、サディスト、拒絶性)
 第3章 パッとしない弱気な人びと(抑鬱性、自虐性、強迫性)
 第4章 意外な力を発揮する人びと(シゾイド性、回避性、中心性)
 第5章 やっぱり困った人びと(境界性、妄想性、失調型)

 現在の人格障害の国際基準は、DSMⅣの10分類ですが、本書では、DSMを監修したセオドア・ミロンが当初提唱した4カテゴリー(サディスト、自虐性、拒絶性、抑鬱性)を加え、更に「中心性」気質を加えており、これは大体この著者が用いる分類方法です。

 各性格の特徴は簡潔に述べるにとどめ、「俺に任せとけ」と調子のいいことを言い、その場限りに終わる演技性上司に対する対処法や、上司の言うことなら何でも聞いてしまう依存性部下の扱い方など、読み物として、まあまあ面白し、読む側にカタルシス効果もあるかも知れません(著者自身、自らの過去の職場での鬱憤を晴らすような感じで書いてる)。
 ただ、例えば、大物ぶって敬遠される自己愛性上司には、遠巻きにして勝手に歌わせておくか、おべっか言ってとりまきになるか、おだてて神輿に乗ってもらうかなどすればいいといった感じで、対応が何通りも示されている分、結局、どれを選べばいいのか?と思わせる箇所も。

 著者は最初、良心をかなぐり捨て、「読んだ人だけ得をしてください」というスタンスで本書を書いていたところ(サディスト的部下は、派閥争いの戦闘要員として使え、などは、確かにマキャベリズム的ではある)、初稿を見た編集者から「どういうタイプの性格にも長所がある、というメッセージが伝わってくる」と言われたとのこと。

 個人的にはむしろ、書かれているようにうまく事が運ぶかなあという気もしました。実際、うまく事が運ぶならば、「人格障害」と呼ぶほどのものでも無かったのでは...とか思ったりして。
 著者もあとがきでも述べているように、「人格障害未満」の人も含まれていて、先にビジネスパーソンの行動パターンありきで、そこに「人格障害」の類型を"類推"適用したような感じもあります("拡大"適用とも言える)。

 その結果でもあるのでしょうが、やはり15分類というのは多過ぎるような気もし、自分が人格障害に関する本を読んでいた流れで本書を手にしたこともあり、「人格障害」とはどういうものかをもう少しキッチリ知りたければ、同じPHP新書の『パーソナリティ障害-いかに接し、どう克服するか』(岡田尊司著/'04年)などの方が、内容的にはしっかりしているように思います。

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現代人の「心の悩み」の代表的パターンとその治癒過程をケーススタディで知る。

「心の悩み」の精神医学.jpg 『「心の悩み」の精神医学 (PHP新書)』 ['98年]

 著者は、毎日たくさんの患者を診ている精神科医(現在、日本うつ病学会理事長)ですが、著者によれば、精神科医というのは、患者が病気であるかどうかには関心が薄く、患者の「心の悩み」をどう解決するかが最大関心事であるとのこと。そうした考えに基づき、現代人に多く見られる、或いは近年増えている症例パターンとその治療過程を、精神科外来を訪れた8人の患者のケースで紹介しています。

 それぞれの章に著者が付けたタイトルは、
 ・ パニック・イン・中央線特別快速 (パニック障害、ノイローゼ)
 ・ うつ・ウツ・鬱 (うつ病)
 ・ 耐える母 (自律神経失調症、心身症、アダルト・チルドレン)
 ・ 災難の後遺症 (PTSD)
 ・ 過食の盛典 (過食症、摂食障害)
 ・ 偉大な父の息子 (気分変調症、エディプス・コンプレックス)
 ・ 境目にいる人達 (ボーダーライン)
 ・ 濡れ落ち葉を踏みしめて(仮性痴呆症、老年うつ病)
 となっていて(カッコ内は、同じ章でノートやコラム的に解説されているもので、タイトルの指す症状とは必ずしも意味的にはイコールではない)、学術的な精神疾患の分類系統によらず、現代社会に顕著にみられる病理を横断的に取り上げていることがわかります。

 200ページ足らずの新書でやや詰め込み過ぎかなという感じもあるものの、ケーススタディを中心に据え、「心の悩み」に起因する症状の発生から、それを認知し治癒に至るまでを具体的に書いているため、たいへん理解し易いものとなっています。

 90年代に書かれたものであり、「PTSD」の解釈を広くとっていることなどには当時の傾向を感じますが、全体としては、10年前に書かれたものにしては、比較的現在までを見通した"ラインアップ"になっているように思え、著者の眼の確かさを窺わせます。

 但し、それぞれについて典型例が紹介されているだけとも言え、関心がある分野については、分野ごとの入門書なり専門書を併読しないと、ふわっとした感じの理解だけで終わってしまうかも知れない本でもあります。

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「入門書」としてお薦めで、「参考書」的にも使える。殆ど、「実用書」のように読んでしまった。

パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか.jpg 『パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか (PHP新書)』 ['04年]

 米国精神医学会の診断基準「DSM-IV-TR」に沿った形で、10タイプのパーソナリティ障害を、境界性、自己愛性、演技性、反社会性、妄想性、失調型(スキゾタイパル)、シゾイド、回避性、依存性、強迫性の順に解説していますが、それぞれ「特徴と背景」「接し方のコツ」「克服のポイント」にわけて整理しているので、入門書としてもお薦めですが、後々も参考書的に使えるメリットがあります。

 必要に応じて、有名人の例なども挙げているのがわかりやすく、こうした説明方法は、特定人物に対するイメージに引っぱられる恐れもあるのですが、その前に各パーソナリティ障害の説明にそれなりに頁を割いているので、全体的にバランスがとれているように思えました。

Charlie Chaplin.jpg また、同じタイプの説明でも、例えば、「演技性パーソナリティ障害」では、チャップリン、ココ・シャネル、マーロン・ブランドの例を紹介していますが、この内、チャップリンが、他の2人と異なり、若いウーナとの結婚が相互補完的な作用をもたらし、実人生においても安寧を得たことから、人との出会いによって、パーソナリティ障害であっても人生の充実を得られることを示すなど、示唆に富む点も多かったです。

 個人的には、職場で見ている「問題社員」が、本書の「自己愛性パーソナリティ障害」の記述にピッタリ当て嵌まるので、その部分を"貪るように"読んでしまいました。
 こうした性格の人が上司や同僚であった場合の対処法としては、「賞賛する側に回る」ということが1つ示されていて、これが一番ラクなのかも(余計な仕事が増えたみたいな感じにもなるが)。
 その内、上司もかわるかも知れないし(性格ではなく部署が)。
 但し、同僚や年下の場合、ここまでやらなければならないの?という思いはあります(その点では、自分にとって満足のいくものではなかった。その「問題社員」は、職場の管理職ではなく、スタッフだったから)。

 殆ど、実用書を読むように読んでしまいました。

《読書MEMO》
●「自己愛性パーソナリティ障害の人は非難に弱い。あるいは、非難を全く受け付けない。ごく小さな過ちであれ、欠点を指摘されることは、彼にとっては、すべてを否定されるように思えるのだ。(中略)自己愛性パーソナリティ障害の人は、非難されると、耳を貸さずに怒り出す。なかなか自分の非を受け入れようとはしない」
 「自己愛性パーソナリティ障害の人は、人に教えられることが苦手である。彼はあまりにも自分を特別な存在だと思って、自分を教えることができる存在など、そもそも存在しないと思っている。ましてや、他人に、新米扱いされたり、叱られることは、彼の尊大なプライドが許さないのである」
  「過剰な自信とプライドとは裏腹に、現実生活においては子供のように無能」(104‐105p)
● 「自己愛性パーソナリティの人が、上司や同僚である場合、部下や周囲の者は何かと苦労することになる。自己愛性パーソナリティの人は、仕事の中身よりも、それが個人の手柄として、どう評価されるかばかり気にしているので、本当に改善を図っていこうと努力している人とは、ギャップが生じてしまう。自己愛性パーソナリティの人は、自分の手柄にならないことには無関心だし、得点にならない雑用は、できるだけ他人に押し付けて知らん顔している。おいしいところだけ取って、面倒な仕事や特にならない仕事には近寄ろうともしない」
 「ベラベラと調子のいい長口下を振るうが、機嫌が悪いと、些細なことでも、ヒステリニックに怒鳴り声を上げ、耳を疑うような言葉で罵ったり、見当はずれな説教をしたりするのである」
 「自己愛性パーソナリティの人にとっては、自分の都合が何よりも優先されて当然だと思っているので、周りの迷惑などお構いなし...」(119p)
●「自己愛性パーソナリティ障害の人には、二面性があり、日向と日陰の部分で、全く態度が違う。うまくやっていく秘訣の一つは、その人の日向側に身を置くということである。それは、つまり、相手の厭な側面のことは、いったん問題にせず、賞賛する側に回るということである。そうすると、彼は自分の中の、すばらしい部分をわかる人物として、あなたも、その二段階下くらいには、列せられるだろう。こうして、あなたが、すばらしい自分を映し出す、賞賛の鏡のような存在になると、あなたの言葉は、次第に特別な重みをなすようになる。あなたが、たまに彼の意志とは、多少異なる進言を付け加えても、彼は反発せずに耳を貸すだろう。ただ常に当人の偉大さを傷つけないように、言葉と態度を用いる必要がある」(120‐121p)

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自分を「この私」として「ここ」に定位することができないという特徴。

自閉症の子どもたち.jpg 『自閉症の子どもたち―心は本当に閉ざされているのか (PHP新書)』 〔'01年〕 

 自閉症についての基本的知識が得られる入門書ですが、同時に、著者が多くの臨床経験を通じて得た深い考察に触れることができます。

 自閉症児は絶えず他者からの侵入を恐れていて、その症状は防衛の手段である、とする著者の考えは、R・D・レインの反精神医学を想起させます。
 レインの場合、自閉症ではなく精神分裂病(統合失調症)の患者に特徴的な行動に対する解釈なわけですが...。

 著者は自閉症児の特徴として、自分を「この私」として「ここ」に定位することの困難を指摘し、そのため「身体」、「空間」、「言葉と時間」の感覚に障害を生じているとしています。
 身体感覚の喪失や指さしが出来ない、指示代名詞が使えないなどの特徴は、療育に携わっておられる方なら目の当たりにしたことがあるのではないでしょうか。

 著者の考察は「自己」とは何かというところまで及び、読者の知的好奇心を刺激してやみませんが、そのためだけに書かれた本ではなく、その都度、自説に沿った治療のあり方(適切さ・一貫性・柔軟性)を提示していることからも、自閉症児が人と関わることの快さを感じられるようにしたいという著者の熱い思いが伝わってきます。

《読書MEMO》
●『レインマン』過去の飛行機事故をすべて記憶していて搭乗を嫌がる(29p)
●アスペルガー...IQと言語が正常で、コミュニケーションの質に障害がある(36p)
●自閉症児は絶えず他者から侵入されることを恐れている。自閉症児の示す多様な症状は、自己を他者の侵入から守ろうとする防衛手段である(39p)
●自分の身体が自分でない状況(101p)
●癒着的一体化(104p)クレーン現象など
●自分を「この私」として「ここ」に定位することができない(150p)

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論理の飛躍や過度の類推が目立つように思えたが、部分的には面白い指摘もあった。

村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる.jpg 『村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。 (PHP新書)』  〔'06年〕

 『自閉症裁判』('05年/洋泉社)などの著作があるジャーナリストの佐藤幹夫氏が、今度は文芸評論を手掛けた?―と言っても、個人的にはさほど違和感はなく、ただし、こんな大胆なタイトルつけちゃって、後はどう料理しているのかと楽しみにして読みました。

 前段で示されている三島由紀夫と太宰治の類似関係や、三島が超えようとしたものが太宰で、太宰が超えようしたのが志賀直哉で、志賀が超えようとしたのが夏目漱石であるという相克は、過去の文芸評論家も大方指摘してきたことだと思いますが、『仮面の告白』と『人間失格』の内容対応表などは、コツコツと事実を積み上げていく著者らしい手法の細やかさが表れていて良かったです。

 そして、村上春樹は三島由紀夫を超えようとしており、挑戦相手には夏目、志賀、太宰も含まれているというのが著者の主張ですが、『風の歌を聴け』と『人間失格』などの対応をモチーフやコンテキストから探っているのも面白い。

 ただ、『羊をめぐる冒険』と『夏子の冒険』(三島)の対応関係を探るあたりから、村上春樹の元本の方がメタファーを多用していたりするため、どんな解釈でも成り立ってしまうような気がしてしまいました。

 「あまりの対応ぶり」に感嘆するか「対応させぶり」を牽強付会ととるかは読む人次第だと思います。
 『ノルウェイの森』と『春の雪』、『ダンス・ダンス・ダンス』と『奔馬』の間に関係性を探ろうとする試み自体は興味深いものの、論理の飛躍や過度の類推も多々あるように思え、説得力という点では自分としては疑問を感じました。

 個人的には、既成の私小説の枠を超えようとする村上春樹の意欲は評価するものの、彼の長編小説そのものをあまり評価していないため、自分は本書についても「良い読者」ではなかったのかもしれませんが、新書としての紙数オーバーで、『海辺のカフカ』や『アフターダーク』にまで言及できなかったというのは、本書の内容に肯定的な感想を抱いた読者にとっても欲求不満が残るのではないでしょうか。

 でも、部分的には面白い指摘が多くありましたので、本当に村上小説が好きな人が本書を読んでどう思うか、聞いてみたい気もしました。

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著者の本領発揮!キャリアを考え、キャリア論を知るうえでの良書。

働くひとのためのキャリア・デザイン.jpg  キャリアデザイン96.JPG         金井壽宏.jpg 金井壽宏氏 (略歴下記)
働くひとのためのキャリア・デザイン』 PHP新書 〔'00年〕

 長年にわたりキャリアについて研究してきた著者による本で、キャリアとは何かを考えるうえで啓発される要素が多々ありました。また、一般にどういったキャリア観があるかを知り、自らのキャリアをデザインするとはどういうことなのか考えるうえで参考になる本です。著者自身のキャリア観にも好感が持てました。

career.jpg キャリア理論を学ぶうえでも、シャインの何が得意か、何がやりたいか、何をやっているときに意味を感じ社会に役立っていると実感できるかという〈3つの問い〉や、ブリッジスの、キャリアにおける危機の一つとしての転機は、一方で躍進・前進に繋がる可能性もあるという〈トランジッション論〉、クランボルツの、キャリアの節目さえデザインしていれば、それ以外はドリフトしていいとして、偶然性や不確実性の効用を説いた〈キャリア・ドリフト〉といったキャリア行動や意思決定に関する理論や概念が、最近のものまでバランス良くカバーされており、役に立つのではないでしょうか。

business.jpg またそれらの解説が大変わかりやすいうえに、著者の「この理論を自分のキャリアを決める際に生かしてほしい」という熱意が伝わってきます。

 単行本の執筆も多く、最近は組織・人事全般に関わるテーマでも本を出しているのは経営学者ですから当然ですが、実はこの新書本に著者の本領が最も発揮されているのではないか、という気がします。

《読書MEMO》
●シャインの「3つの問い」(36p)...
 1.何が得意か (能力・才能についての自己イメージ)
 2.何がやりたいか (動機・欲求についての自己イメージ)
 3.何をやっているときに意味を感じ、社会に役立っていると実感できるか
    (意味・価値についての自己イメージ)
●ブリッジスの「トランジッション論」...危機の1つとしての「転機」、一方で躍進感・前進感も(72p)
●ニコルソンのモデル...準備→遭遇→順応→安定化というサイクルの節目をキャリアの発達につなげる(84p)
●クランボルツの「キャリア・ドリフト」(114p)...
 ・デザインの反対語→流されるままでいいのか→偶然性や不確実性の効用(キャリアドリフトのパワー)
●キャリアにアップもダウンもない、主観的意味づけや統合がキャリア理解を強化(137p)
●キャリアの定義...長い目で見た仕事生活のパターン(140p)
●レビンソン...生涯を通じて発達するという概念(202p)
●ユング...「人生の正午」(221p)
●エリクソン...ライフサイクル論(221p)

_________________________________________________
金井壽宏 (神戸大学大学院経営学研究科教授)
1954年生まれ。兵庫県神戸市出身。京都大学教育学部卒業。神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学でPh.D(マネジメント)、神戸大学で博士(経営学)を取得。現在はリーダーシップ、モティベーション、キャリア・ダイナミクスなどのテーマを中心に、個人の創造性を生かす組織・管理のあり方について研究。

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明日プレゼンを控えた人が読んでも役に立たないのでは。

人を動かす! 話す技術.jpg人を動かす! 話す技術』PHP新書〔'02年〕 sugita.jpg 杉田 敏 氏(プラップジャパン副社長) 

070110.jpg 著者はNHKラジオ「やさしいビジネス英語」の講師として知られるとともに、外資系のPR会社の副社長でもあります。
 ですから、基本的にはプレゼンテーションの本でありながらも、コミュニケーションということを広く捉え、その中での広告、オンライン、対面、媒体を使った様々なコミュニケーションの、それぞれのポイントの説明がなされており、内容的にも的を射ています。
 
 また、送り手(S)からメッセージ(M)がチャネル(C)を通して受け手(R)に流れるだけでなく、そこに受け手がアクションを起こすという効果(E)が生まれなければならないとする「SMCRE理論」や、エトス(信頼)、ロゴス(論理)、パトス(感情)からなる「説得の3要素」の説明もわかりやすいものでした。

 「エトス」による説得とは話し手の人格や資質により相手の信頼を得るものであり、「ロゴス」による説得とは論理を積み重ねて相手を納得させるもの、「パトス」による説得とは聞き手の感情に訴える説得ということで、哲学者アリストテレスが定義した「成功するコミュニケーション」が典拠であることは知られているところです。
 この中で「エトス」を重視しているのは、米国のコミュニケーション学の潮流を引いたものだと思いますが、「ロゴス」第一主義だった米国人の反省が、「パトス」重視の日本人にも生きるという"妙"を感じました。

 自らの豊富なビジネス経験やアイアコッカ、ブッシュのエピソードまで引き合いに出しての話には引き込まれます。
 ただ個人的には、プレゼンに役立つかなと思って本書を手にしたため、その部分ではたいしたことは書いてない不満が残りました。明日プレゼンを控えた人が読んでもそれほど役に立たないのではと思います。

 日本の経営トップやリーダーと呼ばれる人は、もっと表現訓練をした方がいいのかも、という感想のみが残りました。
 それが、"メディアトレーナー"でもある著者の狙いだったのかも。

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本書使用上の注意書を皮肉を込めてを付けるとすれば...。

頭がいい人、悪い人の話し方2.jpg頭がいい人、悪い人の話し方.jpg  頭がいい人、悪い人の話し方 250.jpg
頭がいい人、悪い人の話し方』PHP新書〔'04年〕

Caution.bmp どうして本書がベストセラーになったのか、読み終えて(途中から通読になってしまいましたが)今ひとつピンとこなかったのですが、よくよく考えると、方法論的な何かを得るというよりも、読み手によってはカタルシス効果のようなものがあるのではないかと思った次第です。"充分なカタルシス効果"を得るための、本書の「使用書」と「注意書」を皮肉を込めてを付けるとすれば、こうなるのでは...。

 貴方の周囲に"どうもシャクにさわる人"がいたとしたら、その人の話し方を本書の"頭が悪い人の話し方"のどれかに当てはめてください(必ずいくつか当てはまるようになっています)。
 その結果、その人は"頭が悪い人"であることが明らかになり、納得できた気持ち、スッキリした気分になれます。
 実際の対処法も参考までに示してありますが、この部分に過度の現実性を求めないでください。
 相手が仕事上の上司なら堪えるしかないのが現実なのです。
 そのことよりもまず"スッキリした気分"になることが大切なのです。

 ご自分の話し方に "頭が悪い人の話し方"ととられる部分がないかをチェックするのは構いません。
 ただしあまり熱心にやり過ぎると、自分に当てはまる項目が思った以上に多くなることもあり、自己嫌悪に陥るか本書が嫌いになるか、何れにせよこれまでの作業がムダになる恐れがありますのでご注意ください。

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コミュニケーションの指南書。エトス(精神性)の高い本。

山田.jpg伝わる・揺さぶる!文章を書く』 PHP新書 〔'01年〕 p_01.jpg 山田ズーニー氏 (略歴下記)

ca_img03.jpg ちょっと引き気味になりそうなタイトルですが、読んで見るとなかなかでした。
 著者はあの進研ゼミのベネッセ・コーポレーションで、小論文通信教育誌の編集長をしていた女性です。
 しかし内容は、小論文に限らず、上司を説得する文章、お願いの文章、議事録、志望理由(自己推薦)の文章、お詫び文、メールの書き方など、高校生の試験向けというよりは、ビジネスシーンでの実践的活用に即したものとなっています。

 しかも、文章(著者は実用以上、芸術未満と規定していますが)を書く上でのテクニックにとどまらず、“伝わる・揺さぶる”文書を書く上での根幹となるものを示唆していて、むしろコミュニケーション全般にわたる指南書とも言えます。

 書かれていることに読者をアッと言わせようというような作為性はなく、「自分を偽らない文章を書くことによってのみ、読み手の心は動く」のだという著者の考えが、そのまま真摯な語り口で実践されている本です。

 こうした本は頭で理解できても、なかなか実践は難しいもの。
 特に著者の言う「自分の頭でものを考える」ということ。何か忘れた気持ちになったとき、また読み返してみるのも良いかも。読み返す価値のあるエトス(精神性)の高い本だと思います。
_________________________________________________
山田ズーニー (コミュニケーション・インストラクター)
1984年ベネッセコーポレーション入社。進研ゼミ小論文編集長として高校生の「考える力・書く力」の育成に尽力。
2000年に退社。同5月より「ほぼ日刊イトイ新聞」に「おとなの小論文教室。」を連載。
以降、執筆、講演、編集長・ライターの育成など文章表現教育を幅広く行うようになる。

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ビジネスパーソンの大半が意識的・無意識的に既に実践していること。

理解する技術.jpg理解する技術 情報の本質が分かる』 PHP新書 〔'05年〕 分かりやすい説明の技術.jpg「分かりやすい説明」の技術 最強のプレゼンテーション15のルール (ブルーバックス)

ビジネスパーソン.jpg 本書は、講談社ブルーバックス『「分かりやすい表現」の技術』シリーズの著者によるものですが、今度は大量の情報から必要なものを抽出するテクニックを説明しています。
 この著者の本は本当に読みやすく、「脳内関所」といった言葉使いなども含め、〈PHP新書〉に場を移しても変わっていません。

 ただし、本書目次を見れば分かりますが、今回は書かれていることが一段とオーソドックスで、基本的な事柄ばかり。目新しさはやや乏しいかなという感じです。
 オーソドックスであること自体が良くないわけではありませんが、情報現場にいるビジネスパーソンの大半は、意識的または無意識的にこれら本書に書かれていることの多くを既に実践しているだろうし、中には意識していても個人のやり方があって本書の通りにはならなかったり、出来なかったりするものあるのではないでしょうか。

 その辺りの自己チェック用としては読めないこともありませんが、この程度の内容で「目からウロコの連続!」みたいな人は、ビジネスマンの中にはあまりいないと思うのです。

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オーソドックスな解説と雇用システム、人事制度に踏み込んだ提案。

日本型ワークシェアリング 2.gif 日本型ワークシェアリング.jpg  『日本型ワークシェアリング』 PHP新書 〔'02年〕

 本書ではワークシェアリングを4タイプに分けて解説していて、内容はオーソドックスですがそれもそのはず、著者は、厚生労働省の「ワークシェアリングに関する研究会」の学者メンバーとして、本書でも紹介されている調査研究報告書(2001年4月。インターネットでも概要の閲覧が可能)の作成に携わった労働経済が専門の人です。

 著者の主張は、失業増への対策としての「緊急避難型」ワークシェアリングは不可欠だが、長期的には「多様就業促進型」を見据えよ、というもので、現在それを阻害するものとして「残業の恒常化」と「パートと正社員の賃金格差」をあげています。

 単に問題点を指摘するだけでなく、先行企業の取り組み事例などを紹介し、「雇用システムの多元化」(正社員とパートの間に中間層を設けることなど)を提唱し、またワークライフバランスを考慮した「ファミリーフレンドリー」企業を目指すことを提案するとともに、育児休業の支援策などとして「短時間正社員」(パートとフルタイムを往来できる正社員)などの制度を具体的に提案しています。

 著者の人事制度に踏み込んだ提案に共感するとともに、やはり個人的には、パートと正社員の賃金格差が、現実問題として大きいのではという気がします。
 欧州ではパートと正社員の時間当たりの賃金格差が違法とされている国も多いということですが、日本ではどれだけ「私」を犠牲にして会社に貢献しているかが、賃金の時間単価にまで影響しているのではと思いました。
 厚労省は、この本の出版前から毎年「ファミリー・フレンドリー企業表彰」を実施していますが、こういうことも、まだ充分に知られていないのではないでしょうか。

《読書MEMO》
●ワークシェアリングの4つのタイプ
 ⅰ 雇用維持型(緊急避難型)...1人当たりの労働時間を減らして仕事を分け合い、雇用を維持していくタイプ。
 ⅱ 雇用維持型(中高年雇用維持型)...ⅰを中高年に限定し、定年後の雇用対策として行なうタイプ。
 ⅲ 雇用創出型...国または企業単位で労働時間を短縮し、マクロ経済全体として雇用を増やすタイプ。
 ⅳ 多様就業対応型...フルタイム以外に、多様なパターンの就業を可能にするタイプ。

「●人事マネジメント全般」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【012】 高橋 伸夫 『虚妄の成果主義
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著者のウンチクは楽しいが...これでは単なるエッセイにすぎないのでは。

数字と人情―成果主義の落とし穴.jpg 『数字と人情―成果主義の落とし穴』PHP新書 〔'03年〕 shimizu.jpg 清水佑三 氏 (略歴下記)

 タイトルの意味は、数字ばかり追う成果主義を批判し、人情の復権を訴えるということだと思いますが...。
 随所に見られる著者のウンチクは面白く、こういうウンチクは個人的には嫌いではないのですが、本書の趣旨とどう関わるのかがわかりにくかったです。

 競争原理を否定するその帰結が、諺、落語、歌舞伎に耳を傾けよ、というのはどうでしょうか。
 「音楽を聴こう」「植木に水をやろう」で、成果主義が抱える問題が解決できるのでしょうか。

 書きたいことを書いただけのエッセイで、新書として(ましてや成果主義云々という副題で)出す類のものではないと思いました。

《読書MEMO》
●成績の時代...赤い羽根募金まで地域割当てが
●「虫の知らせ」を研究したベルグソンとユング
●オックスブリッジの入試はエッセイと面接が主体(言葉は階層を表す)
●アメリカで抗鬱剤セロトニンの服用者は2000万人
●ダイソンの掃除機
●川上弘美『センセイの鞄』に見る他者への気遣い
●山本常朝『葉隠』→隆慶一郎『死ぬことと見つけたり』と西洋人のユーモアへの執着
●プロジェクトX"伏見工業高校ラグビー部"
●韓国のべストセラー『カシコギ』父子ともに癌にかかる話

_________________________________________________
清水 佑三 (日本エス・エイチ・エル社長)
1966年慶応大学工学部卒業、1968年同修士課程修了。多次元尺度構成法を専攻。河出書房新社、ダイヤモンド・ビッグ社を経て、文化放送ブレーンの創業とともに役員就任。20年の役員経験を経て、1987年日本エス・エイチ・エル社の創業とともに社長就任。『人は誰でもカリスマになれる』(東洋経済新報社)『数字と人情』(PHP研究所)『逆面接』(東洋経済新報社)等の著書がある。

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資本論の経済 2.JPG 経済はなぜ変動するか.jpg 経済学はむずかしくない.gif 自動車の社会的費用 (1974年) (岩波新書)_2.jpg 「豊かさ」とは何か.jpg  「ゆとり」とは何か.jpg 「豊かさ」のあとに.jpg  「欲望」と資本主義1.jpg 平成不況の政治経済学―成熟化社会への条件 佐和隆光2.png 経済学を学ぶ.jpg 経済学の終わり.jpg 市場主義の終焉.jpg 地下経済―この国を動かしている本当のカネの流れ.jpg 図解でカンタン!日本経済100のキーワード.jpg 判断力.jpg 経済論戦の読み方.jpg 日本経済を学ぶ.jpg 働くということ グローバル化と労働の新しい意味.jpg 経済学的思考のセンス.jpg 不況のメカニズム.jpg 日本の経済.jpg こんなに使える経済学.jpg サブプライム問題の正しい考え方.jpg サブプライム後に何が起きているのか.jpg 
「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?.jpg 日本経済の奇妙な常識.jpg ピケティ 新・資本論2.jpg 宇沢弘文のメッセージ.jpg 28

【2332】 ○ 宇野 弘蔵 『資本論の経済学 (1969/11 岩波新書) ★★★★
【928】 △ 伊達 邦春 『経済はなぜ変動するか』 (1970/04 講談社現代新書) ★★★
【928】 △ 都留 重人 『経済学はむずかしくない [第2版]』 (1974/04 講談社現代新書) ★★★
【2334】 ◎ 宇沢 弘文 『自動車の社会的費用 (1974/06 岩波新書) ★★★★☆
【929】 ○ 飯田 経夫 『「豊かさ」とは何か―現代社会の視点』 (1980/01 講談社現代新書) ★★★★
【929】 ○ 飯田 経夫 『「ゆとり」とは何か―成熟社会を生きる』 (1982/01 講談社現代新書) ★★★☆
【929】 ○ 飯田 経夫 『「豊かさ」のあとに―幸せとは何か』 (1984/01 講談社現代新書) ★★★☆
【930】 ○ 佐伯 啓思 『「欲望」と資本主義―終りなき拡張の論理』 (1993/06 講談社現代新書) ★★★☆
【287】 ○ 佐和 隆光 『平成不況の政治経済学―成熟化社会への条件』 (1994/01 中公新書) ★★★☆
【288】 ○ 岩田 規久男 『経済学を学ぶ (1994/09 ちくま新書) ★★★★
【929】 ○ 飯田 経夫 『経済学の終わり-「豊かさ」のあとに来るもの』 (1997/10 PHP新書) ★★★★
【289】 △ 佐和 隆光 『市場主義の終焉―日本経済をどうするのか』 (2000/10 岩波新書) ★★★
【1766】 △ 宮崎 学 『地下経済―この国を動かしている本当のカネの流れ』 (2002/11 青春出版社プレイブックス・インテリジェンス) ★★★
【290】 ○ 川北 隆雄 『図解でカンタン!日本経済100のキーワード (2004/04 講談社+α文庫) ★★★★
【291】 ○ 奥村 宏 『判断力 (2004/04 岩波新書) ★★★★
【292】 △ 田中 秀臣 『経済論戦の読み方 (2004/12 講談社現代新書) ★★★
【293】 ○ 岩田 規久男 『日本経済を学ぶ (2005/01 ちくま新書) ★★★★
【104】 ◎ ロナルド・ドーア 『働くということ―グローバル化と労働の新しい意味』 (2005/04 中公新書) ★★★★★ 〔●働くということ〕
【934】 ○ 大竹 文雄 『経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには』 (2005/12 中公新書) ★★★☆
【947】 ? 小野 善康 『不況のメカニズム―ケインズ「一般理論」から新たな「不況動学」へ』 (2007/04 中公新書) ★★★?
【948】 △ 伊藤 修 『日本の経済―歴史・現状・論点』 (2007/05 中公新書) ★★★
【949】 △ 大竹 文雄 『こんなに使える経済学―肥満から出世まで』 (2008/01 ちくま新書) ★★★
【950】 ○ 倉橋 透/小林 正宏 『サブプライム問題の正しい考え方 (2008/04 中公新書) ★★★☆
【988】 ○ 春山 昇華 『サブプライム後に何が起きているのか (2008/04 宝島社新書) ★★★☆
【1272】 ○ 細野 真宏 『「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?―世界一わかりやすい経済の本』 (2009/02 扶桑社新書) ★★★☆
【1847】 △ 吉本 佳生 『日本経済の奇妙な常識 (2011/10 講談社現代新書) ★★★
【2331】 ○ トマ・ピケティ (村井章子:訳) 『トマ・ピケティの新・資本論 (2015/01 日経BP社) ★★★★
【2334】 ○ 大塚 信一 『宇沢弘文のメッセージ』 (2015/09 集英社新書) ★★★☆

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