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世界遺産となったインカ道。更にスケールが大きくなった著者のインカ探訪。

カラー版インカ帝国.jpg 『カラー版 インカ帝国―大街道を行く (中公新書)』['13年] マチュピチュ 天空の聖殿.jpgカラー版 マチュピチュ―天空の聖殿 (中公新書)』['09年]

 同じく中公新書にある著者の『カラー版 アマゾンの森と川を行く』('08年)、『カラー版 マチュピチュ―天空の聖殿』('09年)に続く第3弾で、この後『カラー版 新大陸が生んだ食物―トウモロコシ・ジャガイモ・トウガラシ』('15年)という近著が中公新書にありますが、とりあえず前著『カラー版 マチュピチュ』が良かったので、本書を手にしました。

 インカ道を歩くという意味では、岩波新書にある『カラー版 インカを歩く』('01年)に近い感じもしますが、それから12年、今回スケールはぐっと大きくなって、北はコロンビア南端、南はチリ、アルゼンチン中部まで、総延長3万キロにも及ぶカパック・ニャンと称される、帝国が張り巡らせた王道をフィーチャーしています(因みに「インカ道」は、本書刊行の翌年['14年]。にユネスコ世界遺産に認定されている)。

 海岸地方の砂漠や鬱蒼とした森林地帯、荒涼たる原野などを街道が貫いている様は壮大で、且つ、古代へのロマンを感じさせます(インカ道が"舗装"されたのは15世紀頃)。また、こんな場所に石畳や石垣でもってよく道を引いたものだという驚きもありました。著者は、実際にそうした街道を自ら歩いて、マチュピチュをはじめとした街道沿いの遺跡や、谷間に刻まれた大昔に作られ現在も使われている段々畑、その他多くの美しい自然の風景などをカメラに収めているわけですが、今もそうした道を歩けるというのもスゴイと思われ、広大なインカが求心力を保った「帝国」と足りえたのは、まさにこの「街道」のお蔭ではなかったのかと思ったりもしました("インカ"という言葉そのものが「帝国」という意味であるようだが)。

 巻頭にインカ道の地図がありますが、難を言えば、あまりにスケールが大きすぎて、文章を読んでいて今どの辺りのことを言っているのかがやや把握しづらかった箇所もあったので、もう少し地図があってもいいように思いました。また、インカの歴史などは、もう少し図や年譜を用いた解説があってもよいように思いましたが、新書という限られた枠の中で、写真の方を優先させたのでしょうか。実際、小さな写真にも美しいものがありました。

 文章も美しく、格調が高いように思われ、この人、写真家と言うより、だんだん学者みたいになっていくなあという印象も持ちましたが、実際に自分でインカ道を歩き、写真を撮っているという意味では、やはり写真家なのだろなあ。

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南半球の砂漠に1年の一時期だけ姿を現す見渡す限りの花園。写真も文章も楽しめる。

カラー版 世界の四大花園を行く.jpgカラー版 世界の四大花園を行く―砂漠が生み出す奇跡 (中公新書 2182)』['12年]

パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地.jpg 同じく中公新書にある著者の前著『カラー版 パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地』('11年)がすごく良くて、今南米旅行はパタゴニアに行くのが流行りとなっていますが、その火付け役となったのではないかと思われるくらい当地の魅力を伝えていたように思いました。そして、その翌年('12年)に刊行された本書もAmazon.comのレビューなどを見ると高評価であり、今度は秘境に花園を見に行く旅が流行るのかと思ったりもしましたが、まだそこまではいっていないか。
カラー版 パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地 (中公新書)』['11年]

 世界の「四大花園」に該当するものが何処にあるか議論はあるかもしれませんが、著者が巡った(著者が言うところの)「四大花園」とは、南米のペルー、南アフリカのナマクワランド、西オーストラリアのパース周辺、チリの4つの地域にあり、何れも南半球にあって、通常は砂漠地帯であって、それが春など1年のある一時期だけ姿を現し、見渡す限りの花園になるといった特徴があります。

 咲いている花も、何となく日本の高山植物にもありそうなものから、いかにも南半球の固有種らしい特徴的なものまで多種多様で、風景なども併せ、それら250点以上の豊富で美しい写真が200ページほどの新書にてんこ盛りに盛り込まれています。従って、写真だけ観ていても楽しいのですが、この著者が文章の面でも優れた素質を持っていることは、既に前著『パタゴニアを行く』で個人的には確認済みです。写真を撮るだけでなく、その土地の人々との触れ合いなども描かれている点も前著からの引き続きであり、文章も楽しめました。

 著者はまずペルーの季節限定で表れる花園に驚嘆し、その地で「ここよりもすごい花園が南アフリカにあるみただぞ」といった話を聞きつけて南アフリカに向かうと言った感じで、読んでいる方もわくわくさせられます。

カラー版 世界の四大花園を行く2.jpg 4つの花園の中では、甘い香りを振りまくという瑠璃色の花が大地を埋め尽くすペルーの花園も、オーストラリアの1万2000種もの植物が爆発的に花開く花園も、真紅の花が断崖絶壁に咲き誇るチリの花園もそれぞれが魅力的ですが、個人的にはやはり、南アフリカのナマクワランドの600キロにも及ぶ花道が圧巻でしょうか。花々も何か個性的な印象を与えるものが多いように感じました。

 南米パタゴニアの魅力に憑りつかれ南米チリに移住した著者。今度は、南アフリカのナマクワランドの魅力に憑りつかれ、2011年にこの地に移住して写真を撮り続けたとのこと。その後も各地を転々としており、その様子は著者の公式ホームページ「地球の息吹」で知ることが出来ます。大体活動範囲は南半球が多いようですが、南極に行ったりエチオピアに行ったりと、或いは北欧に行ったり東南アジアに入ったりと、う~ん、なかなかアクティブだなあ。

南アフリカ・ナマクワランド
本書表紙となった地点から撮った写真(著者ホームページより)

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世界史上の先人らの生きざまに思いを馳せる本とでも言うべきか。

世界史の叡智.jpg 世界史の叡智2.jpg世界史の叡智 - 勇気、寛容、先見性の51人に学ぶ (中公新書)』『世界史の叡智 悪役・名脇役篇 - 辣腕、無私、洞察力の51人に学ぶ (中公新書)

 著者は東京大学名誉教授で、『ローマ人の愛と性』『馬の世界史』(何れも講談社現代新書)など一般向け著書も多い歴史学者(ローマ史)。本書は、古今東西の歴史上の人物についてその功績や人生、エピソードなどをエッセイ風に紹介したもので、2012年4月から週1回のペースで2年間に渡り「産経新聞」に連載されたものを(連載時のタイトルは「世界史の遺風」)、それぞれ前半と後半の51人ずつが終わった段階で新書化したものです。

 連載の後半部分を纏めた方には「悪役・名脇役」とありますが、前半にも"脇役"級は出てくるし、後半の方にも"主役"級は出てくるので、あまりこのサブタイトルは関係無かったかな。それにしても、著者はローマ史が専門ですが、古今東西、歴史上の人物を幅広く取り上げていることには感心します。西洋に限らず東洋も、更には東洋でも中国や日本に限らず、例えばアジア諸国で言えば、インド、ベトナム、フィリピンなどの歴史上の人物を取り上げています。

 なかなか頭には残らないかもしれませんが、読んでいてそこそこ楽しかったです。各冊の中で、連載で取り上げた順からその人物の歴史上の登場順に並べ変えてあってあって、体系的とまでは言えませんが、歴史の流れの中で読み進むことが出来るようになっています(途中で世界史地図を開きたくなる場面があったかなあ)。

 一方で、エッセイ風ということで、執筆時の政局時評なども枕や結語に織り込まれていて、最初はちょっと邪魔な感じもしましたが、慣れてくると、書かれて時の時局が窺えるのもそう悪くないかなあとも。大した時評でもないのですが(失礼)、これが新聞連載であったことを思い起こさせるうえで多少のシズル感はありました。

 "主役"級の知らざれざるエピソードも悪くないですが、殆ど名前しか聞いたことのないような、或いは存在自体を初めて知る"脇役"的人物のエピソードもなかなか楽しいです。但し、そうした中には歴史的ポジショニングが3ぺージ半程度の文章の中で充分に掴み切れない人物もいて、これは自らの知識の無さによるものでしょうが、さりげなく読者を選んでいるような印象も。

 殆どの人物解説においてその人物の肖像画やポートレートを掲載しているのは親切です。それぞれのまえがきが、51人の名前を織り込んで世界史を俯瞰する文章になっているのは、やや強引なところもありましたが、これが一番苦心したのではないかなと思ってしまいました。

 世界史の試験に絶対出なさそうな人が結構多いし、それだけに、読んで他人に薀蓄を垂れるようなものでもなく、一人、世界史上の先人らの生きざまに思いを馳せる本とでも言うべきでしょうか。

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「心配性で淋しがり、心やさしい泣き虫」だった黒澤。「家庭ではいいパパだった」的トーンか。

回想 黒澤明.jpg回想 黒澤明 (中公新書)』  黒澤 明 「夢」1.jpg夢 [DVD]

黒澤明2.jpg 黒澤明(1910-1998/享年88)の長女である著者が、『黒澤明の食卓』('01年/小学館文庫)、『パパ、黒澤明』('00年/文藝春秋、'04年/文春文庫)に続いて、父の没後6年目を経て刊行した3冊目の"黒澤本"で、「選択する」「反抗する」「感じる」「食べる」「着る」「倒れる」など24の動詞を枕として父・黒澤明に纏わる思い出がエッセイ風に綴られています。

 本書によれば、外では「黒澤天皇」として恐れられていた父であるけれども、実はそういう呼ばれ方をするのを本人は最も嫌っていて、気難しい面もあるけれど、「人間くさくて一直線、心配性で淋しがり、心やさしい泣き虫」だったとのこと。孫と接するとなると大甘のおじいちゃんで、相好を崩して幸せそうだったとか、実の娘によるものであるということもあって、「家庭ではいいパパだった」的なトーンで貫かれている印象も受けなくもありません。微笑ましくはありますが、まあ、男親ってそんなものかなとも(著者が意図しているかどうかはともかく、読む側としてはそれほど意外性を感じない)。

 でも、宮崎駿監督の「魔女の宅急便」('89年/東映)を夜中に観て、翌日、目を腫らして、「すごく泣いちゃったんだ。身につまされたよ」と、ポツリと言っていたとかいう話などは、娘ならではエピソードかもしれません。晩年、小津安二郎監督の作品をビデオで繰り返し見ていたとのことで、肉体的な労力を減らして、良い作品を撮ろうと勉強していたのではないかとのことです。

 著者自身、「夢」('90年/黒澤プロ)以降、衣装(デザイナー)として黒澤作品や小泉堯史、山田洋次、北野武、是枝和裕などそれ以外の監督の作品の仕事をしていて、黒澤の晩年の作品に限られますが、家庭内だけでなく、撮影の現場や仕事仲間の間での娘の目から見た黒澤監督のことも描かれており、役者やスタッフを怒鳴り散らしてばかりいるようなイメージがあるけれども、実は結構気を使っていたのだなあと(役者の躰に触れてまでの演技指導をすることはなかったという。役者のプライドを尊重していた)。ただ、これも、著者の父に対する世間の「天皇」的イメージを払拭したいとの思いも半ば込められているのかも。

黒澤 明 「夢」2.jpg黒澤 明 「夢」3.jpg 著者が最初にアシスタントとして衣装に関わった「夢」は(衣装の主担当はワダエミ)、黒澤明80歳の時の作品で、「影武者」('80年)、「乱」('85年)とタイプ的にはがらっと変わった作品で比較するのは難しいですが、初めて観た時はそうでもなかったけれど、今観るとそれらよりは面白いように思います。80歳の黒澤明が少年時代からそれまでに自分の見た夢を、見た順に、「日照り雨」「桃畑」「雪あらし」「トンネル」「鴉」「赤冨黒澤 夢 01.jpg士」「鬼哭」「水車のある村」の8つのエピソードとして描いたオムニバス形式で、オムニバス映画というのは個々のエピソードが時間と共に弱い印象となる弱点も孕んでいる一方で(「赤ひげ」('65年)などもオムニバスの類だが)、観直して観るとまた最初に観た時と違った印黒澤 明 「夢」水車2.jpg象が残るエピソードがあったりするのが面白いです(小説で言うアンソロジーのようなものか)。個人的には、前半の少年期の夢が良かったように思われ、後になるほどメッセージ性が見え隠れし、やや後半に教訓めいた話が多かったように思われました。全体として絵画的であるとともに、幾つかのエピソードに非常に土俗的なものを感じましたが、最初の"狐の嫁入り"をモチーフとした「日照り雨」は、これを見た時に丁度『聊齋志異』を読んだところで、「狐に騙される」というのは日本だけの話ではないんだよなあみたいな印象が、観ながらどこかにあったのを記憶しています。

 黒澤明はその後、「八月の狂詩曲」('91年)「まあだだよ」('93年)を撮りますが、85歳の時に転倒してから3年半は寝たきりで、結局そのまま逝ってしまったとのこと(老人に転倒は禁物だなあ)。黒澤作品って、「どですかでん」('70年)以降あまり面白くなくなったと言われますが(そうした評価に対する、自分は自分の年齢に相応しいものを撮っていうのだという黒澤自身の考えも本書に出てくる)、晩年に作風の変化が見られただけに、もう何本か撮って欲しかった気もします。

黒澤 夢 011Z.jpg「夢」●制作年:1990年●監督・脚本:黒澤明●製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ●製作:黒澤久雄/井上芳男●製作会社:黒澤プロ●撮影:斎藤孝雄/上田正治●音楽:池辺晋一郎●時間:119分●出演:寺尾聰/中野聡彦黒澤 明 「夢」水車.jpg/倍賞美津子/伊崎充則/建みさと/鈴木美恵/原田美枝子/油井昌由樹/頭師佳孝/山下哲生/マーティン・スコセッシ/井川比黒澤明 夢 0.jpg佐志/根岸季衣/いかりや長介/笠智衆/常黒澤明 夢 dvd.jpg田富士男/木田三千雄/本間文子/東郷晴子/七尾伶子/外野村晋/東静子/夏木順平/加藤茂雄/門脇三郎/川口節子/音羽久米子/牧よし子/堺左千夫●公開:1990/05●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆)

夢 [DVD]

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マヤ文明入門の新旧2冊。マヤ文明に関心がある人にはどちらもお薦め。

マヤ文明 青山和夫 岩波新書.jpg  青山和夫.jpg 青山和夫氏  石田英一郎 マヤ文明―世界史に残る謎.jpg  石田英一郎.jpg 石田英一郎(1903-1968)
マヤ文明―密林に栄えた石器文化 (岩波新書)』['12年] 『マヤ文明―世界史に残る謎 (中公新書 127)』['63年]

 『マヤ文明―密林に栄えた石器文化』は('12年/岩波新書)、2008(平成20)年3月に「古典期マヤ人の日常生活と政治経済組織の研究」で第4回(平成19年度)日本学士院学術奨励賞を受賞した青山和夫・茨城大学教授の著書ですが、近年のマヤ考古学の成果から、その時代に生きていた人々の暮らしがどのようなものであったかを探るとともに、マヤ文字の解読などから、王や貴族の事績や戦争などの王朝史を解き明かしています。

マヤ文明の謎.jpg 個人的には、青木晴夫『マヤ文明の謎』('84年/講談社現代新書)以来のマヤ学の本であったため、知識をリフレッシュするのに役立ちましたが、本書の前半部分では、著者とマヤ文明との出会いから始まって、マヤ文明に対する世間一般の偏見や誤謬を、憤りをもって指摘しており、読み物としても興味深いものでした。

人類大移動 アフリカからイースター島へ.jpg マヤ人はどこから来たかというと、1万2000年以上前の氷河期にアジア大陸から無人のアメリカ大陸に到達したモンゴロイドの狩猟採集民が祖先であるとのこと(この辺りは、印東道子・編『人類大移動―アフリカからイースター島へ』('12年/朝日新書)の中の関雄二「最初のアメリカ人の探求―最初のアメリカ人」に詳しい)、従って、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」したのではないと。

 コロンブスがアメリカ大陸をインドだと思い込んだためにこの地を「インディアス」(東洋)と呼び、この地の住民をスペイン語で「インディオ」、英語で「インディアン」と呼ぶようになったわけで、これはヨーロッパ人が誤解して名付けた差別的用語であるとのことです。

 著者によれば、マヤ文明をはじめとするメソアメリカ(メキシコと中央アメリカ北部)と南米のアンデスというアメリカの二大文明は、旧大陸の「四大文明」(メソポタミア、エジプト、インダス、黄河)と共に何も無いところから発した一次文明であり、「四大文明」史観は時代遅れで、「六大文明」とするのが正しいと(マヤとアステカ・インカを一纏めにすることも認めていない)。

吉田洋一『零の発見』.jpg マヤ文明では、文字、暦、算術、天文学が発達し、6世紀の

    古代インドに先立って人類史上最初にゼロを発見
しており、算術は二十進法が基本、また、マヤ暦は様々な周期の暦を組み合わせたもので、長期暦は暦元が前3114年で、2012年12月23日で一巡したことになり、この長期暦の「バクトゥン」という5125年の単位が最も大きいスパンを表すとされていた(吉田洋一『零の発見』('49年/岩波新書)にもそうあった)ために、ここから、映画「2012」('09年/米)のモチーフにもなった「マヤ文明の終末予言」なるものが取り沙汰されたわけですが、実際にはマヤには長期暦よりもそれぞれ20倍、400倍、8000倍、16万倍の長さの周期の4つの暦があることが判っており、16万倍だと6312万年周期になりますが、更にこの上に19もの二十進法の単位(200兆年×兆倍)があり、2京8000千兆年×兆倍の循環暦も見つかったとのことです(ちょっと凄すぎる)。従って、2012年で暦が終わるので世界も終末を迎える―などという話はまったくの捏造映画「2012」.jpgであり、こうした捏造されたマヤ文明観がオカルトブーム、商業主義と相まって横行していることに対して著者は憤りを露わにしています。

映画「2012」('09年/米)

クリスタルスカルの魔宮.jpg 映画「インディー・ジョーンズ」シリーズの「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」('08年/米)などに出てくる"クリスタルスカル"のモチーフとなった"マヤの水晶の髑髏"も19世紀にドイツで作られたものと判っているそうで、東京ディズニーシーのアトラクション「クリスタルスカルの魔宮」も、その名からしてマヤ文明への正確な理解を妨げるものということになるようです。

 因みに、マヤ人というのも別に滅んだわけではなく、今もグアテマラなどに多数生活しているわけで、但し、「マヤ人」を一つの民族として規定すること自体が誤りであるようです。第1章でこうしたマヤ文明への誤った理解にも言及したうえで、第2章以下第6章まで、ホンジュラスでの世界遺産コバン遺跡発掘調査のレポートと考察(マヤ文明の衰退の主因は森林伐採による環境破壊説が有力だが、コバン衰退の原因は戦争だったようだ)、マヤ文明における国家・諸王・貴族たち(インカなどとは異なり、諸王朝が遠距離交換ネットワークを通して様々な文化要素を共有しながら共存した)、農民の暮らし(社会の構成員の9割以上が被支配層で、その大部分が農民だった。トウモロコシは前7000年頃にマヤ人が栽培化し、品種改良を重ねた)、宮廷の日常生活などについての解説がなされています。

 それらの記述に比べると、むしろマヤについて多くの人が関心を持つ文字、算術、暦などに関する記述は第1章に織り込まれていて、相対的には軽く触れられているだけのような印象も受けますが、それは著者が石器研究を専門とする考古学者であることとも関係しているのかもしれないものの、自分が最初に読んだマヤ学の本である石田英一郎の『マヤ文明―世界史に残る謎』('67年/中公新書)に立ち返ると、既に当時の時点で、マヤ文字やマヤの算術、暦学、天文学などについてはかなりのことが判っていたことが窺えます(よって本書は、専ら近年の新たな知見にフォーカスした本であるとも言える)。

『マヤ文明―世界史に残る謎』.jpg 石田英一郎(1903-1968)は考古学者ではなく"桃太郎"研究などで知られる文化人類学者であり、中公新書版のこの本を書くにあたって、「これは専門家のための専門書でもなければ、また専門家によって書かれた通俗書でもない」と断っていますが、1953年と63年の2度に渡ってマヤ地帯を旅した経験をも踏まえ、マヤ文明に関する当時のスタンダード且つ最新の知識を紹介するとともに、それを人類文化史の中に位置付ける構成になっており、文字、算術、暦などに関する解説はもとより、文化人類学者の視点から宗教等に関するかなり専門的な記述も見られます。
それは、最初の"謙遜"っぽい断りが専門家に対する若干の嫌味に思えるくらいであり、但し、当時"マヤ学者"と呼ばれるほどにマヤに特化した専門家は殆ど皆無だったようですが、そうした背景があるにしても、昔の学者は、自らの専門に固執せず、どんどん未開拓の分野へ踏み込んでいったのだなあと(本書は第21回(1967年)毎日出版文化賞[人文・社会部門]受賞)。

 また、第1章は、著者個人のマヤへの想いが迸ったエッセイ風の記述になっており(冒頭の、スペイン船の乗組員で船が難破してマヤの捕虜となり、マヤの酋長に仕えるうちにマヤの習慣に同化した男の話が興味深い)、そうしたことも含め、青山和夫氏の新著に共通するものを感じました。

 新旧両著とも新書の割には図版が豊富で読み易く、マヤ文明に関心がある人にはどちらもお薦めです。

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写真の構成は「岩波版」より上か。よりマチュピチュにフィーチャーした内容。

マチュピチュ 天空の聖殿.jpgカラー版 マチュピチュ―天空の聖殿 (中公新書)』['09年] カラー版 インカ帝国―大街道を行く.jpgカラー版 インカ帝国―大街道を行く (中公新書)』['13年]

マチュピチュ 天空の聖殿 01.jpg 30年間の間に30回以上にわたってマチュピチュに通ったという著者による写文集で、インカの始祖誕生伝説、山岳インカ道、マチュピチュをはじめとする数々の神殿や儀礼石、周辺の山や谷、花、ハイラム・ビンガムの発見以前の歴史などが豊富な写真と文で紹介されています。

インカを歩く.jpg 著者の前著『カラー版 インカを歩く』('01年/岩波新書)では、世界遺産である「天空の都市」マチュピチュや、インカ道のチョケキラウという「パノラマ都市」を紹介するとともに、古い年代の遺跡が眠る北ペルーペルーや、南部のインカ帝国の首都があったクスコ周辺、更にはもっとアンデスを下った地域まで紹介していました。

カラー版 インカを歩く (岩波新書)』['01年]

 本書『カラー版 マチュピチュ―天空の聖殿』は、『カラー版アマゾンの森と川を行く』('08年/中公新書)、そして今年刊行された『カラー版 インカ帝国―大街道を行く』('13年/中公新書)の中公新書3部作の一冊という位置づけ(?)のためか、他書と同様に旅行記の形をとりながらもよりマチュピチュにフィーチャーした内容となっており、マチュピチュに繋がる山岳地のインカ道を歩み、その道程にある遺跡の数々を紹介しながら、マチュピチュの都市そのものへと話が進んでいく形をとっています。

 同じく写文集である柳谷杞一郎氏の『マチュピチュ―写真でわかる謎への旅』('00年/雷鳥社)によれば、マチュピチュの建造目的には、アマゾンの反抗部族に対する備えとしての要塞都市、特別な宗教施設、皇帝に仕える女性たちを住まわせる後宮、避暑のための別荘地的王宮、等々の諸説あるようですが、どの説もそれだけでは説明しきれない部分があるとのことです。

マチュピチュ 天空の聖殿 03.jpg 本書も、同じような見解を取りつつも、マチュピチュがどのような性格を持つ城であったのか、インカは何を求めて建設したのかを改めて考察するとともに、そこで実際にどのような生活があったのかを探っていて、とりわけ個人的には、様々な遺跡にそれぞれ宗教的・祭祀的意味合いがあったことを強く印象づけられました。

 マチュピチュがインカにとってどのような存在であったかをインカの世界観や死生観、自然観などと結びつけて語る著者の語り口は、前著同様に第一級の文章となっており、更に、写真の美しさ、壮大さは岩波版を上回るものであって、著者のフォト・ライブラリーの更なる充実ぶりを窺わせます(そもそも"カラー版"は、「岩波新書」より「中公新書」の方が"一日の長"があるのか。写真の配置や構成がダイナミック)。

 巻頭のクスコからマチュピチュへ至る折り返しカラー地図などからもそうした印象を受けましたが、ただ、折角2種類折り込んだ通常版とレリーフ版の地図が縮小サイズがさほど変わらず、マチュピチュ付近がごちゃごちゃした感じになっているのがやや残念。

マチュピチュの空撮写真(本書より)

 インカの人々の生活や文化、宗教を実地的に深く探る一方で、最後の皇帝アタワルパの悲劇や王族トゥパク・アマルの叛乱といったその滅亡の歴史については、前著との重複を避けるためか、必要な範囲内での解説にとどめているため(ある意味、概略は周知であることを前提とした"上級編"とも言える)、紀行ガイドとして読めば本書だけも十分ですが、歴史的経緯も知りたければ、他書と併せ読むことをお勧めします。

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突っ込んだ科学的解説だがカラー図説で分かりやすく、当事者ドキメントとしてのシズル感も味わえる。

カラー版 小惑星探査機はやぶさ.jpg   小惑星探査機はやぶさ.jpg はやぶさ/小惑星イトカワ     川口淳一郎『「はやぶさ」式思考法』.jpg
カラー版 小惑星探査機はやぶさ ―「玉手箱」は開かれた (中公新書)』['10年] 『「はやぶさ」式思考法 日本を復活させる24の提言』['11年]

 2003(平成15)年5月に打ち上げられ、2005(平成17)年夏に小惑星イトカワに到達し、2010(平成22)年6月に地球に大気圏再突入した小惑星探査機「はやぶさ」の企画、研究開発から帰還までをドキュメント風に追ったもので、著者は「はやぶさ」計画のプロジェクトマネージャーを務めていた人。

 「はやぶさ」の偉業のスゴさが脚光を浴び、世間に浸透するにつれ、その技術解説、宣伝・広報の「顔」的な存在となり、その後も『「はやぶさ」式思考法-日本を復活させる24の提言』('11年2月/飛鳥新社)など著者の名の下に多くの本が刊行されていますが(今年('12年)とうとうJAXAの事務局に異動になった?)、そうした中では最も早く刊行された部類の本であるとともに、「中公新書」らしく、新書にしてはある程度の専門レベルにまで踏み込んだ内容かと思われます(一般向け新書の中で科学・技術面の解説が最も詳しくなされているのは、著者監修の『小惑星探査機「はやぶさ」の超技術―プロジェクト立ち上げから帰還までの全記録』('11年3月/講談社ブルーバックス))。

 本書は、手抜きしていない分やや難しかった面もありましたが、カラー版ということで、図説や写真も多く、素人でもシズル感を感じつつ読み進むことができ、また、著者の「はやぶさ」への思い入れが随所に滲み出ているというか、目一杯表されている点でも、自ずと感情移入しながら読めました(本書の後に多く出された「はやぶさ」関連本は、上記2冊を含め著者による「監修本」が殆どだが、本書は純粋に著者の「単著」と言える)。

 著者によれば、人類の作ったものが地球の引力圏外まで行って着陸し、再び戻ってきたのは、「はやぶさ」が有史以来初とのこと。アポロ司令船は月面着陸したのではなく、40万キロメートル先まで行って戻ってきただけで、一方、「はやぶさ」カプセルは、イトカワの表面に着陸し、片道30億キロ、往復60億キロの旅をして戻ってきたわけだなあ。読んでみて、とにかくトラブル続きで不測事態の連続だったことを改めて知りました。

 以前、アイザック・アシモフの本で、「冥王星に直接行こうとすれば47年かかるが、木星経由だと25年ですむ」(宇宙船が木星の引力で加速される)というのを読みましたが、これが「スウィングバイ」の原理。本書の前の方にその解説がありますが、著者は、科学衛星ミッションにおけるスウィングバイのスペシャリストであるともに、「はやぶさ」ミッションにおいて電気(プラズマ)推進の特性を生かした航法を考案したのも著者。こうした複数の専門性を有する人がやはりリーダーになるのでしょう。

 「はやぶさ」は、当然のことながら、打ち上げに成功してから命名されたわけですが、「イトカワ」は、さらにその後に命名されたとは知りませんでした。

 ラッコに似た形のイトカワに目鼻を書き加えて「イトカワラッコ」と呼んだり、帰還する「はやぶさ」がカプセルを切り離した後、本体は大気圏再突入の際に燃え尽きてしまうことについて「はやぶさ、そうまでして君は」という文章を寄せるなど、思い入れたっぷりですが、これだけの長期に渡って一つのプロジェクトに携わり、しかもその過程が平坦なもので無いとすれば、こうした著者の思い入れも分かろうというもの。

 サンプルリターンにこだわり抜いて「玉手箱」を開けたら見た目はカラだったため、キュレーション(試料取り出し・分配・保管)担当が真っ青になったというのは分かるなあ(微粒子レベルでの試料採取に成功していたことが分かったのは帰還の翌月)。

 因みに、この「はやぶさ」帰還の物語は、「はやぶさ/HAYABUSA」('11年・20世紀フォックス/竹内結子主演)、「はやぶさ 遥かなる帰還」('12年・東映/渡辺謙主演)、「おかえり、はやぶさ」('12年・松竹/藤原竜也)と立て続けに3本の映画になりましたが、観客動員数は今一つ伸びなかったみたい...。やはり、似たようなのが3作もあるとなあ。

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国際的に普遍か。いじめには四者のプレーヤーがいる。「イタリアの懲罰事件」は興味深い事例。

森田 洋司 『いじめとは何か』.jpgいじめとは何か―教室の問題、社会の問題 (中公新書)』['10年] 森田 洋司.png 森田洋司 氏 

大津市中学生いじめ自殺事件.jpg 昨年('11年)10月、滋賀県大津市で市立中学2年の少年が自殺した事件が、今年になって事件の概要が明るみに出て日本中が心を痛めていますが、加害者側の少年たちやその保護者らの無反省な態度や、責任逃れの発言を続ける学校側や教育委員会の対応に、国民感情は悲しみかが怒りに変化しつつあるといった様相でしょうか。
 確かに、大津市教育長の一連の記者会見、学校長もそうですが、この市教育長の自らの責任の回避ぶりは目に余ってひどいあなと。これで責任をとって辞めるでもなく、任期満了まで教育長の座に居座り続けるつもりのようですが。

鹿川裕史君自殺事件.png 本書によれば、日本でいじめ問題が最初に社会問題化したのは80年代半ばで、特に'85年は14名がいじめによって自殺したとされ、翌年'86年には、この時期の代表的ないじめ事例として知られる「葬式ごっこ」による鹿川裕史君自殺事件が発生しています。

 一方、本書によれば、世界で初めて子どもたちの「いじめ」問題に気付き、研究を始めたのはスウェーデンの学校医ハイネマンだとされ、60年代から70年代のことで、それがノルウェーとデンマークでも関心を呼び(ノルウェーでは'82年に3人の少年が同一加害者グループのいじめにより相次いで自殺する事件が発生し、社会問題化した。日本とノルウェーはいじめ問題の先進国だそうだ)、更にいじめ問題への関心はイギリスに飛び火し、90年代半ばにヨーロッパ全域に広がる一方、その頃アメリカでもいじめ自殺が多発して、重大な社会問題とみなされるようになったとのこと('99年に発生した、多くの生徒が犠牲になったコロンバイン高校銃撃事件は、背景にいじめがあったとされている)、本書ではそういたいじめ問題に対する各国の対応と日本のそれを国際比較的に解説していますが、結局、いじめ問題というのは国際的に一定の普遍性を有するものなのだなあと。

大河内清輝君自殺事件.jpg 日本では1994年に、愛知県の大河内清輝君自殺事件を契機に、いじめによる深刻な被害が再びクローズアップされ、社会問題化するという「第二の波」が訪れ、更に、2005年、2006年にいじめ自殺が相次いで「第三の波」が発生したとのこと。本書では、そうした「波」ごとの国や社会の対応を社会学的見地も交え分析していますが、そこからは、理想と現実のギャップが窺えるように個人的には思いました(現実が理想通りに運べば、第二、第三の波、或いは今回の(第四の波を起こしている?)大津市の事件のようなことは起きないはず)。

大河内清輝君自殺事件で鹿川裕史君の父親・鹿川雅弘氏(青少年育成連合会副理事長)が大河内家を弔問(1994) 

 日本におけるいじめ問題への対応は、全体を通して一つの流れとして、加害者側の行為責任を問うべきとする意見が早くからあったにも関わらず、大河内清輝君の事件ぐらいまでは、報道も被害者の状況に向けられ、2000年代になってやっと「社会的責任能力」の育成や「学校の抱え込み」の問題などが具体的に検討されるに至っているようです。

 こうした流れで見ると、今回の大津市の事件は、被害者の氏名は伏され、一方、アクシデントによるものとは言え、加害者側の氏名はネットに流出し、バッシング現象を引き起こしていて、国民感情がこの流れを先取りしている観はあります。

 本書後半は、いじめとは何かを社会学的に分析し(著者の専門は教育社会学、犯罪社会学、社会病理学。評論的な発言をする社会学者と違って、「いじめ問題」が専門の学者と言える)、その解決の糸口を探っていますが、内外の研究者の見解や諸外国の取り組みなども紹介しながら中立・客観的立場で論を進めており、同じ中公新書に池田由子氏の『児童虐待―ゆがんだ親子関係』('87年)という「児童虐待」に関する準古典的テキストがありますが、本書は「いじめ問題」において同様なポジショニングを占める本であると言えるかもしれません(共に中公新書らしいかっちりした内容)。


 本書によれば、いじめにおいては「加害者」「被害者」「傍観者」「観衆」の四者のプレーヤーがいて、「傍観者」は見て見ぬふりをする者で、「観衆」は面白がって観ている者であり、ここに「仲裁者」が出てくれば「被害者」は救われるが、「傍観者」や「観衆」は、「仲裁者」が出にくい環境を作ったり、「加害者」を容認したりすることがあり、かなり影響力を持つとのことです。

 また、いじめを見て見ぬふりする「傍観者」は、ヨーロッパの国々でも日本と同じように小学校の学年が上がるごとに増え続けますが、中1・中2あたりを境にして減り始め、いじめの仲裁しようとする「仲裁者」が増え始めるのに対し、日本では中学生になっても、一貫して「仲裁者」は減り続け、「傍観者」が増えつづける傾向があるとのことです。


 紹介されている海外の事例の中に、新聞記事(日経)からの引用ですが「イタリアの懲罰事件」というのがあって、イタリアで2006年に子どもの自殺を契機にいじめが社会問題化する中、中学校で同級生の男子生徒を「ゲイ」呼ばわりして男子トイレに入れさせなかった生徒に、罰として「僕は馬鹿だ」とノートに100回書かせた女性教員を、父親が「過剰懲罰」だと告訴、2万5000ユーロの賠償請求をしたのに対し、検察庁は教員に懲役2ヵ月を求刑したが、裁判所は無罪の判決を下したとのこと。

 この時イタリアの新聞には「親に『私は馬鹿だ』と一万回書かせろ」「この親にしてこの子あり」という教員に同情的な投書が相次いだとのことで、著者は、「保護者は養育の第一義的責任を負う主体であると、社会から常に期待されている」「教師へ無罪判決が下されたのは、教師の責任と主体性を尊重する判決が示されたことを意味する」としています。

 著者は、事件には固有の背景があり、そのまま一般化するには慎重を要すとしながらも、「権限と義務、さらに責任についての意識が希薄になりがちな日本の教育現場にとっては、参考にすべき点が多い」としていますが、今回の大津市の事件を通して見ると、まさにその通りだと言える、興味深い事例のように思いました。

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「世界でもっとも美しい大地」というサブタイトルは誇張ではないと思った。

パタゴニアを行く 地図.bmpパタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地.jpg      PATAGONIA―野村哲也写真集.bmp
カラー版 パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地 (中公新書)』['11年]『PATAGONIA―野村哲也写真集』['10年]

 パタゴニアというのは、南米大陸のチリとアルゼンチンの両国の南緯40度以南を指すそうです(緯度で区切られていたのか)。

 本書は、パタゴニアに魅せられた新進気鋭の写真家が、'97年にかの地に移住し、その自然の美とそこに暮らす人々を取材したもので、パタゴニアを北西、北東、南西、南東、極南の5つの地域に分けて紹介した写文集です(文中、章ごとに、今どの辺りにいるか緯度で示しているため分かり易い)。

 既に著者は'10年に、『PATAGONIA―野村哲也写真集』(風媒社)という大判の写真集を発表しており、こちらの新書の方は、写文集とはいえ写真はそう数はないかと思ったら、相当数の写真が掲載されていて、写真集としても十分堪能出来て、これで千円以下というのは相当お得ではないかと思いました。

パタゴニアを行く1.jpg 写真はどれも美しく、本書表紙にもなっている、冬にだけ現れる湖に「チリ富士」と呼ばれるその姿を映すオソルノ山、そのオソルノ山をプエルト・パラスの町から眺めた遠景、城塞のようなセロ・カスティーヨ山、海に落ち込むサンラファエル氷河のグレイシャーブルーの輝き、夕陽を背景にテールアップするバルデス半島のクジラ、朝日で深紅に染まるパイネ山のセントラル塔、写真集の表紙にもなっている、湖に鏡のようにその姿を映す尖鋒フィッツロイ―いずれもため息が出そうなものばかりです。

 こうした写真がそう簡単に撮れるものではなく、シャッターチャンスを求めての苦心譚もあれば、地元の人々との交流も描かかれていて(文章も上手だなあ)、更には、地誌、歴史(人類史含む)に関する解説も織り込まれています。

 また、近年、「南米のスイス」と言われ、マチュピチュと並ぶ南米の観光地として注目を浴びていることから、観光ルートなども紹介されていて、氷河のトレッキングツアーなどが組まれているんだなあと(著者もそうしたツアーを利用したりもしている)。

 最後は、グレイト・ジャーニーと呼ばれる人類の旅の最終地点フェゴ島で、先住モンゴロイド系民族の最後の末裔である姉妹と会うところで旅を締め括っていて、地理的にも雄大ですが、時空的にも壮大な旅となているように思いました。

 サブタイトルの「世界でもっとも美しい大地」は著者が心底そう思っていることが窺え、個人的にもこれらの写真を見ていて、けっして大袈裟な表現ではないと思いました。

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電磁波についての解説が詳しい。「天文学」も宇宙論の話に行き着くのかなあと。

宇宙を読む.jpg 『カラー版 宇宙を読む (中公新書)』 ['06年]

 著者が天文学者であるため、まえがきで「天文」の語源の説明("空の文様")から入り、著者なりに、それを「天からの文(ふみ)」と解しているのはロマンチックですが、カラー版と言っても内容的には、文章をしっかり読ませる中公新書らしい"かっちり"したもので、中級者向けの入門書と言えるのではないでしょうか

 肉眼で見える星について、太陽、月、惑星、星(恒星)、星団、星座、星雲、銀河、流星、彗星、新星(超新星)の順に概説した上で、星が放つ光は、赤外線や紫外線など、全ての波長帯の電磁波に及ぶため、可視光線だけではなく、それらをも読み解くことが、宇宙の謎に迫ることに繋がるとしています(電磁波についての解説と併せて、「エックス線宇宙天文台」や「赤外線宇宙天文台」といったものも写真で紹介されている)。

 その上で改めて、太陽から始まって惑星、星(恒星)、星雲、銀河等について、天体物理学的な視点も織り交ぜながら解説し、ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた様々な天体写真も併せて掲載しています。

 最終章で、宇宙の歴史について、星や惑星がどのように誕生したかというところから始めて、最後にビッグバンについての解説や、ダークマター、ダークエネルギーの話が出てくるといった流れで、一般的な「宇宙学」の入門書と解説の順番が少し異なる(近くから遠くへ、近い過去から遠い過去へ)のが興味深いですが、結局は「天文学」も宇宙論の話に行き着くのかなあと。

 宇宙や天体から送られてくる放射線のスペクトル分析など電磁波についての解説が詳しく、この部分が"中級者向け"と言えばそういうことになるのかも。
 天文学者って今はこうした研究(目に見えない電磁波の分析)を主にしているのかと認識を新たにさせられ、また「宇宙を読む」という本書のタイトルの意味を改めて理解しましたが、本書については「宇宙学」の一般的な入門書の内容も一通り網羅しているように思いました。

 カラー写真の点数は多いのですが、基本的には文章の解説を補足するものとなっています。
 それぞれがやや小さく、結果として情報量としては"詰まった"内容となっているのですが、ビジュアルを楽しみたいと思った読者には、やや物足りないかも。

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庄内藩・酒田の足軽目付(地方警察)の活躍を『御用帳』から抽出。

足軽目付犯科帳.jpg 『足軽目付犯科帳―近世酒田湊の事件簿 (中公新書)』 ['05年]

 本書によれば、江戸時代に海運都市として栄えた庄内藩・酒田は、徳川氏の三河以来の重臣である酒井家の所領で、町政の拠点・亀ヶ崎城は城内の敷地に30人前後の町奉行や御徒目付など武士が、城下に足軽たちが住んでそうですが、足軽の小頭(小リーダー)から更に抜きん出た者が足軽目付となったそうです。

 足軽目付は藩政における下級ライン管理職みたいなもので、それでも7石前後の微禄に1石の御役手当が付き、成績次第では加増の望みもあったとのこと(「役職手当」ってこの頃からあったんだあ)、仕事内容は現在の巡査長と市役所職員を兼ねたようものので、本書は、時代小説作家である著者が、古戸道具屋の店先に10冊積まれていた『亀ヶ崎足軽目付御用帳』をたまたま掘り出したことを契機に、この、足軽目付が残した当時の「地方警察の事件簿」にあたるような史料から、当時の足軽目付たちの活躍ぶりを抜き出したものです。

伊予小松藩会所日記.jpg 本書の前に読んだ、増川宏一氏の『伊予小松藩会所日記』('01年/集英社新書)も地方都市の事件簿的要素があり、こういうのが時代小説のネタ本になるのだろうなあと思いました。
 本書は、著者自身が、「時代小説の作者とって、ネタ本を公開することは、自らの首を絞めるようなものだ」と書いていて、まさにそうした中身であり、盗難・殺人・詐欺・汚職といった犯罪事件から見世物興業を巡る騒動や女性が絡む醜聞事件まで、内容はバラエティに富んでいます。

元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世.jpg目明し金十郎の生涯.jpg 中公新書には、『目明し金十郎の生涯-江戸時代庶民生活の実像』(阿部善雄/'81年)『元禄御畳奉行の日記-尾張藩士の見た浮世』(神坂次郎/'84年)など、以前からこうした藩の記録や個人の日記を読み解く趣意の本が何冊かあります。
 特に、本書と同じく時代小説作家が著わした後者は、かつてベストセラーになりましたが、本書も、『御用帳』に書かれている内容を解り易く解説するとともに、作家としての技量でシズル感を損なわないように書かれているように思いました。

 但し、事件の犯人が捕まったかどうかとか事後談的な話は、『御用帳』に記録のない限り、「どうなったかという報告はない」といった一言で済ませていて、ある意味、本書を書くにあたって小説家と言うよりは歴史家(史料研究者)の立場として臨んだとも言えます。

 しかし、そのために、1つ1つの事件が点描写になってしまって、話同士の線的な繋がりが弱いきらいもあり、膨大な史料から、「天明」期の小久保彦兵衛という"頑固親父"的な足軽目付が扱ったものを軸に事件を抽出するなどの工夫はなされていますが、『元禄御畳奉行の日記』や『目明し金十郎の生涯』が共に一気に読めてしまうような流れとインパクトだったのと比べると、こちらは個人的には、流れはやや滞り気味でインパクトも弱かったかも。

 とは言え、酒井湊の当時の賑わいが聞こえてくるような内容で、本書自体が貴重な参考資料であることには違いないと思います。

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新書らしくコンパクトにまとまった戦国史、人物列伝。また、著者の小説が読みたくなる。

孟嘗君と戦国時代.jpg孟嘗君と戦国時代 (中公新書)』['09年]宮城谷昌光(孟嘗君と戦国時代).jpg NHK教育テレビ「知るを楽しむ」

NHK知るを楽しむ 孟嘗君と戦国時代.jpg 著者が出演したNHK教育テレビの「知るを楽しむ」('08年10月から11月放送・全8回)のテキストを踏まえ、加筆修正したもので、テレビ番組を一部観て、著者の語りも悪くないなあと思いましたが、こうして本になったものを見ると、著者の小説のトーンに近いように思え、また、小説同様に、或いはそれ以上に読み易く感じました。
この人この世界 2008年10-11月 (NHK知るを楽しむ/月)

孟嘗君 1.jpg 著者の小説『孟嘗君(全5巻)』('95年/講談社)は、単行本で1500ページほどありますが、前半部分はその育ての親で任侠の快男児・風洪(後の大商人「白圭」)を中心に展開され、風洪の義弟で秦の法治国家としての礎を築いた公孫鞅(商鞅)や、天才的軍師で田文(孟嘗君)が師と仰ぐ孫臏(孫子)の活躍が描かれ、田文が活躍し始めるのは第3巻の中盤ぐらいから、つまり後半からです。

 一方、全8章から成る本書も、第1章で春秋時代と戦国時代の違いや戦国時代初期の魏の文候と孟嘗君以外の戦国の四君に触れ、第2章から第4章にかけて春秋時代からの斉の歴史を、管仲や孫臏の活躍を織り交ぜながら解説し、第5章で田文の父・田嬰に触れ、第6章では稷下を賑わした諸子百家に触れ...といった感じで、孟嘗君田文の活躍が始まるのが第7章、鶏鳴狗盗の故事が出てくるのは最終の第8章です。

 でも、これはこれで、斉を中心とした戦国時代史として読め、また、新書らしくコンパクトに纏まった人物列伝でもあり、とりわけ、第6章の諸子百家の解説は、儒家と墨家、道家と法家、名家と縦横家などの思想の違いが、それぞれの代表的人物を通して分かり易く把握できるものになっています。

 田嬰が、妾に産ませたわが子(田文)を殺すように命じ、困った田文の母が邸外で密かに育てたという話は、小説では、田文の母・青欄がその子を庭師の僕延に託し、僕延は反体制派の警察長官・射弥(えきや)にその子を託し、そこには別に女の赤ん坊もいたが、僕延が射弥宅を再訪したときは射弥は殺され、赤ん坊は2人とも消えており、2人の赤ん坊のうち、「文」という刺青のある男児の方は、没落貴族の末裔で隊商用心棒・風洪(白圭)に救われて自分の子として育てられ、十数年後に父に見え認知されるとともに、かつて射弥宅に一緒にいた女児の成人となった女性とも再会するという壮大なストーリー展開なのでが、本書では、『史記』の記事からは「誰がどのように育てたかがわからない」とあっさりしていて、次はいきなり田文が父に謁見する場面になっています(う〜ん、どこまでがあの小説の著者の"創作"なのだろうか)。

 『孟嘗君』を読んだ人には、手軽な振り返りとして楽しめ、また、読んでいない人も含め、著者の中国戦国時代小説を読みたくなる本です。

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考古学的手法に加え、史料、他諸科学の現代技術も駆使して、チンギスの実像に迫る。

ジンギス・カン 白石典之.jpgチンギス・カン―"蒼き狼"の実像 (中公新書)』['06年] チンギス・カン.jpg チンギス・カン

 著者は考古学者で、チンギス・カンはこれまで考古学の対象になったことがないにも関わらず、自ら「チンギす・カン考古学」を看板にしている、"自称"異端の研究者であるとのことです(実際は、国際的評価を得ているホープ的存在なのだが)。本書では、チンギス・カンの本当の姿に迫るために、「元朝秘史」などの史料に拠りながらも、考古学の手法で物証により史実を検証していて、更には、人工衛星によるリモートセンシングなど地理学や地質学、土中の花粉から年代分析するなどその他諸科学の現代技術をも駆使し、"蒼き狼"を巡る多くの謎について実証または考察しています。

 そもそも「チンギス・カン(王)」と「チンギス・ハーン(皇帝)」では意味合いが異なり、「ハーン」と呼ばれるようになったのは後のことで、生前は「カン」と呼ばれていたというところから始まりますが、前半部分で特に興味を惹いたのは、鉄鉱石の産出が乏しいモンゴル高原で、彼がいかにしてそれを調達し、富国強兵を進めたのかという点で、中国北部にあった「金」への征服軍が、なぜ首都を素通りして、現在の山東省に向かったのかという疑問から答えを導き出しています(そこに鉄鉱山があったから)。ただ戦いに(戦術的に)強かっただけでなく、その根底には用意周到な(戦略的な)軍備拡張計画があったのだなあと。各王子に対する分封を交通路との関係で整理しているのも、チンギスの統治戦略を理解するうえで分かり易く、そもそも、モンゴル人のウルドの感覚は、我々の持つ国家や領土のイメージとはやや異なるもののようです。
チンギス・カンの霊廟 
チンギス・カンの霊廟.jpg 「元朝秘史」を手繰りながらの解説は、版図拡大の勢いを物語り、壮大な歴史ロマンを感じさせますが、一方で、製鉄所の場所が、長年謎とされてきた居所や霊廟のあった場所と重なってくるという展開は、ミステリー風でもあります。更には、どのような建物に住み、4人の后妃との生活はどのようなものであったか、実際にどのようなものを食していたのか、などの解説は、著者自身による発掘調査の進展や現地で得られた知見と併行してなされているため、説得力を感じました。後代のカーンに比べ、意外と王らしくない素朴な暮らしをしていたというのが興味深いです。晩年は、始皇帝よろしく不老長寿の秘薬を求めたものの、結局、養生するしか長生きの方法は無いと悟ったが、狩猟での落馬が死を早める原因となったとのこと。

中国・モンゴル・内蒙古.gif 本書には、前世紀から今世紀にかけての比較的最新の考古学的発見や研究成果が織り込まれていますが、チンギスに纏わる最大の謎は、その墓がどこにあるかということで、これだけはまだ謎のままのようです。調査が進まない要因の1つとして、政治的問題もあるようですが、本書の最後の方で語られている、内モンゴルと外モンゴルの国境線による分断(これには、中国、ソ連、そして満州国を建立した日本が深く関わっているのだが)などのモンゴル現代史は、内モンゴル自治区が、近年特に政治的に不安定な新疆ウイグル自治区と同じく、中国民族問題の火種を宿していることを示唆しているように思えました。

 著者によれば、本書は、考古資料を中心に、"実証的"スタンスで執筆を始めたが、途中でそれではあまりに無味乾燥な話になってしまうことに気づき、チンギスの個性のわかるエピソードや伝説の類を織り込んだとのこと、また考古学に関する部分でも、検証を先取りするようなかたちで書いた部分もあるとのことで、歴史学者はこうしたやり方を批判するかも知れませんが、一読者としては、お陰で楽しく読めました。

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著者の厳格な姿勢が貫かれた「中公」版。推理小説を読むような面白さがある「岩波」版。

元朝秘史 中公新書.jpg 岩村 忍 『元朝秘史―チンギス・ハン実録 (中公新書 18)』 ['63年] 元朝秘史 岩波新書.jpg 小澤 重男 『元朝秘史 (岩波新書)』 ['94年]

 中公新書版『元朝秘史』は、東洋史学者・中央アジア探検家で、ヘディンの『さまよえる湖』の翻訳などでも知られた岩村忍(1905-1988)による、チンギス=ハンに関する唯一の原史料「元朝秘史」の読み解きで、「元朝秘史」は元朝全体の史料ではなく、モンゴル帝国の始祖チンギス=ハンからオゴタイ=ハンまでの歴史伝承の写本であり、主要な部分が書かれたのは1240年頃とのこと(最初ウイグル文字で書かれ、後に漢字を音に充てて書き直された)。フビライ=ハンによる元朝の成立は1271年ですから、元朝成立前で話は終わっていることになります。

 なぜ「秘史」というかというと、チンギス=ハンの行ったことを非行も含め忠実に記録してあるため、正史である「元史」のように美化されておらず、あまり広く知られるとチンギス=ハンのカリスマ性を損なう可能性があったのと、チンギス=ハンの息子の中に、チンギス=ハンの妻が他国で囚われの身であった時に孕んだ子がいて、後継者の血統問題に差し障りがあるためだったらしいです。
 著者によれば、この「秘史」は、「ローランの歌」「アーサー王の死」など中世文学に比べても劣るロマンチシズムとリリシズムを湛え、関心を惹いた学者の数は日本の「古事記」どころか「史記」も及ばないとのことです。

 内容的には、"蒼き狼"と言われるあのチンギス=ハンが、いかにして人心を掌握してモンゴル族のリーダーになり、更に他のアジアのタタール族やキルギス族、ナイマン族(中央アジアにはモンゴル族だけがいたわけではない)などの部族を傘下に収めていくかが描かれていますが、登場人物の名前が似たり寄ったりのカタカナが多くて結構読むのが大変なため(原著の翻訳を見ると、ちょっと旧約聖書と似ているような感じも)、なかなか"血湧き、肉踊る"みたいな感じでは読み進めなかったというのが正直な感想。

 但し、ジャムハというチンギス=ハンの盟友で、後にチンギス=ハンと競うことになる人物がいて、著者はチンギス=ハンをドン=キホーテ型、ジャムハをハムレット型としていますが、こうした主要人物を念頭に置きつつ読むと、比較的読み易いかも知れません。

 史料の章変わりのところで、歴史的背景やどういうことがこの章で書かれているかが小文字で解説されていて、その上で本文に入っていく方法がとられていて、著者自身の考察は、この小文字の部分に織り込まれています。

 これは、読者の理解を助けるというより(それもあるが)、この「秘史」にも元々の語り手がいたわけで、例えばジャムハに対しては、同じくチンギス=ハンと競った他の部族の王や族長よりも好意的に伝承されており、そうした元の物語に入りこんでいる主観と、著者の主観を区分けするためだったと思われます。
 
 そのために「秘史」本文の方が、説明不足で読みにくい部分があり、これは著者の主観が入り込まないように翻訳した結果だと思いますが、ここまで史料と自らの主観を峻別しておいて、なおかつ、これは単なる翻訳ではなく、「わたくしの元朝秘史」だとしています。

歴史とh何か.jpg 著者の『歴史とは何か』('72年/中公新書)を読むと、歴史を文学や社会諸科学と対比させ、同じ史料を扱うにしても、歴史家は歴史家としての客観性を保持しなければならないとし、考証学者などに見られる「批判的歴史研究法」を"批判"していて(白石典之氏の『チンギス・カン―"蒼き狼"の実像』('06年/中公新書)などもこの手法で書かれているのだが、「秘史」にも多くを拠っている)、ましてや歴史小説家などは勝手に面白く「物語」を書いているにすぎないといった感じです。

岩村 忍 『歴史とは何か (1972年) (中公新書)

 歴史家はそんな自由に史料に自分の思想を織り込める立場にあるものではなく、例えば、森鷗外の歴史小説における史料の記述は、その文体において冷静客観を"装っている"が、彼が「歴史」と思っていたものはドイツ的実証主義の踏襲に過ぎない云々と手厳しいです。

 「事実を事実のまま記した」部分が多いと認められる司馬遷の「史記」に対する著者の評価は高く、一方、宋代に書かれた司馬光の「資治通鑑」に対する史書としての評価はそれに比べて落ち、但し、「すべての歴史は現代史である」と言われるように、「史記」にも、書かれた時代の「現代史」的要素が入り混じっていることに注意すべきだと。
 「個人的には、ここまで言うかなあと思う部分もありましたが、今の歴史家にも当てはまるのだろうか、この厳格姿勢は。
 この人は、「司馬史観」とか「清張史観」なんてものは認めなかったのだろうなあ、きっと。(評価★★★☆)

『元朝秘史』.jpg 尚、本書では冒頭に記したように、「元朝秘史」の主要な部分が書かれたのは1240年頃とのこととしていますが、「元朝秘史」がいつ書かれたのかについては諸説あり、言語学者でモンゴル語学が専門の小澤重男氏は『元朝秘史』('94年/岩波新書)で、これまである諸説の内の2説を選び、その両方を支持する(1228年と1258年の2度に渡って編纂されたという)説を提唱しています。
 
 「元朝秘史」の元のモンゴル語のタイトルは何だったのか、作者が誰なのかということも謎のようですが、これらについても小澤氏は大胆かつ興味深い考察をしていて、前者については「タイトルは無かった」(!)というのが正解であるとし、後者については、主要部分の「正集十巻」はオゴタイ=ハンに近い重臣が書いたのではなかという独自の考察をしています。 
 
 小澤氏は「元朝秘史」全巻の翻訳者でもあるモンゴル語学の碩学ですが、言語学の手法を駆使しての考察などには、この本の見かけの"硬さ"とは裏腹に、推理小説を読むような面白さがありました。
 
 但し、この本を読む前に、先に岩波文庫版の翻訳とまでもいかなくとも、岩波新書(岩村忍)版の『元朝秘史』や中公新書(白石典之)版の『チンギス・カン―"蒼き狼"の実像』などを読んで、その大まかな内容を掴んで(或いは、感じて)おいた方が、より本書を楽しく読めるかも知れません。 
 
元朝秘史(モンゴルン・ニウチャ・トブチャァン)」)...明初の漢字音訳本のみ現存する。中央下に「蒼色狼」との漢語訳がみえる。

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昆虫の「微小脳」の世界の奥の深さに、ただただ驚くばかり。

昆虫 驚異の微小脳.jpg 『昆虫―驚異の微小脳 (中公新書)』 ['06年]

 ヒトなどの哺乳類とは全く違う方向に進化し、「陸の王者」として人類と共に進化の双璧を成す昆虫―本書では、昆虫の小さな脳を「微小脳」と呼び、哺乳類の大きな脳「巨大脳」と対比させつつ、その1立方ミリメートルに満たない昆虫の脳の特徴や行動の秘密を解き明かそうとしていますが、着想から5年、執筆を始めてからでも3年をかけての上梓とのことで、並みの新書のレベルを超える充実した内容となっています。

 視覚(複眼・単眼)の仕組みから始まって、飛翔、嗅覚、記憶と学習、情報伝達、方向感覚などのメカニズムを、現代生物学の最先端の研究成果をもとに解説しており、著者の最初の研究テーマは昆虫の「視覚」であり、そこから「嗅覚」にいき、更に「記憶と学習」へと向かっていったようで、とりわけそれらについて詳しく解されていて、内容の専門性も高いように思われました。

 特にニューロンなど伝達系統の話には難解な箇所も少なくありませんでしたが、全体を通して書かれている内容がまさに「驚異」の連続であり、また、文章自体も一般向けに平易な表現を用い、更に重要なポイントは太字で示すなどの配慮もされているため、興味を途切れさせずに最後まで読めます。

 例えば、教科書によく出ていた(国語の教科書だったが)「ミツバチの8の字ダンス」の話なども詳しく解説されていて、餌場の在り処を仲間に伝えるメカニズムだけでなく、それでは方向や距離はどうやって記憶したのかといったことまで書かれていて、そうだよなあ、覚えていなければ伝えられないし、その覚えるということ自体が、「微小脳」のもと、どういうメカニズムが働いているのか不思議と言えば不思議。
 本書はそうした謎も解き明かしてくれ、ミツバチが「方向」を太陽の位置で見定めているのは知っていましたが、「距離」についてはビックリ(実験による検証方法も興味深い)、更に、太陽の位置だって時間と共に変わるだろうと疑問に思っていましたが、これに対する答えもビックリと、まさに"ビックリ"の連続でした。

 ヒトの脳をスーパーコンピュータに喩えれば、昆虫の脳はまさに超高機能の集積回路、どちらが優れているとは必ずしも言い切れないのだなあと。
 しかし、ゴキブリの脳手術をして、記憶をつかさどる部分がどこにあるのかテストするとか、何だか気の遠くなるような実験を繰り返してここまでいろいろなことが解り、それでもまだ解らないことが多くあるということで、昆虫の「微小脳」の世界の奥の深さには、ただただ驚くばかりでした。

《読書MEMO》
●複眼の視力はヒトの眼より何十分の1と劣るが、動いているものを捉える時間分解能は数倍も高い。蛍光灯が1秒間に100回点滅するのをヒトは気づかないが、ハエには蛍光灯が点滅して見える。映画のフィルムのつなぎ目にヒトは気づかないが、ハエには1コマ1コマ止まって見える(8p)
●解像力でみれば複眼は進化の失敗作(45p)
(但し)時間的解像度が高い(48p)
オプティカルフロー(画像の流れ)のパターンを捉えることで、高速アクロバット飛行の制御を実現している(66p)
ミツバチもヒトと同じ錯視を示す(69p)
単眼は空と大地の(明暗の)コントラストを検知している(76p)
●雄の蚕蛾は、嗅覚器官である触覚にわずか数分子が当たっただけで性フェロモンを検知できる(125p)
ゴキブリはヒトに匹敵するほどの優れた匂い識別能力をもつ(130p)
●ゴキブリにはゴールの周囲の景色を記憶する能力がある(163p)
●コオロギの匂い学習能力は、ラットやマウスなどの哺乳類の学習能力にひけを取らない(193p)
●(ミツバチの距離の把握は)オプティカルフロー(働きバチが経験した像の流れ)の量が距離の見積りに使われている(235p)、ミツバチは陳述記憶をもつ(239-241p)
●ハチやアリは、1日の時間を知り、その時刻の太陽の位置を覚えている(245p)

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文章はやや物足りないが写真はピカイチ。曇天の写真がもっとあってもいいのでは。

エーゲ海 青と白が誘う52島.jpg 『エーゲ海 青と白が誘う52島』 カラー版 ギリシャを巡る.jpg 『カラー版 ギリシャを巡る (中公新書)

遠い太鼓1.jpg 写真家の萩野矢慶記氏がエーゲ海の島々を獲った写文集で、以前に村上春樹氏が『遠い太鼓』('90年/講談社)にギリシャとイタリアの島々に滞在していた時のことを書いたものを読んでエーゲ海の島々に関心を持ち、この著者の『カラー版ギリシャを巡る』('04年/中公新書)を読んだのですが、ギリシャ本土とエーゲ海、イオニア海の島々を網羅していて、その分、取り上げている島の数は多いが、1つ1つの島の写真や解説はほぼ1ページに収められてしまったため、コンパクトではあるが視覚的にも内容的にも物足りなかった...。
 文章も紀行文というより解説文に近い感じで、何だか観光ガイドか観光データベースみたいな感じがしました(そうした目的で使用するならそれでもいいが、そうならば新書に入れる必要があるかと)。

 今回の写文集はエーゲ海に焦点を絞っていて、本の体裁が大判ではないものの新書サイズよりはゆったりしていて写真が大きめであるため、風光明媚なエーゲ海の島々の様子を堪能でき、そこで暮らす人々の様子なども多く取り上げられているため、1つ1つの島の個性のようなものが浮かび上がってきます。
 但し、紀行文や写真に添えられたコメントは相変わらず観光ガイド調で(JTB系の出版社ということもあるのか)、やはりこの人は、「文章」よりも「写真」の人なのでしょうか。

 エーゲ海に限ったと言ってもやはり相当数の島々があるわけで(52島)、村上春樹氏が滞在したスベツェス島なども結局は僅か1ページの写真と解説になってしまっていて、これはもう仕方の無いことなのか...、こんなに島だらけなら。
 村上氏はシーズンオフにこの島を訪れ、他の島やギリシャ本土も含め、地中海性気候の冬の降雨期や春先の微妙な気候の変化を経験していますが、こうした写真集に出てくるギリシャ及びその島々というのは、いつも抜けるような青空の下にある、つまり一般にイメージされているそれであって、この辺りも、もう少しいろいろな天候を織り込んでも良かったのではないかと(取材の都合でそうなってしまったのかも知れないが)。

萩野矢慶記.jpg とは言え、写真の腕はピカイチ。萩野矢慶記氏は1938年生まれで、車両機器メーカーの営業一筋で16年間勤務した後、'83年に写真家に転進したという人。結果として、70歳を迎えて今も「現役」、と言うか「第一線」にいます。
 別の所で、定年後の時間の使い方に悩む人に「趣味でも何でも、とにかく徹底的に挑戦したら新たな人生が開けるのではないでしょうか」とアドバイスをしていますが、自分自身は44歳で独立しているんですよね。
 個人的には、第2の人生をスタートさせるなら、やはり40代ぐらいがいいのかなあと思った次第。

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取得率向上には、やはり法的強制力を持たせないとダメか?

男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット.jpg 『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット (中公新書)』 ['04年] 佐藤 博樹.jpg 佐藤 博樹 氏 (略歴下記)

子ども.jpg 本書のデータによると、日本における女性労働者が出産した場合の育児休業の取得率は64.0%、それに対し男性は0.33%、取得者の男女比は女性98.1%、男性1.9%とのことで('02年調査)、ほぼ同時期の調査における欧米諸国の育児休業取得率は、アメリカが女性16.0%、男性13.9%、スウェーデンが女性はほぼ完全取得で、取得者の男女比は64:36、ドイツが有資格者の95%が取得しているが父親は2.4%、イギリスでは男女とも12%が取得しているということで、国によってバラツキはありますが、男性の育児休業取得率が日本は特に低いことがわかります。

 本書は、前半やや硬いデータ分析や法令の解説が続くものの、それらの現状を踏まえたうえで、男性が育児休業を取得することの企業にとってのメリットや可能性を指摘し、例えば、休業中の職場の対応方法を講じることは、企業にとって単なるコストではなく、活性化や風土改革にもつながる可能性があることを説き、また近年言われる「個人の尊重」「ワークライフバランス」に先駆けて、働く者の自由な選択を尊重する考え方を提唱していて、ビジネスマンが「子供と触れ合える機会」を一定期間持つことの公私にわたる効用を説いている点などは、とりわけ個人的には説得力を感じました。
 男性が取る育児休業って、自分の生き方やキャリアを振り返るいい機会だと思うのですが、本書での報告例が、読売や毎日の記者のものだったりして―結局、"記事ネタ"としての育児休業取得になっている?)。

 それと、日本における男性の育児休業の取得率の低さの原因の1つに、育児休業法自体に少し問題があるのではないかという気がしました。
 育休法に従うと、1年間の育休を男女で分担して取得することは可能ですが、産後休業のときに男性が育休を取ると、通常、女性は「産休」明けから「育休」に入るので、その後男性は「育休」を取れない、つまり分割取得が出来ないようになっていて、これでは法自体が、男に「育休」を取るなと言っているみたいなものではないかと(その後、法改正でこの部分は見直された)。

 先のデータにあるように、北欧諸国は男性の育児休業取得率が高いですが、これは本書によると、ノルウェースやウェーデンでは「パパ・クォータ」とか「パパの月」などと言って、法律で、育児休業中の一定期間は父親が「育休」を取らないと、日本で言う育児休業手当がその間は支給されなくなるようになっているとのこと、つまり法に一定の強制力を持たせていることがわかります。
 その割り当て期間分の「育休」を終えると、北欧のお父さん達も殆どが仕事に復帰しているわけで、彼らが日本人の男性よりもフェミニストであるとか、子育てに熱心であるとか、少なくともデータをみる限りは、特にそういうことではないみたいです。
_________________________________________________
【佐藤博樹氏 プロフィール】
東京大学 社会科学研究所 教授
◆兼職
内閣府・男女共同参画会議議員、ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員
厚生労働省 労働政策審議会分科会委員、仕事と生活の調和推進委員会委員長
経済産業省 ジョブカフェ評価委員 他
人を活かす企業が伸びる.jpg◆主な著書(編著・共著を含む)
『人事管理入門』(共著、日本経済新聞社)
『男性の育児休業:社員のニーズ、会社のメリット』(共著、中公新書)
『ワーク・ライフ・バランス:仕事と子育ての両立支援』(編著、ぎょうせい)
『人を活かす企業が伸びる:人事戦略としてのワーク・ライフ・バランス』(編著,勁草書房) 他
(2009年3月現在)

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社会時評らしくなってきた分、面白みを欠く。 書評に読みどころがあったのが救い。

ぼちぼち結論.jpg 『ぼちぼち結論 (中公新書 1919)』 ['07年]

 自分にとっては、解ったような 解らなかったような所があって、読み直すのも何だから次の本を買って読んでみる―といった感じもある養老氏の本ですが、本書は「中央公論」連載の時評エッセイ「鎌倉傘張り日記」の2005年11月号〜2007年6月号の掲載文を収録したもので、『まともな人』『こまった人』('03年・'05年/共に中公新書)に続く第3弾で、7年間の連載の完結篇。

 小泉首相の靖国神社参拝やイラク戦争の戦後処理問題に対する言及など、だんだん社会時評らしくなってきましたが、そうなればなるほど、イマイチ面白みに欠けるような気も...。この人、やはり、生命論とか自然科学寄りの話の方が面白い、とういう気が個人的にはするのですが。

 話の内容としては、納得できるものもあれば論理の飛躍を感じるものもありましたが、「結論」ということを特に意識した書き方でもないように思え、アメリカが言う「テロに対する正義の戦い」というのは見せかけで、石油供給の安全性確保が強迫観念となっているために米軍はイラクから引き揚げない(或いはサウジに駐留してビン・ラディンを怒らせる)というのは尤もだと―、でもこれが本書の結論とも思えないし。

ウェブ進化論.jpg 文中や章の間に挿入されている書評に面白いものがあり(これが本書の救いと言えば救い)、例えば、梅田望夫氏が『ウェブ進化論』('06年/ちくま新書)でネットの世界を「あちら側」、リアルの世界を「こちら側」として対比させ、既成の世界にいる人はグーグルなど「あちら側」で起きていることが理解できないとしたことを、養老氏自身は既成の世界でのアナロジーでこれを語ったとし(『バカの壁』のことか?)、自らを、「こちら側」の既成の人たちから放逐されている「あちら側」に属する人間だとしています。

 氏にとっての「あちら側」の世界とは「虫の世界」で、この本にある「ロングテール現象」の説明にも痛く感じ入った模様で、虫を「知られている順」に並べると同じくロングテールとなり、氏が指向しているのは、その尾っぽの先の(或いは裏の)まだ情報化されていない世界のようです(これが結論? 相変わらず、よくわからん)。

 【2011年文庫化[中公文庫〕】

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自らの病を通して人間本性に潜む病(不条理)を示したという解釈に共感。

永遠のドストエフスキー.jpg 『永遠のドストエフスキー―病いという才能 (中公新書)』 ['04年]

 ドストエフスキーと言えば偉大な作家であり、深遠で観念的な人物像が浮かび上がりがちですが、本書はそうした既成のイメージを排して、そのパーソナリティの特徴は病であると断定し、ドストエフスキーの文学世界を理解するということは、ドストエフスキーという病気の人間を通して人間の病を理解することであるという立場に立っています。

 彼は、病的人物たちの活躍する小説を書いただけでなく、自らが心の病を持ち、病的な想像をする人間であると自覚し、実際に、社会や世間の病的な事件に強い関心を示したということ。また、ドストエフスキーの夫人アンナは、夫の異常なまでの心配性や被害妄想に「奇妙な人」(彼女の日記より)であるとの印象を持ち、夫の感情に巻き込まれないようにすることで、何とか自分を保ったということらしいです。

 「貧しい人たち」や「永遠の夫」に見られる、若い女性に対する男性側の被虐的とも思える立場には、そうした彼の意識が反映されていると思われますが、著者は、彼自身がそこに男女関係の理想を見出していたフシがあるとしています(両作品の男性主人公は共にマゾ的だが、これは作者の嗜好であるということか。ドストエフスキーはアンナへの懺悔の手紙で、自分を「永遠の夫」と呼び、アンナはこれを嫌ったという)。

 ドストエフスキーを語る上で「てんかん」は欠かせないものですが、この心配性や被害妄想はもっと若い頃からのもので、「統合失調症」による誇大妄想からくるものであると著者は推察していて(彼には「離人症」の傾向もあった)、迫害妄想は晩年まで治らなかったようですが、それがある種、願望的なかたちで作品に反映されていたということでしょうか。

 更に、本書で興味深い指摘だと思ったのは、理不尽に犠牲となる幼い子供が繰り返し作品に登場したり、嗜虐的と言っていい酷たらしい光景が作中に少なくなかったりする点において、ドストエフスキーには嗜虐傾向も強く見られるということで、彼は社会や市井で起きた弱者が虐待されるような事件に、激しく感応したという証言があるということ。

 ドストエフスキーには、嗜虐的な人物、被虐的な人物の両方に自分を重ねて夢想することが出来る資質があり(著者はこれを「なりすます才能」「腹話術師」などと呼んでいる)、著者の論に従えば、その人物になりきって残虐な場面を夢想し、或いは、迫害妄想や服従願望をリアルに描いた―ということになりますが、彼の作品のトーンや登場人物の病的な心理描写のリアルさ(かなり異常であったり極端に非常識だったりするのに、どこかでそした人を見たような感じもある)からみて、かなり説得力のある見方であるように思えました。

 「今時、病跡学?」「ドストエフスキーの偉大さを冒涜してる」等々の批判も聞かれそうですが、個人的には著者の考え方に大いに頷かされ、ドストエフスキー作品に触れてこれまで自分が抱いていた感触に裏づけを与えるが如く符号するものであるとともに、人間というものが普遍的に持つ暗部の深さについて考えさてくれる本でした(本書前書きにもそうした記述があるが、そうした人間の持つ不条理性を見事に描き切っている点が、ドストエフスキー作品が時代を超えて読まれる理由であると、著者は言いたかったのはないか)。

 但し、別々に発表したものをベースにした奇数章と、新たに書き下ろした偶数章という合体構成になっているため、各章の繋がりが必ずしも滑らかでない(あるいは重複が見られる)ように思えるのが、やや残念。

《読書メモ》
●ドストエフスキーの「考える」という能力は、感覚と想像を本体としていたと言えるだろう。いや、言葉による表現力はすぐれていたが、実はあまり「考える」ということはしていなかったのではないか。トルストイは、「ドストエフスキーはたくさんのことを感じた。しかし考えるのはだめだった」と言っている。理論はドストエフスキーにとっていわば下位にある。上位にある力は光景とイメージ」であり、かれの心身に植えつけられている異常に敏感で強い感覚が、それにふれて反応する。(114p)

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文豪の創作の秘密を、"てんかん"という持病を軸に、病跡学的観点から解明。

加賀 乙彦 『ドストエフスキイ』.jpgドストエフスキイ 加賀乙彦.jpg 『ドストエフスキイ (中公新書 338)』['73年]嫌われるのが怖い 精神医学講義.jpg 『嫌われるのが怖い―精神医学講義 (1981年)』 朝日出版社(朝日レクチャーブックス)

 作家であり精神科医でもある著者が、文豪ドストエフスキーの創作の秘密を、彼の癲癇という持病を軸に、病跡学的観点から解き明かしたもの。
 何せ、ドストエフスキーの『死の家の記録』を読んで、医師としてのキャリアを刑務所の監察医からスタートすることを決心したぐらいドストエフスキーに入れ込んだ人であり、精神医学の大家・笠原嘉氏との対談『嫌われるのが怖い-精神医学講座』('81年/朝日出版社)の中でも、「病跡学にもし存在価値があるとするならば、ドストエフスキーとてんかんとの関係を文学創造の核に据えて考察することこそ、大事だと思います」と繰り返しています。

死刑囚の記録2.jpg また、監察医としての経験を通して書かれた『死刑囚の記録』('80年/中公新書)の中では、「死刑囚」と「無期囚」で拘禁ノイローゼの現れ方が、「死刑囚」には躁状態や爆発発作となって現れ、「無期囚」には拘禁ボケが見られるとしていますが、その前に書かれた本書('73年)で既に、ドストエフスキーの癲癇発作の前に異常な生命力の高揚と発作後の無気力を、それぞれ死刑囚の心理、無期囚の心理に似ているとしています。

 ドストエフスキーが18歳の時に、潜在的に期待していた父の死が実際に起こったことが、彼の癲癇発症の引き金となったとするフロイト説を、卓見としながらも一部批判していますが、結局、彼が若い頃から癲癇気質を示していたのか、何歳の時に最初の発作を経験したのか、といったことはよくわからないわけで、この辺りが、既に亡くなっている天才の病理を研究する病跡学の限界なのか、その後も病跡学というのは精神医学の中で亜流の位置づけをされているような気がします。

永遠のドストエフスキー.jpg 自分自身、本書を最初に読んだときは、ドストエフスキーの天才性の秘密に触れた気がして目からウロコの思いでしたが、その後、精神医学者ではなく文学者である中村健之介氏が、『永遠のドストエフスキー』('04年/中公新書)の中で、癲癇もさることながらドストエフスキーの異常なまでの心配性や被害妄想に着目しており、こちらの方がより説得力があるようにも思えました。

 但し、今回本書を読み直してみると、後半は病理としての癲癇にばかり執着するのではなく、性格学的なトータルな分析がされていて、また、登場人物と作者との関係性においても、作家らしい考察がなされていることを再認識しました(ドストエフスキーには登場人物に自分を投影させているという意識はなかったと、著者は考えているのが興味深い)。

 また本書の中でも、「私は病的な現象がすべて深遠で神聖だなどと言おうとしているのではない。癲癇者でありながら何一つ自分の体験から深い人間的意味をひきだすことのできぬ人も世には大勢いる。と言うよりほとんどの癲癇者はそうである。それに反して、ただ一人ドストエフスキイだけが癲癇という病的現象から深い透徹した人間的意味を発見し、それを文学に形象化することに成功した」(52p)のだとしています。

 これは、最近注目されているサバン症候群などにも当て嵌まる気がし、極めて稀な例ですが、異常なまでに高い言語能力を有するマルチ・リンガルのサバン症候群の人が、実は若い頃に側頭葉癲癇を発症し、「共感覚」という特殊な能力を獲得していたらしいことが、最近の脳科学の臨床例などでわかっている―。これとて、その患者が文学作品を編み出す素因には全くならないわけですが、やっぱり、癲癇という病気はその人の言語能力に何らかの影響を与えることがあるのではないかと思わせる話である気がします。

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素材が"ごちゃまぜ"で、結果として、読後感の薄いものに...。

もしもあなたが猫だったら?.jpg 『もしもあなたが猫だったら?―「思考実験」が判断力をみがく (中公新書 1924)』 ['07年]

 同著者の『99・9%は仮説』('06年/光文社新書)が結構売れたのは、光文社ならではのタイトルの付け方の妙もあったかと思いますが、言っていることは割合まともで、実のところ、ある種の「科学エッセイ」に過ぎないと捉えたのですが、本書は、「思考実験」ということをテーマにしながらも、よりエッセイっぽくなっている感じがしました。

 学術的ないしマニアックな傾向にある「中公新書」にしては、まるで「岩波ジュニア新書」のような語り口で(文字も少し大きい)、この辺りから出版社サイドの「2匹目のドジョウ」狙いの意図が窺えなくもないのですが、読んでいくうちに、結構、著者の専門領域である物理学のテクニカル・タームも出てきて、ああ、やはり「中公新書」かと...。

 要するに、1週7日間に区切った構成で、後にいくほどレベルを上げているのでした(第6日に"マックスウェルの悪魔"、第7日に"アインシュタインの相対性理論"を取り上げている)。

 但し、間々に科学哲学的な話がエッセイ風に挿入され、それはそれで楽しいのですが、取り上げられている「思考実験」が、「重力がニュートンの逆二乗則からズレると宇宙はどうなるか?」「なぜ、この宇宙は、"6つの魔法数"がすべてうまく微調整されているのか?」といった物理学寄りのものと、「現代日本で親子を分離して教育したらどうなるだろうか?」「プラトンと共産主義が似ているのはなぜだろうか?」といった社会科学や哲学寄りのものが混在しているのが、ちょっと自分の肌には合いませんでした(単体では、それなりに面白い部分もありましたが)。

 こうしたテーマの並存(と言うか"ごちゃまぜ")は、前著『99・9%は仮説』でも見られたもので、著者の頭の中ではキチンと繋がっているのだろうけれども、自分自身は頭が硬いせいもあるのかも知れませんが、全体に統一がとれていないように思えてしまい、結果として、読後感も薄いものにならざるを得ませんでした。

 著者の書いたものや対談集は『99・9%は仮説』以前にも読んだことがあり、個人的には好みのサイエンス作家。ベストセラーの後に量産体制に入って、そのために1冊当たりの密度が落ちるということは、ファンとしては避けて欲しいものです。

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「ゲットー」→「強制収容所」→「絶滅収容所」という流れと痕跡を消された収容所。

ホロコースト―ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌.jpg  ロシア・ウクライナ・1942.jpg ナチ部隊のウクライナでの虐殺行為(1942年)(トルーマン大統領図書館)
ホロコースト―ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌 (中公新書 (1943))』 ['08年]

 ヒトラー政権下でナチ・ドイツにより行われたユダヤ人大量虐殺=ホロコーストの全貌を、広範な史料をもとに、丹念に時間軸に沿って検証した労作。

 本書を読むと、ナチ・ドイツはポーランド占領('39年)までは、ユダヤ人の「追放」を考え、それまでの過渡期として「ゲットー」(ユダヤ人強制居住区)に彼らを押し込め、将来の移送先としてソ連を想定していたのことです(当初は"マダガスカル"という案もあったが)。

 それが、独ソ戦において一旦はレニングラードまで侵攻したしたものの(この間にも、バルト3国やロシアでは多くのユダヤ人や共産主義者がナチにより射殺されている(右写真=本書より))、このロシア戦線が膠着状態に入ると、「最終解決策」として強制収容所のユダヤ人を虐殺することに方針転換していったことがわかります(最後まで「追放」を主張したナチ将校もいた)。 

ベルゲン=ベルゼン(Bergen-Belsen)強制収容所の死体埋立て場の一つ(トルーマン大統領図書館 Truman Library,Acc.jpg また、「強制収容所」とは建前はユダヤ人を強制労働させるものであったものですが、それでも、ベルゲン・ベルゼンなど基幹13収容所だけで100万人近くものユダヤ人が病気などで命を落としたとのこと。
ベルゲン・ベルゼン強制収容所の死体埋立場 (トルーマン大統領図書館)

 一方、大量殺戮に方針転換してからヘウムノに最初に設けられた('41年)「絶滅収容所」は、まさにユダヤ人の殺害のみを目的としたもので、こうした「絶滅収容所」としては、犠牲者110万人と見積もられるアウシュヴィッツが有名ですが、アウシュヴィッツと同時期に設けられたベウジェッツ、ソビブル、トレブリンカの3つ「絶滅収容所」の犠牲者数の合計は175万名とアウシュヴィッツでの犠牲者数を上回っていること、これら3収容所は、ナチがユダヤ人労務者に解体させ、最後に彼らも殺害したため、ほとんど痕跡が消されてしまっていること、こうした収容所の多くは現在のポーランドにあり、ドイツ系ではなくポーランド系のユダヤ人が最も多く犠牲になったことなどを初めて知りました(3つの「絶滅収容所」を設けたラインハルト計画は、記録映画「SHOAH」('85年)で世に知られるようになった)。

 ナチの政策史だけでなく、ナチの個々の将校や収容所長などの施策の違いや、収容所内での人々の様子、大量殺戮の模様なども、戦犯裁判などの史料や生存者の証言などをもとに丹念に調べていて、努めて冷静に事実のみを追っている分、逆に一気に読ませるものがあるとともに、繰り返される虐殺の犠牲者数の多さには、「一人の死は悲劇だが、数百人の死は統計でしかない」という言葉さえも思い出されました。

アドルフ・アイヒマン.jpg 最後にホロコーストの研究史が概説されていて、ユダヤ人を大量殺戮することがいつどのように決定されたのか、ホロコーストを推進した中心は何だったのかについてのこれまでの論議の歴史的推移が紹介されており、後者の問題については、ヒトラー個人のイデオロギーに帰する「意図派」と、当時のナチ体制の機能・構造から大量殺戮がユダヤ人問題の「最終解決」になったとする「機能派・構造派」が元々あったのが、後に、ナチ体制の官僚制を、組織や規律の下での課題解決に専念することに傾斜する近代技術官僚的な「絶滅機構」だったとする捉え方が有力視されるようになったとのこと。
アドルフ・アイヒマン (1906-1962)

 個人的には、この見方を最も体現したのが、戦後アルゼンチンに脱走し、'60年にモサドに捕まり、イェルサレム裁判で死刑判決を受けたアイヒマンではなかったかと思いました。先の「一人の死は...」はアイヒマンの言葉。彼は、典型的なテクノラート(言い換えれば「有能な官吏」)だったと言われているとのことです。 

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なぜ、返せなくなるような人たちに貸したのかを、アメリカの社会構造から分析しているのが興味深い。

サブプライム問題の正しい考え方.jpg 『サブプライム問題の正しい考え方 (中公新書 1941)』 ['08年]

 '07年末から'08年にかけて世界経済を混乱に陥れたサブプライムローン問題については、すぐさま何冊かの関連書籍が刊行され、'07年11月には『サブプライム問題とは何か』(春山昇華 著/宝島社新書)といった新書も出ており、'08年4月での本書の刊行は、必ずしも早いものではないかもしれませんが、但し、さすが中公新書というか、経済学者(建設省OB)と実務家(住宅金融支援機構の研究員)という2人のプロが組んで、カッチリした解説を施したものとなっています。

subprime lending.jpg とりわけ、サブプライムローンの破綻原因を、お金を返せない人(必ずしも低所得者のことを指すわけではない)に貸したのがそもそもの誤りだったと断定し、なぜそんなことになったのかを、アメリカの人種問題なども含めた社会構造の分析にまで踏み込んで解説しているのが、本書の特長と言えます。

 サブプライムというのは、「プライム(優良)」に及ばないという意味で、過去に延滞履歴があるような信用度が低い人向けのローンであり、アメリカの通常の住宅ローンの大部分が、金利を長期固定したものであるのに対し、サブプライムは、殆どが最初の数年だけ固定金利で、あとは変動金利で返済額が急増するリスクがあるというもので、それを信販会社の延滞者ブラックリストに載ったことのあるような人に融資するわけですから、安易に選ばれて返済不能に陥る危険を回避するために、予め金利が高めに設定されていたとのこと。                                                        Photo by Mark A. Cizler
 それが、2000年代に入り、ITバブル崩壊や同時多発テロなどで米国内の景気後退懸念が高まり、FRBが金利引き下げ策をとったため、ローン金利も下がって借り易くなってしまい、金融リテラシーの低い黒人やヒスパニックなどの利用がどっと増えたとのことで、証券化され世界中の投資機関の投資対象先になっていたことも、影響がグローバルに及んだ(特に欧州)原因のようです。

 サブプライムローンの主な借り手(返せなくなった人たち)は、住宅価格の高騰とその後のバブル崩壊の影響が大きかったフロリダのヒスパニック層、'05年にハリケーン被害を受けたルイジアナやミシシッピの黒人層、自動車産業の低迷で景気が沈滞しているミシガンやオハイオなど五大湖周辺都市の白人ブルーカラーなどで、ロケーション毎にアメリカの社会問題が反映されているような感じです。

 個人的には、こうした前半部分が興味深く読め、中盤の国際金融問題との関連を論じた部分はかなり専門的(一般の読者はここまで知る必要もないのでは)、後半の日本の住宅金融システムへの示唆なども、この時期に刊行するならばここまで論じておかねばという意欲が感じられるものの、金融リテラシー問題や"サブプライムに似たもの探し"において日米同列で論じるのはやや強引な気もし、証券化の技術問題は、まあこれからといった感じでしょうか。

 今後、日本がすべきこととして、内需拡大、給与水準引き上げ、高所得者の税負担の強化と一般の社会保障負担の抑制などを挙げているのには、ほぼ賛成です。

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良くまとまってはいるが、その分「教科書」の域を出ない。

日本の経済.jpg 『日本の経済―歴史・現状・論点 (中公新書 1896)』 ['07年]

 多分に「教科書」的な本であり、前半部分は経済史で、戦後復興期から高度経済成長期、更に70年代のニクソンショック・第一次オイルショックによる停滞期から80年代バブル期までを、データ等を駆使しながら要領良く纏めていて、中盤から後半にかけて、90年代のバブル期及びそれ以降の問題の検証に入り、国際経済関係を含む日本の経済の現状分析だけでなく、日本企業における組織風土の問題や雇用問題、財政・社会保障問題まで言及されています。

 バブル期の問題分析において、「投機は価格の安い時に買い、高い時に売るのだから価格安定機能がある」というフリードマンの命題に対し、これは、「価格の波が、投機家の行動とは別個に、事前に決まっている」という想定に基づくもので、「値が上がるから買い、買うから値が上がる」という"買い上がり"の投機行動が数年にわたる価格上昇をつくり、逆に下降局面では、「カラ売りして値を下げ、安くなったところで買い戻して差益を得る」という"売り叩き"の投機が値崩れを生むといったように、「価格の波」以外の過程では投機は波を促進・拡大するとして、フリードマン理論の論理的急所を突き、投機が社会に破壊的作用を及ぼす危険を帯びることを指摘している(129p)のが解り易く、では何故その時に政府や日銀は金融引き締めに入れなかったということについては、「資産価格は狂乱状態にある一方で、一般価格はまったく落ち着いていたこと」を第一の理由に挙げています(133p)。
 著者が言うように、バブルにおいては、さほど必要ないところに国・企業・個人のカネが投資され、結局、個人ベースで見た場合、バブルの乗り切り方(回収率)の違いで、所得格差は拡大したのだろうなあと。

 この辺りから、経済史の講義は終わり持論の展開が主となるのかなと思いましたが、その後の不況の二番底('97〜'02年)や小泉内閣による構造改革の分析などは、比較的オーソドックスであるように思え、後に来る日本的企業経営、雇用と職場、社会保障の問題なども、時折思いつきみたいな私論が挟まれることはあるが(事務職の給与を全額、手当にしてはどうかとか)、全体としてテキストとしての体裁を維持しようとしているのか、論点整理に止まっているものが多いような気がしました。

 例えば、少子化問題への対策を個人の問題ではなく政府の問題とするような論調も、年金などの社会保障の税負担化論も既出のものの域を出ておらず、やはりありきたり(因みに、国民年金は、保険料納付率が上がればそれだけ受給権者が増え、より赤字になる構造なのだけどなあ)。
 最後の「金融政策をめぐる論点」(岩田規久男氏 vs. 翁邦雄氏・吉田暁氏)も、これまでと同様よく纏まっていますが、ここに来てやっとこの著者の立場を知り(読み手である自分自身が鈍いのか、紙背への読み込みが足りないせいもあるが)、最初から旗幟鮮明にしてくれた方が有難かったかも(「教科書」だから、それはマズイのか?)。

《読書MEMO》
●貨幣供給の原理についての理解では、内生説(翁邦雄氏・吉田暁氏)が正しい。外生説(岩田規久男氏)は、マネーサプライはベースマネーの何倍かになる(結果的にはそうなる)という「信用乗数論」の初級教科書での説明用であって、それが現実だと思ったら大間違いである(287p)

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絶賛している人も多い本だが、素朴な疑問も。

不況のメカニズム.jpg 『不況のメカニズム―ケインズ「一般理論」から新たな「不況動学」へ (中公新書)』 ['07年]

 経済学における「ケインズ派」と「新古典派」の論争はいつまで続くのやらという感じですが、本書は、サブタイトルにあるように、ケインズの『一般理論』を解体し、新たな「不況動学」を構築するのが目的であり、「新古典派」の唱える「市場原理主義」については、不況下に苦しむ人びとをさらに苦境に追い込むとしてハナから批判していますが、一方、ケインズの『一般理論』にも誤りがあったとしています。

 新古典派によれば、不況は供給側の原因(生産力の低さや価格・賃金調整の不備)で起こるのであり、生産力が低いままで、更に物価や賃金が下がらなければ、商品は売れず雇用は増えない。だから、不況から脱出するには、生産力を上げると同時に、価格と賃金を下げることが必要になってくる―と。

 これに対しケインズ派は、不況は需要側の原因で起こり、需要不足の下では価格や賃金が調整されても売れ残りや非自発的失業は残るため、企業が効率化や人員整理を進めれば、需要は更に減り、不況が深刻化する、そこでケインズ派は「人為的に需要を作って余った労働力に少しでも働く場を確保すること」が不況からの脱出策になる―と。

 著者は新古典派の考えには与せず、一方でケインズを、「需要不足の可能性に注目することによって、不況における政策の考え方に重要な示唆を与えたことにある」と評価しながらも、「結局ケインズは、物価や貨幣賃金が調整されても発生する需要不足を論証することには、必ずしも成功しなかった。さらに消費の限界を設定するために安易に導入した消費関数がケインズ経済学の中心的な位置を占め、無意味な乗数効果が導かれ濫用されて、金額だけを問題にする財政出動の根拠となった」と批判しています。

 著者によれば、ケインズの、「民間が行う消費や投資の決定に任せていては需要不足の解消は不可能であり、政府の介入によって投資を増やすしかない」という不況対策理論は、初めから需要不足を前提とする仮説に基づいている点で論理的欠陥があり、だったら本当に失業手当よりも公共事業の方がいいのか(「災害でも戦争でもいいから」とケインズは言ったらしいが)、投資が次々と連鎖的に新たな所得を生み出すというのは幻想ではないかとしています。

 ケインズ理論の誤謬検証を通じての新たな「不況動学」論として、著者の理論の展開は論理的にはカッチリしていますが(本書を絶賛している人は多いし、著者自身も「不況システム」の分析にかけては絶対的な自信がある模様)、机上論のような感じも...(この部分は専門的でやや難解。正しいのかどうかよく判らず、その意味では、自分には評価不能な面も)。
 公共事業は、失業という人的資本の無駄を減らすだけではなく、実際に有意義な物やサービスを生んだ場合にのみ意味を持つというのが著者の結論であり、「良い公共事業とよくない公共事業」論とでも言えるでしょうか。

 著者は、リフレ派のインフレ・ターゲット論を、「どのようにして人々にインフレ期待を持たせるかという肝心の点については、明確な方法がわからない」と批判していますが、著者の論についても「どのような公共事業が"良い公共事業"と言えるのか明確にわからない」ということが言えるのではないでしょうか。

 基本的には、『景気と経済政策』('98年/岩波新書)の続きみたいな感じで、その間に、小泉純一郎内閣('01‐'06年)の「構造改革」路線があったわけですが、"聖域"があり過ぎて、「構造改革」論の正誤を検証できるところまでいかなかった気がします。
 だから、こうして「ケインズ派」と「新古典派」の論争は続くのだなあ。

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実感できる全国試験の過酷さ。試験にまつわる幽霊譚などの説話的な話が面白い。
 
科挙―中国の試験地獄.jpg          科挙 中公文庫BIBLIO.jpg     宮崎市定.bmp  宮崎 市定(1901- 1995/享年93)
科挙―中国の試験地獄 (中公新書 (15))』['63年]/『科挙―中国の試験地獄 (中公文庫BIBLIO)』['03年]

 中国で隋の時代(587年)から清代(1904年)まで続いた科挙制度(元代に一時廃止)について、特に、それまでの「郷試」「会試」に加えて、天子自らが試験を行うという名目の「殿試」が行われるようになり、制度的に最も完成した(複雑化した)清朝の末期の制度の仕組みを中心に解説しています。

  「郷試」の前にも「科試」というものがあり、明代からはその前に「県試」「府試」「院試」「歳試」という学校入学試験(学校試)が設けられていて、まさにサブタイトルにある "試験地獄"ですが、その凄まじさは、本書にある「郷試」「会試」の実施手順を読むと、より実感します。
 「郷試」「会試」ともそれぞれ続けて3回試験があり、全国試験である「会試」の場合、試験前日から会場に入り、1回について2日かけて答案を作成するという作業が9日間続くので、殆ど監禁されている状態が何日も続くといった感じです。 

 試験科目が四書五経など儒学一本、それも暗記したものを書き写すのが主なので、近代化の時代と共に終わる運命にあった制度ですが、幅広い階層のほぼ誰もが受験出来て官吏への登用機会があるという点では、著者の言うようにそれなりの意義はあったと思えます。
 隋代の昔に制度化されていることを思うと尚更で、官吏養成システムである科挙は、「文民制度」の始まりとも言えるようです(著者によれば、中国で宋代以降、殆ど軍事クーデターが無かったのは、科挙による文民統治的な官僚制度が整備されていたためとのこと)。

 本書で大変面白かったのは試験や採点に纏わる説話的な話で、試験場に女の幽霊が現れて、昔自分を捨てた男が試験に集中出来ないように邪魔をするとか、試験官がたいしたことのない答案であるために落とそうとしたら「だめだ」という声が聴こえて落とせず、実はその答案を書いた男は善行の礼として若い女性から肉体提供の申し出を受けたが「だめだ」と自分に言い聞かせて勉強にうち込んだマジメな男だったとか、その逆に、いいと思って○にしたら夢に閻魔様が現れ×にしろと、そこで×をつけたが、やはりいい答案なので○に改めようとしたが×を書いた墨が落ちず結局落第させたが、その答案の主は素行の悪いことで評判の男だったことが後で判ったとか...。

 こうした話が生まれるのは、著者も考察しているように、試験が試験官の主観に左右される記述試験で、かなり"裏口"などの不正も行われていたようで、なぜあの人が落ちるのか、なぜアイツが受かるのか、みたいな話があって、そのことを「天網恢恢疎にして漏らさず」的発想(これは儒家ではなく老子)で合理化しているようにも思え、体制側から発生した面もあったかも。

 でも、そうした話が面白かった―。受験生の前に女幽霊が現れて合格を予言し、「あなたに地元の知事になってもらって自分を殺した男の罪を暴いてほしい」と言ったのが、実際その通り郷試・会試とも合格し、知事になった彼は過去の事件を暴いて女の怨みを晴らし、地元民からは名代官と言われたたとか(『聊斎志異』ではないが、何だか人間臭い幽霊譚が好きなのだなあ、中国人は)、試験に合格して喜びのあまり一時的に気の触れたヤサ男を正気に戻すために、普段彼を苛めていた乱暴者に頼んで(頼まれた男も、既に挙人となった男を乱暴に扱うことを最初は渋ったが)とりあえず一撃してもらったら正気を取り戻したとか(これは落語みたいな話)、大いに楽しめてしまいました。

 【1984年文庫化[中公文庫]/2003年再文庫化[中公文庫BIBULIO]】

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現代の官僚的組織に照らすと示唆に富む点は多いが、その前にまず読み物として面白い。

宦官―側近政治の構造.jpg 『宦官―側近政治の構造 (中公文庫BIBLIO)』 ['03年] 宦官2.jpg 『宦官―側近政治の構造 (中公新書 (7))』 ['63年]

アンリ・カルティエ=ブレッソン 宦官 1949.jpg 中国の歴史に不可視の闇のように影を落とす「宦官」―中国史の本を読んでも、宦官自体がどういうものであって、何故そうしたものが中国にいたのかということについてはあまり書かれていないことが多いですが、三田村泰助(1909‐1989)による本書は、そうした宦官という不思議な存在を知る上では、まさに「基本書」と言えるもの(1963(昭和38)年・第17回「毎日出版文化賞」受賞)。

 前半は、この「作られた第三の性」について、その起源(宦官は殷の時代からあったが、中国だけのものではなく、古代エジプトやイスラム国家にもいた)から去勢の仕方(死亡する者も多かった)や生態、後宮の管理者、官吏としての役割、その隆盛と興亡などが史料をもとに解説され、最初、刑罰としてあったものが出世の手立てとしてのものに変遷していく様が語られています。

 アンリ・カルティエ=ブレッソン 「宦官」 1949 (本書扉写真)

 この部分は、"文化人類学" 的であるとともに"中国性愛史"的要素もあって大いに興味を引かれますが、宦官は、若い頃は美貌でも、「年をとってくると、その風貌が痛ましくおどけたようになってきて、(中略)ちょうど男の仮装をした老婦人とそっくりになる」「大方のものは年をとるにしたがって肉が落ち、急激にたくさんの皺がよってくる。実際肥満しているものは少ない。40歳でも60歳くらいに見えるのはそのためである」とのこと、扉にあるカルティエ=ブレッソンの宦官を撮った写真がこれにピッタリあてはまるように思えました(しかし、楊貴妃を処刑した高力士や大遠征した鄭和は、何となくこうした"お婆さん"イメージには沿わないなあ)。

 後半は、宦官勢力が政治に大きな影響を及ぼした前漢・後漢、唐、明の3期の政治史を辿り、宦官の政治への関わり方や皇帝に及ぼした影響を解説していますが、著者が、漢の高祖が晩年の孤独の癒しを宦官に求めたことを例に、「これまでの歴史では、宦官が君主の心身を柔らかくさせるソファのような存在であったことを、不当に無視してきたきらいがある」(新書92p)と言っているのは興味深く、皇帝というのは孤独であり、それゆえに宦官に依存したり傾斜したりするのだなあと。

 しかし、大体、宦官が政治に関わりすぎると、民政はともかく権力上層部は混迷するようで、唐代に君主が2人も宦官に謀殺されていることはよく知られている通りです。
 あとがきでは、著者は、宦官を企業の秘書室に喩えていて、まあ、労働基準法的に言えば、「機密の事務を取り扱う者」といったところでしょうか、「機密事務取扱者」が直接政治に関わり始めると「側近政治」となり、ろくなことがないようです。
 宦官同士の連帯というものが共通の被差別意識により非常に強固なものであったこと、皇帝が2人も宦官に殺された唐代は、中国史においても行政機構が精緻化を1つ極めた時代であったことなどを、現代の官僚的組織に照らして考えると、示唆に富む点は多いように思いました。

 それ以前に先ず、読み物として前半・後半ともにそれぞれ極めて面白かったのですが。

 【1983年文庫化[中公文庫]/2003年再文庫化[中公文庫BIBULIO]】

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メインタイトルに呼応した"エッセイ"とサブタイトルに呼応した"論文"。

経済学的思考のセンス.jpg 『経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)』 ['05年] 大竹文雄.jpg 大竹文雄・大阪大学教授 (自身のホームページより)

 著者は、今年['08年6月]、「日本の不平等」研究で、47歳で第96回日本学士院賞を受賞した経済学者。前半部分は気軽に読める経済エッセイで、第1章では「女性はなぜ、背の高い男性を好むのか?」、「美男美女は本当に得か?」「イイ男は結婚しているのか?」といったことを、第2章では「プロ野球における戦力均衡(チームが強ければ強いほど儲かるのか?)」「プロ野球監督の能力(監督効果ランキング)」などの身近なテーマを取り上げ、俗説の真偽を統計学的に検証しています。

 「16歳の時の身長が成人してからの賃金に影響している」とか、「重役に美男美女度が高いほど企業の業績がいい」とか、統計的相関が認められるものもあるようですが、統計に含まれていない要素をも考察し、「相関関係」がイコール「因果関係」となるもではないことを示していて、どちらかと言うと、「経済学的思考」と言うより「統計学的な考え方」を示している感じがしました(こうした考え方を経済学では用いる、という意味では、「経済学的思考」に繋がるのかもしれないが)。

 個人的には、第2章の、大学教授を任期制にすべしとの論(自分自身もこの意見に今まで賛成だった)に対してその弊害を考察している部分が興味深く、任期制にすると新任者を選ぶ側が自分より劣っている者しか採用しなくなる恐れがあると(優秀な後継が入ってくると、自分の任期満了時に契約が更新されなくなると危惧するため。そんなものかも)。
 「オリンピックのメダル獲得予想がなぜ外れたか」などといった話も含め、このあたりは、「インセンティブ理論」に繋がるテーマになっています。

 第3章・第4章では、少し調子が変わって著者の専門である労働経済学の論文的な内容になり、第3章では「公的年金は"ねずみ講なのか"?(世代間扶養に問題があるのか)」「ワークシェアリングが広まらない理由」「成果主義が失敗する理由」などを考察し、年功賃金や成果主義の問題を、第4章では、所得格差の問題など論じています(年功賃金が好まれる理由を統計分析しているのが興味深い)。

 もともと別々に発表したものを新書として合体させたものであるとのことで、第1章・第2章と比べると文章が硬めで、最初はいかにも"くっつけた"という感じがしましたが、読んでいるうちに、エッセイ部分の統計学的な考え方やインセンティブ理論が考察の所々で応用されているのがわかるようになっていて、よく考えられた構成なのかもしれない...。

 但し、年功賃金、成果主義、所得格差、所得再配分、小さな政府、といったことを論じるには、少しページが不足気味で、所得格差の問題は「機会の不平等や階層が固定的な社会を前提として所得の平等化を進めるべきか、機会均等を目指して所得の不平等を気にしない社会を目指すかの意思決定の問題である」という著者の結論には賛同できますが、そこに至る考察が、要約されすぎている感じも(悪く言えば、プロセスの突っ込みが浅い)。

 本全体としては、「経済学的思考のセンス」がメインタイトル、「お金をない人を助けるには」がサブタイトルにきていることと、呼応してはいますが...。

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国境の「駆け落ち婚」の村は、今や結婚産業の町。イギリスという国の複雑さ感じさせる面も。

イギリス式結婚狂騒曲.jpg 『イギリス式結婚狂騒曲―駆け落ちは馬車に乗って (中公新書)』 プライドと偏見.jpg 映画「プライドと偏見」('05年/英)
グレトナ・グリーン.jpgGretna Green 鍛冶屋.jpg 本書によれば、18世紀イングランドでは、婚姻が成立する要件として、父母の同意や教会の牧師の前における儀式などが必要とされ、一方、隣地スコットランドでは、当事者の合意のみで成立するとされていたため、イングランドの恋人同士が結婚について親からの同意が得られそうもない場合に、イングランドからスコットランドに入ってすぐの場所にあるグレトナ・グリーン(Gretna Green)村の鍛冶屋で結婚式を挙げ、形だけでも同衾して、婚姻証明書を取得し夫婦になるという駆け落ち婚が行われたとのことで、これをグレトナ・グリーン婚と言うそうです。[写真:グレトナ・グリーンの「鍛冶屋」

Gretna Green3.jpgGretna Green.jpg  「式を挙げてしまえば勝ち」みたいなのも凄いですが、そうはさせまいと親が放った追っ手が迫る―などという状況がスリリングで、オペラや演劇の題材にもなり、19世紀まで結構こうした駆け落ち婚はあったようで、また20世紀に入ってからは、このグレトナ・グリーンは、そうした歴史から結婚産業の町となり(「鍛冶屋」と「ホテル」の本家争いの話が、商魂逞しくて面白い)、今も、多くのカップルがこの地で式を挙げるとのこと。[写真: グレトナ・グリーンのポスター写真

 グレトナ・グリーン婚にまつわる話が、近年映画化されたオースティンの『高慢と偏見』("Pride and Prejudice")などのイギリス文学や、ハーレクイン系のロマンス小説のモチーフとして、当時から今に至るまで度々登場することを著者は紹介していますが、女性が憧れるのが制服の似合う「士官タイプ」の美男子という具合にパターン化しているのが可笑しく、女性の方は金持ちの令嬢だったりし、何頭建てかの馬車を誂えて彼の地へ向かうわけで、日本の駆け落ちとはかなりイメージ差がある?

On the Way to Gretna Green.jpg 但し、『高慢と偏見』で駆け落ち婚を図る五女リディアは、旅費にも事欠く様であり、結局、彼女の駆け落ち婚は未遂に終わるのですが...(この作品の主人公は、映画でキーラ・ナイトレイが演じた次女エリザベスということになるのか。この家の姉妹が皆、将校好きなのが可笑しい)。

 あのダイアナ王妃も、こうしたロマンス小説(オースティンではなくハーレクイン系の方)を耽読したそうで、また、アメリカのロマンス小説にも『グレトナ・グリーンへの道』というのがあるとのこと。

小さな恋のメロディ.jpg  実際に今の時代に、そんな故事に憧れこの地で式を挙げる女性なんて、通俗ロマンス小説にどっぷり浸ったタイプかと思いきや、グレトナ・グリーンの「鍛冶屋」や「ホテル」を訪れるカップルは、自分たちの結婚が「恋愛結婚」であることの証しをその地に求めているようであり、まだまだイギリスでは、結婚は家と家がするものという古いイメージが残っているということなのでしょうか(映画「小さな恋のメロディ」('71年/英)なども、そうしたものからの自由を求める系譜にあるらしい)。

  また、北アイルランドのベルファストを舞台に、それぞれカトリックとプロテスタントの家の出の恋人同士が駆け落ちする小説『ふたりの世界』('73年)が紹介されていますが、この2人が式を挙げるのがグレトナ・グリーン。イギリスという国の複雑さを感じさせるものがありました。

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中南米最古の黄金遺跡の「発掘物語」&博物館建設に向けた小村の「村興し物語」。

アンデスの黄金―クントゥル・ワシの神殿発掘記.jpgアンデスの黄金―クントゥル・ワシの神殿発掘記 (中公新書)』 ['00年] 大貫 良夫.jpg 大貫良夫 氏 (東大教授・文化人類学者)

クントゥル・ワシ.jpg 南米ペルーの北部高地にある前インカ文明の遺跡クントゥル・ワシを、東大古代アンデス文明調査団(代表:大貫良夫氏)が1988年から6回にわたり発掘調査した際の記録で、こうした発掘調査にはフィールドにおける地元の住民の協力が必要不可欠(労働力供給、宿泊・食事等)なのですが、とにかく、この遺跡のある村は貧しく、村人はみな遺跡のことは知っていてもいつの時代のものかも知らず、「約30年前」のものかと思っていたというのにはビックリ。この神殿遺跡の建設はイドロ期(紀元前1100-700)に始まるため、「30年」どころか「3000年」も前のものなのだから。

 発掘開始の翌年には、遺跡から黄金の冠などの多くの金製の副葬品を伴う墓が幾つも見つかり、そうなると今度は村人たちは、村が貧しいだけに、「金が出た」と色めきたつ一方で、出土品は国や大都市が召し上げ、当の村には何一つ残らないのではないかと疑心暗鬼になり(今までの国内での遺跡発掘が常にそうであった)、調査隊への協力を躊躇する―。
 そこで、大貫代表は村人たちの信頼を得るため、この村に「宝物」を展示するための博物館を建設しようと提案し、村人に募金を募りますが、集まったのはたったの4万円。
 そこで、更に大貫氏は、出土した黄金の冠などの「宝物」を日本へ持ち帰り、そこで展覧会をやって博物館建設のための資金にする、「宝物」は必ず地元に戻し、最終的には、これから建設する「クントゥル・ワシ博物館」に置くようにすることを提案します。

クントゥル・ワシ博物館.jpg こうした村民との粘り強い交渉の過程がリアルに描かれており(村人は何事も村の集会で決議する。それにしても度々集まるのには感心)、本書は、中南米最古の黄金文明遺跡の発掘記録であり、前インカ文明についての入門解説書であるとともに、博物館の開設に至るまでの"村興し運動"の記録でもある(こちらの方が内容的なウェイトが高い?)と言えます。
 調査団メンバーだった関雄二氏も、「住民の遺跡保護に対する関心を高まることで、地域社会の成員としてのアイデンティティも高まり、同時に遺跡保護も可能になるという、興味深い結果がもたらされた」と、述べています。
「クントゥル・ワシ博物館」-国立民族学博物館HPより

 NHKのディレクターの1人が大貫氏の大学時代の山岳仲間だった関係もあって、この「発掘&村興し物語」には途中からカメラが入り、「NHKスペシャル・アンデス黄金騒動記」として、'95年1月に放映されています。

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周辺学界にこそ柳田の後継者はいた。「現代風俗研究会」もその1つ?

民俗学の熱き日々―柳田国男とその後継者たち.jpg 『民俗学の熱き日々―柳田国男とその後継者たち (中公新書)』 ['04年] 柳田国男.jpg 柳田國男

 柳田國男(1875‐1962/享年87)は、ほぼ独力で日本の民俗学を開拓し、また思想家としても後世に多大の影響を及ぼしたとされる人ですが、その個人としての業績が燦然と屹立する一方で、山口昌男が「柳田に弟子なし」と指摘したように、その影響力が誰によって引き継がれたのかが不明であるという面もあり、本書では今一度、民俗学や思想面での彼の系譜がどこに見られるのかを、文献や資料をあたって検証しています。

 柳田の幼年期の祠での神秘体験とそれに関する記述の変容などは面白い(自ら脚色している!)ものの、本全体としてはタイトルの割には地味で、読んでいて柳田の学界内での保守的な姿勢を知るにつれ柳田が嫌いになりそうな気もし、山口昌男も指摘したように、彼は、分野を異にする「異邦人」を歓待する一方で傘下の弟子に「危険な遊戯」を禁じた(つまり、彼自身の学究分野や学説を超えることを禁じた)、その結果、独創的な継承者が育たなかったということのようです。

 但し、本書で「周辺の人々」「読者群像」として紹介されている、彼の人物や書物に触れて大きな影響を受けた人の中には、「周辺の人々」として今西錦司(1902‐92)、貝塚茂樹(1904‐87)、梅棹忠夫(1920‐)らがおり、「読者群像」として桑原武夫(1904‐88)、中野重治(1902‐79)、花田清輝(1909‐74)などがいて、そのビッグネームの連なりとジャンルの幅広さに改めて驚かされます。

 柳田の本に刺激されてニホンオオカミの絶滅に関する伝聞を地方に聞いて回った今西錦司の初期の仕事は、殆ど民俗学者のそれであり、今西は後に、『遠野物語』を自在に論考し、独自の生態学理論を打ち出すのですが、その今西から『遠野物語』を借りて読み、今西より遥かに早くそれについて言及したのが、仏文学者の桑原武夫だったとか、こうした柳田を軸に交錯した関係が興味深く、結局、著者の言わんとしているのは、柳田の影響は民俗学と言う分野だけでなく、むしろ周辺学界に大きな影響を与え、強いて言えば、それらの人々が「後継者」だということのようです。

 そう言えば、「現代風俗研究会」というのがあって、初代会長が桑原武夫、第2代会長は仏文学者・社会学者の多田道太郎(1924-2007)で、なぜフランス文学者が「風俗研究」なのかという不思議さもありましたが、何となく解ったような...。
 本書の著者の父親で、哲学者・評論家でマンガ評論でも知られてる鶴見俊輔氏も「現代風俗研究会」の草創期からのメンバーです。

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「アフリカを行く」と言うより、アフリカに「野生動物を撮りに行く」。撮影と"狩り"は似てる。

カラー版 アフリカを行く.jpg 『カラー版 アフリカを行く (中公新書)』 ['02年]

アフリカを行く.jpg 本書にはアフリカの野生動物の、まさに野生で生きるままの姿を撮った写真が満載されていますが、著者は、もともと映画や本などを通して、アフリカの自然への憧憬を抱き、動物を描くイラストレーターを目指していたとのことで、写真家になってからも30年にわたりアフリカの自然を撮り続けている人です。

 文章がしっかりしていて、アフリカで野生動物と出くわした時の緊張感や、弱肉強食の世界を目の当たりにした時の衝撃、動物写真を撮るときの苦労などがよく伝わってきます。
 根底に古典的な「サファリ(狩猟)」感覚を感じるのは、著者が「ハタリ!」('61年)などの映画に影響を受けたことを告白しているせいもあるでしょうが、撮影というものが"狩り"とプロセスにおいて殆ど変わらないものであるからではないでしょうか(少なくとも、本書を読むとそう感じられる)。

 ビクトリア瀑布などの大自然、多様な現地部族、都市部の瀟洒な生活なども紹介されていますが、やはりメインは野生動物であり、撮影もケニアやタンザニアなどの自然公園でのものが主なので、書名から、アフリカ各地の歴史・地誌・文化を巡る旅を想起した人には、肩透かしのものとなっているかも知れません(写真集としても、新書版なので、野生動物写真を収めるにはちょっと迫力不足かも)。

カバ大集合.jpg NHKの「ダーウィンが来た!」で、アフリカで川が干上がり、僅かに残った水場に多数のカバが殺到した様子を撮った「壮絶1200頭!カバ大集合」というのを見て、"集合"と言うより、水場にカバを"敷き詰めた"みたいな感じでなかなか凄かったですが、どこかで見聞きしたことがあったなあと思ったら、この本の中であったことを思い出し、久しぶりに取り出してみた次第。
 NHKの番組ホームページ(撮影の裏話が面白い)で調べたら、撮影場所はタンザニアのカタビで、本書での撮影場所は、ボツワナのオカヴァンコ・デルタ、カタビは世界最大のカバ集合地、オカヴァンコ・デルタは世界最大の内陸デルタ地帯だそうです。

NHK「ダーウィンが来た!生きもの新伝説」'08年4月放送:「壮絶1200頭!カバ大集合」

 本書にもある、オカヴァンコ・デルタをモコロ(丸木舟)で行く旅は、地元の観光ツアー・コースになっていて、探検気分を味わいたい人には人気のようです(あまり、野生動物の生態に影響が出なければいいが)。

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日米のサポートに対する根本的な取り組み姿勢、発想の違いを痛感。

学習障害(LD)―理解とサポートのために.jpg 『学習障害(LD)―理解とサポートのために (中公新書)』['02年] アメリカ障害児教育の魅力―親が見て肌で感じた.jpg 佐藤恵利子 『アメリカ障害児教育の魅力―親が見て肌で感じた』 ['98年/学苑社]

学習障害.jpg 学習障害の子供に対する教育面でのサポートのあり方について書かれた本で、著者は障害児教育の専門家で、公立学校での教職経験もあり、またUCLAで教鞭をとったこともある人で、とりわけアメリカで行われている障害児教育の様々な取り組みが本書では紹介されています。

 以前に、『アメリカ障害児教育の魅力-親が見て肌で感じた』('98年/学苑社)という、自閉症の我が子を連れてアメリカに行き、ウィスコンシン州の地元の特殊学級で学ばせた佐藤恵利子さんという人の体験記を読み、日米の障害児教育の差に愕然としましたが、たまたま行ったところがそのような手厚いケアをする学校だったのではという思いもあったものの、本書を読むと、根本的にアメリカと日本では、障害児教育への取り組み方が違うように思えました。

 日本では、まず児童を学習障害の有る無しで区分し、障害のある子に特殊教育を施すという考え方ですが(結果として、「普通学級」に入れることが目的化しがちである)、アメリカでは、教科や学習内容ごとの得手不得手によって区分し、その子の不得手な教科について特殊教育を行うという考え方であり、学校の中にそうした「リソースルーム」という特殊学級があって、ある教科についての特別な教育的ニーズのある子は、その時間帯だけ、そこで授業を受ける―というのが、一般的なシステムのようです。

 一見、日本の「通級」システムと似ていますが、言語障害、情緒障害などのカテゴリー別の設置ではなく、あくまでもその科目を学習するのに困難を感じている子が利用できるものであり、校内に設置されている比率も日本とは全然違うし、そこで教えているのは障害児教育の資格を持った複数の教師であり、「リソースルーム」を巡回する教師も複数配置されていて、外部の専門家と連携してサポートを受けるようなシステムもあるということです。

 日本でも学習障害児に対するサポート体制は徐々に整いつつあるかと思われますが、根本的に、画一的教育というのが伝統的な日本の教育スタイルであっただけに、本書を読むと、その辺から発想の転換が求められるような気がし、但し、また、こうしたことを実現するには、行政レベルでの人的資源の投下が必要であるように思いました。

 学習障害の入門書としても読めなくはありませんが、サバン症候群などについてはそれほどの頻度で見られるものでもなく、むしろ、そうしたある分野について特殊な能力に恵まれている「ギフテッド」と呼ばれる子供たちを、どう社会に活かすかということをアメリカという国は考えていて、そのことが、子供たち個々のニーズに沿った教育をするという意味で、「リソースルーム」と同じ発想にある点に注目すべきでしょう。

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普段何気なく使っている漢字にこんな意味が込められていたのかとビックリ。

漢字百話.jpg              漢字百話2.jpg           白川 静.jpg 
漢字百話 (中公新書 (500))』['78年]『漢字百話 (中公文庫BIBLIO)』['02年]白川 静 (1910‐2006/享年96)

 漢字の成り立ちについて10章×10話に纏めたもので、「百話」と言うより「百講」に近いですが、1話ごとにさらに幾つもの漢字の起源が紹介されていて、その数は膨大です(索引が欲しかった気もする)。
 しかし、単なる項目主義ではなく、漢字の成り立ちが「記号」「象徴」「宗教」「霊」「字形」「字音・字義」などといった観点から体系的に説明されているため、漢字学に学術的に迫りたい人をも満足させるものとなっています。

 一方で、雑学的関心でただただ"日めくりカレンダー"的に読んでも楽しい本で(自分はどちらかと言うとこの読み方)、末尾では漢字教育のあり方や漢字の将来についても論じていますが、個人的には、漢字の起源を呪術や宗教、霊との関連で説明した部分が興味深く、普段何気なく使っている漢字にこんな意味が込められていたのかとビックリさせられました。

 漢字のもとにあった金文や甲骨文字などの象形文字を、単なる図形でなく、シンボルとして捉えているのが白川漢字学の特徴と言えるかも―。

 「字」は家の中にいる子を表すが、この家は廟屋であり、氏族の子が祖霊に謁見し、生育の可否について承認を受ける儀礼を意味し、その時に幼名がつけられるので、字はアザナであるとのこと。

 「告」は、牛が人に何事か訴えかけるために口をすり寄せている形だとされているが、この字の上部は木の枝(榊)を表し、「口」はそれに繋げられた祝詞を入れる器を表すことから、神に告げ訴えることであるとのこと。

 かつて見る行為は呪術的なものであり、呪力を強めるために目の上を彩ったところから「眉」の字があり、呪術をなす巫女は「媚」と呼ばれ、戦さで敵方に勝つと、呪能を封じるため敵方の巫女は戈(ホコ)で殺され、それが軽蔑の「蔑」という字(上部は眉を表す)、「道」は異族の首を携えて往くことを意味するとのこと。

 「新」は斤(オノ)で切った木に辛(ハリ)が打ち込まれたもので、これを見ている形が「親」だが、この木は位牌を作るための神木で、これを見ているのは親を失ってこれを祀る子であるはずとのこと(この辺りの解釈が、いかにもこの人らしい)。

 こうした話が、ぎっちり詰まった本。最近では、『白川静さんに学ぶ漢字は楽しい』、『白川静さんに学ぶ漢字は怖い』('06年・'07年/共同通信社))といった本なども出版されていて、没後まだまだ続く「白川漢字学」ブームといったところですが、それらの本のソースも、大体この本に収められています。

【2002年文庫化[中公文庫BIBLIO]】

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ネロの生涯は「アグリッピナ・コンプレックス」との闘いだったという印象を持った。

ネロ暴君誕生の条件.jpgネロ―暴君誕生の条件 (中公新書 144)』['67年]Nero Claudius Drusus Germanicus.jpgNero (紀元37‐68/享年30)

 西洋史学者の秀村欣二(1912‐1997、東大名誉教授)が本書で描く"ネロ"像は、彼が"暴君"であったことを否定するものではありませんが、かなり彼に同情的な面もあるかも。

Agrippina with Nero.jpg 本書を読むと、母アグリッピナというのが(息子ネロに刺客を向けられ、「ここを突いて、さあ。ここからネロは生まれたのだから」と下腹を突き出したことで知られる)、これが美人だがかなりドロドロした女性で、叔父にあたる皇帝クラウディウスとの不倫関係を経て妃の座に就き、その夫を毒殺してネロを皇帝にしたわけで、それまでにも権謀術数の限りを尽くしてライバルを排除してきていて、結局そうした血はそのままネロに引き継がれたという感じです。
ネロ母子 (Agrippina with Nero)

 アグリッピナは息子ネロに対し愛人のように振舞うことで彼を操縦しようとしたから、これではネロもたまらない。母子相姦だったとの説もあるものの、最終的に母を拒絶すると、彼女はネロの義兄弟を帝位に就かせようと画策しますが、ネロはこれを謀殺、もうグチャグチャという感じで、妻をとっかえひっかえして、その度に前妻を駆逐したり謀殺したりする彼の行動には、エディプス・コンプレックスが強く滲んでいるように思え、結局、最後は母アグリッピナの殺害に至る―。

 ただ、ネロの統治の最初5年間ぐらいは評価されるべき部分もあると著者は言い、治世の面でも母親との確執はあったものの、政治家としての思い切りの良さなどはあったみたいです(補佐したセネカが、アレキサンダー大王を補佐したアリストテレスほどの大哲人ではなく、アグリッピナの顔色も窺いながらネロを助けていたようで、むしろこの中途半端さの方がイマイチだが)。

ルカ・ジョルダーノ「セネカの死」(1684-1685)/ピーテル・パウル・ルーベンス「セネカの死」(1612-1615)
ルーベンス - セネカの死.jpgジョルダーノ『セネカの死』.jpg ネロ自身は、母を亡き者にし、その呪縛から解かれたように見えたかのようでしたが、新たに迎えた妻の尻に敷かれたりしているうちに性的にもおかしくなって、美少年と結婚式を挙げたりし(周囲が「子宝」に恵まれるよう祝福の言葉を贈ったというのが、恐怖政治におけるブラック・ユーモアとでも言うべきか)、ローマ市民の歓心を得られると思ってやったキリスト教迫害においてその残忍性をむき出しにしたことで却って人心は離れ、母親殺しで兄弟殺しや妻殺しもやっていて、さらに師をも殺した者が帝位にいるのはおかしいと(セネカも自殺を命じられ、彼の非業の死はルネサンス期に多くの画家の作品モチーフとなった)周囲の反発から反乱が起き、遂にネロ自身が自死せざるを得ない状況に陥りますが、死を前にしてなかなか死にきれないでいるところなど、何だか人間味を感じてしまい、自業自得でありながらも妙に哀しかったです。

 著者に言わせれば、「英雄と暴君は紙一重」ということで(殺した人間の数ではアレキサンダーに比べればネロの方がずっと少ないという見方も)、暴君(タイラント)の語源が僭主(非合法に政権を奪取した者)に由来することからすれば多くの英雄がタイラントであり、ネロも"有能な独裁者"、ある種の英雄ではなかったかと(しかし、後世には、元首失格者・人間失格者として、ネガティブな意味での"暴君"像のみが浸透している)。

 個人的には、ネロの生涯はエディプス・コンプレックス(父親不在で母親の方が子離れ出来ないこのタイプを「アグリッピナ・コンプレックス」と呼ぶそうだが)との闘いだったという印象を強く抱き、何となく神話的人物に近いイメージを持ちましたが、本書に書かれていることは、タキトゥスの「年代記」や海外の研究などをもとに著者が概ね客観的立場から述べたものであり、神話や伝説の類ではなく史実であるということでしょう。

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努めて冷静に捕虜生活をふりえることで、記録文学的な効果と重み。

アーロン収容所 西欧ヒューマニズムの限界.jpg アーロン収容所 西欧ヒューマニズムの限界.jpg                 アーロン収容所.jpg
アーロン収容所―西欧ヒューマニズムの限界 (中公新書 (3))』 ['62年]/『アーロン収容所 (中公文庫)』 ['72年]

 著者が終戦直後から1年9カ月を、ビルマで英軍捕虜として送った際のことを記したものですが、本書を読んで一番印象に残るのは、捕虜である日本兵(著者)が掃除のために英軍の女性兵士の部屋に入ったところ、女性兵士がたまたま裸でいても、こちらの存在を気にかけないでそのままでいるという場面ではないかと思います(ドアをノックすることを禁じられていたが、それは信頼されているからではなく無視されているからだった)。
 また、暴力こそ振るわないけれども捕虜を家畜のように扱う英軍に、牧畜民族としての歴史を持つ西欧人の、牧畜様式の捕虜への当て嵌めを著者が見出だすところも、ゾッとするものがありました。

 このような英軍の仕打ちの背景には、日本軍の英国人捕虜虐待に対する復讐としての面もありますが、復讐のやり方が、肉体的に痛めつけつけるよりも徹底的に人間としての尊厳を奪う精神的復讐となっているのが特徴的。
 一方で、親しい英軍士官に「戦争して悪かった。これからは仲良くしよう」と言うと、「君は奴隷か。自分の国を正しいと思って戦ったのではないか」、こんな相手と戦って死んだならば戦友が浮かばれないと不機嫌になったということで、その士官は騎士道精神を抱きつつ武士道精神に敬意を払ってるわけで、それに較べて日本人の変わり身の早さが気恥ずかしく思えてくる―この場面も印象的。

 こうした日本人の終戦による価値観の喪失(または、元来の個人の価値観の希薄さ)は、捕虜生活が続くと結局、戦争中の上下関係は消え、物品をどこからか調達することに長けている者が幅を利かせるようになったりすることにも現れているように思え、この辺は、大岡昇平の『俘虜記』などにも通じる記述があったかと思います。
 但し、すべてネガティブに捉えられるべきものでもなく、確かに、盗んだ素材を巧妙に加工し実用に供することにかけては、本書にある日本人捕虜たちは皆、逞しいほどだと言っていいぐらいです。

 読み直してみて、努めて冷静に当時を振り返っているように思え、歴史家としての考察を交えながらもあくまで事実を主体として書いており、更に時に意図的な(?)ユーモアを交えた記述も窺え(著者はその後約15年を経て40代後半になっているわけだから、相当の冷却期間はあったと見るべきか)、それらが記録文学的な効果を生み、却って当時の屈辱や望郷の念がよく伝わってきます。

 また、当時収容所内外にいたビルマ人、ネパール人、インド人などのこともよく書かれていることに改めて気づき、それぞれの行動パターンに民族の特徴が出ているのが面白く(その中でもまたある面では、個々人の振舞い方が異なるのだが)、「アジアは一つ」とか言っても、なかなかこれはこれで難しいなあと。

会田雄次(あいだゆうじ).jpg 著者はマキャベリ研究の大家であり、晩年はちょっと意固地な保守派論客という感じで馴染めない部分もありましたが、本書はやはり優れた著作だと思います。
 本書を「子どもっぽい愚痴だらけ」と評したイギリス贔屓の人もいましたが、自分が同じ体験をしたら、やはり西欧人を見る眼も全く違ったものになるだろうと、そう思わせるような強烈な体験が描かれた本です。

会田雄次 (1916‐1997/享年81)
【1973年文庫化[文春文庫]】

《読書MEMO》
●「その日、私は部屋に入り掃除をしようとしておどろいた。一人の女が全裸で鏡の前に立って髪をすいていたからである。ドアの音にうしろをふりむいたが、日本兵であることを知るとそのまま何事もなかったようにまた髪をくしけずりはじめた。部屋には二、三の女がいて、寝台に横になりながら『ライフ』か何かを読んでいる。なんの変化もおこらない。私はそのまま部屋を掃除し、床をふいた。裸の女は髪をすき終ると下着をつけ、そのまま寝台に横になってタバコを吸いはじめた。
 入って来たのがもし白人だったら、女たちはかなきり声をあげ大変な騒ぎになったことと思われる。しかし日本人だったので、彼女らはまったくその存在を無視していたのである」(新書39p)

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学者の対談に一般人が加わる試み。「手話」や「双生児」を通して探る脳の話が興味深い。

カフェ・デ・サイエンス.jpg遺伝子・脳・言語.jpg 『遺伝子・脳・言語―サイエンス・カフェの愉しみ (中公新書 1887)』 ['07年]

 武田計測先端知財団が主催した「カフェ・デ・サイエンス」という、一般の人々が科学者と一緒に、科学的テーマを日常的な言葉で考える企画で、遺伝子研究の堀田凱樹氏と脳研究の酒田邦嘉氏を構師(対談者)として6回にわたって行われたものを本にしたもの。テーマは「脳」。

 第1回、第2回は、脳と遺伝子や環境との関係、脳と言語の関係、というテーマで講義が進められ、一般参加者が質問をしていくのですが、何だか質問の方向性やレベルがバラバラで、1つ1つのQ&Aは面白いことは面白いのですが、こんな「ぱらぱら」した感じで進んでいくのかなあと...(結構、こういうカフェに参加する人は、科学番組とか見ているんだろうなあと思わせるような、そんな"仕入れネタ"的質問が多かった)。

双生児の脳科学.jpg手話の脳科学.jpg そしたら、第3回で手話通訳者をゲストに迎え「手話の脳科学(脳と言語の関係)」を、第4回では一卵性双生児の学者の卵を迎え「双生児の脳科学(脳と遺伝子や環境との関係)」を、それぞれテーマとし実証的に(実例的に)討議していて、対象が絞れた分、内容も締まったという感じ。
                 
脳が生みだす科学.jpg脳とコンピューター.jpg 第5回では「脳とコンピュータ」というテーマで、フランス人のチェスの元日本チャンピオンを招いていますが、この辺りからどんどん参加者が質問するだけでなく活発に議論に参加するようになり、最終回では堀田・酒田両氏もファシリテーター的立場になっていて、司会をした財団のコーディネーターの方も、カフェの理想に近かったと自画自賛していますが、最後でまた、ややバラけた印象も。

 堀田・酒田両氏の話は、最先端の研究成果が盛り込まれている一方で、脳科学の本を何冊か読んでいる人には復習的部分も多かったのではないかとも思われますが、身近な話題を織り込んでいて気軽に読める点はいいと思いました。

 遺伝子学者の堀田氏は、昔"ラジオ少年"で、生物が苦手のまま医学部へ進み平滑筋の電気生理学など研究をしていたのが、もともと脳に興味があり、脳を知るには遺伝子を知らねばという思いからショウジョウバエの染色体研究へ転身したそうですが、そうした来歴が脳に関する話の内容にも現れていたと思いました。

 個人的には、手話のところで出た右利き・左利きのろう者の話や、双生児たち自身がシンクロニシティ経験の有無について語る部分などが特に興味深かったです。

 ゲストで招かれた双生児2人の出身校・東大附属中学には、脳研究の一環として双生児を"追跡"研究するための「双生児特別枠」が50年以上前からあるそうですが、初めて知りました。

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円熟期の湯川博士が科学の未来や宗教と科学について語る―「科学」と「老荘」の対談。

人間にとって科学とはなにか.jpg人間にとって科学とはなにか (中公新書132)』['67年] 湯川秀樹.jpg 湯川秀樹 (1907-1981/享年74)『J-46 人間にとって科学とはなにか (中公クラシックス)』['12年]

人間にとって科学とはなにかc.bmp 湯川秀樹60歳、梅棹忠夫47歳頃の対談。物理学者と人類学者でかなり面持ちが異なる「大家」のとりあわせのようですが、梅棹忠夫氏は生物学から入って人類学に転じた人で、湯川氏も生物学への関心が高く、生物学と物理学の融合といった統一科学的な話にすんなり入り、科学と価値体系やヒューマニズとの関係の問題、宗教と科学の問題や、科学の未来はどうなるかといった話に、高い密度を保ったまま拡がっていきます。

 NHKのフィルムアーカイブで最晩年の湯川氏が世界平和を訴えているのを見たことがありますが、さすがに老いたという感じで(一応まだ70代前半なのだが、この人晩年は多病だった)、それに比べて、この対談の頃は、抽象的な問題を分かり易く論理的に説明したかと思うと、いきなり禅問答みたいにジャンプしたりして、それでいて、そのジャンプ先が元のテーマとしっかり繋がっており、こうした大きなテーマを扱うに相応しい、「知の巨人」ぶりを見せつけてくれます。

KAWADE夢ムック 梅棹忠夫.jpg 一方、この大科学者に伍する形であらゆるところからテーマを引っぱってくる梅棹氏も凄いけれども、やはり年齢差もあって、話しながらも基本的には聞き手であるといった感じがし、但し、京都学派の先達と後輩ということもあって知的土壌での共通項があるのか波長が合う感じがし、時々2人とも京都弁になるなどして読む側に対しても親近感を感じさせます。 『梅棹忠夫---地球時代の知の巨人 (文藝別冊)

 とは言え、碩学の2人の話は難しい部分もあり、禅問答のような部分まで含めて自分に全部出来たか、心もとなさも残りましたが、湯川氏が、「知」の世界に人でありながら「知」を否定する老荘思想との結びつきが強い自分というものを対象化して語っているのが興味深く、対談の終わりに行くほど老荘的な厭世的気分が発言に滲み出ているのを感じました。

はじめての超ひも理論.jpg 個人的にも、例えば最近の本で『はじめての"超ひも理論"―宇宙・力・時間の謎を解く』('05年/講談社現代新書)などを読むと、超ひも理論から導き出される多元宇宙論では、今我々がいる宇宙は50番目の宇宙で、このあと51番目があるか無いかはわからないという説が述べられていて、何だかますます「江月照らし 松風吹く 永夜清宵 何の所為ぞ」(意味は本書参照)という気分になっていたところです。
はじめての〈超ひも理論〉 (講談社現代新書)

 虚しいけれども、そうした虚無と日常的に向き合う物理科学者の葛藤は、常人の比ではないのかも。「神を持たない宗教」とも言える老荘思想に湯川氏が惹かれるのもわかるような気がしますが、湯川氏自身はこの対談を、自分たちを出汁(ダシ)にして「科学」と「老荘」が対談していたのではなかったか、と振り返っています。

《読書MEMO》
●湯川:量子論をつくりだした物理学者マックス・プランクが、繰り返し使った言葉に、「人間からの離脱」というのがある(5p)
●湯川:老子の最初に「道の道とすべきは常の道にあらず」とあるが、これを曲解すれば(あるいは正解かも知れないが)、20世紀の物理によくあてはまる(8p)
●湯川:物質とかエネルギーとかいう概念に入っていないものとして、重要なものがいろいろある。中でも、従来の物理学の領域に比較的近接しているもの、一番つながりがありそうなものは「情報」だ(17p)
●梅棹:(情報とは)可能性の選択的指定作用のこと(18p)情報というものの性質で一つ大事なことは、ジェネレーティブ generative だということ(生みだす力)(30p)。
●梅棹:科学は、一種の自己拡散の原理。自分自身をどこかへ拡散させてしまう。自分自身を臼のようなものの中に入れて、杵でこなごなに砕いて粒子にしてしまう。それを天空に向って宇宙にばらまくような、そういう作業(95p)
●梅棹:科学の直接の応用を問題にするのだとすれば、科学は本質的に無意味なものだという答を出さざるを得ないことになりかねない(98p)
●湯川:科学者をつき動かしているのは、これは、やはり執念(103p)
●湯川:科学はつねにわからんことを前提にして成り立っている。宗教は、原則としてわからんことがない。科学というのは常に疑惑にみちた思想の体系(.128p)
●湯川:生命の流れの中で、エネルギーを己の存在する一点に集積することで永劫の未来をとりこむ(=当為)、「当為」の方向→現在の時点でのエネルギーのピークをつくる(生命ボルテージを上げる)、「認識」の方向→ピークを両側にならす(生命ボルテージを下げる)。「認識」は科学の本質(.135p)
●湯川:「当為」は自己凝縮の原理、「認識」は自己拡散の原理(.136p)
●湯川:生き方の問題というのは主観の問題か、客観の問題か、難しい。人間は社会的な存在、主観だけですむかどうか知らないが、最後は主観が勝つのじゃないかと思う。心理的なものの方が強い。そこに一種の「絶対」が出てくる(.152p)

【2012年再新書化[中公クラシックス]】

梅棹 忠夫2.bmp  梅棹 忠夫3.bmp  梅棹 忠夫(うめさお ただお)2010年7月3日、老衰のため死去。90歳。

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戦国はヨーロッパ流の「食うか食われるか」の時代。マキャベリズムの実践者だった信長と秀吉。

敗者の条件2.jpg敗者の条件 改版 (中公文庫 あ 1-5)』文春文庫['07年改版版]敗者の条件.jpg敗者の条件―戦国時代を考える (中公新書 (62))』['65年] 
 
会田雄次(あいだゆうじ).jpg 西洋史学者・会田雄次(1916‐1997)が書いた日本史の本で、晩年は右派の論客として鳴らした人ですが、学者としても40代で既に専門分野の枠を超えていた?
 でも何故、イタリア・ルネッサンスの専門家が日本の戦国武将のことを書くのか?

会田雄次 (1916‐1997/享年81)

アーロン収容所.jpg そのあたり、まず、『アーロン収容所』('62年/中公新書)にもあった自身の英軍捕虜体験の一端が本書でも紹介されていて、それは、英国人が、死刑判決を受けた日本人戦犯に対し、恩赦が下るという偽の噂を流して生きる望みを抱きかけたところで処刑を行うというもので、肉体だけでなく精神まで破壊しないと復讐をしたという気にはなれないという英国人(ヨーロッパ人)の、日本人には見られない復讐心の強さ、あるいは競争心の強さなどを指摘しています。

 著者の専門であるルネッサンス期のイタリアは、こうしたヨーロッパ人気質が最も顕著に現れた時代であり、小国乱立の中、芸術・文化の繁栄と権謀術数の渦巻く政治が併存していたのですが、ヨーロッパ史全体を俯瞰すればこうした状況の方がむしろ常態であり、それに比べると日本の歴史はぬるま湯のような時代が殆どを占める、その中で戦国時代というのは、ちょっと油断をすれば寝首を掻かれる特異な時代で、この時代に限れば、ヨーロッパ流の「食うか食われるか」という時代だったと。

 こうした観点のもとに、歴史の敗者となった人物が、どこでどういう過ちを犯してそうなったのかを、斎藤道三、武田信玄・勝頼、蒲生氏郷、松永秀久などの辿った道を追いながら検証していますが、彼らに共通するのは、肉親に対する思い入れや自分に対する過信、敵に対する見くびりなどが、ここ一番という時の判断を狂わせ、それが身の破滅に繋がったとしているとのことで、一方で、織田信長や豊臣秀吉など、世が平和であれば異常者とされたり卑賤とされたりするような人物が戦国の世において覇権を握ったのは、従来の日本人(あるいは武将)の価値規範や因習にとらわれず、また、ここぞという時に決断し、躊躇せず実行に移すだけの胆力があったという、その人間的器の違いに尽きるということのようです。

 信長や秀吉のしたことの中には、常軌を逸した非人道的な事柄も少なくありませんが、その行動指針は、著者が指摘するように、マキャベリの君主論に見事に重なっているように思え(例えば「一度叛いた人間には、けして最終的に信を置くな」といった法則)、途中で挿入されているヨーロッパ史上のやり手の君主の話や油断して殺された側の話が、これら日本の武将たちの明暗とダブり、より説得力をもって「敗者」と「勝者」の違いが理解できます。

 戦国モノなので、読んで面白いということが先ずありますが、1つ1つの史料に対してその真偽を吟味している点では歴史家のスタイルを保ちながら、本書で展開されている趣旨の中核部分が、ある種の精神論であるというのも興味深いです。

 【1983年文庫化・2007年改版[中公文庫]】

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検察官の仕事を如実に伝えるが、「国民の期待に応える」ということで考えさせられる点も。

ドキュメント検察官 揺れ動く「正義」.jpg 『ドキュメント検察官―揺れ動く「正義」 (中公新書)』 〔'06年〕

東京地検特捜部.jpg 「検察」と言えば政官界汚職事件などの不正に鋭く切り込んで脚光を浴びる"特捜部"をすぐイメージしがちですが、本書では、それだけでなく全国の地検などに取材し、我々が普段接することのない検察官の仕事の全貌を如実に伝えてくれています。

 そこには、"「秋霜烈日」の理想を胸に"と帯にあるように、犯罪被害者の代理人的立場で、彼らの無念を晴らそうと捜査に奔走する「正義」の実践者の姿もあれば、裁判員制度の施行に向けて、迅速で解りやすい審理のあり方を模索する姿、更には死刑執行の立会いにおいて(これも検察官の仕事)、これは国家による殺人ではないかと悩む姿などが見られます。
 捜査だけが彼らの仕事ではなく、選抜された幹部(候補)は、法務省において、法案の根回しといった国会対策や司法行政に絡む仕事もしているのです。

 検察が告訴した事件の99.9%が有罪となっていて、日本におけるこの数字は諸外国と比べても飛び抜けて高いとのことで、これは検察の優秀さ、確実に有罪であるとの見通しが無ければ告訴しないという慎重さの現れだと思いますが、一方で、裁判が始まると、あらかじめ想定した判決から遡及して事件を組み立ててしまう怖れもあるのではないかという気もしました。

 犯罪被害者が自らの無念を晴らそうとする際に、検事に期待するしかないという状況もあるかと思いますが、検事も被害者たちの期待に応えるべく奮闘するという図式がそこにはあり、その結果「遺族感情」と「正義」がダブってしまう―、このことが、政治的・社会的事件においても敷衍されていて、国民感情によって検察が積極的に動いたり、或いは消極的だったりすることがあるのではないかと、個人的には思いました(副題に"揺れ動く「正義」とあるが、これは、検察は今まで自らが信じてきた「正義」に則って行動してきたが、これからはそれだけでは国民の支持・理解は得られないのでは、という意味で使われているようだが...)。"

 中公新書の『ドキュメント弁護士』('00年)、『ドキュメント裁判官』('02年)に続く読売新聞連載シリーズの新書化で、前作から4年をぶりの刊行ということからも「検察」を取材することの大変さが窺えますが、1回に2,3の話を盛り込んだ連載をほぼ焼き写して新書化しているため、カバーしている領域は広いが、1冊の本として読んだ際に"細切れ感"が拭えないのが残念。

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