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オーソドックスかつ普遍的な内容。読み流すのではなく実践の書として読むべき本。

ベイシック・マネジャー.jpgベイシック・マネジャー1984.jpg ベイシック・マネジャー2.jpg
ベイシック・マネジャー: 部下の動きを働きに変えるリーダーシップ』['84年]

 1983年原著(Back-to-basics Management: Lost Craft of Leadership)刊行の本書の訳者はしがきによれば、80年代後半にアメリカ経済を蘇らせた、この自信と回復のポイントは、一時的な流行を追いかけることに狂奔せず、温故知新を真面目に行い、基本に立ち戻る精神の作興であり、こうしたアメリカのマネジメントを蘇生させた原点回帰運動の基本的宣言であり、実践的指南書が本書『ベイシック・マネジャー』であるとのことです。本書は、コミュニケーションを基軸としたリーダーシップの復活を熱っぽく説いて、マネジメントとして古くて新しい真理の現実的展開法と領域の第一歩を丁寧に手ほどきしたものであるとのことです。

 第1章では、ベイシック・マネジメントとは何か、ベイシック・マネジャーの特質を述べています。そして、その特質は以下のようになるとしています。
 1.自分自身を知っている。
 2.物事をやり遂げることに関してエキスパートである。
 3.時間の管理と自己管理にたけている。
 4.管理の最高の用具としてのコミュニケーションの利用価値を理解している。
 5.対人関係技術に優れている。
 6.創造的かつ革新的である。そしてグループ全体のやる気を盛り上げ、その創造的成果を活用する法を知っている。
 7.仕事を委譲して成功させる法を心得ている。
 8.影響力のある監督者になる法を知っている。

 第2章では、ベイシック・マネジメントに必要不可欠なものとして、人の話を創造的に聴く技術を挙げ、人の話を効果的に聴く能力をアップする方法や、話し手に対して注意を払ったり、相手の話の方向づけをする技術について解説し、さらに、相手への質問は控えめにすべきだとして、話し手の言い分を反映し、話し手に反応を示す技術や、反映的な聴き方以外の方法を紹介しています。

 第3章では、意思決定のしかたについて述べています。意思決定においてはまず「現地に見合った地図をつくる」ことが重要であるとし、「現地」とは何か、「地図」とは何か、判断のルールはどのようなもので、意思決定の実行はどのようになされるべきか、上司、他のマネジャー、部下に対するコミュニケーションはどうすればうまくいくかをそれぞれ解説しています。

 第4章では、変革を管理するための鍵となることについて述べています。また、マネジャー・リーダーはまず自分が変革を試みなければならないとし、変革に部下を巻き込むにはどうすればよいかを解説しています。

 第5章では、部下にやる気を起こさせるにはどうすればよいかを述べています。ここではマズローの欲求段階説を引いて欲求とモチベーションについて解説し、部下をやる気をさせる言葉や、やる気を起させるタイミング、「相手からいちばん良いものを引き出す」ためのマネジメントなどについて述べています。

 第6章では、時間をどう管理すべきかを述べています。ここでは、集中力を増すためのヒントや知識と経験の力、自己の時間管理法を高める方法について述べています。

 第7章では、権限移譲をどうマネジメントするかを述べています。権限移譲における"すべきこと""してはならないこと"は何か、権限移譲のやり方の計画や、権限移譲を成功させる要素などについて解説しています。

 第8章では、リーダーシップについて述べています。社会状況の変化に応じて、リーダーシップのあり方も変化するとして、その趨勢を分析し、これからの時代にどのようなリーダーシップが求められるかを考察しています。

 第9章では、コミュニケーションにおけるボディ・ランゲージの役割について述べ、基本的なボディ・ランゲージの数々について解説しています。

 第10章では、効果的に部下に指導するにはどうすればよいか、部下を訓練・指導する際のプロセスと障害、コミュニケーションと学習の方法などについて解説しています。

 第11章では、コミュニケーションの技術について述べています。コミュニケーションの技術に磨きをかけ、相手を言葉で説得できるようにするにはどうすればよいか、書く技術として求められるものは何か、ミーティングをもっとうまく利用するにはどうすればよいか、ディスカッションの進め方などについて述べています。

 第12章では、目標設定のマネジメントについて述べています。ここでは、目標設定の重要性を説くとともに、効果をあげる目標を立て、部下たちが従うことのできる計画を立てるこにはどうすればよいかを指南しています。

 ベイシック・マネジメントとは何か。著者らは、
・それは第一に「マネジメントを一つの手腕として掌握することである。実践とと現場で鍛え磨くアートとしてとらえることである」
・そして第二に、「人間各個人こそ、いかなる組織においても最も貴重な資産であるという人間尊重の理念をトコトンからだで認識することである」としています。

 このような発想を起点として、創造的な積極的傾聴法から意思決定へ、変化の先取りと計画変革の実現へ、動機づけのマネジメントへ、時間という貴重な資源の管理へ、権限移譲の適切な行使のしかたへと、部下コーチと教育訓練のあり方と手続きへ、コミュニケーション・スキルの向上へ、目標設定の的確な技術へと、冒頭に述べたように、マネジメントとして古くて新しい真理の現実的展開法と領域の第一歩を丁寧に手ほどきしているのが本書です。

 オーソドックスかつ普遍的な内容であり、平易でもありますが、訳者も述べているように、読み流しの書としてではなく、実践の書として読まれることで価値が増す本であると思います。

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ビジネスの本質は小さなチーム、小さな会社のやり方にこそあり。

小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕.png小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕2012.jpg 小さなチーム、大きな仕事.jpg
小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕: 37シグナルズ成功の法則』['12年] 『小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice)』['10年]

小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕2.jpg シカゴに本社を置く非上場企業でウェブアプリケーションを手がけているIT企業「37シグナルズ」(旧社名37signals、現社名Basecamp)の共同経営者らによる本書は、ビジネスの本質は小さなチーム、小さな会社のやり方にこそあり、大企業における資本のやり取りや体制変革ばかりに目を奪われていると、本当に大切なことを見失うことが多いと説いています。

 「見直す」の章では、失敗から学ぶな、計画は予想にすぎない(予想を頼りにしてはいけない。今年ではなく、今週することを決めよ)、会社の規模を気にするなとし、また、仕事依存症は(ワーカーホリック)は馬鹿げているとしています。

 「先に進む」の章では、他人の問題を解決しようとするのは、暗闇の中を無闇に進むのと同じで、自分にほしいものを作るべきだ、「時間がない」は言い訳にならない、また、ミッションステートメントについて。何かを信じるということを書くだけでは駄目で、本当にそれを信じ、そのとおりに人生を送ることだとしています。また、外部の資金はできるだけ少なくすべきだ、人も資金も必要なものは思ったより少ない、会社は身軽でいるべきで、身軽さをなくすものとして、長期契約、過剰人員、固定した決定、会議、鈍重なプロセス、在庫、オフィスの政治などを挙げています。

 「進展」の章では、しばらくの間は細かいことは気にしないこと、初期の段階ではディテールから得られるものはない、実際に始めてからディテールに気づく、そのときに目をむければよいとし、やることを減らし、変わらないことに着目すべきで、それはいま、始めるべきだとしています。

 「生産性」の章では、やめたほうがいいものを考えるべきで、邪魔が入る環境では生産性が上がらず、何よりも最悪な邪魔者は会議であると。解決策はそこそこのもので構わず、小さな勝利がモチベーションにつながるしています。また、睡眠はしっかりとるべきで、たまに徹夜仕事をしてもいいが、それが定期的になると、多くの代償を積み重ねることになるとしています。

 「競争相手」の章では、商品をありふれたものにしないためには、競争相手の真似をしてはならず、むしろ競合相手よりひとつ下回るようにする(簡単さ、単純さを武器にする)、そもそも競争相手が何をしているしているのか気にしないことだと述べています。

 「進化」の章では、作る製品への正しい態度とは、基本的に「ノー」と言うことであり、「顧客は常に正しい」と信じてはならず、顧客を自分たちよりも成長させようと言っています。

 「プロモーション」の章では、マーケティングとは独立した業務ではなく、何かコミュニケーションの手段があるならば、マーケティングは可能だとしています。

 そして、いよい人事に関する「人を雇う」の章に入りますが、まずは自分自身でやってみるまで人は雇わないこと、人を雇うタイミングは、自分の限界を超えた仕事があるときに限り、無用な人は雇わなようにすること、会社を「知り合いのいないパーティ」にしてはならないと。また、履歴書よりも自身の直観を信じ、経験年数は意味が無く、学歴は忘れることだとしています。また、「自分マネジャー」(自分をマネジメントできる人)、文章力のある人を雇うべきであるとも言っています。文章がはっきりしているということは、考え方がはっきりしている、コミュニケーションのコツもわかっている、ものごとを他人に理解しやすいようにする、他の人の立場に立って考えられる、何をしなくてもよいかもわかっている、ということであり、こんな能力こそ必要であると。

 最後に「文化」の章で、文化はつくるものではなく、自然に発達するものであり、スター社員が環境を作るが、そのスターが育つ環境とは信頼と自律と責任から生まれるものであるとし、従業員は子供扱いすれば、子供のような仕事しかしないとしています。また、仕事が人生のすべてであってはならず、社員は5時に帰宅させるようにしよう、「なるたけ早く」を連呼することは毒にしかならないとしています。

 ベンチャー企業やスタートアップ段階の小さな会社だけでなく、一般企業やその中のチームや個人にも適用できる考え方が多く含まれています。自分の会社が「大企業病」に陥っていないか、自らがそうした価値観に縛られていないかを振り返ってみるうえで、人事パーソンにもお薦めです。

【2010年新書刊行[(ハヤカワ新書juice『小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則』]/2016年文庫化[ハヤカワ文庫NF(『小さなチーム、大きな仕事―働き方の新しいスタンダード』)]】

「●マネジメント」の インデックッスへ 【1657】 望月 護 『ドラッカーの実践経営哲学

従業員の夢の実現を支援する会社、部下が個人としても伸びていけるようにする管理職こそ理想。

ザ・ドリーム・マネジャー0.jpgthe dream manager.jpg マシュー・ケリー.jpg
The Dream Manager』['07年]マシュー・ケリー
ザ・ドリーム・マネジャー モチベーションがみるみる上がる「夢」のマネジメント』['08年] 

 本書は、働く者全員が「やりがい」と「愛着」を感じる会社を作るにはどうすればよいか、そのためのシンプルで楽しいアイデアを示した本であり、第Ⅰ部が「物語」形式のビジネスストーリーに、第Ⅱ部が「実践ガイド」になっています。

 第Ⅰ部「物語」の第1章「変化のきざし」では、物語の舞台である清掃会社の総務担当取締役のサイモンと創業社長のグレッグが、年400%にもなる離職率に頭を悩ませています。サイモンは、「離職率の高さは士気や作業効率、顧客の満足度の低下にもつながります」「現場の従業員はビジネスについて、われわれの知らないことを知っているんです」と言って、従業員にアンケートをとることを進言します。そして、アンケートをとってみると、社員が辞めていく最大の理由は、通勤の足だったことが判明、つまり、交通手段がないことによる通勤問題でした。そこでサイモンはシャトルバスの運行を提案しますが、グレックはいくら費用がかかるのか心配します。それに対しサイモンは、「問題は、いくらかかるかではなく、いくら無駄にせずにすむかです」と言い、グレッグもシャトルバスの導入を認め、結果として離職率は大幅に下がります。

 第2章「夢はかなう!」では、サイモンが離職問題をめぐる幹部会議において、従業員が今やっている仕事と、彼らが夢見ている豊かな未来とを結びつけない限り、この問題は永遠に解決しないとし、「ここで働くことが自分の望む未来につながると具体的に示すことこそ、唯一の方法だ」と発言、アシスタントのサンドラの助けを借りながら、社員に「あなたの夢は何か」を訊くアンケートを実施する準備にかかるとともに、社長のグレッグに、社員の夢を実現できる手助けをする「ドリーム・マネジャー」の必要を説きます。グレッグは、悩んだ末に、サイモンの「マネジメントの方法自体を革命的に変えられる」との言葉に後押しされるように、ドリーム・マネジャーを探すことにOKを出します。サイモンとサンドラはあらゆるところに求人広告を手配し、ひきもきらない応募者の中から最終的にショーンという人物をドリーム・マネジャーに迎えます。

 まず管理職がショーンとのセッションを設けることになり、最初にセッションを受けたジェフは、当初この試みに懐疑的だったものの、大陸横断旅行という自分の夢の実現にむけて一歩踏み出します。さらに、「部下が具体的な夢を持てるようになり、それが実現したら、彼らは顧客に対しても同じことをするようになる」とサイモンは説き、セッションは一般社員にも行われ、ドリーム・マネジャーのショーン自身が、人は、ただ夢を語るだけで自然とその実現に向かうようになるという事実に驚かされたように、リタはドリーム・マネージャーと会った132日後に夢だったマイホームの取得を実現し、そのほかにも多くの社員が夢によって人生を取り戻します。

 第3章「ハッピーエンド」では、その後も、夢が現実となる文化のなかでは、仕事への情熱と、やってやれないということないという自信とが無限に生みだされることが次第に明らかになったとしています。グレッグ自身も、「ビジネスが失敗するときにはたいてい、少ない戦力に大きな間接部門がぶらさがっている。逆に成功する企業では、全員が戦力と化すものだ」と痛感するようになります。また、サイモンは、「わが社では物足らなくなった人がいた場合に、外の働き口を探してやることが仕事になります」と言います。離職率ゼロが、組織の目標ではないということです。サンドラは、「ドリーム・マネジャーは忠誠心をも生む」と言い、ミッシェルは。「人は人生の多くの時間を働いて過ごすわけですから、仕事は楽しいものであるべき」だとし、サイモンはさらに、「夢は、あなたがどんな人間かだけでなく、明日のあなたがどうなりたいと願っているかも教えてくれる」と言います。

 第Ⅱ部の「実践ガイド」では、まず、自分の夢の実現に向けたステップとして何をやっていくべきか、また、夢のカテゴリーとしてどのようなものがあるかを示して、このドリーム・マネジャー・プログラムというものが広い応用範囲があることを強調するとともに、これからの時代の「忠誠心」とは、社員と会社が互いに「自分の理想を実現する」という目標を理解することがその土台となり、21世紀の管理職がなすべきことは、会社を発展させる方法を見つけるとともに、部下が仕事上でも個人としても伸びていけるよう手を貸せる人ということになるとしています。

 いいことづくめの夢のような「物語」に思えるかもしれませんが、本書のモデルとなった清掃会社が実在します。社員は「会社が自分を思ってくれている、だからその会社のために働きたい」と考えるという、実にシンプルな思想のもと、その実践例を示した本であると言えます。「社員満足向上には、給料を上げ、労働時間を減らすのが最善で唯一の方法」「個人の夢は個人でなんとかすべきである」といった考えに見直しを迫る本でもあり、一読をお勧めします。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
・組織を動かす1人ひとりが理想の自分になろうと懸命に努力すれば、その組織は理想の状態に近づく
・「ビジネスウィーク」は今後10年間に、あらゆる分野、地域、産業で役員クラスの21パーセント、一般管理職の24パーセントのポストが空席になるだろうと報じている。
・人は会社のために存在しているわけではない。会社が人間のために存在する。
第Ⅰ部・物語
1.変化のきざし
・現場の従業員はビジネスについて、われわれの知らないことを知っている
・問題は、コストがいくらかかるかではなく、いくら無駄にせずにすむかです。
2.夢はかなう
・人間を特別な存在にしているものは、豊かな未来を想像し、未来に希望を託し、その未来に向かって歩む能力です。
・これからふたりでやりたいこと、行ってみたい場所、ほしいもの、大切にしたい人間関係、それぞれの夢を紙に書き出すこと
・人を仕事に引き止めるものは、「やりがい」と「進歩し成長している実感」。
・「この中で、これから半年以内でかなえたい夢はなんですか?」
・大切なのは完璧さを求めることではなく、"自分が進歩していることに注意を向ける"ということです。
・『偉大な書物を読もうとしない人間は、字が読めない人間と得るものになんら変わりはない』
・部下が具体的な夢を持てるようになり、それが実現したら、彼らは顧客に対しても同じことをするようになる
・人は、ただ夢を語るだけで自然とその実現に向かうようになる
・希望は計画から生まれる
・相手の夢を理解しようとすること、その夢の追求や実現に手を貸すことが、いかに人間関係を変える力強い原動力になりうるか。
・お互いの夢に関心を払うとき、あらゆる人間関係は必ずよりよいものになる。
・ビジネスマンのほとんどにとって、ビジネスとはお金を稼ぐことで、金をかけて問題を解決するという発想がないからです。
・社員は、認められたいんです。
・プロセスへの全員参加
3.ハッピーエンド
・本当の貧しさとは、機会が与えられないこと。
・ビジネスが失敗するときにはたいてい、少ない戦力に大きな間接部門がぶらさがっている。
・逆に成功する企業では、全員が戦力と化す。
・離職率ゼロが、組織の目標ではない。
・人間を人間らしく扱えば、相手もまた人間として応えてくれる。
・企業活動においては、ビジネスを動かすのも組織を動かすのも人。
第Ⅱ部・実践ガイド
・計画を立てることは1人でもできる。大変なのは、最後までやりぬく意志を持ち続けることだ。
・新時代の忠誠心は、「たがいの価値を高めあう」ことで築かれる。
・社員が自分自身のためにやらないことを、会社のためにやってくれると期待するのはまちがっている。
・夢の実現に向けて
 (1)ドリーム・ブックを用意する
 (2)夢を書きはじめる
 (3)夢に制限を設けない 
 (4)ドリーム・ブックに書き込むときには日付を入れる
 (5)夢が実現したら、その日付も加える
・勇気の言葉
・大きな一歩を踏み出すことを恐れるな 
・リスクをとる勇気のないものは、人生で何も成し遂げることができない
・時宣を得たアイデアほど力強いものはない
・勇気をもて。そうすれば偉大な力が助けてくれる
・人生の大きさは、勇気の大きさに等しい
・車を運転するのにもお金を使うにも歳をとりすぎ、ついに思い出と思索だけの日々が訪れたとき、はたして世の中のために出来ることがあるだろうか
・夢の種類
 (1)肉体(2)感動(3)知性(4)精神世界(5)心理(6)物質(7)仕事(8)経済(9)創造性(10)冒険(11)後世に残すもの(12)性格
・夢実現ステップ
  ステップ(1):夢リストを作る(12カテゴリ、100リスト)
  ステップ(2):毎朝30分。部下(パートナー)と話す。心から関心をもつ。
  ステップ(3):部下を集めてドリームセッションを行う。
  ステップ(4):人事面接を利用し、各人の夢のなかからあなたが力になれる夢をひとつ選び、1年以内に達成できるよう励ます。

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経営論&人生論の名著『もっといい会社、もっといい人生』の新訳版。

THE HUNGRY SPIRIT これからの生き方と働き方1.jpgTHE HUNGRY SPIRIT これからの生き方と働き方.jpg                『もっといい会社、もっといい人生.jpg
THE HUNGRY SPIRIT これからの生き方と働き方』['21年] 『もっといい会社、もっといい人生―新しい資本主義社会のかたち』['98年]

 「英国のドラッカー」と称される著者による本書(原題:The Hungry Spirit,1997)は、あるべき資本主義を説いた経営論であるとともに、企業人のための人生論も語られている本です。以前に『もっといい会社、もっといい人生』(1998年/河出書房新社)として邦訳が刊行されていますが、今回はその23年ぶりの新訳版となります(約四半世紀を経て新訳が刊行されること自体が、名著の証しとも言える)。

 PART1「資本主義のゆがみを見つめる」(第1~3章)では、資本主義社会の問題や不安について考察しています。第1章では、資本主義における市場の限界について述べ、市場原理に基づく効率の追求は、社会全体に大きな歪みを生み出しかねないとしています。

 第2章では、効率の追求は、社会を一部の人には有利に、他の多数の人々には不利に傾斜させるとしています。第3章では、資本主義の欠点を直そうとしてそれ自体まで失ってはならず、資本主義は道具にすぎないものであり、人類が暮らすこの世界を救済する手段は、人間の心の中にしか存在しないとしています。

 PART2「自分の人生を見つめる」」(第4~7章)では、人生の目的は、世界を少しばかり良くすることでなくてはならないとしています。第4章では、これからの人生の在り方として、自分の人生の筋書きを自分 の手で書くことができる時代になるが、それには責任とモラルが求められ、また、企業にも個人と同様、その行動と運命に責任が求められるとしています。

 第5章では、人生の充足に至るまでには、「生存志向型」→「外部志向型」→「内部志向型」の3段階の心理学的な類型があるとしています。また、「正当な利己性」は誰もが持つべき権利であるとしています。第6章では、生きる意味を見い出すための4要素として、人生という旅の活力となる夢を持つこと、自分にとっての「十分」を知ること、崇高なものの味わいを経験すること、最後に、世界に貢献することで自分の人生を永遠化すること、を挙げています。また、自分の関心に基づく活動の仲間が新しい"家族"になるとしています。

 PART3「これからのまっとうな社会に向けて」(第8~10章)では、PART2で展開した考えを社会制度に当て嵌めて考察しています。第8章では、会社にとっての本当の目的とは何かを考察し、社会の一市民としての企業の在り方を探っています。

 第9章では、企業における市民性とは才能ある社員をどうまとめるかであり、そこには信頼というものが大きく関わってくるとしています。第10章では、自分自身と他者に対する責任感を育てる教育の必要性を説いています。

 そして、エピローグでは、企業と社会と人生の理想的な関係をどう構築していくかを考察し、未来の社会に起こり得ることを予測するとともに、人は誰でも心の中で、よりよい世界、より公正な世界を求めているので、世界は変えることができるとしています。

 本書において著者は、「正当な利己性」というキーフレーズをよく用いています。それは、個人としては「利己と利他とが調和した姿」であり、同様の姿勢を企業にも求めています。それにより「品位のある資本主義」が実現されるというのが著者の考えです。資本主義の限界を分析して「あるべき社会」を探るとともに、企業人にとってより良い人生とは何か、自らの人生をどう生きるべきかを説いており、人事パーソンに限らず、ビジネスパーソンに広くお薦めできる本です。

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「●組織論」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ヘンリー・ミンツバーグ)

既成概念にとらわれない新たなマネジメントの視座への気づきを与えてくれる。

『これからのマネジャーが大切にすべきこと.jpgこれからのマネジャーが大切にすべきこと.jpg
これからのマネジャーが大切にすべきこと 42のストーリーで学ぶ思考と行動』['20年]

 経営思想界の泰斗が、自らのブログ記事の中からマネジャーにとって特に有意義だと思えるものを42本選んだものです。マネジャーが寝る前にベッドで読めるような内容を意図していて、01から42までのストーリーがマネジメントや組織など7つのカテゴリー(章)に分類されています。

 第1章「マネジメントの話」では、02で、ピーター・ドラッカーの「マネジャーはオーケストラの指揮者のようなものである」という見方が本当に正しいのかを批判的に考察しています。また、03では、よく言われる「正しい物事を行うのがリーダーで、物事を正しく行うのがマネジャーだ」という言い方に疑念を呈し、「リーダーシップをマネジメントから切り離して考えるのはもうやめよう」と述べています。このように、従来の経営思想家と一線を画しているのが特徴です。

 さらに第2章「組織の話」では、10で、素晴らしいと思える組織では、リーダーシップ以上に、強力なコミュニティシップの精神が浸透しており、これからはリーダーシップよりもコミュニティシップが重視されるようになるとしています。12では、ハーバード・ビジネス・スクールのジョン・コッターが提唱した企業変革モデル(8段階の変革プロセスモデル)に対し、それはCEOで始まりCEOで終わっているが、1人のリーダーがいて、あとはすべてフォロワーにすぎないという考え方はいかがなものかとしています。

 第3章「分析の話」では、18で、ハーバード・ビジネス・スクールのロバート・キャプランらが、「数値で計測できないものはマネジメントできない」というのは"よく知られている格言"であるとしているのに対し、よく知られてはいるが、実際には文化やリーダーシップは数値で計測できるものではなく、この"格言"は馬鹿げた内容であると斬り捨てています。22では、マネジャーの仕事の質は、数値で評価するのではなく、頭を使って判断すべきであるとしています。

 第4章「マネジャー育成の話」の25では、ケーススタディ学習は実際の経験とは別物であることを心得るべきであるとし、27で「MBA」での授業の在り方を批判するとともに、自分たちが開発した新しい教育プログラムのポイントを挙げ、28では、その実際の進め方の特徴を紹介しています。

 第5章「分脈の話」では、後継人材の探し方や、グローバル人材であるより広い視野を持った人材であることの重要性を説き、第6章「責任の話」では、ダウンサイジングの問題点やこれからのCSRの在り方について述べています。

 そして、最終の第7章「未来の話」では、38で、誰もが発揮できる平凡な創造性こそが非凡な力を生むとし、40で、「もっと多く」より「もっとよく」を目指すべきであると、41で、ベストよりグッドを目指ざせと説いています。

 MBA教育の在り方などに対する批判を通して、既成概念にとらわれない新たなマネジメントの視座への気づきを与えてくれる本です。著者は、MBAでは、マネジメントの「アート」も「クラフト」(技)も教えられないので、「サイエンス」に頼り、分析やテクニックばかり教えているとしています。

著者の言う「アート」や「クラフト」とは何かを知るには、同著者の『エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論』(2014年/日経BP社)が参考になります。さらに言えば、マネジャー研修等を企画する側にある人事パーソンとしては、『マネジャーの実像』(2011年/日経BP社)に読み進むことで、ミンツバーグの経営思想へのより深い理解に繋がるのではないかと思います。

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内発的動機づけを促すのは「自律性・有能感・関係性」。とりわけ「自律性」支援が重要。

人を伸ばす力01.jpg人を伸ばす力02.jpg エドワード・L・デシ.jpg Edward L. Deci
人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』['99年] 

 本書(原題:Why We Do What We Do: Understanding Self-Motivation、1995)では、アメとムチによる旧来のマネジメントを否定し、課題に自発的に取り組む「内発的動機づけ」と、自分が自分の行動の主人公となる「自律性」の重要性を実証的に提唱するとともに、では内発的動機づけと自律性はどうしたら伸びるか、その成長を支援する方法は何か、その実践方法を説いています。

 全四部構成ですが、第Ⅳ部は結論であるため、実質的には三部構成です。第1章では、内発的動機づけの中心テーマである「自律性」について解説されていて、第2章以降のプロローグとなっているとともに、本書の狙いは、さまざまな動機づけ研究から自律性と責任感の関係について探り、疎外をもたらす世界において責任ある行動を促すという問題に活かすことであるとしています。

 第Ⅰ部「自律性と有能感がなぜ大切なのか」(第2章~第5章)では、「自律性」と「有能さ」を高めることが内発的動機づけを高めることにつながるとしています。
 第2章では、報酬と疎外の関係について解説されていて、被験者にパズルを解かせ、その際に一方には報酬を与え、他方には報酬を与えないとした実験の結果(報酬を与えないグループの方がパズルに熱心に取り組んだ)を通して、外的な報酬は内発的動機づけを低下させることがあるとしています。

 第3章では、なぜ報酬は内発的動機づけを低下させるのか、ならば内発的動機づけを高めるのは何かを考察し、報酬が内発的動機づけを低下させるのはそれが自律性を阻害してしまうからであり、一方、自由な行為選択の機会が与えられることで内発的動機づけは高まるとしています。

 第4章では、内発的動機づけと外発的動機づけがそれぞれもたらすものについて解説し、ここでも二つに分けた被験者グループに学習テストをさせ、一方は評価を目的とし、もう一方は人に学習内容を教えることを目的とした実験の結果を通して、外的報酬を用いて過度に統制することが、いかに内発的動機づけを低下させ、成果の質を落とすかを実証的に説明しています。

 第5章では、「自律性」の感覚は、上手くこなせるという感覚、周囲の世界との関わりを通した「有能感」への欲求につながるとし、有能感が生まれる条件は、それが最適な難度への挑戦であるとともに、統制の要素を伴わない、自律性を支えるやり方での挑戦であることだとしています。

 第Ⅱ部「人との絆がもつ役割」(第6章~第9章)では、「関係性」の重要性が述べられています。
 第6章では、人間は主体的に世界と関わっていくことで発達していくものであるとし、自ら内的世界を組織化し、大きな統合性に向かっていく基本的性向があるとしています。この欲求を阻害するのは、動機づけシステムが上手く機能しない社会的文脈や、システムの機能があってもそれが統制的で自律性を奪う場合などで、自分が有能であり自律的であると自分自身が認識できなければこの内的統合は果たせず、その意味で人間の発達にとって自律性の支援は極めて重要であるとしています。

 第7章では、さらに自律性の支援いついて説き、社会化とは社会の一員となるスキルを身につけることであり、社会の担い手(親、教師、管理職など)は、下位の者たちが自分の意志によって社会の活動に従事し、自律的に活動できるようにしなければならないとしています。

 第8章では、社会の中の自己というものについて考察し、自己に統合されていない規範「とりこみ」が過度になると、人は「~すべき、~あるべき」に縛られて、本当の自己が見えなくなるとし、真の自己の統合と発達には、そうした規範に捉われず、自由になることで、真の内発的欲求を充足する必要があるとしています。
第9章では、生きる意欲の内、外発的な意欲として、裕福になること、有名になること、肉体的魅力があることの三つを挙げ、内発的な意欲として、満足のいく個人的関係、社会貢献、個人としての成長の三つを挙げて、内発的な意欲に比べ外発的な意欲の高い人は精神的健康が低くなるという調査結果をもとに、病める現代社会においては、個人主義的ではあるが自律的ではないという状態が起きやすいと警告しています。

 第Ⅲ部「どうしたらうまくいくか」(第10章~第12章)では、これまで述べてきたことを受けて、どうすれば人々の内発的動機づけを高めることはできるかをまとめています。
 第10章では、いかにして自律を促進するか、 第11章では、健康な行動を促進するにはどうすればよいか、第12章では、統制された環境下で自律的に生きるにはどうすればようかを説いています。

 本書で著者らは、「内発的動機づけ」を高める欲求として、「自分のすることは自分で決めて動きたい」という「自律性への欲求」、自分で自分の仕事を「こなすことができる」「やりとげることができる」という「有能感」、「他者と関わっていたい」「他人とよい関係を築きたい」「他者に貢献したい」という「関係性への欲求」の三つを挙げていることになりますが、この中で「自律性への欲求」に最もページが割かれていて、「自律性」が内発的動機づけの"一丁目一番地"と言えるのかもしれません。社員が「自律性」をもって、ひとりの人間として成長し、「有能感」を持てるように支え合い、互いを尊重する「関係性」が組織風土として根付けば、「明日もがんばろう」と思えるモチベーションの高い社員が増加するということなのでしょう。仕事や人生に対する哲学的な考察や示唆も多く含まれていて、読めば読むほど味の出る本。人事パーソンには是非とも読んで欲しい名著です。

《読書MEMO》
●二十世紀のおそらくもっとも偉大な美術教師であるロバート・ヘンリは、(中略)次のように記している。「(中略)絵を描くことの目的は、絵を完成させることにあるのではない。(中略)真の芸術活動の背後にある目標は、存在の本質的状態(a state of being)に到達することである。それは、高い次元で活動している状態、普通に存在している以上の状態に達することである。」(27p)

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エクセレントを生むのは「人」という考え方はブレず、AI時代にも説得力を持つ。

新エクセレント・カンパニー1.jpg新エクセレント・カンパニー2.jpg
新エクセレント・カンパニー: AIに勝てる組織の条件』['20年]

 本書は、80年代に発表され、世界的ベストセラーとなった『エクセレント・カンパニー』を著した著者が、豊富な経験とケーススタディをもとに、AI(人工知能)には決してマネ出来ない「エクセレント」な企業活動の条件とは何か、時代に左右されないビジネスの本質を説いたものです。

 第Ⅰ部「実践」 、第Ⅱ部「エクセレント」 、第Ⅲ部「人びと」、 第Ⅳ部「イノベーション」、 第Ⅴ部「付加価値」、 第Ⅵ部「エクセレントなリーダー」の全6部から成り、さらにそれを15の章に分けており、 第Ⅰ部では、実践こそ戦略であり、実践とは現場で行われるものであって、社長室では起こらないと説いています(第1章)。

 第Ⅱ部では、エクセレントとは何かを14のセクションにわたって検討し、エクセレントはその瞬間瞬間の生き方にあり、実行しなければ存在しないとしています(2章)。さらに、エクセレントは、エクセレントな組織文化によってのみ維持されるとし(第3章)、中小企業は間違いなくエクセレントたり得るとして、エクセレントな成果を上げている中小企業の事例を紹介しています(第4章)。

 第Ⅲ部のテーマは人間関係であり、まず「人がいちばん」はエクセレントを目指すための最重要項目であるとし(第5章)、従業員一人ひとりにチームにがっちりかかわらせて、チームの成長に専念させなければならないとしています(第6章)。また、新しいテクノロジーとの向き合い方を説き、企業の新しい道徳的責務は、すべての社員に将来必要となる専門技術を身につけさせることだとし(第7章)、不安定な世界で雇用を安定させることは、攻撃的な戦略なのだとしています(第8章)。

 第Ⅳ部では、イノベーションの2つの法則(「数打ちゃ当たる」と「失敗は成功のもと」)を紹介し、イノベーションは"本気の遊び"であり、思い切って一歩を踏み出すことだとし(第9章)、多様な相手との付き合いが私たちを成長させるのであって、この時代、同じような人とばかり付き合うのは身を亡ぼすとしています(第10章)。

 第Ⅴ部では、AI時代において魂が抜けた業務が氾濫するなかで、付加価値こそ優先すべきだとして、付加価値を強化する9つの戦略の筆頭にデザインを挙げ、アップルなどの例からデザインこそ最重要の差別化因子であるとし(第11章)、続いて、その他の8つの付加価値強化戦略を説いています(第12章)。

 第Ⅵ部では、エクセレントなリーダーの最大の特質は「聴き上手」であることだとし(第13章)、最前線のエクセレントなリーダーは企業のコアバリューであって、もっと評価されるべきだとしています(第14章)。そして最後に、エクセレントなリーダーとなるための26の戦術を紹介しています(第15章)。

 各章の冒頭に「マイストーリー」という著者自身の実体験があり、その後に各トピックが番号付きで紹介されてはいますが、内容的には特に体系だった構成がされているわけではなく、解説の米倉誠一郎・法政大学大学院教授が述べているように、気に入った章から読み進め、各章で紹介されるエクセレントな事例を座右の銘として書き留めるという読み方でもよいと思います。

 他の書籍からの引用が多く、読んでいてやや細切れ感があったのは否めませんが、戦略や数字、分析よりも、組織文化や人こそが大切であるという考え方は、前著『エクセレント・カンパニー』から受け継がれているものであり、AI時代に突入した今日においても、エクセレントを生むのは「人」であるとし、そうした「人がいちばん」という著者の考え方がブレず、且つ、今日においても説得力を持っているのは、個人的には嬉しく、また心強く思いました。

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タイトルずれ? これからの組織マネジメントの在り方を探っているが、やや新味に欠く。

働かない技術.jpg 『働かない技術 (日経プレミアシリーズ)』['19年]

 働き方改革で、従来の長時間労働やパワハラ体質に頼った組織マネジメントが見直しを迫られているなか、コンサルティング会社出身の経営コンサルタントが、これからの管理職や組織マネジメントの在り方を、2人の担当課長を軸とした架空の社内ストーリーを交えながら、平易に説いた本です。

 タイトルに「技術」とありますが、生産性の低い会議や売り上げのための残業ばかりやっている企業はいずれガラパゴス化するとしながらも、長時間労働をなくすための「技術」を説くというよりは、30代から40代のいわゆるミドル世代に、これまでの上司と同じ働き方をするのではなく、新たな覚悟と知恵を身につけるよう「意識」を改革することを訴えた本であったように思います(タイトルずれ?)。

 人事・人材管理面からの考察もされていて、日本企業に特徴的な「メンバーシップ型」組織が、長所もある反面、長時間労働を招く要因にもなっているとし、さらに、職能給であろうと役割給であろうと、職務の範囲が限定されておらず、企業の裁量により自由に職種やポストを異動させられる人事管理では、残業体質を改善するのは難しいとしています。

 その上で、管理職による管理の仕方は、今後、自らの仕事は持たず職場のメンバーを育成していく「役割給概念による日本型人事管理」と、担当ポストに求められる職務の範囲内で自らの専門性を発揮する「職務給概念による欧米型人事管理」の2つの道に分かれ、人事管理もそれに沿ってハイブリッド化するだろうとしています。

 また、課長(ミドル)が取り戻さなければならない価値観として「徳」を挙げ、役割給型の管理職は、部下の成長のために「贅沢な無駄時間を作り出す」べきであると説く一方、自ら時間を犠牲にして働きすぎる課長は、役割給型、職務給型のいずれであろうとも、いずれ「いらない人材」に転落するだろうとしています。

 全員が同じように多能工的なキャリアを目指すのではなく、2つのの方向のキャリア分離が最も望ましいとし、具体的には、遅くとも一般職から管理職に昇進する前に、「役割給人材」か「職務給人材」か、どちらの人材タイプを目指すか自身で決めるよう、生涯キャリアを自己管理することを訴えています。

 このように、もともと30代から40代のミドル世代に、従来の「職場脳」から脱却し、キャリアを自律することの必要性を説いた啓発的な内容の本であり、人事パーソンが読むと、タイトルに「技術」とあるだけに、やや物足りないのではないかと思います。

 管理職個々の意識改革と併せて、これからの組織マネジメントの在り方をも探っていますが、やや新味に欠くように思いました。例えば、本書で言うところの「役割給人材」「職務給人材」のコース分けを(従来的な専門職制度とは異なり)かなり早期のうちに行っている企業もすでにあります。

 ただし、企業側からみて、人事管理をハイブリッド化することが、従来の長時間労働からの脱却につながるのかどうかというと、もう少し議論や検証が必要なように思えました。管理職を目指す人、いま管理職の地位にある人に気づきを促すという意味では悪くないと思いますが、人事パーソンの目線で△とさせてもらいました(厳しい?)。

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超一流の企業は強い文化を持ち、シンボリック・マネジャーとは文化の有能な管理者であると。

シンボリック・マネジャー1.jpgシンボリック・マネジャー3.jpg シンボリック・マネジャー2.jpg 
シンボリック・マネジャー (新潮文庫 テ 9-1)』['87年]/『シンボリック・マネジャー (同時代ライブラリー 326)』['97年]
シンボリック・マネジャー』['83年]
シンボリック・マネジャー s.jpg ハーバード大教授のテレンス・ディールと、マッキンゼイ社の経営コンサルタントのアラン・ケネディーによるベストセラー&ロングセラー本です(原題:Corporate Cultures,1982)。本書において著者らは、アメリカの有力企業80社を綿密に調査した結果、常に生き残る企業には経営の合理性を超えた何かがあるとして、「企業文化」という新しい観点から経営と管理の本質を人間性に即して説いています(日本語版訳者は城山三郎)。

 第1部「企業を支える文化」では、第1章「強い文化―持続的成功の推進力」において、超一流の企業は強い文化を持っており、それを維持することが企業を持続的に成功させるうえで重要であるとしています。そして、文化を維持するには、文化の基盤となる確固たる理念、文化の体現者である英雄、文化を形に表した儀礼・儀式、文化を伝達するコミュニケーション・ネットワークなどが必要とされるとしています。

 第2章「理念―企業の性格を決定するもの」では、企業の基本的な性格と、他とは異なる態度を決定するのは企業の価値理念であり、企業の価値理念は会社のあらゆる側面を支配するとし、また、強い文化には危険性や落とし穴もあるとしています。

 第3章「英雄―あの人のようになりたい」では、価値理念を文化の魂とすれば、英雄はこれらの価値理念を体現して組織の力を示す、強い文化の中心人物であるとしています。そして、英雄には生まれながらの英雄もいるがそれは稀有な存在であって、アメリカで最も成功している会社のいくつかでは、英雄の必要性を固く信じて、定期的に英雄を作り出しているとしています。また、英雄的資質とはカリスマ的才能のことではないとも言っています。

 第4章「儀礼と儀式―組織内の人間の行動原理」では、強い文化の会社は、企業生活における儀礼と儀式を作り出し、英雄はそれを効果的に演出するとして、管理上の儀礼や表彰の儀式、文化的なイベントの必要性を説いています。

 第5章「伝達―非公式の人間関係が情報を運ぶ」では、強い文化には強力なネットワークが存在し、なぜなら、それを通じて、組織の基本的な信念が強められるからだとしています。また、文化ネットなワーク内の役割として、語り役、聖職者、耳打ち役、うわさ屋、秘書、スパイ、秘密結社などを挙げ、文化ネットワークを動かす管理者は、組織のあらゆる階層の人々と絶えず接触し、こうした非公式の人間関係が運んでくる情報も含め、自分たちが尊重する価値を強化するために活用するとしています。

 第2部「企業を動かす文化」では、会社はどのようにすれば強い価値理念を企業環境に合わせて調整し、成功を持続できるかを論じています。第1章「企業の種族―会社には四つの型がある」では、会社には、逞しく男っぽい文化、よく働きよく遊ぶ文化、会社を賭ける文化、手続きの文化の四つのタイプがあるとして、それぞれの文化における英雄、儀式と儀礼、強みと弱みを解説しています。

 第2章「診断―あなたの会社をどう考えるか」では、こうした文化を診断するための技法を紹介し、文化の診断によって、管理者は文化の現在位置とその強弱を知ることができるとしています。

 第3章「象徴的管理者(シンボリック・マネジャー)―いま最も求められる人材」では、強い文化の会社では、管理者が率先して文化を維持・形成するとして、彼らを「シンボリック・マネジャー(象徴的管理者)」と呼んでいます。そして、シンボリック・マネジャーは、これまで有能とされてきた、分析能力に優れた合理的管理者とどう違うのか解説し、言行一致の体現者であるシンボリック・マネジャーの方が合理的管理者より重要であるとしています。文化の有能な管理者こそがシンボリック・マネジャーであり、そうあるためには、勇気と、文化の価値理念を貫き通す覚悟が必要だとしています。

 第4章「改革―組織の根底の部分」では、文化を管理すること以上に文化を変えることは難しく、改革には危険が伴うが、ときには改革が必要であるとし、では改革を管理するにはどうすればよいかを説いています。そして文化の改革は、改革成功に有効な基本的文化事業(英雄、価値理念、儀礼など)を、改革を試みる管理者が敏感に捉えることができるかにかかっているとしています。

 第5章「未来の企業―外的変化に適応できる会社の条件」では、科学技術の発達により、将来の組織はどのようになり、その中で中間管理者やコンピュータはどのような役割を担うようになるか、また、それによってどのよな組織革命が起き、組織の文化はどのように変化するかを予測していますが、ここにおいても、将来有望なのは強い文化の会社であり、強い文化は環境に対応できるばかりでなく、さまざまな状況の変化に適応することができるとしています。

 本書の背景には、1980年代初頭に米国で米国企業の生産性の伸びの低下が目立つようになり、一方、当時の日本は米国と比べ従業員がずっと企業に一体感を持っているように見えたため、日本の経営を見習えと主張する本も多く出版される中で、米国でも成功モデルと見なされる企業は同様の特色を有しているということが分かり、そこで著者らが注目したのが「企業文化」の重要性ということだった―という流れがあるかと思います。

 とは言え、今読んでも、言っていることに古さを感じさせないです。企業が継続的に成功できるような環境つまり「文化」とは、額縁に入った社是、社訓によってもたらされるものではなく、「文化」を社内に作り出す、経営理念の体現者たるシンボリック・マネジャーによって作られるものだと(となると誰をマネジャーにするかが重要になってくる)改めて感じ入った次第です。

【1987年文庫化[新潮文庫]/1997年ライブラリー化[岩波同時代ライブラリー]】

《読書MEMO》
●目次
第1部 企業を支える文化
 Ⅰ 強い文化―持続的成功の推進力
 Ⅱ 理念―企業の性格を決定するもの
 Ⅲ 英雄―あの人のようになりたい
 Ⅳ 儀礼と儀式―組織内の人間の行動原理
 Ⅴ 伝達―非公式の人間関係が情報を運ぶ
第2部 企業を動かす文化
 Ⅰ 企業の種族―会社には四つの型がある
 Ⅱ 診断―あなたの会社をどう考えるか
 Ⅲ 象徴的管理者(シンボリック・マネジャー)―いま最も求められる人材
 Ⅳ 改革―組織の根底の部分
 Ⅴ 未来の企業―外的変化に適応できる会社の条件

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効果的な異文化コミュニケーションをマネジメント要素別、国別に分かりやすく解説。

異文化理解力1.jpg異文化理解力.jpg 『異文化理解力――相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』['15年]

 グローバル化により、外国企業と交渉したり上司や部下が外国人だったり、多国籍のチームで働くことは珍しくなくなってきていますが、育った環境や価値観が異なる人たちと仕事をするときに、互いの発言や行動の真意を理解し合い、誤解や対立を避けつつ、リーダーシップを発揮したり意思疎通を円滑にしたりし、多国籍な職場で成果を出し続けるにはどうすればいいか─本書の著者エリン・メイヤーは、フランスとシンガポールに拠点を置くビジネススクールの客員教授で、異文化マネージメントのプログラム・ディレクターなどを務めていますが、10年超の研究と数千人の経営幹部への取材をもとに、本書において、異文化を理解するためのツール「カルチャーマップ」により、マネジャーが自覚しておくべき以下の8つの指標について、国の文化や慣習が相対的にどこに位置しているのかを可視化しています。

  1.コミュニケーション:ローコンテクスト vs ハイコンテクスト
  2.評価(ネガティブフィードバック):直接的 vs 間接的
  3.説得:原理優先 vs 応用優先
  4.リード:平等主義 vs 階層主義
  5.決断:合意志向 vs トップダウン式
  6.信頼:タスクベース vs 関係ベース
  7.見解の相違:対立型 vs 対立回避型
  8.スケジューリング:直接的な時間 vs 柔軟な時間

 「カルチャーマップ」とは、8つのマネジメント領域を縦軸に、各領域における両極端の特徴を横に置いた、文化の「見取り図」とでも言うべきもので、「評価」という領域では、左端が「直接的なネガティブなフィードバック」、右端が「間接的なネガティブなフィードバック」となり、例えばドイツは左端、日本は右端に位置するとされています。以下、各章ごとに、8つの指標について、それぞれがどのような「カルチャーマップ」(の要素)となるか解説しています。

 第1章「空気に耳を澄ます」では「コミュニケーション」について、ローコンテクスト文化のアメリカやカナダなどは、簡潔明瞭で額面どおりの表現を好むのに対し、ハイコンテクスト文化の日本や中国などは、曖昧で含みがある表現を多用するとしています。

 第2章「様々な礼節のかたち」では「評価」について、ネガティブなフィードバックを率直かつ単刀直入に行うロシアやイスラエルに対し、日本やタイなどは間接的にやんわりと伝える傾向があるとしています。

 第3章「『なぜ』vs『どうやって』」では「説得」について、ラテン系のイタリア、フランス、スペインなどは「原理優先」の文化であるが、アングロサクソン系のアメリカやカナダなどは「応用優先」の文化であるとしています。また、アジアの人々はいわゆる「包括的な」思考パターンを持っていて、西洋の人々はいわゆる「特定的な」アプローチをとっているとしています。

 第4章「敬意はどれくらい必要?」では「リード」について、同じヨーロッパの国でも、歴史的背景の違いににより、ローマ帝国やカトリックの影響をうけた南欧諸国は階層的権威主義的であるのに対し、バイキングの思想に基づく北欧諸国は平等主義的であるとしています。そして、儒教文化の影響を受けた中国、韓国、日本は、最も階層主義的文化と位置づけられるとしています。

 第5章「大文字の決断か小文字か」では「決断」について、アメリカ人は<小文字の決断>を複数繰り返し行って、最終的な形にしていくという傾向があるが、日本人は<大文字の決断>という一度決めたら二度と変えないくらいの行動をする傾向があるとしています。また、決断が個人でなされる(たいていは上司)トップダウン式がアメリカなどの国であり、決断は全員の合意の上グループでなされる典型的な国が日本であり、日本の稟議システムは、階層主義かつ超合意主義であるとしています。

 第6章「頭か心か」では「信頼」について、信頼はビジネスに関連した活動で築かれるというタスクベースの考え方をするのがアメリカなどであり、それに対し、食事をしたり酒を飲んだりすることで築かれるという関係ベースの考え方をするのが中国や日本であるとのことです。また、人間関係を構築する傾向を「桃」VS「ココナッツ」と表現しています。これは、アメリカ人はアイスブレイクなどをワークショップなどで行うことが多く、容易くそれをこなしているが、彼らは「桃」の関係構築をしていて、会ったばかりの人には親しく接するものの、どこかで種にぶつかったかのように、その人の守る壁に突き当たり、逆に日本人などは「ココナッツ」の関係構築をしていて、「ココナッツ」は皮が固くなかなか親しくしてもらえないが、親しくなるとプライベートも関わるような関係ができる、という関係を構築する文化のことを表しています。

 第7章「ナイフではなく針を」では「見解の相違」について、例えばフランス人は見解の相違や議論はチームや組織にとってポジティブなものだと考える対立型の傾向があるが、日本人などは、ネガティブなものだと考える対立回避型の傾向があるとしています。

 第8章「遅いってどれくらい?」では「スケジューリング」について、プロジェクトなどがスケジュール通りに進むことが重要であると考える日本や中国に対し、インドなどでは、プロジェクトは流動的なものとして捉えられ、場当たり的に作業を進め、組織性より柔軟性に価値が置かれるとしています。

 各章とも事例をもとに解説されているため、読みやすく、また、納得性の高い内容であったと思います。どの指標においても日本は常にどちらかの側に偏った端的なポジショニングにあることを改めて思い知ったという印象です。ビジネスでの同意、決定、承認、チームをリードする、といった場面で、どの国の人にはどのような手法がより効果的になるかが、分かりやすく説明されている本であり、仕事で外国人と接することがあるすべてのビジネスパーソンにお薦めできます。もちろん、グローバル企業で働く人事パーソンにも、これからの教養としてお薦めです。

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職場での対立・葛藤を解消する「コンフリクトマネジメント」を事例で紹介。

『職場の紛争学.jpg『職場の紛争学』.jpg 『職場の紛争学』2.jpg
職場の紛争学 実践コンフリクトマネジメント (朝日新書)』['19年]

 人事コンサルタントによる本書では、企業内で多様な人材が働く昨今、職場での思わぬコンフリクト(対立・葛藤)が増えていくだろうとし、実際に起きた6つの事例をもとにその類型を分析し、解決のための方法を指南しています。

 事例1は「オーナー社長vs.大企業OB」。オーナー社長が自ら中途採用した大企業のOBが、当初に期待した成果を上げられず、社長が「自分の給料分は利益を上げてくだい」と言うと、本人に「なぜ、私が営業をやるんだ!」と逆に開き直られてしまったというもの。コンサルタントは社長と大企業OBの両者と面談し、両者の視点の対立点を抽出、コンフリクトの原因と考えられる双方のパラダイムの違いなどを明らかにしていくとともに、人事マネジメント上どのような工夫をすればこうしたコンフリクトを予防できるかを示しています。

 事例2の「ゆとり社員vs.バブル上司」では、厳しい上司に追い込まれて泣き出す部下と、そもそも上司は敵であり乗り越えていくものだという考えの管理職の対立を、事例3の「専門志向vs.上昇志向」では、社内の飲み会に出ていては自分のスキルを磨けないとする専門職と、そんなことでは将来の幹部に必要な社内人脈が築けないとする上司との対立を取り上げています。

 さらに事例4から6にかけて「営業トップvs.経営層」「意識高い系部下vs.実直上司」「女性総合職vs.男性上司」と続きますが、目に見える多様性ばかりではなく、仕事への取り組み方やキャリアについての考え方など、意識や価値観といった目に見えない違いを取り上げている点が特徴的であるとともに、これらはどこの職場にも十分に起こり得るコンフリクトであるように思いました。

 最後に、「コンフリクトマネジメント入門【理論編】」として、条件、認知、感情の3つが対立を生み出す要素としています。つまり、対立を生み出す3つの要素とは、①立場や役割の違いによって起こる目標・条件の対立、②思考・価値観の違いによって起こる物事の解釈の対立、③条件・認知の対立状態が続いたり、その経験がもとになったりして起こる心情面の対立、であるとしています。

 その上で、ケネス・W・トーマスの「二重関心モデル」を紹介し、そこから導き出される〈強制〉〈服従〉〈回避〉〈妥協〉〈協調〉の5つの解決方法と、その他、〈闘争〉〈訴訟〉〈仲裁〉〈ミディエーション〉というコンフリクトへの4つの対応方法を示しています。さらに、コンフリクトの解決に至るまでには、今起こっているコンフリクトを構造的に捉える必要があるとして、そのために有効な6つの視点として、1.世界観、2.立脚点、3.ニーズ、4.問題の再焦点化、5.建設的提案、6.破壊的提案、を挙げています。 そして最後に、これまで事例の解決策としても紹介されてきたミディエーションというものについて解説しています。
 
 著者が言うように、日本人は対立を回避する傾向がこれまで強かったけれども、多様な人材をさまざまな雇用形態で活用せざるを得なくなったため、今後はこれまで避けてきた対立が表面化することも多くなるのでしょう。その際に、コンフリクトを1つ解決すればそれで終わりというのではなく、対立の根底に何があるのかを見極めることが、次の予防へと繋がることになり、そのヒントを与えてくれるものとして、事例編は興味深く読めました。

 一方の理論編の方は、コンパクトに纏められていますが、その分、やや概念的なままに終わってしまった印象があります。とりわけ最後のミディエーションについては、紙数が尽きたのかという印象も。

 人事専門誌「月刊人事マネジメント」6回の連載をベースに、ケネス・W・トーマスの著書や、鈴木有香氏がその著書『交渉とミディエーション』(三修社)、『人と組織を強くする交渉力』(自由国民社)などで展開しているコンフリクト・マネジメント、メディエーション論を加筆したものの、新書1冊に纏めるとなると、理論編が圧縮されるのは致し方なかったのでしょうか。

ただ、事例編の部分はコンフリクトについての気づきを促してくれるとともに、その解決・予防について示唆に富むものであったように思います。事例編を読むだけでも、「コンフリクトマネジメント」が実際どういうものか理解することは可能だと思います。

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「組織学習論の父」アージリスの代表作。行動科学的組織論の準古典的著作。

組織とパーソナリティー アージリス2.jpg組織とパーソナリティー アージリス1.jpg アージリス.jpg Chris Argyris: 1923-2-2013
組織とパーソナリティー―システムと個人との葛藤 (1970年)

 本書は、マグレガーやリッカートと並び、行動科学的組織論を代表する 1 人であるアージリス(Chris Argyris: 1923-2013)の著書(Personality andOrganization-The conflict between system and the individual, 1957)であり、表題にもあるように、人間のパーソナリティを土台としながら、組織内における個人と組織との間にある葛藤状態をどのように解決するかを主題としています。

 第1章「本書の基本的仮定と見解」では、組織のうちにある人聞の行動を知るためには、 ①個人(パーソナリティ)、②非公式な小集団、③公式組織に関する諸要困を総合したうえで、組織全体を把握する必要があるとし、経営者は、自己の善悪、原理および人間関係の技量を判断するに足る人生観を持つ必要があるとしています。本書の目的は、企業のような人間組織の中における人間行動の基本的な原因(なぜ人々はそのように行動するのか)を解明することであり、人間状況の正しい診断には、最上の知識の利用が必要であって、体系的な枠組みを用いて、人々の行動を理解するためのヒントを与えることが本書の目的であるとしています。、

 第2章「人間のパーソナリティー」では、①パーソナリティの部分は全体を維持し、全体は部分を維持する、②組織は、同時的に動的な対内対外の平衡を表示する、③パーソナリティは活動力(エネルギー)を表示する、④心理的活動力の源は欲求に中にある、⑤パーソナリティは多くの能力を持っている、⑥パーソナリティは「自我」として概念化されている、⑦防衛機能は脅威に対して自我を守る、⑧成長の意味はわれわれの「私的世界」ととその部分とにおける増大であるとし、⑨パーソナリティの基本的な自己実現の傾向を示しています。つまり、個人のパーソナリティは、個々の要素が単に部分的に合計されたものではなく、全体的な関連の中に把握されなければならないと。パーソナリティが内面的に均衡がとれていることを「適応」、外部環境と均衡を保っていることを「順応」、個々の環境の中で、それぞれに適応し、順応して均衡が維持されている状態を「統合」しているといい、統合状態のもとで目的を達成することにより「自己実現」が達成されるとしています。人間は自己実現に向けて努力をするが、自己実現の欲求が目的を達成しようとするエネルギーの源泉として作用し、このエネルギーを生理的エネルギーに対して心理的エネルギーと言うと。心理的エネルギーはあらゆる人間に存在し、人間である限りは必ず表出し、しかもその量は個人の心的状態によって左右され、こうして形成された個々のパーソナリティを「自我」と呼び、人間はさまざまな環境との対応の過程で自我を適応・順応させることによってパーソナリティを成長させていくとしています。

 第3章「公式組織」では、①公式組織は合理的な組織であり、②課業分化、命令の連鎖、指令の統一、管理の限界などの基礎原理を有するが、③成熟したパーソナリティの欲求と公式組織の間には、基本的な不適合があるとしています。例えば、仕事を専門化することは、個人の能力の一部分しか用いられないことになり、個人は未成熟なものとして捉えられることになり、また、命令の系統によって、人間は上位の管理者に従属的・受動的にならざるを得ず、さらに指揮の統一も個人の自発的な目的設定にはなり得ないし、管理範囲の原則は、末端の個人にとっては自己の統制範囲を狭めることになるとしています。その結果、組織内で自己実現を達成することが困難となり、人間は欲求不満、葛藤、失敗感、あるいは近視眼的な視野に立たざるを得なくなるとしています。

 第4章「個人の順応と集団の順応」では、そうしたフラストレートされた状況において個人(従業員)が取る行動のパターンを挙げ、基本的には、個人のとるべき行動は組織を去るか、順応するか、意識や価値観を変えることしかないが、組織内で仕事を続けることが一般的な選択肢であるとすれば、人間は組織に対して順応行動を取りながら、インフォーマルな集団を形成し、依存するようになるとし、例えば労働組合の形成は、インフォーマルな集団が公式化したものであるとしています。

 第5章「経営者の反応とそれが従業員に加える衝撃」では、生産性の低下を防ぐために経営者が従業員に対する経営方針としての、①より強力で「ダイナミックな」リーダーシップの発揮、②従業員の行動に対するより厳格な統制、③従業員を人間的な取り扱い方をしようとする一時的な「人間関係論」的な近づき方、のそれぞれについて、それらが従業員に与える影響を考察し、これらは根本的な問題を解決するかわりに、組織の問題を増やす傾向にあるとしています。

 第6章「第一線監督者」では、こうした従業員と経営者という二つの世界の分断の中、二つの世界を繋ぐ鎖となるべき中間層にいる第一線監督者(フォアマン)は、両方の世界の板挟みになって葛藤し、フラストレーションがたまり、さらに労働組合の介入によって、その権力と地位の多くを失いつつあるとしています。この問題に対して経営者は、フォアマンを経営者に一部にするなどの対策を取るが、多くのフォアマンにとってそれは、さらに緊張を増すものになりかねないとしています。

 第7章「公式組織と健全な個人との間の不一致の度合いを減少させるには」では、公式組織において個人が葛藤や欲求不満に順応するようにするにはどうすればよいかを説いています。そして、個人と組織との軋轢を解決する手段として「職務拡大」と「参加的リーダ ーシップ」(「従業員中心的リーダーシップ」)の導入を主張しています。「職務拡大(job enlargement)」とは、仕事の流れに従って、作業者が遂行する職務の数を増加させることにより、職務の幅を拡げることで、職務の水平的拡大とも言われ、作業者にまとまりのある職務を割り当てることによって、各自の職務に自己完結性を持たせようとするものであり、「参加的リーダーシップ」とは、すべてのメンバーが方針決定や将来の活動についての議論に参加することを許し、メンバーが自分自身の職務上の立場を決定することを容認するといった従業員の自己実現を許容するリーダーシップを指します。

 第8章「効果的な経営者行動の啓発」では、効果的なリーダーシップ行動とは、個人と組織の両方が同時に最適の自己実現を得られるようにするものであるとして、そのための経営者の行動を啓発するためのヒント、並びに経営者を啓発させる専門スタッフがとるべき行動を示しています。

 第9章「要約と結論」では、要約と結論として10の命題を掲げ、それらは、①健全な個人の欲求と公式組織の要請との間に適合欠如がみられる、②この混乱の結果は、欲求不満、失敗、短期間の展望および葛藤である、③ある条件のもとでは、欲求不満と失敗と短期間の展望と葛藤との度合は増大する傾向にある、④公式組織の持つ本質は、どのような階層にある部下にも、競争と対抗と部下相互間の敵意を経験させ、また全体よりもむしろ部分へ眼を向けることを助長させる原因となる、⑤従業員の順応行動は自己統合を維持し、公式組織との統合を阻害する、⑥従業員たちの順応行動は、累積的効果を持っており、組織の中へフィードバックし、また順応行動自体を強化する、⑦ある種の経営者の反作用は、順応行動の底に横たわっている敵意を増大しがちである、⑧その他の経営者の行為は、個人と公式組織との間の間の不適合を減少することができる、⑨職務拡大あるいは役割の拡大と従業員中心のリーダーシップとは、順応行動(命題③~⑥)が組織の文化と個人の自己概念との中に深く留まる程うまくいかないであろう、⑩命題⑨の中に含まれる困難は、現実志向のリーダーシップを用いることによって最小限にしうることができるであろう、となっています。

本書は、「組織学習論の父」とも称される著者による、組織と個人の関係をパーソナリティの観点から明らかにしょうとした野心的労作ということができ、行動科学的組織論の準古典的著作でもありますが、公式組織の捉え方などについて偏りがあるとの批判もある一方で、今日においてもその内容に多くの普遍性があります。かなり"堅め"の内容の本ですが、ここは頑張って自身で手にし、そうした内容を確認してみるのもよいでしょう。

《読書MEMO》
●パーソナリティ成長の過程(マチュリティ(成熟度)理論)(p88~89)
(1)受け身の状態から能動的になっていく傾向
(2)他人に依存する状態から独立した状態に発展する傾向
(3)数少ない仕方でしか行動できない状態から,多様な仕方で行動できるようになる傾向
(4)その場限りの浅い関心から,より深い興味を持つようになる傾向
(5)短期の展望から長期の展望へと発達する傾向。
(6)家庭や社会での従属的な地位から,同僚に対して同等あるいは上位に位置したいという傾向
(7)自己意識が欠如した状態から,自己を意識し,コントロールしようとするようになる傾向
●従来の伝統的組織論が,人間のパーソナリティの成長に及ぼす問題点を(p100~109)
(1)仕事の専門化
(2)命令の系統
(3)指揮の統一
(4)管理の範囲
●フラストレートされた状況において、個人(従業員)がとる行動のパターン(p125)
(1)組織を去る。
(2)出席し社長になるため一生懸命働く。
(3)自我を守り、防衛機構によって順応する。
(4)仕事の目標を下げたり、無力感・無関心になって順応する。
(5)(4)の結果、人間は物的報酬により大きな価値を置くようになる。(6)自分の子どもに対して、仕事上の満足を期待しないで、よい賃金や仕事以外の生活に期待するように教える。

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述べられていることに普遍性があるから「ベストセラー」になったのだと思わされた。

プロがすすめるベストセラー経営書9.JPGプロがすすめるベストセラー経営書.jpg  マネジメントの名著を読む.jpg リーダーシップの名著を読む.jpg 企業変革の名著を読む.jpg
プロがすすめるベストセラー経営書 (日経文庫)』 『マネジメントの名著を読む』『リーダーシップの名著を読む』『企業変革の名著を読む

プロがすすめるベストセラー経営書10.JPG 本書は経営書を紹介したものであり、読む前は、同じ日経文庫の『マネジメントの名著を読む』('15年)、『リーダーシップの名著を読む』('15年)など「名著を読む」シリーズと"同系統"かと思いましたが、一方で、タイトルの付け方やカバーデザインが少し違っているので"別系統"かなとも思ったりしました。

 実際のところ、手にしてみれば、『マネジメントの名著を読む』や『リーダーシップの名著を読む』、同じく「名著を読む」シリーズの一冊である『企業変革の名著を読む』('16年)と同様に、オリジナルは日経電子版の「日経Bizアカデミー」及び「NIKKEI STYLE出世ナビ」に2011年から連載の「経営書を読む」であり、経営学者やコンサルタントがマネジメントやリーダーシップに関する本を選んで解説したネットの連載に加筆したものでした。

 今回の特徴は、"ベストセラー"という選び方をしている点ですが、取り上げられている本のうち、『ワーク・シフト』『採用基準』が'12年刊行、『HARD THINGS』が'15年刊行と比較的最近のベストセラーであるものの、中にはベストセラーと言われてもピンとこないものもあるかも。因みに『イノベーションと企業家精神』は'15年刊行の「エッセンシャル版」を底本としています。

『サーバントリーダーシップ』三省堂 3.jpg ロバート・K・グリーンリーフの『サーバントリーダーシップ』なども'08年の翻訳刊行で、当時はベストセラーだったかもしれませんが、今は"定番""ロングセラー"と言った方がいいかもしれません。ただし、この本、リーダーシップの"定番"でありながら、『リーダーシップの名著を読む』では取り上げれていなかったので、ここで取り上げてもらえるのは有難いです(元本は571ページの大著で、読み手側からすれば、何らかの参考となる切り口が欲しいということもある)。

 これまでの「名著を読む」シリーズと同じく、本ごとに複数のケーススタディを示して解説していますが、今回は紹介している本が全8冊とやや少ないものの、1冊当たりの解説は充実してたように思います。述べられていることに一定の普遍性があるから「ベストセラー」になったのだろうなあと思わせるものがありました。

 国内・国外の「ベストセラー」が混ざっていますが、「ベストセラー」を近年の新刊に限定せず"広義"に解したのは正解だったでしょう。むしろ、連載時点で選者らが、単にベストセラーであるということより、「名著」乃至は「名著となりそうなもの」を選んでいるということなのでしょう。

【読書MEMO】
●取り上げている本
プロがすすめるベストセラー経営書00_.jpgFlag_of_日本.png『戦略プロフェッショナル』三枝匡著(日経ビジネス人文庫、2002年)―原理原則と熱い心がリーダーを作る(清水勝彦(慶應義塾大学ビジネススクール))
ワーク・シフト ―00_.jpgFlag_of_アメリカ合衆国png.pngワーク・シフト』リンダ・グラットン著(邦訳・プレジデント社、2012年)―明るい未来を切り開くためのシフトチェンジ(岸田雅裕(A・T・カーニー))
採用基準 伊賀泰代.jpgFlag_of_日本.png採用基準』伊賀泰代著(ダイヤモンド社、2012年)―リーダーシップが自分の人生を切り開く(大海太郎(ウイリス・タワーズワトソン・グループタワーズワトソン))
Flag_of_日本.png『ストーリーとしての競争戦略』楠木建著(東洋経済新報社、2010年)―3枚の札でビジネスに勝つ(小川進(神戸大学、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院))
『サーバントリーダーシップ』 -2.jpgFlag_of_アメリカ合衆国png.pngサーバントリーダーシップ』ロバート・K・グリーンリーフ著(邦訳・英治出版、2008年)―「良心」が会社を動かす(森洋之進(アーサー・D・リトル))
HARD THINGS.jpgFlag_of_アメリカ合衆国png.pngHARD THINGS(ハード・シングス)』ベン・ホロウィッツ著(邦訳・日経BP社、2015年)―人、製品、利益、の順番で大事にする(佐々木靖(ボストンコンサルティンググループ))
Flag_of_アメリカ合衆国png.png『イノベーションと企業家精神』ピーター・ドラッカー著(邦訳・ダイヤモンド社"エッセンシャル版"、2015年)―一つの目標に資源を集中させよ(森下幸典(PwCコンサルティング))
Flag_of_日本.png『経営戦略の思考法』沼上幹著(2009年、日本経済新聞出版社)―考え続けることが英断を生む(平井孝志(筑波大学大学院ビジネスサイエンス系))

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鋭い人間行動観察を通してアファーマティブ(ポジティブ)・アクションクションを擁護。

企業のなかの男と女.jpgMen and Women of the Corporation.jpg Rosabeth Moss Kanter  .jpg Rosabeth Moss Kanter.jpg Rosabeth Moss Kanter
"Men and Women of the Corporation: New Edition"(2nd ed.1993)
企業のなかの男と女―女性が増えれば職場が変わる』['95年]

ロザベス・モス・カンター    .jpg 本書は、社会学者である著者が、1970年代に約5年間外部コンサルタントとして働いたある大企業での男性・女性社職員について描いたエスノグラフィ(行動観察記)であり、1977年の原著(Men and women of the corporation)出版から16年を経た1993年に社会的変化を追記し改訂新版が刊行されています(以下の章はこの改訂新版の邦訳版(1995年/生産性出版)に準拠する)。

 本書での議論を貫いているコンセプトは「職務が人を作る」というものであり、「人が置かれた状況の特徴が行動を作る」のであって、よって「人は同じ状況に置かれれば男性も女性も同じ行動や態度を示す」としており、その状況を規定するものとして「機会」「権力」「数」の3つを挙げています。

 第1章「企業のなかの男と女‥そこに住む人々」では、企業の発展と経営精神や経営学の発展を、経営精神の男性化という視点から捉えています。第2章「インダストリアル・サプライ・コーポレイション‥舞台装置(要約)」では、本書の舞台となった「インダスコ社」(仮称)のオフィスや文化、階級システムなどを紹介しています。第3章「管理者たち」では、その中で働く人々、特に管理監督職につく男女の問題を扱っています。

 第4章から第6章にかけては、著者の理論を説明する3つの要因である「機会」「権力」「数」について述べています。そして、第7章「理論への貢献‥組織行動を決定する構造的な要因(要約)」では、経営学の2つの流れと、マルクス主義からの視点、また女性論として本理論と対立する理論を紹介し、検討を加えています。第8章「実践への貢献‥組織的変革、アファーマティブ・アクション、職業生活の質(要約)」では、政策への応用が論じられ、企業組織の改革や女性の数を増やすための施策が提起されています。

1977-08-Rosabeth-Moss-Kanter.jpg 本書が出版された1977年は、米国がアファーマティブ・アクション(欧州ではポジティブ・アクションと呼ばれている)を制定して10年目にあたっており、当初は人種間の不平等を是正するためのこの政策が女性にも適用が拡大され、それまで男性の職場と考えられていた管理職や多くの専門職、ブルーカラー的職種に女性も積極的に雇用することが義務付けられたり奨励されたりしたわけですが、その結果、広い分野に女性が現われ始めていたものの、その数はまだ少なく、「初の女性」という冠がつきまとう珍しいものであったようです(特に、高給を伴う職務では、なかなか女性の進出が進まない現状があったようだ)。

1977 08 Rosabeth Moss Kanter

 そうした中で、著者の主張は、第一に、女性の問題とされる企業における機会や地位の問題を男性の問題でもあるとし、職場において男性に特有とされる態度や行動が、実は機会や権力の有無や数の不均衡から生じているとしている点に大きな意味があります。そして、第二に、トークニズムという概念を発展させ、男女の人数の比率の不均衡は、多くのプレッシャーを少数派であるトークンに与え(トークンとは、本来は、目につきやすいもの、象徴という意味)、男性でも女性でも少数派に属する方に不利を与えるので、外部からの介入によって人数の平等を積極的に図らねばならないとしています。

 つまり、著者は、企業の中の大多数派(男性)とトークン(女性)の組織行動の中に見られるこの現象を本書において理論化し、トークンはトークニズムのプレッシャーのため、いつまでも力を発揮できず、発揮しても例外としか評価されないため、社会の固定観念を変化させる力とはならず、これが「最初の女性○○」が現われてもその後になかなか人数が増えないことの1つの理由であり、トークンを増やすには、外部からの圧力を使っう必要があるとしてアファーマティブ・アクション(ポジティブ・アクション)を擁護しているわけです。

 こうしたトークニズムの概念に踏み込んでいくのは本書の中盤以降にかけてですが、本書で描かれている「インダスコ社」の職員の企業生活が、1980年代の米国にとっての不況の時代以前のものであり、長期雇用を前提とした従来の日本型雇用の下での企業生活と似ているため、意外と身近な印象を抱きつつ読み進むことができるのではないかと思います。また加えて、著者の組織の中での人間の行動に対する鋭い観察の成果が組織行動論として冒頭から冒頭から随所に散りばめられており、人事パーソンであれば啓発される面も多いかと思います(個人的には第3章「管理者たち」における管理職の分析などは優れていると思った)。

《読書MEMO》
●目次
第1章 企業のなかの男と女‥そこに住む人々
第2章 インダストリアル・サプライ・コーポレイション‥舞台装置(要約)
第3章 管理者たち
第4章 機会
第5章 権力
第6章 数‥少数派と多数派
第7章 理論への貢献‥組織行動を決定する構造的な要因(要約)
第8章 実践への貢献‥組織的変革、アファーマティブ・アクション、職業生活の質(要約)

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従来型のリーダーシップ論とは異なるアプローチ。リーダー個人の動機や視点に注目。

静かなリーダーシップ.jpg静かなリーダーシップ5.JPG 企業変革の名著を読む.jpg
静かなリーダーシップ (Harvard Business School Press)』['02年]『企業変革の名著を読む (日経文庫)』['16年]

 本書(原題:Leading Quietly: An Unorthodox Guide to Doing the Right Thing,2002)では、特殊な能力を持つリーダーが組織の目的を達成するために力を発揮する従来の「ヒーロー型リーダーシップ」に対して、日常生活やビジネスの意思決定を正しく行い、地道な努力と絶妙な妥協によって目的を達成する能力を「静かなリーダーシップ」とし、目を引くヒーロー型リーダーよりも、静かなリーダーが社会で果たす役割の方が大きいと主張しています。そのうえで、第1章から第8章にかけて、静かなリーダーの8つの特徴的な考え方や行動特性について述べています。

 第1章では、静かなリーダーは「現実を直視する」としています。静かなリーダーは、現実的であるとともに自分の理解を過大評価せず、計画を立てるが予想外の事態にも備え、組織内のインサイダー(事情通)に目を光らせ、人を信頼しすぎないことがないのと同じく、人を信頼しすぎることもなく、信頼してもどこかで切り札を残しておくとしています。

 第2章では、静かなリーダーの「行動はさまざまな動機に基づく」としています。複雑でさまざまな動機が静かなリーダーの成功のカギとなり、また、リーダーであり続けるためには、自分の地位を守って交渉の場にとどまり続けなければならず、そのため健全な利己主義の感覚が必要であるとしています。

 第3章では、静かなリーダーは「時間を稼ぐ」としています。静かなリーダーは、難問に直面しても、問題に突進するのではなく、何とかして時間を稼ぐ方法を考えるとのことです。なぜならば、常に変化する予想不可能な世界では、流動的で多面的な問題に対して、即座に対策を考えるのは無理であるからだとしています。

 第4章では、静かなリーダーは「賢く影響力を活用する」としています。ここでいう影響力とは、主に人の評判と仕事上の人間関係で構成され、静かなリーダーは現実主義者であるため、自分の影響力を危険さらす前に、リスクと報酬(見返り)を考えるとしています。

 第5章では、静かなリーダーは「具体的に考える」としています。つまり、複雑な問題に直面した場合、忍耐強さと粘り強さをもって、自分が何を知っているのか、何を学ぶ必要があるのか、だれからの支援が必要なのかを理解しようとするとしています。

 第6章では、静かなリーダーは「規則を曲げる」としています。静かなリーダーは、規則について真剣に考え、創造性と想像力を駆使して規則を曲げながら、規則の目的を果たす方法を探すとしています。規則をないがしろにするのではなく、規則の解釈の余地を探すということです。

 第7章では、静かなリーダーは「少しずつ徐々に行動範囲を広げる」としています。今後の展開が不明な状況下で、リーダーシップが成功するかどうかは、事態を把握できるかどうかにかかっていて、そのためには、些細なステップを適切に実行する必要があり、静かなリーダーは探りを入れながら、物事の流れ、避けるべき危険、活用できるチャンスを徐々に理解するとしています。

 第8章では、静かなリーダーは「妥協策を考える」としています。静かなリーダーにとって妥協をを考えるということは、実践的な知識を習得して実行に移すことであり、多くの場合、妥協を考えることが、目的を達成する最善の方法であるとしています。

 第9章では、これまでの振り返りとして、静かなリーダーには「三つの静かな特徴」があり、それは、自制、謙遜、粘り強さであって、ほぼだれでも静かなリーダーシップ特徴を実践できるとして、これまで述べてきたことを振り返りつつ、この三つの特徴について解説しています。

 第1章から第8章にかけて各章ごとに、「静かなリーダー」のケーススタディとなる人物が1人または2人登場し、読みやすいものとなっています。一方で、あまり体系的に本書を理解しようとすると、却って読みずらいかも。著者自身、本書の"付録"で、「本書はエッセイである。理論構築、仮設の検証、結論の証明を行っているのではない」とし、「本書はガイドラインの形で、実践的なアドバイスも提供している」としています。

 従来型のリーダーシップ論とは異なるアプローチで、リーダーシップ論に新たな視点を与えているとともに、リーダー個人の動機や視点に注目し、そこからリーダーシップ論を展開しているという点でもユニークです。従来の「ヒーロー型リーダーシップ」が組織目標の達成というトップダウンの組織に動かし方であるのに対して、静かなリーダーシップはボトムアップ型の個人の目的達成を中心とした組織の動かし方であり、解説の渡邊有貴氏も書いているように、個人を視点としたリーダーシップ指向は強まると思われます。内部昇進でミドルがトップになっていく日本には理解しやすい内容であると思います。ミドルマネジメントにお薦めですが、もちろん人事パーソンが読んでも良いと思います。

 因みに本書は、『企業変革の名著を読む』('16年/日経文庫)において紹介されていて、こちらはコンサルタントやビジネススクールの人気教員たちが企業や組織の変革をテーマにした本をそれぞれ選んで解説したものですが(オリジナルは日経電子版の「日経Bizアカデミー」及び「NIKKEI STYLE出世ナビ」に2011年から連載の「経営書を読む」のうち2014年から2016年にかけて掲載のもの)、その11人12選のラインアップのうちの1冊となっています。いずれの紹介者たちも、本の内容を紹介するにあたって、コンサルなどで経験した本の内容に呼応するような事例を複数、ケーススタディとして交えながら解説するスタイルになっていて、『静かなるリーダーシップ』の紹介者はPwCコンサルティングの森下幸典氏ですが、分かりやすい解説でした(事例に関しては、元本の『静かなるリーダーシップ』自体が事例構成になっているので、元本を読んだ方が早い?)。

 『静かなるリーダーシップ』というタイトルでもあり、個人的にはリーダーシップの本として手にしましたが、ミドルマネジメント向けに書かれていて、個人の動機などに着眼していることが特徴として挙げられながらも、最終的には組織変革が目的となっているため、「企業変革」をテーマにした本と言えなくもないです。『企業変革の名著を読む』は、日経文庫の「名著を読む」シリーズの1冊でもありますが、テーマが「企業変革」とあるのにあまり「企業変革」らしくない内容の本も納められていて、そうした中で本書は、比較的オーソドックスな選本ということになるのかもしれません。

《読書MEMO》
● 『企業変革の名著を読む』で取り上げている本
企業変革の名著を読む9_1.jpg1 ジョン・P・コッター『企業変革力』
2 ロバート・バーゲルマン『インテルの戦略』
3 ピーター・センゲほか『出現する未来』
4 サリム・イスマイルほか『シンギュラリティ大学が教える飛躍する方法』
5 松下幸之助述『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』
静かなリーダーシップ.jpg6 ジョセフ・L・バダラッコ『静かなリーダーシップ』
7 C・K・プラハラード『ネクスト・マーケット』
8 シーナ・アイエンガー『選択の科学』
9 ナシーム・ニコラス・タレブ『ブラック・スワン』
倫理の死角2.jpg10 マックス・ベイザーマンほか『倫理の死角
11 若桑みどり『クアトロ・ラガッツィ』
12 アレックス・ファーガソン『アレックス・ファーガソン自伝』

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グリッド理論による人間のタイプ分けと対処法。理想の管理者像を示したリーダーシップ論。

BlakeMoutonPhoto.png期待される管理者像9.JPG期待される管理者像.jpg
期待される管理者像―新・グリッド理論』 ロバート・R・ブレーク/ジェーン・S・ムートン

 マネジリアル・グリッド論(Managerial grid model)とは、リーダーシップ行動論の1つで、1964年にロバート・R・ブレーク(Robert.R.Blake,1918-2004)とジェーン・S・ムートン(Jane.S.Mouton,1930-1987)によって提唱されたものです。エクソン社でコンサルタント業務を担当し、人間の行動について調べたブレークらは、管理の理論化手法、特にリーダーシップと動機づけに関して、現実との大きな開きがあると結論づけています。当時もてはやされていたモチベーション理論は、ダグラス・マグレガーのⅩ理論・Y理論でしたが、ブレークらは多くの社員の行動やモチベーションが、ⅩとYの中間にあり、Ⅹ理論・Y理論は、組織行動の全体像の一部にすぎないとして、「業績に関する関心」「人間に関する関心」「モチベーションに関する関心」の3本の軸を用いたモデルこそが現実をより正確に表すと結論づけています。

Leadership Dilemmas- Grid Solutions.jpg ブレークとムートンは、1964年発表の"The Managerial Grid"(『期待される管理者像』('65年/産業能率短期大学))に続いて、1978年に"New Managerial Grid"(『新・期待される管理者像』('79年/産業能率大学出版部))、1985年に"The Managerial Grid Ⅲ"(本邦未訳)を上梓していますが、本書はさらに1987年のムートン女史の急逝(享年58)後に改訂された1991年版("Leadership Dilemmas- Grid Solutions")の翻訳になります。

"Leadership Dilemmas- Grid Solutions: a visionary new look at a classic tool for defining and attaining leadership and management excellence (Blake/Mouton Grid Management and Organization Development Series)"(1991)
5つのグリッド・スタイル(リーダーシップ・スタイル)
マネジリアル・グリッド論.gif グリッド理論とは、リーダーシップの行動スタイルについて、「業績に対する関心」と「人間に対する関心」という2軸に注目し、横軸に「業績に対する関心」、縦軸に「人間に関する関心」をとり、それぞれにどの程度関心を持っているか、それぞれの軸を9段階に分け、ここにできる計81の格子(グリッド)をマネジメント・グリッドと称し、典型的な5つのリーダーシップ類型(9・1型、1・9型、1・1型、5・5型、9・9型)に分類したものでした。

 そして、この改訂版では、これまで強調されてきた5つのグリッド・スタイル(リーダーシップ・スタイル)に、さらにこれまでのタイプを複合した「温情主義(9+9型)」と「日和見主義」の2つが加えられ、7つのグリッド・スタイルが浮き彫りにされています。

 第1章では、リーダーシップを構成する6つのエレメント(葛藤処理・イニシャティブ・探究心・意思表示・意思決定・クリティーク)について解説しています。

 第2章では、横軸に「業績に対する関心」、縦軸に「人間に関する関心」をとり、業績と人間に関する関心がリーダーシップのスタイルを決めるとするグリッド理論によるリーダーシップの7つの分類が紹介されています。
 ・「9・1型」...「権威服従型」
 ・「1・9型」...「カントリー・クラブ型」
 ・「温情主義(9+9型)」
 ・「1・1型」...「無関心型」
 ・「5・5型」...「中道型」
 ・「日和見主義」
 ・「9・9型」...「チームマネジメント型」
 さらに、リーダーと同様に部下のタイプも、このグリッドに沿って7つに分類されるとしています。
 ・「9・1型」...「こわもて型」
 ・「1・9型」...「ご機嫌とり型」
 ・「温情主義(9+9型)」...「高級参謀型」
 ・「1・1型」...「無関心型」
 ・「5・5型」...「堅実型」
 ・「日和見主義」...「抜けがけ型」
 ・「9・9型」...「問題解決型」

 第3章以降、これら7つのリーダーシップの各スタイルの特徴を述べ、リーダーシップを構成する6つのエレメントはそれぞれどう表れるか、また、上司に対する部下の反応は部下のそれぞれのタイプごとにどうなるかを述べています。

 第3章では「9・1型」について、このタイプは「権威服従型」とも言われ、この型のマネジャーは業績を重視し、権限とコントロールシステムを強化するが、人間的要素を顧みない、とにかく「強い者が勝ち!」というタイプであるとしています。

 第4章では「1・9型」について、このタイプは「カントリー・クラブ型」とも言われ、この型のマネジャーは人間関係に十分気を配るが、業績に対する関心は低く、「楽しくやろう」というタイプであるとしています。

 第5章では「温情主義(9+9型)」について、このタイプのマネジメントでは、忠誠と服従の代償として厚遇が与えられるが、従わない者は罰せられる、「俺は偉いのだ!」というタイプであるしています。

 第6章では「1・1型」について、このタイプは「無関心型」とも言われ、組織の一員としての身分を保つために、仕事をやり遂げるための最低限の努力しかせず、人間に対しても業績に対しても関心が薄い、「触らぬ神に祟りなし」というタイプであるとしています。

 第7章では「5・5型」について、このタイプは「中道型」とも言われ、コツコツと平凡な仕事に精を出す組織人で、業績達成と人々の気持ちへの配慮をバランスよく保てば組織はうまく機能し、自らの帰属欲求も充足される、「これだけやれば十分だ...」というタイプであるとしています。

 第8章では「日和見主義」について、このタイプは、自分の利益追求のためにあらゆるグリッド・スタイルを使い分けるタイプで、とにかく「自分の得になることがあるか」を最優先するタイプであるとしています。

 ここまで(第3章から第8章)は、業績にあまり貢献しない6つのリーダーシップ・スタイルについての説明でしたが、第9章では、本書が理想のリーダーシップ・スタイルとする「9・9型」について解説しています。このタイプは「チームマネジメント型」とも言われ、仕事に打ち込んだ人によって成果を上げてもらうタイプで、組織目的という共通の利害関係を通じてお互いに依存し合うことによって、信頼と尊敬による人間関係を樹立する、「一人は全員のために、全員は一人のために」というタイプであるとしています。第10章では、「9・9型」のリーダーシップを発揮するための実務的な着眼点や具体的なやり方について述べています。

 第11章では、「あなたも9・9型のマネジャーになれる」として、9・9型のリーダーシップを身につけるためにはどうすればよいかを説いています。第12章では、チームワークを改善するにはどうすればよいかを説き、第13章では、グリッド方式が組織開発にどう応用できるかを、最終第14章では、組織開発にどのような効用があるのかを説いています。

 リーダーシップおよび組織開発の名著とされる本ですが、7つのリーダーシップ・スタイルにそれぞれ対応する7人のメンバーから成る組織を舞台としたストーリー仕立ての解説になっているため、読み易く(しかも翻訳ではその7人が日本人の名になっている!))、一度は目を通しておきたい本。ほぼ同じ時期に三隅二不二が提唱した「PM理論」と似ているところもありますが、発表されてから何度か時代に対応して改訂されているところが米国らしいと言えるかもしれません。但し、この「全改訂」版で"古典"として確立した印象もあり、入手できる内に読んでおきたいものです。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

《読書MEMO》
●内容説明(表紙カバー 折り返し)
本書は、いろいろな面で進展を遂げてきたグリッド理論を、時代に対応して集大成・再構築した最新版の完訳である。特に、変革しつつある現代のマネジメントを踏まえたリーダーシップのあり方を、従来の五つのグリッド・スタイルに新たに二つを追加、動機づけ要因の分析、クリティークとスタイル改善への着眼点の掘り下げを行いつつ、追究する。21世紀に向けて、理想の管理者像を明示した究極のリーダーシップ論。
●目次
第1章 人的資源を活かす鍵―リーダーシップ
第2章 グリッド理論によるリーダーシップの分類
第3章 9・1型―強い者が勝ち!
第4章 1・9型―楽しくやろう
第5章 温情主義(9+9型)―俺は偉いのだ!
第6章 1・1型―触らぬ神に崇りなし
第7章 5・5型―これだけやれば十分だ
第8章 日和見主義―自分の得になることがあるか
第9章 9・9型―一人は全員のために、全員は一人のために
第10章 9・9型の実務適用の着眼点と具体的やり方
第11章 あなたも9・9型のマネジャーになれる
第12章 チームワークの改善法
第13章 グリッド方式による組織開発
第14章 組織開発の効用と将来の展望

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成功し続ける企業が重視しているソフトエッジ(信頼、知性、チーム、テイスト、ストーリー)。

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グレートカンパニー――優れた経営者が数字よりも大切にしている5つの条件』(2015/09 ダイヤモンド社)"The Soft Edge: Where Great Companies Find Lasting Success"

ソフトエッジ グレートカンパニー.png 「フォーブス」誌の発行人でコラムニストでもあり、これまでに数多くの経営者に取材し、自らもアントレプレナーとして成功している著者による本書(原題:The Soft Edge―Where Great Companies Find Lasting Success、2014)は、成功し続ける企業(「グレートカンパニー」)に共通する原則とは何かを観察を通して探り、「優れた経営者が数字よりも大切にしている5つの条件」を紹介しています。

 第1章では、企業の持続的競争優位を導く「三角形」として、戦略的基盤、ハードエッジ、ソフトエッジの3つを挙げ、戦略のない企業が淘汰されるのはもちろんであるが、現代の経営者は、インフラやシステムを整備、活用しスピードや効率を重視した経営を目指すあまりハードエッジ(スピード、コスト、サプライチェーン、流通、資本効率)を重視しがちであり、一方、ソフトエッジ(信頼、知性、チーム、テイスト、ストーリー)はその真価が最も認められていない側面であるとしています。

 第2章では、企業がハードエッジに多くの予算を割く理由を、経営学の発展の歴史を辿ることで探り、ハードエッジの優位性は永遠には続かず、成長し続ける優れた組織は、ハードエッジとソフトエッジの両方で卓越しているとし、本書のテーマであるソフトエッジにも留意を払うべきであり、むしろ、このソフトエッジの重要性がより一層高まっているとしています。つまり、ソフトエッジを構成する信頼、知性、チーム、テイスト、ストーリーの5つの要素こそ「グレートカンパニー」が持つ成長し続ける条件であるとし、以下、第3章から第7章にかけて、ソフトエッジの5要素について章ごとに解説しています。

 第3章では「信頼」について解説しています。社外の人(顧客、サプライヤー、株主)との信頼関係の構築が大切なのはもちろんであるが、優れた会社は社内の人(従業員)との信頼関係の構築をより重視し、それにより社員は働きがいを得て目標達成のための努力し、またイノベーションを生むのも信頼という基盤があってのこととしています。

 第4章では「知性」について解説しています。ビジネスにおける「知性」とはIQの高さではなく、粘り強さや気概のことであり、やり遂げる力こそが「知性」であるとしています。さらに、「知性豊か(スマート)」なリーダーは、業界を問わず革新的な考えを持つ人からどんどん学ぼうとし、スマートな企業は、してしまったミスとその経験から学んだことについて話すよう、従業員に求めるとしています。

 第5章では「チーム」について解説しています。ここでは、大企業においてさえも、多様な10人前後の少人数チームが最もパフォーマンスが高いこと、メンバーの思考スタイルなども含めた多様性が、チームが全力を出すことを促進すること、チームリーダーがメンバーに大きな期待というプレゼントを与えるべきであること、などを挙げています。

 第6章では「テイスト」について解説しています。テイストとは、その企業が生む出す製品やサービスの味わいであり、それはデザインを超える美学であって、人々を幸せな気持ちにし、驚きや喜びを与えるとしています。つまり、デザインや機能だけでは持続的な優位性は築けず、顧客との特別なつながりをもたらす意味が必要となるが、テイストはこれら三大要素を統合したものであるとしています。

 第7章では「ストーリー」について解説しています。グレートカンパニーには心に響くストーリーがあり、ストーリーは人の心に訴えかけるのに最適の手段であって、従業員を一致団結させ、強力なリーダーシップ・ツールにもなるなど、ビジネスに関して行うあらゆることに影響を及ぼすとし、ストーリーテリングの6つコツを紹介しています。

 最後に結論として、データと感性の融合が最強のチームをつくるとしています。経営幹部レベルの人間関係が壊れている会社が、ソフトエッジへの投資をおろそかにしてきたことは間違いなく、ソフトエッジを大切にする会社には「対話」があり、それを支えているのが信頼、知性、チーム、テイスト、ストーリーの5つの要素であるとしています。

 ソフトエッジの5要素は、日本企業がこれまで大切にしてきたものと重なる部分も多いように思われます。著者は、テクノロジーや競争のレベルが上がるにつれ、この5つの要素がさらに重要になってくるとしています。本書にある多くの示唆の中には、日本企業の復活に繋がるヒントになる部分もあるように思われ、一読をお薦めします。

《読書MEMO》
●ストーリーテリングの6つコツ(第7章)
(1)シンプルにする
 多ければ多いほどよいと、たいていの人が思い違いをしている。視覚に訴えるものがあればあるほど、目立てば目立つほど、華やかであればあるほどよい、と。実際には、シンプルであることが、どんなものを生み出すプロセスにとってもカギになる。/小説家であれ画家であれデザイナーであれ、みなオッカムの剃刀で不要なものを削ぎ落としながらイノベーションを図る。そしてシンプルであればあるほど解決策はよりよいものになる。
(2)聴き手についてよく知る
 優れたストーリーの語り手はみな、聴き手がどういう人かをしっかり判断することができる。/「分析好きな人たちに向かって話すなら」とナンシー・デュアルテは言った。「感情に訴えるのを控えて信頼を保つ必要がある。逆に、感動しやすい人たちに向かって話す場合は、分析的な話し方にならないようにする必要がある」。読者のみなさんにしても、ロッカールームでするような話を、よもや会議室ではしないだろう。
(3)ネガティブな要素を強調しない
 ストーリーを語るときは、未来を推測するのは避けよう。むろん、大変なことは起きるかもしれない。今より状況が悪くなる場合もあるだろう。それは間違いないかもしれないが、メッセージは穏やかに伝えよう。不誠実になれとか率直な対話をすべきでないなどと言っているのではない。/誠実であるべきだし、また率直であるべきだ。ただ、欺瞞だとか人の心を操ろうとしているとしてさっさと退けられてしまうような、過激な予想はしないこと。
(4)偽りのない話に聞こえるようにする
 ストーリーを語るうえで、本当らしさは常に重要だ。リアリズムを加えることで言いたいのは、細かい点を詳細に述べると、場面を設定し、読者や聴き手を新しい場所へいざないやすくなるということだ。/しかし、詳細を話して共感を誘えばそれでいいわけではない。製品や事業の背景、つまりそれらが生まれた由来も語る必要があるのだ。アップルの元チーフ・エバンジェリストで『人を魅了する』(海と月社)を著したガイ・カワサキは、社史を語るときは「始まりの物語」を加えることを勧めている。
(5)苦難や失敗を正直に語る
 ストーリーを語って自分をさらけ出すことは、人々を魅了し、その心をつかむ強力な手段になる。成功までの道のりがそれほど簡単ではないことを、聴き手はよく知っている。そのため、ストーリーを語って自分をさらけ出すことは、人々を魅了し、その心をつかむ強力な手段になるのである。
(6)一に練習、二に練習、三、四がなくて五に練習
 ストーリーをうまく語る人は、みな練習を重ねている。それも、少しではなく、大変な量を積む。/スティーブ・ジョブズの伝説的なスピーチ力について私が尋ねると、ネスト・ラボのトニー・ファデルはこう答えた。「伝説的? まさか。マックワールドでプレゼンをするまでに、スティーブは五〇〇〇回も練習したんだ」/ほとんどの人は、最初に一〇回、二〇回あるいは三〇回話しても、下手だったものが並みのレベルになるくらいだろう。しかし、自分が自信と情熱を持っているテーマについて話すなら、TEDトークで証明されているとおり、誰もがとてもうまく語れるようになる─初めのちっともうまくできない間もめげずに努力を続けるならば。

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CEO向けだが、管理職・リーダー、人事パーソンにとっても啓発される箇所の多い本。

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HARD THINGS』(2015/04 日経BP社) べン・ホロウィッツ

 本書は、起業家、CEOを経て、シリコンバレーの最強ベンチャーキャピタルリストとして知られるようになった著者が、これまで自らが直面した困難(HARD THINGS)を語るとともに、それらを切り抜けてきた経験から得られた教訓をまとめた本です。イントロダクションで著者は、経営の自己啓発書は対処法を教えるところに問題があるとし、「ハード・シングス」に決まった対処法はないが、共通したパターンはあるとしています。

 第1章から第3章までは、著者が、起業したIT企業を成長させ、ピンチを切り抜けて会社を売却するまでの経験が述べられています。具体的には、世界初のウェブブラウザ「モザイク」を開発したマーク・アンドリーセンと共に1999年にラウドクラウド社を設立し、世界初のクラウド・コンピューティングのサービス企業として急成長を遂げますが、2000年にITバブルが破裂し、資金調達が困難になった絶望的な状況に陥り、クラウドサービス事業を売却、データセンターの管理ソフトを提供する新会社オプスウェア社として生まれ変わらせ、最終的には16億ドル超(1700億円超)で売却することに成功するまでの間、社員のレイオフや事業の売却など、幾度となく苦渋の決断を迫られてきた経緯が書かれています。そして、以下、第4章から第8章で、ラウドクラウドからオプスウェアまでの8年の道のりで得られたCEOとしての教訓を語っています。
 
 第4章では、物事がうまくいかなくなるときどうするかについて、「ひとりで背負い込んではいけない」など、つらいときに役に立つかもしれない知識を披歴しています。また、CEOは、会社の問題をありのまま伝えることが重要であるとし、隠さない方が良い理由を挙げています。更には、人を正しく解雇(レイオフ)する方法を6つステップで示し(この中では、最後の、逃げ隠れせず「みんなの前にいる」というのが印象的だった)、また、幹部を解雇する際に踏むべき4つのステップを示しています。

 第5章では、人、製品、利益の順番で大事にすることを説いています。人を大切にするのは「自分の会社を働きやすい場所にする」ためであり、そうできなければ「製品」と「利益」は意味を持たないとしています。また、会社は全員が同じ考えを持ち、全員が常に改善していればうまく回っていくとして、そのためには教育プログラムの実施が重要となるとしています。更には、大企業の幹部が小さな会社で活躍できない理由を指摘し、無残な失敗を防ぐにはどうすればよいかを説いています。

 第6章では、会社が成長し人が増えると正しい方針も変化するため、事業を継続するには、社内政治を最小限に抑え、採用や昇進に常に注意を払うべきであるとしています。また、優秀なはずの人材が最悪の社員になるのはどのような場合か、個人面談で役に立つ質問とはどのようなものかなどを例示し、自分自身の企業文化を構築するにはどうすればよいか、会社を急速に拡大させるにはどうすればよいかを説き、一方で、成長への過剰な期待の誤りも説いています。

 第7章では、CEOとして最も困難なスキルは、自分の心理をコントロールすることであるとしています。また、CEOに必要とされる唯一の資質はリーダーシップであり、「ビジョンをいきいきと描写できる能力」「正しい野心」「ビジョンを現実化する能力」の3つの資質が重要であるとしています。更に、自身をCEOとして鍛えるうえで、社員にフィードバックを与えることの重要性を説いています。

 第8章では、困難な問題を解決する法則はないことを改めて強調しながらも、だだし、CEOが困難な決断をしなければならない時に備えて、倫理面、感情面も含めどのような準備をしておくことが役に立つかを説いています。

 最後の第9章では、「苦闘を愛せ」「自分の独特の性格を愛せ。生い立ちを愛せ。直感を愛せ。成功の鍵はそこにしかない」とし、困難に立ち向かう人々に「幸多かれ、夢の実現あれ」という言葉を贈って本書を締め括っています。

 内容的には起業家やCEO向けに書かれた問題解決法が主であり、スタイル的にもCEO向けに書かれていますが、マネジメントに悩む人に共通するテーマも多く扱われていて、経験に基づいた説得力のあるアドバイスの数々は、一般の管理職やリーダーにとって参考になる部分も多いように思います(実際、ベンチャー経営者向けの本と思われているフシもある一方で、「ビジネス書大賞2016」と「ベスト経営書1位」の2冠を達成しているということは、広く読まれたということでもあるだろう)。取り上げられている諸問題の中には人事マネジメントに関するテーマも少なからずあり、と言うより半分以上は人事関係なので、人事パーソンにとっても啓発される箇所の多い本、大いに示唆に富む本ということになるかと思います。

【2794】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『プロがすすめるベストセラー経営書』 (2018/06 日経文庫)

《読書MEMO》
●目次
第1章 妻のフェリシア、パートナーのマーク・アンドリーセンと出会う
第2章 生き残ってやる
第3章 直感を信じる
第4章 物事がうまくいかなくなるとき
第5章 人、製品、利益を大切にする―この順番で
第6章 事業継続に必須な要素
第7章 やるべきことに全力で集中する
第8章 起業家のための第一法則
第9章 わが人生の始まりの終わり
●つらいときに役に立つかもしれない知識(98p)
・ひとりで背負い込んではいけない。
・単純なゲームではない。(苦闘は戦略が必要なチェスだ。)
・長く戦っていれば、運をつかめるかもしれない。
・被害者意識を持つな。
・良い手がないときに最善の手を打つ。
●人を正しく解雇する方法(106p)
・ステップ1 自分の頭をしっかりさせる
・ステップ2 実行を先送りしない
・ステップ3 レイオフの理由を自分の中で明確にしておく
・ステップ4 管理職を訓練する
・ステップ5 全員に説明する
・ステップ6 みんなの前にいる
●幹部を解雇する準備(112p)
・ステップ1 根本原因分析
・ステップ2 取締役会に報告する
・ステップ3 解雇通告の準備
・ステップ4 社内コミュニケーションの準備
●なぜ部下を教育するのか(154p)
1.生産性
2.業績管理
3.製品品質
4.社員をつなぎとめる
●「もっとも頭のいい人間が最悪の社員になる」3つの例(232p)
例1.異端者(1 無力感。2 性格が本質的に反乱者。3 未成熟で衝動的。
例2.信頼性のなさ
例3.根性曲がり

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ヴィニート・ナイアー)

HCLテクノロジーズが歩んだ「従業員第一、顧客第二」への旅の4段階を説く。

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社員を大切にする会社 ―― 5万人と歩んだ企業変革のストーリー』(2012/02 英治出版)ヴィニート・ナイアー

 インドに本社を置く大手グローバルIT企業HCLテクノロジーズ(HCLT)の総帥として、「従業員第一主義―EFCS (Employees First, Customers Second)」を経営理念として掲げ、5年間で同社を目覚ましい転換へと導いたヴィニート・ナイアー(Vineet Nayar,2005年、HCLT社長に就任。2007年、同社CEOに就任)による本です(原題"Employees First, Customers Second: Turning Conventional Management Upside Down",2010)。本書では、HCLTが歩んだ「従業員第一、顧客第二」への旅の4段階について、
 ・鏡よ鏡―変革の必要性を見出す
 ・透明性による信頼―変革の文化を生み出す
 ・組織のピラミッドを逆さまにする―変革の構造を築く
 ・CEOの役割を変える―変革の権限を委譲する
の順に述べています。

 第1章「鏡よ鏡―変革の必要性を見出す」では、第一段階の変革の必要性を見出すステップとして、鏡に映る自分たちの姿を見て、自分の気にいらないものを探したといいます。HTCLは、成長はしているが、他のITベンダーの成長と比較すると成長が小さいという微妙なポジショニングの中で、あえて自分たちは後続集団にいるという現実と向き合うという決断をしたとのことです。そして、「鏡よ鏡」というエクスサイズを繰り返し、見つかった問題がいくつかあったといいます。その中で、これからは、イノベーションは「何を提供するか」と「どのように提供するか」の両方がうまく機能しなくてはできなければならず、そのような視点で現状を見ると、「バリューゾーンにもっとも近い従業員を会社が支えていないことに問題がある」ことに気づき、会社全体がバリューゾーン(顧客に価値を提供している人たち)に仕えることが必要であるとの考えから、「従業員第一、顧客第二」というコンセプトができたとのことです。

 第2章「透明性による信頼―変革の文化を生み出す」では、変革の必要性が生まれても、「変化したい」という意志と実際に「変化する」という行為との間にはしばしば大きなギャップがあり、このギャップの理由の一つは、経営者と従業員の間における信頼の欠如であり、信頼の文化を築く必要があったとしています。HCLTでは、組織構造が従業員の足枷になり、才能の発揮を妨げていて、この状況を解決するためには、信頼の文化が必要であり、そのためには透明性を高めることが必要だったとしています。そのために、各利害関係者が企業のビジョンを知り、自分の貢献が具体的にどれだけ組織の目標達成に役立ったかを理解できるようにするとともに、各利害関係者が企業の目的に対し、個人的で深い責任感を持てるようにしたといいます。また、組織の外部から要員を投入し、特定のプロジェクトや任務を担当させ、これらの外部要員がすぐにスピードを上げて、できるだけ効率よくプロジェクトに着手できる唯一の方法は、企業が情報を隠さず、プロジェクトが抱える長所、短所、問題点、懸念などを完全に透明化することであり、それが信頼に繋がるとし、このために、CEOのオフィスを開放するなど、様々な方策を講じたとしています。

 第3章「組織のピラミッドを逆さまにする―変革の構造を築く」では、変革への必要性を理解し、信頼の文化を生み出し、従業員が前向きな変化に向けて行動を起こしても、組織風土の欠陥が最善の結果が生まれるのを妨げていることがあり、HCLTの問題は「バリューゾーンにもっとも近い従業員を会社が支えていないこと」であって、この問題を解決するために、HCLTは逆ピラミッド型の組織を構築したとのことです。単にサーバント・リーダーシップにとどまらず、アカウンタビリティを逆転させたが、その仕組みを実現しているが、先に述べた徹底的な透明化であり、なかでも、効果的だったのがスマートデスクサービスである。スマートデスクサービスは、顧客用に構築された問題管理システムをバックオフィスと従業員の間の社内的な懸案事項に対応しようというものであり、従業員に何か問題が生じたり、情報が必要になれば、従業員は対応を求めて、担当部署にチケットを発行し、チケットにはデッドラインが示されていて、誰もが閲覧でき、解決したかどうかの判断は発行者にしかできないというものであるとのことです。

 第4章「CEOの役割を変える―変革の権限を委譲する」では、最後のステップはCEOの役割を変えることだったとし、まずは、変革の権限をリーダーに委譲すること、そのために、バリューゾーンの近くにいるリーダーに質問を投げかけ、彼らに解決を委ね、それによって、自己管理、自己統制が可能な企業に生まれ変わることができるとしています。そこでは従業員自身が経営者であるように感じながら、仕事に情熱を燃やし、絶えず変革とイノベーションに力を注ぐようになるとしています。「社員に責任と権限を与え、社員の英知や情熱の邪魔をしないこと」が経営者の仕事であるということです。

 最後の第5章「誤解から理解する―変革のサイクルを繰り返す」では、「従業員第一、顧客第二」に関する、「困難な時期においては通用しない」「景気のいい時には必要ない」「顧客には価値がわからない」「実行には大規模な戦略が必要になる」「企業の業績が上がるわけではない」という5つの誤解に対して反論しています。そして、ここまで「従業員第一、顧客第二」の旅を通して、鏡の中をのぞくこと、透明性を通して信頼を築くこと、ピラミッドを逆さまにすること、変革の権限を全員に委譲すること、という4つの段階を通過してきたわけだが、「従業員第一、顧客第二」とは、ひと連なりの活動のサイクルとして捉えるべきであって、何度も繰り返されるべき旅であるとしています。最後に自らの経験から、「人は自分のしていることに情熱と責任を感じるとき、会社を変革できるだけでなく、自分自身をも変革できる」としています。

 就任4年で売上3倍、利益3倍、顧客5倍、離職率半減...と大企業を見事に再生させた経営者がその歩みを自らが語った回想記ですが、自慢話などではなく、組織風土改革のテキストとして読めるかっちりした内容で、多くの企業にとって普遍性のある示唆に富んでいるように思います。外資系企業では、サウスウェスト航空、スターバックスが「従業員第一、顧客第二」を掲げ、日本でもケーズデンキが「従業員第一、顧客第二」を掲げています。こうした企業がちらほら見られるにしても、まだまだ「顧客第一主義」を謳っている企業の方が圧倒的に多いかと思います。やはり、どこか「従業員第一、顧客第二」というものに対する誤解や疑念があるのかもしれません。そうした自らの誤解や疑念を解く上で一読の価値がある、啓発度の高い本であると言えます。


《読書MEMO》
●目次
イントロダクション
第1章 鏡よ鏡―変革の必要性を見出す
第2章 透明性による信頼―変革の文化を生み出す
第3章 組織のピラミッドを逆さまにする―変革の構造を築く
第4章 CEOの役割を変える―変革の権限を委譲する
第5章 誤解から理解する―変革のサイクルを繰り返す

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ロバート・S・キャプラン/デビッド・P・ノートン)

バランスト・スコアカードに関する知識を得たいと考えている人には必読の書。

キャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード1.JPGキャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード.jpg  ロバート・キャプラン/デビッド・ノートン.jpg Robert Kaplan & David Norton
キャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード』['01年]

バランス・スコアカード 1997.jpgバランス・スコアカード―戦略経営への変革.jpg 著者であるロバート・S・キャプラン(Robert Kaplan、ハーバード・ビジネススクール教授)、 デビッド・P・ノートン(David Norton、コンサルタント会社社長)が、企業を財務、顧客、内部ビジネス・プロセス、学習と成長という4つの視点から評価していくバランスト・スコアカードを1992年に発表したのは、それまでの企業の業績評価が財務諸表(損益計算書、貸借対照表など)に偏っていたのではないかとの反省に基づくものであり、このバランスト・スコアカードの理論と事例を纏めたものが"Balanced Scorecard: Translating Strategy into Action《1996》"(吉川武男:訳『バランス・スコアカード』('97年/生産性出版))でした(2011年に同訳者による新訳版が刊行された)。
バランス・スコアカード―新しい経営指標による企業変革』['97年]『バランス・スコアカード―戦略経営への変革』['11年]

The Strategy-Focused Organization.jpg その当時のバランスト・スコアカードの目的は、業績測定問題を解決することにありましたが、しかし、実際の導入例においては、業績の測定よりも更に重要な戦略の実行を目的として導入されており、つまり、戦略と行動のギャップを埋め、具体的な活動に繋げていくためのフレームワークとして、戦略と行動の関連付けを明確にし、その上で、効果測定に活用することで導入企業は、1、2年の間に大きく業績を向上させていました。

 本書(原題:The Strategy-Focused Organization: How Balanced Scorecard Companies Thrive in the New Business Environment《2000》)では、そうした導入事例を踏まえて、企業がバランスト・スコアカードを通して重要なマインド・プロセスを戦略に方向づけ、戦略を実行し、業績向上に役立たせるための理論的で包括的なアプローチを提供しています。

"The Strategy-Focused Organization: How Balanced Scorecard Companies Thrive in the New Business Environment"

 まず第1章で、戦略実行のためのバランスト・スコアカードの導入事例を挙げ、バランスト・スコアカードによって戦略志向の組織体となるための原則として、①戦略を現場の言葉に置き換える、②組織全体を戦略に向けて方向づける、③戦略を全社員の日々の業務に落とし込む、④戦略を継続的なプロセスにする、⑤エグゼクティブのリーダーシップを通じて変革を促す、の5つを挙げています。そして、第2章で、第1章で紹介した事例の中からモービルの事例について、更にこの5つの原則に沿って詳しく紹介しています。

 以下、第1部(第3章~第5章)で「戦略を現場の言葉に置き換える」、第2部(第6章~第7章)で「シナジー効果を創造するために組織体を方向づける」、第3部(第8章~第10章)で「戦略を全社員の日々の業務に落とし込む」、第4部(第11章~第12章)で「エグゼクティブのリーダーシップを通じて変革を促す」について、第5部(第13章~第14章)で「エグゼクティブのリーダーシップを通じて変革を促す」についてそれぞれ解説しています。

第3章 戦略マップの構築「戦略の因果関係を定義づける」(109p)
図 1 BSCの4つの視点の関係(水平構造).gif 第1部「戦略を現場の言葉に置き換える」の第3章では、戦略マップをどのように構築するか、第4章では、営利企業における戦略マップの構築、第5章では、非営利組織、政府、ヘルスケア機関における戦略マップの構築について、それぞれ、ナショナル・バンク・オンライやシャーロット市、デューク小児科医院などの事例を挙げながら解説しています。

 第2部「シナジー効果を創造するために組織体を方向づける」の第6章では、ビジネス・ユニットのシナジー創造について、第7章では、シェアードサービスを通じてのシナジー創造について、それぞれFMC社、モービルNAM&Rなどの事例を挙げながら解説しています。

 第3部「戦略を全社員の日々の業務に落とし込む」の第8章では、戦略意識の高揚を図るにはどうすればよいか、第9章では、個人レベルとチーム・レベルの目標をどう定義づけるか、第10章では、バランスト・スコアカードに基づく報酬制度はどうあるべきかを、それぞれ、ノバ・スコシア電力会社などの事例を挙げながら解説しています。

 第4部「戦略を継続的なプロセスにすること」の第11章では、計画設定と予算管理について、第12章では、フィードバックと学習のさせ方について、ABBスイスなどの事例を挙げながら解説しています。

 第5部「エグゼクティブのリーダーシップを通じて変革を促す」の第13章では、リーダーシップと活性化について、第14章では、失敗を回避するための留意点について解説しています。

 改めて要約すると、バランスト・スコアカードを単に業績評価の新たなツールとしてではなく、企業のビジョン・戦略に沿って各階層の意識や方向性の具体化を図るために、このバランスト・スコアカードを戦略に組み込み、戦略をマネジメントするツールとして、戦略の実効性を支援する機能を果たさせることが重要であるとし、その考え方や手法を説いているのが本書です。前著が理論書であったのに対し、本書は実務書であると言え、事例や文献を豊富に提供しているのが特徴で、これから実際にバランスト・スコアカードを導入する企業やそれを支援するコンサルタント、バランスト・スコアカードに関する知識を得たいと考えている人事パーソンには必読の書と言えます。

【2201】 ○ グローバルタスクフォース 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』 (2004/07 総合法令)
【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)


《読書MEMO》
●個人レベルのバランスト・スコアカードは、
①全社目標と業績測定尺度
②全社目標を特定の目標に落とし込むための箇所
③個人やチームが自分達たちの目標とそれを達成するためのステップ
という3つのレベルの情報が入れられる(第3部・第9章、310p)

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新しい企業モデルとしての「個を活かすマネジメント」を提唱。

個を活かす企業1.JPG個を活かす企業.jpg 個を活かす企業2.jpg christopher-bartlett-sumantra-ghoshal.jpg
個を活かす企業―自己変革を続ける組織の条件』['99年]/『【新装版】個を活かす企業』['07年]Christopher Bartlett & Sumantra Ghoshal
"The Individualized Corporation: A Fundamentally New Approach to Management"
企業のグローバル化の4類型.pngThe Individualized Corporation.jpg 「企業のグローバル化の4類型」の提唱者としても知られる著者らよる本書(原著"The Individualized Corporation"1997年)によれば、1980年代後半ごろから、世界中の企業はリストラ、組織階層の削減や事業の再編といった波にさらされてきたが、これは、グローバル競争の本格化によって市場の形態が変わり、技術革新のペースが速まり、情報化社会が急速に進展したことによるものであるとのことです。そうした情勢の中、本書では、世界の20社以上の企業のマネジャーにインタビュー取材し、これからの新しい企業モデルはどうあるべきかを探っています。

 第1部「新しい企業モデルの誕生」第1章「マネジメントの再発見―成熟企業から成長企業へ」では、ウェスチングハウスが送変電・配電部門をABBに買収された事例を通して、ABBがウェスチングハウスには存在しなかった個人に対する揺るぎない信頼を通して、そこで働く人の行動を変え、業績を好転させた、その新たなマネジメントの在り方を、元ウェスチングハウスのマネジャーの立場から描いています。

 第2部「『組織の中の個』から『個を活かす組織』へ」第2章「個人への信頼―自発性と起業家精神を育てる」では、3Mにおける「制度化された起業家的な行動」の3つの特徴(①「当事者意識」、②「自己規律」、③「支援的な文化」)を紹介し、閉じ込められた起業家精神を解放し、その潜在能力を発揮することができるようにするには、単なるエンパワーメント・プログラムを超えた、個を活かす企業の魂ともいえる、個人への信頼が重要となってくるとしています。

 第3章「知識の創造と利用―個人のノウハウを組織学習へ」では、マッキンゼーなどの例を挙げ、個を活かす企業は、個人の自発性と専門性を発揮させるだけではなく、組織の中に分散している自発性を結合させることが必要であり、組織学習によって個人のノウハウを育成するとともに、人材の採用を戦略的意思決定と考える必要があるとしています。また、組織横断的な情報の流れを作るとともに、信頼に基づく企業文化を築いて、組織の価値観を共有しなければならないとしています。

 第4章「継続的な自己変革―改善から再生へ」では、花王における継続的な自己変革の例を紹介し、自己変革能力に不可欠な要素として、①内部エネルギー引き出すストレッチを根づかせる、②柔軟な組織をつくる、③(伝統的な役割と組織に不均衡をもたらす)動態的な不均衡状態をつくり出す、の3つを挙げています。

 第3部「個を活かす企業の構築とそのマネジメント」第5章「社内の行動環境を変える―変革に必要な四つの特性」では、社員の行動をむしばむのは、「服従」「コントロール」「契約」「制約」という古臭い環境であり、それに代わって「規律」「サポート」「信頼」「ストレッチ」という4つの要素が相互に作用し共に進化するような変革の環境によって、変革のダイナミクスが生まれるとしています。 

 第6章「組織力の構築―プロセスのポートフォリオとしての企業」では、たとえ古い組織構造であっても変革は可能であり、企業を表向きの組織構造の観点から理解することは不可能であって、「起業プロセス」(現場のマネジャーが機会を求めて外を向く)、「統合プロセス」(企業内に分散する資源・競争力をビジネスに結び付ける)、「変革プロセス」(絶えず自分の信念や慣行に挑戦する)の3つのプロセスのポートフォリオとして考えるべきであるとしています。

 第7章「個人のコンピタンシーの開発―新しいマネジャーの役割」では、新しいマネジメントの役割に必要なコンピタンシーを「態度・特性」「知識・経験」「スキル・能力」の3つのカテゴリーに分類し、マネジメントにとっての最重要課題は、異なる役割において成功できる個人特性を見極め、素養があることが明らかなら、その望ましい資質をサポートし活用するための知識やノウハウを開発することであるとしています。

 第8章「変革プロセスのマネジメント企業―企業再生の三段階」では、個を活かす企業への変革を遂げるには、第一段階:合理化 起業家的な動きを創り出す、第二段階:再活性化 統合とシナジーを創り出す、第三段階:再生 継続的な自己変革を達成する、の3段階のプロセスをマネジメントすることが必要であるとしています。

 第4部「新しい企業の時代」第9章「会社と個人の新たな関係―価値創造者としての企業」では、個を活かす企業の経営哲学は、人のために価値を創造する「価値創造者としての企業」というコンセプトに繋がり、それは従来の雇用契約とは異なる新しい道徳契約に立脚しているとし、株主、顧客、社員、政府、地域社会などのステークスホルダーの間で未来を共有する関係を築き上げることが、その目的となるとしています。

 第10章「変わるトップ・マネジメントの役割―企業目的、プロセス、社員への視点」では、これからのマネジメントの役割は、ハードウエアである3S(戦略、組織、経営システム)から、ソフトウエアである3P(目的:Perpose、経営プロセス:Process、人:People)に関心を変える必要があるとしています。

 本書で提唱されている新しい企業モデルは、「組織の中の個」から「個を活かす組織」を作りあげることであり、個を活かす組織を構築するためには、マネジャーの役割を新たに創出しなければならず、そこから会社と個人の新しい関係が生まれてくるというのが本書の主張です。そして、社員個人が起業家精神を持つこと、タテの管理からヨコのつながりを重視した組織を作ること、そして、その組織はマネジャーを中心とした小さなグループの集合体であること―これが、企業を活き活きと活性化するカギであることを明らかにしています。

 '90年代に刊行された本であり、著者の一人スマントラ・ゴシャールは2004年に55歳の若さで他界していますが、いま企業には日々学習し、自己変革を続ける個の集まりとなることが求められているという意味では、今世紀においてもまったく色褪せていない、と言うよりますます重みを増している内容であり、そのことを裏付けるかのように、本邦でも2007年に新装版が刊行されています。

《読書MEMO》
●目次
第1部 新しい企業モデルの誕生
第1章 マネジメントの再発見―成熟企業から成長企業へ
 ある熟練マネジャーの転機
 老いた事業に新たな生命を吹き込む
 マネジメントの再発見
 トップ・マネジメントの率先垂範
 異端児か、それとも模範生か
第2部 「組織の中の個」から「個を活かす組織」へ
第2章 個人への信頼―自発性と起業家精神を育てる
 制度に組み込まれた3Mの起業家精神
 当事者意識を育てる
 自己規律を育てる
 支援できる環境をつくる
 閉じ込められた起業家精神を解放する
第3章 知識の創造と利用―個人のノウハウを組織学習へ
 戦略立案を超えた組織学習
 マッキンゼーにおけるグローバルな知識の活用
 個人のノウハウを養成する
 組織横断的な情報の流れを作る
 信頼に基づく企業文化を築く
 組織の価値観を共有する
 統合されたネットワークとしての組織
第4章 継続的な自己変革―改善から再生へ
 花王の継続的な自己変革
 ストレッチを根づかせる
 柔軟な組織を作る
 動態的な不均衡状態をつくり出す
 「酸い」と「甘い」を調合するマネジメント
第3部 個を活かす企業の構築とそのマネジメント
第5章 社内の行動環境を変える―変革に必要な四つの特性
 重要な「職場のにおい」
 変革のための環境
 フィリップス半導体事業部の変革
 環境から行動へ
第6章 組織力の構築―プロセスのポートフォリオとしての企業
 古い組織構造でも変革はできる
 ABBの組織
 プロセスのポートフォリオとしての企業
 新しい組織モデル
第7章 個人のコンピタンシーの開発―新しいマネジャーの役割
 新しいマネジメントの役割と個人の能力
 新しい個人のコンピタンシーと人事の役割
 個人の潜在能力を発見する
第8章 変革プロセスのマネジメント企業―企業再生の三段階
 変革の過程
 第一段階:合理化 起業家的な動きを創り出す
 第二段階:再活性化 統合とシナジーを創り出す
 第三段階:再生 継続的な自己変革を達成する
 個を活かす企業への変身
第4部 新しい企業の時代
第9章 会社と個人の新たな関係―価値創造者としての企業
 個を活かす企業の経営哲学
 人のために価値を創造する
 「未来を共有する」関係を築く
第10章 変わるトップ・マネジメントの役割―企業目的、プロセス、社員への視点
 戦略、組織構造、システムを超えて
 マネジャーの新たな任務

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○経営思想家トップ50 ランクイン(チャールズ・ハンディ)

あるべき資本主義を説いた経営論であるとともに、企業人のための人生論でもある。

もっといい会社、もっといい人生68.jpgもっといい会社、もっといい人生0_.jpg The Hungry Spirit.jpg チャールズ・ハンディ.jpg Charles Handy
もっといい会社、もっといい人生―新しい資本主義社会のかたち』(1998/11 河出書房新社)"The Hungry Spirit" (1997)

チャールズ・ハンディ ド.jpg 「イギリスのドラッカー」とも呼ばれ、英国のみならず欧州を代表する経営思想家であるチャールズ・ハンディ(Charles Handy、1932年生まれ)の著作(原題:The Hungry Spirit: Purpose in the Modern World,1997)で、チャールズ・ハンディはオックスフォード大学で哲学を専攻した後シェル石油の幹部となるも早々に辞めてMITのスローンスクールを経て、ロンドン・ビジネススクールの設立に関わった現代経営学の権威です。彼の著作の本邦訳は『ディオニソス型経営―これからの組織タイプとリーダー像』('82年/ダイヤモンド社)、『ビジネスマン価値逆転の時代―組織とライフスタイル創り直せ(The Empty Raincoat)』('94年/阪急コミュニケーションズ)、『パラドックスの時代―大転換期の意識革命(The Age of Paradox)』('95年/ジャパンタイムズ)がありますが、「英国のドラッカー」と称される割には日本ではあまり知られていないかもしれません。本書は1997年の著作ですが、当時から市場至上主義・新自由主義の陥穽を的確に捉え、それに警鐘を鳴らしています。

 第1部「きしむ資本主義」では、資本主義社会の難問と懸念について探究しています。第1章「市場原理だけではうまくいかない」で、理論的には、市場はあらゆるものを平準化させ、最終的には、すべてのものが最も優れた、あるいは最も安価なものに追いつくはずだが、実際に起きている事態はそうなってはいないとし、市場原理に基づく効率性の追求は、社会全体としては大きな歪を生み出した(28p)としています。

 第2章「効率追求の落とし穴」では、日本のメーカーの「ジャスト・イン・タイム」方式は、「工場の生産にあわせた部品を運ぶトラックの列が付近の道路の大渋滞を引き起こし、結果、税金による道路整備が必要になった」、つまりメーカーは自らの改善コストを国民にツケ回ししたとし(44p)、また、こうした歪みは日本だけの事象ではなく、ジョン・F・ケネディ大統領の「上げ潮にのればすべての船が上がっていく」という想定も、一部の船が、他のものよりずば抜けて高く上がることになったとして(46p)、効率の追求は、社会をそうした一握りの者向けには有利に、ほかの多数の人々には不利なように傾斜させることから間違っていたことがわかったとし、効率は経済成長を生み出すが、その偏重は破滅への道に繋がるとしています。。

 第3章「資本主義の欠点を押さえて長所を生かす」では、市場経済と効率には欠点があるが、資本主義の欠点を直そうとして、資本主義自体まで失ってはならないとして、経済の発展を促し、起業家に自己表現の機会を提供しているシリコンバレー企業の例を挙げています。また、資本主義は手段にすぎず、何を目的にするか決めるのは私たちであって、自分やほかの人々のために人生から何を得ようとしているのかを私たちが十分に理解することなしには何も変わらず、人生観はカネに正当な位置づけを与えるが、それ以上に重視されるものではないとしています。

 第2部「人生の意味を位置づけ直す」では、人生の目的を探究し、「世界を現状より少しでも良くすることが目的でなくてはならない」としています。第4章「個人が主権者となる時代」では、自分の人生の台本を自ら書くことの重要性を説き、また、企業にも個人と同様に、自分の行動と運命に責任があるとしています。

 第5章「自分の夢と社会の夢の両立」では、ゆらぐ自己同一性を確立することの重要性を説き、人生の真の目的に至るまでには「生計維持型」「外部志向型」「内部志向型」の3段階の心理学的類型があり、これはマズローや多くの発達心理学者の教えとも一致するとしています。そして、「適正な自己中心性」は善と他者の利益を求めるとしています。

 第6章「生きる意味を探究する」では、カネ、モノ、地位への欲望はほどほどにすべきで、成長とは量的拡大より質的向上をすることであって、本来的に人はカネよりも美と善を求めるものであるとしています。また、世界に貢献することで自分の人生を永遠化することができるとしています。

 第7章「ほかの人なしに自分もない」では、ほかの人々といっしょに働くことで自分の能力が発揮でき、また、自分の関心にもとづいた活動の仲間が新しい"家族"になるとしています。

 第3部「よりよき資本主義者社会を求めて」では、第2部で展開した概念を、個人にだけでなく、社会制度にあてはめて考察し、資本主義は社会を品位あるものにするために解釈し直される必要があり、資本主義のカギとなる制度である会社についても考え直されなければならないとしています。第8章「もっといい資本主義を求めて」では、永続性のある会社を通して会社にとっての本当の目的とは何かを考察するとともに、そこで働く人がその会社の価値を決めるとし、社会にとっての一市民としての企業の在り方を探っています。

 第9章「社会にとっての良き市民としての会社」では、市民性とは才能ある社員をどうまとめるかであり、そこには信頼というものが大きく関わってくるとして、信頼についての7つの基本原理を挙げるとともに、「社員の可能性をフルに引き出す魔法」を引き出すものは何かを考察しています。

 第10章「適正な自己中心性を育てるための教育」では、自分自身と他者に対する責任感を育てる教育の必要性を説き、人生や仕事のための学校が同意すべきことして
 1.自己発見が世間を発見することより大切だ
 2.だれにも何かしら得意なことがある
 3.人生はマラソンだ。競馬ではない
 4.何を学ぶカより、いかに学ぶカに本質がある
 5.学校は職場から学び、職場は学校を真似るべきだ
 6.人生は家庭から出発する旅
 7.体験と思索が相まって学習が生まれる
という7つの命題を掲げています。

第11章「個人と会社が羽ばたくための政府の役割」では、個人や企業と官のバランスの修正が必要であり、また、働くことで学び、責任感を育てることができるとしています。そして、エピローグでは、企業と社会と人生の理想的な関係をどう構築していくかを考察し、私たちの魂はもっとよい会社ともっとよい人生を希求しているとしています。

 本書で、著者は「適正な自己中心性」というキーフレーズをよく用いています。個人としては「利己と利他とがバランスよく調和した姿」であり、同様の姿勢を企業にも求めています。それにより「品位のある資本主義」が実現されるというのが著者の主張です。著者は、「あるべき社会」について、信頼というものが成り立つ社会でなければならないとし(第9章)、疑いに満ち、自己主張と利己主義にもとづいた競争が行われれば社会は収拾がつかず、「悪しき資本主義」に陥るとし、個人は、利己と利他と責任感がバランスよく調和した「適正な自己中心性」をもった存在になるべきだと主張しています、企業も、利益だけでなく、社員の雇用、取引先、社会や環境などへの配慮も怠らない企業となることで、品位ある資本主義が成り立つと。そして、適正な自己中心性を体得できるようにするには、教育の改革から始めなければならず(第9章)、市場化が進展し、規制の撤廃が進んでも、こうした意味で政府の役割は残るとしています(第11章)。

 本書は、あるべき資本主義を説いた経営論、企業論であるとともに、著者の経験にもとづく人生訓も豊富に語られています。資本主義の限界を分析して「あるべき社会」を探るとともに、企業人がいい人生を送るには自らの人生をどう生きるべきかをと説いた本であり、(人事パーソンに限らず)ビジネスパーソンに広くお薦めできる本です。

《読書MEMO》
The Hungry Spirit00_.jpgチャールズ ハンディ.jpg●小さな白い石
私は机の上に小さな白い石を置いている。これは聖書のヨハネ黙示録のなかの神秘的な一節を指している。それは次のようなものだ。「霊が告げた。勝利を得るものには、白い石を与えよう。その石には、これを受ける者だけが知りうる新しい名が記されている」。私は聖書学者ではない。しかし、私がこれを自分でどう解釈するかは知っている。もし「勝利を得る」なら、その結果として、私の真にあるべき姿、すなわちもう一つの隠された自己を見出すだろう、ということを意味しているのだ。人生は、白い石の探求なのである。人によってその白い石は異なる。もちろん、「勝利する」ということが何を意味するかにもよる。思うに、これは、人生のささやかな試練を通過することを意味する。そうして初めて自由に完全に自分自身になれる。そしてそのとき、自分の白い石を手にすることができる。

The Hungry Spirit

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超優良企業の観察をもとに8つの基本的特性を示す。企業文化論のベストセラー。

エクセレント・カンパニー 講談社.jpgエクセレント・カンパニー 講談社文庫 上.jpg エクセレント・カンパニー 講談社文庫下.jpg エクセレント・カンパニー_.jpg
エクセレント・カンパニー―超優良企業の条件』['83年]/『エクセレント・カンパニー〈上〉 (講談社文庫)』『エクセレント・カンパニー〈下〉 (講談社文庫)』['86年]/『エクセレント・カンパニー (Eijipress business classics)』['03年]
トム・ピーターズ(Tom Peters)/ロバート・ウォーターマン(Robert Waterman)
トム・ピーターズ ド.jpgトム・ピーターズ.jpgrobert waterman.jpg 本書(原題:In Search of Excellence、1982)は、マッキンゼーで(出版当時)コンサルタントをしていたトム・ピーターズとロバート・ウォーターマンの2人が、米国の革新的超優良企業(エクセレント・カンパニー)に共通する8つの基本的特性を導きだしたものです。日本企業の躍進と米国企業の衰退が対比的であった1980年代前半に出版され、当時で100万人以上のビジネスパーソンが読んだと言われる世界的ベストセラーとなりました(トム・ピーターズは一時カリスマ的人気を博し、その啓発書は日本でもかなり売れた)。
エクセレントな仕事人になれ! 「抜群力」を発揮する自分づくりのためのヒント163

 著者らは、エクセレント・カンパニーの事例を最終的に62社に絞り込んでいますが、選ばれた企業のリスト自体はそう驚くようなものではなく、IBMやHP(ヒューレット・パッカード)、ウォルマート、GE(ゼネラル・エレクトリック)など、日本でもよく知られている大企業が多いです。本書の特徴は、大手企業などを称えながらも、冷淡な近代マネジメント刊行の行き過ぎを批判し、よりシンプルな基本に戻ることを説いている点にあります。

 第1部「優良企業の条件」第1章「成功しているアメリカ企業」では、自らが行った調査を元に、エクセレント・カンパニーに共通する8つの基本特性を挙げています。
1.行動の重視
2.顧客に密着する
3.自主性と企業家精神
4."ひと"を通じての生産性向上
5.価値観に基づく実践
6.基軸から離れない
7.単純な組織、小さな本社
8.厳しさと緩やかさの両面を同時に持つ


 第2部「新しい理論の構築を求めて」第2章「『合理主義』的な考え方」では、行き過ぎた合理的な経営モデルを批判しています。
「私たちが異論を唱えたいのは、方向を誤った分析、複雑すぎて実用にならない分析、厳密すぎて扱いにくく柔軟性のない分析、本質的に予知不可能な分析、現場から離れた管理者が現場に対して管理中心の考え方で展開した分析などである。」

 第3章「人々は動機づけを望んでいる」では、プラスの動機づけを強化することの重要性を説き、超優良企業が超優良であるのは、平凡な人々から非凡な力を引き出すような組織を作っているからであり、そこには非凡なリーダーシップが働いているとしています。それは、「意味づけ」を求める人間の欲求に応え、組織の目標を創造するような「変容のリーダーシップ」であるとしています。
「『不合理な』人間欲求を満足させている超優良企業の体質をよく見るとき、その歴史の中には必ず、この『変容のリーダーシップ』を発見することができる。」

 本書の後半3分の2を占める第3部「基本に戻る」では、まず第4章「曖昧さと矛盾を扱う」で、これまでの経営理論の進展を顧みつつ、超優良企業にもしひとつの顕著な特徴があれば、それはこの、曖昧さと矛盾をうまく包括し、管理していく能力であるとし、第5章以下第12章までにおいて、先に挙げたエクセレント・カンパニーの8つの基本特性を、細かく検証・解説しています。

 第5章「行動の重視」では、行動の重視が8つの基本特性の中で最も重要であり、エクセレント・カンパニーは、非常に行動志向が強いとしています。
「『打ち方用意!撃て!狙え!』そして、『狙わずに撃ってしまったあとで、試行から学べ』。それで十分なのである。」

 第6章「顧客に密着する」では、エクセレント・カンパニーは顧客から学ぶとしています。IBMはテクノロジーではなく、顧客とマーケット優先主義を徹底し、ディズニーはひとを通じてのサービスを実践しているとのことです。
「顧客の声を聞き、顧客を会社に招き入れる。顧客をパートナーとする会社は優良な会社であり、その逆も真である。収益は顧客志向の結果として生まれるのである。」

 第7章「自主性と企業化精神」では、エクセレント・カンパニーは、社内に大勢のリーダーと創意ある社員をかかえており、それは私たちが「チャンピオン」と呼ぶ人々の巣箱であるとしています。GE:では大プロジェクトに自主参加できる仕組みがあり、3Mには失敗を支持する仕組みがあるとのことです。
「チャンピオンは先駆者であり、先駆者が力を発揮できるような、十分なバックアップが必要。バックアップがなければチャンピオンは生まれない。チャンピオンがいなければ革新はない。」

 第8章「"ひと"を通じての生産性向上」では、エクセレント・カンパニーは、ごく端末にいる一般社員を、品質および生産性向上の源泉のように扱っているとしています。例えば、ディズニーのファースト・ネーム・タグやキャストという呼称などは、企業をひとつの(拡大)家族であると見ている証しであるとしています。
「従業員を十分に教育し、妥当かつはっきりとした目標を与える。従業員に自主性を持たせ、すすんで業務改善、業績向上につとめるようにしむける。そうした意志と責任感を企業側が持つという意味で、人を大切にせよと言っているのである。」

 第9章「価値観に基づく実践」では、エクセレント・カンパニーは、エクセレント・カンパニーは、価値観を非常に大切にし、その指導者たちは、組織の末端にいたるまで、その価値観にもとづいた活気にみちた環境を作り出しているとしています。IBMのトーマス・ワトソン・ジュニアは、基本的な哲学、精神、組織としての推進力は、技術ないし経済的能力、組織構造、イノヴェーション、タイミングといったことより、組織としての成功にずっと深い関わりをもっていると述べているとのことです。
「自社の価値体系を確立せよ。自社の経営理念を確立せよ。働く人の誰もが仕事を誇りを持つようにするためになにをなしているか自問せよ。10年、20年先になって振り返ってみるとき、満足感をもって思い出せることをしているかと自問せよ。」

 第10章「基軸から離れない」では、エクセレント・カンパニーは、自分たちが熟知している業種(本業)に固執するとしています。そして、そんあ企業は、複雑化に向かう種々のプレッシャーにもかかわらず、ものごとをシンプルにしておくことの重要性を理解しているとのことです。ジョンソン&ジョンソンの創業者バード・ウッド・ジョンソンは、どんなビジネスにせよ、どう運営してはいいかわからないものに手を出してはいけないと述べていると。
「エクセレント・カンパニーでは、成長のほとんどすべてが、内部的に、自前の努力で達成されてきた。小さな会社を買ったり新しいビジネスに乗り出したりするのだが、十分に管理できる規模で行う。そして、明らかにリスクを小さくするのである。」

 第11章「単純な組織、小さな本社」では、エクセレント・カンパニーは、エクセレント・カンパニーの支柱になっている機構と体制は、すっきりと単純なものが多く、管理階層が薄く、本社の管理部門も小さいとしています。また、そうした企業では、"Small is beautiful"という考えに沿って、チーム制、プロジェクト制や自立型組織が機能し、 スピンオフや独立が奨励されているとしています。
「遺憾なことに、企業は大きくなるとともに複雑性を増す。そして、大会社のほとんどは、本質的な複雑さに対応するため、複雑なシステムと組織を考えだす。その結果、スタッフを増やしてその複雑さと取り組もうとするのだが、ここから誤りが始まるのである。」

 第12章「厳しさと緩やかさの両面を同時に持つ」では、エクセレント・カンパニーは、工場の現場から製品開発チームにいたるまで、自主性を強調している反面、起業精神の中核となるいくつかの価値観については、狂信的ともいえるほど中央集権がきついとしています。共有された価値観が枠組を提供し、その範囲内の中で具体的な自主性が日常的に発揮され、外部を重視すること、外への視点、顧客への関心が、あらゆることのうちでもっとも厳しい自己規制の特性のひとつとなっていると。
「著しく厳格な文化が原動力となり、文化に管理される特性が、エクセレント・カンパニーを際立たせている。」

 著者ら掲げた優良さの判断基準には議論の余地もあり、また、本書で取り上げられた優良企業の中から業績不振に陥るものが出てくると批判に晒されたりもしました。しかし、著者ら自身が、「私たちは革新的な企業文化を持つ企業を挙げたが、それらの企業がいつまでも革新的といえるのかと聞かれる。答えはノーだ」(「ビジネスウィーク誌」1984)と警告しています。

 ビジネス書の進化の歴史の中でもターニング・ポイントなった本ですが。その理由の1つとして、組織の成功に関し、"人間は不合理で、人間をまとめる組織はその責任をとらなければならない"という考えのもとに、意義、最小限の管理など人道的価値観を唱え、ビジネスのソフト面、文化、社員が大事であるという結論を説いている点が、古典的な経営書と対照的であったということが挙げあっれるかと思います。

 また、著者らは、情熱的な観察者の視点から纏めているため、読んでいてまるで登場するエグゼクティブの話を役員会議室で聴いているような気持ちで読み進むことができるのも、本書の特長であるかと思います。

 従業員が、人間の不合理な行動や無分別ゆえに受け入れらる組織―本書はそうした時代を超えたビジネス組織のあり方を提示し、人間の変わり易い性質こそが組織を動かすエネルギーであることを示しているように思いました。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)
【2713】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『リーダーシップの名著を読む』 (2015/05 日経文庫)

【1986年文庫化[講談社文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
●効果的なサービス思考に共通してみられる3つの特徴
1. 経営幹部が徹底的かつ積極的に参加していること
2. 従業員志向がきわだって強いこと
3. 従業員のサービスのチェック評価とそのフィードバックが徹底してること
●ニッチ戦略によって顧客に密着している企業の5つの特徴
1. テクノロジーを抜け目のないほど巧みに利用している
2. 価格設定がうまいこと
3. マーケット細分化に1日の長があること
4. 問題解決指向が強いこと
5. 差別化のために費用をかけるのを惜しまぬこと

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組織の制度化に押し潰されないためのゲリラ戦を開始する方法について述べた箴言集。

ロバート・タウンゼンド組織に活を入れろ13.jpg組織に活を入れろ08.JPG  ロバート・タウンゼンド組織に活を入れろ il2.jpg
組織に活を入れろ (1970年)』"Up the Organization: How to Stop the Corporation from Stifling People and Strangling Profits"

 原題は"Up the Organization: How to Stop the Organization from Stifling People and Strangling Profits"(1970)。著者のロバート・C・タウンゼント(Robert Townsend,1920-98)は、終戦後アメリカン・エクスプレス社に入り(1948-62)、同社の専任副社長兼取締役を経て、その後、ハーツ(Hertz)に次ぐ全米第2位のレンタカー会社エイビス(Avis)の社長に就任、「わが社は業界第2位にすぎませんが懸命に頑張っています」という有名なキャッチコピーで宣伝し、"ミスター・№2"という綽名で呼ばれた人です。彼が社長に就任してから2、3年の間に、エイビス社は驚異の成長を遂げましたが、1965年に巨大コングロマリットITT(International Telephone and Telegraph)に買収されてしまい(当時ITTエイビスレンタカー.jpgは『プロフェッショナルマネジャー ~58四半期連続増益の男』(`04年/プレジデント社)のハロルド・ジェニーンがトップを務めていたが、そのITTも今は存在しない。ただし、オンライン予約のエイビスレンタカー・システムという会社はグローバル企業として残っていて、日本でもオーバーシーズ・トラベルが運営しており、エイビスレンタカー名義として存在する)、ロバート・C・タウンゼントはその買収された時に即座に社長を辞めています(本書刊行時点で49歳。まだ50代の手前だった)。

組織に活を入れろ (1970年)L.jpg 本書は、マネジメントの要諦を随想風に綴った箴言集とでも言えるものであり、「広告(Advertisement)」から「あいそをつかされるな(Wearing out Your Welcome)」まで、おおよそ100近くの章がタイトルのアルファベット順に並んでいて、目次を見て関心のあるタイトルを選び、どこから読んでも読めるようになっていて、また、何れも含蓄に富んだ内容となっています。

 「側近」(p28)の章では、側近であることが楽しくてたまらないやつは吸血鬼だけだと言い、併せて、最も良い組織形態のあり方を説いています。「組織内の衝突」(p49)では、衝突は組織が健全であることを示す証拠ではあるが、それには限度があり、すぐれたマネジャーは衝突をなくしようとはせず、ただ、そのために部下のエネルギーが浪費されるのを防ごうとするとしています。「権限の委譲」(p60)では、口先だけの信頼を示す人は多いけれども、重要な問題を処理する権限を委譲する人は少ないとしています。

 周知の通りアメリカは契約社会ですが、「雇用契約なんか、くそ食らえ」(p72)では、雇用契約がなければ、会社はたえず挑戦的な溌剌とした雰囲気を保って、報酬が業績と見合うようにしなければならず、その方がいいとしています。「株主にたえず報告を送れ」(p112)では、株主は、会社の経営状態が順調なときはこうるさい存在にすぎないが、状態が悪化してくると、会社の存立を脅かす絶大な脅威となりうるとし、株主に対する情報連絡のコツを示しています。

 「職務明細書」(p115)では、ジョブ・ディスクリプションは職務の"冷凍品"にすぎず、いちばんまずいのは、その職務を理解していない人事部門の人間によって作成されていることであり、しょっちゅう改訂するので、むやみに金がかかるばかりか、社員の士気を大いに阻喪させるとしています。「弁護士は負債になりかねない」(p120)では、正しい法律的な助言を受けられるかどうかは、法律事務所の選び方よりも、弁護士そのものの選び方にかかっているとしています。

 「指導者とは」(p122)では、「人々を導かんとするならば、人々の後を行くべし」という老子の言葉を引いて、指導者の任務は部下の利益をはかることであって、自分の懐を肥やすことではなく、戦場において将官は最後に飯を食うべきだとしています。現代の大会社の人々は、管理されているだけで指導されてはおらず、人間ではなく職員なのだとも。「二つの経営者層」(p125)では、"トップ"マネジメントとはフクロウがわんさかたむろしている樹木のようなものであり、社長以下のマネジメントが森の中で道を間違えたりするとぶうぶうわめきたてるが、森がどこにあるかを彼が知っていたという話は一度も聞いたことがないと皮肉っています。

 「経営コンサルタント」(p129)では、有能な経営コンサルタントは一匹狼だけで、徒党を組んでいるやつは破壊的であり、時間を浪費し、金を使わせ、優秀な社員たちの頭を混乱させて士気をくじき、何の問題も解決しないどころか、問題を増やすばかりだとしています。「社員」(p166)では、マグレガ―のⅩ理論とY理論を分かり易く説いています(この章は8ページで、これで長めの方)。「人事」(p175)では、あまり大きな会社でなければ人事課はいらないとし、人事管理の専門家の悪い癖は、職務明細書、配置転換チャートなどといったカラクリを弄ぶことだとしています。

 その他、「死後硬直状態の組織図」(p164)、「内部の者を抜擢しろ」(p191)、「再組織化」(p201)、「給料が不当に安いとき」(p237)といった、組織と人事に関する章が数多くあり、人事パーソンにとっても読み所は多いと思われます。また、最後に附録として、「あなたのボスの指導者としての価値の採点法」というものも付されています。

 ピーター・ドラッカーは著者タウンゼントを評して、「無類の革命家であり、無類の風刺化であり、恐れることを知らぬ正義の人である。彼はいかにして人々に働く意欲をわかせるかということに焦点をおかない経営学には、いっさい目をもくれない。彼は偉大な実業家あるいは偉大な経営者の一人として歴史に名をとどめることはないだろう。彼は偉大な将軍ではなく、それよりも難しい、偉大なゲリラ指導者であるからだ」としています。

 冒頭の著者自身による覚え書には、たいがいの会社では、働いている人に共通するのは、従順であること、退屈していること、そして生気のないことであり、彼らは組織系列の小さな囲いの中に閉じ込められたまま、誰も変えることができないために惰性で運用されている階級制度の奴隷となっているとし、本書は、こうした状況を打開するために、「われわれが奉仕している組織の装備を片っ端から剥ぎ取って、組織がわれわれに奉仕している部分だけを残す」そのための非暴力のゲリラ戦を開始する方法について述べたものであり、非マンモス会社ないしはマンモス会社の非マンモス部門を、従業員が人間として扱われるように運営させる勇気と、ユーモアとエネルギーをもった人々に、この本を捧げたいとあります。

 語られている言葉が今もって全く風化していないことに、著者の慧眼が窺えます。人事パーソンのみならず、企業組織やマネジメントに関わる人に遍(あまね)くお薦めできる本です。

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【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

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公式組織は非公式組織から。組織の要素は、(1)コミュニケーション、(2)貢献意欲、(3)共通目的。
新訳 経営者の役割7.JPG新訳 経営者の役割_.jpg  チェスター・I・バーナード.jpg Chester I. Barnard
経営者の役割 (経営名著シリーズ 2)

 本書は、経営学(経営組織論・経営管理論)の古典であるチェスター・I・バーナード(Chester I. Barnard)の著書です(原題:The Functions of the Executive、1938)。内容は、大きな流れとして、まず組織論を展開し、それに基づいて管理論を展開するという構成になっていて、また、組織論においては、人間論→協働論(協働システム論)→組織論(公式組織論)という構成がとられています。

 第1部「協働体系に関する予備的考察」では、第1章「緒論」で、本書が公式組織を論じるものであること、公式組織とは、意識的で、計画的で、目的を持つような人々相互間の協働であり、組織の存続は、環境が不断に変動するなかで、複雑な性格の均衡をいかに維持するかにかかっており、このためには組織の内的な諸過程の再調整が必要であるとしています。第2章「個人と組織」では、人間の特性として、活動、心理的要因、選択力、目的の4つを挙げ、この本では特定の協働体系の参加者としての人間を、純粋に機能的側面において、協働の局面とみなすとしています(協働を二人以上の人々の活動の機能的システムと考える考え方)。一方、なんらかの特定の組織の外にあるものとしての人間は、物的、生物的、社会的要因の独特に個人化したものであり、限られた程度の選択力をもつものとみなされるとしています(人間を協働的な機能もしくは過程の対象と考える考え方)。そして、組織はこれらの範疇のうちの1つを統制したり、影響を与えることによって、個人の行為を修正する結果を生じるとしています。第3章「協働体系における物的および生物的制約」では、協働が有効である時とその理由、協働の目的や性格について述べ、さらに、協働が環境や目的の変化に適応するために、管理者あるいは管理組織が必要になるとしています。第4章「協働体系における心理的および社会的要因」では、3章までの協働論では除外してきた心理的要因、社会的要因に関して述べられています。第5章「協働行為の諸原則」では、物理的、生物的、人格的、および社会的な諸要素や諸要因が、ひとつでも欠けているような協働体系は存在しないとし、協働体系はつねに動的なものであり、物的、生物的、社会的な環境全体に対する継続的な再調整のプロセスであるとしています。

 第2部「公式組織の理論と構造」では、第6章「公式組織の定義」で、協働体系とは、少なくとも一つの明確な目的のために二人以上の人々が協働することによって、特殊の体系的な関係にある物的、生物的、個人的、社会的構成要素の複合体であるとしています。第7章「公式組織の理論」では、組織は、(1)相互に意思を伝達できる人々がおり、(2)それらの人々は行為を貢献しようとする意欲をもって、(3)共通目的の達成をめざすときに成立し、従って、組織の要素は、(1)コミュニケーション、(2)貢献意欲、(3)共通目的であるとしています。第8章「複合公式組織の構造」では、構造的な見地から複合組織に関する一般的な記述を行い、第9章「非公式組織およびその公式組織との関係」では、非公式組織とは何か、その諸結果は何か、公式組織による非公式組織の創造や公式組織における非公式組織の機能について述べています。ここでは、公式組織における非公式組織の機能として、コミュニケーション機能、貢献意欲と客観的権威の安定とを調整することによって公式組織の凝集性を維持する機能、自律的人格保持の感覚、自尊心および自主的選択力を維持することなどを挙げています。

 第3部「公式組織の諸要素」から管理論に入っていき、第10章「専門化の基礎と種類」では、専門化(分業)と組織におけるその意義について述べ、第11章「誘因の経済」では、組織を構成する「貢献」は、組織が個人に与える誘因との交換の形で発生するものであり、つまり、組織と個人とは、誘因と貢献の交換関係になるとしています。第12章「権威の理論」では、権威の源泉は何か、権威が受容される条件とは何か、などについて述べています。ここでは、権威が受容される条件として、(a)コミュニケーションを理解でき、また実際に理解すること、(b)意思決定に当り、コミュニケーションが組織目的と矛盾しないと信ずること、(c)意思決定に当り、コミュニケーションが自己の個人的利害と両立しうると信ずること、(d)その人は精神的にも肉体的もコミュニケーションに従いうること、の4つを挙げています。第13章「意思決定の環境」では、バーナードの考える意思決定とは何かが論じられ、第14章「機会主義の理論」では、意思決定のプロセスの原則が論じられています。ここでは、意思決定は、最終的には、環境を変えるか、目的を変えるか、どちらかの行為に行き着くとしています。

 第4部「協働システムにおける組織の機能」ではさらに管理論を展開し、第15章「管理機能」では、管理者の果たすべき機能が論じられ、それは、組織伝達(コミュニケーション)の維持、必要な活動の確保、目的と目標の定式化の3つであるとしています。第16章「管理過程」では、管理過程において、全体という観点から考慮されなければならない二つの要因は、行為の有効性と能率であるとしています。第17章「管理責任の性質」では、協働の道徳的側面についての論考が展開されています。

 組織が成功するためにはコミュニケーションが不可欠であり、なぜならコミュニケーションが全員を諸目的に結びつけるからであるということが強調されています。本書に従えば、マネジメントの不可欠な機能とは、第1にコミュニケーション機能の提供、第2に目的達成のための不可欠な努力の促進、第3に目的を定義し定式化すること、ということになります。また、人的ネットワークである非公式組織に着目し、非公式組織に共通の意図や目的が与えられることによって公式組織に転化する一方で、公式組織はそれ自体が非公式組織を生み出し、それは、非公式組織が伝達、凝集、個人の保全の手段として公式組織の運営に必要であるからであることを初めて指摘した本でもあります。経営者は短期的な業績ばかりを重視する独裁者であってはならず、経営者には、組織や価値観や目標を育てる責任があり、さらに、マネジメントには道徳性に関わる面があるとしており、そうした意味でも、今読んでも啓発される面は多い名著であると思います。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

《読書MEMO》
●目次

日本語版への序文

第1部 協働システムに関する予備的考察
第1章 緒論
第2章 個人と組織
第3章 協働システムにおける物的および生物的制約
第4章 協働のシステムにおける心理的および社会的要因
第5章 協働行為の諸原則
第2部 公式組織の理論と構造
第6章 公式組織の定義
第7章 公式組織の理論
第8章 複合公式組織の構造
第9章 非公式組織およびその公式組織との関係
第3部 公式組織の諸要素
第10章 専門家の基礎と種類
第11章 誘因の経済
第12章 権威の理論
第13章 意思決定の環境
第14章 機会主義の理論
第4部 協働システムにおける組織の機能
第15章 管理機能
第16章 管理過程
第17章 管理責任の性質
第18章 結論

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物事の本質を見透かす力と逆説的なユーモアのセンスが光る。

パーキンソンの法則ー図2.jpg パーキンソンの法則.jpg パーキンソンの法則 上野訳.jpg
パーキンソンの法則 (至誠堂選書)』['96年]/『新編パーキンソンの法則―先進国病の処方箋 (1981年)
パーキンソンの法則―部下にはよませられぬ本 (1965年) (至誠堂新書)
パーキンソンの法則―部下にはよませられぬ本 (1965年).jpg 1958 年に原著が刊行された「パーキンソンの法則(Parkinson's law)」は、英国の歴史学者・政治学者シリル・ノースーコート・パーキンソン(Cyril Northcote Parkinson)が英国エコノミスト誌(1955/11/19 号)に発表した風刺コラム「Parkinson's law」から始まっています。彼は英国の官僚制度に関する研究を行い、官僚制度(企業の管理機構等も含む) に内包する問題点・非合理性を鋭い観察眼で指摘して、世の共感を得、日本でも「パーキンソンの法則」が流行語になるほど普及しました。

 「パーキンソンの法則」とは―、
第1法則: 仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する、
第2法則: 支出の額は、収入の額に達するまで膨張する、
第3法則: 拡大は複雑化を意味し、組織を腐敗させる、
凡俗法則: 組織はどうでもいい物事に対して、不釣り合いなほど重点を置く、
 ―以上のようなものを指すとされていますが、第1法則も第2法則も官僚世界では「時間はあるだけ使ってしまう」「金はあるだけ使ってしまう」という「貴重な資源を使い切ってしまう」点で共通性があります。

 邦訳は、翻訳者によって取り上げる章とその順序が異なりますが、ここでは、原子核物理学者の森永晴彦氏の訳による至誠堂選書版『パーキンソンの法則―部下には読ませられぬ本』('81年4月)に概ね準拠します。

 第1章「パーキンソンの法則-公務員は如何にしてふえるか」では、役人の数は、仕事の量や有無に関係なく増えるとし(パーキンソンの第1法則)、①役人は部下を増やすことを望むが、ライバルは望まない、②役人は互いのために仕事をつくり合う、の2つがその動因だとしています。自分の仕事が過重だと感じるようになった役人Aは、1.辞めるか、2.同僚Bと仕事を分かち合うか、3.2人の部下C、Dの助力を求めるかで、この中で3番目の方法以外が選ばれたことは歴史的に殆どないとしています。そして、英国の植民地省の役人の人数が、英国の植民地が次々独立して植民地でなくなって行く過程でもその数は増え続けたという実証例に挙げ、時として大企業でも、役所と同類のこうした大企業病と言われる事態に陥ることがあるとしています。

 第2章「民衆の意思-中間派の理論」では、議会制度における(議題を理解する能力のない)中間派の操縦法を説いています。会議の決議においては中間派の票が最終的に重要であり、議会における勝利を得るためのキーは、反対者の説得ではなく、明確な意見を持たない中間層を引き込むことであり、それは会場の議席の配置によっても大きな影響を受けるとしています。

 第3章「高度財政術-関心喪失点」では、予算審議に必要な時間は、金額が巨大になりイメージが沸かなくなればなるほど短くなるとしています。内容が難しい事案ほど短時間で議決され、誰にでも判る簡単な事案の審議時間は長くなる、つまり、誰でも口を出せる事案では発言者が多くなり、審議時間が長くなるとしています(パーキンソンの凡俗法則)。本書では、原子力に関する議題は理解できる人が殆どいないために5分間で採決されてしまうが、役所で使う事務用品などの議題では誰もが一見識をひけらかし、採決に2時間もかかり、その後出席者は、自分は有益な仕事をしたとの満足感で議場を去る―と皮肉を込めて書かれています。

 第4章「閣僚の定数-非能率の係数」では、委員会の最適な人数は5人~7人程度で、20人を超えると運営不可能になるとしています。従って、内閣や委員会において、そのメンバーは22人未満とすべきであり、22人以上であればその組織は有効なものになり得ず、構成メンバーの機能としては、大蔵、外務、防衛、法務の5人に限ればそれが良いとしています。

 第5章「人選の原理-採用試験と求人広告」では、旧式の英国式面接では人材の採否は家柄で決定した一方、中国(科挙制度)では多くの選抜を経て官吏登用者が決まったとしています。今後の求人の在り方としては、人材取得に時間をかけることを避けたいのであれば、募集内容に具体的な内容を記載すれば良いとし、1人の求人に対して応募者1人というのが最も望ましいが、そのためにはどのような求人広告を出せばよいかをユーモラスに説いています。

 第6章「非建設的建築-行政のしこり」では、立派な建造物は組織の衰退の兆しであるとしています。ある組織の立派な建造物の建設計画はその組織の崩壊点に達成され、その建築が有効活用されることは少なくともそのとき必要とされた組織によってはされない。その完成は組織の終息や死を意味すること(パーキンソンの第3法則)を、ルイ王朝の宮殿を例に引いて説いています。

 第7章「人物映写幕-カクテル・パーティーの公式」では、カクテル・パーティーにおける重要人物の見分け方を説いています。その人物は、パーティ開始後75分から90分後に遅れてやって来て、E7(会場を左からA,B,...Eと分け、入り口から奥に向かって1,2,3...8と分けたときのE7の方形)の中におり、グループの中心となっている人物であるとしています。

 第8章「劣嫉症(インジェリティティス)-組織病理学」では、組織のマヒは、「劣嫉症の出現:劣嫉症(第1期)」→「優秀な人物の排除:独善(第2期)」→「劣嫉症のみの組織の形成:無関心(第3期)」の順で進行するとしています。治療の原則は、①治療を行うものと、治療をうけるものが同一人物ということはあってはいけない。②第1期と第2期は治療可能であるが、第3期は治療不可であること。治療の方向性として、第1期は、叱咤激励、報奨の実施、第2期は外部からの人材補充による組織の活性化、第3期は隔離し、速やかに組織を潰すことであるとしています。

 第9章「苦力(クーリー)百万長者の話-中国風成功」では、中国人のお金持ちは決して目立ってそれを表すことはなく、その理由は、目立てば、身代金、納税、マスコミ対策に対する出費がかさむからであり、逆に、目立ってそれを見せている人は、そのような対策を気にする必要も無いほどの権力を得た者たちであるとしています。

 第10章「恩給点の解析-退職の潮時」では、退職する側とその後を引き継ぐ者の年齢差から適切な退職時期について考察しており、退職させる方法としては、退職させるべき人を退職させるためには、海外の視察をハードスケジュールで行わすといったものが挙げられるとしています。

 本書の内容は、「膨大な研究のもとこれらが纏め上げられた」とのことですが、その中には確かに数学的根拠に基づいているものもありますが、むしろ、著者の経験則からくる物事の本質を見透かす力と逆説的でアイロニカルなユーモアのセンスが大きく反映されているように思います。

 本書が書かれた1950年代の終わりは、人間関係論学派が米国で開花し、大量生産と並んではびこっていた官僚主義が批判に晒されていた時期と一致します。マックス・ウェーバーの予言した「書類を生産する機会」という官僚モデルが現実のものとなり、何層にも重なる管理担当者によって組織の動脈硬化が進行していた時期に書かれたものではありますが、そうした1958年という企業における官僚主義の絶頂期において書かれたものが、今現在においても読む者の共感を呼ぶのは、人と組織の関係性というものは一定の普遍的特性を持っていて、変わろうとしてもそう簡単に変われるものではないということの証しではないでしょうか。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

パーキンソンの法則―はだかの経営学.jpgパーキンソンの第2法則.jpg
森永晴彦 訳[至誠堂]...【1961年6月単行本(『パーキンソンの法則―部下には読ませられぬ本』)/1965年新書版(『パーキンソンの法則―部下にはよませられぬ本 (至誠堂新書)』)/1981年選書版(『パーキンソンの法則―部下には読ませられぬ本 (至誠堂選書2)』)】
上野一郎[ダイヤモンド社]...【1981年3月単行本(『新編 パーキンソンの法則―先進国病の処方箋』)】

パーキンソンの成功法則 (1963年)
パーキンソンの第2法則かねは入っただけ出る (1965年) (至誠堂新書)

《読書MEMO》
●至誠堂選書版『パーキンソンの法則―部下には読ませられぬ本』('81年4月)森永晴彦(原子核物理学者)氏訳
1 パーキンソンの法則―公務員は如何にしてふえるかパーキンソンの法則―公務員は如何にしてふえるか
2 民衆の意志―中間派の理論―
3 高度財政術―関心喪失点―
4 閣僚の定数―非能率の係数―
5 人選の原理―採用試験と求人広告―
6 非建設的建築―行政のしこり―
7 人物映写幕―カクテル・パーティーの公式―
8 劣嫉症(インジェリティティス)―組織病理学―
9 苦力(クーリー)百万長者の話―中国風成功法―
10 恩給点の解析―退職の潮時―
●ダイヤモンド社版『新編パーキンソンの法則―先進国病の処方箋』('81年3月)上野 一郎(学校法人産業能率大学理事長)氏訳
政府
1 パーキンソンの法則 ― 役人はどんどん増える(至誠堂版1 パーキンソンの法則―公務員は如何にしてふえるか)
2 二十一年後 ― 私の預言は当たったか
3 パーキンソンの第二法則 ― 金は入っただけ出る
財政
4 些事こだわりの法則 ― 関心得失の分岐点(至誠堂版3 高度財政術―関心喪失点)
5 課税の限界 ― 二0パーセントをこすと...
6 税金のがれ ― 節税と脱税
人事
7 適格者選択の原理 ― 総理大臣の選び方(至誠堂版5 人選の原理―採用試験と求人広告)
8 ナンバー2 ― あなたは社長になれるか
9 先輩を退陣させる法 ― 退職の潮時(至誠堂版10恩給点の解析―退職の潮時)
戦術
10 嫌な奴="ノー・マン" ― 役所でOKをもらう法
11 引延しの法則 ― 「ノー」といわずに「ノー」という法
12 大衆の意思 ― 中間派が決定を左右する(至誠堂版2 民衆の意志―中間派の理論)
組織
13 閣僚の数は何人が適性か ― 能率、非能率の分岐点(至誠堂版4 閣僚の定数―非能率の係数)
14 劣等感とやきもちの病 ― 停滞組織の治療法(至誠堂版8 劣嫉症(インジェリティティス)―組織病理学)
15 建物が豪華になると ― 組織衰退の徴候(至誠堂版6非建設的建築―行政のしこり)
法則
16 真空の法則 ― 打つ手が悪いと...

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「●人事マネジメント全般」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(アンドリュー・S・グローブ)

IT企業の経営者が読んでもいいが、むしろ人事パーソンにお薦めの準古典的名著。

HIGH OUTPUT MANAGEMENT1.jpgHIGH OUTPUT MANAGEMENT.jpg ハイ・アウトプット・マネジメント―インテル経営の秘密.jpg インテル経営の秘密3.jpg
HIGH OUTPUT MANAGEMENT(ハイアウトプット マネジメント) 人を育て、成果を最大にするマネジメント』['17年]『ハイ・アウトプット・マネジメント―"インテル経営"の秘密 (1984年)』['84年]『インテル経営の秘密―世界最強企業を創ったマネジメント哲学』['96年]

アンドリュー・グローヴ .jpgHIGH OUTPUT MANAGEMENT  .jpg 本書『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』は、2016年に亡くなったインテル元CEO・アンドリュー・グローヴ(1936-2016/享年79)による本で、1984年に発刊された『ハイ・アウトプット・マネジメント―"インテル経営"の秘密』(早川書房)に加筆修正して1996年に発行された『インテル経営の秘密―世界最強企業を創ったマネジメント哲学』(早川書房)の原書"High Output Management"をもとに、2015年に米国で出版されたペーパーバック版を翻訳したものです。

 アンドリュー・グローヴはユダヤ人で、ハンガリーから無一文で英語も話せないままアメリカに亡命し、インテルに3番目の社員として入社、1979年に社長、1987年に社長兼CEO、1998年に会長兼CEOとなった言わば〈立志伝中の人〉であり、本書の帯には「シリコンバレーのトップ経営者、マネジャーに読み継がれる真の傑作、待望の復刊!」とあり、ピーター・ドラッカーやマーク・ザッカーバーグが寄せた讃辞があります。実際、『インテル経営の秘密』のタイトルで改版された際に日本でも多くの人に読まれ、「準古典的名著」と言ってよいかと思います。

HIGH OUTPUT MANAGEMENT  .jpg 今回の新版は、本編は1983年に当時インテルの現役社長であった著者が著したもので、その前に1995年に著者自身がその後の80年代から90年代にかけての大きな環境変化(日本企業によるメモリー事業への攻勢を主としたグローバル化と電子メールの発展によるコミュニケーションの変化)について記した「イントロダクション」があり、更にその前に1995年に本書を読んだというベン・ホロウィッツによって2015年に書かれた「序文」が付いています。

 「イントロダクション」において著者は、「本書には3つの基本的なアイデアを盛り込んである」とし、それは、1つ目のアイデアは、マネジメントに対する成果(アウトプット)への志向性であり(マネジメントは成果志向であれということ)、2つ目は、そのアウトプットは個人というよりもチームによって追求されるということであり、そこで、チームのアウトプットを増大させるためマネジャーは何が出来るかとの問いが出てくるとしています。そして、チームは、そのメンバーである各個人の業績遂行活動が導き出された時に、最もよく機能して、その業績を高める―というのが、3つ目のアイデアであるとのことです。

 第1部「朝食工場―生産性の基本原理」では、3分ゆでのゆで卵とトーストとコーヒーを出すごく普通の食堂が設備投資をして「朝食工場」となり、さらにその「朝食工場」をフランチャイズ制によって全国展開していくという架空のケースを用い、その中にインテルでの事例なども織り交ぜながら、著者自身が考えるマネジメントの原理原則を体系的に説明しています(この部分は個人的には、「科学的管理法」に近いものを感じた)。

 第2部「経営管理はチーム・ゲームである」では、マネジャーのアウトプットとは、自分の組織のアウトプットと自分も影響力が及ぶ隣接諸組織のアウトプットの和であるとし、マネジャーとしてアウトプットを上げるうえでの"テコ作用"という考え方を示しています。また、ミーティングはマネジャーにとっての大事な手段であるとし、インテルで行われている「ワン・オン・ワン」という監督者と部下のミーティングを紹介しています(「ワン・オン・ワン」についてだけで『ワン・オン・ワン―快適人間関係を作るマネジメント手法』('90年/パーソナルメディア)という本になっている)。更に、決断を行う際に陥りがちな"同僚グループ症候群"というものを指摘するとともに、明日のアウトプットのために今日どういった行動をとるべきかを、3つのステップから考える計画策定方式(プランニング プロセス)というものを提唱し、これを日常業務に適用したものが目標による管理(MBOシステム)であるとしています。

 第3部「チームの中のチーム」では、冒頭の「朝食工場」が全国展開するような会社になったとき、自ずとそれは"使命中心"と"機能別"のハイブリッド型組織になるとし、インテルのハイブリッド型組織を紹介するとともに、二重所属制度という考え方を紹介しています(「グローブの法則」として「共通の事業目的を持つすべての大組織は、最後にはハイブリッド組織形態に落ち着くことになる」としている)。また、われわれの行動がコントロールされ、影響される過程を考え、われわれの行動は、自由市場原理の力、契約上の義務、文化的価値の3つの方法でコントロールされるとし、最も適切な仕事のコントロール方式とはどのようなものかを考察しています。

 第4部「選手たち」では、モチベーションの問題を取り上げています。マズローの欲求段階説を改めて解説し、仕事とスポーツを対比させて、マネジャーが部下から最高の業績を引き出せるようにするには、部下のタスクへの習熟度を高めることが肝要であり、それが効果的なマネジメントスタイルの基本的要因となるとしています。そこで人事考課が重要になってくるわけであり、マネジャーが考課するときに判断すべきことは何か、避けなければならない大きな落とし穴は「可能性(ポテンシャル)の罠」であるとして、"潜在能力"を評価することに警告を発しています(時期的には日本企業が職能資格制度を盛んに採り入れていた頃になる)。また、査定内容の伝え方についても指南し、それとは別に問題社員の場合の対応や、更にはエース社員の考課の仕方についても述べています。また、マネジャーにとっての2つ困難な仕事である、採用面接と、貴重な人材が退社しないようにする話し合いついても助言しています。そして、タスクに対するフィードバックとしての報酬の考え方および昇進について論じるとともに、なぜ教育訓練が上司の仕事なのかを説いています。最後には、「これからの行動指針チェックリスト」が付されています。

 かなり以上前に書かれた本でありながら、古さを感じさせないのはすごいことかも。全体として、最初に生産管理の話から入っていき、マネジャーとしてアウトプットを上げるうえでの"テコ作用"という考え方を示し、業績達成のために部下のモチベーションやタスク習熟度をどのように管理し、部下をどのように考課し、どうフィードバックするかという話の流れになっていて、後半にいけばいくほど「人事」の話になってきます。「人を育て、成果を最大にするマネジメント」というサブタイトルは極めて妥当であり、『インテル経営の秘密』というタイトルから、変化の激しいIT業界について書かれた本だと思われているフシもありますが、実は「人事」の根幹について書かれた本であるということ。だから「経年劣化しない」と言うより「人事の本質が分かる」と言った方がいいかもしれません。従って、IT企業の経営者が読むのもいいですが、人事パーソンにもお薦めの本です。
 
《読書MEMO》
目次
序文 ベン•ホロウィッツ
イントロダクション
第1部 朝飯工場~生産の基本原理
1章 生産の基本
3分間ゆで卵の生産原理は/製造作業の実際\状況が複雑になると/大量生産の場合は/付加価値をつけること
2章 朝食工場を動かす
インディケーターこそ大事なカギ/ブラックボックスの中をのぞくには\将来のアウトプットをコントロール/品質の保証/生産性を高めるために
第2部 経営管理はチーム・ゲームである
3章 経営管理者のテコ作用
マネジャーのアウトプットとは/「パパ、本当はどんなお仕事をしているの?」/社内情報の収集と提供/経営管理活動のテコ作用/マネジャーの活動速度を速めること―ラインのスピードアップ/組織内に組み込まれたテコ作用―マネジャーの部下は何名が適切か/仕事の中断―マネジャーを悩ますもの
4章 ミーティング-マネジャーにとっての大事な手段
プロセス中心のミーティング/使命中心のミーティング
5章 決断、決断、また決断
理想的なモデルは/同僚グループ症候群/アウトプットへの努力
6章 計画化―明日のアウトプットへの今日の行動
計画策定方式/プランニング・プロセスのアウトプット/目標による管理―日常業務にプランニング プロセスを適用すると
第3部 チームの中のチーム
7章 朝食工場の全国展開へ
8章 ハイブリッド組織
9章 二重所属制度
工場保安係はどこに所属すべきか/ハイブリッド組織を働かせる\もうひとつの妙案―二面組織
10章 コントロール方式
自由市場原理の力/契約上の義務\文化的価値/マネジメントの役割/最も適切なコントロール方式/仕事のコントロール方式
第4部 選手たち
11章 スポーツとの対比
生理的欲求/安全―安定への欲求/親和―帰属への欲求/尊敬―承認への欲求/自己実現への欲求/金銭およびタスク関連のフィードバック/不安/スポーツとの対比
12章 タスク習熟度
マネジメント•スタイルとマネジャーのテコ作用/良いマネジャーになるのは容易ではない
13章 人事考課―裁判官兼陪審員としてのマネジャー
なぜ、悩むのか/業績の査定\査定の内容を伝えること/「 一方では......他方では......」/問題社員/エースの考課の仕方/その他の考え方と実際のやり方
14章 2つのむずかしい仕事
面接/「私、辞めます」
15章 タスク関連フィードバックとしての報酬
16章 なぜ教育訓練が上司の仕事なのか
最後にもうひとつ―これからの行動指針チェック・リスト

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「組織論」には違いないが、「こわい上司のひと言」集がいちばん印象に残ったか。

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思考停止する職場 ~同じ過ちを繰り返す原因、すべてを解決するしかけ~』(2018/03 大和書房)

 スタンフォード大学工学博士であり、特定非営利活動法人「失敗学会」の副会長でもあるという著者による本書では、職場での思考停止を防ぐために、上司は何を考えなければならないか、部下の潜在能力を引き出し、自分のグループの活力を倍増させるために、部下とどうコミュニケーションをとればよいのかについて解説していています。また、そうした課題を解決するための手法として、「エムパワリング・コミュニケーション」というものを提唱しています。

 第1章では、コミュニケーション不足が引き起こす職場のリスクについて解説しています。ミスが起こったときには必ず原因があり、著者はその原因の分類として、「学習不足」「注意不足」「伝達不良」「計画不良」の4つを挙げています。その結果起きるのが「無知」「無視」「過信」であり、「無知」と「過信」は努力次第で何とか減らせるが、「無視」には無意識的なものと意識的なものがあって、どちらも解決は簡単ではないとしています。そこで、人の組織が頼ってしまうのが「周知徹底」「教育訓練」「管理強化」であるが、失敗学ではこれを「三大無策」といい、これらが通用しないばかりか、致命傷につながったり、最も職場を壊すことになったりする理由を解き明かしています。

 第2章では、自分で考える部下を育てるために、部下とどう接すればいいか、どう指導すると良いかを説いています。著者はマニュアルというものを否定しておらず、最初の仕事はマニュアル通りに作業を進めることを教え、マニュアルに疑問を感じたら、自分で解決しようとせず、相談するよう指導し、部下と一緒になってマニュアルの不備を見つけて修正する姿勢をとるのがいいとしています。指示待ち人間に対しては、根気よくその人が自分で考えるよう、まず簡単なタスクを与えて徐々に育てることを考えるべきで、急に考えるように仕向けると、無用なプレッシャーを与えてしまうとしています。

 また、部下にうまく育ってもらうための効果的サポートの方法として、「はい」という返事は真に受けず、経過を確認するとともに、自分の考えを押しつけず、部下が考えていい答えを出すチャンスを与えること、思考展開図をうまく使い、部下と一緒に作ることを心がけること、まず目標は何か、要求機能を正しい言葉で表現することなどが重要であるとし、どのような失敗が起こり得るか、チームで徹底的に考えることが逆境に強いチーム作りにつながるとしています。

 第3章では、どのような話し方が人の創造性を潰してしまうのかを解説しています。ここでは、「リスクがある」「前例がない」「成功例はあるの?」「それ、ニーズあるの?」「うちの業界はね......」「できない」「つべこべいうな」といった否定的、懐疑的で部下の活力を削ぐような言葉から、「かんたんだから」「期待してるよ」という抽象的な励ましや、「合理化・効率化」「コスト優先」「ノルマ達成」といった往々にして使いがちな言葉が、しばしば部下たちの思考を停止させたり、創造性を奪っていると指摘しています。

 この中で、「コンプライアンスの遵守」は、うかつに掲げると却ってあだとなるというのは、ハーバード・ビジネススクールのマックス・H・ベイザーマン教授らの著書『倫理の死角―なぜ人と企業は判断を誤るのか』('13年/エヌティティ出版)に述べられている指摘に通じるものがあるように思いました(けっして目新しい指摘ということでもないということになるが)。

 第4章では、それでは思考が動く職場とはどのような場所なのかを考察しています。作業の流れをグラフ化するなどの、思考停止に陥らない仕事の進め方や、成功事例よりも失敗事例に学ぶほど誤判断が減るとして、失敗の測定や分析方法、事後に生かすための報告書の書き方などを紹介し、職場での運用方法について解説しています。

 事故・不祥事の発生予防だけでなく、正しい組織運営の在り方を説いた本。但し、まえがきにあった「エムパワリング・コミュニケーション」というものが本文内で定義されておらず、それが本書のどの部分を指すのかよく分からなかったですが(おそらく本書全体?か)、「自分の保身しか考えない」上司が会社を破壊するといったことなど、しっくりくる部分は少なからずありました。

 創造性を発揮できるようにするためには、柔軟かつ科学的な組織運営が求められるとしており、基本的には組織論の本であると思います。仕事上のミスや誤認は、現場と司令塔のギャップや暗黙知の過信などのコミュニケーションの不具合から起きるということを、事例を交えて検証し、組織メンバーの潜在能力を引き出すポイントは、コミュニケーションの巧拙にかかっているとしています。その意味では、第3章の「こわいのは(創造性を潰してしまう)、上司のこのひと言」集は、いちばんストレートに気づきを促してくれる部分だったかもしれません。

《読書MEMO》
●自分で考える部下を育てるために、どう接すればいいか、どう指導すると良いか(155p)
・最初の仕事は真似から始まります。このときはマニュアル通りに作業を進めることを教えてください。
・マニュアルに疑問を感じたら、自分で解決しようとせず、相談するよう指導してください。一緒になってマニュアルの不備を見つけて修正する姿勢をとるのがいいでしょう。
・マニュアルを使用しながら、その内容を見直すことになりますが、そのとき、利用者の立場から、マニュアルがどうあるべきかを考えるよう指導してください。
・指示待ち人間に対しては、根気よくその人が自分で考えるよう、まず簡単なタスクを与えて徐々に育てることを考えること。急に考えるように仕向けると、無用なプレッシャーを与えてしまいます。
●うまく育ってもらうための効果的サポート(156p)
・「はい」という返事は真に受けず、経過を確認してください。
・自分の考えを押しつけず、部下が考えていい答えを出すチャンスを与えてください。
・思考展開図をうまく使い、部下と一緒に作ることを心がけてください。まず目標は何か、要求機能を正しい言葉で表現することが重要です。
・社会にある失敗事例をうまく利用し、仮想的な失敗に備える練習をチームで行ってください。
・どのような失敗が起こり得るか、チームで徹底的に考えることが逆境に強いチーム作りにつながります。

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'02年新訳の新装版。パラドックスというより「矛盾に見える真実」。今一度再読するのも良い。

ピーターの法則 sin .jpg ピーターの法則.jpg  The Peter Principle.jpg Laurence J. Peter.jpg
[新装版]ピーターの法則―「階層社会学」が暴く会社に無能があふれる理由』(2018/03 ダイヤモンド社)/『ピーターの法則』新訳版 〔'02年〕/The Peter Principle〔'84年版〕/Laurence J. Peter(1919-1990)

[新装版]ピーターの法則51.jpg 教育学者ローレンス・J・ピーターが唱えた有名な「ピーターの法則」の原著『THE PETER PRINCIPLE』は1969年に出版され、1970年に邦訳されていますが(よって個人的には再読になる)、2002年に新訳が刊行され、さらに今回その〈新装版〉である本書が出たことになり、やはりインパクトは今でもあるのかと思われます。

 本書は、まず第1章で、「ピーターの法則」なるものを示しています。それは、《階層社会では、すべての人は昇進を重ね、おのおのの無能のレベルに到達する》というものです。そして、《やがて、あらゆるポストは、職責を果たせない無能な人間によって占められる》ことが必然であるとしています。では一体、誰が仕事をしているのか? それは、《仕事は、まだ無能レベルに達していない者によって行われている》のであるとしています。

 第2章、第3章では、階層社会はこのピーターの法則に支配されていて例外はないとし、第4章から第6章にかけては、無能を生む昇進は実際どのようにして行われるのか、優秀なリーダーがいかにして排除されるのかを説き、第7章では、平等主義が昇進を促し、それだけ多くの無能を生み出すとしています。第8章では、先人たちの「無能の研究」を振り返り、第9章では、なぜ人は無能に突き進むのかを考察しています。

 第10章では、無能が無能を生むという悪循環について説き、第11章から第13章にかけては、成功した人(=無能レベルに達した人)はさまざまな病気を患っていることが多く、無能ゆえにいろいろ奇妙な行動をとるとし、無能レベルに達した人には現実を直視することは禁物で、健康と幸福を維持するためには、問題のすりかえを行うことが効果的であるとしています。

 第14章では、無能に陥らないためには、昇進拒否も一手ではあるが、それに勝る方法は、自分が無能レベルに達していることを周囲に印象づけること、つまり「創造的無能」こそが無敵の処世術であるとしています。そして、最終第15章では、「ピーターの特効薬」として、昇進を回避する方法や無能レベルでも健康と幸福を維持する方法などを紹介し、ピーターの法則は、滅亡に至る昇進の代わりに生活の質の向上をもたらすとして、本書を締め括っています。

ピーターの法則601.jpg すでに察せられるように、全体がある種パラドックスとなっており、ビジネスパーソンに対し、昇進するのが必ずしも良いことではなく、自分の適性を見極め、創造的な職業人生を送るよう示唆しているととれます。

 一方、人事パーソンの視点から見ると、本書におけるパラドックスは、「真実に見える矛盾」というより「矛盾に見える真実」としての色合いが、経験上より強く感じられるのではないでしょうか。プレーヤーとして優秀だという理由でマネジャーに昇進させたらダメだった、というのはまさにピーターの法則にあてはまるのでは。係長の仕事をしていた人が課長になり、課長の仕事をしていた人が部長になるというのが通常の昇進パターンである日本企業の場合、こうしたことは往々にしてありがちな気がします。

 多くの著名な経営思想家が、「ピーターの法則」に陥らないようにするにはどうすればよいかを説いています。「ピーターの法則」――多くの人事パーソンにとって既知ではあるかと思いますが、これを機に今一度読み直してみるのも良いと思いますし、未読の人も、知っておいて損はないかと思います。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)


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「時間」「人材」「意欲」の3つのリソースをないがしろにしてはならないと教唆。

TIME TALENT ENERGY  e.jpgTIME TALENT ENERGY.jpg Michael Mankins.jpgEric Garton.jpg
TIME TALENT ENERGY ―組織の生産性を最大化するマネジメント』 Michael Mankins & Eric Garton
"Time, Talent, Energy: Overcome Organizational Drag and Unleash Your Team’s Productive Power"

TIME TALENT ENERGY.png 本書では、ほとんどの企業にとって本当に稀少な経営資源は「時間」「人材」「意欲」であるとしています。パート1「時間」(第2章・第3章)では、時間管理の問題をテーマとし、会議、オンラインコミュニケーション、厄介な官僚体質の構造など、大企業病の原因を探っています。パート2「人材」(第4章・第5章)では、社員の能力とチームづくりに焦点を当て、効果的な人材管理の威力を探っています。パート3「意欲」(第6章・第7章)では、当事者意識の意欲、やる気が生み出す効果について、現実的な視点で考察しています。

TIME TALENT ENERGY38.jpg さらに詳しく見ていくと、パート1「時間」では、第2章で、時間が失われてしまうからくりを示すとともに、失われた時間の大部分をシンプルな時間管理のツールやテクニックで取り返す方法について考察しています。第3章では、無駄に複雑な組織構造が、無用な会議や連絡などのやりとりの原因となっているとして、オペレーティングモデルを簡素化して、効果的な時間マネジメントで成果を上げた企業の事例を紹介しています。

 パート2「人材」では、第4章で、本当に必要なのは、誰よりも組織の使命を理解し、戦略を実行に移すことの出来る人材であるとして、いるといないとでは大きな差が出る「違いを生み出す人材」(ディファレンスメーカー)を、最大の効果を発揮できる職務に配置することが大切だとしています。しかしながら、従来の人事管理はこれに対処しきれていないとし、傑出した企業では、理論面や実践面でどのようにこれに対処しているかを紹介しています。第5章では、最も優秀な人材でチームを編成すべきだとし、また、こうしたオールスターチームに組織の最重要課題を担当させよとしています。さらに、オールスターチームには優秀なリーダーと手厚いサポートが欠かせないとしています。

 パート3「意欲」では、第6章で、社員のやる気を奮い立たせるためのステップとして、①人間性溢れる理念を策定・導入する、②社員の自律性と組織のニーズのバランスを追求する、③成果を上げ、やる気を奮い立たせるリーダーを育成せよ、の3つを挙げ、優良企業の成功事例などを紹介しながら、それぞれのステップを解説しています。第7章では。社員の意欲を引き出して成果を達成させる優良企業の企業文化に着目し、読者が同じような企業文化を醸成するための方法を紹介しています。

 企業の競争優位につながるのは「資金」ではなく、「時間」「人材」「意欲」の3つであるというのが筆者らの主張ですが、時間・人材・意欲のそれぞれについて、「傑出した企業」とそうでない企業を比較したうえで、詳細な理由を述べ、具体的な解決策までが示されているので分かり易く、また参考になります。特に人事パーソンにとってパート2の「人材」とパート3の「意欲」は、興味深く読めるのではないでしょうか。

 例えば、パート2の「人材」では、「違いを生み出す人材」を集めてチームを作り、こうしたオールスターチームに組織の最重要課題を担当させよとしていますが、どちらかと言えば、各部署に優秀な人材を均等に配置する傾向にある日本の企業にとっては、発想の転換を促すヒントになるように思います。

 「時間」「人材」「意欲」という3つの指標は必ずしも目新しいものではなく、また、本書で紹介されている優良企業の事例には、ミレニアル企業と呼ばれる新興企業のものが多かったりもし、読者にとっては、自社とは環境が違い過ぎるとの思いに駆られたりするかもしれません。実際、本書で示されたすべての策が、あらゆる企業に当てはまる汎用性を持つとは言えないと思われます。

 しかしながら、巻末で「日本企業への示唆」として、「組織生産力指数は平均で92にとどまり、グローバル平均の113を大きく下回る」という日本企業の組織生産力マネジメントの課題と、今後向かうべき方向について論じているよように、本書を通して「時間」「人材」「意欲」という3つのリソースをないがしろにしている事実に気づき、なぜそれが問題なのかをしっかりと理解し、具体的に何をすべきかと考える機会を得ることは、それなりに意義があるように思います。

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ルーキーの強み(ルーキー・スマート)はリーダーにこそ求められる。

ルーキー・スマート6.JPGルーキー・スマート.jpg  メンバーの才能を開花させる技法.jpg リズ・ワイズマン.jpg
ルーキー・スマート』『メンバーの才能を開花させる技法』リズ・ワイズマン
Liz Wiseman Recognized By Thinkers50 As Top Leadership Thinker
リズ・ワイズマン 2.jpgオラクル.png 著者のリズ・ワイズマンはオラクルで長年人材育成に携わった人で、前著『メンバーの才能を開花させる技法』('15年/海と月社)では、リーダーの2つの類型として「消耗型リーダー」と「増幅型リーダー」があり、消耗型リーダーは自分の知性に溺れ、メンバーを低く見て、組織にとって大切な知性と能力を損ない、一方、増幅型リーダーはメンバーの知識を引き出すことで、組織の中に伝染力のある集合知を築くとしていました。

 本書では、はじめて経験する課題に取り組むルーキーに着目し、ルーキーの潜在力に目覚め、彼らをもっと活用することを説いています。さらには「だれもが永遠にルーキーでありつづけられる」として、自分自身もマンネリと決別し、ルーキーならではの強み(ルーキー・スマート)を身につけることを勧めています。そして、これまでの「経験」に「ルーキーのパワー」が加われば、個人としても組織としても非常に強みを発揮できるようになるとしています。

 第1部「ルーキー・スマートを手に入れる」の第1章では、著者らの調査からわかったこととして、はじめて経験する課題に取り組むルーキーは、目覚ましい成果を上げることができ、多くのベテランと肩を並べ、イノベーションが求められる局面などではベテランを凌駕することも多いが、そうした自覚あるルーキーの示す思考・行動にはパターンがあるとしています。著者はそれを「ルーキー・スマート」と名づけ、ルーキー・スマートには、「バックパッカー」「狩猟採集民」「ファイアウォーカー」「開拓者」の4つのモードがあり、同じ人が局面ごとにさまざまなモードに入るとしています。そして、第2章から第5章にかけて、各モードとその思考パターンを解説しています。

 「バックパッカー」とは、重荷がなく、失うものがない者のことを指し、ベテランが"守り"思考であるのに対して、ルーキーは無制約で自由な思考で動くことができるとしています。「狩猟採集民」とは、知識や専門技能が未熟であるため、周りの世界を理解しようと努め、導きを求めて他の人の力を借りようとする特性を指しています。「ファイアウォーカー」とは、自信がないため慎重に、かつ同時に、あたかも初心者の火渡りのように素早く行動する特性を指しています。「開拓者」は、地図に記されていない、しばしば不快な土地に乗り出していく者を指し、"定住者"であるベテランと違って、未知の世界へ乗り出すために、ハングリーで絶えず精力的に行動する特性を指しています。

 第2部「ルーキー・スマートの育み方」の第6章では、「永遠のルーキー」であるための資質として、好奇心、謙虚さ、遊び心、計画性の4つを掲げています。第7章では、ルーキー・スマートは若者や未経験者だけのものではなく、どんなに経験や実績が豊富な人でも自分を再生させ、ルーキーへ回帰できるとして、それを実現するための4つの戦略(①リーダーから学習者へ、②非快適ゾーンに足を踏み入れる、③小さな行動をとる、④若々しさを取り戻すための手順を確立する)を示しています。

 第3部「人に続いて組織も変わる」の第8章では、リーダーがルーキーを活かすための方法として、①方向性を示したうえで自由を与える、②建設的な「ミニ試練」を与える、③安全ネットつきの綱渡りをさせる、の3つを挙げています。また、ルーキーとベテランの効果的な組み合わせ方法や、チームや組織にルーキーらしさを取り戻す方法についても述べています。

 全体を通して、調査に基づいて書かれているため説得力があります。ルーキーに着目した本ですが、著者の専門はリーダーシップの実践的研究であり、本書におけるルーキー・スマートも、最終的には年齢的な枠を超えた特性的なものであって、むしろ、リーダーが柔軟な思考や果敢な行動力、挑戦者の精神を失わないためにはどうすればよいかを説いた本であるように感じられました。ルーキーの強み(ルーキー・スマート)はリーダーにこそ求められるという意味で、たいへんユニークな視座を提供していて、啓発度は高かったように思います。<

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基礎理論を学ぶことの重要性を説いていることに共感。初任管理職などには示唆に富む本。

即効マネジメント2.jpg即効マネジメント.jpg即効マネジメント: 部下をコントロールする黄金原則 (ちくま新書)』['16年]

 著者の既刊『無理・無意味から職場を救うマネジメントの基礎理論』('15年/プレジデント社)の姉妹編で、前著で扱った、部下のやる気をどう出させるか(「個」のマネジメント)というテーマと組織全体の活気をどう保つか(「組織」のマネジメント)というテーマのうち、前者に的を絞り、より細かく解説を加えたものであるとのことです。

 本書での理論解説のベースに置いているのは、ハーズバーグやマズローをはじめとする大家と呼ばれる7人の研究者の理論であり、とりわけ、著者が薫陶を受け、元気・勇気・やる気にあふれるリクルートの組織風土を生み出した大沢武志(1935-2012)氏の実践的理論を基礎に置いているとのことです。

 著者は、マネジメントというものを1つの型にはめる必要はなく、むしろ基礎理論を覚えることが重要であるとして、本書では、そのための基礎理論を「明日から使えるように、実践的で簡単な法則」にしたとし、それが、「2W2R(What・Way・Reason・Range)」と「三つのギリギリ」であるとしています。

 第1章では、「やる気」には内発的動機と外部誘因があるが、社員の内発的動機を高めれば企業は強くなるとし、では、その内発的動機はどのようにすれば高まるのかを、ハーズバーグの「満足要因と衛生要因」説などを用いて説明していて、それには「機会」を与え「支援」することが必要であるとしています。

 第2章では、部下にどのような機会を与えそれをいかに支援するかを解説し、指導の基本は2W(What・Way)であり、手本やなどできっちり「What」を教えるのも必要だが、それよりも、その通りにやれば誰でもうまくできる成功の道筋=「Way」を教えることが重要であるとしています。また、教えるに際しては、その理由や目的(Reason)を伝えることが大切で、それが部下の自律への入口になるとしています(ここまでで「2W1R」となったわけだが、もう1つのRについては後述されることになる)。更に、部下に機会を与える際には、「できるかできないかギリギリの線を示す」「経験や得意技を活かす場を残す」「逃げ場をなくす」という「三つのギリギリ」が重要であるとしています。

 第3章では、やる気を絶やさない秘訣として、目標はすぐにくずれるので、そのたびごとに刻み直すこと、そのためにも、上司は常に部下を見てSOSや慢心を見逃さないこと、更に、横の見通し(今の仕事は周囲にどんな影響を与えているか)と縦の見通し(今の仕事は将来のキャリアにどんな影響を与えているか)をつけることが重要であるとしています。

 第4章では、もう1つのRであるRange(範囲)について述べており、成長が実感出来るように踊り場(自遊空間)を作って思いっきり羽を伸ばせるようにしてあげること、階段を刻み、踊り場で遊ばせることが大切であることを、D・マクレガーの「XY理論」や三隅二不二の「PM理論」を用いつつ説明しています。

 第5章では、「誰もがエリートを目指せる」日本型のキャリア構造は世界的にみれば特殊であるが、これも「ギリギリの線を与え続ける」などといったモチベーション理論をキャリアパスの下敷きとして意図的に生み出された構造であるとして、基礎理論の重要性を説いています。また、仮に社員がやる気を出してくれずマネジメント理論が通じないと思われるケースであっても、それは、人の心を揺り動かす要因(動因)が揃っていないことによるものであり、部下は多様な動因を持つから、上司はそれに合った「多様な機会」を作っていくことが大切であることを、マーレイの動因理論などを用いて説いています。

 第6章では、学んだことを人に教えることの重要性を説くとともに、本書でこれまで述べてきた基礎理論を、質問形式で簡潔にまとめています。以上、要約すれば、「2W2R(What・Way・Reason・Range)」とは、何を、どうやって、なぜ、どこまでを決めることであり、「三つのギリギリ」とは、(1)易しすぎず難しすぎず、(2)活かし場を用意する、(3)逃げ場をなくす、ということになります。

 こうしたことが、クイズなどを交えつつ、読み易く丁寧に解説されていて、また、章を追うごとに理論を積み重ねて構造化していくため、説得力のあるものとなっています。個人的にも、基礎理論を学び、実践することの重要性を説いている点には共感しました(同著者の雇用システムや労働市場問題を扱った本よりも共感度が高い?)。とりわけ初任管理職、ミドルマネジメント層には一定の示唆に富む本であるかと思います。

《読書MEMO》
●目次
はじめに 「あの人はすごい」―その理由は、マネジメント理論でけっこう説明できます。
第1章 なぜ、企業は社員のやる気を大切にするのか
第2章 やる気の源泉=「機会」と「支援」の鉄則
第3章 やる気を絶やさないための秘訣
第4章 もう一つのR(=Range)は、なぜ「スーパーな力」なのか
第5章 世界でも特殊な日本型のキャリア構造
第6章 学んだことを人に教え、自分でも実践する
あとがき リクルートの「元気とやる気」の秘密を、みなさんに

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旧版の「1分間叱責」を「1分間修正」に修正。旧版よりしっくりくる。
新1分間マネジャー.jpg新1分間マネジャー――部下を成長させる3つの秘訣』['15年] 1分間マネジャー.jpg ケネス・ブランチャード/スペンサー・ジョンソン『1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!』['83年]

 世界中で累計2000万部以上売れたという1分間」シリーズの第1弾で、1982年に原著刊行の『1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!』('83年/ダイヤモンド社)の2015年改定版で、著者は旧版と同じくケン・ブランチャード(Kenneth H. Blanchard、心理学者)とスペンサー・ジョンソン(Spencer Johnson、精神医学者)の2人です(ブランチャード博士は、amazon.comにおいて世界中で25人しかいないベストセラー著者の殿堂入りを果たしている)。

 『1分間マネジャー』の特徴は、1つは、物語仕立てになっていて読み易いことで、但し、こうした寓話スタイルは、読んで合う人と合わない人がいるようにも思います。もう1つの特徴は、部下の管理方法の秘訣をシンプルに3つに纏めていることで、その3つの秘訣とは、「1分間目標設定」「1分間称賛」「1分間叱責」というものでした。個人的には、「1分間目標設定」はいいとして、「1分間称賛」「1分間叱責」と続くと、あまりに単純すぎて、逆にこんなのでいいのか、という思いがあって、初読以来、個人的には△評価になっていました。

 こうした古典的ベストセラーと言ってもいいような本が、中身を変えて改定されることは珍しいとのことですが(34年ぶり!)、今回も、物語仕立ての形式も同じであるし、中身もそれほど大きくは変わっていません。但し、物語全体を今の時代環境に合うように直したことで、以前の版は1982年に書かれたものであるから、インターネットなど無い時代のことでであったのに対し、今回の版では、インターネットで世界各地のメンバーとコミュニケーションをとる様子が描かれたりしています。

 次に、ここが一番決定的な改定点ですが、3つの秘訣の内の最後の「1分間叱責」が「1分間修正」に変わっっています。何れの場合も、部下が間違った方向に行ったときにどのように正すかということですが、改定版では、上司が所謂上から目線ではなく、部下と同じ目線で、軌道修正について話し合うようになっています。この改定の理由についてブランチャード博士は、「1980年代に比べ、今の時代はトップダウン式のリーダーシップがそぐわなくなってきており、部下とのパートナーシップがより重要になってきている」と述べています。また、「1分間目標設定」も、上司が一方的に目標を決めるのではなく、部下と共に決めていくような形に改定されています。

 個人的には、以前の版よりかなり良くなったと思います。と言うより、前の版を手にした時に、すでにそうした時代の風潮を感じていて、それがどこか、旧版に対する違和感に繋がっていたのかもしれません。今回の方がしっくりきます。

 旧版同士の比較では、1985年原著刊行の『1分間リーダーシップ―能力とヤル気に即した4つの実践指導法』(Leadership and the One Minute Manager)('85年/ダイヤモンド社)の方が良かった、と言うか、リーダーシップには唯一無二の完璧な手法はないが、事実上、指示型、委任型、コーチ型、援助型という4つのスタイルがあり、マネジメントの状況に応じていずれかのスタイルが取られるとする、かの有名な「状況対応型リーダーシップ」論が提唱されていて、これかあ、という印象を浮けた記憶があります。こちらの方は、本書より先に(2013年に)改定版『新1分間リーダーシップ―どんな部下にも通用する4つの方法』('15年/ダイヤモンド社)が出ています。

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「オキシトシン」は"?"だったが、組織信頼向上の「8要因」は多くの事例を通して解説されていた。

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TRUST FACTOR トラスト・ファクター~最強の組織をつくる新しいマネジメント』(2017/11 キノブックス)

 本書の著者は神経経済学者であり、神経経済学とは、人間が決断をするときの脳活動を測定することで、なぜそのような行動をとるのかを説明する学問であるとのことです。著者によれば、人間は信頼されると脳内で神経伝達物質であるオキシトシン(信頼ホルモン)を合成し、受けた信頼に応えようとするとのことで、そうしたオキシトシンの測定から、信頼や共感が組織において人間の関係性を良好にし、コミュニケーションを円滑にし、イノベーションが実現しやすくし、各種のパフォーマンスも向上させ、組織を成長させるということが分かってきたとしています。

 一方、オキシトシン(の分泌や働き)を抑制する因子としてテストステロンなどがあり、人間の脳内でテストステロンとオキシトシンのせめぎ合いがあって、テストロンが多いと人間は利己的になり、権利意識も強まるとのことです。本書の目的は、テストステロンから得られる高いモチベーションや意欲と、オキシトシンを分泌することによる協調とチームワークのバランスを見つけることであるとのことであり、つまり、人間や組織を動かす生理学的な要素に着目してその働きと功罪、バランスを考える機会を提供しているのが本書であるということです。

 第1章では、著者は、オキシトシンによって脳の神経回路が活性化される仕組みを解明し、人々の信頼を支え維持する組織文化の構築に向けた一連の実用的な方法を突き止めたとし、信頼を生むマネジメントポリシーを構成する8つの因子として、「オベーション(Ovation)」「期待(Expectation)」「委任(Yield)」「委譲(Transfer)」「オープン化(Openness)」「思いやり(Caring)」「投資(Invest)」「自然体(Natural)」を挙げ、それらの頭文字をとって、まさに「OXYTOCIN」と名付けています。そして、第2章から第9章にかけて、この信頼を上げるための要因をそれぞれ解説しています。

 それによれば、「オベーション」とは、組織の成功に貢献した人を称賛することであり、「期待」とは、同僚がグループの課題に直面した時に生じ、「委任」とは、従業員が仕事の進め方を自ら選択できるようにすることであり、「委譲」とは、従業員が自らの仕事をデザインし、自己管理することを可能にするものであるとしています。さらに、「オープン化」とは、従業員とともに情報を広く共有することであり、「思いやり」は、同僚との人間関係を意図的に構築することであり、組織は従業員に一人の人間として成長してもらうために「投資」し、誠実で謙虚なリーダーがいる組織は、従業員が「自然体」でいられるとしています。そして、これらの実現が組織の信頼に寄与した例を数多く紹介しています。

 第10章では、「喜び」をもって仕事をするために重要な、信頼以外のもう1つの要素として「目標」を挙げ、「喜び」は信頼と目標意識から生まれるとしています。第11章では、信頼が業績に与える影響について述べ、信頼は働く人のモチベーションと幸福感を高め、結果的に生産性の向上、離職率の低下、慢性ストレスの減少につながるとして、改めて、信頼度の高い文化を構築することの意義を説いて、本書を締め括っています。

 冒頭で、オキシトシン効果というものが強調されていますが、その話から組織の信頼を向上させる「8つの要因」の話が出て来るまでの間が、「神経経済学で実証されている」としか説明がされていないので、単なるゴロ合わせ(?)だったのか、とやや拍子抜けしました。本書で言われている称賛や期待、委任・委譲など8つのトランス・ファクターについても、著者自身がそう述べているように、特に目新しいものではないです

 しかしながら、8つの要因がそれぞれ組織内で具体的に実現されるというのはどのようなことなのか、それによってどのような効果が生まれたのか、企業等の取り組み事例を数多く紹介しているため、まえがきにある、「『曖昧でとらえどころのないもの』を正しく理解するための技術的な入門書」であるという本書の狙いには概ね即しているように思いました。新旧さまざまな経営理論も併せて紹介されており、神経経済学(オキシトシン)は個人的には"?"でしたが、啓発書としては、まずまずではなかったかと思います。

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「学習する組織」の手法体系に絞った入門書だが、手法部分も含め啓発書としても読める。

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「学習する組織」入門――自分・チーム・会社が変わる 持続的成長の技術と実践』(2017/06 英治出版)

 「学習する組織」とは、「目的に向けて効果的に行動するために、集団としての意識と能力を継続的に高め、伸ばし続ける組織」のことであり、ピーター・センゲやクリス・アージリスらが生み出し、普及させた概念であり、理論・手法体系です。学習する組織を作るための原則、プロセス、ツールの数々は、自己との向き合い方、大局をつかむ思考法、広く柔軟な視座、対話し共感する力、理念や価値観の共有など5つのディシプリン(規律・訓練)として体系化されていますが、本書では、組織開発メソッドとしての「学習する組織」の要諦を、ストーリーと演習を交えて解説しています。

 第1章では、学習する組織がどのようなものであるかを紹介し、第2章では、学習する組織の全体的な構造と、チーム(組織)の中核的な学習する能力を形成する、志を育成する力、複雑性を理解する力、共創的に対話する力という3つの力を紹介、さらに、志を育成する力は「自己マスタリー」「共有ビジョン」というディシプリンによって、複雑性を理解する力は「システム思考」というディシプリンによって、共創的に対話する力は「メンタル・モデル」「チーム学習」というディシプリンによって、それぞれ構成されるとしています。

 そして第3章から第7章の各章で「自己マスタリー」「システム思考」「メンタル・モデル」「チーム学習」「共有ビジョン」の5つのディシプリンについてそれぞれ詳しく解説し、第8章では、学習する組織の始め方の例と、その過程で突き当たる典型的な課題について紹介、最終章の第9章では、学習する組織を目指した先にある未来の組織の在り方と、それを導くリーダーシップの在り方について述べています。

 ピーター・センゲの著書『学習する組織』(2011年/英治出版)は約600ぺージの大著であり、その中で学習する組織や5つのディシプリンについて奥深く解説されていますが、本書はピーター・センゲらがまとめた手法体系に絞った入門書であり、読者が今ある組織に備わっている能力や意識について探究し、それらをその組織の文脈に合わせてどう活用し、組織を進化させていくことができるかを、具体的・実践的に解説しています。

 そのため、5つのディシプリンについて解説した第3章から第7章の各章は、事例(ストーリーと振り返りの問い)、理論(各ディシプリンの原則とプロセスの紹介)、演習(ツールによる演習、その振り返りと解説)という基本構成になっており、概念や理論の解説と実践の方法が一体となっているのが本書の特長です。入門書でありながら、実践テキストとしての形態も兼ね備えているため、400ページ近いページ数になっていて、ベースとなっているピーター・センゲの『学習する組織』とはまた異なった専門解説をも含むものとなっていますが、個人的には、そうした実践方法の解説を含め、全体を通して啓発書として読めるように思いました(タイトルが「学習する組織」となっており、『学習する組織』となっていないことからも、ピーター・センゲの『学習する組織』のダイレクトな入門書ではないことが窺える)。

 著者によれば、学習する組織は、組織のメンバーらが自ら学び、創造・再創造を繰り返して進化し続ける組織であり、完成形というものは想定されていないとのことです。ディシプリンは「規律」「訓練」などと訳されますが、合気道や茶道といった言葉で使われる「道」に近いと考えられるとしています。その「道」の部分をより深く感じとり、充分に理解するためには、ピーター・センゲの『学習する組織』を読んでみるのもよいかと思います

 因みに、ピーター・センゲの『学習する組織』においては、5つのディシプリンは「システム思考」「自己マスタリー」「メンタル・モデル」「共有ビジョン」「チーム学習」の順で解説されていて、「システム思考」に最も多くのページが割かれていますが、これは、5つのディシプリンの中で「システム思考」が最も基盤となる概念であるからではないでしょうか。個人的には、センゲの『学習する組織』の並び順の方がしっくりきたし、ウェイトの掛け方も、「システム思考」が一番理解が難しい概念であるという点で『学習する組織』の方が良かったですが、実践を絡めて解説すると、本書の「自己マスタリー」「システム思考」「メンタル・モデル」「チーム学習」「共有ビジョン」の順になったということでしょう学習する組織 3つの「柱」.pngか(ほぼ同時期に刊行の同著者の『マンガでやさしくわかる学習する組織』(2017年/日本能率協会マネジメントセンター)ででは、「システム思考」「メンタル・モデル」「チーム学習」「自己マスタリー」「共有ビジョン」の順で解説されていて、これはこれで、複雑性を理解する力、共創的に対話する力、志を育成する力、の順であることが窺える)。

学習する組織 3つの「柱」from Change Agent

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○経営思想家トップ50 ランクイン(テレサ・アマビール)

「インナーワーク」(人の認識、感情、モチベーション)を向上させる「進捗の法則」を示す。

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マネジャーの最も大切な仕事――95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力』 テレサ・アマビール/スティーブン・クレイマー

 本書の著者らは、業務を通じて人の内面で起こっている、認識、感情、モチベーションの3つの相互作用を「インナーワークライフ」と呼び、3業界、7業種、26チームの1万2000の日誌調査から、このインナーワークライフを向上させることが、チームやメンバーの創造性と生産性を高めるために最も効果的であることが判明したとしています。そして、この3つを充実させるには、「やりがいのある仕事が進捗するように支援する」ことが最重要であると説いています。

 第1章では、かつて称賛された企業が破滅に向かっていく様を見ながら、インナーワークライフの一端を紹介しています。第2章では、間違ったマネジメントがチームの認識、感情、モチベーションへ破壊的な影響を与える様子を紹介しています。

 第3章では、巨大なホテル会社の内部顧客に向けて仕事するソフトウェア・エンジニアのチームが、会社の買収劇に直面して大量解雇が始まり、会社を嫌悪するようになった事例から、インナーワークライフが各人のパフォーマンスのあらゆる側面に影響を与える様子を示しています。

 第4章では、彼らソフトウェア・エンジニアチームにとって大きな転換期となる出来事によって、彼らのインナーワークライフが劇的に好転していく様を通して、「進捗の法則」、つまり人の認識、感情、モチベーションを向上させるには、「やりがいのある仕事が進捗するように支援する」ことが最も重要であることを示しています。著者らは、「進捗の法則」は、インナーワークライフに影響する三大要素の第一のものであるとし、第二の要素を「触媒ファクター」、第三の要素を「栄養ファクター」と名付けています。

 第5章では、「進捗の法則」の仕組みを解き明かし、なぜ「小さな進捗」が力を持ち、なぜ障害がより大きな(ネガティブな)影響力を持つのか、進捗の法則を活用するにあたって最も重要なツールを示し、進捗とインナーワークライフが互いに燃料を与え合うものであることを解明しています。

 第6章では、三大要素のうち二番目にインナーワークライフへポジティブな影響を与える「触媒ファクター」について説明し、触媒ファクターとして、①明確な目標を設定する、②自主性を与える、③リソースを提供する、④十分な時間を与える、⑤仕事をサポートする、⑥問題と成功から学ぶ、⑦自由闊達なアイデア交換の7つを掲げ、失敗に終わったプロジェクトと成功したプロジェクトでマネジャーのプロジェクトの支援の在り方がどう違ったかを解説しています。

 第7章では、インナーワークライフに影響を与える三番目の「栄養ファクター」について説明し、栄養ファクターとして、①尊重、②励まし、③感情的サポート、④友好関係の4つを掲げ、前章と同様に失敗例、成功例でこれらを解説しています。

 第8章では、部下たちが着実に進捗するのに必要な触媒ファクターと栄養ファクターを手にするためのツールやガイドラインを示し、例として、化学企業のリーダーで、本能的にこの体系に沿って行動し、厳しい状況にあったチームを創造的・生産的に、かつ幸せに前進させることができたケースを紹介しています。

 社員に日々の仕事の日誌をつけてもらい、その大量の日誌の分析から結論を導くという手法が珍しく、また、各章でそうした日誌が紹介されているので一定の説得力もあります。

 本書で言うところの「インナーワークライフ」というア・プリオリな切り口が絶対的なものかどうかはともかく、マネジャーとしてどうすれば認識、感情、モチベーションから成る個人のインナーワークライフを高めることができるかを考えることは重要であるに違いないように思えました。

 リーダーシップについて書かれた本と言うよりは、マネジメントについて書かれた本と言えるかと思いますが、常に、チーム(組織)ということを念頭に置いて書かれており、組織マネジメントについて書かれた本であるとも言えるかと思います。

 マネジャーが部下の認識、感情、モチベーションに寄り添ってインナーワークライフを向上させることが、チーム全体の成功を左右することに直結することを示しているという点で啓発される要素が多々あり、その点は良かったように思います。

《読書MEMO》
●英治出版 公式Twitterより(2019年2月28日)
――どうすればメンバーの生産性と創造性を高められるのでしょうか?
ハーバード・ビジネススクール教授と心理学の権威が膨大な研究の末に導き出した答えは、95%もの人が見逃していた〈「小さな」進捗の力〉でした。
『マネジャーの最も大切な仕事 』5刷重版できました!
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「モチベーション」の教科書、解説書、あるいは自省を促す啓発書として読める。

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最強のモチベーション術』(2016/07 日本実業出版社)

 著者によれば、「若手がなかなか定着しない」「昇進したがらない社員が増えた」「社員がダラダラ残業する」など、経営者が直面している問題のほとんどはモチベーションの問題であり、それだけモチベーションは、経営やマネジメントに深く関わっているにもかかわらず、多くの経営者や管理職はそのことに気づいていないか、気づいていても過小評価しているとのことです。そのため、何かあると見栄えのよい制度をつくるだけで満足したり、精神論やあるべき論で片づけたりしてしたりするとのことです。

 また、いざモチベーション問題に取り組むとして、学校で習ったモチベーション理論やビジネス書にある手法をそのまま試しても、うまくいかなかったり、かえって逆効果をもたらしたりするケースも多いとのことです。そこで、「現実の会社や職場の中の人間が何を考え、どのように行動するか」というところからモチベーションを説明し、「"やる気"は何によって、どうして生まれるか」「モチベーションをいかに高めるか」など、「人を動かす」ためのさまざまな問題を解決するのが本書の狙いであるとのことです。

 第1章では、モチベーションの理論と現実の世界とを照らし合わせながら、本当の「やる気」は何によってどのように生まれるのかを、古今の心理学の研究成果などを紹介しながら説明しています。ここでは、マズローの「欲求階層説」について、承認欲求の充足は、自己実現より重要であるとしており、これは従来からの著者の持論でもあります。また、「期待理論」を紹介し、人間は期待によって動き方を変え、仕事そのものに没頭したり、様々な計算を働かせたりして行動する存在だとしています。「計算づくではない」働き方をしているような場合でも、称賛や将来に対する貸しの意識が潜んでいて、そこにモチベーションが内包されているとの指摘は、納得感がありました。

 第2章では、モチベーションの「量」より「質」が問われている今の時代に、質の高いモチベーションを引き出すにはどうすればよいかが述べられています。まず、「やる気の足枷せ」となっているものを取り除くという観点から、長時間労働、人間関係、過剰な管理、不公平な人事評価、理不尽な待遇の引き下げ、の5つの足枷せをそれぞれ外す方法を説き、次に、やる気を倍増させるツボとして、自律性を高める、認められる機会を増やす、意識を「外」に向けさせる、の3つを挙げ、さらに、チーム力を高めるコツや、自分自身のモチベーションを高めるにはどうすればよいかを説いています。

 第3章では、相手のタイプに応じたモチベーションの高め方について述べられており、タイプによって効果が真逆にもなるとし、女性、中高年、派遣といった属性に応じた動機づけのコツを説いています。第4章では、「職場のコミュニケーションが不足している」「若手が消極的だ」などといった、現場でしばしば問題になる具体的なケースについて、その対策が示されています。

 モチベーション研究の第一人者として、これまで多くの著書を世に送り続けてきた著者が、職場環境や人間関係が複雑化している現代社会におけるモチベーションというテーマに向き合い、教科書的な原理原則から意外な事実、相手の心理を深読みする実践的な手法までを、豊富な事例やエピソードを交えながら説いた本と言えます。

 無理矢理、断定的なもの言いをしていない点が好感を持てましたが、一方で、その分ややもやっとした印象が残る箇所もありました。帯に「人を動かす究極の教科書」とあり、一方で「モチベーション解説書の決定版」ともありますが、そうした読み方もできるし、「管理職」(人事パーソンを含む)が読めば、日頃そこまでモチベーションの問題に取り組んでいるだろうかという職場のモチベーション問題への自ら取り組み姿勢について自覚と自省(リフレクション)を促す啓発書としても読めるように思いました。

 第2章の、やる気を倍増させるツボとしての「認められる機会を増やす」のところが、まさに著者の「承認欲求」論に呼応する箇所であり、表象制度などにも触れられていて、一番'力'が入っていたでしょうか。ここのところで、上手なほめ方、叱り方についても述べていますが、「叱る」という言葉を封印して「改善点を指摘する」へ言葉を置き換えた方がよいとしていて、これは、ケン・ブランチャード 、スペンサー・ジョンソン(著『1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!』('83年/ダイヤモンド社)が改訂されて『新1分間マネジャー―部下を成長させる3つの秘訣』('15年/ダイヤモンド社)になった際に、〈1分間で目標設定する〉〈1分間で褒める〉〈1分間で叱る〉の3つが、〈1分間目標〉〈1分間称賛〉〈1分間修正〉と3つ目が「叱る」から「修正する」に変わったことに対応しているように思いました(偶然ではないだろうと思う)。

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ミドルマネジャーに必要な自己変革し続けるための3つの力を説く。事例にシズル感あり。

これからのマネジャーの教科書 .jpgこれからのマネジャーの教科書』(2016/06 東洋経済新報社)

 本書は、「常にイキイキと仕事に取組み、周囲からの期待を超える活躍をしているミドルマネジャーと、そうでないミドルマネジャーの違いはどこから生まれるのか?」という疑問への答えを探るために、期待を超える成果を上げている40名以上のマネジャーにインタビューを行い、その結果をまとめたものであるとのことです。

 第1章では、ミドルマネジメントの置かれた状況を概観しています。そのうえで、ビジネス環境が激変する現代において、「ミドルマネジャー自身が変わり続けなければならない」こと、「ミドルマネジャーとしてイキイキと働くこと自体」に価値を見出していくことが大切だということを強調しています。

 第2章では、会社からも周囲からも一目置かれ、期待を超える成果を上げているミドルマネジャーへのインタビュー結果から明らかになった、彼らが備えている、自己変革し続けるためのベースとなる3つの力について解説しています。その3つの力とは次の通りです。
 「マネジャーとしてのビジネススキル=組織として成果を出す力(スキル)」
 「強い想いやこだわりを持っている=仕事に対する想いの力(ウェイ)」
 「周囲との考えの違いを乗り越える力(ギャップ)」

 そして第3章では、3つの力をどのようにして身につければいいのか、自己変革と自分を変えていくための3つのステップを示しています。その3つのステップとは次の通りです。
 ステップ1:「自己認識」を深める
 ステップ2:自分にとって「都合のよい解釈」をし、次にやることを決める
 ステップ3:自分のとった行動や置かれた状況に基づき「持論形成」する

 第4章では、多忙な日常の中でどうすれば「期待を超えるミドルマネジャー」であり続けることができるのか(「維持」または「強化」ができるのか)、それが不可能な場合は、どうやって「期待を超えるミドルマネジャー」に再びなれるにか(「回復」できるのか)について考察しています。

 第5章では、取材した41人の中から7人の「期待を超えるミドルマネジャー」について、具体的にどのように3つの力を獲得し、その維持、回復、強化に取り組んできたのかについて記しています。

 体系的に纏まっていますが、テキストと言うより啓発書的な内容であり、但し、別段突飛なことを言っているわけでもなく、内容的にはオーソドックスなものと言えます。そうした中で、「スキル」「ウェイ」「ギャップ」の3つの力をつけるステップの1つとして、「自分にとって"都合のよい解釈"をする」といったことが書かれているのが、個人的には関心を引きましたが、これとて、どんな場面でも、過去に行った行為を後ろ向きにはとらえず「これに意味がある」「これでいいのだ」と自己肯定感をもたせることがこれからのマネジャーに必要であるということを指しているという意味では、オーソドックスと言えるのかもしれません。

 むしろ、本書の後半分を占める、第5章の「7人の事例に学ぶミドルマネジャーの自己変革力」が、なかなかシズル感を出していて良かったです。現在さまざまな業種の企業で活躍中のミドルマネジャーら自身が、社会人になってから今日までの自らのキャリアを10年弱前後の刻みで振り返り、その各段階で「スキル」「ウェイ」「ギャップ」がどのように醸成され、「得られた持論」はいかなるものであり、3つの力の維持・回復・強化に今どのように努めているかが書かれています。前半部分の分析結果から得られた「スキル・ウェイ・ギャップ」などいった概念を逆検証している向きもありますが、入社時から振り返ることにより、マネジャーになる前の段階から「スキル・ウェイ・ギャップ」の3つの能力が大切なことがよく分かり、本書全体の納得感を高めることに繋がっています。

 実在のマネジャーの事例を基にした研究は、海外では、ジョン・P・コッターの『ザ・ゼネラル・マネジャー』(ダイヤモンド社)や、本書でも取り上げられているヘンリー・ミンツバーグの『マネジャーの実像』(日経BP社)など、それほど珍しくありませんが、日本では、金井壽宏 著『仕事で「一皮むける」』 ('02年/光文社新書)などがあるもののそう数は多くはないように思われます。

 ミドルマネジャーには自己変革が求められることを説き、自己変革し続けるための力をいかに養うかということを説いているという意味では自己啓発的な内容ですが、ミドルマネジャーがどのように育ち、育れてられていくかを考えるうえで、人事パーソンとしての立場から一読してみるのも良いかと思います。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
第1章 ミドルマネジャーとは何か
・マネジメントという仕事
・ミドルマネジャーとは誰を指すのか
・自己変革力を求められるミドルマネジャー
第2章 期待を超えるミドルマネジャーを生むメカニズムと3つの力
・期待を超えるミドルマネジャーとは何か
・スキル(組織で成果を出す力)
・ウェイ(仕事に対する想いの力)
・ギャップ(周囲との考えの違いを乗り越える力)
第3章 期待を超えるミドルマネジャーの自己変革力
・期待を超えるミドルマネジャーになる
・期待を超えるミドルマネジャーはどのように自己変革するのか
・自己解釈レンズ ワークシート
第4章 期待を超えるミドルマネジャーであり続けるために
・期待を超えるミドルマネジャーにも紆余曲折がある
・紆余曲折をいかに潜り抜けるか―3つのパターン
・維持、回復、強化のための具体的な行動・思考
第5章 7人の事例に学ぶ ミドルマネジャーの自己変革力
事例1:「やりきる」ことで次のチャンスが巡ってくる――キリンビールマーケティング 早坂めぐみ
事例2:繰り返し取り組んで自らの軸を太くしていく――国内大手機械部品メーカー 牧 浩一(仮名) 
事例3:「読者に喜んでもらいたい」という想いを形にする――女性誌編集長 鈴木裕子(仮名) 
事例4:ロジカルスキルとコミュニケーションスキルを強みに、自分の提供価値を最大化――スリーエム ジャパン 井手伸一郎 
事例5:「これだけはあいつに聞け」と言われる強みをつくる――外資系医療関連会社 山本健一(仮名)
事例6:「人のためになることをしたい」という想いを軸として生きる――日本財団 青柳光昌 
事例7:想い(ウェイ)の強さで社内外を巻き込んで大企業を活性化―パナソニック 有志の会 OnePanasonic発起人・代表 濱松 誠 
おわりに

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テキスト然としておらず、読みやすい。基本は網羅されていて、入門書としてはお薦め。

みんなの経営学  文庫.JPGみんなの経営学 使える実戦教養講座 文庫.jpg   みんなの経営学―使える実戦教養講座.jpg 単行本['13年]
みんなの経営学 使える実戦教養講座 (日経ビジネス人文庫)』['16年]

 本書の著者は社会人向け大学院で教鞭をとる経営学者であり、「みんなの」というタイトルには、すべての人が身につけるべき教養としての経営学という意味が込められているとのことです。

 第Ⅰ章では、経営学そのものに関する基礎的知識から考察し、経営学の最も基本的な考え方を、権限受容説という考え方をもとに解説しています。著者は、経営学は儲けるための学問ではなく、よりよく生きるための学問であるとしています。

 第Ⅱ章では、企業とは何かということについて考察し、米国や日本の企業の生成や発展の歴史を紐解きながら、その本質に対する基礎的な知識を解説しています。ここでは、ドラッカーによる企業の定義などを引きながら、企業を単に営利を追求するだけの装置としてではなく、人間の理想を実現するための装置として位置付けています。

 第Ⅲ章では、モチベーションについて考察しています。代表的なモチベーション理論を、歴史的な流れに沿って紹介するとともに、金銭的インセンティブの効果について、その"負の効果"も含めて考察し、内発的動機付けをもたらすマネジメントとはどのようなものかを考察しています。

 第Ⅳ章では、リーダーシップを取り上げています。リーダーシップ論の初期から今日に至る流れと追うとともに、なぜ優れたリーダーは少ないのかを探り、サーバント・リーダーシップという視点を通して、企業におけるこれからのリーダーのあり方を考察しています。

 第Ⅴ章では、経営組織について、組織概念の解説からスタートし、なぜ組織が必要なのかという基本的テーマを追っています。著者は、組織論はこれまで経営学の中心的な位置を占めてきたが、今日では、官僚制を代表格に大規模組織を無用の長物とする見解もあり、組織論は混迷の時代にあるとしています。

 第Ⅵ章では、経営戦略の本質的な特徴に迫っています。ここでは、経営戦略策定のための基本的な理論枠組みとツールを紹介し、企業の戦略やそれが具体化された中期計画が机上の空論にならないために、よい経営戦略とはどのようなものかを考察しています。

 最終章である第Ⅶ章では、あらためて、経営戦略の活かし方についての基礎的な話をしています。例えば、日本発の世界的な経営学パラダイムである知識創造の経営組織論(ナレッジ・マネジメント論)などを紹介し、今日の経営を取り巻く環境の変化から、経営学の進んでいる方向についての著者の見解を述べています。

 経営学はそもそも人々の役に立っているのかという疑問からスタートし、著者自身がビジネスパーソンや経営者との関わりの中で、経営学と現実のギャップを感じたことなども素直に問題提起され、また真摯に考察されています。そのため、テキスト然としておらず、全体を通して読みやすいものとなっています。

 一方で、第Ⅲ章から第Ⅵ章で、モチベーション、リーダーシップ、経営組織、経営戦略という経営管理(マネジメント)の根幹を成すテーマを扱っており、その中で、経営学の代表的な概念や学説の系譜は、ごく簡潔ながらも網羅的に押さえられています。例えば、第Ⅲ章のモチベーションのところで解説されているマズローの欲求段階説やハーズバーグの二要因理論などは、人事パーソンの必須常識と言えるでしょう。

 必ずしも全てのビジネスパーソンが、大学等で一般教養としての経営学を学んだわけでもなく、それは人事パーソンに限っても言えることでしょう。こうした教養を身につけるには、基本を先に押さえてしまった方が効率的であると思います。本書の場合、ビジネスの現場で応用するにはもう少し掘り下げる必要があると思いますが、入門書、おさらいの書としてはお薦めできるものです。

【2016年文庫化[(日経ビジネス人文庫]】

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先の見えない時代に対応できる「機動戦経営」を提唱。概念的にはキレイにまとまっている。

米軍式 人を動かすマネジメント.jpg米軍式 人を動かすマネジメント──「先の見えない戦い」を勝ち抜くD-OODA経営

 本書は、先の見えない時代に対応できる「機動戦経営」(D-OODC(ドゥーダ)経営)というものを提唱しています。第1章「機動線経営とは何か?」では、日本人の計画好きのルーツはPACDにあるが、それが「計画・管理・情報」の過剰を生んでおり、軍事的にみれば「想定される攻撃」に対して適切かつ機敏に行動が取れることと、「想定外の攻撃」に対しても臨機応変な対応が取れることは別であり、先が見えない環境で戦うためには、前者の消耗戦型よりも、後者の機動戦型の方が有効であり、それは経営にも当て嵌るとのことです。

OODA.gif それでは機動戦経営とは何なのかと言うと、1つは、機動戦で言うところの「OODC」、即ち、観察(Observe)―方向付け(Orient)― 決心(Decide)― 実行(Act)のサイクルを繰り返すことであり、自分の計画から始まるのがPDCAであるのに対し、OODCは相手を観察することから始まるのがその特徴で(PDCAの前段階とも言える)、このOODCループによって「動く」個人をつくることができるとのことです。例えば接客業であれば、PDCA接客には、 決められた手順を守る従順さが求められるが、一方のOODCには、顧客に対する鋭い観察眼が求められるとのことです。

「OODAループ」from Insource

 そして、臨機応変に「動く」個人が育ったなら、機動戦では次に、 「ミッション・コマンド」という指揮法をとるとのことで、ミッション・コマンドは、何のためにどんな理由で戦うのか(Why)と、戦闘によってどんな勝利を目指すのか(What)が明確に示されるとのこと。更に、こここでOODCとミッション・コマンドを強力にサポートするのが判断と行動に直結する情報であり、これを「クリティカル・インテリジェント」と言うとのことです。

 つまり、「動く個人・動かすリーダーシップ・動ける情報」が機動戦経営の3要素であるとし、以下の章で、それぞれについて解説しています。

 理論的にかっちりしている印象を受けるのは、アメリカ空軍のジョン・ボイド大佐によって提唱された意思決定理論である「OODCループ」の考えを起点にしているということもありますが、その理論にミッション・コマンド、クリティカル・インテリジェントという概念を付加して行く過程も、分かり易く説明されているように思いました。

 第2章ではOODCについて、第3章ではミッション・コマンドについて、第4章ではクリティカル・インテリジェントについてそれぞれ解説し、最終第5章では、現在の米軍では、作戦計画の作成・立案において、「正しい問題の設定」を指す「オペレーショナル・デザイン」(Operation Design)が重視されているという事実をもとに、これをにOODCを組み合わせた「D-OODC(ドゥーダ)ループ」というものを提唱しています。

 やや気になったのは、第2章以下で、OODC、ミッション・コマンド、クリティカル・インテリジェントというそれぞれの概念を更に詳しく説明していく段階で、事例に落とし込んでいく際に、公認会計士である著者の顧問先の中小企業の事例など、事例そのものは数多く紹介されているのものの話がやや拡散気味で、概念と事例の対応関係がややもやっとなった印象がありました。

 そうしたこともあって、もともと概念的要素の高い内容ですが、理論的にはキレイに纏まっているものの、概念的なまま終わってしまった印象も受けました(自分の抽象化能力に問題があるのかもしれないが)。

 概念的には分かるのだけれど、この本を読んだ経営は、次、どうすればいいのか、ちょっと考えてしまうのではないかなあ。とは言え、PDCA絶対説をあっさり批判している点など、提唱されていることの新鮮さはありました。

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論旨は腑に落ちるが、理論と現実とのギャップを埋めるという意味ではやや弱いか。

非合理な職場.jpg非合理な職場 ―あなたのロジカルシンキングはなぜ役に立たないのか』['16年]

不機嫌な職場―なぜ社員同士で協力できないのか.jpg 以前ベストセラーになった『不機嫌な職場―なぜ社員同士で協力できないのか』(2008/01 講談社現代新書)の共著者の一人による本書は、職場やそこで働く人の持つ「非合理な」面に焦点を当て、ロジカルシンキングの罠と、そこからどう脱出すべきかを説いています。

 第1章では、非合理な職場の実態を紹介し、ロジカルシンキングを学んだ人は問題解決者になったと思いがちだが、真の問題解決プロセスとは、単に論理的に問題を解くだけでなく、その実行のために組織や人を動かしていくプロセスであって、このプロセスを進行させるためには、人間の思考や心理にまで踏み込んだ働きかけが必要となり、ロジカルシンキングだけでは通用しない場面が現われるとしています。

 第2章では、人間や組織の持つそうした非合理性は、認知の歪みから生じるとしています。人間の認知は「経験・知識から成るスキーマからの悪影響」「推論のバイアス」「集団による意思決定への影響」により歪みが生じるため、真の問題解決者は、人間の感情や集団の圧力などの認知の動的なメカニズムを十分に理解しており、そのことを念頭に問題解決のアプローチを行うとしています。

 第3章では、具体的に認知の歪みにどう対応するかを考え、それにはその原因ごとに対応策を考える必要があり、スキーマが強い人には、スキーマを生じさせないようなスローシンキングや生の現実を見せ、感情で認知に影響を受けている人には、感情で対応するのではなく、感情を引き起こす影響を伝えることで気づかせることが有効だとしています。

 第4章では、自分自身に認知の歪みが起きる可能性もあるとし、蓄積した経験いスキーマが引きずられる可能性や、感情により認知が歪む可能性、組織への配慮やコミットメントが強すぎる可能性に加え、人には「人スキーマ」と呼ばれる、人をステレオタイプ化して見てしまう危険があることを示しています。

 第5章では、人間や職場が持つ「価値観」の問題を取り上げ、合理的な案に対してノリの悪い反応をする原因を掘り下げていますが、そこには価値観の問題が存在している可能性があるとしています。よって、問題解決者が行うべきことは、まず暗黙的な価値観を明示化し、価値観が障害になっていないかを確認したうえで、それを変えるべきかどうかを検討すべきだとしています。

 第6章では、多様化した職場において人を動かす「動機づけ」について考察し、動機づけ論では内発艇動機づけが注目を浴びたが、現在の日本企業の状態を考えると、内発的動機付けだけでは不十分であり、外発的動機づけとの組み合わせが必要になってくるとしています。

 著者は、マッキンゼーで論理思考の基礎を身につけた上で、人事・組織開発のコンサルに転じ、実績をあげてきた人であるとのことで、読んでみて、別にロジカルシンキングを否定しているわけではなく、マネジメントに心理学を応用し、「心理学」+「論理思考」で人と組織をより自在に動かしていくことを提唱しているように思いました。

 その意味では、切り口はまあまあユニークであるし、論旨はそれなりに腑に落ちるものでしたが、一方で、こうした理論展開自体が、広い意味でのロジカルシンキングではないかという気がしないでもないです。ロジックがまともに通じない人に悩まされるということは往々にしてあるかと思いますが、これが相手の価値観が障壁になっていることが原因だと判明しても、その価値観を変えるというのは現実にはなかなか難しいということは、ままあるのではないでしょうか(むしろ、本当に問題となるのはそうしたケースではないか)。

 理論と現実とのギャップを埋めるという意味ではやや弱い印象も受けるし、最後は比較的フツーの(Z理論的な)モチベーション論になっている印象も。但し、相手の認知の歪みだけでなく、自分自身に認知の歪みが起きる可能性もあることを指摘している点は、大いにリフレクション(自省)したいと思いました(個人的には"自己啓発書"として読んだことになるのかも)。

《読書MEMO》
●目次
第1章 ロジカルシンキングだけでは通用しない「非合理な職場」
第2章 なぜあなたの主張は理解してもらえないのか?
第3章 認知の歪みへの対応策
第4章 あなたのロジックも歪んでいる?
第5章 「ノリ」を左右する価値観
第6章 多様化した職場で人を動機づけるには

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現場マネジャーが直面するジレンマに話題を絞った前半部分が良かった。

会社の中はジレンマだらけ.jpg会社の中はジレンマだらけ 現場マネジャー「決断」のトレーニング (光文社新書)』['16年]

 本書によれば、ジレンマとは「どちらを選んでもメリットもデメリットもあるような二つの選択肢を前にして、それでもどちらにするかを決めなければならない状況」とのことで、企業・組織においてマネジャーが直面する幾つかのジレンマのパターンを取り上げ、ヤフー執行役員の本間浩輔氏と東京大学の中原淳准教授が対談形式で議論しています。

 第1章が「絶対に結果を出さなくてはならないハードな案件。自分自身でこなす?それとも思い切って部下に任せる?」、第2章が「チーム内にくすぶり始めた時短社員への不満。ほかのメンバーを説得する?それとも時短社員に働き方を変えてもらう?」、第3章が「仕事をしない"年上の部下"がいます。言いたいことを伝える?それともやり過ごす?」といったように、マネジャーに"現場仕事"が増えがちな問題、産休社員に人員補充が無い場合に起きがちな問題、なぜ「働かないおじさん」の給料は高いのかといった問題を扱っていて、全部で5章ありますが、最初の3章が比較的トーク内容が充実していたように思います(後半2章は正直それほどでも...)。

 第1章では、ヤフーで行われている「ななめ会議」というのが興味深かったです。ある意味、マネジャーに気づきを促すフィードバック方法の1つなのですが、人事部が職場のマネジャーについて部下たちに発言させ、次に人事部がその発言をマネジャーに伝え、最後は三者で話をするというものですが、こうした方法論もさることながら、こうした方法を取ることが可能な企業文化というのもあるだろうなあと。本間氏が「成長には修羅場だ」といった「修羅場幻想」からそろそろ離れた方がいいと言っているのにも納得。IT企業でありながら、「会って話すことがポイント」と言っているのも興味深かったです。

 第2章では、ワーク・ライフ・バランスに関して、「資生堂ショック」を話題にしており、本間氏の発言などからも窺えるように、何時間働くかではなく、パフォーマンスを見て評価するという傾向は今後強まるのだろうなあと(コンサルティング会社「ワーク・ライフバランス」の小室淑恵社長なども以前からこの路線だったように思う)。但し、マネジャーは短期的評価を気にしていてはダメで、その意味で、マネジャーには覚悟が必要というのも分かります。

 第3章では、「働かないおじさん」とは「おじさん」が「学習した結果」生じているのであり、本間氏が、その"経験学習"も相当な水準に達しているかもしれないと言っているの、ヤフーのような執行役員でもそうしたことを感じるのかと興味深かったです。もちろんこうなってしまうのはマネジャーにも問題があるわけで、1つの大きな原因が評価の在り方にあって、本間氏が、「その人」を評価するのではなく「今期の働き」を評価せよ、つまり「人」ではなく「事」を評価せよ、と言っているのがしっくりきました。会社の「利益」と部下の「やりたい事」のベクトルを摺り合わせるのが上司の仕事だと言っているのも分かり易かったです。

第4章では、なぜ新規事業のハシゴはすぐに外されるのかと言う問題を扱っていて、新規事業に異動したいと言う部下にどう対処すべきかを論じており、この中では、企業のビジョンに絡めた話で、IT企業の間で社史編纂が密かなブームになっているという本間氏の話が興味深かったです。

 第5章では、なぜ転職すると給料が下がるのかというテーマで、転職の話が突然舞い込んできたとき、年収が減っても新天地へ行くべきかということを論じており、今話題の「副業」の問題なども話し合われています。

 前半3章が、マネジャーの直面するジレンマに的が絞られていて良かったですが、後半になって若手など働く側の方へ視点がずれていて、やや散漫になっていった印象。ただ、ヤフー執行役員の本間浩輔氏の話はなかなか興味深く、中原淳氏が主に聞き手に回っているのもいいです(中原氏は、今後もこうした対談形式の本を光文社新書から出していくのか。金井壽宏氏のパターン?)。

《読書MEMO》
●目次
第一章 なぜマネジャーに"現場仕事"が増えるのか
第二章 なぜ産休社員への人員補充がないのか
第三章 なぜ「働かないおじさん」の給料が高いのか
第四章 なぜ新規事業のハシゴはすぐ外されるのか
第五章 なぜ転職すると給料が下がるのか目次

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原著の要約本としてよくまとまっているが、むしろ原著への橋渡しとしての本か。

ドラッカー教授「現代の経営」入門.jpgドラッカー教授『現代の経営』入門 (ビジネスバイブルシリーズ)』(2015/12 総合法令出版)

 難解で分厚いビジネス名著を分かり易く解説する「ビジネスバイブル」シリーズのマイケル・ポーター『競争の戦略』、フィリップ・コトラー『マーケティング・マネジメント』に続く第3弾がこのピーター・ドラッカーの『現代の経営』ですが、このシリーズはこの第3弾で打ち止めになったようです(コトラー『マーケティング・マネジメント』は入門書なのに2分冊になっている。手間がかかりすぎたのか?)。本書は『現代の経営』上下巻(ダイヤモンド社)で550ページにわたる原著の内容を分かり易く噛み砕いて解説しています(こちらは全一冊)。

 第1部「マネジメントとは」で、ドラッカーの言う「マネジメント」と何か、『現代の経営』の序論「マネジメントの本質」に書かれていることを中心に解説し、第2部「『現代の経営』を読む」で『現代の経営』の序論から第5部、さらに結論までを含めた各部を解説、巻末第3部に「ドラッカーによる経営危険度チェック」というリストが付されています。

 第2部「『現代の経営』を読む」では、第1章「マネジメントの本質」で『現代の経営』の「序論 マネジメントの本質」(第1章・マネジメントの役割、第2章・マネジメントの仕事、第3章・マネジメントの挑戦)を、第2章「事業のマネジメント」で『現代の経営』の「第1部 事業のマネジメント」(第4章・シアーズ物語、第5章・事業とは何か、第6章・われわれの事業は何か、第7章・事業の目標、第8章・明日を予期するための手法、第9章・生産の原理)、第3章「経営管理者のマネジメント」で『現代の経営』の「第2部 経営管理者のマネジメント」(第10章・フォード物語、第11章・自己管理による目標管理、第12章・経営管理者は何をなすべきか、第13章・組織の文化、第14 章・CEOと取締役会、第15章・経営管理者の育成)、第4章「マネジメントの組織構造」で『現代の経営』の「第3部 マネジメントの組織構造」(第16章・組織の構造を選ぶ、第17章・組織の構造をつくる、第18章・小企業、大企業、成長企業)、第5章「人と仕事のマネジメント」で『現代の経営』の「第4部 人と仕事のマネジメント」(第19章・IBM物語、第20章・人を雇うということ、第21章・人事管理は破綻したか、第22章・最高の仕事のための人間組織、第23章・最高の仕事への動機づけ、第24章・経済的次元の問題、第25章・現場管理者、第26章・専門職)、第6章「経営管理者であることの意味」で『現代の経営』の「第5部 経営管理者であることの意味」(27章・優れた経営管理者の要件、28章・意思決定を行うこと、29章・明日の経営管理者)、第7章「マネジメントの責任」で『現代の経営』の「結論 マネジメントの責任」を解説しています。以上、章ナンバーと原著の部ナンバーが1つずつずれていますが、内容的には各章を忠実に網羅していることになります。

 人事パーソンにとっての読み所は(ある意味『現代の経営』のすべてが'読み所'なのだが)、第5章「人と仕事のマネジメント」で『現代の経営』の「第4部 人と仕事のマネジメント」(第19章から第26章)にあたる部分でしょうか。

 第19章「IBM物語」でIBMの事例を通してオートメーション化により人の仕事はどう変わったかを考察し、第20章「人を雇うということ」で、人を雇うということは、他の資源と違い、「人格そのものを雇う」ことであり、「個人の強み、主体性、責任、卓越性が、集団全体の強みと仕事ぶりの源泉となるよう、仕事を組織する必要がある」としています。

 第21章「人事管理は破綻したか」では、人事管理論や人間関係論が機能しないのはなぜかを分析し、基本概念は間違っていないが理念上の盲点があることを指摘しています。第22章「最高の仕事のための人間組織」では、チームのメンバー一人ひとりが、チーム全体のニーズに最も合うように、それぞれ自らの作業を配置しなければならないとしています。第23章「最高の仕事への動機づけ」では、外からの動機づけでなく、内からの動機づけを行う必要があるとし、「正しい配置」「仕事の高い基準」「自己管理に必要な情報」「マネジメント的視点を持たせる機会」の4つを企業は提供していかねばならないとしています。

 第24章「経済的次元の問題」では、経済的な報酬についての不満は、仕事に対する阻害要因となるとして、企業にとっての継続的に人を雇い続けるための雇用賃金プランの重要性を説き、第25章「現場管理者」では、現場管理者に求められるものは何かを纏めています。第26章「専門職」では、「彼ら(ここではスペシャリストの意味で使っている)は所属する部や課ではなく、彼ら自身の持つ仕事に責任を持つ」という点で経営管理者(マネジャー)とは異なっているとし、専門職を生産的な存在とするための5つの要件を掲げています。

 勿論これらの他にも読み所はあり、「目標管理」ということ言い始めたのもこの『現代の経営』であれば、「ナレッジワーカー(知識労働者)」についても同様です。

 本書は、あたかも逐条訳であるかのように原典に忠実に纏められていて、太字など用いてポイントが分かり易く要約されています。一方で、必要に応じて、そうしたことが書かれた当時の背景なども解説されていますが、『現代の経営』の初版刊行は1954年であり、60年以上も前に書かれた経営の原理原則が、今もって我々の思考に響いてくるというのは、ドラッカーの洞察力のスゴさを物語っているように思います。

 著者は『現代の経営』を、「世界最古世界最小の経営のツボ全集」と言えるとしていますが、それでも上下巻(ダイヤモンド社)で550ページにわたる元本にいきなりとりかかるのは、結構しんどいかも。本書は原著の要約本としても比較的よく纏まっていますが、むしろ、原著への橋渡しとして格好の本であるように思いました(本来はそうあるべきなんだろなあ。自分自身、なかなか読み返せないでいるけれど)。

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内容紹介とケーススタディがコンパクトに纏まっている。名著へ読み進む契機に。

マネジメントの名著を読む 3.jpgマネジメントの名著を読む1.JPG             リーダーシップの名著を読む.jpg
マネジメントの名著を読む (日経文庫)』['15年] 『リーダーシップの名著を読む』['15年]

 本書は、日本の第一線で活躍する経営コンサルタント、経営学者たちが、自身の推薦する経営論・戦略論の名著を、事例分析を交えながら紹介したものです。ウェブサイト「日経Bizアカデミー」で2011年10月から連載されている「日経キャリアアップ面連動企画」(経営書を読む)の内容を抜粋、加筆・修正し、再構成したもので、ピーター・ドラッカー『マネジメント』、マイケル・ポーター『競争の戦略』といった古典から、ジャック・ウェルチ『ウィニング勝利の経営』、ルイス・ガースナー『巨象も踊る』のような敏腕経営者による経営論まで12冊が取り上げられています。

 本書の特長として、まえがきで、「ビジネスの知の検索」の有効な第一歩と成り得ること、各名著のポイントが簡潔に紹介されていて「名著のつまみ食い」ができること、専門家が名著をどのように読むのかその「読み方」を知ることができること、の3つが挙げられていますが、その3点については個人的にも異存ありません。各名著の紹介のページ数はそう多くはないですが、内容紹介とケーススタディがコンパクトにまとまっていて、密度はかなり濃いように思いました。

 12冊の本を9人の専門家が紹介するかたちとなっていますが、執筆者それぞれの思い入れが込められているのが興味深く、また、各名著の内容にリンクしたケーススタディの取り上げ方、そうしたケーススタディを通しての各名著の読み込み方、切り口、ポイントの捉え方等にそれぞれ特徴があるため、これまでに自分が読んだ本があれば、自分自身の読み方と比較しつつ、名著の内容を改めて想起するなり読み返すなりして、その本への理解をいっそう深める手だてとするのもよいのではないでしょうか。

 また、本書で紹介されている名著の中で、未読のもので興味をひかれたものがあれば、是非これを機会に、それらに読み進まれることをお勧めします。12冊の中には、「マネジメント」という大きな括(くく)りの中で、ポーターやクリステンセンの代表作のように、マーケティングやイノベーション寄りのテーマの本もありますが、ジェームズ・コリンズ『ビジョナリー・カンパニー』、ピーター・センゲ『最強組織の法則』など、「人事マネジメント」というジャンルにおいても名著とされているものもあります。また、『戦略サファリ』が取り上げられているヘンリー・ミンツバーグのように、戦略論がよく知られているものの、それだけでなく、人と組織に関しても多くの名著を著している経営思想家もいます(もとろんドラッカー然りです)。

 紹介されている本の中には大著もあり、忙しい人事パーソンにとってはなかなか手にする機会も読む時間も無かったりするかもしれません。しかしながら、人事パーソンの役割の1つとして、経営のパートナーであることが挙げられるかと思われ、そうした意識がしっかりあれば、必ずしも「人事マネジメント」に限定しなくとも、こうした「マネジメント」の名著とされている本(や著者)に何らかの関心を持たれ、実際に手にし、読んでみるということは自然な流れではないかと思います。

 繰り返しになりますが、個人的には、本書そのものもさることながら、本書を契機に、ここで紹介されている名著に読み進まれることを一番お勧めしたいと思います(姉妹編『リーダーシップの名著を読む』(2015/05 日経文庫)もお薦め)。

《読書MEMO》
●取り上げられている12冊と紹介者
マネジメントの名著を読む52.jpg1.『戦略サファリ』ヘンリー・ミンツバーグ他著―後づけでない成功の真因を探る(入山章栄(早稲田大学))
2.『競争の戦略』マイケル・ポーター著―「5つの力」と「3つの基本戦略」(岸本義之(ブーズ・アンド・カンパニー(執筆当時)))
3.『コア・コンピタンス経営』ゲイリー・ハメル他著―主導権を創造する(平井孝志(ローランド・ベルガー))
4.『キャズム』ジェフリー・ムーア著―普及過程ごとに攻め方は変わる(根来龍之(早稲田大学))
5.『ブルー・オーシャン戦略』W・チャン・キム他著―競争のない世界を創る戦略(清水勝彦(慶應義塾大学))
6.『イノベーションのジレンマ』クレイトン・クリステンセン著―リーダー企業凋落は宿命か(根来龍之(早稲田大学))
ドラッカーマネジメント.jpg7.『マネジメントピーター・ドラッカー著―変化を作り出すのがトップの仕事(森健太郎(ボストンコンサルティンググループ))
ビジョナリー・カンパニー1.jpg8.『ビジョナリー・カンパニー』ジェームズ・コリンズ他著―基本理念で束ね、輝き続ける(森健太郎(ボストンコンサルティンググループ))
最強組織の法則 - 原著1990.jpg9.『最強組織の法則ピーター・センゲ著―学習するチームをつくり全員の意欲と能力を引き出す(森下幸典(プライスウォーターハウスクーパース))
プロフェッショナルマネジャー ハロルド ジェニーン.jpg10.『プロフェッショナルマネジャーハロルド・ジェニーン他著―自分を犠牲にする覚悟が経営者にあるか(楠木建(一橋大学))
巨象も踊る.jpg11.『巨象も踊るルイス・ガースナー著―リスクテイクと闘争心による巨大企業再生(高野研一(ヘイグループ))
ウィニング勝利の経営.jpg12.『ウィニング 勝利の経営ジャック・ウェルチ他著―部下の成長を導く八つのルール(清水勝彦(慶應義塾大学))

 
  

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プロフェッショナル・マネジャーの資質とやるべきことを実証的に説いたこの上ない指南書。

プロフェッショナルマネジャー ハロルド ジェニーン.jpg プロフェッショナルマネジャー ハロルド ジェニーン 2.jpg       ハロルド・ジェニーン.png Harold Geneen(1910-1997)
プロフェッショナル マネジャー―わが実績の経営』(1985/11 早川書房)田中融二:訳
プロフェッショナルマネジャー』(2004/05 プレジデント社)

ハロルド・ジェニーン2.jpg 本書は、かつての巨大コングロマリット米ITT(International Telephone and Telegraph)の社長兼CEO(最高経営責任者)として「58四半期連続増益」を遂げたハロルド・ジェニーン(Harold Sydney Geneen、1910年1月22日 - 1997年11月21日/享年87)の経営論です(原題: Managing、1984,Garden City,NY)。

 ハロルド・ジェニーンは1910年に米国生まれ、父は実業家でしたが、土地投機で破産、16歳からニューヨーク証券取引所のボーイとして働きながらNY大学で会計を学び、'50年にエレクトロニクスの会社レイセオン社の副社長となり、会社業績を飛躍的に伸ばした実績で'59年にITT社長に就任、在任中に利益を7.6億ドルから170億ドルまで、14年半連続増益というアメリカ企業史上空前の実績を上げ(これが邦訳サブタイトル「58四半期連続増益の男」に繋がる)、「経営の鬼神」とも言われたそうです。本書は1985年早川書房刊行の邦訳を復刊したもので、本邦初訳時から本書を経営の教科書とする柳井正ファーストリテイリング会長兼CEOが解説を加えています。

 第1章「経営に関するセオリーG」では、当時の日本的経営を礼賛する風潮や「セオリーZ」の流行を引き合いに、ビジネスはもちろん、他のどんなものでも、既成のセオリーなどで経営できるものではないとしています(Gはジェニーンの頭文字であり、"ジェニーン理論"、つまり"セオリー俺"という意味である)。

 第2章「経営の秘訣」では、《三行の経営論》を説いていますが、それは、本を読む時は、初めから終わりへと読むのに対し、ビジネスの経営はそれとは逆であり、終わりから始めて、そこへ到達するためにできる限りのことをするのだというものです。

 第3章「経験と金銭的報酬」では、ビジネスの世界では、誰もが2通りの通貨―金銭と経験―で報酬が支払われるが、金は後回しにして、まずは経験を取れとし、さらに、ビジネスで成功したかったら上位20%のグループに入るこよが必要だとしています(上位3%とは言っていない点がミソ)。この章は、ジェニーンがITTに入るまでのキャリアの振り返りにもなっていて、非常に面白く読めます。

 第4章「二つの組織」では、どの会社にも二つの組織があり、一つは組織図に書き表すことができる公式のもの、そしてもう一つは、その会社に所属する男女の、日常の血の通った関係であるとしています。この章は、ジェニーンがITTに来てから何をやったかが書かれています(これらの章に限らず、全体として実証的に書かれている点が、経営学者ではなく経営者の視点から書かれた本書の特長でもある)。

 第5章「経営者の条件」では、「経営者は経営しなくてはならぬ!」ということを繰り返し強調しています。「しなくてはならぬ」とは、それをやり遂げなくてはならぬという、経営者としての信条を信条たらしめている能動的な言葉であるとしています。

 第6章「リーダーシップ」では、リーダーシップは伝授できるものではなく、各自が自ら学ぶものであって、ビジネス・スクールで編み出された最新の経営方式を適用するだけでは経営はできず、なぜならば、経営は人間相手の仕事であるからだとしています。

 第7章「エグゼクティブの机」では、机を見れば人がわかるとし、マネジメントに属する人間にとって、当然なすべき程度と水準の仕事をしながら、同時に机の上をきれいにしておくことなど、実際には不可能であるとしています。

 第8章「最悪の病―エゴチズム―」では、現役のビジネス・エグゼクティブを侵す最悪の病は、アルコール依存症ではなくエゴチズムであるとし、自分の成功を盾にエゴチズムを撒き散らす社員、全体最適を考えず、自己最適に走る社員をどうすべきかを論じています。

 第9章「数字が意味するもの」では、数字が強いる苦行は自由への過程であるとし、数字自体は何をすべきか教えてくれず、企業経営において肝要なのは、そうした数字の背後で起こっていることを突き止めることであるとしています。

 第10章「買収と成長」では、自らが行ってきたM&Aを振り返り、難点は皆が同じ戦略を思いつくことであり、その結果、巨大市場をめぐって、トップメーカー同士で争うことになるのだとしています。そして、そうした中、投資に対するリターンが最も大きくなる選択は何かを、自分の目と頭で見極めることが大事だとしています。

 第11章「起業家精神」では、起業家精神は大きな公開会社の哲学とは相反するものであり、大企業を経営する人々は大方、何よりもまず過ちを(たとえ小さな過ちでも)犯さないように心掛けるものであるとしています。「起業家精神が大事だ」とか「シリコンバレーに学べ」などとは決して言わないところに、ジェニーンの"経営の個性"が感じられます。

 第12章「取締役会」では、勤勉な取締役会は、株主のために、その会社のマネジメントの業績達成の基準をどこに置くか、去年または今年、会社がどれだけ収益を(上げたかではなく)上げるべきであったかという基本問題に取り組まなければならないとしています。

 第13章「気になること―結びとして―」では、良い経営の基本的要素は、情緒的な態度であり、マネジメントは生きている力であって、それは納得できる水準(その気があるなら高い水準)に達するよう物事をやり遂げる力であるとしています。

 第14章の「やろう!」は1ページに満たない終章ですが、実績のみが実在する―これがビジネスの不易の大原則であるとして、本書を締め括っています。

 経営は成果が全てであるという強烈なリアリズムに立脚しながら、そうした冷徹な経営哲学の根本に、人間への深い洞察があることが窺えます。

 部下の報告には「5つの事実」が含まれているとか、リーダーシップの発揮においては現場の間に「緊張感ある対等関係」を作ること鍵になるとか、部下の指導法に際しては「オレオレ社員」の台頭を許すなとか、後継者の育成法としては「社員FC制度」が究極の形である、などといった、リーダーシップや部下の指導・育成に関する示唆に富み、また、「本来の自分にないものの振りをするな」「事実と同じくらい重要なのは、事実を伝える人間の信頼度である」「組織の中の良い連中はマネジャーから質問されるのを待っている」といったマネジャーとしての気づきを促す指摘も数多く含まれています(個人的には、できるエグゼクティブの机は散らかっているというのが面白かった)。

 人事パーソンの視点で見るならば、マネジャーとしての資質とやるべきことは何か、それも、プロフェッショナルなマネジャーとしてのそれらは何かということを実証的に説いたこの上ない指南書であると言えるかと思います。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ゲイリー・ハメル)

「一人ひとりの主体性と創造性を解放させ、個人と組織の持つ自己組織化能力を開花させていく」

経営の未来 マネジメントをイノベーションせよ.jpg経営の未来The Future of Management.jpg"The Future of Management"ゲイリー・ハメル.jpg Gary Hamel

 ロンドン・ビジネススクール客員教授で、シカゴを本拠地とする国際的なコンサルティング会社ストラテゴスの創設者であり、『コア・コンピタンス経営』などの著書で知られるゲイリー・ハメルの、その『コア・コンピタンス経営』と並ぶ世界的なベストセラーになった経営書です(原題: The Future of Management、2007)。

 第Ⅰ部「なぜ経営管理イノベーションが重要なのか」では、まず第1章で、経営管理は終わったのかと問いかけ、これからの変化の時代においてこそ経営管理イノベーションの重要性が増すことを説いています。第2章ではイノベーションには業務イノベーション、製品イノベーション、戦略イノベーション、経営管理イノベーションという種類があり、どのイノベーションもそれぞれ独自の形で成功に貢献するが、これらのイノベーションを上に行くほど価値創造と競争上の防御力が高くなる階層図で示すとしたら、経営管理イノベーションが一番上にくるとしています。第3章では、経営管理イノベーションの挑戦課題は、戦略変更のペースを劇的に加速させること、イノベーションをすべての社員の日常的な業務にすること、すべての社員が自分の最高の力を出す企業を築くことであるとしています。そしてこれらを実現しようとしたとき、「よりよく」「より早く」「より迅速に」「より安く」をめざしてきた近代経営管理では無理であり、経営管理そのもののイノベーションが重要になるとしています。

 第Ⅱ部「経営管理イノベーションの実行例」では、第4章で、目的で結ばれたコミュニティを築くことで社員の活力と参加意識が最も高い企業の一つとなったホールフーズ・マーケットの事例を、第5章で、上司はいないがリーダーは大勢いるという世界中で最も風変りで最も効率的な組織を築くことでイノベーションの民主化を実現したW.L.ゴア(ブランド名:ゴアテックス)の事例を、第6章で、他の何よりも適応力(レジリエンス)を重視する経営管理システムを構築することで、優位性を進化・持続させ続けてきたグーグルの事例を取り上げています。これら企業の共通点として、既成の経営管理の概念に捉われず、時には従来の常識を根底から覆すような独自の経営管理イノベーションを行っていること分かり、いずれも興味深い事例かと思われます。

 第Ⅲ部「経営の未来を思い描く」では、第7章で、いかにして前例の束縛から逃れ、従来の中核的な経営原理に反旗を翻すかを説き、第8章では、新しい経営原理をどのようにして見つけ実行に移していくかを説き、第9章では、新しい視点や見方を得るために「周縁から学ぶ」という考え方を提起しています。

 第Ⅳ部「経営の未来を築く」では、第10章で、経営管理プロセスの改革に取り組み経営管理イノベータ―になるためにはどうすればよいか、IBMの「新規事業機会(EBO)」育成事例を基に10の教訓を導き出し、更に最終第11章で、ウェブの進化に対応し、未来の適者となるためのマネジメント2.0という概念を提起しています。

 本書は、「一人ひとりの主体性と創造性を解放させ、個人と組織の持つ自己組織化能力を開花させていく」、そして「過去から未来を描くのではなく、未来から学び現在を築きあげていく」というのがこれからのマネジメントのあり方(イノベーションの方向性)であるということを、企業事例を掲げることで具体的なイメージとともに分かり易く伝えていて、人事パーソンにとっても示唆に富む啓発書であるように思います。

《読書MEMO》
●我々が過去半世紀の間に目にしてきた技術やライフスタイル、地政学の途方もない変化に比べると、経営管理の手法は亀のようにのろのろとしか発展してこなかったように感じられる。残っている中間管理職は、管理者が昔からやってきたことをそのままやっている。つまり、予算を作成し、作業を割り当て、業績を評価し、部下をおだててもっと成果を上げさせようとしているわけだ。(p3)
●経営管理を構成する要素
•目標を設定し、そこに到達するための計画を立てる。
•動機づけをし、努力の方向を一致させる。
•活動を調整・管理する。
•人材を開発・任命する。
•知識を蓄積・応用する。
•資源を蓄積・配分する。
•関係を構築・育成する。
•利害関係者の要求を、うまくバランスをとりながら満たす。(p22)
●第二に、多くの経営幹部が大胆な経営管理イノベーションが実際に可能であるとは思っていない。奇妙なことに、管理職は科学が長足の進歩を遂げることは当然のように思っているのに、経営管理の手法が進歩しないことは少しも気にしていないようだ。(p42)
●つまり、前例を破る経営管理イノベーションの可能性を最大にするために、重要で興味をそそり、本質的で賞賛に値する問題に取り組むべきなのだ。
1.あなたの会社がこの先直面することになる新しい課題は何か。
2.あたたの会社がうまくやれそうにない難しい両立課題は何か。
3.あなたの会社の理論と現実のギャップのうち、最大のものは何か。
4.あなたは何に憤りを感じているか。(p47)
●ほとんどの企業で、管理職の権限は、その人物が管理している資源と直接的な相関関連があり、資源を失うことは地位や影響力を失うことを意味する。そのうえ、個人の成功は通常その人物の事業部門やプロジェクトの業績だけで決まる。そのため、プログラム・マネージャーは「自分の」資本や人材を新しいプロジェクトに配分しようとする動きには―その新プロジェクトがどれほど魅力的あるかに関係なく―抵抗する。第二に、資源配分のプロセスは一般に新しいアイデアに不利になっている。既存事業の延長線上にあるプロジェクトはリターンを予想しやすいが、まったく新しいアイデアのリターンはいつだって計算を立てにくい。ところが大企業は、新しいアイデアの一つひとつを、それぞれ独立した投資とみなす傾向があり、そのため既存の活動をほんの少し拡大しただけのプロジェクトしか満たせないような高レベルの確実さを要求する。その一方で、既存事業を運営している幹部は、徐々に衰退しているビジネスモデルに大金を注ぎ込とき、あるいはすでに収益が減少しつつある活動に過度に資金を投入するとき、その戦略的リスクを弁明するよう求められることはめったにないのである。(p57)
●イノベーションを阻む真のブレーキは、古いメンタルモデルの足かせなのだ。長年その会社に勤めている幹部は、概して既存の戦略に強い思い入れを持っている。その会社の創業者ともなると、なおさらだ。多くの起業家があまのじゃくとしてスタートするのだが、成功はともすると彼らを、唯一の真の信仰を守ろうとする枢機卿に変えてしまう。(p66)
●肩書に頼って物事を進めることに慣れているリーダーは、ゴアのモデルを羨望だけでなく、それに劣らぬ大きな恐怖をもって眺めることだろう。従来どおりの考え方をしている管理職は、権力が地位から切り離されている組織という現実を前にすると、無理からぬことではあるが、あわてふためく。そのような組織では、より上の階層にいるというだけで決定を押し通すことはできないし、自分が命令を下せる「直属の部下」もいない。その人に従いたいと思う人間が誰もいなければ、その人の権力はまたたく間に消えうせる。おまけに、資格や知的優位が立派な肩書という栄誉で認められることもない。(p121)
●彼らの論理は単純明快だ。Aレベルの人間はAレベルの人間と、つまり自分の思考を刺激し、自分の学習を加速してくれる優秀な同僚と働きたがる。だが、Bレベルの人間は、Aクラスの人間に脅威を感じるので、ひとたび入社したら、自分と同程度の凡庸な同僚を採用する傾向がある。さらに悪いことに、自信の面で若干問題のあるBクラスの社員は、自信がなくて誰の意見にも反対できない℃クラスの社員を採用することさえある。凡庸な社員が多くなると、本当に非凡な連中を引き寄せたり引き止めたりすることは難しくなる。そして、いつのまにか社員の質の低下という流れが反転不可能になっている、というわけだ。(p136)
●小規模なチームは、グーグルを和気あいあいとした企業に―膨れ上がった官僚型組織ではなく新規企業のように―感じさせる働きもしている。大規模なチームでは、個人の抜きん出た貢献がえてして上司の手柄にされたり、まぬけな同僚によって帳消しにされたりする。グーグルの小規模なチームは、個人の努力とその人の業績の密接なつながりを維持するのに役立っているのである。(p142)
●実をいうと、「エンプロイー(従業員)」という概念は近代になって生み出されたもので、時代を超越した社会慣行ではない。強い意志を持つ人間を従順な従業員に変えるために、二十世紀初頭にどれほど大規模な努力がなされ、それがどれほど成功したかを見ると、マルクス主義者でなくてもぞっとさせられる。近代工業化社会の職場が求めるものを満たすためには、人間の習慣や価値観を徹底的に作り変える必要があった。生産物ではなく、時間を売ること、仕事のペースを時計に合わせること、厳密に定められた間隔で食事をし、睡眠をとること、同じ単純作業を一日中際限なく繰り返すこと―これらのどれ一つとして人間の自然な本能ではなかった(もちろん、今もそうではない。)したがって、「従業員」という概念が―また、近代経営管理の教義の他のどの概念であれ―永遠の真実という揺るぎないものに根ざしていると思い込むのは危険である。(p163)
●つまり、次の四つの条件が満たされていれば、トップダウンの規律はあまり必要ないのである。
1.現場の社員が結果に責任を負わされている。
2.社員がリアルタイムの業績データを入手できる。
3.業績に影響を及ぼす主要変数について社員が決定権を持っている。
4.結果、報酬、評価の間に密接な関連がある。(p172)
●企業においても同じことが言える。新しいアイデアは古いアイデアを少しばかり拡大したアイデアと同じ間接費を負担することはできないし、同じリスク・ハードルを満たすことこともできない。また同じ短い期間で投下資本を回収することもできない。この点を認識していない経営管理システムや間接費配分ルールは、イノベーションを抑圧することになる。これに劣らず重要な点として、最先端のアイデアに取り組んでいる人たちは、同じものをたくさん生み出すことを担っている人たちと日々触れ合う必要があり、後者もまた前者と日々触れ合う必要がある。都市の場合と同様、新しいものや奇抜なものが、時の試練を経たものや、まともなものと隣り合っていれば、誰もが得をするのである。(p228)

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ヘンリー・ミンツバーグ)

名著『マネジャーの実像』の著者自身による"エッセンシャル版"。読みやすいが深い。

『エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論』3.jpgエッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論2.jpg エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論  .jpg マネジャーの実像.jpg
エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論』['14年/日経BP社] 『マネジャーの実像 「管理職」はなぜ仕事に追われているのか』['11年/日経BP社]

 本書は、実際にマネジャーの役割を担っている人や、そのマネジャーの行動に影響を受け、その活動に関心を持つすべての人たちを対象に、「マネジメントとは何か」を記したものであり、著者が2009年に発表した『マネジャーの実像』(2011年/日経BP社)の内容を、忙しい読者のために大幅に圧縮し(『マネジャーの実像』は500ページ近い大著である)、いくらか新しい内容を加えたものです。

 第1章「マネジャーにまつわる定説」では、「マネジメントよりリーダーシップの方が重要だ」などといった一般に流布する定説(思い込み)を1つずつ論破するとともに、マネジメントとは、アート、サイエンス、クラフトの3つの要素が合わさった仕事であり、実践の行為と呼ぶべきものであるとしています。

 第2章「時間に追われるマネジャーたち」では、マネジャーに絶えずのしかかる、慌ただしい日々、頻繁に強いられる中断、解決しなくてはならない混乱といったプレッシャーに焦点を当て、マネジメントを成功させるには、計算と混沌、統制と無秩序の間で微妙なバランスをとることが不可欠だとしています。

 第3章「情報、人間、行動をマネジメントする」では、マネジャーはどういう理由で、どういう活動をしているのか、マネジャーの仕事の基本的な構成要素を見ていて、具体的には、マネジメントは、情報、人間、行動の3つの次元で行われるとしています。

 第4章「いろいろなマネジメント」では、マネジメントの多様性―文化や職階などによる違い、アート、サイエンス、クラフトの3要素への比重の置き方によるマネジメントのスタイルの違いなど―について論じています。

 第5章「マネジャーの綱渡り」では、マネジメントが容易でない理由の核心に切り込み、マネジャーにいくつもの綱渡りを同時に強いるジレンマの数々を検討するとともに、それらのジレンマは解決不能なものであって、マネジメントと切っても切り離せない(マネジメントそのものと言ってもいい)ものであるとしています(著者は、この章が本書の中で最も重要であると思うとしている)。

 第6章(最終章)「有効なマネジメントとは」では、マネジャーの選考は、長所ではなく短所を見て決めるべきであり、その短所を最もよく知っているのはその人物の部下であるとし、また、優れたマネジャーとはたいてい、情緒面で健全な人物であることなどを指摘し、本当に求められているのは、人々を関わらせることができるマネジャーであり、ヒーロー型のリーダーはもういらないとしています。

『エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論』.JPG 帯に「悩めるマネジャー(社長・部長・課長・現場責任者)に捧げる福音の書!」とありますが、ベースとなっている『マネジャーの実像』に比べてかなり読みやすくなっていて、但し、だからといって言っていることがやさしいかというと必ずしもそうともいえず、結構"深い"ことを言っており、別な言い方をすれば、全体を端折ってしまって本質まで違えてしまうようなことはしていないという意味で、原著者自身がまとめた"エッセンシャル版"であるということの意義は大きいと思います。

 ただ、本書自体、マネジャー研修の教材として使えるような内容である一方で、表向きには比較的さらっと読めてしまう分、『マネジャーの実像』のように、時間をかけながら読み進んでいくことで(読むという行為を通して)啓発されていく要素というのは若干弱くなったようにも思います(ミンツバーグの経営思想の体系を解さずとも、普通の啓発書として読めてしまうかも)。マネジャー研修等を企画する側にある人事パーソンとしては(或いは人事パーソンであれば研修担当者でなくとも)、『マネジャーの実像』の方に読み進むことで、自身のミンツバーグの経営思想へのより深い理解に繋がるのではないかと思います。

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忘我の境地こそ「フロー」の感覚。フロー体験についての原典的な本。

Flow:The Psychology of Optimal Experience.jpgフロー体験 喜びの現象学1.jpg  フロー体験 喜びの現象学2.jpg
フロー体験 喜びの現象学 (SEKAISHISO SEMINAR)
"Flow: The Psychology of Optimal Experience"by Mihaly Csikszentmihalyi

ミハイ・チクセントミハイ.jpg 「フロー理論」とは、1960年代に当時シカゴ大学の教授であったハンガリー出身のアメリカの心理学者ミハイ・チクセントミハイ(Mihaly.Csikszentmihalyi)が提唱したもので、人が喜びを感じるということを内観的に調べていくと、仕事、遊びにかかわらず何かに没頭している状態であるというものであり、本書("Flow: The Psychology of Optimal Experience"1990)は、その考えを体系的に纏め上げたものです(因みにハンガリー語に沿った名前の表記はチークセントミハーイ・ミハーイ(Csíkszentmihályi Mihály)。ハンガリー語は日本語と同じく姓、名の順になる)。

 チクセントミハイが「フロー」と呼ぶのは、完全に何かに集中し没頭している忘我の境地のことであり、このフローを手に入れる時、人は恋焦がれてやまない幸福という状態を手に入れるとのことです。活動の経験そのものがあまりに楽しいので、人はただ純粋に、何としてもそれを得ようとするとのことです。

 このような機会は、はかなくて予測不可能に思われがちですが、本書第1章「幸福の再来」で著者は、それは偶然に生じるものではなく、ある種の仕事や活動はフローの状態になりやすいとしています。以下、本書では、内面生活の統制による幸福への達成過程を検討しています。

 第2章「意識の分析」では、我々の意識はどのように働き、どのように統制されるのかについて述べています。我々が経験する喜びまたは苦しみ、興味または退屈は心の中の情報として現れ、この情報が統制できれば、我々は自分の生活がどのようなものになるかを決めることができるとしています。

 第3章「楽しさと生活の質」では、内的経験の最適状態とは、意識の秩序が保たれている状態であって、これは心理的エネルギー(注意)が目標に向けられている時や、能力や挑戦目標と適合している時に生じるとしています。1つの目標の追求は意識に秩序を与え、人は当面する目標達成に取り組んでいる時が、生活の中で最も楽しい時であるとしています。

 第4章「フローの条件」では、フロー体験が生じる条件を概観し、「フロー」とは意識がバランスよく秩序づけられた時の心の状態であるとしています。たえずフローを生み出すいくつかの行動―スポーツ、ゲーム、芸術、趣味―を考えれば、何が人々を楽しくするかを理解することは容易だとしています。

 第5章「身体のフロー」及び第6章「思考のフロー」では、心の中に生じることを統制することで、人は例えば競技や音楽からヨーガに至る身体的能力や感覚的能力の使用を通して、または詩、哲学、数学などの象徴的能力の発達を通して、殆ど無限の楽しみの機会を利用できるとしています。

 第7章「フローとしての仕事」第8章「孤独と人間関係の楽しさ」では、殆どの人々は生活の大部分を労働や他者との相互作用、特に家族との相互作用に費やしており、仕事をフローが生じる活動に変換すること、及び両親、配偶者、子供たち、そして友人との関係をより楽しいものにする方法を考えることが決定的に重要であるとしています。

 第9章「カオスへの対応」では、多くの生活が悲劇的な出来事によって引き裂かれ、最高の幸運に恵まれた人々ですら様々なストレスに悩まされるが、不幸な状態から益するものを引き出すか、惨めな状態に留まるかを決定するのは、ストレスにどう対応するかによるとし、人は逆境の中でどのようにして生活に楽しみを見出すかについて述べています。

 第10章「意味の構成」では、どうすればすべての体験を意味のあるパタンに結びつけることができるかというフローの最終段階について述べています。それが達成され、自分自身の生活を支配していると感じ、それを意味あるものと感じる時、それ以上望むものは何も無くなるとしています。

 本書は、課題達成に向けたアプローチを幅広く考察するうえで大いに参考になるとともに、「フロー」体験は、生産性以上に幸福な時間を生み出すものであるという観点からも重要と言えるでしょう。忘我の境地へもっと頻繁に至るには、努力を怠ってはならないということも忘れてはならないように思います。

チクセントミハイの本.JPG 本書のほかに、フロー体験について著者自身が書いたものに、『フロー体験入門―楽しみと創造の心理学』("Finding Flow: The Psychology of Engagement With Everyday Life"1997、'10年/世界思想社)や『フロー体験とグッドビジネス―仕事といきがい』("Good Business: Leadership, Flow, and the Making of Meaning"2003、'08年/世界思想社)がありますが、ビジネス寄りに書かれていたりするものの、「フロー」というものが何かについて最も深く書かれているのは本書であり(「フロー」状態の例として、ロッククライミング自体に何の外発的報酬もなく観客の喝采も期待出来ないのに、命を賭してまで没入する人のことを書いているが、ミクセントミハイ自身、ロッククライマーであり、それにのめりこんだ経験を持つ)、やや大部ではあるが、先に原典的な本書を読んでおいてから『フロー体験フロー体験 喜びの現象学3.jpg入門』や『フロー体験とグッドビジネス』に読み進む方が、結果として効率が良かったりするのではないでしょうか。

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清水康太郎「ベンチャー企業で働く人たちのモチベーション」

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

《読書MEMO》
●著者のフロー関連本(出版順)
・Beyond Boredom and Anxiety: Experiencing Flow in Work and Play 1975
・The Meaning of Things: Domestic Symbols and the Self 1981
・Optimal Experience: Psychological studies of flow in consciousness 1988
・Flow: The Psychology of Optimal Experience 1990
・The Evolving Self 1994
・Creativity: Flow and the Psychology of Discovery and Invention 1996
・Finding Flow: The Psychology of Engagement with Everyday Life 1997
・Flow in Sports: The keys of optimal experiences and performances 1999
・Good Work: When Excellence and Ethics Meet 2002
・Good Business: Leadership, Flow, and the Making of Meaning 2002
●内、邦訳が入手可能なもの
・Beyond Boredom and Anxiety: Experiencing Flow in Work and Play 『楽しみの社会学』
・The Meaning of Things: Domestic Symbols and the Self 『モノの意味』
・Flow: The Psychology of Optimal Experience 『フロー体験 喜びの現象学』
・Finding Flow: The Psychology of Engagement with Everyday Life 『フロー体験入門』
・Flow in Sports: The keys of optimal experiences and performances 『スポーツを楽しむ フロー理論からのアプローチ』
・Good Business: Leadership, Flow, and the Making of Meaning 『フロー体験とグッドビジネス』

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ラリー・ボシディ(ローレンス・ボサイディー)/ラム・チャラン)

「実行」は人材・戦略・業務の3プロセスから成る。人事・経営企画に多くの示唆を与える本。
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経営は「実行」1.jpg        ローレンス・ボサイディー.jpg    Ram Charan.jpg
             Lawrence("Larry") Bossidy     Ram Charan
経営は「実行」〔改訂新版〕』['10年/改訂新版]『経営は「実行」―明日から結果を出すための鉄則』['03年]
Execution: The Discipline of Getting Things Done(2002)
Execution:The Discipline of Getting Things Done_.jpg 2002年原著刊行の『経営は「実行」』の改訂新版(2009)の訳本であり、著者のラリーボシディ(ローレンス・ボサイディー)はハネウエル・インターナショナル前会長兼CEOで、GE(ゼネラルエレクトリック)で副会長を務めたこともあり、一方のラム・チャランも著名なコンサルタントで、大学でも教鞭をとっている、つまり、アカデミックな立場の人物と、経営の実務者のコラボレーション的な作りになっている本です。

 第Ⅰ部の第1章と第2章では、経営においては、「実行」が大切であり、掲げた目標、実行項目は、常に「実行」されなくてはいけない、その「実行」を進めるために「人材プロセス」「戦略プロセス」「業務プロセス」を、それぞれ連動させる必要があるとし、なぜ今日実行の体系がこれほど重要なのか、どのようにして競争相手と差をつける手段になるかを説明しています。また、多くの企業で見られる失敗として、リーダーは実行を他人に任せ、もっと「大きな」問題に注力すべきだと考えている点にあるとしています。

 第Ⅱ部の第3章から第5章では、「実行」が自然に起こるわけではないことを示しています。基本的な要素を確立する必要があること、そして、特に重要な構成要素は、リーダー自身がとるべき行動、文化変革の社会的ソフトウェア、リーダーにとって最も大切な仕事である人材の選抜と評価であることを示しています。また、適材を適所にあてることは、他人に任せてはならないリーダーの仕事であるとしています。

 第Ⅲ部は実践編で、第6章から9章まで、人材、戦略、業務の3つのコア・プロセスについて論じています。これらのプロセスを効率的にするには何が必要か、各プロセスのプラクティスを、ほかの二つのプロセスと連動させ、どのように統合するかを示しています。第6章で扱う人材プロセスは、三つのプロセスの中でも最も重要であるとし、人材プロセスがうまくいけば、リーダーの遺伝子プールが生まれ、それによって実行可能な戦略を策定し、それを業務計画に落とし込み、各自の責任を明らかにすることができるとしています。

 第7章と第8章では戦略プロセスを取り上げ、有効な戦略を策定すれば、上空1万メートルの概念が現実に根ざしたものになることを示しています。このプロセスでは、実現の可能性を試しながら、戦略の柱をひとつずつ作っていきます。戦略プロセスは人材プロセスと結びついており、戦略やその背後の論理が、市場や経済、競争相手の現実に即したものなら、人材プロセスが生きることになる、つまり、適材が適所に配置されていることになるとしています。

 第9章では、どんな戦略も、具体的な行動に落とし込まなければ、結果を生まないことを示しています。業務プロセスは、戦略を実行するための段階を踏んで業務計画を策定する方法を示すものであり、戦略と業務計画はいずれも人材プロセスと結びついていて、業務計画の実行に必要な能力と組織の能力とが一致しているかどうかが問われることになるとしています。

 「実行」とは何をどうするかを厳密に議論し、質問し、絶えずフォローし、責任を求める体系的なプロセスであるということになります。経営環境を想定し、自社の能力を評価し、戦略を業務や、戦略を遂行する人材と結びつけ、様々な職種の人々が強調できるようにし報酬を結果と結びつける事であって、つまり、経営者は、常に細部まで理解する必要があり、絶えず質問を繰り返し理解を深め、部下に委任するのではなく積極的に関与する事が大切であると説いています。

 人事コンサルタントなどの人事パーソンにとっての読み処は第6章でしょうか。人材プロセスを戦略・業務プロセスとどう連動させるかを説いています。そこでは、4つの構成要素として、人材を戦略とどう結びつけるか、継続的改善・後継者層の充実・離職リスクの軽減を通して、リーダーシップ・パイプラインをどう形成するか、業績不振者にどう対処するか、人事部門を事業と結びつけることの重要性が説かれており、近年盛んな人材管理(タレント・マネジメント)論の嚆矢となったラム・チャランらしい論理展開からは、多くの示唆が得られるものと思われます。経営者、CEOが読んでもいい本ですが、人事・経営企画担当者はむしろ是非とも押さえておきたい本かと思われます。

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

《読書MEMO》
●実行を支える第一の要素=「リーダーがとるべき7つの行動」
1.自社の人材や事業を知る
2.つねに現実を直視するよう求める
3.明確な目標を設定し、優先順位をはっきりさせる
4.最後までフォローする
5.成果を上げた者に報いる
6.社員の能力を伸ばす
7.己を知る
●実行を支える第二の要素=「企業文化の変革に必要な枠組みを作る」こと
・報酬と業績を連動させることで、社員の行動を変える。
・社員が新たに求められる行動を身につけるのを助ける。
・オープンで率直な議論によって、現実を浮き彫りにする。
●実行を支える第三の要素=「適材を適所にあてる」こと
・リーダー自ら、人材の選抜や評価に積極的に関与する。
・学歴や知性に惑わされず、実行力を重視した人選をする。
・個人の実績を評価する際には、どのような方法で目標を達成したかを詳しく検討する。

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奉仕こそがリーダーシップの本質。従来の「強いリーダー像」からの発想の転換を促す。

『サーバントリーダーシップ』。.jpg『サーバントリーダーシップ』.jpg ロバート・K・グリーンリーフ.jpg Robert K. Greenleaf A Life of Servant Leadership.jpg  The Servant as Leader.png
ロバート・K・グリーンリーフ(1904‐1990) "The Servant as Leader (English Edition)"
サーバントリーダーシップ』(2008/12 英治出版)

サーバントリーダーシップ6.JPG サーバント・リーダーシップの提唱者であり、AT&Tマネジメント研究センター長を務めたロバート・K・グリーンリーフ(Robert K.Greenleaf)による本書("The servant as leader"1970)は、「サーバント」つまり奉仕こそがリーダーシップの本質であり、高い志や社会への奉仕の心を持って、スケールの大きなミッションやビジョンに導かれながらも、その実現に邁進するフォロワーに対して、リーダーの方が尽くすという、それまでのパワーでフォロワーをぐいぐい引っ張っていく一般的なリーダー像とはまったく異なる、「奉仕型リーダーシップ」を提唱したものとして知られています。リーダーがフォロワーに尽くすのが自然であり、「導くこと」と「奉仕すること」は両立するという著者であるグリーンリーフの考え方は、従来の常識の転換を促すものであったと思われます(ピーター・センゲに「リーダーシップを本気で学ぶ人が読むべきただ1冊」と言わしめた本でもある)。

『サーバントリーダーシップ』三省堂 2.jpg 第1章「リーダーとしてのサーバント」では、サーバント・リーダーとはそもそもサーバントであって、そもそもリーダーである人とはタイプ的には両極端にあるとしています(ヘルマン・ヘッセの短編「東方巡礼」のレーオこそがサーバント・リーダーであるとしているのが分かり易い)。では「リーダーとしてのサーバント」とは何か。それは、①リードするという意識的なイニシアティブから始まり、②大きな夢があり、やりたいことがわかっていることであり、さらに、③傾聴し理解する力、④言語力と想像力、⑤一歩下がることができる能力、⑥受容と共感、⑦意識的な理論を超えた感知力、⑧予見力、⑨気づく力と知覚力、⑩説得力といった資質を携えていることであるとしています。さらに、⑪概念化はリーダーの重要な才能であるとともに、⑫人を癒すヒーリング能力も求められるとしています。
 この部分は、後にグリーンリーフ・センター・アメリカ本部の所長を務めるラリー・スピアーズ(本書の編者でもある)により、以下(《読書MEMO》)のような10余りの特性に再整理されたものを、監訳者である金井壽宏氏が本書巻末に載せています。

SERVANT-LEADERSHIP-2.jpg 第2章「サーバントとしての組織」、第3章「サーバントとしてのトラスティ」では、組織をより奉仕できるものにするための概念としてトラスティとその在り方を提唱し、さらに、第4章で、「企業におけるサーバント・リーダーシップ」の在り方を説いています。この部分は、組織を会社、トラスティを取締役会と想定し、取締役会と執行役員会の機能の違いを念頭においても読めるかと思います。以下、第5章で、「 教育におけるサーバント・リーダーシップ」、第6章で「財団におけるサーバント・リーダーシップ」、第7章で「教会におけるサーバント・リーダーシップ」について述べています。そして第8章「 サーバント・リーダー」では、著者がよく知るところのその模範となるべき人物を挙げて紹介し、第9章で「官僚主義社会におけるサーバントとしての責任」について、第10章で「 アメリカと世界のリーダーシップ」についてそれぞれ述べた講演を収めています。
 最終章にあたる第11章「心の旅」は、リーダーシップについて考えることは自らの姿に出会うことと同じで、深く内側の真実の自分へと辿る心の旅でもあるという、非常に啓蒙的かつ詩的とも言える内容のものとなっています。

servantleadership.jpg 「サーバント・リーダーは、何よりもまずサーバント(フォロワーに尽くす人)なのである。まず、初めにフォロワーに尽くしたいという自然な感情があり、フォロワーに尽くすことが第一なのである。そのうえで、導きたいという願望に駆られるのである」。つまりサーバント・リーダーは、自分のビジョンやゴールに向かって一緒に付いて来てくれるフォロワーに対し、「尽くしたい」という思いを最初に抱く―それゆえに、フォロワーに必要なものを提供しようと常に努め、フォロワーに影響力を行使してゴールに導いていきます。このように利他の心、フォロワーを思いやり、フォロワーに尽くす心で臨むことが、サーバント・リーダーシップの実践哲学です。
 グリーンリーフは、これを「Servant First」(相手に尽くす気持や奉仕の精神が最初に来る)と表現しています。リーダーがそうした実践哲学に立脚してこそ、フォロワーは絶大な信頼を寄せ、喜んでゴールへ同行してくれるということになるのでしょう。

『サーバントリーダーシップ』 .JPG とりわけ第1章をしっかり読まれることをお勧めします。先に述べたように、それまでのパワーで皆をぐいぐい引っ張っていくリーダー像に対して大きく発想の転換を促したという点で、欧米ではユニークなリーダーシップ観ということで注目されましたが、一方で、和を尊重する日本の社会においては、こうしたサーバント・リーダーと呼べるようなリーダーはこれまでにも少なからずいたようにも思われ、一般に日本はリーダーシップの研究やリーダーの育成が遅れている(或いはリーダーが育ちにくい)と言われる中、或いはまた、欧米型のリーダーシップ観をその通り実践した場合日本の社会の中ではむしろ"浮いて"しまいがちになるとも言われる中、日本人にとって、身近にイメージし易い、また、誰もが目指しやすいリーダー像を示した本としても注目されるべきではないでしょうか。解説で金井壽宏氏が、サーバントの素質がある人がリーダーになるのがいいと書いているは、特に日本の社会において当て嵌まるように思います。

サーバント・リーダーシップ   .png

【2794】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『プロがすすめるベストセラー経営書』 (2018/06 日経文庫)

《読書MEMO》
servant-leadership.jpg●サーバント・リーダーシップの特性
 ・利他心(相手に尽くし奉仕することにより信頼を得ること)
 ・気づき(自分自身の感情と行動を理解し、相手や状況を理解すること)
 ・癒し(自分や相手のストレスや困難、リスク要因を見つけ出して解決すること)
 ・傾聴(心を開いて、相手の要求や課題を聴くこと)
 ・共感(相手の立場で、相手の感情・思考・意図を理解すること)
 ・説得(強制ではなく相手を納得させて、自発的な行動を促すこと)
 ・概念化(目指すゴールやビジョンの具体的なイメージを描くこと)
 ・先見性(過去から学び、現実を見据え、未来への道筋を示すこと)
 ・スチュワードシップ(信頼と強い責任感の下で黙々と奉仕すること)
 ・成長へのコミット(相手の成長を支援すること)
 ・コミュニティー作り(チームワークと協調を促進すること)

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「●マネジメント」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(エドガー・H・シャイン)

キャリア・アンカーの大切さ、組織と個人のニーズのマッチングをいかにして図るかを説く。

キャリア・ダイナミクス.jpg エドガー・シャイン.jpg エドガー・シャイン ph0to.jpg エドガー・H・シャイン(マサチューセッツ工科大学スローンスクール名誉教授) 『キャリア・ダイナミクス―キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である。

 エドガー・ヘンリー・シャイン(Edgar Henry Schein、1928 - )による本書(原題:Career Dynamics、1978年)は、現在のキャリア論の礎ともなった、このジャンルおけるバイブル的著書と言ってもいいのではないでしょうか。

 訳者による概説によれば、「人は仕事だけでは生きられず、ライフサイクルにおいて、仕事と家族と自分自身が個人の内部で強く影響し合う。この相互作用は成人期全体を通じて変化する。ここですでに、動態的なダイナミクスがあることになろう。しかし、他方、多くの場合そうであるように、組織に雇われて働けば、個人を受け入れる組織には組織自体の要求があり、これが、個人の持つ要求と調和されなければならない。シャインの言う個人と組織の相互作用である。そして、組織の要求も時の経過とともに変化する。また、個人も組織も複雑な環境のなかに置かれており、両者の相互作用は一部外的諸力によっても決定される。こうして、仕事の決定について、きわめて複雑な動態的なダイナミクスが出現することになる。これが『キャリア・ダイナミクス』だということができる」とのことであり、この考えが本書のフレームワークとなっています。

 全3部から成る本書の第1部の前にある第1章は、第2章以下第17章までの本編全体の序論に該当し、ここではキャリア開発の視点を提起しています。やや抽象的な記述が続きますが、第1部第2章からは様々な具体例を交えた記述となり、ずっと読み易くなりますので、この部分はざっと読み、全編を読み終えた後に振り返って読んでもよいかと思います。

 第1部「個人とライフサイクル」では、第2章から第6章において、個人が直面する主要なライフサイクル問題について、生物社会的サイクル、キャリア・サイクル、家族の段階と状況の3つの側面からそれぞれの段階と課題を検討するとともに、これらの様々な人生の課題群間の複雑な相互作用についても説明しています。
 人は、個人としての発達の欲求、実行可能なキャリアを開発する欲求、及び、満足な家庭生活を展開する欲求、の3つを均衡させ満たす方法を見つけなければならず、社会の大部分の人々にとって、こうした「欲求の満足」の主要部分は、キャリアを築き維持していく過程で生じ、それゆえ、個人は「組織」と直接的な相互作用を持つに至るとしています。
 組織の要求も時の経過とともに変化し、また、個人も組織も複雑な環境に置かれているため、仕事の決定についての極めて複雑な動態的なダイナミクスが出現することになりますが、これがまさに「キャリア・ダイナミクス」であるということです。

 第2部「キャリア・ダイナミクス―個人と組織の相互作用」では、まず第7章から第9章にかけて、そうした相互作用及び個人・組織の両者にとってのその影響を検討したうえで、第10章から第12章にかけて、キャリア初期における重要な概念として「キャリア・アンカー」、即ちキャリアの諸決定を組織し制約する自己概念を提唱しています。
 キャリア・アンカーは、①自覚された才能と能力(様々な仕事環境での実際の成功に基づく)、②自覚された動機と欲求(現実の場面での自己テストと自己診断の諸機会、及び他者からのフィードバックに基づく)、③自覚された態度と価値(自己と、雇用組織及び仕事環境の規範及び価値との、実際の衝突に基づく)から成る自己概念です。 
Career Anchors2.jpgCareer Anchors.jpg 分かり易く言えば、
 1.何が得意か (能力・才能についての自己イメージ)
 2.何がやりたいか (動機・欲求についての自己イメージ)
 3.何をやっているときに意味を感じ、社会に役立っていると実感できるか (意味・価値についての自己イメージ)
 といったことになるでしょうか。
 そうしたアンカーの形成について、MITスローンスクール同窓生の長期にわたるデータが報告されているとともに、第2部終章(第12章)では、キャリア中期の諸問題とその基本的原因を検討しています。

 第3部「人間資源の計画と開発の管理」では、視点を管理者に移し、第14章から第17章にかけて、組織全体の立場と人間資源への組織の要求の立場からすると、全キャリア・サイクルを通じて人間資源を開発し管理する全体的なシステムについて、我々はどのように考えることができ、また、これをどのように生み出せるかを考察し、更に、こうしたシステムにおいて個々の管理者はどのような役割を担うか、また、システムはどう編成されるべきかを探っています。

 キャリア・アンカーの大切さなどキャリア決定のメカニズムを論理的に解き明かしている一方で、組織と個人のニーズのマッチングをいかにして図るかという点において、近年の人事的課題であるワークライフバランスなどを考えるに際して多くの啓発的示唆を与えてくれる本であり、まさに「現代の古典」と呼ぶに相応しい1冊であるかと思います。

《読書MEMO》
●構成
第1部 個人とライフサイクル(第2章:個人の成長/第3章:生物社会的ライフサイクルの段階と課題/第4章:キャリア・サイクルの段階と課題/第5章:家族の状態、段階、および課題/第6章:建設的対処)
第2部 キャリア・ダイナミクス―個人と組織の相互作用(第7章:組織キャリアへのエントリー/第8章:社会化および仕事の習得/第9章:相互受容/第10章:キャリア・アンカーの開発/第11章:キャリア・アンカーとしての保障、自律、および創造性/第12章:キャリア・アンカーの総合的検討/第13章:キャリア中期)
第3部 人間資源の計画と開発の管理(第14章:人間資源の計画と開発/第15章:人間資源の計画とキャリアの諸段階/第16章:職務・役割計画/第17章:人間資源の計画と開発の統合的な見方に向かって)
●管理的能力
自分の能力は、以下の3つのより一般的な領域の"結合"にある。
(1)分析能力:不完全情報と不確実性の状況で問題を明らかにし分析し解決する能力
(2)対人関係能力:組織目標のより効果的な達成に向けて組織の全階層の人々に影響を与え、人々を監督し、導き、巧みに扱いかつ統制する能力
(3)情緒の能力:情緒および対人関係の危機によって、疲れ果てたり衰弱したりせず、むしろ刺激される能力、無力にならずに高度の責任を担う能力、および、罪悪感や羞恥心を抱かずに権力を行使する能力
●「助言」の責任を引き受ける
(1)教師、コーチ、あるいは訓練者としての助言者
「あの人はこの辺の物事をどう処理するかについて、多くのことを教えてくれた」
(2)肯定的な役割モデルとしての助言者
「私は、あの人の活動をみて多くのことを学んだ。実際、物事をどうやるかのよい手本を示してくれた」
(3)才能開発者としての助言者
「あの人は実際、やりがいのある仕事を与えてくれ、私は非常に多くのことを学んだ。私は伸び伸びするよう仕向けられ、またそう強いられた。」
(4)門戸解放者としての助言者
 やりがいがあって、成長もできる仕事につく機会が、若者に確実に与えられるように「上位の人たち」と闘う人である。
(5)保護者(母鶏)としての助言者
「私が学んでいる間、あの人は私を世話し護ってくれた。私は、職務を危険にさらすことなく、間違いをしたり学んだりできた。」
(6)後援者としての助言者
 被保護者達を目立たせ、彼らが気付こうと気付くまいと、新しい機会が現れるときには彼らが思い起こされるよう、確実に彼らによい「評判」をとらせ、より高いレベルに人々の目にふれさせる人。
(7)成功したリーダーとしての助言者
自分自身の成功で、その支持者たちも確実に「自分のおかげでうまくいく」ようにする人であり、こうした支持者たちを向上させる人。

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人事パーソンが読んでも、"おさらい"を兼ねつつ、新たに得られる知見もあるのではないか。
マネジメントの心理学2.jpg
 
  
     
伊波和恵 教授 臨床心理士.jpg 伊波和恵氏(東京富士大学教授・臨床心理士)東京富士大学サイトより
マネジメントの心理学: 産業・組織心理学を働く人の視点で学ぶ

 本書は、主に学生やビジネスパーソンらを対象としたマネジメントの心理学(産業・組織心理学)に関する初学者向け入門書です。著者らは、会社で働き始めてから心理学をもっと学んでおくべきだったというビジネスパーソンの声をよく耳にする一方で、大学で学んだことはあまり役に立たないという声も聞くことから、ビジネスの現場で活用しうる考えや知識を、学生自身が今後の社会人生活をイメージしながら学ぶことができて、大学での学びが社会での実践に結びつくようにするにはどうすればよいかということを意識したうえで、産業・組織心理学の入門書として本書を企画したとのことです。

 心理学を専攻したことがない読者を主に想定して書かれており、心理学の基本的で重要な内容を一通り学びつつ、その知見の持つ意味や、実生活の中でそれがどのように役立つのかを具体的に分かるように解説したものとなっています。また、「働く人の文脈、働く人の視点」を強調し、「働くこと」に関する心理学の知見をもとに、企業組織におけるマネジメントのあり方までを考えるものともなっています。

 本編は、第1章「働くということ」からはじまり、「採用と就職」「組織と私」「リーダーシップ」「ワーク・モチベーション」「コミュニケーション」「キャリア発達」「人事マネジメント・教育研修」「起業」「経営革新」「心の健康」「働く環境の質」の全12章から成りますが、各章の冒頭に、ある学生が就職して、さまざまな人とのかかわりの中で「働く人」として成長していく姿が、各章の内容と関連したストーリーで描かれています。

 そのため、テキストではありますが読み物を読むような感覚でも読めて、また、章末には参考文献を掲げるとともに、働くことに関する現代社会の状況が反映されたケーススタディを載せることで、学習した理論の実践への応用を助ける(自分で考えてみる)ものとなっています。

 参考文献は「もっと詳しく知りたい人の文献紹介」と「文献」の二段構成で、後者がいわゆる"参考文献"の列挙であるのに対し、前者は、例えば「キャリア発達」の章であれば、シャインの『キャリア・ダイナミクス』(1991年/白桃書房)と金井壽宏氏の『働く人のためのキャリア・デザイン』(2002年/PHP新書)の2冊に絞って内容の概略まで紹介するなどしており、次に何を読むべきかという実践的な読書ガイドとなっているように思いました。

 全体を通して、産業・組織心理学の基本から近年の新たな知見まで網羅されている点でオーソドックスであるとともに、組織から個人を捉えるというアプローチではなく、個人から組織を捉えるというアプローチが強調されている点が、類書と比較してユニークかと思います。

 主に人事部門の初任者にお薦めですが、リーダーシップやモチベーション、コミュニケーションといったものの人事マネジメントにおける重要性がより高まっていると考えられる今日、人事パーソンが「実務に役立つ教養」として身につけておきたい知識がふんだんに織り込まれているという意味で、初任者に限らず各層の人事パーソンが本書を読むことで、"おさらい"を兼ねつつ、新たに得られる知見もあるのではないかと思います。

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一見理想論に見えるが、内容・理論構成はしっかりしており、啓発度の高い良書。

世界でいちばん大切にしたい会社0.JPG世界でいちばん大切にしたい会社.jpg   Wholefood Market 1.jpg  John Mackey Whole Foods Market.jpg
世界でいちばん大切にしたい会社 コンシャス・カンパニー (Harvard Business School Press)』/Wholefood Market/John Mackey, co-founder and co-CEO of Whole Foods Market

Wholefood Market logo.jpgWholefood Market 3.jpg テキサス州・オースティンを本拠とする米国の大手自然食品スーパー「ホールフーズ・マーケット」の経営者が、自らが30年以上にわたって実践し成功を収めている経営スタイル「意識の高い資本主義」(コンシャス・キャピタリズム)を紹介した本です(原題:Conscious Capitalism: Liberating the Heroic Spirit of Business(2013))(米国を中心に現在300以上の拠点を持つこのスーパーは、1978年、当時25歳の大学中退者ジョン・マッキー(John Mackey)と恋人Wholefood Market 2.jpgのRene Lawson(当時21歳)が、家族から借りた資金45,000米ドルで開店した小さな自然食品から始まった。因みにこの会社は、ゲイリー・ハメルの『経営の未来』('08年/日本経済新聞出版社)で、経営イノベーションに成功した企業事例として紹介されている3社の内の筆頭にきており、続く2社は、W・L・ゴア(ゴアテックス)とグーグル)。

John Mackey2.jpg 本書の目的は、「意識の高い企業」(コンシャス・カンパニー)の誕生を促すことにあるといい、コンシャス・カンパニーとは、①主要ステークホルダー全員と同じ立場に立ち、全員の利益のために奉仕するという高い志に駆り立てられ、②自社の目的、関わる人々、そして地球に奉仕するという意識の高いリーダー(コンシャス・リーダー)を頂き、③そこで働くことが大きな喜びや達成感の源になるような活発で思いやりのある文化に根ざしている会社のことであるとのことです。こう書くと漠然とした理想論のように思われるかもしれませんが、内容および理論構成はしっかりしているように思いました。

John Mackey

 序章(第1章・第2章)でコンシャス・キャピタリズムの四つの柱を示した後、第一部から第四部で、その1つずつを丁寧に解説しています。また、その中で、ホールフーズと同様、すべてのステークホルダーに愛されながら富と幸福をつくり出しているコンシャス・カンパニーとしてイケア、コストコ、サウスウエスト航空、スターバックス、タタ、トヨタ、パタゴニアなど多くの企業例を取り上げおり、これからの企業のあるべき姿の提案として、啓発的かつ説得力のあるものとなっています。

 第一部(第3章・第4章)では、コンシャス・キャピタリズムの四つの柱のうちの第一の柱である「企業の存在目的」について、目的を持つことがなぜ重要なのかを説明し、第二部(第5~第12章)では、第二の柱「ステークホルダーの統合」について、顧客、社員、投資家、サプライヤー、コミュニティなどさまざまなステークホルダーを1つずつ取り上げて、コンシャス・カンパニーがそれぞれをどう捉えているかを考察しています。

 第三部(第13・第14章)では、第三の柱「コンシャス・リーダーシップ」について、コンシャス・リーダーの資質と育成方法を解説し、第四部(第15章~18章)では、四つ目の柱である「コンシャス・カルチャーとコンシャス・マネジメント」―意識の高い企業文化と意識の高い経営を論じています。また、コンシャス・カンパニーになる方法や、コンシャス・キャピタリズムの美と力について述べています。

 ミルトン・フリードマンの「顧客、従業員、企業の慈善活動に気を配ることは投資家の利益を増やすための手段だ」との考えに対し、「利益を上げることは企業の最も重要な使命を実現するための手段にすぎない」とのアンチテーゼを掲げるところからスタートし、「あらゆる企業が存在目的を意識して活動し、すべてのステークホルダーの利益を統合し、コンシャス・リーダーを育てて登用し、信頼と説明責任、思いやりの文化を築き上げること」がコンシャス・キャピタリズムについての自分たちの夢であるという結語で終わる本書は、資本主義社会における新たな企業のあり方が問われる今日において、非常に啓発度の高い良書であるように思いました(本書でのフリードマンの評価はボロクソと言っていい)。

 邦訳タイトルは『日本でいちばん大切にしたい会社』と無意味に張り合ってしまったのかな。個人的には、ジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー2―飛躍の法則』で"持ち上げられていた"「偉大な」企業のリストにアルトリア(前フィリップ・モリス)が含まれていることに"呆れた"としているのが、本書並びにホールフーズ・マーケット4.jpg店内の一例.jpgこの著者の指向を象徴しているようで興味深かったです(自然食品スーパーの経営者がタバコ製造会社の社的存在意義を認めないというのは、まあ"自然"ではあるが)。思ったより読み易い本でもあり、コンシャス・キャピタリズムとい概念に関心を持たれた人には一読をお勧めします。

ホールフーズ・マーケット/店内の一例(ニューオーリンズ)

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マネジャーの"経験学習"にメス。経験と能力の関係、経験の決定要因をデータから解明。

松尾 睦  『成長する管理職』.jpg松尾 睦  『成長する管理職』2.jpg
成長する管理職: 優れたマネジャーはいかに経験から学んでいるのか』['13年]

 グローバル競争が激化する今日において、現場を支えるミドルマネジャーの成長を支援することは、人事部の今日的且つ大きな課題となっていますが、本書によれば、マネジャーの成長プロセスの研究はあまり進んでいないとのことです。確かに、管理職研修などでも、ひとしきり座学講義があって、最後には、「マネジャーの成長は経験で決まる」という結論で締めくくられることがありますが、その「経験」が具体的に何を指すのかは、曖昧なままにされてきたようにも思います。

 「経験学習」の研究者による本書は、「経験はどのように能力と関係しているのか」「経験はどのような要因によって決定されるのか」という2つの問いかけのもと、日本企業12社の課長・部長の調査データを分析することで、こうしたマネジャーの経験学習のプロセスを明らかにすることを狙いとしています。

 そして、それらの定性的・定量的調査の結果分析を通して、「経験はどのように能力と関係しているのか」という第1の問いに関しては、「部門を超えた連携」「変革への参加」「部下育成」という3つの経験が複合的に「情報分析力」「目標共有力」「事業実行力」を高めていることがわかったとしています。

 また、「経験はどのような要因によって決定されるのか」という第2の問いに関しては、「過去の経験」「目標の性質」「上司の支援」の3つが経験に影響を与えていることがわかったとし、このうち、経験に最も強く影響していたのは、過去の経験であり、例えば、部長時代に部門連携の経験を積んでいる人は、担当者時代や課長時代にも部門連携の経験を積んでいる傾向が見られ、部長時代に変革に参加している人は、それ以前にも変革に参加する傾向が見られたとしています。

 つまり、早い時期に上記3つの経験(「部門を超えた連携」「変革への参加」「部下育成」)を積んでおくほど、その後も同様の経験が積みやすくなる「経験の好循環」に入ることができる、逆にいうと、この循環に入れないマネジャーは成長しにくくなるとしています。

 では、この好循環に入るためにはどうしたらよいのかというと、そのためには、挑戦や好奇心を重視する「学習志向の目標」と、目標達成を重視する「成果志向の目標」を持つことであり、学習志向や成果志向の高い人は、部下育成の経験を積む傾向が見られたとしています。

 また、経験の好循環に入るためのもう1つの要因である「上司の支援」に関しては、特に、通常は会うことが難しい社内外の上位者やキーパーソンを紹介してもらい、対話する機会をもらっている人ほど、連携や変革の経験が見られたとしています。

 本書が示すこうした幾つかの知見に触れて、実際に自分がこれまで見てきた「成長する管理職」像と符合する点が多いと思われる読者も多いのではないでしょうか。、巻末には、これまでに得られた知見をベースに、補論として「マネジャーの育成方法」と「マネジャーの経験学習の診断方法」を付すなど、実務への落とし込みもなされています。

 全体としては研究書というスタイルをとっていますが、マネジャーを育成する役割を担っている人はもちろんのこと、マネジャーとして成長したいと思っている人、今後マネジャーになりたい人も読者層として想定しており、詳しい統計分析方法などはコラムや章末の参考資料としてまとめ、一般のビジネスパーソンは読み飛ばしてもよいとするなど、そうした読者がストレスを感じずに読めるよう配慮されています。

 また、要所ごとに、リーダーシップ理論などを"おさらい"的に紹介しており、その部分に関しては入門書としても読めます。そのため、マネジャーを育成する役割を担っている人には、階層を問わず一読され、「経験学習」という考え方を通して、マネジャーの成長を促すにはどうすればよいかということを改めて考えてみるのもよいのではないかと思います。

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マネジメント、組織行動理論を、一般向け噛み砕いて書き直したような感じ。読みやすい!

マネジメントとは何か スティーブン・P・ロビンズ.jpg1マネジメントとは何か.pngマネジメントとの正体 ロビンス.jpg 【新版】組織行動のマネジメント.jpg   Stephen P. Robbins.jpg
マネジメントの正体―組織マネジメントを成功させる63の「人の活かし方」』['02年]『【新版】組織行動のマネジメント―入門から実践へ』['09年]Stephen P. Robbins
マネジメントとは何か』['13年]

 著者のスティーブン・P・ロビンズ(Stephen P. Robbins)は、アメリカ国内の多くの大学で採用され今も使われている組織行動論に関する教科書の著者として知られる人で、日本でも2009年に『組織行動のマネジメント―入門から実践へ』(ダイヤモンド社)としてその要約版が12年ぶりに邦訳されています。新訳版は原著の第8版をベースに翻訳していますが、原著は2013年現在で第12版まで刊行されていて、累計売上げは200万冊を超え、マネジメントと組織行動学の分野における世界一のベストセラー教科書とされています。

 本書は、同著者の"The Truth About Managing People"(『マネジメントの正体―組織マネジメントを成功させる63の「人の活かし方」』('02年/ソフトバンククリエイティブ))の第3版の翻訳で(原著は2014年に第4版が刊行された)、帯に「世界でいちばんわかりやすいマネジメントの教科書」とありますが、MBAなどでテキストとして使われている『組織行動のマネジメント』(これはこれで、これ一冊で組織行動論を概観できる優れもの)がやや硬派な"教科書"であるのに対し、こちらは「現にマネジャーである人々」「人を管理する職に就きたいと考えるすべての人たち」を対象として、マネジメントの真髄を分かり易く噛み砕いて書いた "啓発書"であると言えるのではないでしょうか。

 マネジャーが直面する、人間の行動に関する主要な分野ごとに全9部59章で構成されていて、その分野とは、採用、モチベーション、リーダーシップ、コミュニケーション、チーム作り、業績評価、変化への対応などであり、殆ど「人事マネジメント」に関するトピックを扱っていると言ってもいいのではないと思います。
 新たな版のために16のトピックを書き下ろし、それ以外の部分も最新の状況を加味して書き直したとのことで、今回書き加えられたのは、倫理的なリーダーシップ、バーチャルなリーダーシップ、カリスマの負の側面、年齢に関する固定観念、組織政治、職場でのデジタル雑音などの今日的なトピックです。

 59のケースはそれぞれが一章となっていて、好きな順に読めますが、個人的には、今回書き直された部分が多かったリーダーシップに関する箇所がとりわけ興味深く読めました。
 「カリスマ性は身に着けつけられる」としながらも、「カリスマ性は毒にもなる」としてその負の側面も指摘しており、また、「優れたリーダーは政治に秀でている」として、政治は組織で生きていくために欠かせないとし、ポリティックスを肯定的に捉えています。一方、倫理に欠けるリーダーは、自分のカリスマ性を利用して、自己利益のためにフォロワーを支配しようとするとしています。
 また、今日のマネジャーは、コンピュータやスマートフォンなどで書かれた言葉を通して支援やリーダーシップを伝える能力が求められるとしています。

 更に、文化の違いについて、殆どのリーダーシップ理論はアメリカで、アメリカ人によって、アメリカ人を研究対象として展開されてきたため、アメリカの影響を強く受けているとしています。こうした理論ではフォロワーの権利より責任を重視し、義務を果たす決意や利他的な動機づけよりも、快楽の欲求によって動機づけされる立場を取っていて、精神的なものよりも合理性が強調されると。但し、これらの前提条件は世界各国で同じように適用されるものではないとしています。

 その他では、採用の部でも、「第一印象は正しいか」「性格は無視しよう、肝心なのは行動だ!」など啓発されるフレーズがありましたが、「判断に迷ったら『頭のよい人』に賭けよう」として、仕事をさせるうえでの知能の重要性を説き、また「実績につながるのは、冷静さより誠実さ」であると言っているのが興味深かったです。

 モチベーションの部の「プロは集中する楽しさを知っている」の章で、ランニング、スキー、ダンス、小説など何かに没頭して、他のことはどうでもよくなるような状態を「フロー」と呼び、こうしたフローは、テレビを見る、リラックスするなど気楽に過ごす時間には起きず、フローが一番起きやすいのは仕事中であるとしているのには、そうかもしれないなあと。

 コミュニケーションに関する部では、「男と女のコミュニケーションは違う」という章が面白く読め、男性と女性が互いにうまくコミュニケーションできないのは、男性は自分の地位を強調するために話をしがちだが、女性は繋がりを作るために会話をするからであって、結果として、男性は、女性がだらだらと自分の悩みを話すと非難し、女性は、男性が話を訊かないと文句を言う―といったことになるのだそうです。

『マネジメントとは何か』 .jpg 全体で230ページ弱で、その中にはこうしたエッセイに書かれている箇所も多く、全体を通して読み易いです。個人的には、あまり自己啓発書的なものは読まない方ですが、本書はどちらかというと、著者の専門であるマネジメント、組織行動理論を、一般向けの読み物風に書き直したような感じであり、平易な表現の裏に確固たるバックボーンがあるのが感じられます。
 著者自身、部下の管理についての真理を学ぶのに、人事や組織行動学の詳しい教科書を読み通す必要はないとの思いからこの本を書いたとまえがきに述べています。その意図がよく生かされた本だと思います。すべてのマネジャーはもちろんのこと、人事で仕事する人も読んで啓発される部分が多々あるのではないかと思われます。

 故スティーブ・ジョブズにまつわる話や「ヘリコプター(モンスター)・ペアレント」の話など、「現代の古典」ともなりつつあった本を、著者自身による最新のトピックを交えた新版で読めるのも有難いことです。因みに著者は、個人短距離走で11度の世界タイトルに輝き、米国と世界の年齢別記録を何度も塗り替え、米国マスターズ陸上の殿堂入りを果たしている人でもあるそうです。スゴイね。

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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ジム・コリンズ)

「第5水準のリーダーシップ」(カリスマ経営者はいらない)。「だれをバスに乗せるか―最初に人を選び、その後に目標を選ぶ」。
『ビジョナリー・カンパニー2―飛躍の法則』.jpg
Good to Great_ビジョナリー・カンパニー2.jpgビジョナリー・カンパニー2.jpg  ジム・コリンズ(Jim Collins).jpg Jim Collins
ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則』['01年]
Good to Great: Why Some Companies Make the Leap...And Others Don't

 ビジョナリーカンパニー・シリーズの第2弾となる本書(原題:"Good to Great"、2001)は、1994年に出版されてベストセラーになった『ビジョナリー・カンパニー』の著者であるジム・コリンズが、6年の歳月をかけて「良い企業(グッド・カンパニー)」と「偉大な企業(グレート・カンパニー)」の違いを調べ上げて、そこから得られた知見を偉大な企業の法則としてまとめたもの」(解説より)です。章立ては以下の通り。

 第1章 時代を超えた成功の法則―良好は偉大の敵
 第2章 野心は会社のために―第5水準のリーダーシップ
 第3章 だれをバスに乗せるか―最初に人を選び、その後に目標を選ぶ
 第4章 最後にはかならず勝つ―厳しい現実を直視する
 第5章 単純明快な戦略―針鼠の概念
 第6章 人ではなく、システムを管理する―規律の文化
 第7章 新技術にふりまわされない―促進剤としての技術
 第8章 劇的な転換はゆっくり進む―弾み車と悪循環
 第9章 ビジョナリーカンパニーへの道

 第1章「時代を超えた成功の法則―良好は偉大の敵」では、本書の概要が述べられており、本書で纏められている調査とは、アメリカの上場企業の中で、15年程度凡庸な成長を続け、転換点を超えて目覚ましい成長を遂げその成長を15年以上維持できた偉大な企業11社を選び出し、その企業と同業種で同じ様に成長したがその後数年で衰えた企業との 比較において、何故その11社が良い企業から偉大な企業へと飛躍し、それを維持できたのかを探り出したものであるとのことです。そして、そうした企業には時代を超えた法則があり、「良好」であることはむしろ「偉大」となるための障害であるとしています。この章では、これから述べる各章の内容が要約されていますので、改めてそれを追ってみたいと思います。

 第2章「野心は会社のために―第5水準のリーダーシップ」では、良い企業を偉大な企業に変えるために必要なリーダーシップとは「第5水準のリーダーシップ」であり、派手なリ―ダーが強烈な個性をもち、マスコミで大きく取り上げられて有名人になっているのと比較すると、飛躍を指導したリーダーは万事に控えめで、物静かで、内気で、恥ずかしがり屋ですらあって、個人としての謙虚さと、職業人としての意思の強さという一見矛盾した組み合わせを特徴としている―これがその「「第5水準のリーダーシップ」であるとしています。

 第3章「だれをバスに乗せるか―最初に人を選び、その後に目標を選ぶ」では、偉大な企業への飛躍を指導したリーダーは、はじめに新しいビジョンと戦略を設定したのだろうと著者らは予想していたが、事実はそうではなく、最初に適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、適切な人がそれぞれにふさわしい席に坐ってから、どこに向かうべきかを決めていた―よって「人材こそがもっとも重要な資産だ」という格言は間違っていたことになり、人材が最重要の資産なのではなく、適切な人材こそがもっとも重要な資産であるとしています。

 第4章「最後にはかならず勝つ―厳しい現実を直視する(だが、勝利への確信を失わない)」では、偉大な企業への道筋を探し出すのに何が必要かについて、企業戦略を論じた本の大半よりも、捕虜になって生き残った人たちの方が学べる点が多いことに著者らは気づいたとし、それを「ストックデールの逆説」と呼んで、偉大な企業はいずれも、同じ逆説を信奉していて、その逆説とは、どんな困難にぶつかろうとも、最後にはかならず勝てるし、勝つのだという確信が確固としていなければならない。だが同時に、それがどんなものであろうとも、きわめて厳しい現実を直視する確固たる姿勢をもっていなければならないとしています。

 第5章「単純明快な戦略― 針鼠の概念(三つの円のなかの単純さ)」では、 偉大な企業に飛躍するには、「能力の罠」から脱却しなければならないとし、中核事業だからといって、何年か何十年かにわたってそれに従事してきたからといって、それに関する能力が世界でもっとも高いとは限らないし、中核事業で世界一になれないのであれば、中核事業が飛躍の基礎になることは絶対にありえず、「自社が世界一になれる部分はどこか」「経済的原動力になるものは何か」「情熱をもって取り組めるものは何か」の三つの円が重なる部分に関する深い理解に基づいて、中核事業に代わる単純な概念を確立するべきだとしています。

 第6章「人ではなく、システムを管理する ―規律の文化」では、どの企業にも文化があり、一部の企業には規律があるが、規律の文化をもつ企業はきわめて少ないとしています。規律ある人材に恵まれていれば、階層組織は不要になり、規律ある考えが浸透していれば、官僚組織は不要になる。規律ある行動がとられていれば、過剰な管理は不要になり、規律の文化と起業家の精神を組み合わせれば、偉大な業績を生み出す魔法の妙薬になるとしています。

 第7章「新技術にふりまわされない―促進剤としての技術」では、飛躍した企業は、技術の役割についての見方が一般とは違っていて、変化を起こす主要な手段としては使っていない。その一方で逆説的なことに、慎重に選んだ技術の適用に関しては、先駆者になっている。偉大な企業への飛躍にしろ、没落にしろ、技術そのものが主要な原因になることはないのだとしています。

 第8章「劇的な転換はゆっくり進む―弾み車と悪循環」では、革命や、劇的な改革や、痛みを伴う大リストラに取り組む指導者は、ほぼ例外なく偉大な企業への飛躍を達成できない。偉大な企業への飛躍は、結果をみればどれほど劇的なものであっても、一挙に達成されることはない。たったひとつの決定的な行動もなければ、壮大な計画もなければ、起死回生の技術革新もなければ、一回限りの幸運もなければ、奇跡の瞬間もない。逆に、巨大で重い弾み車をひとつの方向に回しつづけるのに似ている。ひたすら回しつづけていると、少しずつ勢いがついていき、やがて考えられないほど回転が速くなるとしています。

 第9章「ビジョナリーカンパニーへの道」では、これまで調査に基づき述べてきたことを総括するとともに、前著『ビジョナリー・カンパニー』で述べたことと本書との関係性などを解説しています。

 第2章から第8章にかけて、各章の章末にその章の要約があり、内容理解の助けになります。「第5水準のリーダーシップ」(カリスマ経営者はいらない)というのも、データと事例に基づいているだけに説得力があり、「だれをバスに乗せるか―最初に人を選び、その後に目標を選ぶ」というのが個人的にはたいへん新鮮でした。

 本書では、人事制度については報酬制度も含めそれほど力点が置かれていませんが、本書を読むと、企業組織におけるトップのリーダーシップのあり方、企業の文化や価値観、人材選抜などの重要性が実感され、その点において人事は、社員の採用・人材育成から退職までの活動を通して大事な役割を担うということを再認識させられるとともに、経営者に対してフォロアーシップを発揮していかなければならないこともあるこいう思いにもさせられます。人事パーソンにもお薦めの1冊です。
 
【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

《読書MEMO》
●飛躍を導いた経営者は、派手さやカリスマ性とは縁遠い地味なしかも謙虚な人物だった。その一方で勝利への核心を持ち続ける不屈の意思を備えており、、カエサルやパットン将軍というよりは、リンカーンやソクラテスに似た思索する経営者であった。
●飛躍を導いた経営者は、最初に優秀な人材を選び、その後に経営目標を定める。目標にあわせた人材を選ぶのではない。
●飛躍を導いた経営者は、自社が世界一になれる部分はどこか、経済的原動力は何か、そして情熱を持って取り組めるものは何かを深く考え、必要とあればそれまでの中核事業を切り捨てる判断さえ下す。
●劇的な改革や痛みを伴う大リストラに取り組む経営者は、ほぼ例外なく継続した飛躍を達成できない。飛躍を導いた経営者は、結果的に劇的な転換にみえる改革を、社内に規律を重視した文化を築きながら、じっくりと時間をかけて実行する。
飛躍した企業と比較対象企業の例 ジレット vs ワーナーランバート フィリップ・モリス vs R.J.レイノルズ キンバリー・クラーク vs スコットペーパー

「●マネジメント」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2204】ピーター・F・ドラッカー 『経営者の条件

現代の社会や企業経営、人事管理の在り方に照らしても、耳を傾けるべき言葉が多く含まれている名著。

完全なる経営図1.jpg
完全なる経営』 アブラハム・マズロー.jpg アブラハム・マズロー(1908-1970)

 本書は、「欲求5段階説」を提唱したことで知られる米国の心理学者アブラハム・マズロー(Abraham Harold Maslow, 1908 - 1970)が1960年代初めに書いた手記や覚書の数々を纏めたものが、一旦は1965年に本として刊行され(原題;Eupsychian Management (1965)、邦訳『自己実現の経営―経営の心理的側面』('67年/産業能率短期大学出版部))、その後長い間絶版になっていたものを1998年に復刻刊行したもので(原題:Maslow on Managemen「マズローオンマネジメント(マズロー、経営を語る)」、そのことを示すかのように、冒頭にウォーレン・ベニスの「37年後に」という副題の序文があります(随所に、マズローの影響を受けた経営者へのインタビューが挿入されているため、400ページ超と旧版のおよそ倍のヴォリュームの大著となっている)。

 元が手記乃至覚書の形式なので、1つ1つ独立した考察として読みながら、全体の流れの中で彼が訴えたかったことを汲み取っていくという読み方になるかと思います(ある意味、どこからでも読める)。

 まず、仕事生活を正しく管理すれば、そこで人間は成長し、世界はより良いものになるとしています(その意味で、仕事生活の正しい管理はユートピア的であり、彼はこのことを「ユーサイキアン・マネジメント」と呼んだ)。人は誰でも高次の価値を体現したいとの生まれながらの欲求を持っているので、くだらない仕事を見事にやり遂げたとしても、それは真の達成とは言えず、自己実現を促す仕事をすることが肝要であり、またそのこと自体が自己を癒す治療的効果を持つとしています。

 誰もが受動的な助力者であるよりも、原動力でありたいと望んでおり、人々が積極的な人生を送るか、それとも無力な人生を送るかは、彼らが組織内で権限を与えられるかどうかにかかっており、経営者が従業員を、マクレガーが言うところの「Y理論」的な人間として扱うことが必要なのは、それが企業経営にとって利益を生むことにつながるからであると。従って、大規模な組織に見られる画一主義的な行動基準は改め、権威主義的な経営管理スタイルから参加型の経営管理スタイルに移行する必要があるとしています(会計士には、労働者を向上させることから生まれる目に見えない人的価値を、貸借対照表に記載できる会計用語に置き換える努力が求められるとし、最高の管理者は、自分が管理する労働者の健康を増進するとも)。

 また、チームの場では、メンバーにより大きな影響力とパワーを授ければ、自分の影響力とパワーも大きくなるという"シナジー"効果が生まれ、貧弱な社会や環境の条件下では、各個人の利害が対立的、相互排他的にとらえられ、人々が互いに反目してしまうような状況になるとしています。

 リーダーシップに関しては、権力を求めるような人間こそ権力を手にすべきではなく、こうした人間は権力を悪用し、他人を圧倒し、制圧して自己満足を得るために権力を用いるのであり、進歩的リーダーのやり方というのは、メンバーに対するパワーを放棄して自由を認めるとともに、メンバーの自由と自己実現を心から喜べるような人であるとしています。また、リーダーの創造性に関しては、先の見通しが予測不可能な状態に耐え、それを受け入れることのできる能力が、創造性と深い関係にあるとしています(メンバーは往々にして、予想外の事態や不測の出来事を正面から受け止める力が備わっていないという不安感が入り交っている)。また、卓越した社会(組織)と退行的で堕落した社会を分けるものは、起業家精神を発揮する機会に恵まれているかどうか、その社会に起業家が大勢いるかどうかという点であるともしています。

 また、より高次の欲求を満足させる条件が提示されない限り、多くの人は現在の職務からの転職は考えないが、人材は無形かつ真正の財産であり、社会から必要とされている重要な人物が転職せず同じ職場にとどまっているのは無駄であると。さらに、投資家の立場からすれば、人的資産の豊富な企業と人的資産の乏しい企業で、或いは消費者の信用を得ている企業と消費者の信用をすっかり失っている企業で、或いはまた労働者の士気の高い企業と低い企業で、それぞれどちらに投資するか、と問うています。企業経営の在り方について、長期にわたって存続し、その間健全性を維持しながら成長を目指す企業は、顧客との間に掛け値無しの信頼関係を築きたいと願うはずであり、むしり取るだけむしり取ったら後は目もくれないというような関係を結びたいとは考えないはずだとしています。そして、進歩的な経営管理という哲学は、社会全体を確実に向上させるものであり、それ故に、革命的な哲学と呼ぶべきものであるとしています。

 その他にも示唆に富むフレーズに満ち満ちている本であり、マズローの言うところの「自己実現」の奥の深さが窺い知れるとともに、現代の社会や企業経営、人事管理・人材活用の在り方に照らしても耳を傾けるべき言葉が多く含まれている名著であると思います。

 因みにマズローは、1908年にブルックリンのスラム街でロシア系ユダヤ人の家系に生まれ、貧しい家の7人兄弟の長男で一時は叔父の家に引き取られて育てられたこともあったそうです。父親の事業が軌道に乗るとスラム街を出て白人街に移りますが、そこで今度はユダヤ人としての差別を体験したとも言われています。大学では最初、法律学を勉強しましたが、法律学の人間性悪説的な立場が肌に合わず心理学に転向したと言われています。

《読書MEMO》
03 完全なる経営.jpg(経営者インタビューからの抜粋を含む)
●人間の使命とは、可能な限り「自分自身」にあることである。
・彼にとって必要なこと、実現しうることは、唯一このことだけなのだ。そこには競争というものが存在しない。
●仕事は一種の心理療法とも心理高揚法ともなりうるものだ。心理高揚法によって健全な人間は仕事を通じて成長し、自己実現に向かうことができるのだ。
●この上ない安らぎを得たいのであれば、音楽家は曲を作り、画家は絵を描き、詩人は詩を詠む必要がある。人間は自分がそうでありうる状態を目指さずにはいられないのだ。こうした欲求を自己実現の欲求と呼ぶことができよう。
●重要で価値ある仕事をやり遂げ自己実現に至ることは、人間が幸福に至る道である。
・幸福とは、何かにともなって生じる状態であり、副産物なのだ。直接求めるものではなく、善き行いに対して間接的に与えられる報酬なのである。
●仕事を通じての自己実現は、自己を追求しその充足を果たすことであると同時に、真の自我とも言うべき無我に達することでもある。
●何としてもやり遂げるのだという気概で仕事に望んでいると、ある時点から仕事は情熱を傾ける対象となり、仕事と自分との距離はなくなってしまいます。
・健全で安定した自尊心をもてるかどうかは、りっぱな価値ある仕事を自己の内部に取り込み、自己の一部にできるかどうかにかかっている。
●あらゆる人間は、美、真実、正義といった最高の諸価値を求める本能的欲求を持つのである。真の重要な問題とは、「何が創造性を育むのか」ではなく、「だれもが創造的とは限らないのはなぜか」ということなのだ。
●リーダーが第一に考慮すべき点
①人間は信頼に値すると信じているか
②人間は責任や義務を担おうとするものであると信じているか
③人間は仕事に意義を求めると信じているか
④人間は生まれながらに学習欲求をもっていると信じているか
⑤人間は変わることには抵抗しないが、変えられることには抵抗すると信じているか
⑥人間は怠惰よりも働くことを好むと信じているか
●仕事や課題に取り組むこと自体が自己を癒す利用的効果を持つものになりうる。心の中の問題が周囲の世界に投影されて外に姿を現した結果、内省だけで直接処理するよりもはるかに容易に、しかも不安や抑制をそれほど感じることなく、問題に取り組めるようになるのである。
●ブラックフット族において最も尊敬を集める人物、それは最も多くを与えた人物なのだ。
●シナジーは、個人にとっての利益が同時にすべての人間にとっても利益となるような文化である。シナジーの度合いの高い文化は安定しており、善意に満ち、人々の士気も高い。
●「問題はこういうことだ。やるべきことはこれだ」とはっきり社員一人ひとりに伝えるべきだろうか。「これをやれば、こういう報酬を与えよう」と言うべきだろうか。「顧客のためになる価値を創造しよう。社員のためになる職場環境を整え、結果を見てみよう」と言うべきなのだろうか。最後のアプローチをとれば、社員にやるべきことを指示した場合よりも10倍効果が上がるでしょう。
●我が社のサービスのおかげで、顧客が一人で努力したときよりも、はるかに大きな価値が生まれる。
●人生における使命は自己と深く一体化しており、真に幸運な作業者、進歩的で理想的作業者から仕事(人生における使命)を奪うのは、彼の生命を奪うに等しい行為なのだ。
●自己実現の段階では、個人に足りない部分、つまり欠乏や不足の充足を訴えることによって、その個人を動機「づけ」することはもはやできない。それは外からの充足でなく内からの発達を目指すものだからである。
●企業の目的は単に利益を上げることではなく、基本的欲求を満たそうと努力する人々、特定の集団に属しながら社会全体に奉仕する人々にとって、真の共同体となることである。ビジネスにおいては収益は大きな意味を持っているが、唯一絶対のものではない。人間的要因や道徳的要因を忘れてはならないのだ。
●自尊心や尊厳に関する精神力動的理解が深まっていけば、産業界にも大きな変化がもたらされるはずだ。なぜなら、尊厳、尊敬、自尊の意識といったものは、実にたやすく与えることができるからである。経済的負担はほとんどない。
●普通の人間にとって、仕事は休息や遊びと同じく自然なものであり、皆働くことを望んでいる。やりがいのある目標だと思えば、たいていの人間は自己統制しつつ自発的に仕事に取り組み、積極的に責任を引き受けようとする。
・人間は自らの仕事に意味を求め、遠大な目標の実現に専心したいと願っており、やりがいのある職務や役割、責任に取り組めば「世間をあっと言わせる」ことができる。
●アップルの成功の方程式の大部分を占めていたのは、その社内環境-社員が潜在能力を発揮し、目標の実現に向けて専心できる環境。仕事に大いなる意味を見出せる環境-だったはずだ。
・ラインの全従業員が、生産工程全体の中で自分の果たす役割を理解していましたし、自分の作業が最終製品にどのような影響を及ぼすかも承知していたのです。
●泥棒が泥棒である事を自覚し、まっとうな人間に生まれ変わりたいと願うならば、意識的に盗みをやめ、意識的に正直な人間になろうと努力するしか道はない。
●利己主義と利他主義を互いに相容れない対立概念としてとらえることには何の意味もない。私がとった行動は全面的に利己的でもなければ、全面的に利他的でもない。利己的であると同時に利他的であるといっても同じことである。より洗練された表現を用いれば、シナジーのある行為なのである。
・相手の幸福が自分を幸福にするとき、相手の自己実現が自分の自己実現に劣らぬ喜びをもたらすとき、さらには「他人のもの」と「自分のもの」との区別がなくなるとき、そこに愛は存在するのだ。
●語彙を豊かにすることで世の中に対する認識を高めることができる。
●いい社会とは、徳が報われる社会である。
・いい社会とは利己主義が利益につながる社会である。社会の成員が、結果的には自分にとっても利益になることを理解しているため、他者の利己主義を認める社会である。
●会社が、一見当然だとも思われる結びつきやサービスなどの織りなすネットワークの中に存在しているという事実である。これを逆方向から述べることもできる。製品やサービスがもっといいものになればなるほど、労働者が、管理者が、企業が、地域社会が、州が、国家が、世界が改善される。
・いくつもの同心円の中に立っている自分を発見することになる。
●幸せは探そうとして見つかるものではない。人への奉仕を通じて見出せるものなのだ。
●観光客にユニークな体験を味わってもらうために、アスペン社の価値観と地域住民の価値観をいかにして活用すべきかが明らかになってきた。その結果掲げられた目標は、両者に対して「命の洗濯」の機会を提供することと、住民に対してこの活動に参加する機会を提供することであった。
●たとえ危機的状況であろうとも、権威主義的リーダーシップの出る幕はないというのが私の意見です。危機に直面したときに独裁者の出番だということを否定するつもりはありません。それが状況を打開する最善の策だったかもしれないし、余計な手間をかけずにすんだかもしれません。でも、今回と同じ結果が得られたとは思えないんです。
●B力とは、やるべきことをやる能力のことであり、取り組むべき仕事に取り組む能力、現実に存在する問題を解決する能力、完遂すべき仕事を完遂する能力のことである。あるいは、真、善、美、正義、完全性、秩序といったあらゆるB価値を育み、守り、高める能力と言うこともできる。B力は、もっといい世界を作る能力であり、世界をより完璧に近づける能力である。
●参加者タイプの人間は、人生の指針となる価値観や信念を持っており、危険を怖れず未知のことがらに挑戦する。ものごとが順調に運び、もてはやされ、成功を味わっているときでも、不調で、批判を浴び、不安定に苦しむときでも、常に自分の信念を貫き通そうと努力する。
●短期間で心理療法と同じ効果を上げるために、ある人物の普段の生活ぶりを正面と背後からそっくりそのまま映像に記録して、本人に見せるというものだ。この映像を見れば、自分自身について実に多くのこと-自分の外見がどうか、自分はどんなペルソナ、つまり仮面をかぶって生活しているか、さらには自分が何者なのか、自分のアイデンティティとは何か、本当の自己とは何かなど-が学べるだろう。
●完全に信頼できる相手、怖れる必要がなく、自分を傷つけたり、自分の弱みにつけ込んだりする心配のない相手に向かって、思いの丈を包み隠さず打ち明けられるという特権は、何にも勝るものなのだ。
●人間はある程度成功を収めると、社会の枠組みに沿った考えからをしなければならないと思い込むようになる。だが、このような態度をとっているうちに個性を失い、個人の内面にある創造性や喜び、ユーモア、学習、革新の源泉をからしてしまう人間が少なからずいる。
・一日に何度この声-自分の外からきて、世の中の仕組みを教え込む声-に行動を阻まれているか、十分反省してみるべきです。
●自分が人生をかけて取り組む劇仕事(マイライフワーク)とは何か。
・いまこの瞬間に没頭するよう強く主張している。
・いまここに全面的に没頭し、完全にその場で見聞きするためには、強靭なパーソナリティをすべて備えていなければならない。過去も未来も忘れ、現在だけを考えることだといってもいい。
・この姿勢は、彼がかなり勇敢な人物で、自分自身に信頼を寄せていること、新たな問題を解決できるという静かな自信を秘めていることを示すものである。
●創造的な人間は柔軟性があり、状況の変化に応じて行動を変えることができる。自分の計画にこだわらず、状況の変化に適応し、その都度その都度の問題に的確に対処することができる。
・絶え間ない変化こそ、人生に興を添えてくれるのである。
●セールスパーソンに求められることは、より長期的で広い視野に立ち、物事の因果関係や全体論的な関連性を把握した上で判断を下す姿勢である。それはなぜか。顧客との関係を百年も二百年も維持することを目指す健全な企業にとって、両者が騙しあう関係など論外だからだ。
●高次の不平を、それより低次の不平と同等に扱ってはならない。高次の不平は、そうした不平が理論的に存在しうるための前提条件がすべて満たされていることを示す証拠として理解されなければならないのだ。
●宇宙レベルの壮大な過大に取りかかるのではなく、身近な具体的課題に専心し努力すべきである。
・社会の全成員が目標を明確に理解し、全力を尽くして各人になしうる最大の貢献を果たすのが理想的な社会変革の姿なのだ。
●自分から事を起こそうとせず、何かが起こるのを待ち受ける姿勢、あるいは、才能を開花させるためには適切な指導や訓練の積み重ねが必要であることを理解せず、怠惰にすごしてしまうような姿勢は、何としても改めなければならない。
●自己実現は、本人以外の人が「これがお前の自己実現だ」と外からは定義できない。
●自己実現は、ないものを埋めること(欠乏動機、D動機)によって人を短期的に動かすのでなく、自分の存在価値を示していくこと(存在動機、B動機)によって長期的に探し続けるものなのだ。確かに虹のようになかなかたどり着かないかもしれない。しかし、それをあきらめると、完全なる人間も、完全なる経営も成り立たなくなってしまう。

・ユーサイキア(Eupsychia):マズローの造語。現実的可能性や向上の余地、心理学的な健康を目指す動き、健康志向。
・個人の成長→企業は自律的な欲求充足に加えて、共同的な欲求充足をもたらすことが可能。
・自己救済→自分に運命付けられた「天職」をやりとげること。例えば、黒澤明監督の映画「生きる」。こうした志向性はおのずと自己超越、自己を追求すると同時に、無我でもある。自己/利他、内的/外的、主観/客観といった二項対立は解消(仕事の大義名分も自己の一部に取り込まれているのだから)。
・研究課題→「人間の尊厳を奪ったり、損なったりしない組織を作るにはどうすればよいのか。組み立てラインのような非人間的な環境は、産業界では避けることができないが、こうした環境を浄化し、労働者の尊厳と自尊心をできる限り保つためには、どうすればよいのか──」(96~97ページ)。
・マグレガーのX理論(人間は一般に怠惰→管理は命令。低次の欲求に対応)とY理論(人間は本当は働きたい→自発的な創造性を生かす。高次の欲求に対応)はマズローの動機付け、自己実現の理論を応用。晩年のマズローはさらに、経済的欲求の次なる段階として価値ある人生や創造的な職業生活を求めるものとしてZ理論を構想。
・産業的権威主義に対して、自律的な人間モデルによる民主主義的なものとしての「進歩的な経営管理」→ただし、客観的要件がそろっていることが必要。生存的に厳しい社会では権威主義的上司の方が適合的かもしれない。状況に応じて最高の、機能する管理方法を選ぶこと。
・リーダーシップ:その状況における客観的要件を誰よりも鋭く見抜き、そうであるが故に全く利他的な人間が問題解決や職務遂行に最適→安全の欲求、所属の欲求、愛の欲求、尊敬の欲求、自尊の欲求のすべてが満たされた、自己実現に近づいた人間がリーダーとして理想的。そうでない人間は、自身の欲求充足のレベルで右往左往してしまう。

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「組織学習」の名著。核となる提案部分(5つのディシプリン)は旧版と同じ。旧版でも問題ない。
学習する組織00.jpg学習する組織 2011.jpg  最強組織の法則 - 原著1990.jpg  Peter M Senge .jpg
学習する組織―システム思考で未来を創造する』(2011/11 英治出版)/『最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か』(1995/06 徳間書店) Peter M Senge

Peter M Senge 2.jpg 著者のピーター・M・センゲ(Peter M. Senge)はマサチューセッツ工科大学スローン経営大学院の組織センター長であり、本書のオリジナルに当たる1990年にセンゲが発表した『最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か(The Fifth Discipline : The Art & Practice of The Learning Organization)』('95年/徳間書店)は、「ラーニング・オーガニゼーション(学習する組織)」というコンセプトを提唱したことで知られています。本書『学習する組織―システム思考で未来を創造する』('11年/英治出版)は、原著の2006年改訂版(原題同じ)であり、書き加えられた「学習する組織」の実践上の課題やそれを乗り越える事例と併せて、旧版の翻訳で一部割愛されていた内容を補完したものです。

 全5部構成の第Ⅰ部において、著者は、世界では物事の相互の繋がりは一層深まり、ビジネスは複合的でダイナミックになっていて、そうした中、仕事はもっと「学習的」にならなければならず、それは、会社のために誰か1人が学べばいいというものでもなく、また、トップが解決策を見つけ、社員がその大戦略家に付き従うという方法でももはや成功できず、これからはあらゆるレベルの社員から学習する意欲と能力を引き出すことができる企業こそ成功していくだろうとしています。

 従って、マネジャーは社員に①新しいアイデアに柔軟に対応する、②互いに気兼ねなく率直にコミュニケーションする、③企業がどのように運営されるべきか、深く理解する、④集団的なビジョンを構築する、⑤共通の目的を達成するために力を合わせる、といったことを奨励すべきだとしています。

 そのうえで、学習する組織には5つの基本的なディシプリン(構成要素)があるとしており、それらは以下の通りであるとともに(本書で意味する"ディシプリン"とは、学習し習得すべき理論及び技術の総体を指す)、第Ⅱ部において「システム思考」(第1のディシプリンとして重要視されるこのシステム思考は、これに続く他の4つを統合するものとされる)、第Ⅲ部において残りの4つのディシプリンについて解説しています。

①システム思考:全体のパターンを明らかにし、それを有効に変えていく視点でものを考えること。このシステム思考によって全体を纏め、一貫した実行プランが構築できる。
 センゲの組織研究のアプローチは一貫して、組織を独自の行動様式と学習パターンを持つ一個の生きた存在と捉えるシステムアプローチであると言えます。彼はここで、問題を頻発させたり成長を抑制したりする反復性のパターンをマネジャーが見抜くのに役立つ「システムの原型」の考え方を紹介しています。

②自己マスタリー:現実を客観的に捉える。そのために、個人の視野を拡げ、常に現実への理解を深めていくことの重要性を意識的に認識する必要がある。
 現代のマネジャーは誰でも個人のスキルや強みを開発することの大切さを認識していますが、センゲはこの考えからさらに一歩踏み込んで、学習する組織における個人の心の成長の重要性を強調しています。真に心が成長すれば、現実をよりはっきりと認識するようになるとして、心の成長によって現実をもっとはっきりと見据えることを教え、ビジョンと現実との違いを際立たせることにより、創造的な緊張関係を生み出すことが出来るとしています。そしてこの緊張関係から効果的な学習が生まれると。センゲの言う「学習する組織」とは、「自分が大切だと思うことを達成できるように自分を変える」ことにより「自分の未来を創造する能力を絶えず充実させている人々の集団」であると。

③メンタル・モデルの克服:自分たちの心に知らないうちに固定化されたイメージや概念(メンタル・モデル)を分析し、精査する。
 システムアプローチの次なる要素としてセンゲが強調しているのは、メンタル・モデルであり、センゲは、マネジャーたちに組織の価値観や理念を裏で支えるメンタルモデルを構築することを要求しています。組織レベルで培われてきた既成の思考パターンの影響力の大きさに注意を促し、これらのパターンの性質を検証するオープンな仕組みづくりが必要であるとしています。

④共有ビジョンの構築:組織内で共通のアイデンティとミッションのもとに個人を結束させる。そのためには、お題目だけのビジョンではなく個々が心から納得し、参加できるような共通の「将来像」を掘り起し、コミュニケーションを続ける必要がある。
 真の創造性やイノベーションは集団の創造性に基づくものであり、また、集団のビジョンはメンバーの個人的なビジョンの上に構築されるものであって、メンバーが集団のビジョンを自分と切り離すことなく考え始めたときにビジョンの共有が可能になるとしています。

⑤チーム学習:現代の組織では、個人ではなくチームで成果を出し、そのための学習の基礎を構築する。そのために対話と議論という2つの実践が伴う。チームが学び、成長できなければ集合体としての組織も成長できない。
 ここでは、効果的なチーム学習のためには、「ダイアローグ」(dialogue)と「ディスカッション」(discussion)という2つの異なる対話方法をうまく使い分けることが必要であるとしています。ダイアローグ(意見交換)は問題点をどんどん探し出してゆくことであり可能性を広げるものであり、ディスカッションとは将来の意思決定のために最善の選択肢を絞り込む作業であると。これらの2つのプロセスは相互補完的ではあるが、別々のものとして考えなければならず、実際には両者を意識して使い分けられるチームは残念ながら殆ど見当たらないとしています。

 本書で挙げられている事例を見ればわかる通り、企業をラーニング・オーガニゼーションに変身させるのは簡単なことではなく、それは何故かと言うと、最大の理由は、マネジャーが今まで持っていた権力や権限を手放し、学習している人に渡さなければならないからだとしています。社員が学習するためには試行錯誤が必要であり、とりわけ(旧来型の)責任追及型の企業文化であればそれは大胆な変革が必要となると。また、ラーニング・オーガニゼーションを築くには、信頼と関与が必要であり、これも多くの企業で欠けているとも言っています。

 旧版『最強組織の法則』第Ⅳ部では、「創造への課題」を取り上げ、この中では「仕事と家庭の対立は終わる」といったワーク・ライフ・バランスに対する早くからの炯眼を窺わせる記述もあり、第Ⅴ部では。「組織学習の新しいテクノロジー」を事例を交えて解説していました。新版『学習する組織』第Ⅳ部は、「実践から振り返り」となっており、第Ⅴ部が「結び」となっています。

 基本となる第Ⅰ部から第Ⅲ部までは『最強組織の法則』も『学習する組織』も同じ内容なので、どちらを読んでも構わないかと思います。取り上げている事例の部分で旧版の方が「アメリカ企業はなぜ日本企業に敗れたのか」といった例が多くなっているのが、やや時代を感じさせるぐらいしょうか。「組織学習」の名著としての評価は定着しているのではないかと思います。
 旧版1,900円、新版3,500円(何れも本体価格)。旧版の日本語タイトルは不評でしたが、旧版の方の訳が古びているとか硬いとかいったことはなく、読む上では旧版でも全く問題ないかと思います(むしろ旧版の方が単独翻訳者なので、訳調が統一されているかも)。

【2201】 ○ グローバルタスクフォース 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』 (2004/07 総合法令)
【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
【2790】○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)
【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

《読書MEMO》
●企業が抱える7つの学習障害
①「職務イコール自分」:
 個人が自分の職務だけに気を取られると、全ての職務が関連し合って生まれる結果に対して責任が薄れ、職務間の連携が阻害される。
②「敵は向こうに」:
 自分の仕事にしか目が向かないと、何のために仕事しているのかという本質的な目的や、自分の行動の影響が職務の範囲を超えてどう拡がっていくのかを認識できなくなる。そんな中、自分の仕事の結果が悪い形で出てくると、理由を外に向け、自分以外のせいにしようとする。
③積極策の幻想:
 「向こうの敵」と戦かおうとひたすら攻撃的になるとすれば、人は受身に反応しているということになる。これは積極策の幻想であり、真の積極性は、自分の抱える問題にどのように寄与するかの見通しから生まれる。
④個々の出来事に捉われる:
 我々の組織及び社会の生き残りにとっての中心的脅威は、不意の出来事からではなく、徐々にゆっくり進行するプロセスからくること。
⑤茹でられた蛙の寓話:
 徐々に変化していくプロセスを見極める力を養うには、現在の慌ただしいペースを緩め、全体像を見極めた上で、派手なものだけでなく目立たないものにも注意を払う必要がある。
⑥体験から学ぶという錯覚:
 人は経験から最も多くのことを学ぶが、重要な決定の場合は大抵(その影響が長期にわたるため)、その帰結を直接には経験しない。
⑦経営チームの神話:
 経営チーム=組織の様々な機能と専門分野を代表する有能で経験豊富な管理職の一団のはずが、実際には会社の現状を擁護し、保身のための能力だけに長けた「熟練した無能」集団と化す。
●システム思考の法則
①今日の課題が昨日の「解決策」からくる。
②システムは押せば押すほど強く押し返す(補償的フィードバック)
③状況は一旦好転してから悪化する
④安易な出口は通常元に戻る
⑤治癒策が病気そのものより問題になることがある
⑥急がば回れ
⑦原因と結果は時間的・空間的に近隣しているとは限らない
⑧小さな変化が大きな結果を生むことがある。しかし一番効果のある手段はしばしば一番見えにくい。
⑨ケーキを手に入れ、しかも味わうことができる(同時にではないが)
⑩1頭の象を分割しても2頭の小象にはできない
⑪罪を着せる外部はない...etc.

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成果を上げることは"教科"ではなく自己鍛錬。リーダーにも新人にも有益な書。

The Effective Executive   .jpg経営者の条件.JPG経営者の条件 ドラッカー 旧版.jpg 経営者の条件 ドラッカー.jpg
ペーパーバック(1993)『経営者の条件 (1966年)』  『ドラッカー名著集1 経営者の条件

Video Review for The Effective Executive by Peter Drucker
 ピーター・ドラッカーが1966年に発表(同年に大幅改訂、改訂版原著は1967年刊)した本書『経営者の条件』(原題"The Effective Executive")を読むと、ドラッカーが「知識労働者(ナレッジワーカー)」という言葉を半世紀も前から使っていたことがわかります。本書は、序章と本体全7章と最終章から成ります。

 第1章「成果をあげる能力は修得できる」では、現代の組織社会において中心的な存在となりつつある知識労働者のうち、企業や組織の業績に影響を与える意思決定を下す人を、"地位を問わず"「エグゼクティブ」と位置づけています。ドラッカーはまず、肉体的労働者が基本的に能率性で評価されるならば、知識労働者は何をもって評価されるのが妥当であるか、と読者に問いかけ、知識労働者は、"仕事を正しくやり遂げる"というよりも、"何をすべきかを判断してそれをやり遂げる"ことで成果を生み出す必要があるといいます。そして、成果をあげる能力は"教科"として学ぶことはできないが、実践を通した自己鍛錬によって修得できるとしています。つまり、本書では、(1)エグゼクティブの仕事は成果をあげることである、(2)成果をあげる能力は修得できる-という2つの前提に立ち、以下、成果を上げるエグゼクティブの条件について、時間、貢献、強み、集中、意思決定の5つの観点から述べています。

 第2章「汝の時間を知れ」において、成果を上げるエグゼクティブは、「時間」を慈しみ大切に扱っているだろうとしています。人間が時間に対する意識をどれほどおろそかにしているか、自分がどのように時間を過ごしたかを記憶していないものであるかを、調査結果を挙げて示し、エグゼクティブの知識集約的な仕事は、定型化が難しい上に発生頻度もまちまちで、かつ他のエグゼクティブとの協業を必要とするものが非常に多いため、自分で積極的に時間をコントロールしない限り、偶発的な仕事と周囲のエグゼクティブに振り回されてしまうのであると。そこで彼は、時間の使い方について記録をとることを勧めています。そして、自分の時間の半分以上を他人の都合によって決定されているようならば、それを自分の管理下に戻さなくてはならないと。

 第3章「どのような貢献ができるか」では、成果を上げるエグゼクティブは「貢献」に焦点を合わせることが重要であるとし、「どのような貢献ができるか?」と自問することは、仕事においてまだ用いられていない可能性に目を向けることになり、また、貢献に焦点を合せれば、当然の結果としてコミュニケーションやチームワークが生まれ、自己改善や周囲の人々の成長にも繋がるとしています。

 第4章「人の強みを生かす」では、優れた人事とは人の「強み」を生かすことであり、弱みからは何も生まれない、結果を生むには利用できるかぎりの強み、すなわち同僚の強み、上司の強み、自らの強みを動員しなければならならず(人の強みを生かすとは、人すなわち自らと他人を敬うということである)、強みこそが機会であり、強みを生かすことは組織に特有の機能であるとしています。「弱みからスタートしてはならない」、つまり、ある仕事に就ける人材を決める際に、一部の欠点に着目して、減点主義で候補者を外していくような人材配置は行ってはならないと主張しているわけです。上司、同僚、部下の強みを活かさなければならないという点も非常に重要であり、エグゼクティブの仕事は個人単位では完結せず、必ず他者との協業を必要とするため、対人関係能力やコミュニケーション能力、チームビルディングの能力、動機づけの能力などといった、複合的なヒューマンスキルが必須となるとしています。

 第5章「最も重要なことに集中せよ」では、成果を上げるエグゼクティブは、まず最優先事項から取りかかり、一度に一つのことだけに「集中」して行うとし、そのためには、これまで期待通りの成果を生み出していない仕事を捨て去らなければならない、過去を捨て去ることが、前進のためには最も肝要である、エグゼクティブの仕事の本質は、資源を本来の可能性に充てる決断を下すことであるから、としています。また、意思決定の大部分は会議を通じて下されるため、「会議を運営する能力」と言い換えられるだろう。だが一口に会議を運営する能力と言っても、以下に示す通り、実に幅広い行動とマインドをエグゼクティブは習得しなければならない

 第6章「意思決定とは何か」では、成果を上げるエグゼクティブは、「意思決定」において問題を一度で解決するとしています。そもそも彼らは、問題を包括的に見て、目下の問題に関連している人たちだけではなく、誰にとってもシンプルなルールで問題を解決しようとするとし、その際には、何もしないという選択肢もあるという点も、決断はそれが実行に移されるまでは完結しないということも知っているとしています。

 第7章「成果をあげる意思決定とは」では、成果をあげるエグゼクティブは、「意思決定」は事実を探すことからスタートしないこと、人々の意見を聞くことからスタートすることを誰もが知っており、最初から事実を探すと、すでに決めている結論を裏づける事実を探すだけになり、好ましいことではないとしています。また、決定には判断と同じくらい勇気が必要であり、一般的に成果をあげる決定は苦いものであるが、エグゼクティブは好きなことをするために報酬を手にしているのではなく、すべきことをなすために、成果をあげる意思決定をするために報酬を手にしているのであるとしています。

 終章「成果をあげる能力を修得せよ」では、(1)エグゼクティブの仕事は成果をあげることである、(2)成果をあげる能力は修得できる、という二つの前提のもとこれまで述べてきたことを総括するとともに、エグゼクティブの成果をあげる能力が、現代社会を経済的に生産的なものとし社会的に発展しうるものとするとして締め括っています。

『経営者の条件』I.jpg 時間、貢献、強み、集中、意思決定―これらが、実行可能で適切な観点から説明されており、仕事の姿勢に対する洞察に溢れた本であるとともに、人材の配置、育成、活用に関する示唆にも富んでいます。リーダーにとってもキャリアの起点にある人にとっても、仕事とはただ与えられたことをするのではなく、判断して成すべきことを成すことであるということを喚起させるに有益な本です。

 本書を最初に読んだのは、野田 一夫、川村 欣也訳('66年11月/ダイヤモンド社、原著の決定稿版が'67年2月刊行であり、原著より日本語版の方が先に刊行された)の第9版('67年9月)で、個人的にはこれが今も手元にあります。上田惇生訳の選書版('95年)、ドラッカー名著集('06年)と若干章立てが異なるほか、文脈も翻訳の表現も異なっているところが多いようですが、全体の流れや趣旨は同じではないでしょうか。
 今回初めて読んだ新訳の方は、冒頭に「八つの習慣」(下に列記)とあり、序文の中でそれぞれについて簡単に解説されていましたが、本文とも緩やかに対応している印象を受けました。
 1.なされるべきことを考える
 2.組織のことを考える
 3.アクションプランをつくる
 4.意思決定を行う
 5.コミュニケーションを行う
 6.機会に焦点を合わせる
 7.会議の生産性をあげる
 8.「私は」ではなく「われわれは」を考える

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

《●『経営者の条件』要約pp》
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《読書MEMO》
第1章「成果をあげる能力は修得できる」
●今日では、知識を基盤とする組織が、社会の中心的な存在である。現代社会は、組織の社会である。それら大組織のすべてにおいて、中心的な存在は、筋力や熟練技能ではなく、頭脳を用いて仕事をする知識労働者である。筋力や熟練ではなく、知識や理論を使うよう、学校で教育を受けた人たちが、ますます多く組織の中で働くようになっている。
●われわれはすでに、最下層の経営管理者が、企業の社長や政府機関の長とまったく同じ種類の仕事、すなわち、企画、組織化、統合、調整、動機づけ、そして成果の測定を行うことを知っている。意思決定の範囲は、非常に限られた狭いものかもしれない。しかし、たとえ狭くとも、その範囲内においては、まぎれもないエグゼクティブである。(中略)そして、トップであろうと、新人であろうと、エグゼクティブであるかぎり、成果をあげなければならない。
●確かに人生には、成果をあげるエグゼクティブになることよりも高い目標がある。しかし目標があまり高くないからこそ、実現も期待しうるというものである。すなわち、現代社会とその組織が必要とする膨大な数の成果をあげるエグゼクティブを得る、という目標の実現である。(中略)大規模組織のニーズは、非凡な成果をあげることのできる普通の人によって満たされなければならない。これこそ、成果をあげるエグゼクティブが応ずべきニーズである。しかも目標は謙虚であって、だれでも努力さえすれば実現可能である。
第2章「汝の時間を知れ」
●アルフレッド・P・スローンは、人事についての意思決定はその場では決してしなかったそうである。一応の判断はするが、それにさえ、通常、数時間を使っている。しかも、その数日あるいは数週間後には、初めから考え直していた。二度も三度も同じ名前が出てきたときだけ、人事の最終決定を行った。スローンは、人事の秘訣を聞かれたとき、「秘訣などない。最初に思いつく名前は、概して間違いだということを知っているにすぎない。だから私は、何度も検討し直して、決定することにしている」と答えたという。
●自分の時間の半分以上をコントロールしており、自分の判断によって自由に使っているなどという者は、実際に自分がどのように時間を使っているかを知らないだけであると断言してよい。組織のトップにいる人たちには、重要なことや、貢献につながることや、報酬を払われている当の目的に使える自由な時間など、4分の1もない。これは、あらゆる組織についていえる。
第3章「どのような貢献ができるか」
●知識労働者が貢献に焦点を合わせることは必須である。貢献に焦点を合わせることなくして貢献する術はない。
●必要なことは、専門家自身に彼と彼の専門知識をもって成果をあげさせることである。言い換えれば、自らの産出物たる断片的なものを生産的な存在にするために、何を知り、何を理解し、誰に利用してもらうかを考えさせることである。
●対人関係の能力をもつことによってよい人間関係がもてるわけではない。自らの仕事や他との関係において、貢献に焦点を合わせることによってよい人間関係がもてる。そうして人間関係が生産的となる。生産的であることが、よい人間関係の唯一の定義である。
●われわれは貢献に焦点を合わせることによって、コミュニケーション、チームワーク、自己開発、人材育成という、成果をあげるうえで必要な四つの基本的な能力を身につけることができる。(中略)第一に、長い間マネジメント上の中心課題だったものがコミュニケーションである。(中略)第二に、果たすべき貢献を考えることによって、横へのコミュニケーションが可能となり、その結果チームワークが可能となる。(中略)第三に自己開発は、その成果の大部分が貢献に焦点を合わせるかどうかにかかっている。(中略)第四に、貢献に焦点を合わせるならば、部下、同僚、上司を問わず、他の人の自己開発を触発することにもなる。
第4章「人の強みを生かす」●優れた人事は人の強みを生かす。弱みからは何も生まれない。結果を生むには利用できるかぎりの強み、すなわち同僚の強み、上司の強み、自らの強みを動員しなければならない。強みこそが機会である。強みを生かすことは組織に特有の機能である。
●いかにして、人に合うように仕事を設計するという陥穽に陥ることなく強みに基づいた人事を行うか。(四つの原則)
(1)適切に設計されているか
(2)多くを要求する大きなものか
(3)その人間にできることか
(4)弱みを我慢できるか
●今日あらゆる分野のエグゼクティブが、胸に炎を抱いているべき若者たちの多くがあまりに早く燃えかすになるといって嘆く。しかし責められるべきは彼らエグゼクティブである。彼らが若者たちの仕事をあまりに小さなものにすることによって彼らの胸の炎を消している。
●強みを手にするには弱みを我慢しなければならない。(中略)実績によってある仕事に適任であることが明らかである者は、必ずその仕事に異動させ、昇進させることを絶対のルールとしなければならない。(中略)仕事には最適の者を充てなければならないだけではない。実績をもつ者には、機会を与えなければならない。問題ではなく機会を中心に人事を行うことこそ、成果をあげる組織を創造する道であり、献身と情熱を創造する道である。(中略)かくして知識労働の時代においては、強みをもとに人事を行うことは、知識労働者本人、人事を行った者、ひいては組織そのものにとってだけでなく、社会にとっても欠くべからざることになっている。
第5章「最も重要なことに集中せよ」
●成果をあげるための秘訣を一つだけ挙げるならば、それは集中である。成果をあげる人は最も重要なことから始め、しかも一度に一つのことしかしない。(中略)これこそ困難な仕事をいくつも行う人たちの秘訣である。彼らは一時に一つの仕事をする。その結果ほかの人よりも少ない時間しか必要としない。
成果をあげられない人の方が多くの時間働いている。(中略)成果をあげる人は、多くのことをなさなければならないこと、しかも成果をあげなければならないことを知っている。したがって、自らの時間とエネルギー、そして組織全体の時間とエネルギーを一つのことに集中する。最も重要なことを最初に行うべく集中する。
●集中のための第一の原則は、生産的でなくなった過去のものを捨てることである。そのためには自らの仕事と部下の仕事を定期的に見直し、「まだ行っていなかったとして、いまこれに手をつけるか」を問うことである。答が無条件のイエスでないかぎり、やめるか大幅に縮小すべきである。もはや生産的でなくなった過去のもののために資源を投じてはならない。第一級の資源、特に人の強みという希少な資源を昨日の活動から引き揚げ、明日の機会にあてなければならない。
第6章「意思決定とは何か」●ヴェイルとスローンの意思決定の特徴は次のようなものだった。
(1)問題の多くは原則の決定を通してのみ解決できることを認識していた。
(2)問題への答えが満たすべき必要条件を明確にした。
(3)決定を受け入れられやすくするための妥協を考慮する前に、正しい答えすなわち必要条件を満足させる答えを検討した。
(4)決定に基づく行動を決定そのものの中に組み込んでいた。
(5)決定の適切さを検証するためにフィードバックを行った。
これらが、成果をあげるうえで必要とされる意思決定の五つのステップである。
(1)問題の種類を知る
厳密にいえば、あらゆる問題が、二つではなく四つの種類に分類できる。第一に、基本的な問題の兆候にすぎない問題がある。(中略)第二に、当事者にとっては例外的だが実際には基本的、一般的な問題がある。(中略)第三に、真に例外的で特殊な問題がある。(中略)第四に、そのような何か新しい種類の基本的、一般的な問題の最初の表れとしての問題がある。
(2)必要条件を明確にする
決定が満たすべき必要条件を明確にしなければならない。意思決定においては、決定の目的は何か、達成すべき目標は何か、満足させるべき必要条件は何かを明らかにしなければならない。(中略)必要条件を簡潔かつ明確にするほど成果はあがり、達成しようとするものを達成する可能性が高まる。逆に、いかに優れた決定に見えようとも、必要条件の理解に不備があれば成果をあげられないことは確実である。(中略)もちろん誰もが間違った決定を行う危険はある。
事実、誰もが時に間違った決定を行う。だが最初から必要条件を満たさない決定は行ってはならない。2)必要条件を明確にする。(中略)決定が満たすべき必要条件を明確にしなければならない。意思決定においては、決定の目的は何か、達成すべき目標は何か、満足させるべき必要条件は何かを明らかにしなければならない。(中略)必要条件を簡潔かつ明確にするほど成果はあがり、達成しようとするものを達成する可能性が高まる。逆に、いかに優れた決定に見えようとも、必要条件の理解に不備があれば成果をあげられないことは確実である。(中略)もちろん誰もが間違った決定を行う危険はある。事実、誰もが時に間違った決定を行う。だが最初から必要条件を満たさない決定は行ってはならない。
(3)何が正しいかを知る
決定においては何が正しいかを考えなければならない。やがては妥協が必要になるからこそ、誰が正しいか、何が受け入れられやすいかと言う観点からスタートしてはならない。満たすべき必要条件を満足させるうえで何が正しいかを知らなければ、正しい妥協と間違った妥協を見分けることもできない。その結果間違った妥協をしてしまう。(中略)そもそも「何が受け入れられやすいか」
「何が反対を招くからいうべきでないか」を心配することは無益であって時間の無駄である。心配したことは起こらず、予想しなかった困難や反対が突然ほとんど対処しがたい障害となって現れる。換言するならば、「何が受け入れられやすいか」からスタートしても得るところはない。それどころか通常この問いに答える過程において大切なことを犠牲にし、正しい答えはもちろん成果に結びつく可能性のある答えを得る望みさえ失う。
(4)行動に変える
決定を行動に変えなければならない。決定においてもっとも困難な部分が必要条件を検討する段階であるのに対し、最も時間のかかる部分が、成果をあげるべく決定を行動に移す段階である。決定は最初の段階から行動への取り組みをその中に組み込んでおかなければ成果はあがらない。事実、決定の実行が具体的な手順として誰か特定の人の仕事と責任になるまでは、いかなる決定も行われていないに等しい。それまでは意図があるだけである。(中略)決定を行動に移すには、「誰がこの意思決定を知らなければならないか」「誰が行動をとるか」「いかなる行動が必要か」「その行動はいかなるものであるべきか」
を問う必要がある。特に最初と最後の問いが忘れられることが多い。そのためひどい結果を招くことがある。
(5)フィードバックを行う
最後に、決定の基礎となった仮定を現実に照らして継続的に検証していくために、決定そのものの中にフィードバックを講じておかなければならない。
決定を行うのは人である。人は間違いを犯す。最善を尽くしたとしても必ずしも最高の決定を行えるわけではない、最善の決定といえども間違っている可能性はある。そのうえ大きな成果をあげた決定はやがては陳腐化する。(中略)
自ら出かけ確かめることは、決定の前提となっていたものが有効か、それとも陳腐化しており決定そのものを再検討する必要があるかどうかを知るための、
唯一ではなくとも最善の方法である。われわれは意思決定の前提というものが、
遅かれ早かれ必ず陳腐化すること知らなければならない。現実には長い間変化しないでいられるものではない。
●会議を運営する能力
・会議の適切な目的、アジェンダを設定する。
 ・意思決定によって影響を受ける社内外の利害関係者を特定する。
 ・利害関係者をモレなく会議に出席させる。
 ・議論に必要な情報を前もって準備する。
 ・会議の出席者から、追加的な情報を引き出す。
 ・情報の意味や解釈をめぐって、出席者の見解を擦り合わせる。
 ・下準備した情報と、会議の場で出た情報に基づいて、選択肢を形成する。
 ・選択肢を取捨選択する際の基準を設定する。
 ・上記の基準に従って、それぞれの選択肢のメリット、デメリットを十分に検討する。
 ・リスクを伴う選択肢の場合は、リスクを低減する補完的な施策も検討する。
 ・最終的に選択肢を絞り込み、それを現場でのアクションに落とし込む。
 (誰が、何を、いつまでにするのか?そのタスクの成否は何によって判断するのか?)
 ・(会議全体を通じて、)出席者からモレなく公平に意見を引き出す。
 ・(会議全体を通じて、)各出席者の意見を尊重して最後まで聞く。反対意見を歓迎する。また、エグゼクティブ自身だけでなく、出席者全員にも同じマインドで会議に臨んでもらうよう要請する。
 ・(会議終了後、)会議で意見が採用されなかった出席者、他の出席者から批判を受けた出席者を心理的にフォローする。
 ・(会議終了後、)選択肢の実行によって、不利益や負担を被る利害関係者を事後フォローする。
第7章「成果をあげる意思決定とは
意思決定とは判断である。いくつかの選択肢からの選択である。しかし、決定が正しいものと間違ったものからの選択であることは稀である。せいぜいのところ、かなり正しいものとおそらく間違っているであろうものからの選択である。はるかに多いのが一方が他方よりたぶん正しいだろうとさえいえない二つの行動からの選択である。(中略)成果をあげるエグゼクティブは、意思決定は事実を探すことからスタートしないことを知っている。誰もが意見からスタートする。このことに不都合はまったくない。ひとつの分野に多くの経験をもつ者は当然自らの意見をもつべきである。ひとつの分野に長い間関わりながら自らの意見をもたないのでは、観察力と姿勢を疑われる。(中略)人は意見からスタートせざるをえない。最初から事実を探すことは好ましいことではない。すでに決めている結論を裏づける事実を探すだけになる。見つけたい事実を探せないものはいない。
●最後に、意思決定は本当に必要かを自問する必要がある。何も決定しないという代替案が常に存在する。意思決定は外科手術である。システムに対する干渉でありショックのリスクを伴う。よい外科医が不要な手術を行わないように、不要な決定を行ってはならない。優れた決定を行う人も優れた外科医と同じように多様である。ある人は大胆であり、ある人は保守的である。しかし不要な決定を行わないという点では一致している。何もしないと事態が悪化するのであれば行動しなければならない。同じことは機会についてもいえる。急いで何かをしないと機会が消滅するのであれば思い切って行動しなければならない。(中略)第一に、得るものが犠牲やリスクを大幅に上回るならば行動しなければならない。第二に、行動するかしないかいずれかにしなければならない。
二股をかけたり両者の間をとろうとしたりしてはならない。(中略)とうとうここで、決定には判断と同じくらい勇気が必要であることが明らかになる。
薬は苦いとは限らないが、一般的に良薬は苦い。決定が苦くなければならないという必然性はない。しかし一般的に成果をあげる決定は苦い。(中略)エグゼクティブは好きなことをするために報酬を手にしているのではない。なすべきことをなすために、成果をあげる意思決定をするために報酬を手にしている。
終章 「成果をあげる能力を修得せよ」
●本書は二つの前提に立っていた。
(1)エグゼクティブの仕事は成果をあげることである
(2)成果をあげる能力は修得できる
第一に、エグゼクティブは成果をあげることに対して報酬を受ける。彼らは自らの組織に対して成果をあげる責任をもつ。(中略)第二の前提は、成果をあげる能力は修得できるということだった。(中略)本書は教科書ではない。その理由の一つは、成果をあげることは学ぶことはできるが教わることはできないからである。つまるところ成果をあげることは教科ではなく修練である。(中略)すなわち成果をあげることは個人の自己開発のために、組織の発展のために、そして現代社会の維持発展のために死活的に重要な意味をもつということである。
●(1)成果をあげるための第一のステップは作業的な段階である。すなわち時間が何に使われているかを記録することである。これは機械的な仕事とはいわないまでも非常に機械的な段階である。
(2)第二のステップは、貢献に焦点を合わせることである。これは作業的はなく概念的であり、機械的ではなく分析的であり、効率ではなく成果への関心の段階である。
(3)強みを生かすということは行動することである。人すなわち自らと他人を敬うということである。それは、行動の価値体系である。強みを生かすということは、実行によって修得すべきことであり、実践によって自己開発すべきものである。そしてエグゼクティブたる者は、強みを生かすことによって個人の目的と組織のニーズを結びつけ、個人の能力と組織の業績を結びつけ、個人の自己実現と組織の機会を結びつける。(中略)上司を喜ばせる部下としての行動ではなくエグゼクティブとしての責任ある行動を要求する。そしてエグゼクティブは、自らと自らの視点の焦点を貢献に合わせることによって、手段ではなく目的を中心に考えるようになる。
(4)次の段階としての「最も重要なことに集中せよ」(第5章)は、「汝自身の時間を知れ」(第2章)に対置されるものである。この二つはエグゼクティブの成果を支える二本の柱である。ここでは時間という資源ではなく、エグゼクティブの成果と組織の成果という最終製品を扱う。記録し分析すべきものは、われわれに起こることではなく、われわれがわれわれの環境に対し起こすものである。
(5)第6章、第7章で論じた成果をあげるための意思決定とは、合理的な行動に関わるものである。たどりさえすれば自然に成果をあげられるような広くてはっきりした道は存在しない。しかしたどるべき方向や道筋を教えてくれる標識はある。(中略)しかし、成果をあげるエグゼクティブの自己開発とは真の人格形成でもある。それは機械的な手法から姿勢、価値、人格へ、そして作業から使命へと進むべきものである。ここで発展させるべきものは、情報ではなく、洞察、自立、勇気など人に関わるものである。換言するならば、それがリーダーシップである。聡明さや才能によるリーダーシップではなく、持続的なリーダーシップ、献身、決断、目的意識によるリーダーシップである。
●エグゼクティブの成果をあげる能力が、現代社会を経済的に生産的なものとし社会的に発展しうるものとする。(中略)エグゼクティブの成果をあげる力によってのみ、現代社会は二つのニーズ、すなわち個人からの貢献を得る組織のニーズと、自らの目的の達成のための道具として組織を使うという個人のニーズを調和させることができる。
したがってまさにエグゼクティブは成果をあげる能力を修得しなければならない。

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MBA教科書の要約版。組織行動論の定番的教科書。これ一冊で組織行動論を概観できるテキスト。

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組織行動のマネジメント 旧.jpg                  Stephen P. Robbins.jpg
組織行動のマネジメント―入門から実践へ』['97年] Stephen P. Robbins

【新版】組織行動のマネジメント―入門から実践へ』['09年]

 経営に携わる人、経営を学ぶ人にとっての定番的教科書とされている本書(原題:Essentials of Organizational Behavior)は、MBAの教科にあるOrganizational Behavior(OB=組織行動論)の授業で使われる教科書の要約版であり、訳者もあとがきで書いているように、グローバル・スタンダードなマネジメントの教科書ではあるが、基本的にはアメリカのビジネス価値観に根ざしているものとしています。言い換えれば、「グローバル市場で競争するとき、仮に競争相手がMBAホルダーなら、人と組織のマネジメントはこの教科書で学んでいると想定するほうがよい」としています。

 原著は近年は毎年改版されていて、最新版は第12版(2013年現在)になり、邦訳は、旧版が第5版、新版が第8版を訳していて、改版に翻訳が追いつかない傾向もありますが、組織行動論に関する教科書的な本が日本にはあまりない現況では、(要約版であっても)これ一冊で組織行動論を概観できる貴重なテキストかと思います。

 本書では、組織行動学を、個人的なレベルからグループのレベル、組織システムのレベルへと3つの分析レベルで捉えています。

 第1部で組織行動学とは何かを説いたあと、第2部では組織における個人の問題を扱い、個人の行動の基礎―価値観、態度。認知、学習に目を向け、それから、動機づけの問題と個人の意思決定の問題に移っています。

 第3部ではグループ行動の問題を取り上げ、そのモデルを紹介し、チームの効率を高める方法について考察、更には、コミュニケーションの問題やグループの意思決定について考え、リーダーシップ、権力、政治的な駆け引き、対立、交渉という問題を探っています。

 第4部では、組織の構造、テクノロジー、職務設計がいかに行動に作用するか、組織の公式の業績評価や報酬システムが人々にいかに作用を及ぼすか、組織の独自の文化がいかにそのメンバーの行動を形づくるか、更には、マネジャーが組織の利益のためにどのような組織変革や開発のテクニックを利用して、部下の行動を導くかといった問題を扱っています。

 以上の内、第2部では、主だった動機づけ理論が網羅されているとともに、MBO(目標管理)などへのその応用が述べられ、また、意思決定のスタイルとモデルなども示されており、第3部では、集団行動の基礎、チームとは何か、コミュニケーションの機能とプロセスなどが述べられ、更に、主だったリーダーシップ理論が紹介されるとともに、パワー理論などにも触れ、第4部では、組織構造の定義や類型、組織文化の特性と人材管理の考え方及び方法、組織変革や組織開発のモデルや方法などが示されています。

 本書一冊で、組織行動に関する代表的な理論が、心理学や社会学など様々な学問から得られる知見も織り交ぜながら紹介されており、個人→グループ→組織という各分析レベルと全体プロセスの流れの中でそれらを概観できるようになっている点が、本書の良書たる所以でしょう。

 新訳では、グローバル化、情報化、多様化が当然となっている経営環境で、人と組織をいかにマネジメントするかが重点的に述べられていますが、そのポイントとして「チーム化」と階層の「フラット化」を掲げ(激変する時代の組織でチームを多用するのは、その有機的組織特性が革新を生む源泉となる)、但し、チーム化やフラット化が万能のものではないことも指摘しています。

 組織論を学ぶには、こうした関連項目を系統立ててしっかり押さえてある本に先に目を通してから、リーダーシップ論やモチベーション論などの各論に当たる方が、ばらばらと啓蒙書的なリーダー論に当たるよりは、圧倒的に効率がよいように思います。

 語学に自信がある人は原著の方がお奨め(エッセンシャル版で充分)。ほぼ毎年改訂されているというだけでなく、ふんだんにビジュアライズされていて概念把握がし易くなっています。

 因みに、著者のスティーブン・P・ロビンスは、米国マスターズ陸上殿堂のメンバーであり、個人短距離走で11度の世界タイトルに輝き、米国と世界の年齢別記録を何度も塗り変えているそうな。

【2201】 ○ グローバルタスクフォース 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』 (2004/07 総合法令)
【2790】○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)

《読書MEMO》
●目次
1.組織行動論とは何か
2.個人の行動の基礎
3.パーソナリティと感情
4..動機づけの基本的なコンセプト
5.動機づけ:コンセプトから応用へ
6・個人の意思決定
7.集団行動の基礎
8・"チーム"を理解する
9・コミュニケーション
10.リーダーシップと信頼の構築
11.力(パワー)と政治
12.コンフリクトと交渉
13.組織構造の基礎
14.組織文化
15.人材管理の考え方と方法
16.組織変革と組織開発

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モチベーション理論としての「X理論-Y理論」を提唱。今読んでも示唆に富む名著。

The Human Side Of Enterprise Douglas McGregor.jpg1新版 企業の人間的側面.jpg.png              ダグラス・マクレガー.png
企業の人間的側面―統合と自己統制による経営』['70年] ダグラス・マクレガー
The Human Side of Enterprise, Annotated Edition McGraw-Hill; 1版 (2005)

McGregor, Theory x and Theory y.jpg 1960年にアメリカの心理学者ダグラス・マクレガー(またはマグレガー、Douglas McGregor、1906-1964)が、発表した著書で(原題:The Human Side Of Enterprise)、モチベーション理論としての「X理論-Y理論」を提唱したことで知られています。

 マクレガーの言う「X理論」とは、「普通の人間は生来仕事が嫌いで、できれば仕事はしたくないと思っている」「仕事が嫌いだから、強制・統制・命令されたり、処罰や脅しを受けなければ働かない」「普通の人間は命令される方が楽で、責任はとらずに済む方がよく、野心はもたず、安全を望む」という人間観に根ざすもので、この場合、命令や強制で管理し、目標が達成できなければ懲罰するといった、「アメとムチ」による経営手法となります。

 これに対し「Y理論」とは、「人間は生まれつき仕事をすることをいとわない。仕事は条件次第で満足の源になる」「進んで働きたいと思う人間には統制や命令は役にたたない」「進んで働く人間は責任も積極的にとるし、創意工夫をして問題を解決する」という人間観に根ざすものであり、この場合、労働者の自主性を尊重する経営手法となります。
 
02 企業の人間的側面.jpg 第1部「経営に関する理論的考察」では、まず、伝統的な科学的管理法に基づく「権限による人の統制」に対する批判が続きますが、こうした命令系統による人の動かし方を、彼は「X理論」によるものであるとしています。これまでの経営者や管理職は、従業員に対して「権限に基づく適切な命令」を与えることが自らの重要な職務であると考えてきた経緯があり、その根底には、よく働く従業員には報酬を与え、怠ける従業員には罰則を与えることで、従業員の労働意欲を高め、仕事へのモチベーションを維持することが出来るという「X理論」の見解があると―。従業員を積極的に働かせて生産性と効率性を高めるには、道具的条件付け的な報酬と罰則の強化子(刺激)が必要であると考えられてきたということです。

 しかし、マズローの欲求階層説に基づけば、低次元の欲求(生理的欲求や安全の欲求)が十分に満たされた現在(1960年当時)、高次元の欲求(社会的欲求や自我・自己実現欲求)を考慮した理論が求められているのであり、上司から部下への命令統制や企業の階層関係における権限の行使によって、従業員の労働意欲を高め生産効率性を上昇させようとする「X理論」には自ずと限界があり、「通常業務を効率的に処理する」議論から抜け出す必要があるとし、そうした意味で、「人間的側面」を取り込んで、しかも科学的な経営理論を確立することが時代的要請としてあり、それを形にしたものが、彼が提唱する「Y理論」であったわけです。

 先にも述べたように、「人間は本来、怠け者ではなく働き者であり、旺盛な知的好奇心と自己実現欲求を持つので、やりがいのある職場環境(人間関係)と達成目標さえ与えられれば積極的に働く」というのが「Y理論」の考え方であり、マクレガーは、これからの経営理論(組織論・人事管理・企業運営)では、外部から強制的な命令を下して「統制による管理」を行う「Ⅹ理論」の有効性は大きく低下し、内発的な動機付けを重視して「目標による管理」を行うY理論の有効性が段階的に上昇すると主張したわけです。

 そのことは、本書の第2部「Y理論の考察」、第3部「管理者の育成」における、現行の組織理論・管理理論に対する痛烈な批判として具体的に示されており、また、この第2部、第3部では、目標管理、業績評価、給与・昇進の管理、経営環境、ライン・スタッフ関係、リーダーシップ、管理者の育成と教室での管理技法の習得についてなど、人事マネジメント、人材育成に関する様々なテーマを取り上げていて、今日改めて読んでも、大いに示唆に富むものです。

 例えば、「管理者の部下に対する最も適切な役割は、部下の教師、専門的援助者、同僚、コンサルタント」であって、「Y理論」に基づく管理者であれば、「専門家と顧客との関係と同じような関係を、部下や上役や同僚との間で作り上げることができるであろう」としています。

 リーダーシップに関しては、「すべてのリーダーに共通の能力や人柄の基本型は唯一つであるということは全くありえない。リーダーの人柄は重要であるが、人柄として何が不可欠かは状況によって大いに異なる」とし、「まだ設立早々で苦悶している会社に必要なリーダーシップは、大規模で安定している会社の場合とは全く違う」としています。

 管理者の育成については、製品を「製造」するような方法では、管理を「製造」することはできないとし、望めるのは管理者が成長することだけであると―。そして、「目標管理」による方法ほど、それだけで管理者育成を促進する環境を作り出すのに役立つものはないとしています(「農業的」な管理者育成方法が「工業的」な方法よりも望ましい、という表現を用いているのが面白い)。

 「X理論-Y理論」については、発表当初には、労働者にあまりにも高次元の資質を求めすぎているのではないかとの批判もあり(本書の中でも、労働者が高次元欲求を持っている場合においてより有効であるとされているのだが)、その後、対照的な2つのマネジメントスタイルとして「X理論」的な対処と「Y理論」的な対処の両方を考え、細かいことには目をつむり、基本は「Y理論」でいくが、但し、「X理論」的な仕組みは欠かさない―という「修正Y理論」的な考えが、マズローをはじめ多くの研究者から出されるとともに、マクレガー自身も所謂「Z理論」の構築に取り組みましたが、本書刊行の4年後、58歳で亡くなってしまったため、完成を見ることはありませんでした。

 マクレガーは、1906年にミシガン州デトロイトに生まれ、曾祖父はスコットランド長老派の牧師であり、祖父はオハイオで浮浪者のための施設を作っていて、これが慈善事業を行なうマグレガー協会という団体に発展し、ダクラス・マグレガーの父親も1915年にマグレガー協会の理事になっています。彼の家では毎晩礼拝が行なわれ、父親がオルガンをひき、母親が讃美歌を歌い、彼も伴奏をしたり、幼い頃から恵まれない人々に食事や宿を与える仕事の事務を手伝ったりしていたとのことで、マグレガーの「Y理論」は人間に対する深い信頼がベースになっていますが、それは、彼が宗教的で慈善精神の継承された家系に育ったことと結びつくかと思われます。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

《読書会》
■2017年03月10日 第3回「人事の名著を読む会」ダグラス・マグレガー 『企業の人間的側面』

1第3回「人事の名著を読む会」.jpg

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ある意味誤解されているテイラーだが、今読んでも啓発される要素は多い。

2科学的管理法.png科学的管理法1.jpg 科学的管理法2.jpg モダン・タイムス [字幕版].jpg
科学的管理法』(上野陽一:訳)['69年] 「モダン・タイムス [VHS]」(カバーイラスト:和田誠
|新訳|科学的管理法』['09年](有賀裕子:訳)

Frederick Winslow Taylor Scientific Management.jpg フレデリック・W・テイラー(Frederick Winslow Taylor, 1856-1915)が1911年に著した有名な本ですが(原題:The Principles of Scientific Management)、1921年の本邦初訳以来、何度か新訳が出されていたものの、1957年の上野陽一(1888-1957)訳(技報社刊)の新訳版が、彼が創始した産業能率大学(当初は短大)の出版部より1969年に刊行され、1983年と1995年に改版された後はずっと絶版となっていて、今回は14年ぶりの新版(40年ぶりの新訳)ということになります(因みに、上野陽一訳はテイラーの他の論文等も収めて579ページあり、それに対し今回の新訳版は175ページ)。

 「科学的管理法」を提唱したテイラーという人は、「人間を機械のごとく扱った」という誤解がつきまといがちな人物でもあります。しかし本書を読むと、彼は、雇用主に「限りない繁栄」をもたらし、併せて、働き手に「最大限の豊さ」を届けるにはどうすればよいかを真剣に考えた人であり、その考えのもとに「科学的管理法」というものを提唱し、実践したことが窺えます。ピーター・ドラッカーはその著書『マネジメント』において、テイラーこそ、仕事を体系的な観察と研究に値するものとしThe Principles of Scientific Management Elite Illustrated Edition.jpgた最初の人だったとし、20世紀初頭の先進国の一般人の生活を大幅に引き上げることになった豊かさの増大は、テイラーの「科学的管理法」のおかげであると高く評価しています。

 あえて仕事のペースを緩めて十分な働きをしないで済ませるのが「怠業」ですが、機械工場の旋盤工からスタートして作業長になったテイラーは、機械工たちの怠業に悩まされ続けていました。そこで彼は、怠業は管理方法や制度の不備が原因であると考え、それを防止するために、①科学的に目標を設定し、②その目標を達成するための作業を要素単位に分析し、③分析結果に基づいて、作業を無駄がなく効率が仕上がるように再編成し、④そこに労働者を配置し、定められた作業を早く正確にやり遂げた場合には、差別的出来高払い性によって割増賃金を支払うことで報いる、というやり方を提唱しました。それが本書のタイトルでもある「科学的管理法」です。

The Principles of Scientific Management Elite Illustrated Edition (English Edition) [Kindle版]

科学的管理法4.jpg ともすると最後の差別的出来高払い制が注目されがちですが(テイラーが最初に提唱したのが差別的出来高払い制であり、この成果によって彼は職長に昇進した)、テイラー自身は出来高制がはらむ危険性にも早くから気づいていました。働き手が、「記録的な成果を上げて、それが出来高制の賃金基準になってはたまらない」という不安から、作業ペースを落とすことが考えられるからです。そのことを防ぐためには、マネジャーと最前線の働き手が密接に連携し、それぞれの役割を分担することが重要であると説いています。この場合のマネジャーの役割とは、作業プランを作成し、実行することです。そのためには、仕事の分析だけでなく、人間観察、人間理解が必要になってくるということが、本書から十分に理解できます。

 本書では、「自主性とインセンティブを柱としたマネジメント」を旧来のマネジメントとしています。テイラー以前のマネジメントは、一人一人の働き手が全力を尽くし、持てる知識や技能を総動員し、創意工夫や善意を十分に発揮するようお膳立てをするのがマネジャーの仕事であるとされていました。つまり、仕事の中身は現場の働き手に任せてマネジャーは介入しないというものです。それに対して「科学的管理法」では、 マネジャーが作業の中身まで深く踏み込み、これまで現場の働き手に任せきりにしてきた仕事の多くをマネジャーが引き取り、自分たちでこなさなくてはいけない―マネジャーは、それまでよりも大きな責任を果たす必要があるということになる―そうすることで、科学的管理法は従来型マネジメントより優れたものになるとしています。

 一方で、労働者の殆どがブルーワーカーであった20世紀初頭と現代では労働現場の状況が異なり、また、企業組織と働き手を媒介する要素が専ら「生計維持のため」という経済原理に拠っていたテイラーの時代と、その後に「科学的管理法」を批判するかたちで登場する「人間関係論」に見られるように、仕事への動機づけに様々な社会的要因や個人の価値観が大きく影響すると考えられる現代では、前提条件が異なります。科学的管理法の弱点と言うよりも、そうした、人間の功利的側面ばかりが強調される「経済人モデル」の人間観の限界と言えるでしょう。

 そうしたことを踏まえつつも、一方で、現在の仕事を体系的に捉え、それを改善しようとう気運が、職場マネジャーの中にどれだけいるだろうかということに思いをめぐらせた時、本書で紹介されているテイラーの様々な業務改善施策(彼は"実験"と呼んでいる)とそれに取り組む彼の姿勢は、今読んでも啓発される要素は多いかと思います。

 雇用者に、製品の品質向上と総コストの削減をもたらし、働き手に労働時間の短縮と賃金上昇及び生活の充実をもたらし、職場には労使間協調と働き手同士の間の協働をもたらす―これが、テイラーが「科学的管理法」を通して意図した職場のあり方ではなかったのかと思いました。

 因みにテイラーはもともと知識階層に属していた人で、ハーバード大学の法学部に入学しましたが眼の病気のため、郷里で機械工になった人。晩年は経営コンサルタントとして活躍し、機械学会の代表も務めましたが、本書執筆の4年後に59歳で亡くなっています。

 テーラーの「科学的管理法」を採り入れて、作業の合理化と生産性の向上を成した例として最も有名な企業は「フォード・モーター」です。
    1900年頃のフォード自動車工場           1910年代のフォード自動車工場
フォード1.jpgフォード2.jpg ヘンリー・フォードは、それまでの、シャーシーを固定して同じグループの工員達がそれにエンジンやタイヤなどの部品を順次取り付けるという自動車製造法を一変させ、シャーシーをベルトコンベアに乗せて作業することを発想し、1913年までに完全ベルトコンベア化し(これが現在の自動車工場の所謂"製造ライン"の始まり)、1920年までにはT型フォード(A型から始まって20番目の試作完成品であるためこう呼ばれた)の生産台数を年間100万台超に引き上げ、大量生産による単価の低減により、それまで金持ちの贅沢嗜好品であった自動車を、一般の人々の身近な生活の道具にしたわけです(当時、アメリカのクルマの2台に1台はT型フォードだったとのこと)。ある意味、「働き手に豊さを届ける」というテイラーの理念が現実のものとなった事例でもあります。

フォード3.jpg まだ日本にはトヨタも日産も会社そのものが存在していなかった頃の話ですが、1910年代には東洋紡績がこの「科学的管理法」を採り入れ、倉敷紡績も研究所を設けるなど、当時の日本の主力産業にも大きな影響を与えました。

フォード自動車工場での作業風景

 一方で、フォードの自動車工場ではどのようなことが起きたかと言うと、例えば、クルマの左前輪のネジを締める作業を担当する工員は朝から晩までそのことだけをすることになり、そうした単調さが労働の過酷さとなって退職者が続出したとのことです(こうした事態はテイラーも予測し得なかった?)。会社は儲かっているので、工賃を引き上げることで新たな労働力の供給を賄ってはいましたが、それでも辞める者が続出したため、(ヘンリー・フォードは必ずしも労働者思いの経営者ではなかったようだが)1914年には8時間労働制に踏み切っています(因みに、日本で一番最初に8時間労働制を入れたのは川崎重工の前進の川崎造船所の兵庫工場で1919年のこと)。
 フォード・モーターは、このT型フォードの成功体験があまりに大き過ぎて、成熟した消費者の様々なニーズや好みへの対応について手を打たなかったため、1920年代が終わるころまでには、後発のGM、クライスラーに生産高で抜かれることになってしまいました。「科学的管理法」の"光と影"が反映された事例のようにも思えます。

ホーソン工場の実験.jpg あの有名なウエスタン・エレクトリック社の「ホーソン工場の実験」も、機械組立て作業のための最適な照明の明るさを検証するために行われたことを考えれば、前提として「科学的管理法」の考え方があったと思われますが、作業効率と照明の明るさの相関が得られず、殆ど真っ暗な状態でも作業効率が落ちないチームがあったりした-そのことに関心を持ったハーバード大学のエルトン・メイヨーらが途中から実験に加わり、作業チームのメンバー間のインフォーマルな人間関係の強さが作業結果に影響を及ぼしていることを突き止め、これが「人間関係論」の始まりで、更に「新人間関係論」(テイラー的人間観を"経済人モデル"と規定してその限界を説き、新たな人間観として"社会人モデル"を提唱する)、マクレガーやハーズバーグの近代モチベーション理論へと発展していくわけです。
ウエスタン・エレクトリック社の「ホーソン工場の実験」
  
モダン・タイムス.jpg チャールズ・チャップリンの「モダン・タイムス」('36年/米、チャップリン初のトーキー作品。監督・製作・原作・脚本・音楽の何れもチャップリン)などにも、「科学的管理法」批判ととれなくもない場面がありますが(個人的にはスラップスティック感覚に溢れる「チャップリンの黄金狂時代」('25年/米)の方が若干好みだが、これも傑作)、この映画はこうしたテイラーイズムやフォーディズム批判の風潮の中で作られた作品でもあるのだなあと改めて思います。
    
モダン・タイムス dvd.pngモダン・タイムス2.bmp「モダン・タイムス」●原題:MODERN TIMES●制作年:1936年●制作国:アメリカ●監督・製作・原作・脚本:チャールズ・チャップリン●脚本:ロバート・J・アヴレッチ/ブライアン・デ・パルマ●撮影:ローランド・トセロー/アイラ・モーガン●音楽:チャールズ・チャップリン/アルフレッド・ニューマン●時間:87分●出演:チャールズ・チャップリン/ポーレット・ゴダード/ヘンリー・バーグマン/チェスター・コンクリン●日本公開:1938/02●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:高田馬場パール座 (79-03-06)(評価:★★★★☆)●併映:「チャップリンの黄金狂時代」(チャールズ・チャップリン)
モダン・タイムス [DVD]

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

《読書会》
■2017年02月10日 第2回「人事の名著を読む会」(フレデリック・W・テイラー 『科学的管理法』)
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今でも企業研修などで使われる「管理の5機能(4機能)説」を提唱。

『産業ならびに一般の管理』図1.jpg『産業ならびに一般の管理.jpg  アンリ・ファヨール2.jpg
産業ならびに一般の管理 (1985年)』  アンリ・ファヨール(1841-1925/享年84)

 1916年にフランスの「経営学者」アンリ・ファヨール(またはファィヨール、Jule Henri Fayol, 1841-1925)が発表した本で、ファヨールという人は元々は鉱山技師で、実際には学者は学者でも地質学者でしたが、鉱山会社の経営者となって、その実務経験から得た自らの考えを体系的に纏めた本書により、企業経営において「管理」という言葉を初めて使った人物とされています。

 ファヨールは、「経営とは、企業がその裁量下にあるすべての資産から最大限の利益を引き出すよう努めながら、企業をその目的へと導くことである」として、経営に不可欠な基本的機能を
 1.技術活動(生産、製造、加工)
 2.商業活動(購買、販売、交換)
 3.財務活動(資本の調達と管理)
 4.保全活動(財産と従業員の保護)
 5.会計活動(財産目録、貸借対照表、原価、統計など)
 6.管理活動(予測、組織化、命令、調整、統制)
の6つに分類しましたが、彼がこの中で特に重視したのは「管理活動」であり、企業の経営活動にこの管理的活動を組み合わせている会社こそが、経営に成功している会社であると主張しました。

 更に、経営に欠かせないこの管理的活動は、①予測、②組織、③命令、④調整、⑤統制から5つの要素から構成される総合的な活動であるとしましたが、「管理活動とは、組織体の目標に向かって、組織のメンバーの活動を高め且つかつ統合して行く活動であり、統合した活動とするために、①計画、②組織、③指揮、④統制 という管理過程をへて実行される」という言い方もしており、「管理の4機能説」と呼ばれることもあります。

 組織(仕事)運営における「計画(Plan)、実行(Do)、統制(See)」の所謂「PDCサイクル」の概念は産業革命の頃からあったようですが、「管理」という概念の下に「組織」化をこれに組み入れたところが、ファヨールの考え方の、当時としては斬新なポイントであったのではないかと個人的には思います。

 かつて、メーカー企業の初任管理職研修などでは、この「①計画、②組織、③指揮、④統制」というものが1日がかりで徹底的に講義されたりしました。
 例えば「計画」であれば、「(1)計画とは何か」(① 目標、方向、方針、戦略を設定する。② 必要とする資源(人・物・金・情報)を準備する。③ 必要とされる関係者の了解・支持・承認をとりつける。④ 実施段階で予想される障害の対策を検討・準備する)、「(2)計画の意義は」(① 最小限の資源投資努力で最大限の効果を期待する。② 実施上のポジションや進捗状況を把握する。③ 途中の状況の変化に対策を打つ手掛けとする。④ 業績結果を的確に把握し認識する)、「(3)計画の内容は」(① 目的、②目標(売上目標)、③方針、④方法と手順、⑤日程、⑥規則・基準、⑦予算、⑧戦略)、「(4)計画策定のプロセスは」(①問題、目的の明確化、② 代替案の発見・開発、③ 代替案の結果予測、④比較・評価、⑤意思決定)...といった具合に。

 最近の企業研修ではここまで細かくはやっていないかもしれません。経験が未だ少ない内に抽象概念ばかり言っても頭に入らないというのもあるかも(これら要素の不備が、労災事故や企業不祥事に至る原因であったりもし、これはこれで重要なのだが)。
 最近では、「命令」機能の中から「リーダーシップ」と「コミュニケーション」を分離させ「管理の6機能」とし、更に、その「リーダーシップ」「コミュニケーション」にむしろ重点を置いて研修を行う傾向にあるように思われます。

 但し、ファヨールに敬意を表するならば、彼が提唱した、様々な管理の原則―「命令統一の原則」(部下への命令は一人の上司から与えられ、部下からの報告は一人の上司に行うという原則)、「類似業務一括の原則」(同種の仕事は一つの部署に集中しまとめて行うという原則)、「責任と権限の原則」(組織の目標を達成するために、組織を構成する者がそれぞれに責任を分担し、その責任を果たす手段として資源を自由に使える範囲を定めた権利、すなわち権限が付与されなければならないという原則)、「権限委譲の原則」(一部の上位管理者に権限が集中しすぎることで状況対応が遅れ、組織の硬直化、組織メンバーの士気低下を招くことがないように、日常の反復的で定型的な業務はなるべく権限委譲を行い、上位管理者は例外的な事項の処理だけに専念すればよいという原則)、「統制範囲限界の原則」(管理者が管理できる部下の数や地域・時間による管理には限界があり、その限界を超えた管理は不可能であるという原則)、「階層の原則」(組織が大きくなりすぎると、命令の伝達や報告に時間がかかり、組織内の情報伝達が徹底されないため、組織階層はなるべく少なくすべしという原則)―などは、原則としてみれば本質をついており、古びてはいないように思います。

 本書の難点は入手しにくいこと。また、古本市場などで入手可能であっても値が張ることです。国会図書館や、学生の場合は大学の図書館を利用するのがいいかも。

【1958年[風間書房『産業並に一般の管理』(都筑栄:訳)]/1972年2月[未来社(佐々木恒男:訳)]/1985年6月[ダイヤモンド社(山本安次郎:訳)]】

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ジム・コリンズ/モートン・ハンセン)

不確実性の時代に高成長を遂げた企業及びリーダーの特質を、実証的に検証。
1ビジョナリー・カンパニー4.png
ビジョナリー・カンパニー4.png
 ビジョナリー・カンパニー1.jpg ビジョナリー・カンパニー2.jpg ビジョナリー・カンパニー3.jpgビジョナリー・カンパニー 4 自分の意志で偉大になる』['12年]  『ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則』['95年] 『ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則』['01年]『ビジョナリーカンパニー3 衰退の5段階』['10年]
    
ジム・コリンズ(Jim Collins).jpg ビジョナリー・カンパニーシリーズの第4弾となる本書(原題:"Great by Choice: Uncertainty, Chaos, and Luck--Why Some Thrive Despite Them All"、2011)では、「経営規模が脆弱な状況でスタートし」、「不安定な環境下で目覚ましい成長を遂げ、偉大な企業となった」事例を調査対象として選抜しています。

ジム・コリンズ(Jim Collins)元スタンフォード大学経営大学院教授

モートン・ハンセンMorten_Hansen.jpg そして、それらの企業が業界の株価指数を少なくとも10倍以上も上回る株価パフォーマンスを示していることから、それらを「10X(10倍)型企業」と命名し、一方、同じ環境下で、かつては優位にありながら「偉大になれなかった企業」(衰退した企業)を「比較対象企業」として挙げ、両者を歴史分析することによって、「10X倍型企業」および「10X型リーダー」の特質とは何かを分析してします。

モートン・ハンセン(Morten Hansen)UCBerkeleyおよびINSEAD教授。ボストンコンサルティング出身。

 高成長企業とダメになってしまった企業の比較歴史分析という点では、『ビジョナリー・カンパニー―時代を超える生存の法則』('95年/日経BP社)、『ビジョナリー・カンパニー2-飛躍の法則』('01年/日経BP社)などと同じですが、高成長や卓越さといった視点に加えて、置かれた環境の厳しさを指標に加えて事例を選んでいるのが本書の特徴です(衰退した企業をも調査対象としている点では、『ビジョナリー・カンパニー3-衰退の5段階』('10年/日経BP社)とも同じ)。

 例えば航空業界であれば、サウスウェスト航空(10X倍型企業)とPSA(比較対象企業)を、コンピュータ業界ではマイクロソフト(10X倍型企業)とアップル(比較対象企業)を取り上げ、歴史データをもとにリーダーのとった経営戦略の推移から対比するなどし、そのほかにフトウェア、バイオ、半導体、保険、医療機器の各業界から「10X型企業」と「比較対象企業」をそれぞれ1社ずつ選んで対比させています(アップルは、調査対象期間の関係で「比較対象企業」とされているが、スティーブ・ジョブズの復帰後の彼の行動は、「10X型リーダー」のそれとして解説されている)。

 それらの企業研究から、10X型リーダーの特徴的行動パターンとして、「狂信的規律」「実証的創造力」「建設的パラノイア」の三つを抽出し、それぞれを「二十マイル行進」「銃撃に続いて大砲発射」「死線を避けるリーダーシップ」というキー・フレーズのもとに解説しています。

 「二十マイル行進(狂信的規律)」においてはリスクマネジメントと持続的改善活動の重要性を説き、「銃撃に続いて大砲発射(実証的創造力)」では、具体性のある創造力の重要性、「死線を避けるリーダーシップ(建設的パラノイア)」では、最大限の準備を怠らないことの大切さを説いています。

 そうした中で、例えば「大混乱する世界で成功するリーダーは大胆であり、進んでリスクを取るビジョナリー」であるといった"神話"に対し、現実には、未来を予測できるビジョナリーではなく、「何が有効なのか」「なぜ有効なのか」を確認し、実証的なデータに基づいて前に進んだのであって、比較対象企業のリーダーよりリスク志向でも大胆でもなく、またビジョナリーでも創造的でもない。より規律があり、より実証主義的であり、よりパラノイア(妄想的)なのである―といったように、従来の"神話"を幾つも覆している点も興味部深いです。

 また、「10X倍型企業」には、「具体的で整然とした一貫レシピ」<SMaC(Specific Methodical and Consistent)>があり、「10X型リーダー」は運だけで成功したのではなく、成功する原則を死守したから「偉大」になれたのであって、言い換えれば「自分の意思によって偉大に」なったのであるとしています。

 『ビジョナリー・カンパニー2』で「バスに乗せる人」と「降ろす人」を厳格に決めることが重要であると説いた「まず人選ありき」といった概念をはじめ、これまでのシリーズにあった「ハリネズミの概念」「基本的価値観」「BHAG(不可能なぐらい高い目標)」「カルト的文化」「ストックデールの逆説」「時を告げるのではなく、時計を作る」「衰退の五原則」「弾み車」と言った概念については、前作で十分説明されているとして、本書では意識的に触れていませんが、本書で述べられていることは、それらを具体的な行動レベルに落とし込んだものとも言えます。

 広い意味で「経営書」と言うより「啓蒙書」ですが、著者が師とするドラッカーの著作に倣って、データによる裏付けがきっちりしていて説得力のあるものとなっているうえに、世界で初めて南極点に到達したアムンゼンと、遅れて南極点に到達した後に隊員が全員死亡したスコットの詳細な比較分析例などを用いて、「10X倍型企業」と「比較対象企業」の違いにあてはめながら解説したりするどしているため、読みやすく、また、分かりやすいものとなっています。

 ベンチャー企業の経営者などに人気のあるシリーズですが、この不確実性の時代においては、どういった企業の経営者が読んでも啓発される要素がある本であると思われ、また、「経営者を支える」経営専門家(役員・経営幹部がそれに該当すると思われるが)にも読んでほしい本である―ということは、とりもなおさず、人事パーソンにも読んでほしい本、ということになります。

『ビジョナリー・カンパニー』
【2201】 ○ グローバルタスクフォース 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』 (2004/07 総合法令)
【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
【2790】○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)
【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

《読書MEMO》
●崩れ去った神話(31‐33p)
○【神話】大混乱する世界で成功するリーダーは大胆であり、進んでリスクを取るビジョナリー。
【意外な現実】我々の調査対象になった10X型リーダーは、未来を予測できるビジョナリーではない。「何が有効なのか」「なぜ有効なのか」を確認し、実証的なデータに基づいて前に進む。比較対象リーダーよりリスク志向ではなく、大胆でもなく、ビジョナリーでもなく、創造的でもない。より規律があり、より実証主義的であり、よりパラノイア(妄想的)なのである。
○【神話】:刻々と変化し、不確実で混沌とした世界で10X型リーダーが際立つのはイノベーションのおかげ。
【意外な現実】驚いたことに、イノベーションは成功の鍵ではない。確かに10X型企業も多くのイノベーションを起こす。しかし、我々の調査では「10X型企業が比較対象企業よりもイノベーション志向である」という前提を裏付けるデータは出てこなかった。10X型企業が比較対象企業よりもイノベーションで劣るケースさえあった。我々の予想に反し、イノベーションだけでは切り札にならないのだ。より重要なのは、イノベーションをスケールアップさせる能力、すなわち創造力と規律を融合させる能力である。
○【神話】脅威が押し寄せる世界ではスピードが大事。「速攻、そうでなければ即死」ということ。
【意外な現実】環境が急変する世界では、素早い判断と素早い行動が求められるから、「どんなときでも即時・即決・即行動」という哲学を取り入れる、これは破滅を招く効果的な方法だ。10X型リーダーはいつアクセルを踏み、いつ踏んではならないかを理解している。
○【神話】外部環境が根本的に変化したら自分も根本的に変化すべき。
【意外な現実】外部環境が急変しても、10X型企業は比較対象企業ほど変化しない。劇的変化に見舞われて世界が揺れ動いたからと言って、自分自身が劇的変化を遂げる必要はない。
○【神話】10X型成功を達成した偉大な企業は多くの運に恵まれている
【意外な現実】全体として見ると、10X型企業が比較対象企業よりも強運であるとは限らない。幸運だろうが不運だろうが、10X型企業も比較対象企業も共に同じ程度に多くの運に遭遇している。成功の鍵を握っているのは、運に恵まれているかどうかではなく、遭遇した運とどのように向き合うかである。

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「●ピーター・ドラッカー」の インデックッスへ

ドラッカー経営哲学における「組織・マネジャー・イノベーション・自己実現」を解説。正統派の良書。

究極のドラッカー (角川oneテーマ21).jpg究極のドラッカー (角川oneテーマ21)國貞 克則.jpg 國貞 克則 氏(略歴下記)

 著者は企業(神戸製鋼所)に在籍しながら、30代半ばでドラッカー経営大学院に学んでMBAを取得し、その後コンサルタントとして独立した人で、本書はドラッカー著作の翻訳で知られる上田惇生氏による内容チェックを経ているとのこと、278ページと新書としては若干厚めですが、ドラッカー入門書としてはコンパクトによく纏まっているように思いました。

 先ず第1章でドラッカー経営学を理解するために知っておくべき5つのポイントについて説明し、第2章から第5章において、「組織」「マネジャー」「イノベーション」「自己実現」の4つの分野についてドラッカー経営学の基本を解説していますが、対象読者として、経営者・中間管理職・一般従業員など、組織に働くすべての人を念頭に置く一方で、ドラッカーが比較的大きな企業の経営トップを意識して書いている取締役会の運営、事業の多角化、多国籍企業などについては触れていないことを断っています。

 各章ごとのテーマに沿って、基本的には、第2章(組織と第3章(マネジャー)はドラッカーの著作『マネジメント―課題、責任、実践』を解説し、第4章(イノベーション)は『イノベーションと企業家精神』、第5章(自己実現)は『明日を支配するもの』の中から、それぞれテーマに関連する箇所を抽出して解説・整理していますが、原著と上田惇生氏の翻訳本の両方を参照しており、必要に応じて原著に遡ったり、上田氏以外の翻訳者による翻訳との比較をしたりするなど、ドラッカーが用いた表現や用語のうち特に重要なものについては、読者がその真意を正しく理解できるように踏み込んだ解説がされています。

 分かり易い言葉で書かれていながらも、ドラッカーの真意を曲げることなく読者に伝えるため、著者が訳を変えたり意訳した部分についても、原著に立ち戻ったりするなどの注意が払われており、自分の解釈や感想を述べている箇所は、「と思います」「と感じます」といった表現で締め括るか、或いは、コラム欄で纏めて述べるなど、"オリジナル"と"著者の解釈"の峻別がしっかりされています。

 結果としてドラッカー書籍からの引用が多くなり過ぎたかもしれないとしながらも、一方で、ドラッカー書籍にはない例示や解説も入れたために、自分の意見や感想が入り過ぎたかもしれないと述べているのは、実に謙虚。巷にドラッカーの言葉の断片を引き合いにして、著者の意見を滔々と述べている"ドラッカー入門書"が溢れていることを思うと、"稀有"と言っていいほどの誠実さと言うか、ドラッカーの経営哲学及びそれを学ぼうとする読者に対する真摯な姿勢を感じました。

 個人的には、ドラッカーが企業の目的を「顧客満足」とは言わず「顧客の創造」と言った意味がしっくり理解でき、その他にもドラッカーが用いた「Perception」(知覚)という言葉の意味など、新たに多くの示唆を得ることができた本であり、携帯にも便利な新書でありながらも、密度の濃いかっちりしたその内容は、タイトルを裏切ることなく、むしろそれに応えており、正統派の良書だと思いました。

 巻末には、ドラッカー著作の何から読み始めてどのように読み進んでいけばよいかということについても丁寧に紹介されていて、ドラッカー著作に至るための手引書としてもお薦めできる1冊です。

_________________________________________________
國貞 克則(有限会社 ボナ・ヴィータ コーポレーション代表取締役社長)
1983年 東北大学工学部機械工学科卒業
1996年 米国ピーター・ドラッカー経営大学院にてMBA取得
1983年 (株)神戸製鋼所入社
       プラント輸出、人事、企画、海外事業企画を経て、
2001年 ボナ・ヴィータ コーポレーション設立して独立。
       (事業内容:会計及びリーダーシップに関する研修ほか)

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「●人材育成・教育研修・コーチング」の インデックッスへ

「コーチング・アワセルブズ」という「第三世代」のマネジメント教育の方法を物語風に解説。

ミンツバーグ教授のマネジャーの学校.jpg 『ミンツバーグ教授の マネジャーの学校』(2011/09 ダイヤモンド社)

 IT企業のマネジャーであった著者(フィル・レニール Phil LeNir)は、自分のいた会社が買収の憂き目に遭い、リストラや経費削減で職場モラールが低下する中、ミドルマネジャーが元気を取り戻し、活き活きと仕事するにはどうすればよいかを模索していた。そんなある日、母親の再婚相手が経営学者であったことを思い出して、義父のもとへ相談に行く―。

 その(著者の義父にあたる)経営学者というのが、偶然にも『MBAが会社を滅ぼす』で有名なヘンリー・ミンツバーグ教授であったわけですが、本書は、著者がミンツバーグの教えに従い実践した「コーチング・アワセルブズ」というマネジャー育成方法について、自分の職場への導入の実際から、その浸透により得られた効果までが、実体験に基づき物語風に綴られていて、たいへん読みやすいものとなっています。

 「コーチング・アワセルブズ」というプログラムの要となるのは、マネジャーたちが互いに自身のマネジメント経験を語り、それを振り返る「内省(リフレクション)」であり、これを習慣化し、そこから今まで気づかなかった学びを得るとことで、各自がマネジャーとしての大局観を養うとともに、マネジャー同士のコミュニティシップを形成し、組織変革の起点にしていくというのがその狙いです。

 重光直之氏の解説にもあるとおり、ミンツバーグはかねてより、マネジメント教育は「自分の経験を内省する」ことを中心にすべきであると主張しており、こうした自身の唱える「日々の自分の経験から学ぶ」マネジメント教育の方法を、教室において座学で理論を学ぶ「第一世代」のマネジメント教育、アクションラーニングなど実際のプロジェクトを教室に持ち込む「第二世代」のマネジメント教育に対し、「第三世代」のマネジメント教育としています。

 本書からも窺えるように、実際の経緯としては、以前からミンツバーグが提唱していたマネジメント教育の在るべき姿を、著者が実践に落とし込むことにより、「コーチング・アワセルブズ」というスタイルが出来あがったわけであり、著者自身は会社を辞め、この手法を広めるための会社を設立し、解説の重光直之氏の属する会社は、その日本におけるパートナーとなっています(日本では「リフレクション・ラウンドテーブル」という名称で展開)。

 そうなると、この本は"宣伝本"ではないかと見るむきもあるかもしれませんが、著者の実体験を書くことで、そのノウハウがほぼ開示されているため、内製的に実施することが可能であるように思われ、また、これからの企業内研修の在り方にユニークな示唆を提供しているように思えました。実際に日本でも、一部の大手企業では導入済みであるとのこと、社内研修の担当者などは、本書から、マネジメント研修の実施方法についての新たなヒントが得られるかもしれません。一読して損はないかと思います。

 「コーチング・アワセルブズ」、次回の管理職研修で採り入れてみようかなあ。

マネジャーの実像.jpg 因みに、ミンツバーグ自身の近著『マネジャーの実像』(日経BP社 2011年1月刊)の中でも、この「コーチング・アワセルブズ」は紹介されていましたが、本書自体は、彼の膨大な経営思想を網羅的に要約したものではなく、あくまでも「コーチング・アワセルブズ」とういうマネジャー育成プログラムにフォーカスして、それを、ごく分かりやすく紹介したものであると言えます。

 ただし、巻末にはミンツバーグの主著が紹介されており、また、自然をこよなく愛するという彼の人柄などにも触れられており、経営思想の泰斗をこれまでより身近に感じることで、本書が彼の著作への手引きとなるかもしれません。

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コミュニティの変化と経営環境の変化をパラレルに論じ、『貢献力』による自社の改革事例を社会の変化に敷衍化。

貢献力の経営.jpg 『貢献力の経営(マネジメント)』(2011/05 ダイヤモンド社)

 他者への「貢献」を通して社会の一員として認められたいという欲求は人間本来の欲求であり、集団主義的な思考や行動様式をとる傾向にある日本人の場合、こうした欲求を特性的に備えていると考えられる一方で、その「貢献」の対象が、特定のグループやコミュニティに限定されがちであるというのもまた、日本人の特性なのかも知れません。

 より広い視野に立ち、そうした「貢献」欲求を上手く活かせば、それが社会や企業の活性化に繋がるのではないか―NTTデータ社長である著者は、本書冒頭において、「今、まさに正念場を迎えている日本社会、そして企業経営において、最も必要なものは『貢献力』ではないだろうか」と述べています。

 そう考えるようになった背景として、近年、日本で起きている『2つの大きな変化』を挙げており、その1つは、"個人"間での「既存のコミュニティ(地域や職場など)の衰退」と「新しいコミュニティ(ツイッター、ブログ、SNSなど)の台頭」という『コミュニティにおける変化』であり、もう1つは、企業における、「グローバル化」や「働く意味」の変化といった『経営環境の変化』であるとのことです。

「マズローの欲求5段階説」と「貢献」の欲求.jpg こうした、ますます複雑化・多様化する社会や企業において、多くの人や組織が直面している「孤立」や「セクショナリズム」といった問題に解決するには、「個々の知を結集させ、皆で立ち向かう仕組み」が求められ、個人や個々の組織が独力で乗り越えられない壁に直面した時は、従来の「(チーム内)チームワーク」という概念を超えて、あらゆる知恵を総動員する必要があるのではないか、一人ひとりがコミュニティに貢献し、全員が力を合わせる時代が今ではないか―というのが、著者の主張です。

 著者は、「マズローの5段階欲求モデル」の最上位にある「自己実現の欲求」とは、「役に立っていたい、意義を感じたい」欲求ではないかとし、その下位にある「承認(尊厳)の欲求」の充足が「チームや組織への貢献」で得られるものであるならば、「自己実現の欲求」の充足は各種コミュニティへの貢献により得られるものであり、こうしたチーム外コミュニティへの貢献に達成感を求める人は今後増えるのではないかとしています。

 企業もそうした貢献を支援し、外部との交流を通して得た知見を会社に還元してもらうことで、社員も会社も時代の変化に対応していくべきであるとのことを、著者は、自社における社内SNSが、組織や役割を超えた絆づくりに一役買った成功例などを挙げて解説しています。

 更に、こうした社員によるボトムアップ型の貢献活動の事例と併せて、企業による「社員が『貢献力』を向上させるためのトップダウン型の仕掛け」が紹介されており、 具体例として、自社の人事評価制度を業績重視から行動重視へとシフトし、人事等級のグレード基準においては、「行動ガイドライン」から抽出した「挑戦」「連携・貢献」「構想・実現」の3つの要素に「専門性(プロフェッショナリティ)」を加えた4つの要素で行動の評価を行うようにしたことなどが紹介されています。

 また、ボトムアップ型の貢献活動におけるキーワードとして〈独創〉〈プロフェッショナル〉〈多様性〉の3つを掲げていますが、これをトップダウンによる貢献活動にも当て嵌めて、それぞれ「仕事の見える化で課題を共有し、常に進化する職場に」、「次世代を担う人材育成。イノベーションをカタチに」、「社員も、組織も、会社も相互に貢献、支え合う社会に」という考えのもと、自社内での事例が紹介されています。

 最後に3つの論点として、「社会に果たすべき企業の役割」を再考し、「セクショナリズムの打破」によって競争から協創への転換を促すことを呼びかけるとともに、「『貢献』は人間の自然な欲求」であるとして締め括っています。

 NTTデータという会社の"広報"的要素も含んだ本であるともとれ、中にはこんなに上手くいくのかなとか、巨大IT企業であるから可能なんだよなとか思わされる部分も無きにしもあらずですが、自社の改革事例を社会の変化に敷衍化させ、更に、コミュニティの変化と経営環境の変化をパラレルに論じることで、より広い視野に立った提言内容となっているように思いました。

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「●マネジメント」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(マーカス・バッキンガム)

マネジャー論(育成本能)、リーダーシップ論(未来志向)としても、啓蒙書としても上質。

The One Thing You Need to Know: About Great Managing, Great Leading and Sustained Individual Success.jpg最高のリーダー2.jpg 最高のリーダー.jpg マーカス・バッキンガム(Marcus Buckingham).jpg マーカス・バッキンガム     
The One Thing You Need to Know: ... About Great Managing, Great Leading, and Sustained Individual Success (English Edition)最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと』('06年/日本経済新聞社)
Marcus Buckingham
Marcus Buckingham2.jpgMarcus Buckingham.jpg こうした「最高の」とか「たったひとつの」のとかをタイトルに冠した最近の本は、中身を読んでも、その「最高」や「たったひとつの」が当たり前過ぎてしょうも無かったり、或いは沢山のことを取り上げ過ぎていて結局は何が「たったひとつ」なのかよく分からなかったりすることが多いのですが、少し以前('06年)に刊行された本書は、至極まともなマネジャー論、リーダーシップ論であり、啓蒙書です。

 原題は"The One Thing You Need To Know...About Great Managing, Great Leading, and Sustained Individual Success"(2005)で、ギャラップの調査員だった著者(Marcus Buckingham(左写真)、現在は作家兼コンサルタントとして執筆・講演活動を行っている)が、多くのマネジャー、リーダー、仕事面での成功者へのインタビューを通して得た知見に基づいて、優れたマネジャー、優れたリーダー、個人として継続して成功を収めている人に共通する特性を、それぞれに端的に絞り込んで示しており、まさにタイトル通りの内容となっています。

 まずマネジャーとリーダーの違いについての考察から入って、ドラッカーら先人達のマネジメント論やリーダーシップ論を引きつつ、すぐれたマネジャーは部下の成功を手助けせずにはいられない「教育本能」を持っていることを示しています。

ウォルグリーン1.jpg ケーススタディとして挙げている、「ウォルグリーン」(Walgreens、米国最大のドラッグストア・チェーン)で、販売員として最高成績を収めている店員の話が大変面白い。この店員はインド人の女性で、昼間コンピュータの専門学校に通いながら、夜間零時過ぎから朝まで働いていて、要するに夜間パートなのですが、その彼女がどうして多くの店員の中でトップの成績を収めることができたのか、そこに、上司である日系人店長の、彼女の能力を最大限に引き出し、それを業績に結び付ける創意と工夫があることが分かり、優れたマネジャーは「部下一人ひとりの個性」に注目し、その個性が活かせるように、彼らの役割や責任の方を作り変えるとしています(これを「チェスをする」という表現をしている)。

鉱山事故.jpg最高のリーダー、マネジャーがいつも 事例.jpg 一方、優れたリーダーは、今どこに向かっているのかを明確にすることで、皆が抱く未来への不安を取り除くとしていて、ここでは、2002年に起きたペンシルバニア州ケイクリーク鉱山事故で、坑内に閉じ込められた作業員らの生きる望みを繋いだ男性のケーススタディが出てきますが('10年のチリの鉱山で落盤事故で33人が奇跡の生還を遂げた出来事を彷彿させる)、これも凄く説得力があります。

 そのケーススタディを通して言えることは、優れたリーダーとは、「部下達に共通する不安を取り除いて」今とれる行動は何かを明らかにすることで「未来を描く」ことができる人であるということです。不安は将来が不明確であることから生じるものであり、そのために、人々が一番明確さを求めているのはどこかを探ることが、リーダーの最初の役割ということになります。

 優れたマネジャーが「部下一人ひとりの個性」に注目するのに対し、優れたリーダーは「部下達に共通する不安」に注目する、優れたマネジャーは、個人の特色を発見し活用するのに対し、優れたリーダーは、将来の不安を取り除いてより良い未来に向けて皆を一致団結させる、優れたマネジャーは会社の指示や業績よりも「人間」そのものに関心があり、一方、優れたリーダーは「未来」志向であり、現実を冷静に見極めながらも、その未来に対しては楽観的な姿勢を失わない―こうした対比が(図表など一枚も用いていないが)スンナリ飲み込める内容となっています。

 著者自身は、リーダー「素質」論者のようですが、一方で、生まれつきのリーダーはいないという考えで(本書では遺伝学や脳科学的な考察もあって、これもトンデモ本にあるようないい加減なものではなく、知的関心をそそられるもの)、より良きリーダーとなるには、情熱的でも魅力的でなくてもいい、弁舌に長けてなくてもいい、ではより良きリーダーとなるにはどのようなことに関心を払い努力すればよいのかということについても書かれています。

 マネジャー論、リーダーシップ論として纏まっており、啓蒙書としても上質、且つ面白く読める本だと思います。

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「●マネジメント」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ウォレン・ベニス)

『リーダーシップの王道』の最新版。"原著"の中ではかなり読み易い方。

ウォレン・ベニス 本物のリーダーとは何か.jpg  ウォーレン・ベニス.jpg  リーダーシップの王道.jpg
Warren Bennis 『リーダーシップの王道』['87年]
本物のリーダーとは何か』['11年]

 リーダーシップ論を語るに際して必ずその名が挙がるウォレン・ベニス(Warren Bennis)とバート・ナナス(Bart Nanus)ですが、本書は、1985年に原著が刊行された"Leaders"(邦訳『リーダーシップの王道』('87年/新潮社))の'07年改定版の翻訳で、本書以前に'95年に第2版、'03年にペーパーバック版が刊行されていますが、旧著を何度かブラッシュアップし、時代に適合させている点は、ピーター・ドラッカーなどと"やり方"が似ているかも(但し、ドラッカーがリーダーシップを単独テーマとして取り扱うようになったのは、かなり後の方だが)。

リーダー.jpg 本書の前半部においては、「リーダーであるかどうかは生まれつきの資質による」というリーダーシップに関する従来の「誤解」を解くとともに、優れたリーダーが組織を導くための戦略として、
 戦略Ⅰ:人を引きつけるビジョンを描く、
 戦略Ⅱ:あらゆる方法で「意味」を伝える、
 戦略Ⅲ:「ポジショニング」で信頼を勝ち取る、
 戦略Ⅳ:自己を創造的に活かす、
 の4つを挙げています。
 この4項目が彼らのリーダーシップ観の核であり、本書の後半部は、この4項目に各1章を割いて解説するものとなっています。

 「ビジョンなき組織に未来はない」というのはその通りだと思いますが、特徴的だと思われる点は、リーダーはビジョンを描くだけではなく、組織のメンバーがビジョンを理解し、参加し、自分のものとしてもらうために、組織の「社会構造」を設計しなければならないとしている点で、社会構造の形態としては3つあり、合理的組織、個人的組織、形式的組織があるとしています。
 リーダーは、組織全体が自分のビジョンを受け入れサポートするよう、組織の社会構造を管理し、必要に応じて変えることができなければならないということであり、これが、あらゆる方法で「意味」を伝えるということに当たります。

 その際に重要なのが、組織の「ポジショニング」を明確にするということであり、組織を取り巻く環境の中で組織が生き残っていくのに最適な場所を確立しなければならないとのことですが、環境とは常に変化するものであり、その変化に対応するための、選択可能な戦略と実際的な方法をも示しています。

 4つ目の「自己を創造的に活かす」の部分は、組織の学習能力の向上に主眼を置いて説かれており、学習する組織を作るためのポイントを、「オープン」と「参加」という2つのキーワードで解説しています。

 最後に、リーダーシップに関する5つの神話が示され、「リーダーシップは、一握りの人にしかない技術である」といった「神話」を再度否定していますが、本書は、こうした旧来のリーダーシップ観のパラダイム変革を促しただけでなく、ジョン・コッターの「変革のリーダーシップ」論やピーター・センゲの「学習する組織」論の先駆け的要素をも含んでいます。

 また、マネジメントとリーダーシップの違いを明確にした点でも、ジョン・コッターなどに与えた影響は大きいかと思われますが、一方で、ヘンリー・ミンツバーグなどからは、まさにその点を批判されています

 このように、リーダーシップ論は、ドラッカーならドラッカーだけを読んでいればいいといいうものではないでしょう。また、理論をそのまま適用するのではなく、基本的エッセンスを応用の足がかりとすることが肝要なのでしょう。

 できれば多くの先人達が自ら著した本を読むことが、環境の変化に対応可能な、自分なりの「基本」を持つことができるようになる近道ではと思います。そうした意味では、本著は"原著"の中ではかなり読み易い(元々の英語版も読みやすい方だと思うが、改版を重ねる内に翻訳の方も更に読み易くなった?)方だと思います。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ヘンリー・ミンツバーグ)

マネジャーの仕事ぶりの観察研究からマネジャーの実像を探った、啓発される要素の多い本。

『マネジャーの実像.jpg
    
マネジャーの実像.jpg  ヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg).jpg Mintzberg, H. マネジャーの仕事.jpg
マネジャーの実像 「管理職」はなぜ仕事に追われているのか』(2011/01 日経BP社)『マネジャーの仕事』('93年/白桃書房)

Managing by Henry Mintzberg
Managing Henry Mintzberg .jpg  ヘンリー・ミンツバーグ(Mintzberg, H.)の"Managing"(2009)の訳書で、ミンツバーグには『マネジャーの仕事("The nature of managerial work"、1973)』('93年/白桃書房)という名著がありますが、前著は、5人の企業経営者に密着してその仕事ぶりを1週間観察研究することで、マネジャーの仕事の在り方を考察したものでした。36年ぶりに書き改められた今回のこの本では、29人のマネジャーの仕事ぶりを29日間観察研究し、そこからより深くマネジャーの実態を探っています。

 400ページを超える大著ですが、マネジメントに関心を持つすべての人に向けて書かれたものであり、マネジメントとは何か、マネジャーは日常どう行動し、それはどのような意味を持つかが分かり易く説かれているため、今現在マネジャー職に就いている人が自分の普段の行動や役割を振り返るうえで参考になるだけでなく、マネジャーと一緒に仕事をしている人、マネジャーの選考や評価、育成に携わる人にとっても、啓発される要素の多い本であると思います。

 前著『マネジャーの仕事』では、マネジャーの仕事を、過酷なペース、頻繁な中断、書面以外のコミュニケーションの多さ、行動志向の強さなど、「マネジャーの仕事の特徴」面からと、看板役、障害処理役など、「マネジャーの仕事の基本的役割」面という2つの視点から論じていましたが、本書でマネジャーの仕事の特徴面を分析している箇所は、基本的に前著に準拠しています(つまり、マネジャーが仕事に追われている状況は、現在も当時と何ら変わっておらず、むしろ強化されていると)。

 一方、マネジメントという仕事の内容(マネジャーの役割)については、「情報」「人間」「行動」という3つの次元でその仕事をとらえるモデルを提唱するとともに、29人のマネジャーの仕事ぶりを観察研究することから得られた、マネジャーが取る「基本姿勢」の類型(例えば、業務の円滑な進行を重視する姿勢、ミドルマネジメント層の枠内でマネジメントを行う姿勢、組織を外部環境と結びつける姿勢など)を示しています。

 更に、マネジメントに際して陥る、上っ面症候群、現場との関わりの難題、権限委譲の板挟みなどの避けて通れないジさまざまなジレンマを31項目にわたって論じたうえで、「有効なマネジメントとは何か」というテーマに挑み、マネジャーとして成功する人とは、MBA教育やリーダーシップ礼讃論に毒されているナルシストではなく、経験と常識を備えた「普通の人物」であり、マネジャーには飛び抜けた才能よりも、常識的に、そして明晰にものを考えられる頭脳が必要なのかもしれないと結論づけています。

 著者によれば、マネジメントとは、決して解決しないパラドックスと矛盾とミステリーに向き合う仕事であり、本書は、マネジメントに関する既存の常識を補強するために書かれた本ではなく、マネジメントについての新しい見方を世に問い、みんなで考えるように背中を押すことを目的としたものであるとのことです。

 本書では、リーダーシップをマネジメントの一つの要素として位置づけていて、ウォーレン・ベニスやジョン・コッターのようなMBAを席捲したリーダーシップ理論とは異なる立場をとっており、ドラッガーすら批判の対象となっています。

 そうしたリーダーシップ論への関心から本書を手にするのもいいし、サブタイトルにある「管理職」はなぜ仕事に追われているのかという素朴な疑問から読み始めても、随所で頷かされることの多い本ではないかと思います。

マネジャーの仕事.jpg【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
 

  
《●『マネジャーの実像』要約pp》
マネジャーの実像s1.pngマネジャーの実像s2.pngマネジャーの実像s3.pngマネジャーの実像s4.pngマネジャーの実像s5.png

《読書MEMO》
●リーダーは、マネジメントを他人まかせにしてはいけない。マネジャーとリーダーを区別するのではなく、マネジャーはリーダーでもあり、リーダーはマネジャーでもあるべきなのだと、理解する必要がある(13p)
●私たちがリーダーシップにこだわればこだわるほど、好ましいリーダーシップの実例が減っていくように見える(13p)
●マネジメントはサイエンスでもなければ専門技術でない。マネジメントは実践の行為であり、主として経験を通じて習得される(14p)
●マネジメントとは「いまいましいことが次々と降りかかる仕事なのだ(30p)
●マネジメントの現場では、重要な仕事とありきたりの雑務が不規則に混ざり合っているように見える。そのためマネジャーには、頻繁に、しかも素早く気持ちを切り替えることが求められる(32p)
●マネジャーは経済学で言う「機会損失」を恐れているようだ。ほかの仕事を放置して一つの仕事に専念すると、好ましい結果を得そこなうのではないかという不安に駆られているのだ(35p)
●マネジャーは、電話や会議や電子メールを終えて「仕事に戻る」のではない。こうしたコミュニケーションこそがマネジャーの仕事なのだ(40p)
●マネジャーは指揮者でもなければ、マリオネットでもない。状況をすべてコントロールできるわけではないが、まったくコントロールできないわけではない(49p)
●インターネットはマネジャーの仕事の性格を根本から変えるのではなく、この仕事に以前から見られる傾向を強化している(インターネットの影響でマネジャーはますます仕事に追われるようになった)(60p)。
●マネジャーにとって重要なのは、コントロールすることではなく、コントロールすることばかりを考えないようにすることだ(86p)
●《マネジャーの失敗のパターン》ザル型マネジャー(あまりにやすやすと外部の影響を組織内に流れ込ませる)、ダム型マネジャー(外部から影響を受けることを自分のところでとどめすぎる)、スポンジ型マネジャー(重圧をほとんど自分自身で受け止める)、ホース型マネジャー(ホースで水をまき散らすように、外部の人たちに強力な圧力をかける)、水滴型マネジャー(外部に対して、水がポタポタ落ちる程度にしか圧力をかけられない)
●バランスのとれたマネジメントは、そのときどきに直面する課題に合わせて、さまざまな役割の比重を絶えず変化させることによって実現する(146p

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「●ピーター・ドラッカー」の インデックッスへ 「●PHPビジネス新書」の インデックッスへ

ドラッカーの経営思想の入門書、ドラッカーの著作への手引書としてお薦めできる1冊。

ドラッカーの実践経営哲学.jpg            ドラッカーの実践経営哲学 単行本.jpg
[新版]ドラッカーの実践経営哲学 (PHPビジネス新書)』['10年]/『ドラッカーの実践経営哲学―ビジネスの基本がすべてわかる!』['02年]

 '02年刊行の『ドラッカーの実践経営哲学』(PHP研究所)の新書復刻版で、著者は大日本印刷出身のビジネスマンで、ダイレック常務取締役などを歴任するなど、企業経営に関わりながら、自らの出身大学である慶応大学の同期生らと研究会を立ち上げてドラッカー研究を続けた人ですが、元本の刊行の翌年に亡くなっています。

 復刻の背景には昨今のドラッカー・ブームがあると思われますが、分かり易い内容でありながらも、オリジナルが単行本であることもあってかかっちりした構成で、ドラッカーの経営思想のサマリーとしては上質の部類に入ると思われます。

 畳み掛けるような事例を背景に持論を展開するドラッカーの手法を踏襲し、更に、それら事例の多くを、(本書執筆時点ではあるが)日本企業における直近のケースに置き換えて、自身の言葉で解説しているため、書かれていることがたいへん身近に感じられ、それが読み易さにも繋がっているのだと思います。

 自分自身、こんなによく出来たドラッカーの入門書があったとは知らず、今回初めて新書で読みましたが、著者が生きていたら、更に最新の企業事例を織り込んで本書を改訂していたのではないかと思われ、それが成らなかったことが残念です。

 ドラッカーの経営思想の入門書、その著作の翻訳書に至るための手引書としてお薦めできる1冊です。

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「●マネジメント」の インデックッスへ○経営思想家トップ50 ランクイン(ダニエル・ピンク)

要するに「内発的動機づけ」理論。読みやすいが、ほとんど新味が感じられない。プレゼン上手。

モチベーション3.0 .jpgダニエル・ピンク(Daniel Pink).jpg
モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』(2010/07 講談社)
ダニエル・ピンク(Daniel Pink)著述家、ジャーナリスト、スピーチライター。 Daniel Pink in 「TED」(日本語訳)

 タイトルから、新しいモチベーション論を展開している本かと思う人も多いのではないかと思いますが、そうではなく、これまでの動機づけ理論の流れを分かり易くまとめた1冊といった方が適切でしょう(読み易いことは読み易い)。

モチベーション3.0 週刊東洋経済.jpg 人を動かす力、つまりモチベーションを、コンピュータを動かす基本ソフト(OS)に喩え、〈モチベーション1・0〉が、生存(サバイバル)を目的としていた人類最初のOSだったのに対し、〈モチベーション2・0〉は、アメとムチ(信賞必罰)に基づく、与えられた動機づけによるOSであるとしています。
 そして、その〈モチベーション2・0〉は、ルーチンワーク中心の時代には有効だったものの、今日では機能不全に陥っているとしています。
from「週刊東洋経済」

 では、〈モチベーション3・0〉とは何かというと、それは、自分の内面から湧き出る「やる気」に基づくOSであり、活気ある社会や組織をつくるのは、この新しい「やる気=ドライブ」であるとしています(本書の原題は"Drive")。

 アメとムチによる〈モチベーション2・0〉がうまくいかない理由を、心理学の実験による検証例によって解説し、賞罰制度の問題点を指摘する一方、「内発的動機づけ」による"新しい"モチベーション論を展開していて、「全米大ベストセラー」の書とのことですが、6年前に日本でベストセラーになった、高橋伸夫氏の『虚妄の成果主義』(日経BP社)に書かれていたことと、成果主義に対する批判的検証の手法も含め、論旨はほぼ同じであるように思えました。

 「内発的動機づけ」理論は、高橋氏のあの本によって日本のビジネス界でも広く知られるところとなり、ある種の心理主義に過ぎないのはないかという批判もあった一方で、その後も、太田肇氏による「承認欲求論」や、キャリア発達論とリンクさせた「自律的人材論」として、より実務に近いかたちで理論的に深耕されてきたように思います。

 そうした中で本書を読んでも、それほど"新しさ"を覚えないのは当然であり(本書を読んで「目から鱗が落ちた」と今さら言う方が問題)、むしろ、行動心理学などの分野の多くの先達たちが唱えたことが分りやすく解説されているので、原点に立ち返る意味での復習と自己啓発にはいいかもしれません。

 事例紹介も豊富で、ベストバイの元役員が編み出したROWEという、仕事の成果さえあげればどこでいつ何をやろうが構わないという仕事のスタイルを、あるシステム会社で導入したところ、効率が大幅に向上し、しかもこの環境に慣れた人は年収が上乗せされても転職しない傾向が強いとか、アトラシアンというシステム会社では3カ月に一度「Fedex Day」というのを設けていて、これは「24時間、好きなことをしていいが、その成果を必ず上げること」というものですが、このFedex Dayから売れ筋商品が生まれることもしばしばだといった事例は、確かに、先進事例として分りやすいことは分かりやすいです。でも、どこかで読んだことがあるようなものばかりと言えなくもありません

Daniel Pink in TED.jpg また、〈モチベーション3・0〉の3つの要素として、「自律性」「マスタリー(熟達)」「目的」を挙げていますが、やりがいのある仕事を自律性のもとですることができて、さらにそのことによってスキルの向上が図れるのであれば、当然のことながら「やる気」は持続するであろうし、それが自らの人生の目的と合致するのであれば、なおさらのことであるという、言わば、当たり前のことを言っているに過ぎないともとれます。

 帯に、「時代遅れの成果主義型ver.2.0は創造性を破壊する」「停滞を打破する新発想!」とあり、この点での"新味"は感じられなかったものの、同じく帯に、「あなたは、まだver.2.0のままです」ともあり、頭ではわかっていても、実際にはまだ「信賞必罰」的な(マクレガーの「Ⅹ理論」的な)考え方に捉われがちな経営者やマネジメント層に向けた、"自己啓発本"とみていいでしょう(結局のところ、それほど悪い本ではないが、もの足りないといったところか)。

 訳者は大前研一氏(の名前になっている)。マネジメント誌などで取り上げられ、人事専門誌などでも、この「3.0」という考え方に沿った連載などもありましたが、流行ること自体は別に構わないと思うけれど...。

 ダニエル・ピンクは、2011年の「Thinkers50-経営思想家ベスト50」にランクイン(29位)。最近、自己啓発家色を強めているけれど、この人の代表作はやはり、米国クリントン政権下で労働長官の補佐官、ゴア副大統領の首席スピーチライターを務めた後、ホワイトハウスを出て1年間にわたり全米をヒアリング調査して纏めた現代社会論(同時に未来社会論でもある)『フリーエージェント社会の到来』('02年/ダイヤモンド社)でしょう(実務者が自己啓発家に転じる例は日本でも見られるが...)。

モチベーション3.0文庫.jpgモチベーション3.0 文庫.jpg【2015年文庫化[講談社+α文庫]】

   


モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか (講談社+α文庫)


【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント) 

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分かり易いが、あくまでドラッカー中心。経営思想の入門書として手頃(専門書への"手引書")。

「超ドラッカー級」の巨人たち1.jpg 『「超ドラッカー級」の巨人たち - カリスマ経営思想家入門 (中公新書ラクレ)』['11年]

 「ドラッカーだけ読めば済むと思うな」との考えのもと、ドラッカー以下、C・K・プラハード、ヘンリー・ミンツバーグ、ジョン・コッター、マイケル・ポーター、フィリップ・コトラー、クレイトン・クリステンセンの7人のカリスマの人物・思想・理論を解説した入門書で、学者ではなく著述家による本ですが、そうしたこともあって大変分かり易く書かれています。
「超ドラッカー級」の巨人たち zu.jpg
 特徴的な点は、まずドラッカーの経歴や逸話を紹介した上で、ドラッガーがマネジメント論で重要とした「ミッション・人・組織」という三角形を成す概念と「戦略・マーケティング・イノベーション」という同じく三角形を成す概念を組み合わせて「六茫星」を作り、以下紹介される6人の経営思想家たちが、その内のどの分野について特に深く言及しているかを、各章の冒頭で図に示していることであり、それによると、6人の経営思想家の重点的カバー領域は次のようになっています。

・C・K・プラハード ...... ミッション・組織・イノベーション
・ヘンリー・ミンツバーグ ...... 戦略・人・組織
・ジョン・コッター ...... 人・組織
・マイケル・ポーター ...... 戦略
・フィリップ・コトラー ...... マーケティング
・レイトン・クリステンセン ...... イノベーション

 ドラッカー以外にこの6人でいいのかというのもありますが、関連する経営思想家も解説文中で紹介されています。そのうえで、各経営思想家が提言した、その考え方の中核となる概念を抜き出して分かり易く解説しており、経営思想の入門書としては"手頃"であるかもしれません。

 但し、新書1冊に7人なので、紙数の関係から、キーワードの羅列みたいになってしまっている部分もあり、その意味では"手頃"と言うより"手軽"と言った方がいいかも。むしろ、より専門書への手引書だろうなあ。

 各カリスマの経営思想の概略的な入門書としては悪くなく、それぞれの重点カバー領域を再確認するうえでもいいと思いますが、常にドラッカーをベースに解説しているムキもあり、こうなると、「超ドラッカー級」と言うより、皆ドラッカーの掌の上にいるような印象も...(実際は、そんなことことはないと思うのだが)。
 
 あくまでドラッカー中心であり、ドラッカーを軸として解説しているから分かり易いというのもあるのだろうなあ。

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「経営エキスパートはかくして育つ」というのがよくわかり、面白かった。

カルロス・ゴーン経営を語る1.jpg 『カルロス・ゴーン経営を語る』 日本経済新聞社['03年] カルロス・ゴーン経営を語る2.jpg 日経ビジネス人文庫

Renault_2004.jpgNissan5.jpg カルロス・ゴーンがルノーから日産に出向し同社のCOOに就任したのが'99年、その後2年で同社の業績を回復し、'01年には社長兼CEOに就任していますが、更には'05年からルノーのシュヴァイツァー会長の後を継いで親会社の会長兼CEOにもなっているところを見ると、やはりルノー・グループの中でも彼は傑出した人材だったということでしょうか。

Citoyen du monde.jpg 本書は、AFP通信社の東京支局長だったフィリップ・リエスがゴーンにインタビューしたものに更にゴーン自身が加筆したもので(原題は、"Citoyen du monde"(地球市民))、前半はレバノン系ブラジル移民の子として育ちフランスで教育を受けた青年時代からミシュラン、ルノーにおけるキャリア、後半は、日産における「リバイバル・プラン」の遂行を中心に述べられていますが、特に前半部分が、「経営エキスパートはかくして育つ」という感じで面白かったです。
 学生時代は語学と数学の才能が際立ち、結局、工学と数学を専攻しましたが、関心は地理や歴史、言葉と文化の関係にあったという彼は、「人と文化」というものに重きを置く人物であることが本書を読むとよくわかり、ルノーに転進したのもトップの人格に魅かれたためであり、また、日産に来てからも、日産の企業文化を尊重するよう努めています。

 関係会社との関係も含めた徹底した現場主義は、ミシュランというサプライヤーの出身であることとも関係していると思いますが、従業員を味方につけることに成功した要因の1つになっていると思われ、昨今、こうした現場主義を最初から放棄して、単なる資本上の提携のみを先行したために、社内に様々な齟齬を生んでいるケースを見るにつけ、考えさせられるものがあります。

 自身のことを戦闘的な人間ではないと言っていますが、アグレッシブな印象の強いジャック・ウェルチなどに比べると、確かに日本人に合った経営者かも。
 日産自体はまだ過去の債務を引き摺っている面もあると思われますが、ゴーン氏はルノー本体の舵取りもしなければならない立場にあり、ゴーン氏にやや権力が集中しすぎている状況でもあります。日産にとっては、ゴーンに続く経営人材をどうするのかというのも大きな課題ではないでしょうか。

 【2005年文庫化[日経ビジネス人文庫]】

《読書MEMO》
日産のゴーン会長逮捕へ新聞.jpgカルロスゴーン逮捕.jpg●日産のカルロス・ゴーン会長が逮捕へ 金融商品取引法違反の疑い(2018年11月19日NHKニュース)


 
 
 
 
 
●日産ゴーン会長逮捕へ (2018年11月19日朝日新聞号外)
 


●八重洲ブックセンター八重洲本店 公式Twitterより(2018年11月20日)【2階】カルロスゴーン氏、日産関係の書籍ございます。
カルロスゴーン氏.jpg


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ドラマ仕立てで読みやすく、経営改革の抵抗勢力に対する対応などが重点的に描かれている。

V字回復の経営.gifV字回復の経営』 (2001/09 日本経済新聞社) V字回復の経営2.jpg 日経ビジネス人文庫 〔'06年〕

三枝 匡.jpg 経営コンサル出身で㈱ミスミ代表取締役CEOの三枝匡氏による、実際に行われた組織変革を題材にしたビジネス小説風の話で、『戦略プロフェッショナル』('91年)、『経営パワーの危機』('94年)に続く"企業変革ドラマ3部作"の最終作ですが、この本が出た翌年にミスミの社長になったのだなあと、改めてその華々しさに感じ入ってしまいました。

 ストーリーは、業績不振の事業(BU=ビジネスユニット)をいかに turnaround させる(蘇らせる)かというもので、改革のリーダーとして、スポンサー役の香川社長、力のリーダー黒岩、智のリーダー五十嵐、動のリーダー川端の4人が登場しますが、この中で、関係会社の社長という傍流的立場から、今回の経営改革の社内リーダーに抜擢された黒岩莞太の果たす役割が非常に大きい。

 彼は言わば"熱い"リーダーですが、彼とタッグを組むのが、コンサルタントの五十嵐直記で、こちらは"冷静な"企画立案者。この2人が香川社長の支援を受けながら、BUの業績改善のためのTF(タスクフォース)を立ち上げ、TFのメンバーを上手に巻き込みながら、BU改革のドラフトを作っていく―。

 TFメンバーはそれなりに意識の高い人間が選ばれていて、本書の中でも著者の「経営ノート」としていくつかの経営理論がビジネス・テキスト風に紹介されていますが、むしろ大変なのは、それを実行に移す場面においてであり、同じく「経営ノート」として、改革の〈推進者〉と〈抵抗者〉のパターンが詳細に示されています。

 ドラフトの中身がいくら素晴らしくても、抵抗勢力に潰されてしまったのでは改革は成らず、そうしたことへの対応策が、かなりのウェイトをもってリアルに描かれていて(そうした局面ではヒューマンスキルが求められ、黒岩・五十嵐といったリーダーが30,40代ではなく50歳代前半であることと符号する)、組織内改革やコンサルティングを行う人には大変参考になる(身に滲みる?)本だと思います。

 こんなに上手くいくはずがないという見方もあるかもしれませんが、折々で「失敗に至る状況」が潜在的に示されていて、特に、改革実施当初はその効果がすぐには現れず、業績の落ち込みが続いて、改革派が危機に立たされるところは、実際にありそうな話です。

 本書の経営改革の部分で核となっているコンセプトの1つに"選択と集中"があるかと思いますが、これはミスミの創業社長の田口弘氏がやってきたことに重なるように思われ、田口氏が後継社長として三枝氏を招聘したわけで、何かピッタリという感じ。

 また、分社化も実施されていますが、本書は'01年に出版された本でありながら、リストラも管理職の降職を除いては行っておらず、その後の世の傾向としては、現場主義改革を捨てて、一気にリストラや営業譲渡(M&A)に行ってしまうというケースが多いことを思うと、今一度、組織や業務の見直しを考えてみるうえでも、参考になる本だと思います。

 【2006年文庫化[日経ビジネス人文庫】
 
《読書MEMO》
●黒岩莞太の言葉(178p)
「1、2年で変わることのできない組織は、5年たっても、10年たっても変わりっこないんです。組織のカルチャーを変えるには、ダラダラやってもダメなんです...一気呵成のエネルギーを投入しなければだめなんです」
●改革8つのステップ(294p)
1.成り行きのシナリオを描く。
2.切迫感を抱く。
3.原因を分析する。
4.改革のシナリオを作る。
5.戦略の意思決定する。
6.現場へ落とし込む。
7.改革を実行する。
8.成果を認知する
○ジョン・P・コッターの「成果に導く組織変革の8段階」とやや似ている?
第1段階 危機意識を高める。
第2段階 変に革推進チームを作る。 
第3段階 適切なビジョンを作る。
第4段階 変革のビジョンを周知徹底させる。
第5段階 従業員の自発的な行動を促す。
第6段階 短期的な成果を生む。
第7段階 さらに変革を進める。
第8段階 変革を根付かせる。
●成功の要因とステップ(365p)
1.改革コンセプトへのこだわり
2.存在価値のない事業を捨てる覚悟
3.戦略的手法と経営手法への創意工夫(事業の絞りと集中)
4.実行者による計画作り
5.実行フォローへの緻密な落とし込み
6.経営トップの後押し
7.時間軸の明示(2年間の期間限定)
8.オープンで分かりやすい説明
9.気骨の人事
10.しっかり叱る
11.ハンズオンによる実行(トップ経営陣が現場に目を配る)

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「好き嫌い」人事のバックにある明確なポリシーとキッチリした手順。

好き嫌いで人事.jpg 『好き嫌いで人事』 (2005/07 日本実業出版社)

 いち早くインターネット株取引に参入し、ネット証券の雄となった松井証券の松井道夫社長の本で、組織論、人材論、採用・教育論、評価論、分配論、リーダー論の6章に分かれていますが、売上高経常利益率60%というスゴイ業績を維持している秘密が簡潔によく分かる、経営啓蒙書と言えます。

 商人の気概を大事にし、ソツの無い人間よりは「ソツあり人間」を、デジタル人間よりはアナログ人間を重視するなど、一般的なネット業界のイメージとは異質のユニークさがあり、「社員研修は愚の骨頂」などと言った刺激的なフレーズも並びますが、読んでみるとナルホドという感じ。

 本書から示唆を受けた部分は多かったのですが、あえて人事・賃金制度面に絞って言うと、「退職金制度は奴隷制度だ」 として、'02年に会社退職金制度をやめ厚生年金基金も脱退して、退職金前払い制度に移行しています。
 「株屋だったら生涯の資産の運用・管理は自分でやれ」という考えで、本書には書かれていませんが、この会社は、退職金清算分が税法上の退職所得となるように当局と粘り強く交渉し、また、制度廃止後は、会社員の個人加入が可能な「(企業内個人型)確定拠出年金」を入れ、前払い制度との選択ができるようにしています。

 賃金制度は全社員年俸制で、金額査定の幅がかなり大きく、そうすると評価の公平性が通常は問題となるわけですが、、「評価は所詮好き嫌い」 であるとしていて、"客観的な評価ルール"など〈神学論争〉だと言っている―、では、社長が独断で社員の評価をしているか(この会社の規模なら出来なくはない)というとそうではなく、一般の被評価者は、1次評価者とも2次評価者とも面談をするシステムにするなど(これ、なかなか大変なことだと思う)、非常にキッチリしたやり方をしています。

 官僚主義の排除、消費者論理(顧客第一主義ではなく顧客中心主義)、強みを活かした経営、株主と経営者の関係など、マネジメント全般についての確固たるポリシーがあり、また、それを実践しているだけに説得力があります。
 内容的も小難しい話し方は一切しておらず、人にも薦められる本だと思います。

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処世術としてではなく、組織論の1つの考え方、言い表し方として押さえておきたい。

ピーターの法則s.jpgピーターの法則.jpg The Peter Principle.jpg ピーターの法則 sin .jpg
ピーターの法則』(1970/01 ダイヤモンド社)『ピーターの法則』新訳版 〔'03年〕 The Peter Principle〔'84年版〕 『[新装版]ピーターの法則―「階層社会学」が暴く会社に無能があふれる理由(2018/03 ダイヤモンド社)再選評
ピーターの法則9.JPGLaurence J. Peter.jpg 教育学者ローレンス・J・ピーター(Laurence.J.Peter、1919‐1990)が唱えた有名な「ピーターの法則」の原著『The Peter Principle』は'69年に出版され(実際にはカナダ人作家のレイモンド・ハルが書いた)、'70年に邦訳されていますが、'02年には新訳が出されていることから、やはりインパクトは今でもあるのではないかと思われます。
Laurence J. Peter(1919‐1990)

vision03.jpg 「ピーターの法則」とは、「階層社会では、すべての人は昇進を重ね、おのおのが無能レベルに到達する」というものです。さらに、これに続く「ピーターの必然」というものがあり(「ピーターの法則」の系1,系2とされることもある)、それは、 「やがて、あらゆるポストは、職責を果たせない無能な人間によって占められる」、「仕事は、まだ無能レベルに達していない者によって行われている」というものですが(何れも渡辺伸也氏訳)、組織論的に見てかなり当たっているのではないかという気がしています。

 読む側が、上司である管理職の無能を嘆いている場合は、一定のカタルシスを得られる本かもしれませんが、最後の「必然」を飛ばしてしまうと、自分がいる組織は回らなくなるというパラドックスに陥ります。それでも組織が回っているのは、「必然」の後段(系2)が示唆するように、組織を構成する個々において"無能化"に至る時間差があるためです。

 冒頭にこうしたパラドックスの種明かしをしておきながら、本文全体は、人々が"無能化"する経緯を様々な事例を挙げてパラドキシカルに述べているために本書は"奇書"と見なされ(新訳の帯にも「"構造社会学"の奇書」とある)、しかも最後に、"昇進しない"ための〈創造的無能〉を"大真面目に"説いていているため、書店では、ビジネス書コーナーよりも、啓蒙書・人生論のコーナーに置かれていたりします。

 "スロー・キャリア"などが唱えられる昨今、意外と自らのキャリア・プランのヒントとして、或いは処世術として本書を読む人もいるかも知れませんが(新訳の帯に「無敵の処世術!」とある)、一方で、著者の読者を煙に巻くような言い方が合わない人も多いのではないでしょうか。本書の啓発的ポイントはどこかという観点から見れば、努力することによって無能に到達するまでのステップを増やせ、という自助努力論であって、所謂効率良く世の中を泳ぎ切ろうという"処世術"とは少し違うのではないかと思います。

 これまで個人的には、本書に横溢するパラドックスはユーモアとしてのものであると捉え、処世術の本としてではなく、ちょっとひねった感じの組織論の本として読んできましたが、最近は、結構奥が深いというか、「ピーターの法則」とは必ずしもパラドックスというようなものではなく、むしろ、現実のジレンマとしてあるものではないかと思うようになりました。

 人事コンサルティングの現場においても、「プレイヤーとして優秀な人が必ずしも優秀なマネジャーになるとは限らない」といったことはよく聞きますし、昇格・昇進において当初は「卒業方式」でいくとしても上位職層にいけばいくほど「入学方式」でいきべきだとも言われますが、これらなども「ピーターの法則」が示唆する教訓と呼応するのではないでしょうか。「役職定年制」や「役職任期制」などを提案する際などもこの「ピーターの法則」を引くことが多く、組織論の1つの考え方、言い表し方として、是非とも押えておきたい概念ではないかと思います。

 マネジャーになるために、一旦会社を辞めて大学に通ってMBAを取ってから企業に入り直すようなことが珍しくない米国などと、その部署で係長の仕事をしていた人がやがて課長になり、その何年か後に部長になるような日本と比べた場合、「ピーターの法則」の"ジレンマ"により陥りやすいのは日本の方かもしれません。

ピーターの法則 "The Peter Principle" lectured by KATUYA KOBAYASHI

 【1970年単行本[ダイヤモンド社『ピーターの法則―創造的無能のすすめ』(田中融二:訳)]/2002年単行本[ダイヤモンド社『ピーターの法則―創造的無能のすすめ』(渡辺伸也:訳)]/2018年新装版[ダイヤモンド社『[新装版]ピーターの法則―「階層社会学」が暴く会社に無能があふれる理由』(渡辺伸也:訳)]】

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

《読書MEMO》
●「ピーターの法則」(田中融二氏訳)
「階層社会にあっては、その構成員は(各自の器量に応じて)それぞれ無能のレベルに達する傾向がある」
系1:「時がたつに従って、階層社会のすべてのポストは、その責任を全うしえない従業員(構成員)によって占められるようになる傾向がある」
系2:「仕事は、まだ無能のレベルに達していない従業員(構成員)によって遂行される」

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会社草創期の話が面白かったが、冷めた老人の淡々とした回想録のような感じも。

リクルートのDNA 起業家精神とは何か.jpgリクルートのDNA―起業家精神とは何か』('07年/角川oneテーマ21) 江副浩正.jpg 江副 浩正 氏

 リクルートが輩出した起業家人材は数多く、それらは前書きなどでざっと紹介されていますが、第1章では、「社員皆経営者主義」などリクルートの「経営理念とモットー」が纏められていて、さらに第2章では、松下幸之助、本田宗一郎など江副氏が薫陶を受けた名経営者がズラリと並び、今も昔も、成功した起業家にはメンターのような人がいたのだなあと改めて思いました(そうした人たちから可愛がられる要素をこの人は持っていたのではないか)。

「企業への招待」.jpg 後半はほとんど、リクルートの歩んできた道について書かれていて、森ビルの物置小屋で就職情報誌(「企業への招待」、のちの「リクルートブック」)」事業を始めたという第4章の草創期の部分が、サークル的なノリが感じられて読み物としても面白く、、融資を受けるのに担保がなくて困ったという話や人材獲得においての工夫などのエピソードは、最近のITベンチャーの創業物語に通じるもありのがあります。

 リクルートという会社が伸びた理由の1つとして、自社媒体に載せる広告を代理店を介さずに自分たちで集めたということがあると思いますが(これは現在の「グーグル」などにも通じる)、こうした業態が、「一人二役」という考え方や、若い社員をモチベートするための成果主義的な処遇方針にも繋がっている気がします。

 ある程度の企業規模になってからの話では、発想は良かったが事業化のタイミングが早すぎたために撤退を余儀なくされた新規事業が多数あったことがわかり、ファーストリテイリングの柳井正氏の『一勝九敗』を想起させました。

 ただ、手掛けたことがあまりに数多く書かれていて、一つ一つの記述が浅く、こうした冷めた記述も江副氏らしいのかも知れませんが、「起業家精神とは何か」について書かれた本というよりは、冷めた老人の淡々とした回想録みたいになってしまっている感じもします(体系的、理論的に書かれた経営書ではない、と本人も後書きで述べているが)。

 ピーター・ドラッカーの書物から「企業家精神」を学んだ点で、ファーストリテイリングの柳井正氏と似ており、刑事事件での逮捕もあって柳井氏以上に毀誉褒貶のある人物ですが、大沢武志氏などの智謀を得ることで、権限委譲という点では江副氏の方がうまくいったと言えるでしょう。

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川上(ヤマハ)、中内(ダイエー)の世襲の壁にぶつかった「プロの専門経営者」。

社長の椅子が泣いている.jpg 『社長の椅子が泣いている』 河島博.jpg 河島 博 (1930‐2007/享年76)

 '07年4月に亡くなった元ダイエー副会長で元日本楽器製造(現ヤマハ)社長の河島博氏のビジネス人生を辿ったドキュメンタリーですが(本書刊行時、河島氏はまだ存命中)、ヤマハ、ダイエーというワンマンのトップが君臨する企業で、それぞれ社長、副社長を務め、ヤマハ(当時、日本楽器)では経営体質を刷新し業績回復を果たしながらも"源さま""天皇"と呼ばれた川上源一会長に疎まれて解任され、ダイエーでは"Ⅴ革"と言われたV字回復を実行しながらも社外(倒産したリッカー)へ管財人として出され、しかし、そこでもリッカーを再建して見せたことという、この人の敏腕経営者としての経歴はよく知られています。

経営者の条件.jpg リクルートで江副浩正氏を支えた大沢武志氏が『経営者の条件』('04年/岩波新書)の中で「オーナー経営者」と「サラリーマン経営者(専門経営者)」での求められるものの違いを書いていますが、この河島氏はまさに、「プロの専門経営者」と言えるかと思います(ダイエー時代は自らを「ビジネステクノラート」だと言っていたと本書にある)。

 彼が大事にしたのは、どんな逆境でも状況を冷静に客観的に分析する「合理性」と、その上で戦略を立て目標を社員と共有する「ビジョン」、そして遂行に関しては公平な基準をくずさない「人間性」であり、これらは米国法人の社長時代に培われた「現地主義」や「リーダーシップ」、自分で考え行動する「カワシマズ・ウェイ」が基礎となっていたことが、本書を読むとよくわかります。

 しかし、こうした有能人材に最後まで仕事を全うさせてやることができない経営者のエゴというのは困ったもので、結局これらの企業は、河島氏を放逐した後、せっかく回復した業績が、またどんどん駄目になっていきます。

 ヤマハの川上源一会長のワンマン経営ぶりは有名でしたが、この本で描かれているその内実、特に河島氏を解任するところは滅茶苦茶で、さらに、河島氏を招聘した中内氏も、ジュニアに対する盲目的な思い入れから道を誤った点では川上氏と同じであり、ワンマンの危険もさることながら、「世襲経営」というものがそれに重なった時、後継者が無能だと経営は一気に傾くことがあり得るのだなあと。

 ヤマハって、オーナー企業でもないのに世襲になってしまうところが、日本のサラリーマンの「組織の中で出世したいならボスに楯突くな」という体質と関係あるのかと考えさせられもし、河島氏はまさにその「世襲の壁」にぶつかってその結果不完全燃焼に終わらざるを得なかったわけで、川上父子と北朝鮮の金日成・金正日父子がそれぞれ同じ年生まれだというのが、なんだかブラック・ジョークぽく感じられました。

《読書MEMO》
●「中期三ヵ年計画」の作成にあたった高木哲也や佐藤陳夫にたいして、河島はこう厳命した。
「書店に並んでいるようなビジネス書を参考にして、月並みな経営計画をたてるな。あくまでも自分で考えてくれ」
他社を真似たり、横並びの発想をしたりの、企業から独自性を失わせるマネージメントを、河島はもっとも嫌っていた。(269p)

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「●ちくま新書」の インデックッスへ

「戦略は人に宿る」。結局、戦略よりも経営幹部の人選が肝心ということか。

経営戦略を問いなおす.jpg経営戦略を問いなおす (ちくま新書)』 〔'06年〕  三品 和広氏.jpg 三品 和広 氏(略歴下記)

 第1章で、日本の上場企業の多くが'60年代から40年間、売上面では成長しているが、営業利益率が下降の一途を辿っていることをデータをもとに指摘し、ただし、その中でも営業利益を伸ばしている企業は、他の競合企業と経営戦略の面でどう異なるのか分析、それはまさに時代の流れに即した選択がなされているからだということを示しています。
 「成長戦略」という言葉がよく使われますが、成長ということが目的化することの愚を説き、また、MBA信仰に見られる「戦略=サイエンス」といいう考え方の危うさを指摘し、戦略とは主観的なものであり、それは「人に宿る」と。
 
business strategy.jpg 第2章では、経営戦略を立地(ポジショニング)」、「構え(垂直統合、シナジー、地域展開)」、「均整(ボトルネックの克服)」の3つの軸で解説し、第3章では、経営戦略の立案を現場に押し付けてはならず、日本企業では、トップと現場の間(はざま)で事業本部長あたりが戦略計画の立案などに追われているが、もともと、過去に成功した戦略とは、優れた経営者が時代のコンテクストにおいて洞察力を示した結果であり、短期の事業計画に付随してスイスイ実行できるものでもなければ、部課長クラスの手に負えるものでもなく、そこに日本企業の多くが、戦略があってもそれが機能していないという「戦略不全」状態に陥っている原因があると述べています。
 
 結局は、下手な戦略より経営幹部の人選が肝心であるということで、弟4章以降は経営人材論のようになっていて、戦略をつくる人を選ぶには過去の実績やパーソナリティより、テンパラメント(気質、感受性)を重視すべきというのが著者の主張で、最後の第5章のタイトルが「修練」。この部分は、若年層、中堅・幹部社員に送るメッセージがあり、キャリア論的な感じ。 

 経営戦略とは何かという話から、だんだん、戦略を担う人材は いかに育成されるのかという帝王学的な話になっていく感じもしますが、ハーバードビジネススクールで教鞭をとっていた人が、「戦略はサイエンスではなくアートである」とか、「研究すべきは創業者の理念である」とか言っているのが面白い。 
 目の前の人がMBAかどうかは、目の奥に「田の字」が見えればMBA、というジョークが笑え、SWOTとかPPMとか2×2のマトリックスで経営ができるるならば、確かに経営なんてわけない、ということになるなあと納得させられました。
_________________________________________________
三品 和広氏
一橋大学商学部卒、同商学研究科修士課程修了、ハーバード大学ビジネスエコノミックスPh.D.、ハーバードビジネススクール助教授を経て神戸大学大学院経営学研究科助教授。
主な著書論文に、"Learning by New Experiences:Revisiting the Flying Fortress Learning Curve"、"日本型企業モデルにおける戦略不全の構図(組織科学)"、"日本企業における事業経営の現実<日本企業変革期の選択(東洋経済新報社)>"等。

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パートナーシップ、仕事に向き合う姿勢、コミュニケーションのあり方ついて多くの示唆。

Iある広告人の告白MG0589.jpgある広告人の告白.jpg     ある広告人の告白2.jpg    David Ogilvy.gif
ある広告人の告白』 (1964/04 ダビッド社)『ある広告人の告白[新版]』〔'02年版〕 David Ogilvy (1911-1999/享年88)

 オグルヴィ&メイザーを1948年に設立したデビッド・オグルヴィが'63年に出版した本で、今まで自分の手元にあったのは、広告会社アド・エンジニアーズ設立者の西尾忠久氏らが訳した'64年初版のダビッド社版ですが、この度翻訳家・山内あゆ子氏の訳による新版が刊行されました。

 新版のための前書きがあるのと、著者の経歴が多少以前より詳しく書かれているほかは(この本は著者がパリのホテルで菓子職人をしていたときに学んだことから始まりますが、そのほかに家庭用コンロの販売員もしていたらしい!)内容構成は同じであるものの、訳がかなりこなれて読みやすくなっているのと、専門用語が多少現代風になっています。

 広告ビジネスに携わる人にとってはとりわけ示唆に富んだ内容で、前半部分は主に経営者や営業(アカウントエグゼクティブ)に対するアドバイス、後半はクリエイターに対するアドバイスになっており、個人的には、その間にある「よいクライアントであるために」(新版では「クライアントに贈る『15のルール』)とか、「キャンペーンを成功させるためには」などがなかなか良かったです(冒頭の「広告代理店の経営のしかた」において、行動規範をキッチリ示しているのもいい)。

 「私は、手放すと困るほど大きなアカウントを欲しいと思ったことはありません」とありますが、海外の広告代理店はAE制、つまり1業種1社の専任制なので、もともと売上げの割にはクライアント数が少なく、主要クライアント1社への依存度が高くなると、他社へ扱いを持っていかれたときに危険だということでしょう。

 この本が書かれた時点で、オグルヴィ社は社員497人の国内企業でしたが、'07年現在、世界125カ国に497のオフィスを持ち、当事の社員数が今のオフィスの数になったのだなあと。
 本書を読むとクリエイティブについて特出しているのがわかり、一方メディア手数料で仕事はするなと言っていますが、実際オグルヴィ社はメディア購買部門を持っていません。
 米国にはメディアバイイングを専門に行う会社があるので(まとめ買いする代理店が一番強いということ)、こうした業態は必ずしもオグルヴィ独自のものではなく、今後は日本でもこうした動きがあるかも。
 クライアントの広告表現の統一などブランディング戦略による利用広告会社の絞込みは海外でも日本でも進行していて、そうした意味でも今読んで全然古くない内容です。

 ただし、そうした広告に関することに限らず、ビジネス全般に通じるパートナーシップや仕事に向き合う姿勢のあり方、「聞き役に回れば回るほど"敵"にはあなたが賢く見える」といったビジネス・コミュニケーションについてのヒントなど、多くの示唆を含んだ良書です。
                        
《読書MEMO》
● 「よいクライアントであるために」(「クライアントに贈る『15のルール』」)
(1) あなたの代理店を恐怖から開放しなさい(いつも新しい代理店を探している様子をみせないこと)
(2) 最初から適切な代理店を選びなさい(新規取引専門部隊に騙されない)
(3) あなたの代理店に適切な情報を与えなさい
(4) 金の卵を生むニワトリを大切にしなさい(有能クリエイティブに金を惜しむな)
(5) クリエイティブの領域で代理店と競争しないでください(餅は餅屋に)
(6) 検討段階を多くして広告をゆがめないでください
(7) 代理店の利益を保証してやりなさい
(8) あなたの代理店にケチをつけないでください
(9) 率直にものを言い、また言われるようにしてください
(10) 目標を高いところに置いてください
(11) すべてをテストしてください(新製品は25のうち24までテストマーケティングで失敗している)
(12) 急いでください(利益は時間函数である)
(13) 問題児に時間を浪費しないでください
(14) 天才は寛大に扱ってやってください(彼らはほとんど例外なく気に食わない連中)
(15) 広告費を少なすぎないようにしてください
●「キャンペーンを成功させるためには」(「成功する『広告キャンペーン』とは?」)
(9)自分自身の家族に読ませたくないような広告は書かないこと(オグルヴィ・ジャパンのホームぺージにもこの言葉がある)

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変化への主導こそ経営者の役割。現場への気づきと直感的なひらめきが大切。

たった三行で会社は変わる.jpg  『たった三行で会社は変わる』 (' 07年/ダイヤモンド社) 藤田 東久夫.jpg 藤田東久夫 氏 (略歴下記)

 タイトルはノウハウ本の惹句みたいですが、内容の半分は経営学的な話で、それもそのはず、著者は本書執筆の直前に早稲田大学大学院で博士号を取得したばかりで、その余韻が残っているような感じ。
 本書のタイトルも、最初は「ミクロ・マクロ・ループの経営」というものにするつもりだったとか(それにしても随分くだけた感じのタイトルになったものです)。

 I℃タグやバーコードなどを利用した自動認識システム・関連製品の開発・製造・販売を主業務とする「株式会社サトー」において、創業者の娘婿として創業社長から経営を引き継ぎ、本書執筆時点で12期連続増配中ということで、こういう人をまさに専門経営者と呼ぶのでしょうが、経営論を語るにしても、常に自らに経験に即して述べているのがいいです。

 興味深かったのは、マネジメントとリーダーシップの関係を論じている点で、両者のバランスの重要性を説いていて、リーダーシップ機能が充実していればマネジメント機能はついてくるという考えです(ただし、中小・ベンチャーなどでは、マネジメント機能の充実が焦眉の急であるケースもあると指摘している)。

 経営トップ自らが現場のミクロな情報に気づき、マクロな視座からすぐに対応することを重視し、変化への主導こそ経営者の役割であって、そこでは直感的な思いつきやひらめきは大きな役割を果たすという―、その実践例が、タイトルにある「三行提案制度」で、1600人の社員が毎日3行、127文字で提案や報告を上げてくる、その情報により現場の実態を把握しスピーディーな経営を実現するとのこと。

 「なあ〜んだ、所謂従前の提案制度じゃないか」とも思われるが、そうした泥臭いことでも、一度決めたら徹底的にやるのが結構、経営の要諦なのかも。
 全部に目を通すわけにはいかない提案のフィルタリングを、管理職にではなく若手社員にやらせているのもミソ。

 最終章で日本の企業の取締役会のあり方を非難していて、これも理屈が通っていて、著者の肩書きは「代表取締役執行役員会長・CEO」というものだそうですが、どうしてそういう肩書きなのか、内容との絡みで理解しやすかったです。
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藤田東久夫(ふじた・とくお)
1951年東京都生まれ。75年慶応義塾大学経済学部卒業。
同年、日本航空入社。85年サトー入社。社長室長などを経て、90年に代表取締役社長に就任。
現在は代表取締役執行役員会長兼最高経営責任者(CEO)。
社団法人日本自動認識システム協会会長。
2006年度日本経営品質賞(JQA)判定委員。
シルバーオックス株式会社社外監査役。
2006年に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科にて博士後期課程修了。博士(学術:Ph. D.)
剣道三段(慶応義塾大学体育会剣道部)、日本ソムリエ協会ワインエキスパート資格。

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CSR、バランスト・スコアカード、職務主義と役割主義の差異などの考え方もすでに。

現代の経営〈〔正篇〕〉.jpg 現代の経営〈続篇〉.jpg  ドラッカー名著集2.jpg ドラッカー名著集3.jpg  『ドラッカー名著集2 現代の経営[上]名著集3 現代の経営[下]
現代の経営〈〔正篇〕〉事業と経営者 (1956年)』『現代の経営〈続篇〉組織と人間 (1956年)

ドラッカー 現代の経営  上.jpg 1954年に発表されたP・F・ドラッカー44歳のときの著作で、"三大古典"と呼ばれるものの中でも最も有名な本。ただし、ドラッカーは存命中、何度も自著を改稿していて、今回「名著集」として出された本書も、その前の'96年版からさらに改訳されているとのこと。

 ドラッカーの著書は、アメリカ国内でも海外でも名言集のようなものが一番売れているそうですが、「成長可能な資源は人的資源だけである」(第2章)、「企業の目的は顧客の創造である」「企業には2つの基本的機能が存在する。すなわち、マーケティングとイノベーションである」(第5章)、「事業は何かを決めるのは、生産者ではなく顧客である」(第6章)、などとあるように、彼の著名な言葉の多くは本書に含まれていて、そうした言葉がどういった章で、どういった流れで使われているのか当たってみるのもいいかも。

『現代の経営』(1956/05 自由国民社)

 また、会社は誰のものかということが昨今問われていますが、この問いに対するドラッカーの答えは社会のものであるということであり、社会のための機関として富の増殖機能を伸ばしていくことがマネジメントの責任であるという前提に立っています。
 従って、「事業の目標」(第7章)には、マーケティング、イノベーション、生産性、資金と資源、利益、マネジメント能力、人的資源、社会的責任(今でいうCSR)の8つがあり(最後3つが含まれている点がポイント)、これらについてそれぞれに目標設定をすることの必要を説き、バランスト・スコアカードに相当するものの出現をすでに予言しています(第7章)。

 話を核心部分に持っていくプロセスが巧みで、ポイントとなるフェーズでは、最初に企業事例を持ってきたり、歴史的事実や故事を紹介したりし、例えば、「自己管理による目標管理」(第11章)では、マネジメントのセミナーでよく取り上げられる次のような話が紹介されています。
 それは、何をしているのかを聞かれた3人の石工のうち、1人は「これで食べている」と答え、1人は「国で一番の仕事をしている」と答え、1人は「教会を建てている」と答えたというもの。
 ドラッカーは、第3の男をあるべき姿、第1の男を報酬に見合った仕事をする者としつつ、第2の男、つまり職人気質の男をどう扱うかを問題視し、そこから経営管理者の役割や陥りやすい誤りを指摘し、さらに何を目標とすべきか、マネジメントと目標管理のあるべき関係、自己管理によるマネジメントの変革を説いています。

現代の経営 続編.jpg 本書では後半かなりの紙数を「人と組織のマネジメント」に割いていて、ここでは旧来の人事管理論を批判し、人間関係論(マグレガー)や科学的管理法(テーラー)の限界を指摘していて、具体的に人事部の在り方も批判していますが、こうした批判は皮肉にも今読んでも古さを感じさせん。
 彼はここで先行理論や手法を全否定しているのではなく、それ以前において、人の仕事を組織化すること(仕事を要素動作に分解するのではなく1つの全体に統合すること)が重要であるのだと説き、さらに、仕事にある程度の挑戦の要素を入れるようにすべきだと唱えていますが、このことは、人事マネジメントにおける職務主義と役割主義の考え方の差異にも当て嵌まる気がします。

 組織論に入る前に、1個人の仕事の組織化を説いているのは興味深いですが、さらに、人を組織するとはどういうことか、人員配置の重要性や動機付けの必要性を説き、仕事で責任を持たせるには、正しい配置を行うことのほかに、適正な目標水準設定、仕事情報の供与、マネジメント的視点を持たせることなどをポイントとして挙げています。

 書き出すとキリがありませんが、原題は"The Practice of Management"、実践しないと意味がないということでしょう。

 【1956年単行本[自由国民社(正篇『現代の経営-事業と経営者』、続篇『現代の経営-組織と人間』)]/1965年単行本[ダイヤモンド社・Executive books(上・下)]/1987年単行本[ダイヤモンド社(上・下)]/1996年単行本[ダイヤモンド社(『新訳 現代の経営(上・下)』-ドラッカー選書3・4)]/2005年単行本[ダイヤモンド社・ドラッカー名著集2・3]】

【2201】 ○ グローバルタスクフォース 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』 (2004/07 総合法令)
【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
【2790】○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)

《読書MEMO》
●章立て
序論 マネジメントの本質
第1章・マネジメントの役割、第2章・マネジメントの仕事、第3章・マネジメントの挑戦
第1部 事業のマネジメント
第4章・シアーズ物語、第5章・事業とは何か、第6章・われわれの事業は何か、第7章・事業の目標、第8章・明日を予期するための手法、第9章・生産の原理
第2部 経営管理者のマネジメント
第10章・フォード物語、第11章・自己管理による目標管理、第12章・経営管理者は何をなすべきか、第13章・組織の文化、第14 章・CEOと取締役会、第15章・経営管理者の育成
第3部 マネジメントの組織構造
第16章・組織の構造を選ぶ、第17章・組織の構造をつくる、第18章・小企業、大企業、成長企業、
第4部 人と仕事のマネジメント
第19章・IBM物語、第20章・人を雇うということ、第21章・人事管理は破綻したか、第22章・最高の仕事のための人間組織、第23章・最高の仕事への動機づけ、第24章・経済的次元の問題、第25章・現場管理者、第26章・専門職
第5部 経営管理者であることの意味
27章・優れた経営管理者の要件、28章・意思決定を行うこと、29章・明日の経営管理者
結論 マネジメントの責任

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ジャック・ウェルチ)

人事マネジメントを重視。「人事」の仕事に携わる人にお薦め。

ウィニング勝利の経営.jpg 『ウィニング 勝利の経営』 日本経済新聞社 Winning.jpg "Winning: The Answers: Confronting 74 of the Toughest Questions in Business Today"
 『ジャック・ウェルチ わが経営』('01年/日本経済新聞社)を書いた後、もう本は書かないと言っていたウェルチですが、再婚した奥さんがハーバード・ビジネス・レヴュー誌の編集長だったせいか、奥さんのアシストでその後も本を出していて、自著の刊行は彼にとって「ナンバー1、ナンバー2」戦略に適ったものだったのかなあ、などと思ったりもして(本書刊行後も、世界中からいろいろな質問を受け、それらに答えるというQ&A方式の内容の本"Winning: The Answers"を出している)。

 企業経営においては「勝つことは最高」と言い切っていますが、勝たなければ社会貢献も何もないという考え方の根底にあるのはドラッカーでしょう。
 本書は、「勝つためには何をすればよいのか」ということについて経営全般にわたって述べていて、『わが経営』が後半、M&Aと社長レースの話に終始していたのに比べると、経営書としては纏まっている感じで、ボストンレッドソックスがワールドシリーズを制した話や、MRIの開発でGEが日立に遅れをとった理由など、比較的新しい話題や体験談もあり、また、キャリアをどう考えるべきかということについて述べていることもあって、身近な感覚で読めました。

 ビジョンとバリューの話が冒頭にあり、バリューを"行動規範"に近いものとして捉えていて、これらが経営戦略の話より前にきているのが印象的(「勝ちたいと思うのなら、戦略についてじっくり考えるより、その分、体を動かせ」とも)。
 以降、前半部分のほとんどは人事マネジメントの話で占められていて、「選別」することの重要性や人材採用、人事管理におけるポイント、人を辞めさせる際の留意点等について触れられています。

 多くの企業で「人事責任者」がCEOやCFOより格下の扱いを受けていることを憤っていて、後半の社内ベンチャーやM&Aといったテーマについても、常に人材マネジメントの観点から言及することを忘れておらず、「人事」の仕事に携わる人が最初に読む"ウェルチ本"としてはお薦めです(そうした前提で評価するならば星半分プラスして★★★★☆にしてもよいか)。

 リーダーに求められる4条件(Energy(エネルギーまたは情熱)、Energize(元気づける)、Edge(決断力)、Execute(実行力))についても再度触れられていますが、採用時においては最初の2つが必須条件であるとし(訓練で身につくものではないから)、それ以前に「率直に物を言うこと」の大切さを説いています。
 「和を以って尊しと為す」という日本的気質とは正反対で、初めてウェルチの本に触れる人にはなかなか刺激的かも。

【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

《読書MEMO》
●推薦の言葉
「新人からベテランまで、あらゆる人が使える、わかりやすくて網羅的なビジネス成功指南本だ」――ビル・ゲイツ(マイクロソフト会長)

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「●ピーター・ドラッカー」の インデックッスへ

中小企業向けの助言が多い。同族経営やM&Aを成功させる秘訣に共鳴。

実践する経営者.jpg 『実践する経営者―成果をあげる知恵と行動』 (2004/04 ダイヤモンド社)

ピーター・F・ドラッカー.jpg '03年刊行の上田惇生氏編訳による「ドラッカー名言集」4部作に続く同氏の編訳によるもので(原題:Advice for Entrepreneurs)、30年にわたりウォールストリート・ジャーナルに寄稿した論文から、直接経営にかかわる助言のみを厳選したとのこと。
 経営戦略や経営者の在り方などについての自らの考えがテーマごとにまとめられていて、必要に応じて実際に社会・経済現象として起きていることを検証材料とし、具体的に解説されています。

 '80年代に書かれた論文が多く、的確に将来を見据えつつ書かれてはいますが、事例の中には時間的隔たりを感じるものもあり、しかし、それでもなお、人間の心理や行動の普遍性を見抜いたうえでの原理原則の提示には、いちいち頷かされます。
 個人的には、「同族会社が繁栄を続ける秘訣」とか「企業買収を成功させる5つの原則」などが、かなりリアリティを感じつつ読めましたが、その他にも参考となる箇所は多かったです(中小企業向けの助言がかなり含まれている)。

 本文で、すべての経営者は起業家たれ、と言いつつ、冒頭のインタビュー('85年)で、アップルの創業者たちが生き残れないという彼の予言が当たったのは、彼らに経営知識がなかったためとして、あまりに早く成功することは不幸だとしており、また、今日の経済学者は神学者と同じだと皮肉っています。
 また、未来に対しては楽観的であるという話の後に、自らが育ったオーストリアでの第一次世界大戦時代がいかに暗いものであったかを示唆していて、こうした発言に自らの個人史が反映されているのが窺えて興味深かったです。

《読書MEMO》
●中小企業が成長し続けるためのポイント (30p〜)
 1. 利益よりキャッシュフローを重視する
 2. 成長は資金需要と財務構造を変える
 3. 将来必要となる情報は何か予期しておく
 4. 技術、製品、市場を集中させる
 5. チームとしての経営陣を構築する
●ゼロ成長企業における経営の心得 (36p〜)
 1. 昇進以外の方法による動機づけを図る
 2. 昇進の見込みのない者の転職に手を貸す
 3. 成長できないのであるならば、事業の内容をよくする
 4. 安易な多角化は失敗する
 5. 大きな成長の機会は必ずある
●同族会社が繁栄を続ける秘訣 (47p〜)
 1. できの悪いものを働かせてはならない
 2. 経営に一族でない者を一人は起用せよ
 3. 専門的な地位には一族でない者の起用が必要
 4. 後継問題に関わる意思決定は、(利害関係のない)一族以外の者に委ねる
●パートナーシップに成功するには (66p〜)
 1. パートナーシップの目的を徹底的に検討する
 2. いかにマネジメントするかを決めておく
 3. 誰がマネジメントするかを決めておく
 4. 親会社における責任者を決めておく
 5. 最終決定を行う調停者を決めておく
●企業買収を成功させる5つの原則 (72p〜)
 1. 買収する側が買収される側に何を貢献できるか考える
 2. 市場、技術、経験・専門能力などの何れかの点での共通の核を持つ
 3. 買収する側の人間が買収される側の製品、市場、顧客に敬意を持つ
 4. 買収した側は買収された側に対して1年以内に経営陣を送り込む
 5. 最初の1年間は、双方の人間を(境界線を越えて)移動させ、昇進させる
●知識労働の生産性をあげる4つの方法 (117p〜)
 1. 知識労働者自身に責任を持たせる
 2. 知識労働者が自らの貢献を評価できるようにする
 3. (誰も注意を払っていないことだが)本来の仕事をさせる
 4. 配置に力を入れる(成果を生み出す人間がどこにいるかを知る)
●行動様式を変えるための4つの方法
 (191p〜)
 ※ 文化を変えてはならない。文化を変えずに行動様式の方を変える。
 1. いかなる成果が必要かを明確にする
 2. すでにそれを行っているところはどこかを問う
 3. 組織の文化に根ざし、かつ成果をあげる行動を奨励する
 4. 評価と報償を変える(ある行動が報償されれば、そのまま受け入れられる)
●リーダーシップとは何か (198p〜)
 1. リーダーシップとは仕事である(組織使命を考え、明確化し、目標を定める)
 2. リーダーシップとは責任である(真のリーダーは自らが責任を負うことを知る)
 3. リーダーシップとは信頼である(賢さでなく、真摯さに支えられるもの)

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ユニクロ創業者の「わが経営」。根っからのドラッカリアン。経営者の役割を知るうえで読む価値あり。

一勝九敗tan.jpg一勝九敗』〔'03年〕  一勝九敗.jpg 『一勝九敗』新潮文庫〔'06年〕

photolib_frsymbol2.gifphotolib_uqlogo2.gif ファーストリテイリングCEOの柳井正氏の半生記であり、ユニクロの歴史を綴ったものでもあり、「わが経営」といった感じの本でもあります。

 タイトル通り多くの失敗を重ね、それらを糧として次に生かして事業を育て、現状に甘んじることなく常に起業家精神を持って挑戦を続ける姿に、親近感よりむしろ「凄い人だなあ、この人」と思わされる部分が大きかったです。

 経営戦略、事業戦略がしっかりしていて、巻末に経営理念が23条収録されていますが、コンサルタント(公認会計士)から「5つくらいにまとめたら」と言われて、すべて絶対に必要な理念なので、と拒否したというのがこの人らしく、その冒頭にくる2つが「顧客創造」と「社会貢献」を謳ったもので、本書にその名は出てきませんが、これらはまさにピーター・ドラッカーの言っていることであり、「実践しながら考える」ということ然りで、根っからのドラッカー信奉者であることが窺えます。

 成功物語としても面白く、大阪進出、関東進出の際の試行錯誤や、商品開発の苦労、ファミクロ・スポクロの失敗、最初の海外進出の際の躓きと、失敗の方が多かったのが、「フリース」で大ブレークしたわけです(個人的には、山崎まさよしのCFよりも、ロフトの回転機で「ユニクロのフリース51色」を見せたものの方が新鮮だった)。

 「ユニクロ」は「ユニーク・クロージング」の略ですが、香港の子会社登記の際に"UNICLO"の"C"を間違って"Q"としたために、そちらを採用して"UNI Q LO"になったなどの秘話も。

 人材戦略や人事考課についても多く触れられていて、「人材は経営者の手足ではない」として"自活する"社員像を理想とし、信賞必罰を説いています。

 「店長」を会社の主役だとする一方で、本部でのプロ経営者育成を課題としていますが、この人の課題はやはり後継者問題でしょう。

 本書刊行時に正・副の社長で、その後に辞めて自ら事業再生会社「リヴァンプ」を起こした玉塚元一、澤田貴司両氏は、ユニクロでは"サラリーマン社長"、"雇われ経営者"だったことを明言して憚りません。

 落ち込んだ業績は回復基調にありますが、Ⅴ字回復というところまでいかず、「フリース」の後続ヒット商品が見えないこともあり、柳井氏に対する毀誉褒貶は激しいものがありますが、この本自体は、そうしたことを割り引いても、経営者の役割とは何かを知るうえにおいて読む価値ありの内容のものです。

 【2006年文庫化[新潮文庫]】

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有能なゼネラル・マネジャーとは人的ネットワークの構築が上手い人?

1ザ・ゼネラル・マネジャー.png  ザ・ゼネラル・マネジャー.jpg  The General Managers.jpg John P. Kotter.jpg
ザ・ゼネラル・マネジャー―実力経営者の発想と行動 (1984年)』 『The General Managers』ペーパーバック版 John P. Kotter

 著者のジョン・コッターは、日本でもそのリーダーシップ論に関する著作などで知られるハーバード・ビジネススクールの組織行動論の教授ですが、本書は彼の邦訳された著作の中では比較的初期のもので(原著出版は'82年)、有能とされるゼネラル・マネジャー(GM)というものが、ビジネスの各場面においてどういった発想をし、行動をとっているのかを「精査」したものです。 

 様々な業種から15人のGMを選び、1人1人について、職歴・経歴・家族状況などは当然のことながら、どのような職業上の要求に応えることが求められるのか、パーソナリティや知識、対人関係はどうかなどをまず押さえたおいたうえで、職務への取り組み方はどうかをアジェンダ設定から時間の使い方まで、インタビューなどを通してこと細かく調べ、各人の間に見られる類似点や相似点を探っています。

 面白いのは、そうして得られた結果が、有能とされるGMの人物像というのが、難敵を次々と倒す「カウボーイ」でもなければ、MBA資格 を有する切れ者テクノラートでもなく、人的ネットワークの構築活動に長け、ある意味そうした依存関係の中で行動しているということです(出版当初はかなりの意外性があったかも知れません)。

 それにしても1人につき1ヶ月以上かけてこうしたフィールドリサーチをし、事実を積み上げて検証する、これがハーバード・ビジネススクール流であるというのが興味深いです。
 要するに極めて帰納法的で、後に展開される彼のリーダーシップ論も、現場の生身のリーダーをしっかり見てきた経験の上に語るから、説得力があるのでしょう。

 本書の翻訳には、後にキャリア行動を研究分野とする金井壽宏氏と、以降もコッターの著作に関わり続ける加護野忠夫氏の神戸大コンビが関わっていて(金井氏は当時まだ講師)、金井氏のずっと後の著書には、こうしたビジネス現場のフィールドリサーチを模したもの、例えば『仕事で「一皮むける」』('02年/光文社新書)などもあり、そうした点でも興味深かったです(本書の原著出版から20年後の話ですが、これが日米のこうした分野での研究の開きか)。

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寓話風ビジネス書のはしり。"他ジャンル"系ではない続編へ読み進むことをお勧め。

1分間マネジャー2.jpgThe One Minute Manager1982_.jpg 1分間マネジャー.jpg      チーズはどこへ消えた.jpg
ケネス・ブランチャード/スペンサー・ジョンソン『1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!』〔'83年〕 スペンサー・ジョンソン 『チーズはどこへ消えた?』('00年/扶桑社)

 '80年代にアメリカで出版され始めた行動科学的なマネジメント書は、日本にも多く翻訳輸入されましたが、'83年に邦訳出版された本書『1分間マネジャー』(原題:"The One Minute Manager",1981)は、そうした日本での翻訳本ブームの端緒ベイシック・マネジャー31.JPGとなったものです。同じ頃に刊行された、同じく小林薫氏の翻訳によるカリガン、ディーキンズ、ヤング著ベイシック・マネジャー』('84年/ダイヤモンド社)などもよく売れたようです(何れもそう厚くないながらもハードカバーで、これが良かったのか。いつの間にか、同じ本を2冊買ってしまった。でもこれ、名著である)。

人を動かす.jpg それまでもデール・カーネギー『人を動かす』('58年/創元社)などのロングセラーはあり、要点が極めて端的に纏められているとう点では本書も同じですが(共に3項目に纏めてある)、本書『1分間マネジャー』は「1分間」というキャッチや145ページという薄さ、内容が寓話風になっているところなどが目新しかったのではないでしょうか。翻訳はドイツ語、フランス語をはじめ主要ヨーロッパ言語ばかりでなく、ブルガリア語、アイスランド語、アラビア語、ヘブライ語、トルコ語、タイ語など25ヵ国語を超えているそうです。

仕事は楽しいかね?.jpg かつてあるところに青年がいて、優れたマネジャーを探していた―といった設定は、その後も多くの本に模倣されたようです(デイル・ドーテン著『仕事は楽しいかね?』('01年/きこ書房)などもその類)。但し、こうしたスタイルで書かれた本って、個人的な相性はイマイチのものが多いのはどうしてなのかなあ。基本的には、自己啓発本なので、やはり読む人によって相性はかなり違うのかも。

 本書 『1分間マネジャー』で著者らが言っていることを要約すれば、部下マネジメントにおいて大切なのは、
 1.目標設定
 2.褒めること
 3.叱ること

 であり、まず一番に「目標設定」を掲げている点は評価されてよいと思います。企業レベルで見た場合、目標管理を入れていないところもまだ多く、そうした企業では、マネジャーやスタッフの責任が曖昧になりはしないか懸念されるところです(入れてみたが上手くいかなかったというのも、目標管理の考え方そのものがその企業に馴染まないと言うよりは運用上の問題だろう)。企業として目標管理をしていなくとも、マネジャーはやはり部下の目標設定を自らの仕事であると心掛けるべきでしょう。

 また、二番目、三番目の褒めたり叱ったりするというのは、"人格"に対してではなく、相手の"行動"に対して行うべきだということではないかと思いますが、これが結構日本人の苦手とするところであり、痛いところをついている分、その点が逆に日本人にも受ける結果となったのではないかと思います。

 本書を「座右の書」とする人も多いようですが、少し皮肉っぽく考えると、自分が本書に書かれていることを守れないかも知れないという不安が常にどこかにあるから、「座右の書」となりうるのではないかと思ったりもします。ただ、そういう意味では、D・カーネギーの「人を動かす3原則」の方が、まだ「座右の銘」としてピンと来るものがあると言うか、個人的にはしっくりきました。

 本書の著者のケネス・ブランチャード(Kenneth H. Blanchard、心理学者)とスペンサー・ジョンソン(Spencer Johnson、精神医学者)はその後も「1分間シリーズ」を続々と出し続け(「1分間ファザー」「1分間マザー」というのもあった)、スペンサー・ジョンソン著『チーズはどこへ消えた?』('00年/扶桑社)に至っては動物まで登場させて、物語の寓意を検討するディスカッションまで入れた手とり足とりの解説ぶりですが、アメリカ人ってだんだん子どもみたいになってきているのではと思いきや、日本でもこの「チーズ」本は結構売れました。

1分間マネジャー〈実践法〉.jpg 一方で、「1分間ファザー」「1分間マザー」など他ジャンルに拡がっていったタイプの続編ではなく、同じように"寓話スタイル"でありながらもマネジャー対象の分野に止まり、より進化(深化)させたタイプの続編である『1分間マネジャー〈実践法〉―人を活かし成果を上げる現場学』(Putting the One Minute Manager to Work)('84年/ダイヤモンド社)では、マネジメントの「ABC」、「効果的叱責法」、そして「PRICE」システムについて重点的に述べられています。

1分間マネジャー〈実践法〉―人を活かし成果を上げる現場学

 更には、1分間リーダーシップ―能力とヤル気に即した4つの実践指導法』(Leadership and the One Minute Manager)('85年/ダイヤモンド社)では、リーダーシップには唯一無二の完璧な手法はないが、事実上、指示型、委任型、コーチ型、援助型という4つのスタイルがあり、マネジメントの状況に応じていずれかのスタイルが取られるとする、かの有名な「状況対応型リーダーシップ」論が提唱されています(本書では訳者あとがきで解説されている)。"ビジネスの名著"としては、オリジナルである本書『1分間マネジャー』が取り上げられることが殆どですが、これら2冊の方が本書より実践的であり、本書を読まれた後はそちらに読み進むことをお勧めします。

(●追記:『1分間マネジャー』の評価を△としたが、その後『新・1分間マネジャー』('15年/ダイヤモンド社)が刊行され、内容が大幅に改定されて、より時代に即したものになっている。)


【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

《読書MEMO》
『1分間マネジャー〈実践法〉―人を活かし成果を上げる現場学』より
●マネジメントの「ABC」
(a) 活性化策(Activators)・部下に対して一定の目標達成や行動を期待する前の段階でマネジャーが打つべき方策。目標設定(報告責任範囲を決め、注意事項を指示し、実践行動基準を定める、など)。
(b) 実践行動(Behaviour)・目標達成のために言ったりしたりするすべてのこと。ファイリング、書類記入、販売、発注、購入など。
(c) 事後方策(Consequence)・実践行動の後でマネジャーが行なうこと。結果に対する喜怒哀楽の共有、称賛、叱責、支援など。
●「PRICE」システム
(1) 明確化(Pinpointing):主要な達成目標を測定可能な具体的な表現で明確化することで、1分間目標設定の一部である。
(2) 記録(Recording):実践行動や実績を測定し進捗度を調べるためにデータを収集し、グラフに示す。
(3) 参画(Involving):実践行動目標を話し合って決め、教育指導や評価の方法についても、前もって合意しておく。
(4) 指導(Coaching):実践行動を観察して、建設的なフィードバックをかける。
(5) 評価(Evaluating):実践行動の進み具合を調べ、今後打つべき手だてを決める。叱責や称賛の一部でもある。

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「●岩波新書」の インデックッスへ

テキストとしてまとまっているが、もう少し面白いものを期待していた。

経営者の条件.jpg  『経営者の条件』 岩波新書 〔04年〕

 本書ではまず、経営者を「オーナー経営者」と「サラリーマン経営者(専門経営者)」に区分し、実事例を挙げながらその特質を分析しています。 
 そのうえで、経営者の役割や求められる能力を、学者や経営者の言説に基づいて示し、日本的組織の中で「専門経営者」が果たしてきた役割やその限界を考察しています。 
 さらに後段では、多発する経営不祥事に触れ、経営者と企業倫理の問題を考察しています。
 これらは、リクルート社の専務として、あの江副浩正という創業社長を「専門経営者」の立場から支えてきた著者ならではの流れであり考察であるかと思います。

 HRR(リクルートの人事測定事業社)の初代社長でもあるということで面白いものを期待しましたが、本題である「条件」等については、ドラッカー、P・コッター、ジャック・ウェルチなどの言っていることをそのまま引いていて、著者自身の独創があるわけではなかったのが残念でした。
  経営者能力のアセスメント手法(HRRのもの)の紹介などにその特徴が表れている程度です。 
 それでも、経営者の機能とは何かなどを再整理するうえでの"テキスト"としてのまとまりはあるかと思います。
 
 セゾングループやダイエーグループのオーナーの挫折と「専門経営者」の奮闘に触れていますが、そのあたりをもっとドラマチックに書いたら面白いかとも思うけれど、そうしたら「新書」ではなく「小説」になってしまうのかも。

大沢 武志.jpg 大沢 武志(1935-2012)
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大沢 武志(おおさわ たけし)
著書 『経営者の条件』(岩波新書)、『心理学的経営』(PHP研究所)、『採用と人事測定』(朝日出版社) ほか
1935年 滋賀生まれ。
東京大学教育学部卒業。同大学院修士課程修了。
1965年 日立製作所から日本リクルートセンター(現リクルート)に入り、取締役テスト部長、専務取締役、組織活性化研究所長。
1989年 人事測定研究所(HRR→現リクルートマネジメントソリューションズ)を設立し、代表取締役社長に就任。
2000年 社長退任後流通大学教授を経て、現在、産能大学大学院客員教授として活躍。
2011年 12月EHR顧問就任
2012年 2月25日永眠

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有名経営者の本などに読み進むには手頃な手引きになるかも。

ビジネスを変えた7人の知恵者.jpg  『ビジネスを変えた7人の知恵者』 (2003/12 角川書店)  What the Best Ceos Know.jpg "What the Best CEOs Know: 7 Exceptional Leaders And Their Lessons for Transforming Any Business"

 経済・経営ジャーナリストである著者によると、米国は'90年代終わりから'00年にかけてエンロン事件などの企業不祥事により、大物経営者というのが何か胡散臭いイメージで見られるようになり、あのジャック・ウェルチに対してさえも、不倫騒動や法外な退職金に対する批判があるとのことです。
 しかし、だからと言って、かつて企業の危機を乗り越えた天才的な経営者たちが残した変革の偉業まで否定するのは間違いで、彼らがどのように考え、ピンチをチャンスに変えたのか、その戦略的思考を今一度検証し整理してそこから学ぶというのが、本書の趣旨です(原題は"What the Best CEOs Know")。

 取り上げられている7人のCEO(本書出版時には、ほとんどがその職を辞している)は、
 1.デルコンピュータのマイケル・デル
 2.GEのジャック・ウェルチ
 3.IBMのルー・ガースナー
 4.インテルのアンディ・グローブ
 5.マイクロソフトのビル・ゲイツ
 6.サウスウエスト航空のハーブ・ケレハー
 7.ウォルマートのサム・ウォルトン
 ですが、例えばウェルチの場合は、真の学習する企業をつくることを目指し、そのためにどうしたかというように、それぞれの戦略的思考の特長的部分に的を絞って書かれています。

 マイケル・デルもルー・ガースナーも、企業文化を顧客志向に変えたことが大きな特徴であり、こうして見ると当然のことながら、彼らの戦略的思考には重なり合う部分も多い。
 そうした中で、サウスウエスト航空のハーブ・ケレハーの「第一の顧客として社員を厚遇する」というのは、すごく際立っているように思えました。

 全体として教科書のような構成で、各章に設問があり、こんな問題に直面したとき彼ならどうするかと問うていますが、それこそ正にそのCEOの直面した問題なので、本文を読んだ後ではある程度見えてしまう...(自社のことに引き付けて考えて欲しいという著者の意図という程度に見てよいのでは)。

 時間が無い人には便利な"要約本"ですが、1人当たりの紙数が限られているので"要約"され過ぎてしまっている感じもして、物足りなさがあります。
 ただ、今までその経営手腕の中身を知らなかった有名経営者の本などに読み進むには、手頃な手引きになるかも知れません。

《読書MEMO》
●卓越した7人のCEOの共通項(54p)
1.「外向き」志向の持ち主である
2.「伝道師の資質」をもつ
3.企業文化の重要性を認識している
4.次世代の商品、事業手法の開発や導入に取り組んでいる
5.すぐれたアイデアは誰が考えたものでも積極的に取り入れる
6.経営術の世界に新しい知見をもたらしている

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「●ピーター・ドラッカー」の インデックッスへ

ドラッカーの著作に触れた人の復習用、初めての人の元本に至る橋渡しとして。

経営の哲学― ドラッカー名言集 仕事 変革 歴史.jpg経営の哲学― ドラッカー名言集.jpg経営の哲学― ドラッカー名言集.jpg
上田 惇生.jpg 上田 惇生氏(1938-2019
経営の哲学― ドラッカー名言集』 (2003/07 ダイヤモンド社)

 昨年['06年]11月に95歳で亡くなったピーター・F・ドラッカー(1909‐2005)の著作から、その多くを翻訳してきた上田惇生氏が、「経営」についての言葉を選んで編集した名言集で、『仕事の哲学』、『変革の哲学』、『歴史の哲学』と合わせた4部シリーズのうちの1冊です。因みに米国などでも、ドラッカーの本で一番売れているのはこうした「金言集」のようです。

 1ぺージに1つの抜粋で、少し贅沢ですが余白が多くて読みやすく、しかし一言一言は重いと思います。ドラッカーの著作に触れたことのある人の復習用としても使えますが、彼の著作を初めて読もうという人が、そのニュアンスや自分との相性を測るうえでも良いのではないのでしょうか。

 本書では、マネジメントの役割、事業の定義、戦略計画、コア・コンピタンス、顧客、マーケティング、イノベーション、生産性、利益、コスト、意思決定、目標管理、人のマネジメント、組織構造、社会的責任の15の章立てに沿って、200近い名言が紹介されていますが、やはり、総合経営書である『現代の経営(上・下)』('54年著作/'65年/ダイヤモンド社)『マネジメント-課題・責任・実践』('74年/ダイヤモンド社)からの抜粋で約半分を占めているようです。

 こうした年代を経た著作の言葉が生きているというのは、1つには物事の本質をついているということの表れであり、またもう1つには、経営学者の言葉と言うよりも、社会学者、心理学者、思想家の言葉のような普遍的性質を持っているからではないかと思います。

 とりあえず今は時間が無いという人にお薦めですが、ドラッカー初体験の人の場合は、元本(もとほん)の文脈の中で捉えないとわかりにくい要素もあるので、あくまでも元本に至る橋渡しの書として、予め位置づけておいた方が良いと思います。

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「●光文社新書」の インデックッスへ

アグレッシブな経営文化。潔い不退転の姿勢。キャリアに伴う偶然性。

ウェルチにNOを突きつけた現場主義の経営学.jpg 『ウェルチにNOを突きつけた現場主義の経営学』 光文社新書 〔'03年〕

 ほとんど偶然に近いかたちでGEの日本法人に就職し、異例の出世で米国本社の副社長にまで昇りつめたものの、ジャック・ウェルチと事業部門の撤退を巡って対立し、個人で起業するに至った―という著者の自伝的経営論です。

 メーカーにおける「購買」という仕事の一端が窺えて興味深かったですが、それ以上に、こうした米国企業における個人の職域や専門性に対する考え方が、いかに日本企業と異なるかが著者の経験を通じてよくわかります。
 個人主義・実力主義であることには違いないが、部下を育てなければ次のステージにいけないなど、日本企業も学ぶ点は多いのではと思いました。

 ジャック・ウェルチに表象されるGEのアグレッシブな企業文化は有名ですが、経営陣もそうした経営文化に耐え得る"ウィナーズセンス"の持ち主でなければならず、その中にたまたま日本人である著者がいただけともとれます。
 「ウェルチにNOを突きつけた」と言っても、上司はウェルチであって、「NOを突きつけた」のはウェルチの方だろうと突っ込みたくもなりますが、常に何かあれば全責任を負う覚悟でいる著者の不退転の姿勢には、潔さが感じられ好感が持てます。

 GE退社後に「レーザーターンテーブル」(=針無しレコード再生機、値が張ります)の事業に賭ける話もさることながら、前段のGEに就職するまでの話はキャリアというものに偶然性がつきまとうことを示していて、読み物としても面白いものでした。

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出井氏の下、バリューチェーン・カンパニーを目指したソニーだったが...。

非連続の時代.jpg 『非連続の時代』 (2002/12 新潮社) 非連続の時代2.jpg 新潮文庫 〔'04年〕

 ソニーの社長だった著者が社長就任の'95年から'02年までの間に内外に向けて行ったスピーチを集めたものですが、それぞれに単なる挨拶や世相分析にとどまらず、しっかりしたメッセージ性があり、また「収穫逓増の法則」といった経営理論から「複雑系」などのアカデミックな内容も含まれていて、それらを噛み砕いて話す技量には感心させられます。

 テレビとPCは融合すると言ったビル・ゲイツの予測が外れた理由の考察(「30度の法則」に納得!)や「Qualia(クオリア)」の話(茂木健一郎氏に感化されすぎ?)などもあります。

 盛田昭夫氏はスピーチのときに原稿を見なかったそうですが、出井氏がどうしてかと問うと「人を口説くとき原稿を見ますか」と言われたとのこと。出井氏も原稿を見ないで、これだけの話をしたのだろうか。

 インターネット普及によるネットワーク社会の到来で、人と企業は自ずと変らなければならず、そのためには過去の経験や現状に囚われない新しい発想に基づく「非連続の改革」というものが欠かせないと言っています。

 個人的に興味深かったのは、GEを「ポートフォリオ・カンパニー」、ディズニーを「バリューチェーン・カンパニー」とし、ソニーは後者を目指すとしているところで、エレクトロニクス、ゲーム、コンテンツ(映画・音楽)をその核に置いていること(製品としてのVAIOのコンセプトなども見えてきます)。

  '99年の段階で携帯電話がタダで売られているのを見て従来型ものづくりの限界を知り、その背景にある通信事業も国際競争にさらされるなか、コンテンツビジネスを志向したのはわからなくもありません(MGM買収に見られるように、同じものづくりでも、ソフトウェア志向になった)。

 「オールソニーのシナジー効果の最大化」を図った...しかし、その結果、イノベーションの弱体化(ウォークマンがiPodにとって代わられるなど)を招いたのは皮肉。
 経営悪化に伴い、買収の赤字を補填していたのは旧来のビジネスであり、社内の上層部の体質は極めて内向きで、商売のやり方は杜撰な殿様商売だった...等々、内実が暴露されているようですが、著者が「賢人会議」で講演している間に、社内ではいろいろな不満がくすぶっていたのでしょうか(現実は理想どおりにはなかいかないものだなあ)。

 【2004年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●ジョン・コッターの「変革のための8つのステップ」の出井流アレンジ(19p)
1.危機意識の確立と共有
2.経営ビジョンの創造と伝達
3.アクションを起こすための強力なマネジメント体制の確立
4.具体的な目標設定
●「ポートフォリオ・カンパニー」と「バリューチェーン・カンパニー」(76p)
・ 「ポートフォリオ・カンパニー」...各ビジネスユニットが独立でビジネス展開し、成果を上げられないユニットは切り捨てるか他社へ売却
・ 「バリューチェーン・カンパニー」...それぞれのビジネスユニットが互いに密接な関係を持ってシナジー効果を高め合う

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「実直」で「分析的」なCEOが書いたIBM復活の物語。

巨象も踊る.jpg 『巨象も踊る』 (2002/12 日本経済新聞社) Who Says Elephants Can't Dance.jpg Louis Gerstner "Who Says Elephants Can't Dance?: How I Turned Around IBM"

 巨大企業IBMはかつて、パソコンのOSの支配権をマイクロソフトに、マイクロプロセッサーの支配権をインテルに委ねましたが、その後のパソコンの普及、企業情報システムのダウンサイジングなどにより、'90年代初頭にはそれらの新興企業とは対照的に、メインフレーム主体のその経営は悪化していました。
 にもかかわらず、社内には連帯感や危機感が薄く、いわば大企業病が蔓延していた―。

 そこへCEOとしてナビスコから来たのが情報産業の門外漢ルイス・ガースナーですが、彼がどのようにして大企業病からの脱却を図り、経営を安定させたかを、本書では専門ライターを使わずに自身が克明に述べています(原題は"Who Says Elephants Can't Dance?"-「踊る」ということをポジティブな意味で使っている)。
 
 基本的には、サービス主導モデル、ネットワーク主導モデルを確立するという戦略を立てるわけですが、顧客志向の企業体質に転換を図るうえで最も障壁だったのが「企業文化」をどう変えるかという問題であったと―。
 また、ネットワーク、eビジネスに対する考え方は、企業買収に極めて慎重でありながらもノーツを有するロータスに対しては買収に踏み切り、また(彼の退任後ですが)パソコン事業を中国企業に売却したことにも表れていているかと思います。

 個人的には、ジャック・ウェルチがアグレッシブで、インスピレーションの人という印象なのに対し、彼は派手さはありませんが実直で、コンサルタント出身らしく理知的・分析的であるという印象を持ちました。
 もちろん競合企業に対してはアグレッシブなのですが、それらのトップ、例えばビル・ゲイツなどに対しては、自分とは異質の人種と見ているようです。
 むしろ彼が最後の方で批難しているのは、ネットバブルとその崩壊を招いた投資銀行などです。
 でも彼はその後、カーライル・グループという世界最大級の投資顧問会社のトップに収まっている...。

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)
【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

《読書MEMO》
●わたしの経営哲学(抜粋)(42p)
・手続きによってではなく、原則によって管理する。
・われわれがやるべきことのすべてを決めるのは市場である。
・速く動く。間違えるとしても、動きが遅すぎたためのものより、速すぎたためのものがいい。
●報酬制度についての四つの主な変更(135p)
・ 均質性→差別化
・ 固定報酬→変動報酬
・ 内部ベンチマーク→外部ベンチマーク
・ 社員の権利→業績本位
● 成功を収めている経営者の三つの基本的な性格(288p)
・ 焦点を絞り込んでいる
・ 実行面で秀でている
・ 顔の見えるリーダーシップがすみずみまで行き渡っている
● マッキンゼーにいたころ、多数の企業を見てきて、「ビジョン」が「戦略」とおなじものだと考える経営者が多いのには驚いていた。(中略)ビジョンをまとめると、自信と安心感が生まれるが、これはじつはきわめて危険なことだ。(294-295p)
● わたしが一貫して確信している点だが、称号は個人ではなくポストにつくべきであり...(394-395p)

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「●ピーター・ドラッカー」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ピーター・F・ドラッカー)

マネジメントの総合書であり教科書であると同時に、質の高い啓蒙書。

ドラッカーマネジメント.jpgマネジメント 基本と原則 エッセンシャル版.jpg 抄訳マネジメント.jpg ピーター・F・ドラッカー03.jpg Peter Drucker
マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]』 〔'01年〕 『抄訳マネジメント―課題・責任・実践』 〔'75年〕

 1974年、ピーター・F・ドラッカー(1909‐2005)は大著『マネジメント-課題・責任・実践』('74年/ダイヤモンド社)において独自の経営論を体系化し、ドラッカー経営学ともいうべき大著に仕上げましたが、その「抄本」は、米国の大学やMBAコース、セミナーなどでもテキストとして使われており(ちなみに、この"圧縮版"も、著者とは別の人がサマリーを作ったのではなく、ドラッカー自身が書いている)、日本でも『抄訳マネジメント』('75年/ダイヤモンド社)として親しまれてきました。本書はその「抄訳」の内容をほぼ移植したものです。 

Peter Ferdinand Drucker.bmp ドラッカーは'70年代に既に、「経済学のフリードマン」と並び称される「経営学の泰斗」としてその名を馳せており、経営に「マネジメント」という考え方を入れたのも、「目標管理」という概念を開発したのもこの人ですが、にも関わらず「経営学者」というより「思想家」に近いかも知れず、'80年に出版されたThe Best of Everything という本では「教祖のベスト」としてその名が挙げられていて、本書なども「啓蒙書」的な感じがします。

 ただし、本書を読んで実感するのは、産業界の事実をよく観察した上でロジックをあてはめ、それに社会学や心理学的な視点からの人間的要素を加味し(この点が読者の共感を呼ぶ要因の1つだと個人的には思っていますが)、トータルな理論体系を構築している点です。

 企業とは何かということから説き起こしているように、先ず巨視的にマネジメントの使命・目的・役割論から入って、マネジメント課題の次元とそれぞれの次元に求められているものを整理したうえで、組織や人の問題、トップの役割やマネジメント戦略について語っています。

 企業の機能は「マーケティングとイノベーション」であるとスッパリ定義してみせるなど、切り口も纏め方も明快で読みやすく、マネジメントの総合書であり教科書であると同時に、ビジネスパーソンにとって質の高い啓蒙書でもあると思います。
 
【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)
【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

《読書MEMO》
●企業=営利組織ではない。企業の目的は社会貢献であり、ただし、高い利益をあげて、初めてそれができる(14p)
●「企業の目的は、顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす」(16p)
●労働における5つの次元...生理的・心理的・社会的・経済的・政治的次元(59p)
●心理的支配...マクレガーの〈X理論とY理論〉に関し、産業心理学はY理論への忠誠を称するが、その前提たるやX理論そのものである(65p)
●働き甲斐を与えるのは「責任と保障」であり、責任の条件には
 1.生産的な仕事、
 2.フィードバック情報、
 3.継続学習
 の3つが不可欠(73p)
●「人こそ最大の資産である」必要なのは実際に行うことである(81p)
 1.仕事と職場に対して、成果と責任を組み込む
 2.共に働く人たちを生かすべきものとして捉える
 3.強みが成果に結びつくように人を配置する
●「目標管理の最大の利点は、自らの仕事ぶりをマネジメントできるようになることである」(140p)
●組織の条件(198p)...
 1.明快さ
 2.経済性
 3.方向づけの容易さ
 4.理解の容易さ  
 5.意思決定の容易さ
 6.安定性と適応性
 7.永続性と新陳代謝
●五つの組織構造(204p)...
 1.職能別組織
 2.チーム型組織
 3.連邦分権組織(事業部制?)
 4.擬似分権組織
 5.システム型組織(CFT?)

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ジャック・ウェルチ)

話題になったウェルチ流の事業戦略・人材戦略・リーダーシップ。

ジャック・ウェルチわが経営.jpg ジャック・ウェルチわが経営 下.jpg  日経ビジネス人文庫 ジャックウェルチ わが経営 上.jpg 日経ビジネス人文庫 ジャックウェルチ わが経営 下.jpg
ジャック・ウェルチわが経営<上><下>』 ('01年/日本経済新聞社) 『ジャック・ウェルチ わが経営(上) (日経ビジネス人文庫)』『ジャック・ウェルチ わが経営(下) (日経ビジネス人文庫)』['05年]

ジャック・ウェルチ.jpg 本国出版、日経連載、日本語出版の間が1ヶ月という早業だったと思いますが、文庫化('05年4月)も、M&Aが巷間に話題の折で、ある意味ジャストタイミングでした。

Jack Welch

 まず注目は事業戦略。「ナンバー1・ナンバー2戦略」は、実践例と共に読む者をひきつけますが、有名なこの戦略は、あのピーター・ドラッカーの言葉からヒントを得てるようです。
 たしかにすさまじい"M&Aぶり"ですが、一方で買収企業の企業文化がGEのそれと相容れるかどうかを重視していることもわかります。組織戦略、人材戦略においてもそうですが、"価値観"重視です。

 その人材戦略の1つ、トップ20%がAの人達で、活性化すべきは真ん中70%のBの人達、ボトム10%のCのの人達には会社を去ってもらうというのは、管理職に限っての話ですが、徹底しています。
 日本のS社では早速マネして社員に同じことを導入し、すぐさま解雇争議となり、会社側が敗訴しています。

 一時期"日本版ウェルチ待望論"がありましたが、大企業でどれだけそうした事例があったでしょうか。
 日本的リーダーシップとなるとまた違ってくるのでしょうか。
 競争心の強い彼の性格(自身が唱えるリーダーシップの4Eの1つ"Edge"(決断力)には競争心という意味合いもある)が随所に表れていますが、自分の上司やライバルがこんな人だったらちょっとキツイなあと、個人的には思ったりもして...。 

 ジャック・ウェルチ型の経営がいかに米国企業でもてはやされたかということについては、例えば冒頭の「ナンバー1・ナンバー2戦略」に関して、米国の家電メーカーなどはすべてGEに倣ってこれに追随したということにも表れているかと思います。
 ここで言われている「ナンバー1・ナンバー2戦略」とは、グローバル市場においてナンバー1・ナンバー2になり得ない分野からは撤退するという意味であり、1980年代の終わりまでには、米国の家電メーカーはカラーテレビや冷蔵庫を製造しなくなり、それらの製品について米国はすべてを輸入に頼っています。

 【2005年文庫化[日経ビジネス人文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
●ナンバー1かナンバー2でなければ、再生、売却、もしくは閉鎖(上178p)
●活性化カーブ...Aプレイヤートップ20、Bバイタル70、Cボトム10(上250p)
●Aプレイヤーの4つのE...
 ・活力(Energy)
 ・周囲の活力を引き出す(Energize)
 ・決断力(Edge)
 ・実行力(Execute)
 各々Pationにより結びつく(上251p)

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かなりノー天気では。この本で勇気の出る人がいるのなら、まあいいが。

勇気の出る経営学.gif  『勇気の出る経営学』 ちくま新書 〔'01年〕

 もともとは経営史が専門の著者ですが、起業セミナーなどの講師やパネリスト、はたまたコーディネーターとしても活躍していて、そのノリのいい語り口に接した人も多いと思います。
 本書はそのノリをそのまま活字にしたような感じですが、自分にはかなりのノー天気な内容に思えました。

 経営者に対しては株主市場主義に基づく人的リストラの必要を説いていますが、著者の言う"敗者復活"のシステムが日本の労働市場では充分に機能していないからこそ、安易にリストラに踏み切れないという面もあるでしょう。
 そうした面を知りながら、「楽しい会社」を目指せとか、団塊の世代よ団結せよとか言う、企業や個人に向けての著者の呼びかけには、何か空しさを感じます。

 引いてくる事例が、サウスウエスト航空とかGEとか、あるいはシリコンバレー型のべンチャーだったりして、アメリカ偏重が甚だしい。
 全員がべンチャーを目指せというような論調になっているのも、お気楽。なれない人はどうするのかという視点が見られません。
 リーダーシップ論に至っては、どこかの国の国王やダライ・ラマなど、最初から権威に土台の上にいる人をとり上げ礼賛していますが、たまたま著者と接触があったにしても、説得力は乏しい感じがします。

 社員のエンピロイアビリティを高めることが株主利益に相反するという著者の発想は、まさに人材"飼い殺し"のススメでしょう。
 普通の読者なら、細部のエピソードに感応する前に、全体のバラバラぶりに気づくかと思いますが、書いている本人がそのことに気づいていないことが一番のノー天気では。
 
 ―と突っ込みばかり入れましたが、不況下においてやたら悲観論や脅威論が横行しがちな中で、若い人に向けて楽観的な明るいメッセージを発することで、それにより多少とも勇気が出る人がいるなら、これはこれでいいのかも...。

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「ナレッジマネジメント」の概念整理には役立つが、応用するのはたいへん。

知識経営のすすめ.jpg ナレッジマネジメント.png 野中郁次郎氏.jpg 野中郁次郎・一橋大名誉教授
知識経営のすすめ―ナレッジマネジメントとその時代』ちくま新書〔'99年〕 

 「ナレッジマネジメント」というのは日本にとって"逆輸入"概念であり、では誰が最初に"輸出"したのかと言えば、野中郁次郎氏ということになるのでしょうが、本書は、その野中氏自身と広告会社出身の紺野氏による「知識経営」(ナレッジマネジメント)の一般向け入門書です。

 米国企業がこぞって力を入れた「ナレッジマネジメント」というものが、ベストプラクティス知識の共有を主眼としたもので、情報システムを整備して意味情報を活用しようとするこうした動きは、あくまでも「形式知」寄りの「ナレッジマネジメント」で、本来の「ナレッジマネジメント=知識経営」の初期兆候にすぎず、本書ではそうした「ナレッジマネジメント」を敢えて「狭義の知識経営」とし、本来の「知識経営」とは概念区分しています。
 データベースは「情報」に過ぎず、「知識」は人の中にあるという考えはわかりやすいし、同時に、共有化することの難しさもそこにあると思います。

ナレッジマネジメント2.png 本来の「知識経営」における知識創造のプロセスは、「暗黙知」と「形式知」の相互作用であるべきで、そこで出てくるのが有名な野中理論、「SECI(セキ)」という共同化・表出化・統合化・内面化から成る暗黙知・形式知の変換プロセスですが(「統合化」を「結合化」や「連結化」とすることもある―この理論は先に英文で発表された)、この辺りから、理論的にはきれいだが、実際の経営現場での応用イメージが涌きにくくなるような気がしなくもありません。
 それに救いの手を差し出すかのように、後段で「知識創造」を促す「場」の役割と重要性を説き、そのデザイン方法を示していますが、個人的にはどうしても「理論的にはきれいだけど...」という印象はやはり残りました。
 ホンダの「わいがや」など具体例もありましたが、企業文化として既にそうしたベースがある企業とない企業とでは、障壁の高さが異なると思います。

 今読んでも、本書の趣旨はよくわかるのですが、"職人"的ベテランにとって「暗黙知」は自らの雇用の生命線だったりもするので、暗黙知を形式知に変換することを促すような組織風土やシステムを作らないと、知識ワーカー個々が「志の高さ」を持つといった個人倫理に依存するだけではうまくいかないという気もします。

《読書MEMO》
●SECIプロセス(111p)
◆共同化:暗黙知からあらたに暗黙知を得るプロセス(身体・五感を駆使、直接経験を通じた暗黙知の共有、創出)
◆表出化:暗黙知からあらたに形式知を得るプロセス(対話・思慮による概念、デザインの創造(暗黙知の形式知化))
◆統合化:形式知からあらたに形式知を得るプロセス(形式知の組み合わせによる新たな知識の創造(情報の活用))
◆内面化:形式知からあらたに暗黙知を得るプロセス(形式知を行動・実践のレベルで伝達、新たな暗黙知として理解・学習)

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面白かった。卓越したアイデアと倫理的な人柄が伝わってくる本。

小倉 昌男 『小倉昌男 経営学』.jpgogura.jpg 『小倉昌男 経営学』 〔'99年〕 31572675.jpg自ら語る小倉昌男の経営哲学 (日経ベンチャーDVD BOOKS)]

 '05年7月に80歳で逝去した元ヤマト運輸社長の著書(没後すぐにDVD BOOKなど多くの特集企画が組まれた)。
 すでに'95年に同社の会長をスッパリ退き、この初めての自著が出たときには、福祉財団の仕事に専念していました(『福祉を変える経営-障害者の月給1万円からの脱出』('03年/日経BP社)という著書もある)。

 「宅急便」はヤマト運輸の商標ブランド名だということを、遅ればせながら本書で知りました。
 著者は、昭和51年に日本で初めて個人宅配事業をスタートさせるのですが、成功の可否を探る労働生産性やマーケティングに関する考察過程が描かれていて、運輸業界の実態も分かり面白かったです。
 セミナーや他業種から学ぼうとする姿勢が素晴らしいと思いました。
 マンハッタンの交差点にUPS(米国の運送会社)のトラックが4台停まっているのを見て、"集配単位の損益分岐点"というものを着想したのも、四六時中、新規事業のことが頭にあったからでしょう。
 「吉野家」や「JALパック」からサービスの形態を学んだり、"ハブ空港"の仕組みから集配ネットワークシステムをモデル化したり、本当によく考え、また自ら周囲を説得して実行する経営者だったのだなあと。

 セールスドライバーは"寿司職人"であるという発想がわかりやすいです。
 社員の仕事への誇りを大切にし、労働組合を経営に生かし、人事においては年功序列を排し、組織フラット化を図ることを提唱しています。
 人事評価というものは難しく、上司の評価だけでは頼りにならないので「下からの評価」「横からの評価」を入れるが、評価項目は実績ではなく"人柄"だと言い切っています。

 日本では客観的に通用する実績評価の方法は見当たらず、一方、人柄の良い社員は顧客にも喜ばれるのは確かだからと。
 社員数が、NTTやJR東日本を除いた純粋な民間企業では最も多いというのは知りませんでした。もちろん、財務体質の強化も図っている。宅急便事業は日銭の入る商売だというのもナルホドと。

 三越の岡田社長の専横に憤慨し、得意先としての関係を断つ話も冒頭にありますが、社長在任中の最大の"ケンカ相手"は旧通産省。マスコミを利用して世論を味方につけるやり方がうまいと思いました。
 「ミスター規制緩和」と言われた著者の、卓越したアイデアと倫理的な人柄が伝わってくる本です。

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マネジメントの今日的な問題を重点的にとりあげている読みやすい本。

明日を支配するもの.jpgManagement Challenges for the 21st Century.jpg 明日を支配するもの~Management Challenges for the 21st Sentury by ドラッカー.jpg  d_t.gif 
明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命』〔'99年〕「Management Challenges for the 21st Century」「Management Challenges for the 21St Century」[カセット]/ドラッカー(『明日を支配するもの』刊行の頃〔90歳〕)

『明日を支配するもの命』.jpg 昨年['06年]11月に95歳で亡くなったピーター・F・ドラッカー(1909‐2005)の1999年の著作で(「原題は"Management Challenges for the 21st Century")、世界17カ国で同時出版されベストセラーとなったものですが、章立ては次の通りとなっています。

 第1章 マネジメントの常識が変わる-パラダイム転換
 第2章 経営戦略の前提が変わる-21世紀の現実
 第3章 明日を変えるのは誰か-チェンジ・リーダー
 第4章 情報が仕事を変える-新情報革命
 第5章 知識労働の生産性が社会を変える-先進国の条件
 第6章 自らをマネジメントする-明日の生き方

 こうして見るとマネジメント全般についての集大成的著書にも見え、実際過去の自著からの引用も多いのですが、本書の特徴は、マネジメントにおける21世紀的な問題、つまり今日的な問題(かつ既にその兆しが現れている問題)を重点的に取り上げて説いていることで、常に時代の先を見据える著者らしいものです。

 第1章のマネジメント論では、従来のマネジメントの常識が変わったことを指摘し、第2章の経営戦略論でまず論じているのは、「競争力戦略」のことと言うより「少子化」の問題や「コーポレートガバナンス」の問題です。
 第3章は「リーダーシップ論」と言うより、今後「チェンジ・リーダー」となりうる組織とはどういうものかという「経営組織論」です。
 また、そうした流れの中で、個人としてどう生きるかについて述べた第6章は、仕事・キャリア・人生設計についての示唆の富むもので、これもまた著者らしい内容です。

 最後に日本の読者向けに「日本の官僚制」について述べた文章が付いていますが、日本は官僚主導の社会であり、すべてを先延ばしする「官僚」の本質(そのために経済バブルとその崩壊を招いた)を指摘しながらも、それに代わる指導層が現れない限り官僚支配は続くとし、また、日本というのは、国民の関心もそうだが、「経済」よりも「社会」が優先する国だと言っているのが興味深いです。

 本文中にある多くの例証を見ても、89歳にしてよく社会動態を観察し分析している点に感心させられます。

 彼の「3大古典」などと言われる著作に比べ、取り上げられている事例に近年のものが多く、また、日本について触れられている部分が上記のほかにも多くあります。 
 先進国での人口激変を指摘する際にも、まず日本を取り上げ、日本の人口は21世紀末に5000万あるいは5500万人に減少すると指摘しています。 
 
 全体を通して文章自体がエッセイ風であることなどからも、比較的誰にでも親しみやすい1冊ではないかと思います。

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