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経営論&人生論の名著『もっといい会社、もっといい人生』の新訳版。

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THE HUNGRY SPIRIT これからの生き方と働き方』['21年] 『もっといい会社、もっといい人生―新しい資本主義社会のかたち』['98年]

 「英国のドラッカー」と称される著者による本書(原題:The Hungry Spirit,1997)は、あるべき資本主義を説いた経営論であるとともに、企業人のための人生論も語られている本です。以前に『もっといい会社、もっといい人生』(1998年/河出書房新社)として邦訳が刊行されていますが、今回はその23年ぶりの新訳版となります(約四半世紀を経て新訳が刊行されること自体が、名著の証しとも言える)。

 PART1「資本主義のゆがみを見つめる」(第1~3章)では、資本主義社会の問題や不安について考察しています。第1章では、資本主義における市場の限界について述べ、市場原理に基づく効率の追求は、社会全体に大きな歪みを生み出しかねないとしています。

 第2章では、効率の追求は、社会を一部の人には有利に、他の多数の人々には不利に傾斜させるとしています。第3章では、資本主義の欠点を直そうとしてそれ自体まで失ってはならず、資本主義は道具にすぎないものであり、人類が暮らすこの世界を救済する手段は、人間の心の中にしか存在しないとしています。

 PART2「自分の人生を見つめる」」(第4~7章)では、人生の目的は、世界を少しばかり良くすることでなくてはならないとしています。第4章では、これからの人生の在り方として、自分の人生の筋書きを自分 の手で書くことができる時代になるが、それには責任とモラルが求められ、また、企業にも個人と同様、その行動と運命に責任が求められるとしています。

 第5章では、人生の充足に至るまでには、「生存志向型」→「外部志向型」→「内部志向型」の3段階の心理学的な類型があるとしています。また、「正当な利己性」は誰もが持つべき権利であるとしています。第6章では、生きる意味を見い出すための4要素として、人生という旅の活力となる夢を持つこと、自分にとっての「十分」を知ること、崇高なものの味わいを経験すること、最後に、世界に貢献することで自分の人生を永遠化すること、を挙げています。また、自分の関心に基づく活動の仲間が新しい"家族"になるとしています。

 PART3「これからのまっとうな社会に向けて」(第8~10章)では、PART2で展開した考えを社会制度に当て嵌めて考察しています。第8章では、会社にとっての本当の目的とは何かを考察し、社会の一市民としての企業の在り方を探っています。

 第9章では、企業における市民性とは才能ある社員をどうまとめるかであり、そこには信頼というものが大きく関わってくるとしています。第10章では、自分自身と他者に対する責任感を育てる教育の必要性を説いています。

 そして、エピローグでは、企業と社会と人生の理想的な関係をどう構築していくかを考察し、未来の社会に起こり得ることを予測するとともに、人は誰でも心の中で、よりよい世界、より公正な世界を求めているので、世界は変えることができるとしています。

 本書において著者は、「正当な利己性」というキーフレーズをよく用いています。それは、個人としては「利己と利他とが調和した姿」であり、同様の姿勢を企業にも求めています。それにより「品位のある資本主義」が実現されるというのが著者の考えです。資本主義の限界を分析して「あるべき社会」を探るとともに、企業人にとってより良い人生とは何か、自らの人生をどう生きるべきかを説いており、人事パーソンに限らず、ビジネスパーソンに広くお薦めできる本です。

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既成概念にとらわれない新たなマネジメントの視座への気づきを与えてくれる。

『これからのマネジャーが大切にすべきこと.jpgこれからのマネジャーが大切にすべきこと.jpg
これからのマネジャーが大切にすべきこと 42のストーリーで学ぶ思考と行動』['20年]

 経営思想界の泰斗が、自らのブログ記事の中からマネジャーにとって特に有意義だと思えるものを42本選んだものです。マネジャーが寝る前にベッドで読めるような内容を意図していて、01から42までのストーリーがマネジメントや組織など7つのカテゴリー(章)に分類されています。

 第1章「マネジメントの話」では、02で、ピーター・ドラッカーの「マネジャーはオーケストラの指揮者のようなものである」という見方が本当に正しいのかを批判的に考察しています。また、03では、よく言われる「正しい物事を行うのがリーダーで、物事を正しく行うのがマネジャーだ」という言い方に疑念を呈し、「リーダーシップをマネジメントから切り離して考えるのはもうやめよう」と述べています。このように、従来の経営思想家と一線を画しているのが特徴です。

 さらに第2章「組織の話」では、10で、素晴らしいと思える組織では、リーダーシップ以上に、強力なコミュニティシップの精神が浸透しており、これからはリーダーシップよりもコミュニティシップが重視されるようになるとしています。12では、ハーバード・ビジネス・スクールのジョン・コッターが提唱した企業変革モデル(8段階の変革プロセスモデル)に対し、それはCEOで始まりCEOで終わっているが、1人のリーダーがいて、あとはすべてフォロワーにすぎないという考え方はいかがなものかとしています。

 第3章「分析の話」では、18で、ハーバード・ビジネス・スクールのロバート・キャプランらが、「数値で計測できないものはマネジメントできない」というのは"よく知られている格言"であるとしているのに対し、よく知られてはいるが、実際には文化やリーダーシップは数値で計測できるものではなく、この"格言"は馬鹿げた内容であると斬り捨てています。22では、マネジャーの仕事の質は、数値で評価するのではなく、頭を使って判断すべきであるとしています。

 第4章「マネジャー育成の話」の25では、ケーススタディ学習は実際の経験とは別物であることを心得るべきであるとし、27で「MBA」での授業の在り方を批判するとともに、自分たちが開発した新しい教育プログラムのポイントを挙げ、28では、その実際の進め方の特徴を紹介しています。

 第5章「分脈の話」では、後継人材の探し方や、グローバル人材であるより広い視野を持った人材であることの重要性を説き、第6章「責任の話」では、ダウンサイジングの問題点やこれからのCSRの在り方について述べています。

 そして、最終の第7章「未来の話」では、38で、誰もが発揮できる平凡な創造性こそが非凡な力を生むとし、40で、「もっと多く」より「もっとよく」を目指すべきであると、41で、ベストよりグッドを目指ざせと説いています。

 MBA教育の在り方などに対する批判を通して、既成概念にとらわれない新たなマネジメントの視座への気づきを与えてくれる本です。著者は、MBAでは、マネジメントの「アート」も「クラフト」(技)も教えられないので、「サイエンス」に頼り、分析やテクニックばかり教えているとしています。

著者の言う「アート」や「クラフト」とは何かを知るには、同著者の『エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論』(2014年/日経BP社)が参考になります。さらに言えば、マネジャー研修等を企画する側にある人事パーソンとしては、『マネジャーの実像』(2011年/日経BP社)に読み進むことで、ミンツバーグの経営思想へのより深い理解に繋がるのではないかと思います。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(エドガー・H・シャイン)

「1人の人間として相手を見る」謙虚なリーダーシップを提唱。従来理論の前段階か。

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謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる』['20年]

 昨年['23年]1月に亡くなったエドガー・H・シャイン(1928-2023/94歳没)らによる本書は、これまで人と組織の研究に大きな影響を与えてきた著者らが、「謙虚なリーダーシップ」という新たなリーダーシップのコンセプトを提唱するとともに、その実践の在り方を示したものです。リーダーシップに対する新しいアプローチとして、従来の業務上の役割に基づく関係ではなく、個人的なつながりを重視するアプローチを提唱しています。

 まず、第1章で、リーダーとフォロワーの関係は、
 ・レベルマイナス1(全く人間味のない、支配と強制の関係)、
 ・レベル1(単なる業務上の役割や規則に基づいて監督・管理したり、サービスを提供したりする関係。大半の「ほどほどの距離を保った」支援関係)、
 ・レベル2(友人同士や有能なチームに見られるような、個人的で、互いに助け合い、信頼し合う関係)、
 ・レベル3(感情的に親密で、互いに相手に尽くす関係)
の4つのレベルがあるとしています。そして、ルールと役割に依存するレベル1の関係から、もっと個人的なレベル2の関係に基づくリーダーシップ・モデルが新たに必要になってきているとしています。その理由として、
 1.課題の複雑さが、加速的に増している
 2.現代の経営文化は、近視眼的で、目に入らない領域があり、自己破壊的である
 3.職業的、社会的価値観は世代交代する
の3つを挙げています。そして、謙虚なリーダーシップの基盤は、レベル2の個人的な関係であり、この関係は、率直に話し、信頼し合うことが基盤となり、グループの関係がまだレベル2になっていないなら、謙虚なリーダーはまず、グループのなかで信頼を確立し、率直な発言を促す必要があるとしています。

 第2章では、関係の4つのレベル改めて解説し、単なる業務上の役割に基づく関係は、「相手を一個人として見る」レベル2の関係にシフトする必要があるとしています。

 第3章から第5章にかけては、謙虚なリーダーシップの成功事例として、シンガポールの政治リーダーらが謙虚なリーダーシップにより、国の経済開発を変革した事例、バージニアの医療センターのCEOが同センターのあらゆる人とレベル2の関係を築いて抜本的な改革を成し遂げた事例、アメリカ海軍という厳密なヒエラルキー下においてさえ、レベル2の協働が成果を生んだの事例の3つが紹介されています。

 第6章では、謙虚なリーダーシップが育たなかったり、行き詰まったり、成功しなかった事例を紹介し、謙虚なリーダーシップを阻害する要因となるヒエラルキーや意図せぬ結果について解説しています。

 第7章では、「パーソニゼーション」(personization)という概念、グループ・センスメーキング、チーム学習といった謙虚なリーダーシップの主要要素を今まさに推し進めているいくつかの傾向について解説するとともに、謙虚なリーダーシップは「英雄のようなリーダーシップ」の対極にあり、包括的で適応力のある組織デザインを可能にすることで変化の激しい時でも組織の崩壊を回避できる、未来型のリーダーシップであるとしています。

 第8章では、謙虚なリーダーシップの本質は、対人関係およびグループ・ダイナミクスにひたすら集中し続けることであり、これによって、より広範な経営文化についての考えを推し進められるかもしれないとしています。

 第9章では、謙虚なリーダーシップとは、弱さを受け容れ、レベル2のつながりを通じて、レジリエンシー(しなやかに適応する力)を育みことであるとしています。また、さらなる読書、自己分析、スキル習得を通して、自分自身のリーダーシップに磨きをかけることでできるとしています。

 英雄的な1人のリーダーに頼る組織は時代の変化に対応できず、重要なのは、相互に信頼し、率直に本音を伝え合う「組織文化」であって、そのような組織文化を築くためには、役割やそれに基づく関係ではなく、「1人の人間として相手を見る(パーソニゼーション)」という(個人的には、この言葉が"謙虚"ということに最もリンクした)、普段の絶え間ない実践が不可欠であるというのが、本書の趣旨となるかと思います。

 タイトルから「サーバント・リーダーシップ」のようなものを想像したりもしましたが、読んでみて、「サーバント・リーダーシップ」や「変革型リーダーシップ」といった一般的なリーダーシップ理論の前段階として、本書で言う謙虚なリーダーシップがあるべきなのだと思いました。第9章で、参考になる書籍として、ダグラス・マグレガーの『企業の人間的側面』からフレデリック・ラルーの『ティール組織』まで10冊の書籍が紹介されていることも、その表れかと思います。それらに読み進むのもよいでしょう。

 謙虚なリーダーシップというのは、本書で言う日本人のリーダーシップ観に馴染みやすく、フォロワーにも受け容れられやすいのではないでしょうか。むしろ、業務上の役割に基づく関係ではなく、個人的なつながりを重視するアプローチというのは、本書を読んでなくとも、多くの日本人リーダーが実践していることのようにも思いました。

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エクセレントを生むのは「人」という考え方はブレず、AI時代にも説得力を持つ。

新エクセレント・カンパニー1.jpg新エクセレント・カンパニー2.jpg
新エクセレント・カンパニー: AIに勝てる組織の条件』['20年]

 本書は、80年代に発表され、世界的ベストセラーとなった『エクセレント・カンパニー』を著した著者が、豊富な経験とケーススタディをもとに、AI(人工知能)には決してマネ出来ない「エクセレント」な企業活動の条件とは何か、時代に左右されないビジネスの本質を説いたものです。

 第Ⅰ部「実践」 、第Ⅱ部「エクセレント」 、第Ⅲ部「人びと」、 第Ⅳ部「イノベーション」、 第Ⅴ部「付加価値」、 第Ⅵ部「エクセレントなリーダー」の全6部から成り、さらにそれを15の章に分けており、 第Ⅰ部では、実践こそ戦略であり、実践とは現場で行われるものであって、社長室では起こらないと説いています(第1章)。

 第Ⅱ部では、エクセレントとは何かを14のセクションにわたって検討し、エクセレントはその瞬間瞬間の生き方にあり、実行しなければ存在しないとしています(2章)。さらに、エクセレントは、エクセレントな組織文化によってのみ維持されるとし(第3章)、中小企業は間違いなくエクセレントたり得るとして、エクセレントな成果を上げている中小企業の事例を紹介しています(第4章)。

 第Ⅲ部のテーマは人間関係であり、まず「人がいちばん」はエクセレントを目指すための最重要項目であるとし(第5章)、従業員一人ひとりにチームにがっちりかかわらせて、チームの成長に専念させなければならないとしています(第6章)。また、新しいテクノロジーとの向き合い方を説き、企業の新しい道徳的責務は、すべての社員に将来必要となる専門技術を身につけさせることだとし(第7章)、不安定な世界で雇用を安定させることは、攻撃的な戦略なのだとしています(第8章)。

 第Ⅳ部では、イノベーションの2つの法則(「数打ちゃ当たる」と「失敗は成功のもと」)を紹介し、イノベーションは"本気の遊び"であり、思い切って一歩を踏み出すことだとし(第9章)、多様な相手との付き合いが私たちを成長させるのであって、この時代、同じような人とばかり付き合うのは身を亡ぼすとしています(第10章)。

 第Ⅴ部では、AI時代において魂が抜けた業務が氾濫するなかで、付加価値こそ優先すべきだとして、付加価値を強化する9つの戦略の筆頭にデザインを挙げ、アップルなどの例からデザインこそ最重要の差別化因子であるとし(第11章)、続いて、その他の8つの付加価値強化戦略を説いています(第12章)。

 第Ⅵ部では、エクセレントなリーダーの最大の特質は「聴き上手」であることだとし(第13章)、最前線のエクセレントなリーダーは企業のコアバリューであって、もっと評価されるべきだとしています(第14章)。そして最後に、エクセレントなリーダーとなるための26の戦術を紹介しています(第15章)。

 各章の冒頭に「マイストーリー」という著者自身の実体験があり、その後に各トピックが番号付きで紹介されてはいますが、内容的には特に体系だった構成がされているわけではなく、解説の米倉誠一郎・法政大学大学院教授が述べているように、気に入った章から読み進め、各章で紹介されるエクセレントな事例を座右の銘として書き留めるという読み方でもよいと思います。

 他の書籍からの引用が多く、読んでいてやや細切れ感があったのは否めませんが、戦略や数字、分析よりも、組織文化や人こそが大切であるという考え方は、前著『エクセレント・カンパニー』から受け継がれているものであり、AI時代に突入した今日においても、エクセレントを生むのは「人」であるとし、そうした「人がいちばん」という著者の考え方がブレず、且つ、今日においても説得力を持っているのは、個人的には嬉しく、また心強く思いました。

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ギバー(与える人)こそが成功するとして、どうしたらギバーになれるのかを説く。

GIVE & TAKE2.jpgGIVE & TAKE.jpg アダム・グラント.jpg アダム・グラント
GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』['14年]

 組織心理学者による本書では、人間の思考と行動を「ギバー(人に惜しみなく与える人)」「テイカー(真っ先に自分の利益を優先させる人)」「マッチャー(損得のバランスを考える人)」の三類型に分け、それぞれの特徴と可能性を分析し、ギバーこそが成功するとして、どうしたらギバーになれるのかを説いています。

 パート1では、ギバーは「ギブ・アンド・テイク」の関係を相手の利益になるようもっていき、受け取る以上に与えようとし、テイカーが自分を中心に考えるのに対し、ギバーは他人を中心に考え、相手が何を求めているかに注意を払うとしています。そして、多くの人々が、ギバーとして人間関係や評判を築いたサービス提供者を重視するようになっているとしています。

 パート2では、テイカーは自分のことで頭がいっぱいなので、三人称の代名詞(私たち)より一人称の代名詞(私)を使うことが多く、調査によれば、たいていの人は、フェイスブックのプロフィールを見ただけでテイカーかどうかを見分けることができるというとのことです。また、ギバーの1つ目の才能として、「ゆるいつながり」の人脈づくりを挙げ、強いつながりは「絆」を生み出すが、弱いつながりは「橋渡し」として役立つとしています。

 パート3では、テイカーは自分がほかの人より優れていると考え、他人に頼りすぎると、守りが甘くなってライバルに潰されてしまうと思いがちだが、ギバーは、競り合うことを弱さだとは考えず、それは強さの源であり、多くの人々のスキルをより大きな利益のために活用する手段であるとしています。また、ギバーの2つ目の才能として、自分だけでなくグループ全体が得をするように、パイ(総額)を大きくすることを挙げ、ギバーはグループに貢献するので皆から感謝されるとしています。

 パート4では、ギバーは同僚や会社を守ることを第一に考えるので、進んで自らの失敗を認め、柔軟に意思決定しようとし、長い目で見てよりよい選択をするためなら、さしあたって自分のプライドや評判が打撃を受けてもかまわないとするとしています。そして、ギバーの3つ目の才能として、テイカーが、自分こそが一番賢い人間になろうと躍起になるのに対し、ギバーは、たとえ自分の信念が脅かされようと、他人の専門知識を受け入れ、その結果、部下の可能性を掘り出し、精鋭たちを育てるということを挙げています。

 パート5では、テイカーは強気な話し方をする傾向があり、独断的であるのに対し、ギバーはもっとゆるい話し方をする傾向があり、控えめな言葉を使って話すとしています。また、ギバーの4つ目の才能として、「強いリーダーシップ」を発揮するのではなく、知らずしらずのうちに相手の心をつかむ質問力や説得術により、相手に対して「影響力」を及ぼすことが挙げられるとしています。

 パート6では、ギバーが成功するために気をつけなければならないこととして、困っている人をうまく助けてやれないときに、燃え尽きてしまうことがあるが、他人のことだけでなく自分自身のことも思いやりながら他者志向的に与えれば、心身の健康を犠牲にすることはなくなるとしています。

 パート7では、「いい人」であるだけでは絶対に成功はできないとし、気づかいが報われる人と人に利用されるだけの人の違いを説いています。ここでは、ギバーが陥りやすい三つの罠として、信用しすぎること、相手に共感しすぎること、臆病になりすぎることを挙げ、それらに陥らないためにはどうすればよいかを述べています。

 パート8では、人間が「お互いを助ける」のはなぜかを考察し、それは、困っている相手に自己意識を同化させ、相手のなかに自分自身を見出すからだとし、つまり、実際には自分自身を助けていることになるとしています。そして、最初に人々の行動を変えれば、信念も後からついてくるとしています。

 パート9では、多くの人がギバーとしての価値観を持っているのに仕事ではそれを表に出したがらないが、ほんの少しでもギバーになれば、もっと大きな成功や豊かな人生、より鮮やかな時間が手に入ること示唆して、本書を締め括っています。

 監訳者の楠木建氏も書いていますが、本書を読んだ第一の印象は「情けは人のためならず」ということでしょうか。しかし、楠木氏は、本書は凡百の「自己啓発書」ではなく、行動科学の理論と実証研究に裏打ちされている点で、個人的な経験や思いつきで書かれた自己啓発のビジネス書とは一線を画しているとしています。

 人事パーソンの視点で見れば、職場にこうしたギバーが増えていくことが望ましいということになるかと思います。また、もし、あるチームが効果的に機能しているとすれば、それは特定のギバーに負っている面があったりもする可能性もあり、そうしたギバーが燃え尽きてしまうことがないような配慮も必要になってくるかと思います。その意味で、組織論的な観点からも多くの示唆に富む本であると思います。

TED Talks. 「与える人」と「奪う人」 ― あなたはどっち?
TED Talks. 「与える人」と「奪う人」.jpg

2TED Talks. 「与える人」と「奪う人」2.jpg2TED Talks. 「与える人」と「奪う人」.jpg(●アダム・グラントは「TEDトーク」で「人当たりの良いギバー」と「人当たりの悪いテイカ―」はすぐ分かるが、「人当たりの良いテイカ―」と「人当たりの悪いギバー」は見分けを誤ることがあると注意を促してる。「人当たりの悪いギバー」の例として「Dr.HOUSE」でヒュー・ローリーが演じたグレゴリー・ハウス医師を挙げているのが個人的には分かりやすかった。有能だが不愛想でいつも不機嫌に「Dr.HOUSE」2004.jpg「Dr.HOUSE」ヒュー・ローリー.jpgしているため組織の上の方からも疎んじられているが、実は部下にとって自身の成長を促してくれる存在であるということだ。キャラクター的にはシャーロック・ホームズをモデルにしていることが知られ、日本では「US版ブラック・ジャック」というキャッチコピーが付けられていた。)

「Dr.HOUSE」 House (FOX 2004/11~2012) ○日本での放映チャネル:FOXライフHD(2005)→FOXチャンネル(2006-)

《読書会》
■2021年04月16日 第34回「人事の名著を読む会」アダム・グラント 『GIVE & TAKE』
『GIVE & TAKE dokusyokai.jpg『GIVE & TAKE dokusyokai2.jpg

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○経営思想家トップ50 ランクイン(エリック・シュミット)

"GAFA"の経営者らが師と仰いだ伝説の人物のコーチングとはどのようなものかを紹介。

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1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』['19年] エリック・シュミット氏(右)とジョナサン・ローゼンバーグ氏

 スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾズ、ラリー・ペイジといった"GAFA"と呼ばれる企業の創業者らがこぞってコーチとして仰ぎ、シリコンバレーのレジェンドと言われながら、2016年に亡くなったビル・キャンベルの、彼の教えがどのようなものであったかを、『How Google Works―私たちの働き方とマネジメント』('14年/日本経済新聞出版社)の著者でもある元グーグルの経営幹部らが紹介した本です。

 ビル・キャンベルという人は、アメフトのコーチ出身でありながら、優秀なプロ経営者であり、著名な企業のタレント揃いの人材に多大な影響を及ぼしながらも、本人は表に出ることは少なく、人を活かす黒子役に徹してきたとのことです。本書は彼のコーチを受けた3人のグーグル幹部経験者が、彼のコーチングを受けた80人のエグゼクティブにヒアリングするなどして、改めて伝説のコーチの人となりやコーチングとはどのようなものだったのかを纒めています。

 まず紹介されているビルの考え方は、「人がすべて」という原則です(第2章)。マネジャーのいちばん大事な仕事は、部下が仕事で実力を発揮し、成長し、発展できるように手を貸すことであると。また、コミュニケーションが会社の命運を握るとし、例えば月曜のスタッフミーティングが始まると、まず一人ひとりに週末何をしたかを尋ね、旅行帰りの人がいれば簡単に旅の報告をしてもらったとのこと。この目的は二つあり、一つは、チームメンバーが仕事以外の生活を持つ人間同士としてお互いを知り合えるようにすること、二つめは、全員が特定の職務の責任者としてだけでなく、一人の人間として楽しんでミーティングに参加できるようにすることにあったとのことです。

 また、ビルにとって「信頼」は最優先されるべき価値観であり(第3章)、信頼を確立することは、最近の言葉で言う、チームの「心理的安全性」を育むための必要条件であるとしていたとのこと。心理的安全性とは、「チームメンバーが、安心して対人リスクを取れるという共通認識を持っている状態であり、ありのままでいることに心地よさを感じられようなチーム風土である」としています。

 ビルは、コーチングを受け入れられると判断した人に対しては、じっくりと耳を傾け、偉大なことを成し遂げられるとして、誠意を尽くしたとのことです。また、コーチとの関係から最大の価値を引き出すには、教えられる側が、コーチングを受け入れる姿勢がなくてはならないともしたとのことです。彼が求めた、コーチされるのに必要な資質とは、「正直さ」「謙虚さ」「努力を厭わない姿勢」「常に学ぼうとする意欲」であったとのことです。「正直さ」が求められるのは、コーチングの関係を成功させるには、赤裸々に自分の弱さをさらけ出す必要があるためであり、「謙虚さ」が重要なのは、リーダーシップとは、会社やチームという自分より大きなものに献身することだと考えていたためとのことです。

 また、ビルは、コーチングセッションで、「フリーフォーム」で話を聞くことを心掛けていたとのことです。いつでも相手に全神経を集中させ、じっくり耳を傾けたとのことです。相手が言いそうなことを先回りして考えたりせず、とにかく耳を傾けることが重要であるとしたと。ビルが「すべきこと」を指図することは一度もなく、むしろ彼は、どんどん質問を投げかけて、本当の問題に自分自身で気づかせるようにしたとのことです。

 さらに、ビルは、全員が「チーム・ファースト」となることを求め(第4章)、チームを最適化すれば問題は解決するとして、問題そのものよりも、チームに取り組むことの重要性を説いたとのことです。そして、物事がうまくいかないときは、いつにも増して「誠意」「献身」「決断力」がリーダーに求められると。また、小さな「声かけ」が大きな効果を持つということを自身が身をもって示していたとのことです。

 最後に紹介されているビルのモットーは、「パワー・オブ・ラブ」―ビジネスに愛を持ち込めということです(第5章)。人を大切にするには、人に関心を持たねばならず、プライベートな生活について尋ね、同僚の家族を理解し、大変な時には実際に駆けつけて手を差しのべていたと。ビルの小さな贈り物はほとんどの場合、アダム・グラントがその著書『GAVE & TAKE―「与える人」こそ成功する時代』('14年/三笠書房)「5分間の親切」と呼ばれるものにあたり、親切をする側にとってあまり負担はかからないが、受ける側にとっては大きな意味のあるものを指し、人々が絆で結ばれるとき、チームはずっと強くなれることをビルは信じ、自ら実践していたとのことです。

 ビル・キャンベルへの追悼の意を込めた伝記としての要素もあるため、やや故人が絶対視されている印象もありますが、本書に序文を寄せたアダム・グラントが述べているように、ビル・キャンベルが実践した人材管理やコーチングの原則は、「最先端の研究」のはるか先を行く考え方であり、そのコーチングにおける姿勢や考え方については、いつの時代にも通用するものであると思われ、人事パーソンにとっても参考になるかと思います

 日本ではエグゼクティブ・コーチングというものがそれほど浸透してはいないという現況がありますが、述べられていることは最も"オーソドックス"と言ってよく、やや精神論的な部分もありましたが、部下マネジメントに際して応用可能だと思いました。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(エリック・シュミット)

どうやってスマート・クリエイティブを惹きつける労働環境を作っているかが分かる。

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How Google Works: 私たちの働き方とマネジメント』['14年]『How Google Works: 私たちの働き方とマネジメント』['17年/日経ビジネス人文庫] エリック・シュミット氏(右)とジョナサン・ローゼンバーグ氏

How Google Works1.jpg グーグル現会長で前CEO(本書執筆時)のエリック・シュミットと、前プロダクト担当シニア・バイスプレジデント(上級副社長)のジョナサン・ローゼンバーグが、グーグルはどうやって成功したのかを述べた本で、すべてが加速化している時代にあって、ビジネスで成功する最良の方法は、スマート・クリエイティブを惹きつけ、彼らが大きな目標を達成できるような環境を与えることであるとして、文化、戦略、人材、意思決定、コミュニケーション、イノベーションの各重要トピックについて、グーグルの考え方、グーグルでの働き方を説き明かしています。

 まず彼らは「現代は、どのような時代か?」という問いに、「現代は、インターネットの世紀である。具体的には、3つの生産要素が格段に安くなった。情報、インターネットへの接続、そしてコンピューティング性能」であると答えます。そして、「その結果、企業の成功に最も必要な要素は何か?」という問いには、「プロダクトの優位性である。情報の管理能力でも、流通チャネルの支配力でも、圧倒的なマーケティング力でもない」と答えます。さらに、優れたプロダクトをスピードを持って開発するのに必要な人材はどのようなものか?」という問いのGoogleの答は、「スマート・クリエイティブと言われる人々」である」と。では、「スマート・クリエイティブを惹きつける、良い会社にするにはどうしたら良いか?」という問いに対し、その答えは文化、戦略、人材、意思決定、コミュニケーション、イノベーションの6つの要素に集約されるとして、以下、それぞれについて解説していきます。

 「文化」では、社員同士の距離を近づけること、「カバ」すなわち、エライ人の言うことを聞かないこと、「悪党」すなわち、傲慢な人間、妬む人間からは仕事を取り上げること、人に「ダメ」と言わないこと(「イエス」の文化を醸成すること)などを推奨しています。

「戦略」では、計画は流動的であるべきであり、市場調査はせず、技術的アイデアに賭け、利益よりも成長(大きくなること)を重視せよと言っています。

 「人材」では、採用は一番大切な仕事であり、採用は絶対に妥協せず、学ぶ意欲の高い人物を採用すること、大事なのは「何を知っているか」ではなく、「これから何を学ぶか」であるとし、また、好き嫌いではなく、人格と知性で選ぶようにし、採用を全社員の担当業務に含め、「スゴイ知り合い」を紹介させるようにし(その際の貢献度は評価に入れる)、報酬は、低いところから始め、成果を出す人にはずば抜けた報酬を支払うようにせよと言っています。

 「意思決定」については、データに基づき決定すること、最適解に達するため意見の対立を不可欠とするとすること、収益の8割を稼ぐ事業に8割の時間をかけることを説いています。

 「コミュニケーション」については、役員会の議事録であったとしても、法律、あるいは規制で禁じられているごくわずかな事柄を除き、全て共有すること、会話を促進し(時にはコミュニケーション過剰と言われるくらい)話しやすい雰囲気を作ることを説いています。

 「イノベーション」については、①それが対象とするものは、数百万人、数十億人に影響をおよぼすような大きな問題あるいはチャンスだろうか。②既に市場に存在するものとは根本的に異なる解決策のアイデアはあるのか。③根本的に異なる解決策を世に送り出すための画期的な技術は既に存在しているのか、あるいは実現可能なのか、この3つの条件を検討せよと述べています。また、イノベーティブな人間にイノベーションを起こせと言う必要はなく、自由にさせれば良いとし、ユーザーに焦点を絞れば、後は全部ついてくる(カネを出す「顧客」ではなく、サービスを利用するユーザーに焦点を絞る)、リソースの70%をコアビジネスに、20%を成長ビジネスに、10%を新規ビジネスに投下せよとも言っています。

 本書で述べられているのはあくまでもGoogleの考え方であって、安易にマネをできるものではないし、異なる考え方を持つ方も多いでしょう(Amazon.comのレビューで「製造業には無縁の話で」というのもあった)。それでも、「次の時代の働き方」を模索するビジネスパーソンには、啓発される要素を多く含んだ本であると思います。また、人事パーソンの視点から見ても、世界的なエクセレント・カンパニーがどのようにして魅力的な労働環境を作っているかが分かるとともに、「人材」に関する記述などは、これからの人材マネジメントの在り方について多くの示唆を含むものであると思います(日本の人事部「HRアワード」2015の書籍部門で「最優秀賞」を受賞)。

【2017年文庫化[日経ビジネス人文庫]】


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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(マンフレッド・ケッツ・ド・ブリース)

精神分析的組織・リーダー論。広くお薦めできるが、とりわけ人事パーソンにお薦めの本。

会社の中の「困った人たち」.jpg マンフレッド・ケッツ ド・ブリース2.jpg Manfred Kets de Vries
会社の中の「困った人たち」―上司と部下の精神分析>』['98年]

 本書(原題:Life and Death in the Executive Fast Lane: Essays on Irrational Organizations and Their Leaders,1995)の著者マンフレッド・ケッツ・ド・ブリース(Manfred F. R. Kets de Vries) は、欧州のINSEADビジネススクールの教授であり(本書執筆時)、ハーバード・ビジネススクールの教授を務めたこともある人で、精神分析を組織論に応用することを目指している異色の経営学者であるとのことです。原題の意は「追い越し車線を走る経営幹部の生と死―非合理的な組織とそのリーダーに関するエッセイ集」であり、企業組織の中で慌ただしく働き生きる人々の心理を探ろうとした本です。大きく二部構成になっていて、Ⅰ部(「困った人たち」は変化を求めない、第1~第9章)は組織の問題に重点を置いており、Ⅱ部(「困った人たち」のジレンマ、第10~第19章)は人間の役割に焦点を当てています。

 第1章「部下がついてこない上司なんて―リーダーシップの機微」では、リーダーには、組織の将来をビジョン化し、社員にエンパワーし、社内エネルギーを方向付けるカリスマとしての役割と、計画を立て、組織化を行い、統制をして、報酬を与えるという実施促進者としての役割があるとしています。

 第2章「新しい会社に移った経営者なら―新任最高経営責任者の心の内」では、社外から招かれたり、内部昇進をしてリーダーの地位に就いた経営幹部は、さまざまな対立事項や利害の衝突の対処しなければならないことがい多いが、リーダーとしての役割をできるだけ早く果たせるようになるには、どのようなことを意識すべきかを説いています。

 第3章「ゆでガエル、そして踊るゾウ―やる気を保つダウンサイジング」と第4章「合併熱にご用心―合併・買収の心理的側面」では、企業が競争力を保つためには組織の変化が必要であり、それが企業規模や労働力の拡大縮小につながることもままあるが、ダウンサイジングなどの困難な変化について、あるいは合併・買収(Ⅿ&A)などについて、リーダーは社員の拒否反応をどう調停すべきか、経営幹部は変化による競争上の利点をどう活かすかを説き、変化をうまく活かすには、変化の途上における人間的側面に配慮することが不可欠であるとしています。

 第5章「社歌という名のラブソング―企業文化は簡単には変わらない」では、企業文化はいわば人間的側面の集大成であり、組織変革においてはこれが決定的要因になることがあるとして、象徴や言語や行動など社風の本質を解読し、それを変えていくための手がかりを提示しています。

 第6章「会社の中のカルチャーショック―国境を越える経営」では、企業文化の多様性の考察と同じく、国ごとの文化の違いを考察することは重要であり、異文化問題が決定的になる例として国際的なⅯ&Aがあるとして、文化による仕事の多様性を扱っています。

 第7章「海外でほんとうに働きたい?―海外赴任のプラス・マイナス」では、経営幹部やその家族に対して、海外の赴任のために適切な準備を行うことの重要性を理解している企業はほとんどなく、帰国してみると戻るべきポストがないという問題にぶつかる経営幹部も多いとして、海外勤務と帰国後の勤務とを、経営幹部にとっても企業にとっても建設的なものとするにはどうすればよいかを考察しています。

 第8章「グローバルにやっていく―グローバル・リーダー育成の実際」では、グローバル企業の増加に伴い、真にグローバルなリーダーへの要請が高まっているが、そのようなリーダーはどのような経験によってつくられるものなのかを、実例を見ながら、そのの国際的リーダーたちの育成に役立った要因を考察しています。

 第9章「今日の成功者は明日の失敗者―エクセレンスを持続するリーダーシップ」では、将来のビジネスはどうなるか、企業が抜きんでておく必要がある分野とは何かを予想しています。

 第10章「女性差別の重いツケ―上司としての女性」では、男性と女性の生理的、心理的過程がどう異なるかに注目して、組織の中でこの違いから生じてきている偏見と現実をテーマにしています。

 第11章「親父の会社に入る茶番劇―同族会社の大変さ」では、同族会社においては後継者問題で会社が没落するということもあり、家族関係がビジネスに影響すると問題が深刻化するとして、同族会社のオーナーや従業員にアドバイスを与えています。

 第12章「はみ出し者を活かす―創造性の管理」では、真に創造的な社員と普通の社員の違いに目を向け、創造的な社員をどう見つけ、どう育てるかを検証しています。

 第13章「優雅な退場―最高経営責任者の引退と後継者問題」では、引退と後継者問題といういかなるリーダーにとってもトラウマになる時期について説明し、引退を人生の一つの通過点に過ぎないと思う人がいる一方で、なぜ、これを文字通り命に関わる問題と感じる人がいるのか、この種の変化に対して、個人的、組織的両面からどう対処すればよいかを考察しています。

 第14章「つい働き過ぎてしまうのは―仕事と遊びのバランス」では、機能不全の行動のタイプとしてよく見られるものに仕事中毒(ワーカーホリック)があるとし、ワーカーホリックの行動をどのようにすれば変えることができるのかを考えています。

 第15章「『死んだ魚』でいっぱいの会社―失感情症は蔓延する」では、組織には失感情症(アレキシサイミア)と呼ばれる人がいて、こうした情動を表現できない症状の人は大企業によく見られるが組織の構造や日常業務の背後に隠れてしまっていることもあり、失感情症のリーダーはその組織に悪影響を及ぼし、有能なリーダーに不可欠なカリスマ的資質を欠きがちであるとしています。

 第16章「起業家はムチャもする―起業家精神の暗黒面」では、リーダーとしての機能不全的特徴の多くは、不健康な自己愛に起因しており、起業家は自分に敵対していると思える勢力を前にしても、なお成功への道を突き進もうとするエネルギーを得られることから行き過ぎた行動をとるという、その起業家にありがちな精神の暗黒面について論じています。

 第17章「なぜジンギス・カンのために働くのか?―粗暴な上司に服従する心理」では、行動面での過度の服従と感応精神病という奇妙な現象を考察し、リーダーへの愛着は、ときにフォロワーの合理的思考力、行動力を圧倒して、自分を損なわせるほどにつよくなることを明らかにしています。

 第18章「常軌を逸した上司―自己愛とうぬぼれの取り扱い方」では、これまで見てきたような種類の機能不全よりももっとひどい、狂気の領域に足を踏み入れたようなリーダーもいて、彼らの行動を説明できる合理的解釈は見当たらないが、彼らに一線を超えさせてしまう要因として、やはり自己愛があり、自己愛は建設的なプラスの力として働くこともあるが、一転して過度の傲慢と非合理的思考の鍵となることもあるとしています。ただし、第19章「おわりに―少々の狂気は人生に必要」では、特に極端な位置にいるのでなければ、少々の狂気は人生の中で必要なのだと認めることもできるとしています。

 冒頭に述べたように、Ⅰ部(第1~第9章)は組織の問題に重点を置いており、Ⅱ部(第10~第19章)は人間の役割に焦点を当てていますが、著者自身が前書きで述べているように、恋人と組織はそれぞれ複雑に絡み合った全体の一面であるため、ほとんどシームレスな感じで読めました(Ⅱ部からでも読める)。また、各章に気の利いたタイトルがついていて(おそらく訳者による意訳だと思うが)、その章で扱うテーマが分かりやすくなっているのも良かったです。

 内容的には、リーダーシップ(とその暗黒面)、組織改革、キャリア・ダイナミクス(転職、海外赴任、引退、女性のキャリア問題)、企業活動と人の国際化・グローバル化、起業家、同族経営、職場のメンタルヘルス、リストラやⅯ&Aの心理的影響など多くの問題を扱っていますが、問題の掘り下げ方に精神分析家としての特徴があり、しかも臨床的パラダイムを主張する著者だけに、企業経営者やそこで働く人々をよく観察・分析して書かれているという印象を持ちました。

 訳者あとがきで、第一に、会社の中における人間の問題について深く考える必要があるポジションにある人(例えば管理職、人事部門の人)、第二に、会社の中で「困った人たち」に会うことを専門にしている人たち(例えばキャリア・カウンセラー、組織コンサルタント)、第三に、組織内で自らが困っていると思っている人、第四に、なにも困っていなくとも、精神分析的組織論と言う経営学の知のフロンティアに知的好奇心を抱く一般読者に本書を読んでほしいとありますが、まさにその通りだと思いました(個人的は、とりわけ人事パーソンにお薦め)。

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「●マネジメント」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ロザベス・モス・カンター)

鋭い人間行動観察を通してアファーマティブ(ポジティブ)・アクションクションを擁護。

企業のなかの男と女.jpgMen and Women of the Corporation.jpg Rosabeth Moss Kanter  .jpg Rosabeth Moss Kanter.jpg Rosabeth Moss Kanter
"Men and Women of the Corporation: New Edition"(2nd ed.1993)
企業のなかの男と女―女性が増えれば職場が変わる』['95年]

ロザベス・モス・カンター    .jpg 本書は、社会学者である著者が、1970年代に約5年間外部コンサルタントとして働いたある大企業での男性・女性社職員について描いたエスノグラフィ(行動観察記)であり、1977年の原著(Men and women of the corporation)出版から16年を経た1993年に社会的変化を追記し改訂新版が刊行されています(以下の章はこの改訂新版の邦訳版(1995年/生産性出版)に準拠する)。

 本書での議論を貫いているコンセプトは「職務が人を作る」というものであり、「人が置かれた状況の特徴が行動を作る」のであって、よって「人は同じ状況に置かれれば男性も女性も同じ行動や態度を示す」としており、その状況を規定するものとして「機会」「権力」「数」の3つを挙げています。

 第1章「企業のなかの男と女‥そこに住む人々」では、企業の発展と経営精神や経営学の発展を、経営精神の男性化という視点から捉えています。第2章「インダストリアル・サプライ・コーポレイション‥舞台装置(要約)」では、本書の舞台となった「インダスコ社」(仮称)のオフィスや文化、階級システムなどを紹介しています。第3章「管理者たち」では、その中で働く人々、特に管理監督職につく男女の問題を扱っています。

 第4章から第6章にかけては、著者の理論を説明する3つの要因である「機会」「権力」「数」について述べています。そして、第7章「理論への貢献‥組織行動を決定する構造的な要因(要約)」では、経営学の2つの流れと、マルクス主義からの視点、また女性論として本理論と対立する理論を紹介し、検討を加えています。第8章「実践への貢献‥組織的変革、アファーマティブ・アクション、職業生活の質(要約)」では、政策への応用が論じられ、企業組織の改革や女性の数を増やすための施策が提起されています。

1977-08-Rosabeth-Moss-Kanter.jpg 本書が出版された1977年は、米国がアファーマティブ・アクション(欧州ではポジティブ・アクションと呼ばれている)を制定して10年目にあたっており、当初は人種間の不平等を是正するためのこの政策が女性にも適用が拡大され、それまで男性の職場と考えられていた管理職や多くの専門職、ブルーカラー的職種に女性も積極的に雇用することが義務付けられたり奨励されたりしたわけですが、その結果、広い分野に女性が現われ始めていたものの、その数はまだ少なく、「初の女性」という冠がつきまとう珍しいものであったようです(特に、高給を伴う職務では、なかなか女性の進出が進まない現状があったようだ)。

1977 08 Rosabeth Moss Kanter

 そうした中で、著者の主張は、第一に、女性の問題とされる企業における機会や地位の問題を男性の問題でもあるとし、職場において男性に特有とされる態度や行動が、実は機会や権力の有無や数の不均衡から生じているとしている点に大きな意味があります。そして、第二に、トークニズムという概念を発展させ、男女の人数の比率の不均衡は、多くのプレッシャーを少数派であるトークンに与え(トークンとは、本来は、目につきやすいもの、象徴という意味)、男性でも女性でも少数派に属する方に不利を与えるので、外部からの介入によって人数の平等を積極的に図らねばならないとしています。

 つまり、著者は、企業の中の大多数派(男性)とトークン(女性)の組織行動の中に見られるこの現象を本書において理論化し、トークンはトークニズムのプレッシャーのため、いつまでも力を発揮できず、発揮しても例外としか評価されないため、社会の固定観念を変化させる力とはならず、これが「最初の女性○○」が現われてもその後になかなか人数が増えないことの1つの理由であり、トークンを増やすには、外部からの圧力を使っう必要があるとしてアファーマティブ・アクション(ポジティブ・アクション)を擁護しているわけです。

 こうしたトークニズムの概念に踏み込んでいくのは本書の中盤以降にかけてですが、本書で描かれている「インダスコ社」の職員の企業生活が、1980年代の米国にとっての不況の時代以前のものであり、長期雇用を前提とした従来の日本型雇用の下での企業生活と似ているため、意外と身近な印象を抱きつつ読み進むことができるのではないかと思います。また加えて、著者の組織の中での人間の行動に対する鋭い観察の成果が組織行動論として冒頭から冒頭から随所に散りばめられており、人事パーソンであれば啓発される面も多いかと思います(個人的には第3章「管理者たち」における管理職の分析などは優れていると思った)。

《読書MEMO》
●目次
第1章 企業のなかの男と女‥そこに住む人々
第2章 インダストリアル・サプライ・コーポレイション‥舞台装置(要約)
第3章 管理者たち
第4章 機会
第5章 権力
第6章 数‥少数派と多数派
第7章 理論への貢献‥組織行動を決定する構造的な要因(要約)
第8章 実践への貢献‥組織的変革、アファーマティブ・アクション、職業生活の質(要約)

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ロブ・ゴーフィー/ガレス・ジョーンズ)

「自分自身に忠実であれ」という困難なチャレンジにどう向き合うかをガイドしている。

なぜ、あなたがリーダーなのか?.jpgなぜ、あなたがリーダーなのか 旧版2.jpgなぜ、あなたがリーダーなのか 旧3.JPGRob Goffee & Gareth Jones.jpg Rob Goffee & Gareth Jones
なぜ、あなたがリーダーなのか[新版]――本物は「自分らしさ」を武器にする』['17年]/
なぜ、あなたがリーダーなのか? (ADL経営イノベーションシリーズ)』['07年]
"Why Should Anyone Be Led by You? With a New Preface by the Authors: What It Takes to Be an Authentic Leader"(2019)
Why Should Anyone Be Led by You?:What It Takes To Be An Authentic Leader.jpg ロンドン・ビジネススクール教授らが自らのリーダーシップ研究について纏めたもので(原題"Why Should Anyone Be Led by You?: What It Takes To Be An Authentic Leader" 2006)、日本でも2007年に一度邦訳が刊行されています(実は個人的にはそちらを読んだ)。内容的には、優れたリーダーに共通する資質を探るのではなく(所謂"特性論"を否定している)、各自が自分の持ち味を生かしてリーダーシップを発揮するためにはどうすればよいかを考えています。

 第1章「自分自身に忠実であれ」では、「みんながジャック・ウェルチになれるわけではない」として、いつ何時でもあてはまるようなリーダーシップ特性というものの存在を否定し、リーダーシップは状況に左右されるとしています。そして、「リーダーであるためには、自分自身に忠実でなければならない」ということをテーマに掲げ、優れたリーダーは、役割を果たす上で役立ちうる「自分ならではの持ち味」を認識し、活用しているとしています。また、「リーダーシップに関わる三つの原理原則」として、以下を挙げています。
 ①リーダーシップは状況に左右される
 ②リーダーシップは肩書きを問わない
 ③リーダーシップは関係性に根ざす

 第2章「自分らしく振る舞え」では、良いリーダーは自らの持ち味にいかにして気づき、活かすようになっていくのかを考察しています。そして、優れたリーダーは、周りの環境が著しく変化していく中にあっても、自分にとって無理なく心地よい「らしさ」を見失わないとしています。そして、その「らしさ」を周囲は評価するとして、自分らしくあるための実践的な取り組みのコツを、
 ①新たな状況、新たな経験に身をさらす
 ②フィードバックを正しく得る
 ③歩んできた道をみつめなおす
 ④生い立ちを振りかえる
 ⑤(仕事、家庭に次ぐ)第三の場所を見つける

 第3章「リスクに身をゆだねよ」では、リーダーとしての自分らしさの打ち出しが必然的に伴う、個人的なリスクテイクを論じています。リーダーとしての自分をさらけ出せば必然的に、その強みと共に弱みも見せることになるが、それはリーダーとしての魅力を損なわせるものではないとしています。そして、リーダーは、「自らのおかれた状況を前提とした上で」自分らしくあらねばならないとしています。

 第4章「おかれた状況を感知せよ」では、状況感知を考察しています。リーダーは、ものごとを察する力と見極める力を駆使して、今何がおこっているかを示すシグナルを捉え続けなくてはならず、状況を感知する力は、次の三つの相関しあう要素に分け得るとしています。
 ①観察すること、認識すること
 ②行動すること、適応すること
 ③状況を変えていくこと

 第5章「相応に妥協せよ」では、「状況にほどよく同調する」ことを論じています、リーダーとして自分らしさを押し出していくことは大切だが、しかし同時に、いつ、どこで、どれほど現状と折り合いをつければよいかも正しく判断できなければならず、良いリーダーは、状況への同調を通じて周囲に馴染もうとするとしています。また、ここでは、組織文化の基本的な形として、次の四つを挙げ、それぞれにプラス面。マイナス面があるとしています。
 ①ネットワーク型(社交性が高く連帯性が低い文化)
 ②傭兵型(社交性が低く連帯性が高い文化)
 ③断片型(社交性・連帯性ともに低い化)
 ④共同体型(社交性・連帯性ともに高い化)

 第6章「距離感を操れ」では、距離感のコントロールを論じています。思いやりや愛情を持って歩み寄るべきとき。ぬるま湯的な雰囲気に喝を入れるために距離をおくべきとき。優れたリーダーがこれをどう判断し、行動しているのかを明らかにしています。そして、距離感に関して留意すべきリスクとして、以下を挙げています。
 ①歩み寄り過ぎて同化してしまう
 ②親しさが未熟ことに気づかない
 ③本来の目的を見失う
 ④歩み寄るべきときに遠くにいる
 ⑤素晴らしくやり過ごしてしまう

 第7章「組織にリズムを刻め」では、コミュニケーションを考察しています。社会的距離の意図的なコントロールを破綻なくやりとげるには、熟達した意思疎通能力が必要となり、良いリーダーは、自分自身を皆がどう見ているか・感じているかに細心の注意を払うとしています。そして、良いリーダーのコミュニケーションのガイドラインを以下のように示しています。
 ①変化を必要十分に強いる
 ②心をつかみビジョンを届ける
 ③もてる「ヒト」資産を量る
 ④ゆっくりと急ぐ
 ⑤しかるべく報いる

 第8章「部下は何を望むか」では、フォロワーシップについて検討しています。リーダーシップは関係性に根ざすため、フォロワーについて知ることは大切であり、部下がリーダーに何を求めるかは、次の四つに括られるとしています。
 ①「本物」であること
 ②認めてくれること
 ③胸の高まりを呼びさましてくれること
 ④つつみこんでくれること

 第9章「リーダーシップ―その代償と褒賞」では、本書のまとめとして、物事がうまくいかないようなときに何がおこりうるかに触れ、また、リーダーに求められる倫理性についても述べています。

 リーダーシップ特性論に対する否定的な見解は決して新しいものではありません。但し、本書は、「自分自身に忠実であれ―そしてその自分らしさを磨けよ」ということがリーダーにとっていかに困難なチャレンジを伴うものであるか、そしてそれにどう向かうべきかを丹念に描き出したものであると言えます。そうした意味で自己啓発度の高い本ですが、心理学的アプローチだけでなく社会学的アプローチも駆使し、調査による裏付けもあるなどアカデミックな側面もあります。

 今回約10年ぶりに「新版」が"復刻"刊行されていることなどは、読者にとっても一定の普遍性と説得力を持って受け止められる内容であるということの証しではないでしょうか。個人的には、「他人に影響を与えうる」自分らしい「何か」を認識し活用することが一つポイントになるように思われました。

《読書MEMO》
●目次
序章 なぜ、あなたがリーダーなのか?
第1章 自分自身に忠実であれ
第2章 自分らしく振る舞え
第3章 リスクに身をゆだねよ
第4章 おかれた状況を感知せよ
第5章 相応に妥協せよ
第6章 距離感を操れ
第7章 組織にリズムを刻め
第8章 部下は何を望むか
第9章 リーダーシップ――その代償と褒賞
付録A――自らのポテンシャルを考えてみる
付録B――自分の立ち位置を考えてみる

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○経営思想家トップ50 ランクイン(シドニー・フィンケルシュタイン)

人材を次々と発掘して育てる"スーパーボス"の戦略の秘密を解き明かしている。

SUPER BOSS.jpg    シドニー・フィンケルシュタイン.jpg
SUPER BOSS (スーパーボス)―突出した人を見つけて育てる最強指導者の戦略』 Sydney Finkelstein
名経営者が、なぜ失敗するのか?』('04年/日経BP社)
名経営者が、なぜ失敗するのか?.jpg リーダーシップ論の大家で、著書『名経営者が、なぜ失敗するのか?』('04年/日経BP社)でも知られる著者によれば、どの業界においても、一流と呼ばれる50人のうち半数近くは、1人かせいぜい2、3人の同じ才能養成者のもとで教えを受けていことが調査によって明らかになったとのことです。本書では、そうした、部下や弟子を次々と育てて、成功させる偉大なコーチ、才能の発掘者をスーパーボスと呼び、オラクルのラリー・エリソン、インテル創業者のロバート・ノイス、デザイナーのラルフローレン、映画監督のジョージ・ルーカスなど、ビジネス、スポーツ、ファッション、料理などの分野における18人のスーパーボスについての調査から、その戦略の秘密を解き明かしています。

 第1章では、スーパーボスは、①因習打派主義者(目的はあくまでも自分の仕事と情熱だが、関わっているうちに情熱が伝わって直感的に教育できるタイプ。芸術家肌のスーパーボスで、創造的天才と見なされやすい)、②栄誉あるろくでなし(勝利こそが至上命題であり、部下をこき使い、失敗も容赦なくとがめるタイプ。ただ、勝利のためには最高のチームが必要であることを理解しているため、人材はきっちりと育てあげる)、③養育者(部下の成功を心の底から気にかけ、自分の育成能力を誇りに思っているタイプ。善意にあふれ、活動家肌のボスである)の3つの種類があるとし、すべてのスーパーボスに共通する要素として、「恐れ知らずなほどの自信」「旺盛な競争力」「たくましい創造力」の3つがあるとしています。そして、以下、第2から8章で、並みのリーダーは使っていないテクニック、マインドセット、哲学、秘訣といったスーパーボスの戦略を示しています。

 第2章では、特別な何かを「持っている人を見つけ出す」のがスーパーボスであるとしています。スーパーボスが求める「特別な何か」とは、ずば抜けた知性、創造力、高い柔軟性を指し、スーパーボスはそうした資質を持っている人を見抜いて雇うとしています。

 第3章では、スーパーボスは「優秀な人材に限界を超えさせる」としています。スーパーボスは部下をオリンピック選手のように扱い、限界のその先を目指すようその背中を押すとしています。

 第4章では、「がんこなのに柔軟」であるのがスーパーボスの特長であるとしています。彼らが部下から新しいアイデアを絶えず引き出すことでビジネスを成功に近づけられるのは、ぶれないビジョンと変化への柔軟性を両立できるからだとしています。組織の目的は守りつつも、手段はあらゆる面で絶えず改良するというのが、彼らの心構えであるとのことです。

 第5章では、スーパーボスは「師匠と弟子のようにそばで教える」としています。スーパーボスは普通のボスよりも部下の成長に対して個人的な責任を大きく取り、部下やチームメンバーとの距離を縮めることに腐心するとしています。

 第6章では、スーパーボスは「細部を見ながら部下に任せる」としています。スーパーボスは口出しせずに監督・統制する巧みなスキルを持っていて、最初に絶対的なビジョンを示してゴールを明確にしたら、あとは一歩下がってなりゆきを見守るとしています。ここでは、部下を信じないせいで権限委譲に及び腰になるマネジャーではなく、かと言って仕事を丸投げするフリーライダーでもない、第三の道としての「関与型権限委譲」という概念が示されています。

 第7章では、「部下同士を競わせる、助け合わせる」といったことも、スーパーボスが取る戦略であるとしています。スーパーボスは、チームに強い競争心を植えつけつつも、部下の間に団結の精神が根づくようなメッセージを発し、その際に率先して成長の手助けをすることで、部下同士が助け合うための「コホート効果」を生み出すとしています。

 第8章では、スーパーボスは「優秀な元部下のネットワークをつくる」としています。スーパーボスの元部下は、スーパーボスから巣立っても完全には離れず、そうしたネットワークは、元部下が数年、数十年たってもスーパーボスに抱く深い感情のつながりの上に成り立っているのだとしています。

 第9章では、これまでの総括としての「スーパーボスになる方法」として、キャリア、監督業務、組織にスーパーボスのアプローチを最大限取り入れるにはどうすればいいか、"スーパーボス指数"の測り方や、"スーパーボスの戦略集"を実践に移すためのアイデアや取り組みを紹介し、さらに、経営者がスーパーボスを見つけるための質問項目や、従業員がスーパーボスのもとで成功するための基本原則を示しています。

 読んでいて、"スーパーボス"ってかなり超人的というかモーレツだなあという印象もありました。ただ、日本の企業はどうしても、組織に害を与えない人を優先して管理職にしがちな面もあると思われ、それでも一方で、本書で言う"スーパーボス"への期待も厳然とあるのではないかと思います。あとは、漫然とそうした期待を抱き続けているだけか、組織戦略として、そうした人材を発掘して育て、リーダーとしてのローモデルを確立し、スーパーボスを起点として人材育成の連鎖を築いていけるかの違いでしょう。その意味で、スーパーボスの戦略集とも言える本書は、突出した人を見つけて育てることができるスーパーボス像というものを把握する上でも、また、そうしたスーパーボスをどうやって見出すかということにおいても参考になるだけでなく、読者自身がスーパーボスの手腕に学び、どのように部下を育てていくかを考えるうえでも示唆に富むように思います。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(リズ・ワイズマン)

リーダーにおける「消耗型」と「増幅型」の2類型を示す。啓発的で、分かり易く説得力がある。

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メンバーの才能を開花させる技法』['15年]/"Multipliers, Revised and Updated: How the Best Leaders Make Everyone Smart"/リズ・ワイズマン(Liz Wiseman)
Liz Wiseman Recognized By Thinkers50 As Top Leadership Thinker
リズ・ワイズマン 2.jpgオラクル.png 本書(原題:Multipliers, Revised and Updated: How the Best Leaders Make Everyone Smart)の著者リズ・ワイズマン(Liz Wiseman)は、元オラクル社の重役であり、17年に渡ってオラクル・ユニバーシティのバイス・プレジデントとして、グローバル・リーダーの養成に携わった人で(現在は、シリコン・バレーに本社を置くワイズマン・グループの社長として、世界各国でエグゼクティブ向けにリーダーシップを教える)、「Thinkers50」(最も影響力のある経営思想家トップ50)にも'13年、'15年、'17年と3期続けて選出されるなど、今、リーダーシップ分野で世界的に注目される女性の1人でもあり(共著者のグレッグ・マキューンはその著書『エッセンシャル思考』('14年/かんき出版)で日本でも知られる)、本書には、『7つの習慣』のスティーブン・R・コヴィー、『本物のリーダーとは何か』のウォレン・ベニスなど、錚々たる顔ぶれが推薦の言葉を寄せています。

 第1章「なぜ、今『増幅型リーダー』なのか」では、リーダーの2つの類型として「消耗型リーダー」「増幅型リーダー」があるとし、消耗型リーダーは自分の知性に溺れ、メンバーを低く見て、組織にとって大切な知性と能力を損ない、一方、増幅型リーダーは天才をつくり、メンバーの知識を引き出すことで、組織の中に伝染力のある集合知を築くとしています。そして、増幅型リーダーの習慣として、①才能のマグネット:人を惹きつけ、その才能を最大限に発揮させる、②解放者:最高のアイデアを求める、③挑戦者:難しい課題に挑戦させる、④議論の推進者:議論を通して決定する、⑤投資家:責任を明確にする、の5つを掲げ、メンバーの能力を最大限に引き出すことで、増幅型リーダーは消耗型リーダーの二倍の能力を手に入れるとしています。

 第2章「『才能のマグネット』としての技法」では、消耗型リーダーは「帝国の構築者」として優秀な人材を獲得しながら、彼らを囲い込んで自分の利益のためにしか使わず、せっかくの才能を浪費するのに対し、増幅型リーダーは「才能のマグネット」として最高の人材を手に入れ、チームメンバーは十二分に活用され、次の舞台に飛躍できるとわかり、多くの人材がここに集ってくるとしています。そして、才能のマグネットとして、①どこにでも人材を探す、②天賦の才を発掘する、③才能を最大限に活用する、④障害を取り除く、の4つの実践を掲げ、才能のマグネットになるためには、①才能の発掘者になるとともに、②"雑草を抜く"ことも必要であるとしています。

 第3章「『解放者』としての技法」では、消耗型リーダーは「独裁者」として人々のアイデアや能力を抑え込むような、威圧的な環境を作りだし、その結果メンバーは自分を抑え、リーダーが賛成するような安全なアイデアばかり出し、委縮しながら働くようになるのに対し、増幅型リーダーは「解放者」として人々のアイデアと仕事を引き出すような、緊張感のある環境を作り出し、その結果、メンバーは最も大胆で素晴らしいアイデアを提案し、最善の努力を注ぐようになるとしています。そして、解放者として、①居場所を作る、②最高の仕事を求める、③素早い学びのサイクルを生み出す、の3つの実践を掲げ、解放者になるためには、①チップを上手に使う、②意見を区別して伝える、③自分の失敗を語る、の3つを挙げています。

 第4章「『挑戦者』としての技法」では、消耗型リーダーは「全能の神」として自分の知識の豊富さをひけらかすような指示を与え、その結果、組織はリーダーがやり方をわかっていることしか成し遂げられなくなり、上司の考えを憶測することに組織のエネルギーが消耗されるのに対し、増幅型リーダーは「挑戦者」として自分の知識を超えて行動できるチャンスを人々に提示し、その結果、組織全体が挑戦を理解し、それを受け入れる集中力とエネルギーを持つようになるとしています。そして、挑戦者として、①チャンスの種を撒く、②挑戦を掲げる、③自身を植えつける、の3つの実践を挙げています。

 第5章「『議論の推進者』としての技法」では、消耗型リーダーは「意思決定者」として少人数の内輪の人間で効率よく結論を出すが、組織の大部分を置き去りにするため、決定の健全性が疑われ、実行にいたらないのに対し、増幅型リーダーは「議論の推進者」として人々を議論に引き入れ、それがよりよい決定につながり、理解と実行が進むとしています。そして、議論の推進者として、①問題の枠組みを示す、②議論を盛り上げる、③「開かれた決定」を徹底する、の3つの実践を掲げ、議論の推進者になるためには、①厳しい問いを投げかける、②根拠を示させる、③全員を参加させる、の3つを挙げています。

 第6章「『投資家』としての技法」では、消耗型リーダーは「マイクロマネジャー」として重箱の隅をつつくようにメンバーを管理し、リーダーへの依存を生み出し、リーダーなしでは成果の出ない組織を作るのに対し、増幅型リーダーは「投資家」として人に投資して責任を与え、リーダーがいなくても自分自身の力で結果が出せるようにするとしています。そして、投資家として、①責任の所在を明らかにする、②人的資源に投資する、③最後まで責任を預ける、の3つの実践を掲げ、投資家になるためには、①誰がボスかをはっきり知らせる、②流れを見守る、③解決はメンバーの力で、④ペンを返す、の4つを挙げています。

 第7章「『増幅型リーダー』を目指すあなたに」では、正しい原則とツールを使って、適度な努力で最大の結果を得るにはどうすればよいかを説いており、「加速ツール」として、①両極を改善する:リーダーとしての自分の習慣を振り返り、両極を改善することに力を注ぐ、②あえて思い込みから始める:増幅型リーダーの思い込みを取り入れ、それに従って行動する、③ひとつの課題を30日間続けてみる:5つの習慣から1つを選び、更にその中から1つの実践項目を選択し、それを30日間続ける、の3つを掲げ、また、勢いを持続するため、①1つ1つ層を重ねる、②1年間問い続ける、③コミュニティを作る、の3つを挙げています。

 消耗型リーダーの性質を持つ人物が、増幅型リーダーに変身できるものなのか。これについて著者は、変身するには、次の段階を経なければならないとし、①増幅型リーダーに共感する、②自分の中の消耗型リーダーに気づく、③増幅型リーダーになることを決意する―の3段階を挙げています。また、増幅型リーダーになるために1つだけ何かするとしたらそれは何かという質問に対し、1つだけ挙げるとすれば「質問」であり、メンバーに考えを促すような、洞察に満ちた教務深い質問を心掛けることから始めることを促しています。

 消耗型リーダーvs.増幅型リーダーという対比を、帝国の構築者vs. 才能のマグネット、独裁者vs. 解放者、全能の神vs. 挑戦者、意思決定者vs. 議論の推進者、マイクロマネジャーvs. 投資家という対比に落とし込んでいるのが分かり易く、非常に啓発的な内容で、かつ、実在するリーダーを調査して書かれているため説得力があり、また、実例が多く記載されているため理解し易く、更には、増幅型リーダーと消耗型リーダーの考え方や行動が具体的に纏められている点で実践し易いという、なかなかスグレモノの1冊です(リズ・ワイズマンの近著『ルーキー・スマート』('17年/海と月社)も、ルーキー"というものを従来とは異なる視点で捉えており、お薦め)。

《読書MEMO》
序文──スティーブン・R・コヴィー
第1章 なぜ、今「増幅型リーダー」なのか
 メンバーを活かすリーダーは、たしかにいる
 ふたりのリーダーの物語
 「増幅型リーダー効果」とはなにか?
 増幅型リーダーの考え方
 増幅型リーダーの五つの習慣
 三つの発見
 実践法に入る前に
 より効果を上げる読み方
 *増幅型リーダーの方程式
第2章 「才能のマグネット」としての技法
 あなたは「帝国の構築者」か「才能のマグネット」か
 「才能のマグネット」とは?
 才能のマグネットの四つの実践
 消耗型リーダーはメンバーをどう扱っているか
 メンバーはやりがいを求めている
 才能のマグネットになるために
 *増幅型リーダーの方程式
第3章 「解放者」としての技法
 あなたは「独裁者」か「解放者」か
 「解放者」とは?
 解放者の三つの実践
 消耗型リーダーは環境作りができない
 「自発性」がカギになる
 解放者になるために
 *増幅型リーダーの方程式
第4章 「挑戦者」としての技法
 あなたは「全能の神」か「挑戦者」か
 ある挑戦者の失敗と喜び
 挑戦者の三つの実践
 消耗型リーダーはチャンスをつぶす
 「全能の神」と「挑戦者」を比較すると──
 挑戦者になるために
 *増幅型リーダーの方程式
第5章 「議論の推進者」としての技法
 あなたは「意思決定者」か「議論の推進者」か
 「議論の推進者」とは?
 議論の推進者の三つの実践
 消耗型リーダーは議論を避ける
 議論を盛り上げることの真意
 議論の推進者になるために
 *増幅型リーダーの方程式
第6章 「投資家」としての技法
 あなたは「マイクロマネジャー」か「投資家」か
 「投資家」とは?
 投資家の三つの実践
 消耗型リーダーは依存体質を好む
 投資家には多くのリターンが待っている
 投資家になるために
 *増幅型リーダーの方程式
第7章 「増幅型リーダー」を目指すあなた
 「共感」で終わらず、「決意」しよう
 「手抜き」を成功させる三つのポイント
 勢いを維持するには?
 もう一度、効果を確認する
 かならず、変われる
 *増幅型リーダーになるために
資料──頭を整理し、実践に勢いをつけるために
資料A:調査プロセスについて
資料B:よくある質問
資料C:増幅型リーダーの顔ぶれ
資料D:議論の手引き
*自己評価したいなら......

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「●組織論」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(エイミー・C・エドモンドソン)

チームを機能させるためには何が必要なのか、学習力・実行力を高める実践アプローチを説く。

チームが機能するとはどういうことか2.jpg チームが機能するとはどういうことか.jpg Teaming.jpg エイミー・C・エドモンドソン2.jpg Amy C. Edmondson
チームが機能するとはどういうことか――「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』(2014/05 英治出版)/"Teaming: How Organizations Learn, Innovate, And Compete In The Knowledge Economy"(2012)

 病院、工場、役員室、災害現場など20年以上にわたって多様な人と組織を見つめてきた著者が、「チーミング」という概念をもとに、学習する力と実行する力を兼ね備えた新時代のチームづくりを描いた本です(Amy C. Edmondson,Teaming: How Organizations Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economy,2012)。

 本書の原題は「チーミング」ですが、チーミングとは、組織が相互に絡み合った仕事をするために協働する「活動」を表す造語であり、それはチームといった静的なものとは異なり、動的な活動プロセスをさすものであるとのことです。本書では、組織がチーミングを通して成功するのに役立つ基本的な活動と条件について述べていて、以下のように全3部8章構成になっています。
(第1部)チーミング
  第1章 新しい働き方
  第2章 学習とイノベーションと競争のためのチーミング
(第2部)学習するための組織づくり
  第3章 フレーミングの力
  第4章 心理的に安全な場をつくる
  第5章 上手に失敗して、早く成功する
  第6章 境界を超えたチーミング
(第3部)学習しながら実行する
  第7章 チーミングと学習を仕事に活かす
  第8章 成功をもたらすリーダーシップ

 第1部ではチーミングに焦点を当て、チーミングをしっかり行うための中心的活動について述べるとともに、チーミングとはどのように機能するものなのか、チーミングの仕方を学ぶにはどれくらい時間がかかるのか、チーミングをしているとき人々はどのような行動をとるのか、チーミングは一体どのようにして組織学習を生み出すのかといった疑問に答えています。第1章ではまずチーミングとは何かを明らかにし、今日の複雑な組織においてなぜそれが不可欠なのかを探り、次いで学習と知識を理解するための新たな枠組みを示しています。第2章では、チーミングの段階的プロセスをさらに詳しく述べ、成功しているチーミングは、次の4つの特別な行動を伴っているとし、さらに、チーミングと学習を可能にする、以下の4つのリーダーシップ行動を明らかにしています。
(成功しているチーミングにおける4つの特別な行動)
 ・率直に意見を言う
 ・協働する
 ・試みる
 ・省察する
 (チーミングと学習を可能にする4つのリーダーシップ行動)
 ・行動1 学習するための骨組みをつくる
 ・行動2 心理的に安全な場をつくる
 ・行動3 失敗から学ぶ
 ・行動4 職業的、文化的な境界をつなぐ

 第2部では、その4つのリーダーシップ行動について、さらに詳しく述べています。ここではチーミングの人間的な側面に焦点を当て、様々な組織的背景の中で人々がどのように協力するのかを詳細に見ています。具体的には、第3章でフレーミングの力を探り、効果的な協働と学習を促すためにリーダーはフレーミングによってどのようなことが出来るのかを説き、第4章では、心理的安全によって、チーミングの成功に必要な考え方やスキルや行動がどのように促進されるのかを見ています。第5章では、なぜ失敗が組織学習の根幹であるかを示し、失敗によって生まれるチャレンジを乗り越えるための具体的な行動を紹介しています。第6章では、様々な分野や部署、企業、さらには国の間にある境界をつなぐ重要性と課題を検証しています。そして、実際につなぐとどんなことが可能になるかを、2010年にチリのサン・ホセ鉱山で起きた、地下600メートルの岩の中に閉じ込められた33人の作業員の「不可能な」救出劇を糸口に検証しています。

 第3部では、個人や個人間の行動から組織としての実践に焦点を移しています。第7章では、それまでの章で述べた「実行」の新たなモデルとなる教訓や戦略をまとめ、たゆまぬ学習と改善を確実にする反復プロセスを診断、デザイン、実践するための具体的な手順を紹介し、第8章では、3つのケーススタディを通して、プロセス改善、問題解決、イノベーションなど得られるだろう様々な学習の結果を考察しています。1つ目のケースでは、他社にリードを許してしまった企業において業績を改善させるリーダーシップに注目し、2つ目のケースでは、組織中の人を協働させ、複雑な業務における難しい問題を解決するリーダーシップについて述べ、3つ目のケースでは、イノベーションを支援して、先駆的な製品やプロセスを生み出すようなチーミングを成功させるリーダーシップに焦点を当てています。

 以上が本書の"あらすじ"ですが、要するに、チーミングとは、新たなアイデアを生み、答えを探し、問題を解決するために人々を団結させる働き方のことであり、また、組織間の境界を超えてつながり合うこと、つまり境界をつなぐことでもあるということになります。

 成功しているチーミングの特別行動を、「率直に意見を言う、協働する、試みる、省察する」の4つに定義し、学習するための組織づくりには「学習するための骨組みをつくる、心理的に安全な場をつくる、失敗から学ぶ、職業的、文化的な境界をつなぐ」という4つの行動が不可欠であるというのが著者の主張であり、また、そうした主張が、以下に展開される様々なケーススタディを通して説得力を持つものとなっており、また、各章の章末に「リーダーシップのまとめ」と「Lessons & Actions」というコーナーが設けられているという点でも分かり良いものとなっています。協働を推し進め、パフォーマンスを向上させたいと考えるリーダー、協働を後押ししたり、チームづくりの訓練をしたり、組織学習を実践したりする人事パーソンに是非お薦めしたい本です。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(マイケル・ワトキンス)

新任管理職が最初の90日を乗り切るためのロードマップ。管理章にとって多くの示唆を含む本。

90日で成果を出すリーダー2.jpg90日で成果を出すリーダー.jpg   The First 90 Days.jpg   ハーバード・ビジネス式 マネジメント.jpg
ハーバード流マネジメント講座 90日で成果を出すリーダー (Harvard Business School Press)』['14年/翔泳社(伊豆原 弓:訳)]/"The First 90 Days, Updated and Expanded: Proven Strategies for Getting Up to Speed Faster and Smarter"(2013)/『ハーバード・ビジネス式 マネジメント - 最初の90日で成果を出す技術』['05年/アスペクト(村井 章子:訳)]
Michael D. Watkins
マイケル・D・ワトキンス.jpg リーダーシップ教育で知られるIMDビジネススクールの教授である著者による本書は、昇進した新任管理職が最初の90日を乗り切るためのロードマップであり、90日という期間でリーダーが何をすべきか、そのことを実践的かつ体系的に学べる本として以前ベストセラーとなった原書('The First 90 Days: Critical Success Strategies for New Leaders at All Levels'(2003)/『ハーバード・ビジネス式 マネジメント―最初の90日で成果を出す技術』('05年/アスペクト))の、刊行10周年記念増補改訂版('The First 90 Days: Proven Strategies For Getting Up to Speed Faster and Smarter'(2013))の邦訳です。

 はじめに、職務移行に成功するための重要な作業として、①「準備をととのえる」(新しい任務に合わせて思考回路を切り替える)、②「効率よく学ぶ」(必要な知識や情報を効率よく学ぶ)、③「状況に合った戦略を立てる」(正しくリーダーシップをとるために状況に合った戦略を立てる)、④「上司と成功条件を交渉する」(上司と関係を築いて下地づくりをする)、⑤「初期の成果をあげる」(まず小さな成果をあげて流れをつくる)、⑥「組織のバランスをととのえる」(組織のバランスに歪みがないか見きわめて調整する)、⑦「理想のチームをつくる」(部下を評価してチームづくりをする)、⑧「味方の輪をつくる」(内外の支持基盤を確立する)、⑨「自己管理の意味を考える」(私生活を管理する)、⑩「組織全体の移行を速める」(組織に対する移行支援)を挙げ、以下、各章で、実践的なガイドラインやツールを紹介していきます。

 第1章「準備をととのえる」では、「昇進」と「新しい会社への転職」の2種類の移行について、どのような課題に直面しそれをどう乗り越えるか、その準備をととのえる際の基本原則をまとめています。

 第2章「効率よく学ぶには」では、新任リーダーが失敗するのは、たいていは効果的に学習ができなかったことに要因があるとし、学習の障害を克服し、効率よく学ぶにはどうすればよいかを説いています。

 第3章「状況に合った戦略を立てる」では、正しくリーダーシップをとるには、状況に合った戦略を立てる必要があるとし、そのためのSTARSモデルというものを紹介しています。
  S (Start-up)     立ち上げ
  T (Turnaround)    立て直し
  A (Accelerated)   急成長
  R (Realigment)    軌道修正
  S (Sustaining success) 好業績をあげて次の段階進もうとする組織の継承

 第4章「上司と成功条件を交渉する」では、新しい上司と生産的な関係を築くためにしてはならないことと、基本的にやるべきことを列挙し、その中で、自分に対する期待を繰り返し確認せよと言っています。また、上司との会話の中心となる基本的話題として、移行に関して計画的に織り込むべき5つの会話を掲げています。

 第5章「初期の成果をあげる」では、移行期の計画を立てるにあたっては、連続的に変革の波を起こすことに重点を置くべきであり、最初の変革の波は、初期の成果をあげることが目標であるとしています。ただし、手近な成果の罠にはまらないようビジネスの優先課題に注目すべきであるとし、正しいやり方で成果をあげるための基本原則を示しています。

 第6章「組織のバランスをととのえる」では、組織がアンバランスになる過程はさまざまであり、最初の90日間の目標は、潜在的なアンバランスを突き止め、それらを修正する計画を立てることであるとしています。組織のバランスには論理があり、方向性が正しいかどうかを考えずに構造を変えようとすると問題を引き起こす可能性が高いとし、戦略的方向をどのように定義し、その妥当性や実施面での評価をどのように行うかを説いています。

 第7章「理想のチームをつくる」では、チームをつくる段階でリーダーが失敗する、陥りやすい落とし穴の例を挙げ、落とし穴にはまらないようにするためにはどうすればよいかを説いています。また、部下を評価してチームづくりをし、チームを進化させるにはどうすればよいか、インセンティブのバランスはどのようにとったらよいのかを説いています。

 第8章「味方の輪をつくる」では、具体的に誰を味方につけるべきか見定め、組織に対する影響力の全体を把握すべきであるとし、影響力のネットワークにおける重要人物を理解し、相手を動かす戦略を立てることが重要であるとしています。

 第9章「自己管理の意味を考える」では、自分が置かれている状況を検討するための「構造的内容」のガイドラインを示すとともに、自己管理の3本の柱を掲げています。

 第10章「組織全体の移行を速める」では、組織全体の移行を速めるにはどうすればよいか、そのポイントとして、重要な移行を特定し、また、失敗が決定づけられているケースも特定するとともに、既存の移行支援を診断し、共通の核となるモデルを採用すること、タイムリーに、移行のタイプやリーダーの階層に合わせて支援をすることを挙げています。

 各章の冒頭にケーススタディがあり、読み易く、また、実践的な内容であると思いました。柔軟なフレームワークを示しながら、上司との関係、部下の評価、組織戦略などを掘り下げていて、あらゆるレベルの管理職に役立つ、多くの示唆を含む本であると思います。

《読書MEMO》
●目次
はじめに 最初の90日
 キャリア移行能力を身につける
 ブレイクイーブンポイントに達する
 移行の落とし穴にはまらない
 流れをつくる
 基本原則を理解する
 移行リスクを評価する
 最初の90日を計画する
 早速はじめよう
第1章 準備をととのえる
 昇進する
 新しい会社に溶け込む
 コラム 文化規範を見きわめる
 準備をととのえる
 まとめ
 チェックリスト
第2章 効率よく学ぶには
 学習の障害を克服する
 学習を投資プロセスと考える
 学習課題を決める
 コラム 過去に関する質問
 コラム 現在に関する質問
 コラム 未来に関する質問
 知識を得るために最高の情報源を見きわめる
 構造化学習法を取り入れる
 コラム 新任リーダーの同化
 学習計画の作成
 コラム 学習計画のテンプレート
 支援を得る
 まとめ
 チェックリスト
第3章 状況に合った戦略を立てる
 STARSモデルを使う
 STARSポートフォリオを診断する
 変革を主導する
 自己管理
 成功に報いる
 まとめ
 チェックリスト
第4章 上司を成功条件を交渉する
 基本的なことに注意する
 5つの会話を計画する
 組織の状況についての会話を計画する
 上司の期待についての会話を計画する
 資源についての会話を計画する
 仕事のスタイルについての会話を計画する
 自己啓発についての会話を計画する
 複数の上司と協力する
 離れて働く
 まとめー90日計画を交渉する
 チームと5つの会話を計画する
 コラム 移行の黄金律
 チェックリスト
第5章 初期の成果をあてる
 波をつくる
 目標から始める
 基本原則を使う
 初期の成果を見きわめる
 コラム かつての同僚の上司になる
 変革を主導する
 予測可能な不意打ちは避ける
 チェックリスト
第6章 組織のバランスをととのえる
 落とし穴にはまらない
 組織構造を設計する
 アンバランスを診断する
 さあ、漕ぎだそう
 戦略的方向性を定義する
 コラム SWOTからTOWSへ
 グループの構造を形成する
 コアプロセスのバランスをとる
 グループのスキルベースを開発する
 文化を変えるために構造を変える
 バランスをとってみよう
 チェックリスト
第7章 理想のチームをつくる
 落とし穴にはまらない
 チームを評価する
 チームを進化させる
 チームのバランスをとる
 コラム インセンティブの方程式
 コラム オフサイト・ミーティグ計画のチェックリスト
 チーム主導する
 チームを始動させる
 チェックリスト
第8章 味方の輪をつくる
 影響力の目標を定める
 影響力の全体を把握する
 重要人物を理解する
 相手を動かす戦略を立てる
 まとめ
 チェックリスト
第9章 自己管理の意味を考える
 現状を検討する
 コラム 構造的内省のガイドライン
 自己管理の3本の柱を理解する
 軌道を外れないために
 チェックリスト
第10章 組織全体の移行を速める
 重要な移行を特定する
 失敗が決定づけられているケースを特定する
 既存の移行支援を診断する
 共通の核となるモデルを採用する
 タイムリーに支援する
 構造化プロセスを使う
 移行のタイプに合わせて支援する
 リーダーの階層に合わせて支援する
 コラム 移行コーチングと開発コーチング
 役割をはっきりさせインセンティブのバランスをとる
 ほかの人材管理システムと統合する
 まとめ
 チェックリスト

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○経営思想家トップ50 ランクイン(バーバラ・ケラーマン)

リーダーからフォロワーに力と影響力が移動し、リーダーシップ教育の見直しが求められていることを指摘。

Iハーバード大学特別講義 リーダーシップが滅ぶ時代8.JPGハーバード大学特別講義 リーダーシップが滅ぶ時代.jpg バーバラ・ケラーマン.jpg Barbara Kellerman
ハーバード大学特別講義 リーダーシップが滅ぶ時代
"The End of Leadership"[Kindle版]
the end of leadership.jpg 著者はハーバード大学ケネディスクールの社会リーダーシップの授業で、ジェームズ・マグレガー・バーンズ論を担当する講師であり、本書(The End of Leadership HarperBusiness 2012)は「リーダーシップ」が一大産業になるまでの変化の歴史と、変化によって起きた現代社会の問題点について触れた本です。本書では、リーダーシップ教育は過去に例を見ないほど盛んに行われているのに、なぜリーダーの影響力は低下したのだろうかという疑問を呈し、リーダーシップの歴史と社会情勢の変化を分析したうえで、一大産業と化したリーダーシップ教育の問題点を洗い出し、未来のリーダーシップについて警鐘を鳴らしています(全三部構成で、第一部、第二部でリーダーからフォロワーに力と影響力が移動しその関係が変化していることを説き、第三部で、そうした時代の状況を鑑みた場合の、現在のリーダーシップビジネスにおける問題点を指摘している)。

 第一部「パワーシフト」第一章「歴史的軌跡―衰えゆくリーダーの力」では、リーダーシップには長い歴史があり、たどってきた軌跡にははっきりした流れがあるとして、紀元前から現在までのリーダーシップの歴史を振り返るとともに、近年の傾向として、フォロワーが力をつけ、リーダーは弱体化しつつあるとしています。

 第二章「文化的制約―対等な立場で勝負する」では、フォロワーの力の増大の裏側には、リーダーのさまざまな限界があり、リーダーは、どんなときでも誰もが振り返って指示を仰ぐような道しるべ的な役割から、その力と影響力をフォロワーに委譲しつつあり、リーダーとフォロワーの形が変わってきているとうのが現代の歴史であり、時代(文化)の状況であるとしています。

 第三章「避けられない技術革命―テクノロジーに振り回される」では、そうした過去30年間から40年間のリーダーシップとフォロワーシップの変化は、文化的変化と併せて、通信技術の進歩などの技術的変化によって進行したことを、多くの事例によって説明しています。

 第二部「時代の変遷」第四章「社会契約―むしばまれる信頼関係」では、リーダーとフォロワーの関係の基礎となるのは、リーダーの資質に対するフォロワーの信頼であるが、今その信頼が宗教界、政界、経済界の各方面において損なわれつつあることを例証しています。

 第五章「今アメリカで―弱体化するリーダー」では、とりわけ今アメリカで起きているリーダーの弱体化現象について述べています(この部分は、ドナルド・トランプのような人物が大統領となることを"予言"しているとまでは言えないが、ある意味"予感"させるものであてって興味深い)。

 第六章「世界的な動き―勢いづくフォロワー」では、多くのヨーロッパ、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの国々で、30年から40年前に比べて、アメリカ以上に、リーダーが弱くなりフォロワーが強くなっていることを検証していて、アメリカはリーダーが弱体化したためにリーダーとフォロワーのバランスが変化したが、これらの国々は、フォロワーが強くなることで、力の均衡に変化が起きたとしています。

 第三部「パラダイムシフト」第七章「リーダーシップビジネス―リーダーシップ大流行の中で」では、リーダーシップビジネスはこの30年から40年の間に爆発的に成長しているが、莫大な資金がリーダーシップビジネスに流れこみ、莫大な時間がリーダーシップ教育、研究に費やされているにも関わらず、リーダーシップの成功例は少なく、失敗例には事欠かないとし、その問題の一つは、有能なリーダーを育成することに固執していることにあるとしています。

 第八章「特別講義完了―現代に求められるリーダーとは」では、これまでの「救世主探し」のようなリーダー中心のリーダーシップ教育ではフォロワーの重要性が忘れられており、今リーダーシップ育成事業そのものを全体的に考え直す必要があるとして、今のリーダーシップ産業を支えている「前提」の数々について、著者が疑問を抱いているものをリストアップし、それらはリーダーシップの危機を促進こそすれ、緩和はしないとしています。

 本書は、リーダーとフォロワーの関係の変化、そして、リーダーシップビジネスがなぜ意図した結果を生んでいないのかについて述べる一方で、これは簡単に解決できる問題ではないとして、「お定まりの処方箋」を描くことはしていません。リーダーシップを否定しているわけではなく、これまでのリーダーシップは時代遅れになる危険があるとしているわけです。リーダーの存在を否定するのではなく、、リーダーはいつの時代にも存在するが、フォロワーシップより重要な存在としてのリーダーシップ、授業料を払って習得するようなリーダーシップ、普通の仕事より優れたものとしてのリーダーシップ、どんな問題でも解決するリーダーシップ、業績を出すのが当たり前だと皆が思っているリーダーシップ―そのようなリーダーシップはもう古いとしていて、相当に示唆的な内容であると言えます。

 リーダーシップビジネス(教育)について詳細に(批判的に)語っていることも本書の特徴であり、それらはアメリカ社会を中心に書かれていますが、次世代リーダーの育成が急務の日本の企業にとっても参考になるように思われます。著者はリーダーシップビジネスが衰退しないようにするには、少なくとも次の四つの改革をしなければならないとして本書を結んでいます。

 ・会話を阻害する、リーダー中心主義を終わりにすること。
 ・近視眼的な状況の特定から脱却すること。
 ・リーダー教育自体を厳しい分析の対象とすること。
 ・影響力の対象を反映しなければならない、移りゆく時代とともに変わること。

《読書MEMO》
●目次
プロローグ──二十一世紀のリーダーシップ、そしてフォロワーシップ
第一部 パワーシフト
 第一章 歴史的軌跡―衰えゆくリーダーの力
 第二章 文化的制約―対等な立場で勝負する
 第三章 避けられない技術革命―テクノロジーに振り回される
第二部 時代の変遷
 第四章 社会契約―むしばまれる信頼関係
 第五章 今アメリカで―弱体化するリーダー
 第六章 世界的な動き―勢いづくフォロワー
第三部 パラダイムシフト
 第七章 リーダーシップビジネス―リーダーシップ大流行の中で
 第八章 特別講義完了―現代に求められるリーダーとは

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○経営思想家トップ50 ランクイン(リンダ・A・ヒル)

優れた上司であり続けるための3つの要素。説得力があり、啓発書として優れている。

Being Boss Linda A. Hill.jpgハーバード流ボス養成講座2.jpgハーバード流ボス養成講座.jpg  リンダ・A・ヒル.jpg Linda A. Hill
ハーバード流ボス養成講座―優れたリーダーの3要素
"Being the Boss, with a New Preface: The 3 Imperatives for Becoming a Great Leader"
Linda Hill: How to manage for collective creativity | TED
Linda Hil:How to manage for collective creativity  TED.jpg 本書は、ハーバード・ビジネススクールのリーダーシップ部門主任教授リンダ・A・ヒル(Linda A. Hill)と著述家ケント・ラインバック(Kent Lineback)の共著("Being Boss"(ボスになる)(2011))で、ウォールストリート・ジャーナル紙によって、「2011年に読むべきビジネス書5冊」に選ばれています。

 1章で、できるマネジャーの課題として、1.自分をマネジメントする、2.人脈をマネジメントする、3.チームをマネジメントする、の3つを挙げ、この3つの課題は、マネジャーとしての責任を果たそうとするうえでなすべきことのエッセンスをまとめたものであり、部下とそれ以外の人々の両方に自分の望む行動をとってもらうための、基本的なテコの役割を果たすとしています。パートⅠ以降では、この3つの課題を中心に話を進め、各課題に3~4の章を割り当てています。

 パートⅠ「自分をマネジメントする」では、他人、とりわけ部下との1対1の関係に照準を合わせています。2章では、長期にわたって効果的に影響力を発揮しようとするには、公式の権限だけに頼ったのでは限界があるとしています。3章では、友情に訴えかけて影響力を行使しようとする際には落とし穴があることを説いています。4章では、影響力の真のよりどころは信頼であるとしています。

 パートⅡ「人脈をマネジメントする」では、組織につきものの政治的駆け引きを念頭に置きながら、建設的な目的に沿って誠実に影響力を行使する術を説いています。5章では、助けを求めて一緒に働かなくてはならない相手との人脈を細心の注意を払って築き、維持していくことがたいへん重要であるとし、6章では、こうした人脈の築き方を詳しく述べています。7章では、上司との大切な関係について述べています。

 パートⅢ「チームをマネジメントする」では、部下たちとともに真のチームを作り上げるには何が必要かに焦点を当てています。8章では、水先案内人としてチームに目的意識を与えるには、文書になったプランとそうでないプランの両方を作る必要があるとしています。9章では、チームの文化と、適切な規範、理念、実り多いチームワークの条件について取り上げています。10章では、チームメンバー1人ひとりを管理しながらともに働く方法を説明しています。11章では、上司としての行動の核となる基本的な行動モデル〈準備→実行→反省〉を紹介し、それが懸案や想定外の出来事などあらゆる状況をマネジメント課題の追求に活かすのに、どう役立つのかを紹介しています。

 結びの12章では、3つの課題に照らして自分を眺め、強みは何か、旅の途上で更なる進歩が求められる分野は何かを見極める助けをし、日々の経験から学ぶためのアドバイスもしています。

 各章の冒頭に事例があって、それらが連続するストーリーのようになっていて課題の状況がイメージしやすくなっていますが、全体の構成がかっちりしているため、それが無かったとしても十分読みやすいのではないでしょうか。内容的にも「チームをマネジメントする」の前に、まず「自分をマネジメントする」ことから始まって、次に「人脈をマネジメントする」ことが来ていて、説得力がありました。啓発書として優れていると思います。

 本書で著者らが「3つの課題」と呼ぶもの―「自分をマネジメントする」「人脈をマネジメントする」「チームをマネジメントする」は、マネジャーの能力が最も未熟な分野であるというだけでなく、「人々に影響を及ぼす」という上司の最も根本的な役割を果たすうえでも役に立つものであり、3つの課題はマネジメントとリーダーシップの核心であり、できる上司になるうえで欠かせないすべての要素を含む、行動指向型のフレームワークであるとしています。

 また、優れた上司になるまでの過程を理解し、その行動様式を知るだけでは十分とは言えず、本当に重要なのは、リーダーシップの旅で、自分をどう成長させるかであって、成長は、自分の現在の実力をしっかり把握するところから始まるというスタンスに立っています。これを1度きりではなく継続的に行っていくためには、自分の能力や行動を常に見直し、正直な自己評価を行い、間違いを認めそこから学び、周りから率直な意見を求め吸収していくことが必要となるということです。

 自分は有能な上司の要件を満たしているだろうか。部下や、自分の管理下にはないが必要な人材を、最大限に活用できているだろうか。会社や顧客からの高まり続ける期待に、十分に応えているだろうか―そうしたことを自問してみるによい本であり、優れたマネジャー、リーダーを目指す全ての人にとって役立つ本であると思いますが、とりわけ、新任マネジャーや中間管理職がどのようにマネジメントを実践すれば良いかが書かれていたように思いました。でも、中間管理職に限らず、優れたリーダーを目指す人に広くお薦めできる本です。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ビル・ジョージ)

企業の持続的成長に求められる本物のリーダーシップについての実証的考察。

ミッション・リーダーシップ図1.png82011793.jpg  ビル・ジョージ.jpg Bill George
ミッション・リーダーシップ―企業の持続的成長を図る』(2004/08 生産性出版)

 先端医療テクノロジー企業メドトロニック社のCEO及び会長を務め、何度もベスト経営者賞を受賞した著者による本書(原題:Authentic Leadership: Rediscovering the Secrets to Creating Lasting Value)は、自分流のリーダー像を各自がどう模索すべきかを実証的に説いた啓蒙書であり、著者は経営者時代にいち早くCSRを重視し、利益追求のみならず、企業組織が暴走せずに倫理を順守できる体制づくりに奔走するなど企業が持続的に成長するための組織づくりを啓発してきた人物です。

 序章では、エンロンやワールドコムなどの企業不祥事や、M&Aを中心とした安易な企業買収、事業売却やリストラなどの背景にある最近のリーダーシップの危機がいかに発生してきたかについての見解を述べ、この危機の解決には新しい法律ではなく、新しいリーダーシップが要請されているという考えを示しています。

 第Ⅰ部は、本物のリーダーの特性を記述し、変革を求める経験を通じていかにリーダーが自己を成長させるかを示し、加えて彼らが仕事と私生活をバランスさせていかに本物の人生を送っているかを明らかにしています。

 第1章では、リーダーシップはスタイルではなく、本物を目指すことから生まれるとし、第2章では、リーダーに成長するには自己をどう高めるかを説き、第3章では、バランスの取れた生活がすぐれたリーダーを生むとしている。

 第Ⅱ部では、これらの経営リーダーがいかに本物の企業を築くのかを検討しています。ここでは、ミッション重視の企業は、財務的利益を追求する企業に比べて、長期的に見てより大きな株主価値を創造するという考え方を述べています。また、なぜ、価値重視の企業が卓越した業績を上げる企業になり得るのか、さらに自社の人材をエンパワーすることに努める企業がなぜすぐれた顧客サービスを提供する企業になるのかについても解明しています。加えて第Ⅱ部では、偉大な組織を築くのは、カリスマ性の高いCEOではなく、偉大な経営チームやそのほかのチームであることを実証しています。第Ⅱ部の最後の章でも、本物の企業がいかにすべてのステークスホルダーに卓越した成果をもたらすかについて言及しています。

1ミッションリーダーシップ ビルジョージ.jpg 第4章では、ミッションは人材をモチベートするが、お金はモチベーとしないとし、第5章では、価値観はうそをつかないとしている。第6章では、カスタマーが最も重要であるとし、第7章では、すぐれたチームが企業を生むのであってCEOだけの貢献ではないとし、第8章では、本物の企業がいかにステークスホルダーに成果をもたらすかを説いている。

 第Ⅲ部では、本物の企業がいかに市場で競争力を発揮するのかを検証しています。まず成功を収めてきた企業が成長を止める7つの落とし穴を検討しています。それに続く各章では、各企業がそのミッションを実現するために何をなすべきかを探り、さらに企業がぶつかる倫理上のジレンマ(葛藤)とその解決法を明らかにし、加えて数多くのブレークスルーに値する革新を生むプロセスを検証しています、第Ⅲ部の結論を述べる数章では、企業買収や合併はお金のためではなく、組織を築くために行われるべきことを提案し、さらにさまざまなステークスホルダーの各グループから出されるさまざまなニーズに応えるチャレンジを紹介しています。

 第9章では、成長に伴う7つの落とし穴を挙げ、第10章では、さまざまな障害を乗り越えるにはどうすればよいか、第11章では、倫理上のジレンマをどう克服するか、第12章では、心のこもったイノベーションとは何かを述べている。続く第13章では、企業買収はお金のためだけのものではないとし、第14章では、株主は、カスタマー、社員に次ぐ第三順位であるとしている。

 第Ⅳ部では、「利益」を超えて存在する諸問題を取り上げています。つまりガバナンスとマネジメントとの間に見いだせる大きな差異を解明しています。また、経営リーダーはいかなるときに自らの課題を公けの場に持ち出すべきかを検討し、さらに経営者をいかに育て、新しい挑戦に挑み続けるかを検討しています。

 第15章では、企業ガバナンスにための制度を作ることを、第16章では、自社の立場を明確に主張することの重要性を説き、第17章では、後継者を準備し、さらに前進することを説いている。

 序章でも述べられているように、現在、CSRやコンプライアンスが注目されたきっかけはエンロンやワールドコムなどの企業不祥事であり、M&Aを中心とした安易な企業買収やリストラによる一時的な利益の増加を通した株主価値市場主義に基づく短期的利益志向そのものでした。本書は、そうしたことが日常化していた企業の状況に一石を投じ、企業のミッションを追求することが事業の成長やイノベーションを生むとし、そのことをメドトロニック社において実証的に示したものあり、企業においてミッションやビジョンとは単なるお題目ではなく、まず最初に考えるべきものであるとしています。

 成長への7つの大罪を避けるための、成長の維持に貢献する「規律を守るリーダーシップ」を示した著者は、たとえ成長が鈍ったときも、リーダーはコスト削減に走る誘惑に勝ちながら成長への意欲を新たにし、そのためのあらゆる手を考えるべきであるとしています。本書で提案されるさまざまなアイデアは、新しいリーダーたちが本物のリーダーシップを発揮し、本物の企業を築くことに意欲を燃やす面で大いに貢献するものと思われます。

【2790】○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)


《読書MEMO》
●7つの大罪―成長に伴う落とし穴
1.明確なミッションを持たずに進む
2.コア・コンピタンスを過少評価する
3.単一の製品ラインに頼り過ぎる
4.技術とマーケットの変化を見落とす
5.企業文化を変えずに戦略を変える
6.自社のコア・コンピテンシーから逸脱する
7.成長のために企業買収に依存する

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ロジャー・マーティン)

組織に蔓延する「無責任ウイルス」への4つの対処ツールを示す。実践的・啓発的な本。

頑張りすぎる人が会社をダメにする .jpg頑張りすぎる人が会社をダメにする 2.jpg ロジャー・マーティン.jpg ロジャー・マーティン  .jpg
「頑張りすぎる人」が会社をダメにする―部下を無責任にしてしまう上司の法則』(2003/12 日本経済新聞社)ロジャー・マーティン(Roger L. Martin)カナダ・トロント大学ロットマン・スクール・オブ・マネジメント学長
「頑張りすぎる人」が会社をダメにする0.JPG 原題は"Responsibility Virus(無責任ウイルス)"。責任感の強いリーダーが必死で働けば働くほど、同僚や部下がやる気を失い、職場の人間関係が壊れ、組織全体の業績が悪化していくのはなぜかという疑問を、この「無責任ウイルス」という比喩を用いて分析したものであり、職場に「無責任ウイルス」がどのように蔓延していくかを実例を用いて解き明かすとともに、その予防と治療のためのマネジメント・ツールを示しています。

 第1部「無責任ウイルスとは何か」では、雑誌の業績を好転させる名人で華々しいキャリアを持つリーダーの、部下の責任を引き受けていった末の業績悪化と失脚、IDA(国際開発機関)に勤めるエリートの、開発途上国担当者に対する熱心なアプローチが生む相互不信と挫折など3つの事例を紹介し、これらを通して、頑張り過ぎた上司の下に頑張らない部下が生まれるのは、上司の「失敗への恐れ」が部下への「支配価値」を生むためであり、また上司・部下トータルの責任量は変わらないとする「責任量保存の法則」を提示しています。

 第2部「無責任ウイルスの症状」でも、自信と能力にあふれた弁護士の、事務所の浮沈を背負い込むあまりの組織不和と変革の失敗などの強い責任感で周囲を引っ張るリーダーとその組織が、それゆえに挫折し、衰退していった例など3つの事例を紹介し、これらを通して、①協働の死滅、②不信と誤解の発生、③選択決定スキルの低下という、「無責任ウイルスの症状」を示しています。

 第3部「無責任ウイルスへの4つの処方箋」では、「無責任ウイルスの症状」に陥りながらもそれを克服した、著者自身の経験も含めた4つの事例を紹介し、それらを通して、①意思決定プロセス、②枠組み実験、③責任のハシゴ、④リーダーシップとフォロワーシップの再定義という4つのマネジメント・ツールを示しています。第一のツールである「意思決定プロセス」とは、グループのメンバーが、ヒーロー型リーダーシップや言いなりのフォロワーシップに反射的に飛びこむのではなく、生産的な協議を促すためのものであり、グループの力を上手に利用して、より生き生きした強固な決定を下して実行し、一人では到達できない成果をあげるためのものであるとのことです。第二のツールである「枠組み実験」とは、責任過剰や無責任にはまり込んで不信感や誤解を抱いているものが、問題になっている相手との関係や協働能力の改善を助けるためのものであるとしています。第三のツールである「責任のハシゴ」とは、部下が上司とともに責任をとる能力を構築し、上司が責任過剰になるのを防ぐ能力開発型のツールであるとのことです。第四のツールである「リーダーシップとフォロワーシップの再定義」は、リーダーとフォロワーが責任過剰/責任過少という極端な状態に陥るのを防ぐツールであるとしています。

 第4部「無責任ウイルスをやっつけろ」では、ここでも事例を紹介しつつ、過少責任からいかにして脱出するか、責任過剰からいかにして脱出するかを説くとともに、プロフェッショナルが抱える「何でも仕切りたがる」という危険に陥らないために先に挙げた4つのツールをどう使うか、また、CEOと役員会の関係においてCEOが同様の危機に陥らないために先に挙げた4つのツールをどう使うかを示し、更には、日常生活において、妻と夫、親と子、友人や同僚との間で生じる無責任ウイルスから来るさまざまな問題も、4つのツールを使うことで解決できるとして、その例を示しています。

 最後に「結び」として、これまで述べてきたことを総括し、失敗への恐れが失敗を生むこと、支配価値の存在とそのマイナス面を思い起こすことなどを説き、「負けずに勝つ」ことにばかりこだわるのではなく「十分な知識に基づく選択」をし、「困惑の回避」に走るのではなく「オープンな基準による検証」を行い、「理性の保持」にばかり気をとられるのではなく「真の自分らしさ」に沿った行動をとるといった、新しい支配価値を身につければ、自ずと能力の最先端で、つまり強みや優位性の上で生きることになり、個人の集まりである組織が、新しい支配価値に従って生き、再定義されたリーダーシップモデルに取り組み、責任についてより高度の対話を維持することによって、着実に能力を伸ばすことができる競争を、確実に「求める」ようになるとしています。

 全体を通して事例を通じて解説されており、実践的(プラクティカル)な内容ですが、同時に啓発的であり、また、概念的(コンセプチュアル)でもある本であり、その点は邦訳タイトルから受ける印象とは少し違いました(著者の近著の邦訳タイトルは『インテグレーティブ・シンキング』('09年/日本経済新聞出版社))。書かれていることに相当する職場でのイメージを思い浮かべながら読まないと、今読んだ内容がすっとどこかへ流れていってしまうかも。

 一方が過剰に責任をとろうとすると、別の方は責任を過少にとってバランスを保とうとするという「責任量保存の法則」という観点は面白いと思いました(但し、本書は単なる「エンパワーメント」に対しては否定的である)。肝は、無責任ウイルスに対処するための4つのマネジメント・ツールを示した第3部でしょうか。やや高度に概念的な部分もあり、応用は少し難しいかもしれませんが、習得できれば役立つと思われ、多くの人にとって読む価値はあるのではないかと思います。

《読書MEMO》
●目次
まえがき
序 もう英雄はいらない?
第1部 無責任ウイルスとは何か
 1 頑張りすぎた上司と頑張らない部下
 2 「失敗への怖れ」と「支配価値」の役割
 3 責任量保存の法則
第2部 無責任ウイルスの症状
 4 協働の死滅
 5 不信と誤解の発生
 6 選択決定スキルの低下
第3部 無責任ウイルスへの4つの処方箋
 7 [ツール1]選択決定プロセス
 8 [ツール2]枠組み実験
 9 [ツール3]責任のハシゴ
 10 [ツール4]リーダーシップとフォロワーシップの再定義
第4部 無責任ウイルスをやっつけろ
 11 責任過少からの脱出法
 12 責任過剰からの脱出法
 13 プロフェッショナルが抱える危険性
 14 役員会の危機
 15 日常生活と無責任ウイルス
結び 新しいリーダーシップへの道
訳者あとがき

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ヴィニート・ナイアー)

HCLテクノロジーズが歩んだ「従業員第一、顧客第二」への旅の4段階を説く。

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社員を大切にする会社 ―― 5万人と歩んだ企業変革のストーリー』(2012/02 英治出版)ヴィニート・ナイアー

 インドに本社を置く大手グローバルIT企業HCLテクノロジーズ(HCLT)の総帥として、「従業員第一主義―EFCS (Employees First, Customers Second)」を経営理念として掲げ、5年間で同社を目覚ましい転換へと導いたヴィニート・ナイアー(Vineet Nayar,2005年、HCLT社長に就任。2007年、同社CEOに就任)による本です(原題"Employees First, Customers Second: Turning Conventional Management Upside Down",2010)。本書では、HCLTが歩んだ「従業員第一、顧客第二」への旅の4段階について、
 ・鏡よ鏡―変革の必要性を見出す
 ・透明性による信頼―変革の文化を生み出す
 ・組織のピラミッドを逆さまにする―変革の構造を築く
 ・CEOの役割を変える―変革の権限を委譲する
の順に述べています。

 第1章「鏡よ鏡―変革の必要性を見出す」では、第一段階の変革の必要性を見出すステップとして、鏡に映る自分たちの姿を見て、自分の気にいらないものを探したといいます。HTCLは、成長はしているが、他のITベンダーの成長と比較すると成長が小さいという微妙なポジショニングの中で、あえて自分たちは後続集団にいるという現実と向き合うという決断をしたとのことです。そして、「鏡よ鏡」というエクスサイズを繰り返し、見つかった問題がいくつかあったといいます。その中で、これからは、イノベーションは「何を提供するか」と「どのように提供するか」の両方がうまく機能しなくてはできなければならず、そのような視点で現状を見ると、「バリューゾーンにもっとも近い従業員を会社が支えていないことに問題がある」ことに気づき、会社全体がバリューゾーン(顧客に価値を提供している人たち)に仕えることが必要であるとの考えから、「従業員第一、顧客第二」というコンセプトができたとのことです。

 第2章「透明性による信頼―変革の文化を生み出す」では、変革の必要性が生まれても、「変化したい」という意志と実際に「変化する」という行為との間にはしばしば大きなギャップがあり、このギャップの理由の一つは、経営者と従業員の間における信頼の欠如であり、信頼の文化を築く必要があったとしています。HCLTでは、組織構造が従業員の足枷になり、才能の発揮を妨げていて、この状況を解決するためには、信頼の文化が必要であり、そのためには透明性を高めることが必要だったとしています。そのために、各利害関係者が企業のビジョンを知り、自分の貢献が具体的にどれだけ組織の目標達成に役立ったかを理解できるようにするとともに、各利害関係者が企業の目的に対し、個人的で深い責任感を持てるようにしたといいます。また、組織の外部から要員を投入し、特定のプロジェクトや任務を担当させ、これらの外部要員がすぐにスピードを上げて、できるだけ効率よくプロジェクトに着手できる唯一の方法は、企業が情報を隠さず、プロジェクトが抱える長所、短所、問題点、懸念などを完全に透明化することであり、それが信頼に繋がるとし、このために、CEOのオフィスを開放するなど、様々な方策を講じたとしています。

 第3章「組織のピラミッドを逆さまにする―変革の構造を築く」では、変革への必要性を理解し、信頼の文化を生み出し、従業員が前向きな変化に向けて行動を起こしても、組織風土の欠陥が最善の結果が生まれるのを妨げていることがあり、HCLTの問題は「バリューゾーンにもっとも近い従業員を会社が支えていないこと」であって、この問題を解決するために、HCLTは逆ピラミッド型の組織を構築したとのことです。単にサーバント・リーダーシップにとどまらず、アカウンタビリティを逆転させたが、その仕組みを実現しているが、先に述べた徹底的な透明化であり、なかでも、効果的だったのがスマートデスクサービスである。スマートデスクサービスは、顧客用に構築された問題管理システムをバックオフィスと従業員の間の社内的な懸案事項に対応しようというものであり、従業員に何か問題が生じたり、情報が必要になれば、従業員は対応を求めて、担当部署にチケットを発行し、チケットにはデッドラインが示されていて、誰もが閲覧でき、解決したかどうかの判断は発行者にしかできないというものであるとのことです。

 第4章「CEOの役割を変える―変革の権限を委譲する」では、最後のステップはCEOの役割を変えることだったとし、まずは、変革の権限をリーダーに委譲すること、そのために、バリューゾーンの近くにいるリーダーに質問を投げかけ、彼らに解決を委ね、それによって、自己管理、自己統制が可能な企業に生まれ変わることができるとしています。そこでは従業員自身が経営者であるように感じながら、仕事に情熱を燃やし、絶えず変革とイノベーションに力を注ぐようになるとしています。「社員に責任と権限を与え、社員の英知や情熱の邪魔をしないこと」が経営者の仕事であるということです。

 最後の第5章「誤解から理解する―変革のサイクルを繰り返す」では、「従業員第一、顧客第二」に関する、「困難な時期においては通用しない」「景気のいい時には必要ない」「顧客には価値がわからない」「実行には大規模な戦略が必要になる」「企業の業績が上がるわけではない」という5つの誤解に対して反論しています。そして、ここまで「従業員第一、顧客第二」の旅を通して、鏡の中をのぞくこと、透明性を通して信頼を築くこと、ピラミッドを逆さまにすること、変革の権限を全員に委譲すること、という4つの段階を通過してきたわけだが、「従業員第一、顧客第二」とは、ひと連なりの活動のサイクルとして捉えるべきであって、何度も繰り返されるべき旅であるとしています。最後に自らの経験から、「人は自分のしていることに情熱と責任を感じるとき、会社を変革できるだけでなく、自分自身をも変革できる」としています。

 就任4年で売上3倍、利益3倍、顧客5倍、離職率半減...と大企業を見事に再生させた経営者がその歩みを自らが語った回想記ですが、自慢話などではなく、組織風土改革のテキストとして読めるかっちりした内容で、多くの企業にとって普遍性のある示唆に富んでいるように思います。外資系企業では、サウスウェスト航空、スターバックスが「従業員第一、顧客第二」を掲げ、日本でもケーズデンキが「従業員第一、顧客第二」を掲げています。こうした企業がちらほら見られるにしても、まだまだ「顧客第一主義」を謳っている企業の方が圧倒的に多いかと思います。やはり、どこか「従業員第一、顧客第二」というものに対する誤解や疑念があるのかもしれません。そうした自らの誤解や疑念を解く上で一読の価値がある、啓発度の高い本であると言えます。


《読書MEMO》
●目次
イントロダクション
第1章 鏡よ鏡―変革の必要性を見出す
第2章 透明性による信頼―変革の文化を生み出す
第3章 組織のピラミッドを逆さまにする―変革の構造を築く
第4章 CEOの役割を変える―変革の権限を委譲する
第5章 誤解から理解する―変革のサイクルを繰り返す

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ロバート・S・キャプラン/デビッド・P・ノートン)

バランスト・スコアカードに関する知識を得たいと考えている人には必読の書。

キャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード1.JPGキャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード.jpg  ロバート・キャプラン/デビッド・ノートン.jpg Robert Kaplan & David Norton
キャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード』['01年]

バランス・スコアカード 1997.jpgバランス・スコアカード―戦略経営への変革.jpg 著者であるロバート・S・キャプラン(Robert Kaplan、ハーバード・ビジネススクール教授)、 デビッド・P・ノートン(David Norton、コンサルタント会社社長)が、企業を財務、顧客、内部ビジネス・プロセス、学習と成長という4つの視点から評価していくバランスト・スコアカードを1992年に発表したのは、それまでの企業の業績評価が財務諸表(損益計算書、貸借対照表など)に偏っていたのではないかとの反省に基づくものであり、このバランスト・スコアカードの理論と事例を纏めたものが"Balanced Scorecard: Translating Strategy into Action《1996》"(吉川武男:訳『バランス・スコアカード』('97年/生産性出版))でした(2011年に同訳者による新訳版が刊行された)。
バランス・スコアカード―新しい経営指標による企業変革』['97年]『バランス・スコアカード―戦略経営への変革』['11年]

The Strategy-Focused Organization.jpg その当時のバランスト・スコアカードの目的は、業績測定問題を解決することにありましたが、しかし、実際の導入例においては、業績の測定よりも更に重要な戦略の実行を目的として導入されており、つまり、戦略と行動のギャップを埋め、具体的な活動に繋げていくためのフレームワークとして、戦略と行動の関連付けを明確にし、その上で、効果測定に活用することで導入企業は、1、2年の間に大きく業績を向上させていました。

 本書(原題:The Strategy-Focused Organization: How Balanced Scorecard Companies Thrive in the New Business Environment《2000》)では、そうした導入事例を踏まえて、企業がバランスト・スコアカードを通して重要なマインド・プロセスを戦略に方向づけ、戦略を実行し、業績向上に役立たせるための理論的で包括的なアプローチを提供しています。

"The Strategy-Focused Organization: How Balanced Scorecard Companies Thrive in the New Business Environment"

 まず第1章で、戦略実行のためのバランスト・スコアカードの導入事例を挙げ、バランスト・スコアカードによって戦略志向の組織体となるための原則として、①戦略を現場の言葉に置き換える、②組織全体を戦略に向けて方向づける、③戦略を全社員の日々の業務に落とし込む、④戦略を継続的なプロセスにする、⑤エグゼクティブのリーダーシップを通じて変革を促す、の5つを挙げています。そして、第2章で、第1章で紹介した事例の中からモービルの事例について、更にこの5つの原則に沿って詳しく紹介しています。

 以下、第1部(第3章~第5章)で「戦略を現場の言葉に置き換える」、第2部(第6章~第7章)で「シナジー効果を創造するために組織体を方向づける」、第3部(第8章~第10章)で「戦略を全社員の日々の業務に落とし込む」、第4部(第11章~第12章)で「エグゼクティブのリーダーシップを通じて変革を促す」について、第5部(第13章~第14章)で「エグゼクティブのリーダーシップを通じて変革を促す」についてそれぞれ解説しています。

第3章 戦略マップの構築「戦略の因果関係を定義づける」(109p)
図 1 BSCの4つの視点の関係(水平構造).gif 第1部「戦略を現場の言葉に置き換える」の第3章では、戦略マップをどのように構築するか、第4章では、営利企業における戦略マップの構築、第5章では、非営利組織、政府、ヘルスケア機関における戦略マップの構築について、それぞれ、ナショナル・バンク・オンライやシャーロット市、デューク小児科医院などの事例を挙げながら解説しています。

 第2部「シナジー効果を創造するために組織体を方向づける」の第6章では、ビジネス・ユニットのシナジー創造について、第7章では、シェアードサービスを通じてのシナジー創造について、それぞれFMC社、モービルNAM&Rなどの事例を挙げながら解説しています。

 第3部「戦略を全社員の日々の業務に落とし込む」の第8章では、戦略意識の高揚を図るにはどうすればよいか、第9章では、個人レベルとチーム・レベルの目標をどう定義づけるか、第10章では、バランスト・スコアカードに基づく報酬制度はどうあるべきかを、それぞれ、ノバ・スコシア電力会社などの事例を挙げながら解説しています。

 第4部「戦略を継続的なプロセスにすること」の第11章では、計画設定と予算管理について、第12章では、フィードバックと学習のさせ方について、ABBスイスなどの事例を挙げながら解説しています。

 第5部「エグゼクティブのリーダーシップを通じて変革を促す」の第13章では、リーダーシップと活性化について、第14章では、失敗を回避するための留意点について解説しています。

 改めて要約すると、バランスト・スコアカードを単に業績評価の新たなツールとしてではなく、企業のビジョン・戦略に沿って各階層の意識や方向性の具体化を図るために、このバランスト・スコアカードを戦略に組み込み、戦略をマネジメントするツールとして、戦略の実効性を支援する機能を果たさせることが重要であるとし、その考え方や手法を説いているのが本書です。前著が理論書であったのに対し、本書は実務書であると言え、事例や文献を豊富に提供しているのが特徴で、これから実際にバランスト・スコアカードを導入する企業やそれを支援するコンサルタント、バランスト・スコアカードに関する知識を得たいと考えている人事パーソンには必読の書と言えます。

【2201】 ○ グローバルタスクフォース 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』 (2004/07 総合法令)
【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)


《読書MEMO》
●個人レベルのバランスト・スコアカードは、
①全社目標と業績測定尺度
②全社目標を特定の目標に落とし込むための箇所
③個人やチームが自分達たちの目標とそれを達成するためのステップ
という3つのレベルの情報が入れられる(第3部・第9章、310p)

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○経営思想家トップ50 ランクイン(チャールズ・ハンディ)

あるべき資本主義を説いた経営論であるとともに、企業人のための人生論でもある。

もっといい会社、もっといい人生68.jpgもっといい会社、もっといい人生0_.jpg The Hungry Spirit.jpg チャールズ・ハンディ.jpg Charles Handy
もっといい会社、もっといい人生―新しい資本主義社会のかたち』(1998/11 河出書房新社)"The Hungry Spirit" (1997)

チャールズ・ハンディ ド.jpg 「イギリスのドラッカー」とも呼ばれ、英国のみならず欧州を代表する経営思想家であるチャールズ・ハンディ(Charles Handy、1932年生まれ)の著作(原題:The Hungry Spirit: Purpose in the Modern World,1997)で、チャールズ・ハンディはオックスフォード大学で哲学を専攻した後シェル石油の幹部となるも早々に辞めてMITのスローンスクールを経て、ロンドン・ビジネススクールの設立に関わった現代経営学の権威です。彼の著作の本邦訳は『ディオニソス型経営―これからの組織タイプとリーダー像』('82年/ダイヤモンド社)、『ビジネスマン価値逆転の時代―組織とライフスタイル創り直せ(The Empty Raincoat)』('94年/阪急コミュニケーションズ)、『パラドックスの時代―大転換期の意識革命(The Age of Paradox)』('95年/ジャパンタイムズ)がありますが、「英国のドラッカー」と称される割には日本ではあまり知られていないかもしれません。本書は1997年の著作ですが、当時から市場至上主義・新自由主義の陥穽を的確に捉え、それに警鐘を鳴らしています。

 第1部「きしむ資本主義」では、資本主義社会の難問と懸念について探究しています。第1章「市場原理だけではうまくいかない」で、理論的には、市場はあらゆるものを平準化させ、最終的には、すべてのものが最も優れた、あるいは最も安価なものに追いつくはずだが、実際に起きている事態はそうなってはいないとし、市場原理に基づく効率性の追求は、社会全体としては大きな歪を生み出した(28p)としています。

 第2章「効率追求の落とし穴」では、日本のメーカーの「ジャスト・イン・タイム」方式は、「工場の生産にあわせた部品を運ぶトラックの列が付近の道路の大渋滞を引き起こし、結果、税金による道路整備が必要になった」、つまりメーカーは自らの改善コストを国民にツケ回ししたとし(44p)、また、こうした歪みは日本だけの事象ではなく、ジョン・F・ケネディ大統領の「上げ潮にのればすべての船が上がっていく」という想定も、一部の船が、他のものよりずば抜けて高く上がることになったとして(46p)、効率の追求は、社会をそうした一握りの者向けには有利に、ほかの多数の人々には不利なように傾斜させることから間違っていたことがわかったとし、効率は経済成長を生み出すが、その偏重は破滅への道に繋がるとしています。。

 第3章「資本主義の欠点を押さえて長所を生かす」では、市場経済と効率には欠点があるが、資本主義の欠点を直そうとして、資本主義自体まで失ってはならないとして、経済の発展を促し、起業家に自己表現の機会を提供しているシリコンバレー企業の例を挙げています。また、資本主義は手段にすぎず、何を目的にするか決めるのは私たちであって、自分やほかの人々のために人生から何を得ようとしているのかを私たちが十分に理解することなしには何も変わらず、人生観はカネに正当な位置づけを与えるが、それ以上に重視されるものではないとしています。

 第2部「人生の意味を位置づけ直す」では、人生の目的を探究し、「世界を現状より少しでも良くすることが目的でなくてはならない」としています。第4章「個人が主権者となる時代」では、自分の人生の台本を自ら書くことの重要性を説き、また、企業にも個人と同様に、自分の行動と運命に責任があるとしています。

 第5章「自分の夢と社会の夢の両立」では、ゆらぐ自己同一性を確立することの重要性を説き、人生の真の目的に至るまでには「生計維持型」「外部志向型」「内部志向型」の3段階の心理学的類型があり、これはマズローや多くの発達心理学者の教えとも一致するとしています。そして、「適正な自己中心性」は善と他者の利益を求めるとしています。

 第6章「生きる意味を探究する」では、カネ、モノ、地位への欲望はほどほどにすべきで、成長とは量的拡大より質的向上をすることであって、本来的に人はカネよりも美と善を求めるものであるとしています。また、世界に貢献することで自分の人生を永遠化することができるとしています。

 第7章「ほかの人なしに自分もない」では、ほかの人々といっしょに働くことで自分の能力が発揮でき、また、自分の関心にもとづいた活動の仲間が新しい"家族"になるとしています。

 第3部「よりよき資本主義者社会を求めて」では、第2部で展開した概念を、個人にだけでなく、社会制度にあてはめて考察し、資本主義は社会を品位あるものにするために解釈し直される必要があり、資本主義のカギとなる制度である会社についても考え直されなければならないとしています。第8章「もっといい資本主義を求めて」では、永続性のある会社を通して会社にとっての本当の目的とは何かを考察するとともに、そこで働く人がその会社の価値を決めるとし、社会にとっての一市民としての企業の在り方を探っています。

 第9章「社会にとっての良き市民としての会社」では、市民性とは才能ある社員をどうまとめるかであり、そこには信頼というものが大きく関わってくるとして、信頼についての7つの基本原理を挙げるとともに、「社員の可能性をフルに引き出す魔法」を引き出すものは何かを考察しています。

 第10章「適正な自己中心性を育てるための教育」では、自分自身と他者に対する責任感を育てる教育の必要性を説き、人生や仕事のための学校が同意すべきことして
 1.自己発見が世間を発見することより大切だ
 2.だれにも何かしら得意なことがある
 3.人生はマラソンだ。競馬ではない
 4.何を学ぶカより、いかに学ぶカに本質がある
 5.学校は職場から学び、職場は学校を真似るべきだ
 6.人生は家庭から出発する旅
 7.体験と思索が相まって学習が生まれる
という7つの命題を掲げています。

第11章「個人と会社が羽ばたくための政府の役割」では、個人や企業と官のバランスの修正が必要であり、また、働くことで学び、責任感を育てることができるとしています。そして、エピローグでは、企業と社会と人生の理想的な関係をどう構築していくかを考察し、私たちの魂はもっとよい会社ともっとよい人生を希求しているとしています。

 本書で、著者は「適正な自己中心性」というキーフレーズをよく用いています。個人としては「利己と利他とがバランスよく調和した姿」であり、同様の姿勢を企業にも求めています。それにより「品位のある資本主義」が実現されるというのが著者の主張です。著者は、「あるべき社会」について、信頼というものが成り立つ社会でなければならないとし(第9章)、疑いに満ち、自己主張と利己主義にもとづいた競争が行われれば社会は収拾がつかず、「悪しき資本主義」に陥るとし、個人は、利己と利他と責任感がバランスよく調和した「適正な自己中心性」をもった存在になるべきだと主張しています、企業も、利益だけでなく、社員の雇用、取引先、社会や環境などへの配慮も怠らない企業となることで、品位ある資本主義が成り立つと。そして、適正な自己中心性を体得できるようにするには、教育の改革から始めなければならず(第9章)、市場化が進展し、規制の撤廃が進んでも、こうした意味で政府の役割は残るとしています(第11章)。

 本書は、あるべき資本主義を説いた経営論、企業論であるとともに、著者の経験にもとづく人生訓も豊富に語られています。資本主義の限界を分析して「あるべき社会」を探るとともに、企業人がいい人生を送るには自らの人生をどう生きるべきかをと説いた本であり、(人事パーソンに限らず)ビジネスパーソンに広くお薦めできる本です。

《読書MEMO》
The Hungry Spirit00_.jpgチャールズ ハンディ.jpg●小さな白い石
私は机の上に小さな白い石を置いている。これは聖書のヨハネ黙示録のなかの神秘的な一節を指している。それは次のようなものだ。「霊が告げた。勝利を得るものには、白い石を与えよう。その石には、これを受ける者だけが知りうる新しい名が記されている」。私は聖書学者ではない。しかし、私がこれを自分でどう解釈するかは知っている。もし「勝利を得る」なら、その結果として、私の真にあるべき姿、すなわちもう一つの隠された自己を見出すだろう、ということを意味しているのだ。人生は、白い石の探求なのである。人によってその白い石は異なる。もちろん、「勝利する」ということが何を意味するかにもよる。思うに、これは、人生のささやかな試練を通過することを意味する。そうして初めて自由に完全に自分自身になれる。そしてそのとき、自分の白い石を手にすることができる。

The Hungry Spirit

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超優良企業の観察をもとに8つの基本的特性を示す。企業文化論のベストセラー。

エクセレント・カンパニー 講談社.jpgエクセレント・カンパニー 講談社文庫 上.jpg エクセレント・カンパニー 講談社文庫下.jpg エクセレント・カンパニー_.jpg
エクセレント・カンパニー―超優良企業の条件』['83年]/『エクセレント・カンパニー〈上〉 (講談社文庫)』『エクセレント・カンパニー〈下〉 (講談社文庫)』['86年]/『エクセレント・カンパニー (Eijipress business classics)』['03年]
トム・ピーターズ(Tom Peters)/ロバート・ウォーターマン(Robert Waterman)
トム・ピーターズ ド.jpgトム・ピーターズ.jpgrobert waterman.jpg 本書(原題:In Search of Excellence、1982)は、マッキンゼーで(出版当時)コンサルタントをしていたトム・ピーターズとロバート・ウォーターマンの2人が、米国の革新的超優良企業(エクセレント・カンパニー)に共通する8つの基本的特性を導きだしたものです。日本企業の躍進と米国企業の衰退が対比的であった1980年代前半に出版され、当時で100万人以上のビジネスパーソンが読んだと言われる世界的ベストセラーとなりました(トム・ピーターズは一時カリスマ的人気を博し、その啓発書は日本でもかなり売れた)。
エクセレントな仕事人になれ! 「抜群力」を発揮する自分づくりのためのヒント163

 著者らは、エクセレント・カンパニーの事例を最終的に62社に絞り込んでいますが、選ばれた企業のリスト自体はそう驚くようなものではなく、IBMやHP(ヒューレット・パッカード)、ウォルマート、GE(ゼネラル・エレクトリック)など、日本でもよく知られている大企業が多いです。本書の特徴は、大手企業などを称えながらも、冷淡な近代マネジメント刊行の行き過ぎを批判し、よりシンプルな基本に戻ることを説いている点にあります。

 第1部「優良企業の条件」第1章「成功しているアメリカ企業」では、自らが行った調査を元に、エクセレント・カンパニーに共通する8つの基本特性を挙げています。
1.行動の重視
2.顧客に密着する
3.自主性と企業家精神
4."ひと"を通じての生産性向上
5.価値観に基づく実践
6.基軸から離れない
7.単純な組織、小さな本社
8.厳しさと緩やかさの両面を同時に持つ


 第2部「新しい理論の構築を求めて」第2章「『合理主義』的な考え方」では、行き過ぎた合理的な経営モデルを批判しています。
「私たちが異論を唱えたいのは、方向を誤った分析、複雑すぎて実用にならない分析、厳密すぎて扱いにくく柔軟性のない分析、本質的に予知不可能な分析、現場から離れた管理者が現場に対して管理中心の考え方で展開した分析などである。」

 第3章「人々は動機づけを望んでいる」では、プラスの動機づけを強化することの重要性を説き、超優良企業が超優良であるのは、平凡な人々から非凡な力を引き出すような組織を作っているからであり、そこには非凡なリーダーシップが働いているとしています。それは、「意味づけ」を求める人間の欲求に応え、組織の目標を創造するような「変容のリーダーシップ」であるとしています。
「『不合理な』人間欲求を満足させている超優良企業の体質をよく見るとき、その歴史の中には必ず、この『変容のリーダーシップ』を発見することができる。」

 本書の後半3分の2を占める第3部「基本に戻る」では、まず第4章「曖昧さと矛盾を扱う」で、これまでの経営理論の進展を顧みつつ、超優良企業にもしひとつの顕著な特徴があれば、それはこの、曖昧さと矛盾をうまく包括し、管理していく能力であるとし、第5章以下第12章までにおいて、先に挙げたエクセレント・カンパニーの8つの基本特性を、細かく検証・解説しています。

 第5章「行動の重視」では、行動の重視が8つの基本特性の中で最も重要であり、エクセレント・カンパニーは、非常に行動志向が強いとしています。
「『打ち方用意!撃て!狙え!』そして、『狙わずに撃ってしまったあとで、試行から学べ』。それで十分なのである。」

 第6章「顧客に密着する」では、エクセレント・カンパニーは顧客から学ぶとしています。IBMはテクノロジーではなく、顧客とマーケット優先主義を徹底し、ディズニーはひとを通じてのサービスを実践しているとのことです。
「顧客の声を聞き、顧客を会社に招き入れる。顧客をパートナーとする会社は優良な会社であり、その逆も真である。収益は顧客志向の結果として生まれるのである。」

 第7章「自主性と企業化精神」では、エクセレント・カンパニーは、社内に大勢のリーダーと創意ある社員をかかえており、それは私たちが「チャンピオン」と呼ぶ人々の巣箱であるとしています。GE:では大プロジェクトに自主参加できる仕組みがあり、3Mには失敗を支持する仕組みがあるとのことです。
「チャンピオンは先駆者であり、先駆者が力を発揮できるような、十分なバックアップが必要。バックアップがなければチャンピオンは生まれない。チャンピオンがいなければ革新はない。」

 第8章「"ひと"を通じての生産性向上」では、エクセレント・カンパニーは、ごく端末にいる一般社員を、品質および生産性向上の源泉のように扱っているとしています。例えば、ディズニーのファースト・ネーム・タグやキャストという呼称などは、企業をひとつの(拡大)家族であると見ている証しであるとしています。
「従業員を十分に教育し、妥当かつはっきりとした目標を与える。従業員に自主性を持たせ、すすんで業務改善、業績向上につとめるようにしむける。そうした意志と責任感を企業側が持つという意味で、人を大切にせよと言っているのである。」

 第9章「価値観に基づく実践」では、エクセレント・カンパニーは、エクセレント・カンパニーは、価値観を非常に大切にし、その指導者たちは、組織の末端にいたるまで、その価値観にもとづいた活気にみちた環境を作り出しているとしています。IBMのトーマス・ワトソン・ジュニアは、基本的な哲学、精神、組織としての推進力は、技術ないし経済的能力、組織構造、イノヴェーション、タイミングといったことより、組織としての成功にずっと深い関わりをもっていると述べているとのことです。
「自社の価値体系を確立せよ。自社の経営理念を確立せよ。働く人の誰もが仕事を誇りを持つようにするためになにをなしているか自問せよ。10年、20年先になって振り返ってみるとき、満足感をもって思い出せることをしているかと自問せよ。」

 第10章「基軸から離れない」では、エクセレント・カンパニーは、自分たちが熟知している業種(本業)に固執するとしています。そして、そんあ企業は、複雑化に向かう種々のプレッシャーにもかかわらず、ものごとをシンプルにしておくことの重要性を理解しているとのことです。ジョンソン&ジョンソンの創業者バード・ウッド・ジョンソンは、どんなビジネスにせよ、どう運営してはいいかわからないものに手を出してはいけないと述べていると。
「エクセレント・カンパニーでは、成長のほとんどすべてが、内部的に、自前の努力で達成されてきた。小さな会社を買ったり新しいビジネスに乗り出したりするのだが、十分に管理できる規模で行う。そして、明らかにリスクを小さくするのである。」

 第11章「単純な組織、小さな本社」では、エクセレント・カンパニーは、エクセレント・カンパニーの支柱になっている機構と体制は、すっきりと単純なものが多く、管理階層が薄く、本社の管理部門も小さいとしています。また、そうした企業では、"Small is beautiful"という考えに沿って、チーム制、プロジェクト制や自立型組織が機能し、 スピンオフや独立が奨励されているとしています。
「遺憾なことに、企業は大きくなるとともに複雑性を増す。そして、大会社のほとんどは、本質的な複雑さに対応するため、複雑なシステムと組織を考えだす。その結果、スタッフを増やしてその複雑さと取り組もうとするのだが、ここから誤りが始まるのである。」

 第12章「厳しさと緩やかさの両面を同時に持つ」では、エクセレント・カンパニーは、工場の現場から製品開発チームにいたるまで、自主性を強調している反面、起業精神の中核となるいくつかの価値観については、狂信的ともいえるほど中央集権がきついとしています。共有された価値観が枠組を提供し、その範囲内の中で具体的な自主性が日常的に発揮され、外部を重視すること、外への視点、顧客への関心が、あらゆることのうちでもっとも厳しい自己規制の特性のひとつとなっていると。
「著しく厳格な文化が原動力となり、文化に管理される特性が、エクセレント・カンパニーを際立たせている。」

 著者ら掲げた優良さの判断基準には議論の余地もあり、また、本書で取り上げられた優良企業の中から業績不振に陥るものが出てくると批判に晒されたりもしました。しかし、著者ら自身が、「私たちは革新的な企業文化を持つ企業を挙げたが、それらの企業がいつまでも革新的といえるのかと聞かれる。答えはノーだ」(「ビジネスウィーク誌」1984)と警告しています。

 ビジネス書の進化の歴史の中でもターニング・ポイントなった本ですが。その理由の1つとして、組織の成功に関し、"人間は不合理で、人間をまとめる組織はその責任をとらなければならない"という考えのもとに、意義、最小限の管理など人道的価値観を唱え、ビジネスのソフト面、文化、社員が大事であるという結論を説いている点が、古典的な経営書と対照的であったということが挙げあっれるかと思います。

 また、著者らは、情熱的な観察者の視点から纏めているため、読んでいてまるで登場するエグゼクティブの話を役員会議室で聴いているような気持ちで読み進むことができるのも、本書の特長であるかと思います。

 従業員が、人間の不合理な行動や無分別ゆえに受け入れらる組織―本書はそうした時代を超えたビジネス組織のあり方を提示し、人間の変わり易い性質こそが組織を動かすエネルギーであることを示しているように思いました。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)
【2713】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『リーダーシップの名著を読む』 (2015/05 日経文庫)

【1986年文庫化[講談社文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
●効果的なサービス思考に共通してみられる3つの特徴
1. 経営幹部が徹底的かつ積極的に参加していること
2. 従業員志向がきわだって強いこと
3. 従業員のサービスのチェック評価とそのフィードバックが徹底してること
●ニッチ戦略によって顧客に密着している企業の5つの特徴
1. テクノロジーを抜け目のないほど巧みに利用している
2. 価格設定がうまいこと
3. マーケット細分化に1日の長があること
4. 問題解決指向が強いこと
5. 差別化のために費用をかけるのを惜しまぬこと

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○経営思想家トップ50 ランクイン(マーシャル・ゴールドスミス)

第一人者エグゼクティブ・コーチによる、CEO後継者選びとそのコーチングの在り方指南。

コーチングの神様が教える後継者の育て方2.jpg コーチングの神様が教える後継者の育て方.jpg   コーチングの神様が教える「できる人」の法則 2.jpg コーチングの神様が教える「前向き思考」の見つけ方 ,200_.jpg
コーチングの神様が教える後継者の育て方』『コーチングの神様が教える「できる人」の法則』『コーチングの神様が教える「前向き思考」の見つけ方
マーシャル・ゴールドスミス.jpg 本書の著者マーシャル・ゴールドスミス(Marshall Goldsmith)は、エグゼクティブ・コーチングの第一人者であり、GEのジャック・ウェルチをはじめ、世界的大企業の経営者80人以上をコーチしたことで知られる人で、日本にも2008年、2011年、2013年、2014年と来日して講演やセミナーを行っています。著書の「コーチングの神様が教える」と冠したシリーズでは、本書『後継者の育て方』(原題:Succession: Are You Ready?)の前後に『コーチングの神様が教える「できる人」の法則』(原題:What Got You Here Won't Get You There)('07年/日本経済新聞出版社)と『コーチングの神様が教える「前向き思考」の見つけ方』(原題:Mojo: How to Get it, How to Keep it, How to Get it Back If You Lose it)('11年/日本経済新聞出版社)が訳出されています(共に共著)。

コーチングの神様が教える「できる人」の法則.jpgコーチングの神様が教える「前向き思考」の見つけ方.jpg 最初の『「出来る人」の法則』では、経営トップになる目前の段階のエグゼクティブに見られる数々の"悪い癖"を指摘し、この癖を直さなければビジネスでも人生でも成功しないとして、そのためにはどうすべきかを説いています。後の『「前向き思考」の見つけ方』では、目標を達成するリーダーに必要なモジョ(アイデンティティ、成果、評判、受容)を手に入れるにはどうすればよいかを説いています。そして、(この真ん中にあたる)本書『後継者の育て方』では、後継者を選び、育て、地位をバトンタッチするという経営者としての最大の仕事を失敗しないようにするにはどうすればよいかを、後進に道を譲ることに備える、後継者を選ぶ、後継者をコーチングする、バトンを渡す、の4つの局面について説いています。

 パートⅠ「自分自身の準備をはじめる」では、第1章「ペースを落とす」で、後継者にリーダーシップのバトンを渡すには、まず、自分の「次の人生」を楽しく過ごす何かを計画しはじめ、自らの仕事のペースは落として次の人生に備えることが重要であるとしています。そして、第2章「手放して、前に進む」では、仕事から離れることは容易ではないが、特権、権力、ステータス、人間関係といったさまざまなものを手放して、自らが去る準備をするかたわら、別の形で人の役に立つ方法をみつけ、「次の人生」をすばらしいものにすべきであるとしています。交代のプロセスを始めたら、経営から手を引き、後継者を育成することに力を注ぎ、交代の時期が近づいたら、後継者の育成をやめ、新たな人生を築くことに力を注ぐようにとのことです。

 パートⅡ「後継者を選ぶ」では、まず、第3章「誰を後継者に選ぶか」で、外部から招聘したCEOが失敗したときのコストの大きさから、可能な限り社内で後継者を育成すべきであるとしています。そして、第4章「社内でコーチングする候補者を評価する」では、次期CEOのコーチングに際して、自分がその人物が次期CEOになることを心から望んでいるか、自分に正直に問うてみるとともに、その候補者は、重要な関わりを持つ人たちから公平な機会が与えられるか(重要な関わりを持つ人たちがその候補者に対して変えがたい否定的見解を抱いていないか)、候補者自身は心底変わろうと努力するか(昇進することしか考えていないといったことはないか)、といった評価のポイントを述べています。

 パートⅢ「後継者をコーチングする」では、第5章「コーチングにとりかかる」で、エグゼクティブ・コーチのあり方を説き、後継者は、CEOになる前にCEOとしてどのように行動するかを学んでおく必要があり、なった後では遅すぎるため、後継者の長所と課題を特定しなければならないとしています。そして、第6章「CEOのコーチ・ファシリテーターになる」では、後継者の過去の360度フィードバックなどを見直すことで、CEOの立場で成功するためのヒントを集め、育成の目標を設定しなければならないとしています。また、コーチングのプロセスに重要な関わりを持つ人を巻き込み、後継者が彼らから学ぶよう手伝う、言わばファシリテーターの役割を(現CEOが)担う必要があるとしています。

 パートⅣ「バトンを渡す」第7章「すばらしい門出」では、後継者に、彼が「選ばれた人」であることをどのように知らせるか、また、自分自身はどのようにして会社を去るべきかが書かれています。

 基本的には、トップがいかに後進に道を譲ればいいか、その際何を後継者に教え伝えるか、その心構えを含めて丁寧に書かれた啓蒙書です。エグゼクティブ・コーチングというのは、まだ日本ではそれほど行われていないかもしれません。CEOが一人の後継者を育成するケースに絞っているという意味では特殊であるかのように見えますが、著者自身が述べているように、人生の転換期にあるリーダーであれば誰でも使えるものとなっています。また、著者は、起業家タイプのリーダーの方が、大企業のCEOよりも、本書からヒント得られるところが大きいのではないかとも書いています。人事マニュアル本のように、リーダー交代を計画する際に考慮しなければならないことをすべて書き出したりはしていません。交代時の人間的な側面、行動に関わる側面に焦点を絞って書かれており、そのことが逆に、人事パーソンにとっては新鮮に感じられるかもしれません。コーチの視点を人事の視点というふうに置き換えて読めば、更に興味深く読めるかと思います

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○経営思想家トップ50 ランクイン(スコット・アダムス)

分かりやすいのは、コミックであるためだけでなく、企業組織が抱える問題の普遍性を突いているため。

ディルバートの法則011.jpg ディルバートビジネス社会の法則.jpg ディルバートの法則3004.JPG
ディルバートの法則 (MAC POWER BOOKS)』['97年]/『ディルバート ビジネス社会の法則―会社の備品をくすねて優雅に暮らそう』['96年] [下]ペーパーバック/『THE DILBERT PRINCIPLE―英和対照で読むディルバートの法則 (洋販E‐Jライブラリー)』['97年] Scott Adams
THE DILBERT PRINCIPLE_.jpg THE DILBERT PRINCIPLE―英和対照_.jpgスコット・アダムズ adamsscott.jpg 本書の元々のベースは、ディルバートというシステムエンジニアを主人公にしたコミックで、官僚的な職場や無能な上司を皮肉ったユーモアで知られる新聞連載のコマ割り漫画です(最近はどうかよく分からないが、日本でもかつて英字新聞などで読んだ人は結構いるように思う)。本書の原著である1996年の単行本刊行に際し、テーマごと分けられた全26章のそれぞれに、コマ割り漫画と併せて作者がユニークな解説を施し、また章末には、従業員から寄せられたメールなどが紹介されています(作者は単行本を出す直前1995年までパシフィック・ベル社勤務と兼業)。この本は刊行された年の秋までに130万部売れ、ウォールストリート・ジャーナルのベストセラー覧に43週間載り続けました。漫画そのものは、リストラ、ダウンサイジング、ハイテクとローテクの対立などをテーマにしています。日本の企業にはパーティション文化というのはあまり根付いていませんが、それでもSEである主人公のディルバートがパーティションの視点から見たボス、会議、流行の経営理論など"職場の苦痛"の数々とそれを回避しようとする彼の奮闘は、会社勤めの経験がある人ならば誰でも充分理解可能なのでは。翻訳者の山崎理仁氏はあとがきで「オフィスワーカーの知的健康飲料」としていますが、まさにそうと言えます(因みに、解説はデーブ・スペクター氏)。

 第1章「ディルバートの法則」では、「能力のある者は自分が無能となるレベルに達するまで昇進し続ける」という所謂"ピーターの法則"を引いて、今日では無能な人間がひとっ跳びで管理職に昇進しているとし、「もっとも無能な社員はもっとも実害を及ぼしにくいポスト―管理職へと組織的に異動させられる」という"ディルバートの法則"を打ち立て、ピーターの法則はディルバートの法則その地位を譲るとしています。つまり、この法則は、無能な者は害をなさないように意図的に昇進させられ、その結果、組織の上層部は実質の生産に殆ど寄与せず、大部分の現実的、生産的な仕事は下層部の人々によってなされているという考えに基づいていることになります。

 以下、各章において、オフィスで起きている様々な出来事への洞察から得られた、皮肉とユーモアに満ちた数多くの《知見》が、コマ漫画と併せてビジネス界で生き残るための自己防衛戦略のヒントとして提示されています。"ディルバートの法則"自体も風刺の一形式として見るべきでしょうが、第1章も含め、以下、各章で述べられていることのほとんどがアイロニー表現となっているのは言うまでもありません。

 第2章「屈辱」では、社員の士気は上がりすぎると危険であり、社員の生産性が最も上がる適度なレベルの士気とは、「幸福だが、あまりうぬぼれていない」状態のときであるとし、社員の満足度を損なわずに自尊心を"生産性の上がる"レベルに抑えるために、ビジネス界では社員の業績を過小に評価するなど、社員に屈辱を与える様々なテクニックが用いられるとしています。

 第3章「ビジネス・コミュニケーション」では、ビジネス・コミュニケーションの真の目的は情報の正確な伝達ではなく、自分のキャリアの発達を図ることであり、このことは「情報を明確に伝達する」発想とは相容れず、なぜならば、明確なコミュニケーションはトラブルの基であり、何も断言しなければ間違いを犯す可能性はないからだとしています。

 第4章「管理職の大ウソ」では、「社員こそもっとも大切な資産」「何でもオープンに話し合おう」「リスクを負う者には報いよう」など管理職が常用するウソの定番を掲げています。「君の提案が大切だ」という言葉もウソであり、「社員の提案=仕事の増加=悪」という等式が真であるとしています。

 第5章「マキャヴェリ的方法」では、アドバイスを求めてきた同僚に対し「似非アドバイスを与えよ」としており、それは同僚を会社の出世コースから蹴落とすチャンスなのだからとしています。第6章「従業員の戦略」では、「実労働+見かけの労働=総労働」という公式を打ち出し、実労働を増やさずに総労働を一定の値に保つよう心がけよとしています(コンピュータを使って多忙さを装うのもいいと)。

 第7章「勤務評定」では、勤務評定の目的は「あなたをローマの果樹園の奴隷のように働かせること」「生産性の罪を自白させ署名させること」「あなたの安月給を正当化すること」にあるとしています。第8章「働くフリ」では、実際には"忙しくない"のに"忙しそうに見せる"様々なテクニックを紹介しています(「チームのコンサルタントになる」というのは言い得て妙)。

 第9章「悪態」では、女性は悪態をつくことが出世の鍵となるとし、第10章「思い通りにコトを進める」では、会議で自分の意見だけがまともだと皆に分からせる「ツルの一声作戦」を紹介しています(わざと誰かに間抜けな提案をさせて、参加者が紛糾し疲れて会議終了時刻が迫ったところで、あたかも今までの議論の結論のように自分の意見を言う)。

 第11章「マーケティングとコミュニケーション」では、いい広告によって、ひどい製品でも人々に売りつけられるため、洗脳作業に投じる1ドルは製品改良に投じる1ドルよりも費用対効果が高いとしています。第12章「経営コンサルタント」では、コンサルタントとは、会社から金を取って社員をいらだたせ、ひたすらコンサルティング契約を引き延ばす手口について考えている人間だとしています。

 第13章「事業計画」では、事業計画は「1.情報の収集」と「2.収集した情報の無視」の2大ステップを踏んで作られるとし、第14章「エンジニア、科学者、プログラマー等の変人」では、彼らが普通の人とどう違うのかを解き明かしています。

 第15章「変革」では、変革はコンサルタントによって引き起こされ、そのうえ、変革をどう処理すればいいかを教えてもらうためのコンサルタントが必要となり、変革が終わると、また変革した方がいいと教えてくれるコンサルタントが必要になるとしています。

 第16章「予算編成」では、予算のパイから分け前を確実にもらうには、必要額を誇張することであり、自分の要求した予算を裏付ける分かりづらいグラフや表を常に提出せよと。そして、たとえ何をしようと、年度の終わりには予算を一銭たりとも残さないこと! だとしています。

 第17章「セールス」では、会社の製品が高すぎるうえに欠陥商品だとしても、出来のいい販売奨励プランを使ってその埋め合わせは可能であるとし、会社の売上げが低いのは営業部員に適切な動機付けがなされていないためであって、この状態を解決するにはノルマを引き上げ、営業部員に「A.欺瞞と背信に満ちた人生」と「B.ハウストレーラー生活」の二者択一を迫るだけでいいと。

 第18章「会議」では、会議は一種のパフォーマンス芸術であり、個々の俳優は、自明の達人、善意のサディスト、グチる殉教者、長々男、眠り居士などの役割を演じればよく、例えば「善意のサディスト」を演じるには正直と献身と反社会的態度を組み合わせればよいとしています。

 第19章「プロジェクト」では、プロジェクトの成功のカギを握るのは、「1.運」と「2.すごいプロジェクト名」であると。第20章「ISO9000」では、ISO900とは、退屈したヨーロッパ人がビールをがぶ飲みし、世界中の大企業をからかうことにした、そのイタズラが後にISO9000として知られるようになったのだと。

 第21章「ダウンサイジング」では、縮小を図る企業から最初に逃げ出すのはもっとも賢い連中で、彼らは"退職手当"を手に入れ、直ちに別のもっとマシな仕事にありつくが、残ったノロマ社員は、仕事の質は低いが長時間働いて埋め合わせをする―そして、優秀な人材がみな逃げたあと、企業はダウンサイジングに肯定的な響きを持たせて社員の士気を高めようとしてこれをライトサイジングなどと呼んだりすると。

 第22章「企業の破滅を見抜く法」では、破滅の前兆として、パーティション、チームワーク、管理職へのプレゼンテーション、組織再編、プロセス(管理)を挙げています。

 第23章「リエンジニアリング」では、リエンジニアリングは、企業がもともと抱えていた問題を、細かい品質管理ユニットとして処理する代わりに、けた外れの規模で解放してしまうリスクがある、つまり、企業の無能さが一気に解放されるとしています。

 第24章「チームワーク育成訓練」では、チームワーク育成訓練のルーツは監獄制度であり、典型的なチームワーク育成訓練では、従業員は団結力のあるチームかカージャックの一味になるまで、様々な不快な状況に置かれるとしています。

 第25章「リーダー」では、リーダーにとってもっとも大切な技能は、ひとりでにおこることを自分の手柄にする才能であり、リーダ-ーとは生まれつきの才能なのか、作られるものかという質問に対し、作られたものなら、保守期間内に返品することは可能なのだろうか?と問うています。また、リーダーとは、誰が見ても明らかに無意味か、あるいは危険でさえあるような選択ができる人種であり、そうした"平均的"人間から見て明らかに筋の通らない選択をするリーダーは、「1.あまりに賢く、誰もその先見の明を理解できない」か「2.マヌケ」かのいずれかだと断定できるとしています。

 第26章「新しい企業モデル―OA5」では(この最終章のみストレートに真面目な提案になっている)、5時に退社する従業員は尊敬されない現状を見直すべく、5時に帰る従業員が与えられた仕事を充分にこなし、誰もがそれを認めることを保証するのが新しい企業モデルであるとしています。

 風刺とユーモア満載ですが、働く側からすれば翻訳者の山崎理仁氏が言うように「オフィスワーカーの知的健康飲料」であり、逆にマネジメントする側から見れば、どうすればそうならずに済むかを探るうえで多くの気づきを与えてくれる「反面教師」的な書です。漫画がケーススタディとなっているため分かり易いです。しかし、元アップルのガイ・カワサキ氏が「企業には二種類ある。自社がディルバートに似ていることを自覚しているもの、そしてディルバートに似ているがそれをまだ自覚していないもの」と言っているように、分かり易さのベースには、企業の職場や組織が抱える問題の普遍性を突いているということがあるのではないかと思います。今までも触れることはありましたが、こうしてまとめ読みすると、漫画だからと言って侮れず、スコット・アダムス、恐るべし、といった感じ、MBAでも読まれていたりするようです。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

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働き方の未来を明るいものとするための3つのシフト。"意識高い" 系だが、示唆に富む。

ワーク・シフト   .jpgワーク・シフト ―00_.jpg ワークシフト2.jpg ワークシフト3.jpg
ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

ワークシフト1.jpg 2025年、われわれはどんなふうに働いているのか? ロンドンビジネススクール教授であり、経営組織論の世界的権威で働くことについて研究し続けてきた著者(英タイムズ紙の選ぶ「世界のトップビジネス思想家15人」のひとりでもある)が、「働き方に大きく影響する『五つの要因(32の要素)』」を基に、2025年を想定した働き方の未来を予測した本です。

 序章において、未来を理解し、未来ストーリーを描いて自分の選択の手掛かりにし、職業生活に関するいくつかの常識を根本から〈シフト〉させれば、より好ましい未来を迎える確率を高められるとして、働き方を変える三つの〈シフト〉を提唱しています。

 第1部「なにが働き方の未来を変えるのか」(第1章)では、働き方の未来を形づくる五つの要因として、①テクノロジーの進化、②グローバル化の進化、③人口構成の変化と長寿化、④社会の変化、⑤エネルギー・環境問題の深刻化、を挙げて、それぞれ解説しています。

 第2部と第3部では、これら五つの要因の組み合わせを基に、2025年の人々の働き方の予測シナリオを架空の人物ストーリーとして描いています。

 第2部「『漫然と迎える未来』の暗い現実」(第2章~第4章)では、暗い未来予測図として5人のストーリーがあり、3分間隔でいつも時間に追われ続ける未来(第2章)、人とのつながりが断ち切られ、孤独にさいなまれる未来(第3章)、繁栄から締め出された新たな貧困層が生まれる未来(第4章)が描かれています。

 第3部「『主体的に築く未来』の明るい日々」(第5章~第7章)では、明るい未来予測図として7人のストーリーがあり、みんなの力で大きな仕事をやり遂げるコ・クリエーションの未来(第5章)、積極的に社会と関わることで共感とバランスのある人生を送ることができる未来(第3章)、ミニ起業家が活躍し、創造的な人生を切り開く未来(第4章)が描かれています。

 第4部「働き方を〈シフト〉する」(第8章~第10章)では、冒頭に示した第一のシフトとして、ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ(第8章)、第二のシフトとして、孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ(第9章)、第三のシフトとして、大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ(第10章)という三つのシフトについて解説しています。

 第8章「第一のシフト―ゼネラリストから『連続スペシャリスト』へ」では、なぜ、「広く浅く」ではだめなのか? 高い価値をもつ専門技能の三条件とは何か、未来に押しつぶされないキャリアと専門技能とは何かを解説し、あくまでも「好きな仕事」を選ぶこと、移動と脱皮で専門分野を広げること、セルフマーケティングを通して、カリヨン・ツリー型のキャリアを築くことの重要性を説いています。つまり、1つの企業でしか通用しない技能で満足せず、高度な専門技術を磨き、他者との差別化をするために「自分ブランド」を築くことが肝要であるということです。

 第9章「第二のシフト―孤独な競争から『協力して起こすイノベーション』へ」では、未来に必要となる三種類の人的ネットワークを掲げ、ポッセを築くこと、ビッグアイデア・クラウドを築くこと、自己再生のコミュニティを築くことを勧めています。難しい問題に取り組む上で頼りになる少人数の「同志(ポッセ)」グループとイノベーションの源泉となるバラエティに富んだ大勢のネットワーク(ビックアイデア・クラウド)と打算のない友人関係(自己再生のコミュニティ)という三種類のネットワークを構築することが求められるということです。

 第10章「第三のシフト―大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ」では、なぜ、私たちはお金と消費が好きになったのかを考察し、消費より経験に価値を置く生き方へシフトすることを説いています。経済・消費第一優先から、家族や趣味、社会との絆といった創造的経験を重んじる生き方に転換することになります。

 ある種「未来学」ではありますが、データの裏付けがあって説得力があり、また、働き方の未来図を人物ストーリーとして描いているために分かり易いです。一方で、著者が提唱する〈シフト〉は、あまりに"意識高い"系であり、ついていけないと感じる読者もいるかもしれません。しかし、世の中は次第に著者の描く未来図に近づいていくのではないでしょうか。それを「明るい未来」とするにはどうすればよいか考える上で多くの示唆を含んだ本であり、働き方のこれからやキャリアというもの考えるにあたって欠かせない1冊であることは間違いないと考えます。

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント) 
【2794】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『プロがすすめるベストセラー経営書』 (2018/06 日経文庫)

ワーク・シフト LIFE SHIFT.JPG ライフ・シフト2.jpg リンダ・グラットン 来日1.jpgリンダ・グラットン 2016年10月来日『LIFE SHIFT』発売記念講演「100年時代の人生戦略」

《読書MEMO》
●未来を形づくる5つの要因と32の要
要因1.テクノロジーの進化
①テクノロジーが飛躍的に発展する。
②世界の50億人がインターネットで結ばれる。
③地球上のいたるところで「クラウド」を利用できるようになる。
④生産性が向上し続ける。
⑤「ソーシャルな」参加が活発になる。
⑥知識のデジタル化が進む。
⑦メガ企業とミニ起業家が台頭する。
⑧バーチャル空間で働き、「アバタ―」を利用することが当たり前になる。
⑨「人工知能アシスタント」が普及する。
⑩テクノロジーが人間の労働者に取って代わる
要因2.グローバル化の進展
①24時間・週7日休まないグローバルな世界が出現した。
②新興国が台頭した。
③中国とインドの経済が目覚ましく成長した。
④倹約型イノベーションの道が開けた。
⑤新たな人材輩出大国が登場しつつある。
⑥世界中で都市化が進行する。
⑦バブルの形成と崩壊が繰り返される。
⑧世界のさまざまな地域に貧困層が出現する。
要因3.人口構成の変化と長寿化
①Y世代の影響力が拡大する。
②寿命が長くなる。
③ベビーブーム世代の一部が貧しい老後を迎える。
④国境を越えた移住が活発になる。
要因4.社会の変化
①家族のあり方が変わる。
②自分を見つめ直す人が増える。
③女性の力が強くなる。
④バランス重視の生き方を選ぶ男性が増える。
⑤大企業や政府に対する不信感が強まる。
⑥幸福感が弱まる。
⑦余暇時間が増える。
要因5.エネルギー・環境問題の深刻化
①エネルギー価格が上昇する。
②環境上の惨事が原因で住居を追われる人が現れる。
③持続可能性を重んじる文化が形成されはじめる。

●ワーク・シフト:3つのシフト
第一のシフト:ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ
•ゼネラリスト的な技能から専門技能の連続的習得へシフト
•資本:知的資本
•資質:①専門技能の連続的習得、②セルフマーケティング
•対応:広く浅い知識を持つのではなく、いくつかの専門技能を連続的に習得する。そのためには、時間とエネルギーをつぎ込む覚悟をする。
•高い価値を持つ専門技能の条件
①価値を生み出す、②希少性がある、③模倣されにくい。
•いくつもの小さな釣り鐘が連なって職業人生を形作る「カリヨン・ツリー型」のキャリアが主流となる。
第二のシフト:孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ
・個人主義、競争原理から人間同士の結びつき、コラボレーション、人的ネットワークへシフト
・資本:人間関係資本、人的ネットワークの強さと幅広さ
・対応:高度な専門知識と技能を持つ人たちと繋がり合って、イノベーションを成し遂げることを目指す姿勢に転換する。仕事とそれ以外の要素のバランスを取り、新たに重要となる活動に時間を割く。
・人的ネットワーク
①ボッセ:同じ志を持ち、頼りになり、長期にわたる互恵的な関係(少人数)
②ビックアイデア・クラウド:大きなアイデアの源となる群衆
③自己再生のコミュニティ:頻繁に会い、リラックスしできる人達
第三のシフト:大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ
・貪欲に大量のモノを消費し続けるライフスタイルから質の高い経験と人生のバランスを重んじる姿勢へシフト
・資本:情緒的資本、自分の選択について深く考える能力、勇気ある行動を取るための強靭な精神を育む能力
•対応:際限ない消費に終始する生活をやめ、情熱を持って何かを生み出す生活に転換する。やりがいとバランスのとれた働き方に転換する。
・「お金のためだけに働く」という古い考えでなく、「働くのは、充実した経験をするためで、それが幸せの土台」となる。自分の生き方と選択に責任と理解を持つ。
自分の未来予想図を描くためのプロセス
1.不要な要素を捨てる。
2.重要な要素に肉づけをする。
3.足りない要素を探す。
4.集めた要素を分類し直す。
5.一つの図柄を見いだす。
未来に押しつぶされないキャリアと専門技能
1.今後価値が高まりそうなキャリアの道筋
・草の根の市民活動
・社会起業家
・ミニ起業家
2.特に重要性を増す専門技能
・生命科学・健康関連
・再生可能エネルギー関連
・創造性・イノベーション関連
・コーチング・ケア関連
第二のシフトは、難しい問題に取り組む上で頼りになる少人数の「同志(ポッセ)」グループとイノベーションの源泉となるバラエティに富んだ大勢のネットワーク(ビックアイデア・クラウド)と打算のない友人関係(自己再生のコミュニティ)という三種類のネットワークを構築すること。
第三のシフトは家族や趣味、社会との絆といった創造的経験を重んじる生き方に転換すること。

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フリーエージェントになった人が読んで、フリーエージェントになって良かったと思える本。

フリーエージェント社会の到来 kyu.jpg  フリーエージェント社会の到来  sin.jpg フリーエージェント社会の到来7.jpg
フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか』['02年]『フリーエージェント社会の到来 新装版---組織に雇われない新しい働き方』['14年]

フリーエージェント社会の到来 旧版.JPGFree Agent.JPG 本書は、米国クリントン政権下で労働長官の補佐官、ゴア副大統領の首席スピーチライターを務めた著者が、その後、ホワイトハウスを出て(自らが"フリーエージェント"となって退路を断って)1年間にわたり全米をヒアリング調査して纏めた現代社会論であり、高度成長期に王道とされた「大企業に所属する」という働き方を捨て、組織に頼ることなく、自分の知恵を頼りに独立して働く"フリーエージェント"が増えている実態を明らかにしています(2001年原著刊行)。

 第Ⅰ部では、企業に所属して働く「組織人間(オーガニゼーション・マン)」の時代は終わり、フリーエージェント時代が幕を開けたとしています(第1章)。フリーエージェントにはフリーランス、臨時社員、ミニ起業家の3タイプがあり、本書が書かれた時点で既に全米の労働人口の4人に1人にあたる3,300万人の人たちがフリーエージェントとして働いているとし(第2章)、今後も、コンピュータが安価になり携帯型端末が普及したおかげで、誰もがどこにいても働ける「デジタル・マルクス主義」が拡がるとしています(第3章)。

 第Ⅱ部では、働き方の新たな常識を問うています。フリーエージェントにとって重要なのは安定より自由であり(第4章)、フリーエージェントたちは、自分の人的資源を1つの会社に全てつぎ込むのではなく、仕事のポートフォリオと分散投資を考えるとしています(第5章)。また、フリーエージェントによって、午前九時から午後五時までの八時間労働は、臨機応変な労働時間に取って変わられ、フリーエージェントは、労働時間をそれぞれの志向に合わせて分配するとしています(第6章)。

 第Ⅲ部では、誰もが組織に縛られない生き方ができるとしています。フリーエージェントたちは、孤独に耐えるのではなく、人との新しい結びつき方を見出し(第7章)、利他主義によって互いに恩恵を受けることができるとしています(第8章)。巷にはオフィスに代わる「サードプレイス(第3の場所)」が生まれており(第9章)、フリーエージェントに役立つ仲介業者やエージェント、コーチなどの新ビジネスも盛んになっているため(第10章)、フリーエージェントたちは、仕事と家庭のバランスを取りながら、「自分サイズ」のライフスタイルをみつけることが可能になってきているとしています(第11章)。

 第Ⅳ部では、フリーエージェントを妨げる制度や習慣は変わるかを考察しています。確かに医療保険や税制面などでフリーエージェントが不利を被ることはあり、そうした 古い制度と現実のギャップはまだ大きく(第12章)、薄給で退屈な仕事をし将来の保証もない「テンプ・スレーブ」と呼ばれる臨時社員の惨状はマスコミなどでも報じられているものの、最近では、そうした労働者の間でも自発的な新しい労働運動の始まりが見られるとしています(第13章)。

 第Ⅴ部では、未来の社会はどう変わるのかを考察しています。著者によれば、 「定年退職」という概念は既に過去のものになっており(第14章)、教育はテイラーメードできるようになり(第15章)、生活空間と仕事場は緩やかに融合していくだろうと(第16章)。更に、個人が株式を発行する時代が訪れ(第17章)、ジャスト・イン・タイム政治が始まって(第18章)、このようにフリーエージェントで未来は大きく変わるだろうとしています(19章)。

 本書は、副大統領の首席スピーチライターとして多忙を極めていた著者が、過労のため、ホワイトハウス内の飾り瓶(デンマーク女王からの贈り物)の中に延々と嘔吐し、離職を決意したというエピソードから始まります。著者はその後、本書の他に『ハイ・コンセプト』(三笠書房)や『モチベーション3.0』(講談社)などの自己啓発色の強い著作を発表し、実際フリーエージェントとして単に成功しただけでなく、世界的に注目される存在となっていますが、スピーチ原稿の達人は、自己啓発書の達人でもあり、プレゼンの達人でもあるのだなあと思いました。

 そうしたことを踏まえ本書を読むと、本書の中にも多分に著者が仕掛けた啓発的要素があるかと思われますが、基本的には本書は、統計データやフリーエージェントとして働く人への取材などをもとに書かれていて、また、フリーエージェントとなることを闇雲に推奨するわけではなく、フリーエージェントの危険性もしっかり指摘しています。

 解説の玄田有史氏も指摘しているように、日本の労働社会の仕組みやルールは「正社員」を前提に作られており、今後そうした(低賃金の非正規雇用という意味ではなく)豊かな職業人生に繋がるプラスの意味でのフリーエージェントとしての働き方がどの程度拡がっていくか未知数の部分も多いかと思います。

 しかしながら、日本でも最近は"ノマドワーカー"などといった新しいワーキングスタイルが注目されていたりもし、また、本書では、リタイア年齢を過ぎてもインターネットを駆使してフリーエージェントとして働くことを「eリタイヤ」と呼んでいますが、こうした働き方は、高年齢者の働き方の選択肢の1つとして、日本でも現実的なものとなってきているようにも思います。

 アメリカで起きたことの全てがそのまま日本でも起きるとは限りませんが、アメリカで見られたことの多くがその後何年かして日本でも見られるようになるというのは傾向としてあることであり、本書は、初版から10年以上経過した今改めて読んでみても、今後の日本人の働き方や生き方を考えるうえで多くの示唆に富んでいるように思いました(そうしたこともあってか、2014年にソフトカバー新装版が刊行された)。

 自らの実感も含めて率直に言えば、フリーエージェントになって何年か経った人が読んで、フリーエージェントになって本当に良かったと思える本ではないでしょうか。企業内で人事に携わる人にとっても、人事パーソンとして掴んでおきたい今後の人々の働き方のトレンドを示した本であると言えますが、これ読んで、読んだ人自身がフリーエージェント志向になっても全然不思議ではない本でもあります。

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント) 

《読書会》
■2019年09月17日 第29回「人事の名著を読む会」ダニエル・ピンク 『フリーエージェント社会の到来』
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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ロブ・ゴーフィー/ガレス・ジョーンズ)

組織論から入って、リーダー(またはリーダーを志す人)へのアドバイスになっている。

DREAM WORKPLACE1.JPGDREAM WORKPLACE.jpg なぜ、あなたがリーダーなのか 旧3.JPG Rob Goffee & Gareth Jones.jpg
DREAM WORKPLACE(ドリーム・ワークプレイス)――だれもが「最高の自分」になれる組織をつくる』(2016/12 英治出版)『なぜ、あなたがリーダーなのか? (ADL経営イノベーションシリーズ)』['07年] Rob Goffee & Gareth Jones
"Why Should Anyone Work Here?: What It Takes to Create an Authentic Organization""Why Should Anyone Be Led by You? With a New Preface by the Authors: What It Takes to Be an Authentic Leader"(2019)
Why Should Anyone Work Here.jpgWhy Should Anyone Be Led by You?:What It Takes To Be An Authentic Leader.jpg 原題は"Why should Anyone Work Here?"(なぜみんながここで働かなければならないのか?)。本書では、世界で一番働きたいと思う組織は、有能な人材を引きつけ、留まらせる灯台のようなところであり、社員と会社そのものから、常に一番よいところ引き出す場となる組織であるとしています。そして、著者ら(『なぜ、あなたがリーダーなのか』(原題:"Why Should Anyone Be Led by You?: What It Takes To Be An Authentic Leader" 2006))の著者でもある)は、世界中の人々に、理想の組織、すなわち最高の自分になれる組織とはどのようなものであるのかを問い続けた結果、回答は大きく次の6つの原則に分類されることが判ったとしています。

 ①違い(Difference)ありのままの自分でいることができる
 ②徹底的に正直であること(Radical honesty)今現実に起きていることを伝える
 ③特別な価値(Extra value)社員の強みと利益を理解し、強化する
 ④本物であること(Authenticity)アイデンティティ、価値観、リーダーシップ
 ⑤意義(Meaning)日々の仕事にやりがいをもたらす
 ⑥シンプルなルール(Simple rule)余計なものを減らし、透明性と公平性を高める

そして、これらの頭文字をとってこれを「夢(DREAMS)」の原則と呼び、以下、第1章から第6章までは、この6つの原則をひとつずつ詳しく述べ、各章の中でそれぞれの原則に沿ったシンプルな組織診断ツールを示すとともに、末尾にリーダーがとるべきアクションを整理しています。

 第1章「ありのままでいられるように」では、「違い」は埋めずに、むしろ広げるべきであるとして、思考プロセスや人生経験の「違い」を理由に人を雇い、価値観に対する見解の一致を求めながらも、個人が創造的な表現をする余地を認めよとしています。

 第2章「徹底的に正直である」では、今現実に起きていることを伝えるべきであるとして、コミュニケーションは正直に、かつ迅速に行うことなどを説いています。

 第3章「社員の強みと利益を理解し、強化する」では、ひとりひとりのために特別な価値を創造せよとし、能力開発のチャンスを与えること、社員に価値を付加することなどを推奨しています。

 第4章「『本物』を支持する」では、アイデンティティや価値観を重視し、自分の中にある「本物であること(オーセンティシティ)」を行動で示すことを説いています。

 第5章「意義あるものにする」では、日々の仕事にやりがいをもたらすにはどうすればよいかを述べており、意義あるものを見つけようと思ったら、様々な経験を取り入れ、また、あらゆる機会を使って、自分の組織の取り組みと成果を、広くコミュニティにつなげていくことを推奨しています。

 第6章「ルールはシンプルに」では、余計なものを減らして、透明性と公平性を高めることに努めよとし、物事がうまくいかなくても、新しいルールをつくりたいと思う誘惑を退けなさいとしています。

 さらに第7章では、本物の組織を作り維持するにはどうすればよいか、6つの原則を自分の組織の現状にカスタマイズする際に、リーダーとして行わなければならないトレードオフのパターンなどを示しています。

著者らはロンドンの組織行動学とリーダーシップの研究者ですが、各章とも組織の在り方から入って、組織診断ツールを示した上で、リーダーがとるべきアクションを整理しており、最終的にはリーダー(またはリーダーを志す人)に啓発を促す内容になっています。

 「6つの原則」は、それだけではやや抽象的な人生訓のような印象も受けなくはありませんが、多くの事例を紹介することで、読み進んでいく中で具体的にどのようなことを指すのかがイメージ出来るようになっていて、そのことがリーダーへのアドバイスに繋がっていきます(中にはややもやっとした感じのままのものもあったが、一方で、感動的なエピソードも少なからずあった)。

 ただし、本書で挙げた組織は、「6つの原則」の少なくともひとつ以上の達成に向けて努力していると思われるから取り上げられたのであるとのことで、それらの中で「6つの原則」をすべて解決した企業はひとつもないとしています。ですから、「こんなのウチでは無理だ」などと思わないで、自分たちに出来ることは何かという感覚で読んでいった方が、割合受け入れられ易いのではないでしょうか。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ジョン・P・コッター)

階層組織とネットワーク組織を共存させた新しい組織への進化を提唱。

ジョン・P・コッター 実行する組織0.JPGジョン・P・コッター 実行する組織.jpg
ジョン・P・コッタ― 実行する組織―――大企業がベンチャーのスピードで動く (Harvard Business Review Press)』(2015/07 ダイヤモンド社)

Dual Operating System - image from the book.jpg リーダーシップ論の大家として知られるジョン・コッターによる本書("Accelerate: Building Strategic Agility for a Faster-Moving World"、2014)は、大組織が、変化のスピードが速く不確実性の高い事業環境で競争に先んじるための解決策として、「デュアル・システム」というものを提唱しています。これは、既存の「ピラミッド型組織」を維持しながらも、起業当時に慣れ親しんでいたはずの「ネットワーク型組織」を有機的に再導入する仕組みであり、このスタートアップのような俊敏な動きが取れる第二のシステムが加わることで、組織全体が機敏性とスピードを実現できるようになるとしています。

 このネットワーク型組織はきわめて動的でやすやすと変化し、「官僚的な階層もなければ、上下関係のタブーもなく」「個人主義、創造性、イノベーションがおおっぴらに許される」「ネットワーク組織を形成するのは、年齢や地位の上下を問わず社内のあちこちから集まってきた人間であり、階層やサイロごとに滞留していた情報が自由に行き交い、何物にも遮られず隅々まで勢いよく流れる」としています。そして、「従来はタスクフォースや戦略部門でしのいできた仕事の大半を、ネットワーク組織に移管することだ。これで階層組織の負担は減り、本来の仕事をよりよくこなせるようになる」としています。

 そして、デュアル・システムの成功のカギとして、①社内のさまざまな部門からたくさんのチェンジ・エージェントを動員する、②「命じられてやる」のではなく「やりたい」気持ちを引き出す、③理性だけでなく感情にも訴える、④リーダーを増やす、⑤階層組織とネットワーク組織の連携を深める、という「5つの原則」を挙げています。

 更に、ネットワーク組織が戦略的に重要なイニシアチブを加速させるために、①危機感を高める、②コア・グループを作る、③ビジョンを掲げ、イニシアチブを決める、④志願者を増やす、⑤障害物を取り除く、⑥早めに成果を上げて祝う、⑦加速を維持する、⑧変革を体質化する、という「8つのアクセラレータ」を挙げています(ジョン・コッターがその著書『リーダーシップ論』や『企業変革力』などで提唱している「変革の8つのステップ」と比較してみるのもよい)。

デュアル・システム2.jpg 本書で興味深いのは、大規模な組織運営として開発され実績を上げてきた階層型組織を捨てる必要はないとしている点であり、但し、ネットワーク組織は、階層組織内でその管理の下に活動するタスクフォースやタイガーチームなどとは全く異なるとしています。それでは、ネットワーク組織とは全く未知のものであるかというとそうではなく、どんな大企業も最初はネットワーク型組織で運営される果敢なベンチャー企業であったのであって、俊敏な動きで事業誕生の礎を築いたからこそ、生き残って今の大企業になっているのであり、つまり、企業が大規模化するプロセスで置いてきてしまった、ネットワーク型システムを、大企業は取り戻せ、というのがコッターの主張です。

 読んでいて、組織概念としての理屈は分かるものの、考えることは出来るが実践はそう容易ではないのではないか、実際にデュアル・システムを取り入れて成功している企業はあるのかという疑問が当然の如く頭をもたげますが、それに応えるかのようにコッターは、まだ数は少ないが成功事例はあるとして、その成功事例(匿名企業)において「5つの原則」「8つのアクセラレータ」がどのように機能し、回って行ったかを詳細に紹介しています。

 コッターは、組織というものは本来的に自己満足に陥るものであり、先ず、真の危機感を醸成することが大切であるとし、そのためには、心を開き、外の世界に気づかせることが大事であるとしています。また、トップこそがロールモデルになる必要があるとし、更に、成果はそれを祝うことによって前向きのエネルギーを生むとしています。

 デュアル・システムを成功させ組織を加速させるには、ビジョンや戦略目標よりは先ず、自分達には大きな機会、大きな可能性があることを示すことが重要であるとしています。その大きな機会を伝わり易く示すには、短い、論理的である、感情に訴える、前向きである、本音である、明快である、整合性がある、ということに気を配ることが大切であるとしています。

 既に、昨年['14年]、「階層組織とネットワーク組織を共存させる―これから始まる新しい組織への進化」(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー論文)という論文がKindle版でリリースされていましたが、コッタ―が書いているとは気づきませんでした。書籍化された本書は「マッキンゼー賞金賞受賞」ということで、それがどれくらい凄いのかよくは分かりませんが、コッタ―は間違いなく経営思想に大きな影響力を持つ人なので(しかもハーバード学派のど真ん中にいる人)、このデュアル・システムという概念が、今後より浸透し、具現化していく可能性はあるかもしれません。それがいつ頃なのか予測するのは難しいかもしれませんが、ただ、「デュアル・システム」という考えは、何れにせよ、大企業病に陥った企業や組織が、これから機敏性のある組織への変革を目指すうえでは、大いに示唆的であるように思いました。

《読書MEMO》
●ジョン・コッターの「変革の8つのステップ」
 1.危機感を生み出す
 2.変革プロセスを主導できるだけの強力チームをつくる
 3.ビジョンを掲げ戦略を立てる
 4.ビジョンと戦略を全員に徹底する
 5.社員がビジョン実現に向けて行動するように、現場に任せる
 6.信頼を勝ち取り、批判を鎮めるために、早い時期に成果を出す
 7.手を緩めず、変革を成し遂げる上でのより困難な課題に挑む
 8.新しい行動様式を組織文化の一部として根付かせる


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「●人材育成・教育研修・コーチング」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(リズ・ワイズマン)

ルーキーの強み(ルーキー・スマート)はリーダーにこそ求められる。

ルーキー・スマート6.JPGルーキー・スマート.jpg  メンバーの才能を開花させる技法.jpg リズ・ワイズマン.jpg
ルーキー・スマート』『メンバーの才能を開花させる技法』リズ・ワイズマン
Liz Wiseman Recognized By Thinkers50 As Top Leadership Thinker
リズ・ワイズマン 2.jpgオラクル.png 著者のリズ・ワイズマンはオラクルで長年人材育成に携わった人で、前著『メンバーの才能を開花させる技法』('15年/海と月社)では、リーダーの2つの類型として「消耗型リーダー」と「増幅型リーダー」があり、消耗型リーダーは自分の知性に溺れ、メンバーを低く見て、組織にとって大切な知性と能力を損ない、一方、増幅型リーダーはメンバーの知識を引き出すことで、組織の中に伝染力のある集合知を築くとしていました。

 本書では、はじめて経験する課題に取り組むルーキーに着目し、ルーキーの潜在力に目覚め、彼らをもっと活用することを説いています。さらには「だれもが永遠にルーキーでありつづけられる」として、自分自身もマンネリと決別し、ルーキーならではの強み(ルーキー・スマート)を身につけることを勧めています。そして、これまでの「経験」に「ルーキーのパワー」が加われば、個人としても組織としても非常に強みを発揮できるようになるとしています。

 第1部「ルーキー・スマートを手に入れる」の第1章では、著者らの調査からわかったこととして、はじめて経験する課題に取り組むルーキーは、目覚ましい成果を上げることができ、多くのベテランと肩を並べ、イノベーションが求められる局面などではベテランを凌駕することも多いが、そうした自覚あるルーキーの示す思考・行動にはパターンがあるとしています。著者はそれを「ルーキー・スマート」と名づけ、ルーキー・スマートには、「バックパッカー」「狩猟採集民」「ファイアウォーカー」「開拓者」の4つのモードがあり、同じ人が局面ごとにさまざまなモードに入るとしています。そして、第2章から第5章にかけて、各モードとその思考パターンを解説しています。

 「バックパッカー」とは、重荷がなく、失うものがない者のことを指し、ベテランが"守り"思考であるのに対して、ルーキーは無制約で自由な思考で動くことができるとしています。「狩猟採集民」とは、知識や専門技能が未熟であるため、周りの世界を理解しようと努め、導きを求めて他の人の力を借りようとする特性を指しています。「ファイアウォーカー」とは、自信がないため慎重に、かつ同時に、あたかも初心者の火渡りのように素早く行動する特性を指しています。「開拓者」は、地図に記されていない、しばしば不快な土地に乗り出していく者を指し、"定住者"であるベテランと違って、未知の世界へ乗り出すために、ハングリーで絶えず精力的に行動する特性を指しています。

 第2部「ルーキー・スマートの育み方」の第6章では、「永遠のルーキー」であるための資質として、好奇心、謙虚さ、遊び心、計画性の4つを掲げています。第7章では、ルーキー・スマートは若者や未経験者だけのものではなく、どんなに経験や実績が豊富な人でも自分を再生させ、ルーキーへ回帰できるとして、それを実現するための4つの戦略(①リーダーから学習者へ、②非快適ゾーンに足を踏み入れる、③小さな行動をとる、④若々しさを取り戻すための手順を確立する)を示しています。

 第3部「人に続いて組織も変わる」の第8章では、リーダーがルーキーを活かすための方法として、①方向性を示したうえで自由を与える、②建設的な「ミニ試練」を与える、③安全ネットつきの綱渡りをさせる、の3つを挙げています。また、ルーキーとベテランの効果的な組み合わせ方法や、チームや組織にルーキーらしさを取り戻す方法についても述べています。

 全体を通して、調査に基づいて書かれているため説得力があります。ルーキーに着目した本ですが、著者の専門はリーダーシップの実践的研究であり、本書におけるルーキー・スマートも、最終的には年齢的な枠を超えた特性的なものであって、むしろ、リーダーが柔軟な思考や果敢な行動力、挑戦者の精神を失わないためにはどうすればよいかを説いた本であるように感じられました。ルーキーの強み(ルーキー・スマート)はリーダーにこそ求められるという意味で、たいへんユニークな視座を提供していて、啓発度は高かったように思います。<

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ジェフリー・フェファー)

「リーダー神話」は百害あって一利なし!リーダーシップ教育と現実のギャップを浮き彫りに。

悪いヤツほど出世する4.JPG悪いヤツほど出世する.jpg    悪いヤツほど出世する 文庫.jpg
悪いヤツほど出世する』 『悪いヤツほど出世する (日経ビジネス人文庫)

 2017年の「経営思想家トップ50(Thinkers50)」において"殿堂入り"したジェフリー・フェファーの、既刊『「権力」を握る人の法則』('14年/日経ビジネス文庫)の続編に位置付けられる本であるとのことで、リーダーシップに関する従来の知識やリーダーシップ研修の類が実際の職場で役に立たないのはなぜかを探り、リーダーシップについて読者の再考を促しています。

 第1章では、「リーダー神話」は百害あって一利なしとして、リーダーシップに関する本やブログが数十年にわたって精力的に書かれ、講演や研修が盛んに行われているにもかかわらず、職場の実態もリーダーの質も上がっていないことを指摘し、科学的なデータや調査よりも感動体験を求めることにその一因があるとしています。

 そのうえで、続く五つの章で、リーダーシップにとって欠かせないとされている五つの要素―謙虚さ、自分らしさ、誠実、信頼、思いやり―を取り上げ、これらの資質が組織や集団にとって望ましい資質であるには違いないが、第一に、これらの資質を多くリーダーが備えているという証拠はあるのか、第二に、リーダーシップ教育産業が推奨することと反対の行動をとるほうがむしろ賢明に見えるのはなぜかを考察しています。

悪いヤツほど出世する81.JPG 第2章では、「謙虚さ」について、そもそも控えめなリーダーはいるのかという疑問を呈し、むしろ自信過剰な方が成功しやすく、過剰な自信は時に大事であり、ナルシスト型の行動は出世に有利であるとしています。

 第3章では、「自分らしさ」について、そもそも「真の自分」は存在するのかという疑問を呈し、「自分らしさ」は臨機応変に捨てるべきであり、つねに自分らしさを前面に押し出すリーダーシップは有効ではないとしています。

 第4章では、「誠実」について、もちろん真実を語るリーダーはいるが、たいていのリーダーは嘘をつくものであり、嘘をついて損をすることは滅多になく、むしろ、嘘がよい結果をもたらすこともあるとしています。

 第5章では、「信頼」について、現代のリーダーが信頼を得ているとは言いがたく、ただし、信頼を踏みにじってもリーダーは罰せられないことが多く、むしろ人を信頼しすぎると損をすることがあるとしています。

 第6章では、「思いやり」について、リーダーの多くは「社員第一」ではなく「我が身第一」であり、リーダーを部下思いにすることを期待するならば、エージェンシー理論に基づき適正な測定とインセンティブを導入すれば、少しは改善されるだろうとしています。

 第7章では、自分の身は自分で守らねばならないということを強調し、第8章では、リーダー神話を捨てて、真実に耐えるべきであるとしています。そして、現実と向き合うためのヒントとして、「こうあるべきだ」(規範)と「こうである」(現実)を混同しない、他人の言葉ではなく行動を見る、ときには悪いこともしなければならないと知る、普遍的なアドバイスを求めない、「白か黒か」で考えない、許せども忘れず、の6つを挙げています。また、リーダーシップを巡る問題点は、リーダーの発言と行動の不一致や行動と結果の不一致、リーダーシップ教育と現実の不一致など不一致の問題であり、不一致を一致に変えるためには、現実に根ざした努力が必要であるとしています。

人材を生かす企業.jpg人材を活かす企業―「人材」と「利益」の方程式.jpg 著者は「スタンフォード大学の人気教授」と帯にありますが、日本でも、90年代に刊行されたその著書『人材を生かす企業―経営者はなぜ社員を大事にしないのか?』が2000年代に入って再び翻訳され(『人材を活かす企業―「人材」と「利益」の方程式』』)読まれるなど、単なる人気教授と言うより「カリスマ教授」に近いのではないでしょうか。誰もが薄々思っていることを、データや実例をもとに解き明かし、リーダーは部下思いで、謙虚・誠実であるべきだといった「神話」を妄信として打ち砕いていく様は爽快でもあり、読み易い啓発書ですが、一方で、リーダーシップ教育と現実のギャップを浮き彫りにもしており、考えさせられる本でした。

 処世術的な読み方と組織行動論的な読み方ができる本ですが、これでいくと、リーダーに依存しすぎるのはよいことではなく、今後は権力分散型の組織が望ましいということになるのでしょうか。

 邦訳タイトルといい装丁といい若干「売らんかな」系(?)に見えなくもないですが、原題は「Leadership BS: Fixing Workplaces and Careers One Truth at a Time」。「BS」はBull Shit(=デタラメ)の略語で、直訳に近い訳だと「リーダーシップの嘘:職場とキャリアを1つずつ改善するために」となるようですが、Bull Shitの語感からは「嘘っぱち」と訳した方が近いのかも。「悪いヤツほど出世する」は更なる意訳ですが、これも内容的にはみ出した訳とは必ずしも言えないようです。善意に解釈すれば、よりアイロニカルな意味合いが込めたのでしょう。

【2018年文庫化[日経ビジネス人文庫]】

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○経営思想家トップ50 ランクイン(テレサ・アマビール)

「インナーワーク」(人の認識、感情、モチベーション)を向上させる「進捗の法則」を示す。

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  テレサ・アマビール/スティーブン・クレイマー.jpg
マネジャーの最も大切な仕事――95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力』 テレサ・アマビール/スティーブン・クレイマー

 本書の著者らは、業務を通じて人の内面で起こっている、認識、感情、モチベーションの3つの相互作用を「インナーワークライフ」と呼び、3業界、7業種、26チームの1万2000の日誌調査から、このインナーワークライフを向上させることが、チームやメンバーの創造性と生産性を高めるために最も効果的であることが判明したとしています。そして、この3つを充実させるには、「やりがいのある仕事が進捗するように支援する」ことが最重要であると説いています。

 第1章では、かつて称賛された企業が破滅に向かっていく様を見ながら、インナーワークライフの一端を紹介しています。第2章では、間違ったマネジメントがチームの認識、感情、モチベーションへ破壊的な影響を与える様子を紹介しています。

 第3章では、巨大なホテル会社の内部顧客に向けて仕事するソフトウェア・エンジニアのチームが、会社の買収劇に直面して大量解雇が始まり、会社を嫌悪するようになった事例から、インナーワークライフが各人のパフォーマンスのあらゆる側面に影響を与える様子を示しています。

 第4章では、彼らソフトウェア・エンジニアチームにとって大きな転換期となる出来事によって、彼らのインナーワークライフが劇的に好転していく様を通して、「進捗の法則」、つまり人の認識、感情、モチベーションを向上させるには、「やりがいのある仕事が進捗するように支援する」ことが最も重要であることを示しています。著者らは、「進捗の法則」は、インナーワークライフに影響する三大要素の第一のものであるとし、第二の要素を「触媒ファクター」、第三の要素を「栄養ファクター」と名付けています。

 第5章では、「進捗の法則」の仕組みを解き明かし、なぜ「小さな進捗」が力を持ち、なぜ障害がより大きな(ネガティブな)影響力を持つのか、進捗の法則を活用するにあたって最も重要なツールを示し、進捗とインナーワークライフが互いに燃料を与え合うものであることを解明しています。

 第6章では、三大要素のうち二番目にインナーワークライフへポジティブな影響を与える「触媒ファクター」について説明し、触媒ファクターとして、①明確な目標を設定する、②自主性を与える、③リソースを提供する、④十分な時間を与える、⑤仕事をサポートする、⑥問題と成功から学ぶ、⑦自由闊達なアイデア交換の7つを掲げ、失敗に終わったプロジェクトと成功したプロジェクトでマネジャーのプロジェクトの支援の在り方がどう違ったかを解説しています。

 第7章では、インナーワークライフに影響を与える三番目の「栄養ファクター」について説明し、栄養ファクターとして、①尊重、②励まし、③感情的サポート、④友好関係の4つを掲げ、前章と同様に失敗例、成功例でこれらを解説しています。

 第8章では、部下たちが着実に進捗するのに必要な触媒ファクターと栄養ファクターを手にするためのツールやガイドラインを示し、例として、化学企業のリーダーで、本能的にこの体系に沿って行動し、厳しい状況にあったチームを創造的・生産的に、かつ幸せに前進させることができたケースを紹介しています。

 社員に日々の仕事の日誌をつけてもらい、その大量の日誌の分析から結論を導くという手法が珍しく、また、各章でそうした日誌が紹介されているので一定の説得力もあります。

 本書で言うところの「インナーワークライフ」というア・プリオリな切り口が絶対的なものかどうかはともかく、マネジャーとしてどうすれば認識、感情、モチベーションから成る個人のインナーワークライフを高めることができるかを考えることは重要であるに違いないように思えました。

 リーダーシップについて書かれた本と言うよりは、マネジメントについて書かれた本と言えるかと思いますが、常に、チーム(組織)ということを念頭に置いて書かれており、組織マネジメントについて書かれた本であるとも言えるかと思います。

 マネジャーが部下の認識、感情、モチベーションに寄り添ってインナーワークライフを向上させることが、チーム全体の成功を左右することに直結することを示しているという点で啓発される要素が多々あり、その点は良かったように思います。

《読書MEMO》
●英治出版 公式Twitterより(2019年2月28日)
――どうすればメンバーの生産性と創造性を高められるのでしょうか?
ハーバード・ビジネススクール教授と心理学の権威が膨大な研究の末に導き出した答えは、95%もの人が見逃していた〈「小さな」進捗の力〉でした。
『マネジャーの最も大切な仕事 』5刷重版できました!
『マネジャーの最も大切な仕事 』5刷.jpg

「●働くということ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2699】 榎本 博明 『自己実現という罠
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働く人々の人生観や仕事観が今後多様化していくであろうことを新たな視点で説明。

ライフ・シフト2.jpg LIFE SHIFT   .jpg リンダ・グラットン 来日1.jpg リンダ・グラットン 来日2.jpg
LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』['16年]リンダ・グラットン 2016年10月来日『LIFE SHIFT』発売記念講演「100年時代の人生戦略」
ライフ・シフト0.JPGThe 100-Year Life.jpg イギリスの心理学者リンダ・グラットン(前著『ワーク・シフト』はベストセラー)と経済学者アンドリュー・スコットによる共著で、先進国の寿命が伸び、人生100年時代が現実となってきた今、人々はどう人生設計すべきかを考察した本です(本書もベストセラーとなり「ライフシフト」という言葉は人事専門誌などでも使われるようになった)

 本書の日本語版への序文によれば、100歳以上の人をセンテナリアンと呼び、日本は現在6万人以上のセンテナリアンがいるとのことすが、国連の推計によれば、2050年には日本のセンテナリアンは100万人を突破、2007年に日本で生まれた子どもの半分は、107年以上生きることが予想されるとのことです(個人的にはそこまでの実感はないが...)。

「月刊 人事マネジメント」2018年12月号
「月刊 人事マネジメント」2018年12月号.JPG 人が長く生きるようになれば、職業生活に関する考え方も変わらざるをえず、人生が短かった時代は、「教育→仕事→引退」という3ステージの生き方で問題はなかったのが、寿命が延びれば2番目の仕事のステージが長くなり、引退年齢が70~80歳になって、長い期間働くようになる。すると、人々は生涯にもっと多くのステージを経験するようになるだろうとしています。

 著者らは、このような時代には、選択肢を狭めずに幅広い針路を検討する「エクスプローラー(探求者)」、自由と柔軟性を重んじて小さなビジネスを起こす「インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)」、さまざまな仕事や活動に同時並行で携わる「ポートフォリオ・ワーカー」が登場すると予測しています。

 本書では、1945年生まれのジャック(3ステージの人生の世代)、1971年生まれのジミー(3ステージの人生が軋む世代)、1998年生まれのジェーン(3ステージの人生が壊れる世代)という3人のモデルを想定し、雇用の未来を見据えつつ、3人の人生と仕事のシナリオを描いていきます。

 また、その際に、人生の資産はマイホーム、貯蓄などの「有形資産」だけでなく、「無形資産」も重要な役割を果たすとして、その無形資産を1.生産性資産(知識、職業上の人脈、評判)、2.活力資産(健康、人生のバランス、自己再生の友人関係)、3.変身資産(多様な人的ネットワーク、自分についての知識)の3つに分類し、ジャック、ジミー、ジェーンの人生と仕事のシナリオを、これら有形・無形資産の増減と併せて描いています(これ、なかなか興味深い)。

 そして、その結果、あとの世代なればなるほど、長くなった仕事人生の間にいくつものステージが現れることが考えられるとし、それが、エクスプローラーであり、インディペンデント・プロデューサーであり、ポートフォリオ・ワーカーであって、それだけ、人々にとって人生の選択肢は多様化するであろうとしています。

 こうした、人生で多くの移行を経験し、多くのステージを生きる時代には、新しいスキルを身につけるための投資(生産性資産への投資)、新しいライフスタイルを築くための投資(活力資産への投資)、新しい役割に合わせて自分のアイデンティティを変えるための投資(変身資産への投資)を怠ってはならないということを説いており、さらに、新しいお金の考え方、新しい時間の使い方、未来の人間関係についても述べており、そうした意味では、自己啓発的な内容であるとも言えます。

 但し、それだけではなく終章では企業の課題についても論じています、企業には、①従業員の無形資産にも目を向けること、②従業員の人生で経験する移行を支援すること、③キャリアに関する制度や手続きを見直し、従来の3ステージの人生を前提にしたものからマルチステージを前提にしたものに改めること、④仕事と家庭の関係の変化を理解すること、⑤(難しいだろうが)年齢を基準にすることをやめること、⑥実験を容認・評価することを提案し、これらを実践しようとすれば、人事の一大改革が必要であるとしています。

ワーク・シフト   .jpg 著者の1人リンダ・グラットンの前著『ワーク・シフト─孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>』('12年/プレジデント社)は、2025年を想定ワーク・シフト LIFE SHIFT.JPGした働き方の未来をシナリオ風に予測した本でした。そこでは、「働き方」の〈シフト〉として、①ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ、②孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ、③大量消費から「情熱を傾けられる経験」へという3つのシフトを提唱していましたが、データの裏付け等があって説得力がありました。本書も同様にある種「未来学」であり、同じくシナリオ仕立てなので小説を読むように読めますが、働く人々の人生観や仕事観が今度どんどん多様化していくであろうことを体系的に説明しており、新たな視点を提供して説得力を持っているように思いました。読む世代によっても受け止め方は異なるかもしれません。今のところ "教養系"(実務系ではない)ということになるかと思いますが、人事パーソンにはお薦めです。

《読書MEMO》
●選択肢を狭めずに幅広い針路を検討する「エクスプローラー(探検者)」のステージを経験する人が出てくるだろう。自由と柔軟性を重んじて小さなビジネスを起こす「インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)」のステージを生きる人もいるだろう。さまざまな仕事や活動に同時並行で携わる「ポートフォリオ・ワーカー」のステージを実践する人もいるかもしれない(5p)。
●人生で多くの移行を経験し、多くのステージを生きる時代には、投資を怠ってはならない。新しい役割に合わせて自分のアイデンティティを変えるための投資、新しいライフスタイルを築くための投資、新しいスキルを身につけるための投資が必要だ(27p)。
●エイジとステージが一致しなくなれば、異なる年齢層の人たちが同一のステージを生きるようになって、世代を越えた交友が多く生まれる(31p)。
●アイデンティティ、選択、リスクは、長い人生の生き方を考えるうえで中核的な要素になるだろう(37p)。
●無形の資産の3分類(127p)
1.生産性資産 2.活力資産 3.変身資産
●落とし穴にはまっていない人は、以下の三つのことを実践している。
まず、リスク分散のために、投資対象を分散させ、ファンドの運営会社もいくつかにわけている。次に、高齢になると損失を取り返す時間があまりないことを理解していて、引退が近づくとポートフォリオのリスクを減らしはじめる。そして、資金計画を立てるとき、資産の市場価値を最大化させることよりも、引退後に安定した収入を確保することを重んじる(276p)。
●平均寿命が延び、無形の資産への投資が多く求められるようになれば、(中楽)レクリエーション(=娯楽)ではなく、自分のリ・クリエーション(=再創造)に時間を使うようになるのだ(312p)。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ゲイリー・ハメル)

「一人ひとりの主体性と創造性を解放させ、個人と組織の持つ自己組織化能力を開花させていく」

経営の未来 マネジメントをイノベーションせよ.jpg経営の未来The Future of Management.jpg"The Future of Management"ゲイリー・ハメル.jpg Gary Hamel

 ロンドン・ビジネススクール客員教授で、シカゴを本拠地とする国際的なコンサルティング会社ストラテゴスの創設者であり、『コア・コンピタンス経営』などの著書で知られるゲイリー・ハメルの、その『コア・コンピタンス経営』と並ぶ世界的なベストセラーになった経営書です(原題: The Future of Management、2007)。

 第Ⅰ部「なぜ経営管理イノベーションが重要なのか」では、まず第1章で、経営管理は終わったのかと問いかけ、これからの変化の時代においてこそ経営管理イノベーションの重要性が増すことを説いています。第2章ではイノベーションには業務イノベーション、製品イノベーション、戦略イノベーション、経営管理イノベーションという種類があり、どのイノベーションもそれぞれ独自の形で成功に貢献するが、これらのイノベーションを上に行くほど価値創造と競争上の防御力が高くなる階層図で示すとしたら、経営管理イノベーションが一番上にくるとしています。第3章では、経営管理イノベーションの挑戦課題は、戦略変更のペースを劇的に加速させること、イノベーションをすべての社員の日常的な業務にすること、すべての社員が自分の最高の力を出す企業を築くことであるとしています。そしてこれらを実現しようとしたとき、「よりよく」「より早く」「より迅速に」「より安く」をめざしてきた近代経営管理では無理であり、経営管理そのもののイノベーションが重要になるとしています。

 第Ⅱ部「経営管理イノベーションの実行例」では、第4章で、目的で結ばれたコミュニティを築くことで社員の活力と参加意識が最も高い企業の一つとなったホールフーズ・マーケットの事例を、第5章で、上司はいないがリーダーは大勢いるという世界中で最も風変りで最も効率的な組織を築くことでイノベーションの民主化を実現したW.L.ゴア(ブランド名:ゴアテックス)の事例を、第6章で、他の何よりも適応力(レジリエンス)を重視する経営管理システムを構築することで、優位性を進化・持続させ続けてきたグーグルの事例を取り上げています。これら企業の共通点として、既成の経営管理の概念に捉われず、時には従来の常識を根底から覆すような独自の経営管理イノベーションを行っていること分かり、いずれも興味深い事例かと思われます。

 第Ⅲ部「経営の未来を思い描く」では、第7章で、いかにして前例の束縛から逃れ、従来の中核的な経営原理に反旗を翻すかを説き、第8章では、新しい経営原理をどのようにして見つけ実行に移していくかを説き、第9章では、新しい視点や見方を得るために「周縁から学ぶ」という考え方を提起しています。

 第Ⅳ部「経営の未来を築く」では、第10章で、経営管理プロセスの改革に取り組み経営管理イノベータ―になるためにはどうすればよいか、IBMの「新規事業機会(EBO)」育成事例を基に10の教訓を導き出し、更に最終第11章で、ウェブの進化に対応し、未来の適者となるためのマネジメント2.0という概念を提起しています。

 本書は、「一人ひとりの主体性と創造性を解放させ、個人と組織の持つ自己組織化能力を開花させていく」、そして「過去から未来を描くのではなく、未来から学び現在を築きあげていく」というのがこれからのマネジメントのあり方(イノベーションの方向性)であるということを、企業事例を掲げることで具体的なイメージとともに分かり易く伝えていて、人事パーソンにとっても示唆に富む啓発書であるように思います。

《読書MEMO》
●我々が過去半世紀の間に目にしてきた技術やライフスタイル、地政学の途方もない変化に比べると、経営管理の手法は亀のようにのろのろとしか発展してこなかったように感じられる。残っている中間管理職は、管理者が昔からやってきたことをそのままやっている。つまり、予算を作成し、作業を割り当て、業績を評価し、部下をおだててもっと成果を上げさせようとしているわけだ。(p3)
●経営管理を構成する要素
•目標を設定し、そこに到達するための計画を立てる。
•動機づけをし、努力の方向を一致させる。
•活動を調整・管理する。
•人材を開発・任命する。
•知識を蓄積・応用する。
•資源を蓄積・配分する。
•関係を構築・育成する。
•利害関係者の要求を、うまくバランスをとりながら満たす。(p22)
●第二に、多くの経営幹部が大胆な経営管理イノベーションが実際に可能であるとは思っていない。奇妙なことに、管理職は科学が長足の進歩を遂げることは当然のように思っているのに、経営管理の手法が進歩しないことは少しも気にしていないようだ。(p42)
●つまり、前例を破る経営管理イノベーションの可能性を最大にするために、重要で興味をそそり、本質的で賞賛に値する問題に取り組むべきなのだ。
1.あなたの会社がこの先直面することになる新しい課題は何か。
2.あたたの会社がうまくやれそうにない難しい両立課題は何か。
3.あなたの会社の理論と現実のギャップのうち、最大のものは何か。
4.あなたは何に憤りを感じているか。(p47)
●ほとんどの企業で、管理職の権限は、その人物が管理している資源と直接的な相関関連があり、資源を失うことは地位や影響力を失うことを意味する。そのうえ、個人の成功は通常その人物の事業部門やプロジェクトの業績だけで決まる。そのため、プログラム・マネージャーは「自分の」資本や人材を新しいプロジェクトに配分しようとする動きには―その新プロジェクトがどれほど魅力的あるかに関係なく―抵抗する。第二に、資源配分のプロセスは一般に新しいアイデアに不利になっている。既存事業の延長線上にあるプロジェクトはリターンを予想しやすいが、まったく新しいアイデアのリターンはいつだって計算を立てにくい。ところが大企業は、新しいアイデアの一つひとつを、それぞれ独立した投資とみなす傾向があり、そのため既存の活動をほんの少し拡大しただけのプロジェクトしか満たせないような高レベルの確実さを要求する。その一方で、既存事業を運営している幹部は、徐々に衰退しているビジネスモデルに大金を注ぎ込とき、あるいはすでに収益が減少しつつある活動に過度に資金を投入するとき、その戦略的リスクを弁明するよう求められることはめったにないのである。(p57)
●イノベーションを阻む真のブレーキは、古いメンタルモデルの足かせなのだ。長年その会社に勤めている幹部は、概して既存の戦略に強い思い入れを持っている。その会社の創業者ともなると、なおさらだ。多くの起業家があまのじゃくとしてスタートするのだが、成功はともすると彼らを、唯一の真の信仰を守ろうとする枢機卿に変えてしまう。(p66)
●肩書に頼って物事を進めることに慣れているリーダーは、ゴアのモデルを羨望だけでなく、それに劣らぬ大きな恐怖をもって眺めることだろう。従来どおりの考え方をしている管理職は、権力が地位から切り離されている組織という現実を前にすると、無理からぬことではあるが、あわてふためく。そのような組織では、より上の階層にいるというだけで決定を押し通すことはできないし、自分が命令を下せる「直属の部下」もいない。その人に従いたいと思う人間が誰もいなければ、その人の権力はまたたく間に消えうせる。おまけに、資格や知的優位が立派な肩書という栄誉で認められることもない。(p121)
●彼らの論理は単純明快だ。Aレベルの人間はAレベルの人間と、つまり自分の思考を刺激し、自分の学習を加速してくれる優秀な同僚と働きたがる。だが、Bレベルの人間は、Aクラスの人間に脅威を感じるので、ひとたび入社したら、自分と同程度の凡庸な同僚を採用する傾向がある。さらに悪いことに、自信の面で若干問題のあるBクラスの社員は、自信がなくて誰の意見にも反対できない℃クラスの社員を採用することさえある。凡庸な社員が多くなると、本当に非凡な連中を引き寄せたり引き止めたりすることは難しくなる。そして、いつのまにか社員の質の低下という流れが反転不可能になっている、というわけだ。(p136)
●小規模なチームは、グーグルを和気あいあいとした企業に―膨れ上がった官僚型組織ではなく新規企業のように―感じさせる働きもしている。大規模なチームでは、個人の抜きん出た貢献がえてして上司の手柄にされたり、まぬけな同僚によって帳消しにされたりする。グーグルの小規模なチームは、個人の努力とその人の業績の密接なつながりを維持するのに役立っているのである。(p142)
●実をいうと、「エンプロイー(従業員)」という概念は近代になって生み出されたもので、時代を超越した社会慣行ではない。強い意志を持つ人間を従順な従業員に変えるために、二十世紀初頭にどれほど大規模な努力がなされ、それがどれほど成功したかを見ると、マルクス主義者でなくてもぞっとさせられる。近代工業化社会の職場が求めるものを満たすためには、人間の習慣や価値観を徹底的に作り変える必要があった。生産物ではなく、時間を売ること、仕事のペースを時計に合わせること、厳密に定められた間隔で食事をし、睡眠をとること、同じ単純作業を一日中際限なく繰り返すこと―これらのどれ一つとして人間の自然な本能ではなかった(もちろん、今もそうではない。)したがって、「従業員」という概念が―また、近代経営管理の教義の他のどの概念であれ―永遠の真実という揺るぎないものに根ざしていると思い込むのは危険である。(p163)
●つまり、次の四つの条件が満たされていれば、トップダウンの規律はあまり必要ないのである。
1.現場の社員が結果に責任を負わされている。
2.社員がリアルタイムの業績データを入手できる。
3.業績に影響を及ぼす主要変数について社員が決定権を持っている。
4.結果、報酬、評価の間に密接な関連がある。(p172)
●企業においても同じことが言える。新しいアイデアは古いアイデアを少しばかり拡大したアイデアと同じ間接費を負担することはできないし、同じリスク・ハードルを満たすことこともできない。また同じ短い期間で投下資本を回収することもできない。この点を認識していない経営管理システムや間接費配分ルールは、イノベーションを抑圧することになる。これに劣らず重要な点として、最先端のアイデアに取り組んでいる人たちは、同じものをたくさん生み出すことを担っている人たちと日々触れ合う必要があり、後者もまた前者と日々触れ合う必要がある。都市の場合と同様、新しいものや奇抜なものが、時の試練を経たものや、まともなものと隣り合っていれば、誰もが得をするのである。(p228)

「●マネジメント」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2701】日本経済新聞社 (編)『マネジメントの名著を読む
○経営思想家トップ50 ランクイン(ヘンリー・ミンツバーグ)

名著『マネジャーの実像』の著者自身による"エッセンシャル版"。読みやすいが深い。

『エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論』3.jpgエッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論2.jpg エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論  .jpg マネジャーの実像.jpg
エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論』['14年/日経BP社] 『マネジャーの実像 「管理職」はなぜ仕事に追われているのか』['11年/日経BP社]

 本書は、実際にマネジャーの役割を担っている人や、そのマネジャーの行動に影響を受け、その活動に関心を持つすべての人たちを対象に、「マネジメントとは何か」を記したものであり、著者が2009年に発表した『マネジャーの実像』(2011年/日経BP社)の内容を、忙しい読者のために大幅に圧縮し(『マネジャーの実像』は500ページ近い大著である)、いくらか新しい内容を加えたものです。

 第1章「マネジャーにまつわる定説」では、「マネジメントよりリーダーシップの方が重要だ」などといった一般に流布する定説(思い込み)を1つずつ論破するとともに、マネジメントとは、アート、サイエンス、クラフトの3つの要素が合わさった仕事であり、実践の行為と呼ぶべきものであるとしています。

 第2章「時間に追われるマネジャーたち」では、マネジャーに絶えずのしかかる、慌ただしい日々、頻繁に強いられる中断、解決しなくてはならない混乱といったプレッシャーに焦点を当て、マネジメントを成功させるには、計算と混沌、統制と無秩序の間で微妙なバランスをとることが不可欠だとしています。

 第3章「情報、人間、行動をマネジメントする」では、マネジャーはどういう理由で、どういう活動をしているのか、マネジャーの仕事の基本的な構成要素を見ていて、具体的には、マネジメントは、情報、人間、行動の3つの次元で行われるとしています。

 第4章「いろいろなマネジメント」では、マネジメントの多様性―文化や職階などによる違い、アート、サイエンス、クラフトの3要素への比重の置き方によるマネジメントのスタイルの違いなど―について論じています。

 第5章「マネジャーの綱渡り」では、マネジメントが容易でない理由の核心に切り込み、マネジャーにいくつもの綱渡りを同時に強いるジレンマの数々を検討するとともに、それらのジレンマは解決不能なものであって、マネジメントと切っても切り離せない(マネジメントそのものと言ってもいい)ものであるとしています(著者は、この章が本書の中で最も重要であると思うとしている)。

 第6章(最終章)「有効なマネジメントとは」では、マネジャーの選考は、長所ではなく短所を見て決めるべきであり、その短所を最もよく知っているのはその人物の部下であるとし、また、優れたマネジャーとはたいてい、情緒面で健全な人物であることなどを指摘し、本当に求められているのは、人々を関わらせることができるマネジャーであり、ヒーロー型のリーダーはもういらないとしています。

『エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論』.JPG 帯に「悩めるマネジャー(社長・部長・課長・現場責任者)に捧げる福音の書!」とありますが、ベースとなっている『マネジャーの実像』に比べてかなり読みやすくなっていて、但し、だからといって言っていることがやさしいかというと必ずしもそうともいえず、結構"深い"ことを言っており、別な言い方をすれば、全体を端折ってしまって本質まで違えてしまうようなことはしていないという意味で、原著者自身がまとめた"エッセンシャル版"であるということの意義は大きいと思います。

 ただ、本書自体、マネジャー研修の教材として使えるような内容である一方で、表向きには比較的さらっと読めてしまう分、『マネジャーの実像』のように、時間をかけながら読み進んでいくことで(読むという行為を通して)啓発されていく要素というのは若干弱くなったようにも思います(ミンツバーグの経営思想の体系を解さずとも、普通の啓発書として読めてしまうかも)。マネジャー研修等を企画する側にある人事パーソンとしては(或いは人事パーソンであれば研修担当者でなくとも)、『マネジャーの実像』の方に読み進むことで、自身のミンツバーグの経営思想へのより深い理解に繋がるのではないかと思います。

「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2772】 ジョセフ・L・バダラッコ 『静かなリーダーシップ
○経営思想家トップ50 ランクイン(ダニエル・ゴールマン)

「集団に共鳴現象を起こし組織に前向きの雰囲気を醸成する」EQリーダーシップ。感情こそが組織の命との考えは意外と附落ちする。

『EQリーダーシップ―』.pngEQリーダーシップ3.jpg ダニエル・ゴールマン(Daniel Goleman).jpgダニエル・ゴールマン(Daniel Goleman、1946‐ )
EQリーダーシップ 成功する人の「こころの知能指数」の活かし方』ダニエル・ゴールマンが思いやりを語る | Talk Video | TED.com
ダニエル・ゴールマンが思いやりを語る Talk Video TED.com.jpg 1995年に『EQ-こころの知能指数』("Emotional Intelligence")を発表し、日本を含む全世界でベストセラーとなったダニエル・ゴールマンが、コンピテンシー研究者のリチャード・ボヤツィスらと共に著した本で、EQ(感じる知性)の高いリーダーが集団に共鳴現象を起こし業績を伸ばすことができるのはなぜか、という問いを解明したもの("Primal Leadership: Realizing the Power of Emotional Intelligence"、2002)。

 第1部「六つのリーダーシップ・スタイル」の第1章「リーダーの一番大切な仕事」において、優れたリーダーは、人の心を動かし、人の情熱に火をつけ、最高の力を引き出すとしています。リーダーの影響力はその発言だけにとどまらず、発言していないときもリーダーは注目されていて、特に人によって異なる反応を示すような微妙な状況下では人々はリーダーを見るのであって、ある意味、リーダーは感情の基準を作るのであるとし、優れたリーダーは集団の協調意識を高く保つことができ、メンバーを目標達成に駆り立てることができるとしています。

 第2章「共鳴型リーダーと不協和型リーダー」において、共鳴型リーダーと不協和型リーダーのそれぞれの例を挙げています。リーダーの基本的な役割は、良い雰囲気を醸成して集団を導くことであって、そのためには、集団に共鳴現象を起こし、最善の資質を引き出してやることが肝要であるとしています。共鳴は前向きの感情をより長引かせる効果があり、EQの高いリーダーは、ごく自然に共鳴を起こすことができ、熱意と行動力を示して、グループ全体を共鳴させるとしています。

 また、知と情は別々の神経回路でコントロールされているが、両者は緊密に絡み合っているとし、この知性と情動を統合する脳の回路こそ、EQリーダーシップの基礎であるとしています。ビジネスの世界は感情より知性を重視したがりますが、人間の感情は知性よりも強く、非常事態が起こったときに脳をコントロールするのは、情動をつかさどる脳(大脳辺縁系)であって、情動をつかさどる脳と前頭葉前部との対話は、思考と感情を統御する役割をもつ脳内のスーパーハイウェイとも呼ぶべき神経回路を通して行われるため、リーダーシップに不可欠なEQが発揮できるかどうかは、前頭葉前部と大脳辺縁系を結ぶ神経回路がスムーズに機能するかどうかにかかっているとのことです。

 さらに、EQには「自分の感情を認識する」「自分の感情をコントロールする」「他者の気持ちを認識する」「人間関係を適切に管理する」という4つの領域があり、それぞれが共鳴的リーダーシップに不可欠なスキルを提供しており、この4つの領域は密接に撚りあわされ連繋して動くものだとしています。

 第3章「EQとリーダーシップ」では、「自己認識」「自己管理」「社会認識」「人間関係の管理」というEQの4領域とそれに関連する18のコンピテンシーについて解説しています。例えば「自己認識」とは、自分の長所や限界、自分の価値観や動機について深い理解を有している、ということであり、自己認識の優れた人間は、自分の価値観に合った決断ができるので、仕事に対していつも前向きでいられるし、自己認識ができてはじめて、自己管理が可能になるのであって、自分が何を感じているかがわからなければ、自分の感情を管理できるはずがないとしています。

 第4章「前向きなリーダーシップ・スタイル」では、6種類の代表的なEQリーダーシップ・スタイルを紹介、この内、「ビジョン型リーダーシップ」「コーチ型リーダーシップ」「関係重視型リーダーシップ」「民主型リーダーシップ」の4つを業績を向上させる共鳴を起こす"前向きなリーダーシップ・スタイル"として解説し、第5章「危険なリーダーシップ・スタイル」では、「ペースセッター型リーダーシップ」「強制型リーダーシップ」の2つを、特殊な状況下では有用であるが注意して使う必要があるものとして解説しています。

 第2部「EQリーダーへの道」では、EQリーダーは育つものであるとし、リーダーシップ育成の中でも最も重要なのは自発的学習であって(第6章)、自分の理想像を見出すことから変化は始まり(《第1の発見》)、続いて現実をしっかり見ることが大切であり(《第2の発見》)(第7章)、さらに理想のリーダーシップを目指して学習計画を作り(《第3の発見》)、脳の構造を変え(《第4の発見》)、人間関係の力(《第5の発見》)を活かすことで、チーム全体を巻き込んでいくというステップを踏むとしています(第8章)。

 さらに、第3部「EQの高い組織を築く」では、リーダーシップの育成を最も効果的に実現させるには。リーダーと並行して組織も変化していかなければならないとして、集団のEQを高めるにはどうすればよいか(第9章)、さらに、組織の現実と理想をどう結び付けていくか(第10章)、また、長期に渡って持続する共鳴を起こすためにリーダーたちは何をすればよいか、進化し続ける組織とはどのようなものであるか(第11章)を示しています(意外とこの考え方が、日本人である自分にはすっきり腑に落ちる)。

EQリーダーシップ88.JPG 本書は、EQが共鳴的リーダーシップの最も重要なコンピテンシーであり、個人レベルでも集団レベルでもこうした能力を強化することは可能であるという観点に立つとともに、今日では、力だけで企業を率いるリーダーは少なくなり、人間関係にきちんと対応できるリーダーが増えていることなどからみても、協調を呼びかけるべきとき、ビジョンを提示すべきとき、傾聴すべきとき、命令を下すべきときを知っている共鳴的リーダーは不可欠となり、EQリーダーシップはますます重要になるとしています。
  
和田泰明さん.jpg 「EQリーダーシップ」のユニークさは、著者によれば、リーダーシップ理論と脳のメカニズムを関連づけた点にあるとのことですが、個人的にはむしろ、著者らがEQリーダーシップを、「集団に共鳴現象を起こし、組織に前向きの雰囲気を醸成するマネジメント」として定義することで、経営の世界に「感情」といったそれまであやふやであるとして回避されていたものを持ち込み、それどころか更に、感情こそが組織の生命だとの考えに立っていることの方に注目したいと思います。また、本書の考え方は、日本人であるわれわれには、意外と腑に落ちるものであるという点でもたいへん興味深いと思います。

 自己啓発書的要素が多分にある本でもありますが、人事パーソン目線で見るならば、人材アセスメントの観点から参考になる部分は多いように思われ、広くお薦めしたいと思います。

2019.03

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

《●『EQリーダーシップ』要約pp》
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《読書MEMO》
●6つのEQリーダーシップ
【ビジョン型リーダーシップ】 共通の夢に向かって人々を動かす
 A:<共鳴の起こし方> 共通の夢に向かって人々をうごかす
 B:<風土へのインパクト> 最も前向き
 C:<適用すべき状況> 変革のための新ビジョンが必要なとき、または明確な方向が必要なとき
【コーチ型リーダーシップ】 個々人の希望を組織の目標に結びつける
 A:個々人の希望を組織の目標に結びつける
 B:非常に前向き
 C:従業員の長期的才能を伸ばし、パフォーマンス向上を援助するとき
【関係重視型リーダーシップ】 人々を互いに結びつけハーモニーを作る
 A:人々を互いに結びつけてハーモニーを作る
 B:前向き
 C:亀裂を修復するとき、ストレスのかかる状況下でモチベーションを高めるとき、結束を強めるとき
【民主型リーダーシップ】 提案を歓迎し、参加を通じてコミットメントを得る
 A:提案を歓迎し、参加を通じてコミットメントをえる
 B:前向き
 C:賛同やコンセンサスを形成するとき、または従業員から貴重な提案を得たい時
【ペースセッター型リーダーシップ】 難度が高く、やりがいのある目標の達成を目指す
 A:難度が高くやりがいのある目標の達成をめざす
 B:使い方が稚拙なケースが多いため、非常にマイナスの場合が多い
 C:モチベーションも能力も高いチームから高いレベルの結果を引き出したい時
【強制型リーダーシップ】 緊急時に明確な方向性を示すことで恐怖を鎮める
 A:緊急時に明確な方向性を示すことによって恐怖を鎮める
 B:使い方を誤るケースが多いため、非常にマイナス
 C:危機的状況下、または再建始動時、または問題のある従業員に対して

「●キャリア行動」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【172】 シュロスバーグ 『「選職社会」転機を活かせ
「●マネジメント」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(エドガー・H・シャイン)

キャリア・アンカーの大切さ、組織と個人のニーズのマッチングをいかにして図るかを説く。

キャリア・ダイナミクス.jpg エドガー・シャイン.jpg エドガー・シャイン ph0to.jpg エドガー・H・シャイン(マサチューセッツ工科大学スローンスクール名誉教授) 『キャリア・ダイナミクス―キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である。

 エドガー・ヘンリー・シャイン(Edgar Henry Schein、1928 - )による本書(原題:Career Dynamics、1978年)は、現在のキャリア論の礎ともなった、このジャンルおけるバイブル的著書と言ってもいいのではないでしょうか。

 訳者による概説によれば、「人は仕事だけでは生きられず、ライフサイクルにおいて、仕事と家族と自分自身が個人の内部で強く影響し合う。この相互作用は成人期全体を通じて変化する。ここですでに、動態的なダイナミクスがあることになろう。しかし、他方、多くの場合そうであるように、組織に雇われて働けば、個人を受け入れる組織には組織自体の要求があり、これが、個人の持つ要求と調和されなければならない。シャインの言う個人と組織の相互作用である。そして、組織の要求も時の経過とともに変化する。また、個人も組織も複雑な環境のなかに置かれており、両者の相互作用は一部外的諸力によっても決定される。こうして、仕事の決定について、きわめて複雑な動態的なダイナミクスが出現することになる。これが『キャリア・ダイナミクス』だということができる」とのことであり、この考えが本書のフレームワークとなっています。

 全3部から成る本書の第1部の前にある第1章は、第2章以下第17章までの本編全体の序論に該当し、ここではキャリア開発の視点を提起しています。やや抽象的な記述が続きますが、第1部第2章からは様々な具体例を交えた記述となり、ずっと読み易くなりますので、この部分はざっと読み、全編を読み終えた後に振り返って読んでもよいかと思います。

 第1部「個人とライフサイクル」では、第2章から第6章において、個人が直面する主要なライフサイクル問題について、生物社会的サイクル、キャリア・サイクル、家族の段階と状況の3つの側面からそれぞれの段階と課題を検討するとともに、これらの様々な人生の課題群間の複雑な相互作用についても説明しています。
 人は、個人としての発達の欲求、実行可能なキャリアを開発する欲求、及び、満足な家庭生活を展開する欲求、の3つを均衡させ満たす方法を見つけなければならず、社会の大部分の人々にとって、こうした「欲求の満足」の主要部分は、キャリアを築き維持していく過程で生じ、それゆえ、個人は「組織」と直接的な相互作用を持つに至るとしています。
 組織の要求も時の経過とともに変化し、また、個人も組織も複雑な環境に置かれているため、仕事の決定についての極めて複雑な動態的なダイナミクスが出現することになりますが、これがまさに「キャリア・ダイナミクス」であるということです。

 第2部「キャリア・ダイナミクス―個人と組織の相互作用」では、まず第7章から第9章にかけて、そうした相互作用及び個人・組織の両者にとってのその影響を検討したうえで、第10章から第12章にかけて、キャリア初期における重要な概念として「キャリア・アンカー」、即ちキャリアの諸決定を組織し制約する自己概念を提唱しています。
 キャリア・アンカーは、①自覚された才能と能力(様々な仕事環境での実際の成功に基づく)、②自覚された動機と欲求(現実の場面での自己テストと自己診断の諸機会、及び他者からのフィードバックに基づく)、③自覚された態度と価値(自己と、雇用組織及び仕事環境の規範及び価値との、実際の衝突に基づく)から成る自己概念です。 
Career Anchors2.jpgCareer Anchors.jpg 分かり易く言えば、
 1.何が得意か (能力・才能についての自己イメージ)
 2.何がやりたいか (動機・欲求についての自己イメージ)
 3.何をやっているときに意味を感じ、社会に役立っていると実感できるか (意味・価値についての自己イメージ)
 といったことになるでしょうか。
 そうしたアンカーの形成について、MITスローンスクール同窓生の長期にわたるデータが報告されているとともに、第2部終章(第12章)では、キャリア中期の諸問題とその基本的原因を検討しています。

 第3部「人間資源の計画と開発の管理」では、視点を管理者に移し、第14章から第17章にかけて、組織全体の立場と人間資源への組織の要求の立場からすると、全キャリア・サイクルを通じて人間資源を開発し管理する全体的なシステムについて、我々はどのように考えることができ、また、これをどのように生み出せるかを考察し、更に、こうしたシステムにおいて個々の管理者はどのような役割を担うか、また、システムはどう編成されるべきかを探っています。

 キャリア・アンカーの大切さなどキャリア決定のメカニズムを論理的に解き明かしている一方で、組織と個人のニーズのマッチングをいかにして図るかという点において、近年の人事的課題であるワークライフバランスなどを考えるに際して多くの啓発的示唆を与えてくれる本であり、まさに「現代の古典」と呼ぶに相応しい1冊であるかと思います。

《読書MEMO》
●構成
第1部 個人とライフサイクル(第2章:個人の成長/第3章:生物社会的ライフサイクルの段階と課題/第4章:キャリア・サイクルの段階と課題/第5章:家族の状態、段階、および課題/第6章:建設的対処)
第2部 キャリア・ダイナミクス―個人と組織の相互作用(第7章:組織キャリアへのエントリー/第8章:社会化および仕事の習得/第9章:相互受容/第10章:キャリア・アンカーの開発/第11章:キャリア・アンカーとしての保障、自律、および創造性/第12章:キャリア・アンカーの総合的検討/第13章:キャリア中期)
第3部 人間資源の計画と開発の管理(第14章:人間資源の計画と開発/第15章:人間資源の計画とキャリアの諸段階/第16章:職務・役割計画/第17章:人間資源の計画と開発の統合的な見方に向かって)
●管理的能力
自分の能力は、以下の3つのより一般的な領域の"結合"にある。
(1)分析能力:不完全情報と不確実性の状況で問題を明らかにし分析し解決する能力
(2)対人関係能力:組織目標のより効果的な達成に向けて組織の全階層の人々に影響を与え、人々を監督し、導き、巧みに扱いかつ統制する能力
(3)情緒の能力:情緒および対人関係の危機によって、疲れ果てたり衰弱したりせず、むしろ刺激される能力、無力にならずに高度の責任を担う能力、および、罪悪感や羞恥心を抱かずに権力を行使する能力
●「助言」の責任を引き受ける
(1)教師、コーチ、あるいは訓練者としての助言者
「あの人はこの辺の物事をどう処理するかについて、多くのことを教えてくれた」
(2)肯定的な役割モデルとしての助言者
「私は、あの人の活動をみて多くのことを学んだ。実際、物事をどうやるかのよい手本を示してくれた」
(3)才能開発者としての助言者
「あの人は実際、やりがいのある仕事を与えてくれ、私は非常に多くのことを学んだ。私は伸び伸びするよう仕向けられ、またそう強いられた。」
(4)門戸解放者としての助言者
 やりがいがあって、成長もできる仕事につく機会が、若者に確実に与えられるように「上位の人たち」と闘う人である。
(5)保護者(母鶏)としての助言者
「私が学んでいる間、あの人は私を世話し護ってくれた。私は、職務を危険にさらすことなく、間違いをしたり学んだりできた。」
(6)後援者としての助言者
 被保護者達を目立たせ、彼らが気付こうと気付くまいと、新しい機会が現れるときには彼らが思い起こされるよう、確実に彼らによい「評判」をとらせ、より高いレベルに人々の目にふれさせる人。
(7)成功したリーダーとしての助言者
自分自身の成功で、その支持者たちも確実に「自分のおかげでうまくいく」ようにする人であり、こうした支持者たちを向上させる人。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ラム・チャラン)

「人材最優先企業」(タレントマスター)は、その根底に、リーダーを選定し育成するという考え方が根づいている。

人材管理のすすめ7.JPG人材管理のすすめ.jpg   Ram Charan.jpg Ram Charan
人材管理のすすめ』(2014/03 辰巳出版)

 原著タイトルは"The Talent Masters: Why Smart Leaders Put People Before Numbers"(2010)。著者の一人ラム・チャラン(Ram Charan)はアメリカでは人材育成コンサルタントとして知られた人物であり、『経営は「実行」―明日から結果を出す鉄則』('03年/日本経済新聞社、改訂新版:'10年/日本経済新聞出版社)などの邦訳されている著書があります。もう一人の著者ビル・コナティは、ゼネラル・エレクトリック社(GE)で長い間人事部門の責任者を務め、GEを世界に名だたる人材輩出企業に押し上げたとされる人物です。

 本書では、人材管理に際立って優れた企業を「人材最優先企業」(タレントマスター)と呼び、その実際を探求して読者に伝えることを狙いとしています。本書で言う「人材管理」は「リーダー育成」と捉えてよいかと思われ、「タレントマスター」は、「リーダー育成において優れている企業または人」と捉えてよいかと思います。

 第1部では、GEの人材管理システムを通してタレントマスターは何をしているのかを事例で具体的に解説し(その筆頭にくるのがあのジャック・ウェルチ)、第2部では、P&Gなど、ユニークな手法で効果を上げているタレントマスター企業を紹介しています。さらに第3部においても4社の事例を挙げて、タレントマスター企業になるための戦略を紹介しており、このように豊富な事例から帰納法的(実証的)に「タレントマスターの原則」を導き出している点は、アメリカのビジネス書らしいかと思われます。

『人材管理のすすめ』.JPG そのようにして導き出されたタレンントマスターの原則とは、①CEOを頂点とした優秀なリーダーシップ、②実績を重視した能力主義、③企業の価値観の明確な定義、④率直さと信頼、⑤人材評価/育成システム(厳格さと規則性)、⑥人事責任者(CEOのビジネスパートナーとしての機能)、⑦継続的な学習と改善、の7つに纏められています。

 それらの原則の前提として掲げている「人事考課の"システム化"」などは、日本企業においても劣るものではないと思われますが、常にその根底に、リーダーを選定し育成するという考え方が根づいている点が、本書で紹介されているタレントマスター企業の特徴でしょうか。本書では、人材を深く理解し、定期的にレビューをすることで、組織は中間管理職からCEOに至る、あらゆるレベルのリーダーを輩出し続けられるようになるとしています。

 90年代から00年代にかけて、それまで従業員の存在を無視して、事業売買やダウンサイジングなど競争に勝つための戦略にばかり気をとられてきたアメリカ企業が、人材重視の経営へと大きく方針転換した、その流れを汲む本と見てもいいのではないでしょうか。

 著者の1人がGE出身ということもありますが、「CEOを頂点とした優秀なリーダーシップ」がタレントマスター企業の原則の筆頭にきて、CEOの継承者を見つけ育てることが人事の大きな役割とされているという点に、アメリカ企業の人事の特色を感じます。

 経営書と言うよりは、人事パーソンのための啓蒙書と言えるかと思います。事例のオンパレードで、もう少し体系的に纏めてほしかった気もしますが、その分、読み物を読むように読めるのは確かです。賃金制度の改定や評価制度の策定・見直しなど、ともすると制度づくりそのものが目的化しがちな日常において、人事は何のためにあるのか、これからどういった方向を目指していくべきかを考える上で、"啓蒙"される要素はある本かと思います。
 
《読書MEMO》
【主な内容】
●タレントマスターの秘密を解き明かす
GE、P&G、ヒンドゥスタン・ユニリーバなどの一流企業は、どのように人材の見極めと育成のためのシステムを構築し、それによって目覚しい成果をあげていったのか。
●徹底的に人材を理解する
人材を深く理解し、定期的にレビューをすることで、組織は中間管理職からCEOに至る、あらゆるレベルのリーダーを輩出し続けられるようになる。
●人材に永続的な価値がある
業績、市場シェア、ブランド、製品には寿命がある。唯一、永続的なもの、それは、人材と、人材を育てる仕組みのみである。人材は人財なり。
●実践的なアドバイス
タレントマスター「ツールキット」が、あなたの企業をタレントマスターにするための具体的な方法を提供。

「●キャリア行動」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2247】 オバタ カズユキ 『大手を蹴った若者が集まる知る人ぞ知る会社
「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(シェリル・サンドバーグ)

女性のためのキャリア指南書。男性が読んでも啓発される要素は多い。

LEAN IN(リーン・イン).jpgLEAN IN(リーン・イン)2.jpg LEAN IN(リーン・イン)3.jpg Sheryl Sandberg.jpg
LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』 Sheryl Sandberg in TED
              
シェリル・サンドバーグはいかにして野心を抱き.jpg 本書の著者シェリル・サンドバーグは、財務省で首席補佐官を務め、その後グーグルで6年半働いてグローバル・オンライン・セールスおよびオペレーション担当副社長を歴任した後、あのマーク・ザッカーバーグによりフェイスブックにスカウトされ、今現在はフェイスブックのCOO(最高執行責任者)の地位にある人であり、2011年8月のフォーブズ誌「World's 100 Most Powerful Women」で5位になった人でもあり(ミッシェル・オバマ大統領夫人よりも上に位置していた)、2013年には「経営思想家トップ50(Thinkers50)」にランクインしています。

「シェリル・サンドバーグはいかにして野心を抱きすべてを手に入れたのか」(米「TIME」誌→「COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2013年 08月号 [雑誌]」)

 こうした著者の華々しい経歴から、本書は、スーパーウーマンが自らの成功体験をもとに、フツーの人にはちょっと真似できないようなことが書かれた自己啓発書かと思われがちですが、実際に読んでみると、著者自身、自らのキャリアが恵まれたものであることを率直に認めつつも、現在の地位にたどりつくまでにさまざまな苦労や葛藤があったことが、実に赤裸々に、時にユーモアを交え描かれています。

 また、アメリカ社会において女性が仕事をしていくことがいかに困難かを多くのデータや文献から裏付けるとともに、その原因を、社会の仕組みだけでなく、働く女性の心理面からも分析し、女性たちがそうした内面の壁を突破するにはどうしていけばいいかを考える内容となっています。

 著者によれば、男女差別はアメリカ社会の中にも隅々まで根付いていて、優秀な女性たちは、自分たちの優秀さについて一種の罪悪感を抱いており(著者自身、ハーバード大学で最優秀学生の1人に選ばれた際に、「優秀な女は嫌われる」という思い込みから、周囲にはそのことを隠していたという)、女性たちはまず、この内なる敵と闘わなければならないのとしています。

 その上で、「キャリアは梯子ではなくジャングルジム」「笑っていれば気分が明るくなる」「ロケットの座席をオファーされたらまず座ってみる」「正直なリーダーになる」「完璧を目指すよりもとにかくやり遂げること」という「5つのマインドチェンジ」を提唱しています。

 女性がキャリアで成功する上での障害と、それを取り除くためにどうすればよいかということについて多くのページを割いていて、報酬の交渉をする際のポイント、夫を協力的なパートナーにするためのコツや、子供が生まれるまさにその時まで仕事を辞めてはいけないというアドバイスなど、いずれも具体的かつ有用なものばかりです。

シェリル・サンドバーグ1.jpg プレゼンテーション・カンファレンスとして知られる「TED」で著者が講演した際の話がでてきますが、著者が本書を著すきっかけとなったのは、TEDでの著者の「なぜ女性のリーダーは少ないのか?」と題された(周囲はなぜ彼女は成功したのかを聞きたがっていたが、彼女は敢えてこのテーマを演題に選んだ)トークの反響が大きかったためで(トークの模様はインターネットで視聴できる)、本書もアメリカでベストセラーとなり、女性のキャリアについて大きな論争が起きているとのことです。

 論争の元となる1つの要素として、例えば著者が、自分のことを特別な女性と崇め奉り「メンターになってくれませんか?」と言い寄ってくる女性に対して、力のある人間にすり寄っていけば誰かが自分を引き上げてくれるだろうという、その受け身の姿勢が気に入らないとぶちまけていたりすることもあるのかもしれません。また、男性優位社会との対立項として自らの考えを述べているように捉えられる点もあるのかも。

 但し、単に声高に女性の権利を主張するのではなく、本当に必要なのは相互理解であり、女性は女性で、まず出来ること、やるべきことをやりましょう、と言っているように思えました。その上で著者は、「いまこそ私は、誇りをもって、自分をフェミニストと呼ぼう」と宣言しています。結婚や出産といったライフイベントを機に、キャリアを諦めてしまう女性が多いのは日本も同じであるという、データに基づいた指摘もあり、アメリカ国内だけでなく、世界の女性に呼びかけているところに、メッセージ性、発信力のスケールの大きさを感じます。

 著者は本書を自分の領域でトップに就く可能性を高めたい、全力でゴールを目指したい、そう考えている女性に向けて書いたそうです。女性のためのキャリアの指南書として読めるばかりでなく、男性にとっても、一緒に働く女性のことを考える契機となる本であり、また、男女を問わず、キャリアやリーダーシップに関する示唆に富むものとなっています。更に、女性リーダーのロールモデルを増やしていくことは、今後の企業の人材活用における大きな課題になっていくことは間違いなく、人事パーソンの視点からみても、啓発される要素を多分に含んだ本であると思います。

photo3377-2.jpg それにしてもこの人、TEDのプレゼンもNHKの「クローズアップ現代」でのインタビューも見ましたが、コミュニケーション能力がやはり抜群に長けているのではないでしょうか、「1対多」でも「1対1」でも。その年俸22億円はカルロス・ゴーンの倍以上ですが、確かにハーバードを首席で卒業した秀才ではあるし、おそらくマーケティングなどの知識も豊富だとは思われるのですが、やはりこの人をこうした地位まで押し上げたのは、リーダーシップとコミュニケーション能力だろうなあと思います。

「クローズアップ現代 女性のリーダーはなぜ少ない?~米企業トップ サンドバーグさんのメッセージ~」(2013年7月9日放送)

Facebook COO Sheryl Sandberg Commencement Speech | Harvard Commencement 2014


【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

【2018年文庫化[日経ビジネス人文庫]】

「●人事マネジメント全般」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2263】 エドワード・P・ラジアー 『人事と組織の経済学
○経営思想家トップ50 ランクイン(デイビッド・ウルリッチ)

人事担当者の役割とは何かを明確に打ち出すとともに、その役割の重さを改めて認識させられる本。
MBAの人材戦略2.JPGMBAの人材戦略.jpgMBAの人材戦略』 デイビッド・ウルリッチ.jpg デイビッド・ウルリッチ

 ミシガン大学のデイビッド・ウルリッチ(David Ulrich)教授による本書『MBAの人材戦略』(原題:Human Resource Champions,1997)は、「人事の役割」を、①戦略パートナー(Strategic Partner)、②管理のエキスパート(Administrative Expert)、③従業員のチャンピオン(Employee Champion)、④変革のエージェント(Change Agent)という4つの分類に定義したことで人事パーソンの間では広く知られる本です。

 第1章「人材経営―競争力を築くための新しい行動計画」では、競争力を備えた企業を築くために、ライン管理者と人材経営専門職に求められる行動指針とは何かを解明することが本書の目的であるとするとともに、本書では、従来の人材経営について書かれた本に見られる人材経営専門職は何を遂行すべきか(手段)という視点からの転換を図り、何を達成すべきか(目的)という人材経営の生み出すべき成果、それらの成果を生む際に求められる活動に沿って構成されているとしています。

『MBAの人材戦略』.JPG 第2章「変化を続ける人材経営―複合的な役割を担う人材経営モデル」においては、人材経営の実践から生じる結果として、①戦略の実現、②効率的経営の実現、③従業員からの貢献の促進、④変換の推進、の4つの成果の領域を掲げ、将来の人材経営専門職の役割を表現するイメージは、「戦略パートナー」「管理のエキスパート」「従業員のチャンピオン」「変革のエージェント」で4つの複合的なものとなるとしています。そのうえで、以下、第3章から第6章にかけて、これらの役割について詳しく検討しています。

 第3章「戦略パートナーになる」では、人材経営が戦略の実現に対していかに支援し得るかを検討し、ビジネス上の戦略を具体的にアクションとして展開していく際に、ライン管理者と共同して人材経営専門職が戦略実現のパートナーとしてどのような役割を果たすべきかを検討しています。そして、人材経営専門職は、きちんと確立された組織監査を遂行する手法を身につけることが求められるとしています。

 第4章「管理のエキスパートに」では、人材経営部門がいかに効率的経営の実現に貢献できるかを検討し、効率的経営のエキスパートとしての人材経営部門の役割を解明しています。そして、管理のエキスパートになるためには、「プロセスの改善」と「人材経営の価値創造の再検討」という2つの段階をマスターすることが求められるとしています。

 第5章「従業員のチャンピオンになる」では、人材経営部門が従業員からの貢献をいかに最大限に引き出すことができるかを検討しています。そして、従業員のチャンピオンとして機能するためには、従業員に対して、牧師の示す確信と信頼、心理学者の示す感受性、芸術家の示す創造性、航空機パイロットの示す厳格な規律のすべてを明示し、管理者と従業員の双方と協力して、従業員が彼らに期待されていることのすべてを達成するように導いていかなければならないとしています。

 第6章「変革推進者になる」では、人材経営が企業に変革を推進する際に、どのように貢献し得るかを説明しています。そして、企業がさまざまな変革の試み、プロセスの変革、文化変容を効果的に取り組むことを支援するためには、ライン管理者と人材経営専門職は、変化に関する理論と実際の方法の両方を学んでいく必要があるとしています。

 第7章「人材経営部門のための人材経営」では、人材経営に伴う基本的機能を再検討しています。著者によれば、人材経営専門職は、他部門を援助することに熱心なあまり、自部門に眼を向けない傾向が強いが、企業経営に貢献する人材経営理念が自部門に適用されれば、人材経営部門も疑いなく向上するとして、人材経営の諸機能をトランスフォームすることに成功を収めた数多くの企業の実例を紹介し、人材経営部門が取り組むべき活動を示唆しています。

 第8章「人材経営の将来」では、人材経営の方法、機能、専門職・ライン管理者に将来何が求められているのかを検討しています。ここでは、「何が問題か」「ではどうするべきか」「どのような改善を進めるべきか」の3つの問いを取り上げることで、人材経営の将来像を探っています。

 人事専門職が何を達成すべきかを、戦略の実現、効率的経営の実現、従業員からの貢献の促進、変換の推進の4つに絞って検討することで、人事担当者は、戦略パートナー、管理のエキスパート、従業員のチャンピオン、変革のエージェントという4つの役割を担うことを期待されていることを明確に打ち出し、人事担当者そのものが最も重要な経営資源であることを浮き彫りにした名著と言えます。
 但し、正確を期そうとするためか、翻訳がこなれていないのがやや残念です。「人材経営部門」は「人事部」と訳し、「人材経営専門職」は「人事担当者」「人事パーソン」と解していいのではないでしょうか(殆どの読者がそのようにとって読むではあろうが)。

 本書で示された人事パーソンの4つの役割について、日本企業の人事パーソンに自分自身はどの部分に強みを持っていると思うかというアンケートをとると、「管理のエキスパート」としては自分でも満足しているが、「変革のエージェント」としてはやや力を発揮しきれていないという自己評価結果が出ることが多いようです。 
 また、「従業員のチャンピオン」ということ関しても、あまり自分には当て嵌まらないという結果が出ることが多いようですが、一部にはこの言葉が俗に言う「社内エリート」であることという風に誤解されている向きもあるようです。著者が言うところの「従業員のチャンピオン」としての人事パーソンに求められる資質とは、従業員の発言に耳を傾け、従業員の信頼感を尊重し、従業員との信頼関係を築くことができて、そのことによって、従業員の企業に対する貢献を高めることができる能力のことを指します。

 1997年に書かれた本書「日本語版への序」において、著者は、日本企業の人材経営職は、常に「戦略パートナー」の役割を果たしてきたと評価したうえで、但し、「最近、日本企業でも、1980年代と90年代前半における成功が思い通りに実現していない現実が存在する。推論するに日本企業の人材経営専門職は、うぬぼれあるいは自己満足に陥っているのかもしれない」としています。実際、近年においては、外資系企業の人事担当者から見た場合、日本企業の人事部は、「戦略パートナー」としての機能を充分に果たしていないとの指摘もあるようです。

 著者は、グローバル競争が激しさを増す中で、ある国で開発されたベストプラクティスは瞬く間に世界各国で学習され、移転が進む現代にあって、期待される成果とは、「新しい人材経営の方法の探求」であるとしています。原著の「序」で、目指す新しい役割をマスターしていくためには、学習とともに忘れ去ること(過去からの脱却)も求められるとしているのが関心を引きます。

 人材経営職は、機会と将来方向が示されたときこそ専門職としての力を発揮し、どのように付加価値を生み出すかを理解していれば、必ず付加価値を生み出すであろうという著者の信念が根底にあることが窺え、人事担当者にとっては、自らの役割の方向性を見定める指針となるともに、その役割の重さを改めて認識させられる本であると思います。翻訳にやや硬さはありますが、一度は読んでおきたい一冊です。

「●マネジメント」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2758】 C・ハンディ 『もっといい会社、もっといい人生
「●組織論」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ピーター・M・センゲ)

「組織学習」の名著。核となる提案部分(5つのディシプリン)は旧版と同じ。旧版でも問題ない。
学習する組織00.jpg学習する組織 2011.jpg  最強組織の法則 - 原著1990.jpg  Peter M Senge .jpg
学習する組織―システム思考で未来を創造する』(2011/11 英治出版)/『最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か』(1995/06 徳間書店) Peter M Senge

Peter M Senge 2.jpg 著者のピーター・M・センゲ(Peter M. Senge)はマサチューセッツ工科大学スローン経営大学院の組織センター長であり、本書のオリジナルに当たる1990年にセンゲが発表した『最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か(The Fifth Discipline : The Art & Practice of The Learning Organization)』('95年/徳間書店)は、「ラーニング・オーガニゼーション(学習する組織)」というコンセプトを提唱したことで知られています。本書『学習する組織―システム思考で未来を創造する』('11年/英治出版)は、原著の2006年改訂版(原題同じ)であり、書き加えられた「学習する組織」の実践上の課題やそれを乗り越える事例と併せて、旧版の翻訳で一部割愛されていた内容を補完したものです。

 全5部構成の第Ⅰ部において、著者は、世界では物事の相互の繋がりは一層深まり、ビジネスは複合的でダイナミックになっていて、そうした中、仕事はもっと「学習的」にならなければならず、それは、会社のために誰か1人が学べばいいというものでもなく、また、トップが解決策を見つけ、社員がその大戦略家に付き従うという方法でももはや成功できず、これからはあらゆるレベルの社員から学習する意欲と能力を引き出すことができる企業こそ成功していくだろうとしています。

 従って、マネジャーは社員に①新しいアイデアに柔軟に対応する、②互いに気兼ねなく率直にコミュニケーションする、③企業がどのように運営されるべきか、深く理解する、④集団的なビジョンを構築する、⑤共通の目的を達成するために力を合わせる、といったことを奨励すべきだとしています。

 そのうえで、学習する組織には5つの基本的なディシプリン(構成要素)があるとしており、それらは以下の通りであるとともに(本書で意味する"ディシプリン"とは、学習し習得すべき理論及び技術の総体を指す)、第Ⅱ部において「システム思考」(第1のディシプリンとして重要視されるこのシステム思考は、これに続く他の4つを統合するものとされる)、第Ⅲ部において残りの4つのディシプリンについて解説しています。

①システム思考:全体のパターンを明らかにし、それを有効に変えていく視点でものを考えること。このシステム思考によって全体を纏め、一貫した実行プランが構築できる。
 センゲの組織研究のアプローチは一貫して、組織を独自の行動様式と学習パターンを持つ一個の生きた存在と捉えるシステムアプローチであると言えます。彼はここで、問題を頻発させたり成長を抑制したりする反復性のパターンをマネジャーが見抜くのに役立つ「システムの原型」の考え方を紹介しています。

②自己マスタリー:現実を客観的に捉える。そのために、個人の視野を拡げ、常に現実への理解を深めていくことの重要性を意識的に認識する必要がある。
 現代のマネジャーは誰でも個人のスキルや強みを開発することの大切さを認識していますが、センゲはこの考えからさらに一歩踏み込んで、学習する組織における個人の心の成長の重要性を強調しています。真に心が成長すれば、現実をよりはっきりと認識するようになるとして、心の成長によって現実をもっとはっきりと見据えることを教え、ビジョンと現実との違いを際立たせることにより、創造的な緊張関係を生み出すことが出来るとしています。そしてこの緊張関係から効果的な学習が生まれると。センゲの言う「学習する組織」とは、「自分が大切だと思うことを達成できるように自分を変える」ことにより「自分の未来を創造する能力を絶えず充実させている人々の集団」であると。

③メンタル・モデルの克服:自分たちの心に知らないうちに固定化されたイメージや概念(メンタル・モデル)を分析し、精査する。
 システムアプローチの次なる要素としてセンゲが強調しているのは、メンタル・モデルであり、センゲは、マネジャーたちに組織の価値観や理念を裏で支えるメンタルモデルを構築することを要求しています。組織レベルで培われてきた既成の思考パターンの影響力の大きさに注意を促し、これらのパターンの性質を検証するオープンな仕組みづくりが必要であるとしています。

④共有ビジョンの構築:組織内で共通のアイデンティとミッションのもとに個人を結束させる。そのためには、お題目だけのビジョンではなく個々が心から納得し、参加できるような共通の「将来像」を掘り起し、コミュニケーションを続ける必要がある。
 真の創造性やイノベーションは集団の創造性に基づくものであり、また、集団のビジョンはメンバーの個人的なビジョンの上に構築されるものであって、メンバーが集団のビジョンを自分と切り離すことなく考え始めたときにビジョンの共有が可能になるとしています。

⑤チーム学習:現代の組織では、個人ではなくチームで成果を出し、そのための学習の基礎を構築する。そのために対話と議論という2つの実践が伴う。チームが学び、成長できなければ集合体としての組織も成長できない。
 ここでは、効果的なチーム学習のためには、「ダイアローグ」(dialogue)と「ディスカッション」(discussion)という2つの異なる対話方法をうまく使い分けることが必要であるとしています。ダイアローグ(意見交換)は問題点をどんどん探し出してゆくことであり可能性を広げるものであり、ディスカッションとは将来の意思決定のために最善の選択肢を絞り込む作業であると。これらの2つのプロセスは相互補完的ではあるが、別々のものとして考えなければならず、実際には両者を意識して使い分けられるチームは残念ながら殆ど見当たらないとしています。

 本書で挙げられている事例を見ればわかる通り、企業をラーニング・オーガニゼーションに変身させるのは簡単なことではなく、それは何故かと言うと、最大の理由は、マネジャーが今まで持っていた権力や権限を手放し、学習している人に渡さなければならないからだとしています。社員が学習するためには試行錯誤が必要であり、とりわけ(旧来型の)責任追及型の企業文化であればそれは大胆な変革が必要となると。また、ラーニング・オーガニゼーションを築くには、信頼と関与が必要であり、これも多くの企業で欠けているとも言っています。

 旧版『最強組織の法則』第Ⅳ部では、「創造への課題」を取り上げ、この中では「仕事と家庭の対立は終わる」といったワーク・ライフ・バランスに対する早くからの炯眼を窺わせる記述もあり、第Ⅴ部では。「組織学習の新しいテクノロジー」を事例を交えて解説していました。新版『学習する組織』第Ⅳ部は、「実践から振り返り」となっており、第Ⅴ部が「結び」となっています。

 基本となる第Ⅰ部から第Ⅲ部までは『最強組織の法則』も『学習する組織』も同じ内容なので、どちらを読んでも構わないかと思います。取り上げている事例の部分で旧版の方が「アメリカ企業はなぜ日本企業に敗れたのか」といった例が多くなっているのが、やや時代を感じさせるぐらいしょうか。「組織学習」の名著としての評価は定着しているのではないかと思います。
 旧版1,900円、新版3,500円(何れも本体価格)。旧版の日本語タイトルは不評でしたが、旧版の方の訳が古びているとか硬いとかいったことはなく、読む上では旧版でも全く問題ないかと思います(むしろ旧版の方が単独翻訳者なので、訳調が統一されているかも)。

【2201】 ○ グローバルタスクフォース 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』 (2004/07 総合法令)
【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
【2790】○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)
【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

《読書MEMO》
●企業が抱える7つの学習障害
①「職務イコール自分」:
 個人が自分の職務だけに気を取られると、全ての職務が関連し合って生まれる結果に対して責任が薄れ、職務間の連携が阻害される。
②「敵は向こうに」:
 自分の仕事にしか目が向かないと、何のために仕事しているのかという本質的な目的や、自分の行動の影響が職務の範囲を超えてどう拡がっていくのかを認識できなくなる。そんな中、自分の仕事の結果が悪い形で出てくると、理由を外に向け、自分以外のせいにしようとする。
③積極策の幻想:
 「向こうの敵」と戦かおうとひたすら攻撃的になるとすれば、人は受身に反応しているということになる。これは積極策の幻想であり、真の積極性は、自分の抱える問題にどのように寄与するかの見通しから生まれる。
④個々の出来事に捉われる:
 我々の組織及び社会の生き残りにとっての中心的脅威は、不意の出来事からではなく、徐々にゆっくり進行するプロセスからくること。
⑤茹でられた蛙の寓話:
 徐々に変化していくプロセスを見極める力を養うには、現在の慌ただしいペースを緩め、全体像を見極めた上で、派手なものだけでなく目立たないものにも注意を払う必要がある。
⑥体験から学ぶという錯覚:
 人は経験から最も多くのことを学ぶが、重要な決定の場合は大抵(その影響が長期にわたるため)、その帰結を直接には経験しない。
⑦経営チームの神話:
 経営チーム=組織の様々な機能と専門分野を代表する有能で経験豊富な管理職の一団のはずが、実際には会社の現状を擁護し、保身のための能力だけに長けた「熟練した無能」集団と化す。
●システム思考の法則
①今日の課題が昨日の「解決策」からくる。
②システムは押せば押すほど強く押し返す(補償的フィードバック)
③状況は一旦好転してから悪化する
④安易な出口は通常元に戻る
⑤治癒策が病気そのものより問題になることがある
⑥急がば回れ
⑦原因と結果は時間的・空間的に近隣しているとは限らない
⑧小さな変化が大きな結果を生むことがある。しかし一番効果のある手段はしばしば一番見えにくい。
⑨ケーキを手に入れ、しかも味わうことができる(同時にではないが)
⑩1頭の象を分割しても2頭の小象にはできない
⑪罪を着せる外部はない...etc.

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○経営思想家トップ50 ランクイン(スチュワート・D・フリードマン)

リーダーシップとWLBの統合。仕事、家庭、コミュニティ、自分自身の「四面勝利」を目指す。

トータル・リーダーシップ.jpgTotal Leadership.jpg

    
スチュワート・フリードマン(Stewart Friedman).jpg スチュワート・フリードマン(Stewart Friedman)
トータル・リーダーシップ 世界最強ビジネススクール ウォートン校流「人生を変える授業」』(2013/04 講談社)/原著

『トータル・リーダーシップ.jpg 著者は、ペンシルベニア大学ウォートン・スクール教授で、リーダーシップ開発とワーク・ライフ・バランスに関する第一人者であり、"Integrating Work and Life: The Wharton Resource Guide"(1998年、「仕事と人生の統合」)、"Work and Family - Allies or Enemies? "(ジェフ・グリーンハウスとの共著、2000年、「仕事と家庭は両立するのか」)など、ワーク・ライフ・バランス、リーダーシップ、変革のダイナミズムについての単著や共著が数多くあるそうですが、何れの著書も、人生のあらゆる面においてパフォーマンスを向上させるにはどうすればよいかをテーマとし、職場、家庭、地域社会、自分自身の間に共通する価値を見出すことを説いているようです。

 本書はそうした著者の近著で、米国でベストセラーとなった"Total Leadership: Be a Better Leader, Have a Richer Life"(2008年、「トータル・リーダーシップ:より良いリーダーになり、より良い人生を過ごす」)の翻訳であり、著者が唱えるところの、リーダーシップとワーク・ライフ・バランスを統合させた「トータル・リーダーシップ」の強化ステップやその内容等について、著者がペンシルバニア大学で実際に行っている講義に沿ってテキスト化したものです。

 「トータル・リーダーシップ」の目的は、仕事、家庭、コミュニティ、自分自身の人生の4つの領域における「四面勝利」であり、一般にはレード・オフと思われがちなこれら4領域が実は相互連関しているとの新発見から、新たな人生は始まるとしています。

 本書で示された「トータル・リーダーシップ」の3つのステップは、
  1.自分の価値観に基づくビジョンを抱き(Be Real)
Total Leadership Be a Better Leader Have a Richer Life.png  2.そのビジョンに向けてまわりを巻き込み(Be Whole)
  3.ビジョンの実現に向けて行動する(Be Innovative)
であり、学べる内容は、
  ・自分の価値観を知るための考え方
  ・自分のストーリーを語って人を巻き込む方法、
  ・価値あるゴールやビジョンを生み出す方法
などとなっています。

 仕事、家庭、コミュニティ、自分自身で各「円」を描かせて、その大きさや重なり具合から、その人の人生における比重の置き方や価値観の一致度をみるやりかたは興味深いです。これは、キャリアカウンセリングなどでは以前から用いられている手法ではないかと思いますが、それをリーダーシップ理論にまとめあげているところが画期的と言えるかもしれません。


岡本祐子氏(広島大学教授)の「成人期の発達を規定する2軸・2領域」
アイデンティティ.jpg そうしたリーダーシップとワーク・ライフ・バランスの統合という意味で新しさを感じる一方、仕事、家庭、コミュニティ、自分自身の人生の4つの領域の「調和」という考え方は、日本のキャリア心理学の研究者の中に既にかなり以前から提唱している人がいるように思われます(岡本祐子氏の「アイデンティの螺旋式モデル」など)。ただし、目指すところが「四面勝利」といった具合に、「勝利」を強調しているところが実践的と言うかアメリカ的かもしれません(「自分の夢を磨き上げる力、周りの人を巻き込む力、変化を起こす力を強化する全く新しいメソッド」という言い方は、何となく自己啓発セミナーみたいでもある)。

 本書の内容自体も、講義と言うよりワークショップでの実践を開示している部分が主で、そのワークショップには、仕事、家庭、コミュニティ、自分自身の人生の4つの領域において様々な局面にある人々が集い、彼ら(彼女ら)がワークショップを通じてどのように変わっていったかが書かれており、理論よりも、この問題にどう取り組み、それをどう実生活に生かしていくかというプラグマティカルな視点が前面に出されています。

 ワークショップ型のカウンセリングみたいな感じでしょうか(ところによってはセラピーみたいな印象も)。このやり方でのワークショップを運営していくには、相当のファシリテーションやカウンセリング、コーチングのスキルが求められる気がしますし、そうしたものが盛んに行われているアメリカと、そうでもない日本との背景の違いは感じざるを得ません(著者の講義風景をウォートン・スクールのサイトの動画で見ると、この人、プレゼンテーションも上手みたい)。ただ、これからは日本でもこうしたワークショップは少しずつ盛んになっていくように思われ、その意味では参考になる本かも(初読の際の個人的評価は星3つだったが、再読して星4つに修正した)。

 本書は5年前に『ワーク・ライフ・バランスの実践法―仕事も私生活も犠牲にしない』('08年/ダイヤモンド社)として邦訳されていて旧版は絶版になっていますが、今回"復活"。著者の本邦初訳本でもあり、その内容がいきなりこうした実践編であるとうのは特徴的かと思いますが(訳者は、ウォートン校でMBA課程修了し、その間、日本人初の学生自治会長も務めたという長島・大野・常松法律事務所の塩崎彰久弁護士)、先に挙げた日本の学者の論文もあるように、理論部分にはそう新しいものでもないのかも。逆に言えば、日本人にとっても考え方が応用できる部分はかなりあるようには思いましたが、これをメソッドとして、大学の授業の中で展開するところがアメリカ流と言うかウォートン流なのかもしれません(日本の大学は理論に偏ってあまり実践を重視しない傾向があるのでは)。

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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ジム・コリンズ/モートン・ハンセン)

不確実性の時代に高成長を遂げた企業及びリーダーの特質を、実証的に検証。
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ビジョナリー・カンパニー4.png
 ビジョナリー・カンパニー1.jpg ビジョナリー・カンパニー2.jpg ビジョナリー・カンパニー3.jpgビジョナリー・カンパニー 4 自分の意志で偉大になる』['12年]  『ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則』['95年] 『ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則』['01年]『ビジョナリーカンパニー3 衰退の5段階』['10年]
    
ジム・コリンズ(Jim Collins).jpg ビジョナリー・カンパニーシリーズの第4弾となる本書(原題:"Great by Choice: Uncertainty, Chaos, and Luck--Why Some Thrive Despite Them All"、2011)では、「経営規模が脆弱な状況でスタートし」、「不安定な環境下で目覚ましい成長を遂げ、偉大な企業となった」事例を調査対象として選抜しています。

ジム・コリンズ(Jim Collins)元スタンフォード大学経営大学院教授

モートン・ハンセンMorten_Hansen.jpg そして、それらの企業が業界の株価指数を少なくとも10倍以上も上回る株価パフォーマンスを示していることから、それらを「10X(10倍)型企業」と命名し、一方、同じ環境下で、かつては優位にありながら「偉大になれなかった企業」(衰退した企業)を「比較対象企業」として挙げ、両者を歴史分析することによって、「10X倍型企業」および「10X型リーダー」の特質とは何かを分析してします。

モートン・ハンセン(Morten Hansen)UCBerkeleyおよびINSEAD教授。ボストンコンサルティング出身。

 高成長企業とダメになってしまった企業の比較歴史分析という点では、『ビジョナリー・カンパニー―時代を超える生存の法則』('95年/日経BP社)、『ビジョナリー・カンパニー2-飛躍の法則』('01年/日経BP社)などと同じですが、高成長や卓越さといった視点に加えて、置かれた環境の厳しさを指標に加えて事例を選んでいるのが本書の特徴です(衰退した企業をも調査対象としている点では、『ビジョナリー・カンパニー3-衰退の5段階』('10年/日経BP社)とも同じ)。

 例えば航空業界であれば、サウスウェスト航空(10X倍型企業)とPSA(比較対象企業)を、コンピュータ業界ではマイクロソフト(10X倍型企業)とアップル(比較対象企業)を取り上げ、歴史データをもとにリーダーのとった経営戦略の推移から対比するなどし、そのほかにフトウェア、バイオ、半導体、保険、医療機器の各業界から「10X型企業」と「比較対象企業」をそれぞれ1社ずつ選んで対比させています(アップルは、調査対象期間の関係で「比較対象企業」とされているが、スティーブ・ジョブズの復帰後の彼の行動は、「10X型リーダー」のそれとして解説されている)。

 それらの企業研究から、10X型リーダーの特徴的行動パターンとして、「狂信的規律」「実証的創造力」「建設的パラノイア」の三つを抽出し、それぞれを「二十マイル行進」「銃撃に続いて大砲発射」「死線を避けるリーダーシップ」というキー・フレーズのもとに解説しています。

 「二十マイル行進(狂信的規律)」においてはリスクマネジメントと持続的改善活動の重要性を説き、「銃撃に続いて大砲発射(実証的創造力)」では、具体性のある創造力の重要性、「死線を避けるリーダーシップ(建設的パラノイア)」では、最大限の準備を怠らないことの大切さを説いています。

 そうした中で、例えば「大混乱する世界で成功するリーダーは大胆であり、進んでリスクを取るビジョナリー」であるといった"神話"に対し、現実には、未来を予測できるビジョナリーではなく、「何が有効なのか」「なぜ有効なのか」を確認し、実証的なデータに基づいて前に進んだのであって、比較対象企業のリーダーよりリスク志向でも大胆でもなく、またビジョナリーでも創造的でもない。より規律があり、より実証主義的であり、よりパラノイア(妄想的)なのである―といったように、従来の"神話"を幾つも覆している点も興味部深いです。

 また、「10X倍型企業」には、「具体的で整然とした一貫レシピ」<SMaC(Specific Methodical and Consistent)>があり、「10X型リーダー」は運だけで成功したのではなく、成功する原則を死守したから「偉大」になれたのであって、言い換えれば「自分の意思によって偉大に」なったのであるとしています。

 『ビジョナリー・カンパニー2』で「バスに乗せる人」と「降ろす人」を厳格に決めることが重要であると説いた「まず人選ありき」といった概念をはじめ、これまでのシリーズにあった「ハリネズミの概念」「基本的価値観」「BHAG(不可能なぐらい高い目標)」「カルト的文化」「ストックデールの逆説」「時を告げるのではなく、時計を作る」「衰退の五原則」「弾み車」と言った概念については、前作で十分説明されているとして、本書では意識的に触れていませんが、本書で述べられていることは、それらを具体的な行動レベルに落とし込んだものとも言えます。

 広い意味で「経営書」と言うより「啓蒙書」ですが、著者が師とするドラッカーの著作に倣って、データによる裏付けがきっちりしていて説得力のあるものとなっているうえに、世界で初めて南極点に到達したアムンゼンと、遅れて南極点に到達した後に隊員が全員死亡したスコットの詳細な比較分析例などを用いて、「10X倍型企業」と「比較対象企業」の違いにあてはめながら解説したりするどしているため、読みやすく、また、分かりやすいものとなっています。

 ベンチャー企業の経営者などに人気のあるシリーズですが、この不確実性の時代においては、どういった企業の経営者が読んでも啓発される要素がある本であると思われ、また、「経営者を支える」経営専門家(役員・経営幹部がそれに該当すると思われるが)にも読んでほしい本である―ということは、とりもなおさず、人事パーソンにも読んでほしい本、ということになります。

『ビジョナリー・カンパニー』
【2201】 ○ グローバルタスクフォース 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』 (2004/07 総合法令)
【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
【2790】○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)
【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

《読書MEMO》
●崩れ去った神話(31‐33p)
○【神話】大混乱する世界で成功するリーダーは大胆であり、進んでリスクを取るビジョナリー。
【意外な現実】我々の調査対象になった10X型リーダーは、未来を予測できるビジョナリーではない。「何が有効なのか」「なぜ有効なのか」を確認し、実証的なデータに基づいて前に進む。比較対象リーダーよりリスク志向ではなく、大胆でもなく、ビジョナリーでもなく、創造的でもない。より規律があり、より実証主義的であり、よりパラノイア(妄想的)なのである。
○【神話】:刻々と変化し、不確実で混沌とした世界で10X型リーダーが際立つのはイノベーションのおかげ。
【意外な現実】驚いたことに、イノベーションは成功の鍵ではない。確かに10X型企業も多くのイノベーションを起こす。しかし、我々の調査では「10X型企業が比較対象企業よりもイノベーション志向である」という前提を裏付けるデータは出てこなかった。10X型企業が比較対象企業よりもイノベーションで劣るケースさえあった。我々の予想に反し、イノベーションだけでは切り札にならないのだ。より重要なのは、イノベーションをスケールアップさせる能力、すなわち創造力と規律を融合させる能力である。
○【神話】脅威が押し寄せる世界ではスピードが大事。「速攻、そうでなければ即死」ということ。
【意外な現実】環境が急変する世界では、素早い判断と素早い行動が求められるから、「どんなときでも即時・即決・即行動」という哲学を取り入れる、これは破滅を招く効果的な方法だ。10X型リーダーはいつアクセルを踏み、いつ踏んではならないかを理解している。
○【神話】外部環境が根本的に変化したら自分も根本的に変化すべき。
【意外な現実】外部環境が急変しても、10X型企業は比較対象企業ほど変化しない。劇的変化に見舞われて世界が揺れ動いたからと言って、自分自身が劇的変化を遂げる必要はない。
○【神話】10X型成功を達成した偉大な企業は多くの運に恵まれている
【意外な現実】全体として見ると、10X型企業が比較対象企業よりも強運であるとは限らない。幸運だろうが不運だろうが、10X型企業も比較対象企業も共に同じ程度に多くの運に遭遇している。成功の鍵を握っているのは、運に恵まれているかどうかではなく、遭遇した運とどのように向き合うかである。

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「●マネジメント」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(マーカス・バッキンガム)

マネジャー論(育成本能)、リーダーシップ論(未来志向)としても、啓蒙書としても上質。

The One Thing You Need to Know: About Great Managing, Great Leading and Sustained Individual Success.jpg最高のリーダー2.jpg 最高のリーダー.jpg マーカス・バッキンガム(Marcus Buckingham).jpg マーカス・バッキンガム     
The One Thing You Need to Know: ... About Great Managing, Great Leading, and Sustained Individual Success (English Edition)最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと』('06年/日本経済新聞社)
Marcus Buckingham
Marcus Buckingham2.jpgMarcus Buckingham.jpg こうした「最高の」とか「たったひとつの」のとかをタイトルに冠した最近の本は、中身を読んでも、その「最高」や「たったひとつの」が当たり前過ぎてしょうも無かったり、或いは沢山のことを取り上げ過ぎていて結局は何が「たったひとつ」なのかよく分からなかったりすることが多いのですが、少し以前('06年)に刊行された本書は、至極まともなマネジャー論、リーダーシップ論であり、啓蒙書です。

 原題は"The One Thing You Need To Know...About Great Managing, Great Leading, and Sustained Individual Success"(2005)で、ギャラップの調査員だった著者(Marcus Buckingham(左写真)、現在は作家兼コンサルタントとして執筆・講演活動を行っている)が、多くのマネジャー、リーダー、仕事面での成功者へのインタビューを通して得た知見に基づいて、優れたマネジャー、優れたリーダー、個人として継続して成功を収めている人に共通する特性を、それぞれに端的に絞り込んで示しており、まさにタイトル通りの内容となっています。

 まずマネジャーとリーダーの違いについての考察から入って、ドラッカーら先人達のマネジメント論やリーダーシップ論を引きつつ、すぐれたマネジャーは部下の成功を手助けせずにはいられない「教育本能」を持っていることを示しています。

ウォルグリーン1.jpg ケーススタディとして挙げている、「ウォルグリーン」(Walgreens、米国最大のドラッグストア・チェーン)で、販売員として最高成績を収めている店員の話が大変面白い。この店員はインド人の女性で、昼間コンピュータの専門学校に通いながら、夜間零時過ぎから朝まで働いていて、要するに夜間パートなのですが、その彼女がどうして多くの店員の中でトップの成績を収めることができたのか、そこに、上司である日系人店長の、彼女の能力を最大限に引き出し、それを業績に結び付ける創意と工夫があることが分かり、優れたマネジャーは「部下一人ひとりの個性」に注目し、その個性が活かせるように、彼らの役割や責任の方を作り変えるとしています(これを「チェスをする」という表現をしている)。

鉱山事故.jpg最高のリーダー、マネジャーがいつも 事例.jpg 一方、優れたリーダーは、今どこに向かっているのかを明確にすることで、皆が抱く未来への不安を取り除くとしていて、ここでは、2002年に起きたペンシルバニア州ケイクリーク鉱山事故で、坑内に閉じ込められた作業員らの生きる望みを繋いだ男性のケーススタディが出てきますが('10年のチリの鉱山で落盤事故で33人が奇跡の生還を遂げた出来事を彷彿させる)、これも凄く説得力があります。

 そのケーススタディを通して言えることは、優れたリーダーとは、「部下達に共通する不安を取り除いて」今とれる行動は何かを明らかにすることで「未来を描く」ことができる人であるということです。不安は将来が不明確であることから生じるものであり、そのために、人々が一番明確さを求めているのはどこかを探ることが、リーダーの最初の役割ということになります。

 優れたマネジャーが「部下一人ひとりの個性」に注目するのに対し、優れたリーダーは「部下達に共通する不安」に注目する、優れたマネジャーは、個人の特色を発見し活用するのに対し、優れたリーダーは、将来の不安を取り除いてより良い未来に向けて皆を一致団結させる、優れたマネジャーは会社の指示や業績よりも「人間」そのものに関心があり、一方、優れたリーダーは「未来」志向であり、現実を冷静に見極めながらも、その未来に対しては楽観的な姿勢を失わない―こうした対比が(図表など一枚も用いていないが)スンナリ飲み込める内容となっています。

 著者自身は、リーダー「素質」論者のようですが、一方で、生まれつきのリーダーはいないという考えで(本書では遺伝学や脳科学的な考察もあって、これもトンデモ本にあるようないい加減なものではなく、知的関心をそそられるもの)、より良きリーダーとなるには、情熱的でも魅力的でなくてもいい、弁舌に長けてなくてもいい、ではより良きリーダーとなるにはどのようなことに関心を払い努力すればよいのかということについても書かれています。

 マネジャー論、リーダーシップ論として纏まっており、啓蒙書としても上質、且つ面白く読める本だと思います。

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ジョブズの多面性をそのままに描く。こんな劇的な話があっていいのかと思うくらい面白かった。

スティーブ・ジョブズ 偶像復活.jpgスティーブ・ジョブズ 偶像復活2.bmp スティーブ・ジョブズ 1977.jpg Steve Jobs.jpg S. Jobs
スティーブ・ジョブズ-偶像復活』['05年/東洋経済新報社] AppleⅡを発表するスティーブ・ジョブズ(1977)本書より

ウォルター・アイザックソン スティーブ・ジョブズ.jpg アップル創業者スティーブ・ジョブズ(1955-2011/享年56)の半生記であり、ジョブズの伝記はこれまでも多く刊行されていますが、昨年['11年]10月にジョブズが亡くなったことで、ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ(上・下)』('11年10月/講談社)をはじめ、多くのジョブズ関連本がベストセラーにランクインすることとなりました。

 アイザックソン版は絶妙のタイミングでの邦訳刊行でしたが、取材嫌いのスティーブ・ジョブズが唯一全面協力した「本人公認の決定版評伝」とのことで、スティーブ・ジョブズという人の評伝を読むに際し、彼のキャラクターからみて果たしてそのことがいいのかどうか。上下巻に渡る長さということもあり、翻訳の方もかなり急ぎ足だったことが窺えるようで、同じ井口耕一氏の翻訳によるものですが、本書の方を読むことにしました。

 本書は、原著も'05年刊行であり、ジョブズの生い立ちから始まって、一度はアップルを去った彼が倒産寸前のアップルに復帰し、iPod等で成功を収めるまでが描かれていますが、翻訳はこなれていて読み易く、ジョブズの歩んできた道が成功―挫折―復活の繰り返しであったこともあって、とにかく内容そのものが波瀾万丈、こんな劇的な話があっていいのかというくらい面白かったです。

ジョブズ nhk.bmp 個人的には、ちょうどNHKスペシャルで「世界を変えた男 スティーブ・ジョブズ」('11年12月24日放送)を見たところでしたが、それと照らしても、偏りの少ない伝記と言えるのではないでしょうか。元々が毀誉褒貶の激しいジョブズですが、そのスゴイ面、人を強烈に引きつける面と、ヒドイ面、友人や上司にはしたくないなあと思わせる面の両方が書かれていて、それでいて、ジョブズに対する畏敬と愛着が感じられました。

 単巻ながらも約500ページの大著ですが、アップル創業時代を描いた第1部(21歳でアップルを創業し、僅か4年で「フォーチュン500」に名を連ねる企業にするも、経営予測を誤り'85年に同社を追われる)、追放時代を描いた第2部(NeXT社を設立する一方、ルーカス・フィルムの子会社を買収して設立したピクサーで成功を収め、表舞台に復帰する)、アップル復帰以降の第3部(13年ぶりにアップルに復帰するやiMac('98年)をヒットさせ、更にiPod('01年)、iTunesなどのヒットをも飛ばす)とバランスよく配分されています。

「マッキントッシュ」新発売コマーシャルと発表するジョブズ(1983)
steve jobs 1983.jpg アップルの共同創業者や自らが引き抜いた経営陣との確執のほかに、同年代のライバルであるビル・ゲイツとの出会いや彼との交渉、Windowsの牙城を切り崩そうするジョブズの攻勢なども描かれていますが、ピクサーでの仕事におけるディズニー・アイズナー会長との様々な権利を巡るビジネス面での交渉が特に詳しく描かれており、アメリカのコンピュータ業界の内幕を描いた本であると同時に、映画ビジネス界を内側から描いたドキュメントにもなっています。
   
Luxo Jr.(1986)
Luxo Jr.jpg NHKスペシャルの「世界を変えた男 スティーブ・ジョブズ」を見て、彼の人生には幾つかの印象的な場面が印象的な映像と共にあったように思われ、とりわけ、'84年のマッキントッシュ発売の際のジョージ・オーエルの『1984』をモチーフとしたコマーシャル(CM監督は「ブレードランナー」('82年)のリドリー・スコット)や、'86年のCGの可能性を如実に示した"電気ランプ"の親子が主人公の短篇映画「ルクソーJr.」(Luxo Jr.)、'95年の「世界初のフル3DCGによる長編アニメーション映画「トイ・ストーリー」などが個人的には脳裡に残りました。

「トイ・ストーリー」(1995)
トイ・ストーリー1.jpg 「トイ・ストーリー」以外は番組で初めて見ましたが、そうした映像のイメージもあって本書を比較的身近に感じながら読むことができ、「トイ・ストーリー」も、初めて観た時はCGが進化したなあと思っただけでしたが、ジョブズが買収も含め個人資産を10数年も注ぎこむも全く利益を生まなかったピクサーが、土壇場で放った"大逆転ホームラン"だったと思うと、また違った感慨も湧きます(この作品だけでも公開までの4年間の投資額は5千万ドルに及び、「こんなに金がかかるなら投資しなかった」とジョブズは語っているが、本作のヒットでピクサー株は高騰し、結果的にジョブスの資産は4億ドル増えた)。

 そもそも、ジョブズのアップル復帰そのものが、次世代マッキントッシュの開発に失敗したジョブズ無き後のアップルが、次世代OSを求め、その開発に当たっていたNeXT社を買収、それに伴いジョブズの非常勤顧問という形でのアップル復帰が決まったわけで、それを機にジョブズは経営の実権を握るべくポリティックな画策をするわけですが、この「トイ・ストーリー」のヒットが、ジョブズの立場を押し上げ強固なものとする追い風になったのは確かでしょう。

 「トイ・ストーリー」に続くピクサー作品も、興行記録を次々塗り変えるヒットで、その生み出す利益があまりに膨大であるため、本書にあるようなディズニー・アイズナー会長との確執ということに繋がっていったのでしょうが、その後アイズナーの方は会長職を追われ、ジョブズはピクサーをディズニーに売却すると共に、ディズニーの筆頭株主に収まるという決着となっています。

iMacを発表するジョブズ(1998)
iMac 1998.jpg 人々を惹き付ける素晴らしいプレゼンテーションをする一方で、傲慢な人柄で平気で人を傷つけ、また、類まれなイノベーターとして製品のデザインや性能への完璧主義的なこだわりを持つ一方で、相手の弱みに付け込む政治的画策も厭わない冷酷な経営者という一面も持つ―こうしたジョブズの多面性が、本書では充分に描かれているように思いました。

 彼の次の視野には、マイクロソフトからコンピュータ業界の覇権を奪回すべく、Windows及びOfficeに匹敵するようなOSやアプリの開発があることが本書では示唆されていますが、実際に彼が'07年1月のMacworld 初日の基調講演で発表した新製品は、次世代携帯端末のiPhoneだった―徹底した秘密主義というのもあるかと思いますが、ほんの1年か2年後にどんな(しかもメガヒットとなる)製品を出すのか、誰も予測がつかなかったということなのでしょうか。

トイ・ストーリー17.jpgトイ・ストーリー dvd.jpg「トイ・ストーリー」●原題:TOY STORY●制作年:1995年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ラセター●製作:ラルフ・グッジェンハイム/ボニー・アーノルドズ●脚本:ジョス・ウィードン/アンドリュー・スタントン/ジョエル・コーエン/アレック・ソコロウ●撮影:スティーヴン・H・ブラム●音楽:ランディ・ニューマン●時間:81分●出演:トム・ハンクス/ティム・アレン/ドン・リックルズ/ジョン・モリス/ウォーレス・ショーン/ジョン・ラッツェンバーガー/ジム・バーニー●日本公開:1996/03●配給/ブエナ ビスタ インターナショナル ジャパン(評価★★★☆)
トイ・ストーリー [DVD]

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「●マネジメント」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ウォレン・ベニス)

『リーダーシップの王道』の最新版。"原著"の中ではかなり読み易い方。

ウォレン・ベニス 本物のリーダーとは何か.jpg  ウォーレン・ベニス.jpg  リーダーシップの王道.jpg
Warren Bennis 『リーダーシップの王道』['87年]
本物のリーダーとは何か』['11年]

 リーダーシップ論を語るに際して必ずその名が挙がるウォレン・ベニス(Warren Bennis)とバート・ナナス(Bart Nanus)ですが、本書は、1985年に原著が刊行された"Leaders"(邦訳『リーダーシップの王道』('87年/新潮社))の'07年改定版の翻訳で、本書以前に'95年に第2版、'03年にペーパーバック版が刊行されていますが、旧著を何度かブラッシュアップし、時代に適合させている点は、ピーター・ドラッカーなどと"やり方"が似ているかも(但し、ドラッカーがリーダーシップを単独テーマとして取り扱うようになったのは、かなり後の方だが)。

リーダー.jpg 本書の前半部においては、「リーダーであるかどうかは生まれつきの資質による」というリーダーシップに関する従来の「誤解」を解くとともに、優れたリーダーが組織を導くための戦略として、
 戦略Ⅰ:人を引きつけるビジョンを描く、
 戦略Ⅱ:あらゆる方法で「意味」を伝える、
 戦略Ⅲ:「ポジショニング」で信頼を勝ち取る、
 戦略Ⅳ:自己を創造的に活かす、
 の4つを挙げています。
 この4項目が彼らのリーダーシップ観の核であり、本書の後半部は、この4項目に各1章を割いて解説するものとなっています。

 「ビジョンなき組織に未来はない」というのはその通りだと思いますが、特徴的だと思われる点は、リーダーはビジョンを描くだけではなく、組織のメンバーがビジョンを理解し、参加し、自分のものとしてもらうために、組織の「社会構造」を設計しなければならないとしている点で、社会構造の形態としては3つあり、合理的組織、個人的組織、形式的組織があるとしています。
 リーダーは、組織全体が自分のビジョンを受け入れサポートするよう、組織の社会構造を管理し、必要に応じて変えることができなければならないということであり、これが、あらゆる方法で「意味」を伝えるということに当たります。

 その際に重要なのが、組織の「ポジショニング」を明確にするということであり、組織を取り巻く環境の中で組織が生き残っていくのに最適な場所を確立しなければならないとのことですが、環境とは常に変化するものであり、その変化に対応するための、選択可能な戦略と実際的な方法をも示しています。

 4つ目の「自己を創造的に活かす」の部分は、組織の学習能力の向上に主眼を置いて説かれており、学習する組織を作るためのポイントを、「オープン」と「参加」という2つのキーワードで解説しています。

 最後に、リーダーシップに関する5つの神話が示され、「リーダーシップは、一握りの人にしかない技術である」といった「神話」を再度否定していますが、本書は、こうした旧来のリーダーシップ観のパラダイム変革を促しただけでなく、ジョン・コッターの「変革のリーダーシップ」論やピーター・センゲの「学習する組織」論の先駆け的要素をも含んでいます。

 また、マネジメントとリーダーシップの違いを明確にした点でも、ジョン・コッターなどに与えた影響は大きいかと思われますが、一方で、ヘンリー・ミンツバーグなどからは、まさにその点を批判されています

 このように、リーダーシップ論は、ドラッカーならドラッカーだけを読んでいればいいといいうものではないでしょう。また、理論をそのまま適用するのではなく、基本的エッセンスを応用の足がかりとすることが肝要なのでしょう。

 できれば多くの先人達が自ら著した本を読むことが、環境の変化に対応可能な、自分なりの「基本」を持つことができるようになる近道ではと思います。そうした意味では、本著は"原著"の中ではかなり読み易い(元々の英語版も読みやすい方だと思うが、改版を重ねる内に翻訳の方も更に読み易くなった?)方だと思います。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ヘンリー・ミンツバーグ)

マネジャーの仕事ぶりの観察研究からマネジャーの実像を探った、啓発される要素の多い本。

『マネジャーの実像.jpg
    
マネジャーの実像.jpg  ヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg).jpg Mintzberg, H. マネジャーの仕事.jpg
マネジャーの実像 「管理職」はなぜ仕事に追われているのか』(2011/01 日経BP社)『マネジャーの仕事』('93年/白桃書房)

Managing by Henry Mintzberg
Managing Henry Mintzberg .jpg  ヘンリー・ミンツバーグ(Mintzberg, H.)の"Managing"(2009)の訳書で、ミンツバーグには『マネジャーの仕事("The nature of managerial work"、1973)』('93年/白桃書房)という名著がありますが、前著は、5人の企業経営者に密着してその仕事ぶりを1週間観察研究することで、マネジャーの仕事の在り方を考察したものでした。36年ぶりに書き改められた今回のこの本では、29人のマネジャーの仕事ぶりを29日間観察研究し、そこからより深くマネジャーの実態を探っています。

 400ページを超える大著ですが、マネジメントに関心を持つすべての人に向けて書かれたものであり、マネジメントとは何か、マネジャーは日常どう行動し、それはどのような意味を持つかが分かり易く説かれているため、今現在マネジャー職に就いている人が自分の普段の行動や役割を振り返るうえで参考になるだけでなく、マネジャーと一緒に仕事をしている人、マネジャーの選考や評価、育成に携わる人にとっても、啓発される要素の多い本であると思います。

 前著『マネジャーの仕事』では、マネジャーの仕事を、過酷なペース、頻繁な中断、書面以外のコミュニケーションの多さ、行動志向の強さなど、「マネジャーの仕事の特徴」面からと、看板役、障害処理役など、「マネジャーの仕事の基本的役割」面という2つの視点から論じていましたが、本書でマネジャーの仕事の特徴面を分析している箇所は、基本的に前著に準拠しています(つまり、マネジャーが仕事に追われている状況は、現在も当時と何ら変わっておらず、むしろ強化されていると)。

 一方、マネジメントという仕事の内容(マネジャーの役割)については、「情報」「人間」「行動」という3つの次元でその仕事をとらえるモデルを提唱するとともに、29人のマネジャーの仕事ぶりを観察研究することから得られた、マネジャーが取る「基本姿勢」の類型(例えば、業務の円滑な進行を重視する姿勢、ミドルマネジメント層の枠内でマネジメントを行う姿勢、組織を外部環境と結びつける姿勢など)を示しています。

 更に、マネジメントに際して陥る、上っ面症候群、現場との関わりの難題、権限委譲の板挟みなどの避けて通れないジさまざまなジレンマを31項目にわたって論じたうえで、「有効なマネジメントとは何か」というテーマに挑み、マネジャーとして成功する人とは、MBA教育やリーダーシップ礼讃論に毒されているナルシストではなく、経験と常識を備えた「普通の人物」であり、マネジャーには飛び抜けた才能よりも、常識的に、そして明晰にものを考えられる頭脳が必要なのかもしれないと結論づけています。

 著者によれば、マネジメントとは、決して解決しないパラドックスと矛盾とミステリーに向き合う仕事であり、本書は、マネジメントに関する既存の常識を補強するために書かれた本ではなく、マネジメントについての新しい見方を世に問い、みんなで考えるように背中を押すことを目的としたものであるとのことです。

 本書では、リーダーシップをマネジメントの一つの要素として位置づけていて、ウォーレン・ベニスやジョン・コッターのようなMBAを席捲したリーダーシップ理論とは異なる立場をとっており、ドラッガーすら批判の対象となっています。

 そうしたリーダーシップ論への関心から本書を手にするのもいいし、サブタイトルにある「管理職」はなぜ仕事に追われているのかという素朴な疑問から読み始めても、随所で頷かされることの多い本ではないかと思います。

マネジャーの仕事.jpg【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
 

  
《●『マネジャーの実像』要約pp》
マネジャーの実像s1.pngマネジャーの実像s2.pngマネジャーの実像s3.pngマネジャーの実像s4.pngマネジャーの実像s5.png

《読書MEMO》
●リーダーは、マネジメントを他人まかせにしてはいけない。マネジャーとリーダーを区別するのではなく、マネジャーはリーダーでもあり、リーダーはマネジャーでもあるべきなのだと、理解する必要がある(13p)
●私たちがリーダーシップにこだわればこだわるほど、好ましいリーダーシップの実例が減っていくように見える(13p)
●マネジメントはサイエンスでもなければ専門技術でない。マネジメントは実践の行為であり、主として経験を通じて習得される(14p)
●マネジメントとは「いまいましいことが次々と降りかかる仕事なのだ(30p)
●マネジメントの現場では、重要な仕事とありきたりの雑務が不規則に混ざり合っているように見える。そのためマネジャーには、頻繁に、しかも素早く気持ちを切り替えることが求められる(32p)
●マネジャーは経済学で言う「機会損失」を恐れているようだ。ほかの仕事を放置して一つの仕事に専念すると、好ましい結果を得そこなうのではないかという不安に駆られているのだ(35p)
●マネジャーは、電話や会議や電子メールを終えて「仕事に戻る」のではない。こうしたコミュニケーションこそがマネジャーの仕事なのだ(40p)
●マネジャーは指揮者でもなければ、マリオネットでもない。状況をすべてコントロールできるわけではないが、まったくコントロールできないわけではない(49p)
●インターネットはマネジャーの仕事の性格を根本から変えるのではなく、この仕事に以前から見られる傾向を強化している(インターネットの影響でマネジャーはますます仕事に追われるようになった)(60p)。
●マネジャーにとって重要なのは、コントロールすることではなく、コントロールすることばかりを考えないようにすることだ(86p)
●《マネジャーの失敗のパターン》ザル型マネジャー(あまりにやすやすと外部の影響を組織内に流れ込ませる)、ダム型マネジャー(外部から影響を受けることを自分のところでとどめすぎる)、スポンジ型マネジャー(重圧をほとんど自分自身で受け止める)、ホース型マネジャー(ホースで水をまき散らすように、外部の人たちに強力な圧力をかける)、水滴型マネジャー(外部に対して、水がポタポタ落ちる程度にしか圧力をかけられない)
●バランスのとれたマネジメントは、そのときどきに直面する課題に合わせて、さまざまな役割の比重を絶えず変化させることによって実現する(146p

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ジェフリー・フェファー)

「人材を活かす企業」になるための条件を示す。いま日本で注目されるのは、ある意味、皮肉?

人材を生かす企業.jpg人材を活かす企業―「人材」と「利益」の方程式.jpg   ジェフリー・フェファー  『隠れた人材価値』.jpg ジェフリー・フェッファー(Jeffrey Pfeffer).jpg Jeffrey Pfeffer
人材を生かす企業―経営者はなぜ社員を大事にしないのか? (トッパンのビジネス経営書シリーズ (21))』『人材を活かす企業―「人材」と「利益」の方程式』 『隠れた人材価値―高業績を続ける組織の秘密 (Harvard Business School Press)

 本書は、1998年に米国で刊行され、同年に日本でも翻訳刊行された『人材を生かす企業―経営者はなぜ社員を大事にしないのか?』(トッパン)の12年ぶりの復刊本であり、原著は、MBAプログラムのコアカリキュラムと選択科目の両方で学ばれる古典的な名著です。
 著者のジェフリー・フェファー米スタンフォード大学教授は、同じスタンフォード大のチャールズ・オライリー教授との共著『隠れた人材価値―高業績を続ける組織の秘密』('02年/翔泳社Harvard Business School Pressシリーズ)などの名著もある人です。

 そのフェファー教授は、本書において、人員削減によるコスト削減を批判し、優れた人材管理能力(人材の活用と育成が図られる企業のしくみ)に基づいた収益向上こそが重視されるべきであると主張しています。

人材を活かす企業1.jpg 今でこそ、人材価値に重きをおくことは、人材マネジメントの不変的トレンドとしてずっとあったかのように思われていますが、著者によれば、また、監修者の守島基博・一橋大学教授もあとがきで書いていますが、本書刊行当時の米国では、人材重視の経営は珍しいことであり、多くの企業は、従業員の存在を無視して、競争に勝つための戦略にばかり気をとられていたとのことです。

 その結果、事業の売買やダウンサイジング(規模縮小)が横行し、派遣社員やアルバイトなどの臨時雇用が急増して、社内の結束力が弱体化したとしています(参照しているのは主に80年代から90年代にかけての米国の企業事例だが、まるで2000年代の日本のことのように読める)。

 一方で、第2章では、人材重視の施策をとった一部の企業の成功事例を、業種別に引いています(その中には日本企業も含まれている)。
 更に、第3章では、「人材を活かす企業」になるための7つの条件として、①雇用の保証、②採用の徹底、③自己管理チームと権限の委譲、④高い成功報酬、⑤幅広い教育、⑥格差の縮小、⑦業績情報の共有を挙げていますが、何よりも、生産性を上げるためには雇用の保障が大切であるとしているのが目を引き、更に、社員教育の重要性を説いているのが印象に残りました。

 人材マネジメント全般を扱った本ですが、畳みかけるように豊富な事例を繰り出す一方で(こうした事例を多く読むことも啓発効果に繋がるかも)、章ごとに論旨が分かりやすく結論づけられていますし、例えば、第6章のでは、安易なダウンサイジングを批判しながらも、どうしてもリストラをしなければならない場合の望ましい方法について述べるなど、現実対応にも触れています。

 賃金制度の立案・運用に携わっている人事担当者などは、第7章の「給与問題へのアプローチ」から重点的に読んでみる読み方もあるのではないでしょうか。上記「人材を活かす企業」の7つの条件の「④高い成功報酬」とは異なる観点から、個人対象の業績給(成果に基づく変動給)の問題点を厳しく指摘しています(チームワークや信頼を損ない、社員が報酬を争って敵対すると)。

 守島氏があとがきで書いているように、この本が出た1998年当時まで、日本の多くの企業は、本書で著者が提唱する「人材を活かす企業」であり、それまで人材は、企業のなかで貴重な資源として、尊重され、育成され、ある程度の長期雇用を保証されてきた―それが、バブル崩壊以降、多くの日本企業は、短期的な雇用関係に移行しつつあった米国をモデルとして追従してしまった―という見方も成り立ち、本書から多くの示唆が得られるというのは、ある意味まさに皮肉であるように思います。

 日本企業も、「人材軽視」が当たり前になってしまったとは思いたくありませんが、本書の論旨が、「普通のこと」(=人材軽視の経営)をしていてはダメだという論調になっているのが興味深かったです。
 欧米には、「ベストプラクティス・アプローチ」の理論が伝統的に根強くあり、いま現在もそれを指向していて、日本企業もグローバル・スタンダードの潮流の中で、それに巻き込まれようとしているという見方もできるのではないでしょうか。

 この辺りに興味を持たれた読者には、須田敏子・青山学院大学教授の『戦略人事論―競争優位の人材マネジメント』('10年/日本経済新聞出版社)へ読み進まれることをお勧めします。 

 欧米における戦略人事の2大潮流であるベストプラクティス・アプローチとベストフィット・・アプローチをベースに置きながら、企業における人材マネジメントの形成・定着・変化のメカニズムを知るための包括的戦略人事のフレームワークを提示するとともに、日本型人材マネジメントの変化のメカニズムの分析を通して、日本型人材マネジメントの今後の課題を浮き彫りにした力作ですが、実はこの本では「フェファー理論」は差別化モデル(ベストフィット・モデル)ではなくハイ・パフォーマンス・モデル(ベストプラクティス・モデル)の一環として位置づけられています。

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「●マネジメント」の インデックッスへ○経営思想家トップ50 ランクイン(ダニエル・ピンク)

要するに「内発的動機づけ」理論。読みやすいが、ほとんど新味が感じられない。プレゼン上手。

モチベーション3.0 .jpgダニエル・ピンク(Daniel Pink).jpg
モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』(2010/07 講談社)
ダニエル・ピンク(Daniel Pink)著述家、ジャーナリスト、スピーチライター。 Daniel Pink in 「TED」(日本語訳)

 タイトルから、新しいモチベーション論を展開している本かと思う人も多いのではないかと思いますが、そうではなく、これまでの動機づけ理論の流れを分かり易くまとめた1冊といった方が適切でしょう(読み易いことは読み易い)。

モチベーション3.0 週刊東洋経済.jpg 人を動かす力、つまりモチベーションを、コンピュータを動かす基本ソフト(OS)に喩え、〈モチベーション1・0〉が、生存(サバイバル)を目的としていた人類最初のOSだったのに対し、〈モチベーション2・0〉は、アメとムチ(信賞必罰)に基づく、与えられた動機づけによるOSであるとしています。
 そして、その〈モチベーション2・0〉は、ルーチンワーク中心の時代には有効だったものの、今日では機能不全に陥っているとしています。
from「週刊東洋経済」

 では、〈モチベーション3・0〉とは何かというと、それは、自分の内面から湧き出る「やる気」に基づくOSであり、活気ある社会や組織をつくるのは、この新しい「やる気=ドライブ」であるとしています(本書の原題は"Drive")。

 アメとムチによる〈モチベーション2・0〉がうまくいかない理由を、心理学の実験による検証例によって解説し、賞罰制度の問題点を指摘する一方、「内発的動機づけ」による"新しい"モチベーション論を展開していて、「全米大ベストセラー」の書とのことですが、6年前に日本でベストセラーになった、高橋伸夫氏の『虚妄の成果主義』(日経BP社)に書かれていたことと、成果主義に対する批判的検証の手法も含め、論旨はほぼ同じであるように思えました。

 「内発的動機づけ」理論は、高橋氏のあの本によって日本のビジネス界でも広く知られるところとなり、ある種の心理主義に過ぎないのはないかという批判もあった一方で、その後も、太田肇氏による「承認欲求論」や、キャリア発達論とリンクさせた「自律的人材論」として、より実務に近いかたちで理論的に深耕されてきたように思います。

 そうした中で本書を読んでも、それほど"新しさ"を覚えないのは当然であり(本書を読んで「目から鱗が落ちた」と今さら言う方が問題)、むしろ、行動心理学などの分野の多くの先達たちが唱えたことが分りやすく解説されているので、原点に立ち返る意味での復習と自己啓発にはいいかもしれません。

 事例紹介も豊富で、ベストバイの元役員が編み出したROWEという、仕事の成果さえあげればどこでいつ何をやろうが構わないという仕事のスタイルを、あるシステム会社で導入したところ、効率が大幅に向上し、しかもこの環境に慣れた人は年収が上乗せされても転職しない傾向が強いとか、アトラシアンというシステム会社では3カ月に一度「Fedex Day」というのを設けていて、これは「24時間、好きなことをしていいが、その成果を必ず上げること」というものですが、このFedex Dayから売れ筋商品が生まれることもしばしばだといった事例は、確かに、先進事例として分りやすいことは分かりやすいです。でも、どこかで読んだことがあるようなものばかりと言えなくもありません

Daniel Pink in TED.jpg また、〈モチベーション3・0〉の3つの要素として、「自律性」「マスタリー(熟達)」「目的」を挙げていますが、やりがいのある仕事を自律性のもとですることができて、さらにそのことによってスキルの向上が図れるのであれば、当然のことながら「やる気」は持続するであろうし、それが自らの人生の目的と合致するのであれば、なおさらのことであるという、言わば、当たり前のことを言っているに過ぎないともとれます。

 帯に、「時代遅れの成果主義型ver.2.0は創造性を破壊する」「停滞を打破する新発想!」とあり、この点での"新味"は感じられなかったものの、同じく帯に、「あなたは、まだver.2.0のままです」ともあり、頭ではわかっていても、実際にはまだ「信賞必罰」的な(マクレガーの「Ⅹ理論」的な)考え方に捉われがちな経営者やマネジメント層に向けた、"自己啓発本"とみていいでしょう(結局のところ、それほど悪い本ではないが、もの足りないといったところか)。

 訳者は大前研一氏(の名前になっている)。マネジメント誌などで取り上げられ、人事専門誌などでも、この「3.0」という考え方に沿った連載などもありましたが、流行ること自体は別に構わないと思うけれど...。

 ダニエル・ピンクは、2011年の「Thinkers50-経営思想家ベスト50」にランクイン(29位)。最近、自己啓発家色を強めているけれど、この人の代表作はやはり、米国クリントン政権下で労働長官の補佐官、ゴア副大統領の首席スピーチライターを務めた後、ホワイトハウスを出て1年間にわたり全米をヒアリング調査して纏めた現代社会論(同時に未来社会論でもある)『フリーエージェント社会の到来』('02年/ダイヤモンド社)でしょう(実務者が自己啓発家に転じる例は日本でも見られるが...)。

モチベーション3.0文庫.jpgモチベーション3.0 文庫.jpg【2015年文庫化[講談社+α文庫]】

   


モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか (講談社+α文庫)


【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント) 

「●社会問題・記録・ルポ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【998】 堤 未果 『ルポ貧困大国アメリカ
○経営思想家トップ50 ランクイン(アル・ゴア)

"プレゼン"上手。危機が今一つ実感できない人には(誇張表現に留意しながらも)「見て」欲しい本。
不都合な真実.jpg   アル・ゴア.jpg Al Gore
不都合な真実』['07年] 『不都合な真実 (実業之日本社文庫)』['17年]『不都合な真実2』['17年]

 地球温暖化問題を提起した同名映画"An Inconvenient Truth"('06年)で紹介された映像やデータをもとに出版された本で、衛星写真を含む多くのカラー写真と斬新な切り口やレイアウトの図説は、この問題の深刻さをわかり易く短時間で見る者に伝えるものとなっています(本を読むというより、プレゼンテーション・スライドを見ているような感じ)。

パイプライン.jpg 例えばこの問題で、湖水面積が激減したチャド湖のことなどはよく引き合いにされますが、本書では、衛星写真でのチャド湖の10年刻みの変化を見せるなど、「対比」の手法を効果的に用いていて、"プレゼン上手"という印象を受けました。
 ロシアなどは、永久凍土が溶けて豊富な地下資源が入手しやすくなると喜んでいる人間が一部にいる、といった話を聞いたことがありますが、永久凍土が溶けて建物が崩れたり道路がぬかるみ化している写真を見ると、温暖化問題で得する国は(少なくとも国レベルでは)どこも無いように思えます(アラスカなどではパイプラインを支える支柱の陥没し、パイプに破損被害が生じているらしいが、ロシアも同じ状況だろう)。

An inconvenience truth.jpg 国内政治的な意図を含んだ本であり、人為的な気候変動のリスクに対する評価を行っている政府間機関(ICCP)の見解を容れながらも、映画同様、元大統領候補のゴア氏が前面に登場し、京都議定書を批准しないブッシュ政権を批判しています。

 最終的には政策提言にまで持っていくことが望ましく、その意図を否定はしませんが、映画でもなされた「グリーンランドの氷床が近いうちに全て溶け、海面位が7m上昇する」などといった記述は、映画の段階で既に英国高等法院が「科学的な常識から逸脱している」と指摘していて、ICCPの見解を超えた誇張表現が、映画にも本書にも少なからずある模様(英国高等法院は映画の「9つの誤謬」を指摘している)、本書が米国中心で書かれていることと併せて気になる点ではあります。

 ただ、個人的には、「見せ方」の旨さに感服させられた本でもあり、ビジュアル化するとややこしい話もこんなにすっと解るものかと感じ入った次第。
 そこが本書の危うい点でもあるかも知れませんが、英高等法院が注意を促したような部分はあるにしても、地球温暖化の危機が今一つぴんと来ない人には是非「見て」欲しい本です。

【2017年文庫化[実業之日本社文庫]】

《読書MEMO》
●英高等法院が注意を促した映画「不都合な真実」の9つの誤謬
(1) 西南極とグリーンランドの氷床が融解することにより、"近い将来"海水準が最大20フィート上昇する。
 《英高等法院判決》 これは明らかに人騒がせである。グリーンランド氷床が融解すれば、これに相当する量の水が放出されるが、それは1000年以上先のことである。
(2) 南太平洋にある標高の低いさんご島は、人為的な温暖化によって浸水しつつある。
 《英高等法院判決》 その証拠はない。
(3) 地球温暖化が海洋コンベアを停止させる。
 《英高等法院判決》 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によれば、混合循環として知られるこの海洋コンベアは、鈍化することはあっても、将来停止することは可能性はかなり低い。
(4) 過去65万年間の二酸化炭素(濃度)の上昇と気温上昇の2つが正確に一致している。
 《英高等法院判決》 この関係性については、確かにおよその科学的合意が得られているが確立されたものではない。
(5) キリマンジャロ山の雪が消失していることには、地球温暖化が明確に関連している。
 《英高等法院判決》 キリマンジャロ山の雪の減少が主として人為的な気候変動に起因するとは確立されていない。
(6) チャド湖が乾上ったという現象は、地球温暖化が環境を破壊する一番の証拠。
 《英高等法院判決》 この現象が地球温暖化に起因すると確立するには不十分。それ以外の要因、人口増加、局地的な気候の多様性なども考慮すべき。
(7) 多発するハリケーンは地球温暖化が原因である。
 《英高等法院判決》 そう示すには証拠が不十分である
(8) 氷を探して泳いだためにホッキョクグマが溺死した。
 《英高等法院判決》 学術研究では「嵐」のために溺れ死んだ4匹のホッキョクグマが最近発見されたことのみが知られている。
(9) 世界中のサンゴ礁が地球温暖化やほかの要因によって白化しつつある。
 《英高等法院判決》 IPCCのレポートでは、サンゴ礁は適応できる可能性もある。

「●マネジメント」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1892】 D・マグレガー 『新版 企業の人間的側面
「●ピーター・ドラッカー」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ピーター・ドラッカー)

CSR、バランスト・スコアカード、職務主義と役割主義の差異などの考え方もすでに。

現代の経営〈〔正篇〕〉.jpg 現代の経営〈続篇〉.jpg  ドラッカー名著集2.jpg ドラッカー名著集3.jpg  『ドラッカー名著集2 現代の経営[上]名著集3 現代の経営[下]
現代の経営〈〔正篇〕〉事業と経営者 (1956年)』『現代の経営〈続篇〉組織と人間 (1956年)

ドラッカー 現代の経営  上.jpg 1954年に発表されたP・F・ドラッカー44歳のときの著作で、"三大古典"と呼ばれるものの中でも最も有名な本。ただし、ドラッカーは存命中、何度も自著を改稿していて、今回「名著集」として出された本書も、その前の'96年版からさらに改訳されているとのこと。

 ドラッカーの著書は、アメリカ国内でも海外でも名言集のようなものが一番売れているそうですが、「成長可能な資源は人的資源だけである」(第2章)、「企業の目的は顧客の創造である」「企業には2つの基本的機能が存在する。すなわち、マーケティングとイノベーションである」(第5章)、「事業は何かを決めるのは、生産者ではなく顧客である」(第6章)、などとあるように、彼の著名な言葉の多くは本書に含まれていて、そうした言葉がどういった章で、どういった流れで使われているのか当たってみるのもいいかも。

『現代の経営』(1956/05 自由国民社)

 また、会社は誰のものかということが昨今問われていますが、この問いに対するドラッカーの答えは社会のものであるということであり、社会のための機関として富の増殖機能を伸ばしていくことがマネジメントの責任であるという前提に立っています。
 従って、「事業の目標」(第7章)には、マーケティング、イノベーション、生産性、資金と資源、利益、マネジメント能力、人的資源、社会的責任(今でいうCSR)の8つがあり(最後3つが含まれている点がポイント)、これらについてそれぞれに目標設定をすることの必要を説き、バランスト・スコアカードに相当するものの出現をすでに予言しています(第7章)。

 話を核心部分に持っていくプロセスが巧みで、ポイントとなるフェーズでは、最初に企業事例を持ってきたり、歴史的事実や故事を紹介したりし、例えば、「自己管理による目標管理」(第11章)では、マネジメントのセミナーでよく取り上げられる次のような話が紹介されています。
 それは、何をしているのかを聞かれた3人の石工のうち、1人は「これで食べている」と答え、1人は「国で一番の仕事をしている」と答え、1人は「教会を建てている」と答えたというもの。
 ドラッカーは、第3の男をあるべき姿、第1の男を報酬に見合った仕事をする者としつつ、第2の男、つまり職人気質の男をどう扱うかを問題視し、そこから経営管理者の役割や陥りやすい誤りを指摘し、さらに何を目標とすべきか、マネジメントと目標管理のあるべき関係、自己管理によるマネジメントの変革を説いています。

現代の経営 続編.jpg 本書では後半かなりの紙数を「人と組織のマネジメント」に割いていて、ここでは旧来の人事管理論を批判し、人間関係論(マグレガー)や科学的管理法(テーラー)の限界を指摘していて、具体的に人事部の在り方も批判していますが、こうした批判は皮肉にも今読んでも古さを感じさせん。
 彼はここで先行理論や手法を全否定しているのではなく、それ以前において、人の仕事を組織化すること(仕事を要素動作に分解するのではなく1つの全体に統合すること)が重要であるのだと説き、さらに、仕事にある程度の挑戦の要素を入れるようにすべきだと唱えていますが、このことは、人事マネジメントにおける職務主義と役割主義の考え方の差異にも当て嵌まる気がします。

 組織論に入る前に、1個人の仕事の組織化を説いているのは興味深いですが、さらに、人を組織するとはどういうことか、人員配置の重要性や動機付けの必要性を説き、仕事で責任を持たせるには、正しい配置を行うことのほかに、適正な目標水準設定、仕事情報の供与、マネジメント的視点を持たせることなどをポイントとして挙げています。

 書き出すとキリがありませんが、原題は"The Practice of Management"、実践しないと意味がないということでしょう。

 【1956年単行本[自由国民社(正篇『現代の経営-事業と経営者』、続篇『現代の経営-組織と人間』)]/1965年単行本[ダイヤモンド社・Executive books(上・下)]/1987年単行本[ダイヤモンド社(上・下)]/1996年単行本[ダイヤモンド社(『新訳 現代の経営(上・下)』-ドラッカー選書3・4)]/2005年単行本[ダイヤモンド社・ドラッカー名著集2・3]】

【2201】 ○ グローバルタスクフォース 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』 (2004/07 総合法令)
【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
【2790】○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)

《読書MEMO》
●章立て
序論 マネジメントの本質
第1章・マネジメントの役割、第2章・マネジメントの仕事、第3章・マネジメントの挑戦
第1部 事業のマネジメント
第4章・シアーズ物語、第5章・事業とは何か、第6章・われわれの事業は何か、第7章・事業の目標、第8章・明日を予期するための手法、第9章・生産の原理
第2部 経営管理者のマネジメント
第10章・フォード物語、第11章・自己管理による目標管理、第12章・経営管理者は何をなすべきか、第13章・組織の文化、第14 章・CEOと取締役会、第15章・経営管理者の育成
第3部 マネジメントの組織構造
第16章・組織の構造を選ぶ、第17章・組織の構造をつくる、第18章・小企業、大企業、成長企業、
第4部 人と仕事のマネジメント
第19章・IBM物語、第20章・人を雇うということ、第21章・人事管理は破綻したか、第22章・最高の仕事のための人間組織、第23章・最高の仕事への動機づけ、第24章・経済的次元の問題、第25章・現場管理者、第26章・専門職
第5部 経営管理者であることの意味
27章・優れた経営管理者の要件、28章・意思決定を行うこと、29章・明日の経営管理者
結論 マネジメントの責任

「●マネジメント」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【737】 加藤 仁 『社長の椅子が泣いている
○経営思想家トップ50 ランクイン(ジャック・ウェルチ)

人事マネジメントを重視。「人事」の仕事に携わる人にお薦め。

ウィニング勝利の経営.jpg 『ウィニング 勝利の経営』 日本経済新聞社 Winning.jpg "Winning: The Answers: Confronting 74 of the Toughest Questions in Business Today"
 『ジャック・ウェルチ わが経営』('01年/日本経済新聞社)を書いた後、もう本は書かないと言っていたウェルチですが、再婚した奥さんがハーバード・ビジネス・レヴュー誌の編集長だったせいか、奥さんのアシストでその後も本を出していて、自著の刊行は彼にとって「ナンバー1、ナンバー2」戦略に適ったものだったのかなあ、などと思ったりもして(本書刊行後も、世界中からいろいろな質問を受け、それらに答えるというQ&A方式の内容の本"Winning: The Answers"を出している)。

 企業経営においては「勝つことは最高」と言い切っていますが、勝たなければ社会貢献も何もないという考え方の根底にあるのはドラッカーでしょう。
 本書は、「勝つためには何をすればよいのか」ということについて経営全般にわたって述べていて、『わが経営』が後半、M&Aと社長レースの話に終始していたのに比べると、経営書としては纏まっている感じで、ボストンレッドソックスがワールドシリーズを制した話や、MRIの開発でGEが日立に遅れをとった理由など、比較的新しい話題や体験談もあり、また、キャリアをどう考えるべきかということについて述べていることもあって、身近な感覚で読めました。

 ビジョンとバリューの話が冒頭にあり、バリューを"行動規範"に近いものとして捉えていて、これらが経営戦略の話より前にきているのが印象的(「勝ちたいと思うのなら、戦略についてじっくり考えるより、その分、体を動かせ」とも)。
 以降、前半部分のほとんどは人事マネジメントの話で占められていて、「選別」することの重要性や人材採用、人事管理におけるポイント、人を辞めさせる際の留意点等について触れられています。

 多くの企業で「人事責任者」がCEOやCFOより格下の扱いを受けていることを憤っていて、後半の社内ベンチャーやM&Aといったテーマについても、常に人材マネジメントの観点から言及することを忘れておらず、「人事」の仕事に携わる人が最初に読む"ウェルチ本"としてはお薦めです(そうした前提で評価するならば星半分プラスして★★★★☆にしてもよいか)。

 リーダーに求められる4条件(Energy(エネルギーまたは情熱)、Energize(元気づける)、Edge(決断力)、Execute(実行力))についても再度触れられていますが、採用時においては最初の2つが必須条件であるとし(訓練で身につくものではないから)、それ以前に「率直に物を言うこと」の大切さを説いています。
 「和を以って尊しと為す」という日本的気質とは正反対で、初めてウェルチの本に触れる人にはなかなか刺激的かも。

【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

《読書MEMO》
●推薦の言葉
「新人からベテランまで、あらゆる人が使える、わかりやすくて網羅的なビジネス成功指南本だ」――ビル・ゲイツ(マイクロソフト会長)

「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【130】 染谷 和巳 『上司が「鬼」とならねば部下は動かず
○経営思想家トップ50 ランクイン(ジョン・P・コッター)

リーダーシップとマネジメントは別、組織変革を促すのは前者だと指摘。

コッター.jpgwhatleadersdo.jpg  ジョン・コッター(John Kotter).jpg      第2版 第2版 リーダーシップ論 帯付 2.jpg
リーダーシップ論―いま何をすべきか』(1999/12 ダイヤモンド社) John P. Kotter on What Leaders Really Do (Harvard Business Review Book) ジョン・コッター(John Kotter) ハーバード・ビジネススクール(松下幸之助記念リーダーシップ講座)名誉教授 第2版 リーダーシップ論―人と組織を動かす能力』['12年]

Executive Leadership Skills.bmp 1999年に原著刊行の本書(原題:John P. Kotter on What Leaders Really Do)は、リーダーシップ論のバイブルとまで言われている本です。本書の要諦は序章にまとめられていて、つまり、リーダーシップとマネジメントは別物であり、「マネジメントの仕事は、計画と予算を策定し、階層を活用して職務遂行に必要な人脈を構築し、コントロールによって任務をまっとうすること」であるのに対し、「リーダーとしての仕事は、ビジョンと戦略をつくりあげ、複雑ではあるが同じベクトルを持つ人脈を背景とした実行力を築き、社員のやる気を引き出すことでビジョンと戦略を遂行することである」ということです(25p)。

 著者は本書で、リーダーシップの新しいスタイルを述べているのではなく、リーダーシップの普遍的性質を解き明かそうとしているのですが、その1つに、マネジメントがオフィシャルな組織ラインを通じて実行されるのものであるのに対し、リーダーシップはインフォーマルな人的ネットワークを構築して組織に働きかけるものであると言っています。 

 これは著者が有能とされるゼネラル・マネジャーに対するインタビューと実地調査をまとめた『ザ・ゼネラル・マネジャー』('82年発表)で、その行動特性としての「人的ネットワーク構築」を指摘していたことと符合します(本書の最終章に同趣旨の要約あり)。

 実際に組織を動かす人は、マネジメントとリーダーの仕事の両方をこなすわけですが、組織を変革しようとする際の原動力はリーダーシップにあり、変革が急がれる部門にマネジメント重視の管理者を置いても変革は進まないという著者の指摘は、経営者が社内ポストやプロジェクトへの人員配置を考える際のヒント乃至チェックポイントになるのではないでしょうか。

 個人的には、リーダーというのは素質的なものもあると思うのでが、著者は、リーダーは育成できるものだとしています(ただし、同時に不足しているとも言っている)。優れたリーダーというのはインフォーマルな人的ネットワークの構築ができ、そうした依存関係の中でパワーを発揮しているというのが著者の見方で、エンパワーメント(権限委譲)が次のリーダーを育成し、組織改革を促すという点は、大いに賛同するところです。

 本書の序章には、コッター教授の有名な「成果に導く組織変革の8段階」なども示されていますが、本書に書かれていることは何れも実地で生かされなければ意味が無いわけで、まずリーダーシップとマネジメントの違いを日常において意識することから始めてみてはどうでしょうか。

【2012年・第2版】【2208】 ◎ ジョン・P・コッター(黒田由貴子/有賀裕子:訳) 『第2版 リーダーシップ論―人と組織を動かす能力』 (2012/03 ダイヤモンド社) ★★★★★

《読書メモ》 
●成果に導く組織変革の8段階
 第1段階:「危機意識を高める」
 第2段階:「変革推進チームをつくる」
 第3段階:「ビジョンと戦略を掲げる」
 第4段階:「ビジョンと戦略を周知徹底する」
 第5段階:「行動の障害を取り除く」
 第6段階:「短期的な成果を生みだす」
 第7段階:「さらなる変革を推進する」
 第8段階:「新しい文化を定着させる」 

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「●ピーター・ドラッカー」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ピーター・F・ドラッカー)

マネジメントの総合書であり教科書であると同時に、質の高い啓蒙書。

ドラッカーマネジメント.jpgマネジメント 基本と原則 エッセンシャル版.jpg 抄訳マネジメント.jpg ピーター・F・ドラッカー03.jpg Peter Drucker
マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版]』 〔'01年〕 『抄訳マネジメント―課題・責任・実践』 〔'75年〕

 1974年、ピーター・F・ドラッカー(1909‐2005)は大著『マネジメント-課題・責任・実践』('74年/ダイヤモンド社)において独自の経営論を体系化し、ドラッカー経営学ともいうべき大著に仕上げましたが、その「抄本」は、米国の大学やMBAコース、セミナーなどでもテキストとして使われており(ちなみに、この"圧縮版"も、著者とは別の人がサマリーを作ったのではなく、ドラッカー自身が書いている)、日本でも『抄訳マネジメント』('75年/ダイヤモンド社)として親しまれてきました。本書はその「抄訳」の内容をほぼ移植したものです。 

Peter Ferdinand Drucker.bmp ドラッカーは'70年代に既に、「経済学のフリードマン」と並び称される「経営学の泰斗」としてその名を馳せており、経営に「マネジメント」という考え方を入れたのも、「目標管理」という概念を開発したのもこの人ですが、にも関わらず「経営学者」というより「思想家」に近いかも知れず、'80年に出版されたThe Best of Everything という本では「教祖のベスト」としてその名が挙げられていて、本書なども「啓蒙書」的な感じがします。

 ただし、本書を読んで実感するのは、産業界の事実をよく観察した上でロジックをあてはめ、それに社会学や心理学的な視点からの人間的要素を加味し(この点が読者の共感を呼ぶ要因の1つだと個人的には思っていますが)、トータルな理論体系を構築している点です。

 企業とは何かということから説き起こしているように、先ず巨視的にマネジメントの使命・目的・役割論から入って、マネジメント課題の次元とそれぞれの次元に求められているものを整理したうえで、組織や人の問題、トップの役割やマネジメント戦略について語っています。

 企業の機能は「マーケティングとイノベーション」であるとスッパリ定義してみせるなど、切り口も纏め方も明快で読みやすく、マネジメントの総合書であり教科書であると同時に、ビジネスパーソンにとって質の高い啓蒙書でもあると思います。
 
【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)
【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

《読書MEMO》
●企業=営利組織ではない。企業の目的は社会貢献であり、ただし、高い利益をあげて、初めてそれができる(14p)
●「企業の目的は、顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす」(16p)
●労働における5つの次元...生理的・心理的・社会的・経済的・政治的次元(59p)
●心理的支配...マクレガーの〈X理論とY理論〉に関し、産業心理学はY理論への忠誠を称するが、その前提たるやX理論そのものである(65p)
●働き甲斐を与えるのは「責任と保障」であり、責任の条件には
 1.生産的な仕事、
 2.フィードバック情報、
 3.継続学習
 の3つが不可欠(73p)
●「人こそ最大の資産である」必要なのは実際に行うことである(81p)
 1.仕事と職場に対して、成果と責任を組み込む
 2.共に働く人たちを生かすべきものとして捉える
 3.強みが成果に結びつくように人を配置する
●「目標管理の最大の利点は、自らの仕事ぶりをマネジメントできるようになることである」(140p)
●組織の条件(198p)...
 1.明快さ
 2.経済性
 3.方向づけの容易さ
 4.理解の容易さ  
 5.意思決定の容易さ
 6.安定性と適応性
 7.永続性と新陳代謝
●五つの組織構造(204p)...
 1.職能別組織
 2.チーム型組織
 3.連邦分権組織(事業部制?)
 4.擬似分権組織
 5.システム型組織(CFT?)

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ジャック・ウェルチ)

話題になったウェルチ流の事業戦略・人材戦略・リーダーシップ。

ジャック・ウェルチわが経営.jpg ジャック・ウェルチわが経営 下.jpg  日経ビジネス人文庫 ジャックウェルチ わが経営 上.jpg 日経ビジネス人文庫 ジャックウェルチ わが経営 下.jpg
ジャック・ウェルチわが経営<上><下>』 ('01年/日本経済新聞社) 『ジャック・ウェルチ わが経営(上) (日経ビジネス人文庫)』『ジャック・ウェルチ わが経営(下) (日経ビジネス人文庫)』['05年]

ジャック・ウェルチ.jpg 本国出版、日経連載、日本語出版の間が1ヶ月という早業だったと思いますが、文庫化('05年4月)も、M&Aが巷間に話題の折で、ある意味ジャストタイミングでした。

Jack Welch

 まず注目は事業戦略。「ナンバー1・ナンバー2戦略」は、実践例と共に読む者をひきつけますが、有名なこの戦略は、あのピーター・ドラッカーの言葉からヒントを得てるようです。
 たしかにすさまじい"M&Aぶり"ですが、一方で買収企業の企業文化がGEのそれと相容れるかどうかを重視していることもわかります。組織戦略、人材戦略においてもそうですが、"価値観"重視です。

 その人材戦略の1つ、トップ20%がAの人達で、活性化すべきは真ん中70%のBの人達、ボトム10%のCのの人達には会社を去ってもらうというのは、管理職に限っての話ですが、徹底しています。
 日本のS社では早速マネして社員に同じことを導入し、すぐさま解雇争議となり、会社側が敗訴しています。

 一時期"日本版ウェルチ待望論"がありましたが、大企業でどれだけそうした事例があったでしょうか。
 日本的リーダーシップとなるとまた違ってくるのでしょうか。
 競争心の強い彼の性格(自身が唱えるリーダーシップの4Eの1つ"Edge"(決断力)には競争心という意味合いもある)が随所に表れていますが、自分の上司やライバルがこんな人だったらちょっとキツイなあと、個人的には思ったりもして...。 

 ジャック・ウェルチ型の経営がいかに米国企業でもてはやされたかということについては、例えば冒頭の「ナンバー1・ナンバー2戦略」に関して、米国の家電メーカーなどはすべてGEに倣ってこれに追随したということにも表れているかと思います。
 ここで言われている「ナンバー1・ナンバー2戦略」とは、グローバル市場においてナンバー1・ナンバー2になり得ない分野からは撤退するという意味であり、1980年代の終わりまでには、米国の家電メーカーはカラーテレビや冷蔵庫を製造しなくなり、それらの製品について米国はすべてを輸入に頼っています。

 【2005年文庫化[日経ビジネス人文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
●ナンバー1かナンバー2でなければ、再生、売却、もしくは閉鎖(上178p)
●活性化カーブ...Aプレイヤートップ20、Bバイタル70、Cボトム10(上250p)
●Aプレイヤーの4つのE...
 ・活力(Energy)
 ・周囲の活力を引き出す(Energize)
 ・決断力(Edge)
 ・実行力(Execute)
 各々Pationにより結びつく(上251p)

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 ○経営思想家トップ50 ランクイン(ビル・ゲイツ)

「面接本」としてより、「パズル本」としての充実度の方が高い?

ビル・ゲイツの面接試験.jpgビル・ゲイツの面接試験6.JPG Fuji.jpg Bill Gates.jpg Bill Gates
ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?』(2003/06 青土社)  "How Would You Move Mount Fuji?: Microsoft's Cult of the Puzzle--How the World's Smartest Companies Select the Most Creative Thinkers"

Bill Gates.jpg 米国のコンピュータ会社の採用面接において「パズル問題」が用いられることは伝統的なもののようですが、マイクロソフトのそれは、ビル・ゲイツのパズル好き、パズルによって人の思考能力が測れるという信念に負うところ大であるという印象を、本書を読んで受けました。

 マイクロソフトにおける面接の歴史だけでなく、米国におけるIQテストの歴史やそれに対する評価の変遷(それがもたらした悲喜劇)などについても触れられており、IQテストに限界があり、「あなたの強みと弱みは何ですか?」というありふれた質問にもさほど意味が無いとすれば、そんな質問をする代わりに「論理パズル」をしたほうが良いというのはわからないでもないです。

 マイクロソフトの採用試験で出された「論理パズル」が多く紹介されており、その中には純粋な「論理パズル」もあれば、サブタイトルの問題や「世界中にピアノの調律師は何人いるか」などといった正解の無い問題もあり、後者の問題は、「くだらない」「わかりっこない」と思ったら受験者の負けで、根気強く解答に行き着く道筋を考えていく、いわば問題解決への意志力を見ているように思えます(少なくとも〈右脳的〉発想力を見ている問題ではない)。
 何れにせよ、著者も述べているように、本書で取り上げているのは質問のたたき台であり、そのまま模範例として使えるものは少ないでしょう。

面接.jpg 面接の第一印象は、はじめの数秒で決まり、その印象が変わることはほとんど無いということはよく言われますが、それを実験データーで示しているのには説得力があり、また、面接の指針として「ストレス面接はしない」「面接評価は申し送りしない」など共感できる部分もありましたが、全体には今ひとつまとまりがなく、本書が結構売れたのはタイトルのお陰ではないかと思います。

 「面接本」としてよりも「パズル本」としての充実度の方が高いのは(本文中にあるマイクロソフトの「論理パズル」の解答に後半100ページ費やしている)、著者がゲーム理論の解説書『囚人のジレンマ』('95年/青土社)の著者と同じ人物であることも関係しているでしょう。

 「南へ1キロ、東へ1キロ、北へ1キロ歩くと出発点に戻るような地点は、地球上に何ヵ所あるか」という問題の答えが「北極点」だけでないことに、本書で初めて気づきました。
 読み物として楽しめるものの、そうしたことを知る目的で本書を手にしたわけではなかったのですが...。

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

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