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幸福に働くには?「働く人が時間主権を回復することが大切」に納得。

勤勉は美徳か?.jpg勤勉は美徳か? 幸福に働き、生きるヒント (光文社新書)』['16年]

 同著者による『君の働き方に未来はあるか?』(2014年/光文社新書)の後継書ですが、前著がこれから働き始める(あるいは働き始めてまだ間もない)若者を対象にしていたのに対し、本書は主に、これまで頑張って働いてきたけれどもなかなか幸福感を得られず悩んでいる人に向けて、幸せに働くことの意味を考えてもらうために書かれたものであるとのことです。

 第1章では、労働者が仕事において不幸になる原因をさまざまな角度から眺めています。ヒルティの『幸福論』を参考にしながら、仕事の「内側」に入ることができず、仕事に隷属して主体性を発揮できないことに問題の根幹があると分析し、仕事の様々な局面でできるかぎり主体性を発揮していくことが、幸福に働くうえでのポイントになるとしています。もちろん、労働者個人の立場みれば主体性を発揮したくともできないこともあるが、本人の努力次第で主体性を発揮できる領域もあるとのことです。

 第2章では、仕事の目的を金銭などの物質的な満足に陥ってしまい、他人の評価を気にして働くことが不幸につながるとしています。他人の評価を気にして働くことがいけないというのではなく、公正な評価を受けて働くということは、自らが社会で承認されるという精神的な満足をもたらし、幸福な働き方につながり、ここで大切となる主体性とは、公正な評価をする良い会社を自ら探していくことにあります(つまり、良い会社をみつけることが、働くうえで重要な意味をもっているということである)。

 第3章では、「いつ」「どこで」という面で会社からの拘束をできるだけ受けないようにするという意味での主体性を論じています。その際に重要となる理念が「ワーク・ライフ・バランス」であり、テレワークが普及すると、「いつ」「どこで」という制約が徐々になくなり、「ワーク・ライフ・バランス」を実現しやすい社会が到来するだろうとしています。

 第4章では、そうなると、何を仕事としてやっていくかが重要になり、それは「どのように」働くかにも関係してくるとしています。目の前の仕事にエネルギーを吸い取られてしまい、将来に繋がらないような仕事をしてしまうのではダメで、但し、ここでも技術の進歩により、仕事の大きな新陳代謝が起きることが予想され、仕事の将来展望は不透明になってきているとしています。だからこそ、政府が労働者の職業キャリアを保障するキャリア権が重要になるが、それは「基盤」にすぎず、その基盤のうえにどのような幸福を築くかは、個々の労働者が主体的に追求しなければならない、但し、そのことが容易ではないからこそ、政府が労働法によって、直接労働者の幸福を実現する必要がある、ともいえるとしています。

 第5章では、政府による幸福の実現に、どこまで期待できるかを検討し、結論としては、政府にあまり期待しすぎてはならないとしています。労働法によって労働者の権利を保障しても、かえって副作用や権利が十分に行使されない面があったり(著者は一部の"お節介が過ぎる"法律に疑問を呈している)、また、経営者の自由や労使の自治を無視して政府が介入するには限界があるとしています。

 第6章では、政府による幸福の実現は難しいとしても、これまでの雇用文化を変えて、社会で労働者が幸福になりやすい土壌を作ることはできるのではないかという観点から、特に問題となる日本の休暇文化の貧困性を、法制度面と実態面から取り上げ、日本の労働者がもっと休めるようにするための法改正と意識改革のための具体的な提案を行っています。

 第7章では、そうした意識改革は、日本人の美徳とされてきた勤勉さの面でも行う必要があるとして、勤勉に働くことの意味を問い直しています。そして、勤勉さを否定し去るのではなく、主体性を損なうほどの過剰な勤勉性は避ける方が望ましいと提言しています。企業秩序は労働者に重くのしかかるが、それを乗り越えて、もっと自由に働き主体性を発揮できるようにならなければ、労働者は幸福にはなれないとしています。

 第8章では、第1章で提起した主体性の意味をもう一度問い直し、幸福な働き方の鍵は、一人ひとりの日常の仕事の中に創造性を追求し、そこに精神的な満足を見出すことであるが、特に重要なのは、時間主権を回復することであるとしています。ホワイトカラー・エグザンプションは批判されることの多い制度であるが、制度の真の目的は時間規制を取り除き、労働者が仕事において時間主権を取り戻し、創造的な仕事をするための主体性を実現することにあるとしています。

 本書の結論としては、幸福な働き方とは、日常の仕事に創造性を追求して主体的に取り組むこと、かつ、そのために必要な転職力を身につけるために主体的に行動すること、という二重の主体性をもって実現できるということになります。そして、その実現は容易ではないが、最後は自分自身でつかみ取らねばならないとしています。

 労働法学者でありながらも労働法の限界を見極め、労働法や政策によって働く人の幸福を実現するのは難しいとしても、雇用文化や働く人の個々の意識改革は可能なのではないかとし、とりわけ一人ひとりの日常の仕事の中に創造性を追求し、そこに精神的な満足を見出すうえで特に重要なのは、働く人が時間主権を回復することであるという導き方は、非常に説得力があるように思えました。

 安易な時間外労働をなくし、しっかり休むことでワーク・ライフ・バランスを実現することが、働く側がより自由に自らの個性を活かして働くことに繋がり、更にはそれが組織の活性化に繋がるということ、また、働く側が主体性をもって働くことが、自らの専門的技能を高めて、いつでも転職できるようなキャリアを形成することに繋がるということになるかと思います。

 ビジネスパーソンにとって働くということについて今一度考えてみるのによい啓発書であり、また随所に労働法学者の視点や法律に対する見解が織り込まれていることから、人事パーソンにもお薦めできる本です。

《読書MEMO》
● 目次
はしがき
【第1章】労働者が不幸となる原因を考える ―― 過労・ストレス・疎外
【第2章】公正な評価が、社員を幸せにする ―― 良い会社を選べ
【第3章】生活と人生設計の自由を確保しよう ―― ワーク・ライフ・バランスへの挑戦
【第4章】「どのように」「何をして」働くかを見直そう ―― 職業専念義務から適職請求権まで
【第5章】法律で労働者を幸福にできるか ―― 権利のアイロニー
【第6章】休まない労働者に幸福はない ―― 日本人とバカンス
【第7章】陽気に、自由に、そして幸福に ―― 勤勉は美徳か?
【第8章】幸福は創造にあり
あとがき
●トラバーユ(travail)の意味(42p)
 ①仕事 ②陣痛
●アンナ・ハーレント(43p)
人間の活動の3類型とギリシャへの置き換え
「action」...公的な活動(市民)
「work」...その結果が「作品」として評価されるもの(職人)
「labor」...奴隷のやる仕事(奴隷)

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労働法上の重要論点の問題意識を鮮明にして読者に投げかけ、議論を喚起している良書。

雇用社会の25の疑問第3版.JPG雇用社会の25の疑問 3.jpg
雇用社会の25の疑問 労働法再入門(第3版)』['17年]

 本書は、2007年に初版、2010年に第2版が刊行されており、7年ぶりの改訂新版になります。労働法上の重要論点を取り上げ、著者なりの問題意識を鮮明にして読者に投げかけ、議論を喚起するというスタイルの本です。人事の仕事に携わっている人にとっても理解が曖昧になりがちな労働法の様々な疑問点について、基本理論や判例などについて明快な文体で懇切丁寧に解説しています。専門テキストレベルの突っ込んだ内容でありながら、全体を"学者言葉"で埋めつくすようなことは控えており、深い内容ながら読みやすいものとなっています。

 提示されている25(話)の疑問には労働法学者としての鋭い視点が窺え、それはまた、読む側に新たな気づきや問題意識を与えてくれるものとなっています。例えば、一般に労働者によかれとしてなされている法改正が、果たして労働者のためになるものなのだろうかという見方を示したり、リーディングケースとされている判例にも、今の社会に置き換えた場合どうかといった疑念を挟んだりするなど、常に、社会のあり方、変化を見据えつつ、原点に立ち返って考える姿勢が見られます。

 また、"法律"の視点だけでなく"人事"の視点も入れて様々な考察を行っているのも本書の特徴です。各話の末尾には、冒頭の「疑問」に対する著者なりの「結論」が付されています。「疑問」に対してすっきりした解答を出し切れていないものもありますが、むしろ、そうした様々な要素が複雑に絡み合っているのが、「雇用社会」の実際なのだと改めて感じさせられます。法律は世の中の変化と相互に影響し合っており、世の中の変化に目をやることなく、また、法律の真意を探ることなく、金科玉条のごとく盲信、盲従することの危うさを示唆しているようにも思えました。

 初版、第2版では、第1部が「日頃の疑問を解消しよう」(労働者側、会社側の両側からのそれぞれの疑問を扱っている)、第2部が「基本的なことについて深く考えてみよう」、第3部が「働くことについて真剣に考えてみよう」となっていたのが、今回は第2部の見出しが「政策について考えてみよう」に改まっています。著者によれば、これは、労働法をめぐる議論が、法解釈から立法政策へと重点が移行しつつある状況に対応したものであるとのことです。

 例えば、その第2部では、第12話「ジョブ型社会が到来したら、雇用システムはどうなるか」、第13話「労働法は、なぜ個人自営業者に適用されないのか」、第14話「正社員と非正社員との賃金格差は、あってはならないものか」、第15話「女性活躍の推進は、本当に法律でやるべきことなのだろうか」といった今日的テーマが連なり、さらには、障害者の雇用促進や外国人労働者問題を新たに取り上げています。

 第3部では、第24話「第4次産業革命後の労働法はどうなるのか」で最新のテーマを扱い、第25話「私たちにとって、働くとはどういうことなのか」も、機械が労働を担い「働きたくても働けない」AI時代を想定したうえでの働く意味の問いかけとなっています。

 全体として、第2版と比べても3分の1程度が新規テーマであり、従来とテーマが同じ章でも、法改正への対応はもとより、内容がより昨今の実情に沿った方向に書き改められている箇所もあり、初版、第2版の既読者であっても、読む価値はあるように思いました。お薦めです。

 判例解説は巻末に「判例等索引」があり、ネットでの検索に必要な事件番号が付されているほか、同著者の『最新重要判例200 労働法 第4版』('16年/弘文堂)で取り上げているものは、同書内での番号も付されているので、本書と併せて参考にするとよいかと思います。

《読書MEMO》
●目次
第1部 日頃の疑問を解消しよう
第1章 労働者の疑問
 第1話 労働条件の決定おける「合意原則」とはどのようなものか
 第2話 社員は、会社の転勤命令に、どこまで従わなくてはならないのか
 第3話 社員の副業は、どこまで制限されるのか
 第4話 会社が違法な取引に手を染めていることを知ったとき、社員はどうすべきか
 第5話 労働者には、どうしてストライキ権があるのか
 第6話 公務員は、どこまで特別な労働者なのか
第2章 会社の疑問
 第7話 会社は、美人だけを採用してはダメなのであろうか―採用の自由は、どこまであるか
 第8話 会社は、どのようにすれば社員を解雇することができるか
 第9話 会社は、社外の労働組合とどこまで交渉しなければならないのか
 第10話 会社は、社員のSNSにどこまで規制をかけてよいのか
 第11話 会社は、なぜ社員のメンタルヘルスに配慮しなければならないのか
第2部 政策について考えてみよう
 第12話 ジョブ型社会が到来したら、雇用システムはどうなるか
 第13話 労働法は、なぜ個人自営業者に適用されないのか
 第14話 正社員と非正社員との賃金格差は、あってはならないものか
 第15話 女性活躍の推進は、本当に法律でやるべきことなのだろうか
 第16話 障害者の雇用促進は、どのようにすれば実現できるか
 第17話 高年齢者への雇用政策はどうあるべきか
 第18話 少子化は雇用政策によって対処することができるか
 第19話 日本は外国人労働者にどのように立ち向かうべきか
 第20話 ホワイトカラー・エグゼンプションの導入は、なぜ難しいのか
第3部 働くことについて真剣に考えてみよう
 第21話 キャリア権とはいかなる権利か
 第22話 私たちは、どうして長時間労働で苦しんでいるのか
 第23話 労働者派遣は、なぜたたかれるのか
 第24話 第4次産業革命後の労働法はどうなるのか
 第25話 私たちにとって、働くとはどういうことなのか

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「割増賃金」問題にメスを入れることがホワイトカラー・エグゼンプション論の狙い。

労働時間制度改革.jpg労働時間制度改革』(2015/02 中央経済社)

 ホワイトカラー・エグゼンプションの法制化をめぐる議論はここ十年来続いていると言えます。2007年、第1次安倍内閣はホワイトカラーエグゼンプション制度を検討しましたが、過労死の懸念が強く示され、法案提出に至りませんでした。その後複数回法案提出されましたが野党から「残業代ゼロ」制度などと評され廃案となり、それが「高度プロフェッショナル制度」と名を変えて今年['18年]4月の国会に提出された働き方改革関連法案に再度盛り込まれ(数の力で)成立、対象職種は証券アナリスト・研究開発職・コンサルタントなど、年収は1075万円以上が想定されています(最終的な適用範囲は労働政策審議会での議論を経て厚生労働省令で定める、2019年4月施行)。

 これまでの議論をみると、割増賃金を廃止する制度を導入するのは論外であるという意見もあれば、これを「時間ではなく成果で賃金を支払う制度」と定義して「ホワイトカラー・エグゼンプション=成果主義賃金」として捉え、導入を主張する声もありました。しかし、本書の著者は、どちらの主張にも物足りなさを感じると言います。その原因は、ホワイトカラー・エグゼンプションが、労働基準法の改正論=法律問題であるという意識が希薄なまま議論されていることにあると言います。

 著者によれば、労働時間は、一見誰にも語れそうで、実は、法律の専門家でも理解が難しい部分がある「落とし穴の多い」分野であるとのことです。本書では、まず、労働時間制度を論じるために知っておく必要がある法律の基本知識(労働基準法の第4章「労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇」の条文やそれに関する判例)を分かりやすく解説したうえで、現行の法律にどのような問題があるかを読者とともに考えていく情報を提供し、加えて、外国の労働時間制度がどのようになっていのかを紹介しています。そして最後に、労働時間改革をめぐる現在の議論を整理したうえで、著者の改革案を提示しています。

 サブタイトルに「ホワイトカラー・エグゼンプションはなぜ必要か」とあることから、著者の主張がある程度は予測され得るものですが、いきなりそうした議論に入るのではなく、このように、労働時間法制の成り立ちから説き起こして、日本の労働時間規制は労働者の健康保護に本当に役立ってきたのだろうかといった疑問を投げかけるとともに、先進諸外国の労働時間法制との比較を通して、日本の労働時間規制のどこに問題があるのかを、まず考察しているわけです。

 それによれば、これまでの三六協定の実態などからして、日本の労働時間規制は①"上限規制"が生ぬるく、②過半数代表者は企業のイエスマンがなりやすくてチェック機能として働かず、③大した必要がなくても時間外労働させることができ、④割増賃金のごまかしが横行する一方でぺナルティ機能は果たされておらず、⑤労働者の方も割増賃金があると時間外労働をそれほど嫌がらなくなってしまい、⑥残業になると労働時間にカウントできるかどうかわからない仕事が増え、⑦課長や店長には簡単になれるがそうなると割増賃金がもらえなくなり、⑧週に1度の休日といっても出勤させられことが少なくない―等々、問題山積であるとのことです。

 興味深いのは、割増賃金が労働時間抑制につながっているかは疑問であり、少なくとも労働者側からすれば、割増賃金があるからもっと働きたくなってしまうのではないかと、そうすると健康面では逆効果となり、そこで著者は「割増賃金不要論」を唱えている点です(実際、ドイツのように、法律上の割増賃金規制を撤廃した国もある)。個人的には、大企業に限って言えば、著者の指摘はかなり当たっているように思いました。

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「一見、労働者の保護のためになりそうな政策が逆効果となるおそれがある」。

雇用改革の真実3.jpg大内 伸哉 『雇用改革の真実』2.jpg大内 伸哉 『雇用改革の真実』.jpg雇用改革の真実 (日経プレミアシリーズ)

 労働法の研究者による本書は、解雇、限定正社員、有期雇用、派遣、賃金、労働時間、ワークライフバランス、高齢者という8つのトピックを取り上げ、政府がどのように雇用政策を進めようとしているのか、それについてどう評価すべきなのか、また、それらが働く人の今後の働き方にどのように影響するのかを読み解いていくことを目的として書かれています。

雇用社会の25の疑問.jpg 本書の特徴として、政府の様々な雇用施策がかえって労働者の利益を損ねたり企業の自発的努力を阻害したりし、また、労使自治を揺るがすことにもなりかねないという懸念を表明している点が挙げられます。こうした考え方は、同著者の『雇用社会の25の疑問―労働法再入門』(2007年/ 弘文堂)においてもすでに示されていましたが、前著が入門書の形をとりつつ、こうした問題に対する多角的な視点を提示したものであったのに対し、今回は、近年の法改正の動きや雇用施策を巡る論議を踏まえ、トピカルなテーマについてのさらに踏み込んだ論考となっています。

 例えば、労働契約法における無期転換制度について、一般には、本来は無期雇用で働くべき労働者が使用者による有期雇用制限によって不利益を受けていた状況が、この制度により改善が図られると評価されていますが、著者は、この制度は企業に対して無期転換が起こらないように短期に雇用を打ち切るという行動を誘発する危険があるとして批判的に「再評価」しています。個人的には、この章はたいへん説得力があるように思えました(第3章「有期雇用を規制しても正社員は増えない」)。

 このほかに、それぞれのテーマに絡めて、「解雇しやすくなれば働くチャンスが広がる」「政府が賃上げをさせても労働者は豊かにならない」といった刺激的な章タイトルが並びますが、各章を読んでみれば、概ねナルホドと思える論考になっているように思えました。「ホワイトカラー・エグゼンプションは悪法ではない」という章もあれば(実は自分自身も、相当以前からホワイトカラー・エグゼンプションは悪法ではないと思っているのだが)、「育児休業の充実は女性にとって朗報か」という章などもあり、一方的に政府の雇用施策を非難したりまたは受け容れたりするのではなく、テーマごとに著者の考えを示しています。従って読者も、著者の問題提起を受け、自分なりに「再評価」を試みる読み方になるかと思います。

濱口桂一郎 日本の雇用終了.jpg『日本の雇用終了―労働局あっせん事例から』(2012年)などを読むと、中小企業における労働紛争の解決策として、実態的にはすでに行われているようにも思いました。ただし、著者は、法制度として解雇の金銭的解決が認められた場合の効果という視点から論じており、政府の雇用流動化施策やセーフティネットの拡充ということを付帯条件として挙げています。ただし、この付帯条件の部分が現実にはなかなか難しいのではないかという思いもしなくはありませんでした。

 「一見、労働者の保護のためになりそうな政策が逆効果となるおそれがある」という視点を提示している点では、著者の本を初めて読む読者には章タイトルに相応の"刺激的"な内容であり、実務者にとってただただ法改正を追いかけるのではなく、いったん自身でその意義と問題点を考えてみる契機となる本かと思います。その意味で人事パーソンを初め労働法の実務に携わる人にとっては「教養」とし押さえておきたい本です。

 以前、別のところで本書の書評を書いて、『雇用社会の25の疑問』をはじめ著者の本を何冊か読みつけている読者からすれば、「新機軸」と言うよりは「続編」といったという印象も受けるとしたところ、著者のブログの中で、著者が同じであるという意味では続編であるけれども、「『雇用改革の真実』はもっぱら政策論で、著者としては『雇用社会の25の疑問』とはかなり異なるテイストの本だと思っている」とのコメントがあり、言われてみれば確かにその通りであると思いました(タイトルの示す通りでもある)。

 この「日経プレミアシリーズ」は、「プレミア」を「プライマリー」ととれば丁度それに当て嵌まるラインアップという感じがじなくもありません。本書はそうした中では、読み易いばかりでなく鋭く本質をついており、重いテーマを突き付けてきます。著者の本を読んだことがある人にも、まだ読んだことが無い人にもお薦めです。

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人事マネジメント、労働法それぞれの分野の第一人者による"相互乗り入れ"的討議。興味深い。

人事と法の対話 .JPG人事と法の対話 有斐閣.jpg
人事と法の対話 -- 新たな融合を目指して』(2013/10 有斐閣)

 企業内で実務携わる人事パーソンの立場からすると、労働法が次々とハードルを設定するために人事管理がやりにくいと感じられたり、また、人事管理上の課題や案件の解決に際して、労働法の規制があるがためにその選択肢が限定されたりすることもあるのではないかと思います。

 そうしたことから、ともすると人事管理(HRM)と労働法は対立する関係にあると捉えられがちですが、元をたどればいずれも労働者に資することを目的としている点では同じはずであり、ただし、人事管理においては企業経営に資することも併せて求められるために、そこが"対立"の起点となるように思われます。

 本書は、守島基博氏、大内伸哉氏という人事マネジメント、労働法それぞれの分野の第一人者による対談の形式をとっており、「限定正社員」「雇用の多様化」「解雇規制緩和」「高齢者の活用」などの人事管理におけるテーマを取り上げて、人事マネジメント、労働法それぞれの立場からこうした課題を論じることで、新たな人材マネジメントのあり方を考察したものです。

 ワーク・ライフ・バランス、メンタルヘルス、グローバル化対応など、取り上げているテーマが非常に今日的なものであるばかりでなく、守島氏が企業における人事マネジメントの実情を具体的に解説し、また、時に企業の実務者や産業医を交えた鼎談のかたちで、先進企業の具体的取り組み事例などをも紹介しているため、実務家が読んで充分にシズル感のある議論になっているように思いました。

 一方の大内氏も、そうした多様な企業の実情を新たな知見として謙虚に受け止め、それらを踏まえて今後の労働法が果たすべき役割について深く突っ込んだ見解を述べるなどしており、まさに「人事と法の対話」というタイトルに沿った内容になっているように思いました。

 対談を通して興味深く感じられたのは、守島氏もあとがきで指摘しているように、労働法が目指す人材管理のあり方は、正社員の雇用維持努力など多くの優良企業ではこれまでも実施されてきており、ただし、競争環境や働く人の意識の変化によって、わが国の人材マネジメントそのものが変化する必要に迫られているという実情があるということです。

 例えば「限定正社員」のような考え方が出てくると、従来のような正社員・非正社員といった二分法での人事管理では対応しきれなくなるわけであり、一方、労働法の方も、働き方の多様化に対応するようなかたちに少しずつ変化していくのではないかということが、両者の対談から示唆されているのが興味深いです。

 人事管理における今日的テーマを俯瞰し、自社の相対的位置づけを把握するうえでも参考になりますが、ただそれだけに終わらず、人事マネジメントのこれからのかたちを思い描き、さらに、労働法とどう付き合っていけばいいかについて考えをめぐらせることができる本であると思います。

 その答えは必ずしも容易に見つかるものではなく、また本書も安易に答えを導き出そうという姿勢はとっていませんが、人事マネジメントにおける個別の課題を時代の流れに沿って整理し、将来的な見識に基づいた課題解決のヒントを見出す一助となり得るという意味では、広く人事パーソンにお薦めしたい一冊です。

 対談形式なので読み易いというのもありますが、これまで、こうした人事マネジメント、労働法それぞれの分野の第一人者による"相互乗り入れ"的討議というものがあまりなかっただけに、個人的にもたいへん興味深く読めました。

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就業規則の括りに沿って労働法や判例を解説。オーソドックス。『キーワードからみた労働法』の方が面白い。

就業規則からみた労働法 第三版9.JPG就業規則からみた労働法.jpg      キーワードからみた労働法.jpg
就業規則からみた労働法 第三版』『キーワードからみた労働法』('09年/日本法令)

 同著者の『キーワードからみた労働法』('09年/日本法令)などの姉妹版ですが、こちらの方が初版の刊行は早く('04年)、今回で第3版。労働基準法、育児介護休業法などの法改正に対応するとともに、最近の判例なども新たに盛り込んでいます。

 2章構成で、第1章で就業規則の作成・変更について解説したあと、第2章で、総則規定、採用、人事、賃金、労働時間・休憩時間、休日・休暇・休業、服務規律、表彰、懲戒、退職・解雇、安全衛生・災害補償...といった具合に、一般的な就業規則の規程の括りごとに、労働法上留意すべき点を解説し、必要に応じて」、条文例とそうした条文の下で発生した労務問題のケーススタディを設け、この部分は概ね実際の判例に準拠した解説になっているようです。

 就業規則の条文の表現・表記方法を、パターンをいくつも示して解説した就業規則作成のためのマニュアル本では無く、あくまで、労働法をより実務の沿った形で理解してもらうために、解説の括りを就業規則のそれに合わせたものと言えるかと思います。

日本法令.JPG 『キーワードからみた労働法』より若干大判で、字も大きめの横書き。読み易いですが、やはり読みどころは著者の判例解説になるのではないでしょうか(著者の判例解説は、一般の労働法学者が書くものに比べ読み易い)。

 但し、全体的に『キーワードからみた労働法』よりは"入門編"的な感じで、「最低賃金」「均等待遇」「雇止め」といった雇用・労働に関するキーワードを取り上げ、それらにおける一般常識や俗説をなで斬りしていた『キーワードからみた労働法』と比べると、オーソッドックスな解説書になっています。

 これはこれで、テキストとしては悪くない本だと思いますが、読んでいて面白いのは、やはり『キーワードからみた労働法』の方で、これを読んで面白く感じられた人は、更に、同著者の『雇用者会の25の疑問―労働法再入門』('07年初版、10年第2版/弘文堂)へ読み進むことをお勧めします。

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ストーリー仕立てで労働法を幅広く解説。著者自身の提言も織り込む。

君は雇用社会を生き延びられるか.jpg 『君は雇用社会を生き延びられるか―職場のうつ・過労・パワハラ問題に労働法が答える』(2011/10 明石書店)

 夫婦に幼い子2人の4人家族で、一家の大黒柱であった働き盛りの夫・真一が、過労のためクモ膜下出血で亡くなり、残された妻・幸子は、労災申請をするために労働法の勉強を始める―というストーリー設定で、前半は過労死、過労自殺と労災補償や民事賠償関係の解説が中心となっています。

 更に中盤から後半にかけては、労働時間規制や休息規制から健康保持、メンタルヘルス、セクハラ、パワハラといったテーマを扱い、最終的には労働法や働き方をめぐる今日的問題を広く網羅した入門書となっています。

 労働法学者でありながら、かなりのペースで一般向けの新著も発表している著者ですが、これまた"物語仕立て"という新たな枠組みであり、単なる入門書に止まらず、そこに著者なりの労働法に関する考え方も織り込んでいくというやり方はなかなかのもので、"新手"の手法と言っていいのでは。

 個人的には、基本的に従前からの著者の様々な提言に共感する部分が多く、労働法の知識を再確認しながら、著者の提言をも再確認するという形で読めましたが、初学者で著者の本を初めて読む人は、一応、本書が「入門書的な解説」の部分と「著者の提言」の部分で構成されていることを意識した方がいいかも(幸子が著者の持論の代弁者のような形になっているため)。

 今回、本書を読んで思ったのは、サブタイトルにも「労働法」とあるものの、それに限定されず、労働問題や社会保障全般に渡る著者の視野の広さを感じたということです(労働法学者でも社会保険等の知識は殆ど無いという人もいたりするからなあ)。

 特に最近問題となっている事柄を重点的に取り上げ、関連する過去から直近までの裁判上のリーディングケースを分かり易く解説しているという点でも優れモノで(過労自殺の判例だけで34例!)、実務家が読んでも参考になったり考えさせられる部分は多々あるかと思いますが、一方で、一般向けとしては、労働法を学ぼうという意思のある人以外(「初学者」以前の段階の人)には、やや難しい箇所もあったように思います(そのあたりは、コラムなどを挟んでバランスをとっているが、そのコラムにも"硬軟"両方がある)。

《読書MEMO》
●章建て
プロローグ
第1章 家族が過労で亡くなったら

第1節 労災編
 政府が助けてくれる?
 労災保険制度の生い立ち
 ○Break 立証責任
 労災保険による補償の内容
 ○Break 通勤災害
 ○Break 男女の容貌の違い
 ○Break 遺族補償年金の受給資格についての男女格差
 業務起因性
 ○Break 誰を基準とするか(過労死)
 ○Break 労働時間の立証
 不服申立
 闘うことの意義
 労災保険の申請をする

第2節 民事損害賠償編
 会社を訴える!
 時効の壁
 ○Break 第三者行為災害の場合
 安全配慮義務とは
 安全配慮義務法理のメリット
 ○Break 時効の壁を乗り越えた最高裁判所
 システムコンサルタント事件
 勝訴判決
 本人の落ち度?
 ○Break 因果関係
 裁判で勝つのはたいへん?
 損害額はいくらか?
 ○Break 素因減額
 ○Break 男女の逸失利益格差
 ○Break 死亡事例ではない場合の損害賠償
 どこまで控除されるの?
 ○Break どのように労災保険給付分が控除されるか
 ○Break 立法による是正
 過失相殺と損益相殺はどちらが先か

第3節 過労自殺
 人はそれほど強くない
 電通事件
 うつ病とは
 ○Break 最高裁判所で争う途は狭い
 ストレス―脆弱性理論
 因果関係は断絶しない
 安全配慮義務違反
 過失相殺
 電通事件の教訓
 労災認定
 ○Break 遺書があったために
 ○Break うつ病の診断ガイドライン
 ○Break 誰を基準とするのか(精神障害)
 ○Break 現在の判断指針の問題点

第2章 働きすぎにならないようにするために

第1節 労働時間規制
 幸子の疑問
 労働時間の規制は憲法の要請
 法定労働時間の原則と三六協定による例外
 三六協定は誰が締結するか
 ○Break 残業と時間外労働は少し違う
 時間外労働の限度
 ○Break 時間外労働をさせてはならない場合
 割増賃金
 ○Break 「労働者」であっても、「使用者」としての責任が課される
 割増率の引上げ
 ○Break 残業手当と割増賃金
 三六協定の効力
 労働契約上の根拠と就業規則
 ○Break 労基法の強行的効力と直律的効力
 就業規則の合理性
 ○Break 就業規則とは何か
 ○Break 弾力的な労働時間規制

第2節 日本の労働時間規制の問題点
 日本人は働きすぎ?
 時間外労働の事由
 限度基準の強制力
 ○Break 「限度時間」を超える時間外労働命令の効力
 労働時間規制が厳しすぎる?
 ○Break 労働時間とは何か
 管理監督者
 ○Break 裁量労働制

第3節 日本の休息制度
 休息は法定事項
 休憩時間
 ○Break 行政解釈
 休日
 ○Break 安息日
 年次有給休暇
 ○Break 出勤率の計算方法
 ○Break 年休の取得に対する不利益取扱い
 特別な休暇・休業

第4節 休息の確保のための制度改革の提言
 1日単位での休息の確保
 1週単位での休息の確保
 ○Break 労働時間・休息規制の例外
 年休制度の見直し
 ○Break バカンス

第3章 日頃の健康管理が大切

第1節 法律による予防措置
 幸子の後悔
 労働安全衛生法
 健康保持増進措置
 ○Break 安全衛生管理体制
 健康診断
 ○Break 採用時の健康診断
 ○Break 法定外健診について
 裁量労働制における健康確保措置

第2節 健康増悪の防止
 健康診断後の措置
 ○Break 労働時間等設定改善委員会
 ○Break 社員の自己決定は、どこまで尊重されるか
 面接指導
 休職をめぐる問題
 ○Break 自宅待機命令

第3節 メンタルヘルス
 メンタルヘルスはどこに?
 ○Break メンタルヘルスケア
 プライバシー保護

第4章 快適な職場とは?

第1節 職場のストレス
 人間関係は難しい?
 ○Break 個別労働紛争解決制度
 ○Break 嫌煙権
 快適職場指針

第2節 セクシュアルハラスメント
 セクシュアルハラスメントは新しい概念
 セクシュアルハラスメントに対する法的規制
 会社の損害賠償責任
 ○Break 自分から辞めてもあきらめてはダメ

第3節 パワーハラスメント
 パワーハラスメントとは
 パワーハラスメントと会社の責任
 ○Break 最初のいじめ自殺の裁判例
 パワーハラスメントと労災
 望ましいパワーハラスメント対策は
 ○Break 解雇規制とパワーハラスメント

 エピローグ

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雇用・労働に関するキーワードを取り上げ、気鋭の労働法学者がそれらに関する俗説を斬る!

キーワードからみた労働法7.JPGキーワードからみた労働法.jpg 『キーワードからみた労働法』 (2009/04 日本法令)

 「最低賃金」「均等待遇」「雇止め」といった雇用・労働に関するキーワードを取り上げ、気鋭の労働法学者がそれらに関する一般常識や俗説を斬るというコンセプトのもと、雑誌『ビジネスガイド』に連載されたものに、加筆修正して単行本化した本で、著者の『通達・様式からみた労働法』('07年/共著)、『就業規則からみた労働法』('08年)に続く、日本法令を版元とするシリーズ第3弾。

 帯の口上からして、「均衡待遇の保障は労働者のためにならない」「偽装請負は企業だけが悪いのではない」「名ばかり管理職が出てくるのには法律にも問題がある」「ワーク・ライフ・バランスを政府が推進するのは憲法の理念に反する」「メンタルケアの強化は労働者にとって危険である」と逆説的ですが、読んでみて「そうなんだよなあ」と納得させられる部分は多かったです。

 有給休暇の取得が進まない現状に対して、時季指定権を社員に付与している現在の労働法制のあり方に原因があり、計画年休制度(労基法39条5項)からさらに踏み込んで、年休は社員の時季指定権ではなく、会社の方で指定する制度にしてしまうのはどうかといったユニークな提言も。

 とりわけ、「偽装請負」や「名ばかり管理職」の問題など、法が実務の現場で十分遵守されていない場合には、法制度の方にも問題がある可能性があるとしているのには頷かされました。
 例えば、請負会社の社員にユーザー会社がどのような指示をすれば、労働者派遣法の「指揮命令」違反になるのかが明確ではない、あるいは、どのような労働者が労基法41条2号の「管理監督者」に該当するか法律上明確でなく、実態に即してケースバイケースで判断せざるを得ない状況になっていると。

 だからと言って、例えば、労働時間規制の適用除外にならない社員を、ホワイトカラー・エグゼンプションのような制度的受け皿がないから、やむなく管理監督者として扱っているようなケースは、それがどんなに望ましい法律でも(著者はホワイトカラー・エグゼンプションには条件付きで前向き)、実際に制定される前に会社が勝手に実施してしまうのは許されないとしています。

 そう念押しをしたうえで、現行の法制度のもとでの対応策を示すとともに、「抜け道のある法律を作って、甘い誘惑をしておきながら、突然、法の解釈・運用を厳密にして取り締まるというのは、アンフェアな感じ」とし、抜け道の生まれない労働法制のあり方についての具体的提言がなされています。

 本書に関心を持たれ、それらの提言をより深く考察してみようと思われた方には、少しだけ"上級者"向けになりますが(価格も千円高くなるが)、著者の『雇用社会の25の疑問-労働法再入門-』('07年/弘文社)がお奨めで、本書の内容は、この2年前に刊行された単行本の問題提起部分を、より噛み砕いて簡潔にまとめた「入門書の入門書」とも言えます。

 また本書では、最低賃金を引き上げることや解雇規制を強めることなど、一般には労働者のためになると考えられている法改正や労働政策が、本当に労働者の権利を守ることに繋がると言い切れるのかといったことも問題提起されていて、その部分についての考察も示唆に富むものでした。

 この問題についての著者の見解は、本書と同時期に刊行された『雇用はなぜ壊れたのか―会社の論理vs.労働者の論理』('09年/ちくま新書)においても、「2つの論理」の対立軸を行き来しながら、どうすれば両方の調整が図れるかを考察するという方法で示されていて、こちらは、より入手しやすい新書本であるため(タイトルは「労働経済」の本っぽいが、これも中身は「労働法制のあり方」についての本)、これもまた、併読をお奨めします。

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「味方のように微笑む美女が、じつは悪魔であったということもある」ことを考えさせられた。

大内 伸哉 『雇用はなぜ壊れたのか』.gif      大内 伸哉.jpg 大内 伸哉 氏(略歴下記)
雇用はなぜ壊れたのか―会社の論理vs.労働者の論理 (ちくま新書)

 雇用問題の中には、会社が利益を追求する「会社の論理」と、労働者が自らの権利を守る「労働者の論理」の2つの論理があり、経済の激変で両者の調整が一段と難しくなった今、どうすれば両者の論理を比較衡量し、調整が図れるかということを、セクハラ、長時間労働、内定取消、期間工の解雇、正社員リストラなど、雇用社会の根本に関わる11のテーマを取り上げ、それぞれについて対立軸を行き来しながら考察した本です。

 従って、表題の「雇用はなぜ壊れたのか?」というその原因を明らかにする内容ではなく、そのためミスリード気味のタイトルではないかということで、書評ブログなどでも評価が割れているようですが、個人的には、本書から、多くのことを考えさせられる契機を得られました(ブログなどでは、結論が明確でない、或いは立場が「会社の論理」に偏っているといった批判もあったようだが、そう簡単に結論が出せるような問題でもないし、考察の進め方は至極まっとうなものだと思う)。

 法学者らしくない柔らかめの文体で、但し、内容は労働法と雇用社会の関係を考察して深く、例えば、解雇規制を強めることや最低賃金を引き上げることは、それが労働者の権利を守ること繋がると言い切れるのか、といったことを解り易く問題提起しています。

 自分個人がかつて経験したこととして、ハローワークに営業職の求人を出したものの同業種経験者の採用はならず、異業種の若手営業経験者を採用内定した際に、内定後に、「示された給与額が求人票の額より下回っているのは違法だ」と言ってこられたことがありましたが、ハローワークに出した労働条件と実際の労働条件が異なることは必ずしも違法ではないと考え、本人に提示額の根拠説明をし、額の変更は行わなかったということがありました。
 もし、法規制が強化されて、こうしたことが即違法となるならば、企業は低い給与額の(給与額に幅のある)求人を出して対処するかも知れませんが、むしろこうしたケースでは、本命筋の採用は出来なかったということで諦める可能性が高く、仮に当時からそうだったとすれば、この営業職(今もその会社で正社員として元気に働いている)の入社は無かったでしょう。

 先述のように「会社の論理」に立っているとの批判もありますが、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」という労基法3条の「社会的身分」とはどこまでをいうのか、パートタイマーや非正社員の給与が正社員より低い場合は「均等待遇」原則に反しないかという問題について、「社会的身分」とは、自らの意志では離れることのできない「生来の身分」をいい(通達)、パートタイマーや非正社員といった雇用形態の違いは該当しないと解されていることに対し、これは詰まるところ「自己責任論」であり、疑問の余地があるとしています。

 本書では、「会社の論理」「労働者の論理」に加えてもう1つ「生活者の論理」というものを取り上げていて、著者によれば、日本人は少しでも豊かな生活をしたいという「生活者の論理」が「労働者の論理」に優先するという選択をしているとのことで(イタリア人などは逆)、但し「生活者の論理」が一方的に「労働者の論理」に優先するのではなく、その両者の均衡が日本的経営の強みだった(長時間労働もするが雇用は確保されている)とのこと。

 (著者自身は格差社会を是認しているわけでもないし、正社員と大きな賃金格差のある非正社員がいることは社会正義に反するとしている。その上で、)例えば、正社員と非正社員との均衡をとるということは、格差問題(貧困問題)の一時的な処方箋とはなり得るかもしれないが(実際、最低賃金法やパート労働法の改正はその流れに沿って行われてきた)、この「生活者の論理」と「労働者の論理」の間のバランスを壊すことになりかねないとしています。
 この辺りは、実際に本書を手にして読み込み、それぞれの読者が自ら考えていただきたいところですが、「味方のように微笑む美女が、じつは悪魔であったということもあるのである」(219p)と。
_________________________________________________
大内 伸哉 (オオウチ シンヤ)
1963年生まれ。法学博士。専攻は労働法。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。現在、神戸大学大学院法学研究科教授。主な著書に『労働条件変更法理の再構成』『労働者代表法制に関する研究』(以上、有斐閣)、『雇用社会の25の疑問』『労働法学習帳』(以上、弘文堂)、『労働法実務講義』『就業規則からみた労働法』(以上、日本法令)、『どこまでやったらクビになるか』(新潮新書)など。

《読書MEMO》
●「ちくま 458号」 (筑摩書房)の一部を転載((神戸大学のサイトより)
「拙著『雇用はなぜ壊れたのか?-会社の論理vs.労働者の論理』は、実は、雇用が壊れた原因を明らかにしようとした本ではない。 むしろ、本書で描きかったのは、雇用が壊れる過程における、会社の論理と労働者の論理の関わり合いについてである。 これらの論理の関わり合いを明らかにすることを通して、筋の通った正しい政策はどのようなものかを模索していきたかったのである。 それは、必ずしも会社にも労働者にも「甘い」ものばかりではない。正義の女神は、剣をもっている。母のように「甘える」ことは危険なのである。」

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読み易いが奥が深い。「入門書」というレベルを超えていろいろ考えさせられる良書。

雇用社会の25の疑問52.jpg
雇用社会の25の疑問.jpg
 大内伸哉.jpg 大内 伸哉 氏
雇用社会の25の疑問―労働法再入門―』 〔'07年〕

 本書のはしがきには「労働と法、ときどきイタリア」とあって(著者のもともとの専門はイタリアの労働法)、「労働と法」について「イタリア風に味付け」した本という、ややくだけた口上がありますが、内容はなかなか濃かったです。

 「労働法再入門」とサブタイトルにあるように、「どうして、労働者は就業規則に従わなければならないのか」といった解りづらい論点について、明快な文体で基本理論を解説し、また、判例解説も懇切丁寧で、全体として"学者言葉"の使用を控え、小説を読むように読みやすいものとなっています。

 しかし、提示する25の疑問には労働法学者としての鋭い視点が窺え、例えば、一般に労働者によかれとしてなされている法改正が、果たして労働者のためになるものなのだろうかという見方を示したり、リーディングケースとされている判例にも、今の社会に置き換えた場合どうかといった疑念を挟むなど、常に、社会のあり方、変化を見据えつつ、原点に立ち返って考える姿勢が見られます。

 その結果、「疑問」に対してすっきりした解答を出し切れていないものもありますが、そうした様々な要素が複雑に絡み合っているのが「雇用社会」というものなのだと改めて感じさせられ、法律の真意を探ることなく金科玉条のごとく盲従することの危うさを指し示しているようにも思えました。

雇用社会.jpg 「答えを出し切れない」という意味においては、著者の師匠筋にあたる労働法の権威・菅野和夫氏の『新・雇用社会の法』('04年/有斐閣)が、Q&A形式をとりながらも、多分に、法のカバーし切れない部分や曖昧な点に対し問題提起をすることを主眼としていたのとよく似ているし、こうしたスタイルの本では『新・雇用社会の法』以来の"読みで"のある本でした。

菅野和夫 『新・雇用社会の法』 〔'04年〕

 さらっと読めるが奥が深く、「就業規則」の話から始まって、少子化や過労死の問題など昨今の労働経済や雇用環境を巡るトピックにも触れ、最後は「働くとはどういうことなのか」という根源的テーマにまで言及しています。
 一方で、判例・用語解説等もよく纏まっていてリファレンス的にも使えるので、手元に置いておき、折々に読み返したい本です(そうしている内に、書評で取り上げるのが少し遅くなってしまったが)。

経済学的思考のセンス.jpg 因みに、帯の「会社は美人だけを採用してはダメなのであろうか?」は、労働経済学者・大竹文雄氏が『経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには』('05年/中公新書)で示した切り口を本書において引用しているもので、他書からの引用を帯にもってくることもなかろうにとも思うのですが、アイキャッチ効果があるフレーズとみたのかな。

大竹文雄 『経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)』 ['05年]



《読書MEMO》
●主要目次
第1部 日頃の疑問を解消しよう
第1章 労働者の疑問
 第1話 どうして、労働者は就業規則に従わなければならないのか
 第2話 退職金は、退職後の生活保障としてあてにできるものか
 第3話 労働者は、会社の転勤命令に、どこまで従わなければならないのか
 第4話 女性社員は、夜にキャバクラでアルバイトをしてよいか―会社は、社員の私生活にどこまで介入できるか
 第5話 会社が違法な取引に手を染めていることを知ったとき、社員はどうすべきか
 第6話 労働者には、どうしてストライキ権があるのか
 第7話 女子アナは、裏方業務への異動命令に従わなければならないのか
第2章 会社の疑問
 第8話 会社は、美人だけを採用してはダメなのであろうか―採用の自由は、どこまであるか
 第9話 会社は、試用期間において、本当に雇用を試すことができるか
 第10話 会社は、どんな社員なら辞めさせることができるか
 第11話 会社は、社外の労働組合とどこまで交渉しなければならないのか
 第12話 会社は、社員の電子メールをチェックしてよいのであろうか  
第2部 基本的なことについて深く考えてみよう
 第13話 労働法は、誰に適用されるのか―労働者とは誰か
 第14話 労働組合の組織率は、どうして下がったのか
 第15話 成果主義型賃金は、公正な賃金システムであろうか
 第16話 公務員には、ほんとうに身分保障があるのか
 第17話 正社員とパートとの賃金格差は、あってはならないものか
 第18話 定年制は、年齢による差別といえるであろうか
 第19話 少子化は国の政策によって解決すべきことなのか  
第3部 働くことについて真剣に考えてみよう
 第20話 誰が「強い」労働者か―君は会社に「辞めてやる」と言えるか
 第21話 労働者が自己決定をすることは許されないのか
 第22話 日本の労働者は、どうして過労死するほど働いてしまうのか
 第23話 雇用における男女差別は、本当に法律で禁止すべきことなのであろうか
 第24話 会社は誰のものなのか
 第25話 ニートは、何が問題なのか―人はどうして働かなければならないのか

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読みやすい入門書だが、結局「程度問題」ということになるテーマも多い。

どこまでやったらクビになるか2.jpgどこまでやったらクビになるか.jpg                  大内伸哉.jpg 大内 伸哉 氏
どこまでやったらクビになるか―サラリーマンのための労働法入門 (新潮新書)』['08年]

 副業、社内不倫、経費流用、ブログによる自社の中傷、転勤拒否、内部告発、セクハラといったことが、実際どこまでが許されるのか、事例を挙げながら主にサラリーマンの立場に立って解説されていますが、同時に、会社の労務管理サイドの人が、企業防衛の立場から労務トラブルに対処する方法、及び、その前提となる法の考え方を学べるものにもなっています。

 各テーマの設問は、新潮社の担当編集者が、一会社員としての日頃の疑問をもとに案出ししたとのことで、いかにも「新潮新書」らしい本作りとなっている印象を受けました(全てが担当者のオリジナルならば、この担当者はかなり優れた人ではないか)。

 大内先生のことでもあり、きっちり法律の基本を抑えながらも、一部に個人的見解を挟んでいて、勉強になるだけでなく考えさせられる点もありました。
 但し、もともとのテーマが、法律で簡単に○×で結論づけられるようなものではないものが多いため、結局は「程度問題」としか言いようのないものもあります。

 実際、かなりの判例を引きながらの解説になっていて、その点はその点で、この人の判例の読み解きはわかり易く定評があるのですが、具体的な判例名がほとんど省かれているのが少し不満。
 一般向けの新書だからやむを得ない気もしますが、こういうのは企業名が出てきた方が、個人的には頭に入り易く、途中で挟まないまでも、最後に判例索引でもつけてくれたらもっとよかったのにと、ちょっとばかり思いました(そこまでやると、一般読者は引いてしまうのかも知れないが)。

《読書MEMO》
●章立て(一部)
ブログ―ブログで社内事情を書いている社員がいてヒヤヒヤしています。あの社員はクビにならないのでしょうか?
副業―会社に秘密で風俗産業でアルバイトをしている女性社員がいます。法的に問題はないのでしょうか?
社内不倫―社内不倫しています。これを理由にクビになる可能性はありますか?
経費流用―私用の飲食代を経費として精算したのがバレてしまいました。どれくらいの額だとクビになりますか?
転勤―会社から転勤を命じられました。どういう事情があれば拒否できますか?
給料泥棒―まったく働かない給料ドロボーがいます。会社はこういう人を辞めさせることはできないのでしょうか?
内部告発―会社がひどい法令違反をしています。内部告発をした時に自分の身を守る方法はありますか?
合併―会社が他の会社と合併することになりました。合併後は給料が下がりそうなのですが、そんなことは認められるのでしょうか?
残業手当―上司に言われていた仕事が勤務時間内に終わらずに残業しました。こういうときでも残業手当をもらえますか?
新人採用―半年の試用期間で「採用失敗」が明らかになった新入社員がいます。会社は彼を本採用することを拒否してよいのでしょうか?

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