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ストーリー仕立てで読みやすい。初学者に限らず、人事パーソンにお薦め。

労働法で企業に革新を.jpg労働法で企業に革新を2021.jpg
労働法で企業に革新を』['21年]

 日本酒の取次・販売をメインとする豊夢商事は、正社員150名、臨時社員55名が働く中堅商社。東京本社のほかに、東京近郊に4つと神戸、新潟に支店がある。社長の中上は、「働き方改革」に向けた改革・変革に意欲的で、彼を外部からサポートするのが、元同社の社員で現在は社会保険労務士でコンサルタントの戸川美智香。社内では、新卒入社で人事部に配属になった東畑も改革に意欲的だが、彼の上司である人事部長の磯谷はやや消極的。それでも社長の一声でDX室が立ち上がり、プロ人材の深谷が室長として入社してくる―。

 本書は、労働法の基本を押さえながら、同一労働同一賃金やDX、テレワークや働き方改革といった「新しい働き方」をめぐる様々なトピックについて、豊夢商事という架空の会社を舞台に、ストーリー仕立てで解説したものです(本書は『労働法で人事に新風を』('16年)のアップデート版とも言える)。

 第1章は2018年12月から始まり、豊夢商事の働き方改革に向けた課題が示される一方、同社の社員から退職して顧問となった戸川美智香のことから、「社員」とは何かということが話題になっており、このあたりは雇用契約の基本でもあります。

 第2章では、2019年3月、新たにDX室長を迎え入れるにあたり、残業代を業務手当で支払うことは可能かという問いから始まって、同一労働同一賃金とは何かという話になり、臨時社員の手当の問題など、同一労働同一賃金関する具体的なテーマに踏み込んでいます。

 第3章は、2020年1月のコロナ禍直前期で、ある事業の子会社化をめぐって、子会社への出向命令に社員はイヤと言えるか? といった、これもまた人事の基本でありながらも、ケースによって微妙な要素の絡む問題を扱っています。

 第4章では、2020年4月のウィズコロナ第1期において、テレワークを導入するにあたり、労働時間管理をどうするか、事業場外みなし労働制は適用できるかといった問題などを扱っています。

 第5章は、2020年7月のウィズコロナ第2期において、テレワークの影響を概観するとともに、ジョブ型、パラレルキャリア、ボランティア休暇、ワーケーションなど、「働き方のニューノーマル」をめぐる様々なトピックについて述べられています。そして、第6章では、2022年のアフターコロナ時代の豊夢商事がどうなっているかを描いています。

 「新しい働き方」をめぐる様々なトピックについて、労働法の基本を解説しながら、ストーリー仕立て話を進めていて、初学者には読みやすいと思います。また、人事パーソンである読者が、近時において経験してきたであろうと思われることも多く含まれているので(会話シチュエーション自体が途中からオンライン会議になっている)、シズル感を持って読めるのではないでしょうか。

 人事として、これからの時代に考えていかなければならないことのいくつかを示してくれるとともに、自分が自覚のないうちに守旧派になってしまうこともあり得るとの危機感も抱かせてくれます。ラストは人事部改革のような話であり、さらにはエンタメ系企業小説のようなエンディングが待ち受けているので、どうぞお楽しみに。

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本書を読んで自身の労働に関する「教養」に磨きをかけるのもいいのではないか。

教養としての「労働法」入門2021.jpg教養としての「労働法」入門』['21年]

 かつては劣悪な労働環境改善や、長時間労働の是正などのために、近年では同一労働同一賃金、ハラスメントなどへのルールを定めてきた労働法ですが、本書は、海外諸国の制度と比較しながら、労働基準法や労働契約法などが制定された歴史的な背景などから労働法を解説した入門書です。

 序章で労働法とは何かを概説し、また、政令・省令・指針・通達・告示のそれぞれの位置づけや役割を解説しています。ここでは、背後にある価値観が労働法制全体に影響を与えるとしています。第1章では、労働法の歴史と現在を、労働基準法、労働組合法、労働契約法のそれぞれについて解説しています。

 第2章では、日本の「解雇」に関する規制について、諸外国との比較で見えてくる特徴や、日本の解雇規制の歴史と最近の問題点を解説しています。また、採用・内定・試用期間、有期労働契約のルールも解雇規制の延長で考えると理解しやすいとし、さらには「解雇」規制を表の規制、「配置転換」を裏の規制と捉えると、強大な配転命令権がなぜ生まれたのかが見えてくるとしています。

 第3章では、多様な雇用の在り方とそれらを取り巻く法制度について解説しています。まず、労働者とは誰か、労働法の保護を受ける者について解説し、職業紹介や労働者派遣についても説明しています。さらには、正規雇用・非正規雇用との関連で、「同一労働同一賃金」改革に関する法改正のポイントを整理し、高齢者雇用についても、日本の特徴と法施策について述べています。

 第4章では、労働時間と有給休暇について扱っています。ここでは、なぜ「8時間労働」や「週5日勤務・週休2日制」が世の中のスタンダードになったかを歴史的経緯から解説するとともに、年次有給休暇の起源とそれがどのように発展してきたかを述べており、興味深く読める章となっています。

 第5章では、労働環境をテーマとし、セクシャル・ハラスメント、パワーハラスメントについて、これまでの経緯と現在の法規制の内容、今後の課題を諸外国との比較において述べています。また、安全配慮義務の法規制の成り立ちや変容についても解説しています。

 第6章では、懲戒ルールについて、懲戒処分はどこまでできるかを考察し、第7章では労働組合について、現代的労働組合と「不当労働行為」などの関連する概念について再整理しています。

 本書では、「役に立たない知識が役に立つ」と考え、労働法を考える上でヒントになる情報を盛り込んだとのことです。確かに、労働法の歴史を学ぶことや、諸外国の制度と比較しながその特徴を知ることは、これまで当たり前と思って受け入れていたことについて、また別の視点を提供してくれるものであるように思いました。

 法改正をひたすら追いかけ、その対応に追われるばかりが人事パーソンのあるべき姿ではないことは明白であり、労働法の現在や将来に対して、自分なりに見識や展望を持つということも大切ではないかと思われます。本書を読んで自身の労働法に関する「教養」に磨きをかけるのもいいのではないでしょうか。

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社員感染時の対応や在宅勤務や時差出勤のルール構築等を分かりやすく解説。

新しい企業の人事・労務管理.jpg新しい企業の人事・労務管理1.jpg
with&after コロナ禍を生き抜く 新しい企業の人事・労務管理』['20年]

 本書は、新型コロナウイルス感染症により変化した会社の経営や勤務形態を踏まえ、社員が感染した場合の対応、在宅勤務や時差出勤のルール構築、人事評価制度や就業規則の見直しなど、人事・労務管理上のポイントを実務家の視点で解説したものです。

 第1章「感染拡大予防とコロナ禍時代の新しい企業活動」(全9節)と第2章「コロナ禍時代のダメージコントロール」(全3節)から成り、 各節の各項は、必要に応じて「基礎編☆」(対応が必須の事項)、「応用編☆☆」(対応の必要性が高い事項)、「発展編☆☆☆」(留意しておいたほうが良い事項)に分類されています。

 第1章の第1節「社員感染時の対応」では、基礎編で、社員が新型コロナウィルスに感染した場合は入院勧告の対象となることや、賃金・休業手当の支払いの要否、社内調査・社内公表の必要性について述べ、さらに、体調不良社員への自宅待機命令の可否や、その場合は休業手当の支払いが必要かどうかを解説しています。続く応用編では、社員と同居している家族が発症した場合や社員寮・社宅居住者が発症した場合の対応を、発展編では、社員の労災認定や会社の法的責任はどうなるかを解説しています。

 第2節「勤務形態の変更に伴う社員対応」では、基礎編で、出社を拒否しテレワークを要求する社員や、逆にテレワークを拒否して出社要求する社員への対応を、応用編では、出社拒否社員に担当変更やワークシェアリングを求める場合の留意点を、さらに、採用内定者の入社延期・内定取消しは可能かどうか解説しています。

 第3節「賃金・処遇」では、基礎編として、コロナ禍休業時の賃金・休業手当の支払いの要否について述べるとともに、休業時に有給休暇の活用する方法や、テレワーク実施費用の会社負担を軽減するためのポイントを述べています。さらに応用編では、休業手当の算定方法や雇用調整助成金の活用など実務面の解説をし、発展編では、コロナ禍対応に報いるための一時金の支給を提案するとともに、業・副業を許可する場合の留意点などを述べています。

 第4節「労務管理①:オフィスにおける感染防止策」では、基礎編としてオフィスにおける感染防止策顔説しています。

 第5節「労務管理②: テレワーク」では、基礎編で、テレワーク労務管理の基本や労働時間の管理方法、「事業場外みなし労働時間制」の適用について述べ、応用編で、情報管理の徹底・情報セキュリティ、柔軟な労働時間の実現と残業ルールの明確化・長時間労働防止策、作業環境整備による社員の安全衛生管理・労災リスクの回避、社内教育・「試しテレワーク」の必要性、テレワークにおける業績評価・人事評価、電子契約の活用について解説しています。

 第6節「労務管理③: 時差出勤・自家用車通勤・自転車通勤」では、基礎編で、変形労働時間制、フレックスタイム制について、応用編で、自家用車通勤・自転車通勤における安全確保対策等について、発展編で、勤務時間の一部をテレワークにする場合について解説しています。

 第7節「労務管理④:テレワークにおける業務効率アップ・インセンティブ確保・メンタルヘルスケア」では、基礎編で、社員同士のコミュニケーションの充実、会社・部署内での方針共有・一体性確保、オンラインハラスメントについて、応用編で、管理職に対する教育研修の実施について解説しています。

 第8節「就業規則など未整備時の対応」では、基礎編として、就業規則の作成と届出の基本と、テレワークに関する就業規則等の未整備、通勤手当不支給に関する規程の未整備、三六協定・特別条項の未整備の場合どうすればようかを述べています。

 第9節「雇用契約以外の活用とトラブル対応」では、応用編として、「外注契約」の活用と留意点、労働者派遣契約の中途解約、コロナ禍に起因する取引契約の不履行による法的責任について解説しています。

 第2章「コロナ禍時代のダメージコントロール」の第1節「経費削減」では、応用編として、オフィス縮小、賃料負担軽減、ワークシェアリングと副業・兼業勧奨、事業所閉鎖と配転命令について述べ、第2節「効率的な人材活用・人員削減とトラブル対応」では、応用編として、、「新しい」成果主義の導入、業務フローの検証及び改善、「外注契約」への恒常的シフトについて述べ、発展編として、退職勧奨、整理解雇・雇止めを扱い、第3節「会社経営が悪化したときの対応」では、応用編として、会社再建(債務整理)の手段、事業譲渡・廃業を前提とする清算型の法的倒産手続きについて解説しています。

 法律の専門家ではない人も読者として想定して書かれている大判本なので、基本事項に絞られている分理解しやすいです。法律上どうなるかを述べるだけでなく、実務上の対応にも踏み込んでいます。ただし、未曽有の事態であるため「正解」がない事柄も多く発生するであろうとし、活用上の注意点として、本書は実務上の「正解」が書かれているわけではないため、実務上の「正解」については、専門家に相談することを勧めているのも丁寧であると思いました。通読することで、自身の理解度をチェックしてみるのもよいかと思います。

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一般向け新書だが、意外と経営者、管理職向けだった。事例も豊富で解説も深い。

パワハラ問題.jpg 『パワハラ問題―アウトの基準から対策まで― (新潮新書)』['20年]

 最近、社内でのパワハラがもめて法廷にまで持ち込まれるケースが増えてきていますが、本書は、20年以上にわたりこの分野を専門の一つとしてきた弁護士が、アウトとセーフの境界はどこにあるのか、被害を受けたり訴えられたりした場合どうすればいいか、といったパワハラをめぐるさまざまな問題について、一般向けに分かりやすく解説したものです。

 第1章で、まず、ハラスメントに関する基礎知識を整理するとともに、さまざまな種類のハラスメントを解説し、第2章では、ウィズコロナ時代におけるテレワークの浸透で登場した新たなハラスメント「テレハラ」を取り上げています。第3章では、パワハラの6つの行為類型を示すとともに、どんなことがアウトでどういうときがセーフなのかを示し、また、会社や経営者・管理職の責任はどう問われるのかを解説しています。

 第4章では、いわゆるパワハラ防止法の中味にについて、パワハラ3要件を軸に解説し、第5章では、公務員の場合は法律上どう規定されているのか(人事院規則とパワハラ防止法ではパワハラの定義が違うとのこと。公務員のの方が範囲が広い)、第6章では、経営者や管理職は措置義務として何をすればよいのかを述べ、第7章では、パワハラ経営者、管理職にならないためにどうすればいいのか、例えば、部下から相談を受けたときに、部下に言っていい言葉・悪い言葉などを教示しています。

 第8章では、グレーゾーンとパワハラの境界線を示し、上司の立場に立ち、問題化した場合はどうリカバリーするべきかを説いていますが、特にグレーゾーンの事案の場合、その後の対応によって「白」にもなれば「黒」にもなることがあるというのが理解できます。

 さらに、第10章では、これも最近多いようですが、モンスター社員やネット中傷などにより管理職が被害者となった場合の会社の対応の在り方を述べ、第11章では、「問題集」形式で8つのケースを挙げて、「あなたならどう動くか」を問うとともに、望ましい対応とはどのようなものかを示しています。

 また、巻末に、「現場で役立つ最新パワハラ判決30戦」として、パワハラを認めた判決例を16、認めなかった判決を14ほど紹介しています。こうしてみると、パワハラの判例もかなりの件数が出揃い、グレーゾーンとパワハラの境界線が以前よりは見えてきた印象を受けます。

 個人的には、思っていた以上に経営者、管理職向けとの印象を受けました。人事パーソンにとっても、啓発される部分は少なからずあると思われます。新書という限られた紙数の範囲内ですが事例も豊富であり、最後の判例集などはこの1、2年のものが多く紹介されていて、実務面でも参考になります。さらに、研修などにおけるケーススタディやグループディスカッションなどに応用できる"素材"もあったように思われ、あとがきで著者自身が本書の社内研修での利用を推奨しています。

パワハラ問題に対する自身の認識・理解度を確認し、知識をブラッシュアップするために一読されるのもよいかと思います。

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労働法の初学者にもベテランにも、忙しい人や労働法の本はちょっと苦手という人もお薦め。

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労働法トークライブ』['20年]

 本書は、二人の労働法学者が、労働法上の今議論しておくべき問題、いわば旬のトピックを選んで語り合ったものですが、タイトルおよび表紙イラストにあるように、あたかも聴衆を前にした軽妙なトークライブのように(あるいはラジオの深夜番組のトークのように)、真面目一点張りではなく、ときにおちゃらけた冗談などもはさみながら、それでも真剣に、かつ深く、各テーマについて考えています。

 選ばれたテーマは、採用の自由、労働者性、性差別、障害者雇用、高齢者雇用、ハラスメント、過労死、解雇、正規・非正規の格差、副業・兼業の10個であり、それを各章に割り振っていますが、例えば「高齢者雇用」の章には「私がジジババになっても」というサブタイトルがついていたりすることなども、本書の持つ雰囲気を表しています。

 各章の構成は、冒頭に、各テーマに関わる論点を含んだ、実際にありそうな「Case」(設例)があり、そこに含まれる労働法上の問題を示唆したうえで「Talking」に入り、この部分が各章の根幹となります。そして、トークの後にまとめとしての「Closing」があり、続いて、冒頭のケースに対して労働法上正しい解答をするとすればどうなるかという「Answer」があります。さらに、各章ごとに、実務家や研究者などの「Special Guest」のトークに対するコメントを付しています。

 大学で行われているゼミスタイルを想起させる構成ですが、各章の「Closing」の部分が、「意識高い系若者たちへ」「現場の労使の皆さんへ」「霞が関の皆さんへ」と分かれていて、学生など労働法の学習者だけでなく、企業労働者や経営者といった社会人、労働政策の立案に携わる行政官なども意識したものとなっています。

 全体の流れとしては、基本を押さえながら、後に行けば行くほど、正規・非正規の格差、副業・兼業といったより今日的なテーマを扱っていることになりますが、1つの章の中においても、まず基本を押さえた上で、必要に応じて最近の法改正や裁判例なども押さえながら、今現場でどういったことが課題となっているか、それは今後どういった方向に向かうのかを探っています。

 例えば、第1章の「採用の自由」では、三菱樹脂事件などの過去の重要判定を検証しつつ、どこまで個人情報に関わる部分を調査していのか、あるいは面接で聞いていいのかといった実務的な問題に踏み込んでいきますが、両者の会話を通して、時代や社会環境の変化とともに、新たな論点や留意すべき点、判断が難しい点などが浮かび上がってきます。

 第9章の「正規・非正規の格差」でも、丸子警報器事件の判決を検証しながら、長澤運輸事件など最近の注目判決を読み解き、パート法からパート有期法法への法改正のポイントを踏まえつつ、今後日本的雇用は変わるかどうかといったことを論じています。

 まず、現行の法制度のルールや判例法理を踏まえた上で論を進めていますが、それらはいずれも人事パーソンであれば知っておきたいことばかりであるため、労働法の初学者の方にもお薦めです。一方で、現場で生じている(あるいはこれから生じるであろう)難しい問題にコンパクトに斬り込んでいるため、べテランにもお薦めです。更には、どの章からでも読めて、しかも楽しくすっと入り込めるように書かれているため、忙しい人や労働法の本はちょっと苦手という人にもお薦めという、三拍子揃ったスグレモノでした。

 個人的には、お堅いイメージのある有斐閣にしては思い切ったソフト趣向ながら、内実はオーソドックスであるという印象がありました。Special Guestの一人の清家篤氏、『定年破壊』('00年/講談社)での論から少し方針変更したんのだなあ(因みに、森戸英幸氏は『いつでもクビ切り社会―「エイジフリー」の罠』('09年/文春新書)で「定年破壊」に大いなる疑念を呈していたように思う)。

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パワハラ境界線ばかり気にするのではなく、働きやすい職場、良好な人間関係づくりをめざせと。

『最新パワハラ対策完全ガイド』2020.jpg 『最新パワハラ対策完全ガイド【付録】厚生労働省パワハラガイドライン全文』['20年]

 本書は、令和2年6月から、大企業に対して、改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)が施行されるのに合わせて刊行されたもので、企業のパワハラへの対応の義務化に際して、人事や窓口担当者、管理職が留意すべき対応のポイントは何かを、わかりやすく解説しています。

 第1章では、企業におけるパワハラ対策の必要性と意義を説いています。パワハラは今や企業不祥事となっており、パワハラ防止は組織を挙げて取り組むべき課題であるとし、また、パワハラ防止対策は、健康で健全な経営につながるとしています。

 第2章では、パワハラの定義と構成要件を整理しています。パワハラの法的責任が問われるケースを判例から説明するとともに、人によってパワハラと感じる範囲にズレがあるため、現場レベルでパワハラであるかないかを議論しない方がよく、判断基準にとらわれるとかえって問題がこじれるとしています。

 第3章では、管理職のパワハラリスクとその対処法を説いています。パワハラが起きる背景には「役割期待」のズレがあるとし、管理職に対し、いくら指導に熱心でも一線を越えてはならず、部下の受信力に合わせた発信をし、「役割期待」のズレを解消するよう説いています。

 第4章では、パワハラの被害を受けないようにするにはどうすればよいかを説いています。上司からマイナスの目で見られないために報連相をこまめに行うこと、「やりにくい上司」というネガティブな見方をリフレーミングという手法で変えること、「内的キャリア」を育て、仕事の意味を明確化すること、セルフリファー力(周囲や専門家に相談する力)を高めること、などを挙げています。

 第5章では、一人ひとりの「パワハラを許さない」という意識がパワハラを防ぐとしています。パワハラは当事者と人事部だけで解決する問題ではなく、第三者もパワハラの「見える化」に協力し、日ごろから周囲の人に関心を持つこと、気になることがあれば声かけをし、悩みを聞いてあげるだけでもサポートになるし、相談窓口につなぐのも第三者の役割であるとしています。

 第6章では、パワハラの相談を受ける技術を紹介しています。ハラスメントの担当者になったら留意すべきこと、被害者面談の進め方と注意点などをまとめています。

 第7章では、パワハラ対策の実効性を高めるにはどうすればよいかを説いています。人事に求められるプロジェクトをパワハラを中心に一本化することを推奨し、予防と再発防止を重視した取り組みを行い、「小さな芽」を摘むことを心がけるよう説いています。

 人事部、上司、部下、それ以外の第三者のいずれにとっても啓発的であるととも実践的な内容です。わかりやすく書かれていて、個人的には特に、第3章で、パワハラには、相手に意識が集中してしまう「ロックオン」とでもいう前段階があり、これによってマイナスエネルギー(ストレスやネガティブ感情)が溜まり、そのマイナスエネルギーが放出されるとパワハラになるという説明は腑に落ちました。
 
 パワハラかどうかの境界線ばかり気にするのではなく、「働きやすい職場」「良好な人間関係づくり」という前向きなアプローチの方が、パワハラを生まない職場づくりの近道になることを説いた、啓発的かつ実践的な良書だと思います。

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近年大きく発展している労働法の骨格・背景を描き、「読む教科書」として"優れモノ。

労働法入門 新版 (岩波新書.jpg 『労働法入門 新版 (岩波新書 新赤版 1781) 』['19年]

『労働法入門 新版』図1.jpg 本書は、労働法の基礎知識を解説した初版を、働き方改革関連法の施行開始を受けて8年ぶりに改訂したもので、「働き方改革」その他の法改正や最近の判例なども盛り込み、近年大きく発展している労働法の骨格とその背景を描きだすことを狙いとしたものであるとのことです。

 まず第1章「労働法はどのようにして生まれたか」では、労働法の誕生と発展の歴史を追うとともに、安倍内閣の「働き方改革」の趣旨と背景について解説しています。ここでは、働き方改革は、日本的雇用システムがもたらした社会的弊害の解消という側面とともに、日本経済に生産性・成長力の底上げとその成果の労働者への公正な分配によって成長と分配の好循環を実現するという安部政権の経済政策(所謂「アベノミクス」)としての側面を持つとしています。

 第2章「労働法はどのような枠組みから成り立っているのか」では、「法」とは何かということから説き起こし、人は何を根拠に他人から強制されるのか、労働法の「法源」について解説しています。その法源は、法が権利と義務の体系であるとすれば、1つは「契約(労働契約)」であり、もう1つは「法律(労働基準法などの強行法規)」であるが、さらに労働法に固有の法源として労働協約と就業規則があり、日本の労働法の体系は、①法律(強行法規)、②労働協約、③就業規則、④労働契約の4つの法源から成るとしています。そして、日本の労働関係の特徴として、①共同体的性格と②就業規則の重要性の2点について述べています。

 第3章から各論に入ったと言え、第3章「採用、人事、解雇は会社の自由なのか」では、雇用関係の展開と法について取り上げ、雇用関係の終了(解雇―解雇権濫用法理、整理解雇法理、退職勧奨、有期労働の雇止め法理等)、成立(採用―採用内定・内々定、試用期間、求人詐欺等)、展開(人事―人事権の一般的な規制枠組み、査定、昇進・昇格・降格、配転・出向・転籍、休職、懲戒処分等)について解説しています。

 第4章「労働者の人権はどのようにして守られるのか」では、労働者の人権の保護(雇用差別・障害者差別の禁止、正規・非正規労働者間の待遇格差の禁止、ハラスメントなどのいじめ・嫌がらせからの保護、内部告発の保護等)について解説しています。

 第5章「賃金、労働時間、健康はどのようにして守られているのか」では、労働条件の内容と法の関係を取り上げ、賃金(就労不能時の賃金、賞与や退職金の不支給規定、賃金引き下げ、最低賃金、政府による未払い賃金の立替え払い制度等)、労働時間(法定労働時間・休憩・休日の原則、名ばかり管理職問題、時間外・休日労働の要件及び割増賃金、高プロ・裁量労働制度、休暇・休業制度と不利益取り扱いの禁止、労働安全衛生、労災補償、過労死と過労自殺等)について解説しています。

 第6章「労働組合はなぜ必要なのか」では、労使関係をめぐる法について取り上げ、労働組合の存在意義と労働組合制度にまつわる基本的知識(団体交渉と労働協約、団体行動権の保障、不当労働行為の禁止等)及び日本の労働組合(企業別労働組合)の強みと弱みを解説しています。

 第7章「労働力の取引はなぜ自由に委ねられないのか」では、、労働市場を巡る法律について取り上げ、労働者派遣事業や職業紹介事業の法規制、雇用の促進のためのいわゆる雇用政策法について解説するとともに、日本の労働市場法をめぐる課題として、派遣労働者の雇用の安定と待遇の改善(多様な社会実態にあったセーフティネットの構築)、これまで企業内教育システムの対象とされてこなかった非正社員の教育訓練(政府がそれを制度的に促していく取り組み)の2点を指摘しています。

 第8章で「『労働者』『使用者』とは誰か」では、労働関係の多様化・複雑化と法について取り上げ、労働法における「労働者」の適用範囲は、労働基準法、労働契約法、労働組合法などで異なるとともに、労働法上の責任追及の相手となる「使用者」の範囲も同様に異なることを解説し、労働関係が多様化・複雑化するなかで、「労働者」や「使用者」という概念を再検討すべきときにきているのではないかとしています。

 第9章「労働法はどのようにして守られるのか」では、労働紛争解決のための法を取り上げ、労使の話し合いによる紛争の解決と行政による紛争の解決、最後の拠り所としての裁判所とその前の段階としての労働審判について解説しています。日本の労働紛争解決制度の最大の問題点は、実際の労働の現場では、紛争が数多く起きているにもかかわらず、裁判所の利用者数が欧米諸国に比べ圧倒的に少ないことであるとし、その他の選択肢も含め、労働者が問題を抱えたときどこに相談すればよいかを示しています。

 第10章「労働法はどこにいくのか」では、労働法の背景にある変化とこれからの改革に向けて述べています。ここでは、日本の労働法をめぐっては、労働法の対象となる労働者像が「集団としての労働者」から「個人としての労働者」へと転換しつつある中、「個人」としての労働者に視点を移して個別の労働契約をサポートする方向に進むべきであるとする見解と、人間らしい労働条件の実現のためには「国家」による法規制が重要であるという見解が存在しているとする一方、その中間にある「集団」というものに着眼し、労働組合、労働者代表組織、非営利団体等の「集団」的な組織とネットワークによる問題の解決・予防がこれからの労働法の重要な課題だとしています。国家」「個人」「集団」のそれぞれの役割を述べつつ、これからの労働法は、これらの適切な組み合わせが求められるだろうとしています。

 全体としては、タイトル通りのオーソドックスな「入門書」と言えるのではないでしょうか。人事パーソンの立場からすれば実務書というより教養書の類になるかと思いますが、労働法にある程度は通暁していると思われる人が読んでも、"復習"を通して、新たな知見が得られるものと思われます。旧版もそうでしたが、「読む教科書」として手頃な"優れモノ"であると思います。実務面でより深く学びたい読者は、ゼミナールテキスト形式で書かれた、同著者の『労働法』(有斐閣)などに読み進むのもよいでしょう。

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体験談中心だがその体験談がシズル感があった。新人弁護士に限らずお薦め。

労働事件21のメソッド.jpg 『こんなところでつまずかない! 労働事件21のメソッド』['19年]

 本シリーズは、新人や若手で経験の浅い弁護士がつまずきやすい事柄を、先輩弁護士が「21のメソッド」として示唆したものです。新人・若手の弁護士が事前に注意すべき事柄を理解し、その分野についての苦手意識・不安を軽減することを意図したもので、本書はその第7弾となる「労働事件」対応編です。

 タイトルに「21のメソッド」とあるように、労働者性、就業規則の不利益変更、休職規程、残業代計算、労働時間の把握、監督者、固定残業代といった係争になりやすいテーマと解決のポイントを21メソッド(章)にわたり取り上げていますが、それぞれ冒頭の概説は基本知識や留意点、判例などを簡潔にまとめ、続いて各テーマについて先輩弁護士の2~3の体験談を、全体では15名の弁護士が50近い体験談を寄せています。

 この体験談の中には、使用者側の相談に応じたものと労働者側の相談に応じたものがそれぞれあり、裁判になったものありますが、労働審判や話し合い等の裁判外での解決例も多く含まれています。さらに、上手く決着したものもあれば、やや不本意な結果に終わったものもあり、こうすればよかったという率直な反省などもあって、非常にシズル感のあるものとなっています。また、体験談の中で振り返りも行われていますが、加えて各章の終わりに、留意すべき点が「ワンポイントアドバイス」としてまとめられているが親切であり、それらが体験から導き出されているので説得力があります。

 解雇権濫用法理についての章がありますが、その前に、ハラスメントについて、ここだけ使用者側の立場からと労働者側の立場からとで各1章を割いているのが、昨今の労働事件の情勢を反映しているように思いました。使用者側に立つ場合は「甘い調査には辛い助言を」、労働者側に立つ場合は「裁判だけが能じゃない」と、アドバイスもシンプルに的を絞ったものになっているのがいいです。

 実際の労働事件は、裁判で勝つか負けるかではなく、話し合いなどを通じて双方が合意できる落としどころをどのように探るかが非常に重要になってくるということを改めて感じました。弁護士に相談が寄せられた案件ですらそうですから、この考え方は、現場で生じる個別労使紛争に広く通じると思われます。ただ、その落としどころの"相場感"というものは、裁判となった事例の判例集は多くあっても、裁判外で解決した事例を集めたものはあまりないため(本書でも紹介されている濱口桂一郎氏の執筆による『日本の雇用終了―労働局あっせん事例から』(2012年/労働政策研究・研修機構)があるが)、そうした"相場感"をつかむ上でも、本書は貴重であるように思いました。

 体験談を主とした構成であるため、物語を読むように読めますが、同時に多くの示唆を含んでいるように思いました。冒頭に紹介したように、先輩弁護士たちが労働分野での経験が浅い後輩弁護士のために書いた本ですが、弁護士の体験を追体験できるという意味では、企業内で労務に携わる人や社会保険労務士などコンサルタントが、労働事件(予防も含め)に対峙する際の知識・センスを身に着けるうえでも参考になる本であり、一読をお薦めしたいと思います。

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3分の2が「集団的労働法」関係であるところに時代を感じる。

『新労働法入門』1.jpg 『新労働法入門』01.jpg 
新労働法入門―堂々と主張し、がっちりもらうために (1975年) (サンポウ・ブックス)』/佐賀潜『労働法入門―がっぽり給料をもらうために (1968年) (カッパ・ビジネス)

 先に取り上げた佐賀潜の『労働法入門』('68年/カッパビジネス)から7年後の、1975(昭和50)年刊行で、やはり、1見開き1項目で読み易いです。

 佐賀潜の『労働法入門』は第1部が「労働基準法」で1~49の49項目、第2部が「労働組合法」で50~101の52項目、第3部が「労働関係調整法」で102~113の12項目で、「個別的労働法」と「集団的労働法」の比率が43:57となっていましたが、こちらはどうでしょうか。

 第1章「労働条件」が1~12の12項目、以下、「労働三権」の内の2つ、第2章「争議権」が13~34の22項目、第3章「団結権」が35~57の23項目、第4章「解雇・配転」が58~73の16項目、さらに第5章「労使関係」として74~92までの19項目です。最後の「労使関係」の中身を見ていくと、75の「10人以上の事業所の就業規則作成義務」、83の「職務外行為による解雇」、91の「出向命令」の3つ以外はほぼすべて労働組合や不当労働行為等について述べたものであり、「集団的労働法」に関わるものとみていいでしょう。

個別集団.jpg そうすると、「個別的労働法」に関わる項目が12+16+3=31、「集団的労働法」に関わる項目が22+23+19-3=61となり、個別的労働法:集団的労働法の百分比は31:61 ≒ 34:66と、何と7年前刊行の佐賀潜『労働法入門』を上回る、ほぼ3分の2が集団的労働法関係ということになります。当時労働法と言えば、まだかなりの部分、「集団的労働法」が含まれていたことが窺えます。

『新労働法入門』02.jpg 佐賀潜版は、カバー表表紙折り返しに当時の合化労連委員長(前総評議長)の太田薫が、カバー裏表紙に当時の都労委員長・塚本重頼が推薦文を寄せていましたが、こちらも、カバー裏表紙折り返しに太田薫、カバー裏表紙に塚本重頼が推薦文を寄せています。

 第4章「解雇・配転」の第72項で、「定年退職には本人の同意が必要か」として、「労働条件が不利益に改正されても、それが合理的なものであるかぎり、個々の労働者が同意しないからといって、その適用を拒否できない」という「秋北バス事件」の最高裁判決が出てきますが、当時、この会社の一般従業員は定年が50歳だったのだなあ。そこに、従来は定年の無かった管理職に55歳定年を導入したことによる不利益変更の合理性が争われ、「合理性あり」と判示された事件でした。

 この有名な判例の話が佐賀潜の『労働法入門』には出てなかったなあと思ったら、当該判決は佐賀潜『労働法入門』刊行年の昭和48年の暮れ、12月25日に出されていました。因みに、これも有名事件である「三菱樹脂事件」の最高裁判決も昭和48年12月12日に出されていて、佐賀潜の『労働法入門』の方では触れられていません(間に合わなかった)。裁判例は年月の経過とともに積み上げられていくものだなあと改めて思わされます。

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読み物を読むように読ませ、結果として記憶にも残るようになっていた。

『労働法入門』佐賀1.jpg 『労働法入門』佐賀-2.jpg 『労働法入門』佐賀2.jpg
労働法入門―がっぽり給料をもらうために (1968年) (カッパ・ビジネス) 』(イラスト:笠間しろう)『労働法入門―がっぽり給料をもらうために』[新カバー版]

『労働法入門』佐賀1-2.jpg 弁護士作家・佐賀潜(1909 - 1970)の『商法入門』『民法入門』などの「法律入門書シリーズ」の1冊であり、1973(昭和48)年4月刊行。1つの見開き1項目で、読み易いものとなっています。

 各項目は所謂「労働三法」の括りになっていて、第1部が「労働基準法」で1~49の49項目、第2部が「労働組合法」で50~101の52項目、第3部が「労働関係調整法」で102~113の12項目となっています。これはバランスが良いように見えますが、現在の労働法のテキストでは「労働基準法」など「個別的労働法」の記述が主で、「労働組合法」「労働関係調整法」など「集団的労働法」にはさほどページを割かないのが、本書では「個別的労働法」と「集団的労働法」の比率が49:64 ≒ 43:57と「集団的労働法」が「個別的労働法」を上回っているところに、隔世の感を覚えます。

 第1部「労働基準法」では、第1項が、労基法第1条(労働条件の原則)「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」の解説で、タイトルが「給料は、妻子を養うのに十分なものを要求していい」というくだけた表現になっているのが著者らしいです。

 第3項は、労基法第3条(均等待遇)「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」の解説で、「学生運動に熱中していたのを理由に、就職試験で落とされても、文句は言えない」と。採用条件は労働条件に当たらないというのは、均等法などは別として、労基法上の解釈としては今も変わっていません。文中に羽田事件や佐世保事件といった言葉が出てきますが、学生運動を経験していたことを理由とする本採用拒否の是非が争われた「三菱樹脂事件」の最高裁判決のことは書かれていないなあと思ったら、当該判決は本書が刊行された年の昭和48年の12月に出ていました。

 第11項は、労基法第16条(賠償予定の禁止)「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」の解説で、俳優が「他社の映画に出演したら違約金をとるという約束は、違法になることがある」としており、これは当時の映画界の「五社協定」を意識して書かれているのでしょう。

 第12項は、労基法(前借金相殺の禁止)「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない」の解説で、自身が旅先で美人芸者から相談を受け、前借金を理由に彼女の体を縛って歌いた置屋の女将を諭した経験談が出てきて、これなんか凄いなあ、こんな弁護士の体験談が書いてある本って今は無いのではと思います。

『労働法入門―0.jpg 第22項、労基法第34条(休憩)「使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。(中略)③ 使用者は、第一項の休憩時間を自由に利用させなければならない」の解説のタイトルが、「昼休みに愛人と同伴ホテルに行っても、かまわない」(笑)、第25項、労基法第39条(年次有給休暇)の解説タイトルが、「一年分の有給休暇を一度にとっても、かまわない」、とかなり極端な表現もありますが、分かりやすくするためのことでしょう。

 第31項、労基法第62条(深夜業)(現61条)の解説で、「映画女優やスチュワーデスには、深夜残業がみとめられている」とありますが、当時は女性の深夜業が一部の例外を除き認められていませんでした。著者が深夜番組「イレブンPM」のレギュラー出演者だった時、藤本義一の初代アシスタントを務めた安藤孝子や番組に出ていたカバーガールの話が出てきます。

 「バスガールの月経不順も、業務上の疾病である」(労基法第75条(療養補償))とか「業務上の負傷で、睾丸を失ったら、平均賃金五百六十日分の補償をとれる」(労基法第77条(障害補償))とか、「妾には遺族補償がない」(労基法第79条(障害補償))とか。とにかく面白く、読み物を読むように読ませ、結果として記憶にも残るようになっていたと改めて思いました。

商法入門1.jpg

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ただ試験に受かるためでなく、自らの人事的な知識・センスを磨く上でもお薦め。

『ビジネス・キャリア検定試験過去問題集』.JPGビジネス・キャリア®検定試験 過去問題集.jpg
人事・人材開発 2・3級 (ビジネス・キャリア®検定試験 過去問題集(解説付き))

 「ビジネス・キャリア検定試験」は、事務系職種のビジネス・パーソンを対象に平成6年(1994年)にスタートした、中央職業能力開発協会(JAVADA)が実施する公的資格試験で、事務系職業の労働者に求められる能力の高度化に対処するために、段階的・計画的に自らの職業能力の習得を支援し、キャリアアップのための職業能力の客観的な証明を行うことを目的としています。

 分かりやすく言えば、同じくJAVADAが実施する「技能検定」のホワイトカラー版といったところでしょうか。検定分野は「人事・人材開発・労務管理」「企業法務・総務」など8分野に区分され、その中に「人事・人材開発」「労務管理」「企業法務」「総務」など18部門(2級)があり、2級と3級の試験がそれぞれ年2回実施されています。

ビジネス・キャリア®検定試験 過去問2.JPG 本書は「人事・人材開発」部門の2級(部長補佐・課長級か)・3級(課長補佐・係長級か)の過去問題集です。一部、労働法関連の問題も含まれていますが、当然のことながら、労働法分野も「人事」の出題範囲内です。こうした過去問題集の刊行は本書が初めてですが、近年、「人事・人材開発」部門の出題傾向として、2級・3級とも新規問題よりも過去問題をそのまま乃至は一部改変して出題するケースの方が出題数に占めるウェイトとして高くなっていますので、Amazon.comのレヴューに「3度以上読めば、40問のうち3問は、読まない人より上乗せできると思います」とありましたが、あながち大袈裟とは言えないと思います。

 JAVADAはこれまでの過去問をウェブサイトで公表し、新たに実施された試験もこれまでと同じように試験後それほど日を置かずに公表していますが、正解の解答のみで解説が無かったので、今一つ、過去問を検証する動機づけが弱かったように思います。この過去問集を読むと(一度自分で解いてみるのが理想だが)、どうしてそのような答えになるのか納得することが出来、作問者の意図を嗅ぎ取るセンスのようなものが身につくのではないかと思います。

『ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 』.JPG そのうえで、(本書にすべての過去問が出ているわけではないので)その他の過去問をウェブサイトでチェックすれば、試験対策効果としては大きいと思います。もちろん、2級・3級についてはそれぞれ公式テキストがあるので、学習効果全体を向上させるためにはテキストの読み込みも欠かせないと思いますが、ほとんどの公的資格試験に当て嵌まることですが、より確実に合格ライン(当検定の場合は6割以上の正答率)を確保しようとするならば、過去問をやらない手はないと思われます。

 このように、活用すればしただけ試験で有利になるかと思いますが、ただ試験に合格するためというだけでなく、自らの人事的な知識・センスをチェックし、それをより一層磨きたいと思っている人にもお薦めです。

ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 人事・人材開発2・3級

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幸福に働くには?「働く人が時間主権を回復することが大切」に納得。

勤勉は美徳か?.jpg勤勉は美徳か? 幸福に働き、生きるヒント (光文社新書)』['16年]

 同著者による『君の働き方に未来はあるか?』(2014年/光文社新書)の後継書ですが、前著がこれから働き始める(あるいは働き始めてまだ間もない)若者を対象にしていたのに対し、本書は主に、これまで頑張って働いてきたけれどもなかなか幸福感を得られず悩んでいる人に向けて、幸せに働くことの意味を考えてもらうために書かれたものであるとのことです。

 第1章では、労働者が仕事において不幸になる原因をさまざまな角度から眺めています。ヒルティの『幸福論』を参考にしながら、仕事の「内側」に入ることができず、仕事に隷属して主体性を発揮できないことに問題の根幹があると分析し、仕事の様々な局面でできるかぎり主体性を発揮していくことが、幸福に働くうえでのポイントになるとしています。もちろん、労働者個人の立場みれば主体性を発揮したくともできないこともあるが、本人の努力次第で主体性を発揮できる領域もあるとのことです。

 第2章では、仕事の目的を金銭などの物質的な満足に陥ってしまい、他人の評価を気にして働くことが不幸につながるとしています。他人の評価を気にして働くことがいけないというのではなく、公正な評価を受けて働くということは、自らが社会で承認されるという精神的な満足をもたらし、幸福な働き方につながり、ここで大切となる主体性とは、公正な評価をする良い会社を自ら探していくことにあります(つまり、良い会社をみつけることが、働くうえで重要な意味をもっているということである)。

 第3章では、「いつ」「どこで」という面で会社からの拘束をできるだけ受けないようにするという意味での主体性を論じています。その際に重要となる理念が「ワーク・ライフ・バランス」であり、テレワークが普及すると、「いつ」「どこで」という制約が徐々になくなり、「ワーク・ライフ・バランス」を実現しやすい社会が到来するだろうとしています。

 第4章では、そうなると、何を仕事としてやっていくかが重要になり、それは「どのように」働くかにも関係してくるとしています。目の前の仕事にエネルギーを吸い取られてしまい、将来に繋がらないような仕事をしてしまうのではダメで、但し、ここでも技術の進歩により、仕事の大きな新陳代謝が起きることが予想され、仕事の将来展望は不透明になってきているとしています。だからこそ、政府が労働者の職業キャリアを保障するキャリア権が重要になるが、それは「基盤」にすぎず、その基盤のうえにどのような幸福を築くかは、個々の労働者が主体的に追求しなければならない、但し、そのことが容易ではないからこそ、政府が労働法によって、直接労働者の幸福を実現する必要がある、ともいえるとしています。

 第5章では、政府による幸福の実現に、どこまで期待できるかを検討し、結論としては、政府にあまり期待しすぎてはならないとしています。労働法によって労働者の権利を保障しても、かえって副作用や権利が十分に行使されない面があったり(著者は一部の"お節介が過ぎる"法律に疑問を呈している)、また、経営者の自由や労使の自治を無視して政府が介入するには限界があるとしています。

 第6章では、政府による幸福の実現は難しいとしても、これまでの雇用文化を変えて、社会で労働者が幸福になりやすい土壌を作ることはできるのではないかという観点から、特に問題となる日本の休暇文化の貧困性を、法制度面と実態面から取り上げ、日本の労働者がもっと休めるようにするための法改正と意識改革のための具体的な提案を行っています。

 第7章では、そうした意識改革は、日本人の美徳とされてきた勤勉さの面でも行う必要があるとして、勤勉に働くことの意味を問い直しています。そして、勤勉さを否定し去るのではなく、主体性を損なうほどの過剰な勤勉性は避ける方が望ましいと提言しています。企業秩序は労働者に重くのしかかるが、それを乗り越えて、もっと自由に働き主体性を発揮できるようにならなければ、労働者は幸福にはなれないとしています。

 第8章では、第1章で提起した主体性の意味をもう一度問い直し、幸福な働き方の鍵は、一人ひとりの日常の仕事の中に創造性を追求し、そこに精神的な満足を見出すことであるが、特に重要なのは、時間主権を回復することであるとしています。ホワイトカラー・エグザンプションは批判されることの多い制度であるが、制度の真の目的は時間規制を取り除き、労働者が仕事において時間主権を取り戻し、創造的な仕事をするための主体性を実現することにあるとしています。

 本書の結論としては、幸福な働き方とは、日常の仕事に創造性を追求して主体的に取り組むこと、かつ、そのために必要な転職力を身につけるために主体的に行動すること、という二重の主体性をもって実現できるということになります。そして、その実現は容易ではないが、最後は自分自身でつかみ取らねばならないとしています。

 労働法学者でありながらも労働法の限界を見極め、労働法や政策によって働く人の幸福を実現するのは難しいとしても、雇用文化や働く人の個々の意識改革は可能なのではないかとし、とりわけ一人ひとりの日常の仕事の中に創造性を追求し、そこに精神的な満足を見出すうえで特に重要なのは、働く人が時間主権を回復することであるという導き方は、非常に説得力があるように思えました。

 安易な時間外労働をなくし、しっかり休むことでワーク・ライフ・バランスを実現することが、働く側がより自由に自らの個性を活かして働くことに繋がり、更にはそれが組織の活性化に繋がるということ、また、働く側が主体性をもって働くことが、自らの専門的技能を高めて、いつでも転職できるようなキャリアを形成することに繋がるということになるかと思います。

 ビジネスパーソンにとって働くということについて今一度考えてみるのによい啓発書であり、また随所に労働法学者の視点や法律に対する見解が織り込まれていることから、人事パーソンにもお薦めできる本です。

《読書MEMO》
● 目次
はしがき
【第1章】労働者が不幸となる原因を考える ―― 過労・ストレス・疎外
【第2章】公正な評価が、社員を幸せにする ―― 良い会社を選べ
【第3章】生活と人生設計の自由を確保しよう ―― ワーク・ライフ・バランスへの挑戦
【第4章】「どのように」「何をして」働くかを見直そう ―― 職業専念義務から適職請求権まで
【第5章】法律で労働者を幸福にできるか ―― 権利のアイロニー
【第6章】休まない労働者に幸福はない ―― 日本人とバカンス
【第7章】陽気に、自由に、そして幸福に ―― 勤勉は美徳か?
【第8章】幸福は創造にあり
あとがき
●トラバーユ(travail)の意味(42p)
 ①仕事 ②陣痛
●アンナ・ハーレント(43p)
人間の活動の3類型とギリシャへの置き換え
「action」...公的な活動(市民)
「work」...その結果が「作品」として評価されるもの(職人)
「labor」...奴隷のやる仕事(奴隷)

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「事例」設定により、実際に起こり得る労働問題の労働法全体での位置づけが分かるようになっている。

水町 勇一郎  『労働法 [第7版]』7.JPG水町 勇一郎  『労働法 [第7版]』.jpg
労働法 第7版』['18年]

 本書は、2007年に初版が刊行された労働法の教科書ですが、第2版以降2年ごとに改訂を重ね、今回が第7版になります。前々回から前回の改訂までの間に、次世代法、パートタイム労働法、労働者派遣法などの改正の動きがありましたが、今回は、雇用保険法、育児介護休業法、男女雇用機会均等法などの改正があり、また、「働き方改革」の実現に向け、労働基準法改正案等が国会に提出・審議され予定であることを踏まえ、そうした法改正(案)の動きを反映したものとなっています。

 全体の構成はこれまでと同じですが(第5版の時に第3編に「第3章 非正規労働者に関する法」が新設された)、本書の特徴は、労働法の背景にある歴史や社会の基盤を踏まえ、労働法の理論と動向を描出していることにあります。また、そうした視点で労働法全体を体系的に整理するとともに、「事例」(基本的には判例に準拠し簡素化されている)によりケーススタディ的に解説することで、実務において実際に起こり得る労働問題が、労働法全体の中でどのような位置づけになるのかが分かるようになっているのも、本書の特徴であるかと思います。

 そうした「事例」が設けられているため、セミナール形式の授業のテキストとしても使えるようになっていますが、「事例」から導かれるそれぞれの論点について、根拠となる条文や法理が網羅されているばかりでなく、そこから結論に至るまでの道筋も丁寧に解説されているため、一人で読むのにもまったく問題ありません。ただし、一人で読む際も、「事例」のところで自身で一度、その事案は労働法上どのような扱いになるかを考えてみたうえで、次に読み進むとよいかと思います。

 全体を通して、判例の立場を重視し、条件や背景の違いによって判決が違ってくる場合があることを、重要判例や最新の裁判例を理論的に分析しながら解説しています。さらには、時代の動向を踏まえつつ、著者なりの見解も述べられています。そうした著者なりの見解は、「考察」といった形で述べられていることもありますが、文中にある「コラム」欄においてもかなり言及されていて、できれば「コラム」欄は読み飛ばさない方がよいかと思います。

 教科書であり、ただし、内容レベル的には専門書でもありますが、一人の著者によって書かれたものであることもあり、全体の統一感があって、内容の硬さのわりには読みやすいです。少しずつ読み進めば、初学者であっても最後まで読み通せるものであり、多忙な企業内実務者についても同じことが言えるかと思います。

 取り上げている判例数も多く、労働法をある程度学んだことがある人にとっても、読み応えは十分かと思います。重要判例については『労働判例百選』(第9版)と対応しているため、さらに判例を堀下げて理解したければ、『百選』を参照しながら読むのもよいかと思います。ただし、読者に裁判例を多く知ってもらうことが本書の目的ではなく、労働法に関するセンスのようなものを身につけてもらうのが目的であると思いますので、まずは本書を通しで読んでみることをお勧めします。

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労働法上の重要論点の問題意識を鮮明にして読者に投げかけ、議論を喚起している良書。

雇用社会の25の疑問第3版.JPG雇用社会の25の疑問 3.jpg
雇用社会の25の疑問 労働法再入門(第3版)』['17年]

 本書は、2007年に初版、2010年に第2版が刊行されており、7年ぶりの改訂新版になります。労働法上の重要論点を取り上げ、著者なりの問題意識を鮮明にして読者に投げかけ、議論を喚起するというスタイルの本です。人事の仕事に携わっている人にとっても理解が曖昧になりがちな労働法の様々な疑問点について、基本理論や判例などについて明快な文体で懇切丁寧に解説しています。専門テキストレベルの突っ込んだ内容でありながら、全体を"学者言葉"で埋めつくすようなことは控えており、深い内容ながら読みやすいものとなっています。

 提示されている25(話)の疑問には労働法学者としての鋭い視点が窺え、それはまた、読む側に新たな気づきや問題意識を与えてくれるものとなっています。例えば、一般に労働者によかれとしてなされている法改正が、果たして労働者のためになるものなのだろうかという見方を示したり、リーディングケースとされている判例にも、今の社会に置き換えた場合どうかといった疑念を挟んだりするなど、常に、社会のあり方、変化を見据えつつ、原点に立ち返って考える姿勢が見られます。

 また、"法律"の視点だけでなく"人事"の視点も入れて様々な考察を行っているのも本書の特徴です。各話の末尾には、冒頭の「疑問」に対する著者なりの「結論」が付されています。「疑問」に対してすっきりした解答を出し切れていないものもありますが、むしろ、そうした様々な要素が複雑に絡み合っているのが、「雇用社会」の実際なのだと改めて感じさせられます。法律は世の中の変化と相互に影響し合っており、世の中の変化に目をやることなく、また、法律の真意を探ることなく、金科玉条のごとく盲信、盲従することの危うさを示唆しているようにも思えました。

 初版、第2版では、第1部が「日頃の疑問を解消しよう」(労働者側、会社側の両側からのそれぞれの疑問を扱っている)、第2部が「基本的なことについて深く考えてみよう」、第3部が「働くことについて真剣に考えてみよう」となっていたのが、今回は第2部の見出しが「政策について考えてみよう」に改まっています。著者によれば、これは、労働法をめぐる議論が、法解釈から立法政策へと重点が移行しつつある状況に対応したものであるとのことです。

 例えば、その第2部では、第12話「ジョブ型社会が到来したら、雇用システムはどうなるか」、第13話「労働法は、なぜ個人自営業者に適用されないのか」、第14話「正社員と非正社員との賃金格差は、あってはならないものか」、第15話「女性活躍の推進は、本当に法律でやるべきことなのだろうか」といった今日的テーマが連なり、さらには、障害者の雇用促進や外国人労働者問題を新たに取り上げています。

 第3部では、第24話「第4次産業革命後の労働法はどうなるのか」で最新のテーマを扱い、第25話「私たちにとって、働くとはどういうことなのか」も、機械が労働を担い「働きたくても働けない」AI時代を想定したうえでの働く意味の問いかけとなっています。

 全体として、第2版と比べても3分の1程度が新規テーマであり、従来とテーマが同じ章でも、法改正への対応はもとより、内容がより昨今の実情に沿った方向に書き改められている箇所もあり、初版、第2版の既読者であっても、読む価値はあるように思いました。お薦めです。

 判例解説は巻末に「判例等索引」があり、ネットでの検索に必要な事件番号が付されているほか、同著者の『最新重要判例200 労働法 第4版』('16年/弘文堂)で取り上げているものは、同書内での番号も付されているので、本書と併せて参考にするとよいかと思います。

《読書MEMO》
●目次
第1部 日頃の疑問を解消しよう
第1章 労働者の疑問
 第1話 労働条件の決定おける「合意原則」とはどのようなものか
 第2話 社員は、会社の転勤命令に、どこまで従わなくてはならないのか
 第3話 社員の副業は、どこまで制限されるのか
 第4話 会社が違法な取引に手を染めていることを知ったとき、社員はどうすべきか
 第5話 労働者には、どうしてストライキ権があるのか
 第6話 公務員は、どこまで特別な労働者なのか
第2章 会社の疑問
 第7話 会社は、美人だけを採用してはダメなのであろうか―採用の自由は、どこまであるか
 第8話 会社は、どのようにすれば社員を解雇することができるか
 第9話 会社は、社外の労働組合とどこまで交渉しなければならないのか
 第10話 会社は、社員のSNSにどこまで規制をかけてよいのか
 第11話 会社は、なぜ社員のメンタルヘルスに配慮しなければならないのか
第2部 政策について考えてみよう
 第12話 ジョブ型社会が到来したら、雇用システムはどうなるか
 第13話 労働法は、なぜ個人自営業者に適用されないのか
 第14話 正社員と非正社員との賃金格差は、あってはならないものか
 第15話 女性活躍の推進は、本当に法律でやるべきことなのだろうか
 第16話 障害者の雇用促進は、どのようにすれば実現できるか
 第17話 高年齢者への雇用政策はどうあるべきか
 第18話 少子化は雇用政策によって対処することができるか
 第19話 日本は外国人労働者にどのように立ち向かうべきか
 第20話 ホワイトカラー・エグゼンプションの導入は、なぜ難しいのか
第3部 働くことについて真剣に考えてみよう
 第21話 キャリア権とはいかなる権利か
 第22話 私たちは、どうして長時間労働で苦しんでいるのか
 第23話 労働者派遣は、なぜたたかれるのか
 第24話 第4次産業革命後の労働法はどうなるのか
 第25話 私たちにとって、働くとはどういうことなのか

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「柔らかい」けれども「骨のある」内容。初学者のみならず、人事パーソンに広くお薦め。

プレップ労働法 [第5版].jpgプレップ労働法 [第5版.jpg プレップ労働法 [第5版].png
プレップ労働法 第5版 (プレップシリーズ)』['16年]

 「プレップ」(予習、準備の意味)という名の通り、労働法をこれから学び始める人や実務で労働法の知識が必要となった人向けの入門書です。2006年の初版以来10年を経ましたが、コンパクトながらも労働法の主要な部分を広くカバーしていることに加え、労働法が実際に当てはまる場面を、職場でリアルに交わされていそうな「会話」で織り込みながら分かり易く解説しているため、初学者だけでなく実務者の間でも安定した評価を得ているのではないかと思います([第5版]という改訂数からしても)。

 今回は2013年刊行の[第4版]から3年ぶりの改訂ですが、労働者派遣法、障害者雇用促進法の改正に対応する一方で、全体でB6版300ページぐらいのボリュームに抑えているため([第3版]の時は330ページあった)、法律の本と言うより、やや厚めの新書本を読むような感覚で読めるのがいいです。

 "職場でリアルに交わされていそうな「会話」"と書きましたが、
 ―イイズカ人事部長「キミは思ってたより使えないので、本採用しないことにします」
  内定者マオさん「えー、そんなあ......今さらそんなこと言われたって困り ます。だいたいですね、そんなに使えるヤツだったらこんな会社に来てないと思います」
  ストンと腑に落ちたイイズカ「......(一理あるな)」

 ―モンスター契約社員ナナコ「なんで私には通勤手当が支給されないんですか? ただ契約が有期だから、ですよね? これは不合理な契約条件の相違です! ああ差別! ああ格差社会!」
  ヤマナカ人事部長「違うよ! 会社まで徒歩5分のところに住んでいるからだよ!」

などといった、漫才のような会話が満載で、楽しみながら読めることは請け合いです。分厚い教科書で労働法を勉強しようとして挫折した人も、本書であれば、軽いノリで学べるのではないでしょうか。

 ただし、そうしたとっつきやすさもさることながら、解説の方は、最新の裁判例や近年の労働問題のポイントなども踏まえながら、かなり労働法の深い部分に分け入っているため、ただ書かれている内容を覚えると言うよりも、考えながら読む要素が大きく占める本でもあります。その意味では、テキストとして初学者向けに限られるものではなく、今まで労働法をある程度学んできた実務者が読んでも、もの足りなさを感じることはないのではないように思います。

 いわば、「柔らかい」けれども「骨のある」内容です。実際、これまでも改訂の度に本書をこっそり(?)読んでいた人事部や法務部の人もおられるかもしれませんが、改めて人事パーソンに広くお薦めしたいと思います。

【2019年改訂第6版】

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『Q&A 管理職のための労働法の使い方』の改題・改定版。人事パーソンにもお薦め。

IMG_2724.JPGQ&A 部下をもつ人のための労働法改正.jpg
Q&A部下をもつ人のための労働法改正 (日経文庫)』['15年]

 同著者による『Q&A 管理職のための労働法の使い方』('13年/日経文庫)の2年ぶりの改訂版で、職場で起きる労務問題について、管理職としてどう対応したらよいかを、Q&A形式で具体的にまとめたものです。「労働時間・残業を管理する」「セクハラ・パワハラを防ぐ」「派遣労働者を管理する」など現実に起きうる問題を全10章に類型化し、合計55問のケースを掲載、労働法の知識を頭から順番に教科書的に解説するのではなく、現実に起こり得る問題を具体的に想定して、どのタイミングで何をすればいいのかを、実践的な観点から解説しています。

 法律の解説部分は、人事パーソンにとっては"おさらい"的なレベルでしょう。しかしながら、職場の管理職が人事部とどう連携するかという視点から解説されているため、職場の管理職が単独であるいは人事部と連携して対応していくそのやり方が分かるだけでなく、それを引き取った人事部が、引き続き職場の管理職と連携してどのような形で問題への対応に当たるのが望ましいのかを知る上でも、多くの示唆が含まれているように思いました。

 例えば、「労働時間・残業の管理」について解説した第1章には、朝、勝手に早い時間に出社し、早出残業をつけている社員がいて、そのやめさせ方をどうすればよいかという問いに対し、「始業時間までは勤務に入らず、始業時刻になったらただちに勤務=仕事に取りかかれるように、それ以上はしないように、と指示すればよい」としていますが、こうした問題などはまさに、法律問題というより、その職場に合ったルールづくりの在り方の問題なのでしょう。

 「さぼる社員、言うことを聞かない社員をどうただすか」を解説した第3章では、社外の人への態度が悪く、評判の悪い社員に対して、その態度を改めさせるためにどうすればよいかという問いに対し、業務指示として将来の行動規範を具体的に示すことで、改善指導の対象・目的を明確にするのがよいとし、更に、「なぜ、私だけにそういう指示をするのか」といった社員の反撃に対する対処の仕方も具体的に書かれています。

 無断欠勤が続いている社員を解雇せざるを得ない場合、長期無断欠勤が自然退職事由になっておらず普通解雇事由になっている場合は、解雇の意思表示が本人に到達しなければなりませんが、配達証明付内容証明郵便で解雇通知を発送して本人が受け取り拒否した場合は"未到達"になるため、解雇の効力が発生せず、このような場合においては、内容証明郵便ではなく普通郵便で発送するようにする―といった具体的な方法論についても触れられており、この辺りはむしろ人事部マターとしての基礎知識と言えるかと思います。

 以下、病気の社員、問題行動のある社員への対応、セクハラ・パワハラの防止、有期労働者の管理、派遣労働者の管理、請負労働者の管理、トラブル発生への予防と対応、外部の労働組合への対応など幅広い問題について、ともすると職場の管理者だけでなく人事パーソンでさえ判断を誤りがちなケースを設問形式で取り上げ、予防や事後のフォローなども含め丁寧に解説しています。

 改訂版ということで、『Q&A 管理職のための労働法の使い方』から章立て等は変わってはいませんが、最新の改正法を踏まえた内容になっており、ストレスチェック制度については、第1章の「労働時間・残業を管理する」の中で解説されており、改正派遣法については第8章の「派遣労働者を管理する」の中で解説されています。

 日経文庫という地味め(?)のレーベルで、「部下をもつ人のための」とタイトルにあるため、職場の管理職のための本であると取られて人事パーソンはついスルーしてしまいがちかもしれませんが、人事パーソン自身が職場の管理者とともに労務問題への対処の在り方を考えていくうえで、改めて気づかされる点、考えさせる点が少なからずある本です。お薦めです。

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法改正によって派遣法が「常用代替防止」という概念から解き放たれたという考えは賛同できる。

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派遣新時代 ~派遣が変わる、派遣が変える~ (幻冬舎ルネッサンス新書)』['15年]

 2014年に2度国会で廃案となり、2015年の国会でも議論が紛糾した労働者派遣法の改正案は、衆議院で可決(強行採決)されたものの、その約2ヵ月を経た現在も参議院厚生労働委員会での審議は終わらず、当初9月1日としていた施行日を9月30日に修正したいと与党側が提案するに至っています。こうした背景には、野党側の反対だけでなく、改正案では、専門26業務の区分が廃止され、すべての派遣労働者の受け入れ期間が個人単位で最長3年までになることから、雇用を不安定にするという不安が世論的にも根強くあることが窺えます。

 一方、派遣会社の経営者による本書は、今回の改正を歓迎する立場で書かれています。第1章「ようやくわかりやすくなる派遣の働き方」では、派遣で働くときは1か所で原則3年までになるといった改正案のポイントを解説するとともに、はじめて派遣社員の継続雇用に目配りがいった改正案であり、派遣先への直接雇用を後押しするものであるとしています。

 第2章「なぜ派遣労働は誤解されてきたのか」では、派遣という言葉にはネガティブなイメージが色濃く刻まれているが、「派遣社員=カワイソウ」という方向でばかり物事を見ていると現実を見誤ることになり、積極的に派遣という働き方を望む労働者の声も無視してはならないとしています。但し、「消極型派遣労働者」が置かれている厳しい状況は楽観できるものではなく、彼らを漂流させたままにしてきた派遣業界にも責任はあるだろうが、ディーセント・ワークの提供など、日本の派遣も変化しなければならない段階にきているとしています。

 第3章「派遣社員と正社員ではここが違う」では、派遣の仕組みを説明するとともに、派遣会社は何のためにあるのかを改めて考察し、派遣労働者が「非正規」というカゴから飛び出したくても飛び出せないのは、その問題を放置したまま"増改築"を繰り返して複雑化した法律にも問題があったとしています。

 第4章「派遣と偽装請負の危ない関係」では、派遣が問題となる背景には、違法派遣や偽装請負が横行してきた実態があるとして、派遣と請負の違いを解説しています。

 第5章「派遣のルーツを探る」では、「派遣」というものが英文タイピストの不足から生まれ、政令26業務のネガティブリスト化によって複雑化し、一方、業務請負は、製造派遣禁止の代替として成長したとしています。

 第6章「長妻プランと民主党政権下での混乱」では、2009年に誕生した民主党政権化で、それまでの労働者供給事業の規制緩和路線が一転して規制強化に向かい、その象徴が「専門26業務」のうちの「事務用機器操作の業務」と「ファイリングの業務」を実態を顧みずに狙い撃ちした"長妻プラン"であり、これにより多くの派遣社員が職を失ったとしています。本章では、「離職後1年以内の派遣受け入れ禁止」なども、実態にそぐわないものとして見直すべきだとしています。

 第7章「『正社員のため』から『派遣労働者のため』へ」では、2015年改正の派遣法は、はじめてできた派遣労働者を守るための法律であり、「業務内容」によって決められていた派遣期間が「人」を基準とするようになるというのが大きな変更点であるとともに、従来の特定労働者派遣・一般労働者派遣の区別が撤廃され、すべてが許可制になることがポイントであるとしています。更に、「常用代替防止」というあたかも派遣法のコンセプトのように用いられてきたる考え方は、もはやその意義を喪失しているとしています。

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「割増賃金」問題にメスを入れることがホワイトカラー・エグゼンプション論の狙い。

労働時間制度改革.jpg労働時間制度改革』(2015/02 中央経済社)

 ホワイトカラー・エグゼンプションの法制化をめぐる議論はここ十年来続いていると言えます。2007年、第1次安倍内閣はホワイトカラーエグゼンプション制度を検討しましたが、過労死の懸念が強く示され、法案提出に至りませんでした。その後複数回法案提出されましたが野党から「残業代ゼロ」制度などと評され廃案となり、それが「高度プロフェッショナル制度」と名を変えて今年['18年]4月の国会に提出された働き方改革関連法案に再度盛り込まれ(数の力で)成立、対象職種は証券アナリスト・研究開発職・コンサルタントなど、年収は1075万円以上が想定されています(最終的な適用範囲は労働政策審議会での議論を経て厚生労働省令で定める、2019年4月施行)。

 これまでの議論をみると、割増賃金を廃止する制度を導入するのは論外であるという意見もあれば、これを「時間ではなく成果で賃金を支払う制度」と定義して「ホワイトカラー・エグゼンプション=成果主義賃金」として捉え、導入を主張する声もありました。しかし、本書の著者は、どちらの主張にも物足りなさを感じると言います。その原因は、ホワイトカラー・エグゼンプションが、労働基準法の改正論=法律問題であるという意識が希薄なまま議論されていることにあると言います。

 著者によれば、労働時間は、一見誰にも語れそうで、実は、法律の専門家でも理解が難しい部分がある「落とし穴の多い」分野であるとのことです。本書では、まず、労働時間制度を論じるために知っておく必要がある法律の基本知識(労働基準法の第4章「労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇」の条文やそれに関する判例)を分かりやすく解説したうえで、現行の法律にどのような問題があるかを読者とともに考えていく情報を提供し、加えて、外国の労働時間制度がどのようになっていのかを紹介しています。そして最後に、労働時間改革をめぐる現在の議論を整理したうえで、著者の改革案を提示しています。

 サブタイトルに「ホワイトカラー・エグゼンプションはなぜ必要か」とあることから、著者の主張がある程度は予測され得るものですが、いきなりそうした議論に入るのではなく、このように、労働時間法制の成り立ちから説き起こして、日本の労働時間規制は労働者の健康保護に本当に役立ってきたのだろうかといった疑問を投げかけるとともに、先進諸外国の労働時間法制との比較を通して、日本の労働時間規制のどこに問題があるのかを、まず考察しているわけです。

 それによれば、これまでの三六協定の実態などからして、日本の労働時間規制は①"上限規制"が生ぬるく、②過半数代表者は企業のイエスマンがなりやすくてチェック機能として働かず、③大した必要がなくても時間外労働させることができ、④割増賃金のごまかしが横行する一方でぺナルティ機能は果たされておらず、⑤労働者の方も割増賃金があると時間外労働をそれほど嫌がらなくなってしまい、⑥残業になると労働時間にカウントできるかどうかわからない仕事が増え、⑦課長や店長には簡単になれるがそうなると割増賃金がもらえなくなり、⑧週に1度の休日といっても出勤させられことが少なくない―等々、問題山積であるとのことです。

 興味深いのは、割増賃金が労働時間抑制につながっているかは疑問であり、少なくとも労働者側からすれば、割増賃金があるからもっと働きたくなってしまうのではないかと、そうすると健康面では逆効果となり、そこで著者は「割増賃金不要論」を唱えている点です(実際、ドイツのように、法律上の割増賃金規制を撤廃した国もある)。個人的には、大企業に限って言えば、著者の指摘はかなり当たっているように思いました。

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初任または若手の人事部員にお薦めだが、上司が読んでもいい。

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会話でマスター 人事の仕事と法律』(2017/04 中央経済社)

 本書は、初めて人事労務に携わる人や初めて人事労務を学ぶ人のために、人事労務のアウトラインを会話形式で示したものです。舞台は化学品メーカーで、主要な登場人物は、新卒入社して支社で3年間営業に携わった後に新たに本社の人事部に配属になった若手社員と、2年前まで人事部長を務め今は役職定年で専任部長になっている人事一筋35年のベテランの2人で、ベテラン専任部長が人事部1年生に定期的な会話の場を通して(時に居酒屋で)、人事労務や労働法についてレクチャーするという形式をとっています。

 かつて経営団体に勤務し、現在は大学で教鞭を執る著者は、1つの人事労務の問題に対して常に経営的側面と労働法的側面から検討する必要性を感じていたとのことで、その両者を一冊にまとめた書物がなく、著者自身が以前にそうした本を著したものの、それはあくまで学生向けのものであったため、この度、初任実務者にとっても参考になる本を刊行することを狙いとして、本書を著したとのことです。

 全30講+補講から成り、前20講が「人事労務編」、後10講「法律編」となっています。「人事労務編」では、人事労務の目指すものは何かということから始まって、募集・採用、異動・配置、人事考課、教育・訓練、昇進・昇格、定年・退職・解雇、懲戒、賃金、賞与・退職金、福利厚生、労働時間、労働組合などを扱っています。特に労働組合関連に7講を費やして丁寧に解説しています。後半の「法律編」では、労働法の体系から入って、労働基準法、労働契約法、労働組合法、雇用機会均等法・育介法などを扱い、人事労務に関係する法律の主要なものは押さえていると言えるかと思います。

 全体を人事編、労務編と分けるのでなく、前20講の「人事労務編」の中で、必ずしも答えは1つとは限らないマネジメントの問題も扱えば、法律で決まりごととして定められている労働法の問題も扱っていて、それが自然な流れとして感じられ、改めてこの両者が密接な関係にあり、不可分なものであることを感じました。その上で、それらとは別に、体系的に解説した方が分かりやすい法律のポイントを、後半部の10講で、これも会話形式ですっきりまとめています。

 網羅している範囲は広いですが、全体を通して会話形式であるため分かりやすく、また時に新人と専任部長のユーモラスなやりとりもあって読みやすいです。基本的には入門書ですが、最近の人事とそれを取り巻く環境の変化や今後の課題なども織り込まれていて、内容的には密度が濃いように思いました。

 人事マネジメントや人事の制度等については、概ねオーソドドックスなことが語られたりスタンダードなものが紹介されたりしていますが、外資系の会社ではまた違ってくるといった話があったりし、また、専任部長の言葉を借りて著者の考え方が示されている箇所もあるように思いました。

 読み手の側からすれば、「ウチの会社はちょっと違うな」と思われる部分もあるかもしれませんが、それはあって当然ではないかと思います。初任または若手の人事部員に本書を読んでもらい、どの点が納得でき、どの点がすんなり飲み込めなかったかを話し合ってみるのも良いかと思います。そのためには上司も本書を読まなければなりませんが、人事・労務の基本をおさらいするとともに、自社の人事マネジメントや人事制度を一般の会社のそれらと比較した場合の相対的位置づけを探るという意味では、いずれの職層の人事パーソンにとっても読む価値があるのではないかと思います。

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社会保険労務士の仕事と役割を丁寧に解説。

労働・社会保障実務講義.jpg労働・社会保障実務講義 0.JPG
労働・社会保障実務講義: 社会保険労務士の仕事と役割

支援講座.jpg 「社会保険労務士稲門会」編の、社会保険労務士の仕事と役割を解説した本で、早稲田大学で学部生向けに行われている支援講座「社会保険労務士実務概論」のテキストでもあります。「第Ⅰ部・労働法と人事労務管理の今日的課題」と「第Ⅱ部 社会保障制度の今日的課題」の2部構成、全14講から成り、第1講で、社会保険労務士とはどのような資格・士業なのかについて、社会保険労務士法を基本に、その役割と業務内容、社会的使命について述べています。

 第Ⅰ部の言わば「労働法編」の第2講では、労働法規の成立過程と日本の社会を形作ってきた特徴が概括的に述べられています。第3講から第7講は、労務・人事関係です。採用・募集、就業規則、賃金・労働時間等の労働条件に加え、雇用形態の多様化と人事労務管理について述べています。労働の意義とそこから派生する問題点を社会保険労務士ならではの労使双方からの視点により、実務に即した課題解決の指針を示しています。

 第Ⅱ部の言わば「社会保障編」の第8講では、社会保障関連法規の成立過程と日本の社会を形作ってきた特徴が概括的に述べられています。第9講からは、主に社会保障制度を形作る法律に関係する各論となり、第11講までに安全衛生・労災・雇用の各関連法規について触れ(セーフティーネットとしての広義の社会保障制度という捉え方で、ここでは労災保険や雇用保険が社会保障制度の一環として区分されている)、第12講と第13講では、医療保険・年金制度の問題点が学究的切り口から整理されています。

労働・社会保障実務講義4.jpg 社会保障制度の中心をなす諸法について、社会保険労務士の今後の活動の中で共に解決すべき課題を提起するとともに、読者に社会保険労務士の業務や実務を知ってもらうために、「コラム」として、各講の中では触れられなかった社会保険労務士の専門性の能力発揮例として、社会保険労務士が行うコンサルティング業務、個別労働紛争解決で特定社労士が果たす役割、賃金に関する考察といった個別的具体的なテーマについて述べています。

 「社会保険労務士稲門会」とは、早稲田大学校友会認定の職域稲門会(早稲田大学卒業生の会)であり、会員相互の親睦と情報交換を図り、定期的な研修会等を通じて社会保険労務士業務の発展に寄与している全国組織です。個人的には自分が関与している組織でもあるため、そこが編纂した本の"評者"としては不適格かもしれませんが、普及・販促に協力する立場からも、星5つとさせていただきました。

 手前味噌になりますが、社会保険労務士資格を取ったばかりの人やこれからこの資格を目指そうとしている人には、多くの示唆と何らかの指針を与えてくれる本ではあるかと思います。実際、社労士稲門会が早稲田大学で毎年、士業の業務の内容や社会的役割を学生に伝えるために行っている支援講座のテキストとなっている本でもあります。執筆陣の熱い思いを通して、社会保険労務士の社会的使命を考えるヒントとなれば幸いです。

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「問題社員」レベルを遥かに超絶した「モンスター社員」の事例が"強烈"。

あなたの隣のモンスター社員.jpgあなたの隣のモンスター社員 (文春新書)

 社会保険労務士による本ですが、全6章構成の第1章「本当にあったモンスター社員事件簿」に出てくる、"ファイルNO.1 見事な演技力で同僚をセクハラ加害者に仕立て上げた清楚な女性社員"をはじめとする5つの事例がどれも"強烈"で、著者の言う「モンスター社員」というのが、一般的に「問題社員」と呼ばれるもののレベルを遥かに超絶した、企業や職場にとって極めてやっかいな存在であることを再認識させられます。この5つの事例だけで本書の前半部分を割いていますが、それだけの意義はあるように思いました。

 著者によると、モンスター社員の特徴は、「社会人としてのモラルが低く、ルールも無視、注意を受けると逆切れする」「対人関係や精神状態が不安定で、常に周囲とトラブルを引き起こす」「平気で嘘をつき、良心や倫理観が欠如している」「自己愛が異常に強く、虚言や自慢話で周囲を振り回す」というようなもので、このような特異な存在を類型化できるのかという気もしますが、第2章「タイプ別モンスター社員の特徴とその対処法」で、「A.親、配偶者がモンスター化している社員」「B.演技力で周囲を掻き回す社員」「タイプC.モラル低下型社員」「タイプD.職場環境を悪化させるハラスメント社員」「タイプE.常に注目を浴びたい自己愛型モンスター社員」に分類し、それぞれについての対処法を述べています。

 第3章「職場のモンスターの仮面の下」で、ほとんどのモンスターは第一印象がいいが、実は仮面の下に、歪んだ自己愛や自身の無さ、コンプレックス、嫉妬、不満・怒り、傷つきやすさ、依存心などがその心理としてあり、それが会社を批判したり、部下や同僚をいじめたり、自分の事を自慢したりする行動にどう結びついていくのかを解説しています。

 第4章「モンスターの見分け方」で、こうしたモンスター社員であってもクビにするのはそう簡単ではないため、それではどうしたら採用の際に見抜けるかをアドバイスし、第5章「モンスター社員への対処方法」では、それでも実際に入ってしまったからモンスターだと分かった際の対処法を示していますが、この辺りはまあオーソドックスな解説と言えるでしょうか。

 やはり、第1章の事例編が"強烈"であり、こんな人格障害そのもののような相手に対して普通の対処法で解決できるのかなあという気もしました。実際、事例の中にも、対処策を講じきれないうちに、時間が何となく解決してしまったような例もあったかと思います(注:著者が事の発端から最後まで関与していた事例ばかりとは限らない)。

 一方で、その中には、パワハラをした社員を辞めさせるのに金銭的解決を持ちかけ、「金を払って」辞めてもらった例もあり、従来の発想だと、経営者は「どうしてそんなヤツに金を払わなければならないんだ」「周りに示しがつかない」的な発想になりがちですが、モンスター社員のことで経営者や管理者が費やす時間と労力の無駄を考えると、こうした対象方法も場合によってはありかなと思いました(後の方の事例で、一度金を払ったがためにその後も金を請求されるという事例も出てくるように、1回でケリをつけることが肝要か)。

 こうしたモンスター社員は、経営者や管理者が頭を悩ますだけでなく、どの職場に行っても周囲の人たちが大いに疲弊させられ、そのことの損失もこれまた大きいように思います。病気ならば治る可能性はありますが、人格障害的なものはそう簡単には変わらないため、やはり早期に対応し、周囲が迷惑を受ける期間を出来るだけ圧縮することが望ましいかと思います。

 第6章「モンスターを生まない会社へ」にあるように、会社に共有ビジョンが無かったり、コンプライアンス意識が欠けていることによって、普通の社員がモンスター化していくことも確かにあるでしょうが、むしろ、元々潜在的に"モンスター資質"を持った人が、そうした環境の中でその"資質"部分を触発され、自己アピールの場として職場に固執したり、自分の居場所として会社に居ついてしまうといったこともあったりするのではないでしょうか。

 その分、退職を勧奨したり、異動を命じたりすることは難しかったりしますが(本書は、社会保険労務士による本であるため、必要に応じて法的な留意点についても触れられている)、但し、放置しておくと職場のモラールに影響し、最悪の場合は「割れ窓の論理」で同じような話があちこちで起きてくる可能性もあるように思います。そうした意味では、「モンスター社員」問題は、個人の人格の問題に近い要素と、組織の問題との複合問題でもあるように思いました。

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入門書として分かり易く、また全体にバランスよく纏まっている。将来予測は興味深かった。

これだけは知っておきたい働き方の教科書.jpg
  あんどう・むねとも.jpg 安藤至大(あんどう・むねとも)氏[from ダイヤモンド・オンライン
これだけは知っておきたい働き方の教科書 (ちくま新書)

 NHK(Eテレ)の経済学番組「オイコノミア」やBSジャパン「日経みんなの経済教室」などにも出演している新進気鋭(だと思うが)の経済学者・安藤至大氏による「働き方」の入門解説書。1976年生まれの安藤氏は、法政大学から東京大学の大学院に進み、現在は日本大学の准教授ですが、最近はネットなどで見かけることも多く、売出し中という感じでしょうか。

 第1章で、「なぜ働くのか?」「なぜ人と協力して働くのか?」「なぜ雇われて働くのか?」といった基本的な疑問に答え、第2章で、「働き方の現状とルールはどうなっているのか?」「正社員とは何か?」「長時間労働はなぜ生じるのか?」「ブラック企業とは何か?」といった日本の「働き方の現在」を巡る問題を取り上げ、第3章で「働き方の未来」についての予見を示し、最終第4章で今自分たちにできることは何かを説いています。

 経済学者として経済学の視点から「労働」及びそれに纏わる今日的課題を分かり易く説明するとともに、労働法関係の解説も織り交ぜて解説しており(この点においては濱口桂一郎氏の著作を想起させられる)、これから社会人となる人や既に働いている若手の労働者の人が知っておいて無駄にはならないことが書かれているように思いました。

 まさに「教科書」として分かり易く書かれていて、Amazon.comのレビューに、「教科書のように当たり前なことの表面だけが書かれていて退屈だった」というものがありましたが、それはちょっと著者に気の毒な評価ではないかと。元々入門解説書として書いているわけであって、評者の視点の方がズレているのではないでしょうか。個人的には悪くなかった言うか、むしろ、たいへん説明上手で良かったように思います。

 例えば「正規雇用」の3条件とは「無期雇用」「直接雇用」「フルタイム雇用」であり、それら3条件を満たさないものが「非正規雇用」であるといったことは基本事項ですが、本書自体が入門解説的な教科書という位置づけであるならばこれでいいのでは。労働時間における資源制約とトレードオフや、年功賃金と長期雇用の関係などの説明も明快です。

 第2章「働き方の現在を知る」では、こうした基本的知識を踏まえ、日本的雇用とは何かを考察しています。ここでは、「終身雇用」は、高度成長期の人手不足のもとでのみ合理的だったと思われがちだが、業績変動のリスクを会社側が一手に引き受けることにより、平均的にはより低い賃金の支払いで労働者を雇うことができ、その企業に特有な知識や技能を労働者に身につけさせるという点においても有効であったとしています。また、法制度の知識も踏まえつつ、解雇はどこまでできるか、ブラック企業とは何かといったテーマに踏み込んでいます(著者は、解雇規制は緩和する前に知らしめることの方が重要としている)。

 更に第3章「働き方の未来を知る」では、著者の考えに沿って、まさに「働き方の未来」が予測されており、この部分は結構"大胆予測"という感じで、興味深く読めました。

 そこでは、少子高齢社会の到来によって近い将来、労働力不足が深刻化し、高齢者は働けるうちは働き続けるのが当たり前になると予測しています。更に、妻や夫が専業主婦(夫)をしているというのはとても贅沢なことになるとも。一方で、労働力不足への対処として外国人労働者や移民の受け入れが議論されるようにはなるが、諸外国の経験も踏まえて議論はなかなか進まないだろうともしています。

 また、機械によって人間の仕事が失われる可能性が今より高くはなるが、仕事の減少よりも人口の減少の方が相対的にスピードが速く、やはり、労働力を維持する対策が必要になるとしています。

 雇用形態は多様化し、安藤至大 (あんどうむねとも) (@munetomoando).jpg限定正社員は一般化して、非正規雇用も働き方の1つの選択肢として考えられ、また、社会保障については、企業ではなく国の責任で行われる方向へ進み、職能給や年功給は減少して職務給で雇われる限定正社員が増えるなどの変化が起きる一方で、新卒一括採用は、採用時の選別が比較的容易で教育コストなども抑えられることから、今後もなくならないだろうとしています。

 入門書の体裁をとりながらも、第3章には著者の考え方が織り込まれているように感じられましたが、若い人に向けて、今だけではなく、これからについて書いているというのはたいへん良いことだと思います。個別には異論を差し挟む余地が全く無い訳では無いですが、全体としてはバランスよく纏まっており、巻末に労働法や労働経済に関するブックガイドが付されているのも親切です(「機械によって人間の仕事が失われる」という事態を考察したエリク・ブリニョルフソン、 アンドリュー・マカフィー著『機械との競争』('13年/日経BP社)って最近結構あちこちで取り上げられているなあ)。
安藤至大 (あんどうむねとも) (@munetomoando)

《読書MEMO》
●目次
はじめに
第1章 働き方の仕組みを知る
1 私たちはなぜ働くのか?
生活のために働く
稼得能力を向上させるために働く
仕事を通じた自己実現のために働く
2 なぜ人と協力して働くのか?
自給自足には限界がある
分業と交換の重要性
比較優位の原理
比較優位の原理と使い方
「すべての人に出番がある」ということ
3 なぜ雇われて働くのか?
なぜ雇われて働くのか
他人のために働くということ
法律における雇用契約
雇われて働くことのメリットとデメリット
4 なぜ長期的関係を築くのか?
市場で取引相手を探す
長期的関係を築く
5 一日にどのくらいの長さ働くのか?
「収入-費用」を最大化
資源制約とトレードオフ
限界収入と限界費用が一致する点
6 給料はどう決まるのか?
競争的で短期雇用の場合
長期雇用ならば年功賃金の場合もある
取り替えがきかない存在の場合
給料を上げるためには
コラム:労働は商品ではない?

第2章 働き方の現在を知る
1 働き方の現状とルールはどうなっているか?
正規雇用と非正規雇用
正規雇用の三条件
7種類ある非正規雇用
非正規雇用の増加
2 正社員とはなにか?
正規雇用ならば幸せなのか
正社員を雇う理由
正規雇用はどのくらい減ったのか
3 長時間労働はなぜ生じるのか?
長時間労働の規制
長時間労働と健康被害の実態
なぜ長時間労働が行われるのか
一部の労働者に仕事が片寄る理由
4 日本型雇用とはなにか?
定年までの長期雇用
年功的な賃金体系
企業別の労働組合
職能給と職務給
中小企業には広がらなかった日本型雇用
5 解雇はどこまでできるのか?
雇用関係の終了と解雇
できる解雇とできない解雇
日本の解雇規制は厳しいのか
仕事ができる人、できない人
6 ブラック企業とはなにか?
ブラック企業はどこが問題なのか
なぜブラック企業はなくならないのか
どうすればブラック企業を減らせるのか
コラム:日本型雇用についての誤解

第3章 働き方の未来を知る
1 少子高齢社会が到来する
生産年齢人口の減少
働くことができる人を増やす
生産性を向上させる
2 働き方が変わる
機械により失われる仕事
人口の減少と仕事の減少
「雇用の安定」と失業なき労働移動
3 雇用形態は多様化する
無限定正社員と限定正社員
働き方のステップアップとステップダウン
非正規雇用という働き方
社会保障の負担
4 変わらない要素も重要
日本型雇用と年功賃金
新卒一括採用
コラム:予見可能性を高めるために

第4章 いま私たちにできることを知る
1 「労働者の正義」と「会社の正義」がある
「専門家」の言うことを鵜呑みにしない
目的と手段を分けて考える
会社を悪者あつかいしない
2 正しい情報を持つ
雇用契約を理解する
労働法の知識を得る
誰に相談すればよいのかを知る
3 変化の方向性を知る
働き方は変わる
失われる仕事について考える
「機械との競争」をしない
4 変化に備える
いま自分にできることは何か
これからどんな仕事をするか
普通に働くということ

おわりに

ブックガイド:「働くこと」についてさらに知るために

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「一見、労働者の保護のためになりそうな政策が逆効果となるおそれがある」。

雇用改革の真実3.jpg大内 伸哉 『雇用改革の真実』2.jpg大内 伸哉 『雇用改革の真実』.jpg雇用改革の真実 (日経プレミアシリーズ)

 労働法の研究者による本書は、解雇、限定正社員、有期雇用、派遣、賃金、労働時間、ワークライフバランス、高齢者という8つのトピックを取り上げ、政府がどのように雇用政策を進めようとしているのか、それについてどう評価すべきなのか、また、それらが働く人の今後の働き方にどのように影響するのかを読み解いていくことを目的として書かれています。

雇用社会の25の疑問.jpg 本書の特徴として、政府の様々な雇用施策がかえって労働者の利益を損ねたり企業の自発的努力を阻害したりし、また、労使自治を揺るがすことにもなりかねないという懸念を表明している点が挙げられます。こうした考え方は、同著者の『雇用社会の25の疑問―労働法再入門』(2007年/ 弘文堂)においてもすでに示されていましたが、前著が入門書の形をとりつつ、こうした問題に対する多角的な視点を提示したものであったのに対し、今回は、近年の法改正の動きや雇用施策を巡る論議を踏まえ、トピカルなテーマについてのさらに踏み込んだ論考となっています。

 例えば、労働契約法における無期転換制度について、一般には、本来は無期雇用で働くべき労働者が使用者による有期雇用制限によって不利益を受けていた状況が、この制度により改善が図られると評価されていますが、著者は、この制度は企業に対して無期転換が起こらないように短期に雇用を打ち切るという行動を誘発する危険があるとして批判的に「再評価」しています。個人的には、この章はたいへん説得力があるように思えました(第3章「有期雇用を規制しても正社員は増えない」)。

 このほかに、それぞれのテーマに絡めて、「解雇しやすくなれば働くチャンスが広がる」「政府が賃上げをさせても労働者は豊かにならない」といった刺激的な章タイトルが並びますが、各章を読んでみれば、概ねナルホドと思える論考になっているように思えました。「ホワイトカラー・エグゼンプションは悪法ではない」という章もあれば(実は自分自身も、相当以前からホワイトカラー・エグゼンプションは悪法ではないと思っているのだが)、「育児休業の充実は女性にとって朗報か」という章などもあり、一方的に政府の雇用施策を非難したりまたは受け容れたりするのではなく、テーマごとに著者の考えを示しています。従って読者も、著者の問題提起を受け、自分なりに「再評価」を試みる読み方になるかと思います。

濱口桂一郎 日本の雇用終了.jpg『日本の雇用終了―労働局あっせん事例から』(2012年)などを読むと、中小企業における労働紛争の解決策として、実態的にはすでに行われているようにも思いました。ただし、著者は、法制度として解雇の金銭的解決が認められた場合の効果という視点から論じており、政府の雇用流動化施策やセーフティネットの拡充ということを付帯条件として挙げています。ただし、この付帯条件の部分が現実にはなかなか難しいのではないかという思いもしなくはありませんでした。

 「一見、労働者の保護のためになりそうな政策が逆効果となるおそれがある」という視点を提示している点では、著者の本を初めて読む読者には章タイトルに相応の"刺激的"な内容であり、実務者にとってただただ法改正を追いかけるのではなく、いったん自身でその意義と問題点を考えてみる契機となる本かと思います。その意味で人事パーソンを初め労働法の実務に携わる人にとっては「教養」とし押さえておきたい本です。

 以前、別のところで本書の書評を書いて、『雇用社会の25の疑問』をはじめ著者の本を何冊か読みつけている読者からすれば、「新機軸」と言うよりは「続編」といったという印象も受けるとしたところ、著者のブログの中で、著者が同じであるという意味では続編であるけれども、「『雇用改革の真実』はもっぱら政策論で、著者としては『雇用社会の25の疑問』とはかなり異なるテイストの本だと思っている」とのコメントがあり、言われてみれば確かにその通りであると思いました(タイトルの示す通りでもある)。

 この「日経プレミアシリーズ」は、「プレミア」を「プライマリー」ととれば丁度それに当て嵌まるラインアップという感じがじなくもありません。本書はそうした中では、読み易いばかりでなく鋭く本質をついており、重いテーマを突き付けてきます。著者の本を読んだことがある人にも、まだ読んだことが無い人にもお薦めです。

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人事パーソンが自ら自己啓発のために読んでも、人事スタッフに読むのを勧めてもよい。

ビジキャリ テキスト.JPG ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 人事・人材開発2.jpg ビジネス・キャリア検定試験 標準テキスト 人事・人材開発3.jpg
ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 人事・人材開発2級』『ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 人事・人材開発 3級

 「ビジネス・キャリア検定試験」は、事務系職種のビジネス・パーソンを対象に平成6年(1994年)にスタートした、中央職業能力開発協会(JAVADA)が実施する公的資格試験で、事務系職業の労働者に求められる能力の高度化に対処するために、段階的・計画的に自らの職業能力の習得を支援し、キャリアアップのための職業能力の客観的な証明を行うことを目的としています。

 分かりやすく言えば、同じくJAVADAが実施する「技能検定」のホワイトカラー版といったところでしょうか。検定分野は「人事・人材開発・労務管理」「企業法務・総務」など8分野に区分され、その中に「人事・人材開発」「労務管理」「企業法務」「総務」など18部門(2級)があり、2級と3級の試験がそれぞれ年2回実施されています。

 本書は「人事・人材開発」部門の2級と3級の標準テキストの改定版です。「2級」は課長・マネジャー等を目指す人またはシニアスタッフを対象とし、「3級」は係長・リーダー等を目指す人または新入社員等担当職務を的確に遂行することを目的とする人を対象としているとのことです。直近の試験問題と解答は「ビジネス・キャリア検定」のサイトで確認することができます。

 旧版(平成19年刊行)と比較すると、人事・人材開発の最近のトレンドを一部織り込むとともに、近年の労働法等の法改正にも対応させ、労働経済データなども必要に応じて新しいものに差し替えられています。また、2級テキストの章立ては、人事企画、雇用管理、賃金管理、人材開発、3級テキストは、人事企画の概要、雇用管理の概要、賃金・社会保険の概要、人材開発の概要と、各4章立になっていて、2級が6章、3級が11章に分かれていた旧版よりすっきりしたものとなっているとともに、試験の出題要領により即した区分となっています。

『ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト 』.JPG 試験の問題は、単に基礎知識を問うだけでなく、実務に沿った内容を指向しており、テキストの内容から一歩踏み込んだ専門知識問題や、相応の実務センスが求められる応用問題なども一部に含まれていますが、合格基準が「正答率概ね60%以上」とされていることから、まずはテキストの内容を理解することが基本かと思われ、、今現在「人事・人材開発」の業務に携わっている人であれば、テキストを充分に読み込んでさえいれば、試験に合格することはそう難しくないかと考えます。

 企業によってはすでに、社内の「公的資格制度」や「昇格試験制度」に当試験制度を織り込んで、社員に対して受験を奨励したり義務づけたりしている例もあるかと思われますが、そうでない企業の人事パーソンであっても、自らの自己啓発のために本テキストを読んでみるのもよいのではないでしょうか。あるいは、人事スタッフに人事の基本を学ばせるために読むことを勧めるのもよいかと思います。試験の受験・合格を目標にすれば、習得効果はより高まるものと思われます。お薦めです('16年に『ビジネス・キャリア検定試験過去問題集(解説付き) 人事・人材開発2級・3級』が刊行された)

【2020年第3版刊行】

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前著『労働契約法入門』の改定だが、タイトル通りの入門書としてスッキリした。

労働法の基本36.JPG労働法の基本 (日経文庫)』〔'13年〕労働契約法入門 山川隆一.jpg労働契約法入門 (日経文庫)

 '08(平成20)年3月に労働契約法施行された際に、日経文庫で、大学教授(昨年['13年]、慶應大学から東大に移った)の山川隆一氏の『労働契約法入門』と弁護士の浅井隆氏の『労働契約の実務』がほぼ同時に刊行されましたが、今度は、その労働契約法の'12(平成24)年の改正に伴って、同じ日経文庫で浅井氏の『Q&A 管理職のための労働法の使い方』が'13年3月に刊行され、それに続くかのように山川氏による本書『労働法の基本』が刊行されました。

 日経文庫編集部は、法制定及び改正のごとに弁護士と大学教授でセットにして書かせているのか? ('12年の法改正については、同じく日経文庫で、安西愈弁護士による『雇用法改正―人事・労務はこう変わる』が今年['13年]2月に刊行されている)。日経文庫編集部は、法制定及び改正のごとに弁護士と大学教授でセットにして書かせているのか?(悪くない試みだと思うが)

 今回の浅井氏と山川氏の著書を比べると、浅井氏の本は「職場の管理職」向けで、山川氏の方は「初学者」向け(人事部の初任者なども含まれるか)と、多少読者層を変えてきているようです。

 山川氏の前著『労働契約法入門』は、「労働契約法」に的を絞ったものと言うより労働法全般の入門書として読めるもので、その分、はっきり言ってややタイトルずれの感もありましたが(労働契約法だけだと、規定を置いた事項が限られている上に判例は未だ無い状況だったので、労働基準法などについても取り上げ、個別的労働関係法全般を概観するものとした―と本書まえがきにもある『労働法の基本』.JPGが)、本書『労働法の基本』は前著『労働契約法入門』を改定し、平成24年の労働契約法の改正など最近の法改正の状況を織り込みつつ、個別的労働関係法の解説を充実させるとともに、労働組合法など集団的労働関係法における法的ルールについてもとり上げたとのことです。

 その分、網羅的であるとともに、タイトルずれが無くなって、入門書としてスッキリしたという感じでしょうか。労働法とは何かということから始まって、労働契約の基礎と労働条件の決定・変更、人事をめぐる法的ルール、労働契約の終了と続き、労働条件(賃金・労働時間・労災補償)、更に、雇用平等・ワークライフバランス、様々な雇用形態といった今日的テーマを取り上げ、最後に、労働組合と労使関係についての解説がきています。

 工夫されていると思ったのは、本文の各所にQ&A形式の「チェックポイント」が設けられていて、自学自習ででも理解度を確認することできるようになっていることです(質問の解答は巻末に纏められている)。

 例えば第1章の章末には次の4つの問いがあります。
 Q1 労働基準法の定める基準を下回る労働条件も、労働者が自由な意思で合意した場合には有効となる。
 Q2 使用者が労働契約法の規定に従わない場合、労働基準監督官が是正勧告をすることがある。
 Q3 労働審判制度は、労働組合が使用者に対する権利を実現するためにも利用できる。
 Q4 都道府県労働局における個別労働紛争解決制度では、当事者に対して法に従った紛争解決を強制することはできない。
 解答は、
 Q1 × 労働基準法13条により無効となる。
 Q2 × 労働契約法は労働基準監督制度による実現は予定されていない。
 Q3 × 労働審判制度の対象は労働者個人が当事者となる個別紛争のみである。
 Q4 ○ 個別労働紛争解決促進制度のもとでの助言・指導もあっせんも、自主的な紛争解決を促進するための制度である。

 知ってる人は知ってるけれど、知らない人は知らないといった感じの問題が多いかな。設問文自体が本文テキストの延長及び要約としてあるようにもとれる良問が揃っているように思います。
 ベテランの人事パーソンは、部下である人事部の初任者に本書を読ませる前に、取り敢えず自身でこれらの設問に解答してみましょうね。

《読書MEMO》
●章立て
第1章 労働法とは何か
第2章 労働契約の基礎と労働条件の決定・変更
第3章 人事をめぐる法的ルール
第4章 労働契約の終了
第5章 労働条件--賃金・労働時間・労災補償
第6章 雇用平等・ワークライフバランス
第7章 様々な雇用形態
第8章 労働組合と労使関係

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地味め(?)だが意外と"優れもの"。職場管理者だけでなく人事パーソンも一読を。

Q&A 管理職のための労働法の使い方2.jpgQ&A 管理職のための労働法の使い方.jpg
Q&A 管理職のための労働法の使い方(日経文庫)』(2013/03 日経文庫)

 職場で起きる労務問題について、管理職としてどう対応したらよいかを、Q&A形式で具体的にまとめたものです。労働時間・残業管理、休暇の管理等について、労働法の知識を頭から順番に教科書的に解説するのではなく、現実に起こり得る問題を具体的に想定して、どのタイミングで何をすればいいのかを、実践的な観点から解説しています。

 法律の解説部分は、人事パーソンにとっては"おさらい"的なレベルでしょう。しかしながら、人事部とどう連携するかという視点から解説されているため、職場の管理職が単独であるいは人事部と連携して対応していくそのやり方が分かるだけでなく、それを引き取った人事部が、引き続き職場の管理職と連携して、どのような形で問題への対応に当たるのが望ましいのかを知る上でも、多くの示唆が含まれているように思いました。

 例えば、「労働時間・残業の管理」について解説した第1章には、朝、勝手に早い時間に出社し、早出残業をつけている社員がいて、そのやめさせ方をどうすればよいかという問いに対し、「始業時間までは勤務に入らず、始業時刻になったらただちに勤務=仕事に取りかかれるように、それ以上はしないように、と指示すればよい」としていますが、こうした問題などはまさに、法律問題というより、その職場に合ったルールづくりの在り方の問題なのでしょう。

 「さぼる社員、言うことを聞かない社員をどうただすか」を解説した第3章では、社外の人への態度が悪く、評判の悪い社員に対して、その態度を改めさせるためにどうすればよいかという問いに対し、業務指示として将来の行動規範を具体的に示すことで、改善指導の対象・目的を明確にするのがよいとし、更に、「なぜ、私だけにそういう指示をするのか」といった社員の反撃に対する対処の仕方も具体的に書かれています。

 無断欠勤が続いている社員を解雇せざるを得ない場合、長期無断欠勤が自然退職事由になっておらず普通解雇事由になっている場合は、解雇の意思表示が本人に到達しなければなりませんが、配達証明付内容証明郵便で解雇通知を発送して本人が受け取り拒否した場合は"未到達"になるため、解雇の効力が発生せず、このような場合においては、内容証明郵便ではなく普通郵便で発送するようにする―といった具体的な方法論についても触れられており、この辺りはむしろ人事部マターとしての基礎知識と言えるかと思います。

 以下、病気の社員、問題行動のある社員への対応、セクハラ・パワハラの防止、有期労働者の管理、派遣労働者の管理、請負労働者の管理、トラブル発生への予防と対応、外部の労働組合への対応など幅広い問題について、ともすると職場の管理者だけでなく人事パーソンでさえ判断を誤りがちなケースを設問形式で取り上げ、最新の改正法を踏まえつつ、予防や事後のフォローなども含め丁寧に解説しています。

 日経文庫という地味め(?)のレーベルの一冊である上に、タイトルに「管理職のための」とあるため、人事パーソンはついスルーしてしまいがちな本かもしれませんが、(職場管理者を啓発していく上では勿論のこと)人事パーソン自身が職場の管理者とともに労務問題への対処の在り方を考えていくうえで、改めて気づかされる点、考えさせる点が少なからずある本でした。

 ということで、意外と"優れもの"だったという印象。新書版という手軽さ、労働法の関係する実務に直接は携わっていない現場の管理者向けに平易に書かれているということもあり、ふだん労働法関連の本をあまり読まない人は(人事パーソンの中にもいるかもしれないけれど)一読されることをお勧めします(設問に対して、自分だったらこう対処する―とまず回答を想定してから、その後に解説に読み進むといい)。

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懲戒基準の世間相場や判例上の適否判断基準を把握しておくことは、意外と重要なことかも。

『懲戒処分 適正な対応と実務 (労政時報選書)』.JPG懲戒処分.JPG
懲戒処分 適正な対応と実務(労政時報選書)』(2013/03 労務行政)

 日々さまざまな事案や問題が発生する職場においては、人事管理的側面はもとより、企業秩序維持のためにも懲戒を検討しなければならないケースがありますが、社員の起こす非違行為は多様であり、それらについてどのように対応すべきかであるかは、そう簡単な問題ではないように思います。本書では、企業における懲戒処分の基本的事項、判断の分岐点等について、豊富な判例を基に弁護士が丁寧に解説しています。

 第1章「懲戒の種類・基本的考え方と実務上のポイント」では、懲戒処分とは何か、その根拠と限界並びに有効性について解説するとともに、「一事不再理の原則」など懲戒処分を適正に行うために知っておくべきこと、実際の懲戒処分の進め方、懲戒の種別や懲戒事由にはどのようなものがあるかなどの基本的事項を解説しています。

 第2章「労働判例に見る懲戒の有効・無効の分岐点」では、懲戒処分の基本的な考え方や懲戒権行使の限界を再確認すると共に、これまでの裁判例から、無断欠勤、業務命令違反、セクハラ・パワハラなど職場秩序を乱す行為、会社に損害を与える行為、私生活上の問題行為などに関する具体的事案について、それらが懲戒処分になるかならないのか、その分岐点を探っています。

 第3章「懲戒制度の最新実態調査」では、労務行政研究所のオリジナル調査として、企業における最近5年間の懲戒制度の変更状況や、懲戒段階の設定状況、処分の種類、賞罰委員会など審査期間の設定状況をはじめ、「無断欠勤日数と懲戒処分」「出勤停止日数」と賃金の支給状況」「解雇における退職金の支給状況」などのアンケート結果を示すとともに、「売上金100万円を使い込んだ場合」は77.9%が「懲戒解雇」を適用―といったように、モデルケース別にみた懲戒措置の回答をまとめることで、懲戒処分の"世間相場"を浮き彫りにしています。

 第4章「懲戒処分にまつわる実務Q&A」では、「痴漢を理由に懲戒処分を受けた後、再犯した社員の処分は?」「メールを私的利用している社員の処分は?」など、企業で実際に想定される21の懲戒対象のケースについて、その実務のポイントを、これも判例等を引用しつつ解説しています。

 最終第5章「懲戒に関する文書・書式例」では、セクハラ事案の場合の「譴責処分通知書」や残業命令拒否の場合の「譴責処分通知書」など、懲戒に関する具体的な文書・書式例が掲載されています。

 懲戒処分に関する実務的な解説書が少ない中、実務に供することを狙いとして多角的見地からよくまとめられているように思いました。
 ある程度の実務経験のある人事パーソンにとっての読みどころは第2章、第4章であるかと思われますが、第1章の基本解説の中にも、懲戒処分の「社内発表」に際しては、氏名の公表や、個人を特定し得る具体的事実の公表は原則として差し控えるべきであるといった、著者らの考えが織り込まれていたりもします。殆どの企業で氏名公表しているのではないかなあ(或いは、懲戒そのものを発表しないとか―これはこれでどうかなあと思うが)。

 懲戒をめぐる裁判例について、とりわけ近年のものがよく網羅されているのも本書の特長であり、実務担当者としては手元に置いておきたい一冊。
 企業によっては、取締役会や賞罰委員会が、懲戒すべき事案をうやむやにしたり、逆に暴走気味に厳しい処分を下したりすることもあるんだよなあ(そうした場合、少なからず社内ポリティックスが働いていることがある)。懲戒基準の世間相場や判例における適否判断基準を把握しておくことは、意外と重要なことかも。

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実務に役立てながら、法改正の意義と問題点をも知ることができる入門書。「無期転換」関連は読み処多し。

1雇用法改正.png雇用法改正 安西.jpg雇用法改正 人事・労務はこう変わる (日経文庫)

 平成24年に改正された、人事・労務に大きな影響を及ぼす3つの労働関係の法律について、それらの改正によって企業の人事労務はどう変わるのか、人材活用や雇用のリスク管理はどうすべきであるかという観点から、それぞれの法改正の背景やその具体的内容、実務対応の在り方を解説した本です。

 第一は、労働契約法の改正であり、有機労働契約を5年を超えて継続更新した場合における、無期雇用転換申込制度を定めました。第2は、労働者派遣法の改正であり、日雇い派遣の禁止、派遣先の1年以内の離職労働者の派遣禁止などが定められました。第3は、高年齢者雇用安定法の改正で、老齢厚生年金の支給年齢の引き上げに伴い、「65歳までの高年齢者雇用確保措置」が義務化され、継続雇用の対象者を労使協定による基準で定める制度が廃止されました。

 同じ日経新書に『人事の法律常識』(2013年、第9版)などの著書もある、第一人者の弁護士による解説書ですが、新書でありながらも詳しい解説がされていて、とりわけ改正労働契約法については、無期雇用転換のほかに、有期労働雇止め法理、期間労働者への不合理な労働条件の禁止のそれぞれについても単独で1章を割き、丁寧な解説がされています。

例えば、「無期転換申込みの手続」について、「無期転換申込みは契約期間満了前1ヵ月前までに行わなければならな い」といった手続の制限を設けることは、使用者が雇止めする場合の予告期間として定められている「少なくとも30日前」とのパラレルな関係からみて、「合理的であろうと解します」と書かれています。

 また、「更新5年の期間満了をもって、雇用契約は終了する」との定めが有効であるかについては、労働契約は使用者と労働者の合意によって成立するものであるから、このような労働契約は有効であるとし、ただし、当初からこの契約の趣旨に従い、例えば契約期間が1年毎であるなら、その都度更新について労働者と労使間で協議して、きちんと有期労働契約を締結し、「更新5年まで」ということを明白にしておく必要があるとのこと。労働者に対し、最長更新の限度を超える合理的期待を発生させるような言動をしたり、さらに5年を超えて更新したりすると、「5年の期間限定」の効力は全くなくなるとしています。

 それでは、現在の有期雇用者に「5年まで」の更新制限をつけられるか―この問題については、「更新日から5年を超える期間の更新は行わず、最終更新日の満了を以って終了する」旨の新たな契約条項に合意した場合は。この契約は有効となり、合意しなかった場合は、使用者としては、雇用の終了(雇止め)という方法をとるか、法的リスクを避けるため、一応は更新して、今後5年間の間に本人と協議を続け、最終更新日までに合意を得るという方法もあるとしています。

 以下、有期労働雇い止め法理がどのような場合に適用されるかといったことから、期間労働者への不合理な労働条件の禁止における「不合理な労働条件」とは何か、さらに、労働者派遣法の改正によって派遣先で必要となる対応や、高年齢者雇用安定法の改正に対する対応まで、実務に沿ってかなり突っ込んだ解説がされています。

 今回の労働契約法の改正は「雇用体系を混乱させる法改正」であるとし、期間労働者への不合理な労働条件の禁止における「不合理と認められるものであってはならない」という規定について、この規定の効力が争われた場合、いったい裁判所はどんな判決を下すべきか全く不明であるとするなど、著者らしい批判精神が織り込まれている点でも、入門書の枠を超えています。

 それでも形態上は新書であるため、手元に置いて実務の参考にするのに便利であり、実務に役立てながら、法改正の意義と問題点をも知ることができる本―といったところでしょうか。

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人事マネジメント、労働法それぞれの分野の第一人者による"相互乗り入れ"的討議。興味深い。

人事と法の対話 .JPG人事と法の対話 有斐閣.jpg
人事と法の対話 -- 新たな融合を目指して』(2013/10 有斐閣)

 企業内で実務携わる人事パーソンの立場からすると、労働法が次々とハードルを設定するために人事管理がやりにくいと感じられたり、また、人事管理上の課題や案件の解決に際して、労働法の規制があるがためにその選択肢が限定されたりすることもあるのではないかと思います。

 そうしたことから、ともすると人事管理(HRM)と労働法は対立する関係にあると捉えられがちですが、元をたどればいずれも労働者に資することを目的としている点では同じはずであり、ただし、人事管理においては企業経営に資することも併せて求められるために、そこが"対立"の起点となるように思われます。

 本書は、守島基博氏、大内伸哉氏という人事マネジメント、労働法それぞれの分野の第一人者による対談の形式をとっており、「限定正社員」「雇用の多様化」「解雇規制緩和」「高齢者の活用」などの人事管理におけるテーマを取り上げて、人事マネジメント、労働法それぞれの立場からこうした課題を論じることで、新たな人材マネジメントのあり方を考察したものです。

 ワーク・ライフ・バランス、メンタルヘルス、グローバル化対応など、取り上げているテーマが非常に今日的なものであるばかりでなく、守島氏が企業における人事マネジメントの実情を具体的に解説し、また、時に企業の実務者や産業医を交えた鼎談のかたちで、先進企業の具体的取り組み事例などをも紹介しているため、実務家が読んで充分にシズル感のある議論になっているように思いました。

 一方の大内氏も、そうした多様な企業の実情を新たな知見として謙虚に受け止め、それらを踏まえて今後の労働法が果たすべき役割について深く突っ込んだ見解を述べるなどしており、まさに「人事と法の対話」というタイトルに沿った内容になっているように思いました。

 対談を通して興味深く感じられたのは、守島氏もあとがきで指摘しているように、労働法が目指す人材管理のあり方は、正社員の雇用維持努力など多くの優良企業ではこれまでも実施されてきており、ただし、競争環境や働く人の意識の変化によって、わが国の人材マネジメントそのものが変化する必要に迫られているという実情があるということです。

 例えば「限定正社員」のような考え方が出てくると、従来のような正社員・非正社員といった二分法での人事管理では対応しきれなくなるわけであり、一方、労働法の方も、働き方の多様化に対応するようなかたちに少しずつ変化していくのではないかということが、両者の対談から示唆されているのが興味深いです。

 人事管理における今日的テーマを俯瞰し、自社の相対的位置づけを把握するうえでも参考になりますが、ただそれだけに終わらず、人事マネジメントのこれからのかたちを思い描き、さらに、労働法とどう付き合っていけばいいかについて考えをめぐらせることができる本であると思います。

 その答えは必ずしも容易に見つかるものではなく、また本書も安易に答えを導き出そうという姿勢はとっていませんが、人事マネジメントにおける個別の課題を時代の流れに沿って整理し、将来的な見識に基づいた課題解決のヒントを見出す一助となり得るという意味では、広く人事パーソンにお薦めしたい一冊です。

 対談形式なので読み易いというのもありますが、これまで、こうした人事マネジメント、労働法それぞれの分野の第一人者による"相互乗り入れ"的討議というものがあまりなかっただけに、個人的にもたいへん興味深く読めました。

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初学者だけでなくベテランにも。まさに「初級入門者から上級の実務担当者まで必携」。

基礎から学ぶ賃金・賞与・退職金の法律実務.jpg基礎から学ぶ賃金・賞与・退職金の法律実務』(2013/04 日本法令)

『基礎から学ぶ賃金・賞与・退職金の.jpg 産労総合研究所の定期刊行誌「賃金事情」に、平成17年4月から平成19年6月までの約2年間にわたって連載された「基礎から学ぶ賃金と法律」を単行本化したものですが、連載が終了してから6年経っているわけで、当然のことながら、その間の労働関連法令の改正、労働契約法の創設などを前提に、専門誌掲載記事の内容を大幅にリニューアルしてあります。

 第1章から第6章までは、賃金の定義や賃金の支払いに係る法的制度をはじめ、賃金の決定や計算、支払い等の実務について分かり易く解説しています。また、第7章では平均賃金、第8章では賞与、第9章では退職金の法律実務をそれぞれ解説しています。

 また、最近の社会経済情勢を背景に、企業が直面する人事労務の問題や、M&Aに伴う賃金の不利益変更の問題など、現場で人事労務の問題に対応している人事パーソンの実務に供するよう、「補章」として、賃金の不利益変更に関する諸問題を取り纏めて解説しています。

 法令の条文だけでなく、行政通達や裁判例がふんだんに織り込まれていて(賃金に関する全通達の内のかなりのものが取り上げられているのではないか)、さらに関連するコンサルティング事例なども載っています。

 職場の管理職や一般の従業員にも分かるように心掛けて執筆したとのことで、2色刷りで図説がたいへん多くて分かり易いですが、前述の通り、法律や通達に関してかなり突っ込んで解説しており、更に、年俸制、インセンティブ手当と割増賃金、固定残業代の支払い方などの個々のテーマに関しても、実務上発生する課題に対し、"並みの"実務書には見られない詳細な解説がなされています。

 法律についてある程度突っ込んで書かれた本は少なからずあり(弁護士や大学教授が書き手であることが多い)、また、「残業代」や「不利益変更」などの賃金労務に関するテーマに沿って実務寄りに書かれた指南書的な本もあることはありますが(コンサルファームや社労士が書き手であることが多い)、ここまで法律に関して突っ込んで書かれていて、且つ、そのことをきちんとベースにしつつ実務対応についても踏み込んで書かれている本というのは、実際には殆どないように思われます。

 帯にも「初級入門者から上級の実務担当者まで必携!」とありますが、初学者だけでなく、ベテランの人事パーソンや社労士にとっても専門能力を深めるうえで大いに参考になると思われ、まず通読して("ベテラン"を自負する人ほど、内容の深さにおいて相当の読み応えがあるのではないか)、その後も必要に応じて読み返したり、手引き的な使い方をされることをお勧めします。
 
《読書MEMO》
●目次
第1章 賃金とはなにか
第2章 賃金支払いにかかる規制と保護
第3章 賃金決定の実務
第4章 賃金計算の実務
第5章 賃金支払いの実務
第6章 割増賃金の実務
第7章 平均賃金の実務
第8章 賞与支払いの実務
第9章 退職金支払いの実務
補章 賃金の不利益変更等に関する諸問題

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1冊で法改正のポイントも、制度設計も、企業の対応動向も分かるという点では便利。

1改正法対応版 高年齢者処遇の設計と実務.png改正法対応版 高年齢者処遇の設計と実務.jpg改正法対応版 高年齢者処遇 の設計と実務 (労政時報選書)』 (2013/03 労務行政)

 労使協定で定める基準により継続雇用制度の対象となる高年齢者の選別を認める仕組みを廃止した改正高年齢者雇用安定法(平成24年8月成立)の平成25年4月施行に合わせて刊行された解説書です。

 法改正のポイントを纏めた「法律・判例解説・規定例」と、60歳超雇用者の処遇に関する「実務解説」と、企業の対応をアンケート調査した「緊急調査」の、概ね"均等比重"の3部構成で、これ1冊で、法律も制度設計も企業の対応動向も分かるという点では便利です。

 特に、安西法律事務所の渡邉岳・小栗道乃の両弁護士が書いている法律解説の部分はコンパクトに纏まっていて、「改正法における継続雇用に関わるQ&A」が10問ありますが、これは必読箇所という印象で、定年後の雇用と処遇に関する判例解説も、これまた同じく、よく纏まっています。

 一方、三菱UFJリサーチ&コンサルティングのコンサルタント2人が執筆している「実務解説」も、60歳超の報酬パターンを図に示したり、年金支給開始年齢の繰り延べを踏まえた公的給付の活用と自社賃金の在り方を示したりと、丁寧ではありますが、ややごちゃごちゃした印象でしょうか。公的給付を活用しないパターンなども例示しているのは良いと思いましたが、紙数が足りなくなった印象も...。

 残り3分の1を「緊急調査」と、改正法に関する法律、施行規則、更に行政が出した指針及びQ&Aで費やしていますが、これ1冊で全て事足りるようにしようという意図は感じられるものの、結果的に、やや"専門誌の特集"的な本の作りになったよう気もします(「労政時報」の特集記事における調査とダブっているのでは。まあ、専門誌を購読せず、本書のみ買う人もいるだろうけれど、制度解説にもう少し比重を置いて欲しかった気もする)。全体に総花的と言うか...。その割には(だからこそか)3,900円(税込)はやや高いかな。

 改正法の成立時から年末にかけては、各企業どうやって対応するのだろうという印象でしたが、本書の調査結果にもあるように、改正法施行時期までには大手・中堅企業の大部分は方向性を打ち出したという印象で、今後は、60歳超の社員との接続において、60歳前の中高年社員の処遇の在り方が課題になってくるのではないでしょうか。

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数値・類型化によって雇止めを巡る司法の判断を浮き彫りにした点がユニーク。

『「雇止めルール」のすべて』.JPG「雇止めルール」のすべて.jpg
雇止めルールのすべて』['12年/日本法令]

 安西法律事務所所属の渡邉岳弁護士による、雇止め法理を中心に解説した実務書です。三部構成の第1部で、労働契約における期間の意義ならびに裁判所が確立した雇止め法理の内容及び雇止めをめぐる近時の問題を取り上げ、第2部で、平成24年の労働契約法の改正内容と労働契約法における雇止め法理に関する解釈上の諸問題に触れています。

 ここまではテキスト的内容ですが、雇止めに関する裁判例を整理した第3部がたいへん特徴的であり、解雇に関する法理の類推適用の有無の"予測方法"を独自に示したうえで、雇止めをめぐる裁判例を、「解雇に関する法理の類推適用の可否」が決め手となったケースと、「解雇に関する法理を類推適用した結果」がどう判断されたかが決め手となったケースに分け、それぞれ分析しています(この約200例の判例分析が本書全体の後半3分の2を占める)。

 まず、「解雇に関する法理の類推適用の可否」が決め手となった裁判例については、事案ごとに、継続雇用の期待度を、①業務の永続性、②更新回数・継続雇用期間、③正社員の職務、権限ないし責任との同一性、④契約更新手続きの実施、⑤契約における更新条件についての合意の内容、⑥使用者による契約更新を期待させる言動の有無、⑦同様の立場にある者に対する雇止め実績、の7つの要素について±(プラスマイナス)でスコア評価して、「期待指数」の総合スコアを求め、実際の判旨はどうであったのかを示すとともに、それに対する著者のコメントが付されています。

 こうしてみると、「期待指数」がプラスのスコアとなっているものは、裁判においても解雇に関する法理が類推されて、雇用契約の継続への期待に合理性があると判断され、一方、マイナスのスコアのものは、それが否定されて雇用契約の継続への期待に合理性があったとは認められないとされているという傾向がはっきりみられ、著者の「期待指数」の要素設定に一定の合理性・納得性があることを窺わせるものとなっています。

 また、「解雇に関する法理を類推適用した結果」がどう判断されたかが決め手となった裁判例については、事案内容に沿って概ね「合理的期待型」と「実質無期型」に区分し、実際の判旨を紹介するとともに、雇止めによる契約終了が認められなかったものと認められたものに区分しています。
 
 興味深かったのは、裁判所が解雇に関する法理を前提にしたからといって、雇止めによる契約終了は認められないとされたケースばかりでもなく、解雇法理を類推適用しつつ勘案した結果、"やむを得ない事情"が考慮されたり、解雇法理を"厳格に"適用する事案ではないとされたりして、雇止めによる契約終了が認められたケースが、「合理的期待型」「実質無期型」の双方に散見される点でした(考えてみれば、そうした判断もあり得るのは当然といえば当然だが)。

雇止めルールのすべて.JPG ともすると「事案の個別事情に拠る」というのが通念のようになっている雇止めをめぐる紛争及び裁判例ですが、本書は、数値・類型化によって雇止めをめぐる司法の判断を浮き彫りにしてみせたという点でユニークな試みであるとともに、実務において、雇止めの要件が整備されているかどうかをチェックする際の参考になり、また、現実の紛争に直面した際などに、司法の判断を予測する指標ともなる本かと思われます。

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労働法から遠い世界にある雇用終了の実情? 判例規範とは別ルールが存する「あっせん」の場の実態を示す。

濱口桂一郎 日本の雇用終了.jpg  121201 講演と渾身の夕べ1 (2).JPG 濱口桂一郎氏 (社会保険労務士稲門会・第12回「講演と渾身の夕べ」 1212年12月1日/ホテル銀座ラフィナート)
日本の雇用終了―労働局あっせん事例から (JILPT第2期プロジェクト研究シリーズ)』[労働政策研究・研修機構]

 労働政策研究・研修機構の編集による本ですが、実質的には同機構統括研員の濱口桂一郎氏の執筆によるものです。労働局の個別労働紛争のあっせん事例の紹介が本書の大半を占めますが、今まであまり触れられることのなかった実証的な記録であるとともに、日本の雇用社会の実態が浮き彫りにされていて興味深く読みました。

 紹介されているあっせん事案の調査対象年度は2008年度で、この年の総合労働相談件数は約107万件、内、あっせんに至ったものは8,475件(1%未満)。その中から1,144件のあっせん事案を抽出して紹介・分析していますが、その多くは、解雇、雇止め、退職勧奨、自己都合退職などの雇用終了事案であり、そのため「日本の雇用終了」というタイトルになっているわけです。

 紹介されている事案の約7割が100人未満の中小企業におけるあっせんであると見込まれ(労働組合の組織率の低さが背景にあると考えられる)、著者はそれらの事案から、裁判に至らないこうしたあっせんの段階では、職場の暗黙のルールとしての法(「フォーク・レイバー・ロー」)が、司法上の「判例規範」とは別に存在しているということを指摘しています。

 その最たるものが「態度」が悪ければ雇用終了となるというルールであり、「能力」不足による解雇とされた事案であっても、「能力」の捉え方の主観・客観の判断区別が曖昧であることも相俟って、実は「態度」が悪いから解雇に至ったというような事案が多くみられます(コミュニケーション不全や職場仲間との協調を乱すことを含む)。

 興味深いのは、判例法理上は「態度」や「能力」だけを解雇理由とするのは認められ難いというのが一般論であるのに対し、あっせんの場では、そうしたことが企業側の主張にとどまらず、ひとつのア・プリオリな規範になっているということです。また、立法府によって2007年に成立した労働契約法において、法案審議過程で討議されることもあったものの最終的には条文に織り込まれなかった「金銭補償による雇用契約の終了」が、行政が主導するあっせんの場においては、少なくとも裁判例の数十倍もの規模でそのことが行われているという見方ができる点でも興味深いです。

 中小企業の実態と労働法や判例法理との乖離は、多くの中小企業が、経営不振という理由だけで極めて簡単に「整理解雇」を行っていて、真に経営上の理由であるかどうか疑わしいケースも中には含まれていると考えられる点についても言えます。

 しかしながら実際のあっせんの場では、そうしたことの正否よりも労働者側と会社側の合意とりつけに重きが置かれていること、日本は整理解雇に対する判例法理上の規制が強いという一般通念とは別の次元で、解決金という名の下に、金銭補償による雇用契約の終了が行われていることが、本書から如実に窺えます(あっせんという制度そのものがそうした性格を帯びているとも言える。弁護士などが行っているADRでも同じようなことはあると思うが、今それを行政が率先して行っている)。

 現行の労働法制の在り方、労働行政との乖離に対する問題提起にもなっており、こうした乖離の実態をどうすればよいかについては様々な論議があるかと思いますが、個人的に気になったのは、1,114件のあっせんの内、被申請人(企業側)の不参加によりあっせんが打ち切られたケースが42.7%と半数近くにのぼることです。

 労働審判と異なり、任意の制度として被申請人の不参加が認められている以上やむを得ないのかもしれませんが、実質的なあっせんの手続きにすら入ろうとしない企業が多いのはいかがなものかと(大企業・中堅企業でも、不参加企業がある)。

 こうした係争に費やす労務コストは少なからずのものがあるかと思いますが、解決金の額は平均水準ではそれほど高額にはなっておらず(10万円以上20万円未満が最も多い)、係争を長引かせ労働審判や裁判に持ち込まれるよりは(或いはユニオンに駈け込まれるよりは)、企業側もあっせんの場を"積極利用"して早期に決着した方が、代理人を立てた場合の費用なども含めトータルでは安く済むのではないでしょうか。

 企業側不参加の事案であっても、企業側が事前に「回答書」を提出するなどしているケースが多いため、必ずしも申請人(労働者側)の主張のみしか分からないというものばかりではありません。それらを併せ読むと、労使「相互被害者意識」のトラブルが多く、中には、申請人が所謂「モンスター社員」ではないかと疑われるケースもあります。こうした社員は、企業規模に関わらずどの会社にも一定割合でいるのではないでしょうか。企業側からすれば、「こんなヤツに解決金を払ったんじゃ他の社員に示しがつかない」ということで、あっせんそのものに乗り気でない(或いはあっせん内容に満足しない)ケースもあるではないかと思いました。そうした事情があったとしても、個人的には、これは企業側も大いに活用すべき制度であると考ます。

 濱口氏の本は、一般向けであっても堅めのものが多いのですが、本書は事例集なのでとっつき易く、また、著者なりの分析も簡潔明瞭で、企業規模を問わずお薦めです。

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自主ゼミ形式になっていて、シズル感をもって読める。通学・通勤用?

レッスン労働法.jpgレッスン労働法』(2013/04 有斐閣)

 大学の労働法の教授の研究室を舞台に、自主ゼミ形式で4人の若者が労働法を学んでいくというスタイルをとっていて、まず重要なテーマごとにメンバーの一人が報告(レポート)をし、そのあと全員でディスカッションを行い(レッスン)、最後に報告者作成の「まとめ」を掲げるという構成をとっています。

 法科大学院のテキストに見られるようなケーススタディをベースに論点を提示する形式において、そこで交わされた議論を含めて再構成した感じと言えなくもないですが、本書では、一つ一つのケースから議論を進めるのではなく、前期15回は「労働法の基本と個別労働的労働関係法」について、後期15回は「労使関係法と労働法の現代的課題」について、例えば前期の第1回であれば「労働法の定義と憲法上の規定」といったように、労働法における包括的なテーマから、採用や賃金、労働時間・休日・休暇などの個々のテーマにブレイクダウンしていっています。

 学部授業の延長としてあるゼミ講習という感じでしょうか。あくまでも「労働法のテキスト」を、ゼミレポートとそれを巡る討議という形式に置き換えたものと言えます。但し、こうしたゼミ討議形式をとっているとともに、レポートや討議の中でテーマに関連する主要な判例などにも触れられており、判例についても学びながら、学生の様々な視点を交えつつシズル感をもって読み進むことができるのが、本書の長所ではないでしょうか。

 ゼミ生のコメントの頭に発言者の顔がイラストで描かれているのも、親しみやすさを覚えます。また、学生自身のアルバイトの経験なども話として織り込まれていて、大学で講義をする機会がある人には、講義において学生の関心を引き付けるうえでの参考になるかと思います。

 新書版よりちょっと幅があって大きめであるぐらいのハンディな体裁で、それでいて内容が盛り沢山なために、余白が小さくてやや活字が詰まっている印象を受けますが、学生や社会人が通学や通勤の途中で読む分には手頃かと思われます。

 それでいて解説は結構奥が深いと言えるのではないかと思われ、表紙の柔らかい印象に比べ、内容はかっちりしていると言えます(版元名からそのことは察せられるが)。

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労働時間法に関する判例に絞って、コンパクトに纏まっているが...。

判例の中の労働時間法法.jpg判例の中の労働時間法 実務家のための判例入門』(2013/01 旬報社)

 労働判例の中から労働時間法に関するものを抽出して解説したもので、「労働時間」と「休日・休暇」に関する判例を集め1冊で解説したものは過去にもあったように思いますが、「労働時間」に絞ったものは殆ど無かったのではないかと思います。判例を通して、労働時間法制のポイントを理解するというのが本書の狙いです。

 労働時間問題を更に「労働時間の概念」「時間外労働・休日労働の労働時間性」「労働時間の適正把握・管理義務と算定」「時間外・休日労働義務の法的根拠」「時間外割増賃金などの基本給組み入れや定額払いの適法性」「管理監督者の労働時間」「事業場外労働のみなし労働時間制」の7つのテーマに分けて扱っているため、関心があるテーマから読み進むこともできます。

 全体で167ページと手頃で、紹介されている判例は、メインで解説されているものは最高裁判例を中心とした25例です(但し、高裁・地裁判決も少なからず含まれている)。判例ごとに、【事実の概要】【判旨】【どう読むか】に分かれていて、事実と判旨の部分は「判例時報」などの判例紹介スタイルと似ていると言えば似ています。

 そうした裁判例を読み慣れている人には、事実と判旨がよりコンパクトに纏まっているうえに「どう読むか」が書かれているため、判決においてポイントとなった法的ルールが掴みやすい本だと思いますが、判例集を読み付けていない人には、「Y社は」「Ⅹは」といった表現に慣れるまでにやや時間を要すかも(判決文のパターンを把握する訓練にはなる)。

 こうしてみると、労働時間法制というのは奥が深いなあと。紹介判例数「25」というのは、むしろ絞り込み過ぎのような気もして、個人的には「あの判例が出ていないのはなぜ?」といた箇所もありました(最高裁判例を優先したとか、特殊ケースを除いたとか、大学教授である執筆者なりの基準はあるのだろうが)。

 巻末30ページ以上を労働時間に関する条文・行政解釈の掲載に費やしていて(解説の中で、判例と行政解釈との関係について触れられたりもするので、これはこれで必要なのだろうけれど)、その部分を差し引くと正味130ページ弱であり、もう少し本編のページ数を増やして多くの判例を取り上げても良かったような気もします。

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労働基準法に加え労働契約法の解説もプラス。丁寧なリニューアル。

1実務コンメンタール 労働基準法・労働契約法.png実務コンメンタール 労働基準法・労働契約法.jpg   労働基準法の教科書 労務行政研究所.jpg新訂版 労働基準法の教科書 (労政時報選書)』(2011/07 労務行政)

実務コンメンタール 労働基準法・労働契約法』(2013/03 労務行政)

 「労働法コンメンタール・労働基準法」は、厚生労働省労働省労働基準局編の最も詳しい条文の逐条解説書であり、以前から先輩の社労士などから読むようにと言われつつも、その大部さから敬遠していましたが(実はその先輩もツン読状態だったみたいだが)、「一般の人事担当者向けのダイジェスト版を」という要望に応え、2011年に労務行政研究所から『新訂版 労働基準法の教科書(労政時報選書)』が刊行されたのは有難かったです(コンメンタール原本は縦書きであるのに対し本書は横書き)。

 本書は、その「"実務で使える逐条解説書"という思想を継承し」、2008年に施行された「労働契約法」の解説も新たに加えて、より現代的な視点に立って特別編纂した「普及版」とのことです。

 基本的には全600ページ弱の内500ページ強は「労働基準法」の解説が占め、残り100ページ弱が「労働契約法」の解説となっていますが、これは条文数の圧倒的な差からくるもので、「労働契約法」も、決して付け足したという程度ものではなく、2012年に法改正があった部分も含め、十分に解説されているとみていいかと思います。

 『新訂版 労働基準法の教科書』が「労働基準法」だけで700ページ弱あったのを、今回は、「第6章 年少者」(56条~64条)、「第6章の2 妊産婦等」(64条の2~68条)、「第7章 技能者の養成」(69条~74条)、「第10章 寄宿舎の養成」(94条~96条の3)などの各条文解説を省略していますが、確かにこの辺りは日常業務では殆ど使わないです。

 また、解説を残した部分についても、より簡潔に纏められる部分は纏めるようにしていて、一方で、時代の必要を鑑みて新たに付け加えられたQ&Aなどもあり、丁寧なリニューアルと言えます。

 但し、『新訂版 労働基準法の教科書』が2色刷りで4,700円(税込)だったのに対し、今回は単色で100ページ圧縮されているにも関わらず5,460円(税込)と値上がりしているのがちょっとキツイかなあと(「労働契約法」の解説が加わった分を前著にオンした感じか?)。しっかり読めば、これぐらいの値上がり分の元は十分に取れるとは思いますが...。

 個人的には、暫くは『新訂版 労働基準法の教科書』との併用になりそう...。いずれせよ、労働法に携わる人の必携書には違いありません。

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重改正3法の要点が1冊に纏まっていて便利。実務テキストとしてスタンダードかつ丁寧。

2012年労働法改正と企業の実務対応9.JPG2012年労働法改正と企業の実務対応.jpg待ったなし! 2012年労働法改正と企業の実務対応 ~相次ぐ雇用の規制強化に、どこを見直せばよいか~ (労政時報選書)

 2012年に国会で成立した改正労働法の内、労働契約法、高年齢雇用安定法、労働者派遣法にかかる改正を中心に、実務に精通する社会保険労務士の視点から、改正内容のポイントを整理した本で、まあ、これらの法改正とその内容については、人事労務の専門誌やセミナーなどで既にかなり解説されてはいるわけですが、本書の場合、改正3法の要点が1冊に纏まっているという点で便利です。

 全3章構成の内、本書の中核となるのは、改正3法を解説した第2章ですが、第3章また、加えて第3章で、これらの法律に共通するテーマと言える「非正規雇用」に関して、人材ポートフォリオや労働条件整備のポイントといった事項も収録されています。

 改正3法については、Q&Aやチェックリストなども織り込み、実務に沿った丁寧な解説で、社会保険労務士法人の編著らしく、関連する社会保険の手続き等についても言及・解説されています。

 一方で、例えば、労働契約法における無期転換権の行使における転換権放棄条項を入れた契約書の適否の問題等、法的論争が発生しているものの未だ裁判所の判例が無いような問題は、触れるのを避けている印象も受けます。

 今回の法改正では、高年齢雇用安定法に改正労働契約法が絡んでくるケースが考えられます。65歳超の継続雇用が発生する場合は、更なる定年年齢(70歳など)を定めることで、66歳以上の一定年齢(70歳など)までに雇用契約を終了させることができるとしている点などは、法律家の間で定年とは何ぞやという議論もありますが、弁護士なども大方がそうした方法を教唆しており、本書もそれに倣っています。

 実務テキストとしてはスタンダードである、というか、かなり詳しく書かれている部類に属するかと思われ、一冊手元にあってもいい本。置いておくだけでなく、改正法への未対応の場合は、すぐにでも対応に取り掛からなければならないわけですが...。

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セクハラ・パワハラ100事例を分かりやすく解説。読みやすいが、価格がややネック。

IMG_3760.JPG裁判例にみる企業のセクハラ1.jpg裁判例にみる 企業のセクハラ・パワハラ対応の手引

 セクハラ・パワハラに関して、最近の裁判における紛争例を事実関係を含めて取り上げ、実務上留意すべきポイントを抽出し、解説を試みたもので、約480ページの中でセクハラに関する裁判例を73事例、パワハラ、モラルハラスメントに関する判例を27事例、計100事例取り上げ、編者2名を含む10名の弁護士が執筆分担しています。

 セクハラ事案については、会社の調査・認定、会社の措置、会社の責任といった時系列的な順序で判例をグループ化しており、まあオーソドックスな分類方法ではないでしょうか。

 一方、未だ今一つ概念が明確でないパワハラに関する事案については、「原因」(上司の立場を利用した問題行動・問題発言、本人の態度・対応にきかっけがある場合、労働組合・一定の思想を背景とする嫌がらせ)と「行動様態」(いじめの事例、指導かパワハラか、嫌がらせ配転、退職勧奨、内部告発等)の2つの視点から分類しています。

 また、セクハラ、パワハラそれぞれについて、肯定された裁判例だけでなく、否定された裁判例も相当数取り上げられていてバランスがいいように思いましたが、こうした分類や取り上げ方の配慮が出来るようになったのは、それだけ裁判例が急増した(現在もしている)ということなのだろうなあと。
「判例時報」などを読んで、セクハラ事案の数の多さに驚かされるし、パワハラ事案もかつてと違って全然珍しいものではなくなってきました(本書で取り上げられているパワハラ事例の多くは平成19年から22年にかけてのもの)。

 これら判例を読むと、セクハラ・パワハラ事案とも主に人間関係上の問題に端を発していて、当事者の主観が先行して事実認定が難しいケースが多いことを思い知らされますが、類似裁判例を取り上げるなどして、その傾向や判決のポイントが把握できるようになっています。

 解説が簡潔にまとまっているだけでなく、字も大きくて、行間もゆったりとってあって読み易いです(いつでも、どこからでも読める)。
但し、その結果、500ページ弱で5,250円(税込み)という価格になってしまっており、この価格ゆえに刊行後1年で絶版になっているのでは(今後改版されるかもしれないが)。

 個人的には、セクハラ・パワハラ研修の"基礎編"を終えて、次に何をやろうかということで、ヒントになる判定がないかと思って購入。中古品でもあまり安くなく、時々マーケットプレイスを見ると、今でもいい値段みたい。
こうした本って、コンサルタントに限らず企業内実務者にとっても、本が出されたその時にはすぐには必要ないけれど、ある時急に必要になったりするのかなあ。

 個人的評価は価格面も考慮して星4つですが、まだ全部読みこめていない段階での評価。研修準備のためにこれから読み進んでいくと、意外と使える判例があったりして、星5つになるかも。

 でも、その会社でどのようなセクハラ・パワハラが起きるかなんて、なかなか想像できるものではないです。何となくそうしたことが起きそうな職場でも、「ウチはその手のセクハラはありません」とか言われたりするし。大体、そうした研修をやろうというところは、コンプライアンス意識が高くて、セクハラ・パワハラは起きにくいのではないかと思うけれどどうなのだろうか(内部監査の一環としてただ形式的に研修をやっている会社もあるが)。

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自らが扱った事例が紹介されているため臨場感があり、労働審判や裁判の実際が伝わってくる。

1それ、パワハラです.png 笹山 尚人.jpg  パワハラimage.jpg image
笹山 尚人 弁護士
それ、パワハラです 何がアウトで、何がセーフか (光文社新書)』['12年]

 パワーハラスメントは、「職場において、地位や人間関係で有利にある立場の者が、弱い立場の者に対して、精神的又は身体的な苦痛を与えることによって働く権利を侵害し、職場環境を悪化させる行為」と一般的に定義されています。

 本書によれば、労働局に寄せられる「職場のいじめ・嫌がらせ」と分類される問題の相談件数は、平成23年度には約4万6千件に達し、この数は、解雇に関する相談に次ぐ相談件数であるとのことです。

 著者は、労働者の代理人として労働事件を扱っている弁護士ですが、全10章から成る本書の各章は、著者自身が扱った事例の紹介が中心となっています(著者自身、自分の体験をもとにした「パワーハラスメント事件簿」の色合いが濃いかもしれないとしている)。

 第1章・第2章に紹介されているのは「言葉の暴力」によるパワーハラスメントの事例で、これがパワハラ事例では最も多い、いわば典型例であるとことですが、こうした事例を取り上げながら、労働審判の仕組みやその特性、パワハラ判定の難しさや、何がその根拠となるかなどについても解説しています。

 さらに第3章で長時間労働を巡る問題を取り上げ(著者は、長時間労働は「過大な業務の強要」であり、パワハラであると捉えている)、第4章でパワハラ問題の基本的な視点や考え方について整理しています。

 第5章から第7章にかけてはパワハラのパターン例として、労働契約を結ぶ際の嫌がらせの事例と、再び言葉の暴力の事例を、さらに、従来の仕事をさせず、本人にふさわしくない仕事を強要した事例を取り上げ、これを受けて第8章では、「退職強要」をどう考えるかを考察しています。

 第9章では、パワーハラスメントに取り組む際の視点、方法、具体的なノウハウを、第10章ではそれを補う形で、精神疾患を発症した場合の労働災害の認定に関する近年の実務動向や注意点を述べています。

 以上に概観されるように、「典型例」を示す一方で幅広い事例を扱っていて、またそれらと併せて、基本概念の整理や知っておくべき実務知識にも触れている点がいいです。

 また、著者の前著『人が壊れてゆく職場―自分を守るために何が必要か』(2008年/光文社新書)も労働者から相談を持ち込まれて、弁護士やユニオンがどのような対策をとるのか、その経緯や戦略がリアルに描かれているためかなり面白く読めましたが、本書も、著者自身が扱った事例を取り上げているため、紛争として公然化するまでの経緯(相談者が相談に来てから労働審判などの申し立てをするまでの経緯)や、労働審判や裁判での裁判官の言葉や代理人としての著者の論述が具体的に書かれていて、臨場感をもって読み進むことができました。

 さらに、そうした事例を通して、代理人としてのどのような戦略で紛争解決や係争に臨み、何があっせんや判決の決め手となったかが分かるため、企業側の人間が読んでも参考になる部分は多く、また全体としても、労使の視点でパワハラ予防にどう取り組むべきかが説かれており、人事のヒトが読んでも、前著共々、読んでムダにはならないと思います。

◎ 著者プロフィール
笹山尚人(ささやまなおと)
1970年北海道札幌市生まれ。1994年、中央大学法学部卒業。
2000年、弁護士登録。第二東京弁護士会会員。東京法律事務所所属。
弁護士登録以来、青年労働者や非正規雇用労働者の権利問題、労働事件や労働運動を中心に扱って活動している。
著書に、『人が壊れてゆく職場』(光文社新書)、『労働法はぼくらの味方! 』(岩波ジュニア新書)、
共著に、『仕事の悩み解決しよう! 』(新日本出版社)、『フリーターの法律相談室』(平凡社新書)などがある。

《読書MEMO》
● 目 次
はじめに
第1章 言葉の暴力 ――― パワハラの典型例
第2章 パワハラ判定の難しさ ――― 「証拠」はどこにある?
第3章 長時間労働はパワハラか? ――― 「名ばかり管理職」事件
第4章 そもそも、「パワハラ」「いじめ」とは何か ――― 法の視点で考える
第5章 パワハラのパターンI ――― 労働契約を結ぶ際の嫌がらせ
第6章 パワハラのパターンII ――― 再び、言葉の暴力を考える
第7章 パワハラのパターンIII ――― 仕事の取り上げ、本人にふさわしくない仕事の強要と退職強要
第8章 「退職強要」をどう考えるか ――― 「見極め」が肝心
第9章 では、どうするか ――― 問題を二つに分けて考える
第10章 精神疾患を発症した場合の労災認定 ――― 文字に残すことの重要性
おわりに

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コンパクトな解説の中で的確に判例を抽出し、分かり易く解説している。増補改訂が望まれる。

異動・配転・出向Q&A7.JPG異動・配転・出向Q&A.jpg   安西法律事務所 岩本充史 弁護士.jpg 岩本充史 弁護士(安西法律事務所)2012年10月6日リーガロイヤルホテル東京
異動・配転・出向Q&A (労働法実務相談シリーズ3)

 労務行政の「労働法相談シリーズ」(Q&Aシリーズ)の一冊で、215ページに80問のQ&Aを収めており、3千円という価格との対比において数量的にはもう少しQ&Aがあってもいいかなという気もしなくもないですが、「賃金」や「労働期間・休日・休暇」などよりはQ&Aが立てにくい「異動・配転・出向」に絞ってこれだけのQ&Aを扱っているという意味では、むしろ有難いと見るべきでしょう。

 3章構成の第1章で「配転をめぐる問題」、第2章で「出向・転籍」を扱っていて、ここまでで70問、更に、第3章には「分割・合併・事業譲渡における雇用関係」をもってきています。
 
 「配転」では、「職種を特定して採用した社員の配置転換は可能か」といったオーソドックスな問いから「職場内結婚をした場合、どちらか一方を他部署・他支店に配転することは問題ないか」といった、法律上の問題と配転命令の問題が含まれる微妙なものまで。

 「出向・転籍では、「入社時において予想されない会社への出向命令は有効か」といった就業規則絡みの問いから、「出向先が事実上倒産した場合、出向労働者を当然い出向元に復帰させなければならないのか」といった出向契約の定めによるものまで。

 「分割・合併・事業譲渡」では、「会社合併にあたり、新会社の労働条件は合併前・合併後のどちらに変更すべきか」等々。

 この分野としては基本的なテーマを扱っているかと思いますが、「賃金」や「労働期間・休日・休暇」ように法令でスパッと適法・違法の答えが出せるもものが少ないだけに、判例の引き方が重要になってきます。その点は、コンパクトな解説の中で可能な限り的確に判例を抽出し、分かり易く解説しているように思いました。

 刊行されて5年。増補改訂が望まれますが、その際にあまり価格は上げないで欲しいね。

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司法と現実の狭間でどこに落としどころを見出すべきかを丁寧に指南。

『社長は労働法をこう使え!』.JPG◆『社長は労働法をこう使え!』.jpg            会社は合同労組・ユニオンとこう闘え.jpg
社長は労働法をこう使え!』['12年]『会社は合同労組・ユニオンとこう闘え!

会社は合同労組・ユニオンとこう闘え 向井弁護士.jpg "企業側"の労務専門の弁護士によって書かれた、主に中小企業の経営者向けの労務トラブル回避のためのガイドブックであり、著者の向井蘭弁護士は、合同労組・ユニオン対応のあり方についてのセミナーや著書などでも、自らの経験に基づく実際的なノウハウを示して好評を博している気鋭の若手弁護士です。
 本書では、「経営者が理解すべき労働法の基礎」「労働法の意外な常識」「残業代トラブルの予防法」「問題社員の辞めさせ方」「労働組合・団交への対応法」「もめる会社・もめる社員の特徴」などを解説しています。

 例えば「突然、多額の残業代を請求された」「非常識な社員を辞めさせたい」といった状況にどう対処すればよいか、また、そのような事態を未然に防ぐにはどうすればよいかといったことが、帯に「誰も書かなかった司法のホンネ」「法律と現実のズレはこうしのぐ!」とあるように、裁判例の傾向やグレーゾーンの扱いを念頭に置きながら、実務的な視点で指南されています。

 弁護士が書いたもので、中小企業の厳しい経営状況を鑑みつつ、ここまで実務に踏み込んで書かれているものは少ないかもしれません。弁護士のセミナーなどに行けば、そうした実務寄りの話も聞けるかもしれませんが、中小企業の社長はなかなかそうした時間もとれないだろうし、労務専門の弁護士と顧問契約する余裕も無いかもしれません。その意味では、中小企業経営者には有難い内容かも知れません(著者の合同労組対策をテーマとしたセミナーを聴いたが、来ていたのは従業員1000人以上の大企業の人事労務担当者ばかりだった)。

 基本的には、正社員の解雇は難しいという見方であり、「正社員を解雇すると2000万円かかる」といった表現もあります。その説明において、解雇を巡る裁判で、仮処分後に会社側が敗訴した場合、仮処分の決定以降に払わなければならない賃金と、敗訴した際に解雇時に遡及して支払う給与とを二重に支払うことになるとの計算になっていて、この部分に関しては、おかしいのではないかということが、本書を読んだ人の間で、ネット上で話題になったようです。

 これについては、版元のサイト内での著者の補足説明によると、著者自身が受任した案件で、敗訴後に遡及払いすることになった給与から、仮処分以降すでに支払われた金額を控除することを認めない命令が某地裁で下されたとのことですが、著者自身がその命令に疑問を呈しており、また、仮にそうであっても、その場合には、会社側が本人に支払い済みの金額を請求する権利はあるとしています(但し、労働者の資力によっては回収が難しいことも考えられると...)。そういうことであるならば、やはりこの部分は、やや著者の説明が不足しているというのは否めないのではないかと思います。

 多くの中小企業経営者が、労務トラブルが会社経営に及ぼす潜在的危険性に対しての認識が足りていないという思いから、その危険性を強調するあまり、極端なケースを取り上げ、全体に煽り気味になっているキライはあります。

 一方、退職勧奨については、裁判所は寛容であるという見方であり、労働者が退職勧奨を拒否した場合、その労働者に自宅待機を命じ、賃金は100%払うと同時に、例えば1カ月以内に退職すれば退職金を上積みするけれども、1カ月を過ぎて2カ月以内なら上積み分は50%に減額するといった「ロックアウト型」の退職勧奨を提案しています。

 著者が事例として掲げているのは、全般にその多くが、労使がそれぞれ代理人を立てての係争に至るようなケースであると思われ、また、「『六法』を持ち歩き、『教授』と社員から呼ばれていたモンスター社員」とか「『仮処分』を繰り返し受けることで、働かずに生活しようとする人」といった表現に見られるように、通常の問題社員のレベルを遥かに超える、まさに"モンスター社員"レベルへの対処方法とみた方がいいのではないかと思われます。

 但し、そうした極端な事例が多いのが気になることを除けば、全体としては、中小企業の実情を踏まえ、現場でアドバイザリーを行うようなスタンスで書かれていて、経営者だけでなく、人事労務担当者にとっても参考になる部分は多いのではないかと思われます。根拠となる法理論の解説もしっかりしています。

 労使紛争が起きやすいのは、それまで創業者社長が睨みをきかせていたのが、2代目の人柄のいい"草食系"の若社長に変わった場合などで、裕福な会社であればあるほど労働者もお金を引きだそうとする一方、所謂"ブラック企業"と呼ばれる会社などは、逆に労働者がすぐに辞めてしまうため、紛争が起きにくいという指摘などは、実情をよく踏まえていると思いました。

 裁判の前段階である労働局のあっせんや労働審判についても触れられていて、親切に書かれていると言えば親切ですが、後は、通常レベルの労務トラブルに、本書で示されているような極端なケースへの対処方法を適用してしまうことのないよう、或いは、「人事異動は自由にできる」「パワハラの訴えに怯える必要はない」といったことをそのまま鵜呑みにするのではなく、自社で起きている問題のレベルとそのレベルに沿った最適の対処方法を慎重に考えてみる姿勢が大切ではないかと思いました。

 司法と現実の矛盾を突いている点でも興味深いし、参考にもなりました。実務では個々のケースによって事情が違うので、本書に書かれていることをオーバーゼネラリゼーション(過大に一般化)し過ぎると大やけどをすることも考えられるかも。その点を除けば、基本的には、司法と現実の狭間でどこに落としどころを見出すべきかを丁寧に指南した本であると言えます。

 因みに、労務管理上のグレーゾーンを扱った本では、同じく弁護士による野口大 著『労務管理における労働法上のグレーゾーンとその対応』('11年/日本法令)があり、労働局のあっせんや労働審判については、山川隆一 著『労働紛争処理法』('12年/弘文堂)などに詳しく書かれています。

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「重要判例を読む」というタイトルに相応しく、リーディング・ケースの解説が丁寧。

新版 労働法重要判例を読む2.jpg   新版 労働法重要判例を読む1.jpg新版 労働法重要判例を読む1: 総論・労働組合法関係

新版 労働法重要判例を読む2: 労働基準法・労働契約法関係

 2008年に第1版が刊行されて約5年ぶりの改版。労働法専門の大学教授20数名による重要判例の解説で、全2巻で50の判例は取り上げられていますが、第1巻の総論・労働組合法関係に続き、この第2巻では労働基準法・労働契約法関係の判例を中心に25の判例が纏められています。

 実際の章立ては、(1巻から通しての章立て)第6章「賃金」、第7章「労働時間」、第8章「人事異動」、第9章「プライバシー・懲戒」、第10章「労働災害」、第11章「労働契約の終了」となっていて、まさに実務の中核にあたる部分であり、「賃金」で言えば、パートタイム労働者の賃金差別が争われた「丸子警報器事件」、「労働時間」で言えば、労働時間の概念が争点となった「大星ビル管理事件」、「人事異動」で言えば、配転命令の根拠と限界が示された「東亜ペイント事件」など、取り上げられているのは何れも重要判例ばかりです(「丸子警報器事件」など一部を除いては殆どが最高裁判決)。

 各判例について、「事実(と下級審判決)」と「判旨」を記したうえで、その後に「解説」(乃至「検討」)がきていて、この「解説」の部分が丁寧であり(まさに「重要判例を読む」というタイトルに相応しい)、類似判例の引用等もよくなされていて、法学部生、法科大学院生のテキストとなるよう意識して書かれていることが窺え、実務担当者が読むも適したものとなっているように思います。

 一方で、労働契約法の改正をはじめ、労働者派遣法、高年齢者雇用安定法など労務に大きな影響を及ぼす法律の改正が行われたわけですが、そうした改正法に関する判例はまだ出されていないわけであって、例えば、第11章「労働契約の終了」で取り上げられている判例は、有期契約と雇止めの問題が争われた「日立メディコ事件」など、殆どが昭和のものです。

 あくまでも、リーディング・ケースとしての位置づけが定まった判例を扱ったテキストとしての本とみるべきでしょう。ジュリストの『労働判例百選』の単行本版みたいな感じか。こっちの方が『判例100選』などよりは読み易いです。

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「非正規」の法的な枠組みから労務管理の実務までを実務の枠組みに沿って詳説。

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  『非正規社員の法律実務〈第2版〉

 非正規社員の法律実務に絞って、法的な枠組みから労務管理の実務までをこれだけ網羅的に解説した本は少ないため、やや値段は張るものの貴重な一冊です。

 この本、元々は『パートタイマー・期間雇用者・契約社員等の法律実務』というタイトルで'98年に刊行されたのがスタートで、その時は219ページ。それが、'01年に『パートタイマー・契約社員等の法律実務』となって235ページに('04年に第2版刊行)。'07年には『パート・派遣・業務委託等の法律実務』となって335ページに('08年に第2版刊行)。そして、'10年刊行の際に今のタイトル『非正規社員の法律実務』となり、初版が約760ページあって分厚く感じたのですが、今回は920ページと更にまた分厚くなったなあと。

 今回の第2版は、平成24年10月施行の改正労働者派遣法、平成25年4月施行の改正高年齢者雇用安定法、平成24年8月公布の改正労働契約法を織り込んだ内容となっており、何れも非正規社員に深く関係する法改正です。

 本書の特長としては、パートタイマーとの対比でフルタイマーという言葉を用いて有期雇用労働者の労務管理を解説し、更に、高年齢者、アルバイト・フリーター、契約社員(専門能力者)といった具合に実務上の雇用区分に近い形できめ細かく章立てして解説がされている点で、労働者派遣についても、その部分だけで150ページに渡って解説されています。

 業務委託についても、業務処理請負と個人業務委託に章を分けて解説しており、最後に外国労働者がくるといった構成で、あらゆる「非正規雇用」を網羅している観があります。

 敢えて言えば、(これまでもそうだが)オーソドックスにテキスト的で、法改正部分について編者の考えのようなものはさほど介在しておらず(共著ということもあるが)、むしろ実務面での制度の在り方等にそれが反映されています。

 一気に読むのはキツイかもしれませんが、傍らに置いて辞書的に使いながら少しずつ読んでいくといった感じでしょうか。ちゃんと使えば7千円の元は十分に取れる?

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中小企業の経営者向けに人事の要諦から実務までを分かり易く解説。

中小企業のための人事労務ハンドブック.jpg 『中小企業のための人事労務ハンドブック (DO BOOKS)』(2011/08 同文館出版)

 社会保険労務士であり中小企業診断士でもある著者によって、中小企業向けに書かれた人事労務全般の手引書ですが、この手の類書の多くが主に人事労務の実務担当者向けに書かれているのに対し、本書の場合は、中小企業の経営トップや経営管理者を読者層として想定して書かれているのが特徴です。

 経営資源にはヒト・モノ・カネの3つがあるとされていますが、著者によれば、特に創業して間もない中小企業などにおいては、事業を拡大していくために、どうしても「カネ」のことで頭が一杯で、「ヒト」のことは"二の次"と考えている経営者が少なからず見られるとのことです。そうなってしまう理由は、ヒトよりもカネに関する知識を持った人が経営者の周りにいるためであり、更には、ヒトは"不可測"な経営資源であるためとしています。

 本書ではまず、ヒト・モノ・カネの中で一番大切な経営資源はヒトであると明言し、ヒトには投資が必要であり、ヒトを育てるには手間がかかり、またヒトには心があることを念頭に置かなければならないと戒めています。

 そのうえで、リーダーシップ理論(PM理論、ライフサイクル理論など)やモチベーション理論(X理論・Y理論、動機付け・衛生要因理論など)を分り易く紹介・解説し、こうした理論を習得し、それを実践に役立てることを説いていますが、このような"前置き"がされている点が、類書と比べてユニークと言えばユニークであり、本来的であると言えば本来的です。

 序章において、こうした人的資源管理の要諦を説いたうえで、本編では、採用における要員計画の立て方から説き起こし、更に、雇い入れ、勤務時間、給与、労働保険・社会保険管理、その他労務管理から退職・解雇に至るまで、これら多岐にわたる人事労務の仕事において、実務に欠かせない知識や情報を50項目に分類し、順次解説しています。

 個人的には、「給与」のところで、中小企業には「職能資格制度」は向かず、「役割等級制度」がお薦めであるとしている点に興味を引かれ、この点は概ね同感です。賃金制度については、範囲給型の号俸給を提唱しながらも、全等級を「昇給」対象とする方式と併せて、上位等級については「昇給」の概念を無くし、洗い替え方式とするパターンも提示しています(後者はかなりドラスティックなものとなる)。

 評価制度については、目標管理制度とリンクさせた運用を提唱する一方で、評価要素の類型を挙げて解説しながらも、従業員規模の小さな会社では必ずしもそれら全てを評価表に盛り込む必要は無く、能力効果的要素と情意効果要素を統合してしまうなど、シンプル且つ自社にとって使い勝手のよい評価制度にすればそれでよいとするなど、柔軟かつ現実対応的な内容となっています。

 労働保険・社会保険の諸手続きについても役所への提出書類の書き方などが分かりやすく示されており、病欠者や療養休職者への対処なども、中小企業の実情に応じたアドバイスがされているとともに、「勤怠不良、成績不良の労働者の辞めさせ方」などの突っ込んだ解説もなされています。

 中小企業の人事労務は、経営トップが実務面も含め積極的に関与していくしかなく、そのためには、トップが自ら人事労務に必要なことを勉強する必要があるというのが著者の考えですが、まさに、そうしたニーズ応えるためのハンドブックとして、見易く分かりよいものとなっているように思いました。

 経営トップに限らず実務担当者が読んでも参考になるかと思いますし、社会保険労務士などが中小企業に対し、手続業務だけでなく、経営・人事のより広い観点から相談業務やコンサルティング(制度設計)を行うための参考書としても使えるものとなっており、お薦めできる本です。

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就業規則の括りに沿って労働法や判例を解説。オーソドックス。『キーワードからみた労働法』の方が面白い。

就業規則からみた労働法 第三版9.JPG就業規則からみた労働法.jpg      キーワードからみた労働法.jpg
就業規則からみた労働法 第三版』『キーワードからみた労働法』('09年/日本法令)

 同著者の『キーワードからみた労働法』('09年/日本法令)などの姉妹版ですが、こちらの方が初版の刊行は早く('04年)、今回で第3版。労働基準法、育児介護休業法などの法改正に対応するとともに、最近の判例なども新たに盛り込んでいます。

 2章構成で、第1章で就業規則の作成・変更について解説したあと、第2章で、総則規定、採用、人事、賃金、労働時間・休憩時間、休日・休暇・休業、服務規律、表彰、懲戒、退職・解雇、安全衛生・災害補償...といった具合に、一般的な就業規則の規程の括りごとに、労働法上留意すべき点を解説し、必要に応じて」、条文例とそうした条文の下で発生した労務問題のケーススタディを設け、この部分は概ね実際の判例に準拠した解説になっているようです。

 就業規則の条文の表現・表記方法を、パターンをいくつも示して解説した就業規則作成のためのマニュアル本では無く、あくまで、労働法をより実務の沿った形で理解してもらうために、解説の括りを就業規則のそれに合わせたものと言えるかと思います。

日本法令.JPG 『キーワードからみた労働法』より若干大判で、字も大きめの横書き。読み易いですが、やはり読みどころは著者の判例解説になるのではないでしょうか(著者の判例解説は、一般の労働法学者が書くものに比べ読み易い)。

 但し、全体的に『キーワードからみた労働法』よりは"入門編"的な感じで、「最低賃金」「均等待遇」「雇止め」といった雇用・労働に関するキーワードを取り上げ、それらにおける一般常識や俗説をなで斬りしていた『キーワードからみた労働法』と比べると、オーソッドックスな解説書になっています。

 これはこれで、テキストとしては悪くない本だと思いますが、読んでいて面白いのは、やはり『キーワードからみた労働法』の方で、これを読んで面白く感じられた人は、更に、同著者の『雇用者会の25の疑問―労働法再入門』('07年初版、10年第2版/弘文堂)へ読み進むことをお勧めします。

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6年間連載した基本事項のQ&Aを、項目順を整理し、最新の法令に準拠し直した集大成。

労働法実務Q&A セット.jpg 労働法実務Q&A 上.jpg 労働法実務Q&A下.jpg 『労働法実務Q&A 全800問.JPG
労働法実務Q&A 全800問(上)(下) セット (労政時報選書)』『労働法実務Q&A 全800問(上) 人事・労務管理 (労政時報選書)』『労働法実務Q&A 全800問(下) 賃金・労働時間 (労政時報選書)』 『労製時報』連載のファイリング(下写真)

IMG_2734.JPG 人事専門誌 『労政時報』の付録として連載されていた「実務家のための法律基礎講座」のQ&Aを、単行本上下巻に収録したものです。
 上巻の「人事・労務管理」では、就業規則、採用、試用期間、教育・研修など22項目について、下巻の「賃金・労働時間」では、賃金、賞与、退職金、年俸制など20項目について、職場で問題となりがちな事柄をQ&A形式で取り上げ、弁護士や社会保険労務士など第一線で活躍中の多くの専門家が、執筆分担し解説しています。

 『労政時報』を購読している企業の人事・労務担当者の中には、本誌の毎号の巻末にある「相談室Q&A」に目を通しながらも、月の前半号に付録としてあったこの「実務家のための法律基礎講座」も読み、さらには、'05年8月の連載開始時からずっとファイリングしていた人もいるかと思いますが、自身が労働法の知識の確認・研鑽をするために読むのにもいいし、新任担当者に読ませるのにも適していると思っていました。

 6年間に及んだ連載の第1回のテーマは「賃金」であり、その後「普通解雇」「時間外・休日労働」「就業規則」......と続きました。時系列でファイリングしていくと、労働法の分野内とは言え、読み返す際にあちこちに"飛ぶ"ということになり、また、この6年の間に労働法規等の改正も相当にありました。
 この度の連載完結を機に、大括りのテーマごとに項目の順番を整理し、かつ最新の法令に準拠したものを単行本化してもらえればありがたいとは思っていましたが、今回の本書の刊行は、まさにそうした要望に応えるものでした。

 計800問というのは相当数の設問だと思いますが、これが2分冊で読めるのがコンパクトで便利であり、また、2色刷りとなってさらに読みやすくなっています。

 内容的にも、もともと執筆分担制で書かれたものであるため、各項目とも、取り上げるQ&Aが十分に厳選されているように思います。
 重要度の高い問題、実務家が直面する可能性の高い問題を優先的に取り上げており、極端な"レアケース"や、法律家が言うところの所謂"マニアック"なQ&Aに偏ることなく、結果として、実務において必要な労働法の基礎知識を、一通り網羅し解説していることにもなっています。

 単に項目数が多いというだけではなく、例えば「不利益変更」や「パートタイマー」「契約社員」など、横断的な切り口のテーマが設けられているのも、実務での利用に適っているように思います。

 全編を通して、専門家以外の人にも伝わるような分かりやすい言葉で書かれているため、実際の案件についての法的な取り扱いが知りたい場合の手引書として「引いて使う」だけでなく、労働法の解説書、知識基盤拡充のための学習書として「通して読む」のにも適していると言えます。

 また、社内で労務上のトラブルが生じた際などに、初心者や職場の管理者に対し、それが法的にはどのような扱いになり、どう対処すべきなのかということを、該当する事柄を解説した箇所を指し示すことで、できるだけ正確に伝えるといった使い方もできるかと思います。
 
 労務に携わる人にお薦めと言うか、是非手元に置いておきたいセット(置いとくだけでなく、時々でもいいから読みましょう!)。

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「読む教科書」としては(やや硬いが)優れモノではないか。

『労働法入門』.JPG労働法入門5.JPG労働法入門 (岩波新書)

 気鋭の労働法学者が、労働法は働く者にとってどう役に立つのかという観点から、大学で労働法を勉強したことがない一般社会人にも身近に感じられるように考えのもと、労働法の全体像を解説した入門書です。

 まず、労働法の背景や基礎にある思想や社会のあり方から、労働法の構造や枠組みを掘り起こしたうえで、採用・人事・解雇・賃金・労働時間・雇用差別・労働組合・労働紛争などについて、近年の新しい動きも含めて、労働法の全体像を解き明かしています。

 「はじめに」の部分にある、聖書において、神によってアダムとイブに『罰』として課されたとされていた「労働」が、マルチン・ルターのよって『天賦』としての「労働」という新たな解釈になったという話や、日本の労働観は「家業」としての労働であり、日本における「労働」とは、イエという共同体に結びつき、家族のための「生業」と、自分の分を果たすという「職分」の二面が合体したものをさすという著者の見解などは、興味深いものでした。

 本編に入ると、「入門」と謳っていながらも専門書を圧縮したような感じで(「入門」だからこそ当然そうなるのかも知れないが)、労働法の全体像を網羅した、堅実且つオーソドックスな内容ではあるものの、やや硬いかなあという感じも(著者もそのことを意識したのか、その"硬さ"を和らげるかのように、各章の冒頭にエッセイ風のプロローグがあるが)。

 それでも、テーマごとに重要判例などを交えながら、これだけの内容が新書1冊にコンパクトに纏られているのは流石という感じで、「読む教科書」として手頃な"優れモノ"ではないでしょうか。欧米諸国との比較なども随所に織り込まれていて、日本の労働法の特徴が、分かり易く浮き彫りにされているのもいいです。

 本書の中では、判例法理等が労働者にも会社にもきちんと認識されておらず、大学などで学ぶ「労働法」と実際に企業に入って味わう「現場」のギャップこそが、日本の労働法の最大の問題であるかもしれないとしています。
 
 最後には今後の労働法の方向性について述べられていて、「集団としての労働者」から「個々人としての労働者」に転換しつつある状況を踏まえて、労働法も「個人としての労働者」をサポートするシステムにシフトとしていくべきであるとする考え(菅野和夫・諏訪邦夫教授)と、労働者の自己決定を保障するためには国家による法規制が不可欠であり、とりわけ労働組合が脆弱な日本では国家法(労働法)がその役割を果たすべきであるとする考え(西谷敏教授)を紹介した上で、著者は、「国家」と「個人」の間に位置する「集団」(労働組合や労働者代表組織など)に注目し、「集団」的な組織やネットワークによって問題の認識と解決・予防を図っていくこと、そのための制度的な基盤づくりが重要な課題であるとしています。

 こうした提言部分もありますが、全体としては、タイトル通りの「入門書」としてのウェイトが殆どでしょうか。本書の中で、使用者も労働者も労働法を知らな過ぎることを問題の1つに挙げていますが、近年、労働社会の変化に応じて労働法制にも変化が見られるにも関わらず、またそれは、労働者全般に関わる問題であるにも関わらず、こうした「入門書」が岩波新書に無かったことを考えると、意義ある刊行と言えるのではないでしょうか。

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『労働法コンメンタール』を買わずとも、これで十分か。検索機能が充実している。

新訂版 労働基準法の教科書81.JPG 労働基準法の教科書 労務行政研究所.jpg 
新訂版 労働基準法の教科書 (労政時報選書)』(2011/07 労務行政)

新訂版 労働基準法の教科書 (61.JPG 「労務に携わる者、労働法を学ぼうとする者は『労働法コンメンタール』を読め」とはよく言われることですが、確かに、例えば労働基準法に関しては、厚労省労働基準局編の『労働法コンメンタール③ 労働基準法』(労務行政研究所)が最も詳しい解説書ということになるでしょう。

 しかし、上下刊で1100ページを超える大著で、「寄宿舎」とか「監督機関」など、一般の民間会社の人事労務担当者には関係の薄いジャンルの記述も含まれており、学者はともかく実務家にどれくらい利用されているのかなあと(冒頭の言葉は、実務家の人に言われたのだが、その人自身、あまり『コンメンタール』を読み込んでいるようには思えなかった)。

 本書は、『労働法コンメンタール③ 平成22年版 労働基準法』をベースとしながらも、一般の人事担当者が実務であまり使うことの無い部分の解説を省略し、労基法全119条の内、詳細な逐条解説は"日常よく使う"55条に絞ったもので、それでも700ページあり、実務に使う分にはこれで十分ではないかと思います。

 コンメンタール原本は縦書きであるのに対し本書は横書きであり、2色刷りで図解も多くて読み易く、また、条文の中のキーワードの右肩に青字の数字が記されていて、それが条文の後に続く解説の番号と対応しているなどの使い易さにも配慮されています。

 その他に、巻末に事項別の索引があり、更に「年次別通ちょう索引」も付されているため、行政通達の周辺事項を知るのに便利。判例索引も、判決の日付・事項番号・事件名が分かっている場合に、労働基準法との関係が分かるようになっているなど、検索機能については至れり尽くせりの充実ぶり。

 『コンメンタール』を買って積(つん)読になってしまうよりは、こっちを買って、線を引いたりタグを貼ったりして、ばんばん使った方がいいし、全1巻なので、携帯にもさほど負担にならないかと思います。

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「緊急時の実務Q&A」からルポルタージュ、アンケート調査まで、よく網羅されている。

震災対応の実務.JPG 人事担当者のための震災対応の実務.jpg         Q&A震災と雇用問題 野川.jpg 
人事担当者のための震災対応の実務 (労政時報選書)』(2011/06 労務行政)/野川忍『Q&A 震災と雇用問題』(2011/06 商事法務)

 '11年3月11日発生の東日本大震災を受けての刊行で、第1部の「緊急時の実務Q&A」で、震災下における陳賃金・労働時間等に関するとるべき対応や、やむなく退職・解雇せざるを得ない場合の手続き、労働保険や社会保険の特例等について、50のQ&Aで実務的な解決策を示しています。

 第2部にあたる「実務解説」では、「大震災 その時、人事部はどう動いたか」というジャーナリストの溝上憲文氏によるルポルタージュや、「危機管理における職場のメンタルヘルス」という医師の亀田高志氏による解説など、4本の寄稿があり、第3部にあたる「オリジナル調査」では、休職時の賃金等の支払いから、見舞金、住宅融資などの扱いについて、震災後に企業に対して行った緊急アンケートの結果を掲載しているほか、ビジネスパーソン412人に聞いた、震災当日の行動から会社の備え、震災後の状況までを集計し、分析結果とともに載せています。

 多岐にわたる内容で、しかも、震災後のアンケート結果を掲載したうえでの刊行ということで、この素早さの背景には、刊行元がネット上に有する数多くの人事パーソン、ビジネスパーソンとのネットワークがあるかと思います。

 「50のQ&A」を見ても、賃金、賞与、退職金、労働時間、退職・解雇から介護、社会保険、安衛法、労災保険法、給付金まで幅広く扱っており、この部分がやはり実務上の核ではないかと思いました。

 オリジナルアンケートは、計画停電への各社の対応動向を把握するなどには重宝し、法律の解釈とは別に、やむえない休業であっても大体の企業がほぼ満額の賃金保障をしていることが分かります(一方で、派遣社員などは多くが契約を切られているという事実はあるのだろうが)。結局、当初危惧された、夏場の計画停電はありませんでしたが。

 溝上憲文氏によるルポルタージュや、ビジネスパーソンへのアンケートにはシズル感があり、記録としての意味もあるかも。一方で、常見陽平氏の「大震災は就活を変えたのか」などのリポートは、必ずしも無くてもよかったような気もします。

 震災と労災等を含む労働法との関連については、ほぼ同時期に刊行された野川忍氏の『Q&A震災と雇用問題』(商事法務)の方が、ほぼ同じ価格ながら、丸々1冊それに充てているため、そちらの方がQ&Aの数も多いし(100項目)、一つひとつの解説も詳しいように思います。

 こちらは、広く浅くという感じでしょうか。緊急出版にしては、色々とよく網羅されているという点では評価したいと思います(「専門誌における「特集」的な感覚の編集か)。

【読書MEMO】
「月刊 人事マネジメント」2019年2月号
「月刊 人事マネジメント」2019年2月号.JPG

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震災関連のQ&A集。労基法・労災法関連はよく網羅されている。実用書、参考書としてはお奨め。

Q&A震災と雇用問題 野川.jpg 『Q&A 震災と雇用問題』(2011/06 商事法務)

 東日本大震災の発生を受けて、労働者と企業のそれぞれが震災時に直面する雇用上の問題の解決策をQ&A形式で解説した「緊急出版」本ですが、判例解説等の第一人者によるものだけに、しっかりした、かつ分かりやすい内容です。

 Q&Aは全部で100項目あり、震災関連の各種給付特例や、今回の震災で企業が直面した特徴的な問題を紹介・解説するとともに、派生する給料・休業手当、解雇、不利益処分、リストラ、時間外・休日労働、自宅待機命令、有給休暇取得などの問題、労働災害の問題、震災後の事業継続と制度の導入・変更などを扱っています。

 主に労働基準法に関連する問題ということになりますが、労働災害についても15問のQ&Aが設けられており、震災後に刊行された同種の実務書の中でも、労基法・労災法関連分野に関しては、かなり網羅されている方だと思われます。

 労基法関連の諸問題については、法律ではどこまでが制限されており、どこまでが許容されるかを示しながらも、「可能な限り、労使の対等な話し合いによって事態を切り抜ける」のが望ましいという考え方がベースになっていることに共感しました。

 労災法関連では(とりわけ当該案件が「通勤災害」「業務災害」に該当するかどうかということに関して)、通常ならば法律の考え方を説明するために無理やり作ったように思えるような設問事例が、今回のような震災を想定した場合には、実際にそのようなケースがあり得るように思われ、現実感を持って読むことができました。

 例えば、「出張先の仙台市内で仕事の打ち合わせを終えて、帰りの新幹線を待つ間、改札内の書店で趣味の雑誌を立ち読みしていたところ」地震が発生し、「体のバランスを崩して書棚に頭をぶつけて全治2週間のケガをした」というような場合、労災保険が適用される可能性はあるかとか、かなりマニアックな質問と言えばマニアック、回答の方も、原則として労災とは認められないが、すでに新幹線の改札内に来ていて、「新幹線が予約されていて、ホームで待っている時間もわずかであったという場合」は、出張に伴う通常の行動であると考えられ、労災が認められる可能性もあると(ナルホドね。改札内の書店なら"中断中"には該当せずOKなのか。自由席飛び乗りだとダメなのかなあ)。

 「実用書」ではあるものの、全体を通して読むことで、法律の趣旨や考え方というものを再確認することができ、そうした意味では「参考書」としても読めるのではないかと、個人的には思いました。

 タイトルに「雇用問題」と銘打っているのは、「あとがきに代えて」の中で、今回の震災のような大災害の可能性も雇用政策に織り込むべきだという提案がなされていることによるものでしょう。

 こうした大災害の場合、企業における従来の長期雇用保護システムは機能せず、実際に今回は一挙に大量の失業者が出ることになったわけですが、「それまで就労していた企業固有のキャリアしか身につけていなければ、就業転換をスムーズに進めることができない」としています。

 そのため、「労働者が速やかに転職先を見つけることができるような普遍的職業能力を普段から身に着けることを促進・助成すること、および転職市場の拡充、そして不安定雇用に定着してしまわないように常にキャリアアップの道を開いておくこと」などが提案されていますが、もっともであると思いました。

 だだし、実質「あとがき」の中で述べられているだけで、提案の具体的な展開については「次の機会に記述したい」とのことで、本書自体は、「実用書」の域を出るものではないでしょう(「実用書」「参考書」としてはお奨めです)。

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初任者・職場管理者だけでなく、これまで人事労務の仕事に携わってきた担当者にとっても得られるものがある。

職場トラブル解決の本2.JPG                 高谷知佐子.jpg 髙谷知佐子 氏(弁護士)
初任者・職場管理者のための職場トラブル解決の本 (労政時報選書)』(2011/06 労務行政) 

 職場におけるトラブルの種類は元から多岐にわたり、また近年は一層に複雑化している傾向がありますが、本書では、前半部分で、特に最近よく問題となる職場トラブルについて、解決のために必要な基本的な知識や考え方を説明し、後半部分では、著者が実務でよく聞かれるQ&Aを通じて、実際の職場のトラブル解決のヒントを提供しています。

 前半部分の解説は、「労働時間のマネジメント」「指揮命令と(パワー)ハラスメント・メンタルヘルス」「教育・社内外の活動、組合活動に関するトラブル」「情報のマネジメント」「退職に関するトラブル」という章立て(テーマ区分)になっており、サービス残業問題やパワハラ問題など、近年とりわけ多発傾向にある職場トラブルのタイプに応じた括りになっています。

 後半部分のQ&Aも、前半のテーマ区分に沿ってグループ化されていて、全体で42あるQ&Aの内、例えば、様々なタイプのトラブルケースがみられる「指揮命令・ハラスメント・メンタルヘルス」については、多い目に問いを設けて解説しています。そのため、入門書とはいえ、テーマや事案ごとにみるとかなり突っ込んだ解説となっているように思いました。

 全体を通して「法律先ずありき」ではなく、複雑多様化するそうした個々のトラブル例からスタートし、法律上はどのような扱いになるのか、過去の裁判例ではどのように判示されているのかを解説し、最善と思われる問題の解決策を示すとともに、同種または類似した問題の発生を防ぐにはどうしたらよいか、トラブル解決以降も良好な労使関係を維持していくにはどうしたらよいのか、といった視点も織り込まれているため、トータルでの実務的な解説となっているように思えます。

 こうした解説スタイルからも、著者が労務問題の現場に深く関わっている弁護士であることが窺えますが、加えて、職場トラブルへの対応をその場限りの「対処療法」で済まさず、問題の根本を見据え、担当者の意識改革も含めた抜本的な職場改善に繋げていくことが大事であるとの視点を、改めて示唆しているように思いました。

 企業内で職場トラブルに対処しなければならない担当者となった人を対象とし、初任者・職場管理者のためにわかりやすく解説することに留意されているようですが、最近のトラブル傾向に沿って書かれているため、初任者や職場管理者だけでなく、これまで人事労務の仕事に携わってきた人が読んでも、今後に向けて得られるものは充分あるように思いました。

 個人的には、とりわけ「ハラスメント」に関する問題の解説部分に、そのことを感じました。セクシャルハラスメントの判例法理がほぼ確立されてきたのに対し、パワーハラスメントの判例法理の形成は"現在進行形"であるように思われます。実際には、パワハラにせよセクハラにせよ、判断の難しいケースが少なからずあるかと思われますが、著者は敢えてそうした事例を取り上げ、所々に著者なりの見解も織り込みながら、それらについてきめ細かい解説をしています。

高谷 知佐子弁護士2.jpg 表記が分かり易いばかりでなく、テーマを絞っているために通読可能なボリュームでもあり、忙しい職場管理者にもお薦めですが、社会保険労務士、人事コンサルタントにもお薦めです。


ヒューマン21 EC-Net 第23回研究会
「職場トラブルへの対応実務ー最新判例を中心にー」
日 時:2012年2月25日(土) 10:00-17:00
講 師:高谷 知佐子弁護士(森・濱田松本法律事務所)
開催場所:日本青年館ホテル「504」会議室(新宿区霞ヶ丘町)

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労務の企業内スペシャストを目指すならば、これぐらいの本にはあたっておきたいところ。

『事例判例 労働法.JPG事例判例 労働法.JPG
事例判例 労働法―「企業」視点で読み解く』 (2011/03 弘文堂)

 著者は、本書刊行直後にも別の判例解説本を複数冊刊行するなど(改版を含む)、精力的に活動している労働法学者ですが、本書は「企業で働く人と、近い将来に企業で働こうとする人たちのために書かれた、労働法の基本書」であるとのことで、大学で長らく労働法を教えながらも、若い頃には企業(メガバンク)で従業員として働いた経験のある筆者が、自らの経験を活かして、大学の研究室の高みからではなく、企業の現場での発想を重視して作成したという、事例スタイルの解説書です。

 サブタイトルの「企業視点で読み解く」という目的のために、労働法の中身を「合意の原則」「ヒューマン・リソース」「ワーク・ライフ・バランス」「リスク・マネージメント」の4つのカテゴリーに分けているのが興味深く、例えば「合意の原則」の中には労働契約、採用、就業規則、解雇などの項目が含まれています。

 以下、「ヒューマン・リソース」の章では賃金、配置・異動、非正規労働者などが、「ワーク・ライフ・バランス」の章では労働時間、休日・休暇などが、「リスク・マネージメント」の章では安全衛生や労災補償、労働組合などが取り上げられており、このように全体を通して見ると、著者自身も述べているように叙述の順序は突飛なものではなく、また、それぞれの解説もオーソドックスな労働法のテキストとそう変わらないようにも思えました。

 本書のもう一つの特徴としては、各項の冒頭にある設問(事例)がすべて企業の人事担当者からの質問として構成されていることあり、せっかくなので、いきなり解説を読み始めるのではなく、まずこの部分を読んで自問自答してみることをお勧めします。
 但し、解説自体は、その質問に対する直接的な回答と言うよりは、各項目分野の総論的・網羅的な解説となっています。

 必要に応じてそれら解説に呼応する代表的な判例が要約されて紹介されており、更には、より学習を深めたい読者のために「発展文献」が紹介されています。テキストとして丁寧な作りであるとともに、2色刷りということもあって、読みやすいと思いました。

 このように、教科書としては信頼し安心して読めるものとなっていますが、「企業で働く人と、近い将来に企業で働こうとする人たちのため」というよりも、「労働法の初学者」のための本のようにも思えました。
 しかしながら、「企業の人事担当者にとって必要な労働法」という視点は、解説文中にも充分に織り込まれており、「法令順守」という観点だけでなく、「変容する企業社会と労働法」の関係や今後の方向性といった視点が盛り込まれているのもいいと思いました。

 それが特色として最も表れているのは、4つのカテゴリー別解説の前にある第1章の「企業の中の労働法」であり、労働者とは何か、使用者とは何か、事業場とは、企業とは、といった解説は、それぞれ興味深く読め、とりわけ、「企業」という労働法規には登場しない概念を、その存在意義や人的構成から分析・考察した箇所には大いに頷かされました。

 そうしたことも含め、学生や初学者にとってだけでなく、実務家にとっての知識修得のための基本書としても使える内容であり、また、企業内での労務のスペシャストを目指すならば、これぐらいの内容レベルの本にはあたっておきたいところ―といった感じの本でしょうか。

【2013年・第2版】

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このタイトル、どうなんだろうか。

ちょっと待った 社長 その残業代払う必要はありません.jpg 『ちょっと待った!! 社長!その残業代払う必要はありません!!』(2011/02 すばる舎)

 う~ん、あんまりこんなタイトルの本、出さないで欲しいなあという感じ。

 書かれている内容そのものは、残業代についてだけでなく、有給休暇や給料、解雇や退職金についても網羅されていて、著者の基本的なスタンスは、どこまでが法律で制限されていて、どこからは労使(実質的には経営者)に委ねられているか、それに対して御社の就業規則や賃金規程、労働慣行は、経費に余裕がないにも関わらず"過払い"になっているようなことはないかをチェックし、節約できるところは節約しましょう―ということなのでしょうが。

 こういう本が出るとAmazon.comのレビューなどでは、まず「中小企業の経営者にとっての福音の書」的なコメントが書き込まれ(発行日から間もない内に書き込まれるのものには、インナーによる宣伝の場合もあるが)、やがて今度は労働者側から、「経営者に理論武装される前に読んでおきましょう」的なコメントが並んだりもしますが、本書については、それに加えて、経営者におもねるような姿勢を揶揄するコメントもあったように思います。

 中には、著者は「所定労働時間を超えて法定の8時間までの部分は法内残業である」としているが「法内残業であっても割増がつかないだけで、残業代は払わなければならないのではないか」といったコメントも見受けられましたが、内容的にはその通りに(時間単価×1.25払う必要はないが、時間単価×1.00は払う必要があると)書かれています。

 その他にも、法的におかしなことが書かれているわけではないのですが、タイトルや「人件費削減」が先ずありき的な姿勢から、そう書いているように捉えられてしまうのだなあと。不況の折、中小企業の経営が厳しいのは解るけれど、とにかく人件費を減らせばいいってものでもないでしょう。本書にある削減策の中には、策を講じたとしても、削減額の知れているものもあるし。

その残業代払う必要はありません.jpg 裏表紙に「本書は、中小企業経営者のためだけに徹底的に解説しています。社員の皆様は、ご遠慮ください」と書かれているのも、良く言えばターゲットを明確にしているということなのかも知れませんが(書店に並ぶわけだから、穿った見方をすれば、労働者側も第2のターゲットにした戦術なのかもしれないが)、「売らんかな」的な姿勢が先行するあまり、法律の隙をついたテクニカルな解説に終始し、労使協調や従業員のモチベーションということが軽んじられているような印象を受けました。
 
 自社の就業規則のどの部分が法律の基準に沿ったものであり、どの部分が法律の基準を超えるものであるかを、経営者が知っておくこと自体は意味があると思います。確かに、中小企業などで、経営的に余裕があるわけではないのに、払わなくてもいいものを払っているケースは少なからずあります。

 但し、すでに就業規則や賃金規程で定められていることを改変する場合は、労働条件の不利益変更に該当する場合があり、その際には労働契約法9条・10条の規制を受けるということも、本書ではあまり突っ込んで解説されていません。
 
 残業代を減らしたければ、社内ルールの徹底、業務の改善・効率化が先でしょう。経営者が本書によって"ミスリード"され、却って労使関係に齟齬をきたすようなことのないことを祈るのみです。

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「●大内伸哉」の インデックッスへ

ストーリー仕立てで労働法を幅広く解説。著者自身の提言も織り込む。

君は雇用社会を生き延びられるか.jpg 『君は雇用社会を生き延びられるか―職場のうつ・過労・パワハラ問題に労働法が答える』(2011/10 明石書店)

 夫婦に幼い子2人の4人家族で、一家の大黒柱であった働き盛りの夫・真一が、過労のためクモ膜下出血で亡くなり、残された妻・幸子は、労災申請をするために労働法の勉強を始める―というストーリー設定で、前半は過労死、過労自殺と労災補償や民事賠償関係の解説が中心となっています。

 更に中盤から後半にかけては、労働時間規制や休息規制から健康保持、メンタルヘルス、セクハラ、パワハラといったテーマを扱い、最終的には労働法や働き方をめぐる今日的問題を広く網羅した入門書となっています。

 労働法学者でありながら、かなりのペースで一般向けの新著も発表している著者ですが、これまた"物語仕立て"という新たな枠組みであり、単なる入門書に止まらず、そこに著者なりの労働法に関する考え方も織り込んでいくというやり方はなかなかのもので、"新手"の手法と言っていいのでは。

 個人的には、基本的に従前からの著者の様々な提言に共感する部分が多く、労働法の知識を再確認しながら、著者の提言をも再確認するという形で読めましたが、初学者で著者の本を初めて読む人は、一応、本書が「入門書的な解説」の部分と「著者の提言」の部分で構成されていることを意識した方がいいかも(幸子が著者の持論の代弁者のような形になっているため)。

 今回、本書を読んで思ったのは、サブタイトルにも「労働法」とあるものの、それに限定されず、労働問題や社会保障全般に渡る著者の視野の広さを感じたということです(労働法学者でも社会保険等の知識は殆ど無いという人もいたりするからなあ)。

 特に最近問題となっている事柄を重点的に取り上げ、関連する過去から直近までの裁判上のリーディングケースを分かり易く解説しているという点でも優れモノで(過労自殺の判例だけで34例!)、実務家が読んでも参考になったり考えさせられる部分は多々あるかと思いますが、一方で、一般向けとしては、労働法を学ぼうという意思のある人以外(「初学者」以前の段階の人)には、やや難しい箇所もあったように思います(そのあたりは、コラムなどを挟んでバランスをとっているが、そのコラムにも"硬軟"両方がある)。

《読書MEMO》
●章建て
プロローグ
第1章 家族が過労で亡くなったら

第1節 労災編
 政府が助けてくれる?
 労災保険制度の生い立ち
 ○Break 立証責任
 労災保険による補償の内容
 ○Break 通勤災害
 ○Break 男女の容貌の違い
 ○Break 遺族補償年金の受給資格についての男女格差
 業務起因性
 ○Break 誰を基準とするか(過労死)
 ○Break 労働時間の立証
 不服申立
 闘うことの意義
 労災保険の申請をする

第2節 民事損害賠償編
 会社を訴える!
 時効の壁
 ○Break 第三者行為災害の場合
 安全配慮義務とは
 安全配慮義務法理のメリット
 ○Break 時効の壁を乗り越えた最高裁判所
 システムコンサルタント事件
 勝訴判決
 本人の落ち度?
 ○Break 因果関係
 裁判で勝つのはたいへん?
 損害額はいくらか?
 ○Break 素因減額
 ○Break 男女の逸失利益格差
 ○Break 死亡事例ではない場合の損害賠償
 どこまで控除されるの?
 ○Break どのように労災保険給付分が控除されるか
 ○Break 立法による是正
 過失相殺と損益相殺はどちらが先か

第3節 過労自殺
 人はそれほど強くない
 電通事件
 うつ病とは
 ○Break 最高裁判所で争う途は狭い
 ストレス―脆弱性理論
 因果関係は断絶しない
 安全配慮義務違反
 過失相殺
 電通事件の教訓
 労災認定
 ○Break 遺書があったために
 ○Break うつ病の診断ガイドライン
 ○Break 誰を基準とするのか(精神障害)
 ○Break 現在の判断指針の問題点

第2章 働きすぎにならないようにするために

第1節 労働時間規制
 幸子の疑問
 労働時間の規制は憲法の要請
 法定労働時間の原則と三六協定による例外
 三六協定は誰が締結するか
 ○Break 残業と時間外労働は少し違う
 時間外労働の限度
 ○Break 時間外労働をさせてはならない場合
 割増賃金
 ○Break 「労働者」であっても、「使用者」としての責任が課される
 割増率の引上げ
 ○Break 残業手当と割増賃金
 三六協定の効力
 労働契約上の根拠と就業規則
 ○Break 労基法の強行的効力と直律的効力
 就業規則の合理性
 ○Break 就業規則とは何か
 ○Break 弾力的な労働時間規制

第2節 日本の労働時間規制の問題点
 日本人は働きすぎ?
 時間外労働の事由
 限度基準の強制力
 ○Break 「限度時間」を超える時間外労働命令の効力
 労働時間規制が厳しすぎる?
 ○Break 労働時間とは何か
 管理監督者
 ○Break 裁量労働制

第3節 日本の休息制度
 休息は法定事項
 休憩時間
 ○Break 行政解釈
 休日
 ○Break 安息日
 年次有給休暇
 ○Break 出勤率の計算方法
 ○Break 年休の取得に対する不利益取扱い
 特別な休暇・休業

第4節 休息の確保のための制度改革の提言
 1日単位での休息の確保
 1週単位での休息の確保
 ○Break 労働時間・休息規制の例外
 年休制度の見直し
 ○Break バカンス

第3章 日頃の健康管理が大切

第1節 法律による予防措置
 幸子の後悔
 労働安全衛生法
 健康保持増進措置
 ○Break 安全衛生管理体制
 健康診断
 ○Break 採用時の健康診断
 ○Break 法定外健診について
 裁量労働制における健康確保措置

第2節 健康増悪の防止
 健康診断後の措置
 ○Break 労働時間等設定改善委員会
 ○Break 社員の自己決定は、どこまで尊重されるか
 面接指導
 休職をめぐる問題
 ○Break 自宅待機命令

第3節 メンタルヘルス
 メンタルヘルスはどこに?
 ○Break メンタルヘルスケア
 プライバシー保護

第4章 快適な職場とは?

第1節 職場のストレス
 人間関係は難しい?
 ○Break 個別労働紛争解決制度
 ○Break 嫌煙権
 快適職場指針

第2節 セクシュアルハラスメント
 セクシュアルハラスメントは新しい概念
 セクシュアルハラスメントに対する法的規制
 会社の損害賠償責任
 ○Break 自分から辞めてもあきらめてはダメ

第3節 パワーハラスメント
 パワーハラスメントとは
 パワーハラスメントと会社の責任
 ○Break 最初のいじめ自殺の裁判例
 パワーハラスメントと労災
 望ましいパワーハラスメント対策は
 ○Break 解雇規制とパワーハラスメント

 エピローグ

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著者独自の見解もあるが、リーディングケースを掘り下げて学ぶのにいい本。改訂しないのか。

人事担当者が使う図解%20労働判例選集8.jpg人事担当者が使う 図解 労働判例選集.jpg 年間労働判例命令要旨集 平成23年版 労政時報選書.jpg
人事担当者が使う図解 労働判例選集 (労政時報別冊)』(2008/09 労務行政) 『年間労働判例命令要旨集 平成23年版 (労政時報選書)』(2011/09 労務行政)

 『人事担当者が使う図解 労働判例選集』は判例解説集ですが、3部構成の第Ⅰ部で「判例法理上重要なリーディングケース」として三菱樹脂事件(試用期間と本採用拒否)など27件、第Ⅱ部で「個別判断で重要な事案」として八洲測量事件(求人票に記載した見込み賃金の意義)など10件、第Ⅲ部で「最近の注目判例」として豊田労基署調(トヨタ自動車)事件など7件、計44の判例をとり上げています。

 各判例解説の冒頭に、「判旨の要点」と「実務上のポイント」を図解で表示してあり、続いて、「事件の概要」と「結論」を分かり易く、噛み砕いて表現してあって、更に、「判旨の要点」を文章で述べるとともに、主に法的知識の観点から判旨を「解説」したうえで、最後に、人事トラブルを防ぐための「実務上の留意点」が書かれています。

 このように、図説部分と文章による解説部分が対応関係になっているため、たいへん分かり易く、また、解説部分はかなり突っ込んだものとなっていて、判旨に対する著者の見解なども随所に織り込まれているのが興味深いです。

 本書は人事専門誌「労政時報」の別冊として刊行されたものですが。実は、著者が講師を務める判例解説のセミナーに参加したら、本書が付いてきました(書籍代はセミナー料金に含まれているということだろうが)。

 セミナーで話を聴くと、喋りは流暢で、内容的にもかなり面白く、また、本書の読み処を掘り下げて解説してくれるので、かなり参考になりました(但し、1回の終日セミナーで本書の3分の1ぐらいしか終わらないため、本書の判例を網羅するには、少なくとも3回以上、話を聞かなければならないということになるのか)。

 著者の見解の特徴の1つとして挙げられるのは、本書の東洋酸素事件(整理解雇の有効性の判断)の解説文中(71p)にある、「労働条件変更の利益(使用者)と雇用・賃金保障(労働者)のバランス」は、「長期雇用システム」の上に成り立ってきたものであるという捉え方でしょう。

 日本の場合、解雇権濫用法理によって、米国などに比べて厳しい解雇規制があるわけですが、こうした強い雇用保障や、或いは賃金保障などは、使用者側の有する労働条件変更(就業規則の不利益変更、配転・異動などの人事件、時間外・休日労働命令など)の利益とトレード・オフの関係にあるという見方です。

 ですから、長期雇用制度が不安定になってくると、この枠組み自体が崩れてくる可能性があり、既にその兆しがある現状において過去の判例を読み解く際に、その判決が下された時代の周辺環境が現在とは異なっていたことを考慮に入れるべきだと。

 なるほど。確かに、三菱樹脂の本採用拒否事件でも、東大生に内定を出した後で、学園紛争の活動家であったことを隠匿していたことを理由に本採用を拒否したのは、当時の学歴偏重、終身雇用制度においては、そうした採用によって(たとえ企業の意に沿わない採用であっても)生涯賃金数億円を払わなければならなくなり、それではあまりに理不尽だという背景があったわけで、今では、東大卒だからといって出世するかどうかは分からないし、定年前にリストラの対象になる可能性だっていくらでもあるわけだからなあ。

 「最近の注目判例」の最後が、「松下プラズマディスプレイ事件」(偽装請負と黙示の労働契約)で、当該労働者と派遣先との間に黙示の労働契約があったとした大阪高裁判決に疑問を呈していますが、これは最高裁で否認されており(労務行政研究所『年間労働判例命令要旨集 平成22年版』参照)、本書自体がやや古くなってしまったのが玉に疵。改訂しないのかなあ(「別冊」に改訂は無いのか。労務行政としては『年間労働判例要旨集』を刊行しているということもあるし)。

 個人的には著者の見解には賛同しかねる部分もありますが(例えば、これは、他の一部の弁護士にも見られることだが、職能資格制度における降格不可能性をパターナルに説いている点など)、本書自体は、リーディングケースを掘り下げて学ぶのにいい本だと思います。

年間労働判例.JPG 一方、『年間労働判例命令要旨集』も、「松下プラズマディスプレイ事件」のようなことがあるから、一応、毎年目を通しておいた方がいいことはいいのでしょう(「産労総研」が『重要労働判例総覧―労働判例・命令項目別要旨集』の刊行を'07年を最後にやめてしまっているので、同じタイプのものは「労務行政」版しかない)。

 労務行政の『年間労働判例命令要旨集』は、平成23年版(内容は平成22年の裁判例)が既に刊行されていますが今年度から「労時報別冊」ではなく「労政時報選書」となったけれども、価格は変わらず5,600円。

 その中での個人的注目は「ドコモ・サービス(雇止め)事件」(東京地裁・平成22.3.30判決)。契約社員の契約の更新に対して合理的な期待が認められるかどうか、新たに会社側が提示した条件(それをのまなければ雇止め)に変更の合理性があるかどうかが争われた裁判で、裁判所が労働条件の変更に合理性が無いと判断した事例ですが、その理由が就業規則の改定が行われていないことに依拠していて、裁判所ってこういう見方(手続き重視)をするのかという感じ(企業側には著名な弁護士がついていますが、今回は苦戦した模様)。

 それにしても、「うつ病」をはじめとする「心の病い」を巡る裁判例が増えているなあ。

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実務的観点から、中小企業の実務担当者などにも分かりよく書かれている。千円はお買い得。

新訂 人事・労務担当者のやさしい労務管理7.JPGやさしい労務管理 中川恒彦.jpg新訂 人事・労務担当者のやさしい労務管理』(2010/12 労働調査会)

 企業における労務管理は、以前は、労働基準法のみをチェックしていれば、労務管理における法的問題点は大体のところカバーできたのが、最近は、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、パートタイム労働法、労働者派遣法、高年齢者雇用安定法、労働契約法などもチェックしておかなければならず、更には、個人情報保護法や公益通報者保護法なども絡んできたりして、なかなか大変ですが、それは中小企業においても例外ではありません。

 本書は、労務管理という観点から、そうした中小企業の実務担当者等にも分かり易いように、チェックが必要なそれらの法律について解説するとともに、採用から退職まで労務管理の各ステージごとに法的な留意点を纏めたものです。

 全263ページ。実務に供することを狙いとしているため、官公庁への届出書式やその記載例なども盛り込まれており、巻末にはモデル就業規則も付されています。

 著者自身がまえがきで「これだけの内容を盛り込みながら、これだけのページに収めるのは困難な作業」だったと書いているように、コンパクトながらも密度が濃く、これで千円は良心的、買い得だと思います。

 初版なのに「新訂」とあるのは、10回以上もの改版を重ねた、同じ版元で同じタイトルの『人事・労務担当者のやさしい労務管理』(厚生労働省労働基準局監督課(監修)、労働調査会(編集))を内容的には引き継いでいるためでしょうか。

 本書の著者も、元労働省労働基準局監督課中央労働基準監察監督官(監督官の元締め)であり(但し、退官して10年以上経っている)、人事労務専門誌にも数多く寄稿していて、その知名度・信頼性は抜群。ホントは、この人の講演を聴くと、安西愈弁護士の講演などとはまた違ったベテランの味があって面白いんだけどね。

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「マニュアル本」ではなく「判例研究本」。判例を通して「パワハラ法理」を解説。
 
パワハラにならない叱り方.jpg 『パワハラにならない叱り方―人間関係のワークルール』(2010/10 旬報社)

 本書は、一見すると、「こんな場合は部下をどう叱ればよいか」を列挙した、一般の上司・管理者向けの「マニュアル本」のような体裁ですが、内容的には、著者が労働法が専門の大学教授であることからも察せられるように、職場いじめやパワハラを巡る「判例研究本」に近いものです。

 職場いじめやパワハラなどが紛争に発展したケースとしてどのようなものがあるか、その傾向を近年の裁判例を通して検証するとともに、それらの判例を読み解くことで、その背景にどのような判例法理が形成されているのかを解説しています。

 職場の人間関係を要因とする紛争が近年になって増えている背景には、非正規労働者の増加などにより、職場の人間関係が希薄になってきていることに加え、成果主義の導入による個人競争の激化や景気の悪化による労働条件の低下などにより、「職場全体が崩壊しつつある」という状況があるとしています。

 一方で、労働法はもっぱら労働条件や雇用保障を問題としており、職場の人間関係から生じる問題は対象外としているわけですが、労使間、労働者間の協調性を重視する日本の職場社会においては、法に拠らなくとも、こうした紛争をインフォーマルに解決してきた経緯があったと著者は言います。

 それが、職場組織の自浄能力や問題解決能力の低下に伴い、まずセクハラ訴訟が目につくようになり、これら紛争を通して、法理として「労働者人格権」や「プライヴァシー権」という概念が確立し、それが、その後の職場いじめの問題などの訴訟処理に強い影響を及ぼしたとのことであり、リストラを巡って、経験・知識に相応しくない配置をしたことが、「人格権の侵害」にあたるとされたケースなどが紹介されています。

 協調性欠如を理由とする解雇や、教育や指導に従わないことを理由とする解雇について争われたケースも紹介されていますが、それが解雇権濫用に該当するかどうかは、微妙な問題であることが多く、似たような事案でも、状況(様態)によって判決が異なるケースもあるようです。

 「叱る」ということは、通常は、指導・教育の一環として行われる行為でしょう。適切な指導をしないことにより「安全配慮義務違反」とされることもあり、指導・教育自体の必要性が認められているのは、本書でも当然であるとされていますし、教育や指導に従わないことを理由とする解雇について争われたケースで、裁判所が労働者の勤務態度に対して厳しい判断を下し、解雇を有効としたケースが紹介されています。

 一方で、会議中における人間性を否定するような暴言や非難、叱責をこえた罵倒に対して、裁判において使用者側にとって厳しい判断が下されたケースも紹介されています。

叱責の目的よりも、その内容や様態が問われるとのことですが、「パワハラ法理」というものは、現在はまだ形成過程にあり、裁判官も苦慮しているのではないかという印象を、本書を読んで持ちました。

 著者自身は、パワハラ法理は確立されているものと捉えているようであり、但し、違法性の基準の曖昧さ、職場内での自主的な紛争解決能力の後退などの限界や問題を孕んでいるとし、先ずもって法的な紛争となることを回避する工夫をすることが重要であり、そのためには、相互的な「コミュニケーション」が不可欠であるとしています。

 判例解説がなされているものについては丁寧に解説されていますが、それ以外の多くのケースについては、裁判名を列挙するに止まっており、ある意味、テキスト的な本(あとは自分で勉強しなさいと)。

 個人的には、他の判例についてもより多くの判決趣旨を読みたいようにも思いましたが、この出版社から刊行されている著者の「ワークルール」シリーズ(?)は、一般の読者にも手に取り易いようにという狙いなのか、何れも200ページ以下に抑えており、本書もそれに倣ったのか。
 
 とは言え、判例法理から今後の労働法の在り方を考察したとも言える、良書であると思います。

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労働契約法を実務に落とし込むことで、労働法と企業実務の新たな関係を浮き彫りに。

I『労働契約の視点から考える労働法と企業実務』.JPG労働契約の視点から考える労働法と企業実務.jpg 『労働契約の視点から考える労働法と企業実務』(2010/10 日本法令)

 労働法に精通した弁護士による共著(夫婦? 男性の方のセミナーは聴いたことがある)。全体で約200ページ、2部構成になっていて、第1部では労働契約法の概要を解説し(約60ページ)、第2部では労働契約に関するQ&Aを50取り上げ(約100ページ)、巻末に労動契約法とその施行通達がきています。

 第1部の労働契約法の解説部分では、労働契約法と労働基準法との差異、法の概要、法制定の背景を解説するとともに、労働契約に関して、その基本原則(①合意の原則、②均衡の原則、③仕事と生活の調和、④契約遵守・誠実義務、⑤権利濫用の禁止、⑥契約内容の理解促進、⑦契約内容の書面確認、⑧安全配慮義務)、労働契約の成立、変更、継続及び終了、期間の定めのある労働契約に関することを、労働契約法に照らしながら解説しています。

 「労働契約の法的理解の勘どころを的確に突く」と帯フレーズにもあるようにコンパクトな解説ながらも、随所において労働契約法の制定過程で審議・検討されたことも含めて解説されているため、「小さく産んで大きく育てる」と言われている労働契約法の今後のベクトルが浮き彫りにされているように思いました。

 後半部分のQ&Aは、日本法令の雑誌『ビジネスガイド』に連載されたものを纏めたものですが、単行本化にあたって大幅に加筆修正されたとのこと。各設問が、第1部の労働契約法の解説に沿ってグループ分けされていて、内容的にも、「労働契約とは何か」「労働契約上の権利行使は義務となるのか」「賃金と労働契約とはどのような関係に立つのか」といった概念的なものから、「退職の撤回を求める従業員への対応」「失踪者に対する解雇の意思表示」といった実務に近いものまで取り揃えられています。

 本書のタイトルが示唆し、また、著者らが冒頭で述べているように、労使関係を「契約」という視点で見ることで、これまでどちらかと言えば「支配従属」関係として捉られてきた労使関係のもう1つの側面が見えてくること方が考えられ、本書は、労働契約法を実務に落とし込むことで、労働法と企業実務の新たな関係を浮き彫りにしたものと言えます。

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約700ページに423のQ&A。類書に無いボリュームと詳しさ。

Q&Aでわかる育児休業・介護休業の実務.jpg 『Q&Aでわかる育児休業・介護休業の実務』(2010/09 日本法令)

 育児休業や介護休業等に関する制度の導入と、実際の運用を巡って生じる問題点について、どのように法ルールを理解し、どのように対応することが適切なのかを、実務の観点からQ&A形式にまとめたもので、約700ページに423ものQ&Aがあり、類書に無いボリュームと詳しさです。

 「パパ・ママ育休プラス」「パパ休暇」...といった法改正部分も分かり易く解説されていますが、それでもまだ分かりにくいなあと。法改正後の通達をみると100ページ以上もあり(まず普通は読む気がしないのでは)、こうした解説書なしには、普通の人には理解できないのではないかとも思ったりします。

 「パパ・ママ育休プラス」を子が1歳2カ月になるまでではなく、1歳6カ月になるまでとすれば、保育園に入所できないなどで育児休暇を延長する場合の期間と同じになって、もう少し分かり易くなったのではないかと(この2ヵ月というのは「産後8週間」相当。つまり、女性が正味1年間、育児休業が取得できるようになったということなのだろうが、それも、父親が育休を取った場合のこと)。

 例えば、同じ世帯で同時に「パパ・ママ育休プラス(1歳2カ月)」と「1歳6カ月休暇」の恩恵を享受することはできない、といった法ルールの前提となっているコンセプトを先に説明してくれると、分かり易いのだけどなあ。

 「1歳2カ月」の「2カ月」というのは、産後休暇の期間(8週間)を勘案してのことだと思いますが、産後休暇の期間も育児休業期間に含まれるわけだから、「親1人子1人につき通算1年」が限度という規定を変えない限り、あまり意味がないのではないか―まあ、あまり法律にケチばかりつけていても仕方がないですが...。

 本書に関して強いて言えば、図説が少ないのがやや難かなあと。厚労省の通達やリーフレットで使われた図以外は、Q&Aに関する独自の図説が殆ど無く、全部、文章記述のみで解説しているような感じ。

 それでも、文章自体はたいへん分かり易いし、制度づくりやその運用、特例的な状況への対応など、実務に踏み込んでの解説がなされて、法律や制度にまつわる大方の疑問は、それに相当するQ&Aに行きつくことができるのではないかと思います。

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ノウハウをオープンにしている姿勢に好感。チェックリスト方式で、「自社で使える」ものに。

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まるわかり 労務コンプライアンス -チェックリストでわかる人事労務リスク対策

 マスコミで「サービス残業」「名ばかり管理職」「偽装請負」「過労死」といった労務問題が報じられ、社会問題化してからもう何年かになりますが、それでもこうした問題が後を絶たないのは、厳しい経営環境が続く中、企業内でそうした問題にまで手が回らずに解決が先延ばしになっていて、仮に問題あってもこれ以上悪くはならないだろう、或いは、問題が発覚しても対処療法的に切り抜けて済まそうとする思惑が、一部の経営者のどこかにあるためではないかと思われます。

 一方で、IPO(株式公開)やM&Aに際して、最近は財務的な監査だけでなく「労務監査」も重視されるようになっていますが、当初の頃はあくまでも、財務監査に付随して監査法人や法律事務所などが行うものであり、その型通りのやり方に複雑な実態との乖離や偏りを覚えた労務担当者もいたのではないでしょうか。

 社会保険労務士法人による本書は、、なぜ労務コンプライアンスが必要なのかを説くとともに、労務コンプライアンス経営を実現するために、自社で労務コンプライアンスに関する調査をどのように実行すればよいかについて書かれたものですが、具体的な項目についてどのような視点でもって調査すべきかが、分かりやすいチェックリストになっているのが大きな特長です。

 チェックの対象は、雇用管理、服務規律、賃金管理、労働時間・休日・休暇から就業規則や労使協定、パート・派遣労働者など特定層の扱い、健康・安全衛生、労働社会保険まで、人事労務全般を広くカバーし、また、それぞれのチェック項目に、労務管理を強化して労務リスクを減らすという視点と併せて、社員満足度を高めることで労務リスクを低減するという視点が織り込まれているのもいいと思います。

 人件費の抑制を迫られている企業が多い一方で、退職者からの未払い時間外手当請求の数は依然増え続けていますが、本書では最終章で、こうした"人件費"と"労務リスク"のジレンマに悩む企業のために、労務コンプライアンスを維持しつつ経営的視点をも重視する立場から、「固定払い時間外手当制度をどのように導入すればよいか」といったことについても分かりやすく解説されています。

まるわかりシリーズ2907.JPG もちろんそれと併せて、「長時間労働をどのように抑制していくか」「社員満足度をどのように高めればよいか」といったことも解説されていて、職場風土の改革が大事であることを、読者に常に忘れさせないのがいいです(時間外手当の削減について書かれた本の中には、裏表紙に「本書は中小企業経営者のためだけに徹底的に解説しています。社員の皆様はご遠慮ください」などとあるものもあるからなあ。ちょっとヒドくない?)。

 全体を通して、労務コンプライアンス調査が「自社で」できるように、ノウハウを余すところなくオープンにしている姿勢に好感が持て、チェックリスト方式をとることで、単なる啓蒙でなく実際に「使える」テキストになっていると思いました。

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就業規則の条文例が豊富。労務の現場で生じる諸問題に言及しつつ、分かりやすく解説されている。

就業規則作成&見直しマニュアル 改訂版.jpg  『就業規則作成&見直しマニュアル 【改訂版】』(2010/07 すばる舎)

 本書では、就業規則には、会社のルールブックとしての役割と、会社のHRM戦略の基盤ツールとして役割があるとし、こうした役割を果たすために就業規則が備えておくべき機能として、①労務コンプライアンスを確立させる機能、②労務リスクの管理を行う機能、③従業員に自社の人事制度を説明し、理解させる機能の3つを挙げています。

 このことを前提に、とりわけ労務トラブルを未然に防ぐという観点から、就業規則の作成と見直しの手順、採用・入社、退職・解雇、企業内秩序の維持・懲戒、人事・教育、労働条件、休日・休暇、賃金等について就業規則にどう定めるべきかが解説されています。

 安全配慮義務・母性保護、ワーク・ライフ・バランス(育児介護休業、在宅勤務制度等)、非正社員・パートタイマーについても言及されているなど、カバーしている範囲は広く、また、その都度、関連する条文例や判例解説が織り込まれていて、巻末にはモデル就業規則も付されています(さらに、版元のホームページから、各種別規程のサンプルがダウンロードできるようになっている)。

 これだけ詳しい内容でありながらも、平易な言葉を用いて分かりやすい文章で書かれているため、実務経験者の復習用、条文作成の参照用としてだけでなく、経営者や初学者にとっても参考書的に使えるものとなっています。

 平成21年4月の刊行の初版を、平成22年4月の労働基準法改正、平成22年6月の育児・介護休業法改正に合わせてアップデートした1冊で、労務の現場で生じる諸問題に言及しながら解説されているという点でも、お奨めできる1冊です。

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労働判例を体系的に編集した法科大学院の教材。実務的観点からの「質問」形式がいい。

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ケースブック労働法 第6版 (弘文堂ケースブックシリーズ)』(2010/04 弘文堂)

 労働法をより深く学びたいという人の中には、法科大学院では労働法の授業はどのように行われているのかということに、関心を持ったことのある人もいるかもしれません。
 本書は、法科大学院の教材として編集された労働法のケースブックであり、具体的な事例を通して法律問題を実際的に考えることを主眼としているものです。

 労働判例を30講にわたって体系的に編集したスタイルは、2005年の初版から変わっておらず、今回から、これまで執筆者の1人であった菅野和夫氏が「監修」に回り、執筆陣には野田忍氏らが新たに加わって、門下の精鋭が集ったという感じでしょうか。

 各講の冒頭で簡潔にその講のテーマ解説するとともに、枝となるテーマごとに挙げた代表的判例のそれぞれについて、初歩的・基礎的な質問を最初に掲げ、順次、応用的な質問へと移っていきますが、学生がそれらについて議論することを想定したものとなっているため、各質問に答えが付されているわけではありません。

 判例集ならば「事実―判旨―解説」とくるところが、"教材"であるために「事実―判旨―質問」となっているわけですが、事実及び判旨の纏め方が、質問に対する答えを導く助けになるように詳細且つ分かり易く記されているため、独習者であっても、それを自分で考えることが出来るかと思います。

 また、それらの質問の視点から事実及び判旨に遡ることで、事例の判断のポイントが浮き彫りにされる一方、こうした法律問題の実際的解決においては、答えは必ずしも1つではなく、他の考え方、結論、解決もあることを示唆するものにもなっています。

 601ページ4,410円(税込、以下同)の価格は、法科大学院の授業を受けているつもりで読めば、お値ごろかも知れません(「質問」の答えは自分で考えるという条件が付きますが)。

 タイトルとしてとり上げられている判例数は、「ジュリスト」別冊の『労働判例百選〔第8版〕』(2009/10 有斐閣、248ページ2,600円、120判例を所収)とほぼ同じくらいで、参考判例も加えると、野川忍氏の『労働判例インデックス』(2009/04 商事法務、330ページ2,730円、160判例を所収)に匹敵するくらいでしょうか。

 『判例百選』が2002年以来7年ぶりの改訂で、前回から1割程度の判例の入れ替えがあったのに対し、本書は、前年版と比べても1割程度の判例の入れ替えを行っており、毎回、質問項目の時宜に適った追加、見直しなども行われていて、法科大学院等の授業でより使い易いようにとの執筆陣の熱意と配慮が感じられます。

 判例集としても読めますが、判例集との違いは前述の通りで、「質問」には実務的な観点が多く織り込まれていることから、単に法科大学院の教材としてだけではなく、「実務者」、「スペシャリスト」として労働法分野を深耕したいという人、労務問題の分析・解決能力を高めたいう人には、是非お奨めしたい1冊です。

 30講というのは大学の講義の一般的なコマ数と同じ。法科の学生や院生に対する授業でも、1年かけてこの1冊を全部出来るか出来ないかといったところだと思われるので、焦って全部一気に読む必要も無く、手元に置いて折々に開き、質問について考えてみるといった読み方になるのではないでしょうか(勿論、社内外でこうした本をテキストとして勉強会をやろうという機運があればベストだが)。

【2012年・第7版/2014年・第8版】

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顧問先の経営者に、相手方の誤解が解ける様に説明するうえでは、参考になる。

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今すぐ捨てたい 労務管理の大誤解48』(2010/03 幻冬舎)

 「パート社員はみなし労働時間制にできない」「有能と見込んで採用した社員には当然高い給与を支払うべき」「労働時間は現場で作業している時間だけ」などといった、就業規則、雇用、賃金・労働条件、休日・休暇、残業・労働時間、雇用・リストラなどに関するよくある誤解を、開業歴30年と言うベテラン社労士が、何故それが誤解であるか解説した本で、「Q&A」ではなく「大誤解」としている点がミソでしょうか。

 「従業員の退職時に、有給休暇の請求を拒むことはできない」(残った有給を買い取り、引き継ぎ業務をさせることは可能。就業規則で引き継ぎをしなければ退職金を減額すると定めておく)といった、やや突っ込んだ解説を要する"誤解"もありますが、全体としては概ね基本的なポイントを押さえたラインアップとなっています。

 「あなたの会社に忍び寄る労務倒産の足音。今や会社倒産の引き金は売上げ減少でも値下げ競争でもなく、労務管理の甘さに起因している」というキャッチにあるように、どちらかと言うと「実務家」向けと言うより中小企業の「経営者」向けの本であると捉えれば、マニアックになり過ぎていないという点ではいいかも。
 逆に、この本に挙げてある48の誤解を、特に意識せず、何の問題もないと思い込んでいれば、それはやはり基本事項であるがゆえに「大」誤解なわけです。

 実務に近いところで解説されていて、労働法に関することに関わらず、メンタルヘルス問題など労務管理全般にわたって取り上げているのが良く、各解説の最後に「これで解決!」として、解説の趣旨を簡潔に纏めているのもいいです。
 また、各"誤解"を「大問題」「中問題」「小問題」と3つに区分しているのが興味深く、「大問題」はやはりお金に関係するものが多いかなあ。

 経営者にはお勧めですが、社労士とかには、ちょっと足りないかも。但し、コンサルタントが顧問先の経営者に、そうした問題についてきちんと相手方の誤解が解ける様に分かり易く説明するうえでは、参考になる本です。

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社会保険労務士、弁護士向け。実務担当者が「座右の書」とするに充分なレベル。

『ベーシック就業管理 [全訂版] 』.JPGベーシック就業管理 全訂版.jpg
ベーシック就業管理[全訂版] 労働時間・休日・休暇』(2010/01 生産性出版)

 同著者の著書『ベーシック就業管理[改訂版]』('99年/生産性出版)の11年ぶりの全面改訂版で、序章の「就業管理と就業規則」、第1章の「労働時間の基礎知識」から第7章「育児休業と介護休業をめぐる実務」まで、就業管理の根幹を成す「労働時間」と「休日・休暇」を中心に、日常の実務の現場で生起する諸問題を解決するための基準が網羅されています。

 社会保険労務士、弁護士、企業の実務担当者を利用層として意識したとのことで、労働時間、休日・休暇に関連する法令や行政通達、重要判例の殆どが、解説文の中に実務的観点から織り込まれているため、実務に供するばかりでなく、勉強会などのテキストとしても使えるものになっています。

 とりわけ特徴的なのは、みなし労働時間制について1章を割き、3種類のみなし労働時間制(事業場外労働制、専門業務型裁量労働制、企画業務型裁量労働制)を詳説している点と、いわゆる管理監督者の取扱いについて、これも新たに1章を割いて、「日本マクドナルド事件」の判例なども踏まえての突っ込んだ解説がなされている点です。

 平成22年改正労働基準法(月60時間を超える法定時間外労働の割増賃金率の50%以上への引き上げや時間単位年休取得の容認)、改正育児介護休業法の実務解説(代替休暇、パパ・ママ育休プラスなど)も詳しくなされていて、特別条項付時間外労働協定や各種変形労働時間制の実務と運用についても、わかりやすく解説されています。

 著者が前書きで示唆しているように、教科書的に一度はじめから通読しておいて、更に、実務上疑問や問題が生じた際に、辞書的に該当箇所を開いて使うという使い方をお勧めしたく、就業管理の実務担当者が「座右の書」とするに充分な、充実した、信頼度の高い内容と言えるかと思います。

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影響を受ける給与計算、社会保険実務まで含めて解説し、分かり易い。

平成22年施行 改正労働基準法.jpg 『Q&Aで疑問解決!労使協定書や規定例など書式も満載!人事労務担当者の疑問に応える 平成22年施行 改正労働基準法 (フロントラインシリーズ)』(2009/12 第一法規株式会社)

 平成22年施行の改正労働基準法とは、その概略だけ言えば、①月60時間超の時間外勤務の特別割増率を50%とすること、②その割増賃金の支払いに代えた「代替休暇」の付与が認められたこと、並びに、③有給休暇の時間帯付与が条件付きで認められたことで、他にも、④月45時間超60時間未満の超過勤務に対して25%+αで、労使で合意した割増率を定めなければならないというのもありますが...(これ、25%のままにしておく場合にも労使協定を結ぶ必要があることを、意外と忘れがち)。

 本書は、法改正の内容や実務上の対応、労使協定の結び方や就業規則等の整備の仕方について、テーマごとにQ&A方式で解説したもので、コンパクトに、よく纏まっているように思いました(労使協定や就業規則については、事例を掲げて、更にQ&A方式で解説しているため、たいへん分かり易い)。

 編著者の岩出誠弁護士が改正法の概要を解説したあと、実務上の対応や取り扱いに関しては、岩出氏が代表を務める法律事務所(ロア・ユナイテッド法律事務所)に所属する弁護士4名と社会保険労務士2名が分担して解説していて、タイトルに「人事労務担当者」とあるように、規程の整備の仕方だけでなく、給与計算・社会保険事務等の対応についても書かれているのも、本書の特徴でしょう。

 例えば、「代替休暇を取得しなかった場合の割増賃金清算分が、本来は定時改定の算定対象期間に当たる場合」に、算定に算入させなくてもよいかどうかといった疑問には、社会保険労務士が回答しています(答えは「算入させなくてもよい」)。

 今回の改正労基法に対する各社の対応は、事前には注目されるものでしたが、各社の対応が一段落した平成22年度末頃の時点で、「代替休暇」や「時間単位年休」を導入した企業はごく少数であったことが判明しています(適用規模の企業の5%ぐらい)。

 代替休暇取得管理の労務コストからすれば予想通りの結果とも言え、穿った見方をすれば、行政の意図は「面倒なことをしなくて済むように残業を減らせ」というものだったのが、大部分の企業は、結局は「金銭的解決」の方へ流れ、行政の意図は空振りに終わったということではないでしょうか(更に言えば、どれだけ残業させても、金を払えばそれで良いという風潮を助長したとも)。

 法改正時、産労総合研究所の人事専門誌「人事実務」の解説記事中に、申請により代替休暇を与えるのではなく、付与することをデフォルトとするような再改正が望まれるといった"意見"がありましたが(社会保険労務士・藤原伸吾氏)、その通りだと思います。

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改正労基法の施行に伴って出された省令・通達をフォロー。

「労働時間管理」の基本と実務対応  第2版.jpg 『労働時間管理の基本と実務対応 第2版』(2009/12 労務行政)

 初版(2009年3月刊行)が、平成21年4月1日施行の労働基準法改正(時間外労働の割増賃金率の引き上げ、時間単位の年休制度)について一応は解説されていたものの、平成21年5月29日付の厚労省通達(基発第0529001号)が出される前の刊行であったため、さらっと触れている程度だったのに対し、第2版では、その後に出された省令や上記通達などをフォローしています。

 但し、初版の評でも書いた通り、全体としては、あくまでも「解り易さ」と「実務対応」を主眼とし、あまり個々の解説がマニアックにならないようバランスを配慮しされているため、使い易さは替わりません。
 とにかく図説が分かり易い。初版を買った人も、決して損はしていないと思いますが、今買うならこちらか。 

 しかし、月60時間超の時間外労働に対する5割の割増の内、通常の割増分を除く2割5分の割増について、労使協定に基づき代替休暇を付与できるという仕組みは、結局のところあまり導入されておらず、殆どの企業が5割増の割増賃金を支払うことで対応することにしているようです。

 もし、この仕組みを採り入れようとすると、システマティックな電子申告のシステム乃至、煩雑なヒューマンコンタクトの必要がが生じるため、大手のコンピュータのシステムやソフト関連会社では、自社用に作ったシステムが外部顧客向けの商品にもなるというメリットがあるかも知れませんが、それ以外の企業では、そうしたシステムに買い替えるのにも手間とコストがかかるし、と言って、人事部がいちいち従業員に、休暇取得の予定を確認してなんかいられないということではないでしょうか(予定だけでなく、実際に代替休暇を取得したかどうかも確認しなけらばならず、2ヵ月間の間に取得されていなければ、結局、翌月の給与で2割5分増しの割増賃金を支払わなければならない)。

 結果として、「5割増の割増賃金」を支払えば月60時間超の時間外労働をさせても構わないといった構図を作ってしまっており、今回のこの法改正は、「改悪」に思えてなりません。
 
  それにしても、細かい労基法の改正は、執筆者泣かせかも知れません(それで「商売になる」との見方もできるが)。
 法改正の内容は予め分かっているのだけれども、明文化されているのは概要のみで、実際に実務において判断に迷うような点については、施行後に省令や通達で示されるというパターンが定着したような感じもあります(最近では、従来の「指針」に該当する「Q&A」集みたいなのも多い)。

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現在の雇用が直面している問題について判例状況を概観できる。

労働判例百選 第8版.bmp                      労働判例インデックス.jpg
村中 孝史/荒木 尚志 『別冊ジュリスト No.197 労働判例百選 第8版』/野川 忍 『労働判例インデックス』[第2版]

 『労働判例百選[第8版]』('09年10月/有斐閣)は、昭和33年から平成20年6月までの主要な労働判例を「120件」掲載したもので、各件見開きで、「事実の概要」「判決趣旨」「解説」という構成になっており、248ページで2,600円。

 '02年以来7年ぶりの改訂ですが、第7版が133件であったのと比べやや絞り込んだ模様で、新規判例11件、判例差し替え8件、上級審または下級審に差し替え3件、収録中止判例27件となっています。

 新規判例は、最高裁の新判例に関するもの、労働者派遣、年俸制、会社分割など最近重要視されているものを取り上げ、現在の雇用が直面している問題について判例状況を概観できるようにしたとのことで、具体的には、「泰進交通事件(労働組合の労働者供給事業)」、「伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件(労働者派遣)」、「フジ興産事件(就業規則の効力と周知)」、「日本システム開発研究所事件(年俸制における年俸額決定)」、「神代学園ミューズ音楽院事件(労働時間の適用除外)」、「東朋学園事件(産前産後休業と出勤率算定)」、「ネスレ日本事件(長期間経過後の懲戒処分)」、「トナミ運輸事件(内部告発)」、「第一交通産業(佐野第一交通)事件(親会社による子会社の解散と労働関係)」、「日本アイ・ビー・エム(会社分割)事件(会社分割と労働関係)」、「東芝労働組合小向支部・東芝事件(脱退の自由)」の8件であり、こうして見ると、新設された公益通報者保護法や労働契約法、改正された均等法などへの意識も窺えます。

 『労働判例インデックス[第2版]』('10年10月/商事法務)は、初版('09年4月)が『判例百選[第8版]』より半年早く刊行されたもので、多くの法律家によって書かれている『判例百選』とは異なり単独執筆です。
 初版では、昭和27年から平成20年6月までの主要な労働判例を「160件」掲載しており、それが第2版では「168件」に増えていますが、これも改訂ごとに増えて行くのかなあ。
 同じく各件見開きで、「概要」「事実関係」「判決趣旨」「本判決の位置づけ・射程範囲」「解説」という構成になっており、社版が330ページで2,730円だったのが、第2版では353ページになっていますが、値段は変わらず!
 
 必要に応じて図解があるのが分かり易く(文字ばかりの中に図があるとほっとする?)、最後に「さらに理解を深める」とあって、その判例に関係する資料等が掲げてあり、その中に『判例百選』もありますが、当然のことながら、初版で参照しているのは「第7版」までだったのが、今回の改定で「第8版」まで参照するようになっています(『判例百選』にも「参考資料」が末尾にあるが、参照しているのは「ジュリスト」か過去の『判例百選』が殆ど)。

 見易さで言うと『インデックス』の方が見易いけれど、これの初版を先に買った人は、『判例百選』の8版の方が少し気になったはず。しかも、その後、1年半で第2版が出て...。

 何れも手元に置いておきたい本・冊子ですが、判例本は買い時が難しい?

『労働判例インデックス』...【2014年・第3版】

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顧問先との会話形式で法令と実務の橋渡し。相手に「理解させる」手順がわかる。

日本一わかりやすい  人事労務管理相談室』.jpg日本一わかりやすい 人事労務管理相談室.bmp
日本一わかりやすい!人事労務管理相談室』(2009/08 日本法令)

 名古屋の「名南経営」のブログの管理者でもある社会保険労務士による本で、前著『日本一わかりやすい退職金・適年制度改革実践マニュアル』('08年/日本法令、『中小企業の退職金・適年制度改革実践マニュアル』('05年)の改訂版)は、税制適格年金の「中小企業退職金共済」(中退共)への移行までの道筋を、企業側とコンサルトントとの会話形式で解説していて、たいへん分かり易いものでした。

 今回は、採用、退職、労働時間、休日・休暇、懲戒、解雇などの企業内で日常または非常時に発生する労務管理上の問題について、それぞれに重要事項をピックアップし、前著同様に、コンサルタントが中小企業の経営者の相談を受け、総務部長、総務担当者を交えて討議し、適正な判断や処置を示すという形になっていて、読み物を読むようにすらすら読め、それでいて、実務に沿った形で重要ポイントはしっかり抑えているなあという感じ。

 社会保険労務士など労働法の専門家であれば、本書に書かれていることは、本書を読む前から知っていなければならないことばかりだと思いますが、コンサルティングという観点からみると、労働関係諸法令と実務の間をどう繋ぐか、また過去の判例をどのような時に参照するか、更には、(これが本書の最大のメリットなのだが)顧問先にどのような手順でどこにポイントを置いて話せば、先方の充分な理解を得ることが出来るかということが、手に取るように分かるのがいいです。

 時節柄、雇用調整の進め方といった話も出てきますが(いつものこのシリーズの顧問先である印刷会社の社長のところへ、自動車部品メーカーの社長が相談に来たという設定になっている)、愛知は自動車関連産業の雇用情勢が厳しいからシズル感があるなあと思いつつも、"大熊社労士"のアドバイスは、雇用調整のステップの手順をしっかり踏まえたものになっていると思いました。

 平成21年8月の刊行ですが、平成22年4月施行の改正労働基準法にも対応していて、メンタルヘルス不全で欠勤を繰り返す社員への対応問題など、トピカルなテーマも扱っています。
 新任の人事部員などにも、読ませ易い本ではないかと思います。

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6年ぶりの改訂版。初版以降の裁判例を織り込んでの解説。

詳細!最新の法令・判例に基づく「解雇ルール」のすべて20.JPG詳細 最新の法令・判例に基づく「解雇ルール」のすべて.jpg詳細!最新の法令・判例に基づく「解雇ルール」のすべて』(2009/08 日本法令)

 著者は、'09年の日本経済新聞の「企業法務・弁護士アンケート調査」で1位となった安西愈弁護士の事務所に所属する弁護士で、本書は'03年刊行の『詳細!改正労基法「解雇ルール」のすべて』の6年ぶりの改訂版。
 「解雇ルール」に関係するもので、前回からの法改正としては、労働契約法における解雇規制の明文化などがあります。

 3部構成の第1部では、そうした労働法の初版以降の改正の背景及び内容を紹介すると共に実務への影響を検討し、第2部では、これまでの裁判例を整理しながら、解雇に関わる諸問題について解決の手掛かりを示し、第3部では、解雇紛争を解決するための諸手続きを解説しています(構成自体は旧版と同じ)。

 実務上の読みどころは、第2部でしょうか。どのような解雇が有効となり、或いは無効になるかが、初版以降の裁判例も含めて紹介しつつ解説されています。解雇全般について概説したうえで、「通常の普通解雇」「整理解雇」「懲戒解雇」の3分類に沿って、直近のものも含めた裁判例をもとに、それぞれを詳説していく形をとっています。

 解説の文中では裁判例が比較的長文で引用されていますが、これは読者の理解をより深めるためであって、判例タイトルが太字斜字体になっているので、それほど読むのが苦ではありません。

 判例の解釈もシャープで、著者なりの考え方が示されている箇所もあり、最後に本文でとり上げた300以上の判例の索引が付いているのも丁寧だと思います。

 労基法改正(労働契約法)により解雇権濫用の法理が明定されたわけですが、それは「合理性」という抽象的な概念に拠るものでしかありません。
 結局のところ、実務において、どのような解雇が有効となり、どのような解雇が無効となるか、要するに「解雇ルール」に適っているかどうかは、判例を当たるしかないというのが現実だと思います。そうした意味では、理に適った構成になっていると思います。
 
 いつもそばに置いておきたい1冊。旧版を持っていますが、判例が更新されているということもあり、改訂版も購入しました。

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"還暦記念講演"と言う割にはアグレッシブ。但し、企業側担当者の実際対応については現実論か。

実務の現場からみた労働行政.bmp 『実務の現場からみた労働行政』(2009/06 中央経済社)

 「サービス残業」「偽装請負」「名ばかり管理職」の三つ問題に関する労働行政の現状と企業側の対策について弁護士が述べた本で、のっけから、行政には「頭を下げていうことを聞くな」とあり、著者の"還暦記念講演"を本にしたものと言う割にはなかなかアグレッシブな内容です。

 著者は、この3つの問題の本質は「賃金論」にあるのではなく、労働者の「安全と健康保護」にあるとしています。行政も基本的には同様の考え方をしているものの、現場においては本来の権限に基づかない誤った指導がなされていたりするとして憤っています。

 例えば、労働基準監督官には、労働基準法や労働安全衛生法に関する違反について是正指導・勧告権限があっても、職業安定法や労働者派遣法違反についての指導権限はないとして、その根拠を示すとともに、その指導は法や通達に基づいてのみなされるべきもので、マクドナルド事件などの判例を引き合いに指導を行う監督官がいるのはおかしいとしています。

 また、過去の通達等の矛盾点を探り、そうした矛盾がなぜ生じたかということから行政のスタンスの歴史的変遷をあぶり出しています。
 「名ばかり管理職」で焦点となった「管理監督者」についても、「管理者」と「監督者」が一括りで議論されているが、かつてはきちんと区分されていたとしています(マクドナルド事件は「管理者」の問題ではなく、「監督者(=部下を持っている人)」問題であるとしている)。

 基本的には、法律論は根本に立ち返って深く論じる一方で、監督官の指導などに対して企業側がどう対応すべきかについては、現実論で述べています。

 割増賃金未払いについても、「最低賃金」をはるかに上回る水準の賃金が支払われている場合でも、当該労働者の「通常の賃金」がその算定基礎になっていることに対して、法的観点から疑念を呈する一方、現実対応においては、基本賃金の未払いに比べて割増賃金未払いに対する「送検率」は極めて低いことを念頭に置き、「遡及是正期間3カ月」という相場を理解して対応すべきであるとしています(まあ、労基署としても、もしも民事訴訟になって「2年間の遡及」で決着したら、立場が無いというのはあるのかもしれないが)。
 
 また、労働基準監督署の臨検監督についても「定期監査(=年間監督計画に基づき法令の全般にわたって行われる監督)」なのか「申告監査(=労基法104条1項に基づく労働者から法令違反等の申告により行われる監督)」なのかを監督官から聞き出すことも大切であるとしています。

 著者ほどの著名弁護士だからこそ、こうしたことを堂々と言えるのではないかという見方もあるかもしれません(自分自身、そうではないかと思える面もある)。しかし、著者の言わんとすることは、監督官の指導にただ闇雲に従うのではなく、法の趣旨はどこにあるのか、その効力の範囲はどこまでなのかを踏まえて対応することが、本当の意味での企業防衛につながることになると、個人的にはそのように受け止めました。

《読書MEMO》
●章立て
第1章 会社が生き残るためには何が必要か
     労働行政の誤りとその影響
 労働者との約束を守ることの重要性
 経営論、経営手法としてのコンプライアンス
第2章 労働基準法の理解が問題解決のカギ
     「サービス残業」、「偽装請負」、「名ばかり管理職」問題の本質
 サービス残業問題と労働者の安全・健康
 偽装請負問題の本質
 名ばかり管理職問題の本質
 憲法と労働基準法の関係
 労働基準法の3つのポイント
第3章 サービス残業問題と実務対応のポイント
     「実働8時間」の意味と労働時間の把握
 割増賃金の遡及是正と実務対応
第4章 偽装請負問題と業務委託の適正化
     偽装請負の現状と行政の対応
 告示37号と行政指導の誤り
 偽装請負の判断基準と適正化策
第5章 名ばかり管理職の問題と実務対応のポイント
     マクドナルド事件判決のポイント
 管理監督者の正しい解釈
 管理職の健康をどう守るか

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製造業派遣労働者だが、今まで労働法をあまり意識したことが無かった、といった様な人向け。

マジで使える労働法.jpgマジで使える労働法―賢く働くためのサバイバル術 (East Press Business)』['09年]

 著者は労働相談や労働法セミナーを行っているNPO法人の代表者で、本田由紀氏らとの共著(『労働、社会保障政策の転換を―反貧困への提言』('09年/岩波ブックレット))もあるとのことですが、「賢く働くためのサバイバル術」というサブタイトルからも察せられるように、今まであまり「労働法」というものを意識してこなかった人のための入門書という感じ。

 本書にも紹介されている教育訓練給付などは「使える」という言葉が馴染まなくもないですが、「労働法」の核となる労働基準法などは、労働者が「利用する」と言うより、労働者に「適用される」と言うのが筋で、実際には、法を無視したような労働者の使い方をする事業主があるために、弱者である労働者の側からみて、自分で勉強して自分の身を守ることが必要となり、その結果「使える」という表現になるのだろうなあと。

 サービス残業をしている場合は、労働基準監督署に駆け込めばいいとか、確かにそうなのでしょうが、全編を通して、会社側に話したり組合に相談してみるといった姿勢はあまり無く、これは、製造業派遣や請負で働く労働者が、違法な多重派遣構造のために、自分の本来の雇い主の名称や所在地すら知らないことが多いといったこともあることからすれば、止む得ないことなのかも知れません。

 会社の労働組合は一部の社員の利益しか代表していないケースが多いので、アテにならない場合はコミュニティ・ユニオンに駆け込めばいいとし、派遣労働者の労働組合作りを支援している「ガテン系連帯」の大手自動車会社内での成功事例を紹介を紹介している点などからも、読者ターゲットがそうした"労働弱者"であることが窺えますが、ユニオンに入いれば入ったで、組合費がかかることなども、一応は書いておいた方が良かったのでは。

 最後はもう「会社とのケンカ」の仕方になってしまっていて、その方法として「労働基準監督署に駆け込もう」「労働審判制度を活用せよ」「ユニオンで争え!」の3つを挙げていますが、会社側に状況改善の姿勢が見られず、労働者個人としても打開策を見出すのが困難な状況にある人にとっての方策ということになるかと思います。

 巻末の労働問題の相談先のリストに、「労政事務所」(東京都の場合)とありますが、東京都の場合は、「労政事務所」は旧称で、今は「労働相談情報センター」という名称になっています。

《読書MEMO》
●章立て
PART1 【セクハラ・パワハラ編】 非常識な上司につける薬とその効用
PART2 【サービス残業代編】 「しごとダイアリー」は強力な武器になる!
PART3 【休暇取得編】 病欠で2年間もの有給休暇が!
PART4 【キャリアアップ編】 タダで手に職をつける術
PART5 【給料アップ編】 どんどん年収が上がる「仕組み」実践法
PART6 【「辞めろ!」と言われたとき編】 逆境をチャンスに変えるテクニック<・ふぉんt>

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雇用調整の範囲を広く捉えて解説。重要判例の解説が分かり易い。

雇用調整の法律実務.jpg 『雇用調整の法律実務 (労政時報別冊)』(2009/04 労務行政)

 著者は、'09年1月、'10年8月にBest Lawyers(ベスト・ロイヤー)による「The Best Lawyers International 2009:Japan」「The Best lawyers International 2010:Japan」(Labor and Employment分野)に選ばれた、森・濱田松本法律事務所に所属する弁護士で、企業が苦渋の決断とも言える雇用調整をするに際しての、企業側として守らなければならないポイント、参考とすべき判例や書式等を解説しています。

 サブタイトルに「労働条件の変更から解雇まで」とあるように、雇用調整の範囲を広く捉え、賃金・諸手当のカット、福利厚生や出張旅費・日当等のカット、定期昇給の凍結・廃止、期中における年俸額の減額などから、配置転換、出向・転籍、一時休業、ワークシェアリング、更には、採用内定の取り消し、パート社員の雇い止め、そして退職勧奨、希望退職の募集、整理解雇に至るまで、それぞれについて解説しています。  

 初学者でも理解し易い書き方がされていている一方で、微妙な判断を要する問題についての著者なりの考え方も、随所に見られます。

 後半の第2章から第4章までが、それぞれ「規程・協定・様式例」「関連法規・通達」「関連判例」となっていて、とりわけ「関連判例」の解説に多くのページを割いていますが(29判例、約90ページ強)が、いずれも雇用調整を行ううえでの重要判例です(判例ごとにページ替えされていて読み易く、また、解説文自体も丁寧に書かれていてわかり易い)。 

 解雇権濫用法理が労働契約法において明文化されたとは言え、現時点では「合理性」の判断などは、実務上は過去の判例を参照するしかなく、また、賃金等のカットや配置転換、出向・転籍などに関わる問題も、その適否の判断については同じことが言えます(つまり、これまでと変わっていないということ)。

 そうした意味では、過去の判例への理解を深めておく必要があり、本書の構成はその点で実務に適っているように思います。

 '09年4月に「労政時報」の別冊として刊行されたものですが、序文に「急激な経済の悪化により収益力が激減し、企業そのものの存続のために、コストカット、それも、必ず効果が顕れる人員削減や賃金のカットを急いで実施せざるを得ないという企業も多いのではないかと思われます」とあるのは、サブプライム・ローン問題がアメリカで発生し、リーマン・ブラザーズの破綻の影響が懸念されたしたことを受けてではないかと思いますが、実際にリーマン・ショックの日本の雇用社会への影響がより深刻化し始めたのは本書刊行前後にかけてであり、そうした意味では、タイムリーな刊行でもありました。

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雇用・労働に関するキーワードを取り上げ、気鋭の労働法学者がそれらに関する俗説を斬る!

キーワードからみた労働法8.JPGキーワードからみた労働法.jpg
キーワードからみた労働法』['09年/日本法令]

 「最低賃金」「均等待遇」「雇止め」といった雇用・労働に関するキーワードを取り上げ、気鋭の労働法学者がそれらに関する一般常識や俗説を斬るというコンセプトのもと、雑誌『ビジネスガイド』に連載されたものに、加筆修正して単行本化した本で、著者の『通達・様式からみた労働法』('07年/共著)、『就業規則からみた労働法』('08年)に続く、日本法令を版元とするシリーズ第3弾。

 帯の口上からして、「均衡待遇の保障は労働者のためにならない」「偽装請負は企業だけが悪いのではない」「名ばかり管理職が出てくるのには法律にも問題がある」「ワーク・ライフ・バランスを政府が推進するのは憲法の理念に反する」「メンタルケアの強化は労働者にとって危険である」と逆説的ですが、読んでみて「そうなんだよなあ」と納得させられる部分は多かったです。

 有給休暇の取得が進まない現状に対して、時季指定権を社員に付与している現在の労働法制のあり方に原因があり、計画年休制度(労基法39条5項)からさらに踏み込んで、年休は社員の時季指定権ではなく、会社の方で指定する制度にしてしまうのはどうかといったユニークな提言も。

 とりわけ、「偽装請負」や「名ばかり管理職」の問題など、法が実務の現場で十分遵守されていない場合には、法制度の方にも問題がある可能性があるとしているのには頷かされました。
 例えば、請負会社の社員にユーザー会社がどのような指示をすれば、労働者派遣法の「指揮命令」違反になるのかが明確ではない、あるいは、どのような労働者が労基法41条2号の「管理監督者」に該当するか法律上明確でなく、実態に即してケースバイケースで判断せざるを得ない状況になっていると。

 だからと言って、例えば、労働時間規制の適用除外にならない社員を、ホワイトカラー・エグゼンプションのような制度的受け皿がないから、やむなく管理監督者として扱っているようなケースは、それがどんなに望ましい法律でも(著者はホワイトカラー・エグゼンプションには条件付きで前向き)、実際に制定される前に会社が勝手に実施してしまうのは許されないとしています。

 そう念押しをしたうえで、現行の法制度のもとでの対応策を示すとともに、「抜け道のある法律を作って、甘い誘惑をしておきながら、突然、法の解釈・運用を厳密にして取り締まるというのは、アンフェアな感じ」とし、抜け道の生まれない労働法制のあり方についての具体的提言がなされています。

 本書に関心を持たれ、それらの提言をより深く考察してみようと思われた方には、少しだけ"上級者"向けになりますが(価格も千円高くなるが)、著者の『雇用社会の25の疑問-労働法再入門-』('07年/弘文社)がお奨めで、本書の内容は、この2年前に刊行された単行本の問題提起部分を、より噛み砕いて簡潔にまとめた「入門書の入門書」とも言えます。

 また本書では、最低賃金を引き上げることや解雇規制を強めることなど、一般には労働者のためになると考えられている法改正や労働政策が、本当に労働者の権利を守ることに繋がると言い切れるのかといったことも問題提起されていて、その部分についての考察も示唆に富むものでした。

 この問題についての著者の見解は、本書と同時期に刊行された『雇用はなぜ壊れたのか―会社の論理vs.労働者の論理』('09年/ちくま新書)においても、「2つの論理」の対立軸を行き来しながら、どうすれば両方の調整が図れるかを考察するという方法で示されていて、こちらは、より入手しやすい新書本であるため(タイトルは「労働経済」の本っぽいが、これも中身は「労働法制のあり方」についての本)、これもまた、併読をお奨めします。

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「判例勉強会の取りまとめ」みたいな感じの本?

日本をダメにした10の裁判.jpg2008年06月04日 日経朝刊.jpg
日本をダメにした10の裁判 (日経プレミアシリーズ 4)』['08年] 2008年6月4日 日本経済新聞朝刊

 「日経プレミアシリーズ」の創刊ラインアップのうちの1冊。若手の弁護士やロースクール出身者4人による共著で、冒頭に有名な労働裁判2例が出ていたので思わず買ってしまいましたが、何か新しい切り口でもあるのかと思いきや、意外とオーソドックスと言うか、すでに巷で言われていることが書いてあるだけのように思いました。

 解雇権濫用法理のリーディングケースとなった「東洋酸素事件」を以って、日本の労働社会における解雇の障壁を高くしたとか、転勤命令についての会社側の裁量権を大幅に認めた「東亜ペイント事件」はワークライフバランスが言われる現代には合わないとか、労働判例の勉強をしたことがある人の多くが以前から感じていることではないでしょうか。

 「東洋酸素事件」の解説の終わりにある、正社員の既得権を守り過ぎたがために、非正規社員は冷遇され、「正社員の親とパラサイトの子」という構図が出来上がっていることの問題も、労働法学者がすでに指摘していることであり、「皮肉な結果ではないか」で終わるのではなく、そこから先の展開が欲しかった気がします。

 代理母事件や痴漢冤罪、企業と政治の癒着...etc.後に続く判例についても同様で、判例解説としても論考としてもスッキリし過ぎているような...。

 個人的に、多少とも我が意を得たのは、国家公務員が事件の加害者になっても、多くの場合、個人が賠償請求の対象にはならず、国家賠償法により国が代償するという「公務員バリア」に疑念を呈した部分で、社会保険庁の職員の懈怠の問題などに関連づけているのもナルホドね、そういうことかと。

 ただ、全体としてはやはり、「判例勉強会の取り纏め」みたいな感じが拭いきれなかったなあ。その分、ある程度、勉強(復習)にはなりましたが。

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図説が解り易い。初学者が手に取り易く、実務経験者も満足させるバランスの取れた内容。

『「労働時間管理」の.jpg「労働時間管理」の基本と実務対応.jpg
「労働時間管理」の基本と実務対応』(2009/03 労務行政)

 労働基準法で定める労働時間の諸制度を中心に弁護士(中町誠法律事務所に所属)が解説をしたもので、タイトル通り「労働時間管理」に的を絞っての1冊であるため、変形労働時間制やみなし労働時間制、時間外労働・休日労働、割増賃金などについて、基本から実務対応までQ&Aや協定・規程例を交えながら丁寧に解説されています(年次有給休暇、母性保護・育児介護休業・罰則等の解説を含む)。

「労働時間管理」の基本と実務対応 図.jpg 各論に入る前に労働時間制度の全体像について1章を割いて解説されているのが良く、何よりも、全編2色刷りで図説が多用されていて、それらが大変見易いものであるのが長所、初学者にとっても手に取り易いテキストとなっていますが、実務経験者がおさらい用に読むのにも適した本だと思います。

 一応は、平成21年4月1日施行の法改正(時間外労働の割増賃金率の引き上げ、時間単位の年休制度)についても解説されていますが、こちらは平成21年5月29日付の厚労省通達(基発第0529001号)が出される前の刊行であったため、さらっと触れている程度。ただ、全体に、あくまでも「解り易さ」と「実務対応」を主眼とし、あまり個々の解説がマニアックにならないようバランスを配慮している感じです。

 但し、例えばQ&Aにおいて、「事業場外において、一部内勤がある場合の労働時間はどのように取り扱えばよいでしょうか」という問いに対する回答として、「事業場内の労働時間も含めてみなし労働時間である」としている行政通達(昭63.1.1基発第1号)に対し、「労働時間の一部を事業場内で労働した日の労働時間は、みなし労働時間制によって算定される事業場内で業務に従事した時間と、別途把握した事業場内における時間とを加えた時間となる」としている別の行政通達(昭63.3.14基発150号)を挙げ、「この二つの通達の関係は、前者から後者に変わったものととらえ、後者に従うべきです」と述べるなど、必要に応じては行政通達の捉え方にまで解説が及んでいますし、勿論、それらは実務に大いに関係してくることでもあります。

【2009年改訂版】

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まさに「早わかり」。直近通達(基発第0529001号)を反映。本の出来より、改正法そのものに疑問を感じる。

Q&A 改正労基法早わかり88.JPGQ&A 改正労基法早わかり.jpgQ&A改正労基法早わかり』(2009/07 日本経団連出版)

残業60時間超.jpg 日本経団連は日経連の時代から労基法に大きな改正があるごとに、「改正労基法早わかり」というのを刊行していて、前回の'03年の時の主な改正内容は、「有期労働契約の上限見直し」、「解雇法制」、「裁量労働制の見直し」などでしたが(所謂「平成15年改正」)、今回の平成21年4月施行の改正法の核は、「時間外労働が60時間を超えた場合の割増賃金を50%にすること」(併せて、代替休暇制度の創設」、「時間限度を超えた時間外労働の割増賃金率に関する努力義務」)と、「時間単位の年次有給休暇の創設」です。

 本書はQ&A方式になっていて全30問、解り易くコンパクトに纏まっていて、まさに「早わかり」と言え、それなり解説も突っ込んで書かれている上に、後半は資料編になっていて、関連する施行規則や指針などが掲載されており、最後に平成21年5月29日付の厚労省通達(基発第0529001号)が掲載されていて、Q&Aの内容もそれに沿ったものになっているため、21年7月刊行というのはタイムリーと言えばタイムリー、1000円という価格も手頃(難点を言えば、解説図とそれに付された文字がちょっと小さくて見づらいことか)。

 本の出来よりも改正法そのものに対して思うのですが、本書でもQ&A30問のうち後半の約半分が「時間単位の年次有給休暇の創設」についてのものとなっていて、ホントにこんな面倒なことを労使協定結んでわざわざやるのかなあという感じも(小数点単位で繰越し休暇を管理するなんて)。

 もっと言えば、60時間超の時間外労働について割増賃金を50%にすることの代わりとなる「代替休暇制度」で、当初は労使協定で多くの企業がこちらを選ぶのではないかと思いましたが、21年5月29日通達にあるように、労使協定を結んでも本人に代替休暇を取るか取らないかを確認し、2ヵ月後までに実際に取得したかどうかを確認して、取得出来ていなければ翌月の賃金に反映させなければならないという(この2ヵ月間が「全額払いの原則」の適用除外になるというのも解せないが)その管理の面倒くささ(労務コスト)。
 時間単位の年休はシステムの問題で解決される部分も多いかと思われますが、こちらは個々人の意思確認ですから、ヒューマンアクセスが頻繁に求められることになります(中小企業で、担当が1人で総務・経理・人事やっているような会社はどうするのだろうか)。

 中小企業は適用が一定期間猶予されているとしても、その間、大企業に勤める労働者と中小企業に勤める労働者の割増賃金率が異なるのはおかしいし、そもそも、賃金を払えば長時間残業させてもいいというやり方が、本当に労働者(特にホワイトカラー)の生産性向上やワーク・ライフ・バランスに寄与するのでしょうか。

 アメリカでは既に週40時間以上の労働について5割以上の割増賃金を課していますが、その代わり、ホワイトカラー・エグゼンプション等でこの割増賃金の対象外となる労働者が40%もいるのに対し、日本はホワイトカラー・エグゼンプションはやらないで5割増しだけ導入ということで、果たしてどちらが労働者のためになるのか簡単には言い切れないものの、個人的には疑問の多い法改正だと思われます。

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「味方のように微笑む美女が、じつは悪魔であったということもある」ことを考えさせられた。

雇用はなぜ壊れたのか  .jpg大内 伸哉 『雇用はなぜ壊れたのか』.gif    大内 伸哉.jpg 大内 伸哉 氏(略歴下記)
雇用はなぜ壊れたのか―会社の論理vs.労働者の論理 (ちくま新書)

 雇用問題の中には、会社が利益を追求する「会社の論理」と、労働者が自らの権利を守る「労働者の論理」の2つの論理があり、経済の激変で両者の調整が一段と難しくなった今、どうすれば両者の論理を比較衡量し、調整が図れるかということを、セクハラ、長時間労働、内定取消、期間工の解雇、正社員リストラなど、雇用社会の根本に関わる11のテーマを取り上げ、それぞれについて対立軸を行き来しながら考察した本です。

 従って、表題の「雇用はなぜ壊れたのか?」というその原因を明らかにする内容ではなく、そのためミスリード気味のタイトルではないかということで、書評ブログなどでも評価が割れているようですが、個人的には、本書から、多くのことを考えさせられる契機を得られました(ブログなどでは、結論が明確でない、或いは立場が「会社の論理」に偏っているといった批判もあったようだが、そう簡単に結論が出せるような問題でもないし、考察の進め方は至極まっとうなものだと思う)。

 法学者らしくない柔らかめの文体で、但し、内容は労働法と雇用社会の関係を考察して深く、例えば、解雇規制を強めることや最低賃金を引き上げることは、それが労働者の権利を守ること繋がると言い切れるのか、といったことを解り易く問題提起しています。

 自分個人がかつて経験したこととして、ハローワークに営業職の求人を出したものの同業種経験者の採用はならず、異業種の若手営業経験者を採用内定した際に、内定後に、「示された給与額が求人票の額より下回っているのは違法だ」と言ってこられたことがありましたが、ハローワークに出した労働条件と実際の労働条件が異なることは必ずしも違法ではないと考え、本人に提示額の根拠説明をし、額の変更は行わなかったということがありました。
 もし、法規制が強化されて、こうしたことが即違法となるならば、企業は低い給与額の(給与額に幅のある)求人を出して対処するかも知れませんが、むしろこうしたケースでは、本命筋の採用は出来なかったということで諦める可能性が高く、仮に当時からそうだったとすれば、この営業職(今もその会社で正社員として元気に働いている)の入社は無かったでしょう。

 先述のように「会社の論理」に立っているとの批判もありますが、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」という労基法3条の「社会的身分」とはどこまでをいうのか、パートタイマーや非正社員の給与が正社員より低い場合は「均等待遇」原則に反しないかという問題について、「社会的身分」とは、自らの意志では離れることのできない「生来の身分」をいい(通達)、パートタイマーや非正社員といった雇用形態の違いは該当しないと解されていることに対し、これは詰まるところ「自己責任論」であり、疑問の余地があるとしています。

 本書では、「会社の論理」「労働者の論理」に加えてもう1つ「生活者の論理」というものを取り上げていて、著者によれば、日本人は少しでも豊かな生活をしたいという「生活者の論理」が「労働者の論理」に優先するという選択をしているとのことで(イタリア人などは逆)、但し「生活者の論理」が一方的に「労働者の論理」に優先するのではなく、その両者の均衡が日本的経営の強みだった(長時間労働もするが雇用は確保されている)とのこと。

 (著者自身は格差社会を是認しているわけでもないし、正社員と大きな賃金格差のある非正社員がいることは社会正義に反するとしている。その上で、)例えば、正社員と非正社員との均衡をとるということは、格差問題(貧困問題)の一時的な処方箋とはなり得るかもしれないが(実際、最低賃金法やパート労働法の改正はその流れに沿って行われてきた)、この「生活者の論理」と「労働者の論理」の間のバランスを壊すことになりかねないとしています。
 この辺りは、実際に本書を手にして読み込み、それぞれの読者が自ら考えていただきたいところですが、「味方のように微笑む美女が、じつは悪魔であったということもあるのである」(219p)と。
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大内 伸哉 (オオウチ シンヤ)
1963年生まれ。法学博士。専攻は労働法。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。現在、神戸大学大学院法学研究科教授。主な著書に『労働条件変更法理の再構成』『労働者代表法制に関する研究』(以上、有斐閣)、『雇用社会の25の疑問』『労働法学習帳』(以上、弘文堂)、『労働法実務講義』『就業規則からみた労働法』(以上、日本法令)、『どこまでやったらクビになるか』(新潮新書)など。

《読書MEMO》
●「ちくま 458号」 (筑摩書房)の一部を転載((神戸大学のサイトより)
「拙著『雇用はなぜ壊れたのか?-会社の論理vs.労働者の論理』は、実は、雇用が壊れた原因を明らかにしようとした本ではない。 むしろ、本書で描きかったのは、雇用が壊れる過程における、会社の論理と労働者の論理の関わり合いについてである。 これらの論理の関わり合いを明らかにすることを通して、筋の通った正しい政策はどのようなものかを模索していきたかったのである。 それは、必ずしも会社にも労働者にも「甘い」ものばかりではない。正義の女神は、剣をもっている。母のように「甘える」ことは危険なのである。」

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読み易いが奥が深い。「入門書」というレベルを超えていろいろ考えさせられる良書。

雇用社会の25の疑問52.jpg
雇用社会の25の疑問.jpg
 大内伸哉.jpg 大内 伸哉 氏
雇用社会の25の疑問―労働法再入門―』 〔'07年〕

 本書のはしがきには「労働と法、ときどきイタリア」とあって(著者のもともとの専門はイタリアの労働法)、「労働と法」について「イタリア風に味付け」した本という、ややくだけた口上がありますが、内容はなかなか濃かったです。

 「労働法再入門」とサブタイトルにあるように、「どうして、労働者は就業規則に従わなければならないのか」といった解りづらい論点について、明快な文体で基本理論を解説し、また、判例解説も懇切丁寧で、全体として"学者言葉"の使用を控え、小説を読むように読みやすいものとなっています。

 しかし、提示する25の疑問には労働法学者としての鋭い視点が窺え、例えば、一般に労働者によかれとしてなされている法改正が、果たして労働者のためになるものなのだろうかという見方を示したり、リーディングケースとされている判例にも、今の社会に置き換えた場合どうかといった疑念を挟むなど、常に、社会のあり方、変化を見据えつつ、原点に立ち返って考える姿勢が見られます。

 その結果、「疑問」に対してすっきりした解答を出し切れていないものもありますが、そうした様々な要素が複雑に絡み合っているのが「雇用社会」というものなのだと改めて感じさせられ、法律の真意を探ることなく金科玉条のごとく盲従することの危うさを指し示しているようにも思えました。

雇用社会.jpg 「答えを出し切れない」という意味においては、著者の師匠筋にあたる労働法の権威・菅野和夫氏の『新・雇用社会の法』('04年/有斐閣)が、Q&A形式をとりながらも、多分に、法のカバーし切れない部分や曖昧な点に対し問題提起をすることを主眼としていたのとよく似ているし、こうしたスタイルの本では『新・雇用社会の法』以来の"読みで"のある本でした。

菅野和夫 『新・雇用社会の法』 〔'04年〕

 さらっと読めるが奥が深く、「就業規則」の話から始まって、少子化や過労死の問題など昨今の労働経済や雇用環境を巡るトピックにも触れ、最後は「働くとはどういうことなのか」という根源的テーマにまで言及しています。
 一方で、判例・用語解説等もよく纏まっていてリファレンス的にも使えるので、手元に置いておき、折々に読み返したい本です(そうしている内に、書評で取り上げるのが少し遅くなってしまったが)。

経済学的思考のセンス.jpg 因みに、帯の「会社は美人だけを採用してはダメなのであろうか?」は、労働経済学者・大竹文雄氏が『経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには』('05年/中公新書)で示した切り口を本書において引用しているもので、他書からの引用を帯にもってくることもなかろうにとも思うのですが、アイキャッチ効果があるフレーズとみたのかな。

大竹文雄 『経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)』 ['05年]


雇用社会の25の疑問第3版.jpg【2017年第3版

《読書MEMO》
●主要目次
第1部 日頃の疑問を解消しよう
第1章 労働者の疑問
 第1話 どうして、労働者は就業規則に従わなければならないのか
 第2話 退職金は、退職後の生活保障としてあてにできるものか
 第3話 労働者は、会社の転勤命令に、どこまで従わなければならないのか
 第4話 女性社員は、夜にキャバクラでアルバイトをしてよいか―会社は、社員の私生活にどこまで介入できるか
 第5話 会社が違法な取引に手を染めていることを知ったとき、社員はどうすべきか
 第6話 労働者には、どうしてストライキ権があるのか
 第7話 女子アナは、裏方業務への異動命令に従わなければならないのか
第2章 会社の疑問
 第8話 会社は、美人だけを採用してはダメなのであろうか―採用の自由は、どこまであるか
 第9話 会社は、試用期間において、本当に雇用を試すことができるか
 第10話 会社は、どんな社員なら辞めさせることができるか
 第11話 会社は、社外の労働組合とどこまで交渉しなければならないのか
 第12話 会社は、社員の電子メールをチェックしてよいのであろうか  
第2部 基本的なことについて深く考えてみよう
 第13話 労働法は、誰に適用されるのか―労働者とは誰か
 第14話 労働組合の組織率は、どうして下がったのか
 第15話 成果主義型賃金は、公正な賃金システムであろうか
 第16話 公務員には、ほんとうに身分保障があるのか
 第17話 正社員とパートとの賃金格差は、あってはならないものか
 第18話 定年制は、年齢による差別といえるであろうか
 第19話 少子化は国の政策によって解決すべきことなのか  
第3部 働くことについて真剣に考えてみよう
 第20話 誰が「強い」労働者か―君は会社に「辞めてやる」と言えるか
 第21話 労働者が自己決定をすることは許されないのか
 第22話 日本の労働者は、どうして過労死するほど働いてしまうのか
 第23話 雇用における男女差別は、本当に法律で禁止すべきことなのであろうか
 第24話 会社は誰のものなのか
 第25話 ニートは、何が問題なのか―人はどうして働かなければならないのか

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「賃金控除・賃金カット」や「休業手当・解雇予告手当」 を独立章とし、実務面への配慮が窺える。

『賃金・賞与・退職金Q&A7.JPG賃金・賞与・退職金Q&A.jpg
賃金・賞与・退職金Q&A (労働法実務相談シリーズ)』['08年]

 労務行政の「労働法相談シリーズ」(Q&Aシリーズ)で、シリーズナンバーが「1」ですが、刊行はやや遅かった...。これも弁護士によって著されたもので、全体としては労務行政らしいカッチリとした内容です。賃金・賞与・退職金を巡る相談事例81件を200ページ強に収めています。

 系列の財団法人「労務行政研究所」刊行の人事専門誌「労政時報」の末尾にある「相談室Q&A」が、ややマニアックなほど難解なテーマを扱っているのに比べると、こちらは基本をしっかり抑えている感じで、それでいて、「賃金控除・賃金カット」や「休業手当・解雇予告手当その他」に各1章を割き、実務面への配慮が窺えます。

賃金・賞与・退職金Q&A2.JPG だだ、弁護士が書いたものにはこの手のものが多いのですが、言い切り調になっているものがあって、例えば、「Q8」の「定期昇給が義務付けられる場合」などの項は、就業規則(本則)に「定期に昇給させる」とあって、「賃金規程」などの具体的な昇給額が確定する仕組みであれば、使用者は昇給させる義務があるという説明で終わってしまっていて、これなどは、実際には、労使交渉による合意とそれに基づく就業規則の改定(労働契約法12条に沿って)により、「据え置き」などの対応は考えられるように思います(そうでないと、「昇給」か「改定」かという何気ない就業規則の記述の違いのために会社が潰れてしまいかねない)。

 「Q8」もそうですが、先に述べたことの判例を挙げるか、補足説明をするかで、どちらかと言えば判例重視といった感じでしょうか。
 基本を抑えるという面ではこれでいいのですが、例えば「Q41」の「通勤手当と高速道路料金負担」などの項目のように、「マイカー通勤者に通勤手当として高速道路使用料金まで含めて払うかどうかは使用者の自由である」で説明が終わってしまっていて、あとは、一旦そうと決めれば、それをやめるのは不利益変更になるとして、「みちのく銀行事件」の判例解説が出てきます。
 ここは、普通だったら、例えば「通勤手当として支払った高速道路の使用料金は課税対象となるか」という所得税法9条(非課税所得)及び所得税法施行令第20条の2(非課税とされる通勤手当)の解説などを持ってくるべきではないかと...(不利益変更の話は他の多くの質問項目に当て嵌まる話で、それをどうしてこの質問に1ページしか割いていないここでわざわざ持ってくるのか?)。

 1つのQ&Aに割けるページ数が1、2ページだと、どうしてもこうなってしまうのは致し方ないところですが、何となく解説の方向性が、こちらが望んでいるものとは違うように思われるものも幾つかありました。
 
 細かいところでケチをつけましたが、やはり「労務行政」というブランドと3,100円という価格ですから...。
 全体としては、シリーズの中でも使い勝手のある方だと思われ、買って損は無かったと思いました。

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パート労働法の改正を見越したような内容。効果的人材活用を制度として推進するという考え方。

I「パート・アルバイト・派遣の使い方」ここが間違いです!8.jpg「パート・アルバイト・派遣の使い方」ここが間違いです!.jpg 『「パート・アルバイト・派遣の使い方」ここが間違いです!』 ['06年/かんき出版]

 パート・アルバイト・派遣社員の雇用・労務管理について社会保険労務士がQ&A方式に纏めたもので(全81問)、社会保険に関しても解り易く解説されていますが、それだけでなく、むしろ1:2ぐらいの比率で労働基準法を中心に労働法全般に関わることに重点が置かれていて、採用から退職までの労務管理から賃金その他処遇等の人事管理全般にまでトータルに解説されているのが特長です。

 '08年4月施行の改正パート労働法の2年前に刊行された本ですが、パート・アルバイト・派遣社員の効果的な人材の活用に繋がる雇用改善を社内制度として推し進めるという考え方が全般を通して貫かれていて、具体的な施策の提示も含めたQ&Aも幾つか用意されており、まるで予めパート労働法の法改正を見込んだような内容になっています。

 法的な義務があるものについてはそのように明記する一方、「法的な義務ではないが、労使トラブルを回避するためにはこうした方が望ましい」、更に、パート・アルバイト等のモチベーションを喚起するためにはこうしたことが「望まれます」といった言い方が多くされているのが、弁護士などが書いた本とは異なる点でしょうか。

 「家計補助的な理由で働いている」から「家計補助的な就労意欲だろう」、だから時給を安く設定していいかという問いに対し、同一労働同一賃金の原則を以ってきっちり回答していたりして、企業内の人事担当者だけでなくコンサルタント側にも経営者の考えに靡いてしまい、自分の中でこうした抵触する怖れのある法律との関連が弱くなってしまっているケースがままあることを思えば、読んでいて襟を正したくなるような思いも。

 「1日6時間勤務のパートが配偶者の被扶養者になることを望んでいるが社会保険は入れなくてよいか」とか、「昼間部の学生に毎晩勤務させている場合、雇用保険はどうなるか」とか、「配達されるお弁当代を給与から引いていいか」とか、それぞれ、健康保険法、雇用保険法、労働基準法に関わる問題ですが、そうしたことが大いにありそうだなあというリアルな事例で設問が構成されています。

 非正規雇用の全労働者数に占める割合は'08年で約35%、殆どの会社に非正規社員がいるわけで、まさに「総務部・店長必携」と言える本かも(逆に、コンサルタント側は、本書に書かれている事は社会保険関連も含め全て押さえておきたいところ)。

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改正法の緩さ・曖昧さが浮き彫りに? 今しばらくの間はお世話になりそうな本。

Q&A 65歳雇用延長の法律実務5.JPGQ&A65歳雇用延長の法律実務.jpgQ&A65歳雇用延長の法律実務 (スタッフアドバイザーライブラリ)』 ['05年/税務研究会出版局]

 65歳定年に向けた高年齢雇用安定法の改正('06年4月施行)に先駆けて、その前年末に刊行された本ですが、早期の刊行にも関わらず、法改正の内容解説だけでなく雇用確保措置の義務化に伴い起こりうる様々な問題についてQ&A方式で解説されていて(全80問)、また規定例なども備わっています。

 本書を読んでいると、この法改正にはかなり"緩い"部分があるように思えます(企業側から見れば"柔軟性がある"とも言えるが)。

 改正に沿った高齢者の雇用延長制度の導入に関しては、当初大企業が先行し中小企業はやや遅れ気味だったのが、'08年末時点では中小企業も大方が対応済みのようであるようですが、大企業・中小企業とも殆どが「定年延長」ではなく「継続雇用制度」(定年再雇用制度)という形での対応となっています。

 そこで、本書の「Q49」にあるような、「1年の有期雇用」はどんなことがあっても更新しなければならないのか」といった問いが出てくるわけで、年齢要件以外の理由があれば「どんなことがあっても更新しなければならない」とまでは言えないという、結局、「雇用確保」の趣旨よりも「有期雇用」の論理の方が優先されてしまう―そのことが、急激な雇用劣化不況の到来に際しては、改正法の形骸化をいやおう無く引き起こすということが目に見えるようです。

 更にこの法改正を巡っては曖昧さも多々あり、特例措置に沿って「労使協議が整わなかった」として労使協定の代わりに就業規則で継続雇用の定めをした企業も多いと思われますが、3年または5年の特例措置の期間が切れた場合、「Q55」にあるように、「就業規則にあるにもかかわらず、労使協定を締結する必要があるか」という疑問が生じざるを得ません。

 この問題について筆者は、労使協定を継続雇用制度の「存続要件」であるとすれば、今ある基準は期間満了とともに無効になり、速やかに労使協定を結ぶ必要が生じるが、労使協定はあくまでも継続雇用制度を「導入するための要件」存続要件に過ぎず、特例期間については就業規則で実施できるというのに過ぎなのであれば、3年または5年の特例措置の期間が切れても就業規則は有効であるとしていて、一体どっちなのかと言いたくなりますが、改正法施行の時点ではこう書くに留まらざるを得なかっただろうし、現時点でもこの曖昧さは残されているように思います。

 ということで、今しばらくの間はお世話になりそうな本です。

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人事担当者や一通り労働法を学習した人が復習用に読むにはいいか。

労働契約の実務1.JPG労働契約の実務. 浅井隆.jpg                労働契約法入門 山川隆一.jpg
浅井 隆 『労働契約の実務 (日経文庫)』 〔'08年〕/山川隆一『労働契約法入門 (日経文庫)』 〔'08年〕

 労働契約に関する入門書で、労働契約の開始から終了までの展開について実務に沿って解説されており、内容もきめ細かいです。但し、あくまでも新書レベルなので、1つ1つの項目の解説がややあっさりし過ぎていて、全体としてこの文庫にありがちな項目主義に陥っている感じもします。

 著者は法律事務所に所属する弁護士で、労務行政の『労働法実務相談シリーズ』で「労使協定・就業規則・労務管理Q&A」の巻を担当執筆していますが、人事専門誌のQ&Aコーナーにもよく書いている人で、さすがに纏め方そのものは解り易く、人事担当者や一通り労働法を学習した人が復習用に通勤・通学の電車の行き帰りで読むのにちょうどいいかなという感じですが、それでも初学者が入門書として読むとなると、この詰め込み過ぎはちょっとキツイかも。

 本書は'08年3月に施行された労働契約法にも対応しているとのことですが、対応しているというだけであって労働契約法について詳しく述べられているわけではなく、同時期に刊行された大学教授による『労働契約法入門』('08年/日経文庫)がどういうわけかこちらも(タイトルに反して)労働契約法自体の解説はあっさりしていて後は労働法全般の解説になっており本書と内容的に大いに重なっているため、これは「弁護士」と「大学の先生」という立場の違う著者に敢えて似たようなテーマで書いて貰って、読者に両方買わせようという魂胆なのかなと勘繰りたくなってしまいます(だとしたら、自分はその魂胆にハマってしまったのだが)。

 帯に「人事担当者必携!」とあるように、「実務」と謳っている分、内容的には『労働契約法入門』よりは実務向きと言えるかも知れません。

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労働法全般の入門書として読めるが、「労働契約法」にもっと的を絞って欲しかった。

労働契約法入門2.JPG労働契約法入門 山川隆一.jpg労働契約法入門 (日経文庫)』 〔'08年〕

 法科大学院の教授による労働契約法についての解説書ということで、パート労働法や男女雇用機会均等法など関連する法令や最新の判例なども取り上げているとのことですが、要するに労働条件の決め方や労働契約の終了等、労働契約全般の解説書となっており、また賃金や労働時間についても労働基準法の基本部分を1つ1つ押さえているため、中身としては労働基準法を中心とした労働法全般の解説書といった感じでしょうか。

 大学の先生らしく、労働契約法成立の背景から最近の人事の動向までも踏まえるなど視野的には広く、且つ解り易い言葉で書かれており、その上で実務にも沿った形にはなってはいますが、網羅的である分、労働基準法等の細部の解説においては物足りなさも感じられました。

 結果として、同時期に刊行された『労働契約の実務』('08年/日経文庫)とかなり内容が重なっているような感じで、'08年3月に施行された労働契約法について書かれたものの中では比較的早く刊行された解説書であるため期待したのですが、その部分では期待はずれでした。

 第3章の「労働契約の基本理念と労働条件の決定・変更」が最も労働契約法に直接的に関わる部分かと思われますが、全8章のうちの1つに収められていて、「合意原則」と「合理性」の関係においてやや複雑な就業規則の不利益変更問題や、就業規則で定める基準に達しない労働契約の扱いなどについては、本当にさらっと触れているだけという感じ。

 ただ、労働法の基本部分を押さえるための入門書として見れば、コンパクトにきっちり纏まっている本で、『労働契約の実務』の方が本書以上に詰め込み過ぎのような感じもあるので、実務面での入門書として併読し、法の前提となる部分に関する知識や理解の至らないところを補完し合えばいいのかなと。
 そうであるにしても、このタイトルであるならば「労働契約法」にもっと的を絞って欲しかった気がします。

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面白かった。労働側弁護士の本だが、企業側が読んでもユニオン対策の参考書として使える?

人が壊れてゆく職場.jpg人が壊れてゆく職場 (光文社新書)』 ['08年] 笹山 尚人.jpg 笹山 尚人 氏 (弁護士/略歴下記)

人が壊れてゆく職場  .jpg 著者は1970年生まれの弁護士で、首都圏青年ユニオンの顧問でもあり、その著者が扱った案件の内から、名ばかり管理職の問題、給与の一方的減額、パワハラ、解雇、派遣社員の雇止めなどのテーマごとの典型的な事案を紹介し、相談者からどのような形で相談を受け、会社側とどのように交渉し、和解なり未払い賃金の回収なりに至ったかを書き記しています。

 要するに労働側弁護士が、ユニオンに寄せられた労働者の訴えを聞いて、ユニオンと協働してどのように企業側の横暴を暴いていったかというデモンストレーションの書ともとれなくもないですが、労働者はもっと労働組合を活用しようというのが本書の主たるメッセージの1つでもあり、こうした流れになるのは当然かも。

 労働者から相談を持ち込まれて、弁護士やユニオンがどのような対策をとるのか、その経緯や戦略がリアルに描かれているためかなり面白く読め、事実だから"リアル"なのは当然ですが、「よし、これはいける」とか「参ったな、これはまずいかも」などといった顧問弁護士として係争の見通しに対する感触が随所に吐露されているため、まるで小説を読んでいるみたいでした(顧問としての立場だから書ける部分もあり、ユニオンの人が書くとこうはならないのでは)。

 そうした点で、企業側が読んでも、ユニオン対策の参考書として使える部分もあるように思えたし(勿論、こうした事態に陥らないようにすることがそれ以前の話としては当然あるが)、労働法の趣旨や労働契約、就業規則の性質、労働審判の仕組み等についても、それぞれ係争の場面と照らしつつ具体的に解説されているので、実感を持って理解できるものとなっています。

 最初の方にある給与の一方的減額や上司が部下を殴り「顎に穴を空けた」(!)といったような事例は、会社側に非があることが自明の、且つ、かなり極端なケースにも思えましたが、係争案件として最も数の多いという「解雇」については、会社側の権利濫用を疎明するのが弁護士にとっても結構難しいケースもあることが窺え、労働者側が勤務期間を通じて完璧に清廉潔白であればともかく、中盤にある解雇の事例などもそうですが、訴える労働者側にも忠実義務に反する行為があったりすると、会社側はそこを突いてくる-そうした中で、いかに依頼人に有利な結果を導くかと言うのは弁護士の腕にかかっているのだなあと(何だかディベートの世界みたいだし、海外の法廷ドラマのようでもある)。

 ジョン・グリシャム原作の映画「依頼人」さながらに、1万円の着手金で派遣元から解雇された依頼人の仕事を受けた話などには著者の熱意を感じますが、これなども「感動物語」というより、和解に至る経緯とその事後譚が興味深かったです。

 一方、著者の言う労働組合活動の復興は、従来型の企業内組合ではなかなか難しいのではないかという気もし、結局はコミュニティ・ユニオンということになるのでしょうが、ユニオンの場合、労働者1人1人は、自らの案件が決着すると組合員であることを辞めるのが殆どのようで、その辺りはユニオンにとっても難しい問題ではないでしょうか(係争の間しか組合費が入らない)。
 結局、その結果ユニオンは、動いたなりの報酬を得なければというかなりタイトな経済原理のもとで活動している面があるように思われるのですが(その事は、労働者側の責に帰すべき部分が大きいと思われる場合には軽々しく介入しないということにも繋がっているのだが)。
 それは弁護士も同じかも。本書にある「着手金1万円」のケースも、解決金から報酬を得ればいいという見通しのもとで動いているわけで、こうした弁護士の本音に近い部分が書かれているという点でも、興味深い本でした。
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笹山 尚人 (ささやま なおと)
1970年北海道札幌市生まれ。1994年中央大学法学部卒業。2000年弁護士登録。第二東京弁護士会会員。東京法律事務所所属。弁護士登録以来、「ヨドバシカメラ事件」など、青年労働者、非正規雇用労働者の権利問題を中心に事件を担当している。共著に、『仕事の悩み解決しよう!』(新日本出版社)、『フリーターの法律相談室』(平凡社新書)などがある。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
第一章  管理職と残業代 ---- マクドナルド判決に続け
第二章  給与の一方的減額は可能か? ---- 契約法の大原則
第三章  いじめとパワハラ ---- 現代日本社会の病巣
第四章  解雇とは? ---- 実は難しい判断
第五章  日本版「依頼人」 ---- ワーキング・プアの「雇い止め」
第六章  女性一人の訴え ---- 増える企業の「ユーザー感覚」
第七章  労働組合って何? ---- 団結の力を知る
第八章  アルバイトでも、パートでも ---- 一人一人の働く権利
終 章  貧困から抜け出すために ---- 法の定める権利の実現
おわりに

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一般サラリーマン向けの解説書として見るならば、オーソドックス。

イザというときの労働基準法.jpg 『イザというときの労働基準法 (PHPビジネス新書)』 ['08年]

 著者は元(長野・沖縄)労働基準局長。同じ著者の『わかる!使える!労働基準法―「知らない」ではすまされない仕事のルール』('07年/PHPビジネス新書)の続編とも言えるもので、この新書のメインターゲットである、企業で働く一般サラリーマン向けに、Q&A方式で、賃金や労働時間に関する問題をわかり易く解説しています。

 新書にしては項目数も多く、その点では充実しているかと思われ、用語索引もついて親切です。
 経営者・管理職向けにも書かれている部分があり、その点で一般サラリーマンが読んでどう思うかというのもありますが、経営者・管理職に求められる労働法の知識というのは、一般サラリーマンが知っておいても結局のところ無駄にはならないと思うので、いいのではないでしょうか。

 ただ、人事担当者や実務担当者が読むとなると、少し浅いかも(初任者レベルか)。
 大学教授である大内伸哉氏の『どこまでやったらクビになるか―サラリーマンのための労働法入門』('08年/新潮新書〉もそうでしたが、判例などを挙げても具体的な判例名がない、と言うより、本書の場合、項目数が多い分、判例解説にまでは言及しきれず、「...という場合もあります」的な解説にとどまっている部分が多いように思えました。

 でも、パート、契約社員、高齢者等を巡る問題も含め、現時点では最新の内容となっており、あくまでも一般サラリーマン向けの解説書として見るならば、手に取りやすいというメリットがあり、内容的にもオーソドックスな線をいっているのではないでしょうか。

《読書MEMO》
●章立て
序章 まずは知っておきたいトラブル解決の基本ルール
第1章 賃金に関するトラブル
第2章 労働時間、割増賃金、休日・休暇のトラブル
第3章 企業内のさまざまなトラブル―配転、出向、男女差別、企業合併、労災保険など
第4章 退職、解雇、雇用保険に関するトラブル
第5章 パート、契約社員、高齢者を巡るトラブル
第6章 「あっ、労働基準法違反!」そのときどうする?―イザというときの労働者の解決手段
第7章 経営者、管理職なら知っておきたい!労基署、労基監督官への対応法

「●労働法・就業規則」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1647】 丸尾 拓養 『人事担当者が使う図解 労働判例選集
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読みやすい入門書だが、結局「程度問題」ということになるテーマも多い。

どこまでやったらクビになるか2.jpgどこまでやったらクビになるか.jpg                  大内伸哉.jpg 大内 伸哉 氏
どこまでやったらクビになるか―サラリーマンのための労働法入門 (新潮新書)』['08年]

 副業、社内不倫、経費流用、ブログによる自社の中傷、転勤拒否、内部告発、セクハラといったことが、実際どこまでが許されるのか、事例を挙げながら主にサラリーマンの立場に立って解説されていますが、同時に、会社の労務管理サイドの人が、企業防衛の立場から労務トラブルに対処する方法、及び、その前提となる法の考え方を学べるものにもなっています。

 各テーマの設問は、新潮社の担当編集者が、一会社員としての日頃の疑問をもとに案出ししたとのことで、いかにも「新潮新書」らしい本作りとなっている印象を受けました(全てが担当者のオリジナルならば、この担当者はかなり優れた人ではないか)。

 大内先生のことでもあり、きっちり法律の基本を抑えながらも、一部に個人的見解を挟んでいて、勉強になるだけでなく考えさせられる点もありました。
 但し、もともとのテーマが、法律で簡単に○×で結論づけられるようなものではないものが多いため、結局は「程度問題」としか言いようのないものもあります。

 実際、かなりの判例を引きながらの解説になっていて、その点はその点で、この人の判例の読み解きはわかり易く定評があるのですが、具体的な判例名がほとんど省かれているのが少し不満。
 一般向けの新書だからやむを得ない気もしますが、こういうのは企業名が出てきた方が、個人的には頭に入り易く、途中で挟まないまでも、最後に判例索引でもつけてくれたらもっとよかったのにと、ちょっとばかり思いました(そこまでやると、一般読者は引いてしまうのかも知れないが)。

《読書MEMO》
●章立て(一部)
ブログ―ブログで社内事情を書いている社員がいてヒヤヒヤしています。あの社員はクビにならないのでしょうか?
副業―会社に秘密で風俗産業でアルバイトをしている女性社員がいます。法的に問題はないのでしょうか?
社内不倫―社内不倫しています。これを理由にクビになる可能性はありますか?
経費流用―私用の飲食代を経費として精算したのがバレてしまいました。どれくらいの額だとクビになりますか?
転勤―会社から転勤を命じられました。どういう事情があれば拒否できますか?
給料泥棒―まったく働かない給料ドロボーがいます。会社はこういう人を辞めさせることはできないのでしょうか?
内部告発―会社がひどい法令違反をしています。内部告発をした時に自分の身を守る方法はありますか?
合併―会社が他の会社と合併することになりました。合併後は給料が下がりそうなのですが、そんなことは認められるのでしょうか?
残業手当―上司に言われていた仕事が勤務時間内に終わらずに残業しました。こういうときでも残業手当をもらえますか?
新人採用―半年の試用期間で「採用失敗」が明らかになった新入社員がいます。会社は彼を本採用することを拒否してよいのでしょうか?

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解説・図解が「条文」も含めて見開き単位で収められているため使い易い。

労働法のしくみ12.JPG図解による労働法のしくみ.jpg図解による労働法のしくみ』 (2009/01 自由国民社)

 弁護士による労働基準法の解説書(入門書)で、各項目見開きで、左ページが横書きの解説、右ページが図解となっていますが、特徴的だと思ったのは、労働基準法の章・条単位で解説されていて、更に解説部分に該当する条文を、右ページの下に書き出していること(罰則規定がある場合はそれも併せて)。

 解説・図解が「条文」も含めて見開き単位で収められているため、解説を読みながらいちいち条文を手繰らなくて済み、ほぼ条文の順番で解説がなされているためリファレンスとして使用する際にも便利、しかも、あまりこうしたパターンの解説書は見かけないため、書店で見かけて迷わず購入し、大学の法学部の学生向けの講義資料を作るのに参考にさせてもらいました。

 労働法の体系、各法令の制定趣旨にまで踏み込んで解説されており、労働組合法、労働関係調整法、個別労働関係紛争解決法、労働審判法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、雇用保険法などの関連法規にも触れられています。

 アラを探せば、'07年刊行の初版の今回は〈増補版〉である('09年1月刊行)ということであるにも関わらず、労働基準法「第6章の2」が依然「女性」のままになっていたり(以前から「妊産婦等」に改められている)、解雇権濫用法理を明文化したものとして'03年に労働基準法に盛り込まれ(第18条の2)、その後、'08年3月施行の労働契約法第16条に条文移行された「解雇」(合理的理由を欠く解雇の無効)が、未だに第18条の2にあったりはしますが...。

 <増補>の意味は、「激増する最近の労働トラブルと解決法」という記述が巻末に6ページ追加されているためのようですが、全体を通して内容はプロ向けに近いレベルなので、バージョンアップするならば、この辺りの章名改変や条文移行もチェックして欲しかった気がします。

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「第○条第○項」といった記述は無く、一般向けにわかり易い言葉で書かれた入門書。

イラストでわかる知らないと損する労働基準法.jpg 『イラストでわかる知らないと損する労働基準法〈Ver.2〉 (イラストでわかる-Illustrated Guide Book Series-)』 (2008/03 東洋経済新報社)

 社会保険労務士による労働基準法の解説書(入門書)で、縦書きで1項目につき見開き2ページ、全77項目。
各項目の左ページをイラストに充てており、解説文の用語も、前書きで予めそのことを断った上で、労働者を「社員」、使用者を「会社」、賃金を「給料」というように言い表すなどしており、初学者にとっては普通の書物を読むような感じで入り込み易く、また、わかり易い内容となっています。

 初版は'01年刊行で、'08年4月刊行(書店売り3月)の本書は"Ⅴer.2"ということですが、パート労働法の法改正('08年4月施行)なども一応は押さえていて、但し、全体としては、労働基準法そのものの基本部分、とりわけ一般の会社員に関わる労働時間や休日・休暇、「給料」などに重点が置かれているようです。

 イラストは所謂「図解」的なものからコマ漫画までバラエティに富んでいて("Ⅴer.2"の表紙のイラストより、実際の中身のイラストは漫画チック、図解部分も「板書」的と言った方がいいか)、これはこれでわかり易いですが、個人的にはむしろ解説文がわかりよいと感じました。

 「労働基準法第○条第○項において」などといった書き方は(意図的に)一切されていないので、「法律」としての労働基準法を学びたいと思っている人には物足りないかもしれませんが、一般の企業に勤める社会人にはこれで充分かも。
 必要に応じて、施行規則や通達レベルのことも書かれているのですが、あくまでも、普通の会社員に対し、普通の言葉で書かれているという感じ。

 専門業務型裁量労働制の適用職種が「18」であるとか(「19」ではないか)、細かい点で突っ込み所はありますが、よくあるテカテカの紙質に横書きでゴチック文字を多用してびっちり文字や図説が盛り込まれた入門書のパターンとは一線を画していて、その点でのオリジナルな工夫は買いたい本です。

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労務行政の「労働法相談シリーズ」。全体としては労務行政らしいカッチリとした内容だが...。

解雇・雇止め・懲戒Q&A.JPG労働法実務相談シリーズ 解雇・雇止め・懲戒Q&A.jpg   労働法実務相談シリーズ 労働時間・休日・休暇.jpg
解雇・雇止め・懲戒Q&A (労働法実務相談シリーズ)』〈'08年4月補訂版〉『解雇・雇止め・懲戒Q&A (労働法実務相談シリーズ)』(旧版)『労働時間・休日・休暇Q&A (労働法実務相談シリーズ)(旧版)

 先ず先に刊行された『労働時間・休日・休暇』の方ですが、シリーズの中で少しだけページが少なめ。こうしたテーマ分けの仕方をするのならば、このテーマの巻はもっとページ数が多くなってもいいような気がするのですが、読んでみてやはり、かなりポイントを絞った(基礎的な)Q&Aになっているように思いました。
 実務において実際に充分に起こり得る問題とその対処法がコンパクトにまとめられているという点では良いのですが、約200ページで3,000円は少し価格が高いのでは。

 『解雇・雇止め・懲戒』の方は、Q&Aまでの部分で約240ページ(3,200円)。普通解雇、雇止めのほかに、雇用調整の一環としての希望退職や整理解雇についても一定数のQ&Aを配していて、懲戒についても懲戒全般と懲戒解雇を併せて網羅しています。
 判断が微妙な問題が多いジャンルですが、「労政時報」の「相談室Q&A」の回答でも定評のある弁護士が、判例等を的確に引いて要領よく解説しているように思いました。

 但し、このジャンルはどうしても程度問題、ケースバイケースということが多くなりがちで、これは仕方がないことなのかも知れません。
 逆に、冒頭から、「職能資格等級制度の下で、能力不足を理由として解雇することができるか」「成果主義の下で、能力不足を理由として解雇することができるか」という問いに対して「原則」としながらも共に「できない」としていて、そうはっきり言えるのかなあと(普通の会社であれば事案としては稀な事かも知れないが、検討の俎上に上がるとすれば、かなり顕著なケースが想定されるのではないか)。
 「役割等級制度」だったら能力不足を理由として解雇していいのか、或いは「成果主義」でなければいいのか、というふうにとる人はまずいないとは思うけれども、等級制度や賃金制度の違いが普通解雇の要件の強弱に関係してくるような誤解を招く設問設定では?(著者の言わんとするのはその逆なのだが)。

労働法実務相談シリーズ 解雇.jpg 『解雇・雇止め・懲戒』の手元にあるものは'07年5月初版のものですが、引用されている「有期労働契約の締結、更新及び止めに関する基準」(平成15年厚生労働省告示)などは、'08(平成20)年3月1日に一部改正されており、本書に間に合っていません。
 '08年4月に〈補訂版〉が出されていて、今買うならば当然そちらですが、そちらの方では平成20年3月改定まで網羅されて、個人的には結局そちらも購入することになりました(法改正がめまぐるしいと出費がかさむ)。('09年7月には『労働時間・休日・休暇Q&A』の方も第2版が刊行された。)
解雇・雇止め・懲戒Q&A (労働法実務相談シリーズ)』〈'08年4月補訂版〉

 このシリーズが、シリーズのナンバー順の刊行になっていないのも、ジャンルによってはめまぐるしい法改正があることがその一因としてあるのではないかと推察します。

 ただ両書とも、各章の冒頭の「論点整理」は非常によく纏まっていて、とりわけ『解雇・雇止め・懲戒』のそれは大変わかりよいものでした。

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通達や判例の引き方が丁寧で、しかも、とりあげている問題にジャストフィット。

続「問題社員」対応の法律実務8.jpg「問題社員」対応の法律実務 続.jpg     「問題社員」対応の法律実務.jpg
続「問題社員」対応の法律実務』('06年) 『「問題社員」対応の法律実務』('02年)

 著者は労務問題のエキスパートとして活躍する弁護士で、同著者の『「問題社員」対応の法律実務-トラブル防止の労働法』('02年/日本経団連出版)は、この分野の本としてはベストセラーになりましたが、本書はその続編です。

 主に'00年以降、専門誌の労務相談コーナーなどに書いたものを纏めて1冊の本にしたものですが、パワハラの問題や成果主義に関するトラブル、情報管理、内部告発の問題など、最近よくある問題も多くとりあげられています。

 前著同様Q&A方式ですが、45項目から成るQ&A1つ1つが、さらに3項目前後のQ&Aで構成されていて、関連する事柄をグループ化して理解できるため、単一問題の解決法の「点」的な集合ではなく、類似する問題を「連続する線または面」として捉えることが可能で、読むにつれ、問題解決の方法と併せて法の考え方が身につくかと思います。

 また、この著者の本の特長ですが、通達や判例の引き方が丁寧で、しかも、とりあげている問題にジャストフィットしていて、わかりやすいです。判例から遡及してQ&Aを構成しているという観もありますが、判例学習には最適かと思います。

 一方で、かなり判断が難しいく、しかし、必ずしも全てがレアケースとは言い切れず、どの企業でも起こる可能性があるようなケースをも敢えてとりあげているため、裁判になった際にどうなるという前に、企業内解決を図る努力をするよう示唆しているものも多く、これは問題解決に際しての重要なポイントだと思います。

 著者の立場は、基本的には使用者側ですが、会社が「問題社員」に対して毅然とした態度を示すためには、それなりの平素の労務対策が使用者側企業に求められるということを、本書を読めば読むほど痛感させられます。

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「●M&A」の インデックッスへ

M&Aにおける労務デュー・デリジェンスの参考書として使える。

M&Aの労務ガイドブック.jpgM&Aの労務ガイドブック』(2007/04 中央経済社)  高谷知佐子.jpg 髙谷知佐子 氏(弁護士)

 本書前書きにもあるように、M&A成功のキーポイントは「人」をめぐる法律問題であるにも関わらず、その「人」がクローズアップされる場面は意外と少なく、デュー・デリジェンスでも労務コンサルタントは最後の方でやっと声がかかったりすることが多いのが現状です。

 本書は、会社の財産である「人=社員」にスポットを当て、M&Aにおいてどのような「人」に関する問題が生じるのかという観点から論点を整理し解説したものということで、最近問題になることが多いM&Aの際の企業年金の再編についても言及されています。

 デュー・デリジェンスでどういったことが調査対象となるのかが詳しくあげられているので、デュー・デリを受ける側にとっては良い参考書として使えると思います。
 一方、雇用・労働条件のリストラクチャリングに付随する法的問題を、判例をわかりやすく整理して解説してもいるので、M&Aの仕事をしていて金融・不動産や知的所有権などにはめっぽう強いが、労働法は少し苦手という弁護士さんにも読んでもらいたい気がします。

 M&Aには合併、事業譲渡(旧商法では営業譲渡と言っていた)、会社分割などの類型がありますが、本書の判例のとりまとめ部分で、不利益変更、整理解雇などと並んで、事業譲渡に関する判例が多くあげられています。
 これは、事業譲渡の場合、合併や会社分割などと異なり、労働者の権利義務が自動承継とならず契約上の規定によって定まるからであり(ゆえにリストラを巡るトラブルが多い)、こうした考えは米国からきているのでしょう。

 欧州の国々には、事業譲渡に関しても一応は全労働者を承継しなければならないこととなっている国もあり、グローバル企業などとのM&Aの場合、相手国の法律も調べておいた方いいかも。
 結局、日本法人同士の話なので、日本の法に従うことになるはずですが、前提としてイメージしているものが随分違ったりします(就業規則に対する考え方などについてもそうですが)。
 また、最近はわが国における事業譲渡においても、必然性の薄い従業員解雇は、認められなくなってきているようです。

 本書は1法律事務所(森・濱田松本法律事務所)に所属する弁護士10名の共同執筆で、編者の高谷知佐子氏は、'05年の「日経ビジネス」の「弁護士ランキング労務・人事部門」で第4位にランクインしている労働契約法や解雇問題のエキスパートです。

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「●メンタルヘルス」の インデックッスへ

実務に沿ってキッチリと書かれている。現実対応の難しさを改めて認識。

労災・安全衛生・メンタルヘルスQ&A.jpg  『労災・安全衛生・メンタルヘルス Q&A』 (2007/03 労務行政)

 本書の章立ては下記の通りで、章ごとに論点を整理したうえでQ&Aを用意していますが(全81問)、判例や通達を多角的にまじえ、かなり踏み込んだ解説がされています。

 「労災」はやはり適否問題が複雑で、教科書的な本だけ読んでもあまり参考にならず、と言って1つ1つ判例をあたるのもたいへんですが、これだけ整理してまとめられていれば、かなり実用に供するのではないかと思われます。

 「労災」から「安全衛生」、さらに「メンタルヘルス」へという流れでの編集も実用的ですが、「安全配慮義務」や「安全衛生」についても、ある産業分野でしか起きないような事案は極少に留め、裁量労働制、派遣や請負、長時間労働と過労死といった今日多くの企業で問題になる可能性がある事柄について詳説しています。

 「健康診断」については、それ以前の章でも述べられていることですが、時間外労働が月100時間超の過重労働者(かつ疲労の蓄積が認められること)に対する産業医等の面接指導が'06(平成18)年度から義務化されているのが1つポイントで、ただし、本書にもあるように、通達を読む限り、労働者が申し出ない限りは面接指導の義務がないということになります。
 これって労働者保護の立場からするとどうなのだろうという気もしますが、「コンプライアンス」とは法令に抵触しないことを目的とするものでなく、法令を通じて期待されている企業の社会的役割を果たすことにあるのだと考えるしか、こうした「法の隙間」問題に対処する道はないのでは。

 「メンタルヘルス」については、さらに微妙な問題が多くなり、例えば「うつ状態の社員の主治医に対し、本人の病状について情報開示を求めることはできるか」という問いに対し、訊くことは「問題ない」が、主治医に「回答する義務はなく、また、個人情報保護を理由に回答が得られないことが多い」となっています。

 1つ1つのQ&Aを読んで改めて諸問題への対応の難しさを感じますが、通達や判例の典拠もきちんと記載されていて、さすが「労務行政」刊行の本という感じ(執筆者は弁護士)で、値が少し張る(3,400円)のは仕方がないか。

【2012年第2版】
 
《読書MEMO》
●章立て
第1章 業務災害・通勤災害(労災保険法の仕組み、業務上の災害ほか)
第2章 安全配慮義務(安全配慮義務の根拠とその義務の主体、安全配慮義務の内容とその主張・立証責任ほか)
第3章 安全衛生管理(安全衛生教育、適用単位と適用業種・規模ほか)
第4章 健康診断、職場の健康管理(健康診断、職場の健康管理・健康対策ほか)
第5章 メンタルヘルス(採用の自由とプライバシーの保護、調査の自由ほか)

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しっかりした構成と実務に沿った解説。解釈例規や裁判例も充実。

ベーシック就業管理・賃金管理021.JPGベーシック賃金管理.gif  ベーシック就業管理.jpg
ベーシック就業管理 (Basic series)』['99年改訂版]/『ベーシック賃金管理―賃金・手当・賞与・退職金

 同著者の『ベーシック就業管理』('99年改定版/生産性出版)の姉妹書。
 前著が「労働時間」管理を中心に、変形労働時間制、フレックスタイム、みなし労働時間制、時間外・休日労働をめぐる実務、休暇、育児介護休業、女性・年少者をめぐる実務、パートタイマーや派遣の終業管理などを扱っていたのに対し、本書は、「賃金」に的を絞って、賃金とは何か、賃金に関する法的規制と賃金債権の保護、賃金支払いの実務、割増賃金の実務、平均賃金の算定、退職金支払いの実務、賃金税務など7章にわたって解説しています。

eyes0961.jpg 賃金は働く者にとって最も重要な労働条件の要素であり、それゆえ賃金をめぐる労使のトラブルは尽きないわけですが、一方で、「賃金」に関する法令上の規定は「労働時間」などに比べ条文数としては少なく、実務上のトラブル等への対処としては、法の基本趣旨を理解するほかに、行政解釈や裁判例をよく知っておくことがひとつポイントになるかと思います。

 その点で本書は、各章のテーマごとに法の趣旨や実務上の留意点を解くとともに、実際に企業等から相談を多く持ちかけられるような事案に重点を置き、ケースに当て嵌まる行政解釈や裁判例を的確に抽出し解説しています。

 タイトルに「ベーシック」とあるものの、実務書でここまできっちり書かれているものは少なく、刊行されてからある程度の年月を経ている本ですが、個人的には常に手元に置き、よく参照させてもらっている本です。

《読書MEMO》
●章立て
第1章 賃金とはなにか
第2章 賃金に関する法的規制と賃金債権の保護
第3章 賃金支払いの実務
第4章 割増賃金の実務
第5章 平均賃金の算出実務
第6章 退職金支払いの実務
第7章 賃金(退職金)の税務実務

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労務トラブル多発のポイントを重点的に解説。本格的かつ実務的。

新・Q&A人事労務相談室 採用、配置・異動から退職・解雇まで.jpg『新・Q&A 人事労務相談室5.JPG
新・Q&A人事労務相談室―採用・配置・異動から退職・解雇まで』 (2006/03 生産性出版)

 '02年に刊行された『Q&A 人事労務相談室』(「基本編」と「賃金・諸手当・退職金編」の2冊)に続くもので、特に法律実務においてトラブルが多く、また判断が難しい事案も多い「採用、配置・異動から退職・解雇まで」を、Q&Aで82問とりあげています。

 「職安に出した労働条件と異なる条件で採用することは違法か」「退職後に同業他社で働くことを禁止する旨の契約を結ぶことはできるか」「内部告発によって会社に損害を与えた場合に懲戒処分をすることはできるか」「有期契約で雇用する契約社員を契約期間の途中で解雇することはできるか」等々、実際に企業内で起きそうな問題について、改正法規、判例に準拠し、明快・平易に解説しています。

 また、今日的なテーマとして、契約社員やアルバイトなどの非正規雇用の社員に関する質問や、高年齢者雇用安定法の改正に伴い、これからの企業経営や労務管理に及ぼす影響が大きいと思われる高年齢者の継続雇用に関する質問、さらには、労働者派遣に関する質問も取り上げています(本書刊行後に社会的問題になるまでに世間の注目を浴びるようになった「偽装請負」についても既に触れられている)。

 解釈が微妙な、それでいてどの企業でも起き得るような問題を優先して取り上げているという感じで、前シリーズでもそうでしたが、1つ1つの設問に対する回答が要約された形で示され、それに続いて、かなり突っ込んだ解説がされており、今回はさらに密度が濃い内容になっていると思いました。

 いわゆる簡単なトラブル対応型の実務書でここまで深く書いてあるものは少なく、学術的な労働法の専門書になると実務を離れて法解釈が主になってしまうものが多い気がしますが、結構、現場では、解釈が難しく、それでいて実際にいち早く対応を図らねばならないことが多いのではないでしょうか。

 企業内で「採用、配置・異動から退職・解雇まで」に関してのトラブルに遭遇することの多い実務担当者が(ほとんどが該当するような気がしますが)、そうした問題に直面した際に過たずに判断し対応するには必携の本のように思えます。

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文章も図説もわかりやすい。話し合いによる解決の大切さを示している。

小さな会社の労務トラブル「円満」解決法.jpg 『小さな会社の労務トラブル「円満」解決法』 (2005/12 日本実業出版社)

 勤務時間や休憩をめぐるトラブルから非正社員の雇用や処遇をめぐるトラブルまで、小さな会社でよくありがちな労務トラブル110のケースをあげ、それらの解決に向けて、法解釈だけでなく現実的な対応を示しています。

 平成18年4月改正の高年齢者雇用安定法まで対応していて、「個人情報をタテに健康診断書の提出を拒否された」などといった今日的な問題も扱っています。

 文章も図説もわかりやすく、ケースごとに最後にポイントを1センテンスにまとめていて、巻末に注釈入りのモデル就業規則が付いているのも便利です。

 会社の規模が小さいからと言って、適用法規が変わるわけではないのですが、労使の話し合いによって「円満」に解決できる面が多々あることを示していて、経営者と社員の距離がより近い小さな会社ほどその余地は大きく、またそうした努力や工夫をせずに法規解釈だけを当てはめると、逆に問題が大きくなる可能性もあることを感じました。

《読書MEMO》
●実務上は、土日の休日のいずれか出社した場合は、休んだ方を法定休日にする(72p)
●休日の接待ゴルフは、社の命令であっても勤務時間ではないのが通説(76p)
●休日に半日出勤した場合でも、全1日の振替休日を与えた方が社員に不満を抱かせない(半日振休が認められていない
●パートの年休付与日数は、契約更新後の新しい週所定勤務日数に応じて付与される(230p)

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現実に企業で起きやすい問題に対しての具体的対処法を示す。

サービス残業・労使トラブルを解消する就業規則の見直し方4.JPGサービス残業・労使トラブルを解消する就業規則の見直し方.jpg         デフレに勝つ賃金改革.jpg
サービス残業・労使トラブルを解消する就業規則の見直し方』 〔'05年〕 『デフレに勝つ賃金改革―北見式実践マニュアル』 ('00年/東洋経済新報社)

 社員にサービス残業をさせていたところへ監督署の臨検が入り、時間外手当の遡及支払いを命じられた、あるいは就業規則等の是正勧告を受けたという話は、業種、企業規模を問わずよく見聞きするところとなっています。
 本書は、そうしたトラブルを招かないようにするための就業規則・賃金規定の作成や労務管理のあり方について具体的に述べられていて、時間管理の問題のほかにも、年次有給休暇や配転の問題、パート・嘱託社員の労務管理問題など広くとりあげて、法規に沿った対処方法を解説しています。

 個人的に注目したのは役職手当に関する部分です。
 前著『デフレに勝つ賃金改革』('00年/東洋経済新報社)で、役職手当を「役職手当」と「役職時間外手当」に分け、金額は大きくあるべき(例えば部長は役手10万円・時間外なし、課長は役手1.5万円・時間外7万円、係長は役手1万円・時間外5万円)と主張していましたが、これは役職手当に「時間外」が含まれていることを明示するとともに、昇進したら時間外が付かなくなり賃金が減るという矛盾を避けるにも良い方法だと思いました。
 しかし、役職手当の金額が大きくなると既得権化し、人材登用が硬直化する恐れもあるのではとも思われました。

 本書でも、役職手当の金額を大きくして実力主義を徹底させるという考えは同じですが、金額を固定せずに貢献度に応じて変動させることを提案しています(例えば部長は役手13万〜20万円・時間外なし、課長は役手8万〜12万円・時間外なし、係長は役手1万円・時間外あり、主任は役手5千円・時間外あり)。
 これは洗い替え方式の「役割業績給」的な考え方であり、前述の既得権化の問題をクリアするうえでも、より良いやり方だと思います。

 現実に企業で起きやすい問題に対しての具体的対処法が練られていて、かつ事業主にも分かりやすく書かれていると思います。

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人事・労務の実務寄り。判例の読み方が光る1冊!

雇用社会.jpg新・雇用社会の法』 〔'04年〕 実践・変化する雇用社会と法.jpg実践・変化する雇用社会と法』 〔'06年〕

 菅野教授の著書では『労働法』(弘文堂・法律学講座双書)が知られていますが、人事・労務実務担当者が勉強のために読む労働法の本としては、こちらの方がわかりやすいのではないでしょうか。

 本書は04年版で、'02年版の『新・雇用社会の法』の改訂版ですが(『雇用社会の法』は'96年刊行)、その間に改正のあった労基法への対応ほか、派遣問題や労使紛争解決システムなど近年のテーマも扱い、全般的なわが国の雇用問題、長期雇用システム信仰の揺らぎにも言及しています。

 Q&A形式ですが、「人事権とは何か?」「労働契約の期間は当事者間で自由に定めることができるか?」といったものから「○○社は......」といった判例を扱ったものまでとりあげ方が多様で、すぐに回答を示すよりも考え方のプロセスを示すことに重点が置かれているのが特徴です。
 また、中にはあえて回答を特定していないものもあり、現行法への問題提起にもなっています。
 
 司法修習を経て大学教授になった著者らしく、実務寄りで、判例の読み方が光る1冊ですが、'06年3月には、企業内で起きる雇用に関する問題についての対応に主眼を置いた『実践・変化する雇用社会と法』(共著/有斐閣)が刊行されています。 
 それぞれの価格は3千円以上しますが(『新・雇用社会の法』 3,780円、『実践・変化する雇用社会と法』 3,045円)、古書市場狙いならば本書の方がコストパフォーマンスがいいかも。
 
《読書MEMO》
●秋北バス事件...不利益変更を一方的に課すことは原則許されないが、【労働条件の統一的決定要請】からすれば、就業規則に合理性があれば、反対労働者も適用を拒むことはできない
●みちのく銀行事件...55歳以降の基本給および賞与の大幅引き下げ→年収の40%から50%)には、合理性がない
●スカンジナビア航空事件...裁判所は、希望退職に応じない社員に対する年俸契約への切り替えのための解雇を「変更解約告知」(労働条件変更のための解約)とし、合理性が不利益を上回っているとし、新契約拒否社員の解雇を認めた
●賞与を払わない...就業規則の内容を下回る労働条件は、労働者の個別同意があっても違法(59p)
●就業規則の効力...【法規範説】(労働者・使用者を拘束する法規範。使用者が一方的に定めることができるのは a..営権に基づく説 b..企業内慣習法説 【契約説】→判例は秋北バス事件で、法規範説(入社した時には、その内容を受け入れることになっているということは、就業規則=労働条件という慣習が成立しているから、労働者は就業規則の存在・内容を知らなくても適用を受ける)(60p)
●職種転換...日産東村山工場で車両部門一筋の機械工を全員を組立ラインに配転→会社勝訴(141p)
●転勤...東亜ペイント事件で、母病気、妻保母という状況でも神戸から名古屋への転勤は甘受すべき〈会社勝訴〉(142p)...配転・転勤に関する会社の裁量権は比較的大きい
●「擬似パート」(実質フルタイムで正社員と同じ仕事をしている)に、時給換算で正社員の8割までの額との差額請求権を認めた(丸子警報器事件)(274p)

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法改正部分を中心に、実務家向けにわかりやすいQ&A方式で。

Q&A 改正労働法解説.jpg  『Q&A改正労働法解説』 (2003/12 三省堂)

crush.jpg 弁護士グループによる著作で、実務家向けにわかりやすいQ&A方式で書かれています。

 平成15年の労働法改正に対応した内容です。
 労基法で言えば、「有期労働契約」(期間の上限が1年から3年になったことなど)、「裁量労働制」(企画型裁量労働制の要件緩和など)、「解雇」(解釈・運用自体は従来と同じ)などに関する改正部分がが焦点としてとり上げられていて、その他にも職業安定法や労働者派遣法の改正などもありましたが、それらについても触れられています。

 改正の経緯や今後の未見通しも含め解説するとともに、解釈の余地を残すものについて特に重点的にとり上げています。

 法改正部分にとどまらず、労働法全般を通して実務家が直面することが多いと思われる事項をとりあげてかなり突っ込んで書かれています。
 例えば成績不良社員への対応などについてで、実務上のリファレンスとしても使えるものとなっているかと思います。

《読書MEMO》
●労基法(H.15年改正)...「有期労働契約」1年→3年、1年を超えれば2週間前の予告で退職自由(専門的業務3年→5年、この間の退職は合意によるしかない)
●「企画型裁量労働制」本人同意が必要、「専門業務型」同意不要(何れも変更なし)企画型裁量労働であっても労働時間の状況等を把握すべしという指針
●解雇権濫用の立証責任→法律上は労働者に、裁判上は使用者に
●派遣法(H.15年改正)...26業務無期限(以外は3年)に、紹介予定派遣では事前面接が可能に

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判例を通して「解雇ルール」を探る実務家・企業の必携書。

詳細!改正労基法「解雇ルール」のすべて18.JPG解雇ルール.jpg 『詳細!改正労基法「解雇ルール」のすべて―裁判例の整理と法的手続』 ('03年/日本法令)

1183485780.jpg 副題に「裁判例の整理と法的手続」とありますが、メインは解雇に関する裁判例の解釈を通しての概念整理です。
 解雇を「狭義の普通解雇」、「整理解雇」、「懲戒解雇」の3つに区分して概説し、以下それぞれの判例とその解釈を示しています。

 裁判例がよく網羅されていて、部分的曲解を排するために比較的長文の引用になっていますが、判例タイトルが太字斜字体になっているので読みやすい。解釈も極めてシャープで、著者なりの考え方も明示されています。
 個別労使紛争についても、同じ区分に沿って事例が紹介されていて、最後に本文でとり上げた300件以上の判例の検索が付いているのも丁寧だと思います。

 労基法改正により解雇権濫用の法理が明定されたわけですが、それは「合理性」という抽象的な概念に拠るものでしかありません。
 結局のところ、どのような解雇が有効となり、どのような解雇が無効となるか、要するに「解雇ルール」は、判例を当たるしかないというのが現実でしょう。
 そうした意味において本書は、キャッチコピーの通り、まさに「実務家・企業の必携書」だと思います。


 【2009年改訂版[日本法令(『詳細!最新の法令・判例に基づく「解雇ルール」のすべて』)]】

《読書MEMO》
●就業規則の絶対的必要記載事項に「解雇事由」が明定(2004.01〜)(47p)
●解雇の分類...「狭義の普通解雇」「整理解雇」「懲戒解雇」(57p)
●ナショナル・ウエストミンスター銀行事件(東京地裁・平成12年)(130p)...4要件は総合的に判断すべき(4要件論を排斥、「4要素」論)
●懲戒処分にかかわる諸原則(152p)
 (a)罪刑法定主義
 (b)効力不遡及の原則
 (c)一事不再理の原則(二重懲罰の禁止)

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ジェンダーハラスメントなど今日的テーマを多くとりあげている。

Q&A%20「社員の問題行動」対応の法律知識.jpg 『Q&A 「社員の問題行動」対応の法律知識』 (2003/08 日経文庫)

may I help you?.jpg 雇用リストラを行ったり成果主義の浸透する企業内では、窒息するかのようにトラブルや問題行動を起こす社員が増えている傾向を生じやすく、企業側としてはそれらへの対応を一歩誤ると、不当解雇とされて訴訟問題に発展したりする恐れもありますし、セクハラ問題などが表ざたになれば企業イメージや社員のモラールの低下にもつながりかねません。

 本書は、問題が起こる前に企業がとるべき予防策としてのコンプライアンス徹底と、問題が起きた場合の迅速な対応について、勤務時間、勤務態度、私生活上の問題、セクハラや人間関係、仕事能力や人事考課・賃金、情報漏えい、会社との対立、転勤・異動、退職といった広い範囲にわたり、それぞれに起こりうる具体的な問題例とその対応をQ&A形式でコンパクトにまとめてあります。

 女子社員のお茶くみの問題(ジェンダーハラスメント)や内部告発の問題(ホイッスルブロワー)など、今日的テーマや問題を多くとりあげているところに特徴があるかと思います。
 中には実際にそうした状況に遭遇してみなければ判断の難しい問題もありますが、企業側と社員の双方が、他人を尊重する人権意識と品格ある行動規範を持つことが大切であるという本書の主張を前提に置いて対処すべきなのでしょう。

《読書MEMO》
●会社の裁量で欠勤を有給休暇に振りかえることは可能(56p)
●架空領収書は、他人印章を使用したり、記載業者が実在のものであれば、「私文書偽造罪」(66p)
●業務上の人身事故は、車の所有者でなくとも、会社が責任を負う(「運行供用者責任」)(76p)
●女性社員の意に反しての不要なお茶汲みはジェンダー・ハラスメントの恐れ(106p)
●ホイッスルブロワー(内部告発者)(170p)
●社宅契約は、利用料が相場の数分の1だと賃貸借契約にあたらない(182p)
●退職願の撤回...通常、「合意解約」の申し込み。

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