〔51〕 従来制度からの移行事例②-基金を脱退し、完全前払いに移行した事例

● 厚生年金基金を脱退し、完全前払いに移行した事例
51-01.gif松井証券のように、適格年金を廃止し、業界の厚生年金基金も脱退して、「完全前払い制」に移行した事例もあります。'98年のインターネット取引進出後、中途採用が増え、移行時点での社員平均年齢が34歳と若く、また3分の2は入社3年以内だったという"有利さ"もあったかと思いますし、業界基金加入の大手会社が離脱(野村・日興・大和の何れもが確定拠出年金へ移行、山一は破綻)し、基金の財政が悪化したという"特殊事情"もあったようですが、一つ参考になるのではないかと思います。
過去分を全額一時金で支払うことについて、通常は"退職所得"扱いにはなりませんが、社員全員をいったん解雇し、翌日に再び全員を採用するという"奇策"(?)を講じることで、当局には"退職所得"として承認されています。
51-02.gifまた、制度改定時の在籍社員も改定後の中途入社者も、「個人型」の確定拠出年金に加入することが可能になっています。これは、社員の多様なニーズに応えようとすると同時に、中途採用の多い業界で、転職者を受け入れ易くする施策であると考えられますが、人材流動性の高い中小企業などにおいては検討に値する選択肢ではないかと思います。

〔52〕 新企業年金と退職金前払い制度-3つまたは2つ制度から社員が1つ選ぶ

● 3つの制度から社員が1つ選ぶ
今まで見てきたように、確定拠出年金(日本版401k)は、退職金前払い制度との併設が認められていますが、確定給付企業年金と合わせて実施することも可能です。(確定給付企業年金は、税制適格年金、厚生年金基金、企業型確定拠出年金、退職金前払い制度の何れとの併設可能です。ただし、適格年金は平成24年3月末を以って適格年金制度自体が無くなります。)
そうすると今後は、税制適格年金から、制度的に似ている確定給付企業年金への移行が多く見られるかと思いますが、その際に、①確定給付企業年金、②確定拠出年金(日本版401k)、③退職金前払い制度、の3つの制度から社員が1つを選ぶ制度も可能だということになります。

ただし、確定拠出年金(日本版401k)は、税制適格年金からの移行時には、原則として過去勤務債務(積立て不足)を解消することが求められますし(確定給付企業年金への移行は積立て不足があっても可能)、企業型の場合、投資教育のコストなども考慮する必要があります(「企業内個人型」の場合は、投資教育は義務付けられていません)。また、退職金が"手切れ金"のような役割を担っている面がある中小企業などにおいて、こうした中途退職しても原則として60歳にならなければ受給できない仕組みが馴染むかどうか、仮に別途に会社退職金(退職一時金)の制度が用意されていなければ、転職準備金が手元に無い状況となる問題もあります。

● 中小企業の場合、「中退共」という選択も
そうした理由から確定拠出年金(日本版401k)を敬遠する中小企業の選択肢としては、税制適格年金から「中小企業退職金共済制度」への移行ということも考えられます。
「中退共」へ加入できる要件を満たしていれば、適格年金からの移行は比較的容易であり、移行後は、企業は掛金を負担するだけでよく、予定利率を下回った場合でも追加拠出の必要がありません。「中退共」はある意味、"確定拠出"なのです。以前は、適格年金資産の移管額に上限がありましたが、平成17年4月からは上限が撤廃されています。

● 2つ制度から社員が1つ選ぶ
「中退共」への加入要件を満たさない、金融機関との関係を維持しなければならない、などの理由で「中退共」を選ばない(または選べない)場合は、前掲の"三択"を"二択"に絞り、①確定給付企業年金、②退職金前払い制度、の何れかを社員が選択できる制度というのも、現実性が高いと考えられます。ただし、確定給付企業年金の加入者となることを選択した場合、その資格を任意に喪失することは許されていないので、最初の選択においての注意が必要です。

● 「完全前払い」制に「企業内個人型確定拠出年金」を付加する
退職金前払い制度は、単独制度としても、新企業年金との組み合わせによる選択制度としても、その役割は大きいと考えます。また、企業年金を全廃して「完全前払い」制に移行した場合には、その受け皿としての「企業内個人型確定拠出年金」も、検討の価値があると思います。

〔53〕 早期退職優遇制度と希望退職-両者の違いと割増退職金などの関連システム

● 早期退職優遇制度と希望退職の違い
「早期退職優遇制度」は、「希望退職制度」を含めてそう呼ぶ場合もありますが、本来は、後者が一時的措置("制度"と呼ぶこともやや不正確)であるのに対し、前者は恒常的な制度であるところに大きな違いがあります。以下、両者の違いをまとめてみました。

53-01.gif※「退職勧奨」は、「希望退職」と併せて実施されることが多いのですが、本来はローパフォーマーを対象として個別に行うものであって、会社業績が良くても実施される可能性のある性格のものです。

● 早期退職優遇制度の概念・類型と関連システム
53-02.gif一般に「選択定年制」や「セカンドライフ支援制度」と呼ばれている制度も、「早期退職優遇制度」の一種とみることができます。こうした制度の導入においては、図のような関連制度・システムの充実が望まれますが、その核となるのは、やはり割増退職金(特別加算金)です。












〔54〕 割増退職金のポイント①-算定方法と支給水準、年収ベースで決める考え方

● 割増退職金(特別加算金)の算定定方法と支給水準例
割増退職金の算定方法は、主要なものとして次の4タイプがあります。
① 絶対額で決める
S社(早期退職優遇制度) 50歳~55歳 500万円、56歳~57歳 500万円、58歳~59歳 50万円
② 退職金の割増率で決める
JR東海(早期退職優遇制度) 50歳~55歳 12%~15%
G社(希望退職) 54歳~55歳 100%、56歳~57歳 90%、58歳~59歳 80%
③ 基本給の月数で決める
T社(希望退職) 45歳以上 最大30ヶ月
④ 年収ベースで決める
松下電器(希望退職) 最大年収の2.5倍
傾向としては①から④の順に支給額は大きくなりますが、支給水準は、早期退職優遇制度であるか希望退職であるかによっても異なりますし(一般に希望退職の方が高い)、企業規模によってかなりのバラツキがあります。中小企業においては、会社都合計算のみで別途加算は行わないケースもかなりあります。

● 年収ベースで加算額を決める場合の原則的な考え方

54-01.gifかつて割増退職金は、その言葉の通り、割増率で決めるのが主流でしたが、近年は年収ベースで決めるケースが見受けられます。年収ベースで加算額を決めるやり方の原則的な考え方には、図のように2タイプあります。月数で決めている場合でも、元の考え方は、同じ場合があります。
ただし現実には、両タイプとも加算額は多目になります。中小企業等においては、加算金額も重要ですが一定の限界がありますから、大手企業を参考にするならば、むしろアウトプレースメントサービス(再就職支援サービス)を付与するなどの施策に原資を配分した方が良いと考えます。(※希望退職の場合、割増退職金の加算額もアウトプレースメントサービス費用も、特別損失処理が可能です。)





〔55〕 割増退職金のポイント②-早期退職優遇制度・希望退職・退職勧奨の考え方

● 割増退職金(特別加算金)のポイント
① 割増退職金は早期退職優遇制度の最大のポイント
割増退職金が「早期退職優遇制度」の目玉であることは事実です。応募を検討する社員にとって充分に魅力のあるものにしなければ、利用されない制度になってしまいます(「希望退職」においても同様です)。ただし、応募しない(あるいは応募資格のない)社員のモチベーションへの影響も考慮するならば、過大な金額設定は避ける必要があります。
② 「希望退職」は「早期退職優遇制度」より厚めに加算
「希望退職」は余剰人員の削減など経営の必要から実施するものですから、退職給付の平準化と社員の転進支援を図る「早期退職優遇制度」とは、目的が異なります。一定期間内に目標人員を定めて行うため、「早期退職優遇制度」よりも加算額を大きく設定します。また、希望退職を、目標人員に至らなかったなどの理由で何度かにわたり行う場合は、同じ条件で行うか、または第1回より第2回、第2回より第3回と回を追うごとに加算額を小さくしていくのが一般的です。
③ 「退職勧奨」は別途に扱う
「退職勧奨」は、ローパフォーマーに対して個別に行うもので、会社業績や本人の年齢・勤続年数などは、本来は関係ありません。割増加算金も、一時期に集中して実施するのでなければ。個別に検討すべきだと考えます。(「希望退職」と組み合わせて実施する場合は次項参照)

● 「希望退職」と「退職勧奨」の組み合わせ
「希望退職」の成功・不成功の判断基準は次の2点です。
ⅰ 募集予定者数に応募者数がどれだけ近いか
ⅱ 応募者数に占める非コア人材の比率の高さ及びコア人材の比率の低さ
以上を満たすために、雇用調整の一環として「希望退職」を募る場合には、「退職勧奨」を行うのが一般的ですが、「退職勧奨」の実施のポイントは次の通りです。
イ.「希望退職」募集期間の前または期間中に「退職勧奨」を行うのが一般的です。
ロ.「希望退職」の目標人員が相当数の場合は、対象者(応募資格者)全員との「個別面談」という形で実施します。この場合に、コア人材を区分できる客観的基準(過去評価の累計ポイントなど)があれば、コア人材に対しては応募資格を与えない、ということも可能です。
ハ.逆に、ローパフォーマーに対しては、そうした基準をもとに"戦力外"であることを告知し、「退職勧奨」します。ただし、面談に際しては、会社の経営状況をよく説明し、また「退職勧奨」であって「解雇」では無いので、本人に決定権があることを充分に告知します。(必要に応じて、「希望退職」の応募結果によっては整理解雇を実施しなければならない旨を伝えます。)
二.割増退職金は一定の基準(前節参照)で計算し、個別面談をする全員に提示します。
ホ.面談は直属上司が行うべきだと一般に言われますが、企業規模や役職権限によっては、部門長、役員、社長が行う方が良いと考えられますし、最近は外部委託するケースもあります。
こうした事態の備える意味でも、日常、キャリアプランニング研修を実施しておくのが理想ですが、少なくとも「希望退職」募集開始前後に、複数回の研修は必要であると考えます。

〔参照書籍〕

本稿(賃金改革55)をまとめるにあたり、参照させていただいた主要な書籍を挙げます。

● 藤原久嗣 『職務・成果主義による 新賃金・人事制度改革マニュアル』(日本法令'02年)
本書は、米国の賃金・人事制度の特長から積極的に学びつつ、日本的な伝統を生かした日本型職務・成果主義を提唱しています。著者の藤原先生は、超大企業から中小・零細企業まで20数年のコンサルティング歴を持つ「ヒューマンテック研究所」の代表で、いち早く"能力主義"から脱却し、「ブロードバンディング」に着目した"職務グレード"主義(役割主義)を提唱、その理論や制度設計の技術は、多くのコンサルティング経験から導き出され、また多くの企業に導入されています。賃金制度の他に、ボーナス制度や年俸制、ポイント制退職金制度や新企業年金など多くの点で、本稿の作成、および当方の提案業務において、参考にさせていただいています。また、先生は「社会経済生産性本部」のホームページ「Q&A人事労務相談室」の回答執筆者でもあり、賃金・人事制度の法規面からの適合性のチェックにおいても、間違いなく第一人者です。
● 元井弘 『役割業績主義人事システム』(生産性出版'05年)
本書の著者である元井先生は、社会経済生産性本部の主席コンサルタントで、約30年にわたり600社以上の企業のコンサルティング歴を持つベテランコンサルタントです。この本に示された「役割」の概念の定義、「職務」との違いなどの説明の明確さは多分、日本随一だと思います。その他にも、役割給の運用方法、賞与や退職金でのポイント制の運用方法は、本稿において大いに参照させていただきましたし、実際のコンサルティングにも役立っています。本稿に示した「役割キャリア給」という概念や、「多段階評価替え(洗い替え)役割給」という運用タイプは、何れも先生の提唱によるものです。

以上は、当方が直接師事した先生による著書ですが、それ以外にも次の2冊を参照しました。
● ウィリアム・マーサー社 『実践Q&A 戦略人材マネジメント』(東洋経済新報社'00年)
本書は、戦略人事コンサルティングの現マーサーヒューマンリソースコンサルティング社の著作で、HRMがテーマですが制度に踏み込んで書かれているので、表題どおりに実践的です。昇給マトリクス(ゾーンマトリックス)や業績連動報酬の考え方において参照させていただきました。
● 日本生命保険企業保険数理室 『確定給付企業年金のすべて』(東洋経済新報社'02年)
まるまる1冊、確定給付企業年金について書かれた本は今のところ少ないのですが、本書はその中でも比較的わかり易くまとまっており、また、制度移行の際のポイントに重きが置かれた内容になっている点でも実務的に参考になります。
その他に、退職金前払い制度について、鍋田周一氏(PANフィールドリサーチ)の著書を参照させていただきました。

以上の書籍の著者の方々にお礼申し上げるとともに、本稿中に当方の考えを入れることで、原著者の意図を曲げている部分、またはそう受け止められがちな部分がありましたら、当方の未熟さ故であり、謹んでお詫びいたします。