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話題も豊富、文章も巧み、読んでいて楽しいが、総花的で1つ1つはやや浅いか。



Nicklas Brendborg『Jellyfish Age Backwards: Nature's Secrets to Longevity』『寿命ハック (新潮新書) 』['22年]
アンチエイジングから不死に至るまで研究が隆盛を極める今日、「不老不死」はどこまで実現可能になっているのか。研究の最先端と未来を、デンマークの若手分子生物学者が、ユーモアを交えて分かりやすく解説し、実践的アドバイスも紹介した本です。全3部構成で印象に残ったのは―、

第Ⅰ部「自然の驚異」(第1章~第4章)では、第1章「長寿の記録」で、自然界には、ストレスにさらされると種子のような休眠状態(芽胞)になるバクテリアや、成体の前のポリプ状態に若返るクラゲ(ベニクラゲ)などがいて(本書の原題は「Quallen altern rückwärts: Was wir von der Natur über ein langes Leben lernen können」、英題「Jellyfish Age Backwards: Nature's Secrets to Longevity」)、寿命を延ばす巧妙なテクニックを進化させた生物(食料が足りなくなると自分を食べるプラナリアなど)がいることを紹介しているのが興味深かったです
第2章「太陽とヤシの木と長寿」では、長寿の人が住む「ブルーゾーン」というものが世界に幾つかあり、その一つが沖縄県だとのことです。ただし、沖縄がブルーゾーンだったのは20世紀末までで、現在の沖縄はBMIは日本最高で、ハンバーガーの消費量も日本一で、長寿ランキングも男性は国内中位まで下がり、もうブルーゾーンとは言えないようです。
第Ⅱ部「科学者の発見」(第5章~第17章)では、第5章「あなたを殺さないものは......」の「ホルミシス」効果(ストレスが生物を強くする現象)というのが興味深かったです。少量のヒ素などの毒物が線虫の生命力を強めるのも、ヒトが運動して鍛えられるのもホルミシス効果であると。逆境で耐久力(レジリエンス)が向上するようです。北欧文化にある「サウナ&寒中水泳」が健康にいいのもホルミシス効果ということのようです。
第8章「すべてを結びつけるもの」で、ホルミシスには、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典教授の研究で知られる「オートファジー(細胞のゴミ収集車)」が重要な役割を果たしているとあり、オートファジーが適切に機能しなければ、ホルミシスは実験動物の寿命を延伸しなくなると。
第13章「血液の驚異」によると、マウスの研究では、若い血を加えることよりも、古い血を抜くことのほうが若返りに効果があったそうで、継続的に献血する人は、献血しない人々より長生きするという研究結果もあるようです。
第16章「長生きするためのデンタルフロス」で、歯周病はアルツハイマー病や老化と関係があるらしいというのは初めて知りました。
第Ⅲ部「役立つアドバイス」(第18章~第24章)では、第18章「楽しく飢える」で、カロリーは摂り過ぎないのがよく、最も寿命が延びるのは飢餓状態であると(腹八分目は理にかなっている)。
第23章「測定できるものは管理できる」では、高血圧になりにくい人は長生きすると(まあ、そうだろう)。それと、運動習慣は素晴らしいが、「時間がない」ことを運動できないことの理由にする人には、「高強度のインターバルトレーニング」を薦めています。また、筋肉の減少は長寿の阻害要因となり、長生きするには有酸素運動が最も重要だが、ウエイトリフティングを加えるとさらに効果的だとしています(筋トレをせよということか)。
第24章「物質より心」では、プラセボ手術で変形性膝関節症での痛みが軽減した例や、プラセボ薬で過敏性腸症候群の患者の症状が改善した例が紹介されていて、プラセボ効果は心が体をコントロールしていることを示していると。また、人間関係が健康に影響するとしています。
この他にも「テロメラーゼを作る遺伝子」(第10章)や、「ゾンビ細胞を標的にする薬(老化細胞除去薬)」(第11章)、「山中因子と多能性幹細胞で細胞をリプログラミングする」(第12章)など、さまざまな長寿研究が進んでいることが紹介されてました。
アンチエイジングの現在を知るにはよく、話題も豊富で、文章も巧みで、読んでいて楽しいです。ただ、著者自身が何か提唱しているといったものではなく(著者は大学院博士課程在学中、といことはまだ学生!)、総花的で、一つ一つがやや浅い印象も受け、断片的な知識しか得られない気もました(学者といよりノンフィクション作家か科学ジャーナリストが書いた本のよう)。
「長寿に関するフィールド調査で常に明らかになるのは、長寿の人々は意義と目的について意識が高く、いくつになっても熱心に社会参加しているということだ」とあり、この辺りが著者個人としての結論になるのかもしれません(訳者も自身のあとがきで、この言葉が印象に残ったとしている)。
《読書MEMO》
●目次
プロローグ――若返りの泉
Ⅰ 自然の驚異
第1章 長寿の記録
第2章 太陽とヤシの木と長寿
第3章 過大評価される遺伝子
第4章 不老不死の弱点
Ⅱ 科学者の発見
第5章 あなたを殺さないものは......
第6章 サイズは重要か?
第7章 イースター島の秘密
第8章 すべてを結びつけるもの
第9章 高校で教わる生物学の誤り
第10章 不死への冒険
第11章 ゾンビ細胞とその退治法
第12章 生物時計のねじを巻く
第13章 血液の驚異
第14章 微生物との闘い
第15章 見えるところに隠れる
第16章 長生きするためのデンタルフロス
第17章 免疫の若返り
Ⅲ 役立つアドバイス
第18章 楽しく飢える
第19章 歴史ある習慣を見直す
第20章 カーゴカルトの栄養学
第21章 思索の糧 フード・オブ・ソート
第22章 中世の修道士から現代科学へ
第23章 測定できるものは管理できる
第24章 物質より心