2024年5月 Archives

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時代に合わせてかなりリニューアルしてきた。「詳解」と交互に改訂か。

労働法10版 水町 &詳解.jpg労働法10版 水町.jpg 詳解労働法3版 水町.jpg 
労働法〔第10版〕』['24年]『詳解 労働法 第3版』['23年]

 所謂「水町労働法」の第10版。2007年の初版、2008年の第2版以降2年ごとに改版していて、2022年の第9版からそれまで紺一色だった表紙がデザイン化され、今回の第10版でさらにオシャレになった! まあ、それはいいいとして、今回は内容もかなりリニューアルしています。

 「はしがき」によれば、事例を重要判例・裁判例との連結を意識して大幅に見直し、構成や項目も時代に遭った変更を加えたとのこと、例えば、LGBTQ、テレワーク、兼業・副業、フリーランスといった項目が新たに設けられています。

 また、これまでの改訂と同様、この2年間の法改正(2022年の職業安定法改正、2023年の労働基準法施行規則改正、フリーランス保護制度制定、LGBT理解増進法制定など)や判例・裁判例の動き(山形県・県労委(国立大学法人山形大学)事件判決、国・人事院(経産省職員)事件判決、名古屋自動車学校(再雇用)事件判決など)が反映されています。

 全体を通して、判例の立場を重視し、条件や背景の違いによって判決が違ってくる場合があることを、重要判例や最新の裁判例を理論的に分析しながら解説しています。さらには、時代の動向を踏まえつつ、著者なりの見解も述べられています。そうした著者なりの見解は、「考察」といった形で述べられていることもありますが、文中にある「コラム」欄においてもかなり言及されていて、できれば「コラム」欄は読み飛ばさない方がよいかと思います。

 教科書であり、ただし、内容レベル的には専門書でもありますが、一人の著者によって書かれたものであることもあり、全体の統一感があって、内容の硬さのわりには読みやすいです。少しずつ読み進めば、初学者であっても最後まで読み通せるものであり、多忙な企業内実務者についても同じことが言えるかと思います。

詳解労働法3版 水町2.jpg 本書が改訂された前年、同著者の『詳解 労働法』(東京大学出版会)も、2019年の初版、2021年の第2版に続いて第3版が刊行されていて、こちらもお薦めです(『労働法』が偶数年改訂であるのに対し、こちらは奇数年改訂で、今後も交互に改訂していくのか)。

 こちらもお薦めです、と他人に薦めておきながら、実は自分自身は買い替えが追いついていない状況ですが、著者自身はインタビューで、「初学者の学生用の入門書というよりも、実務を広く射程に入れた体系書ってとこかな」と述べています。初版でページ数1429ぺ―ジ、それが第2版で1520ページになって、第3版で1568ページ。価格だけは8,580円(本体価格7,800円)に据え置いているのは良心的ですが、置く場所の問題とか(笑)。

東京都社会保険労務士会 法学 .jpg 著者が東京都社労士会の法学研修の講師を始めたのが2016年からで(2023年度以降はコーディネーター的な位置づけ)、初年度のテキストが『労働法 第6版』でした。個人的には毎年参加していたのですが、2019年11月から2020年2月にかけて、この『詳解 労働法』の当時出たばかりの初版をテキストとした全14回の研修が組まれました。コレ、なかなか良かったですが、1巡しただけでは駆け足すぎて...という印象も。でも、それがコロナ前の最後の「リアル研修」で、翌年からリモートになってしまったのが個人的には残念でした(重い本を持ち運ばずに済んだ、という人もいるかもしれないが)。

水町詳解労働法 第3版.jpg なお、著者による『詳解 労働法〔第3版〕』をテキストとした全16回のセミナーが2023年11月から2024年3月に日本法令にて開催されており、毎回参加者から提起された質問にその場で答えたものを原稿化し、Q&Aにまとめた『水町詳解労働法 第3版』(日本法令)が来月['23年6月]に刊行予定となっています。『水町詳解労働法 第3版 公式読本』['24年]

 因みに、著者の水町勇一郎教授は、2023年度(今年['24年]3月)をもって東京大学を早期退職し、早稲田大学に正式移籍しましたが(もともと早稲田の講義を永らく持っていた)、東京大学出版会から刊行されている『詳解 労働法』の方は、出版社はそのままなのでしょうか。

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人生を上手く「マネジメント」するにはどうすればよいか。腑に落ちるタイトル。
世界は経営でできている2.jpg
世界は経営でできている.jpg 日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか.jpg
世界は経営でできている (講談社現代新書 2734)』['24年]
日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか (光文社新書 1279)』['23年]
岩尾俊兵氏(東京大学博士(経営学))
岩尾俊兵.jpg なぜ組織の上層部ほど無能だらけになるのか? 張り紙が増えると事故も増える理由とは? 飲み残しを置き忘れる夫は経営が下手? 貧乏から家庭、恋愛、勉強、虚栄、心労、就活、仕事、憤怒、健康、孤独、老後、さらに、芸術、科学、歴史まで15のテーマについて、東大初の経営学博士(今まで一人もいなかったのか!)であるという著者が、「経営」というキーワードで人生の課題や世界の事象を解き明かした本です。

 「本書の主張」とは、
  ① 本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。
  ② 誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。
  ③ 誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。
の3つに要約されていて、本書で言う「経営」とは、「価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること」であり、分かりやすく言えば、思い通りにいかないことを上手く「マネジメント」するということでしょう。

 目の前にある局所的な解にこだわり過ぎると、ときに人は「目的」と「手段」を取り違えるのであって、私たちの日々は困難な課題に満ちているが、人生の究極の目的を意識する経営的視点を持てば、あらゆる出来事が幸せになるためのプロセスに見えてくる―ということで、仕事から家庭、恋愛、勉強、老後まで、あらゆることがその対象となり得るということで、タイトルは腑に落ちるものでした。

 内容は社会批評や人生論みたいな印象も受け、わりと常識的ですが、でも確かに、世の中、非常識が常識になっている部分もあるしなあ。すべてを「経営」というキーワードで方法論的に括っている点が最大の特徴で、あとは「経営概念」の誤解によって生じる様々な悲喜劇をユーモアたっぷりに描いていく軽妙な文学エッセイ的文体と(章題はすべて文学作品等のパロディになっている)、幅広い知識・話題性が特徴的でしょうか。ベストセラーになったのも頷けます。

bigguturi-.jpg 個人的にいいなあと思ったのは、著書のこれまでの人生に関する記述がある箇所で、父親の会社が倒産し、中卒自衛官になって、日中働きながら高卒認定試験(旧・大検)を受け、東大に入って、父の借金の整理をしながら学生起業もした(ただし、失敗した)という凄まじい人生ですが、その話は半ページ足らずでとどめ、自身は日本社会に恩義があるとし、「(社会への)感謝を忘れ、苦労を商売道具とする、飽食の時代に卑劣を売り歩く偽物たちと一緒になりたくない」ときっぱり言っている点でした(最近著者が亡くなったが、家族との苦労話が本のすべてを占める、佐々木常夫『ビッグツリー その後―母、娘、そして家族』('23年/光文社)などとは対極にあるスタンスである)。

日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか3.jpg 同著者の前著では、『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』('23年/光文社新書)を読みましたが(本書もかなり注目された)、こちらは、かつて日本企業が描いていた「お金より人が大事」という考えは、決して理想主義ではなく実利に沿ったもので、ビジネス繁栄の基盤だったのが、日本企業はその考え方を捨て、アメリカ式経営を表層的に模倣し、今や、それを実践しようとしているのは海外企業の方だと訴えています。

日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか2.jpg 両利きの経営、オープン・イノベーション、ユーザー・イノベーション、リーン・スタートアップ、アジャイル開発、ティール組織―これらは海外企業による日本企業研究の結果生まれた概念で、それらが言わば"逆輸入"されているのが現状であると。「カイゼン」研究はインド、スウェーデン、中国で進んでいるとか。

 そうした現状分析と併せ、日本だからできることは何か、日本式経営の「これから」を考察した、内容的にはリジッドなビジネス本でした。単行本として刊行された『日本〝式〟経営の逆襲』('21年/日本経済新聞出版)の増補改訂版ですが、この『世界は経営でできている』と同じ著者の本であると思い出すのに少し時間がかかりました。著者自身は「文学と経営の融合」を目指し、本書でその一歩前進ができたとしているので、今後はこっち系(どう言えばいいのか。〈やや堅めの経営ビジネス書〉から〈やや柔らかめの教養ビジネス書〉へのスライド?)の著書が多くなるのかでしょうか。

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組織不正はいつも、その組織では「正しい」という判断において行われると。

組織不正はいつも正しい2.jpg組織不正はいつも正しい.jpgトヨタ会長会見.jpg 日テレ(2024.6.3)
組織不正はいつも正しい ソーシャル・アバランチを防ぐには (光文社新書 1311) 』['24年]

 本書は、経営学者が、組織不正はなぜなくならないのかを考察したものです。本書によれば、組織不正は、いつでも、どこでも、どの組織でも、誰にでも起こりうるものであり、なぜなら、組織不正とは、その組織ではいつも「正しい」という判断において行われるものだからだとして、燃費不正、不正会計、品質不正、軍事転用不正の例を中心に、組織をめぐる「正しさ」に着目し考察しています。

 第1章では、組織不正は必ずしも意図的なものではないとしています。不正であるかどうかは〈第三者〉が判断するため、組織にとっての「正しさ」が認められないこともあるということです。また、組織不正には、実際に被害が発生する「発生型不正」と呼べるもののほかに、被害が見られなくとも捜査機関が立件する「立件型不正」と呼べるものがあるとのことです。本書では、組織不正を「起こりうる」ものと考えた上で、第2章から第5章で実際の事例を取り上げ、この問題にどう対処すべきかを述べています。

 第2章では、三菱自動車、スズキなどの「燃費不正」問題を取り上げています。事件の分析を通して見えてくるのは、国の基準に沿ったテスト法に対して、それは使えないものであり、メーカーは使えるテスト法を採用したという、行政とメーカーがそれぞれ「正しさ」を追求したが、その「正しさ」に差異があったということです(つまり、それぞれに「閉じられた正しさ」であったと)。

 第3章では、東芝の「不正会計」問題を分析しています。そして、「利益」を追求した結果として起きた事件ではあるが、根本原因は経営陣と各事業部との「時間感覚の差」であり、経営陣が「短い期間」での利益達成を求めた結果生じたものであるとして、利益を求める「正しさ」の中にある時間的「危うさ」を指摘しています。

 第4章では、医薬品業界の「品質不正」問題について、小林化工や日医工の不正製造を扱っています。国の政策としての、ジェネリック医薬品のシェアを早期に80%以上にするという目標が高すぎたために起きたことで、表面的には人出不足が招いたことだが、構造的には、「国―都道府県―製薬企業」間の対話の時間が少なかったことが原因だとしています。

 第5章では、大川原化工機事件における「軍事転用不正」問題を扱っています。この問題は周知のごとく、そもそも犯罪が成立しない事案について、会社の代表者らが逮捕・勾留され、公訴提起が行われたものであり、警視庁公安部や検察が、なぜ無根拠な「正しさ」に拠る暴走をしてしまったのかを考察しています。

 最終の第6章では、まとめとして、個人が「正しさ」を追求することで、いとも簡単に組織全体が崩れる「組織的雪崩」が起きることがあり、また、「組織的雪崩」の代名詞である組織不祥事や不正は、外部環境からの要求によって起きるとしています。その上で、単一的=固定的な「正しさ」から複数的=流動的な「正しさ」へと、「正しさ」を相対的に捉えることの大切さを説いています。

《読書MEMO》
BSテレ東・日経ニュースプラス9
トヨタ会長会見2.jpg 本エントリーをアップして5日後、トヨタなど自動車メーカー5社の認証不正問題が明らかになったが、トヨタのトップの記者会見を見ると、今回の不正が「立件型不正」であり、社内では「不正」と認識していなかったということがよく窺え、本書の内容に符合するものであった。そうしたことから、「(「正しさ」の認識の違いによる)不正の撲滅は無理」との発言もつい出てしまったのだろうが、本音であるにしても、トップ会見での発言としてはマズかったように思う。聞いている人は「不正」という言葉から、意図的になされる不正しか思い浮かべないのではないか。

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キーワードの意味確認という用途でなら悪くない。

人事マネジメントの最新常識2.jpg人事マネジメントの最新常識.jpg
ビジュアルいまさら聞けない人事マネジメントの最新常識』['20年]

 リクルートマネジメントソリューションズ編著。働き方改革関連法、パワハラ防止法、女性活躍推進法改定など、新たな法律の枠組みの登場や、通年採用の普及や、シニア雇用など様変わりするキャリアや組織の在り方の中で次々に登場するこうした新しい「人事の常識」について、わかりやすく紹介したものであるとのことです。

 基本的にはキーワード解説になっていて、1ワード見開き2ページで、右側のページが図になっています。そのため、これだけで「人事マネジメントの常識」が身につくかどうかはともかく、各キーワードについてその意味が簡潔ににまとめられて、効率化に学ぶことができます。「学ぶ」と言うより「確認する」という感じでしょうか。図もまあまあ分かりやすく、短時間でトレンドを把握するには悪くないと思います。

 気になったキーワードは、「リファラル採用」(そのメリット、デメリットが簡潔にまとめられている)、「ワークエンゲージメント」(関連概念をポートフォリオ図で紹介)、「ワークプレースラーニング」(ラーニングエコシステムを図で紹介)、「1on1」(業績管理の場ではないことを強調)、「アクションランニング」(オフサイト、オンサイトの展開プロセス図を紹介)...etc.(図などは何れも参考文献からの引用)。

 ただ、字数やスペースの制約上、これだけ読んでもちょっとイメージが掴みにくのではないかと思われるものもありました(「ホラクラシー経営」「ナラティブ・アプローチ」など)。まあ、この辺りは、取り敢えずトレンドとなっているキーワードを確認しておくのが狙いといったところでしょうか。

 同じく日経文庫ビジュアル版で、こちらは組織コンサルタントによる単著になりますが、『ビジュアル 職場と仕事の法則図鑑』('20年)というのが先に刊行されていて、個人的には。視野を拡げておくためにこちらも購入しました。こちらもキーワード解説になっていて、1ワード見開き2ページ、右ページは図表やイラスト。ただ、分野が広い割には150ページ程度しかなく、これで全部かという印象も。でも、この中にもよく知らない言葉もあったので偉そうなことは言えないか。「ピーターの法則」とか「パーキンソンの法則」は"組織論"関連なのでこっちに入っています(評価★★★☆)。

 両著に共通して取り上げられているキーワードに「心理的安全性」があり、2020年刊行ですが、最近でもこの言葉をタイトルに冠した書籍が刊行されていることを考えると、その頃からずっと「旬」の状態が続いているワードということになるのかもしれません。

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個人のビジョンからアプローチし、持続的な変化を促す「思いやりのコーチング」。

成長を支援するということ2.jpg成長を支援するということ.jpg リチャード・ボヤツィス.jpg
成長を支援するということ――深いつながりを築き、「ありたい姿」から変化を生むコーチングの原則』['24年]リチャード・ボヤツィス

Helping People Change.jpg 本書(原題:Helping People Change: Coaching with Compassion for Lifelong Learning and Growth,2019)は、従来のコーチングに対し、相手と深いつながりを築き、「ありたい姿」から変化を生む新たなコーチングの原則を提唱したもので、成長を願う相手の情熱やビジョンを呼び起こし、本気で相手を支援するための理論と実践方法を示したものです。著者の一人、リチャード・ボヤツィスは、ケース・ウェスタン・リザーブ大学の組織行動、心理学、認知科学部門の著名な大学教授であり、ダニエル・ゴールマンの『EQリーダーシップ』(2002年/日本経済新聞社)の共著者でもあります。

 第1章では、外から規定された目的を果たすための行動を促す従来のコーチングを「誘導型のコーチング」とし、それに対し、相手に心からの気遣いや関心を示し、相手を中心に考え、相手が自分のビジョンや情熱の対象を自覚、追求できるようにするコーチングを「思いやりのコーチング」と呼んで、他者が学び、成長するのを真に助けるには、後者の方がうまくいくとしています。

 第2章では、優秀なコーチは、人々が追い求め、潜在能力を最大限に発揮するためにインスピレーションを与え、励まし、サポートするとし、これこそが思いやりのコーチングであり、真に持続する望ましい変化を達成するコーチングでは、「共感する関係」を築くことが重要だとしています。

 第3章では、思いやりのコーチングの方法をさらに掘り下げていきます。「人は変わりたいと思ったときに変われる」と気づくことの重要性から始め、持続する望ましい変化モデルとして、「意図的変革理論(ICT)」における5つのディスカバリーを解説しています。

 第4章では、脳科学の観点から、不安や怒り、罪悪感といったネガティブな感情を引き起こすNEAと、希望や喜び、高揚感といったポジティブな感情を呼び起こすPEAという2つの脳内要素を示し、PEAを呼び込む方法としては、まず相手に夢やパーソナルビジョンを尋ねること、さらに、思いやりを示すことであるとし、マインドフルネスや遊び心などの効用も説いています。

 第5章では、変化や学びのプロセスを維持するには、PEAの影響下にいる時間がNEAの影響下にいる時間の2~5倍必要であり、PEAは安全、希望、喜びなどの感情を生み出し、私たちの繁栄を助け、NEAは、ストレスホルモンを活性化することで、脅威に対する闘争、逃亡、停止などの反応を引き起こし、私たちの生存を助けるとしています(両者は相互補完的な関係にあり、コーチングにおいても、NEAとPEAのバランスを保つことが重要)。

 第6章では、パーソナルビジョンについて述べています。個人のビジョンを発見し発展させることが、PEAを呼び起こすための最も強力な方法であるとし、パーソナルビジョンがいかに変化を生み出すかを述べるともに、パーソナルビジョンは、特定の目標というより、夢を映像化したものに近いとしています。

 第7章では、夢を現実に変える手助けをするために、コーチ、マネジャー、その他の支援者が対象者と共鳴する関係を育むにはどうすればよいかを、第8章では、組織の中でコーチングや助け合いの文化を築くにはどうすればよいかを、第9章では、コーチングに適した瞬間の見分け方や、気の進まない相手に対してどう対処すべきかを述べています。

 そして最終第10章で、改めて相手を思いやることの大切さを説き、コーチングにおける対話を通して人々を支援し、鼓舞するにはどうすればよいか、これまで述べてきたことを振り返りながら、読者それぞれの将来に向けてアドバイスを呼びかけています。

 本書で提唱されている思いやりのコーチングとは、個人のビジョンをもとに、総合的なアプローチを取りながら持続的な変化を促すプロセスであるといえ、お互いに共鳴するコーチングによって、真の人間関係を築かれ、支援者はビジョンを実現できるようになり、より充実した人生を送れるようになるという考えは、どうしてもコーチングをテクニカルなものと捉えがちな我々にとって、従来のコーチングの枠を超えるものであり、たいへん啓発的であったように思います。

 著者の一人、リチャード・ボヤツィスが『EQリーダーシップ』の共著者であることも念頭に置いて読むといいのではないかと思います。

《読書MEMO》
●「意図的変革理論(ICT)」における5つのディスカバリー
・ディスカバリー1 理想の自分
 コーチや支援者は、コーチング対象者がどのような人間になりたいか、どのような人生を送りたいかを明確にする手助けをする。この探索はキャリアだけに留まらず、人生の全ての側面にわたる。
・ディスカバリー2 現実の自分
 コーチは対象者の現実の姿を理解することを支援し、その人の強みや弱みを明らかにし、理想の自分と比較する。
・ディスカバリー3 学習アジェンダ
 コーチや支援者は対象者の強みを活かし、理想と現実のギャップを埋めるための学習アジェンダを作成するよう促す。
・ディスカバリー4 新しい行動の実験と実践
 新しい行動を試みることを奨励し、失敗しても再度挑戦するか別のアプローチを試すようにサポートする。
・ディスカバリー5 共鳴する関係と社会的アイデンティティ・グループ
 対象者が信頼できる人々のネットワークから引き続きサポートを受けることが重要である。これらの発見を通じて、コーチや支援者は対象者が自己効力感を高め、希望や楽観を持つように励まし、核となる価値観や人生の目的について深く考えるよう促す。
●NEAとPEA
▪️NEA
 不安や怒り、罪悪感といったネガティブな感情を引き起こし、目の前のタスクの実行や課題の解決を促すもの。
▪️PEA
 希望や喜び、高揚感といったポジティブな感情を呼び起こし、パーソナルビジョンに向けた自律的な成長を促すもの。

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「ポリティカル・スキル」を習得することで「組織で自由に働く人」になれると説く。

ポリティカル・スキル2.jpgポリティカル・スキル.jpg マリー・マッキンタイヤー.jpg マリー・マッキンタイヤー(ワークプレイス心理学者・キャリアコーチ)
ポリティカル・スキル 人と組織を思い通りに動かす技術』['24年] 

 本書は、20年以上のコンサル経験を持つ組織心理・組織力学のプロである著者が、「組織で自由に働く人」というキーワードのもと、「ポリティカル・スキル」を習得することで、思い通りに人と組織を動かし、仕事の自由度を上げることができるとし、その方法を明かしたものです。

 三部構成のPART1では、「組織で自由に働く人」の極意とは何かを分析しています。まず、組織に生息する人間には、「成功者」「殉教者」「背徳者」「愚か者」の4タイプがあるとし、自分のタイプを把握して問題行動を改め、抱えている倫理的なジレンマを整理することを説いています(第1章)。

 また、「組織で自由に働く人」は、職場に理想を求めず、現実だけを見るとしています。組織とはもともと民主的なものではなく、最も大きな力を持つ者が勝つのであり、「公平さ」へのこだわりは捨てるべきだとしています(第2章)。

 さらに、「組織で自由に働く人」は、相手との力関係を見極めているとし、組織スキルを高める力を7つの力を「レバレッジ・ブースター」として挙げていますが、この中に「距離を置く力」というのがあるのが興味深いです(第3章)。

 このPARTの最後では、「組織で自由に働く人」は敵と味方を見分けて利用するとし、その際に「友人」「パートナー」「人脈」という3つの仲間を取り込むとし、また、敵への対処法の「法則」を示しています(第4章)。

 PART2では、「組織の力学」の落とし穴にはまらないためにどうすればよいかを説いています。まず、リーダーとは「組織内ゲームの勝者」であるとし、組織のゲームには「パワーゲーム」「エコゲーム」「回避ゲーム」の3つのカテゴリーがあるとして、それぞれのゲームに勝つ方法を説いています(第5章)。

 また、人は「怒り」か「不安」によって自滅していくとして、「私は犠牲者だ」という感情にとらわれていたら要注意であるとしています。その上で、習慣になっている態度や行動を変えるカギとなる5つのステップ(「気づき」「モチベーション」「特定」「代替」「習慣の置き換え」)を挙げています(第6章)。

 さらに、「個人の力」とは、肩書や役職ではなく、自身の性格や能力がその源泉であるとして、自分の力量や自分に影響を与えている要素の分析方法を示しています(第7章)。

 PART3では、組織において主導権を手にするにはどうすればよいかを説いています。まず、どんな目標であれ、達成するには十分な力が必要であり、真の力は貢献から生まれるが、見えない貢献は組織内での力を高める効果はまったくないので、貢献の重要性だけでなく「露出度」も意識せよとしています(第8章)。

 さらに、誰かに影響を与えるには、自分の言動を意識することが必要で、セルフマネジメント能力を磨き、改善すべき影響力のスキルを検討することを説いています(第9章)。

 また、組織内の力関係を全方位的に掌握し、上・横・下に影響力を持つべきであるとし、上司に対するマネジメント法や同僚との付き合い方、部下の引っぱり方を説いています(第10章)。

 そして最後に、組織で自由に働くためには"ゲームプラン"が必要であるとし、「やめること」「始めること」「続けること」をリストアップし、それらを定期的に見直しことを勧めています(第11章)。

 別に権謀術数をめぐらすことを推奨しているわけではなく、どれほど才能があっても、社内政治を軽んじてしまえば、得たい結果は得られないという趣旨の本です。

 ジェフリー・フェファーの『「権力」を握る人の法則』(2014年/日経ビジネス人文庫)や、ロバート・B・チャルディーニの『影響力の武器[新版]―人を動かす七つの原理』(2023年/誠信書房)などにも通じる内容であり、それらに読み進むのもいいのではないかと思います。

《読書MEMO》
●目次
Introduction―はじめに
PART1「組織スキル」の極意
第1章 「組織で自由に働く人」だけが知っている組織で生きるためのスキル
第2章 「組織で自由に働く人」は職場に理想を求めず、現実だけを見る
第3章 「組織で自由に働く人」は相手との力関係を見きわめる
第4章 「組織で自由に働く人」は敵と味方を見分けて利用する
PART2「組織の力学」の落とし穴にはまらないために
第5章 リーダーとは「組織内ゲームの勝者」である
第6章 「組織で自由に働く人」が絶対にしないこと
第7章 「組織で自由に働く人」は権力に逆らわない
PART3 組織において主導権を手にする
第8章 「組織で自由に働く人」は正しいプランを立てる
第9章 「組織で自由に働く人」には影響力という武器がある
第10章 「組織で自由に働く人」は全方位で力関係を掌握する
第11章 組織で自由に働くために必須のゲームプラン
Epilogue―おわりに

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具体例は分かりよかったが、「心理屋さん」が書いた本という印象は拭えない。

職場を腐らせる人たち2.jpg職場を腐らせる人たち.jpg    他人を攻撃せずにはいられない人.jpg (プレジデント2024年8.2号).jpg 
職場を腐らせる人たち (講談社現代新書 2739)』['24年]『他人を攻撃せずにはいられない人 (PHP新書)』['13年]職場を腐らす人の撃退法(プレジデント2024年8/2号)

 精神科医としてこれまで7,000人以上を診察してきたという一方で、『他人を攻撃せずにはいられない人』('13年/PHP新書)など多数の著書のある本書の著者によれば、最も多い悩みは、職場を「腐らせる」人がらみだとのことです。本書は、「職場を腐らせる人たち」とはどのような人であり、それに対する有効な対処法は何かを解説したものです。

 第1章では、「職場を腐らせる人たち」の具体例を紹介し、その精神構造と思考回路を分析しています。「根性論を持ち込む上司」「過大なノルマを部下に押しつける上司」「言われたことしかしない若手社員」や「完璧主義で細かすぎる人」「あれこれケチをつける人」など15の事例を挙げ、その精神構造や思考回路を分析しています。

 例えば「根性論を持ち込む上司」や「過大なノルマを部下に押しつける上司」などは、次のように紹介されていて、いずれの事例も分かりやすいです。

 〈食品会社で営業部長を務める50代の男性は、「営業で大切なのは気合と根性」と日々力説し、何軒訪問したか、何人に電話したかを毎日報告させ、少ないと「気合が足らん」と激高する。しかも、自分が若い頃気合と根性で営業成績をあげた話を何度も繰り返す。残業を暗に強要し、定時に退社した社員がいると翌日デスクを廊下に出したこともある。〉

 〈保険会社の40代の男性上司は、部下を別室に呼びつけて「君の将来を思って言うんだが...」という枕詞を吐いた後、過大なノルマを押しつける。この上司は、現状を見れば達成できるとは到底思えない数字を示し、「これだけの契約を取ってくれば、上からの君の評価はうなぎ登りで、賞与にも反映されるし、今後も安泰。昇進できるし、給料も上がる。本当に君のためになるんだぞ」と熱っぽく言うそうだ。〉

 第2章では、なぜ「職場を腐らせる人」は変わらないかのかを分析し、そこには、たいてい自己保身や喪失不安が絡んでおり、合理的思考ではなく感情に突き動かされていて、けっして自分が悪いとは思わないとしています。そして、彼らは「ゲミュートローゼ」である可能性が高いとしています。「ゲミュート」とは、思いやり、同情、良心などを意味するドイツ語で、このような高等感情を持たない人を、ドイツの精神科医クルト・シュナイダーは「ゲミュートローゼ」と名づけ、日本では「情性欠如者」と訳されるそうです(実は政治家などにも多いとのこと)。

 第3章では、職場を腐らせる人を変えるのは難しいということを踏まえた上で、どう対処すべきかを説いています。ここでは、まず、その人物が「職場を腐らせる人」であることに気づき、どのタイプか見極めることが大事だとしています。さらに、そうした人のターゲットにされやすい人の特徴を8つ挙げ、ターゲットにされないためにはどうすればよいかを説いています。

 全体の3分の2を占める第1章の「職場を腐らせる人たち」(「職場を腐らせる人」というネーミングはいい。この言葉はその後少し流行った)の具体例は、読んでいて、職場にそうした人がいることに思い当たる人も多いかと思います。終盤の対処法の方は、一般のビジネスパーソン目線ではまずまずですが、人事パーソン目線でみると、組織がそうした人を抱えている場合どうすればよいかという視点も必要になってきます。「職場を腐らせる人が一人でもいると、腐ったミカンと同様に職場全体に腐敗が広がっていく」というのは正しいと思いますが、その見解レベルで終わっている点ではやや物足りないように思いました(一般のビジネスパーソン向けに書かれているので仕方がないが)。

 個人的には、イジメ上司、卑劣な同僚、ムカつく部下...これらをどうするかを説いた、ロバート・I・サットン著『あなたの職場のイヤな奴』('08年/講談社)という本をお薦めしたいです。この本では、そうした人物は職場からできるだけ早く追放するべきだと明確に提言しており、一方で、自分自身がそうした「イヤな奴」になってしまう危険性も説かれていて、経営組織論としても啓発書としても優れていたように思います(同著者のより近著では、スタンフォードの教授が教える 職場のアホと戦わない技術』('18年/SBクリエイティブ)などがある)。

あなたの職場のイヤな奴.jpg      職場のアホと戦わない技術.jpg チーム内の低劣人間をデリートせよ.jpg
ロバート・I・サットン『あなたの職場のイヤな奴』['08年] 『スタンフォードの教授が教える 職場のアホと戦わない技術』['18年]『チーム内の低劣人間をデリートせよ ----クソ野郎撲滅法 (フェニックスシリーズ No. 77)』['18年]

 そうした本と比べると本書はどうしても、「心理屋さん」が書いた本という印象を拭えなかったです。

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「上司ガチャ」でなく「上司学」の本だが、話があちこちに飛び、体系が見えない。

なぜこんな人が上司なのか2.jpgなぜこんな人が上司なのか.jpg
なぜこんな人が上司なのか (新潮新書 1035) 』['24年]

 責任は取らず、手柄は自分のものに。失敗の本質を見抜けず、数字も時代の変化も読めず、無駄な努力を続ける。見当違いの対策を無理強いする―そうした無能な上司、経営者らの抱える問題と、そうならないためにどうすればよいうかを説いた本であるとのことです。

 第1章「人望を失うリーダーがやっていること」では、「私がいたからこそ成功した」と言う上司の問題を指摘する一方、「負けない組織」を作った栗林中将のリーダーシップや、ロシアが伝統的に弱い理由について述べています。

 第2章「組織を壊しているのはリーダーである」では、最凶のパワハラは「無駄な仕事」であるとし、また、AIの時代でも問われるのは経営者の資質であるとしています。さらに、ビッグモーター事件から何が部下を壊すのかを探り、80代現役ホステスが教えてくれる経営の真髄についても述べています。

 第3章「成功したリーダーの共通点」では、「部下が言うことを聞かない」と嘆く前にすべきことを説き、「好きを仕事にする」のは失敗するとも言っています。さらに、新聞社が衰退した理由はスマホのせいではないとし、自衛隊の「任務分析」というものを紹介、器の小ささが混乱を招くとしています。

 タイトルから「上司ガチャ」系の本かと思いましたが、むしろ「上司学」的な本でした。ダメな上司の話と同じくらい、立派な上司の話も出てきます。それらの中には、著者と親交がある陸海空自衛隊の将官や元最高幹部など、著者に近い人も出てきます(著者は国防ライターでもあるらしい)。

 ただし、書かれていること1つ1つは尤もかもしれませんが、上述のように話があちこちに飛んで、読んでいて体系というのが見えてこないのが難点でしょうか。「体験談的」リーダーシップ論であり、「昭和型」のリーダーシップ論のように感じました。こういうのって合う人には合うけれど、自分はイマイチでした。

 Amazonのレビューの評価は「素晴らしい」「読む価値あり」など総じて高いようですが、個々にレビューを見ていくと「読みずらいし、言いたいことが浅い」或いは「読みやすい本だけど主観」というのもあって、「飲み会で聞く話としてはライトだし、楽しく盛り上がれそうな内容だなと思った」と。個人的にもこれらに近い印象でしょうか。ぎりぎり×にはしないけれど△です。

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「1on1」と「今どきの職場の若者像」。リジッドだが、読み易い。

静かに退職する若者たち2.jpg静かに退職する若者たち.jpg
静かに退職する若者たち 部下との1on1の前に知っておいてほしいこと』['24年]

 本書によれば、1on1ミーティングを実施する企業が増えている一方で、笑顔で1on1ミーティングをしたばかりの若者が、何の前触れもなくその翌週に会社を辞め、しかもそれが上司を通さず人事部経由であったり、退職代行サービスを使った退職であったりするということが、最近少なからずあるとのことです。

 本書は、そうした状況を踏まえ、「若者との1on1の前に読む本」とのコンセプトのもと、1on1を核とした世代間コミュニケーションの問題を切り口に、職場の若者を多面的に分析し、今どきの「職場の若者像」に迫ったものです。

 第1部「1on1の前に知っておきたいこと」では、日本企業の現場で1on1が求められている理由を探り(第1章)、1on1の基本原則とそのパターンや、見落とされがちな課題を整理した上で(第2章)、1on1に求められるスキルやコーチングとの違いを解説し(第3章)、さらに、1on1を若者たちはどう捉えているのか、その受けめ方を6つのタイプに分類しています。

そして、その中でも特徴的な3つのタイプ――活用を望む〈積極志向〉、やらされている感がある〈表面志向〉、やりたがらない〈回避志向〉――について、その対応方法を解説しています。〈積極志向〉だからといって良いことづくめではなく、それに応えるべく「上司としてできる限りの行動」をとらないと、逆に部下から見透かされてしまうというのは、鋭い指摘だと思いました。

 第2部「なぜ、若者は突然会社を辞めるのか?」では、退職代行サービスを使って辞める若者たちの考え方や(第5章)、「別の会社で通用しなくなる」と考えて辞める若者(いわゆる「ゆるブラック」を理由とする退職)の心理を探り(第6章)、アメリカで見られる「静かな退職」と言われる現象との比較で、日本の今の若者が会社を辞める理由を4つ挙げています(第7章)。

また、その背後にある今どきの「職場の若者像」に迫り、とにかく早く正解を教えてもらおうとする姿勢が特徴であることを指摘するとともに(第8章)、今の若者にとっての「理想の上司・先輩像」を、調査データから探っています(第9章)。また、社内新人研修がテンプレート化しているという問題も指摘しています(第10章)。

 第3部「提案:これからも若者たちと共に前に進むために」では、上司や先輩が何よりも優先して鍛えるべきスキルは「フィードバック」スキルであるとし、その理論と、効果的なフィードバックを行うための5つの原則を示しています。そして終章では、「上司・先輩世代に向けた5個の提案」をしています。

 構成はしっかりしていて、データの裏付けもあります。一方で、非常に分かりやすく書かれていて、時に砕けた表現などもあり、肩が凝らずに読めます。帯に「職場のわかり合えないを乗り越える処方箋」とあるように、実践に供することを狙いとして書かれていることが窺えました。

 そちらかと言うと、第1部の「1on1」についての方がテキスト的で、第2部の「今どきの職場の若者像」の方が興味深く読めたでしょうか。ただし、1on1を上司・部下の「双方の学びの場」としているのには共感されられ、コーチングとの違いなどもわかりやすかったです。

 絶対解は存在しないとの前提の下、お互いが理解を深め、楽しみながら寄り添える現場をどう作るか、読者と共に考えていきたいという姿勢が謙虚であると思いました。


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なぜ人は悪事を前に沈黙するのかということを、わかりやすく説得力を持って解説。

悪事の心理学2.jpg悪事の心理学.jpg Why We Act.jpg悪事の心理学 善良な傍観者が悪を生み出す』['24年] 『Why We Act: Turning Bystanders into Moral Rebels』['20年]キャサリン・A・サンダーソンキャサリン・A・サンダーソン.jpg

悪事の心理学3.jpg 善と悪の心理学などを研究テーマとしてきた心理学者が、悪事に直面すると人間は沈黙する、という人間の生来の性向の根底にある心理的要因を解説し、沈黙が悪事の継続にどれほど重要な役割を果たしているかを明らかにするとともに、道徳的な勇気を持つにはどうすればよいかを説いた本です。

 全3部構成の第1部「善人の沈黙」では、善良な人々が悪事を前にしてなぜ沈黙してしまうのかを、心理学的観点から解説しています。

 第1章で、悪事の継続を許す唯一最大の要因は、個々の悪人よりも、善良な人々が立ち上がって正しい行動をしないことにあるとした上で、第2章から第5章で、他人の悪事に直面したときに、人はどうして沈黙するのかを、要因ごとに解説しています。

 第2章では、集団的状況で起きる(自分が行動しなくてもばれないという)「社会的手抜き」が傍観者の不作為を生むとし、そうした傍観者効果を克服するには、公的自己意識、責任、人間関係が大切な要素となるとしています。

 第3章では、悪事に直面しても、事態の「曖昧さ」が不作為を生むとし、ただし、何が起きているか正確に分からなくとも、(他に行動者がいて)自分一人で立ち向かう必要がないときなどは、自分も行動できるとしています。

 第4章では、誰かが窮地に陥っているような状況であっても、助けると自分の命が危ない、自分の出世に関わるなどといった「援助にかかる多大なコスト」が、結果として不作為を生むとしています。

 第5章では、社会的圧力に同調してしまうのはなぜかを考察し、それは「社会集団のパワー」に同調すると気分が良くなるからであり、そのことが、集団の悪事を無視・隠蔽につながるとしています。

 第2部「いじめと傍観者」では、現実世界のさまざまな状況において、これらの状況的・心理的要因がどのように作用して行動を抑制するのかを説明し、その対処法を述べています。第6章で、学校でいじめに立ち向かう方法を、第7章で、大学で性的不正行為を減らす方法を、そして第8章では、職場で倫理的行動を育む方法を説いています。

 職場において倫理的行動を育む方法としては、倫理的なリーダーを雇うこと、非倫理的行動を容認しないこと、注意喚起のメッセージを作ること、率直に意見が伝えられる職場環境を作り出すことなどが提唱されています。

 第3部「行動の仕方を学ぶ」では、どのような人が他者と立ち向かうことができるかを考察しています。

 第9章では、道徳的勇気とは、不正を止めるために社会的排斥を受けることを厭わないことを意味するとしています。そして、そうした勇気を示す人を心理学者は「道徳的反逆者」と呼ぶとし、自身の内なる道徳的反逆者を見つけることを説いています。

 第10章では、道徳的反逆者となる方法として、変化の力を信じる、そのスキルと方法を学ぶ、とにかく実践する、ちょっとしたことでもやってみる、共感力を育てる、など10の提案をしています。

 サブタイトルに「善良な傍観者が悪を生み出す」とあります。では、なぜ人は悪事を前に沈黙するのかということを、わかりやすく説得力を持って解説しているよう思いました。組織内に「傍観者」状態を生まないようにするにはどうすればよいか(かつて問題が生じた際にどこに原因があったのか)考える上でお薦めです。

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分析A、ネーミングS、提案B、総合評価はAといったところか。

罰ゲーム化する管理職.jpg罰ゲーム化する管理職 2024.jpg罰ゲーム化する管理職s.jpg 『リスキリングは経営課題.jpg
罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法 (インターナショナル新書) 』['24年] 『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考 (光文社新書) 』['23年]
「クローズアップ現代」(2025年5月7日放送)「管理職は"罰ゲーム"!?令和の最先端人事」
小林 祐児さん クロ.jpg 高い自殺率、縮む給与差、育たぬ後任、辞めていく女性と若手―日本の管理職の異常な「罰ゲーム化」をデータで示し、解決策を提案した本です(著者はパーソル総合研究所の研究員。前著に『リスキリングは経営課題』がある)。

 第1章の【理解編】では、管理職になることが「罰ゲーム化」してしまった現状を概観しています。業務量の増加、リソース不足、新しい素子課題への対応増、部下マネジメントの困難などのため管理職の負担感は増し、一方で、管理職の人数と賃金は減り続けていることをデータで示しています。また、海外で「日本では一般職より管理職の方が死亡率が高い」と報じられたことを自社データで裏付けし、管理職は時に死に至るものだが、このように「罰ゲーム化」しても管理職のなり手が現れるのは、日本社会における大きなジェンダーギャップのせいだとしています(「覚悟」する男性、「避妊」する女性。ただし、日本では女性の方がハードルが高くて先に抜けていくため、男性が残る)。

 第2章の【解決編】では、「管理職の何がそんなに大変なのか」という点について、データを分析しながら、職場のバグを解剖しています。管理職の負荷はロング・トレンドで上がり続けていて、そこには組織のフラット化など組織レベルの負荷トレンドもあるとしています。さらには、ハラスメント防止法が「回避型」上司を量産し、働き方改革によってメンバー層は保護されるも、管理職は優先順位が低く、加えて、「年上部下」マネジメントなどで頭を悩ますようになると。そうしたことの積み重ねで、このような管理職負荷の「インフレ・スパイラル」が起きているとしています。

 第3章の【構造編】では、「罰ゲーム化」がなぜ発生し、なぜ放置されるのかという問題を考えています。まず、「入り口問題」として、いつの間にか管理職候補にされてしまうという「オプトアウト」方式の昇進の仕組みが日本の場合あって(海外は「オプトイン」方式が一般的)、新入社員をデフォルトで出世競争に巻き込んできた経緯があり、その側面が最も分かりやすく見られるのが、このレースから「女性」が徐々に抜けていくということであるとしています。また、「管理職になると転職できなくなる」という謎について、管理職キャリアが「ジョブ」にならないという日本の特質を挙げ、その結果、「管理職になると市場価値が低下する」という事態が生じると。さらには、「出口問題」として「役職定年」を挙げ、総じて「勝手に参加させられ、勝手に降ろされる雑用係」という世界でも極めて奇妙な姿をしているのが、日本の管理職だとしています。

 第4章の【修正編】では、バグを修正し、「罰ゲーム化」を止めるための処方箋が示されています。ここでは、修正の方向性として、
  ①フォロワーシップ・アプローチ
  ②ワークシェアリング・アプローチ
  ③ネットワーク・アプローチ
  ④キャリア・アプローチ
の4つのアプローチを示し、それぞれ解説しています。「フォロワーシップ・アプローチ」とはメンバー層のトレーニングであり、「ワークシェアリング・アプローチ」とは、エンパワーメントとデリケーションの促進です。「ネットワーク・アプローチ」は管理職同士の「ネットワーク構築」の施策で、「キャリア・アプローチ」は、「健全なえこひいき」(次世代リーダー候補の早期絞り込み)と「行ったり来たり」(非幹部層の管理職のジョブローテーションの範囲を狭め、専門領域の管理職にキャリアシフトさせる)の組み合わせになります。

 第5章の【攻略編】では、管理職は「罰ゲーム」をどう生き残るか、そのための処方箋が説かれています。ここでは、先に挙げた4つの修正アプローチを現場で実践することを説き、それぞれを解説しています。その際に大原則となるポイントとして、積極的に「やらない」上司を目指す(「アクション過剰」を抑える)ことを提唱しており、「自分を許す」ことができる管理職になれと説いています。

 著者が調査会社の所属であるため、分析はなかなか鋭く、「罰ゲーム化」というキーワードのネーミングも上手いと思いました。一方で、解決策の方は、論理的にはキレイですが、どこかのファームが提唱しているようなことにも思え、インパクトがやや弱く、ほわっとした感じ。分析A、ネーミングS、提案B、総合評価はAといったところでしょうか。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(マーシャル・ゴールドスミス)

ベストセラーの17年を経ての文庫化。改めて啓発される要素が多々ある。

コーチングの神様が教える「できる人」の法則3.jpgコーチングの神様が教える「できる人」の法則 文庫.jpg コーチングの神様が教える「できる人」の法則 2.jpg マーシャル・ゴールドスミス.jpg マーシャル・ゴールドスミ
コーチングの神様が教える 「できる人」の法則 (日経ビジネス人文庫)』['24年] 『コーチングの神様が教える「できる人」の法則』['07年]

 本書の著者マーシャル・ゴールドスミスは、エグゼクティブ・コーチングの第一人者であり、GEのジャック・ウェルチをはじめ、世界的大企業の経営者80人以上をコーチしたことで知られる人で、本書は2007年に刊行された世界的ベストセラーの17年を経ての文庫化になります。

トリガー.jpg 米アマゾンによれば、本書『コーチングの神様』と、同じく今回文庫化された『トリガー』は、「リーダーシップ本と成功本のトップ100リスト」(古典から現代までの経営本、自己啓発本で構成)に入っており、著者は、そのトップ100リストに2冊もランク入りしている、唯一の存命の作家(2024年時点)であるとのことです。

トリガー 6つの質問で理想の行動習慣をつくる (日経ビジネス人文庫)』['24年]
 
 PART1「成功の落とし穴」では、第1章で、エグゼクティブ・コーチという仕事の役割は、エグゼクティブの悪い癖を直すことであるとした上で、第2章で、成功した人ほど変化を嫌う傾向にあり、その理由は、自分はスキルがある、自信がある、モチベーションが高い、みずから成功を選んでいる、という思い込み的な信念(=迷信)があるためとしています。

 PART2「あなたをさらなる成長から遠ざける20の悪癖」では、第3章で、何か行動する以上に、何かの行動を「やめる」ことが重要であると説き、第4章で、「20の悪い癖」を挙げて誤った行動を直す方法を具体的に解説しています。

 因みに、著者が指摘する、経営者やリーダーの多くが持っていて、それが職場に悪い影響を与えているという「20の悪い癖」とは以下の通り(他人だけでなく自身についても、思い当たるフシがある人も多いのではないか)。
  1. 極度の負けず嫌い
  2. 何かひと言よけいなことを言う
  3. 善し悪しの判断をくだす
  4. 人を傷つけるコメントをする
  5. 「いや」「しかし」「でも」から始める
  6. 自分の賢さを誇示する
  7. 怒っているときに話す
  8. ネガティブなコメントをする
  9. 情報を教えない
  10. きちんと他人を認めない
  11. 他人の手柄を横どりする
  12. 言い訳をする
  13. 過去にしがみつく
  14. えこひいきする
  15. 謝らない
  16. 人の話を聞かない
  17. お礼を言わない
  18. 八つ当たりする
  19. 責任回避をする
  20. 「わたしはこうなんだ」と言いすぎる

 さらに、第5章で21番目の癖として、「目標に執着しすぎる」もよくないとしています。

 PART3「どうすればもっとよくなれるのか」では、「対人関係を変え、よいつながりを長続きさせる7つのステップを学ぼう」として、第6章から第12章にかけて、以下のステップをそれぞれ解説しています。
  第6章〈ステップ1〉フィードバックのスキルを磨く
  第7章〈ステップ2〉 謝罪する
  第8章〈ステップ3〉 公表する・宣伝する
  第9章〈ステップ4〉 聞くこと
  第10章〈ステップ5〉 感謝する
  第11章〈ステップ6〉 フォローする
  第12章〈ステップ7〉 フィードフォワードを練習する

 PART4「「自分を変える」ときの注意すべきポイント」では、「変化のためのコーチングをいかに使うか、何をやめるべきかを学ぶ」として、第13 章で「自分を変える」8つのルールとして、以下を挙げています。
  ルール1 行動を変えることでは直せない問題もある
  ルール2 正しいものを直そうとするように
  ルール3 本当に何を変えなくてはいけないか、を勘違いしないように
  ルール4 聞かなくてはならない真実から逃げない
  ルール5 理想的な行動はどこにもない
  ルール6 計画可能なら、達成可能になる
  ルール7 結果をお金に変え、解決策を見つけよう
  ルール8 最高の変わるタイミングは、今だ

 さらに、第14章で、部下やスタッフの扱い方について述べています。

 そして、最後に、「コーチングすべきでない人をコーチするのはやめよう」として、例として「変化を望まない人」などを挙げていますが、自分自身がそちら側にならないように意識することも大切だと思わされました。

 著者自身の経験に近いところの事例が豊富で、語り口も非常にわかりやすいものとなっています。読んでいて、自分自身がコーチングを受けているような気持になる本です。「20の悪い癖」や「つながりを長続きさせる7つのステップ」などは、読むたびに改めて啓発される箇所が少なからずあり、未読の人はもちろんのこと、既に読まれている人も、文庫化を機に読み直してみるのもいいのではないかと思います。


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手段にすぎない制度導入を目的化せず、本当に実現したい目的を実現することを説く。

再生・日本の人事戦略2.jpg再生・日本の人事戦略.jpg   デジタル時代の人材マネジメント2.jpg
再生・日本の人事戦略 失われた30年を取り戻す実践手法』['24年]/『『デジタル時代の人材マネジメント― 組織の構築から人材の選抜・評価・処遇まで』』['20年]
 野村総合研究所のコンサルタントである同著者の本を取り上げるのは、『デジタル時代の人材マネジメント』('20年/東洋経済新報社)以来。本書では、グローバル人事、コンピテンシーモデル、ジョブ型人事、そして昨今は人的資本経営と、この30年間、新たな「人事制度ブーム」が登場しては取り入れられたものの、それらに振り回された結果が日本企業の競争力を奪うことになったとしています。その上で、その失敗のメカニズムを明らかにし、新時代に対応できる人事システムの再構築について語っています。

 全8章の第1章では、1990年代以降、日本企業の多くは欧米発の人材マネジメントテーマを導入すること自体が目的化してしまい、本当に実現したい目的は実現できていなかったとしています。

 第2章では、そうした人事改革がなぜ失敗に帰するのかを、「思いつき」に振り回される人事部門、日本の雇用システムからの制約、組織や人が有する変革を拒む"免疫機能"といった観点から分析しています。

 第3章以降は、日本企業が取り組みが必要な人事アジェンダとして
 1 ジョブ型ありきではない人材戦略
 2 お金だけではない人への投資
 3 会社の付加価値増につながる「報酬引き上げ」
 4 見えることではなく、「見るべきこと」を見える化する
 5 人事部門を再活性化する
の5つを掲げ、第3章から第7章の各章で解説しています。

 第3章では、資格等級制度(格付け制度)について述べ、ジョブ型人事制度を「改革のおもちゃ」にしないようにするためとして、ジョブ型と職能型のハイブリッド型アプローチや、ジョブ型と職能型の両面からの人を成長させるための人材マネジメントを提唱しています。

 第4章では、「人への投資」を取り上げ、人的資本の「開示」に終始するのではなく、目的を見据えた機会付与をすべきであるとし、ジョブ型と職能型の機械付与の違いや、越境学習など新たな形の機械付与を解説・紹介しています。

 第5章では、「報酬引き上げ」を取り上げ、それを会社や個人の成長にどう結びつけるかを解説し、報酬水準の引き上げと高生産性を両立させている企業例などを紹介しています。

 第6章では、見える化が難しいとされる人的資本について、見える化は目的ではなく手段であって、見える化することに意義があるものを見える化の対象とすべきであるとしています。

 第7章では、社内における人事部門は弱体化傾向にあるとし、人事部門をどうやって再活性化するかを述べています。デイビッド・ウルリッチの 『MBAの人材戦略』を引きながら、今人事部門に何が求められているかを考察し、人事部門のリソースの強化・組み換えを提唱しています。

 最終第8章では、まとめとして、経営者が人的資本経営で同じ過ちを犯さないためには、人に付加価値をつけ成長させることに経営者自身がフォーカスすべきであるとしています。

 第8章で、経営者自らが「施策」という手段を目的にすり替えないこととしているのが、第1章の、人材マネジメントテーマを導入すること自体が目的化したという過ちを繰り返さないようにするという課題を受けており、そのことが全編を貫くテーマとなっています。

 掲げられている5つの人事アジェンダは、今後取り組みが必要であると同時に、「日本企業が過去に取り組んできた」ものでもあるとされており、実際、必ずしも目新しいものではないように思いました。ただし、手段にすぎないはずの制度導入を目的化せず、本当に実現したい目的を実現するにはどうすればよいかを念頭に置いて読み進むと、多分に示唆的であったと思います。

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"ジジイの壁"問題と言うより、「働く」ということについて改めて考えさせる本。

働かないニッポン2.jpg働かないニッポン.jpg働かないニッポン (日経プレミアシリーズ)』['24年]

 本書によれば、「仕事に意欲を持っている社員は5%しかおらず、世界145位中最下位」であるとのこと。何が日本人から働く意欲を奪っているのか? 本書は、健康社会学者である著者が「働かないニッポン」の構造的な問題を、統計や会社員へのインタビューをもとに解き明かしたものです。

 第1章では、若者に焦点を当て、早々に「窓際族」を目指す新入社員や、「できれば仕事したくない」という20代後半から30代前半の社員が増えていることを、統計などから指摘しています。そして、若者が意欲をなくす背景には、彼らが社会構造を「頑張り損」ととらえていることや、「無難」に埋没したがることを挙げ、自分への「身分偏差値」に敏感になるあまり、"群衆の中に消えようとする"傾向が見られるとしています。

 第2章では、中高年に焦点を当て、いわゆる「働かないおじさん」を作った張本人は、大企業で社内競争に勝ち残った「スーパー昭和おじさん」ではないかとしています。彼らは、ジジイ化しやすく、ジジイとは、組織内で権力を持ち、その権力を組織のためでなく自分のために使う人たちの総称であり、その"ジジイの壁"が、中高年にとっての「働き損社会」の影にあるとしています。

 第3章では、なぜ働く意欲を失ってしまうのかを考察しています。そして、そこには、世界に類を見ない強固な階層主義のもと、「日本的マゾヒズム」という、上からの命令で、無理難題を押し付けられても、次第に理不尽が理不尽でなくなってしまい、逆にそれを望んでしまうような心理状態があるとしています。

 第4章では、その日本的マゾヒズムの呪縛からどう逃れるかを説いています。こでは、生きる力=幸せになる力としての「SOC」(Sense of Coherence=首尾一貫感覚)というものに注目し、SOCは個人だけでなく集団にもあって、それを高めることで相互に向上を促進するとしています。また、SOCは、「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」という3つの感覚で構成されることを解説しています。

 第5章では、脱「働かないニッポン」のためにできることとして、有意味感を強くするための6カ条(1.普通を疑う、2.仕事は金のためだと考えない、3.仕事にやりがいを求めない、4.年齢を言い訳にしない、5.信頼されようとしない、6.愛をケチらない)をまとめています。

 「働かないニッポン」の背後にある日本的マゾヒズム、長いものには巻かれろ的思考、批判的精神を封じる階層主義など、ひとつひとつの指摘は目新しいものではないですが、読んでいて、働く人が将来に希望が持てないのも無理からぬことかと改めて思ってしまいました。多くの人が自身のコスパ・タイパだけを重視して、あたかも働いているフリをし、「死んだままの月曜から金曜」状態で仕事に埋没する人も少なからずいるというのが、タイトルの由来でしょう。

 "ジジイの壁"は高いながらも、そのジジイからの逃走を果たした会社員の例を引き合いに「労働」を止めて「働く」ことを提唱し、健康社会学という視点から「SOC」という概念を紹介しています。その第一歩として、「半径3メートル世界」への働きかけから始めてみようという結語は、多分に啓発的であるように思いました。

 Amazonのレビューを見ると、ストーリーに一貫性はなく、何を言いたい本なのかよくわからない、読んでいて頭が混乱するという評があり、多くの人がそれに賛同していました。自分も最初は、とっ散らかった感じで何が言いたいのかよく分からなかったです("ジジイの壁"というところに目がいってしまうというのもあった)。でも繰り返して読むと、"ジジイの壁"問題と言うより、「働く」ということについて改めて考えさせる本だったように思います。

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「適度な仕事」というコンセプト。仕事と生活のバランスの大切さを説く。

静かな働き方.jpg静かな働き方2023.jpg シモーヌ・ストルゾフ.jpg シモーヌ・ストルゾフ(ジャーナリスト、デザイナー兼働き方研究者)
静かな働き方 「ほどよい」仕事でじぶん時間を取り戻す』['23年]

 本書は、ジャーナリスト、デザイナー兼働き方研究者であるという著者が、「仕事は自己実現の手段だ」とする「ワーキズム(仕事主義)」が世間で広まった背景と、それを加速させている人々の思い込みを指摘したものです(『限りある時間の使い方―人生は「4000週間」あなたはどう使うか?』('22年/かんき書房)の著者オリバー・バークマン推薦)。

 元「仕事主義者」たちのストーリー紹介を軸に、仕事と自己評価を結びつけることのリスクと、そうしたワーキズムの罠に陥ることなく、仕事と人生のバランスをどう取るかを、「ほどよい」仕事というコンセプトのもと提案しています。

 第1章では、「仕事中心の生活」の是非を問いかけています。シェフを目指した女性が、憧れていたカリスマシェフのサポートでいったんは成功を得るものの、結局はその人物に裏切られたことを契機に、仕事以外のアイデンティを探るための旅をし、その経験を通して自分の価値を仕事以外にも見出したことで、新たな姿勢で仕事に向き合えるようになった事例が紹介されています。

 第2章では、ホワイトカラーの労働者にとって仕事は宗教的なアイデンティティに近いものとなっているとし、これを「ワーキズム」として疑念を呈しています。事例では、若く熱心な聖職者が、自身の"ワーキズム教"から脱し、ワークライフバランスを獲得するまでが描かれています。

 第3章では、「理想の仕事」を求めるあまり、やりがいの搾取に遭ってしまうことに警鐘を鳴らしています。自分の憧れの仕事として図書館司書になった女性が、「神聖な務め」という名のやりがい詐欺がなされている現実を目の当たりにし、自身が"理想の仕事"幻想を捨てることで、図書館改革に取り組むようになった経緯が紹介されています。

 第4章では、燃え尽き症候群の危険を扱っています。10代にして学生編集者として世に出た女性が、やがて燃え尽き症候群に陥り、仕事中心の生活をやめてみることで、自分自身の価値を見つめ直すことができたという話が紹介されています。

 第5章では、愛社精神というものを再考しています。家族的な社風の企業に入った社員が、現実にある労務問題に直面する中、労働組合の設立に関わっていく様が描かれています。

 第6章では、オーバーワークの問題を扱い、長く働けば成果が上がるというものではないということを述べ、第7章では、仕事に何を求めるかは自分で決めなければならないとしています。第8章では、肩書は成功の証ではないとして、出世競争の無意味さを説いています。

 第9章では、「あまり働かない世界」を作るためとして、政府に対してはベーシックインカムの検討を、企業へは言葉よりもまずは行動で示すことを、個人へは、自分なりの「ほどよい」仕事を定義することを提言し、本書を締め括っています。

 仕事は重要ではあるが、それがすべてではなく、生活の中で仕事が占める割合を見直し、家族、趣味、休息、健康など、他の重要な要素にも注意を払うことが大切であること、仕事と生活のバランスを整えることで、より充実した日々を送ることができるということを、改めて教えてくれる本です。

 個人的には、さまざまなアイデンティティを育むと誰しも人生の困難を乗り越えやすくなる(逆を言えば、ひとつしかアイデンティティがないと変化に対応するのが難しい)としているのが啓発的でした。「働くということ」を考えてみる上でお薦めです。

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新任マネジャーに限らず振り返りにいい。人事パーソンにとっても同様。

マネジャーの全仕事3.jpgマネジャーの全仕事4.jpgマネジャーの全仕事.jpg
マネジャーの全仕事 いつの時代も変わらない「人の上に立つ人」の常識』['23年]

 "The First-Time Manager" 1983/11・1993/03・2012/01・2021/10

 本書は、原著が1981年に初版刊行され、7度の改版を経て40年以上読み継がれている新任マネジャーのための教科書です。全6部43章にわたって、「人の上に立つ人」の常識を説いています。初版刊行以来7度目の改版であり、内容がその都度アップデートされているため、古さを感じさせないものとなっています。

 第1部は、新任マネジャーに向けた総論であり、ある意味、最重要事項になりますが、その中に、部下をちゃんと褒めることや、積極的傾聴をマスターすることなど、コーチング的なものが含まれているのが興味深いです。

 第2部は、マネジャーとしての新しい仕事にどう取り組むかを述べています。チーム・ダイナミクスというものを活かして強い職場を作ることを説くとともに、マネジメントとリーダーシップの違い、問題のある部下のマネジメント、採用と面接、解雇などについて解説しています。日本企業で人事部がやるような仕事も多分に含まれています。

 第3部は、部下の心を掴み、人を動かすにはそうすればよいかを説いています。部下のモチベーションを高めるにはどうすればよいか、自律的でイノベーティブな組織を作るにはどうすればよいかなどを指南し、リモート勤務(拠点外勤務)におけるマネジメントや、職場でのソーシャルメディアの利用についても述べています。

 第4部は、人事評価をどう行うかについて述べていますが、業績評価だけでなく、職務記述書の作成や昇給の判断までがマネジャーの業務に含まれているのが、日本と比べ特徴的です。その中で、振り返り面談について詳しく解説しているのが印象的でした.

 第5部は、マネジャーとして成長し、さらに上を目指すにはどうすればよいかについて述べています。EQを高めること、「成功する人」になること(相手への自分の見せ方も含め)、文章力を高めることを推奨し、会議のマネジメントやプレゼンテーション技術の高め方についても解説しています。

 第6部は人としての総合力を高めることを説き、ストレスへの対処の仕方や、ワーク・ライフ・バランスの重要性、マネジャーの品格について述べています。誰もが人として成長すべきであり、マネジメントの技法だけでなく、人間としての総合力を高めることが重要であるという考えが、本書の根底に貫かれていることが見てとれます。

 日本のビジネスパーソンにも共感をもって読める内容です。例えば第1部で、「褒めるのは人前で、叱るのは個別に」の原則は時に検討を要するとし、同僚の前で褒められることをきまり悪く思う人もいるし、褒められなかった同僚の嫉妬を買うこともあるため、おおいに褒めたい場合は個別に呼んで褒めた方がいいとしており、これなどは腑に落ちる読者も多いのではないでしょうか。

 書かれていることは「基礎の基礎」ですが、「一生役立つ」との謳い文句のとおり、どの階層のマネジャーが読んでも、自身の振り返りに役立つように思いました。研修などにおけるテキスト的な意味での「教科書」というよりは、一人ひとりが自ら読みたいと思って読む「啓発書」の色合いが強いかと思います。

 前述のとおり、米国企業では前線にいるマネジャーが日本企業でいう人事の仕事を負っている部分がかなりあることが窺え、そのため、人事パーソンが読んでも得るところが少なからずある内容となっています。

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日本と違いすぎるが、自身のマインドセットや日常の行動を変えるヒントもかなりある。

デンマーク人はなぜ4時に帰っても2.jpgデンマーク人はなぜ4時に帰っても.jpg デンマーク人はなぜ.jpg
デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか (PHPビジネス新書) 』['23年]

 本書は、2009年末にデンマーク移住後、13年以上にわたってテレビ・ラジオ・新聞・雑誌・ウェブ等からデンマークの現地情報を発信するデンマーク文化研究家の著者が、なぜデンマーク人は労働時間が日本よりも短いのに、時間当たりの生産性は日本よりはるかに高いのかを、多くのデンマーク人へのインタビューなどを通して探った本です。

 第1章では、デンマークが2022年に国際競争力ランキングで世界ナンバーワンに選ばれ、世界から注目を浴び、中でも「ビジネス効率性」において4年連続首位であったその背景には、時代の変化への対応力があったとし、デンマーク人には、時代をリードする「先見の明」あるとしています。一方で、デンマークは「ワークライフバランス先進国」でもあり、デンマーク人は「家族と一緒に夕食を食べる」ことから始めるとしています。

 第2章は、「時間」をテーマにしています。デンマーク人に人生で大切なののは何かを問うと、「楽しむこと」「新しい人に出会うこと」「自分自身が健康でいること」といった答えが返ってくるそうです。デンマーク人は、優先順位の低いものはバッサリ切って、時間を意識的に使い、「仕事は午後4時に終了し、その後はフリータイム」が大前提なのだとしています。

 金曜日は早めの帰宅がOKで、上司は部下が先に帰っても気にしない、会議をする際はアジェンダと終了時刻を設定して延長はしない、時間的に「ムリしない、ムリさせない」を意識するとしています。仕事ばかりしていると、パートナーから別れを切り出されてしまうので、プライべートライフを守る「覚悟」を決めているとのことです。

 また、職場がユルい(カジュアルである)ことがクリエイティブなアイデアが生むことにつながり、それが生産性の向上につながると。さらに、休むからこそ、情熱がキープできているとし、長期休暇の取得は当たり前で、夏休み中はメールを「自動応答」にしているとのことです。

 第3章は、「人間関係」をテーマにしています。仕事において、マイクロマネジメントはNGとされ、部下を信じて任せるマクロマネジメントにより、上司も部下も楽になって「タイパ」が実現できているとしています。また、上下関係のないフラットな職場で、部下がやりやすい方法で仕事をさせるようにしているとしています。

 部下の意見を聞いて、組織改善に活かす風土があり、部下が働きやすい環境づくりを最優先し、部下との間に「ムリしない、ムリさせない」コミュニケーションを保つことで、「最強のチーム」が自然と生まれるとしています。

 第4章では、デンマーク人の「仕事観・キャリア観」について見ています。プライベートライフを第一優先とするデンマーク人にとって、仕事とは何かをインタビューから探ると、仕事は「自己成長」のためのものであり、あるいは自身の「アイデンティティ」であり、さらには「意味」を求めるものであるとのことです。仕事に求める「意味」には、「社会的意義」と「自分にとっての意味」があるとしています。

 そのため、デンマーク人は「転職」をポジティブに捉えており、デンマークは、社会のリソースを最大限に活かすための「適材適所のマッチング」が比較的上手くいっている国であるとして、本書を締め括っています。

「世界一ゆるい、だけどすごい働き方」とキャッチにありますが、何から何まで日本人や日本の職場と異なるため、「組織風土の違い」で片づけてしまう読者もいるかもしれません。しかしながら、上司学として読める部分や、自身のマインドセットや日常の行動を変えるヒントになる部分もかなりあり、そのつもりで読まれると得るものもあって良いと思います。

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成功事例だけではなく、失敗したリーダーの事例もあるのがいい。

九つの決断1.jpg九つの決断.jpg
九つの決断: いま求められているリーダーシップとは』['99年]

 本書は、それぞれのおかれた危機的局面で、重要な決断をし9人のリーダーをドキュメント風に紹介したものです。成功事例だけではなく、失敗したリーダーの事例も含まれているのが特徴的で、さまざまな立場でのリーダーたちの判断や行動を通して、企業リーダーなどに求められるリーダーシップについての示唆が得られるものとなっています。

 第1章で取り上げているのは、アフリカの風土病オンコセルカ症の撲滅に貢献した製薬会社メルク社のCEOロイ・ヴァジェロスの話です。彼は、開発中の難病特効薬が、研究費がかさむ一方で、それを必要とする人々には購買力がなく、会社に損失をもたらすかもしれないという状況下で、「健康を利益より優先させる」というメルク社の伝統的原則に沿って薬を開発して多くの人命を救い、最終的には社業の発展にも貢献しました。リーダーは「己(の役割)を知る」ことが、とるべき道を確信できるということです。

大村智 2.png 因みに、本書に特効薬の研究開発者としてその名が出てくるウィリアム・キャンベルとともに、共同開発者として'15年にノーベル生理学・医学賞が授与されたのが(残念ながら本書にその名前が出てこないが)大村智・北里大特別栄誉教授です。本書では、4万種のバクテリアの抗寄生虫性を確かめたところ、効果があったものは1種類だったとありますが、それが、大村博士が伊東市の川奈ホテルゴルフ場近隣の土から採取した新種の放線菌でした。
 
マクリーンの渓谷.jpg 第2章では、1949年にモンタナ州マン渓谷で起きたで起きた大規模な森林火災に立ち向かった森林消防隊長ワグナー・ドッジの話です。彼は、15人の部下とともに火の海に取り囲まれますが、"向かい火"というあえて足元に火を放つ手法で2人の部下と窮地を脱します。ただし、無口な性格から部下に自分の考えを説明しておらず、離反した残り13人の部下が焼死しました。リーダーには「己(の考え)を語る」ことが求められるということです。

 因みに、この話は、ノーマン・マクリーン著『マクリーンの渓谷 若きスモークジャンパー(森林降下消防士)たちの悲劇』という本になっていて、原著(原題:YOUNG MEN AND FIRE)は全米批評家協会賞を受賞しています。

マクリーンの渓谷 若きスモークジャンパー(森林降下消防士)たちの悲劇』('97年/集英社)

アポロ13 n.jpg 第3章では、1970年のアポロ13号の宇宙飛行で、故障した宇宙船を無事地球に帰還させるために全権を与えられた管制官ユージン・クランツの話です。ここでは、困難だが失敗が許されない状況で、解決策が見つかるという揺るぎない信念で危機を耐え抜いた例を引いて、あらゆる状況で最善をつくすことがリーダーの要件であることを伝えています。

アポロ13 .jpgアポロ13 2.jpg この話はアポロ13号の船長だったジム・ラヴェルらが『失われた月』(未訳)という本に著しており、ロン・ハワード監督により「アポロ13」('95年)というタイトルで映画化され、ラヴェル船長はトム・ハンクス、飛行主任ユージン・クランツはエド・ハリスが演じています。

 第4章では、1978年に女性の遠征隊を率いてアンナプルナの登頂を目指したアーリン・ブルームの話であり、最終的に頂上に挑むメンバーを誰にするかという彼女の決断を通して、メンバーの同意を得ることがリーダーの務めであることを伝えています。「大切なのは、私たちの誰かが頂上に登って、全員が無事下山すること、それだけだ」「普通の人びとが集まったグループでも、ビジョンを共有すれば、信じられないような挑戦ができ、実力をはるかに超えたことができる」という彼女の言葉が印象に残ります。

 第5章では、南北戦争のゲティスバーグの戦いの北軍指揮官ジョシュア・ローレンス・チェンバレンの話で、部下が全員札付きの上官反抗者であった状況において、彼が何から着手し、どのように部下の信頼を得たかが紹介されています。

クリフトン・ウォートン.jpg 第6章では、危機に瀕した米国最大の年金基金(教職員退職年金)を再建したクリフトン・ウォートンが、旧態依然とした巨大組織でのリストラをどのように進めたのか、第7章では、ソロモン社(ソロモン・ブラザーズ)のトップ(会長兼CE0)として部下の不正の報告を受けたジョン・グッドフレンドが、迅速な行動を怠ったためにその経営権を失い、ウォーレン・バフェットCEOに経営再建をゆだねることになった経緯が、第8章では、第三世界の女性のための銀行を設立したナンシー・バリーが、いかにして「自分の人生はこの仕事をするためにあった」との己れの天分を知るに至ったか、第9章では、エルサルバドルの大統領に選ばれたアルフレッド・クリスティアニが、内戦続きで荒廃した国を、交渉による同意を得ることで内戦を終結させた経緯が描かれています。

Privilege and Prejudice: The Life of a Black Pioneer』['15年]

 最後の結びで著者は、これらの事例から得られる最も重要な教訓は、ビジョンと行動がもつ圧倒的な意義であるとしています。また、「何人の部下をもっているかというだけの問題ではなく、部下のなかから何人のリーダーをつくれるかということも重要なのだ」とも述べています。

 先にも述べたように、成功事例だけではなく、失敗したリーダーの事例もあるのがいいです。〈凖古典〉となりつつある本で、もしかしたら入手が難しいかもしれませんが、小説を読むように読める本でもあり、リーダーシップの本質とは何かを探る上で一読をお薦めします。


アポロ13 う.jpg 映画「アポロ13」は、アポロ13号の打ち上げシーンがとにかく凄い迫力だった印象があります(レンタルビデオ全盛期で、映画館ではなくビデオで観たのだが)。熱風による遠景の揺らぎや船体から剥がれ落ちる無数の氷片など、当時の先端のCGテクニックがふんだんに使われていました(燃料の液体酸素と液体水素が冷たいため、燃料注入後の機体は冷たくなり、発射までの間にまわりに氷がつく。それが発射の時に船体から剥がれ落ちるのを、一つ一つをCGを使って表現したそうだ)。ドラマ部分では、NASA指令センターのエド・ハリスが良かったです。

アポロ13 (4K ULTRA HD + Blu-rayセット) [4K ULTRA HD + Blu-ray]
アポロ13 d4k.jpgアポロ13 4.jpg「アポロ13」●原題:APOLLO 13●制作年:1995年●制作国:アメリカ●監督:ロン・ハワード●製作:ブライアン・グレイザー●脚本:ウィリアム・ブロイルス・Jr./アル・レイナート●撮影: ディーン・カンディ●音楽:ジェームズ・ホーナー●原作:ジム・ラヴェル/ジェフリー・クルーガー●時間:140分●出演:トム・ハンクス/ケヴィン・ベーコン/ビアポロ13 3.jpgル・パクストン/ビル・パクストン/ゲイリー・シニーズ/エド・ハリス/キャスリーン・クインラン/ローレン・ディーン/ミコ・ヒューズ/ジーン・スピーグル・ハワード/トレイシー・ライナー/メアリー・ケイト・シェルハート/クリス・エリス/ザンダー・バークレー/クリント・ハワード/ベン・マーリー●日本公開:1995/07●配給:ユニヴァーサル映画=UIP(評価:★★★★)

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

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「やり抜く力(グリット)」とは「情熱」と「粘り強さ」。それは「才能」よりも重要だ」と。

やり抜く力 GRIT .jpgやり抜く力 GRIT.jpg  ダックワース.jpg
やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』['16年] アンジェラ・ダックワース
 2016年5月原著(原題:GRIT:The Power of Passion and Perseverance)刊行の本書は、米国で大きな話題を呼び(ただし、著者はその前に、彼女がマッカーサー賞(別名「天才賞」)を受賞した年である2013年の4月のTED Talkで有名になっていた)、ほどなく日本でも翻訳が刊行されました。大きな成果を出すには必ずしも才能に恵まれている必要はなく、大切なのは、優れた資質よりも「情熱」と「粘り強さ」―即ち「グリット(GRIT)」=「やり抜く力」である(言い換えれば、天才とはグリットを持った人、即ち「やり抜く力」を持った人が天才と呼ばれるにふさわしい人である)ということを心理学の観点から多角的に検証したものです。

 PART1では、「やり抜く力(グリット)」とは何か、なぜそれが重要なのかを述べています。まず、著者が大学院生のときに取り組んだ研究で、成功を収めた人たちに共通する特徴は、情熱と粘り強さを併せ持っていたことで、つまり「やり抜く力」とは「情熱」と「粘り強さ」を併せ持っていることだとしています(第1章)。著者は数学の教師をしていたときに、才能だけでは結果を出すことはできないということに気づき(第2章)、教師をやめて心理学者になり「達成の心理学」について研究した結果、「才能×努力=スキル」「スキル×努力=達成」という才能から達成に至るまでの方程式を導き出しました(第3章)。そして作成した、「やり抜く力」がどれだけあるか―「情熱」と「粘り強さ」がわかるグリッド・スケールというテストを紹介するとともに(第4章)、「やり抜く力」は①興味、②練習、③目的、④希望の4つのステップを通して伸ばせるとしています(第5章)。

 PART2では、「やり抜く力」を内側から伸ばすにはどうすればよいかを説いています。人は自分のやっていることを心から楽しんでこそ「情熱」が生まれ、情熱を持つためにはまず、自分が「興味」があることを見つけなければならず、興味は自分の内側を見つめることによって発見するものではなく、外の世界と交流するなかで生まれてくるとし、興味を持つための「3つのポイント」をを挙げています(第6章)。

 また、「粘り強さ」の特徴のひとつとして、日々の努力を怠らないことがあり、成功者はすでに卓越した技術や知識を身につけているにもかかわらず、さらに上を目指したいという強い意欲を持っているとし、認知心理学者のアンダース・エリクソンが世界で活躍するエキスパートたちのスキルの習得方法を研究した結果、エキスパートたちはただ何千時間もの練習を積み重ねているだけではなく、「意図的な練習」(目的を持った「練習」)をしていたとして、エキスパートたちの練習の「3つの流れ」で挙げています(第7章)。

 次に、「やり抜く力」が強い人たちは、自分たちがやっていることは「人の役に立っている」と考え、つまり自分たちがしていることに「目的」を持っているとし、他の人びとの役に立つという目的を持っていれば挫折や失望や苦しみを乗り越えることができるとして、目的を育む「3つの提案」をしています(第8章)。

 さらに、私たちの心のなかには、「固定思考」と「成長思考」があり、「固定思考」とは、人はスキルを習得することはできるが、スキルを習得するための能力、すなわち「才能」は、鍛えても伸ばせるものではないと考える思考であり、「成長思考」とは、「やればできる」と信じて一生懸命努力すれば、自分の能力をもっと伸ばすことは可能だと考える思考であって、「やり抜く力」を強くするためには、「人間は何でもやればうまくなる」「人は成長する」という「成長思考」(「希望」)を持つことが大切であるとしています(第9章)。

 PART3では、「やり抜く力」を外側から伸ばすにはどうすればよいかを説いています。「やり抜く力」を伸ばす方法を、子育てにおける例を挙げ(第10章)、「課外活動」は絶対にすべしとしています(第11章)。さらに自分ひとりで伸ばしていくことは大変なことであり、「やり抜く力」を伸ばすためには、まわりの人たちの力を得ることが効果的であって、「やり抜く力」が強い人たちは、人生のなかで「自信」と「支援」を与えてくれる人に出会っているとし(第12章)、「やり抜く力」が強いほど人生の「幸福感」も強いとしています(第13章)。

 結論的に言うと、「やり抜く力(グリット)」とは「情熱」と「粘り強さ」の2要素から成り、「情熱」とは、自分の最も重要な目標に対して、興味を持ち続け、ひたむきに取り組むこと、「粘り強さ」とは、困難や挫折を味わっても諦めずに努力し続けることであり、人々がそれぞれの分野で成功し、偉業を達成するには、「才能」よりも「やり抜く力」が重要であることを科学的に究明した本ということになります。自分にとって勇気づけられる本であるとともに、人を育てるということについても示唆に富む本であり、お薦めします。

《読書MEMO》
●「興味」興味を持つための「3つのポイント」
・興味を持ったことを実際に試してみる
・興味を持ち続けるために、さらに興味が湧くような経験をする
・興味を持ち続けるために、親、教師、コーチ、仲間など周囲の励ましや応援を得る
●「練習」エキスパートたちは次の「3つの流れ」で練習する
1.ある一点に的を絞って、ストレッチ目標(高めの目標)を設定する
2.しっかりと集中して努力を惜しまずに、ストレッチ目標の達成を目指す
3.改善すべき点がわかったあとは、うまくできるまで何度でも繰り返し練習する
●目的を育む「3つの提案」
提案1:いまの自分のやっていることが、社会にとってどのように役立つかを考えてみる
提案2:自分にとって大切な価値観につながるように、ささやかな変化を起こしてみる
提案3:生き方の手本となる人物(ロールモデル)からインスピレーションをもらう

●目次
[PART1]「やり抜く力(グリット)」とは何か? なぜそれが重要なのか?
第1章:「やり抜く力」の秘密―なぜ、彼らはそこまでがんばれるのか?
第2章:「才能」では成功できない―「成功する者」と「失敗する者」を分けるもの
第3章:努力と才能の「達成の方程式」―一流の人がしている当たり前のこと
第4章:あなたには「やり抜く力」がどれだけあるか? ―「情熱」と「粘り強さ」がわかるテスト
第5章:「やり抜く力」は伸ばせる―自分をつくる「遺伝子と経験のミックス」
[PART2]「やり抜く力」を内側から伸ばす
第6章:「興味」を結びつける―情熱を抱き、没頭する技術
第7章:成功する「練習」の法則―やってもムダな方法、やっただけ成果の出る方法
第8章:「目的」を見出す―鉄人は必ず「他者」を目的にする
第9章:この「希望」が背中を押す―「もう一度立ち上がれる」考え方をつくる
[PART3]「やり抜く力」を外側から伸ばす
第10章:「やり抜く力」を伸ばす効果的な方法―科学では「賢明な子育て」の答えは出ている
第11章:「課外活動」を絶対にすべし―「1年以上継続」と「進歩経験」の衝撃的な効果
第12章:まわりに「やり抜く力」を伸ばしてもらう―人が大きく変わる「もっとも確実な条件」
第13章:最後に―人生のマラソンで真に成功する

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人間の行動を支配する基本的な心理学の原理(新版で6つ→7つへ)を解説。

影響力の武器[新版].jpg影響力の武器[1-3.jpg影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』['91年]『影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか』['07年]『影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか』['14年]
影響力の武器[新版]:人を動かす七つの原理』['23年]

 本書は、人間関係において、相手にイエスと言わせるために使う戦術は7つのカテゴリーに分類でき、そのカテゴリーをそれぞれ支配するのは、人間の行動を支配する基本的な心理学の原理であるとして、この7つの原理及び戦術を解説したものです。

 第1章で、世の中に情報が溢れるなか、深く考えず手っ取り早い意思決定が増えているが、このような「手っ取り早い」反応の利点は、その効率性と経済性にあり、欠点は、間違いを犯す可能性が高くなることであるとしています。そして、一部の承認誘導の専門家は、自分の要求を通す〈影響力の〉武器として、こうした信号刺激的な反応を利用しているとして、以下、第2章から第8章の各章で、説得のための〈強力な〉7つの道具について解説しています。

 第2章は「返報性」です。つまりはギブアンドテイクのことであり、人間文化のなかに最も基本的なものとして昔からあるもので、他者から与えられたら、自分も相手に返すように努めようとする心理です。注意点として、返報性のルールのために余計な恩義を感じてしまうことがあることを挙げ、不公平な交換を引き起こす危険があるとする一方、承認を引き出す方法として、最初に譲歩して、そのお返しとして相手の譲歩を引き出すやり方があるとしています。

 第3章は「好意」です。人は好意を寄せてくれている人に対してイエスと言いやすい傾向があるとしています。承認誘導の専門家はこのルールを知っているので、自らの影響力を強めるために、自身の外見の魅力、相手との類似性、相手への称賛、繰り返しの接触、相手との連合(結びつき)といった、相手が好意を寄せる要因を強調するとしています。

 第4章は「社会的証明」です。人は他の人たちが何を正しいと考えているかを基準に物事を判断するというものです。社会的証明は一定の条件下で強い影響力を持ち、それは不確かさ(自分に確信が持てない)、人の多さ(多くの人がそうだ)、類似性(自分と似た人がそうだ)の3つであるとしています。

 第5章は「権威」です。権威からの要求には、服従を促す強い圧力があるとしています。権威者に対して自動的に反応する場合、その実体ではなく、権威の単なるシンボル(肩書き、服装、そして自動車などの装飾品)に反応してしまう傾向があり、権威の影響力の源は、権威ある地位(肩書きなど)、もしくは何らかの意味で権威とみなされること(専門性など)にあるとしています。また、前者はしばしば反発や恨みを買う難しさがあり、後者はこの問題を避けられ、確かな権威であると判断されれば説得効果は大きくなるとしています。
 
 第6章は「希少性」です。人は機会を失いかけると、その機会をより価値のあるものとみなすとしています。希少性の原理が効果を上げるのは、手に入れにくいものは貴重だという思い込みと、入手機会が減ると自由を失い、そのことを嫌う心理的リアクタンスが働くためであるとしています。

 第7章は「コミットメントと一貫性」です。承諾を引き出す上で鍵となるのは、最初にコミットメントを確保することであり、コミットメントしてしまうと、人はそのコミットメントに合致した要求を受け入れやすくなるので、承認誘導のプロは、後でやらせようとしている行動と一貫するような、最初の立場をとらせようとするとしています。

 第8章は「一体性」です。人は自分の身内だと思う相手にイエスと言うとしています。他者との「私たち」性(一体性)に関係するのは、アイデンティティの共有であり、「私たち」集団の成員には、仲間の成員の幸福を非成員のものより重く見たり、仲間の好みや行動を手本に自分の行動を決め、それらが集団の結束を高めたりする傾向があるという結論が、研究の結果として導き出されているとしています。

 最終章である第9章では、情報過多の社会で、私たちは手っ取り早い意思決定を行う「思考の近道」を使わざるを得なくなってきており、そのため、相手への要請の中に影響力の梃子(テコ)を忍ばせる承認誘導の専門家は増えているとしています。その上で、この仕組みを悪用する者もいるため、私たちが思考の近道によって得られる利益を失わずにいるためには、あらゆる適切な手段を使って、そのようなインチキに対抗することが重要だとして、本書を締め括っています。

 人々がどのように相手から要求に意のままに従うのか、豊富な実例を交えて人の行動を司る心理学の原理を解説しています。初版から30年を経て改版を重ね(原著初版は1984年刊行)、評価は定着している本ですが、改版ごとに事例などは新しいものに更新されています。前回の第三版からの変更点は、6つだった影響力の原理に新に「一体性」が加わって7つとなり、また、その並び順も変わっています。旧版を読まれた方も、新版で再読してみるのもいいのではないかと思います。

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)
【2790】 ○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)
【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

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「両立思考」によるパラドックス・マネジメントを提唱。

両立思考1.jpgウェンディ・スミス.jpg両立思考.jpg
両立思考 「二者択一」の思考を手放し、多様な価値を実現するパラドキシカルリーダーシップ』['23年]

 仕事と家庭、利益とパーパス、個人と組織、男性と女性...。相反する考えで溢れる現代において、われわれが常に陥りがちな「択一思考」の罠から逃れ、創造力に富み、持続可能で包括的な解決策の糸口を見つけるにはどうすればよいか。本書は、それを可能にする「両立思考」へのアプローチを、二人の経営学者が解説したものです。

 全3部構成の第1部では、われわれを取り巻く二者択一的な対立(ジレンマ)の中にはパラドックスが隠れており、矛盾しながらも相互に依存する緊張関係(テンション)があるとして、それに効果的に対応するにはまず、このパラドックスを理解しなければならないとしています。第1章で、パラドックスは、パフォーマンス・パラッドクス、学習パラドックス、所属パラドックス、組織化パラドックスの4種類に区別できるとしています。

 第2章では、こうしたパラドックスを乗りこなす際に悪循環につながるパターンとして、行き過ぎた強化をする「ウサギの穴」、過剰修正する「解体用剛球」、二極化する「塹壕戦」の3つを挙げています。

 第2部では、パラドックスをマネジメントするツールを紹介しています。まず第3章で、パラドックスが好循環を引き起こす方法として、ラバ型(クリエイティブな統合)と綱渡り型(一貫した非一貫性―状況に応じて頻繁に方針を変える)を紹介しています。それから、統合システムとしての「パラドックス・マネジメントのABCDシステム」を紹介し、続く第4章から第7章で、各ツールを説明しています。

 第4章では、択一から両立に「前提(アサンプション(A))」をシフトするパラドックス・マインドセットについて述べ、第5章では、「境界(バウンダリー(B))」構造を作って緊張関係を包み込むことで、不確かさを乗りこなす術について解説しています。第6章では、不快のなかに「心地よさを(コンフォート(C))」を見つけることで、緊張関係を受け入れる感情に至る方法ついて述べ、第7章では、「動態性(ダイナミクス(D))」を備え緊張関係を解き放つことで、危機を回避する方法を解説しています。

 第3部では、両立思考を採用するプロセスを、個人、対人、組織という異なるレベルで探求しています。第8章では、個人の意思決定においてジレンマにどう取り組むか、第9章では、対人関係において、拡大する分断をどう縮小するか、第10章では、組織のリーダーとして、持続可能なインパクトを与え続けるにはどうするかを、具体例を挙げて説明しています。

 著者らは最後に、「パラドックスとは、対立項が互いに打ち消し合うのではなく、両極にわたってひらめきの火花を起こすように、バランスを取る技術である。(中略)思いさえあれば矛盾を受け入れることができるのだ」として、本書を締めくくっています。

 パラドックス・マネジメント、パラドキシカルリーダシップといった、日本ではまだ目新しい概念を扱った本ですが、読んでみると、陰陽思想をはじめとする古今東西の思想・哲学から、最近の話題となった経営書まで多く引用がなされており、これまでの人間の思考の歩みを辿りつつ、多様な視点が重要となる不確かな今日世界を背景に生まれた概念やアプローチであることがわかります。

 コンセプチュアルで堅めな本ですが、著者ら自身の体験談なども多く織り込まれていて、物語を読むように読める箇所も少なからずある本です。敬遠せずトライしてみるのもいいかと思います。

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組織の「誠実さ」を構成する3つの条件と4つの行動。「誠実さ」という戦略。

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誠実な組織 信頼と推進力で満ちた場のつくり方』['23年] 『To Be Honest: Lead With the Power of Truth, Justice and Purpose』['21年]Ron A. Carucci

 組織行動学の専門家である著者による本書(原題:To Be Honest: Lead With the Power of Truth, Justice and Purpose)では、15年の研究と3200件以上のインタビューから導き出された結論として、これからの組織にとって「誠実さ」こそが大切であるとしています。そして、組織にとって誠実さがなぜ大切なのか、誠実さは組織にどのような影響を与え、誠実さをビジネスの中で実践いくにはどうしたらよいのかを説いています。

 まず、組織の誠実さを構成する3つの条件として、①目的(よりよい善を為す)、②公正(正しく公平な行いをする)、③ 真実(相手を尊重しつつ、妥協せず率直に真実を伝える)の3つを挙げ、この3つが同時に働くことで誠実さは生まれ、3つのうちのどれか1つ欠けても誠実さは成り立たないとしています。

 さらに、組織に誠実さをもたらすために必要な4つの行動として、①アイデンティティにおける誠実さ(言葉と行動を一致させる)、②アカウンタビリティにおける公正(尊厳を第一に考える)、③ガバナンスにおける透明性(誠実な対話を通じて、信頼できる意思決定を行う)、④グループ間の一体感(全員をひとつの大きな物語へ導く)を挙げています。

 第1章では、誠実さとは人間の生まれつきの機能であり、人間は誠実でいることを好み、相手にも誠実さを求めるとしています。また、希望があると、組織の雰囲気は明るくなるが、その逆の場合、職場の空気は重くなり、希望は、情熱、忍耐力、信念の3つの要素が交わることで生まれるとしています。以下、第1部から第4部にかけて、組織に誠実さをもたらす4つの行動について解説しています。

 第1部では、アイデンティティにおける誠実さについて述べています。まず第2章で、言葉と行動を一致させることを説き、どれほど巧みに書かれたミッション、ビジョン、バリューであっても、言葉を掲げるだけではだめで、組織が言葉通りに行動できるかどうかが重要であるとしています。さらに第3章では、個のパーパスと組織のパーパスが結びついていることの重要性を説いています。

 第2部では、アカウンタビリティにおける公正について述べています。第4章では、アカウンタビリティ(評価)について、人々は自分が公平に評価されていないと感じると、自己保身のために自分の業績を過大に表現することがあるとし、第5章では、失敗を学びの機会として受け入れる文化がある場所では、従業員は自分の業績を正直に報告し、他者に対しても公平に接するとしています。

 第3部では、ガバナンスにおける透明性について述べています。第6章では、透明性のあるガバナンスとは、ただ意思決定のプロセスを可視化することではなく、明確さ、機敏さ、思いやりの3つが伴ってこそ、信頼ある意思決定が生まれるとしています。第7章では、活気ある声に満ちた文化を育てるにはどうすればよいか、反対意見や厳しいフィードバック、型破りなアイデアを受け入れるにはどうすればよいかを説いています、

 第4部では、グループ間の一体感について述べています。第8章では、異なる部署の相手との関係性を強化し、シームレスな組織をつくるにはどうすればよいか、第9章では、"部族意識"を排し、受け入れがたい違いを持つ相手とより深いつながりを築くにはどうすればよいか解説しています。

 著者は、誠実さは組織の能力であって、能力を伸ばすためには鍛えなければならず、誠実さとは筋肉のようなものであり、定期的に鍛えていく必要があるとしています。「誠実さ」というものを戦略として打ち出している点が目を引きます。組織のあるべき姿への方向性なども、企業事例を挙げて説明されており、日米の企業文化の違い等はありますが、共通点も多く参考になるかと思います。

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〈アカウンタビリティ〉を再定義。「被害者意識から脱し、主体的に動く」こと。

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主体的に動く アカウンタビリティ・マネジメント(新装版)』['23年]Roger Connors 映画「オズの魔法使」
The Oz Principle: Getting Results through Individual and Organizational Accountability』['04年]
『主体的に動く.jpg 1994年原著刊行(原題:The Oz Principle: Getting Results through Individual and Organizational Accountability)の本。本書で言う〈アカウンタビリティ〉とは「当事者意識を持って主体的に行動する力」という意味です。著者らは、アメリカで最もポピュラーな童話『オズの魔法使い』のテーマは、「登場人物たちが被害者意識から脱し、自分の持っている能力に気づく」ことであるとし、『オズ』の物語や登場人物になぞらえながら、個人と組織がアカウンタビリティを高めていく方法を解説しています。

 3部構成の第1部(第1章~第3章)では、ビジネスの世界に蔓延する被害者意識がどのような悪循環を生むかを述べ、アカウンタビリティがないと被害者意識に陥り、アカウンタビリティこそが結果を生み出すとしています。

 第1章では、優良企業と凡庸な企業を分けるのは1本のラインだとしています。そして、被害者意識から、目標が達成できないことを状況や他人のせいにする風潮がある企業を〈ライン下〉にある凡庸な企業とし、そこには、言い訳、他人への非難、混乱などが並ぶとしています。一方〈ライン上〉には、現実認識、コミットメント、問題解決、断固たる行動などが並ぶとしています。そして、〈ライン上〉に行くには、①現実を見つめる、②当事者意識を持つ、③解決策を見いだす、④行動に移す、という4つの〈アカウンタビリティのステップ〉をのぼらねばならないとしています。

 第2章では、被害者意識の悪循環から生じる言動として、①無視する/否定する、②「自分の仕事ではない」とする、③責任の押しつけ合い、④混乱、⑤言い逃れをする、⑥様子を見る、の6つを挙げ、被害者意識の悪循環に陥っていると気づけば、そこから抜け出せるとしています。

 第3章では、アカウンタビリティとは何かを改めて考察し、それは「現状を打破し、求める成果を達成するまで、自分が問題の当事者であると考え、自分の意志で主体的に行動しようとする意識」であると定義しています。また、アカウンタビリティとは「責任の共有」(ジョイント・アカウンタビリティ)でもあるとしています。

 第2部(第4章~第7章)では、自分のアカウンタビリティを伸ばすにはどうすればよいかを、先に挙げた4つのステップに沿って説明しています。第4章では、勇気を持って「現実を見つめる」ということについて、第5章では、「当事者意識を持つ」ということについて、第6章では「解決策を見いだす」ための知恵を手に入れることについて、第7章では、すべてを「行動に移す」ことについて、それぞれ解説しています。

 第3部(第8章~第10章)では、組織全体がアカウンタビリティを身につけるにはどうすればよいかを述べています。第8章では、〈ライン上のリーダーシップ〉とはどのようなものかを、第9章では、組織全体を〈ライン上〉に導くにはどうすればよいかを述べ、第10章では、今日の企業が抱えるさまざまな問題に対し、どのように対処すればよいかを説いています。

 「成功の鍵を握るのは結果に対するアカウンタビリティ」であるというのが本書の趣旨ですが、一般的には〈アカウンタビリティ〉という言葉は、過去の出来事の「説明責任」というネガティブなイメージで使われるのに対し、本書においては、それにより未来への前向きな意志を引き出すことができるという、ポジティブな用いられ方となっている点が特徴的です。

 本書の原書である"The Oz Principle"は1994年にアメリカで出版され、50万部を超えるベストセラーとなっています。日本では2009年に初版が刊行され、この度改版されたということは、それだけ長く読まれて続けているということでしょう。『オズの魔法使い』をもとに説いている読みやすさもさることながら、今日の企業組織が抱える問題に照らしても内容に普遍性があることが、その最大要因ではないかと考えます。 


 因みに、『オズの魔法使い』は、竜巻で家ごと飛ばされた主人公ドロシーと飼い犬のトトが、「エメラルドシティのオズの魔法使いなら家に帰す方法を教えてくれるかも」という"良い魔女"のアドバイスに従って旅をする途中で、勇気が欲しい臆病なライオン、ハートの欲しいブリキのきこり、脳味噌の欲しいかかしと出会い、彼らの悩みもオズの魔法使いに叶えてもらうとするものです。そして、本書にあるように、実は、自分たちが望んでいたものは自分たち自身が既に持ち合わせていたということです。自分たちの望みをかなえてくれる魔法使いなどは存在せず、自分の望みを鼎られるのは自分だけというのが"教訓"です。
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オズの魔法使い.jpgオズの魔法使い2.jpg 映画化作品「オズの魔法使」('39年)が有名です(最近のソフト化作品は「魔法使い」と"い"を送ったりしている)。ヴィクター・フレミングが監督していますが、彼は同じ年に「風と共に去りぬ」も撮っています。初めて観た時は、教訓めいたものはあまり意識しなかったように思います(笑)。ただ、「風と共に去りぬ」と同じく戦後の公開で、当時これを観た日本人は、「風と共に去りぬ」同様に、こんな映画を作っていた国と戦争してしまったのかあ、これは勝てるわけがないと思ったのではないでしょうか。

オズの魔法使い3.jpg MGMは当初、主人公ドロシーの役にシャーリー・テンプルを予定していましたが、20世紀FOXが彼女を貸さなかったため、当時無名のジュディ・ガーランドが起用されました。彼女が歌った主題歌「虹の彼方に」は、2001年に全米レコード協会等の主催で投票により選定された「20世紀の名曲」(Songs of the Century)で第1位に選ばれ、さらに2004年のAFIの「アメリカ映画主題歌ベスト100」でも第1位を獲得しています。

アメリカ映画主題歌ベスト100(AFI)ベスト10(2004年)
 #    曲      映画      年     俳優・歌手
 1."虹の彼方に" 「オズの魔法使」 1939  ジュディ・ガーランド
 2."アズ・タイム・ゴーズ・バイ" 「カサブランカ 」1942  ドーリー・ウィルソン
 3."雨に唄えば" 「雨に唄えば」 1952  ジーン・ケリー
 4."ムーン・リバー"  「ティファニーで朝食を」 1961  オードリー・ヘプバーン, アンディ・ウィリアムス
 5."ホワイト・クリスマス" 「スイング・ホテル 」1942  ビング・クロスビー
 6."ミセス・ロビンソン" 「卒業」 1967  サイモン&ガーファンクル
 7."星に願いを" 「ピノキオ」 1940  クリフ・エドワーズ
 8."追憶" 「追憶」 1973  バーブラ・ストライサンド
 9."ステイン・アライヴ" 「サタデー・ナイト・フィーバー」 1977  ビージーズ
 10."The Sound of Music" 「サウンド・オブ・ミュージック 」1965  ジュリー・アンドリュース

オズの魔法使いb.jpg「オズの魔法使」●原題:THE WIZARD OF OZ●制作年:1939年●制作国:アメリカ●監督:ヴィクター・フレミング●製作:マーヴィン・ルロイ●脚本:ノエル・ラングレー/フローレンス・ライアソン/エドガー・アラン・ウルフ●撮影:ハロルド・ロッソン●音楽:ハーバート・ストサート●原作:ライマン・フランク・ボーム「オズの魔法使い」●時間:101分●出演:ジュディ・ガーランド/レイ・ボルジャー/ジャック・ヘイリー/バート・ラー/ビリー・バーク/マーガレット・ハミルトン/フランク・モーガンイ●日本公開:1954/12●配給:MGM●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(84-06-05)(評価:★★★☆)

オズの魔法使 [Blu-ray]

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人的マネジメントに携わる人にとって示唆に富む内容。あとは現場への敷衍化力。

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世界の学術研究から読み解く職場に活かす心理学』['23年]

 本書は、個人キャリアから組織マネジメントまで、人の心や現実を正しく理解するために知っておきたい心理学の知見を、学術研究や多くの論文のエビデンスに基づいて紹介し、働き方にまつわる問題解決のヒントを探ったものです。

 第1章では、これからの働き方に求められる価値観として、「仕事で感じる幸福感」と「自分らしさの追求」という2つのテーマを取り上げています。幸福感の50%は遺伝によって決まるとし、幸福感が高いと仕事のパフォーマンスは向上するとしています(第1節)。さらに、人は集団への所属欲求だけでなく、他者との違いを認識する差別化の欲求も持っており、所属する集団のユニークさによって、両方の欲求を満たそうとするため、組織そのものがユニークな価値を持つことが、組織の魅力につながるとしています(第2節)。

 第2章では、自律的なキャリアの実現について考察しています。ここでは、自律的な目標設定はやる気を高め(第1節)、自分の影響力を信じられる「コントロール感」は、ストレス耐性を高め、攻撃性を弱める効果があり、部下へのエンパワーメントは、部下のコントロール感を高めるのに有効であるとしています(第2節)。また、自己制御システムである制御焦点理論には促進焦点と予防焦点の2種類があり、状況に応じて効果的な制御焦点は変わってくるため、個人の持つ制御焦点の傾向を活かすと効果的であるとしています(第3章)。

 第3章では、人間の「行動の変化」について論じています。自己評価はなぜ甘くなるのか(第1節)、なぜ人は変わらないのか(第2節)、それぞれ心理学研究のデータをもとに考察し、人の認知や行動をどう変えていくかを述べるとともに、「メタ認知」を適切に用いることで、自律的な学習を促進できるとしています(第3節)。

 第4章では、人の判断や意思決定についてです。意識的な判断と直感的な判断では異なる結論が導かれることがあり、その場合、なぜ判断がずれたのか考えることが役立つとしています(第1節)。また、道徳的判断にも感情的・直感的側面と理性的・熟慮的側面があり、倫理的な意思決定において理性的に思考することができるトレーニング機会を設けることが肝要だとしています(第2節)。

 第5章では、なぜ肝心なときに力が発揮できないのか、仕事で窮地に立たされたとき、どう対処するかを考察しています。人はプレッシャーがかかると、不安から集中を欠いてパフォーマンスが低下するため、そうした場合は、自分の評価を気にするのではなく、よい成果に向けて集中すべきだとしています(第1節)。また、人は「レジリエンス」を持っており、つらい出来事の後でも回復に向かうことができるが、回復の程度やスピードには個人差があるとしています(第2節)。さらに、職場でマイノリティになるメンバーは、心理的脅威を感じている可能性があるとしています(第3節)。

 第6章では、他者と協力して仕事する難しさについて考えています。まず、対人関係において重要な「信頼」という概念について、「互恵的な交換」と「交渉による交換」の2種類の信頼があり、互恵的な相互作用を通じて構築された信頼は、環境などの変化を受けにくいとしています(第1節)。また、集団での活動が生産的でありうるのは、どのような条件下においてかを見ています(第2節)。

 第7章では、対人コミュニケーションについて取り上げています。悪意のある攻撃性は抑制が利かなくなる一方、他者のために行動すると幸福感が増すとしています(第1節)。対人援助を行うことは、価値ある行動をしたと思えるポジティブな効果があるとのことです(第2節)。終章で、心理学をもっと職場の問題解決に応用すべきであるとして、本書を締めくくっています。

 人的マネジメントに携わる人にとって、示唆に富む内容だったように思います。何となくそうではないかと思われていることであっても、心理学の理論や研究データによって、きちんと裏付け証明している点がいいと思いました。また、各節において、心理学の研究成果と職場への応用ポイントをまとめているのも。

 あとは、こうした知見や概念を職場で実際に活かすためには、職場でのさまざまな事象を敷衍化する能力が必要であり、それこそが、マネジメント層に欠かせないとされるコンセプチュアルスキルということになるのではないかと、改めて思いました。

新装版 幸せがずっと続く12の行動習慣.jpg 個人的には、幸福感の50%は「遺伝」によって決まり、「環境」は10%で、あとの40%は「意図した活動」である、というソニア・リュボミアスキーの研究が興味深かったです。また、「コントロール感」は、ストレス耐性を高め、攻撃性を弱める、というのも、大いに得心が行きました。

ソニア・リュボミアスキー『新装版 幸せがずっと続く12の行動習慣 「人はどうしたら幸せになるか」を科学的に研究してわかったこと 』['23年]


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注目されている「リファラル採用」のメリット・デメリットや導入の手順を解説。

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人材獲得競争時代の 戦わない採用 「リファラル採用」のすべ』['23年]

戦わない採用 3.jpg リファラル採用とは、自社の社員から友人や知人などを紹介してもらう手法を指します。リファラル(referral)は、「推薦」や「紹介」という意味があり、人材市場が完全に売り手市場となっており、業界を問わず人手不足が叫ばれる中、注目を浴びつつある手法です。株式会社マイナビの、1年間(2020年1月~12月)に中途採用活動実績のある企業の人事担当者1,333件を対象にした「中途採用状況調査2021年版」によれば、リファラル採用を導入している企業は全体の56.1%でしたが、これはコロナ禍での調査であり、現時点ではさらなる普及が見込まれます。本書は、そうしたリファラル採用についてそのメリット・デメリットや導入の手順を解説したものです。

 第1章では、「戦わない採用」とは何かを解説しており、それを、限られた転職者(288万人)を競合と奪い合うのではなく、転職潜在層(6500万人、労働人口の95%)にアプローチする、競合と戦わない採用であるとしています。

 第2章では、リファラルとは何かを解説しており、リファラル採用こそがまさに戦わない採用だとしています。ここでは、経営陣や一般社員による「縁故採用(コネ採用)」をリファラル採用1.0、社員をリクルーター化する「社員紹介採用」をリファラル採用2.0、社員もしくは関わった者が自発的に会社を薦めたくなうような関係づくりから始まる採用をリファラル採用3.0としています。

 リファラル採用のメリットとして、①転職潜在層から人材を獲得、②定着率が高くなる、②社員エンゲージメントが高くなる、④採用コスト削減の4つを挙げ、また、リファラル採用が組織にもたらす効果として「組織市民行動」(例えば、「職場に落ちているゴミを拾う」「新入社員が困っていたらさ@ポートしてあげる」など本来の自分の役割を超えた組織行動)という概念を紹介し、リファラル採用は社員の従来の組織行動を組織市民行動にまで拡げ、会社もパフォーマンスを向上させるとしています。

 また、デメリットとしては、①人間関係と人材配置に配慮が必要なこと、②社員の認知と理解が必要なこと、③情報が可視化しにくい点、④販促・活性化するまで一定の工数が必要なことを挙げています。

 第3章では、リファラル採用3.0を導入するにはどのような準備が必要か、リファラル採用3.0における人事の役割や中長期的なゴール設計、協力社員へのインセンティブルールの設計などについて解説しています。

 第4では、社員が協力したくなるフレームワークをどう作るかを実践的に解説し、第5章 では」、リファラル採用の成功事例を8選紹介しています(そう言えば博報堂は昔からリクルーター採用をやっていた)。

 第6章では、応用編として、更にリファラル採用を促進するためのKPI分析や「一人当たり声掛け数」を増やすEVPブックなどの手法を紹介し、最終章で、従来のリクルーターの概念を超える「採用マーケター」という"新職種"を紹介しています。

 以前にもネットでリファラル採用のメリット・デメリットを調べたことがあり、メリット・デメリットの両面において縁故採用やリクルーター制などと重なる部分もあると思っていましたが、縁故採用をリファラル採用1.0、リクルーター制をリファラル採用2.0と捉えているのが分かりやすかったです。

 個人的には、リファラル採用と縁故採用との違いは、リファラル採用はあくまで企業の採用活動における母集団形成手段の一つだということであり、一方、縁故採用は求職者(被紹介者)の入社を前提(または期待)とした、経営陣や一部社員の紹介による裏口入社的な採用手法であるという側面があることだと思います。

 リファラル採用の導入が優秀で自社にマッチした人材獲得のための戦略的手法であるのに対し、縁故採用は戦略的人材獲得の手法ではないとも言えるのではないでしょうか。

《読書MEMO》
●目次
第1章  戦わない採用
第2章  新時代の当たり前―リファラル採用とは何か
第3章  リファラル採用3.0の導入―準備編
第4章  社員がおすすめしたくなるフレームワーク―実践編
第5章  リファラル採用の成功事例8選
第6章  更に促進したい方へ―応用編
最終章  採用マーケターのあなたへ

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